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『プリキュアシリーズ』ファンの集い!2

1運営:2015/06/27(土) 19:59:43
現行作品を除く、『ふたりはプリキュア』以降の全てのシリーズについて語り合うスレッドです。
本編の回想、妄想、雑談をここで語り合いましょう。現行作品以外の、全てのSSと感想もこちらにてお願いします。
掲示板のローカルルール及び、保管庫【オールスタープリキュア!ガールズSSサイト】(ttp://www51.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1.html)のQ&Aを読んで下さい。
※現行作品や映画の話題は、ネタバレとなることもありますので、このスレでは話題にされないようお願いします。
※過去スレ「『プリキュアシリーズ』ファンの集い!」は、過去ログ倉庫に移しました。

260一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:57:28
 まゆみとかなは、二年生に引き続きみらいと同じクラスだが、こんな場面は久しぶりだ。ようやく我に返ったかなと、安心したように息をつくまゆみ。それを見ながら、みらいの顔に一瞬だけ、寂しそうな影が浮かぶ。が、すぐに元の笑顔に戻ると、彼女は改めて“フィンランド特集”と書かれたページの小さな写真の下を指差した。
「サンタさんは写っていないけど、ほら、ここ見て。フィンランドには今も“サンタクロース村”っていう村があるんだよ! と、言うことは……」

――ナシマホウ界にも、有名なサンタがフィンランドにいる。

 昨年のクリスマスに、あの世界で聞いた声が蘇る。が、その言葉を口には出さず、みらいは二人の顔を交互に見ながら言葉を続けた。
「もしかしたらサンタさんだって、一人くらいはまだこっちに居るのかもしれない。だからわたし、手紙を書いてみようと思って」

「え? “こっちに居る”ってどういうこと? それに、一人くらいは、って……」
「え……サンタさんに手紙を書いて、それでどうするつもりなの? みらい」
 かなのいぶかし気な声と、まゆみの不思議そうな声がうまい具合に重なった。それに内心ホッとしながら、みらいがもう一度二人の顔を見回す。
「もしかしたらサンタさん、一人じゃ世界中の子供たちにプレゼントが配り切れなくて、困っているのかもしれないでしょう? だから、わたしたちがサンタさんのお手伝いをして、プレゼントを配りたいです、って」

「え〜! わたしたちが、サンタさん!?」
「素敵!」
 戸惑った声を上げるまゆみの隣で、かなが両手の拳を握って力強く叫ぶ。それを見て嬉しそうに微笑んだみらいは、しかしすぐ、ちょっと困ったような顔で下を向いた。そしてそれを誤魔化すように、今度はエヘヘ……と頭をかいてみせる。
「あ、でも……もしもサンタさんが居なかったら、その時は……」
 が、その言葉を言い終わらないうちに、みらいは目を丸くした。かながみらいの手を、パシン、と音がするほどの勢いで握ったのだ。

「そんなこと、手紙を書く前から考えちゃダメよ! まずはサンタさんが居るって信じることが大事なんだから」
「勝木さん……」
 かなは少し不安そうな顔で、中空を見つめながら言葉を繋ぐ。
「今はみんな、サンタさんが居るって信じてる。でも、もし今年のクリスマスにサンタさんが来られなかったら? このままずっと、サンタさんが来ないクリスマスが続いたら? そうしたら、いつか全ての子供たちが、サンタさんなんか信じなくなるかもしれない」
 そう言って、かなはみらいの顔を見つめ、子供の様に激しくかぶりを振った。
「わたしはそんなの嫌! これからも、子供たちがサンタさんにプレゼントを貰って、みんなが笑顔になれるクリスマスを過ごしたいもの。朝日奈さんだってそう思ったから、手紙を書こうとしているんでしょう?」

 ポカンとしてかなを見つめていたみらいの目が、もう一度強い光を帯びる。うん、としっかりと頷いてから、みらいはかなの手をギュッと握り返した。
 二人の様子を黙って見ていたまゆみがニコリと笑って、握られた二人の手に自分の手を重ねる。
「そうだね。わたしだって、ずっと今まで見たいなクリスマスが続いて欲しい。だから今年はみんなで一緒に、サンタさんやろう!」
 三人が、うん、と頷き合ったところで、まゆみがまた少し不思議そうな顔をして、極めて現実的な疑問を口にした。

「ところで、フィンランドって何語なんだっけ。相手がサンタさんだから、日本語でも大丈夫なの?」
「サンタクロース村の人が、全員サンタさんかどうか分からないし……。英語を話せる人が多い国だ、ってこの雑誌に書いてあったから、頑張って英語で書いてみるよ」
「え……英語!?」
 今度は台詞と、少々腰が引けた口調までもがぴたりと重なった二人の声に、みらいが明るく、うん、と頷く。そしてもう一度雑誌に目を落とすと、自分に言い聞かせるようにこう付け足した。
「上手く書けるか自信無いけど、何か出来ることがあるなら、わたしも頑張りたいもん」
 かなとまゆみは一瞬顔を見合わせてから、柔らかな笑顔をみらいへと向けた。



     ☆

261一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:58:12
 私服に着替え、勉強机のスタンドを点けると、母と祖母の話し声が小さく聞こえた。二人とも、きっと店に居るのだろう。
 みらいは口元だけで小さく微笑むと、鞄の中からあの雑誌と筆箱を取り出した。

「聞いてたよね? 勝木さんとまゆみが、一緒にサンタさんやってくれるって」
 そう言いながら雑誌をめくって、くっきりと折り目のついたそのページをもう一度眺める。
「この記事を見つけた時も嬉しかったけど、やっぱり応援してくれる人が居るって、心強いね」
 雑誌を閉じて机の端に寄せ、今度は英語の辞書を手に取る。その時ふっと、頬が緩んだ。
「英語で書くなんて言ったら、なんでわざわざ? って言われるかな。でもね」
 ノートを取り出して机に広げ、その真っ白なページを、じっと見つめる。
「手紙を書こうって思いついた時、嬉しかったんだ。何より、わたしも一緒に頑張れるんだ、って思ったから。だってきっと、今頃……」
 そこで初めて、みらいは机の隅に座っているぬいぐるみのモフルンに目を向けた。

「強い想いを込めて願えば、奇跡は起こる。そう信じてるけど……わたしだって、何かしたい。こんなことをしても何の足しにもならないかもしれないけど、でも……頑張りたいんだ」
 みらいの表情が、ぐにゃりと歪んだ。もう動くことも喋ることもないモフルンは、そんなみらいを愛くるしい表情で見つめている。
 乱暴に涙を拭いたみらいは、そのつぶらな瞳に小さく笑いかけてから、よし、と気合いを入れて鉛筆を握り締めた。
「見ててね、モフルン」
 そしてみらいは、時折うんうんと唸りながら、辞書を引き引き、ノートに英文を書き始めた。

 それから一週間が過ぎた頃、みらいはようやく手紙を書き上げた。そして、かなとまゆみが調べて来てくれたサンタクロース村の住所に当てて、三人で祈りを込めて、その手紙を投函したのだった。


     ☆


 秋風と呼ぶには冷たい風が、クルクルと落ち葉を舞い上げる。通路の並木はすっかり色づいて美しい。が、その下を歩くまゆみとかなの表情は冴えなかった。
 やがて耐えられなくなったように、かなが口を開く。
「とうとう十一月になっちゃったね」
「うん……」
「朝日奈さん、もう一度手紙を送るつもりなのかなぁ」
「さぁ……」
 力の無い相槌に、かなが上目遣いにまゆみの顔を見てから、すぐに目をそらして長いため息をつく。
 二人の心を占めているのは、未だに返事の来ない、サンタクロースの手紙のこと。あの最初の手紙を出してから一カ月以上が過ぎて、気付けばクリスマスまでもう二カ月弱だ。

 最初の、というのは、あの手紙に続いてみらいは、二通目、三通目の手紙をサンタクロース村に送っていたからだった。
 もしかしたら郵便事故か何かで届いていないのかもしれない、と心配したみらいは、一度は母の今日子に、フィンランドに行きたいと頼み込んだ。だが、中学生のみらいにとってフィンランドは遠く、学校を休んで海外に行くというのは、さすがに母の許しは得られなかった。
 そこでみらいは仕方なく、しばらくしてから二通目の手紙を送った。さらにしばらくして三通目の手紙を送った頃には、街はハロウィンムード一色になっていた。

 ハロウィンが終わると同時に、世間は一斉にクリスマスの準備へと向かい始めた。
 ツリーもイルミネーションも、ケーキもご馳走のチキンも、いつもと同じ。だけど子供たちにとって一番肝心なことには、解決がついていない。このままでは、今年のクリスマスはどうなってしまうのか。

「あーあ、ここに……」
「こんなときに……」
 かなとまゆみが同時に何かを言いかけて、揃って口をつぐむ。
 頭に浮かんだのは同じ人物――人差し指をピンと立てて、得意げに微笑む少女の顔だ。だがその名前はどちらも口に出さずにまた黙って歩き始めた時、後ろから、おーい、と呼ぶ声が聞こえて、二人は、今度は一緒に勢いよく後ろを振り返った。

「来た! 来たよぉぉぉ!」
 上ずった声でそう叫びながら、みらいが走って来る。そして二人に駆け寄ると泣き笑いのような顔で、手に持っている封筒を差し出した。

「本当に、来たんだ……」
「なんて書いてあるの!?」
 かなの言葉で、みらいが封筒の中から大切そうに薄い便箋と、切り取られたノートのページを取り出す。
 便箋には力強い筆致の英文が書かれていて、行間には薄い鉛筆で、みらいの字で単語の意味が小さく書き込まれていた。食い入るようにそれを見つめる二人の隣で、みらいがノートの方を開いて読み始める。

262一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:58:56
「何度も手紙を送ってくれてありがとう。あなたからの全ての手紙を、とても嬉しく読みました。そして、返事が遅くなって本当にごめんなさい。実は、クリスマスにわたしを手伝いたいと言ってくれる人たちが……たくさんの人たちが、居ます。私は彼らからの手紙をたくさん受け取っていて、そのため返事が遅くなりました……」
「うわぁ、他にもみらいみたいに手紙を出した人が、たくさん居たんだ!」
「それで、続きは?」
 弾んだ声を上げるまゆみに頷いてから、かながそわそわと先を促す。

「あなたの強い想いは、私に大きな力を与えてくれました。サンタクロースが居るクリスマスを守りたいと言ってくれて嬉しかった。だから私も勇気と共に、行動しようと思います。近いうちに、私の想いを世界中の人たちに伝える予定です。ですから是非あなたに、私の手助けをしてほしい」
 そこまで読みあげてから、みらいは笑顔で二人の顔を見回すと、少し声を震わせながら、最後の言葉を口にした。
「感謝を込めて。サンタクロース」

「やった……やった、やったぁ! みらい、凄すぎ!」
「やっぱり信じて良かったね……朝日奈さん!」
 みらいに抱き着いて飛び跳ねるまゆみと、その隣で目を潤ませるかな。そんな二人の手をギュッと握りしめ、みらいは感極まった声で言った。
「本当に、二人のお蔭だよ。ありがとう! まゆみ……かな!」
 かなの目が大きく見開かれ、その頬がうっすらと赤く染まる。
「朝日奈さん……ううん、みらい! わたしの方こそ、ありがとう!」
「良かったね、みらい、かな」
 通学する他の生徒たちが不思議そうに通り過ぎる中、三人はしばらく手を取り合って、幸せの余韻を噛みしめていた。

 嬉しいニュースはさらに大きくはっきりとした形で、数日の後にやって来た。
 突然、全世界のテレビでニュース特番が組まれ、本物のサンタクロースが生番組でメッセージを発信したのだ。

「以前は私の他にもたくさんのサンタが居たが、今は遠くに離れてしまった。でも世界中の多くの人たちから、サンタクロースを失いたくないという、あたたかな声を頂いた。だから私も皆さんと一緒に、自分が出来ることを全力でやって、子供たちに笑顔を届けたい。あなたも仲間になってくれないだろうか。あなたの町のサンタクロースとして、子供たちに笑顔を届けてくれないだろうか」

 サンタクロースのメッセージは、あらゆる国で大きなニュースになった。そして、あれよあれよと言う間に世界各地にサンタクロースの事務局ができて、フィンランドのサンタクロース村には、膨大な量の手紙やメールが送られた。
 それらをどうやって捌いているのかは誰にも分からなかったが、見る見るうちにサンタクロースのネットワークが世界を繋ぎ、子供たちからサンタクロースに送られた手紙の中身が、各国の事務局へと送られていった。
 こうしてクリスマスには、トナカイの橇ならぬ自動車や自転車、場所によってはスノーモービルや水上バイクに乗ったサンタたちが、これだけは以前と変わらず鈴の音を響かせて、子供たちの元へと向かったのだ。

 そして津奈木町にも、サンタになりたいと願う人たちの事務局が、津奈木第一中学校に設立された。代表になったのは、みらいたちに頼まれて二つ返事で引き受けてくれた、数学の高木先生だ。
 老若男女たくさんのサンタたちに混じって、みらい、かな、まゆみ、それに大野壮太や並木ゆうとたちがサンタの衣装に身を包み、子供たちの居る家々を回った。

「サンタクロースって、大変だけどこんなに楽しいんだね」
 ゆうとが曇った眼鏡を拭きながら楽しそうに笑う隣で、壮太はサッカーで鍛えた足腰を生かして、大きな白い袋を軽々と運ぶ。
 まゆみはサンタの口真似をするたびに耳まで真っ赤になり、反対にかなはノリノリで、ホッホッホォ〜、と腰に手を当てて笑った。

 そしてプレゼントを配った翌朝、みらいはサンタになったみんなを誘って、公園へと足を向けた。
「みて〜。サンタさんにもらったの」
「あたしも〜」
 幼い二人の女の子が、嬉しそうにプレゼントに貰った人形を見せ合っている。男の子たちも、サンタに貰ったらしい飛行機やロボットのおもちゃで、元気に遊び回っている。
 子供たちのそんな様子を見ながら、顔を見合わせて笑顔になる仲間たちの姿を、みらいも笑顔で眺めてから、そっと遠い空を見つめた。

 中学校を卒業してからも、このメンバーはクリスマスのたびに集まって、誰一人欠けることは無かった。そして、クリスマスにはみんなで集まってサンタになる――それはいつしかみらいたちの、大切な年中行事のひとつになっていった。



     ☆

     ☆

     ☆

263一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 10:59:40
「まゆみ〜! ここにあるプレゼントは、全部この袋に入れちゃっていいの?」
「うん! あ、だけど、持ち上げられないほどは入れちゃダメだよ、かな」
「そんなことしないよ〜」
 大学生になった今も、あの頃と同じように仲良く笑い合う二人を見ながら、みらいが小さく微笑む。
 今日はクリスマス・イブ。例年通り、サンタたちはみんな、朝から子供たちにプレゼントを配る準備で大忙しだ。
 この津奈木第一中学校の体育館を開放してもらってプレゼントを仕分けし、袋に詰めていくのだが、毎年のことなので、みらいたちはもう手慣れたものだ。だが、今年はいつもの年とは違って嬉しい助っ人がやって来るとあって、みらいは勿論、仲間たちもみんなとても張り切っていた。

 この春、数年ぶりにナシマホウ界にやって来たリコとことは、それにジュンたちは、みらいとモフルンとの感動の再会の後、中学時代の仲間たちとも久しぶりの再会を果たした。ことはが余りにも変わっていないとみんな驚いていたが、すぐに懐かしい話に花が咲き、全員があっという間に中学時代に戻ったかのような、楽しい時間を過ごしたのだ。
 明日はそれ以来の再会となる。もっともみらいは、今年の夏休みはリコの休みに合わせて魔法界で過ごしたのだが、誰よりも再会を心待ちにしているのは、勿論みらいだった。

 夏休み、魔法学校のリコの部屋で、クリスマスの話題になった時のことを思い出す。四人で朝日奈家で一緒に過ごしていた頃の話をしている最中に、リコがこう切り出したのだ。
「そう言えば、ナシマホウ界のクリスマスって、今どうなっているの? みんなとっても心配していたんだけど」
 その言葉がきっかけになって、魔法界とナシマホウ界のクリスマスの話になった。離れている間にそれぞれに変化した、二つの世界のクリスマスの。
「よぉし。じゃあ今年は、両方のクリスマスに行ってみよう!」
 ことはが相変わらず元気いっぱいにそう叫んだが、今は二つの世界を行き来するのに、カタツムリニアで数日かかってしまう。
 そこで、今年はみんなでナシマホウ界のクリスマスに参加して、来年のクリスマスは魔法界で過ごそう、と約束したのだが。

(わたしの勘が正しければ、きっと……。リコにちゃんと見せられたらいいなぁ)

 手の中のプレゼントの包みに目をやって、みらいが楽しそうに微笑む。
「またリコちゃんやことはちゃんに会えるなんて、最高過ぎ!」
 プレゼントをせっせと袋に詰めながら、まゆみもみらいの顔を見て、ニコリと笑う。するとその隣から、かながふと思い出したように言った。
「あ、そう言えば、花海さんなら今朝見かけたけど?」

「え?」
 思いがけない言葉に、みらいが目をパチクリさせる。
 普段はナシマホウ界と魔法界の向こう側の、そのまた向こう側に居るということはは、春に再会した時も、そして夏に魔法界に行った時も、みらいとリコ、二人が揃うとどこからともなく現れた。
 リコたちは、夕方こちらに着くことになっている。だからみらいは、ことはもその頃に現れるものだとばかり思っていたのだが。

「はーちゃんを、どこで見かけたの? かな」
「通学路の並木のところで。凄く楽しそうに、スキップしながら歩いてたわ。声をかけようと思ったんだけど、見失っちゃって」
「え? あの道、一本道なのに?」
 今度はまゆみが不思議そうに問いかける。
「そうなの。それで、こっちに手伝いに来てくれたのかなぁって思ってたんだけど、そう言えば見かけてないわよね?」
「うん……」

 みらいがプレゼントを袋に入れるふりをして、斜め掛けにした鞄の中をこっそりと覗き込む。今は鞄の中に隠れているモフルンが、不思議そうな表情でみらいを見上げ、ふるふると首を横に振った。

(この世界に来ているのに、はーちゃんがわたしたちの前に姿を現さないなんて……)

「何かあったのかな」
 みらいが心配そうにポツリと呟いた、その時。
「みんな、久しぶり〜! カタツムリニアが、やけに早く着いてさぁ。だから、手伝いに来たぜ」
「ちょっと、ジュン! カタ……か、片付けまで居られればいいんだけど、早く帰らないといけないかもしれないし」
 体育館の入り口から聞き慣れた声がして、四人の女性がこちらに近付いて来る。その姿を見て、みらいはぱぁっと顔を輝かせた。


〜続く〜

264一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/16(日) 11:01:39
以上です。ありがとうございました!
続きもなるべく早く投下させて頂きます。

265ゾンリー:2017/04/19(水) 21:16:45
こんばんは、ゾンリーです。
映画に出て来たスズちゃんとアコのお話です。
1レス使わせて頂きます。

266ゾンリー:2017/04/19(水) 21:17:30
あ、タイトルは「いつか望んだ横顔は」です。

267ゾンリー:2017/04/19(水) 21:18:02
「あ、見てアコてんとう虫だ!」
「わあホントだ。かわいいね。」
小学校の帰り道。珍しく奏太君が風邪で休んだので私_スズとアコ、2人での帰り道。
私達はアスファルトの塀に向かって座り込んだ。
名前のわからない雑草に2匹の真っ赤なてんとう虫が止まっている。
私は隣でてんとう虫をつつくアコの横顔を見つめていた。
「昔はさ、こうして横顔を見ることって無かったよね」
「急にどうしたのスズ?…でも考えてみればそうだったわね」
「アコは王女さまで、私は王宮音楽隊の娘。一緒に遊んだ事は一杯あったけどこうして隣に並ぶなんて考えもしなかった。」
「でもどこかに、そうなりたいって想いはあったんじゃない?」
アコの優しい言葉に、素直に頷く。
「…地位の差も無くして、王族だからって遠慮もしなくて、ただただ親友として遊びたかった。それが今__」
私の言葉を遮ったのは男性3人組。
「「「何をしている〜♪」」」
高中低音がハモる。
「三銃士の皆さん。」
「やぁースズちゃん、久しぶりだねぇ」
声の低い、ガタイのいい人はバスドラさん。
「元気にしてましたか?」
少し高めの、優柔不断そうな人はファルセットさん。
「見ない内に大きくなって…」
女性的な顔立ちの普通の声の人はバリトンさん。
「アンタ達、どうしたの?」
アコが尋ねると三銃士はまた声を揃えて言った。
「「「ご無沙汰してますアコ王女〜♪」」」
「王女はやめてって言ってるでしょ。ほら…その、スズに対しての接し方と同じでいいから。」
反論するアコは頬が少し赤い。
「「「了解〜♪それでは仕事があるんで失礼します〜♪」」」
普通の(?)3人乗り自転車で楽器店の方向へ向かう三銃士。
「はぁ。なんなのアイツ達。」
「ふふっ、アコありがとね。」
「??」の吹き出しが似合いそうな首を傾げるポーズを取るアコ。
「さっき『王女はやめて』って言ってくれたでしょ?それが嬉しくて」
顔だけ向かい合い、最大級の笑顔。
「だって私も、スズと一緒の景色を見たい。王女だからとか、平民だからとかそんなの関係無しに隣にならんでさ。スズや奏太、皆といるとそれが叶う。アコ女王とスズじゃなくて調辺アコとスズになって、互いの弱さを出せる。素直な笑顔でいられる!隣にいて欲しいっていう気持ちはお互い様。」
上を見上げるアコ。私はてんとう虫を指先に乗せ、眩い空へと羽ばたかせた。アコも同じ動作をする。
「知ってる?てんとう虫って「幸せを運ぶ虫」なんだって。アコは私にとってのてんとう虫だ!」
「スズだって、私にとってのてんとう虫だよ。」
たくさん笑いあって、歩き出す。繋がれた手は永遠に続く私達の絆を抱きしめるようにしっかりと繋がれていた。
私は奏太君の風邪にちょっぴり感謝しながら、もう一度アコの横顔を見つめるのでした。

268ゾンリー:2017/04/19(水) 21:18:36
以上です。ありがとうございました!

269名無しさん:2017/04/19(水) 21:35:56
>>268
今はスズちゃんも加音小学校に通ってるんだね。
お互いに隣に居たいと願う二人が可愛かった。GJ!

270名無しさん:2017/04/19(水) 23:41:23
>>268
短いながらも密度の濃い、そして色んな味がする作品だと感じました。

271Mitchell & Carroll:2017/04/22(土) 00:00:03
『黒猫エレンの宅急便』


 帰って来るやいなや、ベッドに体ごと投げ出し、そのまま寝てしまう。メイクも落とさずに、風呂にも入らずに、食事も摂らずに、そのまま寝てしまう。そんな日がもう何日続いている事か。心配したハミィが、非力ながらも、エレンの足をベッドの中に納めて、布団を掛けてやる。そんな日がもう何日続いている事か。朝起きて、自分の体に栄養を流し込み、ろくに身支度も整えないまま、また忙しなく働き出す。そんな日がもう何日続いている事か。日に日にやつれ、亡霊にでも取り憑かれているように髪もボサボサに荒れ、口元は何やら住所のようなものをブツブツと唱えている。心配した奏が、「女の子は身だしなみが大事よ」と言って髪を梳かしてやろうとするが、そんな暇は無いと言って何処かへ消えてしまう、響もまた、「疲れた体には甘いものがイチバン!」と言って、スイーツを差し入れたりするのだが、必ずと言っていいほどエレンは、ダンボールが擦れる“シュガー”という音を思い出し、やはり何処かへと姿を消してしまう。そんな日がもう何日続いている事か。

 事の発端は数日前。
「私、宅急便を始めるわ!」
 何でも新しいギターを買うため、そしていつまでも音吉に世話になるのも申し訳無いから一人暮らしをするための資金作りとのことらしい。それともう一つ、困っている人を助けたい、自分も何か社会貢献がしたいとのことだった。何でも宅配業者が本格的な人手不足で困っているというニュースを聞いて、居ても立ってもいられなくなったのだ。しかし始めてみるとこれがまた大変で、そもそも運転免許を持っていないエレンは、トラックの代わりにリアカーを牽いて荷物を運んでいる。ここ、加音町は音楽を嗜んでいる者が多いせいか、重い楽器の荷物も少なくない。しかも、せっかく配達先に辿り着いたと思ったら在宅者不在で、重い荷物を載せたまま次の配達左記へと向かうなんてことも――そんな日がもう何日続いている事か。疲労困憊で指先は痺れ、ろくにギターのコードを押さえる事も出来ないどころか、ギターに触れる時間すら無い。心の栄養も失ったエレンは、今日もまた何処かへと荷物を配達している。悪魔の尻尾のようなマークの付いたダンボール箱を、山ほど載せたリアカーを牽いて……。
 
 しかし物語はここで終わりではない。ある日、何やら配達物の中からフレッシュな香りが漂ってくるのを感じた。空腹に我慢できなくなったエレンは、ついダンボール箱の封を開けてしまった。中には、生鮮食品が詰められていた。極限状態だったエレンは、無我夢中でそれらを貪った。一通り平らげて、正気に戻ったエレンは、自分は何て事をしてしまったんだろうと、往来でオイオイと声を上げて泣き始めた。何事だろうと一人、また一人と寄ってきて、あっという間に人だかりができた。そこを割って入って来たのが、響たちだった。事情を聞いてやった後、奏が代わりに人だかりを解散させ、結局皆で配達先に謝りに行った。幸い、話の通じる依頼主だったので、許してもらえたばかりでなく、皆に飴玉まで与えてくれた。そして営業所に戻ったエレンは、その日限りで解雇となった。

 久しぶりの風呂。熱いシャワーが、皮膚にまとわり付いた汚れやその他諸々を一気に洗い流してくれる。その間、響たちは栄養の付くものを、とキッチンでせっせと調理をしている。湯船にチャプンと浸かったエレンは、何やら聞こえてくる話し声と、おそらく炒め物をしているのであろう、ジュージューという音に耳を済ませている。奏の怒鳴り声が聞こえる。響が段取りを間違えたのかしら?それともハミィがつまみ食いをしたとか?久しぶりに心からちょっとだけ笑顔になって、軽くなった体を拭いていると、アコが入ってきた。「あなたもお風呂?」と訊くと、そうではなく奏が最近覚えたという歌に耐えられないとのことで、避難してきたらしい。
 リビングには豪勢な料理が並んでいた。景気付けにと、久方ぶりにギターを手に取ったエレンは、さっきの奏の歌に即興で伴奏を付けてやった。ギターの音色で中和させただけでは足りなかったのか、アコは両耳を塞いだままだった。口直しにと、エレンは自作の優しい歌を弾き語った。それにハミィも加わる。憶えやすいメロディーだったので、次第に響と奏、それにアコも加わって、食卓に音の彩りが添えられる。極めつけは、ハミィの言葉のトッピング。
「セイレーンは、心に歌を届ける天才ニャ!」
 そう、それは一瞬にして。


 〜終〜

272名無しさん:2017/04/22(土) 10:08:05
>>271
確かにトコトンやりそうでコワいわ、この子はw
そしてきっと、夜間配達もNGだね。お化けに怯えてすぐに荷物放り出しそう。

273名無しさん:2017/04/23(日) 22:45:53
>>271
独特の文章で長文なのに読みやすいし面白い。
1スレで終わるのに色々ハッとさせられる。締め方がうまいし後味もいい!
エレンの不器用さが愛おしいです。

274一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:49:21
こんばんは。
遅くなりましたが、まほプリ三部作の二章が書けましたので、投下させて頂きます。
7、8レス使わせて頂きます。

275一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:49:53
 クリスマスに行われるあの行事――校長先生が“新しい伝統”って呼んでる祭典が始まったのは、あたいたちが魔法学校の三年生の時だった。

 あの年に起こった“大いなる混沌の日”のことは、ハッキリと覚えてるヤツが居ないんだ。あたいも、あの日はどういうわけだか、みらいたち、それにかなやまゆみとも一緒に居たような気がするんだけど……気が付いたらエミリーとケイと三人で、魔法学校の池のそばに立っててさ。
 空から色とりどりの花びらが降って来て、びっくりしてそれを眺めていたら、リコがやって来たんだ。魔法学校の制服じゃなくて、ナシマホウ界の服を着て。あたいたちを見て小さく微笑んで見せたけど、さっきまで泣いてたみたいな真っ赤な目をして。
 どうしたんだよ、って駆け寄ったら、今度は池の水面に校長先生の顔が大写しになってぎょっとしたっけ。でもそんな驚きは、ほんの序の口だった。

 みんなの無事を確認してから、校長先生はいつになく重々しい声で、こう言ったんだ。魔法界とナシマホウ界、二つの世界は混沌の反動で果てしなく遠く分かたれ、今の我々の術では行き来が出来なくなった、ってな。
 その瞬間、あたいは全身の力が抜けたような気がした。何て言うか、今までずっと見つめ続けてきたキラキラ輝く大きな星が、急に消えちまったような……そんな感じがしたんだ。
 どうやって立っているのかもわからないくらい、何だか呆然として、校長先生の声も遠くなって……。なのにあの時、よくリコの声が耳に入ったもんだって、今でも思うぜ。もしあの時のリコの声が無かったら、あたいは全てにやる気をなくして、ヤケになっていたかもしれないのに。

「それでも必ず……絶対、会いに行くんだから!」
 リコはそう呟いてたんだ。あたいの隣で、小さな小さな声でな。
 最初は、またリコが強がり言ってるって、ぼんやり思った。でも、ギュッと握った拳をブルブル震わせて呟いているリコを見ているうちに、何だかカーッと胸の中が熱くなってきて……。気が付いたら、あたいはリコの拳を掴んでこう叫んでた。
「ああ。あたいも行く。絶対に……絶対に行く!」
 言葉にした瞬間、自分でもびっくりするくらい、ボロボロと涙が溢れた。エミリーは最初っから泣いてたし、ケイも、あたいの手の上に手を重ねながらしゃくり上げてたっけ。
 でもリコは――リコだけは、相変わらず拳を握りしめたまんま、最後まで涙は見せなかったんだ。



     サンタとサンタのクリスマス( 月の章 )



「すげぇなあ、リコ。また満点かよ!」
 ざわめく教室の中でもひときわ響く大声に、リコは赤い顔をして振り返った。声の主は、すぐ後ろの席に座っているジュン。リコの手の中の、今返されたばかりの答案用紙を、感心した顔つきで覗き込んでいる。
 一瞬静まり返った教室は、すぐにさっきとは比較にならない、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。その様子を困った顔で見回してから、リコが今度は非難がましい目をジュンに向ける。

「ちょっと! 勝手に人の答案、見ないでよ」
「隠さなくたって、どうせ先生に言われるだろ? 何たって、三年生になってからオール満点! えーっと……何連続になるんだっけ?」
「わたしのメモによると、二十回連続ね」
 ジュンの隣で、ケイが手帳をめくりながら即座に答えた。
「凄っ! っていうか、テストってもうそんなにたくさん受けたのかぁ!」
 ジュンが驚いたように呟く。三年生の夏休みも終わり、二学期もそろそろ半ばに差し掛かっていた。
「リコは凄いね。わたしも頑張らないと」
 リコの隣からエミリーが、騒音に掻き消されそうな声で語りかける。と、その言葉が終わらないうちに、教壇の方からパンパン、と手を打ち鳴らす音がした。

「皆さん、静かにして下さい」
 そんなに張り上げているようには聞こえないのに、教室中によく通る声が響く。リズが、いつもように穏やかな表情で生徒たちを見渡していた。
「今回のテストでは、リコさんが満点を取りました」
 わーっという歓声と拍手の音に、リコが再び赤い顔で、照れ臭そうに俯く。
「全体的に、前回よりもみんなよく出来ているわ。この調子で頑張って下さいね。では、今日の授業を終わります」

 軽く会釈をして教壇を下りると、リズは真っ直ぐリコに近付いて来た。
「リコ、今回もよく頑張ったわね。でも……」
 言いよどむ姉の様子に、リコが不思議そうに首を傾げる。
「昨日も帰りが遅かったようね。寮の門限ギリギリだった、って聞いたわ。夕食はちゃんと食べたの?」
「……ええ」
「そう。でも、顔色があまり良くないわ。頑張ることも大切だけど、ちゃんと食べて寝て、身体を労わらないとダメよ?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、お姉ちゃん」
 微笑む妹を心配そうに見つめ返して、リズが教室を出て行く。それを見送ってから、今度はケイがリコの方へ身を乗り出した。

276一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:50:25
「リコ、昨日の集まりの後、またどこかに出かけたの?」
 ケイの言う“集まり”とは、再びナシマホウ界に行く手立てを探すための活動をしているグループの集会だった。ナシマホウ界に住んでいたことがある人たちが中心になって作られたものだが、仕立て屋のフランソワに教わって、リコたち四人も結成直後から参加している。
 メンバーの中には魔法界の重要な職務である星読み博士や、カタツムリニアの生態を研究している学者もいた。その上議題が議題ということもあって、この集まりはとにかく話が難しいのが難点で、リコたちも出席はしたものの、話にまるで付いて行けないという日も少なからずあった。
 しかも、そんな難しいことを長い時間話し合っても、ナシマホウ界に行く方法の糸口は、今のところ全く見つかっていなかった。そろそろアイデアも出尽くして、最近では集会にかかる時間も、以前に比べれば短くなってきている。
 昨日の集まりも思いのほか早く終わって、四人が寮に戻った時には、門限までまだ二時間以上あったのだが。

「天気が良かったから、ちょっと散歩してたの」
 リコが、さっきリズに向けたものと同じ微笑みを、仲間たちに向ける。それにニッと笑い返して、ジュンがリコの肩に、ポンと手を置いた。
「ならいいけどさぁ。さっきは満点で大騒ぎしちまったけど、リズ先生も心配してんだ。あんまり無理すんなよ」
「わかってる。じゃあ、今日は早めに帰って休むわね」
 そう言ってリコが立ち上がる。
 教室の階段を上がっていく後ろ姿を見送って、ジュンは微かに眉をひそめた。リコの足取りが、何だかいつもと違って少し重そうに見えたからだ。
 が、昨日も帰りが遅かったということだし、きっと疲れているのだろうと、ジュンはそれを特に気には留めなかった。


     ☆


 それから半月ほど経った、ある日のこと。
 授業が終わって教室を出ようとしたジュンとケイは、二人同時に首を傾げて顔を見合わせた。遅れてやって来たリコが、二人の視線の先を見て、やはり首を傾げる。
 誰も居なくなった教室に、ぽつんと残る人影。エミリーが机に頬杖をついて、じっと黒板を見つめている。

「エミリー、どうしたの?」
「え?」
「え、じゃないわよ。授業はとっくに終わったわよ?」
「あ……ああ、そうね」
 曖昧に笑って席を立とうとしたエミリーが、間近に迫ったリコの顔を見て真顔に戻る。その隣にはジュンとケイ。揃って心配そうな仲間たちの姿があった。

「何かあったのか?」
「うん……何か、っていうわけでもないんだけど」
 エミリーが席に座り直すのを見て、ジュンがその前の椅子に斜めに腰かける。リコとケイも、それぞれ周りの席に腰を下ろした。

「昨日、魔法商店街に出かけたんだけど、何だか様子がおかしくて」
「様子って、魔法商店街の?」
「ええ。凄くヘン、ってわけじゃないんだけど、何だかいつもと違ったの。なんて言うか……活気が感じられない、っていうか」
「それって、閉まってる店が多かったとか、そういうことじゃないんだよな?」
 ジュンの問いに、エミリーが大きくかぶりを振る。
「違うの。店は開いているんだけど、みんな元気がない気がして。そのせいなのか、商店街がやけに静かだったし」
 エミリーの言葉に、リコたち三人が再び顔を見合わせる。

「この前のカボチャ鳥祭りの時は、いつもの年と同じように盛り上がっていたでしょ? それなのに……って思ったら、気になってたまらなくなっちゃって。それでつい、考え込んじゃって」
「そう……」
 リコがポツリと相槌を打つ。すると今まで黙っていたケイが、ああ、と少し暗い顔で頷いた。
「カボチャ鳥祭り、って聞いて思い当たったわ。この前、わたしも魔法商店街に行ったんだけど、その時フックさんが言ってたの。原因は、クリスマスじゃないかな」

 ケイが、珍しく手帳を見ることもなく、机の上に視線を落として話を続ける。
 魔法界では、毎年クリスマスには多くの大人たちがサンタになって、魔法界とナシマホウ界、両方の世界の子供たちにプレゼントを配ってきた。だが、ナシマホウ界と行き来が出来なくなった今年からは、サンタの仕事も大幅に減ってしまうということになる、と。

「カボチャ鳥祭りが終われば、次はクリスマス、って誰もが思うでしょう? そこでこの現実を突き付けられて、やっぱり寂しいなぁってみんなが思ってるみたい。ナシマホウ界にはもう行けないんだってことを、改めて思い出して」
「そうか。言われてみれば、毎年この時期には魔法商店街のあちこちからクリスマスの飾りつけの話が聞こえてくるのに、誰もそのことを口にしていなかったわ」
 ケイの話に頷いたエミリーが、ハァっと大きなため息をつく。続いてケイが。そしてジュンが。だが、リコはグッと口を引き結ぶと、ガタンと音を立てて立ち上がった。

277一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:50:56
「どうしたんだ? リコ」
 今度はジュンが不思議そうな顔で問いかける。そちらには目を向けず、リコはとんがり帽子の制帽を、目深に被った。
「帰るのよ。こうやってみんなでため息をついてたって、しょうがないもの」
「そ、そんな言い方しなくたって……」
「おい、そんな言い方はないだろ?」
 小声で反論するエミリーを庇うように、ジュンが少々ムッとした口調になる。それを聞いて、困った顔でチラリとエミリーに目をやってから、リコはすぐに横を向いた。帽子の陰から、少しくぐもった声が聞こえてくる。
「ごめん。でも、ただ心配しているだけじゃ、何にもならないもの。やっぱり一日でも早くあの世界に行けるように、もっと頑張らなきゃいけないのよ!」
「だから、みんな頑張ってるだろ? だけどなかなか上手く行かないのは事実じゃないか。だったらみんなで心配したり、慰め合ったりしたって……」
「だから……そんなことをしても、何にもならないのよっ!」
 リコがそう叫んで、机に掌を叩きつけようとした、次の瞬間。

「リコ!!」
「おい、大丈夫かっ!?」
 エミリー、ケイ、そしてジュンが、驚いた顔で立ちあがる。
 リコが、ずるずるとその場に崩れ落ちると、バタリと床に倒れ、そのまま意識を失ってしまったのだ。


     ☆


 目を開けると、薄暗い天井がそこにあった。そろそろと起き上がり、枕元の時計を確認する。
 時刻はもう夕方に近い。どうやら丸一日眠っていたらしく、そのお蔭か、身体はずいぶん楽になっていた。

 昨日、この寮の自室で目を覚ました時には、心配そうなリリアとリズの姿があって、リコはそこで初めて自分が教室で倒れたのだということを知った。
 医師の話では、原因は過労だという。そう言われてみれば、身に覚えが無いこともない。
 魔法界とナシマホウ界。今は大きく広がってしまった二つの世界の狭間を超えるヒントが、何か少しでも無いものか――そればかりを考えて、仲間たちと集会に出た帰りにもう一度図書館に行って調べ物をしたり、カタツムリニアの線路の上を、箒で飛べるところまで飛んで手掛かりを探してみたり。そうやって毎日思いつく限りのことをして、門限ギリギリに寮に駆け戻る毎日。寮に帰ったら帰ったで、今度は消灯時間を過ぎてもなお、勉強に明け暮れる。
 魔法もずいぶん使っていた。もっと色々な魔法が使えるようになるために。そして、何とかしてナシマホウ界へ行くための手掛かりを見つけるために。
 ただ呪文を唱えて杖を振るだけの、傍から見れば楽そうに見える魔法だが、使い過ぎればかなりの体力を消耗する。そこに睡眠不足やら何やらが重なって、ダメージが蓄積されたのだろう。

(だけど……わたしには、やれることがあるんだもの)

――何もしないでいるなんて……我慢できない!

 もう何度となく思い返した、みらいの言葉がまた蘇る。
 いなくなったはーちゃんを探して、思いつく場所を全部探し尽しても見つからなかったあの時、湖の見える真夜中の展望台で、彼女が声を震わせて言った言葉だ。

(みらい……今頃、どうしているのかしら)

 リコはもう一度ベッドに横になって、ぼんやりと天井を見つめた。
 ナシマホウ界――魔法界の存在すら知られていない世界にいるみらいに、出来ることは何もない。それがみらいにとってどれほど辛く苦しいことか、それはリコが一番よく知っている。

(だから……だから一日でも早く、会いに行かなくちゃ! でも……)

 リコの口から久しぶりに、ハァっと重いため息が漏れた。

(でも……わたしもみらいと同じかもしれない)

 いくら本を調べても、魔法界の果てまで飛んでみても、まだ収穫は何もない。リコだけでなく、集会に出ている多くの魔法つかいが持てる力や知識を出し合っても、思うような成果はまだ何も現れていないのだ。

(これじゃあ、やれることがあるって言っても……)

 不意に天井が歪んで見えて、リコは慌てて目をしばたきながら起き上がった。
 少し気分を変えようと、部屋の中を見回す。すると勉強机の上に、去年の誕生日に母から貰った絵本が置いてあるのが目に入った。こんなところに置いておいた覚えはないから、おそらく昨日来てくれた母のリリアが本棚から引っ張り出したのだろう。

 机の上に手を伸ばし、ベッドに腰かけたまま、絵本のページを開く。
 幼い頃から何十回も読み聞かせてもらった物語。自分で文字を追っていても、それは全てリリアの声で聞こえてくる。
 やがて、ページをめくるリコの手が止まった。
「……女の子たちの強い想いは、雲を払いのけ……」
 絵本の最後のページ――二つの星が笑顔で並ぶページを見つめて、リコが呟く。
「強い想い、か……」

278一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:51:30
 突然、真紅の光がリコの脳裏に煌めいた。情熱のリンクルストーン・ルビー。想いをたぎらせたキュアミラクルの胸に何度も輝いた、強くて真っ直ぐで、熱い光だ。
 その煌めきに、キュアマジカルとキュアフェリーチェは何度助けられたことだろう。
 ある時は、ただ一人彷徨う世界の狭間で。またある時は、強大なムホーの力に打ちのめされた、闇に沈む結界の中で。

(そうだわ。想いは……想いの力は……!)

 リコはパタンと絵本を閉じて机の上に置くと、部屋のカーテンを開けた。暗くなりかけた空の下、魔法学校と、それを支える母なる木の大きな幹が見える。
 辺りがすっかり闇に沈むまで、リコはその見慣れた光景を、ただじっと見つめていた。


     ☆


「まあ、リコさん! あなた、身体はもう大丈夫なの? もう学校に出て来てもいいんですか?」
 校長室に入った途端に厳しい口調で追及されて、リコは思わず二歩、三歩と後ずさった。先に来ていたらしい教頭先生が、両手を腰に当て、いかめしい顔でリコに迫る。

「え……ええ。ご心配かけて、すみません」
「あ、あのぉ、校長先生はお留守ですか?」
 ジュンがリコの隣から声をかける。ジュンの隣にはケイ、その隣にはエミリー。いつもの四人が揃って校長室にやって来ていた。

「ええ。困ったことです、また黙って校長室を留守にして……。ところであなた方は、校長先生に何のご用で?」
「実はお願いしたいことがありまして。クリスマスの……」
「え、えーっと、急ぎのお願いじゃないんで、また今度、校長先生がいらっしゃる時に……」
 ジュンが突然リコの言葉を遮って、アハハ……と愛想笑いをしながらその場から立ち去ろうとする。が、そのわざとらしい小細工が裏目に出た。
「あらそう。それは別に構いませんが……私の耳には入れたくないお願い事かしら?」
「い、いいえ、そんなことは……」
 リコは慌てて顔の前で両手を振ってから、もうっ! と肘でジュンの脇腹をつついた。

 学校を三日休んで今日から登校したリコは、休んでいる間に考えていたことを、今朝真っ先にジュンたち三人に相談した。そして放課後になるのを待って、校長先生にお願いにやって来たのだが……。
 部屋の中を見回したが、どうやら魔法の水晶も不在らしい。仕方なく、リコは覚悟を決めて教頭先生に向かい合った。

「クリスマスに、やりたいことがあるんです。魔法学校が中心になって」
「それは、生徒によるイベント、ということですか?」
「いいえ。会場は魔法学校ですが、魔法界全体が参加できるものを、と考えています」
「まあ、そんな大掛かりなことを……」
 教頭先生が一瞬だけ眉をひそめてから、それで? と先を促す。

「魔法学校を支え見守るあの大きな木――母なる木に、魔法で光を灯したいんです。魔法界のみんな一人一人の、想いを込めた光を」
「まあ、あの木に……」
 そう言ったまま、教頭先生はしばらくの間黙り込んだ。

「あの……このままじゃ、今年のクリスマスはきっと、とっても寂しいものになると思うんです」
 意外にも、沈黙を破ったのはエミリーだった。いつもと同じ自信なさげな口調ながら、それでも教頭先生の目を見て懸命に言葉を紡ぐ。
 少し驚いた顔でエミリーを見つめた教頭先生は、ふっと表情を和らげると、彼女に小さく頷いて見せた。

「確かに。今年はナシマホウ界の子供たちには、プレゼントを配れないでしょうからね」
「はい。だからせめて、ナシマホウ界やナシマホウ界の子供たちへの想いを、光に込められたらなぁって」
「いつか必ずナシマホウ界に行くぞ、っていうあたいたちの気持ちも、一緒に輝かせたいんです」
 ケイとジュンも口々にそう言って、教頭先生を見つめた。

 校長室がしんと静まり返る。教頭先生は小さく咳払いをすると、相変わらず重々しい調子で口を開いた。
「話は分かりました。魔法界全体の行事ともなると、校長先生とよ〜く相談しなくてはなりませんが……その前に、私からあなた方に質問があります」
 そう前置きしてから、教頭先生はじろりと四人の顔を見回した。
「“校則第十八条:魔法学校を支える母なる木に登ったり、傷付けたりしてはならない” 三年生のあなた方ならご存知ですよね? あの木には不思議な、そして大いなる力が宿っています。光に想いを込めるだけなら、どの木でもいいはずでしょう? それなのに、あの木を選んだのは何故ですか?」

「やっぱり、あの木に魔法をかけるなんて無理なんじゃないの?」
「今更言うなよ……」
 ケイとジュンがひそひそと言い合う隣で、エミリーは不安そうに、リコは考え込むように下を向く。
 腕組みをしたままじっと答えを待つ教頭先生が、しびれを切らしたのか、ピクリと眉を動かした時、リコが低く小さな声で、こう答えた。

279一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:53:06
「それは……大いなる力が宿っている木、だからです。ずっとわたしたちを……魔法界を見守ってくれている木だから、わたしたちの想いも、きっと受け止めてくれるって……」
「受け止めてもらうだけですか? リコさん、あなたはこの行事を通して、何をしたいんです?」
 教頭先生が、真っ直ぐにリコの目を見つめる。その視線を受け止めて、リコは考え考え、絞り出すように言葉を続けた。

「想いには……力があると思うんです。今は上手く行かなくても……何も出来なくても、強い想いを込めて心から願えば……願い続けていれば、いつかきっとそれは力になる。魔法界のみんなの想いが母なる木に届けば、きっと大きな力になると思うんです」
 そう言ってから、リコは少しうつむき加減で、呟くように言った。
「今回のことで、いろんな人に心配をかけて、学校も休まなくちゃいけなくなって……。それで、思ったんです。わたしは想いの力を……それを信じることを、忘れていたんだな、って。だから焦ってばかりで、自分を……大事にしていなかったんだな、って」

「リコ……」
 リコの横顔を見ながら、ジュンが小さく呟く。
 じっとリコの顔を見つめていた教頭先生は、リコが話し終えると、ふーっと長く息を吐いた。

「実を言うと、あなたの杖をしばらく預かった方がいいのではないかと、校長先生に相談に伺ったところでした。これ以上、無茶をさせないためにね。でも、私の取り越し苦労だったようですね」
「えっ……?」
 驚くリコに、教頭先生が珍しく、おどけたように片目をつぶって見せる。
「校長先生にお話しなさい。きっと私の応援など無くても、許可を頂けるでしょう」

「あ……ありがとうございます!」
「やった! やったな、リコ!」
「良かったね、リコ!」
「教頭先生を説得するなんて、凄いわ!」
 仲間たちに囲まれて、リコがようやく笑顔になった時。
「おや、君たち。それに教頭。お待たせした。何か用かな?」
 音も無く現れた校長先生が、いつもの穏やかな眼差しで、そこに居る全員を見回した。


     ☆


 クリスマスを数日後に控えたある日。日暮れ時に合わせて、魔法学校の生徒たち全員が校庭に集まった。全職員も見守る中、校長先生が生徒たちの前に立つ。
「皆、もう話は聞いておるな? 今からクリスマスの新しい行事の、記念すべき最初の光を皆に灯してもらいたい。真っ直ぐな想いを、素直な気持ちを、母なる木に届けるのじゃ。良いな?」

 校長先生の言葉が終わると、まずは三年生が進み出て、揃って魔法の杖を構える。
 目を閉じて大きく息を吸い込んでから、リコは杖を振り上げ、仲間たちと声を揃えて高らかに唱えた。

「キュアップ・ラパパ! 光よ、灯れ!」

 下級生たちの間から、言葉にならない歓声が沸き起こる。
 闇に黒々と沈みかけていた巨大なシルエットに宿った、色とりどりの煌めき。まだ数も少なく光も小さいが、それらは全てが確かな輝きを放ち、しっかりと存在を主張している。
 三年生の後には二年生、そして一年生が続いた。最後は先生たちが、次々と母なる木に想いの光を灯していく。

「想像してたのと全然違うな。ここまでイメージ通りの光を灯せるなんて」
 ジュンが杖を撫でながら、誰にともなく囁く。
「うん! なんか気持ち良かった」
 ケイは晴れ晴れとした表情で、明るい声を上げる。
「本当に、母なる木ね。何だか魔法を優しく受け入れてくれているみたい」
 エミリーも微かに頬を染めて、嬉しそうに仲間たちの顔を見つめる。
 リコは、驚いたように目を見開いて、少しずつ増えていく光を見つめていた。そして小さく微笑んでから、その目を暮れかけた空の彼方へと向けた。

280一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:54:29
 次の日から、魔法学校にはたくさんの人たちがやって来て、母なる木に光を灯していった。その中には、リコたちに馴染みの深い魔法商店街の人たちや、集会に通っている人たちの姿もあった。
 魔法界を支える大いなる木に魔法をかけるなんて、皆初めての経験だ。だからだろうか、少々緊張した面持ちで魔法学校の門をくぐる人が多かったのだが、帰る時には皆何だか嬉しそうな、穏やかな顔になっていた。

 魔法界のどこからでも見えるこの巨大な木は、少しずつ輝きを増していった。そしてその光に触発されたように、魔法商店街にもクリスマスの飾りが見られるようになった。リコたちが通う集会もまた、母なる木の輝きに励まされたように少しずつ活気を取り戻し、また様々な試行錯誤が繰り返されるようになっていった。
 クリスマス・イブを迎えた時には、木は無数の光を宿し、全体が光り輝いて見えるまでになっていた。
 魔法商店街は昨年までと同じような賑わいを見せ、サンタたちは天高く輝く巨大なツリーを眺めながら、例年より数少ないプレゼントを分け合って、笑顔で子供たちの元へと向かった。

 こうして始まったクリスマスの祭典は、年を追うごとにその煌めきを少しずつ増やしながら続けられた。そしていつしか魔法界の人々にとって、クリスマスの大きな楽しみのひとつになっていった。



     ☆

     ☆

     ☆



「リコ先生、さようなら」
「はい、さようなら」
 一年生の生徒たちに挨拶を返してから、リコは振り返って、元気に駆け去っていく彼らの後ろ姿を眺めた。
 制服姿ももうすっかり板につき、きれいな円錐形だった制帽も、先っぽがお辞儀をするようにちょこんと折れ曲がっている。
「あの子たちも、もうすぐ二年生ね」
 少し感慨深げに呟いた時、生徒たちの後ろから、おーい、とリコを呼ぶ声がした。

「ごめんごめん。待たせたか?」
「ううん。時間的には、ちょうどいいし」
 トランクを持ったジュン、ケイ、エミリーが、小走りでこちらへやって来る。三人を笑顔で迎えたリコは、彼女たちと肩を並べて庭の方へと足を向けた。

 今日の最終のカタツムリニアで、リコたちはナシマホウ界へ向かうことになっている。クリスマス・イブに間に合うように到着して、みらいたちと一緒にサンタになってプレゼントを配る計画なのだ。その前に、今年も四人揃ってクリスマスの光を灯そうと、ここで待ち合わせたのだった。
 実を言うと、今日ナシマホウ界に向かうのは、リコたちだけではない。そしてそのことを、リコはジュンたちに口止めまでして、みらいには内緒にしていた。

(みらい、きっと喜んでくれるわよね)

 浮き立つ気持ちでそんなことを思いながら、母なる木の前に立つ。魔法学校の三年生だった時と同じように、四人並んで魔法の杖を構えた。想いを込めて杖を一振りすると、既に幾つかの光を宿していた巨木に、四つの小さな輝きが加わった。
「やっぱりこの時が一番、魔法が上手く使える気がするんだよなぁ」
 ジュンの言葉に、ケイとエミリーが、うんうん、と頷く。リコはそんな三人に黙って微笑みかけてから、天高くそびえ立つ巨木を見上げた。

281一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:55:02
 初めてこの木に光を灯した時、リコは仲間たちとは違った驚きと、懐かしさを感じていたのだ。
 余計な力など何も要らない。想いがただ真っ直ぐに伝わって、イメージした通りの形になる――その感覚は、プリキュア・キュアマジカルに変身して魔法を使った時と、そっくりの感覚だった。

(来年は、みらいも一緒に……)

 この感覚を共有できる、ただ一人の友の顔を思い浮かべて、リコが思わず頬を緩ませる。その顔を見てニヤリと笑ったジュンが、何か思い出したように、あ、と声を上げた。

「そう言えば、リコ。はーちゃんは一緒じゃないのか?」
「え? どういうこと?」
 リコが不思議そうに聞き返すと、ジュンも同じく不思議そうな顔になる。
「何だ、知らないのか。昨日、校長室に行ったときに見かけたぜ? 何だか急いでいたみたいで、あたいの顔を見るなり姿を消しちまったけど」
 このところアーティストとして活動しているジュンは、時々魔法学校で、生徒たちに美術を教えているのだ。

「どうしたのかしら……」
 リコが少し不安そうに呟く。
 ことはが普段どこで何をしているのか、彼女の説明を聞いてもリコにはさっぱり分からないのだが、少なくとも、魔法界からもナシマホウ界からも離れたところに居るのは確からしい。そんな彼女が魔法界に来たというのに、何故自分の前に姿を現さないのか。

(はーちゃんのことだから、みらいと会えば、当たり前みたいにやって来る気もするけど……)

 リコが難しい顔で考え込んだ時。
「大変! 急がないと、最終が出ちゃうわ!」
 今度はエミリーが、慌ててそう叫んだ。

 再び四人で一列に並んで母なる木に一礼し、魔法学校を後にする。
 カタツムリニアが待つ駅へと急ぐリコたちの足取りは、いつしか魔法学校の生徒だった頃と同じような、元気な駆け足へと変わっていた。


〜続く〜

282一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/04/28(金) 00:55:39
以上です。ありがとうございました!
続きもなるべく早く投下できるように頑張ります。

283そらまめ:2017/05/13(土) 16:07:28
投下させていただきます。
バイトはじめました。シリーズ6話になります。
前話が四年前なので最早誰も覚えてないとは思いますが…
宜しくお願いします。
タイトルは バイトはじめました。ろく です。

284そらまめ:2017/05/13(土) 16:09:24
「えっと、もう一回言ってもらっていいかな?」
「だから! ナケワメーケがしゃべったのよ!!」
「せつな、あなた疲れてるのよ…」
「疲れてる時はゆっくり安静にした方がいいっていうよね。せつなちゃん、横になる?」
「みんな信じてよ!」
「だって、ねえ…?」

みんなから憐れむような視線が送られてくる。でも、私は確かに聞いた。ハープで攻撃したとき痛いと絶叫したその声を。あのナケワメーケはテレビか何かを媒体にしていたから、人の言葉を話すとしたら番組を受信でもしたのだろうか。
しかしあの台詞をあのタイミングで…?
ナケワメーケに話をする機能はなかったはず。そんなのは必要ないから。
でも、もし私が抜けた後で改良がされたとしたら、一体何の目的で…
と、そこまで考えてふと視線を感じた。顔をあげてみたら三人ともハの字に眉が下がっている。思いのほか心配されているらしい。

「あ、えっと、一旦この話は…」

なんだか申し訳なくなって、この話は一先ずやめようかと思っていると、

「わかったよ!! みんなで確かめてみよう!」
「へ…?」

ラブが勢いよくそう言った。握りこぶしを震わせて、その眼には確かな信念が宿っていた。

「そうね。せつながそうそう嘘をつくとも思えないし」
「うん! わたし、せつなちゃんのこと信じてる!!」
「み、みんな…!」

ラブだけじゃなく美希とブッキーまでそう言って私に笑いかける。こんないい仲間が出来て、私とても幸せだわ。

「みんな! 作戦会議だよ!! せつな、その時の事もう一回詳しく教えてもらっていいかな?」
「ええ!」


そんな感じでせつなが友情を噛み締めている頃、これから襲い掛かる恐怖に全く気付いていない当事者は、別の意味で身構えていた。

285そらまめ:2017/05/13(土) 16:10:55
…お久しぶりですこんにちは。今自分は何をしているのかというと…と、よそ見してる場合じゃなかった。油断すれば一瞬でやられる…!!
緊張からツーと頬に汗が伝い、知らずにゴクリと喉が鳴る。
もうすぐだ。
これからの事は、ある意味今後の自分を左右することになるだろう。周りの人全てが敵に見える。こんな状況が続いてしまったら、自分の精神がおかしくなってしまいそうだ。
カチカチとやけにうるさく感じる時計の秒針が、もうすぐ、天辺に到達する。

あと10秒…8…5…3…1……



「…それでは16時になりましたのでタイムサービスを始めさせていただきますっ!!」

その放送と共に、戦いの火ぶたが切って落とされた。

「うおおおおおぉっ!!!」

その言葉を聞いた瞬間走り出す。兎に角走る。目的のものを追いかけて、掻き分けて、手を伸ばしたのだった…―――






改めて、こんにちは。先ほどはすみません。ちょっと立て込んでいたものですから。あのタイムセールを逃すと、本気で食費がマッハだったんです。講義の教材ってなんであんなに高いんだろうね。うっすい本が云千円とか思わず一ページあたりの金額計算しちゃったよね。で、そんな財布が乏しい人の味方である今回行ったスーパーのタイムセールは、価格破壊という言葉が文字通りでほんとに安い。貧乏人の強い味方!
パッションにハープで殴られたところが未だに疼いてしまうので、せめて食事くらいはまともなものを食べたかったんです。
しかし、今回は傷の治りが遅い気がする。危険手当がいつもより多かったのはこれを見越してだったのだろうか…説明も無しとかなんか金多くしとけばいいんだろどうせ。みたいなやっつけな感じがします。嫌だねなんでも金で解決できると思ってる人たちは。
…まあ解決されるんですけどね大抵。
例に埋もれず自分も解決されてしまったわけです。あの多さを見れば、ね…? ただ、危険手当というからにはいつもより危険が大きいということで、治りが遅いだけじゃなかったら嫌だなーと思いながら自宅に到着。


「…すみません。今からバイトをお願いします」
「あ、はい。あ、あのー…」
「…なんでしょうか?」
「…あ、やっぱり何でもないです。すみません」
「そうですか。では、バイトの方お願いします」


帰宅して早々にバイトを頼まれ、次の瞬間には目の前にプリキュアが。
ちなみに、さっき謎の声に言いかけたのは、ハープで攻撃(物理)された時の危険手当について聞こうと思ってました。でもなんか怖くなったのでやめました。世の中知らない方がいいこともありますもんね。

今回はプリキュアとの目線が近く、どうやら大物ではないらしい。っていうかむしろプリキュアより目線低くね…?

よくよく見ると、リンゴになっていました。
ちょっと自分でも何言ってるのかわかりません。人間の大きさのリンゴとか中途半端だろ。どうせならドデカくビルくらいの大きさにすればよかったのに。まあリンゴ三個分の重さのネコっぽいのもいるんだからこれもアリか。
…やっぱりちょっと混乱してるみたいです。アリじゃないよねどう考えても。チョイスをもっと慎重にしてほしかった。誰だよこんなの選んだの…と思い周囲を見渡せば、高笑いしながらプリキュアを馬鹿にする大男がいた。

「ふははっ! どうだプリキュア! お前らがリンゴ好きな事はリサーチ済みだ!! 好きなものを相手にいつものように攻撃できるかっ?」

勝ち誇ったように自信満々な男の意味の分からない主張。そんな男を呆れたように見つめるプリキュアたち。

その光景を見て、あ、うん。しょうがないか…と、何故だかすべてを諦められた。

286そらまめ:2017/05/13(土) 16:11:50
「行け! ナケワメーケ!! プリキュアを倒せ!!!」

いや、行けって言われてもこの丸型でどうしろと…
とりあえず転がってアタックしてみる。開幕から捨て身の攻撃である。

「アップぅウウウルっ!!」

鳴き声が絶望的にダサい…
捨て身タックルも案の定躱されて、背後から蹴られ宙に浮いた後、近くにあった電柱にぶつかった。
このフォルム死角多すぎてヤバいんですけど…! 勝てる気がしない上に高速回転だから目がまわって気持ち悪い。一回の攻撃で大分ダメージが。主に自分の所為だけど。

「しっかりしろナケワメーケ! お前の力はそんなもんじゃないはずだろ!」

必死に応援する大男に、どこの修造だよと言ってやりたい。だがアップルしか言えない。悔しいです。

「うーん…今回は言葉を話すような媒体ではないわね」
「パッションの言った通りにしてみようか」
「これではっきりするかもしれないし…」
「みんなありがとう!」

いくら今回のフォルムが雑魚っぽいからって敵の目の前で円陣組んで話し合いってどういうことなの…

「ァアアっプウウウッルーー!!」

円陣に向かって突撃してみる。だがさっきのように直線ではまた躱されそうなのでジグザグと動きながら急ブレーキとかかけてフェイントも入れる。リンゴのくせに意外と俊敏に動けて驚きを隠せない。
円陣から一斉に散らばったプリキュアの後を追いながら廻る。ピーチのパンチをカーブすることで避け背後から突進。動きの速さに追いつけなかったのか態勢を崩したピーチに渾身のジャンピングアタックをお見舞いした。

「くっ…!」
「ピーチ大丈夫っ?!」
「大丈夫だよパッション!」
「あんなフォルムなのに意外とやるわね…」
「そうだねベリー、丸いから動きが自在だし。でも…」
「まあ、あれだけ回転してたらね。そりゃあ眼もまわるわよね」

頑張ってピーチに一撃いれて優勢になったかと思いきや、高速回転のし過ぎで世界がまわっている。ふらふらしながら木とか壁とかにぶつかってしまう。眼の前にいるプリキュアにたどり着けない…そして最高に気持ち悪い。

「まあ、ウエスターの出したナケワメーケなんてこんなものよね」
「おいイース! なんだその見下した言い方は! 大体自分の好きなもの相手に何故普通に攻撃しているんだ!!」
「だって私リンゴよりももの方が好きだし。大体リンゴを媒体にしようとするあたり作戦も何も考えてなさそうよね」
「俺だって考える時はある! 例えばこんなふうにな! ナケワメーケ!!!」
「アップウウ?」

気持ち悪さを必死に抑え男を見ると、こちらに向かって何やらジェスチャーしている。
えーと、何々、自分の体を絞って匂いをだせ…? え、なに言ってんのこの人。自分の体を絞るなんてそんなことできるわけ…あ、できた。
上半身を思いっきり捻ると何やら果汁的なものがでてきた。きもい。
で、こんな汁だしてどうすればいいんだろうかと無い首を捻ると、一番近くにいたピーチがこちらにふらふらと歩いてきた。しかも全くの無防備で。どうしたのかと思いながらせっかく近づいてきたので体当たりしてみた。すると避けることもなく攻撃が当たる。なんだこれ?

「…ッ! え…なんで私ナケワメーケに近づいて…」
「ちょっとピーチどうしたのよ!」
「わ、わかんないよっ! なんか気付いたら体が勝手に動いてて…」
「ふははっ、どうだプリキュア! リンゴは見た目だけじゃなく中身も優秀なのだ!」

もしかして、果汁から出る匂いが相手に何かしら影響しているのだろうか。そうでなきゃピーチが寄ってくるわけないし。まじか。意外とすごくないかリンゴ!そしてちょっと見直したよ大男!そうと分かれば高速回転でプリキュアに近づいて果汁を出しまくる。
案の定近くにいたベリーとパインがこっちによってきたのでそこを攻撃。
なんだこれすごいぞ。やられっぱなしだったプリキュアを苦戦させている!しかもこんな弱そうな怪物なのに!

「みんな!! どうすればあの匂いを防げるのかしら……っそうだ…!」

匂いをだしてプリキュア達にアタックしまくる。わーい臨時収入だ金だーなんて現金に眼が眩んだのが間違いだったのだろうか。気付いたらパッションがこちらにハープを向けていた。思わず体が震えた。どうやら体の方がトラウマを感じているらしい。

「吹き荒れよ幸せの嵐! プリキュア! ハピネスハリケーン!!」

辺りに風が巻き起こる。と、それまで無抵抗で寄ってきていたプリキュアがピタリと動きを止めた。

「…あれ、匂いがしない」
「ハピネスハリケーンのおかげで匂いが消されてるんだわ!」
「ありがとうパッション!」
「みんな! 今のうちに!!」

287そらまめ:2017/05/13(土) 16:12:27
くそ、風で匂いが拡散されてるのか。これじゃ捨て身アタックくらいしかできることがないじゃないか!ああ、今回はここまでか…調子よかったんだけどな。
それぞれがスティック、ハープを持っている。浄化される準備でもするかと気だるげにぼーとしていると、なぜかこちらに走り出すプリキュア。ハピネスハリケーンで時折視界が遮られるが、それでもこちらに迫っているのは見間違えようがない。予想外すぎて固まってしまう。
ついに目の前に、っていうか囲まれた。振り上げられる腕。なにこれこわい。

「…せーのぉ!!」

ピーチの気の抜けた掛け声を皮切りにスティックで殴られた。四方向から。え、え…?

「…ちょ、え、い、いたっ痛い!」
「ホントにナケワメーケしゃべった!!」
「パッションの言ってた通りね!」
「えいっ…!」
「やっぱり! どうしてナケワメーケが喋ってるのよ! 何が目的?!」
「おまえらが何の目的だよっ!! イタっ…やめ、ちょ、殴るの止めて!?! これただのいじめ!!!」

正義の味方に鈍器(スティック)で殴られる。この絵面ただの弱い者いじめじゃね?!ってかまじ痛い!!

「ナケワメーケに話す機能なんてつけて何のつもり!」
「ちょっとアンタ意思があるの?」
「ごめんね…!」
「質問しながら殴るなっ! 痛っ! ごめんとか言っといて一番力入ってるぞ黄色い奴っ!いたいっ、ごめんなさい、止めてっ!」
「質問に答えなさいっ!!」

殴られ過ぎて意識が遠のいてきた。なんなのなんで殴るの止めてくれないの。質問?意思があるのかって?そりゃあるよ。だって…

「だってバイトだからぁっー…!」

そんな言葉を叫んだのを最後にぷつりと意識が途切れた。


…ふと目が覚めるとそこは自分の部屋だった。身体も自分のものだ。戻ってきたらしい。戻ってこれたのか…先ほどまでのことを思い出す。プリキュアにタコ殴りにされる自分。え、ていうかなんだったのあれ。プリキュアって暴力団だったの?力のないものを力のあるやつが攻撃するって正義的にどうなんですか!一般ピーポーですよこっちは!

「っ痛っ…」

思わず打ち震えた瞬間身体のあちこちに痛みが走る。服をめくると痣が至る所にできていた。
まじかよ…やばいよこれ。まああれだけ殴られて痣だけってのもすごいが。っていうかパインに殴られたとこだけ痣デカいんだけど。しかも脇腹とか防御の薄そうなところばかり。あいつやっぱえげつないわ…
それにしても意識がこっちに戻ったってことは浄化されたってことでいいのだろうか。殴られても浄化ってされるんだね知らなかったよ。でも普通にやってほしかった。
プリキュアと会話した気もするけどまあいいか別に。あの怪物に鳴き声以外のコミュニケーションのとり方があるとは思わなかったが。

あー、次バイトするの嫌だなあ…

数日後に振り込まれていたバイト代は未だかつてない金額でした。

288そらまめ:2017/05/13(土) 16:13:01
以上です。
ありがとうございました。

289名無しさん:2017/05/13(土) 16:38:45
>>288
このシリーズ好き! 続きが読めるとは嬉しいです。
バイト君、受難なんだけど、それが何とも楽しいんだよねw
続きも楽しみにしています。

290一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:04:03
こんにちは。
めちゃくちゃ遅くなっちゃいましたが、まほプリ最終回記念SS、ようやく続きが書けました。
これで完結です。7〜8レス使わせて頂きます。

291一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:04:35
「はー! 今日のお月様、真ん丸だね〜」
 空に浮かべた箒に腰かけて、ことはが無邪気な歓声を上げる。モフ!と嬉しそうに応じるのは、彼女の隣にちょこんと座ったモフルンだ。
 魔法界から見る月は、ナシマホウ界から見るよりも青く輝く。でもそれ以外は、大きさも光の強さも変わらない。月は日々形を変えながら、二つの世界を見守っている。

「この姿になったばかりの頃は、何もかも小さく見えたけど」
 ことはがパッと右手を開いて、まるで月を掴もうとでもするように、その掌を天にかざした。
「お月様と……あと、お日様は変わらないね。わたしが小さい頃も、大きくなっても」
 そう言いながら、今度は下の方に四角く見える光に目を移す。この光は自然の光ではなくて、窓から漏れる部屋の灯り。部屋の中では、みらいとリコが並んでベッドに腰かけていて、ことはとモフルンに気付き、二人同時に笑顔で手を振った。
「それから、みらいとリコとモフルンも、ずーっと変わらない」
「モ〜フ!」
 さっきよりさらに嬉しそうなモフルンの声に、ことはがまるで花が咲いたような笑顔を見せる。

 リコの夏休みに合わせて、みらいとモフルン、そしてことはは、今日から魔法界に遊びに来ていた。明日は久しぶりに魔法学校の夏祭りを楽しんで、その後は四人であちこちに出かけ、いろんな人に会って、魔法界を満喫しようという計画だ。

「それで、はーちゃん。モフルンに聞きたいことって、何モフ?」
 モフルンが、首をかしげてことはを見上げる。さっきそう耳打ちされて、ことはと一緒にリコの部屋を出て来たのだ。モフルンの言葉にいつになく真面目な表情になったことはは、まるで内緒話でもするように、この小さな親友に顔を近づけた。

「あのね。ナシマホウ界から魔法界まで、どれくらい時間がかかったか、教えて。カタツムリニアに、どれくらい乗ってた? 春にリコがナシマホウ界に行った時と比べて、短くなってるかな」
「モフ……」
 モフルンが少し考えてから、ニコリと笑って答える。
「短くなってるモフ!」
「ホント!? どれくらい?」
「えーっとぉ……」
 ことはに勢い込んで尋ねられて、モフルンが記憶を辿るようにじっと夜空を見つめる。

 以前よりも遥か遠くに隔たってしまった、魔法界とナシマホウ界。リコを含めた魔法界の人々の数えきれない試行錯誤の末、やっとこの春、カタツムリニアが再び二つの世界を繋いだ。ただ、やはり以前と違って、行き来するには何日もカタツムリニアに乗らなくてはならない。
 みらいが夏休みを魔法界で過ごしたいと言い出した時、リコはそう言って、魔法界に着くまでにかかる時間を細かく計算していた。

「リコは、今日の夕方に魔法界に着くはずだ、って言ってたモフ。でも実際に着いたのは、ちょうどお昼ご飯の時間だったモフ」
 両手をいっぱいに広げて、嬉しそうに説明するモフルン。だが、それを聞いたことはは、明らかにがっかりした様子で肩を落とした。

「そっか……。まだちょっとしか近くなってないんだね、魔法界とナシマホウ界」
 俯くことはを見て、モフルンの身振り手振りがさらに大きくなる。
「そんなことないモフ! 夕方がお昼になったんだから、凄いモフ!」
「でも、その前に何日も――前の何倍も時間がかかってるんでしょ? 頑張っているんだけど、なかなか一気には近くならなくて……」
「大丈夫モフ。はーちゃんが頑張ってるってことは、みらいもリコも、モフルンも分かってるモフ」
「ありがとう、モフルン」
 ことはがようやくうっすらと微笑んで、もう一度足下の窓に目をやる。みらいとリコは相変わらずベッドに腰かけたまま、どうやら話に夢中のようだ。今度は二人がこちらを見る前に目をそらして、ことはは小さくため息をついた。

「わたし、もっともっと、みらいとリコの力になりたい。何かほかに、わたしに出来ることって……」
 ことはがそう言いかけた時。
「おや。ことは君、来ておったのか」
「お久しぶりですわ」
 不意に声をかけられて、ことはが驚いて顔を上げる。中空からことはとモフルンを見つめていたのは、魔法の絨毯に乗った校長先生と、その掌の上に浮かぶ魔法の水晶だった。

「校長先生! こんな時間にどうしたんですか?」
「明日の天気が気になって、空の様子を見に来たのじゃ。明日は夏祭りじゃからな」
「そっか。お祭りだぁ!」
 夏祭りと聞いて明るい表情になったことはに、校長も静かに微笑む。
「君も花火を上げたんじゃったな、みらい君やリコ君と一緒に」
「はい。みんなでパチパチ花を探して、みんなで打ち上げました」
 あの時の花火を思い浮かべているのか、ことはが懐かしそうに夜空を見上げる。と、不意にその目がキラリときらめいた。

292一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:05:06
「はー! そうだっ!」
「モフ?」
 首を傾げるモフルンに、何だか得意そうにエヘヘ……と笑って見せてから、ことはが目の前に浮かぶ魔法の絨毯の方に向き直る。
「校長先生! お願いがあります!」
 箒から今にも落ちそうな勢いで迫ることはに、怪訝そうに頷いた校長先生は、彼女の話を聞いて、今度はあっけにとられた顔つきになった。



     サンタとサンタのクリスマス( 花の章 )



「よぉし。こっちの袋は全部詰め終わったぜ。まゆみ、そっちはどうだ?」
「うん、こっちも完了!」
 ジュンとまゆみがハイタッチをして、楽しげに笑い合う。その隣では、かな、ケイ、エミリーの三人がプレゼントの包みをリレーのように手渡しながら、せっせと袋に詰めている。

(何だか、あの年のハロウィンを思い出すなぁ)

 老若男女、たくさんの人が賑やかに作業している、津奈木第一中学校の体育館の一角。届け先のリストをチェックしながら、みらいはそんな仲間たちの様子を眺め、リコと目と目を見交わして、嬉しそうに微笑んだ。
 が、次の瞬間、二人揃ってギクリと首を縮める。ジュンとまゆみの、こんな会話が聞こえて来たからだ。

「さて、そろそろ橇に積み込むか。どこにあるんだ?」
「そり……? ウフフ、そこまでやれたら素敵だけど、それはちょっと本格的過ぎ」
 可笑しそうに笑うまゆみに、ジュンの方は不思議そうに目をパチパチさせる。
「じゃあ、これどうやって運ぶんだ?」
「車を使う人が多いかな。わたしたちは自転車だけど……」
「自転車かぁっ!?」
 今度はまゆみが目をパチクリさせる番だった。
 たまりかねたリコがジュンに駆け寄る。だが一足早く、ジュンはガシッとまゆみの両腕を掴んだ。

「じゃ、じゃあ、今夜はあたいたちも、自転車に触れるのかっ!?」
「う、うん」
「そうかぁ。同じサンタでも、こっちは空じゃなくて地上を走るんだもんなぁ!」
「え? 同じサンタ、って……」
「空じゃなくて、ってどういうこと!?」
 まゆみの言葉を遮って勢いよくジュンに迫ったのは、勿論、かなだ。慌ててそちらに方向転換しようとしたリコだったが、その時にはみらいがリコの脇をすり抜けて、かなの肩を両手で押さえていた。

「かな、落ち着いて」
「だって、みらい。空を走るサンタってことは、本物のサンタクロースでしょう?」
 ジュンに負けず劣らず目を輝かせて、かなが再びジュンに迫る。
「ねえ、見たことあるの!?」
「い、いやぁ、それは……」
 ようやく口を滑らせたことに気付いたジュンが、困った顔で言葉を濁す。その後を、みらいが急いで引き取った。
「いやいや、“空じゃなくて”、って言うのは、そのぉ……“そこまで本格的じゃなくて”、って意味だよ! ね? ジュン」
「へ? ……あ、ああ。そうそう」
 引きつった笑顔を作って、カクカクと頷くジュン。その顔とみらいの顔に交互に目をやってから、かなは残念そうな声で言った。
「え、違うの? てっきり、空を走るサンタクロースの橇を見たことがあるのかと思ったのに」
 ジュンがそっと胸をなでおろし、みらいはかなにニコリと笑いかけてから、リコに向かってパチリと片目をつぶって見せた。

(何だか懐かしいわ)

 リコが思わず、クスリと笑う。プレゼントの準備が再開されると、まゆみがニコニコしながらリコの隣にやって来た。
「懐かしいでしょ? かなのあの反応」
「え、ええ。それに、なんか勝木さんとみらいって、中学の頃より仲良くなったみたいね。前は名前で呼び合ったりしてなかったと思うけど……」
「ああ、それはね。それこそ、サンタクロースにも関係があるんだけど」
「え、サンタクロース?」
 怪訝そうな顔をするリコに、まゆみが少し得意げに頷いて、ゆっくりと話し始める。リコたちから少し離れたところでは、みらいとジュンがプレゼントの包みを前にして話し込んでいる。かなは、もうすっかり笑顔になって、ケイとエミリーと一緒にあのハロウィンの日の思い出話に花を咲かせているようだ。
 久しぶりに会った友達同士の、賑やかな語らいのひととき。だが、やがてみらいとリコはもう一度顔を見合わせると、体育館の入り口の方を窺った。

293一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:05:36
 みらいが再びリコの隣にやって来る。
「ねえ、リコ。はーちゃん、まだ来ないのかな」
「そうね。わたしたちがここにいることは、分かっている気がするんだけど……」
 リコが少々自信なさそうな口調になる。
 ことはには、夏休みに魔法界で会った時、クリスマス・イブの夕方にここで会おうと伝えてある。リコが予定より半日も早く着いたとは言うものの、もう日も傾いて、そろそろリコたちが到着する予定だった時刻だ。
 そもそも時刻には関係なく、みらいもリコも二人が一緒に居れば、ことはもすぐに現れるものだと思い込んでいた。それに加えて、かなが今朝ことはをこの近くで目撃したという話も聞いている。
 それなのに、なぜ彼女が一向に現れないのか……。みらいにもリコにも、まるで見当がつかない。

「う〜ん……せめてこっちから、はーちゃんに連絡出来ればいいんだけどな……」
 昔と同じく眉を八の字にして考え込むみらいに、そうね、とリコが低い声で相槌を打つ。その顔を見て、みらいは表情も声も努めて明るくして言った。
「でも、はーちゃんのことだから、きっともうすぐ来るよね?」
「きっと来るモフ!」
 みらいの鞄の中からそっと顔を出して、モフルンも小さく声を上げる。
「ええ……そうね」
 リコはまだ心配そうな顔つきながら、そう言ってこくんと頷いた。



 しかし、それから一時間以上経って、プレゼントの準備が全て終わっても、ことははやって来なかった。短い冬の一日は既にとっぷりと暮れて、白々とした蛍光灯の光が体育館を照らしている。
「サンタさんたちは、そろそろ着替えて下さーい」
 事務局のメンバーの一人が、時計を見て声を張り上げる。はーい、と張り切って答えるかなの声を聞きながら、みらいとリコがもう一度入口に目をやった時、そこに見慣れた人影が現れた。
「悪ぃ、遅くなった。準備、出来たか?」
 体育館に駈け込んで来たのは、リコたちが来る前に買い出しに出かけていた、壮太とゆうとだった。

「よぉ、リコ。それにみんな。よく来たな!」
「久しぶりだね! 元気だった?」
 集まって来た仲間たちの中にリコたちの姿を見つけて、二人が声を弾ませる。
「いろいろ買って来たぜ。これで雰囲気もばっちりだろ」
 壮太がそう言いながら、持っていた袋の中の物を取り出して見せた。
 星形の蛍光シートや、カラフルなモール。クリスマスの様々なアイテムが描かれた、大ぶりのシール……。
「それ、どうするの?」
「自転車に飾り付けるんだ。サンタの乗り物なんだから、クリスマスらしい方がいいだろ?」
「なるほどね」
 リコの感心した様子を見て、壮太は得意そうに胸を反らしてから、もうひとつの袋を差し出した。
「そしてこれは、差し入れのイチゴメロンパン。出発前の腹ごしらえに、みんなで食べようぜ」
 全員から、わーっという歓声が上がった。

「ところで壮太。その辺で、はーちゃんを見かけなかった?」
「ああ、はーちゃんも買い出しか? ショッピングモールから出ていくところをちらっと見かけたから、先に着いてると思ったんだけど」
「えっ!?」
「今、ショッピングモール、って言いました!?」
 事もなげに答えた壮太が、二人の驚いた様子に怪訝そうな顔になる。
「……違うのか?」
「わたしたち、まだはーちゃんに会ってないんだよ」
「えっ?」
 みらいの言葉に、今度は壮太より先に、その隣に居たゆうとが驚きの声を上げた。
「それじゃあ、あれはやっぱり見間違えだったのかな……。昨日、花海さんらしき人影が、津奈木神社の石段を上っていくのを見たんだ。てっきり、イブの前日から朝日奈さんの家に来てるんだと思ってたんだけど」

「じゃあ、はーちゃんは昨日からこの町に……?」
 ますます心配そうに囁くリコの隣で、みらいは口の中でブツブツと呟く。
「神社の石段に、ショッピングモール。かなが見かけたのは、通学路の並木道……」
「それって……全部わたしたちが、はーちゃんと一緒に行った場所じゃない?」
「じゃあ、ひょっとして!」
 リコの言葉に、みらいが顔を上げる。

「リコ! あの場所に行ってみよう!」
「え……ええ。でも、はーちゃんはどうして……」
「それは直接、はーちゃんに聞いてみようよ」
 みらいが勢い込んで、リコの顔を覗き込む。
「こっちから連絡が取れないんだから、探しに行くしかないよ! だって、はーちゃんは今ならきっと、近くに居るはずだもの」
 あの頃と少しも変わらない、みらいの力強い眼差し。それを見つめるリコの顔に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「そうね。行きましょう!」

294一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:06:06
 頷き合った二人が、仲間たちの方に向き直る。
「わたしたち、ちょっと行って来るね。まゆみ、出発の時間になっても戻らなかったら、先に行って。すぐに追いかけるから」
「ジュン。もうすぐ出発みたいだから、後は任せたわ」
「ええっ!? あたいかよ!」
「ちょ、ちょっとみらい!?」
 慌てるジュンとまゆみ、そして心配そうな仲間たちに向かって、二人一緒に拝むような仕草をしてみせてから、みらいとリコは、体育館の外に飛び出した。



 校庭は、人でごった返していた。プレゼントの袋を車に積み込んでいる人々。既にサンタの衣装を身に着けて、付け髭姿を笑顔で見せ合っている人々……。ポケットの中の箒を取り出そうとしたリコが、それを見て慌てて元に戻す。
「リコ、こっち!」
 みらいはリコの手を引っ張って、体育館の裏手に回った。そしてさっきのリコと同じように、ゴソゴソとポケットの中を探る。
「無理よ、みらい。すぐ近くにこんなに人が居るんじゃ、空は……」
「違う違う。これだよ」
 みらいがポケットから取り出したのは、箒ではなく小さな鍵だった。並んでいる自転車の、一台の鍵穴にそれを差し込む。
「リコは後ろに乗って。しっかり掴まっててよ!」
 モフルンを前かごに乗せ、自転車に飛び乗ったみらいを見て、リコも慌ててその後ろに座った。

 自転車は裏口から学校の外に出て、狭い坂道を駆け下りる。両腕をみらいの腰に回してギュッとしがみついているリコは、どこに行くのか、みらいに尋ねたりはしなかった。尋ねなくても、リコには行き先の見当がついているのだろう。

(二人乗りって言えば、あの頃は大抵、わたしが後ろだったけど……)

 リコの体温とその腕の感触が何だか嬉しくて、みらいは張り切ってペダルを漕ぐ。だが並木を抜けて公園に差し掛かったところで、慌てた様子で声を上げた。
「あれ……お店は? ワゴンが見えないよぉ!」
 すっかり暗くなった公園の中、目指す思い出の場所――イチゴメロンパンを売っているワゴン車が、いつもの場所に見当たらない。

「そんな……」
 呆然と呟くみらいに、すぐ後ろから柔らかくて冷静な声がかけられる。
「落ち着いて、みらい。壮太君が差し入れを買って来てくれたんだから、きっと店じまいしてすぐのはずよ。はーちゃんは、まだ公園の中に居るかもしれないわ」
「探すモフ!」
 モフルンも励ますようにそう言って、みらいを見上げる。
「うん、そうだね」
 みらいの声に、いつもの調子が戻った。

 誰も居ない公園の中に、自転車を乗り入れる。
「はーちゃーん!」
「はーちゃーん!」
「居たら返事するモフー!」
 三人で声を張り上げながら、公園の中をぐるりと回った。
 キョロキョロと辺りを見回していたみらいが、あ、と小さく息を飲む。木の陰で、何か桃色のものが動いたような気がしたのだ。
 慌ててペダルを踏む足にぐんと力を入れる。だが次の瞬間、前輪が何かを引っ掛けたらしく、自転車はぐらりと大きくよろけた。

「うわぁっ!」
「モフっ!」
 みらいとリコ、そしてモフルンが、思わず悲鳴を上げた、その時。

「キュアップ・ラパパ! 自転車よ、空を飛べるようになぁれ!」

 あどけない声と共に、自転車がふわりと宙に浮く。公園が見る見る足下に遠ざかっていくのを、目をパチパチさせて見ているみらいの隣に、すぅっとエメラルドグリーンの箒が並んだ。

「はーちゃん!!!」
 みらい、リコ、モフルン。三人のぴたりと揃った声に、箒に乗ったことはが、二ヒヒ……と楽しそうに笑う。彼女は既にサンタクロースの衣装を着て、背中には白い袋を背負っていた。
「もうっ! どこ行ってたの?」
「ごめん、遅くなっちゃった」
 言葉のわりには嬉しそうなリコの声に、ことはは自分の頭をポカリと軽くげんこつで叩いて見せた。

 箒と自転車は滑るように空を走り、程なくして湖が一望できる、誰も居ない展望台に降り立った。ここは、みらいとリコ、そしてモフルンにとっては思い出の場所。いくら探してもはーちゃんが見つからなくて途方に暮れていた、あの夏の夜に語り合った場所だ。

「あのね。みらいとリコにプレゼントがあって、その準備をしてたんだ」
 ことはがそう言いながら、背中に背負っていた袋の中から大きな靴下を三つ取り出す。そしてそのうちの二つを、みらいとリコに手渡した。
「開けてみて!」

295一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:06:38
「え……これって!」
「魔法の水晶!?」
 みらいとリコが、驚きの声を上げる。
 靴下の中から現れたのは、みらいがピンク色、リコが紫色の台座の付いた、校長先生のものより少し小ぶりの水晶玉だった。
「うん。そしてこれは、わたしの分」
 ことはがもうひとつの靴下の中から、緑色の台座が付いた水晶を取り出す。

「ごめんね。魔法界とナシマホウ界が前みたいに近くなるには、まだもう少し時間がかかりそうなの……」
 ことはは、すまなそうに顔を俯かせた。
「だからわたし、考えたんだ。みんながひとつずつ水晶を持っていれば、話がしたいときに、声が聞きたいときに、いつでも連絡が取れるでしょ?」
 そう言って、ことはが今度は少し得意そうに微笑む。
「でも、水晶さんには校長先生のお仕事があるから、わたしたちの連絡まではお願いできない。だからね。水晶さんと校長先生にお願いして、わたし、しばらく水晶さんに弟子入りしてたの!」

「ええ〜っ!?」
「弟子入り、って……」
 みらいとリコがあっけにとられる中、ことはが持っている水晶に手をかざす。すると水晶はぼうっと光を帯びて、その中に女性の横顔の像が浮かび上がった。
「なかなか筋が良かったですわ。占いは、あまり得意ではないようでしたけど」
「エヘヘ……。水晶さんみたいにこの中に居るわけじゃないから、難しくて……。だから、わたしは連絡係専門ね」

「はーちゃん……凄いよ!」
 みらいが震える声でそう呟いて、ことはを優しく抱き締める。
「ありがとう、はーちゃん」
 リコも涙ぐんだまま、ことはの肩をそっと抱いた。
「はー!」
 ことはが二人の背中に手を回して、幸せそうに微笑む。
 まだ自転車の前かごに乗ったまま、その様子をニコニコと眺めていたモフルンが、ふと空の一角に目を留めて、モフ!と声を上げた。

「みらい。みらい!」
「ん? なぁに? モフルン」
 ことはから離れたみらいの肩に、モフルンが飛び乗って、空を指差して見せる。
「モフ〜! 今年も見えてるモフ!」
「え? 今年も、って……。あ、そっか!」
 空を眺めたみらいが、パッと顔を輝かせる。そしておもむろに、ことはが持っている水晶玉に向かって叫んだ。

「水晶さん! 今、校長先生とお話できませんか?」
「今? これから大事な祭典に向かわれるところなんですが……」
「出来ればその前に、ほんの少しだけ!」
「分かりましたわ」

「みらい、一体どうしたの?」
「あはは……。ちょっとね」
 突然の行動に目を丸くするリコとことはに、みらいはモフルンと顔を見合わせ、悪戯っぽく微笑んでみせる。リコがますます怪訝そうな表情になった時、水晶の中に校長先生の姿が映し出された。

「やあ、みらい君。どうした?」
「すみません、校長先生。大事な祭典って、クリスマスの、ですよね?」
「ああ。リコ君から聞いておるか? これから光の祭典の、最後の光を灯しに行くんじゃよ」
「それ、水晶さんを通してわたしたちにも見せて頂けませんか?」
 水晶の中の校長先生が、一瞬キョトンとした顔つきになった。
「それは別に構わんが……」
「ありがとうございます!」

 水晶の光が、いったん消える。それを見届けてから、みらいはさっきモフルンが指差した空の一角を、改めて指差した。
「あそこに星が見えるでしょ? ほら、ひとつだけ青っぽく光ってる……」
「ああ、あの星だね!」
「ええ、わたしも分かったわ」
 ことはとリコも、空を見ながら頷く。今日は雲が多くて、あまり星が出ていない。その星もぼんやりと頼りなげに光っていたが、みらいの言う通り少し変わった色をしているので、見つけやすかった。
「あの星を、よ〜く見ててね」
 みらいがさも重大そうに二人に告げる。その時再び水晶が輝いて、小さな無数の光を灯した、魔法学校の母なる木が映し出された。

296一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:07:08
「キュアップ・ラパパ! マザー・ラパーパよ、我らの想いを輝かせたまえ!」

 校長先生の力強い声と共に、小さな光がその強さを増して、まるで母なる木そのものが光っているかのような燦然たる輝きを放つ。
「あっ!」
 その瞬間、リコが驚きの声を上げた。空にぼんやりと見えていた星が、見る見るうちに光を増して、青から緑に、そして他のどの星よりも明るいエメラルド色の星になったのだ。

「はー! あれって……」
「もしかして……魔法界の、母なる木の光!?」
「うん! やっぱりそうだったね〜!」
 大きく目を見開いて星を見つめるリコの隣に、みらいが笑顔で歩み寄る。
「あの星ね。クリスマスにサンタさんになってプレゼントを配る時にだけ、いつも輝いてたの。何だか気になって眺めていたら、ある年、今みたいに急に光が強くなる瞬間を目撃してね」
「モフ」
 みらいの肩の上で、モフルンがニコリと笑う。その時は動くことも喋ることも出来なくても、モフルンもみらいと一緒にその光景を見ていたのだ。
「星に詳しい並木君に聞いても、何の星だか分からなくて。それでずっと不思議だったんだけど、リコにクリスマスの話を聞いた時、もしかしたら、って思ったんだ」

「そう……。ちゃんと届いてたのね、この世界に」
 まるで自分の言葉を噛みしめるように、リコがゆっくりと呟く。そして、手摺に置かれたみらいの手に自分の手を重ねると、空から目を離して隣に立つ親友を見つめた。
「ありがとう、みらい」

「さぁ、今度は君たちの番じゃな。応援しておるぞ」
 校長先生の穏やかな励ましの声を最後に、水晶の光が消えた。すると、それとほぼ同時に、どこからともなくシャンシャンという鈴の音が聞こえて来た。
「え……あれって……!」
 今度はみらいが驚いた顔で、展望台の後方――さっきやって来た方角の空を見つめた。



 その鈴の音が聞こえてきた時、津奈木第一中学校では、もう全員がサンタの衣装に着替え、校庭に集合したところだった。
「あ、魔法つかい! じゃなくて……本物のサンタさん!?」
 かながいち早く空を指差して、歓喜の声を上げる。その指の先には、トナカイが引く橇の姿が十台ばかり連なって、鈴の音と共に、次第にこちらに近付いて来ていた。
 今回ばかりは見間違いだと言う者は誰もおらず、皆ポカンと口を開けて天を仰いでいる。ジュン、ケイ、エミリーの三人だけが、抱えたプレゼントの袋の下で、互いにこっそりと親指を立て合った。

「サンタクロースだ!」
「本物のサンタクロースが帰って来た!」
「あ! 降りて来るぞ!」
 校庭のあちこちからそんな声が上がる中、事務局代表の高木先生が、皆に引っ張り出されるような格好で前に進み出る。
 やがて、校庭のすぐ上までやって来た橇の列の中から、一台の橇が音も無く着陸し、そこから赤い服の男が降りて来た。

「あ、グスタフさん」
「この町のサンタさんたちがここに集まってるって、教えたの?」
「ああ。さっきリコに頼まれて、デンポッポで地図を送ったんだ」
 ケイ、エミリー、ジュンがひそひそと囁き合う中、魔法商店街で箒屋を営むグスタフが、高木先生に歩み寄る。
「いやぁ、まさか本物のサンタクロースに会えるなんて、思ってもみませんでした」
「いや、今はどっちも本物のサンタじゃないですか。それに、ここではあんたたちが主役で俺たちは手伝いだ。もし積みきれないプレゼントがあったら、運びますよ」
「おお! それは有り難いな」
 高木先生とグスタフが、がっちりと握手を交わす。それを見て、空と地上の両方から、盛大な拍手が沸き起こった。

297一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:07:38
「凄い……。凄いね、リコ! 魔法界のサンタさんも、ナシマホウ界のサンタさんも、みんな笑顔で、手を取り合ってて、とってもとっても……楽しそうで……!」
「もう、みらいったら」
 頬を真っ赤に染めて興奮気味に言い募るみらいを、リコが嬉しそうに見つめる。
 みらいたちは魔法で姿を隠し、箒に乗って校庭での一部始終を見守っていた。

「津奈木町だけじゃないわ。今日は昔みたいに、魔法界のサンタたちが手分けしてナシマホウ界のあちこちに行ってるの。ただし、プレゼントを配るためじゃなくて、ナシマホウ界のサンタさんたちの手伝いをするためにね」
 人差し指をピンと立てたいつものポーズで得意げにそう語ってから、リコは隣で身を乗り出している親友に、柔らかく微笑みかけた。
「みんな、とっても嬉しいのよ。ナシマホウ界の人たちが、サンタさんを続けてくれていたっていうことが。だから、これはほんのお礼の気持ちよ」

 車にギュウギュウ詰めになっていた袋を少し下ろして、それを橇に積んでもらっているナシマホウ界のサンタが居る。空飛ぶトナカイにこわごわ触れようとしているナシマホウ界のサンタの隣で、興味津々で車の運転席を覗き込んでいる魔法界のサンタが居る。
 持っていたお菓子を早速振る舞う者。お互いのファッションチェックを始める者……。ただでさえごった返していた校庭が、さらに賑やかで、笑顔溢れる場所になっている。
 その光景をキラキラした目で見つめてから、みらいは満面の笑顔でリコを振り返った。
「リコ、ありがとう!」

「さぁ、わたしたちも、サンタさん頑張ろう!」
 ことはが明るい声を上げて、もう一度魔法の杖を構える。
「キュアップ・ラパパ! みんなのサンタさんの衣装よ、出ろー!」
 くるりと杖を持ち替えて空中に線を描くと、みらいとリコ、それにモフルンが、一瞬でサンタクロースの姿になった。

 そっと地上に降り立って姿を現し、停めておいた自転車を引いて、三人で歩き出す。
「はー! 今年はナシマホウ界のクリスマスで、来年は魔法界のクリスマスだね〜。これから毎年、楽しみだなぁ!」
「そしてこれからは、リコともはーちゃんとも、好きな時にお喋り出来るんでしょ? それってワクワクもんだぁ!」
「ワクワクもんだしぃ!」
 久しぶりにみらいとことはの口癖を聞いて頬を緩めたリコが、ふと気が付いたように、ことはに問いかけた。

「そう言えば、はーちゃん。どうしてナシマホウ界の色々なところに出かけてたの? 勝木さんや、壮太君やゆうと君が見かけたって…・・・」
「ああ、それはね。魔法界とナシマホウ界の、いろ〜んな場所に詰まっているわたしたちの思い出を、水晶に込めに行ったの。三つの水晶を繋ぐ力にしたくて」
「じゃあ、校長先生のところだけじゃなくて、魔法界の他の場所にも……?」
 驚くリコに向かって、ことはが再び、エヘヘ……と頭を掻く。そんな二人に笑顔を向けながら、みらいがゆっくりと、噛みしめるように言った。
「これからは、わたしたちの水晶に、もっともっと思い出を込めていけるよね。魔法界の友達、ナシマホウ界の友達、そしてこれから出会う、もっともっとた〜っくさんの人たちとの思い出も一緒に。ねっ!」
「うん!!」
「モフ!」
 リコとことは、そしてモフルンが、みらいに負けず劣らずの笑顔で力強く頷いた。

「あ、やっと帰って来た!」
「おーい、みらい、リコー!」
「はーちゃん、久しぶりー!」
 まゆみたちが、みらいたちを見つけて一斉に手を振る。その後ろでは、宙に浮かぶ橇に乗ったグスタフが、ニヤリと笑ってさっと片手を挙げてみせた。
 三人は、もう一度嬉しそうに顔を見合わせてから、頬を染め、目を輝かせて仲間たちの元へと駆け寄った。

〜完〜

298一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/05/21(日) 13:08:41
以上です。ありがとうございました! 時間かかってすみません。
次は、またまたしばらく中断しているフレッシュ長編、頑張ります!

299名無しさん:2017/05/26(金) 00:17:57
>>298
季節の描写が美しかったです

300名無しさん:2017/06/05(月) 00:10:25
夏は競作やらないんですか?

301運営:2017/06/05(月) 12:53:59
>>300
こんにちは。
そういうご質問頂けるのはとっても嬉しいんですが、年に何度もは運営側に余力がなくて(涙)
年に一度、サイト開設月の二月を目処に行っています。
ご了解下さい。

302Mitchell & Carroll:2017/06/13(火) 23:18:27
アイカツとのコラボで『血を吸いに来てやったわよ! 〜ノーブル学園編〜』

みなみ「やだ、空が真っ黒だわ」
トワ「困りますわ!せっかくシーツを干したのに……」
きらら「何アレ……蝙蝠の大群?」
はるか「まさか……」
パフ「校舎のてっぺんに誰か立ってるパフー!!」
アロマ「こっちに向かって飛んでくるロマーー!!」
ユリカ「ユリカ様が血を吸いに来てやったわよ!!」
きらら「血を吸いに……まさかヴァンパイア!?」
みなみ「ヴァ……(卒倒)」
はるか「みなみさん!?」
ユリカ「あらあら、わたくしの麗しさに見とれて気を失ってしまったようね」
トワ「誰一人として、血を吸わせませんわ!立ち去るのです!!」
ユリカ「ふふ……高潔な精神、嫌いじゃなくってよ。まずは、あなたのその真紅の血からいただくわ!」
トワ「いやっ!?」
はるか「トワちゃん!!」
きらら「トワっち!!」
トワ「うぅ……血を……血を下さいまし……」
パフ「トワ様ーー!?」
ユリカ「吸血鬼に血を吸われると、その者もまた吸血鬼になってしまうのよ。さあ、お友達の血を吸ってあげなさい。我が一族の繁栄のために!!」
トワ「きらら……血を!!」
はるか「危ないっきららちゃん!!」
???「させるかーーー!!!」
トワ「(ドンッ)うっ!?」
はるか「あ、あなたは……!」
ユリカ「わたくしたちの邪魔をするなんて……あなた、名を名乗りなさい!」
???「ふっふっふ……“根性ドーナツくん”よ!!!」
はるか「ありがとう、棒状ドーナツくん!」
棒状ドーナツくん「勘違いしないで。コイツ(きらら)を倒すのはあたしの役目なの、それまで誰にも邪魔させないってだけ」
きらら「ちょっと癪だけど……ありがと」

303Mitchell & Carroll:2017/06/13(火) 23:19:11
ユリカ「なんなの、あなたは!そこを退きなさい!さもないと、血を吸うわよ!!」
パフ「吸えるもんなら吸ってみなさいって顔してるパフ」
アロマ「凄いドヤ顔ロマ……」
ユリカ「そこを退いてくれたら、今度行われるアイドルのライブにあなたのステージを設けてあげられなくもないことも、なくもなくってよ」
薄情ドーナツくん「さあさあ!おとなしく血を吸われなさい!!」
きらら「さ、最低……!!」
トワ「ガブッ」
はるか「痛ッ!」
きらら「ああっいつの間に!はるはるー!!」
はるか「きららちゃん……きららちゃんの血とあたしの血を、仲良しさせよ?」
きらら「イヤッ!来ないで!!」
はるか「カプゥッ!!」
きらら「うあぁぁぁ!!年をとらないのはいいけど、昼間の撮影が……って、アレ??」
ユリカ「このプラカードをご覧なさい」
きらら「“ドッキリ”……?」
はるか「そういうわけなの、きららちゃん」
きらら「なぁ〜んだ……!」
トワ「はるか、大丈夫でしたか?わたくしの甘噛み具合など……」
はるか「バッチシだったよ、トワちゃん!」
ユリカ「……迎えのワゴンが来たようね。さあ、道頓ドーナツくん、行くわよ!あのワゴンがあなたを夢のステージへと運んでくれるわ!!」
道頓ドーナツくん「ああ、ファンが待っている……七色のペンライトを振って……オーーホッホッホ(ズボッ)」
はるか「消えた!!?」
きらら「行ってみよ!!」
パフ「――落とし穴に落っこちてるパフ〜」
アロマ「ドーナツが砂だらけロマ……」
ボロボロドーナツくん「……な?コ、コレは……?」
ユリカ「はい、モニターイヤホン。中継が繋がってるわ」
ジョニー別府「Amaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaazing!!!!ドーナツhoney!!!アルバトロスだぜ、yeah!!!!!!」
戦場ドーナツくん「アロマ……殺す?」
アロマ「ひぃぃぃ〜〜ロマ!??」

おわり

304名無しさん:2017/06/14(水) 23:25:09
>>303
主演:ドーナツ君w

305名無しさん:2017/06/18(日) 09:38:43
>>303
ユリカさまって、こういうのに馴染みがいいなぁw

306一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:52:02
こんばんは。
凄く間があいてしまいましたが、フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。
今回長くて(汗)9〜10レス使わせて頂きます。よろしくお願いします。

307一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:52:56
「ウオォォォォォ!」
 ナキサケーベの巨大なひとつ目が、鮮やかな赤に染まる。それと同時に、のたうち回るような怪物の動きが激しさを増した。
 無茶苦茶に発射される砲弾の雨の中から、ホホエミーナがウエスターを助け出し、ラブたちの隣に降り立つ。

「ああっ!!」
 ラブが悲鳴のような声を上げた。
 砲弾による煙が立ち込めるその向こうで、崩れ落ちる少女をせつなが抱き留めた瞬間、二人の身体が赤黒い炎に包まれたのだ。
「何? 何がどうなっているの!?」
 ラブの叫びを掻き消すように、頭上から不気味な笑い声が響く。驚いて顔を上げると、視界一杯に広がるノーザのホログラムは、二人の少女に目をやって、楽しげにほくそ笑んでいた。

「どうやらあの子自身の不幸のエネルギーが、カードの機能を暴走させているようねぇ。でも、その不幸を生み出した張本人を道連れに出来るなんて、これぞまさしく“不幸中の幸い”と言ったところかしら」
「それ……どういうこと!? せつなは一体……」
 勢い込んでそう言いかけたラブが、すぐ隣から聞こえて来た声に、驚いたように口をつぐんだ。

「あの子は……あの子は、どうなったんだぁ!」
 そこには、まるで命綱のように消火ホースをぎゅっと握りしめたまま、わなわなと声を震わせる老人の姿があった。
 いつも俯きがちなその顔は、ノーザの映像を食い入るように見つめている。が、当のノーザはそれを見て、ふん、と馬鹿にしたように鼻で笑うと、再び目の前のしもべの方へ目を転じた。

「さぁ、ソレワターセ。今のうちに例の物を奪いなさい!」
「そうはさせないよ!」
 こちらに迫ろうとするソレワターセを、サウラーのホホエミーナが全力で阻もうとする。ラブも急いで老人と一緒に消火ホースを支える。そしてソレワターセにもう何度目かの熱いシャワーをお見舞いしてから、老人のしわがれた手に、そっと自分の手を重ねた。

「おじいさん。やっぱりあの子と、何か関係があるんだね?」
「わ、私は……」
 我に返った様子の老人が、そう呟いて目を泳がせる。その顔にちらりと視線を走らせてから、ウエスターは再びホホエミーナの肩の上に飛び乗った。
「俺にひとつ考えがある。合図をしたら、お前たちは援護を頼むぞ」
 言うが早いか、ナキサケーベの方へと取って返すウエスターとホホエミーナ。その後ろ姿を見つめながら、ラブはぎゅっとホースを持つ手に力を込めた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第11話:炎の記憶(後編) )



「ES-4039781。前へ出なさい」
 不意に聞こえた無機質な声。しかも読み上げられたのは、とっくに消去されたはずの、かつての自分の国民番号――。
 驚いて顔を上げたせつなが、さらに大きく目を見開く。そこに広がっていたのは、どんよりとした灰色一色の世界だった。
 辺りには濃い霧が立ち込めていて、何も見えない。やがて、その霧の向こうに次第に何かが浮かび上がる。その正体に気付いた途端、せつなの表情が凍り付いた。

 さっきまで抱き締めていたはずの少女が、こちらに背を向けて立っている。だがその姿は、さっきまでとは違っていた。彼女の身体に巻き付いていたはずの茨が、今は影も形も見えないのだ。そしてその代わりのように、彼女の両腕と背中から、真黒な靄のようなものが立ち上っている。
 不意に、あの時の激痛の記憶が蘇って来て、せつなは思わず自分の腕を掻き抱いた。
 あの瘴気のような黒い靄には見覚えがある。かつてあの茨による苦痛を受けた時、自分の腕からも噴き出していたものだ。さしずめ、心身を焦がす苦痛の炎から立ち上る、どす黒い煙のように。

(あれは……今もずっとあの茨に蝕まれている証拠。早く連れ戻して何とかしないと、下手をしたら手遅れになる!)

 急いで駆け寄ろうとするせつな。だが一足早く、彼女がゆっくりとこちらを振り向いた。
 ニヤリ、と不敵に笑う赤い瞳が、霧の中で鈍く光る。と、次の瞬間、彼女は再びくるりとこちらに背を向けると、まるでせつなをからかうように、飛ぶような速さで霧の向こうへ走り去った。
「あ、待って!」
 消えゆく背中を、せつなが慌てて追いかける。が、いくらもいかないうちに、辺りの様子が一変した。

308一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:53:29

 ふっ、と霧が晴れたかと思うと、せつなはグレーの国民服に身を包んだ数多くの子供たちに囲まれていた。下は四歳から、上はせつなの少し下くらいの年齢の子まで居るだろうか。男の子も女の子も、みんな背筋をぴんと伸ばして整列し、物音ひとつ立てずに前を向いて立っている。
 グレーの壁と高い天井に囲まれた広い部屋。前方には一段高いステージがあり、そこには数人の大人たちが、無表情な顔をこちらに向けて立っている。
 それはせつなにとって、物心つく前から慣れ親しんだ光景だった。

(ここは……E棟の講堂? 私、何故こんなところに……)

 久しぶりの冷え冷えとした緊張感。それを肌で感じた瞬間、せつなの動きがぴたりと止まる。
 ここは、命令されたこと以外の行動は、全て処罰の対象になる世界。だから周りと同じように行動しなければ――幼い頃から身に沁みついた、ここで生きていくための術が、無意識のうちに自らの行動を自制したのだ。
 身体を動かさないように注意しながら、視野を広げ、目だけをせわしなく動かして辺りの様子を窺う。だが少女の姿は見つからない。焦るせつなの耳に、前方から再びさっきの声が聞こえてきた。

「ES-4039781。前へ」
「はい!」
 思わず返事をしようとしたせつなのすぐ隣から、幼いながらも鋭い声が答える。横目でそちらを窺ったせつなは、今度は驚きのあまり周りの目を気にするのも忘れて、そこに居る女の子の姿を凝視した。

 肩の上くらいで切り揃えられた銀色の髪。小さな身体を精一杯大きく見せるようにして凛と前を向いているのは、ラビリンス人には珍しい真紅の瞳――。

(まさか、幼い頃の……かつての私?)

 ふと我に返ったせつなが、慌てて前へ向き直り、姿勢を正す。今の動きを、もし壇上に居る大人たちに気付かれでもしたら――そう思ったのだが、何事も起こらないまま、女の子はきびきびとした動作で列を外れた。
 密かにホッとして、再びチラリと彼女の方に目を走らせる。が、すぐにせつなの注意は別の場所に向いた。女の子の肩の向こうに、黒い煙のようなものが見えた気がしたのだ。その一瞬の間に、女の子はせつなのごく近く、ほんの数センチの距離にまで迫って来た。
 慌てて身を引いたせつなには一瞥もくれず、女の子が足早に通り過ぎる。だが、せつなの方は再び目を見開いて、その小さな背中をまじまじと見つめた。
 今、確かに彼女の身体がせつなに触れたはずなのに、何も感じなかった。まるで幻か何かのように、その身体はせつなの身体をすり抜けてしまったのだ。

(この光景は、ただの立体映像? それとも私がここでは幻で、この子たちからは見えていないの……?)

 一瞬戸惑ったせつなが、最初はそろそろと、次第に大胆な動きで列から外れ、子供たちを見回す。
 思った通り、大人も子供も、列から外れたせつなに反応する者は誰もいなかった。それを見定めてから、せつなはステージに駆け上がると、子供たちの列の中に少女の姿を探し始める。

 せつなの行動が明らかに見えていない様子で、女の子――幼いイースもステージに上がり、そこに居る大人たちに一礼した。
「基礎訓練初級者の中で、今年度トップの成績だ。続いて中級者……」
 相次いでステージに上がった、彼女より年長の二人――中級、上級の成績優秀者と共に、彼女は壇上に飾られたメビウスの肖像に向かって臣下の礼をとる。すると肖像の目が赤く光って、聞き慣れたメビウスの声が、重々しく講堂に響いた。
「未来の我がしもべたちよ。いずれ私の手足となって働くため、なお一層励め」
「はっ! 全てはメビウス様のために!」

(これは私が幼い頃の……確か六歳の時の記憶。これも、あのナキサケーベを生み出すカードの力なのかしら……)

 以前、ノーザに送り込まれた“不幸の世界”のことが頭をかすめた。確かにナキサケーベ召喚時に出現する茨は、ノーザが操る茨に似ている。だから同じような術があってもおかしくないのかもしれないが、あれはこんな過去の追体験ではなかったはず。
 不審に思いながら、なおも少女を探すせつなだったが、ステージを下りようとする幼いイースの表情が目に入って、ハッとした。

 壇上から鋭い目つきで、ゆっくりと子供たちを見回す。その直後、引き結ばれた唇が片方だけ僅かに斜めに上がったのを見た瞬間、まるで頭の中に直接話しかけられたかのように、せつなの中にあの時の自分の気持ちが蘇って来た。

(こいつらなど全員、私の敵ではない。なのにまだ二階級も基礎訓練の過程が残っているとは。何とか一刻も早く、実戦訓練を受けられる手段はないものか――あの時の私は、確かにそう考えていた……)

309一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:54:00
 湧き上がって来る苦い思いを噛みしめながら、幼い自分の隣に立って改めて辺りを見回す。
 そこにあったのは、数百の冷ややかな顔だった。大半は無表情にこちらを眺めているだけ。しかし中には敵意を剥き出しにした顔や、挑むように真っ直ぐこちらを見つめる顔が見え隠れする。後ろに居る大人たちもまた、自分を――そしてここに居る子供たち全員を、自分の任務の成果物を品定めするような目で見つめている。
 何より自分自身が、ここに居る子供たちを出し抜くべき存在――自分の望みを叶えるのに邪魔な存在としか、思ってはいなかった。

(そう。人と人との繋がりなんて……“仲間”なんて、そんなものがあることすら知らない、愚かな子供だった……)

 いつの間にか俯き加減になっていたせつなが、不意に顔を上げる。
 ほんのわずかな違和感。目の端に、明らかに周りと異なる雰囲気を持つ何者かの存在を捕えたのだ。
 果たしてその視線の先にあったのは、ただ一人不敵な笑みを浮かべて幼いせつなを見つめる、さっきの少女の姿だった。その両腕から立ち昇る黒い靄は、さっきより心なしか大きくなっている。

(やっと見つけた!)

 せつなが勢いよくステージの上から飛び降りる。だが、着地した時には、そこはもう講堂ではなくなっていた。



(今度は……訓練場というわけ?)

 太い柱が等間隔に並んだ、さっきより格段に明るい広大なスペース。一瞬、眩しさと悔しさで顔をしかめたせつなの耳に、きびきびとした掛け声が飛び込んで来る。
「はぁっ! えいっ! やぁっ!」
 見ると、目の前で二人の子供が、並んで“型”の訓練をしていた。
 一人は、体格だけなら大人にも引けを取らないような、大柄な男の子。そしてもう一人は、さっきより成長した幼い自分。周りには数人の子供たちが二人を取り囲むように座り込んで、その動きを食い入るように見つめている。

(これは……八歳か九歳の頃かしら)

 思わず二人の訓練の様子に見入っていたせつなが、ハッとしたように頭を振って、二人を見つめる子供たちの方に視線を移す。
 今は一刻も早く、あの少女を探さなければならない。だが見つけられないでいるうちに、教官の鋭い声が訓練場に響いた。

「そこまで!」
 二人の子供がぴたりと動きを止める。その時、どこからかパチパチという微かな音が聞こえて来て、せつなは再び辺りを見回した。
 何かの破裂音のようにも聞こえるその音は、どこかで聞き覚えのあるような、そして不思議なことに、どこか懐かしささえ感じる音だった。だがそれが何の音なのか、あまりに微かでよく分からない。
 教官と子供たちには、この音が聞こえているのかいないのか、反応する者は誰も居ない。そのうち音はすぐに聞こえなくなり、せつなの注意も音から逸れた。教官が再び口を開いて、こう言ったのだ。
「今日は引き続き、相対しての訓練を行う。メビウス様のお役に立つための、実践訓練に繋がる重要な訓練だ。習い覚えた“型”を組合せ、相手を仕留めよ」
「はい!」
 幼いイースが教官にそう答えるのと同時に、男の子の太い腕が唸りを上げて襲い掛かった。

(ああ、あの時の……)

 せつなが我知らず眉をひそめた。
 そこから先のことは、細部に至るまではっきりと覚えている。それは、数えきれないほど多くの戦いを経験してきた彼女の、まだ戦歴とも呼べないような初歩の手合せ。だが、せつなにとっては忘れられない一戦だった。

 跳び退って避けた幼いイースが、続いて放たれた横殴りの攻めをかいくぐって反撃に出る。
 男の子とは対照的な高速のジャブ。時折、流れるようなハイキックとローキックがそれに混ざる。全て習い覚えたままの癖のない型通りの動きが、圧倒的なスピードで展開される。
 男の子のガードが間に合わず、何発かが彼の身体に届いた。顔をしかめながら、それでも彼は一貫して、力に任せた大振りな動きで彼女を捕えようとする。

 そんな二人の応酬が、どのくらい続いただろう。
 先にハァハァと荒い息を付き始めたのは、男の子の方だった。一発一発は自分の攻撃の方がはるかに威力があるのに、どうしてもそこまでのダメージが与えられない――そのことに焦りを覚えたのか、彼が殊更に高く、右の拳を振り上げる。
 さっと身をかがめて攻撃を避けた幼いイースが、次の瞬間、彼のみぞおちに渾身の右ストレートを叩き込んだ。

310一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:54:37
「ぐふっ!」
 男の子の身体が前のめりになり、そのままゆっくりと崩れ落ちる。
 十秒、二十秒――その身体は、ぴくりとも動かない。
 冷ややかに彼を見下ろしていた幼いイースは、勝負あったとばかりに、黙って教官の方に向き直った。が、その直後。

「ぐわぁぁっ!」
 足下から、断末魔のような声が響く。男の子がうつ伏せに倒れたまま、必死の形相で彼女の足を掴んだのだ。さらに歯を食いしばって頭を起こすと、その膝裏に破れかぶれの頭突きを喰らわせる。
 これにはたまらず、幼いイースの華奢な身体は床に倒れ込んだ。

「そこまで。両者、相撃ち」
「待って下さい!」
 教官の声に、彼女が男の子の手を蹴り飛ばして立ち上がる。
「あんな攻撃、教わった“型”には無い!」
「ES-4039781。指示を取り違えるな」
 訓練場に、教官の冷ややかな声が響いた。
「相手を仕留めよ、というのが今回の指示。それをお前は、相手にとどめも刺さずに攻撃を終えた。反撃されて当然だ」
「……」
「訓練とは、未熟なお前にとっては任務も同然。そしてどんなに未熟であろうと、やるべき任務は最後の最後まで成し遂げる。それが出来ない者に、メビウス様のしもべになる資格など無い」
 俯いていた彼女の顔が、ゆっくりと上がる。その赤い瞳が睨みつけるように教官の視線を捕え、小さな口元が歪んで奥歯がギリッと音を立てた時。

(あ……また……)

 ずっと一部始終を見ていたせつなが再び、顔をしかめた。
 自分の中に流れ込んで来る、あの時の口惜しさと、激しい悔い。そして、メビウスのためなら何だってやって見せるという、物心ついてから何十回、何百回目の新たな誓い――。

(馬鹿な子……。それ以外のもっと大切なことなんて、何ひとつ知らないで)

 すっと無表情に戻ってギャラリーの子供たちに混ざるかつての自分を、せつながまるで痛みでも堪えるような顔で見つめる。が、彼女の後方に黒い何かが揺らいでいるのに気付いて、再びハッとしたように表情を変えた。

 そこに居たのは、やはりあの少女だった。いつの間に現れたのか、訓練場の重い扉にもたれかかって、幼いイースの後ろ姿を、まるで面白いものでも見るような目で見つめている。
 黒い靄は、既に彼女の頭の上にまで立ち昇っている。それを見るや否や、せつなはここに居る人たちに感知されないことを利用して、最短距離を――既に次の二人が“型”の訓練を始めているその中央を突っ切り、飛ぶように駆けた。
 少女の方はせつなに気付いた様子もなく、扉を開けて訓練場の外へ出ていく。せつなはその扉が閉まり切る前にそこに辿り着いたが、扉を開けた先に会ったのは、今度はこのE棟に複数存在するトレーニング・ルームの一室だった。



 トレーニング・ルーム。学習室。子供たちでいっぱいなのに、シンと静まり返った食堂――。
 少女を追いかけるたびに場所が変わり、時が変わり、幼いイースは少しずつ成長していく。そして少女の身体から立ち昇る黒い靄も、次第に大きくなっていく。

(こんなことを繰り返すだけでは、あの子を助けることなんて出来ない……)

 募る焦燥感を振り払おうとして大きく深呼吸をしてみるが、それは途中から、深い深いため息に変わった。
 これまで何度となく見せつけられてきた、かつての自分の姿と心。全て自分が経験し、感じ、知っていることなのに、改めて目の当たりにすると、それは思いのほか重くせつなの心にのしかかった。

(そう。私の心の炎は、この場所で、こうやって育って来た……)

 ここに居る全ての人間を出し抜いて、誰よりもメビウス様に認められるしもべになる――そんな燃えたぎるような野心に、突き動かされるようにして生きて来た。人の幸せを願うどころか、周りの全ての人を敵としか見ていなかった――嫌と言う程分かっていたはずの、かつての自分。
 今はもうあの頃の自分じゃない、イースじゃないとどんなに自分に言い聞かせても、あの頃と同じ炎が、胸の奥に確かにあるのを感じる。
 この炎がある限り、また誰かを傷付けてしまうかもしれない。そう思うと、震えるほどに怖い。
 現にこの前だって、我を忘れて彼女と戦おうとしたではないか。そんな自分に、ラビリンスを幸せにすることなんて出来るのか……。
 重い心を抱えながら、それでもせつなは少女を追いかける。そしてもう何度目かもわからない強制的な瞬間移動によって、再び訓練場に立っていた。

311一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:55:10
 さっきここに飛ばされた時とは随分雰囲気が違っていた。広大なこの場所が、数多くの大人や子供――最初に講堂で見た時よりも格段に多くの人々で埋め尽くされている。

(この場所に、こんなに多くの人が集まっているということは……まさか!)

 せつなが人々の列を突っ切って、訓練場の中央へと足を向ける。そこに居たのは、今の自分と比べても、もう幼いとは言えない年齢の――まさにこれから、ラビリンスの幹部・イースになるための最終戦を迎えようとしている、かつての自分だった。
 予想していたとはいえ、その場面を見た瞬間、胸の鼓動が速くなった。

(あの日のことは、全ての場面、全ての動きに至るまで、昨日のことのように覚えてる。この後、相手の“ネクスト”が登場して……)

 やはりどこか痛みをこらえているような、そしてこの上なく真剣な顔つきで、せつなが戦いの場を見つめる。だがすぐに、えっ、と小さく声を上げた。
 かつての自分の目の前に立ったのは、記憶の中の“ネクスト”ではなかった。あの少女――せつなが今まさに追いかけている少女が、彼女の背丈の倍ほどにもなった黒々としたオーラをまとい、最終戦の相手として現れたのだ。

「どうやら私の願望が、ようやく叶うようね。あなたを倒してイースになるのは、この私だ!」
「ふん、何を言っている」
 ニヤリと笑う相手に対して、小馬鹿にしたような口調で答えながら、油断なく身構えるかつての自分。その隣に飛び出して、せつなはようやく間近で少女と向かい合った。

「待って! ここは、あなたを傷付けている茨が作り出した異空間。現実じゃないわ。ここでかつての私に勝ったって、なんの意味もない!」
「何故あなたがそこに居る!」
 声を張り上げるせつなに、少女が驚きの表情を見せる。
「どうしてあの時のあなたと、別々に存在しているの!?」
「私にも分からない。でもこれだけは言えるわ。あの茨は、今もあなたの身体を傷付けている。早く現実の世界に戻らないと、取り返しのつかないことになるの。だからお願い! 私と一緒に……」
 その時、教官の「始め!」という声に、せつなの言葉は遮られた。

 ゆっくりと構えをとった少女が、今度はせつなに向かってニヤリと笑う。
「そうか。一度寿命が尽きたあなたは、過去の――私が追い求めたかつての先代とは、既に別の人間というわけね。ならば、もうあなたに用はない」
「……どういうこと?」
「いいことを思いついたの。かつてのあなたを倒して、私がイースになる。そうすれば、私はこの世界でイースとして生きられる。下らない今のラビリンスで生きるより、その方がずっといいわ」
 そう言って、少女が楽し気な含み笑いを漏らす。その暗い絶望に染まった笑い声に、せつなは背中にゾクリと寒気を覚えた。

 彼女は気付いていないのかもしれない。その歪んだ願望は、あのカードがもたらしている途方もない苦痛から無意識に逃れようとして、生まれたものかもしれないということに。
 確かにここに居る間は、彼女はあの激痛からは解放されているらしい。でも、ここに居る間に少女の身体がますます茨に蝕まれ、もしも最悪の事態になったら……。そうなれば、もう彼女が望もうが望むまいが、この世界から出られなくなってしまうかもしれない。

 せつなは必死でかぶりを振ると、なおも少女に向かって叫んだ。
「駄目! 元の世界に帰るの。ここに居ては駄目!」
「はぁっ!」
 今度はかつての自分――イースの雄叫びが、せつなの叫びを遮った。これ以上の説得を難しい。そう判断したせつなが、素早く二人の間に割って入る。
 かつての自分の動きなら、手に取るようにわかっている。ここで放つのは右のハイキック。おそらく少女はそれを受け止めるだろう。その瞬間を狙って、せつなは彼女の肩を掴もうと手を伸ばす。
 だが、その手は空しく少女の身体をすり抜けた。

(何故!? 彼女と私は同じ世界の存在。彼女にとっても、ここは異空間だというのに)

 呆然とするせつなに、少女が蹴りを受け止めながら、再びニヤリと小さく笑う。
「ここは、あなたの居場所ではないのでしょう? ならばさっさと戻るがいい。それともこの悪夢の中を彷徨う、亡霊にでもなるつもりなの?」
「あなたを置いて戻れるわけないでしょう!?」

「たぁっ!」
 もうせつなの方を見向きもせず、少女がかつてのイースに鋭い蹴りを放つ。余裕のある動きで避けようとするイース。だが予測が外れたのか、少女の蹴りが彼女の脇腹にわずかに届いた。
「っく!」
 イースの表情が険しくなる。次の瞬間、空中に同時に飛び出して、ジャブを打ち合う二人。着地して距離を取った時には、イースの方がわずかに呼吸が乱れていた。

312一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:55:53
 小さくほくそ笑む少女を見て、せつながさらに険しい表情になる。彼女の背後に立ち昇る黒い靄が、彼女の一挙手一投足ごとに、少しずつ大きくなっているのだ。
「お願い、やめて……」
 もう一度少女に呼びかけようとしたものの、せつなはその声を飲み込んだ。
 こんな言葉をいくら叫んでも、彼女を呼び戻すことは出来ない。それはよく分かっていることだが……だったら一体、どうすればいいのか。

 唇を噛みしめることしか出来ないせつなの目の前で、二人の戦いは続く。
 攻撃の威力も、リーチもほぼ互角。スピードではわずかにイースが勝る。
 だが、少女はことごとくイースの先を読んで動いていた。ほんの小さな予備動作、些細な癖のようなものまでも見逃さずに攻撃を防御し、わずかな隙を突いて反撃する。
 イースの表情は最初からまるで変わらない。だがその額には、彼女には珍しく玉のような汗が浮かんでいた。

 何度目かの激しいジャブの応酬の中で、少女の攻撃をかわすと同時に、イースがカウンターを叩き込んだ。着地の瞬間、相手がわずかによろけたのを見て、イースが両腕を胸元に引きつけ、ゆっくりと腰を落とす。それを見た瞬間、せつなの心臓がドキリと跳ねた。

(あの技は……!)

 それは、イースがこの最終戦に備えて密かに磨いて来た技。誰の教えも乞わず、訓練もひた隠しに行って、死に物狂いで会得した技だった。
 全身の気と力を溜めて、両の掌から一気に相手に向かって叩き付ける。まともに喰らえば数メートルは吹っ飛ぶほどの、強烈なダメージを与えられる技だ。だが、その構えを見た少女が瞳をわずかにきらめかせたのに、せつなは一抹の不安を覚えた。

「はぁぁぁぁっ!」
 イースが少女目がけて矢のように跳ぶ。少女の方は、イースが地を蹴ると同時に後方へ飛び退った。そして挑むようにイースを見据えたまま、ぐっと腰を落として身構える。

(やっぱり、あの技を破ろうとしている!?)

 かつてのイースの最終戦の動きを目に焼き付けて、それを超えることを目指して訓練を積んで来た――少女はそう言っていた。だから彼女は、あの最終戦でこの技を見ているのだ。

(でも……)

 せつながますます不安そうな顔で、二人の動きを見つめる。
 最終戦で、イースはあの技の全てを見せたわけではなかった。相手の“ネクスト”があまりにも予想通りの動きをしてくれたお蔭で、その必要が無かったのだ。
 おそらく少女は、あの技の直線的な動きを弱点と見て、ギリギリまで引きつけてから方向転換するつもりだろう。だが、彼女は知らないはずだ。咄嗟の動きにも瞬時に対応する変則的なコントロールの術を、イースが既に身に着けているということを。

 せつなの不安は的中した。少女が不意に、真上に向かって高々とジャンプしたのだ。
 真下に居るはずの相手に、上空から蹴りを放とうと身構える。だがその時、少女は目標を失ったはずのイースが素早くもう一度地を蹴り、自分を追ってくるのに気付いて唖然とした。
 ふっ、と少女の瞳が暗くなった。もしかしたら、自らの敗北を悟ったのかもしれない。そして次の瞬間、少女はグッと奥歯を噛み締めると、イースを真っ向から睨み付けた。

 一部始終を見ていたせつなが、ハッと目を見開く。上空に跳び上がった少女が発する黒いオーラが、彼女の両腕をすっぽりと覆い、訓練場の広い天井を覆いつくすほどの、巨大な蛇の形となってその鎌首をもたげたのだ。
 まるで少女を、底なしの暗い闇の中へと引きずり込もうとしているよう――そう感じると同時に、せつなは弾かれた様に跳んだ。

 何とかして少女を助けたい――その一心だった。
 たとえ少女を、捕まえることが出来なくても。
 たとえ少女に、自分の言葉が届かなくても。
 それでも――このまま何もしないで、見過ごすことなんて出来ない!

 ドーン、というひときわ大きな音が響き、訓練場の柱がびりびりと震える。その直後、か細い叫びが天井近くから降って来た。
「あなた……どうして!?」
 少女の瞳が、驚きと混乱で小刻みに震えている。
 イースの掌打が、少女の前に割って入ったせつなの胸に叩き付けられていた。そして、まるで鏡に映したように、せつなもまた、イースの胸に掌打を叩き込んでいた。
 まるで心臓が爆発したような痛みがせつなを襲った。イースもまた、何が起こったのか分からないという様子で、目を大きく見開いたまま苦痛にあえいでいる。
 二人はそのまま折り重なるように落下して、床の上に倒れ込んだ。

313一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:56:27
 激痛と共に、火のような熱さが胸の中に広がる。それと同時に、かつての自分の心が――想いが、自分の想いと混ざり合い、染み込んでいく。
 イースになりたかった。幹部になって、誰よりもメビウス様のお傍近くでお仕えしたかった。そうすれば――。

(そうすれば――幸せになれると、思っていた……?)

 胸の痛みが引いていくと同時に、ここへ来てから――いや、ずっと前から感じていた胸のつかえが、ゆっくりと取れていくような気がした。

(私は、イースになりたかったわけじゃない。メビウス様に認めてもらいたかったわけじゃない。それが私が知っていた、私が求めることを許された、唯一の幸せだったから。そう、私は……幸せになりたかったんだ)

 まだ胸が焼けるように熱い。身体の下に、かつての自分の身体があるのをはっきりと感じる。その胸も、同じくらい熱かった。
 ここにある炎――今確かにここに存在するこの炎は、なるほど野心と呼べるものだろう。昔も今も、抱いている望みは大きく、分不相応なものだから。
 人の幸せを思うことも知らず、自分の幸せのみを追い求めるのは、確かに大きな間違いだった。だから「幸せ」が何かを知って、その間違いに気付けたのは大切なことだ。
 でもその間違いは、この胸の炎が引き起こしたものではなかった。この炎は、誰かを傷付けることを求めて燃えている炎ではなかったんだ。

(やっと分かった……。イース、あなたの野心は私が引き受ける。そしてあの子の炎も、こんなところで燃やし尽くさせはしないわ!)

 胸の熱さが少しずつ収まっていく。それと共に、身体の下にあったイースの感触は薄れ始め、その代わりのように、自分の身体の感覚が少しずつ戻ってきた。
 もう痛みも鈍く、呼吸もさほど苦しくはない。せつなはまだ床に倒れたまま、全身の感覚を研ぎ澄まして、周囲の――少女の様子を窺う。

(何とかして、あの子を連れ戻さなきゃ。でも、どうやって……)

 と、その時。
 さっきこの訓練場で微かに聞こえたパチパチという乾いた音が、さっきよりもはっきりとせつなの耳に届いた。

(これは……拍手の音? でも、このE棟で誰かに拍手する人なんて、居るはずが……)

 そう心の中で呟いたせつなは、続いて聞こえてきた声に、危うくぴくりと反応しそうになった。

――凄いね! 動き速いし、力強いし、何よりすっごく綺麗!

(……この声……!)

――そうやって小さい頃から、ずーっと頑張って来たんだ。

(……ラブ?)

 せつなが全身を耳にして、声の出所を探る。その間にも、声はせつなを励ますように、次第に大きくはっきりと聞こえてくる。

――せつなはね、いつも一生懸命だった。どんな時でも、どんな小さいことでも、“精一杯、頑張るわ”って、そう言って頑張るの。あなたもそうやって頑張って来たんだよね?

――小さい頃からずーっと頑張って来たから、身についたんだよね。メビウスのためだったかもしれないけど、自分自身の力として。

(これは……ひょっとして、あの子の記憶? あの子が今、ラブの言葉を思い出してるっていうの……?)

 今朝のラブの、小さいけれどあたたかな笑顔を思い出す。それだけで、目の前が明るくなったような気がした。あの子を止められなかった、とラブは落ち込んでいたけれど、ラブの言葉は、彼女の心に届いていたのだ。

(ありがとう、ラブ。今度は私が、自分自身の力を精一杯使って、あの子を止めてみせる!)

 まだ床に倒れた格好のまま、せつながそっと目を開く。そして全身の筋肉を覚醒させるように、ゆっくりと身体に力を入れた。

314一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:57:00
 二人の後から着地した少女は、まだ倒れている相手にゆっくりと近付いた。上から恐る恐る覗き込んで、一瞬怪訝そうな顔をする。
 何故か自分を庇って先代のイースと相撃ちになった黒髪の少女の姿は、いつの間にか消えていた。相撃ちのショックで現実の世界に戻ったのか――そう思った少女が、少し困ったような顔で教官の方へ向き直る。

 これで勝ち名乗りを受ければ、望み通りこの世界でイースになれる。そう思っても、何故か少しも嬉しさが湧いてこない。と、次の瞬間、強烈な足払いが彼女を襲った。
「やるべき任務は、最後の最後まで成し遂げる――訓練で教わらなかったの?」
 いつの間に立ち上がったのか、イースが腰に手を当てて、床に転がった彼女を見下ろしていた。

 すぐさま跳ね起きた少女が、もう一度驚いたように目を瞬く。向かい合った相手の銀色の髪が、一瞬ぼうっと淡く輝いたかと思うと、すぐに艶やかな黒髪に変化したのだ。その姿を見て、少女の目がわずかに泳ぐ。
「あなた……どうしてあんなことを……」
「決まってるじゃない。私の願いを叶えるためよ」
 さも当然、というせつなの返事に、少女の目がさらにどぎまぎと泳ぐ。そしてわざとらしく、ふん、と鼻を鳴らすと、いつもの口調に戻って吐き捨てるように言った。
「願いって……今更かつての自分にとって代わる、ってこと?」
「いいえ。言ったでしょう? あなたを元の世界へ、連れて帰るって!」
 その言葉が合図だったかのように、二人の少女は再び空中に跳び上がった。

 さっきまでの戦いが嘘のようだった。イースとほぼ互角に渡り合っていたはずの少女が、今度は一方的に押されている。
 スピードが違う。技のキレが違う。何より熱い闘志の宿った赤い瞳が、少女を真っ向から見据え、圧倒する。
 その癖せつなは、少女をギリギリまで追い詰めても、とどめとなる一撃を放っては来ない。
 何度目かのジャブを打ち合った後、もう焦りの色を隠す余裕すらなくなった少女が、大上段からせつなに襲い掛かった。

「はぁっ!」
 少女が放った渾身の一撃を、せつなが正面から掌で受け止める。そのままグイっと腕を引いて懐に飛び込むと、せつなの右手が唸りを上げた。
 パァン! という高い音が訓練場にこだまする。観戦していた人々の間から、小さいながらもどよめきのような声が上がった。
 この訓練場では――いや、かつてのラビリンスでは非常に珍しい反応だった。それだけ、せつなの動きはそこに居合わせた人々の常識からかけ離れていたのだ。
 少女は、何が起こったのか分からないといった顔つきで頬を押さえていた。せつなの攻撃――それは少女の顔が真横を向くほどの、強烈な平手打ちだった。

「あなたの願いは、メビウスの復活なんでしょう? こんなところに居たら、その願いは二度と果たせない。目を覚ましなさい」
 低くてよく通る声が、少女を叱咤する。まだ呆然としている少女の目を真っ直ぐに見つめて、せつなはこう付け足した。
「それに、どうしても私に勝ちたいのなら、こんな夢の中なんかじゃなくて、現実の世界で勝負するのね」
 その言葉を聞いて、少女の瞳にようやく強い光が戻り、口元が悔しそうに引き結ばれる。
 その途端、辺りの景色は急速に薄れ始め――気付いた時には、せつなは少女を抱き締めるような格好で、瓦礫の上に立っていた。

 少女が身じろぎするようにして、ゆっくりと身体を起こす。その上半身には、鋭い棘を持つ茨がまだ幾重にも巻き付いたままだったが、赤黒い炎は消え失せて、茨の色も血のような赤色から、元の暗緑色に戻っていた。
 せつなは、少女をしっかりと支えたまま、初めて後ろを振り返って、元来た方へとその目を向けた。そして、遠くに小さくラブの姿を確認すると、その頬に久しぶりの小さな笑みを浮かべた。



   ☆

315一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:57:32
 ホホエミーナの肩の上から、ウエスターはナキサケーベの様子を遠巻きに眺めていた。
 相変わらず無秩序に暴れ回り、無茶苦茶に砲弾を発射する怪物の巨大なひとつ目に、彼が渾身の力で付けた小さなくぼみがあるのが分かる。人並外れた視力でその奥を覗き込むと、燃え盛る赤黒い炎がハッキリと見えた。
「やっぱりあのひとつ目は、コアでは無かったようだな。おそらくヤツのコアはあの火だ! あの火を消し止めれば、ヤツは倒せる」
 まるでホホエミーナに話しかけているかのような大声でそう言ってから、ウエスターは太い腕を組み、額に皺を寄せて考え込んだ。
「だが……どうやって消せばいいんだ。何とかして、表面に穴でも開けられればいいんだが……」

 困ったように呟いたウエスターが、突然、ホホエミーナの上から身を乗り出す。
 怪物の動きがパタリと止んでいた。その中に見える炎も、さっきまでとは違っている。
 赤黒い炎とは異なる、より純度の高い赤々とした炎。苦痛の象徴と言うよりは、決意の証のようなその炎は、くぼみを通して見なくても、既に巨大なひとつ目から透けて見えるほどの輝きだった。

「こいつは一体……」
 そう呟いたウエスターが、今度はせつなと少女の方に身を乗り出す。そして、さっきまで二人を包んでいた赤黒い炎が消えているのを見ると、その目が得意げにキラリと輝いた。
「イース、でかした! そうか。あっちの炎が消えたせいで、こっちがその分、勢い良くなったのだなっ?」
「ホ……ホエミーナ?」
 ホホエミーナが、明らかに理解不能という口調で相槌を打つ。だが、ウエスターは得意満面の様子で、この大きな相棒に檄を飛ばした。
「よし! 今度は俺たちの番だ。行くぞ、ホホエミーナ!」

 再びナキサケーベに対峙したホホエミーナが、さっきと同じく腕を錐状に変化させて、ウエスターが作ったくぼみを狙う。やはり他の場所に比べて弱くなっていたのだろう。ついに怪物の硬い表面に穴があくと、すかさずウエスターの大声が飛んだ。
「今だ! 水をくれっ!」
「分かった!」

 老人とラブが、ナキサケーベに消火ホースを向けて、最大出力で水を放つ。火の勢いが弱くなるにつれて、怪物の姿は次第に薄れ始めた。
 やがて、三角形のカードが灰になって空に舞い上がり、消えていく。それと共に、少女に巻き付いていた茨も跡形もなく消え失せて、彼女はふらつきながらも自分の足で立ち上がると、せつなの顔にチラリと目をやって、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。

「おのれ……」
 一部始終を眺めていたノーザの映像が、悔しそうに歯噛みする。だが、目の前に一体残ったモンスターに目を移すと、今度はニヤリとほくそ笑んだ。
「ホ……ホエミーナ……」
 消火ホースがいったん離れたせいだろう。サウラーのホホエミーナが必死で食い止めてはいるが、ソレワターセは、ラブや老人、サウラーが立っているすぐ近くまで迫っている。
 そして、ソレワターセがさらに一歩を踏み出した時、突然ノーザの目が大きく見開かれ、その顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 ノーザの鋭い激に、巨大な怪物は、地に響くような雄叫びを上げた。

〜終〜

316一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:58:07
 ホホエミーナの肩の上から、ウエスターはナキサケーベの様子を遠巻きに眺めていた。
 相変わらず無秩序に暴れ回り、無茶苦茶に砲弾を発射する怪物の巨大なひとつ目に、彼が渾身の力で付けた小さなくぼみがあるのが分かる。人並外れた視力でその奥を覗き込むと、燃え盛る赤黒い炎がハッキリと見えた。
「やっぱりあのひとつ目は、コアでは無かったようだな。おそらくヤツのコアはあの火だ! あの火を消し止めれば、ヤツは倒せる」
 まるでホホエミーナに話しかけているかのような大声でそう言ってから、ウエスターは太い腕を組み、額に皺を寄せて考え込んだ。
「だが……どうやって消せばいいんだ。何とかして、表面に穴でも開けられればいいんだが……」

 困ったように呟いたウエスターが、突然、ホホエミーナの上から身を乗り出す。
 怪物の動きがパタリと止んでいた。その中に見える炎も、さっきまでとは違っている。
 赤黒い炎とは異なる、より純度の高い赤々とした炎。苦痛の象徴と言うよりは、決意の証のようなその炎は、くぼみを通して見なくても、既に巨大なひとつ目から透けて見えるほどの輝きだった。

「こいつは一体……」
 そう呟いたウエスターが、今度はせつなと少女の方に身を乗り出す。そして、さっきまで二人を包んでいた赤黒い炎が消えているのを見ると、その目が得意げにキラリと輝いた。
「イース、でかした! そうか。あっちの炎が消えたせいで、こっちがその分、勢い良くなったのだなっ?」
「ホ……ホエミーナ?」
 ホホエミーナが、明らかに理解不能という口調で相槌を打つ。だが、ウエスターは得意満面の様子で、この大きな相棒に檄を飛ばした。
「よし! 今度は俺たちの番だ。行くぞ、ホホエミーナ!」

 再びナキサケーベに対峙したホホエミーナが、さっきと同じく腕を錐状に変化させて、ウエスターが作ったくぼみを狙う。やはり他の場所に比べて弱くなっていたのだろう。ついに怪物の硬い表面に穴があくと、すかさずウエスターの大声が飛んだ。
「今だ! 水をくれっ!」
「分かった!」

 老人とラブが、ナキサケーベに消火ホースを向けて、最大出力で水を放つ。火の勢いが弱くなるにつれて、怪物の姿は次第に薄れ始めた。
 やがて、三角形のカードが灰になって空に舞い上がり、消えていく。それと共に、少女に巻き付いていた茨も跡形もなく消え失せて、彼女はふらつきながらも自分の足で立ち上がると、せつなの顔にチラリと目をやって、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。

「おのれ……」
 一部始終を眺めていたノーザの映像が、悔しそうに歯噛みする。だが、目の前に一体残ったモンスターに目を移すと、今度はニヤリとほくそ笑んだ。
「ホ……ホエミーナ……」
 消火ホースがいったん離れたせいだろう。サウラーのホホエミーナが必死で食い止めてはいるが、ソレワターセは、ラブや老人、サウラーが立っているすぐ近くまで迫っている。
 そして、ソレワターセがさらに一歩を踏み出した時、突然ノーザの目が大きく見開かれ、その顔に歓喜の表情が浮かんだ。
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 ノーザの鋭い激に、巨大な怪物は、地に響くような雄叫びを上げた。

〜終〜

317一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/07/24(月) 20:58:39
以上です。どうもありがとうございました!

319名無しさん:2017/10/19(木) 23:16:12
誰か書かないかな〜
「結婚もの」

320一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:08:00
こんばんは。
かなり間が開いてしまいましたが、長編の続きを投下させて頂きます。
8レス使わせて頂きます。

321一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:08:51
「見つけたわ……。そのまま進め! ソレワターセ!」
「ソーレワターセー!」
 鋭いノーザの檄を受けて、ソレワターセの侵攻がさらに勢いを増す。必死で食い止めているのは、元・幹部たちの二体のホホエミーナ。
 ふらふらとせつなから離れた少女が、モンスターたちの激しい攻防を見つめる。その真剣な眼差しとは裏腹に、彼女の瞳には何も映ってはいなかった。

 体中が軋むような痛みと共に、戻って来た現実感。同時に蘇る、あの世界での彼女の言葉――。

――あなたの願いは、メビウスの復活なんでしょう?

(そうだ。それなのに私は、与えられた苦痛に耐えかねて、別の世界へ逃げ込もうとした……)

 どうしてあの時、あの世界でイースになりたいなどと思ったのだろう。メビウス様のためにと言いながら、自分のことだけを考えていたというのか……。
 情けなさと悔しさ。それにメビウスに対する申し訳なさで胸が一杯になり、グッと奥歯を噛み締める。その時、隣に居たせつなが、弾かれた様に走り出した。
 怪物が戦っている現場近くに居た仲間――ラブと老人に駆け寄り、二人を抱えてひとっ跳びでその場を離れる。その直後、さっきまで彼らが居た場所にホホエミーナの巨体が叩き付けられた。
 土埃の向こうで、せつなが大きく息を付き、ラブに微笑みかけているのが見える。それをぼんやりと眺めながら、少女は自分が無意識のうちに、せつなに打たれた左の頬を撫でていたことに気付き、慌てて手を下ろした。

「おーい!」
 不意に遠くから呼びかけられて、思わず身構える。やって来たのは、警察組織の戦闘服に身を包んだ一人の少年――数日前にくだらない諍いを起こした、あの少年だった。

「お前も来い」
「……何?」
「ここは危ない」
 一瞬、何を言われているのか分からなかった。少年の頭の向こうに目をやると、確かに人々が続々と建物から出て、戦場から遠ざかろうとしている。
「気は確かか? 私は、お前たちを……」
「いいから来い。お前、フラフラじゃないか」
 心配そうにこちらを覗き込む少年の目。その目を見た途端、少女はくるりと彼に背を向けた。
「言ったはずよ。お前の命令など聞かない、って」
「おい!」

 焦れたように呼びかける少年を振り向きもせず、少女が痛む身体に鞭打ってその場を駆け去る。物陰に隠れてそっと様子を窺うと、少年は仲間たちに呼ばれ、後ろを振り返りながら避難者たちの元へ戻っていくところだった。

(ふん。お前に何がわかる)

 警察組織の若者たちの誘導に従って、人々が黙々と移動を始めている。
 かつてはメビウス様が管理された通り、一糸乱れず歩いていた人々が、こんな不完全な若者たちに、列も作らずただぞろぞろと従っているのだ。

(お前たちに何が出来る。メビウス様が完全に管理された世界こそが、ラビリンスのあるべき姿なのだ)

 胸の中に、さっきとは違う何かが渦巻いている。情けをかけられた屈辱と、それとは違う、微かにあたたかさを感じる何か。少女はそれから目を背けるように、震える拳をグッと胸に押し当てた。

(私は……メビウス様を復活させる。ラビリンス総統・メビウス様のしもべになる!)

「ソレワターセー!」
 少女の決意を後押ししているのか、それとも嘲笑っているのか、モンスターの雄叫びが、再び辺りの空気を震わせた。



   幸せは、赤き瞳の中に ( 第12話:守りたいもの )

322一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:09:26
「ホ……ホエミ……ナー!」
「ホホエ……ミーナ……」
 サウラーが生み出した瓦礫づくりのホホエミーナと、街頭スピーカーから生まれたウエスターのホホエミーナ。それらが左右から抱き着くようにして、ソレワターセを止めようとしている。
「ソーレワターセー!」
 そんなことなどお構いなしに、ソレワターセは二体を強引に引きずるような格好で、じりじりと前進を続けていた。

(もう少し、避難に時間がかかりそうか……。それまで何とか、持ちこたえてくれ!)

 腕組みをしてその様子を眺めていたサウラーが、避難者たちの方に目をやって、僅かに眉をしかめる。そして空の一角を覆いつくした半透明な姿に、ゆっくりと視線を向けた。

「フフフ……。あともう少し。もう少しで、私の欲しいものが手に入る……」
 歓喜に満ちたノーザの声が頭の上から降って来る。

(そうは行きませんよ、ノーザさん。住人たちの避難を終えたら、あとは僕が全力で阻止してみせる!)

 感情をほとんど表に出さないその顔からは、そんな心の内は一切窺い知ることは出来ない。しかし、その時向こうから息せき切って走って来たせつなの姿を見て、その表情が僅かに変わった。

「サウラー! ウエスター! 全員の避難が完了したわ!」
「よし!」
 言うが早いか、さっきまで老人が使っていたホースを手に取って、残っていた最後の熱水を浴びせかける。そしてソレワターセが怯んだ一瞬の隙に、サウラーはホホエミーナの肩に飛び乗った。

「さぁ行くぞ!」
「ホーホエミーナー!」
 次の瞬間、敵にくるりと背を向けたホホエミーナが、ソレワターセが向かおうとしている廃墟を目指して全速力で走り出す。
「ホホエミーナ! サウラーを守り抜け!」
 自らのホホエミーナに檄を飛ばすウエスターの声が、背中で聞こえた。続いて、ガツン、ガツン、とモンスター同士がぶつかり合う音が辺りに響く。だがそれも束の間、ドシン、ドシンというソレワターセの足音が、あっという間にこちらに迫って来た。
「ああっ! すまん、サウラー! ホホエミーナ、追え!」
 ウエスターの、今度は慌てふためいた声が聞こえる。それを聞くと、何だか心臓の辺りがこそばゆくなって、サウラーはフッと口の端を斜めに上げて笑った。

(十分時間は稼げたよ、ウエスター)

 声に出しては言えないので心の中で呟いてから、気合いを入れ直すように、ぐっと唇を噛みしめる。さあ、ここからが本番だ。

 廃墟に飛び込み、ホホエミーナの肩の上から滑り降りる。そしてそこに置いてあるものを掴むと、サウラーは不敵な笑みを浮かべてソレワターセの方へ向き直った。
「お探しの物は、これかい?」
 それは、ノーザの本体――プリキュアの技を受けて元に戻った、あの球根だった。

「ソーレワターセー!」
 廃墟の壁や天井を盛大に破壊しながら、ソレワターセがその場所に飛び込む。だが、その腕が目的の物に届くことは無かった。

「はぁっ!」

 サウラー渾身の蹴りが、ソレワターセの胴を撃ち抜く。
 もんどりうって転がる巨体から、さらに球根を狙って立て続けに放たれる、矢のような蔦、蔦、蔦。

「はぁぁぁぁっ!!」

 サウラーの気合いが炸裂する。息つく暇など全く無い高速の足さばきで、ただひたすらに、蹴る! 蹴る! 蹴る!
 ついに全てを蹴り返すと、サウラーは休む間もなく身を翻し、再びホホエミーナの肩に飛び乗った。

323一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:10:00
「ホホエミーナ。ここからは頼んだぞ!」
 皆まで聞かず、脱兎のごとく駆けるホホエミーナ。跳ね起きたソレワターセもすぐに後を追う。そしてホホエミーナが廃墟から今まさに外に出ようとしたところで、ソレワターセの放った蔦が、後ろからサウラーを襲った。

「うわぁっ!」
 不意打ちを喰らって弾き飛ばされたサウラーを、ホホエミーナが決死のダイブで受け止める。
 盛大な土埃を上げて倒れる巨体。その身体を貫こうと、ソレワターセが蔦の先を鋭く尖らせ、振り上げる……!
 その時、不意に地面から、赤紫色の光が出現した。
 光は廃墟をぐるりと取り囲むように立ち昇り、光の壁となって四方を覆う。構わず蔦を放ったソレワターセは、その光に触れた途端、弾き飛ばされて再び地面に転がった。よく見ると光の壁の表面には、ビリビリと稲妻のようなものが走っている。
 やがて光が収まった時には、廃墟はソレワターセごと消え失せて、後には何も残ってはいなかった。

 余裕の笑みを浮かべて一部始終を眺めていたノーザが、呆然と目を見開く。
「何だ、これは。まさか、次元の壁……!」
「ええ。あなたに気付かれないようにこの仕掛けを作るのは、苦労しましたよ」
 ホホエミーナの掌から飛び降りたサウラーが、そのゴツゴツした指をポンポンと叩いてから、相変わらず淡々とした口調で答えた。

 “次元の壁”――それはラビリンスの科学が生み出した技術。四つ葉町にあった占い館をプリキュアの目から隠すために使ったのと同じ技術だった。この壁が作り出した空間は別次元にあるため、通常の手段では中に入れず、そこにあることすら認識できない。
 ノーザが自分の本体を狙ってくるだろうと予測した時から、何とかしてこの国を守り抜くために、サウラーが考えに考え抜いた作戦だった。

「おのれ……!」
 完全にしてやられたと知って、ノーザの映像がギリギリと音を立てて歯噛みする。
「やったな、サウラー!」
「喜ぶのはまだ早いよ、ウエスター。モンスターは何とか片付けたが、まだE棟に大物が残っている」
 嬉しそうに仲間の肩を叩いたウエスターに、サウラーが無表情を崩さず答える。
 E棟にある大物――ノーザのデータの媒体らしき植木と、不幸のゲージ。とりわけ不幸のゲージをどう始末すればいいのか、それはサウラーにもウエスターにも見当がつかない。

(全く……。不幸を集めていたというのに、その扱いについてはまるで分かっていないとはね)

 今も昔も、無表情の下は不安だらけだ――自嘲気味にそんなことを思った時、ウエスターが能天気な顔で、再びニカッと笑った。
「そうだな。先発隊は、既にE棟に向かっている。俺もすぐに追いかけるから、心配するな!」
「全く。君のその根拠のない自信は、一体どこから……」
 サウラーが呆れた顔でそう言いかけた、その時。

「そう簡単に……終わらせてたまるかぁっ!」

 突然、怒りに満ちた声が辺りの空気を震わせた。叫びと共に物陰から飛び出した少女が、サウラーに躍りかかる。
 傷だらけの身体。ボロボロの戦闘服。足の震えを必死で抑えながら、やみくもに殴り掛かる。
 軽く身をよじるだけの動きで攻撃をかわすサウラー。少女は彼に触れることすらできず、地面に倒れ込んだ。

「無茶な……。そんな身体で、僕に敵うとでも思ったのかい?」
 サウラーが苦いものでも飲んだような顔つきで、少女の傍らに歩み寄る。が、すぐにそれは驚愕の表情に変わった。何かが目にもとまらぬ速さで、サウラーに襲い掛かったのだ。
 考えるより先に身体が動いた。跳び退って攻撃を避け、相手の正体を見定めようと目を凝らす。だがその時右足に何かが絡みつき、サウラーの身体はそのまま宙吊りになった。

「サウラー!」
 ウエスターの隣にせつなも駆け付けて、逆さ吊りにされたサウラーをなす術もなく見上げる。
「フフフ……。今回ばかりはお手柄だったわねぇ。こんなに見事に囮になってくれるなんて」
「私は、そんなつもりじゃ……」
 さっきの狼狽した姿など、まるで無かったかのようなノーザの含み笑いに、少女が戸惑ったように目を泳がせる。その映像のちょうど真下に当たる場所。そこにいつの間にか姿を現したのは、大きな鉢に植えられた一本の木だった。
 まるで枯れ木のようにしか見えないその木の一番太い枝先からは、空中に向かって光が放たれていた。どうやらそれが、ノーザの映像を形作っているらしい。そして別の枝先からは、サウラーの足に絡みついている触手が伸びている。

(やはりこいつが、ノーザのバックアップの媒体というわけか)

 宙吊りにされた格好のままで、サウラーがそこまで観察した時、ノーザの勝ち誇ったような声が降って来た。

324一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:10:41
「サウラー君。今のうちにそれを渡してくれたら、痛い目に遭わずに済むわよ」
 サウラーが、ノーザにちらりと目をやってから、今度は仲間たちの方へ視線を移す。その時、せつながさりげなく、ウエスターの陰に隠れるように立ち位置を変えた。それを見て、サウラーがノーザに向かってため息をひとつ付いて見せる。

「こうなっては仕方がない、か。ならば、お言葉に甘えましょうか」
「いい答えねぇ」
 無表情で球根を取り出すサウラーに、するすると伸びる一本の触手。それに向かってゆっくりと球根を差し出す素振りを見せてから、サウラーは不意に手の中の物を勢いよく放り投げた。

「せつな!」
 球根が矢のような速さでせつな目がけて飛ぶ。それを追って一斉に放たれる触手。だがそこに待っていたのは、頑強な肉体の壁だった。
「でぇやぁぁぁっ!」
 ウエスターが気合い一閃、全ての触手を叩き落す。その隙に、せつなが球根を追って走り出す。
 逆さ吊りのまま放たれた球根の軌道は、ほんの少しずれていた。だがせつななら十分に守備範囲。誰もがそう思っていたその時、信じられない出来事が起こった。
 球根にせつなの手がまさに届こうとしていた瞬間、横合いから一人の人物が飛び出して、球根を掴んでしまったのだ。
 せつなが、ウエスターが、そしてサウラーが、唖然とした表情でその人物を見つめる。
 それは、さっきまで消防ホースを構えてサウラーたちに加勢し、今は他の住人たちと共に避難に向かっているはずの、あの老人だった。

「おじいさぁん! 今はそっちに行っちゃ、危ないよ〜!」
 不意に新たな声が響いた。老人を心配したのだろう。ラブが大声を上げながら、こちらに向かって走って来る。それを見るや否や、せつなが慌ててラブの元へと走った。
「ラブ、こっち」
 事情を知らずに老人に駆け寄ろうとするラブを制し、彼女をいつでも守れるように、ぴたりと寄り添う。

「なんだ? お前は。愚かな真似をすると、怪我をするわよ」
 怪訝そうな顔で老人に目をやったノーザが、フン、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 なんだ、ただの国民風情か――触手もそう言いたげな緩慢な動きで、老人の近くにゆるゆると伸びてくる。
 だが、すぐにノーザの表情は凍り付き、触手も動きを止めた。老人が懐から鋭い刃物を取り出して、球根に押し当てたのだ。

「貴様……何をする気だ!」
「こ、これが欲しいのか。こんなちっぽけなものが、あ……あなたの、大切なものだというのか。あの子を……あんな目に遭わせてまで、欲しいものなのか!」
 両目を見開いて慌てふためいた声を上げるノーザを、刃物を持った手をブルブルと震わせながら、老人が睨み付ける。

「知らないならば……教えてやる。ここに傷を付けると、運が良ければ傷の周りに、新しい球根が出来るらしい。分球、と言うんだそうだ。どっちにしろ、親となった球根は枯れてしまうがな……」
「そんなこと、させるかぁっ!」
「寄るなっ!」
 さっきまでのしょぼくれた老人とは思えないような鋭い声に、襲い掛かろうとしていた触手が動きを止める。その隙にウエスターがサウラーを助け出したが、それに構っている余裕は、今のノーザには無かった。
 ただの国民風情と見くびっていた相手に、最高幹部の自分が追い詰められている――その受け入れがたい事実に、ノーザの瞳が次第に大きく、やがては極限まで見開かれていく。

「おのれ……。お前ごときに、そんなことが出来ると思っているのっ?」
「今はもう、命令された以外のことをしてもいい世界なんでね」
 金切り声を上げ、恐怖にわななくノーザとは対照的に、老人の声は次第に落ち着き払った、凄みすら帯びたものに変わっていく。そしてたじろぐノーザの映像に向かって、老人が一歩、また一歩と近付いていく。

「あなたはかつての最高幹部・ノーザ……なんですよね?」
「き……気安く私の名を呼ぶな!」
「この国は、新しく生まれ変わったんだ」
「そ……それがどうした!」
「幹部と呼ばれる人間は、もう居ない」
「お、おのれ……」
「古い時代の者たちは、もう要らない」
「や……やめろ……」
「古い時代の者は、新しい時代の者に道を譲って去るべきなのだ」
「やめろ……やめろぉぉぉ!」
「あなたも。そして……」

「おじいさん」

325一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:11:22
 老人の言葉が、あたたかく伸びやかな声に遮られる。
 ゆっくりと彼に近づいたのは、少し哀し気な笑みを浮かべて老人の顔を見つめるラブと、油断なくノーザの様子を窺いながら、その隣にぴったりとくっついている、せつなだった。
 好機とばかりに、蔦が老人目がけて唸りを上げる。だがウエスターとサウラーの方が早かった。蔦を跳ね除け、三人を守るようにノーザの前に立ちはだかる。
 ラブは二人に小さく笑いかけてから、そのままの表情で、まだ微かに震えている老人の手を優しく抑えた。

「それは違うよ。だっておじいさんも、今のラビリンスを作っている一人じゃない」
「私は……古い人間だ」
「そんなことないよ。ラビリンスで初めての、畑作りのお仕事をしているんでしょう?」
「……そういうことではない。私は、今のラビリンスにはついていけていないんだ」
「大丈夫だよ」
 ラブはゆっくりとかぶりを振ると、老人の手に重ねた掌に、ギュッと力を込めた。
「あたしたちは、どんどん変わっていくんだもの。だから大丈夫。古い人間なんて……要らない人間なんて、誰もいないよ」
「しかし、私は……」

 包み込むような優しい眼差しで自分を見つめるラブから視線をそらし、老人がうなだれる。そのとき静かな声が、彼に語りかけてきた。
「おじいさん。あなたはもしかして、ノーザの球根を傷つけた後、自分も命を絶つつもりなんじゃありませんか?」
「えっ!?」
 驚いて顔を上げたラブが、老人と、彼を心配そうに覗き込んでいるせつなの顔を交互に見つめる。老人は力なくうなだれたまま、ああ、と小さく頷いた。
「そうだ。そもそも私が、この惨事を引き起こしてしまったのだから」

 さっきまでとは打って変わったぼそぼそとした声で、老人が語り始める。
 畑作りの仕事を始めてから、あの少女をしばしば見かけるようになった。メビウス亡き後、何かと話しかけたり会合に誘ったりしてくるようになった他の住人たちと違って、ただ黙って畑を眺めているだけの寡黙な少女。
 お互いほとんど口を利くことはなかったが、ある夜、少女が老人を訪ねてきた。そして、今にも枯れそうな鉢植えを抱えて、何とか生き返らせてほしいと涙をこぼしながら訴えた。
 八方手を尽くして、植木は何とか息を吹き返したが、その矢先に、枝先から突然ノーザの映像が現れたのだと――。

「ふん、馬鹿馬鹿しい」
 いつの間にやって来たのか、少女が少し離れたところに立っていた。憮然とした顔でそっぽを向いているが、その目はちらちらと老人の様子を窺っている。
 老人の方は少女の姿を見ると、まるで自分が怪我をしているかのような表情で、おろおろと声をかけた。
「だ……大丈夫なのか? 身体の方は……」
「人のことより、自分の心配をしろ」
 吐き捨てるようにそう言ってから、少女の声が低くなる。
「あなたは、あれが何なのか知らなかった。それに、頼んだのは私だ。あなたが責任を感じることはない」
 だが、そこで少女の表情が変わった。

「あなたも……後悔しているの?」
「馬鹿を言え! 後悔などするわけないだろう!」
 心配そうな目を自分に向けてくるラブに、少女が今度はカッとなったように食ってかかった。
「こんな街など、メビウス様が復活なさればすぐに元通りになる。我らラビリンスは、完全に管理された世界、正しい世界に戻るのだ。だから……それを寄越せ!」
 刃物を下ろしていた老人が、少女の声にびくりと反応して身構える。構わず老人に躍りかかろうとする少女。だがその寸前に飛び出したせつなが、少女を捕まえていた。
「残念だが、それを渡すわけにはいかん」
 暴れる彼女の腕を、ウエスターが後ろ手に掴んで拘束する。少女は少しの間暴れていたが、老人をじろりと睨み付け、そして大人しくなった。

326一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:12:08
 何か言いたげな目で少女を見つめていたラブが、老人の手が再びブルブルと震えているのに気付いて、もう一度彼の手に自分の手を重ね、その瞳を覗き込む。
「あたしね。小さい頃に、大好きだったおじいちゃんが亡くなったの。時間が経って忘れちゃったこともいっぱいあるけど……去年ね、夢の中でおじいちゃんにまた会えたんだ。それで少し、思い出したことがあるの。昔、おじいちゃんに教わったことを」
 サウラーが一瞬だけラブの方に目をやって、口の端を斜めに上げた。「おじいちゃんのお蔭で目が覚めた!」思い出の世界から帰って来て、そう言い放ったキュアピーチの声が、耳元で蘇る。
 ラブは、老人の目を見つめながら、ゆっくりと言葉を繋いだ。
「何か困ったことが起こったら、みんなでいい考えをたくさん集めて、頑張って考えればいいんだって。そうすれば、一番いい方法だって、きっと見つかるって」

「いい考え、か」
 老人がうなだれたまま、絞り出すように声を出す。
「メビウスが居なくなった今のラビリンスでは、確かにみんな、色々なことを考えるようになった。色々な意見を言うようになった。だが、私にそんな考えは……」
「でも、おじいさんが一番、何とかしたいって思ってるよね?」

 そこで初めて、老人が顔を上げてラブを見つめた。さっきまでの苦渋に満ちた顔でなく、驚きに目を見開いて、ラブの目を真っ直ぐに見つめる。
「何とかしたいって想いはね、すっごく大きな力になるんだよ。だからおじいさん、居なくなったりしちゃ、ダメだよ」
 ラブの言葉に、老人の瞳が微かに揺らいだ。
「何とか……なるのか?」
「もちろん!」
 そう言ってにっこりと笑って見せるラブを、老人は半ば呆然として見つめる。

 どうしてこの子は、こんな状況でこんな風に笑えるのだろう。
 どうしてこんな自分を、こんなにも力強く励ましてくれるのだろう。

 老人の手から力が抜けて、刃物をポトリと取り落とす。
 と、その時、目にもとまらぬ速さで放たれた触手が、落ちた刃物を空中高く撥ね飛ばした。
「あっ!」
 せつなが慌てて老人の手から球根を取り上げる。その頭上から降って来たのは、聞く者の背筋が凍り付くような、ノーザの高らかな笑い声だった。

「この私をここまでコケにしてくれるとは……。どうなるか思い知るがいい!」
 さっきまでとは一変、怒りに目を吊り上げたノーザが、これまでで最大の量の触手を一気に放つ。
「はぁっ!!」
 撃ち落とすのは無理と判断したサウラーとウエスターが、バリアを張ってそれを防ぐ。だが、防ぐ以外に攻撃の決め手がない。二人とも、次第にハァハァと荒い息を付き始める。
「あら、どうしたの? 随分苦しそうじゃないの。さぁ、早くその身体を渡して、もう終わりにしなさい!」
「いいや……まだだ!」
「僕たちだって……何とかしたいって思っているからね!」
 ウエスターとサウラーが歯を食いしばって、触手を防ぎ続ける。

「何とかしたいって想いが、大きな力になる……。そうね。ラブの言う通りだわ」
 二人の背中をじっと見つめてから、せつなが球根をギュッと握りしめる。
「だったら私も、古い時代を知る者として……過ちを知る者として、何が何でもここは何とかして見せる!」
 力強くそう言い放ち、せつなが老人に駆け寄る。
「おじいさん。ひとつ教えてください」
 そう言って、老人の耳元で何事かを囁くせつな。老人が頷くのを見ると、その口元が僅かに緩んだ。その目には鋭い光が――戦士の光が宿っている。

「私にも教えてくれ」
 今度は老人が、せつなに呼びかける。
「どうしてそいつを、処分しようとしないんだ? そいつを守る必要があるのか? それさえ無ければ、あいつは……最高幹部は、もう襲ってこないんじゃないのか?」
「そうとも限りません。それに……」
 そう言いかけて、ちらりとラブに視線を走らせたせつなの目が、少し照れ臭そうに揺れる。
「それにラブが言っていた通り、処分されていい存在なんて……要らない存在なんて、居ないんです。私にも、ようやくそれが分かりました」

327一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:12:41
 ラブがせつなの顔を見つめて、嬉しそうに微笑む。その目の前に、せつなは持っていた球根を差し出した。
「お願い、ラブ。これを持っていて」
「え……あたし!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げるラブに小さく頷いてから、せつなが強い光をたたえた目でその顔を見つめる。
「あなたなら大丈夫。私が絶対に、守り抜くわ」
 驚きに見開かれていたラブの瞳が、すぐにせつなに負けずとも劣らぬ強い光を宿す。うん、と頷いてから、ラブはせつなの手から球根を受け取って、大切そうに胸に抱いた。

 せつなの戦闘服が、再び風を纏って舞い上がる。
 上空高く跳び上がったせつなは、バリアを避けて襲ってきた触手をことごとく回避しながら、鋭い眼差しで地上を見つめた。
 やがて人並外れたせつなの視力が何かを捉える。

(あった!)

 すぐさま着地し、目的の場所へ向かって走り出したせつなを見ながら、ノーザは楽しげにほくそ笑んだ。
「あら……早速一人裏切ったってわけかしら?」
 だがほどなくして、その顔が今度は呆れた表情に変わる。駆け戻って来たせつなが、バリアの真ん前に立って、鋭い眼差しでノーザを睨み付けたのだ。
「おい、何をする気だっ?」
「いいから、黙って見てて」
 心配そうに声をかけたウエスターが、あっさりと一蹴される。それを見て、ノーザが相手をいたぶるような目つきに変わった。

「その目……。思い出すわぁ。生意気な幹部だった頃とおんなじじゃないの。生まれ変わろうがプリキュアになろうが、人間はそう簡単には変わらないってことかしら」
 からかうようにそう言ってから、その唇が、氷のように冷たい一言を発する。

「そうでしょう? ねぇ……イース」

 ノーザの笑みが高笑いに変わりかけて――そこで止まる。
 じっとノーザを見つめ続けていたせつなが、その言葉を聞いて、ニヤリと不敵に笑ったのだ。

「そうね、やっと分かったわ。何があろうと、私は――私よ!」
「……小癪なぁっ!」

 声と同時に、せつなが再び空中高く跳び上がる。その軌道を追うように放たれる触手。だがせつなは無表情でそれを見つめたまま、今度は一切避けようとしない。
 その時、何かが空を一閃する。
 華麗に着地したせつなの後を追うようにバラバラと落ちて来たのは、すっぱりと切り落とされた、大量の触手だった。

「あいつ……あの爺さんの刃物を取って来たのか!」
「なるほど。確かにあの戦い方は、昔の彼女を思い出すね」
 ウエスターとサウラーが、驚きを隠せない様子で呟く。
 獰猛で、果敢で、華麗で、刃物のように鋭くて――そんな彼女の姿を目の当たりにして、彼らの瞳にもせつなと同じ、不敵な戦士の光が宿る。
「ふん、イースに負けてはいられないな、サウラー!」
「当たり前だ!」
 二人のバリアが俄然力を盛り返し、一回り大きくなったのを、ウエスターに腕を掴まれたままの少女は、信じられないものを見るような目で見つめた。

「おのれ……。いつまでも続くと思うな。これで終わらせてやる!」
 ノーザの声と共に放たれた触手が、今度はことごとく刃物を持ったせつなの右手を狙う。その一本を、せつながグイッと掴んだ。
 そのまま触手を手繰り寄せるようにしながら、勢いよく自分の身体を滑らせて、空中を高速で移動していく。
「何を……何をする気だ!」
 せつなの意図に気付いたノーザが、再びせつな目がけて触手を放つ。
 だが当たらない。焦ったノーザが触手の数を増やしたが、一向に当たらない。
 大量の触手は目標を失って絡み合い、こんがらがったロープのようになっている。それをしり目に、せつなが植木の元へと辿り着き、今はまさに頭の上に広がるノーザの映像を見上げた。
「大丈夫。ちゃんと手入れをすれば、枝はまた伸びるそうよ」

「やめろ! 何を」
 それが最後だった。まるでテレビのスイッチを切られた様に、ノーザの映像がぷつんと途絶える。
 後には全ての枝を短く切られた植木が、所在なげに残された。

328一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:13:15

 小さな刃物を鞘に納めて、せつながようやく、フーッと大きく息を吐く。そして仲間たちのところへ駆け戻ろうとした、その時。

「せーつなぁぁぁっ!!」

 世界中で、せつなが一番好きな声が響く。
 全速力で走って来たラブが、その勢いのままに、せつなに抱き着いた。
「無事で良かったぁ……。凄かった! 凄かったよ、せつな!」
「そんな……みんなのお蔭だわ」
 ラブの後ろから、ウエスターとサウラー、ウエスターに引きずられたままの少女と、あの老人もやって来る。

 ラブのあたたかな身体に抱き締められながら、不意に、ただ一人で占い館に乗り込んだあの日のことを思い出した。
 自分はどうなってもいい。大切な人たちを巻き込みたくない――その一心で、無謀にもたった一人で不幸のゲージを壊そうとした、あの日の自分を。
 あの頃は、守りたいものが増えることが、嬉しい反面、この上なく怖かった。それが今ではどうだ。守りたいものはこんなにも――怖いのは変わらないけれど、そんなことを言っていられない程に増えている。
 大切な家族。仲間。友達。ラビリンスの人たち。そして――。

(私自身も、その中の一人……なのね)

 それが何だか不思議なようにも、勿体ないようにも思えて、せつなは輝くようなラブの顔を見つめて、くすぐったそうに微笑む。
 まだまだ、片付けるべきことは山ほどある。どうしていいか分からないことも、たくさんある。

(守れるかしら……。ううん、守ってみせる。だって、ラブが……みんなが一緒なんだから)

 決意も新たに、今度はせつなから手を伸ばして、ラブの身体を抱き締める。

 その時――。
 少女たちの後ろで、切られたばかりの植木が根元から浮き上がり、植木鉢がカタカタと不気味な音を立てた。


〜終〜

329一六 ◆6/pMjwqUTk:2017/10/29(日) 23:14:00
以上です。ありがとうございました!
次こそは、もう少し早く更新できるように頑張ります……。

330Mitchell&Carroll:2017/12/27(水) 22:30:06
引退します。
今までありがとうございました!
特に楽しく書けたのは『黒猫エレンの宅急便』
『ピーマニズム』『格付けしあうプリキュアたち』、
あとは井澤詩織さんへのリスペクトを込めて書いた『ストップ、はじめてのおつかい』とかかなぁ....
姫プリはキャラとストーリーが良かったのでアイディアもいっぱい出て、書いてて楽しかったですね。
ではさようなら。

Mitchell&Carroll

331名無しさん:2017/12/28(木) 00:11:09
>>330
え〜! ミシェルさん、やめちゃうの!?
凄く残念……。めっちゃ寂しくなります。
でも、長い間たくさんの楽しいお話で、とても楽しませて頂きました。
特に好きなのは、『トワえもん』、『N・O・M・I』、あとご本人も挙げられていた『ピーマニズム』かなぁ。
もしまた時間が出来たり気が向いたりしたら、是非また遊びに来てください。
いつでも待ってます!

332一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:24:02
こんばんは。
またまた時間がかかってしまいましたが、フレッシュ長編の続きを投下させて頂きます。
10レスほど使わせて頂きます。

333一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:24:46
 最初は途切れ途切れの、ごく小さな音だった。ラブを抱き締めるせつなのすぐ後ろで、植木鉢が不意にカタカタと音を立て始めたのだ。
 音は次第に大きくなり、間断の無いものになっていく。それと共に高まっていく、何とも言えない嫌な気配――。
 せつなが硬い表情で後ろを振り返ろうとする。その矢先、さっきから植木を見つめていたサウラーの鋭い声が飛んだ。
「みんな、伏せろ!」
 皆まで聞かず、せつなが腕の中のラブを庇いながら地面に身体を投げ出す。
 ウエスターが少女を、サウラーが老人を、それぞれ抱えるようにして倒れ込む。それと同時に鈍い破裂音が響き、六人の上に、バラバラと土と陶器の破片が降り注いだ。

「はぁ、びっくりしたぁ……」
 もぞもぞと起き上がろうとするラブを制して、せつなが素早く身体を起こし、植木の方を向いて身構える。そして――そのまま息を呑んだ。
 粉々に砕けた植木鉢の残骸が散らばっているその後ろに、いつの間にか壁が出来ている。いや、それは壁ではなく、高くそびえ立つ透明な筒だった。その中にいっぱいに湛えられているのは、薄黄色に濁った液体。
「これは……」
 せつなの声が震える。
 見間違えるわけがない。かつて自分がイースとして集めていたもの。その行いを激しく悔いて、たとえ命を落としても、その蓄積を無きものにしたいと願ったもの――。
 それは、ラブがE棟で目の当たりにしたという“不幸のゲージ”と、このラビリンスで新たに集められた、不幸のエネルギーだった。

 半ば呆然とゲージを見つめるせつなの視界を切り裂くように、その時、何かが下から上へと一瞬で通り過ぎた。植木鉢が壊れて――いや、おそらく鉢を自ら壊して自由になった植木が、根を剥き出しにしたまま、一直線に上へ向かって飛んで行く。
「あっ!」
 今度はラブが声を上げた。植木は、見上げるほどに高いゲージの縁の上まで飛び上がったかと思うと、そこで僅かに軌道を変えて、ゲージの中へ飛び込んでしまったのだ。
 途端にまるで沸騰したかのような大量の泡が、ゲージの中から沸き起こった。
 跳ね起きたラブが、そしてウエスターとサウラーが、せつなの隣に立ち、固唾を飲んでゲージを見つめる。ウエスターに腕を掴まれたままの少女は厳しい表情でゲージを睨み付け、老人は皆の後ろから恐る恐る覗き見る。
 六人が見守る中、泡に包まれた植木は、見る見るうちに細く小さくその姿を変え、やがて完全に消え失せた。

「木が……不幸のエネルギーに、溶けちゃった……」
 ラブがかすれた声で呟く。だがそれに答える者は誰も居なかった。

(何……? この感じ……!)

 せつなの額から汗が噴き出す。さっきの嫌な気配とは比べ物にならないほど、辺りの空気が突然不穏な色をまとったように感じた。
 心が痛いくらいに張りつめて、声が出せない。身体はいつの間にか臨戦態勢に入って、周囲の些細な変化も決して逃すまいと身構えている。
 何かが――とてつもない何かが起ころうとしている。心臓がそう警告するように、ドクン、ドクン、とうるさいくらいに鳴っている。

 すぐに最初の変化が起こる。それはゲージの中に巻き起こった、小さな渦だった。渦は次第に大きくなり、やがてゲージの幅いっぱいに広がって、人の顔のような模様を形作る。それを見て、ウエスターが喉の奥から絞り出すような声を発した。
「ノーザ……さん」
 ゲージの中のノーザの顔が、それに答えるかのようにニヤリと笑う。そして次の瞬間、その顔が再び変化し始めた。
 長い髪と顔との境界がなくなって、より大きくいかつい頭の輪郭を形作る。大きな目はより鋭く、鼻は大きく、唇は分厚く形を変えて――。

「……!」
 老人が言葉にならない声を上げて、腰が抜けたようにその場に崩れ落ちた。そのままずるずると後ずさって、あたふたと物陰に身を隠す。その姿を嘲笑うかのように、ゲージから空に向かって真っ黒な霧が噴き上がった。
 見る見るうちにどんよりと暗くなっていく空。その空の真ん中に、とてつもなく大きなものが、忽然と姿を現す――!

 風も無いのにバタバタとはためくローブ。
 大きく広げられた両腕。
 その上に見えるのは、全てを射抜くような鋭い眼光を持った、初老の男性の顔……。

 驚きに目を見開くラブの隣で、せつな、ウエスター、サウラーの三人は、ただ空を見上げたまま、まるで彫像にでもなったように微動だにしない。
 ラビリンスの空を覆い尽した巨大な姿は、彼らを傲然と見下ろして、天の頂から重々しい声を轟かせた。

「我が名は――メビウス。全世界の統治者なり――!」

334一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:25:54
   幸せは、赤き瞳の中に ( 第13話:復活 )



 まるで時が止まったようだった。動く者も居ない。声を発する者も居ない――。そんな状況を唐突に打ち破ったのは、一陣の風だった。
 不幸のエネルギーの余波なのか、突如吹き荒れた暴風に飛ばされそうになったラブを、せつなが間一髪で捕まえてしっかりと抱き寄せる。
 その唇から吐き出された息が、細く頼りなげに震えているのに気付いて、ラブが心配そうにせつなの顔を覗き込んだ。
「ありがとう、せつな……大丈夫?」
「ええ……大丈夫よ」
 さっきは考えるより先に身体が動いていた。その動きに呼び覚まされたかのように、頭と心もようやく少しずつ、現実感を取り戻す。

(メビウスが……本当に復活した? でも、どうやって……!)

 かつて何度も目にした影のような映像などとは比べようもない、圧倒的な大きさと威圧感を持ったその姿を、せつなは睨むように見つめる。だがその眼差しとは裏腹に、硬く握りしめた両手はわなわなと震えていた。

(恐れているの? 私は……。いいえ、驚いているだけよ。これが本当だとしたら……恐れている場合じゃない!)

 言うことを聞かない拳を、グッと痛いほどに握り締める。その時、突然何かがせつなの視界を遮った。大きな白い二つの影が、せつなとラブを隠すように前に立ちはだかる。
「イース! 今のうちに……ラブを早く!」
 ウエスターが、空を覆う巨大な姿を見据えたまま、いつもより早口で囁く。それを聞くや否や、せつなはラブを抱えてすぐさま後ろへ飛び退った。ラブを物陰に避難させ、一跳びで戻ってくると、今度は後ろではなく二人の間に立って、空を見上げる。
 ウエスターは苦虫を噛み潰したような顔で、そんなせつなにチラリと目をやった。

――今のうちに、ラブを連れて逃げろ!

 本当はそう言ってやりたかった。だが、この状況でせつながラビリンスを離れると言うわけがない。それに、事はメビウスの復活だ。たとえ異世界に――四つ葉町に逃れたとしても、最悪の場合、単なる時間稼ぎにしかならない。

(いや……そうなる前に、絶対に止めてやる!)

 グッと奥歯を噛み締めて、ウエスターは再び空を睨む。サウラーの方は、いつもよりさらに感情の読み取れない無表情のまま、空から片時も目を離さずに、油断なく身構えている。
 メビウスの大きな目が三人を捉え、口を開こうとした、その時。少女が転がるように、三人の前に飛び出した。

「メビウス様! ご復活を待ち望んでおりました!」
 颯爽と臣下の礼をとった少女が、歓喜に上ずった声を張り上げる。
「国民番号ES*******。新しいイースの“ネクスト”となった者です。私は……私だけは、あなたの忠実な僕です!」
 と、そこで風が幾分か弱まった。メビウスの顔が僅かに動いて、少女の姿に目を留める。
 生まれて初めて、絶対者の目に留まった。メビウス様が直接、私を見て下さった――その喜びに頬を紅潮させながら、少女が張り切って、なおも言葉を続けようとする。だがそれより先に、メビウスの視線が再び動き、少女を離れた。

「国民たちの姿が見えぬ……。インフィニティはどうした!」
「インフィニティ、って……」
 せつなが押し殺したような声で呟く。
「ウエスターよ、サウラーよ。その姿はなんだ? 幹部の身なりとは異なるようだが」
「やはり、最後の戦いの時の記憶は無いようだね」
 どうやら同じことを考えていたらしいせつなが小さく頷くのを見届けてから、サウラーは幹部時代とさして変わらない平坦な声で答えた。
「我々はもう、幹部ではありませんから」
「俺たちもイースと同じく、あなたに消去されるところだったんです」
 ウエスターもぶっきら棒にそう言って、巨大な元の主の顔を挑むような目で見つめる。
「そうか。消去されるはずだったお前たちがここに居るということは……私の計画は、失敗に終わったのだな」
 メビウスが、意外にも静かな声でそう呟くと、途端に風の勢いが増した。

「メビウス様!」
 風の音に負けまいと、少女が再び声を張り上げる。
「愚かにもラビリンスの国民たちは、メビウス様を裏切り、醜く争ったり、悲しみや不幸を味わったりする世界で生きようとしております!」
 そう言って再び胸を張った少女が、ここぞとばかりメビウスの方ににじり寄る。
「ですから私は、メビウス様のために……」
「そんなことは分かっている」
 少女の言葉を、天からの声がにべもなく遮った。
「このラビリンスのことは全て、我が手の内にある。騒ぎ立てずとも、私がもう一度管理すればいいだけの話だ」
 その言葉が終わると同時に、メビウスの目が爛々と赤く輝いた。

335一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:27:04
 次の瞬間、不幸のゲージから再び不幸のエネルギーが噴き上がった。が、今度は黒い霧にはならず、何本もの細い灰色のコードのようなものに姿を変える。
 無数のコードは、投網のように放射状に放たれて、街のあちこちへ向かって伸びていく。そして今は避難所となっている建物の中に、次々と飛び込んだ。

「みんなが危ない!」
 せつなが、ウエスターが、サウラーが、一斉に空中高く跳び上がる。
 せつなはさっき使った刃物で、ウエスターは力任せに、サウラーは水色のダイヤを飛び道具に使って、一瞬で大量のコードを切り落とす。だがそれも一瞬、強烈な突風にあおられて、三人は地面に叩きつけられた。
「せつな! ウエスター! サウラー!」
 泣きそうな顔で三人に駆け寄ろうとするラブを、老人が後ろから懸命に引き留める。
 すぐさま起き上がった三人の頭上を、大量のコードが飛んでいく。廃墟と化していた建物はその形を変え、元の建物よりさらに大きく、メタリックな要塞のような姿となって立ち並ぶ。そして巨大な街頭モニターが、目が覚めたように突然明るい光を放った。
 その画面に、かつて見慣れた映像が大きく映し出される。それを睨むように見つめるせつなの、睫毛だけが不安げに小さく震え、少女は勝ち誇ったように、ニヤリと笑った。


   ☆


 せつなたちが居るところから、少し離れた場所。普段は教育施設として使われているこの建物は、窓ガラスが一部割れてはいるものの、その他の損傷はほとんど無い。
 避難してきた人たち全員が建物に入ったのを確認してから、警察組織の若者たちは扉を閉め、窓のシャッターを下ろした。

(ここまで来れば……)

 仲間たちに気付かれないように、少年がホッと小さく息をつく。ウエスターに誘われて警察組織の手伝いをするようになってから、この避難誘導は、初めてウエスター抜きで経験する大きな任務だった。その直前には、仲間たちと一緒に怪物から避難所を守る役目を買って出て、元幹部たちの鮮やかな戦いぶりを目の当たりにしている。
 たった一日で、まるで数日分にも数週間分にも匹敵するような経験をしたような気がして、さすがに疲れを覚える。が、着いた早々、建物の中から何やらゴトゴトという複数の物音が聞こえて来て、少年は驚いて後ろを振り返った。
 そこには少年たちを取り囲むように集まっている、避難者たちの姿があった。それも、皆が手に手に机や椅子など、この建物の中にある備品を携えて。
「あの、それは……」
 意味が分からず、仲間たちと顔を見合わせてから怪訝そうに問いかける少年に、二人がかりで大きなキャビネットを抱えて来た男たちが、少しバツが悪そうな顔で言った。

「みんなが俺たちを守るために戦ってくれているんだ。俺たちにも、何か手伝えないかと思ってね」
「大した役には立たないかもしれないが、出来ることがあるならやってみたいんだ。これでも少しは攻撃を防ぐ足しになるかもしれないから」
 そう言いながら、人々が持ってきた備品を使ってバリケードを築き始める。

 仲間たちの間に、ゆっくりと静かな笑みが広がった。
「僕たちも手伝います」
 仲間の一人の言葉に全員が頷き合って、すぐさま避難者の元へと向かう。
 だが、少年は動こうとしなかった。ぽかんとした顔で仲間たちの様子を眺めながら、相変わらず低い声でボソリと呟く。
「出来ることがあるなら……やってみたい、ですか……」
 そう呟いてしばらく考え込んでから、少年は自分に言い聞かせるように、うん、とひとつ頷いた。そして、避難者たちに混じってバリケードを築いている仲間たちに声をかける。
「悪いけど、俺……ちょっと行ってきてもいいですか? もう一人、ここに連れて来たいヤツがいるんです」
 いつになく真剣な少年の口調に、仲間たちが顔を見合わせて、ああ、と頷く。
「一人では危険だ。俺も行こう」
 そう言って手を挙げてくれた仲間と共に、二人連れ立って建物を出ようとした、まさにその時。突然、部屋の奥にあったモニターの画面が明るくなった。

「何だ? まさかライフラインが復旧したのか?」
「いくら何でもそれはないだろう」
 仲間のうちの二人がそう言い合いながら、モニターの様子を見に行く。その途中で、二人は同時に、ヒッ……と喉を詰まらせたような声を上げると、その場に棒立ちになった。
「おい、どうした!」
 仲間たちが一斉に二人の元へ駆け寄り、全員がそのまま凍り付く。まるでミイラ取りがミイラになったようなその反応に、まだ入り口近くに居た少年も、警戒しながら彼らの元へと向かった。
「みんな、どうしたんだ?」
 そう言いながら恐る恐るモニターを覗き込んで、少年もまた、その場に立ち尽くす。
 そこに映し出されていたのは、このラビリンスで誰一人知らない者の居ない顔――。かつては国民全員が彼のために存在していた絶対者・総統メビウスの顔だった。

336一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:27:42
 ゴトン、と避難者の一人が椅子を取り落とす。そのまま床に崩れ落ちる者。言葉にならない悲鳴のような声を発する者――。
 やがて、さざ波のように部屋の中に広がったいくつもの声が、そこに突っ立ったままの少年の耳に入って来る。

「メビウス様だ……。とうとうメビウス様が復活した!」
「あの通達は、やっぱり本当だったのか……」
「私たちは、どうなってしまうの?」
「またメビウス様に、管理されるだけさ」
「い、嫌だ! 僕は、命令になんか……」
「そんなことを言っていられるのも今のうちだ」
「そうよ。私たちはきっと、制裁されるわ!」

「そんなことを言っていられるのも……今のうち……?」

 少年がまるで抑揚のない、間延びしたような声で呟く。
 仲間たちは皆モニターに釘付けになったまま、まるで金縛りにでもあったように動かない。そんな中、少年は重たいものを無理矢理動かすようなぎこちない動きで、ゆっくりと踵を返した。

「今のうち……。そうだ。俺に出来ることを……やりたいことをやるのは……今しかないんだ……」

 まだ半ば呆然とした頭の中に、さっき脳裏に浮かんだものが――ボロボロの戦闘服に身を包んだ傷だらけの少女の姿が浮かんだ。立っているのがやっとのように見えたのに、一緒に来ることを頑として拒んだ赤い瞳。その瞳に宿っていた強い光も、まるで霧の向こうで輝いているように、ぼんやりと浮かび上がる。
 その光に導かれるように、その姿を追いかけるように、少年の足取りは次第に確かなものになり、歩調も少しずつ速くなっていく。

 無理矢理にでも連れて来れば良かった――ここへ来る途中、何度もそう思った。あんな状態で手当てもせずに戦場に居て、大丈夫なはずがない。だが本人があそこまで嫌がっているのだから……そんな言い訳で納得しようとして、でもやっぱり放っておけなくて。

(今、俺がやりたいこと……。あいつに会って、言ってやりたい。無茶をするなって。ウエスターさんが、お前を心配してるって。それに、俺も……)

 やがて少年は、さっき出来たばかりのバリケードに辿り着いた。扉の前に立てかけてあるのは、仲間たちが三人がかりで運んだ大きなテーブル。それに無造作に手をかけると、少年はグッとその手に力を込めた。

「ぐうっっっ!!」

 喉の奥で、押し殺した叫びが上がる。それと同時に、カッと胸の中が熱くなった。
 悔しさなのか、怒りなのか、それともヤケになっているだけなのか――自分でも正体の分からないその熱がエネルギーになって、さっきまでやっと動いていた身体にようやく力が湧いて来る。
 ダーン、という大きな音と共に、テーブルが横倒しになる。その響きに、モニターの前に居た仲間たちや避難者たちが、呪縛が解かれた様に一斉に振り返った。
 少年はそちらを見ようともせずにテーブルを軽々と跳び越えると、扉を開けるのももどかしく外に飛び出した。

 少年が飛び出すと同時に、今出て来たばかりの建物が変化し始めた。破れた窓は元に戻り、壁は黒々としたメタリックな色調に変わる。だが少年には、それに気付く余裕は無かった。
 外へ出た途端、立っているのもやっとなほどの強風に襲われて、やっとのことで踏み止まる。少年は、目を閉じてもう一度少女の姿を思い浮かべてから、ゆっくりと細く目を開けた。身体を屈めるようにして、少女が居るはずの場所――さっき出て来た警察組織の建物の方向に向かって、一歩一歩、じりじりと前進を始める。
 空の高いところには、メビウスの巨大な姿がある。だが、地を這うようにして吹き荒ぶ強風と戦っている少年には、その姿は全く見えていなかった。


   ☆


「我がラビリンスの国民たちよ! もう心配は要らん。私が再び皆を管理してやる。そうすれば、もう二度とこのような突然の不幸に巻き込まれることもない。皆はただ、私に従っていればいいのだ」
 巨大モニターからメビウスの声が響く。重厚で威厳に満ちたその声は、以前と少しも変わることはない。
 臣下の礼をとったまま、満足げな表情でそれを聞いていた少女は、メビウスの言葉が終わらぬうちに再び空中へと跳び上がった三つの影を見て、不快そうに眉根を寄せた。

「はぁぁっ!」
「たぁぁっ!」
「どぉりゃぁっ!」
 鋭い雄叫びが響くと同時に、空の様子が一変する。張り巡らされていた無数のコードはことごとく切り落とされ、後にはどんよりと空を覆う黒雲だけが残された。

337一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:28:16
 サウラーが、目の前にある“不幸のゲージ”をじっと見つめる。僅かではあるが、さっきより明らかにゲージの液面が下がっているのが見て取れた。

(やはり不幸のエネルギーを使っているのか……。だが、こうやって着実に消費させられれば、いずれは……)

 わずかばかりの光明が見えた気がして、引き結んだ唇からそっと息を漏らす。その時、天から再び重々しい声が響いた。

「愚か者どもめ。この私に敵うとでも思っているのか」
 声と同時に新たな気配を感じて、三人が身構える。するとゲージの後ろから、突然わらわらと人影が現れた。
 二十人、いや三十人はいるだろうか。揃いの戦闘服に身を包んだ彼らは、隙の無い動きでじりじりと間合いを詰めて来る。その一人一人の顔に目をやったウエスターが、驚きに声を詰まらせた。
「お前たち……どうしてここに……!」
 それは、ウエスターが先発隊としてE棟に向かわせた、警察組織の精鋭たちだった。

 間髪入れず、メビウスの声が飛ぶ。
「私に逆らう者は排除するのみ。者ども、こいつらを消せ」
 次の瞬間。せつなが、ウエスターが、そしてサウラーが、ごくりと唾を飲み込んだ。

「はっ。全てはメビウス様のために」

 何の感情も伴わない、一糸乱れぬ声が響く。
 まるでかつてのラビリンスの姿が蘇ったかのように。
 この国の新しい姿など、所詮はただの夢幻――そう嘲笑うかのように。
 が、三人は再びグッと拳を握り締めると、ゆっくりとこちらに向かって来る人々を、静かに見据えた。

「イース」
 人々の方に目をやったまま、ウエスターが低い声で呼びかける。
「ここは俺たちに任せろ」
「今更何を言って……」
 そう言いかけて、せつなが口をつぐむ。ウエスターは太い指で、真っ直ぐに空を差していた。
「お前はあっちを頼む」
「こうしている間にも、メビウスの支配が進んでしまうからね」
 サウラーもそう言って、チラリと空に視線を走らせる。彼らの頭上には、再び不幸のエネルギーで作られたコードが放たれ、空に張り巡らされようとしていた。
「俺たちもすぐに合流する。だから、頼む」
「分かった」
 せつなが二人の仲間を見上げて小さく頷く。それを聞くと、ウエスターは初めてせつなに視線を移し、腰を落として、ぽん、と膝を叩いて見せた。

「はぁっ!」
 せつなが膝の上に駆け上がって跳躍するのに合わせて、ウエスターがその身体を思い切り高く投げ上げる。それが合図だったかのように、ゲージの前で激しい戦闘が始まった。
 前後左右、ありとあらゆる方向から襲い来る攻撃。咄嗟に背中合わせになったウエスターとサウラーは、それらを時に受け流し、時に避け、時に受け止めて、ことごとく挫いていく。
「おい、俺だ! 分からないのか! いい加減、目を覚ませ!」
「無駄だ、ウエスター。彼らは既に、メビウスに管理されている!」
 相手に一切反撃せず、ただ攻撃を受け止めたりいなしたりしながら必死で呼びかけるウエスターに、サウラーが冷静な一言を投げかける。かく言う彼は、相手に余計な手傷を負わせないようにして、専ら昏倒させる作戦に出ていた。
 その時、上空からバラバラとコードの破片が降り注ぎ、地面に触れると同時に消えた。高々と舞い上がったせつなの刃物が高速で閃く。空を覆いつつあったコードを次々と切り落とし、繰り出される新たなコードに挑みかかる。

 そうしている間にも、辺りの廃墟は徐々に形を変え、メタリックな要塞のような姿になっていく。
「全てはメビウス様のために……」
 いつの間にかモニターの映像が切り替わり、今は黒々とした壁に囲まれた避難所の中で、かつてのように空ろな声を響かせる人々の姿が映し出される。
 だが、三人の動きは変わらない。目を見開き、歯を食いしばって、それぞれの“敵”に全力で立ち向かう。そんな三人の――とりわけ、せつなの動きを鋭い眼差しで見つめていた少女が、再び跪き、空を見上げた。

338一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:28:58
「メビウス様! どうか私にもご命令を」
 メビウスの視線が、チラリと少女の方に流れた。だがそれも一瞬、もう少女の方を見ようとはせず、メビウスがさらに大量のコードを空へと放つ。そして宙を舞うせつな目がけて、強風を吹き付けた。
「うわあぁぁっ!」
 まともに風を受けて吹き飛ばされたせつなが、辛うじて一本のコードに掴まる。
 木の葉のように風に翻弄され、ハァハァと荒い息を吐きながら、それでも必死で手の届く範囲のコードに刃を向け続ける。その苦し気な姿を、少しの間睨むように見つめてから、少女が再び声を張り上げた。

「メビウス様! どうかお命じ下さい。私が必ず、彼女を倒して見せます!」
 闘志と言うより、むしろ必死さが溢れる表情で、主の答えを待つ少女。だが返って来た答えは、少女の期待を裏切るものだった。

「その必要は無い。奴が力尽き、地に斃れ伏すのも時間の問題だ」
「……しかし!」
「お前は……そうだな」
 メビウスが、眼下の戦場の様子をチラリと眺めてから、もう一度少女に視線を戻す。
「その身体では、彼らと共に戦うことも出来まい。お前は国民たちと共に、我が“器”を用意するがいい」
「お待ち下さい、メビウス様!」
 少女が、とうとう悲鳴のような叫びを上げた。

(冗談じゃない!)

 少女の視線が、ウエスターやサウラーと戦っている、無表情な人々を捉える。既に半数以上が二人の元・幹部に昏倒させられて、人数はもう十人ほどしか残ってはいなかった。
 自分と同じく軍事養成施設で育ち、メビウスへの忠誠を誓って幹部を目指していた者たち。
 それなのに、まるでそんなことなど忘れたように、メビウスを否定し、今のラビリンスで楽しげに生きようとしていた愚かな者たち――。

(私は……あいつらとは違う。断じて違う!)

 激しくかぶりを振って、今度は上空に見えるせつなの姿に、もう一度目をやる。
 彼女はようやく体勢を立て直し、逆に風を利用して、さらに高く舞い上がろうとしていた。
 その息は相変わらず荒く、コードを掴んでいるその手は擦り傷だらけ。だが、挑むような目の輝きは変わらない。
 その勇猛果敢な姿を見ていると、強烈な平手打ちの記憶と共に、あの世界で聞いた彼女の言葉が蘇って来た。

――どうしても私に勝ちたいのなら、こんな夢の中なんかじゃなくて、現実の世界で勝負するのね。

(私はあの人に勝って、メビウス様の僕になる。新しいイースとして生きるために、あの人と決着をつける。いや……つけなくてはいけないんだ!)

 いつの間にか、鼓動が耳元で鳴っているかのように、やけにせわしなく響いている。それを鎮めるように胸に手を置いてから、少女が意を決して主の姿を見上げた。

「私は、あの者たちとは違います! いつかメビウス様にご復活頂き、誰よりもお役に立ちたい――その想いだけを胸に生きてきました」
「……」
 黙ってこちらを見下ろすメビウスに、少女はなおも言い募る。
「私はイースの“ネクスト”として、裏切り者と――先代のイースと、決着を付けたいのです。メビウス様、どうかご命令を……」
「“想い”だと? くだらん」

 深く深く頭を下げた少女の頭上を、メビウスの冷たい声が通り過ぎる。
 顔も上げられずに口ごもる少女。だがメビウスの次の言葉を聞いて、その目が大きく見開かれた。

「新しいイースなど、必要ない」

「メビウス様……。今、何と……」
「必要ない、と言ったのだ。イースだけではない。今の私に、人間の幹部は不要だ」
 少女が勢いよく顔を上げ、今にも立ち上がらんばかりの勢いで絶対者に向かって言い募る。
「し、しかし! 新しいラビリンスを統治されるには、幹部が……」
「元々、彼らは国の統治には関わっておらぬ。ノーザとクラインを復活させれば、それで事は足りる。インフィニティの正体を掴み、不幸の集め方を習得した今、人間の幹部は用済みなのだ」

339一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:29:39
 さっきまでと変わらない口調で、メビウスが淡々と語る。その主の顔を見上げようともせず、少女は平伏した姿勢のまま、わなわなと身体を震わせていた。

(イースが……必要ない? もう人間の幹部は、用済みだと……?)

 頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
 頼みの綱が――いや、糸が切れてしまった。かつてのラビリンスが崩壊したあの時から、必死で手繰り寄せようとしてきた細い細い糸。かつての世界から未来へと、唯一繋がっていたはずの糸が、ぷっつりと断ち切られてしまった。
 世界がぐらぐらと大きく揺れ、今度こそ音を立てて崩れていくような気がする。

(嘘だ……。嘘だ、嘘だ、嘘だ……!)

 そう繰り返していれば、崩れ行く世界が、未来が、元に戻るとでも思っているかのように、少女は心の中で叫び続ける。

 不意に、E棟の光景が蘇った。
 直立不動の子供たちで一杯の講堂で、誰よりも姿勢を正し、スピーカーから流れてくるメビウス様のお言葉に耳を傾けた日々。
 来る日も来る日も訓練に励み、何人もの幹部候補生と命がけの手合せを行ってきた日々――。

――私が管理した世界ならば、悲しみも、争いも、不幸も無い。

 毎日のようにメビウス様の素晴らしさを聞かされて、いつか必ず最もお傍近くでお仕えするのだと、必ずその高みまで辿り着いてみせると、そのたびに決意を新たにした。
 そこから見える景色は、きっと誰も見たことがない素晴らしいものに違いないと、それだけを信じて生きてきた。

(嘘だ……そんなこと、メビウス様がおっしゃるはずが……)

 極限まで見開かれた赤い瞳が、ただ目の前の地面を、穴があくほど見つめる。その時、一本のコードがゆっくりと、音も無く少女に近付いた。

「お前は良く働いた。もう心配は要らぬ。この私が復活した今、お前がすべきことはただひとつ。それは私に従い、私の言うがままに生きることだ」
 そう言って、もう興味がないと言わんばかりにメビウスが少女から目を離す。それと同時に、コードが蛇のようにするすると動き出した。だが、少女は座り込んだまま、それに反応しようともしない。
 コードが間近に迫り、今にも少女に飛びかかろうと細い身体を縮めた、その時。

「危ない!」
 鋭い声と共に、少女の身体が突然地面に投げ出された。誰かが自分を突き飛ばし、もつれ合って一緒に転んだ……そう気付いて、少女が身体を起こそうとする。
 だが一瞬早く、少女に覆い被さっていた人物が、彼女を抱きかかえるようにして素早く地面を転がった。さっきまで二人が居た、まさにその場所の地面に灰色のコードが激突し、跡形も無く消え失せる。その様子をぼんやりと眺めていた少女は、隣で素早く立ち上がった人物を見て、驚きに目を見開いた。
「さあ、逃げるよっ!」
 少女の手を掴み、グイっと引っ張って立たせてから、そのまま彼女の手を引いて走り出したのは、物陰に隠れていたはずの、ラブだった。

 人一人がやっと通れるような建物と建物の隙間を、ラブは少女の手をしっかりと握って、ジグザグと走り抜ける。
 どうやら新たなコードが追ってくる気配は無い。高い建物の裏手に回り込んだところでようやく足を緩めたラブが、少女の方を振り返って笑みを浮かべる。だがその途端、地面に落ちていた瓦礫につまずいて、ラブの身体は前へつんのめった。
「うわっ!」
 転びそうになったラブを、少女が素早く抱き留める。ふうっと大きく息を吐いてから、ラブは今度こそ少女の顔を見つめて、にっこりと笑った。

「また助けてもらっちゃったね。ありがとう!」
「いや。助けられたのは私だ」
 少女がそう言いながら、ラブの身体からそっと手を離す。と、そこで何かに気付いたように、しげしげとラブの顔を見つめた。
「あなた……どうしてさっき、あんな風に動けたの?」
「え?」
「あのコードの化け物から、私を助けてくれた時」
 ラブの身体能力がどの程度のものかは、一度の手合せで分かっていたはずだった。普通に考えれば、せつなならともかく、ラブの力であの素早い動きを見切って避けられるはずがない。
 少女の質問の意味がどこまで分かっているのか、ラブは、んー……と間抜けな声を上げてから、照れ臭そうな顔で頭を掻いた。
「よく分からないけど、あなたを助けなきゃ、って必死だったから……かな」
 そう言ってアハハ……と笑う場違いなまでに明るい顔を、少女は信じられないものを見たような目で見つめる。だがすぐに、その顔は下を向いた。

340一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:30:19
「何故、私を助けたの?」
「友達を助けるのは、当然だよ」
「ともだち……」
 オウム返しに呟いて、少女がくるりとラブに背を向ける。
「……そんなものになった覚えなどない」
「でも、あたしは友達だと思っているよ」
「それに、私はもう用済みだ。助ける価値など……」
「そんなことないよ!」
 皆まで聞かず――いや言わせず、ラブは激しくかぶりを振った。

「あなたはあたしのこと、二度も助けてくれたよね。ううん、二度だけじゃない。あの施設に居た時だって、ノーザから何度も守ってくれた」
「……」
「あなたはとっても強くて、優しい人だよ。だからこれから、きっと幸せになれるって!」
 一点の曇りも淀みも無く、力強くそう言い切る声。それを聞いて、少女が再びラブの方に顔を向ける。
 驚いたような、怒っているような、そしてほんの少し嬉しそうな……だが、それも一瞬。すぐにその顔は、再び力無く下を向いた。
「……そんなこと。それに、私はもう……」
 少女がそう言いかけた時。彼女たちの隣に建っていた高い建物が、何の前触れもなく忽然と消えた。

「えっ……うわっ!」
 その途端、再び強風が吹きつけて、ラブの驚きの声が小さな悲鳴に変わる。
 突然広々と開けた視界に、中空で両手を広げたメビウスの巨大な姿が飛び込んで来る。まさにこの世界の全てを、今にもその手に納めんとするような姿が。そして近くに目を移すと、建物を消した張本人らしいグレーのコードが二本、ゆらゆらと揺れながら、二人の様子を窺っている……。

「こっちだ!」
 今度は少女がラブを引きずるようにして、路地に逃げ込もうとする。
 行く手を阻むように襲い掛かるコード。だが飛び出した途端、二本とも真っ二つに切り落とされ、あっけなく消え失せた。ラブの窮地に気付くや否や、せつなが遥か上空から、手にしていた刃物をコード目がけて放ったのだ。が、すぐさま新たなコードが二人めがけて放たれる。

「ラブ!」
 せつなが地上に飛び降りようとするが、風に煽られ、思うように動けない。
 ついにコードが二人に迫る。だが次の瞬間、横合いから飛び出した人物が、コードをむんずと掴み、それを無造作に引きちぎった。
 引きちぎられたコードが、瞬く間に霧消する。それを不思議そうに眺めてから少女の方を振り向いたのは、さっき少女に「一緒に来い」と言った、あの少年だった。

「ありがとう! でも、どうして……」
「何故戻って来た」
 嬉しそうに、そして不思議そうに問いかけるラブの声と、ぶっきらぼうな少女の声が重なった。
「お前に言いたいことがあって来た」
 早口でそう言ってから、少年は中空に目を留める。そして驚きと焦りの色を隠そうともせず、少女に詰め寄った。
「今のは何だ。それにあれは、メビウスなのか!?」
 少女が、ああ、と頷いた時、新たなコードが三本、こちらに向かって伸びて来た。

「早く逃げろ!」
 少年が二人を庇う様に立って身構える。二本を右手で、もう一本を左手で掴んで、力任せに引きちぎろうとする。だがその時、コードがもう一本、少年に向かって高速で迫って来た。
 咄嗟にコードの軌道を避けようとして、少年の動きが止まる。ここで避けたら、コードは一気にラブと少女に襲い掛かるだろう。

(それだけは――絶対に食い止める!)

 少年は三本のコードを掴んだまま、通せんぼでもするように両手を大きく広げて、もう一本のコードの前に立ちはだかった。

341一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:30:49
「ぐわぁぁぁっ!」

 少年の絶叫に、少女とラブが足を止める。一本のコードが少年に絡みつき、その先端が彼の身体に突き刺さっていた。何とかコードを外そうとする少年の身体に、さらに何本ものコードが絡みつき、がんじがらめにしている。
「おいっ、大丈夫か!?」
「こっちに来るなっ!」
 少年がそう叫びながら、懸命に腕を動かして、両手に持ったコードを引きちぎる。そして自分を拘束しているコードを両手でグッと掴むと、何とか首だけを少女の方に向け、苦し気な声を張り上げた。

「これだけは……覚えておけ。お前は不満かも……しれないが、俺たちは……仲間……だっ!」
「おい、しっかりしろ! お前の馬鹿力で、そんな拘束など引きちぎれ!」
 少女の呼びかけも空しく、少年の瞳から、次第に光が失われていく。だが、少年は叫ぶのをやめようとしない。さらに途切れ途切れになった声を必死で張り上げて、何とか言葉を繋ごうとする。
「たくさんの……人が、お前を……しん……ぱい、してる。だか……ら……これ以上、無茶は……するな!」
 そう言うと同時に、少年は顔を真っ赤にし、渾身の力で右手を動かすと、拘束しているコードの一本を、自分の首元へと動かした。
「よせ! そんなことをしたら……」
「いいんだ。俺は……お前と……は、戦いたく……」
 そこまで言ったところで、少年の右腕が、だらりと垂れ下がった。

 少女がギリッと音を立てて、強く奥歯を噛み締める。
 次の瞬間。今度は地上から、一陣のつむじ風が巻き起こった。小さな風は、まるで天からの強風に逆らうように、少年の方へと迫っていく。
 やがて、キラリと何かが煌めいて、少年を拘束していたコードが一本残らずすっぱりと断ち切られた。
 風が収まった後には、少年を抱きかかえ、右手にさっきせつなが投げた刃物を握り締めて、赤い瞳を輝かせて立つ少女の姿があった。

「無茶はお前だ」
 少女が腕の中の少年に、そっと囁く。そして、泣きそうな顔で駆けてきたラブに、静かな声で言った。
「安心して。気を失っているだけ」
 少女の言葉に、ラブがホッと小さく息を付く。その時ようやく駆け付けたせつなが、少女と一緒に少年の身体を支えた。そして三人で少年を避難させようとしたその時、天の高みから、再び冷ややかな声が響いて来た。

「随分と不幸のエネルギーを無駄にしてくれたようだな。お前は私の忠実な僕ではなかったのか」
 メビウスが、相変わらず何の感情も読み取れない淡々とした口調で語りかける。少女はせつなとラブに少年を預けると、メビウスの方に歩み寄り、その顔を見つめ返して、あろうことか――ふん、と鼻で笑った。

「あなたが下らないと切り捨てた、“想い”の力です」
「何だと?」
 僅かに怪訝そうなメビウスの顔から目をそらし、少女がラブと、気を失っている少年の顔を交互に見つめる。

 “想い”の力が、普段からは信じられないような力で私を守ってくれた。
 “想い”の力が、メビウスの管理にすら抵抗して、私に大切なことを伝えてくれた。
 少女がグッと両手の拳を握り締め、絶対者を赤々と輝く瞳で見上げる。

「確かにこんな無茶苦茶なこと、普通じゃないかもしれない。が、私にとっては大切なもの。それが……やっと分かった」
「ふん、戯言を……」
「戯言を言っているのは、あなただ!」
 一言で切り捨てようとしたメビウスが、少女の言葉に、初めて驚いたように目を見開く。その大きな瞳に向かって、少女が凛とした声を張り上げる。

「私に、イースとしてお役に立てと言って下さったのは、メビウス様だ。E棟の高い塀の中で、悲しみも争いも不幸も無い世界――素晴らしい外の世界を、思い描かせて下さったのも、メビウス様だ」
「……」
 少女の拳が、ブルブルと小さく震える。赤い瞳の中の炎が、より赤く、より大きく、より激しく燃え盛る。
「私のこの“想い”は、メビウス様によって育てられた大切なもの。たったひとつ、私が持っていたものだ。それを……愚弄するなぁっ!!」
 魂から振り絞るような叫びと共に、少女の身体は、弾丸のように空を目がけて飛んだ。

342一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:31:24
「……身の程知らずがぁっ!」
 数秒の沈黙の後、メビウスもまた雷のような雄叫びを上げる。
 ゲージに向かって飛び出した少女目がけて吹き付ける強風。が、彼女はそれを読んでいた。
 風に逆らわずにその空気の動きに乗るようにして、空に張り巡らされたコードの一本を掴む。そこからさらに風に乗ってより高く舞い上がり、手当たり次第にコードを切り落としていく。それは、さっきせつなが見せた動きと、そっくりの動きだった。
 だが、やがて少女はハァハァと荒い息を付き始めた。ほんの数時間前までナキサケーベに蝕まれていた身体は、まだ癒えていないのだ。
「ええい、ちょこまかと。これでとどめだ!」
 メビウスの声と共に、ひときわ強い風が襲い掛かる。それをまともに食らって吹き飛ばされた少女が、瓦礫の上に叩きつけられようとした、その時。
 白く細い腕が、しっかりとその身体を抱き留めた。

「あなたは……凄いわ」
 少女をそっと下ろしながらせつなが囁く。

(私はあの頃、この世界のあるべき姿なんて……自分が見たい景色なんて、考えたことも無かった……)

 幼い頃から教え込まれ、叩き込まれたただひとつの答え。心から崇拝し、ひたすらにお役に立ちたいと願っていた、唯一無二の存在。
 でも、自分はその輪郭を描いてみたことなど無かった。ただメビウスが素晴らしい存在だと思い込んでいただけで、外の世界がどう素晴らしいのかなんて、考えて見たこともなかった。
 もしかしたら、少女もかつてはそうだったのかもしれない。突然世界の秩序が崩れ、以前ならば信じられないような有様を幾度も目の当たりにすることで、自分が崇拝するメビウスの姿が、そのあるべき世界が、彼女の中に姿を、形を持ったのかもしれない。
 だとしても――。

(そんな形を、もしあの時の私が持っていたとしたら……もう少し、メビウス様と分かり合うことが出来たのかしら)

「ふん、何を言う」
 せつなの言葉に、少女が少し赤い顔でそっぽを向いてから、何とかもう一度立ち上がろうとする。
「無茶をするな。ここは俺たちに任せろ。お前はアイツに付いていてやれ」
 そう言ってその肩を押さえたのは、ウエスターの分厚い掌だった。その隣には、腕組みをしてこちらを眺めているサウラーの姿もある。どうやら二人は警察組織の連中を全員眠らせて、ここに集結したらしい。
「まだもう少し、先は長いよ。君に協力してほしいことも、これから出て来るからね」
 サウラーがいつもの皮肉めいた口調でそう言ってから、ふん、と口の端を斜めに上げる。その顔を見て、せつなが僅かに瞳をきらめかせた。
「何か策があるの? サウラー」
「まだ何とも言えないが……少し僕に時間をくれないか。試してみたいことがある」
 真顔になったサウラーに、せつなとウエスターが頷く。
「お願い。あたしも一緒に、ここに居させて」
 最後にラブが少女の手を握り、真剣な眼差しでその顔を見つめた。

 少女は、まるで怒っているように顔をしかめて、自分を取り囲む四人の顔を見回した。そして少し呆れたような表情になって、ハァっとわざとらしいため息をつく。
「言っておくが、仲間になったつもりは無いからな」
 そう言い捨てて、彼女はずっと握りしめていた刃物を、そっとせつなに手渡した。

 中空に跳び上がったせつなとウエスターが、再び次々にコードを破壊する。そこにサウラーの姿は無い。だが、メビウスはそれを気にする様子も、特に慌てる様子も無く、眼下の様子をぐるりと見渡した。
「そろそろ管理したデータと私自身を、“器”に移す時が来たようだ。その前に、裏切り者たちを始末しなければ」
 まるで地に響くような、不気味な呟き。やがて、その射るような眼差しがあるものを捉え、その引き結ばれた唇が、小さくほくそ笑んだ。

〜終〜

343一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/01/21(日) 21:32:34
以上です。どうもありがとうございました!
次は、競作の前に投下出来たらいいなぁ……(願望かよっ)
頑張ります!

344Mitchell&Carroll:2018/04/08(日) 01:19:05
お久しぶりです。
キラプリで、ひまりの家族が描かれていないのをいい事に、勝手に書き上げました。
アイカツとのコラボです。よろしゅう。

345Mitchell&Carroll:2018/04/08(日) 01:20:41
『ぽわぽわ』


おとめ「う〜ん!このプリン、らぶゆ〜なのです〜♡」

ひまり「ほんと?お姉ちゃん」

おとめ「おとめの知らないあいだに、ひまりがこぉ〜んなに
    スイーツ作りが上手になってたなんて、ビックリなのです!」

ひまり「えへへ……いちかちゃんにあおいちゃん、ゆかりさんにあきらさん、
    それにシエルさんに、あと……」

おとめ「ひまりにそんなにいっぱいお友達が!うぅ〜」

ひまり「な、泣かないで、お姉ちゃん!」

おとめ「泣いたらおなか減ったのです!プリン、おかわりなのですぅ〜!」

ひまり「ちょっと待っててっ……」

おとめ「――へぇ〜、そうやってデコレーションするのですか〜」

ひまり「ホイップクリームとチョコレートで、リスのしっぽに見立ててるの」

おとめ「よぉ〜し!おとめが更に美味しくなるオマジナイをかけちゃうのです!
    手でハートマークを作ってぇ〜」

ひまり「………?」

おとめ「らぶ・ゆ〜〜!!ほら、ひまりも」

ひまり「ら、らぶゆぅ〜〜っ」

おとめ「もっともっと!愛が足りないのです!らぶ・ゆ〜〜〜!!」

ひまり「らぶゆ〜〜〜!!!」

おとめ「お店で作る時も、今みたいにするのですよ」

ひまり「そ、それはちょっと……」

おとめ「さあ、これでプリンが更に美味しくなったのです!ひまり、あ〜ん」

ひまり「あ〜ん、モグモグ……言われてみれば、たしかに……」

おとめ「ひまりったら、頬っぺにクリームが付いているのです。おとめが取ってあげるのです」

ひまり「うぅ、くすぐったいよ〜、お姉ちゃん……」


おしまい

346名無しさん:2018/04/08(日) 06:38:16
>>345
ミシェルさん、お帰りなさーい。
そういえばこっちにも有栖川嬢が……!
気が付かなかった。
ひまりはお姉ちゃんのペースに持っていかれそうだけど、
語りだしたら強そうなw

347運営:2018/04/12(木) 20:35:12
こんばんは、運営です。
競作スレを過去スレに移しました。
たくさんの投下と書き込み、本当にありがとうございました!!
なお、競作スレで途中まで投下されているSSは、こちらのスレに投下をお願い致します。
勿論、競作作品として保管させて頂きます。

348Mitchell&Carroll:2018/04/13(金) 22:47:16
ドキプリ、マナレジのしょうもないやーつ。
よろしくお願いします。


『レジーナの日記 〜June〜』

6月○日
今日はマナの家に泊まりました。
マナのパパのオムライスを食べた後、マナと一緒にお風呂
に入りました。マナはバスルームの前であたしをハグして、
そのあと優しく服を脱がせてくれました。ちょうど良いお
湯加減のシャワーであたしの体を丁寧に洗ってくれたんだ
けど、マナったら女の子の大事な部分であたしの腕を洗っ
たりなんかして、変なの、って思いました。そのあと湯船
に浸かって、そのあいだマナは、なんかビニールのいかだ
みたいなのを出してきて、「こちらにどうぞ。滑りやすい
から、足元、気をつけてね」とか何とか。言われるがまま
いかだにうつ伏せになりました。そしたらマナは、なんか
ヌルヌルの液を付けて、体をいっぱい密着させてきました。
マナの乳首が背中に当たったかと思いきや、どうやら舌で
もあたしの背中を舐めてるみたい。「どうしてそんなこと
するの?」って訊いたら、「サービスサービス!」ってマ
ナは言ってました。今度は仰向けになって、また体をいっ
ぱい密着させてきました。マナのお尻が目の前に来て、恥
ずかしくないの?お尻の穴とか丸見えだよ?って思いまし
た。で、そのヌルヌルしたのを洗い流して、体を丁寧に拭
いてくれたあと、「じゃあ、ベッドのほうへ行こうか」っ
てなって、いっぱいお話しして、そのあとの事は……よく
覚えてないや。おしまい。

349名無しさん:2018/04/14(土) 00:18:07
>>348
ホントしょーもないw
マナがね

350Mitchell&Carroll:2018/04/24(火) 01:14:45
『無題』

ああ、今日は空が青いわ。
昨日の夜、「どうか明日は晴れますように」って、お祈りした甲斐があったのね、きっと。
さんざん降った雨のおかげで、庭の木は見事に緑色だし。
それに、先輩から貰った、この真っ赤な薔薇。
うっかり、棘に触って指を怪我しちゃったこともあったけど。
「口を開けば、ラブ、ラブって――あんた、他に友達いないの?」ですって?
ホント、いじわるな先輩ね。
さっきの雲が、もうあんな所に……。
あら?あれって虹かしら?
ラブったら、いつまで寝てるのよ。
早く起きないと消えちゃうわよ。……また今度ね。
シフォンがお腹を空かせてる。
今度こそラブが起きたわ。

351名無しさん:2018/04/24(火) 18:49:40
>>350
何でもない独白なのに、なんか情緒ありますね。
先輩、そりゃ相手が悪いわw

352一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:05:35
こんにちは。
競作で書きたいと思っていたキラプリ最終回記念SS、ようやく書けました。
長くなったので、前後編にさせて頂きます。後編は連休明けくらいに投下します。
タイトルは、「キラパティの節分」。5〜6レス使わせて頂きます。

353一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:06:12
「ねえ、いちか。“節分”って何?」
「えっ?」
 キッチンから追加のケーキを運んできたシエルが、興味津々といった様子で問いかけた。お持ち帰りのスイーツを箱に詰めていたいちかは、それを聞いて一瞬、その手を止める。
 二人が居るのは、キラパティことキラキラパティスリーのカウンター。今日はシエル・ドゥ・レーヴの定休日なので、シエルもこちらで腕を振るっている。
 エリシオとの決戦から、あと少しでひと月になる。いちご坂の街は、何事も無かったかのように平穏な日常を取り戻し、キラパティには今日も賑やかで忙しい時間が流れていた。

「昨日、お店に来たお客さんが話していたの。それを聞いて、これは日本の伝統的な行事に違いない、って思って。ねえ、もうすぐなんでしょ?」
「うん。二月三日だから……あ、今度の週末だね」
「わぁお! どんなイベントなの?」
「ああ、それはねぇ……」
 いつもの明るい口調でそう言いかけたものの、いちかの言葉はそこでちょっと途切れた。視線が僅かに泳いで、シエルから逸れる。それに気付いて怪訝そうに首を傾げたシエルに答えたのは、いちかではなく、彼女が詰めるスイーツを待っている、幼い兄弟だった。

「おねえちゃん、知らないの? 節分はね、みんなで豆まきをする日なんだよ」
「鬼はぁ外! 福はぁ内! ってかけ声をかけてさ」
「そうやって、悪い鬼を追い出すんだ」

「あ……へぇ、そうなんだ」
 シエルが子供たちの勢いに圧されて、少々引きつりながら答える。そしていちかの方にチラリと目をやり、小さく微笑んだ。その顔にはほんの少し、すまなそうな表情が浮かんでいる。

(悪い鬼を追い出す日、か……)

 そう聞けば、いちかのさっきの様子にも頷ける。何でもないフリをしながら、きっとシエルにどう説明しようか、あれこれ考えていたのだろう。弟のピカリオと、今は家族として一緒に暮らしているビブリーは、かつては“悪い鬼”よろしく、闇の僕としてこの街の人々に酷いことをしてきたのだから。

(ありがとう、いちか)

 心の中でそっと語りかけてから、シエルは気持ちを切り替えるように、子供たちに向かってもう一度にっこりと笑って見せた。
「メルシィ。教えてくれて、ありがとう」
「はい、お待たせしました〜!」
 いちかもシエルの隣から、元気な声と一緒にスイーツの箱を差し出した。
 途端に兄弟の顔が、揃って嬉しそうにキラキラと輝く。すると、満面の笑みで箱を受け取った弟の方が、もう一度シエルの顔を見上げた。

「あとね、節分には“恵方巻”っていうのを食べるんだ。昨日、ママとシュークリームを買いに行ったんだけど、そこのお店では、節分の日限定の“恵方シューロールケーキ”っていうのがあるんだって!」
「ねえ、キラパティでは節分スイーツ、何か作らないの?」
「う〜ん……ごめんね。それは、まだ考えてなくて……」
 再び身を乗り出す兄弟に、いちかが困ったように口ごもる。なぁんだ、とさして気にしていない口調で呟いてから、兄弟は笑顔のままでカウンターを後にした。

「ありがとうございました〜!」
 明るい声でそう言いながら頭を下げたいちかが、打って変わった低い声で、ごく小さな呟きを漏らす。
「どうして“鬼は外”なんだろう……」
「いちか? 何か言った?」
 シエルが不思議そうに問いかけた、その時。
「こんにちは〜! あ、いちか、シエルさん」
 店の入り口から、聞き慣れた声がした。やって来たのは、いちかとシエルのクラスメイトである、神楽坂りさ。カウンターに近付くと、彼女は声を潜めてこう囁いた。
「ねえ、キラパティのスイーツは大丈夫? なんかさ、ヘンな噂を耳にしたんだけど……」


   ☆

354一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:06:56
「ええっ!? いちご坂から、またスイーツが消えたぁ!?」
「また、キラキラルが奪われたんですか?」
 大声を上げるあおいの隣で、ひまりが眉毛をカタッと下げて、消え入りそうな声で問いかける。
 『準備中』の札が下がった、閉店後のキラパティの店内。ここに居るのはいちかたち六人と、長老とペコリン、それにシエルに呼ばれてやって来た、リオとビブリーだ。

「りさの話だと、今度はスイーツが石みたいになるんじゃなくて、影も形もなくなってるんだって」
「アンポルテ……えっと、お持ち帰り用のスイーツが、ちょっと目を離した隙に箱ごと消えたっていう店が大半らしいの。だけど、中にはショーケースの一段分が空になったっていう店もあって……」
「それって、単に万引きに遭っただけなんじゃないの?」
 説明するいちかとシエルから、少し離れたところに立っているゆかりが、事もなげな調子で口を開く。それを聞いて、今度はあきらがゆっくりと首を横に振った。
「いや、気になることは他にもあるんだ。今日、お客さんたちが話していたんだけど、小さな鬼のような不思議な生き物を見た、って言っている人が何人も居てね」
「鬼……?」
「ああ。その姿形がどうも、グレイブの部下の、あのネンドモンスターみたいなんだ」

 あきらの言葉に、あおいとひまりが再び「えっ!?」と声を上げ、ゆかりはじっと考え込む。
 グレイブの部下のネンドモンスターたちは、ジュリオやビブリー、それにガミーの仲間の妖精たちと違って、いちご坂の人たちにはほとんど目撃されていない。だが、今日耳にした数々の“鬼”たちの情報は、彼らの特徴をはっきりと捉えたものばかりだった、とあきらは言った。

「グレイブ、またキラキラルを狙ってるペコ?」
「そんなはずはないジャバ!」
 不安そうなペコリンをなだめるように、長老が両手を振り回して叫ぶ。だがその言葉が終わらないうちに、ビブリーがあさっての方を向いたまま、相変わらずぶっきら棒な調子で言った。
「いや、十中八九ヤツらの仕業でしょうね。アイツら頭悪いから、まだグレイブのためにキラキラルを集めなきゃ、なぁんて思ってるんじゃないの?」
「そうだな。ヤツら自身は、キラキラルを奪う力は持っていないはずだ。だからスイーツをそのまま持って行くしかなかったのかもしれないな」
 リオも珍しく、ビブリーに同意する。そんなリオに、シエルとあきらが心配そうに詰め寄った。

「だけど、ピカリオ。グレイブだって今はノワールのしもべじゃないんだし、もうキラキラルを奪ったりはしないんじゃない?」
「それに、もしまたキラキラルを集めているのなら、もっと早く騒ぎになっていたはずだよね」
「それは……俺にも分からないけど」
 リオがそう口ごもって目を伏せる。するとゆかりが顔を上げて、何てことない調子で言った。
「だったら、直接聞いてみればいいんじゃない?」

「な、何ですとぉ!? 直接聞くって、どうやって……」
 慌てふためくいちかに、ゆかりが僅かに口元を緩める。
「今度の週末、ちょうど節分じゃない? いちご坂のスイーツショップが、一か所に集まってイベントをやれば……」
「そうか! それならきっと、あいつらはそこに現れるね」
 あおいがポン、と手を打って叫ぶ。だがそれを皆まで聞かず、いちかは激しくかぶりを振った。

「節分イベントなんて、今からじゃ無理ですよ!」
「あら、どうして?」
「だって急すぎて、出店してくれるお店も集まらないだろうし……」
「私とゆかりが、手分けして商店街を回るよ。事情を話せば、みんな分かってくれると思う」
「……そうだ、場所は? イベントの場所はどうするんですかっ?」
「今度の週末なら、野外ステージのある広場が空いてるよ。あたし、あそこのスケジュールはいつもチェックしてるんだ」
「あおちゃん……で、でも、お客さんだって、そんな急には……」
「いちか」
 ゆかりがいつになく厳しい声で呼びかけると、すっといちかの目の前に顔を近づけた。

「らしくないわね」
「……えっ?」
「そりゃあ、絶対に賛成しろなんて言わないけど……いつものあなたなら、もう少し考えてくれるんじゃない?」
「そ、それは……」
 まるで獲物を狙う猫のような目で見つめられて、いちかのこめかみから、タラリと汗が流れる。と、その時、ほっそりとした白い腕が、二人の間に割って入った。

355一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:07:27
「ゆかり。あんまりいちかを責めないで」
「シエル……」
 ゆかりが驚いたように闖入者の顔を見つめる。シエルはフッと表情を和らげると、驚いたようにこちらを見つめている仲間たちに視線を移した。
「昼間、スイーツを買いに来てくれた男の子が教えてくれたの。節分って、悪い鬼を追い出すイベントなんでしょう?」
「そうペコ……?」
 押し黙るリオとビブリーの隣で、ペコリンが不安そうに長老の顔を見上げる。
「だから、いちかはわたしたちのことを思って……」
「それは違うよ、シエル」

 さっきとは違う穏やかな声が、シエルの言葉を遮った。いちかが微笑を浮かべながら、今度はゆっくりとかぶりを振る。
「リオ君やビブリーは大丈夫だよ。もうこの街の仲間だもん」
「ペコ〜!」
 それを聞いて安心したのか、ペコリンの耳がぼうっと明るいピンク色に染まる。愛し気にその様子を見つめてから、いちかは地面に視線を落として、いつもより低い声で言った。
「でも……今日あの子たちに、キラパティで節分スイーツ作らないのか、って聞かれたでしょ? わたし、それ……作れる気がしないんだ」

――本当にバラバラの生き物が繋がる世界を作れると言うのなら、見てみたいものです。

 エリシオの言葉を思い出す。彼が初めて見せた静かな微笑みと共に、もう何度も何度もいちかの脳裏に蘇っている言葉だ。
 あの時キュアホイップは――いちかは、「任せて」とはっきりと答えた。その瞬間から、エリシオの言葉はいちかの中で、大切な約束になった。
 でも、節分の“鬼は外”という言葉は、その約束とはかけ離れたところにあるように思える。大昔から続いて来た、この国の伝統行事。いちか自身も、物心つく前から慣れ親しんできた行事だというのに……。

「……ごめんね。でも、このままにはしておけない、もっと多くのスイーツが消える前に何とかしなくちゃ、っていうのは分かってる。新作スイーツも、もう少し考えてみるよ」
 辺りがしんと静まり返ったのに気付いて、顔を上げたいちかは仲間たちを見回すと、少し寂しそうに笑った。


   ☆


 その夜。差し向かいで夕食を取っていた父の源一郎が、お茶をすすりながらこう言った。
「いちか。長い間早起きさせたが、寒稽古は今度の週末までだからな。来週からは、父の朝食を食べさせてやるぞ」
 源一郎は道場を構える武道家だ。冬場の寒稽古の期間は朝が早いので、その間はいちかがずっと朝食当番を務めるのが、宇佐美家では当たり前のことになっている。
 母のさとみが海外に赴任して、父一人子一人の生活になってもうすぐ二年。源一郎もいちかも、もうすっかり今の生活に馴染んでいた。

「そっか。まだ寒いのに、もう立春なんだね」
「ああ、暦の上のことだからな。寒稽古の最後の日は、節分だ。そろそろ豆まき用の豆を買って、道場の神棚にお供えしておかんとな」
「え……豆を、神棚に?」
「なんだ、知らんのか」
 ご飯を頬張りながら不思議そうに聞き返すいちかに、源一郎が、オホン、とわざとらしく咳払いをする。

「節分の豆は、邪気を祓うものだ。邪気とは、病気や災いをもたらす悪い“気”だな。家長が豆をまいて邪気を祓い、一家の幸せを願うのが、節分だ」
「そう言えば、うちではわたしが小さい頃も、お父さんが鬼のお面をかぶったりしなかったね」
「家長だからな。今は色々なやり方があるが、うちでは昔から、そうしている」
 そう言って、源一郎は得意そうにニヤリと笑った。

「誰が豆をまこうが、大事なのは皆の幸せを願う想いだ。昔の人は、「魔(ま)」を「滅(め)」っすると言って、その想いを豆に込めた。それを食べることで身を清め、「福」を願った。神棚に供えるのも、その想いからだな」
「お父さん、詳しいんだね」
「武道家の父をナメるなよ? 先人の志を尊び、己の魂に引き継ぐ。武道家の心得だ」
 重々しく言い放った源一郎が、箸を持ったままの右手の親指を、グイっと立ててみせる。そんな父に、もうっ! と口を尖らせてから、いちかはつやつやとしたご飯粒の表面を、じっと見つめた。

356一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:08:00
 目の裏に、暗く悲しい闇に染まったキラキラルが、また元の色とりどりの輝きを取り戻す、その瞬間の光景が蘇った。プリキュアとしてキラキラルを守ってきた日々の中で、何度も目にした光景だ。
 病気や怪我に、事故や事件。心が闇に染まってしまうような出来事は、この世の中にたくさんある。そんな悲しい出来事が、少しでも遠ざかってくれますように――節分に込められたその想いは、やっぱりキラキラしていて、スイーツに込めた想いと繋がっているように思えて――。

「そっか。節分の豆って、キラキラルとおんなじなんだ」
「キラキラ……って何だ?」
「ううん、何でもない。ご馳走様!」
 怪訝そうな父の視線から逃げるように、いちかはそそくさと夕食を食べ終えると、二人分の食器を持って立ち上がった。
「あ、お父さん。節分の日、わたしキラパティのイベントで遅くなるかもしれないから」
 弾むような声でそう言いながら、台所に向かういちかの背中に、源一郎の声が飛ぶ。
「えーっ!? じゃあ、豆まきはっ?」
「遅い時間からでもいいでしょう? それに、まくのはわたしじゃなくて家長だって、今言ってたじゃん」
「いや、それはそうだが……そんなに遅くなるのか? 何のイベントだ?」
 心配そうな父を尻目に、いちかが水道の蛇口を思い切りひねる。そして鼻歌を歌いながら、洗い物を始めた。


   ☆


「まず、ボールに粉を入れて、水を少しずつ足しながら、ダマにならないように混ぜて下さい」
「ダマがないドロッとした状態になったら、残りの水と砂糖を加えます」
「混ぜ終わったら、笊で濾しながら鍋に入れて、強火にかけ、鍋底から起こすように混ぜて下さい」
 スイーツノートの最新のページと調理台の上とを交互に確認しながら、ひまりが指示を出していく。木べらを手に、鍋底を力強くかき混ぜているのはあおいだ。その隣のコンロでは、いちかがあおいの鍋にチラチラと目をやりながら、丁寧に大豆を炒っている。調理台では、ゆかりとあきらが次の材料の準備に余念がない。
 キラパティは、節分スイーツの試作品づくりの真っ最中だった。



 今日、集まった仲間たちを前にして、いちかが「ごめんなさい!」と勢いよく頭を下げたのだ。
「やっぱりやりましょう、節分イベント。わたし、新作スイーツ作りたいです」
「そう。いいの?」
 いつものように事もなげな調子で尋ねるゆかりの瞳が、心配そうに揺らいでいる。それを見つめ返して、いちかは力強く頷いた。
「節分に込められた想いが、キラキラルに込められた想いと同じなんだな、って分かったから。だから……せっかくだから、わたしたちらしい節分をやりたくて」
「わたしたちらしいって、どういうこと?」

 突然、まだ『準備中』の札が下がっているはずの店のドアが、バタンと開いた。外光をバックに、右手を腰に当てた人物のシルエットが浮かび上がる。
「シエル! どうしたの? お店は?」
「今日は早仕舞い。気になって、来ちゃった」
 パチリと片目をつぶって見せてから、シエルがいちかに歩み寄る。
「それで、わたしたちらしい節分って、どんなの?」
「鬼はぁ外〜、じゃなくて、鬼さんもみんな一緒にわーって楽しめるような、そんな節分、やりたいんだ」
 いちかの声に、店の中が一瞬、しーんと静まり返る。そしてゆっくりと、全員の顔が明るくなった――。



「生地が重くなって来たら、火からおろして、氷水で冷やします。そして一口サイズに千切っていきます」
 作っているのは、わらび餅。透明なものの他に、抹茶を混ぜたものとオレンジジュースを混ぜたものの三色を作る手はずになっている。いちかが炒っている大豆は、この後ミルで粉にして、手作りのきな粉を作る予定だった。

 千切ったわらび餅に出来たてのきな粉をまぶしながら、あおいがニッと悪戯っぽく笑う。
「みんな一緒にわーって楽しめる節分、か。じゃあ、鬼も〜内〜! って感じ?」
「そうですね。昔ながらの節分とは違うけど、わたしたちらしくていいと思います」
「いや、別に違ってるわけじゃないと思うよ」
 弾んだ声で賛同したひまりが、あきらの言葉に、え? と動きを止めた。

357一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:08:43
「豆まきで追い出すのは、本当は鬼じゃない。いちかちゃんには、それが分かったんじゃない?」
「はい。邪気を追い出すんだ、ってお父さんが教えてくれました。病気や災害を起こすって言われてる、目に見えない悪いもの。それを追い出して、みんなが幸せに暮らせますようにって願うのが、節分の豆まきなんだ、って」
「そうだね」
「でも……それでもやっぱり“鬼は外”、なんですね」
 少し寂しそうに呟くいちかに、あきらが小さく笑いかける。

「私は、おばあちゃんにこう聞いたんだ」
 そう口を開いたあきらの瞳は、優しい光を帯びていた。入院している妹のみくの姿を思い浮かべているような口調で、ゆっくりと語り始める。
「邪気は、目に見えないでしょう? でも目に見えないものを、小さな子に説明したりするのは、ちょっと難しいよね。だから、誰かに鬼の役をやってもらって、豆まきをやりやすくしているんだって。逃げたふりをした鬼役の人につられて、邪気が逃げていくようにね」
「へえ。じゃあ節分には、鬼も一役買ってるっていうわけね?」
「そうなんだ……。それって、なんか嬉しい!」
 少し頬を染めて微笑むシエルの顔を、ほんの一瞬見つめてから、いちかがテンション高く叫ぶ。

 不意に、白、緑、オレンジのキラキラと光る小さな塊が、鬼たちに手招きされて、辺りをほんのりと照らしながら行進していく景色が頭に浮かんだ。
 塊は少しずつ大きくなり、次第に三色に彩られた、美しい扇のような姿になって……。

「あーっ! キラッとひらめいた!」
 いちかはもう一度高らかに叫んで、ピョン、とその場で嬉しそうに飛び跳ねた。

〜続く〜

358一六 ◆6/pMjwqUTk:2018/04/29(日) 13:09:22
以上です。ありがとうございました!

359名無しさん:2018/05/01(火) 00:14:45
>>358
ヒジョーに続きが気になる感じで
後半が楽しみだす


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