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人生における分岐点

1 H.Fujiwara :2009/06/12(金) 15:13:56
人生行路において幾つかの重要な分岐点があり、それが人生にとっての節目を作る契機として、思いがけない飛躍や挫折を決定付けることがある。
結婚や転職がその機会になることもあるし、糖尿病で糖分の摂取を医者に禁じられたり、大手術で生活パターンが変わることもそれだったりする。
このような分岐点の一つに現在の私が遭遇し、生活のリズムに変調をきたして低迷気味なので、閉塞間の中で気力喪失に陥っている日本のように、情けない状態にこのまま沈み込まないためにも、「禍福あざなえる」人生パターンにおいて、何を+か-かに見るかについての省察を試みたい。
四半世紀住み慣れた米国の砂漠を去り、南国の蝶が舞い飛ぶ台湾に移り住み、やっと二ヶ月が過ぎ去った今という時点の段階で、二つの大きな生活上の変化に見舞われた。
最初の精神的なものは移住後一週間で現れ、第二の肉体上の変化は一ヶ月が過ぎてから、具体的な数字を伴って着実に私の身体上に定着した。

51 藤原肇 :2010/07/11(日) 10:11:47
どの本だったかについて記憶にないが、『虚妄からの脱出』が出版できた縁起として、時事通信で出た『日本浮沈の条件』の「あとがき」に、「この本の前に本当はXXがあるが、こちらが先に出た」と書いたら、「その原稿を読みたい」という手紙が届き、原稿を送ったら出版したいという返事が来た。
名もない出版社だったので不思議に思い、どんな本を出しているかと聞いたら、漢方の本を出しているという返事であり、なぜ漢方の本屋がこの本を出すのかと尋ねたら、わが社は人間の健康を扱う漢方の本屋だが、藤原さんのこの原稿は社会の漢方薬として、社会の健康に大切だと考えて出したいという返事。
この言葉に感心して出したのが『虚妄・・』だが、この中に「石油開発の弁証法」という記事があり、医学と石油開発の相似象を論じており、それが東明社の吉田社長の興味を引き、活字になって本が誕生したのであるし、私と漢方医療との出会いでもあった。
東明社は社長が編集長兼小使いの会社で、電電公社に納品書や請求書を印刷して納め、カネが出来ると気に入った漢方の本を出す、道楽と社会奉仕の混じった出版社で、宇宙を始め生命や神秘の分野にも関心を持っていて、出版事業の原点みたいな存在だった。
ある時に『虚妄・・』を20冊も買った医者がいて、藤原さんの発想に興味を持っているので、対談をしてくれませんかと言われて、藤井先生の銀座内科に案内されたことが、『間脳幻想』の「まえがき」に書いた顛末だ。
お陰で世界レベルの名医の知遇を得て、対話して学んだ成果が本になったし、十年通う間に医学書を千冊以上も読むことが出来、先生の薫陶で脳内ホルモンに強く興味を持ち、シカゴ大学医学部に世界一の教授がいたので、娘の人生を狂わすようなことまで体験してしまい、私は西洋医学に関して野次馬医者的な存在になった、
だから、医者が死ぬまでに一度は訪ねるという、ムスレムのメッカに相当するコス島も訪れたし、この旅が縁で阿久津さんと知り合うことになり、ちょうど彼もギリシア旅行でコス島を訪問して帰り、似たような時期に同じ体験をしたわけで、面白いシンクロニシティの実現を体験した。そして、この段階で西洋医学に疑問を感じたらしい私が、彼の家族がガンで亡くなった体験に、余り強い関心を払っていないことを知り、「無知の知」に気づかなかったことを後悔した。
fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/isei.htm
それにしても、この対談は「医聖」と題した本により、西洋医学の裏面史の主役を演じた医学者たちが、どんな位置にあったかという観点で、医学史の解説を書く代わり「アンチ解説」として、全力投入して医学の歴史を古代まで遡行し、イシスの世界にたどり着いた記録になっている。
fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/isei02.htm

52 藤原肇 :2010/07/11(日) 13:43:42
東明社で出た拙著第一号の『虚妄からの脱出』には、英文の記事が二つ収録されており、英語の綴りにかなり誤植が多かったが、吉田社長が編集したのだから無理はないが。それでも、アメリカで名刺代わりに配った効果で、オイルマンたちにはけっこう読まれることになり、閉鎖的な社会での人脈作りに役立った。
テキサスで知り合った石油会社の社長には、百万長者や億万長者が掃いて捨てるほどいて、石油や財産を鼻にかける夜郎自大型で、田舎者だが威張っているタイプが多かった。投資して掘削すれば石油は出るし、カネがあれば幾らでも財産は増やせて、頭脳よりカネだという野卑な発想は、不愉快に感じる思いを何度も体験させられたが、相手も「良薬口に苦し」を感じたことだろう。
私が鉱物資源は地球におけるガンであり、石油はそれが腐ったウミに過ぎないし、地質のプロは生理異常の診断をする医者で、石油会社は病院に過ぎないから、病院が繁盛しているのはおかしいのに、それを指摘する者がいないと挑発した。そして、箱物の病院の規模や繁盛ではなくて、質のいい診断医の確保が決め手であり、ハードからソフトに価値が移る時代に、テキサスは立ち遅れが目立つと言うと、そんな話は始めてだと怪訝な顔をしていた。
そこで、『虚妄・・』をプレゼントしてから、この中には「石油開発の弁証法」という記事があり、日本語だが石油開発が医術の応用で、文明の歴史における産業の進化が、図表の形で表せるのだと口上を述べ、英文の三角図表を見せると勝負ありで、次に会う時には著者と読者の立場になった。それから後は通用門が簡単に開くのに似て、彼らの仲間や敬意を持つ人に紹介され、相手の人脈に乗れば良い状況になり、後は「回路の日和」を待てば良いだけだった。
自分より劣る者を尊敬する人物に対して、紹介しないのが世界共通の心理であるし、逆に自分がこれはと感じた者がいれば、敬愛する人に存在知らせたくなるのが、人の世を支配する普遍原理であ。その意味で、『虚妄・・』がその切り札として役に立ち、東明社の吉田さんに原稿を拾われて、それが縁で滞米生活がスムーズになったが、一冊の本の存在と活用は有難いものである。

53 藤原肇 :2010/07/12(月) 10:23:38
これは私が生み出したノウハウではなくて、藤井先生との付き合いを通じて伝わったというか、薫陶のエキスを濃縮して学び取った、名人芸を身に着ける上での奥義に属していた。藤井博士は日本最高の情報通の一人で、銀座に陣取って町医者を開業しているのに、不思議なことに各地から人が集まって、情報を持ち寄って先生の診断を仰ぐだけでなく、そのやり取りを聞くために人が参集し、それを楽しむ人生を送る不思議な日本人だった。
それに気づいたのは出会いから一年後ほどで、先生が医者の医者だということが分かり、その背景には『エンサイクロペディア・ブリタニカ』の医学の監修をし、国内向けには『外辺医療』の「あとがき」を執筆し、代替医療についての理解者として、その筋では知る人ぞ知る存在でもあった。しかも、対外的にはガンの特効治療の米国特許を持ち、葉緑素の前駆体のプロトポーフィリンを使い、がん細胞の増殖を制御する理論を作ったことで、世界的に功績を知られていたのに、国内的にはそうした業績を知る人は少なかったが、先生はそれを気にかけていなかった。
しかも、先生の布石は見事に効いていたのであり、彼の特許は一部の最高権威の注目を集め、ノーベル賞の審査員の推薦者に指名され、そういった世界の人と仲間付き合いをして、世界各地の組織の理事になることで、情報の流れ作りに貢献するように仕組んでいたようだ。藤井先生は文明のレベルで物事を考え、大局観に基づいて情報革命の意味を理解しており、科学と技術の違いをはっきり識別し、「内科は科学に属すが外科は技術に他ならず、精神医学は神学に属しているので・・・」とある日の会話で呟いた。
そして、技術の進歩でディジタル化が進み、医療制度の非人間化が著しくなるが、生命現象はアナログの世界であるし、医学の本質がアナログである生命活動の統御にある。そうである以上は、道具としてのディジタルに幻惑されず、地味だがアナログの道の習熟を目指巣のが正道であり、それが名人芸への近道だと伝えるために、『アナログという生き方』という本を遺書として残してくれた。

54 藤原肇 :2010/07/13(火) 14:04:08
藤井先生がアメリカの特許として構想した、プロトポーフィリンを活用するがん療法は、植物と動物の生命活動の根源部で、原子移転が機能していたことを予想させ、それが原子転換にまで発展するなら、現代版の錬金術の奥義をかいま見せる。葉緑素の活性化を司る銅の働きが、動物の血液では鉄に置き換えられている点に、決め手があると着眼した所に出発点があり、これは誰かが21世紀に挑む課題である。原子転換は生物の生態連環だけでなく、森羅万象を支配していることであり、ATPのエネルギー転換においても、地球における水の循環が気象と気候を支配して、地球を生命体にした基本メカニズムだ。
しかも、ATPがミトコンドリアの排泄物であり、そのエネルギーが生命活動を支えている点で、三十数億年も昔に葉緑素が誕生し、寄生体のミトコンドリアと共生したことで、単細胞から多細胞による生物進化が続き、系統発生の成果がヒトの誕生になった。それにしても、一個の細胞に数百のミトコンドリアがあり、一個のミトコンドリアの中に数個のDNAがあって、ミトコンドリアが病めはヒトが病気になるとは、この宇宙や世の中は不思議な連環で繋がっている。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:IhGFoBQqyS4J:ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2+%E3%83%9F%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2&cd=1&hl=ja&ct=clnk&lr=lang_ja&client=firefox-a
原子転換の本家はフランスのケルブランで、これを桜沢如一が日本に紹介しているが、石灰のない土地で鳥が卵を生み続け、周辺には雲母に富む土があるだけだから、雲母の中のMgが生体内で原子転換し、Caになったという予想に出発点がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%83%A9%E3%83%B3
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E6%B8%A9%E6%A0%B8%E8%9E%8D%E5%90%88
これにヒントを得て思いついた現象が、ルルドの聖水の背後にある石灰岩が変質して、苦灰岩にとドロマイト化したことで、CaイオンガMgイオンになったプロセスだった。この考えをグルノーブルに留学した頃に思いつき、世界の温泉めぐりを始めて岩を観察したのだが、学位論文を書いた場所の地質調査は、地中海に近い石灰岩地帯で苦灰岩作用があったのと、グルノーブルの地質研究所の過去に遠因があった。

55 藤原肇 :2010/07/13(火) 16:47:48
ドロミチゼーションは石油の貯油層を構成し、石油開発において重要な役割を果たしていて、中東の石油の多くはこのドロマイト層から産出されている。また、石灰岩のドロマイト化で作られた山塊が、オーストリーに近いイタリアのドロミチであり、ここの岩場はすばらしいロッククライミングの舞台で、あの「アルピニズモ・アクロバチコ」を提供してくれ、そのそそり立つ山容はアルピニストの楽園である。私の母がなくなったときに追悼の気持ちで「岳人」に掲載した記事に、ドロミテのチマ・グランデを背景にした留学生時代の私が、使った写真で微笑んでいるのは、グルノーブルと関係が深いことから選んだのだった。
fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/mountaineering.html
というのは、ドロミチはフランス語ではドロミテと呼ぶが、ドロミチに近い町のコルチナ・ダンペッツオは冬季オリンピックの開催地で、グルノーブルとは姉妹都市の関係で結ばれている。しかも、ドロミチ山塊のドロマイトを発見したのは、グルノーブル大学地質研究所のドロミュウ教授であり、彼の名前から苦灰岩はドロマイトと名づけられ、私はその研究所で学位を取ったのだった。そして、世界各地の聖なる泉や温泉を訪れたことで、苦灰化現象という地球の錬金術によって、人間は素晴らしい効能を持つ水に恵まれ、それによって病気が治癒するという素晴らしい贈り物を貰った。
しかも、水と油という対立した関係があるにも関わらず、二十世紀を支配した石油までも手に入れたと気づき、水質と油質が作る攪拌のテクネには、マヨネーズを作る秘密と同じものががあつた。水を掘りにサウジに出かけた私が、テキサスで油を掘って人生を終わったので、この遍歴の生涯は水と油の関係だし、水から油ができるのもガイア生体の原子転換だと分かった。

56 藤原肇 :2010/07/13(火) 19:23:37

地球の血液は流動的なマグマであるが、それが地殻では珪酸塩になるし、地表では水の形で流動と循環をして、そこに全体的な生命循環が成立し、地球が生命体としてガイア誕生を成功させた。しかも、SiO2とH2Oは親戚関係にあるし、その酸素を活用するミトコンドリアの実態が、内を外にして外を内にすることで、クラインの壷の役割を果たしているである。
しかも、海洋が誕生する前の地殻の中は高温で、何百気圧の下で酸素分子もないのに、硫化水素や二酸化炭素を食料にして、硫酸イオンからエネルギーを取り出した、原始環境における微生物が生きていた。これが古細菌と呼ばれる最初の生き物で、三十数億年も昔の原始海洋において、鉱物を触媒に菌類と藻類の相互反応で、初期の堆積岩を作り出したのだった。その中に生命現象の遺物である有機鉱床の形で、ストロマトライトという岩体を残し、これがカナダやオーストラリアで開発され、世界最大の鉄鉱床になっており、鉄が介在するのでガイアの健康が維持されている。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:GRmXgz86RMgJ:ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88+%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88&cd=1&hl=ja&ct=clnk&lr=lang_ja&client=firefox-a
そうして誕生した原始生命の細胞の中に、潜り込んで寄生したのがミトコンドリアだが、『パラサイト・イブ』という小説の怖さは、ミトコンドリアが叛乱を起こすことにあり、生命とは何かについて反省させられる。
しかも、二十世紀は産業革命の行き詰った時期で、乱開発によって生態環境を破壊して、人間は自然を殺すエコサイトで荒れ狂い、戦争と自然破壊で人類のアポートシスを体験している。
森林が消えれば海洋の生命が衰退して、「森が死ねば生みも死ぬ」というように、地球の生命現象における鉄の役割は、予想以上に重要な機能を発揮している。だから、二十世紀まではエコノミーが主体だったが、二十一世紀はエコロジーに中心が移ることで、共にギリシア語のオイコスに由来する、家の問題を整理することが課題である。封建時代までは家の問題として、政治は家計とお家騒動が中心だったし、近代になって国家は経済活動が、国家運営のガイドラインを決定した。
 だが、ポスト工業化の新しい社会関係は、世界化と国際化の流れの中から、生命の生存環境としての地球では、エコロジーが優先課題になっている。だから、場としての地球が生命の生きる環境は、共進する可能性の追求する上で、新しい理念に基づく行動を要求するし、その学問的アプローチの検討が、どうしても不可欠になるのは当然である

57 藤原肇 :2010/07/13(火) 20:01:55
現在の私は台湾の読者に招かれてアメリカから移り、広大な大自然の中にある慧智研究センターに陣取っているが、大地主の謝さんは台湾の日本研究会の前会長で、台湾における環境問題のリーダーである。彼に関しては「賢者のネジ」の冒頭に対談があり、世界の一流ホテルについて論じているが、この本に登場する黄さんや彭さんなどの逸材は、謝さんの仲間に属す台湾の頭脳に相当する。
いずれにしても、私は謝さんの農場に滞在するので、啓蒙思想が縁でポッダムのサン・スウシ宮殿に招かれた、ヴォルテールの立場に少し似ている。ただ、歴史の相似象による教訓に従えば、問題はフリードリッヒと議論して喧嘩になり、追い出されたケースへの警戒と自重である。
インターネットの接続と速度が悪くて、私の世界や国際情勢への理解力が低下し、ここにいるのが苦痛になることが多いが、それがもとで喧嘩になるのを防ぐのは、精神衛生上よくないのでストレスになる。それでも、朝霧に包まれて百花繚乱の中で高山蝶が舞う、この有機農場には霊芝を培養する近代施設があるし、霊芝の染糸体はガンの予防にも有効で、免疫力を高める効果は抜群なのである。
fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/reishi.htm
また、台湾訪問する時に利用する定番のコースは、桃園国際空港と慧智研究センターの往復に際して、多くの場合に北投温泉の宿泊を間に置き、のんびりと湯治をして寛ぐようにスケジュールを組んでいる。日本人の客は「熱海」や「京都」を始め、近代的な設備の豪華ホテルに泊まるが、私は温泉のお湯の質の良さが分かっているので、古いが湯元の新秀閣大飯店を愛用している。

58 藤原肇 :2010/07/13(火) 21:06:10
こうした恵まれた環境をフルに活用しているし、霊芝の染糸体のカプセルは十年前から飲んでいて、ガンの腫瘍が出来るはずがないと考えていたが、三年前にガンが茸の一種だという学説に出会った。ロスで開催された外辺医療の国際会議に出席し、ローマから来たシモネッチ博士の講演を聞いた私は、ガンが茸だという学説に強い印象を受けていた。
webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:aE1UQiLOdoAJ:www.cancerfungus.com/+cancerfungi.com&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
そして、シモニッチ博士の仮説をビデオで何度も見て、三年前から茸である霊芝の代わりに重曹を溶かした水を飲むことで、ガン細胞を消す療法を試みていたのだ。この素人療法の結果らしいが便秘がひどくなり、血便が出たのを私は瘀血だと考えて主張したのに、これは普通の血と違うと米国の医者に説明するのが、非常に困難だったのがトラブルの始まりである数年前にロスで開催された外辺医療の国際会議に出席し、ローマから来たシモネッチ博士の講演を聞いた私は、ガンが茸だという学説に強い印象を受けていた。
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そして、シモニッチ博士の仮説をビデオで何度も見て、三年前から茸である霊芝の代わりに重曹を溶かした水を飲むことで、ガン細胞を消す療法を試みていたのである。この素人療法の結果らしいが便秘がひどくなり、血便が出たのを私は瘀血だと考えて主張したのに、これが普通の血と違うと米国の医者に説明するのが、困難だったことがトラブルの始まりになった。
だが、重曹がガンの治療の特効薬になるという仮説は、マグネシウムを含む水が病気を治す聖水として有効であり、ルルドの聖水を始めとして世界各地の神秘の水として、使われている事実に対して地質の専門家として興味深かった。
www.curenaturalicancro.com/therapy-sodiumbicarbonate.html
オンコロジーは石油や鉱脈を発見する上で、地球にそれを応用する意味で私はプロとして生きてきた。
webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:iSVHh4XszhsJ:ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%AB%E7%98%8D%E5%AD%A6+%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC+wiki&cd=3&hl=ja&ct=clnk&gl=jp。
だが、重曹がガンの治療の特効薬になるという仮説は、マグネシウムを含む水が病気を治す聖水として有効であり、ルルドの聖水を始めとして世界各地の神秘の水として、使われている事実に対して地質の専門家として興味深かった。
www.curenaturalicancro.com/therapy-sodiumbicarbonate.html
オンコロジーは石油や鉱脈を発見する上で、地球にそれを応用する意味で私はプロとして生きてきた。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:iSVHh4XszhsJ:ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%AB%E7%98%8D%E5%AD%A6+%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC+wiki&cd=3&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
霊芝を飲むのを手控えて三分の一にしていたので、それが免疫力の低下に影響を及ぼして、腫瘍が発達した可能性も考えられるのである。

59 藤原肇 :2010/07/13(火) 21:09:44

免疫療法にはいろんな種類が昔からあって、インチキから新仮説まで幅が広いし、学者の間でも定説が確立していないので、一種の百花奔放とでもいう状態にある。その最大の理由はがんの原因が何かが、はっきり分かっていないためである。原因がはっきりしていない状態が続き、仮説が次々と登場するせいもあり、治療法や処方箋ばかりが乱立して人々が迷っている。
治療法としては主流の三種類が君臨し、1),外科療法,2)放射線療法、3)化学療法の三つが、病院や一般治療所で採用されていて、伝統的な西洋医学の思想に基づき、対症療法としてメインになっている。原因や治療法関しては多くが語られ、たくさんの教科書や啓蒙書があるので、ここで屋上屋を書ける必要はないが、最近の傾向として免疫学の成果を活用して、免疫療法が注目を浴びて登場している。
だが、若い学問でニッチ的な領域が多いので、悪徳商人やインチキ施療師も多く参入し、一種のフロンチアの野放し状態であり、それだけに未開の領域が広がって、驚きと好奇心を満足させるから、山師的な趣味を持つ私には楽しい穴場だ。かつて丸山ワクチン騒動が取り沙汰されて、インチキだとか詐欺だと論じられ、がん治療にまつわる騒ぎは山ほどあったし、ミ―チュリン農法騒ぎの教訓もある。
丸山ワクチンの場合は結核患者には、がん患者が少ないということから、結核菌からワクチンを作ったので問題になった。大体ワクチンは免疫の領域であり、免疫についての研究が遅れていたために、今でも鳥インフルエンザやエイズなどで、ワクチンに対しての疑惑が取りざたされている。江戸時代には天然痘のワクチンの問題や、野口英世における疑惑などがあって、この世界はプロの研究者でも難題続きで、鬼神と同じで敬して敬う世界だった。だが、ミトコンドリアやマイクロファジーの研究と、遺伝子についての理解が進んだので、そのせいで免疫学がわかってきて、西洋医学と東洋医学が接近し始めて、私のような博物系の世界に接近してきた。

60 藤原肇 :2010/07/14(水) 16:23:40
西洋医学に基づいた近代医学の伝統は、心臓、肝臓、肺臓、腎臓などの臓器を始め、大脳、神経、脊椎、眼球などの異常や、発熱、出欠、下痢などの病気が中心で、免疫系の異常については二の次だった。ヒポクラテスの時代から治療は行われたし、戦争があれば外科の治療もなされたが、自然の中で生活していた関係もあり、ペストや天然痘などの疫病の伝染を除き、人々は自然治癒力で問題を解決していた。
それと共に学問の進歩で医学が発展して、コッホやパスツールが病原体を発見し、ウィルヒョウによる病理学の確立を始め、病院制度が社会に普及したお陰もあり、医療は福祉制度の一環として定着した。
だが、産業革命によって工業と経済の活動が、社会活動において主役を占めたことで、人間は忙しく立ち働く存在になり、自然の秩序を開発の名の下に破壊して、近代的な資本主義は環境を汚染し、人間の生活の場の劣化を推進した。その結果、大気汚染や飲料水の劣化で健康を損ね、それに大気汚染やストレスなどが加わり、アレルギーや新しいタイプの疾患で、人々は疲労困憊し生命力を弱めている。
こうした状況の中で学問の成果として、DNAなど分子レベルでの研究が進んで、免疫の分野に新しい発見と理論が生まれ、ヴィールスや遺伝子に原因する疾患が、医学の分野でのフロンチアになった。しかも、かんやエイズが医療文化の舞台において、脚光を浴びる存在になったことが、相乗効果として研究の成果を生み出し、量子力学の発想を導入することで、ナノテクを超えてナノサイエンスになった。

61 藤原肇 :2010/07/14(水) 19:06:34
岩石中の鉱物が風化してミネラルになり、ヴィールスやバクテリアを経て藻類など、20億年まえに多細胞生物が地球上に繁殖し、管状生物としての動物の進化が始まって、管の両側は口と肛門の機能を持ち、消化管に生物の原型が刻印されている。
消化管の周辺が特殊化して臓器になり、脳を始め心臓、肺臓、肝臓、腎臓などの臓器や、神経系、血管系、内分泌系が骨格に支えられ、系統発生の最後に脊椎動物が誕生し、われわれヒトもその仲間に加わった。
このような生物の歴史は管の発達史であり、管や臓器の内部にある空間というのは、生命体の外部を内部に取り込んで、外部を内部化したクラインの壷である。口から肛門までの管の胃から肛門までは、一般に消化管とよばれ大部分が腸であり、この消化管の粘膜は絨毛が生えた襞が、伸縮自在する状態で腹に収まっている。
この消化管の中を食物や水が通過して、反応可能な栄養源は細菌や酵素で分解され、
粘膜面から吸収されて活力源に転換し、空気中の酸素は血管で全身に送られるが、残渣物は肛門に送られて排出される。腸内で食物が糞になるこの機構が、デパートやショッピングモールと同じであり、食物になった自分が歩く通路は外路で、売り場の中に立つ売り子は内部にいて、細菌や酵素の役割を演じていると思い、思わず苦笑して通り過す儀他経験がある。
ミトコンドリアも細胞内にもぐりこみ、内に取り込んだ外を活用することで、酸素呼吸をして細胞と共生しているし、消化管も人体の中に潜り込み、外の世界の産物を取り込んで生きており、外を内に取り込むメカニズムに、共生を支える原理があると言えそうである。
外が内になり内が外になるメカニズムが、ホロコスミックの基本原理であり、多層構造で成り立つ自然の階層には、内が外で外が内になる原理が働いて、それをメビウスの輪が分かり易く体現しているのである。

62 藤原肇 :2010/07/15(木) 09:27:04
若かった頃の私は一時だが医者になろうと考えたが、医者になるためには死体の解剖が必修であるし、血や肉を見るのが苦手だったのと共に、中学時代から山歩きが好きで自然に親しんでいたので、地質学をやり地球の医者になってしまった。大学に入るより学士山岳会に憧れていたせいで、京大の理学部を受験して落ちているが、当時は60年アンポ闘争の時代だったから、私は岸内閣を倒すために学生運動に生き甲斐を感じ、ほとんど授業に出ないで岸政権を葬ることに熱中した。
アンポ闘争後に埼大の地質学教室に戻ったが、五年後にインドのニューデリーで地質学会があると知ったので、会議にヒマラヤを越えて参加しようと思い立ち、北京の地質学院に留学しようと考えた。だが、当時は毛沢東が文化大革命を推進して混乱していたし、中国の学問レベルが低いと分かったので、北京留学を断念して専門の地質学の勉強に取り組んだが、もし北京留学が実現していたとすれば、温家宝首相は私の数年後輩になっていたはずだ。
しかも、構造地質学を独学で勉強しているうちに、ベルーゾフ教授が世界一の学者だと分かったので、大学より世界一の先生に学ぶべきだと考えた私は、ソ連政府の給費留学生の試験をうけたのだが、成績不良のせいで留学生になれなかった。これが私の人生に幸運をもたらせる「塞翁が馬」になり、寒くて山がなく食事がまずいロシアに行かずに、アルプスが聳える南東フランスに行ったことで、私の人生は運命の女神に導かれることになった。ベルーゾフ教授と並び立つデベルマス先生に師事するために、グルノーブル大学に留学したとはいえ、登山靴とリュックサックを持って渡仏した私は、大学に登録する前にフランス山岳会の会員になっていた。
その辺の事情は「山岳誌」の補説に書いてあるが、オリンピックを選手や役員として体験したし、ドゴール政権を相手の倒閣運動を通じて、ヨーロッパの近代史の真髄を学ぶことができ、自然と社会を含む文明が相似象で対応しており、社会と人体も相似象であることがよく分かった。

63 藤原肇 :2010/07/15(木) 09:41:19
それが私の宇宙観を構成する基礎であり、それが錬金術を媒体にして医学と繋がることが、藤井先生に師事した時に「間脳幻想」の誕生に結びつき、仙道との兼ね合いで張さんと「宇宙巡礼」が生まれた。藤井先生との対談の醍醐味を楽しむ過程で、何冊も共著ができる量の録音として、テープに吹き込んで保管していたが、当時はミニカセットの全盛時代であり、磁気テープは音が歪んでしまい、書き出すのがほとんど無理だったのが惜しまれる。
「今日できることは明日に伸ばすな」は、「リチャードの暦」のフランクリンの言葉だが、録音した当時にすぐ書き出しを開始したら、こんな悔しい思いをしないで済んだだろう。『間脳幻想』を読んで気がつくことだが、先生は寸鉄言の名人であっただけでなく、洞察に満ちた味のある発言をして、後になって聞くとたいへん奥深い人生の知恵が感じられ、そこまでお見通しだったかと感心してしまう。
私が住むパームスプリングスについて話題にした時に、80以上もゴルフ場があるのにやらないのに誘う人に、「百歳を過ぎてからやる。今はまだ若いからスイスに行き山に登るが、百を過ぎたら垂直より水平が楽だから、その時にゴルフに誘って下さい」と断っていると述べたら、「曾孫と一緒に行きます」と答えろと言われた。
しかも、「病気になったら診断はサンティエゴかマイアミ、手術をするならボストンかシカゴだ」というので、大学のことだろうとその時は思った。
ところがそうではなく、人間と気温の関係で生活の場が変わり、老人になると暖かい場所を選んで引退するので、名医はアメリカの最南端の町に移り、そこで診断しながら余生を楽しむものだ。若い腕のいい外科医は研究があるし、寒くても施設のいい病院で働いて腕を磨いて稼ぐから、手術は中堅の医者がいる所を選び、そこでやるのが賢明だと後になって知った。これもちょっとしたノウハウであり、確かに優れた学者や経済人で引退した人は、魚や果実が美味く気温が温暖で、水と空気の良い環境に住んでいて、「良禽は樹を選ぶ」を実践していた。

64 藤原肇 :2010/07/16(金) 09:31:23
藤井先生に対話の相手をして貰ったお陰で、ドーパミンとセロトニンの役割の重要性を知り、それが21世紀の医学の主要テーマだと分かったので、藤井先生を訪れて相手になってもらうために、医学部図書館で脳内ホルモンの本を読み漁った。
お陰で四十代で勉強する習慣がついて、老化を延ばすのに役に立ったと思うが、シカゴ大学にドーパミンの大権威がおり、その先生に学びたいと思ったが手遅れで、仕方がないから嫌がる娘を説得し、とりあえずシカゴ大学に入学させてみた。
実はこの大学はアメリカの保守主義の砦で、米国の共和主義の秘密を知るために、偵察したいという個人的な狙いがあり、大学図書館の蔵書が素晴らしかったし、父兄の立場をフルに活用したのである。入学後に調べたらユダヤ人と韓国人が多く、予習と復習が酷くて猛勉強を強い、学生の自殺率が全米でトップとかで、娘の成績では追いつくのが大変であり、ストレスで神経衰弱になりかけた。
医者になる必要はないが先生に近づき、ドーバミンの知識を盗むためには、医学に隣接する薬学の側から接近し、先ず人間を知る心理学から始めて、次に生理学で生命について理解するように、親父の立場からガイダンスをした。学問は縦に動かずに横にずれるのが王道だと、藤井先生から学んでいたお陰で、それを娘を使って実験してみたのであるが、これ既にミッシェル・フーコが試みた路線である。
娘のレミは嫌がり泣いて抗議したが、私は獲物を追いかけるのに夢中で、娘の抗議を無視してシカゴ大探検を続けたら、遂に彼女は円形脱毛症で髪が抜け出した。そこで休学して国内留学をしたのだが、加州大学サンディエゴ校に行くことなり、大学事務局に単位認定を申請したら、シカゴ大ではサンディエゴ校の教授でも、三人の講義の単位しか認めないと学部長がいう。
そこで、その教授の経歴を調べてみたら、三人はケンブリッジ大学で教えた後で渡米し、アイビーリーグの大学で名誉教授を勤めてから、暖かい隠棲地を求めてサンティエゴに移ったと知り、昔聞いた藤井先生のアドバイスを思い出した。アメリカでもどこの大学の卒業かではなく、誰の授業で単位を取ったかを見て、評価するシステムが存在しているのだし、誰の弟子として薫陶を受けたかが、学問をする上で重要であるとすれば、世界一の先生を選ぶことは貴重になる。
娘の人生を狂わせたのは残念だが、シカゴ大に狙いをつけた私の道楽は、アメリカを立ち去る理由付けに役立ったし、ノーベル賞の背景の理解に繋がったのは、何にも増して得難い収穫になった。そして、この成果を日本人の多くに知らせて、対米認識の参考に使ってもらうために、雑誌に発表して活字に出来たのは、『さらば小泉純一郎』の著者の天木大使と、『さらば暴政』の著者の私が再会した、娘をシカゴ大に送り込んでから25年目で、何かをするには時間が必要なのである。
fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/newleader100501.htm

65 藤原肇 :2010/07/17(土) 06:52:30
人間のレベルでは治療と施薬は医学だが、地球のレベルでは鉱山と精錬の仕事になり、地球の医者として生きてきた私には、医学の問題は自然開発のバリエーションで、そんな感じで自分の病気について考えてみた。
人間を相手にする現代医学に対して、私があまり信頼を置いていない理由は、人間の体が小宇宙で大宇宙と照応しているのに、近代の医者はそれを余り考慮しておらず、人間をモノ扱いしているからである。具体的には、生き物は生命体として一体として成り立ち、病気はひとつの臓器の異常ではなくて、全体の調和が乱れていることを見ないで、器官の異常として病名をつけがちだ。
あるいは、せっかく症状や症候群が現れており、生理状態が狂っていると示すのに、症状をなくしたり痛みを沈静させて、それを治療と考えていたりするのだ。悪いところの切除や苦痛を取り除いて、原因ではなく現象を消すことだけで、問題を解決したと考えて済むのであれば、頭痛の時には頭を切り落とすべきだ。
最悪のケースは熱が出た時の処置であり、熱さましを与えて折角の警告を消すし、同じことは血圧が高くなった時には、血圧降下剤を飲んでそれを措置だとする。だが、体温が上がるのは温度を高めることで、黴菌やウィールスの活動を抑制して、病因を軽減させ回復促進を図るのではないか。問題は高熱のために脳の機能が低下し、生命活動が阻害されないような形で、対応策を講じることではないだろうか。
現在の生理学では分かっていないが、摂氏42度の周辺に一種のシキミ値として、細胞が活動できなくなるポイントがあり、氷点や沸騰点と同じような作用をして、未知の相の転換点である可能性もある。あるいは、量や数値では現れない質の転換を促す、特異点に等しいものが存在しており、数量化し得ないので盲点になっている。いうならば、われわれは未だ知るに至らないが、現象がそこでワープする領域があり、ミステリー・ゾーンを構成しているのかも知れない。
最も気になるのは重力や引力との関係で、太陽や月の影響によって機能が変わり、季節や時刻によって分泌にリズムを持つ、セロトニンやメラトニンがあるように、薬の投薬量に変化が必要ではないか。それだのに、医者や薬剤師がそこまで考えて、処方した話しは聞いたことがない。
満月の時に子供が誕生するのであり、新月の時に死ぬことが多いのに、生命活動の始めと終わりの瞬間についてさえ、現代医学は無関心であることが、私にとっては不信のたねになっていて、病院に近づかない人生になっている。しかし、生身の体が示す便秘という症状に加えて、血便と腹部が苦しいことのために、内科医の紹介で大腸の専門医の診断を受け、やっと治療への第一歩に編み出した。

66 藤原肇 :2010/07/18(日) 19:17:28
だが、ホームドクターの内科医は一種の監視役で、必要のない軽度の病人が専門医に行かないように、主治医的な役割を果たしている。だから、自分で適切な診断を下す必要に基づき、専門医に治療の指示を与えるために、患者について各種のテストを実施して、データベース作りを担当しているらしい。だから、血液や各種の化学検査を始めとして、血圧や心電図などを検討してから、血圧が高いのが心配だという理由で、別の循環器医師の所に行かされ、そこで超音波検診をさせられてから、やっと大腸の専門医にたどりついた。
分業がこれほど細かになると大変で、診療の組み合わせの米国式より、一人の医者が何でもこなした、日本的なドンブリ勘定的なの診察が、懐かしく感じられるほどだった。しかも、新しいし医師の診断を受ける度に、病歴、アレルギー、飲んでいる薬、家族の病気を問われ、看護婦が血圧や体温を測って、診断記録を作るだけでなく、治療についての同意書に署名し、同意書の署名だけでも数種類で、契約社会だけあって書類攻めだ。
こんなことを何度も繰り返した揚句に、やっと専門医までたどり着いたが、その間に体験した各種のテストは、石油開発の作業を小型化したもので、心電図は地磁気異常や地震探査だし、心エコー診断はソニック・ログであり、医療は何とちまちました世界かと思った。そして、病んだガイアの立場になった自分が、体の中の異常現象を探査されて、これから開発のメスを加えられ、立場が逆転した形で体験する意味で、環境汚染の問題があるならば、実に皮肉な運命だと痛感したのである。

67 藤原肇 :2010/07/18(日) 21:08:37
地域で腕の良さで知られた大腸の専門医は、温厚な人柄の中年医師でユダヤ系であることは、鼻の形と大きさで一瞥して分かったが、ニューヨークの新谷博士から技術を学んだ弟子だった。日本の医師が発明者の検視鏡について、私はかつて興味を抱いて調べていたし、新谷さんは前田病院で治療をするが、予約が大変だと友人が教えてくれたので、その弟子筋なら良いだろうと納得して、彼の知識と経験を信じたのですべて一任した。
だが、
コロノスコピーで大腸を検査した医師は、何枚も撮影した大腸の連続写真を指し示しながら、肛門から6cmほどの直腸に向かって、結腸の付近に長さ5cmの細い腫瘍があるという。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:lhyerOS7lW4J:ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E8%85%B8+%E7%9B%B4%E8%85%B8&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
果たしてガンかどうかは精密検査が必要であり、オンコロジストによる診断が決め手だと言われたので、私の知的好奇心は大いに盛り上がった。何しろ、日本には総合システムとしてのオンコロジーが未発達であり、X線や血液検査を始め組織検査(バイオプシー)くらいで、後は機械を使う検査は普及していても、ソフトに弱い日本の学問の性質のために、こういった領域での診断学が育っていない。しかも、米国にはオンコロジスト(腫瘍専門医)は5000人いるのに、日本には各県り一人で合計50人もいないために、腫瘍の診断に関しては立ち遅れているという。そうであるが故に、日本の政治と社会の病理と腫瘍について、私が行う議論はこれまで黙殺され続けたのであり、私の問題提起は誰にも相手にされなかったし、それが日本を亡国の淵に陥れたと考えていたので、オンコロジーに出会ったのは千歳一遇に思えた。
http://health.goo.ne.jp/medical/search/10H10500.html
私の友人には優れたオンコロジストが何人もいて、これまで腫瘍について私は多くの議論や討論をしてきたし、私が理事を引き受けたカナダのビオノミー研究所長のベギン博士も、肉腫の研究をしているオンコロジストである。ローマのシモニッチ博士もオンコロジストであり、がんは最先端の研究分野であるために、いろんな仮説が百花奔放状態の中で、かなり異端な存在として知られるが、がんが茸という仮説は私にとっては興味深いものだ。

68 藤原肇 :2010/07/19(月) 06:41:24
日本にオンコロジストが少ないと論じたが、それ以上に少ないのが一般総合診療医であり、健康全般や生命体としての人間について、臨床医学や人間学の立場で診断し、患者の疑問の相談役になる医者が少ない。ホームドクターがその役目の一部を担うが、 家庭医の多くは内科の専門家が多く、大学卒業時の医師国家試験の段階で、専門医になっていなかっただけで、総合的な診断学の訓練が足りない。
その理由は医学教育と臨床訓練の場が、日本では大学や大病院に限られるし、試験を通った研修医が医局に配置されて、名目上は医者のタマゴであっても、低賃金で雑用に近い仕事に追い回され、勉強を続ける時間もなくなる。なぜなら、アルバイトしないと生活が成り立たないし、系列化した地方の病院や診療所に、医局から派遣されて診療しているが、そのほとんどが知識も技術も未熟である。
もっと大きな日本的な因習の弊害として、日本の医学は寡占状態(Oligopoly)に支配されていて、病院や診療所が東大系と慶応系の形で、二大系列の支配圏が出来上がっている。しかも、医者が学問や技術の違いでなく、源氏と平家に似た医局閥に従属しており、その枠組みからの脱却は難しい。
それは経済界や政界でも同じであって、自民党閥と民主党閥の形態を取り、日本を自己の利権として支配するが、そこには国民や患者の立場はない。だが、この構造への批判は日本ではタブーで、誰も勇気を持って挑戦しないために、医局制度による系列支配は盤石であり、それを野蛮だと医者自身が感じないし、医療制度の立ち遅れを意識していない。
個人的には良心的で優れた医師が存在し、この問題を解決しようと努力したが、挑戦に敗れて国外に脱出した医者には、リトル東京の入江先生を始めとして、ニューヨークの桑間先生などがおり、東大の酷さを告発した生き証人だ。彼らの説だと日本の医療制度は立ち遅れ、医局の医師は奴隷同然に酷使されて、臨床医の能力はお粗末の限りだし、優れた医師を育てるシステムはない。しかも、「日本には医療機器は豊かだが、ソフトである医師の訓練は未開で、日本の診療レベルの低さは、フィリッピンの医者に馬鹿にされた」という証言は、国内にいる限りは活字にならない。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AA%E3%83%88%E3%83%AB%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%85%A5%E6%B1%9F%E8%A8%BA%E7%99%82%E6%89%80-%E5%85%A5%E6%B1%9F-%E5%81%A5%E4%BA%8C/dp/4794204035/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1279454565&sr=1-1

http://www.amazon.co.jp/%E8%A3%B8%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%8C%BB%E8%80%85%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%9F%E3%81%A1%E2%80%95%E5%90%8D%E5%8C%BB%E3%81%A8%E8%BF%B7%E5%8C%BB%E3%81%AE%E8%A6%8B%E5%88%86%E3%81%91%E6%96%B9-%E6%A1%91%E9%96%93-%E9%9B%84%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4828409335/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1279454410&sr=1-1

69 藤原肇 :2010/07/20(火) 10:43:06
日本では医師の専門化が早すぎるために、基礎的な訓練が手抜きで医者になり、国家試験は知識が中心であって、医者としての臨床実地テストがないし、成績も評価された形では公表されない。しかも、臨床医学や倫理はほとんど問われず、一度合格すれば免許は一生有効で、その後の勉強は要求されないために、医者の免状が利権化しているから、最新情報を学ぶ必要さえもないし、いざとなれば開業医になれば良く、実力は問われないで生活できる。
藤井先生が嘆息していた問題点は、現在の保険制度は点数制だから、一人の患者に一時間を掛けて診ると、一時間に二十人の患者を処理する医者に、収入で二十分の一になってしまい、良心的な治療は全く成り立たない。しかも、患者が医師を神様扱いしており、先生にお任せしますという態度で、自分の命について他力本願であるために、病気への勉強が停止してしまうのだ。
医者は総てについて万能ではないし、質問を始め意見や発言があれば、それを下に医者と患者の対話が始まって、そこから本当の診察に移るのに、そのプロセスが日本では欠けており、医者が気楽な商売になっている。それは医者が患者と対話することにより、自分の病気や治療の可能性に関し、患者の問題意識を高めるプロセスにおいて、先生としての医者が患者を甘やかし、病気について勉強するのを怠るために、患者としての訓練が不足してしまう。
対話のある診療法が成立するには、医師が個室の診察室を幾つも持ち、その部屋にいる間は患者が主人で、医者は患者を訪れる立場という、往診という原点に立ち戻る必要があって、米国ではどんな医者でもこの方式だ。だが、日本では医師が診察室の中央に腰を据え、そこに患者が訪れるのが普通で、患者は診てもらう立場に置かれてしまうし、医者は時間を支配する側にいるから、患者は数としてこなされることになり、対話の始まりにと結びつかない。
ギリシア語のクリニコンの意味は、患者の隣に座り対話することで、聴診や検診をする行為を指している。だが、現実の診断の多くが望診と問診だけで、三分診断の商売が蔓延しているから、医者が緊張を欠き商売をしてしまい、優しいがもたれ合いの関係になり、患者は自分の病気に対して無知に近い。

70 藤原肇 :2010/07/20(火) 11:48:44
それは医者に限らず大学でも同じで、日本の学生は予習をする習慣がなく、ただ講義に出席して聴講することが、勉教だと思い込んでいるために、先生に鋭い質問する者がほとんどいない。だが、話を聞くだけなら参加でなく、その場にいたということに過ぎず、それでは学問ではなく寄席になる。
学びの原点は質疑応答にあって、良い質問は問題の所在を理解し、議論を通じて認識が深まっていくのだが、そのためには準備が必要である。最近の日本の大学生は本を余り読まないし、教師に積極的な質問を試みずに、出席して単位を取ることだけを考えて、学問をする姿勢に欠けている。
質問をするのは答えを知るのでなく、考え方を理解するためであり、答えを知ったら考えようとしないので、答えは教えないのが良い先生だ。しかも、条件次第で答えは幾らでも変わるから、条件についての考察が大切であり、世の中には正解のない問題は多いし、答えがないのが正しい場合がある。
そして、正解がないことを確認した上で、次善の策を考えだすところに、思考する上で戦術的な出発点があり、それが正しい実行の方法になる。病気に対しても学問に対する場合でも、これが選択し学ぶことであり、戦略の中に正しい戦術を取り込む営みになるが、今の日本ではこの姿勢が崩れているために、亡国現象が蔓延しているのである。
こういうことが機能していない原因は、豊かになり過ぎて緊張感に欠け、セロトニン神経の機能が低下したためで、真剣勝負をする体制が整わずに、パニック状態になって切れてしまうか、緊張を失い弛緩することになる。
だから、大学の授業や医者の診察において、観光と同じ体験の集積になってしまい、受身で学びの場を使っていても、成果を上げる場として完結しない。成り行き任せの農耕民型でなく、獲物を捕える狩猟民型でない限り、健康を手に入れるのが難しくなるが、この体質と習慣の克服が決め手になる。
そうであれば、診察と診断が終わった段階で、医者が「何か質問は」と言った時に、すかさず質問を浴びせることで、治療への出発の始ま理に転換できる。アメリカの医者の場合は診察してから、どの医者も「質問はないか」と尋ねるので、感心したしチャンスだと考えて、それから先は納得するまで議論したが、それが診断料の価値ある使い方だし、それをしないと診察効果は半減する。

71 千々松 健 :2010/07/20(火) 23:28:34
かつて「日本医師会のドン」と言われた武見太郎は晩年に大病して入院手術するが、病人になって初めて感じたこととして、看護師が医者より頼りになる存在であったことを打ち明けておられた。
医者は病人の検査をして、診断して、手術して、確かに病は治すかもしれないが、一人の人間としての全体を見ていられない程に忙しく、安心を与えてくれるのは看護師の方に軍牌が上がろうというもの。
今年、亡くなられた大島正光先生も、医療現場にて看護師の果たす役割を重視されていたことが思い出されるし、100歳に限りなく近い日野原先生も看護を大変重視されて実践されて来られました。
ケアすることは一人の個人を全体的に看ることになり、看護師は患者を「安全地帯」にいつも置いてくれる存在なのでしょう。

72 T.N. :2010/07/21(水) 01:31:46
>68、69 林輝太郎著「株式上達セミナー」に、長い間外国銀行に勤め、為替の売買をやってきたという方の
話が紹介されています。

”日本人には自分で努力せず、立場で儲ける、という考えが強いと思う。政治家がワイロを取る。商品の流通が複雑。
株でも早くニュースを入手(できる立場になろうと)する。そういう立場になろうとするのが”努力”だと思ってい
るが、この考え方は、少なくとも為替の売買には通用しない。”
”日本語の投機という言葉はあまりに限定的で、悪の代名詞になっているし、日本語の投機は努力によることを否定
している。だから努力をせず、坐っていて利益を得られるよう組織をつくり、手数料を高くする。”

 実力よりも立場を重視するのは、日本のほとんどの既得権益層に当てはまるように思います。

73 藤原肇 :2010/07/21(水) 10:14:02

医師の先祖は魔術師の仲間だったから、奇しき技の持ち主として薬師とも呼ばれ、医師はマギとして尊重されていた。天文、地文、人文の領域に精通して、大宇宙と小宇宙の照応関係が分かり、賢者として司祭や医師は尊敬され、マギはマジックと共通するだけでなく、不思議な威力を持つものとして、マグネチズムやマグネシウムとも結びついている。
キリストも実態は治療師だったことは、彼の生涯を見れば分かることだし、それを宗教として利用したのはペドロで、ヴァチカンがそれを事業として組織化した。だから、テンプル騎士団の発祥の歴史を見ても、医者や看護婦は患者に奉仕する者であって、医療の原点は慈悲心に出発があり、ホスピタルもホテルも共通の語源を持ち、公共の施設という意味がある。
また、仏陀も自らを治すために修行して、最初は荒行でノルアドレナリンの制御をしたが、限界に気づいて菩提樹の下で瞑想し、ヨガの腹式呼吸法の活用により、セロトニン神経の制御法を確立した。それが不老不死の健康法であり、南北の磁場を生かして北枕で涅槃し、マギとしてマグネットの方向に従い、マジックとしての長生法を開拓したが、弟子たちがそれを宗教の形に改変した。
このような偏見で宗教の歴史を見れば、総てが生命体の健康に関わっていて、地球上の生命現象の基本原理は、自然現象の形で読み取れるのだし、大自然は生命学のテキストに他ならず、自然が生きた聖典だと理解できる。そして、この理解に達した者が賢者と呼ばれ、その智慧の神髄が「賢者の石」であり、それは地球の生命活動として、原子転換のメカニズムに連なるし、自然学としての錬金術の体系を構成する。
地球を調べて来た私がガイアとして、調べられる立場に置かれたことで、内が外になり外が内になったから、百一連環のメビウスの輪が繋がった。

74 藤原肇 :2010/07/22(木) 07:07:27
私は自分がガイアになった立場で検査され、どんな結果が出るかに興味津々だったから、血液検査や腫瘍検査だけではなく、CTスキャンでの観察について関心があり、ほとんどのテストを体験してみた。CTスキャンや超音波検査は実質臓器である、肝臓、腎臓、膵臓、脾臓など詰まった臓器に、がんが移転しているかを調べる装置であり、形態的な情報による検査に使われる。
それに対して最新式のMRI(磁気共鳴映像法)を使う検査は、原子核を一定の磁場の中に置いて、特定の周波数の電磁波を与え、共鳴現象でエネルギーを放出させ、生体組織の機能や化学変化を映像化し、断層図として観察するやり方である。私の場合は腫瘍ががんらしいが、大腸だけで移転はなさそうだから、とりあえずはCTスキャンだけにして、MRI検査はこの時点で行わなかった。
それでも、医学の研究において最先端にあり、新しい分野を開拓している米国で、どんな手順で検査をしているかや、装置の利用への知的好奇心は、自分が患者だという立場を忘れさせた。
生理から病理へと変化するプロセスが、健康管理と診断の基礎である以上は、それに対応できる頭脳の存在こそ、何にも増して重要なものであり、この面で日本の現状はお粗末の極みだ。だから、政治評論家の平野貞夫さんと一緒に、「生理と病理の診断と日本の健康な国づくり」と題して、対談を発表した直後だったことが、大いに好奇心を掻き立てた原因になり、実験台に上る気持ちにしたに相違ない。
fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/zaikai100401.html
平野さんは四国の医者の息子だったので、二年ほど医者の勉強をしたのだが、政治の世界で一生を送った人だが、私の本を読んで共鳴したせいで、それがこの対談実現に結びついていた。だが、生理と病理の政治診断を試みの意味で、「さらば暴政」を書いて上梓していたのに、日本のメディアからは完全に黙殺されて、この本には書評がほとんどなかったのは、『小泉純一郎と日本の病理』の時ほど徹底していないが、言論弾圧が関与していたのである。
http://www.amazon.co.jp/dp/4860293053?tag=asyuracom-22&camp=243&creative=1615&linkCode=as1&creativeASIN=4860293053&adid=1H11R4HHWAJPHC4E58NH&

75 藤原肇 :2010/07/23(金) 06:27:20
私は地球の医者として自然の観察を通じて、鉱床や鉱体は地球における「がん」だと理解しており、がんを見つけてがん退治するビジネスに生きてきた。しかも、共生していたものが突然変異で異常化し、異常な鉱物が資源として人間に役立つ効果のお陰で、鉱山は昔から開発されてきたのである。
普通の健全なものが地球においては岩石と水であり、熱や水で岩石が風化して土になったものに、再び火と水が作用して生命誕生の秘密が生まれ、そこに病理が発生して鉱床や鉱体が出来るのが鉱床学の基礎だ。そして、固まった鉱物の腫瘍状態が鉄や銅の鉱床だし、有機物に富めば炭田の発達になることもあり、それが腐敗して炭化水素になった形で油田が開発され、その上に文明が育ち産業が生まれたのである。
このようなマクロメガの次元と人間の活動が、幾度かの革命を経て文明を発達させ、情報革命を通じて第三文明期を迎えて、現在に至っているという歴史観に基づいて、私はホロコスミックスの理論を生み出した。
http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/paper/meta/meta.htm
この私の世界観を人体のレベルに移して、生命現象との関連で瘀血の問題を考えれば、現象としての血便の観察のプロセスにおいて、瘀血が排出するようになった状態というのは、健康回復の始まりという理解に結びつく。しかし、便秘に苦しむという症状のために、旅先で医者を訪れたのが契機で、私は西洋医学という対症療法の罠に落ち、そこからの脱出が困難になったが、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」だから、虎児としてのがん細胞を探すことにした。

76 藤原肇 :2010/07/23(金) 10:17:51
カリフォルニアには創価学会と統一教会が根を張り、会員の看護婦が大量に働いていることで有名だから、変な病院を選べば危ないので、その面での配慮と手配にも気配りが必要だった。創価学会には看護婦の組織として、白樺グループという集団が細胞活動を行い、外交官の大鳳会と同じように、世界的な規模でがん化活動を続けており、天下取りのための準備を整えている。
繁殖力を誇る絶対服従の細胞組織が、ファナチズムな使命感で活動しており、がんの手術で抵抗力が低下した時に、看護婦として接触する危険性を避けるのは、防疫学の点からも必要な予防措置だ。しかも、手術をしないで済ますのが最良だから、いろんなオプションを探したし、用心して危険回避を試みるために、一ヶ月以上も費やしたのも事実である。
なにしろ、創価大学の加州分校があるだけでなく、サイモン・ウィーゼンタール・センターを始めとして、ロスには宗教カルトの組織が根を張り、日本からの信徒団体がシオニスト組織を訪れ、門前市をなす奇妙な光景もある。また、ロスは荒稼ぎの場所になっていて、いかがわしい日本人がドサ廻りの形で訪れ、講演会の名目での出入りが目立ち、元航空幕僚長や右翼評論家が出没する。
しかも、暴力団ややくざ関係者までが進出し、山口組の武闘派の後藤組の組長が、UCLA病院で臓器移植の手術を受け、FBI絡みで新聞種になったことは有名で、ロスには戦前の上海や満州に似た雰囲気がある。
http://www.japansubculture.com/news/theindependent/fbi%E3%80%81%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E3%81%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E5%9B%A3%E5%B9%B9%E9%83%A8%E3%81%AE%E7%A7%BB%E6%A4%8D%E6%89%8B%E8%A1%93%E3%82%92%E5%B9%87%E5%8A%A9/
しかも、韓国や香港のマフィアの活動も盛んで、そんな話を各国のジャーナリストたちから聞いて、私はロスには近づくのを避けていた。ロスは現代版の満州に似た性格を持っており、敬して遠ざかるのが利口だし、用心するのに越したことがないので、私は百キロ離れたニューポート・ビーチを選び、そこにある医療設備を利用することにした。

77 T.N. :2010/07/24(土) 01:46:18
>73、76 口の悪い人に言わせると、宗教は病気が治ったとかの奇跡を売り物にしているということになります
が、実はそちらの方が本業だったと考えれば納得できますね。
 かといって、組織化された宗教が組織の部分機能を持たせるために、学校や病院の経営に乗り出すのは、原点回帰
とはとてもいえないですね。

78 藤原肇 :2010/07/24(土) 11:08:36
富裕階級が住むこの海辺の町には、プレスビタリアン系として知られた病院があり、ガン治療ではカリフォルニアで最高に属すし、ホテルと見間違うほどの立派な建物と共に、最新の設備を持っているという。建物や設備はハードだからカネの問題であり、ソフトとしての人材が決め手だが、腕のいい医者が結集しているというので、この医療施設を使うように忠告された。
そこでこの病院に登録する外科医で、四十代の外科医を三人ほど選択して、その中で最も頼りになる経歴を持つ、大腸がんの外科医の診察を受けた。これまで受けた検査の結果を総合して、開腹手術が必要だという所見なので、彼が考えている手術の手順の説明を聞き、リンパ節まで削り取るのかを始め、治療による障害の発生率の低下などに関し、質疑応答を二時間ほど実行してみた。
だが、外科の医師で大腸がんが専門だから、伝統的な手術は得意であっても、漢方や免疫学にはそれほど詳しくなくて、瘀血の概念の説明には苦労した。それでも、径絡や気脈については理解したので、出来るだけ小さく切る路線と共に、横ではなく総て縦線で切る点で合意した。だが、この段階では不明な点が余りにも多く、オンコロジストの判断では腫瘍は良性で、95%は第一期だが5%は第三期であり、開腹手術をしないと結論は出ないという。
僅かだが第三期の可能性があるのは、腫瘍の下底がリンパ節に届かず、粘膜下層までならば問題はないが、リンパ節に浸潤しているか否かは、開腹手術してみないと分からないという。そこで、他の医者の第二意見をチェックし、似たような結論だったので仕方なく、この外科医に執刀して貰うことになり、手術と入院の手配をしてもらった。
私の場合は緊急を要しない症状のために、入院まで三週間の待ち時間があり、その時間を使って別の可能性を求めて、開腹手術をしないで済む療法を探した。ホープ市には末期がん専門の施設があり、そこには全世界から患者が来て、特別な療法をしていると聞いたので、私のケースについて打診したら、それほど重症ではないからと断られた。また、ロマ・リンダ医科大学には特別施設があり、イオンをメスに使った重粒子照射療法は、患部だけを狙い画期的な療法だという。
そこで腹を切るのを回避するために、それが使えるかと問い合わせたところ、大腸がんには余り効果が期待できず、骨髄がんや前立腺がん向けだし、治療時間が長くかかるそうであり、開腹手術が残った選択になった。二週間の日程でアメリカを訪れたのに、手術までに一ヶ月半も費やしてしまい、その間にいろいろと勉強になったが、結局は各種のテストと多く医者と出会って、最終的には開腹手術の決行になった。

79 藤原肇 :2010/07/25(日) 06:03:34
手術の前に医者と質疑応答を繰り返して、納得がいくまで議論をしたとはいえ、二回ほど議論がこじれて医者と対立し、結局は私が折れて妥協することになった。血圧が高くて循環器内科医にまわされ、心臓を詳細に検査されてから、血圧降下剤を処方されたために、私は血圧が呼吸法で調整できるし、セロトニン効果で血圧を降ろせるから、血圧降下剤は不要だと反論した。
それに対して循環器医は異議を挟み、老齢者は肺炎になる可能性が高く、上が160で下が120は高すぎるから、手術をするには危険だと言ったので、五分ほど時間をもらい腹式呼吸をした。そして、看護婦に血圧を再度測らせたら、上が120で下が85になったので、私は血圧降下剤の服用をしなくて良くなり、この時はヨガの威力を有難いと思った。
だが、二回目は手術の二日前から節食し、腸を洗浄するための塩化水を飲み、同時に抗生物質を飲めと言われて、それでは腸の酵素が死滅するから、飲みたくないと主張したがダメだった。その理由は腸の開腹手術の時に、雑菌のせいで併発症を起こす可能性があり、その予防のための措置であるし、感染症や肺炎は老齢者には危険だと説得され、これには従わざるを得なかった。
手術の三日前にマーカーを付けの作業で、シャワーに入っても消えないように、
専門の技能士が皮膚に印をつけたが、全米に一校だが専門学校があると知り、分業化が進んでいると実感した。また、看護婦だけでなく看護士も多く、若い人が失業ではなく訓練を受ければ、仕事は幾らでもあることが分かった。
医者は目の前で所見を記録して行き、文書の形にまとめて仕上げると共に、
特にカルテを記録する作業のために、医療知識を持つ秘書が活躍している。そして、医者や看護婦を雑用から解放して、分業化と専門化を推進しているのは、いかにもアメリカらしいやり方であり、ビジネス並みの能率主義が採用され、記録を残すシステムが医療に浸透し、情報の公開性の進み方が分かった。

80 藤原肇 :2010/07/25(日) 06:18:59
手術の前日から断食と腸内洗浄があり、手術の日は朝六時に病院に行き、登録手続きと腕にタグを付けられたが、この瞬間に生年月日が登録番号化して、名前に対し生年月日がコードになる。まず、病室に入って手術衣に着換え、看護士が手術用のベッドを押して、手術室に送り込むのだが、その前に入る検査室のチェックに際して、生年月日を反射的に答えさせられ、英国鈍りの英語を喋る麻酔医を相手に、麻酔について説明と質疑応答を済ませ、最終的に手術室に入ることになった。
それにしても、病歴や家族のアレルギーの有無を始め、麻酔の危険性の確認書だけでなく、私が輸血を拒否した確認書まで、署名を繰り返しさせられたのには、毎度ながらうんざりさせられた。幾らアメリカが訴訟社会でも、医者の責任を回避する姿勢の強さには、患者としてすっきりしない気分だが、「郷に行ったら郷に従え」ということだろうか。
手術は五月七日午前九時に始まったが、点滴の中に麻酔剤が入っていたようで、五時間かかった手術は記憶になく、目が覚めた時には病室に横たわり、その間に夢を見た記憶もないし、開腹手術をしたという実感も皆無だった。だが、寝たり起きたりを繰り返した後で、全身麻酔が切れ始めたことにより、咳も出来ないほどの痛みを感じた。
そして、身体髪膚を傷つけた苦痛だけでなく、がん患者の仲間入りをしたことで、新しい人生が始まったと強く意識したが、目の前にある点滴が情けなかった。なにしろ、食料や栄養などのエネルギー源から、医薬品の総てが点滴を経由しているので、私の生命力はハードなものに依存し、自分で生きているという実感がない上に、無性に眠くて仕方がないからである。

81 千々松 健 :2010/07/27(火) 21:01:32
日本では2002年の法律改正により、これまでの看護婦と看護士の呼び方が「看護師」に統一されて、「白衣の天使」の女性看護婦や「精神病棟」の男性看護士のイメージが解消されてしまった。
多分、男女平等精神の集大成なのでしょうが、ビジネスマンをビジネスパーソンと呼び替えたりしたのと同様に、余り一般化してはいないようです。
USAの「緊急病棟」などのTVドラマでは、いわゆるナースマンが多数活躍していて、日本でも若手人気男優がナースマン役でドラマ化されたりしました。
今後は少しずつ男性の看護師が日本でも増えて行くのではないでしょうか。
ところで、人間工学や色彩学の観点からも、ナース服の白衣が現在では「ピンクやブルー」に殆んど変わっているようですが、特にピンク色については大島正光先生のご意見が大いに影響したと聞いています。
確かに、薄いピンクは老若男女を問わずに好まれるようですね。

82 千々松 健 :2010/07/30(金) 12:16:24
7月30日は露伴の命日です。「昭和22年7月30日、幸田露伴肺炎および狭心症で死亡。享年80歳」
最期は市川の「蝸牛庵」で武見太郎が看取ったという。その年の夏も大変に暑かったそうだ。
戦前から銀座教文館ビルの3階に診療所を開設して、自由診療を貫いてきた医師武見太郎の人脈の広さに今更ながら驚かされる。

83 通りすがり :2010/07/30(金) 21:35:30
武見太郎は大学を出てから理研に就職するまでの8年間が空白に
なっているといわれている。長い浪人生活を送り、主流の路線を逸脱した
はずの者がどうして覇権を握れたのか、比較していいかどうか、
同じ理研出身の田中角栄の権勢の源も理研といわれてるがそこいらに
何があるのか無いのか興味深い。
晩年胃がんを患い亡くなったそうですが、
癌研歴代の所長が一様に癌に倒れていることなどとも思い合わされます。
人の一生生き様にはいろいろ学ぶことがあるようですね。

84 T.N. :2010/08/01(日) 23:39:40
>26 今日のNHKの夜7時のTVニュース、トップは日本テレビ記者らの秩父市山中での遭難死。記者の事故死
を大きく取り上げるのなら、記者の変死はジャーナリズムそのものの否定の可能性があるのですから、もっと大
きく取り上げるべきですが、こういう情報は大手メディアはほとんど扱いません。真面目に活動している記者を
支援できない社会は、大きなしっぺがえしを食らうのでしょうね。

86 藤原肇 :2010/09/16(木) 09:11:30
(台湾ではインターネットの接続が不調で、ネットで記事も読めないし発信も出来なかったが、電磁波障害のあるコンピュータは使うなという、天の命令があったのかも知れない。それでも、80で途絶えていた記録をカンボジアに来てネットが繋がったので書くことにした)
***手術後の麻酔からの覚醒と無気力
手術を行うために施した全身麻酔で、何時間くらい意識がなかったかは、麻酔が切れる前後の意識が朦朧であり、いつ目覚めたのかもはっきりしない。
途中で誰かが体に触れたようだし、声をかけられた感じもするのに、体も脳も自分のものと思えないようで、ただ自律神経だけが機能している。
意識の頼りなさは暗中模索に似た状態で、模索するだけの気力もないし、見ようという気分も湧き上がらないが、死んでいないことだけは分かる。
ふと蘇った意識で見たのは青空か天井か、頭上にあるのが公平で善良な青空ならば、それはアウステリッツの戦場の青空と同じで、横たわったアンドレイ公爵が見上げた、雲の上に広がる遠く高い永遠の空の続きだ。
麻酔のために朦朧とした意識だが、体を動かすと耐え難い痛みが下腹部に走り、本能は苦痛で悲鳴が渦を巻くのに、頭脳は混迷の雲に覆われて夢遊状態で、隣にナポレオンがいてもいなくても良く、たとえ「若い人」と間違って言われても、そんな言葉は無価値に思えた。
アウステリッツ会戦での朝霧に似て、おぼろげに霞む中で戦闘が始まり、飛び交う銃弾や砲弾で死傷者が増え、遁走と壊走の混乱が支配したように、何が何だか分からない状態の後に、自分がチューブだらけだと気づいた。
腕には点滴装置で鼻には酸素パイプが、腕には血圧計の布帯がはめられ、亀頭にはカテーテルが取りつけられて、べッドに横たわっているのは自分でも、取り囲んでいるのは人工的なものばかりで、自立精神に反し情けないことこの上ない。
目覚めたり昏睡に落ちたりを繰り返し、何度目かの目覚めで看護婦と会話し、いつの間にかまた寝込んでしまい、はっきり目覚めたのは夕刻らしく、執刀した外科医がチェックに訪れた。足指を握ってから足裏をくすぐり、それが握手代わりの挨拶だと教わったが、子供の頃に学んだホッテントットが、挨拶に鼻をこするという話に較べて、足と手の握手の交換はユーモラスだ。

87 藤原肇 :2010/09/19(日) 22:24:51
***看護婦による病院の管理システム
 腹を切っただけに体を動かすと痛いが、手術から半日も経てば麻酔は切れ、意識は手術前のレベルに戻ったので、自らの体験の記録を取ることを始めた。
まず、電動装置で武装したベッドが、15畳位の白壁の個室の中央にあり、海を見渡す広い窓の下には机があって、電話機の横に見舞の花が並ぶ仕掛けだ。
 机の上の電話機は入院すると同時に、個人用の電話番号が付いたそうで、外線と直接に繋がっているそうだが、幾ら鳴っても一度も出なかったし、病人の私が受話器を取る理由もなかった。
 人間は二種類のタイプに区分されており、一つは時間を支配する自由人で、他は時間に支配される奴隷だから、私は携帯電話を持ったことがない。携帯は首輪がついた犬の手綱と同じであり、自由を拘束する存在だと思うので、こんなものを好んで持てば奴隷の仲間だ。電話が鳴ればストレスの元になるし、緊急の用事はそれほどないのに、盗聴は自由自在にやり放題だし、取り次ぎがあれば相手によって、出る出ないはこちらの勝手だから、病床の電話機は無用の長物なのだ。そういえばチェチェンの大統領が爆殺されたのは、彼が携帯電話を持っていたからで、携帯は埋め込みチップの代用品である。
ベッドの横には点滴ホルダーが立ち、その後ろには隣室の洗面所で、シャワーと便所が洗面装置と共に並び、ちょっとしたホテルに似た雰囲気を持つ。そういえば病院の玄関はバレー駐車で、車を乗り付ければ後はお任せであり、そんな仕掛けに満足してしまえば、病院が医療ビジネスだと気づかなくなる。
 ベッドの正面の壁に掲示ボードがあり、毎朝底にメッセージが書き込まれ、日直看護婦、担当看護婦、補助看護婦の名前が、毎朝そこに書き込まれるのだが、八時間勤務のローテーション制だ。日直看護婦は免状を持つベテランで、日本では正看護婦と呼ばれているが、担当看護婦に指揮を与えており、病室には必要に応じて現れるだけで、ほとんどの仕事は担当看護婦が行う。
担当看護婦の多くは外国系の女性で、自国で看護婦の経験を持っており、現在は医学部の看護婦養成学校や、医療専門学校に学ぶ学生が多く、夜間勤務の顔ぶれには現役の学生が多い。日本では看護婦が不足するために、フィリッピン出身の女性が看護婦要員の形で訪日し、試験を受けて看護婦になっているが、日本語が壁で試験の合格者は少ないという。
これから日本の社会の老人化が進み、看護婦や看護夫が必要になるので、若者に新たな職業の就く機会を与え、住みやすい社会を作るために、医療要員を養成する専門学校をもっと作り、必要な人材を確保する政策が必要だ。日本語が出来る日本の若者に職場を提供し、真面目に働く人に敬意を払うことが、明るい社会を作る上で不可欠であり、大学に行けばいいというものではない。
 私の入院は合計で六日間だったが、その間に私の病室の担当看護婦は、ルーマニア、ヴェトナム、コスタリカ、チレ、ラオスの出身者で、日直看護婦にはアメリカ人がかなり多く、英国とロシア出身のベテランもいた。奇妙に感じたのは当直医師が存在しないで、総て看護婦だけで運営しており、医者は当直しないで直接に病室に来て、自分の患者と接触して診断しているが、コンファレンス的なものがないらしく、こんなことで良いのかと驚いた。
 アメリカでは人件費が高いために、低賃金の移民を使って経費を節約して、利益を上げる病院もあるだろうが、それで当直医を置かないのだろうか。また、アメリカで医療関係に従事するために、わざわざ米国に来て試験を受け直し、医者や看護婦になる外国人も多く、年配の人にはそんなケースも目立つ。
その辺のことは本格的な調査が必要で、基礎研究や臨床医学の分野では、アメリカの水準は非常に高いと定評があり、日本人の医者や研究者も米国留学する。だが、日本人の医者で留学する人のほとんどは、研究や実験のためというケースが圧倒的で、臨床体験のための人は珍しいらしい。

88 藤原肇 :2010/10/07(木) 10:36:34
***書類作りと疲労している看護婦たち
 一般の病院は大学病院や研究所と違い、病院と連結したプロの医者の仕事場で、人材育成や病理研究は行っておらず、治療を専門にしているのであるが、それにしても主体が看護婦であり、担当医がいないのは驚きであった。看護婦が集まっている制御センターには、多くの看護婦や看護夫が働いているが、ほとんどが書類作りのために忙しくて、役所や事務所の雰囲気に近かった。
 入院して二日目から運動しろと言われ、病院の廊下を歩く訓練の開始になり、車輪のついた点滴タワーを押しながら、一回に千歩から千五百歩ほどのペースで、病院内をゆっくりと歩き始めた。無理に動くと腹部に激痛が走るために、どうしても亀の歩みになってしまうが、これには担当看護婦が付き添って歩く。
 それにしても白っぽい患者衣を着て、体に点滴やカテーテルの管を付け、点滴タワーを押し亀の歩みの患者が、ウルトラマリーン色の制服を身包み、話をしながら付き添う看護婦と並んで、のろのろと廊下を歩いている光景が、二時間ごとに繰り返すのだから珍妙だ。
 私が地球を患者にした医者であり、その医者が手術を受けて患者になって、西洋医学と東洋医学の違いを始め、ドーパミン分泌の呼吸の秘密や、現代医学について意見を述べると、彼女たちは熱心に聞いて質問をした。藤井さんから学んだ医学の知恵については、『間脳幻想』に書いたことであり、「医者は包帯するが、治すのは神様と患者だ」とか、「医者は治る患者しか治せない」という叡智の言葉は、分かり易いのでとても喜ばれた。
最も歓迎されたのはリュック・サックの話で、医者は背中にリュックを背負うし、患者はその中に手を入れる義務がある。農民はニンジンを漁師は魚を入れ、商人はカネをそこに入れて神に感謝し、何もない人も手を入れる必要があり、感謝の気持ちを籠めて手を入れる。それを着服するのが医者であり、診察料は神への感謝の横取りの別名だから、感謝の気持ちこそ大切だというと、嬉しそうに頷いた後で病院内に伝染した。
医療については著書の中に書いたから、医療を意味するクリニックの語源が、ギリシア語のクリニコンに由来する言葉で、患者の隣に座り喋る行為だと教えて、それが医者や看護婦の仕事だと言ったら、座る暇もないほど忙しいと嘆息していた。
看護婦たちは休息に飢えているらしく、散歩に行こうとさそいの声がかかり、廊下をぐるぐる歩くだけだったが、そぞろ歩きの訓練は楽しく過ごした。中にはインターネットで私の名前を検索して、経歴から著書まで調べた看護婦もおり、退院するまでに歩行だけは正常に戻った。
 彼女たちは奉仕の心で看護婦になり、患者の役に立ちたいと思うのに、亀のように歩む私に付き添って、一息ついているのでは気の毒の限りで、そこに労働強化の片鱗を感じた。おそらく、散歩が終わって通常勤務に復帰すれば、患者の身の回りの面倒を見てから、次には書類作りをしなければならない。自己の可能性と理想を追求して、天職として看護婦への道を選んだ若い人が、休息する間もなく働くのでは可哀いそうだ
最初の数日間は手術した縫合部が痛くて、寝返りも腹式呼吸も出来なくて、顔をしかめるのを見た看護婦が、痛み止め用のボタンを押せば、点滴の中に鎮痛剤が加わると教えてくれた。だが、それがモルフィネだと分かったので、ボタンは一度も押さないことにして、自力でエンドルフィンの分泌を試みたが、出るのは慣れたドーパミンらしくて、陶然とする気分までには至らなかった。
 三日目からは病院食を食べ始めたし、二度目に外科医が往診した機会に、カテーテルをはずして貰ったお陰で、ようやく自分のペースになったが、不満だったのは病院内の医者の不在である。
定期的に行われた血圧の測定では、二時間ごとに血圧と体温を測るのだが、これは数字合わせの保険料請求のためで、それほど意味があるとは思わなかった。体温は高いほど免疫にプラスだし、血圧は呼吸法でホルモン分泌を調整すれば、低くすることは幾らでも可能であり、治療においてそれほど重要でないのに、そんな二次的措置に明け暮れている。
五日目に手術をした外科医が姿を見せ、私の胸に聴診器を当てもせずに、数分で病室から立ち去ったのが不満で、看護婦に胸苦しいと訴えてみた。そうしたら、レントゲン装置が病室に持ち込まれ、二時間後に呼吸器科の医者がやって来て、次の日からプラスチック製の息吐装置で、肺炎を予防する訓練をさせられてしまった。病院内感染の筆頭に肺炎がくるので、私の年齢を考えた病院側として、肺炎だけは回避したいと思ったに違いない。

89 藤原肇 :2010/11/18(木) 14:18:07
順序がだいぶ飛ぶが、日本に戻ってからのことで、主治医を決めたことについての部分を以下に貼りつける。
***日本への帰国と新たなホームドクター
 二週間の台湾滞在の後でカンボジアに行き、一か月ぶりの七月半ばに東京に戻ったら、後続の菅内閣は役人の手玉に取られ、鳩山政権の政治路線を大幅に後退させ、無能のために参議院選挙に惨敗していた。しかも、惨敗の責任を取らずに居座った菅直人の鉄面皮は、無能と無責任の点で安倍並みで、その問題は『さらば暴政』で論じたことだから、繰り返す必要もないので目を反らし、日本の政治については若い人に任せ、醜悪なものは見ないことに決めた。
 アメリカを去る時に医者が助言した、手術後のチェックの必要性に応じて、検査設備を持つ病院と主治医を決め、診断と治療のバトンタッチすることが、次の手続きとして不可欠だったので、その手配をしなければならなかった。大病院は芝の済生会病院の外科だが、主治医は藤井先生の銀座内科を引き継ぎ、
銀座に診療所を持つ九鬼先生に決め、米国から持参したデータを手渡した。
インテルメッツオ(Intermezzo)-23
http://www.asahi-net.or.jp/~mh9n-kk/kisha.html
九鬼先生は変わった経歴の持ち主で、朝日新聞の記者をやっていた間に、取材で藤井先生の存在を知っただけでなく、周辺医療に関心を持って漢方を学び、
10年やった記者生活を打ち切って、富山医科薬科大学の学生になっている。そして、40を過ぎて医者としての人生を始め、成田の赤十字病院に勤務した後で、藤井先生の銀座内科を引き継ぎ、漢方と西洋医学を組み合わせて、診療所を開いている「赤ひげ」先生は、「記者のち医者ときどき患者」の著書を持つ。

 人間にとって最初の出会いが勝負所で、東洋医学では四診と呼ぶ診断があり、望診を始め聞診、切診、問診などを活用して、医者が患者の病気と病状を読み取る。望診は視覚で患者の全身や部分を見て、動きを始め形態や色で診断するが、聞診は言葉や呼吸の他に排泄物で、切診は脈を始め体に触れるし、問診は文字通り質問データの活用により、情報分析で診断するやり方である。
同じことは人間の出会いでも通用し、会って最初の一分で相手を見抜き、性格を始め思想や実力を見抜くのが、眼力と胆力に属す人生の奥義である。
九鬼先生に主治医をお願いした時に、最初の診断の後で漢方薬の処方を頼み、どんな処方が現れるかと待ち構えたら、十全大補湯だったので安心して、これからの付き合いが楽しみになった。抗がん剤の話が出たら縁が切れて、免疫と生命観について相手の理解が分かり、主治医を任す気持ちにはならない。
台湾には別の親しい劉博士がいて、彼は蒋経国の主治医だった人で、霊芝研究所で霊芝培養の指導をしている。米国で研究した劉博士は漢方と共に、東洋医学の全般にも精通しており、健康の基本は食事にあると主張する。
彼がある日のこと不老長寿を論じて、その秘訣を伝授してくれたが、それは「朝日を浴びバナナを食え」で、朝日はセロトニン分泌を活性化するし、バナナはカリウムに富んでいる。だから、副交感神経の活性化で免疫を高め、平常心を養う秘訣をズバリ断言して、誰でも分かる言葉で表現したが、奥義は説明抜きで真理を突き刺すのである。
同じように「がん」は血液の汚れで、血液の浄化のために腫瘍ができて、体内における調和の乱れを直すことが、健康維持にとって第一であれば、バランスの取れた生活をすることだ。そう考えたら総ては至って簡単で、ストレスの少ない生活を実践することであり、そんな環境を求めることに意味がある。

91 藤原肇 :2010/12/04(土) 09:00:11
コトとモノの100回目に千々松さんがピタゴラスについて書いているので、私の「がん」体験の『生命知の殿堂』の中に書いてある、ピタゴラスについての記事を貼りつけてみます。
***ピタゴラスの宇宙観と数学の神秘
ピタゴラスの定理で知られたギリシアの哲人は、森羅万象の中に興味深い比率関係を読み取り、「モナド」としての1が総ての始まりで、それがあらゆる自然現象を生み出すと論じた。彼の個性的な数論の骨組みは、「1が始源で1から2や3が生まれる。1は点で2点は直線を構成するし、3点は面を作り4点は立体を生む」であり、彼は霊妙なテトラテュクスの理論を発展させた。
テトラテュクスは1,2,3,4,5・・という具合に、点を積み重ねてピラミッドを形成するが、そこにパスカルの三角形が出現するし、同時にフィボナッチ数列の存在が浮かび上がってくる。そのメカニズムと幾何学については、『宇宙波動と超意識』に詳しく書いておいたので、その本を参照して頂くことにする。また、自然界を支配している偉大な法則であり、宇宙における統一原理を示すフィボナッチ数列の応用例は、数学者の張錦春先生と対談した『宇宙巡礼』に、詳細な説明があるのでここでは論じない。
最も有名なピタゴラスの功績は定理だが、その他に弦の比率を使った音響理論があり、振動数の比率の関係の中に調和が成立し、それが宇宙を支配する律動原理だと主張している。「オクターブは1対2の美しい関係であり、完全5度は2対3で完全4度は3対4である。また、長3度は4対5で短3度は5対6か6対7になるし、長2度は7対8の整然とした整数比である」と論じて、音楽に見る比率関係は宇宙を体現しており、それが数学、幾何学、天文学の基盤だと喝破している。
だから、健康のために心身の乱れを治めるに、ピタゴラスは魂を鎮める音楽まで作曲しているし、「豆を食べるな」などの戒律を定めている。しかも、弟子たちに心を清めた生活を求めただけでなく、「断食は頭を良くする薬」と言って結社を作って、ストレスのない共同生活を営んでいる。
原始仏教やヒンドゥ教との関係を維持して、インドから伝わった数学をフルに活用することにより、天界の音楽を薬に使う療養成所で人材を育成し、数学者はヴェーダと共通の真理を伝えた。ピタゴラス教団とヴェーダの関係が分かれば、古代史の謎が明らかになるはずだが、生命活動が呼気と吸気に基づいているので、ヨガの影響についても解明できる。
ピタゴラスは旅の人としての人生を送り、その旅は魂の浄化のための遍歴だったし、理性の力による気高さを会得することが、真に生きることだと信じていた彼は,哲理を愛す者という意味で自らを哲学者と呼んだ。それ以前の賢者は自らを智者と呼んでいたが、彼は自らを「真理を発見しようと努める人」と定義し、智者よりも謙虚な用語の哲学の人と名乗った。

インテルメッツオ(Intermezzo)-42
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%BF%E3%82%B4%E3%83%A9%E3%82%B9
ピタゴラスは著作を何も残していないし、伝記としても神秘的な内容のものが多く、エリート主義の精神的な貴族意識が反感を集め、民主派の市民の攻撃を受けて殺されたというが、死因についても謎に満ちた人物である。若いころにエジプトやバビロニアを訪れて多くを学んだが、ことによるとインドにまで足を延ばして数学を始め、ヴェーダの哲理を学んだ可能性もある。
ピタゴラスは総ての根源は数であると考えて、宇宙の音楽についての考察を展開したが、輪廻転生の考えを持っていたことから、インド哲学との結びつきを予想させるだけでなく、プラトンに大きな影響を与えた点で、哲学における彼の貢献は予想以上に大きいものがある。

92 藤原肇 :2010/12/09(木) 21:42:56
明日の午後の便で久し振りに米国に飛ぶ予定なので、その前にピタゴラスに関しての記事の続きを貼りつけておきます。
***ピタゴラス が遺言した墓碑銘の宇宙と空海の智慧
ソクラテスは何も著作を残しておらず、プラトンが描いた対話編に基づいて、西洋哲学の始祖はソクラテスだとされ、その思想が西洋哲学史を支配して来た。だが、同じように著作のないピタゴラスは、宇宙の大法則に精通していた点で、哲学史上ではるかに偉大だったのに、それが正当に評価されないままである。
数式以外に書いたものがないから、ものとして残った記録に基づいて、復元を試みるから間違いを犯すので、書かれていない物の背後にある、書かなかったことに注目する営みが重要であり、それを一般にインテリジェンスと呼ぶ。インテリジェンスは通俗レベルとしては、「行間を読む」営みを意味している。
だが、書いた文字が作る行は物の領域に属し、それは形のある粒子が構成していて、網の結び目(ノッド)に現れる物(色)が粒子で、産業革命から君臨した物の理学の物理学の世界が、ものを基盤にしていた歴史に対応する。それに対し、ことは関係性の全体と結びついて、ネットワークで繋がる波動の状態で、場の中を流動している生命体だし、情報革命の渦の中で主役になった、生の理学としての生理学の中心概念は、中空に命が宿る波動としての空である。
この粒子と波動の興味深い関係は、量子力学の生みの親になったし、それを「色即是空」と「空即是色」と喝破して、僅か276文字に封じ込めたので、「般若心経」は智慧の教えになっている。大空を宇宙で中空を生命と考えて,小空をパラサイトや原子を指すと見なし、原子と宇宙の構造に相似象を認め、そこにあるフラクタル関係を繋いで、裏が表になり表が裏になるように、メビウスの輪として描いたのが、ホロコスミックスと名付けた宇宙図である。
私は幾何学が好きだから図にして、トーラスから陰陽の太極図を描き、ホロコスミックスの論文を仕上げたが、それに気付いた空海は文字の人だから、即身成仏にことよせて以下の文章を書いた。

「六大無礙(ろくだいむげ)にして、常に瑜伽なり       
 四種曼荼(ししゅまんだ)各々離れず
 三密加持(さんみつかじ)し、速疾(そくしつ)に顕わる
 重々帝網(じゅうじゅうていもう)なるをして、即身と名づく

空海が宇宙のフラクタル構造に精通し、ホロニックな関係に注目したことは、帝網という言葉の使用で明らかであり、天の網の結び目にある宝珠に、総ての光景が鏡映し合うイメージ力は凄い。しかも、物としての文字を抜けた空海は、更に言葉の響きの普遍性に言及して、「五大にみな響きあり、十界に言語を具す、六塵ことごとく文字なり、法身はこれ実相なり」と論じて、ものとことで構成された帝網の心象風景が、詩にすると数字になると伝えている。
ビタゴラスの場合は数学者らしく、宇宙は聖なる秘数で出来ていると信じ、図形に表現すると円、三角、四角になり、それを立方体の形で表した場合には、球、三角錐、円柱の形を取ると考えた。だから、自分の墓に「円錐:球:円柱=1:2:3」と刻印して、墓碑銘にしろと遺言したそうである。
「円錐:球:円柱=1:2:3」の関係は、数学的に興味深いテーマだったので、多くの数学者が頭の体操をしており、円錐足す円錐は球になる関係が、円錐足す球が円柱になる数列として、フィボナッチ数列の受胎を告知している。また、○△□の面積を比較した場合には、断面積ではπ:2:4になるし、表面積では2:Φ:3になる事実があり、フィボナッチ数列の受胎から成長が観察できる。
しかも、「宇宙巡礼」の掲示板に書き込まれた、千々松さんが展示会で発見した報告によれば、仙突が書き残したの○△□絵図には、「宇宙」という意味の英語タイトルが付けられていて、仏教の世界とピタゴラスが結びついている。

インテルメッツオ(Intermezzo)-43
http://www.idemitsu.co.jp/museum/collection/introduction/sengai.html
江戸時代の臨済宗の僧侶だった仙突は、自由奔放に生きた僧侶として知られ、雲水として旅をし禅画や狂歌を残した。新任の家老が悪政を行ったことに対して、「よかろうと思う家老は悪かろう もとの家老がやはりよかろう」という狂歌を詠んだが、彼のセンスで日本の政治を観察して、狂歌を一つ作ったら傑作が生まれるだろう。

空海や仙突の宇宙観を知ることによって、ピタゴラスの凄さを再認識するが、空海やピタゴラスが残したものに、数字が秘数の形で表れているのが、非常に興味深いことだと思わずにいられない。

93 藤原肇 :2011/01/30(日) 11:05:40
久しくご無沙汰したのは、電磁障害で血圧が高くなり、コンピューターの使用を避けるようにと診断されたためでした。
「『生命知』の殿堂」は半年前に草稿を完成させ、編集者の希望に従って組み換えまでして五か月が過ぎたのに、未だに出版の決断がつかない状態を前にして、日本の閉塞感に支配され退嬰的な状況に対し、ほとんど愛想を尽かしかけています。
私の本が売れそうもないというのが理由らしいですが、今の時代に多くの読者を獲得できるのは、幼稚な漫画の世界かエンターテーメントしかないのが、幼児化した日本という国の実情なのに・・・。
また、次の対談集も草稿は出来ているのに、対談は売れないので分かりやすく解説した、時代論として書き直して欲しいといって、いつもの通り断られ続けています。
総論的なものにしか関心のない私に、学者や官僚が好むような各論を仕立てろというのは、テキスト崇拝という日本の特性のせいですが、70を過ぎた人間に30代の人間と同じように、知識を主体にした解説書を求めて、智慧や閃きを感じさせるものを退ける国民性を守り続ける限り、モンテーニュの綴ったようなものは生まれません。
そんなことで、暫くは書くことを止めて古典を読み直し、メコンの流れの畔でアジアの将来に思いを馳せているうちに、血圧も正常値に向かって近づきやれやれと思い始めています。
ついでながら、数日前に出た「ニューリーダー」に古い友人で日経アメリカの社長をやった大原進さんと、「ウィキリークス事件は何を示唆するのか。――『秘匿と公開』、『知る権利と情報操作』――」と題した対談を発表しておきました。

94 千々松 健 :2011/01/31(月) 21:57:39
モンテーニュのエセーについて「フィボナッチ数列の殿堂への夢」レスの162,163で触れたことを一年ぶりに想起しました。
「天の配剤」を【アマノオルドナンス】とヤマト語+フランス語の造語にするのも面白いかなと思ったりしております。
チベット高原を水源にして中国雲南省の山々からインドシナ半島の国々を通り抜ける国際河川のメコンの畔にて、美空ひばりが歌う「川の流れのように」の詞の調べと共に、きっと身も心も癒やされて「アマノココロ=天心」に通じることが出来ることでしょう。

95 千々松 健 :2011/02/03(木) 12:27:56
古代のユダヤ暦では「日暮れ」から1日が始まっていたそうです。さてヒグレは「190」の語呂になりますので、1,2,3,4,5,6,7,8,9 9=0と考えた「ひふみ算」や「カバラ算」を考えると1の前に0(レ)が存在して、新しいモノゴトのスタートラインと考えたのでしょう。9は0に変換されて次の次元を準備する究極であるのです。9は0であり、地球が太陽の回りを1周して、次の新しい周(一年)に入る境になるのです。
さて、旧歴では本日2月3日が正月で明けた4日が立春になる訳ですが、上記から類推すると3日の日暮れはもう4日の立春にカウントされるコトになります。
3日の節分は、日没近くに僅かな明りで見える内に豆を撒いて厄介な鬼退治をしょうとするのですね。暗くなったら我々の目には鬼は見えなくなってしまうからでしょうか。そういえば、陰陽の世界でも陰が初めで陽が後に来るというコトは納得できますね。
『鬼は外、福は内』良い年に為りますように。

96 千々松 健 :2011/02/03(木) 22:10:35
源実朝の自撰とされる663首が掲載されている『金槐和歌集』の藤原定家所伝本から冒頭の3首を引用します。
1)正月1日よめる
 「けさ見れば山もかすみて久方の天の原より春は来にけり」
2)立春の心をよめる
 「九重の雲居に春ぞ立ちぬらし大内山にかすみたなびく」
3)故郷の立春
 「朝霞立てるを見ればみづのえの吉野の宮に春は来にけり」
鎌倉幕府の3代将軍で、甥の公暁により暗殺されて短い生涯を閉じた天才歌人の源実朝が時空を超えて詠いかけて来ます。

97 千々松 健 :2011/02/12(土) 17:53:32
2月12日は冒険家の植村直己が生きていれば70歳を迎える日である。ちょうど63歳の誕生日にマッキンリーの登頂成功をしたが、その直後に消息絶ってしまっている。
その模様を現地から第一報したのがテレビ朝日のディレクターをしていた大谷映芳である。彼もヒマラヤのK2を登った山男で、今はドルボ基金を立ち上げたりNPOで活躍している。
昨年トルコ東部でアルメニアに近いアララト山を登ったようだが、ノアの方舟の木片でも見つけたいと思ったのだろうか。それにしてもアララト山が富士山にそっくりであるのには驚いた。

98 亀山信夫 :2011/02/12(土) 18:57:31
えっ、植村直己は2月12日生まれですか…、小生と同じです!

それにしても、今生きていれば植村直己も70歳…。もし、生きていた既に山を下りて、今頃はモンゴルが旧満洲辺りで、颯爽と馬を駈っていたかもしれませんね…。

99 村山 :2011/05/11(水) 19:33:49
藤原さんが再び分岐点に立っているようです。
http://www.asyura2.com/11/senkyo112/msg/741.html

100 千々松 健 :2011/05/11(水) 21:50:07
>99 究極の99
「寺田寅彦は忘れた頃にやって来る」というタイトルの本を松丸本舗で買ってきたばかりです。
人生の分岐点も「天の配剤」(アマノオルドナンス?)の如くのようです。
本場フランスワインの美味しく飲めるメコンの河畔が呼んでいるような気がいたします。
それにしても、天災はある意味では諦めがつきますが、人災は何としても避けたいものです。


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