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【尚六】ケータイSS【広達etc.】

1名無しさん:2008/01/02(水) 21:36:54
幾つかネタが溜まったので、改めてスレを立てさせて頂きました。
ケータイからの投下に付、一回の投稿字数制限上、必然的に使用レス数が
多くなり読み辛いですが、お付き合い頂ければ幸いです。

《時系列》
①「夏日」書き逃げ>>418-430
②「春信」同上>>407-416
③「冬星」同上>>453-466/「北垂・南冥」同上>>472-491
④「秋思」同上>>437-452

尚六と利広×利達をメインに原作重視のオムニバス方式で、マイナーカプも
積極的に書いて行く予定。シチュ萌えがメインなので、エロは殆どありません。
素人の拙文ですが、どうぞ宜しくです。

453「月ノ舟」3/8:2008/09/05(金) 12:16:07
「へぇ、そうなんだ……畿内にこんな処があるなんて、全然知らなかった」
 前王は奢侈に耽溺する人物では無かったそうだが、地方の文官の出でありな
がら武芸に秀で、剣の腕は勿論、弓射や馬術にも長けていたと聞く。ならばき
っと鷹狩も好んでいたのだろう。六太はふと、当時の事に詳しい者から話を聞
いてみたくなったが、梟王の統治時代を良く知る者が、宮城には既に一人も残
っていないのだと思い出した。
「……どうした、六太?」
 不意にしんみりしてしまった六太を訝り、尚隆が頭の上に掌を乗せてくる。
二、三度ぽんぽんと軽く叩かれ、俯いたまま軽く首を振った。
「ううん、なんでもない……」
 すると少しの間の後、不意に尚隆が声を低めた──まるで、秘密の宝物を親
友だけにこっそり見せる少年の様に。
「──六太、上を見てみろ……驚くぞ」
「……え……?」
 此処は野原の真っ只中だ。上には空しかないに決まっているのに、突然何を
言い出すのだろう──そう不審に思いつつ顔を上げた六太の天青の双眸が、忽
ち驚愕に見開かれていく。
「──うわぁ……すっげえ……!!」
 高く澄んだ旻天には、刷毛で薄く描かれた様な夕雲が幾条も細く棚引いてい
る。その景色の美しさも息を飲む程だったが、彼を心底驚かせたのは、その空
一面に飛び交う、何千と云う数の赤蜻蛉の群れだった。
 別に蜻蛉自体が珍しい訳では無いが、これほど多くの赤蜻蛉が一時に群れ飛
ぶ様子を見るのは、随分長い事生きてきた六太でさえ初めての経験だ。
「……どうだ、吃驚しただろう?」
 くすりと微笑みつつ、尚隆が見下ろしてくる。六太は惚けた様に頷きながら
ゆっくりとその場に立ち上がった。
「──毎年、この時期になると何処からか群れでやって来るんだ。そして、こ
の芒野原で数日を過ごし、再びいずこかへと旅立って行く……」

454「月ノ舟」4/8:2008/09/05(金) 12:17:31
 六太は主の言葉を聞きながら、無数の小さな命によって形作られた奇跡の様
な風景に見入った。
 上空を飛び交う蜻蛉達の透明な羽が暮れ始めた秋の陽を反射し、きらきらと
虹色に輝く。細長い尾の鮮やかな紅色は、背景になった夕焼け空の朱色と溶け
合う様に調和していた。
 ふと視線を巡らせれば、周りを囲んだ芒の穂の上にも、飛ぶのに疲れたらし
い赤蜻蛉が無数に留まり、文字通り羽を休めている姿が眼に入った。
 六太は静かに歩み寄ると、間近の芒の穂上に留まっていた一匹にそっと手を
伸ばす──しかし、身の危険を察知したのか、小さな蜻蛉は少年の指先に掠り
もせず、素早く飛び去ってしまった。
「──ああ、行っちゃった……」
 六太が肩を竦め、がっかりした様に零すと、背後から如何にも楽しそうな笑
い声が響いた。
「何だ六太、蜻蛉を捕まえたいのか?」
 主の問い掛けに、六太は微かに頬を赤らめて答える。
「ううん……捕まえるんじゃなくて、もっと近くで見てみたいんだよ」
 そう言いつつ再度手を伸ばしたが、やはり素早く逃げられてしまった。暫し
己の麒麟の悪戦苦闘ぶりを笑って眺めていた尚隆は、不意に右手の人差し指を
空に向かって真っ直ぐ立てると、その手を身体から少しだけ離し、丁度自分の
目線ほどの高さで止めた。
「……なにしてんだ?」
 不思議そうに首を傾げた六太に、口角を上げつつ答える。
「蜻蛉と云うのは、細い物の先端に留まるのが好きなんだ……見ていろ」
 すると、まるで彼の指先に吸い寄せられるかの様に、一匹の赤蜻蛉がすうっ
と空から下りて来たのだ。
「うっそ……まじで……!?」
 六太は眼を丸くし、小声で感嘆する──蜻蛉を驚かせてしまわない様に。

455「月ノ舟」5/8:2008/09/05(金) 12:18:33
 六太が驚いている間に、小さな蜻蛉は至極自然に尚隆の指先に落ち着いた。
彼はそれを見て小さく微笑うと、少年の目線の高さまで、静かに腕を下ろして
くれた。
「ほら、──これで良く見えるだろう」
 主の長い指の先に留まった小さな紅い命に、六太は夢中で見入った。薄くて
透明な四枚の羽には、良く見ると細かい線が幾条も走っていて、それが陽光を
反射し油膜の様な色に輝いている。二つの大きな眼も、その中で更に数え切れ
ないほど無数に別れており、羽の輝きとはまた違った複雑な質感と光の反射を
見せた。
「……金銀や宝石なんかより、ずっと綺麗だ……」
 思わず溜息混じりに呟くと、それを聞いた尚隆が笑って肯首する。
「それは、此奴が生きているからだな。命あるものの美しさは、それが有限だ
からこそ更に引き立つんだ……」
 六太は、この日何度目かの無言の頷きを主に返した。
 生あるものは美しい。それは無為の造形美によって形創られているからだ。
──いや、正確には天の意思が確かに介在している筈なのだが、それでも永久
の美しさを求めて作為的に造られたものより、遥かに輝いて見えた。
 眼の前で一時、疲れた羽を休めているこの小さな生き物も、冬が訪れるまで
の短い余命を精一杯生きている。だからこんなにも綺麗なのだろう──そう思
って微笑んだ六太を見下ろしていた尚隆が、突如としてぷっと噴き出した。そ
の所為で大きく揺れた右手の先から、小さな赤蜻蛉は驚いた様に素早く飛び立
って行ってしまう。
 あ、と言って暫くの間、赤蜻蛉が再び戻った空を眺めていた六太は、直ぐに
怪訝そうな表情で主を振り返った。
「……どうしたんだよ、急に笑ったりして」
 尚隆は、なおもくつくつと肩を揺らしながら、少年の金の髪を指差した。
「お前の頭の天辺にも一匹、留まっておるぞ」
「──えっ、ほんとか?」

456「月ノ舟」6/8:2008/09/05(金) 12:19:44
 ぱっとその表情を明るくした六太に、尚隆は含笑したまま頷く。
「きっと、お前の頭を芒の穂と間違えたのだろうな」
「なーんだ……へへ、間抜けな奴だなぁ……」
 笑って言いつつ、六太は己の金の髪に触れようとしたが、直ぐにその手をそ
っと下ろした。
 彼がそのまま暫し身動きせずに居ると、蜻蛉は不意にふわりと飛び立った。
すると、同時に涼やかな夕風が原野を駆け抜け、彼の長髪を入り日の色に染め
つつ吹き流していった。
「……もう、行ってしまったぞ」
 尚隆が微笑んで言うと、六太も笑い返した。
「そっか。──じゃ、日が沈む前に早いとこ芒、刈っちまおーぜ」
 そう言って、再び眼下の芒野原に向かう少年の小さな背中を、尚隆は心底い
とおしげに見つめた。

「──なぁ、尚隆……あれ、何て虫の声?」
 二人して刈り集めた芒と、此処に来る途中で摘んだ竜胆──お前の眼と同じ
綺麗な青紫色だな、と尚隆は言った──を細い藁縄で一束に纏めて縛りつつ、
六太がふと尋ねる。太陽は未だ、辛うじて西の地平線付近にその姿を留めてい
るものの、東天に眼を転じれば、早くも宵の薄闇色を纏い始めていた。急いで
用事を済ませなければ、平原の只中で日没を迎えてしまう事になる。
「虫の声?──そんなもの、俺には聴こえんぞ」
 六太の結んだ細い縄の余った端を、小刀で器用に切り取りつつ尚隆が返す。
「いや、聴こえるって。──風の音に紛れて、分かりにくいんだ」
 ちゃんと耳すまして聴いてみろよ、と言われ、暫し作業の手を休める。する
と、芒が風に揺れる音に混じって、微かではあるが確かに、虫が羽を擦り合わ
せる小さな音が聴こえて来た。
「──ほら、聴こえるだろ?……すごく綺麗な音だ……」
 その音色に聴き惚れたかの様に、うっとりと六太が呟く。

457「月ノ舟」7/8:2008/09/05(金) 12:21:26
 尚隆は耳の後ろに手を添えて微かな音を拾いつつ、小さく笑んで頷いた。
「ああ、あの音は……邯鄲だな」
 こんな早い時刻から鳴くとは珍しい、と呟いた主に、六太はきょとんと瞠目
して訊き返す。
「かんたん?……って、あの『邯鄲の夢』とか『邯鄲の歩』の?」
 その問いに尚隆は再び微笑うと、今度は軽く首を振った。
「それは崑崙の古い地名だ。確かに、同じ字を当てるが……」
 今、芒の穂陰で鳴いているのは、鈴虫くらいの大きさの黄緑色をした虫だと
尚隆は教えてくれた。
「なりは小さいが、美しい音を奏でる為に“秋の虫の女王”とも呼ばれている
のだぞ」
 その言葉に六太は感心して頷く。初めて耳にする音色は、聴き慣れた蟋蟀や
螽斯のものとはまったく違う、透き通った玲瓏たる響きを有していたからだ。
 二人が暫時、邯鄲の稀有な歌声に耳を傾けている内、西の地平線にしがみ付
いていた太陽は遂に姿を消し、それと入れ替わる様に東の山の稜線から、十五
夜の望月が貌を見せていた。
「──ああ、とうとう日が暮れちゃったな……」
 柔らかな草紅葉の上に腰を下ろしていた六太が、衣服に付いた枯れ葉をぱた
ぱたとはたき落としつつ立ち上がった。
 観月会の開始までにはまだ少し時間があるが、早く帰ってやらなければ下官
や女官達を心配させてしまう。六太は、芒と竜胆の束を小脇に抱えたまま東の
空の大きな月に眺め入っている主の横顔を、ふと見上げた。
「なぁ尚隆、そろそろ城に帰──……」
 尚隆の纏う檳榔の袍子の袖に伸ばし掛けた手が、ぴたりと止まる──六太は
何故か突然、全身が戦慄するほどの恐怖に見舞われたのだ。
 ──もし、これが凡て夢の中の出来事だったらどうしよう……。
 六太は不意に、いつか読んだ『邯鄲の夢』の筋書を思い出していた。

458「月ノ舟」8/8:2008/09/05(金) 12:24:05
 邯鄲の街の宿で、道士呂翁の枕を借りて転た寝をした青年盧生は、夢の中で
立身出世の栄華を極めた人生を送る。しかし目覚めてみると、永遠の様に思わ
れた歳月は、宿の主人が黄粱を煮るほんの僅かな時間でしかなかったのだ。
 ──おれが今まで生きてきたこの国や、出会った人たちの全部が幻で、親に
捨てられて山奥で死に掛けてるのが本当の自分だとしたら……。
 急にどうしようもなく不安になり、未だ満月に視線を向けている尚隆の蒼い
光を浴びた横顔を、恐るおそる見上げた。
「……どうした?」
 六太の様子に気付いたのか、不意に尚隆が微笑んで見返して来る。
「…………」
 主の顔を見つめたまま黙り込んでいると突如、右手で──左手は芒の束を抱
えていたので──胸元にぐいっと抱き寄せられた。
「ぅわっ!尚隆──……」
 捕われた胸の中は温かく、規則正しく打つ鼓動が何とも心地好い。これが夢
などである筈は無い──六太は大きく安堵の息を吐くと、主の広い背中にそっ
と腕を廻した。
「──六太……?」
 珍しく抱き返して来た腕の中の少年に、尚隆が不思議そうに問い掛ける。
「……何でもない。それより早く帰ろう、朱衡たちが待ってる」
 尚隆はその言葉に微笑んで頷くと、乗騎を呼ぶ為に指笛を鳴らした。
 仲秋の月下、高く澄んだその音色は、邯鄲の羽音と溶け合いながら芒の平原
に遠く響き渡って行った。

 〈了〉

  *   *   *

タイトルは池田聡(だから古いって)これも尚六的名曲v
重陽(9/9)ネタは帷朱で使用済みだったので
白露(9/7)と仲秋観月(9/14)をテーマにしてみました

>>450
有り難う御座居ます!浩瀚受イイですよね^^
(因みにクマが毎度怪我するのは私が流血萌えだからv)

次回から、そろそろ纏めに入ります

459利達独白「槐安夢」1/18:2008/09/20(土) 19:02:08
利達兄さんと死んだ恋人との昔話(仍てオリキャラ登場要注意)
一応「竹声」(>>340-344)の利達サイドになってます

  *   *   *

 利達が初めて彼と出逢ったのは、街の古書店の片隅だった。一冊の書物に、
ほぼ同時に手を伸ばした為、指先がぶつかり互いに酷く驚いた。
「──あ、すみません」
「いや、僕の方こそ……」
 店内には他に何千と云う数の書籍があるのに、二人が選んだのは埃を分厚く
積もらせた一冊の本だった。
「……蓬莱の話に興味があるの?」
 優しげな目許を更に和ませつつ尋ねて来た青年に、利達も自然と微笑み返し
ていた。
「いえ、そう云う訳では無いんですが。初めて眼にする書名だったもので……
これは蓬莱の説話なんですか?」
 良く御存じですね、と続けた問い掛けに、彼はほんの少し照れ笑いを浮かべ
つつ頷く。
「ああ……今、個人的に海客の事を勉強してる最中なんだ」
 利達は軽い驚きの表情で隣に立つ青年を見上げた。かなり痩せてはいるが、
身丈は自分よりも僅かに高い。
「……貴方、学生さんですか?」
 身なりは随分きちんとしているし、歳も二十五の自分より幾つか上に見える
為、郡府辺りの役人だろうと漠然と思っていた。青年は、そんな利達の心中を
読んだかの様に再度微笑んで頷く。
「ああ、慶で大学に通ってるんだ。──尤も今は、ちょっとした訳ありで休学
中なんだけどね……」
 こうして、利達は彼──杜鵑と知り合った。

460「槐安夢」2/18:2008/09/20(土) 19:03:25
 杜鵑は慶国の東部、和州の生まれだと語った。
 早くからその才能を認められ、若くして瑛州の国立大学に進んだが、元来身
体があまり丈夫でなかった事もあり、長期の休学を挟みながら少しずつ允許を
取得し、何とか今まで退学を免れつつやって来たのだと云う。
「老師が良い方でね、あまり咎められない休学申請の仕方なんかを、全部算段
して下さったんだよ」
 古書店近くの茶館で熱い甜茶を啜りながら、杜鵑は笑って言った。
 季節は新春。つい先日、年が明けたばかりと云う事もあり、街には春節独特
の明るく安穏とした空気が漂っている。奏国は現在、既に十数年来続く空位の
時代の只中にあったが、仮朝が良く機能している事や妖魔に対する備えが厚か
った事などもあり、人々の表情にさほどの暗さは見受けられない。世界の最南
に位置する奏の国民性として、元来あまり悲観的にならない性根の持ち主が多
いと云う事が関係しているのかも知れないし、真冬の季節でも殆ど上着を必要
としない程に暖かな気候のお蔭なのかも知れなかった。
「慶の冬は寒さが厳しくてね……折角だから、年越しを挟んで奏へ行く様にと
勧めて下さったのも老師なんだよ」
 それにしてもこの国は本当に暖かいんだね、とにっこり笑いながら同意を求
められ、利達は釣られて微笑みつつも一瞬、返答に窮した。
「……ええ、確かに暖かいとは思いますが、他の国と比べてどうなのかは良く
分かりません。俺は、この国から一度も出た事が無いので……」
 杜鵑は、その言葉にほんの僅か驚いた素振りを見せた。ここ交州は、赤海に
面した港街だ。他国との定期航路も発達している為、行こうと思えばいつでも
他の国に渡航出来る環境にある。しかし利達が今まで敢えてそうして来なかっ
たのは、偏に経営する舎館の切り盛りで多忙な両親を支える為だった。自分の
境遇を不運と思った事など終ぞ無いが、他国に行ってみたいと思った事が皆無
な訳でも勿論、無かった。
「──あ。でも俺の弟は、結構あちこちの国に行った事があるんですよ。今も
丁度、出掛けているところで……」

461「槐安夢」3/18:2008/09/20(土) 19:04:42
 利達が苦笑混じりに四歳下の弟の事を話すと、僅かに気遣わしげだった杜鵑
の表情は再び和やかなものへと戻っていた。その様子を見て訳も無くほっとし
た利達に、大切な事を思い出したと云う顔で杜鵑が再度問い掛ける。
「そう言えば……この書籍、本当に僕のものにしてしまって良いのかな?」
 利達は笑って頷いた。
「ええ、勿論。それが何の話かも分からなかった俺なんかより、研究の為にき
ちんと読んでくれる人の手に渡る方が、この本だってきっと嬉しいに決まって
いますから……」
 断定口調で言ったのが可笑しかったのか、利達が話し終わるなり杜鵑はくす
くすと笑い出した。
「あ。──俺、今ちょっと変な事を言いましたよね……」
 眉間を軽く押さえつつ赤面した利達に、眼前の青年はその双眸の光を頭上に
煌めく早春の陽よりも更に柔らかなものに変えて答えた。
「いや、ちっとも変なんかじゃないよ。寧ろ、君が本好きなんだと分かって嬉
しかったんだ……僕も、本が大好きだから」
 その言葉と笑顔に利達は再び赤面する。しかしその理由は、先程とは明らか
に違っていた。
「──ええ……俺も、本を読むのは凄く好きです。知識が増えるのは無条件に
楽しいし、知らない国の事でも本を読めば其処に行った様な気持ちになれます
から……」
 俯き加減でそう告げると、眼前の青年が微笑んで首肯する気配が伝わった。
「──そうだ。君、家はこの近くなの?」
 不意に訊かれ、利達は弾かれた様に顔を上げて答える。
「はい。──港の傍で、家族で舎館を営んでいますが……」
「僕もこの近所に房間を借りてるんだ。老師の知人宅の客庁なんだけれど……
ねえ、もし良かったらまた会えないかな?この本、読み終えたら君に貸すよ」
 そう言いつつ自分に微笑み掛ける杜鵑に、利達はごく自然に頷いていた。

462「槐安夢」4/18:2008/09/20(土) 19:06:08
「──利達兄さん、なんだか最近とっても楽しそうよね」
 夕食の最中、不意に妹の文姫が言った。
 いつも忙しい舎館には珍しく、今夜は家族全員が食卓に揃っている──尤も
旅の途上にある次男坊を除いて、だが。
「おや、お前もそう思っていたのかい。やっぱり女同士、勘が働くねぇ」
 夫の小皿に青菜の炒め物を取り分けながら、母親の明嬉がにっこりと笑う。
「なんだい、利達。何か良い事でもあったのかな?」
 女性二人の会話を楽しげに聞いていた父親の先新も、柔和な顔を更に綻ばせ
つつ息子を見遣って尋ねた。
「えっ!?──別に、これと言って変わった事は……」
 揚げ魚の餡掛けに箸を付けていた利達がどきまぎしながら返すと、普段物静
かで冷静な長兄が珍しく慌てる素振りを見せた事に、文姫はその好奇心を強く
刺激された様だった。
「──そう?でも近頃の兄さん、外出する時すごぉく嬉しそうだから……」
 恋人でも出来たのかと思って、と続いた言葉に含んでいた羮を噴き出しそう
になり、慌てて口許を押さえた利達を見て他の三人が大笑いする。
「兄さんてば、分かりやすいのねぇ……」
 笑い過ぎた所為で、眦に浮かんだ涙を拭いつつ言った妹の円らな瞳を見返し
つい向きになって反論する。
「こっ……恋人だなんて、そんな相手じゃ──」
「ああ利達、言い訳したってだめだめ。その顔にしっかり書いてあるんだから
“好きな人が出来ました”ってね」
 明嬉に畳み掛ける様言われ、思わず頬に掌を当てた利達の姿に再度、家族が
笑う。すっかり遣り込められてしまい、赤面したまま黙り込んだ息子の肩を先
新がぽんぽんと軽く叩いた。
「うちの女性陣には、結局誰も敵わないからなぁ……お前も早く観念して、近
い内にそのお相手とやらを家に連れて来なさい」
「お父さん──……」
 利達が驚いて見上げると、其処には満面の笑みを浮かべた父の顔があった。

463「槐安夢」5/18:2008/09/20(土) 19:07:42
「──と云う事があったんだ」
 すっかり通い慣れた客庁の榻で寛ぎつつ、利達が憤慨気味に語り終えると、
起居で茶を淹れていた杜鵑の穏やかな笑い声が狭い室内に柔らかく響いた。
 彼等が最初に出逢ってから、そろそろ一箇月を経ようとしていた。その間、
利達は幾度もこの房間を訪れ、杜鵑が慶から持参した書物を読んだり、彼の語
る故郷の話に耳を傾けたりした。また、ある時は得意な二胡を奏でて杜鵑に聴
かせたりもしていた。利達は決して友人が少ない方では無かったが、杜鵑と過
ごす一時は、他の誰と居ても味わえない特別な感情を彼に齎すのだった。
「その後『相手は男でただの友達なんだ』って必死で説明したのに、誰も信じ
てくれなくてさ……」
 榻の背に凭れ溜息を吐きつつ零した利達に淹れたての茶器を手渡しながら、
杜鵑が再度くすくすと笑う。利達は知り合ってから今まで、彼が大声を出した
り慌てたりする姿を終ぞ見た事が無かった。それは肺臓を患っていると云う病
の所為でもあるのだろうが、周囲の人々から散々「大人しい」と言われて来た
自分より遥かに物静かで穏やかな──けれど少しも脆弱さの感じられない──
青年には如何にも似つかわしくない姿だと利達には思えるのだった。
 杜鵑の淹れてくれた白端産の竜髯茶を啜りつつ利達がぼんやりとそう考えて
いると、書卓に向かって何事かをしていた杜鵑が微笑みながら振り返った。
「──利達、君に受け取って欲しいものがあるんだ……」
 そう言って差し出した彼の手の中には、丁寧に綴じられた一冊の新しい帙が
あった。
「えっ……この本を俺に?どうして──……」
 僅かに首を傾げつつ本を手に取った利達の瞳が、驚きに見開かれる。美しい
若草色の表紙には、杜鵑の見事な手蹟で書名が綴られていた。
 『寒玉姫譚』──。
 それはあの日、二人が知り合う切っ掛けになった蓬莱の説話の題名だ。
「……これ、全部貴方が一人で?」
 ゆっくりと頁を捲れば、書物の隅々にまで彼の整った文字が並んでいた。

464「槐安夢」6/18:2008/09/20(土) 19:09:26
「──本当は、もっと早く渡したかったんだけど、予想以上に時間が掛かって
しまってね……」
 蟀谷の辺りを軽く掻きつつ、杜鵑が照れ笑いをする。それも既に、利達にと
っては見慣れた表情だ。
「その物語、最後は少し切ない結末なんだ。でも、幾度か読み返している内に
ただ哀しいばかりじゃない事が解るんだよ。だから君にも、何度も繰り返し読
んで貰いたくて……」
 穏やかに続けた杜鵑に向かい、利達は感嘆の溜息混じりに発した。
「有り難う、杜鵑!大事にするよ──……」
 礼を述べつつ書物から顔を上げると、心做しか淋しげに自分を見下ろす青年
と眼が合った。
「……杜鵑?」
 やっと相手の異変に気付き、不思議そうに首を傾げた利達の翡翠色の瞳を見
つめつつ、杜鵑は静かに口を開いた。
「利達……このひと月、君と過ごせてとても楽しかったよ。僕は病気の所為で
幼い頃から一人で居る事に慣れてしまっていたから、余計にね。──君は明る
くて思い遣りがあって、傍にいる僕の心の中まで温かくしてくれた。故国に居
る間、散々悩まされた咳の発作が殆ど起きなかったのも、決してこの国の気候
のお蔭ばかりじゃない筈だと僕は思ってる……」
 そこで一旦言葉を切り、瞠目したまま自分を見上げている利達の頬にそっと
触れた。
「杜鵑……?」
「そろそろ国に──慶に、帰る事にするよ……」
 近く休学期間も切れてしまうし、休み明けには何としても落とせない科目の
試験があるのだと杜鵑は言った。
「その科目で允許を取る事が出来れば、卒業まで随分と楽になるんだ……だか
ら、どうしても帰らなきゃならないんだよ」
「杜鵑──……」

465「槐安夢」7/18:2008/09/20(土) 19:10:27
「今まで黙っていてごめん……君と一緒に居ると楽しくて、つい言いそびれて
しまっていたんだ」
 心底、申し訳無さそうに告げる杜鵑の軽く伏せられた双眸に無言で見入って
いた利達は、不意に激しい心悸に襲われた。思わず、手にしていた帙ごと自分
の上体をきつく抱き締める。
 ──どうしてだろう、胸が苦しい……。
 いつの間にか上気していた頬に触れる、杜鵑の冷たい指先が酷く心地好い。
軽い目眩さえ感じ始めた利達に、青年は困った様な表情を浮かべて囁いた。
「──ああ、そんな顔をしないでくれよ利達。見ている此方まで悲しくなって
しまうじゃないか……」
 言いつつ利達の頬から手を離し、やや癖のある濃い茶色の前髪を軽く梳く。
「利達……最後にもう一度、君の弾く二胡の音を聴かせてくれないか?」
「えっ……」
 利達が応えるより早く、杜鵑は榻の片隅に立て掛けられていた二胡を手に取
り、彼に差し出していた。
「……何を、弾けば……?」
 己の楽器を受け取りつつ半ば放心した様に尋ねると、静かな答えが返った。
「では、僕の一番好きな曲──『我身如柳條』を……」
 利達は無言で頷くと、貰った帙を大事そうに膝の横に置き、代わって膝上に
乗せた二胡の絃に楽弓を番えた。
 今、奏国内で流行しているこの曲が、利達はあまり好きではなかった。遠く
離れた想い人へ寄せる切ない想いを唄った悲恋歌だからだ。しかし杜鵑は何故
かこの曲と歌詞を気に入り、事ある毎に弾いて欲しいと利達に頼んでいた。

   私の身体は柳條のよう 細くか弱く力無く
   貴方の腕に 抱かれる事さえ叶わない
   私の心は柳絮のよう 小さく軽く儚くて
   貴方の許へ 辿り着く事すら出来無い……

466「槐安夢」8/18:2008/09/20(土) 19:11:31
 二胡を弾きながら、利達は杜鵑と過ごした短い月日を思い返していた。
 古書店での偶然の出逢いから、瞬く間に過ぎた一箇月……。あれほど楽しく
充実した日々を送った事は、今まで無かった様な気がする。それも凡て杜鵑が
傍にいたからこそ齎されたものなのに、その彼がもうすぐ目の前から居なくな
ってしまう──。
 不意に、二胡の音が止んだ。
「利達……?」
 傍らの椅子に腰掛け演奏に耳を傾けていた杜鵑が、ふと顔を上げる。
 利達は、泣いていた。
「────っ……」
 利達が静かにしゃくり上げる度、二胡の胴や膝の上に涙の雫が音も無く落ち
る。それでも、彼は涙を拭おうとはしなかった。まだ、曲を最後まで弾き終え
ていなかったからだ。
 震える指先で楽弓を構え直そうとした時、不意に手首を掴まれた。
「……杜鵑……」
「何故、泣いているの?」
 淡い灰色の瞳に真っ直ぐ見据えられ、利達は己が心中を取り繕えなくなって
しまった。
「……貴方に、会えなくなるのが……寂しくて──……」
 何とかそれだけを言って俯くと、後は涙の零れるに任せた。
「──利達……」
 感極まった様な声がして、杜鵑の細い指先が利達の手首から頤に移る。
「僕も、とても寂しいよ……」
 ゆっくりと顔を上げさせられる。滲んで揺れる視界の中央には、哀しげに微
笑む杜鵑の姿があった。
「杜鵑……俺は──」
 凡てを口にする前に杜鵑の顔が近付き、唇が触れた。

467「槐安夢」9/18:2008/09/20(土) 19:12:37
 ──否、実際は触れた様に感じただけなのかも知れない。それほどまでに儚
く、呆気無いくらいに短い、ほんの刹那の出来事だった。
「────!?」
 利達が驚いて眼を見開くと、直ぐに顔を離した杜鵑が囁く様に呟いた。
「……君が好きだよ、利達──……」
「杜鵑……!」
 思わず二胡を手放し、口許を覆う。危うく床へと落ち掛けた楽器は、寸手の
所で杜鵑の手によって救われた。
「驚かせてごめん……でも、どうしても今夜の内に伝えておきたかったんだ」
 言いつつ、二胡を再び榻の背に立て掛ける。
「利達……僕は絶対に大学を卒業して官吏になる。──そうしたら、君を迎え
に来ても構わないか?」
「……えっ……?」
 杜鵑は利達に正対して床に片膝を突き、再度その手を恭しく取った。
「官吏になれば昇仙出来る──そうすれば不老の身になって、病気の事も気に
しなくて済む様になるんだ」
 でも、もっと重要な事があるんだよ、と杜鵑は続けた。
「慶では縉紳になると、自分を公私に渡って補佐してくれる人物の推挙が許さ
れるんだ。勿論、その相手も仙籍に入る事が出来る──利達。僕は君に、これ
からもずっと傍に居て欲しいと本気で思ってる……」
 真摯な眼差しでそう告げると、両掌の中に優しく包み込んでいた利達の手の
甲にそっと口付けた。
「……杜鵑……俺は──……」
 利達は混乱していた。つい先程までの穏やかな心持が嘘の様に、奈落の底へ
突き落とされたかと思えば再度、天の高みまで掬い上げられる様な気がした。
今現在、自分の抱いている感情すら、彼には分からなくなってしまっていた。
 杜鵑は、そんな利達の心境を察したかの様に小さく苦笑すると、未だ涙の跡
が残る頬を指先で優しく拭ってくれた。

468「槐安夢」10/18:2008/09/20(土) 19:14:01
「返事は急がなくていいよ。君の一生の事だ、どうか良く考えて欲しい……」
 そう言いつつ利達の腕を取って立ち上がらせ、二胡と帙を手渡した。
「──さあ、今夜はもう帰った方がいい。これ以上、君を困らせてしまいたく
は無いからね……」
 家まで送るよと言ってくれた杜鵑へ言葉少なに断りを入れ、利達は彼の房間
を後にした。

 どうやって自宅まで戻ったのか、利達は殆ど憶えていなかった。ふと気付く
と自分の臥室の寝台に腰掛けており、腕の中には先刻杜鵑に手渡された時のま
ま、二胡と彼の手書きの帙を抱いていた。
 ──その物語、最後は少し切ない結末なんだ。でも、幾度か読み返している
内に、ただ哀しいばかりじゃない事が解るんだよ……。
 杜鵑の穏やかに響く声が脳裏に蘇る。利達は不意に立ち上がり、椅子の背に
二胡と楽弓を立て掛けると窓辺に凭れて坐り、射し込む月光だけを頼りに帙の
頁を繰り始めた。

 翌日、利達が家業の手伝いを終え、いつもより急いで杜鵑の下宿先へ向かう
と、彼の房間は既に引き払われた後だった。
 あからさまに動揺する利達を宥める様に、邸の主人は一通の文を手渡した。
「今朝、一番の船で発ったんだよ。私もそんなに急ぐ事はないと引き留めたん
だが、君に会うと別れが辛くなるからと言って聞かなくてね……」
 詳しい事は彼がその文に書いたそうだから、と言って主人は利達の肩を優し
く叩いた。
「杜鵑は、君と知り合えた事を本当に喜んでいたよ。……夜中、発作が酷くな
って喀血した時も、翌日君を心配させたくないからと必死で堪えて──」
「喀血……!?」
 利達の全身は驚愕のあまり総毛立った。杜鵑の病がそれほどまでに重篤だっ
たと云う事実を、今まで全く知らなかったからだ。

469「槐安夢」11/18:2008/09/20(土) 19:15:28
 邸の主人は気の毒そうに頷くと、すっかり顔色を失っている利達を起居の椅
子に掛けさせ、杜鵑の病状について説明してくれた。
 彼の肺病は幼少時に患ったもので、今まで幾度も生死の境を彷徨って来たと
云う事。それは例え昇仙したとしても、完全に治癒出来る類いのものでは無い
と云う事──生来視力の弱かった者が仙になっても、決して元の視力を取り戻
せないのと同様に──そして杜鵑自身も、それを重々承知した上で敢えて官吏
を目指していたと云う事……。
「……そんな……!」
 利達は家までの広途をふらつく足取りで何とか戻ると、自室で杜鵑からの文
を開いた。そこには昨夜の事と黙って帰国する非礼についての謝罪が、彼らし
い丁寧な手蹟で認められており、昨夜自分が告げた事は紛う事無き本心だから
どうか利達にも真剣に考えて貰いたいと続いていた。そして文末には一言、
『待っていて欲しい』
 と、たったそれだけが記されていた。
「杜鵑……貴方は──……」
 利達は小さく呟き、掌で顔を覆った。
 杜鵑とは、不如帰の別称だ。利達にその字の由来を尋ねられた時、彼は見慣
れた照れ笑いを浮かべつつ「夜、勉強していて気持ちが入ってしまうと、つい
詩や法令の文句を一晩中諳じてしまう事があってね。学寮の友人達に揶揄半分
で付けられたんだ」と言っていた。その時は利達も一緒に笑ったが、今はその
呼称に込められたもう一つの意味が解る。
 初夏の夜、山林の木立から一晩中聴こえて来る不如帰の鋭い鳴き声。それは
血を吐き悶え苦しむ人の声に、酷く似ているのだ。
 ──なのに貴方は、辛そうな素振りなど微塵も見せずに……。
 利達は文を書いた。今から出せば、杜鵑が瑛州に戻って直ぐに受け取る事が
出来る筈だ。彼は急いで文を出し、返事を待った。しかし、幾ら待っても杜鵑
からの便りは返って来なかった。
 そして二箇月あまりが過ぎた頃、遂に一通の信書が利達の許に届いた。

470「槐安夢」12/18:2008/09/20(土) 19:17:17
 それは、杜鵑が死んだと云う報せだった。

 文は杜鵑が慕っていた大学の講師からのもので、文頭には便りを出すのが遅
くなってしまった事についての謝罪が述べられていた。
 杜鵑の死は、身寄りの無い彼を息子同然に可愛がって来た自分にとっても大
層辛い出来事だった、と教え子に良く似た流麗な手蹟で綴られた文面に、読み
進める利達の視界は忽ち溢れる涙で歪んでしまった。
 文によれば、杜鵑は奏からの帰国の途上で急に病が悪化し、瑛州に辿り着い
た頃には殆ど手の施し様が無かったらしい。
 それでも彼は病床で利達の事ばかりを口にし「彼との約束を違える訳にはい
かないから」と必死で快癒に努めたのだと云う。
『最期の瞬間まで、杜鵑は貴方との事を心残りに思っていました』と認められ
た一文を読んだ利達は、何故自分はあの夜、杜鵑に何も言えないまま彼の許を
去ってしまったのだろうと心底後悔した。せめて一言、自分も彼に対して特別
な感情を抱いているのだと云う事だけでも告げられていれば、これほど辛い思
いをせずに済んだのでは無かろうかと。
 しかし幾ら後悔したところで、もう二度と杜鵑に会う事は叶わないのだ。

 その日以来、彼はすっかり生気を失してしまった。家業の舎館は以前と同様
に手伝っていたが、それ以外の時は一人でぼんやりと過ごす事が多くなった利
達を、家族は大層心配した。季節は初夏を迎え、遥か遠くに霞んで見える郡境
の山容も、鮮やかな新緑に彩られる頃になっていた。

「──兄さん……隣、いいかな?」
 庭院の石榻に腰掛け、夜風に当たっていた利達が徐に振り返ると、其処には
先日、長旅から戻ったばかりの弟の姿があった。
「利広……」
 利達は小さく頷き、石榻の上に開いていた帙を自分の膝にそっと伏せた。

471「槐安夢」13/18:2008/09/20(土) 19:18:31
 利広は有り難う、と微笑んで空いた腰掛に坐った。これは元来、宿泊客の為
に設えられたものだったが、今は夜も遅い時刻である事から泊まりの客達は皆
既に房間で休んでいるらしく、庭院に自分達以外の人影は見当たらない。
「いい夜だね。──酒でも持って来れば良かったかなぁ……」
 不意に利広がゆったりと発し、大きく伸びをする。
「──父さんがさ、最近兄さんが晩酌に付き合ってくれないって悄気てたよ」
 伸ばした両腕の間から兄の姿を覗き見ると、利達は黙ったまま俯いていた。
利広はその様子に小さく溜息を吐くと、苦笑混じりに呟いた。
「……話したくないのなら無理して話さなくてもいいよ。だけど、おれに──
おれ達に出来る事があるのなら、どんな我儘でも構わないから言って欲しい。
……おれ達は、この世にたった五人だけの家族なんだからさ」
「利広──……」
 利達が顔を上げ隣に坐る弟を見遣った時、不意に彼等の傍らに聳える卯木の
梢から、鳥の羽音と鳴き声が聞こえて来た。
「──へぇ、珍しいな。不如帰か……」
 庭木にしては些か大きく育ち過ぎた枝先を見上げつつ、利広が呟く。庭院の
四方に燎火が焚かれてはいたが、深更近い事もあり火勢を抑えられた灯りの許
では高い木の上まではっきりと見る事が出来無い。
「普段は山奥や深い林の中に居るものなのに、こんな街中に──それも海の近
くで見られるなんてね」
 連れ合いを探して飛んでいる内に迷ってしまったのかな、と独りごちる弟の
何気無い言葉に、利達は思わず頭上を振り仰いだ。
 まるで雪の様な純白の花を満開に咲かせた卯木の梢で、夏の到来を告げる鳥
は高く鋭い声で何度も歌う。苦し気に、悲し気に──愛する誰かを呼ぶ様に。
「────っ……!」
 不意に両手で顔を覆って深く俯いた兄の姿を、利広は驚いた様に見つめる。
「兄さん……大丈夫?」
 躊躇いがちに尋ねつつ、利達の細い肩にそっと触れた。

472「槐安夢」14/18:2008/09/20(土) 19:19:38
 その瞬間、今まで利達の心奥に強く押さえ込まれ続けていたものが、一気に
弾けた。
「……利広……」
 ぽつりと発せられた呟きに、利広は優しく応える。
「なんだい?兄さん……」
 杜鵑とは少しも似たところの無い声と姿──だが、今だけはその存在に縋り
たかった。例え卑怯者と罵られても、誰かの温もりが必要だった。
「頼む。──少しの間だけ、肩を貸してくれないか……?」
 言いつつ、利広の肩口に額を当てる様、そっと凭れ掛かった。
「……兄さん──?」
「ごめん。今だけだ……今夜で、もう最後にするから……」
 ──明日から、また今まで通りに戻るから……。
 火照った額にそれを凌ぐ利広の体温を感じた途端、利達の双眸からは涙が溢
れ、止まらなくなった。我慢などは端から出来そうになかったので、弟の袍子
を濡らしてしまう事に若干の後ろめたさを覚えつつも、利達はその胸に縋って
泣き続けた。当初は明らかに狼狽していた利広も、その内おずおずと兄の背に
腕を廻し、片手で痩せた背中を、もう片方の手で癖のある柔らかな髪を、何度
も優しく撫でてくれた。
 利達の微かな嗚咽の声に重なる様、卯木の枝先で鳴いていた不如帰は、暫く
すると大きな羽音を残して何処かへと飛び去って行った。利達は思わず顔を上
げ、白と灰色をした鳥の行方を見遣る──しかし、夜半の暗闇の中ではその姿
を見つける事など到底不可能だった。
 彼は行ってしまったのだ。自分の手の、決して届かない処へ──。
「どうして……」
 ──どうして、俺を置いて逝ったんだ?杜鵑……。
 再び溢れた涙を拭いもせず、利達は幼子の様に泣き崩れた。そんな兄を宥め
る様に利広はいつまでも、その背中を優しく撫で続けていた。

473「槐安夢」15/18:2008/09/20(土) 19:20:55
「…………!」
 利達は、そこで夢から醒めた。
 どうやら、竹林の四阿で夜風に当たりながら読書をしている内に、いつの間
にか眠ってしまったらしい。
 久しく見る事の無かった遠い昔の夢を思い出し深い溜息を吐くと、頬を伝っ
ていた涙の跡を掌底で軽く拭った。
 ──あれから、もう何百年も経ったと云うのに、まだ彼の夢を見てしまうな
んて……。
 心中で独語しつつ椅子の背凭れからゆっくりと身体を起こすと、微かな衣擦
れの音と共に肩から繻の上着が滑り落ちた。
「……?」
 明らかに自分の物では無い薄絹の衣に一瞬、訝しげな表情を浮かべた利達は
直ぐにそれが弟の所有物である事に気付いた。夢の中で利広の袍子に縋って泣
いた時、微かに感じた香と同じ薫りがしたからだ。
 ──利広が此処に……?
 僅かに動揺しつつ石案の上を見遣れば、持参した書物の内の数冊が抜き取ら
れている。無くなっていたのが凡て赤海産の真珠に関する白書である事から、
恐らく父王との合議の為に必要だったのだろうと察した。
 ──ひょっとして、泣いているところを見られてしまっただろうか……。
 自分達兄弟が、昔の様に感情をさらけ出して向き合う事はもう不可能なのだ
と、利達は疾うに気付いていた。自分を見る弟の視線が孕んだ熱の意味にも、
その所為で彼が自分を避ける様に旅出を繰り返していると云う事実にも。
 ──だが、俺は彼奴の想いには応えてやれない……。
 深く嘆息しつつ額に落ち掛かった前髪を掻き上げようとした時、ふと手許の
書物に視線が下りた。
「…………」
 無言で手に取る──杜鵑が写本してくれた『寒玉姫譚』の帙だった。

474「槐安夢」16/18:2008/09/20(土) 19:22:23
 遥か昔に貰った本は、大事に扱っていても永い年月を経て彼方此方が随分と
傷んで来る。その為、利達は不具合が見付かるとその都度、頁を裏打ちし表紙
を貼り代え綴じ直して来た。お蔭で、数百年前に貰った時の姿を殆ど損なう事
無く、今も杜鵑の筆蹟そのままで読む事が出来る。
 利達は大事そうにその帙を手に取ると、結末近くの頁をそっと開いた。

 ──月世界の住人だった姫が満月の夜、迎えの天女達と共に故郷へと帰って
行く際、彼女は帝に不老不死の妙薬を与える。帝の想いに応える事が出来無か
った事に対する、彼女なりの贖罪の気持ちを込めて──。

「不老不死の薬……か」
 利達は不意にぽつりと呟く。利広の胸で泣いた夜以降、彼は杜鵑の事を忘れ
た──実際には、凡てを忘れ去る事など到底出来はしなかったが、無理にでも
脳裏の片隅へと押し遣らねばならなくなってしまった。
 彼等の父の許へ、蓬山から一人の美しい少女が来訪した日を境にして。
 そして気付いた時、利達は永遠に老いる事の無い肉体を手に入れてしまって
いた。杜鵑があれほど強く望んだ、死なない命と共に。
 天とは残酷だ、と利達は思った。何故、心から欲している者にこそ下される
べきものを与えてくれないのか。何故、杜鵑では無く自分が選ばれたのか──
独り激しい自己嫌悪に陥った時、視界に入ったのが杜鵑に貰った本だった。

 ──姫の遺した不死の薬が飲まれる事は、遂に無かった。帝はその妙薬を国
一番の高嶺の頂で、凡て焼き捨ててしまったからだ。

 最初に読んだ時は、ただ必要が無いから燃やしたのだろうと思った。
 次に読んだ時、その薬がまるで姫の呪いの様に感じられた。愛する人を失っ
て得る久遠の命など、不要どころか激しく忌むべきものにしか思えなかったか
らだ──当時の利達が、正にそう思い込んでいたのと同様に。

475「槐安夢」17/18:2008/09/20(土) 19:23:54
 しかし幾星霜を重ね、杜鵑に言われた通り何度も読み返す内に、彼の心境は
少しずつ変化して行った。
 帝は、姫を心から愛していたからこそ薬を焼いたのだ。永遠の命など無くと
も、愛した人の面影を胸の奥底に抱いたまま、彼自身の限りある生を全うしよ
うと決めたが故に。その決意を月の姫に伝える為、帝は天に最も近い場所であ
る高岫の頂で不死の薬を灰にしたのだ。
 しかし、利達には薬を焼き捨てる事が出来無い。彼は生き続けなければなら
ないのだ──杜鵑の分まで。
 以来、利達は前にも増して両親を支え助けた。元来、博識で頭の回転も早い
彼が次々に提議する政策案はどれも緻密に練られており、専門の官吏ですら舌
を巻く程だった。
 中でも利達が力を入れたのが、医療分野だった。医学の知識、技術に長けた
者を国の内外は固より、海客や山客からも広く呼び集め、積極的に登用した。
九州各地に国営の療養施設を開き、誰でも安い治療費で瘍医に掛かれる様にし
た。製薬技術に優れた舜国と協力し、新薬の開発を進めた──そして、父王の
登極から凡そ三百年が過ぎた現在、奏は十二国の中で最も医療の進歩した国と
してその名を馳せていた。杜鵑を苦しめた肺の病気も、今では決して不治の病
では無くなっている。
 ──杜鵑、俺はしっかりやれているだろうか……?
 頁を閉じた『寒玉姫譚』を胸に抱き締め、利達はそっと瞑目する。瞼の裏に
浮かぶのは、最後の夜に見た杜鵑の優しい笑顔だった。
 ──君が好きだよ、利達……。
「……俺だって、ずっと貴方の事が好きだったんだ。杜鵑──……」
 呟きながら指先で唇をそっとなぞる。病の伝染を懸念し、殆ど利達に触れる
事の無かった杜鵑と交わした最初で最後の口付けを、彼は今でも昨日の事の様
に鮮明に記憶していた。それは利達にとって生涯決して忘れる事の出来無い、
刹那の永遠……。

476「槐安夢」18/18:2008/09/20(土) 19:25:24
 その時、竹林を渡る涼やかな夜風に乗って、ほんの微かに不如帰の鳴き声が
聴こえた気がした。もう一度聴こえはしないかと利達は暫くの間、耳を澄まし
てみたが、その悲し気な声が彼の許に届く事は、二度と無かった。

 〈了〉

  *   *   *

・「槐安夢」…「南柯太守伝」(唐/異聞集)
私事ですが4〜5歳の頃これを絵本で読んだ為
未だ蟻(の巣と大群)に酷いトラウマがあります…
数年前、初めて十二国記を読んだ時も
真っ先に思い出したのはこの話(此方は夢オチですが)

・今回の話は一応「初チュウ」シリーズに分類されますが
如何せん利達兄さんのお相手がオリキャラなので
少々毛色の違う番外編と思って頂けると幸いです。

・今までポツポツと書いて来た利広→利達ですが
残り一本で最後にする予定。
果たして利広はシアワセになれるのか!?(笑)

477六太独白「胡蝶夢」1/6:2008/10/08(水) 18:03:21
「残花 〜3〜」の8(>>315)で六太が語った『理想の最期』の話
夢オチですが、登遐ネタがNGだと云う方はスルーして下さい

  *   *   *

「今年も綺麗に咲いたなぁ……」
 天高く飛翔する悧角の背で、六太は満足げに微笑む。
 漉水上流に広がる桜の森は、この春も薄紅色の花を撓わに満開させていた。

 彼の主がこの国の玉座に就いてから、文字通り数え切れない程の永い年月が
過ぎ去った。確か八百年を超えた頃までは六太も何とか数えていたのだが、そ
んな習慣も莫迦げた事に思え、いつしか辞めてしまった。例え自分が数えなく
とも、春官の史書辺りがもっと正確に記録してくれているはずだし、そもそも
そんな作業には欠片程の意味も無いのだ。彼と彼の主が、常に揃って国の頂点
に在り続ける──それこそが、唯一にして最大の重要事項なのだから。

「──あ。いたいた……おーい、尚隆ーっ!」
 咲き誇る花群の中でも、一際大きく枝を広げた樹の根元に主らしき姿を認め
六太は上空から大声で呼び掛ける──が、彼に気付かないのか、樹下の人影は
ぴくりとも動かない。
「おっかしーなぁ……尚隆の奴、聞こえてねーのかな?」
 そんな事は無い筈だがと訝りつつ、六太は桜樹の下の主目掛けてゆっくりと
使令を降下させた。

「──尚隆、一体いつまでこんな処で油売ってる気だよ。お前が中々帰って来
ない所為で、代わりにおれが冢宰達からとばっちり受けて──……」
 着地した悧角の背から軽々と跳び降り、声を掛けつつ主に歩み寄っていた六
太がぴたりと動きを止める。尚隆は桜樹の下に坐り込み、手にした酒杯もその
ままに転た寝をしていた。

478「胡蝶夢」2/6:2008/10/08(水) 18:04:29
「まったく──相変わらず暢気な奴だよなぁ……」
 毎年、春のこの時期には改定すべき法令等の議案が山積していると云うのに
尚隆はと云えば決まって姿を眩まし、この桜の森で昼間から独り観花に耽って
いる事が多々あった。六太はその都度、官吏達から泣き付かれ──何しろ王の
居場所が分かるのは国中で唯一、彼だけなので──怠惰な主を呼びに遣らされ
ると云うのが、既に何百回と繰り返されて来た雁国の春の慣例だった。
「毎度毎度、だらしねー格好で寝てるし……」
 丈の短い青草の上に幾重にも降り積もった桜の花片をふわふわと踏み締めつ
つ、六太は眠り込んだ主に近付く。片膝を立て胡座を掻いた姿勢で桜の幹に凭
れた尚隆は、僅かに俯く角度で小さな寝息を立てている。彼の広い肩が微かに
上下する度、其処に積もっていた薄紅の花片が数枚、はらはらと落ち、それに
代わる様に再び新たな花弁が樹上から散って、袍子の肩口を淡く飾った。
 六太はその様子にくすりと微笑み、主の隣に腰を下ろす──ふと、尚隆の見
ていた景色を自分も眺めてみたくなったのだ。
 桜樹の下に両脚を伸ばして坐り、隣の主に倣って太い幹の根元に凭れる。そ
のままゆっくりと視線を上げれば、彼の頭上には一面、陽光を柔らかく透き通
した淡い紅色の天井が広がっていた。
「……綺麗だなぁ……」
 思わず感嘆の溜息を洩らす。そっと腕を差し伸べ掌を開いて待つと、程無く
その手の中にも小さな花片が舞い落ちて来た。
 六太は暫し掌中の桜花にうっとりと見入ってから、ふと呟く様に言った。
「……せっかく綺麗な景色が目の前にあるんだからさぁ、いーかげん寝たふり
すんのやめれば?」
 そして、徐に主の顔を見上げる。彼が今まで幾度も騙されて来た様に、今回
もまた、狸寝入りを決め込んでいるに違い無いと思ったからだ。
 しかし六太の予想に反して、尚隆は目を覚まさなかった。

479「胡蝶夢」3/6:2008/10/08(水) 18:06:43
「……あれぇ……?」
 六太は拍子抜けした様に呟き、主の寝顔を覗き込む。瞼を閉じた彫りの深い
横顔は、俯いている所為か、心持ち疲れている様にも見受けられた。
「なんだ、夜遊びのしすぎかぁ……?」
 そう言ってはみたものの、主が昔ほど城下を出歩かなくなった事は、六太自
身が一番良く分かっていた。以前、六太がその理由を尋ねた時、尚隆は「この
国の青楼街には、粗方行き尽くしてしまったからな。暫く派手に遊ぶのは控え
ようかと思っておるんだ」と笑いながら答えたのだった。当時は、六太もその
言葉を聞いて「どーだかな」と笑っていたが、いつしか彼自身も宮城を抜け出
す回数が徐々に減る様になり、やっと主の心情に思い至った。
 尚隆には──自分達には、もうこれ以上、望む事が何一つとして残っていな
いのだ。
 永い歳月を経て、雁は十二国一磐石な国家を築き上げた。国は富み栄え、九
州全土に人々の笑顔が溢れている。気候の厳しい真冬の季節でさえ、寒さに凍
え、ひもじい思いをする者は誰一人として居なくなった。
 また、間近の三国何れに於いても、この数十年間は大きな災異も無く、各国
の王が其々の玉座を堅実に守っていた。それは自国が大国、雁の隣に位置して
いると云う誇りと、自らも延王の如き名君となって自国をより発展させたいと
云う諸王の信念が上手く作用した結果であるのかも知れなかった。
 そして、そんな平和な時代が永く続いたある時ふと、自分達には既に行うべ
き事が何一つ残っていないと、彼等は気付いてしまったのだ。
 六太はその事実に暫し茫然となった後、この事は決して誰にも告げまいと心
に決めた。もし口にすれば、その瞬間に何かとても大事なものが壊れてしまう
のではないかと云う、漠然とした不安に駆られたのだ。
 しかし、六太がそう決心したのとほぼ同時期に尚隆もまた、その事に気付い
た様だった。
 表面上は普段と変わり無く過ごしていたが、徐々に口数が減り、独りで居る
事が多くなった。外出も疎らになり、出掛けたかと思えば直ぐに帰城したり、
逆にかなりの長期間、黙って城を空ける様な事もあった。

480「胡蝶夢」4/6:2008/10/08(水) 18:08:11
 ──そろそろ、最期の刻が近付いているのかも知れない……。
 主の安らかな寝顔を見つめながら、六太は顕然とそう感じた。自分は程無く
失道の病に罹って命を落とす事だろう。若しくは──、
「そうなる前に、おれを殺してくれるか?尚隆……」
 知らず口を突いて出た囁きに、六太自身が礑と瞠目し驚く。
 ──おれ、なに言ってんだろ……。
 ふるふると首を振り、主の手から杯を奪うと底に僅かばかり残っていた酒を
一息に呷った。いつまで経っても飲み慣れない酒精が喉をちりりと灼きながら
身体の奥底へ滑り落ちて行く感覚に、瞼を固く閉じて耐える。苦労の末に凡て
を飲み込んでしまってから、深い溜息を吐いて薄く眼を開ければ、早くも酔い
が回ったのか、目の前がゆらりと歪んだ。
 ──なんか、眠いな……。
 ふと見舞われた睡魔に抗いもせず、六太は酒杯を草の上に置くと、隣で熟睡
する主の肩口にそっと凭れ掛かった。
「悪い、尚隆。──ちょっとだけ肩、貸して……」
 そう独語する様に断りを入れつつ、重くなった瞼をゆっくりと閉じる。折角
だから、自分も少しだけ昼寝をして行こうと思ったのだ。
 耳に届くのは、小川のせせらぎと時折吹く微風が桜の枝を揺らす僅かな音だ
け。肌に感じるのは、花越しの柔らかな春陽と主の体温だけ──ふと、六太は
自分達二人がこのまま永遠に目覚めなかったとしても、それはそれで構わない
様な気がした。
 此処は自分と尚隆しか知らない秘密の場所だから、他の誰にも自分達を見付
け出す事は不可能だろう。互いの姿も、こうしていればその内に、降り積もる
桜の花片が凡てを優しく覆い隠してくれるに違いない。
 そして誰の眼にも触れないまま、ゆっくりと静かに朽ちて行くのだ。雲上の
荘厳な陵墓などより、この桜の森の方がよほど自分達の眠る場所に相応しいと
六太は思い、その口許を微かに綻ばせた。

481「胡蝶夢」5/6:2008/10/08(水) 18:10:04
 すると不意に、眠っている筈の尚隆が腕を伸ばし、少年の細い身体を優しく
胸の中に抱き込んだ。その緩慢な動作の所為で、六太は主が寝惚けているのだ
と直ぐに気付いたが、ちょうど額の角の辺りに尚隆の唇が触れ、その温かく艶
かしい感触に思わずふるりと小さく身震いした。
「ちょ……尚隆、くすぐったい──……」
「……六太……」
 僅かに掠れた低い響きの声音でいとおしげに名を呼ばれ、それが寝言と分か
っていても、六太は主の腕の中で寸分も身動ぎ出来無くなってしまう。
 今や、彼に聞こえる凡ての音は、尚隆の規則正しい鼓動と吐息だけだった。
 ──ああ……これが、おれの一番大事なひとなんだ……。
 今更乍にそう強く思い、六太は主の袍子の胸元をぎゅっと握り締めた。二度
とこの手を離さないと言う様に。
 それから、彼はゆっくりと視線を巡らせた。この短時間の内にも、互いの衣
の上には沢山の桜の花片が積もっている。自分の密かな計画が順調に遂行され
つつある事に満足そうな笑みを浮かべながら、六太はそっと瞼を閉じた──お
そらく二度と醒める事の無い、永い眠りに就く為に。

「──た……六太……」
 前髪を優しく梳かれつつ囁く様に幾度か名を呼ばれ、六太はうっすらと眼を
開けた。寝起きの淡く霞む視界で辺りを見廻せば、其処は漉水河岸の桜の森で
は無く尚隆の臥室の牀榻で、時刻も明るい昼間では無く真夜中を少しばかり過
ぎた頃だった。
「……尚隆……?」
 小さく呟き尋ねれば、六太の顔を覗き込みつつほんの僅か、心配そうに狭め
られていた尚隆の眉間がふっと緩む。
「大丈夫か?六太……熟睡しているのかと思えば突然、俺に縋り付いて泣き始
めるから、驚いたぞ」
 微笑いながらそう言って、少年の涙に濡れた頬をそっと拭った。

482「胡蝶夢」6/6:2008/10/08(水) 18:11:45
「……あ……」
 六太は思い出した。昨夜は尚隆と一緒に眠ったのだ。広く温かな男の胸に抱
かれ、深い眠りの淵に身を投じる瞬間、先の春の日に自分が語ったある一言を
不意に思い返していた。
『……おれ、死ぬのは春がいいな……』
 暖かく穏やかな季節に、満開の桜花に囲まれて静かに死んで行きたいと語っ
た己の想いが、そのまま夢となって現れたのだろうか?しかし……。
 ──もし、あれが正夢だとしたらおれたちは──……。
「一体どうしたのだ、六太。急に泣き出したりして……何か、嫌な夢でも見た
のか?」
 幼子を宥める様に、滑らかな頬を撫でつつ尋ねた尚隆に、六太は暫しの沈黙
の後、微笑んで首を振った。
「……ううん、違うよ尚隆。ちっとも嫌なんかじゃなかった……」
 ──おれは多分、嬉しくて泣いたんだ……。
 最後の言葉を心中に仕舞って尚隆の背に腕を廻すと、六太は僅かに驚いた様
子の主の耳許にそっと囁く。
「おれの事なら、もう大丈夫だから……寝よう?尚隆──……」
 寝過ごすと、また帷湍達が五月蝿いからさ、とおどけた口調で付け加えれば
くすりと笑う気配と共に、逞しい腕に優しく抱き返された。

 柔らかな闇に包まれた牀榻の中、六太は再度ゆっくりと瞼を閉じる──耳許
に主の鼓動だけを聞きながら、再び訪れる朝までの短い眠りに就く為に。

 〈了〉

  *   *   *

「胡蝶之夢」…荘子/斉物論
以上、何となく書いておきたかった番外編「夢二題」でした
尚六エピの方も残り一本で大ラス。最後は小松視点の話です

483利広→利達「登途」1/8:2008/11/27(木) 21:04:47
少々間が空きましたが利広→利達ラストエピ投下します
時間的には「南冥」(書き逃げスレ>>484-491)から30年程後の話。

  *   *   *

「──明日から、また暫く旅に出るよ」
 その言葉に、利達が手許の酒杯へ落としていた視線を上げると、石案の向か
い側で弟の利広がにっこりと微笑んだ。
 季春の乙夜も更ける頃、雲海に面した露台で酒杯を酌み交わしている最中の
不意の言葉だった。
 まるで下界の天候でも話題にするかの様に、利広は自らの出立をいつも唐突
に切り出すのだ。
「それは、また急だな。……他国の情勢に、何か気になる事でもあるのか?」
 毎度の事乍ら、その澄んだ翡翠の瞳に僅かな驚きの色を湛えつつ利達が尋ね
ると──何しろ前回の旅から戻って、まだ一月と経ていなかったので──当の
利広はやんわりと微笑んで、軽く首を振った。
「いや、そうじゃないんだけど……ほら、珠晶が登極して、もうすぐ二十年に
なるからね。今の恭がどんな具合か、一度見に行こうと思っていたんだ」
 そう答えつつ、数少ない同業の知人である少女の快活とした姿を思い浮かべ
ていた利広の耳に、兄の静かな問い掛けが届く。
「……帰りは、いつ頃になる?」
 いつの間にか空になっていた弟の杯に酒を注ぎ足しながら尋ねた利達を見返
して、利広は再度、小さく笑った。
「さあね……二箇月後かも知れないし、半年を過ぎるかも知れない。こればっ
かりは、その時になってみないと分からないな」
 何しろ自分は風来坊だから、と冗談混じりに付け加える弟の淡い琥珀の瞳を
見つめ、利達は浅く、しかし長い溜息を吐いた。

484「登途」2/8:2008/11/27(木) 21:09:54
 弟の放浪癖が自分を避ける為の行動であると云う事実に、利達はかなり永い
歳月、思い悩んで来た。
 遥か昔、自分と弟との間に深く暗い溝が刻まれる切っ掛けとなった出来事を
思い出すと、利達の胸は未だ、鈍い痛みに軋む。彼はそのまま、正対する利広
の姿から然り気無く視線を外すと、俯き加減でぽつりと呟いた。
「そうか。──でも、出来るだけ早く帰って来るんだぞ……」
「えっ、……どうして?」
 今まで兄から「気を付けて行って来い」だの「余り危険な事には首を突っ込
むな」だのと忠告された事はあっても、「早く戻れ」などとは終ぞ言われた事
の無かった利広が、少なからず驚きを露にした表情で兄の顔を覗き込む。一方
の利達は、知らず口を突いて出た科白に少なからず狼狽え、掌中の盃を態と弄
びながら答えた。
「いや、その……お前が長く留守にしていると、お母さんと文姫の小言の標的
が俺ばかりになるからな。お父さんは相変わらず、万事あの調子だし……」
 多少どぎまぎとしつつも何とか取り繕う様に返せば、それを黙って聞いてい
た利広の表情は、いつしか利達の良く見慣れた、微苦笑混じりの軟らかなもの
へと戻っていた。
「……ああ、なるほどね。──分かった、出来るだけ善処するよ……」
 そう呟く様に言うなり、利広は己の盃を一息に干した。利達はその姿を見つ
めながら、弟の酒量が以前と比べ格段に増している事に気付く。長い旅路から
戻る都度、まるで酔う事を忘れていくかの様な利広の飲酒の仕方に利達は再度
深い心痛を覚えた。その原因までもが自分にあるのだと云う事実にさえ、彼は
疾うに気付いていたからだ。
「……とにかく、身体だけは大事にするんだぞ。幾ら頑丈に出来ていると云っ
ても、俺達は決して不死身な訳じゃ無いんだからな。──いつぞやみたいに、
旅の途中で妖魔に襲われて大怪我をして帰って来る、なんて肝の冷える事は、
頼むからもう勘弁してくれよ」

485「登途」3/8:2008/11/27(木) 21:11:24
 軽く窘める様な口調で発せられた兄の科白に、利広も石案上へ視線を落とし
たまま、思わず苦い笑みを浮かべる。
 遡る事およそ二年前、彼は長旅からの帰路で妖魔に襲われ、酷い怪我を負っ
た事があるのだ。

 当時、利広は動乱の最中にあった慶東国内の各地を巡っていた。
 六十余年に及ぶ在位の末に登遐した先々代の王の後、その玉座を埋めた女王
の治世が僅か十六年程で潰えたが故に、彼の国は現在に至るまで大いに乱れ、
国中全土に渡り荒廃している。
 利広は、その渦中にある慶の諸州を検分して廻った帰国の途上、瑛州上空で
突如、蠱雕の急襲を受けたのだ。
 常時ならば、妖魔に対する警備の厚い首都州内だから心配無いだろうと高を
括っていたのが仇になった。不意の襲来に虚を衝かれた利広は抜刀する隙も与
えられぬまま、蠱雕の鋭い鉤爪に肩口から胸元までを大きく掻き裂かれてしま
ったのだ。神籍にある彼にとって、その程度の外傷が直接生死に係わる事は勿
論無いが、それでも深手を負った事には変わらない。二十余年前、恭州国の王
に即位した友人への祝いとして贈ってしまった愛騎程では無いものの、かなり
の駿足を持つ現在の乗騎のお蔭で何とかその場を逃げ延び、やっとの事で我が
家──奏南国、隆洽は清漢宮の禁門まで辿り着く事が出来たのである。
 過去、永い期間城を空ける事はあっても、怪我らしい怪我など一度も負った
事の無かった太子が突如全身血塗れで帰還した事に、彼の家族は大きな衝撃を
受けた様だった。
 利広は帰城してからの三日間で、彼がそれ以前の生涯で耳にした分を軽く越
える回数の「莫迦」と云う単語を家族全員──仁の生き物である麒麟の昭彰を
除いて──より頂戴する破目になった。
 利広が怪我の為に牀榻から動けない間、家族が代わるがわる様子を見にやっ
て来たが、中でも一番多く彼の許を訪れたのは兄の利達だった。

486「登途」4/8:2008/11/27(木) 21:14:07
 王宮には勿論、専属の瘍医も看護をする女官達も居るのだが、利達は自分の
仕事が少しでも手隙になる度、弟の枕辺へと足を運んだ。それは、彼が家族の
中で唯一、高い医学の知識を有していると云う理由もあったのだろうが、利広
には、利達が強い自責の念に駆られている様に思えてならなかった。
 弟が怪我を負ったのは、自分を避ける為に態と遠出をした先での事。だから
この責任は凡て自分にある──無言のまま傷口の手当てをされ、繃帯を巻き直
されつつも利広が兄の表情から覚ったのは、そんな切実な想いだった。
 そして、それから三箇月程が経過し、かなり重かった怪我もすっかり快癒す
ると、それを見計らった様に利広は再び、旅の途上へとその身を投じた。恰も
そうする事でしか、自分本来の生き方が見出せないとでも云う様に。
 当然、両親や妹達は「何もそんなに早く出掛けなくても」と彼の出立を何と
か思い留まらせようとしたが唯一、利達だけは「お前の好きな様にすれば良い
さ」と微笑んで言ったのだった。しかし、その貌に複雑な感情を孕んだ翳りが
浮かぶ一瞬を、利広は決して見逃さなかった。

「──あの時は迷惑掛けて済まなかったよ。あれ以来、情勢の不安定な国に行
く時は以前にも増して用心する様になったし、もう心配は要らないから……」
 ほんの数年前の出来事を、遥か遠い昔の思い出の様に感じつつ利広がそう告
げると、向かいの席で己の酒杯を弄んでいた利達が不意に顔を上げた。
「俺は……別に迷惑だなんて思っちゃいない。それに、心配するのは当然の事
だろう?──お前は、大切な弟……なんだから」
 語尾が微かに震え、利達は再び俯く。その様子を黙って見つめていた利広が
暫しの沈黙の後、不意に口を開いた。
「……じゃあさ、今度の旅からも私が無事で戻って来られる様に、兄さんから
ひとつ、御守りを貰ってもいいかな……?」
 その言葉に、利達は軽く瞠目して弟の顔を見遣る。利広に物を強請られた経
験など、幼い時分に数回あったか否かの珍しい事だからだ。

487「登途」5/8:2008/11/27(木) 21:15:12
「御守り?……俺の持ち物なんかで構わないのなら、くれてやっても良いが、
──それで一体、何が欲しいんだ?」
 利達が軽く首を傾げつつ尋ねた瞬間、利広は石案上に両手を突き、素早く身
を乗り出していた。
「────……!」
 薄い唇同士が触れるか触れないかの、まるで一陣の疾風に掠め取られたかの
様な、儚い接吻だった。
 利達が驚愕に全身を強張らせている僅かの隙に、利広はほんの一瞬だけ哀し
げな笑顔で兄の貌を見つめると、そのまま席を立ちくるりと背を向けた。
「……もう寝るよ。明日は早くに発つから──お休み、利達兄さん……」
「利広……!」
 思わず椅子から立ち上がり自分を呼ぶ兄の声にも振り返らず、利広は足早に
その場を後にした。

 雲海の波音響く露台に一人残された利達は、暫しの間、弟が歩き去った石橋
の先を虚ろな視線で見遣っていたが、不意に膝から力が抜け、椅子の上へと崩
れ落ちる様に坐り込んだ。
 彼が利広に口付けられたのは、これで三度目だった。
 最初は、二人ともまだ幼さの残る子供だった頃。そして二度目は、厳かな静
寂に包まれた冬の夜──その二度とも、利広は苛烈なまでの想いの丈をぶつけ
て来た。時に利達自身が戸惑い、恐れを抱いてしまう程に。
 しかし、先程の利広からの接吻は、利達が知る今までの彼とは全く違うもの
だった。
 利達は指先で、そっと唇の輪郭をなぞる──その時ふと、ある人物の面影が
彼の脳裏を過った。それは、利達が遂に五百年以上も忘れられずにいた、切な
さと哀愁を滲ませた笑顔だった。
『……君が好きだよ、利達──……』

488「登途」6/8:2008/11/27(木) 21:16:25
「……杜鵑……」
 消え入る様な呟きと共に、利達の頬を一条の涙が伝う。
 ──そうだ。先刻の利広は、彼と同じ眼をしていたんだ……。
 利達は、思わず両手で顔を覆った。
 ──利広と杜鵑には少しも似たところなど無い。なのに何故、時に二人が酷
く重なって見えてしまうのか。自分は一体、利広に何を望んでいるのか……。
「……俺は──……」
 利達が吐息混じりに発した独語は、忽ち春宵の夜風に運び去られ、音声にな
る事は無かった。

 翌朝、まだ辺りが未明の暗闇に包まれている頃、利広は禁門脇の厩から己の
乗騎を静かに曳き出していた。
「──朝早くから長い距離を走らせてしまうけど、我慢してくれよ。今日から
暫くの間はまた、お前と私の二人旅だ。宜しく頼むぞ……」
 利広がそう言いつつ、騎獣の喉元の柔らかな毛並みを撫でてやると、虎に似
た獣はそのすらりとした頸領を軽く伸べ、諒解したと言わんばかりに小さく喉
を鳴らす。その様子にくすりと笑って、利広は歩を進めた。
 幾つも並んだ騎房の前を通り抜け、厩舎を出る。門衛の兵士に労いの言葉を
掛けつつ巨大な門扉を潜り抜けると、広い露台の中央に灯火を手にした痩身の
人影がひとつ、佇んでいた。
 こんな時刻に、他州から急ぎの伝令でも来るのだろうか──利広が僅かに訝
しんでいると、彼に気付いたらしい人影は速足で此方に向かって近付きつつ、
聞き慣れた低く柔らかな声で話し掛けて来た。
「──利広、良かった。まだ発っていなかったんだな……」
「兄さん?どうして──……」
 利広は予想だにしなかった事態に驚愕しつつ、自らも兄に近付く。彼に手綱
を曳かれたままの獣が、不思議そうに頸を傾げて兄弟の姿を見比べた。
「……お前に、どうしても伝えておきたい事があったんだ……」
 手燭の淡い灯り越しに真っ直ぐ自分を見つめる兄の真摯な表情を見返し、利
広は全身を僅かに強張らせた。

489「登途」7/8:2008/11/27(木) 21:17:40
「兄さん──……」
「利広……以前にも言ったが、俺には昔、好きな人が居たんだ……」
 兄の厳かな告白を聞きつつ利広は軽く眼を細め、そっと俯く。
「──その人は、もうこの世に居ないけれど、俺は未だに彼の事が忘れられな
い。莫迦げていると思うかも知れないが、俺は今でもその人の事が好きなんだ
……だから、お前の気持ちに応えてやる事は──……」
 利達の科白は、眼前を遮る様にして広げられた利広の掌によって、その先を
制されてしまった。
「……利広……?」
 僅かに困惑しつつ尋ねた利達に、利広は俯いたまま静かに微笑む。
「分かってる……無理して忘れる必要はないよ。本当に好きな人を心の中から
消し去る事なんて、例え誰にも出来やしないんだから……」
「……利広……」
 気遣わしげに再度呼ばれた自らの名に応じる様に、利広はゆっくりと顔を上
げた。
「──だから、その人の事を思い出しても兄さんの心が痛まない様になるまで
私はいつまでも待つよ……今までだって、ずっと待ち続けて来たんだ。待つの
は慣れてる……」
 そう呟く様に言って微笑んだ利広の両の瞳が突如、眩いばかりの光を放って
煌めく。利達には、振り返らずともその光景の理由が分かった──たった今、
長かった夜が明けたのだ。
 利達は、持っていた灯火の焔を吹き消し足許に置くと再度、弟の双眸にじっ
と見入った。僅かな俯角で見下ろして来るその琥珀の瞳の情熱は、遥か遠い昔
から、自分唯一人だけに向けられて来たのだ。
 利達は一度、ゆっくりと瞬いてから小さく頷き、静かに口を開いた。
「そうか……では、俺も待とう。この場所で、お前が無事に帰って来る日を、
いつまでもずっと……」

490「登途」8/8:2008/11/27(木) 21:20:52
 利達は緩やかな動作で右手を差し伸べると、弟の若々しく精悍な頬──それ
は数百年前と寸分も変わっていない──に、そっと触れた。
「!──兄さ──……」
 兄からの急な接触に思わず身動ぎ、狼狽を顕にした利広に向かって小さく笑
い掛けると、利達は弟の淡い砂色の髪──眩い晨光を一杯に反射し、恰も麒麟
の鬣の如く輝いている──を優しく引き寄せ抱き締めつつ、その耳許へと囁く
様に語り掛けた。
「……行って来い、利広。お前の望む凡ての場所へ──そして、旅をする事に
疲れた時は、必ず此処へ帰って来るんだぞ。この清漢宮にある窓と扉は全部、
お前の為に、いつでも開けておくから……」
「……兄さん──……」
 感嘆混じりの小さな呟きと共に、それまで所在無げに下ろされていた利広の
両腕がゆるゆると持ち上がり、利達の背にそっと回される。それは、まるで繊
細な宝物を決して傷付けまいとするかの様な、この上も無い優しさに満ちた抱
擁だった。
 利広は、初めてその腕の中に抱き締める事が出来たこの世で唯一人の愛しい
相手に向かって、ずっと心奥に秘めて来た自らの想いの丈を、別の言葉に変え
て、そっと囁いた。
「……兄さん、有り難う。──それから、行って来ます……」

 登り来る朝陽をその背に浴びながら、眛爽の北天に向かって小さく消え行く
利広の騎影を、利達はいつまでも見送っていた。

 《了》

  *   *   *

と云う訳で、ラストは利広がバッサリ振られる話でした。
かなり蛇足っぽい感もありますが、兄弟の関係を
一度きちんとリセットしておきたかったので…
何だか最後まで上手く纏まりませんでしたが
読んで下さった方、どうも有り難う御座居ました。

491名無しさん:2008/12/11(木) 23:41:28
面白いです! 今更ですが、広達探してたどり着きました。
嬉しい作品を拝見できて、感謝です。
気が向かれましたら、また是非、投稿お願いいたします。

492「獲麟」1/6:2008/12/21(日) 13:11:04
何とか安闔日に間に合いましたw
ラストは「初めてのチュウ 小松編」
蓬莱での尚六邂逅エピです

  *   *   *

 彼は独り、浜風に当たりながら未明の渚を歩いていた。
 別段、浜辺に出る用事があった訳では無い。前泊した城下の女の許からの帰
途、少しばかり過ぎた酔いを醒ます為、懐から取り出した肉桂皮の欠片を奥歯
で噛み絞めつつ、入り江を見下ろす高台にある己の屋形へと、遠回りで向かっ
ているところだった。
 今日は当地の領主である彼の父親の主催で、聞き香の会が開かれる。彼は、
ふとその事を思い出し、長く深い溜息を吐いた。風雅な物事を好む父とは対照
的に粗削りな性格の持ち主である彼は、昔からその手の催しが、とにかく苦手
の一辺倒なのだ。
 加えて、前述の通り酷い宿酔の上、鼻腔の奥には昨夜の相手が全身に塗りた
くっていた白粉の匂いが、未だこびり付く様に残っている。こんな調子では伽
羅やら沈香やらの繊細な薫りの差異など嗅ぎ分けられよう筈も無いし、何より
今日の香道の会では、婚礼の日以来、陸に顔を合わせて話した事すら無い正妻
や側室達とも同席しなければならないのだ。面倒事が嫌いな彼にとっては、か
なり由々しきそれらの事態が先刻来、帰途の足取りを余計に重々しいものへと
変えているのだった。
 急病を騙って出席を免れようかとも考えたが、その手は過去に何度も使用済
みだ。流石に今回ばかりは、嫌々乍でも顔を出さぬ訳にはいかないだろう──
鈍く痛む頭を一つ振り、観念の意を込めて再度深く嘆息した時、彼は突如、誰
かに呼ばれた様な気がして、礑とその歩みを止めた。
「…………?」
 訝りつつ辺りを見渡したが、未だ明け初めて間の無い汀には当然、人の気配
など微塵も無い。あと四半刻も経てば、早朝の漁から戻った男達の姿もぽつり
ぽつりと見受けられる様になる筈だが、そんな見慣れた朝の光景にも現在の時
刻では若干、早過ぎる様だった。
 暫しの間、辺りを窺う様にぐるりと見廻した後、彼は引き潮になり掛けたば
かりで未だ柔らかな波打ち際の白砂に踏み込むと、普段は滅多に足を向ける事
の無い岬の岩場目指して、徐に歩き出した。

493「獲麟」2/6:2008/12/21(日) 13:12:27
 彼は不可思議な胸騒ぎを感じていた。其処に行けば、何かが──誰かが自分
を待っているのではないか……そんな確信めいた予感に突き動かされつつ歩を
速め、果たして岩場の陰に力無く横たわる人影を見付けたのだった。
 ──子供……?
 軽く瞠目しつつ、倒れている小柄な人影に近寄った。十歳前後の少年らしい
その子供の傍らに膝を突き細い首筋に指先を宛行えば、弱々しくも確かに脈が
ある。彼は小さく安堵の息を吐いてから、しかし直ぐにその表情を険しいもの
へと変えた。
 凡そ十年前、都で起こった大乱の戦火はその後各地に飛び火し、今ではこの
瀬戸内の小国にまで及ぼうとしている。実際にここ最近、戦禍を逃れた難民達
が隣国から相次いで流れ込んで来ていた。彼等の多くは負傷し、また飢餓に苦
しみながら国境を越え、この海辺の小領地へと逃げ延びて来ており、中には逃
走の過程で命を落とす者も少なからず居た為、この少年は此処まで生きて辿り
着く事が出来ただけでも幸運だったと言えよう。
 怪我は無いかと全身を検分すれば、粗末な衣から伸びる煤と砂泥に汚れた手
足は、大きな傷こそ負ってはいなかったが酷く痩せ細り、少しでも乱暴に触れ
ようものなら、直ぐに折れてしまいそうな程に華奢だった。
「──おい、しっかりしろ……お前、一人か。此処が何処か分かるか?」
 そっと上体を抱き起こし、軽く頬を叩きつつ声を掛ける。少年は不意の刺激
に一瞬だけ眉を顰めた後、瞼を閉じたまま、ほんの微かにその唇を開いた。
「……み、ず……」
 殆ど吐息に紛れたその言葉に一つ頷くと、彼は腰から下げた竹筒を取り、飲
み口の栓を前歯で銜え引き抜いた。
「ほら、水だ。──飲めるか?」
 そう問い掛けつつ、少年の口許にそっと竹筒を宛行う。しかし水を飲むだけ
の体力すら残っていないのか、筒の先からは透明な雫が、少年の顎を伝って薄
汚れた衣の胸元へと、次々に零れ落ちるだけだった。
 彼はその様子に低く舌打ちをすると、噛んでいた肉桂の皮を吐き出し、代わ
りに竹筒の水を口に含んだ。次いで少年の頤をそっと摘み、それ以上仰向いて
しまわない様に固定すると、僅かに開いた小さな唇を自分のそれでゆっくりと
優しく覆った。

494「獲麟」3/6:2008/12/21(日) 13:13:53
「──ん、……っ」
 直後、口を塞がれた事への拒絶を示す様に少年の細い眉根が僅かに寄せられ
身体の脇に垂らされたままの両腕がぴくりと動く。しかし次の瞬間、己の口腔
に流れ込んで来たものの正体に気付いたのか、小さな抵抗は瞬く間に止んだ。
 彼は少年が咳込んでしまわない様、含んだ水を少量ずつ、ゆっくりと相手の
口内に流し込む。長い時間を掛けて水を飲ませながら、その切れ長の眼を薄く
開け、間近にある小作りな顔を見るとも無しに見つめていた。
 今は煤と海砂に汚れてしまっている窶れた頬は、良く見れば肌のきめが細か
く、色も透き通る様に白い。彼の知る城下の子供達は皆、男女を問わず真っ黒
に日焼けしていたから、やはりこの少年は近隣の住民では無いのだろう、と彼
は改めて思った。
 ──戦火を逃れる途中で、親とはぐれたか……。
 遣り切れない思いに軽く眉根を寄せた時、彼の眼前で固く閉じられたままの
瞼を縁取る長い睫毛が、微かに震えた。
 いつの間にか、口に含んだ水を凡て飲ませ終えていた事に其処でやっと気付
き、慌てて顔を離す。
「……おい坊主、大丈夫か。もっと水を飲むか──?」
 少年を腕の中に抱いたまま、その耳許へと囁く様に尋ねるも、反応は無い。
一瞬、悪い予感が脳裏を過ったが、次の瞬間微かに聞こえて来た穏やかな寝息
に、彼は目許を和ませ、今度はほっと小さく溜息を吐いた。どうやら喉の乾き
が収まった事への安堵から、急な眠気に襲われたらしい。
 その、邪気の欠片すら感じられない寝顔に軽く微笑んでから、彼は丸めた己
の羽織を枕に、少年を岩陰の僅かな砂地の上に横たえると、次いで懐から手拭
いを取り出し、竹筒の中に残った水でそれを十分に湿らせた。
 砂上に片膝立ちで坐り込み、濡らした手巾で少年の頬の汚れを優しく拭って
やりながら、彼は先刻来の自分の行動に思わず微苦笑を漏らしていた。
 過去にも流民の世話を焼く事は度々あったし、子供の相手をするのが嫌いな
訳でも無かったが、初めて出逢った名も知らぬ少年の面倒をここまで見てやる
事など、終ぞ経験が無かったからだ。
 ──まったく、我乍ら何とも人の好い事だ……。
 ぼんやりとそう思いながら少年の口許を拭っていた時、ふとその唇に小さな
傷がある事に気付いた。

495「獲麟」4/6:2008/12/21(日) 13:17:29
 少年の珊瑚色をした薄い口唇は、脱水症状と潮焼けの為にかさつき、ささく
れ立ってしまっている。水を飲ませている時には気付かなかったが、少年自身
が無意識の内に噛み締め傷付けてしまったのか、下唇の端にうっすらと鮮血を
滲ませている傷口が見えた。
「…………」
 暫時、無言でその紅い色を見下ろしていた彼は、徐に少年の上へと屈み込ん
だ。その緩やかな動作によって、襟足の位置で簡単に括られただけの長い黒髪
が彼の広い肩の上を流れ、少年の痩せた胸元にさらりと音を立てて落ちる。彼
はそれに構わず再度少年に顔を近付けると、今度は歯列の間から僅かに覗かせ
た舌先で、小さな傷口をそっと舐め上げた。
 乾燥しかさついた唇は、それでも驚くほど柔らかな感触で、近頃では殆ど相
手にする事も無くなった年若い生娘のそれを思い起こさせた。そして、ゆっく
りと動かす舌先にほんの微かに感じた血潮の味に、彼は突如、理由も無く背筋
を戦かせた。
「────っ……!?」
 思わず勢い良く身体を離し、肩で大きく息をする。彼のそんな動揺など露程
も知らず、規則正しい寝息を立てて熟睡している少年の安らかな寝顔を見下ろ
し長い前髪をぞんざいに掻き上げると、彼はその精悍な眉の上の額を、大きな
掌でぴしゃりと叩く様に覆った。
 ──こんな餓鬼相手に一体、何をやっているんだか……。
 再度、深く嘆息しつつ仰向くと、頭上に廂の如く張り出した巨岩越しの空の
色は、気付かぬ内に随分とその明るさを増していた。
 季節は未だ夏の初めだが、元来海辺は陽射しが強く、また砂地の照り返しも
あって、日中はかなりの暑さになる。今はまだ夜明けの涼気が残っているもの
の、陽が昇れば程無くして、此処も蒸し風呂の様になってしまうだろう事は明
白だった。
 ──浜の漁師小屋にでも運んでやるか。
 砂浜を戻った先にある粗末な漁師小屋は、漁を終えた男達が休んだり破れた
網や仕掛けを修繕したりする場所だが、小さな囲炉裏で簡単な煮炊きも出来る
上に、沖の番屋も兼ねている為、確か布団の用意もあった筈だ。自分が事情を
話せば小さな子供の一人くらい、小上がりの片隅にでも寝かせて貰う事は可能
だろう──そう考えを一巡りさせると、彼は依然として深く眠り続けたままの
少年を起こしてしまわない様、その細い身体をそっと抱き上げた。

496「獲麟」5/6:2008/12/21(日) 13:19:32
「──これは若、お早うございます……おや、その子はどうなすったんで?」
 少年を腕に抱いたまま汀の白砂を踏み締め小屋に向かっていると、運良く朝
の漁から戻った男達の集団と搗ち合った。その逞しい肩に大きな網や沢山の魚
が入った籠を担いだ漁師達の表情は、一様に明るい。どうやら、今朝も大漁だ
ったらしい。
 彼は親しげに挨拶をして来る男達に微笑って頷き返しながら、先程声を掛け
て来た初老の漁師に、事情を手短に説明した。
「……ああ、そうでしたか。そりゃ気の毒な事だ──ええ、勿論その子の面倒
は、おれ達が責任を持って見させて頂きますよ」
 他ならぬ若の頼み事ですからな、と言って彼が幼い頃からの知己である男は
人好きのする笑顔を見せた。
「……そうか、すまんな」
 彼も笑ってそれに応えると、男は舟を砂浜に上げ終え、小屋に向かって傍近
くを歩いていた若い漁師達の内、最年少らしき一人を呼び止めた。
「おい、この子を番屋まで運んでやってくれ」
 年長の頭の言葉に急ぎ彼の許へと駆け付けた若者は、その腕から少年を受け
取ろうとし、一瞬後に少し困った様な表情で自分より大分高い位置にある彼の
貌を見上げた。
「──どうした?」
 僅かに訝りつつ尋ねると、如何にも気の良さそうな若者は苦笑混じりに彼の
胸元を指差す。一体何事だろうと下ろした視線の先には、彼の着物の合わせを
きつく握り締めている、少年の小さく華奢な拳があった。
「おや、この坊主と来たら、よほど若の事が気に入ったらしい」
 若は女子だけで無く幼子にもお持てになるんですなぁ、と横合いから揶揄す
る男に軽く苦笑し、その手を解こうと指先を伸ばし掛けたが、しかし彼は直ぐ
にそれを止めた。
「──若?」
 不思議そうな顔で再度見上げて来る若者に、彼は微笑んで首を振った。
「いや、構わん……小屋までは大した距離でも無いからな。俺が運ぼう」
 そう言うと、軽く呆気に取られたままの二人の男をその場に残し、彼は再び
柔らかな白砂の上を歩き出した。

497「獲麟」6/6:2008/12/21(日) 13:20:39
 漁師小屋に向かって歩を進めながら、彼は再度、己の胸元に視線を落とす。
 一国の城主の継嗣にしては些か粗末に過ぎた感のある浅葱色の夏着の衿は、
細い指先がその色を蒼白く変えてしまう程、強い力で握り締められていた。そ
れは恰も『絶対、お前の傍を離れない』と云う決意の表れであるかの様に。
 不思議な子供だ、と彼は思った。整ってはいるが至って平凡な造りの顔立ち
も、折れてしまいそうなほど細く頼りない四肢も、何故か己の視線と心を強く
惹き付け、捕えて離さない……。
 彼は不意に歩みを止め、その腕の中で安心しきった様に眠る少年の、現在は
瞼の下に隠されている両目を覗き込んだ。
「おい……お前は、どんな眼をしている?どんな声で話すんだ……?」
 囁く様に問い掛けると、少年はまるでそれに応えるかの如く、彼の厚い胸板
にそっと頬を擦り寄せて来た。
 ──俺は、お前の笑った顔が見てみたい……。
 小さな身体を抱く腕に力を込めつつ彼はもう一度、その唇でゆっくりと言葉
を紡いだ。
「……だから、早く目を覚ませ──……」
 その途端、少年の黒髪が眩いばかりの金色に光り輝いた。一瞬、驚愕の表情
を浮かべて瞠目した彼は、しかし直ぐにその理由を覚り、小さく笑う。遥か水
平線の先に、黄金色の朝日が丁度その姿を現したところだったのだ。
 思わず目眩む程の朝暉を反射して、未だきらきらと煌めく少年の髪に暫しの
間、無言で見蕩れていた彼は、軈て思い出した様に新たな一歩を踏み出した。

 彼等の頭上には、払暁の紫に染まった昊天が高く広がっている。今日もまた
良く晴れた一日になりそうだった。

 《了》

  *   *   *

・「獲麟」…麒麟を得る事/転じて“絶筆”の意(孔子「春秋」)

498書き手:2008/12/21(日) 13:23:57
 ◆◇◆後書き◆◇◆

…と云う訳で、約一年間に渡って続けさせて頂いた、携帯電話からの読み辛い
SS投下は、今回でひとまず最後になります。
(後半は家人の入院と云うアクシデントに見舞われ、随分と投下ペースが落ち
てしまいましたが…)

物書き初心者の自分が、誤字誤用文章崩壊等の数え切れない赤恥を掻きつつも
投下を続けて来られたのは、偏にこんな駄文を読んで下さる方や「面白かった」
「次も楽しみ」とレスを下さる方がいらした事に尽きます。
皆様、本当に有難う御座居ました。

まだまだ「十二国記」801ネタは山ほどあるのですが、この先、更にマイナーcp
路線を突き進んで行きそうな勢いである事から、今後は他の書き手さん達の邪
魔にならない様、掲示板では無く、別処にてコソーリ&マターリ続けて行きたいと思っ
ております。

加えて、僭越ながら次レスに目次の完全版を置いておきます。cp別検索にお役
立て頂ければ幸いです。

最後になりましたが、一年間の永きに渡り拙スレにお付き合い下さった方々へ
再度心より御礼を申し上げます。
そして、存続が危ぶまれている当板と、過疎化が進む一方の801スレに一日も
早く明るいニュース(新作&新刊)が訪れる事を祈念して『ケータイSS』スレの
締めの御挨拶とさせて頂きます。

499index(改訂/完全版):2008/12/21(日) 13:26:20
《原作時系列準拠SS》◆…尚六 ※…利広→利達 ◎…桓タイ×浩瀚
※「夏日」(-610年)書き逃げスレ>>418-430
◆「獲麟」(-500)>>492-497
◆「流光」(-490)>>244-250
 「秘玩」(-480)朱衡→帷湍 >>71-74
◆「春信」(-480)書き逃げスレ>>407-416
 「菊色」(-390)帷湍×朱衡 >>274-280
 「紅山茶」(-380)成笙→尚隆 >>16-33
※「寒月」(-350)>>251-260
◆「候鳥」(-350)尚隆×利広 >>81-96>>99-153
◆「孤光」(-350)>>154-162
※「竹声」(-300)>>340-344
※「槐安夢」(-300)>>459-476
 「淫藥」(-220)尚隆×利広 >>360-364
◆「残花」(-200)>>282-289>>293-303>>308-331
◆「胡蝶夢」(-200)>>477-482
 「朝陽」(-200) 毛旋→成笙 >>373-391
 「冬星」(-100)尚隆→利広 書き逃げスレ>>453-466
◆※「北垂・南冥」(-100)書き逃げスレ>>472-491
 「蒼蓮華」(-90)阿選→驍宗 >>163-183
 「秋思」(-80)正頼→英章 書き逃げスレ>>437-452
※「登途」(-70) >>483-490
 「蘭容」(-40)英章×正頼 >>268-273
◎「青眼」(-9)>>420-449
◎「白水仙」(-7)>>35-52
◎「梅香」(-6)>>345-350
 「蒿矢」(-2)鳴賢→楽俊 >>2-12
◎「時雨」(-2)>>187-242
◎「夕陰」(-2)>>401-419
 「宵瞬」(-2)青江→丕緒 >>334-339
◆「悲風」(0)>>57-70

《尚六ほのぼのSS》
 「夢見ル富士額」>>75-76
 「甘イ生活。」>>263-265
 「雨ノチ晴レ」>>351-356
 「星ノ棲ム川」>>366-370
 「真夏ノ夜ノ夢」>>392-397
 「月ノ舟」>>451-458

500名無しさん:2009/01/14(水) 23:58:58
姐さん乙!!
いろんなカプの話が読めて楽しかった。
今後に期待!

501名無しさん:2010/08/13(金) 19:22:31
尚六やマイナーCPへの愛が溢れる姐さんの作品大好きです

502名無しさん:2014/01/25(土) 02:24:45
てす


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