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【尚六】ケータイSS【広達etc.】

475「槐安夢」17/18:2008/09/20(土) 19:23:54
 しかし幾星霜を重ね、杜鵑に言われた通り何度も読み返す内に、彼の心境は
少しずつ変化して行った。
 帝は、姫を心から愛していたからこそ薬を焼いたのだ。永遠の命など無くと
も、愛した人の面影を胸の奥底に抱いたまま、彼自身の限りある生を全うしよ
うと決めたが故に。その決意を月の姫に伝える為、帝は天に最も近い場所であ
る高岫の頂で不死の薬を灰にしたのだ。
 しかし、利達には薬を焼き捨てる事が出来無い。彼は生き続けなければなら
ないのだ──杜鵑の分まで。
 以来、利達は前にも増して両親を支え助けた。元来、博識で頭の回転も早い
彼が次々に提議する政策案はどれも緻密に練られており、専門の官吏ですら舌
を巻く程だった。
 中でも利達が力を入れたのが、医療分野だった。医学の知識、技術に長けた
者を国の内外は固より、海客や山客からも広く呼び集め、積極的に登用した。
九州各地に国営の療養施設を開き、誰でも安い治療費で瘍医に掛かれる様にし
た。製薬技術に優れた舜国と協力し、新薬の開発を進めた──そして、父王の
登極から凡そ三百年が過ぎた現在、奏は十二国の中で最も医療の進歩した国と
してその名を馳せていた。杜鵑を苦しめた肺の病気も、今では決して不治の病
では無くなっている。
 ──杜鵑、俺はしっかりやれているだろうか……?
 頁を閉じた『寒玉姫譚』を胸に抱き締め、利達はそっと瞑目する。瞼の裏に
浮かぶのは、最後の夜に見た杜鵑の優しい笑顔だった。
 ──君が好きだよ、利達……。
「……俺だって、ずっと貴方の事が好きだったんだ。杜鵑──……」
 呟きながら指先で唇をそっとなぞる。病の伝染を懸念し、殆ど利達に触れる
事の無かった杜鵑と交わした最初で最後の口付けを、彼は今でも昨日の事の様
に鮮明に記憶していた。それは利達にとって生涯決して忘れる事の出来無い、
刹那の永遠……。


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