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私の体験からの創価学会を書きます
1
:
沖浦克治
:2013/03/06(水) 05:29:29
創価学会員となって半世紀を過ぎました。
かなり古参の会員となりましたし、縦線を経験した数少ない人間。
公明政治連盟結成も、公明党結成も、新学同結成もリアルで体験致しました。
特に新学同は、昭和四十四年十月の、東京代々木公園での結成大会結集七万五の中の一人でした。
私も今年で68歳・・・
私の体験した創価学会を書き残したいと存じ、このスレを立てさせて頂きます。
管理人様、皆様方宜しくお願い申し上げます。
2
:
沖浦克治
:2013/03/06(水) 05:39:59
私が男子部で部長時代、同じ支部に昭和20年代入会の大先輩がおられました。
その方からお伺い致しましたが、
昭和31年の関西の戦いで頑張って、池田先生と何度もお会いし指導や激励をされた。
然し、自分は池田先生が第三代会長になられるとは思っても見なかったので、就任なさった時は驚いた。
こう言うお話でした。
今では、先生の会長就任は戸田先生時代からの、動かない取り決めのように言われます。
然しながら、そうではなく、全人類の救済のために、創価学会第三代会長の座を、池田先生が戦われて勝ち取られたのだと思います。
以前、池田先生が第三代会長に就任する裏で、権力闘争があったと書きました。
すると、待っていましたとばかりに非難が起きました。
今も、若鷹で残り火があります。
先生が会長就任された直後、顕徳会と言う団体が創価学会の内部で誕生し、先生に対抗して石田次男さんを会長にしようと気勢を挙げました。
一年ほどで消滅致しましたが、この事実は、先生を会長にしたくない勢力が当時の創価学会に存在した証拠でしょう。
以上が私の主観です。
3
:
沖浦克治
:2013/03/06(水) 05:44:41
私の入会は昭和37年でした。
入会してまもなく、男子部の先輩が私に言いました。
沖浦くん、池田先生が(日蓮正宗を)退転したらどうする?
答えに窮していると、先輩が言いました。
一緒に退転すりゃいいんだよ!
ああ、そうなのか・・・・
当時から男子部の最高幹部の中では、日蓮正宗との縁切りが必要だとされ、その話題がシバシバあったのでしょう。
4
:
沖浦克治
:2013/03/18(月) 06:24:51
私の入会から破門までの間、戒壇本尊本懐論は、私共の折伏の錦の御旗でした。
大聖人のご真筆のご本尊でも、戒壇本尊以外はいくら拝んでも功徳はない。
これが当時の主張でした。
そう言うご本尊は猊下に開眼してもらえば、本物となるが、発電所である戒壇本尊との送電線が切れた常態では、本物の本尊ではない。
当時の私共は、戒壇本尊唯一論です。
然しながら、寛師は邪義は邪義ですが、戒壇本尊唯一論は唱えていません。
彼が唱えた邪義は、
戒壇本尊随一論。
では、誰が随一を唯一に変えたのでしょう?
私は、戸田先生だと思います。
5
:
沖浦克治
:2013/03/19(火) 06:00:09
戸田先生は、戦後の民衆救済への布教で、師の敵の邪教である日蓮正宗をしたたかに利用なさいました。
あらゆる宗教は社会の底辺から拡大致します。
創価学会もその通りでした。
貧乏人と病人の集まりと嘲られ、実態もそうでした
これらの社会の底辺で喘ぐ人達に(私もその一人です)夢と希望を与え、布教の活力と確信を与える武器として、日蓮正宗の700年の伝統を利用され、戒壇本尊本懐を他の新興宗教との差別の武器になされたと思います。
6
:
ただし
:2013/03/20(水) 13:04:40
もっと聞かせてください。
もっと証言してください。
楽しみにしています。
7
:
沖浦克治
:2013/03/20(水) 16:05:44
戦後世の中が乱れに乱れた時、多くの新興宗教が誕生いたしました。
そのほとんどが南無妙法蓮華経を唱えていたのです。
当然世間は創価学会もその新興宗教の一種だと捉えます。
その時、戸田先生が高々と宣言なさいました。
『創価学会を新興宗教だ言うものがいるが、とんでもない。
お山(大石寺)へ行って御覧なさい。
樹齢何百年と言う大木が沢山あります。
新興宗教にはそんなものはありません。』(趣意)
創価学会員にこのように指導され、自分たちは立正佼成会のような新興宗教とは違うのだ!
創価学会の教義は、700年の伝統に裏打ちされている。
このように自信を付けさせ、折伏弘教の活力になさいました。
日蓮正宗という老舗を、したたかに利用なさったのです。
8
:
沖浦克治
:2013/03/20(水) 16:06:37
ただしさん、今日は
自己紹介スレッドで、自己紹介をされた方がいいでしょうね。
9
:
沖浦克治
:2013/03/21(木) 05:46:41
2005.9.30SP
創立75周年記念各部代表協議会での名誉会長のスピーチ 、から抜粋引用致します。
『戸田先生は、宗門について、「金がたまれば、必ず威張り、贅沢をする。そ
れどころか、広宣流布を断行しゆく正義の団体である学会を、切り捨てていく
だろう」と鋭く喝破(かっぱ)されていた。』
この様に、戸田先生は宗門など全く信頼されておられませんでした。
然しながら表面では、僧俗和合を唱えられ、学会員には
日蓮正宗は絶対に正しい!!
この様に常々指導なさいました。
未だにその点がわからない人がおられますね。
10
:
赤田青道
:2013/03/21(木) 12:43:20
沖浦さん
当時の会員達は事実と違う事を信じこまされたと言う事ですね。
新興宗教と呼ばれる事を回避する為だけに会員をも欺いたと言う事になりますよ。
11
:
赤田青道
:2013/03/21(木) 12:50:17
食う物も食わず、正本堂建立の為に私財や人生の全てを投げ打った方々に、お寺は単なる隠れ蓑とはあんまりな気がします。
12
:
沖浦克治
:2013/03/21(木) 13:00:18
事実と異なっていますね、確かにね。
でも欺いたとは思いません私はね。
私もそれを心の底から信じた一人でした。
今は全く信じません。
新興宗教と呼ばれる事を回避するためだけ?
でないと広宣流布が進まない。
人も救えない。
こう言う理由です。
子供に昔は親が言ったものです。
お腹出して遊んでいると、雷様がお臍をとるよ。
そう言って腹掛けをさせました。
子供はその言葉を信じて、腹掛けをつけたのです。
当時、医療の事情がよくなくて、幼児の死亡率は大変高かった。
その大半が内臓疾患でした。
それで、普段から暖かくして子供の命を護ったのです。
これは欺きではありません。
同じ事が法華経にもあります。
「良医病子の譬え(譬如良医の譬え)」(如来寿量品第十六)
多くの病気を治す良医に百人もの子供がいました。ある時、良医が遠い他国に旅に出た留守に、子供たちは毒薬を飲んでしまい、苦しさのあまり、地に転げ回ります。そこに父である良医が帰ってきて、すぐに良薬を調合して子供たちに与えます。子供たちの中で本心を失っていない者はこの良薬を飲んで治りますが、毒のために本心を失っている者は良薬を見ても疑って飲もうとしません。そこで良医は方便を設け「この薬をここに置いておくからお前たちは取って飲みなさい」と言い残し、他国に旅立ちます。そして使者を子供たちの所に遣わし、父である良医が亡くなったと告げさせます。子供たちはその知らせに嘆き悲しみ、毒気から醒めて本心を取り戻し、残された良薬を飲んで病を治すことができました。良医は仏、子供は衆生に譬えられます。毒薬を飲むとは邪師の法を信受することをいい、本心を失うとは、これまでに積んできた善根を失うことを指します。良医が死を告げさせたというのは、仏が実は滅していないのに方便のために入滅の姿をとることを指し、子供たちが目覚めたとは仏法の利益を得たことを表しています。
最後に経文はこう結んでいます。
この良医を嘘つきの罪に問えるか?
いいえ、世尊、それは不可です。
同じですよ。
13
:
赤田青道
:2013/03/21(木) 21:45:19
人々を救済する為に人々を利用する。矛盾してます。
どんな人も同等に尊いはず。
でも実際の戸田さんの書物や講義に、お寺の事は実は事実と違うと言う様な話は残っていないのでしょう。
14
:
赤田青道
:2013/03/21(木) 21:52:25
私は、戸田さん全て信じ人々の為に人生を捧げられたと思いますよ。
現在の創価学会は当時とは全く違う団体になっています。
現状を肯定する為に、昔の主張指導を否定すると歴史が歪みますよ。
私観で語るには危険な話題です。
膨大な人々の生命エネルギーをも否定する事になります。
15
:
感謝です
:2013/03/21(木) 23:39:28
沖浦さんこんばんは。
大聖人が法華経を宣揚されたのと同じでしょうか?
16
:
うそつき沖へ
:2013/03/22(金) 03:45:47
エミール・クレペリンによるとサイコパスのひとつに「空想虚言者」という類型がある。
1.【想像力が異常に旺盛で、空想を現実よりも優先する】
一見才能があり博学で、地理・歴史・技術・医学など、何くれとなく通じていて話題が豊富であるが、よく調べるとその知識は他人の話からの寄せ集めである。
2.【弁舌が淀みなく、当意即妙の応答がうまい】
好んで難解な外来語や人を脅かす言説をなす。
3.【人の心を操り、人気を集め、注目を浴びることに長けている】
自己中心の空想に陶酔して、他人の批判を許さない。
自ら嘘をついて、いつのまにかその嘘を自分でも信じ込んでしまうのである。
17
:
沖浦克治
:2013/03/22(金) 06:41:37
嘘つきさん、おはようございます
どっちでもいいですよ・・・
18
:
沖浦克治
:2013/03/22(金) 06:43:56
赤田さん、おはようございます
私は貴方のご主観には立ち入りません。
自分が体験した自分の創価学会を淡々と書くだけです。
それを読まれて納得される方もおられる。
されない方も当然おられる。
それはその方々の主観の問題で、私の問題ではありません。
19
:
沖浦克治
:2013/03/22(金) 06:44:35
感謝ですさん、おはようございます
そう言うことだと思います。
20
:
沖浦克治
:2013/03/22(金) 06:49:01
戒壇本尊本懐論を真正面に掲げ、創価学会は折伏大行進を致しました。
歴史的なじじつです。
戒壇本尊本懐論を信じ、私共は戦いました。
尤も、私は、大先輩方と比較するならば、戦いのまね事でしたが・・
功徳を沢山出しました。
今、創価学会員で戒壇本尊本懐を信じる人は極わずかですし、戒壇本尊を知らない人が大半になりました。
全く問題なく功徳がでています。
この事実が物語るのは、牧口先生の正しさです。
先生は、カントの価値論の、真善美とは一線を画され、美利善となさいました。
真は認識の対象であって、価値そのものではない。
信心の基本にある信は、真理の認識であって、それ自体が功徳や罰の原因にはなりません。
信によって起こる行動が功徳と罰を別けます。
御書にあります。
『受くるはやすく持つはかたしさる間成仏は持つにあり』
(四条金吾殿御返事)
受くるが信。
持つは、信によって起こる行動。
更に、御書には。
『一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ。』
(崇峻天皇御書)
振る舞いが肝心なのです。
21
:
沖浦克治
:2013/03/22(金) 07:06:34
興味深い事があります。
戸田先生が言われました。
『退転した人は必ず、罰の姿を見せに来る。』(趣意)
半世紀創価学会におりますが、これは本当です。
何も相手の宗派の如何に関わらず、こちらがキチンとご本尊に祈っているなら、必ずそう言う現象が起こります。
裏切った人をこちらが怨嫉したら、そう言う現象は起こりません。
不思議ですね。
戸田先生が言われました。
『退転した人はね、必ず零落れた姿を見せに来ます。
以前、3人の女性がいて、一人が退転した。
後の二人は、今は億と言うお金を動かす立場になっています。
退転した一人とこの前会いました。
生活すらままならない様子なんだ。
又、昔支部長をやらせていた人がいて、組織利用をしたので解任した。
するとこの前連絡があって、
病気でもう助からない。
死ぬる前に戸田に謝りたいからあって欲しい。
そう言うんだ。
だから僕から病院へ行くと言って行ったんだよ。
あちらはもう助からない病人なんだ。
だから、僕が行ったんだよ。
そしたら僕に謝って安心したんだろうね。
お腹がすいたと言って、奥さんがリンゴのすったのを食べさせた。
すると、一口二口食べて、
ああ〜〜、美味い!!
て言いやがった。
焼酎ばっかり呑んでいた野郎だよ。
お前、焼酎ばっかり呑んでいたのが、リンゴのすったのなんか食って美味いなんて言うな!
そう言うと、
へへへ・・・
て、笑いやがった。
途端に奥さんが、わ〜〜!と泣きだした。
聞いてみると、
この人が笑ったの何ヶ月ぶりだ。
こちがへへへで、あっちがわ〜〜!だよ。
そしてね、その後で退院して僕の所へ会いに来たよ。
後で言ったんだ、
あれは死ぬるよ。
今治って、寿命で死ぬる。
そしたらその後死にやがった。
正月の葬式で迷惑なやつだ。
諸君たちも退転して惨めな姿見せに来るより、功徳沢山出して勝った姿見せてくれ。』(趣意)
この講演の音源を持っております。
来ていただくなら何時でもいお聞かせ致します。
思い出す度に思います。
創価辞めなくて本当に良かった!!
22
:
感謝です
:2013/03/22(金) 22:13:57
沖浦さん、こんばんは。
このシリーズ、もっと語ってください。
私は、戸田先生が大好きです。
率直で、飾らない戸田先生の指導が本当に大好きです。
23
:
沖浦克治
:2013/03/23(土) 05:38:42
感謝ですさん、おはようございます
私も戸田先生が大好きなのです。
最近池田先生が書かれました。
『創価学会は、私と戸田先生の人間的魅力で引っ張ってきた。』(趣意)
私が半世紀で始めて読んだ指導でした。
読んで嬉しかったです。
これを書かれた時、先生は既に表面から姿を消された後でした。
だからこそ書かれたと思います。
昭和52年当時、先生の戸田先生に関する指導で、以下の様なものがありました。
『牧口先生、戸田先生、特に戸田先生ですね。
戸田先生は、公平に見て当時世界一の実力をお持ちの方でした。
諸君達は戸田先生にお会いできなくて残念だった。
大聖人は仰せです、ご自分が出現しなかったら、釈迦仏法は嘘になってしまうことであった。
その通りです。
ですから、釈迦仏法は全てが大聖人の仏法の中に含まれます。
そして、大聖人は必ず広宣流布をすると言われました。
しかし、大聖人は亡くなってしまわれた。
広宣流布は出来ない。
その後全く広まらなかった。
間の人達が逃げちゃったりして、卑怯だったんです。
日蓮正宗といっても、全く広めていない。
護持をしておっただけだ・・・
そうして、あの戦争です。
もう大聖人の仏法は消滅せんとした。
その時、丁度七百年後に不思議にも、戸田先生がご出現になられた。
地涌の菩薩は、法性の淵底から出現すると経文にあります。
その最も深い淵の底とも言える牢獄の中で、戸田先生は宇宙の仏界に向かって題目を唱えられ、悟りを開かれた。
戸田先生は、
我地涌の菩薩の棟梁なり。
と、おっしゃいましたよ。
ご本尊も無い牢獄で悟られた。
大聖人もご本尊はありません。
戸田先生もありません。
数珠もないんだもの。
牛乳瓶の蓋で数珠をこしらえられたのは、有名な話です。
これが、大聖人と戸田先生の共通性なんです。
御書には、自分が亡くなった後も、必ず一人から広まる。とかかれてあります。
その通り、丁度七百年後です。
仏法は3とか7という数字は特別です。
その七百年後、戸田先生が法性の淵底とも言える牢獄のなかで、法華経を読まれ、我地湧の菩薩の棟梁なり。と叫ばれ、そのお一人から続々と広まった。
御書にある通りなのです。
その御書を身で読まれたお方が戸田先生です。
こう考えると、仏法の上から、戸田先生と言う方のお立場が明確になります。
但し、生命論のわからな人、所謂信心のない人にはわからない。』(趣意)
これを読んで、日蓮正宗は達師までは正しかったと思う人は、生命論の分からない人です。
戒壇本尊本懐等と思う方は、所謂信心のない人です。
35年も前に池田先生が、これほど明確に言われておられる。
ネットで、私を人本仏迹の邪義等と、浮かれ騒ぐ人などは、問題外です。
これ読むなら、人が本は直ぐわかります。
24
:
沖浦克治
:2013/03/23(土) 06:06:45
私共創価を名乗る人間は、先生が仰せのように、一人ひとりが人間的魅力を身につけ、
周りの世間を引っ張らないといけませんね
25
:
沖浦克治
:2013/03/24(日) 05:13:48
おはようございます、皆様方。
公明党結党以前、公明政治連盟と言う政治団体があって、創価学会が作りました。
昭和36年1月17日に結成されましたが、当時私は15歳でまだ入会以前でしたので、その時は全く知りませんでした。
入会した昭和37年の次の年の38年に統一地方選挙があって、私の所属組織も選挙一色になりました。
私の当時の支部長が波多野さんと言って、兵庫県会に立候補なさいました。
この方はご立派なお方で、海技専門学校の教授をされていましたが、立候補に伴い辞職なさいました。
相当の覚悟がないと出来ないことですが、当時の私はまだ17歳、そう言う大人の世界の事を理解出来る年代ではありません。
ご自宅の隣が私の地区の活動家のお宅で、よく出入りしていた私は、ある日波多野さんがご帰宅なさる所に行き会いました。
支部長学校をお辞めになられたのですね。
そう話しかけると、波多野さんは、若造の私に深々と頭を下げられ、
宜しくお願い致します。
と、言われました。
そう言う幹部は始めてでしたので、驚きました。
今思い出しても、心が暖かくなります。
ああ言う方が、創価学会を支え、公明党の基盤を作られたのでしょう。
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