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私の体験からの創価学会を書きます

23沖浦克治:2013/03/23(土) 05:38:42
感謝ですさん、おはようございます

 私も戸田先生が大好きなのです。
 最近池田先生が書かれました。

 『創価学会は、私と戸田先生の人間的魅力で引っ張ってきた。』(趣意)

 私が半世紀で始めて読んだ指導でした。
 読んで嬉しかったです。
 これを書かれた時、先生は既に表面から姿を消された後でした。
 だからこそ書かれたと思います。
 昭和52年当時、先生の戸田先生に関する指導で、以下の様なものがありました。

 『牧口先生、戸田先生、特に戸田先生ですね。
 戸田先生は、公平に見て当時世界一の実力をお持ちの方でした。
 諸君達は戸田先生にお会いできなくて残念だった。
 大聖人は仰せです、ご自分が出現しなかったら、釈迦仏法は嘘になってしまうことであった。
 その通りです。
 ですから、釈迦仏法は全てが大聖人の仏法の中に含まれます。
 そして、大聖人は必ず広宣流布をすると言われました。
 しかし、大聖人は亡くなってしまわれた。

 広宣流布は出来ない。
 その後全く広まらなかった。
 間の人達が逃げちゃったりして、卑怯だったんです。
 日蓮正宗といっても、全く広めていない。
 護持をしておっただけだ・・・
 
 そうして、あの戦争です。
 もう大聖人の仏法は消滅せんとした。
 その時、丁度七百年後に不思議にも、戸田先生がご出現になられた。
 地涌の菩薩は、法性の淵底から出現すると経文にあります。
 
 その最も深い淵の底とも言える牢獄の中で、戸田先生は宇宙の仏界に向かって題目を唱えられ、悟りを開かれた。
 戸田先生は、
 
 我地涌の菩薩の棟梁なり。

 と、おっしゃいましたよ。
 ご本尊も無い牢獄で悟られた。
 大聖人もご本尊はありません。
 戸田先生もありません。
 数珠もないんだもの。 
 牛乳瓶の蓋で数珠をこしらえられたのは、有名な話です。

 これが、大聖人と戸田先生の共通性なんです。
 御書には、自分が亡くなった後も、必ず一人から広まる。とかかれてあります。
 その通り、丁度七百年後です。
 仏法は3とか7という数字は特別です。 
 その七百年後、戸田先生が法性の淵底とも言える牢獄のなかで、法華経を読まれ、我地湧の菩薩の棟梁なり。と叫ばれ、そのお一人から続々と広まった。
 御書にある通りなのです。
 
 その御書を身で読まれたお方が戸田先生です。
 こう考えると、仏法の上から、戸田先生と言う方のお立場が明確になります。

 但し、生命論のわからな人、所謂信心のない人にはわからない。』(趣意)

 これを読んで、日蓮正宗は達師までは正しかったと思う人は、生命論の分からない人です。
 戒壇本尊本懐等と思う方は、所謂信心のない人です。

 35年も前に池田先生が、これほど明確に言われておられる。
 ネットで、私を人本仏迹の邪義等と、浮かれ騒ぐ人などは、問題外です。

 これ読むなら、人が本は直ぐわかります。


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