はじめまして。
Her attendance at the party might have encouraged them.
と会話の中でこの1文が出てきたとき、
会話の中の登場人物が彼女(herの対象です)の欠席を知っている場合、
Her attendance at the partyと言った時点で事実と異なるんですよね。
その後に過去形(この場合仮定法上の過去です)であるmight
が来てますから、ネイティブの方には
仮定法の形にしか見えないかもしれませんね。
彼女がパーティーへ出席していたら彼らを勇気づけたかもしれないよ。
(日本語にしにくいので少し意訳しました。)
ではもし、会話の中の登場人物が彼女(herの対象です)が出席
したことを知っていた場合、
Her attendance at the party might have encouraged them.
彼女のパーティーへの出席はね、ひょっとすると彼らを勇気づけたのかもしれないなぁ。
こうも解釈できるかもしれませんね。
今一度考えてみましたが、やはりmightをただの過去形と取るのは
なんだか後ろの完了形と違和感を感じてしまいますねぇ。。
Her attendance at the party might encourage them.
なら良い気がします。
完了形だとHer attendance at the partyは過去の出来事なんですが
themに対してのencourageという行為から現在までの
繋がりのような物を感じるわけです。
その場合目線が過去のmightではどうもおかしい気がします。。
つまりはHer attendance at the partyが既知の事実の場合は
やはりmightを控えめ表現としか取れないと言うことでしょうかねぇ。
I will have saved 200,000 yen by the end of next year.
この単純な未来完了ですらhave saved 200,000は過去の事象ではなく
現時点でby the end of next yearの地点のことに思いを馳せ(will)
20万貯めたという経験を(have)することを思い描いているわけです。
saved 200,000 yen by the end of next yearは話した地点ではまだ「事象」ですらなく
話し手の頭の中の概念にすぎないわけです。(だからhaveは原形で時制がかかってないわけなんですけど)
僕は主語にしか目がいっていませんでしたが、仮定法には
そのような使い方もあるんですね。。初めて知りました。
Her attendance at the party might have encouraged them.
と単文で書かれている場合はやはり主語に着目すると思いますし、
仮定法+完了と見てしまう気がします。
いろいろな解釈は出来るけど、普通にこの文を単文で見た場合は
彼女がパーティーへ出席していたら彼らを勇気づけたかもしれないよ。
となるのかもしれませんね。
逆に考えられる仮定法に使えそうな条件が全て真の場合で
控えめ表現のmightを使えるか考えてみましたが、使えそうにないですね。
なんでmightなんて言うの?となりそうですしそもそも使えない気がします。
なんだか奇妙です。
この型は仮定法+完了形の足し算としか見えないのかもしれませんね。
(1)If I should see him, I'll slap him in the face.
(もし会ったら、平手打ちを食わせてやりたいわ)
→彼に会う可能性は、wouldを使う場合よりも高い
(2)If I should see him, I'd slap him in the face.
(万一会ったとしたら、平手打ちを食わせてやりたいわ)
→彼に会う可能性は、willを使う場合よりも低い
以上のことから、以下のように考えられるのではないでしょうか。
Her attendance at the party might have encouraged them.
→mightを使っているのだから、主語her attendance at the partyの表す出来事は、成立したかもしれないが成立しなかったかもしれず、しかしどちらかといえば成立しなかった可能性の方が高そうで、だから仮定として解釈するのが自然である。