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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 6 - したらば

455避難民のマジレスさん:2020/12/29(火) 21:46:01 ID:g1X3Iees0
最初と最後の自由 第二部質疑応答
三七 精神の混乱について 1

質問
 私は、あなたのすべての講話を聴いてきました。あなたのすべての本を読んできました。もっとも熱心に訊きますが、あなたの言われるようにすべての思考が止み、すべての知識が抑圧され、すべての記憶が失われなければならないなら、私の生の目的は何でありうるのでしょうか。あなたはその存在の状態-あなたによれば、それが何であろうとも-を、私たちがそこに生きている世界と、どのように関係させるのでしょうか。そういう存在は、私たちの悲しい苦しい・痛ましい存在と、どんな関係があるのでしょうか。

 私たちはこの状態が何であるかを知りたいのです-それは、すべての知識、すべての認識者がないとき、ありうるだけです。この状態が、私たちの日常の活動の、日常の追求の世界と、どんな関係を持つのかを、私たちは知りたいのです。私たちは、今自分たちの生が何であるか-悲しく、痛ましく、常に恐れて、何も永久的なものがない-を知っています。私たちはそれをとてもよく知っています。この他の状態が、それとどんな関係を持つのかを、私たちは知りたいのです-私たちが知識を脇に置いて、自分たちの記憶などから自由になるなら、存在の目的は何でしょうか。
 私たちが今知っているような存在の目的は、何でしょうか-理論的にではなく現実に、
です。私たちの日常存在の目的は、何でしょうか。ただ生き残る・生き延びることなのではないでしょうか-そのすべての悲惨とともに、そのすべての悲しみと混乱、戦争、破壊などとともに、です。私たちは理論を考案できます。「これはあるべきではない。しかし何か他のものがあるべきだ」と、私たちは言えます。しかしそれらはすべて理論です。それらは事実ではありません。私たちが知っていることは、混乱、苦痛、苦しみ、終わりなき敵対です。私たちはまた、そもそも気づいているなら、これらがどうして生じるのかをも、知っています。生の目的は、個人としても、また集団的人間としても、瞬間瞬間、毎日、互いに破壊しあうこと、互いに搾取・利用しあうことです。私たちは、自分たちの寂しさ、悲惨のなかで、他の人たちを利用しようとします。私たちは自分たち自身から逃避しようとします-娯楽をとおし、神をとおし、知識をとおし、あらゆる形の信念をとおし、同一化をとおして、です。それが、私たちが今生きているような、意識的、無意識的な自分たちの目的です。もっと深くもっと広い彼方の目的、混乱の、取得のものではない目的があるでしょうか。その努力のない状態は、私たちの日常の生と何か関係を持つのでしょうか。
(´・(ェ)・`)つ


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