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鬼和尚の仏教勉強会 講読ゼミ 4

46避難民のマジレスさん:2018/07/27(金) 08:33:16 ID:LC3de7YgO
>>44
『I AM THAT 私は在る』
【36 殺すことは、殺されたものではなく、殺した人を傷つける】(つづき)

 質問者 ええ。できます。子供は両親のことを知らないかもしれ
 ません。しかし遺伝した特質はそこにあるでしょう。
 マハラジ
 誰がそれと同一化するのだろう?
 記録し比較する記憶をもった誰かとだ。
 記憶とはあなたの精神生活の縦糸だということがわからないだろ
 うか?
 そしてアイデンティティは、単に時間と空間のなかの出来事の、
 ひとつのパターンでしかないのだ。
 パターンを変えてみなさい、すると、あなたはその人も変えたと
 いうことがわかる。
 質問者 パターンは意味があり、重大なものです。それにはそれ
 自体の価値があります。綴れ織りは単に色のついた糸に
 すぎないと言うことで、あなたがもっとも重要なことを
 見逃してしまいます。それはその美しさです。あるいは
 本を紙とインクの汚れとして描写することで、その意味
 は見失われてしまいます。アイデンティティは私たちを
 独特の、かけがえのないものにする、個性の基盤である
 ために価値をもつのです。「私は在る」はそのユニーク
 さの直感なのです。
 マハラジ
 そうであるとも、ないとも言える。
 アイデンティティ、個性、ユニークさ、それらはマインドのもっ
 とも価値のある側面だ。
 だがマインドにおいてだけだ。
 「私は存在するすべてだ」という体験もまた、同等に正当なもの
 だ。
 特定性と普遍性は不可分だからだ。
 それらは名づけることのできないものの、内面と外面から見た二
 つの相なのだ。
 不運にも言葉は、言及できてもその意味を伝えない。
 言葉の彼方に目を向けなさい。
 質問者 死において、死ぬものは何でしょうか?
 マハラジ
 「私は身体だ」という観念が死ぬのだ。
 観照者が死ぬことはない。
 質問者 ジャイナ教徒は観照者の多様性と、その永遠の分離を示
 しています。
 マハラジ
 それは、ある偉大な人びとによる体験をもとにした彼らの伝統な
 のだ。
 ひとりの観照者が無数の身体のなかに「私は在る」として反映さ
 れる。
 いかに捕らえがたい微妙なものでも、身体が存在するかぎり、
 「私は在る」は多数として現れるのだ。
 身体を超えれば、そこにはひとりしかいない。
 質問者 神でしょうか?
 マハラジ
 創造者とは、世界をその身体としている人だ。
 名前を超えたそれは、すべての神をも超えているのだ。
(´・(ェ)・`)
(つづく)


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