[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
鬼和尚に聞いてみるスレ part4
1
:
sage
:2014/08/05(火) 19:29:50 ID:QMklRI/Y0
鬼和尚と修行者の為の交流スレです。
前スレ
鬼和尚に聞いてみるスレ part3
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/8276/1394101534/
248
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/05(金) 23:40:52 ID:TuXp/BD20
鬼和尚、初めまして。
つい最近和尚のことを知り勉強させて頂いてます。
いくつかお聞きしたいことが。
和尚は不運は現世での行いがほとんどの原因だというようなことをブログで
書いてらっしゃったと思いますがここ最近多い幼児虐待などはどうなるのでしょうか?
まだこの世に生を受けて間もない人が心が痛む用なことになるのはこれは前世での行いの
反映なのでしょうか?
もう一つ風俗に関してなのですが。。
風俗に行って性欲を解消することはどうでしょうか?
私はどうしても後ろめたいというか罪悪感がありますが性欲がどうしても
捨てきれずあいにくきちんとお付き合いしている人もおりませんので
たまにお世話になるのです。
誰も傷つけてはいないとは思ってますが後ろめたい気持ちがある以上は私にとっては
よくないことなのでしょうか?または気にし過ぎなのでしょうか?
249
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/06(土) 13:20:33 ID:cVn6W8No0
>>246
ありがとうございます。
自我を観察するために、なんでも試してみようと思います。
それで、しばらく続く「気分」というものも、自我の投射に過ぎないのではないかということに気づきました。
例えば嫌な気分というのも、嫌なことが起きた自分というイメージが投射されているだけであり、集中の瞑想でそのような気分自体を弱めることもできるし、苦滅で消すこともできると判りましたが、これは正しい観察でしょうか?
とすると、一般の人が行う気分転換の実態は、場所や見方を変えることで、投射されている自我イメージを変えるということになるのでしょうか?
250
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/06(土) 21:11:16 ID:JfE67j4w0
>>247
岩波文庫でも良いのじゃ。
何もしないよりましなのじゃ。
多くの事を知るより一つの事を深く知ったほうが良いのじゃ。
>>248
そうかもしれん。
そのような親を選んで生まれる性質を持っていたのじゃろう。
哀れなことじゃ。
暴走して犯罪に走るよりはましなのじゃ。
コントロールしていれば犯罪には走らないじゃろう。
性欲は本来子孫繁栄のためであるから、子作りも目指すのじゃ。
251
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/06(土) 21:14:49 ID:JfE67j4w0
>>249
それで良いのじゃ。
自分でそのように出来るならば起きていることなのじゃ。
そうじゃ、それが気分転換なのじゃ。
別の場に行くと人が変わるのじゃ。
戻ってくれば元の人間に成るのじゃ。
人が場に囚われるのはそれが原因なのじゃ。
常住不変の自己というものを求めるのじゃ。
252
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/07(日) 00:06:24 ID:VqFCgU3w0
>>250
ありがとうございます。
性欲はたしかに子作りのためですよね。
正しい使い方を選ぶよう努力いたします。
悟るともう肉体を必要しなくなるということですが我々人というものは
肉体を持った生命体としてはこの宇宙で最高なのでしょうか?
私はこの宇宙にはもっと素晴らしい生命体がいるものと考えておりました。
精神肉体文明共に我々よりもっと上レベルの生命です。
しかし我々は悟れば生まれ変わりの宿命から外れてもいいということは
悟ることなく生まれ変わって行いと認識の結果いかんで他の星の生命に
輪廻転生するということは無いのでしょうか?
つまりそもそも宇宙には我々しかいないのでしょうか?
地球までやってこられる知的生命がいると仮定したら脳も我々より高度に進化した
ものでしょうからこの宇宙の認識ももちろん我々とは違うと思うのですがもし彼らが
いるとしたら我々よりももっと悟りに近い存在にいるということでしょうか?
そもそも生命が進化する目的ってなんなのでしょうか?
より悟りに近づくための肉体を持つ、ということでしょうか?
それとも進化なんて元々無いのでしょうか?
253
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/07(日) 12:25:51 ID:LC3de7YgO
>>250
鬼和尚、ありがとうございますヽ(・(∀)・)ノ
中村さんの岩波文庫や、鬼和尚のブログを再々読し、関心あるテーマごとにインターネットで検索してその他のサイトなど読んでみます。
やっぱり、行の進捗を早めるには気合いを入れて集中力を高めるしかないですかね!?
254
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/07(日) 14:11:38 ID:0Sk4wvvs0
>>251
苦滅が身につくことにより、これまで人生の真理として思い込んでいたこと、例えば人生には苦も楽もあるとか、限られた生を楽しむとかが、単なる観念であり、それは真理でもないし従わなければならないものでもないということが判ってきました。
ただ、あまりにも世の常識と違うために、果たして本当に自分が正しい気づきを得ているのかが疑わしく思えることもあります。
このこと自体が世の常識に囚われているということですね。
とにかく、自我を滅し、記憶に依存した認識を滅し、智慧を得て、本当のところはどうなのかを確認したいと思います。
お答えくださり、ありがとうございました。
255
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/07(日) 22:08:57 ID:JfE67j4w0
>>252
上も居ると言えば居るのじゃ。
それが悟りに近いわけでもないのじゃ。
苦が無ければ悟りに志す事も無いからのう。
変化があるだけなのじゃ。
肉体的には退化したとも言えるのじゃ。
>>253
そうじゃ、日々の修行によって集中力を高めるのじゃ。
その先に全てがあるのじゃ。
出来なかった事も出来るようになるのじゃ。
>>254
そうじゃ、常識とは死に対抗するなんの手段も無い知識だけなのじゃ。
棄てて良いものじゃ。
更に進むのじゃ。
256
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/07(日) 23:31:57 ID:VqFCgU3w0
>>255
お答えいただきありがとうございます。
>>居るといえば居る
私には理解不足でよく呑み込めませんでした。
認識が現実を作る ということなのですかね。
でもいかに技術や精神や医学が発達しても肉体はやはり寿命の長短はあれ
無くなっていくものですよね。
居る、という認識においては肉体がある知的生命はやはりどの星にいても
苦からは逃れられないと私は思いました。
どこに生まれようと悟らない限りは繰り返す、と。
生まれて死ぬという認識のあるうちは苦からは逃げられませんね。
生命は進化するものと捉えず単に変化していくだけということですね。
生命だけではなくすべてのものがそうでしょうが。
私の個人的な好奇心にお答えいただき感謝します。
257
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/07(日) 23:38:12 ID:WL2yRwjAO
ドラゴンボールのフリーザとお釈迦様はどっちが凄いかと言う問いでもあるよな
フリーザが惑星ごとお釈迦様を吹っ飛ばそうとしたとする。
お釈迦様はどうなされるだろう。
人は皆滅ぶのじゃお主も例外ではないとかフリーザに諭すかもしれない
フリーザは死を恐れているし、自分より強い宇宙人が現れることを常に警戒している。
お釈迦様は腕力はチャオズ以下だが、フリーザの心理的弱点は克服している。
258
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/08(月) 00:45:47 ID:LC3de7YgO
>>255
鬼和尚、ありがとうございますヽ(・(∀)・)ノ
より一層集中力をめちゃめちゃ高めるべく頑張ります。
他の質問者に対するお答え、
>常識とは死に対抗するなんの手段も無い知識だけなのじゃ。
棄てて良いものじゃ。
更に進むのじゃ。
を読んでて思いました。
鬼和尚は常日頃、悟りは言葉で説明できることではなく、自らの瞑想実践で実感するしかないと仰り、又、全ては幻想であり、森羅万象は心の作り出したものであるという趣旨のことを仰ってます。
と言うことは、全ては幻想という世界観は必ずしも悟りの様子や真理を語ったものではなく、又、全ては幻想という世界観のもとでは、その世界観自体が幻想でありますから、この世界観を敢えて仰ると言うことは、この非常識な世界観が真実のものであるかどうかを、常識に囚われず自らの集中力で心を観察し、確かめてみろと、行の指針と言うか、記憶や観念に囚われずに研ぎ澄ました観察力で自らの実感するしかないのだと言うことを仰ってるのかな…と思いました。
それで、おりにつけ、「ワシの言うことも疑うのじゃ」と仰るのかな…と思いました。
こんな理解でも良いのでしょうか?
259
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/08(月) 12:55:00 ID:E6b4s/gc0
>>255
勇気を出して、悟りを得る障害になる全てを棄てていきます。
棄てるのにはたいてい恐怖や不安が伴いますが、棄てた後には、自由と安心が増えるのが感じられます。
モラルや好ましいとされる観念を棄てても、意志により、社会の枠組みの中で正しいとされる行動を選択できることも判りました。
あとは、本当に自分という認識は言葉とイメージに過ぎないのか、また、本当に死を超えられるのか、確かめたいです。更に進みます。
背中を押してくださり、ありがとうございました。
260
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/08(月) 21:43:40 ID:6fpGPo6k0
>>256
そうじゃ、天の者さえ老病死は免れないのじゃ。
またおいでなさい。
>>258
そのような理解でも良いのじゃ。
全ての教えは道標なのじゃ。
悟りに行く者だけに役立つものじゃ。
実践が全てなのじゃ。
>>259
そうじゃ、実践あるのみじゃ。
またおいでなさい。
261
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/08(月) 23:18:32 ID:LC3de7YgO
>>260
鬼和尚、ありがとうございます!
ヽ(・(∀)・)ノ うぅぅ! ファイトがわくであります! 気をにらみつけてやるであります!!
262
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/09(火) 18:53:13 ID:jfWCoXjM0
自我の意識が強くなかなか変性意識に入ることができません。
数息観のほかに何か良い方法があれば教えてくださいm(_ _)m
263
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/09(火) 22:04:59 ID:JDJBht.w0
>>261
そうじゃ、実践あるのみじゃ。
またおいでなさい。
>>262
心臓の動きを感じるのじゃ。
音を聞こうとしても良いのじゃ。
鼓動と一つになるのじゃ。
全身が心臓に成ったような感じになるまでやってみるのじゃ。
264
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/09(火) 23:02:11 ID:LC3de7YgO
>>263
ヽ(・(∀)・)ノ鬼和尚、ありがとうございます。
思ったのですが、集中力をバカみたいに高めようとすると、自我が強まるんじゃなくて、引っ込んじゃうのでしょうか?
そのためにはバカにならなきゃダメですね! 私は中途半端なバカなので、本物を目指します!
ヽ(;(∀);)ノありがとうございます。
265
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/10(水) 10:06:13 ID:rjrCqQY20
鬼和尚さん
私は個体への執着を断ち切りたいのです。
しかし何故私たちは、安楽な境地を離れてこのような無明を体験するに至ったのでしょうか。
元々がそれであるのに、わざわざ人間界(分離の世界)に留まって仏(目覚めた者)を目指す。
それ以前とそれ以後には何の意味も違いもないのでしょうか。
本来はそれ以前も以後も過去も未来も妄想ではあるのでしょうが…。
266
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/10(水) 16:27:35 ID:rjrCqQY20
そしてもう一つ、マハラジは「私たちは生きている。何故なら感覚的存在を切望しているからだ」と言っていました。
つまりそれは、個体を持つものの特性のことなのでしょうか、欲望とも言い換えることが出来るのでしょうか。
267
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/10(水) 20:54:40 ID:jfWCoXjM0
>>263
ありがとうございます。
今日心臓の動きを感じる瞑想をしてみました。
そこで気づいたのですが
呼吸を見ながら同時に心臓を感じると、雑念がさっぱり沸かなくなります。
このやり方は邪道でしょうか?
呼吸なら呼吸に、心臓なら心臓に集中できたほうが良いですか?
268
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/10(水) 22:42:39 ID:Fep2We9g0
>>264
そうじゃ、基本が大事じゃ。
またおいでなさい。
>>265
今この時にもおぬしの心の奥には永遠の意識があるのじゃ。
無明すらもあると思っているだけなのじゃ。
個体があるという観念そのものをよく観察してみるのじゃ。
そうすればその観念もまた錯覚であり、あるはずのないものわかるじゃろう。
無いものがあると思い、無いものに執着していたと気付けば個体という観念も離れるのじゃ。
>>266
そのようなものじや。
感覚に執着してよくもあるのじゃ。
>>267
おぬしのやり良いようにやって良いのじゃ。
何でも試してみるのじゃ。
その努力は無に成らないのじゃ。
実践あるのみじゃ。
269
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/11(木) 03:16:14 ID:rjrCqQY20
>>268
鬼和尚さん
いつもしつこく同じような質問を繰り返している己が愚かに思えました。
心の奥にある永遠の意識…、それは私の喉元で見張っている何かよりは遥かに自由な意識に違いないと思います。
実践して明らかにするしかないはずの意識でした。
ありがとうございました。
270
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/11(木) 12:35:33 ID:1/XG4j0Q0
鬼和尚、
以前、
> 何かをしようとすると自分がしようとしていると認識が起こるのを意識しながら生活するのじゃ。
とお教え下さったのですが、この認識が起こるタイミングを教えてください。
現状の観察では、思考や感情など、心の機能を認識した瞬間には自我は投射されていないようなのですが、気づくと既に自分がしているという認識がされているという状況です。
どうやら、心の機能の認識のすぐ後に自分がしようとしているという認識が起こるようなのですが、他のタイミングということもありますか? どのタイミングに特に気をつけて観察したら良いかが知りたいです。
あと、投射されている自我が正しく観られているかどうかが判らなくなる時があります。苦滅の場合は身体に反応があったり、苦が滅したりするので分かり易いのですが、自我がおぼろげにしか観えていない段階で、自分自身という認識が観念の遊戯ではなく、実際に観られているかどうかを確認する方法がありましたら、お教え下さい。
271
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/11(木) 21:52:17 ID:iYaVxBMw0
>>269
どういたしまして、またおいでなさい。
>>270
認識が起こる瞬間は何かを知覚してから0.5秒であるというのじゃ。
実際、相当に素早いものじゃ。
かなりの集中力がないと捉えられないのじゃ。
気がつくといつの間にか自我がある居るというのはその瞬間を捉えられなかったからなのじゃ。
集中によって忘我の状態から、何かの刺激で瞬時に起こる自分を観る例が多いのじゃ。
一休が座禅中に烏の声を聞いて悟ったとか、道元がセミの声で悟ったというのがそれなのじゃ。
本当にその瞬間が観られたならば観照が起こり、無我になるじゃろう。
それは見紛う事はない体験なのじゃ。
安らぎと喜びが起こり、全てと繋がる意識が体感出来るじゃろう。
いつも通りならば観ていないのじゃ。
それを知って励むのじゃ。
272
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/12(金) 16:06:22 ID:Ixi5VWxw0
>>271
どうやら自我が起こった瞬間ではなく、その記憶を観ているようです。
自我が起こる瞬間を本当に観られたら、観照が起こるということで判るのですね。
その瞬間が訪れるように、つとめ励み続けます。
ありがとうございました。
273
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/12(金) 20:54:23 ID:NpBkhqbI0
本当にその瞬間が観られたならば観照が起こり、無我になるじゃろう。
それは見紛う事はない体験なのじゃ。
そんなもんみただけで無我になるの?
でも無我は悟りじゃないんでしょ?
274
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/12(金) 21:02:54 ID:ZOGvatIo0
>>272
そうじゃ、精進あるのみじゃ。
またおいでなさい。
>>273
そうじゃ、それを観られるという事で自我は観る主体ではなく、観られる客体であったと気付くからなのじゃ。
自分と思い、己と認識していた主体が、実は客体であったと気づくのが観照なのじゃ。
無我は未だ真の悟りではないのじゃ。
禅で言う小悟じゃな。
しかし無我にまでなれば認識を厭離させる事も容易なのじゃ。
275
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/13(土) 12:59:49 ID:QMm34KcU0
子供は親を選んで生まれて来ると言われることがありますが、鬼和尚さんは
どう思われますか? もし、子供が親を選んで生まれて来るのなら、「子供は
みんな同じだから」 と考えて安易な気持ちで里子をもらったりすることは親と
子の双方にとって良くない場合もあるということになりますよね。(希望した
親と全く異なる性格の人にもらわれたりすると、子供の方も当惑することに
なりますよね。)
276
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/13(土) 21:21:59 ID:DZh8Vp6I0
>>275
親というより環境なのじゃ。
その場の気に引き寄せられるのじゃ。
他人に貰われるような状況も選んだといえるのじゃ。
277
:
素人A
:2014/09/14(日) 10:25:44 ID:gOqWUDAs0
鬼さん是から環境が電子頭脳の勝れたロボットや器械がどんどん人間を追い詰める世
が来る予感がするのですが?今楽に使用しているのでもう止められない将来はそれでは
子●と思うけど何事も依存は活けないわかっている鬼さんみたいにクールな考えかたも
必要なのかも?暑いひとだけでも寒い人だけでも苦しい世だし丁度よい中暗いの眼
が見えるのも必要なのかも。でもロボットの法がクールな眼でみれたら赦すしかないのか?
ロボットにも仏性はあるのでしょうか お前の友にせよ もしかしたら宇宙人は皆宇宙ロボット鴨
人間も動物もロボットといえばロボットだし先はまあ良い化でもため息は出るけど
278
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2014/09/14(日) 11:23:03 ID:zQgoPU5M0
鬼和尚
瞑想中のことですが、
雑念や、自分の身体の感覚(例えば、組んだ足が圧迫されていること)や、
家の外から聞こえてくる物音など、
それらは、特に違いがないように見えました。
普段は、それらを分別する主体があるから、違いを認識しているのだと分かりました。
279
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/14(日) 20:59:55 ID:QMm34KcU0
>>276
最近子供への虐待がニュースになることが多いですが、それでは、
虐待される子供はそのような荒んだ家庭に引き寄せられたということ
ですか? わざわざそんな冷たい雰囲気の環境に惹かれる魂もある
ということですか?
280
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/14(日) 22:17:17 ID:kPW7FUFM0
>>278
そうじゃ、それも気づきと言えるじゃろう。
実践する者だけが進んでいくのじゃ。
またおいでなさい。
>>279
そうじゃ、争いを好む者は争いの在る気に惹かれるものじゃ。
実際に生きている間もわざわざ争いを捜し歩くものじゃ。
よく観察してみると良いのじゃ。
281
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/14(日) 23:03:00 ID:/Tir5mUE0
鬼和尚
私が赤色と思っている色は他の人にとっても私が感じる同じ赤色として見えていますか
282
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/15(月) 10:37:38 ID:OuKSagMI0
>>280
虐待を受ける子供は争いを好む性格だから虐待されると言ってるの?
283
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/15(月) 10:39:52 ID:c6qjso4w0
>
>>279
そうじゃ、争いを好む者は争いの在る気に惹かれるものじゃ。
これは、虐待を受けた子供、かつて虐待を受けて今も苦しんでいる人たちに対して
あまりにも酷い。
284
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/15(月) 10:47:12 ID:rjrCqQY20
乗り越えてみれば、その子供の親も哀れだと思えます。
きっと同じように育てられたのだと…。
285
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/15(月) 13:06:49 ID:RjOp9EHo0
横からすいません。和尚の言葉ではないのではないので、気に入らなければスルーしてください。
そして以下は体験ではなく思考的見解です。
虐待に対して和尚の言っている言葉は、そういった表面的なものではないと思います。
この世を転生する理由は、それに気づいていないからです。
それは生命に気づかせるために様々なことをぶつけてきます。
虐待を受けるのはその生命がその虐待の中で何かを気づく必要があるからです。
こういとスピ色強すぎじゃねって思うかもしれませんが、
身近なことを例にして単純に考えてみてください。
何かに怒ったとして、それに気づけなければまた同じことで怒ることになるのです。
何かを妬んでいたとして、それに気づかなければまた同じことで妬むことになるのです。
なんでもそうです。気づかないと繰り返すのです。
虐待を受ける場に生が与えられたということは、そこで何かを気づく必要があるからです。
気づことができず、虐待を受けたことに執着を持ったまま逝けばまた繰り返してしまうのです。
争いに執着を持ったまま逝けば、その争いの中で気づかない限りまた争いを捜し歩くのです。
以上、断定調で書いていますがあくまで推測です。
しかし私は、そういう深いところの話をされている内容だと解釈しています。
286
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/15(月) 13:07:52 ID:QMm34KcU0
鬼和尚さん、前世からの因果応報というものを考えると、親に虐待される子供は、前世の報いとして虐待を受けざるを得ない理由があったと考えることができますか? また同じように、特別な才能を持った子供や、大富豪の家に生まれてくる子供の場合も前世に理由があると言えるのですか?
287
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/15(月) 21:54:45 ID:UTobxPJ.0
>>281
違うじゃろう。
おぬしが赤とするのは教わった赤であるからのう。
微妙に違う赤を赤と教わった者とは違ったりするのじゃ。
>>282
>>283
争いを好む者は争いを好む者に惹かれるのじゃ。
格闘技をする者がチャンピオンに憧れるようなものじゃ。
その結果、暴力というものが本質的にどのようなものであるか学ばなければならない事になるのじゃ。
人には最悪の環境でも学ぶ事が出来る力があるものじゃ。
それを知らなければ被害者は永遠に被害者と思うようになるのじゃ。
>>286
条件はあったじゃろう。
それによって虐待をうけるかどうかは条件次第なのじゃ。
そのような者達も条件は在ったじゃろう。
しかし才能や金銭はさまざまな条件によっても変動するからそれによって本人が幸せになるとは限らないのじゃ。
どのような環境に在っても真の幸福への道は自らの本心の中にしかないのじゃ。
288
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/16(火) 04:37:47 ID:LC3de7YgO
>>287
鬼和尚、おはようございますヽ(・(∀)・)ノ
>人には最悪の環境でも学ぶ事が出来る力がある
それを知らなければ被害者は永遠に被害者と思うようになる
>才能や金銭はさまざまな条件によっても変動するからそれによって本人が幸せになるとは限らない
どのような環境に在っても真の幸福への道は自らの本心の中にしかない
これを読んで、初めて「因縁」「因果応報」「輪廻」等の意味が少しわかったような気がしました。
人は一人で生まれ、一人で死んで行く。 真に自分を助けるものは自分しかいない。親や環境のせいだと嘆いてみても何も改善はしない。
如何に理不尽な状況にあっても、それはそれを乗り越えるための試練と受け止め、自ら助けるしかないと言うことを伝えるための言葉なのかなと思いました。
こんな理解でもよいのでしょうか?
289
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/16(火) 08:52:08 ID:rjrCqQY20
経験者から言わせていただけば、前世での記憶がない以上始めから因果応報を説いても、本人は苦しみが長引くだけだと思います。
まずは自分を否定するのではなく、そして自分が生まれてきたことが誰かを不幸にしたり不快にすることが目的ではないと教えてあげる。
そして、自分にこのような仕打ちをする親も苦しかったに違いない。
何故ならば愛情のかけ方を教わってこなかったから、感情をぶつけることしか教わることができなかったからだと。
それを十分理解させてからでなければ、試練を受け止めるには荷が重すぎると思います。
心が成熟しないうちは自虐的な心から抜け出すのは至難のわざだからです。
その上で因果応報を説くことが、苦しむ人への慈悲であり、その方がより効果的だと思います。
ちなみに私は自分が生きるに値しない人間であるからこのような苦しみに出会うのだ、と、かなり長きにわたって信じていました。
290
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/16(火) 10:12:15 ID:OuKSagMI0
>>287
赤ちゃんの時から熱湯をかけられたりする子も居るんだから、
争いを好むとか関係ないでしょう。
最悪の環境でも学べるとか言っても、虐待でモノ心付く前に死んじゃった子は
そんな事出来るわけ無いし。
291
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/16(火) 12:23:10 ID:1sAvBPl20
鬼和尚、
お釈迦様の臨終のことばを解説してください。
292
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/16(火) 20:49:56 ID:NpBkhqbI0
質問です。
何故、世界は、我々の前に立体で現れるのですか?
293
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/16(火) 20:52:55 ID:NpBkhqbI0
輪廻転生や不死の意識の話を聞いてから、この世に生きて存在する苦しみが100分の1になったのですが、
本当にこれらのことは事実なのでしょうか?
事実なら義務教育で教えるべきだと思います。
21世紀の教育は、悟りを開かないと単位をやらない(学校を卒業して社会人になれない)とか、
そういうシステムにするべき。
鬼和尚もそう思いませんか?
294
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/16(火) 22:18:49 ID:tU0oT5ts0
>>288
そのような理解で良いのじゃ。
輪廻が無いと思えば学びも無いのじゃ。
>>289
そのような思いを抱く者も居るじゃろう。
別の者は別の思いを持つじゃろう。
そしておぬしも他の者もそれを学んだから、人の残虐性と攻撃欲を知り、その為に新たな脅威から自らを守る事も出来るのじゃ。
何も知らない者よりも賢くなり、自らを守る事が出来る学びの機会を持ったと言えるのじゃ。
>>290
赤子でも意識はあるものじゃ。
そのような者も暴力の報いを知り、別の気を求めて行くじゃろう。
死んで全て終りとする考えこそ何の救いも無い絶望の世界なのじゃ。
295
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/16(火) 22:33:49 ID:tU0oT5ts0
>>291
お釈迦様は自らを灯明とし、次は法を灯明とせよといったのじゃ。
そして世は無常であるから精進せよといったのじゃ。
今も昔も他人任せで選択を決め、上手く行かなければ他人に文句を言うものは多いのじゃ。
そのような者に自らを灯明として、次には法を灯明とするように言ったのじゃ。
人は自ら選択してこそ、悟りも他の諸々も手に入るのじゃ。
他人の言いなりでは何も得られないのじゃ。
得たと思ってもそれは他人のものであるからのう。
自分のものではないのじゃ。
親に何もかも買ってもらった者が不満だらけであるのもそのためなのじゃ。
人は自ら選び、自ら行い自ら得た物だけを自分のものとする事が出来るのじゃ。
悟りも自ら求めなければ、自ら得られないのじゃ。
そのために自らを頼り、灯明とするように言ったのじゃ。
そして次は法を灯明とするのじゃ。
人を悟りに導く法は、正に世の灯りであると言えるのじゃ。
人は法によって皆苦の世から逃れる事も出来るのじゃ。
法を頼り、法を灯明とする事が悟りへの道なのじゃ。
そして無常の世ではいつ死ぬかも判らんものじゃ。
そうであるからには今出来る修行に精進するが良いのじゃ。
死ぬ時になって後悔しないように今速やかに修行に励むのじゃ。
>>292
おぬしがそう認識するからじゃ。
それもまた習慣によって身につけた見方なのじゃ。
眼が見えなければ立体も無いのじゃ。
>>293
事実なのじゃ。
その事実を世に広めるためにおぬしや他の菩薩達も居るのじゃ。
義務教育になるまで教育あるのみじゃ。
296
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/16(火) 22:34:15 ID:NpBkhqbI0
>死んで全て終りとする考えこそ何の救いも無い絶望の世界なのじゃ。
でもさ、それって、人間の救いを求めたい気持ちが作った、フィクションの可能性もあるよね
希望的観測。
絶望の世界が事実かもしれないじゃん。
297
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/17(水) 03:01:35 ID:LC3de7YgO
>>294
鬼和尚、ありがとうございますヽ(・(∀)・)ノ
>輪廻がないと思えば学びもない私は、自他の別なく、時間もないと言うか考え方の方が突拍子無さすぎて、気に入ってます。宇宙の意志みたいなもののなかに全てが包み込まれており、始まりも終わりもないってのが真実っぽい感じがしています。
ですので、真実も嘘もなく、あると思えばあるのが真実(?)って気がしますし、輪廻もあってもなくてもどっちでも良いと思ってましたが、確かにあると思った方が、修行の励みになるのかなと思えてきました。
>人を悟りに導く法
とは、鬼和尚がブログに書かれてるような 具体的修行法ののことでありますか?
仏法とは悟るための方法論でありましょうから、全ての理論がその為のものでしょうが、例えば、空の理論とか唯識論とかこれは深めに勉強しといた方が良いよというのはありますか?
298
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/17(水) 10:35:07 ID:OuKSagMI0
>>294
赤ちゃんが争いを好んでたって事?そんな事あり得ないでしょう。
それと意識はあっても学べるほど知能は発達してないと思うよ。
あと俺は別に死んで全てが終わりとか言ってないし。
299
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/17(水) 10:51:50 ID:RjOp9EHo0
和尚、こんにちは。
例えば道を歩いていて、明らかにもう助けることができない獣や虫などを見つけたとき、
そこで息の根を止めてやる方が慈悲なのではないかと思う時があります。
しかしまた、この生命は苦しみを得るために今のことが起こっているという考えもあります。
和尚だとどのように考え、どのようにいたしますか。
300
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/17(水) 12:02:19 ID:rjrCqQY20
>>294
鬼和尚さん
>>289
ですが、おしゃる通り
>そしておぬしも他の者もそれを学んだから、人の残虐性と攻撃欲を知り、その為に新たな脅威から自らを守る事も出来るのじゃ
私はそれを知ることによって、この世界から卒業することを選択しました。
他者を犠牲にしない限り生きてはいけないのがこの世界であり、それはまた因果の法則によりやがては己に返るのですから…。
301
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/17(水) 12:18:08 ID:rjrCqQY20
来世には繋げないという意味です。
302
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/17(水) 18:02:36 ID:N1eXEuss0
鬼和尚様よろしくお願いします
>今この時にもおぬしの心の奥には永遠の意識があるのじゃ。
永遠の意識=悟りの境地でしょうか?
智慧が働いていて安楽な境地なのですか?具体的にどのような境地かお教え願います。
303
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/17(水) 20:11:15 ID:WjNAd/8g0
>>295
素晴らしい言葉ですね。
自らを第一に頼り、悟りへ導く法を第二とし、修行ができるチャンスを無駄にせず、つとめ励めということですね。
解説してくださり、ありがとうございました。
さらに精進します。
304
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/17(水) 22:29:05 ID:BQly0R7s0
>>296
それが事実か幻想か自ら確かめるしかないのじゃ。
本当に生まれる前の記憶が無いか確かめてみるのじゃ。
>>297
そうじゃ、それが法なのじゃ。
そのような論はあまり知らなくて良いのじゃ。
自らの本心を深く観察して、見極めた者こそ悟りが訪れ、智慧も深いのじゃ。
全ての論も法もそのためにあるのじゃ。
>>298
一切の生物は快を求め、不快を避けるものじゃ。
本能として攻撃欲も持つのじゃ。
何が快であり、不快であるか学ぶ事も出来るじゃろう。
死んでで全てが終わりではないならば、前の世で争いを好んでいたり、学び続けることもありえると知る事が出来るじゃろう。
>>299
助け様とはするのじゃ。
駄目ならばそのままなのじゃ。
もはやわしが決める事ではないからのう。
生物の肉体には本当に死ぬ時には快が生じる機能もあると言うのじゃ。
自らの定めに従わせるが良いのじゃ。
>>300
良いことじゃ。
この世界は皆苦であり、いずれは全ての社会も星も宇宙も滅びる性質のものであるからのう。
今出来る修行を行って永遠の安らぎと喜びを手にするが良いのじゃ。
それが賢者の道であり、そのために出世間の法があるのじゃ。
おぬしもつらい経験をしたが、それで学びが在ったといえるのじゃ。
305
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/17(水) 22:43:46 ID:40o/G4q.0
>>302
そうじゃ、悟りの境地と言えるのじゃ。
人は今ここで即幸福になる事が出来るのじゃ。
それを許さないのは観念に過ぎないのじゃ。
誰の心の中にも今即座に永遠の幸福に至る意識が在るのじゃ。
そこに自分のイメージがないから、イメージを良くしようとする執着が無く、苦が無い。
イメージを守ろうとする執着が無く、苦も無い。
言葉である名前が無いから、名前を広めようとする執着が無く、苦が無い。
名声を守ろうとする執着が無く、苦が無い。
その他の執着も無いから、一切の苦も無いのじゃ。
自他の観念からなる執着に迷わされないから平等な智慧があり、喜びがあるのじゃ。
記憶による投射が無いから物事を今ここに見る知見がある。
一切の観念が無いから鏡の如くものを認識する智慧がある。
観念による妨げが無いから更に深く物事を観察する妙なる智慧がある。
不死にいたり死の恐れも無いから生死を超えた智慧があるのじゃ。
苦の無い安楽と喜びが永遠にあり、智慧によってそれが決して無くならないと知る安らぎがある。
一切が本質として異ならず、涅槃を究極とする人の知る事のできないほどの喜びがあるのじゃ。
おぬしも速やかにここに来ると良いのじゃ。
>>303
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
306
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/18(木) 02:04:13 ID:LC3de7YgO
>>304
鬼和尚、ありがとうございますヽ(・(∀)・)ノ
>>305
は頑張って暗記に挑戦するであります。
もし、お許しいただければ、私に名前をつけていただけないでしょうか。
307
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/18(木) 09:32:01 ID:rjrCqQY20
>>304
鬼和尚さん
出世間の法、確かに私たち現代人はこの上なく便利な時代に生きていますが心は益々貧しく追い立てられているようです。
心の安らぎは物の豊かさだけでは決して得られるものではないことは、私の経験からも断言出来ます。
さらに勉強も続けたいと思います。ありがとうございました。
308
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/18(木) 10:15:52 ID:OuKSagMI0
>>304
赤ん坊に快や不快が有るのは何となく分かるし、仮に攻撃欲が有るとしても
それらを学ぶための機会と言うなら、それを理解出来る位の知能が無いと無理でしょ。
赤ん坊の時に死ぬような子は、その機会すら与えられないんだから
何のために生を受けたのか分からないじゃない。
309
:
302
:2014/09/18(木) 10:41:13 ID:N1eXEuss0
>>305
丁寧な解説ありがとうございます
そのような境地を目標にして頑張ってみます
310
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/18(木) 10:53:30 ID:RjOp9EHo0
>>304
>駄目ならばそのままなのじゃ。
>もはやわしが決める事ではないからのう。
なるほど確かに。
それは私が決める事ではありませんね。
とても納得できる答えでした。
ありがとうございました。
311
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2014/09/18(木) 20:02:30 ID:zQgoPU5M0
鬼和尚
私に前世があったとするならば、それは軍人や武将の類であったかもしれません。
現世の自分の思考や行動を顧みると、そのように思えてなりません。
現世の私の自我は、前世の彼が持ち越してきたものであるように思えます。
そして、私の滅すべき自我とは、そのような自我である気がします。
鬼和尚のお名前の鬼とは、正に鬼のようだということですが、
私の外見はともかく、内面的には前世の武将の影響を受けて、とても激しく、
鬼のような部分もあると思います。
私の名前を、自分でなぜ「そらいろ」と付けたのか、今振り返って考えると、
そのような激しさとは対極にある、軟らかい感じのものを選んだのだろうと思います。
そうすることによって、自我に少しでも対抗しようとしたのだろうと思います。
今自分に起こる出来事に、自分がどのように反応しているかを見ると、
おそらく前世の彼も同じように反応していたのだろうと思います。
この自我を現世の私が滅することができなければ、
来世でもきっと同じように反応するのだろうと思います。
312
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/18(木) 21:55:52 ID:XheVqw8E0
>>306
おぬしの名前は龍の如く自らを灯明とする龍明なのじゃ。
龍明よ、修行に励むのじゃ。
>>307
そうじゃ、精進あるのみなのじゃ。
またおいでなさい。
>>308
知識として記憶する事は無くとも、習う事は出来るのじゃ。
それも生物としての学びなのじゃ。
>>309
そうじゃ、実践する者だけが進んで行くのじゃ。
またおいでなさい。
313
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/18(木) 22:02:57 ID:XheVqw8E0
>>310
どういたしまして、またおいでなさい。
>>311
そうじゃ、今の世で悟りを目指すが良いのじゃ。
それは誰にでも十分に可能なのじゃ。
おぬしも精進あるのみなのじゃ。
314
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2014/09/18(木) 23:47:04 ID:zQgoPU5M0
>>313
ありがとうございました。
315
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/19(金) 00:01:45 ID:LC3de7YgO
>>312
鬼和尚、ありがとうございますヽ(*・(∀)・*)ノ リュウミョウと読めばよいのでしょうか?
大切にします。精進します。
316
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/19(金) 14:09:27 ID:OuKSagMI0
>>312
知識以外の生物としての学びというのが、今一ピンとこないんだよね。
例えば知能とは関係なしに環境に対応して体の構造が進化するような
ものだとしても、時間が短すぎるだろうし。
なら赤ん坊の時に虐待されるような子は、どんな因果でその虐待する親の
ところに生まれて来たの?
過去世でどんな事をしたらそういう輪廻の道を辿るの?
正直上段の事も下段の事も鬼和尚には証明出来ない事なのに、輪廻や前世について
質問する人も、それに答える鬼和尚も俺には理解できない。
そんなもの考えてる暇があったら、その時間を止観の行に費やした方が良いし
前世なんか見えても見えなくても、今の自分の内面だけをとことん観つめていけば
悟ることが出来るっていうのが、鬼和尚がいつも言ってる事なんじゃ無いの?
余談だけど、龍明って名前は過去にも誰かに付けてたよ。
317
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/19(金) 17:00:00 ID:NpBkhqbI0
鬼和尚、私にも法名をお願いします。
318
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/19(金) 18:04:56 ID:LC3de7YgO
ヽ(・(∀)・) こまけぇぇこたぁよいのであります。
太郎や花子もたくさんいるのであります。
前世も現世もみぃぃんな、幻想なのであります。
本来無いのであります。
輪廻何てものも、あってもなくてもどーでもよいのであります。 あると思った方が楽になれるでしょ、っていうていどの話でありましょう。
ボクの前世が見えるかな?って心を観察する際に探す対象があったほうがやりやすいでありましょう。
未知への探検隊でありますので、見つからなかったら、見つからなかったでよいのであります。
蚊とかゴキだったら、見つからない方がいいし…
鬼和尚、こんな理解でもよいのでしょうか?
(龍明)
319
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/19(金) 21:51:06 ID:jfWCoXjM0
前世で天にいて教師をしていた鬼和尚は
今世で生まれるとき、やはり素晴らしい家庭に引き寄せられたのですか?
320
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/19(金) 22:13:47 ID:7WcPYXZI0
>>314
どういたしまして、またおいでなさい。
>>315
そうじゃ、リュウミョウなのじゃ。
龍の如く自らを灯明とするのであるからのう。
衆生の灯明となるのじゃ。
>>316
例えば自転車に乗るような肉体の記憶は、知識や言葉にはし難いが確実にあるものじゃ。
意識にも在るものじゃ。
報いを受ける行いは一人一人違うのじゃ。
ただ単に暴力が好きだった者や弱者を虐待した者、それを嘲笑した者も報いを受けるじゃろう。
科学で証明できなくとも、おぬしの肉体はあるのじゃ。
今の医学では細胞一つの機能すらすべて明かされていないのにのう。
おぬしが死の恐れを超えて見ようとすれば見られるのじゃ。
それも恐れを超えて観ることなのじゃ。
読みが違うのじゃ。
意味が違うからのう。
おぬしもつけてほしいのじゃな。
321
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/19(金) 22:34:07 ID:7WcPYXZI0
>>317
おぬしの名は龍の如く快活な龍快なのじゃ。
龍快よ、修行に励むのじゃ。
>>318
そうじゃ、それでよいのじゃ。
生きているだけで丸儲けなのじゃ。
修行も出来るのはさらに大儲けなのじゃ。
>>319
わざと普通の家に生まれたのじゃ。
そうでないと普通の者の気持ちが判らんからのう。
322
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/20(土) 12:43:46 ID:N1eXEuss0
鬼和尚、自我が肥大化しすぎてるのと自我への執着がとても強いです
執着が減るような瞑想法を教えて下さい
323
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/20(土) 12:51:25 ID:WL2yRwjAO
生きているだけで丸儲けと言う明言を残した明石家さんまさんは悟っているのでしょうか
或いは悟りに近い心境にいるのでしょうか
324
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/20(土) 14:23:24 ID:zymYeoR20
鬼和尚、
自分の前世が観られるかどうか、試してみたいです。
具体的な方法を教えてください。
325
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/20(土) 16:20:27 ID:OuKSagMI0
>>320
名前なんか要らないし、対話してるのも馬鹿らしくなったよ。
326
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/20(土) 17:51:15 ID:N1eXEuss0
鬼和尚、慈悲の心を身につけるにはどうしたらいいですか?
人と接しなくても身に付くものですか?(慈悲の瞑想以外で)
327
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/20(土) 22:04:58 ID:sO8hhLJQ0
鬼和尚さん、ふとひらめいたのですが
意識って生き物だけじゃなくて全てのものにありませんか?
例えば石などは私達から見れば何の動きもない不動に見えますが
時間が立てばいつかは砂に成りますよね。
私達の時間間隔からでしか見えないので動いてないように見えますが
時間の感覚が違うものから見たら動いているようにみえるのかも、と。
すべてのものは生きてもなく死んでもないという観点に立てば
地球にも宇宙にも石ころも我々のように躍動しているのではないか、と。
物理的に動いて見えるってことは生きているものとして見えるのかもなんて思いました。
てことは我々も動き躍動しているものは生命として見えているのではないかと。
単に時間の流れが違うのですごく早く動いたり寿命が短かったり寿命が長すぎて
止まっているだけにしか見えないのかなって。
328
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/20(土) 22:14:59 ID:sO8hhLJQ0
>>327
に追記です。
でも人工的に動かしているものは生き物には見えませんけど。
時間の視点が違えばどんなものも生きてるようにも死んでるようにも
見えるんじゃないかなと。
もちろん石には脳や血管はないですがもっと大きな時間の流れに居る者にとっては
私達は微生物くらいの早さで寿命を終わらせてるように見え逆に微生物から見たら
私達はほぼ不動でありとても生命には見えないのかなって。
329
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/20(土) 22:24:24 ID:y4pFNQH60
>>322
自分が何をもって自分としているか観察によって追及してみるのじゃ。
例えば自分の体験した記憶を以って自分としているのかもしれん。
その場合は自分の記憶が在る時、自分という感覚が起こり、
自分の記憶が無ければ自分という感覚が起こらないと観察するのじゃ。
或いは肉体の感覚であったり、感情であったりすれば、それらも同じように、
それが在る時、自分という感覚が起こり、それが無ければ自分という感覚も起こらないと観察するのじゃ。
実践してみるのじゃ。
>>323
悟っては居ないが、近いかも知れん。
なかなか苦労したようであるからのう。
自分にあった仕事をしているのじゃ。
>>324
集中して自分の記憶をさかのぼって見るのじゃ。
直ぐには見えなくとも、日常で思い出してきたりもするのじゃ。
意識していれば夢の中で知ることも在るのじゃ。
恐れがあったりして観る事を拒むかも知れんが、恐れを超えて観るのじゃ。
>>325
わしに夢中じゃな。
>>326
自分の中の慈悲の心に気付けば良いのじゃ。
猫とか犬には慈悲の心が起こるじゃろう。
子供にも起こるじゃろう。
そのような心に気付き、広げていくのじゃ。
330
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/20(土) 22:41:50 ID:y4pFNQH60
>>327
そうじゃ、全てにあるのじゃ。
空間にさえあるのじゃ。
それは常に感じる事の出来る実体なのじゃ。
331
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/20(土) 22:59:11 ID:QMm34KcU0
>>324
さんの質問とも関連しますが、
以前に過去の意識を遡る瞑想に集中していた時、中型の恐竜が現われて
身の毛もよだつ思いをしたことがあるのですが、そのような太古の時代に生きて
いた時の記憶が蘇ることもあるのですか? それとも、意味のない幻だったので
しょうか? その頃は、まだ人類が誕生していない時代ですから、人類になる以前
の猿人や類人猿の時の記憶が出て来ることもあるということでしょうか?
332
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/21(日) 09:44:07 ID:56d.D3n60
>>329
ありがとうございます。
集中して自分の記憶をさかのぼってみました。
農村と家らしきものが見えたのですが、それが記憶なのか、創作なのかの判断ができません。
そのイメージが本物かどうかを判断する方法がありましたら、お教えください。
333
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/21(日) 16:39:52 ID:il3D6NQ.0
輪廻転生で謎なのは、ある運命を体験するために生まれてくるというが
例えば、レイプ殺人を犯したものが、来世、レイプ殺人にあうとかそういうことがあったとして
生まれる前からそうなることを見通せるのか?例えば、金持ちに生まれたいと思っても、首尾よく金持ちになるとは限らない。
人は、生まれる前から、その一生を見通して生まれてくるのですか?
334
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/21(日) 16:56:21 ID:RjOp9EHo0
和尚、こんにちは。いつもありがとうございます。
輪廻の話が続いているようなので便乗して質問させてください。
釈尊は今までの輪廻の中で、親が死んで流した涙の量は海の水よりも多いと言っておられるようです。
また宇宙が膨張し消滅するまでを一劫。また収縮し消滅するまでを一劫。
その一劫は高さ150kmほどの山の上空を100年に一度通り過ぎる天女の羽衣が擦れることで、
その山がなくなってしまうほどの時間だと聞きます。
これら二つのことから、我々は何劫にも渡って輪廻を繰り返してきたことが推測されます。
それは想像をもできない時間です(梵天からすれば数日かもしれませんが)
そこで疑問が浮かびました。
なぜ、今なのかと。
これだけの時間を繰り返している間に、解脱する機会はなかったのでしょうか。
私が悟りに興味をもったのは5年ほど前です。
もしですが、修行に打ちこんで20年後くらいに上手く悟れたと仮定します。
すると今まで繰り返してきた膨大な時間からすれば、砂の一粒よりも少ない時間です。
私は人より物欲や自我が強かった方だと思います。
それでも、この十数年の間に物欲はずいぶんと薄れ、自我もまた思考の範囲内ですが、
己の価値というものに意味はないという考えになってきました。
こうなってくると、十数年でこうなったのに、今までの膨大な時間は何をしていたのかと思ってしまいます。
それでもなお無くならない執着のために生命は転生を繰り返すのでしょうか。
預流の道に入るだけでも立派なものであると聞いたことがあるのですが、
この道があること知り流れる方向を変えるだけでも奇跡に近いことだったのでしょうか。
であるなら、覚者の資料や映像が溢れている今世は絶好の機会だとも思えます。
しかし今までにそのような環境に巡り合わなかったのだろうかとも考えたりします。
長くなりましたが、聞きたいことをまとまめると以下の4点になります。
①膨大な時を巡っておきながら悟るのは一瞬。そんなものなのか。
②預流の道に入るだけでも奇跡的なことなのか。
③多くの生命はなぜ気づこうとしないのか。
④今みたいにネットで覚者の情報を得られるのは過去世から見てもレア?
質問が沢山あるなか大変恐縮です。
時間があるときで構いませんので、お答えを頂ければ幸いです。
335
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/21(日) 17:19:09 ID:N1eXEuss0
>>329
>自分の中の慈悲の心に気付けば良いのじゃ。
気づくだけでいいのでしょうか?気づきによって自然に慈悲の心を広げられるのですか?
意識して身につけていくのとは違うのでしょうか?
336
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/21(日) 22:20:39 ID:hfYzYULQ0
>>331
そうじゃ、あるじゃろう。
何度も生まれ変わればそのようなものにもなるじゃろう。
特に不可思議でもないのじゃ。
>>332
その記憶が何時のものか観察してみるのじゃ。
普通の記憶でも小学生のときの記憶は中学生の前であったとわかるじゃろう。
そのように記憶は良く観察すれば時系列が判るものじゃ。
今の記憶より前と判るならば本物なのじゃ。
>>333
特に犯罪に限るのではないのじゃ。
環境を選んで生まれるのじゃ。
動物的な言動をしていれば動物にも生まれ変わるのじゃ。
そこでは弱肉強食の生き方しか出来ないじゃろう。
互いに傷つけあい、やがて殺される可能性はかなり高いのじゃ。
>>334
① そうじゃ、一瞬なのじゃ。
気付くだけで良いのであるからのう。
② それも方便ではあるが真の悟りに導く法に巡りあい、信を持って修行できるのは類稀な事なのじゃ。
③ 知識が広まらず、環境による条件付けや欲に囚われているからなのじゃ。
④ レアなのじゃ。
お釈迦様がインド中を旅して広めた2500年前以来のチャンスなのじゃ。
今こそ修行に励むのじゃ。
337
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/21(日) 22:27:28 ID:UlOv3zLo0
>>335
さうじゃ、誰にでも本来の慈悲の心はあるものじゃ。
しかし競争したり自分を守ろうとするうちに忘れてしまうのじゃ。
無理に身につけた慈悲はただの習慣であり、生来の慈悲とは違うものじゃ。
習慣は形骸化して本来の心を失うじゃろう。
本来の慈悲に気付けば失われず、広げていく事も出来るのじゃ。
338
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/22(月) 03:50:06 ID:N1eXEuss0
>>337
ありがとうございます
私は自我が肥大化していて執着が強いので普段利他行を実践してもすぐ元に戻ったり
それどころか逆に自我が肥大化してしまいます
無理に身につけようとせず自分の慈悲に気づくことだけを意識して生活したほうがいいでしょうか?
339
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/22(月) 12:10:22 ID:wzaF4XgM0
>>336
記憶を良く観察して、時系列を判断するのですね。
前世を見ようとした時に、自分がただ一つの存在であり、過去の別人の人格を受け継いでいるはずはないとか、生まれる前まで記憶を辿れるわけはないとか、様々な観念による抵抗がありました。
結局は自我が自分だと思っている存在を超えていくのが怖いということが判り、その恐れは超えられました。
過去のイメージを見られたことよりも、自分の観念に気づいて厭離できたことのほうが貴重な経験でした。
前世にも囚われずに進もうと思います。
ありがとうございました。
340
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/22(月) 12:22:55 ID:RjOp9EHo0
>>336
和尚、お返事ありがとうございます。
やはり一瞬ですか。
その一瞬を知るために、我々は膨大な時の中を流れていくのですね。
映画だとロマン溢れる物語になりそうですが、
実際のところは欲から抜け出せないがためとなれば、もどかしいものを感じてしまいます。
あと今の状況がレアだと知り、より精進しなければと思いました。
よくよく考えると、今までの膨大な時の中で真理に近づく機会はそうそうあるものではないと気づきました。
ネットも書籍もなければ人づてに知るしかないでしょうし、かといってその人が正しいとも限らない。
正しくとも自分に合っていなければ難しいでしょうし、なにより次にまた探さなければならない。
うまく牛を探そうと思い立ったところで見つけられる可能性はかなり低かったのかもしれません。
また釈尊がいなくなり2500年の間、教えが正しく広まったとは言いきれません。
私自身、ネットがなければわからないままでした。
来世の方が恵まれている保障もないでしょう。
であるなら、今こそが勝負所になりますね。
巡りあった以上、励みたいと思います。
ありがとうございました。
341
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/22(月) 18:08:18 ID:LC3de7YgO
鬼和尚、こんばんはヽ(・(∀)・)ノ龍明であります。
無我であり、自他の別なく、時間もない。全ては幻想である。と鬼和尚は繰り返し説かれ、言葉で説明し得ない「悟り」を修行により自らの実感するための方法として、「前世」「来世」「輪廻」等の幻想を心の深奥に探してみる方法が語られているのだと理解していますが。悟れる人は少数であり、道なかばで人生を閉じる大多数人に対する「慈悲」として説かれてる側面もあるのかなと思いました。
こんな理解でもよいのでしょうか?
342
:
そらいろ
◆EHlCk/f57s
:2014/09/22(月) 20:46:20 ID:QYxHFVxg0
鬼和尚
瞑想中のことですが、
記憶という、ものを蓄えたり思い出したりしているのは、脳や肉体の働きにすぎないものであり、
己とは特に関係のないものに観えました。
そして、普段の私がいかに記憶に基づいて物事を考えたり行動したりしているか、
ということも分かりました。
瞑想中、聞こえてくる音が何であるとか、見えるものが何であるとか、
そのような記憶に拠らない認識をしていたようです。
343
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/22(月) 22:05:21 ID:jfWCoXjM0
夢の中で意識を持って行動する方法や
それに向けての訓練法があれば教えてください。
344
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/22(月) 22:29:52 ID:hmIC.y.A0
>>338
そうじゃ、自らの本心を観れば慈悲もあらかじめ備わっていたものとわかるじゃろう。
それが本当の慈悲なのじゃ。
無理に身につける必要は無いのじゃ。
>>339
そうじゃ、それも意識の範囲を広げる法の一つに過ぎないのじゃ。
精進あるのみじゃ。
またおいでなさい。
>>340
そうじゃ、励むのじゃ。
またおいでなさい。
>>341
そのような理解で良いのじゃ。
集中も観察も離脱も前世を観るのも、意識の可能性を拡大する法と言えるのじゃ。
常識や条件付けなどで狭められた意識の力を、大きく広げなければ人は自分の力に気付かないのじゃ。
この世界さえ人が自ら作って居るのに気付けば真実を知ることにもなるのじゃ。
345
:
鬼和尚
◆GBl7rog7bM
:2014/09/22(月) 22:52:36 ID:hmIC.y.A0
>>342
そうじゃ、記憶さえも本来主体が無く、縁によって起こるものじゃ。
更に精進すれば無我も近いじゃろう。
実践あるのみじゃ。
またおいでなさい。
>>343
先ず寝る前に「私は夢の中でも意識を持って行動できる」とか自分に言うと良かろう。
何度も口に出して言えば潜在意識にも浸透するのじゃ。
夢の中では自分の好きな場所に行くと念じたり、手を見ると意志するのじゃ。
何度も行えばいずれ本当に出来るのじゃ。
毎日やれば上達するのじゃ。
346
:
避難民のマジレスさん
:2014/09/22(月) 23:18:58 ID:LC3de7YgO
>>344
ヽ(*・(∀)・*)ノ 鬼和尚、ありがとうございます。
感動しました!
この感動が悟ってしまったら無くなってしまうなら、悟れない方がいいかなって思うくらい感動しました!
347
:
338
:2014/09/23(火) 12:30:03 ID:N1eXEuss0
>>344
ありがとうございます
自分の慈悲に気づいて広げていく、今日実践してみて鬼和尚の仰ることが分かったような気がします
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板