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国籍法改正問題

17キラーカーン:2009/04/17(金) 23:33:58
今般、立川のビラ配布事件に関するエントリを読み返しまして、「住民に対する無神経さ」に対する反感という意味で、このビラ配布事件と本件の「いじめデモ」に対するモトケンさんの怒りが共通するものであったということを理解しましたので、本件に関しての私の誤解についてはお詫びいたします。

両エントリの語調の違いは、自衛隊員の家族とカルデロン一家に対する思い入れの違いか、エントリの主旨の違いかは分かりかねますので、これ以上申し上げることはありません。

>今回のデモは合法だが醜悪だ と 
>今回のデモは醜悪だけど合法だ を言い争っている
(中略)
>デモの積極的擁護者なんているんですか?

個人宅へのデモという観点からすれば、上述のように、これまで自衛隊の官舎(居住している自衛隊員の多くは何の決定権もない一般隊員であり、しかも、自衛隊員ではない子どもを含む家族が住んでいます)へのデモはごく普通に行われていますし、立川では官舎の近くに「監視テント村」なるものまでできていることから、それらとの均衡上、今回の「いじめデモ」も容認せざるを得ないでしょう。

官舎へのデモという「左からのいじめデモ」には何も言わず事実上容認し、今回のような「右からのいじめデモ」については「醜悪」だと「したり顔で」批判する人こそ、「自らのイデオロギーを『正義』の仮面で隠蔽しようとして失敗した、哀れで『醜悪』な人間」というに相応しいです。

18キラーカーン:2009/04/17(金) 23:34:42
醜悪という意味では

自身の侵した罪に対する反省の色を見せないのにもかかわらず、「お上の慈悲」が当然のようにもらえるといわんばかりの態度をとった両親の「盗人猛々しい」醜悪さ

中学生の娘さんを「広告塔」に仕立てて一家の支援運動に対する反対運動に直面させるという「リスク」に直面させた「周囲の大人」の醜悪さ

というのが多くの国民の琴線にふれたのでしょう。

娘さんについては、まだ子どもだからという理由で娘さんをマスコミなどの前に出さないという選択肢もありましたし、その選択肢を選択することに対する反対はきわめて少ないと考えられるにもかかわらず、その娘さんを「広告塔」として運動の矢面に立たせてしまいました。

そのことによって、両親犯した罪に対するの反省のなさ(
少なくともそのように見える)を際立たせ、あまつさえ、反対運動の格好の目標にもさせてしまったというのは、それこそ事故の都合で子どもを振り回した「周りの大人」の配慮のなさと言えましょう。反対しているのはネットに引きこもっている「ネット右翼」だからデモを起こす度胸もないというらかっ天敵見通しであれば、それは致命的なミスです。デモは「左」の専売特許ではなくなったのです。

余談的に言えば、ある団体の「広告塔」になっていた芸能人が、後になって、その団体が問題を起こした際に「広告塔」だったからという理由でバッシングに会うということは往々にしてあります。このように「広告塔」になるということはそれなりのリスクを負うということになりますので、芸能人も「仕事」を選ばなければならないということになります。(その芸能人が「共犯関係」にあれば当然の報いですが)

19キラーカーン:2010/03/16(火) 22:46:53
結論としては、帰化(国籍取得)に際して、日本国に忠誠を求めるのは

・ 世界的に言っても普通
・ 百歩譲っても非難されるいわれのないこと

であり、それと連動して、日本国内でも(義務)教育で「愛国心」教育を行う必要があるということになるのでしょう。

 つまり、帰化する際に「日本国への忠誠(少なくとも敵にはならないこと)」を求めるということもある意味当然であり、それとの関係で、生まれながらの日本国民(出生によって日本国籍を取得した人)は、日本に帰化する人に求められる程度の
・ 日本国への忠誠心(愛国心)は「持っていて当然」
ということです。

>>アメリカで出生したというだけでアメリカ国籍が与えられた
国籍取得には、大きく分けて
・ 出生に伴うもの
・ 自己の意思で取得するもの
の2つに分かれます。「帰化」という言葉は、後者の意味で使われます。
 このスレで話題になっているのも、当然のことですが、後者の場合です。もっとも、「生まれたばかりの子供」に「国家への忠誠義務」を問うのもナンセンスの極みです。そして、一般に、国籍取得の際に「国家への忠誠義務」が問題になるのは後者の場合です。国家への忠誠義務をもっと広くとって
・ 帰化(又は永住権取得)の際に(国籍(又は永住権)を取得しようとする)国家への貢献
というものが求められることもあります。端的な例を挙げれば、帰化(又は永住権取得)の際に
・ お金(財産)を持っている(投資している)
・ 国旗などへの忠誠の宣誓を行う
というようなものです。前者は韓国、後者は米国が例として挙げられるでしょう。

また、フランスのように
・他国への忠誠がフランスの国籍放棄となる
ということもあります。また、2005年にはドイツで帰化する人に対して国家への忠誠を義務付ける法案が連邦議会に提出されています。

このように
・国籍取得に際し、その国への「忠誠が求められる」ことは一般論として「当然の前提」 とされていると見て間違いないでしょう。
 この変形として、米国では軍務に就いた(米国への忠誠を示した)場合には、国籍や永住権(グリーンカード)取得の際に有利になるということもあります。
(参政権は歴史的に「兵役」の対価として与えられてきたもので、納税の対価として与えられてきたものではありません)

20キラーカーン:2010/03/16(火) 22:47:08
 ここで、少し脇にそれて、「補助線」として出生に伴う国籍取得という話に行きます。なぜかといえば、出生時にどのような考え方で国籍を付与するのかということが、その国(社会)の成り立ちの一端を表しているからです。
 そして、後述するように「出生による国籍付与」は「愛国心と教育」スレとも密接に関係してきます。
 出生による国籍取得は大きく分けて
・ 出生地主義
・ 血統主義
の2つがあります。

 ジャガー横田さんの例のように、米国は前者、日本は後者です。現実には、純粋な出生地主義や純粋な血統主義というものは無くて、「原則」出生地主義(血統主義)というように両者の折衷になっています。非常に単純化して言えば
・ 出生地主義は移民主義
・ 血統主義は血縁・地縁主義
ということになります。「移民の国」を標榜する米国が出生地主義を取り、「家族や農村共同体というような地縁」を重視してきた(今後はどうなるか分かりませんが)日本が血統主義をとっているのもある意味当然の帰結なのです。

 そして、そのように出生による「新たな国民」を「真の国民」とするための方策として「義務教育」というものがあります。もちろん「義務教育」の目的はそれだけではありませんが、「国民」というものを作り上げるためのひとつの重要な手段です。我々は、
・ 「国語教育」を通じて、(方言以外の)標準語を習い、日本全国で通じる言葉を習得
・ 「公民教育」、「歴史教育」を通じて、日本社会の一員ということを学習
するということになります。

 つまり、帰化する際に「日本国への忠誠(少なくとも敵にはならないこと)」を求めるということは、生まれながらの日本国民(出生によって日本国籍を取得した人)は、日本に帰化する人に求められる程度の
・ 日本国への忠誠心(愛国心)は 「持っていて当然」
ということです。

 逆に言えば、いわゆる、日教組などによる、「自虐的」、「反日的」教育によって、国家というものを、
・ 「無視」し、「敵視」し、
そして、「自分自身が善人であることの証として」
・ 過去の日本を批判し、貶める「自虐史観」的態度
 (外国人に迎合して、さしたる根拠も無く、本来ならする必要のないことである、日本の過去を非難することによって、外国人に対して、自分は「自己批判」が出来る「善人」であろうとする態度)
をとることが「知的」で「人としてあるべき」態度であるとしてきたのです。

 それが、今回の地方参政権付与問題のように多くの日本国民が、「日本国民」であること(国籍)の持つ重い意味を忘却している現在の状況につながっていくのです。


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