レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
-
まず、>>189で述べた、最も基本的な論点を、再掲します。
科学の進歩のためには、あなたのように「科学的手法」なる規制をかけるのがよいのか。私のように、完全自由にして、自然の選択圧力に任せればよいのか。
これが本題です。以下の諸点も、すべてこれを考察する題材と考えてください。
>根拠が薄かろうが教えるのも学ぶのも好きにすれば良いと、ずぅ〜っと言ってます。
私がいう「教える」とは「ID論なる根拠の薄い理論が存在する」という教え方ではありません。「特定の進化は、自然選択よりもIDが合理的に説明できる」という教え方です。要するに、過去の地動説、波動説と同じ教え方です。この教え方を「好きにすれば良い」というのでなければ「ずぅ〜っと」言われてることにはなりません。
>害悪なのは「根拠が薄いのに他の有力な説と同列レベルかそれ以上に騙ること」
「同列レベルかそれ以上に騙る」とは、どういう意味ですか? 自説が正しく他説が間違いと主張するのは、それに該当しますか? 16世紀の地動説も、18世紀の光波動説も、そう言ってますよ。地動説と天動説、18世紀の粒子説と波動説は、完全排他関係にあります。一方が正しければ、他方は完全に誤りです。
おっしゃるとおりなら、地動説も波動説も、教えられたことが害悪だったとなり、上で述べた最初の点に戻ります。
>実際に非主流を優遇するのが科学の発展において有用か否かはそんなものではなく、「一般論から考える方が良い」と主張しているのです。
またしても「優遇する」なんて言ってる。私は、主流派は非主流派を「すておけ」と言ってるだけです。優遇など必要ありません。2005年のID差し止め訴訟のような妨害をしなければよいのです。優遇も妨害もないのが自由競争です。
それと「一般論」が、歴史の経験から学んだ知恵の意味なら、どういう経験からどういう一般論を得たのか、具体的に述べてください。
>光速度不変の原理もそうですね。大陸移動説もそうです。
>その知見をひっくり返す場合ならそれもアリです。
>エーテルにしても光の波動性が確かなモノとなったため、ありえなかろうが想定する必要が出てきたわけです。
光の波動性が確かなものと万人が認めたのは、19世紀最初の年に行われた2重スリット実験です。おっしゃるような状況は、2重スリット実験から電磁場の発見までの、20年余りを語るならよいでしょう。でも、私が問題にしてるのは、それより前の、観察事象が粒子説でも説明され、光の波動性が確かなものでない時代のことです。その時すでに、光の媒質エーテルは主張されていました。この歴史を語っています。
地動説も同じです。ケプラーの法則(1609年)で地動説の優位が決定的なるより前の時代に、恒常的な風が吹かない矛盾にも関わらず、地動説は主張されていました。
>問題は‘科学の正規の手順を逸脱する行為”です。
>当時の地動説も波動説も逸脱なんかしていません。
(1)「科学の正規の手順」とはなにか
(2)その手順を逸脱すると、科学の進歩が阻害されるのか
(3)地動説と波動説は逸脱しないが、IDは逸脱するのか
この3つを説明してください。それぞれが、議論の本質に関わるものです。(2)は仮説の検証ですから、現実に進歩が阻害された事例を、証拠として出してください。繰り返しますが、ルイセンコ説のように対立説を妨害する場合は、証拠になりません。
>一般的に測定を行うかどうかに関わらず、物理的な世界には不確定性が存在するとされていますよ。
そんな言い方は、不確定性原理の本質を外します。
観測行為自体が引き起こす特別な不確定性があり、∆x∆p = ħ/2という明示的な定量関係が、不確定の程度を支配します。同じ不確定性は、粒子と波動の二重性の原因でもあります。ファインマンの図が示すように、同じものが、観測行為がなければ波動として、光を照らして観測すると粒子として現れます。
ニュートン力学も、電磁気学も、相対性理論も、他の物理理論は、そんなことは言いません。
|
|
|
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板