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死について

1管理者:2009/03/16(月) 14:47:00

新しいスレッドの提案が有りましたので立ち上げます。提案文は以下の通りです。

hage 投稿日: 2009/03/16(月) 13:07:35
2ちゃんねるのあるスレッドで、少し議論したのですが、「人間の死」についてのスレッドはありますでしょうか?
犀角独歩さんのおっしゃる、「死への過敏症」についても聞きたいですし、皆さんの「死」についての思いを聞いてみたいです。

90hage:2009/04/16(木) 17:42:35
死についてから少し離れるかもしれませんが、素粒子の世界では不思議な時間の世界があるようですね。

素粒子の世界の時間反転
http://www.kek.jp/newskek/2005/novdec/past_future.html

K中間子で探る時間反転対称性
http://www.kek.jp/newskek/2004/janfeb/Kpimunu.html

こういう物理科学の発展は、いつか生命や死も解き明かすのでしょうか?

91空即是進化:2009/04/21(火) 21:26:14

しばらく皆さんの投稿が途絶えていますが、あえて拙論を述べれば、
 
 宇宙及び人間の存在理由、そして目的は、『進化』そのものに尽きる。「死」もそのためにある。
あらゆる可能性を極限まで追求し、あるがままを楽しめばよい。
 佐倉哲さんのエッセイ
http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/masutani.html
正に 
 『劫初より造りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つうつ』

の心境にたって、この世に生を受けた証を残せれば幸いです。

92hage:2009/04/28(火) 23:03:01
自分自身の死を直視したとすれば
死後の魂のあるなしは別として、
今こうやって考えている自分との別れであり、
今までこうやって考えてきた自分が無くなるということ
感覚や意識や思考が全て無くなるということ
それはどうやっても免れることができないことだとすれば
やはり、不安であり、寂しく、悲しく思うのが普通だと思います。

皆様は、それを直視した場合、自分自身を直視した場合、どう感じられますか?
死を考えるのは、自分自身とはいったい何なのかを直視することに近いと思います。

93顕正居士:2009/04/29(水) 00:00:56
「死は、もろもろの災厄の中でも最も恐ろしいものとされているが、実は、我々にとっては
何者でもないのである。何故なら、我々が現に生きて存在しているときには、死は我々の
ところにはないし、死が実際に我々のところにやってきたときには、我々はもはや存在
しないからである。したがって、死は、生きている人びとにとっても、また死んでしまった
人々にとっても、何者でもないのである。生きている人びとのところには、死は存在しない
のだし、死んでしまった人々は、彼ら自身がもはや存在しないのだから。」
(ディオゲネス・ラエルティオス「ギリシャ哲学者列伝」)
http://blog.hix05.com/blog/2008/03/post_561.html

わたしたちは自分の死を経験することはない。だから死に対する恐怖というのは老衰や
死に至る病いへの不安、あとに残す人たちへの心配、やり残した人生への不満ですね。
実はすべて「生」の問題です。無数の先人の努力によって文明は築かれ生老病死の苦を
少しづつ軽減して来ました。21世紀のうちにあるていどの不老長寿が実現し、死に対する
不安の多くが更に急速に軽減されると信じます。ただしわたしはそういう方面の仕事に
従事しているわけではないので、不老長寿の実現によって大変化するであろう将来社会
のことを考えるとかしかできませんが。

94hage:2009/04/29(水) 00:42:18
顕正居士さんは、自分自身を直視したら、
今いろいろな事を考えている自分自身を思ったら
いろいろな事を考えている自分自身がいつか存在しなくなると思ったら
いつか存在しなくなる自分の思考が今存在しているということを思ったら

いったい自分とは何なのか??と思うことはないですか?
死に対する恐怖以上に自分の存在に対する妙な思いを感じることは無いですか?

95顕正居士:2009/04/29(水) 01:16:53
hageさん。
なぜわたしはわたしであって、あの人やこの人ではないのだろうか?
10歳の頃、そんなことを考えたのを覚えています。
以後、この主題を忘れたことがありません。哲学を職業にはしなかったので
あまり専門的な追求をしたわけではありませんが、いつもこの問題をめぐって
考えておりました。いまはおおよそ解決しました。

自己とか自我というものは個体の生存のために情報の整理をし、意思決定を行なう
機構として進化の過程で生じた。身体の機能は自動的に活動しており、意識に上る
ことはありません。それどころか今の電子計算機とは異なり、自分の脳の状態すら
まったく自我は把握できません。情報の最終的高度の整理と意思決定だけが機能
です。脳細胞間のネットワーク上を走る個体管理ソフトウェアであると考えます。
まだ意識の問題についてはわからないことが多いわけですが、将来的に意識を持つ
機械を設計することで、それらの謎も経験的に少しづつ解かれていくのではないかと
考えています。

96再挑戦者:2009/05/20(水) 19:59:48

 ドーモです、、。
 雄隣の 「正信会掲示板」に石山の某僧侶の「死相のワルサはS会をイジメた現象のバツ」だと大喜びのようです、。
 あそこは、支社・故人でさえも、遠慮なく攻撃する「憎悪の倍増の推進団体?」のよう、。

 日蓮も一応は、念仏や他の宗教者らの「死相の悪サが、その後の信仰の天気に」、なったことから、 「決して”死相”は無視も軽視も不可能と思うが、?
 あれほどの「正信会のイジメ、イヤガラセに励んだ石山の僧侶の”死相”には、、」、、無関心では居れませんです、、ハイ、、。
  時に、宇宙用の電波望遠鏡=パッフル望遠鏡の修理完了であと、5年は稼動のようです、。
 当該鏡により宇宙年齢が137億年と判明したが、今後も 期待をしたい、!

97顕正居士:2009/05/22(金) 14:31:39
>>95で述べた
「自己とか自我というものは…脳細胞間のネットワーク上を走る個体管理ソフトウェアである」
を少し説明します。
自己(自我)とは「情報の最終的高度の整理と意思決定だけが機能」である。つまり3DMMOで
プレイヤーが行使できる機能と同じです。自分のステータスを確認し、身体の移動方向を決定し、
敵に対して攻撃と防御をおこなう。移動する生物(動物)に進化の過程で統覚が生じ、それが
順次に発達したと考えます。
ここで一つの問題があります。現代人レベルの自己(自我)が発生したのはホモサピエンスの
歴史の中できわめて最近だという説です。ヒトには明晰な意識を形成する可能性がDNAに記載
されているが、それが現実的になるためには言語の習得が必要であるのは確かでしょう。
「二分心」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%88%86%E5%BF%83
対して次の問題は偽の問題であると私は考えます。
「哲学的ゾンビ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%93%B2%E5%AD%A6%E7%9A%84%E3%82%BE%E3%83%B3%E3%83%93
この議論は要約すれば「意識の機能がなぜ無意識に遂行されないのか?」という矛盾した文章に
帰着します。意識とは自分が何を遂行中なのか自覚していることであり、それが意識の体験(cogito)
として記憶されると考えるべきでしょう。

98ひきこもり:2009/07/14(火) 08:35:13
死に対しては、戸田先生の「生命論」で明らかですよ。死んだら無になるという考え方は
誤りです。生まれるための因がなければ今の生はありません。死後は生まれる前に戻るわ
けですから、生の因を持っていますよ。「人生一回きり。生まれ変わりは絶対無い」なん
て馬鹿の戯言ですよ。私には前世を6歳くらいの時に思い出した体験もあります。

99ひきこもり:2009/07/14(火) 08:51:36
>>77
>UFOのようなものは存在しないし

馬鹿なことは言わないで下さい。早稲田大学の教授もUFOの存在は認めています。またそうした
現象を否定する人達は知能指数が低いとも言われています。

私はUFOを何回も見ましたよ。それは飛行機の光ではないことは、急に飛躍したことからも明ら
かです。

100管理者:2009/07/14(火) 09:16:54

ひきこもり さん

>馬鹿の戯言ですよ。
>馬鹿なことは言わないで下さい。

これらのご発言は、当掲示板の書き込みルールに抵触します。今後、言葉遣いにご注意くださるようご注意申し上げます。

101管理者:2009/07/14(火) 09:19:45

【禁止事項】

2「非礼・無礼、人権侵害、言葉の暴力」等の侮辱表現、侮辱発言は、理由の如何を問わず堅く禁止します。もし、そのような表現や発言が見うけられた場合は、管理者がその都度、御注意申し上げると共に、その該当する表現、発言を含むレス全体を削除致します。なお、管理者の制止を無視して、侮辱表現、侮辱発言を続けられた場合は、以後の投稿をお断りする事になりますので、予め、御承知置き下さい。

102れん:2009/07/14(火) 19:13:13
ひきこもりさん

戸田さんの生命論は、あの時代の読み物としては“面白い”ですが、今の時代からみたら、いかにも古い。この手の系統の“読み物”としましてはアメリカのブライアン・L・ ワイス氏や日本では天外伺朗氏の、初期の著作の方が、内容の是非は置いて、終戦直後の戸田さんの“生命論”よりは遥かにレベルは上だと思いますね。

103北斗:2009/07/16(木) 03:28:00
ひきこもりさん

初めまして。

実に素朴な疑問があるのですが、人の死と言うのは科学的にいうと「細胞の再生が終わる」ということらしいです。

そして「生」は、卵子と精子か結合して細胞分裂をし、外に出ても大丈夫な必要最低限の形になり生まれる。

そこに、どのように「因」という要素が絡むのでしょうか?

そして、貴方のいう「因」というものは一体なんなんでしょうか?

ふと、議論を拝見していて思いました。

お答え頂けたら幸いです。

104法隆(ホウリュウ):2009/11/04(水) 15:13:58
このたび私の祖父の他界に伴い、HNを変更致しました。
宜しく御願い致します。

私の祖父は満90歳で亡くなりました。
今までの人生で数多くの事を祖父から学びました。
しかし祖父亡き後のほうが更に教えられたことが多かったです。
人を尊ぶ精神は、信仰という名においていつしか薄れてきているように思えてなりません。
また石山周辺信仰では尊ぶ題目は上げられないとも昨今感じております。
また教団の幹部の方々も[どうせ知らないし]ということを言いながら悪口を叩く始末です。
もう教団関連については衆生無辺誓願度は失しています。
私は気がつくのが遅すぎました。
私のような人間が二次的な被害に遭わないように私はひたすら訴えて行きたいと思っております。


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