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靖国問題について考える
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賛否両論様々な意見のある、靖国参拝について、勉強したいです。
自分は神道は宗教というより、自然や先祖を敬う日本人の民族性に則った文化のような気がするのですが。
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関連して
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20050930/eve_____sei_____000.shtml
そろそろ、裁判所について考えるべき時が来てるのではないか?
非常にアンフェアである
裁判官の私見を書く必要が有るのか?
また、憲法判断をする必要性が全く無い。
精神的苦痛を受けたとして、台湾先住民ら百八十八人が国と首相、靖国神社に一人当たり一万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁(大谷正治裁判長)は三十日、参拝を「公的」とした上で「憲法の禁止する宗教的活動に当たる」として違憲と認定した。
■控訴審判決の骨子
▼小泉純一郎首相の参拝は公用車を使用、秘書官を伴うなど職務と認めるのが相当
▼参拝が公的か私的か、あいまいな言動に終始する場合、公的行為と認定されてもやむを得ない
▼国内外の強い批判にもかかわらず参拝するなど特定の宗教への助長、促進として限度を超え、憲法二〇条三項が禁止する宗教的活動に当たる
▼靖国参拝を奨励する意図は認められず、控訴人らの思想・良心の自由、信教の自由などの侵害は認められない
判決文なら、最後の文だけでよい。
で、原告が敗訴している野であるから、控訴も出来ない。
誰からも非難訂正されないところで、自らの偏見を公的に述べ、
国際政治に影響を及ぼす、この裁判官の資質を疑う。
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面白そうなので、のぞかせていただきました ●| ̄|_
>自分は神道は宗教というより、自然や先祖を敬う日本人の民族性に則った文化のような気がするのですが。
古代から続く村の鎮守などは、そういうものだったと思います。
それを宗教と区別すべきかどうかは分かりませんが。
国家神道は、それとは全く違う性質を持っています。
天皇を大神とし、その大神の為に命をささげたものたちを神とする、神体は無限にあれど一神教です。
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すごいな。
これからは小泉さんは結婚式や葬式に顔を出すときにも
「内閣総理大臣としてではなく、一個人、小泉純一郎としてまかりこしました。」
と表明せんと、憲法違反にされてまうな。
祝儀袋、香典袋、祝電、弔電なんかにも「一個人 小泉純一郎」と明記せねば、
公的なのか私的なのかあいまいになり、公的ととられてしまう恐れがあるぞ。
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何より、死者を弔うというのは宗教的行為だからなぁ。
ヒンズー教は輪廻転生するから死者を祀ることないしな。
公的事故などの被害者に対しても総理は私的にお悔やみを申し上げますとか・・・
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少し前「靖国」という本が出ていましたが、読んだ方、いますか?
この問題を考えるなら、靖国の歴史、成り立ちなんども考えて話す必要があるんでしょうね。
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靖国裁判、個人的にはこの団体の活動のために私は「精神的な苦痛を受けた」
ので訴えたいくらいですが、大阪高裁の判決で変なところは、
「参拝後、靖国神社に対するアクセスが増えた」というのが、それがどうして
「特定の宗教団体」に対する贔屓になるのか。
それなら芸能人をイメージキャラクターに採用(上戸彩の国勢調査)して
注目度が上がったというのも「特定の芸能人をエコヒイキにした」ということに
なりますからね。
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>>3
友引さん、ご挨拶遅れましたが、はじめましてm(__)m
日本人は死んだら神さま、仏様になる、って信仰があるんですね。
どの位昔からか解らないですが、かなり古くからあるのかね、多分。
弔う、というより「祭る」ってヤツですか?
これは、死んだ人が怨霊になるのを防ぐために神様として祭る、ってのもあるんだよね。
非業の死を遂げた人とかの魂を鎮める、それによって死者が怨霊にならないように、って。
菅原道真とか平将門ってそうじゃなかった?
そう考えると、まあ、戦死した軍人を祭る、ってのは日本の文化つーか伝統つ^か、民族性に合ってる、ってのは靖国参拝の言い訳にはなるね。
ただ、近所の神社と違って靖国神社は政治臭がプンプン漂うからな。
単なる神社参りと同じでは語れないと思うが。
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>靖国裁判、個人的にはこの団体の活動のために私は「精神的な苦痛を受けた」
ので訴えたいくらいですが
これは、どういった理由での精神的苦痛なのですか?
単純な質問なのですが。
議論のテーブルをひっくり返すような事言ってしまいますが、個人的には総理が神社に行こうが行くまいが、どっちでも良い。
つーか、世界には宗教が違うだけで殺し合ってる連中がいるんだから、こんなことでもめられる日本は平和でありがたないなあ、と思ってる。
といっても、まじめに議論するつもりですよ(いや、以前こういう意見を言ったら、あんたマジメに話す気あるの?と聞かれたから)
しかしね、実際、靖国参拝で騒ぐのは右翼と左翼くらいなもんで、一般の人の反応は、それがどうした?が大勢ではないのかな?
反対、賛成というのも「あんなに反対があるならいかなきゃいいじゃん」か「まあ、小泉さんがいきたいならいかせてやれば」位だと思うんですわ。
戦死者の遺族の方などは、もっと切実な想いはあるのでしょうが。
だからこそ、小泉さんがあれだけ執拗に靖国参拝に固執するんは、どんな意図があるのかなあ、とか思っているんですが。
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>イカフライさん
そのままの通りで、彼らの主張のように「(他者の行動で)精神的苦痛を受けた」
ということですね。
小泉さんが参拝するのは国家としての姿勢でしょうね。そもそも文句を述べる
方がおかしいわけですから、日本が中国・韓国の属国ではないことを示すために
参拝を取りやめてはいけませんね。ちなみに靖国神社に対する賛否はやや賛成派
の方が多いみたいですが。
ちなみに中国では毛沢東の肖像を天安門に掲げています。朝鮮戦争、チベット
侵略のA級戦犯を。韓国では北朝鮮が金日成を崇拝していることに文句を言い
ませんね。こう考えるといかに中国と韓国の言っている事がおかしいか分かり
ますし、いかに舐められているかが分かります。
さて、靖国神社ばかりがクローズアップされていますが、靖国神社の近くには
弥生廟というものがあるのですがこれは警察、消防関係の殉職者を祭っているものです。
で、国家はこの神社に毎年参っているのですが、靖国神社を問題にするのなら
このような殉職慰霊碑も問題にしないといけませんね。特にこれらは永田洋子達
のような連中に取って見れば「権力の犬」を奉っているものですが。
靖国神社を問題にする論法を使うと、警察による冤罪で死んだ人間の遺族
(靖国神社の場合で被害者と言われている「アジアの被害者」)を集めてきて、
神聖不可侵の被害者を全面に押し出せばいいですからね。
国家としては殉職者への謝意を表すために奉って参拝しているわけですから、
その点は靖国神社も同じです。戦死と言う殉職をされた方達を。
そう考えると警官の慰霊碑が問題ないのなら兵士のそれも問題なくて、
外国の兵士の慰霊碑が問題ではないのなら日本の慰霊碑も問題なくて、外国で
指導者への特別扱い(崇拝など)が問題無いのなら、日本がかつての指導者の
慰霊をすることも問題無いわけです(もっとも靖国神社の場合はABCの戦犯の
区別無く、敵に殺されたことをもって祭っているまでしかしていないわけですが)。
そう考えると、靖国神社の参拝に文句を唱える「あの罰当たりな坊さん訴訟団」は、
単なる軍人差別者、日本人差別者
ということになりますね。
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イカフライさん、よろしく。
>非業の死を遂げた人とかの魂を鎮める、それによって死者が怨霊にならないように、って。
菅原道真とか平将門ってそうじゃなかった?
>そう考えると、まあ、戦死した軍人を祭る、ってのは日本の文化つーか伝統つ^か、民族性に合ってる、ってのは靖国参拝の言い訳にはなるね。
怨念を封じるというのも、信心の一つの形とも思いますが・・・・
靖国神社には、賊軍は祀られていません。
国家神道は
天皇を神として道徳の機軸に据え、その内容を儒教精神に求めました。
「宗教にあらず」としながら、宗教を越えるものと位置づけました。
「廃仏毀釈」「切支丹邪宗門」などのことばが生まれたゆえんです。
「排斥された宗教」を信じる者にとっては、異宗派、異宗教以外の何ものでもありません。
台湾・朝鮮・満州 において、国家神道としての多くの神社を祀ることや、
皇居遥拝を強制したことなど、
天皇を頂点とする神国日本の国家宗教です。
それらの国にとっては、他国の他宗教として見過ごすことのできない性質を持つ宗教です。
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>>4
>これからは小泉さんは結婚式や葬式に顔を出すときにも
「内閣総理大臣としてではなく、一個人、小泉純一郎としてまかりこしました。」
と表明せんと、憲法違反にされてまうな。
「宗教行事としての結婚式や葬式」だけではなく、ヤクザなどと関係のある結婚式や葬式にでることも、もちろん制限されます。
2500万円もの歳費をもらっている「立場」なのだから当然といえるでしょう。
総理大臣の「立場」は、その中でも最も重いものです。
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靖国参拝って
ネオ・ナチが作った慰霊碑に
ドイツの総理が参拝するようなもんですからねえ。
近隣諸国の人たちはやはり不快感を持つのではないでしょうか。
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ヤクザなどと関係のある結婚式や葬式と
宗教行事としての結婚式や葬式は
似ているようで違うぞ。
あと、歳費の額と結婚式に臨む際の心得は
別の話だろう。
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>>10
>戦死と言う殉職をされた方達を。
戦死者を警察官や消防士と同じ殉職というのは正確ではないんじゃないかな?
あの当時は徴兵だったよね。
職業軍人っていうの、そういう人達だけが祭られているのなら殉職だろうけれど、赤紙で召集されて軍隊に入って(というか入らされてというか、あの頃は選択の自由なんてなかったからさ)戦死した人を殉職した、といって良いのだろうか?
個人的意見とすればね、本当は戦死した人達がどう思っているかが一番良いのだが、それは物理的に無理だから。
戦死した人の遺族や生き残った戦友達の意志が一番重視されるべきだと思う。
例えばうちの父親の墓に生前父が心底嫌っていた人がいたとしたら、そういう人にはお参りして欲しくないだろうね。
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遺族や戦友といっても、勿論意見は一つではない。
以前誰だったか忘れたけれど、昼間のテレビ(ワイドショーみたいなの?)でお兄さんが南方で戦死した、という人が出ていて。
とにかくひどい死に様だったらしい、目の中にまで蛆が沸いて、食べるモノもなんにもなくて死んでいった。
そんな兄のことを思うと、小泉総理に参拝して欲しい、といってたんだよね。
私は続く言葉が「欲しくない」だと思ったんだけど、まあ、昼休みの休憩室で観た程度の番組ではあるんだけれどさ。
多分、その人は兄の無念を少しでも、と思ったんだろうカナ、と勝手に想像している。
同じような想いで、欲しくないと言う人もいるだろうね。
以前ネットで(ヤフー掲示板だったな)死んでまで国に利用されたくない、という意見も聞いたことがある。
結構、高齢の人でもネットしているんだね。
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>ヤクザなどと関係のある結婚式や葬式と
宗教行事としての結婚式や葬式は
似ているようで違うぞ。
ん?
ヤクザは国を滅ぼさないが
国家神道は国を滅ぼした、って?
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何でそういう結論になる?
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近隣諸国云々の意見は、もう無視していいと思うよ
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突然なんですけど、
参拝して「ありがとう」って感謝のみするのが対中対韓国際的に問題なんだと思いますね。
参拝した上で「侵略の先兵にしていまい申し訳なかった。すみません。」とすれば、いいんじゃないですかね(国内問題として政教分離の問題は残りますけど。)。
今となっては否定する戦争に、しかも強制的にかりだしちゃったんだから、国家としては詫びる姿勢を見せなきゃ矛盾でしょう。
否定するつもりが無いのなら詫びる必要も無いけど、否定しないなら中国に文句言われても仕方が無いんよね。
政教分離問題については、個人としての参拝のガイドラインが次第にできて落ち着くんじゃないかと。
公用車で乗り付けて「内閣総理大臣」と冠して記帳したのに「個人的参拝」というのは通る訳が無いですね。
ま、最高裁では通るかもしれないですけど。
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小泉総理は、元々公人の立場で参拝していたんじゃなかったでしたっけ?
で、公人の参拝が憲法に抵触するとは考えていないって事では?
違ったかなぁ。
あと、戦場で死んでいった人たちは、徴兵されて嫌々戦地に行った人もいれば、
志願して喜んで行った人もいるだろうし、徴兵する側の人だっているわけだから、
そういう人たちに、一言で何か思いを投げるというのは無理だと思う。
その思いを形にしたのが拍手とか礼なんだと思いますね。
私は、初詣のときなどは、心を空にして神前に立ち、二礼二拍手一礼を
しています。
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>>20
>参拝した上で「侵略の先兵にしていまい申し訳なかった。すみません。」とすれば、いいんじゃないですかね(国内問題として政教分離の問題は残りますけど。)。
多少ぼかしている部分は感じますが、小泉首相は割と近いことを言ってるんじゃないでしょうか。
「かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、
とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを謙虚に受け止め、
痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻み」
「戦争責任は日本にある。・・二度と戦争をしてはならない、そういう気持ちで靖国神社に参拝」
「「心ならずも」、家族を残し、国のために、命を捧げられた方々全体に対して、
衷心から追悼を行う」
しかし上のような事を言いながら靖国に参拝するのはどうも理解し難い。
何故なら、靖国神社やそのシンパの人々は
侵略戦争を正当化する史観を広める努力を続けていて、
そのために首相の公式参拝等々を要求し続けている。
その事は内外にも広く知られているわけですから。
わざわざ侵略戦争を全面肯定する神社に出向いて
「侵略の先兵にして申し訳なかった」
とおまいりするのは何かおかしいと思いますけどねー。
そういう点は小林よしのり氏のような原理主義保守派(?)も
指摘しているところで、
「そんな気持ちなら参拝してもらわない方がマシ」と言っています。
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>イカフライさん
徴兵か志願かでは差はつけられないですから(「志願は祭るが、徴兵は祭る
価値は無い」ではいけないでしょう?)、一律に殉職で祭って問題無いですよ。
イカフライさんの言うような「当人の気持ち」や「志願か?徴兵か?」で
忠誠の度合いを測るとするなら、 内面を考慮に入れるとするなら
警察官や消防官の殉職者を、
「Aさんは警察官の鑑で職についたのは当人たっての希望だった。然るにBさ
んは公務員試験の時に行政近畿は無い内定で、県庁が2次落ちで、唯一受かった
警察官A(大卒警察官)で仕方なく警察官になった。在職中もいつも不平や
転職を口にしていた。
よっ殉職したてA君とB君は同列に置いてはいけない(国家の扱いも同列に
してはいけない)。」
と言うようなものですよ。
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靖国問題は、わけて考えるべきだと思う。
分けないから、混乱するような気がする。
1、政教分離について
2,A級戦犯問題について
3、近隣諸国(といっても3国だが)感情について
4,上の三国による内政干渉について
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>>24
5、靖国神社の意義というか、目的について
も必要か。
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>スライムベスさん、うろちいさん
「かつての敵国」にはそもそもが「日本は敵国」ですし、中国や韓国などは
自分と相手との違いも認められない 共産主義者と唯我独尊な儒教的思考
の連中です。
そもそもが彼らの考えの根本(他国のことをあげつらってもいい)が間違って
いるので最初から問題にする必要が無いことですよ。
例えば
かつての敵国である米英蘭は日本が参拝しても文句は言いません
ベトナムがアメリカの大統領がアーリントン墓地を訪れても文句は言いませんし、
ベトナムはニクソン大統領を犯罪者として評価するように 海を越えて アメリカ
に要求しません。
このように普通はどこの国でも他国のことを問題にする事はないのですよ。
ですから日本が無理に「我々は侵略・・・」とか言う必要はなく、日本として
は「アジア解放」、とか「自衛」とか言っても他国に強要しない限りは問題は
ないことになるのですよ。また「アジア解放」や「自衛」がアレなら単に
「日本のために・・」ということで良いのですよ。
無理に敗戦と、平和と、過去の反省との整合性を持たせなくていいのですよ。
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>友引さん
初めまして
友引さんが問題にすることを、他の例で考えると
キリスト教は植民地の道具であったのは事実ですし、そして地元民を対象とした
教会の設立と地元民への布教は日本の神道の比ではないですし、アメリカでは
聖書による宣誓を歴代の大統領が行なっていて(ルーズベルトもニクソンも
パパ・ブッシュも)、しかも現在も行なっています。そしてアーリントン墓地
はキリスト教式です。
またアメリカだけではなく、キリスト教は戦争の原因や道具にもなっています
し、ローマ法皇と十字軍もあります。
さらにキリスト教だけではなくて、イスラムも預言者が戦争を扇動してきまし
た。千年以上も。
つまりこう考えると神道だけを特別視する必要はないですね。
世界は日本、朝鮮、中国の三国だけではないので、無理して
「神道は三国一の果報者ならぬ、三国一の邪教、悪魔の宗教、政治的な宗教」
のような考えを持つ必要は無いですね。
つまり分かりやすく言えば、単に 普通なわけですね。
そして廃仏運動も極短い一時期(しかも他国のと比較すれば短くて軽い)な活動
です。
そういったことや習慣として見なされていることを考えると、
他国の他宗教として見過ごして何ら問題無いでしょう。
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>>23
その例は違うと思うよ、大神さん。
> 「Aさんは警察官の鑑で職についたのは当人たっての希望だった。然るにBさ
んは公務員試験の時に行政近畿は無い内定で、県庁が2次落ちで、唯一受かった
警察官A(大卒警察官)で仕方なく警察官になった。在職中もいつも不平や
転職を口にしていた。
両者とも自分の意志で警察官試験を受け、警察官になったことには変わりないでしょう、その場合。
例え他の公務員試験に落ちての仕方ない選択であろうが、不満がろうが、それこそ本当にいやなら転職できるわけだから。
けれど、あの当時、軍隊に召集された人に選択権、もっと言ってみれば拒否権があったのか?
それこそ「非国民」として特高警察につかまっちゃうんじゃないか?
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24-25
賛成。確かにごっちゃにするから混乱するんだな。
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>友引さん
それと、D.Rさんも言われていますが、政治的・社会的中立性と、宗教に対
する中立性はそもそも次元が違いますよ。
で、結婚式は神前、教会と色々ありますがどれかに出たからといって、宗教に
対する中立性を破ったことにならないでしょう。
また神父が「ご起立願います」とか言うのを従ったからと言って問題
(「神父に総理大臣が従った。キリスト教への従属!」)にする人は居ない
ですし、宗教的儀式の手順を守ったとしても問題にはならないでしょう。
それと同じことで、靖国神社への参拝も「宗教が社会的な習慣と被る」ことを
認めるなら問題無く(そして結婚式の例のようにそれを認めない訳にはいかな
く)、敬意としての作法の遵守(例:教会結婚式での手順に従うことのような
もの)なら何ら問題無いでしょう。
>>18 D.Rさん
ヤンキーさんは吉岡さんですからそのような短絡思考も仕方ないですよ。
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>>28
>イカフライさん
>両者とも自分の意志で警察官試験を受け、警察官になったことには変わりない
>でしょう、その場合。
内面を問題にするなら
こう言うことも問題にしないといけなくなりますよ。ということです。
で、徴兵軍人も志願軍人も 同じ政府の下の国民で、そして戦死、公務死という
外形をもって判断しているので
当人の考えはどうだったか?
で差別をつける必要は無いわけですよ。ですから
>けれど、あの当時、軍隊に召集された人に選択権、もっと言ってみれば拒否権
>があったのか?それこそ「非国民」として特高警察につかまっちゃうんじゃないか?
これを考える必要はありません。
それとそもそも日本に限らずどこの国でも戦時での非協力は非国民ですよ
(良心的徴兵拒否を採用しているのがポピュラーになったのは最近で)
そもそも志願軍人も徴兵軍人も内面は人それぞれで、忠誠心も戦争に対する
意気込みも人それぞれですよ。ですから、最初から徴兵か、志願かを問題にす
る、あるいは徴兵はAという立場・考えで、志願はBという立場・考えという
固定化して考えることがこの場合は間違っているでしょう。
国家が戦死や公務死という行為に対して祭っている以上は
志願か徴兵かに限らず無差別的に祭るのは
何ら問題無い行為ではないでしょうか。
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剣恒光さん
私も24-25で分けて考えて論じるべきだと思いますね。
ちなみに剣さんはどのように考えて居られますか?
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1 政教分離について
社会儀礼の範疇なら良いのではないだろうか。
絹布の条文は宗教的権威が政治を左右することを禁じているだけであると思う。・・そうかは良いのか?
米国でもバイブルに手を当て、大統領の就任をするのだろ?
後、契約の面があるとおもう。
明治以降、国の為に戦い、死んでいった兵士たちは、招魂社、靖国に祀られ、国がそれに対し、感謝する
という、不文の契約が交わされてきたと思う。
ゆえに、現在の政治的便宜から契約を反故にするのはどうかと。
「靖国で会おう」
2 A級戦犯問題について
この板にいる人はABCが罪の重さと関係ない分類で有ることは
よくご存知だと思う。
なぜに、BC級戦犯が合資されていることは問題ないのだろうか。
たしかに、BC級戦犯にも冤罪や、誤解が多数あると思われる。
が、きちんとした、国際法などの犯罪者とされているのだ。
しかし、A級戦犯については、法律不遡及の原則に反し、全ての判決が無効であると考える。
法不遡及の原則をみとめない。と言う事になれば、それこそ社会が混乱する。
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追記
>1 政教分離について
また、正月の伊勢神宮参拝を問題視しない点からみても、逆に靖国参拝反対者が政教を合わせて、政治的に利用しているように見える。
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3、近隣諸国(といっても3国だが)感情について
実際、感情問題なのだろうか?
ただの政治的カードとも思える。
また、戦争はすべからく双方の視点と言うものが有り、それを統一することは不可能であろう。
4,上の三国による内政干渉について
参拝をやめるにしろ、するにしろ、内政干渉によってでは駄目である。
それは悪しき前例となろう。
反対された故、参拝をやめるべきではない。
参拝をやめた・・・・次は何だ?
5、靖国神社の意義というか、目的について
何よりも、靖国参拝問題、大東亜戦争での合祀しか問題になっていないような気がする。
案外、反対してる人の中には大東亜戦争時の戦死者を祀っている社と考えている人も居るのではないか?
アーリントン墓地の反対者はどれぐらいいるのであろう。
もし、日本の首相がアーリントンに参拝すれば、どれだけ反対者がいるのか?
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>>27 【大神さん、よろしく】
読ませていただきながら
根拠なき説や嘘から、巧みに結論を導く方と見受けました。
>教会の設立と地元民への布教は日本の神道の比ではないですし、
「比ではない」という説の根拠を提示していただきたい。(日本の国家神道に比べて厳しいという意味に解釈していますが、逆なら結構です)
私は、近代において、キリスト教国が占領国民全てに、教会へ行って礼拝することや、宗主国(王宮)への遥拝を強制したという話は聞き及んでいません。
>そしてアーリントン墓地はキリスト教式です。
アーリントン墓地は無宗教の施設です。
そして言うまでも無く、靖国神社は墓地ではありません。
アーリントン墓地は、「墓地」であって、神社や教会ではありません。
存在そのものが違うのです。
>「神道は三国一の果報者ならぬ、三国一の邪教、悪魔の宗教、政治的な宗教」
のような考えを持つ必要は無いですね。
そう主張している人が居るといわれるならその実例を、居ないならこういう議論こそ必要がありません。
>他国の他宗教として見過ごして何ら問題無いでしょう。
一国の首相が、首相の立場で、侵略戦争遂行のために造られた国家神道に参拝することが問題なのであって、
彼がどんな宗教を信じているかということが問題ではありません。
靖国神社は、「天皇を中心とする神の国」に殉じたものを神として祀る宗教施設です。
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>>30
> で、結婚式は神前、教会と色々ありますがどれかに出たからといって、宗教に
対する中立性を破ったことにならないでしょう。
それをいうなら、次元の違う靖国神社参拝と結婚式を、同列に並べたことがまず問題にされるべきでしょう。
政教分離や信教の自由が問題になっているのは、「参拝そのもの」なのですから。
最近、創価学会員である知人から、創価学会は宗教ではなく、生き方の規範であるというようなことを聞きました。
政教分離について、神道についても、似たような問答をする人がいますが
それを言うには、それ以前に「宗教法人」の看板を下ろしておくべきでしょう。
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>>34 【剣恒光 さん】
>また、正月の伊勢神宮参拝を問題視しない点からみても、逆に靖国参拝反対者が政教を合わせて、政治的に利用しているように見える。
国家の首長が、公務として伊勢神宮へ参拝しているとしたら、これも問題です。
都道府県段階では、住民が、首長の地鎮祭参加や玉ぐし料に対する裁判を起こしてもいます。
しかし、前にも述べましたが、
靖国神社は、侵略戦争に果たした役割によって、A級戦犯の合祀だけではなく、神社の存在自体が戦争責任を帯びています。
A級戦犯とは、侵略戦争を計画し、準備し、開始し、遂行した、もしくはそのための共同謀議に参加したとして、「平和に対する罪」に問われた指導的立場の人々がである。主要戦争犯罪人とも呼ばれる。
B級戦犯とは、「通例の戦争犯罪」に問われた人々であり、占領地の人民に対する殺人、虐待、奴隷労働などが該当する。訴追されたのは、占領地の将校クラスが多い。
C級戦犯とは、「人道に対する罪」に問われた人々であり、この罪の対象は多岐にわたる。
戦争前か戦争中かは関係なく、占領地であるか否かも問わない。すべての人民に対して行われた行為が対象になる。
ただ、B、CはAに関連するものであるから、A級戦犯はB、Cの罪にも問われていると云える。事実、A級戦犯とされる松井石根陸軍大将は、Aは無罪であったにもかかわらず、B、Cにおいて有罪とされ絞首刑に処された。したがって、松井石根陸軍大将は、正確に云えばA級ではなくBC級戦犯である。
罪の重軽の意味ではなく、戦争遂行の指導者と、戦争の中で個人的に犯した罪との違いでしょう。
個人的には、A級戦犯の分祀をしたところで、「心ならずも」も含めて戦争に加担した人たちを祀る靖国神社に、現日本の責任者が参拝することには反対です。
不戦の誓いをするためなら、他にもっとふさわしい場所がいくらでもあります。
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>>27>>36
アーリントン墓地は「キリスト教」「無宗教」ではなく「多宗教」ですね。
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つか、墓地を造ると言う事自体、宗教的だったりするなぁ。
本来の佛教や、ヒンズー教は墓等造らないし。
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>>38
>「平和に対する罪」
ですから、それは法不遡及の原則に反し、無効だと。
だいたい、戦争自体は当時罪ではないしね。
有る意味、自存自衛の為の戦争であったのだし。
マッカーサー証言をとりあげるまでも無く。
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