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誹謗中傷って、何?
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>>117 ヤスツさん
だいたい予想の範囲内の回答をありがとうございます。
>私の基本的な主張は、>>108で要約されているように、
>「知らないことは仕方がない」「知らない者には責任が無い」
>に集約されます。
ええ、僕も「可能性すら知らない」のであれば「知る努力をする」という選択があるとは言いません。
>あるかないか、問題が存在しているかいないかもわからない場合に、あるかないかわからない問題を知る努力というのは、どれほどすべきものなのか? また、あるかないかわからない問題を知らないと罪になるという前提で、問題を追い求める(追い求める作業を一段落させるために、あるかないかわからない問題を【ある】ことにしてしまう)というのは、限りがないのでは?
あるかないか分からないならとりあえずあるかも知れないと言うことで、注意深くなるというのが義務だと僕は考えます。
実は僕たちはいろいろな問題があり得るという可能性を「知っている」んですね。
少なくとも差別とか人身売買とか、もう少し漠然としたカテゴリで言えば抑圧とか、そういうことが起こりうることを知っています。
それらに関しては「(自動車教習所で言うところの)かもしれない運転」でいきましょう。
いくか、いかないか、それは可能性に対する「選択」です。
一応断っておきますが、「・・と・・との選択がある」というのは事実の話で、「・・を選択すべきだ」というのは僕の見解です。
それぞれの話は区別して下さい。
さて、人類が体験したことのない全く未知の問題について、これを知ろうとする努力義務はありません。
正確に言えば「殆ど」ありません(世の中何が起こるか分からないことを僕たちは一応「知っている」のですから)。
>私はうろちい氏の見解とは異なり、「知ろうとする努力義務」は【ない】と思います。
>知ろうとすることができるのは、知るべき対象が【ある】という前提で探す場合です。
>Googleで我々が検索できるのは、探したい対象がなんであるかを朧気ながらであってもわかっているから、「探せる」のです。
>あるかないかわからない、問題であるかどうかもわからない、そういうものを探すことはできません。
全てに於いて可能性すら知らないのは幼児くらいのものでしょう。
>これは、選択とは言えません。
ですから >>107 で言ったように例えば幼児にとっては選択の余地の無いことでしょう。
幼児はスクリプトみたいなもので無選択に選択するわけです。
結果は幼児を通じて生じますが、幼児は主体的な関わりを結果に対して持っていません。
つまり、責任はありません。
物心ついた後の人は目前の問題や問題の可能性を認知しながら、なんらかの選択をしているというのが事実です。
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