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善とは何か

1緑装薬4 </b><font color=#800000>(aL5K3vps)</font><b>:2004/04/21(水) 22:44
「悪とは何か」ちうスレをずいぶん昔に立てたが(笑)

某人質事件において「善だからいい」ちうお話が出てて、「善ってなんだろう」と
思ったわけね。

まあ、悪についてもお話が進んでないんで、当然善についてもお話は続かないと思うけど
少なくとも「善」とか「ええこと」について語りたい御仁ならおるかもせんね(笑)

2通行人:2004/04/22(木) 00:34
善=正義と言って良いかもしれない。
善とは所属する集団によって規定されるものである。
一般的に慣習にのっとられ極めてぶれやすい認識。

例:悪魔を排除することは良い事だ。
応用:悪魔にアメリカ人とかユダヤ人とかアラブ人とか日本人に置き換えて使用される。

文才ないな自分…

3ヤッス:2004/04/28(水) 04:30
善とは。
やってる当人が「いい気分」になれることだ。

「今、俺っていい奴? いいこと言ってる?」
「今、俺が言ってることって、支持されてる?」
「今、支持されてるってことは、俺無敵? 俺だけが責められる言われなし?」
「みんながそうだって言ってんだから、俺がそれをしたって許されるわけよ」
「つまり、俺、善。俺、正義。正義で善の俺がいいっていうんだから、
俺に従わない奴はクズ」

とゆう連想の正義、善に、文字通り「取り憑かれた」輩のなんと多いことか。
善、すなわちそれは、「弱い人間の心の隙に取り憑くもの」であろうと思うのだ。

もしくは、遠藤周作風に「善魔」という、やはり魔の一種が善であろう、と。

4イカフライ:2004/05/02(日) 20:33
「正義を行えば、世界の半分を敵に回す。」
 って、映画のセリフがあるんだが。
 
 正義っていうのは、対立構造を持っているんだよね、皮肉な話だが「悪」がなかれば、正義は存在しない。

 で、善=正義だろうか?というと、ちょっと違う気がする。
 そのボーダーがどこか?と言われると、とってもあいまいなんだけれど善意と言うのは、それだけではそこまでの対立性というか、絶対性、強制制はないように思えるんだよね。

 例えば、杖をついた腰の曲ったおばあさんが大きな荷物を持って横断歩道を渡ろうとしている。
 そこである人が、おばあさんの荷物を持って手をひいて横断歩道を一緒に渡る。
 そこでその人が、「自分は今いことをしてるんだ」と優越感に浸る部分は有るにせよ、その行為自身は純粋素朴な善意から出ている事が殆どだと思う。
 けれど、そこで、そのおばあさんがどう感じるか?
 「今時、親切な若者だ、人情もまだまだ捨てたもんじゃない」
と非常に喜ぶかもしれない。けれど反面
「自分はまだ他人の助けを借りなくても、道くらい渡れる、だからこそ、こうやって出歩いてるんだ。年寄り扱いしよって」
と思うかもしれない。(自分、年取ったらこういうババアになりそうでw)

 私は「善意」っていうものは、否定したくない。それこそ世界が全て獲物と泥棒の世界であるのなら、生きることがそれだけで哀しすぎる。
 けれど、反面善意ってものは、非常に厄介なことも事実だ。
 よく「悪気があってしたことじゃない」というよね、じゃ、悪気がなければ良いのか?
 善意でした、という理由で全てを正当化しようとする事は、日常の中にすごく多い。
 それは、「自分が善意である」ということだけがあって、その善意を受けた他者がどう感じるか、どう影響するか、がないからかな、って思う。
 最初の例で言えば、おばあさんの荷物を持って手をひくのは「善い」ことだ、それをした人は「善い人」だ。
 けれど、それによって年寄り扱いされた、と当人が不快になったとしたら、それは悪い事なんだろうか?それとも、善いことなのに悪くとるバアサンが悪いのだろうか?

 私は善意そのものは信じたい、けれど、善意とは一番に相手を思ってするはずであるのに、相手の気持ちや立場を忘れるのもまた善意なのだ。

5ヤッス:2004/05/03(月) 01:03
GW中なのでPCのスイッチきっとった。

「相手のためにしたこと」について、された相手から同意が得られれば善意。
得られなければ「独善」。

共有された「善意」は喜ばしいが、押し付けた(もしくは理解されなかった)善意は
「独善」という悪である、と。

善意が「独善ではない」ことを証明するには、結局善意を向けた相手との間に
意識の共通化、または合意が成立させ得なければならないわけで、「自分が
善意だと思っていれば、それをされる側の同意は不要だ」と考えてしまったり
した時点で、善意は独善という「毒」に留まってしまう(変わるのではなく、留ま
る。独善からスタートして、合意ができて始めて「善意」になる)というものなの
かもしれんとオモタ。

6D.R.:2004/05/03(月) 09:30
>>4
ああ、それ知ってるわ、俺…
なんでだろう。

7ヤッス:2004/05/03(月) 18:26
>>6
押井守だよ。
ケルベロスでないかい。

8D.R.:2004/05/03(月) 18:57
正しくは、「紅い眼鏡」の予告の一節だね。
映画本編でこの台詞は出なかった。
ただし、漫画「犬狼伝説」では本編で室戸文明が口にしていた。

9イカフライ:2004/05/03(月) 19:18
>>7
はい、押井守です。
 
 善意から行った行動が必ずしもよい結果をもたらすとは限らない。
 だから、善意は不用だ、なんの意味もない、というと、これも違う。
 
>善意が「独善ではない」ことを証明するには、結局善意を向けた相手との間に
意識の共通化、または合意が成立させ得なければならないわけで、「自分が
善意だと思っていれば、それをされる側の同意は不要だ」と考えてしまったり
した時点で、善意は独善という「毒」に留まってしまう。

 相手に合意が成立したかどうか、解る場合も有るし、解らない場合も有るよね、現実的に。
 したほうからすれば、解らないまんまなら幸せなわけだ、「いいことをした」っていう良い気分でいられるから。
 問題なのは、善意でしたことなのに相手にとって「悪」になってしまうこと。
 悪と言うと大袈裟だけど、不快だったりよけいなおせっかいだったり。ありがた迷惑っていうやつ。
 その場合、善意をした側が、それを認める事ってすごく難しい。また、周囲も殆どの場合、その行為を肯定する。
 >「自分が善意だと思っていれば、それをされる側の同意は不要だ」
 もっと言ってしまえば、それに同意をする事を強要される場合だってある。

 己の善意がありがた迷惑だ、ということをなかなか認められないのはどうしてなのか?
 それは人間にはエゴがあるから、といってしまうと簡単だけれど、ではエゴって必ずしも悪い事なのか?
 人間ならエゴが全く無くなれば、それはそれで問題ではないか?とも思うし。

10D.R.:2004/05/03(月) 20:41
京極堂なんかは、
「言葉はどう言うつもりで発したかではなくどう受け取られたかが重要」
みたいな事を言ってるね。

11ヤッス:2004/05/03(月) 23:27
どういうつもりで受け取られるか、を、できるだけ発言時の「つもり」と
かけ離れないようにするために、言葉を重ね、言葉を凝らすわけだな。
少ない言葉、シンプルな単語で同意を得られればそれに越したことはない。
が、少ない言葉には、複数の語義があったりする。
「そういうつもり」が「別の意図」に勘ぐられることだって少なくはない。
むしろ多い。

>>9
善意が不要だとは思わない、という点には同意。
「ありがた迷惑」と言われた場合について、「善意なら許される」という
考えを見直すべきでは、という意見にも津意。

相手の同意を確かめないで、「見込み」で行われる善意は、報われな
くても腹を立てない、ということでしかないのかな、とも思うんだがどうだろう。

12D.R.:2004/05/04(火) 00:59
ただ、善意を受ける側に回った場合、
例えそれがありがた迷惑であったとしても、
善意からしている事であるのを考慮した
対応を取りたいものだ、とも思うな。
ま、俺なりの節度ってとこですかね。

13ヤッス:2004/05/04(火) 01:27
>12
うん。
でも、それはたぶん、ケースバイケースになるし、そのケースバイケースが
判断を難しくさせるんぢゃないかとも思うんだよな。

先祖代々住んでいる土地に、公共の都合で高速道路を通す。
公共の側の人間は、公共の恩恵を受ける人間に対して善意から道路完成を
目指す。同時に元々住んでいた人間には善意から「移転先」を用意したり、
補償金を用意したりする。
でも、元々住んでいた人間にはそれらの「善意」の全てがありがた迷惑で、
しかも考慮のしようがない。

そういうケースはけっこうある。
そういうケースを「例外」にするか、そうしないかで、「善意を受ける側の」
という話は変わってくるのかもしれない。

難しいやね。
そういう「公共の」を背負わないものとして話した方がもっと気楽にいろいろ
言えるのかもしれんが。

14D.R.:2004/05/04(火) 02:29
「国民」の中で、「道路を通すために土地を追われる人」と「それ以外の人」
がいると言うケースですな。
公共事業は、「恩恵を賜る人」「損失を受ける人」のプラスマイナスを考慮し、
差し引きどうかと言う意味での善意による事業だからね。
マクロ的にみれば善意でもミクロ的に見ればそうではない事もあるね。

俺はそういう事を言ってるんじゃなくて、
例えば歳をとっても、健康のために電車では立つ主義を貫いていたとしても、
席を譲られたときに「要らん世話じゃ!」などと言って、人の善意に
冷や水を浴びせるような野暮は慎みたいなと、そういう事です。

15D.R.:2004/05/04(火) 02:30
ところで、>>13の事例でも、「考慮のしようがない」のではなく、
「全ての事情を考慮しても受け入れ難いこと」であるのではないかな。

16イカフライ:2004/05/04(火) 23:18
>>11

>相手の同意を確かめないで、「見込み」で行われる善意は、報われな
くても腹を立てない、ということでしかないのかな、とも思うんだがどうだろう。

報われる、と思う事自体、良くないことなのかも知れないね。
よく宗教なんかでは、善行を積む事自体を修行とか言うよね、それは誰かの為に良い事をした自分は偉い、という傲慢を抑制するためなんだろな。
まあ、実際はその宗教をやっている人達が、傲慢のかたまりになったりすることは往々にして見られるから、その辺がまたこれはこれで問題なのだけれど。

善行の一番良いケ−ス
・その行為で相手が喜び、尚且つ相手のためになった時。

・結果的に相手のためになった時

でこの次が難しいんだわな。
・相手が喜んだが結果的に相手の為にならなかった時。
   と
・何にもならなかった時。

一番問題なのは、相手にとって悪かった時、なんだろうけれど。

 漠然としたいいかただけれど、自分が良かれと思ってほどこしたことが相手を不快にさせたり、もっと悪い結果をもたらしてしまったり。

 人は善意を行う事で評価されるのではなく、その善意が相手に評価された時に、それをどう受けとめられるかにとって、その人が評価されるのかも知れないな、なんて思ったりする。

17ヤッス:2004/05/05(水) 03:08
>>16

>人は善意を行う事で評価されるのではなく、その善意が相手に評価された時に、
>それをどう受けとめられるかにとって、その人が評価されるのかも知れないな、
>なんて思ったりする。

うん。凄く同意。激しく同意。

だからきっと、我々全員にとっていちばん大事なことというのは、耳をそばだてること
なんじゃないかと思うわけだ。
相手の声、反応、そんなものを聞き逃さないように、よく耳を澄ますこと。
人の話をよく聞くこと。
噛んで含めることも大切だけど、相手の言うことを聞き漏らさないこと。

相手が、自分(及びその行為)をどう評価したかを、注意深く聞くこと。
つまりは、相互理解は「言い聞かせること」よりも「よく聞くこと」なのかな
と思ってみたよ。>>16を読んで。

18イカフライ:2004/05/06(木) 22:43
人間ってさ、自分が良い事をすれば、気持ちが良いもんだ。
 中には悪いことをして、人が困ったり苦しんだりするのを見るのが楽しくてたまらない、という人もいるだろうが、まあ、一般的小市民というのは、良いことをする、少なくとも良いことをしたと思うことは、気分の良いもんだし、悪い事をしたと思えば良心が咎めるもんだ。
 それが、地域社会の安定を維持してきたとも言えると思うし。

 例えば世話好きなオバサンが、近所の年頃の娘さんにお見合い話を紹介する。
 で、このオバサンは、恋愛っていう一時的な感情でぼ-っとなって、見た目は良いけれど生活力が無かったり、口がうまくて遊び上手だけれど浮気もんな男と結婚するより、地味で堅実な男性を冷静に選んだ方がのちのち幸福な結婚生活を送れる、という考えだとするよね。
 そこで近所の娘さんに、安定した職業に付いて貯金もある男性を紹介する。

 ところが、その娘さんは、世間では適齢期を過ぎたと言われる年令でも自分は今結婚する気はない、とか、そもそもお見合い結婚なんてモテナイ魅力が無いことを証明するようなもんだからみっともなくていやだ、とか思っているかもしれない。
 それで「お話は有難いけど、今その気はないので気持ちだけで」とお断わりする。
 ここで終わればまあいいんだけれどさ。
 例えばそのオバサンが、なんで見合いしないんだとか、今付き合ってる男はいるのか、とか、女が30過ぎて独身でいるのはみっともないとか、老後がミジメだとか、まあ、そこまで露骨じゃないにせよ、結構、その娘さんにとっては失礼なこと言ったりする。
 これは「余計なおせっかい」だよね。

 まあ、そこまでは良い、としても。
 例えばそのオバサンが娘さんに直接ではなく、彼女の親にお見合い話を持っていったとする。
 で、実はその娘さんにはフリ−カメラマンの恋人がいて、しかもあまり仕事がない。
 で、彼女の両親は、「男なら女を養うもの、安定した生活こそ結婚生活の降伏の条件」という考えだとする。
 で、娘の恋愛に反対してるとするよね。
 そんな時に渡りに船でそのお見合いが持ち込まれたら、両親はムリヤリにでもお見合いをさせようとするだろうし、娘は親と自分の恋でなやむ。
 3文芝居にもならないネタだ、といわれるかもしれないけれど、ワシの周囲では結構アル話だったんだよね。

 で、こんな時、気の良い世話好きオバサンが善意で行った事は、その相手、ここでは近所の娘さんにとっては、それこそ、害にしか作用していないわけだ。

 そこで、善意を施す側、ここでは世話好きオバサンが、どうするか、どう思うか?

 理想的にはね、自分の価値観だけで相手の価値観や状況に対して考えが及ばなかった、ってことを鑑みられれば良いだろうし、それができてこその本当の善意なんだろう、と思うんだよ。
 ところが、人間、善意を施すのが心地よい分、自分の善意が否定されることは非常に我慢ならないんだよな。

 そこで、「フリ−カメラマンなんてわけのわからない仕事の男なんてロクなもんじゃない」とか
「あの娘はだまされている」とか、「今の若いコは、なんだか解らないカタカタの仕事の軽薄な男がかっこいいと思うんだ」とか。
 結構、そういう典型的なことを考えて、自分の善意を正当化してしまったりする。

 だらだらと3文話が長くなったが。
 つまりさ、人間って「自分が良い」と思ってていることは、本来「他者にとって良い」ことが目標な筈なのに、いつのまにか
「自分がした事が相手にとって良いはずだ」→「なのに良いと思わないのは相手に、またはそれ以外の所に原因がある」→「それはきっと悪いものだ」→「何故なら、善である自分の行為が良いと評価されないからだ」
 なんていつのまにか、目的が変貌してしまうんだよね。

 これがいきつくと、「善魔」となって、己の尺度に会わないものを排斥する、それこそ善の為なら人をも殺す、なんてなるんでないだろうか?

「他者に善行を施さねばならない、そしてそれに決して見返りを求めてはならない」
 という教えは、裏を返せば、人は見返りを求めずに善を行うのが、スゴ−ク困難だからだろうな。

 そして、それを命じるはずの宗教が、実は、己だけの善の正当化の為に殺しあっていたりするんだな。

19ヤッス:2004/05/06(木) 22:51
>>18
Excellent!!!!!

武蔵に聞かせてやりたい!!!!!!

20D.R.:2004/05/07(金) 21:48
一言で言うならば、「有難迷惑」だな。

21イカフライ:2004/05/08(土) 18:14
いや、別に武蔵さんに対して書いた意見ではなんだが……(^^ゞ

 良いことをするといい気分になる、という作用は、悪いもんではない。というか、必要な部分はあるんだろうな。
 てのは、善意によって行われる行動というのは基本的にする側に物理的な得はない場合が多い、つ-か損失の方が多いな。
 例えば海岸でゴミを拾う、そこにいくまでの交通費だってかかるし、ゴミ拾いの時間だって費やすし、体力も使うし、その分バイトでもすりゃ時給800円でも入るってもんだったりする。
 募金だってそうだよね、人の為だけにお金を使うわけだから。
 その代価として自分が素晴らしい事をした、自分はなんて良い人間なんだろう、っていう精神的満足を得るようなメカニズムがあるのかな?
 社会福祉がなかった時代の共同体の相互扶助とかからでたのかどうか、そのあたり解らないけれど。

 「他者の為に善行を施し、己になんら一切の見かえりも求めない」てのは理想なんかもしれないが、そうなれる人間っていうのが、ホンマにごくごく少数だからこそ、聖者として尊敬されるのも事実だ。
 例えばマザ−テレサとかはそういう人だったと思う。
 あれは信仰の成せる業だ、とも言えるけれど、じゃあクリスチャンがみんなそういう人間か、つ-とんなことないしねえ。
 
 この「善意に見返りを求めてはいけない」っていうのが、なんていうのかなあ、「物理的見返り」だけに限定されることって多くないだろうか?
 前に別スレでヤマト福祉財団の会長さんの話があったけれど、福祉に長く携わっている人達にはどこか「福祉は尊い、金儲けは汚い」という意識がある、と言われていたじゃないですか。
 別に福祉だけじゃなくて、どっかそういう意識ってあるよね。
 まあ、お金って言うのは卑しいとされるもので、私なんかも大した育ちでもないし、ロクなしつけを受けていないが、子供の頃から人前でお金の話をするのは恥かしいこととは言われていたし、自分でもどこかにそういう気持ちはある。
 でもさ、「無償だから尊い」という言葉は裏を返せば有償には限度があるが無償には限度が無い、って考え方もあるんだよね。

 確かに人間って損得を考えたらアホ臭くてできないことはある。
 身寄りも金も無い老人を世話したりするよりは、将来有望そうな子供や若者の教育に金や人手を割いたほうが余程社会的に得だ、という考え方は損得勘定で言えばあってんだよね。
 でも、それでいいのかなあとも思うんだよね。

22緑装薬4 </b><font color=#800000>(aL5K3vps)</font><b>:2004/05/10(月) 22:45
>19
全く同意だね。

イカフライ御仁の最近のお話わ、筋が通って納得でけるものが多いのぉ。


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