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売買春の是非について語れ!
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なにわともあれ、売買春の是非について語れ。
この場合の是非は「非合法だからダメ」というオチはなしで。
「非合法」をタテに取るなら「なぜ非合法である必然があるのか」を語れ。
「合法」を目指すなら「合法である必然」を語れ。
・倫理/道義上の問題とするなら、宗教観を明らかに
・売り買いOKとするなら、その根拠を明らかに
・禁止/許可いずれも、その「必然と根拠」を明確に
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あ、忘れてた。
・売買春を禁止した場合のメリットとデメリット
・売買春を解禁した場合のメリットとデメリット
及び、それぞれのメリットとデメリットの解決方法、妥協案、
メリットとデメリットのどちらに重きを置くかについても、
力の限り語っとけ。
どうせケリはつかないだろうけど。
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>>1
スレ立て乙彼っす。
ヲチさせて貰いますわ。
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う-ん、これはねえ。
>>2
>どうせケリはつかないだろうけど。
語りたいことはあるんだけれど、ケリのつかない不毛な平行線を辿るだけになりそうで(ーー;)
まあ、たかが(といっては悪いけれど)ネットの議論で、結論が出るものなら、社会問題にはならない、といってしまえばそうですが。
特に、この問題については、個々人の経験や感性が多くの割合を占める部分が大きいようで(経験上)。
なかなか、ク−ルに話すことは難しい様に思えます。
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>>3 >>4
たぶん、「たったひとつの正解」や「唯一の合意」を得るのは不可能だと思う。
だから、ここではひとつの答えにたどり着くことを目的にしないで、
「多様性をすべて列挙し、他の考え方を極力否定しない」
って方向で行くのはどうだろうか。
肯定できるかどうかは個人の感性の問題だけど、否定しない努力はできない
こともないと思う。だって、「おまえもそうしろ」と言われたら自分流を変えるか
変えないかで悩むけど、性ってのはひとつには「俺はどうするか」って問題で
あって、「人は人」と言えるのであれば、他人を肯定しないまでも否定しない
ことはできそうな気がする。
それすらできない(人のことをとやかく言いたいだけ)なら、複数の正義が
共存する世界で生きていくことなんか不可能だと思う。
まあ、まずはやってみようや。
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>>4に書いたような理由で、あまりこのトピに書くのは、今一つ気が進まなかったのですが。
別スレでのやりとりを見ていると、なんか、かいたほうがいいかなあ、という気持ちになって、まあ、心境の変化です(^^ゞ
私の主張としては、売春は合法化すべきでは、です。
一番の理由は、売春業従事者の労働保護と労働者の権利獲得です。
といいますのは、今、日本において、売春業に就いている人って、何人くらい居るのか解りませんけれど、風俗営業の数をみれば、かなりの人数ですよね。
で、それらの人達に、労働基準法がどの程度適用されているか? 衛生面の管理はどうなっているか? というと、「お店の良心」と「個々人の自己管理」にまかされているわけですよ。
今、風俗求人誌も沢山でていますし、不況もあって、いわゆる素人女性が風俗業界に参入する機会も増えていることも考え合わせれば、ここらできちんとするべきじゃないか?
というのが、私の主張なんですね。
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で
・売り買いOKとするなら、その根拠を明らかに
まず、売春とはなにを売るか? ここではいわゆる本番を含まないヘルスやイメクラなども視野に入れていますが。
性行為そのもの、という考え方もあります。が、それこそ、それだけなら、寝転がって股広げていればよいわけでしょ?
そうではない、それに付随するサ−ビスも含めたお金のやりとりですよね、だからこそ、擬似的性行為ともいえる、ヘルスやピンサロが成立する。
で、これらで売られるものはサ−ビスだと思うのです。
サ−ビス業というのは、確立されています。
で、そこで出るのは、
「性は売り買いしてはいけない」
ということです。
私はこれが解らない、どうして、性は売り買いしてはいけないのか?これは、別スレで以前述べた、
「家父長性における遺伝子の出所」をはっきりさせるための貞操概念から、以外、納得できる理由がないのですよね。
いけない理由なんて、実はないんじゃないか?と。
・禁止/許可いずれも、その「必然と根拠」を明確に
まず、禁止がどの程度、可能か?
歴史的に見ても、売春のない社会ってあったんだろうか?
貨幣経済が発達した時から売春がうまれた、という意見もあったけれど、古代においては、巫女が売春を行っていた、という話も随分といろんなところで読んだ記憶がある。
また、宗教的戒律によっても、共産主義的イデオロギ−によっても、売春の撤廃はできなかったと考えると、禁止は、不可能だと思う。
なぜ、不可能か?というと、実は、売春がいけない、というとは、実は建前に過ぎないのではないか?
なんて思うのよね。
もっと言ってしまえば、売春と結婚の境と言うのは、考えれば考えるほど、あいまいだ。
どっちも、性欲と言うアナ−キ−で強いエネルギ−を、共同体の枠に上手く当てはめる手段として、表裏を成しているように思えて仕方ないんだけれど。
と、なんか、つらつらとまとまらなくて、ゴメン。
他のみなさんのレス、待ってます。
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>>7
> いけない理由なんて、実はないんじゃないか?と。
一つには、やはり観念的なものではないかと思います。
特に日本では、性的なものに対するタブー感は非常に強いですから。
これが、生理的嫌悪感を含んだ差別敵観念になってしまって居るのではないかと。
もう一つは、衛生面の難しさの問題でしょう。
人間の期間の中で、最も脆弱な器官を酷使しますし、それによる疾病や妊娠など、リスク
的にも大きなものがあります。
これらのリスクを可能な限り下げるには、それこそ医師及び病院と同程度の難しさが付き
まといます。
これらが、公的に認めるには大きなネックになっているのではないでしょうか。
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一応態度表明をしておきましょう。
私も「売春【再】合法化」を支持しています。
これにはいくつかの理由があります。
ひとつには、イカフライ女史の仰る「売春従事者が職業として認められること、それによって得られる社会保護、売春従事者の権利の保護」などですね。
サービス業として「働いた」のであれば、それに見合う報酬は保障されるべきですし、それこそ社会保障がきちんと受けられれば、性病/妊娠などに対しても対応できるようになるでしょう。
売春従事者が差別を受ける原因に「性病/妊娠」などがあるとするなら、それは職業として社会が認識・保障しないことによって起きるわけですから、うろちい氏ではありませんが「社会のせいである」と言えるわけでしょう。
また、売春は「身ひとつで始められる肉体商売」でもありますね。よく「一生できる商売じゃないんだから……」と売春従事者を窘める人がいますが、そんなことは当人がいちばんよく分かっていることで、「他の仕事を始めるための資本を、身ひとつで稼ぐ方法」と位置づけている人も少なからずいますね。(自分のお店を持つため、とかね)
その意味で、売春というのは「労働意欲があるが資本がない女性」が、自発的意志と自力で資本を獲得できる有力な方法でもあると思うわけです。
これは、「弱者にかわいそうなことを強いる」ではなく、「泥を噛む覚悟もある弱者も(そうでない人も)資本を稼げる有力な手段を、職業として成立/保障してやるべきだ」という考えです。
売春には「弱者に強いる」という、どうも夜鷹と立ちんぼしか見ていないような感想をよく聞くのですが(^^;)、吉原の太夫がそうであったように「超高級娼婦」というのもいますね。
吉原を例に取ると、太夫の豪華さというのは「店が用意したもの」ではなくて、すべて自前・自腹だったそうです。超高給取りの高級娼婦ですら、自分への資本投資は自腹、と。そうして自分を高めることで自分の値段を釣り上げていたわけで、太夫=道楽でやっているとかではなかったみたいですよ<トリビア
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話変わって、売春【再】合法化について、もうひとつの支持理由。
>>8
「日本では性的なものに対するタブー感が非常に強い」というのは、実は案外そうでもなかったりしまして。
「人妻を姦淫したら、夫はその現場に踏み込んだとき間男と不倫妻をその場で殺しても罪に問われない」という法律が江戸時代にありましたし、それ以前の平安時代くらいから類似の戒律はあったみたい……ではあるんですが、
そういう法律があったということは、「法律に書かないと取り締まれない」くらい、そういったことが横行していたということの証でもあるんですね。
落語の噺のネタで、長屋住まいの男が隣の女房を借りるなんて噺がありますし。
いわゆる農村や港、市場の商人たちの世界、町人(職人)の世界ともなりますと、さらにタブー感というのは薄い。
文書で残っている内容では「我々は厳格であった」となっていても、「実際はそうではないから、建前として【厳格】を強調していた」というもののほうが多いわけです。
さて、私が売春【再】合法化を支持する上で、結びつけて考えたいのが「性教育」と「赤線」です。
日本人の場合、死を徹底的にタブー視することによって、死は忌み嫌われていますね。
その結果、死を理解できない、または死に対する過剰な怯えや過剰な好奇心が、「人を殺してみたかった」といった事件を発生させる温床にもなっているのでは、と思います。
また、核家族化の進行によって、老人と同居しなくなったため、幼少時に「死ぬことのお手本」を見る機会がなくなった。
つまり、「人の死とは何か」を学ぶ機会がないままに成長してしまうと、死について未成熟なので「殺してみたく」なったり「自分が死んでみたく」なったりしたときに、簡単にそれを実行してしまう。
性についても同様です。
かつて、「赤線」が存在したとき、それは単なる売春宿としてではなく、「性について学ぶ」場所としての意義もありました。
センパイに連れられて初めて女を知った……という世代と、赤線廃止後の世代、性犯罪発生率が高いのはどちらかというのは、警視庁のサイトあたりを調べれば科学的な数値も得られると思いますのでここでは示しません。
昨今、性教育の不足から性知識が不十分な中学生が増え(なおかつ、中学生くらいから筆おろし/水揚げが始まっているわけですが)ていることが問題となり、文部科学省は近く中学生くらいから性教育に力を入れていく方針になっているそうで。
「恋愛をしないと性行為はできない」という建前なのに、「性行為に関する必須知識やマナーを学ぶ機会は本番以前にはない」というのが実態です。
「性行為など本能でするものだ!」という純潔主義者もいますが、「性病予防」は本能ではできません。女性の扱い方についてもそうです。
そうした性意識を学ぶ機会の復活は、「不完全な性意識に基づく性犯罪」の抑止に効果を上げられるでしょう。
また、異性の扱い方を知ることは、異性に対する敬意を覚えることにもなり、セックス・バイオレンスを軽減することにもなりましょう。
しかし売春が非合法のままだと、そうした「性教育の実習」を実現することができません。
性教育は親がするもの、という意見の人もいますが、親には「実技」は教えられません。
こうした矛盾を解決するためにも、性教育の一層の補強のためにも、赤線復活に繋がる売春【再】合法化は必定だと考えています。
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>>8
>もう一つは、衛生面の難しさの問題でしょう。
人間の期間の中で、最も脆弱な器官を酷使しますし、それによる疾病や妊娠など、リスク
的にも大きなものがあります。
これらのリスクを可能な限り下げるには、それこそ医師及び病院と同程度の難しさが付き
まといます.
逆に言えば、これだけリスクのある職業に対して公的保障がない、というのが問題ではないかな、と思うのですが。
このリスク回避に就いては、合法化の際に労災的側面から、きちんと整備していきたいと思います。
これは、現在の風俗営業法化のおざなりな調査(ソ−プの立入りの際には、マットを切り裂いてお風呂に沈めて、あくまで浴場です、という白々しいものではなく)きちんとした調査を行うべきでしょう。
実際、優良店と呼ばれているところがどうなっているか?吉原や西川口のお姉さんや、風俗ライタ−さんなども、合法化の際には、モニタ−として参加して頂きましょう。
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トリビア。
川柳に「客二つ、潰して夜鷹は三つ食い」というのがあります。
江戸時代の「夜鷹」の値段は、客一人に対して「24文」が相場でした。
夜鷹が客を二人取ると48文の儲け。この儲けで三つ食べていたものは「夜鷹そば(いわゆる夜鳴きそば)」で、1杯が16文で三杯ということだそうです。
夜鷹そばは、現在の「駅前の立ち食いそば」に相当する安価な食べ物ですから、現代の価格に直せば250円前後。
客二人を取って三杯分とすると、一晩で二人をこなしても750〜1000円の間くらいだった、ということになります。
つまり、江戸時代の夜鷹の一人当たりの代金は、400〜500円。
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ちなみに、棒手振りの一日の「売り上げ」は500〜700文くらいで、そこから翌日の仕入れ代金を引き、店賃(日払いの家賃)を引き、食費を引き、貯金をし……とやっていくと、手元に残る「お小遣い」は50〜100文以下だったそうで。
ここで、48文=約1000円とすると、棒手振りの一日の小遣いは最大で2000円くらい。屋台で酒飲んで焼き鳥つついたら終わりますね。
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