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ウェストファリア体制の次にくるもの

21中葉:2003/04/13(日) 12:47
そうは思うんだが、大勢の赴くところ、世界最終戦争はもうすぐ終わり
不滅のアメリカ帝国が半世紀続きそうですね。みなさん!

その根拠は「イラク攻撃パクス・アメリカーナの分析に日本が出てきてギョギョ!」
The President's Real Goal In Iraq
http://www.jca.apc.org/~altmedka/aku389.html

22中葉:2003/05/24(土) 06:13
Power Shift ジェッシカ・マシューズ http://www.foreignaffairsj.co.jp/yoshi/9703.html#power
の最後で彼女は以下のように言っています。

======================================
「国家の解体と進化」
もし現在のトレンドが続けば、50年後の国際システムは大幅に変化しているだろう
し、この移行期には、ウェストファリア・システムとその進化形態のシステムが両脇
にそれぞれ位置しているであろう。

国家パワーの衰退は結局は一時的な現象になるのだろうか?国家政府への現在の失
望感は、そうした考えが喚起されるとともに急速に悪化していく可能性がある。グ
ローバリぜーションが今後も続き、(ある臨界点に達すれば)過激な経済、文化的
ナショナリズムによる逆襲を招くかもしれない。あるいは、逆の見方をすれば、政
府がうまく扱えない問題の解決を助けることで、ビジネス、NGOそして国際機構
は、実際には国民国家システムを強化しているのかもしれない。(後少し続く)
======================================

私のこの後の発言も、槁と時を改めることとします。

なお、ジェッシカ・マシューズの現況については以下を参照ください。
http://www.ceip.org/files/about/Staff.asp?r=18

23中葉:2003/07/14(月) 03:37
ジェッシカ・マシューズの予言の的確さは、ナイの新論文「アメリカ帝国の虚構―ソフトパワーを損なう単独行動主義の弊害」 http://www.foreignaffairsj.co.jp/intro/0307Nye.htm でも以下のように例証されます。(一部引用)


 情報革命と技術的変化は、(国境を問わない)トランスナショナルな問題の重大さをますます高め、非国家アクターが世界政治で大きな役割を果たすことを必然とした。数十年前なら、各国政府、あるいは多国籍企業やキリスト教会といった世界的大組織を例外とすれば、即時的なグローバル・ネットワークを確立するのは組織にとっても個人にとっても経済的に不可能だった。米ソでさえも、上空からの秘密衛星写真を撮るのに、かつては膨大な資金を投入していた。だがいまなら商業衛星からの上空写真は、わずかなコストさえ払えば誰でも入手できる。インターネットの誕生によって非政府組織(NGO)が世界的に連絡を取り合うのも簡単になった。一九九九年十二月の世界貿易機関(WTO)閣僚会議で、千五百のNGOが「シアトルの戦い」を組織するために連絡を取り合えたのも、情報革命と技術的変化があったからこそだ。

 厄介なのは、テロリストたちも同様に、情報革命・技術的変化の恩恵を手にしていることだ。テロリズム自体は何も目新しくはない。だが、この数十年における「技術の民主化=拡散」によって、テロの致死性が高まり、作戦もきめ細かなものとなり、このトレンドは今後も続いていく可能性が高い。ヒトラーやスターリンといった二十世紀の病んだ指導者たちが大量殺戮を行うには、政府の力と権限を利用する必要があった。一方、二十一世紀のテロリストたちが大量破壊兵器(WMD)を手にすれば、社会のはぐれ者集団や個人が、膨大な破壊力を思いのままに行使できるようになる。国家を中心とする伝統的分析に従えば、「テロを支援する国を罰すれば問題は解決する」ということになる。たしかに国に対する懲罰策もテロ問題を緩和する助けにはなるかもしれないが、これでは、すでに破壊的な技術を入手している個人の試みを阻止できない。

24中葉:2003/12/20(土) 12:28
>>17 昨今、どうしても「アメリカ対世界」という図式が際だってきてますね。で、「アメリカの孤立」というのがニュースなんかで際だって報道されてるんですけど、アメリカって本当に孤立してるんでしょうか?

>>21 大勢の赴くところ、世界最終戦争はもうすぐ終わり不滅のアメリカ帝国が半世紀続きそうですね。みなさん!

「ならずもの国家アメリカ(講談社 2003年11月20日発行)」を今朝アマゾンの宅配便で入手し、これからボツボツ読むところです。

開巻、巻頭p.12に以下の文章が飛び出します。
“2003年2月24日月曜日の『ワシントンポスト』紙は1面に、世界の多くの人々はジョージ・W・ブッシュ大統領をフセイン以上に世界平和の脅威と考える、という記事を掲載している。これはなにも、イラクをどうするのかという論議から急に降って湧いた話ではない。ロンドンの『ガーディアン』紙にこんな記事が掲載されている。
「“かけがいのない国”であるはずのアメリカは今や究極のならず者国家の様相を呈しつつある。ブッシュのアメリカは、国際社会を率いるどころか、いよいよそれと対峙する決心を固めているようだ。丘の上にある輝く町ではなく、(中略)聞こえてくるのはナショナリズムの鈴の音だ。我々アメリカはやりたいようにやる、(中略)それが気に入らないのなら仕方あるまい("A Dirty Business: Mr. Bush Has Put U.S. Credibility on the Line." The Guardian. March 30. 2001,p.21)」、
と。この記事は昨日書かれたものではない。2001年春にアメリカが、地球温暖化防止のための京都会議議定書を拒否した時のものである。”

私はボツボツ始めますから、皆さんの積極的なご意見によって議論が進むことを期待しています。

25中葉:2004/02/11(水) 23:39
>>22 私のこの後の発言も、槁と時を改めることとします。

マシューズの要約をやり直します。

もはや「ウェストファリア・システム」の絶対性はすべて解体しつつある。インターネットに象徴される高度情報化時代にある現在、おカネ、情報、汚染、大衆文化といった資源や脅威が重要性をましながら拡散し、「政治的な境界線には殆ど関係のない形」で人々の生活や経済を規定しているからだ。新たな問題の多くがトランスナショナルな性格となり、国際コミュニティが何に対して関与するべきかという概念も広がりを見せているため、国家がもつ力では十分な対応がとれない状態にあり、これを補完するかのようにNGOや市民団体が台頭し、多国間機構への関心も高まっている。こうした中で、国民国家がそれ以外を支配するという体制は弱まり、NGOに一方的にバランスが偏った「パワー・シフト」が起きている。多元化は市民社会の実現という意味で好ましい面もあるが、その逆に、民主的な統治を混乱や膠着に陥れる危険も秘めている。しかし、中世における皇帝、王、君主、騎士、法王、大司教、ギルド、町は、帝国を包み込む世俗的な力をもとに生活していたわけで、このシステムは、帝国崩壊後の階層的で厳格な国民国家秩序よりも、むしろ、市民団体、国際機構、国民国家という三次元のネットワークからなる現代により似通っていた。しかし、この結果が吉と出るか凶と出るかは、これからの舵取りにかかっている。ビジネス部門がより広範な政策上の役割を担いうるようになること、NGOがより視野を広くし、さらに大規模な活動を行えるような存在に変貌すること、国際機構が、国家にも市民にも効率的な社会サービスを提供する二重の舵取り役を担えるようになること、とりわけ、今日におけるトランスナショナルな課題に対応でき、透明度の高い民主的な統治を求める市民の願いをともに満たすような新たな機構と政治単位が登場することが含まれよう。

26中葉:2004/05/30(日) 23:29
今日、5月30日付け朝日で、アラン・ジョックスが「共和国論」でインタビューに答えている。
聞き手は朝日編集委員 中川 謙氏。

質問:あなたは現代の混迷を「新中世」と表現しています。抜け出す道はあるでしょうか。

回答の一部:非政府組織(NGO)は中世の騎士団にたとえていい。
病者を助け、貧者に食料を配る英雄的な集団だった。
新しい世界秩序の将来を見通すのが絶望的な中でNGOは、希望を見いだせる数少ない存在だ。

どうも、彼がやっつけているアメリカ人のマシューズよりも、甘い議論のような気がする。

27中葉 ◆Uq4tWGbn2I:2005/12/30(金) 10:16:28
トリップ付け直して見ました。

28中葉 ◆22bKXenR5Q:2006/02/09(木) 08:51:55
>>26
から1年半経ったが、「ウェストファリア体制の次にくるもの」は、
「ウェストファリア体制の以前に戻るもの」、つまり、中世であることがはっきりしてきた。

しかし、案外、暗黒でなく、明るいような気がする。

29中葉 ◆22bKXenR5Q:2006/02/26(日) 10:38:26
「ウェストファリア体制の以前に戻るもの」、つまり、中世の新バージョンは、国連の言う「持続可能な発展」であることが見えてきた。

いよいよ日本政府も重い腰を持ち上げて、
「持続可能な開発のための教育の十年」
http://www.esd-j.org/documents/DESDIIS_Final_JapanesebyESD-J.pdf
に着手し、意識改革と取り組む破目に陥ったようです。ご同慶のいたりです。

http://www.env.go.jp/press/press.php3?serial=6797
に以下のアナウンスがありました。
私は意見を申し上げましたが、皆さんも注目して下さい。

平成18年2月3日
わが国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画案に対する意見の募集について

 「国連持続可能な開発のための教育の10年」関係省庁連絡会議では、わが国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画案に対する国民の皆様のご意見を募集いたします。
 同実施計画案に対してご意見をお持ちの方は、平成18年2月23日(木)までに、電子メール、郵送、FAXのいずれかの方法によりご意見をお寄せ下さい。 1 趣旨
 わが国の「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画については、関係省庁の緊密な連携を図り、
 総合的かつ効果的な施策の推進を図るため、昨年12月、関係省庁連絡会議を内閣に設置し、政府外の関係者(教育関係者・産業界・NPO・自治体等)との円卓会議等を通じ、
 検討を行ってまいりました。
 同実施計画案に対する国民の皆様のご意見を募集いたします。

2 意見募集の対象
わが国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画案(別添)

3 参考資料
参考1わが国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画案(概要)
参考2国連持続可能な開発のための教育の10年について
参考3国連持続可能な開発のための教育の10年に係る経緯
4 意見提出締切日
2月23日(木)(消印有効)

今回は期限切れですが、次回は遅れないように、皆さんにお知らせします。

30中葉 ◆22bKXenR5Q:2006/05/19(金) 06:04:35
わが国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画案については、
http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=7674&hou_id=6797
をご覧下さい。

要は実践です。

31中葉 ◆22bKXenR5Q:2006/11/12(日) 05:40:27
>>29 「ウェストファリア体制の以前に戻るもの」、つまり、中世の新バージョンは、国連の言う「持続可能な発展」であることが見えてきた。

民主党 (アメリカ) - Wikipediaによれば、

一般的に共和党が新保守主義の立場を取るのに対して民主党はリベラリズムの立場を取る。
また環境問題や人権・福祉に関して「共和党」より積極的な政策を取る。
アル・ゴア元副大統領は2006年に地球温暖化に関する映画に出演し、話題になった。
現在の民主党の主流派の多くがリベラルと同時に中道左派であることを公言しており、
中道寄りの自由主義、または社会民主主義である第三の道に近いと言ってもよい。

中略

共和党ブッシュ政権の二期目の中間選挙である2006年11月の選挙では、
ブッシュ政権がイラク問題や所属議員のスキャンダルで強い批判を受けていることから、
事前の世論調査では民主党が共和党を支持率でリードし、
議会での多数派を形成することも視野に入るとされ上院・下院の両院において巻き返しが予想されている。

2008年の大統領選では、クリントン元大統領の妻で、よりリベラルとされる上院議員のヒラリー・クリントンが本命候補の一人とされている。

32中葉 ◆22bKXenR5Q:2006/11/12(日) 05:41:21
冷泉彰彦氏 JMM [Japan Mail Media] 「民主党と上手に付き合う方法」 によれば、

民主党は少数野党として、戦時の団結ムードにも押されて大変な「冷や飯」
を食わされました。その結果として、一方的に理想を説いているだけの傲岸な姿勢で
は人心を得るのは難しいこと、反対のための反対も、怒りに身を任せた反対も外から
見れば見苦しい姿を晒すということ、など貴重な教訓を学んできたのだとも言えるで
しょう。これに加えて、善悪二元論から自由な若い世代も育ってきています。

 そんな民主党との、あるいは民主党的なカルチャーとのパイプを太くすることで、
日米関係を更に豊かにする、そんな時代がやってきたのだと思います。現在の彼等は
「聞く耳」を持っています。それに対して、とにかく語りかけてゆくこと、説明して
ゆくことが大変に重要ではないかと思うのです。

 とにかく民主党的な人々は「大まじめ」です。例えば「北村透谷(明治の思想家)
の自殺が日本の民主主義の脆弱性の良い例ではないか」とか「『サンリオのキャラク
ター』の幼児性の奥にあるのはイノセンスへの希求ではないのか」などと「知日派」
を自認するような人々は、面倒なことをたくさん質問してきます。お願いですから、
大まじめで応対してあげてください。「美しい国」日本を良く知って世界に紹介する
というのは、そういうことも含まれるのです。ちなみに私は「サンリオ」の話は条件
つきで「イエス」ですが、北村透谷うんぬんは「ノー」だと思っていますが。

33中葉 ◆22bKXenR5Q:2007/03/25(日) 11:17:47
マックスウェルの学説は、現在の状況を見るのに必要な状況をまさに提供している。
彼の指摘によれば、もっとも単純な物質系においてさえ、
彼が特異点と呼ぶ瞬間がごく稀に出てくる。この特異点においては、
無限小的に小さな力が、 出来事の全体的配置の中でのその特徴と位置によって、
ちょうど一つの小石が地すべりの始まりとなるように、
ほとんど信じがたいほどのマグニチュードの変化を ひきおこすことができる。
この教説は、歴史における人間の個性の直接的衝撃というものを考慮する余地を認めている。
たんに大衆運動による衝撃だけではなく、適時、適所に身をおいて、
適切な目的を実現するために介入しようと目をみはっている個人や小集団による衝撃である。
そのような瞬間――それは明らかに仏陀、イエス、マホメットの実例を説明してはいないだろうか――には、
たった一人の人間の人格が、抵抗できないかのように見える諸制度の慣性にうちかつ場合が生じうる。
幸いにも、マックスウェルの指摘によれば、系(システム)が高級、かつ複雑であればあるほど、
特異点の生じる頻度は高くなる。物質系よりも生物系におけるほうが特異点は多く生じ、
蟻の生活より人間の生活のほうが多い。従って、いまなにが可能であるかについてのわれわれの感知力は、
既知のもの、典型的なもの、予見できるものにもとづけば、
まず絶対に不可能としか思えないものについても正当な考慮を払っていなければ、
本当は健全だとはいえないのである。 (L.マンフォード“人間―過去・現在・未来:下巻”、pp.101-102)

34うろちい:2007/04/02(月) 00:23:33
こういう考え方は好きだけど、揺らぎは中立的なので、揺らぎを当てにしてある行動を起こしても、
そして、おこさなくても、
結果が求めるようになるのと、正反対の結果に成るのとは、確率が半々なので、
実は、何の啓蒙にもならないのが泣き所です。
「意識の力が、確率に偏りを与える」様な超能力みたいなものが、
こっそりと想定されているのでしょうね。

35うろちい:2007/04/03(火) 11:49:29
ところで

「たった一人の人間の人格が、
抵抗できないかのように見える諸制度の慣性にうちかつ場合が生じうる。」

「ちょうど一つの小石が地すべりの始まりとなるように」
という例えは適当とは言えない。
なぜならば、地滑りという結果は、それが始まる前にポテンシャルとして
定まっているから。

「たった一人の人間の人格が〜」で表現されているのは、小石を斜面に上向きに叩き付ける
ことにより地滑りを上向きに起こすような奇跡です。

これが起こるためには前回の投稿では
「確率を変化させる超能力」
が必要だと僕は言いましたが、
「入力のベクトルの方向を保存したまま、
ベクトルの大きさだけを増大させ出力させる連鎖反応系」
が存在することでも説明つきますね。

36うろちい:2007/04/03(火) 11:56:49
「適時、適所に身をおいて、 適切な目的を実現するために介入しようと目を
みはっている個人や小集団による衝撃」

これはどっちなんでしょうね。

社会に十分にポテンシャルが蓄積しているのであれば、小さな力でも、
大きな現象が顕在化するわけで、仏陀の出現は、一見、大きな影響を人類に及ぼした
偉大な存在の出現ですが、人類の偉大な英知の山の頂上にたまたま収まった
だけかもしれません。

科学的には、仏陀による影響は、仏陀を取り除いてみないと判りません。

ひょっとしたら仏陀が小さな頃に事故で死亡しても、別の仏陀が現れたかもしれません。
それとも、仏教の全く無い現在に至るのか。

そんなことをつらつらと考えては、僕個人が社会への働きかけと、個人的な幸福の追求
とを、どういう風にバランスさせるのか、日々悩む訳です。

37中葉 ◆22bKXenR5Q:2007/04/16(月) 07:24:23
うろちい さん、

> そんなことをつらつらと考えては、僕個人が社会への働きかけと、
> 個人的な幸福の追求とを、どういう風にバランスさせるのか、日々悩む訳です。

これが人間の常であり、生きているという現実そのものではないでしょうか?

また、仏陀のことは正確にはわかりませんが、
私が信じている親鸞や、近くは清沢満之になるとその自筆の記録によって良くわかります。

現在生きている人は、雑音が多いので良くわかりませんね。私は一応所属している東本願寺教団には、全く見当たりません。

情けないです。

21日は三河別院で開催される蓮如上人五百回に出席しますが、全く期待するものはありません。

38中葉 ◆22bKXenR5Q:2007/04/21(土) 14:01:23
行って来ました。お説教の間、野間 宏著「親鸞」を読んだので、結構充実しました。

39中葉 ◆22bKXenR5Q:2007/12/21(金) 23:17:45
ウェストファリア体制の次にくるもの

何だろう?俺かもね!

40中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/02/23(土) 17:12:32
「ウェストファリア体制の次にくるもの」、
それはどうも、John Friedmannには見えているようだ。
Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action
http://www.amazon.com/Planning-Public-Domain-John-Friedmann/dp/0691022682
に良く描かれている(ようだ!?)

私も早く読み、理解し、皆さんに報告しなければ!

42中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/05/23(金) 05:44:16
いよいよ、ようやく、
Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action
の実践を開始しました。

いわば第三ステップの開始です。

(1)マックス・ウェーバー

 文化発展の最後に現われる「末人たち」にとっては、次の言葉が真理となる
のではなかろうか。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のもの(ニ
ヒツ)は、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに上り詰めた、と自
惚れるだろう」と。
 ・・・・われわれのなすべき仕事は、以上の素描でその一端にふれたにすぎな
い禁欲的合理主義の意義を、さらに社会-政治的倫理の内容について、すな
わち、私的集会から国家にいたるまでの社会的諸集団の組織と機能のあり方
について、明らかにしていくことだろう。その次に、禁欲的合理主義の人文主義
的合理主義とその生活理想や文化的影響に対する関係、さらに哲学上ならび
に科学上の経験論の発展や技術の発展に対する、また精神的文化諸財に対
する関係が分析されねばならないだろう。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫版 pp.366,368)

43中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/05/23(金) 05:47:42
(2)カール・マンハイム

その内面的な意味は別としても、これからさき、動的宗教は社会秩序の中で次のよ
うな三つの重要な機能をもっている。すなわち(1)過渡期の社会を診断すること、
(2)重要な問題に注意を焦点づけること、および(3)社会生活のいろいろのレベルで
人間の行為を統合すること。*

*注。ここでマンハイムの原稿は切れている。しかしながら、著者は進歩的な宗教
のこの統合的機能を精巧化する意図があったのかどうか、このことについての指示
は残されていない。(編者)”

(「自由・権力・民主的計画」 未来社版 p.516)

44中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/05/23(金) 05:50:22
(3)ジョン・フリードマン*)

第7章ではオルタナティブな開発を批判的に検討し、非政府機関の役割の増大を吟
味し、それらの機関が国家と貧困者の間に立つ官僚組織になったら(実際そうなって
いるものもある)どうなるかを考察した。そして外部の機関からの関与を受けない、コ
ミュニティに基礎を置く闘争を肯定的に評価した。

最終章では、貧困、排除、「力の剥奪」は貧困国だけでなく、富める国でも存在するこ
とに注意を促し、特に第三世界におけるオルタナティブな開発の経験が富める国に対
して示唆している問題を提起した。

*) ジョン・フリードマン著、斉藤千宏他訳「市民・政府・NGO」 1995、新評論社版 p.29、
John Friedmann: Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action, 1987, Princeton UP

45中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/06/07(土) 05:25:57
ジョン・フリードマンにその2ができました。

(3.2)ジョン・フリードマン:問題解決

オルタナティブな開発にはラディカルな実践が必要であり、実践は適切な理論によって
方向付けられなければならない。以下に列挙するような構造改革の理論によるバック
アップと媒介とがなければ、ラディカルな実践は定着できないであろう。 *)
1.資本主義社会の構造的問題(人種差別、父権社会、資源枯渇、貧困、疎外など)
2.システムの暗黒面を繰返し再現する現実を批判的に解釈する。
3.対抗し、改革する運動がないとしたら社会がどうなるかの未来予想チャート
4.解放のための実践に基づく望ましい詳細な未来イメージを練り上げる。
5.多くの人が望む未来の実現に対する既得権側からの抵抗を克服する最善の戦略を
提案する。

*)John Friedmann: Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action, 1987, Princeton UP, p.389
http://www.amazon.co.jp/Planning-Public-Domain-Knowledge-Action/dp/0691077436

46中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/09/12(金) 16:00:08
「ウェストファリア体制の次にくるもの」が何であるかは大体わかりましたね。

次は、「ウェストファリア体制の次にくるもの」を実現するにはどうしたらよいかです。

次は、実践論・矛盾論でも読みますか?

(4)毛沢東とは古いですね。

47中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/10/26(日) 13:57:31
しばらくでした。

48中葉 ◆22bKXenR5Q:2008/11/24(月) 23:21:14
米国も大統領が替り、ようやくウェストファリア体制の次を現実的に論じることができるようになりました。

皆さん、元気を出しましょう!

49中葉 ◆22bKXenR5Q:2009/01/28(水) 22:55:20
私は、国際関係に詳しくないので、ジャック・アタリの助言を引用します。

朝日新聞グローブ (GLOBE)|Meets Japan―世界と日本を考える ジャック・アタリ
http://www.globe.asahi.com/meetsjapan/090112/01_02.html
でアタリはこう言っています。

“日本には80年代、世界の中心都市となるチャンスがあった。
当時の日本は、世界に対して大きな関心を抱いていた。
だが、世界の中心となるためには、「普遍化」という使命を担わなければならない。
つまり、世界に向かって開かれること、世界を支配しようとする欲望を持つこと、世界から関心を持たれることだ。

80年代に日本が選択したのは、そのような道でなかった。
日本は、外国人を受け入れない道を選んだ。
米国の企業をいったん買収し始めたものの、バブル崩壊の処理に手間取り、
内にこもってしまい、自分たちだけの世界で生きていこうとするようになった。
並はずれた技術力があるにもかかわらず、官僚の特権維持にこだわった。
この開放性の欠如によって、日本は世界の中心になる機会を逃してしまった。

日本がチャンスを生かせなかったのは、ひとえに開放の精神を欠いていたから、というほかない。


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