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ある体験の・・・回想録5
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『この掲示板利用にあたって/管理人』
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/study/2470/1040148566
警告:以下には虐待に関する文章及び性的な描写が多く含まれる。
人によってはフラッシュバック誘発の恐れがある事を留意の上
自己責任で参加するように。時には自ら離れる勇気も必要だ。
そして、参加者は上記のスレッドの注意書きに
目を通す義務を有するものとする。(読まない者の参加を認めない)
ここは管理人である「私」こと「ロイ(EGLIC9Vs)」が
個人的理由によりある悪夢を体験談的に回想するための場である。
私の悪夢は異常なまでに生々しく残り続け時を構わず再現される。
真偽の程は想像にお任せする。どちらにしろ詮索には意味がない。
しかし、この掲示板に書かれた内容の全てに置いて
実在の人物、団体、組織を特定しうる情報は何もなく
真偽の程を特定するだけの証拠には一切なりえない。
また、実在の犯罪、事件に関する情報として提供しうるものを
管理人は有していない。仮に、管理人がなんらかの情報を
握っているように見えようとも、それは読み手側の問題であり
管理人には訴えるにたるだけの物的証拠は何もなく
他者を巻き込む意図も訴訟に関わる意思も全くない旨を明記しておく。
これはあくまでも管理人の見た『悪夢』の回想録であり
解決・未解決に関わらず実在の事件との関わりは一切ない。
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「理想の自分」は「理想」でしかないよね。
自分が持たないものを埋めているのが「理想の自分」で
現実は足りないものが多すぎる・・・とか。
「理想の自分」を追い求める人は他人に厳しいように思う。
>>410
同感。足りないなら足りないなりに精一杯やれば良いよね。
出来ないものはしょうがない。
あきらめというか開き直りというか、そんな自分も許せるようになった。
怠惰しているのとは違う。自分に対して許容範囲が広くなった。
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ココマデヨンダオ ((´ ・ω・`)) ミンナ モツカレー
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某所へのロイの最初の書き込みがおそらく↓
1 名前:ロイ ◆jo9v3HJTJU 投稿日:02/11/02 03:26
4年の間で何か変化はありましたか?>ALL
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話題そらしてもうしわけないけど
久々にIEでみたら下に
ゲーテ格言集 / ゲーテ
『自分の好きなように世界を知るがいい。
世界は常に昼の側と夜の側とを持っているだろう。』
昔、この言葉に救われたことがある。
てあるんだけど、これはロイが書いたものなのかな?
この話題がどこぞで既出だったらスマソ。
ぱっと目にとまったので。
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そーそー既出だよー
どこかは忘れたw、ロイが書いたものだったはず
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①とか②とかのあのレス書いたの俺(私)って人
どのくらい残ってるか興味しんしんw
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ノシ
初日からいる。つーかスレが立ったときからいる。
つかず離れず。ごくごくたまに書き込み。
ナイショの裏スレのログが残せなかったのが
悔やまれるなあと思った時期もありました。
あれくらい猛スピードでぶっちゃけられるスレ
が恋しい今日この頃。
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私の書く文が長すぎてついていけないと時々言われるのだが
今その心境を理解しつつある気がしている。
停滞気味ですまないが私はゆっくりいかせてもらうよ。
気兼ねなく続けて欲しい。
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ああ、君らの文が長すぎて読むのが辛いという意味ではない。
毎日チェックできずにいるうちに想像を超えて進んでいて
読んでレスをつける・・・追いつくという作業が大変そうだと思っただけだ。
文字を読むことを大変と感じたのは生まれて初めてのことだ。
老耄現象だろうか。
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パソコンの画面で字を見るのはかなり疲れるけど、
ロイは今まで疲れなかったの・・・?
はっっ、、、老眼とか!
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プwwロイの、うわあ、という溜め息が聞こえた気分www
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おぅ ロイが弱ってるのかw 愉しいw
>>419 では遠慮無く続けさせてもらお♪w。
つか、俺は考えてるうちに
ロイの 最初の10の質問 に戻ってきている。
結局は、あの質問で挙げられた項目に関する話になってる。
ただ、「地雷」という言葉によって
「負の変換」だらけの病的状態だけじゃなく、
誰もがもってる「地雷」の話に拡がりつつあるだけと思われ。
価値観の話は、確実に最初のリサーチ(に見えるが実は答え)
に関する話を、それぞれが自分なりに、
自分の経路を通って考えてるだけでさ。
>>420 じゃ、ゆっくり追いついて。w というか、
たぶんこういう問題はロイの方が掘り下げて
考え済みと思ってるけどさw
(別に「対話」にこだわる必要ないすよw ここまで来たらw)
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理想の自分に対する裏切り。 それを劣等感と言わずに
「自己嫌悪」と呼んでみる。
金持ちの家に生まれてしまったことも、劣等感と言わずに
「引け目」あるいは「負い目」と呼んでみる。
地雷を形成するものにはいろんな種類があるんだと気づく。
トラウマ体験、劣等感、自己嫌悪(親(自分の)の価値観への抵触)、負い目、引け目、疎外感、
これらが爆発物になることには「価値観」が関係ある。
つうのが俺にとってのここまでのまとめ。
(トラウマ以外は、
だいたい「自己否定」ってことでひっくくれないこともないけど、それじゃつまらん)
トラウマ体験、劣等感、自己嫌悪(親(自分の)の価値観への抵触)、負い目、引け目、疎外感、
これらをロイの最初の質問項目>>240-241と比較すると面白い。
つながりそうな項目と、まだ、全然つながってない項目が存在する。
それぞれについては長くなりすぎるから、ちょと書くの遠慮しとく。
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ロイタン オヒサー ((´ ^ω^`)) 4周年 オメーー
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>>424 補足 204氏の >>362
・嗜癖の否定
・自分が思うのと違うレッテル貼り
は、地雷の形成じゃなくて、地雷に触れる方の仕組みだと思って除外したけど
これの「蓄積」がコンプレックスをつくるというなら、
>>424 に追加してもいいかも。>「他による否定→抵抗→反復→(受け入れ)自己否定化」
すこしステージが違う感じがして外したけど、無視したわけではないので。
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ロイ、どっかにさ
「書くということは泣くことだ」って書いてあるのみつけたよ。
だからどうだってことはないんだけどさ
ロイはこうやって泣いてるのかと思ったんだ。
それだけ。
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1、自分の親(養育者含む)が好きだ
2、自分が窮地に追い込まれたとき親(養育者含む)は助けてくれる
3、自分は人間である(yesと答えるに少しでも躊躇したならno選択)
4、自分の存在、または生きていることそのものを罪と考えたことがある
5、生きることは自分に与えられた罰なのだと思ったことがある
6、人が怖い(怖くてどうしようもなかったことがある)
7、自分のために何かすることに躊躇する
(例えば自分の食べたい物を自分のお金なのに買えないなど)
8、生命を脅かされた(と感じた)ことがある
9、自分は人に嫌われていることを前提として生きているところがある
10、誰かが自分を褒めてくれるわけがない、となぜか信じこんでいる。
1〜3がNO
4〜10がYES の数が多いほど地雷が多くなる(大きくなる)と解釈してみる。
これグループに分けられるんじゃないか、と思った。
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最初に 「自分認識」 のグループ
3、自分は人間である(yesと答えるに少しでも躊躇したならno選択)
4、自分の存在、または生きていることそのものを罪と考えたことがある
5、生きることは自分に与えられた罰なのだと思ったことがある
9、自分は人に嫌われていることを前提として生きているところがある
10、誰かが自分を褒めてくれるわけがない、となぜか信じこんでいる。
「親(養育者・保護者)認識」
1、自分の親(養育者含む)が好きだ
2、自分が窮地に追い込まれたとき親(養育者含む)は助けてくれる
「経験」
8、生命を脅かされた(と感じた)ことがある
「他者への意識」
6、人が怖い(怖くてどうしようもなかったことがある)
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(残ったひとつだけどう名付けていいか思いつかなかった…)
7、自分のために何かすることに躊躇する
(例えば自分の食べたい物を自分のお金なのに買えないなど)
ただ「自分認識」のグループと合わせれば
「自分に対する否定的な価値観(感)」といえそう。
つまりロイの質問はかなり強烈な地雷源やスイッチを持つ人の像だと思う。
(当然、トラウマ系地雷)
でも、「自分認識」の部分は、
自己否定という意味で
トラウマじゃないコンプレックスからも、
そうなる場合があると思う。 と、まぁ、今んところそこらへんで煮詰まり中w
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風邪引きましたよ。鼻水凄いですよ。
皆さんもこの季節は要注意。
>>409
204氏の親御さんは、
「みんななんてものはない」って実感出来ない方ってことかな。
なんというか、私は価値観の多様性とか揺らぎを
実感できない人にはある種の話が通じないのじゃないかと
絶望的な気分に陥ることがあって……。
「みんななんてものはない」っていっても、
「はぁ?みんなはみんなじゃん」って言われた時に、
どう自分の感覚を説明していいものか。。。
(別に日常的に困る訳でもないし、
溝があろうと話が通じないわけではない)
私、「誰かの言った"みんな"という言葉が言われた人の思う"みんな"と一致している」
と思って疑わない人達との意志の疎通に、非常に困難を感じる時があるのですよ。
教育的にはそう育てられたのに、そうでないと思い到った204氏は、
どこでその発想を手に入れたのかな、と。
もしかしたら、そこにヒントがあるかもしれないと思ったの。
で、そういう人達が世間一般に多いなら、
自分の想定する「みんな」について話す行為って、
まったく意味を持たないんじゃないかと思ってしまった。
というか、ただの迷惑行為ではないかと。
通じて、理解しあえたことを喜びあえるなら、
これほどいいことはないんだけどね。
(話飛びますよ)
集団の価値観(と思わしきもの)から物をいわれて
地雷が爆発しやすい理由としては、
相手との距離感ももちろんあるけれど、
反論の対象が不明確になるというのもあるかも。
他にも数の圧力を感じさせるせいもあるね。
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>>410
>「理想の私」と「現実の私」の距離
それでおおむねオッケーだよ。
ただ、もう少し広い意味に捉えてもらったほうがいいかな。
実現できてない自分像だけでなくて、
今の自分で気に入ってるところも含む、ような。
その「価値観」が一般的であるかとか、
奇異なものであるかとかは置いておいて、
「価値観」を他者に無理矢理押しつける行為や、
現実の自分とはかけ離れてしまった「価値観」に
無理矢理自分を合わせようとする行為が、
問題なのではないか考えられる。
だから204さんの諦めは、凄くいいことだと思う。
そしてその諦めに、ちゃんと努力を添えているところも、
格好いいと思う。
諦められない人は、自分を苦しめるし、
>>412さんの言うように、強固な価値観があるからこそ、
人にも厳しくなってしまう。
でも同時に、まったくなんの「価値観」にも依らないで生きることは
不可能だと思うし、(出来たとしても、普通の社会生活は送れないと思う)
「価値観」を片っ端から疑わなきゃならないのも、
相当にしんどいのだと思う。
(逆に価値観の多様性や揺らぎを知っているからこそ
しんどすぎて、他の価値観との調整を諦め、
我が道をいきはじめちゃう人もいるのだろう)
きっと一言で言うなら、「バランス感覚が必要」なんだろうね。
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ある価値観を優先するために、
他の価値観を犠牲にする時、
地雷が産まれやすいのではないかと思い至った。
その上で、そういう状況をつくる要因は何か、
と考えてみる。
例えば 生命の危機。
例えば 社会的な帰属感の危機。
例えば 子供にとっての親という存在の危機。
それはいいかえると、人間にとって大切な価値観が脅かされた時。
そして、こういうものが脅かされる時、
それを守るために、人は普段ならしない選択をする。
(他の価値観を犠牲にする)
こういう時に地雷は産まれやすいんじゃないかと思う。
もちろん、一般的に理解しがたい価値観でも、
それを本人が大切にしているなら、
それが脅かされれば同じことが起こると考えられる。
つまり、自分の大切なものを人質にとられる形で
選択の幅が狭められたことが痛手なのかな、と。
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話広がってるなあ。。が、頑張るぞ(笑)
>>426
あい、そんな感じです。
>「他による否定→抵抗→反復→(受け入れ)自己否定化」
価値観を日常的にずっとぶつかり合わせているのは骨が折れる。
友人なら離れるなりそこに触れないよう話を持っていくことは可能だけれど、
もっと身近な人物になるとね、「じゃあもうそれでいいです」というあきらめをどこかでしないと暮らせない。
自分を否定していたほうがコトがラクに運ぶということもある。
コンプレックスは単にヤなことばかりでなく、それを持っていることでなんらかのメリットがあるから捨てられない、という部分もあると思うのね。
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>>431 ましたん(いや、なんとなく)
>204氏の親御さんは、「みんななんてものはない」って実感出来ない方ってことかな。
YES。というか、世代的にまだ「世間体」ってヤツが機能してた頃育った人たち、てことかな。
「みんな」に従うことのメリットがリアルだという世代。
「普通」「人並み」を目指すことが=「幸せ」だった世代。
私はそういう世代が親である世代なので、私が感じている「みんな」の圧迫感ていうのは、
自分のトシだとそんなに珍しいものじゃない。
ただ、今はもう「みんな」が機能するシステムは壊れかかっている。
というか、私なんかの世代の頃からもう壊れ始めている。
私が子供の頃のオトナたちは、その崩壊をなんとか食い止めようとして子供に過剰に「均一化」を強いた。
そしてそれに反発して「個」を大事にする世代になった。
だけど、「みんな」が解体して「個」優先に偏りすぎると、それはそれで寂しいのだよね。
「自由にやっていいんだよ」と言われてみても、他とぶつからない「個の自由」などどこにもない。
ぶつからない程度の距離での付き合いは、やっぱり寂しい。
だから、今また「みんな」の方にじりじり寄っていってる途中かな、という感じがしている。
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「みんな」に関しては、「みんなって誰よ」と詰め寄ることでその形をはっきりさせることができる。
(と、鴻上尚史氏が言っていた)
私の親の世代の「みんな」はそれで崩せた。
ただ、「世間体」くらい大きな単位になると「みんなじゃないじゃないか」と言えるけども、
「私の友達みんな」くらいだと、共通の価値観として通用してしまうこともある。
今は「常識」は個人個人でみんなばらばらなんじゃなくて、「ある集団では確実に機能しているルール」くらいになってると思うのだよね。
なんというか、独りで殻に閉じこもるんじゃなくて、小グループみんなで殻を維持している感じ。
そこで、ましさんが例に出した「はぁ? みんなはみんなじゃん」と言う人の「みんな」がどの範囲なのか、という疑問が湧く。
「私の友達"みんな"」という言葉は、十分リアルに圧力になる。
「私の友達」以外にも世界は広がっているけれど、自分の居場所はその「私の友達」の集団の中にしかないと思うならば。
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だんだんちゃんと返事になっているのか判らなくなってまいりました(汗)
えーと、あれだ、>>431
>教育的にはそう育てられたのに、そうでないと思い到った204氏は、
どこでその発想を手に入れたのかな、と。
これは、一度「みんな」から外れた経験があったから、かな。。
ただ、上に書いたとおり私の親が思っていた「みんな」とは、=世間様ってヤツで、
もう現実味がなかった。
というか、「みんな」の中にいてもそんなにいいことないなーと、思い知らされた。
経験していないと判らないことかもだが、私の世代は学校の校則がむやみに厳しくてね、
髪型から服装から全部決められてて、先生が髪の色がちょっと違うだけで殴るとか、
そういう時代だったわけですよ。
細かすぎるルールを「常識」として押し付けられたことで、逆に現実味がなくなった。
ルールがあまりに細分化すると、守るほうも大変だけど、守らせるほうも大変だからね。
で、お互いアホらしくなってやめて、「自由」がもてはやされるようになった世代、なので。
上に書いた「私の友達"みんな"」のリアルさを打破するカギにはならないかもしれない(汗)
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すまないが私は少し休む。
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一連の流れの焦点が見えない
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休んでいるのはロイだけじゃなかったりして。
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やっぱり雑談スレに移動して続けた方がいいんでない?
ロイ不在だとなおのこと久しぶりに来た人や初めて来て人は
ワケワカメだと思う・・・正直ロイコメントなしでは面白くないし。
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うん、実は俺もそう思う。
ハイパーに移動して、話を煮詰めて、もっと整理した方がいいかな、と。
あそこなら、長文、連投、コテ全部ありで条件そろってるし。
実際、俺だって、ロイのコメントを楽しみに待ってる一人だしw
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私は今のままがいいな、ロイがなかなか来れなくても面白い。
スレをまたいで返事したり戻ったりするの躊躇するし
どのスレに書こうか迷わなくてすむ、書いても短文だけど。
長文はながめてるだけでも楽しい、まだ全部は読めてないけどねw
個人的には本スレと★スレだけでもいいくらいだw
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えと。
>>435-437のレスはまとまってないつか自分で納得行かないので、
とりあえず忘れていただけるとありがたく(汗)
(削除はしなくていいです)
お目汚し申し訳ナス。ちゃんとまとまったらもっと簡潔になる……はず。多分(汗)
一応焦点としては
・ましたんが言ってる「みんな」と、私の親が言ってた「みんな=世間」は違うのかも、
という話。
「みんな」の話は枝分かれした余談の部分として、本論はなんだろ?
地雷とはなんぞやという話?
余談はHYPERに持ってく。
後はロイ待ちか、自分で何かまとまったら落とします。
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本題がみえなくなったら距離を置いて
あらためて長文を読み返してみるよろし
かじりついてると見えるものも見えなくなっちゃうよ
気がつくと論じてるつもりで自分語り&ポエム化ね
ネット外でも頭の中をここに支配されてませんかー
タネをラップかぶせてこたつで発酵させつつも
新しい具をもとめてちょっと外へ出て空気を吸ってこよう
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ロイさんの課題について
『矛盾が在ってこそ人間じゃないの』と、言った友人を思い出した。
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あう。話ずらしたの主に私だ……。
それはそれで面白いかなって思ったんだけど。ごめんよ。
これからはもうちょっとゆっくり・短く・焦点を絞っていくよ。
他の人の話が聞けなくなっちゃうのは悲しいし。
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意見の応酬とか、面白くないわけじゃないけど
ここにのめりこみすぎて、推敲文やプロット段階の
意見までもだだもれしきてるイメージがあるお>ましたん
まあ、ロイのはそのだだもれちゃってるのが
面白くて、たまにもれ出してくれないかなー
とワクテカしてるんだけど・・・。
なんにせよ、ネットだと書き込むバランスって難しいやね。
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>>448
そうだと思う。
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( ^ω^)ここまで読んだお
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ロイが今までに読んだり見たりした本や映画で
心に突き刺さったものってなあに?
特に理由もなく好きな小説とか漫画とかは?
私はモーレツに落ち込んだときに岩波の「星の王子様」を読むと
心が震える。なぜだろう。生きる切なさが書かれているのかなぁ。
「それでも人は生きる」って内容なのかなぁ。不思議な本。何度も読む。
あと「霊幻導士」は大好きだぁ。。。
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>>451
自分は映画について聞きたいなぁ。
『恋の病い』で不治の病の女の子(N・キンスキー)が最後に
恋人(アングラード)に『お腹がすいたわ…』と生への意欲?
の台詞に泣いたもんだからさっ。
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>>451
テンテンちゃんのやつ?
>>452
同じくー
本だと数え切れないくらい読んでそうだね。
部屋にある現在の蔵書は何冊?とか聞いてみたい。
ちなみにおいらは銀河鉄道の夜が好きだよ。
原作も映画も。月並みでスマソ。
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テンテンのは「幽幻導士」とかいう微妙に違う名前じゃなかった??
それではなくて、怖くてアクションが素晴らしい方ね。
うっとりしちゃう〜〜
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連日でKの夢を見る。
私は未だに謝罪できないままだ。
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ロイはKに謝りたかったんだ。。。
夢の中で謝罪できることが重要なのかな。
意識のコントロール?
幼い頃はそれができなくて、よく寝小便しました。
-
過去の経験由来の悪夢は
自分が征服出来ていない事柄についてなのかもね。
当時は傷付いても、今となってはどうでも良すぎるくらいどうでも良い事柄につては見ない。
過去の悪夢を見る頻度は、
年と共に自分が適当でいい加減になっていくのと反比例するのかね。
-
謝罪できなかったこと、謝罪を受け入れられないこと、ともに辛い。
-
ロイが見たのはどんな夢?
-
いっそここで吐露しちゃえば?
ネタ扱いですむしさ。
まあ、そういう類のは届かないんだろうし
届くよ と誰かがやさしく言ったところで
決して本人的には認められないんだろうけどさ。
それなりに自己満足にはなると思うよ。
批判とかしてもらえば少しは気持ちよかんべ。
-
最近気がついた。
心から謝罪したい、と思う時、
その奥には感謝がある。
>ロイ
俺はここで語られた範囲でしか、
Kとロイの関係を知らないから、見当はずれかもしれないが
謝罪の言葉が受け入れられないかもしれない、
そういう
不安が言葉をつかえさせているなら
Kに感謝を伝えたらいいのじゃないだろうか。
感謝の言葉なら、受け入れの表明は必要としない。
-
私は昔、自分の妬みから
彼の信頼を裏切り明確な悪意を持って彼を陥れたのだよ。
そのことが引き起こす結果も充分に分かっていながら。
予測通り叶いかけていた彼の望みは断たれ彼は窮地に立たされた。
私が望んだ結果だ。
彼は私を責めなかった。
許していたからではない。
私の方が彼より立場が上だったからだ。
私は彼が私を責めることができない立場だということも理解していて
自分がTの庇護下にあることを利用したのだ。
そこにあったのは淋しい諦観の視線だけだった。
罪悪感から私はKを無視した。
自分は悪くないと言い聞かせKの方から話しかけてくれるのを待ち
卑怯にも正面からぶつかるのを避け謝罪を後回しにした。
謝らなくても彼は許してくれると、そのうち以前のように接してくれると思おうとした。
時間があったならもしかしたらそうなっていたかもしれない。
いずれ謝ることもできたかもしれない。
しかしその2か月後、Kは死に機会は永遠に失われた。
私が謝罪する機会はもちろんKが望みを叶える機会も同時に。
私はKが危ういと聞きKの元へ行きたいとTを拝み倒したが許されなかった。
Tは彼の死後、部下に金を持たせることで終わりとした。
今更夢の中で謝罪したところで何が変わるわけでもない。
卑怯だった私を慰めるための私の自己満足にすぎない。
-
地雷について。
相手がその地雷があることでどうしようもなく苦しんでいると感じるとき、
あえて踏んでみる、ということもやることがある。
誤爆だろうと一度爆発して誰かにぶつけられれば、
それで相手が救われることもあるからだ。
意識せずに踏んでしまった地雷はいつまでも自分の中で罪悪感を伴って痛むけれど、
気がついてしまった地雷は踏みたい衝動を抑え切れないことがある。
そして下手に好奇心を持った猫は殺されるのだった(笑)
-
それでも、謝罪したいのは、自分の悪意を
自分の卑怯を許して貰うためだけではなく、
彼への感謝が奥にあるからではないのだろうか。
(もちろん、勝手な妄想だ。ロイもKも本当は知らないのだから)
それが最近の俺の、俺自身の事柄に関する「気づき」だ。
受け入れられなかった謝罪を、
考え続けてきた事の果てに気づいた。
だから、ロイにそれが当てはまるかどうかはわからない。
子供の悪意、たくらみの奥にあるものを、
彼がきづかないような人物だったのか、
自分についてではなく、Kという人について想うこと、
そこに微かな光は見えないのだろうか……
(あまりにですぎた物言いだと、わかっているが。。)
-
わぁ! こっちに誤爆してた!
>>465はHYPERに書いてあるので、こっちは見なかったことに(汗)
自分の気持ちが自分で許せないときは、
相手にも原因があると思っていることも多いよ。
逆説的だが。
どこかで「相手がそうさせた」と思っているとき、
謝罪できないことがある。
罪悪感は、そんな自分の気持ちを甘やかす。
自分に優しかった相手をそれでも恨んでしまうとき、
「あんなに優しかったあの人を恨む自分はヒドいやつだ」
という罪悪感が生まれる。
そうすることで、自分の中の悪感情から目をそらせるからだ。
もし目の前に相手がいたら。
額を擦り付けてでも謝れるのか。
泣いてすがって許してくれと頼めるのか。
自分が本当にそんなことをしたいのか。
自分がしたいのは、相手をなじることじゃないのか。
そんなことを、考えることもある。あくまで私の場合。
-
>>462
Kはやっぱり処罰を受けたの?
大人になってからも耐えられないほどの処罰て、
プロの人たちなのにどうしてそこまでの罰を課したの?
-
処罰によって死んだとは書いてないと思うが・・・
-
それにプロの人って何よ?w
-
Kの立場ってロイの世話係だったっけか
立場を失うことを知っていつつも
見事に反抗してみせたとか?
Kはその責任をとらされたとか?
-
>>467
追い込まれたっぽくはあるんだけどねー
病死だとしたら、Kに会わせてくれないTは鬼なのか
はたまたロイが謝罪したがっていることを知らなかったのか
-
結果を予測できてたとあるし望んだ結果ともあるから
470の解釈は短絡的すぎるんじゃないか?
自分が今まで世話され慕ってきた人物を
明晰だったロイが殺されると分かってて陥れたとも思いがたい。
その後謝罪の機会をうかがってたところからも
それほどのことではなかったのだろうと思わせる。
-
>>470
>追い込まれたっぽくはあるんだけどねー
追い込まれるとか窮地とか
立場的なものかと思ったが
それで死罪しか思いつかない人がいることに驚いたw
-
いや、いきなり脊髄批判されても困るし…
短絡的ですんませんねぇ頭悪いんで。。
いいじゃんこれはネタなんだし。楽しく妄想妄想w
だいたい、おいらロイじゃないから真相しらねえし
それよか何か?姐さん達はもっと壮大な
松本清張ばりのストーリーでも考えてるの?
はい、脊髄批判がえし っと
-
いや解らないから解る部分だけ受け取ってるだけ。
だから466は笑えただけ。
-
いやーでも466の妄想は何気に結構ありかと
松本清張で思い出したけど、去年ドラマになってたけものみち
なんかの世界を真っ先に想像しちゃうじゃん?庶民的にはさ。
-
それはあるな。
ただそんなきわどいことをロイが書くか?とも思う。
-
きわどいこと…今までも書きまくってる気も……。
保身できる程度にきわどい事を書けるのは
ここじゃないかと。真偽も不明にできるわけだし。
聞き手の草の根の名無しさんなおいらは、
次に投下されるスリルとサスペンスにワクテカで待機さー。
そいえば、話変わって他所のになるけど、
古巣の板に投下されて派生した
ブログ主はロイからみたらありえるんだろうかね。
リアルタイム若年奴隷少年の日常日記みたいなブログ。
-
あああれ見てる奴他にもいるんだな
でもなんとなくここでぶつけるのはためらわれる俺
-
『銀河鉄道の夜』と『星の王子様』は私も大好きだー。
誰かを想って星を見上げるくらいには、
ロマンチストで、非科学的で、ポエマーでいたいのさ〜。
>ロイ
自己満足でもいいんじゃないかな。
謝罪したいと思う気持ちは、
誤魔化しだとか、免罪されようとしているとか、
そういうこととはきっと違う。
それに、「卑怯だった私」を慰めるんじゃなくてさ、
それを後悔している今の自分を慰めてやるくらい、
いいんじゃないかと思った。
もしかして、自分が許されやすい立場にいるからこそ、
自分に厳しくならざるを得ないって状況なのかな。。。
あと、言いたいことが言えなくて苦しむ夢を見たら、
手紙を書いて、握りしめて寝るといいって聞いた。
夢の中で相手にそれを差し出すだけでいいように準備して寝るの。
自分はやってみて失敗したし、効果の程は期待出来ないけど、一応。
-
>>462(ロイ)
そのことはロイが一生背負っていくものなんだね。。
死んでしまった者へ対する自分の思いを消してしまうことが出来たら良いのに。
その思いと共に生きる人生を歩む。そうするしかない。それが自分。
捨てられないのだから、振り回されつつもヘコヘコ歩きたい。
ロイは手を合わせて心からKへ「ごめんなさい」って思ってみた?
やってなかったら無宗教でも実践してみるべし。
-
あまり詳しく語るつもりはなかったが
さすがに訂正する必要を感じる。君らの想像力には苦笑した。
たまにはこういう形で吐き出すのもよしとしようか。
Kは別に処罰によって死んだわけではない。
彼らは別に殺人集団ではない。
ある日誰かがいなくなったとしても誰も詮索しはしないし
その後の消息が私ごときに伝わるはずもなかったが
少なくとも私の知る中でそういった処分はない。
Kが受けたのはせいぜい日ごろ私が受けていた程度の処罰にすぎない。
肉体的には数日は辛かっただろうがたいしたことではなかったはずだ。
それよりも大きかったのは私の讒言による褒章の取り消しだ。
しかし私はKがどれほどその褒章を望んでいたか知っていた。
知っていたが私にはそれが許されるKが羨ましく妬ましくてたまらず
Kに口止めされていたことをTに話してしまったのだ。
長年待ち望んだ褒章を取り消されたことはKにとって痛恨だったに違いない。
それが痛恨になる理由も彼が待ち望んでいた理由も私は知っていた。
2か月後Kは事故にあう。
単なる交通事故だが自分からふらふらと車道に飛び出したらしく
それが心神喪失によるものだったのか自殺だったのか分からないままだ。
事故と状態の連絡はTの元にも来た。連絡を受けたのは私だ。
私はTに連絡し自分を行かせてくれるよう頼んだが受け入れられなかった。
諦めきれずTが帰ってきてからも懇願したが許されなかった。
Tはもちろん私がKを慕っていたことも私が謝罪したがっていたことも知っていた。
TよりもKを慕い初めていた私へのそれは罰だったのだろう。
何よりもTは私が知る由もないことをKによって知らされていたということに
ひどく怒っていた。私とKの間に口止めということが成り立っていたことに激怒していた。
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謝罪したいのは許されたいからだな。感謝があるからではなく。
恩ある人を思い返すに自分の過ちなしに思い出すことができない。
自分の中にある汚点を消したいのだろう。
人に批判してもらったところで気持ちよくはならない。
同涙してもらったとて慰めにもならない。
K以外の人間に理解されても仕方がない。
そしてそういうことを私は別に求めてはいない。
これは私が自分で背負っていくべき過去の私の過失だ。
忘れるつもりはない。
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ロイにとっても痛恨だね。
人を呪わば穴二つってことなのかな。
悪意はいずれ形を変えて自分に戻って来る。
そういうことって、結構あるかも。
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傷つければ返り血で自分も傷つく。
そのことに慣れてしまえば、いわゆる「悪人」が誕生する。
その場合でも、たしかに>>483氏が云うとおり
「悪意はいずれ形を変えて自分に戻ってくる」んだろうな。。
つけくわえるなら、
軽視していると、軽視したものに、
あとから後頭部をガツンとやられる。ってのもある。
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>>482
とうに答えが出てる事に外野がいう言葉はないさね。
寒くなってきたから睡眠不足なんかから来る
風邪には気をつけてね。漏れは既にひいてるけどな(゚Д゚ )モルァ!!
そういえば、もうすぐロイの好きな季節だなあ。
漏れ的の冬が近づくと思い出すこと(人)になったよ。
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>481
数年掛けなきゃいけないほどの褒美ってどっかに出て歌うとか、
遠くの大学に通うとか、身内に会うとかそんなこと?
ロイはKの何処が好きだったの?
やっぱ兄貴分だから?被支配者の立場じゃないから好きになり易かった?
とあるサイトで飼われてる人間の日記がどこか哀しくも幸せそうな感じなんだけど、
あなたも一生子飼いなら幸せだったと思う?
初めて外に出て生活して世間に出て触れた世俗思考というか通念とのギャップはどうだった?
被支配者を喪い囲いから出て世俗に立たされなかったらあなたは苦しまなかったと思う?
・・・そんな疑問が浮かんだ。
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追記:
あんまり質問したので貴方から聞きたいことがあればドーゾ。
(何?聞くことは無い?やっぱりなw)
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>487
上の名前欄は481でなく486に訂正。
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>>486
Kについてはともかく、
ロイについては過去ログを全て読めばそれなりのことは書いてあるよ。
そんな質問をするのは若いからなんだろうね。
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過去ログといえば4年前にだだーっと書きまくって
Kが出てきた辺りでピタリと言葉が止まってたんだよな、たしか
そろそろまとまって書きたくなってきたんでない?
どうやら、11月から年明け辺りしか書きたがらない感じだし
今年はそのあたりを連載してみたらどうよ?
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好きなことを書けばいいし、書きたくない時には
書かなければいいさ
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聞いていいことかどうかわかるようになるのが大人になるということ
って言葉思い出したw
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>492
それは後日聞かれたくないことがある大人の言い訳だなw
と思った。
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>>486
褒章が形あるものじゃないかもしれないけどね。
特殊な環境下じゃなくても、昔は所属する場所で
積み重ね続けて得る形ない信頼や忠誠心を
人生の全てと思うのがほとんどで、さらに平成になった
今でも一般庶民リーマンですら
一度の失言=敗者復活戦のない予選落ち窓際行き人生ケテーイ
みたいな日本ですから、ロイがいた世界だともっと痛恨の一撃みたいな予感。
精神的なものへの一撃はつらいよ…。
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>481
>君らの想像力には苦笑した
ロイの書いてる内容から推測しちゃう世界って
ドラマやVシネでみる裏社会なんだもーんw
普通に暮らしてたらそんくらいしか情報源ないし
太平洋戦争といわれてぱっと映像つきで浮かぶのが
火垂の墓とかさとうきび畑ってレベルですわww
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>492,>493
脳が大人になると相手の立場でものを考えられるようになるらしい。と、聞いた。
21歳だったか23歳まではヒトとして未熟らしい。とも、聞いた。。
ロイが成人するまでの時代って高度経済成長期からバブルにかけてだよね?
今よりずっとずっと雑多で規制も緩く、噴煙廃液、セピア色なイメージがある。
今よりずっとずっと差別がまかり通っていた。
そんな時代のアンダーグラウンドを生き延びたロイ。
ロイにはしたたかさと運の良さがあったんだね。
人には卑怯さや狡さが備わっているものだもの。
Kはちょっと、、、甘かったのかもね。優しかったのかな?
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>>496
書き始めの頃に30代っつってるから
ちょうどそんくらいの計算だね。
1963〜1972頃の生まれってとこか。
アイドルでいうなら少○隊以下で○mapや○6の年長組以上か。
元号が平成になった時はどこにいたんだろ。
自由になったハナはコンビニでワクテカってあったけど。
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人と話す時、大切なのはそれが事実なのかどうか?
ということなのか考えることがある。
思うに人は嘘か本当かを見分ける能力は高い。
その人が嘘を語っているのか本気でそう思っていることを話しているのか。
人はこれをかなりの高確率で見抜くことができるように思う。
しかし、だからこそ騙されやすいとも思う。
話している当人が自分でもわかっている嘘をつく時
聞いている側は何かうさんくさいものを感じる。
話のつじつまがあっていてもいなくても直感的に信じがたく感じる。
ところが同じことを話しても
話している人間が、自分自身そう信じて疑わないことを話した時
聞いている側はそのまま信じることが多い。
こちらの場合逆に、多少つじつまがあわないところがあってさえも
「あの人は本当のことを言っていると感じる」自分の直感を信じてしまう。
事の信憑性というのは話す側が何を信じているかによって変わってくるのではないか。
ところで我々には情報を蓄積し分析し判断する能力がある。
話し手がいかに自分でそう信じ、話し手にとって事実を語ったとしても
その内容が聞き手側がそれまでに持ちえた情報と大きくずれる時
それはおかしいと感じる。
自分が今までもっていた情報が正しいのならこの人の言うことは嘘になる。
この人の言うことが嘘ならば今までの情報が間違いだということになる。
しかしこの人は嘘を言っているようには見えない。
その時に混乱が生まれる。
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この混乱が生まれたとき
コミュニケーションをとる難しさも生まれる気がする。
この混乱を収めるためにどうすればよいのか。
自分の持ちえた情報に基づき相手の言を否定するか。
相手の語る言により自分の所持する情報を訂正するか。
相手の間違いにこれこそが正しい事実であるとつきつける場合もあれば
自分の知らなかった話に、もっと詳しく話せとせがむこともあるだろう。
しかしこちらが相手に自分が正しいと思う事実をつきつけるとき
自分が先ほど感じたのと同様の混乱を相手に与えることにもなるのだ。
大きな混乱は思考を停止させる。
話を流す、耳を塞ぐ、目をそらす、きかなかったことにする、笑い飛ばす。
いかなる方法を持ってか人は混乱を抑えようと試みる。
その時、人との齟齬が生まれる気がしている。
私はいくつかの失敗から、正しさを求めなくなった。
自分の知りえぬことで、どれが正しいと断を下すことが私にはできなかった。
私はただひたすら許容量を広げたいと思うようになった。
断を下せなかった、人の思考のストックが私の中に溜まっていく。
0か100かで自分を処してしまう私だが
「保留」の棚を一番大きく作りたいと思う。
そして時々は取り出してみる。新たに得た情報を書き加えながら。
人と話す時、「誰かの説」ばかりになった自分に時々苦笑する。
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>>人と話す時、「誰かの説」ばかりになった自分に時々苦笑する
なんも難しいことじゃなくて歳食っただけじゃないの?
そうそう前レスに出てた「ペットのキ・モ・チ♪」って見たことある?
SM板の「飼われてた人と話したい」ってスレ発の奴隷の日記だって。
興味があったら検索しる。
住人はロイに聞きたがってるよここのこと。
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ロイは、本当の賢人だと思う。
賢さを、失敗と血の拘泥の中から掴みあげることができる者。
保留は、大事だと俺も思う。
「正しさ」というのは、すべて相対的な「正しさ」でしかあり得ない。
そして、一人の人間がすべて正しい、ということもあり得ない。
アリストテレスでも間違ったことを云うことがある、ってこと。w
きちんと考えるってこと、
あるいは、深く考える、って事は
いかに多くの保留をもっているか、
いかに良い疑問をもっているか、
という事と同義だと思う。
ひとつの事を考えるのに、
人生を全部かけてしまったような
偉大な先人ってのが、いる。
そういう人たちの中には、
幸い、言葉を残してくれている者がいる。
本、ってのは、そういう言葉を貯蔵してくれてる場合がある。
読書は、暇つぶしだけのためにだけある訳ではない罠w。
(もちろん、全人生を賭けたからといって、
偉大な先人のいうことがすべて正しい、ってことにもならない)
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ロイに洗脳されてて気持ち悪い・・・
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違うね。
ま、云ったところで
わからんだろうが。w
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投影 仲間的擬似親友 憧れ ただの暇つぶし その他
執着してる理由はどれ?
ちなみにおいらは刺激的な暇つぶしのタネ
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語るに落ちた
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そうやって人を見下すのって楽しい?
難しく考えてる私ってすばらしいね?
クール!
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早くロイになれるといいね>日本語d(ry
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501に共感する、わたしもあらためてロイは賢いと感じた。
ロイの書いたものは何年も後に読み返したいと、読みながらも思った。
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ロイの口調は説得力があるから、ついうつっちゃうのはわかるよ。
そういう人は今まで何人もいたし。
私はどっちかというと難しい・深いことを簡潔に表現できる人になりたいけど。
ロイの柔らかい口調ってのも聞いてみたいものです。
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ロイの言葉は説得力あっていいんだけど、ありすぎて
君に同意 同意 君は素晴らしい ばかりでちょっと
気持ち悪いと思う。
でも、反対意見を上手く表現できないから
ちょっとおかしいと思ってもなかなか書けないんだけどね。
なんでも難しく考えるばかりが素晴らしい、って事ではないと思う。
ずいぶん前にロイが書いていたけれど
自分は人と違っているから、訓練してこう考えなければ
人並みになれないと思うのは、不健康な心だなと思います。
世の大多数は、おそらくもっと何も考えずに自然に生きていると思う。
思うばかりのチラ裏ですまそ。
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かつて私は他人の言う嘘っぽい話を腹立たしく感じていたが、
最近ではそんな嘘っぽい話・誇大表現・ホラなんかはその人の個性として
見るようになった。観察すると、どんなところで誇大表現が出るとか
話が嘘っぽくなるとかパターンが分かり、意外と面白い。
大抵そんな相手は自分にとっては大きな存在ではない人間ということも分かった。
信頼できる相手には自分を大きく見せたり背伸びをしてみせたりする必要がない。
ある程度の年をとって、自分の弱さや情けなさを認められるようになって
恥ずかしいからと顔を赤くしたり青くしたりすることも少なくなった。
嘘話をする人間は、
それがその人自身を示すプライドだったり見栄だったりするのだと思う。
それも認めてあげられるようになった。
何が正しくて何が間違えているかということよりも、
自分にとって何が不快なのかが重要なのだと思う。
その自分にとって不快なことが、自分以外の人間にはどんな影響があるのかを
考えれば良いのだと思う。
明日になれば不快なことも愉快に変わっているかもしれない。
人も、自分も、不変ではない。
あらゆる事柄のあらゆる可能性を考えられれば、
自ずと自分の求める答えは見つかるのではなかろうか。
ところで、私はいろんな人間に会って来たが
「普通の人」など見たことがない。
みんなそれぞれ「個性的」で、ちょっと奇妙だ。
「普通」なんていうものは、あって無いようなものなのかもしれない。
こんな話も、誰かにとっては胡散臭いのだろうか?
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