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大中華世界的話題(その3)

982チバQ:2020/10/22(木) 22:46:40
https://www.asahi.com/articles/ASNBM41YPNBDUHBI016.html
ガジュマルの下で…日本人が育むタイ孤児施設、運営難に
会員記事

貝瀬秋彦

2020年10月21日 15時00分

 タイ北部の古都チェンマイの郊外に、HIVに母子感染した孤児たちが暮らす施設がある。「バーンロムサイ」。日本人の名取美和さん(74)が代表を務める。1999年につくられ、いまは様々な事情で親と一緒に暮らせない子どもたちも、生活を共にする。

 その施設がいま、世界に広がった新型コロナウイルスの影響で、厳しい試練にさらされている。名取さんの表情は晴れない。「この状況が続けば、いずれ、運営自体が難しくなるかもしれません」

 運営費は主に日本からの寄付と、隣にある宿泊施設「hoshihana village」の収益、敷地内の縫製場で生み出される衣類や雑貨類などの売り上げでまかなってきた。宿泊施設は日本や韓国からの旅行者に人気だったが、タイ政府がコロナ対策で外国人の入国を厳しく制限。日本やタイでの衣類や雑貨の売れ行きも落ち込み、3月には宿泊施設を休業し、縫製場も操業を止めざるを得なくなった。頼りの寄付も、減りつつある。

ここから続き
 スタッフを一時的に減らし、子どもの一部も国立の孤児院に預かってもらって、残る18人の世話を何とか続ける。そんな日々だ。

 「バーンロムサイ」は、日本で雑貨デザインなどを手がけていた名取さんが97年、旅先のチェンマイでHIV感染者の苦境を目の当たりにしたことが原点。企業などの支援を得て設立にこぎつけた。最初の3年で10人の子どもをみとったが、医療の発達もあり、以後は1人の命も失わずに来た。差別や偏見が厳しかった時代を乗り越え、交流や啓発を通じて地域にも溶け込んだ。

 21年間に育てた子どもたちは約80人。学校に通わせ、手に職をつける世話をし、18歳で施設を巣立った後も様々な形で支え続けてきたが、「いまは先行きが見えない」。気がかりは資金面だけではない。「コロナでみなが厳しい状況に置かれる中で、社会的な弱者への関心が薄れ、差別や偏見が再び強まらないか。そのことも心配なんです」

 「バーンロムサイ」とは、タイ語で「ガジュマルの木の下の家」。枝葉を大きく広げたガジュマルのもと、安心して過ごせる場所、という意味が込められている。「いろんな方々の協力でできた施設。いまはがまんの時ですが、何としても続けていきたい」。名取さんの切なる願いだ。


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