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大中華世界的話題(その3)

2389OS5(旧チバQ):2023/01/06(金) 11:11:13
https://news.yahoo.co.jp/articles/bfcd294fd5e985247747ec32b525f352e543331f
変わり果てたタイのバンコク三大歓楽街「パッポン」 円安や日本国内の物価高、駐在員の生計費指数上昇も要因に
1/5(木) 17:00配信


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夕刊フジ
【カワノアユミの盛り場より愛を込めて】

11、12月と約1年ぶりにタイを訪ねた。コロナ禍の影響でバンコクでもゴーゴーバーは値上げし、日本人が気軽に遊べるような価格ではなくなっていた。それでもナナプラザやソイ・カウボーイなど夜の街は完全復活した印象だった。

対照的に、復活にまだ時間がかかりそうなのが、前述の2つと並ぶバンコク三大歓楽街のパッポンだ。パッポンはバンコク・メトロのシーロム駅の近くに位置する。シーロム通りとスラウォン通りをつなぐ2本の通りが「パッポン1」と「パッポン2」だ。パッポン1では、コロナ禍の前までは毎晩ナイトマーケットが開催されて、多くの観光客にも人気だった。

しかし、コロナ禍でナイトマーケットは休業。昨年末に訪問した際は、通りは真っ暗で、店内営業できないゴーゴーガールたちが、路上に椅子を出して酒を売っていた。昔のにぎわいを知っているだけに、その変わりようには言葉を失った。

あれから1年、パッポンについてはネット上でも「今でも真っ暗」といった書き込みばかり。実際を確かめようとパッポンに向かった。すると、ちょうど今月から「パッポンナイトマーケット」が再開していた。それでも、以前のような通りを埋め尽くすような数の屋台はなかった。人の数も減り、隣のパッポン2でも、バービアに多少の客が戻ってはいたものの、ゴーゴーバーには長期滞在者らしき欧米人が2、3人いる程度だった。

もともとパッポンは日本人街のタニヤ通りと隣接し、日本人駐在員が食事やカラオケの後に飲みに訪れる街だった。円安や日本国内の物価高で、駐在員の生計費指数も上がり、もう気軽には遊べなくなったのだろうか。

パッポンの全盛期は2000年以前である。以降はナナプラザなどと比べても人気は下火になっていた。でも、筆者は昔ながらのタイの雰囲気を感じられるパッポンが好きなのだ。少しでもいい。回復を願っている。

カワノアユミ 20代を歌舞伎町と海外夜遊びで過ごす元底辺キャバ嬢。現在は国内外の夜の街を取材。著書に、アジア5カ国の日本人キャバクラで9カ月間潜入就職した『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)。


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