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大中華世界的話題(その3)

1386チバQ:2021/04/12(月) 00:35:06
難民支援阻んだ隣国の思惑
 標高2千メートル前後、急勾配の山道は大雨でぬかるみ、ピックアップトラックは何度も立ち往生した。荷台には水やジャックフルーツ、卵、衣料が山積み。深い崖が続き、怖くて横をあまり見ることができない。

 6日、タイ北西部メーホンソン県を出た車の目的地はミャンマー国境の山岳地帯。カヤー州の少数民族勢力カレンニー民族進歩党(KNPP)支配地に入り、国軍の攻撃を恐れて避難するカレンニー族に支援物資を届けるためだった。

 発案者は祖父母がカレンニー族というタイ軍幹部OBの男性(43)。メーホンソン県に生まれ育ち、今は中央省庁の出先スタッフだ。目的地に近い国境軍基地幹部だった強みを生かし、地元の行政や軍トップ、KNPP幹部から事前に国境越えの了解を得たという。「私は半分カレンニー。タイ政府が支援に消極的なのは知っているが、人道支援に国籍も国境も関係ない」

 出発から約3時間。霧がかった山頂にタイ語で「山上国境軍の基地」の看板と国旗が見えた。粗末なゲートと宿営地以外、何もない。国境まで数百メートル、目的地のKNPP支配地まで1キロもない。

若い兵士らがやってきた。男性が事前了解の証拠を示すため、その場で地元軍トップらに電話し会話を聞かせる。だが、上官らしき人間は「(地元の)軍トップと国境の軍トップは違う」「国境付近はいま危険だ」と首を縦に振らなかった。「KNPP支援をタイ軍が許したとばれたら、ミャンマー国軍との関係や他の少数民族勢力との関係が悪くなる」とこぼした。

 約30分の問答の末、国境越えを断念した。帰路、カレンニー出身者たちの集落に立ち寄り、支援物資を民家の隅に置いていく。後日、KNPP兵士が山中を通って取りに来るという。

 落ち合う予定だったKNPP幹部は電話で「私たちの地域でも国軍の攻撃で死傷者が出て約千人が国境の山奥に逃げている。支援の食料も人手も足りないが、逃げる人はさらに増えるだろう」と語った。

「被害受けるのはいつも…」
 KNPP以外でも、約20の少数民族武装勢力のうち10程度の勢力が「反国軍」を鮮明に打ち出し、3月下旬から各地で衝突が激化。同時に避難の動きも広がっている。こうした状況は、1948年の独立以降、自治拡大を求める少数民族勢力と国軍の衝突が続いたミャンマーにとって「いつか来た道」でもある。

 隣国タイには80年代から国境沿いに多くの少数民族が逃げ、難民キャンプが次々に設置された。今も計9カ所のキャンプに約9万人が暮らす。

 その一つ「バーンマイナイソイ・キャンプ」はミャンマー国境まで約6キロ。複数エリアに約1万人が暮らす。原則、住民はキャンプから出ることを禁じられている。竹で組んだ家屋で売店を営むムンナさん(56)は35年前、内戦を恐れカイン州から逃げてきたカレン族だ。最近のミャンマー情勢について尋ねると「向こうには親類がいるし、怖い昔の記憶を思い出して寝られなくなる。できるのなら、ここ(キャンプ)に逃げてきてほしい」とカレンの言葉で語った。

 メーホンソン県には国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の事務所があり、非政府組織とともに難民を支援。アウン・サン・スー・チー政権誕生の2016年からUNHCR主導で難民の自主帰還も始まり、徐々に難民解消に向けた動きが見えていただけに、職員は「逆行しかねない状況は残念」と話す。タイ側は新たな難民受け入れに消極的で「私たちは支援の準備を整えているが、タイ当局が許可しないため現場にも行けない」と明かした。

 タイのプラユット首相は14年のクーデターを主導した元陸軍司令官。当然、ミャンマー国軍と近く、2月のクーデターを起こした国軍トップから支援を求める書簡を受けた。ミャンマー側はタイ当局に国境地帯の空爆計画を事前通告しているとも報じられる。

 内情を知るタイ軍幹部OBは帰路、つぶやいた。「隣国だから複雑な事情があるのは分かるが、結果的に被害を受けるのはいつも一般の少数民族の人たちだ」

西日本新聞社


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