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第47回衆議院議員総選挙(任期満了2016年)スレ

2777チバQ:2014/12/17(水) 21:56:52
http://www.kahoku.co.jp/special/spe1150/20141216_01.html
<衆院選>薄氷の王国(上)辛勝/「選挙の小沢」形無し


雪が舞う中、支持者と握手する小沢氏。2度にわたる地元入りで支持固めに奔走した=6日午後、花巻市
◎信条の攻め一転、守勢

<地元に入れ>
 「あんたの選挙だ。落ちたら知らないぞ。まず、来てくれ」
 衆院選の火ぶたが切られてすぐ、後援会幹部が生活の党の小沢一郎代表(72)に電話を入れた。自民党の藤原崇氏(31)に追い上げられている情勢を踏まえ、早期の岩手4区入りを促すためだ。
 地元市議の一人は公示された2日、多くの支持者が不満げだったと打ち明ける。小沢氏は党候補の応援で新潟へ。その行動に「何で地元に来ないの。第一声はこっちが筋だ」との声が上がった。
 前回(2012年)、得票を5万も減らし、小沢王国のプライドが揺らいだ。党首といえども、弱小勢力で迎える決戦。高齢化が急速に進む後援会に、かつてない危機感が広がっていた。
 「すっかりご無沙汰してしまい、申し訳ありませんでした」

<カンフル剤>
 6、7日、小沢氏は後援会にせき立てられるように4区に入った。2日間で30カ所の本格遊説は31年ぶり。濃紺のスーツ姿でビールケースに立った。雪が降っても、氷点下の寒さでも防寒着を着ることはなかった。
 地元市議は「あの2日間で本丸の奥州後援会が回転を始めた。さび付いた機械がぎしぎしと動きだすようだった」と、あるじの帰還がカンフル剤になったと証言する。
 「一度は首相をやってほしい」。後援会関係者によると、古くからの支持者の思いはこの一点に尽きるという。
 89年、47歳で自民党幹事長に就くも93年に離党。非自民勢力を結集して自民党から政権を奪った。新進、自由を経て民主党へ。2009年に政権交代の立役者になったが、12年に離党。気が付けば小所帯の党首に落ちぶれた。
 後援会幹部の一人は期間中、多くの有権者から「弱小の野党に何ができるんだ。政権交代なんて無理じゃないか」と告げられたと打ち明ける。

<票逃がすな>
 地元県議は「建設業界がこぞって自民に流れたのがつらかった」。終盤は「知り合いの会社を回り、ある程度引っぱがした」と言う。
 票を伸ばすのではなく、票が逃げないよう身内を固める。攻め上がることが信条だった「選挙の小沢」はいつしか、守勢を強いられていた。
 「日本政治の背骨のような人。1人でも必ずやってくれる」。14日夜、歓喜に沸く事務所で小笠原直敏後援会連合会長(69)は、小沢氏がもう一度、表舞台に立つことに期待を込めた。
 小沢氏は15日、東京・永田町で記者会見し「野党結集はできなかったが、諦めない。受け皿を作らないと、選挙を何回やっても同じ結果になる」と語った。

 【岩手4区開票結果】
当   75,293☆小沢一郎 生前(16)
(比当)57,824☆藤原崇 自前(2)
    24,421 高橋綱記 共新 


2014年12月16日火曜日


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