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情報メディア綜合スレ

456とはずがたり:2018/09/04(火) 09:49:11
>>455
頑なに守り抜いた私生活
『ちびまる子ちゃん』は、当たり前のような日常を子どもらしい鋭い感性でほのぼのと描いていく独特の世界観がウケ、瞬く間に人気漫画となった。そして時を同じくして'89年に当時の編集担当者と結婚。'94年に長男が誕生した。

 しかし'98年に離婚し、女手ひとつで育てることになる。都内の高級住宅地にある自宅近くに住む男性は言う。

「ひとりっ子ってこともあって心配性だったかな。お父さんっていう存在がいないぶん、自分でしっかり面倒を見なきゃって思いがあったんだと思う。

 穏やかな人だけど、息子さんが携帯ゲームのしすぎでお金を使いすぎちゃったときなんかはちゃんと叱ることもあったみたい。あとは、息子さんがアトピーだったから、食事には気を遣ってあげてたね」

 '90年にアニメ化され、すっかり国民的漫画となった『ちびまる子ちゃん』だが、さくらさんは頑なにプライベートを守り続けた。

 離婚後のここ20年ほどはメディアに顔を出すことを控え、不用意に周囲に本名を明かすこともなかった。

「息子さんにも自分と同じように、普通の生活を送らせてあげたかったんじゃないかな。小学生になるまで、自分が“さくらももこ”だって明かさなかったみたいだし。彼が中学に入ってからも、自分の親が“さくらももこ”だっていうことを友達にも言わないでとクギを刺していたそうだからね。

 参観日や保護者会にも来なかったし、運動会はチラッと見て帰るくらいで、長居することはなかった。それくらい、周りから特別に見られることを避けていたんでしょう」(同・近所に住む男性)

 '03年には、イラストレーターと再婚するが、その数年後に、乳がんであることが発覚した。

「さくらさんは、自分はがんであることを定期的に連絡を取り合っている、極めて親しい仲間にしか明かしていませんでした。心配されるのがイヤだったのかもしれませんね」(さくらさんの知人)

 かつて雑誌のインタビューでは、《なるべくムダな用事は断ろう。気のすすまない食事や飲み会は時間もお金も体力も気力もムダになります》と語ったこともあった。

 そんな彼女だったが、闘病生活が始まっても、故郷へは足を運んでいたという。

「病気については4年くらい前から“身体の具合が悪い”とは聞いていましたが、そこまで悪かったとは思いませんでした。それでも、あまり目立つようなことはしたくなかったんでしょうね。ここ数年は、同級生たちと会うことはおろか、電話連絡もしてなかったそうです。

 唯一、会っていたのは漫画でも親友としておなじみの“たまちゃん”のモデルとなった女性だけでした」(実家近くに住む男性)

 昨年6月3日、さくらさんが最後に清水区を訪れたのは、祖父の友蔵さんが眠っている先祖代々のお墓のあるお寺だった。

「その時も、自分で歩いて来られましたよ。髪は肩までのボブで、元気そうには見えましたが、私にも親戚に婦人科系のがんを患った人がいたので、さくらさんの歩き方がどこか弱々しく“もしかしたら”とは思っていました。

 故人の命日でもなく、本来の法事を行う時期ともズレていたので、なんかおかしいなと思っていたんです。いま思うと、元気なうちにってことだったんでしょうね」(寺院関係者)

 天国できっと、友蔵さんと“のほほん”生活を送っているに違いない─。


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