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中国・四国 地方議会・首長,政治・選挙スレ

380チバQ:2009/09/23(水) 10:54:55
>>366>>370
http://www.nnn.co.jp/tokusyu/konmeikurayosi/090919.html
混迷!倉吉市 突然の市長辞職が問うもの


 倉吉市の長谷川稔市長が18日、任期を残り約7カ月残して突然辞職した。「新斎場問題を前進させたい」との理由だが、辞職までして市民に問うものとは一体何なのか。新斎場問題の背景とともに探る。



2009/09/19の紙面より
【上】 斎場問題の経緯

地元対応で大きな亀裂 土地返還訴訟に発展


 倉吉市長の長谷川稔は18日、鳥取中部ふるさと広域連合で最後の任を終えた。連合長でもある長谷川が市長辞職の理由としたのが、同広域連合が計画している新斎場の建設問題。だが、市長辞職でさらに新たな混迷へ向かうことになる。
候補地決定に驚き
 建設から半世紀以上経過した現在の摩瑠山斎場(倉吉市馬場町)の老朽化は、同広域連合の長年の懸案事項だった。当初は現斎場の建て替えで計画が進められ、設計図までできていたが、地元の反対などで用地取得のめどが立たず、計画は突如頓挫した。

 このため、連合長の長谷川は斎場建設候補地を公募する意向を打ち出す。市は応募のあった2地区に、地元合意のない倉吉市灘手地区の原石山跡地を加えた3案を2006年2月に広域連合に提出。同年6月に原石山跡地が候補地に選ばれた。

 驚いたのは地元の谷地区住民。問題の土地は、地権者が市に寄付した後、地元と市教委などで多目的スポーツ広場建設の検討を進めていた。住民は「市にだまされた」との思いを抱き、反対期成同盟会を結成した。

 地元への説明は長谷川自らが前面に立ったが、その対応が大きな亀裂を生んだ。
市への不信頂点に
 長谷川は2006年8月、最初の地元説明で「環境影響調査を含めて強行はしない」と明言。しかし、実際は地元合意のないまますでに環境影響調査は終了、市は設計にも着手していた。

 さらに、地元住民は「こちらが回答を求めた時以外で、市から自主的なアクションはなかった」と市の対応に不満を漏らす。

 谷地区住民の不信が頂点となったのは08年3月の協議。5時間以上にわたる協議の末、「理解が得られなくても建設を進めるのか」と詰め寄る住民に対し、長谷川は「理解を得る努力をしていく」としながらも「場所を変える考えはない。建設を進めさせてほしい」と告げた。両者の歩み寄りの望みは断たれ、元地権者が土地返還を求める訴訟に至った。

 訴訟の判決言い渡しは11日にあり、市がスポーツ広場建設を約束した経過は認める一方、斎場の併設も認め、元地権者の訴えは退けられた。

 候補地所有の正当性を認められた市は、これを契機に住民への説得交渉をあらためて本格化させるものと見られていた。
   (文中敬称略)


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