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商業・流通

4680OS5:2023/12/09(土) 16:30:28
https://news.yahoo.co.jp/articles/125604613dcd9553f2dacade676bf6f8778909bf
“デパートなし県”が4つに…苦境にあえぐ令和の百貨店 ダウンサイジングや独自性の追求等に活路見出す店も
12/9(土) 11:52配信

FNNプライムオンライン
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1977年に岐阜県岐阜市の柳ケ瀬にオープンした「高島屋岐阜店」は、2024年7月31日に閉店する。名古屋駅などに買い物に行く人が増え、2023年度も赤字が見込まれていた。

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苦境にあえぐ百貨店業界だが、独自路線で売上を回復している店舗もある。

岐阜県は4つ目の“百貨店なし”県に…人気の「北海道物産展」の始まりは?
日本百貨店協会によると、高島屋が撤退することで全国でデパートがない都道府県は4つとなる。既にない山形県、徳島県、2024年1月でなくなる島根県、そして岐阜県の4県だ。

昭和や平成の百貨店には人が溢れていて、その後も様々な取り組みで客足を伸ばしてきた。

特に人気の催事が「北海道物産展」だ。今ではどのデパートでも行われているが、北海道主催のものは、1951年に「高島屋大阪店」が始めた。

高島屋史料館の担当者によると、当時は戦後の混乱期で、北海道のネームバリューもなく、「採算がとれない」と言われながらも始めたという。

当初は船や貨物車で輸送していたためコストもかかり、鮮度にも限界があったため、魚介類も巻き寿司などがメインだったが、1988年に青函トンネルが開通したことにより、イートインで握りずしも提供できるようになった。

第2回からは話題作りにも力を入れた。屋上で牛の乳しぼり体験ができるようにしたり、その後もキタキツネや流氷などを見せることで、集客の話題作りをしたという。

高島屋史料館の担当者は「当時は百貨店が、世の中の新しいモノを率先して紹介する役割を担っていた」と話している。

30年で売上はピークの半分に
しかし、百貨店の売上はしだいに下がっていった。日本百貨店協会によると、全国の百貨店の売上高はピーク時の1991年は約9兆7130億円だったが、2022年は約4兆9812億円と半分ほどになっている。

原因について、全国250軒以上の百貨店を回り「胸騒ぎのデパート」という本も出版したデパート愛好家の寺坂直毅(てらさか・なおき)さんに話を聞いた。

デパート愛好家の寺坂直毅さん:
サザエさん見ていると、ワカメちゃんがつばのある帽子をかぶってリボンなんか付けたような服を着て、みんなで正装してデパートに行くような。本当に昔のデパートはそういう“ハレの日”に行く、遊ぶ場所って感じだったんですけど、今本当にそれが郊外にあるショッピングモールになったなと思います

松坂屋や大丸を運営する「J.フロント リテイリング」は「統合報告書2023」の中で、「百貨店はアパレルとともに成長してきた”かつての成功体験”から抜け出すことができず、婦人服に過剰に面積配分した状況が続いたことで、客の嗜好や購買行動とのズレが生じた」としている。


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