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商業・流通

141 やおよろず@百貨店地図が塗り変わる日 :2007/08/28(火) 02:15:26
P28〜P52 大丸・松坂屋統合

 大丸・松坂屋統合は、老舗名門同士の合併ということで、業界全体に大きな衝撃を与えた。

 大丸・松坂屋は、統合によって、業界第一位の座を手にした。
 これにより、商品に対する顧客の信頼度が向上し、業界における支配力が格段に高まることになる。
 
 大丸・松坂屋の統合は、地域補完が完全である。
 大丸は全国に出店していながら、中部地区に店舗がない。
 また、松坂屋は、出店が中部地区に偏っている。
 東京で重複する部分もあるが、東京の場合は競合よりも、相乗効果の方が大きい。
 
 大丸は、売り上げ・営業利益・営業利益率ともに松坂屋を大きく上回っている。
 松坂屋銀座店は、償却済みの超優良不動産である。
 この銀座店だけでも、大丸にとってグループに取り込むメリットは大きいものである。

 大丸は規模拡大と効率化を目的に、松坂屋は大丸の効率的経営の導入を目的に、経営統合に踏み切った。
 相乗効果を発揮するには、両者の人的交流による融合の進展が必要である。

 大丸は、奥田会長の下、業界再編・経営統合に積極的な姿勢をとっていた。
 松坂屋のほか、統合の相手として、東武・近鉄・三越などが取りざたされた。

 大丸は、奥田会長の下、人海戦術から効率人員配置へと方向転換を遂げていた。
 つまり、売り場を「コンサルティング」「対面販売」「ポイントサポート」「セルフ」に分類し、それに応じた人員配置をなすことにより効率化を図ったのである。
 札幌店では、当初から人員の効率的配置を前提として店作りをした。
 松坂屋の赤字店舗も、この大丸の経営管理方式の導入により、黒字に転換できるものと期待されている。

 大丸・松坂屋の統合のきっかけは、阪急・阪神の統合にある。
 大丸梅田店は、阪急・阪神の旗艦店が近接している。
 そして三越の梅田再進出、近鉄・そごう・高島屋の大増床という2011年問題への対応が迫られたのである。
 
 大丸の奥田会長は、「都市型の百貨店は100万以下の都市では成立しない」という見解を示していた。
 大丸は直営で10店舗の経営を行っているが、そのうち8店舗が関西に集中している。
 そして、別会社組織で大丸が運営しているのは、福岡・長崎・下関・鳥取・宇治・高知であり、100万都市なのは博多のみである。  
 東京店は立地条件はよいものの、規模が小さい。
 また、中部地方は手付かずの状態であった。
 このような事情から、大丸も松坂屋との統合が必要であったのである。

 利益率の向上に即効性があるのは、多くの店舗と広い売り場を確保することである。
 販売機会の高上により、取引先はメリットを得ることになる。
 したがって、増床・広範な店舗展開で、百貨店が有利に取引ができるようになる。
 それで、百貨店は、店舗展開や増床を競っているのである。
 
 松坂屋は、利益のほとんどが名古屋本店による、本店依存度の高い体質をもっている。
 静岡店が黒字のほかは、軒並み赤字店舗ばかりなのである。
 本店依存度が高いということは、改革への動機が弱く、地方店の改革は成功しなかった。
 この打開には、外部の力を必要としていた。

 また、創業1611年の最老舗のだけあり、その人間関係は複雑なものとなっていた。
 とりわけ、80年代末の17代目伊藤洋太郎と鈴木正雄との戦いは、松坂屋を大混乱に陥れた。
 また、公家体質の百貨店の中でも公家体質が濃く、秀和・村上といったところに買占めを許してしまっていた。
 
 さらに、JR名古屋駅の駅ビルには、当初、松坂屋が進出する予定であった。
 しかしながら、消費不況の深刻化から投資判断が慎重になり、94年に撤退を決定した。
 そして、その名古屋駅には高島屋が入ることとなった。
 この高島屋は初年度に600億円を売り上げ、その後も成長し、06年には957億円を売り上げるまでになった。
 近接する松坂屋本店が、松坂屋全体の利益を稼ぎだしている企業構造からは、大きな脅威である。
 
 また、競合ひしめく銀座での再開発に成功するためには大丸のノウハウが必要である。
 新たな旗艦店としての期待をかける銀座店での失敗は許されないのである。


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