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法学論集
2435
:
名無しさん
:2015/10/12(月) 11:06:14
>>2434
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20151010/dms1510101530002-n1.htm
【続・山口組分裂の深層】ヤクザ組織を支える「直参制度」 若頭、舎弟が意味するものとは
2015.10.10
★(中)
山口組(総本部・神戸市灘区)が創立100周年を迎えた年の大規模な分裂問題は、いろいろな意味で象徴的だと思う。国内には江戸時代から続いているテキヤ組織も少なくなく、山口組は「最も歴史が古い」というわけではないのだが、日本最大の組織として盤石の体制を誇ってきたのは事実だ。
この組織を支えるキーワードが「直参(じきさん)」制度である。直参とは、本来は江戸時代の徳川家に直属していた旗本・御家人の総称であるが、ヤクザの世界では組織のトップから直接「盃」を受けた者を指す。
盃とは、「親・子」あるいは「兄・弟」の契りを結ぶもので、子分には後継者候補ナンバーワンである「若頭」(いわば長男)を筆頭に、若中頭(次男)、若中、若衆などがいる。組長の弟分は「舎弟」といわれ、兄弟分には対等な「五分」のほか「五厘下り」(一方がわずかに遠慮)、「四分六」「二分八」などの関係があり、この差は上下関係の差であり、服従関係も示す。なお、組長の妻が組員にとって「母親」ではなく「姐」(ねえ)とされるのは、男が中心のヤクザ社会では男女平等でないと見なされてきたからである。
関東の組織などが加入や脱退が比較的自由なヨコ型の「連合体」体制を採ってきたのに対し、山口組では、この直参制を基本にタテ型のピラミッド型の強固な組織を築いてきた。
とりわけ1960年代に警察が展開した「頂上作戦」でヤクザ社会を追われた者たちを傘下に収めていったことが、拡大の足がかりになったというのは皮肉な現実といえよう。
頂上作戦とは、末端の組員ではなく組長や幹部などを重点的に検挙して、トップすなわち頂上から組織を狙って追い込む作戦である。この狙い撃ちにより検挙者は延べ約17万人にも上り、1966年9月までに当時の広域組織の名門である住吉会(本部・東京都港区)や錦政会(のちの稲川会)など、広域ヤクザは続々と解散に追い込まれている。しかし、3代目田岡一雄組長率いる山口組は解散しなかった。
この作戦により、約18万人いたとされるヤクザが約10万人に減ったと公表されているが、組織を追われた者たちは今さらカタギになれるわけもなく、社会復帰できないまま小集団となっていく。
山口組は、彼らに積極的にはたらきかけ、傘下入りを勧めていく。その後は、しだいに解散に追い込まれていたはずの住吉会や錦政会などの大組織に戻る者も出てきた。「行儀の悪い」小さな愚連隊のような犯罪集団よりも、統制のとれた大組織の存在は、当時はそれなりに評価されていたのだろう。
こうして、「数は力」とする論理が正当化され、広域組織は「極道帝国主義」の途をたどっていくのである。
■宮崎学(みやざき・まなぶ) 1945年、京都府生まれ。早稲田大法学部中退。作家、評論家。『週刊現代』(講談社)記者を経て、家業の解体業を兄とともに継ぐが倒産。96年10月、自身の半生をつづった『突破者』(南風社、幻冬舎アウトロー文庫)で、作家デビュー。警察の腐敗追及やアウトローの世界を主なテーマに執筆活動を続けている。近著に『ヤクザとテロリスト 工藤會試論』(イーストプレス)。
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