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石油・LNGなど=エネルギー総合スレ=

129とはずがたり:2003/12/10(水) 19:30
>>107
原発造れなかったのに更に慰謝料ふんだくろうという姿勢が浅ましい。散々旅行とか連れてって貰っていい思いしたんだからよ>推進派
電力会社の株主は原発バラ捲きの株主代表訴訟を起こせ!

http://mytown.asahi.com/ishikawa/news01.asp?kiji=6187
【夢から覚めるとき】珠洲原発凍結③

海が荒れる冬季、出漁の機会は減り、漁船も係留されたままとなる=珠洲市高屋町の高屋漁港で
 冬の日本海は荒れる。4・9トンの漁船・秀幸丸が珠洲市北部の高屋漁港から出るのは、月に半分もない。天候が良ければ1日3回出漁し、刺し網でハマチやカワハギ、メバルをとる。乗るのは、高屋区長の松尾忠幸さん(51)と妻由美子さん(48)。不況と地味婚ばやりで、秋の婚礼シーズンでも、1キロ1万円していたタイが2千〜2500円にしかならない。東京と金沢で大学生活を送る息子2人への仕送りは大きな負担だ。

 松尾さんの父は木こりで、冬になると名古屋の工事現場で働いた。松尾さんは県立水産高校を出て、漁師になった。26歳まで冬場は金沢に出て酒米の配達をした。同じ集落の由美子さんには一度プロポーズをして断られた。出稼ぎで家を空けるためだった。自分も父の不在が寂しかったから納得した。漁に精を出し、魚との知恵比べに勝てると自信がついた時、「出稼ぎはしない」と改めて結婚を申し込んだ。

 80年代後半、関西電力の社員が集落の住民に本格的に原発建設への協力を求めるようになった。「地元の雇用創出」が魅力に思えた。89年、関西電の立地可能性調査を地元の反対派住民らが阻止。住民同士が戦うわけにはいかないと、遠巻きに見ていた。数年前、電力自由化で、個人宅でも自家発電をして余った電気は電力会社に売れるようになると聞いた。原発の出る幕はないと感じた。予感通り、計画は凍結された。

 この28年で出稼ぎはなくなったが、住民そのものが出ていった。集落は250人から180人に減った。息子たちも漁師を継ぐ気はないらしい。「電力会社が地域振興に誠意を見せるなら、原発と関係のない関連会社を進出させてくれないか。働き口がないと、集落が絶えてしまう」

     ◇

 「かかわった選挙は連勝してきたのに原発計画の凍結で敗北した気分」

 村田あつ子さん(56)は紡績会社の同僚だった上田幸雄県議が市議選に出た79年以来、先月の総選挙まで国政、首長選、県議選、市議選で原発推進派候補の運動員をしてきた。

 反対派はかつて立地可能性調査を阻止して勢いづいたが、科学技術を信じていたから「危険」という宣伝には反感があった。雇用、消費、新しい施設など、原発でまちづくりを進める志賀町に続くべきだと思った。

 現職で推進派の林幹人氏と反対派で新顔の樫田準一郎氏が対決した93年の市長選では、林氏を支持する女性の会をつくって、68人の主婦を集めた。男性優位の珠洲だけに「女が騒いどる」と、身内の推進派からも批判されたが、女性だけの集会に300人を集めて黙らせた。

 推進派に不正があったものの、以後優位は動かなくなった。ただ、いつの間にか陣営にさびついた雰囲気が漂うようになった。

 村田さんは「最大の原因は電力会社が振る舞うただ酒や無料の視察旅行」とみる。数十回も視察旅行に行ったことを自慢する老人もいる。いま、電力会社に補償金を求める動きがある。額は100億円と公言する市議もいる。

 村田さんは「撤退する電力会社にまだ金をせびろうとする人もいる。まちづくりのための原発誘致だったのに、目的が忘れられてしまった。空虚な感じがしています」と顔を曇らせた。

     ◇

 高屋町の推進派男性は「地域が良くなる、金がもうかると思っていた推進派は情けなさ、恥ずかしさでつらい思いをしている。地域に生じた亀裂も埋まらない。この先どうしたらいいのか」と頭を抱える。

(12/10)


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