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「時間を止める三ステップ」①〜⑤

1中島タロー:2018/11/07(水) 04:57:11
全部で十八個ある「時間を止める三ステップ」というメソッドの解説
記事の中から最初の五つ(①〜⑤)を当スレッドにて公開させていただ
きます。
残りの記事(⑥〜⑱)はもう一つのスレッド「時間を止める三ステップ」
⑥〜⑱にて公開予定です。

2中島タロー:2018/11/07(水) 05:45:46
スレッドの説明文にもありますように、十八個ある「時間を止める三ステップ」の解説記事のうち最初の
五記事(①〜⑤)をこれから掲載させていただきます。

が、その前に、時間を止めるということの意味が分からない方のために、「私は在る ニサルガダッタ・マハラジ」
という本に出てくる次のような会話をご紹介しておきましょう。

・マハラジ「…動きを止めなさい。そうすれば時間は止まる」

・質問者「時間が止まる? それはどういう意味でしょうか?」

・マハラジ「過去と未来が、永遠の今のなかで溶けあうのだ」

このマハラジの言葉通り、過去と未来が永遠の今のなかで溶けあうことが「時間が止まる」ということの
意味なんですね。で、それを三つのステップで実現できるようにしたものが、『時間を止める三ステップ』
だというわけです。

やり方に間違いがなければ、という但し書きはつきますけれど、この『時間を止める三ステップ』に最後
まで取り組まれた方は、まず一人の例外もなく前述のような意味での「時間が止まる」ところまで行ける
はずだと確信しております。

ぜひチャレンジしてみてください。

3中島タロー:2018/11/07(水) 05:50:18
時間を止める三ステップ①

これから何回かに分けて「時間を止める三ステップ」という名の「時間(心理的
な時間)を止めるためのメソッド」を皆さんにご紹介して行きたいと思います。
このメソッドというのはそもそもは、悟りを目的としたある私のオリジナルメソッド
TOUS(「テクニック・オブ・宇宙の外に出る悟り」の略称。旧名「覚醒の便法」)の中
に含まれているものであって、一つの独立したメソッドだったのではありません。

もっと詳しく言いますと、その私のオリジナルメソッドTOUSというのは四つのステッ
プから成るメソッドなのですが、その中の最後のステップ(第四ステップ)を外したも
のが前述の「時間を止める三ステップ」なのです。言い換えれば、四つのステップ
から成るTOUSから最初の三つのステップだけをゴソッと切り離して独立させたも
のが「時間を止める三ステップ」の実体なんだってことですね。

そんなものが一つの独立したメソッドたり得るのか? と思われるかも知れません
が、そんなものでも立派に一つの独立したメソッドたり得るのですよ、これが。だから
こそ、「時間を止める三ステップ」なんていうそれ専用の呼び名が付いてるわけです。

TOUSが悟りの発生を促すことを目的としたメソッドであるのに対して実は、この「時
間を止める三ステップ」というのは時間(心理的な時間)を止めるためのメソッドだと
も言えますし、真我でモノを見ている状態になるためのメソッドだとも言えますし、は
たまた心を脇に置くためのメソッドだとも言えます。

たった一つのメソッドなのにずいぶん色々な効果があるものなんだな、と思われたか
も知れませんが、その感想は当たってるとも言えますし、当たってないとも言えます。
なぜかと言いますと本当は、時間(心理的な時間)が止まることと、真我でモノを見
ている状態になることと、心が脇に置かれることとは、バラバラにあるのではなく一つ
の事柄の三つの側面だからなのです。

それら三つは同じ一つの事柄を三つの角度から眺めたものに過ぎないんですね。
前出の三つの要素を仮に、A、B、Cと名付けるとすれば、Aの中にBとCが含まれ、
Bの中にAとCが含まれ、Cの中にAとBが含まれる、ということでもあります。

ということで、「時間を止める三ステップ」によって得られる効果自体は一つなのだ
けれど、その一つのものが見る角度によって「時間が止まること」であったり、「真我
でモノを見ている状態になること」であったり、「心が脇に置かれること」であったりす
る、というわけです。

むずかしいかも知れませんが、いずれあなたにもお分りになる時が来るかも知れま
せん。
じゃあなぜ、「時間を止める三ステップ」なんていう、まるで時間を止める効果しかな
さそうな呼び名をそれに付けたのですか? という声が聞こえてきそうですが、それ
に関しては、なるべくシンプルな呼び名にしたかったから、という程度の答えしかお返
しできません。

この「時間を止める三ステップ」を実践することによって皆さんは悟りには到らないま
でも時間を止められるようになるところまでは行けるはずです。あなたの実践の仕方
に間違いがなければ、という但し書きは当然つきますけれども。
時間が止められるようになるって素晴らしいことですよ。だってそれは、「永遠の今」
の中に生きられるようになる、ということでもあるわけですから。

ちなみにこの方法の実践者の中には「時間を止められるようになっただけでく、周囲
のことが気にならなくもなった」という感想をくださった方もおられます。
そういう二次的な効果も期待できるのがこのメソッドなのです。

それではまた、お会いしましょう。

4中島タロー:2018/11/07(水) 05:52:59
時間を止める三ステップ②

《第一、第二ステップ・前編》

「時間を止める三ステップ」の中の第一、第二ステップは一まとめにしてお話しする方が分か
りやすいと思いますので、そうさせていただきます。

第一、第二ステップには共通点がありまして、それは、どちらも心をフルに働かせることを目
的としている、ということです。第一、第二ステップで皆さんに取り組んでいただくことは違っ
ていても、どちらも心をフルに働かせることを目的としたものであるという点では同じだというこ
とですね。

もう少し詳しく言いますと、心をフルに働かせるための手段というのは二つあるのですが、その
一つ一つを第一、第二ステップにおいて皆さんに講じていただくことになる、というわけです。
このように申し上げると、前回の記事の内容を覚えておられる皆さんは次のような疑問を抱
かれるかも知れません。

「時間を止める三ステップ」の目的は見方を変えれば心を脇に置くことでもあるはずだ。なぜ
なら、時間を止めることと心を脇に置くこととは二つの別の事柄なのではなく、不可分の関
係にあるものだからだ。それなのに第一、第二ステップにおいて「心を脇に置くこと」の逆、す
なわち「心をフルに働かせること」をするのは矛盾しているのではないか? 

この手の疑問を皆さんが持たれたとしても無理はないと思います。確かに、見方によっては
「時間を止める三ステップ」の目的とも言える「心を脇に置くこと」と「心をフルに働かせること」
とは矛盾し相反するものですからね。

しかし、このようにお考えください。
「時間を止める三ステップ」に前述のような第一、第二ステップが設けられているのは、「心を
脇に置くこと」もしくは「心の働きを停止させること」という最終的な目的を実現するためには
必要なものだからだ、と。

「心を脇に置くこと」もしくは「心の働きを停止させること」という最終的な目的を実現するた
めには、その過程において一時的に「心をフルに働かせること」が必要であり、そのために第一、
第二ステップが設けられているんだってことですね。

「心をフルに働かせること」がどうして「心を脇に置くこと」もしくは「心の働きを停止させること」
に繋がるわけ? と思われるかも知れませんが、今はそういうものなんだと頭に入れておいて
ください。

5中島タロー:2018/11/07(水) 05:55:18
時間を止める三ステップ③

《第一、第二ステップ・中篇》

第一、第二ステップで皆さんに取り組んでいただくことになる心をフルに(100パーセント)働
かせるための二つの方法について、今回はお話しします。

今申し上げた二つの方法のうち一つは-「没入法」と言い、もう一つは「観察法」と言います。
「没入法」とは、「自分が今している行動に百パーセントの心で没入すること」です。そして
「観察法」とは、「自分が今している行動を百パーセントの心で観察すること」です。

ここに言う行動とは日常生活の中での何らかの運動、何らかの作業、何らかの仕事などを指し
ます。またここに言う100パーセントの心とは、自分から見ての100パーセントの心、あるい
は自分の主観に映じる100パーセントの心という意味です。

従ってそれは、客観的に厳密に調べたら100パーセント未満の心である可能性もあります。と
いうより実際にはそういうことの方が多いでしょう。しかしそれで良いわけです。100パーセ
ントという言葉に囚われ過ぎないようにしてください、ということですね。

「没入法」も「観察法」も、どちらも心を100パーセント働かせる方法という意味ではお仲間
ですが、それぞれの具体的な中身は百八十度違うと言えます。何故なら、「没入法」を実践し
ている時、我々の心は自分が今している行動の中に入っているのに対して、「観察法」を実践
している時、我々の心は自分が今している行動の外に出ているからです。

ここで細かいことを申しますと、没入という言葉と観察という言葉から受けるニュアンスは人
それぞれに違っている可能性もあります。これらの言葉の大まかな意味の捉え方には個人差は
無いとしてもです。この手の違いというのはどんな言葉にもあり得ます。

が、それにも関わらず、次のことだけは全ての人が等しく認めざるを得ないはずです。自分が
今している行動に没入している時、我々の心はその中に入っている。それに対して、自分が今
している行動を観察している時、我々の心はその外に出ている。

如何でしょうか。顕微鏡を覗くように細かい眼で見れば、没入という言葉と観察という言葉か
ら受けるニュアンスは人それぞれに違うのかも知れませんが、今申し上げたことだけは全ての
方の共通認識であるはずです。何故なら我々は誰でも、体験的に知っているからです。自分が
今していることが何であれ、ソレの中に心が入ってなければソレに没入することはできないし、
また、ソレの外に心が出ていなければソレを観察することはできない、ということを。

前述のような共通認識さえ我々にあれば、没入という言葉と観察という言葉から受けるニュア
ンスの個人差なんてものは、ここでは全く問題になりません。すなわち、「没入法」と「観察法」
を実践する上では、そういうことは全く問題になりません。

何故なら実は、「没入法」の真の狙いは、実践者の心を「自分が今している行動」の中に100
パーセント入らせることの方にありまた、「観察法」の真の狙いは、実践者の心を「自分が今
している行動」の外に100パーセント出させることの方にあるからです。

前出の二法を実践する際は、今申し上げたようなそれぞれの真の狙いを意識しておかれると良
いでしょう。

6中島タロー:2018/11/07(水) 05:57:39
時間を止める三ステップ④

《第一、第二ステップ・後編》

「時間を止める三ステップ」に取り組まれる皆さんは第一、第二ステップとして「没入法」
と「観察法」の両方をマスターしなければなりませんが、どちらを先にマスターするかは
皆さんの自由です。前出の二法のうちどちらを先にマスターし、どちらを後にマスターす
るか、まずはご自分でお決めになってください。

ここで覚えておいていただきたいのは、先にマスターする方法よりも後でマスターする方
法の方がマスターしやすいということです。そう言える理由がお分かりでしょうか。それ
について考えてみましょう。

既にご存じのように前出の二法の共通点は、どちらも心を100パーセント働かせている状
態に自分を持ってゆくためのものであるということですが、前出の二法のうちどちらかを
マスターした時点で実践者は、心を100パーセント働かせるとはどういうことなのかを体
験的に知ることができています。

従ってその分だけ、残りのもう一つの方法をマスターするのは容易になるというわけです。

前述のようにどちらの方法を先にマスターするかは皆さんの自由であるとはいえ、私の見
たところでは、多くの方にとっては「没入法」を先にマスターする方がベターのような気
がします。一般的に「観察法」を実践する場合よりも、「没入法」を実践する場合の方が、
心を100パーセント働かせている状態に自分を持ってゆきやすいと思われるからです。あ
くまでも一般論ですよ。

いずれにしても「没入法」と「観察法」のどちらかをマスターすることが「時間を止める
三ステップ」の中の第一ステップ(最初のステップ)となります。そして残りのもう一つの
方法を実践することが、その第二ステップとなります。

急がば回れ、という格言がありますが、第一ステップに十分な時間をかけないまま第二ス
テップに進むのは良くありませんね。

7中島タロー:2018/11/07(水) 05:59:45
時間を止める三ステップ⑤

《それは数息観と組み合わせることもできる・前編》

ここまで心を百パーセント働かせる方法として「没入法」と「観察法」をご紹介させていた
だきましたが、この二つの方法は、禅宗の修行法の一つとして知られている数息観(すそく
かん)と組み合わせて実践することもできます。

すなわち数息観を実践しながら「没入法」や「観察法」も併せて実践するというやり方も可
能なのです。

数息観がどういうものかってことは、インターネットで調べれば誰でも直ぐに分かることで
はありますが、一応ここでもそれについて簡単に触れておきましょう。

数息観とは端的に申せば、自分の息を数えることです。その数え方ですが、「吸う息、吐く
息」をワンセットというか一つのものとして数えます。で、最初の「吸う息、吐く息」を1
と数えるところからスタートして、その数が100に達したら一区切りとなります。すなわち
その次の101番目に当たる「吸う息、吐く息」はまた振り出しに戻って1と数えるわけです。

ちなみによく調べてみますと、「吸う息、吐く息」ではなく「吐く息、吸う息」をワンセッ
トとして数えるのが数息観の正しいやり方だという説もあります。が、私はその方面の専門
家ではないので、それについては何も申し上げられません。どちらのやり方を取るかは、皆
さんの選択にお任せします。

数息観は正式には、座禅を組んで実践することになっているのですが、「没入法」や「観察
法」と組み合わせて実践する場合は、それにこだわる必要は無いと思います。そうしたけれ
ばそうしても構いませんが、そうしたくなければそうしなくてもこれまた構いません。

床の上にあぐらをかくとか、イスに座るとかして実践するのも良いでしょう。何故ならこの
場合は、数息観それ自体の効果(どんなものかは詳しく知りませんが)を期待して数息観を実
践するわけではないからです。

ただし、「勘定(息の数え方)を間違えないようにする。もし間違えたら、また1から数えは
じめる。」という最低限の決まりごとだけは守りたいものです。


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