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元文学青年の俺が世の中の俗物を徹底的に馬鹿にするスレ
175
:
( ´・ω・`)
:2025/11/30(日) 11:19:36
>>171
「美しいものをつくりたい」
私は創作においてもぼんやりしていて、美しさを完成に求めたことがなかったので、今後の創作において一つの指標としてもよいかもしれないと思いました。
言葉の表現は、短い形態になっていくほどに研ぎ澄まされていくように思います。
176
:
元文学青年の俺
:2025/12/02(火) 12:16:48
>>174
『潮騒』はベストな選択だと思います。
自分は読んでないけど。 (゚▽゚*)
たぶん、三島氏の長編でもっとも読みやすいものではなかろうか。
177
:
元文学青年の俺
:2025/12/02(火) 12:22:40
>>175
> 〜 美しさを完成に求めたことがなかったので、今後の創作において一つの指標と
してもよいかもしれないと思いました
うーん。
ただ、谷川俊太郎氏がここで「美しいもの」と言い、三島由紀夫氏などが
「美」と言っているのは、たぶんほかに適当な言葉がないせいであろうと
思います。
例えば、
>>67
の詩などは、一般に「美しいもの」・「美」を表現しようと
しているとは思えないのではないでしょうか。
詩人や小説家が「美しいもの」・「美」を目指すと言っても、この言葉自体の
定義は難しく、各人それぞれが自分なりに納得して目指すものでしょうから、
あまり「美しいもの」・「美」という言葉にこだわらない方がいいのではないか、
と思います。
(´・ω・`)さんはすでに実作家・創作家なんで、ご自分の好きなように目指す
ところをそのまま追求すればいいのではないでしょうか。
178
:
元文学青年の俺
:2025/12/02(火) 12:24:16
冬になると、朝と夜寝る前にニベアクリームを身体のあちこちに塗らなきゃならない
のがメンドクサイ (゚▽゚*)
179
:
( ´・ω・`)
:2025/12/04(木) 17:53:30
>>177
書き込みをしてからあとで、「美しい」が内包するものってたくさんあるので、私自身が気がついていないだけでなんらかの指針には基づいてやっているのかもしれないなあとつらつらと考えていました。
私はまだまだ、日本語について知らない部分があるので、もう少し書くことについて回復してきたら、古い言葉を知っていこうと思っています。
そうしたら苦しくなく、文豪の作品も読めるようになるかもしれない。
あととてもものぐさなので、手の届くところに辞書を集めて言葉にあたっていこうと思います。
脳みそがしんどい時は、部屋をシステムにすると助けになるかなとしばらく考えており。自分の居心地、について知る日々です。
180
:
( ´・ω・`)
:2025/12/04(木) 17:54:17
しかし私さんのテンションがすっかり逃亡したなあ(笑)
いや、気分的なものなので、戻る時は戻るのだろう。
181
:
( ´・ω・`)
:2025/12/04(木) 17:55:05
私のニベアは缶の中で分離したので、新しいのを買うのだ。
(どれだけしまって置いたのか)
182
:
元文学青年の俺
:2025/12/07(日) 12:41:10
>>179
> 〜 私自身が気がついていないだけでなんらかの指針には基づいて
やっているのかもしれないなあ 〜
たぶんそういうことだろうと思います。
> 〜 手の届くところに辞書を集めて言葉にあたっていこうと思います。
自分は手元に中型の国語辞典を用意して、難しい言葉や自分が今一つ正確な
意味に自信がない場合は確認しています。
さすがに『広辞苑』は扱いにくいのでパス。もちろん、ネットでも調べられるん
ですが、クイックやスクロールするより、手を伸ばして紙の辞典を拾い上げ、
手でパラパラとやる方がストレスが少ない。 (゚▽゚*)
183
:
元文学青年の俺
:2025/12/07(日) 12:43:41
>>177
、
>>179
、
>>182
での「言葉」という言葉に関連して。
「言葉」という言葉で、またもや谷川俊太郎氏の詩を思い出した。
--------------------------------------------------
わらう
ずっとむかしのいまごろ
わたしはまだいなくて
あざみのはかげの
ひかりのつぶつぶだった
だけどみてたの
おかあさんのなみだを
わたしはしっていた
わたしもいつか
おかあさんのようになくだろうって
いくつことばをおぼえても
かなしみはなくならない
だからいまここにわたしはいて
おかあさんにわらいかけるの
(『谷川俊太郎自選詩集』より)
--------------------------------------------------
この
「いくつことばをおぼえても
かなしみはなくならない」
という詩行が実に切ない。
忘れがたい詩である。
184
:
( ´・ω・`)
:2025/12/08(月) 23:12:45
私にも
「あざみのはかげの
ひかりのつぶつぶだった」
頃があるといいな、と思います。
「おかあさんのなみだ」
には私はとても弱いです。
そんな母も4年前に急逝しました。
市販のテレビ雑誌やネットの番組表を読めたことがないのですが(局の場所が変わってからと、時間が数分前から始まるようになってから)、ようやく番組表の出ないテレビに別れを告げて、生前の母を真似てNHKの昼のドラマを観ていました。
家族については幸福の話よりも不幸の話の印象の強い母が、NHKの連続ドラマを欠かさず観ていたのは今も不思議でならないのですが、二十歳以降ようやく今の私は、そのドラマの明るさが苦手ではなくなりました。そのことに気がついた日でした。
言葉が拾えるものについて考えます。
185
:
元文学青年の俺
:2025/12/11(木) 15:40:35
>>184
母親がNHKの連続ドラマを見るというのは昭和の香りがしますね。 (゚▽゚*)
186
:
元文学青年の俺
:2025/12/11(木) 15:41:49
>>139
、
>>171
、
>>177
などで触れた「美」・「美しいもの」という言葉に関連して。
「美」という言葉を使った忘れ難い文句と言えば、中原中也の次のような詩句がある。
--------------------------------------------------
〜
僕は美の、核心を知つてゐるとおもふのですが
それにしても辛いことです、怠惰を遁れるすべがない!
--------------------------------------------------
(注: 上の「遁(のが)れる」の「遁」は、中也の詩集の原典では別の字
である(しんにょうと官の字の組み合わせ)。読みはやはり「のがれる」。
しかし、これは環境依存文字であるから、ここでは「遁れる」で代用させてもらった。)
187
:
元文学青年の俺
:2025/12/11(木) 15:42:49
この詩句を若い頃読んだ時、まるで自分のことを言っているのかと思った。
しかし、ほどなく、自分は「美の核心」なんぞわかっていないこと、自分の
感受性は凡庸なものであることを自覚した。
怠惰だけは終生の友であるが。
結局、自分は詩人にも小説家にもなることはできず、年をとって、5チャンネルの
文学板(というか、このスレ)にもっともらしい文章を書き込むぐらいのことしか
できないのであった。 (゚▽゚*)
188
:
元文学青年の俺
:2025/12/11(木) 15:44:59
上の中原中也の詩句は、詩集『山羊の歌』に収められている「憔悴」というタイトルの
詩のうちのVI(6番目のパート)の末尾の2行である。
せっかくだから、V(5番目のパート)からこの最終の2行まで続けて紹介しておきます。
--------------------------------------------------
V
さてどうすれば利するだろうか、とか
どうすれば哂はれないですむだろうか、とかと
要するに人を相手の思惑に
明けくれすぐす、世の人々よ、
僕はあなたがたの心も尤もと感じ
一生懸命郷に従つてもみたのだが
今日また自分に帰るのだ
ひつぱつたゴムを手離したやうに
さうしてこの怠惰の窗の中から
扇のかたちに食指をひろげ
青空を喫ふ 閑を嚥む
蛙さながら水に泛んで
夜は夜とて星をみる
あゝ 空の奥 空の奥。
--------------------------------------------------
(注: 読みは以下の通り
哂はれない=わらわれない
尤も=もっとも
窗=まど
喫ふ=すう
閑を嚥む=ひまをのむ
泛んで=うかんで
189
:
元文学青年の俺
:2025/12/11(木) 15:47:27
--------------------------------------------------
VI
しかし またかうした僕の状態がつづき、
僕とても何か人のするやうなことをしなければならないと思ひ、
自分の生存をしんきくさく感じ、
ともすると百貨店のお買上品届け人にさへ驚嘆する。
そして理屈はいつでもはつきりしてゐるのに
気持の底ではゴミゴミゴミゴミ懐疑の小屑が一杯です。
それがばかげてゐるにしても、その二つつが
僕の中にあり、僕から抜けぬことはたしかなのです
と、聞こえてくる音楽には心惹かれ、
ちよつとは生き生きしもするのですが、
その時その二つつは僕の中で死んで、
あゝ 空の歌、海の歌、
僕は美の、核心を知つてゐるとおもふのですが
それにしても辛いことです、怠惰を遁れるすべがない!
--------------------------------------------------
(注: 読みは以下の通り
小屑=おくず
「遁れる」は
>>186
の注を参照
取りあえず、今日はここまで。
190
:
元文学青年の俺
:2025/12/12(金) 13:18:32
>>188
の詩句の
「僕はあなたがたの心も尤もと感じ
一生懸命郷に従つてもみたのだが」
とあるのは、中也が一般人の真似をしようと努力したことを語っている。自分が
詩人であることを自覚した時から、中也は世間の人々とは違う生き方を選んだ。
それゆえ、いつの間にか、普通の人間の振る舞いがうまくできなくなっていたのである。
しかし、中也は昔から社会不適合者、ダメ人間であったわけではない。子供の
頃は成績優秀で、「神童」と呼ばれていたし、弟が3人いる長男であり、近隣の
ガキ大将であった。だから、周囲から将来リーダーとなる人間と見られていたし、
自分でもそう自負していたはずである。
ところが、中学生の頃、文学にはまって、いわゆる「人生設計」を狂わせてしまった。
そして、いつの頃からか、自分は詩人であることが運命であると諦観、あるいは
達観したようである。
中也の友人であった大岡昇平氏は、中也の伝記(未完に終わったが)を書くために
中也の故郷である山口県の生家を訪れ、中也の写真を久しぶりに見せられた際、
「生涯を自分自身であるという一事に賭けてしまった人の姿がここにある」
という感慨を書きつけている。
191
:
元文学青年の俺
:2025/12/12(金) 13:26:51
>>189
の
「僕とても何か人のするやうなことをしなければならないと思ひ、
自分の生存をしんきくさく感じ、
ともすると百貨店のお買上品届け人にさへ驚嘆する。」
の「お買上品届け人(おかいあげひん とどけにん)」は、今なら「コンビニの
バイト店員」とでも表現しそうなところである。
ここの詩句の気持ちはよくわかる。
詩人は自分が社会の余計者、無用者であると感じている。
普通のサラリーマンではない、普通の社会生活を送っていないことにひけめを
感じる。また、普通人のやることが自分に出来るかどうか心もとない
のである。だから、普通人が普通にやることがいやにテキパキしている
ように見えたりするのだ。
192
:
( ´・ω・`)
:2025/12/16(火) 14:51:26
>>187
私の先生(専門学校の編集者の先生)は、小説家だけは何歳からでもなれると言っていました。
商業ということを抜きにすれば、詩人も小説家もなるものではないと思います。
いつでもできるものであると思います。
お金はかかりますが今は販売する方法もたくさんあります。
自分の中の審査員さんを騙し抜くことができるかというのは、私にもなかなか難しいことではありますけれども。
私を実作家として扱って下さる元文学青年さんへの、師の言葉の受け渡しです。
193
:
元文学青年の俺
:2025/12/17(水) 12:26:56
>>192
確かに小説家は「何歳からでもなれる」とは思いますが、自分はたぶん自分が
納得できるようなものは書けないだろうと諦めています。 (゚▽゚*)
でも、レスありがとう。
(´・ω・`)さんは「表現者」、ある意味「詩人」だけれど、自分はただ読む
だけのディレッタントにすぎない。
でも、語りたいことはある。それをするだけでも時間が足りない模様。
194
:
元文学青年の俺
:2025/12/17(水) 12:29:06
>>189
の
「僕とても何か人のするやうなことをしなければならないと思ひ、
自分の生存をしんきくさく感じ、
ともすると百貨店のお買上品届け人にさへ驚嘆する。」
について付け足し。
ここで詩人の中也は自分がいわばまっとうな人間ではないことを再認識している。
こういう詩人の、自分が普通人ではないことの自覚から生まれる疎外感、孤独感、
孤立感は珍しいことではない。
詩人は大抵の場合、心の中に、社会に、そして、一般人に対するひけめ、うしろめたさ
の感覚を抱えている。
(続く)
195
:
元文学青年の俺
:2025/12/17(水) 12:30:32
このスレでいくつかその俳句を紹介した小林一茶にも、そういうひけめ、うしろめたさ
を吐露した句が幾つかある。
今の時期にふさわしいものを一つ挙げると、例えば、次のような句がある。
--------------------------------------------------
耕さぬ罪もいくばく年の暮
(たがやさぬつみもいくばくとしのくれ)
--------------------------------------------------
196
:
元文学青年の俺
:2025/12/17(水) 12:37:13
「自分は田畑を耕さない暮らしをしているが、その罪はいかほどのものであろうか」
と、年の暮れにあたって、わが身とその生き方をしみじみとふり返っている。
一茶の心の中では、「田畑を耕す生き方」がまっとうな生き方であって、そういう
生き方をしている人間、すなわち、農民がまっとうな存在なのである。
俳句にうつつを抜かしている自分などは社会にとって無用者・余計者にすぎない、
罰当たりな存在であるという感覚である。
197
:
( ´・ω・`)
:2025/12/19(金) 22:40:17
私も働くことが20代30代好きだった(もちろん疲れますし腹も立ちますし辞めたくなったりはするのですが)のと、薄給だったのもあって、働いている人々を街で見るとじつにまともな人たちに見えますし、散々なお天気の下で配送などしている方々には頭が上がりません。
卑下ではないつもりなのですが、物作りをして実際にお金を稼いでいる人も含めて、生きるのに迷いのない人たちに比べたら私はなんと宙に浮かんでいるのだろうな、と思うことがあります。
永遠のモラトリアムなどとたまに言っています。
198
:
( ´・ω・`)
:2025/12/19(金) 22:43:33
中也の中で、生き生きしたものがまた死んでしまう、そんな浮き沈みも少し、共感するようなところがありました。
心の動きの機微を言葉にすることができる人がいるからこそ、自分の中のその気持ちに気がつく、そういう時もありますね。
199
:
元文学青年の俺
:2025/12/21(日) 11:58:32
>>197
> 〜 物作りをして実際にお金を稼いでいる人も含めて、生きるのに迷いのない
人たちに比べたら私はなんと宙に浮かんでいるのだろうな、と思うことがあります。
そうですね、一般に詩人はよくそういう思いに捕らわれがちです。自分が確たる地盤の
上に立っていないというような。
だからこそ、一種のアイデンティティーの追求のような思索-----自分は一体何者なのか
といった-----にふけることも。
200
:
元文学青年の俺
:2025/12/21(日) 12:00:14
>>198
>心の動きの機微を言葉にすることができる人がいるからこそ、自分の中の
その気持ちに気がつく、そういう時もありますね。
一般人がうまく言い表せない心の中のモヤモヤに明確な形を付与すること-----
それは詩人や小説家の重要な仕事の一つと言っていいでしょう。
すでに前に書きましたが、それは「混沌たる現実に『秩序』と『美』を与える」
行為です。
201
:
元文学青年の俺
:2025/12/21(日) 12:01:14
上で述べた、小林一茶の
「俳句にうつつを抜かしている自分などは社会にとって無用者・余計者にすぎない、
罰当たりな存在であるという感覚」
に関して、付け足し。
晩年の一茶には次のような句もある。
--------------------------------------------------
月花や四十九年のむだ歩き
(つきはなや よんじゅうくねんの むだあるき)
--------------------------------------------------
202
:
元文学青年の俺
:2025/12/21(日) 12:03:57
「月がどうの花がどうのと俳句を詠んで、ここまで49年も無駄に人生を送ってきた」
という意である。いわば「俳句で一生を棒に振った」と言っているに等しい。
これはもちろん自虐ユーモアである。
自分の人生が人の役に立たぬ俳句を詠むことに費やされてきたのは、一般人、まっとうな
人々から見れば、無駄な人生であったというわけである。
一茶自身の心の中では、別の思いもあるであろう。
「俺は芭蕉を師と仰ぎ、芭蕉のたどったその道を自分も一心不乱に歩んできた。
俺の一生に悔いはない」との思いである。
それを考えると、この句の解は、
「やれやれ49年も俳句を詠んできたが、他の人々からすれば無駄な
人生だと思われよう。が、とにもかくにも一筋の道に精進してここまで
生きてこられた。死ぬほどの目には会わなかった。ありがたいことだ」
ぐらいであろう。
203
:
元文学青年の俺
:2025/12/23(火) 12:32:44
さて、歳も押しつまってきた。
年末年始の読書計画を立てるべき時である。
しかし、実を言えば、そんなものは立てる必要はない。なにしろ積読本が
天を摩する勢い(笑)。片っ端から読んでいかなくてはならないはずである。
とはいえ、長い休みの直前に読書計画を立てることは「読書人あるある」、
読書人のもっとも大きな楽しみの一つであろう。
204
:
元文学青年の俺
:2025/12/23(火) 12:35:14
さて、歳末、年の暮れと言えば、小林一茶にはまた次のような句がある
--------------------------------------------------
羽生へて銭がとぶ也年の暮
(はねはえて ぜにがとぶなり としのくれ)
--------------------------------------------------
205
:
元文学青年の俺
:2025/12/23(火) 12:36:49
これを知った時、驚いてしまった。
銅貨に羽が生えて宙を飛ぶのである。
まるで漫画である。こんな句が江戸時代に作られていたとは。
年末は何かとお金が入り用だ。だから、あっという間に懐が空っぽに
なってしまう。庶民の実感であり、嘆きである。
206
:
元文学青年の俺
:2025/12/27(土) 12:40:29
年の瀬でなんやかや雑用があって、忙しい。
まあ、自分の計画性のなさが原因の一部ではあるけれど。
昨日は年内最後となるかもしれない本屋への立ち寄り。
お目当ての本はなかった。
本屋に行って手ぶらで帰るのは気が引けるから、こういう時のための
「すぐには読むつもりはないけれど、いつか必ず読むはずの本」を
何冊か買った。 (゚▽゚*)
207
:
元文学青年の俺
:2025/12/27(土) 12:47:20
買わなかったけれども、アントニー・バークレーの『毒入りチョコレート事件』
が新訳で出ていた。これはそのうち買うであろう。
若い頃、読み始めて途中でやめてしまっていた。なぜだかはよくわからない。
ひょっとして訳が自分にあわなかったのかもしれない。だから、新訳で出ないかな
とずっと思っていた。
昔の借りを返すことができるような気分で、自分にとっては朗報である。
208
:
元文学青年の俺
:2025/12/27(土) 13:05:29
朗報と言えば、ジョルジュ・シムノンの『13の秘密』が創元推理文庫の
名著復刊フェアの一つとして出ていた。
これも懐かしい。確か中学生の時読んで、一篇がけっこう短い割に
(短編集である)質はなかなかのものだったので、感心した覚えがある。
有名なシムノンの作だけれど、メグレ警部シリーズではない。内容も本格
推理小説のカテゴリーのもの。
自分は今はミステリーをほとんど読まないけれども、もし本格推理小説の
短編集のベスト10を作成するとすれば、その中にこの短編集を入れたくなる。
たぶん、これもそのうち買って読み直すだろう。
209
:
元文学青年の俺
:2025/12/27(土) 13:12:50
純文学方面の朗報は、亜紀書房から片山敏彦訳の『リルケ詩集』が最近復刊したこと。
今はリルケ熱が冷めているが、将来必ず読むはずであるから、購入。
それと、若山牧水の全歌集が分厚い一冊本となって出ていた。
荷物が多くなるから、今回はパスしてしまったが。
210
:
名無しさん
:2025/12/28(日) 02:11:54
>>183
お久しぶりです。いい詩ですね。
「だからいまここにわたしはいて」
「ひかりのつぶつぶ」だったわたしと「いまここに」いるわたしが、「だから」の一言だけで結ばれているようにも読めて気持ちいいです。
この詩を読んで、田村隆一の「帰途」という詩の一部を思い出しました。
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
(「腐敗性物質」講談社文芸文庫より。手元に無いのでネットで拾ってきました)
「いくつことばをおぼえても かなしみはとまらない」ばかりか、言葉をおぼえたおかげで他者のかなしみにも深入りしてしまう。
男のため息のようなこの詩と比べると、谷川さんの詩における「わらいかけるの」という解決の仕方がとても健やかに感じました。
211
:
元文学青年の俺
:2025/12/29(月) 12:47:28
>>210
どうも、どうも。お久しぶりです。
正直言って、この詩は細部の意味がよくわからないんですけど、それにも
かかわらず、こちらの胸を打ちます。
詩は(広く言えば文学作品は)わからなくても感動できる。それが文学の功徳である。
自分は大抵の場合、よくわからなくても自分の心を打つんだからまあいいか、
という感じで済ませています。はは。
田村隆一ですか。自分はまだ読んだことがありません。いわゆる「戦後詩」は
自分にはかなり難しいと感じることが多いです。残念ながら。
「男のため息のような」という形容はなるほどです。そして、確かに田村氏と
谷川氏の詩は対蹠的ですね。
212
:
元文学青年の俺
:2025/12/29(月) 12:48:36
この田村氏の詩に興味を惹かれたので、ネット検索して全体を読んでみた。
そして、なるほど、これはなかなかいい詩だと感じた。
全部を引用しておく価値があると思う。
↓
213
:
元文学青年の俺
:2025/12/29(月) 12:49:31
--------------------------------------------------
[帰途]
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
--------------------------------------------------
214
:
元文学青年の俺
:2025/12/29(月) 12:51:43
すでに述べたように、自分はいわゆる「戦後詩」をその難解さのゆえに敬遠
してきた。田村隆一氏はその代表的な存在である。
けれども、この詩に感心したので、詩集を一冊読んでみようかという気になった。
この詩が足がかりを提供してくれたような案配である。
>>210
さん、そのきっかけを与えてくださってありがとう。
215
:
( ´・ω・`)
:2025/12/31(水) 15:12:44
今年は色々な作品を紹介して下さってありがとうございました。
良いお年をお迎えください。
216
:
元文学青年の俺
:2025/12/31(水) 22:32:21
どうも、どうも。
こちらも(´・ω・`)さんの斬新な文章表現に接することができて、楽しかったです。
217
:
元文学青年の俺
:2025/12/31(水) 22:33:28
さて、本年の最後の引用は、小林一茶の名句で締めくくろう。
--------------------------------------------------
うつくしや年暮きりし夜の空
(うつくしや としくれきりし よるのそら)
--------------------------------------------------
年もいよいよ押しせまった夜、ふと空を見上げると、星が澄み切った冬の
大気の中に冴え冴えと光っている。
218
:
元文学青年の俺
:2025/12/31(水) 22:35:26
さあ、どん兵衛のカップ鴨だしソバに、レンジであっためたサトウの切り餅
二つを入れて食するとしようか。 (゚▽゚*)
219
:
( ´・ω・`)
:2026/01/01(木) 01:59:28
今日はうっすらとオリオン座が見えました。
コンビニのお蕎麦を食べました。
本年もよろしくお願いいたします。m(_ _)m
(斬新と呼べるほどの文章を書いている自信はありませんので、自惚れませんよ。いや本当に)
220
:
元文学青年の俺
:2026/01/02(金) 12:33:40
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
221
:
元文学青年の俺
:2026/01/02(金) 12:34:45
>>219
>今日はうっすらとオリオン座が見えました。
星座に詳しいようで何よりです。
>斬新と呼べるほどの文章を書いている自信はありませんので、〜
こちらにとっては斬新です。そのまま突っ走ってください。 (゚▽゚*)
222
:
名無しさん
:2026/01/04(日) 04:15:12
>>214
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
全文引用して頂き、ありがとうございます。昔読んだときは「すこしキザだけど、格好いい詩」というふうに斜めから読むところもあったのですが、いま読むと、沁みます。
私は詩に詳しいわけでもなく(「戦後詩」という言葉も久しぶりに目にしました)、たまたま思い出したのが吉と出て良かったです。
俳句については、黙読する生徒になりきっていますので、あしからず。
223
:
元文学青年の俺
:2026/01/05(月) 12:01:12
>>222
どうも、どうも。こちらこそよろしく。
「すこしキザだけど」は、言われてみればなるほどそんな感じですね。
>「私は詩に詳しいわけでもなく」
自分も詳しいわけではありません。詩や短歌、俳句の作品数が多すぎるんです(笑)。
自分が知っているのはごくごく一部です。
>俳句については、黙読する生徒になりきっていますので〜
自分もあまりピンとこない書き込みについてはスルーさせてもらっています。
そんな感じでこれからもお互いぼちぼちいきましょう。
224
:
元文学青年の俺
:2026/01/05(月) 12:03:37
さて、年の初めと言えば、毎年、次の詩を思い浮かべる。
谷川俊太郎氏のもので、有名だからご存じの方も多いだろうけど。
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[年頭の誓い]
禁酒禁煙せぬことを誓う
いやな奴には悪口雑言を浴びせ
きれいな女にはふり返ることを誓う
笑うべき時に大口あけて笑うことを誓う
夕焼はぽかんと眺め
人だかりあればのぞきこみ
美談は泣きながら疑うことを誓う
天下国家を空論せぬこと
上手な詩を書くこと
アンケートには答えぬことを誓う
二台目のテレビを買わぬと誓う
宇宙船に乗りたがらぬと誓う
誓いを破って悔いぬことを誓う
よってくだんのごとし
--------------------------------------------------
225
:
元文学青年の俺
:2026/01/05(月) 12:13:18
谷川詩の中で大きな割合を占めるユーモラスな詩の一つ。
1972年(昭和47年)刊行の『谷川俊太郎詩集』(角川書店)に収録。
であるから、もう数十年前の作ということになる。
したがって、この中の
禁煙せぬことを誓う
二台目のテレビを買わぬと誓う
宇宙船に乗りたがらぬと誓う
などの詩行はもう昭和という時代を感じさせるものになったと言っていい
であろう。現在ならまた別の表現になるところであろう。
当時はタバコを吸うのはありふれた行為だったし、ほぼ全家庭にテレビが
普及した時代であった。そして、アメリカのアポロ宇宙船が初めて月面着陸に
成功したのがこのちょっと前の1969年であった。当時の子供たちは(いや、
大人も含めて)テレビに釘付けになって、その実況中継を見ていたのである。
226
:
元文学青年の俺
:2026/01/07(水) 13:00:54
それにしても、あっという間に正月らしさ、正月気分がなくなったな。
昔は1週間ぐらいは正月の雰囲気が続いたものだったが、今では3日程度
で終わる感じ。
227
:
元文学青年の俺
:2026/01/07(水) 13:01:53
>>209
の続き。
朗報と言えば、西村賢太氏の日記シリーズがすべて文庫本となって
角川文庫からでるらしい。これまでは一冊しか出てなかった。
ずっと後続を待っていたが、なかなか出ないので、アマゾンで古本の
単行本を注文しようか悩んでいたのだ。非常にうれしい。
228
:
元文学青年の俺
:2026/01/07(水) 13:03:51
特になんということもない日記であるが(何か深い意味でもあるだろうか)、
今日はソープランドに行った、相手はアタリだった、とか書いてある。
食べ物のことも記してある。
「こんな食生活で大丈夫なのか」と心配したが、やはり大丈夫ではなかったようだ。
西村賢太氏がやってるなら俺もいいか、などと思って、ある食べ物なり
飲み物なりを自分も買ってしまったりした。
あらためて食生活を見直さなければなるまい(笑)。
229
:
元文学青年の俺
:2026/01/09(金) 13:06:21
上に付け足し。
西村氏はカルピスサワー缶(いわゆる缶チューハイの一種)を時々飲んでいた。
アルコール度数は3%と低いが、甘ったるいから糖分はすごいだろう。
こういう甘めの酒も飲んでいたことはちょっと意外だった。
230
:
元文学青年の俺
:2026/01/09(金) 13:07:16
それにしても、食べ物は言葉で表現すると、実にうまそうに感じられる。
不思議である。
やはり言葉にはこくがあるということなのだろうか。
231
:
元文学青年の俺
:2026/01/10(土) 13:45:44
ちなみに、食べ物を扱った詩歌の中で自分の好きなのは以下の芭蕉の句。
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梅若菜鞠子の宿のとろゝ汁
(うめ わかな まりこのしゅくの とろろじる)
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とろろ汁を詠んで随一の句である。
もっとも、ほかにとろろ汁を詠んだ句は知らないけれど(笑)。
読んでよだれが出そうな感じである。
232
:
元文学青年の俺
:2026/01/10(土) 13:47:11
とにかく、この句は昔からいい句だなと思っていて、それで満足し、詳細に
ついては知らなかった。
今、蔵書にある山本健吉著『芭蕉全発句』(講談社学術文庫)で調べてみたら、
以下のように解説があった。
--------------------------------------------------
元禄四年正月、大津乙州邸で、商用で江戸へ下る乙州のための送別の席での
歌仙の発句。
(中略)
句意は、これからあなたが下って行く東海道の道中には、初春のこととて梅も
あり、若菜もあろう。あの鞠子の宿には名物のとろろ汁もあって、あなたを
楽しませてくれるであろう、というほどの意。旅立ちをことほぐ意味を籠めて、
道中の目や口を楽しませる初春の景物を並べ立て、言い立てているのである。
早春の東海道の景趣が眼に見えるようである。
(以下略)
--------------------------------------------------
233
:
元文学青年の俺
:2026/01/10(土) 13:48:08
なるほど。そういった背景があったのか。
鞠子の宿がととろ汁を名物としていたのも初めて知った。
しかし、すでに述べたように、文学は意味が詳細、確実にわからなくても
感動できるのである。
234
:
元文学青年の俺
:2026/01/12(月) 13:49:27
別のスレで印象に残ったセリフがあった。
もったいないので、こちらにコピーしておきます。
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918: ( ´・ω・`):2026/01/10(土) 19:42:09
言葉だけは何があっても懐に入れていける。
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235
:
元文学青年の俺
:2026/01/12(月) 13:50:44
ちなみに、このセリフを
言葉はどこにでも懐に入れていける。
と変えてみると、なにやらランボーの詩なんかに出てきそうである。
236
:
元文学青年の俺
:2026/01/12(月) 13:52:33
>>227
〜229の西村賢太氏の話題に付け足し。
西村賢太氏はタクシーで移動中、体調不良になり、病院に乗り付けられ、
ほどなく亡くなったと聞いている。
その最後の間際にはたして少しは意識があったのかどうか。
>>202
で、小林一茶の心境を推察して、
「俺は芭蕉を師と仰ぎ、芭蕉のたどったその道を自分も一心不乱に歩んできた。
俺の一生に悔いはない」との思いがあったのではないかと述べた。
一方、西村賢太氏は、藤澤清造を師と仰ぎ、頻繁にその菩提寺の墓に詣でていた
ことが日記でわかる。
そうすると、死の間際に、一茶と似たような、「俺は藤澤清造を師と仰いで、
それと同じ私小説の道を一心不乱に歩んできた。俺の一生はそれほど悪いもの
ではなかった」という思いが浮かんだかもしれない。
自分としてはそうであってほしいと切に願う。
237
:
元文学青年の俺
:2026/01/14(水) 12:58:51
上の書き込みに関連して。
ちなみに、石川啄木には次のような短歌がある。
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こころよく
我にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思ふ
--------------------------------------------------
西村賢太氏にとっては、「こころよく我にはたらく仕事」が藤沢清造流の
私小説であったと言えるであろう。それがあったことだけは、氏の難儀な
人生の中で幸いであった。
西村賢太、石川啄木のいずれも長くは生きられなかったけれども。
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