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「本流対策室/4」

1194復興G:2012/11/28(水) 15:57:10 ID:vWpLkCzM

>>1192のつづきです。 

 かつて昭和40年5月号の『理想世界』誌に、「『中(みなか)』への還元」と題して谷口雅春先生が書かれた御文章が出てきました。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 幕末の歌人、八田知紀(はった・とものり)は、この日本国が「中(みなか)」の本源に還元するとき、どんなに一時濁っているかのように見えていても、本来の姿に澄みかえることを次の如く歌っている。

  いくそたびかき濁すとも澄みかえる 水や皇国(すめくに)の姿なるらん

 現象を追いまわす知識や、従来の現象から蒐集(しゅうしゅう)した先入観念で、事件を処置していると必ず行きすぎや、やりぞこないが起こってきて混乱状態に陥るときがくるのである。それは常に「現在」には「過去」になかった要素を含んでいるからである。

 その混乱がきたとき、イザナギの神が「天津神(あまつかみ)」のところへ詣昇(まいのぼ)りて、「天津神」のみ心を聴きたもうたようにすれば、そこから実相本来の知恵がでてきて、混乱が収拾され、混乱と見えたものが、新たなる発展の契機となって、混乱以前の状態よりも、尚一層よい状態に移行することになるのである。(中略)

 「天津神」とは宇宙本源の太極であり、絶対無であり、一切現象の未だ出現せざる以前の「中(ちゅう)」であり、そこに還元することによって現象界の乱れや歪みが去るのである。

 その絶対無なる「中(みなか)」への還元の修業が、茶道といい、華道といい書道といい、剣道といい、武道といい、歌道といい、神想観というのである。

 すべての日本的芸術または作法が「道」になったのも、左右分化的な分裂病的籠手先(こてさき)の巧者を越えて絶対無の「中」への還元が日本的精神の姿であるからである。(中略)

 日本国は一時的にどんなに混乱することがあり、歪められることがあっても、「中」に還元することによって本来の美しい実相があらわれるのである。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

  (以上、昭和40年5月号の『理想世界』誌所載「『中(みなか)』への還元」と題する谷口雅春先生の御文章より)

 生長の家の運動も、絶対無なる「中(みなか)」に還元することによって、対立は消え、本来の大調和の美しい実相があらわれると信じます。

 しかしながら、現象界は影の世界、映像の世界でありますが、実相の完全なすがたがまだ完全には現れていない。その不完全なすがたが肉眼には「あり」と見えますから、それを攻撃して破壊しようとする。

 私も今、反省しています。
>>1172で、
>>そのくらいの道理が、総裁はおわかりにならないのかと思うと、まことに残念で、情けなく思います。<<

 などと、偉そうな物言いをしていました。これは、暴走でした。これは、

≪あなたは、自分の判断を他に対して押しつけようとは思わないのである。他の人が自分の判断と異なる判断をしている場合に、その判断が間違っていると思う場合には“論争”することなく、「彼は神の子であり、神の智慧に充たされていて正しい判断をすることができるのである」と祈ってあげるがよいのである。論争は反感を生むのみであるが、祈りは相手を平静に導き、自然に正しき判断を彼もできるようになるのである。≫

 という谷口雅春先生のお教え(>>1188)に反していました。お詫びを申し上げます。

<つづく>


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