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聖典引用 板
1223
:
a hope
:2012/09/03(月) 08:11:33 ID:r8H4x9xE
SAKURAさま
>>1214
>>1220
と謹写してくださっているのは、
藤原敏之先生の「あなたは必ず救われる」のご文章ですね!
この藤原先生のご著書はわたしも拝読しました。
信じられないような「生長の家の愛の奇蹟」がたくさん紹介されていてとても驚きました。
わたしが、強く赤線を引いてある箇所を紹介させていただきます。
藤原敏之先生の「あなたは必ず救われる」 P233 後ろから4行目〜
―――――――――――――――――
……一人の神の子を自覚した人の真心と愛行によって、このようなすばらしい成果を生むことができるということを、眼のあたりに見せていただくことが出来たのであります。
知った力には限界がありますが、信じた力は全く無限であります。昔から「信は力なり」といわれるのもそのためであります。理解だけでは力の一番の根源につながっておらないのであります。すべての徳も力もどこから来るかと申しますと、神(絶対者)からくるのでありますから、そこにつながり、そこに発したものが本物なのであります。その発見と自覚が信なのであります。信とは自と他がなくなる事であり、自他が一つになることであります。その一つになった状態を信と言うのでありますから、信は無限であり絶対であります。相対の信は、形は信のようでも力とはならないのであります。何かに頼ろうとする心は、ますます自信を失うばかりで無力信仰となるのであります。正信と迷信の区別は何によって区別するかと申しますと、正信とは自信であり、名信とは依頼心のことであります。何かに頼れと教える宗教は明らかに迷信なのであります。自分自身の中の神を観、神を発見する以外に本当に救われる道はないのであります。
(つづく)
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