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本のブログ(2013年から新規)

1korou:2012/12/31(月) 18:30:01
前の「本」スレッドが
書き込み数1000に近づいて、書き込み不可になる見込みなので
2013年から新規スレッドとします。
(前スレッドの検索が直接使えないのは痛いですが仕方ない)

130korou:2014/07/30(水) 10:56:19
横山悠太「吾輩ハ猫ニナル」(講談社)を読了。

途中駆け足で読み進んだ部分もあって、全部精読というわけではないのだが
まあ、大筋は読めたと思うので「読了」ということで。

岡山出身の作家で芥川賞候補にもなったということから
なんとなく読み始めたのだが
非常に端正な文章で
この文体でそのままメタ文学の世界に突入するわけだから
読後の印象は人によって全然違ってくることは容易に予想される。
最も多いと思われるのは「なんじゃ、これ」という批判、無理解。
メタ文学は、文学の世界をある程度信じていないと成立しないわけだから
現代の多くの読者には成立し難い作品世界となる。
ただし、主な題材が漱石なので、漱石へのオマージュのようにも読み取れ
その場合は何となくわかったような気にさせる作品にも読める。

でも、この作品をもっとも評価できる人は
メタというジャンルを面白がれる人たちであり
東浩紀が早々と批評を書いたというのも頷けるし
芥川賞選考会で即落選となったのも納得である。

これこそ、分かる人には分かり、分からない人には分からない文学である。
作者は、この方向で書き進むのであれば
さらにメタの手法に磨きをかけなければならないが
残念ながら、この作品を読む限り
メタは偶然の手法で、作者の生き様から自然に出てきた程度と思える。
その意味でも評価のしにくい作品であることは間違いない。

131korou:2014/08/10(日) 12:34:01
(実は7月に読んだ本を2冊)
①海老沢泰久「ヴェテラン」(文春文庫)を読了。
書架整理で廃棄決定した本のなかで
これはと思うものを個人的に確保して読んでいるのだが、その1冊。
読むに足る日本プロ野球の本として有名だが
きちんと通して読んだのは初めてだった。
この本の直前に読んだジャイアンツの本と同様
文章にはクセがあり、思い込みも強い。
ただし人物のチョイスが優れていて
特に高橋(慶)などは、この視点で書くことによって
新しい人物像を提供できているように思える。
西本、牛島あたりは、既知のイメージそのままなのだが
それでも、イメージ以上に具体的に詳しく書かれた文章は稀有である。
つまり、日本のスポーツマスコミが、いかに勝者、成功者ばかり追っているのかが
逆説的に分かる本でもあるのだ。

②小栗左多里・トニーラズロ「ダーリンは外国人 ベルリンにお引越し」(メディアファクトリー)を読了。
これは人気シリーズの最新刊。
特にコメントするほどでもないが
こういう内容になってしまうと、本来シリーズが持っていた魅力が薄れてしまうことにもなる。
以前より、読み進めにくかったのも事実である。
難しいかもしれないが、外国の習慣を紹介しつつも
そこに日本文化を対比させて、その習慣を相対的に評価する作業が必要ではないかと思うのだが
そうなると、普通の主婦レベルの感性では難しいことになり
それはこのシリーズの魅力と衝突することにもなるわけだ。
企画自体が難しすぎるともいえる。

132korou:2014/08/10(日) 13:16:23
田崎健太「球童」(講談社)を読了。

伊良部秀輝の伝記である。
冒頭に著者と伊良部本人との対話のシーンが描かれている。
そのわずかな接触だけで
伊良部の本質を見抜いた著者の感性は大したもので
その後の記述に期待を抱いたのだが
読み進めるにつれ
著者が実際に取材した人たちのそれぞれの言い分をまとめただけの本であることが判明し
失望感も大きかった。
たしかに、なかなかここまで根気よく関係者を探して取材することは容易ではなく
その意味で一次資料としては価値のある本だとは思うが
優れたノンフィクションには不可欠である”真実を多く含んだ全体像の提示”という面においては
何も語られなかった本となった。

交渉がパドレスからヤンキースへ移るあたりの過程は
さすがに豊富な取材源のおかげで、今後このことを語る上で
決定版となる記述になっているように思う。
実際、この件に関して、ロッテの重光オーナーなどに取材したところで
何も真実は語れないだろうと思うので
取材していないことにそれほど致命的なミスは感じられない。
つまり、これはこれでベストだ。
しかし、広岡GMとの確執は、この程度の取材では何も分からないだろう。
この件については、いつも広岡が悪者として描かれるが
広岡にも、あれだけの功績をそれまでに残してきた人である以上
言い分はあるはずである。
広岡による伊良部へのコメントをなぜ入れなかったのか。
ノンフィクションの構成として大きく疑問の残る点である。
伊良部サイドの人間ばかり取材しても、それは事実の一面しか語ったことにしかならない。
それを分かっていて、なぜそうしたのか?私には分からない。

一次資料として貴重、ノンフィクションとして不十分、そういう本である。

133korou:2014/08/11(月) 20:33:52
さて、夏休み野球本読書週間、絶賛遂行中・・・ということで
野村克也「プロ野球重大事件」(角川ONEテーマ21)、
松永多佳倫「マウンドに散った天才投手」(河出書房新社)の2冊を読了。
(福島良一「日本人メジャーリーガー成功の法則」(双葉新書)は、あまりにも初歩的記述ばかりなので、折角図書館から借りたけどパス)

野村本は、典型的な野村本だった。
最初のうちは古い有名な事件を野村流に解釈して、まあまあ読ませるが
だんだんと野村個人の趣味が強くなり過ぎて記述が散漫になり
最終的には、野球好きなオッサンのうんちく話を聞かされた感が強い本で終わった。
良い本もあるのだが、あまりにも短期間で同じようなものを書き過ぎである。
野村本人の良心でもあるのだろうが、こういうのを読まされると
落合の寡黙も、また真実かなと再認識させられる。
まあ、基本的には野村のほうが正しいのだろうとは思うけど。

松永さんの本は、興味本位で借りたものの、文章がパサパサしていて
その割には重たい話題を取り上げているので、読後感が良くなかった。
伊藤智仁なんかは、映像で見る限りもう少し明るい、強い人だと思うが
この人の文章にかかると結構重く感じる。
他の人も同様だろうと連想してしまうのだが
その点、最後の盛田幸妃の底抜けの明るさは、唯一の救いとなった。
こういうのは、7人もいっぺんに扱わず、特定の1人を徹底的に取材すべきだろうと思う。
かけがえのない人生は、連作で扱うには重たすぎるはずだから。

134korou:2014/08/13(水) 11:18:06
村瀬秀信「4522敗の記録 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」(双葉社)を読了。

302ページの中にぎっしりと詰め込まれた選手たちの言葉が興味を引く本。
饒舌で、(ファンならではということではあるけれど)感傷的すぎる文章には辟易させられたが
その中にこれでもかこれでもかと挟み込まれた選手たちの言葉は
著者が優れたインタビュアーなのか
実感が込もっていて印象的である。
ホエールズの球団史でもあることを謳っている割には
大洋時代の記述が相対的にみて少なすぎるのが不満ではある。
まあ、ベイスターズ球団史と思えば、全然不満はないのだが。
記述は1998年の優勝までの徐々にまとまっていった過程の部分と
そこから先の混迷していく部分とに大きく分かれ
そういう極端な局面を、多くの選手が体験してしまったことが
この本の素材として大きく貢献している。
著者は、饒舌さと感傷の欠点を隠そうともせず
むしろ、それを”横浜愛”として表現しつつ
両極端なプロ野球の世界を、同じ球団の同時代体験として描いてみせた。

プロ野球にちょっとでも詳しい人なら、十分楽しめる本だと思う。
組織論としても秀逸かもしれない(駒田と谷繁の見解が正反対なので面白かったりする。生え抜きの人間と外部の人間の対比について)

135korou:2014/08/14(木) 17:37:49
衣笠貞之助「わが映画の青春」(中公新書)を読了。

1977年の中公新書ということで、今は入手不可能に近い本である(幸い職場の図書館の蔵書にあった)。
まあまあの期待感で読み始めたのだが
その期待感というのが、実のところ女形としての演技論だったにもかかわらず
そのことは全く記述がないのだが、別の意味で非常に面白い本だった。
テレビの揺籃期のことを書いた本が面白いのと同じ意味で
これは日本映画の創始期のことを書いた本として貴重であると同時に
実に面白い。
出てくる人たちも、それほどトリヴィア趣味のない著者とはいえ
さすがに今となっては映画史マニアでないと知らないような人たちばかり。
のっけから杉山茂丸が撮影所の所長を決めていた、とかいう記述があったりするから、それはもう。

謎めいた経歴だと思っていたのだが
こうして時代背景とか経緯を詳しく知ると
それほど不思議でもなく、むしろ映画界の王道を歩んだ人ではないかと思えてくる。
エイゼンシュテインなどの対面とか、ドイツでの堂々とした振る舞い(全然観光気分のない職人っぽい旅の軌跡!)など
ちょっとした内容がすべて面白くて、実に楽しい読書だった。

とはいえ、これはどうみてもマニア向きだ。
廃棄する年代の本なんだが、困ったなあ、どうしよう。

136korou:2014/08/16(土) 22:18:17
村岡恵理「アンのゆりかご」(新潮文庫)を読了。

NHKの朝ドラの原作として、今人気の本である。
実際、読み始めてみて、全く抵抗なくサクサク読める。
決して簡単なことばかり書いているわけではないのに
この読みやすさと分かりやすさは大したものだと思う。
もっとも、祖母のことを孫が書くという制約もあって
際立った主張は控えられており
その意味では教科書的な叙述に止まるわけで
日本近現代史に生きる人物の伝記としては
深い地点に到達することを意識して拒んでいる本とも言える。

とはいうものの、素材である村岡花子という人の社交的な性格もあって
彼女に関係して取り上げられる人物の多彩さは
その掘り下げの制約を十分に補っているといえる。
数多くかつ十分な人物関連の注釈も良心的だし
この本について、執筆面での不足を指摘することは難しい。

ただし、何かが決定的に足りないことも事実である。
それは村岡花子自体の人生の物足りなさにも通じるのだが
どうやら昭和史に登場する人物にはもっと波乱と挫折が必要なのかもしれないのかな?
大正時代のシンプルな世界観を通してみれば、結構これは満ち足りた世界なのかもしれないのだが。

ともあれ、良書であることは間違いなく、安心して人にオススメできる本である。

137korou:2014/08/19(火) 22:02:07
内田樹「街場の共同体論」(潮出版社)を読了。

この本の存在については知ってはいたものの
さすがに同工異曲ではないかと懸念し保留していたところ
某女史が熱っぽく推薦しているのを見て
改めて購入し、読み始めることに。

しかし、書いてあることは、やはり同工異曲の印象が強く
途中で断念。
ただし、読みやすく、読み間違えの恐れがない安心感が捨てがたく
いずれ全部読もうと思っていた。
そして、今日になってやっと再読。そこからは一気で読み終えた。

最終章の「弟子という生き方」だけは
今という時代をうまくすくい上げて
「下流志向」で展開した時代認識の
その次のイメージが発酵されつつあるのを感じた。
ツィッターをこんな風に定義した人は初めてである。
それだけでも面白いが、それ以外でも知的イメージを刺激する叙述が
てんこもりである。
この章だけでも、この本を読む価値はあるだろう。
さすがウチダ先生、降参です。
ただの同工異曲ではありませんでした。

138korou:2014/08/21(木) 15:22:40
岸見一郎・古賀史健「嫌われる勇気」(ダイヤモンド社)を読了。

久々にこういう本を読み切った。
「14歳からの哲学」のような本を何冊か読みかけて
そのたびに、思考訓練を怠っている最近の自分には
こういう類の本は辛すぎて読み切れない、という結論めいたものを感じていたのだが
この本は、そうではなかった。

内容はアドラー心理学入門ということで
いわゆる「因果律の否定」「他者の課題の切り離し」「いまを生きる」というキーワードで
対話編が進められていくというものだが
なかなか、この対話形式の叙述が面白くて読み進めることができた。

この本のなかにも書いてあったが
それまでの人生の半分の期間を費やさないと
こうした新しい考え方を身につけることは難しいらしい。
となると、あと30年弱か・・・死んでるなあ、多分(笑)
まあ、共感できる部分も多いので
あと10数年と考えて、いろいろ考えながら生きていこう。
そんなことを思わせる良書だった。

139korou:2014/08/27(水) 16:15:33
テスト

140korou:2014/08/30(土) 11:48:00
ロバート・K・フィッツ「大戦前夜のベーブ・ルース」(原書房)を読了(県立図書館)。

昭和9年にルースらが来日して行われた日米野球の様子を
当時の日本の世相と絡めて、かなり詳しく記述したノンフィクション。
米国人がそういう題材で書いているのがこの本のミソで
当時の日本の右翼勢力の動きを、外国人が書くとこうなるのかという点は
確かに興味深いものがあった。
しかし、この日米野球との関連でいえば
せいぜい正力を襲った事件くらいで
野球と絡めて、これだけのボリュームを書き切るのはムリがあった。
副題に「野球と戦争と暗殺者」とあるが、少なくとも「暗殺者」をこの題材で絡めて書くという発想は
残念ながら企画の時点で強引だったと言わざるを得ない。
さらに、その後の日米戦争と絡めて書いているのも強引と言えば強引だが
これは本編の事後談という位置づけで書かれているので
そのつもりで読めばそれはそれで納得もできる。
しかし、いい気分で野球の話を読み進めていると、突然日本の右翼の歴史の話が挿入され
それがさして大きな展開にならないまま、再び野球の話に戻るという流れは
読んでいていかにも不自然だった。

もっとも、この本の価値は、実に詳しい試合そのものの描写であり
これは、かつて読んだ読売東京軍の米国遠征記と同様
野球の記録として、それだけで価値がある。
沢村栄治が、一般には好投した静岡だけ語られているのだが
実はその他の試合でも多く登板し、ほとんどめった打ちに遭っていることなどは
こういう本でないと分からない。
ジミー・フォックスの来日直前の致命的な死球のエピソードも
今回初めて知った話で興味深い。
そういうところに価値のある本であり、実際、その価値だけで十分な本とも言えるのである。

141korou:2014/09/03(水) 21:52:00
地図十行路「お近くの奇譚」(メディアワークス文庫)を読了。

偶然にも、作者にお会いし
その縁で読み進めることになった。
設定にひねりが効いていて
情景描写、心理描写も丁寧なのだが
肝心の話そのものが面白くない(微温的すぎる)
好ましいとは思うものの、読み進めるのは結構しんどかった。
事情があって読了必至だったので、かなりムリして読み進めたわけである。

もっとも、その反省が作者の脳裡にあれば
次回作で大きな飛躍も期待できるし
そうなれば、この設定でこの文章力であれば
かなり面白い読み物になること間違いないだろう。
今は人を選ぶが、期待も十分という作風である。

142korou:2014/09/04(木) 21:32:36
東野圭吾「マスカレード・イブ」(集英社文庫)を読了。

最初の短編を読み終えて、やや味の薄さを感じて、それ以上読むのをやめにした。
しかし、また思い直して、2作目以降を読み進め、そこから後は一気だった。
短編の場合、どうしてもトリックがネタ切れの印象を受けるのは
現代ミステリーでは避けられないことだろう。
どんなトリックでもすでに書かれていたり、あるいは単純化し過ぎたり。
東野圭吾でもその傾向は避けられない。

しかし、一度リズムをつかんでしまうと、結構読み進めてしまう。
さすがにムダがなく、不自然な描写もなく、抵抗なく話の筋を追うことができる。
そんな至芸を見せてもらった短編集だった。
キャラがしつこくなく、それでいてしっかりと伝わってくるあたり
なかなか真似ができない作風である。

短編でもイケるなあと思えた作品。

143korou:2014/09/06(土) 21:56:28
海老沢泰久「ただ栄光のために 堀内恒夫物語」(文春文庫)を読了。

相変わらずの海老沢節で、一度そのリズムに乗ると止められない、とまらない・・文章である。
題材は天才肌の堀内ということで、海老沢さんの筆致があまり効果を生まないのだが
それでも、往年の堀内の無敵ぶりを余すところなく描写できていて
ノスタルジーの面からも過不足なく文句なしだ、

ただし、やはり取材対象への過度な感情移入のせいか
晩年の不調時の時期を描いたときに
あまりにも長嶋の監督としての無能ぶりを描きすぎ
堀内にひいき目な描写を行ってしまうのは、この人の性なのか。
ノンフィクションとして致命的な欠陥である。
この時代はこういうのでも通用したのだろうけど
21世紀のネット全盛時代に
こういう素人でもツッコミどころ満載の文章は受け入れられないだろう。
素材そのものもまさに「昭和」だが
文章もかつての良き時代そのままである。

世代を選ぶ好著。
若い人にはちょっと・・・・

144korou:2014/09/18(木) 09:40:18
七月隆文「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」(宝島社文庫)を読了。

こんな一気読みは何時以来だろう?
同じタイムトラベル物の「タイム・リープ」で感じた軽やかさとドキドキ感を
久々に味わった。
面白くて、文章が適切かつ簡潔で、仕掛けを知りたくてワクワクし
想像通りの仕掛けだったのに、その仕掛けがもたらすすべての感情までは想像の域を超え
その結果、ちょっとした描写にさえ涙腺を刺激され
時として、読み進められず号泣状態にもなるという、まさに至福の読書体験だった。

たしかに友だちとか実家の親とかは掘り下げが浅かったと思う。
愛し合う二人しか、この世には居ないような世界。
まさに「セカイ系」の小説なのだが
ある意味、そういう浅い掘り下げが、逆に「セカイ」の深さを印象づけているとも思える。
それは作者の計算ではなく、無意識の展開だろうと思う。
ほかにも、この作者にとって、この作品はとてもラッキーなめぐりあわせで生まれたのではないか
と思えるふしがあるのだが
そうした無意識の部分に意図せざる迫力とか美しさも秘められていて
こういう感覚は「三日間の幸福」以来、そして今までの読書体験で二度目である。

昨年は「三日間の幸福」、今年は「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」、
この2作品は本当に素晴らしい、「神」だ。
言葉で礼賛すればするほど、この高揚した気分、最高の気分から遠ざかっていくのが分かる。
もう言葉はいらない。
礼賛の言葉は止めよう。

145korou:2014/09/20(土) 21:06:38
東浩紀「弱いつながり」(幻冬舎)を読了。

著者の本としては画期的なくらい平易で分かりやすく書かれている。
基本的には、ネットが中心の生活になっている人への
新たな飛躍の方法を説いている本ということで
ネットが中心でない人には、あまり意味がないのだが
そもそも著者の本を手に取るような人は
ほぼネット中心の人だろうから、そのあたりは辻褄が合っている
(もっとも売れている本なので、なかには東浩紀のことを知らない人も
 ついつい手に取ってしまった可能性はあるのだが)

記号としてのネット情報の曖昧さ、自己完結性に警告を与え
その記号にノイズを与えることで、新しい展開を図る
ある意味人生啓発の書とも言える。
書いてある内容は、本当に平明で、しかも100ページちょっとで
1ページわずか14行で、かつ活字は大きいというかなりの「薄さ」なのに
そこそこ深い内容を読んだ感が残るのは、この本の効用かもしれない。
その一方で、記号論の延長にあるその叙述は
やはり感覚的なものに止まっているようでもあり
そこから脱出しようというこの著作のメッセージとは矛盾するが
全く脱出したイメージを掻き立てられない読後感の薄い本にもなっている。
深い内容を読んだ満足感と、それにしては具体的な要約も難しい読後感とが同居する。
これは最近の「好著」でよく体験する感覚である。

悪いところなど何もないけど、なぜかオススメしにくい「好著」。

146korou:2014/09/21(日) 20:36:32
小沢征爾×村上春樹「小沢征爾さんと、音楽について話をする」(新潮文庫)を読了。

文庫本で450ページを超えるロング対談集で
最初は面白いところだけつまみ食いするだけで終ろうかと思っていたが
途中から全部読み進めることに変更した。
やはり、特別な存在の2人がクラシック音楽について語り合うさまは
つまみ食いでは済まされなかったというべきか。

ブラームスの音符のつなげ方、マーラーの音楽への小沢の優れた洞察など
読みどころは多い。
ハルキさんの音楽への深い造詣にも驚かされ、これはかなわないと脱帽する思いだった。

クラシック音楽ファンで、春樹ファンであれば、必読の書と言えよう。
そうでない人にはどうなのか見当もつかないけど。

147korou:2014/09/23(火) 18:11:49
大崎梢「忘れ物が届きます」(光文社)を読了。

短編集。最初の物語の冒頭の部分が読みやすくて、ついつい読み進めていくのだが
ダラダラとした読書にもなり、読み通すのに意外なほど時間がかかってしまった。
読後感も実に複雑で、面白いか面白くないかと言われれば
適度に面白いのだが
この短編集のキモである「忘れ物」の内容がイマイチつかみづらく
(要するに、話の内容が全部把握できず、本当の意味でのストーリーがいまだに理解できていない自分・・・)
その面白さを人に伝えることができないというもどかしさが残る。
話の内容が分からないのに、文章は明快で的確で、いかにも小説を読んでいるという感じがする点で
角田光代さんの小説にも通じるものがある。
この小説に関していえば、角田さんより、話そのものに不気味さがあって
より多くの読者を獲得してもおかしくないのだが
それにしても、最初の短編「沙羅の実」のトリックを皆理解して書評しているのが
そのあたりが分からずじまいの自分には悔しく、なんで多くの読者が満足しているのか不思議でたまらない。

全体としてオススメするに足る見事な短編集なのだが
上記のような読後感なので、自分としてはなんともはや・・・・

148korou:2014/10/01(水) 14:02:38
佐々木俊尚「自分でつくるセーフティネット」(大和書房)を読了。

あまり期待もせず読み始めたが、非常に読みやすく書かれているので
ついつい最後まで読んでしまった。
書いてあることに、予想外なことは全くなく
極めて常識的だが
きれいにまとめているので、頭の整理にはもってこいの本だと思う。

ただし、佐々木さんの推奨する生き方では不可欠なツールと思われるフェイスブックなどでも
やはり負の面はあるはずで
そのあたりの説明が不十分なようにも思える。
この本を読んで、じゃあフェイスブックでも始めるか、と思うかどうか
そこのあたりは微妙ではあるが
ただし、そういう気分に新しい根拠を与えるだけの力は感じた。

公務員である自分は、まだ昭和の高度成長期の象徴である「箱」のなかで暮らしている。
ここに書かれていることは、少なくとも現在の自分には”他人事”としか思えないが
かといって全く直感できないということでもない。
こういう切り口も当然あるだろうという納得はある。
ただ、それが自分自身の環境のせいで、実感がこもらないだけである。

民間人が読めば、もっと共感なり反発なりの意見が出るのだろうか?

149korou:2014/10/08(水) 12:13:33
薬丸岳「天使のナイフ」(講談社文庫)を読了。

最初はゆったりとした展開で、若干疑問が残る描写もあったため
スローペースの読み始めではあったが
次第次第に面白みが出始め
後半はほぼ一気読み状態となった。
これだけ様々な欠陥、記述不足などがありながら
それらを上回る抜群の筆力には驚かされた。
これだけの迫力を持つ作品が
新人賞応募作として届いたら
満場一致で受賞になるのは当然だろう。

少年法について、とことん被害者側のサイドから描き切った小説である。
ゆえに、人権を尊ぶ加害者側の論理の叙述には
若干の偏見が見られ
それが主人公の考えとしてではなく、作者の思想として感じられる点に
この作品の迫力があり、同時に限界を思わせる。
しかし、優れた作者なら、その考えを深めていくことも期待できるのであり
その意味で
この作品で示された方向の先に何があるのか
知りたい気もする。
そういう「起点」としてなら
この小説には難癖などつけようがない。

とりあえず、「起点」として万人にオススメできる作品である。

150korou:2014/10/14(火) 16:21:28
萬田緑平「穏やかな死に医療はいらない」(朝日新書)を読了。

いつかこういう本を熟読してみたいと思っていて
ちょうどこの本に巡り合い、ゆっくりゆったりと読んでみた。
やはり、こういう”穏やかな死”こそ人間らしい死に方だと痛感した。

問題は、自分の身辺にこういう施設、医師が見当たらないことだ。
で、仕方なく、ありきたりの病院でありきたりの治療を受け
苦しみながら、病院という閉鎖された空間の中で惨めに死んでいくのだ。
早く、こういう優れた医師に出会い、気持ちよく死んでいきたいものだと熱望する。

治らない薬で副作用で苦しむのがガン治療の通例というのはおかしい。
この本を読んでもその疑問は解けなかった。
僕は絶対に拒否する。
痛み止めだけもらって、上手く痩せていって、まあ最後の1週間だけは
誰かの世話になって死んでいきたい。

とにかく、こんな風に自分の死に方をいろいろを考えさせてくれる本だった。
そういう思索が必要な人には、ぴったりの本である。
若い人には、何のことやらということになるだろうけど。

151korou:2014/10/15(水) 22:32:08
伊坂幸太郎「アイネクライネナハトムジーク」(幻冬舎)を読了。

最初の短編が面白く、しかし次の短編を読みかけて、日常描写の空しさを感じて中途断念。
しかし、面白いぞというアマゾンなどの書評を見て、再度挑戦。
今度は一気読みとなる。

こうしてみると、自分の好みとは程遠い作家であることが分かる。
しかし、好みとは違う作風で、これほど読ませる作家は、ちょっと他に思いつかない。
表面的な作風は、特に今回のような日常を描いた作品の場合、村上春樹を想起させるものがあるのだが
ハルキさんと違って、その描写の奥深くに潜むものが何もない(これは以前別の小説の書評で書いた)。
だから、それを読む必然性に乏しく、悪く言えば時間つぶしをしているようなムダっぽさを感じてしまうわけだ。

しかし、いったん時間つぶしと決めてしまえば
随所に見られる個性的で面白い表現、会話、ストーリーに魅惑され
いつのまにか一気読みということにもなる。
これが、日常の描写でない場合は、そこまでのめりこめないので
なかなか読破が難しいわけだが。

というわけで、伊坂ファンは満足、これから伊坂ファンになる人にもイチオシの作品。
でも、僕には、保留つきで一気読みという複雑なテイスト。

152korou:2014/10/20(月) 18:51:01
湊かなえ「物語のおわり」(朝日新聞出版)を読了。

まずまずの雰囲気で第一話が展開され、そのまま第二話に突入。
完全に別々の短編ではなく、相互に関連した内容の短編集ということが判明し
またこれかよ、といささかうんざりもしたが(最近多すぎる、この形式)
そのまま読み進めるが、さすがに第4話あたりで飽きてしまう。

アマゾンの書評を見て、また読み直す気になるが
それでも第6話あたりで、ちょっと長すぎるのではないかと再びうんざりする。
最近の湊さんの作品は、緻密で丁寧なのはいいのだが
時に、その内容でその長さはないだろうと思えるほど、ダラダラした描写が見られるのだが
この作品もその傾向が見られた。

全部読み終わってみて、まずまずの読後感で、決して悪くはない。
うんざりしまくりとはいえ、最後まで読み進めたのだから、それはそれでレベルの高さを維持しているという見方もできる。
ただし、皆にオススメできるのかどうかといえば難しいところで
読者を選ぶ小説であることは間違いない。
かつての「告白」のような作風なら皆驚き、思わず手に取ってみたくなるだろうが
この作風ではその頃のような膨大な読者を獲得することは難しいだろう。

ちょっと長いなという難点はあるものの
私には向いている内容で、小説のたくらみを十分堪能できて満足感はある。
”選ばれた読者”の一人としてなら、そういう感想を書くことができる。

153korou:2014/10/26(日) 17:05:43
早坂吝「○○○○○○○○殺人事件」(講談社ノベルス)を読了。

メフィスト賞受賞作ということ、題名が奇抜なこと、読者への挑戦状などの仕掛けが面白そうなこと、など
読んでみたい感満載だったので
やや小さい活字で読了が辛いのを覚悟で読み通し、たった今読了。

何というか、凄くまっとうなミステリーのテイストと
読者をメタの世界に連れていったり、バカミスの世界へ連れ込んだりする気まぐれなテイストが
全く無秩序のまま放り込まれている、ある意味乱暴かつ下品な作品だった。
この作品の根本のトリック自体が想像を絶するというか、あり得ない想定かつ「下品」で
さらに、真犯人へたどり着く過程が「猛烈に下品」で「あり得ない想定」すぎて
やはり全体としては荒唐無稽なバカミスという印象は強い。
しかし、ミステリーオタクのような作風とか
全体を通して感じられる「意欲」など
最近の新人賞受賞者には珍しい資質も感じられるので
単なるバカミスと片付けることはできない。
次作で、また違う作風でこの程度のクオリティのものを書くことができるなら
新しいタイプの大物新人作家の登場と断定してもOKだろう。

次作が待たれる作家。
今作は人を選ぶ奇抜かつ下品なネタの異色作ということで決まり。

154korou:2014/10/28(火) 21:16:38
桜井信一「下剋上受験」(産経新聞出版)を読了。

今までにあまり読んだことのない類の本だった。
しかもクオリティが高く、面白く、感動もし、最後には涙さえ出た。
ということで、感想を的確に記述することは困難を極める。
どういう言葉が適切なのかさえよく分からない。

とにかく、徹底して父親愛に満ちた本である。
アマゾン書評で見事に指摘している人がいたが
この父親は通常のイメージで言う「中卒」ではなく
発想が常識の上に立った上での素晴らしいものがあって
しかもいろいろな困難への対処が的確で、ある程度の資産家であるようだ。
何か人生のスタートで激しい学歴差別に遭って
それを乗り越えて今まで生きてきたのだが、だんだんと行き詰まりを覚えてきた頃合いに
ふとわが娘の将来を考える瞬間が訪れ、一念発起して、その学歴への思いを爆発させたというのが
実際のところかもしれない。
それにしても、この父親愛は尋常ではない。
自分も一人娘の父親であるが、ここまで徹底して「愛」を貫けない。

話が本当かウソかなど些末なことであって
仮にフィクションであっても、この本は人を感動させる力を持っている。
そして本当にノンフィクションであることが明らかになれば
さらにその感動は深いものになるだろう。
2019年以降の大学受験話が楽しみである。
いやあ、それにしても凄い。
(一応ノンフィクションと認定したとして)これはノンフィクションとして今年最高の出来である。

155korou:2014/11/03(月) 22:26:55
恒川光太郎「スタープレイヤー」(KADOKAWA)を読了。

恒川さんの本は、だんだんと自分の苦手なファンタジーの世界になっていっているので
このところ敬遠していたのだが
この本は、ファンタジーの根本部分が「10の願い」というシンプルな規則に統一されているようなので
思い切って読み始めてみた。

相変わらず描写が薄く、リアルな感じがして来ない作風で
それでいてなぜか印象に残る仕掛けや場面が満載で
頭の中のふだん使っていない部分が
一気に刺激されていくような感覚は
さすがに恒川ワールドと思わざるを得なかった。
最後のほうは国家の命運を握る「願い」の話になっていったので
その分、どうしても現実の政治世界がイメージとしてオーバーラップされ
薄い描写の「薄さ」が気になってしまったものの
全体として、迫真力のなさが素晴らしい効果を生む独特の作風で一貫していて
読んでいて気持ち良ささえ感じられた。

続編があるようだが、この作風で大長編というのは結構大変だと思う。
どこかで作品の中の時間の経過のせいで
「現実の歴史」の時間の経過を類推させてしまうので
その分、夢のなかで酔うような読書体験が薄れてしまうからだ。
恒川さんが、そういう見当違いな読みをする読者のことを
どの程度慮って書き切るつもりなのか
そのあたりが楽しみでもあり、不安でもある。

この作品に限れば、ファンタジー苦手な人を、なんとかファンタジーに取り込めるだけの力は
あったと言えるだろう。

156korou:2014/11/07(金) 17:22:07
春日太一「なぜ時代劇は滅びるのか」(新潮新書)を読了。

時代劇への愛にあふれた本である。
そして、ここで指摘されている諸々のことは
おおむね首肯できることであるが
読後感がそれほど良くないのは
やはり「滅びる」ものについて書かれた本だからだろうか。

自分としては、テレビ時代劇のいかにもウソくさい所作に
10代の頃に触れたからであった。
その意味で、その頃の時代劇をいくらか肯定的にとらえる著者とは
やはり世代的なギャップを感じるのだが
そういう微調整部分を除けば、言っていることはよくわかる。

また、人間を複雑にとらえる最近の民放の時代劇と
逆にシンプルに明るくとらえる最近のNHKの大河ドラマへの
愛憎相俟っての批判部分では
言っていることが相矛盾しているのだが
これも、おおむね言いたいことは伝わってくる。

てっとり早く今の時代劇、ひいてはテレビ・映画界の企画・製作姿勢の傾向を知りたいときには
これほど便利で読みやすい本はない。
ただし、時代劇の歴史ということになると
正史としてまた誰かがこの本を乗り越えた形でものにする余地はあるだろう。

157korou:2014/11/12(水) 16:58:58
増田寛也編著「地方消滅」(中公新書)を斜め読み。

最初の数章と末尾の対談3編を読んで
真ん中の数十ページは項目だけチェックして斜め読みした。
完全な読了ではないのだが、要点はつかんだつもりである。

この本の長所は、実際に政府に提言している人が
そのまま持論を展開している点で
議論してみるだけという空しさが皆無な点である。
ここに書かれていることは、実際に新聞などで報道されていき
政府の方針となって実現の方向に向かっていくわけだ。

対談の相手に小泉ジュニアが選ばれているのも
著者の経歴がなせることだろう。
次代のホープたる政治家が
こうした議論を踏まえてくれているのも心強い限りだ。

書かれていることは、賛否両論あるとして
どちらにせよ素早い対応が求められる話なので
こうして現実的な話が進んでいくのは
読んでいて心地よかった。
中間部の読み飛ばした部分は
いまだ抽象的な論に留まっているように思えたが
このあたりもいずれ具体的に展開されていくに違いない。

本を読んだというより、新聞解説を読んだような読後感。

158korou:2014/11/19(水) 21:40:52
早野龍五・糸井重里「知ろうとすること」(新潮文庫)を読了。

冒頭から優れた知性を感じさせる早野氏と
さすがの切れ味の糸井氏との快適でわかりやすい対話の雰囲気に惹かれ
一気読みで読了。
わかりやすくて、頭をリフレッシュできて、さらに福島の最新事情についても把握でき
とにかく、いい本を読んだという実感にあふれる良書。
これ以上の批評は無用だし、中身が中身だけに(科学者の理路整然とした説明だから)
これ以上の論評は素人にはムリである。

159korou:2014/11/28(金) 15:15:01
村上竹尾「死んで生き返りましたれぽ」(双葉社)を読了。

マンガ家による、自身の壮絶入院体験ルポだけに
全編イラストエッセーとなっていて、あっという間に読める本だった。
考えてみれば、ここまで脳の内部に支障をきたす闘病ともなると
それが自分のことであっても具体的に図示することは難しいでのはないかと思うのだが
その困難な作業を、ある意味清々しいくらい過去の生き方を反省しつつ
しっかりと伝わるイラスト・文章(というか会話というべきか)でまとめているので
読後感は意外と深く、心地よい。

脳をやられるとこんな感じになるのか、という驚きと
「生きていく」ということはこういうニュアンスでもあるのか、という再認識が
混ぜこぜになって、相俟った効果を生み
予想外ともいえる良書に仕上がっている。

160korou:2014/11/28(金) 16:34:07
堀井憲一郎「やさしさをまとった殲滅の時代」(講談社現代新書)を読了。

かつて同じ著者の「若者殺しの時代」(講談社現代新書)を読んだときには
単なる”時代”評論家というイメージだったのだが
AERAで誰か著名な方が、この本を推薦しているのを知り
まさかとは思いつつ、読み始めた。
相変わらず面白い。興味あるテーマを、手慣れた感じでさらさらっと
まとめる能力のある人のようで
読んでいて全くストレスを感じない。

同時進行で同じ著者の「かつて誰も調べなかった100の謎」を読んでいて
これが滅茶滅茶可笑しくて面白い。
その影響もあって、今はこの著者への関心度はMAXになっている。
この本も、「若者殺し」で扱った80年代・90年代と比べて
混沌の度合いが強い00年代だけに
全体としては何が言いたいのかよく分からないという難点もあるが
それでいて細部の記述にはリアリティがあって
そういうリアリティの積み重ねから何かが見えてくるような
不思議でかつ面白い気分が満ち溢れてくる。

何と表現していいいのか難しい。
でも、この本を全面的に否定することはもっと難しい。
いくらかの真実が、たくらみなしに込められていて
00年代を語って、そういう読後感に至ること自体貴重なことだと思う。
よく分からない部分もあるが、凄いぞ、ホリイ(同い年)!

161korou:2014/12/04(木) 14:20:31
ちゃんもも◎「イマドキ、明日が満たされるなんてありえない。だからリスカの痕だけ整形したら死ねると思ってた。」を一気に読了。
(ってか、なんて長い書名なんだ、まったくもう)

何年かに1回出現する”危うい娘の感性そのままの物語”というジャンルに属し
さらに、ひときわ読みやすい文体のため、一気に読んでしまった。
最初の両親の死の記述が、予想外で迫真力抜群だったので
思わずウルウルしてしまったが
そこから、生い立ちと「死への衝動」がセットになって
その書き出しとリンクする設定に至り
なるほど、そうきたかと納得。

時間軸のズレが、意図的にせよ、仕方ないにせよ、やや読み辛いということもあるが
おおむね構成としてはよくできていて
退屈な個所は、「死への衝動」を乗り越えた記述の直後の数ページだけだったと思う。
二十歳そこそこの女性の文章としては上出来だろう。

適応力のなさと自在な精神状態とは紙一重で
こういう感性の女性は
これからも生き抜いていくことに苦労するだろうと思う。
現在進行形で苦しんでいるからこそ
過去の苦しみもリアルに描けるわけで
その点で、柳美里「水辺のゆりかご」、Hikari「大切な約束」(川嶋あい)などと
同じニュアンスの感動を生んでいる。

悩めるティーンの男女に読ませたい本。
劇薬のようにも見えるけど、この程度では劇薬にならないはず。

162korou:2014/12/07(日) 12:49:51
秋吉理香子「放課後に死者は戻る」(双葉社)を読了。

話題作「暗黒少女」を未読なので、この小説の読書メーターでの評価などを読むと
なかなか歯痒いことになるが
現段階の印象としては、山田悠介と湊かなえを足して二で割ったような作風に思える。
山田さんのストーリー展開力と、湊さんのどことなくダークな雰囲気が合わさって
途中でやめられない面白さがあるのだが
山田さんの欠点である伏線の回収のまずさがこの作品でも共通していて
さらに、湊さんの初期の作品で醸し出されたような
あのえもいわれぬ深いダークさにはやや足りない印象を受ける。
しかし、回収はまずくても、山田さんよりはうまくエンディングしているし
ダークさ一辺倒というより、もう少し多彩な感情が混ぜ込まれていて
これはこれでダークさが多彩な作風の一つということで
妥当に位置づけされていると思う。

というわけで、高校の図書館などでは、まず文句なしOKというところ。
大人の小説愛好家には、別にどっちでもいいですよ、スラスラ読める小説をお望みならオススメですよ、という評価か。

163korou:2014/12/14(日) 18:03:01
中山七里「贖罪の奏鳴曲」(講談社文庫)を読了。

悪くはないが、何か物足りないミステリーという印象。
何だろう、このイマイチ感は。
いや、全然悪くない。
どんでん返しの展開は、まずまずの着地ぶりだし
途中のエピソードのふくらみ方も十分で
主人公の人格を明確に提示できている。
つくりものの人形のような描写不足の人物は見当たらないし
逆に、ここまでよく描いたものだと感嘆するほどの描写もないが・・・

まあ、これが欠点なのだろうか。
すべてが無難にまとまり、大人のミステリーとして娯楽性十分なのだが
それ以上のものを求めようとすると
すべてに物足りなくなるという小説。
中山七里でなければ読めない描写が少ない。

音楽が人の心に沁み込む瞬間を
これでもかこれでもかというしつこい文章で書きまくる部分だけは秀逸だが
それ以外は読みどころが少ない小説。
でも、大きな欠点もすぐには指摘できないという類の小説。

164korou:2014/12/16(火) 13:41:34
池上彰・佐藤優「新・戦争論」(文春新書)を読了。

いきなり、集団的自衛権に関する国際情勢を
読者に何の予備知識も与えず一気に解読していくので
やや読みにくさを覚えてしまうが
途中の北朝鮮関係あたりから
このお二人の博識、情報通らしい部分が伝わってきて
読後の印象は「やはり」というもの。

この本に書いてあることがすべて重要で真実であるかどうか
それは誰にも分からないだろう。
しかし、実際に外務省、官邸が行っている外交について
通常のメディア(新聞、テレビ等)だけでは
どうしても評価しがたい部分が残ってしまうので
その意味で、こういう視点もあるという「引き出し」を持っておくことが
必要なのだと思う。

最後の方の章で「情報術」の記述があり
これは本気で情報を解読しようと思う人には
結構役に立つのではないかと思われる。

多少の基礎知識は必要だが
複眼で社会を眺めるためには有益な書だといえる。

165korou:2014/12/17(水) 13:16:39
清水康代「更級日記」(双葉社)を読了。

平安時代の代表的な日記文学を
現代の感覚で読み直した感じの傑作コミックである。
原文はもちろん、現代語訳でも到底読む予定になかったこの作品なのに
コミックの出来栄えが素晴らしくて
一気読みで通読した。

作者の菅原孝標女という女性を
現代の女性風に翻案すると
ここまでリアルにイメージ可能なのかと驚くほど
見事な描きっぷりである。

あまり多くの言葉が思い浮かばないが
とにかく、今まで読んだ古典コミックのなかでも
抜群の出来と言って過言でなかった。
今後、更級日記のことが出てくるたびに
そのあらすじが迷うことなく浮かんでくるわけで
その意味で非常に嬉しい読書体験だった。

166korou:2014/12/21(日) 12:32:56
ブライアン・オーサー「チーム・ブライアン」(講談社)を読了。

それほど期待もせず、ただ読み始めてすぐに読みやすい文章だと分かったので
最後まで読むことにしたところ
これが意外な掘り出し物というべきか、なかなか面白かった。
やはり、そこに書かれている数々の場面が
あまりにも有名なスポーツ・シーンであるだけに
実際に、自分も含め多くの人が
生中継等で目撃しているということが大きい。
その舞台裏を
一番重要な関係者が誠実に説明している文章が
面白くないわけがないのである。

キム・ヨナのことも、ハビエル・フェルナンデスのことも
羽生結弦のことも
手に取るようによく分かるこの本は
フィギュア・スケートについて書かれた今までのどの本よりも
生々しく、面白く、またコーチングについて要点を書いた本として
優れているのではないか。
単なるスポーツ・ヒーロー物という本ではなかった。
訳も秀逸。
オススメ本の一つ。

167korou:2014/12/22(月) 12:56:03
鈴木大介「最貧困女子」(幻冬舎新書)を読了。

今までに記憶のないほど辛い読書だった。
強いて言えば「夜と霧」の辛さに近いが
ニュアンスとしては全く別物の辛さである。
これは現在進行形の今の日本の話で
それだからこそ心にズキズキと突き刺さるものがある。

貧困が、おもに経済的な側面から再生産される過程自体が
すでに辛い。
さらに、そこに知的障害やら精神障害などが容易に見て取れる状況は
なおさら辛い。
そして、この著者が何度も力説するとおり
その状況が、社会制度の不備などのせいで
多くの人々に不可視状態になっているという指摘が
さらにさらに辛さの輪をかける。
本当にどうすればいいのだろう?
まさに著者のいうとおり
早めの適切なセ−フティネットの構築、そして
最終的には風俗産業全般の可視化(社会化)ということしか
考えられない。
道は遠くとも。
大変な力作。そしてしんどい読書の典型。でも逃げてはいけない。逃げられない現実。

168korou:2014/12/25(木) 14:55:55
深水黎一郎「最後のトリック」(講談社文庫)を読了。

”読者全員が犯人”という宣伝文句に乗せられて
一体どんな仕掛けが待っているのか、とそれだけで最後まで引っ張られて読まされたという感じ。
この本を手に取る人のほぼ全員が、そういう感じで読まされたのではないだろうか。

普通に読み終われば、結構面白い小説だったのではないかと思われる。
文章は渋くきちんとしているし
読みやすさもまずまず(覚書の部分のヘタウマさには閉口するが、ある意味作者の意図通りなので、読後に文句は言えない)。
トリックも、まあ、アマゾンで誰かが書いていたように”想像力のリミッターを外せば”
それほど酷いものではない。

しかし、本作を読もうかと思う人は
どうしても、凄い仕掛けを期待してしまうのだ。
何で、不特定多数のはずの「読者」が、例外なく犯人になってしまうのか、という大きな謎への期待。
その期待の大きさから言えば、このトリックはいかにもインチキくさい。
あり得ない。これで読者全員が犯人なんて、人を馬鹿にするにもほどがある、という読後感も当然だろう。

すごく評価の難しい小説で、少なくとも巻末解説の島田壮司のように無条件でほめたたえることは難しい。
それでも、この文章力なら、題材さえ適切なら
結構読ませる作家ではないか、という期待感は十分に持てた。
今度は、違う題材で読みたい作家である。

169korou:2015/01/01(木) 12:23:33
赤井三尋「翳りゆく夏」(講談社文庫)を読了(2014年12月31日)

2014年の最後に読んだ本。
まあまあ分厚い本なので、ペース的には2014年中に読了は難しいと思ったが
途中から一気読みとなり、年内に読了してしまった。

第49回江戸川乱歩賞受賞作ではあるが
とても新人の応募作とは思えないほどの充実した出来栄えになっている。
冒頭のシーンの巧みさ、読みやすさは出色だし
何よりも登場人物それぞれに丁寧な心理描写が施されているので
人形っぽい作りものめいた人物が出て来ないというのが
自分としては一番嬉しいことである。
リアルな造形でイメージされる人物たちが
まさに自然にドラマを形成していく過程を楽しめる人であれば
十分にこの小説の世界を堪能できるはずである。

細かい不備を追及する書評もないではないが
それは、小説に対する見方が随分と違うのだろう。
個人的には何の不満もない、まさに掘り出し物の小説である。
10年前に気付かなかったのが残念だが
以降はオススメ本として記憶していこうと思う。
1年の最後に、これほどのクオリティの小説に出会えて
ラッキーだった。

170korou:2015/01/04(日) 13:11:15
堤未果「沈みゆく大国アメリカ」(集英社新書)を読了。

今年最初の読了本が、こうした好著であったことに感謝。
完璧な本ではないが、何といっても取り上げているテーマが切実で迫真力もあり
少々の読みにくさ、分かりにくさなどは気にもならなかった。
こういう本でも批判的な書評をする人が居るのか?と疑問に思い
アマゾン掲載のそれをチェックしてみたが
どれも見当違いな読み方で参考にもならなかった。
やはり著者のルポライターとしての熱情を評価すべきで
些細な欠点など問題にすべきではないだろう。

たしかに、米国の医療制度全体を見渡せる簡潔な説明には不足している。
しかし、ここではその制度がいかに動的に変貌していこうとしているのか、ということを
取り上げようとしているわけで
むしろ、客観的な説明がメインになってしまうと
本全体の統一感がなくなる。
著者はそこまで考えて、この本の構成を決めたわけではないだろうが
無意識に自然にそうなったと想像し得る。
そして、その執筆姿勢に、日本中の読者が共感を示したわけだ。

本当に、こんな制度を日本に安易に導入してはいけない。
一般人は無知であってはならず、日本のリーダーたちは
この問題について指針を示すべきだろう。
そんなことを強く思わせた著者快心の作品である。文句なしオススメ。

171korou:2015/01/05(月) 13:37:30
井端弘和「守備の力」(光文社新書)を読了。

かつて井口資仁の同じような本を読んだことがあり
結構感銘を受けたので
同じようなイメージを持って読み始めたが
結局、井端選手の半自叙伝という形の本だった。
その分、読みやすかったが
内容的には不十分さが残った。

現役選手の半自叙伝となると
もうその選手への関心以外に
惹きつけるものがない。
これが中日の選手のままだったら
こんな出版はあり得ないのだが
このあたりが巨人の選手となったがゆえの
注目度だろう。

非常に努力家であり、考えかたもまっとうであり
文句のつけようもないのだが
本としてのクオリティは
川相、井口などの本に比べれば低いものになった。
仕方ない話だ。
企画段階でそうなるのは分かっていたので
井端本人には何の罪もない。

172korou:2015/01/16(金) 15:01:45
綾辻行人ほか編「連城三紀彦レジェンド 傑作ミステリー集」(講談社文庫)を読了。

長い間、連城三紀彦というのは恋愛小説の作家で
それもごく一部の愛好者だけに読まれる、やや時代遅れの作家だろうと思い込んでいた。
ところが、一昨年の死去から、次々と高い評価を知るようになり
一体どうしたものかと思っていると
実はミステリー作家で、伊坂幸太郎なども敬愛している存在と知り
ビックリ仰天である。
で、今回、綾辻・伊坂両名の編集により、さらに小野不由美・米澤穂信を加えた編者によるアンソロジーが出版されたということで
さっそく読んでみた。

・・・・ますます、ビックリ仰天(というか、この表現は古いか・・・!)
これほど素晴らしい作家だとは思ってもみなかった。
ミステリーの短編というのは、どうしても薄味で物足りないものになりがちだが
連城さんのそれは、どれも濃厚で、読後はお腹いっぱいになる充実感である。
ミステリーの筋、トリックに重きをおくあまり、人間描写、リアリティがおろそかになる、といったよくあるパターンは
ここでは全くあてはまらない。
むしろ、この描写があるからこそ、意外な方向への話の展開が生きてくるわけだ。
あまりの濃厚さにだんだんと頭がついていけなくなり、面白いのに読み進められない、という
沼田まほかるの作品を読んで以来の事態になってしまった。

あまり頭が回転しないとき、軽い作品を読みたいときには不向きだが
それ以外なら、期待を裏切らないこと請け合いである。
凄い作家が居たものだ。
今まで知らなかったことを恥じる思い。

173korou:2015/01/18(日) 18:24:09
若杉冽「東京ブラックアアウト」(講談社)を読了。

前著「東京ホワイトアウト」は
あまりにリアルな政治力学の描写に
フィクションとして評価し辛いものを覚えたのだが
今回、同様の趣向でさらにシミュレーションを深めた展開が読み取れたので
これはシミュレーション小説というジャンルとして評価すべきと思い始めた。
そう思えば、既存の評価基準は参考にできないので
この小説が開拓した地点が出発点となり
同種の小説を評価することになるわけで
その意味で、この小説を現時点で評価することは論理的には不可能と言える。

読後の印象をそのまま記せば
ついに未来の時点まで言及し、さらに天皇制にまで踏み込んだために
シミュレーションの大枠を逸脱していった感覚は否めず
その意味で、途中からは、小説を読んでいる感じではなく、官僚の想定作文を読んでいるような
つまり、無味乾燥な感触さえ覚えた。
前作では、震災&原発事故直後の不気味な3年間の背後をえぐるノンフィクション的興味もそそられたのだが
その部分が、想定部分を拡大したことにより消えたわけである。
しかし、それについて、作者の失敗とは言い切れない面もあり
ある意味、こういう挑戦は、続編という設定も関係して、避けがたいものでもあっただろう。

174korou:2015/01/19(月) 16:27:15
村上春樹「図書館奇譚」(新潮社)を読了。

著者あとがきにも書かれているとおり
これは「カンガルー日和」に所収された短編の焼き直しである。
ただし、何度も焼き直しされているらしく
この「図書館奇譚」が日本語バージョンとしては4番目のバージョンになるらしい。
一度、絵本用にリライトしたものを
今回の出版のきっかけとなったドイツのイラストレーターの画風に合わせて
大人向けに手を入れたらしい。
つまり、もともとは短編集のなかの一編なので
分量としてはかなり少ない(イラストページを含め70Pしかない)

話そのものはかなりわかりにくい。
そもそもの言葉の意味が分からない箇所などは全くないのだが
こんな話を読んで一体何をどう感じればいいのか、という根本的な疑義が生じるような不可解な話である。
それぞれの非現実的なイメージをどう解釈すればいいのか?
もちろん、そこにセクト主義に陥った学生運動と、そこから距離を置いた人たち(主人公、作者の分身?を含む)の
全く交わらない生活、会話、考え方、人生観、世界観を読み取ることは可能だが・・・
にしても、結晶し切れていないイメージという印象はぬぐえない。
ハルキさんとはいえ、これではあまりに不親切かもしれない。

175korou:2015/01/27(火) 12:51:23
矢野久美子「ハンナ・アーレント」(中公新書)を読了。

なんともしんどい読書だった。
何度も途中で止めようと思ったが、もう少しもう少しと思っているうちに
半分以上読み進めてしまい
引くに引けないことになった。
もともとは中公新書とはいえ伝記だから何とかなるだろう、しかも話題の人物だし、という
軽い気持ちで読み始めたのだが
やはり哲学者の伝記は、いかに人気があろうと、女性の伝記で親しみやすいのではという雰囲気があろうと
そんなのは関係なく読みにくいということを知った。

簡潔にまとめると、全体主義に傾斜しやすい現代にあって
どう個人として意義のある「生」を生きるか、ということになる。
とにかくドグマに陥りやすい状況を徹底的に吟味し
しかもとことん冷静で客観的で(女性哲学者に多いように感じるが、この感想もジェンダー批判を浴びるか?)
ホロコーストを扱う書籍でも、ユダヤ社会にさえその危険を指摘する冷徹さを秘めている人だった。
内省的な「個」と、その「個」を取り巻く他の「個」との交わり、というシンプルな社会を理想としていたことや
母体になるはずのユダヤ社会から訣別された経歴から
没後しばらくは忘却されたかにみえたアーレントだが
その後、再評価の動きがあり、昨年あたりからの映画による人気急上昇という事態に至っているようである。

何にせよ、現代の哲学者の伝記、ということで
なかなか内容は難しい。かつ、いかにも地味である。
苦しい読書だったが、「夜と霧」の読後のようなまとまりのある感覚までには至らない。

176korou:2015/01/31(土) 17:44:38
堀江貴文「我が闘争」(幻冬舎)を読了。

いかにもこの出版社らしい話題性十分の企画モノである。
出だしは、周囲の無理解にじっと耐えている少年というイメージで
予想とは違う内容が、お世辞にも上手とは言えない文章で綴られ
期待していたほどのワクワク感に乏しいのだが
なんとかそれらの環境を振り払って上京したあたりから
やっとホリエモンらしい感じが出てきて、俄然面白くなっていく。
そこから、最初の起業までは、いかにも期待通りの青春物語が展開され
同時にパソコン時代、ネット時代の揺籃期の様子が
当事者目線でヴィヴィッドに描かれていて
リアルタイム体験者にとっては、懐かしさたっぷりな内容になっているのも魅力である。

ライブドアに社名を変えたあたりから
何かに取りつかれたかのようにホリエモンの独走、迷走?が始まるのが
当の本人の文章からも感じられるのが面白い。
この掲示板も、いつのまにか「したらば」から「ライブドア」になってしまったのだが
その頃のことを個人的にも思い出してしまった。

そして、本人には「想定外」の逮捕劇。
想像以上にキツかったと書かれている取り調べ時期の孤独。
保釈後の変わり果てた人生、個人的見解により罪を認めなかったことによる有罪判決、とドラマが続く。
身柄拘束されていた時期に、仲間の寄せ書きを見て号泣する堀江氏の姿が鮮烈に記憶に残る。
さて、彼はこれから何を為していくのだろう。
”早すぎる自叙伝”と帯に書いてあるのだが、決してそのようなことはなく
今書かれてしかるべき著作であり、読みやすさも相俟って、オススメの本と言えるだろう。

177korou:2015/02/08(日) 12:16:26
佐々木敦「ニッポンの音楽」(講談社現代新書)を読了。

5年前に「ニッポンの思想」という著作を出した著者が
その姉妹編として出した本で
J−POPの歴史的な意味を
1970年代から10年区切りで時代を設定した上で
そのディケイドを代表するアーティストの歩みをたどることにより
探っていった著作である。
たかが大衆文化、人気商売でもあるJ−POPについて
ここまで抽象的に構造を確定していく知的作業を試みなくてもいいのでは、
つまり、大げさすぎないか?という疑念はあるのだが
そういう高踏な視点から何が見えるのだろうか、という好奇心もうずく著作でもあった。

読後の感想を率直に言えば
やはりこの見方は特殊すぎていて、一般音楽ファンからはズレている、としか言いようがない。
ただ、こういうサブカルの分野において
「現在」を可能な限り正確に把握した上で
試行なり企画なりを大衆に問いかけていく作業は
その関係者たちには必須なものになるはずなので
こういう一見ズレたような視点も
ある意味貴重な視点になり得る、という可能性はあるわけだ。
つまり、音楽業界に精通した著者が
一般読書向けに解読したJ−POP入門書ではなく
自身の見解を率直にそのまま記載したJ−POP研究書という位置づけが妥当なのだろう。
そう見れば、なかなか興味深い記述も随所にあり
はっぴぃえんど、YMO、渋谷系、小室哲哉、中田ヤスタカ、について何かユニークな視点を知りたいと欲した場合
これほど有意義な書はないように思われた。

オススメするには、人を選ぶ、それもかなり人を選ぶ、「困った」良書である。

178korou:2015/02/16(月) 16:18:15
東野圭吾「天空の蜂」(講談社文庫)を読了。

20年前の作品で
今秋映画化されるということで注目の小説である。
東野圭吾だから間違いないだろう、しかも充実期の作品だから、と思って
読み始めたのだが
期待通りというか、相当なレベルの期待をしたはずなのに
さらにそれを上回る面白さで、久々に活字に没頭した感がある。
この内容を20年前に書いていたのだから
もうそれだけで凄い、と言わざるを得ない。
面白さなど問わなくても、20年前でこのクオリティなら
それだけで敬意を抱くことになるのだが
その上に東野作品としても上質の構成、展開が堪能できるのだから
たまらない。

こんな面白い小説にコメントなど不要である。
とはいえ、少しだけ書いてみることにするか・・・

かなりの長編だが、全然長さを感じないし
浅い人間造型など微塵もない。
どの登場人物も生身の人間としてリアルに描かれていて
特に、犯人役の人物については、ついつい感情移入してしまうわけだ。
そして題材は「必要悪」としての原発とくれば
犯人への感情移入も別の意味合いを帯びてくる。
そして、その意味合いは、2015年の現在において
また別のニュアンスで迫ってくるものがあるのだから
この小説の意味深さたるや相当なものである。
映画化の意味も十分にあると思う。

179korou:2015/02/19(木) 16:08:13
ついに断念、宇沢弘文「社会的共通資本」(岩波書店)。
なんとか教育の章まで読み進めてきたが(半分以上の分量)
教育に至っては、何が言いたいのかよく分からない。
名著なのかもしれないが、あまりに不親切すぎるような気がして断念。
昨年末から手を付けていたんだけどなあ・・・・

180korou:2015/02/20(金) 17:00:40
乙一「花とアリス殺人事件」(小学館)を読了。

久々の乙一作品。
しかし、あとがきでの意外なほどの渋い文章でも分かるように
乙一としては、不思議な感じの成熟度が感じられ
その一方で
脚本のあるストーリーのノベライズという制約から
乙一らしい雰囲気には乏しい作品ではあった。

全体の雰囲気は、もう岩井俊二のあの静かな作風そのものだ。
中学生が、本当なら明るく振る舞いがちな外面を捨てて
ひたすら内面へ内面へ突き進んでいくひたむきさばかりが伝わってくる
あの映像の感覚。
見ていて息詰まるほどの重苦しさなのだが
そのくせ画面に映るのは
今が青春の真っ只中の10代の女の子たち。
何かになろうとしている彼女たちの姿は
見ていてとてもまぶしい。
でも、彼女たちをとりまく空気感は
絶望的なほど暗い。
その対比に慣れてきた頃
観る者の心に不思議な高揚感が訪れる。

そんな不思議な岩井ワールドを
乙一が文章で再現してみせたわけだ。
これはこれで職人技というしかない。
こういう世界の美しさを知る人には
たまらない小説だ。

181korou:2015/03/02(月) 16:20:02
みなもと太郎「風雲児たち(全20巻)」(リイド社)を読破。

ここのところ、この長編マンガにかかりっきりだった。
他の本を読もうとも思わなかった。
以前も熱中し、驚嘆し、夢中になったものだが
その再現だ。
江戸時代をこれほど人間のドラマとして描いた著作は
活字、漫画を通じて、他にあるとは思われない。
今回読んでよかった、と何度思ったことか。

田沼意次、平賀源内、大黒屋光太夫、最上徳内、高野長英などの人間像が
豊富なエピソードによって多層的に描かれ
もはやマンガの表現力を超えているのではないかと思われるくらい
濃密にリアルに記されていく、それを味わう喜び。
その一方で、松平定信などは、やや悪意をもって描かれ
鳥居耀蔵に至っては、いくらなんでもこれほどヒドい人に
協力者は皆無だろうと思うくらい、狭量な人間として扱われているのも
ある意味、話を明確にさせるための演出だろうと思わせる。
古すぎるギャグも
作者の手慣れたぶっこみで非常に自然で
ギャグ注と合わせて読む楽しみすら出てくる。

この調子で少なくとも太平洋戦争終了時まで書いてほしいのだが
作者の寿命を鑑みると、それはムリか?
どちらにせよ、日本人なら必見の歴史マンガです。

182korou:2015/03/03(火) 16:15:54
石橋湛山「湛山座談」(岩波書店)を読了。

書架の棚で見かけて即読書開始。
思ったよりも生々しくなく淡々としていたが
それでも随所に卓見がちりばめられており
一気読みに近い感じでも
読後感は良好かつ濃厚である。

最後のほうで
民族主義は人間の感情に基づいているから
資本主義、共産主義の争いよりも厄介だ、という指摘は
さすがと思った。
また、湛山自身もよく言われたと告白する”楽天家”という部分が
特に政界入りしてから目立つのも
日本の政治家では珍しい資質だと思った。
駆け引きだらけの大野伴睦と不仲になってしまうのも
さもありなんである。
もっとも、楽天家であると同時に
計算抜きの真心に応える行動がそれに伴っていて
それが単なる楽天主義者との違いであることも
間違いない。

日本が生んだ稀有の資質をもった総理大臣として
後世長くもっと知られるべき政治家という印象は
ますます強くなった。
湛山に私淑する人には必須の書物。

183korou:2015/03/08(日) 16:09:06
枝川公一「シリコン・ヴァレー物語」(中公新書)を読了。

1999年12月発行の本である。
この本が対象としている日進月歩の世界において
今現在の2015年3月までの16年間余りの年月を思うと
ここに書いてあることをそのままの形で論評することは
不自然とも言える。

実際、ここで著者が最終章で語ったシリコン・ヴァレーの精神「内なるシリコン・ヴァレー」は
2015年の現在、世界で最も注目すべき熱いスポットというわけでもないだろう。
もちろん、アップル、インテル、サン・マイクロなどの企業が
跡形もなく消え去ったというわけではないのだが。

一体何が変わったのだろう?
いざ記述しようとしても、具体的にすぐ思いつくものがない。
それでいて、変わったという印象だけは確実に言えるわけだ。
そのあたりのことを、この著書を受け継ぐ形で誰かが書いてほしいと思う。
少なくとも、ヴェネヴァー・ブッシュ、テッド・ネルソン、エンゲルパート、アラン・ケイといった
人たちが夢見たより優れた未来像、既成の知識、体制、組織をくつがえす新しい知見への渇望といった
20世紀後半に生まれた哲学、サイエンス、テクノロジーが
21世紀になってどのような変遷を遂げて
どの部分が変貌し、どの部分が消滅し、どの部分が不変の価値を高めたのか
それを検証していく作業を
誰かが行ってほしい、検証してほしい、と思うのだ。

カウンターカルチャーと絡めたハイテク産業史としてコンパクトにまとまっているので
そういうことに関心、興味のある人には、お手頃な知識整理本となり得る。
もっとも関心も興味もなければ、いまいちピンとこない本かもしれないが。
自分にはとても面白い本だった。

184korou:2015/03/14(土) 19:03:15
三秋縋「いたいのいたいの、とんでゆけ」(メディアワークス文庫)を読了。

「三日間の幸福」の好感度高い文章で
すっかりファンになってしまったので
この最新作(といっても刊行後5か月を経過しているが)も
チェックしてみた。

作者が描きたかった世界はよく分かる。
実際、そういうシチュエーションまで持っていった力業は
前作までには見られなかったわけで
その点、新しい魅力も感じたのだが・・・

そのシチュエーションまでの仕掛けに
いろいろと破綻が見られ
その破綻が、過去2作と比べて
今回は強引かな、と思われた。
最後に伏線の回収をしているのだが
それでもすんなりと納得できる感じではない。
少なくともファンでない読者は満足しないだろう。

しかし、文章は健在だった。
どこかで村上春樹とつながっているような
不思議な感じの内省的な文章、というか登場人物の思考回路。
これさえ健在なら
まだまだ、この作者に期待するところは大きい。

というわけで
ファンにはオススメ、それ以外はスルー推奨の恋愛小説ってとこ。

185korou:2015/03/15(日) 18:55:54
月村了衛「土漠の花」(幻冬舎)を読了。

一気読み必至、という知人の話を真に受けて
一度読みかけて断念していたこの小説に再度挑戦。
内容を記した帯などの情報から
シリアスな戦記物かと誤解していた。
これは、戦争を題材としたエンタテインメント小説だった。

戦争と言っても
自衛隊員がアフリカの民族紛争に巻き込まれるという話で
おそらく月村氏が得意としている警察物の延長上に近いフィクションである。
したがって、この小説のウリは、絶体絶命に追い詰められる主人公たちが
必死で逃げ延びようとする格闘シーンのリアルさであり
フィクションとしての構成の巧さ、一気読みを促すスピード感やスリルということになるだろう。

つまり、自分の読書嗜好とは縁遠い「傑作」ということだ。

読み進めるのは辛かった。
しかし、その知人と近々飲みに行くことになりそうなので
途中で止めるわけにはいかなかった。
飛ばし読みもしながら、それでも最後までたどり着いた。
よく週末だけで読み切ったものだと、自分に感心してしまう。

こういうのが好きな人にはたまらない小説だろう。絶賛ものであることは認める。
でも、こうも簡単に人が死に、その死を前提に話が進んでいくのには嫌悪を覚える。
そういう嫌悪を感じてしまう人には、何の意味もない小説であることも事実である。

186korou:2015/03/17(火) 17:14:35
高橋洋一「図解ピケティ入門」(あさ出版)を読了。

超高価なのにベストセラーになったピケティの大著「21世紀の資本」を
やはり読めなかった人向けに、その概要を思い切って簡潔にまとめた入門書である。

「21世紀の資本」は導入部からしてなかなか魅力的だったのだが
私の視力では、もはや読破は夢の夢である。
よって、こういう本で概要だけもつかんでおこうと思ったのだが
まあその目的は果たせた感はある。
ガイド役の高橋さんには感謝する他ない。

ただし、あまりに見事に要約されているので
かえって肩すかし気味の印象も残ってしまう。
もっと他のことも書いてあるだろう、という心配すら出てくる。
そして、ピケティ氏独特の見解も
21世紀の世界に期待できる内容とは言い難いのだが
何と言っても要約では何も語れないというのが痛いところである。

まあ、読んだような気にさせてくれてウンチクが語れるという点を思えば
そんな不安、不満は言うべきではない、というところか。

187korou:2015/03/18(水) 17:00:10
仁科邦男「犬の伊勢参り」(平凡社新書)を読了。

2014年の新書大賞第2位という評判の新書だが
全くその存在に気付かず、最近になって知った本。
即手配して、本日一気に読破。

犬が一人で参拝するわけがない。
しかし、江戸時代、犬が伊勢参りすることは
多くの人によって確かめられていた。
この矛盾を、数多くの史料をもとに解読していく本である。
決して、犬の信仰心の謎を追った本ではない。
江戸時代の庶民の心理、今とは違う人と動物との関係などを追った
江戸時代庶民史の本である。

読み進めるにつれて
江戸時代の庶民の優しい心持に
ほんわりとなれる本である。
日本という国の、日本人という人種の
世界でも珍しいふるまい、様子に
同じ日本人でありながら、21世紀のこの国に居て
別の世界のようでもあり、分かりあえる世界のようでもある
この不思議な読後感、感覚。

新書大賞第2位にふさわしいかどうかは疑問が残るが(話題がマニアックすぎて)
読んで損する類の本でないことは確かである。

188korou:2015/03/22(日) 20:14:02
二宮清純「プロ野球の一流たち」(講談社新書)を読了・・しようかと思ったが中止。まあ読了も同然だけど。

この本は題名に偽りがある。
一流選手のことを書いた本と思わせる題名なのだが
本の後半部分は、野球全般についての評論であり
2007年当時のNPBへの批判が中心になっている。
この書名でこの内容の本を出版するのはいかがなものか?
二宮氏の評論家としての見識を疑うし、出版社のチェックも杜撰甚だしい。

NPB批判にしても、当たり前のことをさも自説のように言及し
補強として取材した関係者の談話にしても
無批判な引用に終わっている。
その執筆姿勢が、前半部分の一流選手への言及にも現れており
同じような内容で書かれた近藤唯之氏のものと比べても劣った文章だろう。
近藤氏にしても
インタビュー相手が語った内容についての厳密な検証というものがないのだが
それは時代のなせる業という面もある。
近藤氏の時代は、まだスポーツジャーナリズムが成熟していなかったとも言える。
それに比べて、二宮氏の場合は
少なくとも近藤氏の仕事を踏まえて、その先へ進む義務を負っているわけで
その意味で、二宮氏は、先達の仕事の成果だけを受け取って
後進の人たちへ渡すべき何かを全く感じさせない仕事ぶりである。

というわけで、途中から読むのがバカらしくなってしまった。
とはいえ、前半部分は全部読んでいて、MLBとNPBの比較も何とか読んだ。
読めていないのは、2007年当時のNPBの諸問題の分析の部分だけで
これは上記のように、著者の自説というものがないので
読むだけ時間の無駄というものだろう。
よって、中断したけど読了という扱い。
そして、オススメ度は限りなく低い、という評価になる。

189korou:2015/03/23(月) 14:20:59
西加奈子・せきしろ「ダイオウイカは知らないでしょう」(文春文庫)を読了。

せきしろの名前でやや期待してはみたものの
読む前は特に思い入れもなく、ちょっと読んであとは適当、という感じで読み始めた。
ところが・・・メチャメチャ面白いでのある。

西加奈子は、そこそこ売れてる上方女芸人みたいで
口八丁手八丁のしゃべくりで笑かしてくれる。
せきしろは、さらに高等な笑いを、感心するほど的確に繰り出して
この2人のやりとりは、下手な漫才よりずっと面白い。

ゲストの人選は誰が行ったのかしらないが
全般によくできていて
星野源、山口隆あたりが面白くなるのは薄々予測できても
ミムラ、ともさかりえあたりで、ここまで中身をふくらませることができるのは
大した”空気感”で、本当に感心してしまう。

素人が短歌を詠むだけで、これほどの面白い本になるとは驚きだった。
最近にない楽しい読書の時間を堪能した。
加奈子さん、せきしろさん、ありがとう。

190korou:2015/03/25(水) 21:01:55
又吉直樹「火花」(文藝春秋)を読了。

今年前半期最大の話題となるはずの人気芸人による意欲作だ。
雑音を入れずに、できるだけ先入観抜きにして読んでみた。
文章が粗雑だったり、バランス感覚がいかにも素人っぽく感じられたり
といった未熟な箇所はあまりなかったように思った。
大体予想通りのクオリティで
確かに、芸人がここまで書けると
話題になるのも当然だ。

ただし、あまりにもそのままの芸人の世界の話なので
どこまでが作者の見解で、どこまでが登場人物の見解なのか
曖昧な箇所は随所にある。
これだけの筆力があるのなら
いっそのこと職業とは全然別の世界のことを書いてみたら
そのほうがより明晰に書けるのではないか、とも思った。

登場人物の出し入れは上手いと思うし
重要な登場人物は、すべて書き込めてあって存在感がある。
話の運びがやや曖昧な点が残念だが
これは書き込めばそのうち上手くなる部分なので
それほどの問題ではないだろう。

次作が出ることを期待する。
これで文学賞を取れるかどうかは疑問だが
読んで損のない佳作である。

191korou:2015/03/29(日) 18:27:21
北川昌弘とゆかいな仲間たち「山口百恵→AKB48 ア・イ・ド・ル論」(宝島社新書)
花山十也「読むモー娘。」(コアマガジン)の2冊を読了。

ちょっとした動機から、県立図書館で衝動的にアイドル本を借りた。
まずはこの2冊を一気読み。

北川本は、アイドルについて網羅的に書かれた本。
花山本は、モーニング娘。の特に沈滞期について詳しく分析した本。
いずれもオーソドックスに時代順に書かれていて
その意味では、知らなかった事項について
その前後の流れが即座に理解できるという利点はある。

ただし、ヲタ本の宿命なのか
著者の思い入れが強すぎて
分析が甘い箇所が随所にみられる。
北川本の、モー娘。初期には日テレの「ウリナリ!!」の影響があったという記述は
その次の章にある当時の関係者の証言で否定されているのに
なぜか修正することもなく、そのまま主張したまま後の章の記述につながっているあたり。
花山本にもその傾向は見られた。

こういう本は
いい部分だけ切り取って読み進めていくのが肝心だろう。
そう思えば、それなりに参考になる箇所も随所にあったが
全体としては、ヲタ本の域を出ない特殊な本ということにもなる。

192korou:2015/03/30(月) 21:37:50
白石仁章「諜報の天才 杉原千畝」(新潮選書)を読了。

杉原千畝については、かつて伝記も読んだし
同じような活躍をした小野寺信について昨年読んだばかりだったので
もう読むことはないと思っていたが
今年度、杉原千畝の生涯が映画化されるらしく
その映画のスタンスがこの新潮選書で示されたインテリジェンスの人としてのスギハラ
ということらしいので
今流行りの文脈で杉原を読み直したらどうなるか、という興味関心で
再度読むこととした。

分かりやすい文章で、スラスラと読み進めることができた。
必要最小限のことは押さえてあり、良書と評価してよい本である。
ただ、読後の感銘というものは一切ない。
ユダヤ人を救った勇気の人というエモーショナルな感動を極力排した本である上に
著者は本来そういうエモーショナルなタッチで文章を刻んでいく人のはずなのに
ムリして冷静に書いている風に見えるふしがあるからだろう。
もう少しクールなタッチで書かれるべきだったが
長年の研究のせいなのか、随所に研究対象への熱い視線が感じられた。

あともう一つ記せば
外交官の伝記というのは難しいと
改めて感じた。

193korou:2015/04/04(土) 12:08:41
アイドルの本、最後の1冊を読了。「グループアイドル進化論」(マイコミ新書)。

岡島紳士、岡田康宏による共著だが、章ごとの著者明記がないので
どこの部分をどう分担したのかは一切分からない。
全体として、あまり明確に見えてこない「新しいアイドル時代」を
無理やり、こんな風に新しいんだよ、と解説して見せた本という印象。

部分部分では、なるほどと思える箇所があって
また巻末のアイドル史年表は
実に多くのトリヴィア的事実を網羅してあるので
全体像の俯瞰には便利だったりするが
それ以上の意味はない本である。
先週読んだ2冊のアイドル本と同じことではあるが。

インタビュー記事は面白い。
こういう本の価値はそこにあるのかもしれない。
生々しくて、リアルな感じが漂うのがいい。

194korou:2015/04/14(火) 16:54:18
藤田晋「渋谷ではたらく社長の告白」(幻冬舎文庫)を読了。

以前から気になってはいたが、なかなか読む機会がなく
今回、文庫本入手で一気読み。
読み始めれば、何のことはなく、一気に読める本である。

実に正直に書かれた半自叙伝であり
仮にウソが混じっていたとしても
この書き方なら不快には感じない。
若いITベンチャー経営者が
その志を試行錯誤で実現していく過程を描く前半と
ITバブルとその崩壊を身をもって体験した劇的な後半が
対照的に描かれ
見城徹が「これは文学だよ」と評したのも頷ける。

ただし、2015年の現在、これを若い人が読んでどう思うかは
また別の問題だろうと思われる。
またしても時代のテイストは変わった。
あれから、IT関係は一段落し
ベンチャーどころか大企業でさえ未来の見えない経営環境となっている。
モーレツに働くだけでいいのか
志が雄大であればいいのか
なかなかそう簡単には判断できない時代になってきた。
志とそれを達成すべくモーレツに働く若者の物語である本作は
意外と、高度成長時期のプロジェクトXと同じテイストなのかもしれない。
逆に、その意味では、年配者には
懐かしく読める新しい時代の物語になっているのである。

195korou:2015/04/27(月) 21:24:07
半月ほど本が読めない日が続いた。
目が痛い、首が痛い、家族サービス、イマイチ夢中になれない、年度初めで忙しい?・・・イロイロと。
やっとマンガを読了。
ほしよりこ「逢沢りく(上・下)」(文藝春秋)。

思春期の女の子、経済的には恵まれた家庭に生まれた女の子が
母親との葛藤を抱え、感情をため込むクセを身に付けて
ついに母親から別生活を提案され
そのまま意に沿わない関西での生活が始まってしまうというお話。
こういう葛藤はあるだろうな、それが極端な形で物語られている印象。

小道具は随所にあって
関西弁の会話が関東人の女の子の脳裡をすり抜けていく光景は実にリアルだし
本来なら小細工に見える病気の子ども、ペットの小鳥といった小道具も
なぜか全然わざとらしさがなく、自然にこのマンガの風景として馴染んでいく。
女の子の気持ちをじっくりと焦らずに描写している作者の落ち着きが憎い。
最後のページで感涙する読者も多いに違いない。

手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞も納得の出来。
これだけ巧ければ、下手な小説など要らない。

196korou:2015/04/29(水) 15:54:23
石田伸也「ちあきなおみに会いたい」(徳間文庫)を読了。

知る人ぞ知る昭和の名歌手、ちあきなおみについて
愛情深く、その歌手として、一人の女性としての生き様を丹念に描いた佳作。
考えられる限りのほとんどの関係者にコンタクトを取り
そのインタビューを随所に混ぜて
なおかつ、自からの感想、感情を込めつつ
丁寧に描かれているので
読んでいて自然と感情移入していく文章になっている。
いまだに、これだけまわりから復帰待望論が湧き出ているのだから
本人のインタビュー記事があっても良さそうなものだが
そのあたりは本人しか分からないこだわり、感情があるのだろう。
それを強制するのも、期待するのも無粋な話だ。

ただ一度だけ復帰する気持ちになったらしい、というのだから
実に惜しい。
それも郷さんの死去の1,2年後の話というのだから
惜しいにもほどがある。
やはり、こういうときには
周囲は絶対に押しまくらないといけないと思う。
普通の歌手の復帰ではないのだから。
彼女の復帰を押しとどめたという「関係者」、誰だか知らないが
とんでもないことをしてくれたものだ。

歌手の伝記としては相当なクオリティで
この種の本が好きな人には断然オススメ。

197korou:2015/05/05(火) 22:47:14
クリス松村「誰にも書けないアイドル論」(小学館新書)を読了。

県立図書館で
ムダと承知で亜弥さん関係の本を物色したら
この本の末尾の竹内まりやさんとの対談中に
「亜弥ちゃんはすごくいい歌手に成長する」という見出しがあり
即借りることに。

その後数日、その部分だけの”精読”で他は読まない日が続き
本日、おもむろに読書開始。

・・・恐れ入りました。大した本です。
アイドル論の古典のような本です。
データの提示の仕方、全体として丁寧に持論を展開する人格的な良さ、
そして何よりも(本自体のテーマとは違うのだが)
自からの黒歴史、それも肉親(父親)に対する憎悪を含む感情の吐露が
そのままアイドル史への没入とリンクしているので
その凄まじい黒歴史の描写の部分が
生々しく読後に残る点が
世に多く在るアイドル論と一線を画す感動の書になっている。

これだけ読む前と読んだ後で印象が違ってしまった本も珍しい。
ゲテモノ扱いせずに、多くのサブカル愛好家に読んでほしい良書である。

198korou:2015/05/06(水) 14:28:43
水野和夫「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)を読了。

ついに
この低迷する21世紀について、世界全体の低迷について
真実はこうではないか、根本的にはこうではないか、だからこう考えよう
という具体的な案を提示した本に出会ったようだ。
こういう本を長い間待ち望んでいた。
内田樹さんや藻谷浩介さんが
漠然と主張していた「成長よりも成熟した世界」が
経済学というフィルターを通じて
より具体的に議論できる案として提示されたわけだ。

こういう本は
そういう歴史的意義を認識して評価しなければならず
アマゾンの書評の一部に見られた「民主党うんぬん」という先入観は
現代への危機意識の欠如以外なにものでもない。
逆に言えば
現在の民主党のように
政治的発言力を失った結果として完全に迷走している政党に
一時期とはいえ関わってしまったことは
水野さんの主張が誤解される最大の要因と言わざるを得ない、
残念としか言いようがない。

利子の発生しない世界、利潤を追求しない世界、
資源の有限性を正しく認識して未来の世代と協調する世界、
マクロとしての発展よりもミクロで見た場合の平等を重視する世界。
そんな世界を理想として、もっと具体的な案が提示できれば
この本の価値はもっと素晴らしいものになるはずである。

199korou:2015/05/08(金) 13:07:07
行成薫「名も無き世界のエンドロール」(集英社文庫・2104年)を読了。

3月初めから読み始めていたので
読み終わるまで異様に長くかかってしまった。
決して面白くないわけではなかったのだが。
年度末・年度初めの多忙、というより余裕のなさのせいだろうか。

普通はそこまで読書期間が長くなると
断念することが多いが
この小説には、継続させてしまう何かがあった。
野崎まどにも通じる映像を連想させる文体、構成もそうだが
登場人物のキャラが明確で
感情移入もしやすいということも大きい。
終わってみれば、シンプルな恋愛小説ということになるのだが
そこはフィクションとしてのふくらみを十分に備えている作品だった。

このくらいのレベルのものを次々と出せば
伊坂幸太郎のようで、また伊坂さんとは違った魅力を持つ作家になるだろう。
楽しみな人である。

200korou:2015/05/14(木) 20:56:13
菱川廣光「岡山県立図書館 抵抗と再生の記録」(日本文教出版)を読了。

全513pの大部な本だが、実は県議会での討議については
まず要旨がまとめられた後に、議事録により答弁などの詳細が記されているので
後者については精読を省略した結果
実質250ページほどの著作として読了できた。

問題点は
菱川氏自身が当事者であったにもかかわらず
それを抜きにした当事者批判が書かれている点。
優れた点は
県立図書館の理想像にブレがないので
教育長の答弁の不誠実さを端的に指摘できている点。

全体として言えば
こういう類の著作を書き切れる図書館人はそうは居ないので
よくぞ書いてくれたという感謝の念が強い。
それもすんなりと建設まで漕ぎ着けたわけではないので
一層貴重な記録書になっている。

同じものを自分が書いたら
もっと面白く書く自信はあるが
随分と偏ったものになるだろう。
書いたのが菱川さんで良かった(笑)

岡山県図書館人必読の書(一般人にはあまり訴えるものはないだろうけど)

201korou:2015/05/16(土) 12:21:07
朝井リョウ「武道館」(文藝春秋)を読了。

ダ・ヴィンチ最新号で、たかみなとの対談や石田衣良のハロプロハマりなどの記事を読んで
それをブログの記事にまとめたせいなのか
どうしても、この本を読まないといけないような気分になってしまった。
珍しく活字のポイントが大きかったので、ほぼ初めての朝井リョウ体験となる。

文章は非常に読みにくい。
状況描写が前後して、それが心理描写と連動しているため
どうしても状況を確認する必要が出てくるわけで
地の文が少なく会話中心の割には、読むスピードが全然上がらない。
何度も何度も同じ個所を繰り返し確認しないと
一体何の描写なのかさえも分からないことが多い。
レベルの低い悪文だと思う。
悪文なのに何も伝わらない。
単なる下手な文章でしかない。

ただし、この作者が伝えたいものは大切なものだと思うので
描写が理解さえできれば
描かれている世界そのものは、極めてリアルに迫ってくる。
間違いなく、優れた小説の力を持っている。
文体は素人でも、伝わってくるものはプロの作家の仕事だ。

アイドル論としては、いろいろと感想を書きようがあるのだが
今回は封印しておくことにする。
また再考することもあるだろうから。
一般的には、まあまあオススメというところか。
人気作家だけが持つ不思議な推進力があることも事実だから。

202korou:2015/05/19(火) 12:59:45
北川恵海「ちょっと今から仕事やめてくる」(メディアワークス文庫)を読了。

あまり期待せず、あらましだけ分かればと思って読み始めたが
簡素な文体でテンポよく進むので、一気読みで読了となった。

やや山田悠介風の荒っぽさも目につくが
読後感は悪くない。
特に、最後のほうで、胸糞悪い人物として描かれていた部長に対して
主人公が堂々と自分の気持ちをぶちまけるシーンでは
ある種のカタルシスさえ感じたほどだ。

読後直後の爽快感を経て
しばらくすると
こんなシンプルなストーリーでいいのかという疑念も湧いてくる。
たしかに小説としては全然練れていないだろう。
中学生の読み物、と言えなくもない。

例えば職業高校の図書館にこういうのを置いておけば
ふだん読書の習慣のない生徒にも
結構ウケるんじゃないか、という類の小説だろう。
それはそれで需要はあると思う。

大人にはどうかなと思いつつ
これこそYA小説の一典型ではないかと考えた。

203korou:2015/05/21(木) 20:49:16
東野圭吾「ラプラスの魔女」(KADOKAWA)を読了。

またしても一気読み。
500ページ近い長編ながら全然長さを感じさせない筆力には
もう何度感心したことか分からないが、改めて再度感心。
このような作家は100年に1人現れるかどうか。
同時代に東野圭吾がいて、我々は途方もなく幸せだ。

今回は、純粋理系なミステリーで
かつての「分身」「変身」を連想させる筋立て。
どことなく懐かしい気持ちで読み通すことができた。

たしかに、今までの自分の小説をぶっ壊すというような
謳い文句は大げさだし
登場人物の掘り下げ方にもいくらかムラがあるように思えるのだが
まあ、これだけ楽しませてもらって
まだアマゾンのコメントで次々に注文がつくような作家というのも
珍しいかもしれない

結論。文句なしのエンターテインメント。
宣伝文句にはとらわれず、東野圭吾という人気作家の実力を知るには格好の佳作。

204korou:2015/06/02(火) 10:49:28
内田樹「街場の戦争論」(ミシマ社)を読了。

題名通りの本ではなく
戦争の話から始まって、歴史、国家というルートを経て
なぜか「働くこと、学ぶこと」という無関係な話が挿入された後
最後にインテリジェンスの話になって
少しだけ戦争という非常時の話題に戻るという構成だった。
明らかに「働くこと、学ぶこと」の章は不要で
編集の怠慢、ミシマ社の不手際である(著者と親しすぎて意見が言えなかったのだろう)

読後感としては
インテリジェンスについての本と思えば
かなり高揚した気分で読み終わることができた印象となる。
ただし、戦争についてまとまった知見を聞けたかどうかという面では
あまりに話が拡散しすぎて、何を読んだのかどうか
印象がぼやけてしまう本と言える。
内田樹ファンなら、あまり詮索しなくても毎度のこととして納得もできようが
それ以外の人には、なかなか面倒な本になっているのではないか。

個々の分析は、いつもながらさすがで
納得できる箇所は、納得でき過ぎて却って思考を促す結果になり
納得できない箇所は、頭の中で思考が駆け巡り活性化される結果を生むので
どちらにせよ、脳内活性化の効果は抜群である。

総括として巧みに構成することもできる著者ではあるが
この著作に関してはそれを期待できない。
しかし、相変わらず知性の不調のかけらも見えない冴えた著作であることも
間違いない。

205korou:2015/06/05(金) 14:21:01
法条遥「リビジョン」(ハヤカワ文庫)を読了。

「リライト」の続編、この四部作シリーズの第二作ということになる。
「リライト」の凝りに凝った時間操作で
ある意味呆れ、ある意味感心するほかなかったわけだが
今作では、前作との関連を持たせつつ
全く違った背景のなかで人物を登場させ
同じように時間操作の物語を展開させている。

ただし、どういうわけか「リライト」ほど緻密ではない。
気のせいか、やたら先を急いでいるような叙述で
おかげで設定の強引さが顕著になり興ざめになることが多い上に
人物描写が、いかにSFとはいえ、これでは紙でできた作り物のような印象しか残らない。

もうこのシリーズは止めようかと思ったのだが
次の「リアクト」が、前仁作の総集編たるべく
なかなかのまとめになっているらしいので
厄介なことである。

展開そのものは素晴らしいので
やはり読み続けるしかないのか。
やれやれ。

206korou:2015/06/10(水) 10:37:58
堤未果「沈みゆく大国アメリカ<逃げ切れ!日本の医療>」(集英社新書)を読了。

優れた本である。
今までの堤さんの著作の集大成のような位置づけだ。
単なる民間保険制度と、社会保障としての医療制度を対比し
どちらが日本人にとってより良い制度なのかということを
多少後者へ傾斜気味ではあるがその概要を提示している。
その上で、より良い制度を望むなら現在の制度への無関心、無知が一番いけない
と訴えている。
まさに正論だ。
疑問の余地もない。

著者も言うとおり
日本人のDNAには、”協同””相互扶助”の精神があるはずなので
米国式の経済至上主義ともいえる医療制度を嫌悪するのは当然かもしれない。
そういう論理を超えた直感が、この本の根底に流れていて
本当はもっと緻密に議論しなければいけないのだろうけど
他のどんな本よりも、この問題についての説得力をもつことになる。

この本が提示しているのは、日本のあるべき未来像だ。
ぜひ若い人たちに読んでほしい本である。
間違いなくオススメできる本である。

207korou:2015/06/11(木) 17:04:51
法条遥「忘却のレーテ」(新潮文庫nex)を読了。

まさにSFそのものである。
必要な人間描写は一切省き
少々不自然な設定も
大きなSFの仕掛けの妨げになるのであれば
あえてその設定で押し通す強引さが
良くも悪くもこの作品の個性となっている。

いろいろなことに目をつぶれば
なかなか面白い作品だと思う。
日付の逆進の仕掛けは途中で気付いたが
主人公の死への恐怖をそんな形で解決しようとしていたとは
あまりにモノローグが凝り過ぎていたせいで
気付きようがなかった。
全体を通して、法条作品らしいエンターテインメントになっている。

ただし、この作品は人を選ぶ。
恋愛、ミステリー、あるいは純文学を好む人には
この作品のつじつまの適当さに我慢ならないだろうし
とにかく凝りに凝ったSFが好きな人には
なかなかいい読書体験になるはずである。

帯の文句とかが、結構”関係ない人たち”を引き寄せそうなのが
ある意味心配でもある。

208korou:2015/06/15(月) 16:43:45
野崎まど「ファンタジスタドール イヴ」(ハヤカワ文庫)を読了。

異才野崎まどの新作で
読み終わってから、メディアミックスの一部であることを知った。
出だしは、あたかも三島由紀夫「仮面の告白」のような
幼少時からの異常リビドーを描いた心理小説で
近年こういうタッチの作品はあまり読んだことがなく珍しいと思ったのだが
途中から、中途半端なSF設定が絡んできて
やや興ざめな部分も出てきた。
しかし、全体的に描ける人だと思うし
前半部分には久々に文学、それも現代の感覚で古典的な心理描写を復活させた
見事な文章が展開され、結構感激した。

ピタッとハマったものを書けば
十分、直木賞とかもとれる筆力だと思うのだが
結構直木賞審査は時代遅れな感覚なので
そういう方向で成功することは今後ともないだろう。
ここは伊坂幸太郎のように
読者が盛り上げていくしかないのだが
今のところ、順調な推移で着実に「信者」を増やしているようである。
今後が期待される注目の作家であることには間違いない。

209korou:2015/06/17(水) 16:37:41
豊島ミホ「大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル」(岩波ジュニア新書)を読了。

ふだんは、全点購入している環境に居ながら
ほとんど読まない岩波ジュニア新書だが
これは冒頭から惹かれるものがあって
ゆっくりとしたペースで読み切ることができた。

文体にスピード感があるのがいい。
書かれている内容はそれほどでもないのに
この文体でどんどん読ませていく。
ただし、最後のほうで結論っぽくまとめたあたりは
さすがにスピード感を出しようがなく
そこでは一気に内容のか細さが露呈することになった。

岩波の本とはいえ、決して一般的でなく
独特な感性と才能を持った人のための
リベンジマニュアルとなっている。
中高生以外には読者を想定しようがなく
さらにその中でも特殊な分野だと思う。
でも、こういう本は存在すべきだし、読まれるべきだろう。
「いじめ」については、とにかく、解決のための「引き出し」が
いくらあっても足りないくらいだから。
これもその「引き出し」の一つだろう。

210korou:2015/06/29(月) 10:27:07
松田卓也「2045年問題」(廣済堂書店)を読了。

前半部分は実に快適というか
まとめ方、例示の仕方が上手で
いい本を見つけたという喜びに浸っていたのだが
後半のまとめになって、突然「理系バカ」が顔を出し始め
だんだんと読むに堪えない駄文のオンパレードになってしまったのには
驚くとともに、残念な限りだった。

あまりに手広く分野を広げてまとめてはいけない、という好例だろう。

ただし、最初のほうの「パソコン通史」「ロボット通史」のあたりは
これほど要領よくまとめてある本を他に知らないほどだ。
マトリックスとかの例示を嫌がる読者も居るだろうが
自分は面白く読めたし
それに続く現在の人口知能研究の様子などは
さすがにその道の研究者だと思わせる見事な叙述である。

そのへんだけを通読すれば
それで足りる本だろう。
後半の未来予測は、なかったほうが良かった。
トンデモ科学と、未熟な社会科学の知識のごった煮だ。

気を付けて読むべき異色の本である。

211korou:2015/07/03(金) 13:18:50
外山滋比古「知的生活習慣」(ちくま新書)を読了。

最初のうちはあまり気乗りしない読書だったが
読み進めるにつれて、外山さんの文章の呼吸に慣れてきて
だんだんと読むのが楽しくなり
最後は一気読みに近い感じになった。

短文の寄せ集めのようにも思えたが
たくらみもあって
頭→体→心という順に書き進められているので
「知的生活習慣」を
その順番に考察していく論集のようにも読めることに
途中から気付いた。

個々の文章も
たくらみがないように見えて
適度に断定し、適度に慎重な言い回しを行って
全体として適度な知的抑制が働いているように思えた。
いかにも老師の文章という余裕が感じられ
途中からは、その大家ぶりに感じ入って
読み進めていたようなものである。

そういう余裕に感じ入れる人には
まさにオススメである。
そこまでの思い入れができない人には
どういうことのない本だろうけど。
まあ、92歳にもなってここまでの本を書けること自体
賞賛に値することではあるのだが。

212korou:2015/07/08(水) 16:34:37
小熊英二「生きて帰ってきた男」(岩波新書)を読了。

新書とはいえ389ページに及ぶボリュームであり
本来なら読み通すのも一苦労なはずだが
あっという間に読み終えた。
著者が、自分の父親のこれまでの人生を
直接聞き書きするという本だが
その父親である謙二氏の記憶力の良さ、社会経験に基づく地に着いた考察などに
まず感心させられる。
そして、あとがきにも書いてあるとおり
一定の方針を持って聞き書きしているので
そこの部分は意図通りに一貫して伝わってきて
その感覚も快い。
そして、あまり語られない昭和10年代、20年代の具体的な世相など
そもそもが興味深い話の連続である。
退屈しないわけがない。

単に昭和に生きた人の回想にとどまらず
優れた民衆史になっている。
昭和を理解する上での必読の書が誕生した。
素晴らしい!
歴史の本では今年読んだなかで最高の著作である。

213korou:2015/07/13(月) 17:02:53
住野よる「君の膵臓をたべたい」(双葉社)を読了。

題名を見て、さらに絶賛の書評を見て
どうしても読みたいと思った小説だ。
読み始めは、やや動きの少ないストーリーに閉口したが
恋愛小説だから仕方ないと思い読み進める。
甘すぎる会話も最初のうちは皮相に思え
第一印象は決して良くなかった。

少しだけヒロインの心のうちが見えてきたところで
やっと興味が湧き始める。
考えてみれば、心のうちが見えないという設定の
男子高校生の視点で書かれてきたので
このあたりは、今思えば叙述トリックに見事にハマっていたわけだ。

最後のあたりは、いかにも泣かせよう泣かせようとする技巧が
ミエミエだ。
でも、それが全然気にならないのが素晴らしい。
やはり、叙述トリックでうまく”嵌められて”いるので
最後のこの感情の爆発は、どう表現されようと
もはや読者としては泣くしかないわけだ。
実によくできている小説である。

最初のあたりの独特の読みにくさと
クライマックスをはぐらかす突然の事件が
あまりにも突飛に表現されている部分の違和感を除けば
見事な出来栄えだと思う。
オススメという点では、今年一番の小説かもしれない。

214korou:2015/07/23(木) 11:23:55
高野誠鮮「ローマ法王に米を食べさせた男」(講談社+α新書)を読了。

石川県羽咋市のスーパー公務員の話で
今季TBS系日曜ドラマの原作として話題のノンフィクションである。
スーパー公務員の本はいくつか読んだが
いずれも、凄いとは思うものの
なぜか違和感も大きい本がほとんどだった。
その典型は「沸騰図書館」であるが
結局、絶対に普通の公務員ではできやしないことが
延々と書かれていることについての無力感だろうか?

この本も絶対に普通の公務員にはできない仕事ぶりのオンパレードである。
ここまで組織を無視して行動する公務員など
まず居ないし、できない。
組織を無視していいのなら、これに近いことはできる人は居るだろうが
そこが一番の大きな障害であり
そのことについて、この著者はあまりにも無頓着で
すなわち、いくらこの本を読んでも
共感した上での実行は無理なのである。

にもかかわらず
今まで読んだスーパー公務員の本のなかでは一番感銘を受けたのも事実である。
福島のことや、奇跡のリンゴの木村さんのことなどがエピソードにあるのも大きいが
その上に、僧侶としての世界観がじんわりと伝わってくることが最大のポイントだろう。
モーレツ公務員だけれど、その根底に、この世界を優しく見つめる視点が感じられるのだ。
厳しさと優しさが両方感じられるスーパー公務員の本は
多分この本が初めてだ。
アマゾンでの高評価も納得である。
素晴らしい快著!

215korou:2015/07/29(水) 09:35:01
デービッド・アトキンソン「イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る」(講談社+α新書)を読了。

すでに日本の文化財関係の会社で仕事を続けている外国人による
日本経済、及び日本の文化財事情、観光についての本である。
なお、書名の「日本の国宝を守る」というのはミステイクだろう。
どこにも国宝を守る話など出てこない。
これほど内容と一致しない書名が堂々と出ているのは珍しい。
売れている本なので大過ないのだが
このクオリティでもし売れないとしたら
書名を決めた編集者の罪は重い。

非常に優れた日本社会論である。
もともと経済アナリストなのに
専門の経済関係の話はそれほど深く突っ込まず
あくまでも日本社会の課題を挙げるスタンスで書き続けられている点に敬意を覚える。
本来、同じ書物内で論じにくい経済、文化財、観光を
同一の目線で書き切り、全然違和感がないのも
そのブレないスタンスが大きく貢献している。
よって、著者の言いたいことは非常によく分かる。

ということで
この本をベースに、いろいろな議論が可能になってくる。
優れた本というのは、そういうものだろう。
個人的には、疑義も多く、論の進め方にも必ずしも同意できない面も多いのだが
そんなことは枝葉末節なことと言える。
世評の高さも頷ける。

216korou:2015/08/09(日) 18:38:32
東山彰良「流」(講談社)を読了。

一読、優れた小説、大きな小説、圧倒されるスケール感の小説だと思い
大切にゆっくりと読んだ。
大体、4週間ほどかかってしまったが
その間、途中で止めようとは一度も思わなかった。
2015年は、抜群の直木賞受賞作「流」を読んだ年として
記憶してもいいくらいの感銘を受けた。

作者にとって、これは書かれなければならなかったという必然性があり
そして見事に書き切ったという充実感が伝わってくる小説である。
それでいて細部も丁寧に描かれていて
読者を、体験することの難しい1970年代の台湾の世界にいざなってくれるのである。
リアルであり、かつ青春小説としての夢と希望、挫折、友情、恋愛に満ちた
まさに本格的な小説なのである。
これほど、小説というジャンルのあらゆる要素を詰め込み
それでいてどこも破綻していない作品は
かつて読んだことがないくらいだ。
いわゆる世界文学の古典ならあり得ようが
2015年の日本にこれほどのものを書く人が居たとは!

文句なし、今年ナンバーワンの小説。
本当の読書人なら絶対に読むべき、読まれるべき小説である。

217korou:2015/08/21(金) 14:32:05
竹内昌彦「見えないから見えたもの」(自費出版)を読了。

今や地元の名士である竹内先生の本が
わが職場に寄贈されたのを機会に読んでみた。
想像以上に素晴らしい内容で、何度も感涙し感動した。
記憶力抜群な上に、その多くの記憶のなかから
適切に要点をまとめられているのが、読んでいてよく分かる。
すべての話に曖昧な部分がなく、明確なイメージのまま話が進んでいく快適さ。

同じ障害者の端くれとして思うのは
やはり、心が強いか、強くないかということが
その人の生き方を決めてしまうということだ。
健常者の場合、さして強くない心であっても
とりあえずは人生がうまく転がることも多いだろう。
しかし、障害者は違う。
竹内先生のような強い心を持った人間と
自分のような曖昧模糊とした心しか持てない人間とでは
その後の人生の展開が全然違ってくる。
それなのに「心」という健常者にも明解な要素であるがために
そのあたりの問題は看過されるということなのだ。
自分の人生で他者に不満を持つとすれば、まさにそこなのだ。

強い心を持ち、周囲によってからも育まれた先生は
到底視覚障害者が為し得ないだろうと思わることをやってのけた。
これは健常者にとっても大きな感銘を与えるに違いない。
意外なほどの素晴らしい読後感に未だに包まれている。

218korou:2015/08/23(日) 15:01:55
中村文則「掏摸」(河出文庫)を読了。

海外でも評価が高まっているこの作家の代表作ということで
数年前から何度も挑戦していた作品だが
そのたびに途中挫折し
今回も、もし挫折したらもう読み直せないのではないかと思っていたほどだ
(中途挫折はクセになるので)

今回は、最初の50ページほどを強引に読み続けた。
すると、そのあたりから俄然面白くなった。
そこまでのゆっくりとした描写から
犯罪現場を違う視点から観察しているようなリアルな描写に切り替わり
展開もスピーディになった。
女性の描写に今一つリアリティがないようにも感じられたが
それも大きな傷ではなく
むしろ一気に非日常の世界に没入できる小気味いい感覚のほうに魅せられた。
これなら高評価なのも頷ける。

「塔」を象徴的に描写している点で
三島の「金閣寺」を連想されたが
それともまた違う象徴の扱いでもあった。
ドストエフスキーの影響というのも、もちろん感じられるが
そのあたりは、非日常であるがために
むしろマイナスに作用している気がする。

作者の資質はもっと別のところにある。
素晴らしい才能だが、なかなかこういう才能を開花させるのは難しいのでは、と思った。
作品自体は、そんな懸念など吹き飛ばすほど素晴らしいのだが。

219korou:2015/08/24(月) 12:59:32
林純次「残念な教員」(光文社新書)を読了。

読もうかどうか迷っていたが、結局読まずにおこうと決めていた。
ところが、わが業界でそこそこ評判がいいので
仕方なく読み始めることになったという経緯。
読後すぐの印象を言えば
アマゾンでの微妙な評価も分かるし
わが業界での評判の良さも頷ける。
ただ、あまり読後感の良くない本であるということも事実。

やはり、自分が進んでいる道が間違いないと確信している点に
抵抗を覚える。
安倍晋三、橋下徹、前武雄市長などに共通する”見習いたくない「強さ」”を
行間に嗅ぎ付けてしまうのだ。
他者との交流で人間は成長する、と書いているが
その他者は、あくまでも自分の成長に寄与する他者に限定される、という無意識の驕り。
こうして合目的的にテーマについて考え抜いていくことで
何かが抜け落ちていくような感覚。
そして、そういったことに多分気付かないであろうこの方の感性。
それらが相俟って、読後感の悪さを形成していっている。

もちろん、いくつかの細部には真実が宿っている。
さすがと思わせる文章もふんだんに散りばめられている。
いい部分だけ吸収して、他は無視すればいいのだが
なまじ体系的にしっかりとした著作だけに、そういうのも難しい。
結構面倒くさい”一見「良書」”である。

220korou:2015/08/30(日) 17:41:00
深谷敏雄「日本国最後の帰還兵 深谷義浩とその家族」(集英社)を読了。

なんというか、こういう本の感想をさらさらっと書き記すことは難しい。
圧倒的な事実の重み、それも筆舌に尽くしがたいほどの苦難の連続である歴史上の真実が
延々と何百ページも続く力作、大作であるので
まさにアマゾンでの書評でしばしば語られたように「体力」を要する読書でもあり
それ以上に精神的にも鍛えられる読書体験となった。
普通の読書であれば
読んでいる途中で目の調子がおかしくなった時点でストップをかけるのだが
今回の読書に限っては、そういう中断は考えられなかった。
とにかく目を休めて、1時間程度で少し回復したかなと判断できれば
すぐに読書を再開することにした。
おかげで、一気読み状態で、この週末に読み終えることができた。

本の内容は、なかなか簡単には要約できない複雑な歴史ノンフィクションである。
”戦争の傷跡”と一言で要約したくないし、でもそうとでも言わないと要約にならないし
本当にうまく言葉にできないもどかしさが先立つ。
上官の命令を絶対的なものとして、さらにその命令内容を完全秘匿する深谷義浩氏の世界観は
いまや想像することすら困難になってきている軍人独自のスピリットと言えよう。
しかしそこを共感できなければ、この本全体が理解できないことになる。
年配の読者でまだ共感可能な人たちが多く生存しているので
この本の価値は長く語られることになるだろうが
数十年後にはたしてその共感が継続するかどうかとなると甚だ疑問である。
素晴らしい力作、大著であるが、そこだけが心配だ。

221korou:2015/09/01(火) 15:32:10
江國香織ほか「100万分の1回のねこ」(講談社)を読了。

佐野洋子「100万回生きたねこ」をトリビュートした複数の作家による短編集。
江國香織、岩瀬成子、くどうなおこ、井上荒野、角田光代、町田康、今江祥智、
唯野未歩子、山田詠美、綿矢りさ、川上弘美、広瀬弦、谷川俊太郎といった面々で
短編もしくは詩が書かれている。

児童作家の岩瀬成子さん、そしてやはり角田光代さんの短編が素晴らしく
また導入の江國香織さんの短編も無難な出来だったので
ついつい全部読んでしまったが
今思えば、山田詠美、川上弘美あたりの作品は
全く嗜好に合わなかったので
全部読まなくてもよかったかなとも思っている。

こうしてトリビュート作品を連続して読むと
それなりに佐野作品への理解は深まっていくのだから
は不思議である。
嗜好と異なる作品のほうが多いというのに。

まあ、期待通り、それ以上でもそれ以下でもないアンソロジーだった。

222korou:2015/09/04(金) 16:40:27
三秋縋「君が電話をかけていた場所」(メディアワークス文庫)を一気に読了。

三秋縋の最新作で、今月下旬発売予定の「僕が電話をかけていた場所」との二部作である。
相変わらず文章が面白い。
いや個人的には、もう大満足で最高な気分で
もう読書中のこの幸福な気分が終わってしまったのかと思うと
しばらく他の本を見ても興味が全然湧かないという困った状態になっている。
今、そんな気分にさせてくれるのは
東野圭吾と三秋縋くらいではないか(知名度では雲泥の差があるが・・・)

またしても、不思議な設定で、不思議な登場人物である。
しかし、その不可思議さが作品世界に絶妙のインパクトを与えていて
読んでいくうちに違和感など消え去って
世界を構成する重要な部分として欠かせない要素にまでなっていくので
不可思議さでもなんでもなくなってくるのである。
しかし、純粋に考えれば、その不可思議さが
作品を他のどんなストーリー、設定とも違った個性的で魅力的なものにさせているのであり
見事な「フィクション」という他ない。

細部の表現も相変わらず個性的で素晴らしい。
登場人物の造型の面では、ますます進化を遂げている。
続編が待ち遠しい。
こんな読書ならいくらでもしたい。
自分の残りわずかな視力は
こういうことに使うために残してあったのだと思ったりする。

223korou:2015/09/09(水) 14:49:26
夏目漱石「道草」(ほるぷ出版)を読了。

大活字本で漱石の自伝的小説を読んだ。
実に渋いというか
多分、若い人などには何が面白いのかわからないだろうと思われる
地味な内容の小説だった。

複雑な経緯のある家庭に生まれた主人公が
性格が合わない妻との、それこそ全然噛み合わない日常生活を送りながら
落ちぶれた養父からの無心をいかに断ろうかと日々悩み続け
やっと手切れ金のようなもので始末をつけた、というだけの小説だ。
漱石らしい深い心理描写は見事だが
そういうものに興味も関心もない読者には
何の愉しみも与えない作品になっている。

とにかく、同じような場面が延々と続き
フィクションを読んでいると了解していても
実に面倒くさい話の連続なので
なかなか勢いよく読み進めることができない。
今回も、かつての「明暗」の読書の二の舞になるかと思われたが
なんとか夏休み当初から9月上旬にかけて耐えに耐えて
ついに読み通すことができた。

とはいうものの(文句ばかり並び立ててみたものの)
さすがは漱石という読後感は残る。
何が凄いのか一言では言い表せないが
近代の日本人なら、この小説に否定的感想を出しようがないはずである。

224korou:2015/09/17(木) 20:11:07
久坂部羊「無痛」(幻冬舎文庫)を読了。

この作家の作品は初読だったが
一気読みであっという間に読み終えた。
医療という専門的な分野を正確に精密に記述しながら
これだけの多くの出来事を鮮やかに描き分けていく筆力は凄い。
エンタテインメントとして申し分ない出来だった。
東野圭吾のミステリーを読んでいるような充実感があった。

欠点がないでもなく
途中グロすぎる描写がしつこいくらい続くところや
あまりに多くの問題を盛りすぎて、いくらか消化不良になってしまった点や
細かい部分でもっと説得力ある理由づけをしてほしかったなど。
ただし、そういう部分も、読んでいる途中には
あまり気にならなかったので
エンタとしては問題ないだろう。

刑法第39条など、それぞれの論点を突っ込んで考えるとなると
読後少しずつ判明してくるそういった一つ一つの瑕疵が
結構気になってくるのも事実。
自分は、あまり気にしないタイプだが
人によっては気になるかもしれない。
グロい表現とともに、この小説が万人向けされない理由だが
ある種の読書人たちには、無条件で推薦できる圧倒的なエンタ名作だと思った。

225korou:2015/09/24(木) 12:54:59
東野圭吾「ゲームの名は誘拐」(光文社文庫)を読了。

出だしは軽いノリが目立ち、やや感興をそぐが
途中から、いつもの「やめるにやめられない状態」に陥ることに。
本当に一気読み必至のミステリーだった。

出だしの軽いノリは不要だっただろう。
主人公は緻密な計算が得意な冷静で理性的な男性なので
むしろ、とっかえひっかえ交際相手の女性を変えていくような設定は
おかしいとも言える。
もっと息の詰まるような難しい性格のほうが
小説全体の骨格を大きくしたに違いない。

対照的に誘拐の対象となった女性、というか少女の描写は
これ以上ないくらい効果的だった。
「女性の描写はできない」と宣言した作者とは思えない巧い使い方で
このたくらみの多い作品を一層ふくらます効果を生んだ。

よく読めば欠点もあるのだが
そういうことよりも
一気読みさせる見事な筆力のほうに気持ちが支配される。
さすがは東野圭吾と、またしても思わされた。
そして、映像化されたのもむべなるかな。
映像化への意欲を十二分にそそってくる快心作だろう。

226korou:2015/09/29(火) 13:21:13
小手鞠るい「あんずの木の下で」(原書房)を読了。

小学生向けに書かれた”体の不自由な子どもたちの太平洋戦争”の本。
子ども向けなので、ノンフィクションとはいえ、文章はシンプルで素朴。
真実をえぐり出していく迫力などとは無縁で
いかにもオーソドックスに戦争を憎み
さらに、その原因として「心」の問題を取り上げ
身近な話題である「いじめ」との関連で
読む者の気持ちを情緒的に高めていく仕掛けになっている(あとがき)。

最初は、珍しいエピソード満載なので
とてもいい本に巡り合えた感触だったが
次第に、単純な論理構成、情緒先行型の平和主義の羅列に閉口することとなった。
そうなると、ノンフィクションとしての誠実さの問題も出てくる。
この史実(肢体不自由児の疎開)を小学生向けに易しく記述すること自体
無謀ではなかったか?
これは、大人向けにしっかりと書かれなければならない複雑で難しいテーマだっただろう。

良い着眼点だけに、惜しいアプローチだった。
残念な佳作である。

227korou:2015/09/30(水) 13:17:52
三秋縋「僕が電話をかけていた場所」(メディアワークス文庫)を読了。

前作「君が電話をかけていた場所」の続きで
特段設定が違うわけではなく、純粋に話の続きになっていた。
読後の印象は、もともとそのままでも不思議な話を(いわゆるファンタジー系)
より複雑に、よりニュアンスを濃くして
再編集したようなストーリー、構成だということ。
それでいて、読んでいて止まらない魅力というのが
登場人物それぞれの考え、行動、会話などが
納得のできるもので
なおかつ文体に独特のリズム、傾向、感性があることが大きい。

今回は、2部作ということで
今までになく複雑なストーリー展開になっていたが
それが、作者あとがきでいう「正しい夏」への憧れによるものである
ということもよく分かる。
青春、恋愛、友情、高校生の日常といったものが
惜しげもなく描写され
もうそんなものとは無縁な50代の男性の心にもストレートに突き刺さってくる。

現役高校生は、こういう小説をどう受け止めるのだろうか。
少なくとも、自分は夢中で読み、十二分に堪能し
登場人物たちを100%愛することができた。
彼らと別れなければならない最終ページが恨めしかった。

228korou:2015/10/14(水) 13:59:44
つんく♂「だから、生きる」(新潮社)を読了。

平易で読みやすい文章なので一気読みできた。
内容は、声帯を摘出するに至ったガン治療の経緯を中心に
これまでの生き様をふりかえる章も含めて
著者の家族愛、人生観がにじみ出るものだった。
意外なほどの直球の文章で、そのストレート一本の姿勢が
好感度の高いものに思えた。

かつての人気図書だった「LOVE論」とは違って
ここで語られているのは自分と家族のことだけであり
他者への批評の部分は皆無に近い。
だから、芸能界関係の記述はすべて「仕事」で片づけられており
その方面の情報を期待してはいけない本である。
そしてそういう本にしようと決めた著者の選択は正しい。

誰にでもオススメできる好著になっている。
タレント本のなかでも上質な部類に属するだろう。

229korou:2015/10/17(土) 17:25:46
秋吉理香子「聖母」(双葉社)を読了。

「ラスト20ページ、世界は一変する」という帯に惹かれて一気読み。
読後の感想はというと、イヤミスではないかという疑い。
ちょっとした動機で幼児を2人も殺した人間が
ラストで暖かく描かれるのだから
読後の印象が良いわけがない。
全体に、悪人がそのまま悪人として類型化され
その結果、その悪人が殺される過程が
類型化された殺人に簡易化されてしまっている。
机上の操作で、殺人という重大な行為は
単なる因果応報の一つのピースとして軽々しく扱われていることに
この作品の決定的な軽さが感じられる。
まして、幼児がこの程度の動機で殺されなければならない理由は
現実社会の倫理では絶対にあり得てはならないのである。

しかし、その一方で、ドラマの細部は巧みに描かれている。
土壇場で明らかになる真相も
それ自体は見事なものだと評価されておかしくない。
人間も人形ではなく生身としてちゃんと描かれていて
それぞれの心理描写にもソツがなく、違和感もない。

ただ犯罪そのものについての扱い方が
反社会的で、全く倫理がなっていないだけの話である。

こういう小説をどう評価すればいいのだろうか?
面白いのは間違いない。
でも、決定的なところで大きく間違っている小説。
あってはならない物語。
分からない。困る。こういうのは本当に困る、学校司書としては。


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