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あの作品のキャラがルイズに召喚されましたin避難所 4スレ目

1ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/14(月) 13:53:15 ID:tnRMCI/M
もしもゼロの使い魔のルイズが召喚したのがサイトではなかったら?そんなifを語るスレ。

(前スレ)
避難所用SS投下スレ11冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1392658909/

まとめwiki
ttp://www35.atwiki.jp/anozero/
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/9616/

     _             ■ 注意事項よ! ちゃんと聞きなさいよね! ■
    〃 ` ヽ  .   ・ここはあの作品の人物がゼロ魔の世界にやってくるifを語るスレッドよ!
    l lf小从} l /    ・雑談、SS、共に書き込む前のリロードは忘れないでよ!ただでさえ勢いが速いんだから!
   ノハ{*゚ヮ゚ノハ/,.   ・投下をする前には、必ず投下予告をしなさいよ!投下終了の宣言も忘れちゃだめなんだからね!
  ((/} )犬({つ'     ちゃんと空気を読まないと、ひどいんだからね!
   / '"/_jl〉` j,    ・ 投下してるの? し、支援してあげてもいいんだからね!
   ヽ_/ィヘ_)〜′    ・興味のないSS? そんなもの、「スルー」の魔法を使えばいいじゃない!
             ・まとめの更新は気づいた人がやらなきゃダメなんだからね!

     _
     〃  ^ヽ      ・議論や、荒らしへの反応は、避難所でやるの。約束よ?
    J{  ハ从{_,    ・クロス元が18禁作品でも、SSの内容が非18禁なら本スレでいいわよ、でも
    ノルノー゚ノjし     内容が18禁ならエロパロ板ゼロ魔スレで投下してね?
   /く{ {丈} }つ    ・クロス元がTYPE-MOON作品のSSは、本スレでも避難所でもルイズの『錬金』のように危険よ。やめておいてね。
   l く/_jlム! |     ・作品を初投下する時は元ネタの記載も忘れずにね。wikiに登録されづらいわ。
   レ-ヘじフ〜l      ・作者も読者も閲覧には専用ブラウザの使用を推奨するわ。負荷軽減に協力してね。

.   ,ィ =个=、      ・お互いを尊重して下さいね。クロスで一方的なのはダメです。
   〈_/´ ̄ `ヽ      ・1レスの限界最大文字数は、全角文字なら2048文字分(4096Bytes)。これ以上は投下出来ません。
    { {_jイ」/j」j〉     ・行数は最大60行で、一行につき全角で128文字までですって。
    ヽl| ゚ヮ゚ノj|      ・不要な荒れを防ぐために、sage進行でお願いしますね。
   ⊂j{不}lつ      ・次スレは>>950か480KBからお願いします。テンプレはwikiの左メニューを参照して下さい。
   く7 {_}ハ>      ・重複防止のため、次スレを立てる時は現行スレにその旨を宣言して下さいね。
    ‘ーrtァー’     ・クロス先に姉妹スレがある作品については、そちらへ投下して盛り上げてあげると喜ばれますよ。
               姉妹スレについては、まとめwikiのリンクを見て下さいね。
              ・一行目改行、且つ22行以上の長文は、エラー表示無しで異次元に消えます。
              SS文面の区切りが良いからと、最初に改行いれるとマズイです。
              レイアウト上一行目に改行入れる時はスペースを入れて改行しましょう。

194ウルトラ5番目の使い魔 66話 (15/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:13:42 ID:RJjVhhhM
 才人は一瞬、「えっ?」となったものの、記憶を掘り起こしてハッとした。そうか、あのときのことをここで……確かにミシェルならできる。となれば、自分のすべきことは。
「デルフ、ちょっと頼みがあるんだ。これから奴に切り込む、お前は中身のない大騒ぎをしてできるだけ奴の気を引き付けてくれ、得意だろ?」
「おいおい、なんか作戦を思いついたみたいだけどひでえ言い草だなあ。まあいいか、俺っちが魔法を吸うだけが取り柄じゃねえってことを見せてやるぜ!」
 才人は相棒に笑いかけて、ミシェルに続いてトルミーラに突撃した。
「お前の相手はおれだババア!」
「そうだこの年増の厚化粧女! 怪物のマスクにまでしわがはみ出てるぞ。俺っちの美しい刀身にブサイクなもん映させんじゃねえよ!」
「アナタたち、よほど早く死にたいようねえ!」
 才人とデルフの悪態に、トルミーラは激昂して殴りかかってきた。
 ヒュプナスの爪がデルフの刀身とかみ合い、才人は全身の筋肉を総動員してやっと受け止め、デルフも刀身がきしんで「折れる折れる!」と悲鳴をあげる。
 だが、おかげで一瞬だがトルミーラの意識がミシェルからずれた。その隙を逃さず、ミシェルは杖を持って全力の魔法を放った。
『錬金!』
 杖から放たれた光が部屋を照らす。トルミーラは、才人の行動が陽動であろうと読んでいて、背後から不意打ちにしてくるなら返り討ちにしてやろうと待ち構えていたが、予想外の魔法に戸惑い、動きを止めてしまった。
 その瞬間、錬金の魔法によって基礎構造を崩された部屋の天井が轟音をあげて崩落を始めたのだ。
「ミシェル!」
「サ、サイト……」
 精神力を一気に絞り出すほどのパワーで錬金を使ったことで脱力してしまったミシェルを助けようと、才人は倒れ掛かるミシェルを抱きかかえて全力で部屋の出口へと走った。
 もちろん、それを見逃すようなトルミーラではない。逃げ出すふたりを後ろから襲おうと、その鋭い爪を振り上げた。
「バァカねえ! これで部屋ごと私を押しつぶす気でしょうけど、私のスピードなら簡単に逃げられるわ。地の底に眠るのはアナタたちよぉ!」
 その通りに、才人の背中にヒュプナスの爪が迫り来る。だが、トルミーラが勝利を確信した、その瞬間だった。
「ウワッ! あ、足が動かな? これは、私の蜘蛛の糸!?」
 なんと、ヒュプナスの足にさきほどトルミーラが放ってミシェルが撃ち落とした蜘蛛の糸の魔法がからみついていたのだ。

195ウルトラ5番目の使い魔 66話 (16/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:15:06 ID:RJjVhhhM
 ミシェルは才人に抱きかかえられながら、慌てるトルミーラに向けて冷たく言い放った。
「そうだ、自分の放った魔法に足を取られて逝け。貴様には似合いの末路だ」
「ま、まさか、蜘蛛の糸が落ちている場所まで計算して! ワアアァァァーーッ!」
 崩れ落ちる大量の瓦礫がトルミーラに降り注いだ。いくら頑強なヒュプナスの体といえども、地下室を作り上げるための強固な構成材の数十トンにも及ぶ落下には耐えられない。
 間一髪、出口に滑り込んだ才人とミシェルに、大量の粉塵が追い打ちをかけてくる。ふたりは目を閉じてそれに耐え、粉塵が収まった後で部屋を見返すと、部屋は巨岩のような瓦礫にうずもれてしまっていた。
「や、やったぜ! さっすがミシェル。でも、一歩間違えればおれたちも瓦礫の下敷きだったってのに、すげえ無茶考えるぜ」
「フッ、サイトならあのときと同じようにわたしを助けてくれると信じていたよ。お前は誰かを救う時は、絶対に期待を裏切らない。わたしはそう信じている」
 信頼のこもった優しい眼差しがふたりの間で交差する。
 しかしそのとき、転がる瓦礫からごろりと岩が動く音がしたのをふたりは聞き逃さなかった。
「死いぃぃぃねぇぇぇーーっ!」
 瓦礫から飛び出してきたヒュプナスの爪が才人とミシェルを襲う。だが、ふたりはそれを見切っていた。
 満身創痍のヒュプナスに、二振りの剣が突き出された。
「ガハッ」
 動きが鈍っていたヒュプナスの左胸に、二本の剣が突き刺さり、ヒュプナスは青色の血を流しながらゆっくりと倒れた。
 これで本当に終わりだ。心臓の位置は人間と変わらないヒュプナスは致命傷を受け、トルミーラの姿に戻って口から血を漏らした。
「フ、ハハ……痛い、痛いわ。わ、私の負けね……まさか、あんたたちみたいなのに負けるなんて。ウ、フフ、ハハ」
 自嘲気な笑いを浮かべ、トルミーラは見下ろしてくる才人とミシェルを見上げ、視線が合ったミシェルはトルミーラに話しかけた。
「約束だ、わたしが勝ったから首謀者の正体を教えてもらおう」
「ふ、ハハハ。オシエナーイ! だって私、悪党でイジワルだから。ン、でも、気にすることはないわ。あの方は、いずれあなたたちの前にも現れるでしょうから、それまで楽しみにしてるといいわ」
「それは、ここと同じような悪事を、そいつは企んでいるということか?」
「エエ、そうよ。あの方は、このハルケギニアをメッチャクチャにするのが目的みたい。すぐにでも、次のナニカが新聞を賑わすでしょう……そして、実は私はホッとしているのよ」
「何?」
 生気を失っていくトルミーラの顔に、子供のように安堵した表情が浮かぶのをミシェルは見た。

196ウルトラ5番目の使い魔 66話 (17/17) ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:16:14 ID:RJjVhhhM
「ミシェル……今度は私がお礼を言わなくちゃね。おかげで私は、あの方から解放される……そしてアナタたちは、私なんかとは比べ物にならないホンモノノ恐怖を味わうことになるわ。ウハハハ……」
「それは、どういう意味だ?」
「ウフフ……あの方こそ、本物の悪魔よ。もしココにあの方がいたら、今ごろ肉塊になっているのはアナタたちのほうだわ……恥を忍んで教えてあげる。あの方は、ヒュプナスになった私を、笑いながら軽々とねじ伏せてくれた。あんな屈辱……いえ、絶望はなかったわ……ウハハ、イヒヒヒ」
 ひきつった笑いを漏らすトルミーラを、才人はつばを飲み、冷や汗を流しながら見下ろしていた。
 まさか、この強さのトルミーラを恐れさせるほどの相手。それは、いったい……?
「吐け! そいつの名を!」
「む、無駄よ。知ったところで、あなたたちには何もできない。あの方を倒せる人間なんてこの世にいない。けど、これで私はやっとあの方から逃げられる……ウフ、ハハ……ミシェル、坊や……恋人ごっこができるのも今のうちよ……」
 それを最後に、トルミーラの呼吸は永遠に止まった。
 才人とミシェルは、トルミーラの死体からそれぞれの剣を引き抜く。そしてミシェルはトルミーラの死体のそばにひざをつくと、狂笑のまま死んでいるトルミーラの顔を直してやった。
「なあ、サイト……こいつはどうしようもないクズだったが、どうしてかわたしはこいつを憎む気になれないんだ……意識しなかったとはいえ、トルミーラのおかげでわたしは死なずにすんだ。それと、こいつもリッシュモンにはめられたわたしの家のように、かつてのトリステインの歪みの犠牲者なのかもしれないと思ってな」
「……」
「もしかしたら、元々はトルミーラもまともな奴だったのかもしれない。わたしだって、もしかしたらリッシュモンに騙されたまま、落ちるところまで落ちていたかもしれない。人間は変わってしまう……いつかは、誰でも」
 ミシェルの声からは、不安と寂しさが漏れ出していた。
 人は変わる。そして変わってしまったら容易に元には戻れない。それに対する恐れがミシェルを突き動かしてきたのだということを察した才人は、ミシェルを抱きしめて耳元でそっとささやいた。
「大丈夫、おれは変わらないし、どこへも行かないから」
「サイト……ありがとう」
 それが保証のない言葉だということはわかっている。いくら変わるまいと思っても、時間は人を変えていく。
 だがそれでも、ミシェルは才人の優しさに触れ、この一瞬のぬくもりを全身で味わった。
 物陰から見守っていたアイが、恥ずかしさのあまりに思わず顔を覆いかけるような光景を目にするのは、その数秒後のことである。
 
 
 この日、ハルケギニアを騒がせた連続誘拐事件は誘拐団の全滅という形で幕を閉じた。
 しかし、新聞の明るいニュースに喜ぶ人々は、その裏で進んでいた地獄を知らず、同じような狂気がなおも進行中であることを知らなかった。
 不可思議な平和を謳歌するハルケギニア。その中で起きた、この小さなイレギュラーが、やがて全てを食いつぶすガン細胞のほんのひとかけらであることを、正義も悪も、まだ誰一人として認識してはいなかった。
 
 
 続く

197ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/10/27(金) 00:19:44 ID:RJjVhhhM
今回はここまでです。では、また来月に

198ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 21:59:36 ID:.xFHoMyw
ウルトラ五番目の人、投稿お疲れさまでした!

さて皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題が無ければ22時03分から88話の投稿を開始します

199ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:03:41 ID:.xFHoMyw


 世間では夏季休暇の真っ最中であるトリスタニアはブルドンネ街にある巨大市場。
 ハルケギニア各国の都市部にある様な市場と比べて最も人口密度が高いと言われる其処には様々な品物が売られている。
 食料や日用雑貨品は勿論の事、メイジがポーションやマジック・アイテムの作成などに使う素材や鉱石、
 そこに混じって平民の子供向けの玩具や絵本、更には怪しげな密造酒が売らていたりとかなりカオスな場所だ。
 中には専門家が見れば明らかに安物と分かるような宝石を、高値で売っている露店もある。
 様々な露店が左右に建ち並び、その真ん中を押し進むようにして多くの人たちが行き来していた。

 市場にいる人間の内大半が平民ではあるが、中には貴族もおり、その中に混ざるようにして観光に来た貴族たちもいる。
 彼らは母国とはまた違うトリスタニアの市場の盛況さに度肝を抜かれ、そして楽しんでいた。
 見ているだけでも楽しい露店の商品を眺めたり、中には勇気と金貨を持って怪しげな品を買おうとする者たちもいる。
 買った物が使えるか役に立つのならば掘り出し物を見つけたと喜び、逆ならば買った後で激しく後悔する。 

 そんな小さな悲喜劇が時折起こっているような場所を、ルイズは汗水垂らして歩いていた。
 肩から鞄を下げて、右手には先ほど屋台で買った瓶入りのオレンジジュース、そして左手には街の地図を持って。

 思っていた以上に、街の中は熱かった。暑いのではなく、熱い。
 まるですぐ近くで炎が勢いよく燃え上がっているかのように、服越しの皮膚をジリジリと焼いていく。
 左右と上から火で炙られる状況の中で、ガチョウもこんな風に焼かれて丸焼きになるのだと想像しながら歩いていた。
「…迂闊だったわ。こんな事になるんなら、ちょっと遠回りするべきだったかしら?」
 前へ前へと進むたびに道を阻むかのように表れる通行人の間をすり抜けながら、ルイズは一人呟く。
 霊夢や魔理沙たちに負けじと勢いよく『魅惑の妖精』亭を出てきたのは良いものの、ルートが最悪であった。
 チクトンネ街は日中人通りが少ないので良かったものの、ブルドンネ街はこの通り酷い状況である。
 観光客やら何やらで市場は完全に人ごみで埋まっており、それでも尚機能不全に陥っていないのが不思議なくらいだ。
 
 普段からここを通っていたルイズは大丈夫だろうとタカを括っていたが、そこが迂闊であった。
 一旦人ごみの中に入ったら最後、後に戻る事ができぬまま前へ進むしかないという地獄の市場巡りが待っていた。
 人々と太陽の熱気で全身を炙られて意識が朦朧としかけ、それでも荷物目当てのスリにも用心しなければいけないという困難な試練。
 ふと立ち止まった所にジュース屋の屋台がなければ、今頃人ごみの中で倒れていたかもしれない。
(こんな事なら帽子でも持ってきたら良かったわ。…でもあれ結構高いし、盗まれたら大変ね)
 ルイズは二本目となるオレンジジュースの残りを一気に飲み干してしまうと、空き瓶を鞄の中へと入れた。
 鞄の中にはもう一本空き瓶と、もう二本ジュース入りの瓶が二本も入っている。
 幸いにもジュース自体の値段は然程高くなかった為、念のために四本ほど購入していたのだ。
 
 他にはメモ帳と羽根ペンとインク瓶、それに汗拭き用のハンカチとハンドタオルが一枚ずつ。
 そして彼女にとって唯一の武器であり自衛手段でもある杖は、鞄の底に隠すようにしてしまわれている。
 万が一の考えて持ってきてはいたが、正直杖の出番が無いようにとルイズはこっそりと祈っていた。
(私の魔法だと一々派手だから、一回でも使ったら即貴族ですってバレちゃうわよね)
 それでも万が一の時が起これば…せめて軽い怪我で済ませるしかないだろう。

200ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:05:23 ID:.xFHoMyw
 地獄とも言える夏場の市場めぐりにも、終わりというものは必ず存在する。
 自ら人ごみの中へと入ったルイズが歩き続けて数十分、ようやく人の流れが少なくなり始めたのに気づく。
 三本目のジュースに手を付けようかとしていた矢先の幸運。彼女ははやる気持ちを抑えて前へと進む。
 
 そして…―――、彼女はようやく地獄から脱出することができた。
「あっ…――やった。やっと、出る事が出来たわ」

 予想通り、人ごみの途絶えた先にあったのは休憩所を兼ねた小さな噴水広場であった。
 中央の噴水を囲むようにして日よけの為に植えられた樹と、その周りに設けられたベンチに平民たちが腰を下ろして一息ついている。
 ハンカチやタオルで汗をぬぐう者、近くにある屋台で買ったジュースを味わっている者や談笑しているカップルと老若男女様々。
 ザっと見回したところで二十数人近くがここで休んでいるのだろうか、市場を出入りする通行人もいるので詳しい数は分からない。
 それでも背後にある地獄と比べれば酷く閑散としており、涼むには丁度良い場所なのは間違いないだろう。
 ルイズはすぐ近くにあったベンチへと腰かけると、ホッと一息ついて肩の鞄をそっと地面へと下ろした。
 そして鞄からハンドタオルを取りだすと、顔と首筋からびっしりと滲み出てくる汗をこれでもかと吸い取っていく。

「ふうぅ…っ!全く、冗談じゃなかったわよ…夏季休暇で市場があんなに盛況になるだ何て、今まで知らなかったわ」
 先ほど潜り抜けてきた下界の灼熱地獄を思い出して身を震わせつつ、程よく湿ったハンドタオルを自身の横へと置く。
 鬱陶しくしても人ごみのせいで拭けに拭けなかった汗を拭えた事である程度気分も落ち着けたが、今度は着ている服に違和感を感じてしまう。
 この前平民に変装する為にと買った服も早速汗で湿ってしまったのだが、流石に服の中へタオルを入れる真似なんてできない。
 生まれも育ちも平民の女性ならば抵抗はないだろうが、貴族として生まれ学んできたルイズには到底無理な行動である。
 その為着心地はすこぶる悪くなってしまったものの、それもほんの一時だと彼女は信じていた。

(まぁこの気温ならすぐに乾くでしょうし、ほんのちょっとの辛抱よ)
 丁度木の陰が太陽を遮るようにしてルイズが腰かけるベンチの上を覆っており、彼女の肌を紫外線から守っている。
 周囲の気温はムワッ…と暖かいものの、それでも木陰がある分暑さは和らいでいる方だ。
 もしもこの広場に樹が植えられていなければ、こんなに人が集まる事は無かったに違いない。
 そんな事を思いつつも、ルイズは休憩ついでに鞄から三本目のジュースが入った瓶と携帯用のコルク抜きを取り出す。
「そろそろ飲み始めないと温くなっちゃうだろうし、冷たいうちに堪能しておかないと」
 一人呟きながらもT字型のコルク抜きを使い、手慣れた動作でルイズはオレンジジュースのコルクを抜く。
 そして抜くや否や最初の一口をクイッと口の中に入れて、そのまま優しく飲み込んでいく。
 オレンジ特有の酸味と甘みが上手く混ざり合って彼女の味覚に嬉しい刺激を、喉に潤いをもたらしてくれる。

 途端やや疲れていた表情を浮かべていたルイズの顔に、ゆっくりと微笑みが戻ってきた。
「んぅー…!やっぱり、こういう暑い日の外で飲む冷たいジュースっと何か格別よねぇ」 
 瓶を口から放しての第一声。人ごみの中で飲んだ時には感じられなかった解放感で思わず声が出てしまう。
 涼しい木陰に腰を下ろせるベンチと、殆ど歩きっぱなしでいつ終わるとも知れぬ市場めぐりとではあまりにも状況が違いすぎる。
 あれだけの人の中を今まで歩いた事の無かった彼女だからこそ、ついつい声が出てしまったのだ。
 しかし…それを口にして数秒ほど経った後でルイズは変な気恥ずかしさを感じて周囲を見回そうとしたとき…
「おやおや、随分と可愛らしい貴族のお嬢様だ。こんな所へ一人で観光しにきたのかい?」

201ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:07:26 ID:.xFHoMyw
 彼女の背後、樹にもたれ掛かって休んでいた青年貴族が突然話しかけてきたのである。
 思わずその声に目を丸くした後、バッと声のした方へ振り向くと思わず自分を指さして「…私の事?」と聞いてしまう。
 年齢はもうすぐ二十歳になるのだろうか、魔法学院はとっくに卒業している年の彼は貴族にしてはやけに安っぽい格好をしていた。
 一応貴族としての体裁は整えているものの、ルイズが今着ている服と比べても格が低いのは一目瞭然である。
 そして同じ貴族である自分に対しての軽い接し方からして、恐らく彼は俗にいう下級貴族なのだろう。

 貴族の家の子として産まれても、その全員が順調な人生を送れるとは限らない。
 とある家の三男か四男坊として生まれれば、親はある程度の教育だけ受けさせて家を追い出す事がある。
 金の無い貴族の家では全員を魔法学院に入れさせる金も無いし、彼らの一生を養える余裕も無いからだ。
 許嫁がいたり魔法の才能があれば別であるが、大抵は杖と幾つかの荷物を鞄に詰められて適当な街へ放り込まれてしまう。
 彼らは魔法も中途半端であれば王宮の仕事が出来るほど頭も良くなく、精々文字の読み書きと掛け算割り算ができる程度。
 王宮での勤めに必要なコネも知識もなく、ましてや宮廷の貴族達から一目置かれる程の魔法も使えない。
 故に彼らの様な低級貴族は平民たちと共に暮らしており、共に同じ職場で働いて日銭を稼いでいる。
 中には壊れた壁や床の修繕なども行っている者たちもおり、日々頑張って暮らしているのだという。

 幸い中途半端な魔法でも平民たちには重宝され、その日の食事に困るような事態は起こっていない。
 魔法学院へ入れる中級や上流階級の者たちは彼らを貴族の恥さらしと呼ぶ事はあるが、声を大にして批判することは無い。
 皮肉にも貴族の恥さらしである彼らが平民たちに力を貸すことによって、貴族全体のイメージ向上へと繋がっているからだ。
 井戸やポンプの修理をしたり、家の修理などのアルバイトも平民たちには好評なようである。
 下級貴族達も無茶な金銭要求をしたりはせず、時にワインや手作りの料理とかでも良いという変わり者もいるのだとか。
 
 きっと自分に声を掛け、あまつさえ貴族と看破してきた彼もその内の一人なのだろう。
 そんな事を考えていたルイズに向けて、背後に青年貴族はクスクスと笑いながら喋りかけてくる。
「そう、君の事だよ。市場から命からがら!…って感じで出てきた時の君を見てね。…お嬢さん、外国から観光に来たお忍びの貴族さんでしょう?」
 得意気になって勝手な事を喋ってくる下級貴族にルイズは苦笑いを浮かべつつ、

――――違うわよこの三、四流の間抜け!私はトリステイン王国の由緒正しき名家、ヴァリエール家の者よッ!!

 …と、叫びたい気持ちを何とかして堪えるのに必死であった。
 何の為にこんな暑い街中にまで繰り出し、そしてあの地獄の市場を超えて来たのか、彼女はその理由を改めて思い出す。
 ここで怒りにまかせて自分の正体を暴露してしまえば、ここへ来た意味自体が無くなってしまう。
 それだけは何とか避けようと必死になって、彼女は硬過ぎる作り笑顔を浮かべて下級貴族に話し掛けた。
「…そ!そそ、そうなのよ!この夏季休暇を利用して小旅行の…ま、まま真っ最中でしてねぇ…ッ!」
「……あ、あぁそうなんだ」
 半ばヤケクソ気味ではあるが、不気味な造り笑顔と震えている言葉に下級貴族も軽く怯みながらそう返してくる。
 ルイズ本人としてもあからさまに無理してると自覚していたので、すぐさま顔を横へ逸らしてしまう。
 
(何やってるのよルイズ・フランソワーズ。こんな所で爆発してたら本末転倒じゃないの…!)
 閉じている口の中で歯を食いしばり、相も変わらず激しやすい自分にいら立ちを覚える。
 そして気分を落ち着かせるように一回深呼吸した後、こちらを心配そうに見ていた下級貴族方へと振り向いた。

202ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:09:40 ID:.xFHoMyw
 相手は気配からして自分が怒りかけていたのだと薄ら分かっていたのか、その表情は若干緊張に包まれている。
 まだ笑みは浮かべていたものの、最初にこちらへ話しかけて来た時の様な軽い雰囲気はすっ飛んでいた。
 ルイズは気を取り直すように軽く咳払いすると、こちらの出方を窺っている下級貴族に申し訳程度の笑みを浮かべて言った。

「ごめんなさいね、何分こう暑いものですから…苛立ってしまったの」
「…え?あぁ、いや…その、それなら…まぁ」
 特別怒っているわけではなく、ましてや媚びているワケでもない微笑みに下級貴族は返事に困ってしまう。
 暫し視線を泳がしつつ、言葉を選ぶかのように口を二、三度小さく開けた後でルイズに言葉を返す。
「こ、こちらこそ悪かったよ。変に子供扱いしちゃってて…」
 当たり前じゃないの!…そう怒鳴りたい気持ちを抑えつつ、ルイズは言葉を続けていく。
「そうだったの。確かに私はまだ十六だけど、ご覧のとおり一人で旅できる程度には独り立ちできてましてよ」
 エッヘンと自慢するかのように薄い胸をワザとらしく反らす彼女を見て、下級貴族は「は、はぁ…」と困惑してしまう。
 しかし、どこの国から来たかまでは知らないが確かに留学を除いて十六の貴族が一人旅行などできるものではない。
 
 国境を超える為の書類や費用等を考えれば子供には大変であろうし、何よりまず親が許さないだろう。
 とはいえ例外もあり、将来自立する意思のある貴族の子なんかは率先して留学したり国外旅行へいく事もある。
 それを考えれば自分の様な下級貴族にも自慢したくなる気持ちと言うのは、何となくだが理解する事はできた。
 そりゃ安易に子ども扱いしたら怒るのも無理はないだろう。彼はそう納得しつつ改まった態度で彼女に言葉を掛ける。
「…にしても、この時期のトリスタニアへ遊びに来るとは…また随分と勇気があるようで」
「まぁね。本当は秋か冬にでも行こうって決めてたんだけど、どちらの季節とも大切な用事ができてしまったのよ」
 
 そこから先数分程、思いの外自分の゙演技゙に釣られてくれた彼とルイズは話を続けた。
 ガリアから来たという事にしておいて、国の雰囲気が似ているトリステインへ興味本位に遊びへ来たこと。
 その興味本位で市場に入ったところ揉みくちゃにされて、危うく倒れかけたこと。
 先ほどの市場はもう二度と御免であるが、リュティスと似ているようでまた違うトリスタニアが良い所だと熱く語って見せた。
 無論ルイズは生粋のトリステイン人なのだが、これまで一度もガリアへ行ったことが無いという事はなかった。
 リュティスには家族旅行で何度か行った経験もあり、それのおかげである程度のガリアの知識は頭の中にあったのである。
 幸いにも相手は母国から出たことが無いような下級貴族であり、よっぽど下手しなければバレる事は無い。

 ルイズは自分の言葉に気を付けつつも、顔は良いがタイプではない下級貴族の青年と暫しの会話を楽しんだ。
 家族旅行で訪れた場所を思い出しながらガリアの事を話し、相手はそれを楽しそうに聞いている。
 時間にすればほんの五分経ったころだろうか、黙って話を聞いていた下級貴族が口を開いて喋ってきた。
「いやぁ、貧弱な家の三男坊である自分がこうして君みたいな素敵な人から異国の話を聞けるとは…今日の僕はツいてるよ」
「あら、その顔なら街娘くらいはキャーキャー言いながら寄ってこないものなのかしら?」
 ルイズがそう言ってみると、彼は苦笑いしつつ両肩を竦めるとすぐさま言葉を返した。
「そうでもないさ。僕たち下級貴族の男子になんか、御酌はしてくれるがそこから先に全く進みやしないからね」
 何せ貴族は貴族でも。、金の無い下級貴族だからね。…若干自分をあざ笑うかのような言葉に、彼女も苦笑してしまう。

 そんなこんなで話が弾んだところで、ルイズはそろそろ自分の『やるべき事』を始めようと決意した。
 これまで以上に言葉を選び、かつ悟られない様に聞き出さなければいけない。

203ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:11:22 ID:.xFHoMyw
 夏の陽気に中てられて、活気づいた王都の中にジワリジワリと滲む…新生アルビオン共和国に対する反応を。
 ルイズは苦笑いを浮かべたままの表情で、ニカニカとはにかんでいる下級貴族へと話しかけた。
「それにしても、王都は本当に賑やかね。聞くところによると、あのアルビオンと戦争が始まりそうだっていうのに」
「アルビオン…?あぁ…ラ・ロシェールの事件でしょう、君よく知ってるねェ」
「トリステインへ行くときに、行商人から聞いたのよ。もうすぐこの国とあの国で戦が起こるって」
 突然話の方向が変わった事に違和感を感じつつも、彼は何の気なしにその話に乗る。
 ルイズもルイズで事前に考えていた『話の輸入先の設定』を言いつつ、聞き込みを続けていく。

「普通戦が起こるってなると王都でも緊張した雰囲気に包まれそうなものだけど…ここは真逆みたいね」
「まぁ時期が時期だよ。こんなクソ暑い季節の中で緊張したって、熱中症で倒れてたらワケないしな」
 彼の言葉にルイズはまぁ確かに納得しつつ、いよいよ本題であるアルビオンへの評価を聞くことにした。

「…ところで、トリステインの貴族の方々にとって今のアルビオンが掲げる貴族による国家統治はどう思ってるのかしら?」
「んぅ?失礼な事を言うね異国のお嬢さん」
 ルイズの質問に対し、まず彼が見せたのは薄い嫌悪感を露わにしたしかめっ面であった。
「いくら俺たちがこの先十年二十年生きられるかどうか分からん貧乏貴族だとしても、連中の甘言には乗らんさ」
「そうよね?私もアイツラの掲げる思想は嫌いだわ、王家を蔑ろにするなど…貴族がしてはならない行為よ」
「その通り。特にこの国の王家に関しては…たとえ奴らが金貨の山を差し出そうとも裏切るような事はしないつもりだ」
 平民と共に暮らす貧乏貴族とは思えぬ…いや、逆に貧乏だからこそ王家を並みの貴族以上に崇めているのかもしれない。
 近いうち女王となるアンリエッタの笑顔を思い出しつつも、ルイズはカンタンな質問を混ぜ込みつつ話を続けていく。
 アルビオンと本格的な戦争が始まったら志願するのか、今後トリステインはかの国へどう対応すればいいべきか等々…。

 ルイズなりに投げかけるそれを会話の中に自然に混ぜ込み、あたかも世間話のように見せかける。
 そうこうして数分ほど話を続けていた時、ふと下級貴族の背後から複数人の呼び声が聞こえてきたのに気が付いた。
「オーバン!俺たち抜きで何ナンパなんかしてんだよー!」
「えっ…!?あ、あぁビセンテ、それにカルヴィンにシプリアル達も!」
 何かと思ったルイズが彼の肩越しに覗いてみると、いかにもな若い下級貴族数人が少し離れた所から手を振っている。
 皆が皆オーバンと呼ばれた青年貴族と同じように、貴族用ではあるが比較的安そうな服を着ていた。
「あら、お友達と待ち合わせしてたのね。それじゃあ、私はここらへんで…」
「え?あっ…ちょっと…!」
 そんな集団が手をありながらこっちに来るのに気が付いたルイズは、話に付き合ってくれた彼に一礼してその場を後にする。
 鞄を肩に掛けてベンチから腰を上げるや否や、呼び止めようとする彼に背を向けて早足で立ち去っていく。
 オーバンも思わず腰を上げて追いかけようとしたものの、時すでに遅く名も知らぬ異国?の少女は人ごみの中へと消えて行った。

 所詮自分は底辺貴族、物語の様なロマンスなど夢のまた夢という事なのだろう。 
 自分の前にサッと現れサッと消えて行った彼女を口惜しく思いつつも――――…ふと思い出す。
 この広場で他の誰よりも目立っていた、あのピンクのブロンドウェーブに見覚えがあるという事を。
「あのピンクブロンド…うん?どっかでみた覚えがあるような、ないような…?」

 
 それから少しして、あの広場から十分ほど歩いた先にある十字路の一角。
 市場からの距離も微妙な為日中のブルドンネにしては人通りも大人しい、そんな静かな場所で景気の良い音が響いた。

204ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:13:35 ID:.xFHoMyw
 それはパーティなどで勢いよくシャンパンのコルクを開けた時の様な音ではなく、思いっきり拳で硬いものを殴った時のような気持ちの良い殴打音。
 何かと思って数人の通行人が音のした方へ視線を向けると、彼らに背を向けているルイズの姿があった。
 どうやら、右手に作った拳でもって十字路に建てられた共同住宅の壁を殴りつけた直後だったらしい。
 ギリギリと拳を壁にめり込まそうとばかりに力を入れている彼女の後ろ姿を目にして、人々は慌てて視線を逸らす。

 その洒落た服装からして彼女がタダの平民ではなく、商家の娘かお忍びの貴族令嬢だと察したのであろう。
 ――目があったら巻き込まれる。本能で゙ヤバイ゙と悟った人々は何も見なかったと言わんばかりに、早足でその場を後にしていく。
 そうして周囲の注意をこれでもかと引いたルイズは、はふぅ…と一息ついてそっと右拳を壁から放した。
「結構力は抜いたつもりだけど…イタタ、木造でもこんなに痛いモノなのね」
 後悔後先に立たずな事を呟きつつ右手の甲を撫でたルイズは、先程話に付き合ってくれた青年の事を思い出す。
 もう少し話を続けていれば、今頃食事なりお茶の誘いでも出されていたに違いないだろう。
 あの手の輩というものは大抵よさげな女の子に声を掛けて、さりげなく良い流れになったところで誘ってくるのだ。 
 そう考えるとあの友人たちの乱入は正にあの場を離れるには絶好のチャンスとも思えてくる。

 彼らのおかげで程よくアルビオンに対する情報を聞けたうえ、良いタイミングであの場を後にすることができたのだから。
 早速忘れぬ内にメモしておこうと鞄の中を漁りつつも、同時にルイズはほんの少し残念な気持ちを抱えていた。
「それにしても…案外私の髪の色を見ても、誰も私がヴァリエールの人間だなんて気づかないものなのねぇ」
 あの下級貴族と言い、周りにいた平民も含めてみな自分の髪の色を見てピン!と来なかったのであろうか。
 市場にいた時はともかく、誰かが一人くらい気が付いても良いはずである。少なくとも彼女はそう思っていた
 昨日もそうであった。御忍びの貴族だと街娘にはバレてしまったが、家の名前までは言われなかった。
 と、いうことは…ヴァリエール家は今の御時世民衆の間であまり知られていないのではないのか?
 そんな事を考えて落胆しそうになったルイズは、ふと思う。

「みんな知らない…っていうよりも、公爵家の娘がこんな所にいるワケないって思ってるのかしら?」

 自分で言うのも何だが、下々の者たちからして見れば正にそうなのだろう。
 確かに、名のある公爵家の人間――それも末の娘が一人で王都を出歩くなんて滅多に無い事である。
 そう考えてみると、確かに自分を目にしてもその人が公爵家の人間だなんて思わないに違いない。
 例えば王家の人間が平民に扮していても、誰もその人がこの国の中枢を担う人物だと気づかないのと同じだ。
「そうだとすれば…案外、私が立てた作戦も上手くいきそうな気がするかも…」
 鞄からようやっとメモ帳を取り出し、何回かページを捲って何も書かれていない空白の頁を見つける。
 そして何処かに落ち着いて文章を書ける場所が無いかと、しきりに辺りを見回した。

 ルイズが今口にした『作戦』というのは、アンリ得た直々に命令された民衆からの情報収集のことだ。
 これから一戦交える前に、人々はアルビオンに対しどのような反応を抱いているのかを調べるのである。
 早速それを行うとした昨日、散々な結果で終わってしまったルイズに代わって魔理沙がそれを肩代わりする筈であった。
 しかし、アンリエッタからの命令と言う事もあってこのままではいけないと感じた彼女は、自ら行動する事にした。
 元々責任感もあるルイズとしては、あの黒白に頼り切るというのに一途の不安を感じたという事もあったが…。
 とはいえ考えなしに行っても昨日の二の舞になるのは明白であり、そこで彼女はとある『作戦』を思いついたのである。

205ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:15:27 ID:.xFHoMyw
 生粋の貴族として育てられたルイズにとって、一平民として民衆の中に紛れ込むのは非常に難しい。
 ならば…敢えて彼女はその゙逆゙側―――ただのイチ貴族、それも国外から来た観光客として扮する事に決めたのである。
 今の時期、王都を観光しにあちこちの国から様々な年齢の観光客が大挙して押し寄せている。
 ルイズは敢えてその中に紛れ込み、アルビオンと戦争状態になった事をさりげなく民衆や下級貴族に聞き込む事にしたのだ。
 さっき聞き込みをしたのは下級貴族であったが自分がトリステイン貴族だと気づかれず、うまく聞き取りを終える事かできた。
 下級貴族ならば平民と同じ環境で暮らしているために彼らの世間話も耳にしているだろうし、情報に困る事も無い。
 ついさっきは、ものの試しにと話しかけてみたが思いの外相手は自分の話に乗ってきてくれた。
 
 とはいえ、流石に自分とは雲泥の差がある格下の貴族にああも気安く話しかけられたのは色々と大変だったらしい。
 先ほどルイズが壁を殴ったのも、あの若干チャラチャラとした貴族を殴りたくて我慢した結果であった。
 もしもあそこで我慢できずに暴発していたら、今頃すべてが台無しになっていたのは間違いない。
「よし…と!ひとまず一人目…とりかく今日は十人くらいトライしなくちゃね」
 十字路を西の方へと歩いた先、そこにあるベンチでメモに情報を書き終えたルイズはパタンとメモ帳を閉じる。
 そして取り出していたインク瓶と羽ペンをしまうとメモ帳も鞄の中に入れて、スッと腰を上げる。
 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの誰にも言えぬ秘密のミッションは、こうして幕を開けたのであった。

 最初に彼女が選んだのは、ブルドンネ街の中央寄りにある大きな通りであった。
 そこは通称『厨房通り』とも呼ばれている場所で、その名の由来である数多の飲食店が群雄割拠している場所だ。
 主な客層は貴族やゲルマニアで商人などをしている平民であり、皆それなりに裕福な身なりをしている。
 店のジャンルは基本トリステインで貴族が好んで食べる高級料理などであり、変化球の様にサンドイッチやデザート等の専門店もある。
 どの店も通りを少し侵食するようにしてテラス席を設けており、日よけのした設置されたテーブルで美味しい食事にありついている。
 無論平民や下級貴族など安くてお手頃な飲食店も規模は小さいものの存在し、市場に次いでかなりの人々が通りを行き交っていた。
 
 ルイズは市場での経験を生かしてかなるべく通りの端を歩きつつ、王都の地図を片手に話しかけやすそうな人を探していた。
 当然地図を持っているのは観光客を装う為であり、彼女自身王都で迷う心配など微塵もなかった。
 現に周囲を見回してみると、今のルイズと同じように地図を手に通りを不安げに歩く貴族の姿がチラホラと見える。
 若い者たちは地図と睨めっこしつつ歩いており、中には従者らしき者に道案内をさせている年配の貴族もいる。
 彼らは大小の差はあれど軽い手荷物と地図からして、本物の観光客だというのが丸わかりだ。
 そういう人たちに混じって、ルイズは大人しく…かつある程度物知りな平民か下級貴族に道を尋ねるついでに聞き込みをするつもりであった。
「…とはいえ、この人の流れだと上手く話しかけられるかしら?…って、あの平民ならいけそうかも」
 周囲の人々を観察していたルイズは、ふと目に入った中年の平民男性に狙いを定めてみる。

 どうやら人の流れから少し外れて、路地裏へと続く小さな横道の前で一休みしているらしい。
 中年になってまだ間もないという外見の男性は、手拭いで首の汗を拭いつつ燦々と輝く太陽を恨めしそうに見つめている。
 見た感じならば人もよさそうであるし、これなら少し会話した程度で揉め事が起こる心配は少ないだろう。
 ほんの少し足を止めて様子見をしていた彼女は、早速その平民に話しかけてみる事にした。

「そこのアナタ、休憩中悪いけれどちょっと良いかしら?」
「…お?…んぅ、マントは無いようだけど…もしかしてお忍び中の貴族様…でよろしいかと?」
「えぇ、今は気兼ねなく旅行するためマントは外してあるの。紛らわしくてごめんなさいね」

206ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:17:40 ID:.xFHoMyw
 マントを着けでおらず、しかしその居丈高な物言いと身なりで彼はルイズが貴族であると何となく察したらしい。
 物分りの良い男にルイズもやや満足気に頷いてみせると、平民の男は「あぁいえ!こちらこそ…」と頭を下げる。
 どうやら自分の目利き通り、貴族に対しての作法はある程度心得ているようだ。
 それに安心したルイズも「別に気にしていないわ」と返しつつ、最初に道を尋ねる所から始める。
「初めて王都へ来て道へ迷ってしまったのよ。ここからタニアリージュ・ロワイヤル座へ行くにはどうしたら良いかしら」
「あぁ、ここからそこへ行くんなら…」
 異国の貴族を装うルイズの尋ねに対し、平民の男もやぶさかではないという感じで説明を始めた。
 そりゃルイズは黙っていれば本当に綺麗であるし、本性を露わにしなければ淑女の鑑にもなれる。
  
 恐らくはルイズよりもこの街に精通している男の説明は、貴族である彼女でも感心する所があった。
 彼の案内があればどんな方向音痴でも、必ず目的地にたどり着けるに違いないだろう。
 丁寧な彼の道案内を聞いた後、ルイズは礼を述べてからいよいよ本題の聞き込みへと移った。
「ありがとう。…それにしても、この前あのアルビオンと一悶着あったというのにこの街は活気に満ち溢れているわね」
「んぅ、そうですか?まぁこことラ・ロシェールじゃあ距離があるし、第一もう終わった事ですしね」
「でも近いうちに戦争になるかも知れないのでしょう?怖くは無いの?」
「まさか!…というより戦争になっても、こっちまで火の粉が飛んでくる事は無いでしょうよ」
 まぁ確かにその通りだろう。平民と一言二言会話を交えたルイズは内心納得しつつも頷いていた。
 自分の『虚無』が原因でほぼ主力を失った今のアルビオンには、今更トリステインへ攻め入るだけの戦力は無いに等しいだろう。
 流石に艦隊が全滅したという事はないのだろうが、少なくとも今のトリステイン艦隊が圧倒される程強くはないに違いない。

 その後その平民に改めて礼を述べてその場を後にしたルイズは、転々と場所を変えながら聞き込みを続けた。
 話しかけやすそうな平民や下級貴族に声を掛けて道を尋ねて、そのついで世間話を装ってアルビオンについての反応を聞く。
 時には今のトリステイン王家に対する評価も耳に入れつつ、一時間ほど掛けて五人分の聞き込みを終える事が出来た。
 ルイズは一旦人気の多い場所から離れ、路地に接地されたベンチに腰を下ろして聞き込みの内容を記録している最中だ。
 遠くからの喧騒と、その合間へ割り込むように街路樹の葉と葉が擦れ合う音がBGМとなってて耳に入ってくる。
 この時間帯は丁度ルイズが腰かけるベンチ側の道が陰になっており、良い涼み場にもなっていた。
 
「とりあえず決めた目標まであと半分…だけど、結構この時点でかなり枝分かれしてるのねぇ」
 ルイズは羽ペンを傍へ置くと、書き終えたばかりの情報を確認し直してから一人呟いた。
 彼女の言うとおり、街に住む人々から聞いた今のアルビオンとトリステイン王家への評価は以外にもバラバラだったのである。
 ある下級貴族はアルビオンに対して徹底的な報復を唱え、その前にアンリエッタ王女はちゃんと玉座につくべきだと言ったり、
 また平民の商人はあの白の国に関しては後回しでも良いから、まずは国を盤石にするべきだと言う慎重論もあれば、
 いっその事この国をアルビオンに売ってしまえと言う、とんでもない爆弾発言まで出てきたのには流石のルイズもギョッとしてしまった。
 中にはアルビオンと同じように王政ではなく、有力な貴族達による統治を現実的に唱えている者もいた。
 
 それらを見返した後、彼女はこれらの情報を全てアンリエッタに見せるのはどうなのかと躊躇ってしまう。
 一応彼女からは嘘偽りなく、ありのまま伝えて欲しいという事は手紙には書かれていた。
 だがアンリエッタに伝える情報をルイズが吟味して、あまり過激なものは没にする…という事も不可能なことではない。

207ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:19:49 ID:.xFHoMyw

 しかし彼女としては、それを――情報に゙色゙をつけるという行為にほんの少し抵抗があった。
 街の人達のありのままの反応を知りたいアンリエッタの気持ちを、裏切る事になるのではないかと。
 顔を俯かせたルイズは暫し頭を悩ませた後、情報を吟味するか否かの二者択一にぶつかってしまう。

「んぅ〜…こういう時にレイムかマリサがいてくれれば、私の背中を押してくれそうなもんだけど…でもアイツラを頼るのもなぁ」
 今はこの街のどこかにいるであろう二人の事を思い出した彼女は、一人悔しそうに呟く。 
 自分たちの世界が危機に陥っているというのにどこか暢気で、それでいてヤバい時には頼りになるあの二人。
 良くも悪くもこの世界の常識が通用しない彼女たちなら、どう考えるのであろうか。
 それを考えそうになっていたルイズは慌てて首を横に振り、今はそれを余所へ置くことにした。

「今はそんな事を考えてる場合じゃないわ。姫さまに送る情報の事も…もう半分を集めてからの方がいいかも」 
 ルイズはひとまずそれで納得すると羽ペンとインク瓶、そしてメモ帳を鞄の中へとしまい込む。
 まだ自分で決めた目標の半分にしか達していない今考えても、仕方の無い事である。
 忘れ物が無いかのチェックをした後、ルイズは残り半分を片付ける為に人気の多い場所への移動を始めた。


「…じゃあそろそろ私はこれで。道案内、感謝いたしますわ」
「うん、君も気を付けるんだぞ」
 それから更に一時間と少し掛けて、八人目となる下級貴族の男性から話を聞き終えたルイズはその場を後にする。
 今まで目にしてきた者達より少し年を取っているのであろうか、変にフランクな彼は背中を向けている自分に手を振ってくれている。
 彼女もまた手を振って別れつつ、残り二人までとなった情報収集に終わりが見えてきた事にホッと一息ついてしまう。
 一応聞き込み自体は何とかこなせてはいるものの、街中を移動するのにかなりの時間を要している。
 場所によっては時間帯で人ゴミができることはあるし、通行禁止となってしまい遠回りせざるを得ない事が度々あった。
  
 ルイズが今いる場所は最初の前半の五人に聞き込みをしたブルドンネ街から、チクトンネ街へと移っている。
 まだ人の少ない場所と言えどもそこは王都、道を尋ねる封を装って聞き込みをするには充分な数の人はいた。
 とはいえ世間話を装って聞き込むために人によって話が長引く事もあり、結果として今の様に一時間以上かけてようやく八人目なのである。
「何だかんだで意外と時間が掛かっちゃったわね…」
 ポケットに入れていた懐中時計の短針と長針を睨みながら呟くと、すぐ近くにある建物から美味しい匂いが漂ってくるのに気が付いた。
 丁寧に煮込んでいる最中のトマトソースと炒った玉葱から漂う甘い匂い、そして焼きたてのパンから漂うバターの香り。
 時計の短針ば12゙を指しており、長針ば1゜を少し過ぎた所まで進んでいる。
 
 どうやら既に御昼時へと突入しているらしい、そこらかしこの家から食事の匂いが通りに漂っている。
 ルイズは自分の臭覚と舌を刺激する匂いに中てられてか、思わず空っぽになっている自分の腹を抑えてしまう。
「そういえば、朝食以降で口にしたのってジュースだけだったわね…」
 程よくお腹が空き始めた自分の腹を哀しそうに撫でつつ、彼女はここから先はどうしようか悩んだ。
 資金泥棒を追っている霊夢と情報収集をしてくれてるだろう魔理沙には十二時になったらなるべく『魅惑妖精』亭へ戻るようには言っている。
 とはいえ゙なるべぐである為、もしかすればシエスタに話したように夕食時まで帰ってこないという可能性もある。
 特に魔理沙は自分でも調べたい事があると言っていたので、霊夢と二人…もしくは一人で食べる事になるかもしれない。
 何なら昼飯代くらいは捻出できるだけの余裕はあったが、それでも今あの二人に金を貸すのは心配であった。
 だから一度お昼になったら『魅惑の妖精』亭で合流できるなら合流して、どこか程よく安くて美味い店を捜そうと考えていたのだ。

208ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:21:20 ID:.xFHoMyw
 トリスタニアなら平民向けの大衆食堂であっても、そこそこ美味い料理にありつける。
 これが外国とかだと量さえあればいいだろうという事で味が二の次になってしまうが、そこは食に煩いトリステイン人。
 例え手持ちの少ない平民であっても、食事は万人の娯楽であれと言わんばかりに食べる方も作る方も味に拘る。
 食材は無論、調味料や器具にも手を抜かずそれでいて誰にでも手が出せる安い値段で提供するのがこの国の流儀だ。
 美食に飽きた外国の貴族が一番美味しいと言った食べ物が、トリステインの平民向け食堂で出されているサンドイッチだった…なんて逸話があるくらいなのだから。
 それ程までにこの国はロマリア、ガリアと肩を並べるほどに食い物に関しては煩い国なのである。

「う〜ん、あとちょっとだけどお腹減って来たし…軽く腹ごしらえした方がいいかもね」
 ルイズ自身そろそろ何か口にしたいと思っていた矢先に、昼食時というタイミングには勝てなかった。
 幸いチクントネ街にいるので店へ戻るのは然程時間はかからないしだろう。歩いたとしても十分程度であろう。
 思い立ったら即行動…というほどでもないが、湧き上がってくる食欲に勝てるほどルイズは食に無頓着ではなかった。
 すっと踵を返した彼女は『魅惑の妖精』亭のある通りへと向かってスタスタと軽快な足取りで歩き始める。
 まだ任務の事が頭にはあったものの、今すぐにでも自分の目標を成し遂げなければいけないというルールは課していない。
 少し昼食を取って、時間を改めれば良いだけと納得しつつ、何処で食事をしようかという事で頭がいっぱいになり始めていた。

 ブルドンネ街ならば日中でも労働者向きの食堂なら営業しているし、何なら移動販売式の屋台でも良いだろう。
 外で食べるには流石に暑すぎるが、お持ち帰りにして『魅惑の妖精』亭の一階で頂くのも悪くは無い。
 サンドイッチかパスタ、それか選べるのは限られるだろうが思い切って肉料理でガツンと攻めてみるか?
 牛肉より値段の低い豚肉か鶏肉のローストを厚めにスライスしたものと安いチーズをチョイスして、そこに弱い酒の肴にしよう。
 酒をそのまま飲むのは苦手だがジュースやハチミツに割れば、強くなければ快適に飲める。
 そんな事を考えて楽しく歩いていると、ふと彼女は右の方から誰かが走り寄ってくるような音に気が付いた。
 気づくと同時に足を止めて、そちらの方へ振り向いた直後――その走ってきた人影がすぐ目の前にまで近づいてきていた。
 既にぶつかるまで数秒も無いという瞬間の中、ルイズとその人影は当然のようにぶつかり―――小さく吹き飛んだ。

「え…?――キャッ!」
 
 キョトンとした表情を浮かべた直後、突如右肩に伝わる痛みと共に両足が地面から離れたのに気が付き、
 そう思った矢先には、勢いよく地面に尻餅をついてしまったルイズは悲鳴を上げて地面に倒れてしまう。
 幸い鞄はしっかりと絞めていたおかげで中身が散乱、するというヘマをせずに済んだのは幸いと言えるだろう。
 しかし右肩、臀部から背中にまで伝わる鈍い痛みはとても耐えられるものではなく、暫し仰向けになったまま呻くしかなかった。
 陽の光ですっかり熱くなった地面の熱と痛みの両方を受けつつも、ルイズは何とか頭を上げて人影の方を見てみる。
 ぶつかってきた人影の方は然程大丈夫だったのか、地面に尻餅をつきつつも何とか起き上がろうとしている最中であった。

 人影はこんな真夏日和だというのに全身を隠すようなローブを身にまとっており、見てるだけでも暑苦しくなってしまう。
 丁度フードの部分が顔と頭を隠している為に性別は判別できないものの、身長や体格だけ見ればルイズよりも二回り大きい。
 いかにも『怪しい』という言葉を練りに練って人型に仕上げた様な人間であったが、ルイズは怖気もせずにその人影へと怒鳴る。
「イタタァ…ちょっと!そこのアナタ、何処に目を付けてるのよ!?」
「悪い…!少し急いでたもので…」
 ルイズの抗議に対し口を開いた人影の声を耳にして、ルイズは少し驚く。
 その声色は間違いなく女性、それも体格相応ともいえる二十代くらいのものであった。
 てっきり男だと思っていたルイズは更に言おうとした抗議を止めて、思わず彼女の顔を見ようとしてしまう。

209ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:23:21 ID:.xFHoMyw
 丁度自分より一足先に立ち上がった彼女を見上げる形となったルイズは、フードの下にある顔を目にする。
 やはり声色から想像したよりも少し上程度の若い女性が、気の強そうな顔と薄いサファイアの様な碧眼で見下ろしていた。
 流石に顔と瞳の色だけではどんな人間なのかまでは判断つかないものの、貴族に向かって「悪い」とは何て言い草だろうか。
 お昼の事を考えてウキウキしていたところを水に差されたルイズが思わず怒鳴ろうとした直前女はスッと右手を差し出してきた。
 突然目の前に突き付けられたその手に驚きつつ、掴めという事なのかと察した彼女はスッと女の手を握る。
 すると予想通り。女は自分の右手に力を入れて、地面に倒れていたルイズを腕力だけで立ち上がらせる事が出来た。
 
 まさか腕一本で自分を起こした女の腕力に、ルイズは思わず驚いてしまう。
 一体どんな仕事に就けば、女であってもここまでの腕力が育ってしまうのだろうか?
 目を丸くして感心している最中、女はフードを被ったまま頭を下げて謝罪の言葉を述べてくれた。
「申し訳ない、何分急いでいたモノで前を見ていなかったよ…」
「え?いや…ま、まぁ!幸い怪我は…してないし別にいいわよ。次はこういう事にならないよう気を付けなさいよ」
 思いの外丁寧であったフードの女の謝罪にルイズは怒るタイミングを失ったことを苦々しく思うほかなかった。
 てっきり自分を倒したまま「急いでいるから」といって逃げるのを想像していただけに、変な肩透かしをも喰らっている。
 
 ひとまず女の謝罪を受け入れつつも、暫し苦みのある雰囲気を二人が包んだものの…それは長くは続かなかった。
 女の背後―――先ほど暑苦しいローブの姿で走り抜けてきた路地裏から複数の足音が聞こえてくるのにルイズは気が付いた。
 バタバタと喧しい靴音を響かせて近づいてくるその音にルイズが何かと思った直後、フードの女はそっと彼女に囁く。
「私はここを離れる。急で悪いが、お前も何も見なかった風を装ってここから歩いて立ち去るんだ」
「え?それってどういう――――…あ、ちょっと!」
 制止する暇もなく、女は言いたい事だけ言うとそのままルイズが歩いてきた道の方へバッと走り去っていく。
 思わず追いかけようとした彼女はしかし、路地裏から近づいてくる足音の主達がもうすぐで通りに出てくるのに気が付いた。
 
 ―――お前は何も見なかった風を装ってここからに立ち去るんだ
 
 とてもふざけているとは思えない雰囲気が感じられた言葉にルイズは咄嗟に従う事にした。
 どうしてか…と問われれば返事に困っていたかもれしないが、恐らくは「本能的に」という答えを出していたかもしれない。
 そうしてフードの女とは反対方向の道――『魅惑の妖精』亭へと続く道を再び歩き始めたルイズの耳に聞き慣れぬ男たちの声が聞こえてきた。
「…クソ!あの女どこ行きやがった?」
「通りに出たんなら容易に見つけられると思ったが…身のこなしの速いヤツ!」
 聞こえてきた二人分の男の声は聞いただけでも、相当に柄の悪い連中だと判別できるほどの言葉づかいである。
 例え平民であっても、一体どんな教育を受ければあんなオラついた気配が濃厚に漂う声色が出せるのであろう。
 それが気になったルイズが一瞬だけ顔を後ろに向けようとしたところで、新たに二人分の男の声が聞こえてきた。

「慌てるな、ここからそう遠くへは行ってない筈だ。手分けして探そう」
「この路地裏から出たのなら市街地方面に行ったかもしれん。あそこの路地は結構入り組んでいるからな。…俺とお前はあっちだ」
 最初に聞こえてきたチンピラ風の声とは違い、明らかにちゃんとした教育を受けているかのような言葉づかいであった。
 まるで軍でしっかりとした訓練を受けて来たかのような喋り方で、部下で露合う最初の二人に指示を飛ばしている。
 それに対し最初の二人が「あ、はい!」だの「わかりました」と返事を返している事から、後の二人はリーダー格なのであろうか?
 思わず一瞬だけ後ろを振り向こうとしたルイズはしかし、二人分の足音がこちらの方へ向かってくるのに気が付く。

210ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:25:29 ID:.xFHoMyw
 
 動かそうとしていた頭を咄嗟に止めたところで、自分の横を二人の男が駆け抜けていくのが見えた。
 先頭を走るのは先ほどガラの悪そうな喋り方をしていた奴であろうか、いかにもチンピラと言えるような恰好をした平民だ。
 対してその後ろについて行っているのは彼よりかは多少の身なりの良い平民の男だ。年は前の奴より少し上であろうか。
 幸い二人はルイズの事は横目で一瞥しただけで話しかける事も無く、彼女が進む方向へパタパタと走っていく。
 ルイズは気づかれぬようじっと彼らの背中を見つつ、あの女の言葉が間違いのない忠告であったと理解した。
 
 やがて残っていた二人は女が走っていった方向へと向かって行き、通りから物騒な気配が消えていく。 
 道の端っこで世間話に興じていた人々は何事も無かったように話しを再開しており、一見すれば平和そのものである。
 しかし、ついさっきまで只者ではない平民の男連中がいたことには気づいているのか、何人かがその話をしていた。
 無論、彼らの横を通り過ぎるルイズの耳は微かではある物のその話を聞きとっている。
 しかし、大して面白くも無いのでしっかりと聞き流しつつも彼女ははぼそりと独り言を呟く。

「全く、姫さまからの任務と言い、資金泥棒といい、ヤクモユカリとその式達といい、さっきの女や男達といい…夏季休暇になっても休む暇がないのね」
 一学生とは思えぬほどの多忙を前にして、彼女はどうしても愚痴を零したかった。
 誰に聞かせるワケでもないし、ただ呟くだけなら罪にはならないだろうと思いながら。


「―――…で、その愚痴やら相談が混ざってごっちゃになった話を私達に聞かせたかったワケ?」
 ルイズから今に至るまでの経緯を聞いた霊夢は終わるやいなや一言述べた後、一口分に切り分けた豚肉を口の中に入れた。
 アップルソースの甘味とオーブンで皮をカリカリに焼いた豚バラ肉の旨味が上手い事マッチして、未だ洋食慣れしていない彼女の口内を刺激する。
 ただ不味いと問われれば、間違いなく首を横に振る程度には美味しい料理だ。付け合せのパンもソースとの相性が良い。
 そんな事を思いながら、未知なる組み合わせの料理を堪能する彼女の傍に置かれたデルフがルイズに話しかけてた。

『お前さんも色々苦労したんだねぇ。てっきり店で踏ん反り返りながら、オレっち達が帰ってくるのを待ってたと思ってたが…』
「アンタ達の前でそんな事してたら、速攻で弄られるから言われても絶対にしないわよ」

 刀身をカタカタ揺らして笑うデルフにそう言って、ルイズも頼んでいたオムレツ・サンドウィッチを頬張った。 
 表面を軽くトーストしたパンで薄焼きのオムレツを挟んだもので、マヨネーズとトマトソースがパンに塗られている。
 オムレツも薄焼きながらベーコンやジャガイモ、玉葱を刻んだものが入っていて中々面白くて美味しい。
 何でもロマリア方面で良く作られる卵料理らしく、フリッタータと呼ばれるものだという。
 早口で言うと舌を噛みそうな名前であるが、その名前に勝るほどに美味いオムレツである。
 早速一つ目を平らげたルイズは、他にも頼んでいた厚切りベーコンのグリルを待ちつつジュースを一口飲んだ。
 鞄の中に入れていた最後の一本ですっかり温くなっていたが、それでも捨てるには惜しい程にはまだ美味しかった。
「ずるいわねぇ、私とデルフ何て炎天下の中日陰を捜して情報収集してたってのに…アンタだけジュース買ってたなんて」
「私の場合は自分の口座に入ってたなけなしの金で買ったのよ。…っていうか、そこら辺に飲料用の井戸とかポンプがあるでしょうに」
 ジト目で文句を言う霊夢にそう返しつつ、ルイズはチラリと店の外を一瞥する。
 御昼時とあって多くの人が出入りしているが、未だあの黒白の少女――霧雨魔理沙は姿を見せずにいた。

211ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:27:40 ID:.xFHoMyw
「…ホント、魔理沙のヤツどこほっつき歩いてるのかしらねえ〜」
「あんな服だから日射病でやられた…って事は無いと思うけど」
 ルイズの目線で何となく察した霊夢は一言呟いて、料理と一緒に頼んでいたアイスティーに口を付ける。
 彼女に言葉にルイズもなんとなく続けきながら、温いオレンジジュースをゴクゴクと飲み続けていた。

 ルイズに霊夢、そしてデルフの二人と一本が今いる場所はチクトンネ街にある平民向けの大衆食堂である。
 『向日葵畑』という何の捻りもない看板を掲げているこの店は、平民の他に下級貴族達も足を運んでいるのだという。
 確かに店の中にはこんなに暑いのに丁寧にマントを付けた貴族たちが安い料理を美味しそうに食べている姿がチラホラと見える。
 まぁシーリングファンが乃割っているおかげで外と比べれば涼しいのだが、こんな平民向けの店では酷く目立つ格好なのは間違いない。
 更に目を凝らしてみれば、足元にバックパックを置いている貴族の客もいる。恐らく少ない金で旅を満喫しようと計画しているバックパッカーだろう。
 外国から来た彼らからしてみれば、ある程度貴族の舌に合う料理をこんな店で食べれるのはさぞや嬉しい事であろう。
 
 そんな店の隅っこ、すぐ傍に開きっぱなしの裏口があるおかげでそれなりに涼しいテーブル席でルイズと霊夢は食事を楽しんでいる。
 最も、本来ならこの場に来ている筈の魔理沙が来ないために半ば待っている状態なのだが。
 一応『魅惑妖精』亭の出入り口にメモを残しておいたのだが、果たして店の場所が分かるかどうか。
 本人も今朝出ていく時には遅くなるかもと言っていたので、最悪来ない事だってあり得る。
 まぁあそこから歩いて十分くらいの場所だし、余程の方向音痴か間抜けでなければ迷う事もないだろう。
 店の人にも一応知り合いがもう一人来るとは伝えてあるし、既に自分たちは万全を尽くしたとしか言いようがない状態だ。
 後は魔理沙の気分次第…という事なのである。

 瓶入りのオレンジュースを飲み終えたルイズがウェイターにアイスティーの追加注文をしたところで、
 付け合せのパンを食べようとした霊夢が何を思ったか、彼女に話を振ってきた。
「それにしても、アンタってやる時はやるわよねぇ」
「…?何の話よ」
「さっき話してたじゃない、自分も動いて情報収集したって話を……ハグッ」
「ちょ…アンタ!パンは手でちぎって…ってもう手遅れかー」
 一瞬だけ分からず首を傾げたルイズにそう言うと、パンを手に持ってそのまま齧り付いた。
 パンを千切らずそのまま口にしたところでルイズが顔を顰めたものの、霊夢は気にすることなく口で千切る。
 こんな店だというのにバターの風味と甘みがしっかりとあるパンの味に、思わず笑いかけてしまう。
 そんな彼女に呆れてため息をついたルイズへ、今度はデルフが話しかけてくる。

『まぁ方法としてはお姫様からの命令通り…ってワケじゃないが、情報収集のし方としては間違っちゃあいないね。
 最も、娘っ子。お前さんの場合は平民に成りきるのは無理だって分かってたから、その方法しか手段が無いだろうし』 

 デルフからの評価にルイズは一瞬だけ口を閉じた後、小さなため息をついた。
「それ褒めてくれてるんだろうけど、アンタに言われると小馬鹿にもされてるような気がする」
『まぁ半々だね…っと、いきなり蹴るのはやめてくれよ』
 ルイズからの指摘に彼が素直に返すと、刀身がおさまる鞘を彼女の靴で小突かれてしまう。
 鞘越しとはいえ割と威力のある足に文句を言いつつ、デルフはカチャカチャと金具部分を鳴らして喋る。
 思っていたより効いていないようなデルフの様子を見てルイズは二度目のため息をついて、コップに入ったお冷を飲んだ。

212ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:29:42 ID:.xFHoMyw
 
 大きめの氷が幾つも入っている冷水が口内を潤し、喉にとおっていく時の爽快感。
 暫し喉に残る清涼感にほんの一瞬浸る中、デルフに続くようにして霊夢も口を空けて話しかけてきた。
「まぁ私は別に良いとは思うわよ。それで情報が集まるんなら、むしろ良く考えたって褒めてあげるわ」
「…一応言っておくけど、褒めても何もあげないからね」
「じゃあ褒めるのはやめておくわ、けどまぁアンタもアンタで頑張ってくれるってのは私としても助かるし」
 そんな会話の後で、先ほど口で千切って残り三分の二ほどになったパンをもう一口齧って見せる。
 ハルケギニアの作法など知ったこっちゃないと言いたげな彼女の食べっぷりに、ルイズは頭を抱えたくなってしまう。
 もしもここが平民向けの大衆食堂でなくてブルドンネ街のレストランだったら、追い出されても文句は言えなかっただろう。
 
 その後、ルイズの頼んでいたアイスティーをウェイターが持ってきた所で霊夢も飲み物を頼んだ。
 メニューの文字が分からないために他の客のドリンクを指さしての注文であったが、無事に伝わったらしい。
 ウエイターは彼女の指さす先を見て「アイス・グリーンティーですね?」と確認した後、厨房へと戻っていった。
「グリーン・ティー…って、アンタがいつも飲んでる゙お茶゙の事?」
「そうよ。こっちの世界にも冷茶の類があっただけでも私としては結構助かってるわ〜」 
 指さしていた客が美味しそうに飲む氷の入った『お茶』を見つめながら、彼女は嬉しそうに言う。
 それを見ながらサンドイッチを食べようとしたルイズはふと、あの『お茶』に関しての事が思い出す。
「そういえば昨日スカロンも言ってたわねぇ、最近あの『お茶』のせいでお店の売り上げがどうとかって…」
「あぁ、確かそれを専門に出してる『カッフェ』っていう店のせいとか言ってたわね」
 二人とも、街中を移動しているときには確かにそれらしきお店をチラホラと見かけている。
 レストランや他の店に混ざってテラス席を出して紅茶や『お茶』、それに軽食などを提供していた。
 スカロンが言っていた通り、確かにここ最近あぁいう店が貴族、平民問わず話題になっているのをルイズは知っている。
 茶類専門の店という新しいジャンルという事もあって、以前ルイズも何度か足を運んだことはあった。
 春が来る前の季節なうえにまだまだ寒い外のテラス席だった為、結構寒い思いをしたのは今でも記憶に残っている。
 まぁその分頼んだ紅茶とクッキー、それにポテトポタージュが中々美味かったので悪い思い出ではなかった。
 
 その事を思い出しつつ、ルイズはカッフェに対しての素直な評価を述べていく。
「まぁ彼には悪いけど、これからはあぁいう店が主流になるかもね。手軽に紅茶や軽食を楽しめるって意味では」
「そうよねぇ、私の神社にもあぁいう洒落た店があれば人が寄ってきそうな気がするわ」
「いやぁー、お前さんの神社の場合はそれよりも先に片付けるべき問題が山積みだろうに」
「うっさいわねぇ、アンタに注意される筋合いは…って、魔理沙!アンタいつの間に…」
 自分の提案に横槍を入れてきた声がこの場にいない者のモノだと気づいた霊夢が声のした方へと顔を向けた時、
 裏口から顔だけ出して覗いていた魔理沙にようやく気が付き、思わず大声を上げてしまった。
 霊夢の声にルイズも気が付き、ニヤニヤと自分たちを見つめる黒白を見つけると席を立ち、彼女の傍へと近づいていく。

「マリサ!やっぱり来たか…って今までどこほっつき歩いてたのよ?」
「おぉルイズ。悪いねぇ、ちょいと人助けしたついでに色々ともてなしを受けててな…戻るのが少し遅くなったぜ」

213ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:31:24 ID:.xFHoMyw
 若干怒っているルイズに対して、魔理沙はいつも通り悪びれてないような笑みを浮かべて返事をする。
 相変わらずの霧雨魔理沙であったが、霊夢としてはあの黒白が人助けをしていたという言葉がにわかに信じ難かった。
「アンタが人助けですって?いっつも人の神社に来たらタダ飯頂きにくるアンタが?」
「ひどい事言うなぁ。お互い独り身なんだから、飯時くらいわいわいしながら楽しみたいだけさ?…まぁそれはさておきだな」
 霊夢の辛辣な言葉に対しても笑みを崩さずそう返してから、彼女はここに至るまでの経緯を説明し始めた。

 …要約すればこうだ。 
 朝食の後、ひとまず情報収集のためにブルドンネ街にでも足を運ぼうとした所で、一人の少女に出会った事。
 少女の名はジョゼットと言い、ロマリアという国から出張してきた青年たちの付き添いのシスターである事。
 彼女が道に迷っていたと言うので出会ったのも何か縁という事で、彼女の情報を頼りに泊まっているホテルを探した事。
 歩いていくうちにブルドンネ街へと入り、川沿いにある一軒のホテルが彼女たちが泊まっているホテルだと知った事。
 流れるようにしてそのまま中に入ってしまい、結果的に彼女の保護者らしい青年二人と知り合いになった事。
 
「…まぁ後はその二人にも経緯を快適な部屋で話してたら昼から用事があるって言うんで、私も一旦戻ってきたワケさ」
 霊夢の隣に腰を下ろした魔理沙は最後にそう言って話を終えると、ナイフで切り分けたばかりのチキンステーキを口の中へと入れた。
 ハチミツをベースに作ったソースを塗って焼かれた鶏肉は甘味と旨味が上手い事混ざり合い、美味しさを形作っている。
 溢れ出る肉汁は付け合せのマッシュポテトにも合う。ここに白飯でもあれば束の間の付合わせに浸れたに違いない。
 そんな事を思いながら、何故か一仕事終えたつもりになっている彼女は一緒に頼んでいたプチパエリアへと手を伸ばそうとする。
 しかし、それよりも先に呆れた表情を浮かべるルイズの言葉によってその手は止まってしまう。

「なーにが一旦も出ってきたワケよ?…つまりアンタだけ美味しい思いしてたって事じゃないの」
「おいおい酷いこと言うなよルイズ。私がいなかったら今頃ジョゼットのヤツはまだ迷ってたと思うぜ?」
「まぁ実質辛い思いしてたのは私だけだから、精々アンタ達だけでいがみあってなさい」
 お互いテーブル越しに辛辣な意見をぶつけあう光景に、デルフは面白さを感じているのか刀身を震わせている。
 まぁ彼からしたら、相も変わらず仲が良いか悪いかの間を行き来する三人の姿はさぞ面白いのであろう。

『お前ら相変わらずだねぇ?…でもまぁ、これで娘っ子のやってた事は無駄に終わらなかったな。
 何せレイム直々に指名した黒白がサボってたんだからねぇ。…マジメさで比べれば、娘っ子に軍配が上がったって事さ』

 デルフの的確過ぎるる言葉を聞いて、魔理沙が初めて「むむ?」と声を上げて怪訝な表情をルイズ達に見せたものの、
 すぐにまた元の笑みに戻すと、自分と霊夢の間にあるデルフの柄をポンポンと左手で軽く叩いて言った。

「そいつは言葉が過ぎるってもんだぜ、デルフリンガーよ。
 昼飯を食べ終わったら、午前の分も含めてキッチリ情報収集するつもりなんだから」

「私は「これからする」って言ってるアンタよりも、「ここまでやってきた」っていうルイズの方が偉いと思うんだけど」

 午前いっぱいまで実質的にサボっていた魔理沙への容赦ない霊夢の突っ込みは、相変わらず切っ先が鋭い。
 ルイズがそんな事を思いながらアイスティーを一口飲もうとした所で、突っ込まれた魔理沙が彼女の方へと顔を向けたのに気が付く。
 何か言いたい事があるのかと同じく顔を向けたところで、キョトンとした表情を浮かべる魔法使いがメイジに質問してきた。

214ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:33:33 ID:.xFHoMyw
「ちょっと待てよ?ルイズ…霊夢の言葉通りなら、もしかして外で色々何かしてたのか?」
「今頃気づいたの?…って、そういえばその事を話し終えた後でアンタが来たのよね」
 霊夢に午前中の事を話していたルイズは、その時にはまだ魔理沙がいなかった事を思い出す。
 
「折角だから話してやりなさいよ。そしたらコイツだってやる気になるだろうし」
「ほぉ〜、言ってくれるじゃないか?そこまで言うのなら、さぞや凄い事を成し遂げたんだろうな」
「…あまり期待しないでくれる?アレは私なりに考えた苦肉の策のようなものなのだから」
『いいねぇ、娘っ子の涙を誘う努力をもう一度聞けるなんて…俺が人間なら酒の肴にしたくなる』

 三人と一本がそれぞれ一言ずつ喋った後に、ルイズは魔理沙へ向けて午前の中の事を説明し始めた。
 昨日の件で情報収集は魔理沙に任せようとしたものの、結局納得がいかず自分の足で情報収集に挑んだ事。
 そして昨日の失敗を元に考えた結果、平民ではなく国外から旅行でやってきた貴族に扮するという作戦を考え付いた事。
 考えた本人自身がうまくいくかどうか分からなかったものの、思いの外うまくいき道を尋ねる振りをして情報収集ができた事。
 ひとまず八人分程の情報が集まっているところまで話し終えた所で、興味津々で聞いていた魔理沙がニヤリと笑った。
 それは事あるごとに浮かべているような、誰かを小馬鹿にする嘲笑ではない。じゃあ何かと問われれば…ルイズは言葉を詰まらせていただろう。
 
 そんな彼女の心境を余所にニヤニヤと卑しくない笑みを浮かべる魔理沙は隣の霊夢に話しかける。
「なぁ霊夢よ、お前さんの言ってたルイズがこの手の仕事に向いてないって言葉は…見事に外れたな?」
「そうね。…こんな事なら、アンタに頼るより彼女に頭を使うようアドバイスしとけばよかったわ」
 笑みを浮かべる黒白とは対照に、紅白は苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて氷入りの『お茶』を一口啜る。
 『虚無』という強大な力を持っていても、貴族のお嬢様ゆえに何処か不器用だと思っていたルイズは自分から動いたのだ。
 霊夢本人はてっきり店で大人しくしているかと思っていたからこそ、彼女の行動力にはある程度感心したのである。
 それと同時に、それを見抜けなかった自分と情報収集をサボっていた魔理沙に頼んでしまった事を悔しく思ってもいたが。

「え?…何?…これって、つまり…私が褒められてるって事?」
『何でそんな事をオレっちに聞くんだよ。そんな事しなくたって答えはとっくに出てるだろうに』
 思いの外良い反応を見せた魔理沙と霊夢を前にして、思わずルイズはデルフに話しかけてしまう。
 デルフもデルフでそっけなく返しつつ、戸惑うルイズの背中をそっと押し出す程度のフォローくらいはしてやった。
「あ…そう、そうなんだ。…なんか、我ながら上手く行ったと自分を褒めたくなってきたわ」
「平民に扮する…っていうのは失敗してるけど、まぁ情報収集はできたんだから結果オーライってヤツよ」
「そ、それは言わないでよ!…ワタシだって、できるならそれで収集してたわよ」
 剣に背中を押されたおかげか、なんとなく自信がついてきたところで魔理沙の余計な一言が脇腹を突いてくる。
 それを余計な一言だと思いつつ、まだまだ冷たいアイス・ティーの残りをクイッと飲み干し、ウェイターにおかわりを頼んだ。

 その後、ルイズと魔理沙はそれぞれ頼んだ料理の味を楽しみつつも次は霊夢が何をしていたのか気になっていた。
 他の二人は既に話していた分、彼女だけが何も喋らないでいるというのは不公平なのであろう。
 料理をつつきながらも泥棒捜しはどうなったのかと聞いてくる魔理沙に、若干の鬱陶しさを覚えつつも霊夢は喋り始めた。
「残念だけど、特に進展はないわよ?…まぁ、ここ最近街中で子供が犯人と思われるスリが起きてるって話はチラホラ聞いたけどね」
「と、いうことは…まだこの王都に潜んでいるって事なの?」
 ルイズの言葉にそうかもしれないわねぇと答えつつね霊夢は冷たい『お茶』を一口啜る。

215ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:35:20 ID:.xFHoMyw
 盗まれた場所から通った道を含めてくまなく探してみたものの、お金を盗んだ子供たちの姿は見当たらなかった。
 一応隠れられそうな場所も探しては見たが、いかんせん街全体が大きすぎるせいできりがない。
 人が多いという事もあったが、何より太陽から降り注ぐ熱気と目が眩むほどの輝きが彼女の集中力を奪うのである。
 いくら水を飲んだとしても、もつのは精々十分程度でそれ以上に時間が掛かれば気怠さと身体に纏わりつく汗でイヤになってくる。
 しかも下手に空を飛べないので、霊夢はあの子供たちがいないかと街中を歩き回っていたのだ。
 幻想郷の知り合いがその時の彼女の姿を見ていれば、きっと指を指して笑っていたに違いないだろう。

「全く…外は暑すぎるわ盗人どもはないわで、イヤになってくるわよホント」
 ここへ来たばかりの春と比べてあまりにも暑いハルケギニアにうんざりしながら、霊夢は言った。
 二杯目になる『お茶』の中を浮かぶ氷を眺めつつそんな事を呟く彼女へ続くようにして、ルイズも口を開く。
「確かに、今年は去年と比べて気温が高い気がするわねぇ…」
『そうだな。オレっちは剣だが鞘越しでもムンムン暑かったからな』
 彼女の言葉にデルフも相槌を打ちつつ、そこへすかさず魔理沙も話しに割り込んでくる。

「ま、この街にいるならいずれ霊夢に尻尾を掴まれるのは問題だし、後は本人の頑張り次第だな」
「午前中サボってお菓子御馳走になってたアンタに言われなくても、絶対に捕まえて見せるわよ」
「なーに、午後からは見事名誉挽回を果たして見せるぜ」
 自分の鋭い一言にも狼狽える事の無い魔理沙のポジティブさには、ある種見習わなければいけないのだろうか?
 二人のやりとりを眺めていたルイズはそんな事を思いつつ、半分ほど減ったサンドウィッチにかぶりついた。

 そんなこんなで話は続き、次第に話題は街中で何か面白いものがなかったかどうかに移っていった。
 何処そこの通りで芸を披露していた者がいたとか、面白そうな店があったとか他愛の無い世間話の数々。
 それに時折相槌を打ちつつついついデザートを頼もうとしていたルイズは、ふとシエスタの事を思い出す。
 確か彼女は言っていた、明日のお休みにでも霊夢達と一緒に王都を歩き回ってみたいと。
 その願いが叶うかどうかは分からないが、今その事を話して二人の反応を探る事はできそうだ。
 
 結構楽しそうに話している二人へ割り込もうとしたところで、ルイズはふと思いとどまる。
 …果たして、本来ならシエスタ自身が彼女らに聞くべきことを自分が代わりに言っていいものなのか?
 やろうとした寸前でそんな考えを抱いてしまった彼女は、無意味としか思えない悩みを抱えてしまった。
 自分が先に問えば二人の意思をあらかじめ確認して、それをシエスタに伝える事が出来る。
 しかし、それをやってしまうと夕食時に再開するであろう彼女をガッカリさせてしまうのではないだろうか?
 
 他の貴族からしてみれば、ルイズが今悩んでいる事は大変どうでもいいいことなのは間違いない。
 平民…それも学院で奉仕するメイドの事で、どうして自分たち貴族が頭を悩ませる必要があるのかと誰もが呆れるであろう。
 ルイズとしてもそういう風に考えていたし別に先に言おうが言わまいかという迷いなど、どうでも良い事なのである。
 しかし、一度考え込んでしまった悩みを頭から振り払うという事ができる程ルイズは器用ではなかった。
 シエスタには霊夢や魔理沙たちの分を含めて、双方ともに大小区別なく貸し借りを作ってしまっている。
 ルイズは一貴族としてしっかりと借りは返したいし、シエスタだって霊夢たちに受けた恩を返しきれてないと思っているに違いない。

 だからこそ貴重な休日を、自分たちと一緒に過ごしたいと言っていたのであろうし、
 それを考慮してしまうと、どうにもルイズは迷ってしまうのだ。

216ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:37:38 ID:.xFHoMyw
(私が気を利かせて聞いてみる?…それとも、サプライズっていう事でシエスタに言わせた方が良いのかしら…)
 おおよそ一般的な友達づきあいのしたことのないルイズにとって、その選択肢はあまりにも難しいものであった。
 中途半端に残ったアイスティーを、その中に浮かぶ氷を眺めながらルイズは二つの選択肢を延々と比べてしまう。
 聞くか?それとも言わせるか?―――誰にも聞けぬままただ一人ルイズは考え続け、そして…。
「―――…ズ?…ちょっとルイズ!」
「ひゃあ…っ!」
「お…っと」
 突然霊夢に右肩を叩かれた彼女はハッと我に返ると同時にその体をビクンと震わせた。
 そのショックでおもわず倒れそうになった中身入りのコップを魔理沙が掴んで、零れるのを何とか阻止してくれた。
 
 驚いてしまったルイズは暫し呆然とした後で、再びハッとした表情を浮かべてテーブルへと視線を向けて、
 飲みかけのアイスティーがテーブルに紅茶色の水たまりを作っていないの確認して、安堵のため息をついた。
 そして、自分の肩を急に掴んできた霊夢の方へキッと鋭い視線を向け、抗議の言葉を口に出す。
「ちょっとレイム、いきなり肩なんかつかまれたら驚くじゃないの」
「そりゃー悪かったわね、まぁその前にアンタには二、三回声を掛けたんですけどね」
 負けじとジト目で睨み返す霊夢の言葉に、魔理沙もウンウンと頷いている。
 どうやら声を掛けられたのに気付かない程考え込んでしまったらしい、そう思ってから無性に恥ずかしくなってきた。

 思わず赤面してしまうものの、気を取り直すように咳払いしてから霊夢の方へと向き直る。
「…で、私に声を掛けたって事は…何か聞きたい事でもあったの?」
「別に。ただアンタが何か考え込んでるのに気が付いたから、何してるのかって聞こうとしただけよ」
「あ、あぁ…そうなんだ」
 てっきり大事な話でもあるのかと思っていたルイズは肩透かしを喰らってしまう。
 薄らと赤くなっていた顔も元に戻り、ため息と共に残っていたアイスティーを飲み干して席を立った。
 それを見て店を後にするのだと察した霊夢と魔理沙もよいしょと腰を上げて、忘れ物がないか確認し始めた。
 最も、二人してルイズと違って荷物と呼べるものは持っていないので、身に着けているものチェック程度であったが。
 霊夢はデルフを一瞥しつつ何となく頭のリボンを整え、魔理沙は膝の上に置いていた帽子をそっと頭に被っている。
 テーブルの端に置かれた伝票を手に取り合計金額を確認し始めた所で、今度はデルフが話しかけてくる。

『ん?何だ、もうお勘定か?』
「えぇ。いつまでも長居できるわけじゃないしね。……あれ?結構値段を抑えられたわね」
 伝票の数字と睨めっこしつつもルイズはデルフにそう返し、次いで予想していたよりも食事が安く済んた事に喜んでしまう。
 いつもならそんな事はしないのだが、使える金が限られている今は伝票に書かれた金額で一喜一憂してしまう。
 目の前にいる二人と一本はともかく、こんな姿をツェルプストーや学院の生徒に見られたら後日を何を言われるのやら…
 同級生たちに指差されて嘲笑される所を想像して憂鬱になりながらもルイズは足元に置いていた鞄を肩にかける。
 少し重たくなったような気がするそれの重量を右肩に掛けたベルト伝いに感じつつ、霊夢達を連れて外を出ようとした。
 その時であった。ルイズと霊夢が入ってきた本来の出入り口の前に立つ、二人の衛士を見つけたのは。

「ん?ちょっと待って二人とも」
 先頭にいたルイズがそれに気づき、彼女と共に店を出ようとした霊夢達を止めた。

217ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:39:23 ID:.xFHoMyw
 右手に短槍、左手には何やら巻いて棒状にした何かのポスターを持っており、腰には剣を差している。
 どうやら近くにいた店長である中年男性と、何やら会話をしているらしい。
 お互いの表情は、今いる位置からでも血生臭い事は起こらないと確信できるほど平穏である。
 一体何を話しているのだろうかと気になった時、霊夢と魔理沙もルイズの肩越しから彼らの姿を目に入れた。

「おや、衛士さんじゃあないか。こんな店に何の用なんだ?食事か?」
「そんな感じには見えないけど、近づいて何を話してるのか盗み聞きしてみる?もしかしたらあの盗人の事かも…」
「やめときなさいよアンタ達、下手にちょっかいかけて目ェつけられたら任務に支障が出るかもしれないじゃない」
 二人の提案を即座に却下しつつも、内心ルイズも少しばかり何を話しているのかは知りたかった。
 王都を守る衛士等もこういう店には来ることはあれど、基本的にそれは非番の時か食事を外で済ます時だけだ。
 しかし今店長としているであろう会話は、控えめに考えても何か聞き込みをしているようにしか見えない。
 もしかすれば霊夢の言うとおり、自分たちのお金を盗っていったあの少年の事について話している可能性も…無くはないだろう。
 
「ひとまず勘定はあそこで支払うから、もう少し…ってアレ?」
「もう少し待つ前に、もうどっかに行っちゃうらしいわね」
 とりあえず彼らが去ってから勘定を支払おう…と提案しかけた直前に、衛士達は手を振って店を手で行った。
 それに手を振りかえす店長らしき男の左手には、衛士の一人が持っていたポスターを握っている。
 一体何だったのかと思いつつ、まぁいなくなったのなら気にすることも無いだろうとルイズは歩き出した。
 彼女の後に続くようにして霊夢達も足を動かし、三人そろって店長のいるカウンターへと移動する。

「ご馳走様、お勘定を払いに来たわ」
 手に持っていた伝票をカウンターに置くと、五十代半ばの店長はルイズに頭を下げた。
「おぉ旅の貴族様、どうもウチでお食事いただき誠にありがとうございます!では…」
 店長が礼を述べて伝票を受け取ってから、ルイズは腰に下げている袋から食事代の金貨を出していく。
 今はまだまだ袋は重いが、今残っている金額では王都で外食しながら泊まるのは一週間…切り詰めても二週間ももたない。
 これが底をつけば自分のお小遣いは文字通りゼロになるし、最悪ドブネズミやら蝙蝠を捕まえて調理する必要に迫られてしまうのだろうか?

 そんな冗談を想像しつつも、それが現実になるまで後一週間程度しかないという事にルイズはゾッとしてしまう。
 脳裏に浮かんだネズミ料理のイメージを振り払いつつ、店長が金貨を数えている間を待つ霊夢を一瞥した。
(私と魔理沙も気を付けなくちゃだけど、霊夢には早いところアイツを捕まえて貰わないとね…)
「…よし。金額に余分がありますので、五十スゥと七三ドニエの御釣りですよ貴族様」
「え?…あ、あぁそうなの。有難うね」

218ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:41:21 ID:.xFHoMyw
 危うく店主の言葉を聞き逃すところであった彼女は慌てて返事をすると、店主がカウンターの下を漁り出した。
 何をするかと思いきや、取り出したのルイズの顔よりもやや大きい鉄の箱であった。
 取っ手と頑丈な錠前がついているのを見るに、どうやら御釣り用のお金が入っているらしい。
 一緒に持っていた鍵で錠前を外して蓋を開けると、十秒もかからず店長は御釣り分の銀貨と銅貨をカウンターの上へと置いた。
「え〜と、ひーふー…一応貴族様も御釣りが合っているかどうか確認をお願いしますよ」
 箱の蓋を閉じた店主にそう言われて、ルイズはすぐにその二種類の硬貨を数えはじめる。
「…確かにさっき言ってた金額通り、それじゃあこのまま頂戴しておくわね」
「毎度ありです。今後近くを通った時はウチの店を御贔屓に」
 貴族様からのお墨付きをもらった店長は満面の笑みで頭を下げて、いそいそと箱に鍵をかけ始める。
 ルイズも袋に銅貨と銀貨を入れていき、最後の一枚となる銀貨を入れた所で、後ろにいた霊夢が声を上げた。

「あの、ごめんなさい。ちょっと良いかしら?」
「んぅ?何でございましょうか」
 てっきりルイズの従者と勘違いしている店長が敬語でそう聞き返すと、彼女はある物を指さしてみせる。
 それは先ほどやってきた衛士達が彼に渡していった、巻いたままにしているポスターであった。
「そのポスター…さっきまで来てた衛士達が置いていったけど…ちょっと気になってね」
「ん、あぁ…これですかい?」
 霊夢の指差は先にあったポスターを見た店主がそう言ってポスターを手に取ると、
 丁度真ん中の辺りで括っている紐を解きつつ、質問をしてきた彼女へ手短かに説明しはじめた。
「何でも、王宮の方で指名手配犯が出たからそれの似顔絵ってんで持ってきたんですよ」
「指名手配…ですって?」
「それまたエラく物騒で今更過ぎるな?この街で指名手配される奴なんて、それこそ星の数ほどいるだろうに」
 解いた紐を足元のゴミ箱に捨てた店主の口から出た単語に、ルイズと魔理沙も反応する。
 指名手配のポスター自体は別に珍しいものではないが、少なくともそういうモノが貼られるという事は滅多に無い。
 
「指名手配とはそれまた御大層じゃないの?」
 流石の霊夢も聞き慣れぬ言葉に素直な感想を漏らすと、店長は「まぁ事情が事情ですしな」と返しつつ、
 巻かれていたポスターを両手で広げながら更に衛士達から聞いた情報をそのまま彼女たちに伝えていく。

219ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:43:21 ID:.xFHoMyw
「今朝こっちの方で衛士姿の白骨死体が見つかった事件があって、それに関しての容疑者候補が一人上がったらしくてね、
 それがどうやら…身内の衛士さんらしくて、しかも昨日から行方不明っていうだけで白骨死体を作った張本人扱いされてるらしいんですよ」
 
「何ですって?」
 今朝、その現場の近くにいた霊夢は、下水道にたむろしていた衛士達やアニエスの姿を思い出した。
 確かあの時、先に現場にいた人々は皆衛士姿の白骨死体がどうとか言っていたのは覚えている。
 それから後の進展は全く聞いていなかったが、まさか今になってその話が出てくるとは思ってもいなかった。
 しかし、彼の口から語られるその情報に違和感を感じたであろう彼女が一つ質問をしてみる。
「容疑者候補…?それって何か証拠とか…詳しい情報はないの?」
「さ、さぁ…そこまでは言ってませんでしたが。…あぁ、そうだ!これが容疑者候補とかいう衛士さんの似顔絵らしいですよ」
 霊夢からの質問に店長は首を傾げつつも、自分の方へと向けていたポスターの表面を彼女たちの方へと向ける。
 丁度ルイズの顔より少し大きいポスターに書かれていた似顔絵は、どうみても女性のそれであった。
「へぇ〜…女性の衛士が犯罪ねぇー?何か色々ワケありそうだけど…」
 ポスターに描かれているその顔を見て色々と勘ぐってしまう霊夢に、魔理沙がすかさず続く。
「きっとセクハラしようとしてきた同僚をうっかり……って、どうしたんだルイズ?」
 しかし、自分たちの前にいるルイズがそのポスターの似顔絵を見て、様子が変なのに気付いてその言葉は止まってしまう。
 店長も「貴族様、どうかしまして…?」と気遣うものの、彼女はそれを無視してじっと似顔絵を見続けている。 

 いかにも男の職場の中で働き、鍛えて来たかのような鋭い目つきに似合う厳つい表情。
 青い髪に碧眼という、平民出とは思えぬ整った顔つきは下手すれば貴族と見紛う程の綺麗さ。
 美しくさと強さを兼ね備えたかのような戦乙女のような女性の似顔絵を、ルイズは知っていた。
 ここへ来る前―――そう、『魅惑の妖精』亭へと戻る道すがら、彼女はこの顔とそっくりの女性と出会ったのである。
 時間にすればほんの一瞬であるが、突然通りに出てきたぶつかった記憶は今もはっきりと頭の中に残っていた。
「私の記憶違い?…ううん、違うわ…私、この顔の女性(ひと)と通りでぶつかって…―――……?」
 独り言をぶつぶつと呟きながらポスターを見つめていた彼女は、ふと似顔絵の下に文字が書かれていたのに気が付く。
 何かと思って視線をそちらのほうへ向けると、こんな文章が書かれていた。

―――○○○○○○詰所所属衛士隊員『ミシェル』
―――――同僚殺害及び軍事機密情報の売買に関わった疑いあり!
――――――この顔にピン!ときた方は、すぐに最寄りの衛士詰め所か警邏中の衛士に声を掛けてください

220ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/10/31(火) 22:45:38 ID:.xFHoMyw
以上、これで88話の投稿は終了です。
ではまた来月末にお会いしましょう、それでは!ノシ

221ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:54:46 ID:6C7Q66hI
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、67話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

222ウルトラ5番目の使い魔 67話 (1/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:56:35 ID:6C7Q66hI
 第67話
 未知が風の銀河より
 
 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!
 

「やあや皆さん、どうもどうもご無沙汰しております。悪い宇宙人さんでございます」

「おや? せっかく正しくあいさつして差し上げたのに怒らないでください。毎回そんなに邪険にされると傷つきますねえ。別に私はあなた方には危害は加えませんから、もっとフレンドリーにいきましょうよ」
 
「フフ、まあ話を進めましょう。ハルケギニアの人たちのおかげで、私の目的はまあまあ順調に進んでおります。一部例外もありましたが……って、そこ笑わないの!」
 
「オホン。ともかく、私の目的は順調に進んでいます。このハルケギニアという世界の人々は感情豊かで、私が手をかける必要が少なくて助かっていますよ」
 
「この調子でいけば、ハルケギニアからサヨナラする日も遠くないと思っていました……ですが、どうも私以外にもこの世界には第三者的な何者かがいるようなのですよ……」
 
「私としても愉快なことではありませんですねえ……いったいどこの悪い子でしょう? というわけで、今回は少々趣向を変えてみました。はてさて、それがどういう結果になったのか、これからご報告させていただきましょう」

 不敵に笑った宇宙人の声とともに画面は暗転し、彼が記録した映像が映し出され始める。
 宇宙人の作りだす演目の舞台として選ばれたハルケギニアで、すでに数々の悲喜劇が演じられ、彼は舞台を作り出すプロデューサーとして辣腕を振るってきた。
 次にお披露目されるのは悲劇か喜劇か? だが、彼の脚本に生じたイレギュラー。呼び出したブラックキングが何者かによって改造されるという事態が、彼に危機感を抱かせた。
 一流の戯曲は一流の舞台と一流の演者によって作られるという。その点、このハルケギニアは一流とまでは呼べなくとも、十分に観客を楽しませるだけの地力と演技力を有していると言えよう。

223ウルトラ5番目の使い魔 67話 (2/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:57:43 ID:6C7Q66hI
 だが、せっかくの演目に舞台外から飛び入り参加しようとしている輩がいる。プライドの高い脚本家はこの無粋な横入りを許さず、罠を仕掛けて待ち受けることにした。
 
「ああ、言い忘れておりました。実は私、この世界にやってくる前に次元のはざまで面白い拾い物をしましてね。どうもロボットらしいんですが、私も見たことのない技術で作られていて……いやあこれに襲われたときは苦労しましたよ」
 
 
 それは、彼がハルケギニアにやってくる直前。マルチバースを渡る次元のはざまでのこと、彼は突如として謎のロボット怪獣に襲われて、やむなく自分の怪獣を出してこれを迎撃していた。
「今です。とどめを刺しなさい!」
 弱った敵に対して、彼は自分の配下の怪獣に命令を下す。すでに敵のロボット怪獣は大きく動きを鈍らせており、苦し紛れに虹色の光線を放ってきたが、配下の怪獣はバリアーを使ってそれをはじき、そして彼の怪獣は主の指示に従って、謎のロボット怪獣に強烈な一撃を放った。
 爆炎が上がり、直撃を食らったロボット怪獣は白色のボディを焦げさせて停止する。そして彼は、ロボット怪獣が完全に沈黙したのを確認すると、近寄ってしげしげと見下ろした。
「フゥ……肝を冷やしましたよ。まさか、この子をここまで手こずらしてくれるとは。しかし、誰かが操っていた様子もないですが、どこかの宇宙からのはぐれですか? まったく迷惑な……」
 並行宇宙の壁を超えることは強大な力を必要とするため、普通はマルチバースの間は平穏なものだが、ごく稀にこうしてどこからか漂流物が流れ着くことがあるのだ。しかも、その漂流物は次元の壁を突破してきたことから危険な性質を持っている場合が多い。
 今回も、相当手こずらされてしまった。幸い、自分の連れてきた怪獣がさらに強かったから事なきを得たが、一歩間違えれば危なかったかもしれない。
 しかし、いったいどこの誰がこんなものを送り込んできたのだろう? ドラゴンに酷似したスタイルは自分の知るいかなる惑星のメカニックとも似ていない。彼はしばし考えたが、ぱちりと指を鳴らして言った。
「とりあえず拾っておきますか。人生、貪欲なほうがいいってチャリジャさんもおっしゃってましたしねえ。どうせタダです」
 そうして彼は回収したロボットを連れてハルケギニアにやってきた。

224ウルトラ5番目の使い魔 67話 (3/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:58:36 ID:6C7Q66hI
 壊れたロボットの修理自体はそんなに難しくはない。ただ、このロボットは元々はよほど大掛かりな目的に使われていたのか、パワーがものすごすぎて適当な使い方が見つからないでいた。
 
「ですが、今回は別です。考えてみてください? 私も興味を持ったものを、それなりの人が見たらどう思うか? フフ、今回はこのことをよーく覚えておいてくださいよ」
 
「いやあ、それにしても私の知らないものがまだ宇宙にあるとは。次元のはざまは無限のかなたに通じていますから、もしかしたらはるかな過去か遠い未来からやってきたのかもしれません。なかなか興味深いことです」
 
 補足説明も終わり、今度こそ戯曲は再開される。
 舞台は変わらずハルケギニア。そのどこかで、複数の演者が踊らされ、複数の観客が見せさせられる。
 そう、空虚に向かってナレーションする語り手はいない。観客として、姿を消したあの二人も世界のどこかでこれを見せられていることだろう……そして、彼らも。
 今度の舞台で、踊るのは誰か、踊らされるのは誰か、踊らせるのは誰か。そして……踊りたがっているのは誰か。
 ハルケギニアの運命を乗せて、また新たな運命の一幕が上がる。
 
 
「火事だーっ! 早く火を消せ。爆発するぞーっ!」
「ダメだ、もう間に合わん! 全員逃げろ、この船はもう助からん!」
 
 轟音を響かせ、一隻の軍艦が紅蓮の炎をあげて炎上している。
 ガリア王国、サン・マロン港。ここでは数週間前に、奇怪な事故が多発していた。それは、まるで火の気のない軍艦内でいきなり火の手が上がり、そのままなすすべなく火薬庫に引火して轟沈するといった事態が連続して起こったことであり、艦隊上層部は両用艦隊への何者かによる破壊工作と見て、調査を開始した。
 しかし、事態は思わぬ方向へと推移していった。
 原因不明の火災発生事故。それはサン・マロン港でぷっつりと途絶えたかと思うと、今度はガリア各地で起こり始めたのである。

225ウルトラ5番目の使い魔 67話 (4/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 13:59:15 ID:6C7Q66hI
「火事だぁーっ! お城が燃えているぞぉーっ!」
 あるときは貴族の屋敷、あるときは商人の邸宅、あるときは荘園の畑、あるときは湖に停泊中の遊覧船、さらにあるときは関所の駐屯地。
 なんの前触れもなく、ただ目立つ大きな建物や施設といったこと以外は共通点のない犯行に、ガリアの官憲はきりきり舞いさせられた。
 犯人の目的や正体はまったくの不明。ただ、事件は数日に一回のペースで、同時に別の場所で起こることはなかったことから単独犯によるものと思われた。
 ガリアでは、いつどこに現れるかわからない放火魔に、人々は貴族と平民の別なく怯える日が続いた。
 だがそんな日々は、ある日に終わりを告げることになる。放火魔が国境を越えて、隣国トリステインへと入ったからである。
「火事だぁーっ! 火を消せ、水のメイジはどうした!」
「もう遅い、すでに火勢は全体に回ってしまった。くそっ、あと少しで完成だったってのに!」
 トリステインの造船所で、ある日、建造中の軍艦から突然火の手が出て全焼するという事故が起きた。
 火災の原因は不明。船大工は皆ベテランで、火種を持ち込むようなバカはいないし、作業に使う火種は厳重に管理されていた。
 残された可能性は、何者かによる放火しかない。この結論にいたったとき、誰もが今ガリアを騒がせている連続放火犯のことを思い出した。
 そして、建造中だった軍艦のスポンサーは即座に決断した。そのスポンサーの名はクルデンホルフ大公家。その実働の一部を任されているベアトリスは魔法学院でこの一報を受けると、ただちに腕利きの配下に命令を下した。
「手段と犯人の生死は問わないわ。クルデンホルフの名に泥を塗った者がどうなるのか、なんとしてでも犯人を探し出して、二度と我が家へ手出しができないようにしてやりなさい」
「仰せのままに。報酬さえはずんでいただければ、ぼくらは期待に必ず応えますよ。元素の兄弟は、こういう仕事は得意分野ですからね」
 憤懣やるかたないベアトリスに、不敵な笑みを浮かべる少年が答える。
 元素の兄弟。裏稼業で、報酬次第でいかなる汚れ仕事でも完璧にこなすことで有名な一味のリーダーであり、兄弟の長男でもある彼、ダミアンは、久しぶりに自分たちらしい仕事が舞い込んできたことに喜びを覚えていた。
 相手はハルケギニアを震撼させている大犯罪者。相手にとって不足はなく、高い報酬をもらうだけの価値は十分にある。それに、先に独断専行で汚名を作った愚弟と愚妹に名誉挽回をさせるチャンスでもある。
 
 ダミアンはさっそく兄弟を集めると、簡潔に指示を下した。
「ジャック、ドゥドゥー、ジャネット、よく来てくれたね。さて、仕事の話だが、トリステインから一人の人間を探し出して亡き者にしてほしい。手段は問わないが、できるだけ早くとのことだ。わかったね?」
 概要を聞くと、まずは次男のジャックがうれしそうに口元を歪ませた。
「うれしいですね。久しぶりに狩り出しがいのありそうな獲物の依頼じゃないですか、腕が鳴るってものさ」

226ウルトラ5番目の使い魔 67話 (5/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:00:05 ID:6C7Q66hI
 すると、三男のドゥドゥーが意外そうに、しかしやはりうれしそうに言った。
「珍しいね、ジャック兄さんがそんなに依頼をうれしそうに受けるなんて。そういうので喜ぶのは、だいたいぼくの受け持ちじゃないかな?」
「お前と一緒にするな、といつもなら言うところだが、俺も実は最近退屈していてな。運動不足を解消するにはいいチャンスだ」
「ターゲットを探し出すのはちょっと骨かもしれないけど、これだけのことをしでかす奴なんだから、きっと腕利きのメイジに違いないものね。さあて、じゃあ今度も競争にしようか、誰が先にターゲットを見つけて始末するかって」
 ドゥドゥーは兄たちを出し抜く気満々で宣言したが、妹と兄から厳しく釘を刺された。
「ドゥドゥー兄さま。兄さまがそうして無駄に張り切るたびに、わたしが余計な苦労をさせられてるのを忘れないで欲しいですわ」
「ジャネットの言うとおりだ。ドゥドゥーは少し、自重というものを覚えたほうがいい。どうやら前の失敗であまり懲りていないようだから、今回はぼくといっしょに行動してもらうよ」
「そ、そんなぁーっ!」
 厳しい兄に四六時中そばで見張られることに、すっかり精気を失ってしょげかえったドゥドゥーが哀願してもダミアンは一顧だにしなかった。
「そういうわけで、ジャックは今回ジャネットといっしょに行動してくれ」
「わかった。だがドゥドゥーよりはましとはいえ、ジャネットも気が散りやすいタイプだからな。俺も今回は厳しくいくぞ、いいなジャネット」
「はーい、ですわ。はぁ、これはターゲットが可愛い子でないと割に合わないかしら」
「ジャネット、ダミアン兄さんにも我慢の限界ってものがあるのを忘れるなよ。払いのいいスポンサーを怒らせた時の兄さんに俺まで灸をすえられるのはごめんだ。ターゲットは確実に始末する、わかったな」
「はいはい、仕事は楽しみつつ任務は堅実に、ね。でも、心を壊して人形にするならいいよね? もちろん、おじさんだったら首はジャック兄さんにあげるわ」
 裏稼業の人間らしく、言葉使いは軽くても標的に一片の生存権も認めていない。彼らはこうして一見ふざけているように見えつつも、数多くの人間を闇から闇へと葬ってきたのだ。
 ダミアンは、可愛い弟や妹たちがやる気を出したのを見ると、最後に見まわして締めた。
「ようし、では今回は二組に分かれて行動しよう。競争などは考えず、仕事を片付けることを第一に考えるんだ。どちらがターゲットを始末しても、終わった後はみんなでゆっくりスープを飲んで祝おう。楽しみにしているよ」
 四人兄弟は二手に分かれ、いまだトリステインのどこかに潜んでいるであろうターゲットの情報を探るために地下に潜っていった。
 蛇の道は蛇。いかに犯人が巧妙に世間に潜伏しようとも、犯行を繰り返すためには必ずどこかに足跡を残していくはずだ。それが表に表れなくとも、普通でない情報が集まる場所はある。元素の兄弟はそれらに精通しており、あらゆる手段で目標を追い詰めては仕留めてきた。
 我らに追われて逃げ切れた人間はいない。ガリアに居た頃は王家の命を受けて、辺境に逃げ延びた貴族を探し出して始末したこともある。それに比べれば楽なものだ……もっとも、そのときみたいに証拠品としてターゲットの生首を持参するのはやめておいたほうがいいだろうが。

227ウルトラ5番目の使い魔 67話 (6/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:01:02 ID:6C7Q66hI
 しかし、意気揚々と出発した彼らは知らなかった。これの裏に、甘い予測の通じない恐ろしい相手が隠れているということを。
 
 
 そして数日後……
 所は変わり、ここはトリステインのラグドリアン湖に通じる大河の港町。
 造船と修理で活気に満ちるこの街の一角で、ひときわ目を引く巨大船が修理を受けている。それはもちろん東方号のことで、以前の戦いで半壊したその船体を修復する作業は活気に満ちて続いていた。
 そして、その修理作業の一角で、コルベールが満足そうな様子で作業を見物していた。
「ふう、しばらくぶりに見に来ましたが、だいぶ修復が進んだようですねえ。工員の方々の技量も上がってきておりますし、これはもう私がいなくともあまり問題はなさそうですね」
 コルベールの見ている前で、作業員たちが汗を拭きながらテキパキと動いている。魔法学院の連休を利用して様子を見に来た彼だったが、以前は自分があれこれ指示してやっと動いていた工員たちが、今では立派に自分で動いているのを見ると感慨深いものがあった。
 東方号に開けられた無数の損傷口は新しい鉄板で埋められ、地球製の装備は再現は無理なので全体的にのっぺりした印象になりつつあるものの、東方号はかつての威容を着々と取り戻しつつある。
 まだ出港できるほどには遠いものの、やはりハルケギニアでは作れない巨艦の威容は何度見ても飽きることはない。
 ハンマーで鉄を叩く音や、威勢のいい男たちの掛け声が響き、作業場はまさに男の職場という雰囲気に満ち満ちて、コルベールには魔法学院とは違う意味で心地よかった。ただ周りを歩き回るだけでも、工員たちがすっかり慣れた手つきで鉄を扱っている姿を見るのは、トリステインに新たな”進歩”が訪れているのを感じ取れてうれしかった。
 それでもやはり、コルベールの助力や助言を必要とするところから求められて、コルベールはハゲ頭を光らせながらそれらに応じていった。魔法学院と立場は違えども、コルベールはやはりここでも教師なのであった。
 そうしているうちに、町全体に教会の尖塔から大きなベルの音が響き渡った。
「おや、そろそろお昼ですね」
 忙しく動き回っているうちに時間が過ぎてしまったらしい。コルベールは気づくと自分の腹も悲鳴を上げていて、区切りをつけて船を降りようと考えた。
 ところが、船を降りようと甲板に上がってきたとき、作業現場の片隅で膝をついてお祈りをしているシスターが目について立ち止まった。

228ウルトラ5番目の使い魔 67話 (7/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:03:22 ID:6C7Q66hI
「もし、そちらのシスターさん。そんなところで何をお祈りされているのですかな?」
 コルベールが尋ねると、シスターはふっと気が付いて振り返ってきた。
 軍艦に聖職者とは一見合わないように見えて、実は欠かせない存在である。平時は兵士の精神面のケア、戦時は戦死者の弔い。とかく生死に関わる軍人とは切り離せない存在で、実際に従軍牧師や従軍僧侶などが存在する。ここハルケギニアでも、戦列艦以上の大型艦には神官が乗船するのが基本であった。
 しかし工事中のところにとは珍しい。立ち上がってこちらを向いたシスターは、フードをまくって顔を見せた。
「こんにちは、実は先日こちらのほうで数人が怪我をする事故が起こりまして。そのお祓いのためにと頼まれてお祈りを捧げておりました」
 若いな。コルベールは意外に感じた。長い金髪を結い上げた大人しそうな娘で、年のころは二十代中ごろであろうけれど、どこか儚げな不思議な雰囲気をまとっていた。
「失礼しました。お仕事ご苦労様です。私はこちらで技術主任をしているコルベールという者です。見かけないお顔ですが、最近こちらにやってこられたのですかな?」
「はい。わたくし、名をリュシーと申しますが、修行のためにあちこちを回りながら祈りを捧げております。こちらの偉いお方だったのですね。ミスタ・コルベール、わたくしに神と神の御子に奉仕する場を与えてくださり、感謝いたします」
 リュシーと名乗った女性はぺこりとおじぎをし、澄んだ瞳でコルベールに微笑みかけてきた。
 思わずどきりとするコルベール。技術者一本で堅物に見えるコルベールだが、彼とて人並みの感性は持ち合わせている。学院でその気配がないのは、単に教え子に手をかける趣味がないだけだ。
「では、わたしはこれで」
「あ! ちょっと、その」
「はい?」
 立ち去ろうとしたリュシーをコルベールは呼び止めた。リュシーは相変わらず優しげに微笑んでいる。
「その、よろしければいっしょに、昼食をいかがでしょうか? 各国を回られてきた貴女のお話は、大変興味深く思いまして」
 照れくさそうにしながらも、コルベールは思い切って誘ってみた。するとリュシーはにこりと笑い。
「ええ、喜んで」
 その瞬間、コルベールは心の中で万歳三唱した。しかし表情には出さないよう気を配りつつ、ふたりは並んで歩きだす。
 やった! ダメ元だったけど言ってみるものだ。人間、生きてたら何かいいことがあるものだなあとコルベールはしみじみ思った。

229ウルトラ5番目の使い魔 67話 (8/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:04:33 ID:6C7Q66hI
「ミスタ・コルベール」
 リュシーが話しかけてきた。垂れがちの眼は柔和な面持ちを作り、少し遠慮した声色は尖った心を溶かしてくれる。
「ああ、私のことは呼び捨てでかまいません。私は軍属ではありませんし、堅苦しいことは好みませんので」
「わかりました。ではコルベールさん……いえ、コルベール様とお呼びいたしますね。わたしのような一介のシスターに目をかけていただけるなんて、コルベール様はお優しい方なのですね」
「い、いやいやそんな! あなた方聖職にある方々は日夜、万民のために働いてくれています。ないがしろになんてできませんよ!」
 すまなそうなリュシーに対してコルベールは慌てて取り繕うのといっしょに、まるで天使だ! と、心の中で快哉をあげた。
 出会いの少ない仕事をしているコルベールは、自分の将来についてはなかば絶望視していた。ずっと前にはミス・ロングビルにアタックしたこともあるのだが、それは玉砕に終わり、学院には他に若い女性の教員もいないことから、もう自分に出会いはないものとあきらめていた。
 しかし、出会いがあった! しかも若いシスターである。始祖ブリミル、あなたのお導きに心から感謝いたします。コルベールは心の中で号泣するとともに、このチャンスを逃してなるものかと決心していた。細かいことはとうに脳内から消し飛んでしまっている。
「と、ところでミス・リュシー。あなたほどお若い方が、修行のために旅をなさっているとは、素晴らしい信仰心ですね」
「いえ、わたくしはそんな敬虔な信徒ではありません。わたしは生まれはガリアの貴族でしたが、家が没落して一族は散りじりになり、わたくしは出家して尼となったのです」
「そうだったのですか。私も、物心ついたときは親はなく、ずっと家族なく育ちましたので、お気持ちは少しわかる気がします。あなたも、苦労なされたんですな」
 コルベールがしみじみとつぶやくと、リュシーは悲しげに顔を振った。
「コルベール様もですか。本当に、この世は無情なものですね。神は、いったいどれだけの試練を人にお与えになるのでしょうか」
「それはまさに、神のみぞ知るというものでしょうね。ですが、神はこうして出会いをお与えになられました。ミス・リュシー、今日は私がごちそうしましょう。美味いものを食べる幸せは、万民に共通ですからね」
「えっ、いえそんな悪いですわ。それに私は神に仕える身、貪るわけにはまいりません」
 遠慮するリュシーだったが、コルベールは彼女を元気づけるように、その頭頂部のような明るさで彼女を押していった。
「心配いりません。働いた分の糧を得ることは神の御心に逆らわないはずです。それに、私にも聖職の方に尽くす功徳をさせてくださいよ。さあさあさあ」
「あ、あらあらあら!?」
 リュシーは強引に押されながらも、嫌がって逃げようとはしなかった。そのまま中級士官用の食堂に案内されて、コルベールと向かい合って座らされる。
 コルベールはウェイターにチップを持たせ、いい具合に見繕ってくれと頼んだ。ほどなくして、テーブルに豪華とまでは言わないがこじゃれた料理の数々が並べられ、リュシーは喜びの声を漏らした。
「こんなに……わたくし、こんな手のかかったお料理を見るのは本当に久しぶりです。ほんとに、よろしいんですか?」
「もちろんですとも。その代わりに、あなたが旅をして見聞きしたことを話してください。こういう仕事をしていますと、どうも世界が狭くなってしまいますので」

230ウルトラ5番目の使い魔 67話 (9/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:05:35 ID:6C7Q66hI
「喜んで。ですが、わたくしも世間を巡る修行中の身。代わりにコルベール様もいろいろお話を聞かせてくれたら幸いです」
「もちろん喜んで! ですが、私の話などは機械のことばかりで、とてもあなたに喜んでもらえるとは思えませんが」
「いいえ、熱心に働く人は皆が神の使途です。そのお話を聞くことの、なにが不満でありましょうか」
 コルベールはまさに天にも昇る心地になった。まさか、ほとんどの人にスルーされるばかりの自分の話を聞いてくれる女性がこの世にいようとは。
 優しく微笑んでいるリュシーの姿は、まさに天使にコルベールは見えた。苦節ン十年、年齢が彼女いない歴と同じ彼は、この出会いの奇跡に感謝した。
 料理に舌鼓を打ちながら、二人は話に花を咲かせた。
「あの船、東方号というのですが、あの船は私の誇りなのです。いつか、あの船でハルケギニアを巡り、そして誰も見たことのない東方の地や、そのまた向こうにある未知の世界を見に行きたい。よく笑われますがね」
「そうですね、わたしにはコルベール様のお話は大きすぎて正直イメージが追いつきません。ですがわたしも諸国を巡るごとに、あの山の向こうにはどんな街があるのだろう? あの川を越えた先にはどんな出会いがあるのだろうと思います。どこまでも先へ進もうとするコルベール様の夢は、とても素敵なものだと思いますわ」
 真剣に聞いてくれるリュシーに、コルベールの機嫌はますますよくなる。
「ミス・リュシーはとても広い心をお持ちなのですな。ですが、巡礼の旅という苦行を選ばずとも、故国でもじゅうぶんな修行はできたでしょうに。なぜ、危険な一人旅を選ばれたのですか?」
「はい、わたしも最初は教会で住み込みで働いていました。ですが、ある人に、迷いや悩みを断ち切るためには世界でいろいろな体験をしたほうがいいと忠告を受けて、旅立つことにしたのです」
「そうだったのですか。それでも、お一人で旅を続けるのはさぞ苦労されたのではありませんか?」
「はい、確かに楽なものではありませんでした。けれど、敬虔な神の信徒の方はどこにでもいらっしゃるものです。ゲルマニアで、ささやかですがわたしの旅を援助してくださる素敵な方に出会えまして、路銀くらいならばまかなえています」
「それは……その、男性の方ですか?」
 どきりとしたコルベールが問いかけると、リュシーは笑って首を振った。
「いいえ、女性の実業家ですわ」
「あっ、いやそうでしたか! これはこれは私としたことがお恥ずかしい」
「まあ、コルベール様ったら。うふふふ」
 コルベールが笑ってごまかすと、リュシーもコルベールの気持ちを知ってか知らずか笑った。
 本当に天使のような人だ……コルベールは心の中で涙した。こんな清純な女性を相手に下心を持ってしまった自分が恥ずかしい。そして、だからこそ心の中で炎が赤々と燃えてくるのを感じていた。

231ウルトラ5番目の使い魔 67話 (10/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:06:45 ID:6C7Q66hI
 その後、ふたりは他愛のない話を続け、やがて昼休憩の時間の終わりを告げる鐘が響き渡った。
 
「あら、もうこんな時間ですか。残念ですが、お祈りを依頼されているところはまだありますので、そろそろ行かねばなりません。コルベール様、ご馳走をどうもありがとうございました。このお礼はいずれ……」
 
 鐘の鳴る中、椅子から立ち上がったリュシーを見て、コルベールは時間の残酷さを呪った。
 だが、彼は申し訳なさそうに席を立とうとしているリュシーを黙って見送ることはできなかった。勇気を振り絞って、その背を呼び止めたのである。
「ミ、ミス・リュシー! 今回はとても有意義な話を聞かせていただき、こちらこそ感謝いたします。こちらには、まだおられるのでしょうか?」
「はい、こちらは大きい街なので、しばらくのあいだは滞在しようと思っております。それが、何か?」
「い、いいえ、その……それならば……そこでなのですが、よろしければ今夜もう一度お会いしていただけませんか!」
 コルベールは半生分の勇気を振り絞って言ってみた。自分の容姿が貧相なのは自覚している。女ウケする性格でもなく、さらに夜に女性を誘うことがどれほど難易度の高いことなのかも理解している。
 正直に思って、成功の確率はないに等しい。ここまでこれただけでも奇跡に等しいことなのだ。
 しかし、それでもコルベールは言ってみた。なぜなら、彼の魂が言っていたのだ、自分が”男”になる機会はここしかないのだと!
 緊張し、返事を待つコルベール。瞬きをする時間さえもが永遠に思える中を過ごし、ついにリュシーが口を開いた。
「今夜、ですか? はい、わたくしでよろしければ」
 笑顔で会釈して答えるリュシー。この瞬間、コルベールは人生の勝利者になったと心の中で喝采した。
 ジャン・コルベール、人生苦節四十ン年。ついに生まれてきた意味を味わえる日がやってきたのですな。始祖ブリミルよ、この罪深き仔羊に人並みの幸せを与えてくださったことを感謝いたします。
 感激で、心の中でコルベールはむせび泣いた。周りの客からは、なんだあのオヤジと、冷たい視線を向けられているがコルベールには届いていない。
 しかし、よほど感激で我を忘れていたのだろう。「コルベール様?」と、声をかけられてはっとすると、視線の先には怪訝な様子のリュシーがいた。
「どうなさいました? どこか、お体の具合でも」
「い、いいえ、なんでもありません。それより、夜のことですが、日が暮れたらまたこの店で落ち合うというのはいかがでしょうか?」
「はい、わたしはそれでよろしいです。うふふ、夜が楽しみですわね」
 この瞬間、コルベールの心が有頂天に登りつめたのは言うまでもない。生徒以外では若い女っ気のない職場で働き、暇があれば研究に打ち込む日々。もちろん出会いなんかからっきしだし、若い頃から仕事一途でその手の店に行く趣味もなかったから、今日まで経験は皆無といってよかった。

232ウルトラ5番目の使い魔 67話 (11/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:07:56 ID:6C7Q66hI
 そんなナイーブなコルベールに、ようやく春の風が吹いてきたのだ。しかも、優しく美しいシスターときている。舞い上がるなというほうが酷というものだ。
 コルベールははやる心を抑えると、お仕事がんばってくださいと、月並みな台詞で彼女を見送った。去っていくリュシーは、後姿だけでも美しかった。
 そして、リュシーが見えなくなると、コルベールはすっと振り返り、走り出した。それはもう、全力で走り出した。
「うおおおおお! 生徒のみなさーん! わたしはやりましたぞぉぉぉぉーっ!」
 彼は走った。走らずにはいられなかった。まだスタートラインに立ったばかりでも、コルベールにとっては長年夢見ながらも訪れなかったチャンスなのである。
 聖職者とは結婚がどうたらこうたらという理屈は頭から消し飛んでいた。今の彼は己の火の系統のように燃え滾る情熱の愛の戦士であったのだ。
 
 しかし、人が幸せに浸っているときでも、性格の悪いお邪魔虫は悪だくみを続けている。
 街を見下ろす丘の上。そこで、黒幕の宇宙人はいやらしい笑いを浮かべていた。
「いやあ、活気があっていい街ですねえ。こういう街を見ていると、いたずらをしたくなりますねえ。うーん、私ってばなんて悪い子なんでしょう」 
 いたずらというには度が過ぎていることを考えているのが明白な声を漏らしながら、なんらかの意図を持った目で街を見下ろす宇宙人。
 だが、その宇宙人以外には誰もいないはずの丘の上に、突然姿を現した人影があった。
「とうとう見つけたぞ」
「おや? あなたは、おやおやウルトラマンヒカリさんじゃないですか」
 手を叩いて迎えた宇宙人の前に現れたのは、ウルトラマンヒカリことセリザワ・カズヤだった。
 丘の上の展望台で、数メートルの間隔を挟んで睨み合う両者。沈黙を破って口火を切ったのはセリザワだった。
「もう、いいかげんにこの世界への干渉をやめろ。この星の人間の心をこれ以上もてあそぶな」
「はいはい、そう言われると思っていましたよ。正義の味方にやめろと言われてやめていたら宇宙警備隊はいらないでしょう? 定型句、大変ですね」
「戯言はいい。お前のやっていることは、この世界への立派な侵略行為だ。見過ごすことはできない」
 厳しい眼差しを向けてくるセリザワに対して、宇宙人はあくまで余裕の態度を崩さずにいた。
「侵略ですか。まあ、そう見られても仕方ないとは思いますが、何度も言いますけれど私はこのハルケギニアを壊してしまおうとかは考えてませんよ。むしろ、私のおかげで恩恵を受けていることも多いじゃないですか。そこのところ、なくなってもいいんですか?」
「お前はそれを永遠に与え続けるわけではないだろう。長くお前の与える空気に慣れすぎると、それが失われたときにショックが大きい」

233ウルトラ5番目の使い魔 67話 (12/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:09:21 ID:6C7Q66hI
「ほぉ、さすが光の国でも有数の頭脳派ですね。あなたが我々の星に生まれなかったことが残念です」
 大げさに残念ぶる宇宙人。だがセリザワは、宇宙人のそんな芝居じみた態度には構わず、断固として言った。
「いつまで猿芝居を続けるつもりだ。俺がここにやってきたことが、偶然だと思うか?」
「ええ、もちろん。あなた方ウルトラマンの方々が必死で私を探し回っているのは知ってますよ。いずれ、すぐに見つかるようになるでしょうね。それに、あの少女の行方もね」
「貴様……」
「おっと、何度も言いますが、私は人質をとろうとか考えてはいませんよ。ただ、彼女たちとはwinwinの関係なだけです。返せなんて言わないでください。それに、私もまだこの世界を離れるわけにはいかないのですよ!」
 交渉は決裂だとばかりに、宇宙人が指を鳴らすと同時に街の空に時空の歪みが生じた。そして、その中から現れて街の中に降り立つ、ドラゴンを模したような白色のロボット怪獣。
 悲鳴や困惑の声が街からあふれ出す。ロボット怪獣は一見すると洗練されたスタイルのせいで悪役に見えなかったこともあり、人々は最初は正体をいぶかしんだが、すぐに建物を踏みつぶして破壊活動を始めると、すべては悲鳴に統一された。
「貴様!」
「勘違いしないでください。私だって、こんな手段はとりたくないのですが、力づくで来られるならこっちもそれなりの手で対抗させてもらいますよ。では私は逃げますが、追いかけてくるか、それとも街を助けに行くかはご自由に」
 そう言い捨てると、宇宙人はさっと宙に飛び上がった。セリザワは、異変の元凶をここで逃してはと苦心したものの、ロボットは人口密集地域に落ちたらしく、無数の助けを求める声が彼を引き止めた。
 ここで行かなければ大勢の人間が死ぬ。命だけは失われたら取り返しがつかないと、セリザワは決意してナイトブレスを輝かせた。
 
「シュワッ!」
 
 青と緑の輝きの中から、群青の光の戦士がロボット怪獣の前へと降り立つ。
 ウルトラマンヒカリ、彼は大勢の人々の命を守るため、白銀のロボットの前に立ちふさがったのだ。
「おおっ、ウルトラマンだ!」
「た、助かったぁ」
 今まさにロボットに踏みつぶされようとしていた人々から涙交じりの歓声があがり、救われた人々は瓦礫のあいだを縫って這う這うの体で逃げていく。
 さすがは何度も怪獣の襲撃を生き延びてきた人たちだ、命さえあればやるべきことは体に染みついている。しかし、本当に危機を拭うためにはこいつを倒さなくてはならない。

234ウルトラ5番目の使い魔 67話 (13/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:10:06 ID:6C7Q66hI
「デヤッ!」
 速攻! 先制攻撃に放った回し蹴りがロボットのボディに当たり、わずかだが押し返した。
 だが、それによってロボットもヒカリを敵と認識して攻撃態勢をとってくる。ヒカリは、ロボットの注意を自分に向けることで、人々が逃げる時間を稼ぎながら、同時にロボットを注意深く観察した。
〔見たことのないロボットだ。いったい、どこの星で作られたものだ?〕
 ヒカリはセリザワとして、またウルトラマンとして、おおむねの宇宙人のロボット兵器は頭に入れてあるものの、このロボットはそのどれとも似ていなかった。
 どこかの星の新兵器? もしくはまったく知らない宇宙で作られたものか? ともかく、知識が通じない以上は油断禁物だ。
 ロボットはサイレンのような稼働音を響かせながら向かってくる。体格はヒカリの倍近い巨体だ。それでもヒカリはひるむことなく迎え撃つ!
「シュワッ」
 ヒカリは懐に飛び込んで、下からロボットの頭を突き上げた。
 硬い!? だがあごを突き上げられ、ロボットがのけぞる。ヒカリはさらにボディにパンチを打ち込み、休むことなく追撃を仕掛ける。
 しかし、ロボットの強固なボディはほとんどダメージを受けていなかった。ロボットの左腕についている巨大なブレードがヒカリを狙って一文字に飛んでくる。
「シャッ!」
 ヒカリはバック転してブレードの一撃をかわした。インペライザーの大剣ほどではないにせよ、あのロボットのブレードはまるで斧だ。まともに食らうわけにはいかない。
〔やはり接近戦には強いか。それに中距離戦でも……〕
 ロボットの巨体からして接近戦でのパワーは予想していた。今のブレードの一撃をもらうわけにはいかなかったのでやむなく距離をとったが、離れても安心はできない。なぜならこういうやつは飛び道具も豊富なのが常だからだ。
 そして案の定、ロボットの目から赤色の光線が放たれてヒカリを襲った。
「ハッ!」
 とっさにかわしたヒカリのいた場所をすり抜けて、その先にあった建物を爆発の炎に包んだ。
 けっこうな威力だ。こいつを作ったのは、相当に兵器開発に長けた宇宙人だったに違いない。ここで倒してしまわねば大変なことになると、ヒカリは冷たいものを感じた。
 しかしロボットはさらに右腕の巨大なクローからもビームを放ってきた。これの威力もものすごく、街からはさらなる火の手と悲鳴があがる。
〔まずい、戦いが長引けば街が壊滅してしまうぞ〕
 ヒカリは、ロボットの強烈な火力がもたらす被害の大きさを見て焦った。こいつはとんでもない破壊兵器だ、野放しにしておけば、あっというまに星中を焼け野原にしてしまうだろう

235ウルトラ5番目の使い魔 67話 (14/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:11:16 ID:6C7Q66hI
 破壊されつくした星……ヒカリの脳裏に、かつてボガールによって滅ぼされてしまった神秘の惑星アーブの荒野が浮かんでくる。
〔そんなことは、絶対にさせん!〕
 意を決したヒカリは、ロボットにビームを使わせないために、あえて不利を承知で接近戦に打って出た。
 近接し、ロボットのブレードを回避しながらわき腹にエルボーを食らわせる。ヒカリは科学者ではあると同時に宇宙警備隊一流の戦士でもある。いくら相手が未知の超兵器だとしても、そう簡単に後れをとりはしない。
 パンチの連打を浴びせ、体当たりで跳ね飛ばされてもなお向かっていく。そんなヒカリの戦いを、街の人々も声をあげて応援した。
「青いウルトラマン、がんばれーっ!」
 人々の願いを背負って戦う者こそ、ウルトラマンだ。その背の先の人ひとりひとりに人生があり幸せがある。それを守らなくてはならない。
 しかしロボットはヒカリの猛攻を強固な装甲で受け止め、まるでダメージを受けない。そればかりか、胸部の赤い宝玉を輝かせると、不気味に輝く極太のビームを放ってきた!
〔な、なんだこの光線は?〕
 ヒカリは寸前でかわせたものの、ビームが着弾した場所を見て愕然とした。なんと、破壊はされずにビームを浴びた場所が宝石のようにキラキラと輝く結晶と化している。それこそ、建物から立ち木、つながれていた馬や犬までである。すべてが元の形のまま結晶化してしまっていた。
 こんなものを食らえばウルトラマンでもひとたまりもない。恐るべき即死兵器の出現に、さしものヒカリも戦慄して足を止めた瞬間、ロボットの目から放たれた光線がヒカリを直撃してしまった。
「ウワァァッ!」
 体から火花をあげ、大きくのけぞるヒカリ。一瞬ひるんだ隙を突かれてしまった。
 まずい。ロボットは冷徹に結晶化光線の発射態勢に入っている。避けなければやられる! 街の人々も、ウルトラマン危ない、と叫ぶ中で、ロボットから光線が放たれようとした、そのときだった。
 突然、ロボットが止まったかと思うと、「ガガガ」「ギギギ」と、聞き苦しい機械音がけたたましく鳴りだしたではないか。
 なんだ!? いったいどうした? ヒカリや街の人々はロボットの異変に困惑する。それを、あの宇宙人は空の上から見下ろしていたが、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「あらら、やっぱりちゃんと直ってませんでしたか。めんどくさいんでテキトーに復元しただけですからね。まあ完璧に直して暴走されたらそれはそれで困ったんですが……この場合はむしろ、うふふ」
 意味ありげにつぶやく宇宙人の声を聞けた者はいない。
 しかし、誰から見てもロボットが故障を起こしていることは明らかだ。ヒカリはこのチャンスを逃すまいと、ナイトビームブレードを引き抜いた。

236ウルトラ5番目の使い魔 67話 (15/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:12:01 ID:6C7Q66hI
「デアッ!」
 棒立ちになって震えているロボットに向け、ヒカリはナイトビームブレードを振りかざして突進した。
 すれ違いざまの一閃! 鋭い斬撃が放たれ、次の瞬間ロボットの右腕の巨大クローがひじの部分から寸断されて、地響きをあげて地面に落ちた。
「やった!」
 歓声があがった。ロボットは重量級の右腕が切り落とされて、体のバランスを崩してよろめいている。今なら倒せる、誰もがそう思った。
 だがしかし、ダメージを受けたロボットはそれで完全に狂ってしまったようで、よろめきながら後進を始めた。
 どこへ行くんだ!? 酔っ払いのような足取りで後退していくロボットを、ヒカリも街の人々もなかば呆然として見送る。
 そして、ロボットはとうとう港の桟橋まで来ると、そのまま河中へと転落していったのだ。
「おい、沈んでいくぞ!」
 川岸に集まった人々は水中に泡を立てながら沈んでいくロボットを指さして叫んだ。
 この河は大型船の港にも使えるほど水深が深く、ロボットの巨体さえもずぶずぶと飲み込んでいく。
 やがて、ロボットの姿は完全に水中に消え、河は何事もなかったかのようにまた流れ始めた。
 終わったのか……? 人々は、あまりにあっけない完結が信じられずにしばし立ち尽くした。そしてヒカリも、これで終わったのかと納得しきれない思いが残っていたが、ウルトラマンとしての活動限界時間が迫っていた。
〔あの正体不明のロボット、本来ならこの程度で破壊できる代物ではないだろう。これで済めばいいのだが……〕
 できるなら完全に破壊したかったが、河ざらいをしている余裕はない。今は半壊させて、街の被害を防いだだけでも良しとするしかない。ヒカリは満足できないながらも、人々の感謝の声と視線に見送られながら飛び立った。
「ショワッチ!」
 戦いは終わり、街には一応の平和が戻った。
 
 しかし、最小限で済んだとはいえ街には被害が出た。
 破壊された建物からはまだ煙がくすぶり、衛士の怒鳴る声があちこちから響き、医師や水のメイジが方々を駆け回っている。
 痛々しい光景。それも、もうハルケギニアの人々からすれば慣れたものであろうが、そんな中でリュシーは結晶と化してしまった犬の前にひざまずいて祈っていた。
「……」
 犬は吠えようとした姿勢のまま固まってしまっていた。それはよくできた彫刻のようであり、今すぐにでも動き出しそうであるが、その体は冷たく冷え切っていて鳴き声ひとつ出すことはない。

237ウルトラ5番目の使い魔 67話 (16/16) ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:12:45 ID:6C7Q66hI
 廃墟の中で、じっと祈り続けるリュシー。そんな彼女を、心配して探しに来たコルベールは後姿を見つけていたが、一心に祈る彼女の姿を見て、声をかけることができずにいた。
「可哀そうなワンちゃん。せめて、その魂は迷わずに始祖の下へ行けるよう、お祈りいたします」
 元は小汚い野良犬であったろうに、そのためにリュシーは心から祈っている。
 コルベールは、すべての生き物は始祖の子だというふうに慈愛を注ぐリュシーに、改めて深い感動と尊敬を感じていた。
「ミス・リュシー、あなたはまさにこの世の天使です。お邪魔してはいけませんな。ディナーに誘うのは、また今度にいたしましょう……」
 そっと、足音を立てずにコルベールはリュシーのそばを立ち去った。
 
 
 だが、その夜。宿屋で休むリュシーの部屋に、土足で踏み込む者たちがいた。
「どなたでしょう? わたくしは一介の旅の尼僧です。お金になるようなものは何も持ち合わせていませんよ」
 侵入者たちに、恐れることなく諭すように語り掛けるリュシー。しかし、侵入者二人はふてぶてしくもリュシーに杖を突きつけながら言った。
「お嬢さん、シラを切っても無駄だ。調べはもうついている。だが安心してもいい。俺たちは別にあんたを捕まえに来たわけじゃないんだ。まあ、あんたはある方面を怒らせちまったって言えばわかるかな」
「ウフフ、でもわたしたち元素の兄弟にも情けはあるの。あなた、とっても可愛いわ……ねえ、人間をやめてわたしのお人形にならない? そうすれば、毎晩たっぷりかわいがりながら生かし続けてあげるわ」
 事実上の死刑宣告を言い渡し、問答無用と迫るジャックとジャネット。
 対してリュシーは言い訳すらすることなく、静かに二人の目を見据え……そして。
 
 
 続く

238ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/11/22(水) 14:14:34 ID:6C7Q66hI
今回はここまでです。
劇場版オーブ、よかったですよねえ(何周遅れだ)

239ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:44:05 ID:u1PouLhI
今更ながらウルトラ五番目の人、投稿おつかれさまでした。

さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。
特に問題がなければ、22時47分から88話の投稿を始めたいと思います。

240ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:47:04 ID:u1PouLhI
 時間が午前から午後へと移り変わってから一時間が経ったばかりであろう時間帯。
 一行に人の減らぬ王都の建物や掲示板などに、衛士達がなにかを貼っている光景を多くの人々が目にしていた。
 何をしているのとかと気になった者たちが率先して調べてみると、それは女性の似顔絵が描かれてたポスターであった。
 似顔絵の女性はやや強気な表情であったが、十人中何人かは確実に一目ぼれするであろう綺麗な顔立ちをしている。
 青い髪に碧眼という特徴にも男たちは興味を示しつつポスターを見直して―――そして愕然した。
 
―――○○○○○○詰所所属衛士隊員『ミシェル』
―――――同僚殺害及び軍事機密情報の売買に関わった疑いあり!
――――――この顔にピン!ときた方は、すぐに最寄りの衛士詰め所か警邏中の衛士に声を掛けてください

 そのポスターは、似顔絵の元となったであろう女性の指名手配ポスターだったのである。
 一体このミシェルと言う名の美人衛士は、何の理由があってそんな重犯罪を犯したのだろうか?
 多く男達がそんな反応を抱きつつポスターに釘点けになり、通りがかった他の平民たちも何だ何だとそちらの方へと足を運ぶ。
 やがてポスターの貼られている場所には大きな人だかりが出来、多くの人々の目と記憶に『ミシェル』の名と顔が焼きついて行く。
 似顔絵自体の出来も非常に良かった事が仇となったのか、ポスターに書かれた絵だけでも見に来る者たちも何人かいる。
 そして人が集まればそれだけで幾つもの意見が生まれる、つまるところ、街中で人々の議論が始まったのだ。
 ある者は彼女を見て是非ともお近づきになりたいと願い、ある者は彼女を捕まえて賞金にありつこうと企み、
 またある者はこんな綺麗な人が同僚殺しなんかの重犯罪を犯すワケはない、これは何かの陰謀だ!と騒いでいる。

 終わりの見えない議論は延々と続き、それだけでも元から喧しい王都は更喧しくなっていく。
 そんな耳に良くない場所なりつつある街中を歩きながら、ルイズ達は人だかりのできている場所へと目を向けていた。
 彼女、そして霊夢や魔理沙達の視線に先にあるのは、ブルドンネ街にある小さな広場の――中央に建てられた情報掲示板である。
 普段は王宮から発布されたお知らせや、近所にある本屋が品切れしていたモノや新品の本などが入荷してきた時、
 同じく近くにあるベーカリーなどが焼き立てのパンを店に出す時間帯などをポスターに書いて貼り出している掲示板だ。
 しかし今は、それらの情報がかすんでしまう程綺麗な指名手配犯のポスターを一目見ようと多くの人々が訪れている。

 そんな騒がしくなりつつある広場を通りから眺めていると、それまで黙っていた魔理沙が口を開いてこう言った。
「…にしたって、指名手配犯が出たってだけでこうも賑わえるモンなのかねぇ?」
「まぁ指名手配自体王都で出るのは珍しいかも。地方だと色んな犯罪者が手配されてるそうだけどね」
 魔理沙の言葉にルイズがそう返すと、先ほど昼食を頂いた店で見せて貰ったポスターの事を思い出す。
 中央にデカデカと書かれていた青い髪の女性『ミシェル』の顔と、その下に添えられた罪状と指名手配のお報せ。
 そしてあの似顔絵とそっくりの顔を持ったフードの女と、彼女を追っていたであろう謎の男達。

 彼女はひょっとすると、あのポスターに描かれている『ミシェル』だったのではないのだろうか?
 と、すれば…あの男たちは何だったのであろうか?少なくとも、そこら辺の平民よりまともな人間ではなさそうだった。
 彼らが探していたのは間違いなくあのフードの女性だったのであろうが、彼女は何故逃げようとしていたのだろうか。
 そうして幾つもの疑問が脳裏を過り続け、またもや思考の渦に足を突っ込みそうになったルイズは慌てて頭を振った。
 突然そんな行動した彼女に霊夢と魔理沙が首を傾げるのをよそに、ルイズは余計な事を考えようとした自分を叱る。
(何を考えてるのよルイズ。私の記憶違いなのかもしれないし、第一彼女か『ミシェル』だったとして、私に何ができるっていうの?)

241ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:49:05 ID:u1PouLhI
 ただでさえ厄介な事案を複数抱え込んでいるルイズにとって、これ以上の厄介ごとは正直ゴメンであった。
 スリの犯人はまだ見つかっていないし、情報収集は今になって始めたばかりで手紙一通すら送れていない。
 そこへ更に重ねるようにして厄介ごとであろうモノに首を突っ込んでいては、やるべき事もやれなくなってしまう。
 第一、通りでぶつかっただけの自分がこの広い王都で彼女と何とか再会し、追われていた理由を問うべき道理など全くない。
 気になるのは気になるが、これ以上の問題を抱えることをルイズはしたくなかったのである。
(…所詮ただ道でぶつかっただけ、私が首を突っ込んでも仕方ない事よ)
 ポスター前に集まっている人々の姿を見つめながらそう自分に言い聞かせていた時であった、魔理沙が声を掛けてきたのは。

「どうしたんだルイズ?そんないつも以上に悩んでいる様な表情見せるなんて」
「魔理沙?…別に、何でもないわよ」
 恐らく、自分が『ミシェル』と思しき女性に出会ったことを一番話してはならないであろう黒白の呼びかけに、彼女は平静を装って返す。
 しかし、それに対して普通の魔法使いは「えー、そうか?」と怪訝な表情を浮かべて首を傾げて見せる。
「私にはなーんか色々考え事してるように見えたんだけどな?」
「…ふ、ふん!考え事や悩み事ならもう十分足りてるわよ」
「んぅ〜そりゃそうか、今の私達って色々と問題を抱えちゃってるしな。主に霊夢のおかげで」
「うっさい、この黒白」
 本当に霊夢より勘が鈍いのか、割と鋭い指摘をしてくる魔理沙のルイズの平静さに若干罅が入りかける。
 幸い余計な一言のおかげで霊夢が横槍を入れてくれた為、魔理沙の話し相手も勝手に彼女へと移っていく。

 二人の喧嘩混じりの会話を聞きながら、ルイズは内心ホッとため息をついた。
 もしも魔理沙に今日通りでぶつかった女性が指名手配された女衛士と似ていたと言っていたら、大変な事になってたかもしれない。
 霊夢曰く、自分よりも面白く厄介な事に首を突っ込みたがるらしい彼女ならば、真っ先にその女性を捜そうと言っていた事だろう。
 そうなったら情報収集どころの話ではなくなるし、下手すればこの王都にいられなくなっていたかもしれない。
 ひとまずは回避できた未来を想像していたルイズは、ホッと安堵のため息をついた。
 ふと霊夢達の方を見てみると既に静かな口喧嘩は終わっており、お互い平穏な買いをしている。

「…そういやアンタ、道に迷った女の子が泊まってるっていうホテルの部屋ってどれくらい綺麗だったのよ」
「そうだなぁ、アソコを普通とするならスカロンの店は間違いなく倉庫レベルになっちゃうだろうなー」
『失礼な事言うなぁお前さん、ちったぁ無料で泊めさせてもらってる恩義くらい感じろよ?』
「魔理沙、それ本気で言ってるワケ?…実際今は倉庫で寝泊まりしてるようなものだから洒落になってないわよ」
『いやいや、突っ込むところが違うだろ』
 途中からデルフも混ざった二人と一本の会話を聞いて、ルイズも何となく霊夢の言葉に頷いてしまう。

 今日はスカロンが雨漏りを直してくれたものの、確かにあそこはどう見ても…少なくとも今は倉庫であるのは間違いない。
 正直言って彼女自身もイヤなのではあるが手持ちの金が限られている今、一番費用が掛かる宿泊代が浮くのは嬉しいのである。
 だから今の所ルイズも我慢はしているのだが、この二人は自分の気持ちをすぐに口に出してしまうようだ。
 まぁスカロンや『魅惑の妖精』亭の人間がいないこの場所でなら確かに言いたい放題だろう。
 とはいえ流石に本音を垂れ流して貰っては困る為、ルイズはほんの少し注意してあげることにした。

242ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:51:07 ID:u1PouLhI
「全く、アンタ達…倉庫なのは本当の事だけどスカロン達の前でそんな事いわないでよね?」
「それはわかってるわよ。だけどあんな場所に押し込んでおいて、文句を言うなってのは無理な事じゃない」
「まぁそれはそうよね。…っていうか、押し込んだのはアンタん所から来たあの狐なんじゃないの」
『そういやそうか、本人はスカロンに許可取ったっていうが…多少の悪意はありそうだよなぁ〜』
 デルフの言葉に霊夢がそれはあり得ると思った。その時であった――――

「ふぅ〜ん?中々言ってくれるじゃないか、剣の癖して口も達者とは恐れ入る」

 ルイズ達の進む方向から、その狐の声が聞こえてきたのは。
 突然の声にまずはルイズが足を止め、次いで霊夢がルイズに向けていた顔を前へと向ける。
 そのにいたのは案の定…何処から姿を現したのか、自分たちの前へ立ちはだかるようにしてあの八雲藍が佇んでいた。
 九尾と耳を限界まで縮めた人の姿にラフな服装という出で立ちで両腕を組んで、呆れたと言いたげな表情を浮かべている。
 今も尚多くの人の往来が激しい通りの真ん中であるのにも関わらず、その存在感はイヤにハッキリとしていた。
 霊夢は咄嗟にルイズの前へ――無論相手がやる気ではないのは理解していたが――出て、彼女へ話しかける。

「アンタ…一体何時からいたの?私でも気づかなかったんだけど」
「修行不足が目立つな霊夢。少しお遊び程度で、お前たちが昼食を終えた時から後を追っていただけだ」
「式の仕事だけじゃなくてストーカーまでこなすとは…流石は九尾狐といったところだぜ」
 霊夢の問いかけに藍はあっさりと自白し、そこへ魔理沙がすかさず茶々を入れる。
 こんな時にそんな冗談は…と言おうとしたルイズは、黒白の顔を見て思わず口をつぐんでしまう。
 魔理沙がその顔に浮かべているのは笑みであったが、それはいつも見せているような人を小馬鹿にしたような笑みではない。
 まるで張りつめたピアノ線の様に緊張を露わにし、一度力を入れればすぐにでも歯をむき出して笑う一歩直前の笑顔。
 そして霊夢も構えてはいないものの、相手が『下手に動けば』すぐにでもその袖の中へと手を伸ばすであろう。
 
 さっきまでお昼ご飯を食べて、とりあえず『魅惑の妖精』亭に戻ろうかと歩いていた最中だというのに…。
 たった一人――彼女たちと同じ世界から来た藍が現れただけで、二人はその気配がガラリと変わってしまった。
 指名手配がどーだの屋根裏部屋がどーたらと話していたのが、つい直前の事だと想えなくなってしまう。
 多くの平民、そして貴族が往来する通りのど真ん中で睨み合う三人に囲まれたルイズの喉は、潤いを求めてしまう。
 言葉が噤んでしまったついでに、開きっぱなしだった口から空気が入り込み、中途半端に喉が乾いてしまったのである。
 ルイズは慌てて口を閉じて唾液で潤そうとするが、自身が一番緊張しているためか中々うまくいかない。
 それでも何とか痒みすら訴えてくる乾きを消すことができた彼女は、霊夢の背中に差したデルフへと話しかけようとする。

「で…デルフ…」
『まぁそう焦るなって娘っ子、ここでバカ起こせばどうなるかぐらい…コイツらだって理解してるさ』
「ふぅー、全くだな。…失礼な事を言っていたから少し怒っただけだというのにでこうも身構えられてしまうとはな」
 緊張するルイズを宥めるデルフの言葉に藍はため息をついてそう言うと、組んでいた腕をすっと下ろした。
 途端、自分達に向けられていた存在感が薄れ、彼女もまた通りを歩く人々の中に混ざり込んでしまう。
 それを察知して霊夢もため息をついて構えを解き、魔理沙はいつもの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ直している。
 二人も楽な姿勢になったのを確認してから、藍は彼女たちへ近づきつつ肩を竦めながら話しかけてきた。
「それにしてもお前らまだ構える事は無いだろう。てっきりここで弾幕ごっこを仕掛ける手来るかとおもったぞ?」
「バカ言わないでよ。…第一、アンタなら手を出さなくても幻術やらの類で私達をどうにでもできるでしょうに」
 お互い言葉の端々に刺々しい雰囲気を漂わせるものの、すぐに争いが始まるという雰囲気は全くない。
 魔理沙との会話もそうであるのだが、幻想郷の住人達は会話だけでも刺々しいのが文化なのであろうか。

243ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:54:48 ID:u1PouLhI
 何はともあれ、物騒な事にはならないだろうと理解したルイズはついつい安堵のため息をついてしまう。
「はぁ〜…何でこう、昼食が終わったばかりのタイミングでヒヤヒヤさせられちゃうのよ」
「全くだな。まぁお互い好戦的な性格なうえに戦る時は戦るから正直私も冷や汗かきそうだったぜ」
 安堵すると同時に出た自分の文句にそう言いつつ、魔理沙がルイズの傍へと近づいた。
 さっきまで自分の前に出てきた霊夢同様、ただならぬ緊張感のこもった笑みを浮かべていた普通の魔法使い。
 それなのに今はいつもの人を小馬鹿にしそうな笑顔でもって、他人事のようにさっきの出来事を語っている。
 ルイズはそれに腹立たしい気持ちを抱いたのか、ニヤニヤする彼女へ向かって「アンタもアンタよ」と非難言葉を向けた。

「まぁそう怒るなよルイズ。流石のアイツらだってここで暴れるなんて事をしないなんて想像がつくだろう」
「そりゃそうだけど…だったら、何でアンタも霊夢に混じってあんな野獣みたいな笑みを浮かべてたのよ」
 ルイズの言葉に一瞬キョトンとするもすぐに思い出したのか、暫しう〜ん…と唸った後で彼女はこう答えた。

「まぁ何というか…その場のノリだな。格好良かっただろ?」
「…アンタ、本当に最高な性格してるわね」
「その言葉、お前さんの口から出た私への最良の賞賛として覚えておくよ」
 ある意味霊夢とは別方向で厄介な彼女に呆れつつも、最高の皮肉を込めた言葉をルイズは送る。
 しかしそれでも魔理沙は気にしてもいないのか、逆にお礼まで言われてしまったのだが。


 その後、自分たちを追跡していた藍と合流してルイズ達はそのまま『魅惑の妖精』亭へと戻ってきた。
 既に朝から取りかかっていた屋根の修繕は終わったのか、店の屋根には人影は見えない。
 後一、二時間もすれば店の開店準備が始まるだろうと思いつつ、ルイズが羽根扉を開けると、
「あっ、ミス・ヴァリエールにレイムさんと魔理沙さん…それにランさんも!」
 ちょうど開けてすぐ近くにあるテーブルの上に大きく膨らんだ紙袋を下ろしたシエスタと鉢合わせる事となった。
 どうやら見たところ、彼女も時同じくして帰ってきたところなのは一目瞭然である。
 ルイズは店に入ってすぐ近くにいたシエスタに若干驚きを隠せないでいるのか、おっ…と言いたげな表情を浮かべている。
「あぁ、シエスタじゃないの。…ただいま、で良いのかしら?」
「見れば分かるでしょうに。どこをどう見てもただいまで合ってるじゃない」
「…こういう時。、どんな顔すれば良いか分からないんだけど」
 とりあえず口にしてみた自分の言葉に突っ込んでくる霊夢にそう返しつつ、シエスタの元へ近づいていく。

 彼女もあの暑い炎天下の中で、私物やら何やらを購入してきたのであろう。
 額や顔には汗が滲んでおり、目の錯覚か平民向けの安い服が汗で薄らと透けているようにも見える。
 次にテーブルに置いた紙袋の中身を一瞥しようとしたところで、ふと話しかけられてしまう。
「それにしても奇遇ですよね。…まさか三人一緒だけじゃなくて、ランさんも一緒にいるだなんて」
「え?え、えぇまぁね。ちょっと昼食終わった街中歩いてた時にバッタリ鉢合わせちゃったのよ」
 すぐにシエスタの言葉に返事しつつも、ルイズは袋の中身が気になったのかそれを聞いてみることにした。
「そういえばシエスタ。結構重そうな紙袋だけど何買ってきたのよ?」
 人差し指をテーブルの上の紙袋に向けてそう聞いてきたルイズに、シエスタは「これですか?」と袋の口を開けた。

244ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:56:09 ID:u1PouLhI
「特に貴族様が気になるような物は買ってないのですが、そうですねぇ…例えばコレとか」
 そんな事を言いつつ、音を立てて紙袋を漁るシエスタが取り出したのは一本の歯ブラシであった。
 木製の持ち手に歯磨き用に調整された馬の尾の毛を組み合わせてつくられている小型ブラシである。
 一昔前までは少しお高くついたものの、今では王都にも工房がいくつも出来ているため平民たちの間でも普及し始めている代物だ。
「前使ってた歯ブラシが少しバカになってきたので、思い切って新品を買ってみたんですよ」
 まるで新しい玩具を買ってもらった子供の様に微笑みながら歯ブラシをルイズに見せつけてくるシエスタ。
 普及し始めた値段が低くなってきたとはいえ、値段的に平民が歯ブラシをそうそう何度も買い替えるのは難しいのだ。
 
 シエスタが袋から取り出した歯ブラシに興味をしめしたのか、ルイズの後ろにいた霊夢達も彼女の近くへ集まってくる。
「へぇ、一体どこへ行ってのかと思いきや…新しい歯ブラシを買いに行ってたのねぇ」
「つまり…あの袋の中は新品の歯ブラシで一杯という事か」
「いやいや、そんなワケないでしょうに」
 霊夢に続き、阿呆な事を言った魔理沙にルイズはすかさず突っ込みを入れてしまう。
 それを見たシエスタも苦笑いを顔に浮かべつつ歯ブラシをテーブルに置くと、話を続けながら袋を漁っていく。
「ははは…まぁ歯ブラシだけじゃなくて、学院生活で使う日用品とか色々新調しようと思って…ホラ、例えばこういうのとか」

 そう言いながら紙袋からスリッパやクシ、紅茶用のマグカップなど数々の品をテーブルに並べていく。
 これには貴族であるルイズもおぉ…と驚きの声を上げてしまい、霊夢達と一緒にその様子を眺めてしまう。
 結果…一分と経たず丸テーブルの上は、彼女が購入して来た日用品で占領されてしまった。
「うわぁ、これは圧巻ねェ」
「今までは古くなってきた物を誤魔化して使ってた来たから、自分でも変な新鮮感を覚えちゃいますよ」
 思わずそう呟いてしまったルイズに、シエスタは自分の子ながらエッヘンと胸を張ってしまう。
 平民向けといえど、これほどピカピカの新品を前にすれば気分が良くなるのも無理はないだろう。
 
 流石魔法学院で働くメイド。微々たる程度だが、そんじょそこらの平民よりかは金回りが良いのだろう。
 そんな事を思いつつも、魔理沙はシエスタの新しい日用品を見下ろしながら何気なくこんな事を言った。
「まぁ本となると別だが、こういうモノはある程度使い古したら思い切って新品に変えるのもアリだしな」
「えへへ…。さすがにこれだけ買い揃え目るのにお給金一月分の五分の二ぐらい使っちゃいましたけどね」
「アンタのお給金がどれくらいが分からないけど、そこまでしたら気持ち良いだろうに」
「そうですね。思い切ったところまでは良いんですが、何か今になってやりすぎたかなーって思う所もありまして…」
  
 霊夢の問いかけに嬉しさ反面、若干の後悔が滲み出てる彼女の言葉にルイズは変に納得してしまう。
 確かにお金があり過ぎると、購買意欲が薄いものにまでついつい手が出てしまい、後で何故買ったのかと自問してしまうのだ。
 最もルイズ自身はそういう経験は少ないものの、魔法学院ではそれで後悔している生徒を良く目にすることがある。
 下手に親から大量の仕送りを貰う生徒程無駄遣いをして、次の仕送りの日まで地獄を見ることになるのだ。

(まぁぶっちゃけ、私も人の事を指させる立場じゃあ無いのよねぇ)
 とはいえルイズも、つい先日までは大量に貰った資金で情報収集を兼ねたバカンスに繰り出そうとしたのだ。
 平民と貴族とでは贅沢のハードルに差があり過ぎるものの、今になって考えてみると後悔してしまう。
 高くていいホテルに泊まらず、そこら辺のそこそこ良い宿に泊まっていれば、スリに遭わずに済んだかもしれな いというのに。
 アンリエッタから貰った資金をむざむざ盗まれてしまった資金の事を思いだそうとしたところで、彼女は首を横に振った。

(…後悔後先に立たず。過ぎた事を今になって悔やんでも仕方のない事よルイズ)

245ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 22:58:04 ID:u1PouLhI

 その後、テーブルに広げた日用品を紙袋に戻し終えたシエスタと共にルイズ達は二階へと上がった。
 会話に参加してこなかった藍は既に厨房で今夜の仕込みを初めており、一階からそれらしい音が聞こえている。
「でもまだ誰一人起きてきて無いよな?アイツ、よっぽど暇してるようだぜ霊夢」
「少なくとも迷子を案内した後でそのままやるべき事サボってたアンタにそれをいう資格は無いとおもうけど?」
 怪談を上った後、誰もいない二階の廊下を見て魔理沙が呟き、霊夢がそこへ突っ込みをいれる。
 まぁ彼女の突っ込みは何も悪くないだろうとルイズが思った所で、シエスタが声を掛けてきた。

「じゃあ私、これから買った物の整理があるのでことまずこれで…次は夕食の時にでも」
「ん?…えぇ、また夕食時にね」
 両腕で紙袋を抱えつつ、器用にドアを開けたシエスタからの言葉に霊夢が顔を向けて左手を振る。
 それに対し手を振る代わりに笑顔を送った後、彼女はスッと寝泊まりしている部屋へと入っていった。 
 ドアが閉まりきるところまで見て再びルイズ達の方へ向いたところで、彼女は一人呟き始める。
「夕食時って言ってもねぇ、今夜も盛況になりそうだし大変よねぇ〜…こういう所で働くっていうのは」
「流石博麗の巫女とかいう自由業やってるだけあるな。お前の言葉には全力で納得できないぜ」
「それをアンタが言っても全然説得力ないわね?…それと、シエスタは今日と明日休み貰ってるらしいから平気よ」
 ルイズは他人の事を言えない魔理沙に容赦ない突っ込みを入れつつも、
 下げっ放しになっていた三回への隠し階段を上りながら彼女たちに今日のシエスタの事を話していく。

「それは初耳だな。恥かしがらずに言ってくれれば良かったのに」
「その前に私達がどっか行っちゃったから言うに言えなかったんじゃないの?」
 シエスタが休暇を取っていた事にそれぞれ反応を見せつつ、ルイズに続くようにして階段を上っていく。
 見た目同様、やや細めながらもしっかりとした造りをしていると感じさせてくれる階段を軋ませて屋根裏部屋へと入る。
「ただいまー…ってのは何か変な感じだけど……って、あら?」
 階段を先に上っていたルイスズは、部屋に入った所ですぐ目の前に置かれていた道具に気が付いた。
 それはやや使い古した感じのある部屋掃除用の大きな箒と塵取り、それに一枚のメモ用紙が箒に下に置かれている。
 
「ほうき…?」
 目の前に置かれている掃除道具の名前を呟きながらそこまで歩いていく彼女の背後から、
 続いて部屋に入ってきた霊夢もその箒とメモ用紙に気が付き、キョトンと首を傾げた。
「どうしたのよルイズ…って、なんなのその箒?…とメモ?」
 疑問が聞いて取れる霊夢の言葉と同時に箒の下のメモを手に取ったルイズは、ざっと書かれいた文章を読んでみる。
 文章を追うようにして目を左から右へ、右から左へと目を走らせて速読していくる

 その時になって、一番後ろにいた魔理沙も何だ何だとやや急ぎ足で屋根裏部屋へと上ってきた。
「おぉ、どうしたんだルイズのヤツ…って、何だその箒?私達が起きた時には無かったような…」
「多分そのメモ用紙に何か書かれてるんだ思うんだけど…どんな内容なのかしらねェ?」
 魔理沙の言葉に霊夢はそう返しつつ>、ルイズがメモを読み終えるのを待っていた。
 本当ならば肩越しに覗いて自分も読みたいのだが、生憎この世界の文字は全く分からないのだ。
 隣にいる黒白なら解読ぐらいしてそうなものだが、霊夢本人からしてみれば蛇がのたくったような記号にしか見えないのである。
 だからこうしてルイズが読み終えるのを我慢して、終わったら何が書いてあったのか聞こうと思っていた。
 まぁ聞かなくとも読む相手がルイズなら、そのまま素直に教えてくれるだろうが。

246ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:00:06 ID:u1PouLhI
 そんな事を思いつつ待った時間は、ほんの二十秒程度であろうか。
 メモ用紙に書かれていた文章を最初から最後まで丁寧に読み終えたルイズは、ふぅと溜め息をついてから口を開く。
「わざわざメモで書き残して置く事かしら?」
「ちょっとルイズ、何が書いてたのか教えてくれないかしら?」 
 すっかり拍子抜けしてしまったと言いたげなルイズの顔を見て、霊夢は早速問い詰めてみる。
 彼女の問いにルイズはサッと手に持っていたメモを、何も言わずに彼女へ手渡した。
 何気なくメモ帳を手に取った霊夢であったが、当然何が書かれているのか分からなかった。

「…差し出されても、読めないんですけど?」
 何も言わないルイズに霊夢が肩をすくめてそう言うと、その背中からデルフが話しかけてきた。
『んぅ…ふむふむ、まぁ娘っ子の言うとおり大した事は書いてないね』
「あぁ、そういやアンタがいたわね。変に静かだったから寝てたのかと思ってたわ。…で、何が書かれてたのよ」
 金属音を鳴らすデルフに霊夢がそう返しつつ、メモの内容がどういったものなのかも聞いた。
『別にどうってことはないが、掃除道具は置いとくから綺麗にしたら…って事だけしか書いてないよ』
「何よソレだけ?それなら別に口で伝えればいいじゃない、たくっ」 

 書かれていた事が本当に単純な内容だっただけに、霊夢は足元の箒を見ながらそう言った。
 まぁ何かタイ逸れた事が書かれていたとしても困っただけなのだが。
 しかし、確かに掃除が必要な程この屋根裏部屋が結構汚れている事だけは確かである。
 霊夢は部屋の端っこで小さく積もっている埃や、先住者の証である蜘蛛の巣を見ながらもその箒を手に取った
「…まぁ暫くここでタダで寝泊まりできるんだし、ちょっとは綺麗にしとかないといけないわよね」
 箒を持って彼女はそう言って背負っていたデルフを床に下ろすと、魔理沙がおぉ!と声を上げた。

「おぉ、霊夢がその気になったか。これで今夜は綺麗な屋根裏部屋でグッスリ安眠できるな」
「アンタも手伝いなさいよ。タダでさえ掃除する箇所が多いんだから、猫の手でも借りたいぐらいなのよ」
 すでに勝負はついたと言いたげな笑みを浮かべる魔理沙に、霊夢はすかさず手伝うように誘う。
 彼女の言うとおり屋根裏部屋は相当汚れており、全部を綺麗にするのには結構な時間が掛かるうだろう。
 始める前からすでに自分に任せて楽しようとしてる黒白を睨む霊夢を前に、しかし魔理沙はその態度を崩そうとはしなかった。
「勿論手伝ってはやりたいがね、何せ私にはこれからサボってた仕事をしなきゃならないしさ」
「仕事?あぁ…」
 一瞬だけ何を言っているのかと訝しんだ霊夢は、すぐに魔理沙の言いたい事を理解する。
 
「呆れた!わざわざ掃除したくないってだけで姫さまから託された仕事を理由にするなんて!」
「おぉっと、誤解しないでくれルイズよ。私だって、スカロンが掃除道具を置いて行ったことなんて予想してなかったんだぜ?」
 彼女に続いてルイズも気づいたのか、呆れと僅かな怒りが混じった表情で魔理沙に詰め寄ろうとする。
 しかし魔理沙は近づいてくるルイズをスルリと避けて、二階へと降りる階段の方へと走っていく。
 危うく踏みそうになったデルフを軽く飛び越えた彼女はそのまま階段を降り始め、頭だけ見えている状態で二人の方へ顔を向けた。
「まぁ掃除をサボる分、二人にとって価値のある情報を持ってくるから期待しといてくれよな?それじゃっ」
「あっ、ちょっと!」

247ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:02:04 ID:u1PouLhI
 ルイズが待ちなさいと彼女を制止する前に、魔理沙はそのまま音を立てて階段を降りてしまう。
 慌てて階段の傍へ行った頃には、既にあの黒白は一階へと続く階段を降りていくところであった。
 まるであと一歩の所でネズミを逃した猫の様なルイズの姿を見て、背後のデルフがカタカタと刀身を揺らして笑う。

『カッカッカッ!黒白に一抜けされたようだな娘っ子―――って、イタタタ』
「一抜けとか言わないでくれる?まるで私がやろうとしてる事が罰ゲームみたいに聞こえるじゃないの」
 失礼な事を言う鞘越しのデルフを箒の柄で軽く叩いてから、霊夢もルイズの傍へと近寄る。
 ルイズの方も近づいてくる彼女に気が付いたのか、スッと後ろを振り返る。
 自分を見下ろす霊夢の眼差しと、その左手に持つ箒を見た彼女はふぅ…と溜め息をついてしまう。

「…猫の手も借りたいって言ってたけど、貴族の手ってその猫の手よりも役に立たないと思うけど?」
「貴族だろうが公爵家だろうが箒で床を掃く事くらいできるでしょうに。とりあえず手は貸しなさい」
 そう言って左手の箒を差し出してきた霊夢に、ルイズは何か言いたそうな表情を向けたものの、
 彼女一人では流石に今日中には終わらないと察したのか、観念するかのように箒を手に取った。


 その後の掃除は、色々と問題を抱えながらもなんとか二人でこなしていった。
 ひとまず箒と一緒に置いてあった塵取りが屈まなくても使える三つ手のものだった為、ルイスでも難なく掃き掃除ができている。
 最初は掃く力が強すぎて埃を飛ばしてしまっていたが、そこは霊夢がアドバイスする事で何とかする事が出来た。
 時折「まさか公爵家の私が掃除何て…」と今の自分に驚いているようだが…まぁ放っておいても害はないだろう。
 一方の霊夢は一階から持ってきたバケツに水を入れて、雑巾で窓ガラスやら使えそうな木箱に纏わりついた埃を拭いていく。
 この屋根裏部屋には人数分のベットはあったものの、何かしら書く際の机やイスの類は見つからなかった。
 だからその代わりに程よい大きさの木箱を使うつもりなのであるが、その事に関してルイズはやや不満を抱いてはいた。

「えー?テーブルやイスなら、ランかスカロン辺りに頼めば用意してくれそうだけど…」
「まぁ一応は念のためよ。第一、床を掃いても辺りが埃まみれじゃあ意味が無いわ」
 
 それを聞いてルイズも「まぁ確かに…」と思いつつ、慣れない箒を動かしながら埃を塵取りへ集めている。
 彼女が最初の時よりもちゃんと掃き掃除が出来ている事に満足しつつ、霊夢はふと近くに置いたデルフへと視線を向ける。
 喧しいお喋り剣は埃舞う場所でわざわざ刀身を晒して汚したくないのか、始めてからずっと沈黙を保っていた。
 近くの壁に立てかけられているその姿は、まるで屋根裏部屋に放置された骨董品の武器の様だ。
 刀身自体は真新しくなったが、鞘自体は変わってない為に真新しさが分からず、全く以て意味が無い。
 とはいえ本人(?)はそれを口にすることは無いので、然程気にしてはいないのかもしれない。

 そこまで考えていた所で、自分は何馬鹿な事を考えているのかと首を横に振った。
(まぁ私はアイツ自身じゃないんだし、憶測で考えても仕方ないんだけど)
 心中で呟きつつ、しかし雑巾をバケツの中でギュッと絞っている最中もふとデルフの事を考えてしまう。
 それは彼女には似つかわしくない好感情からではなく…ここ最近辺に沈黙が増えた事への違和感であった。

248ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:04:15 ID:u1PouLhI

(そういえばアイツ、最近喋らない時が増えて来たけど…何か悩みでもあるのかしら?)
 ちょっと前までは隙あらば喧しい濁声で場を騒がしくしていたが、今では変に黙っている事が多い。
 声を掛ければ普通に反応してくれるし、余計に喋らないのであればこちらの耳にも負担を掛けずに済む。
 しかし、声を掛けなくとも十分騒がしい彼を知っているだけに、霊夢は違和感を感じていたのである。

(…とはいえ、悩み事って言われても剣が何を悩んでるのか…全然分からないわね)
 性格と喋り方からして人間ならば間違いなく人生経験豊富で口の悪いおっさんであろうデルフリンガー。
 しかし彼は人間ではなく剣であり、その中でも一際特殊と言われているインテリジェンスソード。
 普段から何を考えて、そしてどうそれを解決しているのかなんて人間である霊夢には中々分かるものではない。
 仮にそれを告白されたとしても解決できるかと言われれば難しいかもしれないし、してやる義理は…一応はあるかもしれない。

 その時であった…。
「……お?どうしたレイム、オレっちの事なんかじっと見つめちゃったりしちゃってさぁ」 
 まるで本物の剣の様に何も言わず、壁に立てかけられているデルフの姿を凝視する霊夢の視線に気が付いたのか、
 金属音を軽く鳴らして刀身を鞘から僅かに出した彼は、明るい調子で霊夢に話しかけてきた。
 まさか話しかけて来るとは思っていなかった霊夢は少し驚きつつも、彼の話しかけに応じる。
「別に何でもないわよ。ただ、アンタが何か考え込んでるかのように黙ってるのが気になっただけ」
「……?イヤ、別に何か考え込んでて黙ってたってワケじゃあ無いんだがなぁ」
 自分の言葉に対してデルフの返事に、霊夢は怪訝な表情を浮かべてしまう。
 その顔が「どういう事よ?」と問いかけているのに察し、デルフはそのまま言葉を続けていく。

「ホラ、人間だって昼寝するだろ?…それと同じで、オレっちも思考を閉じて頭を休ませてたってワケ」
「頭もクソもない癖に何人間ぶってるのよ、この馬鹿剣が」
 さっきまで真剣に考えていた自分を気恥ずかしいと思いつつも単に休んでいただけというデルフに怒りを覚えた霊夢は、
 彼の傍に近寄ると靴先で軽く小突きつつ、これからは定期的に蹴って起こしてやろうかと邪悪な計画を思いついていた。


 
 後一時間もすれば日が暮れて赤と青の双月が顔を出すであろう時間帯のブルドンネ街。
 日暮れが迫りつつも人の混雑は殆ど変わらず、貴族平民共に多くの人々が暑い通りを行き来している。
 陽が落ちると共に看板を下ろして閉店する店のほとんどはこの時間帯がピークであり、必死に客を呼びこんでいた。
 パン屋では焼き上がったばかりのバゲットや白パンを夕食用として店の入り口にだし、売り子や店の従業員が声を張り上げる。
 とある惣菜屋ではシチューや肉料理、ラタトゥイユといった料理が出来上がり、それを待っていた客たちが我先に注文していく。
 
 たった一つの通りだけでもこれだけ活気があるのだ。他の通りでもここと同じかそれ以上の人々で賑わっていた。
 そんな暑苦しくも、どこか微笑ましい光景が見れる通りを霧雨魔理沙は箒を脇に抱えて、メモ帳と羽ペン片手に歩いていく。
 黒色が多い服ではさぞや夏の王都は暑いだろうが、彼女は意に介した風もなくテクテクと足を動かしている。
 その視線は手に持ったメモ帳に書いた内容と睨めっこしているが、通行人の誰かとぶつかる様子は無い。
 むしろ視線は前を向いていないというのに、彼女は平然と人を避けながら通りを歩いているのだ。
 伊達に幻想郷で様々な人妖との弾幕ごっこを通して戦ってきた経験が、ここで無駄に生きているようだ。

249ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:06:11 ID:u1PouLhI

 さて、そんな魔理沙であったが自分でメモ帳に書いた内容に何故か自己評価をつけようとしていた。
 「う〜ん、とりあえずあの手紙に書かれた通りの情報は集めた筈だが―――もうちょい集めた方が良いかも…かな?」
 インクの乾いたペン先でページをトントンと軽く叩きながら、集めた情報の量に不満を感じていた。
 そこに書かれている内容は、午前中ルイズが街の人々や下級貴族から集めていた情報と似通っている。
 主に奇襲を仕掛けてきたアルビオンへの反応や、これからのトリステインの事に関する事などであった。
 彼女自身、ルイズと比べて高いコミュニケーション能力が役に立っているのか、既に二ページ程使ってしまっている。
 
 しかし魔理沙としては、まだまだ物足りないという思いを抱いていた。
 情報と言うものは同じ話題でも人によって大きく脚色され、時には嘘さえ平気で混ぜてくる奴もいる。
 単なる道案内でも、心底イジワルなヤツに聞けば間違った道を進んでしまう事もあるのだ。
「…まぁ、今集めてる情報の類ならそういう心配は必要ないと思うけどなぁ…」
 メモ帳に記された、聞き込みにOKしてくれた人々の情報を読み直しながら魔理沙は一人呟く。
 ルイズが集めたものと同様、やはり人の数だけ同じ質問をしても別々の答えが返ってくる。
 
 とはいえ時間の許す限り集めても、全てが役に立つというワケじゃない。
 ここに掛かれている事をルイズの前で読み上げるとすれば、無駄に多く集めても自分の苦労が増えるだけだ。
 かといって二ページ分は少し心許ない気がする彼女は、後一ページ分程集めてみようかとも考えてはいた。
 幸い人の通りは多いし、道案内を装ってついでに質問すれば多少なりとも収穫はあるだろう。
「しかし、時間的にはちょっと難しいかねぇ?あんまり時間かけると夕食を先に済まされそうだし…」
 彼女は空を見上げ、夕焼けの色が目立ち始めた空を一睨みしつつひとまず道の端っこへと移動する。
 そこで一旦足を止めた彼女は辺りを見回し、気前よく自分と会話してくれそうな人を探し始めた。
(まぁ一ページ分とまでいかなくとも、できるだけ情報を拾ってからルイズ達の所へ帰るとしますか)
 心中でひとまずの目標を定めた魔理沙は、適当な話し相手はいないかしきりに視線を動かす。

 元々ルイズの為に情報収集する筈だったものの、当初の予定が狂って結局今になって始めている自分。
 アンリエッタから渡された資金を盗んだ子供を捜す為、自分よりもめまぐるしく街中を雨後回っていたであろう霊夢。
 そして座して情報を待つ筈が自分から情報を集めに行ったルイズ達から見れば、自分一人だけがサボっていると見られてしまっているだろう。
 特に霊夢は間違いなく思っていそうだが、それは止むを得ず人助けをしていたからであって実質的な不可抗力でしかない。
 更に案内したホテルにいた助けた少女の保護者達に僅かにだがもてなされ、気づいた時にはとっくにお昼時だったのだ。
 亀を助けた浦島太郎の様に、まぁちょっとだけお礼を…とか言っていたら三百年間程海の底にいたのと同じことである。
「まぁ浦島太郎と比べたら、私の方が数倍マシなんだろうけどな。……お、あそこにいる兄ちゃんとか良さそうだぜ」
 
 子供のころに絵本で知った哀れな釣り人の話を引き合いにだした所で、魔理沙は丁度良さそうな話し相手を見つけた。
 いかにも平民と言う出で立ちだが、近くの屋台で買ったであろう瓶ジュースを飲んでいる姿は観光客には見えない。
 まぁ簡単な手荷物一つ持ってない所を見るに明らかなので、魔理沙にとっては絶好の情報提供者である。
(さてと、まずは旅行者を装って適当な道を聞いてから…さっきと同じような質問かな?)
 魔理沙は彼に狙いを定めつつ、彼に聞くべき事を念のためおさらいしていく。

250ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:08:36 ID:u1PouLhI
 聞くべきことは大きく分けて二つ、神聖アルビオン共和国についてどう思っているのか、
 そして今のトリステイン王国をどう思っているのか…、ただそれだけである。

 今に至るまで数えて十二人に同じような質問をしてきたが、答えは様々であった。
 例え平民であっても愛国的か、もしくは売国的とも言える様な返答が返ってくるのだから。
(この二つの質問だけでも、人によって大きく分かれるからな…聞いててつまらくはない)
 言い方や個人が持っている思想を含めば十人十色である返事を思い出しながら、魔理沙は男の方へと向かっていく。
 人と話すのは嫌いではないし、それが親しい相手ときたらもっと嫌いではなくなる。
 もしも霊夢が情報収集をしたとしても、ルイズや彼女のようにうまくやりこなせはしなかったに違いないだろう。
 
 ある程度男の傍へ近づいた魔理沙は、とりあえず声を掛けようとした―――その時であった。
 丁度彼の左斜め後ろにある路地裏へと続く横道から、いかにも怪しくて小さな手がスッと出てきたのは。
 明らかに大人の手ではなく、少し離れた位置にいる魔理沙の目にも子供のソレだと分かるくらいに小さかった。
 突然闇の中から出てきた子供の手に驚いたのもほんの一瞬、間を置かずしてその小さな手が何かを持っている事にも気が付く。
 何も知らない人間から見れば、ただ単に少しだけ見栄えをよくした木の枝に見えるかもしれない。
 しかし、この世界に住む人間たちならば誰もが知っているだろう。あの木の棒は権力者の象徴にして唯一絶対の武器であると。
 そして…この世界に来て暫く経つであろう魔理沙も知っていた。あの木の棒は紛う事なきメイジが魔法を行使する為に使う杖なのだと。

(ん…あれって、杖か…?)
 思わずその場で足を止めた魔理沙はその杖へと怪訝な視線を向けてしまう。
 声を掛けようとした男は未だ気が付いておらず、まだ半分ほど残っているジュースをチビチビと飲んでいる。
 そして彼の背後から見える子供の手は、握っている杖をまるで指揮棒の様に軽やかに振って見せた。
 直後、杖の先端がボゥッ…と青白く発光したかと思いきや、男の腰も同じように発光し始めたのである。
 少し驚いてしまう魔理沙をよそに本人は気づいていないのか、通りを歩く女性たちに目をやっている始末。

 その間にも子供の手が発光する杖をゆっくりと動かすと、男の発光していた腰――正確には腰に付けていた革袋が彼の体から離れてしまう。
 魔理沙の掌にはあと少しで収まらない程度の大きさの革袋が不気味な光を放ちながら、フワフワと宙を浮いたのである。
「なっ…!」
 ギョッとする魔理沙の事は見えていないのか、杖を持つ手はその袋を手繰り寄せるかのように杖を動かしていく。
 恐らくその袋は財布か何かなのであろう、魔法の力で宙に浮く袋は今にも重量で落ちしまいそうなほど不安定な浮き方をしている。
 男は尚も気づく様子を見せず、ジュースを酒代わりにして日が暮れゆく王都の通りをボーっと眺めている。
 対して、何が起こっているのか全て見ていた魔理沙は、ここでようやく何が起こっているのか理解した。

(魔法を使った盗みで子どもの手…って、これってもしかしてこの前の…!?)
 今正に声を掛けようとした相手がメイジであろう者からお金を奪われると察した魔理沙は、ついで思い出す。
 二日前に、自分たちからお金を奪っていったのは――――魔法を使う子供であったという事を。
 そして脳裏に再び聞こえてくる。あの少年の傲慢ちきな言葉が。

 ―――喜べ!お前らが集めた金は、俺とアイツで有意義に使ってやるから、じゃあな!

 得意気にそう言って、まんまと逃がしてしまったのは魔理沙にとっても苦い思い出であった。
 そして今、その苦い思い出を作ってくれたであろう少年が――別人という可能性も拭えないが――が盗みを働こうしている。
 魔理沙は瞬時に判断する。今自分の目の前で悪行を繰り返そうとする少年にどのような制裁を与えればいいのかを。

251ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:10:07 ID:u1PouLhI
(何だかんだで、私にも色々とツキが回ってきているようで嬉しいぜ。それとも…ただ単に私の運勢が良いだけかな?)
 彼女は心中でそう呟いた後、手に持っていたメモ帳とペンを懐に仕舞い、脇に抱えていた箒を右手で握りしめる。
 使い慣れた木の触り心地に思わず笑みを浮かべた彼女は、その足でバッと地面を蹴って走り出した。

 これまた使い慣らした靴底が煉瓦造りの地面を蹴り、軽快な音を連続的に立てていく。
 目指す先には路地裏へと続く横道―――杖を持つ手の持ち主が潜んでいる場所であった。
「ん?…って、おわ!?」
 当然そのすぐ傍にいた男は走ってくる彼女に気が付いて、慌ててその場から飛び退ってしまう。
 それが原因か、はたまた位置的に姿の見えなかった魔理沙が走って来るのに気が付いた窃盗犯の集中力が切れたのか、
 あと一歩でその掌の上に落ちる筈であった男の財布は、哀しいかな少々喧しい金属音を立てて地面に落ちてしまう。
 それと同時に袋の口を縛っていた紐が緩んだのか銀貨や銅貨、そしてわずかなエキュー金貨が地面へとぶちまけられる。

 男が突然あげた大声と、その金貨の音で周囲の人々は、何だ何だとそちらの方へと目を向けてしまう。
 そして何人かが、路地裏への入り口で杖を構えた者の姿を目にすることとなった。
「…ッ!畜生…」
 路地裏にいたであろう盗人は仕事が失敗終わり、更に周囲の目が自分へ向けられているのに気が付いたか、
 汚い言葉を口走りながら踵を返し、すぐさま灯りの無い道へと姿をくらまそうとする。
「おぉ!上手くいったぜ。ありがとな、おっさん」
 魔理沙は盗まれそうになった男に一声かけると、そのまま犯人の後を追って路地裏へと入っていく。
 対して男は何が起こったのか分からないまま、地面にばらまかれたお金を拾うのに必死にならざるを得なかった。


 王都トリスタニアのブルドンネ街といえど、路地裏ともなれば人気は無いし灯りもない。
 夕暮れに差しかかった今の時間帯は陽の光が入ってこず、薄暗く不気味さを纏っている。
 それも後数時間経てば夜の帳が訪れ、二人分程度の横幅しかない道は暗闇が包み込んでしまうだろう。
 
 そんな路地裏を、財布を盗もうとした犯人―――ルイズ達から金貨を奪った少年は必死に走っていた。
 まだ小さな両足を懸命に動かし、その途中で道に置かれていた空き瓶を蹴飛ばしつつも決して速度を緩めない。
 道の端で寝ころんでいた猫たちが突然の足音に顔を上げ、近づいてくる少年に威嚇をして彼が来た方へ走っていく。
 少年は暫く道が真っ直ぐなのを知ると一瞬だけ顔を背後へ向けて、追っ手が来ていないか確認する。
 ……いない。既に二回ほど角を曲がった為に、背後に見えるのは薄暗く狭い道だけだ。
 誰も追って来ていないのを確認した彼が再び前へ視線を向けると速度を少しだけ落とし、右へと進む角を曲がる。

 それから数分程走った後、正念は広場らしき広くひらけた場所へと出てきた。
 どうやら広場として使われていたのは昔の事なのか、人の気配は全くといっていいほど感じない。
 ボロボロのベンチが二つに、大通りのソレと比べて錆が目立つ街灯は一つだけ。
 時間で中のマジックアイテムが作動する街灯は未だついておらず、広場は薄暗い。
 奥には別の路地裏へと続く道があり、自分が来た道を覗けば周りは全て共同住宅の壁で塞がれている。
 王都のど真ん中であるというにまるで戦場跡地のように暗く、そして静かであった。
 小さく聞こえる大通りの喧騒とのギャップは、あまりにも激しい。
 外国人が見れば、なぜトリスタニアだというのにこうも暗い場所があるのかと驚くかもしれない。

252ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:12:09 ID:u1PouLhI
 少年はそんな広場で一旦足を止めると、誰も追って来ていないのを知ってからふぅと一息ついた。
 ここまでずっと走り続けていたためか息は上がり、汗まみれの体が妙に気持ち悪い。
 肩をほんの少し上下させて呼吸する少年は、ふと近くにあるベンチに視線を向ける。
 …少しだけなら大丈夫だろうか?誰も追って来ていないという気の緩みからか、そんな事を考えてしまう。
 本当ならば少し奥に見える道から広場を出て、そこから別の大通りに出て姿をくらますべきなのだが…、
 しかし走り続けた小さな体は休憩を欲しがっており、自分も心も休むべきと訴えている。
「…ちょっとぐらいなら、良いかな?」
 一人呟いた少年はそのままベンチの方へと歩みを進め、束の間の小休止を――――

「おぉ、休憩か?まぁあんだけ走り続けてたんなら、無理はないと思うぜ」
 ―――しようとした直前、頭上から聞こえてくる少女の声に彼はその場で足を止めてしまう。
 そして慌てて声のした方―――つまり自分を見下ろせるであろう自分の目の前にそびえたつ一軒の共同住宅を見上げた。
 十メイル近くもある共同住宅の屋上。その上に立って、こちらを見下ろす影が一人。
 夕焼け空を後光に、時代遅れのトンガリ帽子と右手に持った箒のシルエットが地上からでもはっきりと見て取れる。
 顔までは分からなかったが、声からして間違いなく少女だという事は少年にも分かっていた。

 少年を見下ろすトンガリ帽子の少女こと霧雨魔理沙は、相手が動かないのを見てその足を動かす。
 木製の滑りやすい屋根に上手い事たっていた右足を何もない宙へと出し、そのまま一気にジャンプする。
 結果、魔理沙の体は何もない宙を一瞬だけ浮いたかと思いきや、そのまま地上へと落ちていく。
 アッ!と少年が驚き、これからの事を想像して目を背けようとする前に彼女が右手に持つ箒がその力を発揮する。
 魔理沙の体が地面と激突する前に箒は握られたまま浮遊し、そのまま彼女の体をも浮かしてしまう。
 
 てっきり地面とぶつかるかと思っていた少年はその光景に息を呑み、その場から動けなくなってしまう。
 やがて宙に浮いた魔理沙は重力に従ってゆっくりと着地し、両足に穿いた靴が芝生すらない地面を踏みしめる。
 そうして自分と同じ地上にまで降りてきたところで、ようやく少年は魔理沙の顔を間近で目にする事が出来た。
 白い肌に金髪、そして青い瞳というこの近辺では特に目立っているとは言える特徴は無い。
 しかし、トンガリ帽子にエプロンドレスという時代遅れも甚だしい格好と葉裏腹にその顔は中々綺麗であった。
 もしも然るべき教育や作法を学べば、どこに出しても恥ずかしくない令嬢になれるかもしれないだろう。 

 そんな場違いな事を考えつつも、突然現れた魔理沙に対し身動き一つできない少年に魔理沙はほくそ笑んだ。
「へへっ?私が身投げをするとで思ってたのかい、ソイツは甘い見通しだったな坊主」
 思わず目をそむけそうになった自分をからかっているのか、魔理沙は凶暴さが垣間見える笑みを浮かべている。
 その言葉にハッと我に返った少年は、目の前の少女に見覚えがある事を思い出した。
 忘れもしない、二日前の夜…。思わぬ大金を手に入れるキッカケを作ってくれたあの三人組の一人に彼女がいた事を。
 
「お前…まさか僕の事忘れてなかったのかよ?」
 僅かに足を動かして後ずさり始める少年に、魔理沙は笑みを浮かべたまま「それはこっちのセリフだぜ」と答える。
「てっきり忘れられてたかと思ってたが、案外覚えてくれているようで助かるよ」
「何が助かるんだよ?…それはそうと…イヤ、もしかしなくてもやっぱり僕からあの金を取り戻そうとするんだろ」
「それ以外何があるんだ?茶会でも開いて「あの時はしてやられましたなー」って笑いあうつもりだったのかい?」

253ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:14:59 ID:u1PouLhI
 後ずさる少年についてくかのように、彼女も一歩一歩ゆっくり前へ進んで彼に近づいていく。
 少年は腰に差していた杖を手に取り、対する魔理沙も懐へと手を伸ばす。
 両者の距離は一メイル。魔法を放とうとしても近すぎる為に、呪文を詠唱している間に杖を取り上げられてしまうだろう。
 
 互いに睨み合う状況の中、魔理沙の方へと勝利の天秤が傾いている。
 その事を相手も知っているのか、箒片手の魔理沙は一歩一歩確実に少年の方へと近づいていく。
 対する少年も杖を向けたまま後ろへと下がり、いつ呪文を唱えればいいか様子を窺っている。
 キッと目を細めて自分を睨み付ける彼の姿に、どうやら抵抗する気はあるのだと察した彼女は笑顔を崩さぬまま話しかける。
「まぁ私も子供相手に暴力をふるうつもりは無いさ。…盗んだ金を全額返してくれるのなら穏便に済ませるぜ?」
「は!そんなの誰が信じるかよ。どうせ俺を衛士たちの所に連れてって牢屋に放り込むんだろう!」
「んぅ〜まぁ…大人しくしてくれないのなら連れてく必要はあるかな?…ただし、私と一緒にいた二人の元へな」
 未だ強気な少年の文句に魔理沙はそう返して、次いで意地悪そうな笑みを浮かべて「それでもいいのか?」と聞いた。

「そこら辺の衛士よか、あの二人に詰め寄られる方がずっと怖いぜ?…それでも、言う事聞くつもりは――――…なさそうだな」
 ルイズと霊夢の前に引っ立てればさぞや壮絶な事になるだろうと想像して、ついつい笑みを浮かべてしまった魔理沙は、
 それでも尚抗う態度を見せる少年を見て、これは一筋縄ではいかないと感じた。
「当り前だろ!あんな大金滅多に手に入らないんだ、そう易々と返してたまるかよ」
 杖を構え直してそう叫ぶ少年に、魔理沙は自分の頬を小指でかきつつ「はぁ…」と溜め息をついた。
「ソイツは参ったなぁ〜、私としてはあまり乱暴はしたくないんだぜ?…疲れるし、一々小言を投げつけてくる奴もいるしな」
 その顔に苦笑いを浮かべつつそんな事を言う魔理沙に、少年は「だったら見逃してくれよ」と強気な態度そのままに言う。
 当然ではあるが魔理沙は首を横に振って拒否の意を示し、懐に入れていた左手から小瓶を一つ取り出しながらも言葉を返した。

「無理な相談だな。ここで運よく再会してしまった以上、お前さんは私に捕まるしかないんだぜ?」
 中に何が入ってい目のか分からない魔理沙の手の小瓶に目を向けつつ、少年はジッと身構え続ける。
 魔理沙も相手がやる気だと察したのか、彼女もまた身構えて相手の出方を窺おうとした…その時であった。
 自分の後方―――外界を隔てている共同住宅の方から聞き慣れぬ激しい音が聞こえたのは。
 まるで錆びついて動かなくなっていた扉を力押しで開けた時の様な、何が破損した時の様な妙に心臓に悪い音。
 思わずその音が何なのか気になった魔理沙は何事かと振り返ってしまい、そして呟く。

「…何だこりゃ?」
 彼女の視線の先に見えたのは、微かな土煙を上げて地面に倒れたばかりの小さなグレーチングがあった。
 共同住宅の壁の下部にある排水溝の蓋であったろうそれが取り外されて、地面に転がっていた。
 鉄でできたそれはずっと昔に取り付けられて以降放置されていたのか、黒錆に覆われている。
 魔理沙はそれを一瞥した後、すぐに排水溝の方にも視線を向ける。
 グレーチングで誰かが入らないよう蓋をされていた排水溝の中は、闇で満たされている。
 大きさからして子供が誤って入ってしまう心配はなさそうだが、何故か魔理沙の心に不安が生まれてくる。

 別に闇が怖いわけではない。問題は何故急に大きな音を立ててグレーチングが外れたかにあった。
 少なくとも、ここへ辿り着いて少年と対峙した時にはまだ蓋はついていたし、外れる気配もなかった筈である。

254ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:16:10 ID:u1PouLhI
 しかし、突然の事に目を丸くしていた魔理沙の姿は少年にとってまたとないチャンスを与えてしまう。
 相手は急に外れた排水溝の蓋を気にしており、ほんの少しだが自分は視界から外れている。
 戦いに関して少年は素人であったが、これを逃げられるチャンスとして大いに有効活用する事はできた。
 彼は今いる位置から数メイル先にあるもう一つの道へと、ゆっくり近づいていく。
 抜き足、差し足、忍び足…と煉瓦造りの地面を靴底で滑るようにして音を立てずに移動しようとする。
 クッ!」
「あ!おい
 しかし、思っていた以上に魔理沙の耳が良かったことを彼は知らなかった。
 喧騒が遠くから聞こえる寂れた広場で微かに聞こえる足音に気が付いたのか、魔理沙が再び少年の方へと顔を向けたのである。
「………、待てコラ!?」
 気づかれた!少年が悔しそうな表情を浮かべて走り出し、魔理沙が逃げる相手に叫んだのはほぼ同時であった。 
 咄嗟に左手に握っていた小瓶を振り上げて投げようとした彼女よりも、走る少年の方に軍配が下る。
 魔理沙に攻撃される前に何とか道へと入った彼は、そのまま一気に路地裏を駆けていく。

「んぅ…、畜生!このまま逃がしてちゃあ私の名が廃るってもんだぜ」
 対する魔理沙もわざわざ追い詰めたというのに、自分の不注意で逃がしてしまった事に納得がいかなかった。
 視線を外した時には、てっきり魔法で攻撃してくるだろうと思っていただけに、何故か無性に悔しかったのである。
 振り上げたままの小瓶を懐に戻した魔理沙は、箒は使わずそのまま走って少年を追いかけようとした。
 幸いまだそんなに遠くへは行っていないだろうし、足が速いのなら箒を使って空から捕まえてしまえばいい。
 
 未だ勝機あり、そう考えている魔理沙も少年と同じ道へと入ろうとした―――その時であった。
 丁度道の出入り口の地面から、彼女が想像していないような謎の物体が現れたのは。

「―――な…ッ!?」
 突然の事に思わず二メイル程前で足を止められた魔理沙は、驚きながらもその物体を凝視する。
 それはまるで、地面より下――彼女の足下を流れている水道から出て来たかのような液体の体を震わせている。
 形はまるで子供が造ったようなお地蔵さんみたいで、横にやや太い棒状の体を持つ黒いスライムと言えばいいのであろうか。
 更に液体状で黒色…と聞いただけで何やら人体には良くなさそうな手なのは一目瞭然であった。
 全長はほぼ魔理沙と同じであるが、常時不安定な体を大きく揺らしているためにうまく大きさを目測できない。

 これだけの特徴でも十分に不気味であったが、それ以上にその物体の不気味さを引き立てているのが゙両目゙であった。
 魔理沙の顔がある位置に合わせるかのようにして、彼女の頭ほどの大きさのある黄色い球体が驚く彼女を見つめている。
 時折ギョロギョロと動いてはいるが、それは目というにはあまりにも無機質であり、目では無いと否定するには位置が変であった。
 その目と思しき二つの黄色い球体はじっと魔理沙を見据え、液体の体を震わせている。

――――何だ、コイツは?
 一時的に少年の事を頭の隅に追いやった魔理沙が、冷や汗を流して呟く前に、
 その黒いスライム状の物体は、呆然と立ち尽くすしかない彼女へと跳びかかったのである。

255ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:17:16 ID:u1PouLhI
 しかし、突然の事に目を丸くしていた魔理沙の姿は少年にとってまたとないチャンスを与えてしまう。
 相手は急に外れた排水溝の蓋を気にしており、ほんの少しだが自分は視界から外れている。
 戦いに関して少年は素人であったが、これを逃げられるチャンスとして大いに有効活用する事はできた。
 彼は今いる位置から数メイル先にあるもう一つの道へと、ゆっくり近づいていく。
 抜き足、差し足、忍び足…と煉瓦造りの地面を靴底で滑るようにして音を立てずに移動しようとする。
 クッ!」
「あ!おい
 しかし、思っていた以上に魔理沙の耳が良かったことを彼は知らなかった。
 喧騒が遠くから聞こえる寂れた広場で微かに聞こえる足音に気が付いたのか、魔理沙が再び少年の方へと顔を向けたのである。
「………、待てコラ!?」
 気づかれた!少年が悔しそうな表情を浮かべて走り出し、魔理沙が逃げる相手に叫んだのはほぼ同時であった。 
 咄嗟に左手に握っていた小瓶を振り上げて投げようとした彼女よりも、走る少年の方に軍配が下る。
 魔理沙に攻撃される前に何とか道へと入った彼は、そのまま一気に路地裏を駆けていく。

「んぅ…、畜生!このまま逃がしてちゃあ私の名が廃るってもんだぜ」
 対する魔理沙もわざわざ追い詰めたというのに、自分の不注意で逃がしてしまった事に納得がいかなかった。
 視線を外した時には、てっきり魔法で攻撃してくるだろうと思っていただけに、何故か無性に悔しかったのである。
 振り上げたままの小瓶を懐に戻した魔理沙は、箒は使わずそのまま走って少年を追いかけようとした。
 幸いまだそんなに遠くへは行っていないだろうし、足が速いのなら箒を使って空から捕まえてしまえばいい。
 
 未だ勝機あり、そう考えている魔理沙も少年と同じ道へと入ろうとした―――その時であった。
 丁度道の出入り口の地面から、彼女が想像していないような謎の物体が現れたのは。

「―――な…ッ!?」
 突然の事に思わず二メイル程前で足を止められた魔理沙は、驚きながらもその物体を凝視する。
 それはまるで、地面より下――彼女の足下を流れている水道から出て来たかのような液体の体を震わせている。
 形はまるで子供が造ったようなお地蔵さんみたいで、横にやや太い棒状の体を持つ黒いスライムと言えばいいのであろうか。
 更に液体状で黒色…と聞いただけで何やら人体には良くなさそうな手なのは一目瞭然であった。
 全長はほぼ魔理沙と同じであるが、常時不安定な体を大きく揺らしているためにうまく大きさを目測できない。

 これだけの特徴でも十分に不気味であったが、それ以上にその物体の不気味さを引き立てているのが゙両目゙であった。
 魔理沙の顔がある位置に合わせるかのようにして、彼女の頭ほどの大きさのある黄色い球体が驚く彼女を見つめている。
 時折ギョロギョロと動いてはいるが、それは目というにはあまりにも無機質であり、目では無いと否定するには位置が変であった。
 その目と思しき二つの黄色い球体はじっと魔理沙を見据え、液体の体を震わせている。

――――何だ、コイツは?
 一時的に少年の事を頭の隅に追いやった魔理沙が、冷や汗を流して呟く前に、
 その黒いスライム状の物体は、呆然と立ち尽くすしかない彼女へと跳びかかったのである。

256ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/11/30(木) 23:19:38 ID:u1PouLhI
以上で88話の投稿は終了です。
次の投稿はまたもや大晦日になりそうかもです。
それではまた、来月末にでもお会いしましょう。ノシ

257ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:24:25 ID:LRwniKvA
お久しぶりです、焼き鮭です。すっかり遅くなってしまいました投下を行います。
開始は19:28からで。

258ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:28:41 ID:LRwniKvA
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十話「ガリアの叫び」
死神
破滅魔虫カイザードビシ
最強合体獣キングオブモンス
巨大顎海獣スキューラ
骨翼超獣バジリス 登場

 ロマリア対ガリア。人と人の戦争を食い止めるべく、アンリエッタは周囲の反対を振り切り、
アニエス一人だけを連れて“敵国”に交渉に赴くという無謀染みた冒険に出た。今のガリアは
何が起こるか分からない危険地帯。しかしアンリエッタたちは意外なほどに何の障害にも遭わず、
ジョゼフとの会談に臨むことが出来た。
 そしてアンリエッタが一週間も掛けて纏め上げた、ガリアの停戦を引き出す切り札となる
書類の束を読み上げたジョゼフは、次のように唱えた。
「すごい提案だな。ハルケギニア列強の全ての王の上位として、ハルケギニア大王という
地位を築く。そして、他国の王はそれに臣従する……。ロマリアを除いて」
「ええ。ロマリア教皇聖下におかれては、我らにただ“権威”を与える象徴として君臨
していただきます」
「その初代大王に、余を推薦すると書かれているが、まことかね?」
 その問い返しに、アンリエッタは即座に肯定した。
 これがアンリエッタの導き出した交渉案。ジョゼフがエルフと手を組んだり怪獣を駆使
したりしているのは、究極的には世界の覇権を握りたいから。ならば実際に握らせてやろう
ではないか、とアンリエッタは考えたのだ。目的を達成させてしまえば、ジョゼフはエルフや
怪獣の力など必要としなくなるだろう。だからこの申し出の引き換えとして、エルフたちと
完璧に手を切らせる。そうすればロマリアの“聖戦”もストップだ。
 またアンリエッタは、実際のジョゼフは“無能王”という蔑称とは程遠い頭脳の人間で
あることを悟っていた。せっかくの世界の頂点の座を失うような軽挙妄動には出るまい。
そこまで計算しての交渉であった。
 この前例などある訳がない交渉案には国内の誰もが猛反対したものだが、聡いマザリーニだけは
称賛した。そして肝要のジョゼフもまた、素直に感心していた。成功だ、とアンリエッタは手ごたえを
感じていた。
 の、だが……。
「んー、だがな。その提案にはのれぬのだよ。残念ながらね」
 ジョゼフからの返答に、アンリエッタたちは衝撃を受けた。その衝撃は、続くジョゼフの
言葉で更に大きくなる。
「余がただの欲深い男なら……一も二もなくあなたの提案にのったであろうな。だがな、
そうではない。おれは別に世界など欲しくはないのだよ」
「どういう意味ですか?」
 背筋に嫌な汗が垂れるのを感じながら、それでも不安に押し潰されてしまいそうな己を
鼓舞しながら聞き返すアンリエッタ。と、その時、
『ホッホッホッ! 実に愚かな小娘です。ジョゼフ陛下のお心を欠片も察しないで、見当
はずれも甚だしい交渉を携えてのこのことやってくるのですから!』
 いきなり虚空から、罵倒の言葉がアンリエッタに浴びせられた。アンリエッタとアニエスが
反射的にそちらを見上げると、いつの間にか空中に怪しい人影が、あぐらをかいたような姿勢で
漂っていた。
 右手が槍のように尖っている、人のようで明らかに人間ではない異形の身体に紫色の袈裟
一枚を纏っている。ハルケギニアにはない概念の、オリエント的な装いはアンリエッタたちの
目には新鮮であった。
 あの怪人は何なのか。少なくともエルフではない。ではジョゼフと組んでいる宇宙人か何かか? 
しかし、今までに見てきた宇宙人とは雰囲気が異なる。宇宙人たちの、己の力を過信した傲慢さは
同じく存在しているが……こちらを見下ろしている目つきが違う。
 あの眼差しに宿っているのは、傲慢さだけではない……こちらに対する侮蔑と、心の底からの
嫌悪の色がはっきりと見て取れるのだ。
「何者ッ!」
 警戒したアニエスが剣を抜き放とうとしたが、その瞬間ミョズニトニルンのガーゴイルが
飛びかかってきて抑えつけられてしまった。

259ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:31:28 ID:LRwniKvA
「くッ……!」
 ジョゼフはその一連の流れがなかったかのように、宙に浮かぶ怪人に呼びかける。
「そう手厳しいことを言うな、死神よ。アンリエッタ殿の提示した条文は、普通ならば文句の
つけようのない正解だ。おれにもこれ以上は思いつかぬ。ただ……残念なことに前提が違っている。
それだけのことだ」
「前提……? あなたのおっしゃる前提とは何なのですか?」
 恐る恐るアンリエッタが問いかけると、ジョゼフはきっぱりと答えた。
「おれが望むものは、地獄だ。地獄が見たいのだよ、おれは」
「お戯れを」
「戯れではない。おれは嘘偽りなく、この胸を蝕んでやまぬほどの地獄が見たいのだ」
 アンリエッタの理解を超越するほどの内容を口にしながら、ジョゼフは部屋の端へと歩いていく。
「そういえばあなたはおれに、エルフと手を切らせたいようだが、実は向こうから既に見放されて
いるのだ。だからその点は達成している。だが……残念ながら、あなた方はおれがエルフと手を
組んでいるだけの方がまだ良かったと思うことだろう」
 そしてジョゼフが手に取ったのは、歪なトゲがびっしりと生えた赤い球。アンリエッタは、
その球から身体の芯が凍りついてしまいそうなほどの悪寒を感じ取った。
「もう十分な頃合いだろう。おれはおれの望む地獄を作り始めることにする。どうせだから
見物していきたまえ、アンリエッタ殿」
 歪な球を手にした、悲しいほどに空虚な表情の男はそのように唱えた。

 そうして起こったのが、ガリアの空を覆い尽くさんとばかりに広がった、いや今も広がり
続けているドビシの群れ。それから生まれたカイザードビシの軍団の、カルカソンヌへの襲撃である。
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 カルカソンヌに現れたカイザードビシは一度に三体! 単眼と膝に備わった眼球から怪光線を
放ち、街を攻撃して人々を追い立て回す。
「うわあああぁぁぁぁぁッ!」
 カイザードビシの攻撃から必死に逃げ惑う人間たち。そこにはロマリア軍やガリア軍の
区別はない。怪獣、いやジョゼフにとって、人間の所属など最早意味を成していないのだ。
「くッ、何てことになっちまったんだ……」
 地獄に塗り替えられていくカルカソンヌの光景を、才人たちはシルフィードの背中の上で
歯ぎしりしながら目の当たりにしていた。才人はウルトラゼロアイを装着しようとウルティメイト
ブレスレットに手を伸ばしかけたが、それをゼロが制止する。
『待て才人! あの怪獣どもは使い走りに過ぎねぇ。ジョゼフを叩かないことには意味ねぇぜ!』
「けど、今襲われてる人たちはどうするんだ!?」
『そちらは私たちにお任せを!』
『俺たちがいることを忘れたのかよ、サイト!』
 才人の叫び声に応じるように、ミラーナイト、グレンファイヤー、ジャンボットの三人が
カルカソンヌの地に集結! すぐにカイザードビシに立ち向かっていく。
『行くぞ! ジャンファイト!』
『うらぁぁぁーッ!』
 三人はカイザードビシの一体ずつに肉薄し、打撃を加えて人間たちへの攻撃を食い止めた。
幸いなことにカイザードビシのパワーはそれほど高くなく、ミラーナイトたちならば容易に
押し切れる程度のレベルであった。
 しかしカイザードビシの腹部が開いたかと思うと、牙の生えた不気味な触手が伸びてきて
ジャンボットとグレンファイヤーの首に巻きついた!
「ピィ――――――ッ!」
『ぬぅッ!?』
『うげぇッ!』
 首を締めつけられて悶絶する二人だったが、触手は放たれたミラーナイフによって断ち切られる。

260ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:34:04 ID:LRwniKvA
『大丈夫ですか!?』
『助かった、すまない……!』
『もう油断しねぇぜ! とっとと決めてやらぁッ!』
 これ以上戦いは長引かせないと、ミラーナイトたちは必殺技を一斉に繰り出す。
『シルバークロス!』
『ジャンミサイル!』
『グレンスパーク!』
 三人の攻撃がカイザードビシ一体ずつに入り、瞬時に木端微塵にした!
『はッ、どんなもんだい!』
 と勝ち誇るグレンファイヤーであったが……彼らが敵を撃破した直後に、空のドビシの
群れからいくつかの塊が降ってきて、それらが新しいカイザードビシを三体形成した!
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
『ん何ぃ!? 追加とかアリかよ!』
『こんな調子では、いくら倒してもキリがないぞ!』
 焦りを見せるジャンボット。カイザードビシ一体が出来上がるのにドビシが数百体も必要
なのだが、群れは少なく見積もってもその百倍以上で形成されているのだ。
『くっそ!』
 グレンファイヤーが先に群れから倒してしまおうと空にグレンスパークを飛ばしたが、
群れの一部に一瞬穴を開けただけだった。数が多すぎて、彼の炎でも焼き尽くすことが
出来ないのだ。
 これではどう考えても、ミラーナイトたちが力尽きる方が先である。
『……ですが、やる他はありません!』
 それでもミラーナイトたちは戦意をかき立てて、カイザードビシを食い止める。
「みんな……!」
 仲間たちの苦闘ぶりを目の当たりにして胸を痛める才人。これをどうにかするには、やはり
事態の根源たるジョゼフを止める以外にない。
 シルフィードにジョゼフの元へ急行してもらおうとしていたのだが、意外にも向こうから
才人たちの方にやってきた。
『あのフネ! あそこにアンリエッタ姫さんの気配があるぜ! ジョゼフもそこだ!』
 ゼロが告げたのだ。見れば、空の彼方よりガリア軍の小型フリゲート艦がカルカソンヌへと
飛んできていた。
「よし! シルフィード、頼んだぜ!」
 すぐにフネへと接近していこうとした才人たちだったが……フリゲート艦から禍々しい
赤い閃光が瞬いたかと思うと、カルカソンヌにカイザードビシではない新手の怪獣が三体、
どこからともなく出現した!
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 深海魚に四足が生えたような怪獣と、骨の翼を生やしたカマキリ型の怪獣。そしてこの二者の
特徴を腹部と背面に持った、最も巨躯の大怪獣。かつて破壊衝動に取り憑かれた悪童たちが想像し、
願望実現機の力で創造してしまった凶悪な怪獣たち、スキューラとバジリス、そしてキングオブモンスである!
「何!? 新手かッ!」
 目を見張る才人たち。新たに出現した怪獣三体は、早速カルカソンヌの人間たちに対して
猛威を振るい出す。
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 スキューラが突進して立ち並ぶ建物を薙ぎ倒し、バジリスが光球を吐いて街の一部を破壊。
そしてキングオブモンスが地面をなぞるようにクレメイトビームを吐き、これが当たったものを
等しく粉砕していく。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――!」
 怪獣たちの猛攻に、全滅の危機に瀕する人間たち。しかしミラーナイトたちはカイザードビシに
足止めされているので、彼らを救うことは出来ない。

261ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:38:43 ID:LRwniKvA
「くッ……! 好き勝手な真似しやがって……!」
『才人! ここは俺が行くぜ!』
 奥歯を噛み締める才人にゼロがそう申し出た。
『お前はジョゼフの方を倒してくれ! なるべく早くな!』
「分かった! 頼んだぜ、ゼロ!」
『そっちもな!』
 才人の腕からウルティメイトブレスレットが光となって離れ、光から変じたウルトラマンゼロが
キングオブモンスの軍団に飛び掛かっていく!
「セェェェアッ!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 燃え盛るウルトラゼロキックが引き起こした爆炎が、三体の怪獣を纏めて吹っ飛ばした。
しかしキングオブモンスたちはすぐに身を起こし、狙いをゼロへと移す。
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
 キングオブモンスはスキューラとバジリスを引き連れてゼロに襲い掛かっていく。対する
ゼロもゼロスラッガーを両手に握り、怪獣たちの間に飛び込んで同時に三体の相手を開始した。

 フリゲート艦の甲板では、ジョゼフが赤い球を手の平の上にして、ガーゴイルに抑えつけ
られているアンリエッタを相手に自慢するように語っていた。
「素晴らしいものだろう、この赤い球の能力は。これはどんなものであろうと、望むものを
自由に出してくれるのだ――残念ながら、死人はよみがえらなかったがな――。死神が与えて
くれた摩訶不思議なアイテムでな、これでおれは怪獣の軍団を次々と呼び出して利用していた、
という訳なのだよ」
 しかしアンリエッタは、内容が半分ほども耳に入っていなかった。天と地に広がる、
シティオブサウスゴータの惨劇を再現しているかのような怪獣地獄を眼下にして、唇を
わななかせながらジョゼフに問いかける。
「あなたは、同じ人間の命をこうも簡単に蹂躙しようとして……心が痛まないのですか?」
 ジョゼフは呆気なく答えた。
「それが困ったことに、父に買ってもらったおもちゃのフネを池で失くした時の方が、よほど
心が痛んだわ。そうそう、シャルルと何度競争させたか知らんが、ついぞおれは一度も勝てなかったな」
 人命をおもちゃに喩える。その心理は、アンリエッタの理解の範疇をはるかに超えていた。
そしてそれを語るジョゼフの空虚な表情と瞳に、絶望を通り越して哀しさすら覚えた。
 一方で虚空では、姿を隠している死神がジョゼフを見下ろしながらほくそ笑んでいた。
『あの赤い球を使いこなし、なおかつ正気を保っているとは、やはり見込み通りの男だ。
奴を上手く利用すれば、我々の望みを達成することも容易い……!』
 死神はジョゼフを正気と形容したが、果たしてどこまでも虚ろな眼をした男が、正気と
呼べるのか否か……。
 と、その時である。フリゲート艦の上空を、防護のガーゴイルの軍団を突っ切って
飛んできたシルフィードが横切り、そこから才人が甲板へと躍り出たのである!
「おおおおおおッ!」
 才人は甲板へ飛び移りながらディバイドランチャーを乱射し、アンリエッタを囲むガーゴイルを
撃ち砕いた。助け出されたアンリエッタはすぐに着地した才人の後ろに回って、ジョゼフたちから
距離を取る。
「姫さま、大丈夫ですか!?」
「わたくしのことは構わずに、早くあの男を止めて下さい!」
 ルイズたちは応援のロマリアのペガサス騎兵とともに、空中のガーゴイルたちを相手取って
才人の頭上を守っている。今ジョゼフを討ち取れるのは才人だけだが、ジョゼフはまだ数多くいる
ガーゴイルによって守られている。
 しかし才人は数の差などにひるみはしない。
「了解しました!」

262ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:40:46 ID:LRwniKvA
 ディバイドランチャーからデルフリンガーに持ち替えた才人に対し、ミョズニトニルンは
甲板のガーゴイルを全て向かわせる。
「行け! 奴を仕留めろッ!」
 だが才人の剣さばきの速度はガーゴイルをはるかに上回り、瞬く間にガーゴイルを両断して
全滅させた。
「お前の武器はなくなったみたいだな」
 これ以上ジョゼフの援護をされないようにと、ミョズニトニルンから倒そうとする才人。
だがしかし、
「なッ!」
 才人は今しがた切り裂いたガーゴイルたちが、粘土細工のように切断面がくっついて
立ち上がっていく光景を目の当たりにする。
 ミョズニトニルンが勝ち誇るように告げた。
「このガーゴイルはただのガーゴイルじゃない。水の力に特化させたんだよ。どれだけ切り
裂こうが砕こうが、無駄というもんさ」
 いくら破壊しても復活してしまうのなら、ディバイドランチャーも弾の無駄である。才人は
デルフリンガーを盾に、ガーゴイルの攻撃を耐えるしかなくなる。
「くッ……!」
「どうした! それがガンダールヴの限界か!?」
 と叫ぶミョズニトニルンの語気には、才人に対する憎悪と嫉妬の色が織り交ぜられていた。
 彼女は、固い絆で結ばれている才人とルイズの関係を強く妬んでいた。自分とジョゼフの
間には、奇怪な死神などという邪魔者がいて、ジョゼフはより強い力をくれるそちらの方に
構ってばかり。そうでなくとも……ジョゼフは自分のことを……。
「武器を扱う程度した能のないお前如きがジョゼフさまに楯突こうなど片腹痛い! ここで
無様な姿を晒せぇッ!」
 絶叫しながらガーゴイルを操るミョズニトニルンだったが――その瞬間、軽やかな銃声と
ともに腕に痛みが走った。
 才人が隠し持っていた、ウルトラ警備隊の麻酔銃であるパラライザーで撃ったのだ。防戦に
なっていたのは、ミョズニトニルンの油断を誘うのが目的だったのだ。
「お生憎さま。こっちの世界の武器には、こんなものもあるのさ」
「うッ……」
 たちまちミョズニトニルンの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。それと連動して、
ガーゴイルたちが倒れていく。ミョズニトニルンの操作がなければ動かないようだ。
 ミョズニトニルンを無力化した才人は、今度こそジョゼフと相対する。
「やあ。ガンダールヴ」
「あんたがジョゼフか。怪獣どもを止めてもらうぞ」
 今まで散々苦しめられながら、実際に顔を拝むのは初めてとなる、ガリアの黒幕。タバサと
同じ髪の色であり、容貌も芸術品のような美丈夫であるが、その顔つきは底が見えないほどの
空虚さに支配された男を、遂に才人は前にした。

263ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/12/26(火) 19:41:34 ID:LRwniKvA
以上です。
これだけの内容を書くのにどれだけ時間かかってるんだっていう。

264名無しさん:2017/12/30(土) 20:30:43 ID:Dds3Ik6g
乙です。速さより質で書いたほうがいいと思いますよ

265ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:12:13 ID:NmbP2FGk
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした

今晩は皆さん、無情力巫女さんの人です。
2017年最後である90話の投稿を始めたいと思います。
特に問題が無ければ、18時15分から開始します。

266ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:15:07 ID:NmbP2FGk
 何事も、計画していた通りに事が進むわけではない。
 原因は様々あれど、たった一つの―――それこそ些細なミスで計画自体が破綻する事さえある。
 時にはそのミスが想定の範囲外という理不尽極まりない場所からやってくることも珍しくは無い。
 そういう時に大事なのは決して狼狽えず、慌てず、騒がない。冷静に事実を受け止め、対処するほかないのだ。


 あと一歩のところまで金を盗んだ少年を追い詰め、失敗した魔理沙もそうせざるを得なかった。
 想定の範囲外としか言いようの無い『動く外的要因』を、どういう風に対処すべきか考える為にも。
 例えその『動く外的要因』が――これまで見た事も無いような正体不明のスライム状の存在であったとしても、だ。


「―ッ!危ねッ…!?」
 驚きの渦中にあった魔理沙は、こちらに向かって跳びかかってくる黒いスライムを見て慌てて後ろへ避けた。
 それが正解だったのか、先程まで自分が立っていた場所にソイツが着地する。
 するとどうだろうか。ソイツはまるで柔らかい餅の様に平べったくなり、液状の体が左右に広がっていく。
 もしも横に避けていたらコイツの体に触れていたかもしれない。そう考えた魔理沙は己が運の良さに喜びたくなった。
 とはいえ今はそんな事をする余裕など当然なく、彼女はもしもの事を考えて更に数歩後ろへと下がる。
「畜生、あと一歩だったってのに…何だか良く分からんが、惜しい所で邪魔なんかしてきやがって!」
 着地を終えて、元の太い棒状の姿へ戻っていくソイツに悪態をつきつつ、魔理沙はスッと身構える。

 その左手には先ほど懐から出した小瓶があり、いつでも投げつけられるようにはしている。
 これを投げて瓶が割れれば即花火、瓶に詰めた『魔法』がいつでも作動する仕掛けだ。
 相手との今の距離は二メイル程度。ここから投げれば瓶の破片が飛んできて怪我をする心配も無い。
 魔理沙としては、折角良い所を邪魔してくれた謎の相手には是非とも自分の魔法をお見舞いさせてやりたかった。
 本当はあの少年の手前に投げ落として、綺麗な花火を見せつけると同時に気絶させるつもりでいたのである。
 それを邪魔されたからには、何としてでもあのどす黒く揺れる体の中に投げ込んでやろうと決めていた。
 距離も十分、威力は…きっと申し分なし。心配する事など何一つ無い。

 しかし…、魔理沙はすぐに左手の小瓶を投げつける事を躊躇ってしまう。
 黄色い目を輝かせながら、ゆっくりと地面に跡をつけて這ってくる正体不明の相手に彼女はゆっくりと後ろに下がっていく。
 後ずさる先に何もない事を確認しつつ、けれども近づいてくるヤツには細心の注意を払う事は忘れない。
 別に目の前で蠢く黒い液体の体や、爛々と輝く黄色い二つの目玉が怖いワケではなかった。
 問題は一つ。…あの液体の体の中で、上手く瓶が割れるのかどうかについてという事である。

 『魔法』を詰めた小瓶は、うっかり自分の懐の中で暴発しない分には丈夫であり、
 そこそこ力を入れて投げれば、瓶が割れ次第即座に発動する程度のデリケートさは持っている。
 しかし…あのいかにもヌメヌメとして、嫌な意味で柔らかそうな体の中では投げつけても爆発しないのでは…と考えていたのだ。
(あいつの足元?…に投げれば簡単なんだろうが、それじゃあ私の腹の虫が収まらないんだよなぁ)
 目の前の、良く分からない相手に勝つための最適な方法は既に分かっている。
 しかしそれは自分の望んだとおりのセオリーではなく、今の彼女からしてみればあくまでも゙勝つ方法゙の一つでしかない。
 望んでいる勝ち方は一つ、自慢の『魔法』を詰めこんだ瓶をあの怪物の体内で割らせて内部から思いっきり爆発させる事だ。
 少年を気絶させるだけの筈だったこの『魔法』で、あのスライムみたいな怪物を即席花火に変えてやろう。

267ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:17:02 ID:NmbP2FGk
 その為にもまずは相手を見極め、どのような攻撃をしてくるのか探らなければいけない。
 突拍子も無く現れた敵の正体が何であれ、下手にこちらが先制を仕掛ければ何が起こるかわからない。
 魔理沙は一定の距離を保ちつつ、その間にもこちらへと近づいてくるスライム状の敵をじっくりと観察する。
 黒く半透明の体の中には内臓らしきものは見えず、唯一不透明の目玉は爛々と黄色い光を放ちながらこちらを睨む。
 なめくじの様に地面を這いずっている為か、まるで絞りきれてない雑巾の様に地面を濡らしながら進んでいく。
 しかもそれは決して綺麗とは言い難い黒色の液体であり、正直ただの水とは考えにくい。
 恐らくあの不安定な体を構成できるだけの力は秘めているのであろうが、それがどういったものかまでは分からない。
 先ほど跳びかかってきた時の事を考えると、その見た目以上に重くはないのだろう。
 更に着地した際に不出来な煎餅の様に平たくなったのを見れば当然体も柔らかいのは一目瞭然だ。
「とはいえ、そこに変な弾力まであると…何か投げるのを躊躇っちゃうような…」
 
 魔理沙はそんな事を呟きながら、左の中で落とさない程度に弄っている瓶の事を思う。
 下手に相手に力を入れて投げて、それでポヨン!と跳ね返されてしまったらとんでもない事になる。
 自分の『魔法』で自滅する魔法使いなんて、それこそパチュリーやアリスに笑われてしまう。
 最も、ここにその二人はいないしそれを広める様な輩がいないのは幸いともいうべきか。
 とにかく、今やるべきことは相手の体がどれほど柔らかいのか探る事に決まった。
「と、なれば…早速調べてみるとしますか。…楽しい夕食まで時間は無さそうだしな」
 ひとまずの目標を決めた魔理沙は一人呟き、ひとまず左手の瓶を懐の中へとしまう。
 勿論後で使うつもりなのだが、今からするべきことを考えると元の場所に戻していいと考えたからだ。

 『魔法』入りの瓶をしまい戻した魔理沙は、サッと足元に落ちていた適当な大きさの石を拾う。
 持っていた瓶よりかはやや大きく、彼女が投げるには手ごろな大きさともいえよう。
 石を拾った魔理沙はスッと顔を上げて、近づいてくる化け物をその目で見据える。
 こりから自分が攻撃するという事も理解していないのか、間にナメクジの如き速度で近づいてくる。
「さてと…それじゃあまずはお試しの投球――ならぬ投石開始といきますか!」
 気合を入れるかのように一人そう叫んだ彼女は石を持つ手に力を込め、思いっきり怪物へと投げつけた。

 いつも『魔法』入りの瓶を投げる時と同じように、頭上へと投げられた一個の石。
 それは大きな弧を描き、まるでミニマムサイズの隕石の様に怪物の頭上へと落ちていく。
 相手は落ちてくる石に気付いたのか、ギョロリと黄色い目玉を動かして頭上を仰ぎ見ようとする。
 しかしそれよりも先に、魔理沙の投げた石ころがトプン…!と小さな音を立てて体の中に入ったのが早かった。
 まるで池の中に放った時の様に石は怪物の体の中を、ゆっくりと沈んていく。

「成程、投げつけたものが弾かない程度には柔らかいのか……って、ん?」
 望んでいた通りの結果が分かった事に魔理沙は頷こうとしたところで、怪物の身に異変が起きているのに気が付く。
 魔理沙の手で石を体の中に取り込まされた相手が、その黒い体をプルプルと震わせ始めたのである。
 まるで皿に乗ったプリンが揺れているかのように、全体を微かに振動させて何かをしようとしているのだ。
「お、やられたままじゃあ面白く無いってか?」
 まだどんな手を使ってくるか分からない相手を、魔理沙は箒を両手に持って槍の様に構えて見せる。
 その直後、怪物の胴体辺りまで沈んでいた石が沈むのをやめて、奇妙な事にその場で浮き始めたのだ。

268ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:19:01 ID:NmbP2FGk
 これから何をするのかと心待ちにしていた魔理沙を前に、怪物は更に体を震わせる。
 いよいよ来るか!と魔理沙はいつでも動けるように態勢を僅かに変えた――――その瞬間であった。
 ヤツの胴体で浮いていたあの石が、大きな音を立てて弾丸のように発射されたのである。

「おぉッ―――…ットォ!」
 さすがの魔理沙もこれには少し驚いたものの、回避できない速度と距離ではなかった。
 いつでも動けるようにしていた彼女はスッと右に避けると、その横を結構な速度で石が通り過ぎていく。
 数秒と経たぬうちに、背後から硬いモノが勢いよく割れる音が、広場へと響き渡る。
 石がどうなったのか振り返るまでもないと、魔理沙は攻撃をしてきた相手をジッと見据える。
「コイツは驚いたぜ?てっきり跳びかかるだけしか能が無いと思っていたぶん、余計にな」
 そう言って彼女は足元に落ちていた別の石ころを更にもう一つ拾うと、先ほどと同じく怪物へと投げつける。

 今度は相手も投げられた石を見ていたものの、のろまな奴一匹だけでは避けようがない。
 まるでついさっきの光景を写し取ったかのように石は体の中へと入り込み、そして胴体の辺りで止まる。
 そして魔理沙に再び狙いを定めると、今度は体を震わせずにそのまま静止した状態で石を発射してきた。
「ほれキタ…―――ッと!」
 今度は驚くことなく、彼女は余裕をもってその石ころをかわしてみせる。
 再び背後から石の砕ける音が聞こえ、それと同時に魔理沙はニヤニヤと笑って見せた。
「てっきり脳無しかと思いきや、即座に反撃する程度の賢さはあるみたいだな…けれど」
 私を相手にしたのが間違いだったな?彼女はそう言って、そのまま怪物の左側へ向かって走り出す。
 その魔法使いな見た目とは裏腹に速い足を持つ彼女を、怪物は目だけでゆっくりと追いかけてくる。

 やがて数秒と経たぬうちに、魔理沙は怪物の背後へと回り込む事が出来た。
 相手も自分の背後にいると察知したのか、体を動かそうとしているのかプルプルと体を震わせ始める。
「へっ!今更動いたって―――はぁッ!?」
 遅いぜ?そう言おうとした魔理沙は次の瞬間、またもや驚かされる事となった。
 何と反対側にあるヤツの目玉が、あの黒い体の中を通って浮きあがってきたのだから。
 これには流石の魔法使いも、面喰わざるを得ない程の事であった。

「おいおい、いくら骨が無いからってソレは反則ってヤツじゃないのか?」
 僅かに一瞬の間に向きを変えた相手に魔理沙が悪態をついたところで、一足先にヤツが攻撃を開始した。
 とはいっても先ほどの石ころ飛ばしとは違い、最初に現れた時に披露してみせた跳びかかりであったが。
 それでも思いっきり体を震わせ、バネの用に跳んでくるどす黒いスライム状の怪物と言うだけでも相当ショックである。
 こんなのがもし夜の森の中で出くわして跳びかかってきたのなら、誰もが腰を抜かすに違いない。
 しかし御生憎ながら、霧雨魔理沙はその手の怪異にはすっかり慣れてしまっている身であった。

「そんなワンパターン、私に通用するかよ…――ッと!」
 相手が跳びかかると同時に、魔理沙は両手で構えていた箒に力を込めてから勢いよくジャンプする。
 するとどうだろう、彼女の力に応えて箒は魔法を吹き込まれ、そのまま彼女をぶらさげたまま浮かんでいく。
 ほぼ同時に、跳びかかった怪物の体に彼女の靴先が僅かにかすったものの、渾身の跳びかかりをかわすことができた。
 先ほどまで魔理沙がいた場所に着地したソイツは平べったくなった体を元に戻したところで、頭上から声が掛けられる。

269ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:19:33 ID:NmbP2FGk
 これから何をするのかと心待ちにしていた魔理沙を前に、怪物は更に体を震わせる。
 いよいよ来るか!と魔理沙はいつでも動けるように態勢を僅かに変えた――――その瞬間であった。
 ヤツの胴体で浮いていたあの石が、大きな音を立てて弾丸のように発射されたのである。

「おぉッ―――…ットォ!」
 さすがの魔理沙もこれには少し驚いたものの、回避できない速度と距離ではなかった。
 いつでも動けるようにしていた彼女はスッと右に避けると、その横を結構な速度で石が通り過ぎていく。
 数秒と経たぬうちに、背後から硬いモノが勢いよく割れる音が、広場へと響き渡る。
 石がどうなったのか振り返るまでもないと、魔理沙は攻撃をしてきた相手をジッと見据える。
「コイツは驚いたぜ?てっきり跳びかかるだけしか能が無いと思っていたぶん、余計にな」
 そう言って彼女は足元に落ちていた別の石ころを更にもう一つ拾うと、先ほどと同じく怪物へと投げつける。

 今度は相手も投げられた石を見ていたものの、のろまな奴一匹だけでは避けようがない。
 まるでついさっきの光景を写し取ったかのように石は体の中へと入り込み、そして胴体の辺りで止まる。
 そして魔理沙に再び狙いを定めると、今度は体を震わせずにそのまま静止した状態で石を発射してきた。
「ほれキタ…―――ッと!」
 今度は驚くことなく、彼女は余裕をもってその石ころをかわしてみせる。
 再び背後から石の砕ける音が聞こえ、それと同時に魔理沙はニヤニヤと笑って見せた。
「てっきり脳無しかと思いきや、即座に反撃する程度の賢さはあるみたいだな…けれど」
 私を相手にしたのが間違いだったな?彼女はそう言って、そのまま怪物の左側へ向かって走り出す。
 その魔法使いな見た目とは裏腹に速い足を持つ彼女を、怪物は目だけでゆっくりと追いかけてくる。

 やがて数秒と経たぬうちに、魔理沙は怪物の背後へと回り込む事が出来た。
 相手も自分の背後にいると察知したのか、体を動かそうとしているのかプルプルと体を震わせ始める。
「へっ!今更動いたって―――はぁッ!?」
 遅いぜ?そう言おうとした魔理沙は次の瞬間、またもや驚かされる事となった。
 何と反対側にあるヤツの目玉が、あの黒い体の中を通って浮きあがってきたのだから。
 これには流石の魔法使いも、面喰わざるを得ない程の事であった。

「おいおい、いくら骨が無いからってソレは反則ってヤツじゃないのか?」
 僅かに一瞬の間に向きを変えた相手に魔理沙が悪態をついたところで、一足先にヤツが攻撃を開始した。
 とはいっても先ほどの石ころ飛ばしとは違い、最初に現れた時に披露してみせた跳びかかりであったが。
 それでも思いっきり体を震わせ、バネの用に跳んでくるどす黒いスライム状の怪物と言うだけでも相当ショックである。
 こんなのがもし夜の森の中で出くわして跳びかかってきたのなら、誰もが腰を抜かすに違いない。
 しかし御生憎ながら、霧雨魔理沙はその手の怪異にはすっかり慣れてしまっている身であった。

「そんなワンパターン、私に通用するかよ…――ッと!」
 相手が跳びかかると同時に、魔理沙は両手で構えていた箒に力を込めてから勢いよくジャンプする。
 するとどうだろう、彼女の力に応えて箒は魔法を吹き込まれ、そのまま彼女をぶらさげたまま浮かんでいく。
 ほぼ同時に、跳びかかった怪物の体に彼女の靴先が僅かにかすったものの、渾身の跳びかかりをかわすことができた。
 先ほどまで魔理沙がいた場所に着地したソイツは平べったくなった体を元に戻したところで、頭上から声が掛けられる。

270ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:21:07 ID:NmbP2FGk
「惜しかったなスライム野郎!外れたから景品は無しだぜー!?」
 その声にギョロリと黄色い目玉を頭上へ向けると、空に浮かぶ箒にぶら下がる魔理沙がこちらを見下ろしていた。
 まるで鉄棒にぶらさがる子供の様な姿はどことなく愛嬌はあるが、その顔に浮かべる笑みは年相応とは思えぬほど好戦的である。
 彼女のその獰猛な笑みに怪物は何かを感じ取ったのか、再び跳びかからんとその体を震わせ始めた。
「おぉっと、それ以上ピョンピョンされたら厄介だから…手短に決着といこうじゃないか!」
 
 そう言いつつ彼女は空いた左手で懐を探り、先程しまっていた『魔法』入りの小瓶を取り出して見せる。
 まだ完成したばかりで試したことの無いそれを割らないよう注意しつつ、彼女はゆっくりと確実に狙いを定めていく。
 狙うは勿論頭部…と思しきところ。あの黄色い目玉が前と後ろを行き来している場所だ。
 無論、そこが弱点と断定しているワケではないが…今の所思いつく限りではそこしかない。
 距離は十分、上から投げつけるので上手く行けば体内に投げ込んだ瓶が割れる事も不可能ではないだろう。
(狙いは充分…だけど、…はてさて割れなかったときはどうしようかな?……まぁ、『奥の手』はあるんだけどな)
 魔理沙は万が一失敗した時の事を考えて、帽子の中に仕舞った自分の『奥の手』の事を思い出す。
 まさかこんな相手に使うとは思っていなかったが、体内で割れなかったときの事を考えれば…コイツに頼らざるを得ないだろう。

 とはいえ、極力使わないという選択肢は元から魔理沙の頭には無かった。
 もしもうまく相手の体内に『魔法』入りの瓶が入って、それでも尚割れなければ『奥の手』の出番が来る。
 そうなったのなら、帽子の中しまっている『奥の手』には怪物の介錯役を務めて貰うだろう。
 花火の導火線を付ける為の火としては少し派手すぎる気もするが、多少派手でなければ面白く無い。
 
―――何せ寂れた場所で華やかな花火を上げるんだ、火も程良く派手じゃなければつまらんだろう?

 魔理沙は心中でそう呟くと瓶を持つ手を振り上げて、勢いよく眼下にいる怪物目がけて投げつけた。
 グルグルと空中で回り、中に入った『魔法』を掻き混ぜながら瓶は怪物の脳天目指して落ちていく。
 相手も投げつけられた瓶の存在に気付いて対策を取ろうとするが、いかんせん鈍いが為に間に合わない。
 魔理沙の渾身の力を込められて投げつけられた瓶は、見事そのまま怪物の脳天から体内へと入っていった。
「よっしゃ!…って、おっとと…!」
 思わずガッツポーズを取ろうとした魔理沙は、バランスを崩し損ねて箒を離しそうになってしまう。
 慌ててバランスを取り戻したところで、彼女はハッと眼下にいる敵がどうなったのかを確認する。
 
 脳天から『魔法』入りの瓶が入り込んだ敵は、意外な事に混乱しているようであった。
 先程の様に即座に反撃はしてこず、体の中に入り込んだモノが気になるのかしきりに体を震わせている。
(まさか混乱しているのか…?脳も内臓もなさそうだってのに、一体どうなってるんだ…?)
 単純な存在かと思っていた敵の意外な一面に驚きつつ、魔理沙は相手の体内にあるであろう『魔法』の事が気になった。

271ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:23:02 ID:NmbP2FGk
 いつもの通り割れてくれているのなら、いまごろ体内からドカンとめでたい花火が上がる筈である。
 それだというのに、一行の『魔法』が発動しないという事は…何かしらのトラブルが起こったという事なのだろうか?
(まぁ、予想はしてたけどな。―――だからその分、)

―――備えはしてあるものなんだぜ?
 心の中でそう呟いた彼女は、空いている右手で頭に被っているトンガリ帽子の中へと手を突っ込む。
 そして数秒と経たぬうちに、彼女はその中から今の自分を形作る要素の一つであろうマジック・アイテムを取り出した。

 黒い八角形の形をしたソレは、今の霧雨魔理沙にとってなくてはならいなモノであり本人が「これのない生活は考えられない」とまで語る代物。
 それは小さきながらも一個の炉であり、山一つを消し飛ばす程の高火力から、一日じっくり煮込めるとろ火まで調節可能。
 マジック・アイテムの名はミニ八卦炉。例え小さくとも、道教の神太上老君が仙丹を煉る為に使用した炉の名を借りた道具。
 幻想郷においても、この炉から放たれる最大火力に勝るものはそうそういないであろう。

 彼女は久方ぶりに持った気がする無機物の相棒に微笑むと、すぐさま八卦炉の中心にある穴を眼下の怪物へと向けた。
 敵は動揺から立ち直ったのか、体内で浮かぶ瓶を送り返そうとしているのが見て取れた。
 黄色く光る目玉をこちらに向けて、すぐにでも攻撃しようとその身を震わせている。
 恐らく先ほどの石ころと同じように、体内に入り込んだ瓶をそのままこちらに射出する気なのだろう。

 あの結構な速度で放たれたら最期。スライム状ではない自分の体で瓶が割れて…ドカン!
 空中で箒にぶら下がったままと言う姿勢のまま花火に巻き来れてしまうのであろう。
 本来なら慌てる所なのだろうが、魔理沙は相手に得意気な笑みを浮かべたまま回避する素振りすら見せない。

 ――――何故なら、既にこの場での勝敗はついてしまっているのだから。

「物覚えは良さそうだったが、せめてもう少し小回りが利くような体であるべきだったな?」
 勝者の笑みを浮かべる魔理沙は眼下の怪物にそう言って、火力を調節したミニ八卦炉から一筋の光が放たれた。
 それはまるで暗雲と暗雲の僅かな隙間を通り抜けた太陽の光よりも、眩しく真っ直ぐな光である。
 正しく目標へと一直線に進む光の線―――レーザーは矢よりも、そして弾丸よりも早く怪物の体を射抜いた。
 レーザーは怪物の体である液体をものともせず、先に彼女が投げ入れていた瓶を勢いよく貫いて見せる。
 火力を抑えられているとはいえ、ミニ八卦炉から放たれたレーザーは貫いた瓶をそのまま砕きさえした。
 そして中に入っていた『魔法』は瓶という安全装置を無くし、その効果を発揮して見せる。

 ミニ八卦炉のレーザーに射抜かれてから五秒と経たぬうちに、怪物の体内から光が迸る。
 まるで何かが生まれ出て来るかのようにヤツの液体の体が歪に、そして不気味に膨らみ始めていく。
 やがて迸る光が輝きを増してゆき、人が来なくなった広場を朝日のように照らし始める。
「やったぜ!…って喜びたいところだが、こりゃ私もヤバいか…?」
 未だ箒にぶら下がったままであった魔理沙は、強くなっていく光に身の危険を感じ始めた。
 こうして新しい『魔法』の実験をする時は、しっかりと距離をとる事が怪我一つせずに実験を済ませる秘訣である。
 しかし今は状況が状況故、かなりの近距離で『魔法』を発動せざるを得なかったが、それが仇となったらしい。

272ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:25:04 ID:NmbP2FGk
 魔理沙は手に持っていたミニ八卦炉を帽子の中に戻してから、慌てて高度を上げようとする箒に力を込める。
 しかし…今更になって慌てた彼女が退避するよりも先に、怪物の体内で『魔法』が発動するのが速かったらしい。
 持ち主をぶら下げたまま箒がグングンと上空へと進もうとした直後、怪物を中心に凄まじい『閃光』が広場を覆った。
 無論、退避できなかった魔理沙はその『閃光』を、身を以て味わうことになってしまう。
「ッ――――!」
 自分の周囲を一瞬で包み込む『閃光』に目の前が真っ白になった彼女は思わず悲鳴を上げてしまう。
 だが不思議な事に、直接自分の喉から声を振り絞ったというのに自分の耳がその声を聞けなかったのだ。
 まるで悪魔との契約で聴覚を奪われてしまったかのように、自分の耳が音を拾わなくなっている。

 それに気づいた魔理沙は思わず混乱してしまったのか、一瞬箒を掴む手の力を緩めてしまう。
 結果、彼女は高度十メイルという高さで箒を手放し――――成す術も無く落ちていく。
 自分が落ちているという事を理解しながらも、目も見えず耳も聞こえないが為に受け身をとる事すら不可能だ。
 聞こえなくなった耳を両手で押さえ、口から情けない悲鳴を上げて彼女は落ちるしかない。
 後数秒もすれば、普通の魔法使いの体は硬いレンガ造りの地面に激突する事だろう。
 いかに弾幕ごっこで鍛えているとはいえ、普通の人間である彼女にとってそれは致命傷となる。
 
 何も見えず、何も聞こえず、自分たちのお金を奪った少年を捕まえるのを妨害した相手の正体すら知らず。
 ただとりあえず倒したというだけで、このまま彼女は地に落ちてその命を散らしてしまうのか?
、地面まで後五メイル。人々から忘れ去られた王都の一角で墜落しようとした魔法使いの体は――――

「全く、アンタって時々こんな命取りなミスをやらかすわよね?」
 そんな言葉と共に上空から飛んできた霊夢の手によって、ギリギリの所で抱きかかえられた。 
 まるで鷹の急降下のように上空から街の一角へと入り、後三メイルという所で魔理沙を助け出したのである。
 流石空を飛ぶことに関しては十八番とも言える彼女だからこそ、このような荒業はできないであろう。
 仮にこの場に鴉天狗がいたとしても、人間の黒白を助ける道理何て微塵も無いのであるから。

 そのまま着陸する飛行機の様にローファーの底が地面を擦り、周囲に土煙をまき散らしていく。
 大切にしていた靴の底が擦られていく音と振動に、霊夢は何が何だか分からぬ魔理沙をキッと睨み付ける。
「ちょっと変な気配を感じてきて見たら…これで靴が駄目になったら弁償してもらうんだからね!」
「え…!?あれ?ちょっと待て、誰だ?私を抱きかかえた…じゃなくて、くれたのは?」
 どうやらまだ何も見えていないせいか、自分が誰かに抱きかかえられているという事実を受け止めきれていないらしい。
 瞼を閉じたままの頭をしきりに動かしながら、まだ聞こえの悪い耳で必死に周囲の音を拾おうとしていた。
 やがて時間にして十秒未満ほどであったものの、ようやく霊夢の靴底は地面を擦るのをやめた。
 まき散らしていた土煙は風に流れて霧散し、双月が薄らと見えてきた夕暮れの空似舞い上がっていく。

 ようやく自分の体が止まった事に、霊夢は思わず安堵のため息をついた時であった。
 タイミングよく、聴覚と視覚が若干戻ってきた魔理沙が聞き覚えのため息を耳にしてそちらの方へ顔を向けたのは。
「んぅ…?あれ?その溜め息…とぼんやり見える顔って――――もしかして、霊夢なのか?」
「わざわざアンタなんかを急降下してまで助けてやれるモノ好きで阿呆な人間なんか、私ぐらいしかいないでしょうに」
 何となく状況を理解しかけている魔理沙に、霊夢はやや自虐を加えながら返事をした。
 薄らと開き始めた瞼をゴシゴシと擦った黒白は、ジッと彼女の顔を凝視する。
 一体何なのかと訝しんだ霊夢であったが、それから数秒してから魔理沙は「おぉッ!」と急に声を上げた。
 何がおぉッ!よ?と突っ込む巫女を半ば無視しつつ、魔理沙もまた自分の足で地面に立った。

273ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:27:03 ID:NmbP2FGk
 まだ足元がおぼつかないものの、ようやく目が見え始めてきたので転ぶことは無かった。
 そのまま無事に『着地』できた霧雨魔理沙は、珍しく霊夢に笑みを浮かべて彼女に礼を言った。
「どうしてお前がここにいるのか知らんが…とりあえず助かったぜ霊夢」
「それはこっちのセリフよ。何で掃除サボって情報収集してたアンタが、こんな人気の無さすぎる所にいるのかしら」
 気のよさそうな笑みを浮かべる黒白に対し、紅白の巫女は腰に手を当てて不機嫌そうな表情を浮かべている。
 まぁ確かに、一応助ける余裕があったとはいえ下手すれば二人仲良く地面に激突していた可能性があったのだ。
 流石の魔理沙もそれはしっかり理解しているのか、霊夢に「まぁそう怒るなって」と宥めつつも理由を話そうとする。

「いやなに、ちょっと色々ワケがあって得体の知れないヤツと戦ってたんだが…って、ありゃ?」
「どうしたのよ?」
 ワケを話しながら、怪物が立っていたであろう場所へと目を向けた魔理沙が怪訝な表情を浮かべ、
 彼女の表情の変化に気付いた霊夢も、そちらの方へと視線を向けつつも尋ねてみる。
「いや…私の『魔法』をぶつけてやった怪物の姿はどこにも見当たらなくて…もしかして、木端微塵に吹き飛んだのか?」
「怪物…?………!それってアンタ、もしかして―――――」
 彼女の口から出た『怪物』という単語に、霊夢がハッとした表情を浮かべた――その時であった。
 二人の左側から、ここにはやや無縁であろう何かが水の中に落ちたであろう音が聞こえてきたのは。
 若干エコーが掛かっているかのようなその水音に、彼女たちはハッとそちらの方へと視線を向けた。

 そこにあったのは、子供一人分通るのでやっとな排水溝であった。
 灯りのついてない窓が幾つも見える共同住宅の壁に沿って作られているそれは、夜よりも暗い闇を入り口から覗かせている。
 蓋であった錆びたグレーチングは近くに転がっており、何者かの手で取り外されたのであろう。
 水音が聞こえてきたのはその排水溝からであり、音の大きさかして結構大きなモノが落ちたのかもしれない。
「排水溝?…っていうかアレ、蓋開いていない?」
「蓋?―――…っ、しまった!」
 霊夢がそう言うと魔理沙は何か気づいたのか、慌ててそちらの方へと走り出した。
 突然の行動に軽く目を丸くして驚きつつも、急に走り出した魔理沙の後をついていく。

 排水溝の傍まで走り寄った魔理沙はそこで身をかがめると、帽子の中からミニ八卦炉をスッと取り出した。
 そして火力をある程度弱目に調節しながら、発射口の方を排水溝の中へと向ける。
 すると、とろ火よりやや強めにした炉から微かな火が出て、闇に包まれていた排水溝の入口周辺を照らす。
 どうやらこの共同住宅の真下には下水道が通っているのか、数メイルほど下に薄らと地下を流れる川が見える。
 魔理沙は炉の火をあちこちへ向けて何かを探しているが、目当てであったモノは見つからなかったようだ。
 排水溝から見える下水道に動くモノが無いと分かると、軽い舌打ちをしてから炉の火を消して立ち上がった。
「あぁ〜…くっそ、逃げられちまってたか」
「何に逃げられたのよ?その言い方だと、単なる人間相手じゃあなさそうって感じだけど」

274ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:29:06 ID:NmbP2FGk

 悔しそうな表情を浮かべて呟く魔理沙に、霊夢がそんな事を言ってくる。
 勘の良さゆえか、自分が明らかな人外を相手にしていたのを言い当てられた事に魔理沙は苦笑してしまう。
「はは…お前って本当に勘が鋭いよな?まぁその通りなんだがな」
「やっぱりね。こんな人が多い街のど真ん中で゙アイツら゙と同じような気配を感じたからもしかして…って思ったのよ」
 気恥ずかしそうに頷く魔理沙に対し、霊夢は真剣そうな表情を浮かべてそう言った。
 霊夢の言ゔアイツら゙という言葉の意味を魔理沙は理解できなかったのか、一瞬だけ訝しむも…
 すぐに彼女の言いたい事が分かったのか、その顔にハッとした表情を浮かべると「マジか」とだけ呟いた。
 彼女の「マジか」という問いに対し霊夢は無言で頷くと、ある意味この街では聞きたくなかった単語をアッサリと口にした。

「んぅ、まぁ実物を見てないから断定はできないけど。多分、アンタが戦ったのはキメラ…なのかもしれないわ」
「えぇ、マジかよ?っていうか、こんな街中でか」
「私も信じたくはないわよ。…けれど、あの気配はタルブで感じたものと酷似していたわ…微妙に違うところもあったけど」
 流石に驚かざるをえない魔理沙に、霊夢も頭を抱えたくなりながらも肯定せざるを得なかった。
 いかに博麗の巫女といえども、まさかこんな街中であの怪物たちが放つ『無機質な殺意』を感じるとも思っていなかったのだから。
 陽も暮れて、夜のとばりが降りようとしている寂れた広場の真ん中で、紅白の巫女はため息をつくほかなかった。 

 
 それから時間が幾ばくか過ぎ、すっかり夜の帳が落ちた時間帯。
 王都の喧騒はブルドンネ街からチクトンネ街へと移り、まだまだ遊び足りないという人の波もそちらへと移っていく。
 その街に数多くある酒場でも名の知れた『魅惑妖精』亭の二階で、ルイズは思わず叫び声を上げそうになってしまう。
「な…!何ですって!?キ…ムッ」
「バカ、声が大きいわよ」
 聞かされた話の内容に驚いて叫びそうになった彼女の口を霊夢は自らの手で軽く塞ぎ、何とか大声を挙げずに済んだ。
 試しにチラリと階段から一階の様子を見てみると、何人かがルイズの声に気付いてそちらの方へと視線を向けている。
 しかし、どうせ酔っ払いの戯言だと思ってすぐに視線を戻し、酒を楽しんだりウェイトレスの仕事に戻っていく。
 ひとまずこちらへ来る者がいないという事だけ知ると、大声をあげそうになったルイズの方へと視線を向けた。

「ただでさえ今は人が多いんだし、誰が聞き耳立ててるか知れないんだから気を付けて頂戴よ」
「わ、分かったわよ。でも、急に口を塞ごうとするから思わずアンタの親指を噛み千切りそうだったわ」
『娘っ子、それは冗談としちゃあ笑えないね。…ま、そうなってたら面白いっちゃあ面白いが』
 二人のやり取りに壁に立てかけられたデルフも混ざりつつ、店中の人気が一階へと集中している二階の廊下には彼女たち意外誰もいない。
 魔理沙は一階で自分たちを待っていたシエスタの相手をしつつ、料理を頼みに行ってくれている。
 今は人がいないといっても何時誰かが来るかも分からないために、あの屋根裏部屋で話の続きと共に頂くことにしたのだ。
 ルイズと霊夢の尽力で一通り綺麗になった今なら、ワインの上に舞い上がった埃が落ちる事もない。
 一方で、自分たちとの夕食を楽しみにしていたシエスタへの言い訳を考える必要もあった。
 彼女が今夜の夕食に霊夢たちを遊びに誘う事を知っていたルイズは、変な罪悪感を覚えずにはいられない。

 何せ霊夢と魔理沙の二人が戻ってくるまでの間、自分と一緒に食べずに待っていたのだ。
 余程自分たちと食事を共にして、ついで遊びに誘いたいという彼女の気持ちをルイズはひしひしと感じてしまっていた。
 最も、ルイズまで待っていたのは単に先に食べてたらあの二人に鬱陶しい位に恨まれると思っていたからであったが。

275ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:31:05 ID:NmbP2FGk
 ともかく、そんな彼女への言い訳を魔理沙に押し付けたルイズは霊夢から先ほどの事を聞いたばかりであった。 
「でも…信じられないわ。まさか、よりにもよってこの王都にあんなのが潜伏しているだなんて…」
「信じようと信じまいと、そこにいるという事実は変わりないわ。現に、私だってアイツラの気配は感じてたしね」
『成程なぁ…だからマリサの帰りを待ってた時に、急に血相変えて飛び出したってワケか』
 半ば事実わ受け止めきれてないルイズに、霊夢は自分がキメラ特有の気配を感じたと証言し、
 そこへルイズと一緒に御留守番する羽目になってしまったデルフが相槌をうった。
 魔理沙がキメラと思しき存在と戦い始めて数分経った頃に、霊夢は彼らから漂う気配を察知していたのである。
 既に掃除を一通り済まして、客が入り始めた一階で彼女の帰りを待っていた時であった。
 
「あの時は驚いたわ。急に眼を鋭く細めたかと思えば「ちょっと外行ってくる」とか言って、出て行っちゃったんだから」
「まぁあん時はまさかこんな街中で…って驚いてたから、ワケを話すヒマも無かったわね」
『だからオレっちは置き去りにされてたというワケかい。理由は分かったが、ちょっと悲しいぜ』
「まぁでも…その時にはもう退散していたしアンタを持って行っても使い道はなかったわ」
 ワケも話さず店を飛び出していった霊夢が今更ながらワケを聞き、納得するルイズとデルフ。
 自分を持って行ってデルフに対し容赦ない返事をしてから、ふと右手を左袖の中へと入れた。
 
 暫し袖の中を探ってから目当ての物を掴んだのか、一枚のメモ用紙を取り出してみせた。
「そもそも、魔理沙が戦っていうキメラらしき怪物が…これまた掴みどころのないヤツでねー…ホラ」
 霊夢はそのメモ用紙に描かれている何かを一瞥した後、ルイズにも見えるように紙を差し出す。
 どうやらその怪物のスケッチらしく、何やら黒くて丸い物体がこれまた黄色くて丸い目玉を爛々と輝かせている。
 その隣には主役のキメラと比べてやや丁寧に書かれた魔理沙がおり、一見してキメラとの大きさを比べられるようになっていた。
 しかし、その魔理沙がやけに丁寧に描かれていた為にどちらがスケッチの主役なのかイマイチ分からなくなってしまう。
「なにコレ?これがあの…タルブや学院近くの森で目にしたのと同じ仲間ってことなの?」
 霊夢が見せてきた魔理沙画伯のキメラの姿に、ルイズは思わず拍子抜けしたかのような表情を見せてしまう。
 キメラらしき怪物が出たと聞いて、てっきりタルブで対峙したようなおっかない化け物かと思っていたに違いない。
  
『まぁ待てよ娘っ子。こういう得体の知れない相手っていうのは、案外手強いもんなんだぜ?』
「…あぁそういえば、魔理沙が「私の『魔法』を一発喰らっただけで逃げやがって…」とか言ってたような」
『マジか。―――…って、あの黒白の瓶詰め『魔法』相手じゃあ誰だって逃げるぞ』
 勝手に肩透かしを喰らっているルイズを戒めるデルフの言葉を霊夢がさりげなく否定し、デルフがそれに突っ込みを入れる。 
 誰もいない二階の廊下で魔理沙の帰りを待ちつつ、二人と一本は魔理沙が相手にしたキメラの話を続けていく。
「それにしても…コイツ手足も口もなさそうよね?それって、生物としてはどうなのかしら」
「確かにね。…魔理沙が言うには、なめくじみたいに地面を這いずったり体を飛び跳ねさせて移動してたらしいわ」
『成程ねぇ。なめくじには手足何てねえし、壁まで這える移動手段の一つとしてはたしかに持って来いだな』
 霊夢の口からきいたキメラの移動手段を想像して、ルイズは思わず身震いしてしまう。

 魔理沙程の身の丈がある黒い手足の無い怪物が、黄色くて大きい目玉を輝かせて地面を這いずりまわっている。
 そして獲物を見つけるといざ狙いを定めて、その丸く不定型な体を跳ねさせて、頭上から襲い掛かってきて…。
 成程、見た目は以前相手にしたキメラ程刺々しさはないが、不気味さだけはこちらの方に軍配が上がってしまう。
 このキメラを造り上げであろう人間は生物学にも通用し、ついで人が不快や不気味に思う生物を造り上げる事に長けているようだ。
 ルイズは直接お目にかかれなかったキメラの動きを脳内で思い描いていると、ふと気になった箇所を見つけた。

276ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:33:02 ID:NmbP2FGk
「そういえば…コイツの内臓ってどうなってるのかしらね?見た感じ内臓や心臓はおろか、脳すらなさそうなんだけど…」
「魔理沙が言うにはそういうのは見当たらなかったそうよ。目玉だけが唯一の臓器だったらしいけど」
「はぁ?何よソレ、コイツ本当にキメラなの?」
 首を傾げるルイズの問いに霊夢があっさりと返事をすると、彼女は訝しんだ表情を見せる。
 そりゃそうだ、いかにキメラであろうとも自分たち普通の生き物と同じく体を動かす内臓器官がなければまともに生きる事すらできない。
 もしも目玉以外の臓器無しに行動できるのならそれは生物ではなく、それ以下の得体のしれぬ存在でしかない。
 そんな存在が今王都の何処かにいるのだとしたら―――ルイズは先ほどよりも強い身震いを起こしそうになってしまう。
 
 しかし、ルイズは敢えてそれを我慢し自分がこれから何をするべきなのかを考える事にした。
 恐怖に震えるのは後でいつでもできるし、何より自分にはキメラと戦うだけの力は最低限備わっている。
 ならば今は恐怖を押し殺し、怪物の退治の専門家である霊夢と今後の事について相談しなければいけない。
 心の中でそう決断したルイズは体をキュッと強張らせて、こちらに訝しんだ表情を向ける霊夢へこれからすべき事を伝える。

「ひとまず、この事を姫さまに報告しなきゃ駄目よね?王都の中に、あんな怪物がいるだなんて許されないわ」
 彼女の言うとおり、姿方は違えどタルブで猛威を振るった怪物と同種の存在がいるならば真っ先に報告すべきだろう。
 幸い今のルイズにはアンリエッタへ伝える方法を確立しているため、報告自体は簡単に行えるに違いない。
 しかし、これは自分の勘が冴えわたっている所為なのか、霊夢としてはそれはダメなような気がしたのである。
 いつもならルイズの決定に同意していたのだろうが、何故か今回だけは自分の勘が『それは危険だ!』と判断したのだ。
 だから彼女にしては珍しく気まずい表情を浮かべてから、ルイズにやんわりな返事をする。

「……うーん、確かに普通ならそうするんだけどね〜?今の私的にはもうちょっと様子を見た方が良いような気がするわ」
「どうしてよ?もしかしたら。何処かの誰かがこんなナメクジみたいなヤツにお触れたら取り返しがつかいのよ!」
 確かに彼女の言う通りであろう。相手が化け物ならば何時誰かに襲い掛かっても不思議ではない。
 ましてやここは人口密集地帯である王都。何処から出現しても、暫く動き回れば哀れな犠牲者見つける事も容易いだろう。
 それが自国の人間であるならば、尚更必死に訴えるのも無理はないだろう。同じ立場ならば寝る間も惜しんで捜し出し、退治するに違いない。
 だから霊夢としてもルイズの決定に賛成したいところであったが、長年鍛えてきた自分の勘が危険信号を出している。
 それを口にするのは少し難しかったものの、説明しなければルイズは納得しないだろう。
 だから霊夢はどう喋って良いか少し悩んだものの、頭の中で思いついた事を少しずつ口にしていく事にした。
 
「何でかは分からないけど、、今回急に現れたキメラと思しき怪物の出現は単なる一つの出来事じゃない気がするのよ」
「……?単なる、一つの…?」
 何を言っているのかイマイチ理解できないのか、急に喋り出した霊夢はルイズに怪訝な表情を向られてしまう。
 デルフもどう解釈すればいいのか良く分からないのだろうか、静観に徹している。
 口にした霊夢自身も自分が口にした言葉に頬を若干赤くしつつ、それでも説明を続けていく。
「まぁ、何て言えば良いのかしらね…ただ単純に、私達の刺客として放ったワケじゃあない気がするって言いたいワケ」
『!…成程、つまりあのキメラを操っているヤツとマリサとの出会いは、あくまで予想外だったってことか』
 ここで一人と一本は理解したのかルイズはハッとした表情を浮かべ、デルフはカチャカチャと嬉しそうに金属音を鳴らして喋る。
 ようやく自分の言いたい事を理解しかけてくれたと実感した霊夢は、更に喋り続ける。

277ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:35:03 ID:NmbP2FGk
「まぁ、どちらかといえばマリサを襲ったのはあくまでおまけじゃないか…って気がするのよ。
 あくまでアイツを襲ったのは目的゙外゙であって、本来の目的はもっと別なんじゃないか…って私は思うの」

 霊夢の主張を聞いて、ルイズも少しだけ考え込んでしまう。
「目的の、外…つまり目的外って事よね?じゃあ本来の目的って何なのかしら」
「それが分からないから「気がする」って言っただけよ」
 まぁそれはそうか。霊夢の言葉にムッとしつつ納得すると、ルイズは手に持ったままのキメラのスケッチを今一度眺めてみる。
 手足の無い不出来なナメクジの様な形をしたキメラは、一体なぜ王都の中に現れたのであろうか?
 そして…タルブと同じならば誰がこのキメラを操り、そしてマリサへ襲い掛からせたのだろう。
 ルイズの脳裏に、タルブの戦いにおいて大量のキメラをけしかけてきた女、シェフィールドの姿が思い浮かぶ。

 額に虚無の使い魔の証拠であるルーンを刻まれ、自らの神の頭脳―――ミョズニトニルンを自称していた黒髪の白肌の怪女。
 もしかすればあの女も王都にいて、あわよくばキメラを用いて敬愛するアンリエッタの暗殺を目論んでいるかもしれない。
 そうであるのならばやはり、一刻も早く手紙を使って王女殿下に今回の事を報告する必要がある。
 頭の中で色々と想像してしまったルイズは、再び霊夢に報告するべきだという主張を提案した。
「まだ何もわかってないけれど、黙ったまましておくのもマズイ気がするわ。だからやっぱり、姫さまには報告だけでも…」
 ルイズの提案に、今度は霊夢も暫し口を閉ざして考えてみる。

 別に彼女の提案は至極真っ当なうえに正論であるし、何よりここは勝手知ったる幻想郷ではない。
 現に自分たちから金を盗んだ少年一人捕まえられていないのだ、何せ地の利は盗人側ににあるのだから。
 人里以上に迷宮じみた街の中でキメラを捜そうとしても、盗人同様一向に見つからない可能性がある。
 しかも相手は人の道理の通じぬ化け物だ。こちらがグダグダと探している間にヤツの餌食になる人が出てくるかもしれない。
 正直博麗の巫女としてこの手の怪物退治で他者の力を借りてしまうのは何かダサいような気もするが、
 地の利が無い場所での何の手がかりも無しに探し回るなら、確かに報告ぐらいならしておいた方が良いかもしれない。
 
 ザっと脳内でそう結論付けた彼女は、少々納得の行かない表情を浮かべつつも頷いて見せた。
「う〜ん…一番良いのは、私だけで原因究明とキメラ退治で決めたいのだけれど…何か起こったら手遅れだしね」
「え?それじゃあ…」
 困惑顔から一変、嬉しそうな表情を見せてくるルイズに「まぁ待ちなさい」と話を続けていく。 
「でもあくまで報告にしておいた方が良いわ。もしもキメラを操ってるのが、タルブで見た女だったとしたら…」
「…!下手に動けば何をしでかすか分からない…って事ね」
 霊夢の言葉に、ルイズは戦地となったタルブを縮小された地獄へと変えたシェフィールドの事を思い出す。
 キメラを手下として使ったとはいえ、それを指揮してトリステイン軍を襲わせたのは紛れも無く彼女の仕業だ。
  
 と、なれば…アンリエッタにそれを教えて街中に魔法衛士隊を派遣するよう事態にでもなったら…。
 そこから先の事を想像しそうになったルイズは慌てて妄想を頭の中から振り払い、否定するほかなかった。
 青ざめるルイズを見て彼女がどんな想像をしたのか察してか、デルフが金属音を立てながら余計な事を言い始める。

『相手は神の頭脳ことミョズニトニルンなうえにあんな性格だ、目的が何なのか分からんが大事にはなるかもしれん。
 …オレっちの経験から言わせりゃあ、あの手の輩はどんだけ犠牲が出ようとも目的が遂げられればそれで良いってタイプの人間さね』

278ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:37:01 ID:NmbP2FGk
 恐らくこの場に居る中では最も最年長であるデルフの言葉は、割と冗談では済まない様な気がした。
 大量のキメラを用いて、タルブの人々や軍を襲ったあの女ならそれだけの事をしてもおかしくは無いだろう。
 デルフのアドバイスにルイズは恐る恐る頷くと、真剣な表情を見せる霊夢が話しかけてきた
「とりあえず手紙は送るとして…ひとまずは静観に徹して欲しいって書いておいた方がいいわね」
「確かにそうね…姫さまなら、人々の事を案じて結構な人数を動かしちゃうかもしれないし…」
 書くべきことは三つ。王都の中でキメラと思しき怪物と出会った事と、身の回りに気を付ける事。 
 そして相手に気取られぬように大捜索などは行わない事、ぐらいであろうか。
 後は街中で収集した情報と一緒に送れば良いだろうと、ルイズはこれからやるべき事を決めていく。

 とりあえず、手紙に関しては今夜中にでも書いて明日中に送った方が良いだろう。
 どういう風に書くのかはペンを手に取った所で考えればいいとして、一番時間が掛かるのは情報だ。
 結構な量を集めたのは良いが、自分の手で選別するかありのままの状態で送るかの二択を決めなければいけない。
 いきなりウンウンと悩み始めた自分が気になった霊夢を相手に、ルイズはどうすれば良いかと聞いた所、

「そんなの簡単じゃない。一々選んでたらキリが無いし、全部ありのままに送っちゃいなさい」

 …と物凄くアバウトで即決だが、非常に的確なアドバイスをしてくれた。
 それを聞いた後でルイズは「そんな適当に…」と苦言を漏らしたが、それでも霊夢は言ってくれた。

「多分、あのお姫様なら自分に対しての批判が書かれても健気かつ前向きにやっていけると思うわよ?
 なーんか一見頼りなさそう雰囲気は感じるけど、あぁいうタイプの人間って挫折や困難があればある程成長するかもね」

 何故か安心して頷けない様な言い方であったが、どうやら彼女なりにアンリエッタの事を褒めてはいるらしい。
 雑な感じで喋っているが、その表情が険しくないのを見るに霊夢は霊夢なりに姫さまの事は少なからず認めているのだろう。
 そう思っておくことにしたルイズは霊夢の提案にひとまず「考えてて置くわ」と返し、デルフの横に置いていた火かき棒を手に取った。
 主に薪を暖炉の中に入れる為の道具であるが、当然二階の廊下にそんなものはない。
 ルイズはいつも握っている杖よりやや太い火かき棒の持ち手を握りしめて、廊下の天井目がけて振りかぶった。
 そのまま空振りするかとおもった火かき棒はしかし、その先端部が天井についている小さな取っ手に引っ掛る。
 
 それを確認した後、火かき棒を握るルイズは腕に力を込めて火かき棒を下ろそうとする。
 当然先端部が取っ手に引っ掛ったままのそれが彼女の言う事を聞くはずはなく、彼女の腕力に抵抗する。
 しかしそれもほんの一瞬の事で、ルイズに力負けした火かき棒は天井の取っ手に引っかかったまま地面へと下りていく。
 すると取っ手を中心に天井が長方形の形に開き、そのまま二階の廊下へとゆっくり降りていく。
 たちまち天井に取り付けられていた仕掛け階段が、微かな埃と共に二人と一本の前に姿を現した。

 やがて廊下まであと数サントという所で取っ手から火かき棒を外したルイズは、左手でグッと階段を廊下に設置させる。
 ゴトン!というやや大きな音と共に隠し階段は無事展開が完了し、彼女たちの前に屋根裏部屋へと続く入り口が完成した。
 一人で展開を終わらせたルイズは右手の火かき棒を再び壁に立てかけると、まるで一仕事終えたかのように一息ついた。

279ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:39:07 ID:NmbP2FGk
「ふぅ〜!…ランから火かき棒を渡された時はどうすりゃいいのよ…って思ったけど、案外私でもできるものなのね」
『いやいや、普通はお前さんほどの女子が一人でどうこうできるもんじゃねぇぞ』
「ってうか、その小さな体の何処にあんな重そうな階段を展開できる程の筋力があるのよ」
 良く考えれば凄い事をやってのけたルイズの言葉に、流石のデルフと霊夢も突っ込みを入れてしまう。
 これだけ立派な隠し階段だと、確かに大の大人でなければ満足に展開させる事はできないだろう。
 魔法を使うというのなら話は別になるが、知ってのとおりルイズはその手のコモン・マジックはできない。
 と、なれば自分の腕力だけが頼りになるが彼女ほどの女子では到底無理な事には違い無いはずである。
 それをいとも簡単にやってのけたルイズはやはり同年代の貴族達とは一味も二味も違うのだろう、主に体の鍛え方が。

 呆然とするしかないデルフと霊夢からの突っ込みに対し、ルイズは「失礼な事言うわね?」と腰に手を当てて怒ったように言った。
「こう見えても幼少期から乗馬やらアウトドアやったりと、そんじょそこいらの学生よりかは体を強いってだけよ」
 彼女の言う『アウトドア』というのは、ひょっとすればちょっとした『サバイバル』ではなかったのだろうか?
 霊夢がそんな疑問を抱くのを余所にルイズは一足先に階段へと二段ほど上がって、それから霊夢たちの方へと振り返る。
「とりあえず、後の話は夕食でも食べながらしましょう。いい加減、お腹も空いてきたしね」
「…まぁそうね。これ以上立ち話も何だし、私も色々と落ち着いて考えたい事があるし」
 ルイズの言葉に霊夢は何処か含みのある言葉を返しつつデルフを手に取り、彼女の後を続くように階段を上っていく。
 一瞬霊夢の口から出た『考えたい事』に首を傾げそうになったが、すぐに自分たちの金を盗んだあの少年の事だと察する。

 魔理沙が街中でキメラと戦う事になったキッカケの中に、その盗人の少年は出ていた。
 街中で別の人の財布を盗もうとしたところで、魔理沙が気づき、少年はその場を逃げ出したのだという。
 少年は必死に逃げ回ったものの、結局寂れた広場のような所で魔理沙は彼を追いつめたらしい。
 しかしタイミングが悪くキメラが現れ、それに隙を見せてしまったところあっさりと逃げられてしまったのだという。
 その後は話で聞いた通り怪物をひとまずは撃退したものの、結局少年は見逃してしまっている。
 結果的に窃盗犯を見逃すことにはなったが、危険な怪物を一時撤退に追い込んだ魔理沙の事は責められないだろう。
 最も、霊夢はそれを話す魔理沙に「もっと早く仕留めなさいよ」と愚痴を漏らしてはいたが。 

 きっとその事だと思ったルイズは、霊夢に話を合わそうとする。
「まぁ別に良いじゃない。…いや楽観視はできないけど、少なくともブルドンネ街にいるって証拠になるんじゃないの?」
「ん?…まぁそうなるんでしょうけど、だからといって隠れ家が分からない以上探すのは困難な事なのよ」
 先ほどアンリエッタに送る手紙の件で言ったように、霊夢にはまだ王都の構造をイマイチ把握できていなかった。
 街全体が大きすぎる為、空を飛んでも全体図を把握しにくいうえに上空からでは死角となる場所も多い。
 地の利は完全に盗人側にある故に、このままでは盗まれた金を持ち逃げされてしまうかもしれない。
 
 まるで残り時間のわからない時限爆弾ね。…霊夢が今の状況を内心で呟いた後、
 ルイズはあと一段で屋根裏部屋…という所で足を止めて、再び霊夢の方へと振り返って質問した。
「だからと言って、アンタの性分なら急に出てきた化け物を倒してたでしょう」
「…まぁね。だけど、魔理沙よりかは絶対に素早く仕留めれた自身はあるわよ」 
 何を今更…と言いたい質問に、霊夢はため息をつきつつそう答える。

280ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:41:04 ID:NmbP2FGk
 もしも自分が魔理沙の立場ならば、確かに少年の身柄を確保するよりも怪物を退治していたであろう。
 ただ、彼女のように自分の『魔法』でヘマするようなバカなマネは絶対にしないという事だけは誓える。
 さっさと怪物を始末して、そのうえで逃げ切れると思い込んでいる盗人を今度こそ捕まえる事ができただろう。
 軽く頭の中でシュミレートしつつ、やはり失敗はしないだろうと確信した霊夢は、ここにはいない魔理沙への文句を口走ってしまう。

「大体、自分の『魔法』で九死に一生な体験する魔法使いなんて、恥ずかしいにも程があるわよ」 
「流石霊夢、人の痛いところを容赦せず針で刺すように突いてきやがるぜ」

 突然後ろから掛けられた相槌に一瞬硬直した後、霊夢はスッと振り返る。
 そこにいたのは、階段の上から見下ろせる二階の廊下からこちらを見上げる魔理沙の姿であった。
 所謂怒り笑い…というヤツなのだろうか、無理に作ったような苦笑いを顔に貼り付けている。
 右の眉がヒクヒクと微かに動いているのを見るに、どうやら自分の言葉は丸聞こえだったらしい。
 まぁそれで対して焦る必要も無く、振り返った霊夢は酷く落ち着いた様子のまま戻ってきた彼女の一声掛けた。
「あら、いたのね魔理沙」
「いやいや、いたのね…じゃないだろ、そこは普通焦るもんじゃないのか?」
 
 思いの外話を聞かれても焦らない彼女を見て、思わず魔理沙本人は突っ込んでしまう。
 二人のやり取りを一番上から見下ろしつつ、巫女に対する魔法使いの突っ込みにルイズは納得してしまう。
 普通他人の文句を呟いておいて、その本人が気づかぬ間に傍にいたのなら普通は謝るなり焦るなりするものだ。
 しかし霊夢の場合、そんな事など何処吹く風と言わんばかりに冷静でまるで自分は悪くないとでも言わんばかりである。
 まぁ実際、彼女の事だから特に気にしてもいないのだろう。自分よりもそれを察しているであろう魔理沙はやれやれと首を横に振った。
「全く、一階から細やかな夕食セット三人前を運んで来たっていうのに、文句を言われちゃあ流石の私でもたまらないぜ」
 そんな事を言う彼女の両手はお盆を持っており、その上には出来立てであろう湯気を立てる『細やか』な食事を載せている。

 店の窯で焼いたであろうパンに、レタスとトマトのサラダ。
 小さめのカップ入ったポテトポタージュと、メインに頼んでいたタニア鱒のムニエル。
 ちょっとしたディナーにも見えるが、『魅惑の妖精』亭ならこれだけ頼んでも店らに置いてある古酒一瓶分よりも安い。
 更に店では魚の保存があまりできない為に、魚料理となれば肉料理よりもお手頃価格で食べられる。
 ルイズが選び、魔理沙が運んできた料理を一通り見た後で霊夢がポツリと呟く。
「一汁二菜…ご飯じゃなくてパンだけど、まぁ中々良さげなチョイスじゃないかしら?」
「いちじゅうにさい…?まぁ美味しそうなのを選んでみたけど、私としてはデザートが欲しかったところね」
 聞き慣れぬ言葉に首を傾げつつ、財布の中の残金がそろそろ危うくなってきたのを実感してしまう。

 デザートが無い事を惜しむルイズの言葉を聞いた所で、ふと霊夢は気が付く。
「ん?…ちょい待ちなさい。そのお盆の上の料理、どう見ても二人分しか無いように見えるんだけど」
「ように見える…というよりも、二人分しか乗せてないぜ。このプレートだと三人分は乗らないしな」
 成程、魔理沙の言うとおりお盆は二人分のセットを乗せるだけで精一杯の大きさである。
 という事は、先に二人分だけ持ってきてから最後に自分の分を持ってくるのであろうか?
 その時であった、二階の廊下にいる魔理沙の背後へと近づく人影に気が付いたのは。
 一瞬誰?と思った霊夢とルイズはしかし、それが見慣れた少女であったという事がすぐに分かった。

281ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:43:15 ID:NmbP2FGk
「わぁー!こうして夜中に階段を見上げると、いかにも秘密の隠れ家って感じがしますねー」
 魔理沙の背中越しに、隠し階段を見上げた黒髪の少女シエスタが目を輝かせて言う。
 その両手には魔理沙と同じくお盆を持っており、その上にはこれまた同じような料理が載っている。

「シエスタじゃない、まさかわざわざ魔理沙の事手伝ってくれてるの?」
「まさかって何だよまさかって?…まぁ、そのまさかなんだけどな」
 予想していなかったシエスタの登場にルイズは思わず声を上げ、魔理沙が代わりに言葉を返す。
 その後でシエスタはコクリと頷き、次いで前にいる魔理沙の横を通って隠し階段を上り始めた。
「流石に三人前の料理は一度に運べませんからね。…ついでだから、運ぶのを手伝う事にしたんですよ」
 流石学院でメイドとして働いているだけあってか、喋りながらもトレイを揺らすことなく屋根裏部屋へと上がってくる。
 それより少し遅れて魔理沙も階段を上り始め、暫し丈夫な隠し階段の軋む音が当たりに響く事となった。

 やがて一分もしない内に屋根裏部屋へと上がってきた彼女は、結構綺麗になった部屋の中を見て声を上げる。
 まだ部屋の端っこには若干埃が溜まっているものの、近づかなければそれが舞い上がる事もないだろう。
「へぇー、これってミス・ヴァリエールとレイムさん達で綺麗にしたんですか?思っていたよりも綺麗になってるじゃないですか」
「だろ?何せあれだけの埃やら色々なアレやらは、全部ルイズと霊夢が片付けてくれたんだぜ」
「何で掃除を一サントも手伝ってないアンタが誇ってるのよ」
 感心するシエスタに胸を張って説明する魔理沙にすかさず突っ込むルイズを余所に、
 デルフを足元に置いた霊夢は暫し屋根裏部屋の中を見回したのち、前から目をつけていた大きな木箱の方へと歩いていく。
 何が入っているのか分からないが、程よい重さのある長方形のそれは彼女一人でも楽に動かせる。
 埃も掃除の時に落として雑巾がけもしているので適当なシーツでも上から掛ければ、即席の長テーブルの完成である。
 最も、シーツはベッドに使っている物だけしかここにはないので完成に至ることは無いだろう。

 少し音を立てながらも、部屋の真ん中辺りにまで木箱を押した霊夢は一息つきながらもルイズ達に声を掛けた。
「ふぅ…魔理沙にシエスタ、悪いけどそのお盆の上の料理をこの上に置いて貰えないかしら」
「あ、はい!ただいま」
 霊夢からの要請にシエスタは慣れた様子で返事をし、次いで魔理沙も「はいよー」とついていく。
 二人が料理を配膳していく間に、霊夢はちゃっちゃとイス代わりになりそうな木箱を見繕う。
 といっても、既に掃除の時にある程度分けていたのためそこから適当なモノを選ぶだけである。
 これはルイズかな?と腰ほどの大きさしかない木箱を運ぼうとしたところで、そのルイズ本人の声が後ろから聞こえてきた。

「まさかとは思ってたけど、木箱を椅子やテーブル代わりにする日が来るだなんて…」
「ん?何なら床に直接腰を下ろして食べたかったの?」
「まさか、アンタじゃああるまいし」
 召喚して翌日以降、暫く目にした霊夢の食事姿を思い出しつつルイズは肩を竦めて言う。
 ある程度掃除したとはいえ、流石に屋根裏部屋の床に食説食器を置いて食事しようとは思わない。
 それならば、埃をしっかりと落として綺麗にした木箱をテーブル代わりした方がよっぽと衛生的である。
 霊夢もそれは理解しているのか、ルイズの言葉に「まぁそうよね」と同じように肩を竦めて言う。
「でも学院食堂の床よりは暖かそうじゃない」
「築ウン百年物のフローリングと、伝統ある魔法学院の食堂の床を比較しないでくれる?」
 霊夢の失礼な比較に文句を言いつつ、ルイズはシエスタたちがテーブルに置いていく料理を眺めてみる。

282ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:45:05 ID:NmbP2FGk
 こんな繁華街の酒場の料理にしてはとても見栄えが良く、そして美味しそうなモノばかり。
 我ながら良いチョイスした…と思った所で、ふとルイズはある違和感に気が付いた。
 即席テーブルの上に並ぶ料理が、もう一人分あるような気がする。というか、ある。

「ちょっとシエスタ、何か料理が一つ…多い気がするんですけど」
「はい?あぁ、それ気のせいじゃないですよ。だって私の分の賄いもありますし」
 自分の問いかけに対しそう返したシエスタにルイズは「あぁ、そう…」と納得しかけた直後、「え?」と目を丸くさせた。
 少し慌てて、違和感を感じた場所へもう一度目を向ける。確かに、自分の頼んだメニューとは少しだけ違う。
 サラダとスープは同じだが、パンは雑穀パンでメインの魚料理はラグドリアンナマズのフライになっている。
 タニア鱒より安価なラグドリアンナマズは、フライにしてもムニエルにしてもおいしい魚だ。
 そんな場違いな事を考えているルイズを余所に、準備を終えたシエスタは笑みを浮かべてルイズに話しかけてくる。

「実は戻ってきたマリサさんから、屋根裏部屋で食べるって聞いて…それで私も御同席しようと思ったんです。
 最初はダメだって言われたんですが、ミス・ヴァリエールと先に御同席の約束をしていたと言ったら…まぁそれならといった感じで、はい」

 一切隠し事をしていないかのような純粋で、今は厄介な笑顔を浮かべて言うシエスタ。
 何がはい、なのか?心中でそんな事を思いつつもルイズは咄嗟に言い訳役を押し付けた魔理沙を方を見る。
 自分の名前が生えす他の口から出た所で配膳を終えたばかりであった彼女は、お盆片手に肩を竦めた。
 彼女の顔は苦笑いを浮かべており、いかにも「仕方なかった」と言いたい事だけは何となくわかった。
 そしてルイズ自身背後からひしひしと感じる霊夢のキッツイ視線に、魔理沙同様肩をすくめるほかない。

 シエスタは今の自分たちの状況を知らない、本当に無関係な一般市民だ。
 更に彼女が自分たちとの夕食の同席を求めたのは、キメラが現れたという話を聞く前の事。
 客観的かつ一般市民の目線から見れば、朝にしていた約束を勝手に破った非は当然こちらにある。
 かといってこの街に現れた怪物の事を話し、下手に巻き込ませる事など言語道断である。

「さて、料理も配膳し終えましたし…私、水差しとコップを一階から持ってきますね」
 既に夕食を共にする気満々の彼女はそう言い残して、軽い足取りで二階へと降りていく。
 後に残るはルイズ達三人と、一言も喋らず状況見守っていたデルフだけ。
 そして即席テーブルには湯気を立てる料理がずらりと並べられている。
「――――…一体どういう事なのよ?」
 最初に口を開いた霊夢はそう言いながら、ルイズの方へと近づいていく。
 約束の事を知らない彼女にとって、シエスタの同席は本当に想定の範囲外だったに違いない。
 何せ先程、キメラの事やら盗人について今後どうしようかという話をしようと決めたばかりだったのだから。
 無関係なシエスタがいたら話はできないし、無理に話して巻き込ませるワケにもいかない。

 霊夢の鋭い睨みつけに、ルイズは思わず魔理沙に視線を向けるも彼女は肩を竦めて言った。
「私は一応無理だって言いはしたがな…結構無理に押し切られちまってこの有様よ」
『成程。…お淑やかな見た目とは裏腹に、押しには強いってワケか』
「何が成程、よ」
 三人のやり取りを耳に入れつつ、ルイズはこれからの事を想像してため息をつきたくなった。
 何せ夕食の同席だけでは済まない、シエスタの純粋で無垢な好意という相手と対峙しなければいけないのだから。

283ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:47:19 ID:NmbP2FGk
 
 陽が沈み、双月が無数の星と共に夜空を照らし始めて数時間が経つトリスタニア。
 チクントネ街の活気も最高潮に達し、それとバランスを合わせるかのように静まり返っていくチクントネ街。
 文明の灯りは繁華街に集中し、まるで羽虫の様に多くの人々がそちらへと集まっていく。
 ある労働者たちは酒場で安い酒と食事で乾杯をし、ある下級貴族は少し良い雰囲気の酒場で夕食を頂く。
 ブルドンネ街のホテルからやってきた観光客たちは、夏の熱気に浮かれて王都の夜の顔を満喫している。
 
 そんな賑やかながらも、どこか切ない一夏の夜で活気づくチクントネ街の―――地面の下。
 レンガ造りの地面と分厚い石壁に隔てられた先には、王都の下水道が走っている。
 地上の生活排水や生ごみ等が流れていく水は濁りきっており、とても人が住めるような環境ではない。
 それでも地上から滅多に出ないドブネズミやゴキブリたちにとっては最高の住処だ。
 冬は地上と比べて幾分か暖かく、そして時折通路に引っ掛る生ごみという御馳走まで手に入るのだ。
 地上では鼻つまみ者とされ駆除されやすい彼らにとって、これ以上贅沢な環境は無いだろう。
  
 王都の下水道を管理する処理施設の職員たちが使う通路と言う足場もあり、様々な場所へも行ける。
 それこそ旧市街地の何もない貧相な下水道から、ブルドンネ街の豊富で新鮮な生ごみをありつける下水道まで、
 時間は掛かるが、地上と違って恐ろしい天敵も少ないここは正に天国か楽園と例えられるだろう。
 だが――今夜に限って、彼らはその身を潜めてジッと隠れる事に徹していた。
 何かは良く分からないが、ここ最近になって現れた『怖ろしく見た事の無いモノ』に見つからない為に。 

 天井に取り付けられたカンテラが、仄かに汚れた水面を照らす下水道。
 一定の間隔をおいてぶら下がっているそれは、この暗い場所を明るくするには少々役不足なのかもしれない。
 丁度ブルドンネ街とチクトンネ街の境である場所の地下に造られた連絡通路の上で、シェフィールドはそんな事をふと考えてしまう。
 背後から聞こえる激流の音をBGМは鬱陶しいかと思えるが、いざ考え事をしてみるとそれ以外の雑音を掻き消してくれて丁度良い。
 いま彼女がいる場所は二つの街の下水が合流する場所で、更にその激流の上に造られた連絡通路に立っていた。
 細かい格子の鉄板で出来た床から下を覗けば、白く波立つ激流がポッカリと空いた穴の中へと落ちていくのが見えるだろう。
 この穴へ落ちていく水は更に地下を通って、処理施設が管理するマジック・アイテムで濾過されて綺麗な水へと戻っていく。
 浄化された水はそのまま海へと戻っていくか、もしくは一部の井戸水として人々の生活用水に再利用される。
 ここだけではなく、二つの街や旧市街地にも同じような穴がある為に余程の事が無い限り水害が起きる事は無いだろう。

 そんな穴の上の通路に佇み、一人考え事に耽る彼女が何故こんな所にいるのであろうか?
 別に考え事をするならこんな場所ではなく、地上で宿でも取ってそこで考えればいい筈だ。
 実際シェフィールド自身は既に宿を取っているし、こんな場所よりもずっと環境の良い部屋である。
 理由はたったの一つ―――彼女は待っていたのだ、自分の『手駒』が返ってくるのを。
 そんな時であった、ふと後ろから何か大きな物体が地面を這いずるような音が聞こえてきたのは。
「…………ん?どうやら帰ってきたようね」
 どうでもいい考え事に耽っていた彼女はすぐにそれを頭から振り払い、背後を振り返る。

284ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:50:38 ID:NmbP2FGk
 振り返った先には、ブルドンネ側の下水道へと続く通路がある。
 間隔を取って置かれている頼りない灯りに照らされた石造りの地面に、不自然な黒い影が映り込む。
 おおよそ人とは思えぬ丸すぎるシルエットは、例えるならばナメクジやナマコに近いと言われればそう見えるかもしれない。
 しかし、影に隠れた全身を見てしまえば誰もがこう思うだろう。こんな生物は見たことが無い、と。

 そして…もしもこの場に、この怪物と地上で一戦交えたであろう普通の魔法使いがいれば怪物を指さして叫んでいたであろう。
 こいつだよ、私の大捕物を一番いいところで邪魔した怪物は!―――と。

 シェフィールドは足元に置いていたカンテラの取っ手を右手で掴み、ついで左手の指を鳴らして灯りを点ける。
 彼女を中心にして周囲を明るくする文明の利器が、近づいてくる影の全身をその日で照らしだす。
 手足のない丸く黒いスライム状の体に黄色い二つの目玉が、爛々と輝かせてシェフィールドの元へと近づいてくる。
 普通なら悲鳴を上げて逃げ出すのであろうが、その怪物を照らしている本人は微動だにせずじっと凝視している。
 それどころか、その口許に薄らと笑みを浮かべてそのスライムの様な存在へと近づいていくではないか。
 対して怪物も近づいてくるシェフィールドを襲うつもりはないのか、プルプルとその体を揺らしていた。

 怪物と後一メイルというところまで近づいたシェフィールドの額に刻まれたルーンが、微かに発光し始める。
 やがて十秒と経たぬ内に額のルーンが、暗闇の中にでもハッキリと見えるようになるまで強く光り出す頃には、
 地上で魔理沙に襲い掛かっていた怪物は、まるでしっかりとしつけのされた大型犬のように彼女の前で停止していた。
「ご苦労様。あの黒白には手痛い目に遭わされたようだけど…、まぁ『ノウナシ』の状態だとあれが限界よね」
 怪物を見下ろしつつ一人呟くシェフィールドがもう一度左手の指を、勢いよく鳴らす。
 パチン!と小気味の良い音が広い空間に木霊し、ゆっくりと時間を掛けて消えていく。
 その音を聞いた直後だ。足元で大人しくしていた怪物はその体を揺らして、彼女の横を通り過ぎていく。
 這いずるしか移動方法が這いずるしかないその丸い体で器用に前へ進みながら、チクントネ街側の下水道へと向かおうとしている。
 
 シェフィールドも少し遅れて振り返り、向こう側へと行こうとする怪物の後姿をじっと見守っている。
 あと少しでチクトンネ街側の下水道通路の境目の手前まで来たところで、怪物は這いずっていたその体をピタリと止めた。
 下の激流が見える鉄板の通路から、石造りの通路へと切り替わる手前で止まった怪物は、じっと前方を見据えている。 
 すると、その前方の通路――少し遠くからコツ、コツ、コツ…と二人分の靴音が聞こえてきた。
 距離からして、恐らく一分も経たぬ内に靴音の主は進行方向の先にいる怪物と鉢合わせする事になるだろう。
「全く、散々人にデモンストレーションさせた挙句に…自ら姿を現して来られるとはね…泣かしてくれるじゃないの」
 シェフィールドはその靴音の主達を知っているのだろうか、慌てる素振りを全く見せていない。
 
 それから二十秒程経った頃であろうか、ようやく彼女の前に足音の主達が暗闇の中から姿を現す。
 やや時代遅れの灰色の羽根帽子に灰色のマントを羽織った貴族の男性で、顔に被っている仮面のせいで年までは分からない。
 もう一人は、この下水道ではあまりにも不釣り合いな灰色のドレスとマント着飾った貴婦人で、彼女もまたその顔に仮面を被っている。
 場所が場所で仮面を被っていなければ、モノクロ画で書かれた貴族夫婦のモデルとしてはうってつけの二人であろう。
 何せ靴の先端から帽子の天辺までほぼ灰色なのだ、ちゃんと色付きで描けと注文してもそれを受けた画家はモノクロ画で描くしかないのだから。

 シェフィールドは自分の前へ現れた二人組を見て、懐から懐中時計を取り出して見せる。
 そしてワザとらしく蓋を開けると、少し離れている彼らへスッと今の時刻を見せながら話しかけた。

285ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:52:05 ID:NmbP2FGk
「十分も遅れてやって来るなんて、一体どこでナニをしてらっしゃったのかしら?」
「貴族でないアナタには少し分からないかも知れませんが、ゴタついた案件を片付けるだけでも結構な時間が掛かるものでしてよ?」
「あら、そうでしたの?…案外、そんなアホらしい恰好をするのに時間を掛けていたのでなくて?」
 挑発的で聞く者が聞けば赤面しそうななシェフィールドの挑発に対し答えたのは、貴婦人の方であった。
 自分の隣にいる灰色の貴族を庇うようにして前に出た彼女は、相手からの売り言葉に対し買い言葉で返してみせる。
 それに対して、シェフィールドも再び挑発で返す…という悪循環に陥ろうとした所で、灰色の貴族が待ったを掛けた。

「おいおい、よさんかこんな所で!こんなしけた場所で喧嘩しても得られるモノはないんだぞ、キミたち」
「……失礼、見苦しい所をお見せしてしまいました―――灰色卿」
 声だけでも仮面の下の顔が分かってしまう程のしわがれている老貴族――灰色卿の言葉に、貴婦人は大人しく引き下がる。
 そして彼に一礼した後再び後ろへ下がると、次に灰色卿が一方前へ出てシェフィールドと向かい合った。
 彼と向かい合うシェフィールドも灰色卿に軽く一礼し、彼らの前にいる怪物を一瞥しながら話し始めていく。
「これはこれは灰色卿自ら起こしに来られるとは…よっぽど、今回ご提供する商品がお気に召したのですね?」
「まぁな。先にくれた商品を潰してしまってからは少し時間を置こうとは思っていたが…一つ早急に片付けねばならない事ができてな」
 彼女の言葉に灰色卿はそう答えて、自分たちの前にいる黒いスライム状の怪物――キメラへと視線を向けた。
 そしてマントの下に隠れていた右手を上げると、後ろに控えていた貴婦人がスッと彼の横を通り過ぎていく。
 
 鉄でできた床をハイヒールがコツ、コツ、コツ…と耳障りな音を立てて歩く灰色の貴婦人。
 歩く最中に灰色卿と同じくマントの下に隠していた右腕を、シェフィールドの前に曝け出してみせる。
 その右腕の先にある手にはどこへ隠していたのか、個人用の小さな旅行鞄の取っ手を掴んでいた。
 やがてシェフィールドとの距離が二メイルという所で貴婦人は足を止めるとそこで鞄のロックを外し、中身がシェフィールドに見えるよう開ける。
 開かれた鞄の中に入っていたのは、ぎっしりと詰め込まれたエキュー金貨であった。
 暗い下水道でも尚黄金の輝きを忘れぬ金貨を前に、流石のシェフィールドもへぇ…と声を漏らしてしまう。
 悪くは無い反応を見せてくれたシェフィールドを確認した後、貴婦人はスッと鞄を閉めて話し出す。

「まずは前金として四百エキューを差し上げます。貴女の提供したキメラがこちらの期待添えたら残りの後金三百エキューを…」
「つまり…合計八百エキューってことね…まずまずじゃない?ソイツの購入費としては少々釣り合わないけど」
 おおよそ並みの貴族が手に入れたのならば、半年間はドーヴィルのリゾート地で遊び暮らせるだけの額である。
 平民ならばそれだけの金額があれば私生活には絶対に困らないであろうし、節約すれは十年以上は働かずに暮らせてしまう。
 だが…シェフィールド本人の見解としては、それだけの金額を積まれてもキメラの代金としては『割に合わない』と感じていた。
 更に提供する際にこのキメラの『本体』もそっくりそのまま渡すようにと、敬愛するジョゼフからの伝言もある。
 となれば…八百エキュー『ぽっち』で手放してしまうというのは、あまりにも不平等というものなのではないだろうか?

 本当ならばここでその事を告げた後でしっかり説明をし、金額を上げるよう要求するのが普通であろう。
 しかし正直なところ、シェフィールドにとって金というモノはダダを捏ねて欲しがるものでもなかった。
 本当ならばキメラもただで渡して、その扱いに関しては素人な連中がどう扱おうのか見物したいのである。
 あくまで金銭を要求するのは、相手側にちゃんとした取引だと思わせる為だ。

286ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:55:00 ID:NmbP2FGk
「失礼、灰色卿。…アナタは我々の提供するキメラを少し過小評価しているのではありませんか?」
 だからこうして、ワザとらしく首を軽く傾げて灰色卿に質問をするのも演技の内であった。
 最も…質問の内容に関しては演技の外であり、制作に携わった一人としての疑問であるが。
 シェフィールドからの質問に対し老貴族は暫し唸ったのち、渋々と返事をする。
 
「まぁな。見た所このナリじゃあ我らが要求しているような仕事を満足にこなせるとは…思えん。
 それに先の戦が原因で他の者たちはキメラに対して懐疑的になっておる、これ以上の捻出はちと難しいのだ」
 
 彼が言いたい事は即ち二つ。要求する任務を達成できるのかという事と、財布の紐が硬くなってしまった事だ。
 恐らく今回の八百エキューも灰色卿自身の口座から引き出したものに違いない、とシェフィールドは察する。
 集団ならまだしも、例えトリステインの古参貴族でも八百エキューは充分に大枚の範囲内だ。
 と、なれば…これ以上駄々を捏ねても金は出ないだろうと予測した彼女は、ひとまず八百エキューで治める事にした。
 それよりも許し難いのは…最初に行っていた、あのキメラに要求した任務を達成できるのか…という事についてである。
 これに関しては先にも述べた様に、制作に携わった人間の内一人としては一言申したい気分であった。
 少なくとも以前渡したキメラとは、性能で天と地の差があるという事を教えてやらなければいけない。

「これはこれは…随分と心配性だこと。よっぽどそのキメラの形状に不満があるようですね?
 けれどご安心を、いまご覧になっている姿はいわば本気をだしていない不完全状態…私達は『ノウナシ』と呼んでいます」

 不敵な笑みを浮かべるシェフィールドの口から出た言葉に、灰色卿はマスクの下で怪訝な表情を浮かべる。
 『ノウナシ』…とは、これまた酷い呼び名である。恐らくは「能無し」か「脳が無い」のどちらか…或いは両方から取ったのだろう。
 こうして目の前にいる個体を見てみると、黄色に光る目玉以外の臓器が体の中にあるとは思えない。
 成程、確かに『ノウナシ』という呼び名はこのキメラにうってつけであろう。脳が無いから命令も伝わらない能無しなのだから。
 そんな事を考えながらキメラを見下ろしていた灰色卿に、しかし…とシェフィールドは話を続けていく。

「最初に言ったようにそれはあくまで不完全状態でのあだ名、ならば…『ノウ』がないのなら゙戻しでやればいいだけの事」
 彼女がそう言って左手を軽く上げると、そこから三度目のフィンガースナップを決めて見せた。
 パチン!という音が下水道内に響き渡り、それは合図となって近くの暗闇に潜んでいた『何か』を引きずり出す。
 一体何が起こるのかと訝しんでいた灰色卿たちは、シェフィールドの背後から近づいてくるその『何か』に気が付いた。
 最初こそ遠すぎで何が何だか分からなかったものの、やがて『何か』が彼女の横にまで来たとき…その正体を知ってしまう。

「――…!灰色卿…!」
「これは…」
 瞬間、それを目にした貴婦人は仮面の下からでも分かる程に驚愕し、灰色卿も動揺を見せてしまう。
 それ程までにその『何か』はあまりにもインパクトがあり、そして見る者を震え上がらせる程におぞましいものであった。
 二人の反応を目にし、ひとまずは上々と感じたシェフィールドは口の端を吊り上げ一礼しつつ言葉を放つ。

「こいつが『ノウナシ』から『ノウアリ』の状態になれば、あなた方のご期待に答えられる活躍をする事でしょう。
 ご安心くださいな、灰色卿。こいつの得意とする専門分野は、今のアナタにうってつけである事に間違いは無い筈です」

287ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/12/31(日) 18:57:08 ID:NmbP2FGk
以上で、90話の投稿を終わります。
2017年は色々とありましたが、今年は無事大晦日に投稿できました。
来年もきっと、こんな感じのペースで投稿を続けていくと思います。

それでは皆さん、良いお年を。ノシ

288ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:49:08 ID:VAroRz/.
あけましておめでとうございます。2018年最初の投下を行います。
開始は21:52からで。

289ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:52:13 ID:VAroRz/.
ウルトラマンゼロの使い魔
第百六十一話「ガリア王国の大決戦」
死神
最強合体獣キングオブモンス
巨大顎海獣スキューラ
骨翼超獣バジリス
破滅魔虫カイザードビシ 登場

「グギャアーッ! グギャアーッ!」
『はぁぁぁッ!』
『せいッ!』
『うらあぁぁぁぁッ!』
 ミラーナイト、ジャンボット、グレンファイヤーの三人はカイザードビシの大群に対し、
勇猛果敢な戦いぶりを見せつける。片っ端から各々の必殺攻撃を決め、爆砕し撃破していく。
 だがどれだけ倒そうとも、一向にドビシの群れが減る気配はない。屈強なる戦士たちも
徐々に疲労が見え始め、じりじりとカイザードビシに押されるようになってしまう。
「グギャアーッ!」
『ぐわああああああッ!』
 複数のカイザードビシの光線の砲火がミラーナイトたちを襲い、三人は爆発に呑まれて
絶叫を発した。
『みんな! くッ……!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 一瞬仲間たちの方へ振り向いたゼロだったが、助けに行くことは出来なかった。彼も
キングオブモンス、スキューラ、バジリスの三体を同時に相手していて、とても手を離せる
状態ではないのである。
「セェアッ!」
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 ゼロの鋭い拳がキングオブモンスに打ち込まれるが、キングオブモンスはあっさりと弾き
返した。元々「ウルトラ戦士を上回る怪獣」として設計された大怪獣であるので、そのパワーは
並大抵の怪獣とは比較にもならないほどなのだ。
「キイイィィッ!」
「キ――――――――!」
 キングオブモンスに押されたところにスキューラの突進と飛行するバジリスの光球爆撃を
食らい、ゼロは悶絶。
『ぐおおうッ!?』
 一体だけでも手強い怪獣が三体も集まれば、ゼロの苦戦はむしろ当然の話であった。
「くッ……!」
 才人もまた、ゼロたちの苦闘に顔を歪めていたが、彼も彼で全ての元凶たるジョゼフに
意識を集中しなければならなかった。
 しかし、憎いほどの相手を前にしているというのに、才人は当惑を覚えていた。それは、
ジョゼフの表情があまりに空虚であるからだった。タバサを散々いたぶり、苦しませた男と
聞いて、悪魔のような人間だと想像していたのに……長身の体躯に反して、ちっぽけな人間の
ようにすら見えるのだ。
 だがどんな相手であろうと、今起きていることは止めさせなくてはならない。才人は己に
活を入れ、パラライザーの銃口をジョゼフに合わせた。
「その石から手を離せ! 怪獣たちを止めろ!」
 脅しを掛ける才人だったが、ジョゼフはまるで聞こえていなかったかのように才人を評し始める。
「まぶしいくらいに、まっすぐな目をしている。全く顔は違うが、どことなくシャルルに
似ているな。おれにもお前のような頃があった。大人になれば、己の中の正義が、心の中の
いやしい劣等感を消してくれると思っていた。だが、それは全くの幻想に過ぎなかった」
 才人には、ジョゼフの独白につき合っている時間はない。ジョゼフの石を握る手を狙って
パラライザーを撃つ。
 しかし光線は、空を切った。突然、本当に突然、ジョゼフの姿が消えたのだ。

290ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:55:22 ID:VAroRz/.
「なッ!?」
「こんな技を、いくら使えたからと言って、何の足しにもならぬ」
 ジョゼフの声は背後からした。才人は振り向きざまにデルフリンガーを一閃したが、ジョゼフの
姿はマストの上にあった。
 才人は、カステルモールからの手紙の最後の一文を思い出していた。ジョゼフは、寝室から
一瞬で中庭に移動してのけたという。
「この呪文は“加速”というのだ。虚無の一つだ。なにゆえ神はおれにこの呪文を託したので
あろうな。まるで“急げ”とせかされているように感じるよ」
 技の正体を、ジョゼフ自ら口にした。
 しかし、原理が分かっても才人にはまるで対応が出来ない。いくら銃を撃ち、剣を振っても、
その瞬間にはジョゼフは別の場所に移動しているのだ。スラン星人を思い出す速度……いや、
それ以上だ。才人の目には、ジョゼフの残像すら映らないのだ。
 ジョゼフの魔法は極めて単純だが、それ故に弱点が見当たらない。
「少年、おれにはおれの仕事があるのだ。そろそろ終わりにさせてもらう」
 ジョゼフが短剣を抜いた。並みの相手ならば簡単に処理できるようなちっぽけな武器ですら、
ジョゼフが手にしたら急所を確実にえぐる最悪の凶器に変わる。
 絶体絶命の淵に立たされた才人。――だが、彼もカステルモールがもたらした情報から、
何の用意もしていなかった訳ではない。
 今こそゼロが施してくれた特訓の成果を見せる時だと、才人は己の両目を閉じた。
「ほう、覚悟を決めたか。潔いな」
 ジョゼフは才人が降参したものと思ったが、才人は強く否定する。
「違うぜ。これはお前の虚無を破るための技だ!」
「ほう、技だと?」
「俺の生まれた世界には“心眼”って言葉があってね! 掛かってこいジョゼフ! お前の
動きなんか心の目で見切ってやるぜ!」
 一瞬で移動するというジョゼフに対抗するために、ゼロが授けてくれた技。それが、フリップ
星人の分身術を破るためにウルトラマンレオが体得した奥義、“心眼”だ!
 人間は外部の情報の大部分を視覚から得る生き物であるが故に、目で捉えられないものには
極めて弱いし、視界とは己の前方しかカバーしていない。しかし視覚以外の感覚を研ぎ澄まし、
かすかな音や空気の流れなどを捉えられるようになれば、相手がどこにいようと幻覚を用いよう
とも、一切惑わされることはない。常に真実の姿を捉える。これこそが心眼の極意だ!
(まぁ論理としちゃあ理には適ってるのかもしれんが、本当にこれが上手くいくのか……?)
 しかし、才人に握られるデルフリンガーは内心戦々恐々としていた。才人自身も極度に
緊張していることが、柄を包む手の平から伝わってくる。
 心眼は、口で言えば簡単に聞こえるかもしれないが、実際にそこまでのレベルに到達するには
それこそ超人的な身体能力と精神力が必要となる。ましてや、才人の心眼はこの一日二日程度で
こしらえた付け焼き刃だ。更には、超高速で動き回るジョゼフの接近に完璧に合わせたタイミングで
剣を振らないと結局意味がない。依然として才人は圧倒的不利のままだった。
 様々な凶悪能力を駆使する敵に、その度に急ごしらえの対応策で立ち向かっていたという
レオも、今の自分のような極度の緊張状態にあったのだろうか……と、才人は一瞬感じていた。
「面白い。ならばやってやろう」
 ジョゼフが動いたのを感じ取った! その瞬間、才人は己の本能が命ずるままに剣を振り下ろす!

 ほんのかすかな時間が、永遠とも思える空白に思えた。そして――。

「ぐうおぉッ!?」
「ジョゼフさまッ!!」
 短い悲鳴と、ミョズニトニルンの叫び声が耳に入った。才人が目を開くと――短剣を握っている
ジョゼフの腕だけが、甲板に落ちているのが見えた。

291ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 21:58:30 ID:VAroRz/.
 才人のひと太刀は、見事ジョゼフを捉えたのだ!
「やったッ!」
「よくやった相棒! いやほんとにおでれーたよこれは! 大金星じゃねえか! 虚無に
打ち勝つなんてよ!」
 才人もデルフリンガーも歓声を抑え切れなかった。しかしまだ勝った訳ではない。才人は
気を引き締め直して、ジョゼフの足をパラライザーで撃った。これでもういくら加速しよう
とも無意味だ。
「お前の負けだ。もう一度言う、怪獣を止めろ。そしてタバサに謝ってもらうぞ」
 身体が麻痺して片膝を突いたジョゼフに言いつける才人。最早、どんな愚者が見てもはっきり
しているくらいに勝敗は決している。
 それでも、ジョゼフは才人に耳を貸さなかった。
「止められん……今更止まれるはずがなかろう。おれは最期の一瞬まで、絶望に向かって進み続ける」
「まだそんなことをッ!」
「ああ、そうだ……。こんなことになってしまうくらいだったら、初めからこうしていれば
よかったのだろうな。おれの迷宮に出口がないのならば……おれごと壊してしまえば」
 ジョゼフが残った腕で、麻痺していても手放そうとしない赤い球が禍々しく光り出した。
しかもその閃光は、フリゲート艦を覆っている。
 才人は途轍もない悪寒に襲われた。
「自爆する気かよ!?」
 ジョゼフの反対の腕も切り落とし、無理矢理にでも阻止する!
 そのために身を乗り出していた才人だったが……いきなりの事態の変化に、思わず足を
止めてしまった。
 どこまでも虚ろだった顔のジョゼフが、急にどこか遠い場所に意識を向けたかと思うと……
その目から、ぼろぼろと涙がこぼれて止まらなくなったからだ。
「な……何であんた、泣いてるんだ……?」
 訳が分からずについ尋ねかけると、ジョゼフはそれで自分が泣いていることに気がついたようだった。
「泣いてる……? おれは泣いているじゃないか。ははは……。あれほど疎ましく思っていた
虚無が出口を見つけるとは、あっけなく、何とも皮肉なものだ」
 才人にはやはり、ジョゼフに何が起こったのかは分からなかった。ただ……誰かの虚無の力が、
ジョゼフの顔に、人間らしい感情をよみがえらせたということは理解した。
 ルイズではないだろう。ティファニアも違う。であれば、ジョゼフに魔法を掛けたのは……。
 その時に、守備のガーゴイルを破ってタバサたちが艦上に乗り込んできた。聖堂騎士団は
すぐさまジョゼフを取り囲んで杖を向けたが、ジョゼフは力なく座り込んだままで、最早反撃の
意志すら見せなかった。
 ジョゼフの正面にタバサが立つ。それで顔を上げたジョゼフは、己の被っていた冠を脱いで、
彼女の足元に置いた。
「シャルロット。長いこと、大変な迷惑を掛けた。詫びのしるしにもならぬが……受け取ってくれ。
お前の父のものになるはずだったものだ。それと……お前の母のことだが。ビダーシャルという
エルフが、おれの動向の監視のためにまだガリアにいるはずだ。そいつに薬を調合してもらえ。
おれからの最後の命令……いや、頼みだと言ってな」
「……何があったの?」
「説明はせぬよ。お前の父の名誉に関わることだからな。だがもう、終わった。全ては終わったのだ。
おれはもう、地獄を見る必要はなくなった。後は、お前がおれを気の済むように扱えば、それでよい」
 ジョゼフは笑みを浮かべて、タバサに首を差し出した。
「この首をはねてくれ。それで、本当に全て終わりだ」
 タバサはもちろんのこと、この場の全員が、ハルケギニアを恐怖と混沌で呑み込もうとしていた
悪の権化と思われていたジョゼフの、あまりにも穏やかな様子に、理解が追いつかずに立ち尽くしていた。

292ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:01:15 ID:VAroRz/.
 そしてタバサは、父を殺した憎い仇の首を前にして、

 ザンッ、と鈍い音が響き、ジョゼフの首が甲板に転がった。

「……!?」
 噴き出た鮮血が、ジョゼフの正面に立っていたタバサの頬を濡らした。しかしジョゼフの
首を落としたのは、彼女ではなかった。
 禍々しい光刃がギロチンとなって降ってきたのだ。驚愕した才人たちが見上げると、崩れ落ちた
ジョゼフの胴体の上方には、死神が浮遊していた。
「何だあいつ……!?」
「気をつけて! あれこそが、ジョゼフの裏にいた真の敵……真の悪ですッ!」
 既に死神の底知れない敵性を見抜いているアンリエッタが警告を飛ばした。
 その死神は、アンリエッタに向けていた侮蔑はそのままに、表情を憤怒に染めてジョゼフの
遺体を見下ろしていた。
『下らないッ! 実に下らない! 我々が世界を滅する力を与えてやって、望みを叶えてやろうと
したというのに! ここまで来ておいて、終わっただと!? やはり人間なんぞに任せたのが間違い
だった! 肝心なところで役に立たんッ!』
「ジ……ジョゼフ様ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 麻酔が薄れてきたミョズニトニルンがあらん限りの絶叫を発した。死神は彼女も含めて、
この場の人間たちに汚物でも見るかのような冷え切った目を向けた。
『人間ッ! 宇宙の病原菌ども! ゴミ屑! 見るも汚らわしい汚泥風情がッ! 貴様らが
吐息をする度に虫唾が走るッ! 最早貴様らの悪臭には我慢がならんッ!』
「な、何言ってやがんだ、あいつ……」
 死神が怒濤のように発する侮辱の言葉の数々に、才人たちはむしろたじろいでいた。恐怖の
視線を集める死神は両の腕を掲げ、諸手に暗黒の力を宿す。
『こうなれば我々が直々に貴様らをこの世から残らず消してくれる! 一匹たりとも、生かしては
おかんッ!!』
 そして死神から闇の波動が飛び、それがカルカソンヌを襲う怪獣たちに浴びせられ――
怪獣たちの勢いが強まった!
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
「キ――――――――!」
「キイイィィッ!」
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
 怪獣たちは急激に高まった暴力によって、ゼロたちをはね飛ばす。
『ぐわあぁぁぁぁッ!?』
 キングオブモンスのぶちかましで地に叩きつけられたゼロのカラータイマーが赤く点滅し出した。
「ぜ、ゼロッ!」
 死神の力によって強力化した怪獣に窮地に追い込まれた仲間たちの姿に、才人が叫び声を上げた。

 その頃、マルチバースの一つの内にある地球では、藤宮博也が再び高山我夢の研究施設を
訪ねていた。
「藤宮!」
「我夢……俺が来た理由は、もう分かってるだろう」
 格納庫で我夢の前へとやってきた藤宮のひと言に、我夢はうなずき返す。
「ああ。君のアグレイターも、これと同じように光り出したんだろう?」
 我夢が取り出したのはエスプレンダー。それと同じ変身アイテムである藤宮のアグレイターも、
ランプ部分が明滅を繰り返した。
「この反応は、遂に僕たちが必要とされる時が来たということだ。このアドベンチャーもね」
 照明に照らし出されているアドベンチャー二号を見上げる我夢。アドベンチャーは既に
完成しており、整備も万全だ。いつでも発進できる状態にある。
「すぐに行こう。時間の猶予はないみたいだ。この光が、俺たちを導いてくれる」
「ああ。でも藤宮、玲子さんには挨拶してきたのかい?」

293ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2018/01/03(水) 22:03:42 ID:VAroRz/.
 二人乗りに改造しておいたアドベンチャーに乗り込みながら尋ねた我夢に、藤宮は苦笑
しながら返した。
「すぐに帰るとだけな。俺たちは死にに行くんじゃないからな」
 それに我夢も苦笑を浮かべた。
「それはそうだ。僕たちは、世界を救いに行くんだからね!」
 我夢と藤宮が乗り込むと、アドベンチャーが機動。機体両脇のホイールを高速回転させて
時空間のひずみを作り出し、時空と時空の境の超空間に入り込む準備を行う。
『行ってらっしゃいませ、ガム、フジミヤ』
 時空を超えた旅に出る二人を見送るのはPALのみ。しかし我夢たちにはそれだけで十分であった。
 彼らは、必ずこの世界に帰ってくるのだから。
「行ってくるッ!」
 我夢の返事を合図として、アドベンチャーは空間の壁を超えて別世界へと移動していった。

 死神の魔力によって怪獣の暴威が激化したことで、タバサはジョゼフから転げ落ちた赤い
球へと駆け出した。
(あの球は……!)
 見覚えがある。大きさや形は違えども、ファンガスの森を怪獣だらけにしたという、あの球と
同じものに違いない。ならば、あの時のように怪獣を倒す勇者――ウルトラマンを呼ぶことが
出来るはずだ。ゼロたちのピンチを救うには、それ以外方法がない。
 しかし、タバサの手が触れるその寸前に――赤い球は死神の魔力をぶつけられ、消滅してしまった。
「あッ……!?」
『思い通りにさせるものか、馬鹿めが! 一度出したものを消す機能はないが、『奴ら』を
呼び出されるようなことは絶対にあってはならんからなッ!』
 タバサの希望を消し去ってしまった死神は、地上のキングオブモンスに向かって命令を飛ばす。
『そして貴様らにこれ以上余計な真似はさせん! さぁ、やれぃッ!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 バジリスとスキューラがゼロを抑えつけている間に、キングオブモンスがフリゲート艦に
向けてクレメイトビームを発射! フネは一瞬にして木端微塵にされた!
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッ!!」
 当然才人たちは空中に投げ出される。シルフィードや聖堂騎士のペガサスらが慌てて放り
出された人たちを受け止めていくが、そこにバジリスが光球を撃ち込もうとしている。
『やめろぉぉッ!』
「ヴォオオオオオオオオオオ!」
 必死に止めようとしたゼロだが、キングオブモンスの尻尾に殴り飛ばされた。
『ぐわぁぁッ!』
 バジリスは光球を発射! 才人たちを受け止めたところのシルフィードたちは、とても
かわす余裕がない!
 誰もが絶望する、そんな状況であったが、ルイズは決してあきらめなかった。
「こんなところで、わたしたちは終われない! 奇跡よ起きてッ!」
 呪文の一文字目すら詠唱する暇もないが、それでもルイズは自分の杖を振り下ろした。
「光よぉぉぉぉぉッ!!」
 その刹那、杖にまばゆい光が生じた――。

 エスプレンダーとアグレイターの光の波長が導く先へと目指しているアドベンチャーの機内で、
我夢と藤宮の手にしているその二つのランプが、完全な輝きを発した。
「! 我夢ッ!」
「ああ! 行こう藤宮ッ!」
 二人は本能的に、変身アイテムを手にする腕を伸ばして、持てる限りの声と力で叫んだ。
「ガイアアアアァァァァァァァァァァッ!!」
「アグルルウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 バジリスの光球が才人たちへと飛んでいく、まさにその時、空の一角にワームホールが開かれた。
『何ッ!?』


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