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中・長編SS投稿スレ その2
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中編、長編のSSを書くスレです。
オリジナル、二次創作どちらでもどうぞ。
前スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9191/1296553892/
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急行してきたボラー艦隊を見て、デスラーはほくそ笑んだ。
「盛った獣のような連中だ。地球人ならもう少し芸があるのだが……」
「油断は大敵かと」
「判っているよ、タラン。窮鼠猫をかむとも言う。それでは行くとしよう」
こうしてガルマン・ガミラス艦隊はブラックホールを背にして砲撃を開始した。
「小癪な、一気に叩き潰せ!」
スターレン級の新型ボラー砲の一斉発射から始まったこの大攻勢をデスラーは見事に防ぎきった。
新型デスラー砲は一撃でボラーの戦艦をダース単位で吹き飛ばし、新型戦闘機で構成される航空隊はボラー軍戦闘機と互角以上に戦った。
そしてこの戦いではガルマン艦隊の活躍も目立った。
「我らの子孫であり、救世主であるデスラー総統閣下に無様な真似は見せられないぞ!」
原作では東部方面軍司令を勤めていたガイデル提督はそう言って部下を叱咤激励し勇戦した。
唯一、ヤマトに勝利できた指揮官の名に相応しく、彼の部隊は獅子奮迅の活躍ぶりを見せ、数倍ものボラー軍を食い止め、その進撃を
遅らせた。
そしてこれに業を煮やしたバルコムはさらなる攻勢を決意する。何しろこれだけの兵力を与えられて勝利できなかったとなれば自分が
粛清されかねないのだ。
「怯むな、敵は少数だ!」
だがこの直後、ガルマン・ガミラス艦隊がさらに後退を始める。それも整然としてだ。
「何だと?」
「閣下、奴らはブラックホールを重力カタパルトにして逃げ出すつもりなのでは?」
「ふっ、何を今更。奴らが腹を見せたら逆に葬ってくれる!」
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しかしガルマン・ガミラス艦隊を追撃しようとした頃、ブラックホールに巻き込まれようとうする惑星や小惑星が現れる。
「ええい邪魔な!」
だがその直後、バルコムは凍りつく。
辛うじて生きていたレーダーがトンでもないものを捉えたからだ。
「あれは……プロトンミサイルだと?! 拙い、全艦分散しろ!!」
そう、それは巧みに偽装され、その存在を隠匿されてきたガミラス製のプロトンミサイルだった。
通常なら見つけることも出来たのだが、暗黒物質による索敵能力の低下、加えて戦力を前方の敵艦隊に向けすぎたことで発見が
遅れたのだ。そしてその遅れは致命的だった。
バルコムの指示を受けてボラー艦隊は混乱する。何しろ攻撃を開始した直後に、いきなり分散を命じられたのだ。
この混乱するボラー艦隊の動きを見たデスラーは勝利を確信した。
「作戦は最終段階に移る。気を抜かないように」
そしてガルマン・ガミラス艦隊の将兵が見守る中、ガミラスのプロトンミサイルがボラー艦隊の近くを通りかかった惑星や
小惑星に次々に命中した。
その結果、ボラー艦隊は大爆発と衝撃波に襲われることになった。
「た、体勢を立て直せ!」
だがそんな暇をデスラーは与えない。
全艦を反転させると即座にデスラー砲によって混乱するボラー軍の陣形中心に穴を開けた。
「突破する。全艦、続け!!」
ボラー軍の中央を突破したガルマン・ガミラス連合艦隊は、ボラー軍の背面に展開。逆にボラー軍をブラックホールに追いやっていく。
「馬鹿な、このスターレン級が、この私がこんなところで!?」
バルコムが絶叫した直後、機関部を撃ちぬかれた戦艦スターレンは、ブラックホールに飲み込まれていった。
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あとがき
というわけで艦隊決戦はほぼ終了です。
ボラー軍上層部は大変なことになりそうです(笑)。
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第49話です。
『嗚呼、我ら地球防衛軍』 第49話
バルコムがブラックホールに飲み込まれて死亡するという悲惨な最期を遂げた後、残されていたスターレン級5隻諸共、ボラー艦隊は
宇宙の藻屑となった。さらにデスラーは救援に駆けつけてきたり、ハロでうろうろしていた残存部隊を片っ端から殲滅していった。
「これであとは、あの機動要塞のみだ」
「しかし総統、奴らの手足となる艦隊は撃滅しました。これ以上、長居は無用です」
タランはデスラーに早期の撤退を促した。
「ふむ。我々の目的は味方の救援。足の遅い機動要塞は放置しておけば良いと?」
「その通りです。一人でも多くのガルマン人を救出した後に、仮本星、いえ第二帝星に一旦引き上げるべきかと」
タランの言うとおり、目的はほぼ達せられた。
だがデスラーはここで引く気はさらさら無かった。
「いや、ここであの機動要塞も攻略する。あれは奴らにとっても切り札だ。ここであれを沈めておけば、後が楽になる」
デスラーが次の獲物としている機動要塞で指揮を取っていたゴルサコフは、信じられない敗戦の報告を聞いて狼狽していた。
「ぜ、全滅、いや前衛艦隊が文字通り消滅したと?」
「はい。バルコム司令は戦死し、スターレン級6隻も全て撃沈されたとのことです」
「そんな馬鹿な……」
だがゴルサコフは何とか頭を切り替える。
(拙い。これでは、私が全ての責任を負わされてしまう……こうなれば、何としてでも奴らを撃滅するしかない)
ゴルサコフは何とか残っている艦で護衛艦隊を編成すると即座に追撃に乗り出した。
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だが機動要塞を中心とした部隊は、ハロ領域手前でガミラス軍機の波状攻撃に遭う。
デスラー戦法によって送り込まれてくる無数の攻撃隊に、ボラーは手を焼いた。
「蛆虫どもめ! 追い払え!!」
だが当初動員した艦の大半がハロの戦いで潰えたため、護衛艦隊による対空砲火は疎らだった。
戦闘機も出たが、ガミラス機を追い払うことはできない。そんな中、次元潜航艇が現れ、護衛部隊を攻撃していく。
「第5駆逐隊全滅!」
「第2戦隊から救援要請が入っています!」
相次ぐ凶報。機動要塞こそ目立った被害はなかったが、このままでは護衛部隊が機能不全に陥る可能性が高かった。
味方の不甲斐無さにゴルシトフは怒ると同時に焦った。何しろこのままでは作戦の失敗は確実なのだ。
粛清の2文字が頭の中にチラつく。
(拙い……この要塞は落ちないだろうが、艦隊が全滅するようなことがあればボラー軍は大打撃を受ける)
そんな彼の前にガルマン・ガミラス艦隊が現れる。それは彼にとって絶好の好機に見えた。
「マイクロブラックホール砲で発射用意!」
このとき、機動要塞の正面に展開した艦隊を指揮していたのはガルマン軍でシャルバート教徒の纏め役であるハイゲル将軍だった。
「奴らをかき乱すぞ。ブラックホール砲には気をつけろ」
「了解」
兵士の返事を聞くとハイゲルは頷き黙り込んだ。
(ふっ、信心深かったシャルバート信者も減ってしまった。最近では新参者であるガミラス総統デスラーへの信仰に鞍替えする者もいる。
だが私はめげない。宇宙の神はべムラーゼでも、デスラーでもないのだ)
原作では全面戦争中に宗教上の理由でクーデターを起こそうとした人物だったが、今はデスラーの体制を支持していた。
何しろこれまでシャルバート教を散々に弾圧していたボラーを叩くほうが優先だった。
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ハイゲル率いるガルマン・ガミラス連合艦隊はボラー連邦艦隊を引っ掻き回した。
加えて機動要塞がブラックホール砲を搭載していること、これまでの戦いから尋常ではない防御力を持っていたことから要塞への
対応も十分に行われていた。
これにゴルサコフは苛立つ。
「ええい、素早い連中だ。マイクロブラックホール砲を連続発射、命中しなくても良い。奴らの足を止めるんだ!」
機動要塞が次々にブラックホール砲を撃ちこみ、周辺に小型のブラックホールを形成する。
この重力場に囚われて連合艦隊は足を止めてしまう。
「今だ、全部隊前進! トドメを刺せ!」
ゴルサコフが護衛部隊を前進させ、ハイデル部隊を撃滅しようとした。
だがこれこそがデスラーが待った好機だった。
「瞬間物質移送装置起動。艦長、戦果を期待しているぞ」
『お任せください。総統!』
モニター越しに総統直々の言葉を聞いた重爆撃機のパイロット(戦闘空母艦長)はそう言って敬礼する。
「では、作戦開始」
ハロに漂う暗黒物質で隠れていたデスラーは、デスラー艦の前に待機させていたドリルミサイルを装備した爆撃機(七色星団で
ヤマトにドリルミサイルを撃ちこんだ機体)を機動要塞の正面に送り込んだ。
それは奇しくも、ヤマトを葬るためにドメルが採用した作戦と同じだった。
「何?!」
慌てたのはゴルサコフだ。
「応戦しろ!」
「ダメです、間に合いません!!」
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突然、至近距離に現れた重爆撃機に機動要塞は対応できなかった。
そしてその隙を突くように、重爆撃機は搭載していたドリルミサイルをマイクロブラックホール砲の発射口に打ち込んだ。
『我、奇襲に成功せり!』
パイロットは鼻高々にそう報告しつつ、戦場を離脱していく。
そしてボラーご自慢のマイクロブラックホール砲が封じられたことを見たデスラーは、隠れていた艦隊で全面攻勢に出る。
「いまだ、全軍進撃開始!!」
暗黒物質から出現した連合艦隊は一気にボラー艦隊に襲い掛かった。
ゴルサコフは何とか体勢を立て直そうとするが、マイクロブラックホール砲を封じられた上、奇襲された護衛部隊は大混乱で
どうすることも出来なかった。
「早くあの邪魔な物を撤去しろ!」
そう叱咤激励するしか彼にはできなかった。
だがそれも実を結ぶことは無く、ドリルミサイルは爆発して、発射口に大穴が生じる。それは鉄壁を誇った機動要塞の防御に
大穴が開いた瞬間でもあった。
「ま、拙い。応急修理を……」
そして、それを見逃すデスラーではない。
「デスラー砲発射!」
デスラー艦から放たれたデスラー砲は寸分違わず目標に命中した。
波動砲にさえ耐え切る装甲を持つ機動要塞も、内部に高エネルギー砲を撃ちこまれては堪らなかった。ブラックホールを生み出す
ためのエンジンが、要塞を支えるエネルギーが、各所に置かれていた弾薬が次々に誘爆を起こしていく。
「そ、総員退避!!」
ゴルサコフは逃げ出そうとするが、それは適わず、機動要塞の爆発の中に消えた。
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あとがき
総統閣下無双です。
ボラー涙目ってレベルじゃありません(笑)。
というか、これだけ派手にガミラスが暴れたら、防衛軍も慌てるかも知れません。
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第50話です。
『嗚呼、我ら地球防衛軍』 第50話
ボラー連邦建国以来最悪の大敗北を喫したとの情報はボラー連邦を揺るがした。
機動要塞、スターレン級戦艦6隻、それに各地から引き抜いた宇宙艦隊が悉く失われたのだ。
それは軍制服組の責任追及だけでは終らない重大な問題であり、ボラー連邦のトップであるべムラーゼも苦境に立たされた。
「ボラー連邦が保有していた宇宙艦隊は大打撃を受け、自由に動ける部隊は殆ど無くなった」
「今回の敗北は戦術的な問題に留まらない。戦略的、政治的な大問題だ。首相の責任は重大だ!」
「この度の敗戦は首相の指導力不足、いや決断の誤りによるものが大きい。べムラーゼ首相は指導者の器ではないのでは?」
「首相の解任を要求する!」
べムラーゼの政敵達は次々に彼の責任を追及し、首相の解任を要求した。
勿論、べムラーゼは潔く失脚するつもりはなく、あらゆる手段を用いて対抗し、ボラー上層部は政争に明け暮れることになる。
軍でも主流派であった人間達が悉く戦死するか今回の敗戦の責任を追及されて失脚していった。そして主流派に代わって軍の
要職に就いた者たちは軍の再建に頭を抱えた。
「スターレン級を量産するより、まずは安価な従来艦を量産して戦力を回復させなければならない」
「まずは数だ。正直、数がないと話にならない」
「場合によっては地球防衛軍がやっているような無人艦を導入するべきだろう」
かくしてボラー連邦軍は各地の造船所をフル稼働させて艦艇の建造に勤しんだ。
デスラーも補給の問題から一旦兵を引いたこともあり、ボラー軍は再建の猶予が出来たかのように見えた。
だがその猶予もデスラーの気分次第でどうなるかわからない。
故にボラー軍は手っ取り早く艦艇を補充する方法として地球から艦船を購入することを考えていた。実際、ボラー軍は政府に
働きかけてその旨を地球連邦政府に打診した。
この打診を受けた連邦政府は勿論、困惑した。
「今の防衛軍に譲れる艦艇はありません」
「それにショックカノンを輸出するとなれば、地球の優位を崩しかねません」
藤堂と議長はそう言って反対した。
だが議長としてはボラーから色々と技術を得たいと思っていた。このためボラーに借りを作るべく防衛軍の艦ではなく、サルベージした
旧ガトランティス軍の艦を提供することを提案した。
「大戦艦や駆逐艦、それに大型空母を提供しましょう。資源としては惜しいですが、使いようによっては十分な対価が期待できます」
この議長の意見は防衛会議や大統領府でも審議された末、承認された。
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波動砲が搭載されていない大戦艦、もう搭載できる艦載機がない大型空母など持て余すだけだった。
解体して資源にするよりはボラーに恩を売るのに使ったほうが良いかもしれないと政府は判断したのだ。勿論、議長はこれらの艦艇の
提供と引き換えに即座にボラーに対価を求めさせ、ハイパー放射ミサイルなどの各種技術を入手させた。
「全く、相手の弱みに付け込むと後が怖いですよ?」
連邦ビルの一角で行われた転生者たちの密談で、外交担当者が議長に苦言を呈した。
これに議長は堂々と反論する。
「だが今しておかないと、技術の提供なんて無理だろう。それに我々も貴重な資源を提供したんだ。文句を言われる謂れはない」
「そうですね。確かに資源を手放したのは痛いですが、引き換えにディンギル系統の技術を得られるでしょう。
要塞や大型戦艦攻略のための新型ミサイルの開発に弾みが付きます」
財務次官は満足げだった。
「それに例のアイルオブスカイで開発中の新装備があれば……防衛軍の戦闘力は大幅に強化できる、そうでしょう?」
「ああ。火炎直撃砲を参考にして開発が進められている新型の『波動直撃砲』。あれがあればディンギルのように小ワープして
逃げられることもない」
この言葉に誰もがニヤリと笑う。
「波動砲にエネルギーをチャージした状態の自動戦艦を相手の背後や側面に送り込むのも良いが、そのたびに戦艦1隻を危険にさらす
のも大変だからな……まぁ必要ならするが」
「確かに、デザリアムは恐ろしい相手ですからね」
「それとガミラスもだ。連邦政府や防衛会議がすんなり艦艇の売却を決めたのはボラーを使ってガミラスを弱体化させたいからだろう」
これに外交担当者が頷く。
「ガミラスは地球人類にとって仇敵ですからね。彼らが銀河に来て暴れているとなれば何かしら手を打ちたいと思うでしょう」
この世界の人類にとって、ガミラスは不倶戴天の敵であることは変わっていなかった。
「それにしても暴れすぎだ。新型戦艦どころか機動要塞まで討ち取るのだから。『Ⅲ』と『永遠に』を同時進行なんて冗談じゃないぞ。
まぁ議会も慌てて防衛艦隊整備計画の前倒しをしてくれるだろうから、少しは対応できそうだが」
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地球連邦政府はボラーに旧ガトランティス軍艦艇を譲る傍ら、地球防衛艦隊の整備をより進めることを決定した。
デザリアム帝国に加え、ガミラス帝国が暴れるとなれば軍事力の整備は必要不可欠だった。ましてボラー軍が大打撃を被った以上は
自分の身を守るための力は少しでも必要になる。
「十十十艦隊計画か……野心的な計画だな」
「ですが必要です」
藤堂と議長は今後の防衛艦隊整備について2人きりで話し込んでいた。
「アンドロメダ、改アンドロメダ級あわせて10隻、戦闘空母と正規空母10隻、さらに拡大波動砲搭載型戦艦10隻を揃える。
これと並行して既存艦艇の改装も進めるか……これだけあれば防衛軍の戦力は飛躍的に向上するだろう。だが可能なのか?」
「議会対策は問題ありません。ガミラスがトラウマの方々はその恐怖から逃れるために賛同するでしょう。
ガミラスは今回暴れすぎました。誰もがボラーではガミラスを止めることはできないと思うでしょう」
「……」
「デザリアムにも備えなければならないことを考えれば、これでもまだ足りないと思っています」
「君はまだ軍拡をすると? 今でも負担を強いているのに?」
「表向き、地球は復興しました。ですがその立場はガミラス戦役のときより少しよくなった程度と私は思っています。
楽観するのはまだ早いのです」
ガミラス戦役、ガトランティス戦役勝利の立役者であり、地球最高の軍略家とされる議長の言葉には重みがあった。
「これからも前線部隊には負担を掛けると思いますが宜しくお願いします」
「……判った。それと言葉遣いはもうそろそろ改めたほうが」
「いえ、私にとって長官は長官です。2人だけのときや、気心が知れた人間しかいないときは今までのままで十分です」
これに藤堂は苦笑した。
「君も変わっているな」
「ははは、ユニークな知人が多いので、染まったのかも知れません。それでは失礼します」
こうして防衛軍は動き出した。
だが動いていたのは防衛軍だけではなく、彼らが仮想敵と見做していたデザリアムも同様だった。
「ボラーと手を組むと?」
「はい。現状ならそれも可能かと」
スカルダートの問いに、サーダは自信たっぷりに頷いた。
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あとがき
いよいよ50話です。
デザリアムも動き出します。さて地球は耐えることができるか……。
それにしても青の軌跡よりも長くなってしまった(苦笑)。
いや閑話を含めると話数だけなら憂鬱よりも長くなっています(汗)。
ちなみに憂鬱本編は完成率50%です。もう少しお待ちください。
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第51話です。
『嗚呼、我ら地球防衛軍』 第51話
艦艇不足に苦しむボラーは地球と取引を行い、旧ガトランティス帝国軍艦艇と引き換えにハイパー放射ミサイルの技術を含む
ディンギル帝国製の技術を地球側に提供した。
詳細な内容が書かれた書類を議長室で読み終えた議長は、書類を机に置くと苦笑した。
「また真田&大山コンビの仕事が増えたわけだ。まぁ仕事がないよりはマシと思ってもらうしかないな」
お疲れ気味の本人達が聞いたら激怒しそうな内容をのたまう議長に、秘書はすかさず突っ込んだ。
「増やしたのは議長でしょうに……このままだと真田さん、過労死するのでは?」
「万が一の事態に備えて医療体制は整えている。それに名無しの技術者だって頑張っているから、負担も極端には増えないだろう。
それに……」
「それに?」
「不幸というのは皆で分かち合うものだろう?」
議長の前にはこれから読まなければならない書類が積まれていた。
これでも可能な限り減らされたのだが、それでも防衛軍の三軍(宇宙軍、空間騎兵隊、地上軍)を統括するとなると仕事量が
半端ではないのだ。
「私が幸せだったら、少しは他人を思いやる余裕もあるんだが……」
(うわ、この人、最悪だ……)
黒い笑みを浮かべる議長を見て秘書官は腰が引けた。
「……冗談だ。そう引くな」
「冗談には見えません。むしろ本気に見えます」
(半分は本気だがな。くそ、この地獄から逃れるためには、仕事の効率をもっと向上させなければならないか)
そう小さく呟くと、議長は右手にある書類に目を向けた。
「第9艦隊の新設と3個艦隊を基幹とした攻性部隊の創設……これを進めないと」
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十十十艦隊計画と並行して、議長は遠隔地にある敵本拠地への侵攻を考慮した攻性部隊の創設を提唱していた。
第7艦隊、第8艦隊(臨時編成から常設へ)、第9艦隊(新設)の3個艦隊を中核とし、これにα任務部隊等の独立部隊を加えた
遠征軍をもって敵本拠地を攻略(又は殲滅)するというのが議長の主張だった。
「それやったら、もう防衛軍とは言えないのでは?」
日系の実力者からはそんな声が出たが、北米や欧州出身の白人層からは高い支持を受けた。
彼らは殴られっぱなしで泣き寝入りする民族ではない。
「一発ぶん殴られたら、百発以上殴り返して、相手の足腰が立たなくしてやる!」
それが彼らのクオリティだった。
北米州は必要ならアリゾナやアイオワなどの新造戦艦を攻性部隊に加えることも躊躇わないという始末だ。
尤もそこには些か生臭い理由もあった。そしてその理由を議長は悟っていた。
(ヤマトやムサシ並の活躍をさせて、連邦内部での発言力を強化したいのだろう……)
極東州、いや日系が連邦政府内部で幅を利かせるのはヤマトの活躍による物が大きい。
日本がガミラス戦において力を温存させることに成功させていたこと、日本の宇宙艦隊が地球復興の立役者になったことも大きいが
やはりガミラス本星を滅ぼした上、イスカンダルからコスモクリーナーDを持ち帰ったという功績は誰も否定できないものだった。
さらに最近では日系人が主流を占める防衛軍がガトランティス帝国をほぼ無傷で撃退するという戦果を挙げている。
かつての大国群が、「この辺りで自分達の立場を回復させたい」と思うのは当然の流れだった。
「まぁ良い。この際、何でも利用してデザリアムを二重銀河ごと滅ぼしてくれる。何しろボラー軍は当面役に立たんからな」
議長としてはボラーを対デザリアム戦役で盾に使おうと考えていたのだが、その目論見は水泡と帰した。
故に防衛軍を少しでも強化するしかなかった。
「ま、3個艦隊と言っても自動艦が多いから、引き立て役にされて壊滅しても被害は最小限に抑えられる」
「黒すぎますよ、議長……」
「多少、黒くないとやってられないぞ。
まぁ転生者仲間には、いや一人でも多くの宇宙戦士たちに、生きて地球に帰ってきてもらいたいとは思っているよ。
そう、今後のためにも」
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一方、仮想敵とされたデザリアム帝国は極秘裏にボラー連邦に接触を行っていた。
尤もボラー連邦は、イスカンダルで防衛艦隊によって一方的にボコボコにされたデザリアム帝国軍の実力を疑問視しており
頼りにならないかも知れない国と一緒になって地球と敵対するつもりはないと伝えた。
「あの狂戦士共と戦いたいのなら、自分でやってくれ。(今は)そちらに味方する気はない。
ただ、地球に与して積極的に敵対するつもりも(今のところ)ない」
これがボラーの本音だった。
だがサーダはそれでも十分と判断した。
「対地球戦争で邪魔をしないというだけでも十分でしょう」
スカルダートはこれを聞いて嘲笑する。
「それにしても、何と薄情な連中だな。友好国をこうも簡単に見捨てるとは」
「いえ、むしろ彼らは地球ならば単独で我々を退けることが出来ると思っているのでしょう。
兵を引くのも、下手に巻き込まれて被害を受けるのを避けたいというのが本音かと」
「そして、ついでに我々と地球が消耗すれば良いということか。舐められたものだ」
「ですがここで短期間で地球を占拠できればボラーは手のひらを返して勝ち組に乗ろうとするでしょう。彼らもガミラスとの
戦いで受けた損害を補填したいと思っているようですし。そして仮にそうなれば他の星系にいる地球軍を始末しやすくなります」
この言葉を聞いた時、スカルダートは一瞬だが逡巡した。地球を叩くべきかどうかを。
だがボラーが弱体化し、地球が事実上孤立無援となっているのは絶好のチャンスとも言えた。
波動エネルギーを使う天敵を一刻も早く叩き潰し、加えてその生命力を手に入れるというのは、種として衰えつつある
デザリアム人にとって余りにも魅力的だった。
「……よかろう。参謀本部に命じて、短期間で地球を陥落させる作戦を立案させる。情報は集まっているのだろう?」
「はい。ですが地球を制圧した後、次はボラーが脅威になるのは事実です。工作を進めておく必要はあるかと」
「良いだろう」
こうしてデザリアムは地球攻略に向けて本格的に動き出す。
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あとがき
デザリアムは開戦を決断しました。
一方、地球側は着々と準備を進めています。
沖田艦長もいよいよ復帰します。
完結編では寂しい艦隊で出撃でしたが、ここだと沖田艦長(司令?)の下で
多数の戦略指揮戦艦を含む大艦隊が出撃するかも……。
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第52話です。
『嗚呼、我ら地球防衛軍』 第52話
議長の必至の根回しもあってか、第9艦隊の新設と、第7〜9艦隊の攻性部隊化が決定された。
そして転生者たちにとっては究極の切り札である『あの男』が現場に復帰することになった。
その人物は防衛軍司令本部の長官室で、長官直々に辞令を受けることになる。
「沖田君、病み上がりですまないが、地球のために再び頑張ってくれ」
「判っています。藤堂長官」
沖田十三。イスカンダルへの航海を成功させた英雄。
どんな不利な状況においても不屈の闘志と冷静さを失わず戦い続け、デスラーさえも一目置く男が長い入院生活を終えて戻ってきたのだ。
「沖田君には第7艦隊司令官兼タケミカヅチ艦長に就任してもらいたい。これに伴い、古代進艦長代理を正式にヤマト艦長に任命する」
「了解しました」
「第7艦隊には自動戦艦や、ガトランティス帝国軍の艦艇などが配備されている。
自動戦艦は実験部隊である第01任務部隊で問題点を可能な限り潰しているが問題が発生する可能性はある」
「判っています。初めての試み故に問題は多いでしょう。しかし解決できないものはないと思います」
沖田はこのとき、デザリアムとの戦いは不可避であると判断していた。
故にいずれ訪れるであろう大反抗では、乗員の消耗を気にしなくても良い無人艦や、遠征に適している旧ガトランティス帝国軍の艦が
必要になると考えていた。
「とりあえず第7艦隊は訓練漬けでしょう」
「必要な資材については優先して送る。これは議長や防衛会議も同意している」
かくして第7艦隊は土方の訓練並にハードな訓練を課されることになる。
この一方で、改装中のヤマトとムサシの下に、2隻の戦艦が送られることになった。
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「新しい艦を配備すると?」
α任務部隊司令官である古代守は、ムサシの第一艦橋のメインパネルに映る藤堂長官に尋ねた。
この質問に藤堂はすかさず頷く。
『そうだ。議長はα任務部隊に大きな期待を掛けておられるそうだ。
一部では過剰との意見もあったのだが、α任務部隊には主力戦艦2隻、『アーカンソー』と『ロイヤル・オーク』が配備されることになった」
「これで戦艦3隻、攻撃型空母(ムサシ)1隻の4隻。かなりの打撃力ですが、護衛艦は?」
『主力戦艦2隻が護衛艦のようなものだ。この2隻は波動砲を搭載せず、引き換えに装甲を厚くしている』
「波動砲を搭載しない?」
『そうだ。波動砲を撃つ前と撃った直後、艦は無防備になる。それをフォローするための艦だ。試作として2隻建造された。
何しろ波動砲に頼り切るのが危険ということがこれまでの戦役、特にガトランティスとボラーの戦いで誰の目にも明らかになったからな。
勿論、波動カードリッジ弾などの波動兵器も多数揃えている。火力は十分だろう』
「しかし、石頭たちがよく納得しましたね」
『心底納得はしていないだろう。だが何かしら手は打たなければならない。その一環だ』
「正規艦隊で大々的には取り組めない。だから独立部隊のα任務部隊でテストをしてみると?」
『そういうことだ。新装備のテストは第01任務部隊でも出来るが、やはり実戦データも必要になる。君達なら使いこなしてくれると
議長も考えているようだ。それとコスモファントムも優先して送ると言われている』
「了解しました。議長の期待に応える為にも、全力を尽くします」
こうしてα任務部隊はさらに強化された。
だが梃入れはそれだけではなかった。何とこの度、ズォーダー大帝さえ脅威と見做していた超能力者・テレサが正式にヤマトクルーとして
乗り込むことになったのだ。尤も表向きは超能力者と言うことは伏せているが……。
また空間騎兵隊も強化され、斉藤を筆頭に『2』の主要な面子が送り込まれた。
沖田艦長復帰やα任務部隊への梃入れの状況に関する詳しい報告を、議長室で聞いた議長は満足げに頷いた。
「山南さんは植民地星防衛の指揮を執ってもらわないといけないし、土方長官は太陽系防衛の任務から外せないが……まぁフルキャストだな」
議長の言葉に秘書は頷く。しかしすぐに懸念を口にする。
「ここまで充実すると、あとが怖そうですが……」
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この言葉に議長は少し固まった。
「……二重銀河が吹き飛ぶ以上のことでも起きると?」
「否定は出来ないのでは?」
「ははは、まさか。銀河が消えてなくなる以上の大惨事なんて起きないだろう。いくら何でも……」
そう言いつつも、議長は不安に駆られた。何しろ彼らは色々と前科がありすぎた。
「……いや、さすがに無いだろう。波動融合反応がいくら凄くても宇宙を崩壊させるようなことはないだろう」
さすがに銀河が吹き飛ぶ以上の大災害を想像できなかった。そして議長はそこで話を切る。
「あとは重核子爆弾だな。出来れば太陽系外で迎撃したいが……」
「難しいのでは?」
「いやこちらに何時到着するかがある程度判れば何とかなる可能性はある。
劇中では太陽系の各惑星の基地が次々に叩かれていたことから、地球を含む各惑星が直線上に並ぶ時期と考えることができる。
重核子爆弾の能力からしても、正しい選択と言えるだろう」
「では?」
「その時期に特に警戒態勢を敷く。
もしも太陽系に侵入されて一部の惑星の基地が全滅しても、基地に配備したロボットが詳細な報告を行うようにする。
そうすれば各基地の要員を退避させる口実にもなる」
そこまで読まれていることを知る由も無いデザリアム帝国は、地球の速やかな占領のために重核子爆弾を地球に向けて発射した。
さらに地球本星攻略を担う地球攻略艦隊も出撃していく。ただしその艦隊はゴルバこそないが、当初の予定より大幅に増強されていた。
「一気に叩くのだ。油断はならん」
スカルダートは通信機越しに、巨大戦艦ガリアデスに乗る攻略艦隊司令官カザンにそう命じた。
命令を受けたカザンは自信満々に答える。
「お任せください。あの星をすぐに我が帝国の版図に加えてみせます」
かくしてデザリアム戦役が始まる。
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あとがき
さて防衛軍は可能な限りの戦力を集めてデザリアムを迎え撃ちます。
このままだと迎撃戦は山南さんを除いたヤマトのフルキャストでお送りすることになるでしょう。
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二次創作もOKとのことなのでお目汚しをば。
最初に諸注意だけ書いておきます。
※ 本作におけるいかなる描写も、作者は特定の民族・国家・団体・人物その他を貶める意図をもっているものではありません。
また、そういった描写、または二次創作作品に対し不快感を覚えられる方は本編を読まれないことをお勧めします。
元ネタについては、末尾において記述いたします。
では、「英国無双かく戦えり」はじまります。
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※最初は原作から。
ネタSS――英国無双かく戦えり〜HELLSINGにあの人たちを突っ込んでみた〜
「ハンッ。」
彼は侮蔑の笑みを漏らした。
額からは血が滴り落ち、首元のヘッドセットへと垂れている。
部下たちは、すでに「あの世」とやらへ徒党を組んで進撃してしまっていた。
さて、そろそろ私もいかなければ。
大英帝国海軍中将にして大英帝国安全保障特別指導部 本営の長という長ったらしい役職についている男、サー・シェルビー・マールヴァラ・ペンウッドは、一世一代の会心の笑みを浮かべる。
目の前にいるやたら犬歯の多い男――いまどき流行らない黒い髑髏の制服の男は、その様子に少し怪訝げになり、ルガーを彼の方に向けた。
「何がおかしい。人間?」
「無能な、こ、このわ、私より、無、無能な、貴、きッ様らがだよ!」
この、廃墟となりつつある本営へ乱入してきた武装SSの者どもはその時、異常に気づいたらしい。
慌てて周囲の至る所に仕掛けられた爆弾類を見渡し、驚愕の表情を浮かべる。
ペンウッドは、ますます口元の彫りを深くした。
そう。その顔が見たかった。
栄光を失い、衰退し続けるロイヤル・ネイヴィーを守り続け、現状維持という名の没落を続ける中、ただ仕事をこなしてきた一生だった。
そんな人生の・・・生まれついた地位で与えられた職務を忠実に果たすだけの人生、負け続けの人生で、ただ一度。
そう、死ぬ前にただ一度の勝利を得た。いや、得つつある。
そう思うと、ペンウッドは今まさにこの帝都大ロンドンを焼き尽くし、殺戮し尽くしつつある哀れな敗残兵――吸血鬼どもになぜか親近感を抱いている自分に気がついた。
「さ、さよ、さようなら。イ、インテグラ。わ、私も楽しかったよ。」
全周波数帯に向けて放っている電波の波に乗せて彼は、彼の娘のような親友の愛娘に向かって別れをつげた。
そして、ペンウッドは、左手のじんわり湿った手袋に握りしめていたスイッチをゆっくりと胸の前に持ち上げる。
「やッ やめろォ!」
五月蠅い吸血鬼のSS将校が拳銃弾を放つ。
続けざまに右腕、そして肩へと命中するものの、慌てているせいか一発で意識を失わせるには至っていない。
素人め。
「嫌だ!」
少し体を倒しながら、ペンウッドは言ってやった。
先ほどまで思い出していたあの娘、インテグラ卿を思い出しつつ。
「そんな頼み事は、聞けないね!!」
-
Side ペンウッド
――ボタンを押した。
漂白される視界。体が持ち上がるのを感じた。
一生の思い出が早送りで流れていく。
最初の記憶は、ロンドンの一室。
そして、父に認知され、屋敷に引き取られた。
スパムばかりの生活に飽きていた頃、冷戦というものを知った。
ほどなく父は亡くなり、うら若き女王陛下のもと大英帝国は解体されていく。
東西冷戦のさ中、海軍に入った。
家柄からか、自分でもびっくりするくらいに大事にされた。
やはり、あの父の子だということが助けになったのだろう。お偉方のつきあいには出席させられた。
あの労働党ですら、自分がいるから艦隊航空隊の解体をしばらく待って特殊部隊へ飛ばす措置をとった。
ベルファルストでは死にかけた。
チェルネンコが書記長をはじめた頃には、アフガンに送り込まれた。
といっても後ろの方で椅子を暖めているだけだったが。そういえば、あの越境して子供を助けた特殊部隊は自分の口ききというやつで助かったのだろうか。
シベリアに送られるのだけは阻止してやりたかったが・・・
そして、あのフォークランド。
寒中水泳をしながら空飛ぶモンティパイソンの歌を歌っていたらなぜか中将になっていた。
妻は・・・あの見合い結婚をさせられた彼女は、義務を果たしたからといってずいぶん遊びまわっていたが、呆気なくこの世を去ってしまっていた。
年上の友人だったアーサーは短い間だったがデスクワークの私にずいぶん無茶をいってくれたものだった。
ああ、そういえば、あの頃だったか。あの娘にはじめて会ったのは。
ウォルターに連れられて、当主就任を「通告」してきたあの娘。
思えば、あの頃があの娘の笑顔を見た最後だった気がする。
いつのまにか、視界だけが回復したようだった。
いや、これは夢を見ているのだろうか。現実感はあるが体は動かせない。
当たり前か。もう私は死んだのだから。
ああ。あの娘だ。
ああ。そうか。
そうか。ああ、泣くんじゃないよ。
ほら。
そこで、目が覚めた。
そこは――
――1984年 アフガニスタン中部 ヒンドゥークシ山脈山中
Side 彼女
不覚だった。
あの大隊長が強硬策を採らなければ・・・なぜあの山岳要塞にヘリボーンのみでの攻撃を行うんだろう。
おまけに狙撃兵を使って敵の指揮系統を分断?
われわれ狙撃兵は特殊部隊じゃない!
「おまえ、ひトじち。」
神は偉大なり、と唱える宗教的情熱などまったく考えられないような男がニヤりと笑う。
-
ゲスが!
ソ連空挺軍 第318後方攪乱旅団第11支隊に所属する中尉は奥歯を噛んだ。
あのモスクワ上がりの中佐殿が怒るのも分かる。
こいつは、こいつらは戦士じゃない!
あの憎むべき米帝も鼻白むような、死の商人に成り下がった奴らの手下だ!
奴隷貿易に薬物、武器密輸にテロールその他なんでもござれ。
長期化するアフガン侵攻作戦の主敵戦力たる中東圏の戦士たちに武器を売るかわりに、この国のあらゆる者を奪い尽くす。
そんな黒い欲望にまみれた連中がベイルートやテヘラン経由で入っていることは知っていたが、まさかそのアジトを発見するとは。
そこまではよかった。
が、血気盛んなモスクワのボンボン――私も人のことをいえないが――が怒りにまかせて強攻策をとったのがいけなかった。
ここは、この山岳をくりぬいて作られた地下要塞をみれば、あのゲスどもが護衛を雇っていないなんてわけはない。
ここは、ベトナムじゃない。
守る民兵(聖戦の参加者)は後方の少年兵で武器商人どもを一網打尽にできるなんてことはない。
ここを守っていたのは南アフリカ共和国軍の不正規部隊。あのアパルトヘイトにまみれた国の黒い闇に生まれた正真正銘の人でなしどもだ。
奴らがボツワナで何をやらかしたのか、古参の情報通である軍曹は語ってくれた。
今度はこのアフガンで人の生き血をすすっているのか!
「だガ、ソの前に、アの部隊ガ撤収したくナルくらイは警告しテおクヨ。」
下手なロシア語で、口髭をたくわえた男たちは下卑た笑いを洞窟陣地に響かせた。
――このイオー・ジマなみの陣地に蓄えられていたのは、女。
わがロジーナ(祖国)に対抗するムスリムの中でも一番過激で、極悪な連中の、そう、女をただの財産としか考えていない連中から買い取り、売り飛ばす。
村の畑はケシ畑となっているし、住人は中毒を起こし逆らう気力も残っていない。
あの坊ちゃんが怒る気持ちも分かる。
だが、想定以上の敵戦力により強襲は失敗。先行配置されていた狙撃兵部隊は撤退する空挺兵たちを援護するために山腹に踏みとどまり…運悪く私だけが生き残った。
ムカつくことにこの男どもは戦域司令官に「取引き」を持ちかけようと考えているらしい。
そのために何かやろうというのだが・・・
私の脳裏に、悪夢のような何文字かがよぎる。
「安心シナ。中身ニはキずハ付けナい。ヤれレば何デもイイって御仁も多イ。アンタの大好キな祖国の連中モな。
知ってイるか?ォ前、余程モスくワから嫌わレてルらしいナ。イや、お前ノ親父ガ、か。」
「父が何を・・・ぐっ!」
縛り付けられたまま、蹴りを入れられた。
「心配スるナ。殺しハしナい。どんなニなってモ、あんタを飼いタいってさ!親父サんもいヤな政敵持っタな。いや、性的カ?」
ぎゃはははは。
周囲でマチェットを弄んでいた男たちが下卑た笑い声をあげる。
そんな。
こいつらは、モスクワにまで連絡ルートがあるのか?
そして、私は・・・
「ま、アンタの上司ガ取引キを受け入レたら止めテやル。お前ノ顔ハあノ無神論者次第っテことサ。」
私の周囲の男たちは、何やら準備をはじめていた。
火かき棒を暖炉――アフガンの寒さの中では必須の練炭炉――に突っ込み、かと思えば別の男が日本製の小型カメラを三脚にセットしている。
「お前も無神論者じゃないか!ただ金でだけ動く薄汚い――」
今度は銃床で殴られた。
密造カラシニコフ・・・いや、中共製か。
「映画デもいっていタな。日本人はイイかめらヲ作ルって。」
男は赤熱した火かき棒を取り出した。
確か、その台詞は・・・そうだ。あの映画で、キューブリック・・・英軍将校・・・リッパー将軍・・・皆殺し装置・・・いや、泰麺鉄道?
「1分おキに皮膚ヲ焼く。さア。どれダけ耐えらレるかな?」
「ひっ。」
-
いつの間にか繋いでいるらしい司令部間TV回線の向こうから、「やめろ!それでも」という声が聞こえてくる。
ああ、そうか。こんな軍事機密の塊にまでアクセスできるってことは、私の運命なんて、党の上層部でもう決定されているんだろうな。
「記録ハ48分が最高ダ。」
ぺろり。
左手に握ったナイフを男は舐めた。右目の目蓋をつ・・・となぞってくる。
血が流れるのが分かった。
「おマエ、そういエばオリンぴックに出タイっテな?」
怒りが体を満たした。
私は、そいつをにらみつけた。
体は震えている。
私をどうしても、いい。だが、私の夢だけは、夢だけは・・・
だが、ヤツは笑い、左手に握られた火かき棒が近づいてきて…
爆発。
閃光。
悲鳴。
そして銃声。
トンネルは土煙で満ち、裸電球の光もほとんど見えなくなった。
私の意識は、そこでいったん途切れた。
「ああもう。こきつかいやがって。アーサーのヤツめ!フォークランドから帰ったら今度はこれか!?
ベルファルストで和平会議の護衛してた方がまだ楽だぞ。というかなんで俺は現場に出されているんだ!」
そんな、英語の声で、目が覚めた。
――そして、帝都ロンドン
Side 副官(従兵)
パン!
間抜けな銃声を立てて頭が飛び散った。吸血鬼信奉者だ。隠れていたらしい。
「ふん。矢張りこうなるか…」
ペンウッド卿が溜息をついた。
「司令。移動大本営のウォルシュ閣下と連絡がつきました。陛下は脱出を完了。近衛第1連隊およびロンドン師団は健在!現在封鎖線から孤立した市民の救出に向け『突撃』を敢行中との由!」
「そうか。『疎開船団』は無事河口に達したか?」
「は。すでに。機甲部隊はロイヤル・オックスフォード連隊が、それに臨時編成した3個武装ヘリ小隊が打撃線を構築しつつあります。現在は『生存する』市民の約半分が市街地より脱出したと・・・!」
さすが、閣下の肝いりで整備された部隊です。とスタッフは付け加えた。
「うん。だがこの本営もまぁ、持つまい。『ここ』だけを守っても意味はないが、だが通信管制はもう意味を成していない。さすがに救援は間に合わない…か。」
卿は、報告をした私にやわらかに笑いかけた。
「私の指揮能力では…そして今の英国軍では、これが限界なのか…」
「閣下。」
私は居住まいをただした。
「閣下がいなければ、ここまで戦えなかったでしょう。近衛第1連隊がバッキンガムを枕に防衛戦を展開することも、空軍が限定的ながらもエアカバーを成し遂げ敵の空中巡洋艦1隻を撃沈、1隻を撃破することも・・・そして大英博物館や大英図書館の防衛に成功することも!」
大英帝国帝都防衛「臨時」司令官にして、「SASの英雄」、「フォークランドの獅子」の異名をとる私の上司、サー・シェルビー・M・P・ペンウッド海軍大将は苦笑するように笑った。
「やれることは、まだあった筈だ。50万余の市民が殺され、今や残った100万あまりを殺しつつある。この地獄を避けるために、私はあらゆる手を尽くしたつもりだった。
こうまでして・・・いや、ここまできて――」
「閣下。」
ペンウッド閣下は顔をあげると、踵をならした。
「ここを放棄する。伝令!大ロンドン東部は放棄。これより司令部はテムズ河の指揮艦『サンダーチャイルド』へ移動を試みる。連絡途絶の後は指揮権は移動大本営に移管する!」
「了解しました!」
――大西洋上の改インヴィンシブル級VTOL空母「イーグル」の通信途絶にはじまった危機は、南米方面から出現した超大型飛行船団による帝都ロンドン強襲、そして武装SS部隊の着上陸により頂点に達した。
緊急招集をかけられていた安全保障特別指導部は、市内で健在だった近衛第1連隊、ロンドン連隊を基幹として敵「吸血鬼」の襲撃を排除しつつ、テムズ河に突入したグランドフリート第2戦隊と空軍残存部隊による火力支援をもって戦力を糾合。
警察官はもちろんのこと、一版の警備員、果ては軍隊経験のある市民を武装させてのなりふり構わぬ防衛戦は一定の効果を発揮し、大ロンドン都市圏の総人口350万余のうち120万あまりを「死都」と化したロンドンより脱出させることに成功しつつあった。
-
だが、予想をはるかに上回る敵部隊の戦力や、ミサイルをはじめとした戦術打撃能力を徐々に失っていく味方部隊に対し、最後は「盡力」で劣る味方部隊は各個に撃破されていった。
敵は、攻撃目標をこの本営へ向け収束。
すでに本営の指揮能力は限界に達しつつあったのだ。
いかに、海軍入隊以来研鑽を怠らず、特殊部隊を転々としながらベルファルストではIRAと死闘を繰り広げ、アフガニスタンでは壊滅の危機にさらされていたソ連軍の一部部隊とともに麻薬・人身売買ジンケートを壊滅に追いやり、フォークランド紛争ではわずか2個中隊で師団規模の攻撃に17日間にわたり耐え抜いたペンウッド卿といえども、今回ばかりは厳しかった。
今回は少しだけ、撤退の決断は遅かったようだった。
頷き、走り出した伝令(ケーブルの断線や無線妨害によりオートバイ伝令兵が主力となっていた)と入れ替わりに駆け込んできた伝令は
「敵第3挺団、突撃を開始!正門防御陣地が突破されました!」という報告を持ってきた。
「全員、着剣!私以外のスタッフは、脱出せよ!」
「司令!」
「なあに、心配はいらんよ。」
ペンウッド卿は鍛え上げられた右腕をポンと叩いた。
「徒手格闘戦には『いささか』自信がある。さ。速く。」
「ですが閣下!」
「くどいッ!」
バン!
恐ろしく近くから、爆発音と悲鳴が聞こえてきた。
防弾チョッキとヘルメットを身につけた本部スタッフと参謀たちは、一瞬顔を見合わせた後、敬礼を捧げた。
慌てて私もそれに従う。
「さらばだ。諸君。いずれ『また』あっちで会おう。」
「閣下も!」
スタッフが、先ほど乱入してきた吸血鬼(元同僚)の死体を踏みつけながら走り去ってゆく。非常用地下道は確保されており、彼らが脱出した後でこの本部もろとも爆破される手はずになっていた。
「君は、行かないのか?」
「いえ。私は、閣下の従兵ですから。それに、閣下を見捨てて逃げたなんてことになれば、『あの』奥方に何をされるのやら・・・」
ペンウッド卿は、ああ、「あれ」か・・・と思い切り脱力していた。
「まぁ、あいつのことだ。この死都でも鼻歌を歌って切り抜けそうだな。どこにいるのかは分からんが。今日はたぶん息子の誕生日プレゼントを買いにいっているはずだが・・・」
「吸血鬼でも、あの方には・・・ね?」
「そうだな。」
ペンウッド卿・・・閣下は、笑った。
閣下と奥方については、わが軍内部でも様々な噂が飛び交っていた。
ダートマス出の朴念仁の典型といわれていた閣下に、年下の奥方ができたと知れた時はちょっとした騒動が巻き起こったものだった。
噂では、女王陛下までもが奥方に会いたがったとか。
もっともそのおかげで、出自が特殊すぎる奥方と結婚した閣下も奥方も今は何もいわれない。
まぁあの方が特殊すぎるというのもあるが。
「さて・・・来るぞ!」
閣下の言葉とほぼ同時に、指揮室の扉が爆破された。
-
そして、時代がかった黒い軍装に身を包んだ集団が、コートを羽織った髑髏の軍服のSS将校を先頭に入ってきた。
「手こずらせたな。能なしども。・・・おまえが司令官か?」
「そうだ。だが私が死んでもまったく問題はないぞ。すでに指揮権は別のところに引き継がせてある。」
ほう?と、SS将校は少し怪訝そうな顔になった。
「お前らになびいた売国奴どもは処刑済みだ。もう少し歯ごたえのあるものかと思ったぞ。吸血鬼というのは!」
「言ってくれるな。人間!」
どうやら怒ったらしい。
SS将校や周囲の武装親衛隊員(ヴァッフェンSS)から怒気が上がる。
「さぁ。かかってこい。怪物(ミディアン)ども。この時を50年も待っていた!
夜はもはやお前たちのものじゃないことを教えてやる。」
閣下が銃剣付きの小銃を構えた。
私も・・・
「・・・おやおやおやぁ?」
いきなりだった。
爆発しそうだった殺気を打ち消すような、女性の声が指揮室に響いた。
「今日は一緒にあの子の誕生日プレゼントを選んでくれるって言うからずっと待っていたのに、何をやっているのかしら?」
怜悧な声は、確かな殺気を放って、小さな体育館なみの大きさの指揮室にこだました。
見ると、吹き抜けになっている二階のキャットウォークに、スーツを着た女性が立っていた。
銀髪をポニーテールにし、右手にスチェッキン・マシンピストルを持ち、肩には何やらいろいろと武器を詰め込んでいるらしい背嚢が、そして頭には赤い星の徽章が入ったベレー帽がのっている。
表情は、もちろん満面の笑み。
「げっ!!」
ペンウッド卿が後ずさった。
「何をしているのかしら?あなた?」
「いや。見てわかんない?戦争。」
「あなたは、こんな戦争ごときで私との約束をすっぽかしたのかしら?」
右目の古い傷跡を歪め、彼女、ソフィーヤ・I・P・ペンウッド夫人はシベリアなみの極寒の怒気を発していた。
見れば、彼女の周囲には戦闘服を着た連中がいつの間にか集結している。
しかも全員が、旧東側の、もっといえばソヴィエト空挺軍の軍装に身を包んでいた。
火器に一部西側のものが混じっていたが、それがどこかおかしかった。
「戦争ごときってなぁおまえ。」
「結婚する時約束したわよね?お互いに秘密はなしにしようって。予定はきちんと守ろうって。」
「そりゃカラシニコフを頭に突きつけられながら三日三晩を過ごしたあと精根尽き果てたらそうなるって。というか、なんでここにいるんだよ!?」
「あら?私を愛しているって・・・それは嘘?いつも一緒にいようって言ってくれたじゃない?」
「嘘じゃないよ!・・・って今はそれは――」
「おい!」
顔を真っ赤にしたSS将校が怒声をあげた。
「いつまでも乳繰りあってないで・・・というか何なんだお前たちは!」
うんうん。と周囲の吸血鬼たちも頷いている。
彼女は、ようやく彼らに気付いたかのようにゆっくりと首を回すと、
「黙れ、クラウツ(ドイツ人)。それはこっちの台詞だ。」
怖い。
これがあるからこの人は怖い。
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※ わかりやすいように最後にリンクをのせておきます。
earth閣下のヤマト第52話>>944-948
本作>>949-956
ゆらり。
彼女の姿がゆらめくと、次の瞬間彼女は我々がいる地面へ降り立っていた。
「よほど学習能力がないと見える。せっかく白ロシアからライン川までお前らを殺し、燃やし、ベルリンを焼き尽くして懲罰を加えてやったのに。
偉大なるソヴィエトの味をもう忘れたのか?豚ども。」
「黙れ!劣等人種が!ソヴィエトの亡霊がなぜロンドンにいる!?」
「ほう。ということは筋金入りのナチか。なるほどなるほど。ならば我々がいなければいけない筈だ。
忘れたのか?モスクワで、スターリングラードで、スモレンスクで、ダンツィヒで、ベルリンで、誰がお前たちに敗北を与えた?
1000万のドイツ豚もろとも伍長の狂った夢想を打ち砕いたのは?」
カツカツカツ。
信じがたいことに、彼女はハイヒールにスーツ姿だった。
彼女の後ろには、アフガン侵攻時のソヴィエト空挺軍そのままの男たちが続く。
「ナチあるところに赤軍あり。なるほど私はついてる。沿ドニエステルみたいな偽物じゃなくて、このロンドンでナチを存分に鏖殺できるんだから。
――どうやら今日はお祭りみたいねあなた?
なら、楽しみましょう。大祖国戦争以来のダンスのお相手、お願いできるかしら?
ミスター『英国無双』?」
くるり、と顔だけ後ろを振り返り、夫の姿を見た彼女は、そう言った。
ペンウッド卿は少し溜息をつき、そして言った。
「ああ。喜んで。アフガン以来の共同戦線(ダンス)だ。やってやるさツイストでもタンゴでも。お前と一緒なら、どこまでも行けそうだよ。」
何とかなるかもしれない。と私は思った。
この奥方が率いているのは、かつてアフガンでその名を馳せた「後方撹乱部隊」。
ふざけたアメリカ人が肥え太らせた悪魔の組織を壊滅させるため水面下で英国と協力し、あまりに強すぎたがためにモスクワの権力闘争の結果部隊ごとなかったものにされそうになり英国へ「亡命」した連中だ。
雲の上での取引で儀礼部隊である近衛第2連隊所属として軍籍には載っているものの、その実態は今やすっかり有名になってしまったSASと並ぶ英国最強の特殊部隊。
その構成員のほとんどがロシア人であるため、人は彼女らをこう呼ぶ。
「ホテルモスクワ」と。
――ある男がいた。
後悔と、来るべき時の記憶をその身に宿しながら、男は夢を見る。
そのためだけに彼は足掻き、もがき。
その身は舞踏会ではなく戦場で鍛え上げられ、その頭脳は才能のかわりの努力で磨き上げられた。
人呼んで、「英国無双」。
そして、彼はいつしか「夢の続き」にたどり着く。
そんな話。
〜続かない〜
元ネタ 平野耕太氏 著 「HELLSING」より
広江礼威氏 著 「BLACK LAGOON」より
【あとがき】某サイトでママライカというものを発見したら思いついた。
元のままでも格好いいペンウッド卿を本当に「英国無双」にしたいと思って書いていたら彼女に全部もっていかれた気がする。
たぶん飛行船を道連れに爆死はしそうにないでしょう。
(彼の「M」の中身や作中のエピソードは創作です。)
最後に、こんなゲデモノを読んでくださってありがとうございました。
なお、一回でも笑ったら、同志書記長の命によりスターリングラードへ出征することになるらしいです。というわけで弾丸5発持って逝ってきます。
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うおおおおおおおおお!!!!さすがは、ひゅうがさん!
この勢いで是非、ブログのSSの方も書いてほしいなー(棒)
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>>957
書く所を間違えました、すみませんでした。
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53話です。
『嗚呼、我ら地球防衛軍』 第53話
天体観測の結果、議長は太陽系の各惑星がほぼ直線上に並ぶ時期を特定した。
これを受けて議長は様々な理由をつけて(でっち上げて)、その時期にあわせて特別警戒を行うように根回しをした。
一部の人間はこれに不審に感じたものの、その理由を理解している転生者たちは、ガトランティス戦役を上回る戦乱に
なるであろうデザリアム戦役がいよいよ始まることを理解した。
連邦政府ビルの一角で行われる転生者たちの密談も、デザリアム戦役の話題でもちきりだった。
「いよいよですな」
転生者たちは、迫り来るデザリアム戦役に緊張を隠しきれなかった。
「議長、防衛軍はどのように彼らを迎え撃つおつもりで?」
「まずは情報収集だ。太陽系外で重核子爆弾や敵の侵攻艦隊を察知するためにパトロール艦隊を増派する。
発見次第、艦隊を派遣して目標を破壊。艦隊決戦は基地からの支援が期待できる太陽系外縁で挑む。
太陽系外で訓練中の第7艦隊も呼び戻しているから、タイミングを合わせれば敵艦隊を前後で挟撃できる。
ただし重核子爆弾によって派遣した艦隊が無力化される可能性もある。
もしも乗員の生体反応が消滅すれば、コンピュータに自動報告させた後、簡易量産型アナライザー(以降、Mライザー)と
自動操縦システムで土星基地に帰還させる」
「太陽系外での発見や迎撃に失敗した場合は?」
「不本意だが、外惑星基地に犠牲になってもらうことになる。
11番惑星基地や冥王星基地などが潰されたら、即座に各艦隊を出撃させて迎撃だ。波動砲で叩き落す。
仮に重核子爆弾の攻撃可能範囲が波動砲の射程以上だった場合は、アイルオブスカイの波動直撃砲やデスラー艦の瞬間物質移送装置で
波動砲をチャージした状態の自動戦艦を送りつけて叩き潰す。そして残存艦隊を集結させ、敵侵攻艦隊に決戦を挑む」
「なるほど……勝算はどの程度ですか?」
「状況が流動的なので一概には言えない。ただ太陽系各惑星の基地や防衛艦隊の戦力を考慮すれば……5割以上と判断している」
「これだけ準備して5割ですか……」
「戦争は水物だ。まぁ仮に防衛軍が壊滅してもヤマトがあれば、地球は生き残れるだろう」
この言葉に誰もが複雑な顔をする。
自分達の努力を嘲られているような感覚を覚えたのだ。
「まぁ犠牲を少なくし、一人でも多くの将兵が家族の元に帰れるように努力しよう」
-
こうして地球防衛軍は厳重な警戒態勢を敷いて重核子爆弾を迎え撃つ体制に入る。
各艦隊は訓練の名目で出港準備を急ぎ、各基地も防空体制を強化していく。準戦闘配備と言っても良かった。
「さぁ来るなら来い。今度こそ、防衛軍主力で叩き潰してくれる」
しかしそんな議長の思いを他所に、予期せぬ事態が起きようとしていた。
それは相変わらず土星で訓練中のヤマトから始まった。
「地球に危機が?」
「はい」
テレサはその超能力でもって地球に迫り来る危機(重核子爆弾)のことを察知したのだ。
さすがに具体的には何かとまでは断言できなかったが、それでも島を始めとして主なヤマトクルーの面々はテレサの言葉を
信用した。
「古代」
島は古代に顔を向ける。これを見た古代は頷くとすぐに口を開く。
「判っている。参謀本部や防衛軍司令部が各惑星の艦隊を訓練の名目で出航させているのも、何か関係があるのかも知れない」
「つまり政府は何かを知っていると?」
「その可能性はある」
この古代の意見を聞いた真田は頷く。
「確かに。ボラーか、それとも何か公表できない情報源から情報を得たという可能性はある。
危機について何も公表しないのはパニックを警戒しているのか、それとも危機が本当に来るかどうか断言できないか……
いずれにせよ何か事情があると考えたほうが良い」
「『政治的判断』という奴ですか。しかしそれで犠牲が出たら」
「その辺りは議長もわかっているはずさ。そうでないなら、ごり押しして訓練を名目にした警戒態勢なんて敷かないだろう」
-
この真田の言葉にヤマトクルーも納得した。
ヤマトのよき理解者(笑)であり、後援者でもある議長の評価はヤマトクルーの中ではすこぶる高かったのだ。
「守の奴からも聞いたのだが、議長は防衛軍司令本部とも話をして、パトロール艦隊を太陽系外に増派している。
あと噂なのだが、議長が警戒しているのはデザリアム帝国らしい。二重銀河を支配する帝国だから、帝国の威信にかけて
復讐戦を仕掛けてくるのではないかと踏んでいるようだ」
そこで南部が納得したかのように頷く。
「だから、うちに戦艦を護衛する戦艦なんて送ってきたと?」
「だろう。議長はどうやら、我々を扱き使うつもりのようだ。全く人使いが荒い」
真田は苦笑する。
しかしそんな真田とは対称的に、古代は渋い顔だった。
「ですが真田さん、パトロール艦隊は危機のことを知らないんですよね? そんな彼らに本気で敵が襲い掛かったら……」
「……犠牲は避けられないだろう」
「ヤマトとムサシなら」
「無理だ。防衛軍司令本部はα任務部隊は練度の向上に務めることを命令してきている。それに新型機の訓練だって十分ではないだろう?」
「それは……」
「ふむ……だが確かにパトロール艦隊が報告する前に包囲殲滅されるという可能性は否定できん。
救援に出れるように手は打っておくべきかも知れないな。よし守にも話をしてみよう」
こうしてα任務部隊は動き出す。
-
あとがき
世の中には「因果応報」という言葉があります(笑)。
そして次回、いよいよ接触です。
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巨大戦艦に波動砲が通用した事に驚きを感じた。
波動砲の防御法は真田さんがあっさり開発しているし、他の宇宙人も保持している(要塞級の巨大艦船でないと装備出来ないっぽいが)割とありふれた技術です。
ガトランティスには彗星の防御スクリーン(ガス帯)以外の防御方法はなかったのだろうか。
-
本文良く読め。
動かす前に都市要塞ごと吹っ飛んでる。
何より、大帝もよくわからんうちに死んでるのに防御も何もないだろ。
あと、感想は感想スレに書けよ。
-
読んだ感想だよ。
ガス帯をテレサの超能力で吹き飛ばせたのは良い。テレサ自体がガトランティスと単身で渡り合えるチートだし。星爆弾、波動砲のコンボで大帝戦死もまあ良い。
ガス帯の消滅、軌道変更と巨大戦艦の撃破はテレサでも本気で当たらなければならなかった。地球艦隊の波動砲の一斉砲撃が本気テレサの惑星爆弾と同じ。
惑星都市は描写を見る限り、拡散波動砲でもイチコロだろうけど巨大戦艦は正直、波動砲では火力不足で効く気がしない。
テレサが波動砲の発射に合わせ能力一点集中で巨大戦艦の装甲に穴でも開けたのだろうか。
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提督たちの憂鬱支援SS 中編版――「リバティベルが鳴る日には」
プロローグ
――西暦1962年4月 日本帝国 帝都東京 日比谷公園
「老けましたね。嶋田さん。」
「そういうお前もな。辻。」
帝都東京。
この地球でも最強といわれる国家の中心は、杜である。
鬼門に靖国神社を配し、かつて天海大僧正が作り上げた霊的な防御機構をも取り込み、恐れ多いところを中心とした衛星軌道を配したこの都市は、発展の真っただ中にあった。
皇居が南面する東京駅の周辺は超高層ビルの建築ラッシュであるし、明治時代以来営々と年を重ねてきた霞が関の官庁街は化粧直しを施され、1930年代のモダニズムから明治時代の赤レンガ街に色彩的には近づきつつある。
しかし、この都市の――世界最大の海洋である太平洋とインド洋をその実質的な支配下におく超大国の中心は微動だにせず、今も日本人の帝国とそれに次いで世界の(当然だろう。日本帝国は「日本人のための」国なのだ)安寧を祈っている。
あの太平洋の戦い以前に比べて主上にかかる負担は減っており、たまにはこうして昔の臣下を呼んで世間話をする時間があるのは結構なことだと嶋田は思った。
その帰りしな、いつも寄る公園の屋台で一服していると、彼の周囲には、何人かの学生が集まり、彼にサインをねだってきた。
先ほどまでは快くそれに応じ、引退したとはいえ帝国の政界に絶大な影響力を持つ嶋田を取り込もうとやってきた野心のある政治家を(わざわざ歩いてきてやったという態度が丸出しだった)面前で一喝し震えあがらせていたが、予定通りそこへ辻がやってきた。
彼は、周囲を騒がせてしまったことをガーデンテラスで談笑する人々に詫び、辻と向き直った。
友邦であるインド連邦産のアッサムにミルクをたっぷり入れた嶋田は、二重橋を横目に一服した。
彼は「神崎将人」だった頃から煙草は苦手であり、こうした紅茶を好んでいたのだった。
その点でドイツのヒトラー元総統から「国際嫌煙学会」への協力を要請されて苦笑いしたりするが、現在の彼は基本的に自由人という扱いだった。
「なに、俺は史実では80年代まで生きるらしいからな。せいぜいお前の目をぬって暇を堪能するさ。」
「それは重畳。この資料をお渡ししても問題ない程度にお暇ということですね?」
嶋田は、にやりと笑う辻に、露骨に溜息をついてみせた。
「お前な・・・。」
口を開きかけた嶋田は、辻の様子が少し変わっていることに気づく。
いつもの黒さが少しだけあせ、何か思いつめているようだ。
この表情を辻が見せたのは、もうずいぶんと前――あの衝号の一件以来だった。
「どうした?帝国は問題多いながらも発展している。核兵器管理体制はしつこいくらいに万全。国際防疫に関しては先日西ナイル熱の封じ込めに成功したばかりだろう?まさか東米で何かあったのか?」
嶋田は、周囲を素早く見渡す。
彼の周囲を固めている特殊警備課の警護官たちはわざわざ自分の彼女と談笑するようにして自然さを演出し、話を聞こえないようにしている。
周囲200メートルのクリーニングは済んでいるはずだ。
「いえ・・・少し昔のことをね。今回お渡しする資料に関することです。」
「お前がその言い方をするということは、俺に昔話を聞かせるつもりなのだろう?」
嶋田はあえておどけてみせた。
やれやれ。これから山本のところに寄るつもりだったが・・・あいつの孫だくさんの相手は少し待ってもらわねばならないらしい。
「では、これを・・・。」
辻が差し出した冊子の表題には、こう書いてあった。
「リバティ・ベル計画に関する調査報告書 閲覧厳禁」。
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――西暦1943年3月 北米大陸 カリフォルニア市
フランクリン・D・ローズヴェルトは、温かな日差しの中ゆっくり深呼吸していた。
元大統領である彼は、崩壊したアメリカ合衆国の様子に心を痛めてはいたが、あの大恐慌の収拾にあたった日々に比べれば体調はすこぶるよかった。
妻のエレノアとはじめたオレンジ農園は紆余曲折の末に軌道に乗りなかなかの評判だったし、だからこそこの混乱する西海岸経済の中にあって彼は安定した老後を過ごせていたのだった。
だが、そんな彼の平穏な日々はつい一昨日唐突に終焉を迎えた。
だからこそ彼は久々にスーツに袖を通してオレンジ園の真ん中で客人を待つということをしていたのだった。
「閣下。」
「グルー君か。」
ローズヴェルトは笑みを浮かべた。
元駐日大使であり、現在はカリフォルニア政権と呼ばれる西海岸諸州のゆるやかな同盟の外相をつとめるジョセフ・P・グルーがそこにいた。
彼の横には、東洋人の男性がいる。
ローズヴェルトに珍しい切手(最近再独立を宣言したタンヌ・トゥヴァのものだった)を送ってきて以来の付き合いである男、岩崎久弥だった。
日本を代表する財閥の総帥である岩崎は、日本政府から特使としてこのカリフォルニアにわたってきていたのだった。
日本人にいささか偏見のあったローズヴェルトが得た、はじめての日本人のペンフレンドでもある。
「やあ。久しぶりですな。」
年上である岩崎をローズヴェルトはにこやかに迎えた。
「閣下。急に御用とは。」
ローズヴェルトの顔が曇った。
あの恐ろしい――計画。
それについて彼に話さねばならない。
でなければ、彼や、彼をはじめとするアメリカ合衆国国民は、永遠にあの悪夢を恐れ続けなければならないのだ。
自由の鐘が鳴らされる時、合衆国は・・・いやその残骸は人類の悪夢を凝縮した存在になってしまうだろう。
それを避けるためには、ローズヴェルトは悪魔とでも手を結ぶ覚悟だった。
それが、実質的な「最後のアメリカ合衆国大統領」となった彼の責務だと、彼は考えていたのだから。
――同日 旧イリノイ州 シカゴ近郊 海軍作戦本部
廊下の落書きを見ながら、ジョセフ・F・エンライト「大佐」は暗儂たる思いにかられていた。
先ごろまでこのシカゴを支配していた旧連邦軍臨時第2軍が実質的に崩壊して2週間あまり。
現在は「五大湖同盟」を称する旧イリノイ州軍の残党がアメリカ合衆国非常事態軍政指揮本部を名乗ってこの都市を維持しているが、その実態たるやごろつきとなんら変わりがない。
春だというのに気温が10度を下回りみぞれが降る天候状況の中で、「連邦陸軍」はケンタッキーへの侵攻とロッキーを越えて西海岸を「併合」する準備にいそしんでいるらしい。
かつては大学の講堂だったこの場所は、現在も続くわけのわからない「内戦(シビル・ウォーⅡ)」の中で爆撃を受け、下卑た落書きを残した同盟の兵士もろともずたずたになった後のままだ。
まったく、一時的にしろノーフォークを回復し、停止されたはずの鉄道網を一部とはいえ掌握しているのが奇跡のようなものだった。
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「ルメイ閣下。いらっしゃいますか?」
「いるとも。でなければ呼んでいない。」
崩壊した講堂の真ん中から声がした。
カーティス・ルメイ「合衆国海軍臨時作戦本部 臨時作戦参謀代理」は、不機嫌な顔を地面に描かれた10メートルほどの巨大な世界地図に向けながらエンライトを手招きした。
「他の方は?」
「ヴァンデンバーグ閣下はテキサス軍と協同するという名目で西海岸へ飛んでいった。ほかの海軍士官も似たり寄ったりだな。戦艦『モンタナ』艦長という名の老人を除けばもう君しか残っていない。」
昨日のうちに無理にでも逃げ出した方がよかったか、とエンライトは内心舌打ちした。
もともと生き残った海軍士官と予備役の連中を集めて作った作戦本部は、シカゴ市街戦時に大ダメージを受け、現在はサンディエゴの太平洋艦隊司令部が機能を代行しているような状態だった。
ここが今維持されているのも、アクロンの海軍航空隊基地やノーフォークの残留小艦隊、そしていくらかの航空機群を指揮するためでしかない。
だからこそ、陸軍航空隊の指揮官だったヴァンデンバーグ「大将」を本部長に据えていたのだった。
そしてエンライトは、サンディエゴからの連絡士官として飛んできたためにここに留め置かれてしまっていたのだった。
それには――
「君の妻子だが。」
ルメイが口を開いた。
「次の定期便でサンディエゴに送るように手配しておいた。」
「ありがとうございます。」
エンライトは素直に礼を言った。
この元陸軍航空隊の指揮官は、得体のしれないところがあるが、時折こうした優しさを見せることがあると彼は知っていた。
「その代わり。」
語調が強まる。
「君には、潜水艦に乗ってもらいたい。」
「はぁ?」
「ノーフォークに、『ノーチラス』が待っている。君はそれに乗り、命令書の航路を目指してもらう。突貫作業だが、改装は完了済みだ。」
「ちょ・・・ちょっと待ってください!」
「なんだ。」
「『ナーワル』級のノーチラスですか!?改装したとはいえそんな旧式艦で何を――」
「機密だ。計画はロング前大統領の頃から進んでいてな。戦局がここまで至ってしまった今となっては、これを実行するしかないのだ。」
ルメイは、暗い笑みを浮かべた。
「君の細君が乗る飛行機のガソリンだって、この計画のために用意されていたものなのだぞ。君は、従う責任と義務があることを忘れるな。」
――1943年4月6日 北米東部軍管区 ノーフォーク軍港
B−17は、そのまま引き返して行った。
鼻をつく悪臭の中、エンライトは顔をしかめた。
滑走路の傍に積み上げられていたのは、大量の瓦礫に加え、おびただしい数の死体だった。
焼却しようとしたらしく黒こげになってはいるが、燃料不足のためかハエや野犬が群がるままになっている。
周囲は見渡す限り無人である。
あの津波が持ってきたらしいヘドロや何やかやが堆積し、かわりにこの町のあらゆるものを持ち去ってしまったためだった。
機内で聞いた説明でも、ここには海軍関係者が500名ほど残っているだけだということだった。
ほかは、皆が押し流されるか寒さで凍え死ぬか、あるいはアパラチア山脈を越えたのだ。
合衆国海軍大西洋艦隊という名の存在は、もはやない。
津波の難を逃れた残存艦はすでに本土決戦準備の一環としてサンディエゴに移動しており、ここには辛うじて哨戒艇数隻と潜水艦が2隻ほどいると聞いている。
書類上は戦艦「モンタナ」が就役しているが、ドック内に巨大な砲塔を据え、半分だけ艦橋構造物が作られた戦艦として鎮座する以外は何もできない。
かつて世界第2の巨大海軍として大西洋を威圧していた合衆国海軍のなれの果ては、このざまだった。
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視界を、土煙が横切った。
ジープだった。
燃料事情がひっ迫している東海岸らしく、車体の後部に薪を燃やす炉をつけてそこから出るガスでエンジンを動かす「ウッド・ジープ」だ。
滑走路を横切ったジープは、エンライトの横につくと止まった。
「お待ちしておりました。エンライト艦長。」
「ああ。君は?」
「『ノーチラス』副長をつとめることになっています、エリ・T・ライヒ少佐です。まぁ、艦長と同じような境遇ですな。人手が足りないので古参連中にこき使われとります。」
20代後半のライヒ青年がにかっと笑った。
「私も含め、乗組員79名はかき集められたクチです。何かよくわからないものを輸送する任務のようですが・・・」
「とりあえず、埠頭へ連れて行ってくれ。艦を見たい。」
「アイアイ・艦長!」
軍港周辺は、悲惨の一言に尽きた。
簡単に片づけられてはいたが、ドックの中では戦艦が横転し、司令部の建物もガラスが割れ、炎上した跡が生々しい。
そして、瓦礫の間には人の死体が点々と横たわっていた。
「メキシコ風邪(東部ではこう言う)にやられた連中です。それに凍死した人々も。」
ハンドルを握るライヒが言った。
「ここで1週も過ごせば、慣れてしまいますが・・・やはりいやなものですね。」
「まぁ・・・どうしようもないがな。」
エンライトはそう言うにとどめた。
かつて展開していた州軍も、今は中西部に食糧を求めて移動しており、生き残った人々はニューヨークなどの大都市に固まるか南部を目指し移動していったらしい。
どこかの軍艦のマストであったらしい旗竿に翻る星条旗の横を曲がると、埠頭に出た。
横転したり着底している艦艇の中で、2隻の船影が正常だった。
近づいてみると、少しかしいだタンカーらしき船と、大型の潜水艦だった。
哨戒艇は見当たらない。
クレーン車を使って何かを後部甲板に下ろしているところらしかった。
「おおい!艦長がお着きになられたぞ!」
ライヒが叫ぶと、手が空いている乗組員たちが整列した。
軍規は維持されているらしい。
だが、後部甲板にいる何人かの白衣の男たちは彼を一瞥しただけだった。
「艦長を任じられたエンライト大佐だ。君らと同じく、何が何やらよく分からん。」
「ここでは皆同じです。艦長。」
にかっと古参の下士官が笑った。
「水雷長のキングです。・・・ああ、キング提督とはまったく関係ありませんが。」
「とすると、あの白衣の連中が全部知っている・・・ということか?キング曹長。」
「そのようです。ですが連中、こっちを実験動物か何かだと思っているらしく一言も口をききやしません。まとめ役の陸軍士官は面白い奴ですが、教える必要はないと口止めされているらしく・・・。」
「ありがとう。では、私は命令書を見ることにしよう。早く仕事をすませてこの気の滅入る場所は後にしたいものだからな。」
「全然同意します。艦長。」
それまで聞いていたライヒも、兵たちと一緒に笑った。
なかなかいい艦のようだった。
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「艦長、おられますか?」
「入れ。」
失礼します、と入ってきたのは、陸軍中佐の階級章をつけた南ドイツ系の男だった。
顔には多くの傷跡が走っているが、顔は愛嬌に富んでおり、その気性のよさを示していた。
「今回の計画の担当者を押しつけられてきました。リカルド・クレメント中佐です。予備役招集のクチでして・・・大学の関係で呼ばれたようです。」
「クレメント中佐。君は、『積み荷』が何か知っているのか?」
エンライトは厳しい表情でクレメントと名乗った中佐に視線を向けた。
「いえ・・・まぁ想像はつきますが。」
「というと?」
「運び込まれたのは、何個かに分けられたコンテナです。いずれも電源を本艦からとり、冷却機能を持っているらしい。そしてわたしは文化財関係の手引書を渡されました。上司いわく『合衆国再興のためにはどうしても安全な場所に置いておかねばならない』とか。」
「・・・重要な文化財・・・か。」
「独立宣言文も混じっているかもしれません。それに憲法の原文も。」
やれやれ、という表情でエンライトは艦長室の椅子に体重を預けた。
「となると、国歌にうたわれたような米英戦争時の星条旗も混じっているかもな。いや、よく津波に飲まれずに残っていたもんだ。」
「重要性は分かりますよ。艦長。でなければ北から装甲車2台に分乗して来てはいませんから。」
「命令書によると、本艦は友軍占領下のアイスランド島に寄港し補給を済ませ、英国諸島へ向かうらしい。そして指示を待てと。」
「スイスあたりで保管するんでしょうかね?」
「いや。英国だろうな。あそこはドイツに近すぎる。色々な意味で。」
まぁそうでしょうな。とクレメントは頬の傷跡をゆがませて苦笑した。
「輸送には、あの白衣の一人も立ち会うそうです。私も同乗させていただきますので勝手はさせないつもりですが・・・ご注意を。彼は気が短い。」
ははっ。とエンライトは苦笑した。
なんだ。話せば分かる男じゃないかこいつは。
「なら、相手は君に任せるよ。合衆国海軍最後の航海だ。なるべく平和裏に終わりたいものだと思うからね。」
「同感です。にしても『リバティ・ベル計画』というのも洒落た名前じゃないですか。自由の鐘ではじまった国がその名を冠した計画を最後に消滅するとは皮肉が利いている。」
くつくつとクレメントがおかしそうに笑った。
「まぁ、な。さて、クレメント中佐。君も仕事にかかってくれ。命令書の日時まで時間がない。我々は2週間で英国諸島沖に達しなければならない。出るのは早い方がいいと思う。」
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――同日 北米大陸東岸 ニューヨーク市近郊
まるで宇宙服のように見える格好をして、男が歩いていた。
廃墟となった施設の中、周囲に同じような格好をした銃を持った護衛を従え、内藤良一は津波に荒らされたままの研究施設の廊下をゆっくり進んでいく。
「ロックフェラー研究所か・・・こうなる前に来たかったが・・・。」
「博士。急いでください。防護服の電池にも限りがあるんですから。」
「分かっている。恐らく冬の寒さで死滅しているだろうがアメリカ風邪の病原体を警戒するに如くはないからな。恐らく発生源であるここでは特に。」
「我々が出た後にモントリオールの『連山』20機がテルミット剤をたらふく積んで施設の『焼却』に来ることになっています。無線の向こうはまだかまだかとせっついていて――」
「もう少し待ってもらうように言ってくれ。」
護衛は少し苛立った様子だった。
地下施設が津波による被害を受け水没したままであることは予想通りであったし、すでにアメリカ風邪関連の資料も手に入れることができていた。
なのに彼らがここにいるのは、数日前にカリフォルニアから発せられた緊急電文が影響していた。
でなければ、カナダからわざわざ実用化されたばかりのヘリコプターで、空挺部隊が確保した平地に降り給油を繰り返しながらニューヨークまで強行軍で来てはいない。
比較的被害の少なかった最上階である3階部分から資料を金庫ごと奪い取った彼らは、内藤の命令で「何か」を見つけるまで待たされていた。
それが何かは内藤しか知らない。
所長室を物色していた内藤の手が止まる。
そして何枚かの資料を見つめていた内藤の手が震え始めた。
「恐ろしい・・・本当にやっていたのか・・・」
「内藤博士?」
「確かにあの学問はドイツだけでなくアメリカが本場だ・・・しかし、まさか、本当にこんな・・・いや南米でペスト菌を使って人体実験をしていたような国だ――ナチスに先んじてあれをやってのけていても・・・。」
「博士!」
内藤は我に返った。
「出よう。ここを焼却しておいてくれ。この所長の遺体も、書類も、欠片も残すな。これは、今この世界に存在していてはいけないものなんだ。」
「どうしたんです?何を――」
「本土の『ドリーマーズ』に最優先で緊急電を。『遺憾ながら想定通り』。・・・くそっ。半世紀以上も早くパンドラの箱を開けやがった!!」
護衛の兵士は、毒付きはじめる内藤の指令をあわてて無線機にがなり立てることしかできなかった。
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【あとがき】――支援SSのようなネタを考えたら思った以上に長編となったので書けている分だけ中編板に投稿させていただきました。
本作はかなり黒いネタを使っていますので、その点だけをご注意くださいませ。
次回は明日以降投稿の予定であります。
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>>968-974 の続き
――西暦1943年4月10日 大西洋上
結局、白衣の男たちは1人を除いて埠頭で「ノーチラス」を見送った。
最後まで無表情であったのが気味が悪かったが、科学者というのはそういうものだろうとエンライトは自分を納得させることにした。
「深度そのまま。間もなく第1変針点だ。周囲の警戒を怠るなよ。」
「はい艦長。」
「深さ21を維持せよ。艦長。少し休まれては?もう北米に上陸した独軍機の哨戒圏外に出るころです。」
「そうだな。そうさせてもらうよ。副長。」
「あとは私が引き継いで置きます。なに、艦長みたいな『扱いやすい』上官がいて助かります。」
「言ってくれるな。」
発令所が笑いに満ちた。
このナーワル級潜水艦2番艦「ノーチラス」は古い艦だ。
就役が1920年代中盤であり、第1次世界大戦時に戦利品となったUボートの技術を利用した機雷敷設用の「Vボート」と呼ばれる種類の大型潜水艦であるこの艦は、水上排水量2760トン、水中排水量は3900トンにも達する大型艦でもある。
発展型であるV4「アルゴノート」号が日本近海で戦没した今は、合衆国海軍が保有する最大の潜水艦となっていた。
副長であるライヒ少佐によると、対日戦争勃発に先立ちサンディエゴで改修を受けていたものの、そうこうしているうちにフィリピンやウェークが占領されてしまったうえに潜水艦の喪失が異常なレベルで続いていることから旧式艦である本艦は後方へ下げられ、ないよりマシというレベルで壊滅したノーフォーク軍港に大西洋艦隊残存艦と入れ違いに配備されたらしい。
時間だけはあったので細々と改装を受けていたところ、今回の計画に白羽の矢が立ったというわけだった。
確かに機雷敷設装置用の区画を転用し、40本にも達する大量の魚雷を搭載できるこの艦は物資輸送任務にはもってこいだ。
最大で2万カイリにも達する航続距離もまた適任といえる。
攻撃力については、外付けではあるが魚雷発射管が4本増強され6門に達しており申し分ない。
肝心の静粛性は、余った資材を手当たり次第に「徴用」し、徹底的な防音が施されていることからエンライトは非常に静かな印象を持った。
これなら、噂に聞くUボートや日本の幽霊潜水艦にも引けをとらないだろう。
「なら、そうさせてもらおうか。副長。権限を預ける(ユーハブコマンド)。」
「渡されました(アイハブコマンド、サー。キャプテン。)。飛行機の次は3日連続勤務です。お疲れでしょう。ゆっくり休んでください。」
「そんな年でもないよ。」
笑いながらエンライトは発令所を後にした。
長距離航海を念頭にしてはいるが、潜水艦であるだけあってこの艦は狭い。
前部の機雷格納庫を改装した倉庫に物資が積み込まれているため大幅に狭いわけではないが、後部魚雷発射管室を潰して設置された直径2メートルほどの円筒形のコンテナがある艦長室のあたりは、潜水艦乗りであるエンライトにも少し息苦しく感じた。
「ああ、艦長。いつもの分です。」
「ん?炊事長。これは?」
「え?三人分の食事ですが・・・艦長が命じたのでは?クレメント中佐とあのコップ女史で・・・」
「ちょ・・・ちょっと待て。「女史」と言ったか?」
「ええ。」
炊事室から出てきたティレンヌ炊事長は不思議そうにアルミ製のお盆二つを手に首を傾げた。
「マリー・コップ女史です。女性には見えないかもしれませんが、れっきとした女性で遺伝学者ですよ?なんだ、知らなかったんですか?私は以前雑誌で彼女のことを読んで――」
「炊事長。ちょっと艦長室まで来てくれ。」
エンライトは面喰うティレンヌ炊事長の太った体を艦長室に引っ張り込んだ。
「何なんです?艦長。」
「コップ女史・・・と言ったな?彼女について知っていることを話してくれないか?」
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はぁ・・・とティレンヌ炊事長は目を白黒させながら艦長室の小さな机の向かい側に座った。
「アメリカ優生協会の研究者ですよ。遺伝学が専門で、戦前はドイツのカイザー・ウィルヘルム研究所にも招かれていたほどの天才です。大病を患った後は人前に出ませんでしたからあまり顔は知られていませんが、私の親類が・・・その、病気で、『そういうこと』に関して彼女の助けを借りたことがあったので知っているんです。
いや、あのニューヨークでよく生き残っていたものだと感心しました。」
「そのことを、誰かに言ったか?」
「いえ?こういってはなんですが――第2次大戦の勃発でナチに通謀しただのと陰口をたたかれていましたから、言わないで置きました。彼女の方も私を知っているかどうか・・・。」
エンライトは考え込んだ。
どういうことだ?
クレメント中佐はなぜ「彼」と言った?
それに、「彼女」に私を接触させないようにしようとした?
「クレメント中佐は、艦長に持っていく分の食事をいつもかわりに持っていってくれたのですが。三人で一緒に食べると言って。」
「ああ。確かに持ってきてくれた。そうか、そういうことか。なるほど、無口な人だったから分からなかったんだ。すまない。それで炊事長。」
エンライトはうそをついた。
「はい?」
「女史のことは、君の考えたとおりあまり人に知らせるものでもないだろう。これまで通り黙っておこう。中佐もあえて私に『彼』と言って気をつかっているくらいだ。」
「ああ、なるほど。そう、そうですね!」
フランス系の炊事長は何度も頷いた。
「了解しました。艦長。注意しておきますよ!」
「ああ。頼む。」
炊事長は駆け足で炊事室へ戻って行った。
エンライトは、後部のコンテナへと歩いていく。
確か、クレメント中佐は今の時間帯は散歩と称して仲のいい水雷長と話し込んでいるころだ。
ことによるとカードをしているかもしれない。
そして、それが終わると、コンテナの方へ歩いていっていた。何かを持って。
今思えば、それが炊事長に渡された食事だったのだろう。
出航以来、クレメント中佐の私室の隣にある白衣の――コップ女史の私室からは彼女がほとんど出てきたことはなかったように思う。
出てきたときは、コンテナを開けていたのだが。
おそらくそこに食事を・・・。
?
エンライトは周囲を見回した。
何か、視線を感じたような気がしたのだ。
コンテナの蓋の上部、ガラス製ののぞき穴から――
エンライトは、「立ち入り禁止」のロープを乗り越え、コンテナに近づいた。
コンコン・・・。
叩いてみる。
コンコン。
!
返事があった。
「その子に何をしている?」
カチャリ。
鈍い音が響いた。
聞きなれたけん銃の音だった。
エンライトは振り返った。
冷たい光を宿した瞳がぼさぼさのボブカットの前髪の間から覗いている。
よくよく見てみれば、女性であることは確かに見える。
マリー・コップ女史だった。
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――同 ルイジアナ ドイツ進駐地域 某所
「ようこそ。ルメイ中将。」
「はじめまして、ですか?モレル博士。」
天幕の中では、二人の男が向かい合っていた。
ひとりは、シカゴでエンライトと話していたカーティス・ルメイ中将。
もうひとりは、ドイツ北米派遣軍衛生統括責任者という長ったらしい職についている男。
テオドール・モレル医学博士。
ロンメル将軍率いる北米派遣軍の中にあって、彼らは露骨に避けられていた。
シカゴが再び戦乱状態に突入したという報告があった直後に単身飛行機で乗り付けたルメイと、それを知っていたらしいモレルは親衛隊長官ヒムラーの特命だとしてこの天幕から人を遠ざけていた。
確かに命令書は正式な書式と紙だったし、サインも同様だった。
だが、問い合わせを禁ずという内容その他は真っ赤な偽物であるということは、ルメイとモレルしか知らない。
「カイザー・ヴィルヘルム協会の方はすでに。上の方はまだですが、優秀な者が協力者となっています。」
「その者の名は?」
モレルは、黄色い歯を出して笑った。
「フォン・フェアシュアー。オトマール・フォン・フェアシュアーです。弟子も『優秀』で、これからの研究発展に益するところ間違いないでしょう。」
「そしてあなたの復権も・・・だな?」
二人は笑いあった。
「予定通りなら、あと3日ほどでアイスランドへ。現地じたいがひっ迫しているから補給は手配できなかったが、まぁあの艦の航続距離にとっては問題ない。食糧も十分積んである。浮上したあたりで指令を変更する予定だ。」
「万事計画通り・・・。」
二人の密談は続く。
いんちき療法と断じられ北米へ左遷されたモレルと、何事かをたくらむルメイ。
その内容は歴史には記録されていない。
――同 大西洋上 USS「ノーチラス」
「この子の名は?」
「マリー・アックス。」
「『マリアの斧』?」
「なんだっていいと思うが?」
エンライトは、コンテナの『中』にいた。
一緒にいるのは、コップ女史。
コンテナの中はこじんまりとしたキャビンのようで、簡単なベッドがあった。
そんな中で無表情で「彼女」は、赤ん坊を抱いていた。
赤ん坊は、生後1年たっていないだろう。
白い髪と、赤みがかったブラウンの瞳。彼女の言葉で女児と分かる。
奇妙なことに、赤ん坊は鳴き声を上げない。
そんな赤ん坊――マリアに、コップ女史はミルクの入った哺乳瓶を与えていた。
「察するに・・・要人の子か?」
「・・・・そんなところだ。」
彼女は男口調を崩さなかった。
「1日に1度ミルクを与える。睡眠薬入りだから迷惑はかけない。」
「赤ん坊に睡眠薬か?」
暗に非難しても、返答はない。
「このことは秘密に。」
「それは了解した。協力もしよう。赤ん坊は――まぁ国の宝とも言うしな。」
無言で彼女は頷いた。
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――西暦1943年4月8日 日本帝国 帝都東京
「間違い・・・ないのですか。」
「はい。」
そうですか・・・と、辻正信は執務室の椅子に腰を下ろした。
「我々の存在ゆえの弊害ですかね?電子顕微鏡に抗生物質。遺伝子構造概念の発表ときて、それに優生学という悪魔が加われば、このようなことが起きると。」
「あの細胞に独自に迫った手腕は驚愕に値します。
平成の我々でも研究途上の技術でしたから――あのマリー・コップ博士は、まさに天才というにふさわしいかと。」
「敵をおだてるな・・・と言いたいところだが、この場合そう言うしかないか。石井君。」
「はい。」
日本版CDC(疾病対策予防センター)を束ねる石井四郎は、極秘の報告を上げていた辻に向き直った。
「可能な限り早急に『確保』するように要請は出しておく。そうでなければ撃沈せよとも。
このタイミングで欧州にわが軍の艦隊がいるのも何かの運命なのか・・・。」
辻は、何かを言おうとして、やめた。
「歪み――か。時代の歪みと、我々という歪み、まさに人の作りだした悪夢・・・だな。」
彼は、手元の電話機から受話器を手にとると、交換手に「外務省へ」と告げた。
――西暦1943年4月10日 北海 ユトランド沖
ドイツ海軍の駆逐艦Z−12は、待機を命じられていた。
党の上からの命令だという男を乗せて。
まったく困ったものだと艦長は思い、乗り込んできた老人をにらみつけた。
カイザー・ウィルヘルム研究所の遺伝学者はどこ吹く風で灰色のユトランド沖の海面を見つめていた。
同時刻、英国 スカパフロー泊地を1隻の軽巡洋艦が出航していった。
軽巡「神通」。阿賀野型巡洋艦の後期型であり、中でも本艦は対潜能力を付与されている。
ひきつれているのは、海防艦2隻と護衛空母「福原丸」、そして駆逐艦「漣(さざなみ)」。
関係改善の意思を見せた英国を表敬訪問していた艦隊から分派されたこの小艦隊は、指揮官として五藤存知少将を戴き、本国からの特別命令を受けていた。
英国海軍はこの動きをいぶかったが、領海外まで航空機で追尾した以外の動きは見せなかった。
というよりも、北米に気を取られてそこまで手がまわらなかったのだ。
この動きを知ってか知らずか、英独停戦後再び大使を迎えていたベルリンの日本大使館と新総統官邸の間を慌ただしく人が行き来しはじめる。
同時に、国防軍総司令部にも日本大使館から駐在武官や私服ながらも目つきの鋭い男たちが出入りし始めた。
「何か」が起きていた――。
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【あとがき】―― >>968-978 明日と言っておいたので日付が変わってから投稿いたしました。
いえ、earth閣下の第54話に歓喜しまして(汗)
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>>968-979 の続き
――西暦1943年4月13日 北大西洋 アイスランド沖
「命令変更?このままユトランド沖へ向かい、ドイツ駆逐艦と会同、積み荷を引き渡せ!?」
「英国ではなかったのか?」
『ノーチラス』の発令所がざわめきに満たされた。
通信文を再読したエンライトは、周囲からの戸惑いの視線を受け固まっていた。
補給前に最後の命令を受け取るべく浮上した「ノーチラス」に向け、ルメイから放たれた命令は目を疑うものだった。
「なぜナチに・・・スイスへ送るつもりなのか?」
「いや、それよりも積み荷の中身だ!中身は――」
「落ち着け!」
エンライトは一喝した。
「針路変更。ユトランド沖に向け変針するぞ。ともかく行ってみなければ分からん。」
「艦長・・・。はい。了解しました!」
エンライトは、ライヒ副長に後を託すと、艦長室――いや「彼女」の部屋へ向かった。
聞かなければならないことがあった。
「ああ。艦長か。」
「ドイツ艦に、荷物を引き渡せ、そう命令が下った。」
彼女の動きが、止まった。
数分が過ぎる。
「やはり、そうか。」
女史は、何か自嘲するように笑っていた。
「教えていただきたいものですな。」
「中佐。いつから?」
エンライトは、いつのまにか扉を開け立っていた頬に傷のある中佐――クレメントに驚いた。
「最初から、というべきでしょうかな?艦長。」
「君も、言うべきことがあるという顔だな。」
「ですな。艦長。」
船室の扉を閉め、鍵をかけた(どうやら合鍵を使って開けたらしかった。いつの間に・・・)クレメントは、不躾にベッドに腰かけた。
すでに椅子にエンライトと女史が座っているためだった。
「まず、私の方から言っておきましょう。クレメントというのは私の本名ではありません。」
クレメントは苦笑した。
コップ女史が目を見開いている。
「私の名は、オットー・スコルツェニー。いちおうドイツ第3帝国親衛隊の所属ということになっています。」
エンライトは目を見開いた。
「私は、ルイジアナに進駐した北米派遣軍に先立って現地に潜入していました。そこに、命令がきたのです。まぁ、ロンメル将軍に指揮権は預けられていますが、便利屋のようなものですからね。
カーティス・ルメイ将軍の命令に従えと。命令を伝えてきたのが総統にクビにされた侍医だったのは引っ掛かりましたが、まぁ面白そうでしたので。」
「本気か?」
「本気ですとも!僕は冒険がしたいんです。今やっていることは何ですか?冒険そのものでしょう?それに、あなたは私を問答無用で殺すことはしないだろうし、この女史の話を皆に知られるのは避けたいはずだ。」
ふてぶてしくクレメント・・・いやスコルツェニーは笑ってのけた。
癪に障るが、どこか憎めない、そんな男であることは変わっておらず、なぜかエンライトは安心していた。
「実のところ、僕もあのコンテナの中身は知りません。女史。説明をお願いできますか?
先ほどの反応を見る限り、あなたはドイツへ行くと予想をしていたが、本当にそうなるとは思っていなかったようだ。」
-
「その通りだ。」
マリー・コップ女史は何か、憑き物が落ちたように、頷いた。
「・・・そうだな。ここで話しておかずにいつ話すということだろう。
神の禁忌を冒したその首謀者にして生き残りとして・・・ね。」
「コップ女史。」
エンライトはなぜか先ほどまでとは正反対の感覚を抱いた。
この人に話させてはいけない。
「いや、言わせてくれ。艦長。あなたには頼みたいことがある。
クレメント――いやスコルツェニー。君も、少し露悪趣味なところはあるが人間としては信頼できる・・・と思うから。」
女史は、自分の体を手で抱きしめ、語り始めた。
4日後――1943年4月18日 北大西洋
「磁気探知機反応あり!」
「反応照合・・・間違いない。米国のナーワル級だ!『神通』!こちらカモメ3、目標発見!4E5海域地点42で停止中!」
艦上攻撃機を改造した対潜哨戒機のコクピットで機長は叫んだ。
「了解、カモメ3号機。」
「艦隊全艦、単縦陣と為せ。本艦と『漣』『小豆(しょうど)』は先行、目標へ接近する!」
「神通」艦内の戦闘情報室(CIC)で五藤存知少将は叫んだ。
護衛空母「福原丸」と海防艦「屋代」をこの場に残し、「神通」と駆逐艦「漣」、海防艦「小豆」は反応があった海域まで10キロほどを駆けるのだ。
護衛空母から常時5機が対潜哨戒機として周囲を索敵していたが、それらは2機を残し反応海域へ集結しつつある。
空中から海中の潜水艦が発する磁気を探知、そして攻撃を行えるという日本海軍が誇る秘密兵器は太平洋で発揮された通りの性能を大西洋でも発揮。
正確に米潜水艦を補足していた。
もちろんこれは、日本本土で行われた米軍の暗号解読の成果もある。
「さて・・・うまくいくか?」
――同 USS「ノーチラス」
「艦長!日本艦隊は増速、こちらへ転舵しました!」
「なぜだ!なぜ日本海軍は――」
「やはり、本当だったか・・・。」
「艦長?」
エンライトは、副長の目を見ながら言った。
「太平洋で潜水艦の損失が相次いでいることは知っているだろう?日本海軍は何らかの特殊な・・・赤外線か磁気かは分からないが探知手段を開発したという話が出たことがあった。」
「なんて反則だ・・・。それが事実なら・・・」
「艦長!こちらに向かってくる敵艦は『アガノ』クラス軽巡1、ほかに駆逐艦2です!」
「厄介な。アガノクラスは対潜能力を持っているという情報がある。それに駆逐艦か。後方の護衛空母は対潜哨戒機も飛ばしているだろうから――」
「艦長。」
「仕方がない。――副長。全艦全速!対艦戦闘用意!」
「了解しました!」
エンライトは奥歯を噛んだ。
さて、ここが正念場だぞ。ドイツ艦の前に日本艦隊に見つかるのは想定外だったが・・・いや、むしろ都合がいいのかもしれない。
うまく艦を沈められずに、「敗北できる」だろうか?
-
――同 軽巡「阿賀野」
「『ノーチラス』増速しました!的速5ノット!」
「了解。指向性音通用意!」
「指向性音響通信用意・・・完了!文面は何にされますか?」
「そうだな。『こちらはIJN「神通」。本艦に貴艦を攻撃する意図なし。浮上されたい。』」
「は!」
――同 USS「ノーチラス」
「日本艦より音響モールスです!ええ・・・『こちらはIJN「神通」。本艦に貴艦を攻撃する意図なし。浮上されたい。』です!」
「舐めた真似を・・・」
「距離は?」
「9000メートルです!」
「よし。魚雷発射用意。1番2番装填!」
「は。1番2番装填します!」
水雷長の号令が響き、魚雷発射管に2発の53センチ魚雷が装填される。
「外扉開け。」
「外扉開きます。」
「発射しますか?」
「いや、待て。」
――同 軽巡「神通」
「『ノーチラス』発射管開きました!」
聴音が報告した。
「発射はされたか!?」
「いえ。発射管外扉の開放のみです!」
「司令!?」
「カモメ1番機に下命。『ノーチラス』近傍に爆雷を投下せよ。ただし当てるな。圧力信管は限界に設定!」
「は!」
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――同 USS「ノーチラス」
「艦長!距離30海面に突発音!・・・爆雷です!数2!」
「どこからだ!?敵艦までの距離はまだ8000メートル以上あるんだぞ!」
「転舵20!副長。航空機だ!上にはうようよいるに違いない。」
艦が傾き、大きく傾斜する。
しかし、予想されたような水中衝撃波はこない。
「爆発・・・しない?」
やがて、はるか下の海中から衝撃波が艦を打った。
「日本艦より再びモールス!『浮上されたい。当方に危害を加える意思なし。』」
「・・・どうされますか?」
「魚雷発射だ。水雷長!ただし――」
――同 軽巡「神通」
「『ノーチラス』より魚雷発射!射線2!雷速40ノット!」
「司令!」
「待て。聴音!40ノットと言ったか!?」
「はい!」
「射方向は本艦に向かっているか?!」
「は・・・・いえ!本艦前方100を通過するコースです!」
五藤は、息を吐いた。
「なるほど。な。艦は浮上しても誇りは捨てない・・・か。」
「司令。『ノーチラス』浮上をはじめました!」
「各艦に指令。礼をもってあたれ。」
「!・・・『ノーチラス』艦内で突発音!発泡音です!」
――同 USS「ノーチラス」
「女史・・・」
「逝ってしまわれた・・・ですか。」
銃声に反射的にエンライトは動いていた。
同時に、スコルツェニーことクレメント中佐も。
駆けつけた先では・・・手にけん銃を握り締めたマリー・コップ博士が倒れていた。
壁には、血とナニカが「華」になっていた。
脈は・・・ない。
やはり、やはりこうするつもりだったのだろうか。最初から。
「艦長。無線機を貸してもらえますかな?」
何かに耐えるようにスコルツェニーが言った。
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――同 西暦1943年4月18日 メキシコ湾
客船「ゲルマニア」の甲板で、ルメイとモレルは談笑していた。
この客船は、北米方面軍の兵站を預かる1隻で、周囲をイタリア艦とドイツ艦が護衛していた。
「あと1日で、会合海域ですか。」
「そうだな。」
ルメイは笑っていた。
長かった。
あのロング政権下で進められていた「リバティ・ベル計画」にアメリカ第一運動を通じて参加し。
そして軍での出世と崇高なる使命を自分は得た。
あの汚らわしい黄色人種を絶滅できず、このアメリカが半壊してしまったのは誤算だったが、これからは新天地で明白なる天命(マニフェスト・ディスティニー)を遂行すればいい。北米大陸に再びアメリカを興す鍵はもう間違いなく第3帝国にわたるだろう。
「あれ」を使い復活した偉大なる存在たちがカギ十字とともに北米に再臨する頃には、アジアから黄色人種は一掃され、輝かしいアーリアと白人による世界が生まれていることだろう。
手始めは、ゲーリングだ。
我々のウィルスと、戦略爆撃の融合。これをもって劣等人種を「処理」し・・・
「失礼。カーティス・ルメイ閣下はあなたでよろしいですか?」
「うん?」
1等のプロムナードで、ルメイは不機嫌な表情になって振り返った。
不躾なやつだ。
今やあのアメリカ風邪の惨禍を逃れた唯一の「優生保護計画」参加者である自分は予備捨てられていい存在でない。
神の偉大なる力を集中に――
「閣下。われらが総統からの命令です。『第3帝国に反逆者はいらぬ』と。『汚らわしい病原体をもって取り入る者を余は許さぬ』との仰せです。ああ、モレル医師。インチキ療法で総統を苦しめた挙句、こんなことを企て国家命令を偽造するなど――許しがたい暴挙ですな。」
「き・・・貴様!シュレンベルグ!総統に何を吹き込み――」
「待て。君は何か誤解してはいないか?私は――」
ルメイは、胸がやけるような感覚と同時に、自分に向けて弾丸が発射されたことを悟った。
眼帯の男、ワルター・シュレンベルグ少将は冷たい目でルメイを見ていた。
「日本大使館は全てお見通しでしたよ・・・総統は祖国に二重に恥をかかせようとした連中を許すほど甘くはありません。」
ルメイは叫ぼうとした。
違う!あの黄色人種どもの言うことを信じるな!
建国の父祖たちを再生し、総統に永遠の命を献上できる偉大な成果をもってきたのに、この仕打ちは何だ!
と。
そうか。あのジャップどもが総統をだましたのだな。
お得意の汚らしい企てで。
騙されるな!奴らこそが世界の敵だ!奴らこそこの世から抹殺すべき――
「片づけておけ。・・・まったく、日本軍とカナリス提督に、あのスコルツェ二ーの共同作業か。時代も変わったものだな。」
ルメイとモレルは、客船「ゲルマニア」からの転落死として「処理」された。
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エピローグ
――現在 1962年4月 日比谷公園
「万能細胞・・・iPS細胞を作り出していたのにも驚いたが・・・まさかジョージ・ワシントンやベンジャミン・フランクリンら建国の父たちの遺した髪から細胞核を取り出して染色体を別の細胞に移植・・・それから万能細胞を作り、生殖細胞を作るとは、恐れ入ったな。
卵子と精子を同じ細胞から作って結果的にクローンになる胎児を作ったというわけか。」
「万能細胞自体はある酵素を3種類導入すれば自然と生まれますからね。
リセットというやつです。もともと、細胞の不死化の研究をしていた時に見つけられたらしいです。資料によれば。」
辻は、3杯目の紅茶をすすった。
「遺伝子の中に控訴を導入する際にウィルスを使う方法をとったのか、それとも酵素を直接注入したのか・・・博士が自殺した今は分かりません。」
「そしてそれが成功したのかも、か?」
「ええ。同じ遺伝子を持つ精子と卵子では、どうしても受精ができなかったそうです。受精しても母胎の中に戻したら死産ばかり。その中にあってほぼ唯一の成功例だったマリアは、女児だった。」
嶋田は寒気を感じていた。
自分たちは、抗生物質をもたらし、電子顕微鏡をもたらし、そして遺伝子の二重らせん構造の概念をこの世界に持ち込んだ。
それが、アメリカで隆盛を極めていた優生学と結びついた時、恐るべき化学反応が起こったのだった。
もともと、ナチスの人種観に賛同し、人種改良や障害者の断種をアメリカの蚊が者たちは支持していた。
実際のところ、カイザー・ウィルヘルム研究所の若き天才ヨゼフ・メンゲレのような存在とアメリカの研究者たちとの繋がりについては分かっていないことの方が多い。
が、マリー・コップ博士のような存在は数多くいたし、第2次世界大戦中にもそのやりとりが――ナチス上層部の把握していないところでさえ――進んでいたのは事実だった。
そして、アメリカでも根を張っていた白人第一主義と結びついた時・・・いや、想像するのはよそう。
あのアメリカ風邪が対日・対異人種用に用意されつつあった致死性の高い生物兵器で、遺伝的なクローンを生産する技術をもって「永遠の命」を手に入れた人々と復活した古の賢者や建国の父祖とともにアメリカという「新たなローマ」が世界を支配するなどと考えていたなんてことは――
情報部を総動員してヒトラー総統に「アメリカ風邪の病原体を手土産に亡命しようとしている病原体の製作者の一味がいる」と吹き込み、モレル医師の悪行を資料付きで提出させていなければ、カーティス・ルメイはあのメンゲレと仲良くこの技術を分け合っていたかもしれない。
資料は一部を残してエンライト艦長と潜入していたスコルツェニーに処分されてしまったが、それはそれでよかったのかもしれない。
「おしいことをした・・・と、私には思えないのですよ。ですが。」
「この技術は有益、か。確かに臓器移植を自分の細胞から作ったものでできるというのは、夢の医療だ。我々にはそれを可能にする力もある。」
嶋田は、ガーデンテラスごしにこちらに気づいた男女に会釈した。
ああ、そういえばあの青年たちはカリフォルニアに赴任する新しい大使夫妻になったのだった。
辻が養女を迎えたと聞いた時には耳を疑ったっけ。
白い髪にブラウンの瞳きれいな娘が今は美しい奥方に・・・
嶋田は思い切り目を見開いた。
辻を見る。
辻は頷いた。
「一人の人間が、何にもとらわれずに自由に生きる自由を得た。コップ女史はそれを欲したから自らとともにその計画と製法を絶ったのかもしれませんね。」
「かも、しれんな。」
嶋田はティーカップに口をつけた。
辻のことだから、打算も何もあるだろう。
あの夫妻がアメリカに行くのだって、辻の差し金かもしれない。
だが――
幼少の頃から足長おじさんとして「彼女」を支援し、ともに泣き、笑い、そして良人となりたいという人間が来た時にはとことん飲み明かし、結婚式では涙を見せた辻を、嶋田は知っていた。
「山本と一緒だが、今晩は飲みにいくか?」
嶋田は訊いた。
「ありがたい話ですが、アメリカ側と話すことがありますので。」
そうか。と嶋田は頷いた。
「親ばかだな。」
〜終〜
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>>969-986 「リバティ・ベルが鳴る日には」
【あとがき】――というわけで「アメリカからきた幼女(乳児)」でした(爆)。
ネタですまそうと思っていたら話が長くなりすぎて・・・随分カットしましたが唐突感がある描写が多くなってしまいました。
このような妄想100%な駄文を読んでくださった皆様に感謝を申し上げます。
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>>968-987 でした。修正しておきます。
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>>968-988「リバティ・ベルが鳴る日には」蛇足
――1962年4月15日 大日本帝国 帝都東京
「ああ、君か。スコルツェニー。」
「どうも『艦長』。たまたま近くに寄る用事が出来ましたので寄らせていただきました。」
「相変わらず大胆不敵というか・・・公的には君の祖国とこの国は敵対未満友好未満の関係だろう?最近のエリザベス王女訪日で感情的にケリがやっとついた英国人と同レベルだったはずだ。」
「まぁ、僕も稼業を引退してから各国の連絡役をやっていますからね。同じく引退した元総統閣下の名代を仰せつかってますので気楽にやらせてもらっています。それと、ここでは僕はクレメント中佐で。」
「分かっているよ。」
ジョセフ・エンライト退役中将は笑った。
下町と呼ばれる一角に屋敷を構える彼は、パシフィック・アメリカ同盟(太平洋岸同盟)、一般的には西米と呼ばれるゆるやかな旧西海岸諸州の連合体が保有する海軍の名誉顧問的な役職を仰せつかっていた。
彼は、西海岸に脱出に成功していた妻子を呼び寄せてあの大西洋での一件以来友誼を結んだ五藤存知大将(そろそろ退役の話がでている)や辻正信というこの国のフィクサーの一人の庇護下に入っていた。
そうでないと、どこからか「リバティ・ベル計画」をかぎつけた連中に狙われるかもしれないとその頃の彼は本気で心配していたのだ。
「あの娘は・・・大きくなりましたか?」
「ああ。結婚式の時にも言っていたよなお前。」
「まぁ定型句ですよ。『ノーチラス会』にも出させていただいて、それであの娘の成長を遠くから見守ることができた。艦長たちには感謝しています。」
「『欧州一危険な男』だったか?ソ連の一件や少し前の半島危機では随分名を上げたと聞いているぞ?」
「まぁ、冒険があればそこに僕はいますからね。総統にはずいぶん好きにやらせてもらってます。」
「あのことは報告せずに?」
もちろん。と、オットー・スコルツェニーは頷いた。
彼ら二人の「娘」のような存在である辻氏の養女のことは、辻氏と彼らだけの秘密ということになっていた。
もちろん、元総統で今はドイツで悠々自適に画家生活を送っているアドルフ・ヒトラーにも秘密だった。
「今度、あのコンテナの中身の一部をニューヨークに持っていくことになっている。」
「大使に任命されたらしいですね婿殿は。」
ああ。自慢の娘婿だ。とエンライトは笑った。
「今日の『ノーチラス会』には出るか?そのために寄ってくれたのだろう?
今日はマリア夫妻の壮行会も兼ねている予定なんだが。」
ありがたいですな。とスコルツェニーはふてぶてしい表情で頷いた。
と、呼び鈴が鳴った。
二人は、はじかれたように玄関へ向かう。
ドアを開けると、エンライトの妻と、若い二人の男女がそこには立っていた。
二人とも、大使として赴任するにあたって宮中でこの国の主夫妻とお茶をしてきた帰りらしく、フォーマルな格好をしている。
「ただいま!」
白い髪の女性がはじけるような表情で言った。
「おかえり。」
「おかえり!」
二人の男は、つられて一緒に笑った。
〜完〜
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そろそろ防衛軍がくると思うので
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すいません。防衛軍は遅れ気味でして……。
リアルで色々と問題が多発しており、長編を書く余裕が……。
暫くはネタでご勘弁を。
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「アステカの星」 −奇跡の谷− New Shangri-La
前に長・編スレを使用すればというご指摘と、読みにくいというお叱りを受けました。なるべくレスを多く
使わないようにと思っているうちに、つめつめの文章になってしまっていました。
今回もまだ少し空行が少ないかもしれませんが・・。長目の中編?です。
本編より少しだけ時期が前に出てしまっています。情報不案内の地域が舞台ということでご容赦ください。
earth様、「憂鬱世界」という素晴らしい舞台を用意してくださいましたこと感謝しております。
よいお年をお迎えください。
支援ssのまとめwikiに関して→支援SSその2の636は行程図の投稿に失敗しています。削除要請も十日の菊
のようですし、earth様のお手を煩わすのもと思いそのままです。もしまとめられるならその部分は削除してく
ださい。
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「アステカの星8」 −奇跡の谷− New Shangri-La PART1 Appalachian Trail
1943年5月6日 テネシー州北東部アパラチア山脈西麓キングストン近郊
テネシー州のキングストンといえばアパラチア山脈の西山麓地域にあたり傾斜地の多い山間部である。数日前か
ら降り続いた雨がようやくあがり、例年より遅いが春の陽光でようやく成長を始めた広葉樹の若葉を照らしている。
「本当に春が遅かったけど、でもやっぱり春は来たわよ。そんなにあわてて出ていかなくてもいいのに。」ステイ
シー先生は昨夜納得した話をまた持ち出した。
「いや、一月近くもいたからな。家の補修も終わったし、当面の食べ物の備蓄も出来た。」ジョーも昨日と同じよ
うな理屈で返す。旅で離別になれたジョーは繰り返しは別れの挨拶みたいなものだと感じていた。
「カリフォルニアへ帰るの。」ステイシー先生は少し寂しげに聞いた。
「そうだな。別に好きこのんで危険な場所にいたいわけじゃないからな。出発するなら今だ。来るときより状況は
更に悪化しているだろうから、食糧を得やすい夏の時期を無駄にしたくない。」これもジョーが昨夜語ったことだ。
「当面、ここは安全そうよ。」それでもステイシー先生は粘る。
「疎開者と住民の抗争が原因で十日前にキングストンの町の半分が焼け落ちてるんですよ。東の空が赤く染まって
いたのが家の二階かでも見えたでしょう。」ロジャーは、そう反論すると家の裏手に急ぎ足でまわった。
「こんな山奥には誰もこないし。第一、道を知っていてもこの家に来るのは難しいわ。」ステイシー先生はロジャ
ーの後ろ姿に怒鳴った。
「というハシからジャズがきたぜ。」ジョーが顎で森の小径の方を示した。
森の中から馬に乗り麦わら帽子を被った四十ばかりの陽に焼けた男が現れた。ここに到着して三日目の昼にこの
男が家の回りをうろついているのに気づいた時は、家の中に籠もってやり過ごそうした。ところが、窓から男の顔
を見たステイシー先生は突然家から駈けだしてびっくりしている男に声をかけた。
男はジャズ・ボーレンといい2マイルばかり山を下ったところに彼を含めた妻子四人で住んでいる。大恐慌時に
失業して行き詰まり、自殺しようと山中を彷徨していたジャズをステイシー先生の両親が見つけて近所の廃屋を世
話して家族で住めるようにしたという。
それ以来ジャズは小さな自家用農園を耕しながら、車に田舎では珍しい加工食品や雑貨、安物の衣服を車に積
んで近所の農家相手の行商をしている。
ステイシー先生は母親が亡くなった時に数ヶ月に一回でいいから家の見回りを頼んだのを律儀に実行していたと
いう。この男の紹介と手助けのおかげでもあり納得いく相場で備蓄用の穀物、乾燥肉やステイシー先生が育てると
いう菜園用の種子などを入手できた。
-
「なあ、まだ、アスピリンが余っていたら分けてくれないか。テンシー産密造バーボン4本と交換だ。」ボーレン
はジョーの顔を見るなり挨拶に抜きで声をかけた。ジョーがテネシーに来る途中でミネアポリスで奮発して大量に
仕入れたものにアスピリンがある。かさばらず需要があるという算段は当たり、アメリカ風邪への恐れから大概の
農家は欲しがった。
「いいだろう。四十錠渡そう。でも、今日でお別れだ。」ジョーはリュックから錠剤を取り出しながら数えだした。
「そうか、ここはいいとこだぜ。でも、あんた見たいな流れ者には退屈だろうな。でもよ、今のアメリカじゃ退屈
できるって幸せだと思わないか。」ボーレンは馬を下りながらジョーに言った。
「退屈すると思い出さなくてもいいことも思い出す。」ジョーは両手をポケットに入れた。
「そうか、元気でな。肝心の乗馬の方は大丈夫かい。まあ、あの馬に乗れなかったらこの世に乗れる馬はいないがな。」
ジャズは右手を差し出した。ジョーも躊躇ってからポケットから右手を差し出して軽く握手した。
ジャズは元来、目端の利く男らしく戦争が始まったと聞くと近所の農家を回って数頭の馬を入手した。ガソリン
が統制されると考えたのだ。その数時間後には何かの災厄が東海岸を襲ったという一報が入り、一週間後には馬を売
ってくれるような手合いはいなくなった。ジャズは手持ちの馬のうち一頭の去勢馬を銀貨数十枚とトラック2台分
のトウモロコシで交換したそうだ。
ジャズが手元に残したうちの2頭をお礼にと、ステイシー先生が後生大事に持ってきた銀貨でジャズから購入して
ジョー達に贈った。ジャズは只でいいと言ったがステイシー先生に押し切られ相場からすれば格安だが対価を受け
取らされた。
「ジョー、準備できたぜ。」ロジャーが旅支度ができた二頭のクォータホース種の去勢馬を引いてきた。ジョーは
アスピリンとバーボンを交換して、ロジャーはステイシー先生に別れの挨拶をする。ジョーとロジャーはさっそう
と馬に乗った。ただ、ジョーでさえ内心はほっとしていた。ステイシー先生のきつい指導のもと昨日までに何回落
馬したことか。
「じゃあな。」ジョーがウエスタンを気取るように軽く帽子に手をやり軽い口調で言った。
「また会えるわよね。それからわたしからの餞別よ。」ステイシー先生は隠し持っていたサザンカンフォートのボ
トルをジョーに渡した。
「オレはまた会える気がする。」ジョーは軽く微笑んだ。ボーレンと並んだステイシー先生はいつまでも手を振っ
ていた。
「取りあえず何処に行く?」数日前から偵察していた山道に入ったところでロジャーが聞いた。
「まず、ここからはなるべく人に出会わないようにアパラチア山脈に沿って北を目指す。その先は様子を見ながらだ。」
結局、この日は山道に沿って10マイルばかり進む。それ以上は尻の痛みに耐えられなかったのだ。ただ、二三
日もすると次第にこつがわかったのか乗馬に慣れて人家を避けて迂回しながらも直線で15から20マイルほどは進
めるようになった。
-
保存食糧節約の為もあって、一日に一時間程度は猟をしてウサギや鳥を撃った。ステイシー先生に実家の地下室
に厳重に保管されていた彼女の父親が収集していたという小口径の猟銃と散弾銃を、無理に持たせれたことが意外に
役だった。
雨に降られて一日テントで凌ぐ日があり、長くなった日差しに苦しめられる日があり、碌な飼料をやれないので
馬に負担をかけないようにできるだけゆっくり進み、一週間目でバージニア州へと入った。
「中西部はだだっぴろい。行けども行けども地平線ばかり。ここじゃ行けども行けども山ばかりだ。神様も手抜き
せずに適当に散らばらしたらどうだい。それにしても、昨日の午後から民家一つも見ないし、道路一本も横切らな
いとはどんな僻地だよ。」日差しと人目を避けて山の中腹の狭い山道を進んでいるとロジャーは何度目かの同じよ
うな愚痴をこぼした。
「この先にも誰かいる。馬を後ろに。」ジョー自身が馬を苦労しながら来た方向へ向けながら言った。
「少し高いところに行って見よう。」ジョーは馬を下りるとちょっとした斜面を馬の手綱を引いて駆け上る。あわ
ててロジャーが続く。
二人が馬をようやく尾根の反対斜面に隠すと、下の山道をジョー達が進もうとしていた方向から谷道を数人の軍
服姿の男が走ってきて左右の斜面に分かれて木の陰に隠れた。尾根から山道までは100ヤードほどもあり木々が視
界を遮る。それでも男達は軍服は着ているが、兵士とはどことなく挙動が異なっているようだった。
暫くすると、軍服の男達がやってきた方向から、山高帽みたいな帽子を被りポンチョをまとった二人連れが荷物
を背に積んだ一頭の馬を引きながら、自分たちも背中に結構な荷物を背負ってやってきた。
男達は道ばたから飛び出すとが銃を構えて二人連れを威嚇した。二人は馬をかばうように馬の左右にたった。何
か言い合っているが声は聞こえない。軍服の男の一人が背の高い方のポンチョ姿の人物に突然発砲した。女の悲鳴
が聞こえてくる。
「追いはぎか?」ロジャーが尋ねる。
「ちょっと様子がちがうな。」ジョーが暫くして答えた。倒れたポンチョ姿に、多分女らしいポンチョ姿の人物が
すがりついている。その女に男たちが何事か詰問しているらしい。ジョーは馬から銃を持ってくると、自分は猟銃
を持ち、ロジャーにには散弾銃を渡した。
「どうするんだ。助けてやるのか。しかし、こんな銃で立ち向かえるのか。」鳥打ち用の小口径散弾銃を持たされた
ロジャーがあきれたように聞く。
「助ける気がなくても巻き込まれてしまえば、降りかかる火の粉は払いのける必要があるさ。それに、もっとこま
しな銃が手に入るしな。」
「おいおい近所に銃砲店でもあるっていうのか。それに降りかかる火の粉ってなんのことだい。」
「ここで何してる。」突然、M1903小銃を持った二人の男が木の陰から出てきた。片方の男の上着は陸軍兵士の軍
服だがズボンは作業着のうえに、二人とも中年で正式の兵士ではないようだ。
-
「猟です。」ジョーは猟銃の銃身を右手で持ったまま手をあげた。
「銃をこちらに投げろ。」ズボンが作業着の男が銃をジョーに銃で狙いをつけて言った。
ジョーはロジャーの持っていた散弾銃の銃床を左手で掴んだ。そして、左右の手に持った銃を電光石火の早業で二
人の男に投げつけた。猟銃は銃床で作業着ズボンの男の額を割り、そのまま男は上向きになって昏倒した。散弾銃
の銃床は、もう一人の男のみぞおちにめり込んで男はうずくまるように前に倒れた。
「ちゃんと投げたぜ。」ジョーはつまらなそうに言った。
「どうするこいつら。」倒れた男達の方へ駆け寄りながらロジャーが興奮気味に言う。
「縛っとけ。」ジョーは下の山道の様子を見ながら返事した。
「それでいいのかい?」意外そうにロジャーが言う。
「殺したいのか。」ジョーの言葉にロジャーは大きく頭を左右に振った。
ロジャーは素早く馬に積んでいたロープで男達を縛り上げて、ナイフで短く切ったロープで猿ぐつわをかませた。
「こいつトンだ色男だぜ。でっかい手鏡持ってら。」男を縛りながらロジャーが言う。
「そこのピークの上で見張ってて、下の山道に誰かがきたら、鏡で物騒なお仲間に合図してたんだよ。」
「こらからどうするんだ。」ロジャーが男の持っていたM1903を点検しながら言った。
「そうだな。運試しだな。俺たちと、あの女の。」ジョーは落ちていた散弾銃を拾うとゆっくり狙いをつけた。
「女がこちらの方へ逃げてきたら、判断力があるってことさ。」ジョーは散弾銃を撃った。
下の山道にいる男達の真ん中に鳥が落ちてきた。男達の注意が鳥に集中した。女は脱兎のごとく斜面をジョーた
ちの方に向かって登りだした。
「ダスティン、女がそっちへ逃げた捕まえろ。抵抗したら撃て。ただし殺すな。」リーダー格らしい男が怒鳴る。
兵士達は女を追いかけてばらばらに斜面を駆け上がってくる。
女が尾根にたどり着く。
「暫く隠れていろ。やばそうだったら逃げろ。」ジョーは女に素早く言う。
最初の男が尾根に到着した。伏せていたジョーはM1903の銃床で男の腹を抉った。二人目の男もそうやって始末
すると、ジョーはM1903をつづけさまに三発発砲した。三人の兵士が肩や腕を打ち抜かれてうずくまる。
「逃げろ。」ロジャーが叫ぶ。男達は一斉に斜面を駆け下りる。撃たれた男達もよろめきながら逃げていく。やが
て、男隊は山道をもときた方向へ走り去った。
「出てこいよ。」ジョーが声をかけた。
小柄な女が茂みから現れた。黒髪、黒い瞳、顔立ちは一見アングロサクソン系だが、小さな鼻や頬の様子からイン
ディアンの血が混じっているようだった。まだ、二十歳そこそこだろう。
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「早く逃げないと、あいつら仲間を呼んでくるわ。いっしょに来て。」女はロジャーの乗っていた馬の手綱を引き
ながら斜面を下っていった。
「おい、オレの馬をどするんだ。話ぐらい聞かせろ。」ロジャーはM1903を持ってあわてて追いかける。
「話は安全な場所に行ってからよ。」女は振り向かずに大声で言った。
馬を連れたジョーが山道にもどると。ロジャーは女の指示で女と撃たれた同行者を荷物を馬の背に載せていた。
「あんたの馬には仲間を乗せて。」撃たれた同行者は、銀髪で日に焼けた精悍な感じのする五十歳前後の男だった。
女は男の腹に着ていたポンチョを押し当てて男を立たせた。ロジャーが手助けして男を馬に乗せる。
「さあ、行くわよ。」
「どこへ。」
女はロジャーの質問に答えず男を乗せた馬の手綱を慣れた手つきで引いて、山道から更に谷底の方へ馬を引いて下
りだした。
その後をジョーとロジャーが必死で追いかける。谷底にくると上流に向かって女は小走りで進む。三十分くらい
走ると、木が覆い被さりちょっと見逃すような谷に流れ込む小さな沢に入った。十分ほど走るとまたより小さな沢
に入る。
「ここどこなんだよ。」ロジャーが情けなさそうに呟く。
「ちょっと休みましょう。」女はようやく立ち止まった。
「何処へ行く。」ジョーが低い声で聞いた。
「助けてくれたから私の村に案内する。」女は軽い口調で言った。
「オレにはていのいい護衛のような気がするがな。しかし、早くしないと連れがやばいぜ。」ロジャーがへたばっ
たような口調で言った。
「そうかもね。あの連中は命なんてなんとも思ってなしね。その連中を怒らせるなんてバカよ。」女は年に似合わ
ずさめた口調である。
「口の利き方が大事だな。」ロジャーも追い打ちをかけるように言う。
「あなたバカよ。なんで相手を侮辱するようなこと言うのよ。」女は撃たれて男に傷を確かめながら言った。
「あの連中とやらは山賊かい。」ジョーが馬からM1903を取り出しながら言った。
「そんなものよ。自分達じゃ、民兵とか言ってるけどね。適当な道路で検問所をつくって通行料を取ったり、勝手
に警備料だといって、集落から物資を徴発してるわ。よそ者や難民が通ろうものなら因縁をつけて物を巻き上げる。
スパイだと決めつけて処刑するって連中よ。脱走兵や、この当たりの食い詰め者が徒党を組んでるの。」女ははっ
きりした口調で説明する。
ジョーがM1903を構えた。女は立ち上がって沢の上流を二三分じっと眺めていた。
「大丈夫、仲間よ。でも、よくわかったわね。」女は感心したように言う。
木々が覆い被さり薄暗くなった小さな沢の奥から銃を持って三人の男が現れた。最後尾の男はロバを連れている。
-
「クローイ、この連中は?」オーバーオールを着込んだ三十前後の農夫のような男が怪訝そうに聞いた。
「エイプリル峠を越えたところで民兵の一隊に見つかって襲撃されたの。まさかあんな山奥まで出張ってるとは思
いもしなかったのがいけなかったのね。ちょうど居合わせたこの人たちが助けてくれたの。」クローイと呼ばれた
女は相手を動揺させないためか事務的に言った。
「民兵の一隊ってどのくらいいたんだ。」それでもオーバーオールの男は心配気に聞いた。
「三十人くらいかな。」クローイと呼ばれた女が答えた。
「それを二人でか?」後ろの方にいた、まだ二十歳くらいの男が眉唾そうに言った。
「そんなに居なかったぜ。せいぜい二十人だ。」ジョーが返答する。
「バート、ともかく詳しい話は後よ。お客さんが怪我してるから早く運んで。」クローイという女は指示をする。
男達はあたりの木を山刀で切り出すと、女のポンチョと組み合わせて即席の担架を作って、苦しそうに腹を押さえ
ている男を寝かせた。
「あなた達は自分の馬に乗って。でも、悪いけどこれもしてね。」クローイはジョーとロジャーに目隠しをすると
二人を馬に乗せた。
「レックスもグズグズしないで荷物をロバに乗せて。」クローイは命令口調で言った。
三時間ばかり登ったり降りたりを繰り返して馬は進む。時々、小枝が顔に当たるが避けようがない。途中から小
雨が降ってきて、鳥の声も絶えてしまった。
「今年は雨が多いわね。」ずっと黙っていたクローイが馬の手綱を引きながら初めてしゃべった。
「クローイさん、あんた連れの男が撃たれた時に悲鳴を上げたがあれはわざとだろう。」ジョーが尋ねた。
「何故、そう思うの。」
「連れが撃たれて冷静に見てる女なら、相手は警戒、いや不気味に思って目を離さないだろうからな。」
「いったいどこに行くんだい。目隠しを取ったら地獄の七層目ってことはないよな。」ロジャーが情けない声で言う。
「いいわよ、馬を下りて。目隠しを取って上げる。」馬がようやく歩みを止めるとクローイが言った。
「ヒューーーー、たまげたぜ。」幻想的な風景にロジャーは感嘆した。
四方を深い山に囲まれて森に覆われたこぢんまりとした盆地。先ほどの雨が上がり、夕日が見事な虹をその上にか
けている。
深い森の所々に小さな家々が見える。これらの家は四方の山から見れば森に隠されて見えないだろう。
森の隙間の少しばかりの空き地は耕作地として利用されているようだ。お伽の国のような光景である。
「ようこそテラビシアへ」クローイは微笑んで言った。
ロジャーは森の風景をバックにしたクローイの黒髪と白い肌、赤い唇を見て「白雪姫」みたいだなと思った。
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「アステカの星9」 −奇跡の谷− New Shangri-La PART2 Terabithia
1943年5月14日 ヴァージニア・ウエストヴァージニア州境付近アパラチア山脈中のどこか。
「ロジャー、朝飯だ。」ジョーがお盆にクルミとレーズンの渦巻きパンとミルク、エンドウ豆のベーコン添えとい
った料理二人分がのっているテーブルで食事をしている。
「ここは?あ、そうか。嫌な夢を見た。」ロジャーは壁際に置かれた二段ベットの上段からジョーに言った。
「さっき、昨日の男が食事を持ってきた。すぐここの長老が来るそうだから早いとこ食べてしましな。」
昨夜から、あてがわれている部屋というか、監禁されている部屋は、窓に鉄格子が入っていることと、ここがア
パラチアの山奥ということを差し引けば素晴らしい部屋である。清潔な綿入り枕とシーツのベット、白い壁紙、水
色のカーテン、ちょっと裕福な学生寮の部屋並と言っていいだろう。
昨夜は食堂のような場所に連れていかれて、ハムエッグや茹ポテトといった食事を振る舞われた後で、二時間ほ
ど別々の部屋で身分素性を尋ねられた。ジョーは聞かれた事には正直に答えた。隠す必要のない時には正直に言っ
ておくことが身のためであると、放浪者の先輩であるロジャーが言っていたからである。尋問が終わると食堂の二階
にある部屋に監禁された。
ロジャーが部屋に入ってきたのはそれからまた1時間あとだった。ロジャーを尋問したのは昼間、会ったレックス
という男だったが、警察顔負けの尋問だったですっかりくたびれ果てていた。
ロジャーの食事が済むか済まないうちに長老が部屋に入ってきた。
レックスが怖い顔をして拳銃を腰に下げて続いて入ってくる。その後に一見してインディアン系とわかる初老の男、
最後がクローイだった。
「私はここの責任者をしているゴドフリー・ドナファーというジジイだ。みんなは長老と呼んでいるがな。ジョー
にロジャー。そう呼んでかまわんかな。」七十の坂に達そうかという大柄な男が尊大に言う。
「いいぜ。」ジョーは軽く流した。
「それでは、ジョー、ロジャー。孫娘のクローイの危難を救ってくれたことに感謝する。」ドナファーの言い方は
尊大でも真の感謝が感じ取られた。
「なあ、昨夜は色々と聞かれたから少しこっちから聞いてもかまないか。」ジョーがつけ込むように言った。
「どうぞ。」今度はドナファーが軽く受け流す。
「ここは地図にのっているような村じゃないな。」ジョーの質問はいつも簡潔だ。
「そう、のっておらん。我々がテラビシアと呼んでおる人の知らない村だ。」ドナファーは自慢げである。
「ここはアメリカかい?」ロジャーが横から割り込んできた。
「アメリカ合衆国、今もあるとすればだが。その一部には違いない。ここは大不況の時代に行く当てのなくなった
失業者が集まってできた村だ。ここにいるチェロキー族のタヒクパス氏の好意で彼らの聖地の一部に住まわせても
らっておる。タヒクパス氏は本物の長老じゃぞ。」そう言うドナファーの表情は上々である。
-
「タヒクパスさん、見返りはなんだい。」ジョーの問にドナファーとタヒクパスが顔を見合わせた。
「いきなりかね。地代を貰っている。ドナファー氏らの援助でアメリカ風の家も建ててもらった。」ドナファーの
顔色を察したタヒクパスは笑顔で言った。
「地代と言っても州政府に納める税金の何分の一だがね。」ドナファーが間髪を入れずに言う。
「去年からは食糧の一部渡しにして貰った。」タヒクパスがドナファーの横顔を見ながら言った。
「税金天国みたいなとこか。しかし、税金を払わないとその恩恵もない。」ジョーはたたみかけるように言う。
「政府に納める税金で何の恩恵があった。」昨日、沢で会いジョー達を尋問した男が吐き捨てるように言った。
「まあ、そういう社会もあるがね。ここは元警官や元消防士、元教師もいれば、元大工だの各種の元職人も、それ
から元コックもいる。それぞれが自分の職業を生かして生活している。それらの技能は全てみんなのために無料で
奉仕するのがここの税金だよ。その対価は村で生産した食糧、衣料だ。ただ、人数がたりないものは・・。例えば
家の棟上げとか、自衛団は義務として共同でしておる。それがここの税金だ。」ドナファーが丁寧に微笑を浮かべ
ながら言った。
「アーミッシュ(プロテスタント系キリスト教徒の一派、機械文明を拒否して移民当時の生活を行う)みたいなも
のか。」ロジャーが少し考えて聞いた。
「いいや、我々の宗教は個人的に自由だ。主義主張でここの暮らしを選択したわけではない。電気も使うさ。ただ
いくつかの発電機が故障で今は公共の建物だけ電気を通しているがね。」
「ランプも嫌いじゃないぜ。」ジョーは壁際のランプを見上げながら言った。
「じゃ、共産主義だ。」すっかり自分の世界に入ってしまったロジャーが唐突に言った。
「それも違うな。我々は私有財産についての制限などしていない。土地も公有ではない。地代を払っているといっ
ただろう。その額に応じて土地の使用面積を決めておる。」ドナファーは心外とばかりに興奮気味に言う。
「この山奥での生活に必要な技能労働をそれぞれが相応の対価で提供しあう村かい。ただ、存在が知られれば税務
署が飛んでくるから絶対秘密の村だ。」ジョーが助け船を出した。
「そうだ。それが的確な答えだ。」ドナファーは落ち着いて答えた。
「ここはアメリカのいかなる公権力が及ばない場所だと理解でいいんだな。」ジョーは念を押すように言う。
「そうだ、テラビシア独自の法に従ってもらう。それができない。あるいは嫌なら君らにはそれ相応の対応を取ら
ねばならない。そんな、ことになればクローイが悲しむだろから是非避けて欲しい。」ドナファーは手を組んで言
った。
「ずばり聞くぜ。ここから出られのか。」ジョーはドナファーの機嫌を見て聞いた。
「暫くここにいてもらう。信用できる人間かどうか判断できるまでは出て行ってもらては困る。」ドナファーの言
葉には刺があった。殺してでも出て行くことは阻止するいうことらしいとジョーは理解した。
-
「大丈夫だぜ。俺たちはここが何処にあるか知らない。」ロジャーが脳天気に言う。
「どこの近くかはわかっているだろう。」今まで黙っていたレックスが大きな声で言う。
「ずっとこの部屋に閉じ込めておくのか。」ジョーがドナファーに向かって聞いた。
「いいや、昼は自由に出歩いてくれ。日が暮れたらここに戻ってくること。夜の間は鍵をかけさせてもらう。それ
に自分の食費は稼いで貰わんとな。」ドナファーの言葉には殺気がなくなっていた。
「おいおい、ここに拘留するのにテメエで食い扶持を稼げかよ。」ロジャーが抗議する。
「畑仕事の手伝いや家の修理なんでもしてくれ。君たちは馬を持っているから仕事はすぐ見つかるだろう。ただ、
孫娘の件があるからここの部屋代はわたしのおごりだ。ついでに一週間分の食事もおごる。」ドナファーは最初の
尊大さを取り戻してきっぱり言った。
この後、しばらく雑談をしてドナファー以下の一行はクローイとレックスを残して引き上げた。
「テラビシアを案内するわ。」クローイは微笑んで言った。
「そうしてくれると助かる。仕事をしろといっても右も左もわからないからな。」ロジャーがジョーとクローイの
間に割り込んできて言った。
「テラビシアって妙な名前だな。インディアンの言葉か。」ジョーが聞いた。
「いいえ、もとはこの当たり一帯はインバって呼ばれる地域だったから、インバ村って名前だったの。でも、わた
しが気まぐれにテラビシアって呼んでたらお祖父さんも気に入って。」クローイが恥ずかしそうに言う。
クローイはさして広くはないが、見通しの悪い村の主要部を二時間ほどかけて案内してくれた。行く先々では、二
人を村人に紹介し、二人にはその村人がしている仕事を説明した。
「さあ、共同食堂に帰ってきたわ。村の人は全員ここで食事を摂るるか、料理を持って帰るのよ。」クローイは最
後にジョー達が押し込められた大きな建物の一階にある食堂の説明をした。昼にはまだ少し早い時間だったが、食
堂の席はすでに四半分ほどは埋まっていた。
「自分の家じゃ、料理を作らないのか?」ロジャーがクローイに聞いた。
「食材を各家に分割して渡すより、まとめて調理した方が無駄が少ないだろう。ここでの生活は、無駄は出来ない
んだよ。」おもしろくないといった顔で、一行の後を歩いていたレックスが言う。
「それじゃ、仕事の希望が決まったら教えてね。」クローイはジョー達二人に手を振った。
「どこに行けば会えるんだい。」ロジャーが名残惜しそうに聞いた。
「何言っての。村を案内したときに、ここがお祖父さんの家って言ったでしょう。そこに住んでいるのに決まって
るでしょう。」クローイーはクスリと笑った。
つづきは「中・長編SS投稿スレ その3」へ
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