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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

31黒白:2006/12/07(木) 20:04:27 ID:gW6263Ic
「く、黒い……ロボ、やと!?」

母が、戸惑ったような声をあげる。
一方的な狩り、虐殺の陶酔に、冷水を浴びせかけられたのだ。
母が脳裏に思い描く夢には、こんなものは出てこなかったのだろう。

もっとも、わたしは母ほど驚いてはいなかった。
都合の悪いものを意図的に排除した夢の陰には、いつだってこんなものが潜んでいる。
こういうものに出くわすのは、だからわたしにとっては日常茶飯事だった。
わたしはいつだって、夢ばかりみるように生きてきた。
こういう時、わたしは決まって同じことをする。
破れた夢を繕って、新しく自分の周りに張り巡らすように、力なく笑うのだ。

『にはは……でっかいカラス』

そんなわたしの言葉を張り飛ばすように、母が声を上げる。

「あ、アホ! どこの世界に手足のついたカラスがおんねん! ってツッコむんはそこかい!」

これでいい。
母に調子が戻ってきた。

「これは敵や、気ぃつけえ観鈴!」

折りしも降り出した雨で、地面はすっかり泥だらけだった。
翼を広げたまま佇むその黒い神像から視線を離さないようにしながら、わたしは静かに立ち上がる。
後ろ手についた掌の下で、倒木がひしゃげる音がした。
いつまでも血がこびり付いたままの左手を、泥と木の葉に擦りつけて拭う。
黒い神像の後ろで、先程まで動けずにいた少女がもう一人の少女に抱えられて逃げていくのが見えていたが、
母は何も言わない。それどころではないと、わたしも母も理解していた。

32黒白:2006/12/07(木) 20:04:58 ID:gW6263Ic
眼前に影のように立つこの神像は、まさしく脅威だった。
わたしが立ち上がるまで、黒い神像は不動の姿勢を保っていた。
その背丈はわたしのこの身体とほとんど同じくらい。
女性的なフォルムに翼の生えた人型という、同系統の造形。黒と銀の色彩だけが、対象的だった。
わたしが身体を預かっているこの神像と関連があることは、ほぼ間違いなかった。

『―――お姉、様』

だから、突然そんな声がしても、わたしはさして驚かなかった。
むしろ、ひどく納得のいく感じがしたものだ。
おそらく、わたしを受け容れたウルトリィという白い神像のことを姉と呼んでいるのだろう。

「な、何や!? どっから声がしとる!?」

母が再び取り乱している。
わたしを姉と呼んだ声は、わたしの中にも響いていた。

『黒いのが喋ってる……んだと、思う』

ほぼ確信に近いものがあったが、あえて語尾は濁しておく。
母は、わたしが何かを断言することを好まなかった。

「何やて……!?」
『その声……お姉様も誰かを乗せてるのね?』

高い、澄んだ声。その声は、いくつかの事を示唆していた。

33黒白:2006/12/07(木) 20:05:29 ID:gW6263Ic
まず、一つめ。
通常、この神像はウルトリィやあの黒い神像のように、独自の人格を持ったまま行動するらしい。
だが、契約は紡がれた、と告げたあの時以来ウルトリィは眠り続けており、こうして呼びかけられていても
一向に目覚める気配はなかった。わたしのこの身体はイレギュラーというわけだ。

そしてもうひとつの事実。
「お姉様も」と口にしたということは、向こうの神像にも誰かが、母のように乗り込んでいるのだ。
そして、わたしたちの場合と照らし合わせるならば、それは、この殺し合いの参加者である可能性が極めて高い。

『聞いて、お姉様!』

だが声は、続けてこんなことを言った。

『おば様……カミュの契約者は、殺し合いなんてしたくないって言ってるの!』

黒い神像はカミュというのだろうか。
しかしそれよりも、その声が告げた内容に、母は目を丸くしていた。

『お姉様が選んだなら、そっちにいる人もきっと、こんな殺し合いなんて嫌だって思ってるよね?
 お願い、おば様のお話を……』

黒い神像、カミュの声は、そこで途切れた。
母が、お腹を抱えて笑い出したからだ。心底おかしそうな、爆笑。
その笑い声に、カミュが腹を立てたような声を上げる。

『な、なにがおかしいの!?』
「……嬢ちゃん、あんま笑かしたらあかんで」

不意に笑いを収め、母が奇妙に低い声で言った。

34黒白:2006/12/07(木) 20:06:01 ID:gW6263Ic
「姉ちゃんってな、このロボのことかいな」
『……え?』
「……観鈴にこの身体くれた、お人良しでアホな、このけったくそ悪い白ン坊のことかって聞いてんねや」

こういうとき、母の言葉はひどく判りづらい。
頭に血が登ると、自分の視点からしか物を言えなくなる人だった。
だからわたしは、一応のフォローを入れておく。

『が、がお……ウルトリィさんのこと、悪く言ったらダメだよ……』
『……ウルトリィさん、って……。それに、その声……?』

戸惑ったようなカミュの声。
どうやらカミュには、わたし自身が発する声と、乗っている人間のそれとの違いが判るらしい。
そんなことを考えた時、新たな声がした。

「―――その白い機体が、少なくとも今はあなたのお姉さんではないということよ、カミュ」

女性の声だった。
若々しい張りはあったが、中年と言っていい頃合だろう。おそらくは、母と同年代。
言葉からして、察しは良さそうだった。

『おば様……』
「観鈴、というのは……この名簿によれば、神尾観鈴さんのことかしら。
 なら、そちらに乗っているのは神尾晴子さん……違いますか?」

少し驚いた。
母の言葉を手がかりに組み立てれば、その結論にたどり着くのはそう難しいことではなかったが、
それにしても答えを出すのが速い。
母にしても、それは意外だったらしい。ひとつ舌打ちをして、忌々しげに口を開く。

35黒白:2006/12/07(木) 20:06:22 ID:gW6263Ic
「……どうも、よろしゅうに。そちらさんは?」
「はじめまして。柚原春夏と申します」

素直に答えが返ってくる。
カミュという力に護られている安心感なのか、それとも単に育ちがいいのかは分からない。
勿論、偽名ということも考えられるが、先程のカミュの言葉を聞く限りではその可能性は薄いかもしれない。

「……で、その柚原さんが、うちに何ぞ用かいな」

警戒心をむき出しにして母が訊ねる。

「お嬢さんと合流されたのですね。おめでとうございます」
「……そら、どうも」
「ただ、どういったいきさつかは存じませんが、お嬢さんは少し……。
 その、変わった状況にあるようにお見受けしますが」
「……で?」

何かを堪えているような、低い声。よくない兆候だ。
母は、こうした形式ばった物言いが何よりも嫌いだった。
眉間に皺を寄せた母が爆発するより前に、わたしは緩衝材となるべく口を挟んだ。

『にはは……ご丁寧に、どうも』
「……観鈴、大人同士の話や。黙っとき」

苛立ちの矛先が、上手くわたしの方へと向いた。
同時にわたしを子供扱いすることで、母は自尊心と体面を思い出すことができる。
落ち着きを取り戻した母の声を聞いて、わたしは胸を撫で下ろす。これでいい。

「これは家庭の問題や。口、挟まんとってくれるか」
「……」

36黒白:2006/12/07(木) 20:06:51 ID:gW6263Ic
母の無茶な言い様に、さすがに二の句が継げなかったらしく、一瞬の沈黙が訪れる。
しかし、春夏と名乗った女性はどうにか言葉を続けた。

「……申し訳ありません。ただ、私で何かお力になれることがあれば……」
「結構や」

ぴしゃりとはねつけるような、母の厳しい言葉。

「言いたいことがそれだけなら―――」
「分かりました。では、単刀直入に言います」

春夏さんの声音が変わる。これまでよりも、少し強い調子。
思ったよりも、気の強いひとなのかもしれない。

「私も……娘を、捜しています。
 娘を捜し、そして護るために、こうしてこの子……カミュにも協力してもらっています」

そこで一旦言葉を切る。
軽く息を吸い込むような気配の後、春夏さんは一気に言葉を吐き出した。

「身勝手を承知で、お願いがあります。
 そちらの……観鈴さんとあなたの力を、娘……このみを捜すために、貸してはいただけないでしょうか」
「……」

母はそれを、腕組みをしながら黙って聞いている。

「初めは、あなたに戦いをやめてもらおうと思いました。
 ……その、事情はわかりませんが、あなたや私の持つこの力……この子たちの力は、人に向けられるべきではないと、
 そう思いました。ですから、戦いを止めようと割って入りました」

37黒白:2006/12/07(木) 20:07:33 ID:gW6263Ic
理由はどうあれ水を射されることが大嫌いな母だったが、しかし春夏さんの言葉を聞いても表情は変わらない。
ただじっと正面に立つカミュと、おそらくはその中にいる春夏さんを見つめている。

「けれど、お話を伺って……あなたが、娘さんのいらっしゃる方だと、この島で娘さんを見つけられた方だと知って……、
 無理を承知で、お願いしようと思いました」

そこで少し言いよどんだ春夏さんだったが、意を決したように続ける。

「卑怯な物言いですが……同じ、母親として」

その言葉に、能面のようだった母の表情に、初めて変化が現れた。
ぴくりと、眉を上げたのだった。

「あなたが、娘さんを護るためにその力を使われる気持ち、よくわかります。
 ですが……」
「―――もうええわ」

吐き棄てるような母の声が、春夏さんの言葉を遮っていた。

「もうええ。もう充分や」
「で、でしたら……」
「……ざけんなや」

縋るような春夏さんの声を、一刀の元に斬り捨てる。

「よくわかるぅ……? ハ、あんた、なぁんもわかってへんわ。
 ちぃっとでもわかっとったら、そないなアホなこと、よう言われへん」
「な……」
「一緒に娘を捜してくれ、やって……? 笑えん冗談も大概にせぇや」

38黒白:2006/12/07(木) 20:07:59 ID:gW6263Ic
心底から嘲るような、母の声音。

「捜してどないせぇっちゅうんじゃ。諸共ぶっ殺したろか? ……それも悪ぅないなぁ」
「……ッ!」
「オマケに何や、同じ母親としてぇ? ……死なすぞボケ」

ドスの聞いた声に、春夏さんが絶句する。

「おのれに母親語られたないわ。うちの観鈴と、おのれんとこの、なんや、このみちゃんか?
 仲良しこよしで嬉しいなあ、ってか。ドタマ沸いとんちゃうか?
 それからどないすんねや。くじ引きでもして誰が死ぬか決めるんか。
 誰ぞ死なんと終わらんで、この腐れたゲームのド畜生は」
「それは……」
「ええ加減にせえよ。なら今、ここでぶっ殺したる方が、ナンボか後腐れないっちゅうもんやろ」
「……」
「安心せえ。可愛いこのみちゃんもすぐにそっち送ったるわ。
 観音様の前で親子水入らずや、好きなだけしたったらええがな」

おかしそうに笑う母の表情には、紛れもない悪意と侮蔑が浮かんでいた。
声音に滲み出す、その負の感情を感じ取ったものか、春夏さんはしばらく黙り込む。

『おば様……この人、もう……』
「―――春夏さん、でしょ。カミュ? ……分かってる」

その、何かを飲み込んだような春夏さんの声に、母が敏感に反応する。

「お喋りは終いやな。……お互い、可愛い娘のために気張って殺し合おうや」
「そうね。……私は、あなたを止めるわ」
「……観鈴」
「カミュ」

39黒白:2006/12/07(木) 20:08:16 ID:gW6263Ic
同時に、声が響く。

「―――飛んだり」

翼を広げ、大地を蹴り、大空に舞い上がったのにも、ほとんど差はない。
見上げる空から降りしきる雨が、顔に当たって痛いくらいだった。
瞬間といっていい速さで、わたしたちは何らの遮蔽物もない空間に占位する。

「ブチかましたれ、観鈴!」

母の声を合図に、わたしは急加速してカミュへと突進する。
こんな身体を得たとはいえ、わたしが格闘技の達人になったわけじゃない。
ただこの速度と重量を活かした体当たりだけが、有効な攻撃手段だった。
だが、その突進はあっさりと回避される。

「カミュ」
『うん、春夏さん』

カミュの広げられた片翼が、小さく畳まれる。
空中でバランスを崩し、斜めに傾ぐカミュ。
たったそれだけで、わたしは目標を見失っていた。

「な……もう一度や、観鈴!」

言われ、急制動から反転し、再度加速する。
しかし第二波もまた、最小限の動きでかわされる。

「く……何でや、なんで当たらん!」

40黒白:2006/12/07(木) 20:09:13 ID:gW6263Ic
苛立ちを隠せない母の声。
しかし、わたしには最初の突進を回避された段階で理解できていた。
これは、勝てない。動きが違いすぎる。

おそらくは、春夏さんというひとが細かい動きを担当しているのだろう。
わたしはこの身体を、文字通り手足のように動かせるが、しかし元の身体と大きく異なっている
その重量や慣性のバランスは、如何ともしがたい。
感覚的に飛ぶことや加速することはできても、振るった腕に逆に振り回されることまでは避けられないのだ。
カミュの場合は、春夏さんが操縦することでその辺りをカバーしているのだと、そう思う。
まさかこういった神像の操縦に熟練していたわけでもないだろうが、ともあれ春夏さんは
それを見事にこなしているようだった。

そして勿論、母にそんな技能はない。
操縦桿を握ることすらしていなかった。
結果、わたしの突進は何度も空しく宙を裂き、対して無傷のカミュはまるで雨に打たれることを
楽しんでいるかのように、悠然と夜空に漂っているのだった。
と、春夏さんの声が、隔てられた距離を感じさせないほどクリアに響いてきた。

「……カミュ」
『うん……お姉様の身体だけど、あれはやっぱりお姉様じゃない。
 ……これ以上、あの身体を使わせておくわけには、いかないよ』
「……いいのね」
『うん。……術法で、決める。その間、お願い』
「わかった」

やり取りを終えると、カミュの声が消えた。
代わりに響いてきたのは、低く重々しい、何かの呪文のような声。

「こ、今度は何や!?」

41黒白:2006/12/07(木) 20:10:29 ID:gW6263Ic
母が憔悴したような声を上げる。
必殺の突進を幾度も回避され、力の差を見せつけられた格好の母は、明らかに疲弊していた。
その声を聞いて、わたしは決意を固める。

―――ああ。
今の母が、このひとに勝てる道理がない。

術法、というのはこの呪文めいた声によってもたらされるのだろう。
やり取りから判断するならば、おそらくは、必殺技のような何か。
ならば、時間はそう残されてはいなかった。

わたしはこの身体をカミュの方へと向け、しかしこれまでのような急加速ではなく、ゆっくりとした速度で移動させはじめる。
予測していない動きに戸惑ったのは、むしろ母の方だった。

「何や、観鈴……!? どないしてん、突っ込んだらんかい……!」

母には答えず、わたしは空中でカミュに正対すると、静止した。
春夏さんとカミュ、そして母の視線を感じながら、全身で雨を受け止めるように、両手を広げていく。
見えない十字架に磔刑に処されているかのような格好で、わたしは声を出す。

『助けて、ください』

それは、赦しを乞う言葉だった。
一番最初に反応したのは、母だった。
驚いたような、怒っているような、奇妙に裏返った声で叫ぶ。

「な……何を言うてんねん、観鈴!? どないしてん!?」

42黒白:2006/12/07(木) 20:10:53 ID:gW6263Ic
それにはやはり答えず、わたしはカミュと、その中にいる春夏さんをじっと見つめる。
いつの間にか、カミュの呪文めいた声は止まっていた。
身体の表面を雨粒が叩く音だけが、静かに辺りを包んでいる。
しばらくの沈黙の後、春夏さんの落ち着いた声が響いた。

「……どういう、ことかしら」

その声に警戒するような色はない。
むしろ、何か既知の契約事項を確認するような、そんな声音だった。
だからわたしは、その察しの良さに感謝しながら、言葉を続ける。

『お願いします。わたしはどうなっても構いません。
 ……だから、お母さんだけは、助けてあげてください』

淡々と、わたしは告げる。

「な……!」
「……」

驚愕する母と、沈黙する春夏さん。
予想に違わぬ反応だった。

『お母さんは、わたしのために悪いことをしようとしてるんです。
 ……だから、わたしがいなくなれば、お母さんはもう悪いことをしません』

春夏さんの言葉を借りるなら、卑怯な物言いだった。
これは茶番劇だ。これまでに感じた春夏さんの善良さを利用し、そして母とわたしの関係を理解した彼女が
決してこの申し出を無視できないとわかった上での、ひどく打算的な命乞いだった。
だが、春夏さんはこんな茶番劇にもきっと律儀につきあってくれるだろう。
短いやり取りの中でも、彼女がそういう人間であろうことは、伝わってきていた。

43黒白:2006/12/07(木) 20:11:10 ID:gW6263Ic
『おば……春夏さん、どう……するの?』
「……」

カミュの問いかけにも、春夏さんは答えない。
リスクと心情、これまでの言動。色々なことが頭をよぎっているに違いなかった。

「ちょ、待たんかい! 何を勝手にほざいとんじゃ! 観鈴! どういうこっちゃ、答ぇえ!」

置き去りにされた母の怒声を、わたしは内心で耳を塞いでやり過ごす。
これは、わたしと春夏さんの間で取り交わされようとしている商談だった。商材は、母の命。

しばらくの間、春夏さんは沈黙を守っていた。
母の悪態だけが、際限なく続いていた。

「―――私たちが、約束を守ってお母さんを助けるという保証はないわ」

ようやくにして春夏さんの口から出たのは、そんな言葉だった。
間髪をいれず、わたしは答える。

『にはは……きっと大丈夫です』
「……では、私たちの危険に対する保障は、どうなるのかしら」

痛いところを、突かれた。
上手く切り返したつもりが、考えが甘かったらしい。

「あなたのお母さんは、随分とやる気みたいだけど。お母さんを解放したら、私の娘の安全はどうなるのかしら。
 ずっと連れて歩くにしても、四六時中監視しておかなければ何をしでかすか分からないわ。
 私の席に入れるわけにはいかないし、かと言ってカミュが手に持って飛んだら、お母さんは潰れてしまうかもしれない。
 そういうことを、きちんと考えて言っている?」
『……』

44黒白:2006/12/07(木) 20:11:33 ID:gW6263Ic
がお、と口に出しそうなところを、ぐっと堪えた。
あれは、相手に甘える言葉だ。甘やかしてくれる相手にだけ、通用する言葉だった。
言葉に詰まったわたしを、春夏さんは無言で責めている。
なにか言葉を返さなければいけない。それはわかっていたが、肝心の言葉が見つからない。
何しろ、わたしたちがこうして話をしている間、或いは沈黙を続けている間にも、母の聞くに堪えない
悪口雑言は続いていたのだ。何を言い出すにせよ、片端から説得力が失われていく。
手詰まりだった。

「……どうしたの? 言いたいことは、それで終わりかしら」
『…………』

つくづく甘かった。
温情に訴えかけるだけでは、母親として物を言うこのひとには届かない。
自分の浅知恵を悔やみ、思考の迷宮に踏み込もうとしていた、そんなわたしを救ったのは、

『―――そこから先は、私がお話しましょう』

聞き覚えのある、透明な声だった。
突然響いた新しい声に、もっとも敏感に反応を示したのはカミュだった。

『お……お姉様!? その声、ウルトリィお姉様なの……?』

そう。その声は、ずっと眠っていたはずの、わたしのこの身体の真の持ち主。
白い神像、ウルトリィのものだった。

「ウルトリィ……? カミュ、この声があなたの言ってたお姉さん……なの?」
『そうよ、春夏さん!』
『―――久しぶりですね、カミュ』
『お姉様……! ……でも、どうして……』

45黒白:2006/12/07(木) 20:12:09 ID:gW6263Ic
カミュの、不安げな声。
目の前で声を出しているのが本当に姉なのかどうか、はかりかねているのだろう。
そしてそれは、わたしにとっても同様だった。

(う、ウルト……さん?)

思わず声を出そうとして、それが叶わないことを知る。
声のみならず、身体もまたわたしの意思から離れたかのようにピクリとも動かない。

(……契約者、神尾観鈴。この場は私にお任せなさい)

ウルトリィの優しげな声が、焦るわたしを落ち着かせるように響いた。
どうやらわたしに語りかける声は、カミュや母たちには伝わっていないようだった。

(が、がお……お母さん、助けてくれる?)

思わず口をついて出る、口癖。
ウルトリィの答えは短かった。

(それが調停者の務めです)

それだけを告げて、ウルトリィは今度はカミュや春夏さんへと声を発する。

『……カミュ、そしてその契約者の方。失礼ながら、お話は伺っていました。
 あなた方の不安も、もっともなことだと思います』

どこまでも理性的なその声に、春夏さんもこれがわたしや母ではないと考えたらしい。
慎重に、探るような声音で尋ねる。

46黒白:2006/12/07(木) 20:12:39 ID:gW6263Ic
「……ウルトリィさん、と仰ったかしら。率直に伺いたいのですが」
『何でしょう、カミュの契約者の方』
「柚原春夏。春夏、と呼んでくださって結構です。……話を戻します」
『はい』
「……あなたは、私達と戦うために出てこられたのですか」

ズバリと切り込んだ。
わたしとしても、それは気になるところだった。
ずっと眠っていたはずのウルトリィが、どうしてこの窮地で目覚め、こうして場の主導権を握っているのか。
それがカミュを撃破し、自らの身の安全を確保するためかもしれないと春夏さんが考えたとしても、不思議はなかった。
だが、ウルトリィはそれを言下に否定する。

『いいえ、そのようなつもりはありません』
『そうよ春夏さん、お姉様はそんな人じゃないもん!』

カミュもまた、怒ったように声を上げる。

「ごめんなさい、カミュ。……失礼しました。なら、改めて伺います。
 あなたは、そこの……神尾晴子さんを、どうなさるおつもりですか」

またしても直球だった。
わたしへの詰問が中断していた、正確にそこまで話が戻される。
ウルトリィがどんな答えを返すのか、わたしもまた傾注する。

『……今、この身は契約者の手を離れ、私自身の意思によって動いています。
 私たちには自由にそういうことができる。そうですね、カミュ』
「そうなの、カミュ?」

突然に話を振られたカミュが、戸惑ったように答える。

47黒白:2006/12/07(木) 20:13:11 ID:gW6263Ic
『え? ……ええと、うん、一応はできるよ……?
 あ、も、もちろんカミュがそういうことをするときは、ちゃんと春夏さんに言ってからだからね!?』
「分かってるわ、ありがとうカミュ」

宥めるように言う春夏さんに、ウルトリィの言葉が続けられる。

『それは即ち、この身に取りこんだ者を解き放つかどうかも、私の意思次第ということです。
 言っている意味が、分かりますか?』

ウルトリィの問いかけに、春夏さんが探るように口を開く。

「……つまりあなたはそのまま、牢屋の役目を果たすことができるって、そういうわけですか……?」
『その通りです』
「何やて!? ちょ、待ったらんかい!」

そのやり取りに、無視され続けて不貞腐れたように黙り込んでいた母が噛みついた。

「冗談やないで! 開けえ! 今すぐここ開けえや!」

母の半ば悲鳴に近い声に、わたしの胸が締め付けられる。
しかし今のわたしには、指一本を動かす自由すらありはしなかった。
そんな母の声を無視して、春夏さんはカミュへと問いかける。

「……どう思う、カミュ」
『うん……お姉様の仰ってることはわかるよ。難しいことじゃないと思うけど……』
「そう……」

言って、しばらく何事かを考えるように黙り込んでいた春夏さんが、やがて口を開いた。

48黒白:2006/12/07(木) 20:13:30 ID:gW6263Ic
「ウルトリィさん。もう一つだけ、伺います」
『何でしょう』
「あなた自身は、これからどうされるおつもりですか」

もっともな疑問だった。
ウルトリィが自身の意思で動くというのならば、場合によっては母とわたしよりもよほど危険な存在となり得る。
だが、ウルトリィはそんな疑問を一蹴した。

『何もするつもりはありません』
「……と、いうと」
『こうして、ただここに漂い、あなた方を見守るつもりだということです』
「……」

さすがに、その答えは予測していなかった。
確かにこの高空に留まるならば、母が逃走を企てることも難しいし、他の参加者にかち合うこともあるまい。
不審な動きをするにしても、カミュたちから見上げればすぐにそれと知れる。
春夏さんにしても、それは意外な答えだったらしい。再び沈黙が降りる。

「……わかりました」

しばらくの間を置いて、春夏さんの絞り出すような声。
ウルトリィの声がそれに答える。

『ご理解に感謝します』

それが、結審の槌音だった。

49黒白:2006/12/07(木) 20:14:18 ID:gW6263Ic


「では、神尾晴子さん……そして観鈴さんのこと、お任せします」
『……じゃあまたね、お姉様!』

その言葉だけを残して、カミュと春夏さんは夜の島へと降りていった。
黒いその影が、瞬く間に夜陰に紛れて見えなくなる。

「何で……なんでや……!」

母の涙交じりの声だけが、高空に取り残されていた。

「ここ開けぇや、観鈴! うちの言うことが聞けんのかい、観鈴……!」

わたしはそれを、じっと聞いている。

50黒白:2006/12/07(木) 20:14:56 ID:gW6263Ic
【時間:2日目午前3時頃】
【場所:G−6】

 神尾晴子
【持ち物:M16】
【状況:軟禁】
 アヴ・ウルトリィ=ミスズ 
【状況:自律操縦モード/それでも、お母さんと一緒】

 柚原春夏
 アヴ・カミュ
【所持品:おたま】
【状態:健康】

 天沢郁未
【所持品:薙刀】
【状態:逃亡】
 鹿沼葉子
【所持品:鉈】
【状態:逃亡】

→522 ルートD−2

51鬼、その身を灼いて:2006/12/09(土) 19:29:20 ID:Q2tOKsc2

その声を、柏木千鶴は静かに聞いていた。
静かに、握り締めた拳から、噛み締めた唇から鮮血を滴らせながら、聞いていた。

『―――ターゲット、柏木梓の殺害に成功したのは、芳野祐介さん。
 同じく柏木初音殺害に成功したのは、来栖川綾香さん―――』

梓の死は仕方ないと、自分に言い聞かせることもできた。
力量を読み誤り、無謀な相手に挑んだ結果だと。
荒れ狂う感情を、狩猟民族の血、そして家長としての責任で押し潰すこともできた。
しかし。

瞼を閉じれば、浮かんでくる。
小さな初音。いつも笑顔を絶やさなかった、優しい初音。
まだ可能性に溢れていた。望めば叶わぬ夢などないと、信じていられる歳だった。
恋も知らずに、死んでいった。

来栖川。
来栖川、来栖川、来栖川、来栖川来栖川来栖川。

千遍引き裂いてもまだ足りぬ。
万遍断ち割ってもまだ足りぬ。
三界に遍く苦しみという苦しみを、久遠に続く絶望という絶望を、味わい尽くして死ね。

流す涙が、雨に混じって地に落ちる。
見開かれた目をそのままに、鮮血滴る真紅の爪を打ち振って、千鶴は叫ぶ。

「―――出て来なさい……ッ!! どうせ見ているんでしょう……!!」

びりびりと、周囲の大気が震える。

52鬼、その身を灼いて:2006/12/09(土) 19:29:48 ID:Q2tOKsc2
と。
爪の一撃に薙ぎ倒された倒木の陰から、ひとりの少女がまろび出た。
白いワンピースを纏った少女は、しかしその幼い顔に似つかわしくない笑みを湛えている。

「気が、変わったみたいね?」

気の弱い者であればそれだけで縮み上がるような夜叉の双眸に睨まれながら、少女は平然と笑い返してみせた。

「―――いいわ。あなたに、力をあげる」

誰にも負けないくらいの力を、ね。
少女はそう言って、艶然と微笑んだ。



【時間:2日目午前6時】
【場所:G−5】

柏木千鶴
 【所持品:支給品一式】
 【状態:復讐鬼】

みずか
 【状態:目的不明】

→368 →405 →432 →531 ルートD-2

53継承する思い:2006/12/10(日) 22:45:18 ID:PcauInOU
気がついたら暗いところにいた。
本当にすごく暗い。
右も左も上も下も判らないし、今自分が立っているのか、それとも浮いているのかすら判らないほど暗い場所だ。
ここを一言で言うなら……そう、『闇』だ。
そんな場所にあたし―――吉岡チエはいる。

(うぅ…なんか怖いっス……)
なんで自分はこんなところにいるのか?
確か先ほどまで自分はあの島の教会で舞先輩と耕一さんたちの帰りを待っていたはずだ。
それなのに、なぜ今自分はここにいる?
――――ワカラナイ。
判らないからただ前へと歩いてみることにした。
といってもこんな闇の中だ。足を動かしていても本当に自分は前に進んでいるのかすら判らないが…



かれこれ数十分は歩いたと思う。
闇という景色は一向に変わる様子は無い。
「はぁ……いったいあたしどうしちゃったんだろ?」
そう言ってため息をついていたら目の前から急に一筋の光が差し込んだ。
出口かなと最初あたしは思った。
もちろんあたしはその光の方へと歩いていく。

近づけば近づくほど光が徐々に大きくなっていく。
よかった。やっぱりあの光がこの闇の出口なんだと思い安堵する。

54継承する思い:2006/12/10(日) 22:47:03 ID:PcauInOU
「―――ん?」
よく見るとその光の近くに2人の女の子の人影があった。
それはあの島であたしが(多分)1番良く知っている子たちで、あたしが1番会いたかった2人だ。
「このみ、ちゃる!」
とっさに2人の名(片方は愛称だが)をあたしは叫んでいた。


「あっ。よっち〜♪」
「よっち……」
2人は同時にあたしに気づき、あたしの名(これも愛称だが)を呼んだ。
柚原このみと山田ミチル…あたしの自慢の親友の2人――よかった。やっと会えた……

すぐさま2人のもとへ駆け寄り飛びついてやろうとあたしは走り出した。
すると……

―――ゴン!
「あいたーーーーーーーっ!!」

2人まであともう少しという距離のところで見えない壁に激突した。
な…なんでっスか!?

「どうしたの、よっち?」
「よく判らんが大丈夫か?」
強打したおでこを押さえて縮こまるあたしを2人が不思議そうな顔で見る。
「あ…あたしにも判らないっスよ。なんか見えない壁があるみたいで……」
あたしがそういうと2人は「えっ?」と声をあげてこちらに近づいてくる。
ある程度歩いたところで2人もその見えない壁に接触した。
(ちなみにこのみもあたしと同じくおでこをゴンとうった)

55継承する思い:2006/12/10(日) 22:47:46 ID:PcauInOU
お互いの距離はもう手の届きそうなところまで来ていた。
しかし、あたしたちの間にはガラスほどの厚さの見えない壁がある。
どちらかが一方の元に行くことは不可能であった。
なんか水族館の魚になった気分だとあたしは思った。

「これは………ああ。そういうことか……」
何かに気づいたちゃるはそう言うと苦笑いをしてうんうんと頷いた。
「ちゃる、この壁が何だか判るの?」
このみがちゃるに尋ねる。
それにちゃるはうんと頷き答えた。
「よっち……残念だけど、よっちはまだこっちには来ちゃダメだ」
「な…なんでっスか?」
「よっちはまだ………生きているから」

―――は?
なぁに言ってるんスかこの赤い狐は。
まるで自分たちがもう死んでしまった者みたいなこと言って………
―――えっ? 死? 生きている? ちょ、ちょっと待った。
そんなこと言うってことは、もしかしてちゃるは……そして…そのちゃると同じ場所にいるこのみは……

「嘘……嘘っスよね……? そんなことあるわけが………」
「嘘じゃないさ……それなら、何故私とこのみはそっちにいけないの?」
「!?」
「そうだね……なんでよっちはこのみたちのところに来れないのかな?」
「……………」
答えることができない。
なぜなら2人の言っていることは間違ってはいないから……あたしはまだ死んじゃいないから……

56継承する思い:2006/12/10(日) 22:48:38 ID:PcauInOU
「よっち…」
「…………」
このみが心配そうにあたしの顔を見る。
―――このみには悪いが、そんな顔であたしを見ないでほしかった。なぜなら今にもあたしは泣き崩れそうだったから。
「………ねえ、よっち。よっちはタカくんのこと好き?」
「――へ?」
突然このみが先ほどとはまったく関係の無いことを口にした。
というか。なんでここで河野先輩が出てくるんスか?
「ねえ、どうなのよっち?」
このみが壁越しにぐいっと真剣そうな表情で顔を近づけてくる。
思わず圧倒されそうになった。だけど、おかげで気がついた。
なんだ。たとえ死んじゃっていてもこのみはあたしが知っているいつものこのみじゃないか。
「きゅ…急にそんなこと聞かれても困るっスよ。こ、河野先輩のことは別に嫌いじゃないっスけど………」
「よっち、顔が赤くなっているぞ」
「うっさい!」
ついでにちゃるもあたしが知っているちゃるだった。
「先輩にはこのみがいるじゃあないっスか………」
そこでハッとした。そうだ。このみはもう……
「うん…このみはもうタカくんとは一緒にいられないから……もう会えないから……だからよっちにタカくんをお願いしたいの。
多分タカくんこのみのこと知ったら壊れちゃうかもしれない……」
なるほど…そういうことか……。しかし『壊れちゃう』という言い方がなんかこのみらしい例え方だったから思わずクスリと笑ってしまう。
「………わかったよ、このみ。先輩はこの大親友の吉岡チエに任せるっス!」
「うん!」
そう言ったこのみは笑顔だった。その目にはうっすらと涙があった。
それが嬉し涙なのか悲しみによる涙なのかはあたしには判らない。

57継承する思い:2006/12/10(日) 22:49:19 ID:PcauInOU
「よっち……私も言いたいことがある」
「なんスか?」
「これはこのみにも聞いてほしいことだ」
「えっ? なに?」
「…………」
しばしの沈黙。そしてちゃるは再び口を開いた。
「………私はあの島で人を殺した」
「えっ!?」
「なっ!?」
「私はあの殺人ゲームに乗ったんだ。
私が貰ったのは銃だったから……それに、ゲームに乗るか乗らないか考えるのが面倒だったから………こんな私を2人は親友だと思ってくれる?」
「……………」
「……………」
今度はあたしとこのみが口を閉ざす。またも沈黙。そして、あたしたちは口を開く。
言うことは最初から決まっている。
「もちろんっスよ」
「もちろんだよ。たとえちゃるがどうなっちゃっても、ちゃるはちゃるであることに変わりはないもん」
「このみ……」
「そうっスね〜。普段から何をするのも面倒臭そうな顔してるっすもんね〜ちゃるは」
「うるさいぞよっち」
そう言うちゃるの顔は笑っていた。
「でもちゃる、その人に会ったらちゃんと謝らなきゃだめだよ」
「そうだな……許してくれるか判らないが………」
「その時はむこうが許してくれるまで謝り続ければいいんスよ」
「―――よっちらしい考え方だな」
「えへ。自分でもそう思うっス」
そう言ってあたしたち3人は笑った。

58継承する思い:2006/12/10(日) 22:50:13 ID:PcauInOU
「―――さて。よっち、私たちはそろそろ行くぞ」
「そうっスか………」
「元気でね、よっち」
「後は頼むぞ、よっち」
このみが手をひらひらと振る。それに習いちゃるも手をひらひらと振った。
もちろんあたしも手を振る。
徐々に2人の姿が遠くに――光の中に消えていく。今のあたしができることはただ手を振ってそれを見送るだけだ。

「さようなら…またいつか………」
その言葉を言った瞬間2人の姿は消え、あたしの視界は真っ白になった。
俗に言う『ホワイト・アウト』ってやつだと思う。


* * * * *


「うん……あ。志保先輩おはようっス」
「やれやれ……今頃になって気がついたのあんた?」
チエが目を覚ますとそこは教会の聖堂だった。
(ああ、そっか。あたしあの時あの髪の長い女の人にやられて、そのまま気絶していたんスよね)
気を失う直前までの記憶を思い出してチエは苦笑いする。

59継承する思い:2006/12/10(日) 22:50:55 ID:PcauInOU
「あっ……吉岡さん起きたのか?」
「…………大丈夫……よっち?」
仮眠を取っていた護と舞も目を覚ましチエに話しかける。
「はい。お蔭様で体調はバッチリOKっス!」
「やれやれ……あたしたちは交代交代で見張りと休憩を繰り返していたっていうのに、あんたは6時間近くぐっすり寝ていたわよ………」
「うっ……すいません」
「まあいいじゃないか。吉岡さんはこうして無事に目を覚ましてくれたんだし」
「――あれ? 耕一さんがいないっスけどどうしたんすか?」
「ああ。耕一さんなら吉岡さんが寝ている間に梓って子がここに来たんだけど、
その子と一緒に千鶴さん――ああ、千鶴さんっていうのは吉岡さんと川澄さんを襲った女の人の名前ね。
その人を止めるって言って2人で行っちゃったよ」
「そうっスか。あの人が耕一さんの探していた人の1人だったんスね……」
『――みなさん……聞こえているでしょうか。』
「!?」
――その時、2回目の放送が始まった。
「やれやれ……ホームルームの時間か………」
護がポツリと呟いた。



放送が終わると、最初の放送が終わった時と同じく、場の空気は重く沈んだ。
「うそ…レミィや来栖川先輩まで……」
「姫川さんって子の名前もあったな………」
「耕一たちが無事だった……だけど……」
舞の言葉と同時に護、志保、舞はチエの方に目を向けた。
チエは信じられないという反面、どこか判っていたという顔をしていた。

60継承する思い:2006/12/10(日) 22:51:45 ID:PcauInOU
「―――やっぱり死んじゃっていたんスねこのみ…ちゃる………おばさんも……」
チエは俯いてそう呟いた。幸いその言葉は舞たちの耳には聞こえなかった。
『さっき夢で死んだこのみたちと会った』なんて縁起の悪いことは3人には言えなかったからだ。

「吉岡さん……なんて言って良いか判らないけど……その………」
チエを慰めようと護が声をかける。
「―――大丈夫っス、住井先輩。確かに辛いけど…悲しんでなんかいられないっスよ」
チエはそう言うと顔を上げた。その表情には悲しみも怒りもなく、ただひとつの現実を受け止めた少女の顔があった。
「そうか………そうだよな。死んだ連中の分まで俺たちが笑って生きてやらなきゃバチが当たるもんな」
護がふっと笑う。それに釣られて志保も笑った。
「そうよね…悲しんでばっかいちゃあ死んだ連中に笑われちゃうものね!」
「はちみつくまさん」
暗くなっていたムードが再び少し明るさを取り戻した。

「……でも、問題はこれからよ」
「ああ。あのウサギが言っていたこと……『優勝した奴は好きな願いを一つ、例えどんな願いであろうと叶えてもらえる』だっけ?
嘘か本当かは判らないけど……間違いなくこれに釣られる奴は出てくるよな」
「そうっスね。もしかしたら今までゲームに乗っていなかった人も『自分が優勝して参加者全員を生き返らせれば良い』なんて考えてゲームに乗っちゃう可能性もあるっス」
「ヒロたちがそうなっていなければいいけど……」
「そうだな……」
「それで……これから先どうする?」
「もちろん今は知り合いや同志を探そう。あの放送の後でも俺たちと同じ考えの人は間違いなくいるはずだ」
「そうね。じゃあまずはここからすぐ近くにある平瀬村から行ってみるとしましょうか?」
地図を広げた志保が平瀬村に指を指す。
「そうだな。村をある程度調べ終わったらその後のことはまたその時に考えよう」
「はちみつくまさん」
「決まりっスね」
4人はうんと首を縦に振ると、早速自分たちの荷物を持って教会を出た。

61継承する思い:2006/12/10(日) 22:56:07 ID:PcauInOU
「あ…そうだったっス」
「ん? どうしたのよっち?」
平瀬村へ向かう道の途中、何かを思い出し声をあげたチエに志保が問いかけた。
「実はあたし、もう1人探したい人がいたっス」
「えっ? 誰?」
「―――河野貴明先輩っス」

(―――受け継ごう。そして伝えよう。河野先輩に。このみの思いを……あたしの秘めていた思いといっしょに………)



【時間:2日目午前6時45分頃】
【場所:F−3】

吉岡チエ
 【所持品:支給品一式】
 【状態:平瀬村に移動中。貴明ほか知人・同志を探す】

住井護
 【所持品:投げナイフ(残:2本)・支給品一式】
 【状態:平瀬村に移動中。浩平ほか知人・同志を探す】

長岡志保
 【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・支給品一式)】
 【状態:平瀬村に移動中。浩之・あかりほか知人・同志を探す】

川澄舞
 【所持品:日本刀・支給品一式】
 【状態:平瀬村に移動中。祐一・佐祐理ほか知人・同志を探す】

62継承する思い:2006/12/10(日) 22:58:13 ID:PcauInOU
訂正
>「耕一たちが無事だった……だけど……」

正しくは「耕一たちが無事だったのは幸い……だけど……」

63発動(1/4):2006/12/12(火) 14:58:15 ID:CRi3aVKE
「お疲れ様です、交替にきました」
「Oh、ササラ!」
「こっちは異常ないですよ」

寺の入り口付近にて談笑していた折原浩平と宮内レミィ、二人のもとへやってきたのは久寿川ささらであった。
あれからきっちり一時間、見張りを変わるために訪れたのであろう。
だが、一時間という短い間でで本当に休めたのだろうか、浩平の中で疑問が沸く。
・・・ほとんど眠っていないのではないか、そのような憶測も容易くついた。

「お二人とも、どうぞ休んでください。お疲れ様です」
「Ok!よろしくネッ」
「俺はもうちょっとここにいるよ。まだまだ目が冴えてるし」
「いいんですか・・・?」

遠慮深げなささらの視線に笑みを返す。
実際気絶していたとはいえ、体を充分に休めることのできた浩平にはまだまだ余力ができていた。

「頑張ってネッ!ワタシはRest roomに寄ってから戻るヨ」
「じゃあな、レミィ」
「おやすみなさい」
「また明日ネッ!!」

終始明るいレミィが去ると、場は一気に静まりかえった気がする。
たった一時間ではあるが浩平も彼女とは随分と打ち解けることができていた、レミィのテンションは嫌いじゃない。
しゃべり続けて一時間経ってしまったようなもの、それは非常に楽しい時間であった。
同じクラスにいたら絶対楽しかっただろう、そんな気さえしてくる。
すっかり意気投合した二人の様子に、ささらも微笑ましそうな視線を送ってきた。

「随分仲良くなられたんですね」
「おうよ。あいつ面白いヤツでさ、話してたらこっちまで乗せられちまったって感じだ」

64発動(2/4):2006/12/12(火) 14:59:08 ID:CRi3aVKE
まぁ、と可愛らしく笑うささらの笑顔に、これまた浩平も笑って答え。
・・・ゲームが始まってから、こんなにも朗らかな気持ちでいられるのは初めてであったから。
浩平は今いる仲間達の存在のありがたみに、心から感謝するしかなかった。

「それにしても、ボロっちいからもうちょっと過ごしづらいと思ったんだが。意外と頑丈にできてるな、この建物」
「そうですね。宮内さんと折原さんが話していらっしゃっていた際の声というのも、特に中には届いてませんでしたし・・・」
「マジか。・・・そういえば、それは?」

隣に腰掛けるささらの手には、何やら物騒なものが握られていて。
浩平にとってはどこか見覚えのあるそれを構えながら、ささらは彼の問いに答えた。

「真琴さんに借りたんです。護身にと思いまして」
「ああ、あのクソチビのか」
「・・・そういう言い方は可哀想ですよ」
「いきなり殴りかかってきた上に、人の荷物勝手に漁るようなのはクソチビで充分だ」




一方、その頃のクソチビこと沢渡真琴は。

「あうー、お腹がすいたのよ〜・・・なんで真琴がこんな窮屈な思いしなくちゃいけないのよ〜」

空腹を訴えるお腹を押さえながら、彼女は小牧郁乃と立田七海と同じ部屋にて休んでいた。
ほしのゆめみは電源のある部屋にて、バッテリーの切れたイルファの様子を見ていることになっている。
ささらもいなくなりますます寂しくなったその部屋で、真琴は一人もがいていた。
別に全く食事を摂っていないわけではない、だが見境なく支給されたパンに食いついている所を止められたため不満が残ってしまったということで。
おかげで彼女の空腹中枢は中途半端な所までしか満たされず、今も眠れず夜を過ごしているという訳だ。

「あれ、美味しかったなー」

65発動(3/4):2006/12/12(火) 14:59:57 ID:CRi3aVKE
思い出すのはつまみ食いしたダンゴの味。
可愛らしくつけられた表情に対する罪悪感など沸くはずもなく、真琴は甘いダンゴの感触を思い出し酔いしれていた。

「まだまだいっぱいあったわよね・・・ちょっとくらい貰っちゃっても、バレないわよね?」

すっかり熟睡してしまっている七海と郁乃を尻目に、真琴は一人こっそりと一箇所にまとめられた荷物の山に近づいた。
そして重なり合う荷物を片っ端から開け、中に手をつっこみだす。
部屋は暗く見通しは非常に悪い、手の感触でしか中身は特定できないような状態であったが真琴は気にせず荷物を引っ掻き回した。
・・・それ以前に、ダンゴの入っていた浩平の荷物は彼が持参して見張りについているのでここにはないのだが。
そんなことを真琴が覚えているわけもなく、彼女はひたすらひたすらダンゴを探し続けた。

カチッ。だが、場に響いたのは予想外の音であった。

「え?」

何かを押した音、そう・・・例えば、ボタンやスイッチのようなもの。
手を中に入れた勢いで当たってしまったらしい、真琴は恐る恐る指に触れるそれを取り出した。

「げっ」

見覚えのある物、それはささらに支給された正体不明のスイッチ。
・・・何が何だか分からないから保留と決めていたそれは、真琴の手によりしっかりと凹んでいた。
戻そうとしても戻らない、開閉式の鍵のようかと思いカチカチと連打しても変わらない。

「み、見なかったことにしましょ」

こっそりささらの鞄に戻し、真琴は荷物の山から遠ざかっていく。
・・・とりあえず、爆弾の類ではなくて良かったと、思った。

66発動(4/4):2006/12/12(火) 15:00:27 ID:CRi3aVKE




すぐ隣の部屋、充電をするイルファを見守る形でほしのゆめみは座っていた。
特にやることはない。むしろ彼女を見張りにおけば、他のメンバーは一晩ゆっくり休むことができただろう。
だが万が一、目が覚めたイルファに何かあった時対処できるような人材は彼女だけであった。
ゆめみはぼーっと無駄な時間を過ごし続けていた、それがいつまでも続くと思っていた
何かを特別意識することなく、虚空を見つめるその姿。
だがそれは、彼女の意識を乗っ取る存在が現れるまで。

『---------認証完了、プログラム2起動します』

紡がれたものは彼女の声だが、決して彼女の言葉ではないもの。
これが、彼らの平和な時間が終わりを迎える時であった。





【時間:2日目午前0時】
【場所:F−9・無学寺】

折原浩平
【所持品:だんご大家族(だんご残り95人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:見張り】

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:見張り】

67補足:2006/12/12(火) 15:01:12 ID:CRi3aVKE
宮内レミィ
【所持品:忍者セット(木遁の術用隠れ布以外)、他支給品一式】
【状態:トイレへ】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:スイッチ押した】

小牧郁乃
【持ち物:車椅子】
【状況:睡眠中、七海と共に愛佳及び宗一達の捜索】

立田七海
【持ち物:無し】
【状況:睡眠中、郁乃と共に愛佳及び宗一達の捜索】

ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・スコップ&食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬5発(回収)、他支給品一式×2】
【状態:充電中・首輪外れてる・左腕が動かない・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

ほしのゆめみ
【所持品:支給品一式】
【状態:異変】

【備考:食料少し消費】
(関連・504)(B−4ルート)

68自分がやるべきこと:2006/12/13(水) 14:18:20 ID:VMImqlO.
「まーりゃん先輩、本当にどこに行っちゃったんだ?」
あれから貴明、マナ、ささらの3人は麻亜子を探すため鎌石村を訪れていた。
しかし、いくら探しても麻亜子の姿も彼女がいたという痕跡すら見つけられなかった。
そして今、3人は村はずれの民家で休憩を取っていた。少し休んだら再び捜索を開始するつもりである。

「もしかしたら、この村には来てないんじゃない?」
「う〜ん…そうかもしれないな……」
そう言うと貴明はデイパックを開け、中からあるものを取り出した。
「貴明さんそれって……」
「ああ。高槻さんと別れた後もう一度職員室やその周辺を調べただろ? その時に使えそうだと思って持ってきたんだ……」
貴明が取り出したもの―――それは名倉由依が持っていた携帯電話と麻亜子が落としていったSIGと鉄扇だった。
「……銃に弾はあと2発しか残ってなかったけど入ってた、だからこれは先輩が持っていたほうがいいと思う」
そう言って貴明はSIGをささらに渡した。
………しかし、ささらは無言で首を横に振りそれを貴明に返した。
「先輩?」
「………それは貴明さんが持っていてください」
「どうして?」
「貴明さんにはまーりゃん先輩を止める他にもやるべきことがあるはずですから」
「…………そうだな。わかった。これは俺が持っておくよ」
「はい」
「じゃあ、あとは……携帯は観月さんが持っててくれないかな? 銃と鉄扇は俺が持っとくから」
「うん、判った」

(―――そうだ。この島で俺がするべきことは山ほどある。
まーりゃん先輩を止めて。このみや春夏さん、小牧さんやるーこたちを見つけだして。
そして雄二やタマ姉たちと合流して……最後に、1人でも多くの仲間たちを集めてこの島を脱出する………)

69自分がやるべきこと:2006/12/13(水) 14:19:34 ID:VMImqlO.
貴明が自身の決心を確認すると同時に玄関の扉がゆっくりと開く音がした。
「!?」
すぐさま貴明とマナは互いの銃を握り警戒体制を取る。
「久寿川先輩は俺と観月さんの後ろに……!」
「は、はい…!」
「さっきの高槻とかいう奴らかゲームに乗っていない奴だったらいいけど……」
マナの言うことは最もだと貴明は思った。いくら時に生き残るためには必要とはいえ、人に銃なんてあまり撃ちたいなんて思わない。
しかし、もし相手が出会った人間を見境なく殺していく殺戮者であったなら、そのときは容赦しないという覚悟も貴明にはあった。
(これ以上、草壁さんのような罪も無い人たちを殺されてたまるか……!)
貴明は構えているSIGをぎゅっと握り締めた。

足音がゆっくりと貴明たちのいる部屋に近づいてくる。
それに伴い貴明たちの緊張も高まってくる。それぞれの心臓の音が聞こえるのではないかというくらいの緊張感が部屋に充満していく。
そして、足音が自分たちの部屋の入り口の前で止まった。

閉めていた部屋の扉が開いた。
同時に貴明とマナは銃を開いた扉に銃を向けた。
「動かないで!」
「ひっ!」
「………え? 女の子?」
部屋に入ってきたのは今から5時間以上前に平瀬村で起きた激戦から命からがら逃れてきた水瀬名雪だった。
「ねえ、あなた………」
「いや……いやぁ! こないでぇぇぇ!」
「あ……」
ささらが一歩前に出ると名雪は泣き叫ぶように大きな声を発しながら一歩一歩後ろに下がっていく。

70自分がやるべきこと:2006/12/13(水) 14:20:50 ID:VMImqlO.
貴明とマナは銃を下ろし名雪を見た。
見るからに名雪は怯えている。それに肩には既に治療済みだが刺し傷があった。
(そうか……ゲームに乗った奴に襲われたんだな………)
そう確信した貴明はマナとささらに「任せてくれ」と目で合図した。
マナとささらもそれに気づき黙って頷いた。

「お母さん、助けてよ……お母さん、お母さん……!」
貴明が顔を先ほど向いていた方へ戻す。
名雪は頭を抱えながら部屋の隅で震えていた。
「ねえ君……」
「ひっ!」
名雪が恐る恐る振り返る。その顔は涙と鼻水、そしてここまで走って逃げてきたことによる疲労でぐしゃぐしゃになっていた。
「……ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。ただ……俺たちも生き残るために必死だから……
俺たちは殺し合いには乗っていないし、君に危害を加えるつもりは無いよ。だから落ち着いて話を聞いてくれないかな?」
貴明は銃を床に捨て、両手を上げながら名雪に近づく。

――普通の人間ならこれで騒ぎは終わっていた。だが、貴明のこの行動は今の名雪には貴明が自身を殺そうと近づいてきているようにしか見えなかった。
それほどまで名雪の精神はズタズタになっていたのだ。

「く……来るなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、名雪は恐ろしい形相でポケットから取り出したソレを貴明に向けた。
―――支給品のルージュ型拳銃だ。
「!? 貴明さん!!」
「えっ!?」
刹那、危険を察知したささらが貴明を突き飛ばし、それと同時に……

ドン!

―――1発の銃声が民家に響き渡った。

71自分がやるべきこと:2006/12/13(水) 14:21:38 ID:VMImqlO.
―――もちろん、名雪は自身に支給されたルージュが実は拳銃だったなんて気づいてはいなかった。
ただ恐怖心により、藁にもすがる思いで持っていたルージュを貴明に向け、偶然トリガーを引いてしまっただけだ。



「っ……」
僅かな呻き声を発し、ささらが床に崩れ落ちた。
「久寿川先輩!?」
「久寿川さん!?」
すぐに貴明とマナがささらに駆け寄る。
「だ…大丈夫………です…………」
ささらは左手で右肩を押さえていた。そこに弾が当たったんだなとすぐに貴明とマナは理解した。
それと同時に、ささらの制服の右肩部と床はみるみるうちに鮮血で真っ赤に染まっていった。
「すぐに止血をしないと………弾は……貫通してる…のか?」
ささらの背中を見ると制服の背中にも穴があったので、弾は貫通したと貴明は判断した。
「あなた……なんてことを………!」
マナはキッと名雪を睨みつける。名雪は先ほど以上に怯えていた。
「違う……違うもん………私………わたし……ワタシ……い…嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そう叫ぶと名雪はルージュを投げ捨て、民家を飛び出していった。
「あっ……待ちなさい!」
「観月さん。それよりも今は先輩を……!」
「たかあきさん……マナ…さん……彼女を追ってください………」
「なっ……何言ってんだよ先輩!?」
「そうよ。このままじゃ久寿川さんが………」
「私は本当に大丈夫ですから………だから………」
貴明はささらの目を見た。間違いなくささらのその目は貴明に何かを伝えていた。
(―――! そうか……そういうことなんだな………先輩!)

72自分がやるべきこと:2006/12/13(水) 14:26:29 ID:VMImqlO.
ささらが伝えたかったことを自分なりに理解した貴明はほんの少し、ほんの数秒の間口を閉ざしたが、やがてゆっくりと口を開いて言った。
「………悪いけど、それは無理だよ先輩……」
「そう…ですか……」
「そうよ。当たり前じゃ……」
「――追うのは俺だけだ。観月さんには残って先輩を見てもらう」
「はぁ!?」
「………はい……」
それを聞いたささらは右肩の激痛に苦しみながらもにっこりと微笑んだ。
「観月さん。先輩を頼むよ!」
貴明はそう言うと自分の武器とデイパックを持って家を飛び出していた。
「ちょ……ちょっと………あ〜もう!!」
取り残されたマナはそう叫ぶと仕方なくささらの応急処置を始めた。
「これは借りにしとくからね………絶対にあの子を連れて戻ってきなさいよ………」
「大丈夫…ですよ………たかあき……さん…なら……」
ささらはまた微笑んでマナに言った。

73自分がやるべきこと:2006/12/13(水) 14:27:09 ID:VMImqlO.



【時間:2日目5:45】

河野貴明
 【場所:C−4・5境界(移動済み)】
 【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ)×24、SIG・P232(残弾数2/7)仕込み鉄扇、ほか支給品一式】
 【状態:左腕に刺し傷(治療済み)、名雪を追う(もちろん殺すつもりはない)】

観月マナ
 【場所:C−4・5境界】
 【所持品:ワルサー P38(残弾数8/8)、予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)携帯電話、支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)、ささらの応急処置中】

久寿川ささら
 【場所:C−4・5境界】
 【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、ほか支給品一式】
 【状態:右肩負傷(重症・出血多量・弾は貫通)、マナに応急処置をしてもらっている】

水瀬名雪
 【場所:C−4・5境界(移動済み)】
 【所持品:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、青酸カリ入り青いマニキュア】
 【状態:かなり錯乱している、観音堂(C−6)方面に逃亡(貴明が追ってきていることには気づいていない)】

【備考】
・赤いルージュ型拳銃(弾残り0発)はマナたちのいる民家に放置

74何を信じるか:2006/12/14(木) 07:27:48 ID:m.IzredY
定時放送が流れたのは、雅史と椋が目覚めた直後だった。
二人共、黙って放送を聞く。


「宮内さんに…来栖川先輩、それに琴音ちゃんまで…」
放送が終わった後、雅史は下を向きながら大きく溜息をついた。
「お知り合いの方が?」
「うん…同じ学校の人が4人。それに昨日会ったセリオを入れれば5人か…。椋さんは?」
「あ、はい、私の方は大丈夫です…す、すみません…」
「いや、椋さんが謝る事はないよ」
ペコペコと頭を下げる椋に、雅史は少し苦笑する。
その後、再び沈黙が訪れた。

「と、とりあえずもう一回パソコンをチェックしてみようか。何か新しい情報があるかもしれない」
雅史はそう言って沈黙を破り、ノートパソコンを起動する。
『ロワちゃんねる』を開くと、『安否を報告するスレッド』に新しい書き込みがされていた。

75何を信じるか:2006/12/14(木) 07:28:21 ID:m.IzredY
「岡崎さん…!」
その書き込みを見た椋は思わず声を上げる。
「この岡崎朋也って人…確か椋さんが探していた…」
「はい、私と同じクラスの方です」
そう言うとともに椋は民家から走って出ていこうとする。
雅史は慌ててその手を取った。
「ちょっと!どこ行くつもり?」
「どこって…そこに書いてある鎌石村へ…」
「ダメだ!危険だよ!」
思わず怒鳴ってしまう。
確かに椋のクラスメートに会いたいという気持ちは分からないでもない。
しかし、ここに書かれている橘という男のような奴だっているのだ。迂闊に信用するのは危険だ。
が、「知り合いでも簡単に信じるな」とは言いにくいので別の言い訳を考える。
「殺し合いに乗ってる人が、書き込みを見て鎌石村に来る可能性だってある。それに鎌石村はここから反対方向でかなり遠いし…」
椋を説得しようと必死に訴える雅史。
それが通じたのか、椋は俯きながらも「はい…」と小さな声で返事をした。

一安心した雅史は、自分も何か書き込んでおこうと再びパソコンに向かう。
(さて、何て書こうか…)
雅史がキーボ−ドに手をつけようとした時。
「…ごめんなさい。私、やっぱり…」
「え?」と雅史が振り向くと、既に椋の姿は無かった。
「椋さん!くそっ、しまった…!」
慌ててパソコンの電源を落とすと、雅史も民家を出て椋の後を追った。

76何を信じるか:2006/12/14(木) 07:28:56 ID:m.IzredY


【時間:2日目午前6時半過ぎ】

佐藤雅史
【場所:I−7】
【持ち物:金属バット、ノートパソコン、支給品一式(食料二日分、水二日分)】
【状態:椋を追う】

藤林椋
【場所:I−7】
【持ち物:包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、支給品一式(食料と水二日分)】
【状態:14時までに鎌石村役場に向かう】

77名無しさん:2006/12/14(木) 21:34:00 ID:m.IzredY
ぐあすいません、ルート書き忘れてましたね。
B-9〜B-13、J-2
関連:431、485
でお願いします

78目覚めの朝(1/6):2006/12/15(金) 00:52:42 ID:LinICPVM
・・・体が、だるかった。
泣き疲れて眠ってしまった、その事実に気づいた時はもう朝だったようで。
窓から差し込むうっすらとした陽の光で、古河渚は目を覚ます。

「・・・え、これは・・・」

起き上がると、その見覚えのある景色に驚いた。いや、それ以前の問題でもある。
スプリングは少し固めだけれど眠るにはちょうどいいベッド、柔らかい布団。
・・・それは、安全であった頃に自分が早苗の庇護のもと休んでいたあのベッドだった。

「目が覚めたか?」

戸惑う渚にかけられた声、気がついたら一人の男が部屋の入り口に立っていた。
見覚えのない人物に対する警戒心よりも、この把握できない現状に混乱してしまう渚。
ただ何がどうなっているかを理解しようと頭を動かすが・・・あの、父を亡くした場面から先の記憶はなく。
むしろ、それで思い出してしまった昨日の出来事に胸が締め付けられてしまう。

「妙にドンパチでっかい音がしたと思って来てみたら、もう俺が来た時には全部終わってた。
 ・・・血の海の中で身動きするあんたを見た時はびっくりしたよ」

話しかけても答えてこない渚の様子を気にせず、男はゆっくりと近づいてきてベッドの横に添えつけられた椅子に腰掛けた。
目が合うと少し微笑み返してくる彼は、近くでみると思ったよりも幼い顔つきで。
同年代の男の子特有のやんちゃ加減が見え隠れする様は、少し朋也のことを彷彿させた。

「そう、ですか・・・」

そんな彼に対し、渚はただそれだけを返した。
男の言葉は昨日の全てを物語っていて、あの悲しみが現実の出来事だということを物語る。
瞼の裏に焼きついた光景を浮かべるだけで、渚の心は一気に疲弊した。
・・・思い返すだけで悲しくなる、溢れそうになる涙を必死に堪えた。

79目覚めの朝(2/6):2006/12/15(金) 00:53:52 ID:LinICPVM
「知り合い、だったか?」

男の気遣うような言葉。渚は目を伏せたまま、静かに頷いた。

「はい、おと・・・父と、母が」
「そうか、そりゃつらかったな・・・」

会話が止まる。
渚はきゅっと膝にかかったままの布団を握り締め、ひたすら堪え続けていた。
もう、何もできないまま泣き崩れるのだけは嫌だった。それで救える命などないことは、前日説明されていたのだから。

「俺は那須宗一。あんたは?」
「古河渚、です」
「俺はこれから、知り合いを探しに島を歩き回ろうと思う。勿論、ゲームになんて乗らないさ。
 ・・・あんたは、どうする?」

問いかけ。それの指す意味に対し、渚の顔に戸惑いが浮かぶ。
これは自分も同行してよいのだろうか、それともただ単にお互いのこれからを話し合うためだけの話題なのか。

『一緒に行ってもいいですか』

それは、いつもの彼女なら答えだであろう台詞。
遠慮がちに、相手の出方を窺うように。
・・・だが、もう受身でいるのはごめんだった。それで好転するなんてことがないことも、前日説明されていたのだから。

「わたしも一緒に、連れて行ってください」

だから彼女はこのような答え方をした。言葉に一つの、覚悟を決め。

80目覚めの朝(3/6):2006/12/15(金) 00:55:03 ID:LinICPVM
「あの、お役に立てるかは分かりませんが・・・でも。
 もう、誰も死なせたくないです。こんな争いは充分です」

大切な人を失ってしまった、もうこのような事態を繰り返さないために。
このような思いを、誰かにさせないために。
それが渚の出した思いの結論であった。

「あんた、いい根性してるな」
「え・・・?」

そんな彼女の様子に、宗一は小さく苦笑いを浮かべる。
自嘲気味に顔を歪ませる彼の指す態度の意味が分からず、渚は意味を問うよう彼に視線を向けた。
少し間を空けてから、宗一は静かに語りだす。

「・・・俺の知り合いがさ、放送で呼ばれたんだ。優しい子だったんだ、凄く好きだった。
 へこんだよ、守れなかったことに対する後悔も大きかった」
「那須さん・・・」

悲しい語り。しかし、それに続けられた言葉は渚の予想を超えることになる。

「ごめん、俺あんたに嘘ついた。昨日の夜、この診療所で何か起きてた時・・・俺、近くにいたんだ」
「・・・え?」
「全てが片付くの見計らって、中入ってったんだよ・・・こん中に、俺の知り合いがいないの知ってたから」

言いながら、彼は懐から支給品であるFive-SeveNを取り出しそれを渚に向けて構える。
その慣れた手つきと突然の告白、二つの驚きで渚の体は硬直してしまい動けなくなる・・・が。
銃弾は放たれることなく、次の瞬間Five-SeveNは渚の懐に投げ込まれた。

81目覚めの朝(4/6):2006/12/15(金) 00:55:50 ID:LinICPVM
「あいつが死んだっていうの知った時、俺はこのゲームに乗ってもいいと考えちまった。
 大事な仲間以外、撃ち殺してもいいと思った・・・俺には、それをするだけの能力が与えられていたからな。
 ここが騒がしかった時も、全てが終わった後に何かいい支給品でもあったら回収しようと思ったんだよ・・・」

表情が、ますます険しくなる。
・・・宗一が何をもってこれを伝えているのか、その意図を渚が上手く理解することはできなかった。
だから、彼女は問う。ストレートに、彼の本心を知るために。

「・・・何故、殺さなかったんですか?」

静かな声に、伏せめになっていた宗一の顔が上げられる。

「では、何故わたしのことを殺さなかったのですか」
「それは・・・」
「何故、そのことを話してくれたんですか。
 ・・・そんなことを言われても、わたしがあなたに対し良い感情を持つわけはありません」
「分かってる、だからそれをあんたに渡したんだ」

自動拳銃FN Five-SeveNは、今渚のもとにある。
彼女はそれに手をつけようとしなかったが、それでも武器は与えられたという状況。その指す意味は。

「わたしに、撃たれたいんですか?」
「・・・それが、あんたの親を見殺しにした、俺の責任でもあると思ったから」

ひどくつらそうな宗一の様子に、渚はやっと何かを理解したような感覚を得た。
そう。この人は、今でも後悔している。

守れなかった大事な人を失った時から、ずっと。
そして、誰かにとっての『大事な人』を奪う可能性を持っていたことに対し。
そう。実際渚にとっての『大事な人』を見殺しにしたということに対し、罪の意識を持っているのだと。

82目覚めの朝(5/6):2006/12/15(金) 00:56:39 ID:LinICPVM
渚は一つ息を吐き、改めて宗一の目を見つめた。
彼はまだ笑い続けている。口元だけを緩ませ、死んだ目でこちらを見返している。
彼は、罰せられるのを待っていた。

「・・・いりません。そんなもの、そんな覚悟。
 それでお父さんもお母さんも返ってくるわけではありません」

言い切った。受身でいる宗一を、突き放すべく。
渚に攻められることで免罪符を勝ち取ろうとする彼の態度を、彼女は許さなかった。
・・・そして、渚自身も。自らの罪を、告白をする。

「それに・・・わたしも同じなんです。わたしも、一度は逃げましたから」

父なら大丈夫だと思ったから。
父なら、絶対あの状況をひっくり返してくれると思ったから。
出て行けと言われたからというのもあるが、やはり信じていたという部分が強かったから。
そんな言葉で期待を押し付け、渚はあの場から逃げ出した。
・・・確かに信じていた、父なら何とかしてくれると。そして実際、あの場自体は何とかなった。

失ってから圧し掛かってくる後悔は、今もまだ続いている。
もしあの場に留まっていたとしても、渚にできたことなどなかったかもしれない。
でも、それでもと。思考は、ループし続ける

・・・そんな可能性を考えたら、キリなどないのだ。
だから渚は、もう後ろを振り返ろうとは思わなかった。
今の自分にはまだ未来があるから、今の自分には今度こそできることがあるだろうから。

「わたしは、父を犠牲にした分もう新たな犠牲を出さないために何かしたいです。
 ・・・でも、思いだけでは、守りきれないんです」

83目覚めの朝(6/6):2006/12/15(金) 00:57:24 ID:LinICPVM
渚は今一度宗一と目を合わせ、そして。

「那須さん、力を貸してください」

今度は自分から、協力を仰いだ。

「この件に関する償いは望まないです、でも。・・・わたしには、那須さんの力が必要です。
 ゲームを止めたいです、この島にいるみなさんを救いたいです。勿論、那須さんのお友達もです。
 ・・・これ以上誰かの大事な人が傷つくことのないよう、力を貸してください」

普段の彼女らしからぬ強い姿勢、凛とした強固なる意志は決して曲げられることのない思いの証。
そんな彼女と見つめ合ううちに、宗一も心のモヤと化した部分が晴れていくような気分を味わう。
・・・こんな、何の力も持たないような少女がこれだけ言ってのけているという現実。
力があるからこその悩みができた宗一、でもそれを塗り替えるチャンスは今目の前にあった。
口の端をきゅっと結び、表情を改める。再び顔を上げた彼の迷いは、既に消えていた。

「・・・分かった」

返されたのは短い一言、これで会話は終わる。協定は、結ばれた。

84補足:2006/12/15(金) 00:58:08 ID:LinICPVM
古河渚
【時間:2日目・午前6時前】
【場所:I−7・診療所】
【持ち物:なし】
【状態:宗一と行動・ゲームを止める】

那須宗一
【時間:2日目・午前6時前】
【場所:I−7・診療所】
【所持品:FN Five-SeveN(残弾20/20)、他支給品一式】
【状態:渚に協力】

【備考:早苗の支給武器のハリセン、及び全員の支給品が入ったデイバックは部屋の隅にまとめられている。秋生の支給品も室内に放置】

(関連・281b・306)(B−4ルート)

358が佳乃の有無、宗一の状態で当てはめられなかったので、こちらを該当していただければと思います・・・

85少女・医者・銃撃戦:2006/12/17(日) 18:22:46 ID:h7BRp8CY
「先生…もう大丈夫なの?」
ことみが心配そうに聖に問いかける。
「ああ。何時までも足を止めているわけにはいかないしな…」
それにこのまま泣き続けていたら佳乃に笑われてしまう、と言うと聖は自分の荷物を持って立ち上がった。
「さて……では行くとしようか」
「うん……あ……」
「ん? どうした、ことみ君?」
「人が来るの………」
「なに?」



「はぁっ……はあっ……」
「あ…あの子結構速いしスタミナあるな……いつまで走るんだ……」
名雪と貴明の距離はどんどん広がっていく一方であった。
いくら疲労がたまっているとはいえ陸上部部長の名雪と朝遅刻ギリギリで学校に駆け込む程度の貴明ではさすがに実力差があった。
「ま…待って………」
ついに息切れした貴明の足が止まってしまう。
そんな貴明にはお構いなしで名雪はどんどん遠くへと走り去っていき、先ほどまでは豆粒ほどだった彼女の姿もとうとう見えなくなってしまった。
「ああ………」
名雪が走り去っていく方を呆然と見つめながら貴明は膝を付いた。
「先輩……観月さん……ごめん」
貴明は今は鎌石村にいるささらとマナに一言謝罪すると近くの木にもたれかかった。

「ふぅ……」
デイパックから水を取り出し少し飲んだ。喉や体が生き返っていく感じがした。
(――あの子、何も持っていなかったみたいだけど……大丈夫かな?)
脱水症状とかにならなければいいけど…、と思いながら貴明はペットボトルをしまい、立ち上がった。
「とりあえず鎌石村の先輩たちのところへ戻ろう……」
貴明が村へと引き返そうとしたその時であった。

86少女・医者・銃撃戦:2006/12/17(日) 18:23:40 ID:h7BRp8CY
「―――もうマラソンはお終いか?」
「!?」
先ほど貴明たちが走ってきた方からかなり殺気がこもった声がした。
貴明は急いで振り返ろうとしたが、それよりも先に身体が動いていた。

ぱららら……!
銃声……それもマシンガンの類が連続で弾を撃つ音がする。
銃声が聞こえる直前に貴明は大地を転がっていた。
その際、貴明の左足に何かがかすった。もちろんかすったものは木の枝などではない。銃弾である。
「っ!?」
若干左足に痛みが生じたが、そんなことはお構いなしで体勢を立て直すと貴明はすぐさま近くの木々や茂みの中に身を隠した。

(皮肉な話だよな――俺よりも年下のガキがこんな殺人ゲームに乗るなんて……!)
貴明が身を隠した方を睨みながら藤井冬弥は再びP90を構えた。
「お前みたいな奴がいるから由綺たちやみんなが死んじゃうんだろーーーーーーっ!!」
そして次の瞬間には冬弥は貴明が隠れていそうな場所に問答無用で銃を撃ちまくった。
銃声とともに木が草が周辺に木片と葉っぱを撒き散らしていく。
「な…なにを!?」
わけが判らない貴明は木陰に身を隠しながらレミントンを構えた。
「人を殺そうとしているのはあんたのほうじゃないか!」
「!?」
そして貴明も銃弾が飛んでくる方へレミントンを1発放った。
ドンという音とともに散弾が冬弥の方へと飛んでいく。
しかし、貴明の銃は近距離ではその威力を発揮する代物であるが今回のような中距離以降からなる銃撃戦にはあまり向いていない。
結果として貴明が放った弾はとっさに回避運動をとっていた冬弥の近くをかすめていくだけで終わった。

87少女・医者・銃撃戦:2006/12/17(日) 18:24:18 ID:h7BRp8CY
「ちっ!」
すぐさま冬弥も弾が飛んできた方にP90を撃つ。
「こいつ!」
さらにお返しに貴明も1発。
もはややったりやられたり、やられたらやり返すな状況である。




「う…あ……」
名雪はただ走り続けていた。
もう意識も朦朧として目もかすんできた。
それに喉も水分不足により息をするたびにひゅーひゅーと音を鳴らしていた。
―――逃げなきゃ殺される。ただその一心で足を動かしていた。
だが、その足もついに限界が来た。
「あうっ……!?」
突然名雪の足ががくんと膝を折り、名雪は地面に倒れ付す。
(そ…そんな………)
さらに自分の意識も急激に遠のいていくのが名雪には判った。
(いや…いやだよ……死ぬのは怖いよ………お母さん……おかあ…さん………)
そして名雪は意識を失った。
最後に自分に心配そうに駆け寄ってくる誰かの姿をうっすらと確認しながら。

88少女・医者・銃撃戦:2006/12/17(日) 18:24:54 ID:h7BRp8CY
「先生、この子……」
「ふむ……軽い脱水症状だな。それと、疲労によりやや衰弱している」
名雪の様子を見ながら聖はデイパックからタオルを取り出すとそれを水で塗らして名雪の額に置いた。
「恐らく少し休ませれば問題ないだろう。ことみ君、たしかこの近くにはお堂があったな?」
「うん。観音堂っていうお堂があったの」
「よし。来た道を戻ることになってしまうが、この子をそこまで運ぼう。さすがに路上で休ませるのは危険すぎる」
「わかったの」
聖が名雪を抱き上げようとしたその時、銃声が2人の耳に聞こえてきた。
それはちょうど自分たちが引き返そうとしていた観音堂の方から聞こえてきた。
「先生……今の……」
「―――私が先に行って様子を見てくる。ことみ君はその子を頼むぞ」
「あっ…」
それはいくらなんでも危ない、とことみが聖に言おうとした時には既に聖は自分のデイパックを持って先ほどまで歩いてきた道へと駆け出していた。


(これいじょう人が傷つく姿も――死んでいくのも私は見たくない………ふ…佳乃。どうやらお姉ちゃんはこんな時でも医者のようだ………)
職業病だな、と呟いてふっと苦笑すると聖は銃声が聞こえる方へとどんどん足を進めていく。
銃声はどんどん近くで聞こえてくる。それと同時に、かすかに若い――まだ少年くらいの男の人の声も聞こえてきた。
銃撃戦かと聖は思った。そして、そう思った次の瞬間には
「――その争い、ちょっと待った!!」
気がつけば銃撃戦をしているであろう者たちに聞こえるくらいの大きな声を茂みの方に叫んでいた。

89少女・医者・銃撃戦:2006/12/17(日) 18:25:34 ID:h7BRp8CY
【時間:2日目6:40】

 霧島聖
 【場所:C−6(観音堂周辺)】
 【持ち物:ベアークロー、支給品一式、治療用の道具一式】
 【状態:一度観音堂へ引き返す。が、今は貴明たちの争いを止める】

 河野貴明
 【場所:C−6(観音堂周辺)】
 【所持品:Remington M870(残弾数2/4)、予備弾(12番ゲージ)×24、SIG・P232(残弾数2/7)仕込み鉄扇、ほか支給品一式】
 【状態:左腕に刺し傷(治療済み)、左足にかすり傷、冬弥をマーダーと思い銃撃戦の真っ最中】

 藤井冬弥
 【場所:C−6(観音堂周辺)】
 【所持品:FN P90(残弾24/50)、ほか支給品一式】
 【状態:貴明をマーダーと思い銃撃戦の真っ最中】


 一ノ瀬ことみ
 【場所:C−6】
 【持ち物:暗殺用十徳ナイフ、支給品一式(ことみのメモ付き地図入り)】
 【状態:聖が心配。今は名雪の看病】

 水瀬名雪
 【場所:C−6】
 【所持品:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り、起動後1時間で爆発)、青酸カリ入り青いマニキュア】
 【状態:気絶中】

90少女・医者・銃撃戦:2006/12/17(日) 18:26:47 ID:h7BRp8CY
【備考】
・冬弥の投げた十円玉の出た面は不明
・名雪の携帯の時限爆弾は手動による起動後1時間で爆発するように設定。起動方法は後続の書き手さんにおまかせします

91補足:2006/12/17(日) 18:31:21 ID:h7BRp8CY
関連
ルートB-13
→506
→561

92苦難・修正版:2006/12/18(月) 10:56:14 ID:sOVraX7M
―――午前六時。
祐一達は氷川村にほど近い場所で第2回放送に聞き入っていた。

……
……
24 神尾晴子
……

「か、神尾晴子さんって、観鈴の―――」
「ああ。観鈴君の母親だろうね」
「くそっ、やっぱり……」

祐一は不安気味に、英二の背中で眠っている観鈴に視線を寄せていた。
今は眠っているが後でこの事実を知ったらどういう反応をするのだろうか。
きっと心にまで大きな傷を受ける事になるだろう。
だが放送はそんな祐一達の不安を意にも介さないように続けられていく。

……
52 沢渡真琴
……
……
……
99 美坂香里
……

93苦難・修正版:2006/12/18(月) 10:57:44 ID:sOVraX7M


(―――タカ坊や雄二は無事だったみたいね)
向坂雄二や河野貴明、朝霧麻亜子の番号が呼ばれる事は無く既に死者発表はそれ以降の番号へと移っている。
学校での揉め事のその後の顛末は分からないが貴明と麻亜子は共に命を落とさずに済んだという事だろう。
その事は環にとっては間違いなく喜ぶべき事であった。だが今回は前の放送の時とは違い仲間の身内が死んでいる。
神尾晴子は自分にとっては突然襲い掛かってきた敵に過ぎないが、観鈴にとっては唯一無二の大切な母親だったのだ。
環はとても安堵の息を漏らす気にはなれなかった。



「真琴……香里……」
呼ばれた同居人と級友の名に、祐一は唖然としていた。また一つ、彼にとっての"日常"が欠けてしまった。
だが同時に、あゆや芽衣の死を知った時ほど自分が動揺していないとも思った。
祐一は僅か1日で何度も大切な人や仲間の死を経験している。きっと、慣れてしまったのだ。
だが悲しみまでもが無くなるわけではない。祐一はもう二度と見れぬ香里の少し冷めた笑顔と、残された栞の事を思って。
真琴との楽しかった日々を思って。静かに目を閉じた。
しかし得てして不幸は連続で訪れるものである。これで終わりでは無かった。


……
115 柚原このみ
116 柚原春夏


「う……嘘……でしょ……?」
大切な幼馴染の死に、環はがくんと膝から崩れ落ちた。
このみが死んだなんて信じたくない……しかしこの島ではいつ誰が死んでもなんら不思議ではない。
その事を十分に思い知っている環には、受け入れがたい現実を否定する事も出来ずただ両の瞳から涙を零す事しか出来ない。
英二も祐一も大切な者をなくした時の辛さは既に味わっている。環に対してなんと声を掛ければ良いか分からなかった。

94苦難・修正版:2006/12/18(月) 10:58:59 ID:sOVraX7M







このみの死を知った環は心が張り裂けそうな痛みを感じていた。
彼女の"日常"が音をたてて崩れていく。傍に居て当然の存在が理不尽な形で奪われてしまったのだ。
環はこの結果を予想していなかった訳ではない。
貴明や雄二ならそう簡単に死ぬ事は無いだろうと思っていた。だがこのみだけは別だった。
このみはどう考えても殺し合いには不向きであり、一番危ない事は分かっていた――――分かっていたのに何もしてあげれなかった。
環の心は悲しみと後悔の念で覆いつくされていた。


だが今は感傷に浸っている余裕など欠片も無いのだ。貴明も雄二もまだ生きている。
きっと二人共今の放送で相当なショックを受けているだろう。
こんな時こそ彼らの姉として生きてきた自分がしっかりしなくてどうする。
環は涙を拭き、少しふらつきながらもしっかりと立ち上がっていた。
まだ笑顔を作る余裕は無かったけれど、それでも凛とした表情を取り戻していた。
まだ大切な存在は残っているから―――確かな強さを環は持つ事が出来た。







「すいません……もう大丈夫です。診療所はもう遠くない筈ですし急ぎましょう」
「環くん……良いのか?」

95苦難・修正版:2006/12/18(月) 11:00:26 ID:sOVraX7M

放送から少し時間が経過した後口火を切ったのは環だった。
英二が心配そうに尋ねるが環は静かに首を横に振った。

「観鈴が危ないんです……こんな所でゆっくりとはしていられません。
それに私達が無事にここまで来れたのはタカ坊が頑張ってくれたおかげです。
それを無駄にするような真似なんて出来ません」
「――分かった。もう明るくなったし奇襲される心配は少ないだろう……ペースを上げていこう。
それと、神尾晴子さんの事は暫く観鈴君には秘密にしておこう。今これ以上の負担をかけるべきじゃない」
「そうですね……。それじゃ向坂、英二さん、次は俺が観鈴を背負います。診療所へ急ぎましょう」

英二が先頭を歩き、環と観鈴を背負った祐一がその後に続く。
全員何かに耐えるような表情をしながらも前へ向かって歩いていく。
これまでのゲームの中での彼らの道のりは苦難の連続で、体も心も傷付きながらも彼らは生きてきた。
どうやらそれはこれから先も同じようで。


「―――あれは?」
診療所まで後数百メートルの所まで迫った時、彼らは二つの人影を発見した。
それは遠目には何の異常も見られない向坂雄二とマルチの姿だった。




【時間:2日目午前7:00】
【場所:I-07】
向坂環
【所持品:支給品一式】
【状態:疲労、後頭部に殴られた跡(行動に支障は無い)】

96苦難・修正版:2006/12/18(月) 11:02:31 ID:sOVraX7M
緒方英二
【持ち物:ベレッタM92(8/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式】
【状態:疲労】
相沢祐一
【持ち物:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】
【状態:観鈴を背負っている、疲労】
神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:睡眠 脇腹を撃たれ重症、祐一に担がれている】
向坂雄二
【所持品:金属バット・支給品一式】
【状態:マーダー、精神異常 服は普段着に着替えている】
マルチ
【所持品:歪なフライパン・支給品一式】
【状態:マーダー、精神(機能)異常 服は普段着に着替えている】

※雄二とマルチの血まみれの制服・死神のノートは雅史の死体がある家(I-7)に放置。武器に付着した血は拭き取ってある
※548話の真琴死亡に対応させました。お手数ですが宜しければ現行の534話「苦難」と差し替えをお願いします>まとめ様

97to heart:2006/12/19(火) 23:20:52 ID:IwxI/s..
「・・・」
「ちょ、ちょっといきなり立ち止まらないで・・・ぐはっ!」

柚原春夏の元から逃げ出した川澄舞、長岡志保、吉岡チエの三人はひたすらあの場から離れるべく走り続けていた。
耕一の稼いでくれる時間がどれくらいになるか分からない、背面で起こる銃声に涙を堪えながらもひたすら足を動かす一行。
何も考える余裕はなかった。恐怖がチエの思考を乗っ取る、志保の余裕を金繰り捨てる。
そんな、走ることだけに夢中であった二人に気にも留めず、舞はいきなり立ち止まった。
フラフラになったチエはその場にしゃがみこみ、志保はというと勢い余って前のめりに転倒する。
連れの二人には目もくれず、舞はいきなりキョロキョロと視線を周囲へと這わせ始めた。

「・・・誰かいる」

抑揚のない声、だが幾分の緊張感の含まれたそれ。
いきなりの発言に、後ろの二人も気が引き締まる。

「ま、またゲームに乗った人っスか・・・」
「分からない」

怯えに満ちたチエの問い、舞は一歩前に出て気配の出所を探ろうとした。
・・・そして、一点を見つめ、止まる。
チエ、志保と繋いでいた手を無造作にほどき、素早く鞄にさしていた日本刀を取り出す舞。
手馴れた手つきで鞘から刀身を抜き、彼女は近くの茂みに向かって切っ先をつきつけた。

「そこ、出てきて」
「・・・何や、できるようやな」

98to heart:2006/12/19(火) 23:21:41 ID:IwxI/s..
返答は、即座に返ってきた。
思いがけない場所からの声に、チエは震え志保は固まる。
それでも表情を崩さず刀を構え続ける舞の元に姿を現したのは・・・二人の、志保と同じ制服を着た少女であった。

「ほ、保科さん・・・」
「笹森さん、下がっとき」

不安が隠せない様子の笹森花梨を庇うよう、保科智子は支給品である捕獲用ネットの入ったバズーカーの照準を舞に合わせる。
普段は明るい花梨の様子もここでは読み取れない、彼女もそれくらい場に対する警戒心を強めていた。
森に身を隠していた二人を突如襲った銃声、距離的にはそこまで近いとも思えなかったが連続して鳴るそれの正体を確かめるべく二人はここまでやってきた。
争いに混ざる気はない、ただ様子を確認しに来ただけである。
・・・距離的にもまだまだあったから油断した。舌打ちする智子の様子を見ても、舞は特別慌てることなく相手の出方を窺っていた。
これが彼女にとっての普通なのだが、それが智子に通じることもなく。
一見余裕にも見える舞の様子に、智子は内心の焦りを悟られぬよう強気な態度で声をかけた。

「けったいなことやってるようやな、こっちまで響いたで」
「・・・私達が仕掛けたんじゃない」
「それを、信じろ言うん?」

両者の間に冷え切った空気が流れていた時であった。

「え?あらららあららっ!ほーしなさんっ」
「・・・あんたは、確か」

呑気な明るい声が響く、倒れていた志保はすかさず体を起こし智子の下へ駆け寄った。

「し、志保さん、知り合いっスか」
「モチよモチの大モチよんっ、良かった〜知り合いに会えるなんて志保ちゃん超ラッキーッ!」

99to heart:2006/12/19(火) 23:22:30 ID:IwxI/s..
確かに面識はあったがそこまで馴れ馴れしくされる筋合いもなかった・・・が、それは野暮というものであろう。
嬉しそうに腕に抱きついてくる志保の様子に、智子は少し呆れながらも微笑み返す。

「保科さん、そちらは?」
「ああ、こっちで知り合ったんや」
「ど、どもです、笹森花梨です」

その後チエ、舞も軽く自己紹介をし事態の説明を行った。
智子曰くここら辺の森には、他に人もいないらしい。取りあえずの安全は手に入ったことになる。
ようやくほっとできる瞬間に出会え、志保もチエも安心したようだった。
そんな二人の様子を確認し、舞は改めて智子に言う。

「・・・二人を、お願い」
「あんたはどうするんや」
「戻る」
「え?!」

驚きにもれたチエの声、だが舞は気にせず話を続けた。

「耕一を置いてきた。助けに行く」
「ちょ、ちょっとちょっとっ、でも危ないわよ死んじゃうわよっ?!」
「二人をお願い」
「・・・分かった」
「保科さん?!ちょっと、止めてよ」
「とりあえずここら辺の森に隠れてるさかい、何かあったら呼んでや」
「ありがとう」

背を向けた舞にまだ掴みかかろうとする志保を智子が止める。
どうして、という視線に対し智子はそれを明確な言葉にして伝えた。

100to heart:2006/12/19(火) 23:23:49 ID:IwxI/s..
「あんたが行っても、足手まといってことやろ」
「で、でも・・・っ」
「無駄死にか、あるいは足引っ張って川澄さん自身に何か危害が加わるか。そんなん嫌やろ」

智子の言い分に言葉を失う・・・確かに、今の志保は舞にとって足手まとい以外の何物でもないだろう。
そして、それはチエも同じく。

「舞さん、あの・・・」
「?」
「気をつけてっス・・・役に立てなくて、ごめんなさいっス・・・」

涙声混じりのチエの台詞に、一同も言葉を失う。
そう、あの時舞が耕一に説得され逃げるという選択肢を選んだのも、ひいては自分達が邪魔な存在であったからである。
舞は、とんだ回り道をさせられたのだ。
耕一という犠牲で自分達の安全は確保されたという事実が、改めてチエに重くのしかかる。
その上で、生まれた悪循環を改善させる策を、彼女は持ち得ない。
・・・すっかり落ち込んでしまった様子のチエ、舞は彼女に向き直り慰めるようその項垂れ気味な頭をポンポンと撫でた。
反応は返ってこない。少し首を傾げた後、舞は刀を持っていない方の空いた片手で自分の髪を結っていたリボンをほどく。
一つにまとめられていた黒髪がさらっと広がる。そのままリボンをチエに差し出し、俯く彼女にそれを押し付けた。

「これ、よっちに貸す」
「え・・・?」
「よっちは友達、この島で一番にできた友達。大切だから守る、私は守れるだけの力もあるから」

リボンを手にポカンとするチエに対し、舞は小さく微笑んだ。

「返して、私が戻ってきた時に。それで、おかえりって言って」
「舞、さん・・・」
「いってくる」
「いって、らっしゃい・・・っス・・・ぐすっ」

101to heart:2006/12/19(火) 23:24:34 ID:IwxI/s..
チエの声を背に受け舞は再び走り出す、もう振り返ることはしなかった。
そして、ただ彼女の無事を見守る少女たちだけがそこに取り残される。

「まい、さん・・・」

チエの手の中、大事そうに抱きしめられた舞のリボンが彼女のいた証だった。
死地とも呼べる場所へ向かう彼女の安否を、チエはひたすら願うのであった。




花梨が駆け寄りチエの背を撫でる、その光景を志保と智子は少し後ろから眺める形で佇んでいた。
ポスン。瞬間、智子の肩に温もりが移る。

「・・・長岡さん?」

いきなりの志保の行動に戸惑う智子、顔を押し付ける形で智子の左肩を占領する志保はさっきまでのふざけた調子が抜け妙に大人しかった。

「はは、は・・・不謹慎だけど、今になって思い出したっつーか、ね。もち、忘れちゃいけないことだったけど」

寄り添うように顔を押し付けてられ、そのまま片腕もぎゅっと捕られる。
彼女の様子は明らかにおかしかった、その突然の行為のさす意味を図ろうと智子は彼女の後頭部を見つめ続ける。

「何か、あったんか?」

声をかけると、志保の背中が一際大きく震えた。彼女が話し出すまで、智子は今度は静かに待つ。

102to heart:2006/12/19(火) 23:25:21 ID:IwxI/s..
「はは、あはは・・・ほら、志保ちゃんってばこういう湿っぽいのダメじゃない?
 いつも明るくハキハキと、これが志保ちゃん原理なワケよ。
 あたしはどんな場でも盛り上げ役に徹するのが空気読んでるっていうか・・・」

覇気のない語り。意を決したように、彼女は一つ深呼吸をしてそれと一緒に言葉を吐いた。

「あたしがさ、いけなかったんだ」

か細い呟きは、智子の耳にやっと届くくらいの声量で。
ぎゅっと、腕を掴む力が強くなる。その状態で、ポツポツと志保は話を続けた。
自分の出した犠牲のことを。それは逃げることに必死になっていたため、今の今まで疎かになってしまったこと。
・・・明るい彼の雰囲気が、気まずいムードを一転させた優しさが失われたのは余りにも一瞬だったとういうことを。

「住井君殺したのもあたしだよ・・・何も考えてなかった、あたしの我侭のせいなんだよぉ・・・」

あの湿った森の中にい続ければ、頂上へ行こうなどと言わなければ。確かにマーダーとは遭遇しなかったかもしれない。
無用心に、見張り役の二人と談笑などしていなければ、マーダーに気づかれなかったかもしれない。

「調子乗ってたのよ、あたし。死体があった、だから村から出たっていうのに。
 あ、あまり、にも・・・平、和だった・・・からぁっ・・・!」

志保の体を抱きなおし、智子は優しく彼女の背中を擦った。
あやすように。ただ、その動作を繰り返す。

「ほな、その住井君の変わりに今度は長岡さんが笑わんとな」

智子の言葉に、小さく頷く志保。

103to heart:2006/12/19(火) 23:25:51 ID:IwxI/s..
「大丈夫や、柏木って人もきっと川澄さんが何とかしてくれる。信じよ、な?」

うん、と。もう一度、小さく頷く。
そして、心の中で誓う。もう同じミスは繰り返さないと。
明るくおしゃべりなだけの自分とは、これでさようならだ。



チエの思い、志保の思い。
チエの思いは舞に届いた。改めて二人の心は通うことができたから、チエも前を向いて歩ける。
志保の思いは今は亡き住井護に届くだろうか。それはこれからの彼女の行動が示してくれるであろう。

二人は何の力も持たない少女であった、でも。
それでも足掻くのだ。生きている限り、精一杯自分にできることを。

104to heart:2006/12/19(火) 23:26:58 ID:IwxI/s..
【時間:2日目午前3時】
【場所:E−5北部】

川澄舞
【所持品:日本刀・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:耕一のもとへ戻る、祐一と佐祐理を探す】

吉岡チエ
【所持品:舞のリボン、他支給品一式(水補充済み)】
【状態:舞を見送る、このみとミチルを探す】

長岡志保
【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・他支給品一式(水補充済み)】
【状態:舞を見送る、足に軽いかすり傷。浩之、あかり、雅史を探す】

保科智子
【所持品:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り2発)、支給品一式】
【状態:舞を見送る】

笹森花梨
【所持品:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)】
【状態:舞を見送る】

(関連・331・515)(B−4ルート)

105つかのま:2006/12/21(木) 23:00:44 ID:Xfu/cr7Q

「……ねえ琴音ちゃん、どうして私のお鍋つついてるの?」

松原葵の素朴な疑問に大仰に驚いてみせたのは、姫川琴音であった。
雨を避けた、大樹の陰である。

「ひどいっ……!!」

たちまち琴音の目尻から涙が溢れ出す。
涙の粒をきらきらと輝かせながら、琴音は首を振ってみせた。

「ひどいわ、葵ちゃん……! わたし、あと5時間もしたら儚く散ってしまう命なのよ……!
 最後に少しくらい、おいしいご飯を食べたいって思ったらいけないの!?」
「っていうか、私の朝ご飯、なくなっちゃうんだけど……」

朝食にと作った鍋がどんどん琴音の胃袋に収まっていくのを見ながら、葵は溜息をつく。
どうせ食べ終わったらまた逃げるフリするんだろうなあ、と思っている。
一晩中、人の少し先を行きながら、わざと姿が見え隠れするように歩き通した琴音の図太さは伊達ではない。

「っていうかホントに爆発するの、その首輪……?」
「さあ」

首を傾げる琴音。白菜を噛み締めている。

「さあ、って……」
「でもそう言われたんだもの。本当だったら怖いじゃない!」
「いや、怖いっていうか死んじゃうけどね……」
「何でそんなこと聞くの?」

よく煮えた椎茸を口に放り込みながら、琴音。

106つかのま:2006/12/21(木) 23:01:09 ID:Xfu/cr7Q
「いや、その割には元気そうだなあ、って思っただけだけど……」
「ひ、ひどい……!」

人参の欠片を汁ごと飲み込んでから、器用に涙を流して口元を覆う琴音。

「わたしはこんなに怖がってるのに……!
 そんなこという葵ちゃん、透視してあげる! えい、クレアボヤンス!」
「セクハラ禁止」

いつも通りの超能力、いつも通りの回避。
物騒なやり取りも、二人にとってはコミュニケーションだった。
後は言葉もなく、黙々と食事に集中する。

鍋をあらかた空にしてから、琴音は立ち上がった。

「じゃあね、葵ちゃん……お鍋、おいしかったわ」
「あー……もう行くの?」
「ええ、追ってきたりしちゃダメよ……? 絶対だからね?」
「はいはい」

ひらひらと手を振ってみせる葵。
そんな葵を、すがるような目で見てから踵を返す琴音。
しかし琴音が走り出そうとしたそのとき、葵が何かに気づいたような声を上げた。

「あ」
「……な、何、葵ちゃん?」

つんのめりそうになりながら、恨みがましい目で振り返る琴音。
とりあえず荷物を置き、葵のほうに向き直る。

107つかのま:2006/12/21(木) 23:01:48 ID:Xfu/cr7Q
「今、気づいたんだけどさ」
「うん」
「琴音ちゃん、テレポートできるじゃない」
「まぁ超能力者のたしなみだし、かじった程度だけど、一応……それが、どうしたの?」
「飛んだらいいんじゃない?」
「……?」

顔一杯で疑問を表現する琴音。
こういう素でアホなところ、男に見せてやればいいのになあ、と思いながら、葵は続ける。

「だから、その首輪」
「首輪が、どうしたの」
「テレポートで外せるんじゃないの?」
「無理よ、やってみたもの」

言下に否定する琴音。
だが葵は意に介することなく問いかける。

「服ごと飛んだでしょ」
「当たり前じゃない、葵ちゃん変態?」
「自分の身体だけ飛ぶこと、できるでしょうが」
「……?」
「ほら、体育が水泳のときとか、やってたじゃない」

葵の言葉に、傾げられた琴音の首の角度が90度に近くなっていく。

「すぽーん、って。時間ないときさ」
「…………あー!」

ぽん、と手を打つ琴音。

108つかのま:2006/12/21(木) 23:02:18 ID:Xfu/cr7Q
「ストリーキングジャンプね!」
「いや、そんな名前付けてたの……?」

こめかみを引き攣らせる葵の様子を気にすることもなく、琴音はうんうんと頷いている。

「確かに、あれならいけるかも……」
「まあ、今はまだ雨も降ってるし、後で試してみたら……ってもういないし!?」

ぱさり、と軽い音がした。続いて、コトリ、という小さな金属音。
琴音の着ていた制服が、そして忌まわしい首輪が地面に落ちた音であった。

「うわちょっと、外した途端に爆発するような仕掛けだったらどうする気なの……!」

慌てて飛び退く葵だったが、首輪は一向に爆発する様子がない。胸を撫で下ろす葵。
と、遠くから葵を呼ぶ声がした。

「やった……やったわ、葵ちゃん! これでわたしは自由の身なのね!」

言わずとしれた、姫川琴音の声である。
遠目に見れば、丘の上、雨中全裸で両手を大きく振っている琴音の姿が見えた。

「何やってんだか、あの子は……」

軽い頭痛を感じ、こめかみを揉み解す葵。
琴音が駆け寄ってくる。
舞い上がっているのか、上も下も隠すことなく喜色満面の様子だった。

「あのね、年頃なんだからちょっとは恥らおうよ……って、琴音ちゃん?」

109つかのま:2006/12/21(木) 23:02:42 ID:Xfu/cr7Q
一目散に走ってきた琴音は、脱ぎ捨てられた制服を省みることもなく、裸のままで自分の荷物を漁りだした。
あれでもない、これでもないと散らかし始める琴音。

「ちょっと琴音ちゃん、何してるの……って、……え?」

琴音が取り出したのは、掌に収まるほどの小さな拳銃であった。
鼻歌すら歌いだしそうな雰囲気で、琴音はそれを掴み出すと、おもむろに銃口を咥えた。
止める間は、なかった。

小さな小さな発砲音。
姫川琴音の脳漿が、鮮血と共に飛び散った。

110つかのま:2006/12/21(木) 23:03:05 ID:Xfu/cr7Q

どれくらいの間、そうしていたのか分からない。
ほんの一瞬だったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。
松原葵は、じんじんと痛む頭を軽く押さえながら、その光景をじっと見ていた。

凍りついた時間を動かしたのは、一つの声であった。

「どうしたんだ、大丈夫かい、君……?」

心配そうな、男の声だった。
歩み寄ってきた男が、血みどろの光景を目にしたらしく、呻いた。

「うわ、これはひどいな……。やったのは君……、じゃなさそうだね」

琴音の遺体の状況をつぶさに確認し、男が葵の方を向いて声をかける。
声と同様、心配そうな表情だった。

「自殺……かな? 何があったかは分からないけど、こんなところで立っていたら危ないよ。
 良かったら僕と一緒に……」
「―――ひとつだけ」

葵が、口を開いた。静かな声だった。

「ひとつだけ、聞いておきます」

淡々としたその声に、男は怪訝そうな様子で問い返す。

「何かな……? 僕に答えられることだったら、何でも……」
「どうして、殺したんですか」
「……え?」

111つかのま:2006/12/21(木) 23:03:25 ID:Xfu/cr7Q
唐突な言葉に、男の表情が固まる。
葵は無表情のまま、問いを繰り返す。

「どうして、琴音ちゃんを殺したんですか?」
「な、何を言っているんだ、君……?」

す、と。
葵の視線が、動いた。
近くに立つ大樹の陰を、真っ直ぐに見据える。

「―――それとも、あちらの方に聞いた方が、よろしいですか?」

葵の言葉に、男が目を見開いた。

「……チッ!」

舌打ちして飛びかかろうとする男を、葵は静かに見つめていた。
僅かに片足を引き、軽く右の拳を握る葵。
次の瞬間、男は葵に迫る勢いのまま、正反対の方向へと吹き飛ばされていた。
泥を跳ね上げて倒れ伏す男。
それを追撃するでもなく、葵は再び大樹へと目を戻した。

「……この、頭がチリチリする感じ。これが琴音ちゃんを殺した力ですか」

葵の言葉に答えるように、大樹の陰から細い人影が現れた。
つい、と足を踏み出したその姿は、病的に白い肌とどこか焦点の合わない瞳を持った、痩身の少女であった。
少女は葵の視線を受け流して、嗤う。

「くすくす、酷いことするねえ。……大丈夫、お兄ちゃん?」
「……ああ。ああ、大丈夫だよ、瑠璃子」

112つかのま:2006/12/21(木) 23:03:51 ID:Xfu/cr7Q
げたげたと笑いながら、男―――月島拓也が立ち上がる。
だらりと垂れ下がった左腕を、空いた手で掴む拓也。
ゴグリ、と鈍い音がした。脱臼した肩を、強引に戻したのである。

「ほぅら、大丈夫。痛くないから心配しないでおくれ、瑠璃子」

少女、月島瑠璃子へと視線を向けた拓也は、そう言ってにっこりと微笑んでみせた。
どろりと濁った細い目が、半月型の弧を描く。ひどく醜悪な笑みだった。

「……もう一度だけ、聞きます」

雨に濡れるその身体を庇おうともせず、葵が粛然と口を開く。

「どうして、琴音ちゃんを、殺したんですか」
「……言ったら、信じてもらえる?」
「……信じますよ。本当のことなら」

視線を交わさぬまま続けられる、低く、静かなやり取り。
ほんの少しだけ間を置いて、瑠璃子が、嗤った。

「―――人を壊すのに、理由なんか要るのかな」

くすくすくす。
げたげたげた。
兄妹の笑い声が、輪唱となって雨を侵した。

「そうですか。……ありがとうございます」

葵が、礼を言いながら視線を下げた。
俯いたままの葵を、瑠璃子の視線が舐る。

113つかのま:2006/12/21(木) 23:04:47 ID:Xfu/cr7Q
「よかった。信じてもらえたみたいだね」
「はい」

葵が、顔を上げる。
その瞳には静かに、しかし隠しようもなく確かな、憤怒の炎が宿っていた。

「……理由もなく人を害するものを、私は悪と呼称します」

握られた拳が、顎の前に引かれる。

「そして友人に災禍をもたらすものを、私は敵と名付けます」

踵が、大地を踏みしめる。

「覚悟してください。私は、悪であり敵であるあなたを―――赦さない」

松原葵が、走った。

114つかのま:2006/12/21(木) 23:05:14 ID:Xfu/cr7Q
 【時間:2日目午前7時ごろ】
 【場所:E−7】

松原葵
 【持ち物:お鍋のフタ、支給品一式】
 【状態:戦闘開始】

姫川琴音
 【状態:死亡】

月島拓也
 【所持品:支給品一式】
 【状態:電波全開】

月島瑠璃子
 【持ち物:鍵、支給品一式】
 【状態:電波使い】

→382、426 ルートD-2

115本スレ「変わらない答え」の補足続き:2006/12/22(金) 05:40:02 ID:vENApPe6
折原浩平
 【所持品1:34徳ナイフ、H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)】
 【所持品2:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、ほか支給品一式】
 【状態:全身打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)。聖とことみの死体を発見】
藤林杏
 【所持品1:包丁、辞書×3(国語、和英、英和)、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、ほか支給品一式】
 【所持品2:スコップ、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
 【状態:聖とことみの死体を発見】

水瀬名雪
 【所持品:なし】
 【状態:いつのまにか逃亡、後続任せ】
霧島聖
 【状態:死亡】
一ノ瀬ことみ
 【状態:死亡】

【備考】
・FN P90(残弾数0/50)
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア・携帯電話(GPSレーダー・MP3再生機能・時限爆弾機能(爆破機能1時間後に爆発)付き)
・冬弥のデイバック(支給品一式)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料少々)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は十分で道なりに氷川村→平瀬村へと向かう予定

連投規制くらったので仕事で出なきゃいけないからこっちへ・・・
本スレ>>w89uw1U60氏回避thx-

116折れない心:2006/12/25(月) 00:17:29 ID:F.iHNdPY
「うわぁぁぁぁぁ……」
「栞……」
午前6時、放送があった。
――――香里が死んだ。

栞はリサの背中で泣き続けた。
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんがっ……」
耳元で栞が泣き声を上げ続ける。
詳しく話を聞いた訳では無いが、姉の話をする時の栞の表情は明るかった。
声のトーンも高くなっていた。
よほど大事な、きっと世界で一番大事な人だったのだろう。
その姉が、死んだ。
その事実が栞に与えた衝撃の大きさと心の傷の深さは計り知れない物がある。
下手な慰めの言葉はきっと逆効果だ。
だからリサは、優しく栞の頭を撫でた。
何度も何度も。
ほんの僅かでも栞の支えになれる事を願って。
ほんの僅かでも栞の気持ちが安らぐ事を祈って。




――――そしてリサは今もまだ、栞を背負って歩いている。
栞は泣き疲れて眠ってしまっていた。
無理もない、ただでさえ衰弱している状態の上に追い討ちのように心にまで深い傷を負ったのだから。
そして傷を負ったのは栞だけではない。
リサの大切な仲間の一人であるエディもまた、放送の中で名前を呼ばれていた。
リサが涙を流す事は無かったが、エディの陽気な笑顔が心の中で浮かんでただひしりと心が痛んだ。

117折れない心:2006/12/25(月) 00:21:25 ID:F.iHNdPY

そしてリサは同時に焦りを覚えていた。
いや、元々焦りはあったのだ―――更に焦りが強くなったというべきだろう。
もうあまりにも人が死に過ぎた。
そして――――
「優勝すればどんな願いでも叶える、ね……。何ともタチの悪い扇動の仕方だわ」
主催者のやってきた事は今までのリサの常識ではおおよそ信じ難い事だった。
主催者は各界の実力者・権力者をたった一日でこの島に集め、その生殺与奪すら完全に握って見せたのだ。
そのような者ならば一個人の願いなら―――人を生き返らせるという願いですら、叶えられるかもしれない。

「でももしそうだとしても……叶えるはずが無いわね。願いを叶えるより首輪のスイッチを押す方がずっと楽でしょうから」
主催者が約束など守るはずがない、とリサは考えていた。
主催者は参加者に餌を見せてゲームに乗らせようとしているだけに過ぎない。
大体このような事を考える者なのだ、優勝者に対して情けをかけるとはとても思えなかった。
つまり、優勝しても助からない(もっともリサは、優勝すれば助かるという事が確定していたとしてもゲームに乗る気は微塵も無かったが)。
そして――――もし主催者が、人間離れした圧倒的な力のようなものによってこのゲームを成り立たせているのなら状況は絶望的だ。
万全の状態の篁をただの一参加者として扱い掌の上で躍らせれるような化け物が相手では何をやっても勝てないだろう。


だが連中が参加者の拉致に成功したのには何か裏があるかも知れない。
主催者はゲームの開始時に言った……『人外の力はある程度制限されている』、と。
そして実際に柳川は、鬼の力を制限されていると言っていた。

自分にはもうよく理解出来ない領域の話だが――――
各界の実力者を実力者たらしめている特別な力を『制限』もしくは『封印』出来るような何かがあるのなら。
そしてそれによって制限を行なったからこそ、今回の殺し合いの舞台を整える事に成功したのなら。
付け入る隙はまだある。

118折れない心:2006/12/25(月) 00:24:15 ID:F.iHNdPY
自分は人外の力を持っている訳ではないから制限など関係無い。
それでも主催者に一人で立ち向かえるとは到底思えなかったが、宗一や協力してくれる人間と合流出来れば勝機は見えてくる。
もし自分達では力が及ばなかった場合でも、制限を成立させている何かを崩壊させる事に成功すればきっと柳川が何とかしてくれる。
主催者を打倒出来る可能性は、ある。

「Yes,……そうよ、きっと道はあるわ」
苦境に立たされているリサだったが、とてもか細い希望を信じながら。
彼女は今この時も強く在り続ける。

【時間:2日目午前7時30分頃】
【場所:H−8】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)】
【状態:焦り、栞を背負いつつ診療所に向かっている】
美坂栞
【所持品:無し】
【状態:酷い風邪で苦しんでいる、睡眠】

※栞を背負っているので、リサの歩く速度は少し遅めです
※関連487 ルートB13

119名無しさん:2006/12/25(月) 00:44:58 ID:ccUjRQvg
制限抜きでも銃さえあればリサと宗一はエルクゥより強くないかと思うんだが

120羅刹血華:2006/12/29(金) 17:46:57 ID:kEvf//Bo

黄金の聖猪と白銀の魔犬が激しい戦闘を再開した、そのすぐ傍で、舞と耕一は向かい合っていた。
雨は、降り続いている。舞の長い黒髪を伝って、幾つもの水滴が零れ落ちていく。
濡れた革靴の、嫌な感触を足裏に感じながら、舞は摺り足のまま間合いを計っている。
対する耕一は涎と共に荒い息を吐きながら、腕をだらりと垂らして真紅の眼で舞を睨んでいた。
呼吸に合わせて、小山のように盛り上がった肩がゆっくりと上下している。

鬼の呼吸のタイミングを正確にカウントしながら、舞はじりじりと動き続ける。
魔犬の杖による打撃は、おそらく肋骨に達していた。
今のところ内臓に損傷はないようだが、戦闘が長引けば長引くほど不利になる。
痛みは無視すれば済むが、不随意筋の緊張による呼吸の乱れは時に生死を分けると、舞は理解していた。

彼我の打撃力、そして防御力の差の大きさは、先刻の一合で思い知らされていた。
完全な不意打ち、それも背中側からの胴薙ぎが、通らなかった。
それはつまり、敵は全身に鎧を着込んでいるようなものと考えなければならないということだ。
生半可な斬撃では、皮一枚も貫けない。
そしてまた、大木を苦もなく折り砕き、振り回した挙句に投擲してみせたあの膂力。
武器の類は手にしていないようだが、しかし硬い外皮、巨大な体重と合わせて考えれば、
まさしく全身が凶器といえた。まともに受けることすらも、ままならない。

一撃が致命傷となる緊張感を、舞はしかし黙って飲み下す。
元より魔物と呼ばれるモノたちと戦うために身につけた、剣だった。
相手が鬼と変わった、それだけのことと己を鼓舞しながら、舞は刀を握りなおす。
正眼に構えた剣先が、雨に濡れて煌いている。

魔犬の吐いた吹雪の名残が、舞と耕一の間を吹き抜けていく。
視界が白く煙る一瞬、両者は同時に動いていた。

121羅刹血華:2006/12/29(金) 17:47:21 ID:kEvf//Bo
耕一が、舞を抱きすくめるように黒い腕を伸ばす。
真上に跳んだ舞が、耕一の腕を踏み台にしてその頭上を飛び越えた。
予想外の動きに慌てて振り向く耕一の、その無防備に空いた胸を目掛けて、銀の刃が走る。
狙い澄ました突きは、しかし高い音を立てて鬼の皮膚に弾かれた。
一瞬動きを止めた舞に、耕一の拳が唸りを上げて迫る。

「―――っ!」

しかし舞は至近に迫るそれを、無理に回避しようとはしなかった。
咄嗟に刀を立て、峰に自らの腕を押し付けると、そのまま鬼の拳に身を預けるようにして後方へと跳んだのである。
細身の少女を粉砕する悦楽に顔を歪めた耕一が、そのあまりにも軽い手応えに疑念を抱く。
果たして、数メートルを吹き飛ばされたかに見えた舞が、空中で華麗に後転、しなやかに着地を決めた。
力に逆らうことなく自ら跳んでみせることで、その威を後ろに逃がしたのだった。
鬼の剛拳をかわしきれぬとみた、舞の妙技である。

「こ……のッ!」

なおも迫り来る耕一に対し、舞は逆にその懐へと身を飛び込ませた。
振り回される腕を掻い潜り、一刀を叩き込む。弾かれた。追撃が来るよりも早く、脇から駆け抜ける。
ぬかるむ足場を利用して体重移動だけで反転。そのまま遠心力を利用して、耕一の足を薙ぐような軌跡で刀を振るう。
高い音。膝関節を外から叩いても、鬼の巨体は微動だにしなかった。足を止めずに、走る。

122羅刹血華:2006/12/29(金) 17:47:45 ID:kEvf//Bo
一連のやり取りで、舞には幾つかの確信が生まれていた。
ひとつは、鬼の理不尽なまでの堅牢さである。
継ぎ目のない鎧を着ているようなその外皮は、打ち払いの類をいとも容易く退ける。
突きならばあるいは、と思ったが、分厚い胸には通じなかった。
自らの体重の軽さを、舞は呪う。
圧倒的な体重差があっては峰打ちによる昏倒、あるいは内部関節の破壊も狙えそうになかった。

だが、その軽い体重が利点となることもあった。
それが二つめの確信、彼我の速度の差である。
鈍重とは言わぬ。巨体からは考えられない敏捷性を、鬼は秘めていた。
しかし、それは同程度の体型、同程度の体重をもつ野生動物などと比較しての話である。
先程の打ち合いの際には、舞の剣捌きに対応するどころか、疾走の速度にすらついてこられていない。
斬りつけること、そしてまた回避すること自体は、難しくなかった。

そして、三つめの確信。
相手は文字通り化け物じみた膂力の持ち主だが、しかしその筋力を活かしきれていないと、舞は推し量っていた。
素性の知れぬ相手との戦闘の定石として、鬼と切り結んでいる間中、舞はつぶさにその肉体を観察していた。
身体の使い方を見れば、自然とその手筋は知れる。結果、舞は内心で驚嘆することになる。
大枠としては人間のそれと大差ない構造をしているようだったが、しかしそのコンセプトが決定的に異なると、舞は見た。
鬼の身体を褒めるのもおかしな話だったが、その筋肉はまさに近接戦、特に打撃における一種の理想型だった。
殴り、掴み、押し潰すことに、完全に特化している。
素手で獲物を狩る、という行為を最大限効率的に行うための、それは肉体だった。
おそらく本来は、牙と爪も重要な攻撃要素となるのだろう。
引き裂き、噛み破るために研ぎ澄まされたそれらが獲物の血に染まる様を、舞は容易に想像できた。
もしも鬼がその能力を余すところなく発揮していたなら、自分など数合打ち合うことすらかなうまいと、思う。
それほどに、その体躯は圧倒的だった。

123羅刹血華:2006/12/29(金) 17:48:15 ID:kEvf//Bo
だが、と舞は考える。
だが今、自分が向かい合っている鬼は、それらの力のどれ一つとして、有効に使いこなせていない。
殴るという動き一つをとっても、明らかに無駄が多すぎた。
体重移動、下半身の使い方、そして拳の軌道。どれもまるでなっていない。
足捌き、息の整え方、目配りの仕方、呼吸のテンポを隠すことの重要性。
理解がない。把握がない。認識がない。
そして何よりこの鬼には、相手の行動を先読みして動く戦闘経験というものが、完全に欠落していた。

野生を知ることなく育てられた、檻の犬。
舞は、己が敵をそう断じていた。

付け入る隙は、充分にある。
問題は、堅牢に過ぎる防護をどう貫くか、だった。
疾走しながら、舞は考えをめぐらせる。

「この、ちょこまかと……っ!」

焦りがそうさせるのか。
鬼が腕を振り回す。大振りで、単調な攻撃。
それを、拭いきれぬ経験の浅さと舞は判断する。
視界の外では魔犬と聖猪が激しい戦いを繰り広げていた。
ボタンの放つ炎熱の揺らめきを背に、舞は一気に踏み込む。
上から落とされる拳を、急加速して回避。そのまま胴を打ち払って駆け抜ける。
何らの痛痒も感じぬというように、鬼の蹴撃が追ってきた。
予測通りの展開に、舞は余裕を持ってそれをかわす。
同時に軸足の膝裏に、一撃。ウエイト差に弾かれかけるも、強引に振りぬく。

「ぬ……ぉっ!?」

バランスを崩しかけた鬼の、無防備な首を狙った一刀が、走る。

124羅刹血華:2006/12/29(金) 17:48:37 ID:kEvf//Bo
だが鬼は後方から襲い来るそれを、死角からの一撃を、耐えた。
かわすでも、受けるでもなく、ただ己が外皮の硬さに任せたのである。
食い込んだ刃を引き抜こうとする舞。
しかしそれよりも早く、鬼が左右に大きく身体をうち振るった。
体重の軽い舞の身体が面白いように振り回される。
遠心力によって食い込んだ刀が鬼の首から離れ、舞と共に飛んだ。
近くの木に叩きつけられる寸前、舞は体を入れ替えた。
飛び蹴りの要領で木を蹴りつけ、衝撃を相殺。接地する舞。

「残念だったなあ……俺たち、見た目より頑丈なんだ」
「……」

首の後ろ、皮に走った傷を撫でながら、おどけるように口を開く耕一。
無言のまま、舞は疾走を再開する。
実際のところ、答える余裕もなかった。
今の強引な衝撃の殺し方で、肋骨の違和感が酷くなっていた。
不規則に横隔膜が痙攣している。呼吸が整えられない。
決着を急ぐ必要があった。

125羅刹血華:2006/12/29(金) 17:49:11 ID:kEvf//Bo

「シカトかよ、冷たいな……っとォ!」

耕一もまた、走り出す。
舞の低い姿勢をどう見たか、耕一が口の端を歪ませる。
交差する一瞬に、舞があからさまに狙っているのは耕一の膝。先程叩かれた部位だった。

「……!」

転瞬、舞の振るう刀の軌道から耕一の足が消えていた。
交差する一歩手前、耕一は踏み出した足を無理矢理に地面へと叩きつけていたのである。
その強靭な骨格と巨大な体重を利用した、あまりにも強引なステップ。
フェイントにたたらを踏む舞の、その背中に鬼の拳が打ち下ろされる。

しかし次の瞬間、舞の刀が跳ね上がっていた。
掬い上げるような切っ先が、耕一の顔面を薙ぐように襲い掛かる。
耕一の仕掛けたフェイントを見透かした舞の、流れるようなカウンター。
覆い被さるように拳を落とそうとした耕一が、眼を見開いた。

「ぐ……おおおぉぉ!?」

瞬間、巨体に蓄えられた恐るべき筋力が、その威力を遺憾なく発揮しはじめた。
落としかけた腕を、肩の力だけで引き戻す。
同時に、フェイントで踏み込んだ左足を軸に、上体を重力に逆らって全力でスウェーさせる。
軋みを上げる骨格の悲鳴を、鬼の本能が上回った。
制動をかけた耕一の、その鼻先数寸を銀の刃が駆け抜ける。回避、成功。
しかし。

「―――ッ!?」

126羅刹血華:2006/12/29(金) 17:50:16 ID:kEvf//Bo
耕一の視界に映っていたのは、舞の透徹した瞳であった。
刹那、耕一の脳裏に幾つもの疑問符が浮かんでは消える。
何故、視線が交錯しているのか。
何故、振りぬかれたはずの切っ先が、刃を返してこちらを向いているのか。
何故、その姿勢は、寸刻のブレもなく維持されているのか。
―――まるで、最初から、この一瞬を狙っていたかのように。

煌く刃が、耕一の視界の右半分を、埋め尽くしていた。




ご、とも、あ、ともつかない声を上げて、鬼がのけぞる。
渾身の突き上げ。
狙い澄ました一刀は、正確に鬼の右目を貫いていた。
噴き出す血潮を全身に浴びながら、舞は己の勝利を確信する。

外皮は斬れぬ。関節を叩いてもまるでこたえない。ならば、どうするか。
舞の出した回答の一が、これであった。
継ぎ目がなければ、穴を狙えばいい。
鬼の眼が、果たして弱点となりうるのかは賭けであったが、舞はそれに勝った。

止めを刺すべく、舞が手にした刀の柄を握りこむ。
刃を返し、傷を更に抉り込まんとするその動きを、しかし押さえるものが、あった。

「―――ッ!?」

鬼の、手。
黒く奇怪なそれが、刀を握る舞の手を、その上から覆っていた。
見上げれば、じくじくと血の泡を噴き出しながら、それでもなお爛々と輝く鬼眼が、舞を捉えていた。

127羅刹血華:2006/12/29(金) 17:50:39 ID:kEvf//Bo
鬼が、哂う。

「ざぁぁぁんねん、だったなあ……?」

奇妙に掠れた、甲高い声。
眼から溢れた鮮血が、喉に流れ込んでいるものか。
金属を擦り合わせるような、不快な音を喉の奥から響かせながら、鬼が口を開く。
決して離すまいと柄を握る舞の手が、万力の如き力で締め付けられる。

「く……ぁ……っ!」

ごきり、と。
舞の左手から、不気味な音が響いた。指の骨が砕かれたのである。
思わず刀を手放したその左手が、鬼に掴み上げられる。
そのまま、片手一本で易々と吊るし上げられた。
ずるりと抜け落ちようとする刀を、舞はどうにか右手だけで保持する。

「ぉ俺さぁ、み、見た目よりが、頑丈、なんだよなあぁぁ……」

ぐずぐずと篭ったような声のまま、鬼が嬉しそうに哂う。
血の泡を溢し続けるその右目を、生臭い吐息がかかるほどの至近で見ながら、舞は今更ながらに思い知っていた。
鬼というものを、甘く見すぎていた。
眼に刃を突き入れれば、脳に達する。脳を傷つけられれば、生物は生きていられない。
そんな常識が、鬼に通用すると、思い違いをしていた。

深刻な打撃にはなっているようだが、それだけでは、鬼は討てない。
もっと決定的な、もっと根本的な致命傷が、必要だったのだ。
そして今、その機会は急速に失われつつあった。

128羅刹血華:2006/12/29(金) 17:51:07 ID:kEvf//Bo
「こぉぉなっちまったら、も、もう、何にもできないよ、なあぁぁ……?」

ひゅうひゅうと、鉄の臭いのする息を吐き出しながら、鬼が舞を揺する。
だらりと片手で吊るされる舞は、されるがまま。完全に脱力しているようだった。

「んんん……? なんだぁ、あ、諦めたのかぁぁ……?」

気味の悪い嗄れ声でくつくつと笑う鬼。肩が震えている。
その背後で、魔犬の吹雪が唸りをあげて吹き荒ぶ。
ボタンとポテトの戦いはいまだ続いているようだった。

「……」

無論、舞は諦めてなどいなかった。一念、逆転を狙っていたのである。
ただ状況は絶望的で、しかしそれを受け容れずにいようとするならば、無駄な抵抗によって
消耗できる体力など存在するはずもないという、それだけのことであった。

現在、枷になっている左手は、完全に潰されていた。
指先を動かそうとするだけで激痛が走る。
骨も、腱も使い物にならない。

反面、他の部位に目立った損傷はない。
相変わらず肋骨には過度な負担をかけられないが、内臓を傷つけるような骨折には至っていない。
逆転の一刀に全力を出すことはまだ可能と判断する。

129羅刹血華:2006/12/29(金) 17:51:28 ID:kEvf//Bo
最大の僥倖は、武器を手放さずに済んでいることだった。
垂れ下がった右手には、いまだ刀が握られていた。
脅威にならないと考えているのか、鬼はそれを奪おうとはしなかった。
確かに、ただでさえ外皮には一切通用しなかった斬撃である。
こうして吊るされた状態では踏み込むこともできず、体重も乗せられない。
速さも重さもない一刀を、鬼が恐れるはずもなかった。

視界の端を、聖猪が放つ灼熱の息吹が奔っていく。
ぐつぐつと哂い続ける鬼をその眼に映しながら、状況は絶望的、と舞は内心で繰り返す。
このままでは吊るされたまま、嬲り殺される。
反抗は無益。手にした一刀に有効な攻撃力は存在しない。
逆転の目は、ない。

―――吊るされたままならば、だった。

その瞬間、舞に迷いはなかった。
真っ直ぐな視線に、光が宿った。
手にした一刀が奔り、引き斬られる。
柔らかい皮を裂き、震える肉を断ち、腱を貫いて骨を砕き、川澄舞は、己が左手を、斬り落としたのである。

一瞬の出来事であった。
あまりにも躊躇なく行われたその暴挙に、鬼は反応すらできなかった。
鮮血が、真っ赤な霧となって視界を覆う。

真紅の霧を断ち割って、舞が、飛び出した。
大地を震撼させるが如き踏み込み。
その爆発的な速度のすべてを、脚から膝へ、膝から腰へ、腰から腹、胸、肩へと繋いでいく。
柄頭を腰溜めに、舞はその全身を一個の弾頭として、叩きつけた。

130羅刹血華:2006/12/29(金) 17:52:04 ID:kEvf//Bo
鬼の鳩尾、その一点が、歪む。
神速をもって生み出された突進力が、鬼の巨体をして、浮き上がらせる。
一瞬の間を置いて、鬼が、吹き飛んだ。

「ぐ……ぅぉぉぉぉ……ッ!?」

鬼の巨躯が、風を巻いて飛ぶその先に、二つの力があった。
炎熱と、烈寒。
聖猪と魔犬の撒き散らす、吹雪と灼熱。
ぶつかり合う力のその中心に、過たず鬼が、叩き込まれる。

「がぁぁぁぁ――――ッ!!」

神話の時代の力の中で、鬼が吼えた。
その恐るべき生命力のすべてをもって、鬼は己を保ち続ける。
灼熱に溶ける外皮が、瞬く間に再生されていく。
寒威凛烈の風の中、凍りついた外皮が剥がれ落ち、新たなる皮膚が現れる。

刹那の内に、幾度の再生を繰り返しただろうか。
ついに鬼は、神話の炎熱を、寒波を、耐え凌いでみせた。
再生の限界を超えた皮膚の欠片をぼろぼろと溢しながら、真っ黒な外皮に無数の皹を入れながら、
それでも鬼は立っていた。
圧倒的な死を乗り越えた鬼の雄叫びが、しかし、止まる。


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