したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

尚六幾星霜

200書き手:2019/04/22(月) 19:25:10
コメントありがとうございます
最終回の甘々な二人は書いててかなり楽しかったですw
新刊発売日決まって、待ち遠しいですね!
でもすごく楽しみな反面、色々考えると怖い…
こんな気持ちで小説の新刊を待つのは初めてです(-_-;)
新刊待ってる間にキャラ達に入れ込み過ぎちゃったんですよね…
尚隆&六太はもちろん、みんなに幸せになってほしい(T ^ T)

201名無しさん:2019/04/22(月) 23:50:47
長期間の連載ありがとうございました!幸せ尚六で読んでてにまにましちゃいました。
私も毎回楽しみにしてたのでこの連載がなくなるのがとても残念… 自分で書くか!とも思ったんですが、文才が追いつきませんでした。やっぱり新刊待つしかないかな。

202書き手:2019/04/23(火) 21:38:10
にまにまして頂けて嬉しいですw
ぜひぜひ書いてください、姐さん!
いろんな尚六が読みたいです。
尚六好きな人って世の中に何人くらいいるんでしょうね?結構な人数いますよね、きっと
それぞれの脳内に色々な尚六妄想が詰まっていると思うので、それを全部見てみたい…

203書き手:2019/06/22(土) 15:53:12
永遠の行方が完結して、ここが定期的に更新されることはないのかと思うと寂しいです(でも姐さんがたまに書くと仰っているのでものすごく期待して待ってる)

なんかまた書きたくなってきて、ちょこっと後日談を書いたので、中途半端ですが投下します

204「後宮生活」1:2019/06/22(土) 15:56:29
「尚隆……」
吐息まじりの囁き声に名を呼ばれた。
榻の隣に座る六太を見返せば、その瞳は潤んで、頰には赤みがさしている。とろん、と焦点の定まらない視線が、尚隆の顔周辺をふらふらと彷徨う。
「六太」
名を呼んで頰に手を伸ばすと、六太はくすぐったそうに表情を緩ませて目を閉じた。すると視覚を遮断したことで平衡感覚を失ったのか、身体が大きくこちらに傾いてくる。尚隆は軽い身体を受け止めた。
「……飲み過ぎだな、六太」
言いながら尚隆は、六太の身体を榻の上に横たえて、金色の頭を自分の膝の上に載せた。
「ん……そうかも」

北宮に籠って二日目の夜だった。
尚隆が昨日くすねてきた酒を、二人で飲んでいた。二人きりで飲むのは十年ぶりで、六太は終始笑顔で酒杯を重ねていた。楽しそうに笑いながらぐいぐい飲むので、飲みすぎではないかと尚隆は思ったものの、それを口には出さずにいた。

六太は目を瞑ったまま仰向けに体勢を変えた。
「こんなに酔ったの久しぶりだ……」
「お前、以前はこんなに飲まなかったろう」
「……そうだっけ?」
「自分の適量を忘れたか?」
「忘れた。……だって、酒なんかここ十年殆ど飲んでないもん」
十年、と尚隆は呟いた。それの意味するところは問わずとも知れた。
「尚隆と飲まなかったから」
「……ああ」
「大勢での酒宴の時は酔うほど飲まないし、ひとりでは一滴も飲まないし。……一緒に酒飲む相手なんか、他にいないし」
「––––そうか」
膝の上の六太の頭を柔らかく撫でながら、尚隆は微かに苦笑した。
「……寂しかったか?」
訊ねてみると、六太は閉じていた瞼をゆっくりと上げる。
別に、と即座に否定されるかと思って発した問いだった。しかし意外にも、六太は無言でまっすぐ見上げてきた。じっと視線を注がれて、尚隆は瞬きもせずにその瞳を見つめ返す。
時折見せる、幼い外見にそぐわない深みのある眼差しだ。六太は子供ではないのだと思い知らされるようで、これまで尚隆はまともに見返すのを避けてきた気がする。だが今は目を逸らさずに、瞳の奥深くにあるものを全て見透かしてやりたい、と思う。
ふ、と六太の唇が笑みの形を作った。
「……逆に訊くけどさ、おれが寂しくないだろうって、お前は思ってたわけ?」
冗談めかした口調ながらも尚隆を責めるような言葉は、先程の問いを肯定する答えだ。
「……いや」
「てことは、寂しい思いさせたくて、わざと避けてたんだ」
「そうではない」
「じゃあ、なんで?」
「……悪かった」
「謝ってほしいんじゃない。おれは、お前が何考えてたか知りたいだけ」
酔っているからだろう、六太はいつになく率直だ。
「……尚隆は、おれと一緒に飲みたいとか、思わなかったのか?」
「いや……飲みたかったな」
正直に返答すると、六太は柔らかい笑みを浮かべた。酔って上気した頬と相まって、照れているように見える。
「だが、飲みたくなかった」
六太は瞬いてから、拗ねたように顔をしかめた。
「……どっちだよ」
「どちらも本音だ。……飲みたいと思っていても、二人で酒など飲んだら箍が外れてお前に手を出しそうだと思ったからな」
「……お前って、酔って自制心なくすほど酒に弱かったっけ?」
「酒には弱くないが。……弱っていたのは自制心のほうだ。もし酒の勢いで手を出したら絶対に後悔すると思っていた」
自嘲するように尚隆は言って、六太の頰に指先を滑らせた。

205「後宮生活」2:2019/06/22(土) 15:59:54
「……手、出しちゃえば良かったのに」
ぼそっと呟いて、六太は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「……案外大胆なことを言う」
「そうかな」
「誘っているのか?」
尚隆は頰を撫でていた指で六太の下唇に触れる。柔らかくて少し湿った感触を指先でなぞると、六太の手に軽く払われた。
「そうじゃなくてさ。……たとえ酒の勢いだろうと、多分おれ、拒否しなかった」
思わず苦笑が漏れた。こういうところが厄介なのだ、と思ってしまう。
今夜の六太の言葉は、率直で大胆だ。久しぶりの酒のせいか、想いが通じ合ったが故にか。あるいは、それらの相乗効果だろうか。
「––––だからこそだろうが。俺が本気なら、おそらくお前は拒否できない。……だったらなおさら、覚悟もないのに手を出すべきではなかろう」
「……なんか誠実っぽいこと言ってる」
「惚れ直したか?」
「ばーか」
けらけらと声を上げて、六太は笑った。
こいつ、と笑って尚隆は六太の頰を軽くつねる。よせよ、と言いながら六太は両手で尚隆の手を捕獲した。
「……今は?」
「今?」
「今は後悔してるか?」
「しているように見えるか?」
「見えない」
尚隆の右手を両手で弄びながら、六太は楽しそうに笑う。
昨日から六太は、手持ち無沙汰になるとしょっちゅう尚隆の手で遊んでいる。掌同士を合わせたり、ひっくり返して眺めたり、甲の骨や血管を指先でなぞったり。何が面白いのか分からないが、尚隆は手を預けたまま、好きなようにさせていた。
「……それで?」
「なんだ」
「さっきの質問の答えは?」
「……六太の思っている通りだ」
「ちゃんと言えよ、お前の言葉で」
六太は手を止めて、再びまっすぐな眼差しを向けてきた。こんなふうに六太が言葉を要求してくるのは珍しい。甘えているのだろう。どこまで自覚的なのかは分からないが。
尚隆は微笑を浮かべ、左手で金髪を撫でながら答えた。
「後悔などしていない。俺は欲しかったものを手に入れたのだ。……今後も後悔はせぬ。––––絶対にな」
六太は瞬きもせず、数呼吸の間じっと尚隆を見つめ、それから微かに頷いた。
「……うん」
不意にその瞳に透明な膜が盛り上がって、目尻から零れ落ちていく。尚隆は少し驚いたが、表情は変えずに静かな声で訊いた。
「––––どうした」
右手は捕獲されたままなので、頭を撫でていた左手を動かして指で六太の目尻の涙を拭う。
「どうしたんだろ……。別におれ、泣き上戸じゃなかったのに」
尚隆の右手を両手で胸の上に抱え込むようにして、六太は目を閉じた。被衫の薄い布地を通して、六太の鼓動が右の掌に伝わってくる。普段より、少しだけ早い。
「おれ、誰かに涙見られるの、嫌だったんだ。……泣き顔なんて誰にも見られたくなかった」
「だろうな」
お前は意地っ張りだからな、という言葉は続けずに、胸の中にしまっておいた。
「けど、尚隆に見られるのは……そんなに嫌じゃないかも」
「……そうか」
呟きながら、思わず表情が緩んでしまう。
六太は深く考えもせずに言っているようだが、その台詞が意味するところは、それだけ尚隆に心を預けている、という告白だ。無防備に心情を晒してくれるのが嬉しかった。
「では、泣きたくなったら俺の前で泣けばいい。……他の誰かに涙は見せるな」
「うん……そうする」
囁くように六太は言い、小さく頷いた。
六太は目を瞑ったまま黙り込んだ。涙はまた零れ落ちて、目尻から耳に向かって透き通ったひとすじの道を作る。尚隆もまた無言で、指先でそれを拭った。

206「後宮生活」3:2019/06/22(土) 16:02:31
正寝のそれと比べれば狭い臥室は、現在窓も扉も閉まっていて、周囲からは何の物音もしない。六太の息遣いはとても静かで、尚隆も息をひそめていないと聞こえない程だった。
やがて涙は止まったが、六太は全く身じろぎもしなかった。尚隆の右手は相変わらず六太の胸の上に捕まったままで、鼓動が規則正しく掌を打っている。
尚隆は左手で金髪を弄びながら、このまま眠ってしまうのだろうか、と少し残念に思う。まだ抱き足りないのに。
暫く六太の顔を眺めていると不意に、閉じていた瞼が音もなく上がった。
「……なあ、尚隆。明日一緒に関弓に降りようぜ」
「なんだ、急に」
「だって、もうすぐ雨期じゃん。雨降り出す前に、街に降りたいんだ」
「しかし一度ここを出たら、戻ってくるのは難しいぞ。おそらく途中で見つかって、後宮に籠っていたことがばれるだろうからな」
「いいだろ別に。ここに戻って来なくても。そのままどこか遠くに行っちゃえばいいじゃん」
六太の提案は、尚隆にとっても魅力的ではあったのだが。
「––––それにはいくつかの問題がある」
「問題?」
「最大の問題はな、六太。俺の目的が未だに道半ばだ、ということだ」
「え、そこ?」
「当然だろう。ここに来た目的は昨日説明したろうが」
「説明されたけどさ……。そんなの別に、ここですぐに達成しなくても良くねえ?」
「いや、俺の気が済まない」
「我儘なやつ」
「俺は何も我儘だけで言っているのではないぞ。目的の達成は近い、という手応えがあるからだ」
「手応え、って……」
「お前の感度は確実に良くなってきている。自分でも分かっているだろう?」
瞳を覗き込むと、六太はふいと視線を逸らした。尚隆の右手を掴む両手にぐっと力が入る。掌に伝わってくる六太の鼓動が、先程よりもずっと早い。耳まで赤いのは、酒のせいだけではないだろう。
尚隆はその反応に満足して、金髪を撫でながら笑った。
「おそらく達成間近だ。関弓に降りるのはそれからだな」
「やだ」
六太はそっぽを向いて即答した。
「絶対、明日がいい」
「––––六太」
「尚隆、おれと一緒に街に降りたくねえの?」
「そうは言ってないだろう。優先順位の問題だ」
「おれの希望を叶える気はないんだ」
恨めしげな視線を向けられる。どうやら拗ねてしまったようだ。酔っているせいか、感情表現が素直すぎる。
仕方ないな、と内心で呟いて、尚隆は軽く息を吐いた。
「……分かった。お前の希望を叶えよう」
ぱっと六太の表情が明るくなる。
「ただし条件がある」
「条件?」
「今から三回やるぞ」
「……へ?」
ぽかんとした顔で、六太は瞬いた。
「……今から?」
「そうだ」
「……三回も?」
「三回で我慢してやる」
「いや、でも今日も何回もやったし、おれもう疲れてんだけど……」
「だが明日出掛けたいんだろう?」
「……うん」
「では今すぐやるぞ」
尚隆が右手を動かそうとすると、六太の両手に阻止された。

207「後宮生活」4:2019/06/22(土) 16:05:32
「ちょっ…待てよ、話が飛躍してないか?」
「飛躍はしとらんぞ。これは互いの希望の妥協点だ。俺は官に見つかるまでは後宮に籠って思う存分やりたいと思っていたが、お前は明日出たいと言う。ならば今夜は俺の望みを聞き入れてくれてもよかろう?」
う、と六太は言葉に詰まって視線を逸らした。
「これ以上の譲歩はせんぞ」
冗談めかして言いながら、尚隆は笑う。
別段追い詰めるつもりもないのだが、六太は困惑したような難しい顔をして、黙り込んでしまった。何か言いたいことがありそうなので尚隆も黙って待っていると、暫くしてから六太は窺うように見上げてくる。
「……どうしても三回?」
「ああ」
「……」
「嫌なのか?」
「……嫌じゃないけど」
「けど、なんだ」
「……よく分かんない」
「それでは俺にも分からん」
「うん……」
六太にしては珍しく、何やら言いにくそうに口ごもっている。尚隆は金色の頭をぽんと叩いた。
「––––もし俺の抱き方に不満があれば、言っていいんだぞ」
しかし六太は首を横に振った。
「……不満とか、そんなんじゃない」
六太は少し考えるように沈黙してから、囁くような声で話し始めた。
「だって……おれ、なんか変なんだ。……尚隆に触られると、全身から力が抜けちゃって、内側から熱くなって……自分の身体じゃなくなる気がするんだ。……頭が真っ白になって、わけ分かんなくなるし。……何回やっても慣れなくてさ……むしろ、どんどんおかしくなってる気がする」
それこそが開発の成果というものだが、まさか六太が赤裸々にこんなことを言うとは思いもよらず、尚隆は瞠目して六太の顔を凝視した。色白の頰が今は赤く染まり、伏せた目を縁取る金色の睫毛は濡れて束を作っている。微かに唇を震わせて言葉を紡ぐさまが、何故だかひどく蠱惑的に見えて、尚隆は軽く息を呑んだ。
「嫌なわけじゃないよ。––––ただ、変化が急すぎるっていうか……。多分、戸惑ってるだけなんだと思う……」
尚隆の期待以上の早さで六太の身体は慣れてきて、一昨夜とは全く違う反応を見せてくれる。六太がそうして変わっていくのが、尚隆は楽しくて仕方なかった。だが何の経験もなかった六太のほうはどうだったか。快楽を得られればそれで良い、というものではないだろう。
「……そうだな。戸惑うのが当然かもしれん」
それに思い至らなかったのは、自分で思っていた以上に六太との情事に耽溺していて、視野が狭くなっていたせいだろうか。
「––––そこまで考えが及ばなかった」
金色の頭を出来るだけ優しく撫でながら言うと、六太はほっとしたような笑顔を見せた。
「……なんかお前、そういう殊勝な言い方似合わない」
「たまには俺も反省する」
「へえ、たまに?反省材料はもっとたくさんあると思うけど」
いつもの軽口のように言い、六太はにっと笑った。
「口の減らんやつだな」
尚隆は左手で金髪をくしゃくしゃと勢いよくかき混ぜた。
なんだよ、と六太がそれを止めようと両手を動かしたので、ようやく尚隆の右手は解放された。

208「後宮生活」5:2019/06/22(土) 16:07:44
自由になった右手をすっと動かして、衿の間から滑り込ませると、六太は焦ったような顔をする。尚隆はほくそ笑んで、指先で胸の尖りを探り当てた。
「あっ……」
吐息のような微かな声を上げて、六太は身を捩った。
「ちょっ、何すんだよ」
「今からお前を抱くつもりだが」
「なん、で?」
「抱きたいからに決まっとるだろう」
「え、でもさっき、反省したって言ったじゃん」
「反省した。だから一回だけにする」
「なにそれ」
「譲歩だ」
六太は唖然としたように口を開けた。
尚隆は左手で六太の頭を持ち上げてから、右腕で軽い身体を引き寄せて抱え上げる。膝の上に座らせて、六太の顔を間近に覗き込んだ。
「嫌ではないんだろう?」
囁いて、紅潮したままの頬をそっと撫でてやると、六太は尚隆の顔を見つめてから、僅かに視線を逸らして小さく頷いた。
「……うん」
尚隆は微笑して、小さな唇にほんの一瞬の口づけを落とす。
「––––心配するな、六太。無茶なやり方はしない」
宥める声音で耳元に囁いてから、尚隆は六太を抱えたまま榻から立ち上がった。
「……お前、ほんとずるい」
「お前ほどではないと思うぞ」
「強引だし」
「今頃気づいたのか?」
「……前から知ってた」
呟いた六太の両腕が、尚隆の首の後ろに回された。肩に顔を伏せてしまったので、表情が見えなくなるのが惜しいな、と思う。
一回だけしか抱けないなら、じっくり時間をかけて抱いてやろう、と考えながら、尚隆は牀榻へ向かって歩き出した。

−−−

すみません。エロ書くつもりで書き始めたのに、牀榻に移動するまでに意外と文字数を費やしてしまい、力尽きました(ー ー;)
私の場合、やっぱりエロ書くには相当な気合いが必要なようです……
続きはまた今度

209名無しさん:2019/06/23(日) 20:30:57
続編!?期待してます!

210名無しさん:2019/06/23(日) 21:24:45
自分ももう掲示板丸ごと殆ど更新ないんだろうなと思ってたらまさかの続編
ありがとうございます!

ろくたん、開発されまくって快感に溺れて
尚隆にぎゅむぎゅむしがみついて最後の一滴まで搾り取るといいよw

211名無しさん:2019/06/25(火) 00:53:30
まだ尚六書いてくださるんですね!どうぞどうぞどうぞ!!楽しみにお待ちしております!ありがとうございます!!!

212「後宮生活」6:2019/07/01(月) 00:05:57
「ぁ……」
濡れた唇から掠れた吐息が漏れ、組み敷いた華奢な裸体がびくん、と小さく跳ねた。
仄暗い牀榻の中に漂うのは、香油の甘い匂い。褥には金色の髪が波打つように広がっている。
六太の敏感な反応に、尚隆の口元に知らず笑みが浮かぶ。狭い肉襞を二本の指で押し広げながら探り当てたその場所を、再び指腹で擦った。
「あっ…」
逃げるように動いた細い腰を掴んで、指の根元までをぐっと押し込んだ。
「やっ、ん…」
身を捩って腰を引こうとするが、非力な六太の抵抗など、左手だけで簡単に押さえ込める。
「ここがいいんだろう?」
指先で刺激してやると、六太は微かな嬌声を上げながら首を振り、手で顔を隠してしまった。
そこが六太の感じる場所だろうと、前回までの反応からなんとなく分かっていたが、今回はまるで感度が違う。香油でぬるぬると滑る内壁を殊更ゆっくり撫でてやると、背中をしならせ首を仰け反らせた。
「やっ……やだ、そこ…っ、だめ」
白く細い喉元が薄闇の中くっきりと浮かぶ。尚隆はそこに食らいつくように顔を埋めた。舌を這わせ、柔らかい肌を吸う。六太の手が尚隆の頭に載せられたが、押しのけようとしているのか、抱え込もうとしているのか、殆ど力が入っていない。
中を探る指をかき混ぜるように動かすと、六太の腰が浮き上がり、きゅうっと締め付けがきつくなった。
「ぁ、ぁあっ……や、ん…んぅ、」
途中からくぐもった声に変わってしまったので顔を上げて六太を見れば、目を潤ませて両手で口を押さえている。荒い息遣いも紅潮した頬も、濡れた瞳もひどく煽情的だが、きっと本人に自覚はないのだろう。尚隆は目を細め、つい見入ってしまう。こうして声を抑えようと必死になっている六太の様子も、無論悪くはないのだが。
「声はこらえるなと言ったろう」
言いながら六太の両手首をまとめて掴む。細い手首は簡単に尚隆の左手の中に収まった。六太は反射的な抵抗を示したが、もちろん尚隆の行動の妨げにはならない。そのまま六太の頭の上方に持っていき、褥に縫い止めるように押さえ込んだ。
「やだ…尚隆……。手、離せ、よ…」
離せと言われて素直に離してやるはずもない。
「駄目だ」
囁いてから唇を重ねる。隙間から舌を差し込んで口腔内に侵入し、六太の舌を絡めとる。
「ん、ん…ぅ」
六太はやや苦しげな声を漏らした。
柔らかい舌を吸い、隅々までゆっくりと舌を這わせる。歯列の裏側の奥、感じやすい粘膜を舌先で丹念に撫でると、六太の両手から徐々に力が抜けていく。最初は逃げるように動いていた舌はやがて絡みついてきて、互いを貪るように深くまで口づけを交わした。
蕩けるような長い口づけの後、唇を離して右手の指を引き抜くと、六太の身体は微かに震え、安堵したような溜息が漏れる。だが次の瞬間に三本を押し込むと、悲鳴じみた嬌声が上がった。
「あぁっ、あっ…だ、め、やだ…っ」

213「後宮生活」7:2019/07/01(月) 00:08:24
びくんと腰が跳ね、身を捩りながら六太は首を振る。開かせていた脚が、尚隆の腰を挟んで締め付けてきた。
敏感な六太の反応が尚隆の劣情を一層煽る。指を少し曲げて探り当てた場所を柔く突くと、再び腰が跳ねた。
「あぁっ……、や、ぁんっ!」
逃げたいのか、奥へ迎え入れたいのか。六太は小刻みに腰を揺すっているが、この動きはきっと無意識なのだろう。
脈打つように蠢く肉襞の中へ、深く浅く抜き差しを繰り返す。締め付けられた指に内壁が纏わり付くようで、尚隆は自身の抑えきれない熱が内から高まっていくのを自覚する。早く犯したいという衝動と、もう少し慣らさなければという自制心が拮抗する。
欲をなんとか抑えながらも、自然と手の動きは早まってしまう。少しでも早く広がるよう、幾度も奥へと指を進めると、指を根元まで押し込むたびに、高い嬌声を上げ細い裸体が跳ねた。
「あっ、ぃやぁっ……しょう、りゅ……。も、むり……」
ぶるぶると首を振り、六太は途切れ途切れに懇願するような声を出す。無理と言われても今更やめられるはずもなく、逆に尚隆を煽る台詞にしか聞こえない。
「……本当にいい声で啼く」
囁いて、尚隆は指を引き抜いた。
「はぁ……」
掠れた吐息を漏らして六太は目を閉じた。拘束していた両手首を解放してやったが、腕は投げ出されたまま動かない。
微かに震える白い脚を抱え上げ、膝頭に口づける。細い腰を掴んで、限界まで猛っている自身を六太の後孔に当てがった。
「––––挿れるぞ」
言いながら掴んだ腰を引き付けると同時に、ぐいっと自分の腰を進め、ひと息で根元までを埋め込んだ。
「あ、あぁぁっ!…っや、あ…んんぅ、」
掴んだ腰が震えて、中がきつく締め付けられる。突き抜けるような快感が尚隆の中心を駆けた。
六太の両手は尚隆の腕を縋るように掴む。小刻みに腰を揺らして奥へ奥へと突いてやると、その手に力がこもった。
「あっ、……あ…ぁ」
脈打つ襞は吸い付くようにぴったりと尚隆のものを包み込んできて、あまりの心地良さに眩暈すら覚える。全身を巡る血が熱く、鼓動は早くなり、呼吸は徐々に乱れていく。
「いつもより、熱いな……六太」
呟いた声は、自分で思っていた以上の熱を孕んで響いた。
急くな、と自分に言い聞かせ、尚隆は腰の動きを抑制しながら、六太の中のもっと深くまで自身を沈み込ませていく。
「ぁ、あぁ、んっ……やっ…あぁ…!」
六太はもう全く声を抑えていない。そんな理性はどこかへ吹き飛んでいるのだろう。
その嬌声に煽られて抑えのきかなくなった情欲は、尚隆の身体を更に熱くさせ、腰の動きは速度を増す。汗が滴り落ちるほどに、体温が上昇していく。
最奥まで腰を打ち付ければ、呼応するように細い腰が自ら揺れた。
「や、あっ……!––––やだ、や、だぁ……」
六太は腰を揺らしながら、殆ど泣き叫ぶような嬌声を上げる。背をしならせて首を振り、長い金髪はその動きに伴って乱れていく。
ああ、と尚隆は荒い呼吸の中で溜息を漏らした。もっと時間をかけようと思っていたのに、快感に侵食された頭は早くも絶頂を欲している。
それ以上は何も考えられず、尚隆は本能の赴くまま腰を動かした。速く強く深く、激しく。
「やっ、ああぁ––––……っ」
ついに六太は悲鳴じみた声を上げながら、全身を震わせた。ぎゅうっと後孔が締まり、荒波のような快楽が尚隆を襲う。喉の奥で呻きながら、六太の中に熱い精を放った。
背筋が粟立つほどの射精の快感に浸りながら、尚隆は大きく息をつき、六太の身体の上に覆い被さった。

214「後宮生活」8:2019/07/01(月) 00:10:33
「……六太」
まだ整わない呼吸の合間に優しく囁いて、金髪を指で梳く。
少し待っても返答がなかったので、尚隆は褥に肘をついて軽く身を起こし、六太の顔を覗き込んだ。汗ばんだ額に金糸が張り付いて、頰は紅潮し、微かに開いた唇からは常よりも早い息遣いが漏れている。
「六太?」
だが六太は目を瞑ったまま、全くの無反応だった。軽く頰に触れてみてもぴくりともしない。
「……まさか」
どうやら気を失ってしまったらしい。完全に想定外の事態だった。
繋がっていた部分を引き抜いても、六太の身体は何の反応もない。ともかく体勢を整えてやり、そっと褥に横たえる。
労るように金髪を撫でながら六太の顔を眺め、調子に乗りすぎたか、と声には出さず尚隆は独りごちた。
快楽のあまり失神するなど、実際にあるとは思わなかった。どこかの莫迦な男が武勇伝のように嘯いた、眉唾ものの作り話だろうと。
快楽に慣れていない六太には刺激が強すぎたのか。耐性が低いのに感じすぎたせいで、一種の防御反応が働いて、意識を遮断してしまったのだろうか。

しかし、と尚隆は笑みを浮かべる。六太が中で感じるようになったこと自体は非常に喜ばしいことだ。早くも開発の成果が表れたことに、尚隆の頰はつい緩んでしまう。
ひょっとしたら酒を飲んだほうが六太の感度は上がるのだろうか。それは素面の時に抱けばすぐに検証可能な仮定だが、明日の朝抱きたいと言っても拒否されそうな気がした。
事に及ぶ前の会話を思い返せば、六太は快楽に溺れるのを躊躇しているようだった。それなのに失神させるほど追い込んだ尚隆のことを、六太は怒るのではないか。
どちらかといえば六太が感じすぎたのが主な原因であり、尚隆は約束通り無茶なやり方はしていないから、本来怒られる筋合いでもないのだが。まだ僅かの経験しかない六太に対して、もう少し手加減が必要だったかもしれない。

六太の呼吸は既に静まり、微かな寝息だけが聞こえてくる。
つい先程まであんなに淫らに喘いでいたのに、今はまるで無垢な子供のように幼い寝顔を晒している。この落差を知るのは自分だけだと、堪らない愉悦を覚えるのと同時に、自分が穢したのだと思えば背徳感が疼く。
それでも無論、一片の後悔もなかった。

215「後宮生活」9:2019/07/01(月) 00:12:37
翌朝尚隆が目を覚ましたのは、腕の中に抱いていた身体が抜け出そうとしたからだった。ほぼ無意識のうちに抱き締めてから、薄く目を開ける。六太はこちらに背を向けて、身を強張らせて息を潜めていた。
帳の隙間から入る光はまだ弱く、おそらく夜が明けたばかりだろう。常日頃は朝寝坊の六太がこんな早朝に起き出して、どうするつもりなのか。尚隆はひとまず寝たふりをしようと、再び目を瞑って腕の力を緩めた。
暫く尚隆の気配を窺うようにしてから、六太は身体を器用に動かして、するりと尚隆の腕から抜け出した。
六太がそっと身を起こし、寝台の上を這ってそのまま離れていこうとするので、尚隆はその手首を掴んで引き寄せた。
「わっ」
驚いたような声を上げて、六太は褥に倒れる。尚隆は素早く身を起こし、六太のもう一方の手首も掴む。小さな身体を仰向けに転がして、その上に覆い被さった。
「どこへ行く気だ」
「あ……。起きてたんだ……」
六太は若干引きつった笑みを浮かべた。
「お前こそ、案外早起きだな。まだ夜が明けたばかりだろう?」
「うん……。えーっと、今日は関弓に降りるからさ……そろそろ起きて、準備しようかなーって……」
「関弓に降りるには早すぎるだろうが。準備などすぐ出来るし、まだここにいろ」
「え」
どこか居心地悪そうに、六太は目を逸らした。
「……まさか逃げる気だったのか?」
「いや、逃げるなんて、そんなつもりは……」
視線を彷徨わせて六太は言う。どうせ嘘をつくなら、もっとうまくつけばいいものを。
また尚隆が強引に抱くのでは、と六太は警戒しているのだろう。
昨日の朝は六太が目を覚ますのと同時に手を出したから、警戒されるのも仕方ないのだが、ここまであからさまだと意地悪の一つも言ってみたくなる。
「では、相手をしてくれるのか」
「それは––––」
口ごもる六太に顔を近づけていくと、思いきりそっぽを向かれた。尚隆は思わず苦笑する。
「一回だけという約束は昨夜のものだから、今朝はもう無効だろう?」
耳元で囁くと、六太は焦ったようにぶんぶんと首を振った。
「やだ、無理!」
「何故だ」
「だってお前……!」
威勢のいい声が出たのはそこまでで、続く言葉を呑み込むようにして六太は黙る。尚隆が目で先を促すと、六太は軽く顔をしかめて呟くように言った。
「……尚隆が悪いんだよ」
「俺の何が悪いんだ」
「……無茶なやり方しないって、言ってたくせに」
「別段、無茶はしてないぞ。手順も体位も変わったことはしとらんだろう?––––まあ、いつもよりは前戯に時間をかけたがな」
「けど、あんなに……」
六太は反駁しかけたが、かあっと頰を赤らめて、ふいと顔を背けてしまった。
「あんなに、なんだ」
紅潮した顔を背けたまま、六太は答えない。
「……嫌だったか?」
「……だから、それは……」
「それは?」
「……昨夜、言ったじゃん」
「昨夜ではなく、今聞きたいんだが」
尚隆は六太の正面に顔を移動させ、至近距離で視線を合わせた。六太は僅かに目を伏せて暫く沈黙していたが、
「……嫌じゃない……」
殆ど音のしない、微かな声で囁いた。
「六太……」
尚隆は微笑を浮かべ、優しい声音で名を呼んだ。なんだかんだ言いつつも、結局は素直な言葉をくれるのが愛おしい。
尚隆は更に顔を近づけていく。しかし唇が触れ合う寸前、六太は我に返ったようにぱっと顔を背けた。
「嫌じゃないから、やなんだよ!––––こんなとこに籠って毎日毎日何回もやってたら、絶対頭おかしくなる!」
矛盾した台詞を六太は叫んで、じたばた暴れ出した。
「離せよ、もう!」
いくら六太が暴れても、押さえ込むのは尚隆にとって造作もない。
「……離してやらんでもないが」
「じゃあ、今すぐ、離せってば!」

216「後宮生活」10:2019/07/01(月) 00:14:41
六太の手首をつかんだ両手に、尚隆はほんの僅か力を込めた。
「……少しおとなしくしろ。いくら暴れても無駄だと分かっているだろう?」
反抗的な六太も可愛いものだが、もう少しだけ素直な態度でいてほしかった、とも思う。
六太はむすっとした表情をしたものの、組み敷いた身体からは力が抜けた。
「……ちと、確かめたいことがあるんだがな」
「……確かめたいこと?」
「お前が昨夜あんなに感じていたのは、開発の成果か、それとも酒に酔っていたせいか」
「……は?」
「酔いが醒めた今抱けば、どちらなのか分かる」
極力真面目な表情と声音で尚隆は言う。六太は瞬き、一拍おいて意図を理解したようで、勢いよく首を振った。
「い、今はやだ!」
「どうしても駄目か」
「どうしても!今は駄目、絶対!」
案の定、全力で拒否された。
今朝抱くのは無理だろうとほぼ諦めてはいたものの、心の片隅に僅かな期待があったことは否めない。尚隆は落胆の溜息をついた。
「……仕方ないな」
言いながら軽く身を起こして手を緩めてやると、六太は素早く拘束を解いて、尚隆の下から抜け出した。そのまま寝台の端まで逃げるように這い、帳に手をかけ隙間から出て行こうとする。
「待て、六太。どこへ行く」
「え、湯殿だけど?」
「そのまま行く気か」
六太は今何も身につけておらず、隠そうとする様子もない。
「うん」
あっさりと六太は頷いた。尚隆が咎めた意図さえ分かってなさそうだ。
「そのまま行くな。何か着ていけ」
尚隆は起き上がり、寝台の上に視線を巡らせて、六太の被衫––––昨夜尚隆が脱がせたものだが––––を探す。
「めんどくさい。どうせ脱ぐんだし」
「駄目だ」
足元の方でくしゃくしゃに丸まっていた被衫を見つけ、尚隆はそれを拾い上げる。
「他に誰もいないのに」
「いや、官が来るかもしれん」
後宮を開けさせた官には、その後も食料など最低限必要なものを持って来るよう言いつけてある。彼らはこっそり物を置いてすぐに立ち去るので基本的には顔を合わせることはないのだが、いつ来るかは分からないから鉢合わせしかねない。
「別に、それくらい……」
「俺が許さん」
言いながら六太に近寄り、背後から肩に被衫を掛けてやると、素直に袖を通した。
「……お前って、意外と世話焼きなんだな」
六太は顔だけ振り返り、くすりと笑ってそう言うと、羽織っただけの被衫の前を手で合わせ、今度こそ帳の隙間から出て行った。

六太の足音が遠ざかってから、尚隆は深く溜息をついた。
まったく六太の鈍感さには困ったものだ。別段、尚隆は世話を焼きたかったわけではない。
どうも六太は裸を見られることに対する抵抗感が薄いようだ。抱かれるのは嫌だと言いながら無防備に素肌を晒すなど、随分と矛盾している。

褥に転がって、尚隆は目を閉じた。
昨夜の六太の乱れた姿が瞼の裏に鮮明に浮かんで、ついほくそ笑んでしまう。
「今は」駄目、と六太は言ったが、裏を返せば今夜なら良いということだ。それが尚隆の勝手な解釈であろうとも、期待で高揚するのを抑えられない。
とりあえず昼間は六太の気が済むまで街散策に付き合ってやろう。無論尚隆にとっても、二人で久しぶりに出掛けること自体が楽しみでもある。
そして夜は思う存分可愛がってやりたい。出来れば酒を飲む前と飲んでから、合わせて二回は抱きたいところだが、六太はいいと言うだろうか。
六太の意思を尊重しつつ、なるべく自分の欲求も通したい。さてどうすればうまく事を運べるだろうかと、尚隆は戦略を練り始めた。



217書き手:2019/07/01(月) 00:17:15
快楽に溺れるのがまだ怖い六太と、早く溺れさせたい尚隆の攻防。
続編というほどでもない、ただのエロ話でした…

そもそも本編の最後で後宮に行かせたのは、
後宮に行かせておけば後日談エロ書きやすいんじゃないか!?
というものすごく不純な動機からですw
初夜書く前から後宮エロ妄想はだいぶ滾っておりました( ̄▽ ̄;)
私のやましい妄想にお付き合いくださり、ありがとうございましたw

218名無しさん:2019/07/02(火) 18:35:45
やきもち焼きな尚隆(・∀・)ニヤニヤ

219書き手:2019/08/18(日) 18:36:16
毎日更新が嬉しくて、ウキウキしながら覗きにきてます(^ ^)

そしてまたもや滾ってきたので後日談第二弾を書きました。
尚六がくっついて十年くらい経った頃、利広と六太が出会う話です。
「帰山」で、延王は台輔を残さないと利広が断言した理由についての妄想。

220「確信」1:2019/08/18(日) 18:39:24
その少年に目を引かれたのは何故だったのだろう。
人通りの多い夕刻の街で、すれ違いざま利広は彼に声を掛けていた。
呼び止められた少年は、足を止めて振り返る。髪に巻きつけられた布の端が落ちて、彼の白い顔にかかった。それを煩わしげに払う少年に、利広は笑いかけた。
「––––いい厩のある宿を知らないかい?」
意外なことを訊かれた、という表情で何度か瞬いてから、彼は答えた。
「……知ってるけど」
「それは良かった。どこにあるか、教えてもらえるかな」
「いいよ、案内する」
少年は迷う素振りもなく軽い調子で頷いた。
それは願ってもない申し出だったが、利広はひとまず遠慮してみる。
「わざわざ案内してもらうのは悪いなあ。道順を教えてもらえば大丈夫だと思うけど」
「いや、おれもそこに泊まってて、今から戻るとこだから。ついでだよ」
少年は笑って、あっちだよ、と先程向かっていた方向を指し示す。利広が騶虞の手綱を引きつつ体の向きを変える間に、少年は指差した方へ向かって歩き出した。
三歩ほど先を行く少年に追い付くべく利広は少し足を早める。すぐ脇に並ぶと、彼はこちらを見上げてきた。
「もっと人通りの少ない道が良ければ、もう一本向こうの通りでもいいんだけど。こっちで大丈夫か?」
「構わないよ。街を歩く人の顔とか、雑踏の雰囲気とか、見るのが好きだからね」
「へえ……」
どこか嬉しそうに、透き通った紫色の瞳を細めて少年は笑った。
こんなふうに純然たる紫色の瞳は、実はとても珍しい。大抵は他の色が混じっているものだ。
だが利広の身内には同じ色の瞳の者がいる。彼女は金色の髪を持つ、人ではない生き物だけれど。

「あのさ、なんでおれに訊いたんだ?」
「……なんで、って?」
「だって、いい厩のある宿知りたいなら、普通は大人に訊くだろ?おれそんなこと訊かれたの、初めてだから」
「ああ、そのことか」
舎館を探していたのは事実で、誰かに訊こうと思ってはいた。だが彼に声を掛けた瞬間は、実はそのことは頭から離れていたのだ。
目を引かれたから思わず声を掛けた、というのが本音だった。何故だか素通りできなかった。
「……きみが騶虞を見たときの反応、かな」
「反応?」
「そう、騶虞って希少な騎獣だからね。物珍しそうに見られたり、羨望の眼差しを向けられたり、ちょっと怖がられたり。大抵の人はそんな感じの反応なんだよ」
「あー、なるほど……」
「けれど、きみはそのどれでもなかった。だから騎獣に慣れているんじゃないかと思ってね。––––私の推測は間違ってたかな?」
「間違ってない。––––すごいな、すれ違う一瞬でそれを判断したのか」
「まあ、ね」
利広は人好きのする笑顔を作ってみせた。
嘘をつくのと本音を隠すのは全然別のことだ。今言った理由は口からでまかせというわけではなかった。この少年はきっと騶虞を扱ったことがある。それが彼の所有物であるかどうかはさておき。

221「確信」2:2019/08/18(日) 18:41:24
街の様子を眺めつつ当たり障りのない雑談をしながら暫く歩き、やがて大きな門のある舎館に到着した。
出迎えた厩番に、利広は笑顔で「世話をよろしく」と騎獣の手綱を差し出す。厩番の男は緊張の面持ちでそれを受け取ると「誠心誠意お世話させていただきます」と言って深々と礼をした。
厩舎へ戻りながら彼が同僚らしき男に「騶虞が二頭なんて初めてだ」と興奮気味に言っているのが小さく聞こえた。

少年と一緒に建物の中へ入り、宿泊の手続きを済ませた。利広は少年を振り返る。
「きみは、ここに一人で泊まってるのかい?」
少年は首を振った。
「連れがいる」
「部屋に?」
「いや、今は出掛けてるよ」
「そう。……そろそろ夕餉の時分だけど、きみは連れを待つのかい?」
「待たない。遅くなりそうだから先に食ってろって、言われてるし」
「では、良かったら夕餉を奢らせてもらえないかな。案内してもらったお礼に」
「お礼?––––いらないよ、そんなの」
両手を振って断ってから、彼は軽く首を傾けた。
「……けど、一緒に食うのは、いいかもな。ここの食堂、結構うまいんだ」
少年が笑って言うので、利広も笑って頷いた。
「荷物を部屋に置いてくるから、席を取っておいてくれるかな」

利広が二階の部屋に荷物を置いてから一階に戻ると、食堂の卓についた少年がこちらに向かって手を挙げた。利広は彼の対面の、湯呑みが置かれた席に着く。
この食堂で何度か食べたという少年に、料理の選定は任せることにした。利広は湯呑みを両手で包んで、品書きを見ながら手際よく店員に注文する少年の横顔をじっと観察する。
––––間違いない。
彼の紫色の瞳を縁取る長い睫毛は、明るい金色だった。見た目の年齢は十三かそこら。その条件に合う麒は、今現在一人だけだ。
––––延麒。
ということは、連れはおそらくあの男だろう。
「……腐れ縁ってやつかなあ」
苦笑と共に、利広は呟いた。殆ど声を出さない独白のつもりだったが、料理の注文を終えた少年がこちらを見て首を傾げる。
「何か言ったか?」
「ん?……いや、何も」
店員が立ち去ってから、利広は卓に肘をついて少し身を乗り出すようにする。
「きみも騎獣で旅をしているんだろう?ひょっとして、騶虞かい?」
少年は若干身を引いて、怪訝そうな目で利広を見返した。
「……うん」
「さっき私の騎獣を預けた時に厩番がね、騶虞が二頭なんて初めてだ、って言ってたから」
「ああ……そうだったんだ」
納得したように頷いて、彼は笑った。
「けど、厩には今いないよ」
「連れが、乗っていった?」
「そう」
「きみの騶虞?」
「まさか」
「てことは、きみの連れの騎獣なんだね」
「うん」
「へぇ……なるほどね」
利広は頬杖をついて微笑みながら、ふとした悪戯心が芽生えてくる。
こちらの正体に果たして彼は気づくだろうか。少年の連れは、どこまでを彼に話しているのだろう。
「……騶虞の名前、当ててみようか」
やや声を低めて利広が言うと、少年はきょとんとした顔で瞬いた。
「騶虞の、名前?」
「そう、名前。––––別に当たったからって、何かくれとは言わないけどね」
「……当たらないと思うけど。かなり珍しい名前だから」
「そうかな?」
利広は笑って、考え込むふりをした。少年は興味深げにこちらを窺っている。
「––––たま」
利広が呟くと、少年は目を見開いた。
しかし次の瞬間には表情が引き締まる。警戒心も露わな眼差しで、彼はまっすぐ利広を見据えた。
「……あんた、誰」

222「確信」3:2019/08/18(日) 18:43:49
利広は苦笑して、両方の掌を広げて軽く上げてみせた。敵意はない、という意思表示だ。
「当たったのかな?……それじゃあ、私の勘は正しかったということだね」
「勘じゃないだろ、騶虞の名前を当てたのは。なんで知ってる?」
「違うよ。勘っていうのはね、きみの連れのことだよ」
「連れ?」
「風漢だろう」
少年は再び目を見開いて、一拍おいてから声を低めた。
「……あんたの名前は?」
「利広という」
「……利広」
呟いて、彼は記憶を探るように軽く眉根を寄せたが、ほんの数瞬でそれは解けた。
「利広か」
少年はふと悪戯めいた笑みを浮かべる。
「––––利広がどこから来たか、当ててみようか」
「分かるかなあ、ちょっと遠いところだよ」
「奏」
「正解」
吹き出すように、二人は笑い出した。
笑っているところへ店員が両手に皿を掲げてやって来た。他に注文はないかと店員に問われたので、
「酒は飲めるかい?一杯だけでもいいから、付き合ってくれる?」
「いいよ」
少年の同意を得て、利広は酒を注文した。
店員が立ち去ってから、少年は卓に両肘をついて少し身を乗り出した。
「おれの名前は知ってるか?」
「……六太?」
「正解」
明るい声で言いながら、六太は笑った。

それから美味い料理を肴に二人で酒を飲んだ。一杯だけと言ったのはすぐに忘れ、話は弾み、酒も進む。
利広はかなり飲んだが酔いはさほどではない。六太のほうは、利広と比べると酒量はずっと少なかったものの、ほんのり頰を上気させてほろ酔いの様子だった。
「風漢と初めて会ったのはどこだったかなあ。もう遥か昔過ぎて、よく覚えてないんだ」
「それじゃあ前回会ったのは?」
「多分……五十年くらい前かな。確か、慶だったと思う」
「へえ」
「聞いてないのかい?」
「聞いてない。––––あいつさあ、勝手にふらふら出て行ってさ、どこで何してたかなんて、殆ど話してくれねぇんだよ」
「冷たいんだね」
「まあでも、近頃は……昔よりは話してくれるようになったかな」
「へえ、それはどういう心境の変化だろうね」
何気なく発したその言葉に、はたと六太は顔を上げ、まじまじと利広の顔を見た。それからふと柔らかく笑んで、小さく呟いた。
「ああ……そうか。心境の変化かぁ……」
「……何か思い当たることでも?」
「え?……いや、別に何も……」
口ごもるように言って、六太は視線を逸らした。
別に何もってことはないだろう、と思ったが、利広はただ微笑んで何も言わずにいた。
「……利広だってさ、出掛ける時ちゃんと家族に了承得てないだろ」
「得てないね」
「やっぱりなー。旅の途中に連絡もしないんだろ」
「しないね、基本的に」
「心配されてんじゃねえの?」
「みんな諦めてるよ、もう」
「諦めて黙認するのと心配するのは、相反することじゃないだろ」
「……そうかもね」
利広は軽く顔を傾けて、六太の瞳を覗き込む。
「六太は心配なんだね」
誰のことが、とは言わなかったが、彼にはもちろん通じただろう。
「でも諦めて、黙認してるんだ」
「……心配は、あんまりしてないよ。あいつはそんなに柔じゃないし。……ま、諦めてはいるかもな。あいつは一箇所にじっとしていられない、そういう性分なんだろうから」
「寂しい?」
六太は少し考えるように小首を傾げる。
「……寂しかったことも、あったな」
「今は?」
「そうでもない」
屈託のない笑顔で言うので、きっと本音なのだろう、と利広は思った。

223「確信」4:2019/08/18(日) 18:45:57
ふと六太が顔を上げ、食堂の入り口の方向を見やった。
ちらりと利広もそちらを見たが、特に何かあるわけでもない。しかし、きっとあの男の気配が近くにあるのを六太は感じたのだ、と利広には分かった。
利広の身内である金髪の女性も、時折そういう仕草を見せるので。

六太は視線を利広に戻す。
「さっき言ったこと、風漢には黙っててくれよ」
「……きみが諦めてるとか、寂しかったとか、そう言ってたこと?」
「うん、そう」
「分かった。内緒にしておくよ」
笑って頷いてみせると、六太も頰を緩めた。
「頼むな」
それから利広は少しだけ真剣な表情を作り、六太の瞳を直視した。
「ひとつ、訊いていいかな」
「……なに?」
「––––きみは今、幸せ?」
穏やかな声で問うてみると、六太は何度か瞬いてから僅かに目を逸らす。利広がじっと見つめながら返答を待っていると、彼はやがて視線を戻し、微かに笑って頷いた。
「……うん」
残念ながら、はにかんだような微笑みは一瞬で消えてしまい、六太は身を乗り出して小声で言う。
「これもあいつには内緒な」
「分かってるよ」
慌てたように言うのが可笑しくて、利広はくすくすと小さな笑い声を立てた。
六太は再び顔を上げると、先程見ていた入り口の方向へ軽く手を挙げた。

利広が振り向くと、こちらへまっすぐ歩み寄ってくる風漢がいた。彼は無言のまま卓まで来ると、六太の隣の椅子にどかっと座る。
こちらに無愛想な視線を寄越してきたので、少し驚いた。利広の記憶では、風漢はいつでも意味もなく笑っているような男だったのだが。
「久しいね、風漢」
「やはりお前か、利広」
「やはり、って?」
「騶虞が二頭だと厩番が騒いでいたからな。まさかと思ったが」
「ああ、そういうことか」
利広は笑って、六太にちらりと視線を送る。
「いい厩のある宿を知らないかって六太に訊いたら、ここに案内してくれたんだよ」
風漢は軽く眉を上げてから、隣に座る少年を見やる。六太は頷いて、利広の言を肯定した。
「街ですれ違いざまに声を掛けられたんだ。なんかおれが騎獣に慣れてそうだって、一瞬で見抜いたらしくてさ。––––ここの厩、結構ちゃんとしてるからいいだろうと思って案内したんだ。そんで一緒に夕餉食うことになって……。風漢のこと知ってるっていうし、びっくりしたよ。こういう偶然もあるんだな」
六太は笑顔で説明するが、それを聞いている風漢はどこか不機嫌そうだった。
「事情は分かった。––––六太、もう遅いからお前は部屋に戻っていろ」
「え」
六太は戸惑ったように風漢を見て、次いで利広をちらりと見やり、また風漢に視線を戻す。少しだけ首を傾げたが、結局は素直に頷いた。
「……うん、分かった。––––利広と会うの久しぶりなんだろ?積もる話もあるだろうし、二人でゆっくり飲むといいよ。おれ、先に寝てるから」
ああ、と風漢が頷くと、六太は立ち上がった。
「じゃあな、利広。色々話せて楽しかった」
笑顔で軽く手を振って、六太は踵を返して歩み去っていった。

224「確信」5:2019/08/18(日) 18:48:11
「––––風漢、夕餉は?何か注文するかい?」
「いや、夕餉は済ませた」
「酒は?」
「いらん」
「……不機嫌そうだね。何かあった?」
「何もないが」
風漢の口調はひどく素っ気ない。
卓上に六太が残していった杯には、まだ半分ほど酒が入っていた。風漢はそれを手に取ると、一気に煽った。空になった酒杯を音を立てて卓に置きながら、彼は低い声を出す。
「利広、お前」
何やら物騒なことを言い出しそうな声音に聞こえ、利広はほんの少し身構える。
「––––何故六太に声を掛けた」
あまりにも意外な質問に、利広は暫くの間まじまじと風漢の顔を見つめてしまった。
「……さっき六太も言ってたろう。騎獣に慣れてそうだったから、いい宿を知らないか訊いただけだよ」
「建前を聞きたいのではない」
「……へえ、建前だって分かるんだ」
茶化すように言ったが、風漢は無言で無表情のままだった。参ったな、と利広は内心で苦笑する。
「何故だろうね。私にも理由は分からないんだけど、なんとなく目を引かれて、思わず呼び止めた。……なんだか素通りできなかったんだ」
あっさり本音を言ってみると、風漢は唇の端を僅かに吊り上げた。一応それは微笑の形ではあるが、笑っている雰囲気は感じられない。
「……ほう」
風漢の声はものすごく冷淡だったが、気づかぬふりで利広は続ける。
「全くの無意識だったけど、直感したのかもしれないな。彼が風漢の––––連れだってね」
半身、という言葉を使うか一瞬だけ迷い、やはりそれはやめておいた。
「なるほどな……」
その言葉とは裏腹に、風漢は全く納得してないように見えた。
利広は少し面白くなってきて、六太の話題を敢えて続ける。
「いい子だね、彼。風漢から紹介してもらいたかったなあ」
「いい子か?あの餓鬼が」
「優しいし、話も面白いし。一緒に飲んでて楽しかったな」
「……ほう。随分と話が弾んでいたようだが、何を話していたんだ」
「色々話したよ。この街の雰囲気とか、今年の穀物の豊作具合とか、民の様子とかね。……最後は、惚気だったかなあ」
「惚気?……なんだそれは」
「詳しいことは言えないよ、約束したからね。本人に訊けばいいだろう?」
「約束だと?」
「そう、約束。––––どんな約束かなんて、もちろん私からは言わないけどね」
口調はあくまでも明るく、だが挑発するように利広はにっこり笑ってみせた。
風漢の目付きは今まで見たこともないほど冷たい。暫く無言で利広を見据えてから、彼は低く呟いた。
「……まあ、いい」
言いながら風漢は椅子から立ち上がる。
「部屋に戻るのかい?」
「ああ。––––だがここの勘定は俺が持つ。何でも注文して構わんぞ」
「そんな義理ないだろう?」
「いや、六太が世話になった礼だ。思う存分飲むがいい」
むしろ世話になったのは私のほうだ、と利広は思ったが、口に出すのはやめておく。きっとそういう理屈の問題ではないのだ。
「風漢」
立ち去ろうとする男に利広は呼びかける。彼は肩越しに振り向いた。
「次に会った時もまた飲もうって、六太に伝えてくれるかな」
「……餓鬼に酒を飲ませる気か?」
「見た目はともかく、六太はもう大人だろう?……で、伝えてくれるのかい?」
「断る」
「どうして?」
「伝える義理などないからな」
「……私もね、建前が聞きたいわけじゃないんだよ、風漢」
本音を言えばいいだろう、と心の中だけで利広は続ける。暫くの間、風漢は黙って利広を見据えていたが、ふと苦笑を漏らした。
「……意味が分からんな」
呟くように言ってから風漢は軽く片手を振ると、踵を返して去って行った。

225「確信」6:2019/08/18(日) 18:50:33
風漢の後ろ姿が見えなくなってから、利広は盛大に溜息をついて椅子の背に凭れた。
「なんだか酔いが醒めちゃったなぁ……」
俺の麒麟に気安くするな、と率直に言われたらどう返そうかと考えていたのだが、さすがにそこまで言う気はなかったらしい。だが不用意なことを言えば斬られそうな、どこか剣呑な雰囲気を漂わせていたのは確かだった。

それにしても、五十年程前に会った時と今回で、風漢の印象がすっかり変わってしまった。それは六太が一緒にいたせいかもしれないし、この五十年の間に何らかの心境の変化があったからかもしれない。
いずれにせよ自分の中での風漢の評価を大幅に修正する必要がありそうだ。飄々として気まぐれな男だと思っていたから、彼ならあっさり禅譲を選ぶこともあり得ると思っていたのだが。
「……ないだろうな、あの感じだと」
溜息をつきながら、利広は呟いた。

幸せか、という利広の問いに、微笑んで頷いた六太の様子を思い出す。
雁の治世は三百年を数年過ぎたところだが、懸念していた王朝最大の山はどうやら既に越えたらしい、とあの笑顔を見て利広は確信した。
しかし風漢の予想外の態度を目にして、今度は別の懸念を覚える。
麒麟が笑って幸せだと言うのなら、きっと悪いことではないし、雁の王朝は当分安泰だろう。だが斃れる時は、おそらく悲惨なことになる。これも確信といってよかった。
「ずっと先のことだといいんだけどね……」
利広は腕を組んで暫く物思いに耽っていたが、ひとつ息をついて気を取り直すと、手を挙げて店員を呼んだ。
「一番良い酒をひとつ、お願いできるかな」
にっこり笑って注文すると、店員は明るく承諾の返事をして、厨房へと踵を返していく。それを頬杖ついて見送りながら、利広は心中で独りごちた。
––––風漢に驚かされたせいで酔いが醒めてしまったのだから、彼の奢りで高い酒を飲んでも、ばちは当たらないだろう……。

226「確信」7:2019/08/18(日) 18:52:36
尚隆が部屋に戻ると、榻に寝転んでいた六太が肘をついて上半身を起こし、意外そうな眼差しを向けてきた。
「……早かったな。利広と飲むんじゃなかったのか」
「飲むとは言っとらんだろう」
「そうだっけ?……まあ、いいけど」
尚隆は無言で上衣を脱ぎ、腰に帯びていた刀を外して床に放り投げてから榻に座る。隣に寝そべる軽い身体を両手で持ち上げて、自分の膝の上に跨らせた。
六太は驚いた表情をしたものの、特段の抵抗を示さずにおとなしく座った。正面から目を合わせ、六太は小首を傾げる。
「……何かあったか?」
「……」
尚隆は沈黙したまま金髪を撫でる。髪を弄んでから両手を滑らせて頰を挟み、柔らかな感触を確かめる。
「あ、分かった。利広と喧嘩したんだろ?それで飲めなくなって拗ねてんだ」
冗談めかした六太の推測に対して、尚隆は深く溜息をついた。
「……見当違いも甚だしいな」
頰を挟んだ両手をしっかりと固定して、六太の瞳を覗き込む。努めて平静な口調で尚隆は問うた。
「––––約束とはなんだ」
「約束、って……誰と誰の?」
「お前と、利広のだ」
六太は思い当たることがない、という風情で眉をひそめたが、すぐにはっとした表情になった。
「あー……あれは別に、約束ってほどのもんでもねえよ。えーと……まあ、ちょっとした頼み事」
「頼み事だと?」
「いや、そんな、たいしたことじゃないって」
どこか気まずそうに、六太は視線を彷徨わせる。
「たいしたことじゃないなら、言ってみろ」
「え、それは……」
「俺に言えないことか」
「言えないっていうか……」
六太は顔を背けようとするが、尚隆は両手を動かさない。
「六太」
低い声で名を呼ぶと、六太は観念したように目を伏せて、小さく息を吐いた。
「……お前には内緒にしといてくれって、頼んだんだよ」
「内緒?––––何をだ」
抑えようのない苛立ちが、声音に滲んだ。
六太は居心地悪そうに身を捩り、視線を彷徨わせる。
「それは、えーと……利広に、いま幸せかって訊かれたからさ……。うんって答えたんだけど、それが利広から尚隆に伝わるのがなんか嫌だったから、風漢には内緒なって頼んだ。それだけ」
六太の説明は途中から早口になる。頰を僅かに赤らめて、言い訳のように続けた。
「利広は明らかにおれの正体に気づいてたし、麒麟に幸せかどうか訊くことで、雁の民意を推し量ろうとしたんじゃねえのかな。だから、うんって答えといた」
早口の言い訳が終わると、六太は気恥ずかしげに再び目を伏せた。
その仕草が堪らなく可愛らしく見えて、尚隆の頰は自然と緩む。それと同時に先程までの苛立ちは瞬く間に消えていった。
「……だから惚気か」
「え、惚気?」
尚隆は六太の頰から手を離し、くしゃっと頭を撫でてから細い腰に両腕を回した。
「六太と何を話したのか利広に訊いたら、惚気だと言っていたからな。どういうことかと思ったが」
「えぇ……。そんなこと言ったのかよ、利広……」
ほんの僅か顔をしかめて、六太は軽く溜息をついた。

227「確信」8/E:2019/08/18(日) 18:54:59
「なんか利広ってさあ、ぱっと見の印象では人が良さそうだし、まあ話も面白いんだけど、肚の底では何考えてるか分かんない感じなんだよなぁ」
「同感だな。あいつは相当根性が悪いぞ」
「尚隆と同じくらい?」
「おそらくな」
言って尚隆が笑うと、六太もくすくすと笑い声をたてる。
「––––だから六太、気をつけろよ。初対面の男に簡単について行くな」
「ついて行ったわけじゃないって。むしろ逆だろ?利広がおれについて来たんだから」
「たいして変わらん。しかも二人で酒まで飲むとは、警戒心が薄すぎるだろう」
「最初から酒飲む気だったわけじゃないよ。利広がお前のこと知ってるって言うし、奏の太子だって分かったから。––––お前、昔話してくれたじゃん、出奔先で奏の太子に会ったって。利広に初めて会った時にさ」
「そうだったか?」
「そうだよ。ずっと昔のことだけど、一度だけ話してくれた。……それから何度も会ってるってのは、初耳だったけどさ」
どこか拗ねたように、六太は言う。
出奔先で誰と会ったとか何をしたとか、そういうことは以前は六太に殆ど話さなかった。利広に前回会った五十年程前にも、話した覚えはない。そもそも奏の太子に会ったという話は、六太以外の誰にもしていないはずだ。
「前回会ったのが五十年も前のことだ。六太とて、俺に何でも話していたわけではなかろう?」
「……そうだったかな」
六太はくすりと笑って、尚隆の首の後ろに両腕を絡める。下から覗き込むように少し顔を近づけて、軽く首を傾げた。
「今夜は酒飲まねえの?」
「少し飲んできた」
「今から二人で飲み直すか?」
「いや……、酒はいらん」
言い終わるのとほぼ同時に唇を合わせた。六太の柔らかい唇を軽く甘噛みするようにしてから、少しだけ離れる。
「……いま欲しいのはこっちだ」
至近距離から囁くと、はにかんだように六太は笑う。濡れた唇が形のよい弧を描いた。
「––––俺の麒麟はいま幸せだと言うが、何故かそれを主に知られるのは嫌らしい」
「え……」
「閨でじっくり聞き出してやろう」
笑い含みに言って、六太を抱えたまま尚隆は立ち上がった。牀榻へ向かう尚隆の耳元で、六太の不貞腐れたような声が囁く。
「もう……。お前がそういうやつだから、内緒にしといて欲しかったのに……」
尚隆は小さく吹き出した。笑いながら、こういう素直でないところも六太の可愛気だな、と改めて思う。

牀榻に入り抱えていた身体を寝台にそっと降ろしながら、ふと先程の利広との会話が脳裏を掠める。
あのやり取りで、六太に対する尚隆の執着心に利広は気づいただろう。それを雁の行く末と関連付けて、憂慮や不安を覚えたかもしれない。
だがそんなのは尚隆の知ったことではない。勝手に思い悩むがいい、と尚隆は内心嘯いて、利広のことは頭の中から消去する。
「……尚隆?」
名を呼ぶ声と同時に、六太の指先が尚隆の頰に触れた。褥から見上げてくる紫の瞳と視線を合わせ、尚隆は微笑する。
そのまま覆い被さって唇を重ね、舌を差し入れて、柔らかく甘い感触を思うさま貪る。応じる舌がねだるように動いて、細い腕が尚隆の頭を掻き抱く。理性は瞬時に遠のいて、尚隆は本能の赴くままに己の麒麟に耽溺していった。



228書き手:2019/08/18(日) 18:57:35
利広と六太、尚隆それぞれの会話を書くのが楽しかったです( ^ω^ )
そして相変わらず尚隆が心狭い感じになってしまいましたw
まあいつも通り最終的には尚六ラブラブなんですがね…

カプ妄想なしに帰山読むとそれぞれの王朝の終わりを考えてちょっと凹むんですが、
尚六フィルターかけて読むと萌え要素が多すぎてものすごく滾ります。

229名無しさん:2019/08/18(日) 19:38:58
乙でした、まさか続きが読めるとは!
心の狭い尚隆、何となく書き逃げの囚われた獣を連想しちゃったり
平常では心が狭いで済むけど、失道すると病的な執着に…

230名無しさん:2019/08/18(日) 23:13:03
続ききてた、乙です。
尚隆のやきもち美味しいし、ラストの大人っぽい甘さがめちゃくちゃ萌えます・・・!


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板