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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第九章

1 ◆POYO/UwNZg:2022/09/30(金) 22:01:30
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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66明神 ◆9EasXbvg42:2022/11/07(月) 08:11:54
その晩、聖堂に割り当てられた寝室で、俺は酒の入ったグラス片手に室内をウロウロしていた。
まったく寝られない。ずっと、壊滅したキングヒルのことを考えてる。
壊滅させたローウェルと……イブリースのことを考えてる。

タマン湿性地帯での戦いで、あいつの想いに触れられたと思った。
ヒトと魔族の、ミズガルズとニヴルヘイムの垣根を超えて、協力する足掛かりが出来たと思った。
三世界を救うって目的のもとなら、因縁を押さえつけてでも手を取り合えると……
そう思ってたんだ。

あいつはキングヒルを滅ぼした。そこに暮らす全ての人々を蹂躙した。
ロイ・フリントを使ったアイアントラスの虐殺に続いて、これで二度目だ。
もしかしたら、俺が知らないだけでもっと色んな街を滅ぼしてきたのかもしれない。

なあイブリース。
お前にとってタマンでのあの戦いは、信念のぶつかり合いは、何の意味もなかったものなのか?
何一つ心動かされることなく、ミハエルの乱入でノーゲームにしちまえるようなもんなのか?

そして俺達も、あいつが言うところの一巡目だかゲームの中だかで、
ニヴルヘイムの何万という生命を蹂躙してきた。

なゆたちゃんは、敵とさえも殺し合わずに世界を救おうとしている。
ジョンは、イブリースと分かり合うことで協働を図っている。

だけど、もう、無理だろ。
和解を目指すには、俺達はお互いに取り合う手を血に染めすぎている。

少なくとも俺は、あいつとあいつの率いる軍勢に殺された人々から目を背けられない。
たとえイブリースの言い分が、正当な報復だとしても……納得できない。
あいつの首を手土産にしなけりゃ、キングヒルをの敷居を跨げない。

世界を救うのにあいつの力が絶対に必要なのであれば、その後で良い。
必ず報いは受けさせる。

グラスの中の酒を一気に呷った瞬間、背筋を叩きつけるような圧力に晒されて盛大にムセた。
凄まじい魔力が部屋の外から押し寄せてきた。

「ぶえっ……!なんだ!?」

慌てて退路を確保するために窓を開けると、隣の部屋から怒鳴り声が聞こえる。

>「パーティーでいるって。
 仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」

「ガザーヴァ……?」

隣はガザーヴァの部屋。聞こえてくる声もあいつのものだが、誰かと言い争ってる?

>「……いたけりゃいていいってもんじゃないだろう! 寂しいとか言ってる場合じゃないだろう!
 世界が消えかかってるんだから……駆け出し冒険者のほのぼの珍道中じゃないんだから…………。
 ……ああもう、分かった! 分かったから! もう抜けるとか言わないから! だから泣きやみなよ!」

今度はカザハ君の声だ。
水と油みたいな二人がなんだってこんな夜更けに。
姉妹でパジャマパーティー……ってガラじゃねえだろうに。

67明神 ◆9EasXbvg42:2022/11/07(月) 08:12:47
>「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
 戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
 明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
 他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
 みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
 ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」

いけないと分かっているのに、ついつい聞き耳を立ててしまう。
そうして一部始終を盗み聞きして、合点がいった。

「カザハ君……」

飲み干したグラスの中の氷がカラリと音を立てる。
アコライト外郭での防衛戦の後、一度俺はあいつがパーティを抜けるんじゃないかって慌てたことがある。
それはとりこし苦労で、元気に朝練してるカザハ君を見つけるだけに終わったが……

あれからもずっと、あいつは悩み続けていたんだ。
世界を救うこの度に、出所の曖昧な自分が居続けて良いのかって。
思えば、今朝も魔法機関車が突っ込んでくる前に何か言いかけていた気がする。

気付けなかった。
気付いたのは……カザハ君を苦々しく思っていたはずの、ガザーヴァだけだった。

「……なんだよもう。ちゃんとお姉ちゃんのこと、気にかけてるじゃねえか」

それは、ガザーヴァがカザハ君を『いけ好かないコピー元』じゃなくて、
『一人の仲間』として認めてるってことの証なんだと思った。

これ以上盗み聞きしちゃ悪いや。
わざわざ部屋に呼び出したってことは、他の誰にも聞かれたくない話なんだろうしな。

「おやすみ、二人とも」

俺は窓を閉じて、歯磨きして、床についた。
不思議とよく眠れた。

 ◆ ◆ ◆

68明神 ◆9EasXbvg42:2022/11/07(月) 08:15:07
「ガザ公、デートをしようぜ」

朝食を終えたガザーヴァに、俺は声をかけた。
四日間の自由時間っつったって、俺自身はとくにやることもない。
旅に必要な物資は一通り補充が済んでるし、俺は武器を使わないからメンテも必要ない。
強いて言うならジョンの言葉通り――最終決戦に向けて英気を養う義務があった。

「今日はご飯食べて、買い物して、いい天気なので釣りをします。釣りってやったことあるか?
 お前の分の竿も買ったげるよ。うまくいきゃ夕飯のおかずが一品増えるぜ」

有無を言わさずガザーヴァの手を引っ張って、街へ出た。

「このパエリア、クラーケンの肉使ってるらしいけど、ホントかぁ?」

オープンテラスのカフェで海鮮パエリアを突付く。
クラーケン……それはイカなのか?タコなのか?プルプルの肉からは、生前の姿が想像できない。

「俺魔法使うじゃん?杖くらい持っといたほうがいいのかなって思うんだけど、
 選び方がわかんねンだわ。でっかい方が威力は高そうだけど両手ふさがんのやだなぁ」

魔術師の持つ杖は、別になくても魔法が使えないわけじゃない。俺も素手で死霊術使うしな。
じゃあ何のためにあるかっつうと、魔法を『速く強く飛ばす』ための発射台みたいなもんらしい。
店員曰く今の流行りは指揮棒みたいな大きさの杖。軽くて取り回しも良い。
バロールとかマルグリットが持ってるバカでけえ杖は魔法ガチ勢だけが使うもんだそうな。

「マゴットに服を着せたい。翅と干渉しない服っつーと……ビキニか!?全裸より変態じゃん……」

『グフォォォ……我が肉体に恥じる箇所なし……服など……不要……!!』

スマホから地響きのようなマゴットの声が聞こえた。

「あれ羽化直後だからとかじゃなくてデフォで全裸なの?
 姉上とユナイトしたときのあの露出度お前の趣味かよ。
 エロゼブブがよ。エロゼブブオルタナティブがよ」

『は?ちげーし……!!』

「キャラが不安定すぎる……」

市場を巡って、色んな飯を食って、色んな買い物をした。
オデットの指示で店の商品はなんでも100%オフだ。すげえ大盤振る舞い。
会計の代わりに、購入した物品の目録を渡された。
これにサインすると、品代がプネウマ聖教の財務部から各店舗に支払われるらしい。

「やべえな。ビキニパンツ買ったことオデットに筒抜けだ」

そうして最後に釣具屋へ行き、竿の新調ついでにガザーヴァの分も買ってやる。
スマホからはマゴットの寝息が重低音となって聞こえてくる。
はしゃぎ疲れたみたいだ。スマホん中でどうやってはしゃいだのかは知らんが。

さて、エーデルグーテは海上に突き立った万象樹の根本に築かれた街であるからして、
八方を海に囲まれた臨海都市でもある。地場の水揚げ品が毎朝市場に並ぶ程度に漁業も盛んだ。
複雑に張り巡らされた木の根の隙間は魚にとって絶好の住処になる。
マングローブとかサンゴ礁みたいなもんだな。

69明神 ◆9EasXbvg42:2022/11/07(月) 08:17:37
「ミズガルズの埠頭にはテトラポッドつって波を弱めるためのブロックがあってさ。
 こう、四角錐?みたいな形が積み上がってるんだけど、その隙間がいい感じに魚の巣になるんだ。
 エーデルグーテの埠頭も隙間がたくさんあるし爆釣だぜ多分」

もうめちゃくちゃに釣れるから、釣り人はこういうスポットを高級マンションとか言って有難がる。
毎年のようにテトラポッドの隙間に挟まって死ぬ釣り人が出んのもそこが爆釣ポイントだからだ。

「俺、ふたつ下に弟が居るんだ。アウトドアが趣味で、俺が実家に居た頃はよく一緒に釣りに行ってた。
 つってももっぱら弟が釣り糸垂れて、俺は隣でスマホ構ってるだけだったんだけどな。
 あの頃はソシャゲ以上の娯楽なんてこの世に存在しないと思ってたけど……やってみると楽しいもんだよ」

専門用語とかは何一つわからんが、仕掛けの付け方や竿の振り方は一通り教えてもらった。
リバティウムに居たときも、こうやって降って湧いた余暇を過ごしたもんだった。
ガザーヴァの釣り針に錘と買ってきたイカの足を取り付けて竿を返す。

「ほら出来た。右手でここ握ってな。近くに投げるなら横振りで、手首使って……こう!」

遠心力で発射された釣り針が水面に落ちる。
それを見届けてから、インベントリにしまってあった椅子をふたつ出した。

「あとは待ちます。魚がかかるまでのんびり待ちます。
 こういう天気の良い日は、酒でも飲みながらゆっくり糸垂れんのが最高に心地良いんだ」

もひとつ、持ってきたワインのボトルとグラスふたつ。
手酌で注いで呷れば、雲ひとつない空が目に映った。

「……なゆたちゃんがさ、俺達の人生は誰に設定されたもんでもないって言ってたよな。
 なんとなく分かるんだよ。多分、この世界ってアクアリウムみたいなもんでさ。
 ローウェルが水を注いで、バロールが水草やら底砂やら設置して、シャーロットが魚を入れて。
 そんな風に世界一つ分の生態系を水槽の中に再現したのが、ブレモンの3世界なんだと思う」

だから、そこを泳ぐ魚の一匹一匹までには、運営の手が及んでいない。
この世界に息づく命は、運営が用意した水槽の中で自然繁殖し、育ってきたものだからだ。

「アクアリウムでは、メインの魚の他にちっこいエビとかも飼うんだ。こいつらは水槽の掃除人。
 藻とか魚のフンとかを食べて綺麗にして、水質を清浄に保つ。そのために外から投入された生き物。
 ……俺達ブレイブは、水槽を綺麗にするために入れられた、エビにあたるもんなんだろうな」

ミズガルズという水槽を泳いでいたエビを網で掬って、
アルフヘイムという水槽に投入した。その結果が……一巡目だ。

「一巡目がローウェル主導で企画されたのなら、二世界に渡るブレイブの選定には奴の意図が強く反映されたはずだ。
 イベントの中核になる存在だからな。そしてその結果は、バックアップという形で二巡目のこの世界にも残り続けてる。
 ――俺達の中に、ローウェルが選んだブレイブが居る」

俺も竿を振る。うなりをつけた釣り糸は、遠くの水面に波紋を立てた。

「そんで、多分、それは……俺だ。
 『ブレモン史上最悪のアンチ』、うんちぶりぶり大明神。
 この世界がオワコンだとユーザーに伝えるメッセンジャーにはピッタリだ」

70明神 ◆9EasXbvg42:2022/11/07(月) 08:19:28
考えてみりゃゲームの作中作のアンチって何だよ。意味不明な存在過ぎるだろ。
だけどそこに『史上最大のアンチ』とも言えるローウェルの意図があると考えりゃ筋は通る。

俺の配役は、さしずめ他のブレイブの足でも引っ張って旅を頓挫させるってところか。
ひひっ身に覚えあるわ。キングヒルのクーデターも、一歩踏み外してりゃパーティ崩壊だったもんな。

「一巡目で俺が何やってたのかは知らん。前世のことなんざ興味もない。
 重要なのは、俺達の中でおそらく一番ローウェルの影響を受けやすいのは俺だってことだ。
 好きだったはずのモノを手ずからぶっ壊そうとしちまうような、思考もよく似てるしな。
 最悪、対峙した瞬間支配されてジジイの手駒に成り下がる可能性だってある」

竿先から伝わる感触。糸を手繰り寄せれば小さな魚が掛かっていた。
タモで拾い上げて、海水を張った桶の中に入れる。

「ガザーヴァ、お前に頼む。この先首尾よくニヴルヘイムを攻略して、ジジイと会って。
 もしも俺がローウェルに洗脳されでもしたら、その時は――」

こんな時、迷わず俺を殺せって言えるなら、カッコいいんだけどな。

「……どんなに絶望的な状況でも、俺を信じてくれ。
 操られたならぶん殴ってでも連れ戻してくれ。
 お前が手を伸ばしてくれるなら、俺は必ずそれに答える」


【デート】

71embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:48:30
【ワンダリング・ハート(Ⅰ)】


『フラウさん……ウルトラレアの騎士竜ホワイトナイツナイト……だね。
 シャーロットの記録で知ったよ、今の姿は本当の姿じゃないって。
 うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも』

「出来る……のか?何の代償もなしに?なら――」

自分は強くならなくてはいけない――今よりも、ずっと。
地下墓所での勝利は、勝つべくして勝ったとはとても言えない。
もう一度やったら、結果は分からない――もっと出来る事があった筈だ。

この世界はゲームだ――ならば、物語が進むにつれて敵はもっと手強くなる。
マルグリットと次に戦って自分は勝てるのか/ロスタラガムにはどうだ/マリスエリスは。
ゴットリープも敵に回った/アラミガだって、その拝金主義は絶対的な『設定』だ――どう転ぶかは未知数だ。

仮にそれらをなんとか出来たとしても、今の自分はミハエル・シュバルツァーの足元にも及ばない。
強くならなくては/せめて、かつての自分に追いつかなくては――次の戦いには、決して勝てない。

『みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
 そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
 すぐに同じものを用意できるよ。
 でも――』

「でも……なんだよ。やっぱり何か問題があるのか?」

『エンバース。それに、みんな。
 こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
 でも――ゴメン。
 それは……やりたくない』

「……正気か?」

『できるけどやりたくない……理由は、あるんだよな?』

『さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
 やっぱりそれもやりたくない……かな。
 わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
 超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた』

――ああ、お前の言いたい事は分かるよ。与えられた手札で勝負する。それがゲームだ。
だけど……これはただのゲームじゃない。負ける事も降りる事も出来ないんだよ。
最小限のチップを支払って、もう一回手札を引くなんて事は出来ないんだ。

『わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
 それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
 チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
 それに――』

――今ある手札じゃ勝てないし、次のドローも出来ないんだ。
だったらもう、セカンドディールに頼るしかないじゃないか。

『自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
 なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
 公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――』

――言え。言うんだエンバース。俺の天性の才能をもってしても、流石にそろそろ限界だって。
今の俺じゃマルグリットにもロスタラガムにも――ミハエルにも勝てないって、そう言うんだ。

72embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:48:50
【ワンダリング・ハート(Ⅱ)】

『最っっっっっっ高に面白いって思わない?』

そしてエンバースは口を開いて――言葉を振り絞れない/声の出し方が思い出せない。
ゲーマーとしてのプライドか/或いは――目の前の少女の笑みを裏切りたくないのか。

宙ぶらりんの決意を吐き出せずにいるエンバース――その右足を、何かが叩いた。フラウの触腕だ。

「……フラウ?」

返事はない――代わりにもう一発、右足を叩かれた。

「……おい、フラウ?今、大事な話を――」

〈今ではありません。大事な話はこれからします。私が、あなたに〉

互いにひそひそ声/それでも伝わる煮え返るような怒気――何も言えない。

『――すげぇ面白そうじゃん。やってやろうぜ』

「え?あ……ああ、そうだな。俺もそう思うよ」

迸る青春の波動――もう今更、今のままじゃ無理だなんて言い出せる空気ではない。

『実際んトコ、感情論抜きにしても安易なチート合戦は避けるべきだと俺は思う。
 ローウェルを倒すことは世界を救う必要条件であって十分条件じゃない。
 『倒し方』……結果よりも過程が重要視される戦いだ』

「なら、トドメの一撃は明神さんとガザーヴァの役目だな。
 ムーンブルクを二人で手を重ねて構えて、なんかすごいビームを撃つんだ。
 スキル名は……【愛の一刺(アウトレイジ・ラブラブズッキュン・インヴェンダー)】とか?」

『ローウェルとの戦いを、単なる管理者権限のぶつかり合いに終わらせない。
 この上なくドラマチックな『バトル』を、俺たちがローウェルに提供するんだ。
 ……問答無用のデリートを防ぐファイル保護ぐらいは、シャーロットの力を借りたいけどな』

「実際、ローウェル側としてもそれが最適解になり得るんじゃないか。
 俺達の縛りプレイを信用してシャーロットによるハック対策を怠るよりも、
 侵食をぶつけ続けてシャーロットにまともな仕事をさせない方が合理的に思えるけど」

『ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
 ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから』

『おいおい他人事みてーなこと言うじゃんカケル君。
 ゲーマーじゃねえ奴の視点こそ必要なんだぜ。俺たちゃどうしても廃人目線で語っちまうからな』

「そうさ。次のアンケに書いてやれよ。侵食なんてやめて、もっと緩いイベント増やしてくれってさ。
 後は無料石をもっと配って、詫び石ももっと配って……後はえーと、無課金を差別するなとか……」

エンバースが戯言を切り上げる/フラウを見下ろす――屈んで、可能な限り目線を寄せる。

「……それで、大事な話って――」

不意に響く鈍い轟音=金属音――魔法機関車の客車の扉が大きく吹き飛ぶ。
エンバース/フラウ=瞬時に臨戦態勢。そうして車内から出てきたのは――

『……『覇道の』……グランダイト……!!』
『みのりさん!!』

『覇道の』グランダイト――そして、その腕に抱えられた/額から血を流し/目を閉じた五穀みのり。

73embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:50:16
【ワンダリング・ハート(Ⅲ)】

『陛下! みのりさんは……』
『……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ』

「命に別状はない。それは、お前の方もか?カッコつけて突っ立ってないで、さっさと治療を受けろ」

『『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
 お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?』

「やめろよ、エカテリーナ。まためそめそ泣き出したお前を励ますのは御免だぞ」

『久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を』
『ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
 その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト』

「グランダイト、とりあえずみのりさんをこっちに寄越せ。怪我人に怪我人を運ばせても危なっかしいだけだ」

『我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
 カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
 負傷者の手当てもあります』

かくして一行は大聖堂へ――怪我人に応急処置を施し/病床を割り当て/そのまま手近な一室へ。

『兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
 鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
 生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ』

グランダイトの報告――エンバースは何も言わない/小さく嘆息を零すだけ。
自分自身ですら驚くほど、エンバースは動揺していなかった。
何の意味もなく、数多の命が奪われたというのに。

どんな他人事の死も、等しく忌み嫌ってきた筈なのに。

何故、今なのか――とか。継承者とイブリースを自由に動かせるなら、
もっと問答無用で全てを終わらせるタイミングはあった筈なのに――だとか。
それに何より、この『展開』にはどこか既視感がある――バロールが魔王を務めた一巡目だ。

バロールが鬣の王を弑して魔王を標榜したイベントを、今度はローウェルがなぞっているのか。
タイムループを下敷きにしたストーリーラインが少し見えた気がする――正直俺好みだ、とか。

そんな事を考えられてしまう。

『そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
 それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……』

『『侵食』だ』

「……やられたな。世界を救う為に集った軍勢だ。ユニークNPCだって大勢いただろうに」

プレイヤーをゲームに繋ぎ止める楔を、またぞろ雑に使い捨てた訳だ――そう、ぼやこうとして、しかし思い留まる。
とても気分のいい言動ではないと思い直したからだ――だが、エンバースは己の思考の変調にまでは気づけなかった。

自分が、人命をゲームの盛衰を決める資源として見ている事に。
この世界がゲームであるという事実は、エンバースに極めて急速に馴染んでいた。
『現実』だった人生を既に失っている為だ――世界が/現実がゲームだろうと極論どちらでもいい。

かつてと今の自分を取り巻く全てがゲームであると認める事に、心理的抵抗が全く生じ得ないのだ。

74embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:50:34
【ワンダリング・ハート(Ⅳ)】

『では、『創世』の師兄はどうされたのです?』

『あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
 攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
 余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ』

「……バロールは、この世界の創造主の一人なんだ。何か勝算があっての事……の筈だ」

『ヘッ、まーいーさ。
 弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
 どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
 ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?』

「……おい」

『ガザーヴァ』

『『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
 膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
 消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ』

エンバースは何も言えない/ただ耳が痛かった。

『ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
 ……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる』

「……そもそも、俺達はまだイブリースと交渉するべきなのか?
 いや、するべきかと言えば、間違いなくするべきなんだけど」

闇色の眼光が、どんな些細な所作も見落とさないほど鋭くグランダイトを見遣る。

「それはもう、俺達だけで決めていい事の範疇を超えているように思える。
 少なくとも、グランダイト……お前には異を唱える権利がある筈だよな」

『キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
 ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う』

「……ま、別に今すぐ決めなきゃいけない事でもないか。よく考えておいてくれ」

イブリースを殺せば、最早ローウェルを倒した後でも戦争が終わるとは限らなくなる。
現状、イブリースはニヴルヘイム側で唯一、和解の可能性が見出だせる人物だ。
それが消えれば、戦争はただの互いのリソースの削り合いに成り果てる。

グランダイトはそのくらい、説明しなくても分かっているだろう。
だとしても、そういう理由があるからイブリースは絶対に生かしておこう。
などと提案する事は出来ない――そんな言葉でグランダイトの心を動かす事は出来ない。

世界の平和/皆殺しにされた軍勢/仲間割れになる可能性――それらを、グランダイト自身が天秤にかけるしかない。

『ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ』
『待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?』

「落ち着けよ」

『見捨てていく』
『てめえ――――』

「だから落ち着けって。実際、今からキングヒルに行ってどうするんだ」

75embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:52:55
【ワンダリング・ハート(Ⅴ)】

『みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
 必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
 だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
 それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?』

「キングヒルが侵食で消滅するなら、バロールにとっての最適解は敵を逃さず、自分は逃げる事だ。
 魔法列車が追えない程度には逃さず、十分に時間を稼いだらさっさと逃げる。
 その場に留まる理由はない……アイツなら十分やり遂げられる」

『クソっ、悪かったよ噛み付いて。バロールに関する見立てはお前が正しい。
 あいつもシャーロットと同じ管理者なら、最悪ログアウトしてキャラデータを守るくらいできるはずだ』

「……多分、それは出来たとしても本当に最後の手段だろうな。
 ログアウトした地点に侵食を置かれたら、その時点で詰みだ」

『ほほほ、御子の言う通りじゃ幻魔将軍。
 何せ『創世』の師兄はゴキブリよりしぶといからのう! きっと、しれっと妾たちの前に姿を現すことじゃろう!』

「……ま、とにかくこれで基本方針は決まりだな。とは言え、まず足並みを揃える必要がある」

『あと四日で軍備を整えることが出来ます。
 我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
 教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
 武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい』

「……なら、そうだな。後で贖罪庫の鍵を届けさせてくれ。それと用意出来るだけのルピもだ」

【贖罪庫=呪われた器物の中でも、特に回収までに一人以上の信徒を死なせている悪霊憑きの保管庫。
 オデットならば当然許すだろう――しかし、ただ浄化されて終わりではあまりにも死者の面目が立たない。
 そうした器物をいつか使い潰しの装備として扱う為の――信徒である前に人間である者達の、ささやかな復讐の寝所。

そこには当然呪われたままの、しかしそれ故に驚異的な力を秘めた武具が眠っている】

『よーっし、じゃあ四日後の朝にニヴルヘイムにカチコミな! それまでは自由時間ってコトで!
 いこーぜ明神、マゴット! まずは腹ごしらえだろ、腹ごしらえ!』

『……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
 各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
 何かあったら適宜報告って感じで――』

「それじゃ、俺達も一旦……って、フラウ?おい、どこに行くんだよ」

話に区切りが付いた途端、エンバースに先んじて部屋を出るフラウ。
そのまま聖堂の外へ――決してエンバースに追いつかれぬよう、少しずつ早足に。
早足が弾むような跳躍に変わる/更に加速する/市街の屋根を瞬く間に飛び渡る――追いつけない。

「お、おい!おいってば!マジでどこまで行くつもり――」

不意に、フラウが立ち止まる/市街地の端/屋根の上――エンバースに背中を向けたまま。

〈――昔の私が恋しいですか?〉

フラウが大破した魔法列車を見下ろしながら呟く/エンバースは己の言動が誤解を招いた事を察した。

「違う。アレは……言い方が悪かった。俺はただ、お前が元の姿に戻りたいんじゃないかって」

フラウの返答はない。

76embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:54:23
【ワンダリング・ハート(Ⅵ)】

「……お前を力不足だと思った事なんてない。あの時、前に進めなかったのは俺の方だ。
 だから……俺はあの時も、今だって、お前に悔しい思いをさせちゃいないかって……」

エンバースがフラウに歩み寄る=恐る恐るといった足取り――そして気づいた。

〈……ふ、ふふ〉

フラウが小刻みに震えて――笑っている事に。

「……おい、勘弁してくれよ」

〈言っておきますけど、最初はちゃんとカチンと来てましたからね。それに〉

「それに……なんだよ、まだ俺をからかい足りないのか?」

〈いいえ?ただ……私は今のこの体、そんなに嫌いじゃないですよ。だって――〉

フラウの触腕が細く伸びる/エンバースの右手を繭のように包む。

〈少なくとも……昔より遠くまで手が届きます。望めばあなたの鎧になる事も出来る。
 私はクールでイケてるかつての姿を失いましたが……それによって得たモノもある〉

純白の肉塊に埋もれた金眼がエンバースをまっすぐに見つめた。

〈それはあなたも同じですよ、ハイバラ〉

「……そりゃ、まあな。生きてた頃より力は強いし、体は軽いよ。けど、それだけじゃもう――」

〈いいえ。それだけじゃない。何もかもを失っても、あなたには遺された物がある。そうでしょう?〉

エンバースは暫し沈黙――視線が何度か宙を泳いで、再びフラウを見遣る。

「……それは、確かにそうだ」

懐を漁る/小さな革袋を取り出す――肌身離さず持ち歩いている、かつての仲間達の遺品を。

「――だが、今の俺に……アイツらの遺品に頼る資格があるのか?」

〈逆でしょう。その資格があるのは、あなただけだ〉

「……俺が、もうハイバラじゃなくて。ただの燃え残り……エンバースに過ぎなくてもか?」

〈そのわりには、私がハイバラと呼んでもそれを訂正しませんよね?〉

「それは……お前がそう呼んでくれるのを、あえて無碍にする理由もないだろ」

〈なら、彼らに対しても同じ事が言えるでしょう。彼らはきっと、今でもあなたをハイバラと呼びますよ〉

「だと、いいけど」

〈……なんにしたって、決めるのはあなたです。好きなだけ悩んで下さい。
 ですが――私が思うに、あなたはすぐにそんな事気にしなくなりますよ〉

「そっちも……そうだといいけど」

エンバース=皆の遺品を暫し見つめる/それから大聖堂を振り返り――自分のスマホに触れる。
ブレモンのアプリを/そのメッセージ機能を開く――宛先は、モンデンキント。
数秒の逡巡の後、指先をフリック/短いメッセージを入力――送信。

《明日の昼から予定を空けておいてくれ。行きたいところがある》

77embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:56:18
【デートイベント(Ⅰ)】


翌日、エンバースはモンデンキントの部屋を尋ねる/ドアを二度ノックする。

「おはよう。準備は出来てるか、モンデンキント――焦らなくてもいい。少し早く来すぎたかもしれない」

アンデッドには睡眠が不要――昨日の疲労がどれほど後を引くかも、予想する事が難しい。

「よし。それじゃ――ヒノデに行こう。エンデはどこだ?近くにいるんだよな?」

エンデの『門』はパーティ全員をキングヒルまで運べる。
であれば、より少人数をヒノデまで運ぶ事も出来て当然。

〈ヒノデ?何故また、そんな所まで……〉

「理由なら幾つかある。まず第一に……今の俺は正直言って力不足だ。
 ダインスレイヴとハンドスキルだけじゃ、この先の戦いは多分乗り切れない。
 デッキを組み直す必要がある……が、俺のカードファイルはほぼ全て焼失しちまってる」

〈カードが必要なら、パーティの皆さんに譲ってもらえばいいのでは?〉

「ガチャ産じゃないユニークアイテムの殆どは、トレード機能の対象外なんだよ。
 当面、俺が絶対に確保しておきたいカードもそうだ。それに――
 そういうのは、ちゃんと自力で入手しないとだろ?」

他にも、と続けるエンバース。

「チームアルフヘイム連合軍はどいつもこいつも自儘な連中ばっかりだ。
 自分の用事の傍ら、駄目元でクサナギに一報入れておこうなんて考えないだろう。
 エドキャッスルにまで登城するかはさておき……何かしら連絡を入れておいて損はないよな」

幸いな事に、ヒノデには古来より伝わる連絡手段『ヤブミ』文化が存在する。

「後はそうだな……この世界がゲームって事は、俺達の旅は今もユーザー達に見られているって事だよな?
 つまり――今日からの三日間は所謂、アプデ待ちの虚無期間ってヤツになる訳だ。そうだろ?
 このゲームの存続を目指すなら、こういう期間にちゃんとイベントを提供しないと」

ふと、エンバースの滔々とした語り口が途切れる。

「それと……これが一番大事な事なんだが」

数秒、奇妙な沈黙が続く。

「俺がお前とつるんで、どっか行きたいから……とか」

やや、ばつの悪そうな声色。

「ほら……こないだヒノデに行こうって話をした時は結局ポシャっちまっただろ?
 俺、あの時結構楽しみにしてたんだよ。だから今からでもどうかな……なんて」

宙に泳ぐ視線/所在なさげに鍔広帽をいじる右手――なゆたの返答待ち。

「――――そうか、良かった。断られたらヴィゾフニールを無断で拝借しなきゃならなかったからな。
 えっと……もしお前さえ良ければなんだが、ヒノデ以外にも一緒に来てくれないか?
 折角、三日も時間があるんだ。もっと色んなところに行ける筈だ。だろ?」

ややエンバースらしからぬ、楽しげな声音。

78embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:57:55
【デートイベント(Ⅱ)】

「……っと、悪い。今のはちょっと逸りすぎたな。とりあえず……行こうぜ、モンデンキント」

そう言うと、エンバースはなゆたに手を差し伸べる。

「さあ、『門』を開けエンデ。まずは首都ヤマトだ……どうした、なんだか嫌そうな顔だな。
 心配するな。MPポーションの貯蔵は十分だし、それにこれはお前にとっても悪くない話だ。
 なにせ――ヒノデの飯は美味いぞ、多分。テンプラとかオダンゴとか……興味あるだろ?」

かくして、エンバースの短い一日が始まった。



「――さてと、まずはゴフク屋だ。折角ヒノデに来たんだ……じゃなくて。
 ニヴルヘイムの軍勢はフィジカルモンスターか、筋肉バカのどちらかだ。
 つまり……今よりもっと、物理耐性に長けた防具を用意しとかないとな」

エンバースの主張=傾向と対策が半分/装いを和装に切り替える為の完璧な口実が半分。

「見ろよ、モンデンキント。カッコいいだろ」

得意げな声――幅広の深編み笠/黒地の当世具足/夜明け色の陣羽織を纏い、両腕を広げるエンバース。
アダマンアミガサ/ホマレレスアーマー/人生如夢の陣羽織――どれも高難度サブクエストの報酬装備。

「思った通りだ。スマホの中身は全部燃えちまったが、
 クエストをクリアしてレシピを解禁したってフラグ自体は残ってる。
 これなら『マスターアサシンの法衣』や『海賊王シリーズ』……それなりの装備を確保出来る」

エンバースはそのまま、なゆたに歩み寄る――右手を少女の頬へ。

「……お前は、俺から見れば正直、何を着たって似合っているようにしか見えないんだが――」

それから店内の姿見へ目配せ――鏡の中の少女は、見覚えのない装飾品に気づくだろう。

「けど……シャーロットの力を解放した時の、あの銀髪。あれには、こういう色が似合うんじゃないか」

瑠璃の髪挿し――触れた事など悟らせない、ハンドスキルの盛大な無駄遣い。

「……お前がちょくちょく、俺をリボンで飾りたがる理由がよく分かったよ。
 それで……この後はなんて言うんだっけ。ええと、確か、ああそうだ――」

悪戯っぽく笑うエンバース。

「――かわいい、だったな」

いつもの意趣返しだと言いたげな語り口――諧謔の中に本心を隠す、いつものやり方。

「……それじゃ、次に行こうぜ。俺達は遊びに来たんじゃない。
 来たる決戦に備えて、装備とカードを揃えにきたんだからな」

とは言え、一連の言動/振る舞いは素面ではやはり耐え切れない――エンバースは誤魔化すように背を向けた。

さておき――遊びに来たんじゃないとは言ったものの。
エンドユーザーにとってブレモンの世界は、どこも等しく庭も同然。
最終決戦にて実用に足る装備/カードはアルフヘイム各地に点在しているが――

「だから――遊んで回るのは、使えそうな装備とカードを揃えてからだ。一時間もあれば終わるだろ」

それらの蒐集は所詮、タイムアタックの対象に過ぎない。



「……いや、その前にチャヤに寄った方がいいか?昼飯はもう食ったか?
 悪いな。アンデッドの体だと、どうにもそういった事に気が回らない。
 どこか行ってみたい場所は?俺の予定は別に夜に回しても問題ないぜ」

とは言え――エンバースは明らかに、いつになく浮かれていた。

79embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 22:59:38
【デートイベント(Ⅲ)】


「さて――まずは『ムラサマ・レイルブレードの設計図』だ」


【ムラサマ・レイルブレードの設計図=長編サブクエスト『皆皆伝』のクリア報酬。
 設計図とはあるが、技術的問題によってこれを形にする事は霊銀結社にも出来ないだろう。
 例えば『どんな魔法でも無条件に実現可能な』道具を持つ者でもなければ、この設計図は無用の長物だ】

【皆皆伝=国内ばかりに心を砕くクサナギに翻意を抱くダイミョー・コバヤカワに関するサブクエスト。
 クエスト内容はコバヤカワが自領の魔法総合研究機関キンカク・ゴジューノビルディングにて、
『クサナギを過去にする刀』を開発している――という噂の真偽を確かめるというもの】


「本来は潜入捜査に証拠集め、強行偵察と長いステップを踏む必要があるけど――
 俺達には、そんな事をする必要はないからな。エンデ、『門』を開け。ここだ」

マップを展開/『門』が開く/通過する――コバヤカワが配置されたゴジューノビルディング、CEOゴデンに侵入。

『――侵入者か。ふん、大方クサナギの命を受けて我がプロジェクトを……』

「悪い、今急いでるんだ。また後で聞かせてくれ」

魔剣を一閃――抜刀前の刀ごとコバヤカワの左前腕を斬り裂いた。
フロア中に響く悲鳴――構わずデスクから設計図=カードを回収。

「よし。帰ろうか。次はマラソン・ニンジャのスペルショップだ。エンデ、頼んだ」



【マラソン・ニンジャ=ミカワ・タウンの路地裏や屋根の上を超高速で巡回するユニークモブ。
 追いついて話しかけると、身のこなしに感服してマキモノ=スペルカードを販売してくれる】


「折角ミカワに来たんだ。明神さんへの土産に本場のミソでも買っていこうぜ。
 マラソン・ニンジャは……フラウなら追いつくのは容易い事だよな。
 けど、ここまで追い立てるのはどうだ?流石に難しいか?」

〈え?なに?ゆっくり買い物したいから私一人で街を駆けずり回っていろ――ですって?
 私は別に、あなたがショッピングを楽しむ間もなく事を終わらせたっていいんですよ〉

「よせよ、マラソン・ニンジャが気の毒だ。それに、この後は神社に行くんだ。
 あんまり俺達のカルマが下がるような事はしないでくれ。
 最終決戦を前にテンバツアクシデントは御免だ」

〈神社?大丈夫ですか?鳥居を潜った途端、体が爆散して成仏したりしませんか?〉

「馬鹿言え、するかよ……しないよな?」

80embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 23:01:17
【デートイベント(Ⅳ)】


「……ところで、モンデンキント」


【ジングー・シュライン=モンゼン・タウンにある由緒正しきジンジャ。
 境内の賽銭箱に一定額のルピを供えると、ゴフ=スペルショップが解禁される。
 ……のだが、その後もガチャ運上昇の為と賽銭に巨額のルピを放り込む者が後を絶たない。

 言うまでもなく賽銭にそんな効果はない……多分、恐らく】


「お前の、シャーロットの力を解放するアレさ、スキル名を決めたりはしないのか?」

〈幼稚ですね〉

「シンプルな暴言をやめろ。そうじゃなくて、その方が咄嗟のコミュニケーションがしやすいだろ?」

〈ふん、またそれらしい建前を立てて……あなたはいつもそうですね〉

「はは、聞こえないな……それと、もう一つ。アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
 という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
 シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう」

〈神を祀る類の……?例えば、どんな?〉

「そうだな、例えば……これは本当に、ものの例えに過ぎないんだが――巫女服とかかな」

〈……本当に、あなたはいつもそうですね〉



【マウントフジ=首都ヤマトの中央にそびえる霊峰――何を考えてそんな所に首都を置いたんだとか言わない。
 魔物は出ないが、ヨウカイ達が「見慣れない客人への些細な悪戯」という体で普通に襲ってくる。
 徒歩で登頂を目指すと軽く半日はかかるが、山頂からの朝日/夕暮れは一見の価値あり】


「……もう、日没か。早いもんだな」

山頂――エンバースはなゆたの横顔を一目見て、すぐに夕日へ視線を戻す。

「今日は……楽しかったよ。こんなに楽しかったのは……本当に久しぶりだった。
 けど……しまったな。本当はもう一つ、行っておきたい場所があったんだけど」

ぼやき――それから、僅かな逡巡。

「なあ。もし、お前さえ良ければさ……明日もこうして、どこかに出かけないか?
 お前の都合が合えばでいい。もし無理なら……明後日の夜だけでも頼む。
 どうしても行きたい場所がある。そこで……大事な話があるんだ」

そう言ってから暫し間を置いて、エンバースは背後を――その先にそびえるエドキャッスルを振り返る。

「さて……そろそろヒノデでの最後の用事を済ませるとしようか。
 エンデ、先にエーデルグーテまでの『門』を開いておけ。
 モンデンキント、先に門を超えておいてもいいぞ」

スマホをタップ/インベントリを展開――『ヨイチズ・ボウ』と矢を装備。
矢柄の部分に、事前に用意しておいた手紙を結びつけて――弓に番える。

「なにせ……この距離でも、無事に逃げ切れるのか確信が持てない」

そしてエドキャッスルのテンシュタワーへと矢を射かけた。

「――さあ逃げろ、もたつくと首が飛ぶぞ。殿を務める俺の首がな」

81embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 23:03:16
【デートイベント・エクストラ(Ⅰ)】


「おはよう、モンデンキント。今日は……ヒートスウィーク砂漠に行こう。
 スカラベニアのアサシン教団員から『マスターアサシンの法衣』を回収したい。
 バルクマタル王墓から『雨乞いコーリングウォー』も回収したい……が、その前に――」


【ヒートスウィーク・スライム牧場=アルフヘイムの砂漠地帯にある巨大なスライム牧場。
 アルフヘイムの砂漠にはラクダが少ない。ラクダのコブより大きなスライムならば
 ラクダよりも長く砂漠で活動出来るし、水の気配を探らせる事も出来るからだ。
 
 スライム専用装備/アイテムを購入可能なせいでモンデンキッズがたむろしがち】


「――スライム・ラン。その名の通り、スライム達が障害物を設置されたコースを走破する競技だ。
 ここで大事なのはだな、フラウ。スライム達が……って部分なんだよ。
 お前の種族はなんだ?ほら、俺の目を見て言ってみろ」

〈ぽよよっ?〉

「おい!お前……っ!ドラゴンとしてのプライドはないのかよ!穢れ纏いになんか偉そうに言ってただろ!?」

〈まあまあ、一匹くらい手強いライバルがいないとポヨリンさんも張り合いがないでしょう?〉

「それは……まあ、そうかもしれないけど」




【墳墓都市スカラベニア=かつて狂王が己の寿命を悟った時、国の全てをもって己が墓を建てろと王命を発した。
 暴君に長年取り入りつつ、密かに手綱を握り続けた宰相はこれを好機と見た。大規模な工事を名目に、
 墳墓周辺に村を作り、都市へと育て――また墳墓を秘密裏に、大規模な魔道炉に仕立て上げた。

 今、かつての暴君の魂は、己を狂王たらしめた魔力を民の為に使っている――恐らく、この先もずっと】


「さて、折角スカラベニアに来たんだ――ご当地っぽい服装を楽しもうぜ」

〈とうとう建前を立てる事すら放棄しましたね?〉

「装備を確保する重要性は、わざわざ毎回説くまでもないだろ?それよりどうだ、似合うか?」

【マスターアサシンの法衣=白を基調に、赤と金の糸で縁取りされたローブ。
 高位のアサシンは、単なる戦闘員ではない――彼らはそこにいないまま恐怖を齎し、
 そこにいながら姿を見せず、誰にも悟られぬまま命を奪う。その所業は――人よりも、神に近しい】

〈……ロスタラガムやイブリースを相手に、恐らく生半可な防御力は意味を成しません。
 そういう意味では、その装備を選んだのは間違いなく正解と言えるでしょう。
 適度にだぶついたローブのシルエットは、動作の起こりを――〉

「つまり……似合ってないのか」

〈あのですね、今はそういう話は――〉

「……似合ってないのか」

〈ああ!もう!クソウザいですからね、その絡み方!〉

82embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 23:03:40
【デートイベント・エクストラ(Ⅱ)】


「……モンデンキント、寒くないか?折角フロウジェンに来たから……って訳じゃないが、
 まずはここに相応しい服装をしないとな。それにポヨリンさんも……そのままで大丈夫か?
 そのお腹……?が雪原にぴったり張り付いてるのを見ると、俺までこう……体が震えてくるよ」


【永久凍土フロウジェン=魔剣ロンダルキアによって凍土と化したアルフヘイム南部の土地。
 降って湧いた凍土に負けず、逃げず――あまつさえ観光資源へと蹴落とした者達の土地。
 つまり彼らの文化は漠然と積み上げられたものではなく――狙い澄ました研鑽の成果】


「見ろよ、モンデンキント――これ、超カッコよくないか?」

やけにくぐもったエンバースの声=背部に炎を噴き出すパイプの生えた、巨大な全身鎧姿。

【コタツアーマー=どんなに防寒具を重ね着しても寒いもんは寒いんだよ!というあなたに朗報!
 この度プロミネ工房は防寒具を超えた『着る暖房器具』コタツアーマーを開発致しました!
 燃料は着用者の魔力の他、フロウジェン・ロック瓶一本で24時間の稼動が可能です!
 
 ※注意:雪山での活動時、燃料用のフロウジェン・ロックを飲用する事は推奨していません】

〈……で、それを着て町中を歩くつもりですか?〉

「なんだよ、カッコいいだろ!それに、アンデッドと強固なガワの相性は抜群だ。
 明神さんのリビングレザー・ヘビーアーマーだってそうだったろ?
 あのコンボは小回りが利かないから出番は少ないけど……」

〈まあ……炎を動力に変えられるなら、あなたとの相性は良さそうですが〉

「だろ?強いて言うなら、俺のカッコいい顔がバケツみたいな頭で隠れちまうのが難点だが――」

〈いいですね、その鎧。あなたにすごく似合ってます。ずっとそれ着てましょう〉

「おい。そんな事言ってると、ホントに最終決戦までずっとこれ着ていくからな」

83embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 23:06:49
【デートイベント・エクストラ(Ⅲ)】


「あー、悪い。ここは正直……お前にとっては退屈な場所だよな。うるさいし……暑いだろ」


【タウゼンプレタ魔装工廠=フェルゼン公国の心臓と名高い大規模工場。
 過去に十一度の増築を経ており、一部の区画はダンジョンのようになっている。
 関連クエストを進めると一部のNPCが一点物の『鋼装』を受注生産してくれるようになる】

「バイスバイトに『グレイテストメイス』を発注して、さっさと次へ行こう」

【グレイテストメイス=これは最早グレードメイスを超えた!これからはグレイテストメイスと呼ぼう!
 ロスタラガムでもギリギリ辿り着けそうなくらい頭の悪いネーミングセンスだが、性能は本物。
 つまりデカくて、重くて、頑丈で、デカくて、マジで馬鹿みたいに重い……だから強い】

〈それだけでいいんですか?ここにはもっと沢山、あなた好みの武器があったような〉

「シャードロック式滑空砲とかか?確かに好みっちゃ好みだけど……使い所が難しいんだよな。
 魔力を充填して大火力を叩き出すなら、別にダインスレイヴで事足りてるし――
 ――待て。今運ばれていったの、カノンランス試作十四式じゃないか?」

〈ハイバラ?〉

「あ……ああ、悪い。ちょっとよそ見してた。えっと……バイスバイトの工房は――
 ――お、おい!今の見たか?スティルバイトだ!パズルアームズの製作者だぞ!」

〈ハイバラ?もしもし?〉

「なんだよ、もう!見失っちゃうだろ……じゃ、なかったな。行こう、さっさと用事を――」

〈ハーイーバーラー?今度は何を見つけたんです?〉

「ブロウナー……フォームドクリスタル・ハンドカノンの設計者だ……。
 えっと……やっぱりここ、もう少しじっくり見ていっちゃ駄目かな?」

84embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 23:07:17
【ワンダリング・ハート(Ⅶ)】


気が付けば、空は黄昏色に染まっていた。

「……この三日間は、あっという間に過ぎちまったな」

時間を忘れる――そんな感覚は久しぶりだった。

「エンデ、これが最後だ。ここまで運んでくれ」

マップ上で指定された座標は――海の底。

「海中箱庭ワタツミ保護区……ここにリューグークランの本拠地があったんだ」

ゲーム内の箱庭や設備は、プレイヤーよりも先に存在していた。
ならば――そこには今でも、リューグークランの箱庭がある筈。

「別に、何か回収したいものがある訳じゃないけど……でも、この目で見てみたいんだ」

『門』が開く/視界が亜空に染まる――再び視界が開けると、見覚えのない/だが懐かしい光景があった。
基調は白い石材/朱塗りの柱/ポーカーテーブル/DPSチェック用のゴーレム――エトセトラ。
各々が己の趣味を持ち寄り、我先にと並べたような――整合性の欠片もない内装。

エンバースの身に宿る闇色の炎が、それらを照らし出す。

「まだ俺達がただのチームだった頃に……皆でルピを出し合ってここを買ったんだ。
 でも、そのせいでエントランスをどんなインテリアにするのか、すごく揉めてさ」

エンバースがポーカーテーブルを撫でる。

「流川はやなヤツみーんな誘い込んで丸裸にしようってカジノを作りたがるし。
 黒刃は内装とかいいから、とにかく入ってすぐにカカシ置けってうるさいし。
 あいうえ夫は、お前らセンスないし俺一人に全部やらせろなんて言い出して」

足音が空虚に響く――項垂れたゴーレムを軽く小突く/頭上に1と数字が浮かぶ。

「結局、デュエルで勝ったヤツが全部決めようって話になって……まあ、俺が全員ボコったんだけど」

エンバースの視線が、何かを探すように床を這う。

「……あいうえ夫が、ここに楊琴狸を放し飼いしてたんだけどな。逃げちまったのかな。その方がいいけど」

深い溜息/天井を見上げる。

「この箱庭も、本当は俺達より先に存在していて……俺達はここを作り上げてなんかない。
 だとしても、あの時間は本物だった。楽しかった……けど、俺はもうハイバラじゃない」

右手を掲げる/フィンガースナップ――指先に炎が灯る。

「デュエルの中なら、俺はどんな状況だって正解を見つけられた。
 でも今は……分からないんだ。皆と今日まで旅をしてきて――楽しかった。
 お前とこの三日間一緒にいて、マジで楽しかったよ。でも……つい、考えちまうんだ」

エンバースは手中の炎を見つめている――その行く先をどうするべきか、探るように。

「俺は……アイツらの事を蔑ろにしてるんじゃないか。
 俺の中の、アイツらがいた場所を……塗り潰してるんじゃないか。
 けど……仕方ないだろ?もう、皆いないんだ。ずっと喪に服してる訳にもいかない」

そして――その炎を、ゆっくりと握り潰した。

85embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 23:08:21
【ワンダリング・ハート(Ⅷ)】

「だからいっそ、ここを燃やしちまえば……踏ん切りもつくかなと思ったんだけど。
 でも、やっぱりやめとこうかな。この世界には、俺じゃない俺と、皆がいるんだよな?
 世界を救ったなら……ソイツらもやっぱりチームを組んで、いつかここに集まるんだよな?」

この二巡目の世界は、本来のブレモンよりも過去にある。
かつて立てられたこの仮説は――実際のところ、最早真実とは限らない。
この世界はゲームだ――だから全てのエリア/イベントで時間的な整合性が取れている必要はない。

最終決戦直前の時間と、世界が滅ぶ寸前の時間が、一つのサーバーに同居していない根拠はない。

「……なら、ここを燃やしちまうのは皆に悪いもんな」

だが――エンバースはその可能性に気づいていない/その可能性を疑うという発想自体がない。
もう死んでしまった彼らとは違う存在だとしても、仲間達がこの世界で生きている。
エンバースにならなかった自分が/最愛だった彼女が、この世界で生きている。

その可能性を疑う事など出来る筈がなかった。

「悪いな、湿っぽい話をしちまって。本当はもっと……違う話をしたかったんだけど」

エンバースが振り返る/誤魔化すような笑い。

「帰ろうぜ……俺は明日に備えて、デッキを再編しないと。エンデ、頼む」

『門』が開く――そして、なゆたとエンデがそれを潜る直前/或いは潜った直後。

「――誰かいる」

はたと、エンバースがダインスレイヴを抜いた/真に迫る声色。だが――

〈……私には、何も感じられませんが〉

フラウは何の気配も感じ取れないまま――困惑している。

〈ここの空気に当てられただけ……という可能性は?〉

「違う、勘違いじゃない。確かに、誰かが――」

『――アンタにはガッカリですよ、ハイバラさん。昔のアンタは、そんなヌルい事言わなかった』

不意に、どこからともなく響く声/エンバースが振り返る。

『いや待て、今のコイツをハイバラって呼べんのか?こんなヘタレのハンパヤローを』

『ああ、今の君からは……かつてのこだわりが燃え落ちてしまったようだ。正直、見るに堪えないよ』

ダインスレイヴの剣先ごと右へ/左へ振り向く――そこにはかつての仲間達がいた。
流川たな=口から大量の血/黒刃=全身刺傷だらけ/あいうえ夫=首に横一文字の傷。

86embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 23:10:55
【ワンダリング・ハート(Ⅸ)】

「は……はは……なんだ、そりゃ。俺が素っ裸になって、ここをメチャクチャにすれば満足か?」

『おっ、今のは少しそれっぽかった!その調子ですよ、そっくりさん!』

〈ハイバラ……?そこに誰か……いえ、誰がいるか……見えているんですか?〉

彼らは幻覚ではなく、確かにそこに存在している――だが、朧気だ。
恐らくは――ゴースト属の中でも最下級の、『残留思念(エコー)』。

「……リューグーだ。リューグーの、皆が見える。皆……ずっとここにいたのか?」

『え?あれ?今なんか言いました?……はい、リテイクです。もう一度どうぞー』

「……なら、俺か遺品のスマホにこびり付いてたんだな。残留思念が。
 そして――ずっと分配され続けてきた。俺が戦って、発生する経験値を。
 こないだのオデットの分で、こうして粋がれるくらいにレベルアップした訳だ」

『わお、一発クリア!さっすがぁ!大体そんな感じです!』

「それで久々の再会で出てきた言葉が、さっきのアレか?感動的だな」

『仕方ないでしょー、そっくりさん。全部本当の事なんですから。
 正直、今のアンタが……あの金獅子に勝てるとは思えないです』

『オメーをハイバラと認めちまえば、俺達はハイバラが無様に負ける様を見なきゃいけねー訳だ』

『そうなるくらいなら……君にはただの、かつてハイバラだっただけのアンデッドとして終わって欲しい』

『すみませんねー。でも、私らはただの残留思念。一度死んで、目覚めて、また失望する事に耐えられるような意志は残ってないんです』

「マジで言いたい放題だな……俺がミハエルに勝てないとしたら、どうするって言うんだ。
 俺が堕天使にボコられて成仏する時、お手々を繋いであの世まで案内してくれるのか?」

『……ハイバラじゃないオメーに、俺達のカードを貸してやる義理はない。って言ったら?』

瞬間、エンバースが弾かれたように、当世具足の左胴に括り付けたポーチを探る。
遺品のスマホを取り出す/画面を荒い手つきで叩く――ロック画面が表示される。
元々は、ロックなどかかっていなかった――外しておこうと皆で決めたのだ。

もし誰かが死んだら、残された仲間の為に使えるように――その筈だったのに。

87embers ◆5WH73DXszU:2022/11/15(火) 23:12:00
【ワンダリング・ハート(Ⅹ)】

「お前ら……分かってるのか!?この世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なんだぞ!こんな事してる場合じゃ――」

『あーあー、今のはマイナス1ハイバラポイントです。ハイバラさんはそんな事も言わない』

「なんなんだよ、クソ……いや、待て。マリは……どこだ。いないのか?アイツなら――」

『はあ、気づくのが遅いっすよ……ほら、そこです』

流川たなの残留思念、その指先がエンバースの背後を示す――振り返る。
かつての最愛は確かにそこにいた――頭から血塗れの姿で/エンバースの真後ろに。
エンバースが思わず後ずさる/次の瞬間には、マリの姿は消えていた――流川へと向き直る。

だが、流川たなの姿ももう、そこにはなかった――黒刃も、あいうえ夫も、見えなくなっていた。

『そんな訳で――私らの力を借りたいんだったら、もうちょいカッコいいとこ見せて下さいよ。
 ま……そう心配せずとも大丈夫っすよ。だってこの世界、ゲームなんでしょ?
 なら、いきなり金獅子との最終決戦にはならないでしょ……多分』

エンバースは暫く動けなかった――だが、やがて魔剣を懐に収めて、右手で頭を抱えた。

〈ハイバラ……彼らは〉

「悪い。今は……少し、混乱してる。とにかく、帰ろう……明日に備えないと」

エンバースの姿が『門』に消える/残された竜宮が、再び闇に沈んだ。

88ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:23:22
覚悟を決めてドアを開け!叫んだその時。

ガァンッ!!

大きな音がなる。僕の後ろ側、つまり外側からだ。
オデットの兵隊がいる今この場に敵襲…?ありえなくないが効率が…いやそれよりも…

「おい!大丈夫か!」

急いで飛び出したその場には

>「……『覇道の』……グランダイト……!!」

ボロボロになったグランダイト…そしてその腕に包まれていたのは

>「みのりさん!!」

頭から血を流しているのを見てゾッとしたが…大事には至っていないようだ。
出血よりも衰弱のほうがひどかった。ぐったりとうなだれ…意識を失っている。

どんな目にあったのか……今からいこうとしていた場所がどうなったのか…いちいち聞くまでもなかった。

>「『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
 お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?」

>「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
 まだ……我々が、負けたわけ……では―――」

「おいあんたも随分ふらふらじゃ…」

衰弱しているのはグランダイトも一緒だった。
気合でなんとか気をやらずに済んでいるが…それでも今にもその最後の気合そうなほど衰弱している…。

>「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
 それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」

>「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
 まだ……我々が、負けたわけ……では―――」

>「久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を」

>「ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
 その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト」

オデットとその部下達以外は静まり返っていた――

僕達はまだキングヒルが生きている――つまりまだ劣勢ではあるが耐えているものと考えていたが…
グランダイトが列車から現れた事によって…決定的になってしまった…

キングヒルに生存者がいないという事――死の街になったという事を…説明なんかされなくたって認めなければいけないという事を。

あのバロールでさえ逃がせたのたったこれだけである。
きっとどんな手を使われてもあの男なら準備周到だったはずだ…お茶らけていても実力だけは一級品だ…世界に疎い僕でさえしっているただ一つの真実。

つまり・・・この魔法機関車に乗った人以外は…

>「みんな、行こう!」

「あ…あぁ……!」

なゆの一声で我に返る。

さっき人に落ち着けと言っといてなんたるざまか…でもそれだけ…この事実は…僕には大きかった。

89ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:23:49
>「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
 鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
 生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」

>「イブ……リー……ス……!!」
>「……やられたな。世界を救う為に集った軍勢だ。ユニークNPCだって大勢いただろうに」

イブリース…まだ僕達と対峙した時には理性が…本能残っていたが…分かれる直前の最後のほうはイブリースの精神状態ははっきりいってまともではなかった…

第三者が絡んでるのは間違いない…今回のオデットのようにイブリースに細工している者が確実にいる…が

「あまりにも人が死にすぎている…」

操られていようがいまいが…重要なのは実際に殺した人数だ。
殺された家族にこの人は操られていました。はい分かりましたはありえない…

どんな状況であろうと人殺しは人殺しでしかないのだ。

>「では、『創世』の師兄はどうされたのです?」
>「あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
 攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
 余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ」

いくらバロールでも浸食…引いてはネームドの大軍勢には成すすべもなかったのか…
いやそれでもみのりとグランダイトと脱出させたのは流石としかいいようがない。

>「……バロールは、この世界の創造主の一人なんだ。何か勝算があっての事……の筈だ」

「…逆にあのバロールでさえ博打のような脱走劇をやらざるを得ない程の相手って事でもあるけど…」

策を巡らせていたはずだ…準備だって怠らなかったはずだ…それでも…結果はグランダイトとみのり…
そして恐らく生きてるだろうが僕達が動きださねばあちらからアクションは起こせないであろうほど切羽詰まっているバロール…

バロールが言うならまだ逆転はあるのだろう…それがどれだけの確立なのかは…聞きたくないが…

>「ヘッ、まーいーさ。
 弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
 どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
 ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」

>「ガザーヴァ」

怒っている…悲しんでいる…明神は…冷静に…落ち着いて…感情を剥き出しにしている。

>「『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
 膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
 消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ」

例えこの世界がゲームであろうと…寿命以外で死んでいいはずがない…
本当にゲームの世界の住人であろうと…その終わりが世界の破滅や…ましてや怪物の中で悲鳴を上げながら息絶える事なんてあってはならない。

なぜだ…お前は僕達と対峙した時…恨みに身を任せても…その先は無限の地獄に繋がっていると…感じてくれたはずだったのに…

第三者を願っていた…誰かにやらされたと思いたかった…でももし…もし自分の意志で実行していたとしたら…

>「ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
 ……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる」

どうして…こうなってしまったのか。

>「……そもそも、俺達はまだイブリースと交渉するべきなのか?
 いや、するべきかと言えば、間違いなくするべきなんだけど」
>「それはもう、俺達だけで決めていい事の範疇を超えているように思える。
 少なくとも、グランダイト……お前には異を唱える権利がある筈だよな」

「僕は…イブリースは悪くないって思いたい…誰かに操られているって…でも…そうだとしても…殺してあげるのが…本人の為に…」

イブリースは誇りを重んずるタイプだ…僕の目が曇ってるだけかもしれないけど…少なくとも無抵抗の人物を無差別に殺して喜ぶの人間じゃないはずだ
イブリースは決して僕のようなバトルジャンキーじゃない…それほど終わっている人物なら会話できたり…ましてや僕達の言葉で動揺するなんてありえない…。

もし本当に洗脳やそれに近い状態だったとして…正気に戻せたとして?無差別な殺人を告げて…イブリースにどうしろというのか…

今まで生き地獄を味わっていた僕からしてみれば…殺してもらったほうがマシという物に…感じてしまう。
それほどまでに生きるという事は辛いのだ…罪を犯した人間は…特に。

「手を尽しても…『その時』がきたら…トドメは僕が…やる」

90ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:24:00
>「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
 ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」

「…まあ…そうなるだろうね…」

>「ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ」

「明神…落ち着けよ」

普段捻くれていて…それでいてもなんだかんだ熱血漢な明神の事だ。内心煮えくり返っているのだろう。
僕達が…イブリースと対峙したあの時に…説得できていれば回避できたかもしれない悲劇を前に…冷静になれる人間もそういないだろうが…

>「待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?」
>「見捨てていく」
>「てめえ――――」

「あのバロールが…後手に回ったのは事実だが…それでも最悪は必ず回避する男だ…態度は気に入らないけどね?…でも彼は間違いなく有能だ、それはみんな分かってる事だろう」

>「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
 必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
 だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
 それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」

僕達が動けば抜け目なくバロールは動き出す…それは相手も読んでいるはずだが…恐らく相手に警戒されても相手にダメージ、もしくは動揺を与えられるカードを間違いなくバロールは隠し持っている。
笑顔でヘラヘラ取り繕った…誰にも奥底だけは覗かせないような…あのバロールがただ一方的にやられるはずがない。

>「ローウェルとバロールの力が拮抗してるならなおさら、ジジイの意識をキングヒルから剥がす必要がある。
 俺達がニヴルヘイムに攻め込めば、ローウェルは必ず俺達を潰しにかかる。バロールが動ける隙もできるはずだ」

僕達にできる事を最大限するしかない…バロールが信じてくれたのに…僕達が自分を信じなければ。

>「あと四日で軍備を整えることが出来ます。
 我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
 教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
 武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい」

「四日…四日か…」

本当にそれだけ待ってもいいのか?今すぐ…1日のほうがいいのではないか…そんな事が頭を過る。

>「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
 各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
 何かあったら適宜報告って感じで――」

「あ…うんそうだね…」

なゆの一言で我に返る。落ち着いてないのは明神でもカザーヴァでもなく自分だと思い知らされた。
焦ってはいけない…一つのミスが世界の終わりなのだから…

91ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:24:14
「…で…やる事がこんな事とは…自分の事ながら…」

今僕は…部屋でちくちくと…裁縫していた。

僕の愛用のパーカーは度重なる戦闘でボロッボロだった。
旅先で似たような色の糸を買ってはその都度補強していたが…もはや負傷が激しすぎて元の色は殆どなくなってしまった。

そもそもあんまり裁縫得意じゃないのにやってるから見た目もちょっとカッコ悪い…でも

「元の世界から着ていて愛着のある服だからなぁ…」

でも何かに集中できるのはいい…余計な力みを生まずに済む。
シェリーによく言われたもんだ…気持ちが下向きになった時はなにかに集中しろって…

僕はちゃんとできているだろうか?前向きに生きると言葉だけになっていないだろうか?
なゆ達とちゃんと向き合えているだろうか…

もうこの世にいないシェリーとロイは今の僕を見てどう思うのだろうか…

「ニャー!」

「あ…」

ダメだ部屋の中にいるといくら集中しても限界がある…それほど今の僕は不安に押し潰されそうだった…。
考えるべき事は考えるべきだが…今は少しでも落ち着きたい…。

焦ってなにか考えれば考える程相手側の策略にハマっていく気がする。

「…散歩でもいくか」
「ニャー!」

喜び飛び跳ねる部長にリードをつけ…いや部長はかしこいからいらないんだがつけないと周りの目とか痛いしね…
みんなはルールを守ってちゃんとペットのお世話をしようね

「って…誰にいってんだ僕…」

部屋を出てほどなくして部長と楽しく散歩していると

>「なんですって―――――!?」

どこからともなく叫び声が聞こえた…

…?オデットがいるからここに敵はこないはずだが…しかし一度聞いたからには確認せねばならないだろう…

そう思った瞬間

>「大変だ……! カザハが騒音テロを敢行しようとしている……!
すみませんジョン君、一緒に来て取り押さえるのを手伝ってくれませんか!?」

曲がり角でパンは咥えていないがカケルとごっつんこ。
なにやらやばい程焦っているように見える。

「ええっと…大丈夫かい?…ってなんだって…?騒音テロ?」

物騒なのか物騒じゃないのかどっちかにしてほしい。てゆーかこんな忙しい時になにしてんだ…?
いや僕もあんまり人の事はいえんけども…

カケルに手を引かれ僕は広場に向かった。

92ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:24:28
カザハが音痴で…?それを大音量で…街中で流そうとしている?え…なにしてんの?
つい口からそう零れそうになるのを我慢

「いやなにしてんの」

できなかった。

どういう流れになったらそうなるんだ?そうはならんやろ
いかん明神の口癖っぽいのが飛び出した。

中央広場に近寄るにつれ音が…声が多きく…より鮮明に聞こえてくる。
たしかに大音量だ…だけど…聞いていたよりも…いや…全然…

>「はじまりのとき 分かたれた 歴史が 今再び 交差する
虐げられた 無辜の民 守り抜くために
正義なる この大地の 護り手に 招かれて 集いし者よ
邪悪な企み 打ち砕き 勝利を掴み取れ」

「なあ…全然上手いじゃないか…迷惑どころか金取れるレベルだぞ…これは」

>「あ、あれ……!?」

どうやら嘘をついているわけじゃないらしい。

>「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」

心地よい声が…歌が流れていく。

ブレモンのテーマ曲…最初ゲームをやり始めたくらいの時にゲームを起動したときは…よくわざとスキップせずに最後まで聞いていたっけ…
歌を聞きながらまるで何十年も前の事を思い出すように…ゆっくりと想いに耽る

>「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」

「ニャー」

一緒に散歩していた部長気持ちよさそうに小声で鳴く。

この世界に来てから…部長には随分と苦労を掛けた。
時には部長を傷つけた…それでも部長は嫌な顔一つせず僕についてきてくれている。

部長にはない火力を僕が出す…それ自体は正しい物だったが…やり方が…大きく間違えていた。
手を出してはいけない禁忌の力に手を出し、我を忘れた…でも部長は僕を見捨てなかった。
僕は殺されたって文句を言えないくらいの事をしたのに…今もこうして付き添ってくれる。

僕達は一人と一匹…いや…二つで一つ。命令する側とされる側じゃない…僕達揃って初めて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ

カザハの歌によって…僕の心は冷静を取り戻せた。

93ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:24:40
>「創世の時 分かたれた 世界が 今再び 相まみえる
失われゆく 星の命 繋ぎ止めるために
終焉が迫る 世界の 呼び声に 導かれ 集いし者よ
滅びのさだめ 覆し 未来を掴み取れ
遠い記憶に 刻まれてる 救えなかった結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにいる
行く手阻む 高い壁に ひるみそうになっても
いつもいつでも 響きあってる 魂の深くで
君とゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 二人繋ぐ勇気の魔法」

聞き入っていると聞いた事のない歌詞が続く。
初めて聞く歌詞に驚くが…カザハはまるで元からあったかのように続ける。

>「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」

シャーロット…今で言えばなゆの事だ…今の状況を歌で歌っているだけに聞こえる…でもなぜか妙にしっくりくる…

本当に元からあったように…

>「皆でゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 僕ら繋ぐ約束」
「巻き戻された 時の歯車が 今再び 回りだす
失われた すべての笑顔 取り戻すために」
>「皆でゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 僕ら繋ぐ勇気の魔法」
「どんなに難しい クエスト受けても 難易度は下げてたまるか
一度限りのコンティニュー 完璧にやり遂げる」

只の歌だ…そう決めつけてしまえば楽だが…僕の心には…無視できない音が響いていた。

>「ジョン君! 聞きにきてくれたんだな……!」

歌い終わってこちらにきづいたのか…カザハが走ってくる。
歌の余韻もそこそこにカザハに元気よく挨拶する

「そうお…えっと…そう!カケルに教えてもらったんだ!…カザハのコンサートをやるって!」

カケルがこちらをじっと見つめる。
僕は鈍感主人公じゃないから分かってるよ…騒音被害と言われてきたなんて言われなくたって言わないって…

>「持っといて。聞いてくれたお礼」

>「前に”いつまで一緒にいられるか分からない”って言ったかもしれないけど忘れて。
必ず最後まで見届けて君達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐよ。
君が最前線で戦うのを後ろで見てるしかできないかもしれないけど……ほんの少しでも力になれるといいな」

「…そんな事言われたっけ?…覚えてないな」

やっと吹っ切れたんだな…カザハ。

「覚えているのは君が夜中に見張りをサボって中二病ごっこをしていた事だけさ…え?そんな事してないって?…そうだっけ?…まあどうでもいいや…」

「僕の人生の経験から言わしてもらえば…こんな時はどーんと構えたほうがいい。
見てる事しかできない?ほんの少しの力しかない?…違うな…少なくとも今…僕は君から勇気をもらったよ」

こんな事言える立場でも…偉そうにいえる事を経験してきたわけでもないけど…

「僕は絶対役に立つ!絶対力になる!これだけでいい!…これから先は待ったなし!…いっしょにぶちかましてやろうぜ!」

94ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:25:21
カザハと別れ、散歩から帰ってくる。
色々迷っていたが…カザハのおかげでだいぶんすっきりした。

もちろん頭と体…心もだ。

落ち着いた気持ちで考えを整理する。
明神はああいってはいたが…イブリースは絶対に仲間にしないといけない

なにも僕達は相手を滅ぼすまで戦争続けるわけじゃない…しかし戦争に勝ったとして…残されたニブルヘイム側が次の問題になる。
残党が群れを成して新たな軍になるかもしれない…もちろん僕達がいれば大きな被害がでる事はないだろうが…しかしそれは平和とは程遠い物だ。

戦争に負け…残った者を導く人材が必要だ…僕達でも…ましてやオデットや他の継承者ですらその役をこなすことは絶対にできない。
この世界が仮に続くのなら…戦争の記憶が薄くなるまでオデットが守りたかった者達が他と関わり合いになるのは愚策と言える。

つまりイブリースしかいない。残された者達を導けるのは。

イブリースが死ねば…間違いなく今とは違う別のベクトルで…暗黒時代に突入する。
世界平和を目指すなら絶対に回避するべきだ…するべきなんだが…。

しかしキングヒルで起こった事……大虐殺の責任を取れるのもまたイブリースしかいない。
主導者は別にいたとしても…実行したのがイブリースなら…これから先キングヒルから始まる恨みは全てイブリースにいく。

イブリースが生きている限り彼と彼の仲間は一生嫌な思いのまま生きる事になるかもしれない

「完全に詰んでるじゃねーか…ク〇ゲーか?」

いかん今日はちょいちょい明神の口調が乗り移るな。

「なゆに判断を仰ぐか…?」

昔からシェリーとロイに依存しっぱなしだった…僕の人生の9割を決めたとっても過言じゃないくらいに
そして今は…なゆ達に依存している。…我ながらなんと情けない事か……でもイブリースは逆に…

「イブリースにも…もし…人生で少しだけでも心を許せる相手がいれば…」

>「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」

ふとなんとなくそんな事を呟いた。その瞬間頭の中でカザハが歌った歌詞の一部が流れ出す。
本当になにも考えず発現した一言が…しかしその言葉が…歌が…僕の中で…なにかが…繋がった気がした。

>「ぐ……! 黙れ! 貴様らの言う卑劣な策で勝利を収めて、いったい何になる!?
 姑息な手段で掠め取った勝利で、散っていった同胞たちに胸を張って報仇したと言えるのか!
 誇りのない貴様らと……オレを一緒にするな!!」

>「オレが……過去に縛られている……」

今に思えばイブリースと僕が似た物同士であると勝手に思っていた…いや…後ろを向いてるという点では間違いなく同じなのだが…
もしかしたら…後ろを振り向き続ける理由も…僕と一緒なのかもしれない…

僕がシェリーとロイの事を未だに想っているように…僕の殆どが二人でできているように…
イブリースがイブリースたる根幹を作る…心の拠り所だった人物がいる…。

都合よく偶然が重なってだけに過ぎないのかもしれない…それでもそう思ってしまうほど不自然に重なり合っている…。
あくまでも予想に過ぎないが…僕とイブリースが妙に引きあうような感じがあるのは…そうゆうことなのか…?

きっと今この僕の疑問に答えられるのは…なゆしか…いない…勘違いならいい…だけどハッキリさせなければならない…!

95ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:25:37
「ええ…!?エンバースとどっかにいったまんまどこに行ったかわからない!?」

うーむ…僕としても恐らく最後の自由で…仲良く青春を送っている二人の時間を奪う事は本位ではないが…

仕方ない…落ち着いて…少し整理してみるか…

今の僕の中で…確信として持っている…イブリースの根幹を担っている…イブリースの…大事な人…奴の性格を考えれば恐らく主君のような人物がいる…
だが本人を含めそんな人物の名を上げた事はない…これは一体どうゆう事だ?

疑問が膨れ上がる。

本人だけならまだわかる…単純に忘れているか…強制的に忘れさせられているか…まあ明らかに後者だが…。
でも実際にはなゆや明神…エンバースも…攻略本を持ってるカザハですら名前を上げていない…

「この世界の誰も存在を覚えていない…そんな事が…」

いや…つい最近現れたじゃないか…この世の誰にも覚えられていない存在が…
シャーロット…いやでもあれは【機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)】による異例中の異例だって話だったし…あんな特例がそんなポンポンでてくるとは思えない…

前に読んだカザハの攻略本には主君バロール個人に対する忠誠心はないと書いてあった。
そんなに話し合ったわけじゃないが…イブリースの性格を考えればバロールの絶対効率主義なんて忠誠心どころか敵対心すらあってよさそうなもんなのに…
実際にはバロールが裏切るまでいっしょにいた…もしかして本当はバロールが主君なんかじゃなくて…
その消えた人物に仕えていた時にいっしょにいた?下手したら共にその人物に仕えていた、もしくはいっしょに行動していた?その人物の存在が抹消されたからバロールがその位置に補完された?
いやさすがに話が飛躍しすぎか?そもそもバロールは管理者の一人って話だしなあ!

「〜〜〜〜〜!!だめだ僕一人じゃ余計混乱するだけだ!やはりなゆに…みんなに相談しないと
そもそも世界から誰にも違和感を持たれずピンポイントで存在を抹消なんてそれこそ機械仕掛けの神でも無けりゃ…?」

いくら管理者でも存在を抹消なんてしたら設定を根本から変える必要がある。
一人を消しました、その存在に関する記憶を消しました…それだけじゃだめだ…絶対に矛盾が起きる…メインキャラに関わるようなキャラならなおさら…。
違和感なく一人消すのにストーリーから変える必要があるだろう…僕が思った以上に膨大な作業量が必要になるかもしれない。

>「……そうかも。
 わたしの……ううん、シャーロットの記憶では、ローウェルは三つの世界に強い愛着を抱いてた。
 だからこそ、ブレモンが凋落していくのを見たくなかったのかもしれない。
 緩やかに衰退していくのを眺めているくらいなら、いっそキッパリと終止符を打った方がいいって。
 だから――」

なゆはローウェルはこの世界を愛していると言っていた。
それが本当ならストーリー…つまりこの世界の根本を弄るような真似はしないはず…。

でも実際に一人…存在が消えている……………?

96ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/11/20(日) 20:26:56
作戦決行直前にて…全員がいる場で僕はこの違和感を切り出した。

「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」

明神も…本音で言えば助けたいんだ…そんなの分かってる…でも虐殺をしてしまったという事実が…
交渉の余地なしと思われている…実際そうだ…このままじゃイブリースは死んでも首を縦に振らないだろう。

「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」

パチン

指で音を鳴らすとカザハとカケルの歌が始まる。

〜〜〜♪

「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」

どこまで暴いていいかわからないが…しかしここまできて引き下がるわけにはいかない。

「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」」

例えばみんなを頼んだ…とか世界を救え…とか…恐らく言葉の一つ一つだけを覚えていてそれを優先して…自分の思考を最小限にして繰り返す…
そんな状態の相手なら洗脳せずとも口がうまい人物ならコントロールするのは容易だろう

「恐らくその人の事を断片的に思い出してそれを忠実に守ろうとしている……イブリース性格から考えれば自分の家族か…仲間か…もしくは自分の主君だった…と思われる
…僕の予想では…バロールではなく本当に忠誠を誓った相手がいるんだ…そして…イブリースに耳を傾けてもらう第一歩として…僕はその人を…記憶が必要だと思っている
最後は僕達の誠心誠意の心をぶつける…だけど今のままじゃ聞く耳を持たれない…その第一歩」

もちろん最後に頷かせるのは今を生きている僕達の役目だ…けどこのままではきっとイブリースに耳を傾けてもらう事などできない
妨害だって予想される…前回のように寸でですれ違うような事は…あってはならない…そうなればイブリースは…この世界も…平和を掴める二度とチャンスはこない。

「もちろんイブリース本人は一言もそんな人物の話はしなかったし…僕達も当然覚えてない…カザハの攻略本にすら書いてない…
じゃあそんな存在いるわけないじゃん!ってちょっと前なら僕でも笑い飛ばしてだろうね
でも…現れたんだ…一人…現れたのとは少し違うけれど…本当に一人だけ…この世界から完全に存在が抹消された人が…」

僕はなゆをじっと見つめる。…なゆの…シャーロットの記憶が不完全である可能性
そもそもローウェル…管理者の力を持ってすればNPCをピンポイントで消せる可能性がまだ残っている

「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」

【カザハの歌で勇気を取り戻す&ヒントを得る】
【イブリースの主君シャーロット説を提唱】

97崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:33:09
>ガザ公、デートをしようぜ

「デート?」

突然の明神の提案に、朝食後大図書館から借りてきた本を仰向けになって宙に浮かびながら読んでいたガザーヴァは目を瞬かせた。

>今日はご飯食べて、買い物して、いい天気なので釣りをします。釣りってやったことあるか?
 お前の分の竿も買ったげるよ。うまくいきゃ夕飯のおかずが一品増えるぜ

「釣りくらいやったことあるよ、バカを煽るときに! ……え、その釣りじゃないって?
 ちょっ……デートなら、おめかしくらいさせろよぉ!」

問答無用で明神に手を引かれ、着の身着のままで外へと出てゆく。
聖都は今日も平和だ。まるで魔霧の中で襲撃を受けたり地下墓所で激闘を繰り広げたのがウソのように、
一行がエーデルグーテを訪れた頃と変わらず活気づき、巡礼者や旅人、たくさんの聖職者や住人たちで賑わっている。
そんな聖都の目抜き通りを、ふたりで歩く。いかにモンスターが普通に往来を行き来する世界とはいえ、
マゴットは悪目立ちし過ぎるためスマホの中で留守番だ。

>このパエリア、クラーケンの肉使ってるらしいけど、ホントかぁ?

「ちょい前に寄港したノートメア号の連中が持ち込んできたって店のおっさんが言ってたからホントかもな。
 船かぁー、船旅ってどーゆーカンジなんだろ? なー明神、今度やってみよーぜ!」

パエリアのエビをフォークでつつきながら、海路に思いを馳せる。
今まで幌馬車での陸路やヴィゾフニールでの空路は体験しているが、海路は未経験である。
世界を救った暁には、アズレシアあたりまで船旅を楽しむのもいい――などと提案する。

>俺魔法使うじゃん?杖くらい持っといたほうがいいのかなって思うんだけど、
 選び方がわかんねンだわ。でっかい方が威力は高そうだけど両手ふさがんのやだなぁ

「杖ねー。ほんにゃらかんにゃらパトローナム! みたいなカンジ?
 あ、じゃあコレ! これ超かわいい!」

魔法道具屋でふたり、ショッピングを楽しむ。
杖は魔力や魔法の集積効率を増すためと、指向性を持たせるのに便利というだけで必須の触媒ではない。
魔術師の中には義眼や前歯を差し歯にして、そこを基点に魔力を放つ手合いもいるという。
店売りされているたくさんの杖のうち、ガザーヴァが籠に刺さってビニール傘のように売っている一本を手に取る。
ねじくれた本体に髑髏やら目玉やらがやたらくっ付いた、お世辞にもかわいいとは言い難い杖だった。

>マゴットに服を着せたい。翅と干渉しない服っつーと……ビキニか!?全裸より変態じゃん……
>グフォォォ……我が肉体に恥じる箇所なし……服など……不要……!!

「マントとかいーんじゃね? と思ったけどマントの下は全裸とか変態なのは変わんねーか」

『姉上……』

何だかんだとお喋りしながら、明神とガザーヴァ(とスマホの中のマゴット)は聖都の中をそぞろ歩く。
往来にずらりと軒を連ねる露店で冷たい飲み物やフルーツを買い、使うかも分からないアイテムを気分とノリだけで買い、
歩き疲れれば近くのカフェで休憩する。
その様子は誰がどう見てもヒュームの男性とダークシルヴェストルの少女の逢瀬であったことだろう。
たっぷりショッピングや買い食いを楽しみ、最後に釣具屋へ立ち寄る。
ガザーヴァは釣りには大して興味がないようだったが、それでも明神が楽しそうに竿を選別するのを見ては、
律儀に足並みを揃えて明神に付き合う姿勢を見せた。

>俺、ふたつ下に弟が居るんだ。アウトドアが趣味で、俺が実家に居た頃はよく一緒に釣りに行ってた。
 つってももっぱら弟が釣り糸垂れて、俺は隣でスマホ構ってるだけだったんだけどな。
 あの頃はソシャゲ以上の娯楽なんてこの世に存在しないと思ってたけど……やってみると楽しいもんだよ

海を臨む埠頭で、釣りに勤しむ。

>ほら出来た。右手でここ握ってな。近くに投げるなら横振りで、手首使って……こう!

「こう?」

明神の釣り指南に耳を傾け、手本に従って釣り糸を垂れる。
『創世の』バロールの娘だけあって物覚えの良さと運動神経は抜群だ。

>あとは待ちます。魚がかかるまでのんびり待ちます。
 こういう天気の良い日は、酒でも飲みながらゆっくり糸垂れんのが最高に心地良いんだ

「ふぅん……」

隣り合って椅子に座り、明神が用意したワインをちびちびと飲みながらアタリが来るのを待つ。
空は抜けるように蒼く、海も波は高くなくどこまでも凪いでいる。
時折吹く潮風が頬を撫でてゆく感触が心地よく、海鳥の鳴き声がいかにも海に来ている――といった実感を齎してくれる。

>……なゆたちゃんがさ、俺達の人生は誰に設定されたもんでもないって言ってたよな。
 なんとなく分かるんだよ。多分、この世界ってアクアリウムみたいなもんでさ。
 ローウェルが水を注いで、バロールが水草やら底砂やら設置して、シャーロットが魚を入れて。
 そんな風に世界一つ分の生態系を水槽の中に再現したのが、ブレモンの3世界なんだと思う

「…………」

明神の語り始めた話を、ガザーヴァは海原に視線を向けたまま無言で聞く。

98崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:33:28
>アクアリウムでは、メインの魚の他にちっこいエビとかも飼うんだ。こいつらは水槽の掃除人。
 藻とか魚のフンとかを食べて綺麗にして、水質を清浄に保つ。そのために外から投入された生き物。
 ……俺達ブレイブは、水槽を綺麗にするために入れられた、エビにあたるもんなんだろうな

「…………」

>一巡目がローウェル主導で企画されたのなら、二世界に渡るブレイブの選定には奴の意図が強く反映されたはずだ。
 イベントの中核になる存在だからな。そしてその結果は、バックアップという形で二巡目のこの世界にも残り続けてる。
 ――俺達の中に、ローウェルが選んだブレイブが居る
>そんで、多分、それは……俺だ。
 『ブレモン史上最悪のアンチ』、うんちぶりぶり大明神。
 この世界がオワコンだとユーザーに伝えるメッセンジャーにはピッタリだ

「…………」

ちら、とガザーヴァは明神を横目で見た。
けれども、何も言わない。まるで明神が一頻り語り終えるのを待っているかのように、
饒舌で空気を読まないという自らのキャラクターとは相反する沈黙を貫いている。

>一巡目で俺が何やってたのかは知らん。前世のことなんざ興味もない。
 重要なのは、俺達の中でおそらく一番ローウェルの影響を受けやすいのは俺だってことだ。
 好きだったはずのモノを手ずからぶっ壊そうとしちまうような、思考もよく似てるしな。
 最悪、対峙した瞬間支配されてジジイの手駒に成り下がる可能性だってある

くいくい、と水面に浮かんでいた浮きが揺れる。
明神が慣れた手つきで竿を引くと、小さな魚が針を銜え込んでぴちぴちと跳ねていた。
おー、とガザーヴァは歓声を漏らした。が、今は魚よりも明神の話が聞きたいというように、それ以上は何も言わなかった。

>ガザーヴァ、お前に頼む。この先首尾よくニヴルヘイムを攻略して、ジジイと会って。
 もしも俺がローウェルに洗脳されでもしたら、その時は――
>……どんなに絶望的な状況でも、俺を信じてくれ。
 操られたならぶん殴ってでも連れ戻してくれ。
 お前が手を伸ばしてくれるなら、俺は必ずそれに答える

明神が告げる。
これから大賢者ローウェルとの最終決戦に臨むにあたり、
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中で誰よりも思考がローウェルに近い明神は、
直接対峙した際にその影響をもろに受けてしまうかもしれない。
それでなくとも悪魔の種子を使い、弟子たちを使嗾し、人心掌握に関しては他の追随を許さないような相手だ。
ひょっとすると洗脳されてなゆたたちを裏切り、寝返ってしまうかもしれない。
今まで一緒に旅してきた仲間たちの敵になってしまうかもしれない――それを危惧している。
しかし。

「……つまんない」

明神の願いに対して、ガザーヴァはたっぷり一分ほど沈黙した後で、ガシガシと右手で後ろ頭を掻きながら零した。

「デートのお誘いってんでどんな話をするのかと思えば、最後の最後にそんなコトかよ?
 ホンット……オマエってば人様を煽るときは滑らかに舌が動くクセして、こーゆーのはカラッキシなのな!
 普通は無理してでも、俺は絶対負けない! とか黙ってついてこい! とか言うもんだろー?
 ワカってねーなー!」

あーあ、と呆れた調子で背を反らし、大きく伸びをしてみせる。
が、といって明神に対して愛想を尽かしたという訳ではない。むしろ逆だ。

「まっ! でも、それがオマエだもんな。
 逆に……そんな白々しいセリフが言えるほど器用なヤツだったら、きっと好きにならなかった。
 小狡く立ち回ってさ、漁夫の利掠め取ってさ。常々ローリスクハイリターンで行きたいって思ってるクセに、
 いつだって望んで貧乏クジ引いてる……そんなぶきっちょなオマエじゃなくちゃ」

双眸を細め、口許をにんまりと歪ませて、くくっといかにも意地の悪そうな小悪魔の笑みを浮かべる。

「俺を信じてくれって? 手を伸ばせって? バカ言うなよな。
 そんなの今さら約束するまでもない。ボクはそうする、何があったって。どんなことが起こったって。
 だってさ――あのアコライト外郭で会ったときから。
 今までずっと、ボクはオマエのことを信じ続けて、手を伸ばしてきたんだから」

>俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
 その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
 お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!

アコライト外郭で明神はカザハの肉体を乗っ取ろうと画策するガザーヴァに対し、そう言った。
カザハの肉体という器の中に入った、自分たちの知らないガザーヴァでなく。
本物の幻魔将軍ガザーヴァに会いたいと、そう言ったのだ。

そして、ガザーヴァはその提案に乗った。

99崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:33:49
「オマエはジジイの影響を受けやすいって言ったよな。思考が似てるって……。
 それなら、パーティーで一番ジジイのことを説得できる可能性を持ってるのもオマエなんじゃないか?
 だってさ……オマエは更生したじゃんか。一度は大キライだって、ぶっ潰してやるってあれほど憎んでたブレモンを、
 もう一度スキになることが出来たじゃんか。
 ジジイにもその気持ちを味わわせてやればいい。それが出来るのはパパでもシャーロットでもない、
 きっとオマエだけなんだ。だから――」

好きだったものを自ら破壊しようとする気持ちに共感できるなら、
憎んでいたものを好きになる気持ちを共感させることだってできるはず。
竿を地面に置き、ガザーヴァは椅子から立ち上がった。

「……洗脳されたらとか、操られたらとか、そんな後ろ向きなこと言うなよ。
 オマエら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、いつだって――“すげぇ面白そうだな、やってやろうぜ”だろ?」

ふふっとおかしそうに笑い、ふわりと宙にその身を浮かせる。
かと思えば、ガザーヴァは不意に体当たりでもするような勢いで明神の胸へ飛び込んできた。

「どーんっ! ……へへっ」

明神が竿を取り落としてしまっても気にしない。明神に姫抱きにされるような体勢へ自ら収まると、
両腕を伸ばして相手の首へと絡める。

「こんな世界、どうなったっていいって思ってた。ぶっ壊れちゃっても構わないって。
 ボクとパパさえいればいいって……。
 でも、今は違う。もっともっとこの世界を見て回りたいよ、パパが創った……パパの、それからオマエたちの愛する世界を。
 みんなが大切に想うこの三つの世界を、ボクも大切にしたい。守りたい。
 アハハ……あのトリックスターで愉快犯の幻魔将軍が、世界を守りたいだって!」

ぐりぐりと、ガザーヴァは人馴れした仔猫のように明神の胸元に額を擦り付ける。

「それもこれもみーんな明神、オマエのせーだぞ。
 オマエは約束通りアコライト外郭の外の世界をボクに見せてくれたけれど……全然足りない。
 もっと、もっとだ……この世界の果てまで、ボクはオマエと歩きたい。
 連れてってくれるんだろ?」

大きな真紅の双眸で、上目遣いに明神を見詰める。
他人の不幸を嗤う嫌われ者。尊い命を無碍に摘み取る悪党。プレイヤーに憎まれ、討伐されるだけの存在。
それらが『ブレイブ&モンスターズ!』における幻魔将軍ガザーヴァの役割だった。
だが、今明神の腕に抱かれるガザーヴァはそのどれとも違う。
明神がガザーヴァを敵キャラというローウェルやバロールの定めた宿命から解き放ったのだ。

「シャーロットの力を持ったモンキンに、焼死体に、ジョンぴー。ついでにバカザハ。
 みんな、レイド級のボクから見てもとんでもねぇ強さのヤツばっかりさ。
 十二階梯の連中だって、もう半分以上がこっちの味方になってる。
 パパは目下行方知れずだけど、ぜってー生きてるに決まってんだ。
 どーせ、今頃は一番おいしいトコを持ってくタイミングでも見計らってるんだろ。
 いくらラスボスが相手だからって、これだけの面子がいて負けるなんてコトあるか?
 こっちのパーティーが強すぎて、ジジイが気の毒なくらいさ!
 第一……」

ふふん、と自信に満ち溢れた表情で笑う。

「うんちぶりぶり大明神と幻魔将軍ガザーヴァは、アルフヘイムで最強……だろ」

ガザーヴァの言葉や表情からは、明神への揺るぎない信頼が満ち満ちている。
例え相手が大賢者であっても、神であっても。この世界の創造主であったとしても、決して負けることはない。
ふたりで力を合わせれば、必ず打ち勝つことができる――そう一片の揺らぎもなく信じている。

「明神」

名前を呼ぶ。愛しい男の名前を。
その顔を見詰める。自分を殺戮の運命から、嫌われ者の宿命から、破滅の天命から掬い上げてくれた男の顔を。
埠頭には、ふたりの他には誰もいない。ただ遠くから響く潮騒の音と、海鳥の鳴き声以外には何も聞こえない。
ガザーヴァはほんの僅か、明神の首に回した両腕に力を込めた。
何かを決意するように。
そして――




「……ちゅーしたい」




と、囁くように言った。

100崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:34:11
>おはよう。準備は出来てるか、モンデンキント――焦らなくてもいい。少し早く来すぎたかもしれない

「おはよ、エンバース。ううん、大丈夫だよ……今さっき準備ができたところだから」

エンバースにノックされ、部屋のドアを開ける。
今日の服装は姫騎士の鎧でも流水のクロースでもない。キトンという亜麻色の一枚布を身体に巻いて群青色の腰布を締めた、
ノースリーブミニワンピースのような出で立ちだ。脛まである編み上げのサンダルを履いたその姿は、
古代ギリシャやローマの民のように見えるだろう。
前日の夜、エンバースから予定を空けておいて欲しいとのメッセージを貰ったなゆたはすぐに『いいよ!』と返事を送った。
四日後の決戦まで、パーティーは各々自由時間を取ることに決まった。きっとエンバースのことだから、
この四日間をフルに使ってじっくりと装備の選別に費やすのに違いない。
エンバースの正体がかつて日本のブレモンシーンを大いに沸かせたリューグークランのリーダー、
ハイバラだというのは周知の事実であったし、そんなエンバースに同行して彼の行う下準備を見たなら、
きっと大いに勉強になるだろうと思ったのだ。
エーデルグーテにはアルフヘイムで流通しているほぼ全てのものが手に入る。聖都の中で用事を済ませるなら、
きっと戦闘に至ることはないだろうとの判断から、防御力のある装備でなく動きやすい薄着にしたのだった――けれど。

>よし。それじゃ――ヒノデに行こう。エンデはどこだ?近くにいるんだよな?

「いるよ」

ひょこ、と眠たげな表情のエンデがなゆたの背後から顔を覗かせる。
その腕にはポヨリンがまるで抱き枕のように抱えられている。どうやらなゆた(とシャーロット)のパートナー同士、
仲良く眠っていたらしい。

「ヒノデ?」

>〈ヒノデ?何故また、そんな所まで……〉

なゆたとフラウの声がハモる。
てっきりエーデルグーテの中を歩くとばかり思っていたなゆたは、不思議そうに小首を傾げた。

>理由なら幾つかある。まず第一に……今の俺は正直言って力不足だ。
 ダインスレイヴとハンドスキルだけじゃ、この先の戦いは多分乗り切れない。
 デッキを組み直す必要がある……が、俺のカードファイルはほぼ全て焼失しちまってる

>〈カードが必要なら、パーティの皆さんに譲ってもらえばいいのでは?〉

>ガチャ産じゃないユニークアイテムの殆どは、トレード機能の対象外なんだよ。
 当面、俺が絶対に確保しておきたいカードもそうだ。それに――
 そういうのは、ちゃんと自力で入手しないとだろ?

「なるほど」

納得した。かつて、グランダイトを懐柔するためにはテンペストソウルが必要と言われたときのことを思い出す。
当時は事前にゲーム内で手に入れていたテンペストソウルを渡そうとインベントリを漁ったものの、
確かに存在していたはずのソウルはなぜかインベントリの中から忽然と消滅してしまっていた。
それと同じように、ストーリーのイベント絡みだったり一定のレアリティを持つユニークアイテムの類は、
きちんとこの世界で段取りを踏まなければ手に入らないらしい。
自分で使うものは人から譲られるのではなく自らの力で手に入れたいという、
いかにもゲーマーらしいエンバースの言い分も分かる。
エンバースは他にも幾つかヒノデに行く理由を挙げたが、なゆたとしては特に拒絶する理由はない。
元々アウトドアの好きな気質だ、旅行気分で遠出するのもいいと思っている。
そして――

>それと……これが一番大事な事なんだが」
>俺がお前とつるんで、どっか行きたいから……とか

「え……」

意外な一言に、ぱちぱちと目を瞬かせる。

>ほら……こないだヒノデに行こうって話をした時は結局ポシャっちまっただろ?
 俺、あの時結構楽しみにしてたんだよ。だから今からでもどうかな……なんて

まさかエンバースの口からそんな言葉が聞けるとは思っておらず、戸惑ってしまう。
けれども決して不快という訳ではない。
元々、ヒノデに行こうと提案したのは自分だ。あのときはオデットの意向によって聖都に軟禁されてしまい、
遠出の計画もそのまま頓挫してしまっていたのだが、まさかエンバースがそれを密かに楽しみにしていたなんて知らなかった。
おまけにそれを今でも覚えていて、この機会に一緒に行こうと誘ってくれるなんて――。

「……あは」

なゆたは両手で頬を押さえ、にやけそうになる口許を何とか堪えた。
エンバースが鍔広帽を弄びながら返答を待っている。クールで皮肉屋のエンバースだけれど、そんな様子は可愛らしいと思う。
込み上げる嬉しさと気恥ずかしさ、照れくささの綯い交ぜになった感情を抑えるのにひどく梃子摺り、
なゆたはたっぷり十秒ほどの時間をおくと、

「うん。行こ」

エンバースの顔を見上げ、はにかみながら応えた。

101崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:34:33
>――――そうか、良かった。断られたらヴィゾフニールを無断で拝借しなきゃならなかったからな。
 えっと……もしお前さえ良ければなんだが、ヒノデ以外にも一緒に来てくれないか?
 折角、三日も時間があるんだ。もっと色んなところに行ける筈だ。だろ?

「ふふ、そうね。
 いいよ、エンバースの行きたいとこ、わたしも行きたい」

>……っと、悪い。今のはちょっと逸りすぎたな。とりあえず……行こうぜ、モンデンキント

「うん」

差し伸べられる手。
ほんの少しだけ間を置いて、なゆたはその手にそっと自分の手を重ねた。

>さあ、『門』を開けエンデ。まずは首都ヤマトだ……どうした、なんだか嫌そうな顔だな。
 心配するな。MPポーションの貯蔵は十分だし、それにこれはお前にとっても悪くない話だ。
 なにせ――ヒノデの飯は美味いぞ、多分。テンプラとかオダンゴとか……興味あるだろ?

「お願い、エンデ」

「わかった」

足代わりとして利用されるのに一瞬不満げな表情を浮かべたエンデだったが、マスターであるなゆたに頼まれ、
その上エンバースに食べ物で釣られるとすぐに態度を改めた。
エンデの開いた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐり、エンバースとなゆた(とお供)はヒノデへ向かった。

>見ろよ、モンデンキント。カッコいいだろ

ヒノデ首都、ヤマト。まるで時代劇の世界にいるような和風情緒の中、入ったゴフク屋――いわゆる防具屋の中で、
着替えたエンバースが此方に装備を見せてくる。
エンバースが着ているのはサブクエスト『フーマ・クランの陰謀』の報酬だ。
ガチガチの具足は対物理・対魔法双方の防御力に優れ、なおかつ戦国武将気分も味わえるというので人気が高い。

「カッコいい! シバタ・ジ・オーガみたい!」

なゆたは手放しで絶賛した。ヒノデ関連のイベントに出てくるネームドNPCを引き合いに出す。
これで身の丈ほどもある大刀『ザンバ・エクスキューショナー』でも装備すれば、
どこからどう見ても一人前のモノノフ・ウォーリアだ。
エンバースの言う通り、インベントリの中の装備は消滅してもプレイヤーが立てたフラグのデータまでは消えていないらしい。
実際、なゆたもデスティネイトスターズとの戦いでかつてゲームでクリアし報酬として入手していた小達人の証を見せ、
三人娘の懐柔に成功している。

「わたしもハイネスバーグで蒼天装備一式回収した方がいいかなぁ……」

最終決戦にあたって、もう一度根本的な装備品の見直しをしようかと考える。
と、不意に具足姿のエンバースが歩み寄ってきた。その右手がなゆたの頬へ伸ばされる。

>……お前は、俺から見れば正直、何を着たって似合っているようにしか見えないんだが――

「あはは、そう? それなら嬉しいなぁ。
 コーディネートを考えるのって好き。アルフヘイムに来てからは特にね……だってファンタジー世界の服なんて、
 地球じゃコスプレ会場でもない限り――」

誉められて悪い気はしない。なゆたは嬉しそうに笑った。
それからエンバースの目配せで姿見に視線を向けると、なゆたは自分の黒い髪を彩る髪飾りに気付いた。

>けど……シャーロットの力を解放した時の、あの銀髪。あれには、こういう色が似合うんじゃないか

瑠璃の髪挿し。いつの間に挿されたのか、まるで気付かなかった。

「わぁ……」

きらきらと光の加減によって七色に輝く髪挿しに、思わず感嘆の声をあげてしまう。
確かにシャーロットの絹のような銀髪に、この髪挿しは良く似合うことだろう。

>……お前がちょくちょく、俺をリボンで飾りたがる理由がよく分かったよ。
 それで……この後はなんて言うんだっけ。ええと、確か、ああそうだ――
>――かわいい、だったな

「ばか」

揶揄うような口ぶり。なゆたは頬を桜色に染めると、エンバースの甲冑を右手でこつんと軽く叩いた。

>……それじゃ、次に行こうぜ。俺達は遊びに来たんじゃない。
 来たる決戦に備えて、装備とカードを揃えにきたんだからな
>だから――遊んで回るのは、使えそうな装備とカードを揃えてからだ。一時間もあれば終わるだろ

「そうね。わたしも色々見繕ってみる」

>……いや、その前にチャヤに寄った方がいいか?昼飯はもう食ったか?
 悪いな。アンデッドの体だと、どうにもそういった事に気が回らない。
 どこか行ってみたい場所は?俺の予定は別に夜に回しても問題ないぜ

「んん……お茶はまだいいかな。ヒノデを見て回って、もし疲れたらそのとき言うよ。
 それより、エンバースがどこへ行くのかが見たい。
 エスコートしてくれるんでしょ? 楽しみ!」

ぎゅっとエンバースの右腕に抱きつく。
エンバースが珍しいくらい浮かれているのと同じように――なゆたもまた高揚していた。
これって、ひょっとして。
いやひょっとしなくてもデートじゃない? なんて思いながら。

102崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:34:57
>さて――まずは『ムラサマ・レイルブレードの設計図』だ

「ムラサマ・レイルブレード……! 皆皆伝かぁ〜! エンバース、あれ使ってたの?
 性能がピーキーすぎて使いづらいって評判だったし、わたしもポヨリンには全然使えないってうっちゃってたけど。
 あーでも、リューグー・クランの人たちくらいになれば逆にああいうのがアリなのかぁ……」

悪趣味な金ぴかの高層建築、キンカク・ゴジューノビルディングの敷地前で腕組みする。
皆皆伝は当然のようになゆたもクリアしている。結構手間のかかる大掛かりなクエストだったはずだが、
それをこれからクリアするとなると当然、三日では済まない。
どうするのかと思っていると、エンバースは徐にスマホを操作しマップを表示させた。

>本来は潜入捜査に証拠集め、強行偵察と長いステップを踏む必要があるけど――
 俺達には、そんな事をする必要はないからな。エンデ、『門』を開け。ここだ

「ふむふむ」

イベントでは最終的にCEOゴデンにあるレイルブレードの研究所カジバ・ラボが暴走すると共に、
ダイミョー・コバヤカワを裏で操っていた黒幕である古代の刀鍛冶の亡霊ムラサマ・グランドオンリョウが現れ、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と決戦するという流れなのだが、当然そんな時間はない。
だから全てのイベントをすっ飛ばし、直接設計図を頂こうという算段であるらしい。
ブレイブ&モンスターズ! の修正パッチとしてある程度ソースコードの改変が可能な、
公式チートツールとでも言うべきエンデがいるからこそ可能な横紙破りと言えるだろう。

>『――侵入者か。ふん、大方クサナギの命を受けて我がプロジェクトを……』

>悪い、今急いでるんだ。また後で聞かせてくれ

エンデが開いた『門』で一気にダンジョン最深部へ到達し、コバヤカワを一蹴して設計図を手に入れる。
クリアに要した時間、5分。皆皆伝RTA記録更新(非公式)の瞬間だった。

>よし。帰ろうか。次はマラソン・ニンジャのスペルショップだ。エンデ、頼んだ

エンデの開いた門を通って、次のクエストに駒を進める。
次はマラソン・ニンジャだ。これはとにかく素早さが要求されるイベントである。
ジョウカマチ・ストリートの軒を連ねる建物の屋根に視線を向ければ、ものすごい速度で屋根から屋根へと飛び移り、
疾駆している黒装束のニンジャの姿が見えた。

>折角ミカワに来たんだ。明神さんへの土産に本場のミソでも買っていこうぜ。
 マラソン・ニンジャは……フラウなら追いつくのは容易い事だよな。
 けど、ここまで追い立てるのはどうだ?流石に難しいか?

>〈え?なに?ゆっくり買い物したいから私一人で街を駆けずり回っていろ――ですって?
 私は別に、あなたがショッピングを楽しむ間もなく事を終わらせたっていいんですよ〉

>よせよ、マラソン・ニンジャが気の毒だ。それに、この後は神社に行くんだ。
 あんまり俺達のカルマが下がるような事はしないでくれ。
 最終決戦を前にテンバツアクシデントは御免だ

「ふふ」

エンバースとフラウの軽妙な遣り取りに、思わず笑ってしまう。
いいコンビだ。日本一のプレイヤーだけあって、お互いにぴったり息が合っているように思う。
だからこそ――負けていられない、とも思う。
なゆたにとってエンバースに明神、カザハ、ジョンたちは大切な仲間であると同時、ライバルでもある。
いつまでも後塵を拝してはいられない。

「エンバース。ここは、わたしに任せてくれない? わたしとポヨリンに」

ふふん、と余裕の笑みを見せてエンバースに告げる。
そうして許可が得られると、なゆたは素早くスマホの液晶画面をタップした。

「みんなはここで待ってて、すぐに終わらせるから!
 ―――ポヨリン、行くわよ! 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』プレイ!
 更に『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』、『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!」

立て続けにスペルカードを切る。
楕円形だったポヨリンが軟化で扁平なサーフボード状に変化し、さらに硬化によってその姿のまま定着する。
なゆたはポヨリンの上に乗ると、強く片足で地面を蹴った。

「名付けてスプラッシュポヨリン・ウェイヴライダー!
 いっっっっっけぇ――――――――――ッ!!」

液状化のスペル効果で底部から水が噴き出す。なゆたはまるでサーフィンでもするように猛スピードで、
一目散に走ってゆくマラソン・ニンジャを追跡し始めた。

103崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:35:16
>……ところで、モンデンキント

「んむ?」

マラソン・ニンジャとの追いかけっこを終え、
小腹が空いたとジングー・シュライン脇のチャヤでエンデと一緒に団子をぱくついていると、
エンバースに声を掛けられた。

>お前の、シャーロットの力を解放するアレさ、スキル名を決めたりはしないのか?

>〈幼稚ですね〉

すかさずフラウが突っ込んでくる。

>シンプルな暴言をやめろ。そうじゃなくて、その方が咄嗟のコミュニケーションがしやすいだろ?

「う〜ん……スキル名ねぇ。全然考えてなかったなぁ。
 何せ、あれはわたしも咄嗟に……っていうか、無意識に発動させたものだから。
 今だってわたしの意思で気軽にONとかOFFできるのかさえ分からないし……」

団子を呑み込みながら返す。
実際に銀の魔術師モードに覚醒したのは本当に命の危機に瀕した土壇場のことであったし、覚醒の条件も現状では分からない。
もし生命の危機が発動のトリガーなのだとしたら、出来れば使用は避けたいところだ。

>〈ふん、またそれらしい建前を立てて……あなたはいつもそうですね〉

>はは、聞こえないな……それと、もう一つ。アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
 という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
 シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう

>〈神を祀る類の……?例えば、どんな?〉

>そうだな、例えば……これは本当に、ものの例えに過ぎないんだが――巫女服とかかな

>〈……本当に、あなたはいつもそうですね〉

「……巫女服……ね〜。
 エンバース、そういうのが好きなの?」

フラウとの遣り取りを聞き、にんまりと悪戯っぽく笑う。
銀の魔術師モードの名前はともかく、“そういうこと”ならこちらの返答はハッキリしている。
さっきも言った通り――服をあれこれとコーディネートするのは好きなのだ。
ジングー・シュラインの神官、グウジに頼んで巫女装束を一着借りる。もちろん、喜捨という名目でルピを寄付した上でだ。
社殿の中で着替えを終え、ややあってエンバースのところへ戻ってくる。

「じゃーんっ! どう?」

純白の小袖に緋袴を穿き、白足袋に草履を合わせ。髪もシュシュで纏めたサイドテールではなく、
後ろで纏めて水引で縛ってある。
どこからどう見ても巫女だ。このまま社務所でおみくじを売ったとしても違和感はないだろう。
なゆたは出で立ちをよく見せようと軽く一回転してみせた。ふわりと小袖が揺れる。

「ね、ね、似合う? 初めて着たけど、いいね〜これ! 地球に帰ったらお正月に巫女さんのアルバイトしようかな?
 と思ったけどわたし、お寺の娘だから巫女さんにはなれないや……うぐぐ……」

無念そうに唇を噛む。が、すぐに気を取り直すと、エンバースの前で手に持った御幣を軽く振る。

「かしこみ、かしこみ〜。なんちゃって!
 ふふ……浄化なんてされちゃダメだよ?」

両手を腰の後ろで結び、軽く腰を折ってエンバースの顔を上目遣いに覗き込む。
心からふたりの時間を楽しんでいるという表情で、なゆたは双眸を細めて笑った。

>……もう、日没か。早いもんだな

楽しい時間というのはあっというまに過ぎるもの。
例によってエンデの『門』を使ってやってきたマウントフジの山頂で、ふたり並んで夕暮れを眺める。

>今日は……楽しかったよ。こんなに楽しかったのは……本当に久しぶりだった。
 けど……しまったな。本当はもう一つ、行っておきたい場所があったんだけど

「うん……わたしも楽しかった。いっぱい遊んじゃった。
 ありがとう、エンバース……わたしを連れて来てくれて。
 ――行っておきたい場所?」

エンバースの顔を見て、一瞬不思議そうな表情を浮かべる。

>なあ。もし、お前さえ良ければさ……明日もこうして、どこかに出かけないか?
 お前の都合が合えばでいい。もし無理なら……明後日の夜だけでも頼む。
 どうしても行きたい場所がある。そこで……大事な話があるんだ

「もちろん。乗り掛かった船だもん、最後まできっちり付き合うよ。
 わたしの時間、全部エンバースにあげる。だから……連れていって。エンバースの行きたいところへ」

大事な話。
そんな言葉に、どきんと心臓が大きく鼓動を打った。

104崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:35:35
翌日。和のテイスト溢れるヒノデから一転、エンバースとなゆたら一行はオリエンタルな墳墓都市スカラベニアを訪れていた。
スカラベニアのアサシン教団が所有するユニーク防具『マスターアサシンの法衣』と、
バルクマタル王墓に眠るスペルカード『雨乞いコーリングウォー』回収のためだ。
……が、むろん用件はアイテム回収だけではない。むしろその後が重要と言ってもよかった。

>さて、折角スカラベニアに来たんだ――ご当地っぽい服装を楽しもうぜ

>〈とうとう建前を立てる事すら放棄しましたね?〉

>装備を確保する重要性は、わざわざ毎回説くまでもないだろ?それよりどうだ、似合うか?

>〈……ロスタラガムやイブリースを相手に、恐らく生半可な防御力は意味を成しません。
 そういう意味では、その装備を選んだのは間違いなく正解と言えるでしょう。
 適度にだぶついたローブのシルエットは、動作の起こりを――〉

>つまり……似合ってないのか

>〈あのですね、今はそういう話は――〉

>……似合ってないのか

>〈ああ!もう!クソウザいですからね、その絡み方!〉

「あはは……ううん、ちゃんと似合ってるよエンバース! カッコいい!
 ……っていうか、エンバースより……」

相変わらずのエンバースとフラウの漫才めいた会話に笑顔で応えるも、すぐにその表情が曇る。
なゆたは視線を下げ、自分の格好をまじまじ見遣った。
スカラベニアは言うまでもなく古代エジプトをモチーフとした土地柄だ。
国土のほとんどが広大なヒートスウィーク砂漠によって占められており、年中暑い。
夜になると気温が一桁台になるという寒暖の差はあるが、基本的に住人は皆薄着である。
従って――

「……わたしの方が問題だと思うんですけど」

なゆたは豊かな黒髪をターバンで纏め、鼻から下をヴェールで覆い、
黒い薄手のブラとゆったりした白いハーレムパンツにサンダルという踊り子風の服装に着替えていた。
ハーレムパンツはシースルー素材で、普通に太股も丸出しと変わらない。総体、ほとんどビキニの水着を着ただけのような格好だ。
海で水着姿なら何とも思わないが、さすがに陸地でこの格好は恥ずかしすぎる。
ぁぅ〜……と大きな羽根扇子で顔を隠し、なゆたは身悶えした。
が、そんな恥ずかしさもスライム牧場を訪れると吹き飛んでしまう。
たくさんのスライムが放し飼いになっている広大な牧場と、スカラベニアの一大娯楽スライム・ランをするためのコース。
コース前には名だたるプレイヤーの記録が大きく掲示されており、いつでもタイムアタックに挑むことができる。

「見て見て、これ!」

タイムアタックランキングの頂点、トップの項目を指差す。
そこに記載されたプレイヤー名は『MONDENKIND』――
未だかつて不敗の記録であった。

>……モンデンキント、寒くないか?折角フロウジェンに来たから……って訳じゃないが、
 まずはここに相応しい服装をしないとな。それにポヨリンさんも……そのままで大丈夫か?
 そのお腹……?が雪原にぴったり張り付いてるのを見ると、俺までこう……体が震えてくるよ

「寒い……けど、うん、大丈夫……。
 ポヨリンも専用の装備があるから。おいで、ポヨリン」

『ぽよぉ……』

続いてやってきたフロウジェンは、ヒノデとは違う意味でスカラベニアとはまったく毛色の違う極寒の土地だ。
さすがにエーデルグーテから着てきたキトンやヒノデの巫女装束では寒すぎる。スカラベニアの踊り子衣装は論外だ。
インベントリから防寒着を取り出す。

【ふんわりダウンコート=特殊なやり方で弾けさせた綿を詰め込んで縫製したコート
 抜群の防寒性能を持ち、柔らかいが丈夫な防寒着
 製作可能なアイテムのひとつ

 身につけることで、一時的に冷気を軽減する
 また、もこもこなので見た目もかわいい

 フロウジェンに行くなら、ふんわりいこうよ】

ポヨリン用にフードの部分だけを縫ったコートを着せる。なお、エンデだけはそのままだ。
一応ボロボロのフード付きマントを纏っているが、その下は簡素なシャツとショートパンツだけなので見た目にとても寒そうだ。
本人はケロッとしているが。

>見ろよ、モンデンキント――これ、超カッコよくないか?

まるでアイアンゴーレムのような見た目になったエンバースが感想を訊いてくる。
なゆたは半眼になった。

「あんまりかわいくない……。着る○○シリーズだったら、オフトゥーンの方がいい」

聖鎧オフトゥーン――優れた防寒性能と全属性への高耐性、さらにユニークスキルまで持つレア装備。ただし見た目は布団。

>〈いいですね、その鎧。あなたにすごく似合ってます。ずっとそれ着てましょう〉

>おい。そんな事言ってると、ホントに最終決戦までずっとこれ着ていくからな

「却下」

にべもない。

105崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:36:00
>あー、悪い。ここは正直……お前にとっては退屈な場所だよな。うるさいし……暑いだろ

「ううん、別にそうでもないよ。
 機械とか動いてるの見るの好き。地球にいたときは、よく真ちゃんがバイクをレストアするの見てたもん」

次に訪れたタウゼンプレタ魔法工廠で、ばつが悪そうに言うエンバースへかぶりを振る。
多数の職人が行き交い、鎚の音が高らかに響き渡る工廠は今までの場所とはまた違う雰囲気を醸し出している。

「わたしのデッキとは相容れないけど、装備としては面白いのが多いよね。
 ほら、これとか……中折れ式ショットダーツ。
 シングルアクション・リボルバー式魔力装填拳銃『ピースブレイカー』もカッコいい。
 ガンベルトを巻いて、テンガロンハットをかぶって……女ガンマンなゆた! なぁ〜んて!」

作業台に置いてある銃を手に取り、くるくるとガンスピンしてみる。

>バイスバイトに『グレイテストメイス』を発注して、さっさと次へ行こう

「いいの? せっかく来たんだし、時間はいっぱいあるから。
 もっとゆっくり見て回ろうよ」

>〈ハイバラ?〉

>あ……ああ、悪い。ちょっとよそ見してた。えっと……バイスバイトの工房は――
 ――お、おい!今の見たか?スティルバイトだ!パズルアームズの製作者だぞ!

>〈ハイバラ?もしもし?〉

{エンバース?」

>なんだよ、もう!見失っちゃうだろ……じゃ、なかったな。行こう、さっさと用事を――

なんとか用事を済ませようとするエンバースだが、正直言って気もそぞろといった様子だ。
魅力的なものが周りにありすぎて目移りしてしまうという状態なのだろう。

>〈ハーイーバーラー?今度は何を見つけたんです?〉

>ブロウナー……フォームドクリスタル・ハンドカノンの設計者だ……。
 えっと……やっぱりここ、もう少しじっくり見ていっちゃ駄目かな?

「ふふ。どうぞ? 気の済むまで見て行けばいいよ」

やっぱり男の子だね。なんて思いながら、フラウと顔を見合わせて肩を竦める。
結局、タウゼンプレタ魔法工廠を出るのには五時間ほど掛かった。

>エンデ、これが最後だ。ここまで運んでくれ

「……わかった」

>別に、何か回収したいものがある訳じゃないけど……でも、この目で見てみたいんだ

エンバースが最後に指定した場所は、地上ではなく海の底だった。
海中箱庭ワタツミ保護区。エンバース、ハイバラのホームグラウンド――リューグークラン、即ち“竜宮”の名の由来。

「ここが……リューグークランの本拠地……」

門を潜って目的地に到着すると、いかにも複数人の雑居スペースといった空間が一行を迎えた。
カードが置かれたままのポーカーテーブルに、ソファに、壁に掛けられたたくさんの賞状。
リューグークランの強さを示す、多数のトロフィー。
かつて、ここには確かにエンバースの――ハイバラの仲間たちがいた。日本最強のチームが。
しかし今はもう誰もいない。引退したのではない、死んだ。
PvPでスターダムを駆け上がり、これから世界大会で各国の名だたる強豪と対峙し。
絶対王者であるミハエル・シュヴァルツァーに挑もうとしていたある日、彼らはひとり残らず失踪した。
そして――前人未到の『光輝く国ムスペルヘイム』で、命を喪った。

>まだ俺達がただのチームだった頃に……皆でルピを出し合ってここを買ったんだ。
 でも、そのせいでエントランスをどんなインテリアにするのか、すごく揉めてさ

エンバースがポーカーテーブルの天板をそっと撫でる。――慈しむように。

>流川はやなヤツみーんな誘い込んで丸裸にしようってカジノを作りたがるし。
 黒刃は内装とかいいから、とにかく入ってすぐにカカシ置けってうるさいし。
 あいうえ夫は、お前らセンスないし俺一人に全部やらせろなんて言い出して

「……」

>結局、デュエルで勝ったヤツが全部決めようって話になって……まあ、俺が全員ボコったんだけど
>……あいうえ夫が、ここに楊琴狸を放し飼いしてたんだけどな。逃げちまったのかな。その方がいいけど

「……」

>この箱庭も、本当は俺達より先に存在していて……俺達はここを作り上げてなんかない。
 だとしても、あの時間は本物だった。楽しかった……けど、俺はもうハイバラじゃない

パチン、とエンバースが指を鳴らす。指先に小さな炎が灯る。
もう今はハイバラではなくなってしまった、ハイバラだったモノが、ハイバラの記憶を懐かしむ。

>デュエルの中なら、俺はどんな状況だって正解を見つけられた。
 でも今は……分からないんだ。皆と今日まで旅をしてきて――楽しかった。
 お前とこの三日間一緒にいて、マジで楽しかったよ。でも……つい、考えちまうんだ
>俺は……アイツらの事を蔑ろにしてるんじゃないか。
 俺の中の、アイツらがいた場所を……塗り潰してるんじゃないか。
 けど……仕方ないだろ?もう、皆いないんだ。ずっと喪に服してる訳にもいかない

「……」

なゆたは少し離れたところで、ただエンバースの独白に耳を傾ける。
彼の姿を、背を見詰めながら。

106崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:36:16
>だからいっそ、ここを燃やしちまえば……踏ん切りもつくかなと思ったんだけど。
 でも、やっぱりやめとこうかな。この世界には、俺じゃない俺と、皆がいるんだよな?
 世界を救ったなら……ソイツらもやっぱりチームを組んで、いつかここに集まるんだよな?
>……なら、ここを燃やしちまうのは皆に悪いもんな

この広大な世界のどこかに、二巡目のハイバラと彼の仲間たちが存在しているのかどうか、それはなゆたにも分からない。
ただ、ローウェルによってムスペルヘイムへ召喚された一巡目の存在であるエンバースがそう言うのなら、
きっとそうなのだろう――とも思う。
人には直感というものがある。絆というものが。
それは数値化できない、隠しステータスでさえない、けれども確かに存在するパラメータ。
エンバースとリューグークランとの絆は、まだ途切れてはいない。
であるのなら、エンバースがそう感じるのなら。
おそらくそれは真実なのだ。

>悪いな、湿っぽい話をしちまって。本当はもっと……違う話をしたかったんだけど

「ううん、話してくれてありがとう。
 大事な話だよ……それは決してそのままにしてちゃダメなこと。きちんと向き合わなくちゃいけないことだよ。
 それを打ち明ける相手に、わたしを選んでくれて……嬉しかった」

振り返ったエンバースに、胸元で両手を組み合わせて告げる。
エンバースが――ハイバラが、どれだけリューグークランの仲間たちを大切に想っていたのか。
彼らの命を守ってやれなかったこと、独りだけ生き残ってしまったことを苦痛に思っているのか。
それが痛いほどに理解できた。
話すのには大変な勇気が要ったことだろう。決意がなければできなかっただろう。
だが、エンバースは話してくれた。
自分だけに――それが、素直に嬉しい。
だから。

>帰ろうぜ……俺は明日に備えて、デッキを再編しないと。エンデ、頼む

今度は、自分の番だ。
ばつが悪そうに帰還を促すエンバースに応じ、エンデが『門』を作る。

「待って、エンバ―――」

なゆたは口を開きかけた。
だが、次の瞬間。

>――誰かいる

エンバースが身構える。刀身が溶け落ちたダインスレイヴを抜き、間断なく周囲に気を配る。

「え……?」

とても冗談とは思えない緊張感のある声音に、なゆたは思わず身体を強張らせた。

>〈……私には、何も感じられませんが〉

フラウには何も感じられないらしい。ポヨリンもなゆたの警戒に応じて周囲をきょろきょろと見回しているが、
何も見えないらしい。
なにより、エンデが無反応だ。ソースコードレベルで物事を見ることのできるエンデの索敵能力から身を隠せるとしたら、
それこそローウェルやバロールなどブレモン管理者・運営レベルでなければ到底不可能だろう。
だというのに、エンバースには確かに“それ”が見えているらしい。

>は……はは……なんだ、そりゃ。俺が素っ裸になって、ここをメチャクチャにすれば満足か?
>……リューグーだ。リューグーの、皆が見える。皆……ずっとここにいたのか?

「エンバース……!」

まるで白昼夢だ。しかしどれだけ目を擦り、意識を集中させてエンバースの見ている視線の先を凝視しても、
そこにはただ無機質な暗闇が広がっているばかりだ。
だが、エンバースには間違いなく視えている。
そこからは、もうなゆたの想像を超える事態だ。
短くも長い時間が過ぎ、幻影が消えたとおぼしき頃、エンバースは右手で頭を抱えた。
フラウが気遣わしげに声をかける。

>悪い。今は……少し、混乱してる。とにかく、帰ろう……明日に備えないと

それ以上の会話や考察を放棄するように、エンバースは踵を返して門を潜り、クランの箱庭から姿を消した。

「…………」

皆が門を潜り、なゆたが最後に残る。
誰もいなくなった箱庭で、なゆたは凝然と佇立したまま、眉根を寄せきゅっと強く下唇を噛んだ。

107崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:36:37
「エンバース、いる?
 ……入ってもいい?」

エーデルグーテに戻ったなゆたは、その日の深夜にエンバースの部屋を訪った。

「ゴメンね、こんな真夜中に。……でもエンバースは眠らないって聞いたから。
 明日の準備してたの? 本当ゴメン、すぐ終わるから。
 ただ……昼間はちゃんと話してなかったなって。ちゃんと話さなくちゃって、そう思ったものだから」

部屋の中へ通されると、なゆたはそっとベッドに腰掛けた。
それから少しだけ俯いて黙っていたが、ややあって意を決したように顔を上げ、口を開く。

「今日はありがとう、すごく楽しかった。
 ううん、今日だけじゃない。昨日も一昨日も……この四日間、とっても楽しかったよ。
 エンバースと色んなところに行けて。おいしいもの食べたり、装備を選んだり。
 きれいな景色を見たりして、どれだけ時間があっても足りなかった。
 ……一緒にいられて、嬉しかった」

オデットに四日の準備期間を与えられたとき、なゆたは先ずエーデルグーテからは出ずに装備を整え、
残りの時間をシャーロットの記録と向き合うことで過ごそうと思っていた。
自分の中に存在するシャーロットの権能。管理者、運営としての力を、果たしてどう使うべきか?
それをじっくり考えようと思っていたのだ。
が、エンバースに誘われたことで当初の計画は崩れ、四日の時間はアルフヘイムの各地を探訪することに費やされた。
結局この四日間、なゆたはほとんどシャーロットや今後の世界のことなどを考えることが出来なかった。
しかし、今となってはそれでよかったと思っている。
元々出たとこ勝負、当たって砕けろがモットーのなゆたである。
突然大きな権能を与えられたからといって、あれこれ考えたところでいい方策など生まれるはずもないのだ。
今までがそうであったように、これからも感情任せで、イケイケドンドンで、猪突猛進で突っ走る。
結局、それがなゆたにとって一番いい方法なのだ、きっと。

「最後に寄った、リューグー・クランの箱庭でさ。
 あなたはクランのみんなを蔑ろにしているんじゃないかって……そう言ってたけど。
 わたしは、そうは思わないよ。
 今でもずっと……あなたは仲間を大切にしてる。大事なものだと思ってる。
 だって――大切じゃなかったら、わざわざ誰もいなくなった箱庭を訪れたりはしないでしょう?
 それにさ……ただ感傷に耽って、思い出を愛でるだけなら、あなたはひとりで箱庭に行くことだってできた。
 でも……あなたは言ってくれたよね。どうしても行きたい場所があるって。
 そこで大事な話があるって。
 第一、蔑ろにしてるかも……なんて心配してる時点で、全然蔑ろになんてしてないよ。でしょ?」

なゆたはエンバースの罅割れた双眸を見上げた。そして、淡く微笑む。

「リバティウムで最初に出会ったときのこと、覚えてる?
 ミハエル・シュヴァルツァーやミドガルズオルムとの戦いの最中、あなたはいきなり現れて。
 わたしの肩を掴んで、早く逃げろって。それから、鞄をわたしに突き出してさ……。
 預かってくれって。突然何を言い出すんだろう、それ以前になんでモンスターの【燃え残り(エンバース)】がいるんだろって、
 ビックリしちゃったなぁ」

突然現れた喋るアンデッドモンスターに、明神たち周囲の人間と共にひどく驚いたことを、懐かしそうに語る。

「そのあとも、こっちの都合や気持ちなんて全然考えないで『守ってやる』の一点張りで。
 なんて失礼なやつなんだろって、ずっと思ってた。
 わざわざ守ってなんて貰わなくたって、わたしは強いって。必要ないって――
 あなたは繰り返したくなかったんだね。ムスペルヘイムでの出来事を」
 
あの頃は生まれ持った向こうっ気の強さと月子先生のプライドで、素直にエンバースの言葉に耳を傾けることが出来なかった。
酷く反撥し、必要ないと拒絶した。パーティーに加えることさえ否定的だった。
でも、今は違う。

「あなたは仲間たちの形見を託せる相手を探してたんだよね。
 仲間たちが、リューグー・クランの記憶がこの世から消えてしまわないように、
 みんなが確かに存在したっていう証を残していくために、後を受け継ぐ人間をアンデッドになってまで探してた……。
 そんなあなたが、仲間たちを蔑ろにしてるなんて絶対ない。
 ましてや――」

そこまで言って、自身の胸元に右手を添える。

「別人になってしまっても、変わらずクランのことを想い続けるなんて。
 大事にしてなくちゃ、できないことだよ」

なゆたは迷いなく告げた。
それは、何もハイバラというプレイヤーが死んで燃え残り(エンバース)というアンデッドに変質した、という意味ではない。
今のエンバースは、かつてリバティウムやキングヒルで行動を共にしたエンバースとは“違う”と。
そう言っている。

108崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:37:12
「……最初は、気のせいかなって思ってた。
 外見も、喋り方も、態度も、何も変わらない。なんにもおかしくない――
 でも、どこかに違和感があった。何かが違うって……アコライト外郭での戦いの後から、少しだけそう思うようになって。
 間違いないって確信したのは……始原の草原のとき。
 ポヨリンがいなくなって、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなって……パーティーから抜けるって言ったわたしを、
 あなたは引き留めてくれたよね。
 わたしがいなくなるのは嫌だって。そう言ってくれたよね……。
 リバティウムにいたエンバースなら……きっと、そんなこと言わなかった」

なゆたが決定的な違和感に気付いたのは、そのときだった。
何も生前のハイバラのパーソナリティを何もかも把握している訳ではないし、エンバースについても同様だ。
だけれど、違うと思った。
まるでそっくりさんのような。よく出来た物真似のような。
本人に見えるけれど、本人じゃない――そんな微かな違和感を、なゆたは確かに覚えたのだ。

「あ、でも、誤解しないで。
 それが悪いって言ってるわけじゃないの、今のエンバースが偽者だとか、そんなことが言いたいんじゃない。
 そうじゃない……だって、あなたに始原の草原でああ言って貰えて、嬉しかったから。
 あなたに嫌だって。そう言われたから、わたしはパーティーを抜けるのを思い留まったんだもの」

もちろん、あのときはカザハや明神からも考え直すようにと説得を受けた。
けれど、ポヨリンを喪いすっかり折れてしまっていたなゆたの心を最終的に奮い立たせたのは、エンバースの一言であったのだろう。
なゆたはベッドから立ち上がるとエンバースへ歩み寄り、そっと両手でその焼け爛れた頬に触れようとした。

「ハイバラが死んでエンバースになったからって、ハイバラとエンバースが他人になったわけじゃない。
 同じように……以前のエンバースが何らかの理由で今のエンバースになったからって、
 それは別の存在になっちゃったわけじゃない……と思う。
 全部繋がってるんだ。ひとつなぎの存在なんだよ――それは変化ではあるけれど、交代とか分断とは違う。
 あなたは、あなた。少なくともわたしにとって、エンバースはたったひとり。
 出会った頃から一貫して皮肉屋で、素直じゃなくって、自信家で……。
 でも、いつだって仲間のことを想ってる。優しいあなたのまま」
 
ほんの少しだけ頬を桜色に染め、なゆたははにかむように笑った。

「つまり、何が言いたいかっていうと……そのままでいいよ、ってこと!
 リューグー・クランのことも、その他のことも。好きなものは全部まるっと持っていればいい。
 無理に忘れようと努力したり、踏ん切りをつける必要なんてないと思う。
 だってわたしがそうだもん! 人間、そんなにポンポン物事に見切りをつけたりなんてできないよ。
 そして、もっと長い時間をそんな好きなものたちと一緒に過ごして。
 いつの日か、もう大丈夫って思える時が訪れたなら……そのときにもう一度整理してみるのでも、遅くないんじゃないかな」

エンバースの頬を両手で包み込むように触れながら、微かに目を細める。

「もし、わたしがローウェルやイブリースに負けて死んだら。
 わたしのことも、リューグー・クランの仲間たちみたいに想ってくれる……?」

死してなお、廃墟と化した古巣を訪れ昔を懐かしむほど愛着のある仲間たち。
エンバースの、ハイバラの大切な者たちと自分を並び立たせるだなんて、厚かましいにも程があると思ったけれど。
それでも、訊かずにはいられなかった。
湿っぽくなった空気を誤魔化すように、なゆたはエンバースの頬から手を離すと長い髪を揺らして身体を反転させ、
エンバースから背を向けた。

「あはは……ごめん! ヘンなこと訊いちゃって。
 もちろん死ぬつもりなんてないよ。わたしにはまだまだ、やりたいこともやらなくちゃならないこともあるんだから。
 てことで――エンバースに新しいオーダー!」

肩越しに振り返り、右手の指を二本立ててみせる。

「ひとーつ! この戦いが終わったら、またわたしと遊びに行くこと!
 ブラウヴァルトで群青の騎士の試験を受けるのもいいし、カルペディエムに行ってみるのも面白そう!
 ここでこなしてないイベントも、行ってない場所も、わたしたちには山ほどあるんだから!」

アルフヘイムに召喚されて、さまざまな場所を冒険したつもりだが、
それでもなゆたたちが足を運んだのはブレモンのごく一部にすぎない。
地球――ミズガルズがそうなように、アルフヘイムの隅々までを冒険しイベントをコンプリートするには、
膨大な時間がかかるだろう。
それを、エンバースと一緒にやりたいと言っている。

「それから、もうひとつ。
 今じゃなくていいんだ。エンバースの気が向いたときで。
 無理強いするわけじゃないし、そのつもりがなければこのままで全然。
 でも、もし。もしも、言うことを聞いてもいいかなって。ほんのちょっぴりでも思ってくれたなら――」

もう一度なゆたは右足を軸に身体を反転させ、改めてエンバースへと向き直る。
両手を腰の後ろで結んで眉を下げ、少しだけ恥ずかしそうに。
けれども、意を決し――

「……なゆた、って呼んで欲しい。
 モンデンキントじゃなくて……わたしの名前を、呼んで欲しいよ」
 
なゆたは真っ直ぐにエンバースを見詰めると、静かにそう告げた。

109崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:37:52
準備期間にと与えられた四日間は瞬く間に過ぎ、決戦当日の朝が訪れた。

「やっぱ、わたしの正装って言ったらこれよね!」

銀色に輝く甲冑に蒼いマント、ミニスカートに白のニーハイブーツ。
自室にある姿見の前で姫騎士装備一式を身に纏い、なゆたは満足げに頷いた。
召喚されたときに着ていたセーラー服に始まって、サマースタイルのワンピースや水着姿。
流水のクロースや、先日エンバースと一緒に色々見て回ったときに着た巫女装束など、
今までの旅の中でなゆたは様々な衣装に袖を通したが、やはりこの姫騎士装備が最も身体にしっくり来る。
決戦に着ていくのはこの装備しかないと、なゆたは前々から決めていた。

「っし! やりますかぁ! いくよポヨリン、エンデ!」

『ぽよっ!』

「うん」

パートナーのポヨリンとエンデも既に準備万端だ。と言っても、いつもと何も変わらないのだが。
なゆたは自室を出ると、意気揚々と作戦会議室になっている聖堂へと向かった。

「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
 大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
 この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」

円卓を前に揃った一同の中で、プネウマ聖教の頂点、教帝こと『永劫の』オデットが口火を切る。
エーデルグーテの白亜の大門の外には既に夥しい数の兵が集結しており、出陣の号令を今か今かと待ちわびていた。
武具や火薬、食糧、それに医療道具なども山ほど用意してあり、まさしく戦争の直前といった佇まいだ。
軍勢は最高幹部たる大司教の下、六つの軍団に分けられ、その下に中隊長・小隊長として聖罰騎士たちが控える。
光を標榜する教団の擁する軍らしく、回復役も潤沢だ。ちょっとやそっとの傷なら、
後方支援部隊の薬師や僧侶が瞬く間に癒してくれるはずだ。
主な戦闘要員である騎士や戦士たちの他、戦いが始まれば穢れ纏いたちも影よりニヴルヘイム軍に襲い掛かることだろう。
まさしく最終決戦に相応しい軍容と言える。

「余は遊軍として五百騎を率いる」

この四日間で最新鋭の治療を受け、すっかり復調したグランダイトが腕組みし低い威圧的な声で言う。
プネウマ聖教軍の陣列には加わらず、好きに戦場を馳駆するつもりらしい。
始原の草原に置いてきた兵をかき集めた五百騎は当初保有していた覇王軍二十万と比べると見る影もないが、
それでも意気軒高である。皆、同胞の仇を討とうと闘争の炎を猛らせている。

「作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
 先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
 第三層と攻め進まなければならない」

アレクティウスが手にしたソロバンで円卓の中央に広げたニヴルヘイムの地図を指し、
説明する声が聖堂に響く。

「だが、当然そんな時間は我々にはない。
 よって、十二階梯の継承者『黄昏の』エンデの力で『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開き、
 このエーデルグーテから一気にニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)へと移動する。
 第八層への本隊移送が終了次第門を閉じ、後はニヴルヘイムの軍勢と雌雄を決する。
 ハロディ枢機卿の第一大隊は、第八層到着次第左翼に展開し――」

遊軍のグランダイトと違い、アレクティウスはどうやらオデットと共に本陣に残って作戦指揮を執るらしい。
グランダイトに心酔し片時も離れず行動しているアレクティウスのこと、
この世界決戦に主君と離れて行動することには少なからぬ葛藤があっただろうが、今は落ち着いている。
ただし、その目は真っ赤だ。きっとたくさん泣いて、嘆いて、最終的に受け容れたのだろう。
未来を生きるために。

「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
 貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
 敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
 最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」

「うーっし! やったろーじゃん!
 クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」
 
ぱぁん! と右の手のひらを左拳で打ち、黒甲冑姿のガザーヴァが気合を入れる。ダークマター突入組は、

崇月院なゆた(ポヨリン)
カザハ(カケル、むしとりしょうじょ)
明神(ヤマシタ、マゴット)
エンバース(フラウ)
ジョン・アデル(部長)
“知恵の魔女”ウィズリィ(ブック)
五穀みのり(イシュタル)
幻魔将軍ガザーヴァ(ガーゴイル)
『虚構の』エカテリーナ
『禁書の』アシュトラーセ
『黄昏の』エンデ

と決まった。

110崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:38:19
「いかに師父のなさることとはいえ、世界の消滅などは絶対に認められぬ。
 弟子として師父に直接問い質さねばなるまい。そして過ちは正す……。
 それもまた弟子の務めじゃ。のう、アシュリー。御子よ」

「そうね……。それから『詩学』と『万物』。『聖灰』……何より『黎明』とも話をつけなければ……。
 継承者のことは、私達に任せて貰うわ。これは――身内の話だから」

「……ぼくは修正パッチとして、継承者に対し完全なアドバンテージがある。
 引き付ける役は請け負うよ」

ニヴルヘイムとの決戦にあたり、ローウェルの走狗と化している継承者たちとの衝突は避けられない。
真正面からぶつかれば苦戦必至の難敵だが、それは此方の継承者たちが受け持ってくれるという。
とすれば、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の警戒すべき敵は兇魔将軍イブリース、ミハエル・シュヴァルツァー、
そして首魁である大賢者ローウェルだけに絞られる。

「大賢者様、この世界の叡智の最高峰たる尊き御方が、この世界を消滅させるおつもりだなんて……。
 絶対にお止めしなくちゃ。ナユタ、ミノリ、力を貸して頂戴。
 きっと私は、私の知恵は……そのために今日まで培われてきたものだったんだわ」

「もちろん。ローウェルと直接対決して、世界の消滅を防ぎたい気持ちは同じだよ。
 みんなで一緒に、誰ひとり欠けることなく……ローウェルに会って、未来を変えよう。
 みのりさんも――」

色違いの瞳に悲愴なほどの決意を湛えるウィズリィに、なゆたは頷いた。
それから、バロールのものによく似た白いローブを着て隣に佇んでいるみのりに視線を移す。
四日前、魔法機関車によって運ばれて来たときは意識もなく重傷だったみのりだったが、
グランダイトやアレクティウスらと同様、プネウマ聖教の治癒魔法によって今はすっかり回復していた。

「そうやねぇ。
 なゆちゃん、みんな、心配かけてもうて、ほんまにすんまへんどした。
 まさか『侵食』でせわしない筈のゴットリープやらが、直接キングヒルに攻めてくるとは思わへんかった。
 ウチとお師さんの完全な失策や……」

「ううん、そんなの誰にも予想なんてできないよ。
 犠牲は沢山出たけど……、でもみのりさんが無事で本当によかった。
 もし、みのりさんがキングヒルから逃げ遅れて、万一のことがあったらって考えたら……」

「ん……。おおきに。
 身体張ってウチらを逃してくれはったお師さんに報いるためにも、気張らせて貰いますわ。
 少し前の、それこそキングヒルに到着したころのウチやったら、そんなん冗談やないって突っぱねとったんやろけど。
 世界がのうなるか、のうならんかの瀬戸際や。四の五の言ってられへん。
 ……それにしても……」

みのりが眼帯に覆われていない右眼でなゆたを頭の天辺から爪先までまじまじと見る。
なゆたは首を傾げた。

「?」

「直接会うんは久しぶりやけど。
 ……少ぉし見ぃひんうちに随分強ぉなったみたいやなぁ、なゆちゃん。見違えたわぁ」

「え、そうですか?」

「うん。……なゆちゃんだけやあらへん、カザハちゃんも明神さんも、エンバースさんも、ジョンさんもや。
 キングヒルからモニターはしとったけど、みんな随分修羅場を潜ってきたみたいやなあ。
 世界を救う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の顔っちうのは、きっとこういう顔を言うんやろねぇ。
 頼もしいわあ」

ふふ。とみのりは隻眼を細めて笑った。

「はい……! 絶対、絶対! この戦いに勝って、世界を救ってみせましょう!
 わたしたち、みんなの力で!」

大きく頷き、なゆたは拳を握り締めてガッツポーズを取った。
そうして各々が最終決戦へ向け、決意を新たにする中――

>みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ

不意に、ジョンがそう切り出してきた。
これから戦うニヴルヘイムの軍勢を率いる主将、兇魔将軍イブリース。
今後の世界のため、平和のために、イブリースを殺すのは得策ではないと主張する。
それは、言うまでもなく皆考えていることだ。だが頑なにアルフヘイムを拒絶するイブリースの感情を前に、
現状有効な策が出ず問題を先送りにすることしか出来ていない。
しかし。

>策はないが…考えがある…カザハ、頼む

ジョンがフィンガースナップをすると、それを合図にカザハとカケルが歌を歌い始めた。

111崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2022/11/25(金) 10:38:40
「これは……」

>…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
 2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
 注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
 これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
 僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ

カザハが歌い終えると、ジョンが説明を始める。
アレクティウスはこんなときに歌など歌うなと文句を言いたそうな様子だったが、
オデットやグランダイトらが無言でいるため、渋々沈黙を貫いた。
ジョンの言いたいことはこうだ。
イブリースにはお互いの打算のために主従関係を結んでいたバロールとは違う、真の主君がいる。
その人物と交わした約束を愚直に守り続けている、そこを付け込まれてローウェルの走狗になってしまったのに違いないと。
今までの自分たちでは、その主君が誰なのかを察することが出来なかったが――今は違う。
エーデルグーテを訪れる前までの自分たちと、現在の自分たちとでは、持っている情報に決定的な違いがある。
つまり――

>なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?

シャーロットが、イブリースの真に臣従する主君なのではないか? ということだ。
ジョンに真っ直ぐに見詰められ、なゆたはきゅっと唇を一文字に引き結ぶと、小さく頷いた。

「そうだよ」

此方もジョンの碧眼を見返す。

「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは」

争いを好まず平穏を愛するシャーロットは、イブリースに相争い殺し合うことの無益を常々語っていた。
そして一巡目の世界でアルフヘイムとニヴルヘイムの戦いが激化する中、
イブリースに同胞たるモンスターたちの命を守るようにと命じたのだ。
世界が二巡目となってもなお、イブリースはその命令を――約束を遵守し続けている。
ジョンの予想は正しかった、しかし。

「でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
 
なゆたはあくまでシャーロットの権限やスキルを継承しただけの別人である。
ハイバラ本人が死後に変質したエンバースのような存在とは根本的に違う。
そんな自分がまるでシャーロット本人のように面影をちらつかせて戦いをやめろ、仲間になれと言ったところで、
イブリースは肯うまい。あべこべにシャーロットを騙るなと激昂されかねない。

「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
 偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
 言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」

ジョンの提案は使えないと、悲しげにかぶりを振る。
けれどもそこまで言いかけたとき、なゆたの頭の隅で何かが小さく光った。

「――――ッ、本物のシャーロット……?」

はっとして、自分が何気なく口にした言葉を繰り返す。

>アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
 という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
 シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう

更に、ヒノデへ出向いた際にエンバースが告げた言葉を思い出す。
あのときは巫女装束を着せたいがための方便と思っていたが、今にして思い返せば大きなヒントだった。

「なゆちゃん?」

腕組みし、何やら難しい表情で呻き始めたなゆたを気遣って、みのりが声をかける。
すぐになゆたはハッと我に返り、ぱたぱたと両手を振った。

「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
 ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
 あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
 ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」

纏まらない思考を一旦脇に退け、なゆたはジョンに約束した。
と、聖堂内に聖罰騎士がひとり入ってきてオデットに報告する。
オデットが皆を見回す。

「刻限です。参りましょう」

「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
 頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」

なゆたはそう言うと、徐に前方へ右手を突き出した。暗に皆、この手に手を重ねろと言っている。
ニヴルヘイムとの決戦、大賢者ローウェルとの決着。
世界を救うための戦いが始まった。


【デート終了。ニヴルヘイムへ出陣】

112カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:11:04
>「…そんな事言われたっけ?…覚えてないな」

「ジョン君……」

>「覚えているのは君が夜中に見張りをサボって中二病ごっこをしていた事だけさ…え?そんな事してないって?…そうだっけ?…まあどうでもいいや…」

カザハは真っ赤になりながら頭をふるふる振っている。お前絶対覚えとるやろ!
それにしても、あの頃の謎テンション突撃バカから紆余曲折を経て随分キャラ変わりましたね……。
まあ、地球で何十年と生活してた人がいきなりこんな世界に放り込まれて平常心を保っている方が例外なわけで、
ああ見えて無理矢理テンションぶち上げて自分を保ってたんでしょうか。

>「僕の人生の経験から言わしてもらえば…こんな時はどーんと構えたほうがいい。
見てる事しかできない?ほんの少しの力しかない?…違うな…少なくとも今…僕は君から勇気をもらったよ」

「勇気……」

それは、地球出身のジョン君達にはあって、もともとこちらの世界出身のカザハには無いかもしれないもの。
もちろんエンデが言うところの”勇気”はブレイブだけが持つ未だ正体不明の何かを指す特殊用語であり、
一般の言葉としての勇気とはまた別物なのであろうが。
それでも、カザハは本当に嬉しそうに微笑んだ。

「そっか。それなら本当に……良かった。
あのさ――いつぞやは引っぱたいたりしてごめん。全然偉そうに言える立場じゃないのに……。
実は……自分は場違いなんじゃないかって最初からずっと思ってて。
とどめにアルフヘイムの住人に”勇気”は無いって聞いて……もういいやって思って。
でもね。
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないって。
自分なりのやり方で思い出を作っていけばいいって、我の兄弟……いや姉妹かな?が言ってくれた。
それで……自分なりのやり方って何だろうって、何が好きだったっけって考えたら、こうなった」

カザハの兄弟といえばジョン君はきっと私のことだと思うだろうが、もちろん私ではない。
ということはもしかしてガザーヴァ?
え、待って!? あのガザーヴァがそんな事言ってくれたんですか!?
あんなに前世で殺し合った因縁があって相性最悪の犬猿の仲のくせに姉妹……だと!?
あなたの兄弟は私だけじゃなかったんですか!?

「実は普通に歌ったらジャ〇アンリサイタルなんだけど……
ちょっと思いついてレクス・テンペストの力で補正をかけてみたんだ。
君で二人目だよ――この力が何かを傷つける以外に役立つと言ってくれたのは」

ちなみに一人目は私。もう随分昔のことです。
この言い方だとまるで殺傷力だけは高いのが前提の能力みたいに聞こえるが、私の頃は本当にそうだったのだ。

113カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:13:44
「言っただろう? これでも昔は結構物騒だったって。
そもそも四大精霊族はこの世界の四大属性を司る神代遺物を守るための機構だ。
我の元々の名前は風の刃と書いて風刃。
風の巫女の一角として始原の風車を守ってて……始原の風車を狙ってくる人間をたくさん斬り殺した。
だから、頑張れば前みたいに戦えるはずって思ってたよ。だけど無理だった。
2巡目の我は、努力は苦手、奪い合うのも競い合うのも嫌いなどうしょうもないヘタレなんだ。
当然みんなとの差は縮まらないし、広がるばっかりだった。
……きっと、根性とか気合とかの問題じゃなく物理的に無理だったんだ。
ゲーム風に言えば多分……同じ名前の同じキャラでありながら仕様が変更されてる。
テンペストソウルの質が変わってしまったんだ。あの頃の純粋で残酷な魂はもう無い――」

なまじ前の記憶を保持していたばっかりに、仕様変更に気付かず適性の無い方向に空回っていたということか。
仕様変更が本当だとすれば、そこに何者かの介入があったのか、それもバグの一貫なのかは分からない。
元々私達の場合混線とか、単なるバグでは説明が付き切らないことが多々あるような気もしますが……。

「でも、それでいいんだ。自分で望んだことだから。
自分の名前も力も、あんなに嫌いだったのに。どうして昔に戻ろうとしてたんだろう。
もう前の世界に捕らわれるのはやめだ。昔みたいに前には出ない。サブアタッカーも回避タンクももうしない。
今まで使用不可だった呪歌系スキルが解放されたみたいなんだ。この力でみんなのサポートに徹するよ」

と、珍しく真面目な台詞を言ってはみたものの。

「なんて、もともと辛うじてサポーターとしてしか機能してないか! あはははは」

自分が真面目な台詞を言っているという状況が耐えられなくなったらしく、自分で茶化す。
そんなカザハを、ジョンくんはド直球のかっこいい台詞で鼓舞した。

>「僕は絶対役に立つ!絶対力になる!これだけでいい!…これから先は待ったなし!…いっしょにぶちかましてやろうぜ!」

「決めたよ――
呪歌の効果範囲って味方全員が多いんだけど、もしも誰か選ばないといけない時は――強化するのはキミに決めた。
君は見てて心配になるぐらい王道のアタッカーだから。捻りの無いバッファーとは多分最も相性がいい。
それに、我の歌に勇気をもらったと言ってくれた君にはきっと一番よく効く。

……
………
あ、飽くまでも戦略的に有効と思われるからであって他意はない!」

自分の発言が誤解を生みかねない発言となっている事に気付いたらしく、慌てて言い訳をするカザハ。
ジョン君は別に何とも思ってないと思いますけど……。
そういえばミズガルズには「キミに決めた」と言いながら女子高生略してJKに突撃した不審者のオッサンがいましたね……。
というか、真っ先に強化するのは不動のパートナーモンスターたる私じゃないんですかね!? 常識的に考えて略してJK!
カザハは気を取り直して言葉を続ける。

114カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:18:18
「とにかく! 君は絶対役に立つし力になるよ! そうなるように我が強化する!
ロールをサポーターに絞る理由、他じゃまともに機能しないっていうのはもちろんだけど、それだけじゃないんだ。
もしも、もしもだよ? 自分には勇気が無い奴が仲間の勇気をぶち上げることが出来たら……最高にかっこいいじゃん!」

カザハは楽しそうに笑った。久しぶりに見た屈託のない笑顔だった。
長らく悩んでいたカザハがやっと前を向けたのだ。
普段の私なら当然一緒に喜ぶはずなのに――何なのでしょう、この気持ちは。
ジョン君と別れ、カザハがこっちに来たので慌てて平常心を装う。

「我のキャラじゃないことを言ってしまった……今の拡散したら駄目だからな!?
……どうかしたか?」

「……何でもないです」

……装えてない!? ……これじゃあいわゆる”面倒くさい彼女”そのまんまじゃないですか!
いくらなんでも格好悪すぎる。絶対悟られてはならない……!
それに、今まで私だけに依存していたカザハがやっと皆の本当の仲間になろうとしているのだから、水を差してはならないのだ。



「これはやっぱりあなたが……」

その夜、私は神妙な面持ちで、預かっていたスマホをカザハに差し出した。

「一瞬でも私が引っ張る側だなんて思ったのは間違いでした。
やっぱり、ずっと依存していたのは私の方。
飛べるようになったのも、今生きているのも、全部あなたのお陰――」

「本当にその通りだ。カケルのくせに生意気だぞ!」

「ごふっ」

カザハがぶん投げた枕が、顔にぶちあたる。
こっちがちょっと真面目にしんみりした雰囲気出してるのに何この仕打ち!?

「こんなことになったのは君のせいなんだ。
そもそも最初に野垂れ死なずになゆ達と合流できてしまったのも、なんだかんだでこんなところまで来れてしまったのも、君のせいだ。
双子だったテュフォンとブリーズがすごく羨ましくて……ほんの出来心だったのに。
全部全部、冗談半分で兄弟ごっこを始めた我に文句ひとつ言わずに付き合った君のせいなんだからな!」

「カザハ……」

「たとえ妹が増えようと我の最初の兄弟は君だし、
たとえ強化をかけなくたって君には我と共有するレクステンペストの力があるだろう?
そんなことも分からないような奴はスマホ没収だな!」

「全部バレてる――!?」

115カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:24:27
私が動揺した隙に、カザハは無駄に高い素早さを発揮して私からスマホを掠め取った。
そして器用にベッドの上に着地し、私を抱きとめるように両手を広げる。

「忘れるな! ”君と来た旅路”があっての”皆で行く旅路”なんだ!」

私はその胸に飛び込む……と見せかけて無駄に高い素早さを発揮して必殺技を発動した。

「さっきの仕返しです! 必殺! 脇の下くすぐり!」「ぎゃぁあああああああああ!!」

クリティカルヒット! カザハは絶叫をあげながらベッドに倒れ込み、私も勢い余ってその隣にダイブする。

「こいつら……小学生から何一つ変わってね―――――――――ッ!!
二人揃ってキッズケータイでも首から下げとけや!!」

むしとりしょうじょの全力のツッコミが響いた――

そして……それから出発までの二日間、私は”新たに解放されたスキルの練習”と称しての路上ライブに付き合わされたのでした。
ユニット名は『2代目T SOUL SISTERS』だそうです。
上手いこと言っているのかいないのかよく分かりません。
2代目ということは初代は必然的に今はストームコーザーの中にいる二人ということに……
――謝れ!初代に謝れ!
そうしていると隣でむしとりしょうじょがタンバリンを打ち始めたりして。
「ちょっと待って何で物が持ててんの!?」
「よく分からんけど気合入れたら持てるようになった」
「経験点配分されてんの!?レベルアップしてんの!?」
とかいうやりとりがあったりなかったり。
というかベルゼブブは羽化したけどこの人全然成仏する気配ないんですけど!? 
これ、たまに出てくるギャグ要員としてなんとなく最後までいくパターンじゃね!?

そして出発前夜、いつものように寝る前にベッドに寝そべって駄弁る私達。
特に出発前夜らしい会話をするでもなく、いつも通りのとりとめのない会話である。

「そういえばこの世界はゲームなのにBGMが無いんだな……」

カザハがまた妙なことを言い出した。

「そりゃまあ……ゲーム内の登場人物には聞こえないようになってるんじゃないですかねぇ」

「ブレモンのBGM、滅茶苦茶いいのに勿体ないな……」

「言われてみれば確かに……」

最初は妙なことを言い出したと思ったが、ブレモンのBGMは確かにいいので、聞こえないのは勿体ない気がする。
カザハはブレモンのゲームはド素人だが、サントラだけは買って何回も聞いている。
いわゆる”サントラだけ買う勢”ですね。

「でも、こっちの世界の住人は、ブレモンにBGMがある事自体知る事すら出来ないのが普通なんだな……。
知る事が出来たのはゲームのブレモンがあるミズガルズに飛ばされたおかげだな」

116カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:34:01
地球にあったブレイブ&モンスターズ(私達から見たゲーム)のBGMは、
ブレイブ&モンスターズ(私達にとっての現実)のBGMの一部が使われていると考えられる。
ブレモン(現実)には、私達には聞くことのできないゲーム版未実装のBGMがたくさんあるのだろう。
そして、それらもゲーム実装済の曲と同程度のクオリティと考えれば、きっとどれも素晴らしいのだろう。

「この世界は大人気ゲームだったらしいが……駄目精霊の我としては難易度が高すぎるしもうちょっとぬるい世界観の方が好みだな。
特にミズガルズエリアは莫大な資金の投入しどころを間違えた壮大なるクソゲーとしか言いようがない。
が、神BGMを搭載してるなら仕方ないが全部ひっくるめて神ゲーと認定するしかない……。
世界を救ったら運営に全曲収録の完全版サントラを発売してもらうようにお願いしよう。
いやいっそBGMをONにする機能を実装してもらおうか。
その状態で世界の果てまで冒険しよう! カケル、一緒に来てくれるな?」

「四六時中BGMが流れてたらちょっとうるさくありません!?」

また滅茶苦茶な謎理論を展開しているが、世界を好きになるきっかけは何でもいいのかもしれない。
ブレモンのゲームをやり込んだのがきっかけでこの世界を好きになっても、
ブレモンのサントラを聞きまくったのがきっかけでこの世界を好きになっても、別にいい。

「本当は……今でも時々聞こえてる。賑やかな王都。風渡る草原。それから……みんなの曲。
なゆは……まるでアイドルソングみたいに可愛らしくてそれでいてすごく勇壮。
明神さんは……ちょっとワルっぽくてかっこいいドラムとベースの効いた疾走感のある曲だな。
エンバースさんは、出だしはオサレでクールとみせかけてサビはめっちゃ熱い。
ジョン君はやっぱちょっとアメリカンで? すごい激しくてでも切なくて……うーん、うまく言えないや。
とにかくテーマ曲が用意されているということは……間違いなく主要人物だ。我が語るべき勇者で間違いない」

「ふふっ、そうですね」

単に妄想や例えで言っているだけか、地球で言うところの共感覚のようなものか。
それとも本当にゲーム内の登場人物には聞こえないはずの音が時々聞こえているのか。
そうだとしたら5Gの影響を受けているのでアルミ製の帽子を被らないといけないやつの気もしますが……。
真相が何であっても、私にとっては大した問題ではない。カザハが不思議なことを言い出すのはもう慣れている。
重要なのは、ちょっと(かなり)変わった表現だがカザハが皆のことをすごく特別に思っているらしいということだ。

117カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:35:30
決戦当日の朝、皆が聖堂へ集う。
決戦に備えて装備変更した者、今までと変わらない者、様々だ。
なゆたちゃんは、この街に来るまで長く着ていた姫騎士装備に身を包んでいた。
カザハの服装はほぼ変わっていないが、ヘッドギアが羽根付きヘッドホンのようなデザインものに変更されている。
頭の装備は全体の印象に結構な影響を与えるとはよく言ったもので、こうして見ると吟遊詩人系クラスのように見えなくもない。

>「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
 大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
 この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」
>「余は遊軍として五百騎を率いる」
>「作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
 先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
 第三層と攻め進まなければならない」
>「だが、当然そんな時間は我々にはない。
 よって、十二階梯の継承者『黄昏の』エンデの力で『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開き、
 このエーデルグーテから一気にニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)へと移動する。
 第八層への本隊移送が終了次第門を閉じ、後はニヴルヘイムの軍勢と雌雄を決する。
 ハロディ枢機卿の第一大隊は、第八層到着次第左翼に展開し――」
>「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
 貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
 敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
 最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」

オデットやグランダイト、その部下のアレクティウスらが、厳かに会議を進めていく。
そんな中、例によって例のごとくガザーヴァはいつも通りだった。

>「うーっし! やったろーじゃん!
 クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」

「ブレなさすぎやろこいつ……誰に似たんだ……? ちなみに我はキャラブレまくりだから違うぞ」

いつも通りのガザーヴァを見て、カザハは自虐系ギャグ(?)を言いながら笑っていた。
突撃バカ、絶叫ヘタレ、なんちゃって達観系ときて今はその全部を足して3で割った感じになってますね……。

>「大賢者様、この世界の叡智の最高峰たる尊き御方が、この世界を消滅させるおつもりだなんて……。
 絶対にお止めしなくちゃ。ナユタ、ミノリ、力を貸して頂戴。
 きっと私は、私の知恵は……そのために今日まで培われてきたものだったんだわ」

>「もちろん。ローウェルと直接対決して、世界の消滅を防ぎたい気持ちは同じだよ。
 みんなで一緒に、誰ひとり欠けることなく……ローウェルに会って、未来を変えよう。
 みのりさんも――」

「みのりさん……! 元気になったんだな!」

118カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:40:58
>「直接会うんは久しぶりやけど。
 ……少ぉし見ぃひんうちに随分強ぉなったみたいやなぁ、なゆちゃん。見違えたわぁ」
>「え、そうですか?」
>「うん。……なゆちゃんだけやあらへん、カザハちゃんも明神さんも、エンバースさんも、ジョンさんもや。
 キングヒルからモニターはしとったけど、みんな随分修羅場を潜ってきたみたいやなあ。
 世界を救う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の顔っちうのは、きっとこういう顔を言うんやろねぇ。
 頼もしいわあ」

「みのりさんのサポートあってこそだよ。
危険を顧みずにストームコーザー探しに行ってくれたり……本当にありがとう」

>「はい……! 絶対、絶対! この戦いに勝って、世界を救ってみせましょう!
 わたしたち、みんなの力で!」

そんな中、ジョン君が話を切り出した。

>「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
>「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」

急に頼むと言われても何のことだか分からなかったかもしれないが、私達は、ジョン君から事前に打ち合わせを受けていた。
イブリースを必ず説得して助けたいこと、私達の歌った歌からそのヒントを得たこと。
イブリースには真の主君がいて、それを悪用されてローウェルの走狗になってしまっているのではないか。
そして、真の主君はシャーロットなのではないかという仮説。
イブリースは今やアルメリアを壊滅させた宿敵であり、カザハにとっても、テュフォンとブリーズを直接間接に葬った憎き仇。
それが直接のきっかけとなりカザハは色々こじらせてしばらく鬱モードだったのだ。
きっと、カザハもまたイブリースの処遇に関して複雑な想いがあったに違いない。
それでもカザハは最終的にはジョン君の考えに賛同し、彼と共にこの提案をすることとした。
楽器を持ったカザハと私が前に進み出る。

「聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ」

こんな非常事態に何も歌わなくても、歌詞のポイントとなる部分を掻い摘んで説明すればいいのでは、
とも思ったが、カザハはジョン君の提案通り歌おうと言った。
この曲が上の世界から見たブレモンのテーマ曲と共通して使われているものだとしたら、
思わぬところにヒントが隠されている可能性もあること、
そして何より「ジョン君が”勇気をもらった”と言ってくれたから」とのことだ。
案の定、生真面目なアレクティウスの”こんな時に何呑気に歌っとんねん”的な視線を感じたが、それでも最後まで黙って聞いていてくれた。

>「これは……」

>「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」

119カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:44:43
歌ったカザハですらも、ジョン君からこの解釈を聞かされる前はシャーロットからブレイブに向けた言葉とばかり想定していた。
「私が消え果てもかならずやりとげてくれる君達なら」このいわゆる大サビを境に、歌詞のニュアンスが
ブレイブとパートナーモンスターの一対一の絆から、パーティ全員の絆を歌っているように微妙に変化する。
“君とゆく旅路”から”皆でゆく旅路”への変化
それはもちろん、ブレイブとパートナーモンスターの一対一の絆から始まり、
いつしか共に旅するブレイブ達が本当の仲間になっていた――という解釈が自然だが。
それを遥かに拡大して、皆の中にイブリースまでも入っているとすれば――妙に辻褄が合ってしまうのだ。
シャーロットはきっと、皆で手を取り合って世界を救ってほしいと願っているのだろうから。

>「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」」

ジョン君はついに自らの仮説を皆に披露し、シャーロットの記録を持つなゆたちゃんに問う。

>「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」

>「そうだよ」

なゆたちゃんは、神妙な面持ちで頷いたのであった。

>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは」
>「でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」

とはいえ、エンデはなゆたちゃんを本物のシャーロットとして扱っているように見えるし、
シャーロットそのものではなくてもまるっきり別人とも思えないのだが、
シャーロットの記録を持つなゆたちゃんがそう言うからには少なくともイブリースにとってはそうなのだろう。
残念そうにかぶりをふるなゆたちゃんに、カザハは申し訳なさげに告げる。

120カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2022/11/28(月) 01:45:51
「そうか……いや、なゆが謝ることじゃない。
こっちこそごめん。敢えて言ってなかった事を言わせてしまって……」

>「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
 偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
 言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」
>「――――ッ、本物のシャーロット……?」

なゆたちゃんは、言葉の途中で何かを突然閃いたようだった。

>「なゆちゃん?」

>「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
 ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
 あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
 ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」

「そう言われるとめっちゃ気になるんだが!?」

そこで、出発の時間となった。オデットが皆を見回して告げる。

>「刻限です。参りましょう」

>「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
 頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」

前方へ突き出されたなゆたちゃんの手。カザハはその意図を汲み、迷わず手を重ねた。
まるで、何も考えてない系キャラだった最初の頃のように。

「必ず最後まで見届ける――きっと力になるから! レッツ・ブレイブ!!」

121明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:44:33
俺の思考回路は、この世界を創った三人の中で、おそらくローウェルに最も近い。
これまで幾度となくブレモンの『キャラクター』を唆し、けしかけ、暗躍してきた奴にすれば、
俺ほど御しやすい存在は他を置いて居ないだろう。

ネクロドミネーションみたく、容易く操られる危険すらあった。
だから、いざって時には、助けてくれ。
オブラートに幾重も包んだこの上なく情けない独白を、ガザーヴァは一切遮らずに聞いて――

>「……つまんない」

ズバリと切って捨てた。

「おまっ……面白いこと言おうとしてるわけじゃねえんだよ!
 なんぼ明神さんでもTPOくれー弁えて喋るわ!!
 俺達みんなの生死にかかわる問題なんですよ、もうちょい真面目によぉ――」

>「デートのお誘いってんでどんな話をするのかと思えば、最後の最後にそんなコトかよ?
 ホンット……オマエってば人様を煽るときは滑らかに舌が動くクセして、こーゆーのはカラッキシなのな!
 普通は無理してでも、俺は絶対負けない! とか黙ってついてこい! とか言うもんだろー?
 ワカってねーなー!」

「うぐ……」

ガザーヴァは呆れたと言わんばかりにため息をつく。
ガラじゃねえってこた分かってんだよ俺も。
それでも、腹の底から鎌首もたげる弱気を無視出来ない。
楽天的で居続けるには、人が死にすぎた。

>「まっ! でも、それがオマエだもんな。
 逆に……そんな白々しいセリフが言えるほど器用なヤツだったら、きっと好きにならなかった。
 小狡く立ち回ってさ、漁夫の利掠め取ってさ。常々ローリスクハイリターンで行きたいって思ってるクセに、
 いつだって望んで貧乏クジ引いてる……そんなぶきっちょなオマエじゃなくちゃ」

臆病になるな!とか、そんな風に背中でも叩かれるのかと思った。
ガザーヴァは、目を細めて俺の振る舞いを肯定した。

>「俺を信じてくれって? 手を伸ばせって? バカ言うなよな。
 そんなの今さら約束するまでもない。ボクはそうする、何があったって。どんなことが起こったって。
 だってさ――あのアコライト外郭で会ったときから。
 今までずっと、ボクはオマエのことを信じ続けて、手を伸ばしてきたんだから」

ああ……そっか。
どこかで俺は、未だになゆたちゃんの言ってたことを信じきれてなかったのかもしれない。
俺がこれまでやってきたことは、製作者の決めた『設定』に則ったものに過ぎなくて。
知らず知らずのうちに、ローウェルの意図を反映するように振る舞ってしまっているのかもしれない。
何度も死線くぐってきたこれまでの旅は、そんな風にレベルデザインされただけのコンテンツなのかもしれない。

だけれど今、俺の隣にはガザーヴァが居る。
一巡目の――ゲームのブレモンに定義付けられた『幻魔将軍』としての運命を否定し、
ただのダークシルヴェストルとして、俺の愛すべき存在として、一緒に釣り糸を垂れている。

122明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:45:18
ブレモンに執着していたローウェルなら、絶対に許さなかったであろう、設定の逸脱。
俺がやったことだ。俺がガザーヴァにそうさせた。俺が、ゲームのブレモンを否定した。

ガザーヴァがここに居る、そのことこそが、俺が自分の意思で何かを決めてきた何よりの証明だ。
こいつの知る明神が。瀧本俊之が。この世界で歩んできた俺の全てだ。

>「オマエはジジイの影響を受けやすいって言ったよな。思考が似てるって……。
 それなら、パーティーで一番ジジイのことを説得できる可能性を持ってるのもオマエなんじゃないか?
 だってさ……オマエは更生したじゃんか。一度は大キライだって、ぶっ潰してやるってあれほど憎んでたブレモンを、
 もう一度スキになることが出来たじゃんか。
 ジジイにもその気持ちを味わわせてやればいい。それが出来るのはパパでもシャーロットでもない、
 きっとオマエだけなんだ。だから――」

俺がローウェルに影響を受けるなら、その逆だってあり得る。
例え一度は絶望し、憎悪に駆られたとしても……注いできた愛と熱量は変わらない。
好きだったことを思い出す――もう一度、好きになる。
そんな心変わりは、決して机上の空論じゃない。

>「……洗脳されたらとか、操られたらとか、そんな後ろ向きなこと言うなよ。
 オマエら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、いつだって――“すげぇ面白そうだな、やってやろうぜ”だろ?」

変われるはずだ。現に俺は変われた。俺達は変われた。
この世界で旅した経験は、何も無駄じゃなかったって、そう言ってやるんだ。
ガザーヴァが隣に居てくれるなら、俺はカミサマ相手だって胸を張れる。

「……ひひっ。お前にそう言われちゃ、頑張らねえわけにはいかねえな。
 ちゃんと格好つけるからよ。見といてくれよ、俺の格好良いところ」

新しい仕掛けを付けて竿を振るう。
隣でふわふわ浮いていたガザーヴァが、何やら悪戯っぽく笑って、

>「どーんっ! ……へへっ」

「うぉわっ!?」

ケツから俺の胸元に飛び込んできた。
思わず竿を手放してキャッチする。甘える猫みたいに、ガザーヴァが両腕の中に収まった。

「あっ、竿、あー……まぁ、良いか」

取り落とした釣り竿が埠頭を滑って海に落下する。
そのまま流れてユグドラエアの木の根に引っかかるのを見届けて、俺は目で追うのを止めた。
回収なんかいつでも出来る。竿の居場所を強奪したガザ公と目が合う。

>「こんな世界、どうなったっていいって思ってた。ぶっ壊れちゃっても構わないって。
 ボクとパパさえいればいいって……。
 でも、今は違う。もっともっとこの世界を見て回りたいよ、パパが創った……パパの、それからオマエたちの愛する世界を。
 みんなが大切に想うこの三つの世界を、ボクも大切にしたい。守りたい。
 アハハ……あのトリックスターで愉快犯の幻魔将軍が、世界を守りたいだって!」

「ローウェルが聞いたら解釈違いで憤死するかもな。
 でもそれで良いんだ。俺達はもう、虐殺上等の悪役でも救いようのないアンチ野郎でもない。
 初期の設定なんか忘れちまったよ。大事なモンが増えるのは、きっとめちゃくちゃ幸せなことだ。
 ……俺達は今、幸せなんだ」

123明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:46:08
>「それもこれもみーんな明神、オマエのせーだぞ。
 オマエは約束通りアコライト外郭の外の世界をボクに見せてくれたけれど……全然足りない。
 もっと、もっとだ……この世界の果てまで、ボクはオマエと歩きたい。
 連れてってくれるんだろ?」

「ったりめーだろ、まだまだ巡ってないロケーションは山ほどあるんだ。
 樹冠から差し込む青い光の束がめちゃくちゃ綺麗なブラウヴァルトだろ。
 金色の雫がオアシスの木々を星みたいに鮮やかに彩るコルトレット。
 超でっけえ船の中が一つの街みたいになってるノートメア号なんかも面白いな。
 ああそうだ、ガンダラにも一回帰ってマスターを紹介するよ。すげえ気の良い漢女だぜ」

世界を救うのは、そんな楽しい観光旅行の前段階でしかない。
存亡をかけた戦いの後は、存続した世界を思いっきり楽しむご褒美が待ってる。

できるはずだ、俺達なら。
キングヒルに詰めてた軍団は軒並み消滅しちまったが、何もかもが手詰まりになったわけじゃない。
プネウマ聖教が丸ごと味方になって、十二階梯の継承者の協力も取り付けた。
エンバース、カザハ君、ジョン……そしてなゆたちゃん。ブレイブとしての戦力も十二分だ。

何より――

>「うんちぶりぶり大明神と幻魔将軍ガザーヴァは、アルフヘイムで最強……だろ」

――俺達が居る。
この期に及んで益体もない謙遜はしねえよ。
俺とガザーヴァが組めば、この世界に止められる奴なんか存在しない。
そう自信持って言えるだけの根拠を、俺達はこの世界で積み上げてきたはずだ。

俺が自分を信じられるのは、お前のおかげだ。ガザーヴァ。
お前が信じる俺を、俺は何度だって信じて立ち上がれる。

>「明神」

腕の中でガザーヴァが囁く。
アーモンド型の整った眼の中、星空を封じ込めたような瞳が俺を見る。
否が応にも、顔面に血が集まっていくのを感じた。

>「……ちゅーしたい」

「………………っ!!??」

喉から絞り出た声は、言葉にならなかった。
心臓が、心臓がものすごい勢いで仕事するのが手に取るようにわかる。
きっと俺の胸に頬を寄せるガザーヴァにも、鼓動は伝わってるだろう。

待て。待て待て。待て待て待て待て!!
きゅ、急にそんなこと言われても、心の準備が……
何をやってんだ俺は!そんな中高生みてーなドキドキやってる歳でもねえだろ!

124明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:47:21
……いや。
いまさら斜に構えて紳士ぶんのなんかやめろ。
したいようにして良いんだ。俺のしたいことは何だ?

「……顔、見んなよ。初めてなんだ」

ガザーヴァに目を閉じさせる。
ああ、昼食ったパエリアのバジルとか歯に挟まってたりしねえよな……?
地球からフリスク持ってくりゃ良かった……!

『グフォ……?』

覚悟を決めた傍に置いてあったスマホから声が聞こえた。
心拍数の急激な増加で魔力が乱れたのか、供給経路を繋いでいるマゴットがスマホの中で目を覚ました。
画面が点灯し、デフォルメされた蝿男の姿が表示される。

起きちゃったか。起きちゃったかぁ〜〜〜!
いやね、流石にね、マゴットの見てる前でそれはね、教育に良くないよね。
他人の目のあるとこでね、そういうことすんのはね、モラルがね。

……………………。

「……ごめん、マゴット」

俺はガザーヴァを抱いたまま、ポケットからハンカチを取り出して――

寝起きで目を白黒させるマゴットが表示された……スマホに被せた。

 ◆ ◆ ◆

125明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:48:26
4日後、決戦当日。
準備を整えた俺達は、聖堂で作戦のブリーフィングを行っていた。

>「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
 大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
 この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」

「は、八十万……流石は大陸全土をカバーしてる宗教だ、スケールが違ぇや……」

始原の草原で見た、地平線まで埋め尽くすような軍勢ですら二十万だった。
あの四倍。全員が戦闘員ではないにせよ、途方もない規模感に頭がクラクラした。

ソロバン殿が作戦概要を説明し、進軍後の動きを頭に入れていく。
例のインチキテレポがこっちの手札として使えるようになったのはデカい。
本来順番に攻略していかなきゃならないニヴルヘイムの殆どの段階をスキップできる。
当然、たどり着くまでに相応の損耗を被るであろう大軍団を、無傷で最下層まで送り届けられる。

>「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
 貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
 敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
 最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」

八十万余の軍勢は、言ってみりゃ超大掛かりな陽動部隊だ。
決戦戦力は俺達ブレイブと継承者。少数精鋭でダークマターの最奥部を目指す。

>「うーっし! やったろーじゃん!
 クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」

「勝手にブレモンをオワコン呼ばわりしやがった老害Pを分からせてやろうぜ。
 こんな面白いシナリオ途中で止めんなってよ」

>「そうやねぇ。
 なゆちゃん、みんな、心配かけてもうて、ほんまにすんまへんどした。
 まさか『侵食』でせわしない筈のゴットリープやらが、直接キングヒルに攻めてくるとは思わへんかった。
 ウチとお師さんの完全な失策や……」

復調した石油王が、白いローブを揺蕩わせながら頭を下げる。

「ローウェルとイブリースに会ったら、二三発余分にぶん殴って良いぜ。お前にはその権利がある。
 俺も殴るよ。1万発くらい……全部、キングヒルで殺された連中の分だ」

4日で頭を冷やすと言ったが……結局、俺は結論を出せなかった。
このままニヴルヘイムに乗り込み、イブリース達と協同体制をとって良いのか。
奴らが引き起こした殺戮を水に流して手を取るのは、死んでった連中に対する不義理じゃないのか。

>「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…
 平和の為にイブリースは必ず必要になる
 明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」

ジョンは、俺よりも先に自分なりの答えを出したようだった。

「もう一度言うぜ。無理だろ。タマンで俺達がどんだけ命張って向き合っても、
 あいつには何も響きやしなかった。何事もなかったみたいに……キングヒルを滅ぼしやがった」

感情論をカンペキ度外視すれば、ジョンの言うことは間違いなく正しい。
ニヴルヘイムの魔族を取りまとめられるのは、現状イブリースしかいない。
頭目を欠けば、この戦いが終わっても残党による抵抗は命尽きるまで続くだろう。
戦争を終わらせるには、イブリースに終結を宣言させなければならない。

126明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:49:35
「あのクソったれの兇魔将軍を説得する秘策でもあるってのかよ」

>「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」

ジョンが指を鳴らすと、カザハ君がスイと前に出た。

>「聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ」

カザハ君が奏でるのは、俺もソラで歌えるブレモンのテーマ曲。
ログイン画面で何度も聞いた。歌詞だって、カラオケで困らない程度には覚えてる。
しかしカザハ君歌うめーな……マイクもアンプのないのにめちゃくちゃ響く。吟遊詩人できるじゃん。

「……あれ?二番……」

さんざん聴き込んだ一番が終わっても、伴奏が続く。
ブレモンのテーマに二番なんてあったか?CD買ってねぇから分からん……。

>「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
 2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…」

「いやカザハ君の創作かい」

急に何だよ。オリジナル歌詞の発表会なんかやるタイミングじゃねーだろ!
だけど、カザハ君の歌った『二番』は、不思議とストンと腑に落ちた。

>「注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
 これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
 僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」

「なんで、カザハ君がシャーロットの歌詞を……」

なゆたちゃんから話を聞いてちょっぱやで拵えたにしては妙に歌詞の完成度が高い。
まるで初めから存在していたかのような、不思議な感覚――
カザハ君はメモリーホルダーで、混線やら何やらブレイブとしても特殊な立ち位置だ。
シャーロットの断片的な記憶を、歌詞という形で保存していた……?

>「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
 でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが 実際もっとあう部分があったたんだ
 恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…
 あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」

ジョンは少しずつ、何かを探るような面持ちで言葉を重ねる。
イブリースは、誰かに意思決定を委ねている。その第三者の言葉こそが、今のあいつには必要なんだと。

>「もちろんイブリース本人は一言もそんな人物の話はしなかったし…僕達も当然覚えてない…カザハの攻略本にすら書いてない…
 じゃあそんな存在いるわけないじゃん!ってちょっと前なら僕でも笑い飛ばしてだろうね
 でも…現れたんだ…一人…現れたのとは少し違うけれど…本当に一人だけ…この世界から完全に存在が抹消された人が…」

「それって――」

ジョンが誰のことを言わんとしているか、流石の俺にももう分かった。

>「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」

>「そうだよ」

なゆたちゃん――シャーロットの記憶をその身に宿したブレイブは、頷きを返した。

127明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:52:56
>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは」

その、『シャーロットがイブリースの上司である』って情報は、シナリオをクリアしたプレイヤーなら既知のものだ。
記憶から抹消されたシャーロットにまつわる設定も、既に解凍されて蘇っている。
だから俺は、なゆたちゃんの答えに驚きはなかった。

驚いたのはむしろ――ジョンが、独力でその答えに辿り着いたことだ。
元々こいつはシナリオ読み飛ばし勢で、アルフヘイムの基本的な世界観すら何も知らなかった。
俺達ガチ勢がパっと思い出したシャーロットのことも、こうして随分遠回りする羽目になった。

イブリースと何度も競り合った経験と、カザハ君の歌に隠された僅かなヒントから。
遠回りでも……ジョンはヒャクパー自分の力で結論を見つけ出した。

「マジかよ。すげえな、お前、ジョン」

シンプルな称賛が口をついて出た。
天動説が幅を効かせてた時代、地球が公転してることを天体の動きだけで導き出したように。

それだけジョンは本気でイブリースのことを考えて、考えて考えて考え抜いてきたってことだ。
救うために。その執念と、何より固い意思を、俺は理解してしまった。

だけれどそれゆえに、歯痒い。

>「でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」

シャーロットはもう居ない。なゆたちゃんの中にあるのはただの残滓だ。
イブリースの求めていた『主君』は、永遠に失われてしまっている。

>「そうか……いや、なゆが謝ることじゃない。
 こっちこそごめん。敢えて言ってなかった事を言わせてしまって……」

「……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな」

カザハ君がなゆたちゃんを慰める隣で、俺は目頭を揉んだ。

「仮に現物のシャーロットが居たとして……イブリースは、合わせる顔がねえだろ。
 確かにあいつはシャーロットの『同胞を守れ』って指示を律儀に守ってる。
 だけど俺の知る限り、シャーロットは和平派で、殺し合いそのものを嫌ってたはずだ」

ニヴルヘイムの安寧を守る一方で、アルフヘイムの連中はぶっ殺して良しとは言うまい。
シャーロットは三魔将であると同時に、アルフヘイムの十二階梯でもあったんだから。
あの女にとって、アルフヘイムもまた守るべき同胞だったはずだ。

「ハナから従う気がなかったか、シャーロットを忘れたところにジジイが唆したのかは知らんが。
 イブリースはアルフヘイムに侵攻して、ついには民間人さえも殺し回った。
 シャーロットの意思を半分、取り返しのつかないレベルで破ってる。どのツラさげて昔の上司に会うんだよ」

あの野郎のお気持ちに配慮してやる義理なんぞありゃしねえが。
下手にシャーロットを出せば、イブリースを追い詰めることになりかねない。

128明神 ◆9EasXbvg42:2022/12/05(月) 03:54:26
「ジョン。お前がイブリースを助けたい気持ちは分かった。
 戦争を終わらせるために奴を生かしておく必要があるって部分も含めて、お前が全面的に正しいよ。
 その上で俺の意思を伝えておく。……俺はまだ、イブリースとの同盟を受け入れられない」

出陣に向けて高まりつつある熱気が、水を浴びせたように冷えていくのを感じた。
こんなこと言ってる場合じゃないんだろうけれど。今言わなきゃ、何もかもが手遅れになる。

「奴はキングヒルを滅ぼした。グランダイトは、王宮も市街地も生存者は皆無と言った。
 民間人が避難できてるならそんな言い方はしない。あの街に居た人たちはみんな死んだってことだ。
 百歩譲って、正規兵も覇王軍も、軍人が殺し合って戦死したって話なら文句は言わねえよ。
 だけど街の人間は違うだろ。無辜の、剣をとったこともないような人々まで、皆殺しにされた」

手を下したのがイブリースか、ローウェルか、ゴットリープか、今はどっちだって良い。
ニヴルヘイムの軍勢を率いていたのはイブリースだ。
奴にとって大切なのはニヴルヘイムの同胞で、人間はその数のうちに入っていない。

「ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
 憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
 シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
 ……認められるかよ、そんなの」

このイブリースの処遇については、俺自身の感情論とは別に、もうひとつ問題を孕んでいる。

「犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
 今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
 俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
 シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない」

散々イキり散らした挙げ句にチャンピオンに抱えられて逃げ帰るわ、
同胞の恨みを口にしときながら自分も虐殺に手を染めるわ、
もう既に何度もイブリースには失望させられてきたが……
それでもなおあいつの根底に流れているのは、ニヴルヘイムの幸福を願う一貫した意思だ。
そこだけは、正道の武人としてのキャラクターを遵守している。

「……正直言って、俺はイブリースが一言でもゴネればあいつを殺すつもりだった。
 奴の裏にどんな悲しい過去があろうが。くだらん御託を並べる前に首を落とそうと思ってた」

死体にしちまえばこっちにはオデットが居る。
ニヴルヘイムへの終戦命令だってどうとでもなると思ってる。
だけど、それじゃ何も解決しないってことを、俺はジョンに教えられた。

「ジョン、お前は凄いよ。ただ設定を知ってた俺達とは違う。
 イブリースへの共感を、陳腐な同情に終わらせなかった。僅かな手掛かりで、あいつの内情に辿り着いた。
 そこには――ローウェルだって唸らされるほどの、物語が存在する」

ジョン・アデルと兇魔将軍イブリース。
形は違えど同じ痛みを抱えた者同士の因縁は、シナリオを彩るドラマになる。
プロデューサーなら、その物語の萌芽を切って捨てられないはずだ。

「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
 ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
 俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」

方針が決まれば、俺はようやく高らかに言える。
「レッツ・ブレイブ」と。


【ブレモンをオワコンにしない新しいコンテンツ:
 ジョンとイブリースの因縁を軸にドラマを作る】

129embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 00:59:55
【デートイベント・フラグメンツ(Ⅰ)】


『エンバース。ここは、わたしに任せてくれない? わたしとポヨリンに』

「なら、お言葉に甘えて……お手並み拝見といこうか」

『みんなはここで待ってて、すぐに終わらせるから!
 ―――ポヨリン、行くわよ! 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』プレイ!
 更に『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』、『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!』

「へえ、面白いスペルの使い方するんだな……って、いや待て。お前まさか――」

『名付けてスプラッシュポヨリン・ウェイヴライダー!
 いっっっっっけぇ――――――――――ッ!!』

「ああ……お前は、なんでそう危なっかしい事ばっか閃くかな……おい!頼むから転ぶなよ!」

〈ポヨリンさんに限ってそんなミスはしませんよ。ふむ、人一人乗せてあの速度……やりますね〉



『……巫女服……ね〜。
 エンバース、そういうのが好きなの?』

「さあ?だが、もしそうだとしたら……どうしてくれるんだ?」

『じゃーんっ! どう?』
『ね、ね、似合う? 初めて着たけど、いいね〜これ! 地球に帰ったらお正月に巫女さんのアルバイトしようかな?
 と思ったけどわたし、お寺の娘だから巫女さんにはなれないや……うぐぐ……』

「つまり……限定スキンは俺が独り占めって事か。悪くない気分だ」

『かしこみ、かしこみ〜。なんちゃって!
 ふふ……浄化なんてされちゃダメだよ?』

「……なら、そういう軽率にかわいい行動は控えてもらおうか?
 言っておくがな、その巫女服――めちゃくちゃ似合ってるんだからな。
 その破壊力を自覚せずに振る舞われては……はあ。まったく、俺の身が持たないぞ」



『あはは……ううん、ちゃんと似合ってるよエンバース! カッコいい!
 ……っていうか、エンバースより……』
『……わたしの方が問題だと思うんですけど』

「問題?問題なんてどこにも見当たらないけど……もっとよく目を凝らさないと見えないのか?
 ……俺が今、急に今日一日ずっとスカラベニアに滞在したくなってきたのは確かに問題だが」

〈今のところ、一番の問題はあなたのその発言ですがね〉

130embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:00:10
【デートイベント・フラグメンツ(Ⅱ)】


『見て見て、これ!』

「……このコースを、このタイムで?さっきのフラウより早いぞ……やるな、ポヨリンさん。
 フラウ、流石のお前も今回ばかりは相手が悪かったみたいだな……って、どこ行くんだよ」

〈さっきのでコースは覚えました。あと二回……いえ、三回も走れば――〉

「――いいや。俺の見立てじゃ、アレはそんな一朝一夕で超えられるタイムじゃないね。
 悪いが、今日はお前の負けず嫌いに付き合ってやる時間はないんだ……ほら、行くぞ」

〈だったら一回です。一回でタイム更新すれば……ちょっと、アンサモンはズル――〉



『却下』

「なにぃ!?確かにかわいくはないけど……だが、待て。考えてみろ。
 こういうクソデカアーマーにこそ、往々にして美少女が入ってるもんだろ?
 ブレモンというゲームのエンタメ性に寄与する為にも、そういう夢をプレイヤーに――」

〈で、入ってるんですか?〉

「いや、まあ、入ってないんだけどさ!」



『ううん、別にそうでもないよ。
 機械とか動いてるの見るの好き。地球にいたときは、よく真ちゃんがバイクをレストアするの見てたもん』

「真ちゃん……アイツ、最終決戦には間に合うのかね。チャンピオンは……生憎、俺がやっつけちまうけど」

『わたしのデッキとは相容れないけど、装備としては面白いのが多いよね。
 ほら、これとか……中折れ式ショットダーツ。
 シングルアクション・リボルバー式魔力装填拳銃『ピースブレイカー』もカッコいい。
 ガンベルトを巻いて、テンガロンハットをかぶって……女ガンマンなゆた! なぁ〜んて!』

「……しまったな。デリンドブルグでカウボーイ装備を回収してくるんだった。絶対似合ったろうに」



『ふふ。どうぞ? 気の済むまで見て行けばいいよ』

「悪い……ありがとな。そうと決まれば早速……おおい、そこの君!君だよ!スティルバイトちゃん!
 こっちにおいで。武器を打つ為の素材が欲しいんだろ?俺が用意してあげるからさ。
 代わりに頼みたい事があるんだ――大丈夫、きっと君も楽しめるから」

〈あの……ハイバラ?あなた、明日の朝を一人だけ牢屋の中で過ごすつもりですか?〉

131embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:00:35
【ルート・ジャンクション(Ⅰ)】


「――悪い、モンデンキント。最後、お前を置いてけぼりにしちまったな……。
 ちょっと……すぐには冷静になれそうにない。今日はここまでにしてくれ」

ワタツミ保護区から帰った後、エンバースはなゆたにそう言うと、部屋に戻ってしまった。
ベッドに腰掛ける/両手を組む/その上に額を預けて――だが、どうにも思考が纏まらない。

「……クソ。とにかく、明日の準備をしないと」

消え入るような呟き――スマホを開く/この三日間で集めたカードを取り出す/床に並べていく。
デッキコンセプトは――自身の最大火力=ダインスレイヴの補助/強化を軸にすべきだ。
つまり継続的な魔力放出/乗算形式のダメージ強化が出来るカードを積めばいい。

一度これと決めて考え出せば、蓄積した知識/理論が思考を推し進めてくれる。

「……『予告のダイス』がここにあればな」

それでも、ふとした拍子にさっきの事を――リューグークランの事を思い出してしまう。
まだ試してみたい連携があった/隠しておいた戦術だって幾つもあった。
皆の力なしで、ミハエルに勝つ為のデッキが完成する訳がない。

カードを手繰る手が止まる/拳を震えるほど強く握り締める。

『エンバース、いる?
 ……入ってもいい?』

不意に、部屋の外から聞こえた声/エンバースの背中が小さく跳ねる。

「……モンデンキント?あ……ああ、鍵は開いてる……どうしたんだ?」

慌てて立ち上がるエンバース。

『ゴメンね、こんな真夜中に。……でもエンバースは眠らないって聞いたから。
 明日の準備してたの? 本当ゴメン、すぐ終わるから。
 ただ……昼間はちゃんと話してなかったなって。ちゃんと話さなくちゃって、そう思ったものだから』

「……話って、何を」

ベッドに腰掛けたモンデンキントに向き合う。

『今日はありがとう、すごく楽しかった。
 ううん、今日だけじゃない。昨日も一昨日も……この四日間、とっても楽しかったよ。
 エンバースと色んなところに行けて。おいしいもの食べたり、装備を選んだり。
 きれいな景色を見たりして、どれだけ時間があっても足りなかった。
 ……一緒にいられて、嬉しかった』

「楽しんでくれて何より……って言いたいところだけど、俺もだ。
 俺の方こそ……楽しかった。お前が一緒に来てくれたおかげだ」

呼吸二つ分ほどの静寂――なゆたが口を開く。

『最後に寄った、リューグー・クランの箱庭でさ。
 あなたはクランのみんなを蔑ろにしているんじゃないかって……そう言ってたけど。
 わたしは、そうは思わないよ』

空っぽの筈の胸がどきりとざわつく/双眸の炎が不安げに揺れる。

132embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:01:30
【ルート・ジャンクション(Ⅱ)】

『今でもずっと……あなたは仲間を大切にしてる。大事なものだと思ってる。
 だって――大切じゃなかったら、わざわざ誰もいなくなった箱庭を訪れたりはしないでしょう?
 それにさ……ただ感傷に耽って、思い出を愛でるだけなら、あなたはひとりで箱庭に行くことだってできた。
 でも……あなたは言ってくれたよね。どうしても行きたい場所があるって。
 そこで大事な話があるって。
 第一、蔑ろにしてるかも……なんて心配してる時点で、全然蔑ろになんてしてないよ。でしょ?』

――もしかしたら。俺はただ薄情で嫌なヤツになりたくなくて、そんな事を言ってるだけかもしれないぜ。
そんな考えが脳裏に浮かんで/だが口にはしない――弱音を吐くにしても、それはあまりに情けなかった。

『リバティウムで最初に出会ったときのこと、覚えてる?
 ミハエル・シュヴァルツァーやミドガルズオルムとの戦いの最中、あなたはいきなり現れて。
 わたしの肩を掴んで、早く逃げろって。それから、鞄をわたしに突き出してさ……。
 預かってくれって。突然何を言い出すんだろう、それ以前になんでモンスターの【燃え残り(エンバース)】がいるんだろって、
 ビックリしちゃったなぁ』

「はは……確かに。あの時、問答無用で攻撃されなくて良かったよ」

弱音の代わりに零れる、虚勢めいた笑い。

『そのあとも、こっちの都合や気持ちなんて全然考えないで『守ってやる』の一点張りで。
 なんて失礼なやつなんだろって、ずっと思ってた。
 わざわざ守ってなんて貰わなくたって、わたしは強いって。必要ないって――
 あなたは繰り返したくなかったんだね。ムスペルヘイムでの出来事を』

「……ああ」

『あなたは仲間たちの形見を託せる相手を探してたんだよね。
 仲間たちが、リューグー・クランの記憶がこの世から消えてしまわないように、
 みんなが確かに存在したっていう証を残していくために、後を受け継ぐ人間をアンデッドになってまで探してた……。
 そんなあなたが、仲間たちを蔑ろにしてるなんて絶対ない。
 ましてや――』

『別人になってしまっても、変わらずクランのことを想い続けるなんて。
 大事にしてなくちゃ、できないことだよ』

はっと、エンバースがなゆたを見つめる/自分をまっすぐに捉えたその双眸を。
そして理解する。少女は、己の秘密に――隠し通した筈の秘密に気づいている。

「……お前、いつから」

『……最初は、気のせいかなって思ってた。
 外見も、喋り方も、態度も、何も変わらない。なんにもおかしくない――
 でも、どこかに違和感があった。何かが違うって……アコライト外郭での戦いの後から、少しだけそう思うようになって。
 間違いないって確信したのは……始原の草原のとき。
 ポヨリンがいなくなって、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなって……パーティーから抜けるって言ったわたしを、
 あなたは引き留めてくれたよね。
 わたしがいなくなるのは嫌だって。そう言ってくれたよね……。
 リバティウムにいたエンバースなら……きっと、そんなこと言わなかった』

「……モンデンキント。俺は、お前を騙したかった訳じゃないんだ……ただ……」

『あ、でも、誤解しないで。
 それが悪いって言ってるわけじゃないの、今のエンバースが偽者だとか、そんなことが言いたいんじゃない。
 そうじゃない……だって、あなたに始原の草原でああ言って貰えて、嬉しかったから。
 あなたに嫌だって。そう言われたから、わたしはパーティーを抜けるのを思い留まったんだもの』

「……そう言ってくれると、助かるよ」

呼吸など必要ないアンデッドが――それでも震える嘆息を零す。
かつて遺灰の男だった存在にとって、少女の言葉は救済だった。

133embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:09:58
【ルート・ジャンクション(Ⅲ)】

『ハイバラが死んでエンバースになったからって、ハイバラとエンバースが他人になったわけじゃない。
 同じように……以前のエンバースが何らかの理由で今のエンバースになったからって、
 それは別の存在になっちゃったわけじゃない……と思う。
 全部繋がってるんだ。ひとつなぎの存在なんだよ――それは変化ではあるけれど、交代とか分断とは違う。
 あなたは、あなた。少なくともわたしにとって、エンバースはたったひとり。
 出会った頃から一貫して皮肉屋で、素直じゃなくって、自信家で……。
 でも、いつだって仲間のことを想ってる。優しいあなたのまま』
 
なゆたが立ち上がる/エンバースへと歩み寄る。

『つまり、何が言いたいかっていうと……そのままでいいよ、ってこと!
 リューグー・クランのことも、その他のことも。好きなものは全部まるっと持っていればいい。
 無理に忘れようと努力したり、踏ん切りをつける必要なんてないと思う。
 だってわたしがそうだもん! 人間、そんなにポンポン物事に見切りをつけたりなんてできないよ。
 そして、もっと長い時間をそんな好きなものたちと一緒に過ごして。
 いつの日か、もう大丈夫って思える時が訪れたなら……そのときにもう一度整理してみるのでも、遅くないんじゃないかな』

少女の両手が、エンバースの頬に触れる――淡い微笑みに目を奪われる。

『もし、わたしがローウェルやイブリースに負けて死んだら。
 わたしのことも、リューグー・クランの仲間たちみたいに想ってくれる……?』

闇色の眼光が一瞬揺れる/小さな嘆息――両手でなゆたの頬を包む。

「……バカ」

そして少しだけ、ほんの少しだけ強く、己の額で少女の額を打った。

「勘弁してくれ。そんなの……次はもう耐えられそうにない」

そうして紡いだその言葉は――問いの答えとして、十分に機能し得る筈だ。

『あはは……ごめん! ヘンなこと訊いちゃって。
 もちろん死ぬつもりなんてないよ。わたしにはまだまだ、やりたいこともやらなくちゃならないこともあるんだから。
 てことで――エンバースに新しいオーダー!』

己の手中からすり抜けていく少女を、名残惜しげに見遣る。

「……仰せのままに、マスター?」

『ひとーつ! この戦いが終わったら、またわたしと遊びに行くこと!
 ブラウヴァルトで群青の騎士の試験を受けるのもいいし、カルペディエムに行ってみるのも面白そう!
 ここでこなしてないイベントも、行ってない場所も、わたしたちには山ほどあるんだから!』

「いいな、それ。きっと……次も楽しくなるんだろうな」

『それから、もうひとつ。
 今じゃなくていいんだ。エンバースの気が向いたときで。
 無理強いするわけじゃないし、そのつもりがなければこのままで全然。
 でも、もし。もしも、言うことを聞いてもいいかなって。ほんのちょっぴりでも思ってくれたなら――』

「……なんだよ、今更そんな改まって」

『……なゆた、って呼んで欲しい。
 モンデンキントじゃなくて……わたしの名前を、呼んで欲しいよ』

エンバースの身体が僅かに強張る。それが嫌だから、ではない――むしろ逆だ。

134embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:10:18
【ルート・ジャンクション(Ⅳ)】

己を見つめるなゆたの瞳に宿るもの/己の空っぽの胸の内側を掻き乱して、ざわつかせるもの。
それをどう呼べばいいか――エンバースは、確証などないが、知っている気がした。
生前――もうずっと昔に思えるその時にも、同じものを持っていたから。

エンバースはもう自覚していた――自分が、なゆたの願いに応えたいと思っている事を。
少女の瞳の中と己の胸中に在る「それ」を――照らし合わせてみたいと望んでいる事を。

「……改めてそう言われると、少し……照れ臭くて、参っちゃうな」

それでも――エンバースは二の足を踏む。
なゆたの願いに応えてやりたい――心からそう思っている。
自分がどう呼ばれるのか、それがどんなに大切かエンバースはよく知っている。

だが――そうする事で自分の中で何かが変わってしまわないか、怖い。
自分の中の一つ目の「それ」を塗り潰してしまわないか、恐れている。

無理に踏ん切りを付けなくてもいい/今すぐじゃなくてもいい――なゆたはそう言ってくれる。
だが――いつになれば割り切れるのか/それまでずっと曖昧なままにしておくのか。
全て「なあなあ」のままにして――呼び続けるのか。モンデンキントと。


『――ハイバラ』


不意に背後から声が聞こえた――なゆたには、それは聞こえていないようだった。
マリの声――今でも自分をハイバラと呼ぶ声が、エンバースの背に刺さる。
その響きはナイフのように冷たい――かえって、それで目が覚めた。

「……さっき、お前が言ってくれた事。嬉しかったよ。気が楽になった」

こんな風にただ、じっと悩んでいるのはハイバラらしく――自分らしくない。

「無理に踏ん切り付けなくたっていい……確かに俺、自分で自分を追い込んでたのかもしれない。
 でも……やっぱり俺、踏ん切りを付けたいんだ。しなきゃいけない……とかじゃなくて。
 ちゃんとしたいんだ。でないと皆にも、お前にも……アイツにも、不義理だから」

ゆっくりとなゆたに歩み寄る――今更、後には引けない。
だから。そう言って、エンバースは一度言葉に詰まり――

「なゆた」

悩みを振り切るように、ただそれだけ呟いた。

「……はは。なんていうか……少し、くすぐったいな」

照れ臭そうな笑い/泳ぐ視線/右へ/左へ――どうにか、なゆたをじっと見つめ直す。

「なゆた。なゆた……ああ、駄目だ。むずむずする。
 ずっとこうして呼んでいれば、その内慣れるかな」

少女の名を呼ぶ度、疼く微かな罪悪感――心の中にある一つ目の「それ」は、まだ動かせなかった。
だけど、かえって少し安心した――たったこれだけで忘れてしまえたら多分、自己嫌悪は免れない。

「……それで、なゆた。それだけで良かったのか?」

さておき――エンバースはそう尋ねた。

135embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:10:38
【ルート・ジャンクション(Ⅴ)】

自分がどう呼ばれたいか――その命題について考えると、どうしても思い出す。
今のなゆたは、以前のままなのか、それともシャーロットなのかという疑問について。
少女の説明は曖昧だった――シャーロットではない/だが以前の自分のままだと断言も出来ない。

遺灰の男は、エンバースと呼ばれる事に意味を見出していた――なゆたも、そうなのかもしれない。

「他には何かないのか?お前の望みなら、なんでも聞いてやるぜ。
 ……実はよく眠れないから、子守唄を歌って欲しいとかでもな」

とは言え、深く詮索出来るような話題でもない。こうして冗談混じりに聞くのが精一杯。

「……さあ。そろそろ寝ないと、明日に差し支えるんじゃないか?……部屋まで送るよ」

そうしてなゆたを送り、自室の前まで戻ると――エンバースは一度立ち止まり、意を決してドアを開けた。
部屋の奥。窓から差し込む月光の中に、マリがいた――血塗れの姿で何も言わずにエンバースを見ていた。

「……アイツのおかげで、一つ思い出したんだ」

エンバースが窓辺に歩み寄る。

「この二巡目の世界でお前と会うのは……今日が初めてじゃなかったな」

キングヒルでの決闘――その最中にエンバースは幻覚を見ている。
エンバース自身すら忘れていた事に言及出来る――マリの幻覚を。

「あの時とは……随分と態度が違うじゃないか。俺に愛想を尽かしたのか?」
 それとも――本当はまたあの時みたいに、俺に発破かけてくれてるのか?」

窓枠に右前腕を置く/マリの顔を覗き込む――返事はない。

『えー?それは、ちょっと都合よく考え過ぎじゃないですか?
 こっちは散々、あなたのダサいとこを見せられてきたのに』

背後からの声/もう驚きはしない/振り返る――流川たなが、ベッドの上で足をぶらぶらと揺らしている。

136embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:11:53
【ルート・ジャンクション(Ⅵ)】

「いいや、同じ事さ」

『はっ、そうやった煙に巻こうとしたって――』

「だって考えてみれば、お前らの言い分は要するに――
 俺にもう一度惚れ直させて欲しいって事だろ?
 随分とまあ、いじらしいじゃないか?」

『んなっ……!リューグーじゃあんなにしょぼくれてたくせに、よくもそんな事が言えますね!』

「ふん、それで?」

『……それでって、何がですか』

「今のやり取りは?ハイバラポイントで言うとどれくらいだ?」

『〜〜〜〜〜っ!はー!?あーあーそうやって言葉尻捕らえてくる感じだ!
 はいはい!そういうのハイバラさん好きでしたもんね!べ〜〜っだ!!』

流川が悔しげに舌を出す/そのまま煙のように掻き消える。
窓際を振り返ると――マリの姿はもう見えなくなっていた。

「はは……今のはかなり効いたな。大丈夫……心配するなって。
 明日はちゃんと見せてやるよ。お前らの知ってるハイバラを」

エンバースは、己の魂が今までになく燃え盛っているのを感じていた。
なゆたは、今までの全ての自分を認めてくれた/全ての自分を信じてくれた。
フラウは、一巡目で心折れて投げ出した自分を――今でもハイバラと呼んでくれる。

マリも、そう呼んでくれる――その本心がどうであれ。

リューグーの皆は、自分に惚れ直したくて堪らないらしい――そう思う事にした。
それに――ミハエル・シュヴァルツァー。世界一位が自分を名指しで待っている。

これら全ての、期待という言葉だけでは一括りに出来ない思いの存在に気づいた時――エンバースは、それに応えたいと思った。

「――ああ、思いついたぞ。カードはまだ足りてない……けど、このシステムなら――」

エンバースがカードの前に戻る/思いついた戦術を膨らませて形にしていく――懐かしい感覚が、蘇ってきた。

137embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:12:12
【ルート・ジャンクション(Ⅶ)】


翌朝、エンバースはカテドラル・メガスの裏庭にいた――昨夜からずっとだ。
昨夜閃いたシステムを手に馴染ませる為、何度も練習を繰り返していたのだ。

周囲には巻き藁代わりに、アルメリア兵士の大剣を始めとして無数の刀剣が突き立てられていた。
どれも激しく刃毀れするか/大きく歪むか/折れるか――或いは、切断されている。
まるで剣の墓場といった風情――その中心にエンバースは立っていた。

〈ハイバラ。聖堂内の足音が増えてきました。そろそろみたいですよ〉

「もう、そんな時間か……フラウ、これで最後にしよう」

〈いいでしょう……行きますよ〉

アルメリア兵士の大剣を足場にしたフラウが、溶けた尾を鍔に絡める――体を固定。
触腕を枝分かれさせる/周囲の直剣に伸ばす――都合十本の刃が宙に浮かび上がる。

「ああ、いつでもいいぜ――」

瞬間、宙空へと舞い上がる刃――エンバースの右手が残像すら残さず瞬く/十重に響く金属音。
周囲に武器が散乱する――折れて/歪み/引き裂け/貫かれ/溶けて/朽ちて/砕け散った残骸が。

「……トゥループ・システム。完成だ」

スマホを操作/散らばった武器の残骸を一括回収――エンバースは裏庭を後にした。



皆よりやや遅れて聖堂に参じたエンバースは、マスターアサシンの法衣を身に纏っていた。
赤と金で縁取りされた純白のローブ/目深に被ったフード/真紅の飾り帯。
左腕にはスマートフォンを固定した竜鱗のアームガード。

『プネウマ聖教軍の支度は整いました。
 大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
 この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう』

「総勢五十二万の相互ヒール軍団か――マル様と親衛隊の出方が気になるところだな。
 さっぴょん……少しは腕を上げたみたいだし、久々に一戦交えてみたいもんだけど。
 アイツ、今JPサーバーで何位なんだ?覚えてる限りじゃ……十四位とかだったっけ」

ニヴルヘイムの軍勢はウィズリィが失敗した事を知っている。
ならば、プネウマ聖教軍が敵に回る事も当然に想定しているだろう。
その対策として、マル様とその親衛隊をぶつけてくる可能性は大いにある。

〈五十二万ですよ?たった四人のブレイブでは流石に――〉

「そりゃ、ヤツらだけじゃな……でも、向こうだってニヴルヘイム連合軍と連携を取ってくるかもしれない」

G.O.D.スライム/アニヒレーターの破壊的な範囲火力。
デスメタルビルドの騒音による回避困難な詠唱/祝祷の妨害。
さっぴょんのグランドクロスは、大軍を容易く分断/包囲殲滅し得る。

たとえ十全のメンバーでなくとも、大軍殺しこそはマル様親衛隊の十八番――警戒しておいて損はない。

『余は遊軍として五百騎を率いる』

エンバースは何も言わない――用兵/遊撃をグランダイトに説くなどあまりに無意味だ。

138embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:13:08
【ルート・ジャンクション(Ⅷ)】

『作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
 先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
 第三層と攻め進まなければならない――

 ――敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
 最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ』

「……プランは、あくまでプランだ。俺達が予想以上に手こずる可能性も十分ある。
 いざとなったら、俺達を置いて一時撤退する事も視野に入れておけよ。
 こっちは最悪、エンデさえいれば逃げ道は作れる……筈だ」

『うーっし! やったろーじゃん!
 クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!』
 
エンバースは黙考=己が全てを失う事になった元凶に、どれほどの報いを望むべきか――答えは出ない。

『いかに師父のなさることとはいえ、世界の消滅などは絶対に認められぬ。
 弟子として師父に直接問い質さねばなるまい。そして過ちは正す……。
 それもまた弟子の務めじゃ。のう、アシュリー。御子よ』

「今回は、ずっと傍であやしてやれるか分からないからな。ちょっとやそっとで泣きべそ掻くなよ。
 継承者どもは……任せるしかないか。クソ、マル様にもロスタラガムにも借りは返せず仕舞いか」

『みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
 明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ』

ふと、ジョンが声を上げた/一瞬、聖堂から声が消える。

『もう一度言うぜ。無理だろ。タマンで俺達がどんだけ命張って向き合っても、
 あいつには何も響きやしなかった。何事もなかったみたいに……キングヒルを滅ぼしやがった』

真っ先に反論したのは明神だった――この中で、最も中庸/善良な感覚を持つが故の反論。

「……オーケイ、分かった。なら俺に任せろ。イブリースを上から下まで真っ二つにしてやる」

同調するエンバース=極めて断定的な口調/会話の主導権を強奪。

「勿論、ロスタラガムとマリスエリス、ゴットリープも俺が貰う。
 誰が何人殺したかは分からない……けど、加担した事だけは確かだからな。
 向こうの陣営にいて止めなかった以上、マルグリットだって同罪だ。皆ぶっ殺してやるよ」

冷水のように浴びせかける暴論/極論。

「……そうしてどいつもこいつも殺していけば、晴れてGエンドに到達だ。グッドエンドじゃないぜ。
 ジェノサイドエンドだ……そこまでは求めてないって?らしくない我儘だな。
 じゃあ……どこまでならいいんだ?どこまでやれば満足する?」

露骨にケンカ腰=それほどまでにはっきりと表明しておきたかった――そのルートは「無し」だと。

「無いんだよ、そんなの。ここまでなら殺していい、コイツだけなら――なんて線は。
 『うっかりLV2になるヤツなんているか?冗談キツいぜ』……ってヤツさ。
 一人でも殺せば……次を殺さない理由はもう、なくなるんだ」

真に迫る声=経験談。

139embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:14:51
【ルート・ジャンクション(Ⅸ)】

「……そんなに睨むなよ。言いたい事は分かるぜ?イブリースを殺さずにおくとしても――」

『あのクソったれの兇魔将軍を説得する秘策でもあるってのかよ』

「……正直、まだ何も思いつかないけど。けど、それを考えてた方がまだ建設的――」

『策はないが…考えがある…カザハ、頼む』

「……なんだと?」

ジョンが指を鳴らす/カザハが前に出る。

『聞いてほしい曲がある。
 『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ』

「歌?…………それで、この歌がどうしたって――」

『……あれ?二番……』

一番が終わったと同時に口を挟もうとして、タイミングを逃す。
ゲーム内の楽曲であるブレモンのテーマは、二番などなかった筈なのに。
自分がムスペルヘイムに召喚された後で、二番が実装されたのか――などと考える。

「んん……?いや待てよ。そもそも――」

『…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
 2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…

『いやカザハ君の創作かい』

「創作?いやいや、おかしいだろ。だって今の――」

『注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
 これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
 僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ』

「それ以前に――」

『なんで、カザハ君がシャーロットの歌詞を……』

「違う。そこじゃなくて――」

『なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?』

「……オーケイ。まずはそっちの話に区切りを付けよう」

エンバース=何か言いたげだったが断念――視線をなゆたへ。

『そうだよ』

『もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは』

「そうか……ジョンはメインクエストも未クリア……いや、読み飛ばしてたんだっけ?」

140embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:15:58
【ルート・ジャンクション(Ⅹ)】

『マジかよ。すげえな、お前、ジョン』

エンバースが細く長く溜息を吐く――明神の言う通りだ。
ジョンは独力で、イブリースのバックボーンを読み取った。
ただ――それでも、その閃きは車輪の再発明止まりでしかない。

『でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも』

「……だろうな。俺がイブリースなら間違いなくブチ切れる」

『やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
 偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
 言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――』

『――――ッ、本物のシャーロット……?』

「どうした、モン…………なゆた?」

一度深呼吸をして、気を取り直して少女の名を呼ぶ――しかし返事はない。
何かを深く考え込んでいる様子――これだよ、と言いたげに両手を上げる。

『……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな』

「明神さん、まだ言うつもり――」

『仮に現物のシャーロットが居たとして……イブリースは、合わせる顔がねえだろ。
 確かにあいつはシャーロットの『同胞を守れ』って指示を律儀に守ってる。
 だけど俺の知る限り、シャーロットは和平派で、殺し合いそのものを嫌ってたはずだ』

まだGルート行きを引きずるつもりか――言いかけた言葉が、行き場を失う。

『ジョン。お前がイブリースを助けたい気持ちは分かった。
 戦争を終わらせるために奴を生かしておく必要があるって部分も含めて、お前が全面的に正しいよ。
 その上で俺の意思を伝えておく。……俺はまだ、イブリースとの同盟を受け入れられない』

明神の意志は堅い――だが声は大分、冷静さを取り戻している。

『ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
 憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
 シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
 ……認められるかよ、そんなの』

「……認められなかったら、どうするって言うんだ?」

問い=挑発といった調子ではない――純粋に続きを促している。

『犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
 今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
 俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
 シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない』

「確かに……そういう解釈の下でなら、死なせてやるのも一つの選択肢だろうけど」

その線は考えてなかった、といった口調――実際、メインストーリーの中ではイブリースは死んでいるのだ。
せめて武人らしくという大義名分さえあれば、物語のクオリティとイブリースの死は両立し得る。
そのルートでも結局、和平への筋道が立たないという問題は残るが――不可能ではない。

141embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:18:37
【ルート・ジャンクション(ⅩⅠ)】

幻魔将軍をどうにかニヴルヘイムのトップにねじ込むか。
はたまた――シャーロットの力をモノにして皇魔をでっち上げるか。
手持ちのカードでどうにかする――それはそれで、ゲームのルート分岐として面白みがある。

『……正直言って、俺はイブリースが一言でもゴネればあいつを殺すつもりだった。
 奴の裏にどんな悲しい過去があろうが。くだらん御託を並べる前に首を落とそうと思ってた』

だが――明神の目はもう、そんなトゥルーエンド未満を見ていないようだ。

『ジョン、お前は凄いよ。ただ設定を知ってた俺達とは違う。
 イブリースへの共感を、陳腐な同情に終わらせなかった。僅かな手掛かりで、あいつの内情に辿り着いた。
 そこには――ローウェルだって唸らされるほどの、物語が存在する』

「間違いない。地球に帰ったらイブ様親衛隊の隊長になれるぜ」

『イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
 ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
 俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ』

「……結局、自分で言い出した事、全部自分でひっくり返しちまったな?でも……うん、それがいいよ。
 なにせ明神さんの腕じゃ、イブリースのあの丸太みたいな首はどんなに頑張っても落とせっこないし」

からかうような/だが嬉しげな声色=明神が殺しの螺旋に落ちてこなくて良かった。

『なゆちゃん?』

『あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
 ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
 あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
 ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!』

「あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ」

飛空艇からの自由落下/二度に渡るオデットへの特攻/二度目は殆ど自殺行為――懇願の根拠は十二分。

「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」

視線の先=カザハ/カケル。

「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」

声色は極めてフランク――その実、言動は事情聴取/物証の有無を確認。

「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
 朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」

エンバースは念の為、尋問めいた雰囲気を隠そうとしている――だが実際にはカザハは嘘をつかない。

「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」

ふと、エンバースが椅子に深くもたれかかる――虚空を見上げる。

「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」

そこにある筈の、プレイヤー達の覗き窓へと語りかける。

142embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:23:34
【ルート・ジャンクション(ⅩⅡ)】

「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」

実は夢の中で教わりました、示唆されました――では説明にならない。何故なら――

「それもおかしな話だぜ。そいつがこの世界の……
 少なくとも地球の作中作のテーマソングまで把握してるって事は、
 つまりたかが風精王ごときが独自にこの世界をゲームだと解明してるって事になる」

たかが風精王――ここでは『それが何代目であれ、所詮はゲームのキャラクターに過ぎない筈の存在』の意。

「それだけじゃない……一巡目にガザーヴァと混線?したって事は、お前らは同時期に死んでた訳だろ。
 だが、ゲームの中では……シャーロットが初めて登場するのはガザーヴァの死後になる。
 俺達の知るブレモンが、一巡目の顛末を基にして作られているとすれば――」

これについては確証はない。だが――

「――勿論、これも別に根拠のない話じゃない。こないだ……なゆたが言ってたよな。
 ゲームとしてのブレモンは、シャーロットが二巡目のブレイブの為に残した措置の一つだって。
 なら、わざわざオリジナルのシナリオを発注する必要も……そんな事してる暇もなかったんじゃないかな」

とにかく、と話を本旨へ戻す。

「その場合、カザハはシャーロットとの面識すらなかった事になる。
 だから……思い出した?そんな事があり得るのか?恐らく面識のなかった人物と、
 間違いなく自分の死後に発動した『機械仕掛けの神』にまつわる歌詞を……死人がいつ作れたんだ?」

前へ向き直る――カザハを見据える。

「ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
 シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
 けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない」

円卓に仰々しく両手を打ち付ける/身を乗り出す。

「……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ」

楽しげに言うエンバース。

「……心配するな。別に、今更お前を疑ってるとかじゃない。
 ただ……そう、俺はただ、可能性の話をしてるだけなんだ」

いつもより僅かに柔らかな声/一呼吸置いて、こう続ける。

「――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を」

今度は一変して、芝居がかった脅かすような口調。

「――いや、神為的なもの、と言うべきか?そんな事が出来る存在は限られてる……けど、具体的には?
 シャーロット自身の仕業か?でも折角の置き土産が歌と歌詞だけってのは、ちょっとあんまりだよな?」

人差し指/中指/薬指を立てる――薬指を折る。

「なら、バロールか?ヤツが二巡目に入る際、マスクデータという形で情報提供してくれたとか?
 でも歌詞よりも先に、まずシャーロットの存在自体を伝えてくれないと話にならないんだよな」

中指を折る。

「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」

残った人差し指を口元に添えて、エンバースが笑う。

143embers ◆5WH73DXszU:2022/12/10(土) 01:25:10
【ルート・ジャンクション(ⅩⅢ)】

「そんな事はあり得ない?いや、あり得ない可能性は既に除外した……まだトリックが分からないだけだ」

実際、一巡目の崩壊時、二巡目に向けて布石を打てたのがシャーロットだけと断定出来る根拠はない。
キングヒルへの『侵食』を見るにローウェルの権限は二巡目でもある程度機能しているし、
サルベージされる前の一巡目のデータが既に干渉を受けていた可能性だってある。

「……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
 そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて」

最後、やや投げやりに締めくくる/エンバースは一息ついて――

「じゃ、これで話は終わりだ……ジョン、今回の作戦はお前が要だ。しっかり頼むぜ」

明らかに狙い澄ました能天気さで、そう言った。

「……ん?どうした?俺、別にさっきの方針は怪しいからやめにしとこうなんて言ってないぜ」

とぼけた口調/口元に僅かに垣間見える笑み。

「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
 この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
 何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」

エンバースが椅子に深く体を預ける。

「そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
 目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?」

そしてもう一度、架空のカメラを見上げる/両手を広げる。

「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」

一巡目の感覚を思い出す――物語の全貌を把握し切れないが故の息苦しさを。

「こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも」

だが、そう言って皆を見渡すエンバースは――強気な笑みを浮かべていた。
物語の全貌を把握し切れない――それは渦中の当事者にとっては耐え難い苦痛になる。
だが――この世界がゲームである事を完全に受け入れてしまえば、最上級の娯楽にもなり得るのだ。

「いや……もしかして、そんなの俺だけか?だとしたら……悪い事しちゃったな。
 ま、物語には適度なケレン味と緊張感が必要って事でさ……勘弁してくれよな」

そして――程なくして、聖堂に一人の聖罰騎士が入ってきた。

『刻限です。参りましょう』

『了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
 頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!』

「ちゃんと楽しむ事も忘れるなよ。全部一度きりだ。リプレイは出来ないんだからな」

エンバースが立ち上がる/天井を見上げる/人差し指を突きつける――これは、お前達に言っているんだと示す為に。

「さあ、行こうぜ――レッツ・ブレイブだ」

144ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/12/13(火) 03:35:29
>「そうだよ」

やはり…イブリースの違和感の一つはこれで消滅した。
ちゃんと話したわけではないが…ポヨリンを一度葬った後の発言…僕達は即座に殺さず話を聞いてしまうお人よし感
僕は今までイブリースは非情だ…しかしそれと相反するようにお人よしな部分が見え隠れする…違和感がずっとあった。

>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
 イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
 ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
 三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
 シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
 バロールが魔王となるまでは」

でもそれが…お人よしの部分は…他人の影響受けていた…。僕がなゆに影響を受けたように…イブリースもまたシャーロットから影響受けていた。
僕はなゆに…イブリースはシャーロットに…影響を受けた相手すらも実質同一人物だった…とは…これは運命なのか…。

>「でも……ごめん。それだけだよ。
 わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
 シャーロットそのものじゃないから。
 むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」

「なん…!」

>「……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな」
>「……だろうな。俺がイブリースなら間違いなくブチ切れる」

「なぜだ…?本人がいなくたって…!」

>「ハナから従う気がなかったか、シャーロットを忘れたところにジジイが唆したのかは知らんが。
 イブリースはアルフヘイムに侵攻して、ついには民間人さえも殺し回った。
 シャーロットの意思を半分、取り返しのつかないレベルで破ってる。どのツラさげて昔の上司に会うんだよ」

「それは…」

そんな事は言われなくたって分かってる…!しかしイブリースをどうにか説得しなければ…!
世界平和なんて夢のまた夢なんだ…それは明神だって分かってるだろうに…!

>「ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
 憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
 シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
 ……認められるかよ、そんなの」

>「犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
 今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
 俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
 シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない」

明神の言わんとしてる事は分からんでもない…けど、僕には…イブリースというゲームのキャラクターの中の一つであるイブリースは殆ど知らない。
目の前の…言葉を交わしたイブリースが僕の全部の情報だ。一貫性だとか…ゲームとしての存在の魅力がどうだのこうだの僕にはわからない…。

>「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
 ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
 俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」

僕達がイブリースを何らかの手段で説得・懐柔したとして…イエスマンになったイブリースにニブルヘイムの統治はできない。
そもそもローウェルが洗脳したにせよ口でコントロールしてるにせよ…確かにそこになんの違いもないのかもしれない。

でも具体的にどうすればいいのか?ストーリーも…世界観も分かってないこの僕が?

145ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/12/13(火) 03:35:45
仲間にする事ばかり考えていた。
なゆ達が僕にしてくれたことをそっくりそのまま実行すればイブリースを助けられると信じていた…でも…
自分の意志で…なにかを実行した事がない僕が…相手に説けるだろうか?

不安になっちゃいけない…ここまできてできないは許されない…!それでも…僕は明神の言葉に返事できずにいた。

>「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
 偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
 言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」

いや…なに考えてるんだ…!なゆに…みんなにここまで何を教えられたんだ!僕ならできる!カザハに言っといて自分でできなくてどうする!

>「なゆちゃん?」

>「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
 ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
 あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
 ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」

「任せとけ!僕が必ず…!」

フライングした…ちょっと恥ずかしい。
だめだ最初から最後まで空回りしてる気がする…いや気のせいじゃない…もう少し冷静にならねば…

>「あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ」

エンバースがその気があってかなくて…なかった事にしてくれた…優しが身に沁みる。

落ち着け…考える事はなにもイブリースの事だけじゃない…むしろイブリースの事は前座…真の敵はまだその先にいるのだから。
力配分…戦闘態勢を整えておかなければならない…イブリースをどうこうできても負けてはまったく意味がないからな。

「行くぞ部長…今まで…僕の一人よがりだったけど…今度こそブレイブとして…みんなの役に」

やはり元気だけが空回りしている僕にエンバースが待ったを掛ける

146ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/12/13(火) 03:36:02
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」

エンバースとの付き合いもまあまあ長くなってきた今日この頃…エンバースの真面目な声のトーン…
なにか確信を得た時に発する凍てつく視線と声…その矛先は……カザハ?

>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」

嫌な予感がする――この状態のエンバースは遠慮がない

>「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
 朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」

「なあ…エンバース…その話今関係あるのか?ただ前の週の思い出を思いだしただけだろ?そんなにマジメに追及する事なのか?」

>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」

あ〜だめだ…エンバースがこうなったら疑問を徹底的に口に出さないと気が済まないぞ…。
エンバースの一人で完全に把握する癖と気になった事はとことん突っ込まないといけない性格は分かってはいたが…

>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」

うわ…なんかなんにもないところに向かって話始めた…なんかどっかのドラマのテーマソング流れそうな雰囲気だよ!周りは凍ってるけど!エンバース…君は古畑任〇郎か?

>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」

「なあ…エンバース…君が無駄な事はしないって僕は知ってるよ…けどそんなに尋問するようにしなくたって…」

>「……心配するな。別に、今更お前を疑ってるとかじゃない。
 ただ……そう、俺はただ、可能性の話をしてるだけなんだ」

違うそこの心配してるんじゃないだって!僕は心の中で愚痴りながらなゆと明神を見る。

う〜ん…これは様子を見るしかないのか。

>「――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を」
>「――いや、神為的なもの、と言うべきか?そんな事が出来る存在は限られてる……けど、具体的には?
 シャーロット自身の仕業か?でも折角の置き土産が歌と歌詞だけってのは、ちょっとあんまりだよな?」
>「なら、バロールか?ヤツが二巡目に入る際、マスクデータという形で情報提供してくれたとか?
 でも歌詞よりも先に、まずシャーロットの存在自体を伝えてくれないと話にならないんだよな」

>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」

「エンバース!」

意図はないとは分かっているが…さすがにカザハがかわいそうだ…さすがにこの辺にしろと意味を込めて名前を呼ぶ
まるで悪戯がバレた子供のように含み笑いをしながらエンバースはひらひらと手で返事する。

>「じゃ、これで話は終わりだ……ジョン、今回の作戦はお前が要だ。しっかり頼むぜ」

「あぁ…わかった…ってこの流れで気分よく承諾できるかあ!!!周り見ろ!周り!氷ついてるよ!
台風が過ぎ去った後みたいな空気になってるよ!トルネードだよ!こんなサイクロンみたいな空気でよくそんな事言えたね君!?」

>「……ん?どうした?俺、別にさっきの方針は怪しいからやめにしとこうなんて言ってないぜ」

「違うんだよなあ…そうじゃないんだよなあ…なにが間違ってるのかな…?僕の言い方が悪いのかなあ?…ジャパニーズ日本語カミング?」

ジョン・アデルは完全に混乱している!

147ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2022/12/13(火) 03:36:17
>「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
 この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
 何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」

もちろんエンバースが追及した謎はエンバースが言う通り確認しなきゃいけないのは間違いはない…間違いはないんだが…
カザハをさすがにいじめすぎじゃないだろうか?カザハも本気で攻めてないのは分かっているだろうけど…。

これ以上追及してもしょうがないから切り替えるしかない。決戦の時はもうすぐそこなのだから。

>「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」

「そんなの知った事か知らないし…どうせいくら探しても答え合わせは最後にしか行われないんだろうな…
こんな事言うと脳筋みたいに思われるだろうけど…片っ端からぶっ飛ばしていけばいい…今の僕達にはそれしかできない、だろ?」

>「こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも」

「…あんまり決戦前にこんな事言いたくないんだが…いくらここがゲームの世界だからって自分をゲームの住人だと決め込んでる姿…僕は嫌いだ。
僕はプレイヤーが操ってるゲーム世界でのエンバースが好きなわけじゃないんだ。今ここにいる君が好きなんだけどな…なんとなくでも意味伝わってればいいけど」

あ〜あ…我慢できなかった。場が妙な空気になる。こんな予定じゃなかったんだけどな…
まあエンバースも僕がギスギス目的で言い放ったわけじゃないとわかってくれるだろう…たぶん。

>「刻限です。参りましょう」

そんな会話から少し経つとそこに空気を読まない…いやこの場合は読んでる…騎士が現れる。ついにきたのだ…出陣のその時が

「カザハ…少しまってくれ」

みんなが外に出ていく中…カザハに声を掛け呼び止める。

「君も分かってるだろうけどエンバースは…いやこのPTみんな君の事を微塵も疑ってない。ただ君が心配なだけなんだ…みんなね」

相変わらず気の利いた一言でも言えないのがもどかしいが…生憎僕は愛の言葉を囁いた経験はない。ついでになゆ達以外の友達がいた事すらない
なんの心もない愛の言葉と体の使い方ならいくらでも知ってるんだが…そんな言動をカザハに言うつもりはない。

僕の精一杯の誠意で

「こんな時明神みたいに気の利いた事言えたらよかったんだけど…余りにも友好関係が少なくてね…だからカザハ…手を出してくれるか?」

僕は跪いて差し出されたカザハ手の甲にキスする。

「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」

君に勇気をもらったから…少し恥ずかしいけど…お返しだ。

「あはは…やっぱり洒落たセリフが僕には似合わないね!エンバースみたいに照れずに最後までできたらよかったんだけど…」

澄まし顔で最後まで言えたらよかったんだけど…途中であまりにもむず痒くて顔が赤くなっちゃったよ

「…あ〜それと…盗み見はよくないな?カザーヴァ?…君が一番カザハの事は心配してるのはみんなも…なによりカザハが一番分かってるよ。
…それとも羨ましいのか?君は明神にもっとすごい事してもらってるんだろ?」

茶化しながら陰で隠れて僕達を見ている…たぶん気配からしてカザーヴァだと思われる人物に話掛ける。

「あらら…そんなに恥ずかしがる事ないのにね?…さて…いこう!カザハ!みんながまってる」

僕の心は静まり返っていた。
一度怒り気味なったからこそ…冷静にいる事ができる…分からない事を永遠に悩む事も…もうない。

エンバースはここまで見通していたのか?…まさかな

「ごめんみんな待たせたね…こっちは準備満タン!いつでも!」

>「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
 頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」

「もちろん…全員で必ず生きて世界救ってやろう!レッツブレイブ!」

みんなが僕を信じてくれている。ならやる事は一つしかない…全力で…これから起こる事柄全てに全力で体当たりする!
出来ないかも…僕になんか…ネガティブにそんな事をいちいち考える僕にさよならを告げるんだ…!

148崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:07:54
>あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ

なゆたの一瞬の閃きは、結局そのまま消えてしまい何も生み出すことはなかった。
けれども、何かを閃きかけたということが重要なのだ。それにまつわる切欠さえあれば、また新たに閃く可能性はある。

「あはは、うん……出来るだけハラハラさせない方向で善処する……たぶん、きっと……メイビー……」

エンバースの突っ込みに、臍の前で両手指をもじもじ絡め合わせながら言う。
何せ、自分でも何を閃くか分からないのだ。当然それが危険なのか安全なのかも分からない。
そして、例え危険だとしても――それが現状一番有効な策だと判断したら、自分は間違いなくそれを実行に移すだろう。
エンバースには申し訳ないが、それはもうそういうマスターなのだと観念して貰うしかない。

>――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど

不意に、エンバースがカザハへ話柄を向ける。

>カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?
>白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
 朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?

カザハがしどろもどろになって説明するのを聞いて、エンバースはさらに追及を強める。

>ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に

そこまで言うと、エンバースはふと何もない、明後日の空間を見上げて騙り出した。

>カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ

「……エンバース?」

なゆたが怪訝な表情で思わず名前を呼ぶも、エンバースはお構いなしだ。

>お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?
>――勿論、これも別に根拠のない話じゃない。こないだ……なゆたが言ってたよな。
 ゲームとしてのブレモンは、シャーロットが二巡目のブレイブの為に残した措置の一つだって。
 なら、わざわざオリジナルのシナリオを発注する必要も……そんな事してる暇もなかったんじゃないかな

「そなたら、何を言っておるのじゃ?」

「訳が分からないわね……」

エカテリーナとアシュトラーセが眉間に皺を寄せる。
これは完全にプレイヤーとしての会話だ。ゲーム内のキャラクターである十二階梯の継承者にとってはちんぷんかんぷんだろう。
けれども、なゆたにはエンバースが何を言いたいのか分かる。

「ふむ」

>その場合、カザハはシャーロットとの面識すらなかった事になる。
 だから……思い出した?そんな事があり得るのか?恐らく面識のなかった人物と、
 間違いなく自分の死後に発動した『機械仕掛けの神』にまつわる歌詞を……死人がいつ作れたんだ?
>ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
 シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
 けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない
>……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ

一巡目の世界では、カザハとガザーヴァはアコライト外郭で相討ちになって死んでいる。
シャーロットは幻魔将軍の死後、ストーリーの中に姿を現した。
とすれば、カザハとシャーロットには面識はない。なのに――カザハがシャーロットのことに言及する歌詞を作れたのは何故なのか?
答えは簡単だった。

>――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を

誰かが、予めそう仕組んでおいた――ということ。
そんなことが出来るのは、ブレモンの運営しかいない。
とすればメインプログラマーのシャーロットか、チーフデザイナーのバロールか、総合プロデューサーのローウェルの何れかということになる。
けれど、エンバースはシャーロットとバロールの可能性を否定した。
とすれば――

>……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?

大賢者ローウェル。『ブレイブ&モンスターズ!』に見切りをつけ、サービス終了と称して世界を破壊しようとしている張本人。

149崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:10:34
「そんなこと……」

>そんな事はあり得ない?いや、あり得ない可能性は既に除外した……まだトリックが分からないだけだ

なゆたが言いかけた言葉の続きを、エンバースが継ぐ。
常識的に考えて、ローウェルが此方に利するような行為をするとは思えない。
既に次のゲームの企画さえ用意しているようなローウェルだ。落ち目のゲームなど一刻も早くサービス終了させたいだろうし、
延命させる理由もないだろう。
しかし、だとしたら何故――?

>……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
 そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて

>絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
 どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
 どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
 精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
 最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
 白状すると……キミ達に見せてた顔は嘘。
 本当は……いつも「まだ行ける」と「もう駄目だ」の間で揺れて。
 みんなへの憧れと自分への失望の板挟みで。
 自分で逃げようとしてるくせに退路が塞がれたら心のどこかで安心してた。
 自分が本当に望むことさえ自分では分からなかったんだ……。
 でも、いざこうなったらこんなにも……

エンバースの追及に、カザハが申し訳なさそうに口を開く。
結局、思いついたというのはカザハの思い込みでしかなく、仕込まれたという仮説に対しての反論はできないということらしい。

>……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
 ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
 こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……

「オマエ、この期に及んでまだ――」

あれだけ説得したというのに未だに思い悩んでいるカザハに対し、ガザーヴァが気色ばむ。
ニヴルヘイムとの最終決戦を前に、士気が殺がれるようなことがあってはならない。
なゆたはカザハの言葉にじっと耳を傾けていたが、ややあってひとつ息をつくと、口を開いた。

「いいよ」

カザハの顔を真っ直ぐに見つめて言う。

「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
 ……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
 そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
 自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
 あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」

カザハが先ほど歌い上げた歌が、エンバースの言う通り何らかの意図によってカザハの中に組み込まれたものであったとしても、
それはそれで構わない。
であるのなら、今度は本当にカザハ本人が目の当たりにしたもの、耳で聞いたもの。
心で感じたもの、実際に直面し抱いた思いを歌にすればいい。

「わたし、前々から思ってたんだけど。動画サイトで面白い動画を作ったり、歌を作ったりする人たちってホントに凄いよね。
 他にもピアノを弾いたり、いろんな雑学を纏めたり、ゲームでスーパープレイしたり……。
 わたし、そういうの全然不得意から。いいとこブレモンの対戦動画を誰かにアップして貰うくらいしかできないから。
 だからさ。カザハの責任って、ホントに重大だからね?
 カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
 一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」

びし、と右手の人差し指でカザハを指し、厳命を下す。

>……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
 この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
 何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな
>そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
 目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?

そう言うと、エンバースはふたたび虚空を見上げた。まるで其処に何者かがおり、今も此方の遣り取りを眺めている――とでもいうように。

>……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?
>こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも

「……ん。ここまできたら、もうトロコンしかないでしょう!」

なゆたは頷いた。
こうなったら、もう進むべきはトゥルーエンドしかない。フラグを残した中途半端なエンディングなんて望んではいない。
そうしてカザハとジョンの遣り取りを経て、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はエンデの開いた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を用い、
ニヴルヘイムへと向かった。

150崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:16:53
ニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)は、ニヴルヘイムの軍勢にとって最も重要な本丸である。
従って、その制圧には激しい抵抗が予想された。
アルフヘイム対ニヴルヘイム、まさにふたつの世界の総力を尽くした『最終戦争(ラグナロク)』――
そんな熾烈な戦いを予想していたのだが。

「……これは……」

エンデの『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜ってニヴルヘイムの地に足を踏み入れたなゆたは、
眼前に広がる光景に思わず呆然と立ち尽くした。
ニヴルヘイム真界の最奥、暗黒魔城ダークマターの前には、広大な平野が広がっている。
当然、オデットらアルフヘイム軍首脳陣は陣を敷くに適したその平野で決戦が行なわれると考えており、
あらかじめ布陣しているに違いないニヴルヘイム軍が先制攻撃してくるものとばかり思っていたのだ。

しかし――

其処には、誰もいなかった。
ただ、一行の目の前にはどす黒くぶ厚い雲が重苦しく頭上に垂れ込め、
罅割れた赤黒い大地がどこまでも続く荒涼とした世界が広がるばかりだ。
そして、そんな荒れ果てたニヴルヘイムの空と言わず大地と言わず、至る所には大小さまざまな“穴”が開いており、
まるでアニメに出てくる穴あきのチーズのような様相を呈していた。
侵食によって喰い荒らされ、刻一刻と消滅しつつある世界。
そこにはアルフヘイム軍を食い止めるために布陣した軍勢はおろか、野良の魔物の姿さえ見当たらない。

「オイオイ、どーゆーコトだよ?
 せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
 ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」

兜を小脇に抱えたガザーヴァがガンガンと騎兵槍の石突で地面を叩く。

「……ビビッて逃げた……」

そんなガザーヴァの言葉に、はっとする。

「………………そうかも」

「おぉーい!? マジか!?
 クソッ、イブリースのヤツ! いくらボクたちが最強で自分たちに勝ち目がねーからって、
 敵前逃亡するなんて見損なったぞ!」

「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
 教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」

「心得ました」

オデットが頷く。アレクティウスが迅速に各部隊へ指示を飛ばし、門を潜ってニヴルヘイムに集結した軍勢が続々と陣容を整えてゆく。
もしこの静寂がニヴルヘイムの策であり、兵を隠して奇襲を目論んでいたとしても、これなら即座に対応できるだろう。
軍備と一緒に運んできて貰っていたヴィゾフニールに乗り込み、操縦席のクレイドルにスマホを挿す。
フィィィィ……という低い起動音と共に目覚めたアルフヘイム最速の強襲飛空戦闘艇は、
ゆっくりと離陸し高空から一路暗黒魔城ダークマターへ進路を取った。

「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」

艦艇内のモニターで眼下の地上を確認しながら、みのりが右手を頬に添えて小首を傾げる。
ニヴルヘイムに生きる者たちにとって、この真界はかつて支配者たる皇魔が住んでいた、いわば聖域だ。
余程のことでも起きない限りは、彼らがこの世界を廃棄して逃亡するなどということは考えられない。ただ――
その『余程のこと』が起こったのだとしたら、状況は変わってくる。

「……いない」

暗黒魔城ダークマターに到着してヴィゾフニールから降り、巨大な正門を潜って城内に侵入を果たしても、様子は同じだった。
人っ子――否、魔物っ子ひとりいない。
ゲームの中のエクストラダンジョン扱いだったダークマターならば、
メインストーリークリア後の強力なザコ敵がまさしく雲霞の如く押し寄せてきて、プレイヤーの行く手を阻むはずなのに。

「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」

「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」

黒を基調とした重厚かつ荘厳なエントランスで、ガザーヴァに告げる。
快諾したガザーヴァが先行して歩き出す。なゆたもシャーロットの記録を持っているためダークマター内部には詳しかったが、
万が一の奇襲を警戒してここは慎重を期した。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の自分が先頭を歩くより、ガザーヴァに斥候を任せた方が伏兵にも対応できる。

「……行こう。エンバース」

ポヨリンを足許に従え、エンバースを一瞥してから歩き始める。
ダークマターは六階構造で、いかにもバロールが手がけたものらしくトラップが山盛りであったが、
ガザーヴァがその悉くを無効化して何事もなく先へと進んでゆく。
精緻な彫刻の施された大柱が等間隔にそそり立つ黒い回廊を通り、長い長い階段をのぼって最上階へ。
そうして最終フロアの最奥にある大扉を開くと、そこには謁見の大広間があり――

本来魔王が座しているはずの玉座に、何者かが腰を下ろしていた。

151崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:23:08
「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」

一際高い吹き抜けの天井と、七色のステンドグラスから降り注ぐ光。対照的に黒曜石のように輝く床と、そこに敷かれた真紅の長絨毯。
かつての皇魔の支配を偲ばせる謁見の間に、低く重々しい声が響く。

兇魔将軍イブリース。

誰もいない世界、誰もいない王城の中で、ただひとりその存在を顕すニヴルヘイムの首魁が、
ジョンら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の姿を見て口を開いた。

「イブリース……!」

なゆたはポヨリンと共に身構えた。スマホを片手に握り締め、臨戦態勢を取る。
しかし、イブリースは玉座に悠然と腰掛けたまま動かない。

「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」

「軍勢だと? そんなものはいない。
 それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
 せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」

エカテリーナの問いに、イブリースはせせら笑った。

「やっぱり……!」

そんなイブリースの反応に、なゆたが戦慄する。
嫌な予感が当たってしまった。
真界マカ・ハドマーに乗り込んだ際、もぬけの殻の世界を見てガザーヴァは『ビビッて逃げ出したのでは』と言った。
それはまさしく正鵠を射ていた。アルフヘイムとニヴルヘイム、ふたつの世界の軍勢が総力戦を開始すれば、
双方ともに多大な犠牲が出るのは避けられない。イブリースは自らの部下たちが大戦争で命を落とすことを厭い、
配下たちを逃がしたのだ。
そして、自分ひとりだけがこの壊れかけの世界に残った。
エンバース達『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をこの場に足止めするために。

「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
 でも、新天地なんて……そんなものどこに――」

ウィズリィが怪訝な表情を浮かべる。
だが、なゆたにはとっくに見当が付いていた。きっと他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちも同様だろう。
アルフヘイムの最重要地点キングヒルが陥落し、司令塔として皆に指示を送っていたバロールが姿を消した。
キングヒルに参集していた夜警局や群青の騎士、覇王軍といった数多の精鋭も軒並み侵食によって消滅した。
プネウマ聖教軍や『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はまだ健在だが、パワーバランス的にはアルフヘイム軍は瓦解したと見ていいだろう。
相争っていたふたつの世界の片方が壊滅し、生き残った方が新たな世界へ攻め込む。
それはまさに『ブレイブ&モンスターズ!』の一巡目と同じ流れだ。
となれば――

「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
 新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
 仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」

「……なんてこと」

行き先はミズガルズ、すなわち地球。
一巡目ではアルフヘイムが侵攻したものが、今回はニヴルヘイムになっただけだ。
いつか赤城真一が幻視した、一巡目の地球の末路。
飛び交う戦闘機とドッグファイトを繰り広げるドラゴン、隊伍を組んで行進するタイラント。
炎に包まれ、崩れてゆく街――それが再度繰り返されてしまう。

「地球へ……帰らなきゃ……!」

思わず叫ぶ。
キングヒル襲撃に続き、またしてもニヴルヘイムに出し抜かれた。
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とプネウマ聖教軍は、まんまと罠に嵌められたのだ。
ニヴルヘイムの住人達はとっくにこの穴だらけの世界に見切りをつけて、地球を新たな故郷とするべく行動を開始していた。
とすれば、最終目的地としていた転輾つ者たちの廟にもローウェルはいないだろう。
こんな廃墟に等しい世界にいつまでもいるのは無意味だ。一刻も早く地球へ行き、戦いをやめさせなければならない。
でなければ、また一巡目と同じくすべてが灰燼と帰すことになる。
けれど――いったいどうやって地球に帰還すればいいというのだろう?
それに。

「それを、オレが許すとでも思っているのか?」

イブリースが唸る。と同時、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの背後の巨扉が音を立ててひとりでに閉まった。
扉には魔力結界が張られ、破壊は困難。意地でもカザハたちを逃がさず、ここで足止めするつもりらしい。
外に布陣しているオデットやエンデ達プネウマ聖教軍とも連絡がつかない。完全に分断されてしまった。

「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」

「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」

みのりが緊張した面持ちでイシュタルを前列に召喚しながら言う。

「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
 この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
 むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」

152崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:28:07
「ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
 だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
 兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!」

ギュオッ!!

兜をかぶった黒騎士姿のガザーヴァが単騎でイブリースへと特攻する。
ダークマターの玉座は魔王バロールのもの。愛してやまない父の所有物である玉座に、
たかだか一将軍に過ぎないイブリースがのうのうと腰掛けているのが我慢ならないのだろう。
暗月の槍ムーンブルクの穂先がイブリースの胸元に狙いを定める、が――イブリースの発した瘴気によって阻まれ、
あべこべに吹き飛ばされてしまう。

「あうッ!」

吹っ飛んだガザーヴァをマゴットが受け止める。
虚空から愛剣『業魔の剣(デモンブランド)』を喚び出し、イブリースがゆっくりと玉座から立ち上がる。

「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
 ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」

全身から禍々しい濃紫色の瘴気を嵐の如く発するイブリースが、右手を突き出す。
其処にはクルミ大の球体が十個ばかりも握られていた。

「あれは……!」

ウィズリィが瞠目する。
むろん、明神たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』もそれが何なのか知っているだろう。
『悪魔の種子(デモンズシード)』――
大賢者ローウェルが造り上げた、モンスターを超強化させ邪悪な傀儡に変化させる魔具。
たったひとつでも上位継承者たるオデットを暴走させ、ウィズリィを完全に洗脳していた其れが、十個。
イブリースは目玉のように時折瞬きする其れを口許に持っていくと、一気に噛み砕いた。
ガリッ、ボリ、と硬い咀嚼音を響かせながら、そのすべてを嚥下してしまう。
想像を絶する悍ましい光景に、なゆたは絶句するしかない。

「……な……、な……なんてこと……」

「ぐ……、ぐォォォォ……!
 おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」

やがてすべての『悪魔の種子(デモンズシード)』を飲み込んだイブリースは、背を丸めて苦しみ始めた。
喉を掻き毟り、巨躯を仰け反らせ、苦悶にのたうつ。
ビキビキと首筋や米神に血管が浮き上がり、まるで別の生き物のように脈動する。

「ごォォォォォォォ……!!
 ぐ、ぎ……ッガァァァァァァァァァァァァァァァ……ッ!!!」

ギュゴッ!!!

イブリースの身体から噴き出す瘴気がその勢いと濃度を一層増す。
エーデルグーテで戦ったオデットの発した瘴気とは比較にならない毒素だ。
ウィズリィとアシュトラーセが慌ててこの場にいる全員に抵抗(レジスト)の魔法を施す。
これで瘴気の毒に身体を蝕まれることはなくなったが、代わりに嵐のように渦を巻く負の嵐によって攻撃ができない。
今の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に出来ることは、ただATBゲージが溜まるのを待つことだけだ。
そして、その最中にもイブリースは変質してゆく。
3メートル程度だった体躯は5メートル程にも巨大化し、二対の黒翼は三対に。
太い角はより長大になって凶悪に枝分かれし、尻尾も一回りほど太くなってドラゴンもかくやというものに。
黒い鎧は金色のエングレービングが増してより豪奢になり、装甲部も増して飛躍的に防御力が増したように見える。
業魔の剣も持ち主の巨大化に合わせて変容し、相応しい長さと巨大さになり――
最後に頭部へ帝位を示す漆黒の輝きを放つ月桂冠を戴くと、新たな姿となったイブリースは耳を劈くような咆哮を上げた。

「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」

「な……なんだよ、アレ……!
 イブリースがあんな姿にクラスチェンジするなんて、聞いてないぞ……!」

ガザーヴァがフェイスガードに覆われた兜の奥で慌てた声を出す。
ゲームを一通りクリアした『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとってもこのイブリースの姿は初めて見るものだろう。
今までもタイラントやオデット、ウィズリィなど『悪魔の種子(デモンズシード)』に操られた者は見てきたが、
外見を此処まで変質させた者はいなかった。
しかし――

「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」

エンデが静かに口を開く。
聞き慣れない名に、なゆたがエンデを見る。

「……兇魔皇帝……イブリース・シン……?」

「うん」

荘重に頷くエンデ。
しかし、これはエンデにとっても想定外のことだったらしい。その表情は珍しく強張っていた。

「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
 第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」

153崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/23(月) 23:33:46
最終形態へと変身を終えたイブリースが、カハァァ……と濁った息を吐く。
その周囲にはかつてタマン湿性地帯で戦ったときとは桁違いの量の怨霊が乱舞し、
瘴気の渦の中でうねってはアルフヘイムの者たちに対する呪詛を撒き散らしている。

EXレイド級モンスター、兇魔皇帝イブリース・シン。

企画段階では、第二部ではバロール亡き後のアルフヘイムには束の間の平和が戻ったが、
実は生き延びていたイブリースがニヴルヘイムを再興し、自らが旗手となって『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に復讐戦を挑む、
というストーリーが考えられていたらしい。
その際の、ニヴルヘイムの新たなる盟主となったイブリースの名が『兇魔皇帝イブリース・シン』。
現在のところ、大多数のプレイヤーたちは『六芒星の魔神の饗宴』など超レイド級を相手とするイベントで盛り上がっているが、
そう遠くない将来には超レイド級さえ難なく屠る猛者たちが現われ、現状の敵では満足できなくなる時が必ず来る。
まだ見ぬ廃人プレイヤー達に対抗するためには、超レイド級の更に上のクラスを新たに設定する必要がある――
こうして生み出されたのが、規格外を表す『EX』の称号を持つモンスター、イブリース・シンであった。
ただしそんな設定もローウェルがブレイブ&モンスターズ! に見切りをつけ、
サービス終了を発表した時点でお蔵入りとなった……のだが。
どうやらローウェルはそんな没ネタになっていた兇魔皇帝の設定を引っ張り出し、急遽実装したということらしい。

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」

ゴウッ!!!

イブリースが右手に持った業魔の剣を大上段に掲げ、一気に振り下ろす。
途端に颶風が荒れ狂い、4メートルはあろうかという瘴気の斬撃が長絨毯を引き裂きながら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちへ飛んでくる。

「みんな! 散開!
 一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」

なゆたが素早く号令を発し、ポヨリンと共に横っ飛びしてからくも斬撃を避ける。
対レイド級といった多対一の戦闘の場合、相手を包囲するのが戦闘の鉄則だ。
だが、例えイブリースの背後を取ったとしてもその全身に纏う怨霊と瘴気によって、易々とは攻撃はできない。
けれども、だからといって臆することはできない。
真の敵はイブリースではない。それに、一刻も早くニヴルヘイムの軍勢を追って地球へ帰還する方策を練らなければならないのだ。

「ここじゃフィールドが狭すぎて、ミドガルズオルムを召喚できない……。
 ポヨリン、お願い! 力を貸して!」

『ぽよっ! ぽよよんっ!
 ぽよよぽよよよ〜っ!!』

巨体を誇る者が多数を占める超レイド級モンスターの中でも、ミドガルズオルムは抜きんでた巨躯を誇るモンスターである。
それでもエーデルグーテの地下墓所ではフィールドがユグドラエアの巨大な根の内部に広がる空洞ということで召喚できたが、
さすがにこの謁見の間では手狭に過ぎる。
足許のポヨリンに声を掛けると、ポヨリンはいかにもやる気満々といった様子でイブリースを睨みつけ、ぽよんぽよんと飛び跳ねてみせた。
イブリースはかつてポヨリンに土をつけ、死ぬほどのダメージを与えた仇敵だ。
その相手と再度対峙することで恐怖心やトラウマを植え付けられてはいないかと危惧したが、どうやら杞憂であったらしい。
今でこそ月子先生のスライムとフォーラムで畏怖され、仲間たちにも“さん”付けで呼ばれるポヨリンだが、
駆け出しのころは他のプレイヤー同様、多数の敗北を経験し幾度となく辛酸を舐めさせられてきた。
今さら一度や二度の敗北で折れる心は持っていない。元よりブレモンでもザコ中のザコモンスターである、雑草根性なら人一倍だ。
そして――マスターのなゆたも、覚醒したことで始原の草原でのデュエル時よりパワーアップしている。

「いくよ、ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!」

『ぽよよよっ!』

「続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!」

次の斬撃を飛ばそうと再度剣を頭上に掲げたイブリースに対し、スキルで先手を取る。
さらに、攻撃。スパイラル頭突きの強化版だ、弾丸状に硬化したポヨリンが激しく回転してイブリースへと迫る。

「ヌゥンッ!!」

イブリースが業魔の剣を振り下ろす。ガギィンッ!! という大きな激突音と共に、盛大な火花が散る。
両者は束の間力比べの鍔迫り合い状態となったが、双方ともにダメージを与えることなく終わった。

「……強い……!」

ポヨリンを足許まで後退させると、なゆたは呻いた。
今さら確認するまでもないことだが、それでも言わずにはいられない。
さすがは超レイド級をも上回るEXレイド級モンスターだ。しかも、未実装ということでその手の内やステータスも分からない。
本物のシャーロットなら兇魔皇帝に関するデータも持っていたのだろうが、残念ながらなゆたが引き継いだ記録にその項目はない。
この戦いのうちで見極めるしかないのだ。

155崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2023/01/24(火) 00:50:47
「オオオオオオオオオオ――――――――ッ!!!」

今やかつてのレイド級相当という枠組みを超え、かつてない強敵へと変貌したイブリースが吼える。
その攻撃力は絶大、防御力は無類。
カザハの用いる各種の風属性のバフを三対の黒翼が起こす瘴気の烈風で無効化し。
明神の使用した『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を一息に踏み壊し。
エンバースとフラウの連携を、ただ己の膂力と『業魔の剣(デモンブランド)』の重量のみで叩き潰し。
ジョンの指示で攻撃を繰り出す部長を片腕一本で受け止め、投げ飛ばす。

「な……なんだよ、ゼンゼン歯が立たねーぞぉ……!」

イブリースに攻撃を仕掛けるのは、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だけではない。
果敢に突撃を挑み、その都度弾き返されるガザーヴァが、焦燥も露に呻く。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のパートナーモンスターたちも間断ない攻撃を行なっているし、
ウィズリィはそんなアタッカーたちに攻撃力や防御力、素早さアップのバフを常にかけ続けている。
しかし――

「うちが久しぶりの実戦ちゅうのを考慮しても、こら少しきつすぎるんちゃうやろか……!?」

イシュタルを矢面に立たせ、タンク役としてイブリースの攻撃を食い止めているみのりが思わず悲鳴を上げる。
イブリースが剣を振り下ろすたび、イシュタルの全身がギシギシと軋む。だがこれはイシュタルのブランクが長く、
耐久性が落ちている――という意味ではない。むしろ逆だ、生半可なタンク役ならイブリースの攻撃の一撃目で粉砕されている。
よく持っていると言うしかないが、それもこのままでは長くは続かないだろう。

「何か、戦況を打破する方法を考えないと……!」

「このままではジリ貧じゃ!
 御子よ、何か逆転の策はないのか!?」

パーティーの回復役に徹して皆の傷を癒すことに専念しているアシュトラーセと、
虚構魔法を駆使して攻撃にターゲットの分散にと飛び回っているエカテリーナが叫ぶ。
イブリースの攻撃は凄まじく、その一挙手一投足によって城そのものが鳴動し、天井からパラパラと塵が降ってくる。
その上斬撃や瘴気の波動によって床や壁は既にズタズタになっており、豪奢だった謁見の間は砲撃でも受けたような姿に変わり果てていた。
攻撃は掠っただけでも此方の体力の半分近くを持ってゆき、一瞬たりとも気が抜けない。
エカテリーナの言う通り、何か逆転するための戦術を考えなければ此方が遠からず疲弊しきって全滅するのは目に見えていた。
水を向けられたエンデが眉間に皺を寄せる。

「……ない」

「ない!?」

自分から率先して提案することがないだけで、誰かから訊かれればその都度必ず状況を打開する方法を助言していたエンデだが、
今回ばかりはまったくの無策、お手上げということらしい。

「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」

イブリースが左腕を高々と掲げると同時、周囲の風景が謁見の間から濃紺の星空へと切り替わる。
そして、遥か彼方から降り注ぐ隕石群。炎を纏った流星群がアルフヘイムの皆を狙う。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の知識にない、未実装の魔法だ。どうやらイブリースは他にも大量の新技を搭載しているらしい。

「エンバース!!」

なゆたが叫ぶ。なゆたは『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』以外の回避スキルを持っていない。
このような全体攻撃魔法を相手にするには、エンバースに運んでもらうしかないのだ。
シャーロットの記録を解放し、所謂『銀の魔術師モード』になれば、シャーロット譲りの光属性魔法で何とかなるかもしれなかったが、
なゆたはそれを避けた。
これ以降の戦いに備えて、何度使えるか分からない銀の魔術師モードを温存しようとしたとか、
自らの力でなく別人の力で戦うことに拒絶感をおぼえた――とか、そういうことではない。
対イブリース戦は、あくまでジョンが主役。そう作戦会議で皆と決めたのだ。
その方針を変えたくはない。この戦いはジョンが主軸となり、ジョンの働きによって決着が付けられるべきなのだ。
似た者同士のふたりであるから。
ならば、ふたりを永年縛りつけている呪縛から解き放てるのも、お互いしかいない。
エンバースに安全なところまで運んでもらうと、床に降り立ったなゆたはジョンを見た。そして叫ぶ。

「ジョン! イブリースに語りかけて!」

「ナユタ!? 何を言っているの!?
 イブリースは『悪魔の種子(デモンズシード)』の影響で正気を失っているわ!
 会話なんてとても無理よ、それより攻撃を封じる方法を――」

なゆたの叫びに、ウィズリィが思わず反論する。
だが、なゆたは一度かぶりを振った。

「語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
 ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
 伝わるはずなんだ、絶対に――!!」

「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」

ふたりの会話を聞いてか聞かずか、イブリースがジョンへと狙いを定める。
ジョンの身丈よりも遥かに巨大な魔剣を大きく一文字に振り、兇魔皇帝はジョンめがけて襲い掛かった。


【ニヴルヘイムは無人。魔城内にイブリースだけが残っており、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は閉じ込められる。
 イブリース、兇魔将軍イブリースからEXレイド級モンスター『兇魔皇帝イブリース・シン』へと進化。
 明神はガザーヴァに指示できる。ベル=ガザーヴァへの進化も可能。】

156カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 20:58:21
>「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
 ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
 俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」

ジョン君を主軸にイブリースをもう一度魅力的な悪役に仕立て上げる、という方向性で話がまとまった。
更に、なゆたちゃんは、何か秘策が容易できるかもしれないという。
そんな時、エンバースさんが別の話題を切り出す。

>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
 さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」

視線の先は――えぇ!? 私達!?

>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
 シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
 ……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」

――今それ聞く必要ある!?

>「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
 朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」

可哀そうだからやめたげて!?
カザハは、自然に思い付いたからそんなものは無いと答える。

「本当に無いんだ。思い出したような、いつの間にか知っていたような感じで自然に出てきたから……。
もしかしたら自分で作ったんじゃないのかも……」

>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
 それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」

エンバースさんは、虚空に向かって語り掛けるという不思議な行動をとるのでした。
もしかして、上の世界で私達を見ている誰かに向かって話しかけてます?
私のイメージだとブレモン(この世界)ってフルダイブ型のMMORPGで
今は世界を消すか消さないかで争ってる段階だから一般プレイヤー入りのキャラがうろうろしていない、という解釈でしたが、
もしかしてログインせずに外から観測する機能はまだ解放されてたり……?

>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
 ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
 試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」

エンバースさんは、何かの意図をもってカザハを追及している。

>「それもおかしな話だぜ。そいつがこの世界の……
 少なくとも地球の作中作のテーマソングまで把握してるって事は、
 つまりたかが風精王ごときが独自にこの世界をゲームだと解明してるって事になる」

初代風精王の正体を何の捻りも無く推測するならば、世界創生の時に組み込まれた始原の風車の中枢プログラム、というところだろうか。
そして始原の風車の正体が、時代が進むにつれて構成員を増やして高度になっていくスーパーコンピューターのようなもの、だったか。
が、ゲーム内の機構が「この世界はゲームだ」と解明してしまっては色々と不都合が起きそうなので、
そうならないように予めブロックされていると考えるのが妥当だろう。

157カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:00:56
>「ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
 シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
 けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない」

「それは……双巫女が風の記憶で一巡目のことを知ってたから……それと似たようなものかと……。
でも……シャーロットが消滅してすぐ1巡目の世界は消えてしまっただろうし……
誰も歌詞を作る暇なんて無かったよね……」

>「……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ」

>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」

エンバースさんは矛盾点から仮説を導き出した後に、究極的過ぎて投げやりにも聞こえる結論を言ってしまった。

>「……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
 そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて」

やっと自分の道を見つけ出したと思ったら、それすらも敵に仕組まれた罠かもしれない。
その事実は、今のカザハを動揺させるには充分で。

「絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
白状すると……キミ達に見せてた顔は嘘。
本当は……いつも「まだ行ける」と「もう駄目だ」の間で揺れて。
みんなへの憧れと自分への失望の板挟みで。
自分で逃げようとしてるくせに退路が塞がれたら心のどこかで安心してた。
自分が本当に望むことさえ自分では分からなかったんだ……。
でも、いざこうなったらこんなにも……」

(一緒に行きたい。でもみんなを傷つけてしまうのが……足枷になるのが怖い。
我にはきっと自由意思なんて無いから……上位存在の悪意に抗えないよ……)

カザハは、自分に自由意思は無いんじゃないかと疑っている。
カザハがこうなった理由は、魂を共有する私はなんとなく分かっている。
カザハもまた私と同じように、致命的に人間への換装に失敗していたのだろう。
それが体ではなく心だったから、誰にも気付いてもらえなかった。
精霊というのは基本的に人間ほど複雑な感情は無く単純で純粋な精神性をしており、
特にカザハの場合は始原の風車の防衛機構としてのプログラムがされているわけで、少なくとも人間大好きなはずはない。
1巡目の時の精神性はそのままに人間臭い部分が追加されてしまったら、拒絶反応を起こすのは目に見えている。
自分の心が嫌でたまらなくなって、消えてしまいたくなったかもしれない。
それでも少なくとも表面上はそんな風には見えなかったのは、
自分に存在することが認められない感情をたくさん押し殺して、私のために生きてくれたのだろう。
私を生かすための交換条件と自分に言い聞かせることで、自分に存在し続ける許しを乞うたのだろう。
それが常態化しすぎて、自分で自分の気持ちが分からなくなってしまっていて。
私から見れば、自由意思が無いなんてことはないのだけれど。
私から見たカザハの生き様は、感情を押し殺しても尚抑えきれない好きや憧れが溢れ出ていた。

158カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:02:21
(あなたはもう自分のために生きていいんですよ。
この旅で見たのは、決して綺麗なものばかりじゃなかったけど、あなたはみんなのことが大好きになった。
きっともう自分のことも受け入れられる……)

「……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……」

カザハはやっぱり本心を言えなかった。
長らく負の感情を見せなかったカザハが、最近になって腹を立てたり思い悩んだりしているのは、
むしろいい傾向なのかもしれないが、私にはあと一押しをどうしてあげるのがいいか分からない。
そんなカザハに、なゆたちゃんが毅然と告げる。

>「いいよ」
>「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
 ……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
 そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
 自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
 あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」

「自分だけの歌……」

>「わたし、前々から思ってたんだけど。動画サイトで面白い動画を作ったり、歌を作ったりする人たちってホントに凄いよね。
 他にもピアノを弾いたり、いろんな雑学を纏めたり、ゲームでスーパープレイしたり……。
 わたし、そういうの全然不得意から。いいとこブレモンの対戦動画を誰かにアップして貰うくらいしかできないから。
 だからさ。カザハの責任って、ホントに重大だからね?
 カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
 一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」

「そ、そんな無茶な! でも……出来たら……いいな。語る題材が君達なら、出来るかもしれないな……」

カザハは満更でもなさそうに微笑んだ。

「ごめん、本当は君ならそう言うって分かってたのかも……。
でも今はまだ、どうしてもその言葉が必要だったんだ。
配属されたのがキミのパーティで良かった……。我が語る勇者がキミ達で本当に良かった」

……ってほっこりしてる場合じゃないですよ!?
なゆたちゃんに判断を委ねたせいで目標が伝説を語るから一億再生に爆上がりしてるんですけど!?
あなたユーチューブの再生数三桁だったじゃないですか! 私もう知りませんからね!?

159カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:05:40
>「カザハ…少しまってくれ」

先ほどからずっと気にかけてくれていたジョン君が、カザハを呼び止める。

>「君も分かってるだろうけどエンバースは…いやこのPTみんな君の事を微塵も疑ってない。ただ君が心配なだけなんだ…みんなね」

「うん。きっと事が重大過ぎてどう言っていいか分からなくなったんだよ。
我も真面目な場ほどいっつもテンパって訳わかんないこと言ってしまうもの」

カザハのいつものやつとはちょっと違う気がするけど!

>「こんな時明神みたいに気の利いた事言えたらよかったんだけど…余りにも友好関係が少なくてね…だからカザハ…手を出してくれるか?」

「……? 何何? 部長さんがお手してくれるとか!? ――逆?」

冗談っぽく言いながらカザハは手のひらを出して、何か違うらしいということで手の甲を上にする。
するとジョン君はおもむろに跪き……何してるんですかね? ちょっと角度的に見えません(棒)
ここはカザハ自身に語ってもらいましょうか。



我は、目の前で跪いて手の甲に口づけする金髪碧眼の青年を、まるで夢の中のような気分で見つめていた。
その姿はまるで女王に忠誠を誓う騎士のようで。
何気なく差し出した左手の甲には、エメラルド色の宝石のようなレクステンペストの証がある。
その昔、平凡平穏を望んだ我にとっては呪われた宿命の証でもあるけど、それごと全て受け入れて貰えたような気がして。

>「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」

自分ですら最後まで自分の味方である自信が無いのに。
キミ達が持っている”勇気”は、多分無いのに。いつも自分を騙してばっかりなのに。
それは、願う事すら厚かましくて憚られる、だけどずっと誰かに言って欲しかったかもしれない言葉だった。

「ジョン君……キミが苦しんでいる時、殆ど何もしてあげられなかったのに。
親友を助けてあげられなかったのに。どうしてそこまで言ってくれるの……?」

未だキスの感触が残る手の甲をまじまじと見て、今度はジョン君の顔を見つめる。

「――えっ!?!?!?!?!?!?!!!!!」

今更ながら認識が追いついて、素っ頓狂な声が出る。
これって要するにうちのパーティーのやたら青春してる約二組的な世界に踏み込もうとしてるってことでOK!?
いや駄目待って無理無理無理無理! 何!? 何かのドッキリ!?
ああいう世界は端から見物して楽しむものであって自ら参戦するものじゃないから!
というかキミ、(そっち系の意味ではないにしろ)なゆにベタ惚れだったじゃん!?
それ以前にこっちは少年(姉)という意味不明な存在なんだけどいいのか!?
……それに、前に我を必ず守ると言ってくれたあの二人は……魔剣の材料として命を捧げてしまった。
そんなの絶対駄目だ。

160カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:10:54
「こっ……困るよ急に……!
だって我、人間じゃないし、美少女でもないし、キミよりすごく年上だし、地球の定義だと生物ですらなくて……!
いっつも全部が中途半端かぶっ飛んでるかで、標準仕様からはみ出してる……。
種族も出自も思考回路も……性別だってそう! 普通に考えてこんなのとは無縁のイロモノ枠だよ!?
こんな時のリアクションなんてきっと用意されてない……!」

困ったことに自分の声音が全く困ってるように聞こえない。内心嬉しいのが隠し切れない。

>「あはは…やっぱり洒落たセリフが僕には似合わないね!エンバースみたいに照れずに最後までできたらよかったんだけど…」

いや――いやいやいや、こういうのって普通ここに至るまでに着々とフラグを積み重ねていくものだよな!?
いくらキミが金髪碧眼のイケメンだからって! 一瞬で陥落するほど我はチョロくないぞ!?
いや、そういう問題じゃなくてそれ以前に! 性別もよく分かんない我にとってそういうのは管轄外……
頭ではそう考えながらも、正体不明の感情の波が押し寄せて、今まで抑えていたものが決壊したように涙が溢れ出る。
あまりに自分の鼓動がうるさくて、両手で左胸を押さえる。呼吸ってどうやってするんだっけ!?

「あははじゃないから! どうしてくれるんだよ、やばいっ……!
心臓がバクハツしそう! 感情が大洪水だ!」

――なんでこうなる!? 実は前から気になってた、とかならなるんだろうけどっ!
最初の出会いなんてキミがテーブルの上に落ちてきて我、ニャーと鳴く犬に大爆笑だよ!?
全く何も発展しそうにないじゃん! そりゃあジョン君は大事な仲間だけどそういう意味では別に何とも……。
――本当にそうだろうか。
明神さんがクーデターを起こした時、何も事情が分からない者二人揃って、迷わずなゆに味方した。
キミはまだ普通の人間の身でありながら、モンスターの我を庇ってくれた。
ガザーヴァと分離した後パーティに残ったのは、破滅の力に蝕まれるキミが気がかりだったから、というのも多分にあった気がする。
一度は忘れていたレクステンペストの力を思い出したのは、キミを助けようとしていた戦いの最中だった。
その後も、破滅から免れた代わりに今度は親友を失ってしまったキミを案じていた。
裏切ろうとしていたと明かされた時は驚いたけど、立ち直ってくれて心底安堵した。
気が付けば、我はみんなについていけなくなっていて、キミはパーティの主力として遥か先を歩いていて。
もう我のことなんて眼中にも無いに違いないと思っていた。でも――そんなことはなかった。
歌を聞いてくれた時のキミは、何かを察していたようだった。
そして調子に乗った我は、つい不審者発言をかました。
……あれ!? もしかしてこの気持ちって俗に言うところの……。
……無い無いそんなわけ無い! そんなのキャラじゃなさすぎる!
その時、天啓のごとく閃いたのである。この正体不明の感情は捕獲されたモンスターの気持ちだと!
大昔にアゲハに捕まえて貰った時や最近カケルに捕まった時とは微妙に違う気がするけど、
捕獲方法の違いによるものということにしておく異論は認めないッ!

「どうしよう、謎のビームも赤と白のボールも当てられてないのに捕獲されちゃったみたい……」

161カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:15:20
特別よりも、平凡を望んだ。
自分を愛してくれた人が犠牲になるぐらいなら、あんまり嫌われない程度に平穏に生きることを望んだ。
だからこんなのは望んでもいないし、そもそも自分には端から無関係なもの。
――そのはずだったのに。
心の奥に隠して自分すら忘れていた扉を、ジョン君は意識してかせずか、いとも容易く開けてしまった。
涙が零れ落ちるのも構わず、胸の内を満たす喜びと感謝を伝える。

「自分で自分にかけてしまったどうしても解けない呪いがあって。
自分自身に価値はなくって、価値ある何かの交換条件になることで辛うじて生きることを許されてるんじゃないかって考えが抜けなくて……。
でもたった今、キミが、解いてくれたみたい。
もう我は引換券じゃない……。物語の最後まで……ううん、終わりのその先も、ずっといていいんだね……!」

あと何回、自分はカケルを助けられるのだろう――助けられなくなったら、自分は用済みだ。そう思いながら、生きてきた。云わば引換券のようなものである。
そんな自分を隠すために、何も考えて無さそうなふざけた人を演じた。
そうしておけば、特に辛くないから、それでいいと思っていた。
こちらの世界に来てカケルは元気になったのに、我の歪み切った思考は抜けなかった。
自分自身には価値はなく、いつも何かの交換条件でしかないような気がしていて。
そのことに気付かれたらどうしようといつも怯えていた。
まあいいか、ふざけた言動でイロモノ枠におさまっておけば誰も深く踏み込んでくることはない。
自分なんか、適当に放っておいてほしい。なのに。誰も放っておいてくれなかった。
明神さんに旅に同行する目的を問い詰められ、即刻コミュ障が露呈した。なんということをしてくれるのかと思った。
おかげで、自分でも気付いていなかった願いに気が付いてしまった。
ズブのド素人に対して超ガチゲーマーの面々と同じ扱いで意見を求めてくるなゆ。
多分的外れなことを色々言ったと思うけど、決して馬鹿にしたりしなかった。
エンバースさんは、始原の草原で、決して皆に言えなかった心の一端を汲んで、テュフォンとブリーズを弔えと言ってくれた。
ガザーヴァは我の卑怯さを全て見抜いた上でそれでも一緒にいたいと言ってくれて。
それだけしてもらってもまだ残っていた最後の障壁をたった今キミがぶち破ってくれた。
本気で自分を引換券と思っていたなんて、意味不明すぎて自分でも笑えてしまうけれど。
おかしいと分かっていても、どうにもならなかったのだ。

「あのさ……我って性別よく分かんないと思うけど、我自身をそのまま見てくれて、すごく嬉しい……。
実は自分でもよく分かんなくて、どっちでも無いみたいで……。
シルヴェストルは風から生まれる種族だから……厳密には性別は無いんだけど。
それでも男性型か女性型どっちかの形態の者が多いんだけど、こういう風によく分からないのもいて」

シルヴェストルは風から生まれる種族のため、厳密には性別は無い。
キャラ付けとしては一応あるのだが生物学的な都合は関係無いというか。
そのため人間のようにはっきり二分されるわけではなく、心の在り様によって個体ごとに様々で。
我の場合はどっちの特徴も無く、髪型や服装によってどっちにも見えてしまう。

「だから……この気持ちはきっと……捕獲されちゃったモンスターの気持ちで……
キミ達人間が持ってるのと同じ種類のものなのかは分からない。
それでも――これだけは言える。キミの想いに応えたい。他の誰でもなく……キミがいい」

162カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:36:33
テュフォンとブリーズのことを忘れたわけではない。
この先に踏み出していいんだろうか、彼女達の二の舞にならないだろうか、と今も胸の奥が棘が刺さったように傷む。
でも、こんな大き過ぎる感情を無い事にするなんて、もう出来ない。だったら道は一つしかない。
あの二人には取り合って貰えなかった我儘を聞いてもらうしかない。
昔から思っていることを言葉にして伝えるのが苦手で、真面目な局面ほど、つい意味不明な事を言って相手を呆れさせてしまう。
これはもう病気のようなもので。なゆを引き留めようとしたときには盛大に爆死したけど。
今度こそ――ちゃんと伝えたい。
ジョン君の瞳を真っすぐに見つめる。本当は相手の目を見て話すのも苦手な陰キャだからすごく緊張するけど……!

「お願いがあるんだ……。
キミには立派なパートナーがいるのは分かってるけど、ぼくのこともキミのパートナーだと思ってくれたら嬉しいな。
守られてるだけは嫌だ。ぼくにもキミを守らせてほしいよ。
隣に並び立つのは無理でも、少しだけ後ろでいつも見てるよ。
突き進む時には、背中を押すよ。倒れそうな時には、そっと支えるよ。
行っちゃいけない時には、飛びついてでも止めるよ。
だから安心して。これからいつもいつだって、この風精王の加護がキミと共にある――」

ジョン君の右手を両手で取って、自分の左胸に押し当てる。
風の元素で出来たこの体は、人間とは全く違う素材で出来ていて、中身が全部人間と同じ仕様とは限らない。
だけど、ドキドキしすぎて心臓の在り処は嫌でも分かってしまう。
触ってみたら見た目では分からない程度に微妙にあるなんてことはなく当然見事に何も無いのだが。(何がとは言わない)
それだけに心臓の鼓動がダイレクトに伝わる。

「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」



私はあまりの展開に驚愕しつつ、事の成り行きを見守っていた。
でも今となって思い返してみれば、カザハはジョン君のことをずっと気にかけてたような気がしなくもありません。
カザハの場合、自分の気持ちに気付かないまま行動だけ伴っていることはよくある。
ジョン君は、カザハが本人すら無自覚のまま立てていた普通なら誰も気付かないようなフラグに気付いてくれたんでしょうか。
あ、ジョン君と激闘しながら叫んでたアズレシアにマイホームを建てるとかいう意味不明な宣言はそういうことだったんですか!?

>「盗み見はよくないな?ガザーヴァ?…君が一番カザハの事は心配してるのはみんなも…なによりカザハが一番分かってるよ。
…それとも羨ましいのか?君は明神にもっとすごい事してもらってるんだろ?」

「えっ!? 嘘……。見てた……?」

はっと我に返ったらしきカザハが、こっちを見る。私と目が合う。

「う、うわぁあああああああああああああ!! そ、そそそそそんなんじゃないから!」

私、別に何も言ってませんけど!?

163カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:38:54
>「あらら…そんなに恥ずかしがる事ないのにね?…さて…いこう!カザハ!みんながまってる」

「う……うん!」

カザハは何事も無かったような表情を作りながら、ジョン君の後を追う。

>「ごめんみんな待たせたね…こっちは準備満タン!いつでも!」

「何でもないから! 本当に何でもないから!」

皆の視線に耐えきれず、わざとらしく作った神妙な顔で言い訳をするカザハ。
何かあったのがバレバレである。

そんなことがありつつ、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐり、ついにニヴルヘイムへ足を踏み入れる。

>「……これは……」

>「オイオイ、どーゆーコトだよ?
 せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
 ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」

なゆたちゃんやガザーヴァが、ニヴルヘイムの軍勢が見当たらないのを訝しんでいる。
カザハは至るところに空いた大小さまざまな穴を見て、顔を曇らせた。

「あれが……侵食……」

侵食については今まで話には聞いていたが、直接目の当たりにするのはこれが初めてだ。

>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
 教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」

ヴィゾフニールに乗り込み、暗黒魔城ダークマターに向かう。

>「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」

「何これ、逆に怖いんだけど……!」

敵が見当たらないなら見当たらないで、カザハはやっぱりビビリ倒していた。

「やあ青年、カザハを捕まえてくれてありがとう。
私はいいマスターじゃなかったけど、君がそうじゃないのはその子(部長)を見れば分かる」

また勝手に出ているアゲハさんがジョン君にウザい感じで絡んでますけど!?
早くスマホに収納した方がいいんじゃないですかね!?
……ってカザハが忽然といない! さては緊張しまくってトイレにでも行ったんじゃないでしょうか。
特に意味も無く画面内からしれっと姿を消してる時って多分そういうことです。知らんけど。

「ぶっちゃけ私は非常に残念な体形の美少女じゃないかと思ってたんだけど動揺するから本人に言わないようにね。
あと私の見立てだとワンチャン進化する」

164カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:42:23
あ、そういう解釈も出来るんですね!
私、本人が少年型って言ってるから全年齢向けゲームだから見える部分で判断するんだろうなーって納得してました。
ちなみに進化するとしたらどこがどう進化するんでしょう(意味深) 何この世界一不毛な性別論争。
カザハの正確な年齢は私もよく知らないのですが少なくとも100年以上進化しなかったものはもう今更進化しないと思います。
多分これは「あれはああいう生き物」と納得するのが正解で、考えたら負けなやつですね。
こんな感じでアゲハさんが好き勝手言っているところに、「ずっといましたが何か」みたいな顔をしたカザハが戻ってきました。

「嫌ああああああああ! ちょっと目を離した隙に絡まないで!!」

アゲハさんは即刻スマホに収納された。

「何か変なのに話しかけられた? 気のせいだよ。
それよりお願いがあるんだけど……部長さんをモフモフさせてもらってもいいかな……?」

何が起こるか分からない緊張感に耐えられずモフモフで気を落ち着かせようとしているようだ。
いくらモフモフで可愛いとはいえ部長先輩をそんなぬいぐるみ的な用途に使おうとは何たる所業……!

やがてダークマターに到着し、城内に突入するも、やはり誰もいない。

>「……いない」
>「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
>「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」

(ボクの部屋以外って強調されると逆に気になる……)

少女趣味の可愛らしい部屋を勝手に想像して勝手に萌えているカザハであった。

>「……行こう。エンバース」

ガザーヴァのおかげで難なく最上階へ到達し、謁見の大広間へたどり着く。

>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」

そこに腰かけていたのは、他でもない兇魔将軍イブリースであった。
ニヴルヘイムの現トップなのでその事自体は不自然ではないのかもしれないが、不思議なのは何故たった一人かということである。
エカテリーナがそこのことを問う。

>「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」
>「軍勢だと? そんなものはいない。
 それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
 せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」

>「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
 でも、新天地なんて……そんなものどこに――」

>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
 新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
 仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」

165カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2023/01/30(月) 21:44:22
>「……なんてこと」
>「地球へ……帰らなきゃ……!」

>「それを、オレが許すとでも思っているのか?」

背後の扉がひとりでに閉まる。カザハが慌てて押したり引いたりするも、びくともしない。

「そんな……! 閉じ込められた!?」

>「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」

>「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」

>「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
 この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
 むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」

オデット達とも連絡が取れないようで、今ここにいるメンバーでイブリースを倒すしかここから出る方法はないようだ。

>「ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
 だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
 兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!」

ガザーヴァが特攻するも、イブリースはただ瘴気を発するだけで吹き飛ばしてしまう。
イブリースはここにきてようやく剣を携え立ち上がった。

>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
 ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」

イブリースが右手を突き出して見せるのは、『悪魔の種子(デモンズシード)』――なんと10個。
その取り込み方も凄まじく、あろうことか噛み砕いて嚥下してしまった。

「ちょ、ちょっと……!」

>「ぐ……、ぐォォォォ……!
 おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」

とんでもない量の瘴気が吹き荒れる。
ウィズリィとアシュトラーセ二人の上位術士による抵抗(レジスト)の魔法が無かったら、それだけで戦闘不能かもしれない。

>「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」

>「な……なんだよ、アレ……!
 イブリースがあんな姿にクラスチェンジするなんて、聞いてないぞ……!」

イブリースは今や、誰もみたことがない姿に変貌を遂げていた。

>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
>「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
 第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」

「そんな……超レイドでもとんでもないのに更にその上だなんて……」


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