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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第九章
1
:
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:01:30
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
========================
ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
========================
560
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:06:48
カケルが前線でマーリン相手に戦っているのを見ながら、ガザーヴァはベースをかき鳴らし一心に歌い続けた。
自分とカザハの前にはガーゴイルが陣取っており、時折飛来してくる結晶を黒翼の羽搏きと額の角で弾き飛ばしている。
戦闘は互角――否、どちらかというと此方に優位なように推移しているように感じられる。
が、だからといって油断はできない。特にカザハと自分はこのフィールド全体のバフを担当しているのだ、
万一自分たちが『響き合う星刻の軍歌(アストラルマーチ)』を歌い続けることが困難になれば、
再度の逆転を許すことになりかねない。
>ねえガザーヴァ、あれ、延長できるかな……?
ジョンの発動させた『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』の太陽を指し、カザハが訊ねてくる。
『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』は強力なバフスキルだが、効果が60秒しか持たないという弱点がある。
もし効果を延長できるのなら、更に此方は有利になる。カザハの提案は尤もだった。
ガザーヴァはカザハの言葉に敢えて返答することはなく、その代わり束の間ベースから手を離すと、
両手を今にも持続時間が切れて消えようとしている太陽へ向けて突き出した。
キィィン――と澄んだ音がして、ガザーヴァの突き出した手のひらに魔力が宿る。深紅の双眸が見開かれ、
スキルが発動する。【人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)】、ガザーヴァの代名詞とも言える極悪ユニークスキルである。
薄く消えかかっていた太陽の色味が濃くなり、一転してその輝きを増す。効果は抜群といったところだ。
だが、有利になったのはアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ばかりではなかった。
>【結晶開門・無明の閨房(オープンパンドラ)】……結晶魔法の極致。堪能してくれたまえ
あいうえ夫が、マーリンが温存していた切り札を用いる。
吸い込まれそうな星空の中央、門のかたちを取った星座がその扉を開く。と、中から名状しがたいメロディが聴こえてきた。
それは、カザハと自分が奏でる分かりやすい呪歌とはまったく異なる旋律。名状しがたい狂気的で冒涜的なリズム。
例えるなら無窮の暗黒宇宙の中心で、名を口にするのも憚られる悍ましい蕃神の玉座の周辺に侍る、
不定形の従者たちが身をくねらせながら奏でるフルートや太鼓の音色のような――。
「!」
どくん、とガザーヴァの心臓が大きく撥ねる。動悸が激しくなり、うまく呼吸ができない。
喉奥から熱く不快なものが込み上げてきて、吐き気がする。
尚も歌声を絞り出そうと口を開きながらも、ガザーヴァは苦悶に身体をくの字に折り曲げた。
だのに。
「かは……っ……」
声が、出ない。
――喉……、嗄れ……。
咽喉の奥が焼けるように痛い。
何とか歌おうとするものの、ひゅぅひゅぅと呼気が漏れるばかり。
カザハと違い、ガザーヴァはこの戦いで初めて歌というものを歌った。
当然、ボイストレーニングも何もしたことがない。今までガザーヴァはただカザハへの対抗心と、
姉妹揃っての競演が見たいと頼み込んできた明神への愛情とで、必死にベースを操り歌を歌ってきたのだ。
慣れないことを初めてするものだから、当然声の本格的な出し方なんて知らないし、加減も知らない。
ただ力の限り、全力で歌い続けた。
人間でも、カラオケに行って三十分も歌えば喉が嗄れてしまうのだ。マイクも無しにありったけの声で歌い続ければ、
肉体に掛かる疲労と負担は想像を絶する。
カザハに合わせて休みもなく立て続けに歌い続けたおかげで、ガザーヴァの声帯はとっくに潰れていた。
それでも今までは何とか気力でおのれを叱咤し、歌声を出し続けていたのだが、
あいうえ夫とマーリンの『結晶開門・無明の閨房(オープンパンドラ)』から響く冒涜的なメロディを聴き、
集中力を掻き乱されたことで、一気に精神的にも肉体的にも限界が来てしまったのだ。
――こんなときに……!
狂おしい異界の旋律に脳を鷲掴みにされ、捏ね回されるような不快さを感じつつ、ガザーヴァは歯噛みした。
――ボクはいつもこうだ。肝心な時に、役に立てない……。
一巡目の世界のガザーヴァはアコライト城郭での戦いに敗れ、バロールの駒としての務めを完遂できなかった。
二巡目のこの世界では、レプリケイトアニマにてカザハとの共闘でさっぴょんと対峙するも仕留めきれず、
エーデルグーテでのオデットとの戦いでもエンデのスペルカード『超合体(ハイパー・ユナイト)』がなければ死んでいた。
そして今も、あいうえ夫の結晶魔法の前に成す術もない。
超レイド級モンスターとして、この世界の頂点と言ってもいい力を手に入れたはずなのに。
「こふッ」
喉からせり上がってきた血を吐く。立っていることも儘ならず、ガザーヴァは膝を折ってくずおれた。
隣で騒いでいるらしいカザハの声も、よく聞こえない。
だが――そんな中、
>……出来れば早めに、倒れてくれると助かるな。このスキルは危険なんだ……お互いにね
そんなあいうえ夫の声だけは、やけにはっきり聞こえた。
ガザーヴァは顔を上げ、霞む視界で敵を見た。
クリスタル・オールドメイジの全身に入った亀裂が、秒単位で大きく深くなっていく。
見間違いなどではない――この魔法は確かに絶大な威力を秘めているが、それは此方に限った話ではなかったのだ。
あいうえ夫サイドもダメージを受けている。ガザーヴァには召喚魔法の代償にマーリンの肉体自体が消費されている、
というところまでは理解できなかったが、それでもこの魔法が双方に破滅を齎すものだということだけは、
しっかりと認識した。
今までの闘いも、喉を潰して歌い続けたのも、決して無駄ではなかった。
相手もつらいのだ。ギリギリのところまで追い詰められて、諸刃の剣を出さざるを得なくなったのだ。
それなら。
561
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:07:27
>ガザーヴァ、お願いね。君となら、出来る……!
隣でカザハが次の歌の前奏を始めている。
片膝立ちになったガザーヴァはカザハの顔を一瞥すると、小さく笑った。
そして右の口角についた血を右腕で雑に拭うと、
「……へん、気軽に言ってくれるよなあ……。
このガザーヴァ様をいいだけこき使いやがって……あとで覚えてろよ、バカザハ……!」
そう掠れ声で言って、なけなしの力を振り絞って立ち上がった。
肉体はとっくに限界を超えている。精神は疲弊しきっている。
であれば、残されたものはただ気力のみ。魂だけの力で闘い続ける以外にはない。
何より――
負けたくないのだ。あいうえ夫やクリスタル・オールドメイジにではない、隣で歌うカザハに。
カザハがキーボードを取り出し、演奏をしている間、目を閉じて胸元に右手を添えゆっくりと深呼吸を繰り返す。
喉は相変わらずズキズキと痛んで、声も最初の半分だって出せる自信はなかったけれど、それでも。
今の自分に出来ることは歌うことだけ。そう言い聞かせ、意識を集中させる。
例え、この闘いで声帯が完全に壊れてしまったとしても。
――ボクは……歌う!!
>奪われるのは嫌いだ。命も、スマホもあげない。
門の向こうの人達にも、あなたたちにも、歌を聞かせて、勝つ!
勝って……あなたたちをパーティに招待する!! 今から歌うのは、全ての者に聞かせるための歌だ。
名付けて――響き合う星刻の聖歌(アストラルキャロル)! ぼく達の歌を聞け――――――ッ!!
前奏が終わり、カザハが歌い始める。その声に合わせ、ガザーヴァもまた歌う。
聴く者すべてに祝福と勇気を与えるふたりの歌と、正気を根こそぎ削り取るかのような慄然たる外宇宙の旋律とが激突する。
否――絡み合い、混ざり合い、溶け合ってゆく。まったく異なるふたつのメロディが、
『音楽である』というただ一点以外は何もかもが違うハーモニーが、魔力によって編まれた星空へ高く響き渡ってゆく。
そして。
気付けば、異星からの讃美歌は聴こえなくなっていた。
>……【黄昏の剣(ナイトフォールエッジ)】プレイ
>祈りたまえ……これで決める
あいうえ夫が呟くように告げる。
リソースを極限まで讃美歌に費やした代償か、クリスタル・オールドメイジはもう誰が見ても消滅寸前だった。
その証拠に、もう自立していることさえおぼつかないらしい。マスターがモンスターを支え、何とか攻撃を成立させる。
正真正銘、これがあいうえ夫のファイナルアタックであろう。
一撃必殺の結晶流星が、反射板の間を撥ね回るごとに速度と威力とを上げてゆく。
歌に集中しているカザハとガザーヴァは、その攻撃を回避することができない。
が、その攻撃をカケルが全身全霊で障壁を展開して防ぐ。
とはいえ、リューグークランのあいうえ夫の最終攻撃だ。そう易々と防ぎ切れるものではない。
障壁を力ずくで粉砕しても、結晶流星の威力と速度はまったく衰えるところを知らない。むしろ増している。
窮余の一策としてカケルは自らの核とも言える胸元のレクス・テンペストの証で一撃を受けたが、二度目はないだろう。
もう一度同じことをすれば、いかな風精王の証も耐えられまい。カケルはきっと死ぬ。
ぎゅん! と唸りを上げ、あいうえ夫の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての誇りを賭けた一撃が再度カケルへ迫る。
そして、結晶流星が着弾する瞬間――
バキィンッ!!
死の流星は超高速で飛来してきた暗月の槍ムーンブルクと激突し、粉々に砕け散った。
カケルの力ではあいうえ夫渾身の攻撃を防ぎきることは出来まいと判断し、ガザーヴァが槍を投げつけたのだ。
「……いつまで……ウマにいいカッコさせとくつもりだよ……?」
歌に残していたつもりだった最後の力を投擲によって使い果たしたガザーヴァがカザハへ呻く。
「この闘いは……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の闘いなんだ……。
だから、あの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にトドメを刺さなきゃならないのは……。
デュエルに決着をつけるのは……他の誰でもない、オマエでなくちゃならないんだよ……!」
シャクだけど、と軽く顔をそむける。
ガザーヴァはカザハのクローンではあるが、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の資格までを持っている訳ではない。
あくまでモンスターという位置付けだ。従ってこの闘いに終止符を打つことができない。
カケルにしても同じだ。カザハと魂を分けているとは言っても、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』そのものとは違う。
だからこそ。
「さあ――、行け!
奪われるのは嫌なんだろ……それなら、オマエの手で……
あいつに……クソジジーのオモチャとして扱われる命に、平穏と安息を……与えて、やれ……!」
大きく右腕を振り上げると、ガザーヴァは力いっぱいカザハの背中を平手で叩いた。
そうしてカザハを送り出すと、勢い余って前のめりにどっと倒れる。
身体から無数のデスフライたちが剥離してゆき、幻蝿戦姫から幻魔将軍の姿に戻る。力を使い果たし、
『超合体(ハイパー・ユナイト)』の効果が切れたのだ。
「……へ……へへ……。さすがのボクも、これで完全ガス欠だァ……。
でも……中々悪くない……ファーストライブに……なった、かな……」
喉が壊れるまで全力で歌い続け、精も根も尽き果てたガザーヴァは、
満足げに小さく笑うと、意識を手放した。
562
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:08:17
「ミドガルズオルムの攻撃!
四海に轟け、ラグナロクの先触れ! ……『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』!!!」
『キョオオオオオオオオオオ―――――――――――ッ!!!』
ミドガルズオルムが甲高く吼える。
臨界状態に達した魔力の奔流、この世界そのものの存在すら消し去りかねないほどの破壊の波動が、
マイディアとエリザヴェートへ向けて一直線に放たれる。
超レイド級、ミドガルズオルムのユニークスキル――『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』。
質量とは単純に強さである。世界の終焉に万物万象を喰らい尽くすという伝説の巨竜、
ミドガルズオルムの放つ魔力の奔流はありとあらゆる守護呪文、回避スキル、防御手段を薄紙の如く突き破る。
しかし――
なゆた最大の技とは、其れではなかった。
「はあああああああああああ――――――ッ!!!」
裂帛の気合と共に、なゆたは翼を一打ちするとミドガルズオルムの放つ閃光の中へ自ら飛び込んでゆく。
圧倒的な破壊の波濤をマスドライバー代わりに、その勢いを自らの飛翔速度へ上乗せしたなゆたの身体が、黄金に輝く。
自分自身を光の矢と変えたなゆたが、マイディアとエリザヴェートに肉薄する。
そして、すれ違いざまの横薙ぎ一閃――。
「わたしは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』! 『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とは、勇気ある者!
そして勇気とは、困難に立ち向かう意志! 信念を貫き通す力!
これがわたしの、あなたに贈ることができる……勇気の! すべてよ!
――――『勇気で紡ぐ希望の剣(ブレイドシャイン・ブレイヴハート)』!!!!」
あらゆるバフを打ち破るミドガルズオルムの特性を付与された斬撃で、
ふたりのライフを根こそぎ削り取る。
更になゆたが大きく翼を羽搏かせてその場を離脱すると、
一拍遅れてマイディアとエリザヴェートの足許から白い光柱が噴出し、ふたりを包み込んだ。
浄化の力を持つ、聖なる光の柱。
『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』の勢いを利用した回避不可能の神速と、
超レイド級由来のバフ貫通効果を付与した斬撃に加え、駄目押しの魔力光柱による二段構えで、すべての敵を浄化する。
それが、長い戦いの中で蓄積した経験によってなゆたが開眼した最大奥義――
『勇気で紡ぐ希望の剣(ブレイドシャイン・ブレイヴハート)』だった。
「……はぁッ、はぁ、は……ッ、くゥ……」
光の柱が消滅すると、飛翔していたなゆたはふわりと地面に舞い降りた。
と同時、背の光翼が溶けるように消滅し銀色に輝いていた髪が元の黒髪に戻る。海原の結界が消滅し、
ミドガルズオルムが深海へと還ってゆく。
渾身の必殺技を繰り出したことで魔力を使い果たし、銀の魔術師モードが強制解除されたのだ。
激しい疲労が全身を苛んでいる。本来魔神の扱うべき力を人の身体で行使する銀の魔術師モードは負担が大きすぎるのだ。
出来るなら四肢を投げ出して倒れ込んでしまいたかったが、何とか歯を食い縛って堪え、両脚に力を入れる。
まだ、自分にはやるべきことがあるのだ。
足許にポヨリンを従え、ゆっくりと歩いてゆく。
その視線の先には、ライフを喪失して戦闘不能になったマイディアがいる。
命中すれば一撃必殺の奥義『勇気で紡ぐ希望の剣(ブレイドシャイン・ブレイヴハート)』。
しかし、なゆたはその技をマイディアに“当てなかった”。
ぎりぎりのところでなゆたは構えていた剣を引き、マイディアとナイトヴェイルの横をすり抜けるだけに留めたのだ。
ふたりが受けたのは、突進斬撃の後の浄化光だけ。それもアンデッドや邪悪な存在を消去こそすれ、
生身の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とパートナーモンスターを滅ぼすには至らない。
突進の最中、なゆたはヴェールの奥に隠されたエリザヴェートの金眼と目が合った。
その願いも聞こえた。戦闘の意思を失ったマイディアを、まだ苛むのかと――いっそ楽にしてやってくれと。
確かに其れは救済のひとつの形ではあっただろう。大賢者の駒として望まぬ復活を遂げ、
かつての幼馴染と心ならずも敵対するその境遇は、不幸と言うには余りある。
ローウェルの呪縛を断ち切り、永遠の平穏と安息を与えるために、
全霊の攻撃によってマイディアの身も心も滅ぼしてしまうのが救いだと、そう考えることも出来た。
けれど、なゆたはそうしなかった。
『勇気で紡ぐ希望の剣(ブレイドシャイン・ブレイヴハート)』は、勇気を源とする技。
勇気は困難に立ち向かう意志。信念を貫き通す力。
決して誰かの命を奪うものではないのだ――それが、例え歪んだものであったとしても。
「……大丈夫?」
なゆたはマイディアに近付くと、両手を膝に添えて腰を折りその顔を覗き込んだ。
それから無事を確認すると、満足したように笑ってマイディアの隣に両脚を投げ出して座る。
「はーっ! 楽しかったー! さっすが日本最強チーム・リューグークランのひとりマイディアさんね!
想像の十倍……ううん百倍は強かった! やばかったーっ!」
その表情は、つい今しがたまで極限の闘いを繰り広げていた人間とは思えないほどに晴れやかだ。
だが、なゆたはそれでいいと思っている。ローウェルの思惑など知ったことではない、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の闘いはあくまで、互いを高め合い心底からデュエルを愉しむためのもの。
終わってしまえば敵も味方もない、ノーサイドだ。
563
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:08:47
「わたしも結構、搦め手とか得意な方って自負してたんだけど……。
やっぱりマイディアさんとは比べ物にならないね。動画で知ってるつもりだったんだけど、全然対処できなかった。
わたしが勝つためには、早々に正攻法を諦めて銀の魔術師モードを発現させるしかしかなかった。
絶対負けられない闘いだった……なんて理由があったからって、こんなの裏技を使ったのと一緒だよ。
だから、実質的にはわたしの負け」
はー、と息をつき、なゆたは隣のマイディアを見た。
「ね、マイディアさん。わたしはあなたとのデュエルを、この一回きりで終わらせるつもりなんてないよ。
これからも、何回だって闘いたい! そして、今度は裏技なんて使わないわたしだけのデッキとスキルで勝ってみせる!
……わたしたちは、そのための世界を創りに行くんだ。
人の生き死にだとか、未来だとか。そんなものを賭けたデュエルじゃない――
ただ、楽しいからやる。そんな“本当のブレモン”を取り戻しに行くんだよ」
屈託ない表情で、にっこりと笑いかける。
「今のたった一度だけの闘いで、何もかも決着をつけてしまおうだなんて寂しいよ。
ブレモンプレイヤーとしての優劣も、エンバースのことも。
わたしたちがローウェルをやっつけて、侵食から世界を救ったなら、そのときにまたデュエルしよう!
リューグークランも、わたしたちも。
今よりもっともっと強くなれる筈だから!」
例えローウェルによって駒として復活させられた存在であっても。敵であっても。
マイディアたちも自分と同じ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』には違いない。
であるのなら、デュエルにかける気持ちや楽しさは今でも充分共有することができるはず――そう思っている。
そして、ほんの少しでも何か一つの物事に対して価値観や感情を共有することができるのなら。
手を取り合うことだって、きっとできる。なゆたはそう信じた。
「……ふ」
そんななゆたの言葉に、マイディアは束の間目を伏せて笑った。
「アルフヘイムへ召喚された君たちが、今までどうやって戦い生き残ってきたのか……それがよく分かったよ。
最初は、ハイバラの存在あってこそのパーティーだろうと高を括っていたのだけれど。
それは間違いだったようだ、ああ……強い。本当に強いな、君たちは……」
「あ、あはは……そんなに褒められると照れちゃうなァ。
でも、まだまだ! 今回はたまたま勝てたってだけで、さっきも言った通り実力で勝てたとは思ってないから!
次回は銀の魔術師モードもミドガルズオルムも使わないで、わたしの実力で――」
「……そうだね。
平和になった世界で、もう一度。君たちとデュエルができるなら、それはどんなにか素敵なことだろう」
「! ……うん!」
マイディアの言葉に、なゆたは満面の笑みを湛えた。
『ブレイブ&モンスターズ!』のプレイヤー同士、このゲームを愛する者同士、気持ちは必ず通じ合う。
そんな信念が報われた気がして、嬉しさに胸がかっと熱くなる。
しかし。
「でも……それは叶わない。叶わないんだよ、月子先生。
ご覧、ちょうど……皆のデュエルも終わったようだ。
頃合い……ということかな――」
「頃合い?」
マイディアがかぶりを振り、それから顎で軽く他の仲間たちを指す。
エンバース、明神、カザハ、ジョン。そして、それと対峙したミハエルとリューグークラン。
彼らの闘いも決着がついたらしく、激闘が嘘であったかのように静かになっている。
仲間の様子を一瞥してから、マイディアは軽く右手をなゆたへと翳してみせた。
それを見て、
「あっ!」
なゆたは瞠目し、思わず声を上げてしまった。
マイディアの右手が、その指先から光の粒子へと変わって消えていっている。
それはまるで、現在世界を蝕んでいる侵食のように。光は徐々に体幹の方へと迫り、マイディアを消去してゆく。
「……私たちは本来、とうに死んだ身だ。
偶々ムスペルヘイムで消去を免れていた私たちのデータを、魂を――ローウェルがリサイクル気分で蘇らせただけの存在だ。
そんな私たちが、失敗した。
与えられたタスクさえ満足にこなせない役立たずを、ローウェルがみすみす残しておくと思うのかい?」
自らが消滅しようとしているというのにまるで恐れるでも怯えるでもなく、マイディアが微笑む。
それは、もうとっくに自らの最期について覚悟を決めているという諦観のようにも見えた。
他のリューグークランのメンバー、流川たなや黒刃、あいうえ夫も同様だろう。
自分たちが既にこの世のものでないこと、例え蘇ったとしても昔のように自由になれる可能性はないこと、
そして、与えられた時間が少ないということも。
だからこそ――
なゆたたちは見届けなければならない、偉大な先達の最期を。聴かなければならない、その言葉を。
其れが、後を継ぐ者。屍を踏み越えて往く者の義務なのだから。
564
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:12:44
ブレイブ&モンスターズ! 世界チャンピオンのミハエル・シュヴァルツァーは、ビートダウン戦法の使い手だ。
フォン・ノイマンの再来とも称される人類最高レベルの明晰な頭脳、他を圧倒する判断力と勝負度胸、
そして【堕天使(ゲファレナー・エンゲル)】の高いフィジカルを以て、相手の戦陣が整う前に粉砕する。
誰も、そんなミハエルには太刀打ちできなかった。
テキサスの荒野で培われた荒々しいスタイルを信条とするアメリカチャンピオンも、
湯水のように課金して欲しいものすべてを手に入れ大軍勢で攻め込んでくる中国王者も、
誇りある大英帝国貴族の末裔とされるイギリスチャンピオンも、極寒の地で戦術を鍛えたロシアチャンピオンも、誰も。
だのに。
>失礼な事を言うなよ――試練ごときに敗れた覚えはないぜ。クソイベすぎてエンディングを飛ばしちまったけどな
「な……ん……だと……!?
お前は……成し遂げていたって言うのか!? ムスペルヘイムを踏破していたと!?
ローウェルは、そんなことは一言も――!!」
常人ならざる恐るべき速度で槍を捌き、薙ぎ払いで破壊の衝撃波を発生させながら、ミハエルが瞠目する。
ミハエルの精神は恐慌状態に似た様相を呈していた。
今までミハエルはすべての対戦相手を5ターン以内に葬ってきた。
アベレージは3ターン。それだけの他を寄せ付けない圧倒的な強さで、ミハエルは敵を駆逐し続けてきたのだ。
しかし、目の前にいるこの日本チャンピオンはどうだ?
5ターンどころか、もう10ターンは打ち合い全力の攻撃をしているというのに、まるで沈む気配がない。
どころかリュシフェールの不破の剣技『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』を受けてなお立ち続け、
ダインスレイヴの力を解放し、未だに自分へ肉薄している。
「こんな……、こんなことが……!」
エンバースも不死身という訳ではない。エンバースはエンバースで、多大な犠牲を払って戦闘を継続させている。
普段のミハエルであったなら、それをすぐに看破し然るべき対策を練ることができていただろう。
しかし――未だかつて見たことのなかった、自分に競る者。自分の喉元へ刃を突き立ててくる者の存在に、
ミハエルは完全に冷静さを欠いてしまっていた。
あんなにも自分と対等の対戦者を求めていたというのに、今はその対等な相手によって恐怖を味わわされている。
すべてのブレモンプレイヤーの頂点に立って以来、ミハエルはずっとディフェンディング・チャンピオンであり、
敵を迎撃し返り討ちにする立場だった。つまり、常に守勢であった。
そんな立場が、おのれの圧倒的な立場が。
皮肉なことに、いつしかミハエルから“攻める立場”の思考を忘却させていた。
>それに……さっき、なんだって?お前が、魔王になれた?ははは……バカバカしい
>それじゃ駄目だ……だってお前ほどチャンピオンの似合うヤツが他にいないだろ
「そうだ……、僕は世界チャンピオンだ!
今までも……そしてこれからも! 僕が、このミハエル・シュヴァルツァーこそが!
すべてのブレモンプレイヤーの、頂点に君臨し続けるんだァァァ―――――ッ!!!」
>……さあ来い『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。さあ来い……チャンピオン!
エンバースの挑発に応じるかのように、リュシフェールが必殺の斬閃を繰り出す。
一閃ごとに異なる属性の斬撃を叩き込む『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』の軌跡は、
六芒星を描くという構成上、常に一定である。――従って、理論上は対策を練ることが可能である。
なゆたの『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』が余りにもプレイヤー間に膾炙しすぎて、対策を練られてしまったように。
ミハエルの『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』もまた、多数の大会で披露することで有名になっていた。
それでもその奥義が不破であったのは、常識を遥かに凌駕するリュシフェールのフィジカルと、
ミハエルの判断力があったからだ。
だが一方で、永遠に破られない技など存在しない。どんなに強力なスキルも、いつか対策されてしまう。
もしそんなものが存在するとしたら、それは正真正銘のチートであろう。
だからこそ、ミハエルは万が一の場合に対する措置も抜かりなく編み出していた。
『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』の軌跡は常に一定。
であるのならば、それを破ろうと対策する側も型に嵌った動きしか出来なくなる、ということだ。
その動きを読み切って、虎の子の極剣技すら捨て石にして、必殺の『神殺しの鎗(グングニール)』を叩き込む。
グングニールの穂先が、狙い通りの場所へ位置取りしてきたフラウに狙いを定める。
フラウの核を狙い、光速の鎗が放たれる――
>……今のは、聖六芒斬葬が見切られなければ無意味な動きだ。そうだろ
だが、そんな必殺の刺突をエンバースが阻んだ。
「な……」
不破の上の不破。必殺の上の必殺。
今まで使うべき相手さえ見つからなかった、本邦初公開の秘奥義。
それが、防がれた。
>ずっと……待っていたんだな
エンバースが呟く。
それは死力を尽くした相手への共感か、それとも死闘を演じた好敵手への称賛か。
565
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:13:54
「リュシフェ――――――――ルッ!!!」
ミハエルがパートナーの名を叫ぶ。
主人の求めに応えるように、リュシフェールが残りの斬閃を繰り出す。
リュシフェールの斬撃はその速度、威力共に、過去に類を見ない最高のものであっただろう。
今まで幾多の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を退け、屠り、栄冠を手にしてきた必殺の剣。
其れが、凌駕される。
「……は……」
もはや、常人ではフラウとリュシフェールの動きを目で捉えることは出来ない。
ミハエルにしてもそうだ。今のミハエルは『エンバースならここはこう動くだろう』『フラウはこう考えている筈』という、
自らの予想に基づいて行動している。全ての戦況を予測し、先行することで、神速を実現している。
「……はは……はははッ」
ここへ来て、互いの戦力は完全に拮抗していた。
まさに頂上決戦。あたかも四つの光が互いに絡み合い、蒼穹をどこまでも駆け登ってゆくかのように、
それまでの『ブレイブ&モンスターズ!』の常識が、戦いの極みが上書きされてゆく。
「ははははッ、ははは……はははははははは……!!」
ミハエルは、笑った。
尤も、ミハエルはいつだって笑っていた。弱者、すなわち自分以外のすべてのブレモンプレイヤーを見下す嘲笑。
自分の前に立つ身の程知らずを圧倒的な力で相手をねじ伏せたときの、つまらないという冷笑。
デュエル以上に面白く自分の心を捕えて離さないものはない、人命も世界も無価値だと断言する狂笑。
だが――今この瞬間、ミハエル・シュヴァルツァーの口から無意識に迸り出た声は、そのどれとも違うものだった。
――楽しい。
嗚呼、楽しいのだ。
弱者を蹂躙するときの神の如き全能感とも、敗北し悔し涙を流す相手を蔑む優越感とも違う。
ただただ、単純に闘うことが楽しい。頭をフル回転させて相手の動きを予測し、対策を組み立て、実践し。
想定外の反応に驚き、さらに次の一手の予想をし、攻撃に備える――
ブレモンとしては当たり前の、プレイヤーの誰もが味わったことのある、何と言うことのない遣り取り。
それを、ミハエルは今までほとんどしたことがなかったのだ。
強すぎたことの、絶対王者であることの弊害。それが長い間ミハエルを蝕んでいた。
だが――今は違う。
其れは今まで対戦者を屈服させることで歪んだ悦楽を見出す以外になかったミハエル・シュヴァルツァーが、
ほとんど初めて感じた、純粋なゲームの楽しさであった。
>ああ、クソ……もう、終わっちまうのか……
しかし、永遠に闘い続けることなどできない。闘いには、いつか終わりがやってくる。
いずれかの優劣が決まる、最期のときが。
エンバースが呟く。この楽しい時間がずっと続けばいいのに――ミハエルには、エンバースがそう言っているように聞こえた。
日本チャンピオンとグランドチャンピオンの目が合う。
それだけで、もう言葉は要らなかった。
エンバースが微笑む。死と生の狭間にある身体で。
ミハエルもまた、エンバースを見詰めて笑った。邪悪でも皮肉げでもない、屈託ない笑み顔だった。
「――『白い閃光(ホワイトグリント)』――!!」
エンバースがパートナーのフラウにリュシフェールの相手を任せ、ミハエルとの一騎打ちを選んだように、
ミハエルもまたリュシフェールへのアシストを放棄しエンバースただひとりに集中することにした。
じゃこん、と握りしめた鎗の長柄が展開し、多弾頭ミサイルめいた矢が姿を現す。
『神殺しの鎗(グングニール)』もまた神代遺物だ。武具としての格はダインスレイヴに勝るとも劣らない。
その鎗からほぼ零距離で放たれる炸裂弾頭を完全に防ぎ切ることは、さしものエンバースにも不可能であろう。
>さあ……行くぞ、ダインスレイヴ
無数の弾頭が同時にエンバースを襲う。
迫り来る破滅の箭を、エンバースはダインスレイヴを揮って切断し、或いは叩き落してゆく。
しかしミハエルも、最初から炸裂弾頭などでエンバースを仕留められるとは思っていない。
やはり、最後にものを言うのは自分自身の力。自分が放つグングニールの一撃だと信じている。
エンバースが最後の弾頭を撃墜する。と同時――ミハエルも肉薄するエンバースの核へ向け、
まっすぐにグングニールを突き出していた。
「ハ・イ・バ・ラァァァァァァァァ―――――――――――――ッ!!!!」
叫ぶ。
文字通り全身全霊、必中の一撃だった。この攻撃を成立させるために、今の今まで多くの布石を積み上げてきた。
エンバースはグングニールを避けることも、受け止めることも出来ない。
しかし、それはミハエルも同じだった。
エンバースがダインスレイヴを振り下ろす。その刃への対策を、ミハエルは敢えて考えなかった。
ダインスレイヴは喰らう、その代わりエンバースは斃す。
それが魂を振り絞って闘うことのできた好敵手に対する、ミハエルの答えだった。
566
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:14:28
もしも、この闘いが世界の存亡を賭けた闘いではなく、純粋なブレモン世界大会であったなら。
何万という観客が固唾を呑んで見守るデュエルだとしたら。
きっとこの戦いを観戦しているほぼ全員が、相打ちだと思ったことだろう。
そう思えるほどに、エンバースとミハエルの攻撃は優劣がなかった。同時だった。
しかし――実際はそうではなかった。
ほんの僅か。ほんの零コンマ数秒、瞬きほどの時間にも足りないタイミング、ミハエルの動きがエンバースより遅れていた。
そして、そんな微細に過ぎる違いに気付いたのは――この場に於いてたったひとりだけであった。
ザシュッ!!
ダインスレイヴの刃が獲物を捕える。右肩から左脇腹までを、この世の理の外の剣が狙い過たずに薙ぎ払う。
鮮血が飛沫となって迸り、フィールドを赤色に染める――
が、その対象はミハエルではない。
「……リ……
リュシフェール……」
ミハエルが双眸を大きく見開き、前方の光景に呆然と言葉を絞り出す。
いつの間にかエンバースとミハエルの間に割り込んできたリュシフェールが、ダインスレイヴの刃を受けている。
リュシフェールはぎこちなくミハエルの方を見遣り、主人の無事を確認すると、傷口から血を撒き散らしながら仰向けに倒れた。
エンバースとミハエルの最後の決戦の間際、リュシフェールだけがミハエルがほんの微かに出遅れたのを察知していた。
此の侭では、マスターが死ぬ。
そう判断したリュシフェールは最後の一撃をキャンセルしてフラウの前から撤退し、エンバースとミハエルの間に割り込んで、
身を挺してミハエルを守ったのだ。
「リュシフェール! リュシフェール……!」
ミハエルはグングニールを放り出してリュシフェールに駆け寄り、すぐさま『高回復(ハイヒーリング)』のカードを切った。
一命はとりとめたものの、消耗が激しい。リュシフェールをスマホに収納すると、ミハエルはがっくりと項垂れた。
「――そこまで!
ウィナー、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』!!」
それまで黙して全員のデュエルを見守っていたエンデが、大きく右手を挙げて宣言する。
この世界のデータそのものにして、『ブレイブ&モンスターズ!』のシステム。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』であるエンデの権限は絶対だ。
そのエンデが、この闘いはなゆたやエンバースたちの勝利だと判断した。なんぴともその決定を覆すことは出来ない。
ただひとり、ミハエル・シュヴァルツァーを除いては。
「ハイバラ……」
ぎゅ、とスマホを握りしめたまま、ミハエルはゆっくりと立ち上がった。
そして、碧眼でエンバースを見据える。
ミハエルはずっと大賢者ローウェルと繋がっていた。明神らがアルフヘイムへ召喚された当初、
初めて遭遇したリバティウムでの闘いからこのワールド・マーケット・センターに至るまで、
一貫してミハエルはローウェルの後ろ盾のもと行動していた。
ミハエルが望めば、この闘いの結果を覆したり有耶無耶にすることも可能かもしれない。
しかし――
「……僕の負けだ。
ブレモンを始めてから無敗だった僕が……初めて負けたよ。
ああ、これが負けるってことか……。知らなかった、そうか……負けるっていうのは、こういう気持ちなのか……。
本当に……悔しいなあ……」
ミハエルは無念そうに言ったが、言葉とは裏腹にその表情は晴れやかだった。
生まれて初めて全力を出し、総力を結集して闘った結果に敗北したのだ。
悔しさがあるのは事実だろうが、それを以てエンバースを憎むようなことがある筈もない。
ミハエルは確かにニヴルヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』として暗躍してきたが、
自身のデュエルに関しては一貫してローウェルの手を借りることはなく、自分自身の力だけを恃みとしていた。
決戦の地であるこのワールド・マーケット・センターでも、ミハエルは小細工なしの真っ向勝負を仕掛けている。
ローウェルの手を借りてチート武器を用い、超レイド級モンスターを大量に従え、
『悪魔の種子(デモンズシード)』でリューグークランさえも完全な手駒として支配下に置くことが出来たのに。
ただ“勝つ”ということを目的とするなら、幾らでもエンバースたちを一方的に葬り去る手は打てたというのに――。
けれどもミハエルは、あくまで自分の力でエンバースと、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と決着をつけることに拘った。
それはニヴルヘイムに召喚されて以降、ずっとローウェルの目的に手を貸してきたミハエルの、
ただひとつ譲れなかった『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての矜持だったのだろう。
「敗北した者は、勝者に例え何をされたとしても文句は言えない。
ハイバラ、君の好きにするがいい。君にはその権利がある……」
エンバースの視界の先には、自分と同じように闘いを終えた現在の仲間たちと、かつて仲間だった者たちがいる。
そして――その元仲間たちの身体が消えかかっているのも、はっきりと見えるだろう。
「残された時間は僅かしかない。
……言いたいことがあるのなら、早くすることだ」
ミハエルはそう言うと、一歩身を引いて道を譲った。
【vsミハエル、リューグークランのデュエル決着。
リューグークランは消滅。】
567
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:00:39
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅰ)】
『架空のコメントを引用してんじゃねぇぇぇぇ!!!』
「オイオイ照れんなって。気持ちは分かるぜ。見てえよな……ユメミマホロの逆バニー!
いや、ちょっと待て……見てえよな、ユメミマホロの逆バニーってメチャクチャ語呂よくねえ!?」
息をするように紡ぐトラッシュトーク/息をつく間もないラッシュ。
圧倒的な攻勢――だが決め切れない。黒刃の思考に雑念が混じる。
――やはりクロマンジュウの負傷が手痛い。そうでなければ今頃とっくに――
芽生えた雑念を斬り裂くように放つ神速の剣閃。
本職顔負けの剣捌き――だが浅い。胸当ての表面を掠めただけ。
外したのではない。避けられたのだ――自分達のコンディションの問題では、ない。
とにかく再度距離を詰める――よりも早く、革鎧に組み込まれたスピーカーが唸った。
瞬間、爆風同然の音波が炸裂/クロマンジュウが咄嗟に盾になる/だが踏み留まれない――大きく吹き飛ばされた。
『……黒刃君さぁ。お前けっこう真面目っつーか、プレイが丁寧だよな』
「ああ?」
『ラーメン作って舐めプかましたかと思えばほっぽり出して仲間守りに来ちゃうしよ。
トロールが中途半端なんだよ。クズになりきれてねえんだ。
命のかかった極限状況じゃ人間の本性が出るつうがよ……
そうやって明らかになった黒刃君の本質は、お友達のために体張れる男だったっつうワケだ』
「はあ〜?何いきなり語ってくれてんのオマエ――」
黒刃は口プするのは好きだがされるのは大嫌いだった。
すぐさま再び詰め寄ってぶん殴ってやろうとして――
『ふざけやがって。ハイバラの経験値になりたいだ?パーティを組み直したいだ?
お前らはいつまで……!いつまでハイバラの方ばっか見てやがんだ!!』
『お前らが戦ってんのは俺たちだ!俺が戦ってるのは、お前らなんだよ!!』
ふと踏み留まった――そして深呼吸がてら深く深く溜息を一つ。
『犬と一緒に戦ってるのはジョン・アデル。自衛官で、化け物みてーな怪力もった、人間だ。
歌ってるのはカザハ君とカケル君。シルヴェストルが転生して再転生したややこしくて、優しい生き物。
ガザーヴァ……は、知ってるか。あの甲冑の中身がこんな美少女だってことはご存じなかったろ。
――俺はうんちぶりぶり大明神。フォーラムに2年粘着してるブレモンアンチだ』
「……オマエさぁ〜。外でウマい飯食ったら毎回シェフ呼んで褒めてやってんの?」
呆れ果てた様子の目つき/声色。
「イチイチんな事しねえだろフツー。フツーに飯食って、ごっそさんつって帰るよなぁ。
マジでビビるくらいクソウマかったら後からレビュー付けに行くかもしんねーけどさ」
それきり黒刃は口を噤む/ファイティングポーズを取る――左手で明神を手招きする。
『……対戦、よろしくお願いします』
「おー。心配すんなって。後でテメーにもレビュー付けといてやんよ――!!」
黒刃の眼光は――とっくの昔に、明神のみに注がれている。
568
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:00:58
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅱ)】
直前の攻防で距離を離された=次の攻防の先手は魔術師である明神。
黒刃がファイティングポーズを取る=狙いはまず遠距離攻撃を捌き、そして再び肉薄する。
ソニックアーマーが切断寸前の左腕を大振り/革とケーブルが悲鳴を上げ――断裂。
千切れた左腕が巨大な砲弾と化す――迎え撃つ黒刃の眼差しは冷静そのもの。
この一撃目はただの牽制=重りでしかない左腕を有効活用しただけ。
ソニックアーマーが隻腕になろうと霊体/ブレイブの戦闘に支障はない。
呪文を唱える事もスマホを操作する事も出来る。
故に待ち構える――次なる一手を。
『『座標転換(テレトレード)』、プレイ!』
スペルが発動/左腕が消失――位置交換の対象は、ソニックアーマー。
牽制程度に見ていた攻撃が突然敵そのものと入れ替わった。
端的に言って窮地――生半可なブレイブであれば。
『そら、選べよ!』
黒刃には全て見えていた。
明神のスマホから分厚い大剣が取り出された事も。
それをヤマシタの右腕が掴んだ事も。
更に位置交換によって引き継いだ慣性を利用しヤマシタが全身を一回転させ――
二重の加速を乗せて大剣を投擲する瞬間も、全て。
回避は――間に合わない。本来容易く捌けた筈の左腕と位置交換された事が響いている。
防御も危うい。オブシディアンスライムは攻撃を真正面から受け止めるタイプのタンクではない。
「下がれ、クロマンジュウ!」
号令と共に黒刃が一歩前へ飛び出す――なんとも心地の悪い一歩。
冷えた油が纏わりつくような、敵の狙い通り誘い込まれている感覚。
黒刃は考える――ハイバラなら、上手くいなして仕切り直そうと言うだろう。
だが――それはリューグークラン流だ。黒刃本来のやり方ではない。
そして黒刃は今ヒートアップしている≒気が昂ぶっている。
クレバーなやり方で勝ちを拾う気にはなれなかった。
全て真正面から食い破る。そういう気分だった。
襲い来る大剣をレイピアが出迎える。
精妙極まる剣先はその大質量を木の葉のようにいなす――筈だった。
しかし――剣先が大剣に触れた瞬間、黒刃は違和感に気づく。
大剣に何か、粘液めいた物が塗布されていた――それが刃と刃を結合させる。
ただ接着されているだけではない――これは魔法の力による簡易的な合成だ。
レイピアと大剣は既に一個のアイテムと化した。
黒刃はその付け足された質量/慣性に逆らわずレイピアを手放す――口笛を鳴らす。
「へえ。それで?」
ソニックアーマーがクロマンジュウの影を踏む――影縫いだ。
ご丁寧に、周囲にはぬらぬらと艶めく油が巻かれている。
それが可燃性の油であると黒刃は瞬時に察した。
「そういう手法」はハイバラも多用していたからだ。
『おおっと噴火すんなよ!?黒刃君が文字通りのまっ黒焦げになっちまうぜ』
不意に――黒刃が笑った。活路を見出したと言わんばかりに。
「――バァカ、逆だろ。噴火すんだよ!本気でブッ放せッ!!」
569
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:01:12
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅲ)】
雷鳴めいた号令/クロマンジュウは疑わない――弾ける爆音/業火/熱風。
油が瞬く間に引火/燃焼/黒刃が炎に飲まれる――だが、それはほんの一瞬。
超高出力の爆炎は油をただ引火させるだけではなく――吹き飛ばす。
当然、黒刃は引火した油を被る事になるが――それも一瞬。
クロマンジュウの爆風は黒刃に付着した油をも吹き飛ばす。
そしてクロマンジュウ自身の炎にはフレンドリーファイア無効が働く。
結果的に――黒刃が受ける燃焼ダメージは最小限に抑え込まれた。
無論、例え一瞬でも燃え滾る油が全身に付着したのだ――そのダメージは致命的未満/絶大以上。
こんな事をしなくても、もっと安全にセットプレイをやり過ごす方法はあった。
例えば「クロマンジュウの鍛え上げたステータスを頼りに影縫いをレジストさせる」とか、
或いは「インベントリから新たな武器を召喚/反撃する」などがそうだ。
要する時間もそう変わらなかっただろう。きっと一秒もかからなかった。
「――来い!クロマンジュウ!」
だが――これが黒刃のやり方だ。
0.5秒早くパートナーを解放した。
重傷を負ったクロマンジュウでも黒刃の右腕に纏わりつき、拳を補強するくらいは出来る。
それはスマホを操作して武器を召喚/装備するよりも少しだけ早く実行出来る。
全身火だるまになった代わりに、0.5秒だけ早く体勢が整った。
『怨身換装――『解除』』
明神がヤマシタから飛び出してきた/黒刃が拳を振りかぶる――遅れを取っているのは黒刃。
先手を取られたディスアドバンテージは0.5秒では覆せなかった。
拳による迎撃は間に合わない――だが、その判断も0.5秒早く下せた。
黒刃が脳内に踊る火花の中から次善の一手を見つけ出すには――十分すぎる時間。
『――リアルファイトだオラァァァァァ!!!』
「舐めんなッ!オタクのヒョロヒョロパンチが!この俺様に利くかボケェ――――ッ!!」
黒刃が歯を食い縛る/大きく仰け反る――額を勢いよく前へ突き出す。
明神の拳を迎撃/響く打撃音――激痛と共に額に返ってくる感覚があった。
粉々とまではいかずとも――確かに拳の骨がひび割れる感覚が。
570
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:01:23
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅳ)】
「いっ……てえじゃねえかクソ!だがこれで!俺の勝ち――――」
全身火だるまになった代わりに0.5秒を稼いだ。
その0.5秒で、今度は頭部への打撃を直撃する代わりにスマホを扱う右手を負傷させた。
策も誘いも全て正面から受け止めた――そして今から、食い破る。
「だ…………あぁ?」
その筈だった。だがそうはならなかった。
黒刃は――よろめいていた。
全身火だるまになった直後に、恐らくは魔力で補強した拳で頭部を強打されたのだ。
更にその前にはパートナーを庇ってスタミナ度外視のインファイトも繰り広げていた。
要するに――クラッチプレイを押し通すには、あとほんの少しHPが足りなかった。
黒刃はよろめきながらも踏み留まる――だがもう手遅れだ。
明神はとっくに追撃の準備を完了している。
一度は堪えた黒刃も、負け確の試合でコントローラーを投げるように倒れ込んだ。
「あークソ!ぜってー勝ったと思ったのによぉ!」
両手を広げて呻く/目を閉じて深く溜息を零す――それから明神を見た。
「けど、そうだな…………総合的に評価すると精々星二つってとこかなぁ〜」
清々しい態度から飛び出したのは悪びれも恥じらいもない暴言だった。
「まあチャンスを物にする力があるって事は分かりましたが、
自らチャンスを作り出せない限り所詮キャリーされる側の域を出ません。
あと口が臭いし目つきもいやらしかったですが、期待を込めて星二つです」
勝負には負けても口プには絶対負けない=トロールプレイヤーのメンタリティ。
「あーあ……オイ。ハイバラ、どうなったよ」
ふと黒刃が尋ねる――自分で見ればいいようなものだが、先の明神の言葉を覚えているらしい。
「――いや。やっぱいいわ。自分で見た方が早えし」
もっとも一度気遣いのポーズを見せたらそれで満足して、平常運転に戻ってしまったが。
571
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:01:38
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅴ)】
ヴァーミンちゃんの放った非業の剣がジョンを斬り裂く/鮮血が飛び散る。
ただし――斬り裂けたのはジョンの頬のみ/飛び散った血もほんの僅か。
避けられたのだ。懐に潜り込まれた――ジョンが拳を振りかぶる。
『うおおおおおおおおお!』
ジョンの拳がヴァーミンちゃんの腹部に突き刺さる。
その衝撃は分厚い毛皮を容易く突破して――その奥にある肉を潰す/骨を砕く。
強靭な毛皮と筋肉の塊であるヴァーミンちゃんの五体がいとも容易く浮き上がり――小石のように吹き飛んだ。
ヴァーミンちゃんはメインホールの中央付近から端まで吹っ飛んで壁に激突/床に落下――そのまま立ち上がれない。
流川たなは――その場にへたり込んで、項垂れた。
目を閉じて、小さく嘆息を零し、それから傷ついたヴァーミンちゃんをアンサモンしようとして――
自分の手元に影がかかっている事に気づいた。顔を上げる。ジョンと目があった。
『おい…!スマホを貸せ!オラっ!抵抗すんな!』
実際のところ、たなは抵抗一つしなかった。する理由がなかった。
見知らぬ世界で疲れ果てて死んだ筈の自分が生き返った。
またハイバラとパーティを組む夢を見れた。
最愛のパートナーが液晶画面のこちら側にいて、一緒に、殺し合いでないデュエルが出来た。
『よし後は部長と僕が解毒すれば…とりあえずひとあんし!「にゃ〜〜〜!」?』
『わぷっ…部長!とりあえず解毒薬を…あれ…毒の影響を受けていない?…ていうか心なしか僕の症状も軽くなってきてるような…』
『部長!お前…お前…進化してるよ〜〜〜〜!!!!!』
もう十分だった。夢は覚めた。だから後は――報いを受けるだけだ。
『さて…と…たな…流川たな…僕達の戦いは僕の勝ちで…決着がついた…そうだな?』
「っ……ええ」
ジョンがたなの右腕を掴む/吊るし上げる――たなは痛みに顔を歪めながらも、やはり抵抗しない。
『今から君は僕のモノだ…いいな?命令にも絶対服従だ』
「確か……私の顔面をぶん殴ってやりたいんでしたっけ?」
『戦争の敗者は勝者の所有物だ…人権なんてあると思うなよ。
…捨て駒に使おうと遊び半分で殺そうと欲望のはけ口にして辱めようと…その権利は僕にある!当然勝手に死ぬことも許さない…返事は!』
「どうぞ。あなたにはその権利がありますし……私には、そういう末路がお似合いです」
プライドをへし折る――そんな必要はなかった。
そんなものはもう、とっくに折れた後なのだから。
ミハエルの虐殺を見過ごした。自分達だけでは勝てないなんて理由で。
そこまでしてでもハイバラの力になりたかった――それも叶わなかった。
なのに最後の最後で――殺し合いでない純粋なデュエルにまで興じられた。
だから流川たなはちゃんと分かっている――自分は、自分達は、報いを受けるべきだと。
572
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:02:02
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅵ)】
『よし…わかったならさっそく命令してやろう』
『…これを君のパートナーに飲ませてくるんだ。
バロール印の回復薬だ…どんな状況からでも…死んでさえいなければ一発で治る優れものさ…一部例外デバフもあるらしいけどな』
「……その必要はありませんよ」
『勘違いするな!僕は君達を許したわけじゃない…もちろんこの世界も君達を絶対に許さない!だけど…だからといってこれ幸いと死なれても困る。
この戦争はこれからが本番だ。…これから起こる大きな戦い…その為にも勇者を起こして次の戦場で僕やエンバースの役に立ってもらわないとな。
お前の罪が裁かれるのはその後だ』
「……勘違いしてるのは、あなたの方です」
『言っておくが流川たな…僕の所有物である君に一切の拒否権はないんだ。正式な場で裁かれるその時まで…お前の命を僕が預かる。
そして…それまでその身に嫌ってほど僕達流を叩き込んでやるからな…覚悟しとけよ…ほら!ぼさってしてないで早くいけ!』
「あはは。それは……楽しそうですね。本当にそうなったら良かったのに。でもね――」
流川たなは含みのある言い方で、申し訳なさそうに笑った。
573
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:02:25
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅶ)】
激突する結晶流星/暗月の槍ムーンブルク――宙に瞬く結晶の破片。
最後の力を振り絞って放った一撃だった。
マーリンは両足が砕けて、偶然自立出来ているだけのダルマのような状態。
だが――まだ負けた訳ではない。
自立不可能という事は胸より下の結晶は全て消費しても構わないという事。
最後の力を振り絞っても駄目だった。なら――次は命を懸けた一撃を放つまで。
「……マーリン。『門』を開けてくれ。もう一つだ」
あいうえ夫が相棒を振り返らぬまま告げた。
【結晶開門(オープンパンドラ)】による召喚物には幾つかのバリエーションがある。
その中から異界の賛美歌を召喚したのは、吟遊詩人が持つ歌唱への感受性に強く作用させられるから。
「私が時間を稼ぐ。君なら出来る――私達が、勝つんだ」
だが――最早それだけでは足りない。
優れたサポートプレイヤーには視野の広さが求められる。故にあいうえ夫には見えていた。
流川たなも黒刃も互角の勝負を繰り広げている。
こういう個人の実力に頼みを置いたデュエルは――すごく久しぶりだ。だからすごく楽しい。
しかし最後には――勝たなくては。個人的にだけではない。チームとしても。
だからもう一つ、門を開く必要があった。
吟遊詩人特攻の賛美歌だけではなく――もっと壊滅的な、マップ兵器/火力支援を召喚する必要が。
無論、言うまでもなくこれは自殺行為だ。
全身ひびだらけのマーリンでは門を開くまでに多大な時間を要する。
残った結晶体も殆ど消費してしまう。そこまでして門を開いても持続時間はきっと一秒にも満たない。
だが、それで十分だった。たった一秒の中で勝利を掴む――そんな事なら今まで何度でも為遂げてきた。
「……おや。そちらもパートナーは息切れかい。
奇遇だね……最後はブレイブ同士、勝負といこうか」
息をするように嘘をつく/傘の杖を畳む――さながら剣のように突きつける。
傘を模す事で「拒絶」の術式を宿したその杖は開けば盾に、畳めば槍にも剣にもなる。
そして傘であるが故に当然――風雨に対して特攻属性を持つ。
あいうえ夫の傘捌き――その杖術は鮮やかだった。
こだわらない事にこだわる男の真骨頂。
槍のように突き/薙刀のように払い/太刀のように打ち付ける。
更に傘を開けば拒絶の魔法で体勢を崩させる事も出来る。
開いた傘そのものをブラインドにして、自前の結晶弾による不意打ちも狙ってくる。
鮮やかなまでの技のバリエーション。技の量に薄まる事なく両立された練度。
それらはカザハがついぞ磨く事のなかった力。
かつてマリスエリスと戦った時と同じだ。カザハは圧倒される。
だが――ある時ふと気づくのだ。おかしな事に、自分はまだ負けていないと。
あいうえ夫は武術においてカザハとは比べ物にならないほど巧みだ。
魔法にしても呪歌以外ならカザハ以上の使い手だろう。
「……速いな」
しかしただ一点、速さだけは――カザハが圧倒的に上回っている。
その一点だけで、カザハはあいうえ夫の戦技を避け切っている。
あいうえ夫の魔法を置き去りにしている。
そして――その事を理解した時、カザハはもう一度気づくのだ。
この戦いは今、自分が優勢なのだと。
574
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:02:43
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅷ)】
だが、そこで一つ疑問が生じる――かもしれない。
速度で劣るあいうえ夫がどうして果敢に攻めてくるのかという疑問だ。
答えは単純明快――カザハの注意を「何か」から自分へ逸らす為。
その疑問に辿り着く事が出来れば、後はもうその「何か」を見破るだけだ。
自身を構築する結晶を急速に消費/莫大な魔力を捻出するマーリンの存在を。
本当なら気づいた時にはもう門は開いている。そういう風に為遂げる筈だった。
だがあいうえ夫の劣勢はマーリンにとっても予想外だった。
故に焦りを禁じ得なかった――このままでは術式構築を待たずマスターがやられると。
或いはカザハならば回りくどい推理など必要とせず、
ただ持ち前の感受性でその焦りを察知して、あいうえ夫の作戦を見抜けたかもしれない。
「……気づかれてしまったか。だが――」
あいうえ夫が傘を開く――今や首から下の全てが砕け散ったマーリンを庇うように。
「止めさせはしない。勝つのは……私達だ」
結晶の星空が再び頭上に展開――眩い光線が門を描き出す。
あいうえ夫は完全に死守の構え。身を挺してでもマーリンを守り切る――覚悟を決めた面持ちだ。
頭上から門の軋む音が聞こえる。ぼたぼたと、毒気を発し独りでに蠢く粘液が垂れてくる。
そして――攻防の果て、カザハの全身から輝きが迸る。
何が起きたのか、あいうえ夫には分からない。だが一つだけ確かな事があった。
それは――その溢れる魔力を余さず攻撃に用いれば、間違いなく致命的なダメージを叩き出せるという事。
あいうえ夫は勿論、彼が守ろうとしているマーリンに対しても。
開門は――間に合わない。
「マーリン……!」
あいうえ夫がカザハに背を向けて駆け出す――首だけになって、その頭部すら亀裂だらけの相棒を抱いて蹲る。
自分が負ければ結局マーリンも遠からず死ぬ。それでも庇わずにはいられなかった。
眩い閃光があいうえ夫を飲み込む/塗り潰す。マーリンが開門を中断/結晶防壁を展開するが――到底防ぎ切れない。
そして――
「……なんだ。どうなった……?」
暫しの静寂の後、あいうえ夫が呻き声を零す/上体を起こす/全身が痛む――だが生きている。
マーリンを見る――抱きかかえる直前よりもむしろ亀裂が減っているように見えた。
程なくしてあいうえ夫は一つの可能性に辿り着く。
ブレモンは敵モンスターをテイムして使役するゲーム。
故に敵の動きを鈍らせテイムの試行を補助する為のスキルがある。
麻痺/スタン/チャームと言った状態異常の他――非殺傷スキルなんて物も存在する。
カザハが最後に放ったスキルは恐らくそうした類のものだったのだろう。
「それは……予想出来なかったな。一歩間違えば、私が君を殺していたのに」
精霊族は負傷が外見に出ない。流れた血もすぐに各属性に還るように消えてしまう。
だが、無明の閨房は命に関わるほどのダメージを与えていた筈だ。
積極的に殺す気はなかった――さりとて殺さないよう加減する気もない。
そういうつもりで戦っていた。
そういう戦い方をされて――それでもカザハは最後に不殺のスキルを切った。
575
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:03:08
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅸ)】
「……だが、あり得る一手だった。何故読めなかった」
あいうえ夫が天を仰ぐ/溜息を零す――ゲーマーの性が、頭の中で終わった勝負を反芻する。
読み切れなかった。終わった後で考えてみれば十分あり得る選択肢だった。
甘さ――或いは純粋さ。そうした精神性が、最後に非殺傷のスキルを選ばせる可能性は予測出来た筈。
その可能性にかけていれば開門を強行出来た――勝ち筋はまだ残っていた。
情けをかけられる事が前提の勝ち筋ではある。
とは言え対戦相手のミスを拾うのは最もポピュラーな勝ち方だ。
何故出来なかった――考えて、答えはすぐに出た。
ハイバラの経験値になりたかった――最初から、自分は末路にこだわっていた。
それは勝負には無用なこだわり。最初から、戦う前から自分は一つミスをしていた。
「……いや、やめよう。この反省に大した意味はない。まずは……勝者を称えるべきだったね。
すまない……そしておめでとう。自分で言うのもなんだが……私に勝ったのはすごい事だよ」
576
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:03:51
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅴ-Ⅰ)】
『……大丈夫?』
なゆたがマイディアの顔を覗き込む/隣に座り込む。
エリザヴェートが威嚇の唸り声を零す/マイディアがそれを宥めるように撫でる。
正直な話、勝者が敗者を慮りに来られても気まずいだけと言うのがマイディアの持論だが――
『はーっ! 楽しかったー! さっすが日本最強チーム・リューグークランのひとりマイディアさんね!
想像の十倍……ううん百倍は強かった! やばかったーっ!』
だが、それも所詮は敗者の理論。命がけの戦いをして負けたのだ。
勝者の都合に従うのは敗者の必然――これもまたマイディアの持論。
もっともこれは持論と言うよりムスペルヘイムで焼き付けられた教訓と言うべきだが――とにかく。
マイディアは倒れたまま、なゆたと目を合わせた。
『わたしも結構、搦め手とか得意な方って自負してたんだけど……。
やっぱりマイディアさんとは比べ物にならないね。動画で知ってるつもりだったんだけど、全然対処できなかった。
わたしが勝つためには、早々に正攻法を諦めて銀の魔術師モードを発現させるしかしかなかった。
絶対負けられない闘いだった……なんて理由があったからって、こんなの裏技を使ったのと一緒だよ。
だから、実質的にはわたしの負け』
「……なら、本質的には私の負け。困るなぁ。この私に勝ったんだからもっと誇らしげにしてくれないと」
なゆたが未来を語る。世界は滅ばずに、皆が生き残って、平和な日常が帰ってきた後の未来を。
そこに水を差すのは――本当に心苦しい事だ。だが告げなくてはいけない事がある。
マイディアがなゆたに右手を差し出す。ゆっくりと、指先から順に光の粒子に分解されつつある右手を。
「……私たちは本来、とうに死んだ身だ。
偶々ムスペルヘイムで消去を免れていた私たちのデータを、魂を――ローウェルがリサイクル気分で蘇らせただけの存在だ。
そんな私たちが、失敗した。
与えられたタスクさえ満足にこなせない役立たずを、ローウェルがみすみす残しておくと思うのかい?」
マイディアは名残惜しそうにエンバースの方を見た。
577
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:05:27
【ゲーム・セット(Ⅰ)】
互いに最後の一撃。エンバースは確信していた――勝った。
ダインスレイヴは確実にミハエルを捉える。グングニールよりも早く。
肉を斬り裂き/骨を断ち/その奥にある臓腑さえ抵抗一つなく両断するだろう。
ムスペルヘイムで積み上げた人斬りの経験が高らかに叫んでいる。
勝った。己の剣技は、最後の最後で確かにチャンピオンを上回ったと。
そして確信している事はもう一つあった――やられた。
強い勢いを帯びて放たれた一撃は反撃を受けても止まらない。
そしてこの世界はゲームではあってもデジタルゲームではない。
HPがなくなったらその場で死亡モーションが始まって死体が消滅するなんて事もない。
だからダインスレイヴに心の臓を斬り裂かれながらでも、
肉体が死に至るまでのコンマ一秒までの間にグングニールはエンバースの魂核を貫く。
これがゲームの大会の決勝戦だったなら、先に攻撃を当てた方の勝ちだったかもしれない。
けれども「これ」は違う。どちらが先に攻撃を当てたとしても――もう結末は変わらない。
あのミハエル・シュバルツァーを相手に、仲間を誰一人死なせず倒したのだ。
それはエンバースにとって紛れもない勝利――エンバースは勝利する。
そして――死ぬ。不死者の本質、魂核が破壊される事による完全な消滅を迎える。
それが結末――そうなる筈だった。
そして――――エンバースの視界に鮮血が舞う/黄金色の髪が揺れる――漆黒の羽が踊る。
『……リ……
リュシフェール……』
決着の瞬間、リュシフェールがミハエルを庇ったのだ。
あのままではミハエルは確実に死んでいたと。
確かにそれとほぼ同時にエンバースも殺せていたかもしれないが――そんな事は主の死の前にはなんの慰めにもならない。
『リュシフェール! リュシフェール……!』
ミハエルが堕天使に駆け寄る/咄嗟に【高回復】のカードを切る。
エンバースはその様子を呆然と見ていた――何が起きたのかすぐには理解出来なかった。
ミハエルがパートナーをアンサモンして、項垂れる。
その様を見てようやくエンバースは実感した。
『――そこまで!
ウィナー、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』!!』
自分は勝った――そして生き残ったのだと。
右半分だけ再生した肉体の、胸の奥で心臓が高鳴っている。
呼吸の整え方なんてもう覚えてないのに、高揚のせいで息が苦しい。
『ハイバラ……』
ミハエルが立ち上がる/エンバースを見る――二人が見つめ合う。
『……僕の負けだ。
ブレモンを始めてから無敗だった僕が……初めて負けたよ。
ああ、これが負けるってことか……。知らなかった、そうか……負けるっていうのは、こういう気持ちなのか……。
本当に……悔しいなあ……』
「これが公式戦じゃないのが残念だ。ああ、クソ……ブレモンの歴史に名を残す男になれたのにな」
578
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:06:28
【ゲーム・セット(Ⅱ)】
『敗北した者は、勝者に例え何をされたとしても文句は言えない。
ハイバラ、君の好きにするがいい。君にはその権利がある……』
「そうだな。お前は報いを受けるべきだよ。だが……悪いが今は『そんな事より』もっと大事な話があるんだ」
『残された時間は僅かしかない。
……言いたいことがあるのなら、早くすることだ』
エンバースが皆を振り返る――かつての、既にその存在を消されつつある仲間達を。
そこにいるのは所詮、ローウェルが作り出しただけの偽物。
だとしても――皆である事は変わらない。
皆をもう一度失意と負い目の中で死なせる訳にはいかない。絶対に。
だからエンバースは――笑った。いつもみたいな皮肉めいた笑みではなく。
「なあ。今の、見てたよな?俺があのチャンピオンをやっつけたんだ。
俺が――世界で一番ブレモンで強いプレイヤーになったんだぜ」
右半分だけ再生した顔で、作り方もうろ覚えな、だけどなるべくちゃんとした笑顔を浮かべた。
気づけばピースサインもそこに添えていた。半ば無意識の行動だった。
その後で――ハイバラだった頃は結構やってたな、これ――なんて事を思い出す。
「だから……俺の事なら、もう心配するなよ。今度はきっと大丈夫だからさ」
心配するな。大丈夫だ――ムスペルヘイムで過ごす内、いつの間にか口癖になっていた言葉。
何の根拠もなくても、口にせずにはいられなかった強がりの嘘。
だけど今回ばかりは――それはエンバースの心からの言葉だった。
579
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:08:03
【ゲーム・セット(Ⅲ)】
「信じらんねえ。イエーイ今の見てた?ピースピースってか。バカが。ブン殴ってやりてえ」
黒刃が馬鹿らしいと言わんばかりに寝返りを打つ/エンバースを視界から外す。
「……でも、そうだったな。そういやあんなヤツだった。
すげえプレイキメた後はいつもそうだった。今の見てたか?ってよ、うるせえんだ」
黒刃がまだ消えていない左手でスマホを操作/クロマンジュウを治療。
傷を癒やしたクロマンジュウが黒刃に飛び乗る/じゃれつく。
「けど、まあ……変にスカしてるよりずっといいわな。
アイツ、久々に見たら見た目も喋り方もすっかり陰気臭くなっちまってんだもんな。
最初はどこのKURAUDOさんかと思ったぜ」
黒刃はもう明神とは目を合わせようともしない。ずっとスマホを弄っている。
そうして――ふと、明神のスマホから通知音が鳴った。
ブレイブ&モンスターズのアプリからの通知――プレイヤーからのメッセージが一通。
差出人の名前は黒刃=対戦履歴からのフレンド申請。
「レビュー代わりだ。ありがたく取っとけや」
明神がスマホから視線を外した頃には、黒刃はもうそこにいなかった。
580
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:09:00
【ゲーム・セット(Ⅳ)】
「――ま、こういう事です。すみませんね。折角気を使ってもらったのに無下にしちゃって」
流川たなは肩を竦めてそう言うと――ジョンの様子を見て溜息を吐いた。
「あなたが今何を考えているのか分かりませんけど……
多分、ガッカリしてるか怒ってるのどちらかだと思うんですよね。或いはその両方?
ボクノシタコトハムダダッタノカーとか。オノレローウェルーとか……ね、ね、当たってます?」
たなは努めて平静を保ちながら首を傾げてみせる。
「ま、当たっている体で話を進めますね。だけど……ありがとうございました。
私は最後に、ヴァーミンちゃんとのデュエルを思い出にして消えていけます。
まるでフツーのデュエリストみたいな気持ちで……ホントは分かってますよ?全然そんな事ないって」
自嘲気味に笑うと、流川たなは立ち上がる。
「『アンサモン』『サモン・ヴァーミンちゃん』『高回復(ハイヒーリング)』」
ジョンに取り上げられたままのスマホへ語りかける=音声入力。
遠くへ殴り飛ばされたままだったヴァーミンちゃんを再召喚。
こんな手もあるんですよ、後輩さん――とでも言いたげに笑う。
「きっとこれが、私達が一番穏やかに死ねる結末。
たとえ私達が勝っていたとしても……こんな風には死ねなかった」
己に縋り付く/啜り泣くヴァーミンちゃんを愛おしげに撫でる。
「……これを」
ヴァーミンちゃんが主から離れる/非業の剣を差し出す。
「いらなかったら捨ててくれて構いません。
でもそれは傷つけた対象の状態異常耐性を引き下げる剣。
使うタイミングを間違えなければ、あなたへのバフをより強めてくれる筈ですよ」
たなの姿はもう殆ど消失している/最後の最後まで笑顔を保っている――つもりだった。
だが出来なかった。たなの顔が悔しさに/情けなさに/寂しさに歪む――涙が溢れる。
「……あれ。あはは……駄目だ、なんだか今日は涙脆いみたいです、私。
あーあ……締まらないなぁ。穏やかに死ねるなんて言ったばかりなのに」
零れた涙が一粒二粒と床に落ちる――その短い時間で、たなは完全に消えてしまった。
581
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:10:02
【ゲーム・セット(Ⅴ)】
「――君達には本当に迷惑をかけた。最早満足に償う事も出来ないが……すまなかった」
あいうえ夫が深く頭を下げる――死に際だからこそ、その態度はこだわるべきだ。
何を言うべきか/何を謝るべきか――何を伝えるべきか。残された時間は短い。
「これも私が言えた事ではないけど、君達ならきっと世界を救えると思う。
……戦いが始まってまだ間もない頃、君はひどく手探りで、迷っているように見えた。
だが、今更言うまでもない事だが……君の歌も、身のこなしも、素晴らしかった。私が保証する」
敗北者の分際で偉そうな事を言っている自覚はある。
だが、そんな事は些事だ。こだわる必要などない。
どうせもう滅びる身、これ以上恥を重ねる事もないのだ。
そんな事より大切なのは――君は本当に強かったと伝える事。保証する事。
このあいうえ夫を倒したという成功体験を、己を信じる為の柱の一つと昇華してもらう事。
それがカザハをほんの少しだけ強くする――かもしれない。
「それから……無明の閨房、あの門から聞こえてきた歌は覚えているかい?
ああ、いや、あまり鮮明に思い出さないように。アレは言わば認識する毒だ。
本当は覚えているだけでも危険なんだが……一方で君達の武器にもなり得る」
両腕が消えてしまう直前になって、あいうえ夫が抱えたマーリンをそっと床に置く。
あと数秒で消えてしまう存在だとしても落として割ってしまう訳にはいかない。
「それと……私の理解が正しければ、呪歌の類は聞き手の印象によって効果が上下する。
つまり出力を突き詰めるなら相応の演出が必要になる。
今回は会場の設備を利用出来たが――次もそうとは限らない。留意しておいて欲しい」
もう完全に消えてしまった右手で、顎先に触れるような仕草を取る。
まだ何かないか。少しでも力になれる事はないか――焦燥の中、考えを巡らせる。
「幸い、君は風の使い手だ。天候、光の屈折、利用出来るものは多いだろう……。
あとは……ああ、そうだ。そこの傘の杖も私にはもう無用の物だ。もし良ければ使ってくれるかい」
今度こそ――もう何も思いつかない。少しでも助けになりそうな事は全部伝えた。
後はかつての仲間に一言でも謝る事が出来れば――そこまで考えて、ふと気づいた。
自分の存在がもう殆ど、首元まで消えかかっている事に。
「……時間切れか。しまったな。すまないが、君からハイバラ君に――」
あいうえ夫の口元が消える――声を発する事も出来なくなる。
結局ハイバラには何の言葉も残せなかった――無念だが、甘んじて受け入れた。
ムスペルヘイムで手にかけた、そして生き返ってから見殺しにしてきた命の数を考えれば、こんな事は報いにもならない。
とは言え――それでも無念は無念。
あいうえ夫はせめてこれ以上の悔いが生じぬようにと目を閉じて、そのまま消失した。
582
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:13:08
【ゲーム・セット(Ⅵ)】
倒れたままのマイディアの体が消えていく――暫しの沈黙の後、彼女はなゆたを見つめて口を開く。
「……ねえ月子先生。彼からはっきりと、言葉にして、愛を語られた事は?」
別れの言葉にはそぐわない語り出し。
「……ないだろうね。いつもそうだった。思わせぶりな事を言ってこっちをその気にさせて。
そのくせ気づいたらすぐによそ見をしてるんだ。私もそれはもう散々待たされたものさ」
だが、その声色はさっきまでとは違う。
「結局、私がその言葉が聞けたのは――私の今際の際だったからね」
挑発的な響きはまるでない。
「……私ね、本当はハイバラの事はあんまり心配してないんだ。あくまであんまり、だけどね。
でもそうでしょ?結局、ハイバラは私達が死んだ後も戦い抜いた。多分、最後まで」
むしろその語り口は――まるで懺悔のようだった。
「だから月子先生。死んじゃ駄目だよ……私にはそれが出来なかったから。
きっとあの時、ハイバラをひどく傷つけてしまったから」
出会ってから今まで、マイディアが紡いできた言葉の中で――間違いなく最も真に迫る一言。
声が震える。本当は――もっと大声で泣きたかった。ハイバラの名前を呼んでこっちを見て欲しかった。
だけど出来なかった。今更残していく傷跡を増やしても何にもならない。
何より――自分達は満たされながら死んでいい筈がないと分かっていた。
「……ハイバラ」
それでも堪え切れなかった――消え入るような声が零れる。
届く筈のない声。決して届く事のないよう押し殺した声。
だが――マイディアのその存在が完全に消える直前。エンバースがそちらを振り返った。
マイディアが息を呑む。声が聞こえた筈がない。
きっとただ、なゆたの様子を確認しようとしただけ。
分かっている。それでも、だとしても――エンバースは確かにそちらを見た。
「……ああ、もう。君は本当、いつも思わせぶりだな……」
マイディアの表情が思わず綻ぶ/目元が緩む/涙が零れる。
その呟きを最後に残して、マイディアは完全に消滅した。
583
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:14:13
【ゲーム・セット(Ⅶ)】
エンバースがそちらを振り返ったのは、本当に特に深い理由はなかった。
そもそも周囲の戦況を把握し続けられるほど余裕のある戦いではなかった。
だから当然、なゆたがどこにいるのかだって分かる筈がなかったのだ。
ただなんとなく――ゲーマーとしての感覚が、死角を死角のままにしておく事を嫌がっただけ。
だが結果的にそれが、マイディアの最期をエンバースの視界に映した。
喪失感は――耐えられないほどではなかった。
既に一度喪って、その事を受け入れた人物の消失だからか。
ああして生き返った事自体がローウェルのお遊戯に過ぎないと認識しているからか。
それともミハエルと渡り合う為の切り替えた「スイッチ」のおかげ――あるいは、そのせいか。
「……なんだ。お前らももう行っちまうのか?」
ふと、エンバースは己の傍から離れようとしている気配に気づいた。
肌身離さず持ち歩いている遺品のスマホ、そこに宿った――リューグークランの残留思念達。
マリはもういない。死者を衝き動かすエネルギーとしての魂だけがエンバースの胸中にある。
残る三人――黒刃/あいうえ夫/流川たなの残留思念、それらの気配が急速に薄れていく。
『なんだよ、寂しいからもうちょっと傍にいてよーってか?』
「いや。ダインスレイヴの予備バッテリーに使えるかなと思ってさ」
『あ?ざけんな!ついこないだまでみんなのカードがないと世界が救えないよーって泣いてたくせによ!』
『……一緒にいたいのは山々なんですけどね。
でも……ハイバラさん、もう心配いらないんでしょ?
私達もそう思います。だからもう、未練を保てないんですよ』
「折角なら、俺がローウェルをぶちのめすとこまで見ていきゃいいだろ。それじゃ未練にならないのか?」
『ならないね。だって……どうせ勝つだろ、君』
「……ま、それもそうか」
エンバースがもう姿も見えない皆を見上げる。
「じゃあ……またな。少しの間待っててくれ。次会う時は……久々にデュエル出来るといいな」
返事は――聞こえなかった。皆の気配はもうどこにも感じ取れない。
584
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:19:16
【ゲーム・セット(Ⅷ)】
「――さて」
暫く耳を澄まし、もう本当に皆がいない事を実感すると――エンバースはミハエルを振り返った。
そしてその喉元にダインスレイヴを突きつける。
「さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ」
しかしそれはただの見せかけ。エンバースはすぐに刃を下げる。
「だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か」
そして――不敵に笑った。
「しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ」
その双眸は今もまだ真紅に赤熱していた。
「俺の実力はもう十分に分かっただろ?だから次はお前も最初からフルスロットルでやれる。
俺は俺でお前の手の内はある程度把握した。次はもっと長く遊べるぞ。
お互い、上手く切れなかった手札がまだある筈だ。あるよな?俺にはある」
戦闘が終わってから、もうほどほどに時間が経った。
なゆた達も体勢を整えて、もうミハエルの周りへ集まってきている。
「それに多分だけど、フラウもリュシフェールも不完全燃焼だろ?」
〈……なんなら私は負けてますけどね。少なくともパートナーとしては確実に。
このまま勝ち逃げされるのは非常に不本意ですが――ハイバラ、あなたの考えが読めません〉
これまでの会話――もとい一方的な言動も聞かれていただろう。
だがエンバースはお構いなしだ。むしろ、その様子を確認してから話を続けようとしている。
実際、これはただミハエルに語りかけているのではなく――
「つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?」
宣言しているのだ。
「この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ」
585
:
響き合う星刻の聖歌(アストラルキャロル)
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:29:08
https://dl.dropbox.com/scl/fi/oupfome16b8hx8vrv13d5/.mp3?rlkey=vz6qy95e4v2hnpiioqoq5viit&dl
上パート:ガザーヴァ(VY2)
下パート:カザハ(VY2)
生まれ落ちた瞬間(とき)から逃れ得ぬ原罪(つみ)背負う 地上に降りた迷い星達よ
生きとし生ける者に課せられた宿命 奪い奪われる悲しき世の理
だからこそぼくは歌うんだ 想いを風に乗せて
たとえ差し伸べた手が 振り払われても
戦いに疲れたなら 耳を澄ませて聞いてみて
必ず届けるから 星が刻む聖なる歌
傷つき彷徨う孤独な魂 空に帰りたくて涙こぼれた夜
だけど本当は一人じゃなかった 気付いてないだけでいつでも繋がっていた
上パート:カザハ(VY2)
下パート:カケル(MEIKO)
送り出された瞬間(とき)から手離せぬ夢いだく 地上を歩む巡り星達よ
この世のすべての生命(いのち)に残されしは希望 与え与えられ共に生きる喜び
そのためにぼくは歌うんだ 言葉を風に乗せて
たとえ差し出した手が 届かなくても
歩くことに疲れたら 立ち止まってきいてみて
必ず届けるから 星に刻む聖歌(キャロル)を
嬉しいことあった日は 耳を澄ませて歌ってみて
必ず響き合うから 君と刻む聖なる歌
586
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:32:41
【カザハ】
相手の渾身の結晶流星を受け、カケルはまだ立っていた。
一瞬の出来事すぎて、傍目には、相手の必殺技がたまたまラッキーで一番丈夫な部位に当たって助かったように見えただろう。
実際にはそこに至るまでに何重にも魔法障壁で威力の増強を抑えた上で、意図的にその部分で受けたのだ。
(やった、凌ぎ切った……!)
どう考えてもこれが最後の一撃。
マーリンは崩壊寸前で、もはや次撃を撃つ余力はどこにも無いだろう。
つまり先に相手が力尽きてこちらの勝ち。華々しい勝ちとはちょっと違うけど勝ちは勝ちだ。
……って、次撃の詠唱に入ってる……だと!? え、ちょっと待って!?
(駄目だよ、これ以上やったら死んじゃうよ……!)
死んじゃうというのは相手もそうだし、カケルだって一撃は凌いだものの、次も防ぎきれる保証はどこにもない。
【カケル】
(甘かったんだ、読みが……ッ!)
この一撃さえ凌ぎきれば勝てると思っていた、一瞬の油断が仇となった。
――どうする!? と考えている暇などなく致死の流星は目前へと迫り――
ガザーヴァが投擲した暗月の槍ムーンブルクと激突し、砕け散った。
歌は丁度一番が終わったところのようだ。
「ガザーヴァ……!」
>「……いつまで……ウマにいいカッコさせとくつもりだよ……?」
>「この闘いは……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の闘いなんだ……。
だから、あの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にトドメを刺さなきゃならないのは……。
デュエルに決着をつけるのは……他の誰でもない、オマエでなくちゃならないんだよ……!」
カザハから聞いてますよ!?
戦闘で役に立たなくたっていい、勇気が無くたっていいって言ってくれて、
引き留めてくれたのはどこのどなたですか!?
悪く言えば掌大回転、よく言えば状況の変化に応じた柔軟な対応というやつ!?
ううん、それはあの時のカザハを繋ぎ止める方便で、本当は――ずっと前から知っていたんですね。
テンペストソウルを持っているかよりももっと決定的な、カザハとその弟妹――私やガザーヴァを分かつ違い。
でも私とカザハは大まかには同じ境遇なわけで、何が決め手となったのか――
カザハの方が元々人型モンスターだったから、とかその程度の深い意味はない理由なのかもしれないが、
妙な方向性に冷静な奴よりもヘタレの豆腐メンタルがブレイブの方がどう考えても面白いんですよね……。
漫画の読みすぎかゲームのやりすぎちゃうんかと突っ込まれそうだが、この世界はゲームなのだから仕方がない。
本当のところは、神もとい上の世界の上層部のみぞ知るというところだろう。
587
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:35:15
それはそうと、もしかしたら、私はブレイブ同士の戦いという言葉の意味を取り違えていたのかもしれない。
ブレイブ同士の戦い(だからゲームのブレモンっぽくパートナーモンスターを戦わせないといけない)ではなく、
ブレイブ同士の戦い(※文字通りの意味で)ということだったんですかね!?
エンデが説明不足で誤解を招くのは今に始まったことではない……!
そのくせ一切忖度無しの本当のことしか言わないのだ。
つまり彼は少年漫画的ノリで適当なことを言ったわけではなく、こちらが逆の意味に解釈していた!?
「そうか。ポジションが逆だったんですね、私達……!」
私はギターを拾い上げて、カザハに目くばせして後ろに下がる。
あいうえ夫に私の攻撃が何故か通らなかったのも、それなら辻褄が合う。
>「さあ――、行け!
奪われるのは嫌なんだろ……それなら、オマエの手で……
あいつに……クソジジーのオモチャとして扱われる命に、平穏と安息を……与えて、やれ……!」
私は倒れるガザーヴァに駆け寄りかけて踏みとどまり、ギターを構える。
私にはまだやることがある。戦いはまだ終わっていない。
自分達が勝たないといけないのはもちろんのこと、カザハの呪歌は戦闘域全体に影響を与えているのだ。
(ガザーヴァ……、カザハに勇気を、ありがとう)
モンスターとしての進化の引き金を引いたのがジョン君なら、
ブレイブとしての勇気を呼び覚ましたのはガザーヴァなのだろう。
私は力を使い果たしたガザーヴァから演奏を引き継いでギターをひきはじめる。
【カザハ】
「ブレイブ同士の戦いって……こういう意味か――ッ!!」
ガザーヴァに送り出され、精霊樹の木槍を軸に鐘杖を生成しながら駆ける。
エンデ君よ、ブレイブ同士の戦い(※物理)って……それもうデュエル関係なくない!?
>「……おや。そちらもパートナーは息切れかい。
奇遇だね……最後はブレイブ同士、勝負といこうか」
その言葉に、少しだけ安心する。
流石にこれ以上パートナーモンスターを酷使する気は無いんだ。
しかし勢いで飛び出したものの、こちらは格闘戦をはじめとする戦いに関しては全くの素人だ。
こうなりゃバフによる能力値の底上げでゴリ押しするしかない。
「「送り出された瞬間(とき)から手離せぬ夢いだく 地上を歩む巡り星達よ」」
みんな一瞬思い付くが実際にやる者は多分いない、呪歌で自らを強化しながら戦うロマン戦法。
勢い任せで振り抜いた杖が、鮮やかな傘裁きに阻まれる。
剣術とも槍術とも棒術ともつかない、独自の磨き上げられた動き。
加えて、傘には敵をノックバックさせる術式がかかっているようだ。
開いた傘の陰から、結晶弾が飛んでくる。あっと思った時には、間一髪で避けていた。
(自力で魔法使った……だと!?)
588
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:36:30
考えてみればそりゃそうだ、これ程の実力者なら自力で攻撃魔法ぐらい使えるよね!?
相当な鍛錬を積んで磨き上げられたことを伺わせる、魔術と格闘技を巧みに組み合わせた技の数々。
うん、知ってた!
多分この世界は技レベル的なものの比重が大きくて、能力値頼りのゴリ押しじゃ熟練者には勝てないって。
仕方ないじゃん、技の適性が呪歌に全振りで、戦闘の鍛錬したところでどうにかなる気がしない!
自分で戦うのは諦めて後方支援に徹する覚悟(?)決めてきたのに、こりゃあ無いよ!
「「この世のすべての生命(いのち)に残されしは希望 与え与えられ共に生きる喜び」」
でも、理由はよく分からないが、我ながらよく持ち堪えている。
(絶対……負けないッ!!)
勝てなくたって、負けなければ――極論、死ななければいい。
死なずに歌い続けていれば、皆が先に勝利して助けに来てくれる。
「「そのためにぼくは歌うんだ 言葉を風に乗せて たとえ差し出した手が 届かなくても」」
至近距離から光弾を撃ち込み、そのままの勢いで突きを放つ。
そこで、あることに気が付いた。戦っている位置が少しずつ移動、具体的には前進している……。
(もしかして、こっちが圧してるってこと!?)
呪歌によるリアルタイム強化に加え、先ほどカケルが自分にテンペストヘイストを何重にもかけていた。
今はデータ上同一モンスター扱いのため、それが連動してかかっている……!?
王道の力によるゴリ押しではなく速度による変化球ゴリ押しが成立している……!
ここまで致命傷を避けられているのも、偶然ではなかったのだ。
(このままいけば、勝てる……!)
戦いド素人の自分にもそれが分かったということは、相手はとっくに分かっているだろう。
でも、どう見ても負けを悟った者の気迫ではない。つまり、まだ切り札を隠し持っている……!?
これってブレイブ同士の戦い(※物理)だよね!? パートナーは流石にもう行動不能だったはず……。
嫌な予感がしてマーリンの方を見ると、首から下が無くなりながらも大がかりな術式構築を行っていた……。
(あーっ! そんな無茶な!! ブレイブ同士勝負(※物理)言ったじゃん!!)
いや、こっちだってパートナーが後ろでちゃっかり一緒に歌ってるけども! それとは次元が違うやん!?
マーリンの方に杖を向け、突風の妨害系スキルを撃つ。
>「……気づかれてしまったか。だが――」
魔力の風は、開かれた傘に阻まれた。
589
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:37:49
>「止めさせはしない。勝つのは……私達だ」
(パートナーを犠牲にしてまで勝って……何の意味があるんだよ!! 力ずくで止めてやる!)
更に間合いを詰めて攻め込む。
それは命懸けの闘争でありながらどこか舞踏のようで。
激闘の中で、今まで覚えたことのない感情が芽生えているのに気付く。
その正体は分からないけれど、少なくとも不快ではない。本来は戦いなんて嫌いなはずなのに。
訳も分からずに自衛のために始めた戦いだったけど、今は――理屈じゃなく、この人に勝ちたい。
勝って、いつか強くなって、今回みたいな超ラッキーじゃなくて実力で互角に戦えるようになったら――きっと、もっと楽しい。
「「歩くことに疲れたら 立ち止まってきいてみて
必ず届けるから 星に刻む聖歌(キャロル)を」」
結晶の星空に、再び門が描かれる。開き始めた門から、粘液が垂れてくる。
外宇宙の讃美歌だった先ほどとは違う種類の技のようだ。
効果の詳細までは分からないが……開かれてしまったら、自分だけではなく皆が負けてしまうかもしれない。
(させるか―――ッ!!)
全身が軋むように痛み、風の元素が若干漏出している。
常軌を逸した速度で動き続けたせいで、体がついていっていないのだ。
構わずに猛攻を仕掛けるも、あいうえ夫の鉄壁の守りをどうしても突破できない。
あと一歩、あと一歩で勝てるのに……!
「「嬉しいことあった日は 耳を澄ませて歌ってみて
必ず響き合うから 君と刻む聖なる歌」」
アストラルキャロルを歌い終わる。その時、全身に魔力が漲り、気付けば輝く光を纏っていた。
「――!?」
相手は驚きを隠せないようだが、無理もない。
自分でも何が起こったのか完全には把握しきれていないのだから。
どうやら、特殊な大技を使える状態になったようだ。
推察するに、これでアストラルの名を冠する歌を3曲歌ったことになるが、
呪歌には、特定の歌を続けて発動すると追加効果が発動するコンボがいくつかあるが、その発展版のようなものかもしれない。
あるいは単純に、長時間歌い続けていると何かポイントのようなものが溜まって特殊な技が発動できるのかもしれない。
歌う呪歌も即興のオリジナルなら、歌を丸ごと歌う運用自体も他にしている人がおらず、前例がないので本当のところは分からない。
発動できる技は二種類――迷っている暇はない。
ひとつは、膨大な魔力で相手を焼き払うヴァニシング・スターライト《いずれ滅びゆく星の煌き》――文字通りの必殺技。
もうひとつは、テイム等の前段階として使用することが想定されていると思われる不殺の技――
レヴァナント・スターライト《永遠(とわ)に滅びぬ星の煌き》。
常識的に考えれば、前者一択だろう。
相手はこちらを殺さないようにする気遣いは一切なく、自殺行為に及んでまでも勝ちをもぎ取ろうとしているのだ。
ここで仕留めずに開門を強行されてしまったら、自分だけではなく仲間達まで負けてしまうかもしれない。
一瞬にも満たない思考の末、選んだのは――
590
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:39:34
「終律――レヴァナント・スターライト《永遠(とわ)に滅びぬ星の煌き》」
(言ったもの、勝ってパーティー招待するって……!)
そんな恐ろしい所業をしたら、ガザーヴァとたなが意気投合して明神さんと黒刃が煽り合いし続ける地獄絵図が顕現するのだ。
そのままだとぼくの胃に穴が開いてしまうので、この人は絶対必要なのだ。
一切手加減無しでかかってくる敵に対してこんなことを思うのはおかしいんだけど、
どこか意図的に、こちらに効率的に経験を積ませようとしてくれていたような気がして。
明神さんに至ってはガチで殺されかけたんだから、そんなはずはないんだけど。
なんとなくだけど、こう見えて本当はすごく面倒見のいい良識人ポジションで、尖ったメンバー揃いのパーティをまとめてた気がする……。
もちろん、それだけの理由で一か八かの賭けに出たわけではない。
相手にはこちらがどんな技を使ってくるかは分からず、この状況では、普通は通常の攻撃技を撃ってくると思うだろう。
それに、あいうえ夫がマーリンを死守している姿を見て思った。
もちろん、マーリンがやられてしまったら勝てないからに決まってるけど、それだけじゃないような気がして。
パートナーに自殺行為の強行突破はさせても、敵の攻撃でパートナーが自分より先にやられてしまうのは、万が一にも嫌なんじゃないかなって。
だからきっと、開門を中断してでも防御を優先してくれるはずだ。
元から星空だったものが、星に埋め尽くされたような密度が桁違いの星空に塗り替わる。
「これで最後……。防ぎきれたらあなたの勝ち。いざ、勝負――!」
飽くまでも必殺技でぶっ倒す気満々を装った台詞を吐きながら、杖を振り下ろす。
>「マーリン……!」
あいうえ夫が、蹲ってマーリンを抱きかかえるように守る。読みは当たったのだ。
最後の技が発動する。
背景が塗り替わる大がかりな演出の割に、星が隕石になって落ちてきたり邪悪を焼き払う光の柱が地に突き立ったりは――しない。
もう一つの方の技だったら多分したんだけど!
これは命を断ち切る技じゃなくて、テイムのための技。共に手を繋いで未来へ歩いていくための技だから。
ただ無数の星の煌きが一帯に降り注ぎ、眩い光が二人を包み込む。
効果は、HPのテイムに適した値への調整と、鎮静。
余力がかなりある者にはそれなりに大ダメージが入ると思われるが、
すでに限界を超えて戦っている者に対しては、逆に回復として作用する。
マーリンは防御を優先するために、開門を中断した。
技の余韻が消え、フィールドが元に戻り暫くして――あいうえ夫が起き上がる。
>「……なんだ。どうなった……?」
開門はもう不可能。他の皆も決着が付いていて、もはや逆転も不可能だろう。
相手から戦意はもう感じられない。武器をしまって、歩み寄る。
「嘘、ついちゃった……。本当は今の、必殺技じゃないんだ。
防いでもらうのが狙いだったんだよ。防がずに強行突破されたら危なかった……」
>「それは……予想出来なかったな。一歩間違えば、私が君を殺していたのに」
「でも、あなたはそうしなかった。ぼくの思った通り、パートナーを守ることを選んだ……」
591
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:43:32
>「……だが、あり得る一手だった。何故読めなかった」
>「……いや、やめよう。この反省に大した意味はない。まずは……勝者を称えるべきだったね。
すまない……そしておめでとう。自分で言うのもなんだが……私に勝ったのはすごい事だよ」
「えっ、もしかして、今、勝ったの!?」
今、勝者って言った!? ぼくが、この人に勝ったって!?
あまりよく分かっていなかったが、言われてみてようやく、じわじわと実感がわいてくる。
もちろん、実力で勝てたとは思わない。
みんなに助けて貰って、とんでもない幸運が重なって勝てただけかもしれないけど、それでも――
ブレイブ同士の戦いとして定義されたこの戦いに勝てた、それが意味することは……
「勝ったんだね……! そっか! ぼくも、ブレイブ《異邦の魔物使い》だったんだ――!!」
嬉しさのあまり、涙がこみ上げる。
張りつめていた緊張の糸が途切れ、変身が解けて普段の姿に戻る。
「あっ、ごめん……。つい興奮しちゃった。
ありがとう、なんか、変な気分だよ。実は、まともに勝ったの、初めてなんだ……。
戦いをちょっと楽しいかもって思ったのも、さっきまで殺し合ってたはずの敵にこんな感情を抱くのも、
本気で勝ちたいって思ったのも、強くなりたいって思ったのも、全部……初めてなんだ」
それはきっとデュエリストならずっと前から知っている感情で、何を今更と思われそうだけど。
ちょっとだけみんなに近づけたような気がした。
「でも、ぼくだけの力じゃないんだ、みんなが助けてくれたから……。一人だったら、絶対勝てなかった。
だから……今度また相手してほしいよ。今度はお互い死なない程度に。
自分は強くなれない仕様だと思ってたけど……ぼくはぼくのままで強くなれる気がしたんだ。
聞きたいこと、教えてほしいこと、たくさんあるよ。
臨機応変なサポーターとしての立ち回り、魔法を組み合わせた接近戦の技、それから、そのお洒落なファッションのこととか……!
メインロールはどっちかというとバッファーなんでしょ?
うちのパーティー、みんなすごいプレイヤーだけど、バッファーはいないから……。
会ったばっかりなのに厚かましいかもだけど……先生って呼んでもいいかな?
そうだ、パーティー招待するんだったね! すぐするからちょっと待ってね……え?」
スマホに視線を移しかけて、気付く。相手が消えつつあることに。
>「――君達には本当に迷惑をかけた。最早満足に償う事も出来ないが……すまなかった」
「そんな……! 謝らなくていいから消えないでよ……!」
>「これも私が言えた事ではないけど、君達ならきっと世界を救えると思う。
……戦いが始まってまだ間もない頃、君はひどく手探りで、迷っているように見えた。
だが、今更言うまでもない事だが……君の歌も、身のこなしも、素晴らしかった。私が保証する」
消えてしまうのが変えられぬさだめなら――せめて最後にエンバースさんと話させてあげないと。
自分などと悠長に話している場合ではない。
――いや、そうじゃないんだ。
最後にデュエルした自分と、真剣に向き合って最大限力になろうとしてくれているのだ。
だったら――聞かなきゃ。一言一句聞き漏らさないように。
592
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:44:42
「そっか……良かった」
モンスターとしてもともと高かった速さと、地球時代から持ち越してきた技能である歌には少しだけ自信があったが、
それを柱に戦略を組み立てるのは間違っていないのだと、確信に変わる。
>「それから……無明の閨房、あの門から聞こえてきた歌は覚えているかい?
ああ、いや、あまり鮮明に思い出さないように。アレは言わば認識する毒だ。
本当は覚えているだけでも危険なんだが……一方で君達の武器にもなり得る」
「うん……考えてみる」
そのままでは自殺行為になってしまう毒をどう武器に昇華するか――
尤も、そのまま再現しようと思ったところで再現できるものでもないのだが。
>「それと……私の理解が正しければ、呪歌の類は聞き手の印象によって効果が上下する。
つまり出力を突き詰めるなら相応の演出が必要になる。
今回は会場の設備を利用出来たが――次もそうとは限らない。留意しておいて欲しい」
「はい――先生」
幸運がもたらした勝利は、勝因を分析して意図的に再現することで、確かな実力となる。
あいうえ夫さんがローウェルの手先になって蘇ってまでくれたこの勝利を、絶対無駄にはしない。
>「幸い、君は風の使い手だ。天候、光の屈折、利用出来るものは多いだろう……。
あとは……ああ、そうだ。そこの傘の杖も私にはもう無用の物だ。もし良ければ使ってくれるかい」
「ありがとう――必ず役立てるよ」
>「……時間切れか。しまったな。すまないが、君からハイバラ君に――」
言葉の途中で、口元までも消えて言葉が途切れる。
このまま消えてしまうのはあんまりで、救いを求めるように思わずエンバースさんの方を見る。
すると、エンバースさんが、半分だけ再生した顔で今まで見たことがない種類の笑顔をしていた。
といってもそもそも焼死体なので笑顔を見たことはないのだが、顔があったとしても今まではあんな表情はしたことが無かった気がする。
そして、分かりやすくピースまでしている。
「見て、あれ……! 君達のリーダー、世界一になったんだ……!」
あいうえ夫さんが、それを見届けることが出来たかは分からない。
彼は最後に目を閉じて、静かに消失していったのだった。
「約束する。君達のリーダーを、もう一人にはしない。必ず一緒に世界を救うから……!」
593
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:46:50
暫し無言で佇んでいたぼくは我に返り、地面に落ちている傘の杖を拾い上げて抱きしめる。
それにしても……こんな超凄い武器の名前が”傘の杖”ってそのまんますぎるでしょ……!
実にシンプルで分かりやすくて、あいうえ夫さんらしい。
いつの間にか隣に来ていたカケルがそっと肩に手を置く。
「エンバースさんのピース、見てくれたかな……」
「きっと、見えてましたよ……」
気持ちを切り替えるように、話題を変える。
「カケル、そういえばさ、まさか馬に戻ると思わなくて例のスペルカード渡し忘れてたけど……。
いったん馬に戻った後、自力で美少女に戻ってたね」
「……あっ、そういえば……! いつの間にか、自力で馬娘になれるようになってたんですね」
他のリューグークランのメンバーは、あいうえ夫さんと同じように、消失してしまったのだろう。
エンバースさんは相手方で唯一この場に残ったミハエルに語り掛けていて、勝利をおさめた仲間達がその周囲に集まりつつある。
そんな中で、ガーゴイルに乗せられたガザーヴァの様子を確認する。
命に別状はないようで、ひとまず胸をなでおろす。手をそっと握って語り掛ける。
「ありがとう……。ごめんね。一緒に歌ってくれるのが嬉しくて、つい無理させちゃった……。
お姉ちゃんって言ってくれたの、本当に嬉しかったよ。
それと……バカって言われると、本当は傷付くよ。でも……愛のあるバカなら言ってもいい」
それから、激闘に勝利した仲間達の姿を見て、無事を改めて確認する。
「みんな、無事で本当に良かった……」
自らの意思で戦略的に瀕死に陥って銀の魔術師モードを発動させ、回復と戦闘域の障害の排除を行ってくれたなゆ。
勝てたのは、表面上回復されたとはいえ明神さんが戦闘中盤でマーリンに大ダメージを与えた影響が少なからずあっただろう。
自らも相当なダメージを負っているにもかかわらず、生命力を分け与えてくれたジョン君。
しかしアレってやっぱりアレだよな……!?
いやいやいや、あれは大真面目な戦術的行動だから、そんなんじゃないから!ノーカンだから!!
と、一瞬余計な思考が始まりそうになってしまい、今はそんな場合ではないので気合で頭の隅に追いやって平常心を保つ。
そして――実際に死にかねない危険を冒してまでも自らを死んだように見せかけ、大きなチャンスを作り出してくれたエンバースさん。
本当なら一人一人にお礼を言わなければいけないが、それはもう少し後だ。
エンバースさんのそばへ行くと、たった今かつての仲間を再び失ったとは思えない楽しげとすら言える様子で、ミハエルに語り掛けていた。
どうして半分再生してるの!?とか聞きたいことはあるが、今は黙って成り行きを見守る。
594
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:47:59
>「しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ」
>「俺の実力はもう十分に分かっただろ?だから次はお前も最初からフルスロットルでやれる。
俺は俺でお前の手の内はある程度把握した。次はもっと長く遊べるぞ。
お互い、上手く切れなかった手札がまだある筈だ。あるよな?俺にはある」
>「それに多分だけど、フラウもリュシフェールも不完全燃焼だろ?」
>〈……なんなら私は負けてますけどね。少なくともパートナーとしては確実に。
このまま勝ち逃げされるのは非常に不本意ですが――ハイバラ、あなたの考えが読めません〉
会話を聞いているのが途中からなので、全貌は把握できないが、要するにエンバースさんはミハエルとまたデュエルしたいらしい。
>「つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?」
>「この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ」
(駄目だよ、そんなの!)
せっかく格好よく決まっているところに水を差すのも悪いので、心の中で突っ込んだ。
(俺じゃなくて”俺たち”でしょ!?)
エンバースさんは日本一のチームの元リーダーで、今や世界一のブレモンプレイヤーかもしれないけど……
なゆの率いるパーティーメンバーの一員なのだ。
(あいうえ夫さんに約束したんだ……。君をもう一人にはしないって。必ず一緒に世界を救うって……。
だから……結末の責任を全部一人で背負おうとしないでね)
後でエンバースさんがかっこよく決めるターンが一段落したら、言わなきゃ。
>「だから答えろ。ローウェルにはどうすれば辿り着ける。なんかあるだろ。
お前ほどのゲーマーが『このゲーム』の攻略法を考えもしなかった?そんな訳あるか」
エンバースさんがミハエルに、ローウェルの居場所の手掛かりに関する探りを入れる。
戦闘が始まる前、ミハエルはローウェルの居場所を知らないと言っていたが、本当に知らないのだろうか。
知らないにしても、直近まで接触があった分、こちらよりは情報を持っているかもしれない。
息をのんでミハエルの答えを待つ。
595
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:29:02
生身を敵前に晒すリスクを負って、俺の拳は完全に無防備な黒刃のツラへ突き刺さるはずだった。
だが――信じがたいことに黒刃は反応を『間に合わせた』。
封じた噴火を強引に押し通し、一瞬だけ全身を燃え上がらせながらも……想定より一瞬早く拘束を脱した。
時間にすりゃわずかコンマ数秒。
フレームレート100オーバーの世界で生きるゲーマーにとってそれは、十分過ぎる猶予になる。
>「舐めんなッ!オタクのヒョロヒョロパンチが!この俺様に利くかボケェ――――ッ!!」
俺のパンチを、黒刃は額で受けた。
なにかが砕ける快音に、追って駆け上る激痛――拳が一発でオシャカになった。
「おっぐぁぁぁぁぁああ!!?」
いって。
痛っっっっっっって!!!!!
リアルファイトにおいて一般的に、顔面狙いのパンチは禁忌とされている。
理由は複数あるが、ひとつは『やりすぎ』のリスクだろう。
顔面を構成するパーツはどれも脆い。頬骨、鼻骨、前歯、それからメガネやコンタクト。
脳は言うまでもなく、それらの繊細で重要な部位に不可逆な損傷を負わせてしまうおそれがある。
もうひとつは、攻撃者側のダメージのリスクだ。
硬くて鋭い歯は拳の皮膚を容易く貫通する。雑菌まみれの唾液が皮膚の内側まで届けば深刻な化膿を起こす。
そして今俺がそうなったように――分厚く頑丈な頭蓋骨に対し、関節の塊である拳はあまりに弱い。
メリケンサックでもしない限り、両者がぶつかれば負けるのはヒャクパー拳の方だ。
俺の右手は中指と薬指がへし折れ、手の甲が不自然に膨れ上がっていた。
指の根元が脱臼してる。まともに動かせる状態じゃない。
もはや言い訳のしようもなく、人を殴り慣れてないオタク特有の怪我の仕方だった。
ふざけやがって、何がオタクのヒョロヒョロパンチだ!
いい年こいてソシャゲのランカーなんかやってる奴がでけえブーメラン投げやがってよぉ!
逆にお前はなんでそんなケンカ慣れしてんだよ!!ソシャゲ廃人の癖によ!!
>「いっ……てえじゃねえかクソ!だがこれで!俺の勝ち――――」
右手を犠牲にした打撃は、それでも黒刃に一定のダメージを与えたようだった。
憎まれ口とは裏腹に大きく仰け反った黒刃は、反撃に移ろうとして、
>「だ…………あぁ?」
ふらついた。膝が笑った。
食らうはずだった確定反撃は"ひるみ"によってモーションを潰される。
俺は追撃のチャンスを得た。
「ぎゃはは!俺たちゃブレイブ同士だぜ!物理攻撃だけで終わりなはずあるかよ!!」
――今の攻防。黒刃は完璧に額受けによるカウンターを合わせてきた。
これはシンプルで絶対的な力量の格差だ。リアルファイトの経験値も奴の方が上。
結果として俺の拳はブチ割れ、黒刃はほぼ無傷で攻撃を凌いだ……はずだった。
果たせるかな、俺たちは両者痛み分けのダメージを被り、主導権は未だ俺の手にある。
ブレイブとして黒刃が完全に上位に立っているのなら、この結果を導いた要因はなんだ?
考えなくとも、答えはわかってた。
――勇気だ。
596
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:31:30
俺たちブレイブは、行動の成否判定に特殊ステータスの『勇気』を参照する。
エンデのその説明はイマイチ要領を得なくてピンと来ちゃいなかったが、今なら感覚で理解できる。
俺のパンチは、物理攻撃のダメージ計算に使うSTRやDEXの他に、勇気の数値を参照していた。
物理ダメージだけでなく、いわば「勇気属性ダメージ」みたいなもんが乗っかってたんだ。
無論黒刃もブレイブである以上、防御行動に勇気を使っていたはずだ。
カザハ君とガザーヴァのバフをダブルで受けていた分だけ、黒刃の勇気防御を俺の勇気攻撃が上回った。
多分――そういう感じだ!
次の俺の追撃も、黒刃はやはり勇気で防御するだろう。
奴を倒すには、さっき以上の勇気を込めてぶん殴る必要がある。
地球に舞い戻るために管理者権限をこじ開けたときのことが脳裏をよぎる。
限界を超えて勇気を捻出する方法を、俺はもう、知っていた。
俺にとっての『勇気』は、逆境を超えて突き進む覚悟だ。
ゲーマーの矜持。決して難易度を下げないその意志で、どんな逆境の中でも何度だって立ち上がり前に進んできた。
壁は高けりゃ高いほど燃える。
俺は自分に降りかかるリスクや困難を、より大きな勇気を引き出す心のバフに変えられる!!
骨の折れた手を、もう一度握る。
脳髄を焼け付かせるような激痛に歯を食いしばりながら、拳を作る。
『砕けた方の拳で殴る』――その逆境で勇気を獲得する。
ひねり出した勇気で、追撃を補強する!
イメージするのは、俺が見てきた中で最も美しく気高い勇気を示した拳。
今なお心に残り続けている――ユメミマホロがアジ・ダカーハを打ち破った一撃。
「喰らえ必殺のぉぉぉぉぉ!!――『剛勇撃(ブレイブ・スマイト)』!!」
うなりをつけて再び振るった拳は――黒刃の顔面をぶち抜く寸前で止まった。
遅れて突風が巻く中、拳の先では黒刃が諸手を挙げ、腰を地面に落としていた。
サレンダー。降参の合図だ。
>「あークソ!ぜってー勝ったと思ったのによぉ!」
相変わらずのふてぶてしい態度と表情とは裏腹に、その言葉は率直な負けを認めていた。
こいつは俺の想像よりもずっと先を見据えて行動している。
砕けた拳でゴリ押しの追撃準備を完了させた時点で、俺の勝ちは決まってたってことなんだろう。
黒刃の投了は俺にとっても願ったり叶ったりだった。
あのまま勇気パンチぶち込んでたら今度こそ俺の拳は治癒不可能なレベルで損壊してただろう。
これはただの憶測じゃない。
『右手を失うリスク』を担保にした勇気バフだ。代償はこの世界を動かしてるシステムが保証する。
結果的に、両者の損害を最小限に押さえて戦闘を終了させられたのは黒刃様々と言えるかもしれない。
「……ひひひ。賢い選択だったぜ黒刃君よぉ。サレンダーしてなきゃ今頃お前の首はどっかすっ飛んでたぜ」
それはそれとしてとりあえず勝ち誇っておく。
ざまぁ見やがれ!どんな気持ち?お?敗北インタビューでもすっか??
597
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:33:27
>「けど、そうだな…………総合的に評価すると精々星二つってとこかなぁ〜」
「ウソだろお前、負けた側が採点すんの?どういう感情なんだよお前……」
俺を低く見積もれば見積もるほどそれに負けたお前の評価も下がるじゃん!
うーん……なんだろう全然勝った感がしない……。
>「まあチャンスを物にする力があるって事は分かりましたが、
自らチャンスを作り出せない限り所詮キャリーされる側の域を出ません。
あと口が臭いし目つきもいやらしかったですが、期待を込めて星二つです」
「クソみてえな雑レビューしやがって。
評価に期待を盛り込むなや!消費者が知りたいのは現段階のレビューなんだよ!!」
俺は何を言っているんだ……。
まぁね、実際ね。ひたすらわからん殺しを擦り続けた結果だからもう一戦やって勝てる自信はないけどさぁ!
それでも『クソウマかったらレビューする』とか抜かしてた黒刃が俺にレビューをつけたなら、
お眼鏡には適ったって思っていいんだろう。
>「あーあ……オイ。ハイバラ、どうなったよ」
ふと、五体投地で虚空を見つめていた黒刃がひとりごちるように零した。
自分で見りゃいいじゃん!おんなじフロアでやってんだからよ。
そんなツッコミが生えてきて、だけど声には出さずにおいた。
ハイバラの方ばっか見てんじゃねえって言ったのは俺だ。
あんまりにも意外なことだが、黒刃は敗者の義務として俺の要求を履行する意志があるらしい。
「レビューしてやろうか?期待を込めて」
ほんのわずかに見せた黒刃の殊勝な態度が妙に歯痒くて、俺はダル絡みした。
>「――いや。やっぱいいわ。自分で見た方が早えし」
それには取り合わず、黒刃は今度こそハイバラの方に眼を遣った。
追従するように俺も見る。見回せば、ジョンとカザハ君の方でも決着がついたようだった。
そしてハイバラは――
>『……僕の負けだ。ブレモンを始めてから無敗だった僕が……初めて負けたよ。
ああ、これが負けるってことか……。知らなかった、そうか……負けるっていうのは、こういう気持ちなのか……。
本当に……悔しいなあ……』
>「これが公式戦じゃないのが残念だ。ああ、クソ……ブレモンの歴史に名を残す男になれたのにな」
ミハエルを、下していた。
ハイバラは体を半壊させながらも二本の足で立ち、ミハエルはスマホを抱えて膝を屈している。
堕天使の姿はなく、両者の勝敗は誰の眼にも明らかだった。
「……マジかよ。エンバー……ハイバラの野郎、ホントに世界チャンピオンに勝っちまいやがった」
あいつの強さを信じてなかったわけじゃない。
それでも、相手はミハエル・シュバルツァーだ。掛け値なしに世界のテッペンを獲った男だ。
ウルレアモンスター引っ提げたドイツの金獅子を、史上最強のブレイブを、ひっくり返した。
世界ランクの1位が書き換わったその瞬間。
ハイバラは俺たちの方に顔を向ける。正確には、俺たちと戦ってたリューグークランの連中に。
598
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:34:29
>「なあ。今の、見てたよな?俺があのチャンピオンをやっつけたんだ。
俺が――世界で一番ブレモンで強いプレイヤーになったんだぜ」
ヘッタクソな笑顔とピースで喜びを伝えるその姿は――
俺たちが見てきたニヒルな焼死体のそれではない、ゲーム好きの少年の表情。
きっとこれが、『ハイバラ』の本来の顔なんだろう。
>「だから……俺の事なら、もう心配するなよ。今度はきっと大丈夫だからさ」
地獄の旅の中で失われ、不当に奪われてきて……たった今、ほんの少しだけ取り戻したもの。
そいつを目の当たりにした黒刃の表情を、今だけは、覗き見る気になれない。
>「信じらんねえ。イエーイ今の見てた?ピースピースってか。バカが。ブン殴ってやりてえ」
「いいね。肩貸してやろうか?片頬ずつワンパンくれてやろうぜ」
黒刃が倒れたまま顔を背ける。
表情を伺わせないままに、続けた。
>「……でも、そうだったな。そういやあんなヤツだった。
すげえプレイキメた後はいつもそうだった。今の見てたか?ってよ、うるせえんだ」
>「けど、まあ……変にスカしてるよりずっといいわな。
アイツ、久々に見たら見た目も喋り方もすっかり陰気臭くなっちまってんだもんな。
最初はどこのKURAUDOさんかと思ったぜ」
「……嬉しそうじゃん」
黒刃が今どんなツラしてるかなんざ興味もねえけど。
なんつうか、最強チームの最強リーダーを慕うメンバーっていうよりかは、
弟分を心配する世話焼きのあんちゃんみてえな声色だと思った。
それきり黒刃はゴロ寝でスマホ構うばかりで何も言わず、
ほどなくして俺の懐から通知音が鳴った。
スマホを出してみれば、ブレモンアプリにフレンド申請が来ている。
王都で登録した『モンデンキント』のすぐ上、最新の表示は――『黒刃』。
「おい、これって――」
>「レビュー代わりだ。ありがたく取っとけや」
その言葉を最後に。
スマホの画面から眼を離したときには、黒刃の姿はどこにもなかった。
「トロール野郎め……最後の最後まで、俺を振り回しやがって」
国内最強チームの切り込み隊長から認められた、のかは正味わかんねえけれど。
向ける先のない悪態を虚空に投げ捨てて、俺はフレンド承認ボタンを押した。
◆ ◆ ◆
599
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:35:41
リューグークランが全員消滅し、ワールドマーケットセンターに存在する人影は、
俺たちアルフヘイムのブレイブを除いては、ミハエル一人だけになった。
「ガザーヴァ……!」
カザハ君達と一緒にあいうえ夫と対峙していたガザーヴァは、ガーゴイルの鞍上で伏していた。
命に別状はないらしいが、全精力を絞り尽くして歌い続けて、今は顔を上げる元気も残っていない。
「聴いたよ、お前らのセッション。めちゃくちゃ勇気出た。
……最高だったぜ、ガザーヴァ」
カザハ君にも同じように感想を伝えたが、ガザーヴァが歌ってくれたのは俺のリクエストに応えてだ。
これまでまともに歌唱した経験もないのにぶっつけ本番のデュエットをよくやってくれた。
バフの延長っていう戦略的な要素とは別に、喉を振り絞って歌うガザーヴァの姿は俺に比類なき勇気をくれた。
黒刃に勝てたのは、こいつらの歌声が背中を押し続けてくれたからだ。
>「――さて」
>「さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ」
ハイバラが魔剣をミハエルの喉に突きつける。
戦いの時間は終わり……ここからは、断罪の時だ。
だけどハイバラは、すぐに刃を引いた。
>「だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か」
「……別に裁く法律を絞る必要もねえよ。こいつは3世界に跨って罪を重ねてんだ。
ラスベガスでもこいつに何人も殺されてる。こいつが指揮った魔物に食い殺されてる。
議論すべきは量刑じゃなくて、『どこが』こいつを縛り首にするかってことだけじゃねえか」
アルフヘイムでもミズガルズでも、どこの法律に照らしたって問答無用で極刑だろう。
戦争状態がまだ継続していると考えれば、今この場で首を落としたって構わない。
テロリストの指揮官を殺すことを私刑とは呼ぶまい。
「止めるなよなゆたちゃん。こいつはこのセンターを自分の理想の決戦場にする、
それだけのためにラスベガスを火の海に変えて、たくさんの人を殺した。
命に対する価値観が根本的にズレてんだ。野放しにすりゃまた同じことをする。
俺はこいつの命よりも、こいつがこの先殺すであろう人たちの命を助けたい」
俺はミハエルを助命するつもりはなかった。
昨日の敵と仲良く今日の友をやるには、あまりにもこいつは殺しすぎた。
仮に俺たちが手を下さないとして、家族を殺されたラスベガスの住人や米軍からこいつを匿うのか?
こんな馬鹿馬鹿しい話があるかよ。
>「しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ」
続けて放ったハイバラの言葉に、俺は耳を疑った。
思わず肩を掴む。
「おまっ……ふざっ……ふざけんな!次なんかあるわけねえだろ!!
おいハイバラ!!こっち向けよ、おい!!楽しくデュエルできて情でも移ったか!?
またぞろGルートがどうとか寝言垂れやがったらぶっ飛ばすぞ!!」
食って掛かる俺にハイバラは答えない。
耳に入っていない、わけではないはずだ。
600
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:38:21
「……スイッチがどうとか抜かしてやがったな。そのデュエル馬鹿モードをっとっと切れよ。
自分で操作できねえっつうんならオフになるまでぶん殴ってやるからそこ動くな」
ハイバラは言葉を止めない。
それはミハエルよりも、むしろ俺たちに聞かせているかのようだった。
>「つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?」
「お前……何言って……」
>「この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ」
ハイバラが、何を考えているのか1ミリもわからない。
確かなのは、こいつが目の前の断罪よりも、もう少し先を見てるということ――
>「だから答えろ。ローウェルにはどうすれば辿り着ける。なんかあるだろ。
お前ほどのゲーマーが『このゲーム』の攻略法を考えもしなかった?そんな訳あるか」
ああ……そういう感じか。
なんとなく得心がいった。
ミハエルはハイバラとのデュエルのためなら、『侵食』で自分が消えることすら受け入れていた。
自分の命にさえも価値を見出していない。
敗北した今、殺すと言われりゃそのまま五体を投げ出すだろう。
命を担保に尋問することもできない。
だが、ハイバラが再戦を約束するなら、それが『エサ』になる。
侵食ですべてが消えれば当然再戦もない。ミハエルにとってそれは最も避けたい結末のはずだ。
侵食に抗うための、ローウェルに関する情報を吐き出させることが、できるかもしれない。
「お前の言いたいことは分かったけどよ。望み薄じゃねえの?
ずっとジジイにおんぶされながらニヴルヘイムを渡ってきて、地球で別れたわけだろ。
こっち来てからの行方は知らないとか言ってたしよ」
ローウェルの居場所を知らないというこいつの言葉は、多分嘘ではないんだろう。
知ってるならわざわざ外堀を埋めずとも、「ローウェルの行方」をエサにハイバラ達にデュエルを強要できたはずだ。
今のこいつに情報源としての価値を見出すとすれば――
「……こいつ、『最初』はどうやってローウェルに接触したんだ。
VIP待遇で召喚された瞬間ジジイが揉み手してお出迎えしてくれたとか?
そうでないなら……ブレイブ側から運営にコンタクトをとる手段でもあるのか」
それこそ――アルフヘイムにおける王都でのバロールとの邂逅みたいに。
ニヴルヘイムの側にもローウェルと接触するための攻略の動線が存在するのかもしれない。
【尋問】
601
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2024/01/24(水) 21:08:11
たななぜかその場から一歩も動かなかった。
下を向き…まるでなにか…を待っているかのように
「…なあ…男がせっかくかっこつけたんだから…尊重してはやく回復しにいってくれないかな?」
>「……その必要はありませんよ」
長い沈黙の末でた発言がこれである。
いや…確かに僕は人の気持ちを推し量れないところはあるかもしれないし…自分の心を軽くするための善人プレイである事も…否定はしきれないが…。
それでも流川たなのパートナ…ヴァーミンちゃんが苦しんでいるのは事実なわけで。
「敵からの施しは必要ないと…?そんな事言ってる場合か?別に俺は心配してるわけじゃなくてだな
この後みっちり矯正するための必要な処置であって…」
>「あはは。それは……楽しそうですね。本当にそうなったら良かったのに。でもね――」
僕の言葉を遮り…クスクスと僕の事を笑う…たな。
言葉を遮られ…ちょっと…ほんのちょっとだけ馬鹿にされたような気がして…少しだけムっとなってしまった。
最初から思ってたけどエンバースの仲間達って言葉遊び…レスバが上手すぎないか?
リーダーがエンバースだからみんなそうなったのか?最初からそうなのか?
悔しさが溢れ言い返してやろうと…たなの方を向いた瞬間…僕は自分の幼さを…無知さを…成長していなさを痛感する事になった。
「…たな?…なんだよ…それ……これは…まさか」
考えれば当然のことだった。
さっきまで戦闘の音で溢れていた戦場が静まり返っている。
戦場としての役目を終え…残ったのは戦闘の痕跡だけ…この場所に…もう新しい攻撃の音は鳴り響かない。
僕はエンバースを…なゆを信じてる…あの二人は絶対に勝つと…誰になんと言われようとも今なら確信が持てる。
だけど…だからこそ…この状況を考えを即座に思いつけなかった…自分の馬鹿さ加減に…嫌気が差す
>「――ま、こういう事です。すみませんね。折角気を使ってもらったのに無下にしちゃって」
たなの体が…消えかかっていた。
死にそうだから…とかいう比喩表現ではなく…今まさに体そのものが透明になり…消えかかっている。
僕は…体が震え…言葉がでなかった。
毒のせいなんかじゃ決してない。
僕は今…ロイ以外の…あの事件以降…面と向かって…人の死と向き合っている。
602
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2024/01/24(水) 21:08:23
僕にとって…シェリー…ロイ…そしてなゆ達PTの仲間…それだけが僕の世界であり…今の僕の全てだと思っていた。
それ以外がどんな目に会おうとも…不快感を示す事はあってもそれ以上の感情を持つことなどあり得ない。
ましてや敵になにかを想う事など…絶対にあり得ない事だった。
>「あなたが今何を考えているのか分かりませんけど……
多分、ガッカリしてるか怒ってるのどちらかだと思うんですよね。或いはその両方?
ボクノシタコトハムダダッタノカーとか。オノレローウェルーとか……ね、ね、当たってます?」
体が震える。言いたい事は無限にあったはずなのに…口から発する事ができない。
>「ま、当たっている体で話を進めますね。だけど……ありがとうございました。
私は最後に、ヴァーミンちゃんとのデュエルを思い出にして消えていけます。
まるでフツーのデュエリストみたいな気持ちで……ホントは分かってますよ?全然そんな事ないって」
「…なんだよありがとうって…終わったみたいに言うなよ…今からでもなゆ達の所にいこう!僕の足ならすぐにいけるし…そう!エンバースならきっと…!」
おもちゃをねだる子供のように…駄々っ子のように…震えながら僕はそう言う。
たなは…自嘲気味に笑い…そして立ち上がるとスペルを使用する。
>「『アンサモン』『サモン・ヴァーミンちゃん』『高回復(ハイヒーリング)』」
そして再び座り…自分のパートナを愛おしそうに撫でる。
僕がスマホを持っているのになぜスペルを使えるのか…普段ならどこまでも気にしていただろうが…今の僕にそんな事を考える余裕はなかった。
>「きっとこれが、私達が一番穏やかに死ねる結末。
たとえ私達が勝っていたとしても……こんな風には死ねなかった」
「諦めるなよ…今からだって間に合うから…」
そんな事が不可能なのは…僕だって分かっている。
たなの体が先ほどよりも更に透明になり…ついには僕の手で触れる事すらできなくなってしまっていた。
戦闘は…間違いなく僕達の勝ちで終わったのだろう。
だから…原理は分からないが…たな達は消される…用済みになったのだから…。
>「……これを」
たなの命令に従い…ヴァーミンちゃんが僕の前まで歩いて跪く…そして剣を差し出した。
「これは…」
>「いらなかったら捨ててくれて構いません。
でもそれは傷つけた対象の状態異常耐性を引き下げる剣。
使うタイミングを間違えなければ、あなたへのバフをより強めてくれる筈ですよ」
【非業の剣】
この剣の強さは…僕が嫌というほど味わった…僕の体が…この剣の強さを…所持者の強さを…覚えている。
剣を受け取ると…ヴァーミンちゃんはもう薄っすらとしか残っていない主の元に戻り…主を包む。
>「……あれ。あはは……駄目だ、なんだか今日は涙脆いみたいです、私。
あーあ……締まらないなぁ。穏やかに死ねるなんて言ったばかりなのに」
最後まで気丈に振舞っていたが…いざ最後の瞬間…少女は…顔を…。
「…たな!必ず君をエンバースにもう一度!…あわ…せ…」
僕の声は誰にも届く事はなかった。
少女は完全に消えてしまった…まるで最初からそこに存在しなかったのように。
603
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2024/01/24(水) 21:08:38
なゆ達についていけば全てがうまくいくと思っていた。
誰も死なず、誰も悲しまず、最後は丸く収まる…そう…信じ込んでしまっていた。
いや…結果だけみれば最善と言っていい程順調に進んでいる。
僕達の被害は見渡す限り0に近い。怪我はしているし…休息は必要だが…しかしそれだけの被害で敵を無力化する事に成功した。
結果だけ見れば大成功だ。
でも僕は…なゆ達の光に目が眩んでその過程まで完璧であると信じ込んでしまった。
だから今の僕には…本来必要であるはずの…覚悟がなかった。
敵の屍を乗り越えるという事がどうゆう事なのかをまったく理解していなかった。
エンバースがそれはことある事に言っていた…たまたまうまくいっただけという事を肝に銘じておけと…
僕が…僕だけが…理解しているつもりが僕だけが…理解していなかった。
「たな…この剣…もらっていくよ」
剣を部長のインベントリに入れる。
「あとこのポーション…ここに置いとくから…人にあげた物を惜しむほど…僕は小さくないからさ…」
僕は…なゆ達の旅に最後まで必ずついていく…それがどんな結末になるのか…分からないけど。
新しい覚悟を胸に…常に最善を尽くすと…その覚悟を強く持ち…もう二度とこんな事を…こんな目に合う人を減らす…。
「たな…僕は君の事だって絶対諦めないからな…言っただろ?君は僕の物だって…死ぬことだって…消える事だって…エンバースに君達を合わせるまで絶対に許さない…
だから少しだけ…待っててくれリューグークランのみんなと」
消したり復活させたりできるなら方法はまだあるはずだ…いくら人に不可能だと言われても…僕はなゆ達と一緒に最善を…探しにいく。
少しだけ…長居しすぎてしまったようだ…。そろそろ…決意を新たに…立ち上がりなゆ達の元へ歩を進めないと。
やる事はいくらでもある…僕に…僕達に立ち止まっている時間などない。
それでも…それでも…この世界でいろんな事を経験して…成長してきたつもりだったのに…
それに元々物理的にも精神的にも…暴力にはなれっこで…これ以上なんてないなんて…うぬぼれて…
「みんなの前に戻る前に明るい僕にもどさないと……いつものジョンに戻らなきゃ…」
たなの最後の顔が鮮明に浮かび上がる。恐怖。悲しみ。年相応の感情全てが混ざった…あの表情。
僕は一生忘れないだろう。
仲間以外の生き死になんて僕には関係なかったはずなのに
僕は…僕は弱くなってしまったのだろうか?
「……………さすがに堪えたよ」
誰にも聞こえない僕の悲鳴は…虚空に消えた。
604
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2024/01/24(水) 21:08:51
>「みんな、無事で本当に良かった……」
遅れた僕にカザハがそう声かける。
分かりきっていたことではあるがみんな生きて…無事に再集結できている。満身創痍ではあるが
「みんな…!カザハも…無事でよかった!」
少しでも気丈に振舞う。今は後ろを振り向いてる場合じゃないから…前に進まなきゃいけないんだ。
リューグークランの…エンバースの為にも…悲しむのは最後に取っておこう。
………それにしてもなんかちょっとカザハの位置が心なしかちょっと遠いような…気のせいかな?
「…?僕?…なんにもないよ…なんにもね」
>「さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ」
…それ以上に気になるのは…倒れたミハエルにダインスレイヴを突き付けてる場面だった。
>「止めるなよなゆたちゃん。こいつはこのセンターを自分の理想の決戦場にする、
それだけのためにラスベガスを火の海に変えて、たくさんの人を殺した。
命に対する価値観が根本的にズレてんだ。野放しにすりゃまた同じことをする。
俺はこいつの命よりも、こいつがこの先殺すであろう人たちの命を助けたい」
さっきまでの僕ならやめよう…と一言言えたかもしれない。
しかしたなの消失を見届けた今…僕に明神やエンバースを止める言葉は…存在しない。
戦争を僕達が最初から止めれていれば…言葉や…行動があったかもしれない。
しかし…戦争というこの世最大級の大罪を犯してしまったからには…。
「なゆ…私刑が正しい選択だとは言わない。でも…エンバースを止める権利なんて…僕達にはない…だから様子をみよう
エンバースはいつだって…僕達の予想を超えてきたからね」
でもエンバースが…あの捻くれ者の知略家が…僕が思うような結末をよしとするわけがない。
>「だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か」
>「しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ」
>「おまっ……ふざっ……ふざけんな!次なんかあるわけねえだろ!!
おいハイバラ!!こっち向けよ、おい!!楽しくデュエルできて情でも移ったか!?
またぞろGルートがどうとか寝言垂れやがったらぶっ飛ばすぞ!!」
「落ち着くのは君だ明神…罪の重さを考えれば順当に裁かれれば――」
チッチッチとエンバースがキザに舌を鳴らして指を振り、僕の言葉を遮る。
>「つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?」
「なっ…」
なんとかなるわけない…もう起きてしまった事は受け入れなければいけない…そんな固定概念を笑い飛ばすように…自信満々な声でエンバースが叫ぶ。
>「この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ」
起きた事…気に入らない事全部無かった事にするなんて…そんな…そんな事…思いつきもしなかった。
たなを…リューグークランのみんなを…復活させることは考えていた…でもエンバースは…
【リューグークランは一度死んだという事実】
【戦争が起こって大量の人が死んだという事実】
自分とその仲間達が死んだという事実すら覆しかねない可能性を提示した。
あれ…でもそれは…僕が一度は求めて諦めた…アレに繋がるんじゃないのか
デウス・エクス・マキナ
当然他の方法があって…僕の勘違いなら全然ならいいんだけど…
アレがリスクを背負ったものだというのは僕にも分かってる…細かい事はそんなに知らないかもしれないけど…少なくとも自分を犠牲にするって…
いくらこの世界がゲームだと言っても…一度始まってしまった世界をリセットする手段は運営サイドに取っても大掛かりな仕掛けになるはず…。となればリスクがない物などないだろう
エンバース…君の事だから当然考えがあるんだろう。でも君はすぐ自分の事を価値のない物ととらえがちだから…
僕は君にもっと自分を大事にして欲しいんだ…口で何回いってもうまく伝わらないだろうけど…だからこそ
「カザハ…君の言いたいことはなんとなくわかるよ…だから代わりに僕が言うね」
カザハがわなわなとなにか言いたそうにしているのを見て僕はカザハの方を軽き叩き。エンバースの真横に立ち声を上げる
「エンバース!訂正してもらおう…"俺"じゃなくて"俺達”に!」
なにがあっても…エンバース…君を…絶対に一人にさせないから。
>「お前の言いたいことは分かったけどよ。望み薄じゃねえの?
ずっとジジイにおんぶされながらニヴルヘイムを渡ってきて、地球で別れたわけだろ。
こっち来てからの行方は知らないとか言ってたしよ」
>「……こいつ、『最初』はどうやってローウェルに接触したんだ。
VIP待遇で召喚された瞬間ジジイが揉み手してお出迎えしてくれたとか?
そうでないなら……ブレイブ側から運営にコンタクトをとる手段でもあるのか」
「負ける事前提で…漏れる事前提で一度しか使えない手段だった可能性もある…しかしだ
いつだってプレイヤーはどんなゲームであれ運営を驚かせ…超える遊び方をしてきた!正規の手段もあるかもしれないが…
僕達が気づいてない…いわゆるグリッチに準ずるなにかがあるかもしれない」
オンラインゲーム最初期から続く運営とプレイヤーのいたちごっこ。
有利になりたいプレイヤーと想定外の遊び方をされたくない運営は一種の敵対関係であったといっても過言ではない。
「…え?具体的には?………あ〜〜〜…それは頭脳担当の役割なんじゃないかな?僕はほら…戦闘特化みたいな所あるし」
もう後手に回らないように…なんでも…情報を集めよう!なにが最善なのかなんて僕には分からないけど…少なくとも妥協するのはもうやめだ。
僕達らしく今度こそ…覚悟を持って全部を取りにいくとしよう
605
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:00:23
>……ねえ月子先生。彼からはっきりと、言葉にして、愛を語られた事は?
「そ、そんなのないよ!
だいたい、わたしたちはちゃんとお付き合いしてる訳じゃないし……っていうか、
わたしが一方的に好きって言っただけだし……」
突然マイディアに突っ込んだ質問をされ、なゆたは顔を真っ赤にしながら慌ててぱたぱたと両手を振った。
そんななゆたのリアクションを想定通りと思っていたのか、マイディアが顔色ひとつ変えずに話を進める。
>……ないだろうね。いつもそうだった。思わせぶりな事を言ってこっちをその気にさせて。
そのくせ気づいたらすぐによそ見をしてるんだ。私もそれはもう散々待たされたものさ
「うん」
こくり、と頷く。
確かにそうだ。エンバースはいつだってなゆたを護ってくれる。いつでも我が身を顧みずなゆたの望みどおりに振る舞い、
我侭を聞き、願いを叶えてくれる。そんなにも献身的に尽くすくせに、なゆたが好意や愛情を向けると、
いつだってするりと躱してしまうのだ。
そんなエンバースの態度は、幼馴染であり大切な相手であったマイディアに対しても同様であったらしい。
>結局、私がその言葉が聞けたのは――私の今際の際だったからね
であるのなら。
なゆたがエンバースからその言葉を引き出すのも、やはり死の間際になるのだろうか?
>……私ね、本当はハイバラの事はあんまり心配してないんだ。あくまであんまり、だけどね。
でもそうでしょ?結局、ハイバラは私達が死んだ後も戦い抜いた。多分、最後まで
そうだ。エンバースは実際、自分以外のリューグークランが全員死亡した後、
自分自身の肉体が燃え果てアンデッドになってもなお戦い続けた。
リューグークランの名を、自分たちがムスペルヘイムを旅したという証を。
日本最強のチームがかつて存在したという事実を、決して忘れないために――忘れさせないために。
>だから月子先生。死んじゃ駄目だよ……私にはそれが出来なかったから。
きっとあの時、ハイバラをひどく傷つけてしまったから
「……うん」
マイディアの言葉に、なゆたは小さく頷いた。
かつて、なゆたがエンバースにもし自分が死んだらリューグークランの仲間たちのように想ってくれるか、と訊いたとき、
エンバースは『次はもう耐えられそうにない』と答えた。
それはきっと事実だろう。二度の喪失は、エンバースに確実な破滅を齎すに違いない。
だから。それが、はっきり分かるから――
>……ハイバラ
マイディアが呟く。大切な、愛する彼の名を唇に乗せる。
さらさらと、マイディアの身体が光になってゆく。無数の細かい粒子となって、肉体が消えてゆく。
いらないデータの消去。不要なフォルダやファイルを削除して、システムをクリーンに保つ。
そんなことは誰だってやっていることだ、自然なことだ。
だが彼女たちを、マイディアだけではない――リューグークランの皆を不要だと思っている者はひとりもいない。
たったひとり、大賢者ローウェル以外には。
マイディアはエンバースを見詰めている。みごと自分たちの期待に応え、世界チャンピオンを下したプレイヤーを。
言いたいことは沢山あるだろう。やりたいことだって沢山あるだろう。
今すぐにでも彼に駆け寄り、抱き着いて、想いを伝えることだってしたいに違いない。
けれども、マイディアにはその時間も、自由も、権利もなかった。
ローウェルはリューグークランを復活させたとき、敗北すれば即デリートというトリガーを仕込んでいたのだろう。
敗者であり操り人形である彼女らは、その運命を受け入れるしかない。
大きな未練を残したまま、顧みられることもなく消えてゆく――。
しかし。
「……エンバース……!」
ミハエルに注視していたはずのエンバースが、不意に此方を見た。今にも消滅せんとするマイディアを。
マイディアの微かな囁きが届いたとは考えにくい。が、といって完全な偶然とも思えない。
それはきっと、エンバースとマイディア――ハイバラとマリだけが有する共感であったのだろう。
>……ああ、もう。君は本当、いつも思わせぶりだな……
マイディアはほんの少しだけ微笑むと、そう呟いた。つう、とその頬を一条の涙が伝う。
いかにも長い時間を共に過ごしてきた幼馴染らしい、ほんの少し咎めるような、けれども愛情に満ちた言葉を残して。
パートナー・ナイトヴェイルと共に、マイディアは消滅した。
606
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:05:13
マイディアが無数の光の粒子となって消えるのを確認すると、なゆたは立ち上がり胸に添えた右手をぐっと握り込んだ。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての矜持と、三つの世界の命運。
そして、同じ相手を好きになった者同士の想いを懸けた闘いだった。
神奈川県から無理矢理召喚され、アルフヘイムで生き残るために遮二無二闘い続けて。
たくさんの強敵と対峙してきたけれど、マイディアは間違いなく最強の相手だった。
日本ランキング一位のチーム、リューグークランのメンバーだからというだけではない。
単純なランキングの上下のみならず、人間としての力量を見ても、マイディアはかつてない強者であったのだ。
しかし、なゆたはそんな相手に勝った。
勝つということ、それは即ち下した敗者の想いを背負い、受け継ぐということ。
>だから月子先生。死んじゃ駄目だよ……
マイディアの言い残した言葉を、胸の中で反芻する。
エンバースにふたたび大切な者を喪う絶望を味わわせないために。この世界を理不尽な崩壊から救うために。
どんなことをしてでも、生きる。
「……マイディアさん……。
約束するよ、わたし……絶対に死んだりしない。
必ずローウェルを倒して、三つの世界の消滅を防いでみせる。
エンバースのことも……もうこれ以上悲しませたりなんてしないよ。
見てて。絶対に後悔なんてさせないから」
自分を信じ、向後を――想い人を託してくれたマイディアの心に応える。
それが、今のなゆたに出来る最大限の誠意だろう。
だが、それはあくまでなゆたの覚悟であり、実際決意した通りに物事が運ぶとは限らない。
だから。
……サラリ。
エンバースや仲間たちの許へ向かおうと爪先を向けたそのとき、自然に下ろした左の手のひらから、
ごく微かな光の粒子が砂のように零れたことに、なゆたは気付かなかった。
>さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ
なゆたがエンバースの許へ歩み寄り、合流したのは、他の仲間たちが集合した最後のことだった。
エンバースがダインスレイヴの切っ先をミハエルの喉元に突きつけている。
ミハエルは抵抗しない。このままエンバースに一刀の元に斬り伏せられようと文句は言わない、
とその蒼い瞳が言っている。
「……エンバース」
思わず、小さく名前を呟く。
けれども、エンバースは自らミハエルを手に掛けるようなことはしなかった。
魔剣を下ろし、更に言葉を紡ぐ。
>だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か
>……別に裁く法律を絞る必要もねえよ。こいつは3世界に跨って罪を重ねてんだ。
ラスベガスでもこいつに何人も殺されてる。こいつが指揮った魔物に食い殺されてる。
議論すべきは量刑じゃなくて、『どこが』こいつを縛り首にするかってことだけじゃねえか
エンバースの言葉に、明神も同調する。
>止めるなよなゆたちゃん。こいつはこのセンターを自分の理想の決戦場にする、
それだけのためにラスベガスを火の海に変えて、たくさんの人を殺した。
命に対する価値観が根本的にズレてんだ。野放しにすりゃまた同じことをする。
俺はこいつの命よりも、こいつがこの先殺すであろう人たちの命を助けたい
>なゆ…私刑が正しい選択だとは言わない。でも…エンバースを止める権利なんて…僕達にはない…だから様子をみよう
エンバースはいつだって…僕達の予想を超えてきたからね
明神とジョンの言葉に、なゆたは明確な返事が出来なかった。
確かに、罪を犯した者は裁かれなければならない。
今回のことで、アルフヘイムとニヴルヘイム――そしてミズガルズ、三界に住まう多くの生命が喪われた。
その責任がミハエルにあるというのなら、むろんミハエルは自身の犯した罪に相当する罰を受けなければならないだろう。
ただし――
それは“ミハエルが罪を犯していたなら”の話だ。
607
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:09:39
>しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ
エンバースが不敵に笑う。半分だけ蘇生した、歪な顔で。
常識的な観点だとひどく不気味で不自然な其れは、何なぜだかとても格好良くなゆたには見えた。
>おまっ……ふざっ……ふざけんな!次なんかあるわけねえだろ!!
おいハイバラ!!こっち向けよ、おい!!楽しくデュエルできて情でも移ったか!?
またぞろGルートがどうとか寝言垂れやがったらぶっ飛ばすぞ!!
>俺の実力はもう十分に分かっただろ?だから次はお前も最初からフルスロットルでやれる。
俺は俺でお前の手の内はある程度把握した。次はもっと長く遊べるぞ。
お互い、上手く切れなかった手札がまだある筈だ。あるよな?俺にはある
>それに多分だけど、フラウもリュシフェールも不完全燃焼だろ?
当然のように明神が反撥し、今にも掴みかからんばかりに食って掛かる。
が、エンバースはお構いなしだ。どころか、これだけ死力を尽くしたデュエルの後だというのに、
もう次のデュエルのことを考えているらしい。
そんなエンバースの良く言えば筋金入りのデュエリスト、悪く言えば空気を読まないデュエル莫迦ぶりに、
さしものミハエルも呆気に取られたような表情を浮かべていたが、
「……ハ……、ハハハ……。
君はすごいな、ハイバラ。この世界で僕以上にデュエルを愛する人間はいないと思っていたけれど。
ああ、そうだな……。次も。その次も、デュエル出来るといいな……」
そう、小さく笑ってみせた。
こんなエンバースのマイペースぶりに、マイディアたちリューグークランの面々もさぞかし振り回されてきたのだろう。
カザハもジョンも絶句しているように見える。無理もない反応だ。
>つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?
というのに、エンバースはまったく斟酌しない。まさしく独壇場だ。
そして――
>この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ
絶対王者を下し、晴れて世界最強となった焼死体は、そう自信たっぷりに言い放った。
なんの根拠も後ろ盾もない言葉だったが、その声にはエンバースならひょっとして本当にやってしまうかも、
と思わせるような、不思議な説得力がある。
>カザハ…君の言いたいことはなんとなくわかるよ…だから代わりに僕が言うね
唇をわななかせるカザハの内心を代弁しようと、ジョンが前に出る。
>エンバース!訂正してもらおう…"俺"じゃなくて"俺達”に!
「そこなんだ……」
あんまり緊張感のなさすぎる宣言に、思わず眉を下げて笑ってしまう。
ただし、それはそれで大事なことだ。この物語は自分たち全員のもの。全員が自分の物語の主人公なのだ。
その行く末は、たったひとりが決めていいものではない。
この場にいるかけがえのない仲間たち、そのひとりも欠けずにグッドエンディングを迎える。
そうでなければならない。
>だから答えろ。ローウェルにはどうすれば辿り着ける。なんかあるだろ。
お前ほどのゲーマーが『このゲーム』の攻略法を考えもしなかった?そんな訳あるか
エンバースがミハエルへ訊ねる。
そこで、なゆたも明神同様やっとエンバースがどういうロジックで物事を進めようとしているのかが理解できた。
余計な差し出口を挟むこともなく、ポヨリンを抱きしめながら事の成り行きを見守る。
>お前の言いたいことは分かったけどよ。望み薄じゃねえの?
ずっとジジイにおんぶされながらニヴルヘイムを渡ってきて、地球で別れたわけだろ。
こっち来てからの行方は知らないとか言ってたしよ
>……こいつ、『最初』はどうやってローウェルに接触したんだ。
VIP待遇で召喚された瞬間ジジイが揉み手してお出迎えしてくれたとか?
そうでないなら……ブレイブ側から運営にコンタクトをとる手段でもあるのか
「フ……。僕は何ひとつ嘘は言っていないよ。そんな必要ないからね。
ローウェルの行方は本当に知らない。信じるかどうかは君たち次第だけど」
はん、とミハエルは軽く肩を竦めて笑った。
ミハエルの目的は自分に匹敵する強者と心置きなく全力を出し尽くして闘うこと、その一点に尽きる。
ニヴルヘイムから世界大会開催会場であるこのワールド・マーケット・センターに帰還した時点で、
ローウェルの企みに加担する理由もローウェルの動向を把握する必要も、ミハエルにはない。
608
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:15:21
「僕がやったことに関しても、弁解するつもりなんてないさ。
僕がニヴルヘイムの軍勢を地球へ連れてきた結果、たくさんの人が死んだ。魔物も。
それが僕の罪で、償わなければならないというのなら受け入れようとも。ただ――
そんな時間はないと思うけど」
ミハエルは淡々と告げる。デュエルに敗れたことで自棄になっている訳でも、開き直っている訳でもない。
ただ――何か、此方の知らない決定的なことを知っている。そんなふうだ。
「君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
僕は……もう二度と見たくない」
ミハエルはそう言うと、思い出すのもいやだというように自らの身体をぎゅっと両腕で強く抱き締めた。
ブレモン絶対王者の金獅子を以てして『二度と見たくない』と言わしめる存在。
それは、いったい何か?
なゆたはミハエルの様子にただならぬ不安を感じたが、意を決して抱いていたポヨリンを足許に下ろし、拳を握り込むと、
「……みんな、行こう」
と切り出した。
マーケット・センターの外にいる者が何者であるにせよ、それがこの世界を崩壊へ導くローウェルに与する者だというのなら、
知らないふりをすることはできない。
リューグークランとの闘いでスペルカードは使い切っているし、体力だって減っている。
疲労はまるで回復しておらず、休息が必要なのは間違いない。
しかし、休んでいる暇はないのだ。今こうしている間にも、ニヴルヘイムの軍勢と地球の軍隊が戦闘をしているのだろう。
これ以上犠牲者を増やさないためにも、先へ進まなければ――。
そうしてミハエルを会場に残し、ワールド・マーケット・センターを出ようとエントランスホールまで戻ると――
「……ア……、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……」
低く呻く声が聞こえる。
なゆたたちがミハエルとの決戦にマーケット・センターへ突入する際、仲間たちと米軍との戦闘を止めるべく、
別行動したはずのイブリースが、広大なエントランスの中央で片膝をつき肩で荒い息を繰り返していた。
イブリースの全身は血まみれだった。暗黒魔城ダークマターでの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との闘いの後、
傷ついた肉体を回復させ全快したはずのイブリースであったが、再度瀕死の重傷を負っている。
鎧は各所が砕け、屈強な肉体の各所には穴が開き、二対の巨翼は襤褸と化して、負傷していない場所はひとつとしてない。
生きているのが不思議といった有様で、イブリースはなゆたたちを見た。
「イブリース!?」
なゆたは思わず駆け寄った。
兇魔将軍イブリースはニヴルヘイム最高戦力・三魔将のひとり。
いくら地球の軍隊の兵器が強力だったとしても、そうそう簡単にこれほどまでの重傷を負うとは考えづらい。
イブリースの前では、同じく血まみれになったエカテリーナとアシュトラーセが気を失って倒れている。
ふたりとも生きてはいるものの、見るも無残な酷い怪我を負っている。大賢者の弟子たる十二階梯の継承者、
傑出した実力を持つふたりがこうまで傷つくなど、俄かには考えづらい。
外で繰り広げられているニヴルヘイムと米軍の戦闘は、三魔将と継承者の介入さえ撥ね退けるほど熾烈だというのだろうか?
エンデが素早く姉弟子たちに回復の魔法を施す。息も絶え絶えといった様子でイブリースはなゆたたちを見回すと、
「……“あれ”は……。
“あれ”は、一体なんだ……?」
と、腹の底から憤怒を搾り出すように言った。
「“あれ”……?」
なゆたには、イブリースが何を言っているのか分からない。エンバースや明神たちにも分からないだろう。
しかし。
「最初は、我が同胞たちとミズガルズの者たちが戦闘をしているものと思っていた……。
ミハエル・シュヴァルツァーの連れてきた、ミズガルズを侵略しようとするニヴルヘイムの同胞たちと、
それを阻止せんとするミズガルズの者たち……。その両者が相争うのを止めようとしたのだ……。
だが……そうでは、なかった……」
そこまで言うと、イブリースは大量に吐血した。
「……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
“あれ”は……いったい、なんな……の、だ……」
ぐらりと巨躯を傾がせると、イブリースは力尽きたようにずずぅん……と音を立てて倒れた。
なゆたは思わず息を呑む。――信じられない光景だった。
あのイブリースが、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』全員が総力を結集させ、
やっとの思いで退けたほどの強敵だった兇魔将軍が、目の前で血まみれになって昏倒している。
それに、イブリースの残した“あれ”という言葉。
ミハエルが二度と見たくないと言った何者かと、其れは同一の存在なのだろうか?
不吉な予感に胸が締め付けられる。身が竦む。
けれど――立ち止まってはいられない。
「レッツ・ブレイブ……!」
己を鼓舞するように呟くと、なゆたはエントランスホールの出口を潜った。
609
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:23:38
目の前に、惨状が広がっている。
破壊され半ばから倒壊したビル群に、墜落した戦闘機の残骸。ひしゃげた戦車、炎上し黒焦げた車両。
そこかしこに米軍とおぼしき兵士の亡骸。逃げ遅れ戦闘に巻き込まれたらしい一般人の遺骸は数えきれない。
被害はミズガルズ――地球ばかりではない。ニヴルヘイムの魔物たちの死骸も、あちこちに転がっている。
キュクロプスやゴブリン、グリフィン、ワイバーン、オーク――ブレモンではおなじみのモンスターたち。
無残な鏖殺の跡。建物はまだちろちろと火を残して燃え燻っており、火災の煙と濃厚な血臭で噎せ返りそうだ。
見渡す限りの焦土。
けれども、それは侵略者となったニヴルヘイムの魔物と、侵略に立ち向かう米軍が激突した結果――ではなかった。
「……なんて、こと……」
なゆたは瞠目した。
戦闘の痕跡は確かにある。執拗で徹底的な破壊と根絶の証が。
だが、ニヴルヘイムとミズガルズの両軍が殺し合ったという痕跡はない。
つまり。
ニヴルヘイム軍と米軍は『お互い以外の者に殺された』ということだ。そして――
なゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、それを見た。
『インデペンデンス・デイ』という映画がある。
世界中の主要都市の上空に地球外生命体の乗った巨大なUFOが出現し、無差別攻撃を始める――という映画だ。
『宇宙戦争』という映画がある。
こちらも地球外生命体が落雷と共に現れ、世界中の都市へ侵略攻撃を仕掛けてくるという内容である。
そして。今、なゆたたちの目の前に広がる光景は、それらの映画の中に出てくるシーンと酷似していた。
黒く渦巻く分厚い雲の隙間から、黄金色の光が降り注いでいる。
そしてその光を背に、全長数キロにも見える巨大な円盤状の何かが幾つも空に浮かんでいる。
円盤だけではない。葉巻状、キューブ状、中には飛行機のような翼を持っていたり、艦船のような形状のものもある。
空をほとんど埋め尽くす数のそれらは多くのバリエーションがあり、形も大きさもバラバラだったが、
何なのかはすぐに理解できた。あたかもなゆたたちを睥睨するように浮かぶそれら、
聖書に記された終末の刻に降臨した裁きの天使たちのように、一種の神々しささえ纏って群れ成す者たち。
それはアルフヘイムともニヴルヘイムとも、ましてやミズガルズとも違う――
外の世界から来た船団であった。
【『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』頂上決戦終了。
イブリース、エカテリーナ、アシュトラーセは瀕死の重傷。
ワールド・マーケット・センター上空に正体不明の船団出現。
第九章完。】
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