【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第九章
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――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
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【キャラクターテンプレ】
名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
【パートナーモンスター】
ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
【使用デッキ】
合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。
カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。
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「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
宿で充分に休養を取り、貸し切りにした食堂の丸テーブルに仲間たちが勢揃いする中、
ポヨリンを抱いて椅子に座ったなゆたが徐に口を開く。
「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
いきなり突拍子もない話である。
しかも、今なゆたが話しているのはソーシャルゲームの『ブレイブ&モンスターズ!』の話ではない。
むろん、ゲームも中心になって作ったのはその三人なのだが、なゆたの語っているのはもっとマクロな話だ。
即ち――自分たちが現在いる『現実のアルフヘイム』の話
もっと言えばイブリースたちの本拠ニヴルヘイムと、自分たちが元々住んでいたミズガルズ――地球の話である。
つまり。
なゆたはカザハやガザーヴァらモンスターだけでなく、自分たち……明神にジョン、エンバース、
その他大勢の人々さえも『ブレイブ&モンスターズ!』という大きな括りのゲームの登場人物なのだと言っている。
それを創造したのがローウェルとバロール、そしてシャーロットなのだと。
明神たちがプレイしていた『ブレイブ&モンスターズ!』は、いわば本当の『ブレイブ&モンスターズ!』の中に出てくる、
作中作であったということらしい。
「実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ」
ソーシャルゲームに限らず全てのゲーム、否。この世に存在するありとあらゆる娯楽、コンテンツには寿命がある。
どんなに隆盛を誇った作品も、いつかは終了する時がやってくるのだ。
「とは言っても、それは最盛期に比べたら……って話で。
まだまだブレモンには力があったし、賑わってもいた。
UIやシステムなんかはさすがに他の最新作に比べて古くなってはいたけど、それでも。
適宜アップデートをしていけば、プレイ人口は問題なく維持できる。それどころか新規ユーザーを呼び込むことだって――
シャーロットとバロールはそう思ってた。
でも……。
プロデューサーのローウェルは、そうは思ってなかった」
人気の落ちたコンテンツ。古臭いと見切られた作品。
そういったものがどういう末路を辿るのか?
「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
ゲームの真の終焉とは、いったい何か。
魔王を倒すこと? 世界に平和を取り戻すこと?
隠しダンジョンの踏破? DLCのコンプリート? スタッフロールを最後まで見て、THE ENDという文字を見届けること?
違う。
サービス終了こそが、ゲームの終焉。
運営がサービス終了の告知を出した時点で、すべては終わる。
その世界は『消滅』するのだ。
「当然、シャーロットとバロールは反対した。特にバロールはローウェルを激しくなじった。
アルフヘイムも、ニヴルヘイムも、そして地球も、バロールが膨大なイメージラフを描いて創り上げたものだから。
とくに愛着があったんだと思う」
バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とキングヒルで会ったときから、
世界に住まう者の命より世界そのものの維持を優先して考えていた。
それは、バロールこそがこの世界を創り上げた文字通りの『創造主』であったからだ。
それを鑑みれば、バロールの二つ名が『創世』であり、無から有を生み出すことができるのも頷けるだろう。
「でも……ローウェルは頑としてふたりの言葉を聞き入れなかった。
独断でサービスの終了を告知し、プレイヤー離れを加速させていった。
しかも、それだけじゃ飽き足らず――自分に逆らうシャーロットとバロールにブレモンを諦めさせるために、
強権を発動したんだよ。ローウェルは……」
ぎゅ、と胸に抱いたポヨリンを強く抱きしめる。
強く唇を噛み、苦しげに眉を顰める。思い出すのも辛いというように、これから先のことを告げるのは苦しいというように。
だから。
「ブレモンのマスターデータを、無断で消去し始めたんだ」
なゆたの言葉の先を、エンデが継ぐ。
「マスターデータがなくなってしまえば、マスターもバロールも諦めざるを得なくなると思ったんだろう。
結果、アルフヘイムとニヴルヘイムには不可解な『穴』が出現し、加速度的に広がっていった。
何もかもを呑み込む、虚無の洞。そう――
きみたちもよく知ってる『侵食』さ」
世界を蝕む『侵食』の正体。
それはローウェルがマスターデータを消去し始めたために発生した、データの欠損だとエンデは言う。
それならば、ゲームキャラである世界の住人たちに打つ手がないというのも納得であろう。
「マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ」
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がバロール率いるニヴルヘイムの軍勢と戦い、ニヴルヘイムを崩壊させ。
勝利したアルフヘイムが今度はミズガルズへと攻め入って何もかもが崩壊した、一巡目の戦い。
それも、ローウェルが仕組んだことであったのだ。
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「なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?」
テーブルに頬杖をつきながら、ガザーヴァが憤慨したように口を開く。
「うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。
だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど」
は、とエンデが息をつく。
「それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
『スルト計画』……それが梃子入れの名前だった。
でも……その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は失敗した。彼と共に召喚されていた仲間たちは全滅し、
その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も死んだ。
……誰のことを言っているのかは、分かるでしょ」
かつて『賢人殺し』と言われた一流プレイヤーに超レイド級相当の力を与え、
討伐対象として他のプレイヤーと戦わせる、大規模PVP。
それもまたローウェルが最後にブレモンを盛り上げるために打った手であった。
「ローウェルにとっては、どうせ投げ捨てたコンテンツだ。盛り上がろうが失敗しようが、
どうでもよかったんだろうけどね」
「何も、ゲームそのものをサ終する必要はなかったんじゃ? ローウェルだけ降板して、
新しいプロデューサーを据えてやれば……って思うかもしれないけれど。
元々、ブレモンの三つの世界はローウェルのアイデアだったから。
自分のものだっていう気持ちがあったんだと思う、他人の手には委ねたくないって。
だから、ローウェルはサービスの終了と共にすべてを破棄することにした。
シャーロットとバロールは……食い止められなかった。
バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちに討伐され、ニヴルヘイムは滅び――
アルフヘイムが勝ち残った。でも、侵食は止まらなかったんだ。
データの消去はローウェルにも止められなかったの。最初からローウェルの言ったことは出鱈目だった。
結果……アルフヘイムの人たちは活路を見出すため、地球へ攻め込んだ」
遊んでおいで、とポヨリンを解放し、なゆたが改めて語り始める。
「もう、侵食はどうにもならない。マスターデータの消失は避けられない。
だからシャーロットは最後の手段に出ることにしたんだ。
幸いシャーロットはメインプログラマーで、手許には開発途中に保管していた七割程度完成状態のバックアップが残ってた。
シャーロットは秒単位で消えてゆくマスターデータでまだ無事なもの……キャラクターデータなんかを、
時間のない中で可能な限りサルベージして未完成のバックアップに避難させたんだよ。
そうして完成した、緊急で誂えた世界の名が『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』……。
でも、イベントフラグの進捗具合や膨大なキャラクターたちの育成後のステータスや記憶までを救助することはできなかった。
達成したはずのイベントやクエストは全部未達成になり、キャラクターの大半は初期ステータスに戻った。
ブレモンがリリースされたときの状態にね……つまり『時間が巻き戻った』んだよ」
消えてゆくマスターデータを未完成状態の不完全なバックアップデータに移植するという方法で、
シャーロットはブレモンを構成する三つの世界を守ろうとした。
時間のない中で敢行した作戦のためデバッグも何もできず、その結果統合させた世界には多数のバグが発生してしまった。
イベントフラグはバックアップデータのまっさらなものが適用され、キャラクターデータも軒並み初期値に戻った。
いわゆる『セーブデータが飛んだ』という状態だ。
だが、バグにより中にはカザハやイブリースのようにマスターデータの記憶を保持している者もごくわずかではあるが残った。
「シャーロットのやったことは完全な独断だった。彼女は自分がローウェルに処断されることを理解してた。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』に救済のシャーロットという存在が反映されないことも。
平たく言うと、会社をクビになってもうデータに触れなくなっちゃうって感じかな……。
だから、シャーロットはバックアップデータが自分の手を離れた後のことを見越して、あらかじめトロイの木馬を仕込んだんだ。
自分は二巡目の世界に介入できない。でも二巡目を生きる人たちのために、
自分がやったことや今まで起こったことのすべてを“記録”として残し、
新しく作成したキャラクターの中に隠して、何かの切っ掛けをトリガーとしてそれが解凍されるように……ってね」
使用すれば存在や記憶が消滅するという触れ込みの禁呪、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』。
その正体が時間を巻き戻す魔法などではなく、新たに構築された二巡目の世界そのものであったこと。
性急で荒っぽい作業によって多数のバグが発生してしまったこと。
世界から救済のシャーロットというキャラクターの存在が消え去った、その理由。
「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
なゆたはそっと自らの胸に片手を添える。
そしてそこまで説明すると、ふーっと大きく息を吐き出した。
今までずっと謎のままだった重要事項を一気に話し終え、一段落ついたというような表情を浮かべる。
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「……俄かには信じられん話じゃな……。
妾たちがゲームの登場人物で、師父や師兄、『救済』の賢姉に創られた存在であったとは。
しかも、師父がこの世界を侵食から守るどころか侵食を発生させておる張本人であったとは……。
ならば師父はなぜ妾たち十二階梯の継承者たちを招集したのじゃ? すべては欺瞞に過ぎなかったということか?
あらゆる虚構を見破る妾が、師父の虚構を見抜けなんだとは。お笑いじゃな……」
「頭が痛いわ……せっかく、『永劫』の賢姉を倒して侵食を食い止められると思ったのに……」
エカテリーナとアシュトラーセが口々に呟き、文字通り頭を抱える。
いかにアルフヘイム最高戦力の『十二階梯の継承者』といえど、この事実は些か重荷が過ぎるらしい。
「でもさ。ボクらがシャーロットのことをすっかり忘れてた理由は分かったんだケド。
思い出したのはなんで? モンキンの中にあるシャーロットの記録が復元されたから?」
「それも、シャーロットが最後に仕込んだトロイのひとつだよ。
シャーロットのキャラクターデータはなくなったけれど、
みんながシャーロットと旅したっていうイベントデータそのものは消えてなかった。
彼女は何らかの外的要因によってみんながシャーロットのことを思い出す、っていうフラグを用意してたんだ。
例えば……誰かがシャーロットの名前を呼ぶ、とかね」
なゆたがシャーロットの記録を蘇らせた瞬間、頭上から聞こえた大気を震えさせるような怒声。
それが結果的に皆の記憶を取り戻させるトリガーになった、ということなのだろう。
「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
額に片手を添えながら呻くアシュトラーセ。
「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
仲間たちの顔を見渡し、質問を募る。
そうして皆の疑問にひとつひとつ答え、しばしの時間が経過した時。
なゆたたちのいる宿屋の周囲を、ただならぬ気配が包み込んだ。
「―――ッ!?」
宿屋を包囲する多数の人の気配に気付いたガザーヴァがガタリと椅子から立ち上がり、
エカテリーナとアシュトラーセも鋭い視線を入口へと向ける。
外には長槍を装備した多数の聖罰騎士たちの姿が見えた。一騎だけでも恐るべき力を秘めた、プネウマ聖教の最強戦力である。
蝟集しているのは聖罰騎士だけではない。多数の神官や司教、僧侶たちの他、
エンバースあたりは影の中に潜む穢れ纏いの存在をも感じ取ることができるだろう。
エーデルグーテの聖職者たちが一ヵ所に集う、その意味するところはひとつしかない。
聖罰騎士たちが宿の入口の両脇に整然と控え、携えていた槍を頭上へ掲げる。
まるで聖なる式典の最中のような、聖罰騎士たちの作った道を、ひとりの女性がしずしずと歩いてくる。
それが誰なのかは、もう考えるまでもないだろう。
蒼紫色の膚、零れ落ちそうなほど豊かな胸元の開いた豪奢なドレス。
この世のものとは思えない、ふるいつくような美貌――
十二階梯の継承者・第三階梯、教帝『永劫の』オデット。
「え……、『永劫』の賢姉……!」
「……オデット」
エカテリーナが驚き、なゆたが呟く。
「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
テーブルについた一同の反応を一頻り見遣ると、オデットは静かに微笑んだ。
地下墓所で戦った際の魔物然としたおぞましい姿は跡形もなく、ミドガルズオルムの攻撃を喰らった身体も、
今は完全に回復しているように見える。超レイド級の攻撃をまともに浴びて、
たった半日で回復するとは相変わらず規格外の生命力である。
アシュトラーセが新しい椅子をもってきて、オデットに勧める。
オデットはそっと椅子に腰を下ろすと、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちへ深々と頭を下げた。
「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します」
そう告げるオデットの双眸は、まるで憑き物が落ちたかのように澄んでいる。
いや、実際にそうだったのだろう。きっとローウェルやそのしもべに唆され、
自身の弱みに付け込まれて、侵食に希望を託すなどという誤った選択をしてしまったのに違いない。
「今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?」
「……はい」
ガザーヴァがここぞとばかりに糾弾するが、オデットは俯くばかりで一切反論しない。
が、そんなオデットに弟弟子のエンデが助け舟を出した。
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「聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ」
「……どーゆー意味だよ」
「聖罰騎士はオデットの胸中を勝手に汲んで、
教帝の意に添わず自儘にエーデルグーテを出ようとしたきみたちを捕えようとしたにすぎない。
街の人々も同じだ、聖罰騎士に扇動されて動いていただけさ。
彼らはオデット個人を狂信する者たちだからね、プネウマ聖教の教義よりもオデットの意思を尊重してしまうのさ。
そういう『設定』なんだ」
エンデがすらすらと説明する。
実際に、ゲームの中でも基本的に味方であるオデットに敢えて敵対するルートを選ぶと、
聖罰騎士や穢れ纏いが独断でプレイヤーを粛清するため刺客として現れるというイベントが発生する。
普通にプレイしていればオデットと敵対することはまずありえないため、それを知らないプレイヤーが多いのも無理はない。
「では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?」
「終末期医療だよ」
エカテリーナの問いに、こともなげに応えるエンデ。
医療技術の発達したミズガルズ――地球と違い、このアルフヘイムは中世ファンタジー世界が土台になっている。
当然、医療技術は未発達である。医学薬学は未熟で、まともに人体や医術に精通した医者などほとんど存在しない。
骨折や火傷、創傷といった外傷の類ならば魔法である程度癒すことはできるものの、疾病に対しては無知と言わざるを得ない。
万が一病にかかった場合、大半の人々は民間に伝わる胡乱な薬草やら処方箋に頼るしかなく、
やれ悪霊に取り憑かれただの、体内の精霊のバランスが狂っただのと言って祈祷や除霊といった手段を講じる他ないのだ。
だから――
「回復の見込めない不治の病によって、ただ死を待つばかりの人々。
そんな人々に吸わせて苦痛を取り除き、緩やかな衰弱から安らかな最期を迎えさせる。魔霧はそのための手段だ。
聖都に住む人々を誰彼構わず衰弱させているわけじゃないよ」
「〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?」
ガザーヴァが拳を作って思わず唸る。
そんな反応も構わず、エンデは小首を傾げた。
「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
うん、となゆたが頷いて意見を纏めようとする。
「妾に異論はない。十二階梯の継承者同士、足並みを揃えて難事に立ち向かえるのは喜ばしいことじゃ。
のう? 『永劫』の賢姉、それに……『救済』の賢姉よ」
「あはは、やめてよエカテリーナ。賢姉だなんてわたしのガラじゃないし、
第一『救済』なんて呼ばれたって、全然実感ないんだから」
ぱたぱたと両手を振って、姉弟子扱いを固辞すると、そんななゆたにガザーヴァが突っ込みを入れる。
「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
「わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど」
あはは……と困ったように愛想笑いを浮かべる。
覚醒し、シャーロットが保有していた記憶――この世界の真実やゲーム中のシャーロットが保有していたスキルを得たことで、
なゆたは以前とは比べ物にならないほどパワーアップした。
しかし、それは決していいことばかりではない。
「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
右手で後ろ頭を掻きながら照れくさそうに笑う。
呼び名に関する話題が一段落すると、改めてオデットが皆の前で頭を下げた。
「意識と身体を操られていたとはいえ、わたくしが貴方たちを殺そうとしたのは事実です。
貴方たちによって救われたことも……。
許して欲しいとは申しません、ただ償わせてください。
愛し子たち、いえ……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ。
この『永劫』――教帝オデット以下、プネウマ聖教の全信徒は、心血を注いで貴方たちの世界救済の一助となりましょう。
太祖神と万象樹に懸けて……どうぞ、何なりと申しつけて下さい」
これで、当初の目的であるオデットの協力を得るという目的は達成された。
アルメリアの兵力に加え、『覇道の』グランダイト率いる覇王軍、そしてプネウマ聖教。
これほどの戦力が集まれば、きっとニヴルヘイムとも真っ向勝負ができるに違いない。
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「これで立場のはっきりしている継承者は、アルフヘイム側は『創世』『永劫』『救済』『虚構』『覇道』『禁書』『黄昏』、
ニヴルヘイムは『黎明』『聖灰』『万物』『詩学』となった訳ね。
後は『真理』の賢兄と『霹靂』だけれど……」
残った継承者二名のうち『真理の』アラミガは金次第でどちらにでも転ぶ。
レプリケイトアニマではバロールが大金で雇い入れ、エンバースらの味方をさせたが、
今後も味方でいてくれるとは限らない。もし敵に回ればまずいことになる。
現在のところは数でアルフヘイム側の継承者がニヴルヘイムに優っているが、
アラミガが敵になればそんな数の優位など容易くひっくり返されてしまうに違いない。
可及的速やかに居場所を突き止め、再度雇用する必要がある。
『霹靂の』クサナギに関しては、自らが治めるヒノデ以外のことにはまったく興味がない人物だ。
勝利を盤石のものとするためには今からでもヒノデに赴いて仲間に引き入れたいところだが、
世界にそこまでの猶予があるのか分からないため、気軽には動けない。
「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
ガザーヴァが右拳で左の手のひらを叩く。すでにやる気は満々だ。
意気軒高なガザーヴァを真似て、ポヨリンもふんすふんすと鼻息を荒くしている。
なゆたは首を縦に振った。
「……そうだね。
この世界の消滅を目論むローウェルさえ倒せば、侵食を食い止めることができる。
わたしにはメインプログラマーだったシャーロットの記録があるから、
時間さえあれば侵食によって欠損してしまったデータの穴埋めもできると思うし……。
あとはバロールにローウェルに代わる総合プロデューサーになってもらえば、世界の維持もできる。
ややこしい問題だとかは今は考えないで、とにかくみんなはローウェルを倒すことだけを当面の目的にしてくれればいいかな」
「なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?」
「うん、その話なんだけど。
マスターデータ、つまり一巡目の世界は消滅したけれど、シャーロットの機転で二巡目の世界――
つまり今わたしたちがいるこの世界、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』が生まれて、
みんなは当面の危機を回避することができた。けどローウェルはこの二巡目の世界までも消滅させようと、
またプロデューサーの強権を発動して、バックアップデータの消去を始めた……。
このままじゃ、この世界もマスターデータと同じように消え去っちゃう。そこまではさっき説明したよね。
でも……一巡目のマスターデータと二巡目の『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』とでは、
決定的に違う部分がひとつだけあるんだ」
ブレモン運営の最高責任者であるローウェルの権限によって、一巡目の世界は成す術もなく消滅した。
シャーロットとバロールが力を合わせても、ローウェルの強権を覆すことはできなかったのだ。
しかし。
「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
本来であればローウェルのアクセスを阻害するセキュリティでも組み込んでおけばよかったのだろうが、
未完成で不完全な急ごしらえのシステムが災いし、結果として二巡目の世界も、
一巡目のマスタデータと同じように『侵食』の脅威に晒されることになってしまった。
だが一方で、未完成で不完全であるがゆえにローウェルがマスターデータのときに揮ったような絶対的な力も、
この世界の中ではまともに機能しないということらしい。
「加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、」
「師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない」
理解した、とばかりにアシュトラーセが喜色を湛える。
「妾たち十二階梯の継承者はこの世界を襲う未曽有の危難に対応すべく集結した。
その方針は今でも変わらぬ。例え黒幕が誰あろう、発起人である師父ローウェルであろうともじゃ。
むしろ、発起人であるがゆえに師父には落とし前をつけて貰わねばならぬ。
我らを欺き謀った償いは、必ずして貰おうぞ!」
「……師父様には、永遠の生に倦み闇に沈んでいたわたくしの心を引き上げて頂いた恩があります。
しかし……それさえも破滅的終末へ至るための策謀であったとするならば、捨て置くことはできません」
エカテリーナとオデットも自分たちを長らく騙していたローウェルへの憤りを露にする。
そんな継承者たちをまあまあと宥め、なゆたが言葉を続ける。
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「ローウェルがこの世界にいるとしたら、その場所は『転輾(のたう)つ者たちの廟』以外考えられない。
廟の入口はニヴルヘイムの最奥、バロールの居城――暗黒魔城ダークマターの玉座の裏にある隠しポータルの先だから、
何れにしてもニヴルヘイムには行かなきゃならないわね」
「今まではニヴルヘイムの連中にやられっぱなしだったケド、今度はこっちから攻め込むってワケか。面白そー!
ニヴルヘイムの連中め、目にもの見せてやる……って、ボクも元々ニヴルヘイムの三魔将だったっけ!」
「わたし(の前任者)もね……」
ガザーヴァのノリツッコミになゆたがあははと笑う。
「ニヴルヘイムとは決着をつけなくちゃならないけど、だからといって殺し合いに行く訳じゃない。
わたしたちはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、勝負はデュエルでつける。
イブリースとも、今度こそ分かり合って……アルフヘイムもニヴルヘイムも関係なく、一緒にローウェルを倒す。
……ジョン、お願いね。この二巡目の世界では……彼にはきっとシャーロットより、
あなたの言葉の方が響くと思うから」
タマン湿性地帯での戦いではミハエル・シュヴァルツァーの横槍が入ったため有耶無耶になってしまったが、
イブリースはあの時ほとんどジョンの説得に応じかけていた。
もう一度、今度はミハエルに邪魔されないよう説得を試みれば、きっとイブリースも理解を示してくれるはずなのだ。
「アルフヘイムからニヴルヘイムへの正規の直通ルートは、本来『石造りの天空』を下って行かなくちゃいけない。
でも、アルメリア王国軍や覇王軍、プネウマ聖教軍にあのダンジョンを踏破させるのは難しい。
だから……ぼくとバロールで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開く。
アルフヘイム連合軍が通れるくらい大きいのをね……。
あちらの世界に到着したら、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のみんなはニヴルヘイム軍は構わず、
真っ直ぐ暗黒魔城ダークマターに向かって欲しい」
エンデが提案する。
そこでガザーヴァが思い出したように、明神の方へと首を巡らせる。
「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
ガザーヴァの言葉に反して、スマートフォンをチェックしてもバロールやみのりからの連絡は来ない。
エーデルグーテではしばらく通信不能になっていたから、きっとバロールたちも気を揉んでいたはずだ。
魔霧の通信妨害が消滅した今、キングヒルと通信するのに障害はなくなったはず、なのだが。
なゆたは眉を顰めた。
「キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど」
「万一何かがあったって、どーってコトないさ。
なんたって、あっちにはパパがいるんだぜ? パパに勝てるヤツなんてこの世にいるもんか!
あ、ボクは別だけどな。そろそろ親越えの時期かも? なんちゃって!」
「……うん」
頷く。が、なゆたは嫌な予感を拭い去ることができなかった。
バロールは単なるNPCではない。この世界を創り上げた三人のクリエイターのひとりなのだ。
いわば、神にも等しい存在。そんなバロールよりも強い者など、思いつくことさえできないというのに。
「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
「そうね。アルメリアには私とカチューシャも同行しましょう。
あちらで『創世』の師兄や覇王と一緒にニヴルヘイム攻略の作戦を考えるのがいいと思うわ」
「わたくしは出征の準備を指示しなければなりませんので、今は聖都に残ります。
けれど――そうですね。一週間……いいえ、四日頂ければ、百万の軍勢を以てキングヒルに馳せ参じましょう。
そう『創世』の師兄に伝えて下さい」
継承者たちが口々に言う。
エンデは何も言わないが、なゆたの行くところに行くというスタンスに変わりあるまい。
そして。
「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
不意に、一行が囲んでいるテーブルから離れた場所で声が聞こえた。
見れば宿屋の二階へ続く階段の前に、黒いローブを纏いとんがり帽子をかぶった少女がパートナーの事典を伴って佇んでいる。
“知恵の魔女”ウィズリィ。『悪魔の種子(デーモンシード)』を額に植え付けられ、
大賢者ローウェルの走狗に成り下がっていた彼女はミドガルズオルムの攻撃に晒されて気を失って以来、
ずっと二階の客室で昏睡していたのだが、やっと目を覚ましたということらしい。
その額には包帯が巻かれており、見るからに痛々しい様子ではあったが、意識はしっかりしているようだった。
「ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?」
ガタリ、となゆたが椅子から立ち上がって安否を気遣う。
ウィズリィはかぶりを振った。
-
「ありがとう。でも、もう心配は要らないわ。
それよりも……貴方たちにはたくさん迷惑をかけてしまったみたいね。
本当に……ごめんなさい。本当は、私が貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人になるはずだったのに……」
俯き加減になりながら、ウィズリィが謝罪を口にする。
ウィズリィはリバティウムの戦いのどさくさにイブリースによって拉致され、ずっと囚われていたのだという。
とはいえイブリースはウィズリィを何かに使うようなことはなく、ずっと飼い殺しにしていたのだが、
そんなウィズリィをローウェルが有効活用しようと額に『悪魔の種子(デーモンシード)』を埋め込んだ――ということらしい。
種子に意識と肉体を乗っ取られていたとしても、記憶はしっかり残っているようだ。
「私……私、恥ずかしい……自分が情けない……。
せっかく森の外を出て、外の世界を見に行けるチャンスだったのに……。
囚われてその機会を台無しにしてしまったばかりか、貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の敵に回るだなんて……。
鬣の王のご期待にも添えられなかった、私……『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』の面汚しだわ……」
ウィズリィの色違いの双眸に涙が溜まり、頬を伝って落ちる。
なゆたはすぐさまウィズリィに駆け寄った。
「ウィズのせいじゃないよ。むしろ、謝らなくちゃならないのはわたしたちの方。
リバティウムじゃ自分たちのことを守るので手いっぱいで、ウィズのことを気にかけてあげられなかった。
本当にゴメンね……でも、もう離さないよ。
ぜったい、ウィズのことを守るから」
優しくウィズリィの肩を抱き、衣服のポケットからハンカチを出して涙を拭ってやる。
ウィズリィは冷静沈着が売りの彼女らしからぬ様子で静かに嗚咽を漏らしていたが、
一頻り泣くと気分も落ち着いてきたのか、強い意志を秘めた眼差しで一行を見詰めてきた。
「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
二つ返事で許可するなゆたが仲間たちの顔を見回す。
皆が了承すると、ウィズリィは深々と頭を下げて謝意を示した。
「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
ウィズリィの処遇が決まったところで、いつもの調子で音頭を取り、大きく右腕を空に掲げる。
そんなところは、以前のままのモンデンキント――崇月院なゆたと何ら変わるところはない。
と、そのとき。
ガガァァァァァァァンッ!!!!
不意に宿の外で耳を劈くような轟音が鳴り響き、地面が振動する。
外で整然と控えていた聖罰騎士たちがざわざわとどよめく。
「い……、今のは……?」
「行ってみよーぜ明神! マゴット!」
ガザーヴァが身軽に宙を蹴って外へと飛び出す。
なゆたもそれを追って外へと駆け出すと、その視界の先には魔法機関車がすぐ近くの民家の壁に頭から突っ込む形で停車していた。
想像だにしていなかった光景に、思わず目を見開く。
「……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……」
魔法機関車はボロボロだった。車体のあちこちから黒煙が上がり、装甲は穴だらけ。
車輪もいくつか欠落しており、先頭車両も半壊状態になっている。
これは、決して民家に激突した際に壊れたものだけではあるまい。
まるで王都から必死で逃げてきた――とでもいうような惨状に、息を呑む。
そうこうしているうちに先頭車両の扉が開き、中からボロボロになったブリキの兵隊がよろめきながら転がり出てくる。
なゆたはその身体を慌てて抱き留めた。
「あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?」
「あ……、ああ……。
アルフヘイムの……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』様……」
ボノはうっすら目を開けると、煤まみれの顔をなゆたへと向けた。
そして、わななく口で必死に何事かを伝えようとする。
「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
「―――――――――――!!!!!」
まるで、金槌で頭を殴られたような衝撃。
キングヒル陥落――
ずっと感じていた嫌な感覚が気のせいでなかったことを、今になってなゆたは思い知った。
【なゆた、シャーロットの記憶を用いてパーティーの皆に状況説明。
オデット、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力を約束。
ウィズリィ、再度パーティーの一員に。
半壊状態の魔法機関車が到着。ボノからキングヒルがニヴルヘイムに攻められ陥落したとの報を受ける。】
-
カザハは、オデットを誰が運ぶかを巡るのろけコント(?)も、覚醒なゆたちゃんをどっちで呼ぶかに関するやりとりも、黙って聞いていた。
真面目な話題の後者はともかくとして、前者はいつもならツッコミの一つも入れそうなところですが。
ところで私も一応馬なんですが……もうすっかり人型形態が画面に馴染んでいるということでしょう。
帰り際に、カザハが明神さんに小声で告げる。
「明神さん、こっちの住人に自由意思――”勇気”は無いって件は……みんなには伏せておこう。
今更誰も動じないかもしれないけど……それでもわざわざやる気を削ぐようなことを言う必要もない」
あの時エンデの話を直接聞いていたのは、おそらく私達と明神さんだけ。
エンデ自身はあの長々しい解説をそのままもう一度はしないだろうし、掻い摘んでみんなに伝えるとしたら、
ブレイブの力の本質は勇気、というところまでで止めておけば何の問題もなく大筋は伝わるだろう。
そしてオデットを信徒達に引き渡して宿に戻り、半日後に食堂に集合ということになった。
「ガザーヴァ……!」
自室に戻ろうとするガザーヴァを、カザハが呼び止める
「ずっと言わなきゃって思ってて。
レプリケイトアニマで庇ってくれたこと、仲間だから一緒にいなくちゃいけないって言ってくれたこと、本当に嬉しかった。ありがとう。
昔たくさん辛い思いさせてごめんね。今度は幸せになって。
大丈夫だよ、君は顔以外全然我に似てなくて強くて賢くて可愛いんだから」
何も考えていないように見せかけつつ権謀術数を弄する策士と
常に気遣いが明後日の方向にぶっとんでて結果的に何も考えていないように見える天然……。
確かにもはや顔以外全然似てない……! むしろ正反対だ!
返す返すもバロールさん、これならいっそ顔も似せなければここまでややこしいことにならなかったのでは!?
えっ、カザハは何も考えてないように見えて実際に何も考えてない天然じゃないかって!?
ぶっちゃけ私もそう思ってたんですが、精神連結をした拍子に分かってしまったんですよ……。
カザハは自室に戻って扉を閉めると、小さく呟いた。
「でも……ごめん、もう一緒にはいられない……」
「それって……」
「こっちがやっと再会した同胞が二人も死んだ時、宿命の糸から逃れられないと知った時、あっちはいつも幸せそうだった……。
でも、そんなの全然大したことじゃない。
一巡目、向こうはずっと虐げられてるのに、こっちは能天気に笑って冒険してたんだ……。
何も知らずに、大事なものを全て奪ってたんだ……。そんなに酷い事してたのに、一緒になんていられない」
少し前まで、ガザーヴァに突っかかってくる事に対してカザハは困惑するばかりだったが
ここ最近の状況の落差に嫉妬して始めて、相手は今までずっと何十倍も何百倍もそう思っていたことに気付いたんですね。
でも、それってただ巡り合わせが悪かっただけで、二人とも何も悪くない。
-
「我の兄弟は君だけだ。君さえいればいい。
――カケル、我と一緒に風の双巫女を継いでくれるか?」
――やっぱり、そう来ましたね……。
「君に魂を分け与えたのは、きっとそのためだったんだ。
あの二人の統治が長かったから、もうみんな風の巫女は二人一組だと思ってるもの。
草原をしばらく統治して、生きる事に飽きた頃に後継が出てきたら、
一緒に風精王になって、あの二人が我に望んだ通りにずっとこの世界を見守るんだ……。
きっとそうプログラムされてるんだ。どうせ宿命に抗えないなら――抗うのはやめよう」
「でも……私達が抜けたらちょっとは戦力ダウンしてみんな困りません?」
「困らないよ。それどころかこれから先の戦いについていったら、逆に足手纏いになる。
さっきは背景で驚いてるだけだったし、冷静に考えてみれば今までの戦いだって散々だっただろう?
ミドガルズオルムの時もさっぴょんの時も、マリスエリスの時も全然話にならなくて……。
いつもタイミングよく助けが入って運よく助かってるだけだ」
どうしよう、その通り過ぎて反論できない……!
「それもそのはずだよ、我々には、なゆや明神さんみたいなみんなを引っ張っていく力も、
エンバースさんやジョン君みたいに身を呈して仲間を守る圧倒的な覚悟も、
ガザーヴァみたいに主に全てを捧げる一途さも、何もないもの」
「……」
私は、心が折れてしまったカザハを前に何も言う事が出来なかった。
戦力外とか、自由意思が無いとかに関しては、私も全く同じ立場なので、反論のしようがない。
物理的には、立場が逆転して私がブレイブ側になっている今なら、
カザハが何と言おうとパートナーモンスターとして連れて行くことは出来る。
今までなんだかんだ言いながらカザハが私を引っ張ってきてくれたのだから、
ここは私が強引にでも引っ張っていくのが正解なのかもしれない。
でも、悲しいことに私はやっぱりカザハに頭が上がらないので、無理矢理連れて行くなんてことは出来ない。
そもそもカザハが離脱すると言い出したのは今に始まったことではない。
むしろ、こんなところまで来てしまった方が奇跡なのだ。
「みんなには我から言うよ。始原の草原に帰らないといけないとだけ言う」
「いえ、私が……」
「戦力外だからとか、プログラムでしかないからとか、余計な事を言うつもりだろう?」
「……分かりました」
それは承諾というよりは、出来レースの形式上の追認に近い。
表面上反対する素振りを見せてみたところで、カザハの魂の一部を譲り受けてしまった私は、結局は同じ結論に辿り着いてしまう。
地下墓地でエンデの言葉を聞いてしまった時から――いや、もっと前から、いつかこうなることは分かっていたのだ。
-
半日後、皆が集まった食堂にて。
「あの……」
カザハが何か言い出そうとするも声が小さくて皆には聞こえず。
なゆたちゃんが、一見唐突な話題を切り出した。タイミング逃しましたね……。
>「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
>「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
なゆたちゃんは、自らに宿ったシャーロットの記録を用い、この世界の真実を語り始めた。
>「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「それなら……。エンデ君も開発側の人なのか?
シャーロットの部下っぽいから、プログラマーのうちの一人だったりするのか?」
カザハが、未だにはっきりとは明かされていないエンデの正体について質問する。
続いて私は、ゲームのブレモンについて。
「いわゆるゲームのブレモンは何なのでしょう?
1巡目の歴史を模したゲーム内ゲームというのは分かるにしても、それだけじゃなさそうですよね……」
ゲームのブレモンの中で作ったなゆたハウスやみのりハウスが現実に反映されていたり、
この世界に召喚されるブレイブは、ブレモンのアプリをインストールしている者の中から選ばれている。
……って、私達、もういなくなるのにカザハに釣られて普通に質問してしまいました。
カザハったら、質問とかしてないで早く言わないとタイミング逃しますよ!?
その後、ただならぬ気配に一瞬臨戦態勢に入るものの、すっかり落ち着いた様子のオデットが現れた。
>「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
ガザーヴァがオデットに詰め寄り、エンデがオデットに対するいくつかの誤解を解いていく。
それにより、逆らう奴は容赦なく殺し、逆らわない奴も全員穏やかに殺す、という今までのオデットに対する認識が全く変わってしまった。
-
>「〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?」
>「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
地下墓地でもエンデは情報開示にあたってなゆたちゃん(シャーロット)の許可を求めていた素振りがあるし、
もしかしてエンデがミステリアスな無口系キャラなのは、守秘義務に縛られているからなのでしょうか……?
>「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
>「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
「……そっか。なゆは、シャーロットが希望を託して新しく世界に送り出した存在だったんだな……。
元からみんなの希望の象徴だったけど、本当の本当に世界の希望だったんだ! 凄いや!
君なら……君達なら、きっと……」
君達なら→我々ではなく君達→つまり自分は入っていない そう言いたいのか!?
それ、遠回し過ぎて絶対分からないやつ!
そして話題は、具体的な作戦会議へと移っていく。
皆やる気に満ち溢れているが、戦力的に全くついていける気がしない私達。
うん、これ全然出る幕ないやつですね……! 聞く前から分かり切っていたことではあるけど。
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
目を覚ましたウィズリィが、同行を申し出る。
>「ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?」
>「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
>「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
なゆたちゃんが、皆にウィズリィ同行の同意を求める。
-
「いいも悪いも……このパーティのアルフヘイム産モンスター枠は元々君の席だからな。
みんなのことをよろしく」
ウィズリィに向かって告げるカザハ。やっぱり遠回し過ぎる……!
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
ほら、全然気付かれてないじゃん!
もうこれはカザハは無理っぽいので私が言わないと駄目なパターンですね……!
と思っていると、やっと切り出した。
「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
>ガガァァァァァァァンッ!!!!
突然轟音が鳴り響き、それどころではなくなった。
>「……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……」
急いで外に出てみると、民家の壁に、ボロボロの魔法機関車が突っ込んでいた。
そこから、やはりボロボロになったボノが出てくる。
「だ……大丈夫……じゃないですよね!? なゆたちゃん、回復魔法を……!」
ボノが、なゆたちゃんに抱きかかえられながら衝撃の事実を告げる。
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
「そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?」
みのりさんは、一緒にいた期間は短いけれど、こちらの世界に来てから初めての戦闘らしき戦闘で、
ミドガルズオルムに何も考えずに突撃した(!)私達を助けに来てくれた仲間だ。
(超レイド級に突撃とか今考えると頭がおかしいとしか思えないが、異世界転移直後の謎テンションというのは恐ろしいものである)
なんだか馬刺しにされそうな物騒な視線を感じたり感じなかったりしましたけど、
それでも結果的に助けてくれたことには変わりはない。
「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
急いで救出に向かう気満々のカザハ。
あまりに突然の衝撃的な展開に、辞表を出そうとしていたのもとりあえずいったん吹っ飛んだらしい。
-
>「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
オデットとの戦いを終え、エーデルグーテで十分な休息を摂り終えた後。
俺たちみんなを食堂に集めて、なゆたちゃんは述懐を始めた。
説明はあまりに荒唐無稽で、これまでの旅どころか俺の人生自体を根底から揺らがすものだった。
一巡目の顛末と言う名の種明かし。バロール、ローウェル、そしてなゆたちゃん――シャーロットの正体。
なにもかもが、俄には信じがたくて、信じたくない真相だった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ」
マジかよ。
……マジかよ。
こんなややこしい入れ子構造があるかよ。
ゲームの世界に迷い込んだと思ったら、実際は現実すらも作り込まれたゲームの設定で。
ゲームのキャラが作中のゲームの中にマトリョーシカよろしく入ってたってことなの。
つまり本家のブレモンは『ブレモンをプレイするゲーム』ってことで……ああもうこんがらがる!!
俺が暮らしてた地球のさらに『外』には現実の世界があって……
それこそ神様みたく世界を創って弄ってしてた連中がローウェルはじめ運営連中なわけだ。
いや言ってること理解はできるけどね?……急に俺自身ゲームのキャラだったとか言われても納得できねえよぉ。
「俺は25歳、もうすぐ26になるけど……瀧本俊之として生きてきた25年分の記憶がちゃんとある。
地元は愛知の岩倉市、住んでんのは名古屋市北区。勤め先は小牧電算株式会社。
両親や弟の名前も、卒業したガッコの名前も、学生のころ告ってフラれたクラスメイトの名前だって言える。
大元のブレモンがサービス開始何周年か知らんが、25年もソシャゲが続くなんてことあるわけない」
言ってから、無意味な反駁だと悟った。
世界5分前仮説とかその辺の使い古された思考実験を引き合いに出すまでもなく、
『25年こんな風に生きてきた』という設定を持って生まれたキャラクターが俺だと言われりゃそれまでだ。
掌を見る。ゆっくりと握ったり開いたりする。
指がつくる影や、薄く浮かんだ血管の伸び縮み、シワの歪みまではっきりと見える。
どんだけ高性能のグラボを積んでりゃ人間の毛穴のひとつひとつまで再現できるのか。
それとも、俺が単にデータ上の存在だから『そう見えている』だけか。
「……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ」
とんだ茶番だ。そんでこいつは勿論俺だけの問題じゃあない。
ジョン――幼馴染をその手で殺し、その兄と世界ひとつ跨いだ因縁を繰り広げたあいつの人生も。
そういう設定でしかなかったってことになる。
ようは……世界には剣も魔法もはじめからなくって。
何もかもがソシャゲのサーバーの中で起きたデータ上の話だったってことだ。
「ま、ま、だからって俺の存在に価値がなくなったとは言わねえよ。
俺はナマの人間のつもりだったけど、実質的にはモンスターと大差ない存在ってわけだ。
それでも製作者の意図から逸脱した実例はガザ公が居る。こいつと同じなら、ゲームキャラの身分も悪くない」
開陳された衝撃の事実を、俺はなんとか飲み下した。
細けえこと考えんのは後で良い。なゆたちゃんの述懐は続く。
-
>「実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ」
そして――本日二度目の衝撃が、俺の頭を直撃した。
>「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
「ばっっっっっかじゃねえの、あのジジイ!?」
なゆたちゃん曰く、ローウェルは陳腐化したブレモンをオワコンだと判断し、
まだ余力を残していたサービスを全閉じして撤退しようとしやがった。
あまつさえ、他のスタッフの制止も振り切ってゲームのデータ全削除の暴挙。
これはもう暴挙と言うほかない。
「意味が分からんのだが。ソシャゲ運営が一番やっちゃいけないやつじゃん。
ユーザーの信頼を死ぬほど損なうやつじゃん!」
当たり前だがソシャゲはサービスを中心としたビジネスだ。
運営は魅力的なコンテンツを提供し、その対価としてユーザーは課金する。
翻っては、ユーザーの課金に対する還元として、運営はコンテンツを提供しているとも言える。
まだ集客力のあるサービスのデータを全消しして、別のゲームを開発する?
それはつまり、旧サービスを新サービス展開のための集金装置としか捉えてないってことだろ。
しかも運営同士で意思の疎通がとれずにPの独断専行ときた。
こんな馬鹿馬鹿しい話があるかよ。俺たちゃお布施でゲームやってんじゃねえんだぞ。
そりゃ運営も営利企業だから、新しいサービスで新しい顧客にじゃぶじゃぶ課金して貰いたいのは分かる。
旧サービスの収益で新サービスを立ち上げるのだって拡大再生産の原則からすりゃ健全な経営だ。
だけどローウェルの経営戦略は真っ当な運営とユーザーの関係からは逸脱してる。
ブレモンを強制的にサ終すれば、課金がユーザーに還元される機会は未来永劫消滅する。
プレイヤーの金は全て運営のポッケに入り、既存ユーザーとは何の関わりもない別のコンテンツに注ぎ込まれる。
それはあまりにも、既存ユーザーに対する不義理であり、不誠実だ。
「ローウェルってアホなの……?株主総会でベチボコにされろやマジで。
そんなんやってみろ、その『別の新しいゲーム』とやらに課金する奴なんか誰もいねえぞ。
次のゲームでも同じように、運営の癇癪で払った金が虚空に消えるかも知んねえんだから」
この世界を創った連中の居る『外』がどのくらいの技術水準なのかは知らんが、
仮にミズガルズが現代社会をモデルに作られたものなら、文明や法律や社会道徳なんかも似たようなもんだろう。
ソシャゲがあるなら、インターネットもある。SNSやそれに類するソーシャルメディアだってあるはずだ。
ネットに残った悪評は消えない。クソみてえな不誠実をやらかした運営が、その先も受け入れられるとは考えづらい。
ソシャゲが世界に一つしかないディストピアならまだしもな。
で、運営の一番えらいひとであるローウェルは、サ終の前に3世界三つ巴の大戦争を企画したらしい。
それが一巡目。末期のソシャゲにありがちなお話を強制的に終わりへ持っていく強引な舵切り。
世界は崩壊し、伏線も因縁も何もかもぶん投げて、コンテンツは終焉を迎えた。
「なんだよそりゃ。運営の内輪揉めで?ありもしないサービス存続のためにシナリオめちゃくちゃにして?
老害プロデューサーの思いつきに振り回された挙げ句世界は救われませんでしたってか。
聞きたくなかったわそんなしょうもない顛末……」
イブリース……お前ホントにローウェルの下で動いてていいの?
ニヴルヘイムを救うとかいうエサもジジイの気分次第でなかったことになっちゃうかもだよ?
信じられる要素ゼロじゃん。ブレモン絶対壊すマンだよそいつ。
-
>「それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
「ふざけやがって。結局そいつもジジイお得意の『ありもしねえエサ』だろ。
ちゃんとテコ入れるつもりなら、『ブレイブが死んだのでコンテンツは中止です』なんてありえねえ。
前提の試練でポシャらねえようにケアだって出来たはずだ」
ハイバラも……死なずに済んだはずだ。
魔王となったコイツと、俺たちは真っ当に対戦を楽しめたはずなんだ。
ローウェルはブレモンを完全消滅させることに、偏執的なほどこだわった。
そこにどういう心の機微があったかは計るべくもない。いちプロデューサーにそこまで出来る権利があったとも思えん。
それでも結果的にローウェルは、運営会社の資産であったはずのゲームデータすら全消去してしまった。
まぁ小さい会社だとプロデューサーってイコール経営者みたいなもんだし、
ワンマン社長が会社の資産は全部オレのモンだってとち狂った感じなんだろう。多分。
今、俺たちがいるこの世界は、PGだったシャーロットが手元のデータと統合してでっち上げたバックアップ。
それがデウスエクスマキナの正体であり、最後に残された希望だった。
侵食は、サルベージし切れなかったデータの欠損。
そして、現在進行系でローウェルがデータの再削除を行っている証なんだと。
シャーロットは、データのサルベージを最後にシステムから締め出しを食らった。
創造主としての彼女はもう居ない。今、なゆたちゃんの中にあるのは残滓のようなデータだけだ。
そいつを呼び覚ましたのは、地下墓所で聞こえてきたあの声。
>『邪魔をするななのです……、シャーロットォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――!!!!!!!』
>「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
「……えっ」
なんかサラっと流されてっけど……んん??
「あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……」
あ?待て待て待て。
じゃあバロールは?なゆたちゃんが言うには、あいつも運営の中の人らしいが……。
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「今んトコよくわかんねえのはバロールの立ち位置だな。一巡目における運営の一人ってのは分かった。
じゃあ今のあいつは?バックアップの運営にも関わってんのか?
シャーロットみたくクビになってんじゃねえなら、今のバロールは単なるバックアップのデータじゃなくて、
創造主の最後の一人として中に人が入ってるってことかよ」
それからしばらく質疑応答が続いて、不意にガザーヴァが立ち上がった。
-
>「―――ッ!?」
「お、おい、どうした……」
遅れて俺も気付く。なんぼニブチンだろうと近づいてくる濃密な魔の気配に総毛立つ。
隊伍を組んで食堂へ近づいてくる、正罰騎士の群れ……
モーセのごとく割れた横隊の奥から、オデットがゆっくりと歩み寄ってきた。
「……元気そうじゃん。派手に風穴ぶち開けたはずなんだけどな」
>「ごきげんよう、愛し子たち。 少し……母に時間を頂けませんか?」
騎士たちに護送されるようにして食堂へ足を踏み入れたオデットは、
そのまま勧められるがままに着席する。
>「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
そう言って、頭を下げる。
えーどうしよう、言うて俺たちもしこたまぶん殴ったし今更落とし前っつってもなぁー。
もごもご言葉を選んでいると、ガザーヴァがガブリと噛みついた。
そこへすかさず助け舟を出したエンデが言うには、正罰騎士共が俺たちを襲ったのは連中が勝手にやったことらしい。
「いや狂犬か!?だったらもっとちゃんと手綱握っとけや!!
聖母サマが一言ステイっつっとけば俺たちも夜中に襲われんで済んだんじゃねえかよ」
モロに悪い宗教の狂信者がやるムーブじゃねーか。
ともあれ、オデットも流石に部下が勝手にやったことだからと責任回避するつもりはないらしい。
まぁね。そりゃね。聖都への軟禁自体は思いっきりオデット本人の意思だったわけだしね。
>「では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?」
>「終末期医療だよ」
そんで魔霧の件も種明かし。
手の施しようがない重病人が、せめて苦しむことなく最期を迎えられるよう、
言うなればホスピスとしての機能がこの街にはあったらしい。
「お前、エンデ、お前さぁ……。それ知ってて地底の村で飼い猫暮らししてたの?
あそこの連中が何のために根っこの中に逃れたと……」
>「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
「カテ公とアシュトラーセにはぶん殴られても文句言えねえぞお前……」
継承者二人が何のために地底で隠遁してたかと言えば、魔霧から村の人々を守るためだ。
なんぼなんでも報連相がガバガバ過ぎんだろ。バロールにも言ったわこれ。
変なトコばっか兄弟子の影響受けるんじゃありませんよ。
>「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
「異論なし。もとから俺たちは別にエーデルグーテを救いに来たわけじゃない。
コトの真相がどうあれ、聖都の在り様の是非を問うつもりもない。そっちは継承者同士でやってくれ。
ポヨリンさんが生きてた今、俺たちが求めるのは同盟の締結、ただひとつだ」
-
俺自身の所感を述べるなら、魔霧がホントは寿命を吸ってようがそれを止めようとは思わん。
エーデルグーテは治安の良い街だ。魔物や賊のはびこるこの世界で、屈強な騎士に護られ人々は平和に暮らしてる。
それがどれだけ得難く、尊いものであるか……これまでの旅で十分すぎるほど分かった。
その、平和な暮らしを維持するために、吸血鬼の女王に寿命を吸われているのなら……
正当な対価だと思う。ただちに健康を損なうわけじゃないみたいだしな。
>「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
地下墓所での俺の問いを、ガザーヴァが重ねる。
なゆたちゃんは、困ったように苦笑を浮かべた。
>「わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど」
怨身換装……強化パーツによる別人の再現。
なゆたちゃんの身に起きた変化が、『シャーロット化MOD』をインストールしたものだと言われれば、納得もいく。
本体はなゆたちゃんのままで、ガワとスキルだけシャーロットのものを一時的に借り受けているのなら。
>「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
「わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん」
それから、オデットが正式にアルフヘイム陣営へと加わる言質をとった。
これでエーデルグーテでの用事は終わり。継承者3人も合わせれば、相当な戦力がバロールの下に集うことになる。
残るは拝金主義者のアラミガとお国引き籠もりのクサナギ……。
流石にヒノデ以外どうでも良いってツラのクサナギも、ヒノデごと世界が滅ぶっつったら腰を上げるだろう。
どっちに転ぶか分かんねえのはアラミガだが、奴があの世に口座でも持ってねえ限り侵食を受け入れることはあるまい。
>「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
「ひひっ燃えるじゃねえの。女王殺しの次は神殺しってわけだ。
あとは……データ上の存在に過ぎない俺たちが、この世界を創ったガチの神を殺せんのかってことだけど」
その件についても、なゆたちゃんには切り札となる『記録』があるようだった。
>「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
デウスエクスマキナはシャーロットが管理していた、言わばテストサーバー。
この環境下では、プロデューサーとしての権限は最上位にはならない。
バックアップの世界の中では、奴は管理者ではなくいちキャラクターでしかないらしい。
-
「良いね、シンプルだ。デウスエクスマキナに紛れ込んだローウェルのアバターを消去しちまえば、
奴はもうこの世界に手出し出来なくなる。大団円ってわけだ」
自分で言った大団円って言葉に、何かが引っかかった。
「……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?」
ローウェルのやったことは、俺たちデータの住人からすりゃたまったもんじゃない。
意味不明で許しがたい狼藉だ。それは多分、『大元のブレモン』のユーザーからしても同じ気持ちだろう。
その一方で、ローウェルの判断を理解しようとしてる俺が居る。
「ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない」
なゆたちゃんは、ブレモンが長くサービスを続けていて、人気に陰りが見え始めたと言っていた。
ローウェルの判断はたしかに性急ではあったが、しかし完全に見当外れだったってわけでもないんだろう。
少なくともUIの陳腐化は、サービスが代替わりする理由として十分だ。
5年も経てば、市場に出回るスマホのスペックは別物になる。処理能力も、描画性能もだ。
古いスマホのスペックに合わせてサービスを続ければ、それはどうしたって陳腐になる。
陳腐なサービスに、新規顧客は望めない。
「ソシャゲがなんで終わるかっつったら、多くの場合は不採算が理由だ。
サービスの運営コストを課金額で賄えなくなったから。ようは、金がかかるからだ。
大容量のストレージに高性能なプロセッサ、それらがバカ食いする電力。
死ぬほど発熱する部品の冷却設備に、空調完備のサーバールーム、保守点検費用……。
専用の通信回線に、24時間つきっきりで機材の面倒を見る人件費。数えりゃ切りがねえ」
世界三つ格納できるサーバーはそれはもう途方もないハイスペックだろう。
それがどのくらいのお値段で揃えられるかは、データの身分じゃ計り知れやしないが。
「そんだけ金のかかる資産を、『ただ世界を存続させるため』だけに遊ばせておくとは思えん。
シャーロットが運営を追放されたならなおさらだ。流石に個人用PCに全部が収まってるわけじゃねえだろ。
サービスが続いてりゃまだ運営費くらいはペイできたかもしれんが、
ローウェルのボケナスが先走ったせいでそれもワヤになっちまった」
もしかしたら――この世界の創造主たちは物凄く文明の進んだ世界に住んでいて、
世界まるごと再現するだけのデータが家庭用PCで動かせるのかも知れないけれど。
それだってノーメンテで未来永劫動き続けるようなもんじゃないはずだ。
「仮に、採算度外視でずっとこの世界を存続させてくれる奇特なパトロンが見つかったとしてだ。
ローウェルが世界を消滅させるためにとれる手段は、データの削除だけじゃない。
それこそ奴は、『現実』のサーバーにコップ一杯の水をぶっかけるだけで容易く世界を終わらせられる」
データ全消しなんて暴挙に出た執着を思えば、それは決して無視できる可能性じゃない。
管理権限が使えないとなれば、物理的な破壊手段に訴えてもおかしくないはずだ。
「世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな」
俺はローウェルと一度、腹を割って話をしてみたい。
データ上の存在に過ぎない俺の主張を、奴は鼻で笑って捨てるかもだが。
それでも、この世界を創った連中の考えてることを、少しでも知りたい。
-
奴の居所には見当がついてる。
ニヴルヘイムエリア、魔王城の最奥――『転輾つ者たちの廟』
ローウェルが本来のブレモンでふんぞり返ってた場所だ。
バロールの助力があれば、ニヴルヘイムまでの直通ルートが開ける。
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
「……ないな。ホットラインのメアドにもなんも通知がねえ。
魔王の野郎、グランダイトの接待に忙殺されて俺たちのこと忘れてんじゃねえだろうな」
>「キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど」
なゆたちゃんがそう呟くのを、俺は一笑に付せなかった。
バロールの下には石油王も居る。あいつからの連絡すらないってのは流石に不安が勝る。
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
「だな。エーデルグーテはもう十分満喫した。いい加減魔王サマのしけたツラ見に行こうぜ」
方針は決まり、俺たちは一路キングヒルへ。
出発に向けて椅子から尻を剥がそうとしたところで、ウィズリィちゃんが現れた。
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
自由を取り戻したウィズリィちゃんは、俺たちにキングヒルへの同行を願い出る。
断る理由なんか元からない。
「お互い謝んのはナシにしようぜ。誰が悪いかっつたらそれはもうクソジジイ一人だけだよ。
おかえりウィズリィちゃん。もう一度、俺たちをキングヒルに連れてってくれ」
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
>「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
おーっ!と拳を上げて応じた瞬間、外からものすごい音がした。
なにか言いかけたカザハ君の言葉を置き去りに、窓の外へ視線が集中する。
>「い……、今のは……?」
>「行ってみよーぜ明神! マゴット!」
ガザーヴァに続いて食堂を飛び出した俺の目の前には、民家に突き刺さった魔法機関車があった。
-
「おいおいおい……!こんなアクロバットな脱線事故があるかよ!」
異変は、線路から飛び出しただけにとどまらなかった。
半端な魔物の爪なんか跳ね返せる装甲が、見るも無惨にズタボロだ。
爆心地を走り抜けてきたかのような惨状に、ただならぬものを感じる。
そして、先頭車両から影がひとつまろび出た。
ボロ雑巾のようなそれは、嫌ってほど見知った顔。
魔法機関車の車掌――ボノ。
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
ボノは、ところどころひしゃげたブリキの口で、たしかにそう言った。
「なんだと……!」
悪寒の的中。温度のない汗がどっと背中を駆け下りる。
>「そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?」
「クソ、クソ、ローウェル!!また先走りやがった!!!」
総出でボノを手当しながら、ぐるぐると思考を回す。
このタイミングでキングヒル襲撃。まず間違いなくローウェルの差し金だ。
シャーロットの意思がこの世界に残ってると知って、すぐさま行動に出た。
狙いは何だ?もう一人の創造主、バロールを片付けに来たのか?
だがバロールは腐っても魔王。自分の創ったゲームの中で魔王名乗ってる筋金入りのやべえやつだ。
デウスエクスマキナの環境下で奴の管理権限がどのくらい効くのかはわからんが、
シャーロットと志を同じくしていた以上、少なくともローウェルより下位の権限ってことはないはずだ。
無敵の創世魔法があって、どうしてキングヒルの陥落なんて許す?
仮に奴の調子が悪かったとして、グランダイト軍20万は何やってんだよ。
>「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
カザハ君の言葉は希望的観測に過ぎないってわかってる。
それでも、縋り付いて立ち上がるだけの力を俺にくれた。
「あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!」
【バロールの二巡目世界における立ち位置について質問。
ローウェルを倒して侵食を食い止めたとして、サ終したこの世界に未来はあるの?】
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅰ)】
「『ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?』
ブレイブ一行のみが集った宿の食堂で、なゆたが切り出した。
エンバースは出入り口の傍――いつも通りの、常時警戒態勢。
「いや、見当もつかない。俺達プレイヤーがベータテスターに分類される事なら知ってるけど」
『そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ』
「……妙だな。それじゃまるで――」
『ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ』
「――そう言っているように聞こえるが」
明神はひどく動揺していた――視線も仕草も、落ち着きを欠いている。
『俺は25歳、もうすぐ26になるけど……瀧本俊之として生きてきた25年分の記憶がちゃんとある。
地元は愛知の岩倉市、住んでんのは名古屋市北区。勤め先は小牧電算株式会社。
両親や弟の名前も、卒業したガッコの名前も、学生のころ告ってフラれたクラスメイトの名前だって言える。
大元のブレモンがサービス開始何周年か知らんが、25年もソシャゲが続くなんてことあるわけない』
エンバースは――自分でも驚くほど冷静だった/困惑はあってもショックはなかった。
理由も分かっていた――ハイバラとしての時間は、もう終わってしまっているからだ。
自分はもうエンバースで、人生を既に終わってしまったものとして認識しているから。
『……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ』
『ま、ま、だからって俺の存在に価値がなくなったとは言わねえよ。
俺はナマの人間のつもりだったけど、実質的にはモンスターと大差ない存在ってわけだ。
それでも製作者の意図から逸脱した実例はガザ公が居る。こいつと同じなら、ゲームキャラの身分も悪くない」
「正直……この世界の運営開発がヤハウェとイエス・キリストじゃなかったってだけの事だろ?
この話を聞くまで、自分の人生は神様の筋書き通りだなんて考えた事あったか?
俺はないね……だから、別に今の話で何が変わるって訳じゃないさ」
『実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ』
「ははあ、なるほど。さてはブレイブ異世界転移編がクソ評判が悪かったんだな。そうだろ?」
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅱ)】
『とは言っても、それは最盛期に比べたら……って話で。
まだまだブレモンには力があったし、賑わってもいた。
UIやシステムなんかはさすがに他の最新作に比べて古くなってはいたけど、それでも。
適宜アップデートをしていけば、プレイ人口は問題なく維持できる。それどころか新規ユーザーを呼び込むことだって――
シャーロットとバロールはそう思ってた。
でも……。
プロデューサーのローウェルは、そうは思ってなかった』
「おっと、惜しいな。つまりそうは思ってなかったローウェルによるテコ入れが、この異世界転移――」
『ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって』
「…………なんだって?」
『ばっっっっっかじゃねえの、あのジジイ!?』
『意味が分からんのだが。ソシャゲ運営が一番やっちゃいけないやつじゃん。
ユーザーの信頼を死ぬほど損なうやつじゃん!』
「まあ……俺達の知るブレモンと、もう一つ上の次元にあるブレモンが同じ代物だとして。
あれだけ課金ありきのコンテンツを用意しといて、飽きたらハイおしまい?
そりゃ、なんというか……本当に、クソゲーだな。信じられん」
『ローウェルってアホなの……?株主総会でベチボコにされろやマジで。
そんなんやってみろ、その『別の新しいゲーム』とやらに課金する奴なんか誰もいねえぞ。
次のゲームでも同じように、運営の癇癪で払った金が虚空に消えるかも知んねえんだから』
「はは、どうだか……何度運営に裏切られても金を落とし続けるヤツは、意外といるかもしれないぜ。
次のガチャ更新でどうせナーフされる最新ユニットを、それでも引き続けるヤツはいる訳だし……」
『当然、シャーロットとバロールは反対した。特にバロールはローウェルを激しくなじった。
アルフヘイムも、ニヴルヘイムも、そして地球も、バロールが膨大なイメージラフを描いて創り上げたものだから。
とくに愛着があったんだと思う』
「……愛着?アイツが?それは……なんとも似合わん言葉だな」
『でも……ローウェルは頑としてふたりの言葉を聞き入れなかった。
独断でサービスの終了を告知し、プレイヤー離れを加速させていった。
しかも、それだけじゃ飽き足らず――自分に逆らうシャーロットとバロールにブレモンを諦めさせるために、
強権を発動したんだよ。ローウェルは……』
「まだ何かあるのか?これ以上、バカな事なんてしでかしようが――」
『ブレモンのマスターデータを、無断で消去し始めたんだ』
「――あるのかよ。勘弁してくれ」
『マスターデータがなくなってしまえば、マスターもバロールも諦めざるを得なくなると思ったんだろう。
結果、アルフヘイムとニヴルヘイムには不可解な『穴』が出現し、加速度的に広がっていった。
何もかもを呑み込む、虚無の洞。そう――
きみたちもよく知ってる『侵食』さ』
「よく知ってるとは言っても……確実に分かっている事は名前くらいだけどな」
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅲ)】
『マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ』
『なんだよそりゃ。運営の内輪揉めで?ありもしないサービス存続のためにシナリオめちゃくちゃにして?
老害プロデューサーの思いつきに振り回された挙げ句世界は救われませんでしたってか。
聞きたくなかったわそんなしょうもない顛末……』
「登場人物が皆死に散らかすイベントが最後の大盤振る舞い?そりゃ、プレイヤーは大満足だったろうな。
こう言っちゃなんだがゲームなんて、主要人物のキャラが立ってりゃそれなりに面白んだ。センスないな」
『なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?』
『うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。』
「人気を取り戻せたら、ね……自分でクソイベおっ始めておいて、大した言い草だ」
『だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど』
「……正直こんな事言っても、なんにもならないんだけど。
この話ってさ、一番やらかしてるのって実は人事なんじゃないか?
ローウェル、クリエイターとしてはマジで優秀だけど昇進させたらマズいヤツじゃん」
ローウェルを擁護するつもりはない――が、ブレイブ&モンスターズは面白かった。
それだけは確かな事実で――その事に対してエンバースは嘘がつけない。
それは自分のゲーマーとしてのセンスを否定する事になるからだ。
『それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
『スルト計画』……それが梃子入れの名前だった。』
「――ああ、例の魔女っ子がそんな事を言ってたな。魔王、魔王か……そういや、そんな話をされた事もあった」
『でも……その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は失敗した。彼と共に召喚されていた仲間たちは全滅し、
その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も死んだ。
……誰のことを言っているのかは、分かるでしょ』
「人聞きの悪い事を言うなよ。失敗したんじゃない――続ける理由がなくなっただけだ」
強がり――だが虚言でもない=全てを失ってなお戦いと殺戮の道を進む気力は、ハイバラには残っていなかった。
『ふざけやがって。結局そいつもジジイお得意の『ありもしねえエサ』だろ。
ちゃんとテコ入れるつもりなら、『ブレイブが死んだのでコンテンツは中止です』なんてありえねえ。
前提の試練でポシャらねえようにケアだって出来たはずだ』
「そもそもブレイブのデッキシステムと異世界転移が相性悪すぎるんだよ。
カードのクールダウンシステムのせいで、万全のデッキを使える状況は殆どない。
必然スキルやアイテム頼みになるし、最悪コモンカードでデッキを組まざるを得ないクソイベだ」
『ローウェルにとっては、どうせ投げ捨てたコンテンツだ。盛り上がろうが失敗しようが、
どうでもよかったんだろうけどね』
「俺とリューグーの皆の命もか?……まあ、いいさ。相応の報いを受けてもらうだけだ」
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅳ)】
一巡目の旅の中、ハイバラに常に付き纏っていた感情は失意と絶望だった。
突然異世界に召喚されて――殺さなければ殺されるから、憎くもない相手を殺し続けた。
ただ苦しかった/憎むべき相手すら分からないまま、殺し続けた――その相手が、やっと分かった。
正直なところ――エンバースはそれ以降の話に集中出来ていなかった。
世界の趨勢/命運なんて元から大して興味なかった――ただ親しい人達を守りたかった。
ハイバラ/エンバースはずっとそうだ――今のパーティに根付いたのも、再び守りたい相手が出来たからだ。
だからと言って――かつて守りたかった人達の事を忘れられた訳ではない。
やっと復讐の足がかりを見つけた――集中力を欠くのも、やむない事だった。
『シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……』
「……言われなくても、それくらいの事は軽くこなしてやるさ。
どのみち――ローウェルには地獄を見てもらう予定だしな」
『でもさ。ボクらがシャーロットのことをすっかり忘れてた理由は分かったんだケド。
思い出したのはなんで? モンキンの中にあるシャーロットの記録が復元されたから?』
『それも、シャーロットが最後に仕込んだトロイのひとつだよ。
シャーロットのキャラクターデータはなくなったけれど、
みんながシャーロットと旅したっていうイベントデータそのものは消えてなかった。
彼女は何らかの外的要因によってみんながシャーロットのことを思い出す、っていうフラグを用意してたんだ。
例えば……誰かがシャーロットの名前を呼ぶ、とかね』
『あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ』
『あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……』
「つまり、じょじいちゃん……いや、なんでもない。忘れてくれ」
『今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ』
「……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ」
暫しの沈黙/静聴――ふと、エンバースが壁に寄りかかった体勢を正す。
『―――ッ!?』
宿の外に数十の気配=恐らく聖罰騎士/穢れ纏い――完全に包囲されている。
「……早まるなよ、ガザーヴァ」
オデットとの和解は成立済み/聖罰騎士お得意の暴走だとしても、流石に数が多すぎる。
『え……、『永劫』の賢姉……!』
『……オデット』
宿の外にはオデットがいた――敵意は感じない/エンバースも話を拗れさせぬよう、敢えて臨戦態勢は取らない。
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅴ)】
『ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?』
「悪いね、謁見はまた次の機会に――冗談だ。どうぞ、お通り下さい」
『このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します』
『今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?』
「……おい、やめとけよガザーヴァ。外の金ピカ程度に殺されかけたなんて言いふらすの、恥ずかしいぜ」
とは言ってみたものの――最悪の場合殺されていた以上、落とし所が難しいのも事実。
『聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ』
『……どーゆー意味だよ』
「ああ……まあ、聖罰騎士ならそういう事もあるか」
『聖罰騎士はオデットの胸中を勝手に汲んで、
教帝の意に添わず自儘にエーデルグーテを出ようとしたきみたちを捕えようとしたにすぎない。
街の人々も同じだ、聖罰騎士に扇動されて動いていただけさ。
彼らはオデット個人を狂信する者たちだからね、プネウマ聖教の教義よりもオデットの意思を尊重してしまうのさ。
そういう『設定』なんだ』
『いや狂犬か!?だったらもっとちゃんと手綱握っとけや!!
聖母サマが一言ステイっつっとけば俺たちも夜中に襲われんで済んだんじゃねえかよ』
「何を今更。元々そういうヤツらだったろ。それに、おかげでイベントフラグを幾つかスキップ出来た節もあるんじゃないか」
肩を竦めるエンバース。
『では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?』
「……その話は、初耳だな」
怪訝そうに呟くエンバース――ややオデットらしからぬ所業に思える。
『終末期医療だよ』
『回復の見込めない不治の病によって、ただ死を待つばかりの人々。
そんな人々に吸わせて苦痛を取り除き、緩やかな衰弱から安らかな最期を迎えさせる。魔霧はそのための手段だ。
聖都に住む人々を誰彼構わず衰弱させているわけじゃないよ』
『〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?』
「……ホントに、ハッキリそう言ったのか?俺にはなんとなく察しが付いて来たぞ」
『お前、エンデ、お前さぁ……。それ知ってて地底の村で飼い猫暮らししてたの?
あそこの連中が何のために根っこの中に逃れたと……』
『……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない』
「だったら……次から何か伝え損ねている事があったら、頭の上に感嘆符を浮かべておいてくれ。
NPCにもそれくらいは出来るだろ?マップが変わる度『はなす』を試すのも、嫌いじゃないけどさ」
察し=エンデは恐らく、特に古式ゆかしいタイプのNPC――故に自分から話を切り出す『設定』に欠ける。
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅵ)】
『ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで』
「構わないさ。別に行くとこまで行って何か楽しい事がある訳でもないしな」
『妾に異論はない。十二階梯の継承者同士、足並みを揃えて難事に立ち向かえるのは喜ばしいことじゃ。
のう? 『永劫』の賢姉、それに……『救済』の賢姉よ』
『あはは、やめてよエカテリーナ。賢姉だなんてわたしのガラじゃないし、
第一『救済』なんて呼ばれたって、全然実感ないんだから』
はにかみ、笑うなゆた――なゆた以外を見出す事が難しいくらい。だが真実は見えない。
『んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド』
知りたい事は幾らでもある/だが、それが聞きたい事かと言うと――己の言葉がリフレイン。
『わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど』
引き継いだのが記録だけだとしても、何の影響もない訳がない。
行動から目的を知り、目的から動機を知り――動機から価値観を、信念を知る。
そうして記録から「心」を読解していけば――それは結局、記憶を読み取る事とそう変わらない。
『正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!』
だが――それを言及する気にはなれない。真実を暴く事が怖かった。
『わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん』
「おっと、肝心な事は全部言われちまったな……ま、俺も哲学の議論をするつもりはない。
クールでイケてるパートナーの力が必要なら、変わらず俺を呼んでくれ。モンデンキント」
話が一段落――次の議題は、最終的な各陣営の戦力図。
『……そうだね。
この世界の消滅を目論むローウェルさえ倒せば、侵食を食い止めることができる。
わたしにはメインプログラマーだったシャーロットの記録があるから、
時間さえあれば侵食によって欠損してしまったデータの穴埋めもできると思うし……。
あとはバロールにローウェルに代わる総合プロデューサーになってもらえば、世界の維持もできる。
ややこしい問題だとかは今は考えないで、とにかくみんなはローウェルを倒すことだけを当面の目的にしてくれればいいかな』
「あー、その事なんだが……決してビビってる訳じゃないんだが、一つ大きな問題が――」
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅶ)】
『なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?』
「そう、それだ。『右クリック+Dキー』でワンターンキルされる可能性があると、流石の俺も少しやりにくい」
頼みの綱のチェーンソーを探している時間もありそうにない――だが、なゆた曰くその心配はないらしい。
『加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、』
『師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない』
「それは、大したもんだ。だが待てよ。それなら――」
思案――だが、その結論が出るよりも早く会話は進む。
『良いね、シンプルだ。デウスエクスマキナに紛れ込んだローウェルのアバターを消去しちまえば、
奴はもうこの世界に手出し出来なくなる。大団円ってわけだ』
『……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?』
「おっと、ややこしい問題の話が始まったな……だが、一理ある。モチベーションは大事だ」
輝かしい未来/仲間/最愛――全てを失ったハイバラは、デッドエンドの先を目指せなかった。
『ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない』
「どうかな。グッドエンドを迎えられれば、サービス終了後にオフライン版が発売されるかも」
そこにパッケージングされた存在が、今ここにいる存在と同一という保証はないが。
『世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな』
「……そういう話なら、さっき少し気になる点があった。エカテリーナだ。
ローウェルが継承者を招集した時、そこに虚構は見出だせなかったって話だったよな。
相手が管理者だからと言えばそれまでだが――意外と、そこにホントに虚構がなかった可能性もある」
一巡目の旅はただのイベントだった――ハイバラからすれば最低最悪の真実。
だが――そのイベントを投げ出したのは、ハイバラからだった事もまた事実。
「つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで」
吐き気がするほど甘い解釈――だがエンバースはゲーマーとしての感性故に、その可能性の存在を見過ごせない。
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅷ)】
「とは言え、そんな可能性はローウェルをぶちのめしてから議論すればいい。まずすべき事は――」
ローウェルの制圧――その前段階としてニヴルヘイム、暗黒魔城を確保する必要がある。
これに関してはバロールとエンデの助けがあれば、必要な行程の殆どを省く事が可能だ。
『そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?』
「ああ、そう言えば……アイツからの便りがない時間が快適すぎて、忘れていたな。ええと――」
『……ないな。ホットラインのメアドにもなんも通知がねえ。
魔王の野郎、グランダイトの接待に忙殺されて俺たちのこと忘れてんじゃねえだろうな』
『キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど』
「……ここは正真正銘、ゲームの世界なんだろ?ならフラグを立てるのはやめておこうぜ」
『心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい』
「それもそうだ。なら、俺は装備の点検と消耗品の補充に行くけど誰か一緒に来るか?お土産を買うなら早めに――」
エンバースはそう言って食堂の出口へ向かい――
『――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴』
『ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?』
『ありがとう。でも、もう心配は要らないわ。
それよりも……貴方たちにはたくさん迷惑をかけてしまったみたいね。
本当に……ごめんなさい。本当は、私が貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人になるはずだったのに……』
新たな闖入者の登場に、足を止めた――魔女術の少女族、ブレイブの案内人となる筈だった少女。
エンバースは彼女との面識はない――だから罪悪感に押し潰されそうな少女に、言える事もない。
『……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから』
そして何かを言う必要もない――伝えるべき言葉なら、皆が持ち合わせている。
『わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?』
「勿論だ。それと……ウィズリィ。もし良ければ、少し時間をくれないか?
大事な話がある。出来れば……こっちへ来てくれ。皆には聞かれたくない」
ウィズリィにはデモンズシードの影響下だった時の記憶がある。
つまり――ダインスレイヴの真の力について何か知っている可能性がある。
勿論、そんなものが無くても魔剣の主は自分だ――それでも、人事は尽くすべきだ。
それはそれとして、そんな安直な強化に頼っているとは思われたくない――だから密談を希望した。他意はない。
『さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!』
「レッツ・ブレイブ……このノリも、なんだか懐かしい感じだ」
『ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……』
歯切れの悪いカザハの声――それを掻き消す大音響=石が砕け/金属がひしゃげる音。
-
【リバーニング・リベンジ(Ⅸ)】
『い……、今のは……?』
『行ってみよーぜ明神! マゴット!』
「おい待て、モンデンキント。なんでお前まで先に行くんだ。危なっかしい真似してくれるな」
制止の声/早足で出口へ先行/屋外へ――半壊した民家に、これまた半壊した魔法機関車が突っ込んでいた。
『……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……』
先頭車両の扉が開く/ブリキの兵隊が転げ出る――止める間もなくなゆたが飛び出す。
『あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?』
『あ……、ああ……。
アルフヘイムの……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』様……』
「無理に喋らなくてもいい。ここまで来てくれただけで、十分な情報を――」
『……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……』
「……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!」
なゆたの腕からボノを引き受ける/遣わされた聖罰騎士の前で下ろす。
降り注ぐ癒しの光が、ひしゃげたボノの体を緩やかに復元していく。
修復に滞りがない事を見届けると、エンバースは仲間達を振り返る。
『早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?』
『あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!』
「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
焦る気持ちは分かる――だが不利な状況で勇み足に動いて、事態が改善する事は滅多にない。
「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
エンバースがなゆたを見遣る。
「それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?」
それから、視線を左手首に固定したスマホへ。
「……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?」
自分をハイバラに――とは言わなかった/戻りたいという気持ちもなかった。
生身の体を取り戻しても、自分がハイバラとしての人生に戻る事はもうないからだ。
この世界にはこの世界のハイバラがいる――自分が守りたかったものは、この世界にはもうない。
自分は、もうエンバースなのだ――だがフラウは、ずっとフラウだ。
まだやれた筈だった――それでも全てを諦めた自分と共に終わってくれた。
やりきれない思いをさせてきたに違いない――あの時も/騎士竜の姿と力を失った今も。
「……正直、そんな都合のいい話があるとは思ってないけどさ。聞くだけなら、タダだしな」
-
>「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
「あ〜…なゆが嘘をつくとか…思ってるわけじゃないんだが…いきなりなんの話だ…?」
>「ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ」
この場にいる全員なゆの口からでた驚愕の真実に驚く…驚くというか唖然とするというか…
要約すれば…いきなり僕達は全員ゲームのキャラクターですって事になるのだろうが…余りにも現実味がない。
>「……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ」
意外と自分の中での驚きや悲しみはなかった。シェリーとロイを殺した事が…データ上の設定かもしれないからではない。
今まで見て、聞いて、考えて…実行してきたあれこれは…例えデータであっても…今…今現在の僕の現実なのだから…
過去に興味がなくなったわけじゃない。必ず僕は最後には罰を受ける。だが…なゆ達と未来を創る…これは変わらない。現実だろうと、データだろうと
>「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
>「マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ」
>「なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?」
>「うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。
だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど」
「…現実の神話の神様だって…ああ現実っていうか俺たちの知ってる地球での…ああいや…うーん紛らわしいな…
まあとにかく現実にある神々の話だって人間に絶望して滅ぼそうとする話なんていくらでもある…
ローウェルという神様はどんな理由にせよ僕達…この世界に対する興味を失ったってわけだ」
どんな形・戦いであれ敗者は滅ぶしかない…実際一週目は完璧に滅ぼされたわけだ
-
>「もう、侵食はどうにもならない。マスターデータの消失は避けられない。
だからシャーロットは最後の手段に出ることにしたんだ。
幸いシャーロットはメインプログラマーで、手許には開発途中に保管していた七割程度完成状態のバックアップが残ってた。
シャーロットは秒単位で消えてゆくマスターデータでまだ無事なもの……キャラクターデータなんかを、
時間のない中で可能な限りサルベージして未完成のバックアップに避難させたんだよ。
そうして完成した、緊急で誂えた世界の名が『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』……。
でも、イベントフラグの進捗具合や膨大なキャラクターたちの育成後のステータスや記憶までを救助することはできなかった。
達成したはずのイベントやクエストは全部未達成になり、キャラクターの大半は初期ステータスに戻った。
ブレモンがリリースされたときの状態にね……つまり『時間が巻き戻った』んだよ」
一部例外に記憶保持した特殊個体とそうじゃない奴らと違いがよくわからないのが…少し気がかりだが
エンバースとかカザハとか明らかにまだ秘密を抱えてそうだし…なゆには言ってるのかもしれないけど…まあ深く聞く必要もない。
>「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
正直この世界に対する愛情をそんなに持っているわけじゃない。
ゲームはたしかに好きだったけど…ないならないで別に行くだけだ…人間なんてそんなもんである。
他のみんなは並々ならない愛着、思い出があるだろうけど…僕はなゆ達が大事なのであってブレイブ&モンスターズはどうでもいい。
だってそうだろう?ゲームは無限の種類あるけど好きな友達はこの世に一人だけなのだから。
だからほんの少しだけ…この世界を破棄しようとしたローウェルの気持ちがほんの少しだけわからんでもない…が
「ぶっちゃけそのシャーロットとかいう奴の想いなんて知ったこっちゃないけど…親友が好きなゲームを守れるなら守るよ…僕は」
>「……俄かには信じられん話じゃな……。
妾たちがゲームの登場人物で、師父や師兄、『救済』の賢姉に創られた存在であったとは。
しかも、師父がこの世界を侵食から守るどころか侵食を発生させておる張本人であったとは……。
ならば師父はなぜ妾たち十二階梯の継承者たちを招集したのじゃ? すべては欺瞞に過ぎなかったということか?
あらゆる虚構を見破る妾が、師父の虚構を見抜けなんだとは。お笑いじゃな……」
>「頭が痛いわ……せっかく、『永劫』の賢姉を倒して侵食を食い止められると思ったのに……」
「敵と目的がさらにはっきりしたんだ…それだけでも十分じゃないか?もちろんデータと言われて僕もショックがないわけじゃあないけど…
僕は僕で…他人にいくらなんと言われようと考える必要なんてない」
>「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
>「あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……」
「女性だとすると…まさか…ドラマでよくある…ドロドロした人間関係?…意外とだれか…そう例えば…バロール(中の人)を中心とした愛憎劇だったりして」
さすがにねえか…と心の中で悪態をつく
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「あ〜〜〜〜…」
自分の右腕をみる。今は人間の腕となんら遜色ない…今は…。
感触が微妙に違うし…なんだが右上で動かそうとすると若干のラグがあるような気がする…。
問いただすなら正直なゆじゃなくてこの腕に宿っているであろう力の主のほうなのだが…
>「……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ」
自分は自分で、だれがなんと言おうと…他人は他人だから。
少なくとも僕はそう思っている…けどこれを口で言ったところで共感など得られないし…エンバースの探している答えではないだろう。
こればっかりは…各人が…心の中で自分なりの結論を出すしかない。
>「―――ッ!?」
この…背筋が凍る感覚…は
-
>「……早まるなよ、ガザーヴァ」
「しまったな…囲まれるまで気づかないなんて…安心しすぎて平和ボケしていたか…」
見慣れた聖罰騎士…RPGによくありがちな僧侶・神官…見慣れた[エネミー]が総出でお出ましとは…となれば。
>「……元気そうじゃん。派手に風穴ぶち開けたはずなんだけどな」
>「え……、『永劫』の賢姉……!」
>「……オデット」
気持ちなゆより前にでる。
>「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
「…人に物を頼むのに軍隊を連れてくるなんて永劫…君には常識がないのか?それともわかってて脅迫しに来たのか?…どちらにせよ笑えないな…」
>「悪いね、謁見はまた次の機会に――冗談だ。どうぞ、お通り下さい」
エンバースが僕と永劫の間に割って入る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
分かってるさ…分かってる…ちゃんと永劫と話しあわなきゃいけないなんて事は…だが…僕はどうしても永劫が好きになれない。
なゆを殺そうとした事が一番だが…なによりあれだけの死闘を繰り広げたのにも関わらず…声を聴くとなぜか心が安心してしまうから…、
術なのか…永劫本人のカリスマなのか…どっちにしろ人に会いに来る態度を分かってない永劫の事は好きになれない…なってしまってはだめだ…僕の直観がそれを告げていた。
>「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します」
>「今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?」
「悪いが…僕は…あなたを絶対に許せない…周りの兵士達もそうだが…君…本気で謝る気でいるのか?」
>「聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ」
「なあ――」
エンデがこの街で…この街の住人の真実を話す。
そうじゃない…そうじゃないんだ…例えどんな裏話があろうと…なゆを後少しで騎士に…この街の住人に殺されるところだった!
直に命令したわけじゃないにしろ…黙認するような形になってしまったのは事実なわけで…
>「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
「…………………………みんながそれでいいなら」
僕の中に黒い感情が渦巻く。分かってるよ…本人が許してるなら部外者がなにか言うのが間違いなんだって!でも…
>「意識と身体を操られていたとはいえ、わたくしが貴方たちを殺そうとしたのは事実です。
貴方たちによって救われたことも……。
許して欲しいとは申しません、ただ償わせてください。
愛し子たち、いえ……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ。
この『永劫』――教帝オデット以下、プネウマ聖教の全信徒は、心血を注いで貴方たちの世界救済の一助となりましょう。
太祖神と万象樹に懸けて……どうぞ、何なりと申しつけて下さい」
>「構わないさ。別に行くとこまで行って何か楽しい事がある訳でもないしな」
エンバースが落ち着すぎて…なんだが馬鹿らしくなってきた…一旦このことを考えるのをやめよう。
戦力が増えて…いい事だ…そこだけとらえておこう…
-
>「これで立場のはっきりしている継承者は、アルフヘイム側は『創世』『永劫』『救済』『虚構』『覇道』『禁書』『黄昏』、
ニヴルヘイムは『黎明』『聖灰』『万物』『詩学』となった訳ね。
後は『真理』の賢兄と『霹靂』だけれど……」
>「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
「…言うのは簡単だが…」
>「なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?」
恐らく世界最強で…なゆの言葉を信じて…確かならそれだけじゃすまないだろう。
なゆが…シャーロットとかいう奴が…機械仕掛けの神を動かしたように…また相手もそれに準ずる力を保有してる可能性がある。
「神の力…何かしらは確定でもっているだろうなあ…それが世界をどうこうできるかはわからないけど…僕達にとって嬉しくない能力には違いない。」
>「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
>「加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、」
>「師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない」
少し話がうますぎるような気がするが…だからといって気にしすぎて行動を縛られているような時間は僕達には…ない。
今こうして盛り上がってる間も…世界は壊れていくのだから
-
>「……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?」
>「おっと、ややこしい問題の話が始まったな……だが、一理ある。モチベーションは大事だ」
僕は正直言えば…自分の中で結論がでていた。気にしない…正確にいえば気にしても僕一人では過去を変える事なんてできやしないだろうという事と…。
シェリーやロイが生きているかもしれない…[生きている事にできる]事もできるのかもしれない…でも…それをして何になる?僕は・・・
たしかに僕は一回本気で時を…戻す事を考えた…僕が消えても二人いるなら…と…でも今は…
どうでもいいわけじゃない…二人には帰ってきてほしい。僕の命一つで帰ってくるなら是非そうしていただきたい!
でも僕は…なゆ達と出会って今まで感じた事のないこの心を…想いを…無視したくない…決して無くしたくない
過去の償いは必ず僕に訪れるだろう…惨い最後を飾るだろう。例えデータの話でも…本当はそんな物なくたって…それが僕の罰で…それでいい…
>「ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない」
>「世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな」
明神は…自分がデータという事を…なるべく触れないように…世界の救援のプランを話す。
僕でも分るほどに…明神は明らかに動揺し…それを次のクエストで塗りつぶそうとして…時間を稼いでいるように見える。
そんな簡単に…あなたはデータです。世界を救うのと同時に消滅するかもしれません…そんな話を飲み込むのは…不可能だ。
>「つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで」
エンバースは…相変わらず…ポーカーフェイス(顔があったら間違いなく)口調で…僕には心を推し量る事はできない…
彼の事だから…僕とは全然違う方向で悩み…解決しようとしているのかもしれないが…エンバースは貯めこみすぎて危うい空気を感じる。
なゆに一言でも相談していればいいのだが…
様子と言えば…カザハの様子も気になる…いつもカザハならここで士気があがるような事を無意識に無邪気に発言しそうなもんだが…
今回に限っては調子が悪いというか…変に固くなっているというか…この辺も気にかかる。
みんなうまく…乗り切れればいいのだが…このままの気持ちでいけば…恐らくなゆの予想通りの展開とは程遠い場所にたどり着く気がする…。
…って一番気にしてるのは僕かもしれない…思考を切り替えよう。
-
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
「そういえば妙だな…バロールの性格を考えれば24時間いつでも通信が回復した時点で連絡をしてきて煽り文句の一言でもありそうなもんだけど」
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
>「万一何かがあったって、どーってコトないさ。
なんたって、あっちにはパパがいるんだぜ? パパに勝てるヤツなんてこの世にいるもんか!
あ、ボクは別だけどな。そろそろ親越えの時期かも? なんちゃって!」
たしかにバロールを落とせるならもっと早くに実行しているだろうし…
そもそもバロールの食えない性格を考えれば本当に緊急時にはなんらかの通信手段や逃走手段をコソッと用意しててもなんら不思議ではない。
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
“知恵の魔女”ウィズリィ。かつて…なゆと旅を共にしていた魔女。
>「私……私、恥ずかしい……自分が情けない……。
せっかく森の外を出て、外の世界を見に行けるチャンスだったのに……。
囚われてその機会を台無しにしてしまったばかりか、貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の敵に回るだなんて……。
鬣の王のご期待にも添えられなかった、私……『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』の面汚しだわ……」
僕は…彼女の事をあまり知らない…もちろん彼女の事はみんなから簡単に説明を受けた…受けたけども…。
実際僕がみたウィズリィは…ドSの女王様のような威圧感と相手を壊す事しか考えないやべー奴である。
あの状態のほうが見ている時間が長い僕には…許すとか許さない以前に…どう接していいかわからない。
>「お互い謝んのはナシにしようぜ。誰が悪いかっつたらそれはもうクソジジイ一人だけだよ。
おかえりウィズリィちゃん。もう一度、俺たちをキングヒルに連れてってくれ」
うーんさりげない気遣い…イケメンに許されるイケメンムーブを平然と使いこなす…ほんとそうゆうとこだぞ明神。
どーせなんも気にしてないしそんな気もないんだろうけど…後ろ気にしよう明神。ガザーヴァがすごい顔してますよ。
カザーヴァちゃん顔こわ
>「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
>「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
「…なゆが許したんなら僕からなにもいう事はないね」
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
>「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
全員で一斉にいつもの叫びを…いやカザハがなんか言いかけてた気がするけど――しようと…みんながレッツと声上げたその時。
-
>ガガァァァァァァァンッ!!!!
>「い……、今のは……?」
どうして…嫌な予感だけはすぐに当たるのか。
それとも考えてしまったからなのか…心の中でぼやく
>「あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?」
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
>「……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!」
キングヒルが陥落した…それが指し示す事は一つ。
バロールや…あそこにいる仲間達が――
>「あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!」
>「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
「バロールの事だ…どうにもならなくなってから助けを呼ぶようなヘマはしないはずだよ…
…でも情報を持たすほどの時間と余裕をボノに与える事もできないほど余裕がない…事でもあるかもしれないけど」
ボノが無事とは言えないがここにこれた…それを考えれば助けに入る時間はまだ残されているはずだ…はずだが…
バロールをそこまで追いつめられるローウェルがボノを…生かして外に出すようなヘマをするだろうか…?
>「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
「焦るのは分かるし、大切な事だけど…エンバースの言う通り一回落ち着いて整理して…少ないだろうができる限り情報を収集したい」
エンバース以外焦っているを通り越して混乱している。この状況でいくのは危険だ。
「焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ」
僕達が死ねばみんな死ぬ…ゲームで使い古されたような言葉だが…いままさにその状況に置かれているのだ…僕達は。
-
>「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
「バロールを追い詰める事ができるような奴がボノを…魔法機関車を見逃すような初歩的なミスするだろうか…
…どうも僕にはボノがここにやってきたのが敵の罠に思えてならない…僕達を戦場に慌てて引きずり出す為にわざと見逃された可能性がある…」
バロールのほうが一枚上手の可能性はもちろんある…が
できる限り物事は最悪なほうの考え方のほうがいい事が多い…特に今回は…
「…罠だと分かっていても僕達はもう飛び込まなきゃいけない立ち位置にいる…だからこそ…ボノが情報を持っていると助かるのだが…」
どちらにせよどうやっていくか乗り物すら決まっていないのだ…少し頭を整理する時間はあるだろう。
「出発方法と時間が決まったら呼んでくれ…僕は少し…オデットと話しをしてくる
…あぁ心配しないでくれ…喧嘩売りにいくわけじゃない…こんな状況じゃなかったら売ってたかもしれないけど」
オデットは忙しそうに魔法機関車が突っ込んだ家の住民などの安否やボノの治療の指示…その他もろもろ忙しそうにしていた。
「忙しい所悪いが…ちょっといいか?…別に兵士がに聞こえたってかまわない、そんな大層な話じゃねえからな」
オデットの返答を待たずに話を進める。
「まず一つ…君と戦ったあの場所に放置している生命の輝きあれを預かって…あんたのほうで保管してほしい…期限は…あんたを殺すまで」
生命の輝き…僕の右腕とオデットの大量に肉片で生まれたこの世界の異物。
今はどんな力でも欲しいのが本音ではる…しかしあれは例外だ。
「あの武器は異常すぎる…たしかに相手が生命体なら無敵に近いが…でもあれはだめだ、僕では感情を制御できない…相手を殺さなきゃ気が済まなくなるんだ…
なゆの進もうとしている道に…あの武器は似合わない…生命の輝きを振るい続ければ…なゆと敵対する事になる…予感なんかじゃない…確信があるんだ」
僕はもともと戦闘を楽しみ、その結果を求める…そんな性格なのだと最近自覚した。
あの剣は…そんな僕です自覚していなかった…心の奥を100%引き出してしまう。
正直相手がオデットでなければ…今回だって…相手を間違いなく…僕は殺してしまっていただろう。
なゆは優しい。
どんな理由があれ彼女は決して人を自分から喜んで相手を傷つけたりはしない…僕とは違って。
「僕はみんなが進む先をいっしょに見に行きたいんだ!世界を救う?人が鼻で笑うような非現実を…成そうとするみんなに
例えこの世界が本物じゃなくたって!その事実を突きつけられても…それでも突き進む彼女は…間違いなく光だ
確かに…最初は慣れない光にあこがれただけの気の迷い…というかこんな能天気な子供すぐ死んじゃうだろうなって思ったよ…でも…」
王城でみた…敵対していたとしても…笑って過ごしてしまうような超がつくような…お人よしに…僕はたしかに…未来をみたんだ
「でも今はその時感じた一時の感情を…一生の想いにしたいんだ」
だからこそ…生命の輝きは…置いていく。
「触れるのも危険そうならその場にほっといてくれてもいい…そこらへんに放置したからっていって壊れるほどヤワな剣じゃないからな
この旅が終わったらすぐ回収しに戻るよ」
すまん、なんか長話になっちまったな…最近感情を抑えられないな…これも僕が変わったって事なんだろうが
そんな事を思いつつその場を立ち去ろうとする。
「すまないね…結局長話に突き合わせて…それじゃ……あ!忘れてた!この右腕!…アンタの贈り物だと思って有効に使わせてもらうよ…なんの事かあんたには分からないだろうけど一応ね」
さて…なにか進展があればいいが。
【ボノの脱走は罠なのではないか説を唱える】
【オデットに生命の輝きを預ける】
-
>「ニヴルヘイムとは決着をつけなくちゃならないけど、だからといって殺し合いに行く訳じゃない。
わたしたちはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、勝負はデュエルでつける。
イブリースとも、今度こそ分かり合って……アルフヘイムもニヴルヘイムも関係なく、一緒にローウェルを倒す。
……ジョン、お願いね。この二巡目の世界では……彼にはきっとシャーロットより、
あなたの言葉の方が響くと思うから」
部屋に戻りながら考える。この答えに…僕は即答できなかった。
騒ぎが起こったのをいいことに答えから…逃げるように…部屋を飛び出した。
たしかに…僕の言葉は響いていた…でも…それはみんなの力あってこそ…
僕だけではイブリースの耳を傾けさせることなどできなかった
今回のオデットの事だってそうだ…結局僕では…最後まで届かなかった。
僕には…
バチン!
自分の頬を思いっきり叩く
「くそ…僕が弱気になってどうする!なゆが信じてくれてんのに僕が自分が信じれなくてどうする!」
一人でできないから仲間がいる。仲間がいるからできない事もできるようになる!
そうみんなから僕は教わってきただろう!どんな状況だろうと…!どんな困難が前に立ちふさがっても…!
みんなから教わった事を…そのままイブリースにぶつけるんだ!難しい事なんて考える必要なんてない!
「やるぞ…勇気を出して…!年下の女の子が頑張ってるのに大人ががんばんなくてどうすんだ!」
思いっきり部屋の扉を開く!
「暗い顔は僕達には合わない!どんな時でも前を…希望持って進むんだ!」
僕は柄にもなく…少し…いや…かなり…余りにも似合わないほどハイになっていた。
-
>それなら……。エンデ君も開発側の人なのか?
シャーロットの部下っぽいから、プログラマーのうちの一人だったりするのか?
「違う」
カザハの質問に対して、エンデは一度かぶりを振った。
「ぼくも今のマスターと同じく『一巡目にはいなかった存在』だ。
消えてゆくデータ、消えてゆく世界を守るために前のマスターが使用した、最後の召喚魔法。
そう、ぼくは――」
そこまで言うと、エンデはテーブルについた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを見回した。
シャーロットが『侵食』――ローウェルの企てたデータの消去に抗うため、
自らの管理者権限の剥奪と引き換えに使用した手段。究極の召喚獣。
「十二階梯の継承者、『黄昏の』エンデ。
真名を『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』」
消去されつつある世界のマスターデータと、念のため用意していたバックアップデータ。
そのふたつを融合させて創り上げた“二巡目の世界”。
「と言っても、今ここにこうしているぼくは世界そのものとは違う。
君たちにも分かりやすいように言うと、ぼくは世界の修正パッチみたいなものさ。
世界の歪みを可能な限り修正する、継ぎ接ぎする、延命のためのプログラム。
それが、ぼくだ」
相変わらず眠そうな様子で、しかしエンデは世界の根幹に関連する重要な情報を開示してゆく。
エンデが世界そのものの修正パッチなのであれば、他の継承者が知らないこの世界の真相を知っていたり、
未実装のスペルカードを所持していたとしても何も不思議ではない。
そして修正パッチという立ち位置であるがゆえ、通常のNPCのように円滑なコミュニケーションが取れない。
「妾たちは『創世』の師兄が抜けた後の十二人のことを十二階梯の継承者じゃと思うておったが。
実際には師兄を入れ、御子を抜かした十二名が本来の十二階艇の継承者であったということか……」
「考えてみれば、おかしな話よね。
師兄が継承者の序列から抜けたのは、師父が身罷られたとの情報が世間に流布されてからのこと。
だというのに、私達はずっと十二人のままだった。
それなら、エンデを継承者の列に入れたのは誰? ということになるわ。
そんなことにさえ違和感を抱いていなかったなんて……」
エカテリーナとアシュトラーセが難しい顔をして呻く。
十二階艇の継承者は大賢者ローウェルが世界の脅威に対抗するため集めた最強戦力という触れ込みだった。
中にはバロールがスカウトしてきた者もいるが、基本的には皆ローウェルの直弟子ということになる。
だというのに、ローウェルが死にバロールが魔王となった後も、継承者は依然として十二人のままだった。
であれば、誰がエンデを序列に加えたのか? そんなことが出来る者はもう、この世に存在しないのに。
すべてはシャーロットがそのようにプログラムしたからなのだろう。そんな露骨な矛盾さえ、誰も違和感を覚えないようにと。
親兄弟にも等しい継承者のことを、実はまるで理解できていなかったという事実にふたりが衝撃を受ける。
>いわゆるゲームのブレモンは何なのでしょう?
1巡目の歴史を模したゲーム内ゲームというのは分かるにしても、それだけじゃなさそうですよね……
「それも、違う。
……逆なんだ」
今度はカケルの質問。それに対しても、エンデは首を横に振った。
「あのゲームは『君たちよりも先にあった』。
リバティウムのマスターの箱庭も、キングヒルの五穀豊穣の箱庭も、君たち以前に存在していたんだ。
君たちは、あれらの施設を最大限活用できるようにプログラムされたキャラクター。
君たちが箱庭を作ったんじゃなく、箱庭に合わせて君たちが作られたのさ。
つまり――
君たちの知るゲームの『ブレイブ&モンスターズ!』は、君たちがミズガルズからこの現実のアルフヘイムに召喚された際、
違和感なくスムーズに冒険が出来るようにと予め用意されたチュートリアルだったんだよ」
消滅しつつある二巡目の世界を救うには、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力が必要不可欠。
しかし、突然ミズガルズの住人を異世界に召喚したところで、徒に混乱させるだけであろう。
だからシャーロットはミズガルズにゲームとしての『ブレイブ&モンスターズ!』を普及させ、
いつか本物のアルフヘイムへ召喚するときのため、事前学習としてプレイさせたのだ。
だからこそなゆたや明神たちは実際に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としてアルフヘイムへ召喚された際も、
ゲームと要点は同じだと理解し過酷な戦いを潜り抜けることが出来たのである。
-
>……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ
「……うん。
エンデは、わたしたちミズガルズ出身者にだけ勇気があるって。他はプログラムをなぞっているだけって言ったけれど。
プログラムをなぞって生きているのは、わたしたちだって一緒だよ。
そうでしょう? わたしたちはみんな身体に、遺伝子に、DNAに刻まれたことをこなして生きている。
ものを食べたい。眠りたい。子孫を残したい……それは全部『本能』っていう名前のプログラム。
何も、アルフヘイムやニヴルヘイムの人たちがロボットだって言ってるわけじゃないんだ。ただ――
わたしたちミズガルズの人間には『勇気』というパラメータがステータスにひとつ追加されてる、ってだけでね」
足許にじゃれついてくるポヨリンを軽く相手しながら、なゆたが口を開く。
「勇気。それが具体的に何を意味しているのか、それがあればどんな恩恵があるのか。
それはわたしにも分かんない。わたしたちに勇気というパラメータを組み込んだシャーロットは、もういないから。
でも……それがこの世界を救う鍵になるんだって、それだけは確信してる。
じゃなきゃ……わたしたちのことを“ブレイブ”なんて名付けないでしょ?
……ちょっと休憩、お茶淹れてくるね」
ガタリと席を立ち、キッチンへ向かう。
ややあって温かなお茶の入った人数分のマグを用意し、皆に配る。
マグを両手で持ってお茶を啜りつつ、なゆたは続けた。
「それから……確かにわたしたちはこの世界を救うために造られたキャラクターではあるけれど、
今までの何もかもが設定されたものってわけじゃないよ。
いくらバロールやシャーロットだって、地球の約80億もの人間の性格や歴史をいちいちプログラムできないからね。
この二巡目の世界だって、別に一年や二年前に出来たものじゃないんだ――ちゃんと歴史がある。
だから。明神さん、あなたが歩いてきた25年の人生は、あなたが自分で選び歩いてきたもの。
誰に与えられたものでもない、あなただけのものだよ」
「ひひっ、じゃあボクたちモンスターと明神たち人間の違いは、単に勇気とかいうパラメータがあるか無いかってだけか!
まっ! ボクは明神が人間だろーとキャラクターだろーと、どーだっていーケドな!」
ぎゅぅっとガザーヴァが明神の首に抱きつく。
それからなゆたの呼称について話柄が移るも、それも恙無く進行してゆく。
>わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん
>おっと、肝心な事は全部言われちまったな……ま、俺も哲学の議論をするつもりはない。
クールでイケてるパートナーの力が必要なら、変わらず俺を呼んでくれ。モンデンキント
「ありがと、明神さん。
わたしはわたしだよ、他の誰でもない。シャーロットの要素があろうとなかろうと、わたしはわたしのやりたいことをするだけ。
今までだってそうしてきたんだもん、これからも全速力で突っ走るだけだから!
エンバースも――。
頼りにしてるよ、クールでイケてるわたしのパートナーさん!」
シャーロットの記録が蘇っても、崇月院なゆたの信念には些かも変わるところはない。
なゆたは満面の笑顔で笑った。
が、話はそんな幸せな雰囲気のままでは終わらない。
>……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?
明神が今までの会話上に浮かび上がってきた問題点を指摘する。
>「ソシャゲがなんで終わるかっつったら、多くの場合は不採算が理由だ。
サービスの運営コストを課金額で賄えなくなったから。ようは、金がかかるからだ。
大容量のストレージに高性能なプロセッサ、それらがバカ食いする電力。
死ぬほど発熱する部品の冷却設備に、空調完備のサーバールーム、保守点検費用……。
専用の通信回線に、24時間つきっきりで機材の面倒を見る人件費。数えりゃ切りがねえ
>そんだけ金のかかる資産を、『ただ世界を存続させるため』だけに遊ばせておくとは思えん。
シャーロットが運営を追放されたならなおさらだ。流石に個人用PCに全部が収まってるわけじゃねえだろ。
サービスが続いてりゃまだ運営費くらいはペイできたかもしれんが、
ローウェルのボケナスが先走ったせいでそれもワヤになっちまった
「そうだね。
現状、この世界のサーバ的なもの……の管理は、ずっとバロールがやってるんだ。
サーバの保守と管理、メンテナンス。それから……うん、お金のことも。
わたしたちの世界の常識と、その……所謂『上の世界』の常識は、結構違うところも多いんだけど。
でも、世界の維持にお金に相当するものが必要っていうのは変わらない。
バロールはそれも対策を練ってた。プロデューサーにそっぽを向かれたコンテンツで、会社的な後ろ盾は存在しない。
手助けしてくれるスタッフもいない。シャーロットも手出しができない――
そんな中、バロールは全部ひとりで対処するしかなかったんだ。
……苦労を掛けちゃったよ。
あ、わたし今ネタバラシしちゃったけど、バロールには言わないであげて。
本人はそういうの、気遣って貰いたくないタイプだから」
お茶を啜りつつなゆたが返す。
通常、何十人何百人とスタッフが必要なはずのゲームの維持、世界の補完。
驚くべきことに、現在はそのすべてをバロールがひとりで司っているのだという。
バロールが時々音信不通になるのは、設備点検や金策などで奔走していたという背景もあったのだろう。
-
>……そういう話なら、さっき少し気になる点があった。エカテリーナだ。
ローウェルが継承者を招集した時、そこに虚構は見出だせなかったって話だったよな。
相手が管理者だからと言えばそれまでだが――意外と、そこにホントに虚構がなかった可能性もある
>つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで
「うむ、それは妾の『虚構』の名に懸けて保証するぞ。
師父は間違いなく、この世界の脅威に対処しようとしておられた。
……よもや、その脅威を……『侵食』を発生させたのが他ならぬ師父ご自身であったとは、
さしもの妾の目を以てしても見通せなんだが」
エカテリーナがすかさず告げる。
今となってはローウェルの思惑の下に結成された継承者の名にどれほどの意味があるのかは分からない。
しかし、それでも。
エカテリーナにとって十二階梯の継承者という肩書は、自分を構成するのに必要不可欠な要素であるのだろう。
「……そうかも。
わたしの……ううん、シャーロットの記憶では、ローウェルは三つの世界に強い愛着を抱いてた。
だからこそ、ブレモンが凋落していくのを見たくなかったのかもしれない。
緩やかに衰退していくのを眺めているくらいなら、いっそキッパリと終止符を打った方がいいって。
だから――」
もしも、本当にローウェルの提示した条件を示すことができるなら。
>世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな
「そうだね。いずれにしてもローウェルとは決着をつけなくちゃいけないけれど――
ローウェルを倒すこと、それはわたしたちの最終到達点じゃない。
侵食を食い止め、この世界を救うこと。それがアルフヘイムに召喚された当初からずっと一貫して変わらない、
わたしたちの旅の目的だったんだから」
異動や退職の際にそれまで自分が製作してきた書類やデータなどを全部破棄してしまい、
引継ぎを行わない人間というものは、どこの職場にもいるものだ。
どうやらローウェルもそういった手合いらしい。
だが、そんなローウェルに実際にこの世界にはまだまだ隆盛を取り戻せる力があり、魅力があるということを知らしめ、
納得させることができたなら。
それはプロデューサーの意に添わぬ延命という手段でない、真の意味での世界存続の足掛かりとなるに違いない。
ローウェルと直接対峙し、彼の言い分を聞いたうえで、真正面から此方の力を見せつける。
そうして改めて、この世界の未来を決める。必要な行動の指針は決まった。
>勿論だ。それと……ウィズリィ。もし良ければ、少し時間をくれないか?
大事な話がある。出来れば……こっちへ来てくれ。皆には聞かれたくない
その後、再度パーティーに加わったウィズリィに対してエンバースが声をかける。
部屋の隅に移動してのエンバースの問いに対し、ウィズリィは戸惑いがちに口を開いた。
「ダインスレイヴ……“星の因果の外の剣”。かつて大賢者様が『賢人殺し(トート・デス・ヴァイゼン)』に授けた、
この世界には存在しないはずのアーティファクト……ね。
私もよくは知らないの、力になれずごめんなさい。
ただ……大賢者様がスルト計画について、イブリースと話していたのを小耳に挟んだことがあるわ。
ダインスレイヴは『武器ではない』と――」
ウィズリィの知っているのはそれだけだった。
元々、ダインスレイヴはブレモンの世界では未実装のアイテムである。
ブレモンのキャラクターであるウィズリィが知らないのも無理はない。
「大賢者様は――ハイバラというプレイヤーのことをとても警戒しておられたわ。
貴方たちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中でも、特別と言っていいほどに。
かつてハイバラであったエンバース、貴方のこともね。
それはきっと、貴方がダインスレイヴを持っているからだと思う」
エンバースの罅割れた双眸を見詰めながら、ウィズリィは続ける。
「世界ランキング上位者さえも成し得なかった『転輾(のたう)つ者たちの廟』の踏破。
それを唯一達成したハイバラのことを、大賢者様は高く買っておられた。
だからこそハイバラにダインスレイヴを与え、手ずから召喚し魔王になるための試練を与えた。
最強のプレイヤーであるハイバラを、運営側に抱き込もうとした――という訳ね。
けれど、結果的に大賢者様はハイバラを手に入れることが出来なかった。
自分の手駒にすること前提で使わせるつもりだったチートアイテムのダインスレイヴも、
エンバース……貴方が持ったまま。
この世界に於いて全知全能を体現する大賢者様にとっては、まさに大誤算でしょうね」
魔王となったハイバラに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを倒させるため、
運営――ローウェルはダインスレイヴを与えた。
ダインスレイヴが未実装なのも、そもそもスルト計画で魔王としての適性を見出された者専用のアイテムであり、
プレイヤーサイドには最初から流通させるつもりがなかった、ということなら説明がつく。
“星の因果の外の剣”とは、星(ブレイブ&モンスターズ!)の因果(プレイヤー、ユーザーが干渉できるステータス)
の外の剣(アイテム)、という意味だったのだ。
-
会議が一段落しても、それで何もかもが落着したわけではない。
突如出現した魔法機関車の脱線激突事故に、周囲が騒然となる。
>おいおいおい……!こんなアクロバットな脱線事故があるかよ!
>だ……大丈夫……じゃないですよね!? なゆたちゃん、回復魔法を……!
「ボノ、しっかりして……!
スペルカード『高回復(ハイヒーリング)』、プレイ!」
ボロボロのスクラップ同然になって各所から煙を漂わせる魔法機関車を目の当たりにして明神が驚愕し、
傷つき倒れたボノを見たカケルが回復魔法を要請する。
すぐになゆたはスマホを取り出すと、スペルカードを発動させた。
治癒の淡い輝きが、傷だらけのボノを回復させてゆく。
>そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?
>早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?
>あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!
>……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!
キングヒル陥落。ボノの報告に、周囲は俄かに騒然となった。
早速みのりとバロールを救援に向かおうと提案するカザハと明神だったが、
そんな二人をエンバースとジョンが制止した。
>……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ
>焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…
それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ
「……そうだね。一刻も早く助けに行きたいって気持ちは、みんな一緒だよ。
でも今は、こっちのことを片付けていこう」
なゆたもエンバースとジョンに賛同する。
オデットの命令で回復魔法に長けた聖罰騎士がなゆたの手からボノを受け取る。
ボノはカテドラル・メガスの医療機関に運ばれ、治療を受けることになった。
>……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと
「問題ない。君たちをキングヒルに連れて行くくらいなら」
エンデが頷く。大人数は難しいが、今ここにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を移動させる程度なら可能らしい。
>それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?
オデットや聖罰騎士たちが魔法機関車の激突で発生した被害を調査する中、エンバースがなゆたに訊ねる。
なゆたは少しだけ逡巡すると、
「……できるよ」
そう、荘重に返した。
しかし、その表情は晴れやかではない。
さらにエンバースは質問を続ける。
>……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?
>……正直、そんな都合のいい話があるとは思ってないけどさ。聞くだけなら、タダだしな
「フラウさん……ウルトラレアの騎士竜ホワイトナイツナイト……だね。
シャーロットの記録で知ったよ、今の姿は本当の姿じゃないって。
うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも。
みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。
でも――」
メインプログラマーの権能は、この世界ではまさしく神の如く作用するらしい。
管理者権限を以てローウェルを弱体化させ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』サイドに究極の力を与える。
そうすれば、労せずすべてに決着をつけることが出来るだろう。
だが。
-
「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない」
仲間たちの顔を見渡し、なゆたはきっぱり言った。
「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――」
仲間たちの顔を見遣り、一旦言葉を切る。
そして。
「自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――
最っっっっっっ高に面白いって思わない?」
なゆたはいかにも、とっておきのアイデアを閃いたとでもいうように笑った。
むろん、現在自分たちの置かれている状況はゲームなどではない、紛れもない現実だ。
敵は本気で此方を殺そうとしてくるだろうし、死ねばもちろん蘇ることはできない。
リトライのあるゲームオーバーなど存在しないのだ。
世界の存亡を懸けた戦い。その戦いに必ず勝てる方法が存在し、すぐにも使用することが出来るというのに、
敢えて使わないなど狂気の沙汰であろう。
だが、それでも。
ローウェルが使用してくるであろうチートに対してチートで対抗したのでは意味がないと、なゆたは思った。
それはゲーマーとしての、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての矜持である。
「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
なゆたの無謀としか言いようのない提案に、さっそくガザーヴァが噛みつく。
が、今まで長く一緒に旅を続けてきた仲間たちならきっと分かるはずだ。
これから、話がどんな流れに行き着くのか――
その証拠に、ガザーヴァが明神へちらちらと期待の眼差しを送る。
『その言葉』を一緒に言いたいと、真紅の瞳が言っている。
>忙しい所悪いが…ちょっといいか?…別に兵士がに聞こえたってかまわない、そんな大層な話じゃねえからな
仲間たちの輪から離れたジョンが、忙しなく配下に指示を送っているオデットへ声をかける。
オデットはゆっくりと振り返った。
「なんですか? 愛しき我が子」
>まず一つ…君と戦ったあの場所に放置している生命の輝きあれを預かって…
あんたのほうで保管してほしい…期限は…あんたを殺すまで
「……どういう意味です」
ジョンの申し出に、オデットはぞっとするほど整った青紫色の顔貌に怪訝な色を湛えた。
>あの武器は異常すぎる…たしかに相手が生命体なら無敵に近いが…でもあれはだめだ、
僕では感情を制御できない…相手を殺さなきゃ気が済まなくなるんだ…
なゆの進もうとしている道に…あの武器は似合わない…生命の輝きを振るい続ければ…
なゆと敵対する事になる…予感なんかじゃない…確信があるんだ
>僕はみんなが進む先をいっしょに見に行きたいんだ!世界を救う?人が鼻で笑うような非現実を…成そうとするみんなに
例えこの世界が本物じゃなくたって!その事実を突きつけられても…それでも突き進む彼女は…間違いなく光だ
確かに…最初は慣れない光にあこがれただけの気の迷い…
というかこんな能天気な子供すぐ死んじゃうだろうなって思ったよ…でも…
>でも今はその時感じた一時の感情を…一生の想いにしたいんだ
「……」
オデットは無言でジョンの言葉を聞いていたが、ややあってその意志が固いと判断すると、小さく頷いた。
「分かりました。では、その剣はわたくしが然るべき時まで責任をもって保管しておくことと致しましょう。
しかし……良いのですか? これからの戦いは、世界の行く末を決定づけるもの。
今までよりも一層の激しさを見せることでしょう……未だかつてない脅威に直面した時、
貴方は一体どうするつもりなのです?」
生命の輝きを手放せば、ジョンは最大の攻撃手段を失う。
この先の戦いにはローウェルの他にもイブリース、ミハエル・シュヴァルツァーなど強敵が控えている。
特にイブリースはジョンが命を賭して生命の輝きを発動させ、やっと互角に持ち込んだというのに。
それをなくして、どうやって戦いに勝つというのだろう?
しかし、オデットはそれ以上追及することはしなかった。
>すまないね…結局長話に突き合わせて…それじゃ……あ!忘れてた!この右腕!
…アンタの贈り物だと思って有効に使わせてもらうよ…なんの事かあんたには分からないだろうけど一応ね
「ええ。……貴方に、太祖神の導きがありますように」
オデットは豊かな胸元で手指を組み、静かに祈った。
-
ガァンッ!!
オデット以下プネウマ聖教の手勢が事故現場周辺の救助活動に奔走する中、大破した魔法機関車が一度大きく揺れた。
と同時、機関車の客車の扉が内側から爆ぜて吹き飛ぶ。
「な……」
なゆたは瞠目した。
キングヒルを襲撃したニヴルヘイムの兵が車両に潜伏しており、それが侵攻を始めたのかと身構える。
ポヨリンもなゆたの足許で臨戦態勢を整える――が。
濛々と立ち込める煙の中から姿を顕したのは、ニヴルヘイムの尖兵などではなかった。
豪奢なエングレービングの施された赤黒い鎧。立派な髭を蓄えた、魁偉な顔貌。鋭い眼光の双眸。
そして、腰に佩いた竜の意匠の長剣――。
総体只者ではない王者の覇気を湛えたその男の名は、
「……『覇道の』……グランダイト……!!」
アシュトラーセが目を見開く。
『覇道の』グランダイト。十二階梯の継承者第七階梯にして、二十万の軍勢を率いる覇王。
風の魔剣ストームコーザーの主。
カザハたちが風の双巫女の魂と引き換えに仲間に引き入れ、会談を行うためキングヒルへ向かったはずの人物が、
魔法機関車の客車から姿を現したのだ。
しかも、驚くべきことはそれだけではない。
グランダイトはひとりの人間を両腕で横抱きにかかえていた。
覇王のいつも纏っているマントにくるまって、ぐったりと意識を失っているのは――
「みのりさん!!」
思わずなゆたは叫んだ。
額から血を流したみのりが、まるで死んだように目を閉じて覇王の腕の中に抱かれている。
「陛下! みのりさんは……」
「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
グランダイトが低い声で返す。
なゆたは安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。
「『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?」
エカテリーナが矢継ぎ早に質問を口にするも、グランダイトは答えない。
みのりを抱いたまま、オデットへ歩いてゆく。
「それは違う……、陛下のお力あればこそ、我々は此処まで辿り着けたのだ……」
客車の奥から声がする。
中から傷だらけのアレクティウスがふらつきながら出てきて、主君の代わりにエカテリーナの質問に答えた。
「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
「あわわっ!
マゴット! レスキュー!」
そこまで言うとアレクティウスは力尽き、ふらりと大きく身体を傾がせるとどっと倒れた。
ガザーヴァが慌ててマゴットに抱き起こすよう指示する。
「『覇道』……」
「久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を」
「ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト」
見れば、グランダイト自身もみのりやアレクティウス同様――否、それ以上に傷を負っている。
きっとキングヒルから脱出する際にニヴルヘイムの手勢と戦闘になり、負傷したのだろう。
ぶっきらぼうなグランダイトの言いざまに、オデットは微塵の不快も顔に出さずすぐに踵を返した。
ひとまず現場を何人かの聖罰騎士と司祭たちに任せ、大聖堂カテドラル・メガスへ引き上げようとする。
「我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります」
「はい!」
オデットの申し出に、なゆたはすぐに頷いた。
ポヨリンを胸に抱くと、エンバースの隣に立つ。
「みんな、行こう!」
仲間たちに号令を下す。
これ以降、明神たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の本拠はエーデルグーテのカテドラル・メガスとなった。
-
「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
一時間後、カテドラル・メガスの一室で円卓を囲み、改めて対策会議が行われた。
みのりとボノ、アレクティウスは高度な医療設備の整った聖堂内の施療院で治療を受けている最中だが、意識は戻らない。
唯一意識があり応急手当てを受けたグランダイトの語る王都キングヒルの状況に、みな一様に息を呑む。
「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
「『侵食』だ」
エカテリーナの言葉に、グランダイトが眉間へ皺を寄せる。
グランダイトの話によると、確かに王都には来たるべきニヴルヘイムとの決戦に備えてアルメリア正規軍15万、
覇王軍20万に加え、群青の騎士や西方大陸広域戦闘企業団、夜警局といった戦闘集団が集結していたが、
ニヴルヘイム軍の襲来とほぼ時を同じくしてアルメリア王国各地に『侵食』が出現。
キングヒルにも複数の『侵食』が現れ、ことごとくを呑み込んでしまったのだという。
間違いなくローウェルがキングヒル周辺のデータをピンポイントで削除したのだろう。
データ削除という所業の前には、精強を以て鳴る覇王軍であろうと一溜まりもない。
結果、キングヒルに集結していた軍勢は全滅。ただ魔法機関車のみが命からがら脱出に成功した、ということだった。
「では、『創世』の師兄はどうされたのです?」
アシュトラーセが訊ねる。
「あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ」
「……『黎明』……、ゴットリープ様が……」
いかに魔王とはいえ、さすがに三魔将と継承者の相手は荷が勝ちすぎる。
しかし共に戦うというグランダイトの申し出を、バロールは固辞したのだという。
バロールはグランダイトにみのりを守ること、何が何でもニヴルヘイムの包囲網を切り抜け、
エーデルグーテにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と合流することを命じると、
創世魔法『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』で虹の線路を創り出し、
魔法機関車を送り出したらしい。
その後王都を脱出する際、魔法機関車はニヴルヘイム軍の激しい妨害に遭った。
みのりやボノ、アレクティウスだけではどうにもならなかっただろう。グランダイトを機関車に乗せたバロールの判断は、
間違っていなかった。
そして、黎明――『黎明の』ゴットリープ。現在の十二階梯の継承者筆頭。
今まで表舞台には出ず、裏方に徹していた高弟までもがキングヒルに姿を見せていたという話に、
アシュトラーセが複雑な表情を浮かべる。
元々アシュトラーセにとってゴットリープは継承者入りを口利きしてくれた人物で、上司でもある。
その上司と干戈を交えなければならないかもしれないという事実に、胸が塞がれる。
「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
円卓にはつかずふわふわと明神の近くの宙を漂いながら、ガザーヴァが呑気に言う。
超レイド級モンスターは例外なく一対多の戦場において有効な広域殲滅用のスキルを持っている。
オデットとの地下墓所の戦いでそうしたように、ベルゼビュートとミドガルズオルムの超レイド級二柱が出るなら、
ニヴルヘイムの軍勢がどれだけの規模を誇っていたとしても物の数ではない。
ただし、超レイド級の召喚は文字通り奥の手、最後の手段である。
それを開幕早々切ってしまうのは、言うまでもなく大きなリスクを伴う。加えて今度の戦いは文字通りの最終決戦だ。
ローウェルのところに辿り着くまで、超レイド級は可能な限り温存しておきたいと思うのが自然だろう。
「……鬣の王が……。陛下が……」
ウィズリィが小さく嗚咽を漏らす。
元々、ウィズリィは鬣の王の命を受けて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人となった。
その王が崩御したと知って、衝撃を隠しきれないでいる。
「ウィズ……」
なゆたは悲しげに眉を下げた。
彼女と鬣の王の間にどんな絆があるのかまでは分からなかったが、それでも浅からぬ間柄であったのだろう。
かける言葉が見つからない。ぎゅ……となゆたは拳を握り込んだ。
「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
エンデが提案する。
アルメリア正規軍や覇王軍が消滅したとしても、まだ此方にはオデットのプネウマ聖教軍が残っている。
こちらも集めれば相当な数になるはずだ、そして聖教軍の強さは聖罰騎士や穢れ纏いたちと直接戦ったばかりの、
明神やエンバース達が身をもって知っているだろう。
-
「待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?」
「見捨てていく」
「てめえ――――」
ガザーヴァの指摘に、エンデは即答した。
当然ガザーヴァは今にも噛み付かんばかりに柳眉を逆立てたが、エンデは相変わらず淡々としている。
「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
「うぐ……」
年端もいかない少年の姿をしたエンデに論破され、ガザーヴァは呻いた。
明神のお陰で随分マシになったとはいえ、それでもファザコンが抜けきらないガザーヴァである。
未だにバロールのことをこの世で誰よりも強いと信じている。
そのバロールの力を疑うようなことが出来るはずもない。
「ほほほ、御子の言う通りじゃ幻魔将軍。
何せ『創世』の師兄はゴキブリよりしぶといからのう! きっと、しれっと妾たちの前に姿を現すことじゃろう!
ならば、逆に我らはニヴルヘイムに攻め込むが常道よ。
暗黒魔城ダークマターといえば、魔王と化した後の師兄の居城じゃ。
其処で合流というのも分かりやすいしの」
長煙管を銜え、紫煙をくゆらせながらエカテリーナが笑う。
どんなにろくでなしの人でなしの腐れ外道で、信用も信頼もできない胡散臭い人物であっても、
バロールがこの世界最高の力の持ち主だという一点だけは皆の共通認識であり、揺るぎない事実である。
そんなバロールがみすみすイブリースたちに敗北する筈がない。
結局こちらの作戦は変わらず、プネウマ聖教軍の準備が整い次第エーデルグーテから直接ニヴルヘイムへ乗り込む、
ということで結論が出た。
「あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい」
「よーっし、じゃあ四日後の朝にニヴルヘイムにカチコミな! それまでは自由時間ってコトで!
いこーぜ明神、マゴット! まずは腹ごしらえだろ、腹ごしらえ!」
オデットの厚意によって、エーデルグーテ内で販売されているアイテム類は全品ロハになった。
ガザーヴァがさっそく遊びに行こうと、明神とマゴットの手を引っ張って外へ遊びに繰り出そうと誘う。
「妾もちと準備をしてくる。虚構魔法を存分に揮うには、入念な下準備が不可欠じゃからの」
「そうね。私も一度メイレス魔導書庫へ戻るわ。今までのことを書き記しておく時間も必要だし。
……『覇道』の賢兄はどうされるのかしら?」
「キングヒルに駐屯させていた本隊は全滅したが、双巫女との約定により始原の風車に駐留させた軍があと500騎残っている。
それを一旦回収し、覇王軍として再編する」
エカテリーナ、アシュトラーセ、グランダイトもそれぞれ最終決戦に備えて準備を整えるという。
ニヴルヘイム軍には『黎明の』ゴットリープ、『聖灰の』マルグリット、『万物の』ロスタラガム、
『詩学の』マリスエリスが加担している。
継承者同士の戦闘になってしまうが、それも世界の存亡の前には已む無しなのだろう。
一度聖都を離れると言う三人に対し、エンデはといえば相変わらずなゆたの傍にいるらしい。
元々なゆた――シャーロットありきの存在だからか、別の場所に移動する理由もないということか。
「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
バロールが生死不明の今、自分たちの司令塔はみのり以外にはいない。
みのりの力なしには、いくら死線を潜り抜けてきた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と言えど、
ローウェルに勝利するのは難しいだろう。
今から四日後までに無事みのりの意識が戻ることに期待して、
なゆたは全員に準備期間として自由時間を与えた。
-
「おい」
夜になり、各々が聖堂内に用意された部屋へ就寝に入るころ。
腕組みして廊下の壁に凭れかかったガザーヴァがカザハを呼び止める。以前とは反対の状況となった形だ。
ガザーヴァは軽く顎で自分の部屋を示すと、
「ちょっとツラ貸せ。
あ、ウマは来んな。これはボクとバカザハの問題だ。
余計な口出しされちゃ堪んないからな」
カケルに釘を刺し、カザハを半ば無理矢理部屋の中へと連れ込み、内側から鍵を掛ける。
更に施錠したドアの前に立って逃げ出さないよう厳重に対策を取り、ふふんと小さく息をつくと、
「オマエ、パーティーを抜けたいんだろ」
と、やにわに切り出してきた。
「分かんないと思ってたのかよ? 不本意だけど、ボクはオマエのコピーとして生まれた。
オマエの考えることなんて、手に取るように分かんだよ。
お荷物で、足手纏いで、物の役にも立たねーから消えたいって。そう思ってんだろ?
モンスターだから、明神やモンキンやジョンみてーな勇気もない。
焼死体みてーな切り札も持ってない。自分にはなーんにもないってよ」
軽く肩を竦め、挑発するようにせせら笑う。
「ワカってんじゃねーか、自分を客観的に判断できるってのはイイコトだぜ?
確かにオマエは役立たずの足手纏いだよ。戦闘力は大したことねーし、バフだって戦局を左右するほどじゃない。
レクス・テンペストの力って言っても、ブラッドラストやダインスレイヴと比べたらタカが知れてる。
モンキンはもちろん、ウチの明神やマゴットともハナっから比べ物になんねーし!
ボクだって今や超レイド級として進化したしな! けけけっ!
あー、今思うとボクはどうしてあんなにレクス・テンペストになりたがってたんだろ?」
超レイド級モンスター・ベルゼビュート、幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァに進化したガザーヴァは、
今やカザハに対して抱いていたコンプレックスを完全に克服した。
『ブレイブ&モンスターズ!』の世界に於いて、超レイド級以上のランクは存在しない。
加えて、それは愛する明神との絆の果てに掴み取ったもの。
力と絆――ずっと求めていたものをガザーヴァはやっと手に入れたのだ。
「ホンット、情けねぇヤツだよなー? オマエってさ!
オマエがいてよかったー! 助かったー! なーんて局面、今まで一度だってなかったし、
別にいなくなったって戦力的にボクたちはぜーんぜん構わねぇんだよ!
ボクらのパーティーでブッチギリのお荷物、それがオマエさ、バカザハ!
なのに――――」
今までのへらへらした挑発的な笑み顔から一転、憎悪の籠もった眼差しできっとカザハを睨みつける。
ガザーヴァはツカツカとカザハに近付くと、恐るべき素早さで右手をカザハの胸倉へと伸ばし、力強く掴み上げた。
「……どこまで。
オマエはどこまで、ボクを見下してるんだよ!!!」
ギリ、と歯を食い縛る。
「ボクにはオマエの考えが分かる。分かっちゃうんだよ……分かりたくなんてねぇのに!
コピーだから! オリジナルを真似た、複製品だから!
パパが、ボクの心も……オマエの心に似せて作ったから……!
『大事なものを奪ってた』? 『酷い事をした』? ふざけんな!!
ああそうさ! オマエのせいでボクは酷い目に遭った! 散々な扱いを受けて、死ぬほど恨まれて、辛酸を舐めさせられた!
何もかもオマエのせいだ! 今だって殺してやりたい……いいや、殺したって飽き足りないんだよ!!」
ぐ、ぐ、とガザーヴァがカザハの胸倉を掴む手に力を込める。
平素でも神代遺物の騎兵槍を片手で軽々と振り回す、レイド級の筋力だ。
実際にガザーヴァがやろうと思えば、いつでもカザハの脛骨をヘシ折るくらいのことはできるのだろう。
「抜ける抜ける詐欺もいい加減にしろよ、何かあるたびバカの一つ覚えみたいに繰り返しやがって。
全部ダダ漏れだったんだよ! 聞こえてたんだよ、オマエの声が!!
うっっっっっっっっっぜえ!!!!!!」
ぐんっと右手を引くと、ガザーヴァは勢いをつけてカザハを壁に叩きつけた。
バァンッ! と大きな音がして、部屋が微かに揺れる。
「パーティーを抜ける理由をボクのせいにするな! ボクを逃避の理由にするな!
ムカつくんだよ、オマエのそういう根性が!
オマエは目を背けてるだけだ、責任から逃れたいだけだ!
ボクを憐れんで、いいコトした気分でパーティーを抜けて、自分だけ始原の風車で安穏と過ごそうってのか!?
そんなの許さないぞ! オマエは歩くんだよ、最後まで! ボクたちと一緒に、この世界の最期を!!」
息を荒らげ、ガザーヴァが感情を爆発させる。
「オマエが抜けたら、明神がどう思うか考えたことあるか!?
アイツはな、普段は自分のことクソコテとかいって悪ぶってるケド、ホントは誰よりもいいヤツなんだ。
仲間のことが自分よりもずっと大切で、仲間のためなら何だってやっちゃうお人好しなんだ!
だって……だってさ、このボクみたいなどーしよーもない、救いようもない悪役のこと、
スキって言ってくれたんだぜ? 一生セキニン取って、一緒にいてくれるって約束してくれたんだぜ……?
そんなアイツの気持ちを! ボクより長く一緒にいるオマエが! 分かんないなんて言わせないぞ!」
カザハが脱退を表明すれば、きっと明神は少なからず落胆するだろう。
自分に何らかの落ち度があったのかもしれないと、自らの努力や理解が足りなかったと考えるに違いない。
明神とはそういう人間だ。
-
「モンキンだって、焼死体だって、ジョンぴーだってそうだ。
きっとガッカリするさ……オマエなんかのために心を砕いたって、これっぽっちもいいことなんてないのにな。
抜けるんだ、あぁそうお元気で、なんて言うヤツはひとりもいない。
バカザハ、もしオマエが自分の抜ける影響ってもんを考えられないほどのバカなら――オマエを殺す。今すぐ殺す。
人間と精霊じゃ考えが違うからとか、モンスターだからとか、そんなこと関係ない。
『そんなヤツに存在する価値はない』。せめて、ボクが介錯してやる」
ゴウッ! と音を立て、ガザーヴァの全身から闇色の瘴気が噴き出す。
虚空から暗月の槍ムーンブルクが出現し、右手に握られる。
ガザーヴァは本気だ。カザハが本当に人の心というものを理解できない存在であるのなら、
彼女は本当にカザハを殺しにかかるだろう。
じゃき、とガザーヴァがカザハの鼻面に槍の穂先を突きつける。
「もう一度言ってやる。
オマエはお荷物だ。足手纏いの役立たずだ!
別にオマエがいなくなったところで、戦力的にボクたちは何の痛手もねぇんだよ!
でも――――」
憤怒を満々と湛え、一気に捲し立てる。
しかし。
「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
そう、魂から絞り出すように告げるガザーヴァの大きな深紅の双眸には、いつの間にか大粒の涙が溜まっていた。
「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
ぐすっ、とガザーヴァは一度鼻を啜った。
ガザーヴァにとってカザハという存在が憎悪の対象であることは、今もまったく変わらない。
憎い、恨めしい、殺してやりたいという気持ちを、ガザーヴァは今でも持っている。
だが――
決して、彼女がカザハに抱いている気持ちは、決してそれだけではない。
少なくとも一巡目では芽生えることもなかった感情を、今のガザーヴァは持っている。
「……明神から聞いたぞ。
オマエ、言ったんだろ。自分は勇者にはなれないけど、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐことはできるって。語り部になるって。
そこまで覚悟ができてるなら、別に勇気がなくたっていいじゃんか。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくたっていいじゃんか――
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないだろ。
オマエはオマエのやり方で、一緒にいたい奴らと時間や思い出を作っていけば……。
明神だって、他の連中だって、みんなそう思ってるよ。
…………まぁボクは思ってねーケドな!」
ひゅん、と手許から暗月の槍が消える。
目元に溜まっていた涙を軽く拭うと、ガザーヴァはいつもの調子でへへっと笑った。
「ちょっとー!?
さっき、なんかスゴイ音が聞こえたんだけど!? 何かあったの!?」
ドンドン、と扉を叩く音が聞こえる。
どうやら先ほどガザーヴァがカザハを壁に叩きつけたときの音で、なゆたが何事かと様子を見に来たらしい。
ガザーヴァがドアの方を見遣る。
「おっと、そろそろ潮時かな。……ボクの言いたいことはそれだけだ。
オマエはさ。いつかうんちぶりぶり大明神と、現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者なんだろ?
自分から言い出したんだかんな、ボクは忘れてねーぞ。オマエも忘れんなよ」
そう最後に肩越しに振り返って告げると、ガザーヴァは踵を返して鍵を開け、自らドアを開けて外へ出て行った。
「あ、ガザーヴァ。さっき大きな物音がしたんだけど、どうかした?」
「べっつにぃー。なぁーんでもぉー」
頭の後ろで両手を組んで、しれっとなゆたの横をすり抜けてゆく。
きっと、これもガザーヴァなりの激励であったのだろう。
顔だけではない。その心も、バロールがカザハに似せて創ったものだから。
想いが理解できるから。
姉妹だから。
【グランダイト、みのり、アレクティウスが合流。
なゆた、此方のチート&ローウェルのナーフは可能だがやりたくないと発言。
四日後に最終決戦の予定。それまで各自自由時間。】
-
エンバースさんがなゆたちゃんに、駄目元でシャーロットの管理者権限について問う。
先ほど管理者権限を駆使してローウェルを弱体化させることが出来ると言っていたが、
そんなものが無制限に出来るのだったらこんな作戦会議をするまでもない。
負担が大きいとか、難しい条件を揃える必要があるとか、そう簡単に出来るものではないと考えるのが妥当だろう。
>「……できるよ」
予想外の返答。できるんかーい!! という感じで背景でカザハがずっこけた。
>「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない」
「え……やりたくないって……」
>「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。」
当初の作戦に入っていたローウェルの弱体化すらやりたくないと言い出した。
>「わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――」
世界が消えようとしているのに、この期に及んで面白い面白くないとか、誇りとか言ってる場合ではない。
と言いたいところだが。これはその常識が通用しない特殊な状況なのだ。
死なずにクリアーしなければいけないのはもちろんだが、それだけではなくローウェルに面白いと思わせなければ、世界は終わってしまう。
ゲーム制作者のローウェルを面白いと思わせられる感覚を持つのは、やはりゲーマー達なのだろう。
だとしたら、ゲーマーではない私達は、彼らの判断を信じてついていくまでだ。
>「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
というわけで、お約束の流れを見守ったのだった。
「ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから」
問題は今度こそ「もう付き合ってられんわ」と思ってそうな約一名をどうやって連れて行くかですね……。
ところで私ってこんなやる気に満ち溢れたキャラでしたっけ。
多分元ただのニートから元病弱系ニートに昇格(?)した影響ですね。
いわゆる「重病から奇跡的に復活した人に超ポジティブ補正がかかる現象」というやつです。
-
>ガァンッ!!
話が一段落したころ、大破した魔法機関車の扉が吹き飛ぶ。
「今度は何ですか!?」
扉から、『覇道の』グランダイトが降りてきた。
更に驚くべきことに、その腕にはみのりさんが抱えられている。
>「陛下! みのりさんは……」
>「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
オデットによって、みのりやグランダイト達に治療の手配がされる。
更に、私達もカテドラルメガスへ招かれた。
>「我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります」
>「はい!」
カテドラル・メガスで改めて対策会議が行われ、四日間の自由時間が与えられることとなった。
>「おい」
夜になり、そろそろ就寝というころ、ガザーヴァがカザハを呼び止める。
あっちから積極的に話しかけてくるなんて滅多になかったのに何事なのでしょう。
不穏な予感がする……!
>「ちょっとツラ貸せ。
あ、ウマは来んな。これはボクとバカザハの問題だ。
余計な口出しされちゃ堪んないからな」
「え、あ、ちょっと……あんまり手荒なことはやめてくださいよ!?」
カザハは強引に部屋に連れ込まれてしまった。
因縁のある二人を密室で二人っきりにするのはどうなのでしょう……。
それ以前に今更ながら同じパーティにいる時点でどうなのでしょうという根本的な問題がありますが。
因縁のある者同士を同じ部署に配属してはいけないのは基本中の基本である。
バロールさん、ゲームデザイナーとしては超一流かもしれませんけど人事はちょっと……。
とか思いながら、私は先に自室に帰った。
-
>「オマエ、パーティーを抜けたいんだろ」
ガザーヴァは単刀直入にそう切り出し、カザハを挑発するように怒涛の勢いで煽り始めた。
「え……いきなり何……?」
カザハは突然のことに戸惑っている。
>「……どこまで。
オマエはどこまで、ボクを見下してるんだよ!!!」
「ひえぇええええええ!?」
胸ぐらを掴み上げられ、あまりの事態に悲鳴をあげるカザハ。
>「ボクにはオマエの考えが分かる。分かっちゃうんだよ……分かりたくなんてねぇのに!
コピーだから! オリジナルを真似た、複製品だから!
パパが、ボクの心も……オマエの心に似せて作ったから……!
『大事なものを奪ってた』? 『酷い事をした』? ふざけんな!!
ああそうさ! オマエのせいでボクは酷い目に遭った! 散々な扱いを受けて、死ぬほど恨まれて、辛酸を舐めさせられた!
何もかもオマエのせいだ! 今だって殺してやりたい……いいや、殺したって飽き足りないんだよ!!」
暫しビビって固まっていたカザハだったが。
「お前に……お前に何が分かるんだよ!!
バロールさん、属性から間違ってるしまともにコピーできてないじゃん!
考えてみれば君のモデルになるのを許可した覚えなんてないんだけど!?」
窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、キレた。
ところで、ガザーヴァはコピーキャラとは言いながら属性からして違い、性格も一見全然違うので、
カザハの中では「コピーキャラのつもりで作ったけどただ見た目が似てるだけの他人」ぐらいの認識になっている。
しかし、バロールがこの世界のすべてを描いたデザイナーだったということは……
少なくとも「うっかりコピー失敗しました」ということは無いのだろう。
ということは、属性が違うのは仕様と考えられ、無理矢理地球の生物学風に例えると、
かなりの時間差で生まれた一卵性双生児ぐらいに近い関係性なのかもしれない。
>「抜ける抜ける詐欺もいい加減にしろよ、何かあるたびバカの一つ覚えみたいに繰り返しやがって。
全部ダダ漏れだったんだよ! 聞こえてたんだよ、オマエの声が!!
うっっっっっっっっっぜえ!!!!!!」
壁に叩きつけられながらも、売り言葉に買い言葉で言い返す。
「抜けるどころか一度裏切ってるくせに偉そうに言える立場!? じゃあ正直に言ってやろうか。
こっちこそお前みたいなあざとくて我儘放題で乱暴な奴は大っっっっ嫌いなんだよ!
あの時さ……わざと一人取り残して死ぬように誘導したよね!?
本当に……なんでテンペストソウルなんて欲しがったんだよ!
散々欲しい欲しい詐欺しといて気付いた時には興味無くして葬式モードの隣でキャッキャウフフしてやんの!!
でも……あの雰囲気で言えないじゃん! 可哀そうな君を責めたらこっちが悪者だもんな!
せめて可哀そうだから仕方ないって憐れむぐらい許せよ!」
-
>「パーティーを抜ける理由をボクのせいにするな! ボクを逃避の理由にするな!
ムカつくんだよ、オマエのそういう根性が!
オマエは目を背けてるだけだ、責任から逃れたいだけだ!
ボクを憐れんで、いいコトした気分でパーティーを抜けて、自分だけ始原の風車で安穏と過ごそうってのか!?
そんなの許さないぞ! オマエは歩くんだよ、最後まで! ボクたちと一緒に、この世界の最期を!!」
「ああそうだよ! 駄目人間だからそういう体育会系なノリに付いていけないんだよ!
付いていけないお荷物引き留めて何がしたいの? 嫌いな奴がいなくなって何が不満なんだよ!!」
>「オマエが抜けたら、明神がどう思うか考えたことあるか!?
アイツはな、普段は自分のことクソコテとかいって悪ぶってるケド、ホントは誰よりもいいヤツなんだ。
仲間のことが自分よりもずっと大切で、仲間のためなら何だってやっちゃうお人好しなんだ!
だって……だってさ、このボクみたいなどーしよーもない、救いようもない悪役のこと、
スキって言ってくれたんだぜ? 一生セキニン取って、一緒にいてくれるって約束してくれたんだぜ……?
そんなアイツの気持ちを! ボクより長く一緒にいるオマエが! 分かんないなんて言わせないぞ!」
「……」
ここまで脊椎反射的に応戦していたカザハが、言葉に詰まったように黙る。
>「モンキンだって、焼死体だって、ジョンぴーだってそうだ。
きっとガッカリするさ……オマエなんかのために心を砕いたって、これっぽっちもいいことなんてないのにな。
抜けるんだ、あぁそうお元気で、なんて言うヤツはひとりもいない。
バカザハ、もしオマエが自分の抜ける影響ってもんを考えられないほどのバカなら――オマエを殺す。今すぐ殺す」
「……そんなこと……分かってる……!
どいつもこいつも何の得にもならないお荷物を進んで背負い込もうとするお人よしばっかり!
でももしも足手纏いがいたばっかりに最悪の事態になったらガッカリするぐらいじゃ済まないんだよ!?」
次第に声音が泣きそうな声へと変わる。
>「人間と精霊じゃ考えが違うからとか、モンスターだからとか、そんなこと関係ない。
『そんなヤツに存在する価値はない』。せめて、ボクが介錯してやる」
「ブレイブじゃないならいっそ人間の心なんてなければ……純粋な精霊でいられればどんなに良かったか!
こんな理不尽で非合理なものがあるから不毛な争いが絶えないんじゃないか。
本当は君は何も悪くないよ。それどころか……
二人は最初からあのつもりで……あれしか勝ち筋がなくて
君のおかげでみんな生き残れたんだから感謝しなきゃいけないって分かってるよ!
昔は……前の世界ではこんなんじゃなかった!
昔の我は……何も考えてないけど汚いことも考えなくて、いつだって迷わず突き進んで、
今みたいにヘタレじゃなくて、少なくとも君と相打ちになる程度には強かった!
使えてたはずの切り札も純粋じゃなくなったからもう使えない……!
こんなのでどうやって……どうやって付いて行けばいいのさ!」
-
>「もう一度言ってやる。
オマエはお荷物だ。足手纏いの役立たずだ!
別にオマエがいなくなったところで、戦力的にボクたちは何の痛手もねぇんだよ!
でも――――」
>「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
さっきまでとは打って変わって、魂から絞り出すような声。
「ちょ、ちょっと……え……嘘……なんで……なんで泣いてるんだよ!?」
ガザーヴァの双眸に大粒の涙が溜まっているのに気づき、焦りまくるカザハ。
ガザーヴァは自分のことが殺したいほど大っ嫌いで、レプリケイトアニマで庇ってくれたのは正義の味方になりたいからで。
……でも、本当にそれだけならここで泣くだろうか。
カザハはガザーヴァのことがちょっといやかなり苦手で気まずくて、だけど可愛くて今度は幸せになってほしいとも思っている。
もしかして相手も、大っ嫌い以外の感情を持ってくれているのだろうか。
「……泣くなよ! 調子狂うだろう……!」
>「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
「……いたけりゃいていいってもんじゃないだろう! 寂しいとか言ってる場合じゃないだろう!
世界が消えかかってるんだから……駆け出し冒険者のほのぼの珍道中じゃないんだから……
……。
……ああもう、分かった! 分かったから! もう抜けるとか言わないから! だから泣きやみなよ!」
反論しようとするも次第に声が小さくなり、ガザーヴァの涙の前に成す術もなく陥落した――
>「……明神から聞いたぞ。
オマエ、言ったんだろ。自分は勇者にはなれないけど、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐことはできるって。語り部になるって。
そこまで覚悟ができてるなら、別に勇気がなくたっていいじゃんか。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくたっていいじゃんか――
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないだろ。
オマエはオマエのやり方で、一緒にいたい奴らと時間や思い出を作っていけば……。
明神だって、他の連中だって、みんなそう思ってるよ。」
「そういえば、そうだったな――」
人が続々死ぬしガチで世界の存続が危うくなって最近それどころじゃなくなっていたけど、確かにそうだった。
明神さん、余計な事言ってくれて――と言う感じで苦笑するカザハ。
もしかして、もしかしなくても、どういうわけだか今自分はガザーヴァに励まされているらしい。
>「…………まぁボクは思ってねーケドな!」
「せっかくいい事言ってたのに一言余計だよ!?」
いつもの調子で笑ったガザーヴァにつられて笑う。
>「ちょっとー!?
さっき、なんかスゴイ音が聞こえたんだけど!? 何かあったの!?」
扉を叩く音が聞こえる。心配したなゆたが様子を見に来たようだ。
>「おっと、そろそろ潮時かな。……ボクの言いたいことはそれだけだ。
オマエはさ。いつかうんちぶりぶり大明神と、現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者なんだろ?
自分から言い出したんだかんな、ボクは忘れてねーぞ。オマエも忘れんなよ」
そういえばそんなことも言ったわ……!
伝説を語る者って……どんだけ厨二病やねん! そんな大風呂敷広げてどうすんの!? ちょっと前の自分怖っ! そしてそんなことをよく覚えてやがるなコイツ!
などと思っている間に、ガザーヴァは何事もなかったようにさっさと出て行った。
>「あ、ガザーヴァ。さっき大きな物音がしたんだけど、どうかした?」
>「べっつにぃー。なぁーんでもぉー」
「……切り替え早ッ!」
-
しばらく経って、カザハが帰ってきた。
「大丈夫でしたか!?」
「どうしよう……どうすればいいのだ……」
カザハは深刻そうな顔をしている。案の定ガザーヴァにいじめられたのだろうか。
「我はどうやら伝説を語る者になると言ったらしいのだが……アシュリーさんみたいな文才ないのだが」
私はずっこけた。
「知りませんよそんなこと! その前に世界が滅亡したら元も子もありませんからね!?」
さっきまで足手纏いになって世界が滅亡したらいけないから抜ける(意訳)と言っていた人が、
世界を救った後にどう伝説を語るかを心配している……! どういう風の吹き回しですかね!?
ガザーヴァが説得してくれたのでしょうか。一体どんな手を使った……!?
ちなみに、カザハはスマホに毎日冒険日誌を書いているが、私が見る限り小学生の作文レベルで確かに文才は無い。
「分かんないですけどこういうファンタジー風世界で伝説を語るっていったらやっぱり……いえ、なんでもないです」
-
その夜、カザハは夢を見た。
「やあ、歴代達が随分手荒な真似をしたね」
そう語りかけてくるのは、草原で大きなハープを爪弾いているシルヴェストル。
フードを目深に被っていて顔はよく見えないが、雰囲気からして少女型だろうか。
「あなたは……!?」
「私? 私は初代の風精王――」
「初代……!?」
世界の風を生み出しているのは始原の風車で、その核になっているのがテンペストソウルの結晶体。
それはつまりレクステンペストの素質を持つシルヴェストル達の魂の集合体だが、
そもそもシルヴェストルは始原の風車から生み出される風から生まれている。
それでは、初代の風精王とは一体何なのだろうか。世界の最初の風はどうやって生まれたのだろうか。
もちろん、その辺の世界の基本的な仕組みは出来上がった状態からこの世界がスタートしたとすれば
スタート地点より前の部分は謎のままで置いておかれていて設定されていないという可能性もある。
しかし、なゆた(シャーロット)は、急ごしらえで出来た二巡目の世界でも、
少なくとも何十年単位では実際に時を刻んでいる、という風なことを言っていた。
二巡目ですらそれなら元々の世界は、本当に世界創生に近いところから始まっている可能性も否定できない。
初代風精王の出どころに関する疑問はひとまず置いておいて。
オデットとの戦いの最中、一瞬だけだが歴代の風精王達と繋がった。
その影響でこんな夢を見ているのだろうか。
「キミはもう知っているはず。伝説を語る方法――。
思い出して。地球で生きていた時に好きだったこと。
昔と同じように戦わなくていい」
そこでカザハはあることに気付く。
「あ、それ知ってる……!」
よく聞くと、彼女が弾いているのはゲームのブレモンと無印版アニメのテーマ曲だ。
「歌ってみて」
カザハは暫し逡巡して首を横に振った。
「……。駄目なんだ……。下手糞なんだ……音痴なんだ!」
「なんだ、そんなこと? 地球ではそうだったかもしれない。
でも、こっちでのキミはたとえどんなに弱くても風の支配者――」
-
そんなこんなで一夜明けて、次の日。私は珍しくカザハと別行動でお使いに行かされた。
お使いと言っても頼まれたものをタダで貰ってくるという簡単なお仕事です。
最終決戦に備えて時間を有効活用するために手分けして準備をしようということらしい。
やる気に溢れすぎて逆に怖いんですが……。こんな時は大体碌なことが無い。
用事を済ませて戻ってみると、「中央広場で路上ライブするので来るように」と置手紙が置いてあった。
嫌な予感が的中した。
「なんですって―――――!?」
というのも、カザハは歌が滅茶苦茶下手糞なのである。
風系スキルと音系スキルは近接関係あるいは包含関係とも言われており、シルヴェストルのスキルの中にも呪歌系の技がいくつかあるが
今まで音響操作系の技は使っていても呪歌系の技は使っていないのはそのためだ。
伝説の語り手志望でありながら定番の吟遊詩人路線をお勧めできないのもそのためだ。
昔「歌ってみた」と称して路上ライブを敢行しては苦情が続出し、懲りてやらなくなっていたのだが……。
昨日までとは別の意味で追い詰められてヤケクソでやろうとしてるんですかね!?
とにかく騒音公害が発生する前に止めないと……!
なゆたちゃんもエンバースさんも明神さんもガザーヴァもどういうわけだか見当たらない。
この大変な時にまさかデートなんてしているわけはなく、最終決戦に備えて準備に忙しいのだろう。(※フラグ)
たまたまいたジョン君&部長に声をかける。
「大変だ……! カザハが騒音テロを敢行しようとしている……!
すみませんジョン君、一緒に来て取り押さえるのを手伝ってくれませんか!?」
駆けつけたときには一足遅く、中央広場の一段高くなっている場所で、
キーボードのような楽器を手にしたカザハは歌い始めてしまった。
何故かむしとりしょうじょが普通に体育座りして聞こうとしてるし……!
いるんなら呑気に見てないで止めて下さいよ!
「はじまりのとき 分かたれた 歴史が 今再び 交差する
虐げられた 無辜の民 守り抜くために
正義なる この大地の 護り手に 招かれて 集いし者よ
邪悪な企み 打ち砕き 勝利を掴み取れ」
「あ、あれ……!?」
私は驚愕した。
結果的に私が危惧したような騒音公害は起こることはなく、普通にかなり上手かったのだ。
でも考えてみれば、こっちの世界のカザハは腐ってもレクス・テンペストなんですよね……。
敵をなぎ倒す威力としては大したことなくても、ほんの少し空気の揺れを調整して音を加工するには充分ということか……!
なんで今まで気付かなかったんでしょう。思い込みって怖いですね。
歌っているのは、ブレモンのテーマ曲のようだ。
「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
私の姿に気付いたカザハが、声をかけてくる。
-
「カケルー! 来てくれたんだな! 下のパートお願い!」
ギターのような楽器を投げ渡された。
「えぇっ!? そんないきなり……! というかその曲ってそこで終わりじゃ……。
下のパートって……メロディーの分岐あるんですか!?」
ところで、この曲は今のところいわゆる1番にあたる部分のみしか存在せず、フルバージョンは未だ公開されていない。
私の戸惑いをよそに、カザハはまさかのあるはずがない2番を歌い始めた。
「創世の時 分かたれた 世界が 今再び 相まみえる
失われゆく 星の命 繋ぎ止めるために
終焉が迫る 世界の 呼び声に 導かれ 集いし者よ
滅びのさだめ 覆し 未来を掴み取れ
遠い記憶に 刻まれてる 救えなかった結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにいる
行く手阻む 高い壁に ひるみそうになっても
いつもいつでも 響きあってる 魂の深くで
君とゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 二人繋ぐ勇気の魔法」
もう一緒に歌うしかない雰囲気になったので、間奏に入ったところでカザハに駆け寄り、肩に触れて精神連結する。
明らかに能力の使い道間違ってますね……!
「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
精神連結によってカザハと意識が共有され、曲の情報が入ってくる。
分岐したパートを二人で歌い上げる。
「皆でゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 僕ら繋ぐ約束」
「巻き戻された 時の歯車が 今再び 回りだす
失われた すべての笑顔 取り戻すために」
「皆でゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 僕ら繋ぐ勇気の魔法」
「どんなに難しい クエスト受けても 難易度は下げてたまるか
一度限りのコンティニュー 完璧にやり遂げる」
歌い終わり、一息ついたところで、カザハに尋ねる。
「カザハ、その2番って……自分で捏造したんですか?」
「……自分でもよく分からないんだ。
そうかもしれないけど……考えたというよりは思い出したような気もするしいつの間にか知っていたような気もする」
カザハはジョン君に気付くと、手を振りながら駆け寄った。
「ジョン君! 聞きにきてくれたんだな……!」
元はといえば騒音公害を阻止するために私が連行してきたのですが……
嬉しそうにしているので敢えて真実を告げる必要もないですね。
「持っといて。聞いてくれたお礼」
そう言って、小さな宝石のようなアイテムを差し出す。
音精のタリスマン――音響系スキルによるバフの効果10%アップらしい。
とはいってもこの街では普通に売っているもので、つまり貰おうと思えばタダで貰える状態だ。
なので深い意味はないほんの気持ちと言ってしまえばそれまでなのだが。
「前に”いつまで一緒にいられるか分からない”って言ったかもしれないけど忘れて。
必ず最後まで見届けて君達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐよ。
君が最前線で戦うのを後ろで見てるしかできないかもしれないけど……ほんの少しでも力になれるといいな」
他の皆のように前線で仲間を守ったり大火力で敵を薙ぎ払ったりできなくても、
ほんの微力でも皆を手助けしながら最後まで見届けるという決意表明――私にはそう思えました。
-
>「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
すぐさまキングヒルまで直行しようとした俺とカザハ君の背に、エンバースの制止の声が飛んだ。
振り返ればジョンもまた言葉で俺に釘を刺す。
>「焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…
それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ」
「んなこと言ったって……っ!キングヒルは陥落して、音信も不通なんだぞ!?
ここで足踏みしてる間に籠城に限界が来たら――」
>「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
エンバースが続けた言葉に、俺は背筋ごと頭が冷えていくのを感じた。
足元ではボノが、ブリキの口を歪ませて苦しそうに呻いている。
オデットの配下たちが回復魔法を唱えてるが、痛みはすぐさま消えてなくなるわけじゃない。
俺は、こいつが目の前で満身創痍で苦しんでいるのに、何も見えちゃいなかった。
「……悪かった、ボノ。お前が命がけでここまで情報を持ってきてくれたんだ。
回復するまで待って、一緒にキングヒルに戻ろう」
なゆたちゃんの回復スペルが効き、次第にボノの表情から険が抜けていく。
そうだ、キングヒルからエーデルグーテまで陸路で来るなら海を大きく迂回しなきゃならない。
魔法機関車をどんだけぶっ飛ばしたって、何日分もの時間を今焦って埋められるはずもない。
タッチの差で命運を分けるんじゃないなら、むしろ十分な準備を整えてから向かうべきだ。
>「それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?」
共にボノの容態を見守っていたエンバースがなゆたちゃんに水を向ける。
そうか、キャラクターのステを弄れるなら強さも自由自在ってことだよな。
それこそ一日一回しか使えない超レイド級を使いあぐねるよりも、
俺自身が超レイド級になっちまえば即日ローウェルのアホをギタギタにできる。
>「……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?」
エンバースの本題はむしろ……『不可逆な変化を取り戻せるか』に向いていた。
フラウ。ホワイトナイツナイトの成れの果て。
溶けかけたミシュランマンみたいになってる今の姿を、もとの騎士竜に戻せるのなら。
――『燃え残り』を、『ハイバラ』に戻すことだってできる。
だけどエンバースは、当然あるべきその可能性について言及しなかった。
-
>うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも。
みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。でも――」
問われたなゆたちゃんは、躊躇いながらも決然とした表情で答えた。
>「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。 それは……やりたくない」
「できるけどやりたくない……理由は、あるんだよな?」
>「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ」
なゆたちゃんの言ってることは、俺にもよく理解できた。
元々俺はお膳立てが嫌いだ。降って湧いたご都合パワーで収める勝利なんかクソ喰らえだって思ってる。
『シャーロットがステ弄ってくれたから勝てました』なんて結末を、俺自身が受け入れられない。
だけどそれだけじゃあ、命を懸ける理由には足りない。
>「それに――」
なゆたちゃんは続ける。
>「自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――
最っっっっっっ高に面白いって思わない?」
「おいおいおいおい……んな一時の爽快感のためにこっちの切札捨てるってのかよ。
相手は世界の神みてーな存在なんだぜ。目が合った瞬間デリートされちまうかも知れねえんだ。
ヒャクパー感情論のこだわりで絶対勝てる方法を取らねえで、五分にもならん勝負に命張るつもりか?
そんなの――」
>「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
一緒に噛みついたガザーヴァが、ちらりと俺に視線を投げる。
んんー?せーので言いたいのかい?しょうがないなぁ……。
それでは皆さん、ご唱和下さい。
「――すげぇ面白そうじゃん。やってやろうぜ」
-
俺達のセリフは完璧にハモった。
そのステレオな響きは耳朶をうち、比類なき自信と力を俺にもたらしてくれる。
言葉にはパワーがある。俺は何度だって強気な煽り文句で自分を鼓舞してきた。
「実際んトコ、感情論抜きにしても安易なチート合戦は避けるべきだと俺は思う。
ローウェルを倒すことは世界を救う必要条件であって十分条件じゃない。
『倒し方』……結果よりも過程が重要視される戦いだ」
ローウェルは、ブレイブ&モンスターズに見切りをつけている。
世界はオワコンで、これ以上の集客を生み出すことはないと考えてる。
その判断を覆すには、俺たち自身にプロデューサーが食指を動かす付加価値を創造しなきゃならない。
『ブレモンはまだまだ戦えるコンテンツ』だと、認めさせる必要がある。
「ローウェルとの戦いを、単なる管理者権限のぶつかり合いに終わらせない。
この上なくドラマチックな『バトル』を、俺たちがローウェルに提供するんだ。
……問答無用のデリートを防ぐファイル保護ぐらいは、シャーロットの力を借りたいけどな」
>「ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから」
「おいおい他人事みてーなこと言うじゃんカケル君。
ゲーマーじゃねえ奴の視点こそ必要なんだぜ。俺たちゃどうしても廃人目線で語っちまうからな」
ソシャゲのユーザーの90割はスマホでしかゲームやらねえようなライト層だ。
コンテンツを復活させるには、そういう多数派にこそ訴求できなきゃならない。
カザハ君やジョンも含めて、ライトユーザーの意見は絶対に必要だ。
◆ ◆ ◆
-
それからしばらくボノの回復を待っていると、突如として魔法機関車の鉄扉が弾け飛んだ。
中から顔を見せたのは――
>「……『覇道の』……グランダイト……!!」
キングヒルでバロールと会談していたはずの、グランダイト陛下そのひとだった。
そしてもうひとつ。陛下が抱えているのは。
「せっ、石油王……!おい、石油王!!」
思わず駆け寄る。グランダイトに抱かれた石油王は、血を流していてピクリとも動かない。
最悪の想像が、背筋を流れ落ちる。
>「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
はたと気付けば、グランダイト自身も石油王以上にズタボロだ。
豪奢な鎧はところどころが煤け、ひしゃげ、隙間からは赤黒い血が流れている。
あの覇王が、こんなボロボロに……。キングヒルの『壊滅』という言葉が、鈍く頭を打った。
目を覚まさない石油王を引き取り、後から這い出てきたソロバン殿と一緒にグランダイトをメガスへ連れていく。
そこでもたらされた情報は、現状をさらに絶望に追い落とすものだった。
>「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
「生存者が……皆無……」
キングヒルが。アルメリアの首都にして、最大の規模を誇る街が。
そこに暮らす何万って人々が……全員殺された。イブリースの軍団に。
「イブ……リー……ス……!!」
シャーロットのユニークスキルで生え変わったばかりの奥歯がミシミシと軋む。
真っ白になるくらい握った拳から、滲んだ血の赤が見えた。
>「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
>「『侵食』だ」
グランダイトが言うには、王都の防衛にあたっていた戦力――
正規軍や覇王軍はおろか、他国からの支援として駆けつけた軍事組織が軒並み全て、
『侵食』によって消滅してしまったらしい。
ローウェルによるデータの強制削除だ。
軍が一箇所に集まるのを待って、まとめてデリートしやがった。
辛うじて侵食を逃れたグランダイト達は、バロールを殿に残してキングヒルから撤退。
魔法機関車で敵の包囲を突破し、エーデルグーテまで辿り着いたという。
-
>「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
「ガザーヴァ」
強がりか本心か、ガザーヴァの言葉を俺は制した。
「『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ」
イブリースによる侵攻はいつも突発的に始まる。住民を避難させる余裕なんかあるはずもない。
そもそもどこに逃げるってんだ。首都の人口を丸ごと匿って養えるような場所は存在しない。
市街地含めて生存者は皆無――侵食に飲まれたか、ニヴルヘイムの怪物たちに皆殺しにされたってことだ。
初めて王都に着いたときに泊まった宿屋も。
エンバースに死化粧を施した洋服屋も。
バロールに塩対応してた、あのメイドさん達も。
みんな……死んだ。
始原の草原で俺たちを断罪した、イブリースの言葉が頭に蘇る。
――>『今まで経験値だ、イベントだと、我々の仲間たちを嗤いながら殺めてきた貴様らが……今更どの面を下げて『救う』だと!
オレたちの生きる世界は! 貴様らが片手間に救えるほど安い世界ではない――!!』
ああ……イブリース。お前はずっと、ずっとずっと、こんな気分だったんだな。
お前が俺たちを拒絶する気持ちが、ようやく実感できたよ。
「ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる」
>「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
「ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ」
脊髄反射でエンデに反駁して、それからこいつの言うことが正論だと理性が言った。
駄目だ。怒りでまともに頭が回らん。
だけどまだキングヒルにはバロールが居るはずだ。あいつを助けなきゃ。
>「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
「クソっ、悪かったよ噛み付いて。バロールに関する見立てはお前が正しい。
あいつもシャーロットと同じ管理者なら、最悪ログアウトしてキャラデータを守るくらいできるはずだ」
よしんばデリートされたとして、『中の人』が居るならやりようはいくらでもある。
コンタクトがとれない以上、俺たちの側からはどうすることもできない。
-
だけどこの胸騒ぎはなんだ……?
「バロールには創世魔法と名を変えた、『中の人』としての権限があるはずだ。
だけど、その権限をもってしてもローウェルによる侵食――データ削除は止められなかった。
シャーロットと違って、プロデューサーとデザイナーの権限は拮抗してるのかもしれねえ」
気がかりはもうひとつある。
「初めて王都でバロールに会った時。
あそこであいつが一言『シャーロット』と口にすれば、世界の真実はもっと早く明らかになったはずだ。
そうできない理由があった。あの段階では、まだ俺達に対するローウェルの影響力が強かったからか?」
あの段階では俺達はまだスマホ越しのローウェルの指示で動いてたもんな。
プロデューサー権限による情報統制が働いていてもおかしくはない。
本当は、出会ったあの時からバロールはシャーロットのことを口に出していて。
だけど俺達は、『シャーロット』という単語を認識できなくされていた?
デウス・エクス・マキナの詠唱者について訪ねたとき、バロールが『わからない』と言ってたこともこれで説明がつく。
「ローウェルとバロールの力が拮抗してるならなおさら、ジジイの意識をキングヒルから剥がす必要がある。
俺達がニヴルヘイムに攻め込めば、ローウェルは必ず俺達を潰しにかかる。バロールが動ける隙もできるはずだ」
俺たちの進路は変わらずニヴルヘイムへ。
当初の予定通り、準備を整える次第となった。
>「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
「わかった。4日後にまた会おうぜ。……それまでには、ちゃんと頭冷やしとくからよ」
最低限の取り決めを交わして、俺たちは解散した。
◆ ◆ ◆
-
その晩、聖堂に割り当てられた寝室で、俺は酒の入ったグラス片手に室内をウロウロしていた。
まったく寝られない。ずっと、壊滅したキングヒルのことを考えてる。
壊滅させたローウェルと……イブリースのことを考えてる。
タマン湿性地帯での戦いで、あいつの想いに触れられたと思った。
ヒトと魔族の、ミズガルズとニヴルヘイムの垣根を超えて、協力する足掛かりが出来たと思った。
三世界を救うって目的のもとなら、因縁を押さえつけてでも手を取り合えると……
そう思ってたんだ。
あいつはキングヒルを滅ぼした。そこに暮らす全ての人々を蹂躙した。
ロイ・フリントを使ったアイアントラスの虐殺に続いて、これで二度目だ。
もしかしたら、俺が知らないだけでもっと色んな街を滅ぼしてきたのかもしれない。
なあイブリース。
お前にとってタマンでのあの戦いは、信念のぶつかり合いは、何の意味もなかったものなのか?
何一つ心動かされることなく、ミハエルの乱入でノーゲームにしちまえるようなもんなのか?
そして俺達も、あいつが言うところの一巡目だかゲームの中だかで、
ニヴルヘイムの何万という生命を蹂躙してきた。
なゆたちゃんは、敵とさえも殺し合わずに世界を救おうとしている。
ジョンは、イブリースと分かり合うことで協働を図っている。
だけど、もう、無理だろ。
和解を目指すには、俺達はお互いに取り合う手を血に染めすぎている。
少なくとも俺は、あいつとあいつの率いる軍勢に殺された人々から目を背けられない。
たとえイブリースの言い分が、正当な報復だとしても……納得できない。
あいつの首を手土産にしなけりゃ、キングヒルをの敷居を跨げない。
世界を救うのにあいつの力が絶対に必要なのであれば、その後で良い。
必ず報いは受けさせる。
グラスの中の酒を一気に呷った瞬間、背筋を叩きつけるような圧力に晒されて盛大にムセた。
凄まじい魔力が部屋の外から押し寄せてきた。
「ぶえっ……!なんだ!?」
慌てて退路を確保するために窓を開けると、隣の部屋から怒鳴り声が聞こえる。
>「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
「ガザーヴァ……?」
隣はガザーヴァの部屋。聞こえてくる声もあいつのものだが、誰かと言い争ってる?
>「……いたけりゃいていいってもんじゃないだろう! 寂しいとか言ってる場合じゃないだろう!
世界が消えかかってるんだから……駆け出し冒険者のほのぼの珍道中じゃないんだから…………。
……ああもう、分かった! 分かったから! もう抜けるとか言わないから! だから泣きやみなよ!」
今度はカザハ君の声だ。
水と油みたいな二人がなんだってこんな夜更けに。
姉妹でパジャマパーティー……ってガラじゃねえだろうに。
-
>「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
いけないと分かっているのに、ついつい聞き耳を立ててしまう。
そうして一部始終を盗み聞きして、合点がいった。
「カザハ君……」
飲み干したグラスの中の氷がカラリと音を立てる。
アコライト外郭での防衛戦の後、一度俺はあいつがパーティを抜けるんじゃないかって慌てたことがある。
それはとりこし苦労で、元気に朝練してるカザハ君を見つけるだけに終わったが……
あれからもずっと、あいつは悩み続けていたんだ。
世界を救うこの度に、出所の曖昧な自分が居続けて良いのかって。
思えば、今朝も魔法機関車が突っ込んでくる前に何か言いかけていた気がする。
気付けなかった。
気付いたのは……カザハ君を苦々しく思っていたはずの、ガザーヴァだけだった。
「……なんだよもう。ちゃんとお姉ちゃんのこと、気にかけてるじゃねえか」
それは、ガザーヴァがカザハ君を『いけ好かないコピー元』じゃなくて、
『一人の仲間』として認めてるってことの証なんだと思った。
これ以上盗み聞きしちゃ悪いや。
わざわざ部屋に呼び出したってことは、他の誰にも聞かれたくない話なんだろうしな。
「おやすみ、二人とも」
俺は窓を閉じて、歯磨きして、床についた。
不思議とよく眠れた。
◆ ◆ ◆
-
「ガザ公、デートをしようぜ」
朝食を終えたガザーヴァに、俺は声をかけた。
四日間の自由時間っつったって、俺自身はとくにやることもない。
旅に必要な物資は一通り補充が済んでるし、俺は武器を使わないからメンテも必要ない。
強いて言うならジョンの言葉通り――最終決戦に向けて英気を養う義務があった。
「今日はご飯食べて、買い物して、いい天気なので釣りをします。釣りってやったことあるか?
お前の分の竿も買ったげるよ。うまくいきゃ夕飯のおかずが一品増えるぜ」
有無を言わさずガザーヴァの手を引っ張って、街へ出た。
「このパエリア、クラーケンの肉使ってるらしいけど、ホントかぁ?」
オープンテラスのカフェで海鮮パエリアを突付く。
クラーケン……それはイカなのか?タコなのか?プルプルの肉からは、生前の姿が想像できない。
「俺魔法使うじゃん?杖くらい持っといたほうがいいのかなって思うんだけど、
選び方がわかんねンだわ。でっかい方が威力は高そうだけど両手ふさがんのやだなぁ」
魔術師の持つ杖は、別になくても魔法が使えないわけじゃない。俺も素手で死霊術使うしな。
じゃあ何のためにあるかっつうと、魔法を『速く強く飛ばす』ための発射台みたいなもんらしい。
店員曰く今の流行りは指揮棒みたいな大きさの杖。軽くて取り回しも良い。
バロールとかマルグリットが持ってるバカでけえ杖は魔法ガチ勢だけが使うもんだそうな。
「マゴットに服を着せたい。翅と干渉しない服っつーと……ビキニか!?全裸より変態じゃん……」
『グフォォォ……我が肉体に恥じる箇所なし……服など……不要……!!』
スマホから地響きのようなマゴットの声が聞こえた。
「あれ羽化直後だからとかじゃなくてデフォで全裸なの?
姉上とユナイトしたときのあの露出度お前の趣味かよ。
エロゼブブがよ。エロゼブブオルタナティブがよ」
『は?ちげーし……!!』
「キャラが不安定すぎる……」
市場を巡って、色んな飯を食って、色んな買い物をした。
オデットの指示で店の商品はなんでも100%オフだ。すげえ大盤振る舞い。
会計の代わりに、購入した物品の目録を渡された。
これにサインすると、品代がプネウマ聖教の財務部から各店舗に支払われるらしい。
「やべえな。ビキニパンツ買ったことオデットに筒抜けだ」
そうして最後に釣具屋へ行き、竿の新調ついでにガザーヴァの分も買ってやる。
スマホからはマゴットの寝息が重低音となって聞こえてくる。
はしゃぎ疲れたみたいだ。スマホん中でどうやってはしゃいだのかは知らんが。
さて、エーデルグーテは海上に突き立った万象樹の根本に築かれた街であるからして、
八方を海に囲まれた臨海都市でもある。地場の水揚げ品が毎朝市場に並ぶ程度に漁業も盛んだ。
複雑に張り巡らされた木の根の隙間は魚にとって絶好の住処になる。
マングローブとかサンゴ礁みたいなもんだな。
-
「ミズガルズの埠頭にはテトラポッドつって波を弱めるためのブロックがあってさ。
こう、四角錐?みたいな形が積み上がってるんだけど、その隙間がいい感じに魚の巣になるんだ。
エーデルグーテの埠頭も隙間がたくさんあるし爆釣だぜ多分」
もうめちゃくちゃに釣れるから、釣り人はこういうスポットを高級マンションとか言って有難がる。
毎年のようにテトラポッドの隙間に挟まって死ぬ釣り人が出んのもそこが爆釣ポイントだからだ。
「俺、ふたつ下に弟が居るんだ。アウトドアが趣味で、俺が実家に居た頃はよく一緒に釣りに行ってた。
つってももっぱら弟が釣り糸垂れて、俺は隣でスマホ構ってるだけだったんだけどな。
あの頃はソシャゲ以上の娯楽なんてこの世に存在しないと思ってたけど……やってみると楽しいもんだよ」
専門用語とかは何一つわからんが、仕掛けの付け方や竿の振り方は一通り教えてもらった。
リバティウムに居たときも、こうやって降って湧いた余暇を過ごしたもんだった。
ガザーヴァの釣り針に錘と買ってきたイカの足を取り付けて竿を返す。
「ほら出来た。右手でここ握ってな。近くに投げるなら横振りで、手首使って……こう!」
遠心力で発射された釣り針が水面に落ちる。
それを見届けてから、インベントリにしまってあった椅子をふたつ出した。
「あとは待ちます。魚がかかるまでのんびり待ちます。
こういう天気の良い日は、酒でも飲みながらゆっくり糸垂れんのが最高に心地良いんだ」
もひとつ、持ってきたワインのボトルとグラスふたつ。
手酌で注いで呷れば、雲ひとつない空が目に映った。
「……なゆたちゃんがさ、俺達の人生は誰に設定されたもんでもないって言ってたよな。
なんとなく分かるんだよ。多分、この世界ってアクアリウムみたいなもんでさ。
ローウェルが水を注いで、バロールが水草やら底砂やら設置して、シャーロットが魚を入れて。
そんな風に世界一つ分の生態系を水槽の中に再現したのが、ブレモンの3世界なんだと思う」
だから、そこを泳ぐ魚の一匹一匹までには、運営の手が及んでいない。
この世界に息づく命は、運営が用意した水槽の中で自然繁殖し、育ってきたものだからだ。
「アクアリウムでは、メインの魚の他にちっこいエビとかも飼うんだ。こいつらは水槽の掃除人。
藻とか魚のフンとかを食べて綺麗にして、水質を清浄に保つ。そのために外から投入された生き物。
……俺達ブレイブは、水槽を綺麗にするために入れられた、エビにあたるもんなんだろうな」
ミズガルズという水槽を泳いでいたエビを網で掬って、
アルフヘイムという水槽に投入した。その結果が……一巡目だ。
「一巡目がローウェル主導で企画されたのなら、二世界に渡るブレイブの選定には奴の意図が強く反映されたはずだ。
イベントの中核になる存在だからな。そしてその結果は、バックアップという形で二巡目のこの世界にも残り続けてる。
――俺達の中に、ローウェルが選んだブレイブが居る」
俺も竿を振る。うなりをつけた釣り糸は、遠くの水面に波紋を立てた。
「そんで、多分、それは……俺だ。
『ブレモン史上最悪のアンチ』、うんちぶりぶり大明神。
この世界がオワコンだとユーザーに伝えるメッセンジャーにはピッタリだ」
-
考えてみりゃゲームの作中作のアンチって何だよ。意味不明な存在過ぎるだろ。
だけどそこに『史上最大のアンチ』とも言えるローウェルの意図があると考えりゃ筋は通る。
俺の配役は、さしずめ他のブレイブの足でも引っ張って旅を頓挫させるってところか。
ひひっ身に覚えあるわ。キングヒルのクーデターも、一歩踏み外してりゃパーティ崩壊だったもんな。
「一巡目で俺が何やってたのかは知らん。前世のことなんざ興味もない。
重要なのは、俺達の中でおそらく一番ローウェルの影響を受けやすいのは俺だってことだ。
好きだったはずのモノを手ずからぶっ壊そうとしちまうような、思考もよく似てるしな。
最悪、対峙した瞬間支配されてジジイの手駒に成り下がる可能性だってある」
竿先から伝わる感触。糸を手繰り寄せれば小さな魚が掛かっていた。
タモで拾い上げて、海水を張った桶の中に入れる。
「ガザーヴァ、お前に頼む。この先首尾よくニヴルヘイムを攻略して、ジジイと会って。
もしも俺がローウェルに洗脳されでもしたら、その時は――」
こんな時、迷わず俺を殺せって言えるなら、カッコいいんだけどな。
「……どんなに絶望的な状況でも、俺を信じてくれ。
操られたならぶん殴ってでも連れ戻してくれ。
お前が手を伸ばしてくれるなら、俺は必ずそれに答える」
【デート】
-
【ワンダリング・ハート(Ⅰ)】
『フラウさん……ウルトラレアの騎士竜ホワイトナイツナイト……だね。
シャーロットの記録で知ったよ、今の姿は本当の姿じゃないって。
うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも』
「出来る……のか?何の代償もなしに?なら――」
自分は強くならなくてはいけない――今よりも、ずっと。
地下墓所での勝利は、勝つべくして勝ったとはとても言えない。
もう一度やったら、結果は分からない――もっと出来る事があった筈だ。
この世界はゲームだ――ならば、物語が進むにつれて敵はもっと手強くなる。
マルグリットと次に戦って自分は勝てるのか/ロスタラガムにはどうだ/マリスエリスは。
ゴットリープも敵に回った/アラミガだって、その拝金主義は絶対的な『設定』だ――どう転ぶかは未知数だ。
仮にそれらをなんとか出来たとしても、今の自分はミハエル・シュバルツァーの足元にも及ばない。
強くならなくては/せめて、かつての自分に追いつかなくては――次の戦いには、決して勝てない。
『みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。
でも――』
「でも……なんだよ。やっぱり何か問題があるのか?」
『エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない』
「……正気か?」
『できるけどやりたくない……理由は、あるんだよな?』
『さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた』
――ああ、お前の言いたい事は分かるよ。与えられた手札で勝負する。それがゲームだ。
だけど……これはただのゲームじゃない。負ける事も降りる事も出来ないんだよ。
最小限のチップを支払って、もう一回手札を引くなんて事は出来ないんだ。
『わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――』
――今ある手札じゃ勝てないし、次のドローも出来ないんだ。
だったらもう、セカンドディールに頼るしかないじゃないか。
『自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――』
――言え。言うんだエンバース。俺の天性の才能をもってしても、流石にそろそろ限界だって。
今の俺じゃマルグリットにもロスタラガムにも――ミハエルにも勝てないって、そう言うんだ。
-
【ワンダリング・ハート(Ⅱ)】
『最っっっっっっ高に面白いって思わない?』
そしてエンバースは口を開いて――言葉を振り絞れない/声の出し方が思い出せない。
ゲーマーとしてのプライドか/或いは――目の前の少女の笑みを裏切りたくないのか。
宙ぶらりんの決意を吐き出せずにいるエンバース――その右足を、何かが叩いた。フラウの触腕だ。
「……フラウ?」
返事はない――代わりにもう一発、右足を叩かれた。
「……おい、フラウ?今、大事な話を――」
〈今ではありません。大事な話はこれからします。私が、あなたに〉
互いにひそひそ声/それでも伝わる煮え返るような怒気――何も言えない。
『――すげぇ面白そうじゃん。やってやろうぜ』
「え?あ……ああ、そうだな。俺もそう思うよ」
迸る青春の波動――もう今更、今のままじゃ無理だなんて言い出せる空気ではない。
『実際んトコ、感情論抜きにしても安易なチート合戦は避けるべきだと俺は思う。
ローウェルを倒すことは世界を救う必要条件であって十分条件じゃない。
『倒し方』……結果よりも過程が重要視される戦いだ』
「なら、トドメの一撃は明神さんとガザーヴァの役目だな。
ムーンブルクを二人で手を重ねて構えて、なんかすごいビームを撃つんだ。
スキル名は……【愛の一刺(アウトレイジ・ラブラブズッキュン・インヴェンダー)】とか?」
『ローウェルとの戦いを、単なる管理者権限のぶつかり合いに終わらせない。
この上なくドラマチックな『バトル』を、俺たちがローウェルに提供するんだ。
……問答無用のデリートを防ぐファイル保護ぐらいは、シャーロットの力を借りたいけどな』
「実際、ローウェル側としてもそれが最適解になり得るんじゃないか。
俺達の縛りプレイを信用してシャーロットによるハック対策を怠るよりも、
侵食をぶつけ続けてシャーロットにまともな仕事をさせない方が合理的に思えるけど」
『ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから』
『おいおい他人事みてーなこと言うじゃんカケル君。
ゲーマーじゃねえ奴の視点こそ必要なんだぜ。俺たちゃどうしても廃人目線で語っちまうからな』
「そうさ。次のアンケに書いてやれよ。侵食なんてやめて、もっと緩いイベント増やしてくれってさ。
後は無料石をもっと配って、詫び石ももっと配って……後はえーと、無課金を差別するなとか……」
エンバースが戯言を切り上げる/フラウを見下ろす――屈んで、可能な限り目線を寄せる。
「……それで、大事な話って――」
不意に響く鈍い轟音=金属音――魔法機関車の客車の扉が大きく吹き飛ぶ。
エンバース/フラウ=瞬時に臨戦態勢。そうして車内から出てきたのは――
『……『覇道の』……グランダイト……!!』
『みのりさん!!』
『覇道の』グランダイト――そして、その腕に抱えられた/額から血を流し/目を閉じた五穀みのり。
-
【ワンダリング・ハート(Ⅲ)】
『陛下! みのりさんは……』
『……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ』
「命に別状はない。それは、お前の方もか?カッコつけて突っ立ってないで、さっさと治療を受けろ」
『『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?』
「やめろよ、エカテリーナ。まためそめそ泣き出したお前を励ますのは御免だぞ」
『久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を』
『ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト』
「グランダイト、とりあえずみのりさんをこっちに寄越せ。怪我人に怪我人を運ばせても危なっかしいだけだ」
『我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります』
かくして一行は大聖堂へ――怪我人に応急処置を施し/病床を割り当て/そのまま手近な一室へ。
『兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ』
グランダイトの報告――エンバースは何も言わない/小さく嘆息を零すだけ。
自分自身ですら驚くほど、エンバースは動揺していなかった。
何の意味もなく、数多の命が奪われたというのに。
どんな他人事の死も、等しく忌み嫌ってきた筈なのに。
何故、今なのか――とか。継承者とイブリースを自由に動かせるなら、
もっと問答無用で全てを終わらせるタイミングはあった筈なのに――だとか。
それに何より、この『展開』にはどこか既視感がある――バロールが魔王を務めた一巡目だ。
バロールが鬣の王を弑して魔王を標榜したイベントを、今度はローウェルがなぞっているのか。
タイムループを下敷きにしたストーリーラインが少し見えた気がする――正直俺好みだ、とか。
そんな事を考えられてしまう。
『そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……』
『『侵食』だ』
「……やられたな。世界を救う為に集った軍勢だ。ユニークNPCだって大勢いただろうに」
プレイヤーをゲームに繋ぎ止める楔を、またぞろ雑に使い捨てた訳だ――そう、ぼやこうとして、しかし思い留まる。
とても気分のいい言動ではないと思い直したからだ――だが、エンバースは己の思考の変調にまでは気づけなかった。
自分が、人命をゲームの盛衰を決める資源として見ている事に。
この世界がゲームであるという事実は、エンバースに極めて急速に馴染んでいた。
『現実』だった人生を既に失っている為だ――世界が/現実がゲームだろうと極論どちらでもいい。
かつてと今の自分を取り巻く全てがゲームであると認める事に、心理的抵抗が全く生じ得ないのだ。
-
【ワンダリング・ハート(Ⅳ)】
『では、『創世』の師兄はどうされたのです?』
『あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ』
「……バロールは、この世界の創造主の一人なんだ。何か勝算があっての事……の筈だ」
『ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?』
「……おい」
『ガザーヴァ』
『『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ』
エンバースは何も言えない/ただ耳が痛かった。
『ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる』
「……そもそも、俺達はまだイブリースと交渉するべきなのか?
いや、するべきかと言えば、間違いなくするべきなんだけど」
闇色の眼光が、どんな些細な所作も見落とさないほど鋭くグランダイトを見遣る。
「それはもう、俺達だけで決めていい事の範疇を超えているように思える。
少なくとも、グランダイト……お前には異を唱える権利がある筈だよな」
『キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う』
「……ま、別に今すぐ決めなきゃいけない事でもないか。よく考えておいてくれ」
イブリースを殺せば、最早ローウェルを倒した後でも戦争が終わるとは限らなくなる。
現状、イブリースはニヴルヘイム側で唯一、和解の可能性が見出だせる人物だ。
それが消えれば、戦争はただの互いのリソースの削り合いに成り果てる。
グランダイトはそのくらい、説明しなくても分かっているだろう。
だとしても、そういう理由があるからイブリースは絶対に生かしておこう。
などと提案する事は出来ない――そんな言葉でグランダイトの心を動かす事は出来ない。
世界の平和/皆殺しにされた軍勢/仲間割れになる可能性――それらを、グランダイト自身が天秤にかけるしかない。
『ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ』
『待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?』
「落ち着けよ」
『見捨てていく』
『てめえ――――』
「だから落ち着けって。実際、今からキングヒルに行ってどうするんだ」
-
【ワンダリング・ハート(Ⅴ)】
『みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?』
「キングヒルが侵食で消滅するなら、バロールにとっての最適解は敵を逃さず、自分は逃げる事だ。
魔法列車が追えない程度には逃さず、十分に時間を稼いだらさっさと逃げる。
その場に留まる理由はない……アイツなら十分やり遂げられる」
『クソっ、悪かったよ噛み付いて。バロールに関する見立てはお前が正しい。
あいつもシャーロットと同じ管理者なら、最悪ログアウトしてキャラデータを守るくらいできるはずだ』
「……多分、それは出来たとしても本当に最後の手段だろうな。
ログアウトした地点に侵食を置かれたら、その時点で詰みだ」
『ほほほ、御子の言う通りじゃ幻魔将軍。
何せ『創世』の師兄はゴキブリよりしぶといからのう! きっと、しれっと妾たちの前に姿を現すことじゃろう!』
「……ま、とにかくこれで基本方針は決まりだな。とは言え、まず足並みを揃える必要がある」
『あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい』
「……なら、そうだな。後で贖罪庫の鍵を届けさせてくれ。それと用意出来るだけのルピもだ」
【贖罪庫=呪われた器物の中でも、特に回収までに一人以上の信徒を死なせている悪霊憑きの保管庫。
オデットならば当然許すだろう――しかし、ただ浄化されて終わりではあまりにも死者の面目が立たない。
そうした器物をいつか使い潰しの装備として扱う為の――信徒である前に人間である者達の、ささやかな復讐の寝所。
そこには当然呪われたままの、しかしそれ故に驚異的な力を秘めた武具が眠っている】
『よーっし、じゃあ四日後の朝にニヴルヘイムにカチコミな! それまでは自由時間ってコトで!
いこーぜ明神、マゴット! まずは腹ごしらえだろ、腹ごしらえ!』
『……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――』
「それじゃ、俺達も一旦……って、フラウ?おい、どこに行くんだよ」
話に区切りが付いた途端、エンバースに先んじて部屋を出るフラウ。
そのまま聖堂の外へ――決してエンバースに追いつかれぬよう、少しずつ早足に。
早足が弾むような跳躍に変わる/更に加速する/市街の屋根を瞬く間に飛び渡る――追いつけない。
「お、おい!おいってば!マジでどこまで行くつもり――」
不意に、フラウが立ち止まる/市街地の端/屋根の上――エンバースに背中を向けたまま。
〈――昔の私が恋しいですか?〉
フラウが大破した魔法列車を見下ろしながら呟く/エンバースは己の言動が誤解を招いた事を察した。
「違う。アレは……言い方が悪かった。俺はただ、お前が元の姿に戻りたいんじゃないかって」
フラウの返答はない。
-
【ワンダリング・ハート(Ⅵ)】
「……お前を力不足だと思った事なんてない。あの時、前に進めなかったのは俺の方だ。
だから……俺はあの時も、今だって、お前に悔しい思いをさせちゃいないかって……」
エンバースがフラウに歩み寄る=恐る恐るといった足取り――そして気づいた。
〈……ふ、ふふ〉
フラウが小刻みに震えて――笑っている事に。
「……おい、勘弁してくれよ」
〈言っておきますけど、最初はちゃんとカチンと来てましたからね。それに〉
「それに……なんだよ、まだ俺をからかい足りないのか?」
〈いいえ?ただ……私は今のこの体、そんなに嫌いじゃないですよ。だって――〉
フラウの触腕が細く伸びる/エンバースの右手を繭のように包む。
〈少なくとも……昔より遠くまで手が届きます。望めばあなたの鎧になる事も出来る。
私はクールでイケてるかつての姿を失いましたが……それによって得たモノもある〉
純白の肉塊に埋もれた金眼がエンバースをまっすぐに見つめた。
〈それはあなたも同じですよ、ハイバラ〉
「……そりゃ、まあな。生きてた頃より力は強いし、体は軽いよ。けど、それだけじゃもう――」
〈いいえ。それだけじゃない。何もかもを失っても、あなたには遺された物がある。そうでしょう?〉
エンバースは暫し沈黙――視線が何度か宙を泳いで、再びフラウを見遣る。
「……それは、確かにそうだ」
懐を漁る/小さな革袋を取り出す――肌身離さず持ち歩いている、かつての仲間達の遺品を。
「――だが、今の俺に……アイツらの遺品に頼る資格があるのか?」
〈逆でしょう。その資格があるのは、あなただけだ〉
「……俺が、もうハイバラじゃなくて。ただの燃え残り……エンバースに過ぎなくてもか?」
〈そのわりには、私がハイバラと呼んでもそれを訂正しませんよね?〉
「それは……お前がそう呼んでくれるのを、あえて無碍にする理由もないだろ」
〈なら、彼らに対しても同じ事が言えるでしょう。彼らはきっと、今でもあなたをハイバラと呼びますよ〉
「だと、いいけど」
〈……なんにしたって、決めるのはあなたです。好きなだけ悩んで下さい。
ですが――私が思うに、あなたはすぐにそんな事気にしなくなりますよ〉
「そっちも……そうだといいけど」
エンバース=皆の遺品を暫し見つめる/それから大聖堂を振り返り――自分のスマホに触れる。
ブレモンのアプリを/そのメッセージ機能を開く――宛先は、モンデンキント。
数秒の逡巡の後、指先をフリック/短いメッセージを入力――送信。
《明日の昼から予定を空けておいてくれ。行きたいところがある》
-
【デートイベント(Ⅰ)】
翌日、エンバースはモンデンキントの部屋を尋ねる/ドアを二度ノックする。
「おはよう。準備は出来てるか、モンデンキント――焦らなくてもいい。少し早く来すぎたかもしれない」
アンデッドには睡眠が不要――昨日の疲労がどれほど後を引くかも、予想する事が難しい。
「よし。それじゃ――ヒノデに行こう。エンデはどこだ?近くにいるんだよな?」
エンデの『門』はパーティ全員をキングヒルまで運べる。
であれば、より少人数をヒノデまで運ぶ事も出来て当然。
〈ヒノデ?何故また、そんな所まで……〉
「理由なら幾つかある。まず第一に……今の俺は正直言って力不足だ。
ダインスレイヴとハンドスキルだけじゃ、この先の戦いは多分乗り切れない。
デッキを組み直す必要がある……が、俺のカードファイルはほぼ全て焼失しちまってる」
〈カードが必要なら、パーティの皆さんに譲ってもらえばいいのでは?〉
「ガチャ産じゃないユニークアイテムの殆どは、トレード機能の対象外なんだよ。
当面、俺が絶対に確保しておきたいカードもそうだ。それに――
そういうのは、ちゃんと自力で入手しないとだろ?」
他にも、と続けるエンバース。
「チームアルフヘイム連合軍はどいつもこいつも自儘な連中ばっかりだ。
自分の用事の傍ら、駄目元でクサナギに一報入れておこうなんて考えないだろう。
エドキャッスルにまで登城するかはさておき……何かしら連絡を入れておいて損はないよな」
幸いな事に、ヒノデには古来より伝わる連絡手段『ヤブミ』文化が存在する。
「後はそうだな……この世界がゲームって事は、俺達の旅は今もユーザー達に見られているって事だよな?
つまり――今日からの三日間は所謂、アプデ待ちの虚無期間ってヤツになる訳だ。そうだろ?
このゲームの存続を目指すなら、こういう期間にちゃんとイベントを提供しないと」
ふと、エンバースの滔々とした語り口が途切れる。
「それと……これが一番大事な事なんだが」
数秒、奇妙な沈黙が続く。
「俺がお前とつるんで、どっか行きたいから……とか」
やや、ばつの悪そうな声色。
「ほら……こないだヒノデに行こうって話をした時は結局ポシャっちまっただろ?
俺、あの時結構楽しみにしてたんだよ。だから今からでもどうかな……なんて」
宙に泳ぐ視線/所在なさげに鍔広帽をいじる右手――なゆたの返答待ち。
「――――そうか、良かった。断られたらヴィゾフニールを無断で拝借しなきゃならなかったからな。
えっと……もしお前さえ良ければなんだが、ヒノデ以外にも一緒に来てくれないか?
折角、三日も時間があるんだ。もっと色んなところに行ける筈だ。だろ?」
ややエンバースらしからぬ、楽しげな声音。
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【デートイベント(Ⅱ)】
「……っと、悪い。今のはちょっと逸りすぎたな。とりあえず……行こうぜ、モンデンキント」
そう言うと、エンバースはなゆたに手を差し伸べる。
「さあ、『門』を開けエンデ。まずは首都ヤマトだ……どうした、なんだか嫌そうな顔だな。
心配するな。MPポーションの貯蔵は十分だし、それにこれはお前にとっても悪くない話だ。
なにせ――ヒノデの飯は美味いぞ、多分。テンプラとかオダンゴとか……興味あるだろ?」
かくして、エンバースの短い一日が始まった。
「――さてと、まずはゴフク屋だ。折角ヒノデに来たんだ……じゃなくて。
ニヴルヘイムの軍勢はフィジカルモンスターか、筋肉バカのどちらかだ。
つまり……今よりもっと、物理耐性に長けた防具を用意しとかないとな」
エンバースの主張=傾向と対策が半分/装いを和装に切り替える為の完璧な口実が半分。
「見ろよ、モンデンキント。カッコいいだろ」
得意げな声――幅広の深編み笠/黒地の当世具足/夜明け色の陣羽織を纏い、両腕を広げるエンバース。
アダマンアミガサ/ホマレレスアーマー/人生如夢の陣羽織――どれも高難度サブクエストの報酬装備。
「思った通りだ。スマホの中身は全部燃えちまったが、
クエストをクリアしてレシピを解禁したってフラグ自体は残ってる。
これなら『マスターアサシンの法衣』や『海賊王シリーズ』……それなりの装備を確保出来る」
エンバースはそのまま、なゆたに歩み寄る――右手を少女の頬へ。
「……お前は、俺から見れば正直、何を着たって似合っているようにしか見えないんだが――」
それから店内の姿見へ目配せ――鏡の中の少女は、見覚えのない装飾品に気づくだろう。
「けど……シャーロットの力を解放した時の、あの銀髪。あれには、こういう色が似合うんじゃないか」
瑠璃の髪挿し――触れた事など悟らせない、ハンドスキルの盛大な無駄遣い。
「……お前がちょくちょく、俺をリボンで飾りたがる理由がよく分かったよ。
それで……この後はなんて言うんだっけ。ええと、確か、ああそうだ――」
悪戯っぽく笑うエンバース。
「――かわいい、だったな」
いつもの意趣返しだと言いたげな語り口――諧謔の中に本心を隠す、いつものやり方。
「……それじゃ、次に行こうぜ。俺達は遊びに来たんじゃない。
来たる決戦に備えて、装備とカードを揃えにきたんだからな」
とは言え、一連の言動/振る舞いは素面ではやはり耐え切れない――エンバースは誤魔化すように背を向けた。
さておき――遊びに来たんじゃないとは言ったものの。
エンドユーザーにとってブレモンの世界は、どこも等しく庭も同然。
最終決戦にて実用に足る装備/カードはアルフヘイム各地に点在しているが――
「だから――遊んで回るのは、使えそうな装備とカードを揃えてからだ。一時間もあれば終わるだろ」
それらの蒐集は所詮、タイムアタックの対象に過ぎない。
「……いや、その前にチャヤに寄った方がいいか?昼飯はもう食ったか?
悪いな。アンデッドの体だと、どうにもそういった事に気が回らない。
どこか行ってみたい場所は?俺の予定は別に夜に回しても問題ないぜ」
とは言え――エンバースは明らかに、いつになく浮かれていた。
-
【デートイベント(Ⅲ)】
「さて――まずは『ムラサマ・レイルブレードの設計図』だ」
【ムラサマ・レイルブレードの設計図=長編サブクエスト『皆皆伝』のクリア報酬。
設計図とはあるが、技術的問題によってこれを形にする事は霊銀結社にも出来ないだろう。
例えば『どんな魔法でも無条件に実現可能な』道具を持つ者でもなければ、この設計図は無用の長物だ】
【皆皆伝=国内ばかりに心を砕くクサナギに翻意を抱くダイミョー・コバヤカワに関するサブクエスト。
クエスト内容はコバヤカワが自領の魔法総合研究機関キンカク・ゴジューノビルディングにて、
『クサナギを過去にする刀』を開発している――という噂の真偽を確かめるというもの】
「本来は潜入捜査に証拠集め、強行偵察と長いステップを踏む必要があるけど――
俺達には、そんな事をする必要はないからな。エンデ、『門』を開け。ここだ」
マップを展開/『門』が開く/通過する――コバヤカワが配置されたゴジューノビルディング、CEOゴデンに侵入。
『――侵入者か。ふん、大方クサナギの命を受けて我がプロジェクトを……』
「悪い、今急いでるんだ。また後で聞かせてくれ」
魔剣を一閃――抜刀前の刀ごとコバヤカワの左前腕を斬り裂いた。
フロア中に響く悲鳴――構わずデスクから設計図=カードを回収。
「よし。帰ろうか。次はマラソン・ニンジャのスペルショップだ。エンデ、頼んだ」
【マラソン・ニンジャ=ミカワ・タウンの路地裏や屋根の上を超高速で巡回するユニークモブ。
追いついて話しかけると、身のこなしに感服してマキモノ=スペルカードを販売してくれる】
「折角ミカワに来たんだ。明神さんへの土産に本場のミソでも買っていこうぜ。
マラソン・ニンジャは……フラウなら追いつくのは容易い事だよな。
けど、ここまで追い立てるのはどうだ?流石に難しいか?」
〈え?なに?ゆっくり買い物したいから私一人で街を駆けずり回っていろ――ですって?
私は別に、あなたがショッピングを楽しむ間もなく事を終わらせたっていいんですよ〉
「よせよ、マラソン・ニンジャが気の毒だ。それに、この後は神社に行くんだ。
あんまり俺達のカルマが下がるような事はしないでくれ。
最終決戦を前にテンバツアクシデントは御免だ」
〈神社?大丈夫ですか?鳥居を潜った途端、体が爆散して成仏したりしませんか?〉
「馬鹿言え、するかよ……しないよな?」
-
【デートイベント(Ⅳ)】
「……ところで、モンデンキント」
【ジングー・シュライン=モンゼン・タウンにある由緒正しきジンジャ。
境内の賽銭箱に一定額のルピを供えると、ゴフ=スペルショップが解禁される。
……のだが、その後もガチャ運上昇の為と賽銭に巨額のルピを放り込む者が後を絶たない。
言うまでもなく賽銭にそんな効果はない……多分、恐らく】
「お前の、シャーロットの力を解放するアレさ、スキル名を決めたりはしないのか?」
〈幼稚ですね〉
「シンプルな暴言をやめろ。そうじゃなくて、その方が咄嗟のコミュニケーションがしやすいだろ?」
〈ふん、またそれらしい建前を立てて……あなたはいつもそうですね〉
「はは、聞こえないな……それと、もう一つ。アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう」
〈神を祀る類の……?例えば、どんな?〉
「そうだな、例えば……これは本当に、ものの例えに過ぎないんだが――巫女服とかかな」
〈……本当に、あなたはいつもそうですね〉
【マウントフジ=首都ヤマトの中央にそびえる霊峰――何を考えてそんな所に首都を置いたんだとか言わない。
魔物は出ないが、ヨウカイ達が「見慣れない客人への些細な悪戯」という体で普通に襲ってくる。
徒歩で登頂を目指すと軽く半日はかかるが、山頂からの朝日/夕暮れは一見の価値あり】
「……もう、日没か。早いもんだな」
山頂――エンバースはなゆたの横顔を一目見て、すぐに夕日へ視線を戻す。
「今日は……楽しかったよ。こんなに楽しかったのは……本当に久しぶりだった。
けど……しまったな。本当はもう一つ、行っておきたい場所があったんだけど」
ぼやき――それから、僅かな逡巡。
「なあ。もし、お前さえ良ければさ……明日もこうして、どこかに出かけないか?
お前の都合が合えばでいい。もし無理なら……明後日の夜だけでも頼む。
どうしても行きたい場所がある。そこで……大事な話があるんだ」
そう言ってから暫し間を置いて、エンバースは背後を――その先にそびえるエドキャッスルを振り返る。
「さて……そろそろヒノデでの最後の用事を済ませるとしようか。
エンデ、先にエーデルグーテまでの『門』を開いておけ。
モンデンキント、先に門を超えておいてもいいぞ」
スマホをタップ/インベントリを展開――『ヨイチズ・ボウ』と矢を装備。
矢柄の部分に、事前に用意しておいた手紙を結びつけて――弓に番える。
「なにせ……この距離でも、無事に逃げ切れるのか確信が持てない」
そしてエドキャッスルのテンシュタワーへと矢を射かけた。
「――さあ逃げろ、もたつくと首が飛ぶぞ。殿を務める俺の首がな」
-
【デートイベント・エクストラ(Ⅰ)】
「おはよう、モンデンキント。今日は……ヒートスウィーク砂漠に行こう。
スカラベニアのアサシン教団員から『マスターアサシンの法衣』を回収したい。
バルクマタル王墓から『雨乞いコーリングウォー』も回収したい……が、その前に――」
【ヒートスウィーク・スライム牧場=アルフヘイムの砂漠地帯にある巨大なスライム牧場。
アルフヘイムの砂漠にはラクダが少ない。ラクダのコブより大きなスライムならば
ラクダよりも長く砂漠で活動出来るし、水の気配を探らせる事も出来るからだ。
スライム専用装備/アイテムを購入可能なせいでモンデンキッズがたむろしがち】
「――スライム・ラン。その名の通り、スライム達が障害物を設置されたコースを走破する競技だ。
ここで大事なのはだな、フラウ。スライム達が……って部分なんだよ。
お前の種族はなんだ?ほら、俺の目を見て言ってみろ」
〈ぽよよっ?〉
「おい!お前……っ!ドラゴンとしてのプライドはないのかよ!穢れ纏いになんか偉そうに言ってただろ!?」
〈まあまあ、一匹くらい手強いライバルがいないとポヨリンさんも張り合いがないでしょう?〉
「それは……まあ、そうかもしれないけど」
【墳墓都市スカラベニア=かつて狂王が己の寿命を悟った時、国の全てをもって己が墓を建てろと王命を発した。
暴君に長年取り入りつつ、密かに手綱を握り続けた宰相はこれを好機と見た。大規模な工事を名目に、
墳墓周辺に村を作り、都市へと育て――また墳墓を秘密裏に、大規模な魔道炉に仕立て上げた。
今、かつての暴君の魂は、己を狂王たらしめた魔力を民の為に使っている――恐らく、この先もずっと】
「さて、折角スカラベニアに来たんだ――ご当地っぽい服装を楽しもうぜ」
〈とうとう建前を立てる事すら放棄しましたね?〉
「装備を確保する重要性は、わざわざ毎回説くまでもないだろ?それよりどうだ、似合うか?」
【マスターアサシンの法衣=白を基調に、赤と金の糸で縁取りされたローブ。
高位のアサシンは、単なる戦闘員ではない――彼らはそこにいないまま恐怖を齎し、
そこにいながら姿を見せず、誰にも悟られぬまま命を奪う。その所業は――人よりも、神に近しい】
〈……ロスタラガムやイブリースを相手に、恐らく生半可な防御力は意味を成しません。
そういう意味では、その装備を選んだのは間違いなく正解と言えるでしょう。
適度にだぶついたローブのシルエットは、動作の起こりを――〉
「つまり……似合ってないのか」
〈あのですね、今はそういう話は――〉
「……似合ってないのか」
〈ああ!もう!クソウザいですからね、その絡み方!〉
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【デートイベント・エクストラ(Ⅱ)】
「……モンデンキント、寒くないか?折角フロウジェンに来たから……って訳じゃないが、
まずはここに相応しい服装をしないとな。それにポヨリンさんも……そのままで大丈夫か?
そのお腹……?が雪原にぴったり張り付いてるのを見ると、俺までこう……体が震えてくるよ」
【永久凍土フロウジェン=魔剣ロンダルキアによって凍土と化したアルフヘイム南部の土地。
降って湧いた凍土に負けず、逃げず――あまつさえ観光資源へと蹴落とした者達の土地。
つまり彼らの文化は漠然と積み上げられたものではなく――狙い澄ました研鑽の成果】
「見ろよ、モンデンキント――これ、超カッコよくないか?」
やけにくぐもったエンバースの声=背部に炎を噴き出すパイプの生えた、巨大な全身鎧姿。
【コタツアーマー=どんなに防寒具を重ね着しても寒いもんは寒いんだよ!というあなたに朗報!
この度プロミネ工房は防寒具を超えた『着る暖房器具』コタツアーマーを開発致しました!
燃料は着用者の魔力の他、フロウジェン・ロック瓶一本で24時間の稼動が可能です!
※注意:雪山での活動時、燃料用のフロウジェン・ロックを飲用する事は推奨していません】
〈……で、それを着て町中を歩くつもりですか?〉
「なんだよ、カッコいいだろ!それに、アンデッドと強固なガワの相性は抜群だ。
明神さんのリビングレザー・ヘビーアーマーだってそうだったろ?
あのコンボは小回りが利かないから出番は少ないけど……」
〈まあ……炎を動力に変えられるなら、あなたとの相性は良さそうですが〉
「だろ?強いて言うなら、俺のカッコいい顔がバケツみたいな頭で隠れちまうのが難点だが――」
〈いいですね、その鎧。あなたにすごく似合ってます。ずっとそれ着てましょう〉
「おい。そんな事言ってると、ホントに最終決戦までずっとこれ着ていくからな」
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【デートイベント・エクストラ(Ⅲ)】
「あー、悪い。ここは正直……お前にとっては退屈な場所だよな。うるさいし……暑いだろ」
【タウゼンプレタ魔装工廠=フェルゼン公国の心臓と名高い大規模工場。
過去に十一度の増築を経ており、一部の区画はダンジョンのようになっている。
関連クエストを進めると一部のNPCが一点物の『鋼装』を受注生産してくれるようになる】
「バイスバイトに『グレイテストメイス』を発注して、さっさと次へ行こう」
【グレイテストメイス=これは最早グレードメイスを超えた!これからはグレイテストメイスと呼ぼう!
ロスタラガムでもギリギリ辿り着けそうなくらい頭の悪いネーミングセンスだが、性能は本物。
つまりデカくて、重くて、頑丈で、デカくて、マジで馬鹿みたいに重い……だから強い】
〈それだけでいいんですか?ここにはもっと沢山、あなた好みの武器があったような〉
「シャードロック式滑空砲とかか?確かに好みっちゃ好みだけど……使い所が難しいんだよな。
魔力を充填して大火力を叩き出すなら、別にダインスレイヴで事足りてるし――
――待て。今運ばれていったの、カノンランス試作十四式じゃないか?」
〈ハイバラ?〉
「あ……ああ、悪い。ちょっとよそ見してた。えっと……バイスバイトの工房は――
――お、おい!今の見たか?スティルバイトだ!パズルアームズの製作者だぞ!」
〈ハイバラ?もしもし?〉
「なんだよ、もう!見失っちゃうだろ……じゃ、なかったな。行こう、さっさと用事を――」
〈ハーイーバーラー?今度は何を見つけたんです?〉
「ブロウナー……フォームドクリスタル・ハンドカノンの設計者だ……。
えっと……やっぱりここ、もう少しじっくり見ていっちゃ駄目かな?」
-
【ワンダリング・ハート(Ⅶ)】
気が付けば、空は黄昏色に染まっていた。
「……この三日間は、あっという間に過ぎちまったな」
時間を忘れる――そんな感覚は久しぶりだった。
「エンデ、これが最後だ。ここまで運んでくれ」
マップ上で指定された座標は――海の底。
「海中箱庭ワタツミ保護区……ここにリューグークランの本拠地があったんだ」
ゲーム内の箱庭や設備は、プレイヤーよりも先に存在していた。
ならば――そこには今でも、リューグークランの箱庭がある筈。
「別に、何か回収したいものがある訳じゃないけど……でも、この目で見てみたいんだ」
『門』が開く/視界が亜空に染まる――再び視界が開けると、見覚えのない/だが懐かしい光景があった。
基調は白い石材/朱塗りの柱/ポーカーテーブル/DPSチェック用のゴーレム――エトセトラ。
各々が己の趣味を持ち寄り、我先にと並べたような――整合性の欠片もない内装。
エンバースの身に宿る闇色の炎が、それらを照らし出す。
「まだ俺達がただのチームだった頃に……皆でルピを出し合ってここを買ったんだ。
でも、そのせいでエントランスをどんなインテリアにするのか、すごく揉めてさ」
エンバースがポーカーテーブルを撫でる。
「流川はやなヤツみーんな誘い込んで丸裸にしようってカジノを作りたがるし。
黒刃は内装とかいいから、とにかく入ってすぐにカカシ置けってうるさいし。
あいうえ夫は、お前らセンスないし俺一人に全部やらせろなんて言い出して」
足音が空虚に響く――項垂れたゴーレムを軽く小突く/頭上に1と数字が浮かぶ。
「結局、デュエルで勝ったヤツが全部決めようって話になって……まあ、俺が全員ボコったんだけど」
エンバースの視線が、何かを探すように床を這う。
「……あいうえ夫が、ここに楊琴狸を放し飼いしてたんだけどな。逃げちまったのかな。その方がいいけど」
深い溜息/天井を見上げる。
「この箱庭も、本当は俺達より先に存在していて……俺達はここを作り上げてなんかない。
だとしても、あの時間は本物だった。楽しかった……けど、俺はもうハイバラじゃない」
右手を掲げる/フィンガースナップ――指先に炎が灯る。
「デュエルの中なら、俺はどんな状況だって正解を見つけられた。
でも今は……分からないんだ。皆と今日まで旅をしてきて――楽しかった。
お前とこの三日間一緒にいて、マジで楽しかったよ。でも……つい、考えちまうんだ」
エンバースは手中の炎を見つめている――その行く先をどうするべきか、探るように。
「俺は……アイツらの事を蔑ろにしてるんじゃないか。
俺の中の、アイツらがいた場所を……塗り潰してるんじゃないか。
けど……仕方ないだろ?もう、皆いないんだ。ずっと喪に服してる訳にもいかない」
そして――その炎を、ゆっくりと握り潰した。
-
【ワンダリング・ハート(Ⅷ)】
「だからいっそ、ここを燃やしちまえば……踏ん切りもつくかなと思ったんだけど。
でも、やっぱりやめとこうかな。この世界には、俺じゃない俺と、皆がいるんだよな?
世界を救ったなら……ソイツらもやっぱりチームを組んで、いつかここに集まるんだよな?」
この二巡目の世界は、本来のブレモンよりも過去にある。
かつて立てられたこの仮説は――実際のところ、最早真実とは限らない。
この世界はゲームだ――だから全てのエリア/イベントで時間的な整合性が取れている必要はない。
最終決戦直前の時間と、世界が滅ぶ寸前の時間が、一つのサーバーに同居していない根拠はない。
「……なら、ここを燃やしちまうのは皆に悪いもんな」
だが――エンバースはその可能性に気づいていない/その可能性を疑うという発想自体がない。
もう死んでしまった彼らとは違う存在だとしても、仲間達がこの世界で生きている。
エンバースにならなかった自分が/最愛だった彼女が、この世界で生きている。
その可能性を疑う事など出来る筈がなかった。
「悪いな、湿っぽい話をしちまって。本当はもっと……違う話をしたかったんだけど」
エンバースが振り返る/誤魔化すような笑い。
「帰ろうぜ……俺は明日に備えて、デッキを再編しないと。エンデ、頼む」
『門』が開く――そして、なゆたとエンデがそれを潜る直前/或いは潜った直後。
「――誰かいる」
はたと、エンバースがダインスレイヴを抜いた/真に迫る声色。だが――
〈……私には、何も感じられませんが〉
フラウは何の気配も感じ取れないまま――困惑している。
〈ここの空気に当てられただけ……という可能性は?〉
「違う、勘違いじゃない。確かに、誰かが――」
『――アンタにはガッカリですよ、ハイバラさん。昔のアンタは、そんなヌルい事言わなかった』
不意に、どこからともなく響く声/エンバースが振り返る。
『いや待て、今のコイツをハイバラって呼べんのか?こんなヘタレのハンパヤローを』
『ああ、今の君からは……かつてのこだわりが燃え落ちてしまったようだ。正直、見るに堪えないよ』
ダインスレイヴの剣先ごと右へ/左へ振り向く――そこにはかつての仲間達がいた。
流川たな=口から大量の血/黒刃=全身刺傷だらけ/あいうえ夫=首に横一文字の傷。
-
【ワンダリング・ハート(Ⅸ)】
「は……はは……なんだ、そりゃ。俺が素っ裸になって、ここをメチャクチャにすれば満足か?」
『おっ、今のは少しそれっぽかった!その調子ですよ、そっくりさん!』
〈ハイバラ……?そこに誰か……いえ、誰がいるか……見えているんですか?〉
彼らは幻覚ではなく、確かにそこに存在している――だが、朧気だ。
恐らくは――ゴースト属の中でも最下級の、『残留思念(エコー)』。
「……リューグーだ。リューグーの、皆が見える。皆……ずっとここにいたのか?」
『え?あれ?今なんか言いました?……はい、リテイクです。もう一度どうぞー』
「……なら、俺か遺品のスマホにこびり付いてたんだな。残留思念が。
そして――ずっと分配され続けてきた。俺が戦って、発生する経験値を。
こないだのオデットの分で、こうして粋がれるくらいにレベルアップした訳だ」
『わお、一発クリア!さっすがぁ!大体そんな感じです!』
「それで久々の再会で出てきた言葉が、さっきのアレか?感動的だな」
『仕方ないでしょー、そっくりさん。全部本当の事なんですから。
正直、今のアンタが……あの金獅子に勝てるとは思えないです』
『オメーをハイバラと認めちまえば、俺達はハイバラが無様に負ける様を見なきゃいけねー訳だ』
『そうなるくらいなら……君にはただの、かつてハイバラだっただけのアンデッドとして終わって欲しい』
『すみませんねー。でも、私らはただの残留思念。一度死んで、目覚めて、また失望する事に耐えられるような意志は残ってないんです』
「マジで言いたい放題だな……俺がミハエルに勝てないとしたら、どうするって言うんだ。
俺が堕天使にボコられて成仏する時、お手々を繋いであの世まで案内してくれるのか?」
『……ハイバラじゃないオメーに、俺達のカードを貸してやる義理はない。って言ったら?』
瞬間、エンバースが弾かれたように、当世具足の左胴に括り付けたポーチを探る。
遺品のスマホを取り出す/画面を荒い手つきで叩く――ロック画面が表示される。
元々は、ロックなどかかっていなかった――外しておこうと皆で決めたのだ。
もし誰かが死んだら、残された仲間の為に使えるように――その筈だったのに。
-
【ワンダリング・ハート(Ⅹ)】
「お前ら……分かってるのか!?この世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なんだぞ!こんな事してる場合じゃ――」
『あーあー、今のはマイナス1ハイバラポイントです。ハイバラさんはそんな事も言わない』
「なんなんだよ、クソ……いや、待て。マリは……どこだ。いないのか?アイツなら――」
『はあ、気づくのが遅いっすよ……ほら、そこです』
流川たなの残留思念、その指先がエンバースの背後を示す――振り返る。
かつての最愛は確かにそこにいた――頭から血塗れの姿で/エンバースの真後ろに。
エンバースが思わず後ずさる/次の瞬間には、マリの姿は消えていた――流川へと向き直る。
だが、流川たなの姿ももう、そこにはなかった――黒刃も、あいうえ夫も、見えなくなっていた。
『そんな訳で――私らの力を借りたいんだったら、もうちょいカッコいいとこ見せて下さいよ。
ま……そう心配せずとも大丈夫っすよ。だってこの世界、ゲームなんでしょ?
なら、いきなり金獅子との最終決戦にはならないでしょ……多分』
エンバースは暫く動けなかった――だが、やがて魔剣を懐に収めて、右手で頭を抱えた。
〈ハイバラ……彼らは〉
「悪い。今は……少し、混乱してる。とにかく、帰ろう……明日に備えないと」
エンバースの姿が『門』に消える/残された竜宮が、再び闇に沈んだ。
-
覚悟を決めてドアを開け!叫んだその時。
ガァンッ!!
大きな音がなる。僕の後ろ側、つまり外側からだ。
オデットの兵隊がいる今この場に敵襲…?ありえなくないが効率が…いやそれよりも…
「おい!大丈夫か!」
急いで飛び出したその場には
>「……『覇道の』……グランダイト……!!」
ボロボロになったグランダイト…そしてその腕に包まれていたのは
>「みのりさん!!」
頭から血を流しているのを見てゾッとしたが…大事には至っていないようだ。
出血よりも衰弱のほうがひどかった。ぐったりとうなだれ…意識を失っている。
どんな目にあったのか……今からいこうとしていた場所がどうなったのか…いちいち聞くまでもなかった。
>「『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?」
>「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
「おいあんたも随分ふらふらじゃ…」
衰弱しているのはグランダイトも一緒だった。
気合でなんとか気をやらずに済んでいるが…それでも今にもその最後の気合そうなほど衰弱している…。
>「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
>「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
>「久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を」
>「ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト」
オデットとその部下達以外は静まり返っていた――
僕達はまだキングヒルが生きている――つまりまだ劣勢ではあるが耐えているものと考えていたが…
グランダイトが列車から現れた事によって…決定的になってしまった…
キングヒルに生存者がいないという事――死の街になったという事を…説明なんかされなくたって認めなければいけないという事を。
あのバロールでさえ逃がせたのたったこれだけである。
きっとどんな手を使われてもあの男なら準備周到だったはずだ…お茶らけていても実力だけは一級品だ…世界に疎い僕でさえしっているただ一つの真実。
つまり・・・この魔法機関車に乗った人以外は…
>「みんな、行こう!」
「あ…あぁ……!」
なゆの一声で我に返る。
さっき人に落ち着けと言っといてなんたるざまか…でもそれだけ…この事実は…僕には大きかった。
-
>「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
>「イブ……リー……ス……!!」
>「……やられたな。世界を救う為に集った軍勢だ。ユニークNPCだって大勢いただろうに」
イブリース…まだ僕達と対峙した時には理性が…本能残っていたが…分かれる直前の最後のほうはイブリースの精神状態ははっきりいってまともではなかった…
第三者が絡んでるのは間違いない…今回のオデットのようにイブリースに細工している者が確実にいる…が
「あまりにも人が死にすぎている…」
操られていようがいまいが…重要なのは実際に殺した人数だ。
殺された家族にこの人は操られていました。はい分かりましたはありえない…
どんな状況であろうと人殺しは人殺しでしかないのだ。
>「では、『創世』の師兄はどうされたのです?」
>「あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ」
いくらバロールでも浸食…引いてはネームドの大軍勢には成すすべもなかったのか…
いやそれでもみのりとグランダイトと脱出させたのは流石としかいいようがない。
>「……バロールは、この世界の創造主の一人なんだ。何か勝算があっての事……の筈だ」
「…逆にあのバロールでさえ博打のような脱走劇をやらざるを得ない程の相手って事でもあるけど…」
策を巡らせていたはずだ…準備だって怠らなかったはずだ…それでも…結果はグランダイトとみのり…
そして恐らく生きてるだろうが僕達が動きださねばあちらからアクションは起こせないであろうほど切羽詰まっているバロール…
バロールが言うならまだ逆転はあるのだろう…それがどれだけの確立なのかは…聞きたくないが…
>「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
>「ガザーヴァ」
怒っている…悲しんでいる…明神は…冷静に…落ち着いて…感情を剥き出しにしている。
>「『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ」
例えこの世界がゲームであろうと…寿命以外で死んでいいはずがない…
本当にゲームの世界の住人であろうと…その終わりが世界の破滅や…ましてや怪物の中で悲鳴を上げながら息絶える事なんてあってはならない。
なぜだ…お前は僕達と対峙した時…恨みに身を任せても…その先は無限の地獄に繋がっていると…感じてくれたはずだったのに…
第三者を願っていた…誰かにやらされたと思いたかった…でももし…もし自分の意志で実行していたとしたら…
>「ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる」
どうして…こうなってしまったのか。
>「……そもそも、俺達はまだイブリースと交渉するべきなのか?
いや、するべきかと言えば、間違いなくするべきなんだけど」
>「それはもう、俺達だけで決めていい事の範疇を超えているように思える。
少なくとも、グランダイト……お前には異を唱える権利がある筈だよな」
「僕は…イブリースは悪くないって思いたい…誰かに操られているって…でも…そうだとしても…殺してあげるのが…本人の為に…」
イブリースは誇りを重んずるタイプだ…僕の目が曇ってるだけかもしれないけど…少なくとも無抵抗の人物を無差別に殺して喜ぶの人間じゃないはずだ
イブリースは決して僕のようなバトルジャンキーじゃない…それほど終わっている人物なら会話できたり…ましてや僕達の言葉で動揺するなんてありえない…。
もし本当に洗脳やそれに近い状態だったとして…正気に戻せたとして?無差別な殺人を告げて…イブリースにどうしろというのか…
今まで生き地獄を味わっていた僕からしてみれば…殺してもらったほうがマシという物に…感じてしまう。
それほどまでに生きるという事は辛いのだ…罪を犯した人間は…特に。
「手を尽しても…『その時』がきたら…トドメは僕が…やる」
-
>「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
「…まあ…そうなるだろうね…」
>「ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ」
「明神…落ち着けよ」
普段捻くれていて…それでいてもなんだかんだ熱血漢な明神の事だ。内心煮えくり返っているのだろう。
僕達が…イブリースと対峙したあの時に…説得できていれば回避できたかもしれない悲劇を前に…冷静になれる人間もそういないだろうが…
>「待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?」
>「見捨てていく」
>「てめえ――――」
「あのバロールが…後手に回ったのは事実だが…それでも最悪は必ず回避する男だ…態度は気に入らないけどね?…でも彼は間違いなく有能だ、それはみんな分かってる事だろう」
>「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
僕達が動けば抜け目なくバロールは動き出す…それは相手も読んでいるはずだが…恐らく相手に警戒されても相手にダメージ、もしくは動揺を与えられるカードを間違いなくバロールは隠し持っている。
笑顔でヘラヘラ取り繕った…誰にも奥底だけは覗かせないような…あのバロールがただ一方的にやられるはずがない。
>「ローウェルとバロールの力が拮抗してるならなおさら、ジジイの意識をキングヒルから剥がす必要がある。
俺達がニヴルヘイムに攻め込めば、ローウェルは必ず俺達を潰しにかかる。バロールが動ける隙もできるはずだ」
僕達にできる事を最大限するしかない…バロールが信じてくれたのに…僕達が自分を信じなければ。
>「あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい」
「四日…四日か…」
本当にそれだけ待ってもいいのか?今すぐ…1日のほうがいいのではないか…そんな事が頭を過る。
>「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
「あ…うんそうだね…」
なゆの一言で我に返る。落ち着いてないのは明神でもカザーヴァでもなく自分だと思い知らされた。
焦ってはいけない…一つのミスが世界の終わりなのだから…
-
「…で…やる事がこんな事とは…自分の事ながら…」
今僕は…部屋でちくちくと…裁縫していた。
僕の愛用のパーカーは度重なる戦闘でボロッボロだった。
旅先で似たような色の糸を買ってはその都度補強していたが…もはや負傷が激しすぎて元の色は殆どなくなってしまった。
そもそもあんまり裁縫得意じゃないのにやってるから見た目もちょっとカッコ悪い…でも
「元の世界から着ていて愛着のある服だからなぁ…」
でも何かに集中できるのはいい…余計な力みを生まずに済む。
シェリーによく言われたもんだ…気持ちが下向きになった時はなにかに集中しろって…
僕はちゃんとできているだろうか?前向きに生きると言葉だけになっていないだろうか?
なゆ達とちゃんと向き合えているだろうか…
もうこの世にいないシェリーとロイは今の僕を見てどう思うのだろうか…
「ニャー!」
「あ…」
ダメだ部屋の中にいるといくら集中しても限界がある…それほど今の僕は不安に押し潰されそうだった…。
考えるべき事は考えるべきだが…今は少しでも落ち着きたい…。
焦ってなにか考えれば考える程相手側の策略にハマっていく気がする。
「…散歩でもいくか」
「ニャー!」
喜び飛び跳ねる部長にリードをつけ…いや部長はかしこいからいらないんだがつけないと周りの目とか痛いしね…
みんなはルールを守ってちゃんとペットのお世話をしようね
「って…誰にいってんだ僕…」
部屋を出てほどなくして部長と楽しく散歩していると
>「なんですって―――――!?」
どこからともなく叫び声が聞こえた…
…?オデットがいるからここに敵はこないはずだが…しかし一度聞いたからには確認せねばならないだろう…
そう思った瞬間
>「大変だ……! カザハが騒音テロを敢行しようとしている……!
すみませんジョン君、一緒に来て取り押さえるのを手伝ってくれませんか!?」
曲がり角でパンは咥えていないがカケルとごっつんこ。
なにやらやばい程焦っているように見える。
「ええっと…大丈夫かい?…ってなんだって…?騒音テロ?」
物騒なのか物騒じゃないのかどっちかにしてほしい。てゆーかこんな忙しい時になにしてんだ…?
いや僕もあんまり人の事はいえんけども…
カケルに手を引かれ僕は広場に向かった。
-
カザハが音痴で…?それを大音量で…街中で流そうとしている?え…なにしてんの?
つい口からそう零れそうになるのを我慢
「いやなにしてんの」
できなかった。
どういう流れになったらそうなるんだ?そうはならんやろ
いかん明神の口癖っぽいのが飛び出した。
中央広場に近寄るにつれ音が…声が多きく…より鮮明に聞こえてくる。
たしかに大音量だ…だけど…聞いていたよりも…いや…全然…
>「はじまりのとき 分かたれた 歴史が 今再び 交差する
虐げられた 無辜の民 守り抜くために
正義なる この大地の 護り手に 招かれて 集いし者よ
邪悪な企み 打ち砕き 勝利を掴み取れ」
「なあ…全然上手いじゃないか…迷惑どころか金取れるレベルだぞ…これは」
>「あ、あれ……!?」
どうやら嘘をついているわけじゃないらしい。
>「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
心地よい声が…歌が流れていく。
ブレモンのテーマ曲…最初ゲームをやり始めたくらいの時にゲームを起動したときは…よくわざとスキップせずに最後まで聞いていたっけ…
歌を聞きながらまるで何十年も前の事を思い出すように…ゆっくりと想いに耽る
>「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
「ニャー」
一緒に散歩していた部長気持ちよさそうに小声で鳴く。
この世界に来てから…部長には随分と苦労を掛けた。
時には部長を傷つけた…それでも部長は嫌な顔一つせず僕についてきてくれている。
部長にはない火力を僕が出す…それ自体は正しい物だったが…やり方が…大きく間違えていた。
手を出してはいけない禁忌の力に手を出し、我を忘れた…でも部長は僕を見捨てなかった。
僕は殺されたって文句を言えないくらいの事をしたのに…今もこうして付き添ってくれる。
僕達は一人と一匹…いや…二つで一つ。命令する側とされる側じゃない…僕達揃って初めて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ
カザハの歌によって…僕の心は冷静を取り戻せた。
-
>「創世の時 分かたれた 世界が 今再び 相まみえる
失われゆく 星の命 繋ぎ止めるために
終焉が迫る 世界の 呼び声に 導かれ 集いし者よ
滅びのさだめ 覆し 未来を掴み取れ
遠い記憶に 刻まれてる 救えなかった結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにいる
行く手阻む 高い壁に ひるみそうになっても
いつもいつでも 響きあってる 魂の深くで
君とゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 二人繋ぐ勇気の魔法」
聞き入っていると聞いた事のない歌詞が続く。
初めて聞く歌詞に驚くが…カザハはまるで元からあったかのように続ける。
>「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
シャーロット…今で言えばなゆの事だ…今の状況を歌で歌っているだけに聞こえる…でもなぜか妙にしっくりくる…
本当に元からあったように…
>「皆でゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 僕ら繋ぐ約束」
「巻き戻された 時の歯車が 今再び 回りだす
失われた すべての笑顔 取り戻すために」
>「皆でゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 僕ら繋ぐ勇気の魔法」
「どんなに難しい クエスト受けても 難易度は下げてたまるか
一度限りのコンティニュー 完璧にやり遂げる」
只の歌だ…そう決めつけてしまえば楽だが…僕の心には…無視できない音が響いていた。
>「ジョン君! 聞きにきてくれたんだな……!」
歌い終わってこちらにきづいたのか…カザハが走ってくる。
歌の余韻もそこそこにカザハに元気よく挨拶する
「そうお…えっと…そう!カケルに教えてもらったんだ!…カザハのコンサートをやるって!」
カケルがこちらをじっと見つめる。
僕は鈍感主人公じゃないから分かってるよ…騒音被害と言われてきたなんて言われなくたって言わないって…
>「持っといて。聞いてくれたお礼」
>「前に”いつまで一緒にいられるか分からない”って言ったかもしれないけど忘れて。
必ず最後まで見届けて君達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐよ。
君が最前線で戦うのを後ろで見てるしかできないかもしれないけど……ほんの少しでも力になれるといいな」
「…そんな事言われたっけ?…覚えてないな」
やっと吹っ切れたんだな…カザハ。
「覚えているのは君が夜中に見張りをサボって中二病ごっこをしていた事だけさ…え?そんな事してないって?…そうだっけ?…まあどうでもいいや…」
「僕の人生の経験から言わしてもらえば…こんな時はどーんと構えたほうがいい。
見てる事しかできない?ほんの少しの力しかない?…違うな…少なくとも今…僕は君から勇気をもらったよ」
こんな事言える立場でも…偉そうにいえる事を経験してきたわけでもないけど…
「僕は絶対役に立つ!絶対力になる!これだけでいい!…これから先は待ったなし!…いっしょにぶちかましてやろうぜ!」
-
カザハと別れ、散歩から帰ってくる。
色々迷っていたが…カザハのおかげでだいぶんすっきりした。
もちろん頭と体…心もだ。
落ち着いた気持ちで考えを整理する。
明神はああいってはいたが…イブリースは絶対に仲間にしないといけない
なにも僕達は相手を滅ぼすまで戦争続けるわけじゃない…しかし戦争に勝ったとして…残されたニブルヘイム側が次の問題になる。
残党が群れを成して新たな軍になるかもしれない…もちろん僕達がいれば大きな被害がでる事はないだろうが…しかしそれは平和とは程遠い物だ。
戦争に負け…残った者を導く人材が必要だ…僕達でも…ましてやオデットや他の継承者ですらその役をこなすことは絶対にできない。
この世界が仮に続くのなら…戦争の記憶が薄くなるまでオデットが守りたかった者達が他と関わり合いになるのは愚策と言える。
つまりイブリースしかいない。残された者達を導けるのは。
イブリースが死ねば…間違いなく今とは違う別のベクトルで…暗黒時代に突入する。
世界平和を目指すなら絶対に回避するべきだ…するべきなんだが…。
しかしキングヒルで起こった事……大虐殺の責任を取れるのもまたイブリースしかいない。
主導者は別にいたとしても…実行したのがイブリースなら…これから先キングヒルから始まる恨みは全てイブリースにいく。
イブリースが生きている限り彼と彼の仲間は一生嫌な思いのまま生きる事になるかもしれない
「完全に詰んでるじゃねーか…ク〇ゲーか?」
いかん今日はちょいちょい明神の口調が乗り移るな。
「なゆに判断を仰ぐか…?」
昔からシェリーとロイに依存しっぱなしだった…僕の人生の9割を決めたとっても過言じゃないくらいに
そして今は…なゆ達に依存している。…我ながらなんと情けない事か……でもイブリースは逆に…
「イブリースにも…もし…人生で少しだけでも心を許せる相手がいれば…」
>「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
ふとなんとなくそんな事を呟いた。その瞬間頭の中でカザハが歌った歌詞の一部が流れ出す。
本当になにも考えず発現した一言が…しかしその言葉が…歌が…僕の中で…なにかが…繋がった気がした。
>「ぐ……! 黙れ! 貴様らの言う卑劣な策で勝利を収めて、いったい何になる!?
姑息な手段で掠め取った勝利で、散っていった同胞たちに胸を張って報仇したと言えるのか!
誇りのない貴様らと……オレを一緒にするな!!」
>「オレが……過去に縛られている……」
今に思えばイブリースと僕が似た物同士であると勝手に思っていた…いや…後ろを向いてるという点では間違いなく同じなのだが…
もしかしたら…後ろを振り向き続ける理由も…僕と一緒なのかもしれない…
僕がシェリーとロイの事を未だに想っているように…僕の殆どが二人でできているように…
イブリースがイブリースたる根幹を作る…心の拠り所だった人物がいる…。
都合よく偶然が重なってだけに過ぎないのかもしれない…それでもそう思ってしまうほど不自然に重なり合っている…。
あくまでも予想に過ぎないが…僕とイブリースが妙に引きあうような感じがあるのは…そうゆうことなのか…?
きっと今この僕の疑問に答えられるのは…なゆしか…いない…勘違いならいい…だけどハッキリさせなければならない…!
-
「ええ…!?エンバースとどっかにいったまんまどこに行ったかわからない!?」
うーむ…僕としても恐らく最後の自由で…仲良く青春を送っている二人の時間を奪う事は本位ではないが…
仕方ない…落ち着いて…少し整理してみるか…
今の僕の中で…確信として持っている…イブリースの根幹を担っている…イブリースの…大事な人…奴の性格を考えれば恐らく主君のような人物がいる…
だが本人を含めそんな人物の名を上げた事はない…これは一体どうゆう事だ?
疑問が膨れ上がる。
本人だけならまだわかる…単純に忘れているか…強制的に忘れさせられているか…まあ明らかに後者だが…。
でも実際にはなゆや明神…エンバースも…攻略本を持ってるカザハですら名前を上げていない…
「この世界の誰も存在を覚えていない…そんな事が…」
いや…つい最近現れたじゃないか…この世の誰にも覚えられていない存在が…
シャーロット…いやでもあれは【機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)】による異例中の異例だって話だったし…あんな特例がそんなポンポンでてくるとは思えない…
前に読んだカザハの攻略本には主君バロール個人に対する忠誠心はないと書いてあった。
そんなに話し合ったわけじゃないが…イブリースの性格を考えればバロールの絶対効率主義なんて忠誠心どころか敵対心すらあってよさそうなもんなのに…
実際にはバロールが裏切るまでいっしょにいた…もしかして本当はバロールが主君なんかじゃなくて…
その消えた人物に仕えていた時にいっしょにいた?下手したら共にその人物に仕えていた、もしくはいっしょに行動していた?その人物の存在が抹消されたからバロールがその位置に補完された?
いやさすがに話が飛躍しすぎか?そもそもバロールは管理者の一人って話だしなあ!
「〜〜〜〜〜!!だめだ僕一人じゃ余計混乱するだけだ!やはりなゆに…みんなに相談しないと
そもそも世界から誰にも違和感を持たれずピンポイントで存在を抹消なんてそれこそ機械仕掛けの神でも無けりゃ…?」
いくら管理者でも存在を抹消なんてしたら設定を根本から変える必要がある。
一人を消しました、その存在に関する記憶を消しました…それだけじゃだめだ…絶対に矛盾が起きる…メインキャラに関わるようなキャラならなおさら…。
違和感なく一人消すのにストーリーから変える必要があるだろう…僕が思った以上に膨大な作業量が必要になるかもしれない。
>「……そうかも。
わたしの……ううん、シャーロットの記憶では、ローウェルは三つの世界に強い愛着を抱いてた。
だからこそ、ブレモンが凋落していくのを見たくなかったのかもしれない。
緩やかに衰退していくのを眺めているくらいなら、いっそキッパリと終止符を打った方がいいって。
だから――」
なゆはローウェルはこの世界を愛していると言っていた。
それが本当ならストーリー…つまりこの世界の根本を弄るような真似はしないはず…。
でも実際に一人…存在が消えている……………?
-
作戦決行直前にて…全員がいる場で僕はこの違和感を切り出した。
「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
明神も…本音で言えば助けたいんだ…そんなの分かってる…でも虐殺をしてしまったという事実が…
交渉の余地なしと思われている…実際そうだ…このままじゃイブリースは死んでも首を縦に振らないだろう。
「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」
パチン
指で音を鳴らすとカザハとカケルの歌が始まる。
〜〜〜♪
「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」
どこまで暴いていいかわからないが…しかしここまできて引き下がるわけにはいかない。
「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」」
例えばみんなを頼んだ…とか世界を救え…とか…恐らく言葉の一つ一つだけを覚えていてそれを優先して…自分の思考を最小限にして繰り返す…
そんな状態の相手なら洗脳せずとも口がうまい人物ならコントロールするのは容易だろう
「恐らくその人の事を断片的に思い出してそれを忠実に守ろうとしている……イブリース性格から考えれば自分の家族か…仲間か…もしくは自分の主君だった…と思われる
…僕の予想では…バロールではなく本当に忠誠を誓った相手がいるんだ…そして…イブリースに耳を傾けてもらう第一歩として…僕はその人を…記憶が必要だと思っている
最後は僕達の誠心誠意の心をぶつける…だけど今のままじゃ聞く耳を持たれない…その第一歩」
もちろん最後に頷かせるのは今を生きている僕達の役目だ…けどこのままではきっとイブリースに耳を傾けてもらう事などできない
妨害だって予想される…前回のように寸でですれ違うような事は…あってはならない…そうなればイブリースは…この世界も…平和を掴める二度とチャンスはこない。
「もちろんイブリース本人は一言もそんな人物の話はしなかったし…僕達も当然覚えてない…カザハの攻略本にすら書いてない…
じゃあそんな存在いるわけないじゃん!ってちょっと前なら僕でも笑い飛ばしてだろうね
でも…現れたんだ…一人…現れたのとは少し違うけれど…本当に一人だけ…この世界から完全に存在が抹消された人が…」
僕はなゆをじっと見つめる。…なゆの…シャーロットの記憶が不完全である可能性
そもそもローウェル…管理者の力を持ってすればNPCをピンポイントで消せる可能性がまだ残っている
「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」
【カザハの歌で勇気を取り戻す&ヒントを得る】
【イブリースの主君シャーロット説を提唱】
-
>ガザ公、デートをしようぜ
「デート?」
突然の明神の提案に、朝食後大図書館から借りてきた本を仰向けになって宙に浮かびながら読んでいたガザーヴァは目を瞬かせた。
>今日はご飯食べて、買い物して、いい天気なので釣りをします。釣りってやったことあるか?
お前の分の竿も買ったげるよ。うまくいきゃ夕飯のおかずが一品増えるぜ
「釣りくらいやったことあるよ、バカを煽るときに! ……え、その釣りじゃないって?
ちょっ……デートなら、おめかしくらいさせろよぉ!」
問答無用で明神に手を引かれ、着の身着のままで外へと出てゆく。
聖都は今日も平和だ。まるで魔霧の中で襲撃を受けたり地下墓所で激闘を繰り広げたのがウソのように、
一行がエーデルグーテを訪れた頃と変わらず活気づき、巡礼者や旅人、たくさんの聖職者や住人たちで賑わっている。
そんな聖都の目抜き通りを、ふたりで歩く。いかにモンスターが普通に往来を行き来する世界とはいえ、
マゴットは悪目立ちし過ぎるためスマホの中で留守番だ。
>このパエリア、クラーケンの肉使ってるらしいけど、ホントかぁ?
「ちょい前に寄港したノートメア号の連中が持ち込んできたって店のおっさんが言ってたからホントかもな。
船かぁー、船旅ってどーゆーカンジなんだろ? なー明神、今度やってみよーぜ!」
パエリアのエビをフォークでつつきながら、海路に思いを馳せる。
今まで幌馬車での陸路やヴィゾフニールでの空路は体験しているが、海路は未経験である。
世界を救った暁には、アズレシアあたりまで船旅を楽しむのもいい――などと提案する。
>俺魔法使うじゃん?杖くらい持っといたほうがいいのかなって思うんだけど、
選び方がわかんねンだわ。でっかい方が威力は高そうだけど両手ふさがんのやだなぁ
「杖ねー。ほんにゃらかんにゃらパトローナム! みたいなカンジ?
あ、じゃあコレ! これ超かわいい!」
魔法道具屋でふたり、ショッピングを楽しむ。
杖は魔力や魔法の集積効率を増すためと、指向性を持たせるのに便利というだけで必須の触媒ではない。
魔術師の中には義眼や前歯を差し歯にして、そこを基点に魔力を放つ手合いもいるという。
店売りされているたくさんの杖のうち、ガザーヴァが籠に刺さってビニール傘のように売っている一本を手に取る。
ねじくれた本体に髑髏やら目玉やらがやたらくっ付いた、お世辞にもかわいいとは言い難い杖だった。
>マゴットに服を着せたい。翅と干渉しない服っつーと……ビキニか!?全裸より変態じゃん……
>グフォォォ……我が肉体に恥じる箇所なし……服など……不要……!!
「マントとかいーんじゃね? と思ったけどマントの下は全裸とか変態なのは変わんねーか」
『姉上……』
何だかんだとお喋りしながら、明神とガザーヴァ(とスマホの中のマゴット)は聖都の中をそぞろ歩く。
往来にずらりと軒を連ねる露店で冷たい飲み物やフルーツを買い、使うかも分からないアイテムを気分とノリだけで買い、
歩き疲れれば近くのカフェで休憩する。
その様子は誰がどう見てもヒュームの男性とダークシルヴェストルの少女の逢瀬であったことだろう。
たっぷりショッピングや買い食いを楽しみ、最後に釣具屋へ立ち寄る。
ガザーヴァは釣りには大して興味がないようだったが、それでも明神が楽しそうに竿を選別するのを見ては、
律儀に足並みを揃えて明神に付き合う姿勢を見せた。
>俺、ふたつ下に弟が居るんだ。アウトドアが趣味で、俺が実家に居た頃はよく一緒に釣りに行ってた。
つってももっぱら弟が釣り糸垂れて、俺は隣でスマホ構ってるだけだったんだけどな。
あの頃はソシャゲ以上の娯楽なんてこの世に存在しないと思ってたけど……やってみると楽しいもんだよ
海を臨む埠頭で、釣りに勤しむ。
>ほら出来た。右手でここ握ってな。近くに投げるなら横振りで、手首使って……こう!
「こう?」
明神の釣り指南に耳を傾け、手本に従って釣り糸を垂れる。
『創世の』バロールの娘だけあって物覚えの良さと運動神経は抜群だ。
>あとは待ちます。魚がかかるまでのんびり待ちます。
こういう天気の良い日は、酒でも飲みながらゆっくり糸垂れんのが最高に心地良いんだ
「ふぅん……」
隣り合って椅子に座り、明神が用意したワインをちびちびと飲みながらアタリが来るのを待つ。
空は抜けるように蒼く、海も波は高くなくどこまでも凪いでいる。
時折吹く潮風が頬を撫でてゆく感触が心地よく、海鳥の鳴き声がいかにも海に来ている――といった実感を齎してくれる。
>……なゆたちゃんがさ、俺達の人生は誰に設定されたもんでもないって言ってたよな。
なんとなく分かるんだよ。多分、この世界ってアクアリウムみたいなもんでさ。
ローウェルが水を注いで、バロールが水草やら底砂やら設置して、シャーロットが魚を入れて。
そんな風に世界一つ分の生態系を水槽の中に再現したのが、ブレモンの3世界なんだと思う
「…………」
明神の語り始めた話を、ガザーヴァは海原に視線を向けたまま無言で聞く。
-
>アクアリウムでは、メインの魚の他にちっこいエビとかも飼うんだ。こいつらは水槽の掃除人。
藻とか魚のフンとかを食べて綺麗にして、水質を清浄に保つ。そのために外から投入された生き物。
……俺達ブレイブは、水槽を綺麗にするために入れられた、エビにあたるもんなんだろうな
「…………」
>一巡目がローウェル主導で企画されたのなら、二世界に渡るブレイブの選定には奴の意図が強く反映されたはずだ。
イベントの中核になる存在だからな。そしてその結果は、バックアップという形で二巡目のこの世界にも残り続けてる。
――俺達の中に、ローウェルが選んだブレイブが居る
>そんで、多分、それは……俺だ。
『ブレモン史上最悪のアンチ』、うんちぶりぶり大明神。
この世界がオワコンだとユーザーに伝えるメッセンジャーにはピッタリだ
「…………」
ちら、とガザーヴァは明神を横目で見た。
けれども、何も言わない。まるで明神が一頻り語り終えるのを待っているかのように、
饒舌で空気を読まないという自らのキャラクターとは相反する沈黙を貫いている。
>一巡目で俺が何やってたのかは知らん。前世のことなんざ興味もない。
重要なのは、俺達の中でおそらく一番ローウェルの影響を受けやすいのは俺だってことだ。
好きだったはずのモノを手ずからぶっ壊そうとしちまうような、思考もよく似てるしな。
最悪、対峙した瞬間支配されてジジイの手駒に成り下がる可能性だってある
くいくい、と水面に浮かんでいた浮きが揺れる。
明神が慣れた手つきで竿を引くと、小さな魚が針を銜え込んでぴちぴちと跳ねていた。
おー、とガザーヴァは歓声を漏らした。が、今は魚よりも明神の話が聞きたいというように、それ以上は何も言わなかった。
>ガザーヴァ、お前に頼む。この先首尾よくニヴルヘイムを攻略して、ジジイと会って。
もしも俺がローウェルに洗脳されでもしたら、その時は――
>……どんなに絶望的な状況でも、俺を信じてくれ。
操られたならぶん殴ってでも連れ戻してくれ。
お前が手を伸ばしてくれるなら、俺は必ずそれに答える
明神が告げる。
これから大賢者ローウェルとの最終決戦に臨むにあたり、
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中で誰よりも思考がローウェルに近い明神は、
直接対峙した際にその影響をもろに受けてしまうかもしれない。
それでなくとも悪魔の種子を使い、弟子たちを使嗾し、人心掌握に関しては他の追随を許さないような相手だ。
ひょっとすると洗脳されてなゆたたちを裏切り、寝返ってしまうかもしれない。
今まで一緒に旅してきた仲間たちの敵になってしまうかもしれない――それを危惧している。
しかし。
「……つまんない」
明神の願いに対して、ガザーヴァはたっぷり一分ほど沈黙した後で、ガシガシと右手で後ろ頭を掻きながら零した。
「デートのお誘いってんでどんな話をするのかと思えば、最後の最後にそんなコトかよ?
ホンット……オマエってば人様を煽るときは滑らかに舌が動くクセして、こーゆーのはカラッキシなのな!
普通は無理してでも、俺は絶対負けない! とか黙ってついてこい! とか言うもんだろー?
ワカってねーなー!」
あーあ、と呆れた調子で背を反らし、大きく伸びをしてみせる。
が、といって明神に対して愛想を尽かしたという訳ではない。むしろ逆だ。
「まっ! でも、それがオマエだもんな。
逆に……そんな白々しいセリフが言えるほど器用なヤツだったら、きっと好きにならなかった。
小狡く立ち回ってさ、漁夫の利掠め取ってさ。常々ローリスクハイリターンで行きたいって思ってるクセに、
いつだって望んで貧乏クジ引いてる……そんなぶきっちょなオマエじゃなくちゃ」
双眸を細め、口許をにんまりと歪ませて、くくっといかにも意地の悪そうな小悪魔の笑みを浮かべる。
「俺を信じてくれって? 手を伸ばせって? バカ言うなよな。
そんなの今さら約束するまでもない。ボクはそうする、何があったって。どんなことが起こったって。
だってさ――あのアコライト外郭で会ったときから。
今までずっと、ボクはオマエのことを信じ続けて、手を伸ばしてきたんだから」
>俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!
アコライト外郭で明神はカザハの肉体を乗っ取ろうと画策するガザーヴァに対し、そう言った。
カザハの肉体という器の中に入った、自分たちの知らないガザーヴァでなく。
本物の幻魔将軍ガザーヴァに会いたいと、そう言ったのだ。
そして、ガザーヴァはその提案に乗った。
-
「オマエはジジイの影響を受けやすいって言ったよな。思考が似てるって……。
それなら、パーティーで一番ジジイのことを説得できる可能性を持ってるのもオマエなんじゃないか?
だってさ……オマエは更生したじゃんか。一度は大キライだって、ぶっ潰してやるってあれほど憎んでたブレモンを、
もう一度スキになることが出来たじゃんか。
ジジイにもその気持ちを味わわせてやればいい。それが出来るのはパパでもシャーロットでもない、
きっとオマエだけなんだ。だから――」
好きだったものを自ら破壊しようとする気持ちに共感できるなら、
憎んでいたものを好きになる気持ちを共感させることだってできるはず。
竿を地面に置き、ガザーヴァは椅子から立ち上がった。
「……洗脳されたらとか、操られたらとか、そんな後ろ向きなこと言うなよ。
オマエら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、いつだって――“すげぇ面白そうだな、やってやろうぜ”だろ?」
ふふっとおかしそうに笑い、ふわりと宙にその身を浮かせる。
かと思えば、ガザーヴァは不意に体当たりでもするような勢いで明神の胸へ飛び込んできた。
「どーんっ! ……へへっ」
明神が竿を取り落としてしまっても気にしない。明神に姫抱きにされるような体勢へ自ら収まると、
両腕を伸ばして相手の首へと絡める。
「こんな世界、どうなったっていいって思ってた。ぶっ壊れちゃっても構わないって。
ボクとパパさえいればいいって……。
でも、今は違う。もっともっとこの世界を見て回りたいよ、パパが創った……パパの、それからオマエたちの愛する世界を。
みんなが大切に想うこの三つの世界を、ボクも大切にしたい。守りたい。
アハハ……あのトリックスターで愉快犯の幻魔将軍が、世界を守りたいだって!」
ぐりぐりと、ガザーヴァは人馴れした仔猫のように明神の胸元に額を擦り付ける。
「それもこれもみーんな明神、オマエのせーだぞ。
オマエは約束通りアコライト外郭の外の世界をボクに見せてくれたけれど……全然足りない。
もっと、もっとだ……この世界の果てまで、ボクはオマエと歩きたい。
連れてってくれるんだろ?」
大きな真紅の双眸で、上目遣いに明神を見詰める。
他人の不幸を嗤う嫌われ者。尊い命を無碍に摘み取る悪党。プレイヤーに憎まれ、討伐されるだけの存在。
それらが『ブレイブ&モンスターズ!』における幻魔将軍ガザーヴァの役割だった。
だが、今明神の腕に抱かれるガザーヴァはそのどれとも違う。
明神がガザーヴァを敵キャラというローウェルやバロールの定めた宿命から解き放ったのだ。
「シャーロットの力を持ったモンキンに、焼死体に、ジョンぴー。ついでにバカザハ。
みんな、レイド級のボクから見てもとんでもねぇ強さのヤツばっかりさ。
十二階梯の連中だって、もう半分以上がこっちの味方になってる。
パパは目下行方知れずだけど、ぜってー生きてるに決まってんだ。
どーせ、今頃は一番おいしいトコを持ってくタイミングでも見計らってるんだろ。
いくらラスボスが相手だからって、これだけの面子がいて負けるなんてコトあるか?
こっちのパーティーが強すぎて、ジジイが気の毒なくらいさ!
第一……」
ふふん、と自信に満ち溢れた表情で笑う。
「うんちぶりぶり大明神と幻魔将軍ガザーヴァは、アルフヘイムで最強……だろ」
ガザーヴァの言葉や表情からは、明神への揺るぎない信頼が満ち満ちている。
例え相手が大賢者であっても、神であっても。この世界の創造主であったとしても、決して負けることはない。
ふたりで力を合わせれば、必ず打ち勝つことができる――そう一片の揺らぎもなく信じている。
「明神」
名前を呼ぶ。愛しい男の名前を。
その顔を見詰める。自分を殺戮の運命から、嫌われ者の宿命から、破滅の天命から掬い上げてくれた男の顔を。
埠頭には、ふたりの他には誰もいない。ただ遠くから響く潮騒の音と、海鳥の鳴き声以外には何も聞こえない。
ガザーヴァはほんの僅か、明神の首に回した両腕に力を込めた。
何かを決意するように。
そして――
「……ちゅーしたい」
と、囁くように言った。
-
>おはよう。準備は出来てるか、モンデンキント――焦らなくてもいい。少し早く来すぎたかもしれない
「おはよ、エンバース。ううん、大丈夫だよ……今さっき準備ができたところだから」
エンバースにノックされ、部屋のドアを開ける。
今日の服装は姫騎士の鎧でも流水のクロースでもない。キトンという亜麻色の一枚布を身体に巻いて群青色の腰布を締めた、
ノースリーブミニワンピースのような出で立ちだ。脛まである編み上げのサンダルを履いたその姿は、
古代ギリシャやローマの民のように見えるだろう。
前日の夜、エンバースから予定を空けておいて欲しいとのメッセージを貰ったなゆたはすぐに『いいよ!』と返事を送った。
四日後の決戦まで、パーティーは各々自由時間を取ることに決まった。きっとエンバースのことだから、
この四日間をフルに使ってじっくりと装備の選別に費やすのに違いない。
エンバースの正体がかつて日本のブレモンシーンを大いに沸かせたリューグークランのリーダー、
ハイバラだというのは周知の事実であったし、そんなエンバースに同行して彼の行う下準備を見たなら、
きっと大いに勉強になるだろうと思ったのだ。
エーデルグーテにはアルフヘイムで流通しているほぼ全てのものが手に入る。聖都の中で用事を済ませるなら、
きっと戦闘に至ることはないだろうとの判断から、防御力のある装備でなく動きやすい薄着にしたのだった――けれど。
>よし。それじゃ――ヒノデに行こう。エンデはどこだ?近くにいるんだよな?
「いるよ」
ひょこ、と眠たげな表情のエンデがなゆたの背後から顔を覗かせる。
その腕にはポヨリンがまるで抱き枕のように抱えられている。どうやらなゆた(とシャーロット)のパートナー同士、
仲良く眠っていたらしい。
「ヒノデ?」
>〈ヒノデ?何故また、そんな所まで……〉
なゆたとフラウの声がハモる。
てっきりエーデルグーテの中を歩くとばかり思っていたなゆたは、不思議そうに小首を傾げた。
>理由なら幾つかある。まず第一に……今の俺は正直言って力不足だ。
ダインスレイヴとハンドスキルだけじゃ、この先の戦いは多分乗り切れない。
デッキを組み直す必要がある……が、俺のカードファイルはほぼ全て焼失しちまってる
>〈カードが必要なら、パーティの皆さんに譲ってもらえばいいのでは?〉
>ガチャ産じゃないユニークアイテムの殆どは、トレード機能の対象外なんだよ。
当面、俺が絶対に確保しておきたいカードもそうだ。それに――
そういうのは、ちゃんと自力で入手しないとだろ?
「なるほど」
納得した。かつて、グランダイトを懐柔するためにはテンペストソウルが必要と言われたときのことを思い出す。
当時は事前にゲーム内で手に入れていたテンペストソウルを渡そうとインベントリを漁ったものの、
確かに存在していたはずのソウルはなぜかインベントリの中から忽然と消滅してしまっていた。
それと同じように、ストーリーのイベント絡みだったり一定のレアリティを持つユニークアイテムの類は、
きちんとこの世界で段取りを踏まなければ手に入らないらしい。
自分で使うものは人から譲られるのではなく自らの力で手に入れたいという、
いかにもゲーマーらしいエンバースの言い分も分かる。
エンバースは他にも幾つかヒノデに行く理由を挙げたが、なゆたとしては特に拒絶する理由はない。
元々アウトドアの好きな気質だ、旅行気分で遠出するのもいいと思っている。
そして――
>それと……これが一番大事な事なんだが」
>俺がお前とつるんで、どっか行きたいから……とか
「え……」
意外な一言に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
>ほら……こないだヒノデに行こうって話をした時は結局ポシャっちまっただろ?
俺、あの時結構楽しみにしてたんだよ。だから今からでもどうかな……なんて
まさかエンバースの口からそんな言葉が聞けるとは思っておらず、戸惑ってしまう。
けれども決して不快という訳ではない。
元々、ヒノデに行こうと提案したのは自分だ。あのときはオデットの意向によって聖都に軟禁されてしまい、
遠出の計画もそのまま頓挫してしまっていたのだが、まさかエンバースがそれを密かに楽しみにしていたなんて知らなかった。
おまけにそれを今でも覚えていて、この機会に一緒に行こうと誘ってくれるなんて――。
「……あは」
なゆたは両手で頬を押さえ、にやけそうになる口許を何とか堪えた。
エンバースが鍔広帽を弄びながら返答を待っている。クールで皮肉屋のエンバースだけれど、そんな様子は可愛らしいと思う。
込み上げる嬉しさと気恥ずかしさ、照れくささの綯い交ぜになった感情を抑えるのにひどく梃子摺り、
なゆたはたっぷり十秒ほどの時間をおくと、
「うん。行こ」
エンバースの顔を見上げ、はにかみながら応えた。
-
>――――そうか、良かった。断られたらヴィゾフニールを無断で拝借しなきゃならなかったからな。
えっと……もしお前さえ良ければなんだが、ヒノデ以外にも一緒に来てくれないか?
折角、三日も時間があるんだ。もっと色んなところに行ける筈だ。だろ?
「ふふ、そうね。
いいよ、エンバースの行きたいとこ、わたしも行きたい」
>……っと、悪い。今のはちょっと逸りすぎたな。とりあえず……行こうぜ、モンデンキント
「うん」
差し伸べられる手。
ほんの少しだけ間を置いて、なゆたはその手にそっと自分の手を重ねた。
>さあ、『門』を開けエンデ。まずは首都ヤマトだ……どうした、なんだか嫌そうな顔だな。
心配するな。MPポーションの貯蔵は十分だし、それにこれはお前にとっても悪くない話だ。
なにせ――ヒノデの飯は美味いぞ、多分。テンプラとかオダンゴとか……興味あるだろ?
「お願い、エンデ」
「わかった」
足代わりとして利用されるのに一瞬不満げな表情を浮かべたエンデだったが、マスターであるなゆたに頼まれ、
その上エンバースに食べ物で釣られるとすぐに態度を改めた。
エンデの開いた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐり、エンバースとなゆた(とお供)はヒノデへ向かった。
>見ろよ、モンデンキント。カッコいいだろ
ヒノデ首都、ヤマト。まるで時代劇の世界にいるような和風情緒の中、入ったゴフク屋――いわゆる防具屋の中で、
着替えたエンバースが此方に装備を見せてくる。
エンバースが着ているのはサブクエスト『フーマ・クランの陰謀』の報酬だ。
ガチガチの具足は対物理・対魔法双方の防御力に優れ、なおかつ戦国武将気分も味わえるというので人気が高い。
「カッコいい! シバタ・ジ・オーガみたい!」
なゆたは手放しで絶賛した。ヒノデ関連のイベントに出てくるネームドNPCを引き合いに出す。
これで身の丈ほどもある大刀『ザンバ・エクスキューショナー』でも装備すれば、
どこからどう見ても一人前のモノノフ・ウォーリアだ。
エンバースの言う通り、インベントリの中の装備は消滅してもプレイヤーが立てたフラグのデータまでは消えていないらしい。
実際、なゆたもデスティネイトスターズとの戦いでかつてゲームでクリアし報酬として入手していた小達人の証を見せ、
三人娘の懐柔に成功している。
「わたしもハイネスバーグで蒼天装備一式回収した方がいいかなぁ……」
最終決戦にあたって、もう一度根本的な装備品の見直しをしようかと考える。
と、不意に具足姿のエンバースが歩み寄ってきた。その右手がなゆたの頬へ伸ばされる。
>……お前は、俺から見れば正直、何を着たって似合っているようにしか見えないんだが――
「あはは、そう? それなら嬉しいなぁ。
コーディネートを考えるのって好き。アルフヘイムに来てからは特にね……だってファンタジー世界の服なんて、
地球じゃコスプレ会場でもない限り――」
誉められて悪い気はしない。なゆたは嬉しそうに笑った。
それからエンバースの目配せで姿見に視線を向けると、なゆたは自分の黒い髪を彩る髪飾りに気付いた。
>けど……シャーロットの力を解放した時の、あの銀髪。あれには、こういう色が似合うんじゃないか
瑠璃の髪挿し。いつの間に挿されたのか、まるで気付かなかった。
「わぁ……」
きらきらと光の加減によって七色に輝く髪挿しに、思わず感嘆の声をあげてしまう。
確かにシャーロットの絹のような銀髪に、この髪挿しは良く似合うことだろう。
>……お前がちょくちょく、俺をリボンで飾りたがる理由がよく分かったよ。
それで……この後はなんて言うんだっけ。ええと、確か、ああそうだ――
>――かわいい、だったな
「ばか」
揶揄うような口ぶり。なゆたは頬を桜色に染めると、エンバースの甲冑を右手でこつんと軽く叩いた。
>……それじゃ、次に行こうぜ。俺達は遊びに来たんじゃない。
来たる決戦に備えて、装備とカードを揃えにきたんだからな
>だから――遊んで回るのは、使えそうな装備とカードを揃えてからだ。一時間もあれば終わるだろ
「そうね。わたしも色々見繕ってみる」
>……いや、その前にチャヤに寄った方がいいか?昼飯はもう食ったか?
悪いな。アンデッドの体だと、どうにもそういった事に気が回らない。
どこか行ってみたい場所は?俺の予定は別に夜に回しても問題ないぜ
「んん……お茶はまだいいかな。ヒノデを見て回って、もし疲れたらそのとき言うよ。
それより、エンバースがどこへ行くのかが見たい。
エスコートしてくれるんでしょ? 楽しみ!」
ぎゅっとエンバースの右腕に抱きつく。
エンバースが珍しいくらい浮かれているのと同じように――なゆたもまた高揚していた。
これって、ひょっとして。
いやひょっとしなくてもデートじゃない? なんて思いながら。
-
>さて――まずは『ムラサマ・レイルブレードの設計図』だ
「ムラサマ・レイルブレード……! 皆皆伝かぁ〜! エンバース、あれ使ってたの?
性能がピーキーすぎて使いづらいって評判だったし、わたしもポヨリンには全然使えないってうっちゃってたけど。
あーでも、リューグー・クランの人たちくらいになれば逆にああいうのがアリなのかぁ……」
悪趣味な金ぴかの高層建築、キンカク・ゴジューノビルディングの敷地前で腕組みする。
皆皆伝は当然のようになゆたもクリアしている。結構手間のかかる大掛かりなクエストだったはずだが、
それをこれからクリアするとなると当然、三日では済まない。
どうするのかと思っていると、エンバースは徐にスマホを操作しマップを表示させた。
>本来は潜入捜査に証拠集め、強行偵察と長いステップを踏む必要があるけど――
俺達には、そんな事をする必要はないからな。エンデ、『門』を開け。ここだ
「ふむふむ」
イベントでは最終的にCEOゴデンにあるレイルブレードの研究所カジバ・ラボが暴走すると共に、
ダイミョー・コバヤカワを裏で操っていた黒幕である古代の刀鍛冶の亡霊ムラサマ・グランドオンリョウが現れ、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と決戦するという流れなのだが、当然そんな時間はない。
だから全てのイベントをすっ飛ばし、直接設計図を頂こうという算段であるらしい。
ブレイブ&モンスターズ! の修正パッチとしてある程度ソースコードの改変が可能な、
公式チートツールとでも言うべきエンデがいるからこそ可能な横紙破りと言えるだろう。
>『――侵入者か。ふん、大方クサナギの命を受けて我がプロジェクトを……』
>悪い、今急いでるんだ。また後で聞かせてくれ
エンデが開いた『門』で一気にダンジョン最深部へ到達し、コバヤカワを一蹴して設計図を手に入れる。
クリアに要した時間、5分。皆皆伝RTA記録更新(非公式)の瞬間だった。
>よし。帰ろうか。次はマラソン・ニンジャのスペルショップだ。エンデ、頼んだ
エンデの開いた門を通って、次のクエストに駒を進める。
次はマラソン・ニンジャだ。これはとにかく素早さが要求されるイベントである。
ジョウカマチ・ストリートの軒を連ねる建物の屋根に視線を向ければ、ものすごい速度で屋根から屋根へと飛び移り、
疾駆している黒装束のニンジャの姿が見えた。
>折角ミカワに来たんだ。明神さんへの土産に本場のミソでも買っていこうぜ。
マラソン・ニンジャは……フラウなら追いつくのは容易い事だよな。
けど、ここまで追い立てるのはどうだ?流石に難しいか?
>〈え?なに?ゆっくり買い物したいから私一人で街を駆けずり回っていろ――ですって?
私は別に、あなたがショッピングを楽しむ間もなく事を終わらせたっていいんですよ〉
>よせよ、マラソン・ニンジャが気の毒だ。それに、この後は神社に行くんだ。
あんまり俺達のカルマが下がるような事はしないでくれ。
最終決戦を前にテンバツアクシデントは御免だ
「ふふ」
エンバースとフラウの軽妙な遣り取りに、思わず笑ってしまう。
いいコンビだ。日本一のプレイヤーだけあって、お互いにぴったり息が合っているように思う。
だからこそ――負けていられない、とも思う。
なゆたにとってエンバースに明神、カザハ、ジョンたちは大切な仲間であると同時、ライバルでもある。
いつまでも後塵を拝してはいられない。
「エンバース。ここは、わたしに任せてくれない? わたしとポヨリンに」
ふふん、と余裕の笑みを見せてエンバースに告げる。
そうして許可が得られると、なゆたは素早くスマホの液晶画面をタップした。
「みんなはここで待ってて、すぐに終わらせるから!
―――ポヨリン、行くわよ! 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』プレイ!
更に『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』、『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!」
立て続けにスペルカードを切る。
楕円形だったポヨリンが軟化で扁平なサーフボード状に変化し、さらに硬化によってその姿のまま定着する。
なゆたはポヨリンの上に乗ると、強く片足で地面を蹴った。
「名付けてスプラッシュポヨリン・ウェイヴライダー!
いっっっっっけぇ――――――――――ッ!!」
液状化のスペル効果で底部から水が噴き出す。なゆたはまるでサーフィンでもするように猛スピードで、
一目散に走ってゆくマラソン・ニンジャを追跡し始めた。
-
>……ところで、モンデンキント
「んむ?」
マラソン・ニンジャとの追いかけっこを終え、
小腹が空いたとジングー・シュライン脇のチャヤでエンデと一緒に団子をぱくついていると、
エンバースに声を掛けられた。
>お前の、シャーロットの力を解放するアレさ、スキル名を決めたりはしないのか?
>〈幼稚ですね〉
すかさずフラウが突っ込んでくる。
>シンプルな暴言をやめろ。そうじゃなくて、その方が咄嗟のコミュニケーションがしやすいだろ?
「う〜ん……スキル名ねぇ。全然考えてなかったなぁ。
何せ、あれはわたしも咄嗟に……っていうか、無意識に発動させたものだから。
今だってわたしの意思で気軽にONとかOFFできるのかさえ分からないし……」
団子を呑み込みながら返す。
実際に銀の魔術師モードに覚醒したのは本当に命の危機に瀕した土壇場のことであったし、覚醒の条件も現状では分からない。
もし生命の危機が発動のトリガーなのだとしたら、出来れば使用は避けたいところだ。
>〈ふん、またそれらしい建前を立てて……あなたはいつもそうですね〉
>はは、聞こえないな……それと、もう一つ。アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう
>〈神を祀る類の……?例えば、どんな?〉
>そうだな、例えば……これは本当に、ものの例えに過ぎないんだが――巫女服とかかな
>〈……本当に、あなたはいつもそうですね〉
「……巫女服……ね〜。
エンバース、そういうのが好きなの?」
フラウとの遣り取りを聞き、にんまりと悪戯っぽく笑う。
銀の魔術師モードの名前はともかく、“そういうこと”ならこちらの返答はハッキリしている。
さっきも言った通り――服をあれこれとコーディネートするのは好きなのだ。
ジングー・シュラインの神官、グウジに頼んで巫女装束を一着借りる。もちろん、喜捨という名目でルピを寄付した上でだ。
社殿の中で着替えを終え、ややあってエンバースのところへ戻ってくる。
「じゃーんっ! どう?」
純白の小袖に緋袴を穿き、白足袋に草履を合わせ。髪もシュシュで纏めたサイドテールではなく、
後ろで纏めて水引で縛ってある。
どこからどう見ても巫女だ。このまま社務所でおみくじを売ったとしても違和感はないだろう。
なゆたは出で立ちをよく見せようと軽く一回転してみせた。ふわりと小袖が揺れる。
「ね、ね、似合う? 初めて着たけど、いいね〜これ! 地球に帰ったらお正月に巫女さんのアルバイトしようかな?
と思ったけどわたし、お寺の娘だから巫女さんにはなれないや……うぐぐ……」
無念そうに唇を噛む。が、すぐに気を取り直すと、エンバースの前で手に持った御幣を軽く振る。
「かしこみ、かしこみ〜。なんちゃって!
ふふ……浄化なんてされちゃダメだよ?」
両手を腰の後ろで結び、軽く腰を折ってエンバースの顔を上目遣いに覗き込む。
心からふたりの時間を楽しんでいるという表情で、なゆたは双眸を細めて笑った。
>……もう、日没か。早いもんだな
楽しい時間というのはあっというまに過ぎるもの。
例によってエンデの『門』を使ってやってきたマウントフジの山頂で、ふたり並んで夕暮れを眺める。
>今日は……楽しかったよ。こんなに楽しかったのは……本当に久しぶりだった。
けど……しまったな。本当はもう一つ、行っておきたい場所があったんだけど
「うん……わたしも楽しかった。いっぱい遊んじゃった。
ありがとう、エンバース……わたしを連れて来てくれて。
――行っておきたい場所?」
エンバースの顔を見て、一瞬不思議そうな表情を浮かべる。
>なあ。もし、お前さえ良ければさ……明日もこうして、どこかに出かけないか?
お前の都合が合えばでいい。もし無理なら……明後日の夜だけでも頼む。
どうしても行きたい場所がある。そこで……大事な話があるんだ
「もちろん。乗り掛かった船だもん、最後まできっちり付き合うよ。
わたしの時間、全部エンバースにあげる。だから……連れていって。エンバースの行きたいところへ」
大事な話。
そんな言葉に、どきんと心臓が大きく鼓動を打った。
-
翌日。和のテイスト溢れるヒノデから一転、エンバースとなゆたら一行はオリエンタルな墳墓都市スカラベニアを訪れていた。
スカラベニアのアサシン教団が所有するユニーク防具『マスターアサシンの法衣』と、
バルクマタル王墓に眠るスペルカード『雨乞いコーリングウォー』回収のためだ。
……が、むろん用件はアイテム回収だけではない。むしろその後が重要と言ってもよかった。
>さて、折角スカラベニアに来たんだ――ご当地っぽい服装を楽しもうぜ
>〈とうとう建前を立てる事すら放棄しましたね?〉
>装備を確保する重要性は、わざわざ毎回説くまでもないだろ?それよりどうだ、似合うか?
>〈……ロスタラガムやイブリースを相手に、恐らく生半可な防御力は意味を成しません。
そういう意味では、その装備を選んだのは間違いなく正解と言えるでしょう。
適度にだぶついたローブのシルエットは、動作の起こりを――〉
>つまり……似合ってないのか
>〈あのですね、今はそういう話は――〉
>……似合ってないのか
>〈ああ!もう!クソウザいですからね、その絡み方!〉
「あはは……ううん、ちゃんと似合ってるよエンバース! カッコいい!
……っていうか、エンバースより……」
相変わらずのエンバースとフラウの漫才めいた会話に笑顔で応えるも、すぐにその表情が曇る。
なゆたは視線を下げ、自分の格好をまじまじ見遣った。
スカラベニアは言うまでもなく古代エジプトをモチーフとした土地柄だ。
国土のほとんどが広大なヒートスウィーク砂漠によって占められており、年中暑い。
夜になると気温が一桁台になるという寒暖の差はあるが、基本的に住人は皆薄着である。
従って――
「……わたしの方が問題だと思うんですけど」
なゆたは豊かな黒髪をターバンで纏め、鼻から下をヴェールで覆い、
黒い薄手のブラとゆったりした白いハーレムパンツにサンダルという踊り子風の服装に着替えていた。
ハーレムパンツはシースルー素材で、普通に太股も丸出しと変わらない。総体、ほとんどビキニの水着を着ただけのような格好だ。
海で水着姿なら何とも思わないが、さすがに陸地でこの格好は恥ずかしすぎる。
ぁぅ〜……と大きな羽根扇子で顔を隠し、なゆたは身悶えした。
が、そんな恥ずかしさもスライム牧場を訪れると吹き飛んでしまう。
たくさんのスライムが放し飼いになっている広大な牧場と、スカラベニアの一大娯楽スライム・ランをするためのコース。
コース前には名だたるプレイヤーの記録が大きく掲示されており、いつでもタイムアタックに挑むことができる。
「見て見て、これ!」
タイムアタックランキングの頂点、トップの項目を指差す。
そこに記載されたプレイヤー名は『MONDENKIND』――
未だかつて不敗の記録であった。
>……モンデンキント、寒くないか?折角フロウジェンに来たから……って訳じゃないが、
まずはここに相応しい服装をしないとな。それにポヨリンさんも……そのままで大丈夫か?
そのお腹……?が雪原にぴったり張り付いてるのを見ると、俺までこう……体が震えてくるよ
「寒い……けど、うん、大丈夫……。
ポヨリンも専用の装備があるから。おいで、ポヨリン」
『ぽよぉ……』
続いてやってきたフロウジェンは、ヒノデとは違う意味でスカラベニアとはまったく毛色の違う極寒の土地だ。
さすがにエーデルグーテから着てきたキトンやヒノデの巫女装束では寒すぎる。スカラベニアの踊り子衣装は論外だ。
インベントリから防寒着を取り出す。
【ふんわりダウンコート=特殊なやり方で弾けさせた綿を詰め込んで縫製したコート
抜群の防寒性能を持ち、柔らかいが丈夫な防寒着
製作可能なアイテムのひとつ
身につけることで、一時的に冷気を軽減する
また、もこもこなので見た目もかわいい
フロウジェンに行くなら、ふんわりいこうよ】
ポヨリン用にフードの部分だけを縫ったコートを着せる。なお、エンデだけはそのままだ。
一応ボロボロのフード付きマントを纏っているが、その下は簡素なシャツとショートパンツだけなので見た目にとても寒そうだ。
本人はケロッとしているが。
>見ろよ、モンデンキント――これ、超カッコよくないか?
まるでアイアンゴーレムのような見た目になったエンバースが感想を訊いてくる。
なゆたは半眼になった。
「あんまりかわいくない……。着る○○シリーズだったら、オフトゥーンの方がいい」
聖鎧オフトゥーン――優れた防寒性能と全属性への高耐性、さらにユニークスキルまで持つレア装備。ただし見た目は布団。
>〈いいですね、その鎧。あなたにすごく似合ってます。ずっとそれ着てましょう〉
>おい。そんな事言ってると、ホントに最終決戦までずっとこれ着ていくからな
「却下」
にべもない。
-
>あー、悪い。ここは正直……お前にとっては退屈な場所だよな。うるさいし……暑いだろ
「ううん、別にそうでもないよ。
機械とか動いてるの見るの好き。地球にいたときは、よく真ちゃんがバイクをレストアするの見てたもん」
次に訪れたタウゼンプレタ魔法工廠で、ばつが悪そうに言うエンバースへかぶりを振る。
多数の職人が行き交い、鎚の音が高らかに響き渡る工廠は今までの場所とはまた違う雰囲気を醸し出している。
「わたしのデッキとは相容れないけど、装備としては面白いのが多いよね。
ほら、これとか……中折れ式ショットダーツ。
シングルアクション・リボルバー式魔力装填拳銃『ピースブレイカー』もカッコいい。
ガンベルトを巻いて、テンガロンハットをかぶって……女ガンマンなゆた! なぁ〜んて!」
作業台に置いてある銃を手に取り、くるくるとガンスピンしてみる。
>バイスバイトに『グレイテストメイス』を発注して、さっさと次へ行こう
「いいの? せっかく来たんだし、時間はいっぱいあるから。
もっとゆっくり見て回ろうよ」
>〈ハイバラ?〉
>あ……ああ、悪い。ちょっとよそ見してた。えっと……バイスバイトの工房は――
――お、おい!今の見たか?スティルバイトだ!パズルアームズの製作者だぞ!
>〈ハイバラ?もしもし?〉
{エンバース?」
>なんだよ、もう!見失っちゃうだろ……じゃ、なかったな。行こう、さっさと用事を――
なんとか用事を済ませようとするエンバースだが、正直言って気もそぞろといった様子だ。
魅力的なものが周りにありすぎて目移りしてしまうという状態なのだろう。
>〈ハーイーバーラー?今度は何を見つけたんです?〉
>ブロウナー……フォームドクリスタル・ハンドカノンの設計者だ……。
えっと……やっぱりここ、もう少しじっくり見ていっちゃ駄目かな?
「ふふ。どうぞ? 気の済むまで見て行けばいいよ」
やっぱり男の子だね。なんて思いながら、フラウと顔を見合わせて肩を竦める。
結局、タウゼンプレタ魔法工廠を出るのには五時間ほど掛かった。
>エンデ、これが最後だ。ここまで運んでくれ
「……わかった」
>別に、何か回収したいものがある訳じゃないけど……でも、この目で見てみたいんだ
エンバースが最後に指定した場所は、地上ではなく海の底だった。
海中箱庭ワタツミ保護区。エンバース、ハイバラのホームグラウンド――リューグークラン、即ち“竜宮”の名の由来。
「ここが……リューグークランの本拠地……」
門を潜って目的地に到着すると、いかにも複数人の雑居スペースといった空間が一行を迎えた。
カードが置かれたままのポーカーテーブルに、ソファに、壁に掛けられたたくさんの賞状。
リューグークランの強さを示す、多数のトロフィー。
かつて、ここには確かにエンバースの――ハイバラの仲間たちがいた。日本最強のチームが。
しかし今はもう誰もいない。引退したのではない、死んだ。
PvPでスターダムを駆け上がり、これから世界大会で各国の名だたる強豪と対峙し。
絶対王者であるミハエル・シュヴァルツァーに挑もうとしていたある日、彼らはひとり残らず失踪した。
そして――前人未到の『光輝く国ムスペルヘイム』で、命を喪った。
>まだ俺達がただのチームだった頃に……皆でルピを出し合ってここを買ったんだ。
でも、そのせいでエントランスをどんなインテリアにするのか、すごく揉めてさ
エンバースがポーカーテーブルの天板をそっと撫でる。――慈しむように。
>流川はやなヤツみーんな誘い込んで丸裸にしようってカジノを作りたがるし。
黒刃は内装とかいいから、とにかく入ってすぐにカカシ置けってうるさいし。
あいうえ夫は、お前らセンスないし俺一人に全部やらせろなんて言い出して
「……」
>結局、デュエルで勝ったヤツが全部決めようって話になって……まあ、俺が全員ボコったんだけど
>……あいうえ夫が、ここに楊琴狸を放し飼いしてたんだけどな。逃げちまったのかな。その方がいいけど
「……」
>この箱庭も、本当は俺達より先に存在していて……俺達はここを作り上げてなんかない。
だとしても、あの時間は本物だった。楽しかった……けど、俺はもうハイバラじゃない
パチン、とエンバースが指を鳴らす。指先に小さな炎が灯る。
もう今はハイバラではなくなってしまった、ハイバラだったモノが、ハイバラの記憶を懐かしむ。
>デュエルの中なら、俺はどんな状況だって正解を見つけられた。
でも今は……分からないんだ。皆と今日まで旅をしてきて――楽しかった。
お前とこの三日間一緒にいて、マジで楽しかったよ。でも……つい、考えちまうんだ
>俺は……アイツらの事を蔑ろにしてるんじゃないか。
俺の中の、アイツらがいた場所を……塗り潰してるんじゃないか。
けど……仕方ないだろ?もう、皆いないんだ。ずっと喪に服してる訳にもいかない
「……」
なゆたは少し離れたところで、ただエンバースの独白に耳を傾ける。
彼の姿を、背を見詰めながら。
-
>だからいっそ、ここを燃やしちまえば……踏ん切りもつくかなと思ったんだけど。
でも、やっぱりやめとこうかな。この世界には、俺じゃない俺と、皆がいるんだよな?
世界を救ったなら……ソイツらもやっぱりチームを組んで、いつかここに集まるんだよな?
>……なら、ここを燃やしちまうのは皆に悪いもんな
この広大な世界のどこかに、二巡目のハイバラと彼の仲間たちが存在しているのかどうか、それはなゆたにも分からない。
ただ、ローウェルによってムスペルヘイムへ召喚された一巡目の存在であるエンバースがそう言うのなら、
きっとそうなのだろう――とも思う。
人には直感というものがある。絆というものが。
それは数値化できない、隠しステータスでさえない、けれども確かに存在するパラメータ。
エンバースとリューグークランとの絆は、まだ途切れてはいない。
であるのなら、エンバースがそう感じるのなら。
おそらくそれは真実なのだ。
>悪いな、湿っぽい話をしちまって。本当はもっと……違う話をしたかったんだけど
「ううん、話してくれてありがとう。
大事な話だよ……それは決してそのままにしてちゃダメなこと。きちんと向き合わなくちゃいけないことだよ。
それを打ち明ける相手に、わたしを選んでくれて……嬉しかった」
振り返ったエンバースに、胸元で両手を組み合わせて告げる。
エンバースが――ハイバラが、どれだけリューグークランの仲間たちを大切に想っていたのか。
彼らの命を守ってやれなかったこと、独りだけ生き残ってしまったことを苦痛に思っているのか。
それが痛いほどに理解できた。
話すのには大変な勇気が要ったことだろう。決意がなければできなかっただろう。
だが、エンバースは話してくれた。
自分だけに――それが、素直に嬉しい。
だから。
>帰ろうぜ……俺は明日に備えて、デッキを再編しないと。エンデ、頼む
今度は、自分の番だ。
ばつが悪そうに帰還を促すエンバースに応じ、エンデが『門』を作る。
「待って、エンバ―――」
なゆたは口を開きかけた。
だが、次の瞬間。
>――誰かいる
エンバースが身構える。刀身が溶け落ちたダインスレイヴを抜き、間断なく周囲に気を配る。
「え……?」
とても冗談とは思えない緊張感のある声音に、なゆたは思わず身体を強張らせた。
>〈……私には、何も感じられませんが〉
フラウには何も感じられないらしい。ポヨリンもなゆたの警戒に応じて周囲をきょろきょろと見回しているが、
何も見えないらしい。
なにより、エンデが無反応だ。ソースコードレベルで物事を見ることのできるエンデの索敵能力から身を隠せるとしたら、
それこそローウェルやバロールなどブレモン管理者・運営レベルでなければ到底不可能だろう。
だというのに、エンバースには確かに“それ”が見えているらしい。
>は……はは……なんだ、そりゃ。俺が素っ裸になって、ここをメチャクチャにすれば満足か?
>……リューグーだ。リューグーの、皆が見える。皆……ずっとここにいたのか?
「エンバース……!」
まるで白昼夢だ。しかしどれだけ目を擦り、意識を集中させてエンバースの見ている視線の先を凝視しても、
そこにはただ無機質な暗闇が広がっているばかりだ。
だが、エンバースには間違いなく視えている。
そこからは、もうなゆたの想像を超える事態だ。
短くも長い時間が過ぎ、幻影が消えたとおぼしき頃、エンバースは右手で頭を抱えた。
フラウが気遣わしげに声をかける。
>悪い。今は……少し、混乱してる。とにかく、帰ろう……明日に備えないと
それ以上の会話や考察を放棄するように、エンバースは踵を返して門を潜り、クランの箱庭から姿を消した。
「…………」
皆が門を潜り、なゆたが最後に残る。
誰もいなくなった箱庭で、なゆたは凝然と佇立したまま、眉根を寄せきゅっと強く下唇を噛んだ。
-
「エンバース、いる?
……入ってもいい?」
エーデルグーテに戻ったなゆたは、その日の深夜にエンバースの部屋を訪った。
「ゴメンね、こんな真夜中に。……でもエンバースは眠らないって聞いたから。
明日の準備してたの? 本当ゴメン、すぐ終わるから。
ただ……昼間はちゃんと話してなかったなって。ちゃんと話さなくちゃって、そう思ったものだから」
部屋の中へ通されると、なゆたはそっとベッドに腰掛けた。
それから少しだけ俯いて黙っていたが、ややあって意を決したように顔を上げ、口を開く。
「今日はありがとう、すごく楽しかった。
ううん、今日だけじゃない。昨日も一昨日も……この四日間、とっても楽しかったよ。
エンバースと色んなところに行けて。おいしいもの食べたり、装備を選んだり。
きれいな景色を見たりして、どれだけ時間があっても足りなかった。
……一緒にいられて、嬉しかった」
オデットに四日の準備期間を与えられたとき、なゆたは先ずエーデルグーテからは出ずに装備を整え、
残りの時間をシャーロットの記録と向き合うことで過ごそうと思っていた。
自分の中に存在するシャーロットの権能。管理者、運営としての力を、果たしてどう使うべきか?
それをじっくり考えようと思っていたのだ。
が、エンバースに誘われたことで当初の計画は崩れ、四日の時間はアルフヘイムの各地を探訪することに費やされた。
結局この四日間、なゆたはほとんどシャーロットや今後の世界のことなどを考えることが出来なかった。
しかし、今となってはそれでよかったと思っている。
元々出たとこ勝負、当たって砕けろがモットーのなゆたである。
突然大きな権能を与えられたからといって、あれこれ考えたところでいい方策など生まれるはずもないのだ。
今までがそうであったように、これからも感情任せで、イケイケドンドンで、猪突猛進で突っ走る。
結局、それがなゆたにとって一番いい方法なのだ、きっと。
「最後に寄った、リューグー・クランの箱庭でさ。
あなたはクランのみんなを蔑ろにしているんじゃないかって……そう言ってたけど。
わたしは、そうは思わないよ。
今でもずっと……あなたは仲間を大切にしてる。大事なものだと思ってる。
だって――大切じゃなかったら、わざわざ誰もいなくなった箱庭を訪れたりはしないでしょう?
それにさ……ただ感傷に耽って、思い出を愛でるだけなら、あなたはひとりで箱庭に行くことだってできた。
でも……あなたは言ってくれたよね。どうしても行きたい場所があるって。
そこで大事な話があるって。
第一、蔑ろにしてるかも……なんて心配してる時点で、全然蔑ろになんてしてないよ。でしょ?」
なゆたはエンバースの罅割れた双眸を見上げた。そして、淡く微笑む。
「リバティウムで最初に出会ったときのこと、覚えてる?
ミハエル・シュヴァルツァーやミドガルズオルムとの戦いの最中、あなたはいきなり現れて。
わたしの肩を掴んで、早く逃げろって。それから、鞄をわたしに突き出してさ……。
預かってくれって。突然何を言い出すんだろう、それ以前になんでモンスターの【燃え残り(エンバース)】がいるんだろって、
ビックリしちゃったなぁ」
突然現れた喋るアンデッドモンスターに、明神たち周囲の人間と共にひどく驚いたことを、懐かしそうに語る。
「そのあとも、こっちの都合や気持ちなんて全然考えないで『守ってやる』の一点張りで。
なんて失礼なやつなんだろって、ずっと思ってた。
わざわざ守ってなんて貰わなくたって、わたしは強いって。必要ないって――
あなたは繰り返したくなかったんだね。ムスペルヘイムでの出来事を」
あの頃は生まれ持った向こうっ気の強さと月子先生のプライドで、素直にエンバースの言葉に耳を傾けることが出来なかった。
酷く反撥し、必要ないと拒絶した。パーティーに加えることさえ否定的だった。
でも、今は違う。
「あなたは仲間たちの形見を託せる相手を探してたんだよね。
仲間たちが、リューグー・クランの記憶がこの世から消えてしまわないように、
みんなが確かに存在したっていう証を残していくために、後を受け継ぐ人間をアンデッドになってまで探してた……。
そんなあなたが、仲間たちを蔑ろにしてるなんて絶対ない。
ましてや――」
そこまで言って、自身の胸元に右手を添える。
「別人になってしまっても、変わらずクランのことを想い続けるなんて。
大事にしてなくちゃ、できないことだよ」
なゆたは迷いなく告げた。
それは、何もハイバラというプレイヤーが死んで燃え残り(エンバース)というアンデッドに変質した、という意味ではない。
今のエンバースは、かつてリバティウムやキングヒルで行動を共にしたエンバースとは“違う”と。
そう言っている。
-
「……最初は、気のせいかなって思ってた。
外見も、喋り方も、態度も、何も変わらない。なんにもおかしくない――
でも、どこかに違和感があった。何かが違うって……アコライト外郭での戦いの後から、少しだけそう思うようになって。
間違いないって確信したのは……始原の草原のとき。
ポヨリンがいなくなって、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなって……パーティーから抜けるって言ったわたしを、
あなたは引き留めてくれたよね。
わたしがいなくなるのは嫌だって。そう言ってくれたよね……。
リバティウムにいたエンバースなら……きっと、そんなこと言わなかった」
なゆたが決定的な違和感に気付いたのは、そのときだった。
何も生前のハイバラのパーソナリティを何もかも把握している訳ではないし、エンバースについても同様だ。
だけれど、違うと思った。
まるでそっくりさんのような。よく出来た物真似のような。
本人に見えるけれど、本人じゃない――そんな微かな違和感を、なゆたは確かに覚えたのだ。
「あ、でも、誤解しないで。
それが悪いって言ってるわけじゃないの、今のエンバースが偽者だとか、そんなことが言いたいんじゃない。
そうじゃない……だって、あなたに始原の草原でああ言って貰えて、嬉しかったから。
あなたに嫌だって。そう言われたから、わたしはパーティーを抜けるのを思い留まったんだもの」
もちろん、あのときはカザハや明神からも考え直すようにと説得を受けた。
けれど、ポヨリンを喪いすっかり折れてしまっていたなゆたの心を最終的に奮い立たせたのは、エンバースの一言であったのだろう。
なゆたはベッドから立ち上がるとエンバースへ歩み寄り、そっと両手でその焼け爛れた頬に触れようとした。
「ハイバラが死んでエンバースになったからって、ハイバラとエンバースが他人になったわけじゃない。
同じように……以前のエンバースが何らかの理由で今のエンバースになったからって、
それは別の存在になっちゃったわけじゃない……と思う。
全部繋がってるんだ。ひとつなぎの存在なんだよ――それは変化ではあるけれど、交代とか分断とは違う。
あなたは、あなた。少なくともわたしにとって、エンバースはたったひとり。
出会った頃から一貫して皮肉屋で、素直じゃなくって、自信家で……。
でも、いつだって仲間のことを想ってる。優しいあなたのまま」
ほんの少しだけ頬を桜色に染め、なゆたははにかむように笑った。
「つまり、何が言いたいかっていうと……そのままでいいよ、ってこと!
リューグー・クランのことも、その他のことも。好きなものは全部まるっと持っていればいい。
無理に忘れようと努力したり、踏ん切りをつける必要なんてないと思う。
だってわたしがそうだもん! 人間、そんなにポンポン物事に見切りをつけたりなんてできないよ。
そして、もっと長い時間をそんな好きなものたちと一緒に過ごして。
いつの日か、もう大丈夫って思える時が訪れたなら……そのときにもう一度整理してみるのでも、遅くないんじゃないかな」
エンバースの頬を両手で包み込むように触れながら、微かに目を細める。
「もし、わたしがローウェルやイブリースに負けて死んだら。
わたしのことも、リューグー・クランの仲間たちみたいに想ってくれる……?」
死してなお、廃墟と化した古巣を訪れ昔を懐かしむほど愛着のある仲間たち。
エンバースの、ハイバラの大切な者たちと自分を並び立たせるだなんて、厚かましいにも程があると思ったけれど。
それでも、訊かずにはいられなかった。
湿っぽくなった空気を誤魔化すように、なゆたはエンバースの頬から手を離すと長い髪を揺らして身体を反転させ、
エンバースから背を向けた。
「あはは……ごめん! ヘンなこと訊いちゃって。
もちろん死ぬつもりなんてないよ。わたしにはまだまだ、やりたいこともやらなくちゃならないこともあるんだから。
てことで――エンバースに新しいオーダー!」
肩越しに振り返り、右手の指を二本立ててみせる。
「ひとーつ! この戦いが終わったら、またわたしと遊びに行くこと!
ブラウヴァルトで群青の騎士の試験を受けるのもいいし、カルペディエムに行ってみるのも面白そう!
ここでこなしてないイベントも、行ってない場所も、わたしたちには山ほどあるんだから!」
アルフヘイムに召喚されて、さまざまな場所を冒険したつもりだが、
それでもなゆたたちが足を運んだのはブレモンのごく一部にすぎない。
地球――ミズガルズがそうなように、アルフヘイムの隅々までを冒険しイベントをコンプリートするには、
膨大な時間がかかるだろう。
それを、エンバースと一緒にやりたいと言っている。
「それから、もうひとつ。
今じゃなくていいんだ。エンバースの気が向いたときで。
無理強いするわけじゃないし、そのつもりがなければこのままで全然。
でも、もし。もしも、言うことを聞いてもいいかなって。ほんのちょっぴりでも思ってくれたなら――」
もう一度なゆたは右足を軸に身体を反転させ、改めてエンバースへと向き直る。
両手を腰の後ろで結んで眉を下げ、少しだけ恥ずかしそうに。
けれども、意を決し――
「……なゆた、って呼んで欲しい。
モンデンキントじゃなくて……わたしの名前を、呼んで欲しいよ」
なゆたは真っ直ぐにエンバースを見詰めると、静かにそう告げた。
-
準備期間にと与えられた四日間は瞬く間に過ぎ、決戦当日の朝が訪れた。
「やっぱ、わたしの正装って言ったらこれよね!」
銀色に輝く甲冑に蒼いマント、ミニスカートに白のニーハイブーツ。
自室にある姿見の前で姫騎士装備一式を身に纏い、なゆたは満足げに頷いた。
召喚されたときに着ていたセーラー服に始まって、サマースタイルのワンピースや水着姿。
流水のクロースや、先日エンバースと一緒に色々見て回ったときに着た巫女装束など、
今までの旅の中でなゆたは様々な衣装に袖を通したが、やはりこの姫騎士装備が最も身体にしっくり来る。
決戦に着ていくのはこの装備しかないと、なゆたは前々から決めていた。
「っし! やりますかぁ! いくよポヨリン、エンデ!」
『ぽよっ!』
「うん」
パートナーのポヨリンとエンデも既に準備万端だ。と言っても、いつもと何も変わらないのだが。
なゆたは自室を出ると、意気揚々と作戦会議室になっている聖堂へと向かった。
「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」
円卓を前に揃った一同の中で、プネウマ聖教の頂点、教帝こと『永劫の』オデットが口火を切る。
エーデルグーテの白亜の大門の外には既に夥しい数の兵が集結しており、出陣の号令を今か今かと待ちわびていた。
武具や火薬、食糧、それに医療道具なども山ほど用意してあり、まさしく戦争の直前といった佇まいだ。
軍勢は最高幹部たる大司教の下、六つの軍団に分けられ、その下に中隊長・小隊長として聖罰騎士たちが控える。
光を標榜する教団の擁する軍らしく、回復役も潤沢だ。ちょっとやそっとの傷なら、
後方支援部隊の薬師や僧侶が瞬く間に癒してくれるはずだ。
主な戦闘要員である騎士や戦士たちの他、戦いが始まれば穢れ纏いたちも影よりニヴルヘイム軍に襲い掛かることだろう。
まさしく最終決戦に相応しい軍容と言える。
「余は遊軍として五百騎を率いる」
この四日間で最新鋭の治療を受け、すっかり復調したグランダイトが腕組みし低い威圧的な声で言う。
プネウマ聖教軍の陣列には加わらず、好きに戦場を馳駆するつもりらしい。
始原の草原に置いてきた兵をかき集めた五百騎は当初保有していた覇王軍二十万と比べると見る影もないが、
それでも意気軒高である。皆、同胞の仇を討とうと闘争の炎を猛らせている。
「作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
第三層と攻め進まなければならない」
アレクティウスが手にしたソロバンで円卓の中央に広げたニヴルヘイムの地図を指し、
説明する声が聖堂に響く。
「だが、当然そんな時間は我々にはない。
よって、十二階梯の継承者『黄昏の』エンデの力で『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開き、
このエーデルグーテから一気にニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)へと移動する。
第八層への本隊移送が終了次第門を閉じ、後はニヴルヘイムの軍勢と雌雄を決する。
ハロディ枢機卿の第一大隊は、第八層到着次第左翼に展開し――」
遊軍のグランダイトと違い、アレクティウスはどうやらオデットと共に本陣に残って作戦指揮を執るらしい。
グランダイトに心酔し片時も離れず行動しているアレクティウスのこと、
この世界決戦に主君と離れて行動することには少なからぬ葛藤があっただろうが、今は落ち着いている。
ただし、その目は真っ赤だ。きっとたくさん泣いて、嘆いて、最終的に受け容れたのだろう。
未来を生きるために。
「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」
「うーっし! やったろーじゃん!
クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」
ぱぁん! と右の手のひらを左拳で打ち、黒甲冑姿のガザーヴァが気合を入れる。ダークマター突入組は、
崇月院なゆた(ポヨリン)
カザハ(カケル、むしとりしょうじょ)
明神(ヤマシタ、マゴット)
エンバース(フラウ)
ジョン・アデル(部長)
“知恵の魔女”ウィズリィ(ブック)
五穀みのり(イシュタル)
幻魔将軍ガザーヴァ(ガーゴイル)
『虚構の』エカテリーナ
『禁書の』アシュトラーセ
『黄昏の』エンデ
と決まった。
-
「いかに師父のなさることとはいえ、世界の消滅などは絶対に認められぬ。
弟子として師父に直接問い質さねばなるまい。そして過ちは正す……。
それもまた弟子の務めじゃ。のう、アシュリー。御子よ」
「そうね……。それから『詩学』と『万物』。『聖灰』……何より『黎明』とも話をつけなければ……。
継承者のことは、私達に任せて貰うわ。これは――身内の話だから」
「……ぼくは修正パッチとして、継承者に対し完全なアドバンテージがある。
引き付ける役は請け負うよ」
ニヴルヘイムとの決戦にあたり、ローウェルの走狗と化している継承者たちとの衝突は避けられない。
真正面からぶつかれば苦戦必至の難敵だが、それは此方の継承者たちが受け持ってくれるという。
とすれば、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の警戒すべき敵は兇魔将軍イブリース、ミハエル・シュヴァルツァー、
そして首魁である大賢者ローウェルだけに絞られる。
「大賢者様、この世界の叡智の最高峰たる尊き御方が、この世界を消滅させるおつもりだなんて……。
絶対にお止めしなくちゃ。ナユタ、ミノリ、力を貸して頂戴。
きっと私は、私の知恵は……そのために今日まで培われてきたものだったんだわ」
「もちろん。ローウェルと直接対決して、世界の消滅を防ぎたい気持ちは同じだよ。
みんなで一緒に、誰ひとり欠けることなく……ローウェルに会って、未来を変えよう。
みのりさんも――」
色違いの瞳に悲愴なほどの決意を湛えるウィズリィに、なゆたは頷いた。
それから、バロールのものによく似た白いローブを着て隣に佇んでいるみのりに視線を移す。
四日前、魔法機関車によって運ばれて来たときは意識もなく重傷だったみのりだったが、
グランダイトやアレクティウスらと同様、プネウマ聖教の治癒魔法によって今はすっかり回復していた。
「そうやねぇ。
なゆちゃん、みんな、心配かけてもうて、ほんまにすんまへんどした。
まさか『侵食』でせわしない筈のゴットリープやらが、直接キングヒルに攻めてくるとは思わへんかった。
ウチとお師さんの完全な失策や……」
「ううん、そんなの誰にも予想なんてできないよ。
犠牲は沢山出たけど……、でもみのりさんが無事で本当によかった。
もし、みのりさんがキングヒルから逃げ遅れて、万一のことがあったらって考えたら……」
「ん……。おおきに。
身体張ってウチらを逃してくれはったお師さんに報いるためにも、気張らせて貰いますわ。
少し前の、それこそキングヒルに到着したころのウチやったら、そんなん冗談やないって突っぱねとったんやろけど。
世界がのうなるか、のうならんかの瀬戸際や。四の五の言ってられへん。
……それにしても……」
みのりが眼帯に覆われていない右眼でなゆたを頭の天辺から爪先までまじまじと見る。
なゆたは首を傾げた。
「?」
「直接会うんは久しぶりやけど。
……少ぉし見ぃひんうちに随分強ぉなったみたいやなぁ、なゆちゃん。見違えたわぁ」
「え、そうですか?」
「うん。……なゆちゃんだけやあらへん、カザハちゃんも明神さんも、エンバースさんも、ジョンさんもや。
キングヒルからモニターはしとったけど、みんな随分修羅場を潜ってきたみたいやなあ。
世界を救う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の顔っちうのは、きっとこういう顔を言うんやろねぇ。
頼もしいわあ」
ふふ。とみのりは隻眼を細めて笑った。
「はい……! 絶対、絶対! この戦いに勝って、世界を救ってみせましょう!
わたしたち、みんなの力で!」
大きく頷き、なゆたは拳を握り締めてガッツポーズを取った。
そうして各々が最終決戦へ向け、決意を新たにする中――
>みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ
不意に、ジョンがそう切り出してきた。
これから戦うニヴルヘイムの軍勢を率いる主将、兇魔将軍イブリース。
今後の世界のため、平和のために、イブリースを殺すのは得策ではないと主張する。
それは、言うまでもなく皆考えていることだ。だが頑なにアルフヘイムを拒絶するイブリースの感情を前に、
現状有効な策が出ず問題を先送りにすることしか出来ていない。
しかし。
>策はないが…考えがある…カザハ、頼む
ジョンがフィンガースナップをすると、それを合図にカザハとカケルが歌を歌い始めた。
-
「これは……」
>…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ
カザハが歌い終えると、ジョンが説明を始める。
アレクティウスはこんなときに歌など歌うなと文句を言いたそうな様子だったが、
オデットやグランダイトらが無言でいるため、渋々沈黙を貫いた。
ジョンの言いたいことはこうだ。
イブリースにはお互いの打算のために主従関係を結んでいたバロールとは違う、真の主君がいる。
その人物と交わした約束を愚直に守り続けている、そこを付け込まれてローウェルの走狗になってしまったのに違いないと。
今までの自分たちでは、その主君が誰なのかを察することが出来なかったが――今は違う。
エーデルグーテを訪れる前までの自分たちと、現在の自分たちとでは、持っている情報に決定的な違いがある。
つまり――
>なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?
シャーロットが、イブリースの真に臣従する主君なのではないか? ということだ。
ジョンに真っ直ぐに見詰められ、なゆたはきゅっと唇を一文字に引き結ぶと、小さく頷いた。
「そうだよ」
此方もジョンの碧眼を見返す。
「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは」
争いを好まず平穏を愛するシャーロットは、イブリースに相争い殺し合うことの無益を常々語っていた。
そして一巡目の世界でアルフヘイムとニヴルヘイムの戦いが激化する中、
イブリースに同胞たるモンスターたちの命を守るようにと命じたのだ。
世界が二巡目となってもなお、イブリースはその命令を――約束を遵守し続けている。
ジョンの予想は正しかった、しかし。
「でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
なゆたはあくまでシャーロットの権限やスキルを継承しただけの別人である。
ハイバラ本人が死後に変質したエンバースのような存在とは根本的に違う。
そんな自分がまるでシャーロット本人のように面影をちらつかせて戦いをやめろ、仲間になれと言ったところで、
イブリースは肯うまい。あべこべにシャーロットを騙るなと激昂されかねない。
「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」
ジョンの提案は使えないと、悲しげにかぶりを振る。
けれどもそこまで言いかけたとき、なゆたの頭の隅で何かが小さく光った。
「――――ッ、本物のシャーロット……?」
はっとして、自分が何気なく口にした言葉を繰り返す。
>アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう
更に、ヒノデへ出向いた際にエンバースが告げた言葉を思い出す。
あのときは巫女装束を着せたいがための方便と思っていたが、今にして思い返せば大きなヒントだった。
「なゆちゃん?」
腕組みし、何やら難しい表情で呻き始めたなゆたを気遣って、みのりが声をかける。
すぐになゆたはハッと我に返り、ぱたぱたと両手を振った。
「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」
纏まらない思考を一旦脇に退け、なゆたはジョンに約束した。
と、聖堂内に聖罰騎士がひとり入ってきてオデットに報告する。
オデットが皆を見回す。
「刻限です。参りましょう」
「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」
なゆたはそう言うと、徐に前方へ右手を突き出した。暗に皆、この手に手を重ねろと言っている。
ニヴルヘイムとの決戦、大賢者ローウェルとの決着。
世界を救うための戦いが始まった。
【デート終了。ニヴルヘイムへ出陣】
-
>「…そんな事言われたっけ?…覚えてないな」
「ジョン君……」
>「覚えているのは君が夜中に見張りをサボって中二病ごっこをしていた事だけさ…え?そんな事してないって?…そうだっけ?…まあどうでもいいや…」
カザハは真っ赤になりながら頭をふるふる振っている。お前絶対覚えとるやろ!
それにしても、あの頃の謎テンション突撃バカから紆余曲折を経て随分キャラ変わりましたね……。
まあ、地球で何十年と生活してた人がいきなりこんな世界に放り込まれて平常心を保っている方が例外なわけで、
ああ見えて無理矢理テンションぶち上げて自分を保ってたんでしょうか。
>「僕の人生の経験から言わしてもらえば…こんな時はどーんと構えたほうがいい。
見てる事しかできない?ほんの少しの力しかない?…違うな…少なくとも今…僕は君から勇気をもらったよ」
「勇気……」
それは、地球出身のジョン君達にはあって、もともとこちらの世界出身のカザハには無いかもしれないもの。
もちろんエンデが言うところの”勇気”はブレイブだけが持つ未だ正体不明の何かを指す特殊用語であり、
一般の言葉としての勇気とはまた別物なのであろうが。
それでも、カザハは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。それなら本当に……良かった。
あのさ――いつぞやは引っぱたいたりしてごめん。全然偉そうに言える立場じゃないのに……。
実は……自分は場違いなんじゃないかって最初からずっと思ってて。
とどめにアルフヘイムの住人に”勇気”は無いって聞いて……もういいやって思って。
でもね。
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないって。
自分なりのやり方で思い出を作っていけばいいって、我の兄弟……いや姉妹かな?が言ってくれた。
それで……自分なりのやり方って何だろうって、何が好きだったっけって考えたら、こうなった」
カザハの兄弟といえばジョン君はきっと私のことだと思うだろうが、もちろん私ではない。
ということはもしかしてガザーヴァ?
え、待って!? あのガザーヴァがそんな事言ってくれたんですか!?
あんなに前世で殺し合った因縁があって相性最悪の犬猿の仲のくせに姉妹……だと!?
あなたの兄弟は私だけじゃなかったんですか!?
「実は普通に歌ったらジャ〇アンリサイタルなんだけど……
ちょっと思いついてレクス・テンペストの力で補正をかけてみたんだ。
君で二人目だよ――この力が何かを傷つける以外に役立つと言ってくれたのは」
ちなみに一人目は私。もう随分昔のことです。
この言い方だとまるで殺傷力だけは高いのが前提の能力みたいに聞こえるが、私の頃は本当にそうだったのだ。
-
「言っただろう? これでも昔は結構物騒だったって。
そもそも四大精霊族はこの世界の四大属性を司る神代遺物を守るための機構だ。
我の元々の名前は風の刃と書いて風刃。
風の巫女の一角として始原の風車を守ってて……始原の風車を狙ってくる人間をたくさん斬り殺した。
だから、頑張れば前みたいに戦えるはずって思ってたよ。だけど無理だった。
2巡目の我は、努力は苦手、奪い合うのも競い合うのも嫌いなどうしょうもないヘタレなんだ。
当然みんなとの差は縮まらないし、広がるばっかりだった。
……きっと、根性とか気合とかの問題じゃなく物理的に無理だったんだ。
ゲーム風に言えば多分……同じ名前の同じキャラでありながら仕様が変更されてる。
テンペストソウルの質が変わってしまったんだ。あの頃の純粋で残酷な魂はもう無い――」
なまじ前の記憶を保持していたばっかりに、仕様変更に気付かず適性の無い方向に空回っていたということか。
仕様変更が本当だとすれば、そこに何者かの介入があったのか、それもバグの一貫なのかは分からない。
元々私達の場合混線とか、単なるバグでは説明が付き切らないことが多々あるような気もしますが……。
「でも、それでいいんだ。自分で望んだことだから。
自分の名前も力も、あんなに嫌いだったのに。どうして昔に戻ろうとしてたんだろう。
もう前の世界に捕らわれるのはやめだ。昔みたいに前には出ない。サブアタッカーも回避タンクももうしない。
今まで使用不可だった呪歌系スキルが解放されたみたいなんだ。この力でみんなのサポートに徹するよ」
と、珍しく真面目な台詞を言ってはみたものの。
「なんて、もともと辛うじてサポーターとしてしか機能してないか! あはははは」
自分が真面目な台詞を言っているという状況が耐えられなくなったらしく、自分で茶化す。
そんなカザハを、ジョンくんはド直球のかっこいい台詞で鼓舞した。
>「僕は絶対役に立つ!絶対力になる!これだけでいい!…これから先は待ったなし!…いっしょにぶちかましてやろうぜ!」
「決めたよ――
呪歌の効果範囲って味方全員が多いんだけど、もしも誰か選ばないといけない時は――強化するのはキミに決めた。
君は見てて心配になるぐらい王道のアタッカーだから。捻りの無いバッファーとは多分最も相性がいい。
それに、我の歌に勇気をもらったと言ってくれた君にはきっと一番よく効く。
…
……
………
あ、飽くまでも戦略的に有効と思われるからであって他意はない!」
自分の発言が誤解を生みかねない発言となっている事に気付いたらしく、慌てて言い訳をするカザハ。
ジョン君は別に何とも思ってないと思いますけど……。
そういえばミズガルズには「キミに決めた」と言いながら女子高生略してJKに突撃した不審者のオッサンがいましたね……。
というか、真っ先に強化するのは不動のパートナーモンスターたる私じゃないんですかね!? 常識的に考えて略してJK!
カザハは気を取り直して言葉を続ける。
-
「とにかく! 君は絶対役に立つし力になるよ! そうなるように我が強化する!
ロールをサポーターに絞る理由、他じゃまともに機能しないっていうのはもちろんだけど、それだけじゃないんだ。
もしも、もしもだよ? 自分には勇気が無い奴が仲間の勇気をぶち上げることが出来たら……最高にかっこいいじゃん!」
カザハは楽しそうに笑った。久しぶりに見た屈託のない笑顔だった。
長らく悩んでいたカザハがやっと前を向けたのだ。
普段の私なら当然一緒に喜ぶはずなのに――何なのでしょう、この気持ちは。
ジョン君と別れ、カザハがこっちに来たので慌てて平常心を装う。
「我のキャラじゃないことを言ってしまった……今の拡散したら駄目だからな!?
……どうかしたか?」
「……何でもないです」
……装えてない!? ……これじゃあいわゆる”面倒くさい彼女”そのまんまじゃないですか!
いくらなんでも格好悪すぎる。絶対悟られてはならない……!
それに、今まで私だけに依存していたカザハがやっと皆の本当の仲間になろうとしているのだから、水を差してはならないのだ。
「これはやっぱりあなたが……」
その夜、私は神妙な面持ちで、預かっていたスマホをカザハに差し出した。
「一瞬でも私が引っ張る側だなんて思ったのは間違いでした。
やっぱり、ずっと依存していたのは私の方。
飛べるようになったのも、今生きているのも、全部あなたのお陰――」
「本当にその通りだ。カケルのくせに生意気だぞ!」
「ごふっ」
カザハがぶん投げた枕が、顔にぶちあたる。
こっちがちょっと真面目にしんみりした雰囲気出してるのに何この仕打ち!?
「こんなことになったのは君のせいなんだ。
そもそも最初に野垂れ死なずになゆ達と合流できてしまったのも、なんだかんだでこんなところまで来れてしまったのも、君のせいだ。
双子だったテュフォンとブリーズがすごく羨ましくて……ほんの出来心だったのに。
全部全部、冗談半分で兄弟ごっこを始めた我に文句ひとつ言わずに付き合った君のせいなんだからな!」
「カザハ……」
「たとえ妹が増えようと我の最初の兄弟は君だし、
たとえ強化をかけなくたって君には我と共有するレクステンペストの力があるだろう?
そんなことも分からないような奴はスマホ没収だな!」
「全部バレてる――!?」
-
私が動揺した隙に、カザハは無駄に高い素早さを発揮して私からスマホを掠め取った。
そして器用にベッドの上に着地し、私を抱きとめるように両手を広げる。
「忘れるな! ”君と来た旅路”があっての”皆で行く旅路”なんだ!」
私はその胸に飛び込む……と見せかけて無駄に高い素早さを発揮して必殺技を発動した。
「さっきの仕返しです! 必殺! 脇の下くすぐり!」「ぎゃぁあああああああああ!!」
クリティカルヒット! カザハは絶叫をあげながらベッドに倒れ込み、私も勢い余ってその隣にダイブする。
「こいつら……小学生から何一つ変わってね―――――――――ッ!!
二人揃ってキッズケータイでも首から下げとけや!!」
むしとりしょうじょの全力のツッコミが響いた――
そして……それから出発までの二日間、私は”新たに解放されたスキルの練習”と称しての路上ライブに付き合わされたのでした。
ユニット名は『2代目T SOUL SISTERS』だそうです。
上手いこと言っているのかいないのかよく分かりません。
2代目ということは初代は必然的に今はストームコーザーの中にいる二人ということに……
――謝れ!初代に謝れ!
そうしていると隣でむしとりしょうじょがタンバリンを打ち始めたりして。
「ちょっと待って何で物が持ててんの!?」
「よく分からんけど気合入れたら持てるようになった」
「経験点配分されてんの!?レベルアップしてんの!?」
とかいうやりとりがあったりなかったり。
というかベルゼブブは羽化したけどこの人全然成仏する気配ないんですけど!?
これ、たまに出てくるギャグ要員としてなんとなく最後までいくパターンじゃね!?
そして出発前夜、いつものように寝る前にベッドに寝そべって駄弁る私達。
特に出発前夜らしい会話をするでもなく、いつも通りのとりとめのない会話である。
「そういえばこの世界はゲームなのにBGMが無いんだな……」
カザハがまた妙なことを言い出した。
「そりゃまあ……ゲーム内の登場人物には聞こえないようになってるんじゃないですかねぇ」
「ブレモンのBGM、滅茶苦茶いいのに勿体ないな……」
「言われてみれば確かに……」
最初は妙なことを言い出したと思ったが、ブレモンのBGMは確かにいいので、聞こえないのは勿体ない気がする。
カザハはブレモンのゲームはド素人だが、サントラだけは買って何回も聞いている。
いわゆる”サントラだけ買う勢”ですね。
「でも、こっちの世界の住人は、ブレモンにBGMがある事自体知る事すら出来ないのが普通なんだな……。
知る事が出来たのはゲームのブレモンがあるミズガルズに飛ばされたおかげだな」
-
地球にあったブレイブ&モンスターズ(私達から見たゲーム)のBGMは、
ブレイブ&モンスターズ(私達にとっての現実)のBGMの一部が使われていると考えられる。
ブレモン(現実)には、私達には聞くことのできないゲーム版未実装のBGMがたくさんあるのだろう。
そして、それらもゲーム実装済の曲と同程度のクオリティと考えれば、きっとどれも素晴らしいのだろう。
「この世界は大人気ゲームだったらしいが……駄目精霊の我としては難易度が高すぎるしもうちょっとぬるい世界観の方が好みだな。
特にミズガルズエリアは莫大な資金の投入しどころを間違えた壮大なるクソゲーとしか言いようがない。
が、神BGMを搭載してるなら仕方ないが全部ひっくるめて神ゲーと認定するしかない……。
世界を救ったら運営に全曲収録の完全版サントラを発売してもらうようにお願いしよう。
いやいっそBGMをONにする機能を実装してもらおうか。
その状態で世界の果てまで冒険しよう! カケル、一緒に来てくれるな?」
「四六時中BGMが流れてたらちょっとうるさくありません!?」
また滅茶苦茶な謎理論を展開しているが、世界を好きになるきっかけは何でもいいのかもしれない。
ブレモンのゲームをやり込んだのがきっかけでこの世界を好きになっても、
ブレモンのサントラを聞きまくったのがきっかけでこの世界を好きになっても、別にいい。
「本当は……今でも時々聞こえてる。賑やかな王都。風渡る草原。それから……みんなの曲。
なゆは……まるでアイドルソングみたいに可愛らしくてそれでいてすごく勇壮。
明神さんは……ちょっとワルっぽくてかっこいいドラムとベースの効いた疾走感のある曲だな。
エンバースさんは、出だしはオサレでクールとみせかけてサビはめっちゃ熱い。
ジョン君はやっぱちょっとアメリカンで? すごい激しくてでも切なくて……うーん、うまく言えないや。
とにかくテーマ曲が用意されているということは……間違いなく主要人物だ。我が語るべき勇者で間違いない」
「ふふっ、そうですね」
単に妄想や例えで言っているだけか、地球で言うところの共感覚のようなものか。
それとも本当にゲーム内の登場人物には聞こえないはずの音が時々聞こえているのか。
そうだとしたら5Gの影響を受けているのでアルミ製の帽子を被らないといけないやつの気もしますが……。
真相が何であっても、私にとっては大した問題ではない。カザハが不思議なことを言い出すのはもう慣れている。
重要なのは、ちょっと(かなり)変わった表現だがカザハが皆のことをすごく特別に思っているらしいということだ。
-
決戦当日の朝、皆が聖堂へ集う。
決戦に備えて装備変更した者、今までと変わらない者、様々だ。
なゆたちゃんは、この街に来るまで長く着ていた姫騎士装備に身を包んでいた。
カザハの服装はほぼ変わっていないが、ヘッドギアが羽根付きヘッドホンのようなデザインものに変更されている。
頭の装備は全体の印象に結構な影響を与えるとはよく言ったもので、こうして見ると吟遊詩人系クラスのように見えなくもない。
>「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」
>「余は遊軍として五百騎を率いる」
>「作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
第三層と攻め進まなければならない」
>「だが、当然そんな時間は我々にはない。
よって、十二階梯の継承者『黄昏の』エンデの力で『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開き、
このエーデルグーテから一気にニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)へと移動する。
第八層への本隊移送が終了次第門を閉じ、後はニヴルヘイムの軍勢と雌雄を決する。
ハロディ枢機卿の第一大隊は、第八層到着次第左翼に展開し――」
>「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」
オデットやグランダイト、その部下のアレクティウスらが、厳かに会議を進めていく。
そんな中、例によって例のごとくガザーヴァはいつも通りだった。
>「うーっし! やったろーじゃん!
クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」
「ブレなさすぎやろこいつ……誰に似たんだ……? ちなみに我はキャラブレまくりだから違うぞ」
いつも通りのガザーヴァを見て、カザハは自虐系ギャグ(?)を言いながら笑っていた。
突撃バカ、絶叫ヘタレ、なんちゃって達観系ときて今はその全部を足して3で割った感じになってますね……。
>「大賢者様、この世界の叡智の最高峰たる尊き御方が、この世界を消滅させるおつもりだなんて……。
絶対にお止めしなくちゃ。ナユタ、ミノリ、力を貸して頂戴。
きっと私は、私の知恵は……そのために今日まで培われてきたものだったんだわ」
>「もちろん。ローウェルと直接対決して、世界の消滅を防ぎたい気持ちは同じだよ。
みんなで一緒に、誰ひとり欠けることなく……ローウェルに会って、未来を変えよう。
みのりさんも――」
「みのりさん……! 元気になったんだな!」
-
>「直接会うんは久しぶりやけど。
……少ぉし見ぃひんうちに随分強ぉなったみたいやなぁ、なゆちゃん。見違えたわぁ」
>「え、そうですか?」
>「うん。……なゆちゃんだけやあらへん、カザハちゃんも明神さんも、エンバースさんも、ジョンさんもや。
キングヒルからモニターはしとったけど、みんな随分修羅場を潜ってきたみたいやなあ。
世界を救う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の顔っちうのは、きっとこういう顔を言うんやろねぇ。
頼もしいわあ」
「みのりさんのサポートあってこそだよ。
危険を顧みずにストームコーザー探しに行ってくれたり……本当にありがとう」
>「はい……! 絶対、絶対! この戦いに勝って、世界を救ってみせましょう!
わたしたち、みんなの力で!」
そんな中、ジョン君が話を切り出した。
>「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
>「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」
急に頼むと言われても何のことだか分からなかったかもしれないが、私達は、ジョン君から事前に打ち合わせを受けていた。
イブリースを必ず説得して助けたいこと、私達の歌った歌からそのヒントを得たこと。
イブリースには真の主君がいて、それを悪用されてローウェルの走狗になってしまっているのではないか。
そして、真の主君はシャーロットなのではないかという仮説。
イブリースは今やアルメリアを壊滅させた宿敵であり、カザハにとっても、テュフォンとブリーズを直接間接に葬った憎き仇。
それが直接のきっかけとなりカザハは色々こじらせてしばらく鬱モードだったのだ。
きっと、カザハもまたイブリースの処遇に関して複雑な想いがあったに違いない。
それでもカザハは最終的にはジョン君の考えに賛同し、彼と共にこの提案をすることとした。
楽器を持ったカザハと私が前に進み出る。
「聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ」
こんな非常事態に何も歌わなくても、歌詞のポイントとなる部分を掻い摘んで説明すればいいのでは、
とも思ったが、カザハはジョン君の提案通り歌おうと言った。
この曲が上の世界から見たブレモンのテーマ曲と共通して使われているものだとしたら、
思わぬところにヒントが隠されている可能性もあること、
そして何より「ジョン君が”勇気をもらった”と言ってくれたから」とのことだ。
案の定、生真面目なアレクティウスの”こんな時に何呑気に歌っとんねん”的な視線を感じたが、それでも最後まで黙って聞いていてくれた。
>「これは……」
>「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」
-
歌ったカザハですらも、ジョン君からこの解釈を聞かされる前はシャーロットからブレイブに向けた言葉とばかり想定していた。
「私が消え果てもかならずやりとげてくれる君達なら」このいわゆる大サビを境に、歌詞のニュアンスが
ブレイブとパートナーモンスターの一対一の絆から、パーティ全員の絆を歌っているように微妙に変化する。
“君とゆく旅路”から”皆でゆく旅路”への変化
それはもちろん、ブレイブとパートナーモンスターの一対一の絆から始まり、
いつしか共に旅するブレイブ達が本当の仲間になっていた――という解釈が自然だが。
それを遥かに拡大して、皆の中にイブリースまでも入っているとすれば――妙に辻褄が合ってしまうのだ。
シャーロットはきっと、皆で手を取り合って世界を救ってほしいと願っているのだろうから。
>「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」」
ジョン君はついに自らの仮説を皆に披露し、シャーロットの記録を持つなゆたちゃんに問う。
>「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」
>「そうだよ」
なゆたちゃんは、神妙な面持ちで頷いたのであった。
>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは」
>「でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
とはいえ、エンデはなゆたちゃんを本物のシャーロットとして扱っているように見えるし、
シャーロットそのものではなくてもまるっきり別人とも思えないのだが、
シャーロットの記録を持つなゆたちゃんがそう言うからには少なくともイブリースにとってはそうなのだろう。
残念そうにかぶりをふるなゆたちゃんに、カザハは申し訳なさげに告げる。
-
「そうか……いや、なゆが謝ることじゃない。
こっちこそごめん。敢えて言ってなかった事を言わせてしまって……」
>「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」
>「――――ッ、本物のシャーロット……?」
なゆたちゃんは、言葉の途中で何かを突然閃いたようだった。
>「なゆちゃん?」
>「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」
「そう言われるとめっちゃ気になるんだが!?」
そこで、出発の時間となった。オデットが皆を見回して告げる。
>「刻限です。参りましょう」
>「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」
前方へ突き出されたなゆたちゃんの手。カザハはその意図を汲み、迷わず手を重ねた。
まるで、何も考えてない系キャラだった最初の頃のように。
「必ず最後まで見届ける――きっと力になるから! レッツ・ブレイブ!!」
-
俺の思考回路は、この世界を創った三人の中で、おそらくローウェルに最も近い。
これまで幾度となくブレモンの『キャラクター』を唆し、けしかけ、暗躍してきた奴にすれば、
俺ほど御しやすい存在は他を置いて居ないだろう。
ネクロドミネーションみたく、容易く操られる危険すらあった。
だから、いざって時には、助けてくれ。
オブラートに幾重も包んだこの上なく情けない独白を、ガザーヴァは一切遮らずに聞いて――
>「……つまんない」
ズバリと切って捨てた。
「おまっ……面白いこと言おうとしてるわけじゃねえんだよ!
なんぼ明神さんでもTPOくれー弁えて喋るわ!!
俺達みんなの生死にかかわる問題なんですよ、もうちょい真面目によぉ――」
>「デートのお誘いってんでどんな話をするのかと思えば、最後の最後にそんなコトかよ?
ホンット……オマエってば人様を煽るときは滑らかに舌が動くクセして、こーゆーのはカラッキシなのな!
普通は無理してでも、俺は絶対負けない! とか黙ってついてこい! とか言うもんだろー?
ワカってねーなー!」
「うぐ……」
ガザーヴァは呆れたと言わんばかりにため息をつく。
ガラじゃねえってこた分かってんだよ俺も。
それでも、腹の底から鎌首もたげる弱気を無視出来ない。
楽天的で居続けるには、人が死にすぎた。
>「まっ! でも、それがオマエだもんな。
逆に……そんな白々しいセリフが言えるほど器用なヤツだったら、きっと好きにならなかった。
小狡く立ち回ってさ、漁夫の利掠め取ってさ。常々ローリスクハイリターンで行きたいって思ってるクセに、
いつだって望んで貧乏クジ引いてる……そんなぶきっちょなオマエじゃなくちゃ」
臆病になるな!とか、そんな風に背中でも叩かれるのかと思った。
ガザーヴァは、目を細めて俺の振る舞いを肯定した。
>「俺を信じてくれって? 手を伸ばせって? バカ言うなよな。
そんなの今さら約束するまでもない。ボクはそうする、何があったって。どんなことが起こったって。
だってさ――あのアコライト外郭で会ったときから。
今までずっと、ボクはオマエのことを信じ続けて、手を伸ばしてきたんだから」
ああ……そっか。
どこかで俺は、未だになゆたちゃんの言ってたことを信じきれてなかったのかもしれない。
俺がこれまでやってきたことは、製作者の決めた『設定』に則ったものに過ぎなくて。
知らず知らずのうちに、ローウェルの意図を反映するように振る舞ってしまっているのかもしれない。
何度も死線くぐってきたこれまでの旅は、そんな風にレベルデザインされただけのコンテンツなのかもしれない。
だけれど今、俺の隣にはガザーヴァが居る。
一巡目の――ゲームのブレモンに定義付けられた『幻魔将軍』としての運命を否定し、
ただのダークシルヴェストルとして、俺の愛すべき存在として、一緒に釣り糸を垂れている。
-
ブレモンに執着していたローウェルなら、絶対に許さなかったであろう、設定の逸脱。
俺がやったことだ。俺がガザーヴァにそうさせた。俺が、ゲームのブレモンを否定した。
ガザーヴァがここに居る、そのことこそが、俺が自分の意思で何かを決めてきた何よりの証明だ。
こいつの知る明神が。瀧本俊之が。この世界で歩んできた俺の全てだ。
>「オマエはジジイの影響を受けやすいって言ったよな。思考が似てるって……。
それなら、パーティーで一番ジジイのことを説得できる可能性を持ってるのもオマエなんじゃないか?
だってさ……オマエは更生したじゃんか。一度は大キライだって、ぶっ潰してやるってあれほど憎んでたブレモンを、
もう一度スキになることが出来たじゃんか。
ジジイにもその気持ちを味わわせてやればいい。それが出来るのはパパでもシャーロットでもない、
きっとオマエだけなんだ。だから――」
俺がローウェルに影響を受けるなら、その逆だってあり得る。
例え一度は絶望し、憎悪に駆られたとしても……注いできた愛と熱量は変わらない。
好きだったことを思い出す――もう一度、好きになる。
そんな心変わりは、決して机上の空論じゃない。
>「……洗脳されたらとか、操られたらとか、そんな後ろ向きなこと言うなよ。
オマエら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、いつだって――“すげぇ面白そうだな、やってやろうぜ”だろ?」
変われるはずだ。現に俺は変われた。俺達は変われた。
この世界で旅した経験は、何も無駄じゃなかったって、そう言ってやるんだ。
ガザーヴァが隣に居てくれるなら、俺はカミサマ相手だって胸を張れる。
「……ひひっ。お前にそう言われちゃ、頑張らねえわけにはいかねえな。
ちゃんと格好つけるからよ。見といてくれよ、俺の格好良いところ」
新しい仕掛けを付けて竿を振るう。
隣でふわふわ浮いていたガザーヴァが、何やら悪戯っぽく笑って、
>「どーんっ! ……へへっ」
「うぉわっ!?」
ケツから俺の胸元に飛び込んできた。
思わず竿を手放してキャッチする。甘える猫みたいに、ガザーヴァが両腕の中に収まった。
「あっ、竿、あー……まぁ、良いか」
取り落とした釣り竿が埠頭を滑って海に落下する。
そのまま流れてユグドラエアの木の根に引っかかるのを見届けて、俺は目で追うのを止めた。
回収なんかいつでも出来る。竿の居場所を強奪したガザ公と目が合う。
>「こんな世界、どうなったっていいって思ってた。ぶっ壊れちゃっても構わないって。
ボクとパパさえいればいいって……。
でも、今は違う。もっともっとこの世界を見て回りたいよ、パパが創った……パパの、それからオマエたちの愛する世界を。
みんなが大切に想うこの三つの世界を、ボクも大切にしたい。守りたい。
アハハ……あのトリックスターで愉快犯の幻魔将軍が、世界を守りたいだって!」
「ローウェルが聞いたら解釈違いで憤死するかもな。
でもそれで良いんだ。俺達はもう、虐殺上等の悪役でも救いようのないアンチ野郎でもない。
初期の設定なんか忘れちまったよ。大事なモンが増えるのは、きっとめちゃくちゃ幸せなことだ。
……俺達は今、幸せなんだ」
-
>「それもこれもみーんな明神、オマエのせーだぞ。
オマエは約束通りアコライト外郭の外の世界をボクに見せてくれたけれど……全然足りない。
もっと、もっとだ……この世界の果てまで、ボクはオマエと歩きたい。
連れてってくれるんだろ?」
「ったりめーだろ、まだまだ巡ってないロケーションは山ほどあるんだ。
樹冠から差し込む青い光の束がめちゃくちゃ綺麗なブラウヴァルトだろ。
金色の雫がオアシスの木々を星みたいに鮮やかに彩るコルトレット。
超でっけえ船の中が一つの街みたいになってるノートメア号なんかも面白いな。
ああそうだ、ガンダラにも一回帰ってマスターを紹介するよ。すげえ気の良い漢女だぜ」
世界を救うのは、そんな楽しい観光旅行の前段階でしかない。
存亡をかけた戦いの後は、存続した世界を思いっきり楽しむご褒美が待ってる。
できるはずだ、俺達なら。
キングヒルに詰めてた軍団は軒並み消滅しちまったが、何もかもが手詰まりになったわけじゃない。
プネウマ聖教が丸ごと味方になって、十二階梯の継承者の協力も取り付けた。
エンバース、カザハ君、ジョン……そしてなゆたちゃん。ブレイブとしての戦力も十二分だ。
何より――
>「うんちぶりぶり大明神と幻魔将軍ガザーヴァは、アルフヘイムで最強……だろ」
――俺達が居る。
この期に及んで益体もない謙遜はしねえよ。
俺とガザーヴァが組めば、この世界に止められる奴なんか存在しない。
そう自信持って言えるだけの根拠を、俺達はこの世界で積み上げてきたはずだ。
俺が自分を信じられるのは、お前のおかげだ。ガザーヴァ。
お前が信じる俺を、俺は何度だって信じて立ち上がれる。
>「明神」
腕の中でガザーヴァが囁く。
アーモンド型の整った眼の中、星空を封じ込めたような瞳が俺を見る。
否が応にも、顔面に血が集まっていくのを感じた。
>「……ちゅーしたい」
「………………っ!!??」
喉から絞り出た声は、言葉にならなかった。
心臓が、心臓がものすごい勢いで仕事するのが手に取るようにわかる。
きっと俺の胸に頬を寄せるガザーヴァにも、鼓動は伝わってるだろう。
待て。待て待て。待て待て待て待て!!
きゅ、急にそんなこと言われても、心の準備が……
何をやってんだ俺は!そんな中高生みてーなドキドキやってる歳でもねえだろ!
-
……いや。
いまさら斜に構えて紳士ぶんのなんかやめろ。
したいようにして良いんだ。俺のしたいことは何だ?
「……顔、見んなよ。初めてなんだ」
ガザーヴァに目を閉じさせる。
ああ、昼食ったパエリアのバジルとか歯に挟まってたりしねえよな……?
地球からフリスク持ってくりゃ良かった……!
『グフォ……?』
覚悟を決めた傍に置いてあったスマホから声が聞こえた。
心拍数の急激な増加で魔力が乱れたのか、供給経路を繋いでいるマゴットがスマホの中で目を覚ました。
画面が点灯し、デフォルメされた蝿男の姿が表示される。
起きちゃったか。起きちゃったかぁ〜〜〜!
いやね、流石にね、マゴットの見てる前でそれはね、教育に良くないよね。
他人の目のあるとこでね、そういうことすんのはね、モラルがね。
……………………。
「……ごめん、マゴット」
俺はガザーヴァを抱いたまま、ポケットからハンカチを取り出して――
寝起きで目を白黒させるマゴットが表示された……スマホに被せた。
◆ ◆ ◆
-
4日後、決戦当日。
準備を整えた俺達は、聖堂で作戦のブリーフィングを行っていた。
>「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」
「は、八十万……流石は大陸全土をカバーしてる宗教だ、スケールが違ぇや……」
始原の草原で見た、地平線まで埋め尽くすような軍勢ですら二十万だった。
あの四倍。全員が戦闘員ではないにせよ、途方もない規模感に頭がクラクラした。
ソロバン殿が作戦概要を説明し、進軍後の動きを頭に入れていく。
例のインチキテレポがこっちの手札として使えるようになったのはデカい。
本来順番に攻略していかなきゃならないニヴルヘイムの殆どの段階をスキップできる。
当然、たどり着くまでに相応の損耗を被るであろう大軍団を、無傷で最下層まで送り届けられる。
>「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」
八十万余の軍勢は、言ってみりゃ超大掛かりな陽動部隊だ。
決戦戦力は俺達ブレイブと継承者。少数精鋭でダークマターの最奥部を目指す。
>「うーっし! やったろーじゃん!
クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」
「勝手にブレモンをオワコン呼ばわりしやがった老害Pを分からせてやろうぜ。
こんな面白いシナリオ途中で止めんなってよ」
>「そうやねぇ。
なゆちゃん、みんな、心配かけてもうて、ほんまにすんまへんどした。
まさか『侵食』でせわしない筈のゴットリープやらが、直接キングヒルに攻めてくるとは思わへんかった。
ウチとお師さんの完全な失策や……」
復調した石油王が、白いローブを揺蕩わせながら頭を下げる。
「ローウェルとイブリースに会ったら、二三発余分にぶん殴って良いぜ。お前にはその権利がある。
俺も殴るよ。1万発くらい……全部、キングヒルで殺された連中の分だ」
4日で頭を冷やすと言ったが……結局、俺は結論を出せなかった。
このままニヴルヘイムに乗り込み、イブリース達と協同体制をとって良いのか。
奴らが引き起こした殺戮を水に流して手を取るのは、死んでった連中に対する不義理じゃないのか。
>「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…
平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
ジョンは、俺よりも先に自分なりの答えを出したようだった。
「もう一度言うぜ。無理だろ。タマンで俺達がどんだけ命張って向き合っても、
あいつには何も響きやしなかった。何事もなかったみたいに……キングヒルを滅ぼしやがった」
感情論をカンペキ度外視すれば、ジョンの言うことは間違いなく正しい。
ニヴルヘイムの魔族を取りまとめられるのは、現状イブリースしかいない。
頭目を欠けば、この戦いが終わっても残党による抵抗は命尽きるまで続くだろう。
戦争を終わらせるには、イブリースに終結を宣言させなければならない。
-
「あのクソったれの兇魔将軍を説得する秘策でもあるってのかよ」
>「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」
ジョンが指を鳴らすと、カザハ君がスイと前に出た。
>「聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ」
カザハ君が奏でるのは、俺もソラで歌えるブレモンのテーマ曲。
ログイン画面で何度も聞いた。歌詞だって、カラオケで困らない程度には覚えてる。
しかしカザハ君歌うめーな……マイクもアンプのないのにめちゃくちゃ響く。吟遊詩人できるじゃん。
「……あれ?二番……」
さんざん聴き込んだ一番が終わっても、伴奏が続く。
ブレモンのテーマに二番なんてあったか?CD買ってねぇから分からん……。
>「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…」
「いやカザハ君の創作かい」
急に何だよ。オリジナル歌詞の発表会なんかやるタイミングじゃねーだろ!
だけど、カザハ君の歌った『二番』は、不思議とストンと腑に落ちた。
>「注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」
「なんで、カザハ君がシャーロットの歌詞を……」
なゆたちゃんから話を聞いてちょっぱやで拵えたにしては妙に歌詞の完成度が高い。
まるで初めから存在していたかのような、不思議な感覚――
カザハ君はメモリーホルダーで、混線やら何やらブレイブとしても特殊な立ち位置だ。
シャーロットの断片的な記憶を、歌詞という形で保存していた……?
>「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが 実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…
あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」
ジョンは少しずつ、何かを探るような面持ちで言葉を重ねる。
イブリースは、誰かに意思決定を委ねている。その第三者の言葉こそが、今のあいつには必要なんだと。
>「もちろんイブリース本人は一言もそんな人物の話はしなかったし…僕達も当然覚えてない…カザハの攻略本にすら書いてない…
じゃあそんな存在いるわけないじゃん!ってちょっと前なら僕でも笑い飛ばしてだろうね
でも…現れたんだ…一人…現れたのとは少し違うけれど…本当に一人だけ…この世界から完全に存在が抹消された人が…」
「それって――」
ジョンが誰のことを言わんとしているか、流石の俺にももう分かった。
>「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」
>「そうだよ」
なゆたちゃん――シャーロットの記憶をその身に宿したブレイブは、頷きを返した。
-
>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは」
その、『シャーロットがイブリースの上司である』って情報は、シナリオをクリアしたプレイヤーなら既知のものだ。
記憶から抹消されたシャーロットにまつわる設定も、既に解凍されて蘇っている。
だから俺は、なゆたちゃんの答えに驚きはなかった。
驚いたのはむしろ――ジョンが、独力でその答えに辿り着いたことだ。
元々こいつはシナリオ読み飛ばし勢で、アルフヘイムの基本的な世界観すら何も知らなかった。
俺達ガチ勢がパっと思い出したシャーロットのことも、こうして随分遠回りする羽目になった。
イブリースと何度も競り合った経験と、カザハ君の歌に隠された僅かなヒントから。
遠回りでも……ジョンはヒャクパー自分の力で結論を見つけ出した。
「マジかよ。すげえな、お前、ジョン」
シンプルな称賛が口をついて出た。
天動説が幅を効かせてた時代、地球が公転してることを天体の動きだけで導き出したように。
それだけジョンは本気でイブリースのことを考えて、考えて考えて考え抜いてきたってことだ。
救うために。その執念と、何より固い意思を、俺は理解してしまった。
だけれどそれゆえに、歯痒い。
>「でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
シャーロットはもう居ない。なゆたちゃんの中にあるのはただの残滓だ。
イブリースの求めていた『主君』は、永遠に失われてしまっている。
>「そうか……いや、なゆが謝ることじゃない。
こっちこそごめん。敢えて言ってなかった事を言わせてしまって……」
「……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな」
カザハ君がなゆたちゃんを慰める隣で、俺は目頭を揉んだ。
「仮に現物のシャーロットが居たとして……イブリースは、合わせる顔がねえだろ。
確かにあいつはシャーロットの『同胞を守れ』って指示を律儀に守ってる。
だけど俺の知る限り、シャーロットは和平派で、殺し合いそのものを嫌ってたはずだ」
ニヴルヘイムの安寧を守る一方で、アルフヘイムの連中はぶっ殺して良しとは言うまい。
シャーロットは三魔将であると同時に、アルフヘイムの十二階梯でもあったんだから。
あの女にとって、アルフヘイムもまた守るべき同胞だったはずだ。
「ハナから従う気がなかったか、シャーロットを忘れたところにジジイが唆したのかは知らんが。
イブリースはアルフヘイムに侵攻して、ついには民間人さえも殺し回った。
シャーロットの意思を半分、取り返しのつかないレベルで破ってる。どのツラさげて昔の上司に会うんだよ」
あの野郎のお気持ちに配慮してやる義理なんぞありゃしねえが。
下手にシャーロットを出せば、イブリースを追い詰めることになりかねない。
-
「ジョン。お前がイブリースを助けたい気持ちは分かった。
戦争を終わらせるために奴を生かしておく必要があるって部分も含めて、お前が全面的に正しいよ。
その上で俺の意思を伝えておく。……俺はまだ、イブリースとの同盟を受け入れられない」
出陣に向けて高まりつつある熱気が、水を浴びせたように冷えていくのを感じた。
こんなこと言ってる場合じゃないんだろうけれど。今言わなきゃ、何もかもが手遅れになる。
「奴はキングヒルを滅ぼした。グランダイトは、王宮も市街地も生存者は皆無と言った。
民間人が避難できてるならそんな言い方はしない。あの街に居た人たちはみんな死んだってことだ。
百歩譲って、正規兵も覇王軍も、軍人が殺し合って戦死したって話なら文句は言わねえよ。
だけど街の人間は違うだろ。無辜の、剣をとったこともないような人々まで、皆殺しにされた」
手を下したのがイブリースか、ローウェルか、ゴットリープか、今はどっちだって良い。
ニヴルヘイムの軍勢を率いていたのはイブリースだ。
奴にとって大切なのはニヴルヘイムの同胞で、人間はその数のうちに入っていない。
「ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
……認められるかよ、そんなの」
このイブリースの処遇については、俺自身の感情論とは別に、もうひとつ問題を孕んでいる。
「犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない」
散々イキり散らした挙げ句にチャンピオンに抱えられて逃げ帰るわ、
同胞の恨みを口にしときながら自分も虐殺に手を染めるわ、
もう既に何度もイブリースには失望させられてきたが……
それでもなおあいつの根底に流れているのは、ニヴルヘイムの幸福を願う一貫した意思だ。
そこだけは、正道の武人としてのキャラクターを遵守している。
「……正直言って、俺はイブリースが一言でもゴネればあいつを殺すつもりだった。
奴の裏にどんな悲しい過去があろうが。くだらん御託を並べる前に首を落とそうと思ってた」
死体にしちまえばこっちにはオデットが居る。
ニヴルヘイムへの終戦命令だってどうとでもなると思ってる。
だけど、それじゃ何も解決しないってことを、俺はジョンに教えられた。
「ジョン、お前は凄いよ。ただ設定を知ってた俺達とは違う。
イブリースへの共感を、陳腐な同情に終わらせなかった。僅かな手掛かりで、あいつの内情に辿り着いた。
そこには――ローウェルだって唸らされるほどの、物語が存在する」
ジョン・アデルと兇魔将軍イブリース。
形は違えど同じ痛みを抱えた者同士の因縁は、シナリオを彩るドラマになる。
プロデューサーなら、その物語の萌芽を切って捨てられないはずだ。
「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」
方針が決まれば、俺はようやく高らかに言える。
「レッツ・ブレイブ」と。
【ブレモンをオワコンにしない新しいコンテンツ:
ジョンとイブリースの因縁を軸にドラマを作る】
-
【デートイベント・フラグメンツ(Ⅰ)】
『エンバース。ここは、わたしに任せてくれない? わたしとポヨリンに』
「なら、お言葉に甘えて……お手並み拝見といこうか」
『みんなはここで待ってて、すぐに終わらせるから!
―――ポヨリン、行くわよ! 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』プレイ!
更に『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』、『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!』
「へえ、面白いスペルの使い方するんだな……って、いや待て。お前まさか――」
『名付けてスプラッシュポヨリン・ウェイヴライダー!
いっっっっっけぇ――――――――――ッ!!』
「ああ……お前は、なんでそう危なっかしい事ばっか閃くかな……おい!頼むから転ぶなよ!」
〈ポヨリンさんに限ってそんなミスはしませんよ。ふむ、人一人乗せてあの速度……やりますね〉
『……巫女服……ね〜。
エンバース、そういうのが好きなの?』
「さあ?だが、もしそうだとしたら……どうしてくれるんだ?」
『じゃーんっ! どう?』
『ね、ね、似合う? 初めて着たけど、いいね〜これ! 地球に帰ったらお正月に巫女さんのアルバイトしようかな?
と思ったけどわたし、お寺の娘だから巫女さんにはなれないや……うぐぐ……』
「つまり……限定スキンは俺が独り占めって事か。悪くない気分だ」
『かしこみ、かしこみ〜。なんちゃって!
ふふ……浄化なんてされちゃダメだよ?』
「……なら、そういう軽率にかわいい行動は控えてもらおうか?
言っておくがな、その巫女服――めちゃくちゃ似合ってるんだからな。
その破壊力を自覚せずに振る舞われては……はあ。まったく、俺の身が持たないぞ」
『あはは……ううん、ちゃんと似合ってるよエンバース! カッコいい!
……っていうか、エンバースより……』
『……わたしの方が問題だと思うんですけど』
「問題?問題なんてどこにも見当たらないけど……もっとよく目を凝らさないと見えないのか?
……俺が今、急に今日一日ずっとスカラベニアに滞在したくなってきたのは確かに問題だが」
〈今のところ、一番の問題はあなたのその発言ですがね〉
-
【デートイベント・フラグメンツ(Ⅱ)】
『見て見て、これ!』
「……このコースを、このタイムで?さっきのフラウより早いぞ……やるな、ポヨリンさん。
フラウ、流石のお前も今回ばかりは相手が悪かったみたいだな……って、どこ行くんだよ」
〈さっきのでコースは覚えました。あと二回……いえ、三回も走れば――〉
「――いいや。俺の見立てじゃ、アレはそんな一朝一夕で超えられるタイムじゃないね。
悪いが、今日はお前の負けず嫌いに付き合ってやる時間はないんだ……ほら、行くぞ」
〈だったら一回です。一回でタイム更新すれば……ちょっと、アンサモンはズル――〉
『却下』
「なにぃ!?確かにかわいくはないけど……だが、待て。考えてみろ。
こういうクソデカアーマーにこそ、往々にして美少女が入ってるもんだろ?
ブレモンというゲームのエンタメ性に寄与する為にも、そういう夢をプレイヤーに――」
〈で、入ってるんですか?〉
「いや、まあ、入ってないんだけどさ!」
『ううん、別にそうでもないよ。
機械とか動いてるの見るの好き。地球にいたときは、よく真ちゃんがバイクをレストアするの見てたもん』
「真ちゃん……アイツ、最終決戦には間に合うのかね。チャンピオンは……生憎、俺がやっつけちまうけど」
『わたしのデッキとは相容れないけど、装備としては面白いのが多いよね。
ほら、これとか……中折れ式ショットダーツ。
シングルアクション・リボルバー式魔力装填拳銃『ピースブレイカー』もカッコいい。
ガンベルトを巻いて、テンガロンハットをかぶって……女ガンマンなゆた! なぁ〜んて!』
「……しまったな。デリンドブルグでカウボーイ装備を回収してくるんだった。絶対似合ったろうに」
『ふふ。どうぞ? 気の済むまで見て行けばいいよ』
「悪い……ありがとな。そうと決まれば早速……おおい、そこの君!君だよ!スティルバイトちゃん!
こっちにおいで。武器を打つ為の素材が欲しいんだろ?俺が用意してあげるからさ。
代わりに頼みたい事があるんだ――大丈夫、きっと君も楽しめるから」
〈あの……ハイバラ?あなた、明日の朝を一人だけ牢屋の中で過ごすつもりですか?〉
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【ルート・ジャンクション(Ⅰ)】
「――悪い、モンデンキント。最後、お前を置いてけぼりにしちまったな……。
ちょっと……すぐには冷静になれそうにない。今日はここまでにしてくれ」
ワタツミ保護区から帰った後、エンバースはなゆたにそう言うと、部屋に戻ってしまった。
ベッドに腰掛ける/両手を組む/その上に額を預けて――だが、どうにも思考が纏まらない。
「……クソ。とにかく、明日の準備をしないと」
消え入るような呟き――スマホを開く/この三日間で集めたカードを取り出す/床に並べていく。
デッキコンセプトは――自身の最大火力=ダインスレイヴの補助/強化を軸にすべきだ。
つまり継続的な魔力放出/乗算形式のダメージ強化が出来るカードを積めばいい。
一度これと決めて考え出せば、蓄積した知識/理論が思考を推し進めてくれる。
「……『予告のダイス』がここにあればな」
それでも、ふとした拍子にさっきの事を――リューグークランの事を思い出してしまう。
まだ試してみたい連携があった/隠しておいた戦術だって幾つもあった。
皆の力なしで、ミハエルに勝つ為のデッキが完成する訳がない。
カードを手繰る手が止まる/拳を震えるほど強く握り締める。
『エンバース、いる?
……入ってもいい?』
不意に、部屋の外から聞こえた声/エンバースの背中が小さく跳ねる。
「……モンデンキント?あ……ああ、鍵は開いてる……どうしたんだ?」
慌てて立ち上がるエンバース。
『ゴメンね、こんな真夜中に。……でもエンバースは眠らないって聞いたから。
明日の準備してたの? 本当ゴメン、すぐ終わるから。
ただ……昼間はちゃんと話してなかったなって。ちゃんと話さなくちゃって、そう思ったものだから』
「……話って、何を」
ベッドに腰掛けたモンデンキントに向き合う。
『今日はありがとう、すごく楽しかった。
ううん、今日だけじゃない。昨日も一昨日も……この四日間、とっても楽しかったよ。
エンバースと色んなところに行けて。おいしいもの食べたり、装備を選んだり。
きれいな景色を見たりして、どれだけ時間があっても足りなかった。
……一緒にいられて、嬉しかった』
「楽しんでくれて何より……って言いたいところだけど、俺もだ。
俺の方こそ……楽しかった。お前が一緒に来てくれたおかげだ」
呼吸二つ分ほどの静寂――なゆたが口を開く。
『最後に寄った、リューグー・クランの箱庭でさ。
あなたはクランのみんなを蔑ろにしているんじゃないかって……そう言ってたけど。
わたしは、そうは思わないよ』
空っぽの筈の胸がどきりとざわつく/双眸の炎が不安げに揺れる。
-
【ルート・ジャンクション(Ⅱ)】
『今でもずっと……あなたは仲間を大切にしてる。大事なものだと思ってる。
だって――大切じゃなかったら、わざわざ誰もいなくなった箱庭を訪れたりはしないでしょう?
それにさ……ただ感傷に耽って、思い出を愛でるだけなら、あなたはひとりで箱庭に行くことだってできた。
でも……あなたは言ってくれたよね。どうしても行きたい場所があるって。
そこで大事な話があるって。
第一、蔑ろにしてるかも……なんて心配してる時点で、全然蔑ろになんてしてないよ。でしょ?』
――もしかしたら。俺はただ薄情で嫌なヤツになりたくなくて、そんな事を言ってるだけかもしれないぜ。
そんな考えが脳裏に浮かんで/だが口にはしない――弱音を吐くにしても、それはあまりに情けなかった。
『リバティウムで最初に出会ったときのこと、覚えてる?
ミハエル・シュヴァルツァーやミドガルズオルムとの戦いの最中、あなたはいきなり現れて。
わたしの肩を掴んで、早く逃げろって。それから、鞄をわたしに突き出してさ……。
預かってくれって。突然何を言い出すんだろう、それ以前になんでモンスターの【燃え残り(エンバース)】がいるんだろって、
ビックリしちゃったなぁ』
「はは……確かに。あの時、問答無用で攻撃されなくて良かったよ」
弱音の代わりに零れる、虚勢めいた笑い。
『そのあとも、こっちの都合や気持ちなんて全然考えないで『守ってやる』の一点張りで。
なんて失礼なやつなんだろって、ずっと思ってた。
わざわざ守ってなんて貰わなくたって、わたしは強いって。必要ないって――
あなたは繰り返したくなかったんだね。ムスペルヘイムでの出来事を』
「……ああ」
『あなたは仲間たちの形見を託せる相手を探してたんだよね。
仲間たちが、リューグー・クランの記憶がこの世から消えてしまわないように、
みんなが確かに存在したっていう証を残していくために、後を受け継ぐ人間をアンデッドになってまで探してた……。
そんなあなたが、仲間たちを蔑ろにしてるなんて絶対ない。
ましてや――』
『別人になってしまっても、変わらずクランのことを想い続けるなんて。
大事にしてなくちゃ、できないことだよ』
はっと、エンバースがなゆたを見つめる/自分をまっすぐに捉えたその双眸を。
そして理解する。少女は、己の秘密に――隠し通した筈の秘密に気づいている。
「……お前、いつから」
『……最初は、気のせいかなって思ってた。
外見も、喋り方も、態度も、何も変わらない。なんにもおかしくない――
でも、どこかに違和感があった。何かが違うって……アコライト外郭での戦いの後から、少しだけそう思うようになって。
間違いないって確信したのは……始原の草原のとき。
ポヨリンがいなくなって、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなって……パーティーから抜けるって言ったわたしを、
あなたは引き留めてくれたよね。
わたしがいなくなるのは嫌だって。そう言ってくれたよね……。
リバティウムにいたエンバースなら……きっと、そんなこと言わなかった』
「……モンデンキント。俺は、お前を騙したかった訳じゃないんだ……ただ……」
『あ、でも、誤解しないで。
それが悪いって言ってるわけじゃないの、今のエンバースが偽者だとか、そんなことが言いたいんじゃない。
そうじゃない……だって、あなたに始原の草原でああ言って貰えて、嬉しかったから。
あなたに嫌だって。そう言われたから、わたしはパーティーを抜けるのを思い留まったんだもの』
「……そう言ってくれると、助かるよ」
呼吸など必要ないアンデッドが――それでも震える嘆息を零す。
かつて遺灰の男だった存在にとって、少女の言葉は救済だった。
-
【ルート・ジャンクション(Ⅲ)】
『ハイバラが死んでエンバースになったからって、ハイバラとエンバースが他人になったわけじゃない。
同じように……以前のエンバースが何らかの理由で今のエンバースになったからって、
それは別の存在になっちゃったわけじゃない……と思う。
全部繋がってるんだ。ひとつなぎの存在なんだよ――それは変化ではあるけれど、交代とか分断とは違う。
あなたは、あなた。少なくともわたしにとって、エンバースはたったひとり。
出会った頃から一貫して皮肉屋で、素直じゃなくって、自信家で……。
でも、いつだって仲間のことを想ってる。優しいあなたのまま』
なゆたが立ち上がる/エンバースへと歩み寄る。
『つまり、何が言いたいかっていうと……そのままでいいよ、ってこと!
リューグー・クランのことも、その他のことも。好きなものは全部まるっと持っていればいい。
無理に忘れようと努力したり、踏ん切りをつける必要なんてないと思う。
だってわたしがそうだもん! 人間、そんなにポンポン物事に見切りをつけたりなんてできないよ。
そして、もっと長い時間をそんな好きなものたちと一緒に過ごして。
いつの日か、もう大丈夫って思える時が訪れたなら……そのときにもう一度整理してみるのでも、遅くないんじゃないかな』
少女の両手が、エンバースの頬に触れる――淡い微笑みに目を奪われる。
『もし、わたしがローウェルやイブリースに負けて死んだら。
わたしのことも、リューグー・クランの仲間たちみたいに想ってくれる……?』
闇色の眼光が一瞬揺れる/小さな嘆息――両手でなゆたの頬を包む。
「……バカ」
そして少しだけ、ほんの少しだけ強く、己の額で少女の額を打った。
「勘弁してくれ。そんなの……次はもう耐えられそうにない」
そうして紡いだその言葉は――問いの答えとして、十分に機能し得る筈だ。
『あはは……ごめん! ヘンなこと訊いちゃって。
もちろん死ぬつもりなんてないよ。わたしにはまだまだ、やりたいこともやらなくちゃならないこともあるんだから。
てことで――エンバースに新しいオーダー!』
己の手中からすり抜けていく少女を、名残惜しげに見遣る。
「……仰せのままに、マスター?」
『ひとーつ! この戦いが終わったら、またわたしと遊びに行くこと!
ブラウヴァルトで群青の騎士の試験を受けるのもいいし、カルペディエムに行ってみるのも面白そう!
ここでこなしてないイベントも、行ってない場所も、わたしたちには山ほどあるんだから!』
「いいな、それ。きっと……次も楽しくなるんだろうな」
『それから、もうひとつ。
今じゃなくていいんだ。エンバースの気が向いたときで。
無理強いするわけじゃないし、そのつもりがなければこのままで全然。
でも、もし。もしも、言うことを聞いてもいいかなって。ほんのちょっぴりでも思ってくれたなら――』
「……なんだよ、今更そんな改まって」
『……なゆた、って呼んで欲しい。
モンデンキントじゃなくて……わたしの名前を、呼んで欲しいよ』
エンバースの身体が僅かに強張る。それが嫌だから、ではない――むしろ逆だ。
-
【ルート・ジャンクション(Ⅳ)】
己を見つめるなゆたの瞳に宿るもの/己の空っぽの胸の内側を掻き乱して、ざわつかせるもの。
それをどう呼べばいいか――エンバースは、確証などないが、知っている気がした。
生前――もうずっと昔に思えるその時にも、同じものを持っていたから。
エンバースはもう自覚していた――自分が、なゆたの願いに応えたいと思っている事を。
少女の瞳の中と己の胸中に在る「それ」を――照らし合わせてみたいと望んでいる事を。
「……改めてそう言われると、少し……照れ臭くて、参っちゃうな」
それでも――エンバースは二の足を踏む。
なゆたの願いに応えてやりたい――心からそう思っている。
自分がどう呼ばれるのか、それがどんなに大切かエンバースはよく知っている。
だが――そうする事で自分の中で何かが変わってしまわないか、怖い。
自分の中の一つ目の「それ」を塗り潰してしまわないか、恐れている。
無理に踏ん切りを付けなくてもいい/今すぐじゃなくてもいい――なゆたはそう言ってくれる。
だが――いつになれば割り切れるのか/それまでずっと曖昧なままにしておくのか。
全て「なあなあ」のままにして――呼び続けるのか。モンデンキントと。
『――ハイバラ』
不意に背後から声が聞こえた――なゆたには、それは聞こえていないようだった。
マリの声――今でも自分をハイバラと呼ぶ声が、エンバースの背に刺さる。
その響きはナイフのように冷たい――かえって、それで目が覚めた。
「……さっき、お前が言ってくれた事。嬉しかったよ。気が楽になった」
こんな風にただ、じっと悩んでいるのはハイバラらしく――自分らしくない。
「無理に踏ん切り付けなくたっていい……確かに俺、自分で自分を追い込んでたのかもしれない。
でも……やっぱり俺、踏ん切りを付けたいんだ。しなきゃいけない……とかじゃなくて。
ちゃんとしたいんだ。でないと皆にも、お前にも……アイツにも、不義理だから」
ゆっくりとなゆたに歩み寄る――今更、後には引けない。
だから。そう言って、エンバースは一度言葉に詰まり――
「なゆた」
悩みを振り切るように、ただそれだけ呟いた。
「……はは。なんていうか……少し、くすぐったいな」
照れ臭そうな笑い/泳ぐ視線/右へ/左へ――どうにか、なゆたをじっと見つめ直す。
「なゆた。なゆた……ああ、駄目だ。むずむずする。
ずっとこうして呼んでいれば、その内慣れるかな」
少女の名を呼ぶ度、疼く微かな罪悪感――心の中にある一つ目の「それ」は、まだ動かせなかった。
だけど、かえって少し安心した――たったこれだけで忘れてしまえたら多分、自己嫌悪は免れない。
「……それで、なゆた。それだけで良かったのか?」
さておき――エンバースはそう尋ねた。
-
【ルート・ジャンクション(Ⅴ)】
自分がどう呼ばれたいか――その命題について考えると、どうしても思い出す。
今のなゆたは、以前のままなのか、それともシャーロットなのかという疑問について。
少女の説明は曖昧だった――シャーロットではない/だが以前の自分のままだと断言も出来ない。
遺灰の男は、エンバースと呼ばれる事に意味を見出していた――なゆたも、そうなのかもしれない。
「他には何かないのか?お前の望みなら、なんでも聞いてやるぜ。
……実はよく眠れないから、子守唄を歌って欲しいとかでもな」
とは言え、深く詮索出来るような話題でもない。こうして冗談混じりに聞くのが精一杯。
「……さあ。そろそろ寝ないと、明日に差し支えるんじゃないか?……部屋まで送るよ」
そうしてなゆたを送り、自室の前まで戻ると――エンバースは一度立ち止まり、意を決してドアを開けた。
部屋の奥。窓から差し込む月光の中に、マリがいた――血塗れの姿で何も言わずにエンバースを見ていた。
「……アイツのおかげで、一つ思い出したんだ」
エンバースが窓辺に歩み寄る。
「この二巡目の世界でお前と会うのは……今日が初めてじゃなかったな」
キングヒルでの決闘――その最中にエンバースは幻覚を見ている。
エンバース自身すら忘れていた事に言及出来る――マリの幻覚を。
「あの時とは……随分と態度が違うじゃないか。俺に愛想を尽かしたのか?」
それとも――本当はまたあの時みたいに、俺に発破かけてくれてるのか?」
窓枠に右前腕を置く/マリの顔を覗き込む――返事はない。
『えー?それは、ちょっと都合よく考え過ぎじゃないですか?
こっちは散々、あなたのダサいとこを見せられてきたのに』
背後からの声/もう驚きはしない/振り返る――流川たなが、ベッドの上で足をぶらぶらと揺らしている。
-
【ルート・ジャンクション(Ⅵ)】
「いいや、同じ事さ」
『はっ、そうやった煙に巻こうとしたって――』
「だって考えてみれば、お前らの言い分は要するに――
俺にもう一度惚れ直させて欲しいって事だろ?
随分とまあ、いじらしいじゃないか?」
『んなっ……!リューグーじゃあんなにしょぼくれてたくせに、よくもそんな事が言えますね!』
「ふん、それで?」
『……それでって、何がですか』
「今のやり取りは?ハイバラポイントで言うとどれくらいだ?」
『〜〜〜〜〜っ!はー!?あーあーそうやって言葉尻捕らえてくる感じだ!
はいはい!そういうのハイバラさん好きでしたもんね!べ〜〜っだ!!』
流川が悔しげに舌を出す/そのまま煙のように掻き消える。
窓際を振り返ると――マリの姿はもう見えなくなっていた。
「はは……今のはかなり効いたな。大丈夫……心配するなって。
明日はちゃんと見せてやるよ。お前らの知ってるハイバラを」
エンバースは、己の魂が今までになく燃え盛っているのを感じていた。
なゆたは、今までの全ての自分を認めてくれた/全ての自分を信じてくれた。
フラウは、一巡目で心折れて投げ出した自分を――今でもハイバラと呼んでくれる。
マリも、そう呼んでくれる――その本心がどうであれ。
リューグーの皆は、自分に惚れ直したくて堪らないらしい――そう思う事にした。
それに――ミハエル・シュヴァルツァー。世界一位が自分を名指しで待っている。
これら全ての、期待という言葉だけでは一括りに出来ない思いの存在に気づいた時――エンバースは、それに応えたいと思った。
「――ああ、思いついたぞ。カードはまだ足りてない……けど、このシステムなら――」
エンバースがカードの前に戻る/思いついた戦術を膨らませて形にしていく――懐かしい感覚が、蘇ってきた。
-
【ルート・ジャンクション(Ⅶ)】
翌朝、エンバースはカテドラル・メガスの裏庭にいた――昨夜からずっとだ。
昨夜閃いたシステムを手に馴染ませる為、何度も練習を繰り返していたのだ。
周囲には巻き藁代わりに、アルメリア兵士の大剣を始めとして無数の刀剣が突き立てられていた。
どれも激しく刃毀れするか/大きく歪むか/折れるか――或いは、切断されている。
まるで剣の墓場といった風情――その中心にエンバースは立っていた。
〈ハイバラ。聖堂内の足音が増えてきました。そろそろみたいですよ〉
「もう、そんな時間か……フラウ、これで最後にしよう」
〈いいでしょう……行きますよ〉
アルメリア兵士の大剣を足場にしたフラウが、溶けた尾を鍔に絡める――体を固定。
触腕を枝分かれさせる/周囲の直剣に伸ばす――都合十本の刃が宙に浮かび上がる。
「ああ、いつでもいいぜ――」
瞬間、宙空へと舞い上がる刃――エンバースの右手が残像すら残さず瞬く/十重に響く金属音。
周囲に武器が散乱する――折れて/歪み/引き裂け/貫かれ/溶けて/朽ちて/砕け散った残骸が。
「……トゥループ・システム。完成だ」
スマホを操作/散らばった武器の残骸を一括回収――エンバースは裏庭を後にした。
皆よりやや遅れて聖堂に参じたエンバースは、マスターアサシンの法衣を身に纏っていた。
赤と金で縁取りされた純白のローブ/目深に被ったフード/真紅の飾り帯。
左腕にはスマートフォンを固定した竜鱗のアームガード。
『プネウマ聖教軍の支度は整いました。
大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう』
「総勢五十二万の相互ヒール軍団か――マル様と親衛隊の出方が気になるところだな。
さっぴょん……少しは腕を上げたみたいだし、久々に一戦交えてみたいもんだけど。
アイツ、今JPサーバーで何位なんだ?覚えてる限りじゃ……十四位とかだったっけ」
ニヴルヘイムの軍勢はウィズリィが失敗した事を知っている。
ならば、プネウマ聖教軍が敵に回る事も当然に想定しているだろう。
その対策として、マル様とその親衛隊をぶつけてくる可能性は大いにある。
〈五十二万ですよ?たった四人のブレイブでは流石に――〉
「そりゃ、ヤツらだけじゃな……でも、向こうだってニヴルヘイム連合軍と連携を取ってくるかもしれない」
G.O.D.スライム/アニヒレーターの破壊的な範囲火力。
デスメタルビルドの騒音による回避困難な詠唱/祝祷の妨害。
さっぴょんのグランドクロスは、大軍を容易く分断/包囲殲滅し得る。
たとえ十全のメンバーでなくとも、大軍殺しこそはマル様親衛隊の十八番――警戒しておいて損はない。
『余は遊軍として五百騎を率いる』
エンバースは何も言わない――用兵/遊撃をグランダイトに説くなどあまりに無意味だ。
-
【ルート・ジャンクション(Ⅷ)】
『作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
第三層と攻め進まなければならない――
――敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ』
「……プランは、あくまでプランだ。俺達が予想以上に手こずる可能性も十分ある。
いざとなったら、俺達を置いて一時撤退する事も視野に入れておけよ。
こっちは最悪、エンデさえいれば逃げ道は作れる……筈だ」
『うーっし! やったろーじゃん!
クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!』
エンバースは黙考=己が全てを失う事になった元凶に、どれほどの報いを望むべきか――答えは出ない。
『いかに師父のなさることとはいえ、世界の消滅などは絶対に認められぬ。
弟子として師父に直接問い質さねばなるまい。そして過ちは正す……。
それもまた弟子の務めじゃ。のう、アシュリー。御子よ』
「今回は、ずっと傍であやしてやれるか分からないからな。ちょっとやそっとで泣きべそ掻くなよ。
継承者どもは……任せるしかないか。クソ、マル様にもロスタラガムにも借りは返せず仕舞いか」
『みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ』
ふと、ジョンが声を上げた/一瞬、聖堂から声が消える。
『もう一度言うぜ。無理だろ。タマンで俺達がどんだけ命張って向き合っても、
あいつには何も響きやしなかった。何事もなかったみたいに……キングヒルを滅ぼしやがった』
真っ先に反論したのは明神だった――この中で、最も中庸/善良な感覚を持つが故の反論。
「……オーケイ、分かった。なら俺に任せろ。イブリースを上から下まで真っ二つにしてやる」
同調するエンバース=極めて断定的な口調/会話の主導権を強奪。
「勿論、ロスタラガムとマリスエリス、ゴットリープも俺が貰う。
誰が何人殺したかは分からない……けど、加担した事だけは確かだからな。
向こうの陣営にいて止めなかった以上、マルグリットだって同罪だ。皆ぶっ殺してやるよ」
冷水のように浴びせかける暴論/極論。
「……そうしてどいつもこいつも殺していけば、晴れてGエンドに到達だ。グッドエンドじゃないぜ。
ジェノサイドエンドだ……そこまでは求めてないって?らしくない我儘だな。
じゃあ……どこまでならいいんだ?どこまでやれば満足する?」
露骨にケンカ腰=それほどまでにはっきりと表明しておきたかった――そのルートは「無し」だと。
「無いんだよ、そんなの。ここまでなら殺していい、コイツだけなら――なんて線は。
『うっかりLV2になるヤツなんているか?冗談キツいぜ』……ってヤツさ。
一人でも殺せば……次を殺さない理由はもう、なくなるんだ」
真に迫る声=経験談。
-
【ルート・ジャンクション(Ⅸ)】
「……そんなに睨むなよ。言いたい事は分かるぜ?イブリースを殺さずにおくとしても――」
『あのクソったれの兇魔将軍を説得する秘策でもあるってのかよ』
「……正直、まだ何も思いつかないけど。けど、それを考えてた方がまだ建設的――」
『策はないが…考えがある…カザハ、頼む』
「……なんだと?」
ジョンが指を鳴らす/カザハが前に出る。
『聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ』
「歌?…………それで、この歌がどうしたって――」
『……あれ?二番……』
一番が終わったと同時に口を挟もうとして、タイミングを逃す。
ゲーム内の楽曲であるブレモンのテーマは、二番などなかった筈なのに。
自分がムスペルヘイムに召喚された後で、二番が実装されたのか――などと考える。
「んん……?いや待てよ。そもそも――」
『…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
『いやカザハ君の創作かい』
「創作?いやいや、おかしいだろ。だって今の――」
『注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ』
「それ以前に――」
『なんで、カザハ君がシャーロットの歌詞を……』
「違う。そこじゃなくて――」
『なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?』
「……オーケイ。まずはそっちの話に区切りを付けよう」
エンバース=何か言いたげだったが断念――視線をなゆたへ。
『そうだよ』
『もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは』
「そうか……ジョンはメインクエストも未クリア……いや、読み飛ばしてたんだっけ?」
-
【ルート・ジャンクション(Ⅹ)】
『マジかよ。すげえな、お前、ジョン』
エンバースが細く長く溜息を吐く――明神の言う通りだ。
ジョンは独力で、イブリースのバックボーンを読み取った。
ただ――それでも、その閃きは車輪の再発明止まりでしかない。
『でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも』
「……だろうな。俺がイブリースなら間違いなくブチ切れる」
『やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――』
『――――ッ、本物のシャーロット……?』
「どうした、モン…………なゆた?」
一度深呼吸をして、気を取り直して少女の名を呼ぶ――しかし返事はない。
何かを深く考え込んでいる様子――これだよ、と言いたげに両手を上げる。
『……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな』
「明神さん、まだ言うつもり――」
『仮に現物のシャーロットが居たとして……イブリースは、合わせる顔がねえだろ。
確かにあいつはシャーロットの『同胞を守れ』って指示を律儀に守ってる。
だけど俺の知る限り、シャーロットは和平派で、殺し合いそのものを嫌ってたはずだ』
まだGルート行きを引きずるつもりか――言いかけた言葉が、行き場を失う。
『ジョン。お前がイブリースを助けたい気持ちは分かった。
戦争を終わらせるために奴を生かしておく必要があるって部分も含めて、お前が全面的に正しいよ。
その上で俺の意思を伝えておく。……俺はまだ、イブリースとの同盟を受け入れられない』
明神の意志は堅い――だが声は大分、冷静さを取り戻している。
『ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
……認められるかよ、そんなの』
「……認められなかったら、どうするって言うんだ?」
問い=挑発といった調子ではない――純粋に続きを促している。
『犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない』
「確かに……そういう解釈の下でなら、死なせてやるのも一つの選択肢だろうけど」
その線は考えてなかった、といった口調――実際、メインストーリーの中ではイブリースは死んでいるのだ。
せめて武人らしくという大義名分さえあれば、物語のクオリティとイブリースの死は両立し得る。
そのルートでも結局、和平への筋道が立たないという問題は残るが――不可能ではない。
-
【ルート・ジャンクション(ⅩⅠ)】
幻魔将軍をどうにかニヴルヘイムのトップにねじ込むか。
はたまた――シャーロットの力をモノにして皇魔をでっち上げるか。
手持ちのカードでどうにかする――それはそれで、ゲームのルート分岐として面白みがある。
『……正直言って、俺はイブリースが一言でもゴネればあいつを殺すつもりだった。
奴の裏にどんな悲しい過去があろうが。くだらん御託を並べる前に首を落とそうと思ってた』
だが――明神の目はもう、そんなトゥルーエンド未満を見ていないようだ。
『ジョン、お前は凄いよ。ただ設定を知ってた俺達とは違う。
イブリースへの共感を、陳腐な同情に終わらせなかった。僅かな手掛かりで、あいつの内情に辿り着いた。
そこには――ローウェルだって唸らされるほどの、物語が存在する』
「間違いない。地球に帰ったらイブ様親衛隊の隊長になれるぜ」
『イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ』
「……結局、自分で言い出した事、全部自分でひっくり返しちまったな?でも……うん、それがいいよ。
なにせ明神さんの腕じゃ、イブリースのあの丸太みたいな首はどんなに頑張っても落とせっこないし」
からかうような/だが嬉しげな声色=明神が殺しの螺旋に落ちてこなくて良かった。
『なゆちゃん?』
『あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!』
「あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ」
飛空艇からの自由落下/二度に渡るオデットへの特攻/二度目は殆ど自殺行為――懇願の根拠は十二分。
「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」
視線の先=カザハ/カケル。
「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」
声色は極めてフランク――その実、言動は事情聴取/物証の有無を確認。
「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」
エンバースは念の為、尋問めいた雰囲気を隠そうとしている――だが実際にはカザハは嘘をつかない。
「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
ふと、エンバースが椅子に深くもたれかかる――虚空を見上げる。
「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」
そこにある筈の、プレイヤー達の覗き窓へと語りかける。
-
【ルート・ジャンクション(ⅩⅡ)】
「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」
実は夢の中で教わりました、示唆されました――では説明にならない。何故なら――
「それもおかしな話だぜ。そいつがこの世界の……
少なくとも地球の作中作のテーマソングまで把握してるって事は、
つまりたかが風精王ごときが独自にこの世界をゲームだと解明してるって事になる」
たかが風精王――ここでは『それが何代目であれ、所詮はゲームのキャラクターに過ぎない筈の存在』の意。
「それだけじゃない……一巡目にガザーヴァと混線?したって事は、お前らは同時期に死んでた訳だろ。
だが、ゲームの中では……シャーロットが初めて登場するのはガザーヴァの死後になる。
俺達の知るブレモンが、一巡目の顛末を基にして作られているとすれば――」
これについては確証はない。だが――
「――勿論、これも別に根拠のない話じゃない。こないだ……なゆたが言ってたよな。
ゲームとしてのブレモンは、シャーロットが二巡目のブレイブの為に残した措置の一つだって。
なら、わざわざオリジナルのシナリオを発注する必要も……そんな事してる暇もなかったんじゃないかな」
とにかく、と話を本旨へ戻す。
「その場合、カザハはシャーロットとの面識すらなかった事になる。
だから……思い出した?そんな事があり得るのか?恐らく面識のなかった人物と、
間違いなく自分の死後に発動した『機械仕掛けの神』にまつわる歌詞を……死人がいつ作れたんだ?」
前へ向き直る――カザハを見据える。
「ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない」
円卓に仰々しく両手を打ち付ける/身を乗り出す。
「……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ」
楽しげに言うエンバース。
「……心配するな。別に、今更お前を疑ってるとかじゃない。
ただ……そう、俺はただ、可能性の話をしてるだけなんだ」
いつもより僅かに柔らかな声/一呼吸置いて、こう続ける。
「――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を」
今度は一変して、芝居がかった脅かすような口調。
「――いや、神為的なもの、と言うべきか?そんな事が出来る存在は限られてる……けど、具体的には?
シャーロット自身の仕業か?でも折角の置き土産が歌と歌詞だけってのは、ちょっとあんまりだよな?」
人差し指/中指/薬指を立てる――薬指を折る。
「なら、バロールか?ヤツが二巡目に入る際、マスクデータという形で情報提供してくれたとか?
でも歌詞よりも先に、まずシャーロットの存在自体を伝えてくれないと話にならないんだよな」
中指を折る。
「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」
残った人差し指を口元に添えて、エンバースが笑う。
-
【ルート・ジャンクション(ⅩⅢ)】
「そんな事はあり得ない?いや、あり得ない可能性は既に除外した……まだトリックが分からないだけだ」
実際、一巡目の崩壊時、二巡目に向けて布石を打てたのがシャーロットだけと断定出来る根拠はない。
キングヒルへの『侵食』を見るにローウェルの権限は二巡目でもある程度機能しているし、
サルベージされる前の一巡目のデータが既に干渉を受けていた可能性だってある。
「……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて」
最後、やや投げやりに締めくくる/エンバースは一息ついて――
「じゃ、これで話は終わりだ……ジョン、今回の作戦はお前が要だ。しっかり頼むぜ」
明らかに狙い澄ました能天気さで、そう言った。
「……ん?どうした?俺、別にさっきの方針は怪しいからやめにしとこうなんて言ってないぜ」
とぼけた口調/口元に僅かに垣間見える笑み。
「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」
エンバースが椅子に深く体を預ける。
「そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?」
そしてもう一度、架空のカメラを見上げる/両手を広げる。
「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」
一巡目の感覚を思い出す――物語の全貌を把握し切れないが故の息苦しさを。
「こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも」
だが、そう言って皆を見渡すエンバースは――強気な笑みを浮かべていた。
物語の全貌を把握し切れない――それは渦中の当事者にとっては耐え難い苦痛になる。
だが――この世界がゲームである事を完全に受け入れてしまえば、最上級の娯楽にもなり得るのだ。
「いや……もしかして、そんなの俺だけか?だとしたら……悪い事しちゃったな。
ま、物語には適度なケレン味と緊張感が必要って事でさ……勘弁してくれよな」
そして――程なくして、聖堂に一人の聖罰騎士が入ってきた。
『刻限です。参りましょう』
『了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!』
「ちゃんと楽しむ事も忘れるなよ。全部一度きりだ。リプレイは出来ないんだからな」
エンバースが立ち上がる/天井を見上げる/人差し指を突きつける――これは、お前達に言っているんだと示す為に。
「さあ、行こうぜ――レッツ・ブレイブだ」
-
>「そうだよ」
やはり…イブリースの違和感の一つはこれで消滅した。
ちゃんと話したわけではないが…ポヨリンを一度葬った後の発言…僕達は即座に殺さず話を聞いてしまうお人よし感
僕は今までイブリースは非情だ…しかしそれと相反するようにお人よしな部分が見え隠れする…違和感がずっとあった。
>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは」
でもそれが…お人よしの部分は…他人の影響受けていた…。僕がなゆに影響を受けたように…イブリースもまたシャーロットから影響受けていた。
僕はなゆに…イブリースはシャーロットに…影響を受けた相手すらも実質同一人物だった…とは…これは運命なのか…。
>「でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
「なん…!」
>「……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな」
>「……だろうな。俺がイブリースなら間違いなくブチ切れる」
「なぜだ…?本人がいなくたって…!」
>「ハナから従う気がなかったか、シャーロットを忘れたところにジジイが唆したのかは知らんが。
イブリースはアルフヘイムに侵攻して、ついには民間人さえも殺し回った。
シャーロットの意思を半分、取り返しのつかないレベルで破ってる。どのツラさげて昔の上司に会うんだよ」
「それは…」
そんな事は言われなくたって分かってる…!しかしイブリースをどうにか説得しなければ…!
世界平和なんて夢のまた夢なんだ…それは明神だって分かってるだろうに…!
>「ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
……認められるかよ、そんなの」
>「犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない」
明神の言わんとしてる事は分からんでもない…けど、僕には…イブリースというゲームのキャラクターの中の一つであるイブリースは殆ど知らない。
目の前の…言葉を交わしたイブリースが僕の全部の情報だ。一貫性だとか…ゲームとしての存在の魅力がどうだのこうだの僕にはわからない…。
>「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」
僕達がイブリースを何らかの手段で説得・懐柔したとして…イエスマンになったイブリースにニブルヘイムの統治はできない。
そもそもローウェルが洗脳したにせよ口でコントロールしてるにせよ…確かにそこになんの違いもないのかもしれない。
でも具体的にどうすればいいのか?ストーリーも…世界観も分かってないこの僕が?
-
仲間にする事ばかり考えていた。
なゆ達が僕にしてくれたことをそっくりそのまま実行すればイブリースを助けられると信じていた…でも…
自分の意志で…なにかを実行した事がない僕が…相手に説けるだろうか?
不安になっちゃいけない…ここまできてできないは許されない…!それでも…僕は明神の言葉に返事できずにいた。
>「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」
いや…なに考えてるんだ…!なゆに…みんなにここまで何を教えられたんだ!僕ならできる!カザハに言っといて自分でできなくてどうする!
>「なゆちゃん?」
>「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」
「任せとけ!僕が必ず…!」
フライングした…ちょっと恥ずかしい。
だめだ最初から最後まで空回りしてる気がする…いや気のせいじゃない…もう少し冷静にならねば…
>「あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ」
エンバースがその気があってかなくて…なかった事にしてくれた…優しが身に沁みる。
落ち着け…考える事はなにもイブリースの事だけじゃない…むしろイブリースの事は前座…真の敵はまだその先にいるのだから。
力配分…戦闘態勢を整えておかなければならない…イブリースをどうこうできても負けてはまったく意味がないからな。
「行くぞ部長…今まで…僕の一人よがりだったけど…今度こそブレイブとして…みんなの役に」
やはり元気だけが空回りしている僕にエンバースが待ったを掛ける
-
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」
エンバースとの付き合いもまあまあ長くなってきた今日この頃…エンバースの真面目な声のトーン…
なにか確信を得た時に発する凍てつく視線と声…その矛先は……カザハ?
>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」
嫌な予感がする――この状態のエンバースは遠慮がない
>「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」
「なあ…エンバース…その話今関係あるのか?ただ前の週の思い出を思いだしただけだろ?そんなにマジメに追及する事なのか?」
>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
あ〜だめだ…エンバースがこうなったら疑問を徹底的に口に出さないと気が済まないぞ…。
エンバースの一人で完全に把握する癖と気になった事はとことん突っ込まないといけない性格は分かってはいたが…
>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」
うわ…なんかなんにもないところに向かって話始めた…なんかどっかのドラマのテーマソング流れそうな雰囲気だよ!周りは凍ってるけど!エンバース…君は古畑任〇郎か?
>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」
「なあ…エンバース…君が無駄な事はしないって僕は知ってるよ…けどそんなに尋問するようにしなくたって…」
>「……心配するな。別に、今更お前を疑ってるとかじゃない。
ただ……そう、俺はただ、可能性の話をしてるだけなんだ」
違うそこの心配してるんじゃないだって!僕は心の中で愚痴りながらなゆと明神を見る。
う〜ん…これは様子を見るしかないのか。
>「――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を」
>「――いや、神為的なもの、と言うべきか?そんな事が出来る存在は限られてる……けど、具体的には?
シャーロット自身の仕業か?でも折角の置き土産が歌と歌詞だけってのは、ちょっとあんまりだよな?」
>「なら、バロールか?ヤツが二巡目に入る際、マスクデータという形で情報提供してくれたとか?
でも歌詞よりも先に、まずシャーロットの存在自体を伝えてくれないと話にならないんだよな」
>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」
「エンバース!」
意図はないとは分かっているが…さすがにカザハがかわいそうだ…さすがにこの辺にしろと意味を込めて名前を呼ぶ
まるで悪戯がバレた子供のように含み笑いをしながらエンバースはひらひらと手で返事する。
>「じゃ、これで話は終わりだ……ジョン、今回の作戦はお前が要だ。しっかり頼むぜ」
「あぁ…わかった…ってこの流れで気分よく承諾できるかあ!!!周り見ろ!周り!氷ついてるよ!
台風が過ぎ去った後みたいな空気になってるよ!トルネードだよ!こんなサイクロンみたいな空気でよくそんな事言えたね君!?」
>「……ん?どうした?俺、別にさっきの方針は怪しいからやめにしとこうなんて言ってないぜ」
「違うんだよなあ…そうじゃないんだよなあ…なにが間違ってるのかな…?僕の言い方が悪いのかなあ?…ジャパニーズ日本語カミング?」
ジョン・アデルは完全に混乱している!
-
>「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」
もちろんエンバースが追及した謎はエンバースが言う通り確認しなきゃいけないのは間違いはない…間違いはないんだが…
カザハをさすがにいじめすぎじゃないだろうか?カザハも本気で攻めてないのは分かっているだろうけど…。
これ以上追及してもしょうがないから切り替えるしかない。決戦の時はもうすぐそこなのだから。
>「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」
「そんなの知った事か知らないし…どうせいくら探しても答え合わせは最後にしか行われないんだろうな…
こんな事言うと脳筋みたいに思われるだろうけど…片っ端からぶっ飛ばしていけばいい…今の僕達にはそれしかできない、だろ?」
>「こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも」
「…あんまり決戦前にこんな事言いたくないんだが…いくらここがゲームの世界だからって自分をゲームの住人だと決め込んでる姿…僕は嫌いだ。
僕はプレイヤーが操ってるゲーム世界でのエンバースが好きなわけじゃないんだ。今ここにいる君が好きなんだけどな…なんとなくでも意味伝わってればいいけど」
あ〜あ…我慢できなかった。場が妙な空気になる。こんな予定じゃなかったんだけどな…
まあエンバースも僕がギスギス目的で言い放ったわけじゃないとわかってくれるだろう…たぶん。
>「刻限です。参りましょう」
そんな会話から少し経つとそこに空気を読まない…いやこの場合は読んでる…騎士が現れる。ついにきたのだ…出陣のその時が
「カザハ…少しまってくれ」
みんなが外に出ていく中…カザハに声を掛け呼び止める。
「君も分かってるだろうけどエンバースは…いやこのPTみんな君の事を微塵も疑ってない。ただ君が心配なだけなんだ…みんなね」
相変わらず気の利いた一言でも言えないのがもどかしいが…生憎僕は愛の言葉を囁いた経験はない。ついでになゆ達以外の友達がいた事すらない
なんの心もない愛の言葉と体の使い方ならいくらでも知ってるんだが…そんな言動をカザハに言うつもりはない。
僕の精一杯の誠意で
「こんな時明神みたいに気の利いた事言えたらよかったんだけど…余りにも友好関係が少なくてね…だからカザハ…手を出してくれるか?」
僕は跪いて差し出されたカザハ手の甲にキスする。
「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」
君に勇気をもらったから…少し恥ずかしいけど…お返しだ。
「あはは…やっぱり洒落たセリフが僕には似合わないね!エンバースみたいに照れずに最後までできたらよかったんだけど…」
澄まし顔で最後まで言えたらよかったんだけど…途中であまりにもむず痒くて顔が赤くなっちゃったよ
「…あ〜それと…盗み見はよくないな?カザーヴァ?…君が一番カザハの事は心配してるのはみんなも…なによりカザハが一番分かってるよ。
…それとも羨ましいのか?君は明神にもっとすごい事してもらってるんだろ?」
茶化しながら陰で隠れて僕達を見ている…たぶん気配からしてカザーヴァだと思われる人物に話掛ける。
「あらら…そんなに恥ずかしがる事ないのにね?…さて…いこう!カザハ!みんながまってる」
僕の心は静まり返っていた。
一度怒り気味なったからこそ…冷静にいる事ができる…分からない事を永遠に悩む事も…もうない。
エンバースはここまで見通していたのか?…まさかな
「ごめんみんな待たせたね…こっちは準備満タン!いつでも!」
>「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」
「もちろん…全員で必ず生きて世界救ってやろう!レッツブレイブ!」
みんなが僕を信じてくれている。ならやる事は一つしかない…全力で…これから起こる事柄全てに全力で体当たりする!
出来ないかも…僕になんか…ネガティブにそんな事をいちいち考える僕にさよならを告げるんだ…!
-
>あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ
なゆたの一瞬の閃きは、結局そのまま消えてしまい何も生み出すことはなかった。
けれども、何かを閃きかけたということが重要なのだ。それにまつわる切欠さえあれば、また新たに閃く可能性はある。
「あはは、うん……出来るだけハラハラさせない方向で善処する……たぶん、きっと……メイビー……」
エンバースの突っ込みに、臍の前で両手指をもじもじ絡め合わせながら言う。
何せ、自分でも何を閃くか分からないのだ。当然それが危険なのか安全なのかも分からない。
そして、例え危険だとしても――それが現状一番有効な策だと判断したら、自分は間違いなくそれを実行に移すだろう。
エンバースには申し訳ないが、それはもうそういうマスターなのだと観念して貰うしかない。
>――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど
不意に、エンバースがカザハへ話柄を向ける。
>カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?
>白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?
カザハがしどろもどろになって説明するのを聞いて、エンバースはさらに追及を強める。
>ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に
そこまで言うと、エンバースはふと何もない、明後日の空間を見上げて騙り出した。
>カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ
「……エンバース?」
なゆたが怪訝な表情で思わず名前を呼ぶも、エンバースはお構いなしだ。
>お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?
>――勿論、これも別に根拠のない話じゃない。こないだ……なゆたが言ってたよな。
ゲームとしてのブレモンは、シャーロットが二巡目のブレイブの為に残した措置の一つだって。
なら、わざわざオリジナルのシナリオを発注する必要も……そんな事してる暇もなかったんじゃないかな
「そなたら、何を言っておるのじゃ?」
「訳が分からないわね……」
エカテリーナとアシュトラーセが眉間に皺を寄せる。
これは完全にプレイヤーとしての会話だ。ゲーム内のキャラクターである十二階梯の継承者にとってはちんぷんかんぷんだろう。
けれども、なゆたにはエンバースが何を言いたいのか分かる。
「ふむ」
>その場合、カザハはシャーロットとの面識すらなかった事になる。
だから……思い出した?そんな事があり得るのか?恐らく面識のなかった人物と、
間違いなく自分の死後に発動した『機械仕掛けの神』にまつわる歌詞を……死人がいつ作れたんだ?
>ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない
>……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ
一巡目の世界では、カザハとガザーヴァはアコライト外郭で相討ちになって死んでいる。
シャーロットは幻魔将軍の死後、ストーリーの中に姿を現した。
とすれば、カザハとシャーロットには面識はない。なのに――カザハがシャーロットのことに言及する歌詞を作れたのは何故なのか?
答えは簡単だった。
>――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を
誰かが、予めそう仕組んでおいた――ということ。
そんなことが出来るのは、ブレモンの運営しかいない。
とすればメインプログラマーのシャーロットか、チーフデザイナーのバロールか、総合プロデューサーのローウェルの何れかということになる。
けれど、エンバースはシャーロットとバロールの可能性を否定した。
とすれば――
>……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?
大賢者ローウェル。『ブレイブ&モンスターズ!』に見切りをつけ、サービス終了と称して世界を破壊しようとしている張本人。
-
「そんなこと……」
>そんな事はあり得ない?いや、あり得ない可能性は既に除外した……まだトリックが分からないだけだ
なゆたが言いかけた言葉の続きを、エンバースが継ぐ。
常識的に考えて、ローウェルが此方に利するような行為をするとは思えない。
既に次のゲームの企画さえ用意しているようなローウェルだ。落ち目のゲームなど一刻も早くサービス終了させたいだろうし、
延命させる理由もないだろう。
しかし、だとしたら何故――?
>……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて
>絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
白状すると……キミ達に見せてた顔は嘘。
本当は……いつも「まだ行ける」と「もう駄目だ」の間で揺れて。
みんなへの憧れと自分への失望の板挟みで。
自分で逃げようとしてるくせに退路が塞がれたら心のどこかで安心してた。
自分が本当に望むことさえ自分では分からなかったんだ……。
でも、いざこうなったらこんなにも……
エンバースの追及に、カザハが申し訳なさそうに口を開く。
結局、思いついたというのはカザハの思い込みでしかなく、仕込まれたという仮説に対しての反論はできないということらしい。
>……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……
「オマエ、この期に及んでまだ――」
あれだけ説得したというのに未だに思い悩んでいるカザハに対し、ガザーヴァが気色ばむ。
ニヴルヘイムとの最終決戦を前に、士気が殺がれるようなことがあってはならない。
なゆたはカザハの言葉にじっと耳を傾けていたが、ややあってひとつ息をつくと、口を開いた。
「いいよ」
カザハの顔を真っ直ぐに見つめて言う。
「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」
カザハが先ほど歌い上げた歌が、エンバースの言う通り何らかの意図によってカザハの中に組み込まれたものであったとしても、
それはそれで構わない。
であるのなら、今度は本当にカザハ本人が目の当たりにしたもの、耳で聞いたもの。
心で感じたもの、実際に直面し抱いた思いを歌にすればいい。
「わたし、前々から思ってたんだけど。動画サイトで面白い動画を作ったり、歌を作ったりする人たちってホントに凄いよね。
他にもピアノを弾いたり、いろんな雑学を纏めたり、ゲームでスーパープレイしたり……。
わたし、そういうの全然不得意から。いいとこブレモンの対戦動画を誰かにアップして貰うくらいしかできないから。
だからさ。カザハの責任って、ホントに重大だからね?
カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」
びし、と右手の人差し指でカザハを指し、厳命を下す。
>……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな
>そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?
そう言うと、エンバースはふたたび虚空を見上げた。まるで其処に何者かがおり、今も此方の遣り取りを眺めている――とでもいうように。
>……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?
>こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも
「……ん。ここまできたら、もうトロコンしかないでしょう!」
なゆたは頷いた。
こうなったら、もう進むべきはトゥルーエンドしかない。フラグを残した中途半端なエンディングなんて望んではいない。
そうしてカザハとジョンの遣り取りを経て、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はエンデの開いた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を用い、
ニヴルヘイムへと向かった。
-
ニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)は、ニヴルヘイムの軍勢にとって最も重要な本丸である。
従って、その制圧には激しい抵抗が予想された。
アルフヘイム対ニヴルヘイム、まさにふたつの世界の総力を尽くした『最終戦争(ラグナロク)』――
そんな熾烈な戦いを予想していたのだが。
「……これは……」
エンデの『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜ってニヴルヘイムの地に足を踏み入れたなゆたは、
眼前に広がる光景に思わず呆然と立ち尽くした。
ニヴルヘイム真界の最奥、暗黒魔城ダークマターの前には、広大な平野が広がっている。
当然、オデットらアルフヘイム軍首脳陣は陣を敷くに適したその平野で決戦が行なわれると考えており、
あらかじめ布陣しているに違いないニヴルヘイム軍が先制攻撃してくるものとばかり思っていたのだ。
しかし――
其処には、誰もいなかった。
ただ、一行の目の前にはどす黒くぶ厚い雲が重苦しく頭上に垂れ込め、
罅割れた赤黒い大地がどこまでも続く荒涼とした世界が広がるばかりだ。
そして、そんな荒れ果てたニヴルヘイムの空と言わず大地と言わず、至る所には大小さまざまな“穴”が開いており、
まるでアニメに出てくる穴あきのチーズのような様相を呈していた。
侵食によって喰い荒らされ、刻一刻と消滅しつつある世界。
そこにはアルフヘイム軍を食い止めるために布陣した軍勢はおろか、野良の魔物の姿さえ見当たらない。
「オイオイ、どーゆーコトだよ?
せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」
兜を小脇に抱えたガザーヴァがガンガンと騎兵槍の石突で地面を叩く。
「……ビビッて逃げた……」
そんなガザーヴァの言葉に、はっとする。
「………………そうかも」
「おぉーい!? マジか!?
クソッ、イブリースのヤツ! いくらボクたちが最強で自分たちに勝ち目がねーからって、
敵前逃亡するなんて見損なったぞ!」
「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」
「心得ました」
オデットが頷く。アレクティウスが迅速に各部隊へ指示を飛ばし、門を潜ってニヴルヘイムに集結した軍勢が続々と陣容を整えてゆく。
もしこの静寂がニヴルヘイムの策であり、兵を隠して奇襲を目論んでいたとしても、これなら即座に対応できるだろう。
軍備と一緒に運んできて貰っていたヴィゾフニールに乗り込み、操縦席のクレイドルにスマホを挿す。
フィィィィ……という低い起動音と共に目覚めたアルフヘイム最速の強襲飛空戦闘艇は、
ゆっくりと離陸し高空から一路暗黒魔城ダークマターへ進路を取った。
「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」
艦艇内のモニターで眼下の地上を確認しながら、みのりが右手を頬に添えて小首を傾げる。
ニヴルヘイムに生きる者たちにとって、この真界はかつて支配者たる皇魔が住んでいた、いわば聖域だ。
余程のことでも起きない限りは、彼らがこの世界を廃棄して逃亡するなどということは考えられない。ただ――
その『余程のこと』が起こったのだとしたら、状況は変わってくる。
「……いない」
暗黒魔城ダークマターに到着してヴィゾフニールから降り、巨大な正門を潜って城内に侵入を果たしても、様子は同じだった。
人っ子――否、魔物っ子ひとりいない。
ゲームの中のエクストラダンジョン扱いだったダークマターならば、
メインストーリークリア後の強力なザコ敵がまさしく雲霞の如く押し寄せてきて、プレイヤーの行く手を阻むはずなのに。
「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」
黒を基調とした重厚かつ荘厳なエントランスで、ガザーヴァに告げる。
快諾したガザーヴァが先行して歩き出す。なゆたもシャーロットの記録を持っているためダークマター内部には詳しかったが、
万が一の奇襲を警戒してここは慎重を期した。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の自分が先頭を歩くより、ガザーヴァに斥候を任せた方が伏兵にも対応できる。
「……行こう。エンバース」
ポヨリンを足許に従え、エンバースを一瞥してから歩き始める。
ダークマターは六階構造で、いかにもバロールが手がけたものらしくトラップが山盛りであったが、
ガザーヴァがその悉くを無効化して何事もなく先へと進んでゆく。
精緻な彫刻の施された大柱が等間隔にそそり立つ黒い回廊を通り、長い長い階段をのぼって最上階へ。
そうして最終フロアの最奥にある大扉を開くと、そこには謁見の大広間があり――
本来魔王が座しているはずの玉座に、何者かが腰を下ろしていた。
-
「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」
一際高い吹き抜けの天井と、七色のステンドグラスから降り注ぐ光。対照的に黒曜石のように輝く床と、そこに敷かれた真紅の長絨毯。
かつての皇魔の支配を偲ばせる謁見の間に、低く重々しい声が響く。
兇魔将軍イブリース。
誰もいない世界、誰もいない王城の中で、ただひとりその存在を顕すニヴルヘイムの首魁が、
ジョンら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の姿を見て口を開いた。
「イブリース……!」
なゆたはポヨリンと共に身構えた。スマホを片手に握り締め、臨戦態勢を取る。
しかし、イブリースは玉座に悠然と腰掛けたまま動かない。
「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」
「軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」
エカテリーナの問いに、イブリースはせせら笑った。
「やっぱり……!」
そんなイブリースの反応に、なゆたが戦慄する。
嫌な予感が当たってしまった。
真界マカ・ハドマーに乗り込んだ際、もぬけの殻の世界を見てガザーヴァは『ビビッて逃げ出したのでは』と言った。
それはまさしく正鵠を射ていた。アルフヘイムとニヴルヘイム、ふたつの世界の軍勢が総力戦を開始すれば、
双方ともに多大な犠牲が出るのは避けられない。イブリースは自らの部下たちが大戦争で命を落とすことを厭い、
配下たちを逃がしたのだ。
そして、自分ひとりだけがこの壊れかけの世界に残った。
エンバース達『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をこの場に足止めするために。
「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
でも、新天地なんて……そんなものどこに――」
ウィズリィが怪訝な表情を浮かべる。
だが、なゆたにはとっくに見当が付いていた。きっと他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちも同様だろう。
アルフヘイムの最重要地点キングヒルが陥落し、司令塔として皆に指示を送っていたバロールが姿を消した。
キングヒルに参集していた夜警局や群青の騎士、覇王軍といった数多の精鋭も軒並み侵食によって消滅した。
プネウマ聖教軍や『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はまだ健在だが、パワーバランス的にはアルフヘイム軍は瓦解したと見ていいだろう。
相争っていたふたつの世界の片方が壊滅し、生き残った方が新たな世界へ攻め込む。
それはまさに『ブレイブ&モンスターズ!』の一巡目と同じ流れだ。
となれば――
「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」
「……なんてこと」
行き先はミズガルズ、すなわち地球。
一巡目ではアルフヘイムが侵攻したものが、今回はニヴルヘイムになっただけだ。
いつか赤城真一が幻視した、一巡目の地球の末路。
飛び交う戦闘機とドッグファイトを繰り広げるドラゴン、隊伍を組んで行進するタイラント。
炎に包まれ、崩れてゆく街――それが再度繰り返されてしまう。
「地球へ……帰らなきゃ……!」
思わず叫ぶ。
キングヒル襲撃に続き、またしてもニヴルヘイムに出し抜かれた。
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とプネウマ聖教軍は、まんまと罠に嵌められたのだ。
ニヴルヘイムの住人達はとっくにこの穴だらけの世界に見切りをつけて、地球を新たな故郷とするべく行動を開始していた。
とすれば、最終目的地としていた転輾つ者たちの廟にもローウェルはいないだろう。
こんな廃墟に等しい世界にいつまでもいるのは無意味だ。一刻も早く地球へ行き、戦いをやめさせなければならない。
でなければ、また一巡目と同じくすべてが灰燼と帰すことになる。
けれど――いったいどうやって地球に帰還すればいいというのだろう?
それに。
「それを、オレが許すとでも思っているのか?」
イブリースが唸る。と同時、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの背後の巨扉が音を立ててひとりでに閉まった。
扉には魔力結界が張られ、破壊は困難。意地でもカザハたちを逃がさず、ここで足止めするつもりらしい。
外に布陣しているオデットやエンデ達プネウマ聖教軍とも連絡がつかない。完全に分断されてしまった。
「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」
「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」
みのりが緊張した面持ちでイシュタルを前列に召喚しながら言う。
「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」
-
「ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!」
ギュオッ!!
兜をかぶった黒騎士姿のガザーヴァが単騎でイブリースへと特攻する。
ダークマターの玉座は魔王バロールのもの。愛してやまない父の所有物である玉座に、
たかだか一将軍に過ぎないイブリースがのうのうと腰掛けているのが我慢ならないのだろう。
暗月の槍ムーンブルクの穂先がイブリースの胸元に狙いを定める、が――イブリースの発した瘴気によって阻まれ、
あべこべに吹き飛ばされてしまう。
「あうッ!」
吹っ飛んだガザーヴァをマゴットが受け止める。
虚空から愛剣『業魔の剣(デモンブランド)』を喚び出し、イブリースがゆっくりと玉座から立ち上がる。
「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」
全身から禍々しい濃紫色の瘴気を嵐の如く発するイブリースが、右手を突き出す。
其処にはクルミ大の球体が十個ばかりも握られていた。
「あれは……!」
ウィズリィが瞠目する。
むろん、明神たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』もそれが何なのか知っているだろう。
『悪魔の種子(デモンズシード)』――
大賢者ローウェルが造り上げた、モンスターを超強化させ邪悪な傀儡に変化させる魔具。
たったひとつでも上位継承者たるオデットを暴走させ、ウィズリィを完全に洗脳していた其れが、十個。
イブリースは目玉のように時折瞬きする其れを口許に持っていくと、一気に噛み砕いた。
ガリッ、ボリ、と硬い咀嚼音を響かせながら、そのすべてを嚥下してしまう。
想像を絶する悍ましい光景に、なゆたは絶句するしかない。
「……な……、な……なんてこと……」
「ぐ……、ぐォォォォ……!
おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」
やがてすべての『悪魔の種子(デモンズシード)』を飲み込んだイブリースは、背を丸めて苦しみ始めた。
喉を掻き毟り、巨躯を仰け反らせ、苦悶にのたうつ。
ビキビキと首筋や米神に血管が浮き上がり、まるで別の生き物のように脈動する。
「ごォォォォォォォ……!!
ぐ、ぎ……ッガァァァァァァァァァァァァァァァ……ッ!!!」
ギュゴッ!!!
イブリースの身体から噴き出す瘴気がその勢いと濃度を一層増す。
エーデルグーテで戦ったオデットの発した瘴気とは比較にならない毒素だ。
ウィズリィとアシュトラーセが慌ててこの場にいる全員に抵抗(レジスト)の魔法を施す。
これで瘴気の毒に身体を蝕まれることはなくなったが、代わりに嵐のように渦を巻く負の嵐によって攻撃ができない。
今の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に出来ることは、ただATBゲージが溜まるのを待つことだけだ。
そして、その最中にもイブリースは変質してゆく。
3メートル程度だった体躯は5メートル程にも巨大化し、二対の黒翼は三対に。
太い角はより長大になって凶悪に枝分かれし、尻尾も一回りほど太くなってドラゴンもかくやというものに。
黒い鎧は金色のエングレービングが増してより豪奢になり、装甲部も増して飛躍的に防御力が増したように見える。
業魔の剣も持ち主の巨大化に合わせて変容し、相応しい長さと巨大さになり――
最後に頭部へ帝位を示す漆黒の輝きを放つ月桂冠を戴くと、新たな姿となったイブリースは耳を劈くような咆哮を上げた。
「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」
「な……なんだよ、アレ……!
イブリースがあんな姿にクラスチェンジするなんて、聞いてないぞ……!」
ガザーヴァがフェイスガードに覆われた兜の奥で慌てた声を出す。
ゲームを一通りクリアした『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとってもこのイブリースの姿は初めて見るものだろう。
今までもタイラントやオデット、ウィズリィなど『悪魔の種子(デモンズシード)』に操られた者は見てきたが、
外見を此処まで変質させた者はいなかった。
しかし――
「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
エンデが静かに口を開く。
聞き慣れない名に、なゆたがエンデを見る。
「……兇魔皇帝……イブリース・シン……?」
「うん」
荘重に頷くエンデ。
しかし、これはエンデにとっても想定外のことだったらしい。その表情は珍しく強張っていた。
「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」
-
最終形態へと変身を終えたイブリースが、カハァァ……と濁った息を吐く。
その周囲にはかつてタマン湿性地帯で戦ったときとは桁違いの量の怨霊が乱舞し、
瘴気の渦の中でうねってはアルフヘイムの者たちに対する呪詛を撒き散らしている。
EXレイド級モンスター、兇魔皇帝イブリース・シン。
企画段階では、第二部ではバロール亡き後のアルフヘイムには束の間の平和が戻ったが、
実は生き延びていたイブリースがニヴルヘイムを再興し、自らが旗手となって『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に復讐戦を挑む、
というストーリーが考えられていたらしい。
その際の、ニヴルヘイムの新たなる盟主となったイブリースの名が『兇魔皇帝イブリース・シン』。
現在のところ、大多数のプレイヤーたちは『六芒星の魔神の饗宴』など超レイド級を相手とするイベントで盛り上がっているが、
そう遠くない将来には超レイド級さえ難なく屠る猛者たちが現われ、現状の敵では満足できなくなる時が必ず来る。
まだ見ぬ廃人プレイヤー達に対抗するためには、超レイド級の更に上のクラスを新たに設定する必要がある――
こうして生み出されたのが、規格外を表す『EX』の称号を持つモンスター、イブリース・シンであった。
ただしそんな設定もローウェルがブレイブ&モンスターズ! に見切りをつけ、
サービス終了を発表した時点でお蔵入りとなった……のだが。
どうやらローウェルはそんな没ネタになっていた兇魔皇帝の設定を引っ張り出し、急遽実装したということらしい。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」
ゴウッ!!!
イブリースが右手に持った業魔の剣を大上段に掲げ、一気に振り下ろす。
途端に颶風が荒れ狂い、4メートルはあろうかという瘴気の斬撃が長絨毯を引き裂きながら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちへ飛んでくる。
「みんな! 散開!
一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」
なゆたが素早く号令を発し、ポヨリンと共に横っ飛びしてからくも斬撃を避ける。
対レイド級といった多対一の戦闘の場合、相手を包囲するのが戦闘の鉄則だ。
だが、例えイブリースの背後を取ったとしてもその全身に纏う怨霊と瘴気によって、易々とは攻撃はできない。
けれども、だからといって臆することはできない。
真の敵はイブリースではない。それに、一刻も早くニヴルヘイムの軍勢を追って地球へ帰還する方策を練らなければならないのだ。
「ここじゃフィールドが狭すぎて、ミドガルズオルムを召喚できない……。
ポヨリン、お願い! 力を貸して!」
『ぽよっ! ぽよよんっ!
ぽよよぽよよよ〜っ!!』
巨体を誇る者が多数を占める超レイド級モンスターの中でも、ミドガルズオルムは抜きんでた巨躯を誇るモンスターである。
それでもエーデルグーテの地下墓所ではフィールドがユグドラエアの巨大な根の内部に広がる空洞ということで召喚できたが、
さすがにこの謁見の間では手狭に過ぎる。
足許のポヨリンに声を掛けると、ポヨリンはいかにもやる気満々といった様子でイブリースを睨みつけ、ぽよんぽよんと飛び跳ねてみせた。
イブリースはかつてポヨリンに土をつけ、死ぬほどのダメージを与えた仇敵だ。
その相手と再度対峙することで恐怖心やトラウマを植え付けられてはいないかと危惧したが、どうやら杞憂であったらしい。
今でこそ月子先生のスライムとフォーラムで畏怖され、仲間たちにも“さん”付けで呼ばれるポヨリンだが、
駆け出しのころは他のプレイヤー同様、多数の敗北を経験し幾度となく辛酸を舐めさせられてきた。
今さら一度や二度の敗北で折れる心は持っていない。元よりブレモンでもザコ中のザコモンスターである、雑草根性なら人一倍だ。
そして――マスターのなゆたも、覚醒したことで始原の草原でのデュエル時よりパワーアップしている。
「いくよ、ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!」
『ぽよよよっ!』
「続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!」
次の斬撃を飛ばそうと再度剣を頭上に掲げたイブリースに対し、スキルで先手を取る。
さらに、攻撃。スパイラル頭突きの強化版だ、弾丸状に硬化したポヨリンが激しく回転してイブリースへと迫る。
「ヌゥンッ!!」
イブリースが業魔の剣を振り下ろす。ガギィンッ!! という大きな激突音と共に、盛大な火花が散る。
両者は束の間力比べの鍔迫り合い状態となったが、双方ともにダメージを与えることなく終わった。
「……強い……!」
ポヨリンを足許まで後退させると、なゆたは呻いた。
今さら確認するまでもないことだが、それでも言わずにはいられない。
さすがは超レイド級をも上回るEXレイド級モンスターだ。しかも、未実装ということでその手の内やステータスも分からない。
本物のシャーロットなら兇魔皇帝に関するデータも持っていたのだろうが、残念ながらなゆたが引き継いだ記録にその項目はない。
この戦いのうちで見極めるしかないのだ。
-
「オオオオオオオオオオ――――――――ッ!!!」
今やかつてのレイド級相当という枠組みを超え、かつてない強敵へと変貌したイブリースが吼える。
その攻撃力は絶大、防御力は無類。
カザハの用いる各種の風属性のバフを三対の黒翼が起こす瘴気の烈風で無効化し。
明神の使用した『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を一息に踏み壊し。
エンバースとフラウの連携を、ただ己の膂力と『業魔の剣(デモンブランド)』の重量のみで叩き潰し。
ジョンの指示で攻撃を繰り出す部長を片腕一本で受け止め、投げ飛ばす。
「な……なんだよ、ゼンゼン歯が立たねーぞぉ……!」
イブリースに攻撃を仕掛けるのは、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だけではない。
果敢に突撃を挑み、その都度弾き返されるガザーヴァが、焦燥も露に呻く。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のパートナーモンスターたちも間断ない攻撃を行なっているし、
ウィズリィはそんなアタッカーたちに攻撃力や防御力、素早さアップのバフを常にかけ続けている。
しかし――
「うちが久しぶりの実戦ちゅうのを考慮しても、こら少しきつすぎるんちゃうやろか……!?」
イシュタルを矢面に立たせ、タンク役としてイブリースの攻撃を食い止めているみのりが思わず悲鳴を上げる。
イブリースが剣を振り下ろすたび、イシュタルの全身がギシギシと軋む。だがこれはイシュタルのブランクが長く、
耐久性が落ちている――という意味ではない。むしろ逆だ、生半可なタンク役ならイブリースの攻撃の一撃目で粉砕されている。
よく持っていると言うしかないが、それもこのままでは長くは続かないだろう。
「何か、戦況を打破する方法を考えないと……!」
「このままではジリ貧じゃ!
御子よ、何か逆転の策はないのか!?」
パーティーの回復役に徹して皆の傷を癒すことに専念しているアシュトラーセと、
虚構魔法を駆使して攻撃にターゲットの分散にと飛び回っているエカテリーナが叫ぶ。
イブリースの攻撃は凄まじく、その一挙手一投足によって城そのものが鳴動し、天井からパラパラと塵が降ってくる。
その上斬撃や瘴気の波動によって床や壁は既にズタズタになっており、豪奢だった謁見の間は砲撃でも受けたような姿に変わり果てていた。
攻撃は掠っただけでも此方の体力の半分近くを持ってゆき、一瞬たりとも気が抜けない。
エカテリーナの言う通り、何か逆転するための戦術を考えなければ此方が遠からず疲弊しきって全滅するのは目に見えていた。
水を向けられたエンデが眉間に皺を寄せる。
「……ない」
「ない!?」
自分から率先して提案することがないだけで、誰かから訊かれればその都度必ず状況を打開する方法を助言していたエンデだが、
今回ばかりはまったくの無策、お手上げということらしい。
「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
イブリースが左腕を高々と掲げると同時、周囲の風景が謁見の間から濃紺の星空へと切り替わる。
そして、遥か彼方から降り注ぐ隕石群。炎を纏った流星群がアルフヘイムの皆を狙う。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の知識にない、未実装の魔法だ。どうやらイブリースは他にも大量の新技を搭載しているらしい。
「エンバース!!」
なゆたが叫ぶ。なゆたは『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』以外の回避スキルを持っていない。
このような全体攻撃魔法を相手にするには、エンバースに運んでもらうしかないのだ。
シャーロットの記録を解放し、所謂『銀の魔術師モード』になれば、シャーロット譲りの光属性魔法で何とかなるかもしれなかったが、
なゆたはそれを避けた。
これ以降の戦いに備えて、何度使えるか分からない銀の魔術師モードを温存しようとしたとか、
自らの力でなく別人の力で戦うことに拒絶感をおぼえた――とか、そういうことではない。
対イブリース戦は、あくまでジョンが主役。そう作戦会議で皆と決めたのだ。
その方針を変えたくはない。この戦いはジョンが主軸となり、ジョンの働きによって決着が付けられるべきなのだ。
似た者同士のふたりであるから。
ならば、ふたりを永年縛りつけている呪縛から解き放てるのも、お互いしかいない。
エンバースに安全なところまで運んでもらうと、床に降り立ったなゆたはジョンを見た。そして叫ぶ。
「ジョン! イブリースに語りかけて!」
「ナユタ!? 何を言っているの!?
イブリースは『悪魔の種子(デモンズシード)』の影響で正気を失っているわ!
会話なんてとても無理よ、それより攻撃を封じる方法を――」
なゆたの叫びに、ウィズリィが思わず反論する。
だが、なゆたは一度かぶりを振った。
「語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
伝わるはずなんだ、絶対に――!!」
「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
ふたりの会話を聞いてか聞かずか、イブリースがジョンへと狙いを定める。
ジョンの身丈よりも遥かに巨大な魔剣を大きく一文字に振り、兇魔皇帝はジョンめがけて襲い掛かった。
【ニヴルヘイムは無人。魔城内にイブリースだけが残っており、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は閉じ込められる。
イブリース、兇魔将軍イブリースからEXレイド級モンスター『兇魔皇帝イブリース・シン』へと進化。
明神はガザーヴァに指示できる。ベル=ガザーヴァへの進化も可能。】
-
>「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」
ジョン君を主軸にイブリースをもう一度魅力的な悪役に仕立て上げる、という方向性で話がまとまった。
更に、なゆたちゃんは、何か秘策が容易できるかもしれないという。
そんな時、エンバースさんが別の話題を切り出す。
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」
視線の先は――えぇ!? 私達!?
>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」
――今それ聞く必要ある!?
>「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」
可哀そうだからやめたげて!?
カザハは、自然に思い付いたからそんなものは無いと答える。
「本当に無いんだ。思い出したような、いつの間にか知っていたような感じで自然に出てきたから……。
もしかしたら自分で作ったんじゃないのかも……」
>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」
エンバースさんは、虚空に向かって語り掛けるという不思議な行動をとるのでした。
もしかして、上の世界で私達を見ている誰かに向かって話しかけてます?
私のイメージだとブレモン(この世界)ってフルダイブ型のMMORPGで
今は世界を消すか消さないかで争ってる段階だから一般プレイヤー入りのキャラがうろうろしていない、という解釈でしたが、
もしかしてログインせずに外から観測する機能はまだ解放されてたり……?
>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」
エンバースさんは、何かの意図をもってカザハを追及している。
>「それもおかしな話だぜ。そいつがこの世界の……
少なくとも地球の作中作のテーマソングまで把握してるって事は、
つまりたかが風精王ごときが独自にこの世界をゲームだと解明してるって事になる」
初代風精王の正体を何の捻りも無く推測するならば、世界創生の時に組み込まれた始原の風車の中枢プログラム、というところだろうか。
そして始原の風車の正体が、時代が進むにつれて構成員を増やして高度になっていくスーパーコンピューターのようなもの、だったか。
が、ゲーム内の機構が「この世界はゲームだ」と解明してしまっては色々と不都合が起きそうなので、
そうならないように予めブロックされていると考えるのが妥当だろう。
-
>「ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない」
「それは……双巫女が風の記憶で一巡目のことを知ってたから……それと似たようなものかと……。
でも……シャーロットが消滅してすぐ1巡目の世界は消えてしまっただろうし……
誰も歌詞を作る暇なんて無かったよね……」
>「……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ」
>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」
エンバースさんは矛盾点から仮説を導き出した後に、究極的過ぎて投げやりにも聞こえる結論を言ってしまった。
>「……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて」
やっと自分の道を見つけ出したと思ったら、それすらも敵に仕組まれた罠かもしれない。
その事実は、今のカザハを動揺させるには充分で。
「絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
白状すると……キミ達に見せてた顔は嘘。
本当は……いつも「まだ行ける」と「もう駄目だ」の間で揺れて。
みんなへの憧れと自分への失望の板挟みで。
自分で逃げようとしてるくせに退路が塞がれたら心のどこかで安心してた。
自分が本当に望むことさえ自分では分からなかったんだ……。
でも、いざこうなったらこんなにも……」
(一緒に行きたい。でもみんなを傷つけてしまうのが……足枷になるのが怖い。
我にはきっと自由意思なんて無いから……上位存在の悪意に抗えないよ……)
カザハは、自分に自由意思は無いんじゃないかと疑っている。
カザハがこうなった理由は、魂を共有する私はなんとなく分かっている。
カザハもまた私と同じように、致命的に人間への換装に失敗していたのだろう。
それが体ではなく心だったから、誰にも気付いてもらえなかった。
精霊というのは基本的に人間ほど複雑な感情は無く単純で純粋な精神性をしており、
特にカザハの場合は始原の風車の防衛機構としてのプログラムがされているわけで、少なくとも人間大好きなはずはない。
1巡目の時の精神性はそのままに人間臭い部分が追加されてしまったら、拒絶反応を起こすのは目に見えている。
自分の心が嫌でたまらなくなって、消えてしまいたくなったかもしれない。
それでも少なくとも表面上はそんな風には見えなかったのは、
自分に存在することが認められない感情をたくさん押し殺して、私のために生きてくれたのだろう。
私を生かすための交換条件と自分に言い聞かせることで、自分に存在し続ける許しを乞うたのだろう。
それが常態化しすぎて、自分で自分の気持ちが分からなくなってしまっていて。
私から見れば、自由意思が無いなんてことはないのだけれど。
私から見たカザハの生き様は、感情を押し殺しても尚抑えきれない好きや憧れが溢れ出ていた。
-
(あなたはもう自分のために生きていいんですよ。
この旅で見たのは、決して綺麗なものばかりじゃなかったけど、あなたはみんなのことが大好きになった。
きっともう自分のことも受け入れられる……)
「……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……」
カザハはやっぱり本心を言えなかった。
長らく負の感情を見せなかったカザハが、最近になって腹を立てたり思い悩んだりしているのは、
むしろいい傾向なのかもしれないが、私にはあと一押しをどうしてあげるのがいいか分からない。
そんなカザハに、なゆたちゃんが毅然と告げる。
>「いいよ」
>「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」
「自分だけの歌……」
>「わたし、前々から思ってたんだけど。動画サイトで面白い動画を作ったり、歌を作ったりする人たちってホントに凄いよね。
他にもピアノを弾いたり、いろんな雑学を纏めたり、ゲームでスーパープレイしたり……。
わたし、そういうの全然不得意から。いいとこブレモンの対戦動画を誰かにアップして貰うくらいしかできないから。
だからさ。カザハの責任って、ホントに重大だからね?
カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」
「そ、そんな無茶な! でも……出来たら……いいな。語る題材が君達なら、出来るかもしれないな……」
カザハは満更でもなさそうに微笑んだ。
「ごめん、本当は君ならそう言うって分かってたのかも……。
でも今はまだ、どうしてもその言葉が必要だったんだ。
配属されたのがキミのパーティで良かった……。我が語る勇者がキミ達で本当に良かった」
……ってほっこりしてる場合じゃないですよ!?
なゆたちゃんに判断を委ねたせいで目標が伝説を語るから一億再生に爆上がりしてるんですけど!?
あなたユーチューブの再生数三桁だったじゃないですか! 私もう知りませんからね!?
-
>「カザハ…少しまってくれ」
先ほどからずっと気にかけてくれていたジョン君が、カザハを呼び止める。
>「君も分かってるだろうけどエンバースは…いやこのPTみんな君の事を微塵も疑ってない。ただ君が心配なだけなんだ…みんなね」
「うん。きっと事が重大過ぎてどう言っていいか分からなくなったんだよ。
我も真面目な場ほどいっつもテンパって訳わかんないこと言ってしまうもの」
カザハのいつものやつとはちょっと違う気がするけど!
>「こんな時明神みたいに気の利いた事言えたらよかったんだけど…余りにも友好関係が少なくてね…だからカザハ…手を出してくれるか?」
「……? 何何? 部長さんがお手してくれるとか!? ――逆?」
冗談っぽく言いながらカザハは手のひらを出して、何か違うらしいということで手の甲を上にする。
するとジョン君はおもむろに跪き……何してるんですかね? ちょっと角度的に見えません(棒)
ここはカザハ自身に語ってもらいましょうか。
我は、目の前で跪いて手の甲に口づけする金髪碧眼の青年を、まるで夢の中のような気分で見つめていた。
その姿はまるで女王に忠誠を誓う騎士のようで。
何気なく差し出した左手の甲には、エメラルド色の宝石のようなレクステンペストの証がある。
その昔、平凡平穏を望んだ我にとっては呪われた宿命の証でもあるけど、それごと全て受け入れて貰えたような気がして。
>「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」
自分ですら最後まで自分の味方である自信が無いのに。
キミ達が持っている”勇気”は、多分無いのに。いつも自分を騙してばっかりなのに。
それは、願う事すら厚かましくて憚られる、だけどずっと誰かに言って欲しかったかもしれない言葉だった。
「ジョン君……キミが苦しんでいる時、殆ど何もしてあげられなかったのに。
親友を助けてあげられなかったのに。どうしてそこまで言ってくれるの……?」
未だキスの感触が残る手の甲をまじまじと見て、今度はジョン君の顔を見つめる。
「――えっ!?!?!?!?!?!?!!!!!」
今更ながら認識が追いついて、素っ頓狂な声が出る。
これって要するにうちのパーティーのやたら青春してる約二組的な世界に踏み込もうとしてるってことでOK!?
いや駄目待って無理無理無理無理! 何!? 何かのドッキリ!?
ああいう世界は端から見物して楽しむものであって自ら参戦するものじゃないから!
というかキミ、(そっち系の意味ではないにしろ)なゆにベタ惚れだったじゃん!?
それ以前にこっちは少年(姉)という意味不明な存在なんだけどいいのか!?
……それに、前に我を必ず守ると言ってくれたあの二人は……魔剣の材料として命を捧げてしまった。
そんなの絶対駄目だ。
-
「こっ……困るよ急に……!
だって我、人間じゃないし、美少女でもないし、キミよりすごく年上だし、地球の定義だと生物ですらなくて……!
いっつも全部が中途半端かぶっ飛んでるかで、標準仕様からはみ出してる……。
種族も出自も思考回路も……性別だってそう! 普通に考えてこんなのとは無縁のイロモノ枠だよ!?
こんな時のリアクションなんてきっと用意されてない……!」
困ったことに自分の声音が全く困ってるように聞こえない。内心嬉しいのが隠し切れない。
>「あはは…やっぱり洒落たセリフが僕には似合わないね!エンバースみたいに照れずに最後までできたらよかったんだけど…」
いや――いやいやいや、こういうのって普通ここに至るまでに着々とフラグを積み重ねていくものだよな!?
いくらキミが金髪碧眼のイケメンだからって! 一瞬で陥落するほど我はチョロくないぞ!?
いや、そういう問題じゃなくてそれ以前に! 性別もよく分かんない我にとってそういうのは管轄外……
頭ではそう考えながらも、正体不明の感情の波が押し寄せて、今まで抑えていたものが決壊したように涙が溢れ出る。
あまりに自分の鼓動がうるさくて、両手で左胸を押さえる。呼吸ってどうやってするんだっけ!?
「あははじゃないから! どうしてくれるんだよ、やばいっ……!
心臓がバクハツしそう! 感情が大洪水だ!」
――なんでこうなる!? 実は前から気になってた、とかならなるんだろうけどっ!
最初の出会いなんてキミがテーブルの上に落ちてきて我、ニャーと鳴く犬に大爆笑だよ!?
全く何も発展しそうにないじゃん! そりゃあジョン君は大事な仲間だけどそういう意味では別に何とも……。
――本当にそうだろうか。
明神さんがクーデターを起こした時、何も事情が分からない者二人揃って、迷わずなゆに味方した。
キミはまだ普通の人間の身でありながら、モンスターの我を庇ってくれた。
ガザーヴァと分離した後パーティに残ったのは、破滅の力に蝕まれるキミが気がかりだったから、というのも多分にあった気がする。
一度は忘れていたレクステンペストの力を思い出したのは、キミを助けようとしていた戦いの最中だった。
その後も、破滅から免れた代わりに今度は親友を失ってしまったキミを案じていた。
裏切ろうとしていたと明かされた時は驚いたけど、立ち直ってくれて心底安堵した。
気が付けば、我はみんなについていけなくなっていて、キミはパーティの主力として遥か先を歩いていて。
もう我のことなんて眼中にも無いに違いないと思っていた。でも――そんなことはなかった。
歌を聞いてくれた時のキミは、何かを察していたようだった。
そして調子に乗った我は、つい不審者発言をかました。
……あれ!? もしかしてこの気持ちって俗に言うところの……。
……無い無いそんなわけ無い! そんなのキャラじゃなさすぎる!
その時、天啓のごとく閃いたのである。この正体不明の感情は捕獲されたモンスターの気持ちだと!
大昔にアゲハに捕まえて貰った時や最近カケルに捕まった時とは微妙に違う気がするけど、
捕獲方法の違いによるものということにしておく異論は認めないッ!
「どうしよう、謎のビームも赤と白のボールも当てられてないのに捕獲されちゃったみたい……」
-
特別よりも、平凡を望んだ。
自分を愛してくれた人が犠牲になるぐらいなら、あんまり嫌われない程度に平穏に生きることを望んだ。
だからこんなのは望んでもいないし、そもそも自分には端から無関係なもの。
――そのはずだったのに。
心の奥に隠して自分すら忘れていた扉を、ジョン君は意識してかせずか、いとも容易く開けてしまった。
涙が零れ落ちるのも構わず、胸の内を満たす喜びと感謝を伝える。
「自分で自分にかけてしまったどうしても解けない呪いがあって。
自分自身に価値はなくって、価値ある何かの交換条件になることで辛うじて生きることを許されてるんじゃないかって考えが抜けなくて……。
でもたった今、キミが、解いてくれたみたい。
もう我は引換券じゃない……。物語の最後まで……ううん、終わりのその先も、ずっといていいんだね……!」
あと何回、自分はカケルを助けられるのだろう――助けられなくなったら、自分は用済みだ。そう思いながら、生きてきた。云わば引換券のようなものである。
そんな自分を隠すために、何も考えて無さそうなふざけた人を演じた。
そうしておけば、特に辛くないから、それでいいと思っていた。
こちらの世界に来てカケルは元気になったのに、我の歪み切った思考は抜けなかった。
自分自身には価値はなく、いつも何かの交換条件でしかないような気がしていて。
そのことに気付かれたらどうしようといつも怯えていた。
まあいいか、ふざけた言動でイロモノ枠におさまっておけば誰も深く踏み込んでくることはない。
自分なんか、適当に放っておいてほしい。なのに。誰も放っておいてくれなかった。
明神さんに旅に同行する目的を問い詰められ、即刻コミュ障が露呈した。なんということをしてくれるのかと思った。
おかげで、自分でも気付いていなかった願いに気が付いてしまった。
ズブのド素人に対して超ガチゲーマーの面々と同じ扱いで意見を求めてくるなゆ。
多分的外れなことを色々言ったと思うけど、決して馬鹿にしたりしなかった。
エンバースさんは、始原の草原で、決して皆に言えなかった心の一端を汲んで、テュフォンとブリーズを弔えと言ってくれた。
ガザーヴァは我の卑怯さを全て見抜いた上でそれでも一緒にいたいと言ってくれて。
それだけしてもらってもまだ残っていた最後の障壁をたった今キミがぶち破ってくれた。
本気で自分を引換券と思っていたなんて、意味不明すぎて自分でも笑えてしまうけれど。
おかしいと分かっていても、どうにもならなかったのだ。
「あのさ……我って性別よく分かんないと思うけど、我自身をそのまま見てくれて、すごく嬉しい……。
実は自分でもよく分かんなくて、どっちでも無いみたいで……。
シルヴェストルは風から生まれる種族だから……厳密には性別は無いんだけど。
それでも男性型か女性型どっちかの形態の者が多いんだけど、こういう風によく分からないのもいて」
シルヴェストルは風から生まれる種族のため、厳密には性別は無い。
キャラ付けとしては一応あるのだが生物学的な都合は関係無いというか。
そのため人間のようにはっきり二分されるわけではなく、心の在り様によって個体ごとに様々で。
我の場合はどっちの特徴も無く、髪型や服装によってどっちにも見えてしまう。
「だから……この気持ちはきっと……捕獲されちゃったモンスターの気持ちで……
キミ達人間が持ってるのと同じ種類のものなのかは分からない。
それでも――これだけは言える。キミの想いに応えたい。他の誰でもなく……キミがいい」
-
テュフォンとブリーズのことを忘れたわけではない。
この先に踏み出していいんだろうか、彼女達の二の舞にならないだろうか、と今も胸の奥が棘が刺さったように傷む。
でも、こんな大き過ぎる感情を無い事にするなんて、もう出来ない。だったら道は一つしかない。
あの二人には取り合って貰えなかった我儘を聞いてもらうしかない。
昔から思っていることを言葉にして伝えるのが苦手で、真面目な局面ほど、つい意味不明な事を言って相手を呆れさせてしまう。
これはもう病気のようなもので。なゆを引き留めようとしたときには盛大に爆死したけど。
今度こそ――ちゃんと伝えたい。
ジョン君の瞳を真っすぐに見つめる。本当は相手の目を見て話すのも苦手な陰キャだからすごく緊張するけど……!
「お願いがあるんだ……。
キミには立派なパートナーがいるのは分かってるけど、ぼくのこともキミのパートナーだと思ってくれたら嬉しいな。
守られてるだけは嫌だ。ぼくにもキミを守らせてほしいよ。
隣に並び立つのは無理でも、少しだけ後ろでいつも見てるよ。
突き進む時には、背中を押すよ。倒れそうな時には、そっと支えるよ。
行っちゃいけない時には、飛びついてでも止めるよ。
だから安心して。これからいつもいつだって、この風精王の加護がキミと共にある――」
ジョン君の右手を両手で取って、自分の左胸に押し当てる。
風の元素で出来たこの体は、人間とは全く違う素材で出来ていて、中身が全部人間と同じ仕様とは限らない。
だけど、ドキドキしすぎて心臓の在り処は嫌でも分かってしまう。
触ってみたら見た目では分からない程度に微妙にあるなんてことはなく当然見事に何も無いのだが。(何がとは言わない)
それだけに心臓の鼓動がダイレクトに伝わる。
「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」
私はあまりの展開に驚愕しつつ、事の成り行きを見守っていた。
でも今となって思い返してみれば、カザハはジョン君のことをずっと気にかけてたような気がしなくもありません。
カザハの場合、自分の気持ちに気付かないまま行動だけ伴っていることはよくある。
ジョン君は、カザハが本人すら無自覚のまま立てていた普通なら誰も気付かないようなフラグに気付いてくれたんでしょうか。
あ、ジョン君と激闘しながら叫んでたアズレシアにマイホームを建てるとかいう意味不明な宣言はそういうことだったんですか!?
>「盗み見はよくないな?ガザーヴァ?…君が一番カザハの事は心配してるのはみんなも…なによりカザハが一番分かってるよ。
…それとも羨ましいのか?君は明神にもっとすごい事してもらってるんだろ?」
「えっ!? 嘘……。見てた……?」
はっと我に返ったらしきカザハが、こっちを見る。私と目が合う。
「う、うわぁあああああああああああああ!! そ、そそそそそんなんじゃないから!」
私、別に何も言ってませんけど!?
-
>「あらら…そんなに恥ずかしがる事ないのにね?…さて…いこう!カザハ!みんながまってる」
「う……うん!」
カザハは何事も無かったような表情を作りながら、ジョン君の後を追う。
>「ごめんみんな待たせたね…こっちは準備満タン!いつでも!」
「何でもないから! 本当に何でもないから!」
皆の視線に耐えきれず、わざとらしく作った神妙な顔で言い訳をするカザハ。
何かあったのがバレバレである。
そんなことがありつつ、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐり、ついにニヴルヘイムへ足を踏み入れる。
>「……これは……」
>「オイオイ、どーゆーコトだよ?
せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」
なゆたちゃんやガザーヴァが、ニヴルヘイムの軍勢が見当たらないのを訝しんでいる。
カザハは至るところに空いた大小さまざまな穴を見て、顔を曇らせた。
「あれが……侵食……」
侵食については今まで話には聞いていたが、直接目の当たりにするのはこれが初めてだ。
>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」
ヴィゾフニールに乗り込み、暗黒魔城ダークマターに向かう。
>「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」
「何これ、逆に怖いんだけど……!」
敵が見当たらないなら見当たらないで、カザハはやっぱりビビリ倒していた。
「やあ青年、カザハを捕まえてくれてありがとう。
私はいいマスターじゃなかったけど、君がそうじゃないのはその子(部長)を見れば分かる」
また勝手に出ているアゲハさんがジョン君にウザい感じで絡んでますけど!?
早くスマホに収納した方がいいんじゃないですかね!?
……ってカザハが忽然といない! さては緊張しまくってトイレにでも行ったんじゃないでしょうか。
特に意味も無く画面内からしれっと姿を消してる時って多分そういうことです。知らんけど。
「ぶっちゃけ私は非常に残念な体形の美少女じゃないかと思ってたんだけど動揺するから本人に言わないようにね。
あと私の見立てだとワンチャン進化する」
-
あ、そういう解釈も出来るんですね!
私、本人が少年型って言ってるから全年齢向けゲームだから見える部分で判断するんだろうなーって納得してました。
ちなみに進化するとしたらどこがどう進化するんでしょう(意味深) 何この世界一不毛な性別論争。
カザハの正確な年齢は私もよく知らないのですが少なくとも100年以上進化しなかったものはもう今更進化しないと思います。
多分これは「あれはああいう生き物」と納得するのが正解で、考えたら負けなやつですね。
こんな感じでアゲハさんが好き勝手言っているところに、「ずっといましたが何か」みたいな顔をしたカザハが戻ってきました。
「嫌ああああああああ! ちょっと目を離した隙に絡まないで!!」
アゲハさんは即刻スマホに収納された。
「何か変なのに話しかけられた? 気のせいだよ。
それよりお願いがあるんだけど……部長さんをモフモフさせてもらってもいいかな……?」
何が起こるか分からない緊張感に耐えられずモフモフで気を落ち着かせようとしているようだ。
いくらモフモフで可愛いとはいえ部長先輩をそんなぬいぐるみ的な用途に使おうとは何たる所業……!
やがてダークマターに到着し、城内に突入するも、やはり誰もいない。
>「……いない」
>「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
>「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」
(ボクの部屋以外って強調されると逆に気になる……)
少女趣味の可愛らしい部屋を勝手に想像して勝手に萌えているカザハであった。
>「……行こう。エンバース」
ガザーヴァのおかげで難なく最上階へ到達し、謁見の大広間へたどり着く。
>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」
そこに腰かけていたのは、他でもない兇魔将軍イブリースであった。
ニヴルヘイムの現トップなのでその事自体は不自然ではないのかもしれないが、不思議なのは何故たった一人かということである。
エカテリーナがそこのことを問う。
>「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」
>「軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」
>「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
でも、新天地なんて……そんなものどこに――」
>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」
-
>「……なんてこと」
>「地球へ……帰らなきゃ……!」
>「それを、オレが許すとでも思っているのか?」
背後の扉がひとりでに閉まる。カザハが慌てて押したり引いたりするも、びくともしない。
「そんな……! 閉じ込められた!?」
>「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」
>「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」
>「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」
オデット達とも連絡が取れないようで、今ここにいるメンバーでイブリースを倒すしかここから出る方法はないようだ。
>「ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!」
ガザーヴァが特攻するも、イブリースはただ瘴気を発するだけで吹き飛ばしてしまう。
イブリースはここにきてようやく剣を携え立ち上がった。
>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」
イブリースが右手を突き出して見せるのは、『悪魔の種子(デモンズシード)』――なんと10個。
その取り込み方も凄まじく、あろうことか噛み砕いて嚥下してしまった。
「ちょ、ちょっと……!」
>「ぐ……、ぐォォォォ……!
おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」
とんでもない量の瘴気が吹き荒れる。
ウィズリィとアシュトラーセ二人の上位術士による抵抗(レジスト)の魔法が無かったら、それだけで戦闘不能かもしれない。
>「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」
>「な……なんだよ、アレ……!
イブリースがあんな姿にクラスチェンジするなんて、聞いてないぞ……!」
イブリースは今や、誰もみたことがない姿に変貌を遂げていた。
>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
>「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」
「そんな……超レイドでもとんでもないのに更にその上だなんて……」
-
>「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」
イブリースが剣を振り下ろすだけで、4メートル級の瘴気の斬撃が飛んでくる。
私はカザハの襟首をひっつかんで飛び上がって避ける。
「ひゃあああああああああああ!?」
>「みんな! 散開!
一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」
なゆたちゃんの指令を受けたポヨリンさんがいちはやく攻撃を仕掛けるが、ダメージを通すことはかなわない。
>「……強い……!」
私はカザハを後列に降ろし、精神連結しました。カザハは呪歌スキルで全体バフをかけ始めます。
私は中列から「ソニックウェーブ」で衝撃派を放ち、攻撃に参加。
カザハが使っているのは、攻撃力上昇の『闘いの唱歌(バトルソング)』
防御力上昇の『護りの祝詞(ガードフォース)』、素早さ上昇の『疾風の賛歌(アクセラレータ)』
これは実はブレモンの通常戦闘曲の各フレーズごとのボーカライズバージョンで
それぞれAメロ、Bメロ、サビに対応しているようです。
それどころじゃないので誰も気付かないとは思いますが。
そして3つ重ね掛けするとコンボが成立して全能力値にプラス補正がかかるんだとか。
尤も、イブリースが黒翼をはためかせて起こす瘴気の烈風でコンボ成立する前に無効化されてしまうのですが。
というより即刻無効化されすぎて二つ重ね掛けすらほぼかなわない。
誰も有効打を与えることは出来ず、こちらの体力だけがジリジリと削られていく状況。
>「な……なんだよ、ゼンゼン歯が立たねーぞぉ……!」
>「うちが久しぶりの実戦ちゅうのを考慮しても、こら少しきつすぎるんちゃうやろか……!?」
瘴気の波動を避け損ねて腕を掠る。
あれ、と思ったら肉がごっそり削げてるんですけど……! 掠っただけですよ!?
「えっ……」
呆然としかけたが、幸い即刻アシュトラーセの回復魔法がかかってほぼ元に戻った。
こんなん一歩間違えたら即死亡じゃないですか!
>「何か、戦況を打破する方法を考えないと……!」
>「このままではジリ貧じゃ!
御子よ、何か逆転の策はないのか!?」
>「……ない」
>「ない!?」
オデット戦では敏腕セールスマンのような作戦を出しまくったエンデも、今回ばかりはお手上げのようだ。
>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
イブリースの新スキルで、周囲の風景が濃紺の星空に切り替わる。
背景切り替わる系の大規模全体攻撃魔法だ……!
どうやら無数の隕石を落とし攻撃する魔法のようだ。
《乗って!》
-
私は即刻馬型形態に戻り、全速力で飛んでカザハを乗せます。
カザハが風や音で隕石の落下地点をいちはやく察知し、私が避ける。
意思伝達のタイムラグが生じない精神連結状態でならそれが可能だ。
スキルの効果範囲外に出られればいいのだが、戦闘域全部が効果範囲だったら効果持続時間が終わるまで避け続けるしかない……!
カザハを乗せてみて気付いたが、恐怖に震えている。さっきの歌声を聞く限りそういう風には聞こえなかったが。
(恥ずかしい……ヘタレに磨きがかかっちゃった……)
それはきっとカザハが自分の感情に蓋をせずにそのまま感じるようになったからで。
だからきっといい変化で。その証拠にオデット戦の時と違って、精神連結が途切れる気配が無い。
舞うように飛んで隕石を避けつつ、心の中で会話する。
《恥ずかしくなんてない。怖いのはまだ生きていたい証拠だって、昔よく言ってくれたじゃないですか》
(ねえカケル。贖罪とか報恩じゃなくて……好きで付いてきてくれてるんだよね)
《当り前じゃないですか》
大恩に報いたい気持ちはもちろんあるが、それ以上に。
(はじまりは選択の余地のない共依存で……我らを繋いでいたのがたとえ歪な縁だったとしても。
ぼく達、やっと、本当の絆で結ばれたんだね……)
そもそも私、地球にいた時の大恩を最近まで忘れてましたし、ずっと好きで付いてきてるんですが。
でも、カザハは自分が贖罪とか報恩抜きにして誰かに好かれてもいい存在だとどうしても思えなかったんですね……。
《そもそも家族って選ぶ余地のない強制的な縁じゃないですか。
それが本当の絆になるのは――本当は当たり前じゃなくてきっとすごく幸運なことなんですよ……》
何発かの隕石を避けたところで、ジョン君と部長が視界に入った。
ユニサスは騎乗の用途も想定されたモンスターで、カザハは重さが無いに等しいので、あと一人(と一匹)は充分に乗せられる。
彼らは自力で最後まで切り抜けられるでしょうが、ここは体力を温存しといてもらった方がいいですね……!
決してカザハがビビリまくっているからとかいう不純な動機ではなく真面目な戦略的行動である。
《乗って下さい!》
ジョン君達に、カザハの後ろに乗ってもらう。
そうして隕石を避けているうちにようやく持続時間が終わり、風景が元に戻ってきました。
カザハ達が背から降りると、私はスペルカードを使って貰って再び人型になります。
カザハはジョン君の後ろに立ってその背中に両手と額を軽く当て、魔力&レスバトル力(?)アップのバフをかけました。
「キミが主役だよ。頑張って。キミは一人じゃない。決して一人にはしないから。
――エコーズオブワーズ」
ジョン君を前線に送り出し、自分は最後列に下がるカザハ。
私はカザハを激闘の余波から守るべくその少し前に立ちます。
-
>「ジョン! イブリースに語りかけて!」
>「ナユタ!? 何を言っているの!?
イブリースは『悪魔の種子(デモンズシード)』の影響で正気を失っているわ!
会話なんてとても無理よ、それより攻撃を封じる方法を――」
>「語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
伝わるはずなんだ、絶対に――!!」
>「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
なゆたちゃんの指示が飛び、タイミングを見計らったかのように
イブリースがジョン君に襲い掛かり、激闘の火蓋が切って落とされました。
カザハはこの局面で何を歌うべきか考えている。
いつも見ている、背中を押すと、自ら志願した。その役目を果たそうとしている。
呪歌系スキルは、敵がバフ無効化を多用してくる場合も、一つの歌を歌い続けている間は実質バフがかかった状態にしておける。
ブレモンのBGMのボーカライズバージョンの呪歌はいくつか頭の中にあるが、ローウェルに仕込まれている可能性がある。
この局面では、その可能性がないものを歌いたい。かといって、自分で考えたと確信できるような歌はまだ無い。
ならば――作った者が敵ではないとはっきりしている歌を。かつて共に戦った先輩ブレイブの力を借りることにした。
「マホたん、力を貸して――」
大きく息を吸い、カザハが歌い始めたのは『Blaver!!』。
ユメミマホロが手掛けた、ブレモンアニメの第二弾デュエルメモリーズのオープニングテーマ。
呪歌としての効果は、物理攻撃力、魔法攻撃力共に大幅アップだそうだ。
それは大切な者を救い全てを取り戻すための戦いの歌――
そしていなくなってしまった者の想いを受け継ぎ未来へと歩んでいく希望の歌だ
-
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」
いい感じに方針が固まりつつある中、エンバースが疑問を差し挟んだ。
>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」
「今掘り下げることかよぉ……固ぇこと言うなって、お前だって丸4日デートに費やしたろ」
話が話だけに俺も空気読んで黙ってたけどさぁ……なんか君、なゆたちゃんと距離近くなってない?
物理的な立ち位置もだけどなんかこう、心の距離的なものがさ……。
>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
エンバースは、いつも通りの気取った仕草でカザハ君を追求する。
椅子に深く腰を落として、ちらりと虚空に目を遣った。
>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」
誰に話かけてんだコイツ……。いやわかる。なんとなくわかる。
こいつが問いかけているのは、この世界の見えざる傍観者――『上の次元のブレモン』のプレイヤー達だ。
バックアップサーバーに過ぎないこの世界のデータが公開されてるのかは知らんが、
今この場で交わされた会話もいずれ『シナリオ』として配信されるなら、いつかはこいつの声はプレイヤーへ届くのだろう。
すげぇメタ発言するじゃん……。
>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」
エンバースの言わんとしていること。
ガザーヴァと共に死んだ一巡目のカザハ君は、シャーロットの存在自体知らないはず。
にも関わらず、デウス・エクス・マキナを示唆する内容まで含めて歌詞に出来ちまったのは一体どういうことだ?
>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」
「……っ、お前、それは」
――ローウェルの作為の存在。
奇しくもそれは、俺自身の懸案事項と相まって、現実性を帯びている。
『一巡目』、つまりブレイブを使ったアルフヘイムとニヴルヘイムの戦争は、
サ終に向けてローウェルが企画したイベントだった。
ブレイブの選定には、当然企画を主導するローウェルの意思が反映されている。
一巡目の人選を引き継いだ二巡目にも、その影響は残り続けている。
俺が、ブレモンのアンチって立場でこの世界に喚ばれたように。
カザハ君の記憶にも、ローウェルの手が加わったものが混じっているのかも知れない。
>「エンバース!」
ジョンの怒声が響いて、エンバースの推理を制した。
カザハ君からすりゃ急にそんなこと言われてもって感じだろう。
-
「……可能性を潰すなら、シャーロットがガチで歌詞しか残してなかったって線の検討が足りねえよ。
あの女は自分の作ったゲームでヒロインやるようなやべえヤツだぜ。
エンデ周りの説明不足と言い、こういう不親切さはいかにも性格の悪い開発様のやりそうなこった」
反論の声は、自分でも驚くくらいに頼りなかった。
すべてを憶測で片付けるには、状況証拠がずいぶん多い。
そして、憶測だからで片付けるには、予想されるリスクが大きかった。
>「絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
カザハ君は、固まったかざぶたを自ら引っ剥がすような沈痛な面持ちで独白する。
こいつはずっと、三世界を巡る因縁に振り回され続けてきた。
確たる出自と言えるものは何度も覆されて、自分が何者であるかすら、分からない。
>「……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……」
「……ひとつ。このやり取りで確かになったことがある」
こんな時、こいつを安心させてやれるような一言がスラスラ出てくりゃ良いんだけれど。
絶対大丈夫だとか、無条件に信じるだとか、そんな薄っぺらい言葉だけは、吐きたくなかった。
「エンバースが『トロイ説』に言及したことで、伏線がひとつぶっ潰れた。
カザハ君が実は敵の手先でした!って展開にインパクトがなくなったってことだ。
ローウェルが仮にお前を通して俺たちの動向を探ってるとして、既に見抜かれた仕込みをゴリ押しするか?」
あのジジイにクリエイターとして最低限のプライドがあるならなおのこと。
"データごとき"に看破された伏線をドヤ顔で回収したりは出来ないだろう。
>「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」
俯くカザハ君に、なゆたちゃんが穏やかに声をかける。
「ひひっ、そりゃ良いや。テーマ曲ってのはようはオープニングテーマだからな。
この戦いが終わった後にスタッフロールと一緒にかかる、エンディング曲が必要だ。
音楽スタッフ全部クビにしちまったんなら、俺たちで書き上げるしかあるめえよ」
俺には作詞のセンスはないし、作曲なんか何すりゃ良いかもわからん。
楽器なんて中学の授業でリコーダーを触ったっきりだ。
歌うのも、歌を作るのも、カザハ君にしか出来ない。
>「カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」
>「そ、そんな無茶な! でも……出来たら……いいな。語る題材が君達なら、出来るかもしれないな……」
「丸投げはしねえよ。バックコーラスが必要ならいつだってステージに上がってやる。
弾き手が足りねえなら助っ人を呼んだって良い。ちょうど最近、パンクロッカーと知り合ったばっかだしな」
シェケナベイベのインギーだってプロの音楽屋ならオファーを断わりゃしねえだろう。
ついでにエリにゃんあたり首根っこ捕まえて連れて来ても良いな。
-
>「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」
「少なくとも、これでエンディングテーマの解禁フラグは立った。
いい感じの曲調と歌詞になるかどうかは……これから俺たちが決めるんだ」
決まってた筋書きはとっくに逸脱して、俺たちは今、未踏のシナリオを進んでいる。
ハッピーエンドは保証されちゃいないし……バットエンドもまた、定まっちゃいない。
雑展開に定評のあるライターの思惑なんぞ知ったことかよ。ルート回収率もクソくらえだ。
俺は弱いオタクだからよ。みんなが幸せになれるヌルい結末以外見たくねンだわ。
>「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」
「へっ、思わせぶりなこと言うじゃん。その伏線、回収されなくても泣くなよ」
>「そんなの知った事か知らないし…どうせいくら探しても答え合わせは最後にしか行われないんだろうな…
こんな事言うと脳筋みたいに思われるだろうけど…片っ端からぶっ飛ばしていけばいい…今の僕達にはそれしかできない、だろ?」
ジョンが出したシンプル過ぎる結論に、俺は頷いた。
なるようにしかならんって言葉はあんまり好きじゃないが、サイコロはもう俺たちの手を離れている。
伏せられたカードの裏は既に決まっていて、あとはめくるだけだ。
時間が来た。
誰ともなしに、それぞれが、手配されたニヴルヘイムへの道へ向かって歩き出す。
「おいジョン、そろそろ行こうぜ――」
いつまでも席を離れない大親友の背に声をかけようとして、体が硬直した。
>「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」
ジョンがカザハ君の手に口づけをしていた。
口づけをしていた。
していた――
「えっ?えっ?えっ?」
思わず近くにあった壁に隠れる。
いやなんで隠れてんだ俺は!普通に声かけりゃいいじゃねえか!
そんなんやってる場合とちゃうやろって!
>「こっ……困るよ急に……!
だって我、人間じゃないし、美少女でもないし、キミよりすごく年上だし、地球の定義だと生物ですらなくて……!
いっつも全部が中途半端かぶっ飛んでるかで、標準仕様からはみ出してる……。
種族も出自も思考回路も……性別だってそう! 普通に考えてこんなのとは無縁のイロモノ枠だよ!?
こんな時のリアクションなんてきっと用意されてない……!」
カザハ君は真っ赤になってあたふたしている。
俺あいつのあんな顔はじめて見たよ……
いつものヘラヘラとニコニコを1:1で混同したような、脳天気な笑顔はどこにもなかった。
俺には無理だ。あの中に割って入れない。入りたくない。
ジョンの紳士病の発作が起きたとか、美少女かどうかは関係ないのではとか、
……そんなふうに茶化すことも、したくなかった。
-
>「自分で自分にかけてしまったどうしても解けない呪いがあって。
自分自身に価値はなくって、価値ある何かの交換条件になることで辛うじて生きることを許されてるんじゃないかって
考えが抜けなくて……。
でもたった今、キミが、解いてくれたみたい。
もう我は引換券じゃない……。物語の最後まで……ううん、終わりのその先も、ずっといていいんだね……!」
カザハ君の自縄自縛を、軽くしてやれるような言葉をかけるべきだと思ってた。
だけどそうじゃねえだろ。理屈をこね回して解決するような問題なら、カザハ君は自分でどうにかできたはずだ。
言葉の力を誰よりもよく知ってるのは、あいつなんだから。
こいつに必要なのは、表面だけ飾った言葉なんかじゃなくて……
自己肯定感の低さを覆す、体ごとぶつかるような、100%の肯定。
それができるのはきっと、同じだけの痛みと苦しみを抱えてきたジョンだけだ。
苦悩から目を背けずに、前へ進む力に変えてきたこいつだけだ。
>「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」
王都でなゆたちゃんから決着の一撃を受けた時のような、眩しい錯覚が心臓を照らした。
カザハ君とジョン。きっと、俺はこの光景を忘れないだろう。
この輝きの傍にいれば、光の中にいるってことをいつだって感じられる。
ひとしきり腕組みしながらカザハ君たちを眺めて、俺はその場を離れた。
◆ ◆ ◆
-
『形成位階・門』の先、ニヴルヘイムの第八層。
キングヒルから凱旋したイブリース麾下の勢力が集っているはずのそこは――
「……もぬけの殻、だと」
>「オイオイ、どーゆーコトだよ?
せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」
「逃げるったって……ここは連中の本拠地だぜ。どこに逃げる先があるってんだ。
魔族どころか魔物の一匹もいやしねえ。ここに住んでる連中全部を匿うスペースなんかあるかよ」
>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」
ヴィゾフニールで高高度から眺めてみても、荒涼とした平野にはコモン敵の魔犬の姿すら見当たらない。
念のため飛空船の索敵センサーを確認したが、敵影は終ぞ捉えられなかった。
やがて俺たちは暗黒魔城ダークマターにたどり着く。
そこにも敵はいなかった。まるで生命の気配の感じられない無人の空間を、おっかなびっくり歩く。
そして、ついに一度のエンカウントも迎えないまま……最奥のフロアに着いてしまった。
そこには一つだけ、敵影があった。
>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」
「……イブリース。腰抜けの将軍サマが一人で何やってんだ?
他の軍勢はどうした。インフルエンザでも流行ってんのか」
>「軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」
「………………は?」
イブリースの、用意していた回答を読み上げたかのような返事に、しばらく頭が追いつかなかった。
コイツ以外誰もいない?新天地で旅立った?またぞろアルフヘイムに侵攻しやがったのか?
待てよ。
新天地?アルフヘイムに攻め込んだんならそんな言い方はしない。
その言い振りはまるで、アルフヘイムでもニヴルヘイムでもない、どこかみたいな――
>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」
「は、」
息が、吸えなかった。
ミズガルズ――地球。俺たちの故郷に、ニヴルヘイムの全軍勢が侵攻した……?
その言葉の意味が脳裏に染み渡るにつて、否応なしに記憶が蘇る。
かつて真ちゃんから聞いた、あいつの白昼夢の光景。
あいつが断片的に保持していた、一巡目の記憶――
燃え盛る東京の街。崩落するビル。すべてをペシャンコにしていくタイラントの群れ。
絶望に突き落とされた人々の悲鳴。焼け焦げた死体の山。そして――
人類は防衛線を放棄し、魔物を街ごと焼き払うために核爆弾を落とす。
-
>「地球へ……帰らなきゃ……!」
なゆたちゃんの声でハッと意識が現実に戻る。
だけど頭に焼き付いたイメージはいつまでも拭えず、手が震えるのを感じた。
>「それを、オレが許すとでも思っているのか?」
イブリースの目的はただひとつ。
ニヴルヘイムの軍勢が地球を滅ぼすまで、俺たちをここに足止めし続けること。
あるいは、これ以上の妨害が出来ないように、俺たちを殺すこと。
>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」
吶喊したガザーヴァを羽虫でも払うように跳ね除けたイブリースは、右手になにかを掲げる。
俺たちも良く知る姿をしたそれは、大量の『悪魔の種子(デモンズシード)』だった。
「おい、おい、まさか……」
イブリースは悪魔の種子を全部頬張ると、噛み砕いて中身を飲み下す。
変化はすぐに起こった。
>「ぐ……、ぐォォォォ……!
おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」
のたうつ肉はより攻撃的に、破壊の意思を体現する姿へと変貌する。
一回りも二回りも肥大化した巨躯は、なんの冗談か、神の子のように月桂冠を戴いていた。
>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
エンデが珍しく、聞かれもしないのに解説した。
未実装のEXレイド級、その鏑矢となるべきだった存在。
ローウェルが引っ張り出した運営の死蔵品だ。
>「みんな! 散開!
一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」
「クソ……クソっ!」
続けざまに襲ってくる衝撃から思考が復帰するのを待たず、戦端は開かれた。
なゆたちゃんがポヨリンさんを伴い攻勢を仕掛けるが、スペル込みの一撃すらイブリースの通常攻撃と互角。
まともにダメージを通せない。
「魔法はこっちで防ぐ、近接で決めろ!『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』――プレイ!!」
魔法無効化の城壁を召喚し、押し寄せる魔力の波濤に備えるが――
イブリースが足を大きく振り上げて叩きつけると、それだけで破壊音が響き、バスティオンが崩れ落ちた。
「んな馬鹿な、ウルレア級のユニットだぞ……!?」
いくら無効化できるのは魔法だけとはいえ、バスティオンには鉄壁相応の耐久性がある。
スキルの一発くらいなら耐えられるはずだと見積もっていた。
だが現実は、奴の常軌を逸した震脚――スキルでもないただの挙動で、踏み壊された。
>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
驚愕を咀嚼する暇は与えられない。
イブリースが見たこともないモーションを取ると、星空を背景とした領域が展開。
おびただしい量の隕石が空から降ってくる。
-
「ガザーヴァ、こっちに来い!……マゴット!!」
『グフォォォォ!!』
マゴットが四本腕をフル稼働させて上空へラッシュを放ち、迫り来る隕石を片っ端から迎撃する。
数は多いがターゲットはランダム指定だ。直撃コースの隕石だけを取り除くことは難しくない。
俺はガザーヴァを抱えてマゴットの庇護下に入り、降り注ぐ流星群をやり過ごした。
束の間、ようやくこれまでに起こった様々な事態を噛み砕く余裕が出来た。
理解が追いつくにつれて、腹の奥底から沸き立つものを感じた。
イブリース。
それがお前の選択なんだな。
この結末が、お前の望んだことなんだな。
腹からせり上がって来たものが、口を経由せずに吐き出される。
負の感情は、闇属性の魔法に力を与える。
ぶち撒けるにはどうすれば良いか、考えずともわかった。
どんな術式で、どんな呪文を唱えればいいか、自然と身体が想いに答えた。
ジョンが飛びかかっていくその先には、イブリースの姿。
俺は腕を掲げ、堕ち切った宿敵へ向けて、五指をひらく。
指先に魔力を集中。
「『闇の波動(ダークネスウェーブ)』――」
ぶっつけの本番にしては、よく出来たと思う。
闇属性上位に属する漆黒の波動が、イブリースの顔面を直撃した。
「ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!」
メテオフォールの効果時間が終わったのか、あたりはもとの石造りの広間へと戻っている。
俺はマゴットの下から這い出て、立ち上がった。
「同胞の未来のためだ?眠てえこと抜かしてんじゃねえぞイブリースッ!!
ロイ・フリントから何も学ばなかったのか?ミズガルズにだって軍隊と兵器があんだぞ」
ニヴルヘイムの魔族は、別に無敵の超生命体なんかじゃない。
戦士に剣で頭を割られりゃ死ぬ。矢で心臓を貫かれても死ぬ。物理攻撃は、普通に効く。
もちろんヒトに比べりゃ遥かに強靭で頑丈ではあるが、それでも生き物の範疇だ。
アサルトライフルで鎧を撃ち抜けなくても対物ライフルはどうだ?ミサイルは?火炎放射器は?
……核爆弾は?
「剣と魔法の世界でお前らが無敵だとしても……ミズガルズは石油と半導体の世界だ。
生き物を殺す手段なんかゴマンとある。そいつを実現する兵站と戦略がある。
わかってんのかイブリース!お前はローウェルの甘言を鵜呑みにして、同胞を死地に送り出したんだ」
魔族が地球に侵攻したとして、地球の住民が無抵抗で蹂躙を受け入れるはずもない。
必ず軍隊が出動する。戦車も戦闘機も動員される。真ちゃんが見た一巡目の結末通りだ。
そして進退窮まれば街にだって核を落とす。
仮に魔族の防御魔法がどんな大火力も防げる超性能だとして。
毒ガスにも自慢の状態異常耐性で耐えられるとして。
毒とはまったく別の原理で生き物を殺す放射線もレジスト出来るのか?
ニヴルヘイムに存在しない未知の概念。
想定すらされていない脅威を未然に防ぐ手段なんかあるとは思えん。
どんな攻撃も問答無用でシャットアウトするような都合の良い加護は、それこそローウェルの領域だ。
そんなものが初めからあるなら、ローウェルにそれを配布する意思があるなら、戦争はここまで長引かなかった。
-
イブリースはニヴルヘイムの幸福のために行動している。それだけは確かなことだと思ってた。
だが実際はどうだ。一から十までローウェルの言う事にホイホイ従って、後戻りの出来ないところまで来てしまった。
挙げ句の果てには言葉の通じない化け物に堕ちて、同胞を導く使命とやらも、こんなにもあっさりと手放した。
「なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!」
地球に侵攻した魔族連中がどっか無人の砂漠地帯とかで大人しくしてるとかでもない限りは、
既に戦争は始まっちまってることだろう。
もしかしたら、もう、俺の家族は戦火に飲まれているかもしれない。
駄目だ。
怒りに染まるな。
キレりゃパワーアップするなんてご都合主義は存在しない。
冷静さを失えば今度こそ食われるぞ。
それでも。
「『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!」
ガザーヴァとマゴットが融合し、超レイド級へと変貌する。
「俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く」
前衛をガザーヴァ達に任せて、俺は『霊視』を発動した。
タマンで戦った時のように、イブリースの回りには怨霊が纏わり付いている。
密度はあの時の比じゃない。物理的な障壁と化している。
「タマンの時と同じだ。俺はあの怨霊を引っ剥がす」
ネクロマンサーの技術の本質は、『霊の観測』、そして『霊との対話』だ。
「亡者ども!アルフヘイムにしてやられた恨みで出来たカスの集合体が、なんで未だに成仏してねえんだ?
二世界の戦争はニヴルヘイムの勝利で終わったはずだろ。お前らがこの世にこびり付いてる理由なんかねえよな」
イブリースに言葉が届かなくても、周りにいる怨霊は俺の言葉を無視できない。
それがネクロマンサーの能力だからだ。
「お前らも分かってんだろ。アルフヘイムの軍勢は全部ローウェルが侵食で片付けてくれたからお前らの勝ちです。
何もかもがローウェルのお膳立てで、お前らは何も為せないままイブリースと消化試合です。
……こんなクソみてえな終わり方があるかよ。」
ローウェルは、ニヴルヘイムの亡霊が討ち果たすべき仇敵すらも、奪い去っていった。
後に残るのは、宙ぶらりんになった恨みだけ。何のためにこの世に残ったのかすら分からない。
「かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる」
【イブリースにキレる。ベル=ガザーヴァを召喚し、ジョンのサポートに回す
周りの怨霊を挑発しタゲをとる】
-
【マーシフル・キルムーブ(Ⅰ)】
『…あんまり決戦前にこんな事言いたくないんだが…いくらここがゲームの世界だからって自分をゲームの住人だと決め込んでる姿…僕は嫌いだ』
「……珍しいな。こういう話をする時、ジョンとは気が合う方だと思ってたけど」
意外そうな声色=自分とジョン・アデルの思考回路は、危機管理という観点において似通っていると思っていた。
実際、聖都への軟禁が発覚した時点でオデットが裏切ったと決めつけたのはこの二人だけだ。
最悪の事態を強く意識するその気性は、自分とジョンの共通点だと思っていた。
だからこそ、ジョンが何度も自分の話を遮ろうとした事はかなり意外だった。
正直、謎解きゲームの雰囲気を楽しんでいた節があった事は認める。
だが、あの矛盾が見過ごせないものだった事に変わりはない。
『僕はプレイヤーが操ってるゲーム世界でのエンバースが好きなわけじゃないんだ。今ここにいる君が好きなんだけどな…なんとなくでも意味伝わってればいいけど』
「そんな寂しい事言うなよ。俺は結構気に入ってるぜ。ゲームの世界の中にいる俺の事を」
それはさておき――エンバースは売り言葉には買い言葉を返すタイプだった。
ゲーマーの忌むべき習性か――こういう時に、白黒付けたくて堪らないのだ。
「そもそも、なんでそんなに突っかかって来るんだよ。そりゃ……探偵気分を楽しんでた事は認めるよ。
けど共有しとくべき話だったろ。それとも、もっともっと優しい言葉遣いをするべきだったか?
疑ってる訳じゃない。あくまで可能性の話だ。他にはなんて言ってやればよかったんだ?」
椅子から立ち上がる。
「もし仮にそうだとしても悪いのはローウェルなんだからね?気にしないでね?気を悪くしないでね?
はっ……言っちゃ悪いけど過保護すぎるぜ。皆より先にお歌を聞かせてもらったのがそんなに――」
不意にエンバースが硬直する/勢い任せにばら撒いた口撃の中に――もっともらしい可能性を見出してしまった為。
「……あー、えと……そう……なのか?じゃなくて……」
一転、口ごもるエンバース。そして――
「……いや、ちょっと……確かに俺が感じ悪かったかも……な。謝るよ、悪かった……」
未だ困惑が抜け切らないままそう零して、糸が切れたように席に着いた。
それから暫く、エンバースはどうにも気まずそうにしていた。
確かに考えてみれば、ただの仲間同士なら二人だけで歌のお披露目などしない。
実際には二人きりだった訳でも、そもそも現時点で二人が特別な関係にある訳でもないのだが。
とは言え――二人がそういう事なら、やっぱりジョンが絡んできたのはかなり私情が混じってるだろとか。
だけど、今からそれを言い出すのはなんか違うよなとか――益体のない思考が堂々巡りを繰り返している。
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【マーシフル・キルムーブ(Ⅱ)】
『刻限です。参りましょう』
オデットの呼びかけに、エンバースは気を取り直して立ち上がる。
『おいジョン、そろそろ行こうぜ――』
「あー……先に行っとこうぜ明神さん。そう急かさなくたって――」
『えっ?えっ?えっ?』
「……やめろよ、明神さん。そういうリアクション。何があったか気になっちゃうだろ」
そうは言ったものの、エンバースには他人の色恋に首を突っ込む趣味はない。
意図せず垣間見てしまった明神はともかく、意図的に覗き見るのも悪趣味だ。
「それにしても、ジョンとカザハが……そうか。それは……意外だったな……」
思わず独り言を零す――ジョンもカザハも、「そういう事」には無縁だと思っていた。
実際、そんなに的外れな印象でもなかった筈だ――少なくとも、つい最近までは。
ジョンはいつも自分の罪や、力や、変えられない性分に手一杯に見えた。
カザハだって――その振る舞いは属性由来の精霊そのものだった。
『こっ……困るよ急に……!』
聞き耳を立てたつもりはない――狼狽から来る声の上ずりが、カザハの声を聖堂の外にまで届けた。
エンバースは構わず歩き出した――盗み聞きや、後方腕組みおじさんになる趣味はない。
それに自分を踏み台にしたロマンスの行方を見守るなんてのも、少し癪だった。
「……精々しっかりやれよな。ジョン、カザハ。なんたってこの俺を噛ませ犬にしてくれたんだからな」
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【マーシフル・キルムーブ(Ⅲ)】
『……これは……』
『……もぬけの殻、だと』
「フラウ」
エンバースが頭上へ目配せ/フラウが全身を収縮/跳躍――数秒後に着地。
〈敵は見えません。こちらに匹敵するほどの軍勢を伏せられるような地形も〉
『オイオイ、どーゆーコトだよ?
せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?』
『逃げるったって……ここは連中の本拠地だぜ。どこに逃げる先があるってんだ。
魔族どころか魔物の一匹もいやしねえ。ここに住んでる連中全部を匿うスペースなんかあるかよ』
「……入れ違いで、ヤツらもどこかに攻め込んだのか?だが、だとしてもどこに……」
『……ビビッて逃げた……』
『………………そうかも』
『おぉーい!? マジか!?
クソッ、イブリースのヤツ! いくらボクたちが最強で自分たちに勝ち目がねーからって、
敵前逃亡するなんて見損なったぞ!』
「……なんにせよ、まずは先へ進もう」
『確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください』
一行はヴィゾフニールに乗り込む/ダークマターへ到達――そこにも敵影はない。
『ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い』
『ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ』
「なら……まずは謁見の間だ。正直、誘い込まれてる気がしないでもないが」
『……行こう。エンバース』
「ああ、どのみち行くしかない。傍を離れるなよ」
城内を進む一行/敵の気配は未だなし/そのまま謁見の間に辿り着く――巨大な扉を開き、玉座を見上げる。
『……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども』
「……座り心地はどうだ?その椅子。後で俺にも貸してくれよ」
イブリースがたった一人、異邦の魔物使いを見下ろしていた。
-
【マーシフル・キルムーブ(Ⅳ)】
『……イブリース。腰抜けの将軍サマが一人で何やってんだ?
他の軍勢はどうした。インフルエンザでも流行ってんのか』
『軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな』
『………………は?』
「……新天地、だと?おい、待て。まさか……」
『やっぱり……!』
『ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
でも、新天地なんて……そんなものどこに――』
「…………いや、新天地は……ある。だがお前、それは……」
『大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった』
『……なんてこと』
「……バカなヤツめ」
エンバースの呟き――心の底から思った事が、溢れて零れ出たような声。
『地球へ……帰らなきゃ……!』
『それを、オレが許すとでも思っているのか?』
『先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている』
「よせ、よせ、やめろ。粋がるな。俺をこれ以上イラつかせるな……俺は今、お前に心底うんざりしてるんだ――」
『よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!』
「――いっそ殺してやりたいくらいにな」
ダインスレイヴを抜く/左手に突き刺す――炎の刃と共に引き抜く。
『ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!』
ガザーヴァが突撃/エンバースが宙高く跳躍――稲妻の如く吼える魔剣。
上下同時の挟撃が――イブリースの全身から迸る瘴気のみで退けられた。
『あうッ!』
「……それで?ここに残って袋叩きにされて、その後は?お前の攻略法はもうとっくに確立されているんだぜ」
『オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!』
「……なるほど。とことん落ちぶれたな、イブリース」
イブリースが握り締めていた右手を開く/手のひらの上には、独りでに蠢くデモンズシード。
制止する間もなくイブリースはそれらを口内に放り込む/噛み砕く――音を立てて嚥下する。
-
【マーシフル・キルムーブ(Ⅴ)】
『ぐ……、ぐォォォォ……!
おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!』
イブリースの全身から瘴気が嵐の如く溢れる/全身が肥大化する――変化はそれだけに留まらない。
身に纏う甲冑さえより豪奢に分厚く変形していく――そして、最後にその頭上に漆黒の冠が出現。
「これは……進化してるのか?だが、一体何に……」
スマホゲーム内のイブリースには進化形態などなかった――この現象は、始原の草原の時とは訳が違う。
能力やスキル構成どころではなく――イブリースが、イブリースでない者に変貌しようとしているのだ。
『あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――』
『もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ』
「……そいつはすごいな。で、俺達が今そんな事を知りたがっているように見えるか?いいからさっさと――」
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!』
イブリースが業魔の剣を高く掲げ振り下ろす/吹き荒れる剣風――襲い来る瘴気の斬撃。
「――スキル構成とかさ!そういうのを教えろよ!」
エンバースが地を蹴る――魔物の脚力/遺灰の身軽さで謁見の間の天井へ。
ダインスレイヴを突き刺して体を固定=イブリースの狙いを分散する目的。
『ここじゃフィールドが狭すぎて、ミドガルズオルムを召喚できない……。
ポヨリン、お願い! 力を貸して!』
「……便乗するぞ、フラウ。バックスタブを狙いつつ、まずは行動パターン、スキル構成を暴く」
『いくよ、ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!』
『続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!』
「ここだ」
閃く魔剣/白の触腕――ポヨリンの突撃とまったく同時に放たれた剣閃。
『ヌゥンッ!!』
次の瞬間、炎刃が砕け散る/触腕が切断されて宙を舞う。
何が起きたのか、エンバースでさえ理解するのに一瞬の時間を要した。
ポヨリンを迎撃する為の斬撃、その過程の軌道でエンバース/フラウの攻撃が轢き潰されたのだ。
ただ振り被った剣を振り下ろすだけの/しかし只ならぬ膂力と戦闘勘が無ければ成し得ない通常攻撃だった。
「……クソ」
精彩を欠いた悪態を零すと、エンバースは魔剣を掲げる――周囲の瘴気を吸収/炎刃を増強。
ガザーヴァやポヨリンの仕掛けに合わせて何度も斬りかかる――だが届かない。
どれも迎撃の「ついで」に巻き込まれて、跳ね除けられてしまう。
無質量の魔力刃/伸長した触腕の刃は鋭く素早いが――軽すぎるのだ。
-
【マーシフル・キルムーブ(Ⅵ)】
『何か、戦況を打破する方法を考えないと……!』
『このままではジリ貧じゃ!
御子よ、何か逆転の策はないのか!?』
「逆転の策?そんなもの――」
『……ない』
「だろうな。いいから、泣き言をやめろ!弱点を探れ!有利な戦術を見つけろ!逆転はそこから始まる――」
「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
聞き慣れないスペルの詠唱/周囲の風景が星空へと塗り替わる――そして降り注ぐ流星群。
『エンバース!!』
「お呼びかマスター!」
跳躍/なゆたの傍へ――両手で少女を抱き上げ、疾駆/無数の隕石を尽く躱していく。
隕石落下の最中、イブリースは腕を掲げたまま動かない――回避中に追撃を受ける恐れはない。
であれば、隕石の起動を観察し、次の安全地帯を見抜く事は容易い――少なくともエンバースにとっては。
イブリースから距離を取る/魔剣で床を三度切り裂く/フラウがそこに触手を接着――持ち上げて即席の遮蔽と塹壕が完成。
「フラウ、今のスキルは狙い目だったかもな。次が来たらダインスレイヴを預ける。いい加減、一発イイのをくれて――」
『ジョン! イブリースに語りかけて!』
「……通じるのか?今のアイツに、俺達の言葉が」
『語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
伝わるはずなんだ、絶対に――!!』
「だと、いいけど……ジョン!ヤツの攻撃はまともに受けるなよ!牽制は俺に任せて――」
『ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!』
不意に謁見の間に響く怒号――明神の声。
『同胞の未来のためだ?眠てえこと抜かしてんじゃねえぞイブリースッ!!
ロイ・フリントから何も学ばなかったのか?ミズガルズにだって軍隊と兵器があんだぞ』
『なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!』
「……正直言って、返す言葉もないよ」
エンバースが深い溜息を零す/項垂れる/かぶりを振る。
「ああ、そうだ……全部お前のせいだぞ、イブリース。
この世界はゲームの中で、目の前には未実装のレイドボスがいて。
なのに……全然楽しめないじゃないか。お前が救いようのない馬鹿野郎なせいで」
思わず口をつく恨み言――明神の爆発に誘発されて、抑え切れなくなった言葉が零れる。
-
【マーシフル・キルムーブ(Ⅶ)】
「この世界がゲームだって事はもう知ってるだろ。サービス終了についても。
なら新作ゲームがリリース予定の事ももう知ってたか?ゲームサーバーの概念は?
終わる世界の中、どうして新天地ミズガルズを勝ち取ったヤツらだけが生き残れると思う?」
どうせ今のイブリースに言葉は通じない/それでも吐き捨てずにはいられない――そんな声色。
「俺には分かるぞ」
インベントリから魔法薬を取り出す――乱暴な手付きで胸へ突き刺す/突き刺す/突き刺す。
「次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ」
この世界はブレイブ&モンスターズだ――モンスターズ&ブレイブにはならなかった。
何故か――きっと、このゲームのクリエイター/プレイヤーがモンスターズではないからだ。
だから、もし次回作がリリースされたとしても――モンスターズは、モンスターズのままでしかない。
闇色の眼光がイブリースを突き刺す――そこに宿る感情は、深い深い哀れみだった。
「……【ムラサマ・レイルブレード】――プレイ」
スマホをタップ――近未来的造形の刀/鞘がエンバースの手中へと出現。
刀を鞘へ――鯉口に三つ設置されたインジケータランプが一つ緑に点灯。
「本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ」
それは本心からの言葉だった――今まで零れ出てきた言葉と同じ。
抑え切れない/吐き捨てずにはいられない、本心の発露。
故にその言葉は、エンバース自身の心を揺らす。
「……いや。そうか。その手があったか……」
瞬間、エンバースから漂う濃密な殺気――語りかけ、説得するには無縁無用の気配。
「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」
二つ目のインジケータランプが青く光る。
「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」
エンバースの口調=至って真剣。
「言っとくけどマジだぞ。おふざけなしで言ってる。俺はお前を囮に、本気でイブリースを殺しに行く。
上手くいけば、イブリースはお前に集中し切れない。俺達はお互いを囮に上手く戦える。オーライ?」
最後のインジケータランプが紅く灯る/瞬間、鞘から溢れ出す紅蓮の稲妻。
これがムラサマ・レイルブレードの固有スキル――納刀状態で待機する事で鞘が帯電。
帯電バフが最大の状態では、更に専用スキル【超電磁抜刀(フューチャー・オブ・ヒノデ)】が発動可能。
「この俺が本気で、殺す気で付きまとうんだ。「ついで」で防げると思うなよ」
イブリースは完全に正気を失っている――だが一方で戦闘における直感/合理性までは失っていない。
むしろその戦闘勘は野獣の如く研ぎ澄まされている――だからこそ察知せずを得ない。
エンバースから常に伸び来たる殺気が、常に己の右腕に絡み付いている事に。
「皇帝だろうとEXレイド級だろうと、ベースになっているのはイブリースだ」
滑るような足捌き――イブリースの右側へ回り込む/回り込み続ける。
「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」
-
覚悟を決め『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を介し、決戦のフィールドに到着した僕達。
そこで見たのは…知識が殆どなくても分かるほど普通ではない異様の穴のようなナニカが…開いた草原…そこに寂しくそびえ立つ城…それだけだ。
>「……これは……」
なゆから困惑の声が聞こえる。いや…なゆだけじゃない…この場にいる全員が動揺を隠せなかった。
これからイブリースの元にたどり着く為に血まみれの抗争が始まる…その覚悟を持って全員この場に来たのだから。
>「あれが……侵食……」
「カザハ!あまりに近寄るな。これが浸食か…何かのトラップなのか今の僕達には分からないから…念の為近寄るのはやめておこう」
とはいえ…なゆ達の話では兵の大群が陣取る為にラストポイントはここだけだったはず…。
城の中に入れば大群は逆に邪魔になり枷になる場合がある…となれば残る可能性は精鋭だけを城に残して…?
その場合は大勢の兵士達はどこに・・・?
>「やあ青年、カザハを捕まえてくれてありがとう。
私はいいマスターじゃなかったけど、君がそうじゃないのはその子(部長)を見れば分かる」
考え事をしているとふと背後から声を掛けられる
>「ぶっちゃけ私は非常に残念な体形の美少女じゃないかと思ってたんだけど動揺するから本人に言わないようにね。
あと私の見立てだとワンチャン進化する」
僕に一瞬の会話の隙も与えず早口であれこれ言ってくる。
「あの…」
>「嫌ああああああああ! ちょっと目を離した隙に絡まないで!!」
>「何か変なのに話しかけられた? 気のせいだよ。
それよりお願いがあるんだけど……部長さんをモフモフさせてもらってもいいかな……?」
どこからともかくすっ飛んできたカザハのスマホに勢いよく吸い込まれた自称マスターはなんかよくわからん挨拶を残して消えた。
誤魔化すようにカザハは部長をモフモフしてるし………ん〜…深く考えるのはやめよう。今は目の前の事に集中したいし。
>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」
>「……なんにせよ、まずは先へ進もう」
その後…僕達は何事にも妨害される事なく…本来の最終目的地であるダークマターへ到達するのだった。
-
>「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」
とうとう乗り込んでも尚…歓迎はない。
あるのは巨大な建造物に不吉に風が流れ込み…不気味な建物がさらに不気味になったという事実だけ…
「世界が壊れるほどの大決戦になる予定の大群が…誰にも悟られずに…行ける場所…」
僕は常に最悪のケースを考えるクセがある。これは今までの人生で全てに期待していなかった事…。
最悪よりもマシになれば嬉しいという…僕の捻り曲がった人生観で培われた物だが…。
最悪のシナリオを一個見つけてしまった…しかしそれは…
今は僕の人生で一番外れててほしいと思うほかなかった。エンバース当たりは既に感づいていそうだが…
>「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
>「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」
こうして…トラップオンリーの城内を抜け…辿り着くは玉座…。そこにやはりというか…外れてほしかった人物が…'一人で'佇んでいた。
>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」
「イブリース…?君は一人なのか?…君の仲間達を一切連れずに?…一人ぼっちで…?」
崩れ逝く世界。こんな幸せとは一切無縁になった…もはや廃城に近い場所で一人っきり…。
他の仲間達にはどう見えているか分からないが…イブリースの目から…表情から…佇まいから…前戦った時のような覇気を…野望を…誇りを…一切感じられなかった。
虚空…もうイブリースは僕達に対しても…自分のこれからの生についても…なんにももう感じていない…。
シェリーが死んだあの日…ナイフに反射して見えた僕の顔と同じ…全てを諦めた…絶望を前にそれを受け入れた…。
この世界に来る前の…なゆのPTに加わる前の僕に…そっくりだ。
>「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」
>「軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」
イブリースは似合わぬヘラヘラとした笑いで僕達を馬鹿にする。
>「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
でも、新天地なんて……そんなものどこに――」
>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」
「だから…?死ぬのか?こんな寂しい場所で…?一人ぼっちで…?」
>「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」
>「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」
>「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」
「やめろ…!やめろ!こんな事が最善手じゃないなんて…お前が分かってるはずだろ!?」
地球人は…戦争にルールを設ける事によって辛うじてバランスを保っていて…それは外の世界から見れば腑抜けた人種に見えるかもしれない…
しかし…外敵なら話は別だ…ルールが必要なく…地球人が本気で平気を開発し始めたら……最初は勝てても…
「地球人は…自分達の為なら…数百種類のもの生物を絶滅に追いやってきた…魔法こそないけれど…殺しの技術のエキスパートなんだぞ…!」
-
>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」
>「……なるほど。とことん落ちぶれたな、イブリース」
イブリースはずっと握っていた右手を開き…その手のひらから現れたなにかを口に入れた…。
永劫さえも手中に収めた『悪魔の種子(デモンズシード)』…それを大量に自分の口に…。
>「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」
「結局は…殺し合うしかないのか?」
>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
この正真正銘の化け物の正式名称なんて知りたくない。
いや…その他詳細の情報すらも…知りたくない…。
>「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」
どうせ元に戻す方法は分からないとか言うんだろ…!なら聞きたくない!
>「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」
ゴウッ!!!
「くっ!…部長!」
無差別な…瘴気による無差別範囲攻撃…。僕は部長抱えて回避行動で精一杯いっぱい…!
攻撃に転じようとすると即座に出だしをつぶされ…実質的になにもできないようにコントロールされ…
>「続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!」
>「ここだ」
なゆとエンバースのコンビネーション攻撃もいとも簡単にいなされる始末!
理性を犠牲に…スピード…パワー…体格以上に大幅にパワーアップしている…!
>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
イブリースが聞きなれない呪文名を叫んだ途端…背景が…いや…視界が星空に染まる…。
僕の本能が危険信号を大量に出していたが…僕と部長ではこれを返す手段が…ない。
-
《乗って下さい!》
僕のピンチにカザハが駆けつけ隕石の雨からなんとか逃れたものの…逆転の一手は以前見えなかった。
…僕には…今のイブリースを止める手段は思つかなかった…もちろん殺し合いという意味でなら全員で団結すればできるのだろう…。
でも…今の僕にはイブリースが…未来の自分に重なって見えてしかたなかった。
人殺しの罪人の成れの果て…どれだけ幸せを願おうとも…結局幸せは訪れず…絶望の中一人寂しく…救われず死んでいく。
>「ジョン! イブリースに語りかけて!」
なゆの言葉すら届かないほど…不安で押しつぶされそうな僕の事を察したのか…カザハが僕の後ろに立って背中と両手と額を軽く当て
>「キミが主役だよ。頑張って。キミは一人じゃない。決して一人にはしないから。
――エコーズオブワーズ」
バフと…言葉が体に…心に掛かる一瞬…今までの出来事が…僕の頭を横切っていった。
暴走してみんなに迷惑をかけた事。それでもみんなは笑ってもう一度向かい入れてくれたこと…
ロイが死んだあと…時を遡る手法の話を聞いて…一度裏切りを決心したが…結局実行に移せなかった…事。
>「お願いがあるんだ……。
キミには立派なパートナーがいるのは分かってるけど、ぼくのこともキミのパートナーだと思ってくれたら嬉しいな。
守られてるだけは嫌だ。ぼくにもキミを守らせてほしいよ。
隣に並び立つのは無理でも、少しだけ後ろでいつも見てるよ。
突き進む時には、背中を押すよ。倒れそうな時には、そっと支えるよ。
行っちゃいけない時には、飛びついてでも止めるよ。
だから安心して。これからいつもいつだって、この風精王の加護がキミと共にある――」
みんなを一度明確に裏切ってしまった僕をパートナーと呼んでくれる人がいる事・・・。
どれか一つでも…みんながいなかったら…間違いなく僕は…今のイブリースと同じ立場にいたのだろう…。
でも僕は今ここに立っている…仲間と一緒に…未来を迎える為に…。
>「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」
今の僕はが…本当にするべき事は嘆く事でも…後悔する事でもない…!
「ありがとう…カザハ」
もう一度膝をついてカザハの手を軽く握り…軽く手の甲にキスをした
「いってくるね」
-
>「本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ」
今まで感じた事ない…殺意を剥き出しにしてイブリースと対面するエンバースを見る
地球が大変な事なってる以上…明神もエンバースも…そしてなゆも手加減してる余裕などない…
そしてその中でもエンバースは…恐らくチャンスがあれば間違いなくイブリースの命を奪うだろう…。
止める事など出来はしない…だが…エンバースに可能性を見せつけて気を変えてもらうまでの話だ。
>「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」
>「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」
僕にさえ殺気を隠そうともしない…本気なのがひしひしと伝わってくる。
>「言っとくけどマジだぞ。おふざけなしで言ってる。俺はお前を囮に、本気でイブリースを殺しに行く。
上手くいけば、イブリースはお前に集中し切れない。俺達はお互いを囮に上手く戦える。オーライ?」
「そんな殺気垂れ流しで言われたら信じるしかないだろうな…だが先制は譲ってもらうぞ。いいな?」
>「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」
イブリースの弱点であるパリィを狙うエンバースを追い抜き…エンバースより更にイブリースに近づく。
手を伸ばせば届く距離まで接近し…イブリースを見上げる…デモンズシードでより巨大化したために…見上げなければ顔すら見えない。
「君は否定するかもしれないけど…君と僕と一緒なんだ…ただ君にはみんなが…腹を割って話せる仲間がいなかっただけで…。
なゆ達がいなければ…僕は間違いなくそっち側だった…いや…今でも僕はそっち側なのかもしれない…
もしシェリーとロイを天秤に出されたら…その時どう思うか…僕にもわからないから…」
もし目の前にシェリーやロイを蘇らせる手段があったら…その時僕は…どんな選択をするのだろうか
なゆ達の事だ…きっとなにをしても…僕の事を許してくれるのだろう…でもそれは…甘えにすぎない…。
過去ではなく…今を生きなきゃ…自分の選択を恥じない為に…選択をもう一度させてくれた仲間達の為に。
>「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
イブリースが理性を失った叫び声をあげる。
僕の声がどこまで届いているのだろうか?そんなの関係ない…届くまで…。
「イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…」
ブオン!
イブリースは巨大な魔剣を大きく振り上げ…僕に目掛けて振り下ろす。
ズドオオオオオオン!
僕はそれを…永劫の祝福を受けた右腕で受け止めた。
「僕はそんなの事絶対に認められない…!みんなから受けたこの暖かさと…優しさの全てを賭けても…!君に罪を償わせてみせる…!正しい形で…!」
ぼたぼたと受け止めた右手から大量の血が滴り落ちる。指は曲がり、腕全体は少し曲がってはいるが…
永劫の再生能力と頑丈な腕さえ完全にはイブリースの攻撃を完全に受ける事はできなかった…だが関係ない。戦えるなら…!
「イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない」
イブリースの巨大な剣を右腕一本で弾き返す…そしてパーカーの袖口をまくり失った代わりに永劫の祝福を受け真っ青になった右手を掲げる。
もう既に永劫の力によってあり得ない方向に曲がっていた指や傷は塞がっていた…右腕限定だが…まさに永劫の名に恥じないチートっぷりである
「そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから」
僕は最初に掛けてもらった瘴気を防ぐ為のバリアをスマホを操作し、解除する。そして一撃受け止めただけで悲鳴を上げる全身に力を籠める。
なゆ達と出会えた以上の幸せが僕にあるとは思えない…きっとこの旅が終わった後僕には…現実を直視する事になるだろう…でもそれでいい…みんなが暖かさをくれたから
最後の幸せを願って辛くても前に進み続ける…それが人殺しのできる唯一の事…だから僕は諦めない。
シェリーとロイの分…必ず生きてみせるぞ
「まずは一発!!」
ドゴオオオオオン!
僕は跳躍し…イブリースの顔面を思いっきり右腕で殴りつけ…王座に吹っ飛ばした。
「勝てんぜ、お前は」
部長を抱きかかえる。そしてカザハを見る。僕に覚悟を…力ではない…心の強さを…明るい未来への希望をくれた。
こんなに支えられていて…一人ぼっちで全てを諦めたイブリース…お前に負ける通りはない。
「僕には最高のパートナーがいるからな」
-
理性を捨て去り、文字通りの怪物――EXレイド級モンスター、兇魔皇帝イブリース・シンに進化したイブリースが、
虚空から隕石の雨を降らせる。
灼熱に燃え盛る隕石本体は勿論、落下した爆発にも判定がある、広範囲極大殲滅魔法だ。
一撃でも貰えば死、そんな流星雨を『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はそれぞれの方法で掻い潜ってゆく。
>エンバース!!
>お呼びかマスター!
ポヨリンを胸に抱いたなゆたをエンバースが抱き上げ、隕石の軌道を冷静に把握してその隙間を縫う。
>乗って下さい!
カザハはジョンと共にカケルに跨り、暗い星空へ変わった空間を翔けて何とか隕石をやり過ごす。
>ガザーヴァ、こっちに来い!……マゴット!!
>グフォォォォ!!
明神は体重の軽いガザーヴァを抱え、マゴットに指示を出して自らに降り注ぐ隕石を叩き落す。
継承者たちも障壁を張ったり虚構魔法で自らを霧に変えたりして、やっとの思いでイブリースの無差別魔法に抗っている。
やがて隕石の雨は終息し、周囲は星空から元の大広間へと戻ったが、事態は何ひとつ好転していない。
と、不意にイブリースへ向かって飛ぶ闇の閃光。
ガガァンッ!!
『闇の閃光(ダークネスウェーブ)』――ベルゼブブの得意技にして、闇属性上級魔法。
最初はマゴットが撃ったのかと思ったが、違う。その攻撃は驚くべきことに、明神が放ったものだった。
以前は闇魔法初級の影縛りだけで息切れしていた者が、まさかこんな短期間でレイド級の用いる上位魔法をマスターするなど、
明神の成長速度に瞠目せずにはいられない。
が、そんな『闇の閃光(ダークネスウェーブ)』も今のイブリースには些かの痛痒もないらしい。
顔面から細い煙をあげながらもその皮膚には火傷ひとつなく、炯々と輝く三つの眼を明神へと向ける。
尤も、明神としてもこれでイブリースを仕留められるとは最初から思ってもいないだろう。
>ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!
明神が叫ぶ。
>剣と魔法の世界でお前らが無敵だとしても……ミズガルズは石油と半導体の世界だ。
生き物を殺す手段なんかゴマンとある。そいつを実現する兵站と戦略がある。
わかってんのかイブリース!お前はローウェルの甘言を鵜呑みにして、同胞を死地に送り出したんだ
明神は捲し立てたが、ファンタジー世界の住人に石油だ半導体だと言ったところで通じる訳がない。
だいいち、今のイブリースは正気を完全に欠いている。
>なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!
>……正直言って、返す言葉もないよ
「…………」
なゆたはきゅ、と唇を噛み締めた。その気持ちはエンバースと同じだ。
イブリースはついに禁忌を犯してしまった。大賢者の甘言に惑わされ、最終戦争の引き金を引いてしまった。
このままでは、明神の言う通り大切な人々がみな死んでしまう。
なゆたの父親も、赤城家の住人も。学校のクラスメイト達もみんな――。
>『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!
明神が切り札を切る。
マゴットの姿が崩れてデスフライの群れへと変わり、明神の隣に立つガザーヴァへ纏わりついてゆく。
その姿が巨大な蝿球に覆われる。
>俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く
断固たる決意だ。明神の指令と共に、蝿球が徐々に薄れてゆく。
全身を覆う漆黒の甲冑から一転、露出の激しいビキニスタイルの幻蝿戦姫に変貌を遂げたガザーヴァは、
愛しい主人の命令を耳にすると嬉しそうに双眸を細め、
「――イエス。マスター」
そう言って、左手の親指をぺろりと舐めた。
-
>この世界がゲームだって事はもう知ってるだろ。サービス終了についても。
なら新作ゲームがリリース予定の事ももう知ってたか?ゲームサーバーの概念は?
終わる世界の中、どうして新天地ミズガルズを勝ち取ったヤツらだけが生き残れると思う?
次のイブリースの攻撃に備えて身構えるなゆたの横で、エンバースが口を開く。
>俺には分かるぞ
>次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ
言いながら、魔法薬のアンプルを己の胸に突き刺す。それも一本や二本ではなく、
矢継ぎ早に尋常でない量の魔法薬を自らに投与し、ドーピングを図ってゆく。
>……【ムラサマ・レイルブレード】――プレイ
中世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジー世界にはそぐわない、未来的な造型の刀剣がエンバースの手許に現れる。
ヒノデへ一緒にデートに行った際、エンバースが手に入れた武器だ。
>本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ
起動し、帯電する刀を携えながら、今度はジョンへ提案する。
>なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か
>それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か
「エンバース……」
なゆたは目を瞬かせた。
イブリースのことは殺さない、と決めたのだ。その選択が結果的に最終戦争を招くことになってしまったが、
それでもなゆたは今なおイブリースを殺してはならないと考えている。
最初は殺すつもりはなかったけれど風向きが怪しくなってきた、自分の意図する結果にならなかったから、
やっぱり殺すことにしました――では、余りに信念がなさすぎる。
信念を貫き通したお陰でみんな死にました、ではそれこそ話にならないが、しかし。
最後の最後まで、なゆたはイブリースの改心に賭けたかった。ジョンが心を通じ合わせ、
イブリースの頑なな心を開いてくれることに期待した。
それはなゆた自身の望みであると同時に、かつてのイブリースの朋輩であり主君であったシャーロットの願いでもあるのだ。
一方で長い付き合いの中で培った信頼の許、なゆたはエンバースの心の裡を推し量る。
未知のEXレイド級、ニヴルヘイムの首魁たる兇魔皇帝イブリース・シンとの戦闘において、
手心など加えられる訳がない。殺したくないから〜とかできるだけ生かして〜などという甘っちょろいことを言っていては、
あべこべに此方が殺されることになるだろう。
全力で相手をするというのは、当たり前の前提だった。
>この俺が本気で、殺す気で付きまとうんだ。「ついで」で防げると思うなよ
>皇帝だろうとEXレイド級だろうと、ベースになっているのはイブリースだ
>さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ
エンバースがイブリースの右側に位置取りする。
なゆたもそれに倣った。この戦い、あくまで主役はジョンである。
自分たちはイブリースの十重二十重の攻撃手段と防御障壁をすべて取り払い、ジョンに道を拓くのが役目だ。
確かに、どれだけパワーアップしようと新しいスキルを身につけようと、兇魔皇帝のベースがイブリースなのは変わらない。
だとすれば、パリィされると大きくひるむという以前のイブリース戦で培った経験も生かせるはずだ。
「……エンバース。あなたの気持ちは分かってるつもりだけど、それでも『ぶっ殺す』っていう言葉は苦手だわ」
スマホを握り締めながら、すぐ傍らのエンバースへ軽く咎めるように言う。
といって、その意思を否定するつもりは毛頭ない。なゆたは彼の横顔をちらりと見た。
「甘っちょろい考えだっていうのは自覚してる。殺す気でかからなきゃ、こっちがやられるってことも。
けど、やっぱり『殺す』は言いたくないから――」
じゃきん! と右手に持ったスマホを顔の前に翳して構える。
ポヨリンが気合充分とばかり、ぽよんぽよんと跳ねる。
「……絶対に……『勝つ』!」
断固とした決意と共に、なゆたは新たなスペルカードをタップした。
-
「『開けゴマ(イフタフ・ヤー・シムシム)』!!」
身軽に跳躍したガザーヴァが左手を高々と掲げ、パチンとフィンガースナップを鳴らす。
と同時、イブリースの身を淡紅色の魔力が包み込む。
『開けゴマ(イフタフ・ヤー・シムシム)』。
『人の不孝は蜜の味(シャーデンフロイデ)』と同じくガザーヴァが幻魔将軍時代から得意としている、
対象に掛かっているありとあらゆるバフをすべて無効化してしまう固有スキルである。
スキルは一瞬効果を発揮したように見えたが、すぐに効力を失い光もまた消えてしまう。
「ッちぃぃ〜、永続バフか!
今のまんまじゃボクの『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』も効き目ないな……!」
>タマンの時と同じだ。俺はあの怨霊を引っ剥がす
舌打ちするガザーヴァに対し、明神が冷静に相手を分析する。
その巨体に纏わりつく視認できるほど濃厚な怨霊の群れは、イブリースの防御の要だ。
怨霊たちがイブリースに常に強力なバフを掛け続けているお陰で、いくらガザーヴァがそれを引き剥がしたとしても、
またすぐにバフが掛かってしまうのだ。
であるのなら、怨霊たちを無効化してしまえばいい。
かつてタマン湿性地帯で戦ったときと同じく、明神がネクロマンサーの技能を駆使して怨霊に対処する。
>亡者ども!アルフヘイムにしてやられた恨みで出来たカスの集合体が、なんで未だに成仏してねえんだ?
二世界の戦争はニヴルヘイムの勝利で終わったはずだろ。お前らがこの世にこびり付いてる理由なんかねえよな
>お前らも分かってんだろ。アルフヘイムの軍勢は全部ローウェルが侵食で片付けてくれたからお前らの勝ちです。
何もかもがローウェルのお膳立てで、お前らは何も為せないままイブリースと消化試合です。
……こんなクソみてえな終わり方があるかよ。
>かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる
明神の言葉に反応し、夥しい数の怨霊がイブリースから剥離したかと思うと、一気に襲い掛かってくる。
濃紫色の瘴気に包まれた無数の髑髏があぎとを開き、悍ましい呪詛を吐き散らしながら迫る。
そのひとつひとつを、ガザーヴァが魔法と暗月の槍ムーンブルクを駆使して撃破してゆく。
「そう、マスターを殺せりゃテメーらの勝ちだ!
でもなァ……そう簡単にうまく行くなんて思うなよ! なぜなら――
マスターの命は! この最強モンスター、ベル=ガザーヴァさまが護ってンだからなァ!」
右手に騎兵槍を持ち、左手で『闇撃驟雨(ダークネス・クラスター)』の盲撃ちをしつつ、ガザーヴァが嗤う。
明神が心置きなく怨霊たちを煽れるように。思う侭の行動がとれるように、鉄壁の防御でマスターを護る。
「――来い、『聖蝿騎兵(フライリッター)』!!」
ガザーヴァの周辺を飛び回るデスフライの群れが、本体の命令に従い何かの形を取ってゆく。
それは、馬甲冑を着込んだ騎馬に跨った騎士。ただし騎士、騎馬ともにその頭部はマゴットとよく似た蝿の形をしている。
長大なハルバードを構えたそれが、四騎。
デスフライたちが形を成した騎兵たちが嘶きをあげて怨霊たちに突進し、蹂躙を開始する。
自らの分身である蝿たちを自由自在に操る超レイド級モンスター、ベルゼビュートのユニークスキルのひとつだ。
更にガザーヴァは左手を自分たちのいるフィールドを闇属性の『地獄』へと変質させる。
風景が大広間からニヴルヘイムよりも一層荒涼とした世界に一転する。
「まだまだ行くぞォ!
蒸発しろ! 『獄嵐極熱焦(インフェルノ・スチーム)』!!」
剥き出しの岩場から高熱の蒸気が噴き出し、範囲攻撃となって怨霊たちを呻き声を出すいとまも与えず蒸発させる。
亡者の皮膚を焼き喉を爛れさせ、永劫の苦痛に苛むという地獄の熱気の再現だ。
神を彷彿とさせる超レイド級の恐るべき力で、ガザーヴァはイブリースの怨霊たちを平らげてゆく。
しかし、それでも怨霊たちは一向に減少する気配を見せない。まるで無尽蔵のようにイブリースの身から湧き出しては、
断末魔めいた悲鳴を上げて襲い掛かってくる。
むろん、生身の人間である明神は一度でもその攻撃を喰らえばアウトだ。
また、仮に直接攻撃を被弾しなくとも、亡者たちの怨嗟の声は明神の精神と正気とを徐々に蝕んでゆくことだろう。
それだけは魔法やスペルカードで防御することはできない。今までの冒険で成長した明神の心の強さが持ち堪えるか、
亡者たちのアルフヘイムへの怨念が勝つか、小細工なしのガチンコ勝負だ。
「明神」
すい、と宙に浮かぶガザーヴァが明神の隣へやってくる。
「……あいつらは救われたがってる。安息を求めてる。誰だって恨みのために戦いたくなんてねーんだ。
イブリースに取り憑いたあいつらがボクたちに攻撃してくるのは、“それしか知らないから”だ。
あいつらもバカのイブリースと同じように、ボクたちを殺しゃ救われるってクソジジーに吹き込まれたんだろうよ。
んなら……後は簡単だよな?」
怨霊たちが殺戮以外に安らぎを得る手段を持ち合わせていないというのなら、殺戮以外の救済方法を教えてやればいい。
そして、それが出来るのはこのフィールドにいる者たちの中で、死者と真正面から対峙することのできる明神だけだ。
ガンダラのバルログに始まり、ガザーヴァやオデットなど、明神は今までたくさんの本来倒すべき敵を懐柔し、
自らの仲間にしてきた。それはまさしく敵を自身の戦力に変換する『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の真骨頂であろう。
超一流のネクロマンサーは死者を従属させるだけに留まらず、『死者の方から望んで協力を申し出る』という。
明神がその一握りの超一流になれるか、それとも一山いくらの凡庸な死霊使いで終わるか――
ここがその分水嶺であった。
-
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」
カハァァ……と耳まで裂けた口から瘴気を吐き出し、怪物と化したイブリースが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を呼ぶ。
無限の怨嗟。無限の憎悪。無限の憤怒――
理性が消し飛ぶほどのそれら負の感情にすべてを塗り潰してしまったイブリースに、生半可な攻撃は通じない。
エンバースが巧みな剣技でパリィを誘うが、イブリースはなかなか乗ってこなかった。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側がイブリースの特性をよく理解しているように、
イブリースもまたタマン湿性地帯の戦いで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦術を把握している。
執拗に纏わりついてくるエンバースを振り払うように、『暗撃琉破(ダークネス・ストリーム)』を放つ。
かと思えば額の第三の眼を輝かせ、エンバースめがけて空から闇の雷撃を落とす。
雷撃は自動追尾でエンバースを執拗に狙い、一発浴びれば雷属性ダメージの他、ATBゲージを半分持っていく。
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」
エンバースを牽制すると、今度は大きく背を仰け反らせ、次の瞬間勢いをつけて紅蓮の炎を吐き出す。
バオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
『大破壊の焔(カタストロフ・ブレイズ)』。
イブリースの前方、広範囲のフィールドを炎で埋め尽くす範囲攻撃だ。防具のアーマー値で効果を減退させることはできず、
水属性か聖属性の魔法でダメージ緩和を狙うしかない。
「ポヨリン! 『水護幕(ハイドロスクリーン)』!」
『ぽよよっ!』
なゆたが鋭く指示を飛ばし、ポヨリンが高速回転を始める。
ポヨリンの足許の地面から噴水のように大量の水が溢れ出し、水属性の障壁を形作る。
「みんな、大丈夫!? ダメージを負った人は申告して! すぐに癒します……!」
「スペルカードは出し惜しみしないで、どんどん使って頂戴!
『多算勝(コマンド・リピート)』で再度使用可能に出来るから!」
なゆたの『水護幕(ハイドロスクリーン)』でも防ぎきれない熱波を、
聖属性の『聖なる護り(ホーリー・プロテクション)』でさらに減少させながら、アシュトラーセが注意を促す。
ウィズリィも傍らにブックを従え、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の援護に徹している。
「戦えば戦うほど、規格外のバケモノじゃな!
ニヴルヘイムの首魁という二つ名は伊達ではない、ということか……!」
煙管を吸う暇もないと愚痴りつつ、エカテリーナが呻くように言う。
そんな言葉を聞き、イブリースは裂けた口角に禍々しい笑みを浮かべると、
「オレが……バケモノ……?
違う……オレは……悪魔だ――――!!」
と言って哄笑した。
そんなイブリースへ、ジョンが無造作に近付いてゆく。
>イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…
誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…
ジョンの語りかけに、イブリースは魔剣の一撃を以て応える。
が、ジョンは驚くべきことにイブリースの振り下ろしを右腕一本で受け止めてみせた。
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ……」
>イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…
だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない
受け止めたからと言って、むろん無傷という訳ではない。
ジョンの右腕は衝撃で滅茶苦茶に壊れ、白い骨が皮膚を突き破って覗いている。
しかし、その右腕は自ら切断して以来、『永劫の』オデットの力を取り込んだ不死の肉体。
急速に破壊が、断裂が元の姿に復元されてゆく。
>そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから
ジョンはそう言うと、何を思ったか自らに掛けられているバフを自分で解除してしまった。
既にフィールド全体にはイブリースの瘴気が隅々まで行き渡ってしまっている。瘴気は肺腑を冒し、骨肉を蝕み、
やがて精神までも侵食してゆくことだろう。
だが。
>まずは一発!!
心身を蝕む瘴気も、ジョンの決意までを糜爛させることはできない。
「ゴォッ……!!?」
耳を劈く炸裂音と共に、ジョン渾身の右拳がイブリースの左頬に突き刺さる。
五メートルもの巨体であるにも拘らず、イブリースはその威力に吹き飛ばされ、玉座に激突して盛大な煙を上げた。
>勝てんぜ、お前は
>僕には最高のパートナーがいるからな
ジョンが部長を抱きかかえる。部長は主人の想いに応えるように甲高く鳴いた。
-
濛々と立ち込める煙が、徐々に晴れていく。
ガシャ……と甲冑の音を響かせ、中からイブリースが姿を現す。
ジョンの鉄拳は狙い過たずイブリースの右頬を捕らえていたが、ダメージがあるようには見えない。
やはり怨霊たちの齎す極大のバフを剥がさない限り、イブリースに直接ダメージを与えることは困難なのだろう。
>マホたん、力を貸して――
カザハが歌を歌い始める。地球で放映されていたブレモンのアニメ『デュエルメモリーズ』のOPテーマ、『Blaver!!』。
アニメの出来自体は微妙という評価であったが、それでもテーマソングは名曲との呼び名が高く、
本編を知らない人間でも歌は知っているというヒット曲だ。
フィールドにいる味方全員の物理、魔法双方の攻撃力が大幅に強化され、頭上に『↑ATK/MTK』のアイコンが付く。
「――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ!!!」
果敢に攻撃を繰り返すエンバースやなゆたを無視し、イブリースはジョンだけを狙って突進する。
「みんな、ジョンさんを援護や!
いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!」
イシュタルの双眸が輝き、地面からばばばばんっ!! と、イシュタルをもっとシンプルにしたような案山子が無数に現れる。
その総数は五十体以上。フィールド全体に所狭しと案山子が突き立っている状態だ。
案山子はそれ自体が攻撃を直接食い止める障壁の役目を果たし、陰に隠れれば敵の攻撃から守ってくれるほか、
パーティーの誰かが死亡するほどのダメージを負った場合、自動で身代わりとして爆散する機能も有している。
イシュタルのこのスキルが発動中、つまり案山子が残っているうちは、パーティーは全滅しないという訳だ――が。
「ッガアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
バギバギバギィッ!!
イブリースが尻尾を大きく鞭のように振るい、案山子へと叩きつける。
本体と比べてもそう遜色がない耐久力を誇るはずの案山子が、まるで苧殻のように吹き飛ばされ、圧し折られる。
みのりは悲鳴をあげた。
「こらあかん! なんぼも持たへんで!」
「好き勝手はさせぬ!」
エカテリーナが素早く虚空に呪印を描く。と、イブリースの周囲に蒼く輝く四つの魔法陣が出現し、
其処から魔力の鎖が飛び出して四肢に絡みついた。
「エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!」
イブリースが束の間歩みを止めた間隙を縫い、スマホをタップしながらなゆたが鋭く叫ぶ。
ポヨリンがいったん大きく後退したかと思えば、何を思ったか今度はフラウへと全速力で突進してゆく。
かつてジョンがブラッドラストの力に呑み込まれたとき、なゆたは部長とアブホースのコンビネーション技を即興で考案した。
それを、今度はポヨリンとフラウでやろうとしている。
百戦錬磨のエンバースとフラウなら、きっとその意も瞬時に汲み取れるに違いない。
スペルカード『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』によって硬質化したポヨリンが、
ずどんっ!! とフラウの胴体に突き刺さる。
フラウの伸縮自在の肉体が、スリングショットの役割を担う。大きく伸長したかと思うと、
ポヨリンはフラウの反発によって突進時の数倍のスピードで跳ね返り、イブリースめがけて飛んでいった。
「真! ポヨリン砲弾ッ!!」
単体の頭突きでは、イブリースにダメージを与えることはできない。
しかし、コンビネーション技ならどうか?
ドゴォォォォッ!!!
先ほどのマグナム弾とは比較にならない、文字通り砲弾と化したポヨリンが身動きの取れないイブリースの胸板を直撃する。
ギリ、と歯を食い縛り、イブリースが僅かに苦悶の表情を見せる。そのぶ厚い装甲の一部にヒビが入る。
やった、となゆたは快哉を叫ぼうとした――けれど。
「オオォ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
イブリースはぐっと身を低く腰だめの姿勢になったかと思うと、次の瞬間には全身から爆発的に瘴気を噴き出して、
瞬く間に鎖を破壊しなゆたとエンバースの合体技までも弾き飛ばしてしまった。
「ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?」
「なんてこと、これも効き目がないなんて……!」
「―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」
大気を震わせる咆哮をあげ、業魔の剣を投げ捨てたイブリースは一気にジョンへと襲い掛かった。
-
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」
イブリースの周囲で怨霊たちが荒れ狂い、瘴気が空間を糜爛させてゆく。
大きく上体を捻ったイブリースの振りかぶった右の巨拳が、先刻のお返しとばかりにジョンの胴体に炸裂する。
ぱぁんッ! と派手な音を立て、戦場に突き立つ案山子のひとつが跡形もなく爆ぜた。
その一撃だけで致死量のダメージだったということの証左だ。
しかし、それだけでは終わらない。さらにイブリースは突進しながらジョンへ暴風のような拳の連撃を叩き込んだ。
それはもう、オデットの加護を受けた右腕だけでは防ぎきれない。
一撃一撃がミサイルの爆撃にも等しい、EXレイド級の本気の攻撃がジョンの全身を穿つ。
フィールドに整然と佇立している案山子の群れが、ぱぱぱぱぱんッ!! と雪崩を打って破裂してゆく。
「ッゴオオオオオオオオオオッ!!!!!」
拳の乱打から、そのままジョンの頭を右手で鷲掴みにしたかと思うと、突進の勢いのまま壁にジョンの全身を叩きつける。
メギッ!!!
ジョンの身体を中心に、まるでクレーターのように放射状に壁が凹み、亀裂が入る。
ぱぁん! と大きな音を立て、みのりが『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』で生成した案山子の最後の一体が爆ぜた。
そして。
「……死ね……!!!」
キュィィン――とジョンの頭を鷲掴みしたままのイブリースの右手に、闇色の魔力が宿る。
そして、発射。兇魔将軍時とは比べ物にならない威力の『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』の零距離射撃。
ギュバッ!!!!
ついに魔城の壁が崩壊し、ガラガラと崩落する。
イブリースはジョンの身体を襤褸屑のように打ち捨てた。そして一旦は放棄した業魔の剣を呼び戻し、
再度その手に掴む。
兇魔皇帝イブリース・シンの必殺連携『巨神闘争(ティタノマキア)』。
己の纏う無限の憤怒、無尽の怨嗟を暴風のような拳の乱打と共に叩き込み、手近な壁面に叩きつけた上、
零距離から『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』を見舞うという、必中決殺の新スキルだ。
その特性は回避不能、防御無視、光属性の相手にはダメージ2.5倍といったものだが、
どれも些末なことであろう。ともかく『喰らえば死ぬ』、文字通りの必殺技である。
「ジョン!!」
なゆたが叫ぶ。
いくらジョンがブラッドラストを持ち、オデットの加護を得た右手を有しているからといっても、
大ダメージは免れまい。
「何しとるんや『禁書』の、はよ回復や!」
「やってる! これが精一杯よ!」
みのりがジョンへ『高回復(ハイヒーリング)』のスペルカードを切り、
アシュトラーセが『聖なる癒し(ホーリー・リバイブ)』の魔法を唱える。
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……。
…………『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ―――――――――――ッ!!!!!」
ギュオッ!!
イブリースが咆哮をあげると、またしても全身から夥しい量の瘴気が火柱のように噴き上がる。
瘴気は嵐となって大広間を荒れ狂い、颶風が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』や継承者たちの全身を強かに打ち据える。
兇魔皇帝となったイブリースの発するあまりの濃さの瘴気に暗黒魔城ダークマターが振動し、天井から粉塵が舞い落ちる。
まさに規格外。EX級の名に相応しいモンスターへと変貌を遂げたイブリースに、誰も有効打を与えることが出来ない。
しかし――
「みんな、見て!」
それまでになかったイブリースの明らかな変貌に気付き、なゆたが指をさす。
イブリースの炯々と輝く三ツの眼から、血が溢れている。
真っ赤な血は頬を伝い、顎から滴って点々と零れ落ちる。
「……イブリースが……泣いてる……」
血涙を流し、大気を震撼させる吼え声をあげるイブリース。
その声はどこか、哀惜の慟哭に似ていた。
-
「なんだと? もう一度言ってみろ、ミハエル・シュヴァルツァー」
今から数時間前、暗黒魔城ダークマターの大広間でミハエル・シュヴァルツァーの発した言葉に、
イブリースは耳を疑った。
「聞こえなかったのかい? イブリース。
“君はここに残れ”――と、そう言ったのさ」
全身から怒気を溢れさせるイブリースを前にしてもまるで平然としたまま、ミハエルが薄く微笑しながら応える。
アルメリアの王都キングヒルが陥落し、其処に常駐していた者たちが敗走したことで、
事実上アルフヘイムの戦力は瓦解した。
一巡目の結末を覆し、ニヴルヘイムが勝利を収めたのだ。
だが、勝利の余韻に酔い痴れている暇はない。次はミズガルズへと侵攻し、其処を第二の故郷としなければならないのだ。
イブリースは当然、自らが先陣に立ってミズガルズへと攻め込もうと思っていた。
が、そんなイブリースに対してミハエルが言い放ったのは、崩壊しつつあるニヴルヘイムにひとり残り、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を迎撃せよという命令であった。
「莫迦な……! ならば、誰が我が同胞たちを導く? 誰が同胞たちを襲う脅威を排除できるというのだ?
同胞たちにはまだ、先導者が必要なのだ! 先頭に立って新天地への道を切り拓く者が――!!」
イブリースは莫迦力だけが取り柄の無能ではない。当然ミズガルズの抵抗は予想しており、
そのための備えも考えていた。
ニヴルヘイムの魔物たちは、アルフヘイムの住人たちと違って他種族、異文化との交流というものを殆どしない。
同種で群れを形成するケースならあるが、基本的には共存共栄ということをしないのだ。
それは個々の力が弱く支え合うことでしか生存の確率を上げられない生物と違って、個体ごとの力が強いためだが、
裏を返せばそれは協調性がない、規律ある行動が取れないということでもある。
そんなニヴルヘイムの住人を掻き集め、集団行動を取らせるためにはどうすればよいか?
簡単な話だ。突出した一個体が、その圧倒的な力で他を捻じ伏せればよい。
イブリースはそれが自分だと思っていた。
例えミズガルズの住人がいかなる未知の攻撃を用いて来ようとも、それを率先して浴び、受け止め、粉砕する。
そうして、身を挺して同胞たちを護る。
この最終決戦に勝ち、仲間たちがミズガルズで生きるための端緒を掴むのを見届ける。
そこまでして初めて、イブリースはすべての役目を終えることが出来るのだ。
今はまだ、その座を降りるには早い。
「そうだね。正直言って、君のお仲間は足並みを揃えて歩くことさえ難しい烏合の衆だ。指導者は必要さ、ただ――
それは、必ずしも君である必要はないんじゃないかな?」
「お前は何を――」
イブリースは気色ばんだ。
ニヴルヘイムの魔物たちをひとつに纏め上げ、守ってやれる存在が自分以外にいるとは思えない。
だが、ミハエルはかぶりを振った。
「僕が代わりに彼らを導いてあげるよ。イブリース」
「……お前が……?」
「ああ。君も知っての通り、僕は最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だ。
そして、当然ミズガルズ出身でもある。ミズガルズの兵器、武装、戦術……そのすべてがここにインプットされてる。
君のように『まず喰らってみて確認する』なんて、悠長なことをする必要がないってことさ」
ミハエルは右手の人差し指でトントンと米神をつつき、端麗な面貌をゆがめて笑った。
驚くべきことに、ミハエルは自らの故郷である地球に攻め入らんとするニヴルヘイム軍を止めるどころか、
自らその旗頭となって侵攻に協力するという。
「ミズガルズはお前の故郷だろう、ミハエル・シュヴァルツァー。
オレたちはそこを戦火に包もうとしているのだぞ?
やめろと諫言こそすれ、お前自身が攻め込むなどと――」
「そうかい? 僕は別に、そういうのは“どうでもいい”のさ。
だって、この世界のすべてはゲームなんだよ? 上位者たちによって設定されたゲーム。命を懸けたお遊戯さ。
家族も、友人も、この僕自身も、何もかもそう設定されたプログラムにすぎない。だったら――
一番おもしろいシナリオがやりたいって思うのは、当たり前のことだろう?」
にたあ……と、ミハエルの細められた双眸に喜悦が宿る。
「いつか話したろ? 僕の見た幻視を。
ミズガルズを闊歩するタイラントの隊列。戦闘機とドッグファイトするワイバーン。
港湾を押し流すミドガルズオルム、そして市街地を蹂躙する魔物たちの軍勢を!
ああ、あの光景を実際に再現できて……しかもこの僕が自ら指揮できるなら!
それはどんなにか素晴らしいことだろう!」
「……ミハ……エル……」
両手を広げ、恍惚とした表情で歌うように告げるミハエル。
その眼差しに、イブリースはこの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の心の中にある底知れぬ狂気を垣間見た気がした。
-
「それにね、イブリース」
変わらず笑みを浮かべながら、ミハエルは続ける。
「ニヴルヘイムの軍勢を率いるのは、僕だけじゃない。
他にもいるんだ……心強い仲間がね」
そう言うと、ミハエルはパチンと指を鳴らした。
と同時、五メートルほどの間隔を置いてイブリースを取り囲むように四人の影が姿を現す。
ひとりは、耳にダイスのイヤーカフスをつけカジノディーラー風のタキシードを着込んだ金髪少女。
身長一メートル程度の直立し溝鼠色の甲冑を着込んだネズミのモンスターを従えている。
ひとりは、頭をすっぽり隠した黒いパーカー、ダウンジャケット、カーゴパンツにワークブーツという出で立ちの男。
まるで鉱石のように黒光りするスライムを足許に侍らせている。
ひとりは、ディープグリーンの髪色とワインレッドのマットアイシャドウ、ミントグリーンのリップティントが奇抜な長身の男。
水晶めいて結晶化した体躯を持つ老魔術師を後方に控えさせている。
ひとりは、長い黒髪に白のブラウス、ネクタイに、ショートパンツと黒タイツといったスタイルの高校生ほどの背格好の少女。
闇色のヴェールで全身を覆った、女性型のシルエットのモンスターが隣に寄り添っている。
「これは……」
魔神たるイブリースをして、その存在にまるで気付かなかった。
「彼らは僕ほどじゃないけれど、いずれも一騎当千の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちだ。
その彼らが、ニヴルヘイムのミズガルズ侵攻に力を貸してくれると言ってる……。
君が何も考えず特攻をかけるより、よっぽど巧く戦えるよ。
もちろん、君の大切な仲間たちの被害も抑えられる」
「新たな『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だと? いつの間に」
今まで、ニヴルヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はみなイブリースが召喚していた。
しかしミハエルが紹介した四人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のことを、イブリースは何も知らない。
けれど、その理由は簡単なことだった。
そも、イブリースの召喚は大賢者ローウェルから与えられた能力。
であるのなら――
「ローウェルの力でブレモンの、いや……この世界の膨大なデータをちょっと弄れば、
望みの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を呼び寄せることなど容易い。
シャーロットはこのバックアップデータのコンソールコマンドを使えるのは自分だけと思っているようだけど、とんだ勘違いさ。
さ……これで分かったろ? イブリース、君の役目は僕たちが引き継ぐ。
君はアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をここで迎え撃つんだ。
恨み骨髄の相手だろう? 決着をつけるには、このダークマターほどお誂えの舞台はないよ」
「いいや……駄目だ」
もっともらしいミハエルの説得を、しかしイブリースは退けた。
確かにミズガルズ出身のミハエルたちが先導すれば、新天地での戦いはぐっと楽になることだろう。
しかし、イブリースにはどうしても仲間たちの運命を外部の人間に委ねるということが出来なかった。
ミハエルやローウェルとは協力関係を結んではいるものの、やはり根底で信用できない。
ニヴルヘイムの未来を掴むのは、ニヴルヘイムの手によって――それがイブリースの、
ただひとり残された三魔将としての矜持であった。
「幻視の光景を再現したいと言ったな。
お前は我が同胞たちの未来を考えてミズガルズへ行くのではない、ただニヴルヘイムとミズガルズの戦いが見たいだけだ。
我らを使ってゲームを楽しみたいだけだ、そんな者に我らの未来を託すことなど、出来ると思うか?
第一……我が同胞たちはプログラムなどではない。この世界に生きる、かけがえない生命なのだ……!」
「…………」
ミハエルが薄笑いを消し、不愉快そうにイブリースを睨みつける。
これほどまでに懇切丁寧に説明してやっているのに理解できないとは、莫迦な奴――その眼がそう言っている。
怒りを押し殺しながら、イブリースは『業魔の剣(デモンブランド)』の切っ先をミハエルへ突きつけた。
「立ち去れ、ミハエル・シュヴァルツァー。お前をここで殺さぬことが、オレがお前へ向ける友誼の証明と思うがいい。
大賢者めとの同盟もこれまでだ。奴のところへ帰って伝えろ……今までの協力感謝する。
しかしこれより先は手出し無用、ニヴルヘイムはすべてを克し、未来を掴み取ると!」
「やれやれ……。もうちょっと君は賢いと思っていたけどね、イブリース。
『一段深く考える人は、自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている』――」
ニーチェの言葉を引用し、小さく吐息したミハエルがズボンのポケットをまさぐり、スマートフォンを取り出す。
と同時、周囲にいた四人も同じようにスマートフォンを手にする。
イブリースは身構えた。
「所詮、君も浅墓な物の考え方しかできない愚か者だったか。
君は今まで通り、僕とローウェルの言う通りに動いていればいいんだよ!!」
「―――ミハエル・シュヴァルツァ―――――――――――ッ!!!!」
イブリースは大きく振りかぶった業魔の剣を、狙い過たずミハエルの頭上めがけて振り下ろした。
-
業魔の剣が、大広間の床に突き立っている。
角が折れ、翼は裂け、鎧の砕けた血みどろのイブリースは豪奢な絨毯の上に片膝をつき、
肩で荒い息を繰り返しながら、前方のミハエルを睨みつけた。
闘いはすぐに終わった――結果はイブリースの惨敗だった。
ミハエルを含めた五人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の前にイブリースの攻撃はまるで功を成さず、
それどころかイブリースはその連携、見たこともない戦術とスペルカードに翻弄され、ほとんど成すがままに攻撃を浴び続けた。
「これで分かっただろ?
君の力じゃ逆立ちしたって僕たちに勝つことはできないのさ。
大人しく僕の言うことを聞いて、僕のために戦う……それが君のさだめなんだよ、イブリース」
無傷のミハエルが敗者となったイブリースを見下ろして嗤う。
ことここに至り、イブリースはようやく悟った。
「……そうか……。
オレは最初から、お前たちに踊らされていたのだな……。
バロールにとって、オレたちはこの世界を構成する多くの要素のうちのひとつでしかなかった。
だからオレは奴と袂を分かった、お前たちの差し出した手を取り、今度こそ……この世界を、仲間たちを守ろうとした……。
しかし、お前も大賢者も……オレたちを只のゲームの駒としか考えていなかった……」
「それは少し違うな。
言ったろ? ゲームの駒なのは、この僕も同じ。
ただ――どうせ駒なら、最強がいい。そう思っているだけさ。
チェスだって、ポーンよりもキングの方がいいだろう?」
ミハエルにとって、自分を含めたこの世の一切はゲーム。
であるならトロフィーをコンプリートして、すべてのイベントを消化して、最強の駒として君臨したい。
そう思っているだけなのだ。
ミハエルを利用しようとしていたのはイブリースも同じだが、少なくともイブリースはミハエルに対し、
彼の心を理解しようと努めていた。不倶戴天の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ではあるが、
共感できる部分はあるかもしれない――そう考えていたのだ。
だが、ミハエルはそうではなかった。ミハエルにとってイブリースは、
どこまで行っても単なるゲームの中に出てくるネームドのモンスターでしかなかった。
共感や協調とは、双方の歩み寄りによって発生する。
最初から歩み寄るつもりのない相手とは、相互理解など図れようはずもない。
嗚呼。
また、自分は間違えた。一巡目と同じ轍は踏むまいとあらゆる手を尽くしたつもりだったのに。
手を組むべきでない者の手を取り、力を合わせるべき者の差し伸べた手を跳ね除けてしまった。
だが、もう後戻りはできない。悔いてやり直すには、自分はあまりにも罪を重ねすぎた。
ギリ……とイブリースは奥歯を噛み締める。
「……ミハエル・シュヴァルツァーよ……」
魂の奥底から絞り出すような声音で、イブリースは目の前の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の名を呼ぶ。
「なんだい? イブリース」
「本当に……我が同胞たちを、ニヴルヘイムの者たちを……勝利に導いてくれるのだろうな……?」
「もちろんさ。そりゃ、損害ゼロというのはさすがに難しいだろうけれどね。
僕はスマートにゲームに勝ちたい。僕の率いる軍勢が負けるなんてことは百パーセントないと断言するよ」
ミハエルは頷いた。
その言葉を聞き、イブリースはもう一度深く息を吐くと、ミハエルに対して深々とこうべを垂れた。
「……そうか……。
ならば、ゲームの駒でも構わん……。同胞たちが生きて……生き延びて、未来を……歩んでくれるのなら……。
侵食の脅威から逃れ、新しい世界で幸福を掴んでくれるのなら……。
ミハエル・シュヴァルツァーよ……オレの代わりにオレの、オレの大切な仲間たちを……頼む……」
臓腑すべてを吐き出すような苦しみの下、イブリースはミハエルへ懇願した。
己の誇りも、信念も、何もかも擲った命乞い。
だが――例えゲームの駒として扱われようと何だろうと、滅びるよりはずっとマシだ。
「約束しよう」
にぃぃ、とミハエルは禍々しい笑みを浮かべ、宣言した。
そしてスマートフォンをタップしてインベントリを開き、イブリースの眼前に何かを放る。
それは、十粒の『悪魔の種子(デモンズシード)』。
「……こ……れは……」
「それだけあれば足りるだろ? 全部あげるよ。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は手ごわい。何せ、あのハイバラがいるんだからね。
今の君じゃきっと負けるだろう。でも……『悪魔の種子(デモンズシード)』を使えばまぁ、
相討ちくらいには持ち込めるんじゃないかな?」
『悪魔の種子(デモンズシード)』を与えられる、それはとりもなおさず、
ミハエルにとってイブリースが捨て駒程度の価値しかないということの証明である。
「じゃあ、さよならだイブリース。
君と過ごした時間、短かったけれど結構楽しかったよ。それじゃ――Auf Wiedersehen!」
颯爽と踵を返すと、ミハエルは瞬く間に姿を消した。周囲の四人もそれに従って消失する。
誰もいなくなった大広間で、イブリースは目の前に散らばった悪魔の種子をガリリと床に爪を立てながら掴むと、
ひとり哭いた。
「……すまぬ……。
…………す……まぬ…………!!」
それは売り渡したに等しい同胞たちへのものか、それとも約束を交わしたかつての主君に対してのものか。
あるいは、もう少しで気持ちを通じ合わせることが出来たかもしれない、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の青年に対してのものか――
【イブリース、ジョンを集中攻撃。
怨霊のバフを剥がさない限りイブリース打倒は不可能。
怨霊は目下明神、ベル=ガザーヴァ狙い。
血涙を流すイブリース】
-
【カザハ】
>「なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!」
>「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」
>「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」
明神さんやエンバースさんはイブリースに対して怒りを露わにする。地球に侵攻されているのだから、当然だ。
我とカケルは、なゆや明神さんと違って、地球に残っている家族はもういない。
それどころか、元々こちらの世界の存在の我らは、
今となっては地球に最初からいなかったことになっている可能性すらあるのだ。
地球が侵攻されているのに自分でも驚くほど心が反応しないということは――きっとそうなのだろう。
きっと、あの世界にもう帰る場所は無い。
それでも仮に、地球と我々との縁はもう断ち切られてしまっているとしても、イブリースは姉妹とも言うべき存在の仇なのだが。
今となってはイブリースを単純に憎めなかった。
イブリースとは1巡目の記憶を持っているという共通点があり、自分自身もローウェルの手駒という可能性も少なからずある。
上の世界の管理者以外のメモリーホルダーというものは、みんなローウェルの操り人形なのかもしれなくて、
そうだとしたらたまたま自分はイブリースとは違う役が割り当てられているだけなのかもしれない。
ローウェルの匙加減一つ、気まぐれ一つで立場が逆になっていたかもしれないのだ。
大体、前の周回の記憶が残っているというのは、余計なものに雁字搦めになってばかりで、ろくなことがない。
草原を出奔したばかりにそのまま死んでしまい、テュフォンとブリーズに多大な迷惑をかけた。
ありもしない楽園を夢見たばかりに、カケルに辛い思いをさせた。
そんな記憶があるから、自分が何かを望めば誰かが不幸になるような気がして。
本当はずっと受け入れられていたのに、こんな自分は受け入れられるはずはないと勝手に思い悩んだ。
どうせ定められたシナリオには抗えないと諦めて、自分の頭で考えたり心で感じることすらも放棄しようとした。
そうなれば、偉い人が決めたルールとか言う事を忠実に聞く操り人形の出来上がりだ。
そしてローウェルは世界で一番偉い人なのだ。
もちろん、イブリースはカリスマの敵役でニヴルヘイムを率いる完璧な将軍だから、こんな豆腐メンタルのヘタレとは全然訳が違うのだろうけど。
でも――この旅で何度も思い知らされた。見えている面だけが、全てじゃない。
もしかしたらイブリースだって本当はすごく努力して、カリスマで完璧に見せていたのかもしれない。
ここに至るまでに何があったのかは、分からないけれど――
>「『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!」
>「俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く」
-
>「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」
>「……絶対に……『勝つ』!」
明神さんの指令を受けたベル=ガザーヴァが、エンバースさんとなゆが、ジョン君のために道を切り開くべくイブリースに向かっていく。
>「かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる」
明神さんはネクロマンサーの力をもって、イブリースのまとう怨霊のバフを引っぺがそうとする。
なんでそこまで全員の戦況が把握できているかというと、一番敵から離れた最後列で歌っているからで。
こんなことを思っている場合ではないのに、胸の奥がざわつく。
後ろで歌ってるよりも、隣で活路を切り開いてくれたり、相手に直接攻撃が通るようにしてくれた方が心強いに決まってる。
みんなが羨ましい――自分と似た姿をしたガザーヴァは特に。
「余計なこと考えてないで集中してくださいッ! フェザープロテクション!」
イブリースが吐き出した炎で、前方広範囲が埋め尽くされる。
ポヨリンさんとアシュトラーセのおかげでここまでは本流は来なかったものの、それでも防ぎきれなかった余波をカケルが防ぐ。
……あれ? これっていわゆる最後列で守られてるポジション!?
いやいやいや、それは可憐な美少女だけに許されるポジションであって!!
(謎の雑念垂れ流さないで!? 呪歌の出力に影響しますよ!)
ちなみに脳内で思っていることを垂れ流しているこの間、端から見ればひたすら真剣に歌っているようにしか見えないだろう。
ぶっちぎりのヘタレのくせに選曲がbraverなんてウケ狙いかと自分でツッコみたくなるが。
案外それなりに形になっていて、こんなヘタレのどこから凛々しい声が出ているのか、自分でもよく分からない。
でも精神連結をしているカケルには雑念も全部筒抜けなわけで、注意された。
そうだ、ただでさえ碌に役に立たないのだからせめて集中しなければ。
>「イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…」
>「僕はそんなの事絶対に認められない…!みんなから受けたこの暖かさと…優しさの全てを賭けても…!君に罪を償わせてみせる…!正しい形で…!」
ジョン君は、イブリースの魔剣を、オデットの力によって再生した右腕で迎え撃っている。
オデットの力で再生したから右腕だけオデット仕様になったということか。
-
>「イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない」
>「そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから」
我は正直言って、ジョン君がそこまでの罪を背負い続けなければいけないことをしたとは思わない。
だけど――
(キミが贖罪を望むというなら、キミさえ良ければその隣で……。
だってさ、キミのおかげで昨日よりも息がしやすいんだよ。深く吸えるんだよ。
訳の分からない強迫観念に怯えて息を詰まらせてたぼくはもういないんだよ。
この歌、キミに届いてるかな? 少しでも力になれてるといいな――)
>「まずは一発!!」
――入った!
ジョン君のパンチをまともにくらい、玉座に吹っ飛ばされるイブリース。
>「勝てんぜ、お前は」
部長を抱きかかえたジョン君がこっちを見て、目が合った。
嬉しいけど駄目だって! 余所見してる場合じゃないよ!?
>「僕には最高のパートナーがいるからな」
(――――――――!!)
天然か狙っているのかも分からない不意打ちに、鍵盤を弾く手元が狂いかける。
――いや、落ち着け自分、最高のパートナーって部長さんのことだから!
でもさっきめっちゃこっち見たよな!? じゃあ同率一位ってこと……!?
こんなポッと出が部長大先輩と同率一位なんてちょっと評価高すぎるよ……!?
部長大先輩は当然!任せとけ!と言わんばかりに返事している感じだが。
(ジョン君……我はそういうノリに慣れてないのだが!!)
我はなんだかんだ言って、謙遜から来る身内下げが横行し
ツンデレとか以心伝心とか遠回し過ぎてよく分からない愛情表現を美徳とする奥ゆかしき国日本の文化に染まり上がっているわけで。
仲の良い者(主にカケル)とは愛のあるディスり合いをしながらどつき漫才をする文化しか知らない。
どうしよう、どんな顔をしていいのか分からない。だけど、胸の奥にじんわりと熱が灯るような不思議な感覚がする。
どうやら自分は滅茶苦茶嬉しいらしいのだ。基本努力は苦手だけど、何故か頑張れるような気がするのだ。
思わず、いつかこういうノリに慣れてジョン君の半歩斜め後ろで「最高のパートナーですが何か」みたいな自信に満ちた顔をしている自分を一瞬想像して。
不意に、記憶が蘇った。それは1巡目の、今際の際に願ったこと。
今度生まれ変われるとしたら。断ち切る力ではなく、繋ぐ力を――。
打ち負かす力ではなく、癒し元気付ける優しい力を願った。
ほれ叶えてやったぞと悪意に満ちた運営の声が聞こえてきそうで、なにもここまでヘタレにしなくてもいいじゃん!? と文句言いたくもなるけど。
それでも自分で選んだ道なら、胸を張って進もう。
今はまだ自信がなくても、いつかこの道を選んでよかったと思えるように。
-
【カケル】
煙の中から、あれだけド派手に吹っ飛ばされたにもかかわらずダメージを受けてなさそうなイブリースが姿を現す。
丁度その辺りのタイミングで、カザハが歌を歌い終わり、リピートで二周目に入る。
私はあることに気付いた。
「出力が上がってる……」
味方全員の物理、魔法双方の攻撃力が大幅に強化されているようだ。
魔法には属性に応じた感情が影響するとされ、音を媒介とする魔法である呪歌は基本的に風に属する。
風属性に対応する感情は、何者にも縛られない自由な心や、誰にも止められない憧れだ。
それはきっと、色々な枷に邪魔されてずっと出て来られなくなっていた、カザハが本来持っていた性質。
カザハの言うところによると捕獲されたらしいが、捕獲されたのに今までより自由なんて普通に考えたらおかしいけど。
(ジョン君――あなたがカザハを自由にしてくれたんですね)
会ったばかりのあなたがいとも容易く――というのは
周回やエリアを超えてもずっと一緒にいた私としては全く複雑な心境ではないと言えば嘘になりますけど!
……そういえば部長さんはカザハのことをどう思っているんでしょう。
さっきは特に抵抗するでもなくモフモフされていましたけど……。
可愛い後輩とでも思ってくれていたらいいけど、なんだこのいけ好かない奴と思われてたらどうしよう。
(余計なお世話だっ……! キミも大概雑念が酷いな……!)
――この精神連結するとお互いに雑念が筒抜けになるシステム、どうにかなりませんかね!?
でもとりあえず連結しとかないとレクステンペストの力をフルに使えないからやらないわけにはいかないわけで。
雑念を振り払い、引き続き歌っているカザハを護衛しつつ戦況を見守る。
バフを受けたエンバースさんやなゆたちゃんが果敢に攻撃を繰り出すも、イブリースはまるで取り合わない。
二人とも並大抵の実力ではないというのに。
【カザハ】
>「みんな、ジョンさんを援護や!
いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!」
イシュタルの力で、案山子が無数に現れる。
この案山子は誰かが致死量のダメージを受けた場合、自動で身代わりになってくれるらしい。
それ自体圧倒的な耐久力を持つらしいが、イブリースの攻撃の前には、容易くへし折られる。
>「こらあかん! なんぼも持たへんで!」
>「好き勝手はさせぬ!」
>「エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!」
>「真! ポヨリン砲弾ッ!!」
エカテリーナがイブリースを魔法で拘束し、ポヨリンさんとフラウの合体技が炸裂する。
一瞬効いたかと思われたが、すぐに弾き飛ばしてしまい、鎖による拘束まで解かれてしまった。
-
>「ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?」
>「なんてこと、これも効き目がないなんて……!」
>「―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」
イブリースの巨拳がジョン君の胴体に炸裂し、案山子の一つが爆散する。
致死量のダメージを肩代わりしたということだろう。
案山子が残っている間はいいようなものの……。
暴風のような連撃に、案山子が次々と破裂していく。
気付けばジョン君は壁にめり込み、案山子の最後の一体が破裂していた。
我は叫びたいのをなんとか耐えて、歌い続ける。自分にはこれしか出来ないのだから。
>「……死ね……!!!」
イブリースが、闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)の零距離射撃を叩き込む
……って。
今までの攻撃でも一発一発で案山子が破壊されていたということは致死のダメージだったということなのに。
当然それを超えるであろう締めの一撃をまともに食らったら……。
Braverの2巡目を歌い終わる。これじゃあ駄目だ。何か、防御か回復か、他の歌に切り替えないと……。
>「何しとるんや『禁書』の、はよ回復や!」
>「やってる! これが精一杯よ!」
高位術師の回復魔法すら、焼石に水の様子。
「なゆ! あの銀髪モードは!? 悠久済度(エターナル・サルベーション)なら……!」
思わず叫ぶも、言ってから気付く。言われて使うぐらいなら、最初から使っているだろう。
きっと使えないか使わないなりの理由があるのだろう。
それに、なゆは体は普通の人間の少女なのだ。
あんな管理者の力の一端を使って、副作用のようなものが絶対無いとも言い切れない。
そもそも最初は、彼女が死の淵に瀕したときに無我夢中で発動させたものなのだ。
なゆが自らの意思で使っていないにしても、仮にやっぱり使おうと思ったところでパッと発動できるものかどうかも分からない。
「ちょっとジョン君……冗談きついよ……」
眩暈がして全身の力が抜けて地面にへたりこむ。結局またこうなるの……?
神様仏様……ってその類は結局、幼女だか爺さんだか分からないアイツだから駄目だ。
マホたんロイ君テュフォンブリーズ助けてよ。
前線では、なゆ達が必死にイブリースを抑えている。
へたっている場合ではないのに、体が言う事を聞かない。全身が震えて、変な汗が止まらない。
いや、立てたとしても、殆ど何も出来ないのだから同じことか。
前線には当然出れないし、高位術士の魔法より回復できる呪歌なんて存在するはずもない。
嫌でも自分の手の甲が視界に入る。出発前は左手、さっきは右手だ。
妙に絵になる感じでさらっとやってくれたけど、こっちの感情がどんだけ大変なことになってるのか分かってるのだろうか。
おかげでもう全部捕まえられてしまった。
望まぬ宿命を背負った風精王としての部分も、単なるどうしようもない駄目人間の部分も、全部。
それなのに……どんだけ振り回すつもりだ。散々格好つけといてありゃ無いよ。
-
「死なせてたまるか……死なせてたまるか!! 守るって言ったもの!」
不意に、目の前に経口摂取のポーションが差し出される。
カケルが屈んで目線を合わせ、全く取り乱すでもなく何故か確信に満ちた表情でこちらを見ている。
どんだけメンタル強者やねんこいつ。
「私、知ってますよ。あなたはパートナーを絶対死なせない。そうじゃなきゃ私、今ここにいませんから。
それを飲んで、立って」
HPは大して減ってないんだけど……と思いながらも受け取って飲む。
妙に甘いと思ったらこれめっちゃ高カロリーなタイプのやつじゃん。
そういえば、歌に魔力を込める呪歌は通常の歌とは比較にならないほどのカロリーを消費するらしい。
通常は、一度かかったら暫く効果が持続するためずっと歌っておく必要はなく、普通の魔法と同じような使い方でいいのだが、
今回はバフ無効化対策のために連続で歌い続け、加えてここはニヴルヘイムで、
普段とは違って空気中から風の元素を取り込むことも出来ない。
要するに極度の空腹で力が入らなくなっていただけらしい。
気が付けば、汗が引いて震えも止まっている。大丈夫、立ち上がれる。
「パートナーを絶対死なせない? 違うなカケル」
そう言って我は、笑ってみせた。風属性の魔法は、怒っても泣いても、強くならないから。
辛くても泣きたくても笑うなんていつもやっていたことだ。
こんな時でも笑えるなんて、やっぱり我の心はどこか壊れているのかもしれないけど。今はそれでいい。
「なゆもエンバースさんも明神さんもガザーヴァも……ジョン君も。死なせない。
もう誰も死なせない。みんながぼくを守ってくれたみたいに、今度はぼくがみんなを守るんだ……!」
>……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を
出発前に、なゆが言ってくれた言葉を思い出す。
自分でもまさかこんなに早く作ることになるとは思わなかったけど、まずは記念すべき一曲目だ。
強い回復系の呪歌が無いから何だ。
コスプレイヤーは服が売ってなければ自分で作るし
漫画家や小説化が「自分が読みたいものが世の中に無かったので自分で書きました」というのはよく聞く。
オタクという人種は欲しいものが無ければ自分で作るのだ。
そして、即席で考案した技が技として成立していることを鑑みると、呪歌の即興生成も理論上可能。
幸い呪歌を生成するのに物質的な材料は特に必要なく、材料ならこの胸の中にたくさんある。
-
自分には感情が欠落していると思ったこともあったけど。
本当はきっと逆で、いろいろたくさんありすぎて、自分でも訳が分からなくなってしまうのだ。
といっても曲調や歌詞と効果との相関は厳密には分からないのだが、明るい希望に全振りしておけば大きく外すことはないだろう。
そうなると必然的に、歌詞の内容は、訳の分からない枷を外してくれたジョン君への感謝とか
特別な感情を知れたことの喜びとかが入らざるを得ないわけで。
そしてさっき一瞬想像してしまった、未来への希望。
自分の左手にどう足掻いたって普通にはなれない刻印が刻まれているのは、あの右手を取るためのような気がして。
……我はきっと地球では生きられない存在で。あっちは多分地球に帰らなきゃいけなくて。
現実的に考えたら無理かもしれないけど。夢見るのは自由だ。
溢れだした感情が形を成し、旋律を形作る。
「出来た……」
普段だったらこんなのとても使用不可能だが、今はみんなの命がかかっているのに恥ずかしいとか言っている場合ではない。
そもそも今は全員、歌詞の内容まで聞いている場合ではない状況なので何も問題は無い。
【カケル】
「え、出来たって……」
カザハはなんと、即興で呪歌を作り上げたらしい。
ところで呪歌というのは一般的な魔法よりもだいぶんふわっとしているらしく、
例えば同じフレーズを歌っても歌う人によって効果が違ったり等があるらしい。
それでも一般レベルの呪歌はある程度体系化がされていて、習得可能な技術として確立している。
が、高位の呪歌は再現性が低く、作った本人しか再現できないということもよくあるらしい。
「何を驚いているんだ、君が煽ったんだろう」
自分で煽っておいて何ですが、勢いで言ったものの具体的にどうするとかは考えてなかったもので……。
そんな一瞬で出来るわけないでしょう、と言いそうになったが、精神連結をしている以上、確かに出来ていることを認めざるを得ない。
大丈夫!? それこそローウェルの仕込みちゃうん!? と疑いたくもなるが。
歌詞からしてそこは大丈夫そうなんですよね……。
どう見てもイロモノ枠のカザハがこんなことになるなんて流石のローウェルも予測していなかったでしょうから。
想定している効果は、歌が続いている間の生命力精神力継続強回復、ステータス異常やデバフの解除・無効化。
つまり継続強回復のフルコースといったところだ。
即興ぶっつけ本番で、想定している効果がどこまで再現できるのかは全く分からないのだが、
いけるところまでいくっきゃない。
-
>「みんな、見て!」
前線からなゆたちゃんの声が聞こえる。戦況に変化があったようだ。
>「……イブリースが……泣いてる……」
「そっか。ジョン君の声、届いてたんだ……! 大丈夫、いけるよ……!
カケル、手伝ってくれる? サイドボーカルお願い」
そう言ってカザハは私にギターを差し出す。ラスサビでパート分岐ですね分かります。
さっきまでカザハを護衛していた私がギター/サイドボーカルを務めるということは、
瘴気が吹き荒れる中歌うことになるが、承知の上だろう。
カザハは斜め掛けにしていたショルダーキーボードを、地面と平行に調整する。
一般的な片手弾きではなく、両手弾きの構え。カザハは前奏をひきはじめた。
「見てるんだろローウェル……。ぼくはお前の操り人形じゃない……!
題名は――そうだな……”憧れを追う風”!!」
この場合の風とは、人に似た姿と心を与えられた風であるカザハ自身なのだろう。
そしてカザハが追う憧れとは、幼き日に夢見た勇者。
それはなゆたちゃんやエンバースさんであり、明神さんやガザーヴァであり、そして――
『憧れを追う風』
ttps://dl.dropbox.com/s/6l20ny0hceuq0aq/%E6%86%A7%E3%82%8C%E3%82%92%E8%BF%BD%E3%81%86%E9%A2%A8.mp3
Vo. カザハ(CV:VY2)
Cho. カケル(CV:MEIKO)
何も考えず飛べてたあの頃
こわいものは無かった
だけど何かが足りないような気がして
時々涙こぼれたんだ
夢見た楽園で 傷だらけになって 綺麗な魂失った
代わりに得たものが たくさんあることに
ずっと気付けなかったけれど
この気持ち知るためなら 全てに意味はあった
星々のきらめきに憧れて 手を伸ばした日々よ
たとえそれが虚構でも 憧れは今 確かにここに
逃れえぬ宿命刻まれたぼくの左手で取るのは
呪われし祝福受けたキミの右手
争いが絶えぬ世で 手を繋ぐことの奇跡
いつだって 忘れない 誓い合った 約束を
(何も考えず飛べた羽を捨て 自分で選んだ道 踏みしめ歩む
たとえそれが 険しい道だとしても あなたは行くのでしょう)
いつの日か 世界中の 悲しみが 癒える日まで
歌声を 風に乗せ どこまでも 届けるよ
(強き刃失い得たものは 優しい音紡ぐ声
今はまだ小さな光だとしても いつか新たな羽になるだろう)
いつまでも キミの隣で
(いつかまた 飛べるだろう)
-
>「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」
>「勝てんぜ、お前は」
>「僕には最高のパートナーがいるからな」
エンバースとジョン、俺達ブレイブの最高峰の前衛が入れ替わり立ち替わりイブリースへ吶喊する。
剛腕が振るう巨剣をいなし、弾き、体勢を崩して痛打を叩き込む。
合わせるのはフラウとポヨリンさんだ。ピンボールのように弾き出されたスライムの弾丸が、兇魔皇帝の装甲に亀裂を入れた。
俺はその一部始終を目端に入れながら、迫り来る怨霊達を片っ端から迎撃している。
>「そう、マスターを殺せりゃテメーらの勝ちだ!
でもなァ……そう簡単にうまく行くなんて思うなよ! なぜなら――
マスターの命は! この最強モンスター、ベル=ガザーヴァさまが護ってンだからなァ!」
冬場の蛇口みてえなチョロチョロした俺の『闇の波動』を追い越して、
ベル=ガザーヴァの『闇撃驟雨』が波濤の如く怨霊共を押し流す。
火勢は互角。それでも力の激突点は、少しずつ俺達の方へと後退していた。
単純な物量――無尽蔵に湧き出る怨霊の波が、ジリジリと版図を広げている。
>「――来い、『聖蝿騎兵(フライリッター)』!!」
>「まだまだ行くぞォ!
蒸発しろ! 『獄嵐極熱焦(インフェルノ・スチーム)』!!」
ガザーヴァの呼び出した蝿頭の騎兵たちが渦中に飛び込んで前線を撹拌し、
怨霊の戦列が乱れたところへ地獄の蒸気が全てを蒸し上げる。
怨嗟の声を上げながら消し飛んでいく怨霊の向こうから、新たな怨霊が間を置かずに飛び込んできた。
「冷た――」
マグマもかくやの蒸気が高温の風を吹かせているのに、寒気が身体を貫いた。
気付けば、指先が氷のように冷えていた。途端に震えが来て、合わなくなった歯の根がカチカチ音を立てる。
死者の気に当てられて俺自身の肉体が異常を来し始めている。
体温の急激な低下は、自律神経がイカれちまったことの証拠だ。
このまま膠着が続けば遠からず俺は死ぬ。
現実味のある実感が、恐怖となって心を蝕み始めた。
>「よせ、よせ、やめろ。粋がるな。俺をこれ以上イラつかせるな……俺は今、お前に心底うんざりしてるんだ――」
エンバースがイブリースに吐き捨てた言葉が、かまどに焚べる薪のように、俺の中で燃え上がった。
ああ、うんざりだ。ニヴルヘイムがキングヒルを滅ぼしてからずっと、失意と失望が腹の中を渦巻いている。
テュフォンとブリーズ。
カザハ君にとって掛け替えのない二人の姉妹を犠牲にして、グランダイトとの同盟を勝ち取った。
だが20万からなるその軍勢は、ローウェルが一瞬のうちに侵食で掻き消してしまった。
エーデールグーテで死闘の果てに味方につけたオデットやプネウマ聖教の僧兵たちも、
その戦力が意味を為す前にニヴルヘイムから魔族が撤退した。
殺された人々の無念から目を背けてまでイブリースを救おうと決心した。
その結果がこれだ。奴はローウェルが目の前にぶら下げた安直な餌に飛びつき、
地球に侵攻した挙げ句……責務を放棄して化け物に成り下がった。
-
茶番だ。
命がけで戦ってきた道程が茶番と化していく。
なにもかもが後手で、ローウェルにいいように翻弄されるばかりだ。
垣間見えた希望に向かって進めば進むほど、都合よく先回りしたローウェルにハシゴを外される。
初めから全部あのジジイの手のひらの上で、希望は何もかもが偽りで、
確定したバッドエンドに向かって転がり続けるだけの道化でしかなかったのか?
誰かが犠牲になろうが、命を賭けて抗おうが、意味なんかないんじゃないか?
>「明神」
絶望に爪先から頭まで呑み込まれようとしたその時、ガザーヴァの声が空から降ってきた。
雲間から差し込む陽の光のように俺を照らす。
>「……あいつらは救われたがってる。安息を求めてる。誰だって恨みのために戦いたくなんてねーんだ。
イブリースに取り憑いたあいつらがボクたちに攻撃してくるのは、“それしか知らないから”だ。
あいつらもバカのイブリースと同じように、ボクたちを殺しゃ救われるってクソジジーに吹き込まれたんだろうよ。
んなら……後は簡単だよな?」
耳朶を打ったその言葉に、感慨とは別の、ひとつの気付きがあった。
ああ、そうか。俺も同じなんだ。
イブリースを殺すことで、少しでも溜飲を下そうと思ってた。
あのクソ野郎を血祭りに上げてニヴルヘイムを滅ぼせば、犠牲になった連中への手向けになると。
……茶番になっちまった旅路に多少なりとも意味が生まれると、そう考えていた。
『殺せば救われる』。
『それしか知らないから』。
ローウェルに吹き込まれるまでもなく、俺はそんな視野狭窄に陥っていた。
違うだろうが。俺は始原の草原でイブリースと対峙した時、何て言った?
『三世界全部救う』――その信念まで嘘にするつもりかよ。
拳を握る。開いてもう一度握る。
血の気が失せて力が入らないなら、何度もグッパして血を回せ。少しでも熱を灯せ。
隣に居るガザーヴァのことを想う。
怨霊が叫ぶ怨嗟の中に救いへの渇望を見出したのは、こいつがこいつだからだ。
自分自身を見失って、カザハ君を乗っ取ることでしかバロールに報いる手段がないと暴走して。
だけど取り戻した身体で、憎かった姉に手を差し伸べることのできた、こいつだから。
ガザーヴァが見てる。
だったらこれ以上、カッコ悪いところ見せらんねえよな。
三世界を救う。ニヴルヘイムも救う。
その中には当然、この怨霊共も入ってる。
-
>「見てるんだろローウェル……。ぼくはお前の操り人形じゃない……!
題名は――そうだな……”憧れを追う風”!!」
遠くで、カザハ君の歌声が聞こえた。
あいつは戦いが始まってからずっと呪歌を奏でていたはずだ。
それが届かなかったのは、俺自身が耳を塞いでいたから。
狭窄した視野が開けた今、ようやくあいつのバフを全身で受けられる。
「ヤマシタ!怨身換装(ネクロコンバート)――モード:『歌姫』」
サモンしたヤマシタは、革マイクの代わりにギターに似た革製の楽器を抱えている。
弦代わりに張った革紐は四本。こいつは今から歌姫じゃない。アナザータイプの名は――
「ボーカルにキーボードにギターと来れば……リズム隊が要るよな」
『ベーシスト』。
カザハ君が奏でるのはブレモンの主題歌でもアニメのOPでもない、完全オリジナル曲だ。
主旋律は未知のものだが、テンポさえ掴めりゃベースは合わせられる。
ユメミマホロの音楽感性を再現したヤマシタなら、即興でリズムを刻める。
ベースから放たれる低音が、『憧れを追う風』の旋律を補強し、増幅させる。
大気を震わせる響きを背に受けて、俺は迫りくる怨霊の群れに向かい合った。
手を伸ばす。手近な怨霊の胸ぐらと思しき位置を掴む。
魂を震わせるような寒気が腕を這い登ってくるが、
全力のバフを受けた今なら、手を離さずにいられる。
「ミズガルズは!お前らの安住の地にはなり得ない。絶対に。
例え現地の戦力を皆殺しにできたとしても、ニヴルヘイムの連中が暮らせる土地じゃない」
死んでなお靴裏のガムみてえに現世にへばり付いてる亡者共が、生者様を舐めんじゃねえぞ。
想いが原動力になんのはお前らだけじゃねえんだ。
「あの世界は、人間が人間のために開発し尽くした場所だ。
地表の資源はあらかた取り尽くしちまって、暮らしやすい土地は人間専用の建物で覆われてる。
魔力もなけりゃ瘴気もない。魔族が生きてくために必要な物資も場所も残っちゃいねえんだよ」
地球の住民を全部ぶっ殺して星を乗っ取ったとしても、主にサイズの関係でインフラはそのまま使えない。
魔族は……身体がでかい。角も翼も生えてる。
地下鉄にも車にも乗れない。家にもビルにも入れない。食料だって缶詰一つ開けられやしないだろう。
まともに生活が成り立つとすりゃ人類の領域外になるだろうが、
人類の住めない領域はつまり砂漠だの山岳だの永久凍土だの、死ぬほど過酷な環境だ。
真ちゃんの白昼夢よろしく街をペシャンコに轢き潰せばスペース自体は確保できるだろうが、
結局は瓦礫の中で路上生活決め込むハメになる。
-
一巡目でアルフヘイムによるミズガルズ侵攻が成立したのは……
アルフヘイムの住人がミズガルズと似たような肉体構造をしていたのが大きい。
「その辺ぜんぶローウェルが面倒見てくれると思うか?
そもそもニヴルヘイムを侵食で滅ぼしたのはあいつじゃねえか。
魔族を救うつもりが本当にローウェルにあるなら、新天地とか言ってねえでニヴルヘイムを残せば良かった。
はじめっから破綻してんだよ、ミズガルズへの移住計画なんてもんは」
――>「次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ」
エンバースの指摘は多分、正解だ。
ローウェルはミズガルズを魔族の居住地にするつもりなんかない。
ニヴルヘイムに与えられた役割は、依然として『攻め込んできた敵』だ。
「お前らの生きられる場所は、ニヴルヘイム以外にない。
魔族が助かるには、『この世界』を救うしかねえんだよ」
ミズガルズを舞台にした最終戦争は、魔族にとっても滅亡のトリガーになる。
戦争を止めるにはニヴルヘイムの軍勢を地球から撤退させなければならない。
それが出来るのは……絶対強者として君臨していたイブリースただ一人だ。
「アルフヘイムを滅ぼした後も、お前らがこの世に残り続けてるのは。
『恨み』のためなんかじゃねえんだろ。ホントの理由は――イブリース。あいつだ。
お前らはアルフヘイムを滅ぼす為に居るんじゃない。イブリースを、助けるために居るんだ」
怨霊達の視線は、死して尚残るほど恨みを抱えてるはずのアルフヘイムには向いてなかった。
常に傍に侍り、奴らが囁きを通して命を救わんとしていたのは、イブリースだ。
そして今、同胞の声すら耳に届かなくなった親玉を守るために、身を挺して障壁と化している。
たとえ亡者であっても、消し飛ばされる苦痛はあるはずだ。
それでもこいつらは、イブリースの盾となるために傍らに在り続けた。
「ニヴルヘイムを救えるのは、お前らと、お前らが守り続けてきたイブリースだけだ。
囁きが届かねえなら、俺がぶん殴ってでも耳をこじ開けてやる。
腹から声出せ亡者共!BGMに負けてるようじゃ、抱えてきた想いも伝わんねえぞ!」
冷え切った手を、もう一度開く。
胸ぐらじゃなく、怨霊達の手を取るために。
「用法用量守らずに『悪魔の種子』のオーバードーズでパキってるあの馬鹿を止めに行く。
傍で見てるだけで満足か?同胞ガン無視で暴走しやがったクソボケ将軍に一発くれてやりてえなら――
イブリースを助けて、世界を救いてえなら!俺に手を貸せ!!」
【カザハ君のオリジナル曲にベースで参加。怨霊の説得工作】
-
【ワン・チャンス(Ⅰ)】
戦闘において「相手が死んでも構わない」かどうかは非常に重要だ。
これは単なる精神論、心構えの話ではない――選択肢の多寡の話だ。
つまり――対象の生死を問わなければ、取り得る戦術は当然増える。
膨大なエネルギー波で敵を長時間に渡って炙るのではなく、首を切り裂く。
オデットのような不死者が相手でなければ、後者の方がずっと楽に敵を制圧出来る。
手足や感覚器に不可逆な傷を負わせるように動けば、対手が警戒すべき選択肢はずっと多くなる。
それに、エンバースは元々「そういうやり方」の方が得意だ――得意にならざるを得なかった。
『……エンバース。あなたの気持ちは分かってるつもりだけど、それでも『ぶっ殺す』っていう言葉は苦手だわ』
「……あん?あー……ああ、確かに……」
だから、なゆたの指摘に対して最初に抱いたのは違和感だった。
普通で、健全で、善良な――自分が一巡目に棄ててきたものに満ちた言葉。
正直なところ――エンバースには、そうした物の考え方に深く共感する事は難しい。
一巡目の中、命を落とすまでの過程で焼き付いた思考回路は――文字通りの人生観だ。
善良さは足枷になる――なんて言葉にする必要すらない常識として根付いているのだ。
だが――それでも、自分が棄てざるを得なかったそれらを守るべき尊いものと思う事は出来る。
「……悪いな。こう見えて、意外と熱くなりやすいタチなんだ」
苛立ちが語気を強めていた事は事実――クールダウンついでに焼死体ジョークを一つ。
『甘っちょろい考えだっていうのは自覚してる。殺す気でかからなきゃ、こっちがやられるってことも。
けど、やっぱり『殺す』は言いたくないから――』
『……絶対に……『勝つ』!』
「オーライ、それで行こう――絶対に、勝つ……何をしてでもだ」
右手で再びダインスレイヴを抜く/左手はムラサマを保持したまま。
神速の居合によるパリィはちらつかせたままでも、無質量の刃は神速を保てる。
剣閃=眼球へ/剣閃=首筋へ/剣閃=脇の下へ/剣閃=大腿へ――執拗かつ精密な急所への攻撃。
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」
「どうした?恨めしげに俺達を呼んだってどうにもならないぞ。かかってこいよ」
しかしイブリースは動じない――あくまでもエンバースへの対処は最小限に留めている。
業魔の剣と瘴気を用いて弾き/逸らし/躱し――ジョンへの警戒を絶やさない。
とは言え、そうした動きは勿論厄介ではあるが――想定内でもあった。
結局、イブリースはいつかはジョンへと攻撃を仕掛ける。
エンバースの身のこなしならば、そこに割り込む形でパリィを狙える。
それもただ武器を弾くだけでなく――肘や手首、魔剣を握る指を切断する為のパリィを。
そして――イブリースがエンバースに左手をかざす。
「そう、それでいいんだ。こっちを見ろ」
-
【ワン・チャンス(Ⅱ)】
溢れる漆黒の闇属性魔力の奔流/エンバースは一瞬立ち止まり――深く潜り込むように踏み込む。
あえて一呼吸回避を遅らせる事で、ダークネス・ストリームそのものを隠れ蓑にした。
すぐ隣を迸る暗黒の波動にダインスレイヴを押し付け/削ぎ落としながら前へ。
「バカ、ちゃんと見とけよ。ほらこっちだ――」
赤黒く燃え盛る魔剣を振り上げ――瞬間、エンバースは微かな異変に気づいた。
己の器である遺灰の動作応答に、ほんの僅かにだが違和感があった。
死霊術で干渉されている――否、原因はもっと単純だった。
己の頭上に闇の魔力による雷が集いつつある――それに遺灰が引き寄せられているのだ。
「ちぃ……!」
咄嗟に飛び退く/直後に雷鳴――更に雷鳴/雷鳴/雷鳴――雷が追ってくる。
「なるほど。数的優位を覆し得る、良いスキルだ。だがな……フラウッ!」
威勢よく叫ぶ/立ち止まる/ダインスレイヴを高く掲げる――雷鳴、そして直撃。
「ぐあぁあああ――――――ッ!」
闇の魔力が織り成す稲妻=不死者の魂を灼き尽くすには十分過ぎる威力。
だがエンバースは倒れない――遺灰が形を失って、崩れ落ちる事もない。
「……まだまだ俺達への理解が浅いな。こんなモンはな……死ななきゃ安いのさ」
どうせこの戦いは総力戦――こちらには超一流のヒーラー/バッファーがいるのだ。
フラウに触腕を繋がせる事で雷のダメージを分散すれば――ただ、恐ろしく痛いだけで済む。
一巡目の頃から苦痛には慣れている――冗談を飛ばして、痛みなどまるで無いように振る舞う事にも。
次の攻勢に出るべくスマホ画面を確認――そして、小さく舌打ち。
〈あの?ダメージの半分を受け持った私に何か言う事は?〉
「……ああ、勿論あるぜ。全員聞け!黒い雷は食らうとATBゲージにもダメージがあるぞ!
いつもの初見殺しのクソギミックだ!狙われたなら俺達を探せ!代わりに受けてやる!」
〈……はあ。分かりました。何か武器を。次は雷を床に逃がすようにしましょう〉
エンバースがスマホをタップ――細身の短剣=魂乞いコーリングウォーをフラウへ装備。
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」
イブリースが吼える――周囲に紅蓮の炎が広がる。
『ポヨリン! 『水護幕(ハイドロスクリーン)』!』
『ぽよよっ!』
「よう、手を貸すぜ。文字通りにな」
エンバースがなゆたの元へ――水の防壁に燃え盛る右手を突っ込む。
「ポヨリンさん、共同作業だ。ただ守りを固めるより……こっちもやり返してやろう」
水護幕が急激に泡立つ=エンバースの炎による現象――直後に炸裂。
水蒸気の爆風が業火を殴り返す――だが、それでもまだ威力が足りていない。
蒸気の攻性防壁が押し負ける――紅蓮の炎から、なゆたを庇うべく傍に引き寄せた。
-
【ワン・チャンス(Ⅲ)】
『みんな、大丈夫!? ダメージを負った人は申告して! すぐに癒します……!』
『スペルカードは出し惜しみしないで、どんどん使って頂戴!
『多算勝(コマンド・リピート)』で再度使用可能に出来るから!』
「……死ななきゃ安いとは言ったものの、こうも防戦一方なのは……ちょっとマズイな」
後衛陣の援護も無限に続く訳ではない――魔力/気力/体力には限界がある。
今のところ一方的に消耗させられるばかりで、有効打を与えられていない。
『戦えば戦うほど、規格外のバケモノじゃな!
ニヴルヘイムの首魁という二つ名は伊達ではない、ということか……!』
『オレが……バケモノ……?
違う……オレは……悪魔だ――――!!」
「ほざけ。バケモノだろうと悪魔だろうと関係ない。俺は……ハイバラだぞ」
ダインスレイヴを高く掲げる/戦場に散った魔力を吸収――戦闘が長引くほど魔力刃はより長大に、強大になる。
どこかで分岐点が見つけられる筈なのだ――イブリースの生存能力を、己の攻撃力が上回る瞬間が。
時間さえかければ自分は必ずイブリースを殺せるし、殺す――エンバースは決意していた。
そんな決着の仕方は本意ではない――だが、このスタンスを貫く事がジョンへの最大の援護になると。
『イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…
誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…』
ジョンが業魔の剣を右腕で受ける――先日返ってきたばかりの心臓がまた飛び出すかと思ったが、ジョンは無事だった。
右腕は肉が裂け骨が飛び出すも切断にまでは至らず――その負傷さえ瞬く間に自己再生していく。
一体どっちがアンデッドだ――エンバースは思わず、乾いた笑いを零した。
『イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…
だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない』
「……耳が痛いな」
一巡目、エンバースは――ハイバラは人を殺した。何度も、何人も、数え切れないほど。
だが、今ではもう――その時何を感じて、どう悩んでいたのかすら思い出せない。
覚えているのはただ一つ、自分に仕方ないんだと言い聞かせてきた事だけ。
そして――今更、そんな事を思い出そうとするつもりもなかった。
無駄だからだ――今でも、同じようにしか思えないからだ。
つまり――仕方なかった、やらなきゃやられてたと。
ずっと自分にそう言い聞かせていた――だから、それはエンバースにとってはもう真実なのだ。
『そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから』
だから同じように、ジョンにとってもそれは真実なのだろう。それは、自分の真実とは違う形をしているが――
「……いいな、それ。きっとそうなるよ」
自分のそれよりも眩しく見えて――少し、羨ましかった。
『まずは一発!!』
ジョンの右拳が唸る――イブリースの左頬を打ち付ける/落雷を思わせるほどの打撃音。
ジョンの倍以上はある巨躯が軽々と吹っ飛ぶ――玉座に激突/激しい土煙が舞う。
エンバースの口元にも思わず笑みが零れるくらいの――会心の一撃。
-
【ワン・チャンス(Ⅳ)】
『勝てんぜ、お前は』
『僕には最高のパートナーがいるからな』
「……あ、ああ、びっくりした。そうだよな、部長の話だよな。何を急に惚気け出すのかと思ったけど」
土煙の奥で巨大なシルエットが動く――立ち上がり/まっすぐこちらへ向かってくる/その足取りからはまるでダメージが感じられない。
「……ふん。ノーダメってか。それがどうした。ギミックはとっくに割れてるんだぞ」
『マホたん、力を貸して――』
戦場にカザハの歌声が響く――正直、怨霊どもによる準無敵級のバフ相手にATK強化が機能するのかは怪しい。
が、それは黙っておく/言うだけ野暮だ――この状況での聞き慣れたBGMは、戦意高揚には十二分に機能する。
『――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ!!!』
イブリースがジョンへ襲いかかる――エンバース/フラウ/ポヨリンによる妨害などお構いなしだ。
たちが悪い事に、その暴走めいた集中攻撃は――戦術的に見てもこの上なく正解だった。
己の生存能力が敵の火力を上回るなら――被弾を無視してまず一人、殺せば良い。
古式ゆかしいRPGの基本戦術――ちょっと固い雑魚の群れは、単体攻撃で一匹ずつ間引いていく。
「みのりさん!ヤツの狙いは――」
『みんな、ジョンさんを援護や!
いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!』
「……見えてるか。流石、頼りになるよ。よし、フラウ……俺達ももっとハードに行くぞ」
豊穣大祭の加護はパーティメンバー全員に働く=より深く死線に踏み込める。
ダインスレイヴの刃を小剣並みに圧縮――威力をより高め、前へ。
急所のみに狙いを定めた剣閃が五月雨の如く駆け巡る。
『ッガアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!』
「クソ、この……!バカみたいに暴れやがって……!」
だがイブリースの連撃は荒れ狂う暴風のように激しく、絶え間ない――それが急所への的確な一撃を阻んでいる。
『こらあかん! なんぼも持たへんで!』
『好き勝手はさせぬ!』
エカテリーナが呪印を結ぶ――宙空の二対の魔法陣が出現/そこから生じた鎖がイブリースの四肢を束縛。
「やるなカテ公……!久々にお前の活躍が見れて嬉しいよ」
『エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!』
「ああ、任せろ――!」
エンバースが魔剣をフラウへ/更に右手を差し伸べる――触腕を掴むと、相棒から大きく距離を取る。
フラウは右手を大きく伸ばし、魔剣を床に固定/左手は主人がしかと掴んだ状態。
つまり巨大なスリングショットと化して――それから溜息を一つ。
〈やりたい事は分かりますけど……これ、私だけなんか損な役回りですよね?〉
「馬鹿言え、お前が要だ」
〈いやまあ、そりゃそうでしょうけ……ども!〉
-
【ワン・チャンス(Ⅴ)】
フラウの声が最後くぐもる=ポヨリンによる全力の体当たりを、あえて真芯で受けた際の必要経費。
『真! ポヨリン砲弾ッ!!』
瞬く青の閃光/響く大砲さながらの炸裂音――だが、それは発射音ではなく着弾音だ。
イブリースの表情に僅かに苦痛が滲む/甲冑の胸当てに亀裂が生じる。
瞬間――エンバースの双眸が一際強く燃え上がった。
『オオォ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!』
イブリースの咆哮/瘴気の炸裂――魔力の鎖が砕け散り、ポヨリンをも跳ね除ける。
『ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?』
『なんてこと、これも効き目がないなんて……!』
「……いや。違う。効果はあった。足りなかっただけだ……そして、これではっきりした。
絶大な威力を誇る一撃さえ用意出来れば、ヤツのギミックはすっ飛ばせる。
つまり……怨霊のバフを剥がさなくたってダメージは通る」
そして、そんな一撃を用意する術がエンバースにはある――ダインスレイヴが。
やはり殺せる――それに、見つけたのはダメージの通し方だけではない。
卓越したゲームセンスはこのコンテンツのデザインをも垣間見た。
EXレイド級『兇魔皇帝イブリース・シン』は、イブリース戦には無かったギミックが複数追加されている。
メテオフォールは整然と回避しなければ仲間に自分を狙った隕石をぶつけてしまうだろうし、
黒雷はゲージ依存度の低いプレイヤーが率先して受けに行く必要がある。
紅蓮の炎は迅速なダメージ軽減/回復の腕の見せ所。
ゲームにはデザインがある――こういう攻略をして欲しいと、プレイヤーを誘導する為の仕組みが。
ならば、ならば――甲冑に生じた僅かな亀裂は、どういう攻略を望んでいるのか――答えは明白だ。
『―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!』
イブリースが絶叫/業魔の剣を打ち捨てる――ジョンへと襲いかかる。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!』
怨霊と瘴気が空間を爛れさせる――ぐずぐずに崩れた空間がジョンから俊敏性を削ぎ落とす。
動きの落ちたジョンの胴体に、イブリースの右拳が深く突き刺さる――豊穣大祭の案山子が爆ぜる。
なおもイブリースは止まらない――更なる連打/爆音/連打/爆音/連打――案山子が見る間に減っていく。
それは最早暴風なんて言葉では足りない――爆発、爆風、それそのものだった――エンバースの腕をもってしても割り込めない。
『ッゴオオオオオオオオオオッ!!!!!」
イブリースがジョンの頭を掴む/壁に叩きつける――最後の案山子が爆ぜる。
〈ハイバラ……!あのままでは――!〉
「分かってる!だから集中させろ!」
『……死ね……!!!』
ジョンの頭を掴んだままの右手が闇色に輝く/そして炸裂――極大のダークネス・ストリームがジョンを塗り潰す。
そして――それと全くの同時、エンバースの右手人差し指と中指が、素早く精密にスマホの画面を操作した。
味方のHPを一時上昇させる【死に場所探り】/対象のHPを回復する【奮起】を続けざまに発動したのだ。
予測される大ダメージに合わせて局所的に、集中的に支援と回復を行う。
本来はサポートメンバーの技能だが――ハイバラに出来ない理由はない。
-
【ワン・チャンス(Ⅵ)】
「ど……どうだ!タイミングは完璧だった!本来受ける筈だったダメージを、かなり軽減出来た筈……!」
だとしても、ジョンがすぐさま戦闘に復帰出来るとは思えない。
更なる致命的な追撃を回避すべく、フラウがジョンに飛びつく。
〈部長……!大丈夫、私達の後衛は優秀です。すぐに元通りになります。それまで……あなたが彼を守って。私が援護します〉
『何しとるんや『禁書』の、はよ回復や!』
『やってる! これが精一杯よ!』
エンバースがイブリースの前へ躍り出る――ジョンが回復するまでの間、無理にでもイブリースを釘付けにする必要がある。
『……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……。
…………『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ―――――――――――ッ!!!!!』
そして――イブリースは再び吼えた。その全身から瘴気が噴き出し、嵐のように渦を巻く。
近づけない/それどころか前に立ち続ける事すら出来ない――吹き飛ばされる。
せめて魔力刃を伸ばして牽制をと、エンバースは魔剣を掲げ――
『みんな、見て!』
なゆたの声に、動きを止める/イブリースを注視する。
『……イブリースが……泣いてる……』
どうして急に/まだ正気が残っているのか――エンバースは、そんな事は考えなかった。
戦闘に/命を奪う事に深く集中した状態の思考回路は、そんな感傷的な発想は生み出せなかった。
感じたのは、ただ――今が状況を逆転させる/イブリースに致命傷を与える千載一遇の好機だという事だけ。
「道を――――!!」
エンバースが鋭く、必要最低限の要求を叫んだ――この瘴気の嵐を切り開け、と。
最初に応じたのはフラウだった――無数に分割した触腕の刃が純白の剣風と化す。
「ここしか……ないんだ――――――――ッ!!!」
瞬間、エンバースが駆け出した。
ダインスレイヴの刃が、ダガー同然にまで圧縮される。
闇色の眼光が見据える先は、先ほど生じた甲冑の亀裂。
その隙間に魔力刃を突き刺し、これまでに吸収した魔力/瘴気の全てをイブリースの体内で解き放つ。
いかにEXレイド級、イブリース・シンと言えど、深い深い傷を負う事は避けられまい。
そして一度重傷を負わせれば、今まで通りの戦闘行動は取れなくなるだろう。
無論、それほどのダメージを与えれば、いかにイブリース・シンと言えど、殺してしまうかもしれないが――それは、仕方がない。
とは言え――かもしれない、だ。上手くいけば、そうはならないかもしれない。
致命傷を負ったイブリースの動きが鈍って、本当に死ぬ前に制圧出来る可能性だってある。
とにかく、今はやるしかない――その一心で、エンバースはイブリースの甲冑の裂け目に狙いを定め――
「……ジョ――――――――――――ンッ!!!」
一度だけ、ジョンの名を呼んだ。
-
【ワン・チャンス(Ⅶ)】
ジョンは【巨神闘争】によって恐ろしいほどのダメージを受けた。
確かに即死には至らなかった/すぐに回復を受ける事が出来た――だがそれだけだ。
仮に肉体が死を免れても、すぐに立ち上がれる筈がなかった――ましてや、戦闘に復帰するなど。
エンバースは自分でも、何故そんな事をしたのか分からなかった。
無意味に決まっているのに、何故そんな事をしたのか。
その答えに、エンバースが辿り着く事はない。
殺すか殺されるかの戦いの中で、そんな事を考えている暇などない。
だから――自分が、ジョンならきっと立ち上がると信じている。
そんな簡単な答えに、エンバースは決して辿り着かない。
そして――ジョンはきっとその通りに立ち上がるだろう。エンバースの呼び声に応える筈だ。
その瞬間、エンバースはまるでそうなると知っていたかのように、定めた狙いを変更する。
イブリース・シンをコンテンツとして見た際に破壊するべき、もう一つの部位に。
愛剣を放棄/スマホをタップ――新たにデッキへ加えたスペルを発動。
大したカードではない。ゲーム内でも比較的容易に手に入る、何度もBANされる事が前提の荒らしプレイヤーのデッキにだってあるカード。
「【座標転換(テレトレード)】……プレイ」
入れ替えたのはダインスレイヴと、ムラサマレイルブレード。
超電磁力を帯びた鞘に魔剣が収まり――そして、鯉口を切る。
【超電磁抜刀(フューチャー・オブ・ヒノデ) ……扇状小範囲に斬撃ダメージ。帯電バフの数に応じて性能が上昇。
――ご照覧あれ、クサナギ殿。これが、ヒノデの未来でござる/ダイミョー・コバヤカワ――】
刹那、牙を剥く紅蓮の剣閃――狙いはイブリース・シンの角=魔族の力の源。
跳ね上げるような居合の斬撃が角と、その先にある月桂冠を軌道上に捉えた。
-
>「――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ!!!」
「お前が本当に僕達を憎んでいる事は知っている…それでも…今相手にするべきは僕達じゃないと…お前だって分かってるはずだ…
本当に望んでるのはなんだ?今の本当にしたい事を…しろよ!!」
〜〜♪
カザハの心地よい歌が流れている。
昔みてアニメで歌を歌って味方を鼓舞するキャラクターを見た事がある。
あの時はそんなんで強さが変わるなら苦労しないなどと思っていたが…。
>「ヤマシタ!怨身換装(ネクロコンバート)――モード:『歌姫』」
>「ボーカルにキーボードにギターと来れば……リズム隊が要るよな」
「聞こえるか…?この歌が!音楽が!これが仲間だ!お前にはない…いやお前が自ら手放してしまった…!」
>「ッガアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
それは獣であった。
理性など欠片も残さず…ただ目の前の気に入らないのを排除しようとするだけの獣…
この獣は必死に…更に大きい力を持ったなにかに追い立てられるように…逃げるように僕に襲い掛かる。
>「みんな、ジョンさんを援護や!
いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!」
フィールドに数えきれないほど案山子が生える…と僕はそれを見て案山子を遮蔽物にしながら慎重に立ち回る。
僕が今無敵なのは右腕だけだ。その右腕も即座に二回攻撃されればどうなるか分かった物ではない。
バギバギバギィッ!!
イブリースは案山子など元から無かったように直進攻撃を繰り返す。
怒り狂った獣は間にある壁なども判別つかないというが…まさに…まさにである。
「どこ狙ってるんだ?こっちだ…ウスノロ」
口では強気に振舞う…しかしイブリースの攻撃は当たれば即死…その攻撃を何回も自分の近くを通っていくという緊張感…。
その緊張感が…僕の精神力を確実に削っていく…当然攻撃に転ずる暇などない…が必要もない。なぜなら…
>「エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!」
イブリースの周りから現れた鎖がイブリースを拘束する。
「ま…当然僕は一人で戦ってるわけではないので」
イブリースですら即座に引きちぎれない鎖で拘束し炸裂し…
>「真! ポヨリン砲弾ッ!!」
ドゴォォォォッ!!!
息の合わさった僕の部長砲弾パク…オマージュ技を繰り出す。
即興とは思えないほど嚙み合わさったそれは確実にイブリースをとらえた。
-
「やったか…!?」
イブリースが心底不愉快そうな苦痛に満ちた表情になる。
この戦闘で始めた見せた表情だった…しかし。
>「オオォ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
さらに感情を爆発させたイブリースによって凄まじい圧の衝撃波が放たれる。
鎖は強引に千切られ僕達もその圧に耐えられず吹き飛ぶ。
>「ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?」
>「なんてこと、これも効き目がないなんて……!」
連携は完璧だった。…しかし今のイブリースはそれをも上回る力で暴れていた。
>「―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」
同じ単語を繰り返すだけの理性なき叫び。
そしてその獣はなにに邪魔されようとも…目の前の僕に襲い掛かる事しか考えていなかった。
>「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」
叫びと同時にイブリースの周囲に怨霊のようなものが飛び出し僕の体を撫でる。
僕の呼吸が一瞬止まった。怨霊の影響で瘴気が濃すぎて空気が正常に吸えず…一瞬だけ行動するための呼吸ができなかった。
獣は…それを見逃さなかった。
>「ッゴオオオオオオオオオオッ!!!!!」
メキイ
胴体にめり込んだ拳…そして体の中から…嫌な音がした。
「あがっ…」
一度食らったら僕にはもう逃げる術はなかった。
メギッ!!!
体にイブリースの拳の連打を叩き込まれる…しかし案山子のおかげで幸い…とは言えないが即死だけ免れていた…。
死なないが故にこの激痛に耐えなければいけないのだから。
空かさず部長が割り込もうとする。しかし僕はそれを止めた。
イブリースのパワーの前ではバフのない部長はあまりにも非力すぎるから。
>「……死ね……!!!」
僕の頭を掴み魔力集めた右手を僕にかざし…僕に向けて発射した。
ギュバッ!!!!
成すがままだった…もう僕には立ち上がる力さえ残されいなかった。
イブリースが魔剣を携え僕に近寄ってくる。
回復魔法も瘴気に侵されてしまった僕には効果は薄く…殆ど効果を得られていなかった。
荒く呼吸するも受けたダメージは凄まじく…立ち上がる事はおろか…呼吸するのが精一杯。
僕は当然…死を覚悟した――
-
>「聞こえなかったのかい? イブリース。
“君はここに残れ”――と、そう言ったのさ」
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「…?なん…だ…この…こえは…?」
微かに…それでいてしっかり聞き取れる謎の声…この声…は?
この声の主はたしか…ミハエ…ル?そしてそれに続く次の声の主はすぐにわかった。
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>「莫迦な……! ならば、誰が我が同胞たちを導く? 誰が同胞たちを襲う脅威を排除できるというのだ?
同胞たちにはまだ、先導者が必要なのだ! 先頭に立って新天地への道を切り拓く者が――!!」
----------------------------------------------------------
イブリースだ…はっきり聞こえる…!獣のような叫び声ではなくはっきりした人物としてのイブリースの声が…!
僕は顔を上げ目の前からゆっくりと歩いてくる人影を見る。
しかしそれはやはり獣だった…もはやまともな言葉すら発せない…荒い呼吸と鳴き声のようにブレイブと連呼するだけの…獣。
じゃあ…この声は…!?
その瞬間僕の頭の中に一気に情報が流れ込んでくる。
イブリースの瘴気に侵されたせいなのか…僕には理由がわからないが…僕の意志とは関係なくそれは流れ込んできた。
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「僕が代わりに彼らを導いてあげるよ。イブリース」
「……お前が……?」
「ああ。君も知っての通り、僕は最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だ。
そして、当然ミズガルズ出身でもある。ミズガルズの兵器、武装、戦術……そのすべてがここにインプットされてる。
君のように『まず喰らってみて確認する』なんて、悠長なことをする必要がないってことさ」
「いつか話したろ? 僕の見た幻視を。
ミズガルズを闊歩するタイラントの隊列。戦闘機とドッグファイトするワイバーン。
港湾を押し流すミドガルズオルム、そして市街地を蹂躙する魔物たちの軍勢を!
ああ、あの光景を実際に再現できて……しかもこの僕が自ら指揮できるなら!
それはどんなにか素晴らしいことだろう!」
「……ミハ……エル……」
「ニヴルヘイムの軍勢を率いるのは、僕だけじゃない。
他にもいるんだ……心強い仲間がね」
「いいや……駄目だ」
「やれやれ……。もうちょっと君は賢いと思っていたけどね、イブリース。
『一段深く考える人は、自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている』――」
「所詮、君も浅墓な物の考え方しかできない愚か者だったか。
君は今まで通り、僕とローウェルの言う通りに動いていればいいんだよ!!」
「―――ミハエル・シュヴァルツァ―――――――――――ッ!!!!」
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勢いよく色んな情報が脳内に強制的に流れ込んできて…ただでさえ物理的に体が辛い時に脳まで焼ききれそうになる。
そしてその情報流れ込むのが落ち着いた今…分かった事一つある。
イブリースは過去僕がした失敗を犯そうしているという事。
僕にも…シェリーを諦めない心があれば…どんな体であろうと…例え本人に嫌われても一生添い遂げる覚悟があの時僕にあれば…
一緒だ…一緒なんだ…イブリースは自分を諦め…他者に託した…それが本当に最適解であったとしても…自分に悔いがあるのなら…!
「諦めんじゃねえよ…お前…どうしてそこで諦めるんだ…そこで…!例え本当におせっかいだったといしても…最後まで見届ける義務はあるじゃねえか…!」
>「見てるんだろローウェル……。ぼくはお前の操り人形じゃない……!
題名は――そうだな……”憧れを追う風”!!」
心が熱くなる。…いや魂が熱く燃えている!
「一人でできない事があるなんて当たり前だ!…なに諦めてやがる…頼れよ!敵だろうとなんだろうと利用しろよ!僕達だって利用してやるからよ!!」
僕は部長を抱きかかえる。そしてスペルを切った
「「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)」!」
「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
このスキルは絶叫すればするほど部長の攻撃と防御…両方のステータスがあがる…!…もちろん素早さもぐんと下がるが今は関係ない。
>「……イブリースが……泣いてる……」
「泣くなくらいなら…僕達と一緒にこい!!一緒に天国だろうが地獄だろうが地球だろうが…!なんだってついてってやる!!」
楽しいことも嫌なことも共有してそれでいて認め合う。
この世界で一回りも年下の女の子に教わった…なんて当たり前な…しかしそれでいて簡単には気づけない事。
先ほどより瘴気が薄くなっている…。これなら…いける!
僕は部長のアイテムボックスから紐を取り出し…それを部長にほどけないように巻き付け固定する。
胡散臭い魔道具ショップ買ったアイテム…店主曰く絶対千切れない紐!
「頼む!みんな…少しの間イブリースを足止めしてくれ!」
これは取って置きの…「殺してもいい相手」限定の技にする予定だったが…今のイブリースを落ち着かせるには火力が必要だ…!それも圧倒的な!
生命の輝きは置いてきちまったし…そもそもあれはどっちかが死ぬまで止まらない武器だから論外…となれば…!
「僕の…いや僕達の全力を見せてや・・・・るうううううう!」
紐に部長を括りつけた状態でその場で回転し始める。頑丈な王座の間の床がミシミシとちょっとだけ嫌な音を発する。
そして全身が悲鳴を上げる。折れた骨達の合唱が聞こえる!…でもそんなの関係ない!!
イブリースを救う!世界を救う!…その為に今僕ができる事を…!
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何も考えず飛べてたあの頃
こわいものは無かった
だけど何かが足りないような気がして
時々涙こぼれたんだ
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「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)!」
「にゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁアアアアあ!!」
このスキルは攻撃防御共に破格の数値を誇り…そして叫べば叫ぶほど無限に数値が上がっていく……しかしなぜゲームでは産廃扱いされていたのか
それは素早さの数値も破格と呼んで差し支えないほど低下するからだ。正確に言うならば…体重が極端に重くなる…
最終的に究極のステを誇る代わりに自重で一切動けなくなるほどに…。
結局攻撃できなければ高いステも宝の持ち腐れ…防御がいくらあろうと永遠に殴られたらいつか倒れてしまう…だから産廃スキルと呼ばれていた。
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夢見た楽園で 傷だらけになって 綺麗な魂失った
代わりに得たものが たくさんあることに
ずっと気付けなかったけれど
この気持ち知るためなら 全てに意味はあった
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だが…自分が動けないなら…僕が動かしてやればいい…!
砲丸投げの要領で…空中に投げ飛ばし…最強のステータスを…!質量を…イブリースにぶつけてやる…!
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星々のきらめきに憧れて 手を伸ばした日々よ
たとえそれが虚構でも 憧れは今 確かにここに
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もちろんこれだけの予備動作…普通なら逃げられる…けど僕には仲間がいる…頼れる…
イブリース…お前にもいるはずなのに…今はいない…僕にはもったいない程…心の底から信頼できる仲間が!
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
「にゃああああああああああああああ!」
ブオン!
空に投げられた部長は頑丈な天井を何枚もぶち破り大空に飛び出す。
投げられながらも叫ぶことをやめない部長の重さはどんどん加速していく。
「カザハ!」
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逃れえぬ宿命刻まれたぼくの左手で取るのは
呪われし祝福受けたキミの右手
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僕がカザハを呼ぶとカザハはなにも聞かず、疑問すらも持たずに…僕が伸ばした手を握り空を飛ぶ。
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争いが絶えぬ世で 手を繋ぐことの奇跡
いつだって 忘れない 誓い合った 約束を
(何も考えず飛べた羽を捨て 自分で選んだ道 踏みしめ歩む
たとえそれが 険しい道だとしても あなたは行くのでしょう)
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手を握ったまま…僕達は見つめ合い…僕は一言もしゃべらなかった…いや…必要なかった。これが「心が通じ合う」という事なのだと…初めて僕はこの人生の中で学んだ。
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いつの日か 世界中の 悲しみが 癒える日まで
歌声を 風に乗せ どこまでも 届けるよ
(強き刃失い得たものは 優しい音紡ぐ声
今はまだ小さな光だとしても いつか新たな羽になるだろう)
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部長に追いつき…そして部長を抱きかかえるようにして狙いを定める。
高く飛びすぎてイブリースはおろか城さえ…少し小さく見える…しかし狙うべき場所は分かっている。
仲間達を信じている…そして…仲間達が信じる僕を信じている。
「雄鶏乃栄光(コトカリス・グローリー)!」
僕はできる限りの大声で部長と共に叫んだ。
「部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!」
「にゃああああああああああああああああああああああああああ!」
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いつまでも キミの隣で
(いつかまた 飛べるだろう)
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ズドオオオオオオオオオオオオオオオン!
流星と名付けられたそれは本物にも引けを取らない速さで空から降ってきて…大きな音と共に正確にイブリースを捉え…着弾した。
素早さという軽さを一切捨てた圧倒的質量の暴力!純粋な力には純粋な力で…!
この場にいるだれが欠けても当たる事は叶わなかった…今のイブリースには絶対できない連携攻撃…。
「はあ…はあ…これでわかったか…一人じゃできない事も…みんなとなら…仲間となら乗り越えられるって事を…!」
僕はたまらず膝をつく、正直…もう体は限界だった。
瘴気がマシになったとはいえ…今までのダメージがいきなり体から無くなる事はない…。
全身から血は出てるし…体は若干寒気がする…ぴんぴんしてるのは自然回復がある右手だけだ…けどそれがどうした…!
「お前の本当の想いを…思いっきりぶちまけてみやがれ!」
僕の言葉が届くとか…その方法とか…僕にはよくわからない…から僕は全力でイブリースにぶつかり続ける。
不器用だと笑えばいい。だけど…効率的な方法を探してなにもしないより僕は…後悔したい為に今に全力を尽くす。
「…来い!イブリース!」
-
イブリースの必殺拳『巨神闘争(ティタノマキア)』によってジョンは致命的なダメージを受け、どっとその場に倒れ込んだ。
全身の骨は砕け、皮膚は焼け、臓腑は破裂し――本来であれば数十回は死んでいてもおかしくない程のダメージ。
しかし、生きている。みのりの『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』とカザハやウィズリィのバフ、
アシュトラーセの懸命の回復魔法により、なんとか命を繋げている。
とはいえ、その糸は極めてか細い。あとほんの少しだけでもイブリースが攻撃すれば、本当にジョンは死ぬだろう。
>なゆ! あの銀髪モードは!? 悠久済度(エターナル・サルベーション)なら……!
カザハが叫ぶ。
しかし、なゆたはその声に応えることができなかった。
その発動条件が未だに分からないからだ。自身が極限状態に置かれれば無意識に発動するのかもしれないが、
条件が不確定すぎる。
再度業魔の剣を携えたイブリースが、ジョンにとどめを刺そうとゆっくり歩を詰めてゆく。
その三つの眼からは、とめどなく血の涙が流れ落ちている。
きつく歯を食い縛った憤怒の表情ながら、イブリースは確かに泣いていた。
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ……!!」
そして。
>道を――――!!
エンバースが動く。エンバースは疾風のように驚くべき速度でイブリースへ距離を詰めると、
真・ポヨリン砲弾で亀裂の入ったイブリースの胸部装甲に狙いをつけた。
完全にジョンに狙いを定め、他の存在を気にも留めていなかったイブリースは、防御するでもなくその剣を喰らった。
まるで超新星さながらに圧縮された魔力と瘴気の刃が装甲の亀裂に潜り込む。
そして、開放。イブリースは自らの放出していた魔力と瘴気とを自らの体内に直接叩き込まれ、一度びくん! と震えた。
ごぽり、とどす黒い血を吐く。だが、死なない。斃れない。
普通のモンスターであれば、これで決着してもおかしくない程の重傷。
だがアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と同じように、イブリースもまた色々なものを背負っている。
託されている。委ねられている――誇りも、理性も、何もかも捨て去ったとしても、決して捨てられないものを抱いている。
だからこそ、死なない。
>……ジョ――――――――――――ンッ!!!
エンバースが叫ぶ。魂そのものから絞り出すような叫びだった。
そして、一枚のスペルカードを切る。
発動させたスペルは『座標転換(テレトレード)』。
バチバチとプラズマのような雷のエフェクトを纏った魔剣でエンバースが次に狙ったのは、イブリースの巨大な角だった。
ビュオッ!!!!
一閃。超電磁の刃とイブリースの左角が激突し、稲妻めいた光を放ちながら魔力の奔流が荒れ狂う。
さすがに、硬い。さしもの魔剣も一息に角を斬断することはできない。イブリースが丸太のような首の力で、
エンバースの剣を押し返し始める。
しかし――
「『限界突破(オーバードライブ)』プレイ! エンバース、お願い―――!!」
ひとりではどうにもならないことでも、ふたりなら。
絶対に成し遂げることができるのだ。
ビギッ!!
なゆたのスペルカード『限界突破(オーバードライブ)』の援護によって、イブリースの角の一部に亀裂が入る。
そして次の瞬間、兇魔皇帝の魔力の源たる角は半ばからへし折れ、月桂冠ごと吹き飛んでいた。
ブシュゥゥゥゥゥッ!!
イブリースの左側頭部から濁流のように血が噴き出る。
と、自らの膨大な魔力を制御していた角を片方失ったイブリースは己の顔に左手を添えて苦しみ始めた。
「ウ……ォ、ゴォォォォォォ……!
グァァァァァァッ……!!! ブ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ……ッ!!!」
魔力が、瘴気が、暴走している。これでは今までのように無尽蔵とも言える魔力で魔法を撃つことは不可能だろう。
バリバリと雷霆めいたエフェクトに包まれ、イブリースが身を仰け反らせて苦悶する。
>見てるんだろローウェル……。ぼくはお前の操り人形じゃない……!
題名は――そうだな……”憧れを追う風”!!
カザハが歌を歌い始める。先ほどはアニメでも聞いたことのある馴染みの曲だったが、今度は違う。
聞いたことのない歌詞、聴いたことのないメロディ。
それはカザハがジョンを想う心から編み出した、完全なオリジナルソングだった。
-
>ヤマシタ!怨身換装(ネクロコンバート)――モード:『歌姫』
すかさず明神がヤマシタを形態変化させ、カザハとカケルの歌に彩を添える。
それを見てエカテリーナも委細承知とばかり、虚構魔法を用いて自らの前にシンセサイザーめいたキーボードを出現させる。
「ここに『詩学』がおらぬのが残念じゃな!
しかし任せい! 妾の鍵盤捌きも中々のものじゃぞ!」
ヤマシタとエカテリーナの音楽によって増幅されたカザハの歌が、パーティー全員に想定をはるかに超えたバフを齎す。
同じタイミングで明神は周囲を乱舞する怨霊を素手で掴むと、叩きつけるような激しさで捲し立て始めた。
>ミズガルズは!お前らの安住の地にはなり得ない。絶対に。
例え現地の戦力を皆殺しにできたとしても、ニヴルヘイムの連中が暮らせる土地じゃない
ミズガルズとニヴルヘイムでは、環境も成り立ちも何もかもが違いすぎる。
魚に陸に棲めと、鳥に深海で生きろと言っているようなものだ。たとえ其処に進出できたとしても、
恒久的な生存と繁栄を維持できるはずがない。
どだい、ニヴルヘイムの住人がニヴルヘイム以外で生きるなど最初から不可能なのである。
明神の周囲を、無数の怨霊たちが取り巻く。
亡霊や悪霊など霊属性のモンスターは、ドレインタッチという接触性の攻撃を持っている。
対象に触れるだけで生命力を吸収し、死に至らしめるという特性だ。
生者にとっては触れられるだけでも危ういというのに、明神はそんな怨霊を自ら掴みに行っている。
今や明神は無数の怨霊たちによって十重二十重に取り囲まれ、全身をくまなく侵蝕されてしまっている。
このままでは、遠からず死ぬだろう。
「…………」
しかし、明神が危機的状況に置かれているというのに、ガザーヴァはそんな主人を助け出そうとはしなかった。
怨霊たちに真の救いを、その道を示すことができるのは、この場には明神を置いて他にない。
失敗すれば死ぬだろう。今現在も、明神は怨霊たちに急速に生命力を奪われている。
だが、明神なら必ずやり遂げてくれる。怨念に染まり、怨嗟に縛られた魂を解放することができる。
ガザーヴァにはそれが分かる。最初に明神によって救われ、解き放たれた自分だから――。
>アルフヘイムを滅ぼした後も、お前らがこの世に残り続けてるのは。
『恨み』のためなんかじゃねえんだろ。ホントの理由は――イブリース。あいつだ。
お前らはアルフヘイムを滅ぼす為に居るんじゃない。イブリースを、助けるために居るんだ
明神の必死の説得に、怨霊たちは応えない。ただ低い呻き声を上げながら、周囲をゆらゆらと漂うだけだ。
けれど、だからといってまるで通じていないという訳ではない。明神にはそれがよく分かるだろう。
>ニヴルヘイムを救えるのは、お前らと、お前らが守り続けてきたイブリースだけだ。
囁きが届かねえなら、俺がぶん殴ってでも耳をこじ開けてやる。
腹から声出せ亡者共!BGMに負けてるようじゃ、抱えてきた想いも伝わんねえぞ!
怨霊たちは最初から、自分たちを殺めたプレイヤーに復讐しようとしているのではなかった。
自分たちの指揮官であり、庇護者であり、ただニヴルヘイムの安寧だけを願って何もかも捨ててしまった男。
イブリースの恩に、愛情に報いるため、死してなおその願いの成就に力を貸しているのだ。
明神が手を差し伸べる。殴りつけるでなく、打擲するでなく、繋ぎ合うための手を。
>用法用量守らずに『悪魔の種子』のオーバードーズでパキってるあの馬鹿を止めに行く。
傍で見てるだけで満足か?同胞ガン無視で暴走しやがったクソボケ将軍に一発くれてやりてえなら――
イブリースを助けて、世界を救いてえなら!俺に手を貸せ!!
しかし――
怨霊たちがその手を取ることはなかった。
>諦めんじゃねえよ…お前…どうしてそこで諦めるんだ…そこで…!
例え本当におせっかいだったといしても…最後まで見届ける義務はあるじゃねえか…!
ヒーラーたちの懸命の回復魔法と、カザハらの歌によって生命を繋ぎとめたジョンが起き上がる。
だが、依然として瀕死の状態であるのは変わらない。
それでもジョンはイブリースに叫ぶ。その声には力がみなぎっており、まるで昂った心が死を遠ざけているかのようだった。
>一人でできない事があるなんて当たり前だ!…なに諦めてやがる…頼れよ!敵だろうとなんだろうと利用しろよ!
僕達だって利用してやるからよ!!
>泣くなくらいなら…僕達と一緒にこい!!一緒に天国だろうが地獄だろうが地球だろうが…!なんだってついてってやる!!
「ブ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……ゥゥゥゥゥゥッ……!!」
ぎん、と強く奥歯を噛み締めた憤怒相のイブリースがジョンを見る。
近くのエンバースを業魔の剣を横薙ぎに払って遠ざけ、がしゃん……と甲冑の音を立てて一歩ずつ、ジョンへと歩いてゆく。
ジョンがインベントリから犬の散歩用ハーネスめいた紐を取り出し、部長に巻き付ける。
>頼む!みんな…少しの間イブリースを足止めしてくれ!
「よぉーっし、任せとけ! おい、お前ら集まれ! みんなで足止めすんぞォ!
――せぇーのっ!!」
ジョンからの要請に応え、ガザーヴァが手の空いているモンスターたちをかき集める。
そして、イブリースへ吶喊。ポヨリンがコイル状に長く伸びて左脚に絡みつき、イシュタルが右足にしがみつき、
ガザーヴァが肩車でもされるようにイブリースの肩に乗って首を絞める。
さらにエカテリーナが再度先刻の魔力の縛鎖を発動し、四肢を縫い留めると、イブリースは束の間歩みを止めた。
が、長くは持ちそうにない。軽量級のモンスターたちがいくら集まったところで、
暴れるイブリースを押さえておくことはできないだろう。
けれど。
ジョンには、その僅かな時間だけで充分だったのだ。
-
>僕の…いや僕達の全力を見せてや・・・・るうううううう!
何を思ったか、ジョンはハンマー投げよろしくリードで結んだ部長をその場で回転させ始めた。
そして、空高く放り投げる。加速した部長はダークマターの高い天井を突き破って飛んで行ってしまった。
一瞬何をしているのかと呆気に取られたが、むろんそれだけではないらしい。
ジョンが鋭くカザハの名を呼ぶと、ふたりは部長を追いかけて空を翔けた。
「これは……!」
あまりにも高空での出来事のため、なゆたの肉眼では何が起こっているのかを確認することはできない。
しかし、ジョンが何をやりたいのかは即座に理解した。
ジョンは空高く飛んで行った部長をキャッチすると、声を限りに叫んだ。
>雄鶏乃栄光(コトカリス・グローリー)!
ジョンは眼下にいるイブリースへ狙いを定めると、可能な限りのバフを持った部長を投擲した。
>部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!
>にゃああああああああああああああああああああああああああ!
長い光の尾を引いて、部長が落ちてくる。
それはまさに流星。イブリースが使った『隕石落下(メテオフォール)』さえ凌駕する、白熱した星の軌跡。
が、イブリースも手をこまねいている訳ではない。全身をパンプアップさせ、
首や脚に纏わりついているガザーヴァたちとエカテリーナの縛鎖を弾き飛ばす。
「ヌゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!」
「ぎゃうっ! ……くそッ、このままじゃ……!」
身軽に着地したガザーヴァが呻く。
イブリースが徐に天井に開いた大穴から空を見上げ、業魔の剣を構える。
一直線に自分へ落下してくる部長を、自らの最大奥義で迎え撃つつもりなのだ。
兇魔皇帝の全身に魔力と瘴気が漲る。しかしエンバースの決死の攻撃によって頭部と胸部に重篤なダメージを受けており、
特に片角を失ったことで力の制御が満足にできておらず、その動きは精彩を欠く。
ただ、それでも幾らかは部長の力を削ぐには充分であろう。そうなればジョンはイブリースを仕留め損なってしまう。
濃厚な魔力の嵐が周囲に吹き荒れる。もはやイブリースを足止めできる者は存在しない。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
イブリースが空へ向かって吼える。業魔の剣に瘴気が凝縮される。
明神に纏わりついていた怨霊たちが離れ、イブリースへと戻ってゆく。
これから放たれる最大奥義を補佐するため、指導者の許へ向かったのか――と、思ったが。
怨霊たちは奥義を撃たせるためにイブリースの傍へ帰ったのではなかった。
「……なんてこと……!」
なゆたは瞠目した。
今までずっとイブリースを護り、バフを掛け続け、戦闘が有利になるよう加護を与え続けていた怨霊たちが、
イブリースの四肢に取り憑きその自由を奪ったのである。
業魔の剣を振り上げたまま、イブリースは再度身動きが取れなくなりその場に固く縫い留められた。
明神の説得は無駄ではなかった。死霊術師としての、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての、
そして人としての明神の心からの言葉は、確かに怨霊たちに響いたのである。
イブリースの巨体を縛り付ける怨霊たちの姿は、今までたったひとりで何もかもを抱え込み、
最後にはしがらみや責務に雁字搦めにされて心を喪ってしまった指導者に対し、
《……もう充分です、イブリース様》
《貴方は頑張りすぎた。もう、その肩の荷を下ろしてください》
と、労りの言葉をかけているようにも見えた。
そして――
ギュドッ!!!!!!!!
眩いばかりの白色光を纏って墜ちてきた部長が、イブリースに激突した。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!!」
イブリースは歯を食い縛り、その激突に耐える。
バリバリと大広間を幾度目かの嵐が襲い、高濃度の魔力と瘴気、それから部長の纏う熱が吹き荒れる。
「く、ぁ……!」
みのりがローブの裾を激しくはためかせながら、広間の中を荒れ狂う激突の余波に呻く。
ガザーヴァが咄嗟に無数の蝿で障壁を形成し、明神を守る。
エカテリーナとアシュトラーセ、ウィズリィ、そしてエンデもそれぞれ魔力で防壁を築き、なんとか持ち堪える。
「エンバース!」
なゆたはポヨリンを胸に抱くと、エンバースの名を呼んだ。
いつだって、自分のことを守ってくれるのはエンバース。そう信じている。
-
ゴッ!!!!!
ビキビキと音を立て、エンバースによって破壊された胸部装甲がさらに崩壊してゆく。
怨霊たちに縛り付けられたイブリースは自らの筋肉のみで部長を弾き飛ばそうと試み、
自由にならない両手をそれでも何とか動かし異物を取り除こうとしたが、
ありったけのバフを盛ったジョンと部長の最強攻撃を往なすことができない。
ガガァァァァァァァァンッ!!!!!
最終的に部長の熱とイブリースの瘴気が臨界点に達し、大爆発を起こす。
暗黒魔城ダークマター全体を揺るがす爆発に、先ほど部長が開けた天井の穴が広がり、完全に屋根が吹き飛んでしまう。
超レイド級の必殺攻撃にも匹敵するジョンと部長のコンビネーション攻撃は、まさに桁違いの威力と言っていい。
逆に、これで仕留められないようなら、イブリースを倒す手段は事実上存在しないということになってしまう。
しかし。
目も眩むような爆発の閃光が弱まり、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の視界が再度ひらけたとき――
ボロボロの瓦礫と化した大広間の中央に、イブリースはなおも屹立していた。
左角は折れ、顔の半分を鮮血に染め。
精緻なエングレービングの施された闇色の鎧は各所が拉げ、壊れて見るも無残になっている。
三対の翼はうち二対が折れ、または破れており、もはや飛翔は叶わないだろう。
尻尾も半ばから千切れてしまっている。
そして――
なゆたとエンバースの攻撃によって亀裂が入り、部長が激突した胸部には、大きな穴が開いていた。
だが、それでも死んではいない。
部長流星弾の炸裂した衝撃によって消し飛んだのか、
イブリースの周囲でその動きを押し留めていた怨霊たちはいなくなっていた。
>はあ…はあ…これでわかったか…一人じゃできない事も…みんなとなら…仲間となら乗り越えられるって事を…!
床に膝をつきながら、ジョンが口を開く。
部長流星弾は、文字通りジョンの体力も精神力もすべてを注ぎ込んだ渾身の一撃であっただろう。
もはやジョンに戦う力など残っていないというのは、誰の目にも明らかだった。
けれど、それでも。ジョンはまだ戦うことをやめない。
イブリースを救い、今度こそ手を取り合うために。
>お前の本当の想いを…思いっきりぶちまけてみやがれ!
「……ブ、レ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……」
イブリースがゆっくりと口を開く。胸に大穴を穿たれ、とっくに死んでいてもおかしくない致命傷を受けながらも、
それでもジョンと戦うべくガシャン、と鉄屑のように成り果てた甲冑の足を引きずり、ゆっくりと前に進む。
ジョンは、逃げない。
>…来い!イブリース!
「…………!」
ガザーヴァがいつでも飛び出せるよう、暗月の槍ムーンブルクの柄を掴む。
継承者たちやみのり、ウィズリィもいつでも攻撃できるよう身構える。
ジョンのあれほどの攻撃を受けてなお生きているのは、さすがEXレイド級の兇魔皇帝といったところか。
だが、イブリースはどこからどう見ても死に体だ。さすがにこの状態なら、
全員で攻めれば確実に倒しきることができるに違いない。
だが、それをなゆたが制した。右手を横に伸ばし、皆に無言で制止を促す。
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥ……」
ジョンの前まで到達したイブリースが唸り、業魔の剣を高々と頭上に振りかぶる。
それを振り下ろすだけで、きっとジョンは死ぬだろう。
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、
―――――――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』―――――――!!!!!」
血を吐くように、魂を振り絞るように、イブリースが咆哮する。
ゴウッ! と一陣の瘴気がジョンの頬を撫でる。
とどめの一撃。決着の一打。
しかし――
それだけだった。
イブリースはぐらりと後方に巨体を傾がせると、ずずぅぅぅん……と地響きを立ててゆっくりと倒れた。
【戦闘終了。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の勝利。イブリースは昏倒】
-
>「……ジョ――――――――――――ンッ!!!」
>「『限界突破(オーバードライブ)』プレイ! エンバース、お願い―――!!」
エンバースさんとなゆが協力し、イブリースの角を破壊する。
>「ヤマシタ!怨身換装(ネクロコンバート)――モード:『歌姫』」
>「ボーカルにキーボードにギターと来れば……リズム隊が要るよな」
>「ここに『詩学』がおらぬのが残念じゃな!
しかし任せい! 妾の鍵盤捌きも中々のものじゃぞ!」
我とカケルの合奏に、ヤマシタさんのベースによる大気を震わすような低音と、
エカテリーナさんが奏でる星の煌きのような分散和音が重なっていく。
(ヤマシタさん、エカテリーナさん……!)
エカテリーナさんってビジュアル的にピアノを弾いたらすごく似合いそうなんだよな……。
そう考えると鍵盤楽器の技能があるのも納得で。
『詩学』――そういえばマリスエリスの本職は吟遊詩人だったっけ。
ブリーズに致命傷を負わせた直接の仇だから、名前を出されると複雑な気分になってしまうけど。
……いや、本当は違うって分かってる。
ブリーズは自らテンペストソウルをグランダイトに捧げるために、マリスエリスの攻撃を利用したのだ。
それに、近くで野営している時、マリスエリスが優しい歌を歌っているのが聞こえてきていた。
きっと彼女は、戦闘の時に見せていた冷酷な暗殺者としての顔とは別の面を持っていて。
あの時とは随分状況も変わったから、次に会ったら、仲良くなれるかな……?
>「ミズガルズは!お前らの安住の地にはなり得ない。絶対に。
例え現地の戦力を皆殺しにできたとしても、ニヴルヘイムの連中が暮らせる土地じゃない」
歌の効果は、まず明神さんの言動に見て取れた。
通常、生身の人間が怨霊に触れてはすぐに気絶しかねないが、自ら怨霊の胸ぐらを掴み上げているように見える。
(やった! 成功だ……!)
心の中でガッツポーズをする。
まだ詳細な効果までは分からないが、少なくとも大きく外してはいない。
もちろん自分一人の力ではなく、こんなどう転ぶか分からない無謀な試みに乗ってくれたカケルと、ヤマシタさんやエカテリーナさんのお陰でもある。
そして――
>「諦めんじゃねえよ…お前…どうしてそこで諦めるんだ…そこで…!例え本当におせっかいだったといしても…最後まで見届ける義務はあるじゃねえか…!」
なんと、ジョン君が立ち上がっている。
ひとまず命を繋いでくれたことに安堵すると共に、瀕死の状態からすぐに立ち上がったことに驚愕する。
もちろん、当初想定した回復の効果は働いていると思われるが、それ以上の何かがあるような――
そして、状況は全然違うけどイブリースに語り掛けるジョン君の姿が、自分を必死に説得していたガザーヴァの姿と重なった。
-
『オマエは目を背けてるだけだ、責任から逃れたいだけだ!
ボクを憐れんで、いいコトした気分でパーティーを抜けて、自分だけ始原の風車で安穏と過ごそうってのか!?
そんなの許さないぞ! オマエは歩くんだよ、最後まで! ボクたちと一緒に、この世界の最期を!!』
(―――――!!)
不意に、ぞっとするような可能性に思い至る。自分はずっと向こう側に引っ張られていたのかもしれない。
もしかしてガザーヴァはそこまで想定して、必死で引き留めてくれたのだろうか。
考えすぎかもしれないけど、ガザーヴァはとっても賢いから、ついそんなことを思ってしまう。
どっちにしても、自分は彼女に救われたのだ。
ローウェルにしてみれば、失意のうちにパーティを離れた豆腐メンタルのヘタレを唆して闇落ちさせるなんて簡単なことだ。
なのにどうして、そんな簡単なことに気付かず、
大好きなみんなの足を引っ張ったら嫌だから、最悪敵対することになったら嫌だから、離れようなんて思ってしまったのだろう。
みんなのことが好きなら、絶対みんなの手を離しちゃいけなかった。
『いいか、この先絶対に、こんな書き置き一つで消えるんじゃねえぞ。
お前が飽きようが嫌になろうが知ったこっちゃねえ。
俺の伝説を歴史に刻むのは、お前だ。ガザ公がそうであるように、お前の代わりなんかどこにも居ねえんだ』
“伝説を語る者”の役回りに気付かせてくれて、最初に繋ぎ止めてくれた明神さん。
『……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を』
なゆはこの期に及んでまだ逃げ腰になっていたぼくの手を、決して離さないでいてくれた。
『この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな。
そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ』
エンバースさんは、憎まれ役を引き受けるのも厭わずに必要な情報を共有して、全て承知の上で突き進むと言ってくれた。
もしかしたら明神さんの言ったように、敢えて言う事によるフラグブレイクも想定していたのかもしれない。
『僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う』
そして――ジョン君が、もうどうやっても逃げられないように捕まえてくれた。
決してどこにも行かないように。得体の知れない何かに連れ去られてしまわないように。
-
>「一人でできない事があるなんて当たり前だ!…なに諦めてやがる…頼れよ!敵だろうとなんだろうと利用しろよ!僕達だって利用してやるからよ!!」
>「泣くなくらいなら…僕達と一緒にこい!!一緒に天国だろうが地獄だろうが地球だろうが…!なんだってついてってやる!!」
ぼくがここにこうしていられるのは、みんなに手を離さないでいて貰えたから。
みんなに出会えずに野良になってたら、あるいは配属がこのパーティじゃなかったら――
今のイブリースと似たようなことになっていたのかもしれない。
そんなほんの少しの運の差で明暗が分かれてしまうなんてあんまりだ。
イブリースを助けたい、心からそう思った。
>「頼む!みんな…少しの間イブリースを足止めしてくれ!」
>「よぉーっし、任せとけ! おい、お前ら集まれ! みんなで足止めすんぞォ!
――せぇーのっ!!」
ガザーヴァ達が、イブリースに組み付いて足止めする。
>「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)!」
>「にゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁアアアアあ!!」
ジョン君が部長を紐に繋いでぶん回し、部長がスキルを発動する。
「星々のきらめきに憧れて 手を伸ばした日々よ
たとえそれが虚構でも 憧れは今 確かにここに」
ぼくは体の全て、心の全て、魂の全てを使って歌う。
やっと、今までどう扱っていいやら分からなかったレクステンペストの力を、始めてちゃんと全部使えている気がする。
技の負荷に体が付いて行かないというパターンはよく聞くが、ぼくの場合はそれの真逆だった。
とりあえず素のスペックに任せてのゴリ押しで途中までなんとかなってしまっていたものの、
それでは成長しようが無いので皆に付いていけなくなるのは当然の帰結だった。
世界を救う旅なんだから真面目にやらなきゃ、と思っている間は空回ってばっかりで、
もう役に立てなくても仕方ないや、と開き直った結果が正解だったなんて。
でも、ようやくみんなと一緒に戦えるんだ……!
押し付けられた重責としか思ったことのなかったレクステンペストの力が、選ばれし者だけが貰える特別な宝物のように思えてきた。
>「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
>「にゃああああああああああああああ!」
ついにぶん投げられた部長は、天井をぶち破って上空に飛んでいく。
それを見たぼくはスマホ連動ウェアラブル端末をはずしてカケルに投げ渡し、キーボードを、スマホから出てきたアゲハさんに渡す。
>「カザハ!」
ジョン君が呼んでいる。一緒に行こうと手を差し出している。
カケルに”地上は任せた”の目くばせをして、歌いながら床を蹴って飛ぶ。
「逃れえぬ宿命刻まれたぼくの左手で取るのは 呪われし祝福受けたキミの右手」
偶然にも歌詞のとおりに、左手でジョン君の右手を掴んだ。
-
(部長さんを追いかけるんでしょ? 一緒にイブリースを助けよう!)
繋いだ手を通して、ジョン君に飛行の魔法をかける。
ジョン君を引っ張り上げるような格好で、先に飛んでった部長さんを追って飛び立つ。
「争いが絶えぬ世で 手を繋ぐことの奇跡 いつだって忘れない 誓い合った約束を」
ぼくとジョン君は、部長さんを追いかけながら、ずっと見つめ合っていた。
すごく安心しているのと同時にすごく高揚しているような、不思議な気持ちだ。
カケル以外と心が通じ合うことなんてないと思ってたのに。
ぼくは競争社会に適応できないヘタレで、ジョン君は闘争の衝動を抱えていて、普通に考えて気が合うはずなんてないのに。
理屈では説明できないけど、確かに心が通じ合っていた。
(一気に行くよ……!)
右手でスマホを操作して瞬間移動(ブリンク)を発動。最大高度に至った部長さんに追いつく。
(あ……)
自分の体に一瞬光のエフェクトがかかったかと思うと、普段は無いパーツが増えたような不思議な感覚がする。
少し横を向くと視界の端に、自分の背に顕現したらしい虹色の羽が映った。
そういえば、最初にレクステンペストの力に目覚めた時も羽が顕現していた気がする。
久々に強化形態が発動したのか、と納得した。
「いつの日か世界中の悲しみが癒える日まで 歌声を風に乗せどこまでも届けるよ」
城すら少し小さく見え、随分空高くまで来たようだ。
ジョン君は部長さんを抱きかかえるような姿勢で狙いを定め、部長さんにバフをかける。
>「雄鶏乃栄光(コトカリス・グローリー)!」
(部長先輩、お願いします……! 烈風の祝福(テンペストブレッシング)!)
ぼくは左手を伸ばして部長さんに触れ、右手でスマホを操作してスペルカードを切った。
>「部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!」
>「にゃああああああああああああああああああああああああああ!」
「いつまでも キミの隣で」
ジョン君が部長さんを撃ち出す瞬間に合わせて、ブラストシュートをかける。
部長さんはその名の通り流星のような速度で地上に向けて撃ち出された。
下を見たついでに自分の体が視界に入り「あれ? もしかして服装も変わってる?」と思った瞬間、またエフェクトがかかって普段の姿に戻った。
地上に向かって降下しながら、ジョン君に語り掛ける。
「やっぱり好きなものは手放しちゃ駄目なんだね。
力及ばないとか、自分にはふさわしくないとか……そんな理由で手放しちゃいけない。
本当は好きであることに資格なんていらないんだから。
即興で考えたからどうなることかと思ったけど……役に立てて良かったよ……。
少しだけ適性があるみたいだったから、地球にいた頃にたくさん課金してもらったのに、結局ものにならなくて無駄にしちゃって……。
こんな特技あったって何の役にも立たないって思ってたのに。
無駄じゃなかった。一番大事なところで役に立った……。
でもさ、そうじゃないんだ。
こういう特技って、一円も稼げなくても、何の役にも立たなくても、
たった一人でもいいって言ってくれる人がいれば、かけがえのない宝物なんだ……」
-
【カケル】
たくさんの好きと憧れを胸に全身全霊で歌うカザハは、凄まじい風の魔力を全身に滾らせていた。
キーボードをアゲハさん、スマホ連動ウェアラブル端末を私に渡して身軽になると、
ジョン君の手を取って一緒に飛んでいく。
(詠唱省略の飛行(フライト)だと……!?)
今のカザハには、自分には無理だとか、うまくいかなかったらどうしよう、という普段ありがちな雑念は一切なく、
ジョン君と一緒に必ずイブリースを救うんだという意思だけがあった。
自分の歌でバフがかかっているのか、それともこれが余計な枷が全て取り払われた本来の力なのか。
デザイン的に私には似合わないな、と思いつつもスマホ連動ウェアラブル端末を装着すると、
いい感じに近未来風バイザーゴーグルにデザインが変わった。これ一体どうなってるんでしょう。
(こっちは任せてください……!)
「何も考えず飛べた羽を捨て 自分で選んだ道踏みしめ歩む
たとえそれが険しい道だとしても あなたは行くのでしょう」
歌詞が私目線なのは、カザハが私のパートの歌詞を私に丸投げしたからです。
不意に、一瞬全身が光に包まれ、アイドルか魔法少女のような服装に変化した。
(いきなり何!?)
別にセクシー路線ではなく健全な路線だが、それでもそれなりに胸元が開いていて、脚には絶対領域が搭載されている。
普段は美少女とはいってもちょっとボーイッシュで中性的な感じだが、今はもう言い訳が効かない感じになっている。
スマホ連動ウェアラブル端末の視界に、情報が表示された。
どうやら進化形態というか強化形態が発動したらしく、2体1組の仕様のようだ。
私は服装が変わっているだけですけど、カザハの方は体のモデリング自体が変わって普段無いパーツが出現しているらしい。
要するに羽付きの美少女形態になっている……!
「強き刃失い得たものは 優しい音紡ぐ声
今はまだ小さな光だとしても いつか新たな羽になるだろう」
カザハは今のところ羽が生えたことにしか気付いていないようだ。
自分が美少女になっている事に気付いたら大変なことになってしまうので、このまま気付かないでいてもらいましょう。
>「部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!」
>「にゃああああああああああああああああああああああああああ!」
カザハを通して情報が伝わってきた。遥か上空で、部長が打ち出されたようだ。
「いつかまた 飛べるだろう」
すでに飛んでるけど。というかずっと時々飛んでるけど。
とにかく、部長が超スピードで突撃してくる。
が、イブリースは業魔の剣を構え、迎え撃つ気満々のようだ。
>「ヌゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!」
>「ぎゃうっ! ……くそッ、このままじゃ……!」
-
イブリースを止められる者は誰もいないと思われた。
しかし、怨霊たちがイブリースに取りつき自由を奪う。
(明神さん……! 説得に成功したんですね……!)
これで無事に部長がイブリースに直撃してくれるとして。
あの勢いの部長が突撃してきたら、余波だけでも相当なのでは……?
慌てて皆に声をかけ、自分も防御スキルを発動する。
「みんな! 衝撃に備えてください!! ――フェザープロテクション!」
この強化形態だからなのだろう、いつもより数段強い出力で発動する。
部長とイブリースが激突し、最終的に大爆発が起こるも、なんとか持ちこたえた。
視界が開けた時、屋根が吹き飛んだ大広間の中央に、イブリースはまだ立っていた。
まとわりついていたはずの怨霊達はいなくなっている。
(きっと、自らが消し飛ぶのも構わずに……)
そんなことを思っていると、私は再び光に包まれ、普段の服装に戻った。
いつの間にか、ジョン君とカザハが地上に帰ってきていた。
果たしてジョン君はカザハの美少女形態を目撃したのでしょうか……。
【カザハ】
「部長さん……!」
大爆発の際に弾き飛ばされたのだろう、瓦礫だらけになった床に転がっている部長先輩を見つけ、抱き上げた。
>「はあ…はあ…これでわかったか…一人じゃできない事も…みんなとなら…仲間となら乗り越えられるって事を…!」
ジョン君は、膝をつきながらもまだイブリースを迎え撃とうとしている。
>「お前の本当の想いを…思いっきりぶちまけてみやがれ!」
>「…来い!イブリース!」
皆が一斉にイブリースを仕留めようとするのをなゆが制し、息をのんで成り行きを見守る。
>「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、
―――――――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』―――――――!!!!!」
イブリースは業魔の剣を高々と頭上に振りかぶり――ゆっくりと後方に倒れた。
暫し様子を見るも、起き上がる様子はない。ついに決着が付いたのだ。
警戒しつつ顔の近くに行き、屈んで耳を澄ませる。
-
「息があるよ……生きてる……!」
見事に、殺さずに戦闘不能に持ち込むことに成功したのだ。
もしさっき皆で追撃をかけたら、死んでしまっていたかもしれない。
なゆにはなんとなくそれが分かったのだろうか。
今回のミッションは倒して終わりではない、仲間にするところまでやってはじめて成功なのだ。
幸いこのパーティにはこういう説得に適した人がたくさんいて、自分は何も言わなくてもいいのだろう。
どころか、口を開けば訳の分からないことを言ってしまうから、大人しく見ているのが正解なのかもしれない。
でも、イブリースは少なくともさっきまではブレイブに対して並々ならぬ敵意を燃やしていて。
そしてイブリースは多分、ぼくのことを最初からブレイブとしては見ていない。
「なゆから聞いたよ、あなたはモンスターなら産地に関わらずみんな同胞として見てるって」
偶然かもしれないけど、始原の草原でイブリースと戦った時、一人だけ比較的軽症で済んでいた。
殺せばテンペストソウルが手に入るから自分から殺せと苦し紛れに煽った時も、全くこちらには目もくれず、なゆから殺そうとした。
イブリースはテュフォンとブリーズの仇だとずっと思っていたけど。
思い返してみれば、飽くまでもあの時彼女達を狙っていたのはマリスエリスとロスタラガムで、
イブリースはその過程でブレイブと戦うために、一緒に行動していただけだ。
イブリース本人はあの二人を狙っておらず、それどころか二人が殺されるのを内心良く思っていなかった可能性すらある。
「あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ」
【カケル】
カザハはここにいるブレイブ達の良さを、語り始めたのでした。
「なゆは……トップランカーのパーティーリーダーで、優等生で……。
偉い人にばっかりいい顔して陰キャや少数派を平気で排斥する”優等生”をたくさん見てきたけど。
なゆはそんな奴らとは全然違った。
間違いなく光の当たる側にいる人間なのに、決して誰も取りこぼさないんだ。
マイナー要素のデパートのぼくが言うんだから間違いないよ。
闇の世界に押し込められて敵の役回りを押し付けられてきたニヴルヘイムの住人だって、決して置いて行かない!」
-
「サブリーダーの明神さんは物凄いモンスターたらしで……って言ったら悪い奴みたいだけど違うんだ!
凄くいい人だから、洗脳光線使わずにモンスターをガンガン仲間にしちゃう。
ぼくのことを最初に引き留めてくれて……好きになった。今でもずっと好き。
あなたもきっとすぐに好きになる」
「エンバースさんは……あなたも知ってると思うけどまずシンプルに滅茶苦茶強くて。
いつもみんなを守ってるなゆを守れるぐらい強くて。
敵としては当然厄介だったと思うけど、逆に味方にいたらすごく心強いんじゃないかな?
それに……どこからどう見ても焼死体なのに、何故か滅茶苦茶格好いいんだ。
ちょっと何言ってるのか分からないと思うけど、一緒に来ればすぐに分かるよ」
「ジョン君は……」
今まで流暢に喋っていたカザハが、言葉に詰まる。
好きすぎて逆に何て言っていいか分からなくなったらしい。
「何も言う必要ないのかも。
だってジョン君は何の小細工も理論武装も無しに全身全霊でさ、
理屈を介さずに直接感情にダイレクトアタックしてくるから。
一瞬頭の方が付いていかなくて戸惑うかもしれないけど……
戦ってて何か心が動いたなら、心に従ってみてほしいよ。
実を言うとぼくも未だに頭が付いていってなくて、上手く言えないんだ」
「つまり……ぼくはみんなのことが大好きで、一緒に来てるんだ。
ニヴルヘイムの仲間のこと、今でも大事に思ってくるんでしょ?
まだ間に合うよ。一緒に行こう。絶対後悔させない。
もしかしたら酷い裏切りにあったのかもしれないけど……。
ここにいるみんなは、一度掴んだ手は絶対離さないから……!」
カザハはこちらを振り向き……皆の視線を感じてはっと我に返る。
(あっ……。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああああああああ……
我としたことが……説得するつもりがアイドルオタクの布教活動みたいなことを言ってしまった……!)
そして顔を覆いながら後ずさりして、次の人に場所を開けた。
普段は胸の中にしまっている皆への憧れがストレートに溢れ出てしまい、恥ずかしくてたまらないらしい。
こういうのを業界用語で最推しありの箱推しって言うんですかね。知らんけど。
-
俺の呼びかけに、怨霊共が応えることはなかった。
拮抗していた生者と亡者の力はやがて亡者の版図を塗り伸ばす。
カザハ君のバフでどうにか保っていた均衡が、崩壊し始めた。
「ク……ソ……これで……終わりかよ……」
力が入らなくなって左膝が折れる。崩折れる。
伸ばしていた左腕から感覚が失せた。もう冷たさすら認識出来なくなって、ゆっくりと垂れ落ちていく。
無事な右腕で胸を掴む。鼓動が驚くほど弱々しくなっていた。
倒れ込みそうになって、ガザーヴァが俺の身体を受け止める。
おかげで瓦礫まみれの床に激突せずに済んだ。
ここから先の光景を、眺めることができた。
「悪い……後は、頼んだ――」
イブリース本体との戦闘も佳境に入っていた。
『巨神闘争(ティタノマキア)』――
拘束してしこたまぶん殴って仕上げにビーム撃つとかいうシンプルに兇悪な出し得必殺技が直撃し、
ジョンが瓦礫の向こうへと消える。
その末路を目で追うよりも早く、入れ替えるようにエンバースが魔剣を手に肉薄した。
ダインスレイヴは短く、鋭く、研ぎ澄まされた短剣の姿をとる。
鎧通し(ミセリコルデ)だ。甲冑の僅かな隙間から刃を通す、介錯の剣――慈悲の剣。
エンバースは、正しくイブリースを殺す気で吶喊していた。
>「……ジョ――――――――――――ンッ!!!」
その口から咆哮の代わりに飛び出たのは、呼び声だった。
ティタノマキアを至近距離で食らって、たとえ命を拾ったとしてもまともに戦える状態じゃないだろう。
そんなジョンが、それでも立ち上がると……おそらく今この瞬間ただ一人、エンバースだけが信じていた。
>「【座標転換(テレトレード)】……プレイ」
エンバースがさらにカードを切る。オブジェクトを2つ入れ替えるだけの、大してレアでもないスペル。
そいつが発動し、宙に放り出したダインスレイヴと、抜き身のレイルブレードが入れ替わった。
レイルブレードの鞘に搭載された「超電磁抜刀(フューチャー・オブ・ヒノデ) 」は、
納刀状態で蓄積したバフの数に応じてレイルブレードによる抜刀攻撃の威力と速度を高めるスキル。
エンバースはチャージを済ませたレイルブレードの刀身とダインスレイヴを入れ替えることで――
――ダインスレイヴを超電磁抜刀した。
「い、インチキ剣術……!」
ただでさえ強烈なダインスレイヴの攻撃力に、チャージを代償とした超電磁抜刀のバフが上乗せされる。
速度はゆうに音を越え、飛行機雲じみた水蒸気の尾を引きながらイブリースの頭部へ刃が迫る。
>「『限界突破(オーバードライブ)』プレイ! エンバース、お願い―――!!」
ダメ押しのようになゆたちゃんがさらなるバフをかけた。
激突する魔剣とイブリースの角。
交差は一瞬だった。刃は水を通すように遅滞なく駆け抜け、切断の二文字を結果に残す。
イブリースの片角が半ばから断ち折れ、赤黒い血の華が咲いた。
-
>「ウ……ォ、ゴォォォォォォ……!
グァァァァァァッ……!!! ブ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ……ッ!!!」
イブリース――魔神の角は魔力を生み出し制御する器官だ。
片側とはいえそれを失った魔神は魔法の力を大幅に失う。
かつて氷獄のコキュートスが片角をブチ折られた時は、レイド級はおろか下級魔族クラスにまで力を落とした。
この攻防で俺達が得たものは、イブリースの大ダメージのほかにもうひとつ。
>「頼む!みんな…少しの間イブリースを足止めしてくれ!
――ジョンが、戦線に復帰した。
「……行ってやれ、ガザーヴァ」
俺の身体を支えていたパートナーにそう指示を出して、俺はインベントリから杖を出した。
【蟲蝕の杖……
ねじくれた本体に髑髏や目玉が散りばめられた忌まわしき見た目の杖。
『上品な杖だと魔術師っぽくない』などとのたまう舌バカ魔術師に対する当て付けとして、
偏屈な杖職人ウォートは悍ましい部品を無節操に取り付けた無惨な杖を作り上げた。
意図に反して大いに好評を博し、杖はウォートの名を全土に轟かせるベストセラーとなった】
聖都でデートした時にガザーヴァに勧められて買った魔法の杖。
魔法に使わなくても、杖は身体を支えるのに便利だ。
この事実に気づいたのはおそらく全人類で俺が初めてだろう。
>「よぉーっし、任せとけ! おい、お前ら集まれ! みんなで足止めすんぞォ!
――せぇーのっ!!」
ジョンの声に応じてガザーヴァ達が角を失ったイブリースの下へ殺到する。
そうして稼いだ時間で、ジョンは攻撃を組み立て始めた。
>「僕の…いや僕達の全力を見せてや・・・・るうううううう!」
部長に紐を括り付け、体ごと回転して振り回す。
まるでハンマー投げだ。どんどん速度を上げ、竜巻じみた遠心力の塊へと変貌していく。
>「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)!」
>「にゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁアアアアあ!!」
ジョンが何をしようとしているのか、この場で分かる人間なんか一人もいやしないだろう。
それでも、こいつが起死回生の一手を作り上げようとしていることだけは、理解できた。
『雄鶏絶叫』。攻防力と敏捷性をトレードオフする変則バフ。
『重量』という形で付与される敏捷デバフは、ジョンが自らの膂力で補っている。
-
かつて……キングヒルにおけるクーデターで、同じコンボの組み立てを目の当たりにした。
基本骨子はあの『部長砲弾』と同じ。だが、今回はただ投げるだけに留まらない。
遠心力を解き放ち、部長が空高く射出される。
>「カザハ!」
ジョンの呼びかけに応え、カザハ君がその右手を取る。
二人はフライトを使い――打ち上がった部長を飛んで追いかけた。
上空で、再び愛犬と主人は邂逅する。
>「部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!」
「にゃああああああああああああああああああああああああああ!」
敏捷を下げる『重さ』を重力によって威力に変換した――超シンプルな質量攻撃。
流星にも名前負けしない破壊の権化が、音速超過の衝撃波を纏いながら降ってくる!
対するイブリースは、ガザーヴァを中心としたパートナー達の波状攻撃を跳ね除け、
流星の着弾を迎撃せんとする。
ボロボロとはいえイブリースはまだ五体満足だ。大剣も手元に残ってる。
バッターよろしく全力で剣をぶち当てれば、部長を破壊して窮地を脱することは十分可能だろう。
ここが、最後の踏ん張りどころだ。
「もう一度だけ言うぜ亡者共。お前らがやるんだ。
イブリースを助けて世界を救え。ニヴルヘイムを救って……お前らが最後の英雄になるんだ」
俺の半身を蝕んでいた怨霊たちが、一斉にイブリースの下へ集っていく。
奴らはネクロマンサーの力の影響下にはない。その振る舞いを俺が制御できるわけじゃない。
それでも……信じた。
怨霊はイブリースの盾でも剣でもなく、その四肢を縛る戒めとなった。
進み続ける孤独な将軍を、諫める臣下のように――
流星が、激突する。
音が全てを飲み込み、衝撃が波濤と化して戦場を洗った。
閃光は視界の全てを染め上げ、爆圧が障壁を貫通してなお全身を叩きつける。
やがて、なにもかもを拭い去った風が止んだ時――
満身創痍のイブリースが戦場の中央に立ちすくんでいた。
>「はあ…はあ…これでわかったか…一人じゃできない事も…みんなとなら…仲間となら乗り越えられるって事を…!」
同様に、対峙するジョンもまた、満身創痍だった。
右腕以外のほとんど全身が赤に染まり、そこかしこから今もなお血が噴いている。
それでも、イブリースを真正面から見据え続けていた。
カザハ君は部長を抱きかかえてその傍を離れない。
>「お前の本当の想いを…思いっきりぶちまけてみやがれ!」
ふたりの男の言葉と拳だけが、その空間に存在するすべてだった。
-
>「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、
―――――――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』―――――――!!!!!」
正気を失って、言葉の通じない化け物に成り下がっても、イブリースはジョンの言葉に応えた。
うわごとのようにブレイブを呼びながら、二歩、三歩と踏み出して――
そこで歩みは止まり、巨躯の魔神はそのまま膝を折った。
五体を地に投げ出して、戦いは終わった。
>「息があるよ……生きてる……!」
カザハ君の声で、かろうじてイブリースがまだ死んでないことを知る。
こっちも大分死にかけだ。左半身はまともに動きやしないし、さっきから片目の視界に色がない。
それでも、ここで意識を手放すわけにはいかない。
俺は杖をつきながら、ゆっくりと歩き出した。
>「あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ」
カザハ君がイブリースに語りかける。
奴が何を基準に同胞とそうでない者を区別してるのか結局聞けずじまいだったが、
アルフヘイムのモンスターも同胞扱いなら、俺達は二巡目の世界でもこいつの同胞を殺している。
ドゥームリザードなんか喰っちまってるしな。
旅の途中で襲いかかってきたモンスターの息の根を止めるのは、こいつの言う同胞殺しにあたるだろうか。
>「サブリーダーの明神さんは物凄いモンスターたらしで……って言ったら悪い奴みたいだけど違うんだ!
凄くいい人だから、洗脳光線使わずにモンスターをガンガン仲間にしちゃう。
ぼくのことを最初に引き留めてくれて……好きになった。今でもずっと好き。
あなたもきっとすぐに好きになる」
「買い被んなよ。俺は身内に甘いだけだ。
お前のことが好きだからお前を手放したくなかった。……それだけなんだ」
俺は自分で言うのもなんだけど本当に自己本位の人間だから、俺がどうしたいかが全ての行動の基準になる。
俺の伝説の語り部で、一緒にバカやれる楽しい仲間。カザハ君もカケル君も、その存在が俺にとって掛け替えのない財産だ。
イブリースが俺にとってそうであるとは……今のままじゃ、とても思えやしなかった。
-
「イブリース。ようやくお前とお喋りできるな」
タマンでの戦いでは、まともにこいつの話を聞ける前に、ミハエルの野郎に抱っこされて逃げられた。
再会したと思えば、わけのわからん違法薬物で勝手に正気を手放しやがった。
会話がちゃんと成り立つのは、これが初めてだろう。
「俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた」
俺はなんでこいつを助けようとしてるんだろうか。
ニブルヘイムの街を蹂躙し、あまつさえ地球さえも滅ぼそうとしてるこいつを。
何から何までローウェルの言いなりで、誰よりも親身だったジョンの言葉すら一度は無視したこいつを。
>――『イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…
誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…』
イブリースに呼びかけたジョンの言葉が、ふと脳裏に蘇った。
そうだ。俺はイブリースの頑迷な振る舞いに、どこかで俺達ブレイブの姿を重ねていた。
放り出されたこの世界で、唯一の寄る辺はバロールの指示で世界を救うために行動することだった。
必要な情報はいつだって不足していて、訳のわからんどんでん返しを食らったことだって一度や二度じゃない。
もしも俺達が最初のクエストラインのまま、ローウェルの指示で動いていたとしたら……
地球を救うためにはニヴルヘイムを滅ぼす必要があるって言われたら、それを否定できただろうか。
ゲームのシナリオ通りに、アルフヘイムを勝利に導くことがクリア条件だと、疑わずにいられただろうか。
イブリースは、俺達とは別のクエストで世界を救おうとしていた、もうひとつのブレイブの姿だ。
こいつに対してずっと苛立ちを覚えていたのは……似たような立場のイブリースの末路が、俺の思う最悪と被ったから。
イブリースを誅殺することは、たぶん今なら簡単だろう。
だけどそれをしてしまえば、『失敗したブレイブの結末』を、他ならぬ俺自身が認めることになってしまう。
「……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
言葉ひとつで良いんだ。
こいつを救って良かったんだって、自分を肯定できる言葉があれば。
腹の底から吐き出される怒声を、俺は止められなかった。
「言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!」
【イブリースを問い詰める】
-
【アドベンチャー・パートA(Ⅰ)】
瞬く紅閃/爆ぜる火花/悲鳴じみた衝撃音――ダインスレイヴがイブリースの左角に喰らいつく。
そして――拮抗。魔力刃を届かせた/その身に食い込ませた――だが押し込めない。
圧倒的な肉体強度と迸る魔力のみで、魔剣の侵攻が阻まれている。
「……この状況、その体勢で、なんで持ち堪えられるんだよ。
いくらなんでもクソボス過ぎるぞ、イブリース・シン……!」
零れる悪態/牙剥くような笑み――体ごと圧し斬る形でダインスレイヴに力を込める。
それでも足りない――渾身の力を込めてなお、刃はぴくりとも動かない。
いや、それどころか――むしろ少しずつ、押し返され始めた。
「クソ、俺のイニシエートは完璧だった。これ以上何をさせようってんだ。ボタン連打か?QTEか?」
前のめりだった体勢が見る間に仰け反らされていく――とても耐え切れない。
膝ががくりと折れる――瞬間、エンバースの口角が一際吊り上がった。
崩れ落ちながらも、その眼光はイブリースの角を捉え続けている。
「……けどな。この形で――鍔迫り合いで俺に勝とうってのは、いくらお前でも分が悪いぜ」
『『限界突破(オーバードライブ)』プレイ! エンバース、お願い―――!!』
「任せろ。全て計算通り――」
イブリースはダインスレイヴによる超電磁抜刀を押し返した――つまり渾身の力で前のめりになった。
一方でエンバースは膝を屈めて重心を落としている――崩れた体勢の中にも隠された「溜め」がある。
「完璧だ」
瞬間、エンバースの全身が嵐の如く渦巻く=押し返された力の分だけ、より強烈に。
そして剣閃――地から天へと逆巻く雷光が、前のめりに差し出されたイブリースの角を捉えた。
今度は――拮抗など生じなかった。イブリースの角に亀裂が走り――次の瞬間にはもう、それは宙を舞っていた。
「折角、予言してやったのにな。お前自身の力で、お前を痛めつけてやるって」
エンバースは最初から知っていた/予告もしていた――イブリースを突き崩す術は、パリィにあると。
切断された角の断面から噴き出す鮮血――そして漆黒の瘴気/稲妻の如く荒ぶる魔力。
角に集約されていた膨大な力は当然、それが折れれば瞬間的に解放される。
つまり――次の瞬間、エンバースは至近距離でガスボンベが炸裂したゾンビよろしく吹き飛んだ。
「がはっ――――!」
そして謁見の間の壁に激突/全身が粉々に砕け散る/遺灰が床に散らばる――再生が遅い。
まず頭部が、続けて首周り、右肩、右腕と順に再生――魔剣を握り直す。
それから左腕/胸部/胴体へ――そこで再生が止まった。
一度は再生した胴体が再び、緩やかに零れ落ちていく。
遺灰の奥で燃える霊魂も、消えかけのライターのように瞬いている。
アンデッドの不死性が、受けたダメージに追いつけていない――つまり、死にかけている。
イブリース・シンから放射される制御不能の魔力暴走を間近で浴びたのだ――こうなるのは当然の結果だった。
-
【アドベンチャー・パートA(Ⅱ)】
「う……が……ま、まあ……これくらいのダメージは予想の範疇だ……死ななきゃ、安いぜ……」
〈言ってる場合ですか!口より先に手を動かして!ハイバラ?ハイバラ!〉
「あ……?ああ、そうか……役目を終えたアタッカーをヒールしてる暇なんか、ないよな……」
朦朧とする意識の中でスマホを操作/ポーション瓶を取り出す/握り砕く――薬液が蒸散。
崩れつつあった器が安定/意識も多少はっきりした――重い頭を上げて、周囲を見渡す。
「うあ……クソ……俺は、どれくらい呆けてた……?今、どうなって……」
耳鳴りで音がよく聞こえない/目も霞んでいる――ジョンの姿が見えない。
首を左右に振って、目を凝らしても、どこにもジョンを見つけられない。
だが、ふと気づく――視界の外側、地に這う己の頭上が明るんでいる。
一体、何が。右腕でどうにか体ごとひっくり返して、天井を見上げた――そして、思わず笑った。
「なんだ、そりゃ……そんな攻撃――」
凄まじい加速度/威力による白光を帯びた部長が、遥か上空から降ってくる。
そして、その眩い光の奥に――手を取り合うジョンとカザハの姿が見えた。
「――最高だ。ロマンは、大事だもんな」
そう呟くと、エンバースは再びスマホからポーションを取り出す――胸中の炎へと押し込んだ。
エアロゾル化した薬液が遺灰の器を満たす――だが一度消えかけた魂はすぐには元に戻らない。
〈それで?いつまでそうやって星を眺めているおつもりで?〉
「なんだよ、這っていってアイツの足にしがみつけってか?遠慮しとくよ」
戦闘の最終局面で自分が戦力外――だがエンバースの声に焦りはない。
自分はもう役目を果たした。後の事は仲間達に任せればいい――任せられる。
エンバースがもう一度、部長を見上げる/着弾はもう間近――遺灰の器は未だ不完全。
「やれやれ、デジャブだな。ろくに身動きの取れない俺と、そこに押し寄せる超必殺技」
忘れる筈もない、王都での決闘――あの時は、やるべき事は全て終えていた。
その後で自分がどんなダメージを受けて、どんな目に遭おうと関係なかった。
だが今回は違う――未だ下半身が再生しないままのエンバースが体を起こす。
アタッカーとしての仕事は果たした/後の事は仲間達に任せられる――その上で、譲りたくないものもある。
『エンバース!』
己の名を呼ぶ声――それが聞こえた瞬間、エンバースが立ち上がった。
再生し切れなかった両足を、全身の遺灰の密度を下げて強引に再構築したのだ。
ひび割れだらけの器のあちこちから炎が漏れ出す/構わず床を蹴る――守るべき少女の傍へ。
「お呼びか、マスター」
視界は依然霞んでいる/思考が鈍っているのを感じる――そんな素振りは決して見せない。
「さあ、頼むぞダインスレイヴ。俺の、二番目のパートナー……俺の呼び声に、応えろ――――――――――ッ!!」
ダインスレイヴを両手で握り締める/剣先を前方へ――襲い来る余波を魔剣が喰らう。
-
【アドベンチャー・パートA(Ⅲ)】
「うおぉおおおおおおおおお――――――――――――――――――――――――ッ!!!」
魔力を喰らう剣を用いて、敵の攻撃を吸収する――別にたった今思いついた戦術ではない。
それが出来る事は以前から知っていた――ならば何故今まで使わなかったのか。
「出来る」だけだからだ――機能しないのだ、今のダインスレイヴでは。
魔剣の本来の姿――溶け落ちる前の刃があった頃、ダインスレイヴは今よりも強力だった。
今よりも速く、今よりも多くの魔力を喰らう事が出来た――敵の攻撃を無効化するほどに。
今のダインスレイブでは、敵の攻撃を喰らい切れない――だから、この使い方はしなかった。
並み居る強敵達の圧倒的な火力、その幾らかを軽減したところで焼け石に水でしかないから。
「く……ぐ……フラ……ウ……手を……貸せ……!」
フラウがエンバースの装備に潜り込む/全身に触腕を纏わせる――外骨格を形成。
それでもダメージを防ぎ切れない――遺灰の器が少しずつ剥がれ落ちていく。
視界が黒雷と白光に塗り潰される/視界が狭まる――何も見えなくなる。
ふと、一際激しい閃光/炸裂――それが止むと、エンバースの遺灰の器は完全に吹き飛んでいた。
アンデッドの本体である、呪いの聖火を宿した霊魂も、風穴だらけで人型を保てていない。
それでも、眩む視界の中――満身創痍のジョンの背と、倒れゆくイブリースが見えた。
「やった……か……」
ダインスレイブを取り落とす/装備のフードを深く被る=損傷を隠す――膝を突く。
「は……流石に少し……キツかったな……」
スマホからポーション瓶を取り出して、首筋に刺した――遺灰の器は殆ど再生しない。
何度か追加のポーションを自身に焚べる――どうにか人型の輪郭くらいは再生出来た。
『息があるよ……生きてる……!』
「……ふん、なんだ。仕損じたか」
悪態=この短時間に二度も死にかけた立場ならば当然の権利と言わんばかり。
『なゆから聞いたよ、あなたはモンスターなら産地に関わらずみんな同胞として見てるって』
「どうだか。俺は今度ばかりは死ぬかと思ったね」
益体のない/故に誰にも聞かせるつもりもない小さなぼやき。
『あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ』
カザハの言葉に、色々と思う事はある――だがエンバースは何も言わない。
モンスター達の社会については、プレイヤーであっても知っている事は多くない。
知能に乏しい魔物達が家畜と見なされるのか、労働階級と見なされるのかも分からない。
結局、ブレイブとモンスターズの間で、本当に断言出来る事など何もない。
それでも、何かを断言出来る――それがカザハの素質だからだ。
だから、自分がその言葉を濁らせる必要はなかった。
-
【アドベンチャー・パートA(Ⅳ)】
『エンバースさんは……あなたも知ってると思うけどまずシンプルに滅茶苦茶強くて。
いつもみんなを守ってるなゆを守れるぐらい強くて。
敵としては当然厄介だったと思うけど、逆に味方にいたらすごく心強いんじゃないかな?
それに……どこからどう見ても焼死体なのに、何故か滅茶苦茶格好いいんだ。
ちょっと何言ってるのか分からないと思うけど、一緒に来ればすぐに分かるよ」
「そりゃちょっと間違ってるな。俺は超強くて、だから当たり前にカッコいいのさ」
『ジョン君は……』
『何も言う必要ないのかも。
だってジョン君は何の小細工も理論武装も無しに全身全霊でさ、
理屈を介さずに直接感情にダイレクトアタックしてくるから』
「おい、一人忘れてないか?そこの超弩級のお人好しについてだ。
信じられるか?この期に及んで、まだお前に話が通じると思ってるんだぜ。
そのくせ、そんな自分を紹介し忘れてるんだ。どうだ、信じられるか?信じられないなら、バカだね」
何故か顔を抑えてイブリースを離れるカザハを尻目に嘯く。
『イブリース。ようやくお前とお喋りできるな』
明神がイブリースの前に立つ。
『俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた』
キングヒルでは何十万もの人が死んだ――なあなあで済ますには、あまりに犠牲が多すぎる。
『……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ』
『言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!』
重い静寂――その中で、未だ再生の終わらない遺灰の体を立ち上がらせる。
「おいおい、つれないぜ明神さん……弱い者いじめなら、俺も混ぜてくれよ」
明神の肩に腕を乗せる/イブリースを見やる。
-
【アドベンチャー・パートA(Ⅴ)】
「よう、「また」死に損なったなイブリース。アンデッドの先輩として、幾らか為になる話をしてやろうか?」
返事は待たない/求めていもいない。
「おっと……悪い、自己紹介がまだだったな。俺はエンバース。
こうなる前はハイバラと呼ばれていた……今でも昔馴染みはそう呼ぶがな。
俺は一巡目で、今のお前みたいに何もかもをどうしようもなく、しくじってこうなった」
両手を上げる/肩を竦める。
「一巡目の記憶があるってのは残酷だよな。世界が巻き戻っても、自分が失敗した事実は消えない。
これはあまり直視したくない現実だが――俺達の顔馴染みはもう、みんな死んでる。
たとえこの世界でそいつらが生きていたとしても――それは、違う」
ゲームの中のイブリースに比べて、この世界のイブリースは――どこか違った/濁っていた。
だが、それも当然の事だった。自分は皆を死なせた/全てをしくじった――
そんな思いを抱いたまま、かつての自分のままでいられる筈がない。
「……そして、俺達もな。俺達ももう、かつての自分じゃない。
俺が死んで、そこに残った動く焼死体は――かつての俺とは別の存在だ。
だから負けて、死んで、死なせて……たまたま二巡目に戻れたお前も、かつてのお前じゃない」
闇色の眼光が、イブリースの双眸を深く覗き込む。
「そんな生ける屍が……手前の都合でもう一度仲間を死なせるなんて、あり得ないよな?」
拳を握る/イブリースの腹の傷に打ち付ける。
「もっと優しく言ってやろうか?どうせ、とっくに死んでる命なんだ。
同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ」
つまり、とエンバース。
「さあ……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
-
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥ……」
これでも…まだ動くのか…。
獣は…うめき声を上げながら僕に近寄ってくる。
限界なのはだれの目からみても明らかだった…僕もだが…しかし目の前のいる未だ人に戻れぬ獣は…本能で僕を殺そうと全てを引きずり近寄ってくる。
「来いよ…満足するまで付き合ってやる」
僕に精々できるのは強がりを言う事のみ。
体を唯一動く右腕で持ち上げ辛うじてそこに座り込む事しかできない僕にこれ以上戦う術はない。
回復魔法やポーションを飲んだところでゲームのように即座に元気よく動き出す事はできない。
>「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、
―――――――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』―――――――!!!!!」
つまり詰みな状態なわけだが…これ以上攻撃されれば死ぬのはイブリースも一緒だ。だからこそ…賭ける。
「あ〜…クソ。神頼み運頼みなんて…ガラじゃないんだけどな」
僕の頬を瘴気が撫でる。覚悟はとうにできている。
「僕は自分が死んでもいいって覚悟でやってるんだ…お前も覚悟があるなら…やれよ」
しかし目の前の獣が振り上げた剣は…僕に振り下ろされる事なく主と共に床に落ちた。
大きな音と共に獣は…イブリースは床に倒れた。その瞬間最悪な結果が僕の脳裏を過ぎる。
>「息があるよ……生きてる……!」
「…よかった」
ひとまず主要クエストの一段階と突破したわけだ…一応五体満足で。
しかしあくまでも第一段階…目標を達成するにはこの後イブリースを説得しなければいけない…いけないが…。
果たしてどこまでイブリースに聞こえているのか…しかし、全身全霊で挑むしかない…どっちにしろ小細工なんてできやしないが。
「聞こえるか?イブリース?いつまで獣のモノマネを続けるつもりだ…?ここからは理性のある生物…「人」として対等に話し合おうじゃないか?」
-
>「なゆから聞いたよ、あなたはモンスターなら産地に関わらずみんな同胞として見てるって」
一番最初に口を開いたのはカザハだった。
>「あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ」
レベルを上げるためにモンスターを…イブリースが言う同胞をそれこそ数えきれないほど殺してきた。
ゲーム上でも…この世界に自分自身が来た後も。イブリースが許せないのはもっともだ…だがそれでも僕達はイブリースと協力しないといけない…お互いの為に。
カザハが僕達PTのいいところを一つ上げていく。
なゆ…明神・エンバース…そして
>「ジョン君は……」
>「何も言う必要ないのかも。
「えっ…」
カザハさん?たしかに僕はみんなに比べて付き合いは短いけど…。
>「だってジョン君は何の小細工も理論武装も無しに全身全霊でさ、
理屈を介さずに直接感情にダイレクトアタックしてくるから。
一瞬頭の方が付いていかなくて戸惑うかもしれないけど……
戦ってて何か心が動いたなら、心に従ってみてほしいよ。
実を言うとぼくも未だに頭が付いていってなくて、上手く言えないんだ」
なんか他のメンバーと比べてなんか説明がふわっとしてない?僕の気のせいかな?
たしかに今までを振り返ってみても僕碌な事してないけど…!それでもそこまで露骨に…なんか…
>「つまり……ぼくはみんなのことが大好きで、一緒に来てるんだ。
ニヴルヘイムの仲間のこと、今でも大事に思ってくるんでしょ?
まだ間に合うよ。一緒に行こう。絶対後悔させない。
もしかしたら酷い裏切りにあったのかもしれないけど……。
ここにいるみんなは、一度掴んだ手は絶対離さないから……!」
人生で人とちゃんと接した…人を見るクセがなかった僕にはカザハの内心がわからなかった。
これがカザハの照れ隠しなどと…僕にはわかるわけがなかった。
てんぱる僕をみんな微笑みながら見てたけどその意味を知るのは…もう少し後だった。
-
>「俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた」
協力しなければならない…そんな事は明神だって分かっている。
しかししていた事はなかった事になる事はありえない…それもまた分かっている。
>「……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
>「言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!」
明神も…本当は分かっている。この場だけ…この先の場面を収める言葉である事を…。
しかし…よりいい未来の為に…決断し、諦める事が必要なのも…分かっている。
罪を擦り付ける行為は決して褒められた事ではない。
実行したのは間違いなくイブリース一派で、命令されたとしても罪は海のように深い。…それでも。
>「一巡目の記憶があるってのは残酷だよな。世界が巻き戻っても、自分が失敗した事実は消えない。
これはあまり直視したくない現実だが――俺達の顔馴染みはもう、みんな死んでる。
たとえこの世界でそいつらが生きていたとしても――それは、違う」
イブリースの返事を遮るかのように口をはさむのは…エンバース。
彼は自分を失敗した人間の成れの果てだという。大体の意味は分かっても彼の本当の想いを理解できる人間は少ない。
僕達には一週目の記憶がない。彼の本当の苦悩、想いを真に理解できる人間は少ない…しかし記憶を引き継いでいるイブリースは別だ。
>「……そして、俺達もな。俺達ももう、かつての自分じゃない。
俺が死んで、そこに残った動く焼死体は――かつての俺とは別の存在だ。
だから負けて、死んで、死なせて……たまたま二巡目に戻れたお前も、かつてのお前じゃない」
前の自分がどんな失敗したのか…気にならないと言えば嘘になる。
でも…エンバースの言う通り自分であって自分じゃない自分に思いを馳せるというのは…違うのかもしれない。
>「そんな生ける屍が……手前の都合でもう一度仲間を死なせるなんて、あり得ないよな?」
僕達は全員今を生きる人として…前に進まねばならない。
>「もっと優しく言ってやろうか?どうせ、とっくに死んでる命なんだ。
同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ」
止まっている時間なんて本来1秒もない…そして…それは…僕も同じだ。
-
「すまないカザハ…イブリースところまで連れ…肩を貸してくれないか?」
回復魔法の治療受ける為に念の為にちょっと離れた場所でヒールを受けていたが…思ったより具合がよくならないので未だに一人では歩く事すらできないでいた。
言い直したのはせめてものプライドである。男が頼り切りなんてほんの少しだけ恥ずかしい気がした。
「あぁ…それとカザハ…さっき急降下してた時…特技が大した事ないだとか…なんの役にも立てないとか言ってたな」
正直全力で叫んでいたので正確に全部聞き取れていたわけではないのだが…
しかしそれでもカザハがどんな話をしていたのか…大よその事はわかるほどに理解しているつもりだ。
「僕は…芸能人の生歌声を0距離で何回も聞いてきた。幸いテレビ人気だけはあってね…コンサートに紹介されたり音楽番組に賑やかしとして呼ばれたり…
地球の歌手の生歌を飽きるほどきいた…確かにみんなうまかったよ。でも…魂に響いたのは…」
極度の疲労とダメージ、そしてちょっぴりの気恥ずかしさから…声の音量が落ち、カザハの耳に囁くように僕は言った。
「君だけだ。…君が一番心に響いた…カザハ…君が好きだ。」
芸術の類は全てそうだが…うまい下手という単語は似つかわしくない。
もちろん技術の差は当然としてある。しかし、僕にはラクガキのような絵も誰かの魂に響き、震わせる。
僕にはこの世で一番…いやこれからの人生これを超えるほどはないと確信を持って言えるほど…震えた。
「みんなが聞いたらきっとすぐ君の虜になるよ!僕が保証する!あぁ…でも」
「僕だけの歌姫も悪くないかもね?」
だって人気とかでたらこの歌を間近で聞けなくなるかもしれない。カザハも僕に気に入られるより…より多くの観客が聞いてくれたほうが嬉しいだろうし。
スーパー人気アイドル歌手とかに転身して僕の好きな歌じゃなくなっちゃうかもしれないし…
地球でも一杯いたしな…人気取りに目がくらんだ結果歌いたい歌を歌えなくなる人…
「もちろんカザハ次第だけど………もしアイドル歌手とかになっても僕の事忘れないでくれよ?後できれば流行りとかに流されず自然な歌を…っとこんな話してる場合じゃなかったね」
そんなこんな話していたらイブリースの場所にたどり着く。
カザハは僕をイブリースの真横に降ろす。そして僕は倒れているイブリースに語り掛ける
「イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある」
話したい事を話す。これが正解かどうかは分からないけど…僕の想った事全てを。
「人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…」
ロイのように…心が壊れ…破滅する事…それは…
「絶望的な状況に陥った時…隣にだれもいない者が破滅するんだ」
「もしもあの時お前に心から相談できる友達と呼べる存在がいれば…
もしもあの時お前の隣にアドバイスしてくれる者がいれば…地球に移住する以外の事ができたかもしれない
挫けそうな時…道を踏み外しそうになった時…隣に一言でもいい…声を掛けてくれる者がいれば…」
僕には…なゆ達がいた。ロイも…直接言葉は地球では交わさなかったが…存在がいたから…今まで狂わず生きてこれた。
もし…もし…ロイが僕の言葉信じてくれなかったら…なゆ達と出会わなかったら……間違いなく僕は破滅していただろう。
「どんなに悲嘆したところで過去は絶対に変わらない…もし巻き戻せたとして…結局エンバースの言う通り…今の僕達はここにしか存在できないから」
世の中不条理ばっかりだ…会社勤めのサラリーマンも…最前線にいる兵士も…結局この世界に生きてる生命体みんな…自分の意志で…一人でいい方向に持っていく事などできない。
「僕はこの人生に納得してるよ。僕も決して許されない罪を犯した…事が落ち着いたら…その罪と向き合おうと思ってる。
それで…どんな結末が待っていたとしても…僕はなゆ達についてきたことを…絶対に後悔しない
だって自分の今の生を否定したら…肯定したり否定してくれた人たち…奪った命への裏切りだぜそれは…そんな事は絶対にしてたまるか」
シェリーを殺した事が真実である事を…もし地球に帰れたら素直にもう一度告白しようと思う。
ロイを殺したことも含めて…必ず僕はその罪を………そうなるまで絶対に死ねないんだ。
「お前は決して許されない罪を犯した。僕達がどうこういってもそれは絶対に消えない…だからといって自分勝手に死んでそれで終わりにしていいわけじゃない…諦める前に…自分の選択の結末を見に行こう」
「自分の人生を…いやこの場合は魔生?…それを全うしないまま自分勝手に死ぬなんて…
そんなお前を信じてくれた…お前を想ってくれた人の心を裏切るような真似だけはするな
お前は生きて……そして正式な場で…公平に裁かれて…罪を償うんだ。
人間を…ブレイブを恨むなとは言わない。お前の怨恨に終わりなんてない事はわかってる…
お前が望むなら事が終わった後もう一度改めて殺し合いしてやるよ…だからそれまで…石に噛り付いてでも…生き残れ」
僕はイブリースの目の前に手を差し伸べる。
言いたい事は全部言った…後はイブリース次第だ。
「今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな」
-
>息があるよ……生きてる……!
カザハが倒れたイブリースへとおっかなびっくり近付き、恐る恐る生存を確認する。
仰向けのイブリースは幾度か咳込むと、口から粉々に砕けた『悪魔の種子(デモンズシード)』を吐き出した。
種子が体外へ排出されたことで兇魔皇帝イブリース・シンとしてのステータスが失われ、
身体が元の大きさと兇魔将軍の姿に戻ってゆく。
「が……、は……」
気を失っていたのは、ほんの数分程度。イブリースはすぐに覚醒するとガリガリと床に爪を立て、ゆっくり起き上がった。
しかし、身体が思うように動かない。何とか業魔の剣を掴み、杖代わりにして立ち上がろうとするものの、
結局は片膝を謁見の間の床について崩れ落ちた。
「……まだ……、まだだ……!
オレは……ニヴルヘイムの朋輩の、仲間たちの……未来、を……!」
イブリースの闘志は、まだ萎えていない。
なおも抵抗の意思を見せようとするイブリースに、カザハが語り掛ける。
>あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ
カザハがパーティーの皆の長所を滔々と語る。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』、否、ブレモンのプレイヤーには確かに嬉々としてモンスター狩りに精を出し、
ニヴルヘイムの住人を――それどころか自分とその率いるモンスター以外のすべてを経験値やルピ、
もしくは使い捨ての戦力としか考えていない者が沢山いる。
自らの強さを証明するためのトロフィーとしての価値しか見出さない、ミハエル・シュヴァルツァーのような者たち。
だが、一方でパートナーモンスターに一途な愛情を抱き、唯一無二の相棒として慈しみ、
深くブレモンの世界を愛するプレイヤーも存在する。
後者のプレイヤーたちの想いと、イブリースの想い。仲間を大切にするという点で、そこには何の違いもない。
だからこそ、一緒に歩んでいけるはず。カザハはそう言っている。
しかし、次いで口を開いた明神の意見は、カザハとは少し違っていた。
>俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた
イブリースは片膝を床についたまま、肩で息をしながらその言葉を聞いている。
斜に構えた露悪的なクソコテスタイルとは裏腹に、このアルフヘイムでの旅全般を通して、
パーティーの中で誰よりも『死』について敏感なのが明神であった。
ガンダラの試掘洞でバルログを喪ったとき。
リバティウムでバルゴスを死なせたとき。
アコライト外郭でユメミマホロが自己犠牲の道を択ったとき。
アイアントラスでの、ロイ・フリント率いるゴブリン・アーミーによる大量虐殺。
そして、王都キングヒルの崩壊――。
抗いがたい死を前に明神はいつだって憤り、己の無力にきつく歯を噛み締めてきた。
そんな人一倍『死』に対して繊細な明神が死霊術師としての道を歩むようになったのは、ある意味必然であったのかもしれない。
>……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ
だからこそ、明神には大義名分が必要だった。
キングヒルに攻め込み、多数の無辜の民を殺戮したイブリースを赦すための理由が。
>言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!
二度目の勧告は、ほとんど悲鳴のように聞こえた。
イブリースは応えない。
そんな憤激も露わな明神の肩をエンバースが叩き、イブリースの方を見て口を開く。
カザハ、明神ときて、次はエンバースの番だった。
>よう、「また」死に損なったなイブリース。アンデッドの先輩として、幾らか為になる話をしてやろうか?
自分と一緒に旅をする仲間たちの良いところを述べ、イブリースの憎む者たちとは違うと示したカザハとも、
イブリースに免罪の弁を強要しようとする明神とも違い、
エンバースが話し始めたのは自身とイブリースの共通点についてだった。
>一巡目の記憶があるってのは残酷だよな。世界が巻き戻っても、自分が失敗した事実は消えない。
これはあまり直視したくない現実だが――俺達の顔馴染みはもう、みんな死んでる。
たとえこの世界でそいつらが生きていたとしても――それは、違う
エンバースとイブリースは、共にごく少数存在している一巡目の記憶持ち――メモリーホルダーだ。
一巡目の記憶を持っているということは大きなアドバンテージであるが、同様にデメリットでもある。
ムスペルヘイムで敗死した記憶があるからこそエンバースはかつての仲間たちの記憶に苦しみ、
イブリースも虐殺された仲間たちの怨嗟を引き摺っている。
時間が巻き戻り、世界が滅びる前に立ち戻ったとしても、何もかもが一巡目と変わらず元通りとはならない。
ならば。
>同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ
どうせ一度失敗したのだ。今更守る矜持もあるまい。
実際にイブリースは悪魔の種子を飲み込む際、“名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用”と発言している。
同胞を救うことこそがイブリース第一の目的なのであれば、拘りは捨てて手を組めと、
エンバースはそう言っている。
あらかた言いたいことを吐き出し終わると、エンバースはイブリースの胸の傷にどんと拳を打ち付けた。
>さあ……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ
-
「……ク……、クククク……」
明神とエンバースの両名から責任回避の発言を促されると、床に片膝をついたままのイブリースはゆっくりと笑った。
「確かに……貴様らの言う通り、すべては大賢者の口車に乗せられただけだと……そう言うことが出来れば、
楽なのだろうな……」
左角は折れ、翼は朽ち、尻尾も半ばから千切れ。
鎧のあちこちは見る影もなく砕け、満身創痍のイブリースであったが、その三ツ眼からはまだ意志の光は消えていない。
いや、むしろ悪魔の種子を吐き出し元の姿に戻ったことで、理性を取り戻したと言うべきか。
だからこそ。
「オレは……オレの成した所業から逃げる気はない……。
ローウェルと手を組んだのも……貴様らアルフヘイムの者どもを殺戮したのも……すべて、オレが望んだこと。
責任から逃れるつもりなど、元よりありはしない……!」
硬い決意に炯々と輝く眼で『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をねめつけ、イブリースは断言した。
責任逃れの言葉を口にするのは簡単だ。それで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は皆納得するだろう。
だが、他の誰が納得しようとも――他ならぬイブリース自身がその言葉に納得できない。
誇りなど捨てた。面子も、立場も、既にない。そんなものはどうでもいい。
だが、自分にまつわる何もかもを擲っても、なお捨て去れないものがある。
それは信頼。期待と、絆と、それから愛情。
かつて、まだニヴルヘイムの支配者として君臨していたシャーロットから教えられ、朋輩たちから与えられたもの。
ローウェルやその一派と手を組み、両手を血に染め、アルフヘイムとの戦いに臨む。
そんな自分に従い、共に駆け、そして散っていった仲間たち。
みな、イブリースのすることが正しいと、信じられると思ったからこそついてきてくれたのだ。
明神たちの提案に従うということは、それら亡き仲間たちの心を裏切ることになる。
だが、誤りは誤りだ。それはイブリース自身も理解している。
ミハエル・シュヴァルツァーに大切な同胞たちを預けてしまったのは、完全な悪手だった。
間違っていたのなら正さねばならない。修正し、本来あるべき姿に戻さなければならない。
だから――
>イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある
ジョンが静かに口を開く。
>人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…
自分がどうしようもなく追い詰められたとき、傍に寄り添ってくれる者がいるかどうか。理解者がいるかどうか。
そのただ一点が、よく似た境遇であったジョンとイブリースの明暗を分けた。
>僕はこの人生に納得してるよ。僕も決して許されない罪を犯した…事が落ち着いたら…その罪と向き合おうと思ってる。
それで…どんな結末が待っていたとしても…僕はなゆ達についてきたことを…絶対に後悔しない
だって自分の今の生を否定したら…肯定したり否定してくれた人たち…奪った命への裏切りだぜそれは…
そんな事は絶対にしてたまるか
ジョンはなゆたや明神、エンバース、そして何よりカザハに肯定されたことで自らを受け入れることが出来た。
逆にロイからは仕方なかった、不可抗力だったとシェリー殺しの罪を免じられるのではなく、
お前は罪を犯した、きちんと償えと言われたことで、自らの罪に立ち向かうことが出来た。
其れと同様に。
>お前は決して許されない罪を犯した。僕達がどうこういってもそれは絶対に消えない…
だからといって自分勝手に死んでそれで終わりにしていいわけじゃない…諦める前に…自分の選択の結末を見に行こう
>自分の人生を…いやこの場合は魔生?…それを全うしないまま自分勝手に死ぬなんて…
そんなお前を信じてくれた…お前を想ってくれた人の心を裏切るような真似だけはするな
お前は生きて……そして正式な場で…公平に裁かれて…罪を償うんだ。
人間を…ブレイブを恨むなとは言わない。お前の怨恨に終わりなんてない事はわかってる…
お前が望むなら事が終わった後もう一度改めて殺し合いしてやるよ…だからそれまで…石に噛り付いてでも…生き残れ
イブリースに必要だったのは、イブリースの罪を免じてくれる文言や証人ではなくて。
犯した罪を認めさせ、それを償うための道を示してくれる理解者だったのである。
>今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな
そう言うと、ジョンはゆっくりと片手をイブリースへ差し出した。
血まみれで汚れきった、傷だらけの手。
-
「手を取れ、か……。
タマン湿生地帯でも、そんなことを言っていたな。
貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、どうでもオレを手許に引き込みたいらしい」
ク、とイブリースは喉奥から笑みを漏らした。
「貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?
ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす」
犯した罪が無かったことにならないように、同胞を殺された過去が無かったことにはならない。
恨みも、怒りも、ずっと残り続ける。膿んだ傷口のようにじくじくと痛み続ける。
それを癒すことが出来るのは、ただ時間だけだ。そしてイブリースの心に穿たれた傷が塞がるには、
まだまだ多くの時間が必要なのだろう。
……けれども。
「だが……死が逃避に過ぎないという貴様の言い分、それだけは……同意だと言っておく。
貴様らに手を貸す訳ではない、軍門に下る訳でもない。依然変わりなく、オレと貴様らは敵のままだ。
オレはただ……自らの責任を果たしに往く、のだ――」
兇魔将軍として、ニヴルヘイムを率いる者として。
ミハエル・シュヴァルツァーに大切な仲間たちを託してしまったという、自らの犯した過ちを正しに行く。
それが、イブリースの生きる新たな目的となった。
「イブリース、それじゃぁ――」
ジョンとイブリースの遣り取りを黙して見詰めていたなゆたが口を開く。
イブリースは一度頷いた。
「せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい」
「ありがとう、イブリース……!」
なゆたは満面の笑みを浮かべて言った。
敵勢力ニヴルヘイムの首魁として、幾度となく干戈を交え死闘を演じてきた、兇魔将軍イブリース。
その強大な相手と、今この瞬間やっと決着をつけることが出来たのである。
ジョンの差し伸べた手をイブリースが取ることこそなかったものの、これで当面争う必要はなくなった。
「なんと……。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』には今までも度々驚かされてきたが、
よもや兇魔将軍すら下そうとは……」
「そうね。でも、どんなモンスターとも気持ちを通い合わせることが出来る……パートナーになれる。
それが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』なのでしょう」
エカテリーナが驚きを隠せない様子で呟く。
片膝をついたままのイブリースへアシュトラーセが歩み寄り、高位の回復魔法をかけて傷を癒してゆく。
同様に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側も各々が戦闘で受けたダメージを回復させる。
「エンバース、守ってくれてありがとう。今、手当てするわね……『高回復(ハイヒーリング)』プレイ――」
エンバースに寄り添うと、なゆたは満身創痍の遺灰の男を手持ちのスペルカードですぐに治療した。
そっとエンバースの左腕に手を添え、気遣わしげにその砕けた身体を見詰める。
「また、無理させちゃったね……。ゴメンなさい、いつも無茶ばかり言って」
ムラサマ・レイルブレードによる角の切断と、部長流星弾炸裂時のなゆたの救助。
流石に戦闘中に無理難題を突き付けすぎたかと反省する。
彼なら出来る、という強固な信頼に基づく選択だったとはいえ、負担の大きすぎる行為であったとは思う。
「えと……。き、嫌いにならないで……ね」
そっと、上目遣いにエンバースの顔色を窺うなゆただった。
「フン……」
アシュトラーセによる治療が終わると、回復したイブリースはゆっくり立ち上がった。
胸に穿たれた穴は塞がり、折れた左角も元に戻っている。
右拳を握ったり開いたりして具合を確かめているイブリースの許へ、
マゴットと分離して元の姿に戻ったガザーヴァが近付いてゆき、その隣に立ってちょいちょいと脇腹を肘でつつく。
「……幻魔将軍」
「やーっと三魔将が揃ったな、イブリース」
イブリースの巨体を見上げ、ガザーヴァはにひっと白い歯を覗かせて屈託なく笑った。
不得要領といったイブリースに対し、なゆたの方を指差す。
「いや、わたしはシャーロットのデータを引き継いだだけで、シャーロット本人ではないんだけど……」
突然水を向けられ、なゆたが戸惑ったように困り笑いを浮かべる。
しかし、ガザーヴァはまったく斟酌しない。
「おんなじさ。だって、ボクたちはパパやローウェルの作ったゲームのデータなんだろ?
それならオマエの引き継いだデータだってシャーロットそのものだ、なんにも変わらない。
ホラ……モンキン、オマエの中のシャーロットは、なんて言ってる?」
ぱちぱちと驚いたように幾度か目を瞬かせると、なゆたはそっと自らの胸元に手を添えた。
そして、目を閉じる。
「うん……。
わたしの中のシャーロットも、喜んでる。イブリースに『おかえりなさい』って言ってるよ――」
「だろ」
もう一度、ガザーヴァは嬉しそうに笑った。
-
「さて、無事にイブリースをお仲間に――」
「仲間ではない」
「…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――」
次の行動指針を提示しようとしていきなりイブリースに話の腰を折られたみのりだったが、
気を取り直して一息に告げる。
そう、イブリースと一応の決着をつけることが出来たのは大きな進展ではあるものの、終着点ではない。
既に大賢者ローウェルやミハエル・シュヴァルツァーは、ニヴルヘイムの民を率いて地球へ行ってしまった。
断じて、真一らメモリーホルダーの見た一巡目の惨劇を繰り返させる訳にはいかない。
しかし。
「肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……」
ウィズリィが嘆息する。
流石のブックにも、少し前までミハエルらと一緒にいたイブリースにも、ついでにカザハの持っている攻略本にも、
アルフヘイムからミズガルズへの行き方などという知識はない。
なゆたも銀の魔術師モードになっていない(なれない)以上、シャーロットの知識は使用できない。
第一、シャーロットがそんな方法を知っているかどうかも定かではないのだ。
流石に万事休すか、と思われたが――
「わかるよ」
イブリースとの戦闘にも加わらず、それまで傍観者に徹していたエンデが唐突に口を開く。
「おっ、今日は珍しく自分から発言したじゃんか! エライぞー!」
ガザーヴァがエンデの頭をわしゃわしゃと雑に撫でる。
軽く髪を手櫛で直しながら、エンデはパーティーの面々をぐるりと見回した。
「もともと『ブレイブ&モンスターズ!』の設定では、限定的ではあるけれどアルフヘイムとニヴルヘイムは行き来が出来た。
けど、アルフヘイムやニヴルヘイムからミズガルズへ行けるという設定はない。
当然だ、君たちがプレイしていたゲームの中の設定には、ミズガルズなんて世界はないんだから」
なゆたやエンバース、明神たちのよく知るゲームのブレモンの舞台は、アルフヘイムとニヴルヘイムしかない。
従って、ミズガルズへ行く方法も存在しない。
しかし――この現実の世界は違う。ミズガルズという場所が存在する以上、行き来も出来るはずなのだ。
「ローウェルは管理運営の権限を使ってそれを成し遂げたんだろう。
だから、ぼくたちも同じように管理者権限を使って移動する。ただ――それには必要なものがあるんだ」
「必要なもの……?」
なゆたが小首を傾げる。
「管理者権限を使用するには、パスワードがいる。
そのパスワードはぼくの中にあるんだけれど、パスワードを入力するにはメニューにアクセスしなくちゃならない。
外の世界じゃない、この世界の中で管理者メニューを起動するためには、莫大な力が必要なんだ」
「莫大な力……。それは、どのくらいの……?」
「――レクス・テンペスト」
子どもの外見には似つかわしくない怜悧な眼差しで、エンデはカザハを見た。
「地、水、火、風、光、闇。
この世界を構成する六つの元素、その最も強い力……。
レクス・テンペストに相当する力を各属性ごとに集め、結集する。
天地創世に匹敵するほどの力を用いなければ、文字通り神の業である管理者メニューを起動することはできない」
「……じゃあ、パパがレクス・テンペストを欲しがってたのは――」
ガザーヴァが口を開くと、エンデは荘重に頷いて肯定を示した。
バロールの使う創世魔法は、管理者権限をゲーム中でも気軽に使えるようにしたダウンサイジング版とでも言うべきものだった。
しかし、創世魔法では出来ることに限りがある。
ログアウトして外の世界へ出れば、バロールは管理者権限を自由に行使することが出来る。
但し、そうすればログやアクセス履歴を探られ、バロールが何処の何に改編を施したのかもバレてしまう。
一方で、いちキャラクターとしてログインしていればその足取りをローウェルが追うことは難しい。
ローウェルと袂を別ったバロールは、ログアウトせずともこの世界の中で管理者メニューを開けるよう、
莫大な力の供給源としてレクス・テンペストを求めていたのだ。
-
「おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?」
ガザーヴァが慌てふためく。
この世界には万物の根幹を成す精霊王がおり、それぞれの属性の聖地に神代遺物とそれを守護する精霊がいるという。
つまり風属性のレクス・テンペストと同じように、火属性や水属性の精霊王の魂と、
時代の精霊王に相応しい魂を持つ精霊たちも存在するということだ。
しかし、この土壇場で世界の僻地・秘境にいるというそれらの精霊を訪ねるような暇はない。
が、そんなガザーヴァの心配は杞憂であったらしい。
エンデは一度かぶりを振った。
「いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる」
そう言うと、エンデは五人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を順に指差した。
すなわち――
『地』にはジョン。
『水』にはなゆた。
『火』にはエンバース。
『風』にはカザハ。
『闇』には明神。
「……待て、それでは五属性しかないではないか? あとの一属性、光は誰が担当するのじゃ」
エカテリーナが当然の疑問を口にする。
「うちは地属性やろし、対象外やなぁ」
みのりが右手で頬を押さえて嘆息する。
ウィズリィも地属性だし、エカテリーナは火属性。ガザーヴァとイブリースはバリバリの闇属性で、
エンデに至ってはどれにも属さない第七の属性・外なる神アブホースと同様の混沌属性だ。
ただひとり、パーティーの中で光属性といえば。
「私……かしらね」
恐る恐るといった様子で、アシュトラーセが右手を挙げた。
これだけ頭数が揃っていて光属性がひとりしかいないというのもバランスの悪い話だが、
他に候補がいないのだからアシュトラーセ一択であろう。
というのに。
「いや。アシュトラーセ、あなたは駄目だよ」
エンデが待ったをかける。
「力が足りない。必要なのは精霊王の魂に匹敵するほどのエネルギーだ。
今まで長い旅を続け、成長してきた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にはそれがある。
一方アシュトラーセはアルフヘイム最高戦力のひとりではあるけれど、そこまでの力があるかといえば――」
「……ない……わね」
アシュトラーセは無念そうに俯いた。
「じゃあ、どうするの? どこかから光属性の野良『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でも探してくる?」
「アコライト外郭の『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』なら、
光属性だったと思うケド」
腕組みしながらウィズリィが呻き、ガザーヴァが候補者を上げる。
ユメミマホロは確かに光属性ではあるが、最高レベルに鍛えられていた彼女――の一人目――は死亡している。
現在の、二人目のマホロではきっとアシュトラーセと一緒で力不足ということになってしまうに違いない。
といって、他の当てもない。
キングヒルが健在ならバロールの招集した他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいたかもしれないけれど、
ニヴルヘイム軍によって壊滅した今となっては望むべくもない。
あとひとり。あとひとりが揃わない限り、ミズガルズへは行けない。地球へは、帰れない。
光属性の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』さえ居れば――
そんなとき。
「……わたしがやる」
不意に、声が上がった。
仲間たちの視線が其方を向く。そこには自らの胸に右手を当て、決然とした表情で立つなゆたの姿があった。
みのりが困惑した表情を浮かべる。
「なゆちゃん?
せやけど、なゆちゃんはもう水属性って決まって……」
「それもやる。
わたしが二属性分、水と……光を受け持つ」
生まれながらの属性『水』と、覚醒しシャーロットの記録を与えられたことで身に着けた属性『光』。
そのふたつを同時に行使すると、なゆたは言っているのだ。
-
「……そんなことが可能なのかや? 御子?」
「問題ない。さっきも言ったけど、必要なのは六属性の莫大な力だ。
力さえあればいいんだ、頭数は関係ない。実際にローウェルはひとりで管理者メニューを開いてる」
エカテリーナの問いに、エンデは肯った。
「しかし、十二階梯の継承者を以てしても力不足と言わしめるほどの消耗なのだろう。
それが二人分……力をすべて吸い尽くされ、命が枯渇して死に至るという可能性はないのか?」
モンスター以外の命などどうなっても構わないというスタンスのイブリースまでもが懸念を口にする。
「可能性は、ある」
「!」
「何も、持っている力を単に見せつければいい――ということじゃない。その力を消費して、
この世界では本来開けないはずの管理者メニューを強引に開き、管理者権限という神の力を行使するんだ。
そこまでしなくちゃ、アルフヘイムからミズガルズへ行くことなんて出来やしない」
不可能を可能にするには、当然それなりのリスクを負う必要がある。
メニュー起動のために力を捧げたことで生命力が底をつき、死亡するパターンも充分にあるのだ。
しかし、だからといって躊躇などしていられない。
「大丈夫! バフもりもりで行くから!
それに、わたしはしぶといんだ。そりゃもう、死ななさじゃエンバースにだって負けないし!」
なゆたは仲間たちの前で笑顔を見せ、ぐっと右肘を折り曲げて二の腕に力瘤を作る真似をしてみせた。
「無茶よ、ナユタ……! 一人分だってレクス・テンペストに匹敵する力が必要なのに!」
「なゆちゃんがすごい力を持っとるのは知っとるけど、今回ばっかりはうちも賛同できへんえ。
一属性分の明神さんやジョンさんでさえ耐え切れるか分からへんっちうのに、それを二属性もやなんて……。
いくら何でも無謀すぎや。なゆちゃんにもしものことがあったらどないしはるのん?」
ウィズリィとみのりが考え直させようと説得するも、なゆたは頑として受け入れない。
「無理かどうかなんて、やってみなくちゃ分からないでしょ? それに、いい考えもあるの。
この世界のどこにいるかも分からない光属性の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を今から探すなんて、とても無理だもの。
それなら、多少無茶でも今できる最大限のことをやらなくちゃ。でしょ?」
「しかしのう、妾たちですら荷が勝つようなことを、そなた一人でというのは……のぅ……」
「やる前から無理だった時のことを考えてたってしょうがないよ。
ダメだったらダメで、その時考える! わたしはいつだってそうしてきたし、これからもそうする。
だから、やらせてほしい。……やりたいんだ、わたしが」
なゆたは今まで長い旅をしてきた仲間たちを見る。
「カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから」
かけがえのない仲間たちが、自分のことを信じてくれる。崇月院なゆたはやるときにはやる女だと思ってくれる。
それだけで、なゆたは実力以上の力が出せる。
「……やらせてみればよかろう」
口火を切ったのはイブリースだった。
「イブリース」
「あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ」
「まっ、どっちみちモンキン以外に資格を持ってるヤツはいねーんだ。
無理が通れば道理引っ込む! 出たとこ勝負で行くっきゃねーだろ、ここまで来たら!
な、明神!」
ガザーヴァが明神の背後からその首に両腕を回して抱き着き、頬と頬とをくっ付ける。
エンバースたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の仲間にも許可を貰うと、
最終的に希望通りなゆたは水と光の二属性を担当することになった。
-
作戦会議を兼ねた束の間の休息と治療を終えた一行は、暗黒魔城ダークマター内部にある召喚の間に集まっていた。
かつてバロールがまだニヴルヘイムに君臨する魔王であった頃、各種の大魔法を手掛けた場所で、
最近まではイブリースと大賢者ローウェルがニヴルヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を喚ぶため、
ピックアップガチャを実施していた場所である。
この部屋の真下には強力な霊脈が走っており、ダークマター、いやニヴルヘイムの中でも、
召喚の間が最も魔術の行使に適しているらしい。
バスケットボールのハーフコート程度の大きさの、壁も床も天井も何もかも黒い部屋の中で儀式を行う。
部屋の床中央には直径5メートル程の魔法陣が描かれており、暗闇の中で輪郭がぼんやりと紅く輝いている。
エンデが虚空に半透明のコンソールを展開し、魔法陣に手を加えてゆく。
「この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう」
つまり、何が何でも一度で成功させろということだ。
「ほんまは日ぃ改めて、ゆっくり休んでもろうて。充分養生してから試した方がええんやけど……。
ローウェル相手に後手後手に回ってもうとる現状や、その余裕はとてもあらへん。
堪忍え、みんな」
みのりが申し訳なさそうに頭を下げる。
治療によって『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が対イブリース戦で負った傷や消耗した魔力は回復しているが、
疲労ばかりはどうしようもない。それはじっくり療養して回復させるしかないのだが、
そんな時間はアルフヘイムには、いやブレモンの住人達には残されていない。
「管理者メニュー起動用魔法陣、組成完了。
みんな、中に入って」
エンデがなゆた、カザハ、明神、エンバース、ジョンの五人に魔法陣の中へ入るよう促す。
「準備はいい?」
「……うん」
あくまで淡々としたエンデの問いかけに、緊張した面持ちでなゆたが返す。
その右手の薬指には、ローウェルの指環が嵌められている。
魔法陣に入る前、明神に頼み込んで貸して貰ったのだ。この指環があれば、だいぶ負担を軽減できる。
また、ウィズリィの『多算勝(コマンド・リピート)』によって『限界突破(オーバードライブ)』のスペルカードを復帰させ、
自分に掛けてもいる。
同様、他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちも必要があれば各種のバフを自らに施すことが可能だ。
儀式が始まる前なら、パートナーモンスターたちにもバフを掛けて貰えるが、始まってしまえばそれは不可能となる。
儀式中にアシュトラーセへ回復魔法を頼む、といったことは出来ないという訳だ。
魔法陣の中に入るのは、正真正銘『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』五名のみ。
ポヨリンや部長といったパートナーさえも、中に入ることは出来ない。
今までの長い長い旅で培ってきた、自分たちの力。成長の度合い。
それが、これから試される。
「みんな――、必ず地球に帰るよ!!」
なゆたが仲間たちを、何より自らを鼓舞するように宣言する。
「……魔法陣、起動!」
エンデがコンソールを操作する。
フィィィィ――という低い音と共に、五人の足許の魔法陣がその輝きを強めてゆく。
と、不意にどん! と強い衝撃が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を襲う。
それはまるで猛烈な勢いでレールを下ってゆくジェットコースターのような、腹の奥を突き上げるような。
浮遊感にも似た衝撃であった。
次いで、重圧。頭を物凄い勢いで押さえつけられ、全身を絞られるような不快感。
そして――全身から力が抜けてゆく、圧倒的な虚脱。
この世に存在する不快な感覚すべてを融合させたような、名状しがたい衝撃が五人に押し寄せる。
「う……、うあああああああ―――――――ッ!!!」
なゆたは絶叫した。
しかし、こんなところでへこたれてはいられない。
どんなことがあっても、どんな代償を払ってでも、三つの世界を守る。
この『ブレイブ&モンスターズ!』を守る。
そう、心に決めたのだから。
【イブリース説得成功。一時的に味方に。
地球へ行くには管理者メニューを開く必要がある、とのエンデの説明。
メニューを開くため、五人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が各属性の力を魔法陣に提供する。
なゆた、水と光の二属性を提供。苦悶する。】
-
【カザハ】
自分の顔を覆っていて、スマホ連動ウェアラブル端末を装備していないことに気付く。
「な、なんでカケルが装備してるんだ!? 早く返してくれ……!」
「自分ではずして渡したんじゃないですか――!
もしかして眼鏡かけてないと恥ずかしい系キャラ!? こっちに来た直後はかけてませんでしたよね!?」
「あの時はちょっとテンションおかしかったから!」
カケルから端末を返してもらい、装着する。
我の次にイブリースに話しかけたのは、明神さんだった。
>「俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた」
イブリースを仲間に引き入れるという今の目的を考えると、一見逆方向にも思える切り出し方。
イブリースは身も蓋もなく言ってしまえば超大量虐殺犯なのだから、言っている事自体は尤もなのだが。
明神さんの尤もな怒りを見ていて、どうやら自分は理不尽に殺された不特定多数よりも、目の前の大量虐殺犯に共感してしまっていることに気付く。
どころか、自ら始原の風車の防衛機構として有象無象の人間の屍の山を築いていたというのにそこを大して気にせずに、
端から見れば気にしなくていいことを引きずっている。
やはり、根本的に何かが人間とは違っているのだろう。
>「……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
>「言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!」
「明神さん……」
明神さんだって、怒りをぶつけたところでどうにもならないのも、
未来を掴み取るためには手を組まないといけないのも分かっている。
イブリースがローウェルのせいにしてくれさえすれば、折り合いを付けられるのだ。
しかし、イブリースは何も言わない。
>「おいおい、つれないぜ明神さん……弱い者いじめなら、俺も混ぜてくれよ」
エンバースさんが場を引き継ぐ。
>「よう、「また」死に損なったなイブリース。アンデッドの先輩として、幾らか為になる話をしてやろうか?」
>「一巡目の記憶があるってのは残酷だよな。世界が巻き戻っても、自分が失敗した事実は消えない。
これはあまり直視したくない現実だが――俺達の顔馴染みはもう、みんな死んでる。
たとえこの世界でそいつらが生きていたとしても――それは、違う」
>「……そして、俺達もな。俺達ももう、かつての自分じゃない。
俺が死んで、そこに残った動く焼死体は――かつての俺とは別の存在だ。
だから負けて、死んで、死なせて……たまたま二巡目に戻れたお前も、かつてのお前じゃない」
-
一般的なメモリーホルダーを1巡目の記憶を持って2巡目の世界に生まれている存在だとすれば
エンバースさんはメモリーホルダーの中でも特殊で、1巡目からそのまま来た存在だった気がする。
我の場合は1巡目での発生年がすごく昔だったものだから、
転生というよりは番外編(地球生活)挟んでのタイムリープに近い感覚になっている。
一口にメモリーホルダーとはいっても仕様は様々のようだが、どのような事情であっても、
一巡目と同じままではいられないというのは共通しているのかもしれない。
エンバースさんは分かりやすく人間からモンスターへと変貌を遂げ、我も明らかに仕様が変更されているが、もっと普遍的な意味でもそうなのだろう。
>「そんな生ける屍が……手前の都合でもう一度仲間を死なせるなんて、あり得ないよな?」
>「もっと優しく言ってやろうか?どうせ、とっくに死んでる命なんだ。
同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ」
>「さあ……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
お願い、ここは流されて――と祈るような気持ちでイブリースの反応を待っていると、ジョン君から声をかけられた。
>「すまないカザハ…イブリースところまで連れ…肩を貸してくれないか?」
ジョン君は命は取り留めたものの、まだ一人で歩ける状態ではなさそうだ。
さっきまで普通に動いていたのが不思議なぐらいだ。
ジョン君の腕を取って自分の肩に回し、半分背中を貸すような恰好になる。
「大丈夫だから、体重かけちゃって。これでも一般の人間よりはずっと頑丈なんだから」
体重の大部分を引き受けて肩を貸すていで実質運ぶ。
(あれ、こんなに大きかったっけ……!)
こうしてみると、かなり身長が高くて体格もいいのがよく分かる。全部が自分より二回りぐらい大きい。
テレビ映えする系統の整った顔をしているのもあって普段は一見そこまでに見えないのに、実に怪しからん……!
>「確かに……貴様らの言う通り、すべては大賢者の口車に乗せられただけだと……そう言うことが出来れば、
楽なのだろうな……」
>「オレは……オレの成した所業から逃げる気はない……。
ローウェルと手を組んだのも……貴様らアルフヘイムの者どもを殺戮したのも……すべて、オレが望んだこと。
責任から逃れるつもりなど、元よりありはしない……!」
イブリースは明神さん達の提示した落としどころを拒絶――つまり仲間になる気は無いと示した。
運ばれ中のジョン君が、耳元で話す。
>「あぁ…それとカザハ…さっき急降下してた時…特技が大した事ないだとか…なんの役にも立てないとか言ってたな」
>「僕は…芸能人の生歌声を0距離で何回も聞いてきた。幸いテレビ人気だけはあってね…コンサートに紹介されたり音楽番組に賑やかしとして呼ばれたり…
地球の歌手の生歌を飽きるほどきいた…確かにみんなうまかったよ。でも…魂に響いたのは…」
ジョン君よ――イブリース説得できるかの瀬戸際なのに昔話してる場合ちゃうやろ!?
-
>「君だけだ。…君が一番心に響いた…カザハ…君が好きだ。」
「―――――――――!!」
――こいつ、的確に急所を突いてきやがった……!
あらゆるジャンルの何かを創作する者にとって、上手と言って貰えればもちろん嬉しいけど、一番の誉め言葉は”好き”なのだ。
だからここはシンプルに滅茶苦茶喜ぶべきところなんだけど。我の脳内は大混乱していた。
(君が好きって――! 文脈から考えて君の歌が好きって意味だよな!?
それはちょっと省略し過ぎじゃないか!? まさか確信犯!?
……いや、仮にそうだとしても何でこんなに狼狽えてるんだ!?
さっき明神さんに好きって言われた時は普通にほっこりしたじゃん!
――ちょっと待って。そもそも我はどんな歌を歌ったっけ。 どうしょうあれじゃあ告白ソングみたいじゃん!?
それは困る我は飽くまでも部長先輩の後輩という微笑ましいポジションであって!
歌いながら空飛ぶって何やねんディ〇ニープリンセスじゃないんだから!
……うわああああああああああああああああああああああ!)
平常心ではとても歌えない歌を歌ってしまってがっつり聞かれた(聞かせた)ことを認識し、
爆死(※精神的に)している我に、ジョン君が追い打ちをかける。
>「みんなが聞いたらきっとすぐ君の虜になるよ!僕が保証する!あぁ…でも」
(ちょ! 虜って……)
>「僕だけの歌姫も悪くないかもね?」
(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! 僕だけの歌姫……!?)
いくらなんでもパワーワード過ぎる……!
頼むから全部かいしんの一撃でフルコンボを成立させないで!? ちょっといったん落ち着こう。
こうなったら脳内で(※ただしイケメンに限る)と自分に言い聞かせて無理矢理気を落ち着かせるしかない……!
本当はもはやイケメンかどうかなんて関係ないのだが。
――あっ、そういえば余裕でイケメンやった! 駄目じゃん全然落ち着けない!
>「もちろんカザハ次第だけど………もしアイドル歌手とかになっても僕の事忘れないでくれよ?後できれば流行りとかに流されず自然な歌を…っとこんな話してる場合じゃなかったね」
もう顔を見られないように下を向くしか成す術がない。
「ほ、本当だよ、もう……!」
必死で平静を装って声が裏返らないように小声で言いながら、ジョン君をイブリースの隣に降ろす。
もしやジョン君には我のデータが見えてるんじゃないだろうか。
脱走しないようにする方法とか、力を引き出す方法とか、どんな言葉をかけたら喜ぶかとか。
まさかのデータ流出!? これは由々しき事態!
大混乱したままの思考をひとまず脇に置いておいて、イブリースに語り掛けるジョン君を見守る。
-
>「イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある」
>「人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…」
>「絶望的な状況に陥った時…隣にだれもいない者が破滅するんだ」
「ジョン君……」
ジョン君が苦しんでいる時、何も出来なかったと思ったけど、隣にいただけでも、少しでも救いになれたのかな……?
>「僕はこの人生に納得してるよ。僕も決して許されない罪を犯した…事が落ち着いたら…その罪と向き合おうと思ってる。
それで…どんな結末が待っていたとしても…僕はなゆ達についてきたことを…絶対に後悔しない
だって自分の今の生を否定したら…肯定したり否定してくれた人たち…奪った命への裏切りだぜそれは…そんな事は絶対にしてたまるか」
(キミは強いね――)
これだけ世界に穴が開いたりデータの混乱が起きていれば、そのごたごたに巻き込まれて
痛ましい事故が無かったことになってくれないかと期待を抱いたって、何ら不思議ではない。
現に我は、地球に最初からいなかったことになってしまっていたらどうしよう、と思っている反面、
それはそれでいいかな、とも思ってしまっているのだ。
>「自分の人生を…いやこの場合は魔生?…それを全うしないまま自分勝手に死ぬなんて…
そんなお前を信じてくれた…お前を想ってくれた人の心を裏切るような真似だけはするな
お前は生きて……そして正式な場で…公平に裁かれて…罪を償うんだ。
人間を…ブレイブを恨むなとは言わない。お前の怨恨に終わりなんてない事はわかってる…
お前が望むなら事が終わった後もう一度改めて殺し合いしてやるよ…だからそれまで…石に噛り付いてでも…生き残れ」
>「今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな」
ジョン君がイブリースに手を差し伸べる。イブリースはその手を――取らなかった。
>「手を取れ、か……。
タマン湿生地帯でも、そんなことを言っていたな。
貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、どうでもオレを手許に引き込みたいらしい」
>「貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?」
やっとの思いでここまでこぎつけたのに、駄目なのだろうか……。
みんなあんなに頑張ったのに……。
>「ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす」
一瞬駄目かと思ったが、そうではなさそうだ。
“然るべき刻が来れば”ということは……今はその時ではないということ!?
-
>「だが……死が逃避に過ぎないという貴様の言い分、それだけは……同意だと言っておく。
貴様らに手を貸す訳ではない、軍門に下る訳でもない。依然変わりなく、オレと貴様らは敵のままだ。
オレはただ……自らの責任を果たしに往く、のだ――」
>「イブリース、それじゃぁ――」
>「せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい」
>「ありがとう、イブリース……!」
「やったね……!」
ジョン君とハイタッチしようと両手を上げて、未だにジョン君がそれどころではないぐらい満身創痍だったことに気付く。
「……あ、まずはその傷どうにかしなきゃ!」
アシュトラーセがイブリースの治療を始め、こちらも各々がダメージを回復させる流れとなる。
継続回復スペルカードの癒しのそよ風(ヒールブリーズ)を発動し、隣に付き添う。
これは即効性が求められる戦闘中にはあんまり使い勝手が良くないけど、
単発回復が効きにくい大怪我も時間をかければ回復するからこういう時は結構使える。
ちなみにこれは、対象が”味方全体”となっているため、近くに来ればみんな恩恵を受けられる。
戦闘中、エンバースさんや明神さんも大変なことになっていたけれど……。
>「エンバース、守ってくれてありがとう。今、手当てするわね……『高回復(ハイヒーリング)』プレイ――」
エンバースさんは――うん、そっとしておこう。
明神さんはガザーヴァに任せておけばいいんじゃないですかね? と一瞬思ったが。
……ガザーヴァって回復魔法使えたっけ。
魔法に精通しているから使えそうな気もするけど……使ってるの見たことないんだよな……。
今いるメンバーの中で回復魔法が得意なアシュトラーセはイブリースの治療にかかりっきりだし……。
「明神さん、ガザーヴァ、こっちに来たら回復がかかるからね」
一応声をかけておいた。
「あの、ガザーヴァ……引き留めてくれたこと本当に感謝してるから……!」
向こう側に取り込まれることを懸念していたのか、本当に純粋に寂しかったのか、
敢えて真意を聞くことはしないけど。どちらにせよ救われたことには違いないのだ。
「それと明神さん……ヤマシタさんのベース、良かった……ううん、好きだな!
もし良ければまた次もお願いしたいよ」
音楽において低音パートというのは重要で、低音パートが全体の印象の鍵を握るといっても過言ではない。
まさに、縁の下の力持ちなのだ。
-
ジョン君の隣に腰を下ろし、暫し無言で回復するのを待っていたが、嫌でもさっき言われた言葉が思い出されてしまう。
改めて考えてみると、歌に感動したという話からの「君が好きだ」はあながち飛躍しているわけではない。
知識がある人が理論的に綿密に考えて作った曲ならいざ知らず
ほぼ感覚だけで即興で作った曲には誤魔化しようがなく、それまでの人生で形作られた心が滲み出る。
ジョン君がそこまで考えて言ったかは分からないけど、存在を丸ごと肯定されたにも等しい言葉だ。
(どうしよう、顔をまともに見れない……!)
またもや平常心を失った我は、反対側を向いて用も無いのにスマホをいじくりまわす。
が、時間が経つのが妙に遅く感じられて結局間がもたなくなり、白状する。
「これは……決して嫌とか困ってるとかじゃなくて……。
いや、ある意味困ってるんだけど、たくさん嬉しいんだよ!
なんでだろう、キミにたくさん嬉しいことを言われると何故かおかしくなる……!」
意を決してジョン君の方に向き直り、告げる。
「マホたんみたいにさ……時には自分を変えてまでもたくさんの人の期待に応えるってすごく立派で凄いことだと思う。
でも我は……そのままの我をいいって言ってくれる人を大切にしたいよ。
ずっと自分の好きな歌を歌っていたいよ。
もちろん、ありのままで……たくさんの人に聞いて貰えたらすごく幸せなことだけど。
もしも万が一そうなっても、新しい歌が出来た時に最初に聞いてくれるのはいつもキミがいいな」
現実的には難しいと分かりながらも、言ってしまった。
「我は……どうしてもキミが大罪人なんて思えないよ。
でもキミが贖罪を望むなら……ずっと隣で支えたいよ。ずっとキミの隣で歌っていたいよ……」
一瞬の逡巡の後。
「それと……殺し合いは……出来ればしないでほしいよ……」
ジョン君は我の意思をどこまでも大事にしてくれてるのに、
こっちはジョン君の意思に反対するようなことを言うなんて良くないのは分かってる。
それでも言わずにはいられなかった。
殺し合いというからにはどちらかが死ぬわけで、ジョン君が死ぬのが嫌なのは言うまでもないし、
イブリースが死ぬことになったら、ジョン君は人を殺した罪ならぬ魔族を殺した罪を自ら背負い込むのだろう。それも嫌だ。
同行している間にイブリースの気持ちが変わってくれれば、殺し合いなんてしないで済む。
そうなったらいいな――いや、どうかどうか、そうなりますように――
-
【カケル】
えーと、私はさっきから一体何を見せられているんでしょう……。
「ちょっと部長さん、どう思います!?」と聞いてみたものの、そういえばこのお方ニャーしか言わなかったわ……。
隣でアゲハさんが、あまりのジョン君の上級者っぷりに唖然としてるし。
「な、なんであんなにカザハの扱いが上手いんだ……! データが見えてるんじゃないのか!?」
「仮に攻略法が分かってるとして、あなたにあのノリでいけますかね?」
「うん、無理! こちとら奥ゆかしきツンデレ文化圏の人間だ! ……ところでさっき一瞬変身したの何?」
「よく分かんないですけど双子のレクステンペスト用の強化形態的な?」
「カザハめ、アイツの前でだけ羽化しやがっただと……!?」
そうこうしているうちにイブリースの治療も終わり、三魔将が再集結を喜び合っている。(主にガザーヴァが)
>「さて、無事にイブリースをお仲間に――」
>「仲間ではない」
みのりさんがいきなり突っ込まれていた。今はゲームで言うところの同行キャラみたいなものか。
正式に仲間になるにはまだ時間がかかりそうですね……。
>「…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――」
>「肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……」
>「わかるよ」
分からないよりはいいいのだが。
エンデ君が方針を提示するときって、何故か禄でもない予感がしますね……。
>「管理者権限を使用するには、パスワードがいる。
そのパスワードはぼくの中にあるんだけれど、パスワードを入力するにはメニューにアクセスしなくちゃならない。
外の世界じゃない、この世界の中で管理者メニューを起動するためには、莫大な力が必要なんだ」
>「莫大な力……。それは、どのくらいの……?」
>「――レクス・テンペスト」
>「地、水、火、風、光、闇。
この世界を構成する六つの元素、その最も強い力……。
レクス・テンペストに相当する力を各属性ごとに集め、結集する。
天地創世に匹敵するほどの力を用いなければ、文字通り神の業である管理者メニューを起動することはできない」
-
>「おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?」
>「いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる」
レクス〇〇を連れて来なくても各属性の莫大な力があれば代用できるとエンデは言うが、カザハは手放しに納得できない様子。
「それ、本当に大丈夫!? かなり無理矢理じゃない!? そもそも地球の人間に属性ってあったの……?」
そもそもまず代用可能というところから無理矢理感がしないでもないが
炎属性のモンスターであるエンバースさんは100歩譲ってまだ分かるとして。
地球の人間に属性と言われてもピンと来ない。
「なゆはスライムマスターだし明神さんは死霊術使ってるからなんとなく分かるけど……。
ジョン君よ、キミは地属性だったのかい……? 実に怪しからん!」
「何がですかっ!」
これはつまり地属性の男性キャラにどちらかというとイケメンではないタイプが多い事に鑑みてギャップ萌えしているということである。
もう駄目だこの人! どこでスイッチが入るか分からない!
ところでこの「怪しからん」は一般用語ではなくオタク用語としての怪しからんであり、
平たく言えば誉め言葉なのだが、ジョン君はその用法を知っているのだろうか。
後で教えておいたほうが良さそうですね……。
>「……待て、それでは五属性しかないではないか? あとの一属性、光は誰が担当するのじゃ」
光属性が足りない問題が発生し、アシュトラーセが立候補するも、却下される。
異邦の魔物使い(ブレイブ)ならこの役目は務まるが、十二階梯では駄目らしい。
その理由を、エンデは力の多寡として説明したが、単純な力量ではアシュトラーセほどの実力者が大きく劣っているとも思えない。
単純な量ではなく質だとしたら、もしかして、ブレイブが勇気という特殊な力を持っていることが関係している……?
>「……わたしがやる」
>「なゆちゃん?
せやけど、なゆちゃんはもう水属性って決まって……」
>「それもやる。
わたしが二属性分、水と……光を受け持つ」
「ちょっと! 何言ってるの!?」
カザハは当然というべきか、反対の様子。
それもそのはず、一属性分ですら無理矢理代用している感があるのだ。
-
>「……そんなことが可能なのかや? 御子?」
>「問題ない。さっきも言ったけど、必要なのは六属性の莫大な力だ。
力さえあればいいんだ、頭数は関係ない。実際にローウェルはひとりで管理者メニューを開いてる」
>「しかし、十二階梯の継承者を以てしても力不足と言わしめるほどの消耗なのだろう。
それが二人分……力をすべて吸い尽くされ、命が枯渇して死に至るという可能性はないのか?」
>「可能性は、ある」
>「何も、持っている力を単に見せつければいい――ということじゃない。その力を消費して、
この世界では本来開けないはずの管理者メニューを強引に開き、管理者権限という神の力を行使するんだ。
そこまでしなくちゃ、アルフヘイムからミズガルズへ行くことなんて出来やしない」
「はあ!? 何が“問題ない”だよ! 問題大アリじゃん!!」
平然と衝撃的な事実を告げるエンデに、カザハが怒りを露わにする。
エンデが明神さんにハイパーユナイトを使うかの選択を迫った時と同じ反応だ。
>「大丈夫! バフもりもりで行くから!
それに、わたしはしぶといんだ。そりゃもう、死ななさじゃエンバースにだって負けないし!」
あっ、これはアカンやつですね! なゆたちゃんがこうなったら誰が何と言おうと聞きやしない!
>「カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから」
カザハはエンデをジト目で見た。
「さては、最初からなゆがこう言い出して聞かないのを分かってて提示したな……?
なんでいつもいつもそんな作戦ばっかり……」
エンデにくってかかっていたカザハだったが、途中ではっとしたようにトーンダウンする。
「キミは……世界を存続させるための最適解を提示するように作られた存在なんだよね……。
キミを責めるのは違うよね……ごめん……」
(我が始原の風車の忠実な防衛機構だった頃のことを思い出しちゃった……)
「カザハ……」
エンデは忠実に自らの役割を果たしているだけで、怒りをぶつけたところでどうにもならないのだ。
それに、いつも淡々としているが、内心どう思っているかなんて、誰にも分からない。
1巡目のカザハは、始原の草原に攻め込んできた人間を返り血まみれになりながら平然と斬り捨てていたが、
時々泣いていたことを私は知っている。
とにかく、エンデが特に反対しないということは、これが現状取り得る最も良いと思われる方針なのだろう。
-
>「……やらせてみればよかろう」
最初に同意したのは、意外にもついさっきまで宿敵だったイブリースだった。
>「あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ」
続いて、ガザーヴァも賛同する。
>「まっ、どっちみちモンキン以外に資格を持ってるヤツはいねーんだ。
無理が通れば道理引っ込む! 出たとこ勝負で行くっきゃねーだろ、ここまで来たら!
な、明神!」
カザハは観念したように微笑んだ。
「困るよ――とんでもない実績を積み重ねてきたキミが言ったら本当に出来そうな気がしてしまうじゃん。
……一番凄いのは我をここまで連れてきたことかも。
なゆ……キミのパーティじゃなかったら、ここまで来れなかったよ。
キミなら出来る……キミにしか出来ないよ」
最終的には全員が同意し、なゆたちゃんが二属性分を担当するということで、話がまとまった。
作戦会議を終えると、いよいよ管理者メニュー起動の儀式がはじまる。
-
【カザハ】
儀式は、召喚の間で行うようだ。
一面黒い中に魔法陣があるという、いかにもなデザインだ。
>「この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう」
>「ほんまは日ぃ改めて、ゆっくり休んでもろうて。充分養生してから試した方がええんやけど……。
ローウェル相手に後手後手に回ってもうとる現状や、その余裕はとてもあらへん。
堪忍え、みんな」
儀式の仕様を聞き、内心愕然とする。なんと、パートナーモンスターは入れないらしい。
何その入場制限! この世界ってブレイブ&モンスターズじゃなかったっけ!?
なゆにはポヨリンさん、エンバースさんにはフラウさん、ジョン君には部長先輩、我にはカケルじゃないのか!?
明神さんはいつの間にやらパートナーモンスターがたくさんいるけど!
とにかく、パートナーモンスターは入れないなんてこの世界のコンセプトを没却するような仕様でいいのか!?
開始前にバフをかけることは出来るらしく、3つセットの呪歌(ブレモンの通常戦闘曲)を歌い、全員の能力値に補正をかける。
こういう時ってどの能力値を上げていいか分からないので、とりあえず全部上げとけのノリである。
>「管理者メニュー起動用魔法陣、組成完了。
みんな、中に入って」
「大丈夫、いけるよ!」
(うわああああああああああ!! やばいやばいやばい!!)
我は余裕を装いつつ、内心は大変なことになっていた。
自分以外は皆本来の資格持ちではなく、なゆに至っては人間の身でありながら二属性も受け持つというのに
本来の資格を持つ自分がヘタレました、ではシャレにならなさすぎる。
クリアーして当たり前と思われているポジション特有のプレッシャーというやつである。
そのクリアーして当たり前のポジションが不安がっている素振りを見せたら、皆が不安になってしまう。
カケルが「大丈夫かコイツ!?」という目でこちらを見ている……!
ちなみに精神連結が途中で途切れたら即死亡だが、
さっき上空と地上でかなり距離が離れても途切れなかったぐらいなので、そこは流石に大丈夫だろう。
でもまさかの入場制限で入れないとかあんまりじゃん!?
「ジョン君――カザハをお願いします……!」
カケルが要らんことを言った!
自分は入れないからお願いしますと言っているだけで、別に間違ってはいないのだが、
なんという誤解を招きかねない表現――!
>「みんな――、必ず地球に帰るよ!!」
「なゆ! こういう時は……レッツ・ブレイブ! でしょ?」
>「……魔法陣、起動!」
魔法陣起動のどさくさに紛れて、左手でジョン君の右手を取る。
(キミの勇気を少しだけ分けてほしいよ――)
-
不思議なことに、手が恐怖で震えていたのが、ぴたりと止まる。
カケルとの間みたいに特殊な連結能力なんて設定されていなくても、手を繋ぐことにはきっと特別な意味があるのだ。
魔法陣が輝きを増していき、あれ? 意外といける?と思っていると、
当然平和に終わるわけはなく、突然強い衝撃に襲われた。
「な――――――!?」
続いて、物凄い重圧。全身から力が抜けていく。
これが管理者メニューを開くのに充分な力が溜まるまで続くらしい。
一瞬なら耐えられても、いつまで耐えればいいのかはっきりとは分からないという不安も精神力を削っていく。
もちろん、途中で誰かが力尽きれば一貫の終わりだ。
(これ、いつまで続くの……!?)
全身汗まみれになり、顔から色んな液体が垂れ流しになっている気がするが、
そんなことを気にしている場合ではない。
>「う……、うあああああああ―――――――ッ!!!」
「なゆ……!」
隣でなゆが絶叫している。
一属性分でも耐えられるか分からないものを、二つも担当しているのだから当然だ。
「エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!」
そう言って自分はまだ空いている右手で、なゆの左手を取った。
「絶対大丈夫だから! キミは一人じゃない……!」
自分はずっとこの少女に手を引いてきてもらった。
ド素人がトップランカーの集団に放り込まれ、何たる罰ゲームだと思っていた。
ところで、ゲーム界には低レベルの者が分不相応な高レベルパーティーに入って一気にレベルを上げるパワーレベリングという概念があるらしい。
ゲームによっては禁止されているらしいが、つまり禁止しなければいけないほどの美味しい状況ということだ。
ゲーマーとしては当然話にならず、モンスターとしても、ただ1巡目の記憶があるだけで
結局レベルはリセットされていてどうしようもなくて。
なのに、誰も足引っ張るなとか邪魔だから出て行けとか言わなかった。
罰ゲームだと思っていたものは、とんでもないボーナスステージだったのだ。
「ジョン君、左手でキミの親友の手を――」
当然、手は二本しかないのだから、同時に手を繋げるのは二人までだ。
ならば、繋いだ相手に更に繋いでもらえばいい。
「少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――」
皆の顔を見回しながら告げる。
今の自分は多分汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃで酷い顔になってるし、全く絵にならない。
それ以前に、絶賛パワー吸われ中で、みんなそれどころではない。
こういう言葉は普段の状況では恥ずかしくて言えないので、どさくさに紛れて言うぐらいが丁度いいのだ。
-
賭けだった。
もしもイブリースが命惜しさに、俺の言うがままにローウェルに責任を押し付けていれば。
あるいはシャーロットの残り滓あたりが出しゃばってきて説得を始めようものなら。
悪役の悲しい過去に同情して、共通の敵を前に手を組む――
そんな名目のもと、俺達の同盟はいくぶんかスマートに成立したことだろう。
それでも、イブリースのキャラクターは死ぬ。
武人として、為政者として、ニヴルヘイムに尽くしてきた兇魔将軍の足取りが、
他人に依存して良いように操られていただけの傀儡に成り下がってしまう。
俺の問いかけは、シナリオを通してブレイブの宿敵として立ちはだかってきたイブリースが、
その魅力を失うか否かの分水嶺だった。
>「おいおい、つれないぜ明神さん……弱い者いじめなら、俺も混ぜてくれよ」
イブリースを見下ろす俺の肩に、ボロボロになったエンバースが手をかけた。
>「おっと……悪い、自己紹介がまだだったな。俺はエンバース。
こうなる前はハイバラと呼ばれていた……今でも昔馴染みはそう呼ぶがな。
俺は一巡目で、今のお前みたいに何もかもをどうしようもなく、しくじってこうなった」
あるべき眼球を焼失した双眸。
感情など伺い知れるはずもないのに、俺にはエンバースの視線に込められた想いが感じられた。
一巡目で失ったものを取り戻さんと足掻いているのは、こいつも同じだったんだろう。
全ては終わった話で――何もかもがどうしようもなく失敗しているのに、希望を持たずには居られない。
>「もっと優しく言ってやろうか?どうせ、とっくに死んでる命なんだ。
同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ」
俺は一巡目を知らない。自分の前世が何やってたなんか興味もない。
もしも記憶があったのなら……こいつらと同じように、戻らない過去を想って苦しんだだろうか。
>「さあ……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
俺とエンバース、都合二対の目を向けられて、イブリースは浅い呼吸の中、自嘲するように笑った。
>「確かに……貴様らの言う通り、すべては大賢者の口車に乗せられただけだと……そう言うことが出来れば、
楽なのだろうな……」
静かに、誰にも気取られないよう、魔力をゆっくりと練り上げる。
威力は必要ない。鎧は大部分が剥がれ落ち、人外の素肌が露出している。
首筋の動脈でもぶち抜けば俺の力でもこいつを殺せるだろう。
>「オレは……オレの成した所業から逃げる気はない……。
ローウェルと手を組んだのも……貴様らアルフヘイムの者どもを殺戮したのも……すべて、オレが望んだこと。
責任から逃れるつもりなど、元よりありはしない……!」
「……そうか」
そして。いつでも発射可能になってた魔力が、再び霧散していくのを感じた。
天を仰ぐ。崩壊した天井の隙間から見えるニヴルヘイムの夜空には、星ひとつなかった。
「お前がそう思うなら、それで良いんだ」
最後の最後で、イブリースは選択を誤らなかった。
安直な責任転嫁に逃げず、自分でしでかしたことの責任を取ると言った。
こいつを信じてついてきたニヴルヘイムの連中に、その忠義に、筋を通す。
その言質があれば、俺は自分を納得させられる。
こいつを助けて良かったんだって、自分を認められる。
-
>「イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある」
カザハ君に肩を預けながら、イブリースと同じくらい満身創痍のジョンが歩み寄った。
>「人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…」
>「絶望的な状況に陥った時…隣にだれもいない者が破滅するんだ」
ジョンがこの世界で追い詰められた時、傍にはいつもなゆたちゃんが居て、俺達が居た。
何度も道を踏み外しそうになるこいつを全員で引っ張って、何度だって同じ道に引きずり込んできた。
結果としてジョンは今、ここに居る。
旅路のどこで野垂れ死んでもおかしくなかったこいつは、今もなお世界を救うために立ち続けている。
イブリースには……それがなかった。
どんなに追い詰められても、全てを抱え込んで、何もかもを一人でこなそうとしていた。
つまるところは報連相の欠如。こいつには亡霊になっても付いてきてくれる仲間が居たのに。
>「お前は決して許されない罪を犯した。僕達がどうこういってもそれは絶対に消えない…
だからといって自分勝手に死んでそれで終わりにしていいわけじゃない…
諦める前に…自分の選択の結末を見に行こう」
「良い言葉だな。『自分の選択の結末を見る』。
責任取るんだろ、イブリース。お前は見届けなきゃならないんだ。
お前が選んだ、ニヴルヘイムの未来を。この世界の行く末を」
>「今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな」
ジョンが手を差し伸べる。ボロボロの指先に、イブリースの3つの眼が集まる。
>「手を取れ、か……。タマン湿生地帯でも、そんなことを言っていたな。
貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、どうでもオレを手許に引き込みたいらしい」
人外の血に染まった魔神の腕は、それを取るために……まだ動かない。
>「貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?
ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす」
色々言いたかったことはあった。
散々殺しといてまだ足りねえのか。ブレイブ相手の恨みなら、なんでキングヒルを滅ぼしたんだ。
戦争を蒸し返せば今度は魔族が何人も死ぬことになるぞ……とか。
それでも黙ってたのは、俺が言うべきことを全て言い切った以上、
こいつの言う事に耳を傾けないのは不義理だと感じたからだ。
>「だが……死が逃避に過ぎないという貴様の言い分、それだけは……同意だと言っておく。
貴様らに手を貸す訳ではない、軍門に下る訳でもない。依然変わりなく、オレと貴様らは敵のままだ。
オレはただ……自らの責任を果たしに往く、のだ――」
その判断は間違ってなかった。イブリースは最後の溜飲を下し、ジョンの提案に頷きを返した。
>「イブリース、それじゃぁ――」
>「せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい」
-
「上等。俺達もお前に協力してくれって平身低頭でお願いしてるわけじゃねえんだ。
手を組む理由は利害の一致で良い。互いに利用し合う関係で良い。
お前の望む通りにしてやるよ。世界救って全部終わったら――」
ニヴルヘイムに乗り込んでから下がりっぱなしだった口端が、ようやく上がるのを感じた。
「恨みが終わるまで、殺し合いに付き合ってやる。
ジョンだけじゃねえぞ。俺が、お前と、殺し合いをしてやるよ」
ようやく……リバティウムから始まった俺達の因縁に、一段落がついた。
イブリースを下し、こいつとの共同戦線が成立した。
あとは地球に送り込まれたニヴルヘイムの軍勢をどう止めるかだ。
イブリース曰く、すでに軍前は奴の麾下を離れ、陣頭指揮はミハエルの野郎が担ってるらしい。
マジかよ。あいつ地球出身のクセして故郷滅ぼそうとしてんの?
何よりもヤバいのは、ミハエルの動向が完全な外患誘致だってことだ。
奴は地球の兵器を知ってる。どこの国の軍隊が強くて、どんな攻撃方法を持っているかは、
それこそ歴史の授業をまともに受けてりゃ誰でも知ってる一般常識だ。
>「さて、無事にイブリースをお仲間に――」
>「…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――」
>「肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……」
問題はもうひとつ。
――俺達は、地球への戻り方を知らない。
そんなもんがパっと出るなら俺はともかくなゆたちゃん達が何ヶ月もこの世界に留まったりはしていない。
八方手詰まりかと思われたその時、驚くべきことにエンデが誰に問われるでもなく発言した。
曰く、本来ブレモン世界からミズガルズへの渡航手段なんてものはゲームにはないらしい。
それはまぁ、知ってる。でも事実として、ミズガルズからの召喚自体は成り立ってる。
一方通行だったとしても、道そのものはあるわけだ。こっち側からこじ開けられない道理はあるまい。
>「ローウェルは管理運営の権限を使ってそれを成し遂げたんだろう。
だから、ぼくたちも同じように管理者権限を使って移動する。ただ――それには必要なものがあるんだ」
結論から言えば、道を開く手段はあった。
ゲーム内から直接システムにアクセスする――ようはハッキングして、管理者権限を実行する。
どういう原理かは分からんが、絶大なパワーがあればそれが可能らしい。
具体的には、レクス・テンペストに並ぶ残り5種の神代遺物級のパワー。
>「おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?」
ガザーヴァが素っ頓狂な声を上げる。俺も叫び出したい気分だった。
「冗談じゃねえ。道中はインチキテレポで省略できるとしても、レクス某は精霊さん達の家宝だぜ。
身内の実家だった風精王すら紆余曲折経て3日はかかったんだ。
残り5属性も同じだけの時間かけて交渉するとしたら……どうやったって半月はかかる」
言うまでもなくこいつはどんぶり勘定。
当主の命にも等しいレクスなんちゃらを借り受けるとすれば、そう簡単に話は纏まるまい。
最悪力づくで奪うことにもなりかねない。そうなった時……今度こそ、俺はカザハ君にどう顔向けすりゃいいんだ。
-
「時間は一秒だって惜しい。送り込まれたニヴルヘイムの連中は今どこに居る?
バトロワゲーみたく待機サーバーに集まってエモートで交流してんじゃなけりゃあ、
とっくに地球に降り立ってるはずだ。戦争はもう始まってる。戦火は日本にだって及んでるかもしれん」
ミハエルが指揮をとってるなら最初に犠牲になるのは奴の実家の欧州一帯か、軍事に強いアメリカロシア中東あたりか。
あるいはハイバラへの当て付けとして、日本に標的を定めてる可能性だって十分にある。
>「いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる」
エンデは俺達の焦りを宥めるように、そう言った。
六属性の力は、ブレイブで代用できる。
俺が闇属性を扱えるように――そして、属性代行はブレイブにしか出来ないと言う。
光属性のアシュトラーセは、十二階梯というアルフヘイムのトップクラスに属していながら、条件を満たせなかった。
「どういうこった。カザハ君はともかく俺達だって賢者より属性の扱いが上手いとは思えん。
ブレイブって身分そのものに条件があんのか?」
問いをこねくり回したって答えは出ない。
システムの預言者であるエンデがそう言うからには、システム的なあれやこれやがあるんだろう。
重要なのは、今この場に居るブレイブの中に、光属性を代行できる奴がいないってことだ。
>「……わたしがやる」
なゆたちゃんが不意に声を上げた。
>「なゆちゃん? せやけど、なゆちゃんはもう水属性って決まって……」
>「それもやる。わたしが二属性分、水と……光を受け持つ」
>「ちょっと! 何言ってるの!?」
今度はカザハ君が叫びを上げる番だった。
流石に俺も黙ってられない。
「バカ言えよ、エンデはレクステンペスト相当の力が必要だっつってたろ。
ものすごい大精霊様が命を賭してようやく形になる力だ。
命ふたつ分のパワーを一人の体から吸い上げて無事でいられるとは思えん」
事実、エンデが言うには管理者権限の実行には力の『消費』が伴うらしい。
仮にシャーロットを宿したなゆたちゃんに二属性分の力があるとして、
そいつを根こそぎ失ってしまったら、こいつの身体はどうなるんだ。
>「大丈夫! バフもりもりで行くから!
それに、わたしはしぶといんだ。そりゃもう、死ななさじゃエンバースにだって負けないし!」
「いい加減にしろよ!残り滓抱えてホントにシャーロットにでもなったつもりか!?
お前がやせ我慢してんのなんかとっくに分かってんだよ!
勇気だかなんだか知らねえが、望んで命賭けるようなこと……」
>「カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから」
「認められるわけ……ねえだろ……」
拒絶を口にしながら、俺は頭のどこかで理解してしまっていた。
なゆたちゃんはやると言ったら絶対にやる。誰かの言葉で自分を曲げることはない。
死ぬほど頑固な石頭……そして俺達はそんな彼女の意志の強さに、何度も救われてきた。
-
「……ッ!エンデ……!!」
やりきれない感情の置き場を探してエンデを睨めつける。
お前はどうして平然としてられるんだ。お前にとってなゆたちゃんは、マスターの受け皿でしかねえのか。
>「さては、最初からなゆがこう言い出して聞かないのを分かってて提示したな……?
なんでいつもいつもそんな作戦ばっかり……」
俺の言葉を代弁するようにカザハ君が噛み付くが、すぐに萎れてしまった。
>「キミは……世界を存続させるための最適解を提示するように作られた存在なんだよね……。
キミを責めるのは違うよね……ごめん……」
そうだ。エンデの言葉はシステムメッセージでしかない。
こいつはその場の状況に応じて必要な解決策を出力しているに過ぎない。
マスターを気遣う忖度は補償外だ。
>「あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ」
「外野が無責任なこと抜かしてんじゃねえぞイブリース!飼い主の面影見つけてはしゃいでんのか?
お前の目の前にいる女は『崇月院なゆた』って名前だ、覚えとけ」
奇しくもイブリースがシャーロットに言及したことで、最悪の可能性が脳裏を過ぎる。
「ふざけやがって……なぁなゆたちゃん。そいつはホントにお前の意志なんだろうな。
この際言葉を選ばずに言うぞ。お前の意志がシャーロットに汚染されてんじゃねえかってことだ」
俺は会ったこともないシャーロットとかいう女のことは信用していない。
俺にとってシャーロットは、自分モデルの壊れキャラをソシャゲに実装してるやべえ女でしかない。
あの女にとって大切なのは自分の作った3つの世界で、お姫様扱いしてくれるイブリースやNPCで、
データの受け皿であるなゆたちゃんの安否が含まれてない可能性は大いにある。
-
「俺が一緒に旅してきたのは、同じ死線をくぐってきたのは、石頭の女子高生『崇月院なゆた』なんだよ。
……不屈のブレイブ『モンデンキント』なんだよ。
シャーロットの為にそれが失われるのは、許容できない」
エンデの言葉には嘘がない。
属性の代行がブレイブにしか出来ないのなら、なゆたちゃん以外に光属性を出力できる者は居ない。
それを一番よくわかってるのは、なゆたちゃん本人だろう。
>「まっ、どっちみちモンキン以外に資格を持ってるヤツはいねーんだ。
無理が通れば道理引っ込む! 出たとこ勝負で行くっきゃねーだろ、ここまで来たら!
な、明神!」
「ああ……もう、クソッ!いいかなゆたちゃん、キツくなったら声出せよ。
死ぬまで黙って抱え込むのは絶対にナシだ。それが条件、譲歩はここまでだ」
右手の中指からローウェルの指輪を外し、なゆたちゃんに握らせる。
俺がこのパーティのサブリーダーである、証明の指輪。
「こいつを使え。返さなくても良い。
そんな証がなくったって……俺はお前の仲間だ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
-
ほどなくして、地球への帰還の準備が整った。
召喚の間とかいう身も蓋もないネーミングの部屋には、すでに魔法陣が敷かれている。
あとはこいつを稼働させるだけの動力を供給するだけ。
>「この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう」
「了解。チャンスは一回こっきりってことだな。
……ガザーヴァ、マゴット、こっちに」
ヤマシタも喚び出し、四人でひとつなぎの円陣を組む。
俺のパートナーは全員闇属性だ。その魔力を、俺に集めていく。
「心配すんな。サクっと地球救いに行こうぜ」
地球への帰還は最終目的じゃない。
ミハエル達との決戦が残ってるってのはもちろんだが、俺はそもそもアルフヘイムへの永住希望だ。
里帰りを終えたらこっちの世界に戻ってくる。
その時は10連召喚みたくローコストでやってくれると良いが。
俺の受け持ちである闇の魔力供給は、そこまで心配してなかった。
死霊術も闇属性魔法も、アルフヘイムではごくありふれた技術体系だ。
流石に火だの水みたいに主流ではないにせよ、大して珍しいってほどでもない。
普遍的な技術。
それが意味するところは、十分なノウハウがあるってことに尽きる。
魔法立国であるアルメリアには、すでに十分なほどの先行研究が魔導書という形で積み重ねられている。
多少なりとも魔術を齧った俺なら、そいつを自分流にアレンジして活用することも難しくない。
具体的には――自分の実力以上の魔力を手にする方法。
外部から魔力を供給し、扱う方法。
なにかを代償にして、能力を底上げする方法。
ここニヴルヘイムの環境は、特に闇属性魔法にとって非常に都合が良い。
もともとは常闇の世界だったニヴルヘイムは、アルフヘイムから聖杖アレフガルドを奪ったことで昼夜という概念を得た。
昼と夜、光と闇の境界はアルフヘイムのそれよりも曖昧だ。
その曖昧さ加減に付け込んで、うまく魔力のめぐりを弄ってやれば――
向こう10日くらいニヴルヘイムに夜が来なくなる代わりに、レクス級の闇魔力を手に出来る。
>「みんな――、必ず地球に帰るよ!!」
はちきれんばかりの魔力をどうにか身体の内側に収めて、なゆたちゃんの招集に応える。
>「なゆ! こういう時は……レッツ・ブレイブ! でしょ?」
「そうだな、じゃあもうひとつお約束。……次のクエストに行こうぜ、なゆたちゃん」
カザハ君の奏でる呪歌を五感で受け入れながら、魔法陣に足を踏み入れた。
「上手く地球に帰れたら、その時は――」
そこまで言いかけて、なんか死亡フラグみてーだと思ってやめた。
未来の希望を語るにはちょっと早すぎるな。
>「……魔法陣、起動!」
-
言葉とともに、魔法陣に光が灯る。
風切り音にも似た静かな音が空間を満たす。
ハードディスクの駆動音みたいだな、という暢気な考えは、すぐに塗りつぶされた。
「おごごごご……がが……ぐぐぐ……!!」
胃袋がひっくり返るような衝撃と浮遊感。
追ってくる二日酔いの親玉みたいな頭痛と吐き気、力の抜ける感覚。
ハイパーユナイトを初めて使った時に似た負荷が、全身を締め上げる。
「き、き、きついな、こりゃ……」
ニヴルヘイムの夜を10日分前借りした俺ですらこの負荷だ。
二属性分を負担してるなゆたちゃんは――
>「う……、うあああああああ―――――――ッ!!!」
絶叫していた。
「な、なゆたちゃん……!!」
喉が枯れんばかりの大音声が響き渡る。
わかっちゃいたけどやっぱ無理だったんだ。
今からでも儀式の中断を――そう声をかけようとする前に、カザハ君の声がした。
>「エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!」
言いながら、もう片方のなゆたちゃんの手を握る。
>「絶対大丈夫だから! キミは一人じゃない……!」
「カザハ君……」
同じくらい強烈な負荷に襲われているはずのカザハ君は、それでも声を上げる。
エンバースから俺へ、俺からジョンへ、ジョンからカザハ君へ……数珠つなぎに手を取り合う。
>「少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――」
顔面からあらゆる体液を垂れ流しながら、カザハ君は笑顔を作った。
ずっと前から分かってた。こいつの振る舞いはいつだって、俺達への想いに満ちていたことを。
「水くせえこと、言うなよ……。
出会った時からお前は……俺達の、最高のバッファーだ……!!」
エンバース、ジョンとそれぞれ繋いだ手を、もう一度力強く握る。
「『負荷軽減(ロードリダクション)』――!!」
本家本元のバロールとは違い、俺はこの魔法を使いこなせてない。
触れた者同士で負荷を頭割りすることは出来るが、全員に押しかかる負荷の絶対量は減らせない。
なゆたちゃんにかかる二属性分の負荷を、残りの4人に分散する。
これはあくまで負荷の軽減。
吸い上げられる魔力の喪失はそのままなゆたちゃんの負担になる。
だけど、カザハ君も言ってるじゃねえか。こいつは……一人じゃない。
ロードリダクションによる魔力の経路は、俺達5人を循環する輪を形成している。
相互に魔力の供給が可能な状態だ。
-
「さっき言いかけてたこと……やっぱ今、言うわ。
上手く地球に帰れたら……その時は、高い店のトンカツを食いに行く!!
積みゲーもハードごと持って帰りたいし、スマホも新しいやつに機種変する!!」
――エンデの言う『勇気』について、俺はずっと考えていた。
奴曰く『立ち向かう力』だとか『怯まない心』、『戦う覚悟』……
そういう感情がブレイブに比類なき力を与えるトリガーになる。
正直よくわからん。
わからんが、事実としてステータスに存在するパラメータの『勇気』は、
ブレイブの行動の成否にその値を参照している……らしい。
では、人が勇気を示すのはどういう時か?
……進んだ先に、わずかでも希望がある時だ。
未来に希望があるからこそ、逆境に陥っても足を踏み出す力になる。
少なくとも俺は、自分の勇気の出どころを、そう信じてる。
世界救うのだって慈善事業じゃねえんだ。
俺達にはその過程で、自分の希望を叶える権利がある。
「一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!」
【『負荷軽減』発動。パラメータ『勇気』上昇を狙って未来への希望を口にする】
-
【ブリーディング・ハート(Ⅰ)】
『……ク……、クククク……』
「何笑ってる。俺達の機嫌を損ねたいのか?」
『確かに……貴様らの言う通り、すべては大賢者の口車に乗せられただけだと……そう言うことが出来れば、
楽なのだろうな……』
隣にいる明神から魔力の高まりを感じる=止める気にはならなかった。
『オレは……オレの成した所業から逃げる気はない……。
ローウェルと手を組んだのも……貴様らアルフヘイムの者どもを殺戮したのも……すべて、オレが望んだこと。
責任から逃れるつもりなど、元よりありはしない……!』
『……そうか』
『お前がそう思うなら、それで良いんだ』
「……は。今のは少し、イブリースっぽかったぜ」
イブリースに背を向ける/ジョンと目が合う――言うべき事は何もない。
『イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある』
『人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…』
『絶望的な状況に陥った時…隣にだれもいない者が破滅するんだ』
流れ矢が刺さる――かつて一巡目の終わり、ハイバラは最後に一人生き残った。
本当は、まだ戦い続ける事も出来た――だが、そうはしなかった。
失敗/孤独/絶望――終わりを望む理由は十分にあった。
そうか、あれが破滅か――そう思うと、また少しだけイブリースに親近感が湧いた。
『お前は決して許されない罪を犯した。僕達がどうこういってもそれは絶対に消えない…
だからといって自分勝手に死んでそれで終わりにしていいわけじゃない…
諦める前に…自分の選択の結末を見に行こう』
また流れ矢が刺さる――エンバースはかつて一巡目で人を殺した。
人を、魔物を――自分と同じ、召喚され巻き込まれただけのブレイブさえも。
だがエンバースはその事をジョンほど深く後悔出来ない――それが、今は負い目に思えた。
『今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな』
『手を取れ、か……。タマン湿生地帯でも、そんなことを言っていたな。
貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、どうでもオレを手許に引き込みたいらしい』
下手に出ればいい気になりやがって――そんな戯言が脳裏に浮かぶ/噛み潰す。
『貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?
ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす』
第二ラウンドがしたいなら素直にそう言えよ――喉元まで上がってきた言葉を再度飲み干す/焼却。
-
【ブリーディング・ハート(Ⅱ)】
『だが……死が逃避に過ぎないという貴様の言い分、それだけは……同意だと言っておく。
貴様らに手を貸す訳ではない、軍門に下る訳でもない。依然変わりなく、オレと貴様らは敵のままだ。
オレはただ……自らの責任を果たしに往く、のだ――』
『イブリース、それじゃぁ――』
『せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい』
「……敵同士か、そりゃいい。お前みたいなヤツは仲間になると大抵、弱体化されてるからな」
『上等。俺達もお前に協力してくれって平身低頭でお願いしてるわけじゃねえんだ。
手を組む理由は利害の一致で良い。互いに利用し合う関係で良い。
お前の望む通りにしてやるよ。世界救って全部終わったら――』
『恨みが終わるまで、殺し合いに付き合ってやる。
ジョンだけじゃねえぞ。俺が、お前と、殺し合いをしてやるよ』
「じゃ、勝った方は俺と勝負しようぜ。特に意味は無いけど、仲間外れは寂しいからさ」
ようやく吐き出せた戯言を残して、エンバースは身を翻す――なゆたと目が合った。
『エンバース、守ってくれてありがとう。今、手当てするわね……『高回復(ハイヒーリング)』プレイ――』
「手当て?こんなのただの掠り傷…………おい、少しはカッコつけさせてくれよ」
有無を言わさぬ治療――エンバースが肩を竦める。
『また、無理させちゃったね……。ゴメンなさい、いつも無茶ばかり言って』
「別に大した事じゃない、が……お前が無茶な真似をする時の俺の心境が、少しは理解出来たか?」
日頃の意趣返し=あくまで冗談めいた口調。
『えと……。き、嫌いにならないで……ね』
「……心配しなくても、お前はつくづくかわいいヤツだよ」
己を見上げるなゆたの髪を撫でる――好き嫌いへの言及をさり気なく回避=照れ隠し。
傷が癒えると、エンバースはやや照れ臭そうに少女から目を逸らす――視線を周囲へ。
『さて、無事にイブリースをお仲間に――」
『…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――』
『肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……』
「……少なくとも、ローウェルには出来たんだ。きっと何か――」
『わかるよ』
『おっ、今日は珍しく自分から発言したじゃんか! エライぞー!』
「なんだお前、自分から喋れたのか……おいガザーヴァ、それ後にしろよ」
『もともと『ブレイブ&モンスターズ!』の設定では、限定的ではあるけれどアルフヘイムとニヴルヘイムは行き来が出来た。
けど、アルフヘイムやニヴルヘイムからミズガルズへ行けるという設定はない。
当然だ、君たちがプレイしていたゲームの中の設定には、ミズガルズなんて世界はないんだから』
『ローウェルは管理運営の権限を使ってそれを成し遂げたんだろう。
だから、ぼくたちも同じように管理者権限を使って移動する。ただ――それには必要なものがあるんだ』
「おいおいおい、物語ももう佳境なんだ。余計なおつかいで没入感を削ぐような真似はよせよ」
-
【ブリーディング・ハート(Ⅲ)】
『管理者権限を使用するには、パスワードがいる。
そのパスワードはぼくの中にあるんだけれど、パスワードを入力するにはメニューにアクセスしなくちゃならない。
外の世界じゃない、この世界の中で管理者メニューを起動するためには、莫大な力が必要なんだ』
「おつかいイベントじゃ……ないのか?なら、大分マシだな。それで具体的に……」
『莫大な力……。それは、どのくらいの……?』
『――レクス・テンペスト』
「ああ、クソ。終わりだ。世界の終わりを前にして精霊王招集の旅が始まるとはな」
エンバース=頭を抱える/項垂れるエモート。
『おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?』
「話を聞いてなかったのか?どう考えたってそういう流れだっただろ」
『冗談じゃねえ。道中はインチキテレポで省略できるとしても、レクス某は精霊さん達の家宝だぜ。
身内の実家だった風精王すら紆余曲折経て3日はかかったんだ。
残り5属性も同じだけの時間かけて交渉するとしたら……どうやったって半月はかかる』
「必要なのはあくまで精霊王の莫大な力だろ?ソウルそのものが必要な訳じゃないなら――」
『いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる』
「……ああ、そうか。質問は「何が必要か」じゃなくて「どのくらいの力が必要か」だったもんな」
エンバース=深い溜息エモート。
「……いや待て。揃ってるだと?俺が火属性で……なゆたがスライムマスターの水属性か?カザハは風属性――
明神さんは闇属性だよな。ならジョンが……地属性?まあ……それっぽいか……流星って地属性っぽいし……」
『……待て、それでは五属性しかないではないか? あとの一属性、光は誰が担当するのじゃ』
「精霊王である必要がないなら、ブレイブである必要だってないだろ。つまり――」
「私……かしらね」
『いや。アシュトラーセ、あなたは駄目だよ』
「あん?なんでだよ?」
『力が足りない。必要なのは精霊王の魂に匹敵するほどのエネルギーだ。
今まで長い旅を続け、成長してきた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にはそれがある。
一方アシュトラーセはアルフヘイム最高戦力のひとりではあるけれど、そこまでの力があるかといえば――』
『……ない……わね』
「ない……のか?パートナー込みの実力ならともかく、単純な個体性能で言えば――いや、待てよ」
『どういうこった。カザハ君はともかく俺達だって賢者より属性の扱いが上手いとは思えん。
ブレイブって身分そのものに条件があんのか?』
「――明神さん、忘れてないか。ここはゲームの中だ。エンデによるこの説明も要するに、
『イベントフラグを立てるには、特定のステータスが一定以上の数値である必要がある』
といった意味合いになるんだろう。単純な実力出力の比較は……多分あまり意味がない」
加えるならブレイブというジョブ自体が条件という推測も恐らく正しい。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には、この世界の住人にはないステータスがある。
すなわち『勇気』――イベントに参照されるだろう数値そのものが、そもそも一つ多いのだ。
-
【ブリーディング・ハート(Ⅳ)】
問題は――そのカラクリが判明したところで、自体は好転しないという事。
『じゃあ、どうするの? どこかから光属性の野良『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でも探してくる?』
『アコライト外郭の『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』なら、
光属性だったと思うケド』
「……いや、彼女には無理だ。詳しい事情は省くが……まあ、俺達ほどの百戦錬磨じゃないって事だ」
他の選択肢――思い浮かばない/沈黙が続く。
『……わたしがやる』
不意に、なゆたがそう切り出した。
『なゆちゃん?
せやけど、なゆちゃんはもう水属性って決まって……』
『それもやる。
わたしが二属性分、水と……光を受け持つ』
『ちょっと! 何言ってるの!?』
カザハが驚愕/抗議の声を上げる――波紋が皆へ広がる。
『バカ言えよ、エンデはレクステンペスト相当の力が必要だっつってたろ。
ものすごい大精霊様が命を賭してようやく形になる力だ。
命ふたつ分のパワーを一人の体から吸い上げて無事でいられるとは思えん』
その中でエンバースは――何も言わない/取り乱してさえいないようだった。
『……そんなことが可能なのかや? 御子?』
『問題ない。さっきも言ったけど、必要なのは六属性の莫大な力だ。
力さえあればいいんだ、頭数は関係ない。実際にローウェルはひとりで管理者メニューを開いてる』
「……頭数は関係ない?なら、エカテリーナを使ってアシュトラーセを二人用意するのは……それでも足りないのか」
『しかし、十二階梯の継承者を以てしても力不足と言わしめるほどの消耗なのだろう。
それが二人分……力をすべて吸い尽くされ、命が枯渇して死に至るという可能性はないのか?』
「そりゃ――」
『可能性は、ある』
「――だろうな」
やはり、エンバースはまるで動じない。
『何も、持っている力を単に見せつければいい――ということじゃない。その力を消費して、
この世界では本来開けないはずの管理者メニューを強引に開き、管理者権限という神の力を行使するんだ。
そこまでしなくちゃ、アルフヘイムからミズガルズへ行くことなんて出来やしない』
「要するに、アレだろ……マスターソード」
あまつさえ冗談すら零す始末。
『大丈夫! バフもりもりで行くから!
それに、わたしはしぶといんだ。そりゃもう、死ななさじゃエンバースにだって負けないし!』
『いい加減にしろよ!残り滓抱えてホントにシャーロットにでもなったつもりか!?
お前がやせ我慢してんのなんかとっくに分かってんだよ!
勇気だかなんだか知らねえが、望んで命賭けるようなこと……』
「なあ……みんな落ち着けって。とりあえず……話を最後まで聞いてみようぜ」
-
【ブリーディング・ハート(Ⅴ)】
『やる前から無理だった時のことを考えてたってしょうがないよ。
ダメだったらダメで、その時考える! わたしはいつだってそうしてきたし、これからもそうする。
だから、やらせてほしい。……やりたいんだ、わたしが』
『カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから』
長い沈黙。
『認められるわけ……ねえだろ……』
その果てに、諦念混じりの明神の声が零れた。
『……やらせてみればよかろう』
『あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ』
「……ちょっとだけ、ブーメランだけどな。あの方の顔に泥を塗るって部分」
『ふざけやがって……なぁなゆたちゃん。そいつはホントにお前の意志なんだろうな。
この際言葉を選ばずに言うぞ。お前の意志がシャーロットに汚染されてんじゃねえかってことだ』
明神の興奮は未だに収まりそうにない――エンバースが黒煙混じりの嘆息を一つ。
『俺が一緒に旅してきたのは、同じ死線をくぐってきたのは、石頭の女子高生『崇月院なゆた』なんだよ。
……不屈のブレイブ『モンデンキント』なんだよ。
シャーロットの為にそれが失われるのは、許容できない』
「――俺が思うに」
エンバースがこの議論の中で初めて、戯言の気配を含まない声を発した。
「『自動発動型の自己回復パッシブを持つユニットが、最も危険を冒す』
と言うのは――むしろ、この上なくゲーマー的な発想のように思える」
そしてこれこそが、エンバースがこれまでの会話でまるで動揺せずにいた理由だった。
心に動揺の火が燃え広がるよりも早く、ゲーマーの理性は最適解を理解してしまった。
「だけどな、あえて言わせてもらうぞ……お前、ゲームの主人公にでもなったつもりか?
お前は、これくらいの無茶はもう慣れっこのつもりかもしれないけどさ。
俺が……俺達がそれに慣れる事は、決してないんだからな」
溜息混じりの皮肉/頭を抱えて――取り乱しこそしなかったものの、内心穏やかでないのは皆と同じだ。
「だが、まあ……少なくとも、今ので勇気のステータスはカンスト間違いなしだな」
諦念混じりの声/副音声=どうせもう、何を言っても聞きやしないんだろ――やってやろうぜ。
『まっ、どっちみちモンキン以外に資格を持ってるヤツはいねーんだ。
無理が通れば道理引っ込む! 出たとこ勝負で行くっきゃねーだろ、ここまで来たら!
な、明神!』
「それで、エンデ。そのメニューの起動はどこでも出来るのか?移動が必要?なら――」
エンバースが死闘の余波で荒れ果てた謁見の間へ視線を戻す――周囲を見回す。
「――いや、その。ここってさ、一度離れたらもう戻ってこれないタイプのエリアだろ?
何か取り忘れたアイテムが無いかとかさ……気になっちゃうんだよな?ならないか?」
-
【ブリーディング・ハート(Ⅵ)】
暫しの休憩の後、ブレイブ一行は召喚の間へと案内された。
『この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう』
「魔力と生命力……陣に入る前に、それらにバフをかけておくのは?問題あるか?」
エンデ曰く、問題はない――エンバースがスマホを操作/薬瓶を体内へ投入。
胸中に宿る呪われた聖火が一際強く燃え盛った――エンバースは更に思案を深める。
他には何かないか/まだ何か工夫を凝らせる筈だ――出来る事は全て、やっておかなくては。
ふと、ダインスレイヴを抜く/溶け落ちた刃を見つめる――ずっと己と共に在ってくれた、第二の相棒を。
「……頼む、ダインスレイヴ。力を貸してくれ」
溶け落ちた刃を胸に刺す/呪われた聖火を封じ込める/封じ込める/封じ込める――目眩がする。
消耗したHPをポーションで回復――更にダインスレイヴへと炎を注ぎ込む。
こうする事で、魔剣は外付けのHPバーとなる――かもしれない。
試してみた事はない。だが、出来る筈だ。
〈私にも、何か預けておかなくて大丈夫ですか?ほら、心臓とか〉
「いや、必要ない。今回は、もし駄目だったら心臓を逃したくらいじゃ助かりそうにないしな」
〈みなまで言わせないで下さい。あなたも、大概死に急ぐのが得意だって話をしてるんです〉
「……心配するな。今は、あの時よりも死ねない理由が沢山ある」
『管理者メニュー起動用魔法陣、組成完了。
みんな、中に入って』
エンデの呼び声――魔法陣に足を踏み入れる。
『準備はいい?』
『みんな――、必ず地球に帰るよ!!』
「……地球か。こんな形で帰る事になるとはな」
感慨深い/戸惑い混じりの声――かつてどうしても帰りたかった場所に、己の人生全てが手遅れになってから戻る。
どうしても複雑な思いを感じずにはいられなかった――だが、その事について自分を納得させている時間はない。
『……魔法陣、起動!』
エンデが魔法陣が起動する/足元の紋様が眩く光り輝く――そして、不意に襲い来る強烈な虚脱感。
不死者の、仮初の命そのものが押し潰され/吸い上げられ/削ぎ落とされていく感覚。
目眩がする/頭が揺れる――不死者の身体になって初めて味わう吐き気。
『う……、うあああああああ―――――――ッ!!!』
エンバースは苦痛には慣れている――百戦錬磨の経験にはそれ相応の苦痛が付随してきたから。
そんな自分でさえ前後不覚に陥るほどの痛み――それが二人分、少女の華奢な体を蝕んでいる。
-
【ブリーディング・ハート(Ⅶ)】
「なゆ……た……」
何をしてやれる/何をしてやればいい――思考が空転する。
この状況で、なゆたの苦痛を/負担を軽減する為に――何が出来る。
答えは見つからない/見つけられない――焦燥だけが思考回路に積もっていく。
『エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!』
不意に、カザハの声が聞こえた。あまりにも愚直で――しかしエンバースには思いつけない提案だった。
敵を倒す/仕掛けを解く/問題を解決する――エンバースは常に、そうした事に注目してきたから。
しかし、ただ手を取るだけ――ただそれだけの事だが、言われてみれば、もっともだった。
『絶対大丈夫だから! キミは一人じゃない……!』
『少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――』
『水くせえこと、言うなよ……。
出会った時からお前は……俺達の、最高のバッファーだ……!!』
「……それは、ちょっと甘すぎやしないか?」
苦悶の中、それでも絞り出す――親愛の声。
「けど……そうだな。もう十分……頼りにはなってるぜ……」
生命力の虚脱によって急速にひび割れていく左手をなゆたへ伸ばす――その右手を、掴んだ。
『さっき言いかけてたこと……やっぱ今、言うわ。
上手く地球に帰れたら……その時は、高い店のトンカツを食いに行く!!
積みゲーもハードごと持って帰りたいし、スマホも新しいやつに機種変する!!』
「……はは。いいな、それ。死亡フラグもここまで露骨だと、きっと回収するのも馬鹿らしくなるぞ」
『一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!』
「希望と、勇気ね……また難しい事を言ってくれる……」
エンバースは一度死んでいる/全てを失ってここにいる――生前を今も引きずっている。
希望はとうに砕け散った/いつも命を懸けられるのだって――別に、勇気の為じゃない。
-
【ブリーディング・ハート(Ⅷ)】
「けど……なあ。ローウェルを倒したら、その経験値で一気に進化したり、出来ないかな」
襲い来る虚脱感によるものだけではない、振り絞るような声。
「吸血鬼みたいな、高位のアンデッドに……オデットほどじゃなくてもいいんだ。
ただ……そうすればさ、あっちでまた、ブレモンプレイヤーに戻れる……かも」
言葉を重ねるごとに、急速に萎んでいくエンバースの声――かぶりを振る。
「……なんてな。パスだパス、今のは……忘れてくれ」
虚脱感が加速する――時間の感覚が狂う=今、どれくらい経った/後どれくらい耐えればいい。
頬を形成する遺灰が剥離する/大して気にならない――遺灰の器は、とっくに穴だらけだ。
ただ、消耗によって左手の感覚が朧気で――その事だけが無性に不安を駆り立てた。
「……なゆた……そこに、いるよな……?」
やがて、霞みゆく視界の中――うわ言のような呼びかけ。
「大丈夫だ……心配するな……俺が、傍にいる……俺が……守って……やる……」
極度の虚脱/衰弱の中――ただそこにある心が言葉として零れる。
「だから――」
だから――エンバース自身でさえ、自分がそんな言葉を口にするとは思ってもいなかった。
「――どこにも、行くな」
古傷と呼ぶにはあまりに鮮やかなままの傷跡が、そのまま露わになったような言葉だった。
エンバースは大切なものを喪う恐怖を知っている/再び喪う事を恐れている。
そして――だからこそ、それを強く強く拒絶する事が出来る。
這い上がり、やり直す為の意志――それが、死に損ないの勇気。
-
>「貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?
ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす」
「こいつは驚いた…まだ勝てる気でいるなんて」
僕は少し煽るように笑う。
次戦う時は正真正銘の殺し合いになるのは明らかだった。殺し合いになれば人間はどこまでも狡猾になれる…。
しかし…次戦うのは全てが終わって落ち着く頃…それこそ人間の寿命では次のイブリースとの闘いはないかもしれない。
それに…世界救った後の僕達がどうなるかも…正直よくわかってないし。
>「せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい」
「用なし?お前のほうが先に僕に分解されるほうが先だと思うがね」
許してもいけないし許されてもいけない。お互い絶対に殺し合わなきゃいけない…そんな歪な間柄でも…前に進まなきゃいけないときはある。
イブリースと約束したしね…こんどこそちゃんと殺し合うって
>「なんと……。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』には今までも度々驚かされてきたが、
よもや兇魔将軍すら下そうとは……」
「こんな事僕達にとって余裕さ!だろ?」
でもそれまでは…ちょっとした冗談の一つくらいいっても許されるだろう。
-
つかの間の…いや本当に一瞬の休憩が訪れる。
この後はすぐにイブリースと共に地球に…行くことになるだろう。
宿屋で一日止まってHPとMPを回復してる時間などない…こうしてる間にも地球でなにが起きてるか分からない以上は…。
>「さて、無事にイブリースをお仲間に――」
>「仲間ではない」
みんな士気は高い。当たり前だ…不可能と思われたイブリースを味方に引き入れる事に成功したのだ…
高くて当然…と言いたかったが…みんな分かっているのだ…今のうちに気分を上げていかなければ地球にいった瞬間心が折れてしまうと。
だから今だけでも勢いをつけようと…必死なのだ…みんな。
いや…余計な事が深読みして気分を下げるな僕…。
そんな事思いながら勝手にへこんでいた僕の気持ちを知ってか知らずか隣にカザハが座る。
カザハには気を使ってもらってばっかりだな…落ち込むのは終わりにしよう。
「…ありがとう…カザハ」
素直に感謝の言葉から口がでる。しかしカザハは僕と目を合わせないままスマホをじっと見つめている…と思いきやチラチラとこっちを見る仕草をする。
もしかしてさっきなにか気に障るような事いってしまったのだろうか・・・!?
「すまない!カザハ!さっきのはなんていうか僕が君の曲を好きだってそうシンプルに伝えたかったんだ!」
なにが悪いのか分からないのに謝るのは最悪だという親の声が聞こえてくる気がした。
>「これは……決して嫌とか困ってるとかじゃなくて……。
いや、ある意味困ってるんだけど、たくさん嬉しいんだよ!
なんでだろう、キミにたくさん嬉しいことを言われると何故かおかしくなる……!」
なかなかに最悪の手だったが怒っているわけではないらしい!
星の数ほど女性の喜ぶ言葉を言ってきたはずなのに今の僕には最善手をぱっと思いつく事はできなかった。
わたわたとなにを言っていいかわからず狼狽える僕をまっすぐ見据えてカザハはまっすぐなまなざしで僕を見つめた。
>「マホたんみたいにさ……時には自分を変えてまでもたくさんの人の期待に応えるってすごく立派で凄いことだと思う。
でも我は……そのままの我をいいって言ってくれる人を大切にしたいよ。
ずっと自分の好きな歌を歌っていたいよ。
もちろん、ありのままで……たくさんの人に聞いて貰えたらすごく幸せなことだけど。
もしも万が一そうなっても、新しい歌が出来た時に最初に聞いてくれるのはいつもキミがいいな」
さすがに鈍感な僕でも…カザハの想いに気づくのには十分だった。
カザハが自分自身の想いに気づいているかは定かではないが…僕にその…好意を持っている事に
それこそ好意を受け取った事なんて…こういっちゃ嫌みに聞こえるかもしれないけど…無限に受け取ってきた。
今まで適当に流してきた…そいつらに価値がなかったから…いや…違う…僕が弱かったから…。
>「我は……どうしてもキミが大罪人なんて思えないよ。
でもキミが贖罪を望むなら……ずっと隣で支えたいよ。ずっとキミの隣で歌っていたいよ……」
>「それと……殺し合いは……出来ればしないでほしいよ……」
ちゃんと答えなきゃ…のらりくらりじゃなくて…ちゃんと…僕自身の決意を持って。
-
「ごめん…それはできない」
僕ははっきりと…拒絶の言葉を出した。今までのどうでもいい奴らとは違う…カザハだからこそしっかりとした覚悟で…
例えカザハが悲しむと分かっていても…いやだからこそ…僕の口ではっきりといわなくては。
「僕の…闘争本能は…切っても切り離せない。抑え込む事はできても永遠に僕の身から消す事はできない…
それに…今まで逃げ続けた僕の選択から…罪からもうこれ以上逃げたくないんだ…
そして君が大切だからこそ終わるかどうかも分からない旅にいっしょになんてことも絶対に言えない」
別になんとも思っていない相手なら【終わったら一緒になろう】とか【一緒に罪を償ってくれ】とか言っていただろう。
大切な相手だからこそ…中途半端にはできない…できないならできない。そう言うのが一番の誠実だと・・・今の僕は思った。
「ロイがやったこの世界での出来事を…無かった事にするわけにはいかない…ロイがこの世界でした事は僕の選択の結果なのだから…
それにイブリースと約束もした…全てが終わったら必ずもう一度殺し合うと…勝つにせよ負けるにせよ…その先は君を間違いなく悲しませる」
僕の寿命だけでは贖罪をする時間が足りない…それこそ命尽きるまで贖罪を続ける身…そんな終わりに向かうだけの未来に…カザハを連れていけない。
「だから…」
僕の涙から…ぽろぽろと涙が零れる。
本当はついてきてほしい。誰かに肯定してほしい。愛してほしい…。
「だから…この世界を救う旅が終わったら…それでさようならしなきゃいけないんだ」
ついてきてほしいと一言言えばカザハはきっと最後までついてきてくれるだろう…だけどそれじゃ…僕は一生甘えてしまう。
それじゃだめなんだ…僕の為にも…なによりカザハの為にも…。
「ありがとうカザハ…今までの人生で一番うれしかった」
僕はそう会話を切り上げると作戦会議していたなゆ達の元へ…逃げるように向かった。
僕は正しい選択をした。
僕の終わるかもしれない贖罪の度にカザハのように未来ある子を連れてはいけない…正しい選択なのは間違いない…ないはずなのに…
心の中で僕が今まで感じた事のない感情が渦巻いている。
この気持ちがなんなのか…初めての僕にでも分かってる…分かってるけど…この気持ちを…
「僕は…正しい選択を…したんだ…」
涙をぬぐいながら…自分で自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
-
>「…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――」
>「肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……」
「まあ冷静に考えればわかってたらもうとっくに帰ってるって話だしね…」
なるべく冷静に装いながら僕はなゆ達の会話に混ざる。
カザハには悪い事をしてしまったが…それでも他のメンバーにまで動揺を見せるわけにはいかない。
>「わかるよ」
>「おっ、今日は珍しく自分から発言したじゃんか! エライぞー!」
>「もともと『ブレイブ&モンスターズ!』の設定では、限定的ではあるけれどアルフヘイムとニヴルヘイムは行き来が出来た。
けど、アルフヘイムやニヴルヘイムからミズガルズへ行けるという設定はない。
当然だ、君たちがプレイしていたゲームの中の設定には、ミズガルズなんて世界はないんだから」
>「ローウェルは管理運営の権限を使ってそれを成し遂げたんだろう。
だから、ぼくたちも同じように管理者権限を使って移動する。ただ――それには必要なものがあるんだ」
>「必要なもの……?」
やりたい事に応じてその対価も膨大になっていくのはどの時代・世界になっても分からないという事か。
問題は僕達にそれを支払えるかって事だけど…。
>「管理者権限を使用するには、パスワードがいる。
そのパスワードはぼくの中にあるんだけれど、パスワードを入力するにはメニューにアクセスしなくちゃならない。
外の世界じゃない、この世界の中で管理者メニューを起動するためには、莫大な力が必要なんだ」
>「莫大な力……。それは、どのくらいの……?」
>「――レクス・テンペスト」
「……一応聞くがそれの一つの為に僕達が死に物狂いで戦ってって話…知らない訳じゃないよな?」
>「地、水、火、風、光、闇。
この世界を構成する六つの元素、その最も強い力……。
レクス・テンペストに相当する力を各属性ごとに集め、結集する。
天地創世に匹敵するほどの力を用いなければ、文字通り神の業である管理者メニューを起動することはできない」
>「おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?」
一つであれほど大騒動だったのに…いくら邪魔がもうないとは言えそんな事をしている時間は僕達には…ない。
エンデは首を横に振り…こういった。
>「いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる」
『地』にはジョン。
え…僕も?
少し不思議に思ったが思えば思い当たる節はある。
明らかに人間離れしたパワー…僕は元より体は頑丈であったが…それもこの世界に適応し強化された結果というなら頷ける。
そうじゃなかったらイブリースと殴り合うとか不可能だしな…
-
『水』にはなゆた。
『火』にはエンバース。
『風』にはカザハ。
『闇』には明神。
「ちょっとまて…一人足らないぞ」
>「じゃあ、どうするの? どこかから光属性の野良『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でも探してくる?」
>「アコライト外郭の『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』なら、
光属性だったと思うケド」
ユメミマホロは…僕の見立てが間違ってなければ大幅に弱体化しているはずだ…
力を使い果たしたのか…もしくは別人なのか僕にはわからないが…条件を満たしていないという僕の読みはなゆが賛成してない事をみて当たっているのだろう。
>「……わたしがやる」
この場にいる全員の視線がなゆに集まる。
一人が二属性やれるなら…そんなに簡単な事はないだろう…しかしアシュトラーセですら力不足と呼ばれるほど一人一人が重要な事なのにそんな事が…。
>「しかし、十二階梯の継承者を以てしても力不足と言わしめるほどの消耗なのだろう。
それが二人分……力をすべて吸い尽くされ、命が枯渇して死に至るという可能性はないのか?」
そうだ…突然の疑問。世の中そんなに便利な事などない…そもそも簡単にできるならわざわざ1属性一人縛りをする必要もないのだから…。
>「可能性は、ある」
>「無茶よ、ナユタ……! 一人分だってレクス・テンペストに匹敵する力が必要なのに!」
>「なゆちゃんがすごい力を持っとるのは知っとるけど、今回ばっかりはうちも賛同できへんえ。
一属性分の明神さんやジョンさんでさえ耐え切れるか分からへんっちうのに、それを二属性もやなんて……。
いくら何でも無謀すぎや。なゆちゃんにもしものことがあったらどないしはるのん?」
本音を言えば賛成などできない…しかしなゆの言う通り…もう時間が本当にないのもまた事実である…だがしかし…
>「カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから」
「僕は…」
>「あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ」
>「外野が無責任なこと抜かしてんじゃねえぞイブリース!飼い主の面影見つけてはしゃいでんのか?
お前の目の前にいる女は『崇月院なゆた』って名前だ、覚えとけ」
「少し落ち着け明神!」
怒る気持ちはもっともだが…この場で一番この提案に反対したい人物を無視するわけにはいかない…
エンバースに視線を送る。
>「だけどな、あえて言わせてもらうぞ……お前、ゲームの主人公にでもなったつもりか?
お前は、これくらいの無茶はもう慣れっこのつもりかもしれないけどさ。
俺が……俺達がそれに慣れる事は、決してないんだからな」
>「だが、まあ……少なくとも、今ので勇気のステータスはカンスト間違いなしだな」
エンバースは…必死にやめろ。するな。代わりを探そう。…この言葉を押し殺している…。
今の僕達の…地球の危機的状況を鑑みて…飲み込んでいるのだ…。それなら…僕に…なにか言う事はなかった。
-
>「この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう」
「素直に失敗はできないって言ってくれたほうが気が引き締まるんだけど…」
再挑戦に日数がかかる…それは地球が滅びるまで指をくわえてみていなければならないという事。
本人的には濁したほうがいいと思ったんだろうけど…
>「ほんまは日ぃ改めて、ゆっくり休んでもろうて。充分養生してから試した方がええんやけど……。
ローウェル相手に後手後手に回ってもうとる現状や、その余裕はとてもあらへん。
堪忍え、みんな」
「大丈夫無茶ぶりなんて今に始まった事じゃないし…僕達ならできる。だろ?」
気休めに残ったポーションを一気に飲み干す。
体の疲労が取れるわけではにしHPという意味では全開ではあるが…気休めくらいにはなるだろう…。
>「ジョン君――カザハをお願いします……!」
「…カザハ、遠慮せずに…僕の手を取ってもいい」
気まずさとカザハにバフを掛けてもらい準備を整える。
部長のバフは温存する…もう結構使った気がするけど…なにがあっても無能にならないようにここは控えねばならない
「ニャー…」
部長が不安そうに僕を見つめる。
「僕の体は特別製だよ…問題ないさ!…だから心配しないで」
部長を撫でながら抱き寄せていると。
>「みんな――、必ず地球に帰るよ!!」
準備が整う。大丈夫…僕の体はどんな苦痛さえも乗り越えてきた…心配なのはなゆだが…まずは自分のできる事をしよう。
カザハが僕の手を握る。不安なのだろう…あんなひどい事言った僕をこんなに頼ってくれて…僕は嬉しいよ
>「……魔法陣、起動!」
起動したその瞬間…力を入れ身構えてた体から力が一気に抜ける。
「立っ…て・・・いられない・・・!」
気持ち悪い…ただその一言に尽きる。
物理的な苦痛ダメージなら大体問題ない僕ではあったが…こんな…魂を抜かれるような…そうとしか表現できないこの感覚は…どうにもならない…!
いつまで…耐えればいいんだ・・・!?
ギブアップという言葉がふと脳裏に過ぎる…。
-
>「う……、うあああああああ―――――――ッ!!!」
そうだ…僕よりきつい目になゆはあっている…僕が…先に根を上げてたまるか…!
>「エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!」
僕は…自分の事で精一杯だというのにカザハはみんなを気遣っている…。
僕は…僕はなんて弱いのだろう…。
「情けない…なんて情けないんだ…僕は…!」
足に力を籠め立ち上がる。こうなりゃ自分より年下が…がんばってるんだぞ…僕だってできなくてどうする…!
>「一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!」
>「希望と、勇気ね……また難しい事を言ってくれる……」
カザハの一声でみんなが決起する。やっぱりカザハの歌には…声には人を奮い立たせる力がある…。
僕はやっぱり君の事が――
>「ジョン君、左手でキミの親友の手を――」
「必ず…全員でやり遂げてみせる…!」
自然と体に力が籠っていた。これが勇気という力なのだろう…こんな状況でさえ…エネルギーが漲ってくる。
>「少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――」
「逆に君が役に立ってなかった事なんてなかった…!いつも僕は助けられてた…!僕は救われてたんだ!」
無意識の内に体からエネルギーが溢れてくる。
「うおおおお!根性おおおおお!」
僕は根性論はそんなに好きではないが…少しでも全員の苦痛を和らげるように…みんなの負担が減らす事ができるように…
今この場所にいるのは…決して悲鳴や弱音を吐く為なんかじゃない…
僕は地属性に適正があると言っていた…なら本物の大地のように…みんなの足元に存在する不安など考えもしないような…安心して過ごせる大地その物に…僕はなる!
形から入るのはださい?うるせえ!こんなもん気分の問題…だろうが!人間の欲望に果てなんかない!…僕はみんなと…カザハと一緒に…全部を守りたい!
「カザハ!さっきの言葉!やっぱり取り消すよ!…僕についてきて欲しい…ずっと…長く…いや一生!」
恥ずかしさを力に変えるように僕は大きい声で言い放つ。
「君だけは…いや…全員…絶対に不幸にしない…僕の…ジョン・アデルの全てを賭けて誓う!」
この魔法陣にこの僕の…エネルギーを全部くれてやる…僕は光なんて程遠い存在だけど…みんが少しでも楽になるなら…僕は…僕は
「僕は…全てを守護する大地になる!」
-
>ちょっと! 何言ってるの!?
>バカ言えよ、エンデはレクステンペスト相当の力が必要だっつってたろ。
ものすごい大精霊様が命を賭してようやく形になる力だ。
命ふたつ分のパワーを一人の体から吸い上げて無事でいられるとは思えん
管理者メニューを強制起動させるのに必要な六属性のうち、水と光ふたつを一人で受け持つ。
そんな自殺行為とも言えるなゆたの申し出に対して、当然のように仲間から反対意見が出る。
>さては、最初からなゆがこう言い出して聞かないのを分かってて提示したな……?
なんでいつもいつもそんな作戦ばっかり……
>……ッ!エンデ……!!
カザハがエンデに詰め寄り、明神も同じく睨みつけるものの、エンデは全く動じない。いつものように無表情を貫き通している。
>いい加減にしろよ!残り滓抱えてホントにシャーロットにでもなったつもりか!?
お前がやせ我慢してんのなんかとっくに分かってんだよ!
勇気だかなんだか知らねえが、望んで命賭けるようなこと……
>認められるわけ……ねえだろ……
なゆたの無謀な言い分に特に強く反発したのは明神だった。
怒りも露わに叩きつけるような言葉に、なゆたも口許を引き結ぶ。
>ふざけやがって……なぁなゆたちゃん。そいつはホントにお前の意志なんだろうな。
この際言葉を選ばずに言うぞ。お前の意志がシャーロットに汚染されてんじゃねえかってことだ
>俺が一緒に旅してきたのは、同じ死線をくぐってきたのは、石頭の女子高生『崇月院なゆた』なんだよ。
……不屈のブレイブ『モンデンキント』なんだよ。
シャーロットの為にそれが失われるのは、許容できない
「……どうだろう。
前にも言ったけど、わたしが以前のままのわたしなのか、それともシャーロットなのか――
どっちか断言なんてできないし、それを証明することもできない。
わたしにできることは、ただひとつ。
これまで通り、思ったことをやる。その時その時で、わたしが正しいと思ったことをする……それだけだよ」
果たして今の自分は崇月院なゆたなのか、それとも『救済の』シャーロットなのか。
単に情報としてのシャーロットの記録を引き継いだだけで、崇月院なゆたというパーソナリティには何の変化もないのかもしれない。
はたまた、知らない間にシャーロットの記録に人格も支配されて、この世界を守るというプログラムのひとつに変わり果てたのかも。
だが、そのどちらであったとしても。
なゆたはやりたいことをやる。その信念に変わるところはまったくないのだ。
>――俺が思うに
エンバースが徐に口を開く。
>『自動発動型の自己回復パッシブを持つユニットが、最も危険を冒す』
と言うのは――むしろ、この上なくゲーマー的な発想のように思える
「うん」
なゆたも頷く。
何も、なゆたはなけなしの勇気と一か八かのクソ度胸で名乗りを上げた訳ではない。
ローウェルの指環と、スペルカードによる各種バフ。それから『銀の魔術師』モード。
特に、銀の魔術師――シャーロットの力の発現については、なゆたはいまだに制御ができずにいる。
それが発動したのは一度だけ、『永劫の』オデットとの戦いで瀕死の重傷を負った時だけだ。
であるのなら、その状況を再現するのが最も有効な手段であろう。
>だけどな、あえて言わせてもらうぞ……お前、ゲームの主人公にでもなったつもりか?
お前は、これくらいの無茶はもう慣れっこのつもりかもしれないけどさ。
俺が……俺達がそれに慣れる事は、決してないんだからな
幾度もなゆたの無茶や無謀に付き合わされてきたエンバースだからこそ、その諫言には重みがある。
しかし、なゆたはそんな言葉に反して屈託なくにっこり笑うと、
「そうだよ。わたし、主人公だもん」
と、迷いなく断言した。
「わたしは『ブレイブ&モンスターズ!』の主人公だよ。
正しくは、『ブレイブ&モンスターズ!』の世界を生きるわたしという物語の主人公。
わたしだけじゃない……カザハも、明神さんも、エンバースも、ジョンも。
ガザーヴァやエカテリーナ、アシュトラーセたちも――三つの世界で生きるすべての命が、それぞれの物語の主人公なんだ」
自らの胸元に右手を添え、瞳を伏せて言葉を紡ぐ。
「ローウェルやバロールの考えたシナリオだけじゃない、無数の物語がこの世界にはある。
それが消滅してしまうだなんて、そんなの絶対に認められない。
だって、これからどんな面白くて興奮するイベントが開催されるか分からないんだから!
それにね……主人公はカッコつけるもの。たとえ空元気だって、できるよ! って断言するもの。
みんな、悪いけど――ここはわたしの見せ場!
おいしいとこ貰っちゃって悪いけど、思いっきりカッコつけさせてもらうよ!!」
仲間たちの気遣いは有難いし、涙が出るほど嬉しい。
だが、人間にはやらねばならない時というものがあるのだ。
ここが、崇月院なゆたという人間の正念場。
なゆたはそう信じて疑わなかった。
-
だが、そんな覚悟も実際に魔法陣の中に入り、強制的に魔力を吸い上げるシステムが起動すると、瞬く間に雲散霧消してしまった。
「ぅ……ぎ……! あ、ぅ……くぅぅぅぅぅッ……!!」
痛みなどという言葉で形容できるレベルは一瞬で通り過ぎた。もはや、痛覚などすっかり麻痺しきっている。
感じるのは、寒さ。まるでジェットコースターでずっと下りを直進しているような、紐のないバンジージャンプのような。
魂が頭の天辺から引き抜かれてしまいそうな脱力感、喪失感、剥離感が全身を苛んでいる。
こんな恐ろしい感覚が、果たしてどのくらいの間続くのか。
叶うことなら少し前に吐いた言葉のすべてをかなぐり捨てて逃げ出してしまいたい、そんな思いが頭を埋め尽くす。
他の仲間たちも同等の重圧と喪失を感じているらしく、呻き声や苦悶の声が聞こえた。
――これ――ダメかも――
絶望的な考えが脳裏をよぎる。
エンデによると、いよいよ危険となれば強制終了させることも可能らしいが、それでは世界を救えない。
両脚から力が抜けていく。もう、まともに立っていることさえ難しい。
完全に見立てが甘かった。ふたり分の属性をひとりで受け持つだなんて、言わなければよかった。
力を吸い尽くされるのに並行して、心の強さまでもが消失してゆく。弱くて脆い気持ちが胸に満ちてゆく。
よすがとしていた勇気がボロボロと崩れ去り、諦念が全身を支配しようとした――そのとき。
>エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!
はっきりと、声が聞こえた。
それから、左手を強く握られる感覚。ぎゅっと握られる手のひらから、喪われかけていた五感が蘇る。
カザハだ。カザハが自らの肉体の消耗も顧みず、仲間たちを鼓舞している。
>絶対大丈夫だから! キミは一人じゃない……!
「……カ、ザ……ハ……」
更に仲間たちは各々手を繋ぎ、円陣を組む。
>少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――
>水くせえこと、言うなよ……。
出会った時からお前は……俺達の、最高のバッファーだ……!
>……それは、ちょっと甘すぎやしないか?
>けど……そうだな。もう十分……頼りにはなってるぜ……
>逆に君が役に立ってなかった事なんてなかった…!いつも僕は助けられてた…!僕は救われてたんだ!
「そう、だよ……。
わたしたちは……いつだって、カザハ……あなたに守られてきた……。ずっと、頼りにしてきたんだ……。
初心者なんて言ったら……フォーラムで、怒られ……ちゃうよ……」
カザハの言葉に、仲間たちが次々に同調する。無理矢理に笑顔を作り、なゆたもカザハの方を向く。
自己評価が低くて、怖がりで、すぐに逃げ出そうとする、お調子者のシルヴェストル。
けれどもカザハはリバティウムで仲間になった時から一貫して、パーティーの貴重なサポート職に徹してきた。
敵を一撃で屠り去るような活躍はできないかもしれない。英雄的な働きは無理かもしれない。
しかし、そんな縁の下の力持ちの存在なくして、英雄もまた存在し得ないのだ。
今もまた、カザハは皆を叱咤し絶望に染まりかかっていた心を見事に救ってみせた。
それはこのアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』パーティーにおいてカザハ以外に成し得ない、
オンリーワンの役目であった。
『負荷軽減(ロードリダクション)』――!!
ドォンッ!!
明神の発動させた魔法によって、それまで全身を蝕んでいた重圧が若干和らぐ。
結んだ手と手を介して、魔力が全員の身体を駆け巡る。六つの属性がぐるぐると循環する。
かつてバロールが明神にアドバイスしていた魔法だが、長い旅を経てここで実践されている。
>さっき言いかけてたこと……やっぱ今、言うわ。
上手く地球に帰れたら……その時は、高い店のトンカツを食いに行く!!
積みゲーもハードごと持って帰りたいし、スマホも新しいやつに機種変する!!
魔法を用いてもなお激烈すぎる重圧をせめて会話で幾許かでも誤魔化そうとしてか、明神が自らの望みを語る。
なんとも明神らしい、俗っぽい望みだ。尤も、世の中の人間が抱く夢など大半がそういったものだろう。
美味しいものが食べたい、遊びたい、楽をしたい。そんな欲望を原動力に、人類は発展してきたのだから。
平凡な人間の、平凡な夢――どこにでもある、しかし明神だけの夢。
>吸血鬼みたいな、高位のアンデッドに……オデットほどじゃなくてもいいんだ。
ただ……そうすればさ、あっちでまた、ブレモンプレイヤーに戻れる……かも
明神に触発されるのように、次に自身の願いを口にしたのはエンバースだった。
たとえ地球に戻れたとしても、焼け爛れた焼死体のままでは日常生活にも支障をきたすだろう。
せめて、いかにもアンデッドといった今の風貌ではなく、もう少し人間に似た姿になれれば。
未来への希望を孕む、それがエンバースの夢。
>僕は…全てを守護する大地になる!
ふたりに競るように、ジョンも願いを叫ぶ。
ジョンはブラッドラストという呪いをその身に享けて生まれた。
血は生命の源。生き物の身体を流れるイノチそのもの。そして大地もまた命を育み、無限に生み出してゆくもの。
“血”は“地”。しかるに、ジョン・アデルほど地属性に相応しい者はいない。
そんなジョンが、すべてを守護する大地になると言っている。その体躯や心根に見合った、大きな夢だ。
-
「……わ……、わたしは……」
大きすぎる重圧と、避けがたい虚脱感に抗いながら、なゆたも懸命に言葉を紡ぐ。
「地球に、戻って……おかあさんの……お墓参りを、するんだ……。
おかあさんの……お墓の、前で……みんなを守れたよって……地球を救えたよって……報告、するんだ……!」
かつて、なゆたは母と慕った人物を救うことができなかった。
その人物の死に際して、拭い難い心残りを残してしまった。
冷たく横たわる遺体に縋りつき、泣きながらなゆたは誓ったのだ。
理不尽な死。不条理な運命。
それら非合理なさだめを、なんとしても覆してみせる。自分が行動することでそれらを回避することが可能なら、
どんなことでもしてみせる――と。
「わたしが……もしも、誰かの痛みを肩代わりできるなら……。
わたしが苦しむことで、誰かの苦しみをほんの少しでも取り除いてあげられるのなら……。
いくらだって痛みを背負う。苦しみを受け入れる……。
そして立つ――、立って戦う!!」
大それた、傲慢な願いかもしれない。たったひとりの矮小な人間の身に余る望みかもしれない。
しかし、けれども。なゆたは強く強くそれを願った。
これは運命だったとか、仕方なかったとか、そんなお手軽な言葉で幸福を諦めたくない。
例え無理でも、無茶でも、無謀でも――生命の燃え尽きるその瞬間まで誰かを救うことを諦めない、それがなゆたの夢。
>一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!
明神の一声によって、循環する魔力が強い輝きを帯びる。決して交わらないはずの六色の光が融合してゆく。
>……なゆた……そこに、いるよな……?
「エンバース……」
ぎゅぅっと、強くエンバースの手を握る。
エンバースの手は崩壊しかかっていた。
無理もない。イブリースとの熾烈な戦いの後、ほんの僅かな小休憩だけでこの魔法陣に足を踏み入れたのだ。
肉体という楔のあるなゆたたち生者と違い、アンデッドであるエンバースが魔力の喪失に伴う消耗は一際激しい。
恐らくエンバースは魔法陣に入った五人の中で最も危機的状態にある。
ゆえに。
>大丈夫だ……心配するな……俺が、傍にいる……俺が……守って……やる……
>だから――
>――どこにも、行くな
その言葉は、エンバースの剥き出しの魂から出たもののように、なゆたには聞こえた。
いつもの皮肉屋の言動ではない、生のままの望み。エンバースの心の奥底に息衝いていた、裸の願い。
だからこそ――
「どこにも、行かないよ……。わたしはここにいる、あなたの傍に。
ずっと、ずっと一緒にいるよ……だって、わたしは――」
なゆたはゆっくりエンバースの方を見ると、微かに笑う。
そして。
「……あなたのことが、好きだから……」
ざわっ!
自信の想いを告げた瞬間、なゆたの黒い髪がざわざわと波打ち、逆立ち始める。
その毛先から、急速に髪色が眩く輝く白銀色へと変わってゆく。
と同時、全身から迸る膨大な魔力。己が放つ魔力の奔流にマントやスカートを靡かせながら、なゆたは双眸を大きく見開いた。
「魔力融合! 銀の魔術師・崇月院なゆたの名に於いて! 錠前を開きて起きよ、創世の神坐(かむくら)!!」
カッ!!!!
光り輝く六種類の魔力が溶け合ってひとつの魔力の渦となり、魔法陣に六芒星を描く。
魔法陣がひときわ強く眩く発光した瞬間其れは膨大な魔力の柱となって五人を、否、召喚の間にいる全員を呑み込んだ。
そして――目を開けていることさえ困難な光が収まった頃。
一行の目の前には、まるでSF作品のホログラムのように中空に表示された無数のウインドウが展開されていた。
「管理者メニューの起動は完了した」
エンデが荘重に告げる。
「なんと……驚いたのう……」
「これが、この世界の……いいえ、アルフヘイム、ニヴルヘイム、ミズガルズ三界の理を司る権能……。
この世のすべての叡智が此処に集っているのね……」
エカテリーナとウィズリィが驚嘆の声を漏らす。
特に知恵の魔女と呼ばれる『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』のウィズリィにとって、
世界の設定を意のままにできる管理者メニューはまさしく究極の知恵であろう。興奮を隠しきれない様子で目を輝かせている。
-
「ぅ……」
魔力放出が終了し、魔法陣から解放されると同時、なゆたの白銀の髪色が元の黒色に戻る。
あまりの疲労の激しさに、なゆたはふらりと身体を傾がせるとエンバースへ凭れ掛かった。
勢い、エンバースの胸に飛び込む形になる。
「……エンバース」
そっと遺灰の男の胸に両手を添え、頤を上げて彼のひび割れた双眸を見上げる。
「ありがと、エンバース。
あなたの声が聞こえたから、頑張れたよ。あなたの傍にいたいって、どこにも行かないって思ったから……。
銀の魔術師の力を使うことができた。管理者メニューを起動することができた。
……また、守ってもらっちゃった」
最初は、守ってやるという彼の言葉が嫌いだった。
此方の都合も感情も関係なく、一方的に守ってやるだなんて、自分勝手なと憤ったことも一度や二度ではなかった。
だというのに、今は。
そんな“守ってやる”の言葉が何より嬉しく、心強い。
「オイ、そこの連中。いつまでもイチャイチャイチャイチャしてんじゃねーよ!
それよりさっさとミズガルズに行かなくちゃなんだろ? さっさと転送でもなんでもしろってーの!」
エンバースとなゆた、カザハとジョンの様子を半眼で眺めながら、ガザーヴァが突っ込みを入れる。
が、そのガザーヴァも明神の首に両腕を回して抱き着いているので、説得力はまるでなかった。
ゴホン、と空咳を打ち、なゆたは顔を赤くしながらエンバースから離れた。
「う、うん! ガザーヴァの言う通り、管理者メニューが開いたなら一刻も早く地球へ向かわなきゃ!
みんな、準備はいい? エンデ、お願い!」
「わかった」
エンデは頷くと、すぐに中空に表示された無数のウインドウへ両手を伸ばした。
が、様子がおかしい。エンデが何らかのコマンドを入力しても、地球への転送がなされるどころか何も起こらない。
ただ、警告色である真っ赤色をしたダイアログがウインドウの中央に表示されるだけだ。
其処には何らかの文字列が書かれているが、地球由来の言語ではないのか誰にも読み取れない。
ただし、それが何を意味しているのかは、なんとなく分かった。
「これ……エラー表示だよね。たぶん」
パソコンでパスワードやコマンドが正しく入力されなかった場合に表示されるエラーメッセージ。
これはそんな地球のシステムにそっくりだったのだ。
「システムが書き換えられてる」
エンデが無表情なままで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちに告げる。
「おそらく、万が一ぼくたちが管理者メニューにアクセスすることがないよう、ローウェルがプログラムを改変したんだろう。
既存のシステムならぼくにも操作できたけれど、これじゃアクセスできない」
「アクセスできない? ということはエンデ、つまり……」
アシュトラーセが不安に表情を曇らせる。
ディスプレイからなゆたたちへ振り返ると、エンデはまたこくり、と首肯した。
「ミズガルズには行けない」
「そんな……!」
絶望が希望を塗りつぶしてゆく。
せっかく、ローウェルの足取りを追う方法が見つかったというのに。ニヴルヘイムとの戦いに一応の決着をつけ、
世界の崩壊を防ぐ希望を繋げたというのに。
こんなところで終わりでは、あまりにも報われない。
「どうにかならないの? プログラムを元に戻すことは?」
「無理だよ、ぼくの権限を越えている。
プログラムに直接手を加えられるのは、運営に直接携わる存在だけ。
すなわちローウェル、バロール、そしてマスター・シャーロットだけだ」
「モンキン! オマエ、シャーロットの力が使えるんだろォ!? 何とかしろよ!」
「そ、そんなこと言われても……」
ガザーヴァが喚きたてる。なゆたは弾かれるようにウインドウを見上げた。
が、何も分からない。ウインドウには所狭しと何らかの言語らしいものが表示されていたが、まったく読めない。
シャーロットの記録を呼び覚ませばあるいは対処も可能かもしれなかったが、
管理者メニューを起動させた時点でなゆたは銀の魔術師モードを解除してしまっている。
もう一度力を発現させるため瀕死の状態になって――などということをしていたら、今度こそ死んでしまうかもしれない。
-
「ふざけるな……! 貴様らがこの戦いの行く末を最後まで見届けろと言ったのだろうが!
だからこそ、オレは敗北を受け入れた! 同胞たちの未来を守ることこそが、オレの果たすべき使命と思えばこそ!
だというのに、行けない? 冗談を言うにしても、相手を選べ……!」
当然、激怒したのはイブリースである。
己の信念を曲げ、仲間のためを思えばこそ生き恥を晒すことを選択したというのに、
やっぱりここで行き止まりです――では収まるまい。
怒りに任せ、イブリースはエンデを左腕で掴み上げた。そのまま、ギリギリと首を締めつける。
エンデの無表情だった面貌が、僅かに苦痛に歪む。
「やめて、イブリース!」
なゆたが叫ぶが、イブリースは耳を傾けようとしない。
実際に管理者メニューが使えなくなってしまったということなら、もうなゆたたちには他に手の施しようがない。
文字通りの万事休すだ。
自分たちはこのまま成す術もなくミハエル・シュヴァルツァーらが地球を破壊し、
侵食が三つの世界を呑み込むのを、手をこまねいて見ているしかないのか――?
と、そのとき。
「そないなことにはならしまへんえ」
声を出したのは、それまで沈黙を貫いていたみのりだった。
「……みのりさん? 今、なんて……」
「そないなことにはならへん、って言うたんや。
例え大賢者さんがどないに悪知恵絞ったかて、うちらを止めることなんて出来へんわ。せやろ? なゆちゃん」
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の頭上に絶望の分厚い暗雲が垂れ込める中、
みのりだけはいつもと変わらない泰然とした態度を崩さずにいる。
「大賢者さん、うちら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』相手にそないな姑息なことせな安心できひんねんなあ。
ほんまの大物やったら、追いかけてくんなら追いかけてきてみぃ、正々堂々受けて立つで!
みたいな気概を見せるとこやろ。大賢者ぁ〜なんて言うたかて、お里が知れるわぁ」
「みのりさん……」
「プログラムを改変した? うちらを地球に帰さんように?
ええやないの、そんなん、なんぼでもしたらよろしいわ。うちら相手にそないないけずするっちうことは、
それだけ大賢者さんが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を脅威とみなしとる――ちゅう証拠やろ。
なゆちゃん、カザハちゃん、明神さん、エンバースさん、ジョンさん。
勘違いしたらあかんで、優勢なのはこっち……うちらは今、確実に大賢者さんを追い詰めとるんや」
「けどさぁ、肝心の管理者メニューが使えないんじゃどーしよーもねーじゃん」
ガザーヴァが肩を竦める。
ローウェルの妨害工作によってせっかく起動させた管理者メニューが使用不可能になってしまった以上、手の施しようがない。
……だが。
「誰が使えへんなんて言うたん?」
みのりはさも当然のように言い放った。
アシュトラーセやエカテリーナが怪訝な表情を浮かべる。
「御子が言っていたではないか、この管理者メニューとやらを正しい姿に復元できるのは、
我らが師父ローウェルと『創世』の師兄、それに『救済』の賢姉だけであると……」
「ま、ええわ。ほんまは地球に戻るまでお披露目しぃひんどこ思とったんやけど。
そっちがそのつもりなら、こっちもそれ相応の対応を取るだけや。
見せたるわ、うちの“奥の手”――」
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の前で、みのりはゆっくりと自らの左眼を覆う眼帯に触れた。
キングヒルでのなゆたvs明神のデュエルを切欠に、パーティーを一時離脱し後方支援を引き受けたみのりであったが、
次にスマートフォンを介して交信したとき、その左眼にはいつの間にか眼帯がつけられていた。
ずっとつけたまま、片時も外すことのなかった左眼の眼帯。
それを、みのりは躊躇いもなく外した。
みのりの閉じられていた瞳が開く。
「……あ……!!」
想像だにしない光景に、思わずなゆたは声を上げしまう。
その左の瞳は、虹色の光彩を放っていた。
-
「みのりさん……、その眼は……」
なゆたが恐る恐る訊ねる。
しかし、それが果たして何であるのか、この場で理解できない者はきっと一人もいなかっただろう。
魔力の溢れる虹色の瞳、それは紛れもなく――
「見ての通りや。『創世の魔眼』……お師さんと同じ瞳やよ」
「ど、どうして……貴方が『創世』の師兄の魔眼を……?」
アシュトラーセが唇を戦慄かせる。
日頃泰然としているエンデもこの事態は予想外だったらしく、いつもと変わらない無表情の中に驚きが滲み出ている。
「うちは何も、ボランティアでキングヒルに残留した訳やない。
この世界の理、お師さんのほんまの目論見。それから『侵食』と大賢者はんの正体……。
何もかも洗いざらい吐いてもらうっちうことを条件に、うちはお師さん……バロールの軍門に下ったんや。
そうして、きっちり聞かしてもろたんよ。
ブレイブ&モンスターズ! にまつわる、すべてのことを」
「じゃあみのりさん、みのりさんはもうずっと以前からこの世界の真実について知ってた……ってこと?」
「そうなるなぁ。堪忍え、なゆちゃん。
せやけど、早い段階でいきなり『実はこの世界は神さんみたいな上位存在の造ったゲームで〜』なんて言うたところで、
みんな到底信じられへんやろ?
うちはこの魔眼を移植してもろうて何とか理解できたんやけど、あんたたち全員にまで魔眼の移植はできひん。
みんなに自然に理解してもらうためには、段階を踏む必要が……今までの長い旅が必要やったんや。
ぎょうさんしんどい思いさせて、ほんまに堪忍え」
そう言うと、みのりはいつものはんなりとした表情を束の間やめて深く頭を下げた。
自分だけが後方支援と称して安全なところに留まり、仲間たちを死地へ赴かせる。
そんな行為に対して罪悪感を覚えている。
けれど、なゆたはすぐにそんなみのりに歩み寄り、その肩に手を置いた。
「なゆちゃん……」
「謝らないでよ、みのりさん。
どんな理由があったって、みのりさんが今までわたしたちの旅の援護をしてくれたのは変わりないし。
いっぱい助けてもらったんだから、怒ったり恨んだりする理由なんてないんだ。
確かに、つらいことも悲しいこともたくさんあったけれど……わたしたちは今もひとりも欠けずにここにいるし。
今までの旅のお陰で、大賢者を追い詰めるくらいに強くなれたんだから!」
なゆたはオーバーアクションでガッツポーズをしてみせた。
仮にアルフヘイムへ召喚された直後にバロールから世界の真相を聞かされたところで、
あまりにスケールが大きく突拍子もない話では、誰も理解することは出来なかっただろう。
また、もし理解できたとしても、侵食に対抗するだけの力はとてもない。
この世界を救う旅の中でエンバースたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は少しずつ世界の核心に迫り、
幾多の出会いと別れ、戦いへ経て本物の強さを培ってきた。
今までの旅には、すべての物事には、確かに大事な意味があったのだ。
「さあ、みのりさん。
今まで通り、わたしたちにこれから進むべき道を教えてよ。大賢者ローウェルを倒し、三つの世界を救う道を。
わたしたち――どんなに大変なミッションだって、絶対にこなしてみせるから!
だよね、みんな!」
背後を振り仰ぎ、大切な仲間たちの意見を仰ぐ。
皆の言葉を聞くと、みのりは一度目元を拭って大きく頷いた。
「おおきに。おおきになあ、みんな。
せやったら、せめてもの罪滅ぼし。きっちり自分の仕事はやり遂げさせて貰いますえ。
……みんなの、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の進路を――切り拓く!」
カッ!
みのりの左眼、創世の魔眼が眩い輝きを放つ。
創世魔法が発動し、みのりの前に巨大なコンソールが出現する。
みのりが驚くべき速度でタッチタイピングを始めると、エンデが操作しようとしてもビクともしなかったウィンドウ群が、
俄かに反応を示した。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの眼前に展開された夥しい量のウインドウたちが、
次々にその配列を変え、文字数が変動し、変異していたプログラムが本来あるべき姿へ書き換えられてゆく。
「みのりさん、すごい……!」
「お師さんは前々からこうなることを予期しとったんや。
せやから自分の持つ管理者権限をうちに譲渡して、事前に対策を講じた。もし自分が大賢者さんにやられることがあっても、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が迷うことのないように……」
「相変わらず抜け目のないことだ」
エンデを手放し、イブリースが腕組みしながら感嘆の声を漏らす。
一巡目で『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に倒され、志半ばでリタイヤしたという経験があるからこそ、
バロールは今度こそ万難を排して世界を救おうとしたのだろう。
だから、自分が死んだ後のことまで考えて十重二十重に対策を講じておいたのだ。
管理者メニューを改変し追撃の手を振り切ろうとしたローウェルの目論見は、
是が非でも世界を救うというバロールの執念の前に敗れ去った。
-
召喚の間に、みのりがコンソールを操作する音だけが響く。
皆、目まぐるしく変化してゆく中空のウインドウを固唾を呑んで見守っている。
そして、最後にみのりがエンターキーとおぼしきキーを叩いたとき。
強固にアクセスを撥ね退けていた画面にユーザー承認を示す緑色のダイアログが表示され、すべてのメニューが表示された。
「やった……!!」
「これで、何もかも元通りや。
待っとってな、今すぐ地球への『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開くさかい」
なおも、みのりはコンソールを繰り続ける。
「一時はどうなるかと思ったケド、これでボクたち全員無事にミズガルズへ殴り込みに行けそーだな!
明神、ローウェルのジジイをブッちめたあとは、ミズガルズを案内しろよな! トンカツ食べたい!」
ガザーヴァがほっとしたように息をつく。
しかし、みのりはそんな言葉に一度かぶりを振った。
「うちは行けへん。みんなが無事に地球へ行くまで、ここで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を維持せなあかん。
残念やけど、ここでいったんお別れや」
「そんな、みのりさん……! 折角ここまで一緒に来たのに……!」
俄かに持ち上がった別れに、なゆたは眉を下げてみのりを見た。
みのりが小さく笑う。
「おおきにな、なゆちゃん。せやけど言ったやろ、これは今までみんなに秘密を打ち明けなかった、うちの罪滅ぼしや。
うちにしかできない仕事なんや、せめて、最後まできっちりやり遂げさせてぇな?」
「みのりさん……」
「心配しぃひんでも、ここは全世界のなんもかもを見通せる神の座や。
みんなの活躍もここからモニターできるさかい、離れ離れになる訳とちゃうよ。
いつでも繋がってんで……うちはここからみんなが大賢者さんをいわすとこ、とっくり見届けさせて貰うさかい」
「……そういうことなら、私もここに残るわ」
ここでパーティーを送り出すというみのりの言葉に、ウィズリィもまた口を開く。
「ウィズリィまで? どうして――」
「ミノリをここにひとりぼっちで置いておけないわ。何かあった場合に、サポートする者が必要でしょう?
ここは智慧の頂。であるのなら、ここでミノリを補佐できるのは『知恵の魔女』たる私しかいない。
そうじゃないかしら?」
既にこのダークマターに――ニヴルヘイムに生物は存在しないが、
いつまたローウェルが何らかの妨害工作を考えつかないとも限らない。
今度は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を地球に閉じ込めようと、みのりを襲って退路を断とうと目論むかもしれない。
そういった場合に備え、管理者メニューにつきっきりで身動きの取れないみのりのボディガードを買って出ようというのだ。
「ミズガルズの文化や景色にも大変興味はあるし、是非とも行ってみたいけれど。
それは貴方たちが大賢者を打倒して、侵食を食い止めた後の楽しみとしておきましょう。
だから……頑張って。必ず、三界に平和を取り戻して」
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と向かい合い、ウィズリィはにっこり笑った。
思いがけないウィズリィの残留宣言はみのりにとっても予想外だったようだが、みのりはそれをすぐに受け入れた。
「助かるわぁ、ウィズリィちゃん。
なら、ついでにちょいとうちの手伝いをしてもろてええやろか?
ウィズリィちゃんの魔力回路にうちとのパスを繋ぐさかい――」
「ええ、お安い御用だわ」
みのりとウィズリィによって、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの眼前に巨大な光の門が形成される。
地球へと通じる『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』だ。
「……分かった。みのりさん、ウィズ、ここはお願い。ふたりの分まで、みんなで頑張るから。
みんな、覚悟はいい? きっと、これが最後の戦いになる……。わたしたちの旅の終わり、それがこの扉の向こうに在る」
扉を背にして、なゆたはパーティーの皆の顔を順に見回した。
「みんなのお陰で、ここまで来られた。みんなと一緒だったから、つらい戦いも乗り越えられた。
ありがとう、本当に……わたしたちは最高のパーティーだって、心からそう思う。
だからこそ――このゲームは全員でクリアしたい。最後までひとりも欠けずに、ラスボスを倒して。
ここにいるみんなでエンディングを迎えたい……」
ポヨリンを足許に従え、なゆたは決然とした表情で皆へ告げる。
本当に、長い長い旅だった。語り尽くせぬ様々なことがあった。
扉をくぐれば、そのすべてに決着がつく。この旅が有意義なものであったのか、それとも無為であったのか。
その結論が出る。
このパーティーで旅をするのも、きっとこれが最後となるだろう。
楽しい時間には必ず終わりがある。楽しかったなら楽しかっただけ、時間は早く過ぎ去るものだ。
終わってほしくない、ずっと続いてほしい。いつまでも、皆と旅をしていたい。そういう気持ちも確かにある。
だからこそ。
「行くよ、最後のクエストへ!
――レッツ・ブレイブ!!」
なゆたは声高らかに言い放つと、踵を返し迷いなく光の扉を潜った。
【管理者メニュー起動、みのり・ウィズリィはパーティー離脱。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とその仲間は一路地球へ】
-
>「水くせえこと、言うなよ……。
出会った時からお前は……俺達の、最高のバッファーだ……!!」
>「……それは、ちょっと甘すぎやしないか?」
>「けど……そうだな。もう十分……頼りにはなってるぜ……」
>「逆に君が役に立ってなかった事なんてなかった…!いつも僕は助けられてた…!僕は救われてたんだ!」
少しはマシになったかと問いかけた我に、皆が予想外の答えを返してくる。
「みんな……。そう……なの……?」
>「そう、だよ……。
わたしたちは……いつだって、カザハ……あなたに守られてきた……。ずっと、頼りにしてきたんだ……。
初心者なんて言ったら……フォーラムで、怒られ……ちゃうよ……」
「そっか……良かった……」
少し前の自分なら、気を使ってくれてるのだろうとか、穿った見方をして素直に受け取れなかったに違いない。
でも、信頼する皆がそう言うのならそうなのだろうと、自分でも驚くほどすんなりと受け入れられた。
生命力を吸い取られる苦痛によるものとは別の涙が溢れてくる。
少しだけ、軽口を叩く元気すらも生まれる。
「なんだよぉ……ガザーヴァ、ぶっちぎりのお荷物って……ちょっと辛辣すぎじゃない!?」
本当は分かってる。あの時の自分にはあれぐらいの荒療治が必要だったのだ。
たとえ何の役にもたっていないとしても、一緒にいていい。いなきゃ駄目。
その前提があるからこそ、今皆の言葉を素直に受け止められたのだ。
>「『負荷軽減(ロードリダクション)』――!!」
明神さんがいかにも魔術師然とした魔法を発動した。
風属性以外の魔法についてはよく分からないけど、それなりに高難易度の魔法なのだろう。
「すごいや、明神さん……!」
自分からドヤ顔で手を繋ぎにいっといて何だが、ナチュラルに驚く。
手を繋ぎにいったものの、ここまで具体的に次の展開を想定していたわけではない。
ただ、接触すると魔力の経路に成り得るという、なんとなくの知識があった程度だ。
明神さんが、無事に地球に帰った後の希望を語る。
>「さっき言いかけてたこと……やっぱ今、言うわ。
上手く地球に帰れたら……その時は、高い店のトンカツを食いに行く!!
積みゲーもハードごと持って帰りたいし、スマホも新しいやつに機種変する!!」
……思ったよりすごく生活感溢れて具体的だった。
世界を救った後の壮大な夢というよりも、今度の休日の予定といった感じだ。
いかにも明神さんらしくて、達成の成否判定がはっきりしているという点でゲーマーっぽくもある。
>「……はは。いいな、それ。死亡フラグもここまで露骨だと、きっと回収するのも馬鹿らしくなるぞ」
「ふふ。ここまで具体的且つ身近な話題だと、死亡フラグも立たないのでは……?」
-
>「一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!」
>「希望と、勇気ね……また難しい事を言ってくれる……」
>「けど……なあ。ローウェルを倒したら、その経験値で一気に進化したり、出来ないかな」
>「吸血鬼みたいな、高位のアンデッドに……オデットほどじゃなくてもいいんだ。
ただ……そうすればさ、あっちでまた、ブレモンプレイヤーに戻れる……かも」
>「……なんてな。パスだパス、今のは……忘れてくれ」
「ううん、それ……すごくいいアイディアだと思うな……。
いつか、エンバースさんとなゆの世界一の座を賭けた対決とか、見てみたいかも……!」
本当は自分としては、元々は人間のエンバースさんは、管理者権限という禁じ手を使ってでも元に戻ってほしいとも思うけど……。
ゲーマーとしての矜持を貫きたいなゆやエンバースさんは、この先もきっとそれを望まないのだろう。
それに、以前無理矢理人間への換装が行われたのであろう我とカケルは、二人ともまともに生きられる心身をしていなかった。
モンスターから地球の人間への換装は、そもそも不可能に近いのかもしれない。
でも、経験値を得てのモンスターとしての進化なら何ら問題無い。
高位のアンデッドは、人間とほぼ同じ姿が取れたりもする。
そしてレベルアップすれば人間界に紛れ込めるというのは、そのまま自分にも当てはまる話だったりする。
むしろ、我の場合は元々人間に近い姿をしているのだから、ずっと話は簡単だ。
ちょっと経験値を幻影か変化あたりのスキル習得に振り分けてやれば。
何なら今のままでも、2Pバージョンの色になりさえすれば尖った耳だけ隠してやればいける。
カケルにしても、アシュトラーセさんみたいに大きいコート着せとけばギリなんとかなるだろうし。
「でもさ……これだけのことがあったら……地球の常識も今までのままじゃないよね……
地球にモンスターが歩いてるのが普通になったりして……」
(さっきまで、自分は地球では生きられない存在だって。
事が終わったら当然始原の草原に帰るものだって、思い込んでたのにな……)
ジョン君の方を一瞬見る。
さっき泣いていたのが思い出されて、胸が締め付けられるような想いがする。
『僕の…闘争本能は…切っても切り離せない。抑え込む事はできても永遠に僕の身から消す事はできない…
それに…今まで逃げ続けた僕の選択から…罪からもうこれ以上逃げたくないんだ…
そして君が大切だからこそ終わるかどうかも分からない旅にいっしょになんてことも絶対に言えない』
『ロイがやったこの世界での出来事を…無かった事にするわけにはいかない…ロイがこの世界でした事は僕の選択の結果なのだから…
それにイブリースと約束もした…全てが終わったら必ずもう一度殺し合うと…勝つにせよ負けるにせよ…その先は君を間違いなく悲しませる』
『だから…この世界を救う旅が終わったら…それでさようならしなきゃいけないんだ』
-
最初から、叶わぬ夢を語っただけのつもりだった。
ジョン君は、人間の寿命では足りぬ贖罪を続ける身。
我は、次期風精王として、いずれ始原の風車に魂を捧げるさだめ。
そもそも、地球人とアルフヘイム産モンスターで、あらゆる意味で住む世界が違うのだ。
もう少しだけ曖昧にして夢を見ていたい気持ちもあったけど、
誠実に向き合ってくれているからこそ、本当のことを言ってくれたのだ。
だから、一緒にいられないと言われたところで、「ですよねー!」と思いこそすれ、ショックなんて受けるはずがない。
……はずだったのに。ジョン君が泣いているのを見て、分かってしまった。
どうして我の欲しい言葉が分かるのか。正反対なはずなのに、どうして心が通じ合うのか。
ジョン君はあんなに強くて頼りになるのに、ヘタレキャラの座を欲しいままにする我とは全然違うのに、
心の一番深い部分で同じ痛みを知っていて、とてもよく似た部分を持っているのだ。
というかすっかり忘れていたけど、つい最近まで、危なっかしくて目が離せなくて、
放っておくと向こう側に行ってしまいそうなのをこっちが連れ戻す側だったのだ。
(大切だからこそ一緒にいられない……。その気持ち――知ってるよ)
大好きで大切だからこそ、万が一にも足枷になりたくない、悲しませたくない
自分にはふさわしくない、だから一緒にいられない……。その気持ち、すごくよく分かるよ。
でも――自分で言っちゃったから。好きなものは手離しちゃ駄目って。
キミが泣いていたら、隣に寄り添って涙を拭ってあげたいよ。抱きしめて胸を貸してあげたいよ。
実際には体格差的に貸すのは肩だし、どう頑張ってもこっちがしがみついてるようにしかならないんだけど。
とにかく、一人で泣いていてほしくないよ。
だから、全てが終わったら――伝えるんだ。解放《リリース》は出来ない仕様だよって。
なんですぐ言わないのかって?
あんまりしつこいと嫌われちゃうかもだし、まかり間違えて死亡フラグが立ってもいけないから――
最終回まで、とっておくんだ。
そんな密かな決意を固めていると、唐突にジョン君が宣言した。
>「カザハ!さっきの言葉!やっぱり取り消すよ!…僕についてきて欲しい…ずっと…長く…いや一生!」
「……え? あ、うん……ん? えっと、つまり……」
朦朧とした頭で意味を考える。これってつまり俗に言うところのアレ?
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
と、脳内に古代象形文字のテロップを流している場合ではない。
――えっ、今!? 顔面ぐちゃぐちゃだし心の準備というものがっ!
そういうことなら我、美少年形態にならなきゃいけないし! 古来よりイケメンの相手は美少年と決まっているのだ!
……いや、調子に乗っている場合ではない。これってあまりに典型的過ぎる死亡フラグでは……!?
大変だ! ジョン君が死んでしまう! ……ちょっと落ち着いて考えよう。
我は部長先輩の後輩というポジションで合ってるよな!?
一生ついてきて欲しいは文字通り一生ついてきて欲しいという意味であって、
それ以上の何かが見えるとしたらそれは断じて気のせいである。
というか、それ以上に何があるというんだ文字通りで充分過ぎるじゃないか。
一度飼ったペットは野に放っちゃいけません的な話で死亡フラグが立つはずもなく。
良かった、ジョン君死なない! ……さっき我は一瞬何を考えて焦っていたのだろうか。
何にせよ死亡フラグじゃないなら、心置きなく返事が出来るわけだが。
-
「う、うん……! ついて、いく……! 一生!」
困ったことに、感情が振り切れ過ぎて、言語を習得したばかりの生物のようなカタコトしか出てこない……!
全力で喜びを表現したいのに、この気持ちを表すのにふさわしい言葉が見つからない……!
朦朧とした頭の中を、必死に検索する。
「どうしよう、世界中の大好きを集めてもキミに届けたい思いに足りない……!」
――あれ? これって何のフレーズだったっけ。まあいいか。
>「君だけは…いや…全員…絶対に不幸にしない…僕の…ジョン・アデルの全てを賭けて誓う!」
>「僕は…全てを守護する大地になる!」
超身近で超具体的だった明神さんとは対照的に、滅茶苦茶比喩的だし滅茶苦茶スケールがでかい。
だけど、妙に納得した。どうやら我が飛ぶためには、安心して着地できる大地が必要らしい。
「そうか。だから、キミがいれば、安心して飛べるんだ……。
キミの隣なら、ずっと昔に願ったことが叶えられそうな気がしてさ……」
この世界はなんというハードな世界観なんだろうか、という漠然とした思いがずっと前からあった。
多分、上の世界のガチゲーマーの声を反映した結果だろう。
アルフヘイムは言うまでも無く、死と隣り合わせの過酷な世界だ。
ミズガルズ(日本エリア)は出身者から見ればアルフヘイムよりは大分マシなのだろうが、アルフヘイム出身の我に言わせるとそうでもない。
ぼーっと外を歩いてても外的に襲われて命を落とすことが滅多に事がないって、それだけ聞くとなんという楽園だと思うんだけど。
何故かその割に、自ら命を絶つ人が、稀によくいた。
我は、今思えば精神が健全ではなかったので、慢性的に未必の希死念慮を抱いていたのだが。
恐ろしいのは、そんな感じの人は、大して珍しくも無かったこと。
でも、そんな中で、楽器演奏と歌唱と、想いを旋律にする少しばかりの技術を身に着け、
アルフヘイムには無いたくさんの歌と出会った。
元気づけられたこともあった。もう少しこの世界で生きていてもいいかって、思えたこともあった。
年を経るほど心が壊れていって体にまで色んな影響が出て、ある時ついに音程がとれなくなって、歌えなくなってしまったけど。
スキル自体は健在だったようだ。
「アルフヘイムにも……ミズガルズにも……傷ついた人がたくさんいた。
歌で……少しでも寄り添えたら……元気になってもらえたらいいな。
もともと元気な人は、もっと笑顔に出来たらって思うよ」
それはかつて持っていた、敵を打ち倒す強い力と引き換えにしてまでも、願ったこと。
ずっと気付かなかったけど、それを可能にするための力は、確かに得ていたのだ。
人は通常、前世で自分自身が願ったことを忘れてしまうから、進むべき道を見失って露頭に迷ってる人がよくいるって聞いたことがある。
我も、自分で願ったくせに、それを思い出すまでは、どうしてみんなと同じように戦えないんだろうって思っていた。
前世の記憶があるのは辛いことだってあるけど、やっぱり、思い出せたのは幸運なことだ。
-
>「……わ……、わたしは……」
>「地球に、戻って……おかあさんの……お墓参りを、するんだ……。
おかあさんの……お墓の、前で……みんなを守れたよって……地球を救えたよって……報告、するんだ……!」
>「わたしが……もしも、誰かの痛みを肩代わりできるなら……。
わたしが苦しむことで、誰かの苦しみをほんの少しでも取り除いてあげられるのなら……。
いくらだって痛みを背負う。苦しみを受け入れる……。
そして立つ――、立って戦う!!」
「なゆ……」
それは神話の英雄のような、救世の聖女のような、気高く尊い願い。
自分の出来る範囲で、などと悠長なことを言っている自分とは大違いだ。
やはり伝説に刻まれる勇者は、彼女のような人なのだろう。
だけど、畏敬の念を覚えると同時に、ほんの少し不安になる。
なゆが自分自身の身を守ることに対して、あまりに無頓着な気がして……。
(我は……顔も知らない誰かのために大事な友達が苦しむのは嫌だよ……。
みんなの痛みをなゆが一人で引き受けるのは嫌だよ……)
>「一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!」
(そうだよ、せめて今は、一人で背負おうとしないで――)
属性というのがどういうシステムか厳密には分からないが、この世界を構成する要素らしい。
ところで属性は必ずしも一人一つとは限らず、モンスターによってはメイン属性以外にサブ属性が設定されている。
もしかしたら、みんな各属性の要素を少しずつは持っていて、一番多く持っている要素がその人の属性として表に出るのかもしれない。
風の本家である我が果たして光を持っているかは分からないけれど……ほんの少しでも、あったらいいな。
循環する魔力が強い輝きを放ち、六色の光が融合してゆく。
光属性は無事に出力されているようで、少し安堵したものの。
なゆのことばかり気にしていたが、気付けば、エンバースさんが見るからに危険な状況に陥っている……!
エンバースさんは超強いモンスターなので、いつも通りのクールな顔で切り抜けるのかと思っていたが、そんなことはなかった……!
でも考えてみれば当然で、通常の戦闘の物理ダメージに対する耐性と、
こんな風に直接エネルギーを吸い取られることに対する耐性は、別問題だ。
(どうしよう……!)
声をかけようか迷っていると、エンバースさんがうわごとのようになゆに呼び掛ける。
二人のやりとりを息をのんで見守る。
>「……なゆた……そこに、いるよな……?」
>「大丈夫だ……心配するな……俺が、傍にいる……俺が……守って……やる……」
>「だから――」
>「――どこにも、行くな」
>「どこにも、行かないよ……。わたしはここにいる、あなたの傍に。
ずっと、ずっと一緒にいるよ……だって、わたしは――」
>「……あなたのことが、好きだから……」
なゆの髪色が銀色へと変わっていく。シャーロットの力が発現したのだ。
その姿はまさしく聖女のようで、思わずみとれる。
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(なゆ……すごく綺麗……)
>「魔力融合! 銀の魔術師・崇月院なゆたの名に於いて! 錠前を開きて起きよ、創世の神坐(かむくら)!!」
膨大な光の奔流に、思わず目を瞑る。
次に目を開けた時には、辺りに無数のウインドウが展開されていた。
「えっえっ、何これ……」
>「管理者メニューの起動は完了した」
エンデの声を聞いて、ようやく儀式が成功したことを認識する。
消耗が激しいものの、皆無事だ。
「みんな生きてる! 良かったよぉおおおおお!」
なゆがシャーロットの力を発現させたのは、これが二回目。
前回と今回の共通点を鑑みると、やはり発動条件は、なゆの生命の危機なのだろう。
となればそんなものは軽々しくあてにすることは出来ず、基本無いものとして考えておかなければならない。
現時点では発動に必要な条件が生命の危機と分かっているだけで、
逆に生命の危機になったら100%必ず発動する保証はどこにもないのだ。
>「ありがと、エンバース。
あなたの声が聞こえたから、頑張れたよ。あなたの傍にいたいって、どこにも行かないって思ったから……。
銀の魔術師の力を使うことができた。管理者メニューを起動することができた。
……また、守ってもらっちゃった」
なゆが、エンバースさんの腕の中に抱かれている。
それを見て、さっき感じた不安はなくなった。
そうだった……たとえなゆが自分で自分の身を守らなくても、なゆのことは最強のモンスターのエンバースさんが守っているのだ。
それにしても……あまりの青春オーラに圧倒されるというか……。
なゆのヒロイン度高過ぎだし、それを守るのが最強のブレモンプレイヤーなんて出来過ぎている。
こんな設定誰が考えたんだ!?
そんな恐ろしく絵になる光景を見ながら、我は自分の全く絵にならない言動を思い出してしまった。
(そういえばあのフレーズ、大昔のアニソンやった……!)
どうせなら最近の曲にすれば良かったのに、何が悲しゅうて大昔から引っ張り出してしまったんだ!
これでは我が古の西暦千年代を知る者という秘密がバレてしまう……!
いや、逆に古すぎて分からないから大丈夫なやつ!?
でも冷静に考えれば、こちらの世界では古の時代に発生した精霊なので、
地球で古のオタクだったところで今更どうってことはないのである。
そんなことよりもしかして我、ジョン君の生涯のパートナー(※ブレモン的な意味で)になっちゃった……!?
――えっ、マジで!? そんな重大な決定事項、部長先輩部長の決裁とらなくて大丈夫!?
ジョン君のパーカーの裾を掴んで、軽く引っ張って部屋の隅にさりげなく移動する。
オフレコで会話するなら、カメラが部屋の中心を陣取る王道カップルに注目しているであろう今のうちだ。
-
「我がもし犬型モンスターなら今尻尾が千切れそうなほどぶんぶんしているのだが……」
どうやら我はあまりにも感情が大きすぎると逆にどう表現していいか分からなくなるようだ。
不都合なことに我は人型モンスターなので尻尾は無いし、動物型モンスターのノリで抱きついたりすると
公衆の面前でラブコメを繰り広げている人達という誤解が生じかねない。
(※なお、なゆは王道美少女ヒロインなので公開ラブコメが例外的に許されるのである)
「その……キミの生涯のパートナーになれてとても嬉しい……!」
感極まって思わず手を伸ばし、ジョン君の頭の横あたりをなでる。
「みんなやぼくを絶対に不幸にしないっていう誓い……忘れないで欲しい。
念のため言っておくが、キミが幸せじゃないと、ぼくも幸せじゃないからな。
だから……辛い時にぼくの前では平気な振りをしないで欲しい。一人で泣かないで欲しい。
傷ついた人や泣いている人に寄り添いたくて……強い力を捨てたんだ。
大事な人が傷ついている時に寄り添えなかったら――何の意味も無い。
それから……ぼくの歌をたくさん聞いて欲しい。一番のファンに聞いて貰えたらそれだけで幸せだ。
それとぼくは空気中から風の元素を取り込めるが……出来ればごはんは食べた方が元気が出ていい声が出る。
……時々、気の向いた時だけでいいから……キミの手料理を食べさせてくれると嬉しい。キミの作るごはんは美味しい」
……ってどさくさに紛れて一体我は何を要求してるんだ!? これじゃあ餌付けされた動物みたいじゃん!
それに生涯のパートナーという表現はやっぱ駄目だ……! 間違っては無いけど著しく誤解を招く……!
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【カケル】
私は部長さんを抱っこしながら、一部始終を見ていた。
えーっと……私はさっきから一体何を見せられているんでしょう。(二回目)
ちょっと部長さん、あれどう思います!? と聞いてみても、当然ニャーしか返ってこない。
あれ!? もしかして私、ペットのペットに降格!? 今の時代たまに猫が猫飼ってることもあるからまあいいのか。
それはそうと……
(頭なでなでするのはなんか違う……!)
飼い主がペットをなでなでするものであってペットが飼い主をなでなでするもんじゃないから!
でも――それは、とても大切な宝物に触れるような手つきでした。
>「オイ、そこの連中。いつまでもイチャイチャイチャイチャしてんじゃねーよ!
それよりさっさとミズガルズに行かなくちゃなんだろ? さっさと転送でもなんでもしろってーの!」
ついにガザーヴァに突っ込まれた!
しかしカザハは自分達がそんな関係性であることを断固として認めない!
「そそそそそそそんなんじゃないし!」
ちなみにここで「どう見ても”そんなん”やろ!」と突っ込むと、奇声を発しながら床を転げまわることになるのでやめといてあげよう。
>「う、うん! ガザーヴァの言う通り、管理者メニューが開いたなら一刻も早く地球へ向かわなきゃ!
みんな、準備はいい? エンデ、お願い!」
>「わかった」
(いよいよか……ちょっとだけ……怖いや……)
いざ地球にいくとなると、やはり不安になるカザハ。
何せ、自分達の扱いがどうなっているかすら分からない。
アルフヘイム産モンスターにとってはアウェイのフィールドで、アルフヘイムにいる時と同じ力を発揮できるだろうか。
それに私達の場合、行方不明扱いか、死亡扱いか、それとも最初からいなかった事になっているかも分からないのだ。
>「これ……エラー表示だよね。たぶん」
>「システムが書き換えられてる」
地球行きは、思わぬところで躓いてしまった。
「えっ!?」
>「おそらく、万が一ぼくたちが管理者メニューにアクセスすることがないよう、ローウェルがプログラムを改変したんだろう。
既存のシステムならぼくにも操作できたけれど、これじゃアクセスできない」
>「ミズガルズには行けない」
「そんな……みんなであんなに命を懸けて……やっと管理者メニューが開けたのに……!」
-
>「モンキン! オマエ、シャーロットの力が使えるんだろォ!? 何とかしろよ!」
>「そ、そんなこと言われても……」
ガザーヴァに詰め寄られたなゆたちゃんが困っている。
どうやら記録を引き継いだといっても、常に全ての記録が使えるわけではなく
銀の魔術師モードを発動している時しかシャーロットの知識は引っ張ってこれないようだ。
>「ふざけるな……! 貴様らがこの戦いの行く末を最後まで見届けろと言ったのだろうが!
だからこそ、オレは敗北を受け入れた! 同胞たちの未来を守ることこそが、オレの果たすべき使命と思えばこそ!
だというのに、行けない? 冗談を言うにしても、相手を選べ……!」
イブリースが激怒してエンデを掴み上げる。相変わらず威勢がいいですね……。
>「やめて、イブリース!」
「ここで争ってても仕方ないじゃん!
まだ可能性はあるよ。バロールさんを探しに行こう?
何かの理由で連絡が取れないだけで、きっと生きてるよ……!」
シャーロットの力がなゆたちゃんが瀕死にならなければ発動しないなら、消息不明のバロールさんを引っ張ってくるしかない。
バロールさんはどこにいるかも見当がつかず、探し当てるのは雲を掴むような話になるだろう。
世界が滅亡する前に見つかる保証はどこにもない。
が、みのりさんが、唐突に強気な発言をしはじめる。
>「そないなことにはならしまへんえ」
>「大賢者さん、うちら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』相手にそないな姑息なことせな安心できひんねんなあ。
ほんまの大物やったら、追いかけてくんなら追いかけてきてみぃ、正々堂々受けて立つで!
みたいな気概を見せるとこやろ。大賢者ぁ〜なんて言うたかて、お里が知れるわぁ」
>「ま、ええわ。ほんまは地球に戻るまでお披露目しぃひんどこ思とったんやけど。
そっちがそのつもりなら、こっちもそれ相応の対応を取るだけや。
見せたるわ、うちの“奥の手”――」
皆の疑問の視線が集まる中、みのりさんはついに秘密を明かした――
>「うちは何も、ボランティアでキングヒルに残留した訳やない。
この世界の理、お師さんのほんまの目論見。それから『侵食』と大賢者はんの正体……。
何もかも洗いざらい吐いてもらうっちうことを条件に、うちはお師さん……バロールの軍門に下ったんや。
そうして、きっちり聞かしてもろたんよ。
ブレイブ&モンスターズ! にまつわる、すべてのことを」
>「じゃあみのりさん、みのりさんはもうずっと以前からこの世界の真実について知ってた……ってこと?」
-
>「そうなるなぁ。堪忍え、なゆちゃん。
せやけど、早い段階でいきなり『実はこの世界は神さんみたいな上位存在の造ったゲームで〜』なんて言うたところで、
みんな到底信じられへんやろ?
うちはこの魔眼を移植してもろうて何とか理解できたんやけど、あんたたち全員にまで魔眼の移植はできひん。
みんなに自然に理解してもらうためには、段階を踏む必要が……今までの長い旅が必要やったんや。
ぎょうさんしんどい思いさせて、ほんまに堪忍え」
>「謝らないでよ、みのりさん。
どんな理由があったって、みのりさんが今までわたしたちの旅の援護をしてくれたのは変わりないし。
いっぱい助けてもらったんだから、怒ったり恨んだりする理由なんてないんだ。
確かに、つらいことも悲しいこともたくさんあったけれど……わたしたちは今もひとりも欠けずにここにいるし。
今までの旅のお陰で、大賢者を追い詰めるくらいに強くなれたんだから!」
カザハも、なゆたちゃんに同意する。
「そうだよ――みのりさん、逆に感謝しかないよ。
この日のために今までたった一人で物凄い覚悟を背負って戦ってくれたんだね……」
地球でごく普通に暮らしていた一般人だった者が、たった一人王都に残って世界の真相に切り込むことを決意し、
自らの意思で上位存在の管理者権限を引き受けるなど、並大抵の覚悟ではない。
>「さあ、みのりさん。
今まで通り、わたしたちにこれから進むべき道を教えてよ。大賢者ローウェルを倒し、三つの世界を救う道を。
わたしたち――どんなに大変なミッションだって、絶対にこなしてみせるから!
だよね、みんな!」
>「おおきに。おおきになあ、みんな。
せやったら、せめてもの罪滅ぼし。きっちり自分の仕事はやり遂げさせて貰いますえ。
……みんなの、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の進路を――切り拓く!」
みのりさんが魔眼の力を発動すると、巨大なコンソールが出現し、驚異的な速度でタッチタイピングを始める。
「創世魔法……!」
>「お師さんは前々からこうなることを予期しとったんや。
せやから自分の持つ管理者権限をうちに譲渡して、事前に対策を講じた。もし自分が大賢者さんにやられることがあっても、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が迷うことのないように……」
>「相変わらず抜け目のないことだ」
これにはイブリースまでも、素直に感嘆している。
みのりさんは、ついにシステムを元に戻すことに成功した。
-
>「やった……!!」
>「これで、何もかも元通りや。
待っとってな、今すぐ地球への『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開くさかい」
>「一時はどうなるかと思ったケド、これでボクたち全員無事にミズガルズへ殴り込みに行けそーだな!
明神、ローウェルのジジイをブッちめたあとは、ミズガルズを案内しろよな! トンカツ食べたい!」
>「うちは行けへん。みんなが無事に地球へ行くまで、ここで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を維持せなあかん。
残念やけど、ここでいったんお別れや」
みのりさんが、唐突に別れを告げる。
>「心配しぃひんでも、ここは全世界のなんもかもを見通せる神の座や。
みんなの活躍もここからモニターできるさかい、離れ離れになる訳とちゃうよ。
いつでも繋がってんで……うちはここからみんなが大賢者さんをいわすとこ、とっくり見届けさせて貰うさかい」
ウィズリィちゃんも、ここに残ってみのりさんの補佐をすると名乗りをあげた。
>「……そういうことなら、私もここに残るわ」
>「ミノリをここにひとりぼっちで置いておけないわ。何かあった場合に、サポートする者が必要でしょう?
ここは智慧の頂。であるのなら、ここでミノリを補佐できるのは『知恵の魔女』たる私しかいない。
そうじゃないかしら?」
「みのりさん、ウィズリィちゃん……」
一緒に行けないのは寂しいが、みのりさんには王都で別れて