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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第九章
1
:
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:01:30
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
========================
ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
========================
2
:
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:04:46
【キャラクターテンプレ】
名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
【パートナーモンスター】
ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
【使用デッキ】
合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。
カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。
3
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:16:04
「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
宿で充分に休養を取り、貸し切りにした食堂の丸テーブルに仲間たちが勢揃いする中、
ポヨリンを抱いて椅子に座ったなゆたが徐に口を開く。
「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
いきなり突拍子もない話である。
しかも、今なゆたが話しているのはソーシャルゲームの『ブレイブ&モンスターズ!』の話ではない。
むろん、ゲームも中心になって作ったのはその三人なのだが、なゆたの語っているのはもっとマクロな話だ。
即ち――自分たちが現在いる『現実のアルフヘイム』の話
もっと言えばイブリースたちの本拠ニヴルヘイムと、自分たちが元々住んでいたミズガルズ――地球の話である。
つまり。
なゆたはカザハやガザーヴァらモンスターだけでなく、自分たち……明神にジョン、エンバース、
その他大勢の人々さえも『ブレイブ&モンスターズ!』という大きな括りのゲームの登場人物なのだと言っている。
それを創造したのがローウェルとバロール、そしてシャーロットなのだと。
明神たちがプレイしていた『ブレイブ&モンスターズ!』は、いわば本当の『ブレイブ&モンスターズ!』の中に出てくる、
作中作であったということらしい。
「実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ」
ソーシャルゲームに限らず全てのゲーム、否。この世に存在するありとあらゆる娯楽、コンテンツには寿命がある。
どんなに隆盛を誇った作品も、いつかは終了する時がやってくるのだ。
「とは言っても、それは最盛期に比べたら……って話で。
まだまだブレモンには力があったし、賑わってもいた。
UIやシステムなんかはさすがに他の最新作に比べて古くなってはいたけど、それでも。
適宜アップデートをしていけば、プレイ人口は問題なく維持できる。それどころか新規ユーザーを呼び込むことだって――
シャーロットとバロールはそう思ってた。
でも……。
プロデューサーのローウェルは、そうは思ってなかった」
人気の落ちたコンテンツ。古臭いと見切られた作品。
そういったものがどういう末路を辿るのか?
「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
ゲームの真の終焉とは、いったい何か。
魔王を倒すこと? 世界に平和を取り戻すこと?
隠しダンジョンの踏破? DLCのコンプリート? スタッフロールを最後まで見て、THE ENDという文字を見届けること?
違う。
サービス終了こそが、ゲームの終焉。
運営がサービス終了の告知を出した時点で、すべては終わる。
その世界は『消滅』するのだ。
「当然、シャーロットとバロールは反対した。特にバロールはローウェルを激しくなじった。
アルフヘイムも、ニヴルヘイムも、そして地球も、バロールが膨大なイメージラフを描いて創り上げたものだから。
とくに愛着があったんだと思う」
バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とキングヒルで会ったときから、
世界に住まう者の命より世界そのものの維持を優先して考えていた。
それは、バロールこそがこの世界を創り上げた文字通りの『創造主』であったからだ。
それを鑑みれば、バロールの二つ名が『創世』であり、無から有を生み出すことができるのも頷けるだろう。
「でも……ローウェルは頑としてふたりの言葉を聞き入れなかった。
独断でサービスの終了を告知し、プレイヤー離れを加速させていった。
しかも、それだけじゃ飽き足らず――自分に逆らうシャーロットとバロールにブレモンを諦めさせるために、
強権を発動したんだよ。ローウェルは……」
ぎゅ、と胸に抱いたポヨリンを強く抱きしめる。
強く唇を噛み、苦しげに眉を顰める。思い出すのも辛いというように、これから先のことを告げるのは苦しいというように。
だから。
「ブレモンのマスターデータを、無断で消去し始めたんだ」
なゆたの言葉の先を、エンデが継ぐ。
「マスターデータがなくなってしまえば、マスターもバロールも諦めざるを得なくなると思ったんだろう。
結果、アルフヘイムとニヴルヘイムには不可解な『穴』が出現し、加速度的に広がっていった。
何もかもを呑み込む、虚無の洞。そう――
きみたちもよく知ってる『侵食』さ」
世界を蝕む『侵食』の正体。
それはローウェルがマスターデータを消去し始めたために発生した、データの欠損だとエンデは言う。
それならば、ゲームキャラである世界の住人たちに打つ手がないというのも納得であろう。
「マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ」
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がバロール率いるニヴルヘイムの軍勢と戦い、ニヴルヘイムを崩壊させ。
勝利したアルフヘイムが今度はミズガルズへと攻め入って何もかもが崩壊した、一巡目の戦い。
それも、ローウェルが仕組んだことであったのだ。
4
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:19:43
「なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?」
テーブルに頬杖をつきながら、ガザーヴァが憤慨したように口を開く。
「うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。
だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど」
は、とエンデが息をつく。
「それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
『スルト計画』……それが梃子入れの名前だった。
でも……その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は失敗した。彼と共に召喚されていた仲間たちは全滅し、
その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も死んだ。
……誰のことを言っているのかは、分かるでしょ」
かつて『賢人殺し』と言われた一流プレイヤーに超レイド級相当の力を与え、
討伐対象として他のプレイヤーと戦わせる、大規模PVP。
それもまたローウェルが最後にブレモンを盛り上げるために打った手であった。
「ローウェルにとっては、どうせ投げ捨てたコンテンツだ。盛り上がろうが失敗しようが、
どうでもよかったんだろうけどね」
「何も、ゲームそのものをサ終する必要はなかったんじゃ? ローウェルだけ降板して、
新しいプロデューサーを据えてやれば……って思うかもしれないけれど。
元々、ブレモンの三つの世界はローウェルのアイデアだったから。
自分のものだっていう気持ちがあったんだと思う、他人の手には委ねたくないって。
だから、ローウェルはサービスの終了と共にすべてを破棄することにした。
シャーロットとバロールは……食い止められなかった。
バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちに討伐され、ニヴルヘイムは滅び――
アルフヘイムが勝ち残った。でも、侵食は止まらなかったんだ。
データの消去はローウェルにも止められなかったの。最初からローウェルの言ったことは出鱈目だった。
結果……アルフヘイムの人たちは活路を見出すため、地球へ攻め込んだ」
遊んでおいで、とポヨリンを解放し、なゆたが改めて語り始める。
「もう、侵食はどうにもならない。マスターデータの消失は避けられない。
だからシャーロットは最後の手段に出ることにしたんだ。
幸いシャーロットはメインプログラマーで、手許には開発途中に保管していた七割程度完成状態のバックアップが残ってた。
シャーロットは秒単位で消えてゆくマスターデータでまだ無事なもの……キャラクターデータなんかを、
時間のない中で可能な限りサルベージして未完成のバックアップに避難させたんだよ。
そうして完成した、緊急で誂えた世界の名が『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』……。
でも、イベントフラグの進捗具合や膨大なキャラクターたちの育成後のステータスや記憶までを救助することはできなかった。
達成したはずのイベントやクエストは全部未達成になり、キャラクターの大半は初期ステータスに戻った。
ブレモンがリリースされたときの状態にね……つまり『時間が巻き戻った』んだよ」
消えてゆくマスターデータを未完成状態の不完全なバックアップデータに移植するという方法で、
シャーロットはブレモンを構成する三つの世界を守ろうとした。
時間のない中で敢行した作戦のためデバッグも何もできず、その結果統合させた世界には多数のバグが発生してしまった。
イベントフラグはバックアップデータのまっさらなものが適用され、キャラクターデータも軒並み初期値に戻った。
いわゆる『セーブデータが飛んだ』という状態だ。
だが、バグにより中にはカザハやイブリースのようにマスターデータの記憶を保持している者もごくわずかではあるが残った。
「シャーロットのやったことは完全な独断だった。彼女は自分がローウェルに処断されることを理解してた。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』に救済のシャーロットという存在が反映されないことも。
平たく言うと、会社をクビになってもうデータに触れなくなっちゃうって感じかな……。
だから、シャーロットはバックアップデータが自分の手を離れた後のことを見越して、あらかじめトロイの木馬を仕込んだんだ。
自分は二巡目の世界に介入できない。でも二巡目を生きる人たちのために、
自分がやったことや今まで起こったことのすべてを“記録”として残し、
新しく作成したキャラクターの中に隠して、何かの切っ掛けをトリガーとしてそれが解凍されるように……ってね」
使用すれば存在や記憶が消滅するという触れ込みの禁呪、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』。
その正体が時間を巻き戻す魔法などではなく、新たに構築された二巡目の世界そのものであったこと。
性急で荒っぽい作業によって多数のバグが発生してしまったこと。
世界から救済のシャーロットというキャラクターの存在が消え去った、その理由。
「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
なゆたはそっと自らの胸に片手を添える。
そしてそこまで説明すると、ふーっと大きく息を吐き出した。
今までずっと謎のままだった重要事項を一気に話し終え、一段落ついたというような表情を浮かべる。
5
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:24:53
「……俄かには信じられん話じゃな……。
妾たちがゲームの登場人物で、師父や師兄、『救済』の賢姉に創られた存在であったとは。
しかも、師父がこの世界を侵食から守るどころか侵食を発生させておる張本人であったとは……。
ならば師父はなぜ妾たち十二階梯の継承者たちを招集したのじゃ? すべては欺瞞に過ぎなかったということか?
あらゆる虚構を見破る妾が、師父の虚構を見抜けなんだとは。お笑いじゃな……」
「頭が痛いわ……せっかく、『永劫』の賢姉を倒して侵食を食い止められると思ったのに……」
エカテリーナとアシュトラーセが口々に呟き、文字通り頭を抱える。
いかにアルフヘイム最高戦力の『十二階梯の継承者』といえど、この事実は些か重荷が過ぎるらしい。
「でもさ。ボクらがシャーロットのことをすっかり忘れてた理由は分かったんだケド。
思い出したのはなんで? モンキンの中にあるシャーロットの記録が復元されたから?」
「それも、シャーロットが最後に仕込んだトロイのひとつだよ。
シャーロットのキャラクターデータはなくなったけれど、
みんながシャーロットと旅したっていうイベントデータそのものは消えてなかった。
彼女は何らかの外的要因によってみんながシャーロットのことを思い出す、っていうフラグを用意してたんだ。
例えば……誰かがシャーロットの名前を呼ぶ、とかね」
なゆたがシャーロットの記録を蘇らせた瞬間、頭上から聞こえた大気を震えさせるような怒声。
それが結果的に皆の記憶を取り戻させるトリガーになった、ということなのだろう。
「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
額に片手を添えながら呻くアシュトラーセ。
「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
仲間たちの顔を見渡し、質問を募る。
そうして皆の疑問にひとつひとつ答え、しばしの時間が経過した時。
なゆたたちのいる宿屋の周囲を、ただならぬ気配が包み込んだ。
「―――ッ!?」
宿屋を包囲する多数の人の気配に気付いたガザーヴァがガタリと椅子から立ち上がり、
エカテリーナとアシュトラーセも鋭い視線を入口へと向ける。
外には長槍を装備した多数の聖罰騎士たちの姿が見えた。一騎だけでも恐るべき力を秘めた、プネウマ聖教の最強戦力である。
蝟集しているのは聖罰騎士だけではない。多数の神官や司教、僧侶たちの他、
エンバースあたりは影の中に潜む穢れ纏いの存在をも感じ取ることができるだろう。
エーデルグーテの聖職者たちが一ヵ所に集う、その意味するところはひとつしかない。
聖罰騎士たちが宿の入口の両脇に整然と控え、携えていた槍を頭上へ掲げる。
まるで聖なる式典の最中のような、聖罰騎士たちの作った道を、ひとりの女性がしずしずと歩いてくる。
それが誰なのかは、もう考えるまでもないだろう。
蒼紫色の膚、零れ落ちそうなほど豊かな胸元の開いた豪奢なドレス。
この世のものとは思えない、ふるいつくような美貌――
十二階梯の継承者・第三階梯、教帝『永劫の』オデット。
「え……、『永劫』の賢姉……!」
「……オデット」
エカテリーナが驚き、なゆたが呟く。
「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
テーブルについた一同の反応を一頻り見遣ると、オデットは静かに微笑んだ。
地下墓所で戦った際の魔物然としたおぞましい姿は跡形もなく、ミドガルズオルムの攻撃を喰らった身体も、
今は完全に回復しているように見える。超レイド級の攻撃をまともに浴びて、
たった半日で回復するとは相変わらず規格外の生命力である。
アシュトラーセが新しい椅子をもってきて、オデットに勧める。
オデットはそっと椅子に腰を下ろすと、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちへ深々と頭を下げた。
「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します」
そう告げるオデットの双眸は、まるで憑き物が落ちたかのように澄んでいる。
いや、実際にそうだったのだろう。きっとローウェルやそのしもべに唆され、
自身の弱みに付け込まれて、侵食に希望を託すなどという誤った選択をしてしまったのに違いない。
「今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?」
「……はい」
ガザーヴァがここぞとばかりに糾弾するが、オデットは俯くばかりで一切反論しない。
が、そんなオデットに弟弟子のエンデが助け舟を出した。
6
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:31:30
「聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ」
「……どーゆー意味だよ」
「聖罰騎士はオデットの胸中を勝手に汲んで、
教帝の意に添わず自儘にエーデルグーテを出ようとしたきみたちを捕えようとしたにすぎない。
街の人々も同じだ、聖罰騎士に扇動されて動いていただけさ。
彼らはオデット個人を狂信する者たちだからね、プネウマ聖教の教義よりもオデットの意思を尊重してしまうのさ。
そういう『設定』なんだ」
エンデがすらすらと説明する。
実際に、ゲームの中でも基本的に味方であるオデットに敢えて敵対するルートを選ぶと、
聖罰騎士や穢れ纏いが独断でプレイヤーを粛清するため刺客として現れるというイベントが発生する。
普通にプレイしていればオデットと敵対することはまずありえないため、それを知らないプレイヤーが多いのも無理はない。
「では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?」
「終末期医療だよ」
エカテリーナの問いに、こともなげに応えるエンデ。
医療技術の発達したミズガルズ――地球と違い、このアルフヘイムは中世ファンタジー世界が土台になっている。
当然、医療技術は未発達である。医学薬学は未熟で、まともに人体や医術に精通した医者などほとんど存在しない。
骨折や火傷、創傷といった外傷の類ならば魔法である程度癒すことはできるものの、疾病に対しては無知と言わざるを得ない。
万が一病にかかった場合、大半の人々は民間に伝わる胡乱な薬草やら処方箋に頼るしかなく、
やれ悪霊に取り憑かれただの、体内の精霊のバランスが狂っただのと言って祈祷や除霊といった手段を講じる他ないのだ。
だから――
「回復の見込めない不治の病によって、ただ死を待つばかりの人々。
そんな人々に吸わせて苦痛を取り除き、緩やかな衰弱から安らかな最期を迎えさせる。魔霧はそのための手段だ。
聖都に住む人々を誰彼構わず衰弱させているわけじゃないよ」
「〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?」
ガザーヴァが拳を作って思わず唸る。
そんな反応も構わず、エンデは小首を傾げた。
「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
うん、となゆたが頷いて意見を纏めようとする。
「妾に異論はない。十二階梯の継承者同士、足並みを揃えて難事に立ち向かえるのは喜ばしいことじゃ。
のう? 『永劫』の賢姉、それに……『救済』の賢姉よ」
「あはは、やめてよエカテリーナ。賢姉だなんてわたしのガラじゃないし、
第一『救済』なんて呼ばれたって、全然実感ないんだから」
ぱたぱたと両手を振って、姉弟子扱いを固辞すると、そんななゆたにガザーヴァが突っ込みを入れる。
「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
「わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど」
あはは……と困ったように愛想笑いを浮かべる。
覚醒し、シャーロットが保有していた記憶――この世界の真実やゲーム中のシャーロットが保有していたスキルを得たことで、
なゆたは以前とは比べ物にならないほどパワーアップした。
しかし、それは決していいことばかりではない。
「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
右手で後ろ頭を掻きながら照れくさそうに笑う。
呼び名に関する話題が一段落すると、改めてオデットが皆の前で頭を下げた。
「意識と身体を操られていたとはいえ、わたくしが貴方たちを殺そうとしたのは事実です。
貴方たちによって救われたことも……。
許して欲しいとは申しません、ただ償わせてください。
愛し子たち、いえ……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ。
この『永劫』――教帝オデット以下、プネウマ聖教の全信徒は、心血を注いで貴方たちの世界救済の一助となりましょう。
太祖神と万象樹に懸けて……どうぞ、何なりと申しつけて下さい」
これで、当初の目的であるオデットの協力を得るという目的は達成された。
アルメリアの兵力に加え、『覇道の』グランダイト率いる覇王軍、そしてプネウマ聖教。
これほどの戦力が集まれば、きっとニヴルヘイムとも真っ向勝負ができるに違いない。
7
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:40:14
「これで立場のはっきりしている継承者は、アルフヘイム側は『創世』『永劫』『救済』『虚構』『覇道』『禁書』『黄昏』、
ニヴルヘイムは『黎明』『聖灰』『万物』『詩学』となった訳ね。
後は『真理』の賢兄と『霹靂』だけれど……」
残った継承者二名のうち『真理の』アラミガは金次第でどちらにでも転ぶ。
レプリケイトアニマではバロールが大金で雇い入れ、エンバースらの味方をさせたが、
今後も味方でいてくれるとは限らない。もし敵に回ればまずいことになる。
現在のところは数でアルフヘイム側の継承者がニヴルヘイムに優っているが、
アラミガが敵になればそんな数の優位など容易くひっくり返されてしまうに違いない。
可及的速やかに居場所を突き止め、再度雇用する必要がある。
『霹靂の』クサナギに関しては、自らが治めるヒノデ以外のことにはまったく興味がない人物だ。
勝利を盤石のものとするためには今からでもヒノデに赴いて仲間に引き入れたいところだが、
世界にそこまでの猶予があるのか分からないため、気軽には動けない。
「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
ガザーヴァが右拳で左の手のひらを叩く。すでにやる気は満々だ。
意気軒高なガザーヴァを真似て、ポヨリンもふんすふんすと鼻息を荒くしている。
なゆたは首を縦に振った。
「……そうだね。
この世界の消滅を目論むローウェルさえ倒せば、侵食を食い止めることができる。
わたしにはメインプログラマーだったシャーロットの記録があるから、
時間さえあれば侵食によって欠損してしまったデータの穴埋めもできると思うし……。
あとはバロールにローウェルに代わる総合プロデューサーになってもらえば、世界の維持もできる。
ややこしい問題だとかは今は考えないで、とにかくみんなはローウェルを倒すことだけを当面の目的にしてくれればいいかな」
「なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?」
「うん、その話なんだけど。
マスターデータ、つまり一巡目の世界は消滅したけれど、シャーロットの機転で二巡目の世界――
つまり今わたしたちがいるこの世界、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』が生まれて、
みんなは当面の危機を回避することができた。けどローウェルはこの二巡目の世界までも消滅させようと、
またプロデューサーの強権を発動して、バックアップデータの消去を始めた……。
このままじゃ、この世界もマスターデータと同じように消え去っちゃう。そこまではさっき説明したよね。
でも……一巡目のマスターデータと二巡目の『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』とでは、
決定的に違う部分がひとつだけあるんだ」
ブレモン運営の最高責任者であるローウェルの権限によって、一巡目の世界は成す術もなく消滅した。
シャーロットとバロールが力を合わせても、ローウェルの強権を覆すことはできなかったのだ。
しかし。
「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
本来であればローウェルのアクセスを阻害するセキュリティでも組み込んでおけばよかったのだろうが、
未完成で不完全な急ごしらえのシステムが災いし、結果として二巡目の世界も、
一巡目のマスタデータと同じように『侵食』の脅威に晒されることになってしまった。
だが一方で、未完成で不完全であるがゆえにローウェルがマスターデータのときに揮ったような絶対的な力も、
この世界の中ではまともに機能しないということらしい。
「加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、」
「師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない」
理解した、とばかりにアシュトラーセが喜色を湛える。
「妾たち十二階梯の継承者はこの世界を襲う未曽有の危難に対応すべく集結した。
その方針は今でも変わらぬ。例え黒幕が誰あろう、発起人である師父ローウェルであろうともじゃ。
むしろ、発起人であるがゆえに師父には落とし前をつけて貰わねばならぬ。
我らを欺き謀った償いは、必ずして貰おうぞ!」
「……師父様には、永遠の生に倦み闇に沈んでいたわたくしの心を引き上げて頂いた恩があります。
しかし……それさえも破滅的終末へ至るための策謀であったとするならば、捨て置くことはできません」
エカテリーナとオデットも自分たちを長らく騙していたローウェルへの憤りを露にする。
そんな継承者たちをまあまあと宥め、なゆたが言葉を続ける。
8
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:44:31
「ローウェルがこの世界にいるとしたら、その場所は『転輾(のたう)つ者たちの廟』以外考えられない。
廟の入口はニヴルヘイムの最奥、バロールの居城――暗黒魔城ダークマターの玉座の裏にある隠しポータルの先だから、
何れにしてもニヴルヘイムには行かなきゃならないわね」
「今まではニヴルヘイムの連中にやられっぱなしだったケド、今度はこっちから攻め込むってワケか。面白そー!
ニヴルヘイムの連中め、目にもの見せてやる……って、ボクも元々ニヴルヘイムの三魔将だったっけ!」
「わたし(の前任者)もね……」
ガザーヴァのノリツッコミになゆたがあははと笑う。
「ニヴルヘイムとは決着をつけなくちゃならないけど、だからといって殺し合いに行く訳じゃない。
わたしたちはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、勝負はデュエルでつける。
イブリースとも、今度こそ分かり合って……アルフヘイムもニヴルヘイムも関係なく、一緒にローウェルを倒す。
……ジョン、お願いね。この二巡目の世界では……彼にはきっとシャーロットより、
あなたの言葉の方が響くと思うから」
タマン湿性地帯での戦いではミハエル・シュヴァルツァーの横槍が入ったため有耶無耶になってしまったが、
イブリースはあの時ほとんどジョンの説得に応じかけていた。
もう一度、今度はミハエルに邪魔されないよう説得を試みれば、きっとイブリースも理解を示してくれるはずなのだ。
「アルフヘイムからニヴルヘイムへの正規の直通ルートは、本来『石造りの天空』を下って行かなくちゃいけない。
でも、アルメリア王国軍や覇王軍、プネウマ聖教軍にあのダンジョンを踏破させるのは難しい。
だから……ぼくとバロールで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開く。
アルフヘイム連合軍が通れるくらい大きいのをね……。
あちらの世界に到着したら、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のみんなはニヴルヘイム軍は構わず、
真っ直ぐ暗黒魔城ダークマターに向かって欲しい」
エンデが提案する。
そこでガザーヴァが思い出したように、明神の方へと首を巡らせる。
「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
ガザーヴァの言葉に反して、スマートフォンをチェックしてもバロールやみのりからの連絡は来ない。
エーデルグーテではしばらく通信不能になっていたから、きっとバロールたちも気を揉んでいたはずだ。
魔霧の通信妨害が消滅した今、キングヒルと通信するのに障害はなくなったはず、なのだが。
なゆたは眉を顰めた。
「キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど」
「万一何かがあったって、どーってコトないさ。
なんたって、あっちにはパパがいるんだぜ? パパに勝てるヤツなんてこの世にいるもんか!
あ、ボクは別だけどな。そろそろ親越えの時期かも? なんちゃって!」
「……うん」
頷く。が、なゆたは嫌な予感を拭い去ることができなかった。
バロールは単なるNPCではない。この世界を創り上げた三人のクリエイターのひとりなのだ。
いわば、神にも等しい存在。そんなバロールよりも強い者など、思いつくことさえできないというのに。
「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
「そうね。アルメリアには私とカチューシャも同行しましょう。
あちらで『創世』の師兄や覇王と一緒にニヴルヘイム攻略の作戦を考えるのがいいと思うわ」
「わたくしは出征の準備を指示しなければなりませんので、今は聖都に残ります。
けれど――そうですね。一週間……いいえ、四日頂ければ、百万の軍勢を以てキングヒルに馳せ参じましょう。
そう『創世』の師兄に伝えて下さい」
継承者たちが口々に言う。
エンデは何も言わないが、なゆたの行くところに行くというスタンスに変わりあるまい。
そして。
「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
不意に、一行が囲んでいるテーブルから離れた場所で声が聞こえた。
見れば宿屋の二階へ続く階段の前に、黒いローブを纏いとんがり帽子をかぶった少女がパートナーの事典を伴って佇んでいる。
“知恵の魔女”ウィズリィ。『悪魔の種子(デーモンシード)』を額に植え付けられ、
大賢者ローウェルの走狗に成り下がっていた彼女はミドガルズオルムの攻撃に晒されて気を失って以来、
ずっと二階の客室で昏睡していたのだが、やっと目を覚ましたということらしい。
その額には包帯が巻かれており、見るからに痛々しい様子ではあったが、意識はしっかりしているようだった。
「ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?」
ガタリ、となゆたが椅子から立ち上がって安否を気遣う。
ウィズリィはかぶりを振った。
9
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/09/30(金) 22:48:38
「ありがとう。でも、もう心配は要らないわ。
それよりも……貴方たちにはたくさん迷惑をかけてしまったみたいね。
本当に……ごめんなさい。本当は、私が貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人になるはずだったのに……」
俯き加減になりながら、ウィズリィが謝罪を口にする。
ウィズリィはリバティウムの戦いのどさくさにイブリースによって拉致され、ずっと囚われていたのだという。
とはいえイブリースはウィズリィを何かに使うようなことはなく、ずっと飼い殺しにしていたのだが、
そんなウィズリィをローウェルが有効活用しようと額に『悪魔の種子(デーモンシード)』を埋め込んだ――ということらしい。
種子に意識と肉体を乗っ取られていたとしても、記憶はしっかり残っているようだ。
「私……私、恥ずかしい……自分が情けない……。
せっかく森の外を出て、外の世界を見に行けるチャンスだったのに……。
囚われてその機会を台無しにしてしまったばかりか、貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の敵に回るだなんて……。
鬣の王のご期待にも添えられなかった、私……『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』の面汚しだわ……」
ウィズリィの色違いの双眸に涙が溜まり、頬を伝って落ちる。
なゆたはすぐさまウィズリィに駆け寄った。
「ウィズのせいじゃないよ。むしろ、謝らなくちゃならないのはわたしたちの方。
リバティウムじゃ自分たちのことを守るので手いっぱいで、ウィズのことを気にかけてあげられなかった。
本当にゴメンね……でも、もう離さないよ。
ぜったい、ウィズのことを守るから」
優しくウィズリィの肩を抱き、衣服のポケットからハンカチを出して涙を拭ってやる。
ウィズリィは冷静沈着が売りの彼女らしからぬ様子で静かに嗚咽を漏らしていたが、
一頻り泣くと気分も落ち着いてきたのか、強い意志を秘めた眼差しで一行を見詰めてきた。
「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
二つ返事で許可するなゆたが仲間たちの顔を見回す。
皆が了承すると、ウィズリィは深々と頭を下げて謝意を示した。
「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
ウィズリィの処遇が決まったところで、いつもの調子で音頭を取り、大きく右腕を空に掲げる。
そんなところは、以前のままのモンデンキント――崇月院なゆたと何ら変わるところはない。
と、そのとき。
ガガァァァァァァァンッ!!!!
不意に宿の外で耳を劈くような轟音が鳴り響き、地面が振動する。
外で整然と控えていた聖罰騎士たちがざわざわとどよめく。
「い……、今のは……?」
「行ってみよーぜ明神! マゴット!」
ガザーヴァが身軽に宙を蹴って外へと飛び出す。
なゆたもそれを追って外へと駆け出すと、その視界の先には魔法機関車がすぐ近くの民家の壁に頭から突っ込む形で停車していた。
想像だにしていなかった光景に、思わず目を見開く。
「……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……」
魔法機関車はボロボロだった。車体のあちこちから黒煙が上がり、装甲は穴だらけ。
車輪もいくつか欠落しており、先頭車両も半壊状態になっている。
これは、決して民家に激突した際に壊れたものだけではあるまい。
まるで王都から必死で逃げてきた――とでもいうような惨状に、息を呑む。
そうこうしているうちに先頭車両の扉が開き、中からボロボロになったブリキの兵隊がよろめきながら転がり出てくる。
なゆたはその身体を慌てて抱き留めた。
「あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?」
「あ……、ああ……。
アルフヘイムの……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』様……」
ボノはうっすら目を開けると、煤まみれの顔をなゆたへと向けた。
そして、わななく口で必死に何事かを伝えようとする。
「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
「―――――――――――!!!!!」
まるで、金槌で頭を殴られたような衝撃。
キングヒル陥落――
ずっと感じていた嫌な感覚が気のせいでなかったことを、今になってなゆたは思い知った。
【なゆた、シャーロットの記憶を用いてパーティーの皆に状況説明。
オデット、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力を約束。
ウィズリィ、再度パーティーの一員に。
半壊状態の魔法機関車が到着。ボノからキングヒルがニヴルヘイムに攻められ陥落したとの報を受ける。】
10
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:34:34
カザハは、オデットを誰が運ぶかを巡るのろけコント(?)も、覚醒なゆたちゃんをどっちで呼ぶかに関するやりとりも、黙って聞いていた。
真面目な話題の後者はともかくとして、前者はいつもならツッコミの一つも入れそうなところですが。
ところで私も一応馬なんですが……もうすっかり人型形態が画面に馴染んでいるということでしょう。
帰り際に、カザハが明神さんに小声で告げる。
「明神さん、こっちの住人に自由意思――”勇気”は無いって件は……みんなには伏せておこう。
今更誰も動じないかもしれないけど……それでもわざわざやる気を削ぐようなことを言う必要もない」
あの時エンデの話を直接聞いていたのは、おそらく私達と明神さんだけ。
エンデ自身はあの長々しい解説をそのままもう一度はしないだろうし、掻い摘んでみんなに伝えるとしたら、
ブレイブの力の本質は勇気、というところまでで止めておけば何の問題もなく大筋は伝わるだろう。
そしてオデットを信徒達に引き渡して宿に戻り、半日後に食堂に集合ということになった。
「ガザーヴァ……!」
自室に戻ろうとするガザーヴァを、カザハが呼び止める
「ずっと言わなきゃって思ってて。
レプリケイトアニマで庇ってくれたこと、仲間だから一緒にいなくちゃいけないって言ってくれたこと、本当に嬉しかった。ありがとう。
昔たくさん辛い思いさせてごめんね。今度は幸せになって。
大丈夫だよ、君は顔以外全然我に似てなくて強くて賢くて可愛いんだから」
何も考えていないように見せかけつつ権謀術数を弄する策士と
常に気遣いが明後日の方向にぶっとんでて結果的に何も考えていないように見える天然……。
確かにもはや顔以外全然似てない……! むしろ正反対だ!
返す返すもバロールさん、これならいっそ顔も似せなければここまでややこしいことにならなかったのでは!?
えっ、カザハは何も考えてないように見えて実際に何も考えてない天然じゃないかって!?
ぶっちゃけ私もそう思ってたんですが、精神連結をした拍子に分かってしまったんですよ……。
カザハは自室に戻って扉を閉めると、小さく呟いた。
「でも……ごめん、もう一緒にはいられない……」
「それって……」
「こっちがやっと再会した同胞が二人も死んだ時、宿命の糸から逃れられないと知った時、あっちはいつも幸せそうだった……。
でも、そんなの全然大したことじゃない。
一巡目、向こうはずっと虐げられてるのに、こっちは能天気に笑って冒険してたんだ……。
何も知らずに、大事なものを全て奪ってたんだ……。そんなに酷い事してたのに、一緒になんていられない」
少し前まで、ガザーヴァに突っかかってくる事に対してカザハは困惑するばかりだったが
ここ最近の状況の落差に嫉妬して始めて、相手は今までずっと何十倍も何百倍もそう思っていたことに気付いたんですね。
でも、それってただ巡り合わせが悪かっただけで、二人とも何も悪くない。
11
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:36:09
「我の兄弟は君だけだ。君さえいればいい。
――カケル、我と一緒に風の双巫女を継いでくれるか?」
――やっぱり、そう来ましたね……。
「君に魂を分け与えたのは、きっとそのためだったんだ。
あの二人の統治が長かったから、もうみんな風の巫女は二人一組だと思ってるもの。
草原をしばらく統治して、生きる事に飽きた頃に後継が出てきたら、
一緒に風精王になって、あの二人が我に望んだ通りにずっとこの世界を見守るんだ……。
きっとそうプログラムされてるんだ。どうせ宿命に抗えないなら――抗うのはやめよう」
「でも……私達が抜けたらちょっとは戦力ダウンしてみんな困りません?」
「困らないよ。それどころかこれから先の戦いについていったら、逆に足手纏いになる。
さっきは背景で驚いてるだけだったし、冷静に考えてみれば今までの戦いだって散々だっただろう?
ミドガルズオルムの時もさっぴょんの時も、マリスエリスの時も全然話にならなくて……。
いつもタイミングよく助けが入って運よく助かってるだけだ」
どうしよう、その通り過ぎて反論できない……!
「それもそのはずだよ、我々には、なゆや明神さんみたいなみんなを引っ張っていく力も、
エンバースさんやジョン君みたいに身を呈して仲間を守る圧倒的な覚悟も、
ガザーヴァみたいに主に全てを捧げる一途さも、何もないもの」
「……」
私は、心が折れてしまったカザハを前に何も言う事が出来なかった。
戦力外とか、自由意思が無いとかに関しては、私も全く同じ立場なので、反論のしようがない。
物理的には、立場が逆転して私がブレイブ側になっている今なら、
カザハが何と言おうとパートナーモンスターとして連れて行くことは出来る。
今までなんだかんだ言いながらカザハが私を引っ張ってきてくれたのだから、
ここは私が強引にでも引っ張っていくのが正解なのかもしれない。
でも、悲しいことに私はやっぱりカザハに頭が上がらないので、無理矢理連れて行くなんてことは出来ない。
そもそもカザハが離脱すると言い出したのは今に始まったことではない。
むしろ、こんなところまで来てしまった方が奇跡なのだ。
「みんなには我から言うよ。始原の草原に帰らないといけないとだけ言う」
「いえ、私が……」
「戦力外だからとか、プログラムでしかないからとか、余計な事を言うつもりだろう?」
「……分かりました」
それは承諾というよりは、出来レースの形式上の追認に近い。
表面上反対する素振りを見せてみたところで、カザハの魂の一部を譲り受けてしまった私は、結局は同じ結論に辿り着いてしまう。
地下墓地でエンデの言葉を聞いてしまった時から――いや、もっと前から、いつかこうなることは分かっていたのだ。
12
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:37:55
半日後、皆が集まった食堂にて。
「あの……」
カザハが何か言い出そうとするも声が小さくて皆には聞こえず。
なゆたちゃんが、一見唐突な話題を切り出した。タイミング逃しましたね……。
>「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
>「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
なゆたちゃんは、自らに宿ったシャーロットの記録を用い、この世界の真実を語り始めた。
>「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「それなら……。エンデ君も開発側の人なのか?
シャーロットの部下っぽいから、プログラマーのうちの一人だったりするのか?」
カザハが、未だにはっきりとは明かされていないエンデの正体について質問する。
続いて私は、ゲームのブレモンについて。
「いわゆるゲームのブレモンは何なのでしょう?
1巡目の歴史を模したゲーム内ゲームというのは分かるにしても、それだけじゃなさそうですよね……」
ゲームのブレモンの中で作ったなゆたハウスやみのりハウスが現実に反映されていたり、
この世界に召喚されるブレイブは、ブレモンのアプリをインストールしている者の中から選ばれている。
……って、私達、もういなくなるのにカザハに釣られて普通に質問してしまいました。
カザハったら、質問とかしてないで早く言わないとタイミング逃しますよ!?
その後、ただならぬ気配に一瞬臨戦態勢に入るものの、すっかり落ち着いた様子のオデットが現れた。
>「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
ガザーヴァがオデットに詰め寄り、エンデがオデットに対するいくつかの誤解を解いていく。
それにより、逆らう奴は容赦なく殺し、逆らわない奴も全員穏やかに殺す、という今までのオデットに対する認識が全く変わってしまった。
13
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:39:09
>「〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?」
>「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
地下墓地でもエンデは情報開示にあたってなゆたちゃん(シャーロット)の許可を求めていた素振りがあるし、
もしかしてエンデがミステリアスな無口系キャラなのは、守秘義務に縛られているからなのでしょうか……?
>「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
>「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
「……そっか。なゆは、シャーロットが希望を託して新しく世界に送り出した存在だったんだな……。
元からみんなの希望の象徴だったけど、本当の本当に世界の希望だったんだ! 凄いや!
君なら……君達なら、きっと……」
君達なら→我々ではなく君達→つまり自分は入っていない そう言いたいのか!?
それ、遠回し過ぎて絶対分からないやつ!
そして話題は、具体的な作戦会議へと移っていく。
皆やる気に満ち溢れているが、戦力的に全くついていける気がしない私達。
うん、これ全然出る幕ないやつですね……! 聞く前から分かり切っていたことではあるけど。
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
目を覚ましたウィズリィが、同行を申し出る。
>「ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?」
>「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
>「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
なゆたちゃんが、皆にウィズリィ同行の同意を求める。
14
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/10/04(火) 23:39:54
「いいも悪いも……このパーティのアルフヘイム産モンスター枠は元々君の席だからな。
みんなのことをよろしく」
ウィズリィに向かって告げるカザハ。やっぱり遠回し過ぎる……!
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
ほら、全然気付かれてないじゃん!
もうこれはカザハは無理っぽいので私が言わないと駄目なパターンですね……!
と思っていると、やっと切り出した。
「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
>ガガァァァァァァァンッ!!!!
突然轟音が鳴り響き、それどころではなくなった。
>「……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……」
急いで外に出てみると、民家の壁に、ボロボロの魔法機関車が突っ込んでいた。
そこから、やはりボロボロになったボノが出てくる。
「だ……大丈夫……じゃないですよね!? なゆたちゃん、回復魔法を……!」
ボノが、なゆたちゃんに抱きかかえられながら衝撃の事実を告げる。
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
「そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?」
みのりさんは、一緒にいた期間は短いけれど、こちらの世界に来てから初めての戦闘らしき戦闘で、
ミドガルズオルムに何も考えずに突撃した(!)私達を助けに来てくれた仲間だ。
(超レイド級に突撃とか今考えると頭がおかしいとしか思えないが、異世界転移直後の謎テンションというのは恐ろしいものである)
なんだか馬刺しにされそうな物騒な視線を感じたり感じなかったりしましたけど、
それでも結果的に助けてくれたことには変わりはない。
「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
急いで救出に向かう気満々のカザハ。
あまりに突然の衝撃的な展開に、辞表を出そうとしていたのもとりあえずいったん吹っ飛んだらしい。
15
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:40:32
>「ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?」
オデットとの戦いを終え、エーデルグーテで十分な休息を摂り終えた後。
俺たちみんなを食堂に集めて、なゆたちゃんは述懐を始めた。
説明はあまりに荒唐無稽で、これまでの旅どころか俺の人生自体を根底から揺らがすものだった。
一巡目の顛末と言う名の種明かし。バロール、ローウェル、そしてなゆたちゃん――シャーロットの正体。
なにもかもが、俄には信じがたくて、信じたくない真相だった。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ」
マジかよ。
……マジかよ。
こんなややこしい入れ子構造があるかよ。
ゲームの世界に迷い込んだと思ったら、実際は現実すらも作り込まれたゲームの設定で。
ゲームのキャラが作中のゲームの中にマトリョーシカよろしく入ってたってことなの。
つまり本家のブレモンは『ブレモンをプレイするゲーム』ってことで……ああもうこんがらがる!!
俺が暮らしてた地球のさらに『外』には現実の世界があって……
それこそ神様みたく世界を創って弄ってしてた連中がローウェルはじめ運営連中なわけだ。
いや言ってること理解はできるけどね?……急に俺自身ゲームのキャラだったとか言われても納得できねえよぉ。
「俺は25歳、もうすぐ26になるけど……瀧本俊之として生きてきた25年分の記憶がちゃんとある。
地元は愛知の岩倉市、住んでんのは名古屋市北区。勤め先は小牧電算株式会社。
両親や弟の名前も、卒業したガッコの名前も、学生のころ告ってフラれたクラスメイトの名前だって言える。
大元のブレモンがサービス開始何周年か知らんが、25年もソシャゲが続くなんてことあるわけない」
言ってから、無意味な反駁だと悟った。
世界5分前仮説とかその辺の使い古された思考実験を引き合いに出すまでもなく、
『25年こんな風に生きてきた』という設定を持って生まれたキャラクターが俺だと言われりゃそれまでだ。
掌を見る。ゆっくりと握ったり開いたりする。
指がつくる影や、薄く浮かんだ血管の伸び縮み、シワの歪みまではっきりと見える。
どんだけ高性能のグラボを積んでりゃ人間の毛穴のひとつひとつまで再現できるのか。
それとも、俺が単にデータ上の存在だから『そう見えている』だけか。
「……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ」
とんだ茶番だ。そんでこいつは勿論俺だけの問題じゃあない。
ジョン――幼馴染をその手で殺し、その兄と世界ひとつ跨いだ因縁を繰り広げたあいつの人生も。
そういう設定でしかなかったってことになる。
ようは……世界には剣も魔法もはじめからなくって。
何もかもがソシャゲのサーバーの中で起きたデータ上の話だったってことだ。
「ま、ま、だからって俺の存在に価値がなくなったとは言わねえよ。
俺はナマの人間のつもりだったけど、実質的にはモンスターと大差ない存在ってわけだ。
それでも製作者の意図から逸脱した実例はガザ公が居る。こいつと同じなら、ゲームキャラの身分も悪くない」
開陳された衝撃の事実を、俺はなんとか飲み下した。
細けえこと考えんのは後で良い。なゆたちゃんの述懐は続く。
16
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:41:54
>「実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ」
そして――本日二度目の衝撃が、俺の頭を直撃した。
>「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
「ばっっっっっかじゃねえの、あのジジイ!?」
なゆたちゃん曰く、ローウェルは陳腐化したブレモンをオワコンだと判断し、
まだ余力を残していたサービスを全閉じして撤退しようとしやがった。
あまつさえ、他のスタッフの制止も振り切ってゲームのデータ全削除の暴挙。
これはもう暴挙と言うほかない。
「意味が分からんのだが。ソシャゲ運営が一番やっちゃいけないやつじゃん。
ユーザーの信頼を死ぬほど損なうやつじゃん!」
当たり前だがソシャゲはサービスを中心としたビジネスだ。
運営は魅力的なコンテンツを提供し、その対価としてユーザーは課金する。
翻っては、ユーザーの課金に対する還元として、運営はコンテンツを提供しているとも言える。
まだ集客力のあるサービスのデータを全消しして、別のゲームを開発する?
それはつまり、旧サービスを新サービス展開のための集金装置としか捉えてないってことだろ。
しかも運営同士で意思の疎通がとれずにPの独断専行ときた。
こんな馬鹿馬鹿しい話があるかよ。俺たちゃお布施でゲームやってんじゃねえんだぞ。
そりゃ運営も営利企業だから、新しいサービスで新しい顧客にじゃぶじゃぶ課金して貰いたいのは分かる。
旧サービスの収益で新サービスを立ち上げるのだって拡大再生産の原則からすりゃ健全な経営だ。
だけどローウェルの経営戦略は真っ当な運営とユーザーの関係からは逸脱してる。
ブレモンを強制的にサ終すれば、課金がユーザーに還元される機会は未来永劫消滅する。
プレイヤーの金は全て運営のポッケに入り、既存ユーザーとは何の関わりもない別のコンテンツに注ぎ込まれる。
それはあまりにも、既存ユーザーに対する不義理であり、不誠実だ。
「ローウェルってアホなの……?株主総会でベチボコにされろやマジで。
そんなんやってみろ、その『別の新しいゲーム』とやらに課金する奴なんか誰もいねえぞ。
次のゲームでも同じように、運営の癇癪で払った金が虚空に消えるかも知んねえんだから」
この世界を創った連中の居る『外』がどのくらいの技術水準なのかは知らんが、
仮にミズガルズが現代社会をモデルに作られたものなら、文明や法律や社会道徳なんかも似たようなもんだろう。
ソシャゲがあるなら、インターネットもある。SNSやそれに類するソーシャルメディアだってあるはずだ。
ネットに残った悪評は消えない。クソみてえな不誠実をやらかした運営が、その先も受け入れられるとは考えづらい。
ソシャゲが世界に一つしかないディストピアならまだしもな。
で、運営の一番えらいひとであるローウェルは、サ終の前に3世界三つ巴の大戦争を企画したらしい。
それが一巡目。末期のソシャゲにありがちなお話を強制的に終わりへ持っていく強引な舵切り。
世界は崩壊し、伏線も因縁も何もかもぶん投げて、コンテンツは終焉を迎えた。
「なんだよそりゃ。運営の内輪揉めで?ありもしないサービス存続のためにシナリオめちゃくちゃにして?
老害プロデューサーの思いつきに振り回された挙げ句世界は救われませんでしたってか。
聞きたくなかったわそんなしょうもない顛末……」
イブリース……お前ホントにローウェルの下で動いてていいの?
ニヴルヘイムを救うとかいうエサもジジイの気分次第でなかったことになっちゃうかもだよ?
信じられる要素ゼロじゃん。ブレモン絶対壊すマンだよそいつ。
17
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:42:56
>「それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
「ふざけやがって。結局そいつもジジイお得意の『ありもしねえエサ』だろ。
ちゃんとテコ入れるつもりなら、『ブレイブが死んだのでコンテンツは中止です』なんてありえねえ。
前提の試練でポシャらねえようにケアだって出来たはずだ」
ハイバラも……死なずに済んだはずだ。
魔王となったコイツと、俺たちは真っ当に対戦を楽しめたはずなんだ。
ローウェルはブレモンを完全消滅させることに、偏執的なほどこだわった。
そこにどういう心の機微があったかは計るべくもない。いちプロデューサーにそこまで出来る権利があったとも思えん。
それでも結果的にローウェルは、運営会社の資産であったはずのゲームデータすら全消去してしまった。
まぁ小さい会社だとプロデューサーってイコール経営者みたいなもんだし、
ワンマン社長が会社の資産は全部オレのモンだってとち狂った感じなんだろう。多分。
今、俺たちがいるこの世界は、PGだったシャーロットが手元のデータと統合してでっち上げたバックアップ。
それがデウスエクスマキナの正体であり、最後に残された希望だった。
侵食は、サルベージし切れなかったデータの欠損。
そして、現在進行系でローウェルがデータの再削除を行っている証なんだと。
シャーロットは、データのサルベージを最後にシステムから締め出しを食らった。
創造主としての彼女はもう居ない。今、なゆたちゃんの中にあるのは残滓のようなデータだけだ。
そいつを呼び覚ましたのは、地下墓所で聞こえてきたあの声。
>『邪魔をするななのです……、シャーロットォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――!!!!!!!』
>「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
「……えっ」
なんかサラっと流されてっけど……んん??
「あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……」
あ?待て待て待て。
じゃあバロールは?なゆたちゃんが言うには、あいつも運営の中の人らしいが……。
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「今んトコよくわかんねえのはバロールの立ち位置だな。一巡目における運営の一人ってのは分かった。
じゃあ今のあいつは?バックアップの運営にも関わってんのか?
シャーロットみたくクビになってんじゃねえなら、今のバロールは単なるバックアップのデータじゃなくて、
創造主の最後の一人として中に人が入ってるってことかよ」
それからしばらく質疑応答が続いて、不意にガザーヴァが立ち上がった。
18
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:44:00
>「―――ッ!?」
「お、おい、どうした……」
遅れて俺も気付く。なんぼニブチンだろうと近づいてくる濃密な魔の気配に総毛立つ。
隊伍を組んで食堂へ近づいてくる、正罰騎士の群れ……
モーセのごとく割れた横隊の奥から、オデットがゆっくりと歩み寄ってきた。
「……元気そうじゃん。派手に風穴ぶち開けたはずなんだけどな」
>「ごきげんよう、愛し子たち。 少し……母に時間を頂けませんか?」
騎士たちに護送されるようにして食堂へ足を踏み入れたオデットは、
そのまま勧められるがままに着席する。
>「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
そう言って、頭を下げる。
えーどうしよう、言うて俺たちもしこたまぶん殴ったし今更落とし前っつってもなぁー。
もごもご言葉を選んでいると、ガザーヴァがガブリと噛みついた。
そこへすかさず助け舟を出したエンデが言うには、正罰騎士共が俺たちを襲ったのは連中が勝手にやったことらしい。
「いや狂犬か!?だったらもっとちゃんと手綱握っとけや!!
聖母サマが一言ステイっつっとけば俺たちも夜中に襲われんで済んだんじゃねえかよ」
モロに悪い宗教の狂信者がやるムーブじゃねーか。
ともあれ、オデットも流石に部下が勝手にやったことだからと責任回避するつもりはないらしい。
まぁね。そりゃね。聖都への軟禁自体は思いっきりオデット本人の意思だったわけだしね。
>「では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?」
>「終末期医療だよ」
そんで魔霧の件も種明かし。
手の施しようがない重病人が、せめて苦しむことなく最期を迎えられるよう、
言うなればホスピスとしての機能がこの街にはあったらしい。
「お前、エンデ、お前さぁ……。それ知ってて地底の村で飼い猫暮らししてたの?
あそこの連中が何のために根っこの中に逃れたと……」
>「……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない」
「カテ公とアシュトラーセにはぶん殴られても文句言えねえぞお前……」
継承者二人が何のために地底で隠遁してたかと言えば、魔霧から村の人々を守るためだ。
なんぼなんでも報連相がガバガバ過ぎんだろ。バロールにも言ったわこれ。
変なトコばっか兄弟子の影響受けるんじゃありませんよ。
>「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
「異論なし。もとから俺たちは別にエーデルグーテを救いに来たわけじゃない。
コトの真相がどうあれ、聖都の在り様の是非を問うつもりもない。そっちは継承者同士でやってくれ。
ポヨリンさんが生きてた今、俺たちが求めるのは同盟の締結、ただひとつだ」
19
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:44:36
俺自身の所感を述べるなら、魔霧がホントは寿命を吸ってようがそれを止めようとは思わん。
エーデルグーテは治安の良い街だ。魔物や賊のはびこるこの世界で、屈強な騎士に護られ人々は平和に暮らしてる。
それがどれだけ得難く、尊いものであるか……これまでの旅で十分すぎるほど分かった。
その、平和な暮らしを維持するために、吸血鬼の女王に寿命を吸われているのなら……
正当な対価だと思う。ただちに健康を損なうわけじゃないみたいだしな。
>「んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド」
地下墓所での俺の問いを、ガザーヴァが重ねる。
なゆたちゃんは、困ったように苦笑を浮かべた。
>「わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど」
怨身換装……強化パーツによる別人の再現。
なゆたちゃんの身に起きた変化が、『シャーロット化MOD』をインストールしたものだと言われれば、納得もいく。
本体はなゆたちゃんのままで、ガワとスキルだけシャーロットのものを一時的に借り受けているのなら。
>「正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!」
「わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん」
それから、オデットが正式にアルフヘイム陣営へと加わる言質をとった。
これでエーデルグーテでの用事は終わり。継承者3人も合わせれば、相当な戦力がバロールの下に集うことになる。
残るは拝金主義者のアラミガとお国引き籠もりのクサナギ……。
流石にヒノデ以外どうでも良いってツラのクサナギも、ヒノデごと世界が滅ぶっつったら腰を上げるだろう。
どっちに転ぶか分かんねえのはアラミガだが、奴があの世に口座でも持ってねえ限り侵食を受け入れることはあるまい。
>「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
「ひひっ燃えるじゃねえの。女王殺しの次は神殺しってわけだ。
あとは……データ上の存在に過ぎない俺たちが、この世界を創ったガチの神を殺せんのかってことだけど」
その件についても、なゆたちゃんには切り札となる『記録』があるようだった。
>「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
デウスエクスマキナはシャーロットが管理していた、言わばテストサーバー。
この環境下では、プロデューサーとしての権限は最上位にはならない。
バックアップの世界の中では、奴は管理者ではなくいちキャラクターでしかないらしい。
20
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:45:46
「良いね、シンプルだ。デウスエクスマキナに紛れ込んだローウェルのアバターを消去しちまえば、
奴はもうこの世界に手出し出来なくなる。大団円ってわけだ」
自分で言った大団円って言葉に、何かが引っかかった。
「……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?」
ローウェルのやったことは、俺たちデータの住人からすりゃたまったもんじゃない。
意味不明で許しがたい狼藉だ。それは多分、『大元のブレモン』のユーザーからしても同じ気持ちだろう。
その一方で、ローウェルの判断を理解しようとしてる俺が居る。
「ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない」
なゆたちゃんは、ブレモンが長くサービスを続けていて、人気に陰りが見え始めたと言っていた。
ローウェルの判断はたしかに性急ではあったが、しかし完全に見当外れだったってわけでもないんだろう。
少なくともUIの陳腐化は、サービスが代替わりする理由として十分だ。
5年も経てば、市場に出回るスマホのスペックは別物になる。処理能力も、描画性能もだ。
古いスマホのスペックに合わせてサービスを続ければ、それはどうしたって陳腐になる。
陳腐なサービスに、新規顧客は望めない。
「ソシャゲがなんで終わるかっつったら、多くの場合は不採算が理由だ。
サービスの運営コストを課金額で賄えなくなったから。ようは、金がかかるからだ。
大容量のストレージに高性能なプロセッサ、それらがバカ食いする電力。
死ぬほど発熱する部品の冷却設備に、空調完備のサーバールーム、保守点検費用……。
専用の通信回線に、24時間つきっきりで機材の面倒を見る人件費。数えりゃ切りがねえ」
世界三つ格納できるサーバーはそれはもう途方もないハイスペックだろう。
それがどのくらいのお値段で揃えられるかは、データの身分じゃ計り知れやしないが。
「そんだけ金のかかる資産を、『ただ世界を存続させるため』だけに遊ばせておくとは思えん。
シャーロットが運営を追放されたならなおさらだ。流石に個人用PCに全部が収まってるわけじゃねえだろ。
サービスが続いてりゃまだ運営費くらいはペイできたかもしれんが、
ローウェルのボケナスが先走ったせいでそれもワヤになっちまった」
もしかしたら――この世界の創造主たちは物凄く文明の進んだ世界に住んでいて、
世界まるごと再現するだけのデータが家庭用PCで動かせるのかも知れないけれど。
それだってノーメンテで未来永劫動き続けるようなもんじゃないはずだ。
「仮に、採算度外視でずっとこの世界を存続させてくれる奇特なパトロンが見つかったとしてだ。
ローウェルが世界を消滅させるためにとれる手段は、データの削除だけじゃない。
それこそ奴は、『現実』のサーバーにコップ一杯の水をぶっかけるだけで容易く世界を終わらせられる」
データ全消しなんて暴挙に出た執着を思えば、それは決して無視できる可能性じゃない。
管理権限が使えないとなれば、物理的な破壊手段に訴えてもおかしくないはずだ。
「世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな」
俺はローウェルと一度、腹を割って話をしてみたい。
データ上の存在に過ぎない俺の主張を、奴は鼻で笑って捨てるかもだが。
それでも、この世界を創った連中の考えてることを、少しでも知りたい。
21
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:46:35
奴の居所には見当がついてる。
ニヴルヘイムエリア、魔王城の最奥――『転輾つ者たちの廟』
ローウェルが本来のブレモンでふんぞり返ってた場所だ。
バロールの助力があれば、ニヴルヘイムまでの直通ルートが開ける。
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
「……ないな。ホットラインのメアドにもなんも通知がねえ。
魔王の野郎、グランダイトの接待に忙殺されて俺たちのこと忘れてんじゃねえだろうな」
>「キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど」
なゆたちゃんがそう呟くのを、俺は一笑に付せなかった。
バロールの下には石油王も居る。あいつからの連絡すらないってのは流石に不安が勝る。
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
「だな。エーデルグーテはもう十分満喫した。いい加減魔王サマのしけたツラ見に行こうぜ」
方針は決まり、俺たちは一路キングヒルへ。
出発に向けて椅子から尻を剥がそうとしたところで、ウィズリィちゃんが現れた。
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
自由を取り戻したウィズリィちゃんは、俺たちにキングヒルへの同行を願い出る。
断る理由なんか元からない。
「お互い謝んのはナシにしようぜ。誰が悪いかっつたらそれはもうクソジジイ一人だけだよ。
おかえりウィズリィちゃん。もう一度、俺たちをキングヒルに連れてってくれ」
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
>「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
おーっ!と拳を上げて応じた瞬間、外からものすごい音がした。
なにか言いかけたカザハ君の言葉を置き去りに、窓の外へ視線が集中する。
>「い……、今のは……?」
>「行ってみよーぜ明神! マゴット!」
ガザーヴァに続いて食堂を飛び出した俺の目の前には、民家に突き刺さった魔法機関車があった。
22
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/10/11(火) 04:47:12
「おいおいおい……!こんなアクロバットな脱線事故があるかよ!」
異変は、線路から飛び出しただけにとどまらなかった。
半端な魔物の爪なんか跳ね返せる装甲が、見るも無惨にズタボロだ。
爆心地を走り抜けてきたかのような惨状に、ただならぬものを感じる。
そして、先頭車両から影がひとつまろび出た。
ボロ雑巾のようなそれは、嫌ってほど見知った顔。
魔法機関車の車掌――ボノ。
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
ボノは、ところどころひしゃげたブリキの口で、たしかにそう言った。
「なんだと……!」
悪寒の的中。温度のない汗がどっと背中を駆け下りる。
>「そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?」
「クソ、クソ、ローウェル!!また先走りやがった!!!」
総出でボノを手当しながら、ぐるぐると思考を回す。
このタイミングでキングヒル襲撃。まず間違いなくローウェルの差し金だ。
シャーロットの意思がこの世界に残ってると知って、すぐさま行動に出た。
狙いは何だ?もう一人の創造主、バロールを片付けに来たのか?
だがバロールは腐っても魔王。自分の創ったゲームの中で魔王名乗ってる筋金入りのやべえやつだ。
デウスエクスマキナの環境下で奴の管理権限がどのくらい効くのかはわからんが、
シャーロットと志を同じくしていた以上、少なくともローウェルより下位の権限ってことはないはずだ。
無敵の創世魔法があって、どうしてキングヒルの陥落なんて許す?
仮に奴の調子が悪かったとして、グランダイト軍20万は何やってんだよ。
>「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
カザハ君の言葉は希望的観測に過ぎないってわかってる。
それでも、縋り付いて立ち上がるだけの力を俺にくれた。
「あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!」
【バロールの二巡目世界における立ち位置について質問。
ローウェルを倒して侵食を食い止めたとして、サ終したこの世界に未来はあるの?】
23
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 02:53:57
【リバーニング・リベンジ(Ⅰ)】
「『ゲームを作る上で必要なスタッフって、何か知ってる?』
ブレイブ一行のみが集った宿の食堂で、なゆたが切り出した。
エンバースは出入り口の傍――いつも通りの、常時警戒態勢。
「いや、見当もつかない。俺達プレイヤーがベータテスターに分類される事なら知ってるけど」
『そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ』
「……妙だな。それじゃまるで――」
『ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ』
「――そう言っているように聞こえるが」
明神はひどく動揺していた――視線も仕草も、落ち着きを欠いている。
『俺は25歳、もうすぐ26になるけど……瀧本俊之として生きてきた25年分の記憶がちゃんとある。
地元は愛知の岩倉市、住んでんのは名古屋市北区。勤め先は小牧電算株式会社。
両親や弟の名前も、卒業したガッコの名前も、学生のころ告ってフラれたクラスメイトの名前だって言える。
大元のブレモンがサービス開始何周年か知らんが、25年もソシャゲが続くなんてことあるわけない』
エンバースは――自分でも驚くほど冷静だった/困惑はあってもショックはなかった。
理由も分かっていた――ハイバラとしての時間は、もう終わってしまっているからだ。
自分はもうエンバースで、人生を既に終わってしまったものとして認識しているから。
『……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ』
『ま、ま、だからって俺の存在に価値がなくなったとは言わねえよ。
俺はナマの人間のつもりだったけど、実質的にはモンスターと大差ない存在ってわけだ。
それでも製作者の意図から逸脱した実例はガザ公が居る。こいつと同じなら、ゲームキャラの身分も悪くない」
「正直……この世界の運営開発がヤハウェとイエス・キリストじゃなかったってだけの事だろ?
この話を聞くまで、自分の人生は神様の筋書き通りだなんて考えた事あったか?
俺はないね……だから、別に今の話で何が変わるって訳じゃないさ」
『実際にブレモンは大人気のゲームだった。たくさんの人にプレイして貰えた。
でも、どんなゲームにも人気の落ちるときはやってくる。
長い長い期間リリースしているうち、このゲームにもほんの少し陰りが見えてきたんだ』
「ははあ、なるほど。さてはブレイブ異世界転移編がクソ評判が悪かったんだな。そうだろ?」
24
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 02:54:18
【リバーニング・リベンジ(Ⅱ)】
『とは言っても、それは最盛期に比べたら……って話で。
まだまだブレモンには力があったし、賑わってもいた。
UIやシステムなんかはさすがに他の最新作に比べて古くなってはいたけど、それでも。
適宜アップデートをしていけば、プレイ人口は問題なく維持できる。それどころか新規ユーザーを呼び込むことだって――
シャーロットとバロールはそう思ってた。
でも……。
プロデューサーのローウェルは、そうは思ってなかった』
「おっと、惜しいな。つまりそうは思ってなかったローウェルによるテコ入れが、この異世界転移――」
『ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって』
「…………なんだって?」
『ばっっっっっかじゃねえの、あのジジイ!?』
『意味が分からんのだが。ソシャゲ運営が一番やっちゃいけないやつじゃん。
ユーザーの信頼を死ぬほど損なうやつじゃん!』
「まあ……俺達の知るブレモンと、もう一つ上の次元にあるブレモンが同じ代物だとして。
あれだけ課金ありきのコンテンツを用意しといて、飽きたらハイおしまい?
そりゃ、なんというか……本当に、クソゲーだな。信じられん」
『ローウェルってアホなの……?株主総会でベチボコにされろやマジで。
そんなんやってみろ、その『別の新しいゲーム』とやらに課金する奴なんか誰もいねえぞ。
次のゲームでも同じように、運営の癇癪で払った金が虚空に消えるかも知んねえんだから』
「はは、どうだか……何度運営に裏切られても金を落とし続けるヤツは、意外といるかもしれないぜ。
次のガチャ更新でどうせナーフされる最新ユニットを、それでも引き続けるヤツはいる訳だし……」
『当然、シャーロットとバロールは反対した。特にバロールはローウェルを激しくなじった。
アルフヘイムも、ニヴルヘイムも、そして地球も、バロールが膨大なイメージラフを描いて創り上げたものだから。
とくに愛着があったんだと思う』
「……愛着?アイツが?それは……なんとも似合わん言葉だな」
『でも……ローウェルは頑としてふたりの言葉を聞き入れなかった。
独断でサービスの終了を告知し、プレイヤー離れを加速させていった。
しかも、それだけじゃ飽き足らず――自分に逆らうシャーロットとバロールにブレモンを諦めさせるために、
強権を発動したんだよ。ローウェルは……』
「まだ何かあるのか?これ以上、バカな事なんてしでかしようが――」
『ブレモンのマスターデータを、無断で消去し始めたんだ』
「――あるのかよ。勘弁してくれ」
『マスターデータがなくなってしまえば、マスターもバロールも諦めざるを得なくなると思ったんだろう。
結果、アルフヘイムとニヴルヘイムには不可解な『穴』が出現し、加速度的に広がっていった。
何もかもを呑み込む、虚無の洞。そう――
きみたちもよく知ってる『侵食』さ』
「よく知ってるとは言っても……確実に分かっている事は名前くらいだけどな」
25
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 02:57:39
【リバーニング・リベンジ(Ⅲ)】
『マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ』
『なんだよそりゃ。運営の内輪揉めで?ありもしないサービス存続のためにシナリオめちゃくちゃにして?
老害プロデューサーの思いつきに振り回された挙げ句世界は救われませんでしたってか。
聞きたくなかったわそんなしょうもない顛末……』
「登場人物が皆死に散らかすイベントが最後の大盤振る舞い?そりゃ、プレイヤーは大満足だったろうな。
こう言っちゃなんだがゲームなんて、主要人物のキャラが立ってりゃそれなりに面白んだ。センスないな」
『なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?』
『うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。』
「人気を取り戻せたら、ね……自分でクソイベおっ始めておいて、大した言い草だ」
『だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど』
「……正直こんな事言っても、なんにもならないんだけど。
この話ってさ、一番やらかしてるのって実は人事なんじゃないか?
ローウェル、クリエイターとしてはマジで優秀だけど昇進させたらマズいヤツじゃん」
ローウェルを擁護するつもりはない――が、ブレイブ&モンスターズは面白かった。
それだけは確かな事実で――その事に対してエンバースは嘘がつけない。
それは自分のゲーマーとしてのセンスを否定する事になるからだ。
『それと並行してローウェルは梃子入れのために此れと見定めた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を未実装エリアに召喚し、
特別な試練を与えた。すべての試練をクリアしたら、その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を新しい魔王に据えると決めて、ね。
『スルト計画』……それが梃子入れの名前だった。』
「――ああ、例の魔女っ子がそんな事を言ってたな。魔王、魔王か……そういや、そんな話をされた事もあった」
『でも……その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は失敗した。彼と共に召喚されていた仲間たちは全滅し、
その『異邦の魔物使い(ブレイブ)』も死んだ。
……誰のことを言っているのかは、分かるでしょ』
「人聞きの悪い事を言うなよ。失敗したんじゃない――続ける理由がなくなっただけだ」
強がり――だが虚言でもない=全てを失ってなお戦いと殺戮の道を進む気力は、ハイバラには残っていなかった。
『ふざけやがって。結局そいつもジジイお得意の『ありもしねえエサ』だろ。
ちゃんとテコ入れるつもりなら、『ブレイブが死んだのでコンテンツは中止です』なんてありえねえ。
前提の試練でポシャらねえようにケアだって出来たはずだ』
「そもそもブレイブのデッキシステムと異世界転移が相性悪すぎるんだよ。
カードのクールダウンシステムのせいで、万全のデッキを使える状況は殆どない。
必然スキルやアイテム頼みになるし、最悪コモンカードでデッキを組まざるを得ないクソイベだ」
『ローウェルにとっては、どうせ投げ捨てたコンテンツだ。盛り上がろうが失敗しようが、
どうでもよかったんだろうけどね』
「俺とリューグーの皆の命もか?……まあ、いいさ。相応の報いを受けてもらうだけだ」
26
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 02:58:35
【リバーニング・リベンジ(Ⅳ)】
一巡目の旅の中、ハイバラに常に付き纏っていた感情は失意と絶望だった。
突然異世界に召喚されて――殺さなければ殺されるから、憎くもない相手を殺し続けた。
ただ苦しかった/憎むべき相手すら分からないまま、殺し続けた――その相手が、やっと分かった。
正直なところ――エンバースはそれ以降の話に集中出来ていなかった。
世界の趨勢/命運なんて元から大して興味なかった――ただ親しい人達を守りたかった。
ハイバラ/エンバースはずっとそうだ――今のパーティに根付いたのも、再び守りたい相手が出来たからだ。
だからと言って――かつて守りたかった人達の事を忘れられた訳ではない。
やっと復讐の足がかりを見つけた――集中力を欠くのも、やむない事だった。
『シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……』
「……言われなくても、それくらいの事は軽くこなしてやるさ。
どのみち――ローウェルには地獄を見てもらう予定だしな」
『でもさ。ボクらがシャーロットのことをすっかり忘れてた理由は分かったんだケド。
思い出したのはなんで? モンキンの中にあるシャーロットの記録が復元されたから?』
『それも、シャーロットが最後に仕込んだトロイのひとつだよ。
シャーロットのキャラクターデータはなくなったけれど、
みんながシャーロットと旅したっていうイベントデータそのものは消えてなかった。
彼女は何らかの外的要因によってみんながシャーロットのことを思い出す、っていうフラグを用意してたんだ。
例えば……誰かがシャーロットの名前を呼ぶ、とかね』
『あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ』
『あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……』
「つまり、じょじいちゃん……いや、なんでもない。忘れてくれ」
『今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ』
「……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ」
暫しの沈黙/静聴――ふと、エンバースが壁に寄りかかった体勢を正す。
『―――ッ!?』
宿の外に数十の気配=恐らく聖罰騎士/穢れ纏い――完全に包囲されている。
「……早まるなよ、ガザーヴァ」
オデットとの和解は成立済み/聖罰騎士お得意の暴走だとしても、流石に数が多すぎる。
『え……、『永劫』の賢姉……!』
『……オデット』
宿の外にはオデットがいた――敵意は感じない/エンバースも話を拗れさせぬよう、敢えて臨戦態勢は取らない。
27
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:00:07
【リバーニング・リベンジ(Ⅴ)】
『ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?』
「悪いね、謁見はまた次の機会に――冗談だ。どうぞ、お通り下さい」
『このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します』
『今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?』
「……おい、やめとけよガザーヴァ。外の金ピカ程度に殺されかけたなんて言いふらすの、恥ずかしいぜ」
とは言ってみたものの――最悪の場合殺されていた以上、落とし所が難しいのも事実。
『聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ』
『……どーゆー意味だよ』
「ああ……まあ、聖罰騎士ならそういう事もあるか」
『聖罰騎士はオデットの胸中を勝手に汲んで、
教帝の意に添わず自儘にエーデルグーテを出ようとしたきみたちを捕えようとしたにすぎない。
街の人々も同じだ、聖罰騎士に扇動されて動いていただけさ。
彼らはオデット個人を狂信する者たちだからね、プネウマ聖教の教義よりもオデットの意思を尊重してしまうのさ。
そういう『設定』なんだ』
『いや狂犬か!?だったらもっとちゃんと手綱握っとけや!!
聖母サマが一言ステイっつっとけば俺たちも夜中に襲われんで済んだんじゃねえかよ』
「何を今更。元々そういうヤツらだったろ。それに、おかげでイベントフラグを幾つかスキップ出来た節もあるんじゃないか」
肩を竦めるエンバース。
『では、魔霧がエーデルグーテの人々を衰弱させてゆくという話は――?』
「……その話は、初耳だな」
怪訝そうに呟くエンバース――ややオデットらしからぬ所業に思える。
『終末期医療だよ』
『回復の見込めない不治の病によって、ただ死を待つばかりの人々。
そんな人々に吸わせて苦痛を取り除き、緩やかな衰弱から安らかな最期を迎えさせる。魔霧はそのための手段だ。
聖都に住む人々を誰彼構わず衰弱させているわけじゃないよ』
『〜〜〜〜〜っ!
そーゆーコトは! 早く言えって! 言ってるだろォ〜〜〜〜!?』
「……ホントに、ハッキリそう言ったのか?俺にはなんとなく察しが付いて来たぞ」
『お前、エンデ、お前さぁ……。それ知ってて地底の村で飼い猫暮らししてたの?
あそこの連中が何のために根っこの中に逃れたと……』
『……訊かれもしないのに、勝手にぺらぺら喋れない』
「だったら……次から何か伝え損ねている事があったら、頭の上に感嘆符を浮かべておいてくれ。
NPCにもそれくらいは出来るだろ?マップが変わる度『はなす』を試すのも、嫌いじゃないけどさ」
察し=エンデは恐らく、特に古式ゆかしいタイプのNPC――故に自分から話を切り出す『設定』に欠ける。
28
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:02:16
【リバーニング・リベンジ(Ⅵ)】
『ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで』
「構わないさ。別に行くとこまで行って何か楽しい事がある訳でもないしな」
『妾に異論はない。十二階梯の継承者同士、足並みを揃えて難事に立ち向かえるのは喜ばしいことじゃ。
のう? 『永劫』の賢姉、それに……『救済』の賢姉よ』
『あはは、やめてよエカテリーナ。賢姉だなんてわたしのガラじゃないし、
第一『救済』なんて呼ばれたって、全然実感ないんだから』
はにかみ、笑うなゆた――なゆた以外を見出す事が難しいくらい。だが真実は見えない。
『んじゃーさ、結局オマエのことはなんて呼べばいーんだよ?
シャーロットなのか? それともなゆたなのか? まーボクはモンキンって呼んでるからどっちでもいーケド』
知りたい事は幾らでもある/だが、それが聞きたい事かと言うと――己の言葉がリフレイン。
『わたしがシャーロットから引き継いだのは、彼女の『記録』だけだよ。『記憶』じゃない……。
人格だって違う。前世がシャーロットだとか、生まれ変わりだとかって話でもない。
みんなの知ってるスキルで言うなら、ヤマシタの怨身換装みたいなものかな?
といって――今のわたしが覚醒前のわたしと同じかって言われると、それも……ちょっと自信ない……んだけど』
引き継いだのが記録だけだとしても、何の影響もない訳がない。
行動から目的を知り、目的から動機を知り――動機から価値観を、信念を知る。
そうして記録から「心」を読解していけば――それは結局、記憶を読み取る事とそう変わらない。
『正直、わたしにも分かんないんだ。
だから……細かいことは考えないで、みんなの呼びたいように呼んでくれればって思う。
わたしはシャーロットそのものじゃないけれど、といって完全な別人って訳でもないんだろうし。
あっ、でも、賢姉は勘弁して! なんかむず痒くって……!』
だが――それを言及する気にはなれない。真実を暴く事が怖かった。
『わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん』
「おっと、肝心な事は全部言われちまったな……ま、俺も哲学の議論をするつもりはない。
クールでイケてるパートナーの力が必要なら、変わらず俺を呼んでくれ。モンデンキント」
話が一段落――次の議題は、最終的な各陣営の戦力図。
『……そうだね。
この世界の消滅を目論むローウェルさえ倒せば、侵食を食い止めることができる。
わたしにはメインプログラマーだったシャーロットの記録があるから、
時間さえあれば侵食によって欠損してしまったデータの穴埋めもできると思うし……。
あとはバロールにローウェルに代わる総合プロデューサーになってもらえば、世界の維持もできる。
ややこしい問題だとかは今は考えないで、とにかくみんなはローウェルを倒すことだけを当面の目的にしてくれればいいかな』
「あー、その事なんだが……決してビビってる訳じゃないんだが、一つ大きな問題が――」
29
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:05:11
【リバーニング・リベンジ(Ⅶ)】
『なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?』
「そう、それだ。『右クリック+Dキー』でワンターンキルされる可能性があると、流石の俺も少しやりにくい」
頼みの綱のチェーンソーを探している時間もありそうにない――だが、なゆた曰くその心配はないらしい。
『加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、』
『師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない』
「それは、大したもんだ。だが待てよ。それなら――」
思案――だが、その結論が出るよりも早く会話は進む。
『良いね、シンプルだ。デウスエクスマキナに紛れ込んだローウェルのアバターを消去しちまえば、
奴はもうこの世界に手出し出来なくなる。大団円ってわけだ』
『……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?』
「おっと、ややこしい問題の話が始まったな……だが、一理ある。モチベーションは大事だ」
輝かしい未来/仲間/最愛――全てを失ったハイバラは、デッドエンドの先を目指せなかった。
『ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない』
「どうかな。グッドエンドを迎えられれば、サービス終了後にオフライン版が発売されるかも」
そこにパッケージングされた存在が、今ここにいる存在と同一という保証はないが。
『世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな』
「……そういう話なら、さっき少し気になる点があった。エカテリーナだ。
ローウェルが継承者を招集した時、そこに虚構は見出だせなかったって話だったよな。
相手が管理者だからと言えばそれまでだが――意外と、そこにホントに虚構がなかった可能性もある」
一巡目の旅はただのイベントだった――ハイバラからすれば最低最悪の真実。
だが――そのイベントを投げ出したのは、ハイバラからだった事もまた事実。
「つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで」
吐き気がするほど甘い解釈――だがエンバースはゲーマーとしての感性故に、その可能性の存在を見過ごせない。
30
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:11:10
【リバーニング・リベンジ(Ⅷ)】
「とは言え、そんな可能性はローウェルをぶちのめしてから議論すればいい。まずすべき事は――」
ローウェルの制圧――その前段階としてニヴルヘイム、暗黒魔城を確保する必要がある。
これに関してはバロールとエンデの助けがあれば、必要な行程の殆どを省く事が可能だ。
『そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?』
「ああ、そう言えば……アイツからの便りがない時間が快適すぎて、忘れていたな。ええと――」
『……ないな。ホットラインのメアドにもなんも通知がねえ。
魔王の野郎、グランダイトの接待に忙殺されて俺たちのこと忘れてんじゃねえだろうな』
『キングヒルに何かが起こった、とかじゃなきゃいいんだけれど』
「……ここは正真正銘、ゲームの世界なんだろ?ならフラグを立てるのはやめておこうぜ」
『心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい』
「それもそうだ。なら、俺は装備の点検と消耗品の補充に行くけど誰か一緒に来るか?お土産を買うなら早めに――」
エンバースはそう言って食堂の出口へ向かい――
『――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴』
『ウィズ!
……気分は? もう身体はいいの?』
『ありがとう。でも、もう心配は要らないわ。
それよりも……貴方たちにはたくさん迷惑をかけてしまったみたいね。
本当に……ごめんなさい。本当は、私が貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人になるはずだったのに……』
新たな闖入者の登場に、足を止めた――魔女術の少女族、ブレイブの案内人となる筈だった少女。
エンバースは彼女との面識はない――だから罪悪感に押し潰されそうな少女に、言える事もない。
『……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから』
そして何かを言う必要もない――伝えるべき言葉なら、皆が持ち合わせている。
『わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?』
「勿論だ。それと……ウィズリィ。もし良ければ、少し時間をくれないか?
大事な話がある。出来れば……こっちへ来てくれ。皆には聞かれたくない」
ウィズリィにはデモンズシードの影響下だった時の記憶がある。
つまり――ダインスレイヴの真の力について何か知っている可能性がある。
勿論、そんなものが無くても魔剣の主は自分だ――それでも、人事は尽くすべきだ。
それはそれとして、そんな安直な強化に頼っているとは思われたくない――だから密談を希望した。他意はない。
『さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!』
「レッツ・ブレイブ……このノリも、なんだか懐かしい感じだ」
『ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……』
歯切れの悪いカザハの声――それを掻き消す大音響=石が砕け/金属がひしゃげる音。
31
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/10/19(水) 03:14:24
【リバーニング・リベンジ(Ⅸ)】
『い……、今のは……?』
『行ってみよーぜ明神! マゴット!』
「おい待て、モンデンキント。なんでお前まで先に行くんだ。危なっかしい真似してくれるな」
制止の声/早足で出口へ先行/屋外へ――半壊した民家に、これまた半壊した魔法機関車が突っ込んでいた。
『……ま、魔法機関車……!?
どうして、こんなところに……』
先頭車両の扉が開く/ブリキの兵隊が転げ出る――止める間もなくなゆたが飛び出す。
『あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?』
『あ……、ああ……。
アルフヘイムの……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』様……』
「無理に喋らなくてもいい。ここまで来てくれただけで、十分な情報を――」
『……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……』
「……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!」
なゆたの腕からボノを引き受ける/遣わされた聖罰騎士の前で下ろす。
降り注ぐ癒しの光が、ひしゃげたボノの体を緩やかに復元していく。
修復に滞りがない事を見届けると、エンバースは仲間達を振り返る。
『早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?』
『あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!』
「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
焦る気持ちは分かる――だが不利な状況で勇み足に動いて、事態が改善する事は滅多にない。
「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
エンバースがなゆたを見遣る。
「それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?」
それから、視線を左手首に固定したスマホへ。
「……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?」
自分をハイバラに――とは言わなかった/戻りたいという気持ちもなかった。
生身の体を取り戻しても、自分がハイバラとしての人生に戻る事はもうないからだ。
この世界にはこの世界のハイバラがいる――自分が守りたかったものは、この世界にはもうない。
自分は、もうエンバースなのだ――だがフラウは、ずっとフラウだ。
まだやれた筈だった――それでも全てを諦めた自分と共に終わってくれた。
やりきれない思いをさせてきたに違いない――あの時も/騎士竜の姿と力を失った今も。
「……正直、そんな都合のいい話があるとは思ってないけどさ。聞くだけなら、タダだしな」
32
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:52:24
>「そう……もちろんスタッフや役職にはいろんなものがあるけど、大きく分けて種類は三つ。
プロデューサー、デザイナー、そしてプログラマー。
『ブレイブ&モンスターズ!』では、ローウェルが総合プロデューサー。バロールがチーフデザイナーで――
シャーロットがメインプログラマーだったんだよ」
「あ〜…なゆが嘘をつくとか…思ってるわけじゃないんだが…いきなりなんの話だ…?」
>「ちょっ、ちょっと待ってくれ。情報の洪水をワっと浴びせかけるのは……。
するってぇと何か?三世界を舞台にしたブレイブ&モンスターズ!ってゲームが別にあって――
俺たちブレイブはみんな、『地球マップ』に実装されたキャラデータってことかよ」
この場にいる全員なゆの口からでた驚愕の真実に驚く…驚くというか唖然とするというか…
要約すれば…いきなり僕達は全員ゲームのキャラクターですって事になるのだろうが…余りにも現実味がない。
>「……ひひ、ひひっ。俺の25年の人生は、ローウェルだかバロールだかに設計されたモンだったってことか。
冗談キツイっすね……。好き勝手生きてきたつもりだけど、実際は何一つ自分で選んだ人生じゃなかったのかよ」
意外と自分の中での驚きや悲しみはなかった。シェリーとロイを殺した事が…データ上の設定かもしれないからではない。
今まで見て、聞いて、考えて…実行してきたあれこれは…例えデータであっても…今…今現在の僕の現実なのだから…
過去に興味がなくなったわけじゃない。必ず僕は最後には罰を受ける。だが…なゆ達と未来を創る…これは変わらない。現実だろうと、データだろうと
>「ローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』のサービスを終了すると発表したんだ。
自分はブレモンから手を引いて、別の新しいゲームのプロジェクトに着手するって」
>「マスターとバロールは復旧に全力を尽くしたが、プロデューサーほどの権限はない。
侵食は広がり続けたけれど、一方でローウェルはこれを最後のイベントと銘打ち大々的に宣伝した。
サービス終了前の大盤振る舞いだとね……それがアルフヘイムとニヴルヘイムの人々や魔物、
そしてミズガルズの人間が三つ巴になって戦う『一巡目の戦い』だったのさ」
>「なんだそれ……じゃあ、パパもシャーロットも、他のみんなも、誰も彼もクソジジーに踊らされてたってのか?」
>「うん。
マスターとバロールはローウェルにこう言われたんだ、
ブレモンを存続させたかったら、この戦いに参加しろって。これでブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら、
アルフヘイムとニヴルヘイムどちらか勝った方と地球を残して、サービス終了は取りやめにしてやってもいいって……。
だからバロールは魔王としてニヴルヘイムを存続させる道を選び、
マスターは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に協力してアルフヘイムを生かす立場を取った。
……結果は、どの世界も救えなかったんだけれど」
「…現実の神話の神様だって…ああ現実っていうか俺たちの知ってる地球での…ああいや…うーん紛らわしいな…
まあとにかく現実にある神々の話だって人間に絶望して滅ぼそうとする話なんていくらでもある…
ローウェルという神様はどんな理由にせよ僕達…この世界に対する興味を失ったってわけだ」
どんな形・戦いであれ敗者は滅ぶしかない…実際一週目は完璧に滅ぼされたわけだ
33
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:52:37
>「もう、侵食はどうにもならない。マスターデータの消失は避けられない。
だからシャーロットは最後の手段に出ることにしたんだ。
幸いシャーロットはメインプログラマーで、手許には開発途中に保管していた七割程度完成状態のバックアップが残ってた。
シャーロットは秒単位で消えてゆくマスターデータでまだ無事なもの……キャラクターデータなんかを、
時間のない中で可能な限りサルベージして未完成のバックアップに避難させたんだよ。
そうして完成した、緊急で誂えた世界の名が『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』……。
でも、イベントフラグの進捗具合や膨大なキャラクターたちの育成後のステータスや記憶までを救助することはできなかった。
達成したはずのイベントやクエストは全部未達成になり、キャラクターの大半は初期ステータスに戻った。
ブレモンがリリースされたときの状態にね……つまり『時間が巻き戻った』んだよ」
一部例外に記憶保持した特殊個体とそうじゃない奴らと違いがよくわからないのが…少し気がかりだが
エンバースとかカザハとか明らかにまだ秘密を抱えてそうだし…なゆには言ってるのかもしれないけど…まあ深く聞く必要もない。
>「シャーロットはもういない。彼女が言ったように、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の発動と共に消えた。
でも、その“記録”は。“想い”は、ここに残ってる。
この世界を。わたしたちの創った『ブレイブ&モンスターズ!』を守ってって叫んでる……」
正直この世界に対する愛情をそんなに持っているわけじゃない。
ゲームはたしかに好きだったけど…ないならないで別に行くだけだ…人間なんてそんなもんである。
他のみんなは並々ならない愛着、思い出があるだろうけど…僕はなゆ達が大事なのであってブレイブ&モンスターズはどうでもいい。
だってそうだろう?ゲームは無限の種類あるけど好きな友達はこの世に一人だけなのだから。
だからほんの少しだけ…この世界を破棄しようとしたローウェルの気持ちがほんの少しだけわからんでもない…が
「ぶっちゃけそのシャーロットとかいう奴の想いなんて知ったこっちゃないけど…親友が好きなゲームを守れるなら守るよ…僕は」
>「……俄かには信じられん話じゃな……。
妾たちがゲームの登場人物で、師父や師兄、『救済』の賢姉に創られた存在であったとは。
しかも、師父がこの世界を侵食から守るどころか侵食を発生させておる張本人であったとは……。
ならば師父はなぜ妾たち十二階梯の継承者たちを招集したのじゃ? すべては欺瞞に過ぎなかったということか?
あらゆる虚構を見破る妾が、師父の虚構を見抜けなんだとは。お笑いじゃな……」
>「頭が痛いわ……せっかく、『永劫』の賢姉を倒して侵食を食い止められると思ったのに……」
「敵と目的がさらにはっきりしたんだ…それだけでも十分じゃないか?もちろんデータと言われて僕もショックがないわけじゃあないけど…
僕は僕で…他人にいくらなんと言われようと考える必要なんてない」
>「あの声は、紛れもなく師父のお声だったわ。ということは……『救済』の賢姉を闇に葬っておきたかった師父ご自身が、
『救済』の賢姉の記憶を皆から解き放ってしまったという訳なのね……。皮肉なものだわ」
>「あの声ってローウェルなの?えっ、あのおじいちゃんあんな喋り方なの!?女児じゃん!!
……いやそうじゃねえな。ブレモンに実装された『ローウェル』はあくまでゲームのキャラ。
アバターみてえなもんか。中の人がホントにおじいちゃんかどうかは限らない……」
「女性だとすると…まさか…ドラマでよくある…ドロドロした人間関係?…意外とだれか…そう例えば…バロール(中の人)を中心とした愛憎劇だったりして」
さすがにねえか…と心の中で悪態をつく
>「今のところ説明しなくちゃいけない部分はこのくらいかな。
後はおいおい説明していくよ、とにかく突飛な話だから、飲み込んで受け入れる時間も必要だと思うし。
ということで……何か質問はある? わたしで分かることなら、なんでも説明するよ」
「あ〜〜〜〜…」
自分の右腕をみる。今は人間の腕となんら遜色ない…今は…。
感触が微妙に違うし…なんだが右上で動かそうとすると若干のラグがあるような気がする…。
問いただすなら正直なゆじゃなくてこの腕に宿っているであろう力の主のほうなのだが…
>「……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ」
自分は自分で、だれがなんと言おうと…他人は他人だから。
少なくとも僕はそう思っている…けどこれを口で言ったところで共感など得られないし…エンバースの探している答えではないだろう。
こればっかりは…各人が…心の中で自分なりの結論を出すしかない。
>「―――ッ!?」
この…背筋が凍る感覚…は
34
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:52:51
>「……早まるなよ、ガザーヴァ」
「しまったな…囲まれるまで気づかないなんて…安心しすぎて平和ボケしていたか…」
見慣れた聖罰騎士…RPGによくありがちな僧侶・神官…見慣れた[エネミー]が総出でお出ましとは…となれば。
>「……元気そうじゃん。派手に風穴ぶち開けたはずなんだけどな」
>「え……、『永劫』の賢姉……!」
>「……オデット」
気持ちなゆより前にでる。
>「ごきげんよう、愛し子たち。
少し……母に時間を頂けませんか?」
「…人に物を頼むのに軍隊を連れてくるなんて永劫…君には常識がないのか?それともわかってて脅迫しに来たのか?…どちらにせよ笑えないな…」
>「悪いね、謁見はまた次の機会に――冗談だ。どうぞ、お通り下さい」
エンバースが僕と永劫の間に割って入る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
分かってるさ…分かってる…ちゃんと永劫と話しあわなきゃいけないなんて事は…だが…僕はどうしても永劫が好きになれない。
なゆを殺そうとした事が一番だが…なによりあれだけの死闘を繰り広げたのにも関わらず…声を聴くとなぜか心が安心してしまうから…、
術なのか…永劫本人のカリスマなのか…どっちにしろ人に会いに来る態度を分かってない永劫の事は好きになれない…なってしまってはだめだ…僕の直観がそれを告げていた。
>「このたびは……わたくしの身勝手な願望のせいで、貴方たちに多大な迷惑をかけてしまいました。
わたくしが間違っていた……わたくしの目は濁っておりました。
我が生の終焉を望むあまり、侵食などという凶事を肯定しようとは。
プネウマの教帝としてあるまじき行ない……心よりお詫びを致します」
>「今更謝ったっておっせーんだよオバチャン。
オマエが魔霧で街の人たちを操ったり、外の金ピカを差し向けてボクたちを殺そーとしたのは事実だかんな!
このオトシマエ、どーつけてくれんだよ? えー?」
「悪いが…僕は…あなたを絶対に許せない…周りの兵士達もそうだが…君…本気で謝る気でいるのか?」
>「聖罰騎士がきみたちを粛清しようとしたのは、オデットの差し金じゃないよ」
「なあ――」
エンデがこの街で…この街の住人の真実を話す。
そうじゃない…そうじゃないんだ…例えどんな裏話があろうと…なゆを後少しで騎士に…この街の住人に殺されるところだった!
直に命令したわけじゃないにしろ…黙認するような形になってしまったのは事実なわけで…
>「ま、まぁ……とにかく、教帝猊下が望んで誰かの命を奪おうとしている訳じゃないっていうのは、よくわかったよ。
どうかな、みんな? 元々わたしたちがここへ来たのは猊下の協力を仰ぐためだったし、
こっちの希望さえ聞いてくれるなら、今までのことはさっぱり水に流すってことで」
「…………………………みんながそれでいいなら」
僕の中に黒い感情が渦巻く。分かってるよ…本人が許してるなら部外者がなにか言うのが間違いなんだって!でも…
>「意識と身体を操られていたとはいえ、わたくしが貴方たちを殺そうとしたのは事実です。
貴方たちによって救われたことも……。
許して欲しいとは申しません、ただ償わせてください。
愛し子たち、いえ……アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ。
この『永劫』――教帝オデット以下、プネウマ聖教の全信徒は、心血を注いで貴方たちの世界救済の一助となりましょう。
太祖神と万象樹に懸けて……どうぞ、何なりと申しつけて下さい」
>「構わないさ。別に行くとこまで行って何か楽しい事がある訳でもないしな」
エンバースが落ち着すぎて…なんだが馬鹿らしくなってきた…一旦このことを考えるのをやめよう。
戦力が増えて…いい事だ…そこだけとらえておこう…
35
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:53:03
>「これで立場のはっきりしている継承者は、アルフヘイム側は『創世』『永劫』『救済』『虚構』『覇道』『禁書』『黄昏』、
ニヴルヘイムは『黎明』『聖灰』『万物』『詩学』となった訳ね。
後は『真理』の賢兄と『霹靂』だけれど……」
>「へん、もうそんなのカンケーないね。
なんせこっちには超レイド級が! ボクってゆー最高クラスのモンスターがいるんだかんな!
後はモーロクジジーを見つけ出して、ブッバラしてやりゃハッピーエンドなんだろ?」
「…言うのは簡単だが…」
>「なんと、師父を倒すとは……また怖ろしい無理難題じゃな……。
本当に然様なことができるのか? 言うまでもないが、師父は大賢者として世界最高の叡智と魔力を有しておられる。
加えて、ほれ、この世界のプロデューサーとかなのじゃろう?
それはつまり……端的に言って師父は“神”だということと同義ではないのかの?」
恐らく世界最強で…なゆの言葉を信じて…確かならそれだけじゃすまないだろう。
なゆが…シャーロットとかいう奴が…機械仕掛けの神を動かしたように…また相手もそれに準ずる力を保有してる可能性がある。
「神の力…何かしらは確定でもっているだろうなあ…それが世界をどうこうできるかはわからないけど…僕達にとって嬉しくない能力には違いない。」
>「マスターデータは完全にローウェルの管理下にあった。ローウェルは文字通り絶対の神として君臨してたんだよ。
だからシャーロットとバロールが束になっても、手も足も出なかった。
けど――この『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は違う。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は元々開発途中のデータをシャーロットがバックアップとして保管していた、
完成品とは程遠い未完成なもの。
だからマスターデータと違ってローウェルのプロデューサー権限も、この世界の中では十全な効果を発揮しないんだ」
>「加えて、この世界に直接介入して力を発揮するには、キャラクターのひとり――この世界の住人として存在する必要がある。
ROMしているだけじゃダメ、ちゃんとログインしてなきゃいけないってことだね。
そして……この世界にキャラクターとして存在しているっていうことは、つまり。
この世界にいるローウェルを倒すことができれば、ローウェルを消去することができる……っていうこと。
魔王として活動していたバロールがそうだったように、この世界で殺されるっていうことは実際に死ぬことと同じ。
加えて、わたしはメインプログラマーとしての権限で『ローウェルというキャラクターのステータスを書き換えられる』。
ローウェルがどんなチート技能を搭載してログインしていたとしても、
この世界の中ではわたしの権限の方が上回る――!
だから、」
>「師父を大賢者相当の強さから、最序盤に登場するアーマーダンゴムシ程度の強さにしてしまうことも可能という訳ね。
凄まじいわ……でも、それなら師父を打倒し、世界を侵食から守ることも可能かもしれない」
少し話がうますぎるような気がするが…だからといって気にしすぎて行動を縛られているような時間は僕達には…ない。
今こうして盛り上がってる間も…世界は壊れていくのだから
36
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:53:13
>「……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?」
>「おっと、ややこしい問題の話が始まったな……だが、一理ある。モチベーションは大事だ」
僕は正直言えば…自分の中で結論がでていた。気にしない…正確にいえば気にしても僕一人では過去を変える事なんてできやしないだろうという事と…。
シェリーやロイが生きているかもしれない…[生きている事にできる]事もできるのかもしれない…でも…それをして何になる?僕は・・・
たしかに僕は一回本気で時を…戻す事を考えた…僕が消えても二人いるなら…と…でも今は…
どうでもいいわけじゃない…二人には帰ってきてほしい。僕の命一つで帰ってくるなら是非そうしていただきたい!
でも僕は…なゆ達と出会って今まで感じた事のないこの心を…想いを…無視したくない…決して無くしたくない
過去の償いは必ず僕に訪れるだろう…惨い最後を飾るだろう。例えデータの話でも…本当はそんな物なくたって…それが僕の罰で…それでいい…
>「ローウェルの行動は、間違いなくユーザーから総スカン食らうレベルの見切り発車だ。
だけど、ブレモンってコンテンツ自体は、いずれ終わりを迎えるモンだったわけだろ。
俺たちがやろうとしてんのは世界の延命措置だ。将来の存続を保証するもんじゃない」
>「世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな」
明神は…自分がデータという事を…なるべく触れないように…世界の救援のプランを話す。
僕でも分るほどに…明神は明らかに動揺し…それを次のクエストで塗りつぶそうとして…時間を稼いでいるように見える。
そんな簡単に…あなたはデータです。世界を救うのと同時に消滅するかもしれません…そんな話を飲み込むのは…不可能だ。
>「つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで」
エンバースは…相変わらず…ポーカーフェイス(顔があったら間違いなく)口調で…僕には心を推し量る事はできない…
彼の事だから…僕とは全然違う方向で悩み…解決しようとしているのかもしれないが…エンバースは貯めこみすぎて危うい空気を感じる。
なゆに一言でも相談していればいいのだが…
様子と言えば…カザハの様子も気になる…いつもカザハならここで士気があがるような事を無意識に無邪気に発言しそうなもんだが…
今回に限っては調子が悪いというか…変に固くなっているというか…この辺も気にかかる。
みんなうまく…乗り切れればいいのだが…このままの気持ちでいけば…恐らくなゆの予想通りの展開とは程遠い場所にたどり着く気がする…。
…って一番気にしてるのは僕かもしれない…思考を切り替えよう。
37
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:53:26
>「そーいや思い出した、パパだよ。
もうオバチャンはこっちの味方になったんだから、パパとの通信もできるはずだよな?
連絡ないの?」
「そういえば妙だな…バロールの性格を考えれば24時間いつでも通信が回復した時点で連絡をしてきて煽り文句の一言でもありそうなもんだけど」
>「心配なら、アルメリアに行って直接確認すればよかろう。
どのみち『創世』の師兄とは合流せねばならぬのじゃ、ついでに生存確認もすればよい」
>「万一何かがあったって、どーってコトないさ。
なんたって、あっちにはパパがいるんだぜ? パパに勝てるヤツなんてこの世にいるもんか!
あ、ボクは別だけどな。そろそろ親越えの時期かも? なんちゃって!」
たしかにバロールを落とせるならもっと早くに実行しているだろうし…
そもそもバロールの食えない性格を考えれば本当に緊急時にはなんらかの通信手段や逃走手段をコソッと用意しててもなんら不思議ではない。
>「――キングヒルには……私も一緒に行かせて頂戴」
“知恵の魔女”ウィズリィ。かつて…なゆと旅を共にしていた魔女。
>「私……私、恥ずかしい……自分が情けない……。
せっかく森の外を出て、外の世界を見に行けるチャンスだったのに……。
囚われてその機会を台無しにしてしまったばかりか、貴方たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の敵に回るだなんて……。
鬣の王のご期待にも添えられなかった、私……『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』の面汚しだわ……」
僕は…彼女の事をあまり知らない…もちろん彼女の事はみんなから簡単に説明を受けた…受けたけども…。
実際僕がみたウィズリィは…ドSの女王様のような威圧感と相手を壊す事しか考えないやべー奴である。
あの状態のほうが見ている時間が長い僕には…許すとか許さない以前に…どう接していいかわからない。
>「お互い謝んのはナシにしようぜ。誰が悪いかっつたらそれはもうクソジジイ一人だけだよ。
おかえりウィズリィちゃん。もう一度、俺たちをキングヒルに連れてってくれ」
うーんさりげない気遣い…イケメンに許されるイケメンムーブを平然と使いこなす…ほんとそうゆうとこだぞ明神。
どーせなんも気にしてないしそんな気もないんだろうけど…後ろ気にしよう明神。ガザーヴァがすごい顔してますよ。
カザーヴァちゃん顔こわ
>「……こんな私が言うことに、説得力なんてないかもしれないけれど。
お願い……一緒に連れていって。戦いに参加させて。
もう足手纏いにはならないわ、約束する。必ず……役に立ってみせるから」
>「わたしは勿論いいよ!
ウィズだって大切なわたしたちの仲間だもん。みんなもウィズをもう一度パーティーに入れるのに異論ないよね?」
「…なゆが許したんなら僕からなにもいう事はないね」
>「さて。じゃあ、そろそろキングヒルに戻りましょうか!
バロールたちと作戦を立案して、猊下の準備が整う四日後にはダークマターに殴り込みよ!
レッツ・ブレーイブッ!!」
>「ちょ……ちょっと待って。こんな時に本当に言いにくいんだけど……」
全員で一斉にいつもの叫びを…いやカザハがなんか言いかけてた気がするけど――しようと…みんながレッツと声上げたその時。
38
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:53:50
>ガガァァァァァァァンッ!!!!
>「い……、今のは……?」
どうして…嫌な予感だけはすぐに当たるのか。
それとも考えてしまったからなのか…心の中でぼやく
>「あなた……ボノ!?
これはいったい!? どうしたっていうの……!?」
>「……ご……、ご報告、致しまス……。
ニヴルヘイムの軍勢が……アルメリア王国に……。
キングヒルは……陥落、致しましタ……」
>「……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!」
キングヒルが陥落した…それが指し示す事は一つ。
バロールや…あそこにいる仲間達が――
>「あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!」
>「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
「バロールの事だ…どうにもならなくなってから助けを呼ぶようなヘマはしないはずだよ…
…でも情報を持たすほどの時間と余裕をボノに与える事もできないほど余裕がない…事でもあるかもしれないけど」
ボノが無事とは言えないがここにこれた…それを考えれば助けに入る時間はまだ残されているはずだ…はずだが…
バロールをそこまで追いつめられるローウェルがボノを…生かして外に出すようなヘマをするだろうか…?
>「早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?」
「焦るのは分かるし、大切な事だけど…エンバースの言う通り一回落ち着いて整理して…少ないだろうができる限り情報を収集したい」
エンバース以外焦っているを通り越して混乱している。この状況でいくのは危険だ。
「焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ」
僕達が死ねばみんな死ぬ…ゲームで使い古されたような言葉だが…いままさにその状況に置かれているのだ…僕達は。
39
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 03:54:14
>「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
「バロールを追い詰める事ができるような奴がボノを…魔法機関車を見逃すような初歩的なミスするだろうか…
…どうも僕にはボノがここにやってきたのが敵の罠に思えてならない…僕達を戦場に慌てて引きずり出す為にわざと見逃された可能性がある…」
バロールのほうが一枚上手の可能性はもちろんある…が
できる限り物事は最悪なほうの考え方のほうがいい事が多い…特に今回は…
「…罠だと分かっていても僕達はもう飛び込まなきゃいけない立ち位置にいる…だからこそ…ボノが情報を持っていると助かるのだが…」
どちらにせよどうやっていくか乗り物すら決まっていないのだ…少し頭を整理する時間はあるだろう。
「出発方法と時間が決まったら呼んでくれ…僕は少し…オデットと話しをしてくる
…あぁ心配しないでくれ…喧嘩売りにいくわけじゃない…こんな状況じゃなかったら売ってたかもしれないけど」
オデットは忙しそうに魔法機関車が突っ込んだ家の住民などの安否やボノの治療の指示…その他もろもろ忙しそうにしていた。
「忙しい所悪いが…ちょっといいか?…別に兵士がに聞こえたってかまわない、そんな大層な話じゃねえからな」
オデットの返答を待たずに話を進める。
「まず一つ…君と戦ったあの場所に放置している生命の輝きあれを預かって…あんたのほうで保管してほしい…期限は…あんたを殺すまで」
生命の輝き…僕の右腕とオデットの大量に肉片で生まれたこの世界の異物。
今はどんな力でも欲しいのが本音ではる…しかしあれは例外だ。
「あの武器は異常すぎる…たしかに相手が生命体なら無敵に近いが…でもあれはだめだ、僕では感情を制御できない…相手を殺さなきゃ気が済まなくなるんだ…
なゆの進もうとしている道に…あの武器は似合わない…生命の輝きを振るい続ければ…なゆと敵対する事になる…予感なんかじゃない…確信があるんだ」
僕はもともと戦闘を楽しみ、その結果を求める…そんな性格なのだと最近自覚した。
あの剣は…そんな僕です自覚していなかった…心の奥を100%引き出してしまう。
正直相手がオデットでなければ…今回だって…相手を間違いなく…僕は殺してしまっていただろう。
なゆは優しい。
どんな理由があれ彼女は決して人を自分から喜んで相手を傷つけたりはしない…僕とは違って。
「僕はみんなが進む先をいっしょに見に行きたいんだ!世界を救う?人が鼻で笑うような非現実を…成そうとするみんなに
例えこの世界が本物じゃなくたって!その事実を突きつけられても…それでも突き進む彼女は…間違いなく光だ
確かに…最初は慣れない光にあこがれただけの気の迷い…というかこんな能天気な子供すぐ死んじゃうだろうなって思ったよ…でも…」
王城でみた…敵対していたとしても…笑って過ごしてしまうような超がつくような…お人よしに…僕はたしかに…未来をみたんだ
「でも今はその時感じた一時の感情を…一生の想いにしたいんだ」
だからこそ…生命の輝きは…置いていく。
「触れるのも危険そうならその場にほっといてくれてもいい…そこらへんに放置したからっていって壊れるほどヤワな剣じゃないからな
この旅が終わったらすぐ回収しに戻るよ」
すまん、なんか長話になっちまったな…最近感情を抑えられないな…これも僕が変わったって事なんだろうが
そんな事を思いつつその場を立ち去ろうとする。
「すまないね…結局長話に突き合わせて…それじゃ……あ!忘れてた!この右腕!…アンタの贈り物だと思って有効に使わせてもらうよ…なんの事かあんたには分からないだろうけど一応ね」
さて…なにか進展があればいいが。
【ボノの脱走は罠なのではないか説を唱える】
【オデットに生命の輝きを預ける】
40
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/10/23(日) 15:21:12
>「ニヴルヘイムとは決着をつけなくちゃならないけど、だからといって殺し合いに行く訳じゃない。
わたしたちはあくまで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、勝負はデュエルでつける。
イブリースとも、今度こそ分かり合って……アルフヘイムもニヴルヘイムも関係なく、一緒にローウェルを倒す。
……ジョン、お願いね。この二巡目の世界では……彼にはきっとシャーロットより、
あなたの言葉の方が響くと思うから」
部屋に戻りながら考える。この答えに…僕は即答できなかった。
騒ぎが起こったのをいいことに答えから…逃げるように…部屋を飛び出した。
たしかに…僕の言葉は響いていた…でも…それはみんなの力あってこそ…
僕だけではイブリースの耳を傾けさせることなどできなかった
今回のオデットの事だってそうだ…結局僕では…最後まで届かなかった。
僕には…
バチン!
自分の頬を思いっきり叩く
「くそ…僕が弱気になってどうする!なゆが信じてくれてんのに僕が自分が信じれなくてどうする!」
一人でできないから仲間がいる。仲間がいるからできない事もできるようになる!
そうみんなから僕は教わってきただろう!どんな状況だろうと…!どんな困難が前に立ちふさがっても…!
みんなから教わった事を…そのままイブリースにぶつけるんだ!難しい事なんて考える必要なんてない!
「やるぞ…勇気を出して…!年下の女の子が頑張ってるのに大人ががんばんなくてどうすんだ!」
思いっきり部屋の扉を開く!
「暗い顔は僕達には合わない!どんな時でも前を…希望持って進むんだ!」
僕は柄にもなく…少し…いや…かなり…余りにも似合わないほどハイになっていた。
41
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:05:20
>それなら……。エンデ君も開発側の人なのか?
シャーロットの部下っぽいから、プログラマーのうちの一人だったりするのか?
「違う」
カザハの質問に対して、エンデは一度かぶりを振った。
「ぼくも今のマスターと同じく『一巡目にはいなかった存在』だ。
消えてゆくデータ、消えてゆく世界を守るために前のマスターが使用した、最後の召喚魔法。
そう、ぼくは――」
そこまで言うと、エンデはテーブルについた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを見回した。
シャーロットが『侵食』――ローウェルの企てたデータの消去に抗うため、
自らの管理者権限の剥奪と引き換えに使用した手段。究極の召喚獣。
「十二階梯の継承者、『黄昏の』エンデ。
真名を『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』」
消去されつつある世界のマスターデータと、念のため用意していたバックアップデータ。
そのふたつを融合させて創り上げた“二巡目の世界”。
「と言っても、今ここにこうしているぼくは世界そのものとは違う。
君たちにも分かりやすいように言うと、ぼくは世界の修正パッチみたいなものさ。
世界の歪みを可能な限り修正する、継ぎ接ぎする、延命のためのプログラム。
それが、ぼくだ」
相変わらず眠そうな様子で、しかしエンデは世界の根幹に関連する重要な情報を開示してゆく。
エンデが世界そのものの修正パッチなのであれば、他の継承者が知らないこの世界の真相を知っていたり、
未実装のスペルカードを所持していたとしても何も不思議ではない。
そして修正パッチという立ち位置であるがゆえ、通常のNPCのように円滑なコミュニケーションが取れない。
「妾たちは『創世』の師兄が抜けた後の十二人のことを十二階梯の継承者じゃと思うておったが。
実際には師兄を入れ、御子を抜かした十二名が本来の十二階艇の継承者であったということか……」
「考えてみれば、おかしな話よね。
師兄が継承者の序列から抜けたのは、師父が身罷られたとの情報が世間に流布されてからのこと。
だというのに、私達はずっと十二人のままだった。
それなら、エンデを継承者の列に入れたのは誰? ということになるわ。
そんなことにさえ違和感を抱いていなかったなんて……」
エカテリーナとアシュトラーセが難しい顔をして呻く。
十二階艇の継承者は大賢者ローウェルが世界の脅威に対抗するため集めた最強戦力という触れ込みだった。
中にはバロールがスカウトしてきた者もいるが、基本的には皆ローウェルの直弟子ということになる。
だというのに、ローウェルが死にバロールが魔王となった後も、継承者は依然として十二人のままだった。
であれば、誰がエンデを序列に加えたのか? そんなことが出来る者はもう、この世に存在しないのに。
すべてはシャーロットがそのようにプログラムしたからなのだろう。そんな露骨な矛盾さえ、誰も違和感を覚えないようにと。
親兄弟にも等しい継承者のことを、実はまるで理解できていなかったという事実にふたりが衝撃を受ける。
>いわゆるゲームのブレモンは何なのでしょう?
1巡目の歴史を模したゲーム内ゲームというのは分かるにしても、それだけじゃなさそうですよね……
「それも、違う。
……逆なんだ」
今度はカケルの質問。それに対しても、エンデは首を横に振った。
「あのゲームは『君たちよりも先にあった』。
リバティウムのマスターの箱庭も、キングヒルの五穀豊穣の箱庭も、君たち以前に存在していたんだ。
君たちは、あれらの施設を最大限活用できるようにプログラムされたキャラクター。
君たちが箱庭を作ったんじゃなく、箱庭に合わせて君たちが作られたのさ。
つまり――
君たちの知るゲームの『ブレイブ&モンスターズ!』は、君たちがミズガルズからこの現実のアルフヘイムに召喚された際、
違和感なくスムーズに冒険が出来るようにと予め用意されたチュートリアルだったんだよ」
消滅しつつある二巡目の世界を救うには、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力が必要不可欠。
しかし、突然ミズガルズの住人を異世界に召喚したところで、徒に混乱させるだけであろう。
だからシャーロットはミズガルズにゲームとしての『ブレイブ&モンスターズ!』を普及させ、
いつか本物のアルフヘイムへ召喚するときのため、事前学習としてプレイさせたのだ。
だからこそなゆたや明神たちは実際に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としてアルフヘイムへ召喚された際も、
ゲームと要点は同じだと理解し過酷な戦いを潜り抜けることが出来たのである。
42
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:05:45
>……意志とは何か。勇気とは。プログラムによって動くだけの存在と、それ以外の違いは?
俺達は何を選んで、何を選ばされてきたんだ?知りたい事は幾らでもあるが……
それが聞きたい事かと言うと……考えを整理したい。少し時間をくれ
「……うん。
エンデは、わたしたちミズガルズ出身者にだけ勇気があるって。他はプログラムをなぞっているだけって言ったけれど。
プログラムをなぞって生きているのは、わたしたちだって一緒だよ。
そうでしょう? わたしたちはみんな身体に、遺伝子に、DNAに刻まれたことをこなして生きている。
ものを食べたい。眠りたい。子孫を残したい……それは全部『本能』っていう名前のプログラム。
何も、アルフヘイムやニヴルヘイムの人たちがロボットだって言ってるわけじゃないんだ。ただ――
わたしたちミズガルズの人間には『勇気』というパラメータがステータスにひとつ追加されてる、ってだけでね」
足許にじゃれついてくるポヨリンを軽く相手しながら、なゆたが口を開く。
「勇気。それが具体的に何を意味しているのか、それがあればどんな恩恵があるのか。
それはわたしにも分かんない。わたしたちに勇気というパラメータを組み込んだシャーロットは、もういないから。
でも……それがこの世界を救う鍵になるんだって、それだけは確信してる。
じゃなきゃ……わたしたちのことを“ブレイブ”なんて名付けないでしょ?
……ちょっと休憩、お茶淹れてくるね」
ガタリと席を立ち、キッチンへ向かう。
ややあって温かなお茶の入った人数分のマグを用意し、皆に配る。
マグを両手で持ってお茶を啜りつつ、なゆたは続けた。
「それから……確かにわたしたちはこの世界を救うために造られたキャラクターではあるけれど、
今までの何もかもが設定されたものってわけじゃないよ。
いくらバロールやシャーロットだって、地球の約80億もの人間の性格や歴史をいちいちプログラムできないからね。
この二巡目の世界だって、別に一年や二年前に出来たものじゃないんだ――ちゃんと歴史がある。
だから。明神さん、あなたが歩いてきた25年の人生は、あなたが自分で選び歩いてきたもの。
誰に与えられたものでもない、あなただけのものだよ」
「ひひっ、じゃあボクたちモンスターと明神たち人間の違いは、単に勇気とかいうパラメータがあるか無いかってだけか!
まっ! ボクは明神が人間だろーとキャラクターだろーと、どーだっていーケドな!」
ぎゅぅっとガザーヴァが明神の首に抱きつく。
それからなゆたの呼称について話柄が移るも、それも恙無く進行してゆく。
>わかった。明確な定義が出来ねえっつうのはその通りだと思う。
『崇月院なゆた』や『モンデンキント』がお前の中から失われていないのなら、それでいいんだ。
……次のクエストへ行こうぜ、なゆたちゃん
>おっと、肝心な事は全部言われちまったな……ま、俺も哲学の議論をするつもりはない。
クールでイケてるパートナーの力が必要なら、変わらず俺を呼んでくれ。モンデンキント
「ありがと、明神さん。
わたしはわたしだよ、他の誰でもない。シャーロットの要素があろうとなかろうと、わたしはわたしのやりたいことをするだけ。
今までだってそうしてきたんだもん、これからも全速力で突っ走るだけだから!
エンバースも――。
頼りにしてるよ、クールでイケてるわたしのパートナーさん!」
シャーロットの記録が蘇っても、崇月院なゆたの信念には些かも変わるところはない。
なゆたは満面の笑顔で笑った。
が、話はそんな幸せな雰囲気のままでは終わらない。
>……問題はむしろ、その先にあると思う。無事にローウェルをぶっ倒して、データの強制削除を止めて。
そうやって護ったこの世界に……未来はあるのか?
明神が今までの会話上に浮かび上がってきた問題点を指摘する。
>「ソシャゲがなんで終わるかっつったら、多くの場合は不採算が理由だ。
サービスの運営コストを課金額で賄えなくなったから。ようは、金がかかるからだ。
大容量のストレージに高性能なプロセッサ、それらがバカ食いする電力。
死ぬほど発熱する部品の冷却設備に、空調完備のサーバールーム、保守点検費用……。
専用の通信回線に、24時間つきっきりで機材の面倒を見る人件費。数えりゃ切りがねえ
>そんだけ金のかかる資産を、『ただ世界を存続させるため』だけに遊ばせておくとは思えん。
シャーロットが運営を追放されたならなおさらだ。流石に個人用PCに全部が収まってるわけじゃねえだろ。
サービスが続いてりゃまだ運営費くらいはペイできたかもしれんが、
ローウェルのボケナスが先走ったせいでそれもワヤになっちまった
「そうだね。
現状、この世界のサーバ的なもの……の管理は、ずっとバロールがやってるんだ。
サーバの保守と管理、メンテナンス。それから……うん、お金のことも。
わたしたちの世界の常識と、その……所謂『上の世界』の常識は、結構違うところも多いんだけど。
でも、世界の維持にお金に相当するものが必要っていうのは変わらない。
バロールはそれも対策を練ってた。プロデューサーにそっぽを向かれたコンテンツで、会社的な後ろ盾は存在しない。
手助けしてくれるスタッフもいない。シャーロットも手出しができない――
そんな中、バロールは全部ひとりで対処するしかなかったんだ。
……苦労を掛けちゃったよ。
あ、わたし今ネタバラシしちゃったけど、バロールには言わないであげて。
本人はそういうの、気遣って貰いたくないタイプだから」
お茶を啜りつつなゆたが返す。
通常、何十人何百人とスタッフが必要なはずのゲームの維持、世界の補完。
驚くべきことに、現在はそのすべてをバロールがひとりで司っているのだという。
バロールが時々音信不通になるのは、設備点検や金策などで奔走していたという背景もあったのだろう。
43
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:06:06
>……そういう話なら、さっき少し気になる点があった。エカテリーナだ。
ローウェルが継承者を招集した時、そこに虚構は見出だせなかったって話だったよな。
相手が管理者だからと言えばそれまでだが――意外と、そこにホントに虚構がなかった可能性もある
>つまり……とことん好意的に解釈するなら、ローウェルは誰に対しても嘘をついていなかったのかもしれない。
『ブレモンがかつてのような人気を取り戻せたら』『勝った方の世界と地球を残してやる』。
――条件は最初から二つだったんだ。アルフヘイムは、ただ勝利しただけで
「うむ、それは妾の『虚構』の名に懸けて保証するぞ。
師父は間違いなく、この世界の脅威に対処しようとしておられた。
……よもや、その脅威を……『侵食』を発生させたのが他ならぬ師父ご自身であったとは、
さしもの妾の目を以てしても見通せなんだが」
エカテリーナがすかさず告げる。
今となってはローウェルの思惑の下に結成された継承者の名にどれほどの意味があるのかは分からない。
しかし、それでも。
エカテリーナにとって十二階梯の継承者という肩書は、自分を構成するのに必要不可欠な要素であるのだろう。
「……そうかも。
わたしの……ううん、シャーロットの記憶では、ローウェルは三つの世界に強い愛着を抱いてた。
だからこそ、ブレモンが凋落していくのを見たくなかったのかもしれない。
緩やかに衰退していくのを眺めているくらいなら、いっそキッパリと終止符を打った方がいいって。
だから――」
もしも、本当にローウェルの提示した条件を示すことができるなら。
>世界の存亡は、ローウェルを黙らせりゃ万事解決って話じゃ、多分ない。
ブレイブ&モンスターズを続けていくには……ブレモンはこの先も続けていけるんだって、
ジジイに納得させなくちゃな
「そうだね。いずれにしてもローウェルとは決着をつけなくちゃいけないけれど――
ローウェルを倒すこと、それはわたしたちの最終到達点じゃない。
侵食を食い止め、この世界を救うこと。それがアルフヘイムに召喚された当初からずっと一貫して変わらない、
わたしたちの旅の目的だったんだから」
異動や退職の際にそれまで自分が製作してきた書類やデータなどを全部破棄してしまい、
引継ぎを行わない人間というものは、どこの職場にもいるものだ。
どうやらローウェルもそういった手合いらしい。
だが、そんなローウェルに実際にこの世界にはまだまだ隆盛を取り戻せる力があり、魅力があるということを知らしめ、
納得させることができたなら。
それはプロデューサーの意に添わぬ延命という手段でない、真の意味での世界存続の足掛かりとなるに違いない。
ローウェルと直接対峙し、彼の言い分を聞いたうえで、真正面から此方の力を見せつける。
そうして改めて、この世界の未来を決める。必要な行動の指針は決まった。
>勿論だ。それと……ウィズリィ。もし良ければ、少し時間をくれないか?
大事な話がある。出来れば……こっちへ来てくれ。皆には聞かれたくない
その後、再度パーティーに加わったウィズリィに対してエンバースが声をかける。
部屋の隅に移動してのエンバースの問いに対し、ウィズリィは戸惑いがちに口を開いた。
「ダインスレイヴ……“星の因果の外の剣”。かつて大賢者様が『賢人殺し(トート・デス・ヴァイゼン)』に授けた、
この世界には存在しないはずのアーティファクト……ね。
私もよくは知らないの、力になれずごめんなさい。
ただ……大賢者様がスルト計画について、イブリースと話していたのを小耳に挟んだことがあるわ。
ダインスレイヴは『武器ではない』と――」
ウィズリィの知っているのはそれだけだった。
元々、ダインスレイヴはブレモンの世界では未実装のアイテムである。
ブレモンのキャラクターであるウィズリィが知らないのも無理はない。
「大賢者様は――ハイバラというプレイヤーのことをとても警戒しておられたわ。
貴方たちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中でも、特別と言っていいほどに。
かつてハイバラであったエンバース、貴方のこともね。
それはきっと、貴方がダインスレイヴを持っているからだと思う」
エンバースの罅割れた双眸を見詰めながら、ウィズリィは続ける。
「世界ランキング上位者さえも成し得なかった『転輾(のたう)つ者たちの廟』の踏破。
それを唯一達成したハイバラのことを、大賢者様は高く買っておられた。
だからこそハイバラにダインスレイヴを与え、手ずから召喚し魔王になるための試練を与えた。
最強のプレイヤーであるハイバラを、運営側に抱き込もうとした――という訳ね。
けれど、結果的に大賢者様はハイバラを手に入れることが出来なかった。
自分の手駒にすること前提で使わせるつもりだったチートアイテムのダインスレイヴも、
エンバース……貴方が持ったまま。
この世界に於いて全知全能を体現する大賢者様にとっては、まさに大誤算でしょうね」
魔王となったハイバラに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを倒させるため、
運営――ローウェルはダインスレイヴを与えた。
ダインスレイヴが未実装なのも、そもそもスルト計画で魔王としての適性を見出された者専用のアイテムであり、
プレイヤーサイドには最初から流通させるつもりがなかった、ということなら説明がつく。
“星の因果の外の剣”とは、星(ブレイブ&モンスターズ!)の因果(プレイヤー、ユーザーが干渉できるステータス)
の外の剣(アイテム)、という意味だったのだ。
44
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:06:38
会議が一段落しても、それで何もかもが落着したわけではない。
突如出現した魔法機関車の脱線激突事故に、周囲が騒然となる。
>おいおいおい……!こんなアクロバットな脱線事故があるかよ!
>だ……大丈夫……じゃないですよね!? なゆたちゃん、回復魔法を……!
「ボノ、しっかりして……!
スペルカード『高回復(ハイヒーリング)』、プレイ!」
ボロボロのスクラップ同然になって各所から煙を漂わせる魔法機関車を目の当たりにして明神が驚愕し、
傷つき倒れたボノを見たカケルが回復魔法を要請する。
すぐになゆたはスマホを取り出すと、スペルカードを発動させた。
治癒の淡い輝きが、傷だらけのボノを回復させてゆく。
>そんな……! バロールさんと連絡がつかないのって……。
え……じゃあ……みのりさんも……!?
>早く行こう……! きっと連絡が取れないだけで、二人ともまだ生きてる!
誰かど〇でもドーア開ける!?
>あのクソ魔王がロハで殺られるはずがねえ。石油王は、籠城戦ならこの世界の誰よりも強い。
二人は生きてる。まだ間に合う!キングヒルに行くぞ!!
>……そうだろうな。もういい、よくやってくれた。ゆっくり休め……オデット!
一人こっちによこせ!癒しの祝祷くらい、聖罰騎士なら誰だって使えるだろう!
キングヒル陥落。ボノの報告に、周囲は俄かに騒然となった。
早速みのりとバロールを救援に向かおうと提案するカザハと明神だったが、
そんな二人をエンバースとジョンが制止した。
>……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ
>焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…
それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ
「……そうだね。一刻も早く助けに行きたいって気持ちは、みんな一緒だよ。
でも今は、こっちのことを片付けていこう」
なゆたもエンバースとジョンに賛同する。
オデットの命令で回復魔法に長けた聖罰騎士がなゆたの手からボノを受け取る。
ボノはカテドラル・メガスの医療機関に運ばれ、治療を受けることになった。
>……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと
「問題ない。君たちをキングヒルに連れて行くくらいなら」
エンデが頷く。大人数は難しいが、今ここにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を移動させる程度なら可能らしい。
>それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?
オデットや聖罰騎士たちが魔法機関車の激突で発生した被害を調査する中、エンバースがなゆたに訊ねる。
なゆたは少しだけ逡巡すると、
「……できるよ」
そう、荘重に返した。
しかし、その表情は晴れやかではない。
さらにエンバースは質問を続ける。
>……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?
>……正直、そんな都合のいい話があるとは思ってないけどさ。聞くだけなら、タダだしな
「フラウさん……ウルトラレアの騎士竜ホワイトナイツナイト……だね。
シャーロットの記録で知ったよ、今の姿は本当の姿じゃないって。
うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも。
みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。
でも――」
メインプログラマーの権能は、この世界ではまさしく神の如く作用するらしい。
管理者権限を以てローウェルを弱体化させ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』サイドに究極の力を与える。
そうすれば、労せずすべてに決着をつけることが出来るだろう。
だが。
45
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:07:04
「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない」
仲間たちの顔を見渡し、なゆたはきっぱり言った。
「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――」
仲間たちの顔を見遣り、一旦言葉を切る。
そして。
「自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――
最っっっっっっ高に面白いって思わない?」
なゆたはいかにも、とっておきのアイデアを閃いたとでもいうように笑った。
むろん、現在自分たちの置かれている状況はゲームなどではない、紛れもない現実だ。
敵は本気で此方を殺そうとしてくるだろうし、死ねばもちろん蘇ることはできない。
リトライのあるゲームオーバーなど存在しないのだ。
世界の存亡を懸けた戦い。その戦いに必ず勝てる方法が存在し、すぐにも使用することが出来るというのに、
敢えて使わないなど狂気の沙汰であろう。
だが、それでも。
ローウェルが使用してくるであろうチートに対してチートで対抗したのでは意味がないと、なゆたは思った。
それはゲーマーとしての、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としての矜持である。
「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
なゆたの無謀としか言いようのない提案に、さっそくガザーヴァが噛みつく。
が、今まで長く一緒に旅を続けてきた仲間たちならきっと分かるはずだ。
これから、話がどんな流れに行き着くのか――
その証拠に、ガザーヴァが明神へちらちらと期待の眼差しを送る。
『その言葉』を一緒に言いたいと、真紅の瞳が言っている。
>忙しい所悪いが…ちょっといいか?…別に兵士がに聞こえたってかまわない、そんな大層な話じゃねえからな
仲間たちの輪から離れたジョンが、忙しなく配下に指示を送っているオデットへ声をかける。
オデットはゆっくりと振り返った。
「なんですか? 愛しき我が子」
>まず一つ…君と戦ったあの場所に放置している生命の輝きあれを預かって…
あんたのほうで保管してほしい…期限は…あんたを殺すまで
「……どういう意味です」
ジョンの申し出に、オデットはぞっとするほど整った青紫色の顔貌に怪訝な色を湛えた。
>あの武器は異常すぎる…たしかに相手が生命体なら無敵に近いが…でもあれはだめだ、
僕では感情を制御できない…相手を殺さなきゃ気が済まなくなるんだ…
なゆの進もうとしている道に…あの武器は似合わない…生命の輝きを振るい続ければ…
なゆと敵対する事になる…予感なんかじゃない…確信があるんだ
>僕はみんなが進む先をいっしょに見に行きたいんだ!世界を救う?人が鼻で笑うような非現実を…成そうとするみんなに
例えこの世界が本物じゃなくたって!その事実を突きつけられても…それでも突き進む彼女は…間違いなく光だ
確かに…最初は慣れない光にあこがれただけの気の迷い…
というかこんな能天気な子供すぐ死んじゃうだろうなって思ったよ…でも…
>でも今はその時感じた一時の感情を…一生の想いにしたいんだ
「……」
オデットは無言でジョンの言葉を聞いていたが、ややあってその意志が固いと判断すると、小さく頷いた。
「分かりました。では、その剣はわたくしが然るべき時まで責任をもって保管しておくことと致しましょう。
しかし……良いのですか? これからの戦いは、世界の行く末を決定づけるもの。
今までよりも一層の激しさを見せることでしょう……未だかつてない脅威に直面した時、
貴方は一体どうするつもりなのです?」
生命の輝きを手放せば、ジョンは最大の攻撃手段を失う。
この先の戦いにはローウェルの他にもイブリース、ミハエル・シュヴァルツァーなど強敵が控えている。
特にイブリースはジョンが命を賭して生命の輝きを発動させ、やっと互角に持ち込んだというのに。
それをなくして、どうやって戦いに勝つというのだろう?
しかし、オデットはそれ以上追及することはしなかった。
>すまないね…結局長話に突き合わせて…それじゃ……あ!忘れてた!この右腕!
…アンタの贈り物だと思って有効に使わせてもらうよ…なんの事かあんたには分からないだろうけど一応ね
「ええ。……貴方に、太祖神の導きがありますように」
オデットは豊かな胸元で手指を組み、静かに祈った。
46
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:07:36
ガァンッ!!
オデット以下プネウマ聖教の手勢が事故現場周辺の救助活動に奔走する中、大破した魔法機関車が一度大きく揺れた。
と同時、機関車の客車の扉が内側から爆ぜて吹き飛ぶ。
「な……」
なゆたは瞠目した。
キングヒルを襲撃したニヴルヘイムの兵が車両に潜伏しており、それが侵攻を始めたのかと身構える。
ポヨリンもなゆたの足許で臨戦態勢を整える――が。
濛々と立ち込める煙の中から姿を顕したのは、ニヴルヘイムの尖兵などではなかった。
豪奢なエングレービングの施された赤黒い鎧。立派な髭を蓄えた、魁偉な顔貌。鋭い眼光の双眸。
そして、腰に佩いた竜の意匠の長剣――。
総体只者ではない王者の覇気を湛えたその男の名は、
「……『覇道の』……グランダイト……!!」
アシュトラーセが目を見開く。
『覇道の』グランダイト。十二階梯の継承者第七階梯にして、二十万の軍勢を率いる覇王。
風の魔剣ストームコーザーの主。
カザハたちが風の双巫女の魂と引き換えに仲間に引き入れ、会談を行うためキングヒルへ向かったはずの人物が、
魔法機関車の客車から姿を現したのだ。
しかも、驚くべきことはそれだけではない。
グランダイトはひとりの人間を両腕で横抱きにかかえていた。
覇王のいつも纏っているマントにくるまって、ぐったりと意識を失っているのは――
「みのりさん!!」
思わずなゆたは叫んだ。
額から血を流したみのりが、まるで死んだように目を閉じて覇王の腕の中に抱かれている。
「陛下! みのりさんは……」
「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
グランダイトが低い声で返す。
なゆたは安堵し、ほっと胸を撫で下ろした。
「『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?」
エカテリーナが矢継ぎ早に質問を口にするも、グランダイトは答えない。
みのりを抱いたまま、オデットへ歩いてゆく。
「それは違う……、陛下のお力あればこそ、我々は此処まで辿り着けたのだ……」
客車の奥から声がする。
中から傷だらけのアレクティウスがふらつきながら出てきて、主君の代わりにエカテリーナの質問に答えた。
「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
「あわわっ!
マゴット! レスキュー!」
そこまで言うとアレクティウスは力尽き、ふらりと大きく身体を傾がせるとどっと倒れた。
ガザーヴァが慌ててマゴットに抱き起こすよう指示する。
「『覇道』……」
「久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を」
「ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト」
見れば、グランダイト自身もみのりやアレクティウス同様――否、それ以上に傷を負っている。
きっとキングヒルから脱出する際にニヴルヘイムの手勢と戦闘になり、負傷したのだろう。
ぶっきらぼうなグランダイトの言いざまに、オデットは微塵の不快も顔に出さずすぐに踵を返した。
ひとまず現場を何人かの聖罰騎士と司祭たちに任せ、大聖堂カテドラル・メガスへ引き上げようとする。
「我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります」
「はい!」
オデットの申し出に、なゆたはすぐに頷いた。
ポヨリンを胸に抱くと、エンバースの隣に立つ。
「みんな、行こう!」
仲間たちに号令を下す。
これ以降、明神たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の本拠はエーデルグーテのカテドラル・メガスとなった。
47
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:07:58
「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
一時間後、カテドラル・メガスの一室で円卓を囲み、改めて対策会議が行われた。
みのりとボノ、アレクティウスは高度な医療設備の整った聖堂内の施療院で治療を受けている最中だが、意識は戻らない。
唯一意識があり応急手当てを受けたグランダイトの語る王都キングヒルの状況に、みな一様に息を呑む。
「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
「『侵食』だ」
エカテリーナの言葉に、グランダイトが眉間へ皺を寄せる。
グランダイトの話によると、確かに王都には来たるべきニヴルヘイムとの決戦に備えてアルメリア正規軍15万、
覇王軍20万に加え、群青の騎士や西方大陸広域戦闘企業団、夜警局といった戦闘集団が集結していたが、
ニヴルヘイム軍の襲来とほぼ時を同じくしてアルメリア王国各地に『侵食』が出現。
キングヒルにも複数の『侵食』が現れ、ことごとくを呑み込んでしまったのだという。
間違いなくローウェルがキングヒル周辺のデータをピンポイントで削除したのだろう。
データ削除という所業の前には、精強を以て鳴る覇王軍であろうと一溜まりもない。
結果、キングヒルに集結していた軍勢は全滅。ただ魔法機関車のみが命からがら脱出に成功した、ということだった。
「では、『創世』の師兄はどうされたのです?」
アシュトラーセが訊ねる。
「あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ」
「……『黎明』……、ゴットリープ様が……」
いかに魔王とはいえ、さすがに三魔将と継承者の相手は荷が勝ちすぎる。
しかし共に戦うというグランダイトの申し出を、バロールは固辞したのだという。
バロールはグランダイトにみのりを守ること、何が何でもニヴルヘイムの包囲網を切り抜け、
エーデルグーテにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と合流することを命じると、
創世魔法『天翔ける虹の軌条(レインボウ・レイルロード)』で虹の線路を創り出し、
魔法機関車を送り出したらしい。
その後王都を脱出する際、魔法機関車はニヴルヘイム軍の激しい妨害に遭った。
みのりやボノ、アレクティウスだけではどうにもならなかっただろう。グランダイトを機関車に乗せたバロールの判断は、
間違っていなかった。
そして、黎明――『黎明の』ゴットリープ。現在の十二階梯の継承者筆頭。
今まで表舞台には出ず、裏方に徹していた高弟までもがキングヒルに姿を見せていたという話に、
アシュトラーセが複雑な表情を浮かべる。
元々アシュトラーセにとってゴットリープは継承者入りを口利きしてくれた人物で、上司でもある。
その上司と干戈を交えなければならないかもしれないという事実に、胸が塞がれる。
「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
円卓にはつかずふわふわと明神の近くの宙を漂いながら、ガザーヴァが呑気に言う。
超レイド級モンスターは例外なく一対多の戦場において有効な広域殲滅用のスキルを持っている。
オデットとの地下墓所の戦いでそうしたように、ベルゼビュートとミドガルズオルムの超レイド級二柱が出るなら、
ニヴルヘイムの軍勢がどれだけの規模を誇っていたとしても物の数ではない。
ただし、超レイド級の召喚は文字通り奥の手、最後の手段である。
それを開幕早々切ってしまうのは、言うまでもなく大きなリスクを伴う。加えて今度の戦いは文字通りの最終決戦だ。
ローウェルのところに辿り着くまで、超レイド級は可能な限り温存しておきたいと思うのが自然だろう。
「……鬣の王が……。陛下が……」
ウィズリィが小さく嗚咽を漏らす。
元々、ウィズリィは鬣の王の命を受けて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の水先案内人となった。
その王が崩御したと知って、衝撃を隠しきれないでいる。
「ウィズ……」
なゆたは悲しげに眉を下げた。
彼女と鬣の王の間にどんな絆があるのかまでは分からなかったが、それでも浅からぬ間柄であったのだろう。
かける言葉が見つからない。ぎゅ……となゆたは拳を握り込んだ。
「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
エンデが提案する。
アルメリア正規軍や覇王軍が消滅したとしても、まだ此方にはオデットのプネウマ聖教軍が残っている。
こちらも集めれば相当な数になるはずだ、そして聖教軍の強さは聖罰騎士や穢れ纏いたちと直接戦ったばかりの、
明神やエンバース達が身をもって知っているだろう。
48
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:08:29
「待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?」
「見捨てていく」
「てめえ――――」
ガザーヴァの指摘に、エンデは即答した。
当然ガザーヴァは今にも噛み付かんばかりに柳眉を逆立てたが、エンデは相変わらず淡々としている。
「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
「うぐ……」
年端もいかない少年の姿をしたエンデに論破され、ガザーヴァは呻いた。
明神のお陰で随分マシになったとはいえ、それでもファザコンが抜けきらないガザーヴァである。
未だにバロールのことをこの世で誰よりも強いと信じている。
そのバロールの力を疑うようなことが出来るはずもない。
「ほほほ、御子の言う通りじゃ幻魔将軍。
何せ『創世』の師兄はゴキブリよりしぶといからのう! きっと、しれっと妾たちの前に姿を現すことじゃろう!
ならば、逆に我らはニヴルヘイムに攻め込むが常道よ。
暗黒魔城ダークマターといえば、魔王と化した後の師兄の居城じゃ。
其処で合流というのも分かりやすいしの」
長煙管を銜え、紫煙をくゆらせながらエカテリーナが笑う。
どんなにろくでなしの人でなしの腐れ外道で、信用も信頼もできない胡散臭い人物であっても、
バロールがこの世界最高の力の持ち主だという一点だけは皆の共通認識であり、揺るぎない事実である。
そんなバロールがみすみすイブリースたちに敗北する筈がない。
結局こちらの作戦は変わらず、プネウマ聖教軍の準備が整い次第エーデルグーテから直接ニヴルヘイムへ乗り込む、
ということで結論が出た。
「あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい」
「よーっし、じゃあ四日後の朝にニヴルヘイムにカチコミな! それまでは自由時間ってコトで!
いこーぜ明神、マゴット! まずは腹ごしらえだろ、腹ごしらえ!」
オデットの厚意によって、エーデルグーテ内で販売されているアイテム類は全品ロハになった。
ガザーヴァがさっそく遊びに行こうと、明神とマゴットの手を引っ張って外へ遊びに繰り出そうと誘う。
「妾もちと準備をしてくる。虚構魔法を存分に揮うには、入念な下準備が不可欠じゃからの」
「そうね。私も一度メイレス魔導書庫へ戻るわ。今までのことを書き記しておく時間も必要だし。
……『覇道』の賢兄はどうされるのかしら?」
「キングヒルに駐屯させていた本隊は全滅したが、双巫女との約定により始原の風車に駐留させた軍があと500騎残っている。
それを一旦回収し、覇王軍として再編する」
エカテリーナ、アシュトラーセ、グランダイトもそれぞれ最終決戦に備えて準備を整えるという。
ニヴルヘイム軍には『黎明の』ゴットリープ、『聖灰の』マルグリット、『万物の』ロスタラガム、
『詩学の』マリスエリスが加担している。
継承者同士の戦闘になってしまうが、それも世界の存亡の前には已む無しなのだろう。
一度聖都を離れると言う三人に対し、エンデはといえば相変わらずなゆたの傍にいるらしい。
元々なゆた――シャーロットありきの存在だからか、別の場所に移動する理由もないということか。
「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
バロールが生死不明の今、自分たちの司令塔はみのり以外にはいない。
みのりの力なしには、いくら死線を潜り抜けてきた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と言えど、
ローウェルに勝利するのは難しいだろう。
今から四日後までに無事みのりの意識が戻ることに期待して、
なゆたは全員に準備期間として自由時間を与えた。
49
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:10:12
「おい」
夜になり、各々が聖堂内に用意された部屋へ就寝に入るころ。
腕組みして廊下の壁に凭れかかったガザーヴァがカザハを呼び止める。以前とは反対の状況となった形だ。
ガザーヴァは軽く顎で自分の部屋を示すと、
「ちょっとツラ貸せ。
あ、ウマは来んな。これはボクとバカザハの問題だ。
余計な口出しされちゃ堪んないからな」
カケルに釘を刺し、カザハを半ば無理矢理部屋の中へと連れ込み、内側から鍵を掛ける。
更に施錠したドアの前に立って逃げ出さないよう厳重に対策を取り、ふふんと小さく息をつくと、
「オマエ、パーティーを抜けたいんだろ」
と、やにわに切り出してきた。
「分かんないと思ってたのかよ? 不本意だけど、ボクはオマエのコピーとして生まれた。
オマエの考えることなんて、手に取るように分かんだよ。
お荷物で、足手纏いで、物の役にも立たねーから消えたいって。そう思ってんだろ?
モンスターだから、明神やモンキンやジョンみてーな勇気もない。
焼死体みてーな切り札も持ってない。自分にはなーんにもないってよ」
軽く肩を竦め、挑発するようにせせら笑う。
「ワカってんじゃねーか、自分を客観的に判断できるってのはイイコトだぜ?
確かにオマエは役立たずの足手纏いだよ。戦闘力は大したことねーし、バフだって戦局を左右するほどじゃない。
レクス・テンペストの力って言っても、ブラッドラストやダインスレイヴと比べたらタカが知れてる。
モンキンはもちろん、ウチの明神やマゴットともハナっから比べ物になんねーし!
ボクだって今や超レイド級として進化したしな! けけけっ!
あー、今思うとボクはどうしてあんなにレクス・テンペストになりたがってたんだろ?」
超レイド級モンスター・ベルゼビュート、幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァに進化したガザーヴァは、
今やカザハに対して抱いていたコンプレックスを完全に克服した。
『ブレイブ&モンスターズ!』の世界に於いて、超レイド級以上のランクは存在しない。
加えて、それは愛する明神との絆の果てに掴み取ったもの。
力と絆――ずっと求めていたものをガザーヴァはやっと手に入れたのだ。
「ホンット、情けねぇヤツだよなー? オマエってさ!
オマエがいてよかったー! 助かったー! なーんて局面、今まで一度だってなかったし、
別にいなくなったって戦力的にボクたちはぜーんぜん構わねぇんだよ!
ボクらのパーティーでブッチギリのお荷物、それがオマエさ、バカザハ!
なのに――――」
今までのへらへらした挑発的な笑み顔から一転、憎悪の籠もった眼差しできっとカザハを睨みつける。
ガザーヴァはツカツカとカザハに近付くと、恐るべき素早さで右手をカザハの胸倉へと伸ばし、力強く掴み上げた。
「……どこまで。
オマエはどこまで、ボクを見下してるんだよ!!!」
ギリ、と歯を食い縛る。
「ボクにはオマエの考えが分かる。分かっちゃうんだよ……分かりたくなんてねぇのに!
コピーだから! オリジナルを真似た、複製品だから!
パパが、ボクの心も……オマエの心に似せて作ったから……!
『大事なものを奪ってた』? 『酷い事をした』? ふざけんな!!
ああそうさ! オマエのせいでボクは酷い目に遭った! 散々な扱いを受けて、死ぬほど恨まれて、辛酸を舐めさせられた!
何もかもオマエのせいだ! 今だって殺してやりたい……いいや、殺したって飽き足りないんだよ!!」
ぐ、ぐ、とガザーヴァがカザハの胸倉を掴む手に力を込める。
平素でも神代遺物の騎兵槍を片手で軽々と振り回す、レイド級の筋力だ。
実際にガザーヴァがやろうと思えば、いつでもカザハの脛骨をヘシ折るくらいのことはできるのだろう。
「抜ける抜ける詐欺もいい加減にしろよ、何かあるたびバカの一つ覚えみたいに繰り返しやがって。
全部ダダ漏れだったんだよ! 聞こえてたんだよ、オマエの声が!!
うっっっっっっっっっぜえ!!!!!!」
ぐんっと右手を引くと、ガザーヴァは勢いをつけてカザハを壁に叩きつけた。
バァンッ! と大きな音がして、部屋が微かに揺れる。
「パーティーを抜ける理由をボクのせいにするな! ボクを逃避の理由にするな!
ムカつくんだよ、オマエのそういう根性が!
オマエは目を背けてるだけだ、責任から逃れたいだけだ!
ボクを憐れんで、いいコトした気分でパーティーを抜けて、自分だけ始原の風車で安穏と過ごそうってのか!?
そんなの許さないぞ! オマエは歩くんだよ、最後まで! ボクたちと一緒に、この世界の最期を!!」
息を荒らげ、ガザーヴァが感情を爆発させる。
「オマエが抜けたら、明神がどう思うか考えたことあるか!?
アイツはな、普段は自分のことクソコテとかいって悪ぶってるケド、ホントは誰よりもいいヤツなんだ。
仲間のことが自分よりもずっと大切で、仲間のためなら何だってやっちゃうお人好しなんだ!
だって……だってさ、このボクみたいなどーしよーもない、救いようもない悪役のこと、
スキって言ってくれたんだぜ? 一生セキニン取って、一緒にいてくれるって約束してくれたんだぜ……?
そんなアイツの気持ちを! ボクより長く一緒にいるオマエが! 分かんないなんて言わせないぞ!」
カザハが脱退を表明すれば、きっと明神は少なからず落胆するだろう。
自分に何らかの落ち度があったのかもしれないと、自らの努力や理解が足りなかったと考えるに違いない。
明神とはそういう人間だ。
50
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/10/27(木) 22:11:14
「モンキンだって、焼死体だって、ジョンぴーだってそうだ。
きっとガッカリするさ……オマエなんかのために心を砕いたって、これっぽっちもいいことなんてないのにな。
抜けるんだ、あぁそうお元気で、なんて言うヤツはひとりもいない。
バカザハ、もしオマエが自分の抜ける影響ってもんを考えられないほどのバカなら――オマエを殺す。今すぐ殺す。
人間と精霊じゃ考えが違うからとか、モンスターだからとか、そんなこと関係ない。
『そんなヤツに存在する価値はない』。せめて、ボクが介錯してやる」
ゴウッ! と音を立て、ガザーヴァの全身から闇色の瘴気が噴き出す。
虚空から暗月の槍ムーンブルクが出現し、右手に握られる。
ガザーヴァは本気だ。カザハが本当に人の心というものを理解できない存在であるのなら、
彼女は本当にカザハを殺しにかかるだろう。
じゃき、とガザーヴァがカザハの鼻面に槍の穂先を突きつける。
「もう一度言ってやる。
オマエはお荷物だ。足手纏いの役立たずだ!
別にオマエがいなくなったところで、戦力的にボクたちは何の痛手もねぇんだよ!
でも――――」
憤怒を満々と湛え、一気に捲し立てる。
しかし。
「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
そう、魂から絞り出すように告げるガザーヴァの大きな深紅の双眸には、いつの間にか大粒の涙が溜まっていた。
「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
ぐすっ、とガザーヴァは一度鼻を啜った。
ガザーヴァにとってカザハという存在が憎悪の対象であることは、今もまったく変わらない。
憎い、恨めしい、殺してやりたいという気持ちを、ガザーヴァは今でも持っている。
だが――
決して、彼女がカザハに抱いている気持ちは、決してそれだけではない。
少なくとも一巡目では芽生えることもなかった感情を、今のガザーヴァは持っている。
「……明神から聞いたぞ。
オマエ、言ったんだろ。自分は勇者にはなれないけど、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐことはできるって。語り部になるって。
そこまで覚悟ができてるなら、別に勇気がなくたっていいじゃんか。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくたっていいじゃんか――
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないだろ。
オマエはオマエのやり方で、一緒にいたい奴らと時間や思い出を作っていけば……。
明神だって、他の連中だって、みんなそう思ってるよ。
…………まぁボクは思ってねーケドな!」
ひゅん、と手許から暗月の槍が消える。
目元に溜まっていた涙を軽く拭うと、ガザーヴァはいつもの調子でへへっと笑った。
「ちょっとー!?
さっき、なんかスゴイ音が聞こえたんだけど!? 何かあったの!?」
ドンドン、と扉を叩く音が聞こえる。
どうやら先ほどガザーヴァがカザハを壁に叩きつけたときの音で、なゆたが何事かと様子を見に来たらしい。
ガザーヴァがドアの方を見遣る。
「おっと、そろそろ潮時かな。……ボクの言いたいことはそれだけだ。
オマエはさ。いつかうんちぶりぶり大明神と、現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者なんだろ?
自分から言い出したんだかんな、ボクは忘れてねーぞ。オマエも忘れんなよ」
そう最後に肩越しに振り返って告げると、ガザーヴァは踵を返して鍵を開け、自らドアを開けて外へ出て行った。
「あ、ガザーヴァ。さっき大きな物音がしたんだけど、どうかした?」
「べっつにぃー。なぁーんでもぉー」
頭の後ろで両手を組んで、しれっとなゆたの横をすり抜けてゆく。
きっと、これもガザーヴァなりの激励であったのだろう。
顔だけではない。その心も、バロールがカザハに似せて創ったものだから。
想いが理解できるから。
姉妹だから。
【グランダイト、みのり、アレクティウスが合流。
なゆた、此方のチート&ローウェルのナーフは可能だがやりたくないと発言。
四日後に最終決戦の予定。それまで各自自由時間。】
51
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:12:36
エンバースさんがなゆたちゃんに、駄目元でシャーロットの管理者権限について問う。
先ほど管理者権限を駆使してローウェルを弱体化させることが出来ると言っていたが、
そんなものが無制限に出来るのだったらこんな作戦会議をするまでもない。
負担が大きいとか、難しい条件を揃える必要があるとか、そう簡単に出来るものではないと考えるのが妥当だろう。
>「……できるよ」
予想外の返答。できるんかーい!! という感じで背景でカザハがずっこけた。
>「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない」
「え……やりたくないって……」
>「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。」
当初の作戦に入っていたローウェルの弱体化すらやりたくないと言い出した。
>「わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――」
世界が消えようとしているのに、この期に及んで面白い面白くないとか、誇りとか言ってる場合ではない。
と言いたいところだが。これはその常識が通用しない特殊な状況なのだ。
死なずにクリアーしなければいけないのはもちろんだが、それだけではなくローウェルに面白いと思わせなければ、世界は終わってしまう。
ゲーム制作者のローウェルを面白いと思わせられる感覚を持つのは、やはりゲーマー達なのだろう。
だとしたら、ゲーマーではない私達は、彼らの判断を信じてついていくまでだ。
>「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
というわけで、お約束の流れを見守ったのだった。
「ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから」
問題は今度こそ「もう付き合ってられんわ」と思ってそうな約一名をどうやって連れて行くかですね……。
ところで私ってこんなやる気に満ち溢れたキャラでしたっけ。
多分元ただのニートから元病弱系ニートに昇格(?)した影響ですね。
いわゆる「重病から奇跡的に復活した人に超ポジティブ補正がかかる現象」というやつです。
52
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:13:46
>ガァンッ!!
話が一段落したころ、大破した魔法機関車の扉が吹き飛ぶ。
「今度は何ですか!?」
扉から、『覇道の』グランダイトが降りてきた。
更に驚くべきことに、その腕にはみのりさんが抱えられている。
>「陛下! みのりさんは……」
>「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
オデットによって、みのりやグランダイト達に治療の手配がされる。
更に、私達もカテドラルメガスへ招かれた。
>「我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります」
>「はい!」
カテドラル・メガスで改めて対策会議が行われ、四日間の自由時間が与えられることとなった。
>「おい」
夜になり、そろそろ就寝というころ、ガザーヴァがカザハを呼び止める。
あっちから積極的に話しかけてくるなんて滅多になかったのに何事なのでしょう。
不穏な予感がする……!
>「ちょっとツラ貸せ。
あ、ウマは来んな。これはボクとバカザハの問題だ。
余計な口出しされちゃ堪んないからな」
「え、あ、ちょっと……あんまり手荒なことはやめてくださいよ!?」
カザハは強引に部屋に連れ込まれてしまった。
因縁のある二人を密室で二人っきりにするのはどうなのでしょう……。
それ以前に今更ながら同じパーティにいる時点でどうなのでしょうという根本的な問題がありますが。
因縁のある者同士を同じ部署に配属してはいけないのは基本中の基本である。
バロールさん、ゲームデザイナーとしては超一流かもしれませんけど人事はちょっと……。
とか思いながら、私は先に自室に帰った。
53
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:19:31
>「オマエ、パーティーを抜けたいんだろ」
ガザーヴァは単刀直入にそう切り出し、カザハを挑発するように怒涛の勢いで煽り始めた。
「え……いきなり何……?」
カザハは突然のことに戸惑っている。
>「……どこまで。
オマエはどこまで、ボクを見下してるんだよ!!!」
「ひえぇええええええ!?」
胸ぐらを掴み上げられ、あまりの事態に悲鳴をあげるカザハ。
>「ボクにはオマエの考えが分かる。分かっちゃうんだよ……分かりたくなんてねぇのに!
コピーだから! オリジナルを真似た、複製品だから!
パパが、ボクの心も……オマエの心に似せて作ったから……!
『大事なものを奪ってた』? 『酷い事をした』? ふざけんな!!
ああそうさ! オマエのせいでボクは酷い目に遭った! 散々な扱いを受けて、死ぬほど恨まれて、辛酸を舐めさせられた!
何もかもオマエのせいだ! 今だって殺してやりたい……いいや、殺したって飽き足りないんだよ!!」
暫しビビって固まっていたカザハだったが。
「お前に……お前に何が分かるんだよ!!
バロールさん、属性から間違ってるしまともにコピーできてないじゃん!
考えてみれば君のモデルになるのを許可した覚えなんてないんだけど!?」
窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、キレた。
ところで、ガザーヴァはコピーキャラとは言いながら属性からして違い、性格も一見全然違うので、
カザハの中では「コピーキャラのつもりで作ったけどただ見た目が似てるだけの他人」ぐらいの認識になっている。
しかし、バロールがこの世界のすべてを描いたデザイナーだったということは……
少なくとも「うっかりコピー失敗しました」ということは無いのだろう。
ということは、属性が違うのは仕様と考えられ、無理矢理地球の生物学風に例えると、
かなりの時間差で生まれた一卵性双生児ぐらいに近い関係性なのかもしれない。
>「抜ける抜ける詐欺もいい加減にしろよ、何かあるたびバカの一つ覚えみたいに繰り返しやがって。
全部ダダ漏れだったんだよ! 聞こえてたんだよ、オマエの声が!!
うっっっっっっっっっぜえ!!!!!!」
壁に叩きつけられながらも、売り言葉に買い言葉で言い返す。
「抜けるどころか一度裏切ってるくせに偉そうに言える立場!? じゃあ正直に言ってやろうか。
こっちこそお前みたいなあざとくて我儘放題で乱暴な奴は大っっっっ嫌いなんだよ!
あの時さ……わざと一人取り残して死ぬように誘導したよね!?
本当に……なんでテンペストソウルなんて欲しがったんだよ!
散々欲しい欲しい詐欺しといて気付いた時には興味無くして葬式モードの隣でキャッキャウフフしてやんの!!
でも……あの雰囲気で言えないじゃん! 可哀そうな君を責めたらこっちが悪者だもんな!
せめて可哀そうだから仕方ないって憐れむぐらい許せよ!」
54
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:21:15
>「パーティーを抜ける理由をボクのせいにするな! ボクを逃避の理由にするな!
ムカつくんだよ、オマエのそういう根性が!
オマエは目を背けてるだけだ、責任から逃れたいだけだ!
ボクを憐れんで、いいコトした気分でパーティーを抜けて、自分だけ始原の風車で安穏と過ごそうってのか!?
そんなの許さないぞ! オマエは歩くんだよ、最後まで! ボクたちと一緒に、この世界の最期を!!」
「ああそうだよ! 駄目人間だからそういう体育会系なノリに付いていけないんだよ!
付いていけないお荷物引き留めて何がしたいの? 嫌いな奴がいなくなって何が不満なんだよ!!」
>「オマエが抜けたら、明神がどう思うか考えたことあるか!?
アイツはな、普段は自分のことクソコテとかいって悪ぶってるケド、ホントは誰よりもいいヤツなんだ。
仲間のことが自分よりもずっと大切で、仲間のためなら何だってやっちゃうお人好しなんだ!
だって……だってさ、このボクみたいなどーしよーもない、救いようもない悪役のこと、
スキって言ってくれたんだぜ? 一生セキニン取って、一緒にいてくれるって約束してくれたんだぜ……?
そんなアイツの気持ちを! ボクより長く一緒にいるオマエが! 分かんないなんて言わせないぞ!」
「……」
ここまで脊椎反射的に応戦していたカザハが、言葉に詰まったように黙る。
>「モンキンだって、焼死体だって、ジョンぴーだってそうだ。
きっとガッカリするさ……オマエなんかのために心を砕いたって、これっぽっちもいいことなんてないのにな。
抜けるんだ、あぁそうお元気で、なんて言うヤツはひとりもいない。
バカザハ、もしオマエが自分の抜ける影響ってもんを考えられないほどのバカなら――オマエを殺す。今すぐ殺す」
「……そんなこと……分かってる……!
どいつもこいつも何の得にもならないお荷物を進んで背負い込もうとするお人よしばっかり!
でももしも足手纏いがいたばっかりに最悪の事態になったらガッカリするぐらいじゃ済まないんだよ!?」
次第に声音が泣きそうな声へと変わる。
>「人間と精霊じゃ考えが違うからとか、モンスターだからとか、そんなこと関係ない。
『そんなヤツに存在する価値はない』。せめて、ボクが介錯してやる」
「ブレイブじゃないならいっそ人間の心なんてなければ……純粋な精霊でいられればどんなに良かったか!
こんな理不尽で非合理なものがあるから不毛な争いが絶えないんじゃないか。
本当は君は何も悪くないよ。それどころか……
二人は最初からあのつもりで……あれしか勝ち筋がなくて
君のおかげでみんな生き残れたんだから感謝しなきゃいけないって分かってるよ!
昔は……前の世界ではこんなんじゃなかった!
昔の我は……何も考えてないけど汚いことも考えなくて、いつだって迷わず突き進んで、
今みたいにヘタレじゃなくて、少なくとも君と相打ちになる程度には強かった!
使えてたはずの切り札も純粋じゃなくなったからもう使えない……!
こんなのでどうやって……どうやって付いて行けばいいのさ!」
55
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:22:19
>「もう一度言ってやる。
オマエはお荷物だ。足手纏いの役立たずだ!
別にオマエがいなくなったところで、戦力的にボクたちは何の痛手もねぇんだよ!
でも――――」
>「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
さっきまでとは打って変わって、魂から絞り出すような声。
「ちょ、ちょっと……え……嘘……なんで……なんで泣いてるんだよ!?」
ガザーヴァの双眸に大粒の涙が溜まっているのに気づき、焦りまくるカザハ。
ガザーヴァは自分のことが殺したいほど大っ嫌いで、レプリケイトアニマで庇ってくれたのは正義の味方になりたいからで。
……でも、本当にそれだけならここで泣くだろうか。
カザハはガザーヴァのことがちょっといやかなり苦手で気まずくて、だけど可愛くて今度は幸せになってほしいとも思っている。
もしかして相手も、大っ嫌い以外の感情を持ってくれているのだろうか。
「……泣くなよ! 調子狂うだろう……!」
>「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
「……いたけりゃいていいってもんじゃないだろう! 寂しいとか言ってる場合じゃないだろう!
世界が消えかかってるんだから……駆け出し冒険者のほのぼの珍道中じゃないんだから……
……。
……ああもう、分かった! 分かったから! もう抜けるとか言わないから! だから泣きやみなよ!」
反論しようとするも次第に声が小さくなり、ガザーヴァの涙の前に成す術もなく陥落した――
>「……明神から聞いたぞ。
オマエ、言ったんだろ。自分は勇者にはなれないけど、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐことはできるって。語り部になるって。
そこまで覚悟ができてるなら、別に勇気がなくたっていいじゃんか。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくたっていいじゃんか――
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないだろ。
オマエはオマエのやり方で、一緒にいたい奴らと時間や思い出を作っていけば……。
明神だって、他の連中だって、みんなそう思ってるよ。」
「そういえば、そうだったな――」
人が続々死ぬしガチで世界の存続が危うくなって最近それどころじゃなくなっていたけど、確かにそうだった。
明神さん、余計な事言ってくれて――と言う感じで苦笑するカザハ。
もしかして、もしかしなくても、どういうわけだか今自分はガザーヴァに励まされているらしい。
>「…………まぁボクは思ってねーケドな!」
「せっかくいい事言ってたのに一言余計だよ!?」
いつもの調子で笑ったガザーヴァにつられて笑う。
>「ちょっとー!?
さっき、なんかスゴイ音が聞こえたんだけど!? 何かあったの!?」
扉を叩く音が聞こえる。心配したなゆたが様子を見に来たようだ。
>「おっと、そろそろ潮時かな。……ボクの言いたいことはそれだけだ。
オマエはさ。いつかうんちぶりぶり大明神と、現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者なんだろ?
自分から言い出したんだかんな、ボクは忘れてねーぞ。オマエも忘れんなよ」
そういえばそんなことも言ったわ……!
伝説を語る者って……どんだけ厨二病やねん! そんな大風呂敷広げてどうすんの!? ちょっと前の自分怖っ! そしてそんなことをよく覚えてやがるなコイツ!
などと思っている間に、ガザーヴァは何事もなかったようにさっさと出て行った。
>「あ、ガザーヴァ。さっき大きな物音がしたんだけど、どうかした?」
>「べっつにぃー。なぁーんでもぉー」
「……切り替え早ッ!」
56
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:24:18
しばらく経って、カザハが帰ってきた。
「大丈夫でしたか!?」
「どうしよう……どうすればいいのだ……」
カザハは深刻そうな顔をしている。案の定ガザーヴァにいじめられたのだろうか。
「我はどうやら伝説を語る者になると言ったらしいのだが……アシュリーさんみたいな文才ないのだが」
私はずっこけた。
「知りませんよそんなこと! その前に世界が滅亡したら元も子もありませんからね!?」
さっきまで足手纏いになって世界が滅亡したらいけないから抜ける(意訳)と言っていた人が、
世界を救った後にどう伝説を語るかを心配している……! どういう風の吹き回しですかね!?
ガザーヴァが説得してくれたのでしょうか。一体どんな手を使った……!?
ちなみに、カザハはスマホに毎日冒険日誌を書いているが、私が見る限り小学生の作文レベルで確かに文才は無い。
「分かんないですけどこういうファンタジー風世界で伝説を語るっていったらやっぱり……いえ、なんでもないです」
57
:
カザハ
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:25:45
その夜、カザハは夢を見た。
「やあ、歴代達が随分手荒な真似をしたね」
そう語りかけてくるのは、草原で大きなハープを爪弾いているシルヴェストル。
フードを目深に被っていて顔はよく見えないが、雰囲気からして少女型だろうか。
「あなたは……!?」
「私? 私は初代の風精王――」
「初代……!?」
世界の風を生み出しているのは始原の風車で、その核になっているのがテンペストソウルの結晶体。
それはつまりレクステンペストの素質を持つシルヴェストル達の魂の集合体だが、
そもそもシルヴェストルは始原の風車から生み出される風から生まれている。
それでは、初代の風精王とは一体何なのだろうか。世界の最初の風はどうやって生まれたのだろうか。
もちろん、その辺の世界の基本的な仕組みは出来上がった状態からこの世界がスタートしたとすれば
スタート地点より前の部分は謎のままで置いておかれていて設定されていないという可能性もある。
しかし、なゆた(シャーロット)は、急ごしらえで出来た二巡目の世界でも、
少なくとも何十年単位では実際に時を刻んでいる、という風なことを言っていた。
二巡目ですらそれなら元々の世界は、本当に世界創生に近いところから始まっている可能性も否定できない。
初代風精王の出どころに関する疑問はひとまず置いておいて。
オデットとの戦いの最中、一瞬だけだが歴代の風精王達と繋がった。
その影響でこんな夢を見ているのだろうか。
「キミはもう知っているはず。伝説を語る方法――。
思い出して。地球で生きていた時に好きだったこと。
昔と同じように戦わなくていい」
そこでカザハはあることに気付く。
「あ、それ知ってる……!」
よく聞くと、彼女が弾いているのはゲームのブレモンと無印版アニメのテーマ曲だ。
「歌ってみて」
カザハは暫し逡巡して首を横に振った。
「……。駄目なんだ……。下手糞なんだ……音痴なんだ!」
「なんだ、そんなこと? 地球ではそうだったかもしれない。
でも、こっちでのキミはたとえどんなに弱くても風の支配者――」
58
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:28:15
そんなこんなで一夜明けて、次の日。私は珍しくカザハと別行動でお使いに行かされた。
お使いと言っても頼まれたものをタダで貰ってくるという簡単なお仕事です。
最終決戦に備えて時間を有効活用するために手分けして準備をしようということらしい。
やる気に溢れすぎて逆に怖いんですが……。こんな時は大体碌なことが無い。
用事を済ませて戻ってみると、「中央広場で路上ライブするので来るように」と置手紙が置いてあった。
嫌な予感が的中した。
「なんですって―――――!?」
というのも、カザハは歌が滅茶苦茶下手糞なのである。
風系スキルと音系スキルは近接関係あるいは包含関係とも言われており、シルヴェストルのスキルの中にも呪歌系の技がいくつかあるが
今まで音響操作系の技は使っていても呪歌系の技は使っていないのはそのためだ。
伝説の語り手志望でありながら定番の吟遊詩人路線をお勧めできないのもそのためだ。
昔「歌ってみた」と称して路上ライブを敢行しては苦情が続出し、懲りてやらなくなっていたのだが……。
昨日までとは別の意味で追い詰められてヤケクソでやろうとしてるんですかね!?
とにかく騒音公害が発生する前に止めないと……!
なゆたちゃんもエンバースさんも明神さんもガザーヴァもどういうわけだか見当たらない。
この大変な時にまさかデートなんてしているわけはなく、最終決戦に備えて準備に忙しいのだろう。(※フラグ)
たまたまいたジョン君&部長に声をかける。
「大変だ……! カザハが騒音テロを敢行しようとしている……!
すみませんジョン君、一緒に来て取り押さえるのを手伝ってくれませんか!?」
駆けつけたときには一足遅く、中央広場の一段高くなっている場所で、
キーボードのような楽器を手にしたカザハは歌い始めてしまった。
何故かむしとりしょうじょが普通に体育座りして聞こうとしてるし……!
いるんなら呑気に見てないで止めて下さいよ!
「はじまりのとき 分かたれた 歴史が 今再び 交差する
虐げられた 無辜の民 守り抜くために
正義なる この大地の 護り手に 招かれて 集いし者よ
邪悪な企み 打ち砕き 勝利を掴み取れ」
「あ、あれ……!?」
私は驚愕した。
結果的に私が危惧したような騒音公害は起こることはなく、普通にかなり上手かったのだ。
でも考えてみれば、こっちの世界のカザハは腐ってもレクス・テンペストなんですよね……。
敵をなぎ倒す威力としては大したことなくても、ほんの少し空気の揺れを調整して音を加工するには充分ということか……!
なんで今まで気付かなかったんでしょう。思い込みって怖いですね。
歌っているのは、ブレモンのテーマ曲のようだ。
「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
私の姿に気付いたカザハが、声をかけてくる。
59
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/03(木) 23:31:12
「カケルー! 来てくれたんだな! 下のパートお願い!」
ギターのような楽器を投げ渡された。
「えぇっ!? そんないきなり……! というかその曲ってそこで終わりじゃ……。
下のパートって……メロディーの分岐あるんですか!?」
ところで、この曲は今のところいわゆる1番にあたる部分のみしか存在せず、フルバージョンは未だ公開されていない。
私の戸惑いをよそに、カザハはまさかのあるはずがない2番を歌い始めた。
「創世の時 分かたれた 世界が 今再び 相まみえる
失われゆく 星の命 繋ぎ止めるために
終焉が迫る 世界の 呼び声に 導かれ 集いし者よ
滅びのさだめ 覆し 未来を掴み取れ
遠い記憶に 刻まれてる 救えなかった結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにいる
行く手阻む 高い壁に ひるみそうになっても
いつもいつでも 響きあってる 魂の深くで
君とゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 二人繋ぐ勇気の魔法」
もう一緒に歌うしかない雰囲気になったので、間奏に入ったところでカザハに駆け寄り、肩に触れて精神連結する。
明らかに能力の使い道間違ってますね……!
「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
精神連結によってカザハと意識が共有され、曲の情報が入ってくる。
分岐したパートを二人で歌い上げる。
「皆でゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 僕ら繋ぐ約束」
「巻き戻された 時の歯車が 今再び 回りだす
失われた すべての笑顔 取り戻すために」
「皆でゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 僕ら繋ぐ勇気の魔法」
「どんなに難しい クエスト受けても 難易度は下げてたまるか
一度限りのコンティニュー 完璧にやり遂げる」
歌い終わり、一息ついたところで、カザハに尋ねる。
「カザハ、その2番って……自分で捏造したんですか?」
「……自分でもよく分からないんだ。
そうかもしれないけど……考えたというよりは思い出したような気もするしいつの間にか知っていたような気もする」
カザハはジョン君に気付くと、手を振りながら駆け寄った。
「ジョン君! 聞きにきてくれたんだな……!」
元はといえば騒音公害を阻止するために私が連行してきたのですが……
嬉しそうにしているので敢えて真実を告げる必要もないですね。
「持っといて。聞いてくれたお礼」
そう言って、小さな宝石のようなアイテムを差し出す。
音精のタリスマン――音響系スキルによるバフの効果10%アップらしい。
とはいってもこの街では普通に売っているもので、つまり貰おうと思えばタダで貰える状態だ。
なので深い意味はないほんの気持ちと言ってしまえばそれまでなのだが。
「前に”いつまで一緒にいられるか分からない”って言ったかもしれないけど忘れて。
必ず最後まで見届けて君達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐよ。
君が最前線で戦うのを後ろで見てるしかできないかもしれないけど……ほんの少しでも力になれるといいな」
他の皆のように前線で仲間を守ったり大火力で敵を薙ぎ払ったりできなくても、
ほんの微力でも皆を手助けしながら最後まで見届けるという決意表明――私にはそう思えました。
60
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:02:13
>「……落ち着けよ。焦って戦場に飛び込んでも、状況を悪化させるだけだ。
グランダイトほどの男が、全ての戦力を一度の戦闘で台無しにするとは思えない。
一時撤退して、兵を再編成をしている可能性だって十分あるだろ――もっと情報が必要だ」
すぐさまキングヒルまで直行しようとした俺とカザハ君の背に、エンバースの制止の声が飛んだ。
振り返ればジョンもまた言葉で俺に釘を刺す。
>「焦る気持ちはもちろんわかる!…がキングヒルに行けば休憩なし…セーブポイントもなしの大激戦…
それでいて一体何連戦始まるのか分からないんだぞ?
ゲームだって…そんな場面が来たらアイテムも…状態も万全にするだろう?今の僕達は冷静になるべきだよ」
「んなこと言ったって……っ!キングヒルは陥落して、音信も不通なんだぞ!?
ここで足踏みしてる間に籠城に限界が来たら――」
>「……ボノの状態がマシになったら、もう少しだけ話を聞かせてもらおう。
それまでに準備を万端にするんだ。エンデ……お前、一人で『門』は開けるのか?
もしそうなら、それでよし。そうじゃないなら……飛空艇を飛ばせる状態にしておかないと」
エンバースが続けた言葉に、俺は背筋ごと頭が冷えていくのを感じた。
足元ではボノが、ブリキの口を歪ませて苦しそうに呻いている。
オデットの配下たちが回復魔法を唱えてるが、痛みはすぐさま消えてなくなるわけじゃない。
俺は、こいつが目の前で満身創痍で苦しんでいるのに、何も見えちゃいなかった。
「……悪かった、ボノ。お前が命がけでここまで情報を持ってきてくれたんだ。
回復するまで待って、一緒にキングヒルに戻ろう」
なゆたちゃんの回復スペルが効き、次第にボノの表情から険が抜けていく。
そうだ、キングヒルからエーデルグーテまで陸路で来るなら海を大きく迂回しなきゃならない。
魔法機関車をどんだけぶっ飛ばしたって、何日分もの時間を今焦って埋められるはずもない。
タッチの差で命運を分けるんじゃないなら、むしろ十分な準備を整えてから向かうべきだ。
>「それと……今の内に確認しておきたい。モンデンキント、お前の……管理者権限の事だ。
ローウェルのステータスを弱体化出来るって話だったよな。だったら――その逆はどうなんだ?
つまり明神さんをスカーレットドラゴン級のステータスに書き換えたりとか……そういう事も出来るのか?」
共にボノの容態を見守っていたエンバースがなゆたちゃんに水を向ける。
そうか、キャラクターのステを弄れるなら強さも自由自在ってことだよな。
それこそ一日一回しか使えない超レイド級を使いあぐねるよりも、
俺自身が超レイド級になっちまえば即日ローウェルのアホをギタギタにできる。
>「……フラウを、元の姿に戻すのは?俺の焼けちまったデッキをロールバックする事は?どうだ?」
エンバースの本題はむしろ……『不可逆な変化を取り戻せるか』に向いていた。
フラウ。ホワイトナイツナイトの成れの果て。
溶けかけたミシュランマンみたいになってる今の姿を、もとの騎士竜に戻せるのなら。
――『燃え残り』を、『ハイバラ』に戻すことだってできる。
だけどエンバースは、当然あるべきその可能性について言及しなかった。
61
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:03:35
>うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも。
みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。でも――」
問われたなゆたちゃんは、躊躇いながらも決然とした表情で答えた。
>「エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。 それは……やりたくない」
「できるけどやりたくない……理由は、あるんだよな?」
>「さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた。
わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ」
なゆたちゃんの言ってることは、俺にもよく理解できた。
元々俺はお膳立てが嫌いだ。降って湧いたご都合パワーで収める勝利なんかクソ喰らえだって思ってる。
『シャーロットがステ弄ってくれたから勝てました』なんて結末を、俺自身が受け入れられない。
だけどそれだけじゃあ、命を懸ける理由には足りない。
>「それに――」
なゆたちゃんは続ける。
>「自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――
最っっっっっっ高に面白いって思わない?」
「おいおいおいおい……んな一時の爽快感のためにこっちの切札捨てるってのかよ。
相手は世界の神みてーな存在なんだぜ。目が合った瞬間デリートされちまうかも知れねえんだ。
ヒャクパー感情論のこだわりで絶対勝てる方法を取らねえで、五分にもならん勝負に命張るつもりか?
そんなの――」
>「バカ! 何言ってんだ!?
この期に及んで、面白い!? この世界の未来が掛かってンだぞ!?
クソジジーは遠慮なんてしてこねーぞ、今だって勝手に世界のデータを消しちまってるよーなヤツだ。
ありとあらゆるド汚ねー手を使って、ボクたちを殺そーとしてくるに決まってンだ! ボクが言うのもなんだけど!
なのに、不利と分かってて縛りプレイだぁ? チートをガチンコで叩き潰すだぁ〜?
そんなの―――」
一緒に噛みついたガザーヴァが、ちらりと俺に視線を投げる。
んんー?せーので言いたいのかい?しょうがないなぁ……。
それでは皆さん、ご唱和下さい。
「――すげぇ面白そうじゃん。やってやろうぜ」
62
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:04:15
俺達のセリフは完璧にハモった。
そのステレオな響きは耳朶をうち、比類なき自信と力を俺にもたらしてくれる。
言葉にはパワーがある。俺は何度だって強気な煽り文句で自分を鼓舞してきた。
「実際んトコ、感情論抜きにしても安易なチート合戦は避けるべきだと俺は思う。
ローウェルを倒すことは世界を救う必要条件であって十分条件じゃない。
『倒し方』……結果よりも過程が重要視される戦いだ」
ローウェルは、ブレイブ&モンスターズに見切りをつけている。
世界はオワコンで、これ以上の集客を生み出すことはないと考えてる。
その判断を覆すには、俺たち自身にプロデューサーが食指を動かす付加価値を創造しなきゃならない。
『ブレモンはまだまだ戦えるコンテンツ』だと、認めさせる必要がある。
「ローウェルとの戦いを、単なる管理者権限のぶつかり合いに終わらせない。
この上なくドラマチックな『バトル』を、俺たちがローウェルに提供するんだ。
……問答無用のデリートを防ぐファイル保護ぐらいは、シャーロットの力を借りたいけどな」
>「ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから」
「おいおい他人事みてーなこと言うじゃんカケル君。
ゲーマーじゃねえ奴の視点こそ必要なんだぜ。俺たちゃどうしても廃人目線で語っちまうからな」
ソシャゲのユーザーの90割はスマホでしかゲームやらねえようなライト層だ。
コンテンツを復活させるには、そういう多数派にこそ訴求できなきゃならない。
カザハ君やジョンも含めて、ライトユーザーの意見は絶対に必要だ。
◆ ◆ ◆
63
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:07:16
それからしばらくボノの回復を待っていると、突如として魔法機関車の鉄扉が弾け飛んだ。
中から顔を見せたのは――
>「……『覇道の』……グランダイト……!!」
キングヒルでバロールと会談していたはずの、グランダイト陛下そのひとだった。
そしてもうひとつ。陛下が抱えているのは。
「せっ、石油王……!おい、石油王!!」
思わず駆け寄る。グランダイトに抱かれた石油王は、血を流していてピクリとも動かない。
最悪の想像が、背筋を流れ落ちる。
>「……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ」
はたと気付けば、グランダイト自身も石油王以上にズタボロだ。
豪奢な鎧はところどころが煤け、ひしゃげ、隙間からは赤黒い血が流れている。
あの覇王が、こんなボロボロに……。キングヒルの『壊滅』という言葉が、鈍く頭を打った。
目を覚まさない石油王を引き取り、後から這い出てきたソロバン殿と一緒にグランダイトをメガスへ連れていく。
そこでもたらされた情報は、現状をさらに絶望に追い落とすものだった。
>「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
「生存者が……皆無……」
キングヒルが。アルメリアの首都にして、最大の規模を誇る街が。
そこに暮らす何万って人々が……全員殺された。イブリースの軍団に。
「イブ……リー……ス……!!」
シャーロットのユニークスキルで生え変わったばかりの奥歯がミシミシと軋む。
真っ白になるくらい握った拳から、滲んだ血の赤が見えた。
>「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
>「『侵食』だ」
グランダイトが言うには、王都の防衛にあたっていた戦力――
正規軍や覇王軍はおろか、他国からの支援として駆けつけた軍事組織が軒並み全て、
『侵食』によって消滅してしまったらしい。
ローウェルによるデータの強制削除だ。
軍が一箇所に集まるのを待って、まとめてデリートしやがった。
辛うじて侵食を逃れたグランダイト達は、バロールを殿に残してキングヒルから撤退。
魔法機関車で敵の包囲を突破し、エーデルグーテまで辿り着いたという。
64
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:09:35
>「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
「ガザーヴァ」
強がりか本心か、ガザーヴァの言葉を俺は制した。
「『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ」
イブリースによる侵攻はいつも突発的に始まる。住民を避難させる余裕なんかあるはずもない。
そもそもどこに逃げるってんだ。首都の人口を丸ごと匿って養えるような場所は存在しない。
市街地含めて生存者は皆無――侵食に飲まれたか、ニヴルヘイムの怪物たちに皆殺しにされたってことだ。
初めて王都に着いたときに泊まった宿屋も。
エンバースに死化粧を施した洋服屋も。
バロールに塩対応してた、あのメイドさん達も。
みんな……死んだ。
始原の草原で俺たちを断罪した、イブリースの言葉が頭に蘇る。
――>『今まで経験値だ、イベントだと、我々の仲間たちを嗤いながら殺めてきた貴様らが……今更どの面を下げて『救う』だと!
オレたちの生きる世界は! 貴様らが片手間に救えるほど安い世界ではない――!!』
ああ……イブリース。お前はずっと、ずっとずっと、こんな気分だったんだな。
お前が俺たちを拒絶する気持ちが、ようやく実感できたよ。
「ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる」
>「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
「ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ」
脊髄反射でエンデに反駁して、それからこいつの言うことが正論だと理性が言った。
駄目だ。怒りでまともに頭が回らん。
だけどまだキングヒルにはバロールが居るはずだ。あいつを助けなきゃ。
>「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
「クソっ、悪かったよ噛み付いて。バロールに関する見立てはお前が正しい。
あいつもシャーロットと同じ管理者なら、最悪ログアウトしてキャラデータを守るくらいできるはずだ」
よしんばデリートされたとして、『中の人』が居るならやりようはいくらでもある。
コンタクトがとれない以上、俺たちの側からはどうすることもできない。
65
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:11:09
だけどこの胸騒ぎはなんだ……?
「バロールには創世魔法と名を変えた、『中の人』としての権限があるはずだ。
だけど、その権限をもってしてもローウェルによる侵食――データ削除は止められなかった。
シャーロットと違って、プロデューサーとデザイナーの権限は拮抗してるのかもしれねえ」
気がかりはもうひとつある。
「初めて王都でバロールに会った時。
あそこであいつが一言『シャーロット』と口にすれば、世界の真実はもっと早く明らかになったはずだ。
そうできない理由があった。あの段階では、まだ俺達に対するローウェルの影響力が強かったからか?」
あの段階では俺達はまだスマホ越しのローウェルの指示で動いてたもんな。
プロデューサー権限による情報統制が働いていてもおかしくはない。
本当は、出会ったあの時からバロールはシャーロットのことを口に出していて。
だけど俺達は、『シャーロット』という単語を認識できなくされていた?
デウス・エクス・マキナの詠唱者について訪ねたとき、バロールが『わからない』と言ってたこともこれで説明がつく。
「ローウェルとバロールの力が拮抗してるならなおさら、ジジイの意識をキングヒルから剥がす必要がある。
俺達がニヴルヘイムに攻め込めば、ローウェルは必ず俺達を潰しにかかる。バロールが動ける隙もできるはずだ」
俺たちの進路は変わらずニヴルヘイムへ。
当初の予定通り、準備を整える次第となった。
>「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
「わかった。4日後にまた会おうぜ。……それまでには、ちゃんと頭冷やしとくからよ」
最低限の取り決めを交わして、俺たちは解散した。
◆ ◆ ◆
66
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:11:54
その晩、聖堂に割り当てられた寝室で、俺は酒の入ったグラス片手に室内をウロウロしていた。
まったく寝られない。ずっと、壊滅したキングヒルのことを考えてる。
壊滅させたローウェルと……イブリースのことを考えてる。
タマン湿性地帯での戦いで、あいつの想いに触れられたと思った。
ヒトと魔族の、ミズガルズとニヴルヘイムの垣根を超えて、協力する足掛かりが出来たと思った。
三世界を救うって目的のもとなら、因縁を押さえつけてでも手を取り合えると……
そう思ってたんだ。
あいつはキングヒルを滅ぼした。そこに暮らす全ての人々を蹂躙した。
ロイ・フリントを使ったアイアントラスの虐殺に続いて、これで二度目だ。
もしかしたら、俺が知らないだけでもっと色んな街を滅ぼしてきたのかもしれない。
なあイブリース。
お前にとってタマンでのあの戦いは、信念のぶつかり合いは、何の意味もなかったものなのか?
何一つ心動かされることなく、ミハエルの乱入でノーゲームにしちまえるようなもんなのか?
そして俺達も、あいつが言うところの一巡目だかゲームの中だかで、
ニヴルヘイムの何万という生命を蹂躙してきた。
なゆたちゃんは、敵とさえも殺し合わずに世界を救おうとしている。
ジョンは、イブリースと分かり合うことで協働を図っている。
だけど、もう、無理だろ。
和解を目指すには、俺達はお互いに取り合う手を血に染めすぎている。
少なくとも俺は、あいつとあいつの率いる軍勢に殺された人々から目を背けられない。
たとえイブリースの言い分が、正当な報復だとしても……納得できない。
あいつの首を手土産にしなけりゃ、キングヒルをの敷居を跨げない。
世界を救うのにあいつの力が絶対に必要なのであれば、その後で良い。
必ず報いは受けさせる。
グラスの中の酒を一気に呷った瞬間、背筋を叩きつけるような圧力に晒されて盛大にムセた。
凄まじい魔力が部屋の外から押し寄せてきた。
「ぶえっ……!なんだ!?」
慌てて退路を確保するために窓を開けると、隣の部屋から怒鳴り声が聞こえる。
>「パーティーでいるって。
仲間でいるって……戦力が全てじゃないだろ……」
「ガザーヴァ……?」
隣はガザーヴァの部屋。聞こえてくる声もあいつのものだが、誰かと言い争ってる?
>「……いたけりゃいていいってもんじゃないだろう! 寂しいとか言ってる場合じゃないだろう!
世界が消えかかってるんだから……駆け出し冒険者のほのぼの珍道中じゃないんだから…………。
……ああもう、分かった! 分かったから! もう抜けるとか言わないから! だから泣きやみなよ!」
今度はカザハ君の声だ。
水と油みたいな二人がなんだってこんな夜更けに。
姉妹でパジャマパーティー……ってガラじゃねえだろうに。
67
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:12:47
>「オマエは一緒にいたくねぇのかよ。
戦いの役に立つとか、運命だとか、そんなのカンケーなしに。
明神とボケたりツッコミしたりしてさ。焼死体と皮肉を言い合ったりしてさ。
他にもジョンぴーと喋ったり、モンキンと料理したり。
みんなと一緒に、旅。続けたくねぇのかよ?
ウマさえいればいいだなんて、そんな寂しいこと言うなよ……」
いけないと分かっているのに、ついつい聞き耳を立ててしまう。
そうして一部始終を盗み聞きして、合点がいった。
「カザハ君……」
飲み干したグラスの中の氷がカラリと音を立てる。
アコライト外郭での防衛戦の後、一度俺はあいつがパーティを抜けるんじゃないかって慌てたことがある。
それはとりこし苦労で、元気に朝練してるカザハ君を見つけるだけに終わったが……
あれからもずっと、あいつは悩み続けていたんだ。
世界を救うこの度に、出所の曖昧な自分が居続けて良いのかって。
思えば、今朝も魔法機関車が突っ込んでくる前に何か言いかけていた気がする。
気付けなかった。
気付いたのは……カザハ君を苦々しく思っていたはずの、ガザーヴァだけだった。
「……なんだよもう。ちゃんとお姉ちゃんのこと、気にかけてるじゃねえか」
それは、ガザーヴァがカザハ君を『いけ好かないコピー元』じゃなくて、
『一人の仲間』として認めてるってことの証なんだと思った。
これ以上盗み聞きしちゃ悪いや。
わざわざ部屋に呼び出したってことは、他の誰にも聞かれたくない話なんだろうしな。
「おやすみ、二人とも」
俺は窓を閉じて、歯磨きして、床についた。
不思議とよく眠れた。
◆ ◆ ◆
68
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:15:07
「ガザ公、デートをしようぜ」
朝食を終えたガザーヴァに、俺は声をかけた。
四日間の自由時間っつったって、俺自身はとくにやることもない。
旅に必要な物資は一通り補充が済んでるし、俺は武器を使わないからメンテも必要ない。
強いて言うならジョンの言葉通り――最終決戦に向けて英気を養う義務があった。
「今日はご飯食べて、買い物して、いい天気なので釣りをします。釣りってやったことあるか?
お前の分の竿も買ったげるよ。うまくいきゃ夕飯のおかずが一品増えるぜ」
有無を言わさずガザーヴァの手を引っ張って、街へ出た。
「このパエリア、クラーケンの肉使ってるらしいけど、ホントかぁ?」
オープンテラスのカフェで海鮮パエリアを突付く。
クラーケン……それはイカなのか?タコなのか?プルプルの肉からは、生前の姿が想像できない。
「俺魔法使うじゃん?杖くらい持っといたほうがいいのかなって思うんだけど、
選び方がわかんねンだわ。でっかい方が威力は高そうだけど両手ふさがんのやだなぁ」
魔術師の持つ杖は、別になくても魔法が使えないわけじゃない。俺も素手で死霊術使うしな。
じゃあ何のためにあるかっつうと、魔法を『速く強く飛ばす』ための発射台みたいなもんらしい。
店員曰く今の流行りは指揮棒みたいな大きさの杖。軽くて取り回しも良い。
バロールとかマルグリットが持ってるバカでけえ杖は魔法ガチ勢だけが使うもんだそうな。
「マゴットに服を着せたい。翅と干渉しない服っつーと……ビキニか!?全裸より変態じゃん……」
『グフォォォ……我が肉体に恥じる箇所なし……服など……不要……!!』
スマホから地響きのようなマゴットの声が聞こえた。
「あれ羽化直後だからとかじゃなくてデフォで全裸なの?
姉上とユナイトしたときのあの露出度お前の趣味かよ。
エロゼブブがよ。エロゼブブオルタナティブがよ」
『は?ちげーし……!!』
「キャラが不安定すぎる……」
市場を巡って、色んな飯を食って、色んな買い物をした。
オデットの指示で店の商品はなんでも100%オフだ。すげえ大盤振る舞い。
会計の代わりに、購入した物品の目録を渡された。
これにサインすると、品代がプネウマ聖教の財務部から各店舗に支払われるらしい。
「やべえな。ビキニパンツ買ったことオデットに筒抜けだ」
そうして最後に釣具屋へ行き、竿の新調ついでにガザーヴァの分も買ってやる。
スマホからはマゴットの寝息が重低音となって聞こえてくる。
はしゃぎ疲れたみたいだ。スマホん中でどうやってはしゃいだのかは知らんが。
さて、エーデルグーテは海上に突き立った万象樹の根本に築かれた街であるからして、
八方を海に囲まれた臨海都市でもある。地場の水揚げ品が毎朝市場に並ぶ程度に漁業も盛んだ。
複雑に張り巡らされた木の根の隙間は魚にとって絶好の住処になる。
マングローブとかサンゴ礁みたいなもんだな。
69
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:17:37
「ミズガルズの埠頭にはテトラポッドつって波を弱めるためのブロックがあってさ。
こう、四角錐?みたいな形が積み上がってるんだけど、その隙間がいい感じに魚の巣になるんだ。
エーデルグーテの埠頭も隙間がたくさんあるし爆釣だぜ多分」
もうめちゃくちゃに釣れるから、釣り人はこういうスポットを高級マンションとか言って有難がる。
毎年のようにテトラポッドの隙間に挟まって死ぬ釣り人が出んのもそこが爆釣ポイントだからだ。
「俺、ふたつ下に弟が居るんだ。アウトドアが趣味で、俺が実家に居た頃はよく一緒に釣りに行ってた。
つってももっぱら弟が釣り糸垂れて、俺は隣でスマホ構ってるだけだったんだけどな。
あの頃はソシャゲ以上の娯楽なんてこの世に存在しないと思ってたけど……やってみると楽しいもんだよ」
専門用語とかは何一つわからんが、仕掛けの付け方や竿の振り方は一通り教えてもらった。
リバティウムに居たときも、こうやって降って湧いた余暇を過ごしたもんだった。
ガザーヴァの釣り針に錘と買ってきたイカの足を取り付けて竿を返す。
「ほら出来た。右手でここ握ってな。近くに投げるなら横振りで、手首使って……こう!」
遠心力で発射された釣り針が水面に落ちる。
それを見届けてから、インベントリにしまってあった椅子をふたつ出した。
「あとは待ちます。魚がかかるまでのんびり待ちます。
こういう天気の良い日は、酒でも飲みながらゆっくり糸垂れんのが最高に心地良いんだ」
もひとつ、持ってきたワインのボトルとグラスふたつ。
手酌で注いで呷れば、雲ひとつない空が目に映った。
「……なゆたちゃんがさ、俺達の人生は誰に設定されたもんでもないって言ってたよな。
なんとなく分かるんだよ。多分、この世界ってアクアリウムみたいなもんでさ。
ローウェルが水を注いで、バロールが水草やら底砂やら設置して、シャーロットが魚を入れて。
そんな風に世界一つ分の生態系を水槽の中に再現したのが、ブレモンの3世界なんだと思う」
だから、そこを泳ぐ魚の一匹一匹までには、運営の手が及んでいない。
この世界に息づく命は、運営が用意した水槽の中で自然繁殖し、育ってきたものだからだ。
「アクアリウムでは、メインの魚の他にちっこいエビとかも飼うんだ。こいつらは水槽の掃除人。
藻とか魚のフンとかを食べて綺麗にして、水質を清浄に保つ。そのために外から投入された生き物。
……俺達ブレイブは、水槽を綺麗にするために入れられた、エビにあたるもんなんだろうな」
ミズガルズという水槽を泳いでいたエビを網で掬って、
アルフヘイムという水槽に投入した。その結果が……一巡目だ。
「一巡目がローウェル主導で企画されたのなら、二世界に渡るブレイブの選定には奴の意図が強く反映されたはずだ。
イベントの中核になる存在だからな。そしてその結果は、バックアップという形で二巡目のこの世界にも残り続けてる。
――俺達の中に、ローウェルが選んだブレイブが居る」
俺も竿を振る。うなりをつけた釣り糸は、遠くの水面に波紋を立てた。
「そんで、多分、それは……俺だ。
『ブレモン史上最悪のアンチ』、うんちぶりぶり大明神。
この世界がオワコンだとユーザーに伝えるメッセンジャーにはピッタリだ」
70
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/11/07(月) 08:19:28
考えてみりゃゲームの作中作のアンチって何だよ。意味不明な存在過ぎるだろ。
だけどそこに『史上最大のアンチ』とも言えるローウェルの意図があると考えりゃ筋は通る。
俺の配役は、さしずめ他のブレイブの足でも引っ張って旅を頓挫させるってところか。
ひひっ身に覚えあるわ。キングヒルのクーデターも、一歩踏み外してりゃパーティ崩壊だったもんな。
「一巡目で俺が何やってたのかは知らん。前世のことなんざ興味もない。
重要なのは、俺達の中でおそらく一番ローウェルの影響を受けやすいのは俺だってことだ。
好きだったはずのモノを手ずからぶっ壊そうとしちまうような、思考もよく似てるしな。
最悪、対峙した瞬間支配されてジジイの手駒に成り下がる可能性だってある」
竿先から伝わる感触。糸を手繰り寄せれば小さな魚が掛かっていた。
タモで拾い上げて、海水を張った桶の中に入れる。
「ガザーヴァ、お前に頼む。この先首尾よくニヴルヘイムを攻略して、ジジイと会って。
もしも俺がローウェルに洗脳されでもしたら、その時は――」
こんな時、迷わず俺を殺せって言えるなら、カッコいいんだけどな。
「……どんなに絶望的な状況でも、俺を信じてくれ。
操られたならぶん殴ってでも連れ戻してくれ。
お前が手を伸ばしてくれるなら、俺は必ずそれに答える」
【デート】
71
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:48:30
【ワンダリング・ハート(Ⅰ)】
『フラウさん……ウルトラレアの騎士竜ホワイトナイツナイト……だね。
シャーロットの記録で知ったよ、今の姿は本当の姿じゃないって。
うん……できる、と思う。エンバースの……いや、ハイバラさんのデッキを復元することも』
「出来る……のか?何の代償もなしに?なら――」
自分は強くならなくてはいけない――今よりも、ずっと。
地下墓所での勝利は、勝つべくして勝ったとはとても言えない。
もう一度やったら、結果は分からない――もっと出来る事があった筈だ。
この世界はゲームだ――ならば、物語が進むにつれて敵はもっと手強くなる。
マルグリットと次に戦って自分は勝てるのか/ロスタラガムにはどうだ/マリスエリスは。
ゴットリープも敵に回った/アラミガだって、その拝金主義は絶対的な『設定』だ――どう転ぶかは未知数だ。
仮にそれらをなんとか出来たとしても、今の自分はミハエル・シュバルツァーの足元にも及ばない。
強くならなくては/せめて、かつての自分に追いつかなくては――次の戦いには、決して勝てない。
『みんなをパワーアップさせるのは、ステータスを弄ればいいだけだし。フラウさんは新しく騎士竜を用意して、
そっちにデータを移植すれば……。ハイバラさんのデッキだって、エンバースが内容を思い出せるなら、
すぐに同じものを用意できるよ。
でも――』
「でも……なんだよ。やっぱり何か問題があるのか?」
『エンバース。それに、みんな。
こんなこと言うと、怒られるって分かってる。わたしも我ながらバカなこと考えてるって思う。
でも――ゴメン。
それは……やりたくない』
「……正気か?」
『できるけどやりたくない……理由は、あるんだよな?』
『さっきは、ローウェルを弱体化させることもできるって言ったけれど。
やっぱりそれもやりたくない……かな。
わたしたちは今まで、自分たちの持つ力で。わたしたちの持つデッキで、アイテムで戦ってここまで来た。
超レイド級や、世界ランカーの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちと渡り合ってきた』
――ああ、お前の言いたい事は分かるよ。与えられた手札で勝負する。それがゲームだ。
だけど……これはただのゲームじゃない。負ける事も降りる事も出来ないんだよ。
最小限のチップを支払って、もう一回手札を引くなんて事は出来ないんだ。
『わたしたちが歩いてきた道のり、戦ってきた戦績は、わたしたちの誇り。大切な生きる証――
それなら。わたしは最後までわたしの力でやりたい。いちブレモンプレイヤー、崇月院なゆたの力で。
チートでゲームをクリアしたって、そんなの全然面白くないよ。
それに――』
――今ある手札じゃ勝てないし、次のドローも出来ないんだ。
だったらもう、セカンドディールに頼るしかないじゃないか。
『自分は運営なのです! 神様なのです! 一番偉いのです!
なぁんて、チートバリバリ使って高みにふんぞり返ってるラスボスをさ。
公式のルールに則ったモンスターやカードを駆使して、真っ正面からボコ殴りに出来たなら――』
――言え。言うんだエンバース。俺の天性の才能をもってしても、流石にそろそろ限界だって。
今の俺じゃマルグリットにもロスタラガムにも――ミハエルにも勝てないって、そう言うんだ。
72
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:48:50
【ワンダリング・ハート(Ⅱ)】
『最っっっっっっ高に面白いって思わない?』
そしてエンバースは口を開いて――言葉を振り絞れない/声の出し方が思い出せない。
ゲーマーとしてのプライドか/或いは――目の前の少女の笑みを裏切りたくないのか。
宙ぶらりんの決意を吐き出せずにいるエンバース――その右足を、何かが叩いた。フラウの触腕だ。
「……フラウ?」
返事はない――代わりにもう一発、右足を叩かれた。
「……おい、フラウ?今、大事な話を――」
〈今ではありません。大事な話はこれからします。私が、あなたに〉
互いにひそひそ声/それでも伝わる煮え返るような怒気――何も言えない。
『――すげぇ面白そうじゃん。やってやろうぜ』
「え?あ……ああ、そうだな。俺もそう思うよ」
迸る青春の波動――もう今更、今のままじゃ無理だなんて言い出せる空気ではない。
『実際んトコ、感情論抜きにしても安易なチート合戦は避けるべきだと俺は思う。
ローウェルを倒すことは世界を救う必要条件であって十分条件じゃない。
『倒し方』……結果よりも過程が重要視される戦いだ』
「なら、トドメの一撃は明神さんとガザーヴァの役目だな。
ムーンブルクを二人で手を重ねて構えて、なんかすごいビームを撃つんだ。
スキル名は……【愛の一刺(アウトレイジ・ラブラブズッキュン・インヴェンダー)】とか?」
『ローウェルとの戦いを、単なる管理者権限のぶつかり合いに終わらせない。
この上なくドラマチックな『バトル』を、俺たちがローウェルに提供するんだ。
……問答無用のデリートを防ぐファイル保護ぐらいは、シャーロットの力を借りたいけどな』
「実際、ローウェル側としてもそれが最適解になり得るんじゃないか。
俺達の縛りプレイを信用してシャーロットによるハック対策を怠るよりも、
侵食をぶつけ続けてシャーロットにまともな仕事をさせない方が合理的に思えるけど」
『ゲーマーの皆さんがそう言うなら……きっとそれが正解なのでしょう。
ゲーマーじゃない者にはゲーム制作者の考えることなんて見当も付きませんから』
『おいおい他人事みてーなこと言うじゃんカケル君。
ゲーマーじゃねえ奴の視点こそ必要なんだぜ。俺たちゃどうしても廃人目線で語っちまうからな』
「そうさ。次のアンケに書いてやれよ。侵食なんてやめて、もっと緩いイベント増やしてくれってさ。
後は無料石をもっと配って、詫び石ももっと配って……後はえーと、無課金を差別するなとか……」
エンバースが戯言を切り上げる/フラウを見下ろす――屈んで、可能な限り目線を寄せる。
「……それで、大事な話って――」
不意に響く鈍い轟音=金属音――魔法機関車の客車の扉が大きく吹き飛ぶ。
エンバース/フラウ=瞬時に臨戦態勢。そうして車内から出てきたのは――
『……『覇道の』……グランダイト……!!』
『みのりさん!!』
『覇道の』グランダイト――そして、その腕に抱えられた/額から血を流し/目を閉じた五穀みのり。
73
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:50:16
【ワンダリング・ハート(Ⅲ)】
『陛下! みのりさんは……』
『……案ずるな、命に別状はない。負傷と疲労で眠っておるだけだ』
「命に別状はない。それは、お前の方もか?カッコつけて突っ立ってないで、さっさと治療を受けろ」
『『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?』
「やめろよ、エカテリーナ。まためそめそ泣き出したお前を励ますのは御免だぞ」
『久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を』
『ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト』
「グランダイト、とりあえずみのりさんをこっちに寄越せ。怪我人に怪我人を運ばせても危なっかしいだけだ」
『我が子たちよ、貴方たちもカテドラルへおいでなさい。
カテドラルには魔術結界も物理結界も施してあります、万一追手が来てもここよりは持ち堪えられるでしょう。
負傷者の手当てもあります』
かくして一行は大聖堂へ――怪我人に応急処置を施し/病床を割り当て/そのまま手近な一室へ。
『兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ』
グランダイトの報告――エンバースは何も言わない/小さく嘆息を零すだけ。
自分自身ですら驚くほど、エンバースは動揺していなかった。
何の意味もなく、数多の命が奪われたというのに。
どんな他人事の死も、等しく忌み嫌ってきた筈なのに。
何故、今なのか――とか。継承者とイブリースを自由に動かせるなら、
もっと問答無用で全てを終わらせるタイミングはあった筈なのに――だとか。
それに何より、この『展開』にはどこか既視感がある――バロールが魔王を務めた一巡目だ。
バロールが鬣の王を弑して魔王を標榜したイベントを、今度はローウェルがなぞっているのか。
タイムループを下敷きにしたストーリーラインが少し見えた気がする――正直俺好みだ、とか。
そんな事を考えられてしまう。
『そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……』
『『侵食』だ』
「……やられたな。世界を救う為に集った軍勢だ。ユニークNPCだって大勢いただろうに」
プレイヤーをゲームに繋ぎ止める楔を、またぞろ雑に使い捨てた訳だ――そう、ぼやこうとして、しかし思い留まる。
とても気分のいい言動ではないと思い直したからだ――だが、エンバースは己の思考の変調にまでは気づけなかった。
自分が、人命をゲームの盛衰を決める資源として見ている事に。
この世界がゲームであるという事実は、エンバースに極めて急速に馴染んでいた。
『現実』だった人生を既に失っている為だ――世界が/現実がゲームだろうと極論どちらでもいい。
かつてと今の自分を取り巻く全てがゲームであると認める事に、心理的抵抗が全く生じ得ないのだ。
74
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:50:34
【ワンダリング・ハート(Ⅳ)】
『では、『創世』の師兄はどうされたのです?』
『あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ』
「……バロールは、この世界の創造主の一人なんだ。何か勝算があっての事……の筈だ」
『ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?』
「……おい」
『ガザーヴァ』
『『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ』
エンバースは何も言えない/ただ耳が痛かった。
『ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる』
「……そもそも、俺達はまだイブリースと交渉するべきなのか?
いや、するべきかと言えば、間違いなくするべきなんだけど」
闇色の眼光が、どんな些細な所作も見落とさないほど鋭くグランダイトを見遣る。
「それはもう、俺達だけで決めていい事の範疇を超えているように思える。
少なくとも、グランダイト……お前には異を唱える権利がある筈だよな」
『キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う』
「……ま、別に今すぐ決めなきゃいけない事でもないか。よく考えておいてくれ」
イブリースを殺せば、最早ローウェルを倒した後でも戦争が終わるとは限らなくなる。
現状、イブリースはニヴルヘイム側で唯一、和解の可能性が見出だせる人物だ。
それが消えれば、戦争はただの互いのリソースの削り合いに成り果てる。
グランダイトはそのくらい、説明しなくても分かっているだろう。
だとしても、そういう理由があるからイブリースは絶対に生かしておこう。
などと提案する事は出来ない――そんな言葉でグランダイトの心を動かす事は出来ない。
世界の平和/皆殺しにされた軍勢/仲間割れになる可能性――それらを、グランダイト自身が天秤にかけるしかない。
『ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ』
『待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?』
「落ち着けよ」
『見捨てていく』
『てめえ――――』
「だから落ち着けって。実際、今からキングヒルに行ってどうするんだ」
75
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:52:55
【ワンダリング・ハート(Ⅴ)】
『みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?』
「キングヒルが侵食で消滅するなら、バロールにとっての最適解は敵を逃さず、自分は逃げる事だ。
魔法列車が追えない程度には逃さず、十分に時間を稼いだらさっさと逃げる。
その場に留まる理由はない……アイツなら十分やり遂げられる」
『クソっ、悪かったよ噛み付いて。バロールに関する見立てはお前が正しい。
あいつもシャーロットと同じ管理者なら、最悪ログアウトしてキャラデータを守るくらいできるはずだ』
「……多分、それは出来たとしても本当に最後の手段だろうな。
ログアウトした地点に侵食を置かれたら、その時点で詰みだ」
『ほほほ、御子の言う通りじゃ幻魔将軍。
何せ『創世』の師兄はゴキブリよりしぶといからのう! きっと、しれっと妾たちの前に姿を現すことじゃろう!』
「……ま、とにかくこれで基本方針は決まりだな。とは言え、まず足並みを揃える必要がある」
『あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい』
「……なら、そうだな。後で贖罪庫の鍵を届けさせてくれ。それと用意出来るだけのルピもだ」
【贖罪庫=呪われた器物の中でも、特に回収までに一人以上の信徒を死なせている悪霊憑きの保管庫。
オデットならば当然許すだろう――しかし、ただ浄化されて終わりではあまりにも死者の面目が立たない。
そうした器物をいつか使い潰しの装備として扱う為の――信徒である前に人間である者達の、ささやかな復讐の寝所。
そこには当然呪われたままの、しかしそれ故に驚異的な力を秘めた武具が眠っている】
『よーっし、じゃあ四日後の朝にニヴルヘイムにカチコミな! それまでは自由時間ってコトで!
いこーぜ明神、マゴット! まずは腹ごしらえだろ、腹ごしらえ!』
『……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――』
「それじゃ、俺達も一旦……って、フラウ?おい、どこに行くんだよ」
話に区切りが付いた途端、エンバースに先んじて部屋を出るフラウ。
そのまま聖堂の外へ――決してエンバースに追いつかれぬよう、少しずつ早足に。
早足が弾むような跳躍に変わる/更に加速する/市街の屋根を瞬く間に飛び渡る――追いつけない。
「お、おい!おいってば!マジでどこまで行くつもり――」
不意に、フラウが立ち止まる/市街地の端/屋根の上――エンバースに背中を向けたまま。
〈――昔の私が恋しいですか?〉
フラウが大破した魔法列車を見下ろしながら呟く/エンバースは己の言動が誤解を招いた事を察した。
「違う。アレは……言い方が悪かった。俺はただ、お前が元の姿に戻りたいんじゃないかって」
フラウの返答はない。
76
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:54:23
【ワンダリング・ハート(Ⅵ)】
「……お前を力不足だと思った事なんてない。あの時、前に進めなかったのは俺の方だ。
だから……俺はあの時も、今だって、お前に悔しい思いをさせちゃいないかって……」
エンバースがフラウに歩み寄る=恐る恐るといった足取り――そして気づいた。
〈……ふ、ふふ〉
フラウが小刻みに震えて――笑っている事に。
「……おい、勘弁してくれよ」
〈言っておきますけど、最初はちゃんとカチンと来てましたからね。それに〉
「それに……なんだよ、まだ俺をからかい足りないのか?」
〈いいえ?ただ……私は今のこの体、そんなに嫌いじゃないですよ。だって――〉
フラウの触腕が細く伸びる/エンバースの右手を繭のように包む。
〈少なくとも……昔より遠くまで手が届きます。望めばあなたの鎧になる事も出来る。
私はクールでイケてるかつての姿を失いましたが……それによって得たモノもある〉
純白の肉塊に埋もれた金眼がエンバースをまっすぐに見つめた。
〈それはあなたも同じですよ、ハイバラ〉
「……そりゃ、まあな。生きてた頃より力は強いし、体は軽いよ。けど、それだけじゃもう――」
〈いいえ。それだけじゃない。何もかもを失っても、あなたには遺された物がある。そうでしょう?〉
エンバースは暫し沈黙――視線が何度か宙を泳いで、再びフラウを見遣る。
「……それは、確かにそうだ」
懐を漁る/小さな革袋を取り出す――肌身離さず持ち歩いている、かつての仲間達の遺品を。
「――だが、今の俺に……アイツらの遺品に頼る資格があるのか?」
〈逆でしょう。その資格があるのは、あなただけだ〉
「……俺が、もうハイバラじゃなくて。ただの燃え残り……エンバースに過ぎなくてもか?」
〈そのわりには、私がハイバラと呼んでもそれを訂正しませんよね?〉
「それは……お前がそう呼んでくれるのを、あえて無碍にする理由もないだろ」
〈なら、彼らに対しても同じ事が言えるでしょう。彼らはきっと、今でもあなたをハイバラと呼びますよ〉
「だと、いいけど」
〈……なんにしたって、決めるのはあなたです。好きなだけ悩んで下さい。
ですが――私が思うに、あなたはすぐにそんな事気にしなくなりますよ〉
「そっちも……そうだといいけど」
エンバース=皆の遺品を暫し見つめる/それから大聖堂を振り返り――自分のスマホに触れる。
ブレモンのアプリを/そのメッセージ機能を開く――宛先は、モンデンキント。
数秒の逡巡の後、指先をフリック/短いメッセージを入力――送信。
《明日の昼から予定を空けておいてくれ。行きたいところがある》
77
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:56:18
【デートイベント(Ⅰ)】
翌日、エンバースはモンデンキントの部屋を尋ねる/ドアを二度ノックする。
「おはよう。準備は出来てるか、モンデンキント――焦らなくてもいい。少し早く来すぎたかもしれない」
アンデッドには睡眠が不要――昨日の疲労がどれほど後を引くかも、予想する事が難しい。
「よし。それじゃ――ヒノデに行こう。エンデはどこだ?近くにいるんだよな?」
エンデの『門』はパーティ全員をキングヒルまで運べる。
であれば、より少人数をヒノデまで運ぶ事も出来て当然。
〈ヒノデ?何故また、そんな所まで……〉
「理由なら幾つかある。まず第一に……今の俺は正直言って力不足だ。
ダインスレイヴとハンドスキルだけじゃ、この先の戦いは多分乗り切れない。
デッキを組み直す必要がある……が、俺のカードファイルはほぼ全て焼失しちまってる」
〈カードが必要なら、パーティの皆さんに譲ってもらえばいいのでは?〉
「ガチャ産じゃないユニークアイテムの殆どは、トレード機能の対象外なんだよ。
当面、俺が絶対に確保しておきたいカードもそうだ。それに――
そういうのは、ちゃんと自力で入手しないとだろ?」
他にも、と続けるエンバース。
「チームアルフヘイム連合軍はどいつもこいつも自儘な連中ばっかりだ。
自分の用事の傍ら、駄目元でクサナギに一報入れておこうなんて考えないだろう。
エドキャッスルにまで登城するかはさておき……何かしら連絡を入れておいて損はないよな」
幸いな事に、ヒノデには古来より伝わる連絡手段『ヤブミ』文化が存在する。
「後はそうだな……この世界がゲームって事は、俺達の旅は今もユーザー達に見られているって事だよな?
つまり――今日からの三日間は所謂、アプデ待ちの虚無期間ってヤツになる訳だ。そうだろ?
このゲームの存続を目指すなら、こういう期間にちゃんとイベントを提供しないと」
ふと、エンバースの滔々とした語り口が途切れる。
「それと……これが一番大事な事なんだが」
数秒、奇妙な沈黙が続く。
「俺がお前とつるんで、どっか行きたいから……とか」
やや、ばつの悪そうな声色。
「ほら……こないだヒノデに行こうって話をした時は結局ポシャっちまっただろ?
俺、あの時結構楽しみにしてたんだよ。だから今からでもどうかな……なんて」
宙に泳ぐ視線/所在なさげに鍔広帽をいじる右手――なゆたの返答待ち。
「――――そうか、良かった。断られたらヴィゾフニールを無断で拝借しなきゃならなかったからな。
えっと……もしお前さえ良ければなんだが、ヒノデ以外にも一緒に来てくれないか?
折角、三日も時間があるんだ。もっと色んなところに行ける筈だ。だろ?」
ややエンバースらしからぬ、楽しげな声音。
78
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:57:55
【デートイベント(Ⅱ)】
「……っと、悪い。今のはちょっと逸りすぎたな。とりあえず……行こうぜ、モンデンキント」
そう言うと、エンバースはなゆたに手を差し伸べる。
「さあ、『門』を開けエンデ。まずは首都ヤマトだ……どうした、なんだか嫌そうな顔だな。
心配するな。MPポーションの貯蔵は十分だし、それにこれはお前にとっても悪くない話だ。
なにせ――ヒノデの飯は美味いぞ、多分。テンプラとかオダンゴとか……興味あるだろ?」
かくして、エンバースの短い一日が始まった。
「――さてと、まずはゴフク屋だ。折角ヒノデに来たんだ……じゃなくて。
ニヴルヘイムの軍勢はフィジカルモンスターか、筋肉バカのどちらかだ。
つまり……今よりもっと、物理耐性に長けた防具を用意しとかないとな」
エンバースの主張=傾向と対策が半分/装いを和装に切り替える為の完璧な口実が半分。
「見ろよ、モンデンキント。カッコいいだろ」
得意げな声――幅広の深編み笠/黒地の当世具足/夜明け色の陣羽織を纏い、両腕を広げるエンバース。
アダマンアミガサ/ホマレレスアーマー/人生如夢の陣羽織――どれも高難度サブクエストの報酬装備。
「思った通りだ。スマホの中身は全部燃えちまったが、
クエストをクリアしてレシピを解禁したってフラグ自体は残ってる。
これなら『マスターアサシンの法衣』や『海賊王シリーズ』……それなりの装備を確保出来る」
エンバースはそのまま、なゆたに歩み寄る――右手を少女の頬へ。
「……お前は、俺から見れば正直、何を着たって似合っているようにしか見えないんだが――」
それから店内の姿見へ目配せ――鏡の中の少女は、見覚えのない装飾品に気づくだろう。
「けど……シャーロットの力を解放した時の、あの銀髪。あれには、こういう色が似合うんじゃないか」
瑠璃の髪挿し――触れた事など悟らせない、ハンドスキルの盛大な無駄遣い。
「……お前がちょくちょく、俺をリボンで飾りたがる理由がよく分かったよ。
それで……この後はなんて言うんだっけ。ええと、確か、ああそうだ――」
悪戯っぽく笑うエンバース。
「――かわいい、だったな」
いつもの意趣返しだと言いたげな語り口――諧謔の中に本心を隠す、いつものやり方。
「……それじゃ、次に行こうぜ。俺達は遊びに来たんじゃない。
来たる決戦に備えて、装備とカードを揃えにきたんだからな」
とは言え、一連の言動/振る舞いは素面ではやはり耐え切れない――エンバースは誤魔化すように背を向けた。
さておき――遊びに来たんじゃないとは言ったものの。
エンドユーザーにとってブレモンの世界は、どこも等しく庭も同然。
最終決戦にて実用に足る装備/カードはアルフヘイム各地に点在しているが――
「だから――遊んで回るのは、使えそうな装備とカードを揃えてからだ。一時間もあれば終わるだろ」
それらの蒐集は所詮、タイムアタックの対象に過ぎない。
「……いや、その前にチャヤに寄った方がいいか?昼飯はもう食ったか?
悪いな。アンデッドの体だと、どうにもそういった事に気が回らない。
どこか行ってみたい場所は?俺の予定は別に夜に回しても問題ないぜ」
とは言え――エンバースは明らかに、いつになく浮かれていた。
79
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 22:59:38
【デートイベント(Ⅲ)】
「さて――まずは『ムラサマ・レイルブレードの設計図』だ」
【ムラサマ・レイルブレードの設計図=長編サブクエスト『皆皆伝』のクリア報酬。
設計図とはあるが、技術的問題によってこれを形にする事は霊銀結社にも出来ないだろう。
例えば『どんな魔法でも無条件に実現可能な』道具を持つ者でもなければ、この設計図は無用の長物だ】
【皆皆伝=国内ばかりに心を砕くクサナギに翻意を抱くダイミョー・コバヤカワに関するサブクエスト。
クエスト内容はコバヤカワが自領の魔法総合研究機関キンカク・ゴジューノビルディングにて、
『クサナギを過去にする刀』を開発している――という噂の真偽を確かめるというもの】
「本来は潜入捜査に証拠集め、強行偵察と長いステップを踏む必要があるけど――
俺達には、そんな事をする必要はないからな。エンデ、『門』を開け。ここだ」
マップを展開/『門』が開く/通過する――コバヤカワが配置されたゴジューノビルディング、CEOゴデンに侵入。
『――侵入者か。ふん、大方クサナギの命を受けて我がプロジェクトを……』
「悪い、今急いでるんだ。また後で聞かせてくれ」
魔剣を一閃――抜刀前の刀ごとコバヤカワの左前腕を斬り裂いた。
フロア中に響く悲鳴――構わずデスクから設計図=カードを回収。
「よし。帰ろうか。次はマラソン・ニンジャのスペルショップだ。エンデ、頼んだ」
【マラソン・ニンジャ=ミカワ・タウンの路地裏や屋根の上を超高速で巡回するユニークモブ。
追いついて話しかけると、身のこなしに感服してマキモノ=スペルカードを販売してくれる】
「折角ミカワに来たんだ。明神さんへの土産に本場のミソでも買っていこうぜ。
マラソン・ニンジャは……フラウなら追いつくのは容易い事だよな。
けど、ここまで追い立てるのはどうだ?流石に難しいか?」
〈え?なに?ゆっくり買い物したいから私一人で街を駆けずり回っていろ――ですって?
私は別に、あなたがショッピングを楽しむ間もなく事を終わらせたっていいんですよ〉
「よせよ、マラソン・ニンジャが気の毒だ。それに、この後は神社に行くんだ。
あんまり俺達のカルマが下がるような事はしないでくれ。
最終決戦を前にテンバツアクシデントは御免だ」
〈神社?大丈夫ですか?鳥居を潜った途端、体が爆散して成仏したりしませんか?〉
「馬鹿言え、するかよ……しないよな?」
80
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:01:17
【デートイベント(Ⅳ)】
「……ところで、モンデンキント」
【ジングー・シュライン=モンゼン・タウンにある由緒正しきジンジャ。
境内の賽銭箱に一定額のルピを供えると、ゴフ=スペルショップが解禁される。
……のだが、その後もガチャ運上昇の為と賽銭に巨額のルピを放り込む者が後を絶たない。
言うまでもなく賽銭にそんな効果はない……多分、恐らく】
「お前の、シャーロットの力を解放するアレさ、スキル名を決めたりはしないのか?」
〈幼稚ですね〉
「シンプルな暴言をやめろ。そうじゃなくて、その方が咄嗟のコミュニケーションがしやすいだろ?」
〈ふん、またそれらしい建前を立てて……あなたはいつもそうですね〉
「はは、聞こえないな……それと、もう一つ。アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう」
〈神を祀る類の……?例えば、どんな?〉
「そうだな、例えば……これは本当に、ものの例えに過ぎないんだが――巫女服とかかな」
〈……本当に、あなたはいつもそうですね〉
【マウントフジ=首都ヤマトの中央にそびえる霊峰――何を考えてそんな所に首都を置いたんだとか言わない。
魔物は出ないが、ヨウカイ達が「見慣れない客人への些細な悪戯」という体で普通に襲ってくる。
徒歩で登頂を目指すと軽く半日はかかるが、山頂からの朝日/夕暮れは一見の価値あり】
「……もう、日没か。早いもんだな」
山頂――エンバースはなゆたの横顔を一目見て、すぐに夕日へ視線を戻す。
「今日は……楽しかったよ。こんなに楽しかったのは……本当に久しぶりだった。
けど……しまったな。本当はもう一つ、行っておきたい場所があったんだけど」
ぼやき――それから、僅かな逡巡。
「なあ。もし、お前さえ良ければさ……明日もこうして、どこかに出かけないか?
お前の都合が合えばでいい。もし無理なら……明後日の夜だけでも頼む。
どうしても行きたい場所がある。そこで……大事な話があるんだ」
そう言ってから暫し間を置いて、エンバースは背後を――その先にそびえるエドキャッスルを振り返る。
「さて……そろそろヒノデでの最後の用事を済ませるとしようか。
エンデ、先にエーデルグーテまでの『門』を開いておけ。
モンデンキント、先に門を超えておいてもいいぞ」
スマホをタップ/インベントリを展開――『ヨイチズ・ボウ』と矢を装備。
矢柄の部分に、事前に用意しておいた手紙を結びつけて――弓に番える。
「なにせ……この距離でも、無事に逃げ切れるのか確信が持てない」
そしてエドキャッスルのテンシュタワーへと矢を射かけた。
「――さあ逃げろ、もたつくと首が飛ぶぞ。殿を務める俺の首がな」
81
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:03:16
【デートイベント・エクストラ(Ⅰ)】
「おはよう、モンデンキント。今日は……ヒートスウィーク砂漠に行こう。
スカラベニアのアサシン教団員から『マスターアサシンの法衣』を回収したい。
バルクマタル王墓から『雨乞いコーリングウォー』も回収したい……が、その前に――」
【ヒートスウィーク・スライム牧場=アルフヘイムの砂漠地帯にある巨大なスライム牧場。
アルフヘイムの砂漠にはラクダが少ない。ラクダのコブより大きなスライムならば
ラクダよりも長く砂漠で活動出来るし、水の気配を探らせる事も出来るからだ。
スライム専用装備/アイテムを購入可能なせいでモンデンキッズがたむろしがち】
「――スライム・ラン。その名の通り、スライム達が障害物を設置されたコースを走破する競技だ。
ここで大事なのはだな、フラウ。スライム達が……って部分なんだよ。
お前の種族はなんだ?ほら、俺の目を見て言ってみろ」
〈ぽよよっ?〉
「おい!お前……っ!ドラゴンとしてのプライドはないのかよ!穢れ纏いになんか偉そうに言ってただろ!?」
〈まあまあ、一匹くらい手強いライバルがいないとポヨリンさんも張り合いがないでしょう?〉
「それは……まあ、そうかもしれないけど」
【墳墓都市スカラベニア=かつて狂王が己の寿命を悟った時、国の全てをもって己が墓を建てろと王命を発した。
暴君に長年取り入りつつ、密かに手綱を握り続けた宰相はこれを好機と見た。大規模な工事を名目に、
墳墓周辺に村を作り、都市へと育て――また墳墓を秘密裏に、大規模な魔道炉に仕立て上げた。
今、かつての暴君の魂は、己を狂王たらしめた魔力を民の為に使っている――恐らく、この先もずっと】
「さて、折角スカラベニアに来たんだ――ご当地っぽい服装を楽しもうぜ」
〈とうとう建前を立てる事すら放棄しましたね?〉
「装備を確保する重要性は、わざわざ毎回説くまでもないだろ?それよりどうだ、似合うか?」
【マスターアサシンの法衣=白を基調に、赤と金の糸で縁取りされたローブ。
高位のアサシンは、単なる戦闘員ではない――彼らはそこにいないまま恐怖を齎し、
そこにいながら姿を見せず、誰にも悟られぬまま命を奪う。その所業は――人よりも、神に近しい】
〈……ロスタラガムやイブリースを相手に、恐らく生半可な防御力は意味を成しません。
そういう意味では、その装備を選んだのは間違いなく正解と言えるでしょう。
適度にだぶついたローブのシルエットは、動作の起こりを――〉
「つまり……似合ってないのか」
〈あのですね、今はそういう話は――〉
「……似合ってないのか」
〈ああ!もう!クソウザいですからね、その絡み方!〉
82
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:03:40
【デートイベント・エクストラ(Ⅱ)】
「……モンデンキント、寒くないか?折角フロウジェンに来たから……って訳じゃないが、
まずはここに相応しい服装をしないとな。それにポヨリンさんも……そのままで大丈夫か?
そのお腹……?が雪原にぴったり張り付いてるのを見ると、俺までこう……体が震えてくるよ」
【永久凍土フロウジェン=魔剣ロンダルキアによって凍土と化したアルフヘイム南部の土地。
降って湧いた凍土に負けず、逃げず――あまつさえ観光資源へと蹴落とした者達の土地。
つまり彼らの文化は漠然と積み上げられたものではなく――狙い澄ました研鑽の成果】
「見ろよ、モンデンキント――これ、超カッコよくないか?」
やけにくぐもったエンバースの声=背部に炎を噴き出すパイプの生えた、巨大な全身鎧姿。
【コタツアーマー=どんなに防寒具を重ね着しても寒いもんは寒いんだよ!というあなたに朗報!
この度プロミネ工房は防寒具を超えた『着る暖房器具』コタツアーマーを開発致しました!
燃料は着用者の魔力の他、フロウジェン・ロック瓶一本で24時間の稼動が可能です!
※注意:雪山での活動時、燃料用のフロウジェン・ロックを飲用する事は推奨していません】
〈……で、それを着て町中を歩くつもりですか?〉
「なんだよ、カッコいいだろ!それに、アンデッドと強固なガワの相性は抜群だ。
明神さんのリビングレザー・ヘビーアーマーだってそうだったろ?
あのコンボは小回りが利かないから出番は少ないけど……」
〈まあ……炎を動力に変えられるなら、あなたとの相性は良さそうですが〉
「だろ?強いて言うなら、俺のカッコいい顔がバケツみたいな頭で隠れちまうのが難点だが――」
〈いいですね、その鎧。あなたにすごく似合ってます。ずっとそれ着てましょう〉
「おい。そんな事言ってると、ホントに最終決戦までずっとこれ着ていくからな」
83
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:06:49
【デートイベント・エクストラ(Ⅲ)】
「あー、悪い。ここは正直……お前にとっては退屈な場所だよな。うるさいし……暑いだろ」
【タウゼンプレタ魔装工廠=フェルゼン公国の心臓と名高い大規模工場。
過去に十一度の増築を経ており、一部の区画はダンジョンのようになっている。
関連クエストを進めると一部のNPCが一点物の『鋼装』を受注生産してくれるようになる】
「バイスバイトに『グレイテストメイス』を発注して、さっさと次へ行こう」
【グレイテストメイス=これは最早グレードメイスを超えた!これからはグレイテストメイスと呼ぼう!
ロスタラガムでもギリギリ辿り着けそうなくらい頭の悪いネーミングセンスだが、性能は本物。
つまりデカくて、重くて、頑丈で、デカくて、マジで馬鹿みたいに重い……だから強い】
〈それだけでいいんですか?ここにはもっと沢山、あなた好みの武器があったような〉
「シャードロック式滑空砲とかか?確かに好みっちゃ好みだけど……使い所が難しいんだよな。
魔力を充填して大火力を叩き出すなら、別にダインスレイヴで事足りてるし――
――待て。今運ばれていったの、カノンランス試作十四式じゃないか?」
〈ハイバラ?〉
「あ……ああ、悪い。ちょっとよそ見してた。えっと……バイスバイトの工房は――
――お、おい!今の見たか?スティルバイトだ!パズルアームズの製作者だぞ!」
〈ハイバラ?もしもし?〉
「なんだよ、もう!見失っちゃうだろ……じゃ、なかったな。行こう、さっさと用事を――」
〈ハーイーバーラー?今度は何を見つけたんです?〉
「ブロウナー……フォームドクリスタル・ハンドカノンの設計者だ……。
えっと……やっぱりここ、もう少しじっくり見ていっちゃ駄目かな?」
84
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:07:17
【ワンダリング・ハート(Ⅶ)】
気が付けば、空は黄昏色に染まっていた。
「……この三日間は、あっという間に過ぎちまったな」
時間を忘れる――そんな感覚は久しぶりだった。
「エンデ、これが最後だ。ここまで運んでくれ」
マップ上で指定された座標は――海の底。
「海中箱庭ワタツミ保護区……ここにリューグークランの本拠地があったんだ」
ゲーム内の箱庭や設備は、プレイヤーよりも先に存在していた。
ならば――そこには今でも、リューグークランの箱庭がある筈。
「別に、何か回収したいものがある訳じゃないけど……でも、この目で見てみたいんだ」
『門』が開く/視界が亜空に染まる――再び視界が開けると、見覚えのない/だが懐かしい光景があった。
基調は白い石材/朱塗りの柱/ポーカーテーブル/DPSチェック用のゴーレム――エトセトラ。
各々が己の趣味を持ち寄り、我先にと並べたような――整合性の欠片もない内装。
エンバースの身に宿る闇色の炎が、それらを照らし出す。
「まだ俺達がただのチームだった頃に……皆でルピを出し合ってここを買ったんだ。
でも、そのせいでエントランスをどんなインテリアにするのか、すごく揉めてさ」
エンバースがポーカーテーブルを撫でる。
「流川はやなヤツみーんな誘い込んで丸裸にしようってカジノを作りたがるし。
黒刃は内装とかいいから、とにかく入ってすぐにカカシ置けってうるさいし。
あいうえ夫は、お前らセンスないし俺一人に全部やらせろなんて言い出して」
足音が空虚に響く――項垂れたゴーレムを軽く小突く/頭上に1と数字が浮かぶ。
「結局、デュエルで勝ったヤツが全部決めようって話になって……まあ、俺が全員ボコったんだけど」
エンバースの視線が、何かを探すように床を這う。
「……あいうえ夫が、ここに楊琴狸を放し飼いしてたんだけどな。逃げちまったのかな。その方がいいけど」
深い溜息/天井を見上げる。
「この箱庭も、本当は俺達より先に存在していて……俺達はここを作り上げてなんかない。
だとしても、あの時間は本物だった。楽しかった……けど、俺はもうハイバラじゃない」
右手を掲げる/フィンガースナップ――指先に炎が灯る。
「デュエルの中なら、俺はどんな状況だって正解を見つけられた。
でも今は……分からないんだ。皆と今日まで旅をしてきて――楽しかった。
お前とこの三日間一緒にいて、マジで楽しかったよ。でも……つい、考えちまうんだ」
エンバースは手中の炎を見つめている――その行く先をどうするべきか、探るように。
「俺は……アイツらの事を蔑ろにしてるんじゃないか。
俺の中の、アイツらがいた場所を……塗り潰してるんじゃないか。
けど……仕方ないだろ?もう、皆いないんだ。ずっと喪に服してる訳にもいかない」
そして――その炎を、ゆっくりと握り潰した。
85
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:08:21
【ワンダリング・ハート(Ⅷ)】
「だからいっそ、ここを燃やしちまえば……踏ん切りもつくかなと思ったんだけど。
でも、やっぱりやめとこうかな。この世界には、俺じゃない俺と、皆がいるんだよな?
世界を救ったなら……ソイツらもやっぱりチームを組んで、いつかここに集まるんだよな?」
この二巡目の世界は、本来のブレモンよりも過去にある。
かつて立てられたこの仮説は――実際のところ、最早真実とは限らない。
この世界はゲームだ――だから全てのエリア/イベントで時間的な整合性が取れている必要はない。
最終決戦直前の時間と、世界が滅ぶ寸前の時間が、一つのサーバーに同居していない根拠はない。
「……なら、ここを燃やしちまうのは皆に悪いもんな」
だが――エンバースはその可能性に気づいていない/その可能性を疑うという発想自体がない。
もう死んでしまった彼らとは違う存在だとしても、仲間達がこの世界で生きている。
エンバースにならなかった自分が/最愛だった彼女が、この世界で生きている。
その可能性を疑う事など出来る筈がなかった。
「悪いな、湿っぽい話をしちまって。本当はもっと……違う話をしたかったんだけど」
エンバースが振り返る/誤魔化すような笑い。
「帰ろうぜ……俺は明日に備えて、デッキを再編しないと。エンデ、頼む」
『門』が開く――そして、なゆたとエンデがそれを潜る直前/或いは潜った直後。
「――誰かいる」
はたと、エンバースがダインスレイヴを抜いた/真に迫る声色。だが――
〈……私には、何も感じられませんが〉
フラウは何の気配も感じ取れないまま――困惑している。
〈ここの空気に当てられただけ……という可能性は?〉
「違う、勘違いじゃない。確かに、誰かが――」
『――アンタにはガッカリですよ、ハイバラさん。昔のアンタは、そんなヌルい事言わなかった』
不意に、どこからともなく響く声/エンバースが振り返る。
『いや待て、今のコイツをハイバラって呼べんのか?こんなヘタレのハンパヤローを』
『ああ、今の君からは……かつてのこだわりが燃え落ちてしまったようだ。正直、見るに堪えないよ』
ダインスレイヴの剣先ごと右へ/左へ振り向く――そこにはかつての仲間達がいた。
流川たな=口から大量の血/黒刃=全身刺傷だらけ/あいうえ夫=首に横一文字の傷。
86
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:10:55
【ワンダリング・ハート(Ⅸ)】
「は……はは……なんだ、そりゃ。俺が素っ裸になって、ここをメチャクチャにすれば満足か?」
『おっ、今のは少しそれっぽかった!その調子ですよ、そっくりさん!』
〈ハイバラ……?そこに誰か……いえ、誰がいるか……見えているんですか?〉
彼らは幻覚ではなく、確かにそこに存在している――だが、朧気だ。
恐らくは――ゴースト属の中でも最下級の、『残留思念(エコー)』。
「……リューグーだ。リューグーの、皆が見える。皆……ずっとここにいたのか?」
『え?あれ?今なんか言いました?……はい、リテイクです。もう一度どうぞー』
「……なら、俺か遺品のスマホにこびり付いてたんだな。残留思念が。
そして――ずっと分配され続けてきた。俺が戦って、発生する経験値を。
こないだのオデットの分で、こうして粋がれるくらいにレベルアップした訳だ」
『わお、一発クリア!さっすがぁ!大体そんな感じです!』
「それで久々の再会で出てきた言葉が、さっきのアレか?感動的だな」
『仕方ないでしょー、そっくりさん。全部本当の事なんですから。
正直、今のアンタが……あの金獅子に勝てるとは思えないです』
『オメーをハイバラと認めちまえば、俺達はハイバラが無様に負ける様を見なきゃいけねー訳だ』
『そうなるくらいなら……君にはただの、かつてハイバラだっただけのアンデッドとして終わって欲しい』
『すみませんねー。でも、私らはただの残留思念。一度死んで、目覚めて、また失望する事に耐えられるような意志は残ってないんです』
「マジで言いたい放題だな……俺がミハエルに勝てないとしたら、どうするって言うんだ。
俺が堕天使にボコられて成仏する時、お手々を繋いであの世まで案内してくれるのか?」
『……ハイバラじゃないオメーに、俺達のカードを貸してやる義理はない。って言ったら?』
瞬間、エンバースが弾かれたように、当世具足の左胴に括り付けたポーチを探る。
遺品のスマホを取り出す/画面を荒い手つきで叩く――ロック画面が表示される。
元々は、ロックなどかかっていなかった――外しておこうと皆で決めたのだ。
もし誰かが死んだら、残された仲間の為に使えるように――その筈だったのに。
87
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/11/15(火) 23:12:00
【ワンダリング・ハート(Ⅹ)】
「お前ら……分かってるのか!?この世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なんだぞ!こんな事してる場合じゃ――」
『あーあー、今のはマイナス1ハイバラポイントです。ハイバラさんはそんな事も言わない』
「なんなんだよ、クソ……いや、待て。マリは……どこだ。いないのか?アイツなら――」
『はあ、気づくのが遅いっすよ……ほら、そこです』
流川たなの残留思念、その指先がエンバースの背後を示す――振り返る。
かつての最愛は確かにそこにいた――頭から血塗れの姿で/エンバースの真後ろに。
エンバースが思わず後ずさる/次の瞬間には、マリの姿は消えていた――流川へと向き直る。
だが、流川たなの姿ももう、そこにはなかった――黒刃も、あいうえ夫も、見えなくなっていた。
『そんな訳で――私らの力を借りたいんだったら、もうちょいカッコいいとこ見せて下さいよ。
ま……そう心配せずとも大丈夫っすよ。だってこの世界、ゲームなんでしょ?
なら、いきなり金獅子との最終決戦にはならないでしょ……多分』
エンバースは暫く動けなかった――だが、やがて魔剣を懐に収めて、右手で頭を抱えた。
〈ハイバラ……彼らは〉
「悪い。今は……少し、混乱してる。とにかく、帰ろう……明日に備えないと」
エンバースの姿が『門』に消える/残された竜宮が、再び闇に沈んだ。
88
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:23:22
覚悟を決めてドアを開け!叫んだその時。
ガァンッ!!
大きな音がなる。僕の後ろ側、つまり外側からだ。
オデットの兵隊がいる今この場に敵襲…?ありえなくないが効率が…いやそれよりも…
「おい!大丈夫か!」
急いで飛び出したその場には
>「……『覇道の』……グランダイト……!!」
ボロボロになったグランダイト…そしてその腕に包まれていたのは
>「みのりさん!!」
頭から血を流しているのを見てゾッとしたが…大事には至っていないようだ。
出血よりも衰弱のほうがひどかった。ぐったりとうなだれ…意識を失っている。
どんな目にあったのか……今からいこうとしていた場所がどうなったのか…いちいち聞くまでもなかった。
>「『覇道』……逃げて参ったのか? お主ほどの男がいながら、みすみすアルメリアを失ったというのか?
お主の軍勢はどうした? 『創世』の師兄は……?」
>「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
「おいあんたも随分ふらふらじゃ…」
衰弱しているのはグランダイトも一緒だった。
気合でなんとか気をやらずに済んでいるが…それでも今にもその最後の気合そうなほど衰弱している…。
>「そんなバカな……。王都にはアルメリア正規軍が駐屯しておるはずであろう?
それに『覇道』、お主の軍も来ていたのではないのか? それが、みすみす侵攻を許すとは……」
>「……なんとか、逃げ延びることが出来たか……。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……貴公らと……合流出来たなら、まだ……巻き返しはできる……。
まだ……我々が、負けたわけ……では―――」
>「久闊を叙している暇はない。『永劫』、大聖堂に案内せよ。この娘に治療を」
>「ッ……、分かりました。すぐに手配致しましょう。
その愛し子に手厚い看護を……それから貴方にも。グランダイト」
オデットとその部下達以外は静まり返っていた――
僕達はまだキングヒルが生きている――つまりまだ劣勢ではあるが耐えているものと考えていたが…
グランダイトが列車から現れた事によって…決定的になってしまった…
キングヒルに生存者がいないという事――死の街になったという事を…説明なんかされなくたって認めなければいけないという事を。
あのバロールでさえ逃がせたのたったこれだけである。
きっとどんな手を使われてもあの男なら準備周到だったはずだ…お茶らけていても実力だけは一級品だ…世界に疎い僕でさえしっているただ一つの真実。
つまり・・・この魔法機関車に乗った人以外は…
>「みんな、行こう!」
「あ…あぁ……!」
なゆの一声で我に返る。
さっき人に落ち着けと言っといてなんたるざまか…でもそれだけ…この事実は…僕には大きかった。
89
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:23:49
>「兇魔将軍イブリース率いるニヴルヘイムの軍勢によって、アルメリア王都キングヒルは壊滅した。
鬣の王は死に、王宮・市街地共に生存者は皆無。
生き残ったのはこの魔法機関車に乗り込んだ者だけだ」
>「イブ……リー……ス……!!」
>「……やられたな。世界を救う為に集った軍勢だ。ユニークNPCだって大勢いただろうに」
イブリース…まだ僕達と対峙した時には理性が…本能残っていたが…分かれる直前の最後のほうはイブリースの精神状態ははっきりいってまともではなかった…
第三者が絡んでるのは間違いない…今回のオデットのようにイブリースに細工している者が確実にいる…が
「あまりにも人が死にすぎている…」
操られていようがいまいが…重要なのは実際に殺した人数だ。
殺された家族にこの人は操られていました。はい分かりましたはありえない…
どんな状況であろうと人殺しは人殺しでしかないのだ。
>「では、『創世』の師兄はどうされたのです?」
>「あ奴は魔法機関車をキングヒルから脱出させるため、囮として王都に残った。
攻め込んできたニヴルヘイム軍の中にはイブリースの他、『黎明』『万物』『詩学』の姿もあった。
余も彼奴等の相手をすると言ったのだが、奴め。頑として言うことを聞かぬ」
いくらバロールでも浸食…引いてはネームドの大軍勢には成すすべもなかったのか…
いやそれでもみのりとグランダイトと脱出させたのは流石としかいいようがない。
>「……バロールは、この世界の創造主の一人なんだ。何か勝算があっての事……の筈だ」
「…逆にあのバロールでさえ博打のような脱走劇をやらざるを得ない程の相手って事でもあるけど…」
策を巡らせていたはずだ…準備だって怠らなかったはずだ…それでも…結果はグランダイトとみのり…
そして恐らく生きてるだろうが僕達が動きださねばあちらからアクションは起こせないであろうほど切羽詰まっているバロール…
バロールが言うならまだ逆転はあるのだろう…それがどれだけの確立なのかは…聞きたくないが…
>「ヘッ、まーいーさ。
弱っちいアルメリアの兵士がいなくなったって、ぜーんぜん問題ないね!
どんだけ数が多くったって、ニヴルヘイムのモンスターもしょせんザコ! 超レイド級のボクが出向けば一発だぜ!
ついでにモンキンがミドやん出せばラクショーだろ?」
>「ガザーヴァ」
怒っている…悲しんでいる…明神は…冷静に…落ち着いて…感情を剥き出しにしている。
>「『弱っちいアルメリアの兵士』じゃねえよ。正規軍も、覇王軍も、他の国の軍隊も。
膨大な軍備を支えてた非戦闘員も、キングヒルの市街地で暮らしてた何万人もの人々も。
消えちまった連中は、世界救ったあと、一緒にこの世界で生きていくはずだった……命だ」
例えこの世界がゲームであろうと…寿命以外で死んでいいはずがない…
本当にゲームの世界の住人であろうと…その終わりが世界の破滅や…ましてや怪物の中で悲鳴を上げながら息絶える事なんてあってはならない。
なぜだ…お前は僕達と対峙した時…恨みに身を任せても…その先は無限の地獄に繋がっていると…感じてくれたはずだったのに…
第三者を願っていた…誰かにやらされたと思いたかった…でももし…もし自分の意志で実行していたとしたら…
>「ジョン、イブリースと交渉すんなら俺も混ぜろ。
……あの野郎。こんだけ殺しといてまだ恨みだの何だのほざくなら今度こそぶっ殺してやる」
どうして…こうなってしまったのか。
>「……そもそも、俺達はまだイブリースと交渉するべきなのか?
いや、するべきかと言えば、間違いなくするべきなんだけど」
>「それはもう、俺達だけで決めていい事の範疇を超えているように思える。
少なくとも、グランダイト……お前には異を唱える権利がある筈だよな」
「僕は…イブリースは悪くないって思いたい…誰かに操られているって…でも…そうだとしても…殺してあげるのが…本人の為に…」
イブリースは誇りを重んずるタイプだ…僕の目が曇ってるだけかもしれないけど…少なくとも無抵抗の人物を無差別に殺して喜ぶの人間じゃないはずだ
イブリースは決して僕のようなバトルジャンキーじゃない…それほど終わっている人物なら会話できたり…ましてや僕達の言葉で動揺するなんてありえない…。
もし本当に洗脳やそれに近い状態だったとして…正気に戻せたとして?無差別な殺人を告げて…イブリースにどうしろというのか…
今まで生き地獄を味わっていた僕からしてみれば…殺してもらったほうがマシという物に…感じてしまう。
それほどまでに生きるという事は辛いのだ…罪を犯した人間は…特に。
「手を尽しても…『その時』がきたら…トドメは僕が…やる」
90
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:24:00
>「キングヒルが壊滅したなら、行くのは無意味だ。
ぼくたちは予定通りニヴルヘイムに攻め込むのがいいと思う」
「…まあ…そうなるだろうね…」
>「ああ?死人に手ぇ合わせんのが無駄とか抜かしやがったらぶっ飛ばすぞ」
「明神…落ち着けよ」
普段捻くれていて…それでいてもなんだかんだ熱血漢な明神の事だ。内心煮えくり返っているのだろう。
僕達が…イブリースと対峙したあの時に…説得できていれば回避できたかもしれない悲劇を前に…冷静になれる人間もそういないだろうが…
>「待てよ、じゃあパパはどーすんだよ? 見捨てていくってのか?」
>「見捨てていく」
>「てめえ――――」
「あのバロールが…後手に回ったのは事実だが…それでも最悪は必ず回避する男だ…態度は気に入らないけどね?…でも彼は間違いなく有能だ、それはみんな分かってる事だろう」
>「みんな言っている通り、『創世の』バロールがみすみす殺されるようなことはありえない。
必ず、自分だけは助かる方法を用意しているはずだよ。
だとしたら、彼を助けに行って余計な時間を費やすのは無駄でしかない。
それとも――君の父親はみっともなく敵の捕虜になって、僕たちが助けに行かなくちゃならない程度の人物かい?」
僕達が動けば抜け目なくバロールは動き出す…それは相手も読んでいるはずだが…恐らく相手に警戒されても相手にダメージ、もしくは動揺を与えられるカードを間違いなくバロールは隠し持っている。
笑顔でヘラヘラ取り繕った…誰にも奥底だけは覗かせないような…あのバロールがただ一方的にやられるはずがない。
>「ローウェルとバロールの力が拮抗してるならなおさら、ジジイの意識をキングヒルから剥がす必要がある。
俺達がニヴルヘイムに攻め込めば、ローウェルは必ず俺達を潰しにかかる。バロールが動ける隙もできるはずだ」
僕達にできる事を最大限するしかない…バロールが信じてくれたのに…僕達が自分を信じなければ。
>「あと四日で軍備を整えることが出来ます。
我が子たちよ、それまで貴方たちも装備を整え、準備を万端にしておくとよいでしょう。
教帝の名に於いて、聖都内で手に入るすべての物品は無償で提供させましょう。
武具、鎧、魔道具。なんでも欲しいものがあれば仰いなさい」
「四日…四日か…」
本当にそれだけ待ってもいいのか?今すぐ…1日のほうがいいのではないか…そんな事が頭を過る。
>「……そうね。みのりさんが回復する時間もあるし、四日後の朝までみんな、自由時間にしよう。
各自準備を整えて、ローウェルとの決戦に備えること。
何かあったら適宜報告って感じで――」
「あ…うんそうだね…」
なゆの一言で我に返る。落ち着いてないのは明神でもカザーヴァでもなく自分だと思い知らされた。
焦ってはいけない…一つのミスが世界の終わりなのだから…
91
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:24:14
「…で…やる事がこんな事とは…自分の事ながら…」
今僕は…部屋でちくちくと…裁縫していた。
僕の愛用のパーカーは度重なる戦闘でボロッボロだった。
旅先で似たような色の糸を買ってはその都度補強していたが…もはや負傷が激しすぎて元の色は殆どなくなってしまった。
そもそもあんまり裁縫得意じゃないのにやってるから見た目もちょっとカッコ悪い…でも
「元の世界から着ていて愛着のある服だからなぁ…」
でも何かに集中できるのはいい…余計な力みを生まずに済む。
シェリーによく言われたもんだ…気持ちが下向きになった時はなにかに集中しろって…
僕はちゃんとできているだろうか?前向きに生きると言葉だけになっていないだろうか?
なゆ達とちゃんと向き合えているだろうか…
もうこの世にいないシェリーとロイは今の僕を見てどう思うのだろうか…
「ニャー!」
「あ…」
ダメだ部屋の中にいるといくら集中しても限界がある…それほど今の僕は不安に押し潰されそうだった…。
考えるべき事は考えるべきだが…今は少しでも落ち着きたい…。
焦ってなにか考えれば考える程相手側の策略にハマっていく気がする。
「…散歩でもいくか」
「ニャー!」
喜び飛び跳ねる部長にリードをつけ…いや部長はかしこいからいらないんだがつけないと周りの目とか痛いしね…
みんなはルールを守ってちゃんとペットのお世話をしようね
「って…誰にいってんだ僕…」
部屋を出てほどなくして部長と楽しく散歩していると
>「なんですって―――――!?」
どこからともなく叫び声が聞こえた…
…?オデットがいるからここに敵はこないはずだが…しかし一度聞いたからには確認せねばならないだろう…
そう思った瞬間
>「大変だ……! カザハが騒音テロを敢行しようとしている……!
すみませんジョン君、一緒に来て取り押さえるのを手伝ってくれませんか!?」
曲がり角でパンは咥えていないがカケルとごっつんこ。
なにやらやばい程焦っているように見える。
「ええっと…大丈夫かい?…ってなんだって…?騒音テロ?」
物騒なのか物騒じゃないのかどっちかにしてほしい。てゆーかこんな忙しい時になにしてんだ…?
いや僕もあんまり人の事はいえんけども…
カケルに手を引かれ僕は広場に向かった。
92
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:24:28
カザハが音痴で…?それを大音量で…街中で流そうとしている?え…なにしてんの?
つい口からそう零れそうになるのを我慢
「いやなにしてんの」
できなかった。
どういう流れになったらそうなるんだ?そうはならんやろ
いかん明神の口癖っぽいのが飛び出した。
中央広場に近寄るにつれ音が…声が多きく…より鮮明に聞こえてくる。
たしかに大音量だ…だけど…聞いていたよりも…いや…全然…
>「はじまりのとき 分かたれた 歴史が 今再び 交差する
虐げられた 無辜の民 守り抜くために
正義なる この大地の 護り手に 招かれて 集いし者よ
邪悪な企み 打ち砕き 勝利を掴み取れ」
「なあ…全然上手いじゃないか…迷惑どころか金取れるレベルだぞ…これは」
>「あ、あれ……!?」
どうやら嘘をついているわけじゃないらしい。
>「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
心地よい声が…歌が流れていく。
ブレモンのテーマ曲…最初ゲームをやり始めたくらいの時にゲームを起動したときは…よくわざとスキップせずに最後まで聞いていたっけ…
歌を聞きながらまるで何十年も前の事を思い出すように…ゆっくりと想いに耽る
>「旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で
君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆」
「ニャー」
一緒に散歩していた部長気持ちよさそうに小声で鳴く。
この世界に来てから…部長には随分と苦労を掛けた。
時には部長を傷つけた…それでも部長は嫌な顔一つせず僕についてきてくれている。
部長にはない火力を僕が出す…それ自体は正しい物だったが…やり方が…大きく間違えていた。
手を出してはいけない禁忌の力に手を出し、我を忘れた…でも部長は僕を見捨てなかった。
僕は殺されたって文句を言えないくらいの事をしたのに…今もこうして付き添ってくれる。
僕達は一人と一匹…いや…二つで一つ。命令する側とされる側じゃない…僕達揃って初めて『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんだ
カザハの歌によって…僕の心は冷静を取り戻せた。
93
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:24:40
>「創世の時 分かたれた 世界が 今再び 相まみえる
失われゆく 星の命 繋ぎ止めるために
終焉が迫る 世界の 呼び声に 導かれ 集いし者よ
滅びのさだめ 覆し 未来を掴み取れ
遠い記憶に 刻まれてる 救えなかった結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにいる
行く手阻む 高い壁に ひるみそうになっても
いつもいつでも 響きあってる 魂の深くで
君とゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 二人繋ぐ勇気の魔法」
聞き入っていると聞いた事のない歌詞が続く。
初めて聞く歌詞に驚くが…カザハはまるで元からあったかのように続ける。
>「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
シャーロット…今で言えばなゆの事だ…今の状況を歌で歌っているだけに聞こえる…でもなぜか妙にしっくりくる…
本当に元からあったように…
>「皆でゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 僕ら繋ぐ約束」
「巻き戻された 時の歯車が 今再び 回りだす
失われた すべての笑顔 取り戻すために」
>「皆でゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 僕ら繋ぐ勇気の魔法」
「どんなに難しい クエスト受けても 難易度は下げてたまるか
一度限りのコンティニュー 完璧にやり遂げる」
只の歌だ…そう決めつけてしまえば楽だが…僕の心には…無視できない音が響いていた。
>「ジョン君! 聞きにきてくれたんだな……!」
歌い終わってこちらにきづいたのか…カザハが走ってくる。
歌の余韻もそこそこにカザハに元気よく挨拶する
「そうお…えっと…そう!カケルに教えてもらったんだ!…カザハのコンサートをやるって!」
カケルがこちらをじっと見つめる。
僕は鈍感主人公じゃないから分かってるよ…騒音被害と言われてきたなんて言われなくたって言わないって…
>「持っといて。聞いてくれたお礼」
>「前に”いつまで一緒にいられるか分からない”って言ったかもしれないけど忘れて。
必ず最後まで見届けて君達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のことを語り継ぐよ。
君が最前線で戦うのを後ろで見てるしかできないかもしれないけど……ほんの少しでも力になれるといいな」
「…そんな事言われたっけ?…覚えてないな」
やっと吹っ切れたんだな…カザハ。
「覚えているのは君が夜中に見張りをサボって中二病ごっこをしていた事だけさ…え?そんな事してないって?…そうだっけ?…まあどうでもいいや…」
「僕の人生の経験から言わしてもらえば…こんな時はどーんと構えたほうがいい。
見てる事しかできない?ほんの少しの力しかない?…違うな…少なくとも今…僕は君から勇気をもらったよ」
こんな事言える立場でも…偉そうにいえる事を経験してきたわけでもないけど…
「僕は絶対役に立つ!絶対力になる!これだけでいい!…これから先は待ったなし!…いっしょにぶちかましてやろうぜ!」
94
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:25:21
カザハと別れ、散歩から帰ってくる。
色々迷っていたが…カザハのおかげでだいぶんすっきりした。
もちろん頭と体…心もだ。
落ち着いた気持ちで考えを整理する。
明神はああいってはいたが…イブリースは絶対に仲間にしないといけない
なにも僕達は相手を滅ぼすまで戦争続けるわけじゃない…しかし戦争に勝ったとして…残されたニブルヘイム側が次の問題になる。
残党が群れを成して新たな軍になるかもしれない…もちろん僕達がいれば大きな被害がでる事はないだろうが…しかしそれは平和とは程遠い物だ。
戦争に負け…残った者を導く人材が必要だ…僕達でも…ましてやオデットや他の継承者ですらその役をこなすことは絶対にできない。
この世界が仮に続くのなら…戦争の記憶が薄くなるまでオデットが守りたかった者達が他と関わり合いになるのは愚策と言える。
つまりイブリースしかいない。残された者達を導けるのは。
イブリースが死ねば…間違いなく今とは違う別のベクトルで…暗黒時代に突入する。
世界平和を目指すなら絶対に回避するべきだ…するべきなんだが…。
しかしキングヒルで起こった事……大虐殺の責任を取れるのもまたイブリースしかいない。
主導者は別にいたとしても…実行したのがイブリースなら…これから先キングヒルから始まる恨みは全てイブリースにいく。
イブリースが生きている限り彼と彼の仲間は一生嫌な思いのまま生きる事になるかもしれない
「完全に詰んでるじゃねーか…ク〇ゲーか?」
いかん今日はちょいちょい明神の口調が乗り移るな。
「なゆに判断を仰ぐか…?」
昔からシェリーとロイに依存しっぱなしだった…僕の人生の9割を決めたとっても過言じゃないくらいに
そして今は…なゆ達に依存している。…我ながらなんと情けない事か……でもイブリースは逆に…
「イブリースにも…もし…人生で少しだけでも心を許せる相手がいれば…」
>「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」
ふとなんとなくそんな事を呟いた。その瞬間頭の中でカザハが歌った歌詞の一部が流れ出す。
本当になにも考えず発現した一言が…しかしその言葉が…歌が…僕の中で…なにかが…繋がった気がした。
>「ぐ……! 黙れ! 貴様らの言う卑劣な策で勝利を収めて、いったい何になる!?
姑息な手段で掠め取った勝利で、散っていった同胞たちに胸を張って報仇したと言えるのか!
誇りのない貴様らと……オレを一緒にするな!!」
>「オレが……過去に縛られている……」
今に思えばイブリースと僕が似た物同士であると勝手に思っていた…いや…後ろを向いてるという点では間違いなく同じなのだが…
もしかしたら…後ろを振り向き続ける理由も…僕と一緒なのかもしれない…
僕がシェリーとロイの事を未だに想っているように…僕の殆どが二人でできているように…
イブリースがイブリースたる根幹を作る…心の拠り所だった人物がいる…。
都合よく偶然が重なってだけに過ぎないのかもしれない…それでもそう思ってしまうほど不自然に重なり合っている…。
あくまでも予想に過ぎないが…僕とイブリースが妙に引きあうような感じがあるのは…そうゆうことなのか…?
きっと今この僕の疑問に答えられるのは…なゆしか…いない…勘違いならいい…だけどハッキリさせなければならない…!
95
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:25:37
「ええ…!?エンバースとどっかにいったまんまどこに行ったかわからない!?」
うーむ…僕としても恐らく最後の自由で…仲良く青春を送っている二人の時間を奪う事は本位ではないが…
仕方ない…落ち着いて…少し整理してみるか…
今の僕の中で…確信として持っている…イブリースの根幹を担っている…イブリースの…大事な人…奴の性格を考えれば恐らく主君のような人物がいる…
だが本人を含めそんな人物の名を上げた事はない…これは一体どうゆう事だ?
疑問が膨れ上がる。
本人だけならまだわかる…単純に忘れているか…強制的に忘れさせられているか…まあ明らかに後者だが…。
でも実際にはなゆや明神…エンバースも…攻略本を持ってるカザハですら名前を上げていない…
「この世界の誰も存在を覚えていない…そんな事が…」
いや…つい最近現れたじゃないか…この世の誰にも覚えられていない存在が…
シャーロット…いやでもあれは【機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)】による異例中の異例だって話だったし…あんな特例がそんなポンポンでてくるとは思えない…
前に読んだカザハの攻略本には主君バロール個人に対する忠誠心はないと書いてあった。
そんなに話し合ったわけじゃないが…イブリースの性格を考えればバロールの絶対効率主義なんて忠誠心どころか敵対心すらあってよさそうなもんなのに…
実際にはバロールが裏切るまでいっしょにいた…もしかして本当はバロールが主君なんかじゃなくて…
その消えた人物に仕えていた時にいっしょにいた?下手したら共にその人物に仕えていた、もしくはいっしょに行動していた?その人物の存在が抹消されたからバロールがその位置に補完された?
いやさすがに話が飛躍しすぎか?そもそもバロールは管理者の一人って話だしなあ!
「〜〜〜〜〜!!だめだ僕一人じゃ余計混乱するだけだ!やはりなゆに…みんなに相談しないと
そもそも世界から誰にも違和感を持たれずピンポイントで存在を抹消なんてそれこそ機械仕掛けの神でも無けりゃ…?」
いくら管理者でも存在を抹消なんてしたら設定を根本から変える必要がある。
一人を消しました、その存在に関する記憶を消しました…それだけじゃだめだ…絶対に矛盾が起きる…メインキャラに関わるようなキャラならなおさら…。
違和感なく一人消すのにストーリーから変える必要があるだろう…僕が思った以上に膨大な作業量が必要になるかもしれない。
>「……そうかも。
わたしの……ううん、シャーロットの記憶では、ローウェルは三つの世界に強い愛着を抱いてた。
だからこそ、ブレモンが凋落していくのを見たくなかったのかもしれない。
緩やかに衰退していくのを眺めているくらいなら、いっそキッパリと終止符を打った方がいいって。
だから――」
なゆはローウェルはこの世界を愛していると言っていた。
それが本当ならストーリー…つまりこの世界の根本を弄るような真似はしないはず…。
でも実際に一人…存在が消えている……………?
96
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/11/20(日) 20:26:56
作戦決行直前にて…全員がいる場で僕はこの違和感を切り出した。
「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
明神も…本音で言えば助けたいんだ…そんなの分かってる…でも虐殺をしてしまったという事実が…
交渉の余地なしと思われている…実際そうだ…このままじゃイブリースは死んでも首を縦に振らないだろう。
「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」
パチン
指で音を鳴らすとカザハとカケルの歌が始まる。
〜〜〜♪
「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」
どこまで暴いていいかわからないが…しかしここまできて引き下がるわけにはいかない。
「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」」
例えばみんなを頼んだ…とか世界を救え…とか…恐らく言葉の一つ一つだけを覚えていてそれを優先して…自分の思考を最小限にして繰り返す…
そんな状態の相手なら洗脳せずとも口がうまい人物ならコントロールするのは容易だろう
「恐らくその人の事を断片的に思い出してそれを忠実に守ろうとしている……イブリース性格から考えれば自分の家族か…仲間か…もしくは自分の主君だった…と思われる
…僕の予想では…バロールではなく本当に忠誠を誓った相手がいるんだ…そして…イブリースに耳を傾けてもらう第一歩として…僕はその人を…記憶が必要だと思っている
最後は僕達の誠心誠意の心をぶつける…だけど今のままじゃ聞く耳を持たれない…その第一歩」
もちろん最後に頷かせるのは今を生きている僕達の役目だ…けどこのままではきっとイブリースに耳を傾けてもらう事などできない
妨害だって予想される…前回のように寸でですれ違うような事は…あってはならない…そうなればイブリースは…この世界も…平和を掴める二度とチャンスはこない。
「もちろんイブリース本人は一言もそんな人物の話はしなかったし…僕達も当然覚えてない…カザハの攻略本にすら書いてない…
じゃあそんな存在いるわけないじゃん!ってちょっと前なら僕でも笑い飛ばしてだろうね
でも…現れたんだ…一人…現れたのとは少し違うけれど…本当に一人だけ…この世界から完全に存在が抹消された人が…」
僕はなゆをじっと見つめる。…なゆの…シャーロットの記憶が不完全である可能性
そもそもローウェル…管理者の力を持ってすればNPCをピンポイントで消せる可能性がまだ残っている
「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」
【カザハの歌で勇気を取り戻す&ヒントを得る】
【イブリースの主君シャーロット説を提唱】
97
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:33:09
>ガザ公、デートをしようぜ
「デート?」
突然の明神の提案に、朝食後大図書館から借りてきた本を仰向けになって宙に浮かびながら読んでいたガザーヴァは目を瞬かせた。
>今日はご飯食べて、買い物して、いい天気なので釣りをします。釣りってやったことあるか?
お前の分の竿も買ったげるよ。うまくいきゃ夕飯のおかずが一品増えるぜ
「釣りくらいやったことあるよ、バカを煽るときに! ……え、その釣りじゃないって?
ちょっ……デートなら、おめかしくらいさせろよぉ!」
問答無用で明神に手を引かれ、着の身着のままで外へと出てゆく。
聖都は今日も平和だ。まるで魔霧の中で襲撃を受けたり地下墓所で激闘を繰り広げたのがウソのように、
一行がエーデルグーテを訪れた頃と変わらず活気づき、巡礼者や旅人、たくさんの聖職者や住人たちで賑わっている。
そんな聖都の目抜き通りを、ふたりで歩く。いかにモンスターが普通に往来を行き来する世界とはいえ、
マゴットは悪目立ちし過ぎるためスマホの中で留守番だ。
>このパエリア、クラーケンの肉使ってるらしいけど、ホントかぁ?
「ちょい前に寄港したノートメア号の連中が持ち込んできたって店のおっさんが言ってたからホントかもな。
船かぁー、船旅ってどーゆーカンジなんだろ? なー明神、今度やってみよーぜ!」
パエリアのエビをフォークでつつきながら、海路に思いを馳せる。
今まで幌馬車での陸路やヴィゾフニールでの空路は体験しているが、海路は未経験である。
世界を救った暁には、アズレシアあたりまで船旅を楽しむのもいい――などと提案する。
>俺魔法使うじゃん?杖くらい持っといたほうがいいのかなって思うんだけど、
選び方がわかんねンだわ。でっかい方が威力は高そうだけど両手ふさがんのやだなぁ
「杖ねー。ほんにゃらかんにゃらパトローナム! みたいなカンジ?
あ、じゃあコレ! これ超かわいい!」
魔法道具屋でふたり、ショッピングを楽しむ。
杖は魔力や魔法の集積効率を増すためと、指向性を持たせるのに便利というだけで必須の触媒ではない。
魔術師の中には義眼や前歯を差し歯にして、そこを基点に魔力を放つ手合いもいるという。
店売りされているたくさんの杖のうち、ガザーヴァが籠に刺さってビニール傘のように売っている一本を手に取る。
ねじくれた本体に髑髏やら目玉やらがやたらくっ付いた、お世辞にもかわいいとは言い難い杖だった。
>マゴットに服を着せたい。翅と干渉しない服っつーと……ビキニか!?全裸より変態じゃん……
>グフォォォ……我が肉体に恥じる箇所なし……服など……不要……!!
「マントとかいーんじゃね? と思ったけどマントの下は全裸とか変態なのは変わんねーか」
『姉上……』
何だかんだとお喋りしながら、明神とガザーヴァ(とスマホの中のマゴット)は聖都の中をそぞろ歩く。
往来にずらりと軒を連ねる露店で冷たい飲み物やフルーツを買い、使うかも分からないアイテムを気分とノリだけで買い、
歩き疲れれば近くのカフェで休憩する。
その様子は誰がどう見てもヒュームの男性とダークシルヴェストルの少女の逢瀬であったことだろう。
たっぷりショッピングや買い食いを楽しみ、最後に釣具屋へ立ち寄る。
ガザーヴァは釣りには大して興味がないようだったが、それでも明神が楽しそうに竿を選別するのを見ては、
律儀に足並みを揃えて明神に付き合う姿勢を見せた。
>俺、ふたつ下に弟が居るんだ。アウトドアが趣味で、俺が実家に居た頃はよく一緒に釣りに行ってた。
つってももっぱら弟が釣り糸垂れて、俺は隣でスマホ構ってるだけだったんだけどな。
あの頃はソシャゲ以上の娯楽なんてこの世に存在しないと思ってたけど……やってみると楽しいもんだよ
海を臨む埠頭で、釣りに勤しむ。
>ほら出来た。右手でここ握ってな。近くに投げるなら横振りで、手首使って……こう!
「こう?」
明神の釣り指南に耳を傾け、手本に従って釣り糸を垂れる。
『創世の』バロールの娘だけあって物覚えの良さと運動神経は抜群だ。
>あとは待ちます。魚がかかるまでのんびり待ちます。
こういう天気の良い日は、酒でも飲みながらゆっくり糸垂れんのが最高に心地良いんだ
「ふぅん……」
隣り合って椅子に座り、明神が用意したワインをちびちびと飲みながらアタリが来るのを待つ。
空は抜けるように蒼く、海も波は高くなくどこまでも凪いでいる。
時折吹く潮風が頬を撫でてゆく感触が心地よく、海鳥の鳴き声がいかにも海に来ている――といった実感を齎してくれる。
>……なゆたちゃんがさ、俺達の人生は誰に設定されたもんでもないって言ってたよな。
なんとなく分かるんだよ。多分、この世界ってアクアリウムみたいなもんでさ。
ローウェルが水を注いで、バロールが水草やら底砂やら設置して、シャーロットが魚を入れて。
そんな風に世界一つ分の生態系を水槽の中に再現したのが、ブレモンの3世界なんだと思う
「…………」
明神の語り始めた話を、ガザーヴァは海原に視線を向けたまま無言で聞く。
98
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:33:28
>アクアリウムでは、メインの魚の他にちっこいエビとかも飼うんだ。こいつらは水槽の掃除人。
藻とか魚のフンとかを食べて綺麗にして、水質を清浄に保つ。そのために外から投入された生き物。
……俺達ブレイブは、水槽を綺麗にするために入れられた、エビにあたるもんなんだろうな
「…………」
>一巡目がローウェル主導で企画されたのなら、二世界に渡るブレイブの選定には奴の意図が強く反映されたはずだ。
イベントの中核になる存在だからな。そしてその結果は、バックアップという形で二巡目のこの世界にも残り続けてる。
――俺達の中に、ローウェルが選んだブレイブが居る
>そんで、多分、それは……俺だ。
『ブレモン史上最悪のアンチ』、うんちぶりぶり大明神。
この世界がオワコンだとユーザーに伝えるメッセンジャーにはピッタリだ
「…………」
ちら、とガザーヴァは明神を横目で見た。
けれども、何も言わない。まるで明神が一頻り語り終えるのを待っているかのように、
饒舌で空気を読まないという自らのキャラクターとは相反する沈黙を貫いている。
>一巡目で俺が何やってたのかは知らん。前世のことなんざ興味もない。
重要なのは、俺達の中でおそらく一番ローウェルの影響を受けやすいのは俺だってことだ。
好きだったはずのモノを手ずからぶっ壊そうとしちまうような、思考もよく似てるしな。
最悪、対峙した瞬間支配されてジジイの手駒に成り下がる可能性だってある
くいくい、と水面に浮かんでいた浮きが揺れる。
明神が慣れた手つきで竿を引くと、小さな魚が針を銜え込んでぴちぴちと跳ねていた。
おー、とガザーヴァは歓声を漏らした。が、今は魚よりも明神の話が聞きたいというように、それ以上は何も言わなかった。
>ガザーヴァ、お前に頼む。この先首尾よくニヴルヘイムを攻略して、ジジイと会って。
もしも俺がローウェルに洗脳されでもしたら、その時は――
>……どんなに絶望的な状況でも、俺を信じてくれ。
操られたならぶん殴ってでも連れ戻してくれ。
お前が手を伸ばしてくれるなら、俺は必ずそれに答える
明神が告げる。
これから大賢者ローウェルとの最終決戦に臨むにあたり、
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中で誰よりも思考がローウェルに近い明神は、
直接対峙した際にその影響をもろに受けてしまうかもしれない。
それでなくとも悪魔の種子を使い、弟子たちを使嗾し、人心掌握に関しては他の追随を許さないような相手だ。
ひょっとすると洗脳されてなゆたたちを裏切り、寝返ってしまうかもしれない。
今まで一緒に旅してきた仲間たちの敵になってしまうかもしれない――それを危惧している。
しかし。
「……つまんない」
明神の願いに対して、ガザーヴァはたっぷり一分ほど沈黙した後で、ガシガシと右手で後ろ頭を掻きながら零した。
「デートのお誘いってんでどんな話をするのかと思えば、最後の最後にそんなコトかよ?
ホンット……オマエってば人様を煽るときは滑らかに舌が動くクセして、こーゆーのはカラッキシなのな!
普通は無理してでも、俺は絶対負けない! とか黙ってついてこい! とか言うもんだろー?
ワカってねーなー!」
あーあ、と呆れた調子で背を反らし、大きく伸びをしてみせる。
が、といって明神に対して愛想を尽かしたという訳ではない。むしろ逆だ。
「まっ! でも、それがオマエだもんな。
逆に……そんな白々しいセリフが言えるほど器用なヤツだったら、きっと好きにならなかった。
小狡く立ち回ってさ、漁夫の利掠め取ってさ。常々ローリスクハイリターンで行きたいって思ってるクセに、
いつだって望んで貧乏クジ引いてる……そんなぶきっちょなオマエじゃなくちゃ」
双眸を細め、口許をにんまりと歪ませて、くくっといかにも意地の悪そうな小悪魔の笑みを浮かべる。
「俺を信じてくれって? 手を伸ばせって? バカ言うなよな。
そんなの今さら約束するまでもない。ボクはそうする、何があったって。どんなことが起こったって。
だってさ――あのアコライト外郭で会ったときから。
今までずっと、ボクはオマエのことを信じ続けて、手を伸ばしてきたんだから」
>俺と組めよガザーヴァ。お前をもう一度幻魔将軍にしてやる。
その為の道を塞ぐ、アジ・ダカーハとかいうでけぇ障害物をぶっ潰す。
お前が完全に黒いシルヴェストルになっちまう前に――俺とカザハ君に、力を貸せ!
アコライト外郭で明神はカザハの肉体を乗っ取ろうと画策するガザーヴァに対し、そう言った。
カザハの肉体という器の中に入った、自分たちの知らないガザーヴァでなく。
本物の幻魔将軍ガザーヴァに会いたいと、そう言ったのだ。
そして、ガザーヴァはその提案に乗った。
99
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:33:49
「オマエはジジイの影響を受けやすいって言ったよな。思考が似てるって……。
それなら、パーティーで一番ジジイのことを説得できる可能性を持ってるのもオマエなんじゃないか?
だってさ……オマエは更生したじゃんか。一度は大キライだって、ぶっ潰してやるってあれほど憎んでたブレモンを、
もう一度スキになることが出来たじゃんか。
ジジイにもその気持ちを味わわせてやればいい。それが出来るのはパパでもシャーロットでもない、
きっとオマエだけなんだ。だから――」
好きだったものを自ら破壊しようとする気持ちに共感できるなら、
憎んでいたものを好きになる気持ちを共感させることだってできるはず。
竿を地面に置き、ガザーヴァは椅子から立ち上がった。
「……洗脳されたらとか、操られたらとか、そんな後ろ向きなこと言うなよ。
オマエら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、いつだって――“すげぇ面白そうだな、やってやろうぜ”だろ?」
ふふっとおかしそうに笑い、ふわりと宙にその身を浮かせる。
かと思えば、ガザーヴァは不意に体当たりでもするような勢いで明神の胸へ飛び込んできた。
「どーんっ! ……へへっ」
明神が竿を取り落としてしまっても気にしない。明神に姫抱きにされるような体勢へ自ら収まると、
両腕を伸ばして相手の首へと絡める。
「こんな世界、どうなったっていいって思ってた。ぶっ壊れちゃっても構わないって。
ボクとパパさえいればいいって……。
でも、今は違う。もっともっとこの世界を見て回りたいよ、パパが創った……パパの、それからオマエたちの愛する世界を。
みんなが大切に想うこの三つの世界を、ボクも大切にしたい。守りたい。
アハハ……あのトリックスターで愉快犯の幻魔将軍が、世界を守りたいだって!」
ぐりぐりと、ガザーヴァは人馴れした仔猫のように明神の胸元に額を擦り付ける。
「それもこれもみーんな明神、オマエのせーだぞ。
オマエは約束通りアコライト外郭の外の世界をボクに見せてくれたけれど……全然足りない。
もっと、もっとだ……この世界の果てまで、ボクはオマエと歩きたい。
連れてってくれるんだろ?」
大きな真紅の双眸で、上目遣いに明神を見詰める。
他人の不幸を嗤う嫌われ者。尊い命を無碍に摘み取る悪党。プレイヤーに憎まれ、討伐されるだけの存在。
それらが『ブレイブ&モンスターズ!』における幻魔将軍ガザーヴァの役割だった。
だが、今明神の腕に抱かれるガザーヴァはそのどれとも違う。
明神がガザーヴァを敵キャラというローウェルやバロールの定めた宿命から解き放ったのだ。
「シャーロットの力を持ったモンキンに、焼死体に、ジョンぴー。ついでにバカザハ。
みんな、レイド級のボクから見てもとんでもねぇ強さのヤツばっかりさ。
十二階梯の連中だって、もう半分以上がこっちの味方になってる。
パパは目下行方知れずだけど、ぜってー生きてるに決まってんだ。
どーせ、今頃は一番おいしいトコを持ってくタイミングでも見計らってるんだろ。
いくらラスボスが相手だからって、これだけの面子がいて負けるなんてコトあるか?
こっちのパーティーが強すぎて、ジジイが気の毒なくらいさ!
第一……」
ふふん、と自信に満ち溢れた表情で笑う。
「うんちぶりぶり大明神と幻魔将軍ガザーヴァは、アルフヘイムで最強……だろ」
ガザーヴァの言葉や表情からは、明神への揺るぎない信頼が満ち満ちている。
例え相手が大賢者であっても、神であっても。この世界の創造主であったとしても、決して負けることはない。
ふたりで力を合わせれば、必ず打ち勝つことができる――そう一片の揺らぎもなく信じている。
「明神」
名前を呼ぶ。愛しい男の名前を。
その顔を見詰める。自分を殺戮の運命から、嫌われ者の宿命から、破滅の天命から掬い上げてくれた男の顔を。
埠頭には、ふたりの他には誰もいない。ただ遠くから響く潮騒の音と、海鳥の鳴き声以外には何も聞こえない。
ガザーヴァはほんの僅か、明神の首に回した両腕に力を込めた。
何かを決意するように。
そして――
「……ちゅーしたい」
と、囁くように言った。
100
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:34:11
>おはよう。準備は出来てるか、モンデンキント――焦らなくてもいい。少し早く来すぎたかもしれない
「おはよ、エンバース。ううん、大丈夫だよ……今さっき準備ができたところだから」
エンバースにノックされ、部屋のドアを開ける。
今日の服装は姫騎士の鎧でも流水のクロースでもない。キトンという亜麻色の一枚布を身体に巻いて群青色の腰布を締めた、
ノースリーブミニワンピースのような出で立ちだ。脛まである編み上げのサンダルを履いたその姿は、
古代ギリシャやローマの民のように見えるだろう。
前日の夜、エンバースから予定を空けておいて欲しいとのメッセージを貰ったなゆたはすぐに『いいよ!』と返事を送った。
四日後の決戦まで、パーティーは各々自由時間を取ることに決まった。きっとエンバースのことだから、
この四日間をフルに使ってじっくりと装備の選別に費やすのに違いない。
エンバースの正体がかつて日本のブレモンシーンを大いに沸かせたリューグークランのリーダー、
ハイバラだというのは周知の事実であったし、そんなエンバースに同行して彼の行う下準備を見たなら、
きっと大いに勉強になるだろうと思ったのだ。
エーデルグーテにはアルフヘイムで流通しているほぼ全てのものが手に入る。聖都の中で用事を済ませるなら、
きっと戦闘に至ることはないだろうとの判断から、防御力のある装備でなく動きやすい薄着にしたのだった――けれど。
>よし。それじゃ――ヒノデに行こう。エンデはどこだ?近くにいるんだよな?
「いるよ」
ひょこ、と眠たげな表情のエンデがなゆたの背後から顔を覗かせる。
その腕にはポヨリンがまるで抱き枕のように抱えられている。どうやらなゆた(とシャーロット)のパートナー同士、
仲良く眠っていたらしい。
「ヒノデ?」
>〈ヒノデ?何故また、そんな所まで……〉
なゆたとフラウの声がハモる。
てっきりエーデルグーテの中を歩くとばかり思っていたなゆたは、不思議そうに小首を傾げた。
>理由なら幾つかある。まず第一に……今の俺は正直言って力不足だ。
ダインスレイヴとハンドスキルだけじゃ、この先の戦いは多分乗り切れない。
デッキを組み直す必要がある……が、俺のカードファイルはほぼ全て焼失しちまってる
>〈カードが必要なら、パーティの皆さんに譲ってもらえばいいのでは?〉
>ガチャ産じゃないユニークアイテムの殆どは、トレード機能の対象外なんだよ。
当面、俺が絶対に確保しておきたいカードもそうだ。それに――
そういうのは、ちゃんと自力で入手しないとだろ?
「なるほど」
納得した。かつて、グランダイトを懐柔するためにはテンペストソウルが必要と言われたときのことを思い出す。
当時は事前にゲーム内で手に入れていたテンペストソウルを渡そうとインベントリを漁ったものの、
確かに存在していたはずのソウルはなぜかインベントリの中から忽然と消滅してしまっていた。
それと同じように、ストーリーのイベント絡みだったり一定のレアリティを持つユニークアイテムの類は、
きちんとこの世界で段取りを踏まなければ手に入らないらしい。
自分で使うものは人から譲られるのではなく自らの力で手に入れたいという、
いかにもゲーマーらしいエンバースの言い分も分かる。
エンバースは他にも幾つかヒノデに行く理由を挙げたが、なゆたとしては特に拒絶する理由はない。
元々アウトドアの好きな気質だ、旅行気分で遠出するのもいいと思っている。
そして――
>それと……これが一番大事な事なんだが」
>俺がお前とつるんで、どっか行きたいから……とか
「え……」
意外な一言に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
>ほら……こないだヒノデに行こうって話をした時は結局ポシャっちまっただろ?
俺、あの時結構楽しみにしてたんだよ。だから今からでもどうかな……なんて
まさかエンバースの口からそんな言葉が聞けるとは思っておらず、戸惑ってしまう。
けれども決して不快という訳ではない。
元々、ヒノデに行こうと提案したのは自分だ。あのときはオデットの意向によって聖都に軟禁されてしまい、
遠出の計画もそのまま頓挫してしまっていたのだが、まさかエンバースがそれを密かに楽しみにしていたなんて知らなかった。
おまけにそれを今でも覚えていて、この機会に一緒に行こうと誘ってくれるなんて――。
「……あは」
なゆたは両手で頬を押さえ、にやけそうになる口許を何とか堪えた。
エンバースが鍔広帽を弄びながら返答を待っている。クールで皮肉屋のエンバースだけれど、そんな様子は可愛らしいと思う。
込み上げる嬉しさと気恥ずかしさ、照れくささの綯い交ぜになった感情を抑えるのにひどく梃子摺り、
なゆたはたっぷり十秒ほどの時間をおくと、
「うん。行こ」
エンバースの顔を見上げ、はにかみながら応えた。
101
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:34:33
>――――そうか、良かった。断られたらヴィゾフニールを無断で拝借しなきゃならなかったからな。
えっと……もしお前さえ良ければなんだが、ヒノデ以外にも一緒に来てくれないか?
折角、三日も時間があるんだ。もっと色んなところに行ける筈だ。だろ?
「ふふ、そうね。
いいよ、エンバースの行きたいとこ、わたしも行きたい」
>……っと、悪い。今のはちょっと逸りすぎたな。とりあえず……行こうぜ、モンデンキント
「うん」
差し伸べられる手。
ほんの少しだけ間を置いて、なゆたはその手にそっと自分の手を重ねた。
>さあ、『門』を開けエンデ。まずは首都ヤマトだ……どうした、なんだか嫌そうな顔だな。
心配するな。MPポーションの貯蔵は十分だし、それにこれはお前にとっても悪くない話だ。
なにせ――ヒノデの飯は美味いぞ、多分。テンプラとかオダンゴとか……興味あるだろ?
「お願い、エンデ」
「わかった」
足代わりとして利用されるのに一瞬不満げな表情を浮かべたエンデだったが、マスターであるなゆたに頼まれ、
その上エンバースに食べ物で釣られるとすぐに態度を改めた。
エンデの開いた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐり、エンバースとなゆた(とお供)はヒノデへ向かった。
>見ろよ、モンデンキント。カッコいいだろ
ヒノデ首都、ヤマト。まるで時代劇の世界にいるような和風情緒の中、入ったゴフク屋――いわゆる防具屋の中で、
着替えたエンバースが此方に装備を見せてくる。
エンバースが着ているのはサブクエスト『フーマ・クランの陰謀』の報酬だ。
ガチガチの具足は対物理・対魔法双方の防御力に優れ、なおかつ戦国武将気分も味わえるというので人気が高い。
「カッコいい! シバタ・ジ・オーガみたい!」
なゆたは手放しで絶賛した。ヒノデ関連のイベントに出てくるネームドNPCを引き合いに出す。
これで身の丈ほどもある大刀『ザンバ・エクスキューショナー』でも装備すれば、
どこからどう見ても一人前のモノノフ・ウォーリアだ。
エンバースの言う通り、インベントリの中の装備は消滅してもプレイヤーが立てたフラグのデータまでは消えていないらしい。
実際、なゆたもデスティネイトスターズとの戦いでかつてゲームでクリアし報酬として入手していた小達人の証を見せ、
三人娘の懐柔に成功している。
「わたしもハイネスバーグで蒼天装備一式回収した方がいいかなぁ……」
最終決戦にあたって、もう一度根本的な装備品の見直しをしようかと考える。
と、不意に具足姿のエンバースが歩み寄ってきた。その右手がなゆたの頬へ伸ばされる。
>……お前は、俺から見れば正直、何を着たって似合っているようにしか見えないんだが――
「あはは、そう? それなら嬉しいなぁ。
コーディネートを考えるのって好き。アルフヘイムに来てからは特にね……だってファンタジー世界の服なんて、
地球じゃコスプレ会場でもない限り――」
誉められて悪い気はしない。なゆたは嬉しそうに笑った。
それからエンバースの目配せで姿見に視線を向けると、なゆたは自分の黒い髪を彩る髪飾りに気付いた。
>けど……シャーロットの力を解放した時の、あの銀髪。あれには、こういう色が似合うんじゃないか
瑠璃の髪挿し。いつの間に挿されたのか、まるで気付かなかった。
「わぁ……」
きらきらと光の加減によって七色に輝く髪挿しに、思わず感嘆の声をあげてしまう。
確かにシャーロットの絹のような銀髪に、この髪挿しは良く似合うことだろう。
>……お前がちょくちょく、俺をリボンで飾りたがる理由がよく分かったよ。
それで……この後はなんて言うんだっけ。ええと、確か、ああそうだ――
>――かわいい、だったな
「ばか」
揶揄うような口ぶり。なゆたは頬を桜色に染めると、エンバースの甲冑を右手でこつんと軽く叩いた。
>……それじゃ、次に行こうぜ。俺達は遊びに来たんじゃない。
来たる決戦に備えて、装備とカードを揃えにきたんだからな
>だから――遊んで回るのは、使えそうな装備とカードを揃えてからだ。一時間もあれば終わるだろ
「そうね。わたしも色々見繕ってみる」
>……いや、その前にチャヤに寄った方がいいか?昼飯はもう食ったか?
悪いな。アンデッドの体だと、どうにもそういった事に気が回らない。
どこか行ってみたい場所は?俺の予定は別に夜に回しても問題ないぜ
「んん……お茶はまだいいかな。ヒノデを見て回って、もし疲れたらそのとき言うよ。
それより、エンバースがどこへ行くのかが見たい。
エスコートしてくれるんでしょ? 楽しみ!」
ぎゅっとエンバースの右腕に抱きつく。
エンバースが珍しいくらい浮かれているのと同じように――なゆたもまた高揚していた。
これって、ひょっとして。
いやひょっとしなくてもデートじゃない? なんて思いながら。
102
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:34:57
>さて――まずは『ムラサマ・レイルブレードの設計図』だ
「ムラサマ・レイルブレード……! 皆皆伝かぁ〜! エンバース、あれ使ってたの?
性能がピーキーすぎて使いづらいって評判だったし、わたしもポヨリンには全然使えないってうっちゃってたけど。
あーでも、リューグー・クランの人たちくらいになれば逆にああいうのがアリなのかぁ……」
悪趣味な金ぴかの高層建築、キンカク・ゴジューノビルディングの敷地前で腕組みする。
皆皆伝は当然のようになゆたもクリアしている。結構手間のかかる大掛かりなクエストだったはずだが、
それをこれからクリアするとなると当然、三日では済まない。
どうするのかと思っていると、エンバースは徐にスマホを操作しマップを表示させた。
>本来は潜入捜査に証拠集め、強行偵察と長いステップを踏む必要があるけど――
俺達には、そんな事をする必要はないからな。エンデ、『門』を開け。ここだ
「ふむふむ」
イベントでは最終的にCEOゴデンにあるレイルブレードの研究所カジバ・ラボが暴走すると共に、
ダイミョー・コバヤカワを裏で操っていた黒幕である古代の刀鍛冶の亡霊ムラサマ・グランドオンリョウが現れ、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と決戦するという流れなのだが、当然そんな時間はない。
だから全てのイベントをすっ飛ばし、直接設計図を頂こうという算段であるらしい。
ブレイブ&モンスターズ! の修正パッチとしてある程度ソースコードの改変が可能な、
公式チートツールとでも言うべきエンデがいるからこそ可能な横紙破りと言えるだろう。
>『――侵入者か。ふん、大方クサナギの命を受けて我がプロジェクトを……』
>悪い、今急いでるんだ。また後で聞かせてくれ
エンデが開いた『門』で一気にダンジョン最深部へ到達し、コバヤカワを一蹴して設計図を手に入れる。
クリアに要した時間、5分。皆皆伝RTA記録更新(非公式)の瞬間だった。
>よし。帰ろうか。次はマラソン・ニンジャのスペルショップだ。エンデ、頼んだ
エンデの開いた門を通って、次のクエストに駒を進める。
次はマラソン・ニンジャだ。これはとにかく素早さが要求されるイベントである。
ジョウカマチ・ストリートの軒を連ねる建物の屋根に視線を向ければ、ものすごい速度で屋根から屋根へと飛び移り、
疾駆している黒装束のニンジャの姿が見えた。
>折角ミカワに来たんだ。明神さんへの土産に本場のミソでも買っていこうぜ。
マラソン・ニンジャは……フラウなら追いつくのは容易い事だよな。
けど、ここまで追い立てるのはどうだ?流石に難しいか?
>〈え?なに?ゆっくり買い物したいから私一人で街を駆けずり回っていろ――ですって?
私は別に、あなたがショッピングを楽しむ間もなく事を終わらせたっていいんですよ〉
>よせよ、マラソン・ニンジャが気の毒だ。それに、この後は神社に行くんだ。
あんまり俺達のカルマが下がるような事はしないでくれ。
最終決戦を前にテンバツアクシデントは御免だ
「ふふ」
エンバースとフラウの軽妙な遣り取りに、思わず笑ってしまう。
いいコンビだ。日本一のプレイヤーだけあって、お互いにぴったり息が合っているように思う。
だからこそ――負けていられない、とも思う。
なゆたにとってエンバースに明神、カザハ、ジョンたちは大切な仲間であると同時、ライバルでもある。
いつまでも後塵を拝してはいられない。
「エンバース。ここは、わたしに任せてくれない? わたしとポヨリンに」
ふふん、と余裕の笑みを見せてエンバースに告げる。
そうして許可が得られると、なゆたは素早くスマホの液晶画面をタップした。
「みんなはここで待ってて、すぐに終わらせるから!
―――ポヨリン、行くわよ! 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』プレイ!
更に『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』、『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!」
立て続けにスペルカードを切る。
楕円形だったポヨリンが軟化で扁平なサーフボード状に変化し、さらに硬化によってその姿のまま定着する。
なゆたはポヨリンの上に乗ると、強く片足で地面を蹴った。
「名付けてスプラッシュポヨリン・ウェイヴライダー!
いっっっっっけぇ――――――――――ッ!!」
液状化のスペル効果で底部から水が噴き出す。なゆたはまるでサーフィンでもするように猛スピードで、
一目散に走ってゆくマラソン・ニンジャを追跡し始めた。
103
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:35:16
>……ところで、モンデンキント
「んむ?」
マラソン・ニンジャとの追いかけっこを終え、
小腹が空いたとジングー・シュライン脇のチャヤでエンデと一緒に団子をぱくついていると、
エンバースに声を掛けられた。
>お前の、シャーロットの力を解放するアレさ、スキル名を決めたりはしないのか?
>〈幼稚ですね〉
すかさずフラウが突っ込んでくる。
>シンプルな暴言をやめろ。そうじゃなくて、その方が咄嗟のコミュニケーションがしやすいだろ?
「う〜ん……スキル名ねぇ。全然考えてなかったなぁ。
何せ、あれはわたしも咄嗟に……っていうか、無意識に発動させたものだから。
今だってわたしの意思で気軽にONとかOFFできるのかさえ分からないし……」
団子を呑み込みながら返す。
実際に銀の魔術師モードに覚醒したのは本当に命の危機に瀕した土壇場のことであったし、覚醒の条件も現状では分からない。
もし生命の危機が発動のトリガーなのだとしたら、出来れば使用は避けたいところだ。
>〈ふん、またそれらしい建前を立てて……あなたはいつもそうですね〉
>はは、聞こえないな……それと、もう一つ。アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう
>〈神を祀る類の……?例えば、どんな?〉
>そうだな、例えば……これは本当に、ものの例えに過ぎないんだが――巫女服とかかな
>〈……本当に、あなたはいつもそうですね〉
「……巫女服……ね〜。
エンバース、そういうのが好きなの?」
フラウとの遣り取りを聞き、にんまりと悪戯っぽく笑う。
銀の魔術師モードの名前はともかく、“そういうこと”ならこちらの返答はハッキリしている。
さっきも言った通り――服をあれこれとコーディネートするのは好きなのだ。
ジングー・シュラインの神官、グウジに頼んで巫女装束を一着借りる。もちろん、喜捨という名目でルピを寄付した上でだ。
社殿の中で着替えを終え、ややあってエンバースのところへ戻ってくる。
「じゃーんっ! どう?」
純白の小袖に緋袴を穿き、白足袋に草履を合わせ。髪もシュシュで纏めたサイドテールではなく、
後ろで纏めて水引で縛ってある。
どこからどう見ても巫女だ。このまま社務所でおみくじを売ったとしても違和感はないだろう。
なゆたは出で立ちをよく見せようと軽く一回転してみせた。ふわりと小袖が揺れる。
「ね、ね、似合う? 初めて着たけど、いいね〜これ! 地球に帰ったらお正月に巫女さんのアルバイトしようかな?
と思ったけどわたし、お寺の娘だから巫女さんにはなれないや……うぐぐ……」
無念そうに唇を噛む。が、すぐに気を取り直すと、エンバースの前で手に持った御幣を軽く振る。
「かしこみ、かしこみ〜。なんちゃって!
ふふ……浄化なんてされちゃダメだよ?」
両手を腰の後ろで結び、軽く腰を折ってエンバースの顔を上目遣いに覗き込む。
心からふたりの時間を楽しんでいるという表情で、なゆたは双眸を細めて笑った。
>……もう、日没か。早いもんだな
楽しい時間というのはあっというまに過ぎるもの。
例によってエンデの『門』を使ってやってきたマウントフジの山頂で、ふたり並んで夕暮れを眺める。
>今日は……楽しかったよ。こんなに楽しかったのは……本当に久しぶりだった。
けど……しまったな。本当はもう一つ、行っておきたい場所があったんだけど
「うん……わたしも楽しかった。いっぱい遊んじゃった。
ありがとう、エンバース……わたしを連れて来てくれて。
――行っておきたい場所?」
エンバースの顔を見て、一瞬不思議そうな表情を浮かべる。
>なあ。もし、お前さえ良ければさ……明日もこうして、どこかに出かけないか?
お前の都合が合えばでいい。もし無理なら……明後日の夜だけでも頼む。
どうしても行きたい場所がある。そこで……大事な話があるんだ
「もちろん。乗り掛かった船だもん、最後まできっちり付き合うよ。
わたしの時間、全部エンバースにあげる。だから……連れていって。エンバースの行きたいところへ」
大事な話。
そんな言葉に、どきんと心臓が大きく鼓動を打った。
104
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:35:35
翌日。和のテイスト溢れるヒノデから一転、エンバースとなゆたら一行はオリエンタルな墳墓都市スカラベニアを訪れていた。
スカラベニアのアサシン教団が所有するユニーク防具『マスターアサシンの法衣』と、
バルクマタル王墓に眠るスペルカード『雨乞いコーリングウォー』回収のためだ。
……が、むろん用件はアイテム回収だけではない。むしろその後が重要と言ってもよかった。
>さて、折角スカラベニアに来たんだ――ご当地っぽい服装を楽しもうぜ
>〈とうとう建前を立てる事すら放棄しましたね?〉
>装備を確保する重要性は、わざわざ毎回説くまでもないだろ?それよりどうだ、似合うか?
>〈……ロスタラガムやイブリースを相手に、恐らく生半可な防御力は意味を成しません。
そういう意味では、その装備を選んだのは間違いなく正解と言えるでしょう。
適度にだぶついたローブのシルエットは、動作の起こりを――〉
>つまり……似合ってないのか
>〈あのですね、今はそういう話は――〉
>……似合ってないのか
>〈ああ!もう!クソウザいですからね、その絡み方!〉
「あはは……ううん、ちゃんと似合ってるよエンバース! カッコいい!
……っていうか、エンバースより……」
相変わらずのエンバースとフラウの漫才めいた会話に笑顔で応えるも、すぐにその表情が曇る。
なゆたは視線を下げ、自分の格好をまじまじ見遣った。
スカラベニアは言うまでもなく古代エジプトをモチーフとした土地柄だ。
国土のほとんどが広大なヒートスウィーク砂漠によって占められており、年中暑い。
夜になると気温が一桁台になるという寒暖の差はあるが、基本的に住人は皆薄着である。
従って――
「……わたしの方が問題だと思うんですけど」
なゆたは豊かな黒髪をターバンで纏め、鼻から下をヴェールで覆い、
黒い薄手のブラとゆったりした白いハーレムパンツにサンダルという踊り子風の服装に着替えていた。
ハーレムパンツはシースルー素材で、普通に太股も丸出しと変わらない。総体、ほとんどビキニの水着を着ただけのような格好だ。
海で水着姿なら何とも思わないが、さすがに陸地でこの格好は恥ずかしすぎる。
ぁぅ〜……と大きな羽根扇子で顔を隠し、なゆたは身悶えした。
が、そんな恥ずかしさもスライム牧場を訪れると吹き飛んでしまう。
たくさんのスライムが放し飼いになっている広大な牧場と、スカラベニアの一大娯楽スライム・ランをするためのコース。
コース前には名だたるプレイヤーの記録が大きく掲示されており、いつでもタイムアタックに挑むことができる。
「見て見て、これ!」
タイムアタックランキングの頂点、トップの項目を指差す。
そこに記載されたプレイヤー名は『MONDENKIND』――
未だかつて不敗の記録であった。
>……モンデンキント、寒くないか?折角フロウジェンに来たから……って訳じゃないが、
まずはここに相応しい服装をしないとな。それにポヨリンさんも……そのままで大丈夫か?
そのお腹……?が雪原にぴったり張り付いてるのを見ると、俺までこう……体が震えてくるよ
「寒い……けど、うん、大丈夫……。
ポヨリンも専用の装備があるから。おいで、ポヨリン」
『ぽよぉ……』
続いてやってきたフロウジェンは、ヒノデとは違う意味でスカラベニアとはまったく毛色の違う極寒の土地だ。
さすがにエーデルグーテから着てきたキトンやヒノデの巫女装束では寒すぎる。スカラベニアの踊り子衣装は論外だ。
インベントリから防寒着を取り出す。
【ふんわりダウンコート=特殊なやり方で弾けさせた綿を詰め込んで縫製したコート
抜群の防寒性能を持ち、柔らかいが丈夫な防寒着
製作可能なアイテムのひとつ
身につけることで、一時的に冷気を軽減する
また、もこもこなので見た目もかわいい
フロウジェンに行くなら、ふんわりいこうよ】
ポヨリン用にフードの部分だけを縫ったコートを着せる。なお、エンデだけはそのままだ。
一応ボロボロのフード付きマントを纏っているが、その下は簡素なシャツとショートパンツだけなので見た目にとても寒そうだ。
本人はケロッとしているが。
>見ろよ、モンデンキント――これ、超カッコよくないか?
まるでアイアンゴーレムのような見た目になったエンバースが感想を訊いてくる。
なゆたは半眼になった。
「あんまりかわいくない……。着る○○シリーズだったら、オフトゥーンの方がいい」
聖鎧オフトゥーン――優れた防寒性能と全属性への高耐性、さらにユニークスキルまで持つレア装備。ただし見た目は布団。
>〈いいですね、その鎧。あなたにすごく似合ってます。ずっとそれ着てましょう〉
>おい。そんな事言ってると、ホントに最終決戦までずっとこれ着ていくからな
「却下」
にべもない。
105
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:36:00
>あー、悪い。ここは正直……お前にとっては退屈な場所だよな。うるさいし……暑いだろ
「ううん、別にそうでもないよ。
機械とか動いてるの見るの好き。地球にいたときは、よく真ちゃんがバイクをレストアするの見てたもん」
次に訪れたタウゼンプレタ魔法工廠で、ばつが悪そうに言うエンバースへかぶりを振る。
多数の職人が行き交い、鎚の音が高らかに響き渡る工廠は今までの場所とはまた違う雰囲気を醸し出している。
「わたしのデッキとは相容れないけど、装備としては面白いのが多いよね。
ほら、これとか……中折れ式ショットダーツ。
シングルアクション・リボルバー式魔力装填拳銃『ピースブレイカー』もカッコいい。
ガンベルトを巻いて、テンガロンハットをかぶって……女ガンマンなゆた! なぁ〜んて!」
作業台に置いてある銃を手に取り、くるくるとガンスピンしてみる。
>バイスバイトに『グレイテストメイス』を発注して、さっさと次へ行こう
「いいの? せっかく来たんだし、時間はいっぱいあるから。
もっとゆっくり見て回ろうよ」
>〈ハイバラ?〉
>あ……ああ、悪い。ちょっとよそ見してた。えっと……バイスバイトの工房は――
――お、おい!今の見たか?スティルバイトだ!パズルアームズの製作者だぞ!
>〈ハイバラ?もしもし?〉
{エンバース?」
>なんだよ、もう!見失っちゃうだろ……じゃ、なかったな。行こう、さっさと用事を――
なんとか用事を済ませようとするエンバースだが、正直言って気もそぞろといった様子だ。
魅力的なものが周りにありすぎて目移りしてしまうという状態なのだろう。
>〈ハーイーバーラー?今度は何を見つけたんです?〉
>ブロウナー……フォームドクリスタル・ハンドカノンの設計者だ……。
えっと……やっぱりここ、もう少しじっくり見ていっちゃ駄目かな?
「ふふ。どうぞ? 気の済むまで見て行けばいいよ」
やっぱり男の子だね。なんて思いながら、フラウと顔を見合わせて肩を竦める。
結局、タウゼンプレタ魔法工廠を出るのには五時間ほど掛かった。
>エンデ、これが最後だ。ここまで運んでくれ
「……わかった」
>別に、何か回収したいものがある訳じゃないけど……でも、この目で見てみたいんだ
エンバースが最後に指定した場所は、地上ではなく海の底だった。
海中箱庭ワタツミ保護区。エンバース、ハイバラのホームグラウンド――リューグークラン、即ち“竜宮”の名の由来。
「ここが……リューグークランの本拠地……」
門を潜って目的地に到着すると、いかにも複数人の雑居スペースといった空間が一行を迎えた。
カードが置かれたままのポーカーテーブルに、ソファに、壁に掛けられたたくさんの賞状。
リューグークランの強さを示す、多数のトロフィー。
かつて、ここには確かにエンバースの――ハイバラの仲間たちがいた。日本最強のチームが。
しかし今はもう誰もいない。引退したのではない、死んだ。
PvPでスターダムを駆け上がり、これから世界大会で各国の名だたる強豪と対峙し。
絶対王者であるミハエル・シュヴァルツァーに挑もうとしていたある日、彼らはひとり残らず失踪した。
そして――前人未到の『光輝く国ムスペルヘイム』で、命を喪った。
>まだ俺達がただのチームだった頃に……皆でルピを出し合ってここを買ったんだ。
でも、そのせいでエントランスをどんなインテリアにするのか、すごく揉めてさ
エンバースがポーカーテーブルの天板をそっと撫でる。――慈しむように。
>流川はやなヤツみーんな誘い込んで丸裸にしようってカジノを作りたがるし。
黒刃は内装とかいいから、とにかく入ってすぐにカカシ置けってうるさいし。
あいうえ夫は、お前らセンスないし俺一人に全部やらせろなんて言い出して
「……」
>結局、デュエルで勝ったヤツが全部決めようって話になって……まあ、俺が全員ボコったんだけど
>……あいうえ夫が、ここに楊琴狸を放し飼いしてたんだけどな。逃げちまったのかな。その方がいいけど
「……」
>この箱庭も、本当は俺達より先に存在していて……俺達はここを作り上げてなんかない。
だとしても、あの時間は本物だった。楽しかった……けど、俺はもうハイバラじゃない
パチン、とエンバースが指を鳴らす。指先に小さな炎が灯る。
もう今はハイバラではなくなってしまった、ハイバラだったモノが、ハイバラの記憶を懐かしむ。
>デュエルの中なら、俺はどんな状況だって正解を見つけられた。
でも今は……分からないんだ。皆と今日まで旅をしてきて――楽しかった。
お前とこの三日間一緒にいて、マジで楽しかったよ。でも……つい、考えちまうんだ
>俺は……アイツらの事を蔑ろにしてるんじゃないか。
俺の中の、アイツらがいた場所を……塗り潰してるんじゃないか。
けど……仕方ないだろ?もう、皆いないんだ。ずっと喪に服してる訳にもいかない
「……」
なゆたは少し離れたところで、ただエンバースの独白に耳を傾ける。
彼の姿を、背を見詰めながら。
106
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:36:16
>だからいっそ、ここを燃やしちまえば……踏ん切りもつくかなと思ったんだけど。
でも、やっぱりやめとこうかな。この世界には、俺じゃない俺と、皆がいるんだよな?
世界を救ったなら……ソイツらもやっぱりチームを組んで、いつかここに集まるんだよな?
>……なら、ここを燃やしちまうのは皆に悪いもんな
この広大な世界のどこかに、二巡目のハイバラと彼の仲間たちが存在しているのかどうか、それはなゆたにも分からない。
ただ、ローウェルによってムスペルヘイムへ召喚された一巡目の存在であるエンバースがそう言うのなら、
きっとそうなのだろう――とも思う。
人には直感というものがある。絆というものが。
それは数値化できない、隠しステータスでさえない、けれども確かに存在するパラメータ。
エンバースとリューグークランとの絆は、まだ途切れてはいない。
であるのなら、エンバースがそう感じるのなら。
おそらくそれは真実なのだ。
>悪いな、湿っぽい話をしちまって。本当はもっと……違う話をしたかったんだけど
「ううん、話してくれてありがとう。
大事な話だよ……それは決してそのままにしてちゃダメなこと。きちんと向き合わなくちゃいけないことだよ。
それを打ち明ける相手に、わたしを選んでくれて……嬉しかった」
振り返ったエンバースに、胸元で両手を組み合わせて告げる。
エンバースが――ハイバラが、どれだけリューグークランの仲間たちを大切に想っていたのか。
彼らの命を守ってやれなかったこと、独りだけ生き残ってしまったことを苦痛に思っているのか。
それが痛いほどに理解できた。
話すのには大変な勇気が要ったことだろう。決意がなければできなかっただろう。
だが、エンバースは話してくれた。
自分だけに――それが、素直に嬉しい。
だから。
>帰ろうぜ……俺は明日に備えて、デッキを再編しないと。エンデ、頼む
今度は、自分の番だ。
ばつが悪そうに帰還を促すエンバースに応じ、エンデが『門』を作る。
「待って、エンバ―――」
なゆたは口を開きかけた。
だが、次の瞬間。
>――誰かいる
エンバースが身構える。刀身が溶け落ちたダインスレイヴを抜き、間断なく周囲に気を配る。
「え……?」
とても冗談とは思えない緊張感のある声音に、なゆたは思わず身体を強張らせた。
>〈……私には、何も感じられませんが〉
フラウには何も感じられないらしい。ポヨリンもなゆたの警戒に応じて周囲をきょろきょろと見回しているが、
何も見えないらしい。
なにより、エンデが無反応だ。ソースコードレベルで物事を見ることのできるエンデの索敵能力から身を隠せるとしたら、
それこそローウェルやバロールなどブレモン管理者・運営レベルでなければ到底不可能だろう。
だというのに、エンバースには確かに“それ”が見えているらしい。
>は……はは……なんだ、そりゃ。俺が素っ裸になって、ここをメチャクチャにすれば満足か?
>……リューグーだ。リューグーの、皆が見える。皆……ずっとここにいたのか?
「エンバース……!」
まるで白昼夢だ。しかしどれだけ目を擦り、意識を集中させてエンバースの見ている視線の先を凝視しても、
そこにはただ無機質な暗闇が広がっているばかりだ。
だが、エンバースには間違いなく視えている。
そこからは、もうなゆたの想像を超える事態だ。
短くも長い時間が過ぎ、幻影が消えたとおぼしき頃、エンバースは右手で頭を抱えた。
フラウが気遣わしげに声をかける。
>悪い。今は……少し、混乱してる。とにかく、帰ろう……明日に備えないと
それ以上の会話や考察を放棄するように、エンバースは踵を返して門を潜り、クランの箱庭から姿を消した。
「…………」
皆が門を潜り、なゆたが最後に残る。
誰もいなくなった箱庭で、なゆたは凝然と佇立したまま、眉根を寄せきゅっと強く下唇を噛んだ。
107
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:36:37
「エンバース、いる?
……入ってもいい?」
エーデルグーテに戻ったなゆたは、その日の深夜にエンバースの部屋を訪った。
「ゴメンね、こんな真夜中に。……でもエンバースは眠らないって聞いたから。
明日の準備してたの? 本当ゴメン、すぐ終わるから。
ただ……昼間はちゃんと話してなかったなって。ちゃんと話さなくちゃって、そう思ったものだから」
部屋の中へ通されると、なゆたはそっとベッドに腰掛けた。
それから少しだけ俯いて黙っていたが、ややあって意を決したように顔を上げ、口を開く。
「今日はありがとう、すごく楽しかった。
ううん、今日だけじゃない。昨日も一昨日も……この四日間、とっても楽しかったよ。
エンバースと色んなところに行けて。おいしいもの食べたり、装備を選んだり。
きれいな景色を見たりして、どれだけ時間があっても足りなかった。
……一緒にいられて、嬉しかった」
オデットに四日の準備期間を与えられたとき、なゆたは先ずエーデルグーテからは出ずに装備を整え、
残りの時間をシャーロットの記録と向き合うことで過ごそうと思っていた。
自分の中に存在するシャーロットの権能。管理者、運営としての力を、果たしてどう使うべきか?
それをじっくり考えようと思っていたのだ。
が、エンバースに誘われたことで当初の計画は崩れ、四日の時間はアルフヘイムの各地を探訪することに費やされた。
結局この四日間、なゆたはほとんどシャーロットや今後の世界のことなどを考えることが出来なかった。
しかし、今となってはそれでよかったと思っている。
元々出たとこ勝負、当たって砕けろがモットーのなゆたである。
突然大きな権能を与えられたからといって、あれこれ考えたところでいい方策など生まれるはずもないのだ。
今までがそうであったように、これからも感情任せで、イケイケドンドンで、猪突猛進で突っ走る。
結局、それがなゆたにとって一番いい方法なのだ、きっと。
「最後に寄った、リューグー・クランの箱庭でさ。
あなたはクランのみんなを蔑ろにしているんじゃないかって……そう言ってたけど。
わたしは、そうは思わないよ。
今でもずっと……あなたは仲間を大切にしてる。大事なものだと思ってる。
だって――大切じゃなかったら、わざわざ誰もいなくなった箱庭を訪れたりはしないでしょう?
それにさ……ただ感傷に耽って、思い出を愛でるだけなら、あなたはひとりで箱庭に行くことだってできた。
でも……あなたは言ってくれたよね。どうしても行きたい場所があるって。
そこで大事な話があるって。
第一、蔑ろにしてるかも……なんて心配してる時点で、全然蔑ろになんてしてないよ。でしょ?」
なゆたはエンバースの罅割れた双眸を見上げた。そして、淡く微笑む。
「リバティウムで最初に出会ったときのこと、覚えてる?
ミハエル・シュヴァルツァーやミドガルズオルムとの戦いの最中、あなたはいきなり現れて。
わたしの肩を掴んで、早く逃げろって。それから、鞄をわたしに突き出してさ……。
預かってくれって。突然何を言い出すんだろう、それ以前になんでモンスターの【燃え残り(エンバース)】がいるんだろって、
ビックリしちゃったなぁ」
突然現れた喋るアンデッドモンスターに、明神たち周囲の人間と共にひどく驚いたことを、懐かしそうに語る。
「そのあとも、こっちの都合や気持ちなんて全然考えないで『守ってやる』の一点張りで。
なんて失礼なやつなんだろって、ずっと思ってた。
わざわざ守ってなんて貰わなくたって、わたしは強いって。必要ないって――
あなたは繰り返したくなかったんだね。ムスペルヘイムでの出来事を」
あの頃は生まれ持った向こうっ気の強さと月子先生のプライドで、素直にエンバースの言葉に耳を傾けることが出来なかった。
酷く反撥し、必要ないと拒絶した。パーティーに加えることさえ否定的だった。
でも、今は違う。
「あなたは仲間たちの形見を託せる相手を探してたんだよね。
仲間たちが、リューグー・クランの記憶がこの世から消えてしまわないように、
みんなが確かに存在したっていう証を残していくために、後を受け継ぐ人間をアンデッドになってまで探してた……。
そんなあなたが、仲間たちを蔑ろにしてるなんて絶対ない。
ましてや――」
そこまで言って、自身の胸元に右手を添える。
「別人になってしまっても、変わらずクランのことを想い続けるなんて。
大事にしてなくちゃ、できないことだよ」
なゆたは迷いなく告げた。
それは、何もハイバラというプレイヤーが死んで燃え残り(エンバース)というアンデッドに変質した、という意味ではない。
今のエンバースは、かつてリバティウムやキングヒルで行動を共にしたエンバースとは“違う”と。
そう言っている。
108
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:37:12
「……最初は、気のせいかなって思ってた。
外見も、喋り方も、態度も、何も変わらない。なんにもおかしくない――
でも、どこかに違和感があった。何かが違うって……アコライト外郭での戦いの後から、少しだけそう思うようになって。
間違いないって確信したのは……始原の草原のとき。
ポヨリンがいなくなって、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなって……パーティーから抜けるって言ったわたしを、
あなたは引き留めてくれたよね。
わたしがいなくなるのは嫌だって。そう言ってくれたよね……。
リバティウムにいたエンバースなら……きっと、そんなこと言わなかった」
なゆたが決定的な違和感に気付いたのは、そのときだった。
何も生前のハイバラのパーソナリティを何もかも把握している訳ではないし、エンバースについても同様だ。
だけれど、違うと思った。
まるでそっくりさんのような。よく出来た物真似のような。
本人に見えるけれど、本人じゃない――そんな微かな違和感を、なゆたは確かに覚えたのだ。
「あ、でも、誤解しないで。
それが悪いって言ってるわけじゃないの、今のエンバースが偽者だとか、そんなことが言いたいんじゃない。
そうじゃない……だって、あなたに始原の草原でああ言って貰えて、嬉しかったから。
あなたに嫌だって。そう言われたから、わたしはパーティーを抜けるのを思い留まったんだもの」
もちろん、あのときはカザハや明神からも考え直すようにと説得を受けた。
けれど、ポヨリンを喪いすっかり折れてしまっていたなゆたの心を最終的に奮い立たせたのは、エンバースの一言であったのだろう。
なゆたはベッドから立ち上がるとエンバースへ歩み寄り、そっと両手でその焼け爛れた頬に触れようとした。
「ハイバラが死んでエンバースになったからって、ハイバラとエンバースが他人になったわけじゃない。
同じように……以前のエンバースが何らかの理由で今のエンバースになったからって、
それは別の存在になっちゃったわけじゃない……と思う。
全部繋がってるんだ。ひとつなぎの存在なんだよ――それは変化ではあるけれど、交代とか分断とは違う。
あなたは、あなた。少なくともわたしにとって、エンバースはたったひとり。
出会った頃から一貫して皮肉屋で、素直じゃなくって、自信家で……。
でも、いつだって仲間のことを想ってる。優しいあなたのまま」
ほんの少しだけ頬を桜色に染め、なゆたははにかむように笑った。
「つまり、何が言いたいかっていうと……そのままでいいよ、ってこと!
リューグー・クランのことも、その他のことも。好きなものは全部まるっと持っていればいい。
無理に忘れようと努力したり、踏ん切りをつける必要なんてないと思う。
だってわたしがそうだもん! 人間、そんなにポンポン物事に見切りをつけたりなんてできないよ。
そして、もっと長い時間をそんな好きなものたちと一緒に過ごして。
いつの日か、もう大丈夫って思える時が訪れたなら……そのときにもう一度整理してみるのでも、遅くないんじゃないかな」
エンバースの頬を両手で包み込むように触れながら、微かに目を細める。
「もし、わたしがローウェルやイブリースに負けて死んだら。
わたしのことも、リューグー・クランの仲間たちみたいに想ってくれる……?」
死してなお、廃墟と化した古巣を訪れ昔を懐かしむほど愛着のある仲間たち。
エンバースの、ハイバラの大切な者たちと自分を並び立たせるだなんて、厚かましいにも程があると思ったけれど。
それでも、訊かずにはいられなかった。
湿っぽくなった空気を誤魔化すように、なゆたはエンバースの頬から手を離すと長い髪を揺らして身体を反転させ、
エンバースから背を向けた。
「あはは……ごめん! ヘンなこと訊いちゃって。
もちろん死ぬつもりなんてないよ。わたしにはまだまだ、やりたいこともやらなくちゃならないこともあるんだから。
てことで――エンバースに新しいオーダー!」
肩越しに振り返り、右手の指を二本立ててみせる。
「ひとーつ! この戦いが終わったら、またわたしと遊びに行くこと!
ブラウヴァルトで群青の騎士の試験を受けるのもいいし、カルペディエムに行ってみるのも面白そう!
ここでこなしてないイベントも、行ってない場所も、わたしたちには山ほどあるんだから!」
アルフヘイムに召喚されて、さまざまな場所を冒険したつもりだが、
それでもなゆたたちが足を運んだのはブレモンのごく一部にすぎない。
地球――ミズガルズがそうなように、アルフヘイムの隅々までを冒険しイベントをコンプリートするには、
膨大な時間がかかるだろう。
それを、エンバースと一緒にやりたいと言っている。
「それから、もうひとつ。
今じゃなくていいんだ。エンバースの気が向いたときで。
無理強いするわけじゃないし、そのつもりがなければこのままで全然。
でも、もし。もしも、言うことを聞いてもいいかなって。ほんのちょっぴりでも思ってくれたなら――」
もう一度なゆたは右足を軸に身体を反転させ、改めてエンバースへと向き直る。
両手を腰の後ろで結んで眉を下げ、少しだけ恥ずかしそうに。
けれども、意を決し――
「……なゆた、って呼んで欲しい。
モンデンキントじゃなくて……わたしの名前を、呼んで欲しいよ」
なゆたは真っ直ぐにエンバースを見詰めると、静かにそう告げた。
109
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:37:52
準備期間にと与えられた四日間は瞬く間に過ぎ、決戦当日の朝が訪れた。
「やっぱ、わたしの正装って言ったらこれよね!」
銀色に輝く甲冑に蒼いマント、ミニスカートに白のニーハイブーツ。
自室にある姿見の前で姫騎士装備一式を身に纏い、なゆたは満足げに頷いた。
召喚されたときに着ていたセーラー服に始まって、サマースタイルのワンピースや水着姿。
流水のクロースや、先日エンバースと一緒に色々見て回ったときに着た巫女装束など、
今までの旅の中でなゆたは様々な衣装に袖を通したが、やはりこの姫騎士装備が最も身体にしっくり来る。
決戦に着ていくのはこの装備しかないと、なゆたは前々から決めていた。
「っし! やりますかぁ! いくよポヨリン、エンデ!」
『ぽよっ!』
「うん」
パートナーのポヨリンとエンデも既に準備万端だ。と言っても、いつもと何も変わらないのだが。
なゆたは自室を出ると、意気揚々と作戦会議室になっている聖堂へと向かった。
「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」
円卓を前に揃った一同の中で、プネウマ聖教の頂点、教帝こと『永劫の』オデットが口火を切る。
エーデルグーテの白亜の大門の外には既に夥しい数の兵が集結しており、出陣の号令を今か今かと待ちわびていた。
武具や火薬、食糧、それに医療道具なども山ほど用意してあり、まさしく戦争の直前といった佇まいだ。
軍勢は最高幹部たる大司教の下、六つの軍団に分けられ、その下に中隊長・小隊長として聖罰騎士たちが控える。
光を標榜する教団の擁する軍らしく、回復役も潤沢だ。ちょっとやそっとの傷なら、
後方支援部隊の薬師や僧侶が瞬く間に癒してくれるはずだ。
主な戦闘要員である騎士や戦士たちの他、戦いが始まれば穢れ纏いたちも影よりニヴルヘイム軍に襲い掛かることだろう。
まさしく最終決戦に相応しい軍容と言える。
「余は遊軍として五百騎を率いる」
この四日間で最新鋭の治療を受け、すっかり復調したグランダイトが腕組みし低い威圧的な声で言う。
プネウマ聖教軍の陣列には加わらず、好きに戦場を馳駆するつもりらしい。
始原の草原に置いてきた兵をかき集めた五百騎は当初保有していた覇王軍二十万と比べると見る影もないが、
それでも意気軒高である。皆、同胞の仇を討とうと闘争の炎を猛らせている。
「作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
第三層と攻め進まなければならない」
アレクティウスが手にしたソロバンで円卓の中央に広げたニヴルヘイムの地図を指し、
説明する声が聖堂に響く。
「だが、当然そんな時間は我々にはない。
よって、十二階梯の継承者『黄昏の』エンデの力で『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開き、
このエーデルグーテから一気にニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)へと移動する。
第八層への本隊移送が終了次第門を閉じ、後はニヴルヘイムの軍勢と雌雄を決する。
ハロディ枢機卿の第一大隊は、第八層到着次第左翼に展開し――」
遊軍のグランダイトと違い、アレクティウスはどうやらオデットと共に本陣に残って作戦指揮を執るらしい。
グランダイトに心酔し片時も離れず行動しているアレクティウスのこと、
この世界決戦に主君と離れて行動することには少なからぬ葛藤があっただろうが、今は落ち着いている。
ただし、その目は真っ赤だ。きっとたくさん泣いて、嘆いて、最終的に受け容れたのだろう。
未来を生きるために。
「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」
「うーっし! やったろーじゃん!
クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」
ぱぁん! と右の手のひらを左拳で打ち、黒甲冑姿のガザーヴァが気合を入れる。ダークマター突入組は、
崇月院なゆた(ポヨリン)
カザハ(カケル、むしとりしょうじょ)
明神(ヤマシタ、マゴット)
エンバース(フラウ)
ジョン・アデル(部長)
“知恵の魔女”ウィズリィ(ブック)
五穀みのり(イシュタル)
幻魔将軍ガザーヴァ(ガーゴイル)
『虚構の』エカテリーナ
『禁書の』アシュトラーセ
『黄昏の』エンデ
と決まった。
110
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:38:19
「いかに師父のなさることとはいえ、世界の消滅などは絶対に認められぬ。
弟子として師父に直接問い質さねばなるまい。そして過ちは正す……。
それもまた弟子の務めじゃ。のう、アシュリー。御子よ」
「そうね……。それから『詩学』と『万物』。『聖灰』……何より『黎明』とも話をつけなければ……。
継承者のことは、私達に任せて貰うわ。これは――身内の話だから」
「……ぼくは修正パッチとして、継承者に対し完全なアドバンテージがある。
引き付ける役は請け負うよ」
ニヴルヘイムとの決戦にあたり、ローウェルの走狗と化している継承者たちとの衝突は避けられない。
真正面からぶつかれば苦戦必至の難敵だが、それは此方の継承者たちが受け持ってくれるという。
とすれば、なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の警戒すべき敵は兇魔将軍イブリース、ミハエル・シュヴァルツァー、
そして首魁である大賢者ローウェルだけに絞られる。
「大賢者様、この世界の叡智の最高峰たる尊き御方が、この世界を消滅させるおつもりだなんて……。
絶対にお止めしなくちゃ。ナユタ、ミノリ、力を貸して頂戴。
きっと私は、私の知恵は……そのために今日まで培われてきたものだったんだわ」
「もちろん。ローウェルと直接対決して、世界の消滅を防ぎたい気持ちは同じだよ。
みんなで一緒に、誰ひとり欠けることなく……ローウェルに会って、未来を変えよう。
みのりさんも――」
色違いの瞳に悲愴なほどの決意を湛えるウィズリィに、なゆたは頷いた。
それから、バロールのものによく似た白いローブを着て隣に佇んでいるみのりに視線を移す。
四日前、魔法機関車によって運ばれて来たときは意識もなく重傷だったみのりだったが、
グランダイトやアレクティウスらと同様、プネウマ聖教の治癒魔法によって今はすっかり回復していた。
「そうやねぇ。
なゆちゃん、みんな、心配かけてもうて、ほんまにすんまへんどした。
まさか『侵食』でせわしない筈のゴットリープやらが、直接キングヒルに攻めてくるとは思わへんかった。
ウチとお師さんの完全な失策や……」
「ううん、そんなの誰にも予想なんてできないよ。
犠牲は沢山出たけど……、でもみのりさんが無事で本当によかった。
もし、みのりさんがキングヒルから逃げ遅れて、万一のことがあったらって考えたら……」
「ん……。おおきに。
身体張ってウチらを逃してくれはったお師さんに報いるためにも、気張らせて貰いますわ。
少し前の、それこそキングヒルに到着したころのウチやったら、そんなん冗談やないって突っぱねとったんやろけど。
世界がのうなるか、のうならんかの瀬戸際や。四の五の言ってられへん。
……それにしても……」
みのりが眼帯に覆われていない右眼でなゆたを頭の天辺から爪先までまじまじと見る。
なゆたは首を傾げた。
「?」
「直接会うんは久しぶりやけど。
……少ぉし見ぃひんうちに随分強ぉなったみたいやなぁ、なゆちゃん。見違えたわぁ」
「え、そうですか?」
「うん。……なゆちゃんだけやあらへん、カザハちゃんも明神さんも、エンバースさんも、ジョンさんもや。
キングヒルからモニターはしとったけど、みんな随分修羅場を潜ってきたみたいやなあ。
世界を救う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の顔っちうのは、きっとこういう顔を言うんやろねぇ。
頼もしいわあ」
ふふ。とみのりは隻眼を細めて笑った。
「はい……! 絶対、絶対! この戦いに勝って、世界を救ってみせましょう!
わたしたち、みんなの力で!」
大きく頷き、なゆたは拳を握り締めてガッツポーズを取った。
そうして各々が最終決戦へ向け、決意を新たにする中――
>みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ
不意に、ジョンがそう切り出してきた。
これから戦うニヴルヘイムの軍勢を率いる主将、兇魔将軍イブリース。
今後の世界のため、平和のために、イブリースを殺すのは得策ではないと主張する。
それは、言うまでもなく皆考えていることだ。だが頑なにアルフヘイムを拒絶するイブリースの感情を前に、
現状有効な策が出ず問題を先送りにすることしか出来ていない。
しかし。
>策はないが…考えがある…カザハ、頼む
ジョンがフィンガースナップをすると、それを合図にカザハとカケルが歌を歌い始めた。
111
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2022/11/25(金) 10:38:40
「これは……」
>…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ
カザハが歌い終えると、ジョンが説明を始める。
アレクティウスはこんなときに歌など歌うなと文句を言いたそうな様子だったが、
オデットやグランダイトらが無言でいるため、渋々沈黙を貫いた。
ジョンの言いたいことはこうだ。
イブリースにはお互いの打算のために主従関係を結んでいたバロールとは違う、真の主君がいる。
その人物と交わした約束を愚直に守り続けている、そこを付け込まれてローウェルの走狗になってしまったのに違いないと。
今までの自分たちでは、その主君が誰なのかを察することが出来なかったが――今は違う。
エーデルグーテを訪れる前までの自分たちと、現在の自分たちとでは、持っている情報に決定的な違いがある。
つまり――
>なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?
シャーロットが、イブリースの真に臣従する主君なのではないか? ということだ。
ジョンに真っ直ぐに見詰められ、なゆたはきゅっと唇を一文字に引き結ぶと、小さく頷いた。
「そうだよ」
此方もジョンの碧眼を見返す。
「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは」
争いを好まず平穏を愛するシャーロットは、イブリースに相争い殺し合うことの無益を常々語っていた。
そして一巡目の世界でアルフヘイムとニヴルヘイムの戦いが激化する中、
イブリースに同胞たるモンスターたちの命を守るようにと命じたのだ。
世界が二巡目となってもなお、イブリースはその命令を――約束を遵守し続けている。
ジョンの予想は正しかった、しかし。
「でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
なゆたはあくまでシャーロットの権限やスキルを継承しただけの別人である。
ハイバラ本人が死後に変質したエンバースのような存在とは根本的に違う。
そんな自分がまるでシャーロット本人のように面影をちらつかせて戦いをやめろ、仲間になれと言ったところで、
イブリースは肯うまい。あべこべにシャーロットを騙るなと激昂されかねない。
「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」
ジョンの提案は使えないと、悲しげにかぶりを振る。
けれどもそこまで言いかけたとき、なゆたの頭の隅で何かが小さく光った。
「――――ッ、本物のシャーロット……?」
はっとして、自分が何気なく口にした言葉を繰り返す。
>アレは例えるなら怨身換装みたいなもの、だったよな。
という事はだ、ある種の装備を身につける事でその力を更に増強する事は出来ないか?
シャーロット絡みの物だったり……神を祀る類の装備とかもどうだろう
更に、ヒノデへ出向いた際にエンバースが告げた言葉を思い出す。
あのときは巫女装束を着せたいがための方便と思っていたが、今にして思い返せば大きなヒントだった。
「なゆちゃん?」
腕組みし、何やら難しい表情で呻き始めたなゆたを気遣って、みのりが声をかける。
すぐになゆたはハッと我に返り、ぱたぱたと両手を振った。
「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」
纏まらない思考を一旦脇に退け、なゆたはジョンに約束した。
と、聖堂内に聖罰騎士がひとり入ってきてオデットに報告する。
オデットが皆を見回す。
「刻限です。参りましょう」
「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」
なゆたはそう言うと、徐に前方へ右手を突き出した。暗に皆、この手に手を重ねろと言っている。
ニヴルヘイムとの決戦、大賢者ローウェルとの決着。
世界を救うための戦いが始まった。
【デート終了。ニヴルヘイムへ出陣】
112
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:11:04
>「…そんな事言われたっけ?…覚えてないな」
「ジョン君……」
>「覚えているのは君が夜中に見張りをサボって中二病ごっこをしていた事だけさ…え?そんな事してないって?…そうだっけ?…まあどうでもいいや…」
カザハは真っ赤になりながら頭をふるふる振っている。お前絶対覚えとるやろ!
それにしても、あの頃の謎テンション突撃バカから紆余曲折を経て随分キャラ変わりましたね……。
まあ、地球で何十年と生活してた人がいきなりこんな世界に放り込まれて平常心を保っている方が例外なわけで、
ああ見えて無理矢理テンションぶち上げて自分を保ってたんでしょうか。
>「僕の人生の経験から言わしてもらえば…こんな時はどーんと構えたほうがいい。
見てる事しかできない?ほんの少しの力しかない?…違うな…少なくとも今…僕は君から勇気をもらったよ」
「勇気……」
それは、地球出身のジョン君達にはあって、もともとこちらの世界出身のカザハには無いかもしれないもの。
もちろんエンデが言うところの”勇気”はブレイブだけが持つ未だ正体不明の何かを指す特殊用語であり、
一般の言葉としての勇気とはまた別物なのであろうが。
それでも、カザハは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。それなら本当に……良かった。
あのさ――いつぞやは引っぱたいたりしてごめん。全然偉そうに言える立場じゃないのに……。
実は……自分は場違いなんじゃないかって最初からずっと思ってて。
とどめにアルフヘイムの住人に”勇気”は無いって聞いて……もういいやって思って。
でもね。
戦闘で強いばっかりがパーティーメンバーの役割じゃないって。
自分なりのやり方で思い出を作っていけばいいって、我の兄弟……いや姉妹かな?が言ってくれた。
それで……自分なりのやり方って何だろうって、何が好きだったっけって考えたら、こうなった」
カザハの兄弟といえばジョン君はきっと私のことだと思うだろうが、もちろん私ではない。
ということはもしかしてガザーヴァ?
え、待って!? あのガザーヴァがそんな事言ってくれたんですか!?
あんなに前世で殺し合った因縁があって相性最悪の犬猿の仲のくせに姉妹……だと!?
あなたの兄弟は私だけじゃなかったんですか!?
「実は普通に歌ったらジャ〇アンリサイタルなんだけど……
ちょっと思いついてレクス・テンペストの力で補正をかけてみたんだ。
君で二人目だよ――この力が何かを傷つける以外に役立つと言ってくれたのは」
ちなみに一人目は私。もう随分昔のことです。
この言い方だとまるで殺傷力だけは高いのが前提の能力みたいに聞こえるが、私の頃は本当にそうだったのだ。
113
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:13:44
「言っただろう? これでも昔は結構物騒だったって。
そもそも四大精霊族はこの世界の四大属性を司る神代遺物を守るための機構だ。
我の元々の名前は風の刃と書いて風刃。
風の巫女の一角として始原の風車を守ってて……始原の風車を狙ってくる人間をたくさん斬り殺した。
だから、頑張れば前みたいに戦えるはずって思ってたよ。だけど無理だった。
2巡目の我は、努力は苦手、奪い合うのも競い合うのも嫌いなどうしょうもないヘタレなんだ。
当然みんなとの差は縮まらないし、広がるばっかりだった。
……きっと、根性とか気合とかの問題じゃなく物理的に無理だったんだ。
ゲーム風に言えば多分……同じ名前の同じキャラでありながら仕様が変更されてる。
テンペストソウルの質が変わってしまったんだ。あの頃の純粋で残酷な魂はもう無い――」
なまじ前の記憶を保持していたばっかりに、仕様変更に気付かず適性の無い方向に空回っていたということか。
仕様変更が本当だとすれば、そこに何者かの介入があったのか、それもバグの一貫なのかは分からない。
元々私達の場合混線とか、単なるバグでは説明が付き切らないことが多々あるような気もしますが……。
「でも、それでいいんだ。自分で望んだことだから。
自分の名前も力も、あんなに嫌いだったのに。どうして昔に戻ろうとしてたんだろう。
もう前の世界に捕らわれるのはやめだ。昔みたいに前には出ない。サブアタッカーも回避タンクももうしない。
今まで使用不可だった呪歌系スキルが解放されたみたいなんだ。この力でみんなのサポートに徹するよ」
と、珍しく真面目な台詞を言ってはみたものの。
「なんて、もともと辛うじてサポーターとしてしか機能してないか! あはははは」
自分が真面目な台詞を言っているという状況が耐えられなくなったらしく、自分で茶化す。
そんなカザハを、ジョンくんはド直球のかっこいい台詞で鼓舞した。
>「僕は絶対役に立つ!絶対力になる!これだけでいい!…これから先は待ったなし!…いっしょにぶちかましてやろうぜ!」
「決めたよ――
呪歌の効果範囲って味方全員が多いんだけど、もしも誰か選ばないといけない時は――強化するのはキミに決めた。
君は見てて心配になるぐらい王道のアタッカーだから。捻りの無いバッファーとは多分最も相性がいい。
それに、我の歌に勇気をもらったと言ってくれた君にはきっと一番よく効く。
…
……
………
あ、飽くまでも戦略的に有効と思われるからであって他意はない!」
自分の発言が誤解を生みかねない発言となっている事に気付いたらしく、慌てて言い訳をするカザハ。
ジョン君は別に何とも思ってないと思いますけど……。
そういえばミズガルズには「キミに決めた」と言いながら女子高生略してJKに突撃した不審者のオッサンがいましたね……。
というか、真っ先に強化するのは不動のパートナーモンスターたる私じゃないんですかね!? 常識的に考えて略してJK!
カザハは気を取り直して言葉を続ける。
114
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:18:18
「とにかく! 君は絶対役に立つし力になるよ! そうなるように我が強化する!
ロールをサポーターに絞る理由、他じゃまともに機能しないっていうのはもちろんだけど、それだけじゃないんだ。
もしも、もしもだよ? 自分には勇気が無い奴が仲間の勇気をぶち上げることが出来たら……最高にかっこいいじゃん!」
カザハは楽しそうに笑った。久しぶりに見た屈託のない笑顔だった。
長らく悩んでいたカザハがやっと前を向けたのだ。
普段の私なら当然一緒に喜ぶはずなのに――何なのでしょう、この気持ちは。
ジョン君と別れ、カザハがこっちに来たので慌てて平常心を装う。
「我のキャラじゃないことを言ってしまった……今の拡散したら駄目だからな!?
……どうかしたか?」
「……何でもないです」
……装えてない!? ……これじゃあいわゆる”面倒くさい彼女”そのまんまじゃないですか!
いくらなんでも格好悪すぎる。絶対悟られてはならない……!
それに、今まで私だけに依存していたカザハがやっと皆の本当の仲間になろうとしているのだから、水を差してはならないのだ。
「これはやっぱりあなたが……」
その夜、私は神妙な面持ちで、預かっていたスマホをカザハに差し出した。
「一瞬でも私が引っ張る側だなんて思ったのは間違いでした。
やっぱり、ずっと依存していたのは私の方。
飛べるようになったのも、今生きているのも、全部あなたのお陰――」
「本当にその通りだ。カケルのくせに生意気だぞ!」
「ごふっ」
カザハがぶん投げた枕が、顔にぶちあたる。
こっちがちょっと真面目にしんみりした雰囲気出してるのに何この仕打ち!?
「こんなことになったのは君のせいなんだ。
そもそも最初に野垂れ死なずになゆ達と合流できてしまったのも、なんだかんだでこんなところまで来れてしまったのも、君のせいだ。
双子だったテュフォンとブリーズがすごく羨ましくて……ほんの出来心だったのに。
全部全部、冗談半分で兄弟ごっこを始めた我に文句ひとつ言わずに付き合った君のせいなんだからな!」
「カザハ……」
「たとえ妹が増えようと我の最初の兄弟は君だし、
たとえ強化をかけなくたって君には我と共有するレクステンペストの力があるだろう?
そんなことも分からないような奴はスマホ没収だな!」
「全部バレてる――!?」
115
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:24:27
私が動揺した隙に、カザハは無駄に高い素早さを発揮して私からスマホを掠め取った。
そして器用にベッドの上に着地し、私を抱きとめるように両手を広げる。
「忘れるな! ”君と来た旅路”があっての”皆で行く旅路”なんだ!」
私はその胸に飛び込む……と見せかけて無駄に高い素早さを発揮して必殺技を発動した。
「さっきの仕返しです! 必殺! 脇の下くすぐり!」「ぎゃぁあああああああああ!!」
クリティカルヒット! カザハは絶叫をあげながらベッドに倒れ込み、私も勢い余ってその隣にダイブする。
「こいつら……小学生から何一つ変わってね―――――――――ッ!!
二人揃ってキッズケータイでも首から下げとけや!!」
むしとりしょうじょの全力のツッコミが響いた――
そして……それから出発までの二日間、私は”新たに解放されたスキルの練習”と称しての路上ライブに付き合わされたのでした。
ユニット名は『2代目T SOUL SISTERS』だそうです。
上手いこと言っているのかいないのかよく分かりません。
2代目ということは初代は必然的に今はストームコーザーの中にいる二人ということに……
――謝れ!初代に謝れ!
そうしていると隣でむしとりしょうじょがタンバリンを打ち始めたりして。
「ちょっと待って何で物が持ててんの!?」
「よく分からんけど気合入れたら持てるようになった」
「経験点配分されてんの!?レベルアップしてんの!?」
とかいうやりとりがあったりなかったり。
というかベルゼブブは羽化したけどこの人全然成仏する気配ないんですけど!?
これ、たまに出てくるギャグ要員としてなんとなく最後までいくパターンじゃね!?
そして出発前夜、いつものように寝る前にベッドに寝そべって駄弁る私達。
特に出発前夜らしい会話をするでもなく、いつも通りのとりとめのない会話である。
「そういえばこの世界はゲームなのにBGMが無いんだな……」
カザハがまた妙なことを言い出した。
「そりゃまあ……ゲーム内の登場人物には聞こえないようになってるんじゃないですかねぇ」
「ブレモンのBGM、滅茶苦茶いいのに勿体ないな……」
「言われてみれば確かに……」
最初は妙なことを言い出したと思ったが、ブレモンのBGMは確かにいいので、聞こえないのは勿体ない気がする。
カザハはブレモンのゲームはド素人だが、サントラだけは買って何回も聞いている。
いわゆる”サントラだけ買う勢”ですね。
「でも、こっちの世界の住人は、ブレモンにBGMがある事自体知る事すら出来ないのが普通なんだな……。
知る事が出来たのはゲームのブレモンがあるミズガルズに飛ばされたおかげだな」
116
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:34:01
地球にあったブレイブ&モンスターズ(私達から見たゲーム)のBGMは、
ブレイブ&モンスターズ(私達にとっての現実)のBGMの一部が使われていると考えられる。
ブレモン(現実)には、私達には聞くことのできないゲーム版未実装のBGMがたくさんあるのだろう。
そして、それらもゲーム実装済の曲と同程度のクオリティと考えれば、きっとどれも素晴らしいのだろう。
「この世界は大人気ゲームだったらしいが……駄目精霊の我としては難易度が高すぎるしもうちょっとぬるい世界観の方が好みだな。
特にミズガルズエリアは莫大な資金の投入しどころを間違えた壮大なるクソゲーとしか言いようがない。
が、神BGMを搭載してるなら仕方ないが全部ひっくるめて神ゲーと認定するしかない……。
世界を救ったら運営に全曲収録の完全版サントラを発売してもらうようにお願いしよう。
いやいっそBGMをONにする機能を実装してもらおうか。
その状態で世界の果てまで冒険しよう! カケル、一緒に来てくれるな?」
「四六時中BGMが流れてたらちょっとうるさくありません!?」
また滅茶苦茶な謎理論を展開しているが、世界を好きになるきっかけは何でもいいのかもしれない。
ブレモンのゲームをやり込んだのがきっかけでこの世界を好きになっても、
ブレモンのサントラを聞きまくったのがきっかけでこの世界を好きになっても、別にいい。
「本当は……今でも時々聞こえてる。賑やかな王都。風渡る草原。それから……みんなの曲。
なゆは……まるでアイドルソングみたいに可愛らしくてそれでいてすごく勇壮。
明神さんは……ちょっとワルっぽくてかっこいいドラムとベースの効いた疾走感のある曲だな。
エンバースさんは、出だしはオサレでクールとみせかけてサビはめっちゃ熱い。
ジョン君はやっぱちょっとアメリカンで? すごい激しくてでも切なくて……うーん、うまく言えないや。
とにかくテーマ曲が用意されているということは……間違いなく主要人物だ。我が語るべき勇者で間違いない」
「ふふっ、そうですね」
単に妄想や例えで言っているだけか、地球で言うところの共感覚のようなものか。
それとも本当にゲーム内の登場人物には聞こえないはずの音が時々聞こえているのか。
そうだとしたら5Gの影響を受けているのでアルミ製の帽子を被らないといけないやつの気もしますが……。
真相が何であっても、私にとっては大した問題ではない。カザハが不思議なことを言い出すのはもう慣れている。
重要なのは、ちょっと(かなり)変わった表現だがカザハが皆のことをすごく特別に思っているらしいということだ。
117
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:35:30
決戦当日の朝、皆が聖堂へ集う。
決戦に備えて装備変更した者、今までと変わらない者、様々だ。
なゆたちゃんは、この街に来るまで長く着ていた姫騎士装備に身を包んでいた。
カザハの服装はほぼ変わっていないが、ヘッドギアが羽根付きヘッドホンのようなデザインものに変更されている。
頭の装備は全体の印象に結構な影響を与えるとはよく言ったもので、こうして見ると吟遊詩人系クラスのように見えなくもない。
>「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」
>「余は遊軍として五百騎を率いる」
>「作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
第三層と攻め進まなければならない」
>「だが、当然そんな時間は我々にはない。
よって、十二階梯の継承者『黄昏の』エンデの力で『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開き、
このエーデルグーテから一気にニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)へと移動する。
第八層への本隊移送が終了次第門を閉じ、後はニヴルヘイムの軍勢と雌雄を決する。
ハロディ枢機卿の第一大隊は、第八層到着次第左翼に展開し――」
>「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」
オデットやグランダイト、その部下のアレクティウスらが、厳かに会議を進めていく。
そんな中、例によって例のごとくガザーヴァはいつも通りだった。
>「うーっし! やったろーじゃん!
クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」
「ブレなさすぎやろこいつ……誰に似たんだ……? ちなみに我はキャラブレまくりだから違うぞ」
いつも通りのガザーヴァを見て、カザハは自虐系ギャグ(?)を言いながら笑っていた。
突撃バカ、絶叫ヘタレ、なんちゃって達観系ときて今はその全部を足して3で割った感じになってますね……。
>「大賢者様、この世界の叡智の最高峰たる尊き御方が、この世界を消滅させるおつもりだなんて……。
絶対にお止めしなくちゃ。ナユタ、ミノリ、力を貸して頂戴。
きっと私は、私の知恵は……そのために今日まで培われてきたものだったんだわ」
>「もちろん。ローウェルと直接対決して、世界の消滅を防ぎたい気持ちは同じだよ。
みんなで一緒に、誰ひとり欠けることなく……ローウェルに会って、未来を変えよう。
みのりさんも――」
「みのりさん……! 元気になったんだな!」
118
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:40:58
>「直接会うんは久しぶりやけど。
……少ぉし見ぃひんうちに随分強ぉなったみたいやなぁ、なゆちゃん。見違えたわぁ」
>「え、そうですか?」
>「うん。……なゆちゃんだけやあらへん、カザハちゃんも明神さんも、エンバースさんも、ジョンさんもや。
キングヒルからモニターはしとったけど、みんな随分修羅場を潜ってきたみたいやなあ。
世界を救う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の顔っちうのは、きっとこういう顔を言うんやろねぇ。
頼もしいわあ」
「みのりさんのサポートあってこそだよ。
危険を顧みずにストームコーザー探しに行ってくれたり……本当にありがとう」
>「はい……! 絶対、絶対! この戦いに勝って、世界を救ってみせましょう!
わたしたち、みんなの力で!」
そんな中、ジョン君が話を切り出した。
>「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
>「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」
急に頼むと言われても何のことだか分からなかったかもしれないが、私達は、ジョン君から事前に打ち合わせを受けていた。
イブリースを必ず説得して助けたいこと、私達の歌った歌からそのヒントを得たこと。
イブリースには真の主君がいて、それを悪用されてローウェルの走狗になってしまっているのではないか。
そして、真の主君はシャーロットなのではないかという仮説。
イブリースは今やアルメリアを壊滅させた宿敵であり、カザハにとっても、テュフォンとブリーズを直接間接に葬った憎き仇。
それが直接のきっかけとなりカザハは色々こじらせてしばらく鬱モードだったのだ。
きっと、カザハもまたイブリースの処遇に関して複雑な想いがあったに違いない。
それでもカザハは最終的にはジョン君の考えに賛同し、彼と共にこの提案をすることとした。
楽器を持ったカザハと私が前に進み出る。
「聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ」
こんな非常事態に何も歌わなくても、歌詞のポイントとなる部分を掻い摘んで説明すればいいのでは、
とも思ったが、カザハはジョン君の提案通り歌おうと言った。
この曲が上の世界から見たブレモンのテーマ曲と共通して使われているものだとしたら、
思わぬところにヒントが隠されている可能性もあること、
そして何より「ジョン君が”勇気をもらった”と言ってくれたから」とのことだ。
案の定、生真面目なアレクティウスの”こんな時に何呑気に歌っとんねん”的な視線を感じたが、それでも最後まで黙って聞いていてくれた。
>「これは……」
>「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」
119
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:44:43
歌ったカザハですらも、ジョン君からこの解釈を聞かされる前はシャーロットからブレイブに向けた言葉とばかり想定していた。
「私が消え果てもかならずやりとげてくれる君達なら」このいわゆる大サビを境に、歌詞のニュアンスが
ブレイブとパートナーモンスターの一対一の絆から、パーティ全員の絆を歌っているように微妙に変化する。
“君とゆく旅路”から”皆でゆく旅路”への変化
それはもちろん、ブレイブとパートナーモンスターの一対一の絆から始まり、
いつしか共に旅するブレイブ達が本当の仲間になっていた――という解釈が自然だが。
それを遥かに拡大して、皆の中にイブリースまでも入っているとすれば――妙に辻褄が合ってしまうのだ。
シャーロットはきっと、皆で手を取り合って世界を救ってほしいと願っているのだろうから。
>「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」」
ジョン君はついに自らの仮説を皆に披露し、シャーロットの記録を持つなゆたちゃんに問う。
>「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」
>「そうだよ」
なゆたちゃんは、神妙な面持ちで頷いたのであった。
>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは」
>「でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
とはいえ、エンデはなゆたちゃんを本物のシャーロットとして扱っているように見えるし、
シャーロットそのものではなくてもまるっきり別人とも思えないのだが、
シャーロットの記録を持つなゆたちゃんがそう言うからには少なくともイブリースにとってはそうなのだろう。
残念そうにかぶりをふるなゆたちゃんに、カザハは申し訳なさげに告げる。
120
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2022/11/28(月) 01:45:51
「そうか……いや、なゆが謝ることじゃない。
こっちこそごめん。敢えて言ってなかった事を言わせてしまって……」
>「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」
>「――――ッ、本物のシャーロット……?」
なゆたちゃんは、言葉の途中で何かを突然閃いたようだった。
>「なゆちゃん?」
>「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」
「そう言われるとめっちゃ気になるんだが!?」
そこで、出発の時間となった。オデットが皆を見回して告げる。
>「刻限です。参りましょう」
>「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」
前方へ突き出されたなゆたちゃんの手。カザハはその意図を汲み、迷わず手を重ねた。
まるで、何も考えてない系キャラだった最初の頃のように。
「必ず最後まで見届ける――きっと力になるから! レッツ・ブレイブ!!」
121
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/12/05(月) 03:44:33
俺の思考回路は、この世界を創った三人の中で、おそらくローウェルに最も近い。
これまで幾度となくブレモンの『キャラクター』を唆し、けしかけ、暗躍してきた奴にすれば、
俺ほど御しやすい存在は他を置いて居ないだろう。
ネクロドミネーションみたく、容易く操られる危険すらあった。
だから、いざって時には、助けてくれ。
オブラートに幾重も包んだこの上なく情けない独白を、ガザーヴァは一切遮らずに聞いて――
>「……つまんない」
ズバリと切って捨てた。
「おまっ……面白いこと言おうとしてるわけじゃねえんだよ!
なんぼ明神さんでもTPOくれー弁えて喋るわ!!
俺達みんなの生死にかかわる問題なんですよ、もうちょい真面目によぉ――」
>「デートのお誘いってんでどんな話をするのかと思えば、最後の最後にそんなコトかよ?
ホンット……オマエってば人様を煽るときは滑らかに舌が動くクセして、こーゆーのはカラッキシなのな!
普通は無理してでも、俺は絶対負けない! とか黙ってついてこい! とか言うもんだろー?
ワカってねーなー!」
「うぐ……」
ガザーヴァは呆れたと言わんばかりにため息をつく。
ガラじゃねえってこた分かってんだよ俺も。
それでも、腹の底から鎌首もたげる弱気を無視出来ない。
楽天的で居続けるには、人が死にすぎた。
>「まっ! でも、それがオマエだもんな。
逆に……そんな白々しいセリフが言えるほど器用なヤツだったら、きっと好きにならなかった。
小狡く立ち回ってさ、漁夫の利掠め取ってさ。常々ローリスクハイリターンで行きたいって思ってるクセに、
いつだって望んで貧乏クジ引いてる……そんなぶきっちょなオマエじゃなくちゃ」
臆病になるな!とか、そんな風に背中でも叩かれるのかと思った。
ガザーヴァは、目を細めて俺の振る舞いを肯定した。
>「俺を信じてくれって? 手を伸ばせって? バカ言うなよな。
そんなの今さら約束するまでもない。ボクはそうする、何があったって。どんなことが起こったって。
だってさ――あのアコライト外郭で会ったときから。
今までずっと、ボクはオマエのことを信じ続けて、手を伸ばしてきたんだから」
ああ……そっか。
どこかで俺は、未だになゆたちゃんの言ってたことを信じきれてなかったのかもしれない。
俺がこれまでやってきたことは、製作者の決めた『設定』に則ったものに過ぎなくて。
知らず知らずのうちに、ローウェルの意図を反映するように振る舞ってしまっているのかもしれない。
何度も死線くぐってきたこれまでの旅は、そんな風にレベルデザインされただけのコンテンツなのかもしれない。
だけれど今、俺の隣にはガザーヴァが居る。
一巡目の――ゲームのブレモンに定義付けられた『幻魔将軍』としての運命を否定し、
ただのダークシルヴェストルとして、俺の愛すべき存在として、一緒に釣り糸を垂れている。
122
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/12/05(月) 03:45:18
ブレモンに執着していたローウェルなら、絶対に許さなかったであろう、設定の逸脱。
俺がやったことだ。俺がガザーヴァにそうさせた。俺が、ゲームのブレモンを否定した。
ガザーヴァがここに居る、そのことこそが、俺が自分の意思で何かを決めてきた何よりの証明だ。
こいつの知る明神が。瀧本俊之が。この世界で歩んできた俺の全てだ。
>「オマエはジジイの影響を受けやすいって言ったよな。思考が似てるって……。
それなら、パーティーで一番ジジイのことを説得できる可能性を持ってるのもオマエなんじゃないか?
だってさ……オマエは更生したじゃんか。一度は大キライだって、ぶっ潰してやるってあれほど憎んでたブレモンを、
もう一度スキになることが出来たじゃんか。
ジジイにもその気持ちを味わわせてやればいい。それが出来るのはパパでもシャーロットでもない、
きっとオマエだけなんだ。だから――」
俺がローウェルに影響を受けるなら、その逆だってあり得る。
例え一度は絶望し、憎悪に駆られたとしても……注いできた愛と熱量は変わらない。
好きだったことを思い出す――もう一度、好きになる。
そんな心変わりは、決して机上の空論じゃない。
>「……洗脳されたらとか、操られたらとか、そんな後ろ向きなこと言うなよ。
オマエら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、いつだって――“すげぇ面白そうだな、やってやろうぜ”だろ?」
変われるはずだ。現に俺は変われた。俺達は変われた。
この世界で旅した経験は、何も無駄じゃなかったって、そう言ってやるんだ。
ガザーヴァが隣に居てくれるなら、俺はカミサマ相手だって胸を張れる。
「……ひひっ。お前にそう言われちゃ、頑張らねえわけにはいかねえな。
ちゃんと格好つけるからよ。見といてくれよ、俺の格好良いところ」
新しい仕掛けを付けて竿を振るう。
隣でふわふわ浮いていたガザーヴァが、何やら悪戯っぽく笑って、
>「どーんっ! ……へへっ」
「うぉわっ!?」
ケツから俺の胸元に飛び込んできた。
思わず竿を手放してキャッチする。甘える猫みたいに、ガザーヴァが両腕の中に収まった。
「あっ、竿、あー……まぁ、良いか」
取り落とした釣り竿が埠頭を滑って海に落下する。
そのまま流れてユグドラエアの木の根に引っかかるのを見届けて、俺は目で追うのを止めた。
回収なんかいつでも出来る。竿の居場所を強奪したガザ公と目が合う。
>「こんな世界、どうなったっていいって思ってた。ぶっ壊れちゃっても構わないって。
ボクとパパさえいればいいって……。
でも、今は違う。もっともっとこの世界を見て回りたいよ、パパが創った……パパの、それからオマエたちの愛する世界を。
みんなが大切に想うこの三つの世界を、ボクも大切にしたい。守りたい。
アハハ……あのトリックスターで愉快犯の幻魔将軍が、世界を守りたいだって!」
「ローウェルが聞いたら解釈違いで憤死するかもな。
でもそれで良いんだ。俺達はもう、虐殺上等の悪役でも救いようのないアンチ野郎でもない。
初期の設定なんか忘れちまったよ。大事なモンが増えるのは、きっとめちゃくちゃ幸せなことだ。
……俺達は今、幸せなんだ」
123
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/12/05(月) 03:46:08
>「それもこれもみーんな明神、オマエのせーだぞ。
オマエは約束通りアコライト外郭の外の世界をボクに見せてくれたけれど……全然足りない。
もっと、もっとだ……この世界の果てまで、ボクはオマエと歩きたい。
連れてってくれるんだろ?」
「ったりめーだろ、まだまだ巡ってないロケーションは山ほどあるんだ。
樹冠から差し込む青い光の束がめちゃくちゃ綺麗なブラウヴァルトだろ。
金色の雫がオアシスの木々を星みたいに鮮やかに彩るコルトレット。
超でっけえ船の中が一つの街みたいになってるノートメア号なんかも面白いな。
ああそうだ、ガンダラにも一回帰ってマスターを紹介するよ。すげえ気の良い漢女だぜ」
世界を救うのは、そんな楽しい観光旅行の前段階でしかない。
存亡をかけた戦いの後は、存続した世界を思いっきり楽しむご褒美が待ってる。
できるはずだ、俺達なら。
キングヒルに詰めてた軍団は軒並み消滅しちまったが、何もかもが手詰まりになったわけじゃない。
プネウマ聖教が丸ごと味方になって、十二階梯の継承者の協力も取り付けた。
エンバース、カザハ君、ジョン……そしてなゆたちゃん。ブレイブとしての戦力も十二分だ。
何より――
>「うんちぶりぶり大明神と幻魔将軍ガザーヴァは、アルフヘイムで最強……だろ」
――俺達が居る。
この期に及んで益体もない謙遜はしねえよ。
俺とガザーヴァが組めば、この世界に止められる奴なんか存在しない。
そう自信持って言えるだけの根拠を、俺達はこの世界で積み上げてきたはずだ。
俺が自分を信じられるのは、お前のおかげだ。ガザーヴァ。
お前が信じる俺を、俺は何度だって信じて立ち上がれる。
>「明神」
腕の中でガザーヴァが囁く。
アーモンド型の整った眼の中、星空を封じ込めたような瞳が俺を見る。
否が応にも、顔面に血が集まっていくのを感じた。
>「……ちゅーしたい」
「………………っ!!??」
喉から絞り出た声は、言葉にならなかった。
心臓が、心臓がものすごい勢いで仕事するのが手に取るようにわかる。
きっと俺の胸に頬を寄せるガザーヴァにも、鼓動は伝わってるだろう。
待て。待て待て。待て待て待て待て!!
きゅ、急にそんなこと言われても、心の準備が……
何をやってんだ俺は!そんな中高生みてーなドキドキやってる歳でもねえだろ!
124
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/12/05(月) 03:47:21
……いや。
いまさら斜に構えて紳士ぶんのなんかやめろ。
したいようにして良いんだ。俺のしたいことは何だ?
「……顔、見んなよ。初めてなんだ」
ガザーヴァに目を閉じさせる。
ああ、昼食ったパエリアのバジルとか歯に挟まってたりしねえよな……?
地球からフリスク持ってくりゃ良かった……!
『グフォ……?』
覚悟を決めた傍に置いてあったスマホから声が聞こえた。
心拍数の急激な増加で魔力が乱れたのか、供給経路を繋いでいるマゴットがスマホの中で目を覚ました。
画面が点灯し、デフォルメされた蝿男の姿が表示される。
起きちゃったか。起きちゃったかぁ〜〜〜!
いやね、流石にね、マゴットの見てる前でそれはね、教育に良くないよね。
他人の目のあるとこでね、そういうことすんのはね、モラルがね。
……………………。
「……ごめん、マゴット」
俺はガザーヴァを抱いたまま、ポケットからハンカチを取り出して――
寝起きで目を白黒させるマゴットが表示された……スマホに被せた。
◆ ◆ ◆
125
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/12/05(月) 03:48:26
4日後、決戦当日。
準備を整えた俺達は、聖堂で作戦のブリーフィングを行っていた。
>「プネウマ聖教軍の支度は整いました。
大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう」
「は、八十万……流石は大陸全土をカバーしてる宗教だ、スケールが違ぇや……」
始原の草原で見た、地平線まで埋め尽くすような軍勢ですら二十万だった。
あの四倍。全員が戦闘員ではないにせよ、途方もない規模感に頭がクラクラした。
ソロバン殿が作戦概要を説明し、進軍後の動きを頭に入れていく。
例のインチキテレポがこっちの手札として使えるようになったのはデカい。
本来順番に攻略していかなきゃならないニヴルヘイムの殆どの段階をスキップできる。
当然、たどり着くまでに相応の損耗を被るであろう大軍団を、無傷で最下層まで送り届けられる。
>「プネウマ聖教軍が真っ向からニヴルヘイムと戦い、注意を引き付ける。
貴公ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はその間に暗黒魔城ダークマターに乗り込み、
敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ」
八十万余の軍勢は、言ってみりゃ超大掛かりな陽動部隊だ。
決戦戦力は俺達ブレイブと継承者。少数精鋭でダークマターの最奥部を目指す。
>「うーっし! やったろーじゃん!
クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!」
「勝手にブレモンをオワコン呼ばわりしやがった老害Pを分からせてやろうぜ。
こんな面白いシナリオ途中で止めんなってよ」
>「そうやねぇ。
なゆちゃん、みんな、心配かけてもうて、ほんまにすんまへんどした。
まさか『侵食』でせわしない筈のゴットリープやらが、直接キングヒルに攻めてくるとは思わへんかった。
ウチとお師さんの完全な失策や……」
復調した石油王が、白いローブを揺蕩わせながら頭を下げる。
「ローウェルとイブリースに会ったら、二三発余分にぶん殴って良いぜ。お前にはその権利がある。
俺も殴るよ。1万発くらい……全部、キングヒルで殺された連中の分だ」
4日で頭を冷やすと言ったが……結局、俺は結論を出せなかった。
このままニヴルヘイムに乗り込み、イブリース達と協同体制をとって良いのか。
奴らが引き起こした殺戮を水に流して手を取るのは、死んでった連中に対する不義理じゃないのか。
>「みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…
平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ」
ジョンは、俺よりも先に自分なりの答えを出したようだった。
「もう一度言うぜ。無理だろ。タマンで俺達がどんだけ命張って向き合っても、
あいつには何も響きやしなかった。何事もなかったみたいに……キングヒルを滅ぼしやがった」
感情論をカンペキ度外視すれば、ジョンの言うことは間違いなく正しい。
ニヴルヘイムの魔族を取りまとめられるのは、現状イブリースしかいない。
頭目を欠けば、この戦いが終わっても残党による抵抗は命尽きるまで続くだろう。
戦争を終わらせるには、イブリースに終結を宣言させなければならない。
126
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/12/05(月) 03:49:35
「あのクソったれの兇魔将軍を説得する秘策でもあるってのかよ」
>「策はないが…考えがある…カザハ、頼む」
ジョンが指を鳴らすと、カザハ君がスイと前に出た。
>「聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ」
カザハ君が奏でるのは、俺もソラで歌えるブレモンのテーマ曲。
ログイン画面で何度も聞いた。歌詞だって、カラオケで困らない程度には覚えてる。
しかしカザハ君歌うめーな……マイクもアンプのないのにめちゃくちゃ響く。吟遊詩人できるじゃん。
「……あれ?二番……」
さんざん聴き込んだ一番が終わっても、伴奏が続く。
ブレモンのテーマに二番なんてあったか?CD買ってねぇから分からん……。
>「…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…」
「いやカザハ君の創作かい」
急に何だよ。オリジナル歌詞の発表会なんかやるタイミングじゃねーだろ!
だけど、カザハ君の歌った『二番』は、不思議とストンと腑に落ちた。
>「注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ」
「なんで、カザハ君がシャーロットの歌詞を……」
なゆたちゃんから話を聞いてちょっぱやで拵えたにしては妙に歌詞の完成度が高い。
まるで初めから存在していたかのような、不思議な感覚――
カザハ君はメモリーホルダーで、混線やら何やらブレイブとしても特殊な立ち位置だ。
シャーロットの断片的な記憶を、歌詞という形で保存していた……?
>「僕はずっと…イブリースと妙に気が合う…って言ったら変になるけど…でもなんか引き合う感じがしてたんだ…
でもそれは僕とイブリースが後ろを向き続けて前を見れていない…そんな共通点からだと思っていた…いやそれ自体も正しいんだが 実際もっとあう部分があったたんだ
恐らくイブリースも…後ろを振り向き続ける理由が僕と一緒なんだ…今のイブリースは自分の意志で…
あらゆる選択を自分で考える事を避けている…」
ジョンは少しずつ、何かを探るような面持ちで言葉を重ねる。
イブリースは、誰かに意思決定を委ねている。その第三者の言葉こそが、今のあいつには必要なんだと。
>「もちろんイブリース本人は一言もそんな人物の話はしなかったし…僕達も当然覚えてない…カザハの攻略本にすら書いてない…
じゃあそんな存在いるわけないじゃん!ってちょっと前なら僕でも笑い飛ばしてだろうね
でも…現れたんだ…一人…現れたのとは少し違うけれど…本当に一人だけ…この世界から完全に存在が抹消された人が…」
「それって――」
ジョンが誰のことを言わんとしているか、流石の俺にももう分かった。
>「なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?」
>「そうだよ」
なゆたちゃん――シャーロットの記憶をその身に宿したブレイブは、頷きを返した。
127
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/12/05(月) 03:52:56
>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは」
その、『シャーロットがイブリースの上司である』って情報は、シナリオをクリアしたプレイヤーなら既知のものだ。
記憶から抹消されたシャーロットにまつわる設定も、既に解凍されて蘇っている。
だから俺は、なゆたちゃんの答えに驚きはなかった。
驚いたのはむしろ――ジョンが、独力でその答えに辿り着いたことだ。
元々こいつはシナリオ読み飛ばし勢で、アルフヘイムの基本的な世界観すら何も知らなかった。
俺達ガチ勢がパっと思い出したシャーロットのことも、こうして随分遠回りする羽目になった。
イブリースと何度も競り合った経験と、カザハ君の歌に隠された僅かなヒントから。
遠回りでも……ジョンはヒャクパー自分の力で結論を見つけ出した。
「マジかよ。すげえな、お前、ジョン」
シンプルな称賛が口をついて出た。
天動説が幅を効かせてた時代、地球が公転してることを天体の動きだけで導き出したように。
それだけジョンは本気でイブリースのことを考えて、考えて考えて考え抜いてきたってことだ。
救うために。その執念と、何より固い意思を、俺は理解してしまった。
だけれどそれゆえに、歯痒い。
>「でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
シャーロットはもう居ない。なゆたちゃんの中にあるのはただの残滓だ。
イブリースの求めていた『主君』は、永遠に失われてしまっている。
>「そうか……いや、なゆが謝ることじゃない。
こっちこそごめん。敢えて言ってなかった事を言わせてしまって……」
「……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな」
カザハ君がなゆたちゃんを慰める隣で、俺は目頭を揉んだ。
「仮に現物のシャーロットが居たとして……イブリースは、合わせる顔がねえだろ。
確かにあいつはシャーロットの『同胞を守れ』って指示を律儀に守ってる。
だけど俺の知る限り、シャーロットは和平派で、殺し合いそのものを嫌ってたはずだ」
ニヴルヘイムの安寧を守る一方で、アルフヘイムの連中はぶっ殺して良しとは言うまい。
シャーロットは三魔将であると同時に、アルフヘイムの十二階梯でもあったんだから。
あの女にとって、アルフヘイムもまた守るべき同胞だったはずだ。
「ハナから従う気がなかったか、シャーロットを忘れたところにジジイが唆したのかは知らんが。
イブリースはアルフヘイムに侵攻して、ついには民間人さえも殺し回った。
シャーロットの意思を半分、取り返しのつかないレベルで破ってる。どのツラさげて昔の上司に会うんだよ」
あの野郎のお気持ちに配慮してやる義理なんぞありゃしねえが。
下手にシャーロットを出せば、イブリースを追い詰めることになりかねない。
128
:
明神
◆9EasXbvg42
:2022/12/05(月) 03:54:26
「ジョン。お前がイブリースを助けたい気持ちは分かった。
戦争を終わらせるために奴を生かしておく必要があるって部分も含めて、お前が全面的に正しいよ。
その上で俺の意思を伝えておく。……俺はまだ、イブリースとの同盟を受け入れられない」
出陣に向けて高まりつつある熱気が、水を浴びせたように冷えていくのを感じた。
こんなこと言ってる場合じゃないんだろうけれど。今言わなきゃ、何もかもが手遅れになる。
「奴はキングヒルを滅ぼした。グランダイトは、王宮も市街地も生存者は皆無と言った。
民間人が避難できてるならそんな言い方はしない。あの街に居た人たちはみんな死んだってことだ。
百歩譲って、正規兵も覇王軍も、軍人が殺し合って戦死したって話なら文句は言わねえよ。
だけど街の人間は違うだろ。無辜の、剣をとったこともないような人々まで、皆殺しにされた」
手を下したのがイブリースか、ローウェルか、ゴットリープか、今はどっちだって良い。
ニヴルヘイムの軍勢を率いていたのはイブリースだ。
奴にとって大切なのはニヴルヘイムの同胞で、人間はその数のうちに入っていない。
「ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
……認められるかよ、そんなの」
このイブリースの処遇については、俺自身の感情論とは別に、もうひとつ問題を孕んでいる。
「犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない」
散々イキり散らした挙げ句にチャンピオンに抱えられて逃げ帰るわ、
同胞の恨みを口にしときながら自分も虐殺に手を染めるわ、
もう既に何度もイブリースには失望させられてきたが……
それでもなおあいつの根底に流れているのは、ニヴルヘイムの幸福を願う一貫した意思だ。
そこだけは、正道の武人としてのキャラクターを遵守している。
「……正直言って、俺はイブリースが一言でもゴネればあいつを殺すつもりだった。
奴の裏にどんな悲しい過去があろうが。くだらん御託を並べる前に首を落とそうと思ってた」
死体にしちまえばこっちにはオデットが居る。
ニヴルヘイムへの終戦命令だってどうとでもなると思ってる。
だけど、それじゃ何も解決しないってことを、俺はジョンに教えられた。
「ジョン、お前は凄いよ。ただ設定を知ってた俺達とは違う。
イブリースへの共感を、陳腐な同情に終わらせなかった。僅かな手掛かりで、あいつの内情に辿り着いた。
そこには――ローウェルだって唸らされるほどの、物語が存在する」
ジョン・アデルと兇魔将軍イブリース。
形は違えど同じ痛みを抱えた者同士の因縁は、シナリオを彩るドラマになる。
プロデューサーなら、その物語の萌芽を切って捨てられないはずだ。
「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」
方針が決まれば、俺はようやく高らかに言える。
「レッツ・ブレイブ」と。
【ブレモンをオワコンにしない新しいコンテンツ:
ジョンとイブリースの因縁を軸にドラマを作る】
129
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 00:59:55
【デートイベント・フラグメンツ(Ⅰ)】
『エンバース。ここは、わたしに任せてくれない? わたしとポヨリンに』
「なら、お言葉に甘えて……お手並み拝見といこうか」
『みんなはここで待ってて、すぐに終わらせるから!
―――ポヨリン、行くわよ! 『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』プレイ!
更に『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』、『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!』
「へえ、面白いスペルの使い方するんだな……って、いや待て。お前まさか――」
『名付けてスプラッシュポヨリン・ウェイヴライダー!
いっっっっっけぇ――――――――――ッ!!』
「ああ……お前は、なんでそう危なっかしい事ばっか閃くかな……おい!頼むから転ぶなよ!」
〈ポヨリンさんに限ってそんなミスはしませんよ。ふむ、人一人乗せてあの速度……やりますね〉
『……巫女服……ね〜。
エンバース、そういうのが好きなの?』
「さあ?だが、もしそうだとしたら……どうしてくれるんだ?」
『じゃーんっ! どう?』
『ね、ね、似合う? 初めて着たけど、いいね〜これ! 地球に帰ったらお正月に巫女さんのアルバイトしようかな?
と思ったけどわたし、お寺の娘だから巫女さんにはなれないや……うぐぐ……』
「つまり……限定スキンは俺が独り占めって事か。悪くない気分だ」
『かしこみ、かしこみ〜。なんちゃって!
ふふ……浄化なんてされちゃダメだよ?』
「……なら、そういう軽率にかわいい行動は控えてもらおうか?
言っておくがな、その巫女服――めちゃくちゃ似合ってるんだからな。
その破壊力を自覚せずに振る舞われては……はあ。まったく、俺の身が持たないぞ」
『あはは……ううん、ちゃんと似合ってるよエンバース! カッコいい!
……っていうか、エンバースより……』
『……わたしの方が問題だと思うんですけど』
「問題?問題なんてどこにも見当たらないけど……もっとよく目を凝らさないと見えないのか?
……俺が今、急に今日一日ずっとスカラベニアに滞在したくなってきたのは確かに問題だが」
〈今のところ、一番の問題はあなたのその発言ですがね〉
130
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:00:10
【デートイベント・フラグメンツ(Ⅱ)】
『見て見て、これ!』
「……このコースを、このタイムで?さっきのフラウより早いぞ……やるな、ポヨリンさん。
フラウ、流石のお前も今回ばかりは相手が悪かったみたいだな……って、どこ行くんだよ」
〈さっきのでコースは覚えました。あと二回……いえ、三回も走れば――〉
「――いいや。俺の見立てじゃ、アレはそんな一朝一夕で超えられるタイムじゃないね。
悪いが、今日はお前の負けず嫌いに付き合ってやる時間はないんだ……ほら、行くぞ」
〈だったら一回です。一回でタイム更新すれば……ちょっと、アンサモンはズル――〉
『却下』
「なにぃ!?確かにかわいくはないけど……だが、待て。考えてみろ。
こういうクソデカアーマーにこそ、往々にして美少女が入ってるもんだろ?
ブレモンというゲームのエンタメ性に寄与する為にも、そういう夢をプレイヤーに――」
〈で、入ってるんですか?〉
「いや、まあ、入ってないんだけどさ!」
『ううん、別にそうでもないよ。
機械とか動いてるの見るの好き。地球にいたときは、よく真ちゃんがバイクをレストアするの見てたもん』
「真ちゃん……アイツ、最終決戦には間に合うのかね。チャンピオンは……生憎、俺がやっつけちまうけど」
『わたしのデッキとは相容れないけど、装備としては面白いのが多いよね。
ほら、これとか……中折れ式ショットダーツ。
シングルアクション・リボルバー式魔力装填拳銃『ピースブレイカー』もカッコいい。
ガンベルトを巻いて、テンガロンハットをかぶって……女ガンマンなゆた! なぁ〜んて!』
「……しまったな。デリンドブルグでカウボーイ装備を回収してくるんだった。絶対似合ったろうに」
『ふふ。どうぞ? 気の済むまで見て行けばいいよ』
「悪い……ありがとな。そうと決まれば早速……おおい、そこの君!君だよ!スティルバイトちゃん!
こっちにおいで。武器を打つ為の素材が欲しいんだろ?俺が用意してあげるからさ。
代わりに頼みたい事があるんだ――大丈夫、きっと君も楽しめるから」
〈あの……ハイバラ?あなた、明日の朝を一人だけ牢屋の中で過ごすつもりですか?〉
131
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:00:35
【ルート・ジャンクション(Ⅰ)】
「――悪い、モンデンキント。最後、お前を置いてけぼりにしちまったな……。
ちょっと……すぐには冷静になれそうにない。今日はここまでにしてくれ」
ワタツミ保護区から帰った後、エンバースはなゆたにそう言うと、部屋に戻ってしまった。
ベッドに腰掛ける/両手を組む/その上に額を預けて――だが、どうにも思考が纏まらない。
「……クソ。とにかく、明日の準備をしないと」
消え入るような呟き――スマホを開く/この三日間で集めたカードを取り出す/床に並べていく。
デッキコンセプトは――自身の最大火力=ダインスレイヴの補助/強化を軸にすべきだ。
つまり継続的な魔力放出/乗算形式のダメージ強化が出来るカードを積めばいい。
一度これと決めて考え出せば、蓄積した知識/理論が思考を推し進めてくれる。
「……『予告のダイス』がここにあればな」
それでも、ふとした拍子にさっきの事を――リューグークランの事を思い出してしまう。
まだ試してみたい連携があった/隠しておいた戦術だって幾つもあった。
皆の力なしで、ミハエルに勝つ為のデッキが完成する訳がない。
カードを手繰る手が止まる/拳を震えるほど強く握り締める。
『エンバース、いる?
……入ってもいい?』
不意に、部屋の外から聞こえた声/エンバースの背中が小さく跳ねる。
「……モンデンキント?あ……ああ、鍵は開いてる……どうしたんだ?」
慌てて立ち上がるエンバース。
『ゴメンね、こんな真夜中に。……でもエンバースは眠らないって聞いたから。
明日の準備してたの? 本当ゴメン、すぐ終わるから。
ただ……昼間はちゃんと話してなかったなって。ちゃんと話さなくちゃって、そう思ったものだから』
「……話って、何を」
ベッドに腰掛けたモンデンキントに向き合う。
『今日はありがとう、すごく楽しかった。
ううん、今日だけじゃない。昨日も一昨日も……この四日間、とっても楽しかったよ。
エンバースと色んなところに行けて。おいしいもの食べたり、装備を選んだり。
きれいな景色を見たりして、どれだけ時間があっても足りなかった。
……一緒にいられて、嬉しかった』
「楽しんでくれて何より……って言いたいところだけど、俺もだ。
俺の方こそ……楽しかった。お前が一緒に来てくれたおかげだ」
呼吸二つ分ほどの静寂――なゆたが口を開く。
『最後に寄った、リューグー・クランの箱庭でさ。
あなたはクランのみんなを蔑ろにしているんじゃないかって……そう言ってたけど。
わたしは、そうは思わないよ』
空っぽの筈の胸がどきりとざわつく/双眸の炎が不安げに揺れる。
132
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:01:30
【ルート・ジャンクション(Ⅱ)】
『今でもずっと……あなたは仲間を大切にしてる。大事なものだと思ってる。
だって――大切じゃなかったら、わざわざ誰もいなくなった箱庭を訪れたりはしないでしょう?
それにさ……ただ感傷に耽って、思い出を愛でるだけなら、あなたはひとりで箱庭に行くことだってできた。
でも……あなたは言ってくれたよね。どうしても行きたい場所があるって。
そこで大事な話があるって。
第一、蔑ろにしてるかも……なんて心配してる時点で、全然蔑ろになんてしてないよ。でしょ?』
――もしかしたら。俺はただ薄情で嫌なヤツになりたくなくて、そんな事を言ってるだけかもしれないぜ。
そんな考えが脳裏に浮かんで/だが口にはしない――弱音を吐くにしても、それはあまりに情けなかった。
『リバティウムで最初に出会ったときのこと、覚えてる?
ミハエル・シュヴァルツァーやミドガルズオルムとの戦いの最中、あなたはいきなり現れて。
わたしの肩を掴んで、早く逃げろって。それから、鞄をわたしに突き出してさ……。
預かってくれって。突然何を言い出すんだろう、それ以前になんでモンスターの【燃え残り(エンバース)】がいるんだろって、
ビックリしちゃったなぁ』
「はは……確かに。あの時、問答無用で攻撃されなくて良かったよ」
弱音の代わりに零れる、虚勢めいた笑い。
『そのあとも、こっちの都合や気持ちなんて全然考えないで『守ってやる』の一点張りで。
なんて失礼なやつなんだろって、ずっと思ってた。
わざわざ守ってなんて貰わなくたって、わたしは強いって。必要ないって――
あなたは繰り返したくなかったんだね。ムスペルヘイムでの出来事を』
「……ああ」
『あなたは仲間たちの形見を託せる相手を探してたんだよね。
仲間たちが、リューグー・クランの記憶がこの世から消えてしまわないように、
みんなが確かに存在したっていう証を残していくために、後を受け継ぐ人間をアンデッドになってまで探してた……。
そんなあなたが、仲間たちを蔑ろにしてるなんて絶対ない。
ましてや――』
『別人になってしまっても、変わらずクランのことを想い続けるなんて。
大事にしてなくちゃ、できないことだよ』
はっと、エンバースがなゆたを見つめる/自分をまっすぐに捉えたその双眸を。
そして理解する。少女は、己の秘密に――隠し通した筈の秘密に気づいている。
「……お前、いつから」
『……最初は、気のせいかなって思ってた。
外見も、喋り方も、態度も、何も変わらない。なんにもおかしくない――
でも、どこかに違和感があった。何かが違うって……アコライト外郭での戦いの後から、少しだけそう思うようになって。
間違いないって確信したのは……始原の草原のとき。
ポヨリンがいなくなって、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなって……パーティーから抜けるって言ったわたしを、
あなたは引き留めてくれたよね。
わたしがいなくなるのは嫌だって。そう言ってくれたよね……。
リバティウムにいたエンバースなら……きっと、そんなこと言わなかった』
「……モンデンキント。俺は、お前を騙したかった訳じゃないんだ……ただ……」
『あ、でも、誤解しないで。
それが悪いって言ってるわけじゃないの、今のエンバースが偽者だとか、そんなことが言いたいんじゃない。
そうじゃない……だって、あなたに始原の草原でああ言って貰えて、嬉しかったから。
あなたに嫌だって。そう言われたから、わたしはパーティーを抜けるのを思い留まったんだもの』
「……そう言ってくれると、助かるよ」
呼吸など必要ないアンデッドが――それでも震える嘆息を零す。
かつて遺灰の男だった存在にとって、少女の言葉は救済だった。
133
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:09:58
【ルート・ジャンクション(Ⅲ)】
『ハイバラが死んでエンバースになったからって、ハイバラとエンバースが他人になったわけじゃない。
同じように……以前のエンバースが何らかの理由で今のエンバースになったからって、
それは別の存在になっちゃったわけじゃない……と思う。
全部繋がってるんだ。ひとつなぎの存在なんだよ――それは変化ではあるけれど、交代とか分断とは違う。
あなたは、あなた。少なくともわたしにとって、エンバースはたったひとり。
出会った頃から一貫して皮肉屋で、素直じゃなくって、自信家で……。
でも、いつだって仲間のことを想ってる。優しいあなたのまま』
なゆたが立ち上がる/エンバースへと歩み寄る。
『つまり、何が言いたいかっていうと……そのままでいいよ、ってこと!
リューグー・クランのことも、その他のことも。好きなものは全部まるっと持っていればいい。
無理に忘れようと努力したり、踏ん切りをつける必要なんてないと思う。
だってわたしがそうだもん! 人間、そんなにポンポン物事に見切りをつけたりなんてできないよ。
そして、もっと長い時間をそんな好きなものたちと一緒に過ごして。
いつの日か、もう大丈夫って思える時が訪れたなら……そのときにもう一度整理してみるのでも、遅くないんじゃないかな』
少女の両手が、エンバースの頬に触れる――淡い微笑みに目を奪われる。
『もし、わたしがローウェルやイブリースに負けて死んだら。
わたしのことも、リューグー・クランの仲間たちみたいに想ってくれる……?』
闇色の眼光が一瞬揺れる/小さな嘆息――両手でなゆたの頬を包む。
「……バカ」
そして少しだけ、ほんの少しだけ強く、己の額で少女の額を打った。
「勘弁してくれ。そんなの……次はもう耐えられそうにない」
そうして紡いだその言葉は――問いの答えとして、十分に機能し得る筈だ。
『あはは……ごめん! ヘンなこと訊いちゃって。
もちろん死ぬつもりなんてないよ。わたしにはまだまだ、やりたいこともやらなくちゃならないこともあるんだから。
てことで――エンバースに新しいオーダー!』
己の手中からすり抜けていく少女を、名残惜しげに見遣る。
「……仰せのままに、マスター?」
『ひとーつ! この戦いが終わったら、またわたしと遊びに行くこと!
ブラウヴァルトで群青の騎士の試験を受けるのもいいし、カルペディエムに行ってみるのも面白そう!
ここでこなしてないイベントも、行ってない場所も、わたしたちには山ほどあるんだから!』
「いいな、それ。きっと……次も楽しくなるんだろうな」
『それから、もうひとつ。
今じゃなくていいんだ。エンバースの気が向いたときで。
無理強いするわけじゃないし、そのつもりがなければこのままで全然。
でも、もし。もしも、言うことを聞いてもいいかなって。ほんのちょっぴりでも思ってくれたなら――』
「……なんだよ、今更そんな改まって」
『……なゆた、って呼んで欲しい。
モンデンキントじゃなくて……わたしの名前を、呼んで欲しいよ』
エンバースの身体が僅かに強張る。それが嫌だから、ではない――むしろ逆だ。
134
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:10:18
【ルート・ジャンクション(Ⅳ)】
己を見つめるなゆたの瞳に宿るもの/己の空っぽの胸の内側を掻き乱して、ざわつかせるもの。
それをどう呼べばいいか――エンバースは、確証などないが、知っている気がした。
生前――もうずっと昔に思えるその時にも、同じものを持っていたから。
エンバースはもう自覚していた――自分が、なゆたの願いに応えたいと思っている事を。
少女の瞳の中と己の胸中に在る「それ」を――照らし合わせてみたいと望んでいる事を。
「……改めてそう言われると、少し……照れ臭くて、参っちゃうな」
それでも――エンバースは二の足を踏む。
なゆたの願いに応えてやりたい――心からそう思っている。
自分がどう呼ばれるのか、それがどんなに大切かエンバースはよく知っている。
だが――そうする事で自分の中で何かが変わってしまわないか、怖い。
自分の中の一つ目の「それ」を塗り潰してしまわないか、恐れている。
無理に踏ん切りを付けなくてもいい/今すぐじゃなくてもいい――なゆたはそう言ってくれる。
だが――いつになれば割り切れるのか/それまでずっと曖昧なままにしておくのか。
全て「なあなあ」のままにして――呼び続けるのか。モンデンキントと。
『――ハイバラ』
不意に背後から声が聞こえた――なゆたには、それは聞こえていないようだった。
マリの声――今でも自分をハイバラと呼ぶ声が、エンバースの背に刺さる。
その響きはナイフのように冷たい――かえって、それで目が覚めた。
「……さっき、お前が言ってくれた事。嬉しかったよ。気が楽になった」
こんな風にただ、じっと悩んでいるのはハイバラらしく――自分らしくない。
「無理に踏ん切り付けなくたっていい……確かに俺、自分で自分を追い込んでたのかもしれない。
でも……やっぱり俺、踏ん切りを付けたいんだ。しなきゃいけない……とかじゃなくて。
ちゃんとしたいんだ。でないと皆にも、お前にも……アイツにも、不義理だから」
ゆっくりとなゆたに歩み寄る――今更、後には引けない。
だから。そう言って、エンバースは一度言葉に詰まり――
「なゆた」
悩みを振り切るように、ただそれだけ呟いた。
「……はは。なんていうか……少し、くすぐったいな」
照れ臭そうな笑い/泳ぐ視線/右へ/左へ――どうにか、なゆたをじっと見つめ直す。
「なゆた。なゆた……ああ、駄目だ。むずむずする。
ずっとこうして呼んでいれば、その内慣れるかな」
少女の名を呼ぶ度、疼く微かな罪悪感――心の中にある一つ目の「それ」は、まだ動かせなかった。
だけど、かえって少し安心した――たったこれだけで忘れてしまえたら多分、自己嫌悪は免れない。
「……それで、なゆた。それだけで良かったのか?」
さておき――エンバースはそう尋ねた。
135
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:10:38
【ルート・ジャンクション(Ⅴ)】
自分がどう呼ばれたいか――その命題について考えると、どうしても思い出す。
今のなゆたは、以前のままなのか、それともシャーロットなのかという疑問について。
少女の説明は曖昧だった――シャーロットではない/だが以前の自分のままだと断言も出来ない。
遺灰の男は、エンバースと呼ばれる事に意味を見出していた――なゆたも、そうなのかもしれない。
「他には何かないのか?お前の望みなら、なんでも聞いてやるぜ。
……実はよく眠れないから、子守唄を歌って欲しいとかでもな」
とは言え、深く詮索出来るような話題でもない。こうして冗談混じりに聞くのが精一杯。
「……さあ。そろそろ寝ないと、明日に差し支えるんじゃないか?……部屋まで送るよ」
そうしてなゆたを送り、自室の前まで戻ると――エンバースは一度立ち止まり、意を決してドアを開けた。
部屋の奥。窓から差し込む月光の中に、マリがいた――血塗れの姿で何も言わずにエンバースを見ていた。
「……アイツのおかげで、一つ思い出したんだ」
エンバースが窓辺に歩み寄る。
「この二巡目の世界でお前と会うのは……今日が初めてじゃなかったな」
キングヒルでの決闘――その最中にエンバースは幻覚を見ている。
エンバース自身すら忘れていた事に言及出来る――マリの幻覚を。
「あの時とは……随分と態度が違うじゃないか。俺に愛想を尽かしたのか?」
それとも――本当はまたあの時みたいに、俺に発破かけてくれてるのか?」
窓枠に右前腕を置く/マリの顔を覗き込む――返事はない。
『えー?それは、ちょっと都合よく考え過ぎじゃないですか?
こっちは散々、あなたのダサいとこを見せられてきたのに』
背後からの声/もう驚きはしない/振り返る――流川たなが、ベッドの上で足をぶらぶらと揺らしている。
136
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:11:53
【ルート・ジャンクション(Ⅵ)】
「いいや、同じ事さ」
『はっ、そうやった煙に巻こうとしたって――』
「だって考えてみれば、お前らの言い分は要するに――
俺にもう一度惚れ直させて欲しいって事だろ?
随分とまあ、いじらしいじゃないか?」
『んなっ……!リューグーじゃあんなにしょぼくれてたくせに、よくもそんな事が言えますね!』
「ふん、それで?」
『……それでって、何がですか』
「今のやり取りは?ハイバラポイントで言うとどれくらいだ?」
『〜〜〜〜〜っ!はー!?あーあーそうやって言葉尻捕らえてくる感じだ!
はいはい!そういうのハイバラさん好きでしたもんね!べ〜〜っだ!!』
流川が悔しげに舌を出す/そのまま煙のように掻き消える。
窓際を振り返ると――マリの姿はもう見えなくなっていた。
「はは……今のはかなり効いたな。大丈夫……心配するなって。
明日はちゃんと見せてやるよ。お前らの知ってるハイバラを」
エンバースは、己の魂が今までになく燃え盛っているのを感じていた。
なゆたは、今までの全ての自分を認めてくれた/全ての自分を信じてくれた。
フラウは、一巡目で心折れて投げ出した自分を――今でもハイバラと呼んでくれる。
マリも、そう呼んでくれる――その本心がどうであれ。
リューグーの皆は、自分に惚れ直したくて堪らないらしい――そう思う事にした。
それに――ミハエル・シュヴァルツァー。世界一位が自分を名指しで待っている。
これら全ての、期待という言葉だけでは一括りに出来ない思いの存在に気づいた時――エンバースは、それに応えたいと思った。
「――ああ、思いついたぞ。カードはまだ足りてない……けど、このシステムなら――」
エンバースがカードの前に戻る/思いついた戦術を膨らませて形にしていく――懐かしい感覚が、蘇ってきた。
137
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:12:12
【ルート・ジャンクション(Ⅶ)】
翌朝、エンバースはカテドラル・メガスの裏庭にいた――昨夜からずっとだ。
昨夜閃いたシステムを手に馴染ませる為、何度も練習を繰り返していたのだ。
周囲には巻き藁代わりに、アルメリア兵士の大剣を始めとして無数の刀剣が突き立てられていた。
どれも激しく刃毀れするか/大きく歪むか/折れるか――或いは、切断されている。
まるで剣の墓場といった風情――その中心にエンバースは立っていた。
〈ハイバラ。聖堂内の足音が増えてきました。そろそろみたいですよ〉
「もう、そんな時間か……フラウ、これで最後にしよう」
〈いいでしょう……行きますよ〉
アルメリア兵士の大剣を足場にしたフラウが、溶けた尾を鍔に絡める――体を固定。
触腕を枝分かれさせる/周囲の直剣に伸ばす――都合十本の刃が宙に浮かび上がる。
「ああ、いつでもいいぜ――」
瞬間、宙空へと舞い上がる刃――エンバースの右手が残像すら残さず瞬く/十重に響く金属音。
周囲に武器が散乱する――折れて/歪み/引き裂け/貫かれ/溶けて/朽ちて/砕け散った残骸が。
「……トゥループ・システム。完成だ」
スマホを操作/散らばった武器の残骸を一括回収――エンバースは裏庭を後にした。
皆よりやや遅れて聖堂に参じたエンバースは、マスターアサシンの法衣を身に纏っていた。
赤と金で縁取りされた純白のローブ/目深に被ったフード/真紅の飾り帯。
左腕にはスマートフォンを固定した竜鱗のアームガード。
『プネウマ聖教軍の支度は整いました。
大司教六名、聖罰騎士二百五十騎、以下聖教戦士、戦闘司祭、僧侶、兵数約五十二万余。
この他に兵站輸送、後方支援などの部隊を含めると、総数は八十万ほどになるでしょう』
「総勢五十二万の相互ヒール軍団か――マル様と親衛隊の出方が気になるところだな。
さっぴょん……少しは腕を上げたみたいだし、久々に一戦交えてみたいもんだけど。
アイツ、今JPサーバーで何位なんだ?覚えてる限りじゃ……十四位とかだったっけ」
ニヴルヘイムの軍勢はウィズリィが失敗した事を知っている。
ならば、プネウマ聖教軍が敵に回る事も当然に想定しているだろう。
その対策として、マル様とその親衛隊をぶつけてくる可能性は大いにある。
〈五十二万ですよ?たった四人のブレイブでは流石に――〉
「そりゃ、ヤツらだけじゃな……でも、向こうだってニヴルヘイム連合軍と連携を取ってくるかもしれない」
G.O.D.スライム/アニヒレーターの破壊的な範囲火力。
デスメタルビルドの騒音による回避困難な詠唱/祝祷の妨害。
さっぴょんのグランドクロスは、大軍を容易く分断/包囲殲滅し得る。
たとえ十全のメンバーでなくとも、大軍殺しこそはマル様親衛隊の十八番――警戒しておいて損はない。
『余は遊軍として五百騎を率いる』
エンバースは何も言わない――用兵/遊撃をグランダイトに説くなどあまりに無意味だ。
138
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:13:08
【ルート・ジャンクション(Ⅷ)】
『作戦はこうだ。本来、最終目的地たる暗黒魔城ダークマターを陥落せしめるには、
先ず開拓拠点フリークリートへ行き、然る後第一層(辺界“アヴダー”)を踏破し順次第二層、
第三層と攻め進まなければならない――
――敵勢力を撃破しつつ転輾(のたう)つ者たちの廟へと突入。
最奥部にいるであろう大賢者ローウェルを撃破する……という流れだ』
「……プランは、あくまでプランだ。俺達が予想以上に手こずる可能性も十分ある。
いざとなったら、俺達を置いて一時撤退する事も視野に入れておけよ。
こっちは最悪、エンデさえいれば逃げ道は作れる……筈だ」
『うーっし! やったろーじゃん!
クソジジーめ、ベチボコに叩きのめして、ぜってーゴメンナサイって言わせてやる!』
エンバースは黙考=己が全てを失う事になった元凶に、どれほどの報いを望むべきか――答えは出ない。
『いかに師父のなさることとはいえ、世界の消滅などは絶対に認められぬ。
弟子として師父に直接問い質さねばなるまい。そして過ちは正す……。
それもまた弟子の務めじゃ。のう、アシュリー。御子よ』
「今回は、ずっと傍であやしてやれるか分からないからな。ちょっとやそっとで泣きべそ掻くなよ。
継承者どもは……任せるしかないか。クソ、マル様にもロスタラガムにも借りは返せず仕舞いか」
『みんな聞いてくれ…僕はイブリースを助けたい。僕達の為だけじゃなく…世界の為に…平和の為にイブリースは必ず必要になる
明神…君は無理だと言ったけど……実際僕もそう思ったけど…必ず助けたいんだ』
ふと、ジョンが声を上げた/一瞬、聖堂から声が消える。
『もう一度言うぜ。無理だろ。タマンで俺達がどんだけ命張って向き合っても、
あいつには何も響きやしなかった。何事もなかったみたいに……キングヒルを滅ぼしやがった』
真っ先に反論したのは明神だった――この中で、最も中庸/善良な感覚を持つが故の反論。
「……オーケイ、分かった。なら俺に任せろ。イブリースを上から下まで真っ二つにしてやる」
同調するエンバース=極めて断定的な口調/会話の主導権を強奪。
「勿論、ロスタラガムとマリスエリス、ゴットリープも俺が貰う。
誰が何人殺したかは分からない……けど、加担した事だけは確かだからな。
向こうの陣営にいて止めなかった以上、マルグリットだって同罪だ。皆ぶっ殺してやるよ」
冷水のように浴びせかける暴論/極論。
「……そうしてどいつもこいつも殺していけば、晴れてGエンドに到達だ。グッドエンドじゃないぜ。
ジェノサイドエンドだ……そこまでは求めてないって?らしくない我儘だな。
じゃあ……どこまでならいいんだ?どこまでやれば満足する?」
露骨にケンカ腰=それほどまでにはっきりと表明しておきたかった――そのルートは「無し」だと。
「無いんだよ、そんなの。ここまでなら殺していい、コイツだけなら――なんて線は。
『うっかりLV2になるヤツなんているか?冗談キツいぜ』……ってヤツさ。
一人でも殺せば……次を殺さない理由はもう、なくなるんだ」
真に迫る声=経験談。
139
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:14:51
【ルート・ジャンクション(Ⅸ)】
「……そんなに睨むなよ。言いたい事は分かるぜ?イブリースを殺さずにおくとしても――」
『あのクソったれの兇魔将軍を説得する秘策でもあるってのかよ』
「……正直、まだ何も思いつかないけど。けど、それを考えてた方がまだ建設的――」
『策はないが…考えがある…カザハ、頼む』
「……なんだと?」
ジョンが指を鳴らす/カザハが前に出る。
『聞いてほしい曲がある。
『ブレイブ&モンスターズ〜異邦の勇者達〜』。ミズガルズにあるゲームのブレイブ&モンスターズのテーマ曲だ』
「歌?…………それで、この歌がどうしたって――」
『……あれ?二番……』
一番が終わったと同時に口を挟もうとして、タイミングを逃す。
ゲーム内の楽曲であるブレモンのテーマは、二番などなかった筈なのに。
自分がムスペルヘイムに召喚された後で、二番が実装されたのか――などと考える。
「んん……?いや待てよ。そもそも――」
『…と今聞いてもらったのがブレモンのテーマだが…1番の歌詞が僕達もしってる公式の歌詞…そして
2番がカザハが作った歌詞…でも妙にしっくりくるだろう?僕は数日前この曲を部長と一緒に聞いたんだが…
『いやカザハ君の創作かい』
「創作?いやいや、おかしいだろ。だって今の――」
『注目して欲しいのが「私が消え果てても かならず やりとげてくれる 君達なら」って歌詞なんだけど…
これは間違いなくシャーロットの歌詞だ。
僕達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に向けた言葉…だけどこの歌詞の僕達にはイブリースも含まれてるんじゃないかと思うんだ』
「それ以前に――」
『なんで、カザハ君がシャーロットの歌詞を……』
「違う。そこじゃなくて――」
『なゆ…君の中の記憶は…「彼女」は…なんて言っている?』
「……オーケイ。まずはそっちの話に区切りを付けよう」
エンバース=何か言いたげだったが断念――視線をなゆたへ。
『そうだよ』
『もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは』
「そうか……ジョンはメインクエストも未クリア……いや、読み飛ばしてたんだっけ?」
140
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:15:58
【ルート・ジャンクション(Ⅹ)】
『マジかよ。すげえな、お前、ジョン』
エンバースが細く長く溜息を吐く――明神の言う通りだ。
ジョンは独力で、イブリースのバックボーンを読み取った。
ただ――それでも、その閃きは車輪の再発明止まりでしかない。
『でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも』
「……だろうな。俺がイブリースなら間違いなくブチ切れる」
『やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――』
『――――ッ、本物のシャーロット……?』
「どうした、モン…………なゆた?」
一度深呼吸をして、気を取り直して少女の名を呼ぶ――しかし返事はない。
何かを深く考え込んでいる様子――これだよ、と言いたげに両手を上げる。
『……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな』
「明神さん、まだ言うつもり――」
『仮に現物のシャーロットが居たとして……イブリースは、合わせる顔がねえだろ。
確かにあいつはシャーロットの『同胞を守れ』って指示を律儀に守ってる。
だけど俺の知る限り、シャーロットは和平派で、殺し合いそのものを嫌ってたはずだ』
まだGルート行きを引きずるつもりか――言いかけた言葉が、行き場を失う。
『ジョン。お前がイブリースを助けたい気持ちは分かった。
戦争を終わらせるために奴を生かしておく必要があるって部分も含めて、お前が全面的に正しいよ。
その上で俺の意思を伝えておく。……俺はまだ、イブリースとの同盟を受け入れられない』
明神の意志は堅い――だが声は大分、冷静さを取り戻している。
『ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
……認められるかよ、そんなの』
「……認められなかったら、どうするって言うんだ?」
問い=挑発といった調子ではない――純粋に続きを促している。
『犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない』
「確かに……そういう解釈の下でなら、死なせてやるのも一つの選択肢だろうけど」
その線は考えてなかった、といった口調――実際、メインストーリーの中ではイブリースは死んでいるのだ。
せめて武人らしくという大義名分さえあれば、物語のクオリティとイブリースの死は両立し得る。
そのルートでも結局、和平への筋道が立たないという問題は残るが――不可能ではない。
141
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:18:37
【ルート・ジャンクション(ⅩⅠ)】
幻魔将軍をどうにかニヴルヘイムのトップにねじ込むか。
はたまた――シャーロットの力をモノにして皇魔をでっち上げるか。
手持ちのカードでどうにかする――それはそれで、ゲームのルート分岐として面白みがある。
『……正直言って、俺はイブリースが一言でもゴネればあいつを殺すつもりだった。
奴の裏にどんな悲しい過去があろうが。くだらん御託を並べる前に首を落とそうと思ってた』
だが――明神の目はもう、そんなトゥルーエンド未満を見ていないようだ。
『ジョン、お前は凄いよ。ただ設定を知ってた俺達とは違う。
イブリースへの共感を、陳腐な同情に終わらせなかった。僅かな手掛かりで、あいつの内情に辿り着いた。
そこには――ローウェルだって唸らされるほどの、物語が存在する』
「間違いない。地球に帰ったらイブ様親衛隊の隊長になれるぜ」
『イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ』
「……結局、自分で言い出した事、全部自分でひっくり返しちまったな?でも……うん、それがいいよ。
なにせ明神さんの腕じゃ、イブリースのあの丸太みたいな首はどんなに頑張っても落とせっこないし」
からかうような/だが嬉しげな声色=明神が殺しの螺旋に落ちてこなくて良かった。
『なゆちゃん?』
『あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!』
「あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ」
飛空艇からの自由落下/二度に渡るオデットへの特攻/二度目は殆ど自殺行為――懇願の根拠は十二分。
「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」
視線の先=カザハ/カケル。
「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」
声色は極めてフランク――その実、言動は事情聴取/物証の有無を確認。
「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」
エンバースは念の為、尋問めいた雰囲気を隠そうとしている――だが実際にはカザハは嘘をつかない。
「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
ふと、エンバースが椅子に深くもたれかかる――虚空を見上げる。
「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」
そこにある筈の、プレイヤー達の覗き窓へと語りかける。
142
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:23:34
【ルート・ジャンクション(ⅩⅡ)】
「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」
実は夢の中で教わりました、示唆されました――では説明にならない。何故なら――
「それもおかしな話だぜ。そいつがこの世界の……
少なくとも地球の作中作のテーマソングまで把握してるって事は、
つまりたかが風精王ごときが独自にこの世界をゲームだと解明してるって事になる」
たかが風精王――ここでは『それが何代目であれ、所詮はゲームのキャラクターに過ぎない筈の存在』の意。
「それだけじゃない……一巡目にガザーヴァと混線?したって事は、お前らは同時期に死んでた訳だろ。
だが、ゲームの中では……シャーロットが初めて登場するのはガザーヴァの死後になる。
俺達の知るブレモンが、一巡目の顛末を基にして作られているとすれば――」
これについては確証はない。だが――
「――勿論、これも別に根拠のない話じゃない。こないだ……なゆたが言ってたよな。
ゲームとしてのブレモンは、シャーロットが二巡目のブレイブの為に残した措置の一つだって。
なら、わざわざオリジナルのシナリオを発注する必要も……そんな事してる暇もなかったんじゃないかな」
とにかく、と話を本旨へ戻す。
「その場合、カザハはシャーロットとの面識すらなかった事になる。
だから……思い出した?そんな事があり得るのか?恐らく面識のなかった人物と、
間違いなく自分の死後に発動した『機械仕掛けの神』にまつわる歌詞を……死人がいつ作れたんだ?」
前へ向き直る――カザハを見据える。
「ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない」
円卓に仰々しく両手を打ち付ける/身を乗り出す。
「……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ」
楽しげに言うエンバース。
「……心配するな。別に、今更お前を疑ってるとかじゃない。
ただ……そう、俺はただ、可能性の話をしてるだけなんだ」
いつもより僅かに柔らかな声/一呼吸置いて、こう続ける。
「――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を」
今度は一変して、芝居がかった脅かすような口調。
「――いや、神為的なもの、と言うべきか?そんな事が出来る存在は限られてる……けど、具体的には?
シャーロット自身の仕業か?でも折角の置き土産が歌と歌詞だけってのは、ちょっとあんまりだよな?」
人差し指/中指/薬指を立てる――薬指を折る。
「なら、バロールか?ヤツが二巡目に入る際、マスクデータという形で情報提供してくれたとか?
でも歌詞よりも先に、まずシャーロットの存在自体を伝えてくれないと話にならないんだよな」
中指を折る。
「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」
残った人差し指を口元に添えて、エンバースが笑う。
143
:
embers
◆5WH73DXszU
:2022/12/10(土) 01:25:10
【ルート・ジャンクション(ⅩⅢ)】
「そんな事はあり得ない?いや、あり得ない可能性は既に除外した……まだトリックが分からないだけだ」
実際、一巡目の崩壊時、二巡目に向けて布石を打てたのがシャーロットだけと断定出来る根拠はない。
キングヒルへの『侵食』を見るにローウェルの権限は二巡目でもある程度機能しているし、
サルベージされる前の一巡目のデータが既に干渉を受けていた可能性だってある。
「……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて」
最後、やや投げやりに締めくくる/エンバースは一息ついて――
「じゃ、これで話は終わりだ……ジョン、今回の作戦はお前が要だ。しっかり頼むぜ」
明らかに狙い澄ました能天気さで、そう言った。
「……ん?どうした?俺、別にさっきの方針は怪しいからやめにしとこうなんて言ってないぜ」
とぼけた口調/口元に僅かに垣間見える笑み。
「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」
エンバースが椅子に深く体を預ける。
「そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?」
そしてもう一度、架空のカメラを見上げる/両手を広げる。
「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」
一巡目の感覚を思い出す――物語の全貌を把握し切れないが故の息苦しさを。
「こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも」
だが、そう言って皆を見渡すエンバースは――強気な笑みを浮かべていた。
物語の全貌を把握し切れない――それは渦中の当事者にとっては耐え難い苦痛になる。
だが――この世界がゲームである事を完全に受け入れてしまえば、最上級の娯楽にもなり得るのだ。
「いや……もしかして、そんなの俺だけか?だとしたら……悪い事しちゃったな。
ま、物語には適度なケレン味と緊張感が必要って事でさ……勘弁してくれよな」
そして――程なくして、聖堂に一人の聖罰騎士が入ってきた。
『刻限です。参りましょう』
『了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!』
「ちゃんと楽しむ事も忘れるなよ。全部一度きりだ。リプレイは出来ないんだからな」
エンバースが立ち上がる/天井を見上げる/人差し指を突きつける――これは、お前達に言っているんだと示す為に。
「さあ、行こうぜ――レッツ・ブレイブだ」
144
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/12/13(火) 03:35:29
>「そうだよ」
やはり…イブリースの違和感の一つはこれで消滅した。
ちゃんと話したわけではないが…ポヨリンを一度葬った後の発言…僕達は即座に殺さず話を聞いてしまうお人よし感
僕は今までイブリースは非情だ…しかしそれと相反するようにお人よしな部分が見え隠れする…違和感がずっとあった。
>「もともと、ニヴルヘイムは魔神の頂点である皇魔のものだった。
イブリースは皇魔に仕える側近だったんだ。
ゲームの設定中で、シャーロットはふたつの渾名を持ってた。十二階梯の継承者である『救済の』シャーロット』と、
三魔将のひとり――皇魔将軍シャーロットのふたつを。
シャーロットが、イブリースの本当に仕える主君だったんだよ。
バロールが魔王となるまでは」
でもそれが…お人よしの部分は…他人の影響受けていた…。僕がなゆに影響を受けたように…イブリースもまたシャーロットから影響受けていた。
僕はなゆに…イブリースはシャーロットに…影響を受けた相手すらも実質同一人物だった…とは…これは運命なのか…。
>「でも……ごめん。それだけだよ。
わたしじゃイブリースを説得することはできない。わたしはシャーロットの記録を継承しただけで、
シャーロットそのものじゃないから。
むしろ、わたしがシャーロットの名を出して説得しようとしたら、逆に怒りを買ってしまうかも」
「なん…!」
>「……俺も。イブリースの説得にシャーロットを使うのは賛成できんな」
>「……だろうな。俺がイブリースなら間違いなくブチ切れる」
「なぜだ…?本人がいなくたって…!」
>「ハナから従う気がなかったか、シャーロットを忘れたところにジジイが唆したのかは知らんが。
イブリースはアルフヘイムに侵攻して、ついには民間人さえも殺し回った。
シャーロットの意思を半分、取り返しのつかないレベルで破ってる。どのツラさげて昔の上司に会うんだよ」
「それは…」
そんな事は言われなくたって分かってる…!しかしイブリースをどうにか説得しなければ…!
世界平和なんて夢のまた夢なんだ…それは明神だって分かってるだろうに…!
>「ジジイのラジコンに成り下がってようが、アルフヘイムに対する憎悪は紛れもなく奴自身の意思だ。
憎悪のままに散々暴れまわって、何千人も殺してきたような奴と、今更手を組めるか?
シャーロットの説得が使えたとして、昔の飼い主に撫でられたらコロっと掌返すのか?
……認められるかよ、そんなの」
>「犯した罪の報いを受けずに仲間ヅラしたり、ホイホイ宗旨変えするようなことがあれば、
今度は――解釈違いでイブリースのキャラクターが損なわれる。
俺達はローウェルに、ブレモンってコンテンツの将来性を証明しなきゃならない。
シナリオに不可欠な、イブリースの悪役としての一貫性……魅力を失うわけにはいかない」
明神の言わんとしてる事は分からんでもない…けど、僕には…イブリースというゲームのキャラクターの中の一つであるイブリースは殆ど知らない。
目の前の…言葉を交わしたイブリースが僕の全部の情報だ。一貫性だとか…ゲームとしての存在の魅力がどうだのこうだの僕にはわからない…。
>「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」
僕達がイブリースを何らかの手段で説得・懐柔したとして…イエスマンになったイブリースにニブルヘイムの統治はできない。
そもそもローウェルが洗脳したにせよ口でコントロールしてるにせよ…確かにそこになんの違いもないのかもしれない。
でも具体的にどうすればいいのか?ストーリーも…世界観も分かってないこの僕が?
145
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/12/13(火) 03:35:45
仲間にする事ばかり考えていた。
なゆ達が僕にしてくれたことをそっくりそのまま実行すればイブリースを助けられると信じていた…でも…
自分の意志で…なにかを実行した事がない僕が…相手に説けるだろうか?
不安になっちゃいけない…ここまできてできないは許されない…!それでも…僕は明神の言葉に返事できずにいた。
>「やっぱり、わたしはイブリースを救えるのはジョンしかいないと思う。
偽者のシャーロットじゃ、イブリースの心を傷つけるばっかりだよ。
言葉で説得しようとするなら、それこそ本物のシャーロットを――」
いや…なに考えてるんだ…!なゆに…みんなにここまで何を教えられたんだ!僕ならできる!カザハに言っといて自分でできなくてどうする!
>「なゆちゃん?」
>「あ、ゴメンなさいこんなときに! ただ、今一瞬何かを閃きかけたような……。
ジョン、その話はほんのちょっとだけ保留にして貰ってもいいかな? ひょっとしたら、
あなたの考えがニヴルヘイムとの戦いの切り札になるかも……。
ダークマターに到着するまでには、絶対結論を出すから!」
「任せとけ!僕が必ず…!」
フライングした…ちょっと恥ずかしい。
だめだ最初から最後まで空回りしてる気がする…いや気のせいじゃない…もう少し冷静にならねば…
>「あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ」
エンバースがその気があってかなくて…なかった事にしてくれた…優しが身に沁みる。
落ち着け…考える事はなにもイブリースの事だけじゃない…むしろイブリースの事は前座…真の敵はまだその先にいるのだから。
力配分…戦闘態勢を整えておかなければならない…イブリースをどうこうできても負けてはまったく意味がないからな。
「行くぞ部長…今まで…僕の一人よがりだったけど…今度こそブレイブとして…みんなの役に」
やはり元気だけが空回りしている僕にエンバースが待ったを掛ける
146
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/12/13(火) 03:36:02
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」
エンバースとの付き合いもまあまあ長くなってきた今日この頃…エンバースの真面目な声のトーン…
なにか確信を得た時に発する凍てつく視線と声…その矛先は……カザハ?
>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」
嫌な予感がする――この状態のエンバースは遠慮がない
>「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」
「なあ…エンバース…その話今関係あるのか?ただ前の週の思い出を思いだしただけだろ?そんなにマジメに追及する事なのか?」
>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
あ〜だめだ…エンバースがこうなったら疑問を徹底的に口に出さないと気が済まないぞ…。
エンバースの一人で完全に把握する癖と気になった事はとことん突っ込まないといけない性格は分かってはいたが…
>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」
うわ…なんかなんにもないところに向かって話始めた…なんかどっかのドラマのテーマソング流れそうな雰囲気だよ!周りは凍ってるけど!エンバース…君は古畑任〇郎か?
>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」
「なあ…エンバース…君が無駄な事はしないって僕は知ってるよ…けどそんなに尋問するようにしなくたって…」
>「……心配するな。別に、今更お前を疑ってるとかじゃない。
ただ……そう、俺はただ、可能性の話をしてるだけなんだ」
違うそこの心配してるんじゃないだって!僕は心の中で愚痴りながらなゆと明神を見る。
う〜ん…これは様子を見るしかないのか。
>「――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を」
>「――いや、神為的なもの、と言うべきか?そんな事が出来る存在は限られてる……けど、具体的には?
シャーロット自身の仕業か?でも折角の置き土産が歌と歌詞だけってのは、ちょっとあんまりだよな?」
>「なら、バロールか?ヤツが二巡目に入る際、マスクデータという形で情報提供してくれたとか?
でも歌詞よりも先に、まずシャーロットの存在自体を伝えてくれないと話にならないんだよな」
>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」
「エンバース!」
意図はないとは分かっているが…さすがにカザハがかわいそうだ…さすがにこの辺にしろと意味を込めて名前を呼ぶ
まるで悪戯がバレた子供のように含み笑いをしながらエンバースはひらひらと手で返事する。
>「じゃ、これで話は終わりだ……ジョン、今回の作戦はお前が要だ。しっかり頼むぜ」
「あぁ…わかった…ってこの流れで気分よく承諾できるかあ!!!周り見ろ!周り!氷ついてるよ!
台風が過ぎ去った後みたいな空気になってるよ!トルネードだよ!こんなサイクロンみたいな空気でよくそんな事言えたね君!?」
>「……ん?どうした?俺、別にさっきの方針は怪しいからやめにしとこうなんて言ってないぜ」
「違うんだよなあ…そうじゃないんだよなあ…なにが間違ってるのかな…?僕の言い方が悪いのかなあ?…ジャパニーズ日本語カミング?」
ジョン・アデルは完全に混乱している!
147
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2022/12/13(火) 03:36:17
>「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」
もちろんエンバースが追及した謎はエンバースが言う通り確認しなきゃいけないのは間違いはない…間違いはないんだが…
カザハをさすがにいじめすぎじゃないだろうか?カザハも本気で攻めてないのは分かっているだろうけど…。
これ以上追及してもしょうがないから切り替えるしかない。決戦の時はもうすぐそこなのだから。
>「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」
「そんなの知った事か知らないし…どうせいくら探しても答え合わせは最後にしか行われないんだろうな…
こんな事言うと脳筋みたいに思われるだろうけど…片っ端からぶっ飛ばしていけばいい…今の僕達にはそれしかできない、だろ?」
>「こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも」
「…あんまり決戦前にこんな事言いたくないんだが…いくらここがゲームの世界だからって自分をゲームの住人だと決め込んでる姿…僕は嫌いだ。
僕はプレイヤーが操ってるゲーム世界でのエンバースが好きなわけじゃないんだ。今ここにいる君が好きなんだけどな…なんとなくでも意味伝わってればいいけど」
あ〜あ…我慢できなかった。場が妙な空気になる。こんな予定じゃなかったんだけどな…
まあエンバースも僕がギスギス目的で言い放ったわけじゃないとわかってくれるだろう…たぶん。
>「刻限です。参りましょう」
そんな会話から少し経つとそこに空気を読まない…いやこの場合は読んでる…騎士が現れる。ついにきたのだ…出陣のその時が
「カザハ…少しまってくれ」
みんなが外に出ていく中…カザハに声を掛け呼び止める。
「君も分かってるだろうけどエンバースは…いやこのPTみんな君の事を微塵も疑ってない。ただ君が心配なだけなんだ…みんなね」
相変わらず気の利いた一言でも言えないのがもどかしいが…生憎僕は愛の言葉を囁いた経験はない。ついでになゆ達以外の友達がいた事すらない
なんの心もない愛の言葉と体の使い方ならいくらでも知ってるんだが…そんな言動をカザハに言うつもりはない。
僕の精一杯の誠意で
「こんな時明神みたいに気の利いた事言えたらよかったんだけど…余りにも友好関係が少なくてね…だからカザハ…手を出してくれるか?」
僕は跪いて差し出されたカザハ手の甲にキスする。
「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」
君に勇気をもらったから…少し恥ずかしいけど…お返しだ。
「あはは…やっぱり洒落たセリフが僕には似合わないね!エンバースみたいに照れずに最後までできたらよかったんだけど…」
澄まし顔で最後まで言えたらよかったんだけど…途中であまりにもむず痒くて顔が赤くなっちゃったよ
「…あ〜それと…盗み見はよくないな?カザーヴァ?…君が一番カザハの事は心配してるのはみんなも…なによりカザハが一番分かってるよ。
…それとも羨ましいのか?君は明神にもっとすごい事してもらってるんだろ?」
茶化しながら陰で隠れて僕達を見ている…たぶん気配からしてカザーヴァだと思われる人物に話掛ける。
「あらら…そんなに恥ずかしがる事ないのにね?…さて…いこう!カザハ!みんながまってる」
僕の心は静まり返っていた。
一度怒り気味なったからこそ…冷静にいる事ができる…分からない事を永遠に悩む事も…もうない。
エンバースはここまで見通していたのか?…まさかな
「ごめんみんな待たせたね…こっちは準備満タン!いつでも!」
>「了解! じゃあみんな、最期の戦いよ!
頑張っていこう――レッツ・ブレイブ!!」
「もちろん…全員で必ず生きて世界救ってやろう!レッツブレイブ!」
みんなが僕を信じてくれている。ならやる事は一つしかない…全力で…これから起こる事柄全てに全力で体当たりする!
出来ないかも…僕になんか…ネガティブにそんな事をいちいち考える僕にさよならを告げるんだ…!
148
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/01/23(月) 23:07:54
>あー……出来れば今度こそ、見てるこっちがハラハラせずに済むような閃きを頼むぜ
なゆたの一瞬の閃きは、結局そのまま消えてしまい何も生み出すことはなかった。
けれども、何かを閃きかけたということが重要なのだ。それにまつわる切欠さえあれば、また新たに閃く可能性はある。
「あはは、うん……出来るだけハラハラさせない方向で善処する……たぶん、きっと……メイビー……」
エンバースの突っ込みに、臍の前で両手指をもじもじ絡め合わせながら言う。
何せ、自分でも何を閃くか分からないのだ。当然それが危険なのか安全なのかも分からない。
そして、例え危険だとしても――それが現状一番有効な策だと判断したら、自分は間違いなくそれを実行に移すだろう。
エンバースには申し訳ないが、それはもうそういうマスターなのだと観念して貰うしかない。
>――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど
不意に、エンバースがカザハへ話柄を向ける。
>カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?
>白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?
カザハがしどろもどろになって説明するのを聞いて、エンバースはさらに追及を強める。
>ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に
そこまで言うと、エンバースはふと何もない、明後日の空間を見上げて騙り出した。
>カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ
「……エンバース?」
なゆたが怪訝な表情で思わず名前を呼ぶも、エンバースはお構いなしだ。
>お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?
>――勿論、これも別に根拠のない話じゃない。こないだ……なゆたが言ってたよな。
ゲームとしてのブレモンは、シャーロットが二巡目のブレイブの為に残した措置の一つだって。
なら、わざわざオリジナルのシナリオを発注する必要も……そんな事してる暇もなかったんじゃないかな
「そなたら、何を言っておるのじゃ?」
「訳が分からないわね……」
エカテリーナとアシュトラーセが眉間に皺を寄せる。
これは完全にプレイヤーとしての会話だ。ゲーム内のキャラクターである十二階梯の継承者にとってはちんぷんかんぷんだろう。
けれども、なゆたにはエンバースが何を言いたいのか分かる。
「ふむ」
>その場合、カザハはシャーロットとの面識すらなかった事になる。
だから……思い出した?そんな事があり得るのか?恐らく面識のなかった人物と、
間違いなく自分の死後に発動した『機械仕掛けの神』にまつわる歌詞を……死人がいつ作れたんだ?
>ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない
>……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ
一巡目の世界では、カザハとガザーヴァはアコライト外郭で相討ちになって死んでいる。
シャーロットは幻魔将軍の死後、ストーリーの中に姿を現した。
とすれば、カザハとシャーロットには面識はない。なのに――カザハがシャーロットのことに言及する歌詞を作れたのは何故なのか?
答えは簡単だった。
>――お前の「知っていた」が、実は人為的に仕組まれたものである可能性の話を
誰かが、予めそう仕組んでおいた――ということ。
そんなことが出来るのは、ブレモンの運営しかいない。
とすればメインプログラマーのシャーロットか、チーフデザイナーのバロールか、総合プロデューサーのローウェルの何れかということになる。
けれど、エンバースはシャーロットとバロールの可能性を否定した。
とすれば――
>……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?
大賢者ローウェル。『ブレイブ&モンスターズ!』に見切りをつけ、サービス終了と称して世界を破壊しようとしている張本人。
149
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/01/23(月) 23:10:34
「そんなこと……」
>そんな事はあり得ない?いや、あり得ない可能性は既に除外した……まだトリックが分からないだけだ
なゆたが言いかけた言葉の続きを、エンバースが継ぐ。
常識的に考えて、ローウェルが此方に利するような行為をするとは思えない。
既に次のゲームの企画さえ用意しているようなローウェルだ。落ち目のゲームなど一刻も早くサービス終了させたいだろうし、
延命させる理由もないだろう。
しかし、だとしたら何故――?
>……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて
>絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
白状すると……キミ達に見せてた顔は嘘。
本当は……いつも「まだ行ける」と「もう駄目だ」の間で揺れて。
みんなへの憧れと自分への失望の板挟みで。
自分で逃げようとしてるくせに退路が塞がれたら心のどこかで安心してた。
自分が本当に望むことさえ自分では分からなかったんだ……。
でも、いざこうなったらこんなにも……
エンバースの追及に、カザハが申し訳なさそうに口を開く。
結局、思いついたというのはカザハの思い込みでしかなく、仕込まれたという仮説に対しての反論はできないということらしい。
>……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……
「オマエ、この期に及んでまだ――」
あれだけ説得したというのに未だに思い悩んでいるカザハに対し、ガザーヴァが気色ばむ。
ニヴルヘイムとの最終決戦を前に、士気が殺がれるようなことがあってはならない。
なゆたはカザハの言葉にじっと耳を傾けていたが、ややあってひとつ息をつくと、口を開いた。
「いいよ」
カザハの顔を真っ直ぐに見つめて言う。
「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」
カザハが先ほど歌い上げた歌が、エンバースの言う通り何らかの意図によってカザハの中に組み込まれたものであったとしても、
それはそれで構わない。
であるのなら、今度は本当にカザハ本人が目の当たりにしたもの、耳で聞いたもの。
心で感じたもの、実際に直面し抱いた思いを歌にすればいい。
「わたし、前々から思ってたんだけど。動画サイトで面白い動画を作ったり、歌を作ったりする人たちってホントに凄いよね。
他にもピアノを弾いたり、いろんな雑学を纏めたり、ゲームでスーパープレイしたり……。
わたし、そういうの全然不得意から。いいとこブレモンの対戦動画を誰かにアップして貰うくらいしかできないから。
だからさ。カザハの責任って、ホントに重大だからね?
カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」
びし、と右手の人差し指でカザハを指し、厳命を下す。
>……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな
>そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?
そう言うと、エンバースはふたたび虚空を見上げた。まるで其処に何者かがおり、今も此方の遣り取りを眺めている――とでもいうように。
>……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?
>こういうの好きだろ、なあプレイヤー?それに……みんなも
「……ん。ここまできたら、もうトロコンしかないでしょう!」
なゆたは頷いた。
こうなったら、もう進むべきはトゥルーエンドしかない。フラグを残した中途半端なエンディングなんて望んではいない。
そうしてカザハとジョンの遣り取りを経て、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はエンデの開いた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を用い、
ニヴルヘイムへと向かった。
150
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/01/23(月) 23:16:53
ニヴルヘイム第八層(真界“マカ・ハドマー”)は、ニヴルヘイムの軍勢にとって最も重要な本丸である。
従って、その制圧には激しい抵抗が予想された。
アルフヘイム対ニヴルヘイム、まさにふたつの世界の総力を尽くした『最終戦争(ラグナロク)』――
そんな熾烈な戦いを予想していたのだが。
「……これは……」
エンデの『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜ってニヴルヘイムの地に足を踏み入れたなゆたは、
眼前に広がる光景に思わず呆然と立ち尽くした。
ニヴルヘイム真界の最奥、暗黒魔城ダークマターの前には、広大な平野が広がっている。
当然、オデットらアルフヘイム軍首脳陣は陣を敷くに適したその平野で決戦が行なわれると考えており、
あらかじめ布陣しているに違いないニヴルヘイム軍が先制攻撃してくるものとばかり思っていたのだ。
しかし――
其処には、誰もいなかった。
ただ、一行の目の前にはどす黒くぶ厚い雲が重苦しく頭上に垂れ込め、
罅割れた赤黒い大地がどこまでも続く荒涼とした世界が広がるばかりだ。
そして、そんな荒れ果てたニヴルヘイムの空と言わず大地と言わず、至る所には大小さまざまな“穴”が開いており、
まるでアニメに出てくる穴あきのチーズのような様相を呈していた。
侵食によって喰い荒らされ、刻一刻と消滅しつつある世界。
そこにはアルフヘイム軍を食い止めるために布陣した軍勢はおろか、野良の魔物の姿さえ見当たらない。
「オイオイ、どーゆーコトだよ?
せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」
兜を小脇に抱えたガザーヴァがガンガンと騎兵槍の石突で地面を叩く。
「……ビビッて逃げた……」
そんなガザーヴァの言葉に、はっとする。
「………………そうかも」
「おぉーい!? マジか!?
クソッ、イブリースのヤツ! いくらボクたちが最強で自分たちに勝ち目がねーからって、
敵前逃亡するなんて見損なったぞ!」
「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」
「心得ました」
オデットが頷く。アレクティウスが迅速に各部隊へ指示を飛ばし、門を潜ってニヴルヘイムに集結した軍勢が続々と陣容を整えてゆく。
もしこの静寂がニヴルヘイムの策であり、兵を隠して奇襲を目論んでいたとしても、これなら即座に対応できるだろう。
軍備と一緒に運んできて貰っていたヴィゾフニールに乗り込み、操縦席のクレイドルにスマホを挿す。
フィィィィ……という低い起動音と共に目覚めたアルフヘイム最速の強襲飛空戦闘艇は、
ゆっくりと離陸し高空から一路暗黒魔城ダークマターへ進路を取った。
「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」
艦艇内のモニターで眼下の地上を確認しながら、みのりが右手を頬に添えて小首を傾げる。
ニヴルヘイムに生きる者たちにとって、この真界はかつて支配者たる皇魔が住んでいた、いわば聖域だ。
余程のことでも起きない限りは、彼らがこの世界を廃棄して逃亡するなどということは考えられない。ただ――
その『余程のこと』が起こったのだとしたら、状況は変わってくる。
「……いない」
暗黒魔城ダークマターに到着してヴィゾフニールから降り、巨大な正門を潜って城内に侵入を果たしても、様子は同じだった。
人っ子――否、魔物っ子ひとりいない。
ゲームの中のエクストラダンジョン扱いだったダークマターならば、
メインストーリークリア後の強力なザコ敵がまさしく雲霞の如く押し寄せてきて、プレイヤーの行く手を阻むはずなのに。
「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」
黒を基調とした重厚かつ荘厳なエントランスで、ガザーヴァに告げる。
快諾したガザーヴァが先行して歩き出す。なゆたもシャーロットの記録を持っているためダークマター内部には詳しかったが、
万が一の奇襲を警戒してここは慎重を期した。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の自分が先頭を歩くより、ガザーヴァに斥候を任せた方が伏兵にも対応できる。
「……行こう。エンバース」
ポヨリンを足許に従え、エンバースを一瞥してから歩き始める。
ダークマターは六階構造で、いかにもバロールが手がけたものらしくトラップが山盛りであったが、
ガザーヴァがその悉くを無効化して何事もなく先へと進んでゆく。
精緻な彫刻の施された大柱が等間隔にそそり立つ黒い回廊を通り、長い長い階段をのぼって最上階へ。
そうして最終フロアの最奥にある大扉を開くと、そこには謁見の大広間があり――
本来魔王が座しているはずの玉座に、何者かが腰を下ろしていた。
151
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/01/23(月) 23:23:08
「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」
一際高い吹き抜けの天井と、七色のステンドグラスから降り注ぐ光。対照的に黒曜石のように輝く床と、そこに敷かれた真紅の長絨毯。
かつての皇魔の支配を偲ばせる謁見の間に、低く重々しい声が響く。
兇魔将軍イブリース。
誰もいない世界、誰もいない王城の中で、ただひとりその存在を顕すニヴルヘイムの首魁が、
ジョンら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の姿を見て口を開いた。
「イブリース……!」
なゆたはポヨリンと共に身構えた。スマホを片手に握り締め、臨戦態勢を取る。
しかし、イブリースは玉座に悠然と腰掛けたまま動かない。
「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」
「軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」
エカテリーナの問いに、イブリースはせせら笑った。
「やっぱり……!」
そんなイブリースの反応に、なゆたが戦慄する。
嫌な予感が当たってしまった。
真界マカ・ハドマーに乗り込んだ際、もぬけの殻の世界を見てガザーヴァは『ビビッて逃げ出したのでは』と言った。
それはまさしく正鵠を射ていた。アルフヘイムとニヴルヘイム、ふたつの世界の軍勢が総力戦を開始すれば、
双方ともに多大な犠牲が出るのは避けられない。イブリースは自らの部下たちが大戦争で命を落とすことを厭い、
配下たちを逃がしたのだ。
そして、自分ひとりだけがこの壊れかけの世界に残った。
エンバース達『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をこの場に足止めするために。
「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
でも、新天地なんて……そんなものどこに――」
ウィズリィが怪訝な表情を浮かべる。
だが、なゆたにはとっくに見当が付いていた。きっと他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちも同様だろう。
アルフヘイムの最重要地点キングヒルが陥落し、司令塔として皆に指示を送っていたバロールが姿を消した。
キングヒルに参集していた夜警局や群青の騎士、覇王軍といった数多の精鋭も軒並み侵食によって消滅した。
プネウマ聖教軍や『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はまだ健在だが、パワーバランス的にはアルフヘイム軍は瓦解したと見ていいだろう。
相争っていたふたつの世界の片方が壊滅し、生き残った方が新たな世界へ攻め込む。
それはまさに『ブレイブ&モンスターズ!』の一巡目と同じ流れだ。
となれば――
「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」
「……なんてこと」
行き先はミズガルズ、すなわち地球。
一巡目ではアルフヘイムが侵攻したものが、今回はニヴルヘイムになっただけだ。
いつか赤城真一が幻視した、一巡目の地球の末路。
飛び交う戦闘機とドッグファイトを繰り広げるドラゴン、隊伍を組んで行進するタイラント。
炎に包まれ、崩れてゆく街――それが再度繰り返されてしまう。
「地球へ……帰らなきゃ……!」
思わず叫ぶ。
キングヒル襲撃に続き、またしてもニヴルヘイムに出し抜かれた。
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とプネウマ聖教軍は、まんまと罠に嵌められたのだ。
ニヴルヘイムの住人達はとっくにこの穴だらけの世界に見切りをつけて、地球を新たな故郷とするべく行動を開始していた。
とすれば、最終目的地としていた転輾つ者たちの廟にもローウェルはいないだろう。
こんな廃墟に等しい世界にいつまでもいるのは無意味だ。一刻も早く地球へ行き、戦いをやめさせなければならない。
でなければ、また一巡目と同じくすべてが灰燼と帰すことになる。
けれど――いったいどうやって地球に帰還すればいいというのだろう?
それに。
「それを、オレが許すとでも思っているのか?」
イブリースが唸る。と同時、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの背後の巨扉が音を立ててひとりでに閉まった。
扉には魔力結界が張られ、破壊は困難。意地でもカザハたちを逃がさず、ここで足止めするつもりらしい。
外に布陣しているオデットやエンデ達プネウマ聖教軍とも連絡がつかない。完全に分断されてしまった。
「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」
「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」
みのりが緊張した面持ちでイシュタルを前列に召喚しながら言う。
「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」
152
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/01/23(月) 23:28:07
「ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!」
ギュオッ!!
兜をかぶった黒騎士姿のガザーヴァが単騎でイブリースへと特攻する。
ダークマターの玉座は魔王バロールのもの。愛してやまない父の所有物である玉座に、
たかだか一将軍に過ぎないイブリースがのうのうと腰掛けているのが我慢ならないのだろう。
暗月の槍ムーンブルクの穂先がイブリースの胸元に狙いを定める、が――イブリースの発した瘴気によって阻まれ、
あべこべに吹き飛ばされてしまう。
「あうッ!」
吹っ飛んだガザーヴァをマゴットが受け止める。
虚空から愛剣『業魔の剣(デモンブランド)』を喚び出し、イブリースがゆっくりと玉座から立ち上がる。
「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」
全身から禍々しい濃紫色の瘴気を嵐の如く発するイブリースが、右手を突き出す。
其処にはクルミ大の球体が十個ばかりも握られていた。
「あれは……!」
ウィズリィが瞠目する。
むろん、明神たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』もそれが何なのか知っているだろう。
『悪魔の種子(デモンズシード)』――
大賢者ローウェルが造り上げた、モンスターを超強化させ邪悪な傀儡に変化させる魔具。
たったひとつでも上位継承者たるオデットを暴走させ、ウィズリィを完全に洗脳していた其れが、十個。
イブリースは目玉のように時折瞬きする其れを口許に持っていくと、一気に噛み砕いた。
ガリッ、ボリ、と硬い咀嚼音を響かせながら、そのすべてを嚥下してしまう。
想像を絶する悍ましい光景に、なゆたは絶句するしかない。
「……な……、な……なんてこと……」
「ぐ……、ぐォォォォ……!
おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」
やがてすべての『悪魔の種子(デモンズシード)』を飲み込んだイブリースは、背を丸めて苦しみ始めた。
喉を掻き毟り、巨躯を仰け反らせ、苦悶にのたうつ。
ビキビキと首筋や米神に血管が浮き上がり、まるで別の生き物のように脈動する。
「ごォォォォォォォ……!!
ぐ、ぎ……ッガァァァァァァァァァァァァァァァ……ッ!!!」
ギュゴッ!!!
イブリースの身体から噴き出す瘴気がその勢いと濃度を一層増す。
エーデルグーテで戦ったオデットの発した瘴気とは比較にならない毒素だ。
ウィズリィとアシュトラーセが慌ててこの場にいる全員に抵抗(レジスト)の魔法を施す。
これで瘴気の毒に身体を蝕まれることはなくなったが、代わりに嵐のように渦を巻く負の嵐によって攻撃ができない。
今の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に出来ることは、ただATBゲージが溜まるのを待つことだけだ。
そして、その最中にもイブリースは変質してゆく。
3メートル程度だった体躯は5メートル程にも巨大化し、二対の黒翼は三対に。
太い角はより長大になって凶悪に枝分かれし、尻尾も一回りほど太くなってドラゴンもかくやというものに。
黒い鎧は金色のエングレービングが増してより豪奢になり、装甲部も増して飛躍的に防御力が増したように見える。
業魔の剣も持ち主の巨大化に合わせて変容し、相応しい長さと巨大さになり――
最後に頭部へ帝位を示す漆黒の輝きを放つ月桂冠を戴くと、新たな姿となったイブリースは耳を劈くような咆哮を上げた。
「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」
「な……なんだよ、アレ……!
イブリースがあんな姿にクラスチェンジするなんて、聞いてないぞ……!」
ガザーヴァがフェイスガードに覆われた兜の奥で慌てた声を出す。
ゲームを一通りクリアした『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとってもこのイブリースの姿は初めて見るものだろう。
今までもタイラントやオデット、ウィズリィなど『悪魔の種子(デモンズシード)』に操られた者は見てきたが、
外見を此処まで変質させた者はいなかった。
しかし――
「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
エンデが静かに口を開く。
聞き慣れない名に、なゆたがエンデを見る。
「……兇魔皇帝……イブリース・シン……?」
「うん」
荘重に頷くエンデ。
しかし、これはエンデにとっても想定外のことだったらしい。その表情は珍しく強張っていた。
「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」
153
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/01/23(月) 23:33:46
最終形態へと変身を終えたイブリースが、カハァァ……と濁った息を吐く。
その周囲にはかつてタマン湿性地帯で戦ったときとは桁違いの量の怨霊が乱舞し、
瘴気の渦の中でうねってはアルフヘイムの者たちに対する呪詛を撒き散らしている。
EXレイド級モンスター、兇魔皇帝イブリース・シン。
企画段階では、第二部ではバロール亡き後のアルフヘイムには束の間の平和が戻ったが、
実は生き延びていたイブリースがニヴルヘイムを再興し、自らが旗手となって『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に復讐戦を挑む、
というストーリーが考えられていたらしい。
その際の、ニヴルヘイムの新たなる盟主となったイブリースの名が『兇魔皇帝イブリース・シン』。
現在のところ、大多数のプレイヤーたちは『六芒星の魔神の饗宴』など超レイド級を相手とするイベントで盛り上がっているが、
そう遠くない将来には超レイド級さえ難なく屠る猛者たちが現われ、現状の敵では満足できなくなる時が必ず来る。
まだ見ぬ廃人プレイヤー達に対抗するためには、超レイド級の更に上のクラスを新たに設定する必要がある――
こうして生み出されたのが、規格外を表す『EX』の称号を持つモンスター、イブリース・シンであった。
ただしそんな設定もローウェルがブレイブ&モンスターズ! に見切りをつけ、
サービス終了を発表した時点でお蔵入りとなった……のだが。
どうやらローウェルはそんな没ネタになっていた兇魔皇帝の設定を引っ張り出し、急遽実装したということらしい。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」
ゴウッ!!!
イブリースが右手に持った業魔の剣を大上段に掲げ、一気に振り下ろす。
途端に颶風が荒れ狂い、4メートルはあろうかという瘴気の斬撃が長絨毯を引き裂きながら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちへ飛んでくる。
「みんな! 散開!
一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」
なゆたが素早く号令を発し、ポヨリンと共に横っ飛びしてからくも斬撃を避ける。
対レイド級といった多対一の戦闘の場合、相手を包囲するのが戦闘の鉄則だ。
だが、例えイブリースの背後を取ったとしてもその全身に纏う怨霊と瘴気によって、易々とは攻撃はできない。
けれども、だからといって臆することはできない。
真の敵はイブリースではない。それに、一刻も早くニヴルヘイムの軍勢を追って地球へ帰還する方策を練らなければならないのだ。
「ここじゃフィールドが狭すぎて、ミドガルズオルムを召喚できない……。
ポヨリン、お願い! 力を貸して!」
『ぽよっ! ぽよよんっ!
ぽよよぽよよよ〜っ!!』
巨体を誇る者が多数を占める超レイド級モンスターの中でも、ミドガルズオルムは抜きんでた巨躯を誇るモンスターである。
それでもエーデルグーテの地下墓所ではフィールドがユグドラエアの巨大な根の内部に広がる空洞ということで召喚できたが、
さすがにこの謁見の間では手狭に過ぎる。
足許のポヨリンに声を掛けると、ポヨリンはいかにもやる気満々といった様子でイブリースを睨みつけ、ぽよんぽよんと飛び跳ねてみせた。
イブリースはかつてポヨリンに土をつけ、死ぬほどのダメージを与えた仇敵だ。
その相手と再度対峙することで恐怖心やトラウマを植え付けられてはいないかと危惧したが、どうやら杞憂であったらしい。
今でこそ月子先生のスライムとフォーラムで畏怖され、仲間たちにも“さん”付けで呼ばれるポヨリンだが、
駆け出しのころは他のプレイヤー同様、多数の敗北を経験し幾度となく辛酸を舐めさせられてきた。
今さら一度や二度の敗北で折れる心は持っていない。元よりブレモンでもザコ中のザコモンスターである、雑草根性なら人一倍だ。
そして――マスターのなゆたも、覚醒したことで始原の草原でのデュエル時よりパワーアップしている。
「いくよ、ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!」
『ぽよよよっ!』
「続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!」
次の斬撃を飛ばそうと再度剣を頭上に掲げたイブリースに対し、スキルで先手を取る。
さらに、攻撃。スパイラル頭突きの強化版だ、弾丸状に硬化したポヨリンが激しく回転してイブリースへと迫る。
「ヌゥンッ!!」
イブリースが業魔の剣を振り下ろす。ガギィンッ!! という大きな激突音と共に、盛大な火花が散る。
両者は束の間力比べの鍔迫り合い状態となったが、双方ともにダメージを与えることなく終わった。
「……強い……!」
ポヨリンを足許まで後退させると、なゆたは呻いた。
今さら確認するまでもないことだが、それでも言わずにはいられない。
さすがは超レイド級をも上回るEXレイド級モンスターだ。しかも、未実装ということでその手の内やステータスも分からない。
本物のシャーロットなら兇魔皇帝に関するデータも持っていたのだろうが、残念ながらなゆたが引き継いだ記録にその項目はない。
この戦いのうちで見極めるしかないのだ。
155
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/01/24(火) 00:50:47
「オオオオオオオオオオ――――――――ッ!!!」
今やかつてのレイド級相当という枠組みを超え、かつてない強敵へと変貌したイブリースが吼える。
その攻撃力は絶大、防御力は無類。
カザハの用いる各種の風属性のバフを三対の黒翼が起こす瘴気の烈風で無効化し。
明神の使用した『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を一息に踏み壊し。
エンバースとフラウの連携を、ただ己の膂力と『業魔の剣(デモンブランド)』の重量のみで叩き潰し。
ジョンの指示で攻撃を繰り出す部長を片腕一本で受け止め、投げ飛ばす。
「な……なんだよ、ゼンゼン歯が立たねーぞぉ……!」
イブリースに攻撃を仕掛けるのは、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だけではない。
果敢に突撃を挑み、その都度弾き返されるガザーヴァが、焦燥も露に呻く。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のパートナーモンスターたちも間断ない攻撃を行なっているし、
ウィズリィはそんなアタッカーたちに攻撃力や防御力、素早さアップのバフを常にかけ続けている。
しかし――
「うちが久しぶりの実戦ちゅうのを考慮しても、こら少しきつすぎるんちゃうやろか……!?」
イシュタルを矢面に立たせ、タンク役としてイブリースの攻撃を食い止めているみのりが思わず悲鳴を上げる。
イブリースが剣を振り下ろすたび、イシュタルの全身がギシギシと軋む。だがこれはイシュタルのブランクが長く、
耐久性が落ちている――という意味ではない。むしろ逆だ、生半可なタンク役ならイブリースの攻撃の一撃目で粉砕されている。
よく持っていると言うしかないが、それもこのままでは長くは続かないだろう。
「何か、戦況を打破する方法を考えないと……!」
「このままではジリ貧じゃ!
御子よ、何か逆転の策はないのか!?」
パーティーの回復役に徹して皆の傷を癒すことに専念しているアシュトラーセと、
虚構魔法を駆使して攻撃にターゲットの分散にと飛び回っているエカテリーナが叫ぶ。
イブリースの攻撃は凄まじく、その一挙手一投足によって城そのものが鳴動し、天井からパラパラと塵が降ってくる。
その上斬撃や瘴気の波動によって床や壁は既にズタズタになっており、豪奢だった謁見の間は砲撃でも受けたような姿に変わり果てていた。
攻撃は掠っただけでも此方の体力の半分近くを持ってゆき、一瞬たりとも気が抜けない。
エカテリーナの言う通り、何か逆転するための戦術を考えなければ此方が遠からず疲弊しきって全滅するのは目に見えていた。
水を向けられたエンデが眉間に皺を寄せる。
「……ない」
「ない!?」
自分から率先して提案することがないだけで、誰かから訊かれればその都度必ず状況を打開する方法を助言していたエンデだが、
今回ばかりはまったくの無策、お手上げということらしい。
「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
イブリースが左腕を高々と掲げると同時、周囲の風景が謁見の間から濃紺の星空へと切り替わる。
そして、遥か彼方から降り注ぐ隕石群。炎を纏った流星群がアルフヘイムの皆を狙う。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の知識にない、未実装の魔法だ。どうやらイブリースは他にも大量の新技を搭載しているらしい。
「エンバース!!」
なゆたが叫ぶ。なゆたは『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』以外の回避スキルを持っていない。
このような全体攻撃魔法を相手にするには、エンバースに運んでもらうしかないのだ。
シャーロットの記録を解放し、所謂『銀の魔術師モード』になれば、シャーロット譲りの光属性魔法で何とかなるかもしれなかったが、
なゆたはそれを避けた。
これ以降の戦いに備えて、何度使えるか分からない銀の魔術師モードを温存しようとしたとか、
自らの力でなく別人の力で戦うことに拒絶感をおぼえた――とか、そういうことではない。
対イブリース戦は、あくまでジョンが主役。そう作戦会議で皆と決めたのだ。
その方針を変えたくはない。この戦いはジョンが主軸となり、ジョンの働きによって決着が付けられるべきなのだ。
似た者同士のふたりであるから。
ならば、ふたりを永年縛りつけている呪縛から解き放てるのも、お互いしかいない。
エンバースに安全なところまで運んでもらうと、床に降り立ったなゆたはジョンを見た。そして叫ぶ。
「ジョン! イブリースに語りかけて!」
「ナユタ!? 何を言っているの!?
イブリースは『悪魔の種子(デモンズシード)』の影響で正気を失っているわ!
会話なんてとても無理よ、それより攻撃を封じる方法を――」
なゆたの叫びに、ウィズリィが思わず反論する。
だが、なゆたは一度かぶりを振った。
「語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
伝わるはずなんだ、絶対に――!!」
「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
ふたりの会話を聞いてか聞かずか、イブリースがジョンへと狙いを定める。
ジョンの身丈よりも遥かに巨大な魔剣を大きく一文字に振り、兇魔皇帝はジョンめがけて襲い掛かった。
【ニヴルヘイムは無人。魔城内にイブリースだけが残っており、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は閉じ込められる。
イブリース、兇魔将軍イブリースからEXレイド級モンスター『兇魔皇帝イブリース・シン』へと進化。
明神はガザーヴァに指示できる。ベル=ガザーヴァへの進化も可能。】
156
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 20:58:21
>「イブリースを、フラフラ拠り所を探すメンヘラ将軍で終わらすか。
ブレイブ&モンスターズの宿敵に相応しい魅力的な悪役にするか。
俺達が決めるんだ。……あいつをもう一度、兇魔将軍にしてやろうぜ」
ジョン君を主軸にイブリースをもう一度魅力的な悪役に仕立て上げる、という方向性で話がまとまった。
更に、なゆたちゃんは、何か秘策が容易できるかもしれないという。
そんな時、エンバースさんが別の話題を切り出す。
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」
視線の先は――えぇ!? 私達!?
>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」
――今それ聞く必要ある!?
>「白状するなら今の内だぞ。今ならそのノートを皆の前で見開き1ページ、
朗読するだけで勘弁してやる。ほら提出しろ……なんだよ、違うのか?」
可哀そうだからやめたげて!?
カザハは、自然に思い付いたからそんなものは無いと答える。
「本当に無いんだ。思い出したような、いつの間にか知っていたような感じで自然に出てきたから……。
もしかしたら自分で作ったんじゃないのかも……」
>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」
エンバースさんは、虚空に向かって語り掛けるという不思議な行動をとるのでした。
もしかして、上の世界で私達を見ている誰かに向かって話しかけてます?
私のイメージだとブレモン(この世界)ってフルダイブ型のMMORPGで
今は世界を消すか消さないかで争ってる段階だから一般プレイヤー入りのキャラがうろうろしていない、という解釈でしたが、
もしかしてログインせずに外から観測する機能はまだ解放されてたり……?
>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」
エンバースさんは、何かの意図をもってカザハを追及している。
>「それもおかしな話だぜ。そいつがこの世界の……
少なくとも地球の作中作のテーマソングまで把握してるって事は、
つまりたかが風精王ごときが独自にこの世界をゲームだと解明してるって事になる」
初代風精王の正体を何の捻りも無く推測するならば、世界創生の時に組み込まれた始原の風車の中枢プログラム、というところだろうか。
そして始原の風車の正体が、時代が進むにつれて構成員を増やして高度になっていくスーパーコンピューターのようなもの、だったか。
が、ゲーム内の機構が「この世界はゲームだ」と解明してしまっては色々と不都合が起きそうなので、
そうならないように予めブロックされていると考えるのが妥当だろう。
157
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:00:56
>「ある筈がないものをどう思い出したんだ……それとも、お前以外の誰かが作ったのか?でも誰が?
シャーロットの消滅を前提とした歌詞は、シャーロットが消滅する前には書けない。
けどシャーロットが忘れ去られた世界でも、やっぱりそれは書けっこない」
「それは……双巫女が風の記憶で一巡目のことを知ってたから……それと似たようなものかと……。
でも……シャーロットが消滅してすぐ1巡目の世界は消えてしまっただろうし……
誰も歌詞を作る暇なんて無かったよね……」
>「……つまり『これは明らかにムジュンしています』なのさ」
>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」
エンバースさんは矛盾点から仮説を導き出した後に、究極的過ぎて投げやりにも聞こえる結論を言ってしまった。
>「……ていうか。そもそもブレイブ&モンスターズのテーマソングの、二番の歌詞だぜ?
そういうのって、総合プロデューサーが管理してるもんじゃないか?常識的に考えて」
やっと自分の道を見つけ出したと思ったら、それすらも敵に仕組まれた罠かもしれない。
その事実は、今のカザハを動揺させるには充分で。
「絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
白状すると……キミ達に見せてた顔は嘘。
本当は……いつも「まだ行ける」と「もう駄目だ」の間で揺れて。
みんなへの憧れと自分への失望の板挟みで。
自分で逃げようとしてるくせに退路が塞がれたら心のどこかで安心してた。
自分が本当に望むことさえ自分では分からなかったんだ……。
でも、いざこうなったらこんなにも……」
(一緒に行きたい。でもみんなを傷つけてしまうのが……足枷になるのが怖い。
我にはきっと自由意思なんて無いから……上位存在の悪意に抗えないよ……)
カザハは、自分に自由意思は無いんじゃないかと疑っている。
カザハがこうなった理由は、魂を共有する私はなんとなく分かっている。
カザハもまた私と同じように、致命的に人間への換装に失敗していたのだろう。
それが体ではなく心だったから、誰にも気付いてもらえなかった。
精霊というのは基本的に人間ほど複雑な感情は無く単純で純粋な精神性をしており、
特にカザハの場合は始原の風車の防衛機構としてのプログラムがされているわけで、少なくとも人間大好きなはずはない。
1巡目の時の精神性はそのままに人間臭い部分が追加されてしまったら、拒絶反応を起こすのは目に見えている。
自分の心が嫌でたまらなくなって、消えてしまいたくなったかもしれない。
それでも少なくとも表面上はそんな風には見えなかったのは、
自分に存在することが認められない感情をたくさん押し殺して、私のために生きてくれたのだろう。
私を生かすための交換条件と自分に言い聞かせることで、自分に存在し続ける許しを乞うたのだろう。
それが常態化しすぎて、自分で自分の気持ちが分からなくなってしまっていて。
私から見れば、自由意思が無いなんてことはないのだけれど。
私から見たカザハの生き様は、感情を押し殺しても尚抑えきれない好きや憧れが溢れ出ていた。
158
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:02:21
(あなたはもう自分のために生きていいんですよ。
この旅で見たのは、決して綺麗なものばかりじゃなかったけど、あなたはみんなのことが大好きになった。
きっともう自分のことも受け入れられる……)
「……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……」
カザハはやっぱり本心を言えなかった。
長らく負の感情を見せなかったカザハが、最近になって腹を立てたり思い悩んだりしているのは、
むしろいい傾向なのかもしれないが、私にはあと一押しをどうしてあげるのがいいか分からない。
そんなカザハに、なゆたちゃんが毅然と告げる。
>「いいよ」
>「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」
「自分だけの歌……」
>「わたし、前々から思ってたんだけど。動画サイトで面白い動画を作ったり、歌を作ったりする人たちってホントに凄いよね。
他にもピアノを弾いたり、いろんな雑学を纏めたり、ゲームでスーパープレイしたり……。
わたし、そういうの全然不得意から。いいとこブレモンの対戦動画を誰かにアップして貰うくらいしかできないから。
だからさ。カザハの責任って、ホントに重大だからね?
カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」
「そ、そんな無茶な! でも……出来たら……いいな。語る題材が君達なら、出来るかもしれないな……」
カザハは満更でもなさそうに微笑んだ。
「ごめん、本当は君ならそう言うって分かってたのかも……。
でも今はまだ、どうしてもその言葉が必要だったんだ。
配属されたのがキミのパーティで良かった……。我が語る勇者がキミ達で本当に良かった」
……ってほっこりしてる場合じゃないですよ!?
なゆたちゃんに判断を委ねたせいで目標が伝説を語るから一億再生に爆上がりしてるんですけど!?
あなたユーチューブの再生数三桁だったじゃないですか! 私もう知りませんからね!?
159
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:05:40
>「カザハ…少しまってくれ」
先ほどからずっと気にかけてくれていたジョン君が、カザハを呼び止める。
>「君も分かってるだろうけどエンバースは…いやこのPTみんな君の事を微塵も疑ってない。ただ君が心配なだけなんだ…みんなね」
「うん。きっと事が重大過ぎてどう言っていいか分からなくなったんだよ。
我も真面目な場ほどいっつもテンパって訳わかんないこと言ってしまうもの」
カザハのいつものやつとはちょっと違う気がするけど!
>「こんな時明神みたいに気の利いた事言えたらよかったんだけど…余りにも友好関係が少なくてね…だからカザハ…手を出してくれるか?」
「……? 何何? 部長さんがお手してくれるとか!? ――逆?」
冗談っぽく言いながらカザハは手のひらを出して、何か違うらしいということで手の甲を上にする。
するとジョン君はおもむろに跪き……何してるんですかね? ちょっと角度的に見えません(棒)
ここはカザハ自身に語ってもらいましょうか。
我は、目の前で跪いて手の甲に口づけする金髪碧眼の青年を、まるで夢の中のような気分で見つめていた。
その姿はまるで女王に忠誠を誓う騎士のようで。
何気なく差し出した左手の甲には、エメラルド色の宝石のようなレクステンペストの証がある。
その昔、平凡平穏を望んだ我にとっては呪われた宿命の証でもあるけど、それごと全て受け入れて貰えたような気がして。
>「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」
自分ですら最後まで自分の味方である自信が無いのに。
キミ達が持っている”勇気”は、多分無いのに。いつも自分を騙してばっかりなのに。
それは、願う事すら厚かましくて憚られる、だけどずっと誰かに言って欲しかったかもしれない言葉だった。
「ジョン君……キミが苦しんでいる時、殆ど何もしてあげられなかったのに。
親友を助けてあげられなかったのに。どうしてそこまで言ってくれるの……?」
未だキスの感触が残る手の甲をまじまじと見て、今度はジョン君の顔を見つめる。
「――えっ!?!?!?!?!?!?!!!!!」
今更ながら認識が追いついて、素っ頓狂な声が出る。
これって要するにうちのパーティーのやたら青春してる約二組的な世界に踏み込もうとしてるってことでOK!?
いや駄目待って無理無理無理無理! 何!? 何かのドッキリ!?
ああいう世界は端から見物して楽しむものであって自ら参戦するものじゃないから!
というかキミ、(そっち系の意味ではないにしろ)なゆにベタ惚れだったじゃん!?
それ以前にこっちは少年(姉)という意味不明な存在なんだけどいいのか!?
……それに、前に我を必ず守ると言ってくれたあの二人は……魔剣の材料として命を捧げてしまった。
そんなの絶対駄目だ。
160
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:10:54
「こっ……困るよ急に……!
だって我、人間じゃないし、美少女でもないし、キミよりすごく年上だし、地球の定義だと生物ですらなくて……!
いっつも全部が中途半端かぶっ飛んでるかで、標準仕様からはみ出してる……。
種族も出自も思考回路も……性別だってそう! 普通に考えてこんなのとは無縁のイロモノ枠だよ!?
こんな時のリアクションなんてきっと用意されてない……!」
困ったことに自分の声音が全く困ってるように聞こえない。内心嬉しいのが隠し切れない。
>「あはは…やっぱり洒落たセリフが僕には似合わないね!エンバースみたいに照れずに最後までできたらよかったんだけど…」
いや――いやいやいや、こういうのって普通ここに至るまでに着々とフラグを積み重ねていくものだよな!?
いくらキミが金髪碧眼のイケメンだからって! 一瞬で陥落するほど我はチョロくないぞ!?
いや、そういう問題じゃなくてそれ以前に! 性別もよく分かんない我にとってそういうのは管轄外……
頭ではそう考えながらも、正体不明の感情の波が押し寄せて、今まで抑えていたものが決壊したように涙が溢れ出る。
あまりに自分の鼓動がうるさくて、両手で左胸を押さえる。呼吸ってどうやってするんだっけ!?
「あははじゃないから! どうしてくれるんだよ、やばいっ……!
心臓がバクハツしそう! 感情が大洪水だ!」
――なんでこうなる!? 実は前から気になってた、とかならなるんだろうけどっ!
最初の出会いなんてキミがテーブルの上に落ちてきて我、ニャーと鳴く犬に大爆笑だよ!?
全く何も発展しそうにないじゃん! そりゃあジョン君は大事な仲間だけどそういう意味では別に何とも……。
――本当にそうだろうか。
明神さんがクーデターを起こした時、何も事情が分からない者二人揃って、迷わずなゆに味方した。
キミはまだ普通の人間の身でありながら、モンスターの我を庇ってくれた。
ガザーヴァと分離した後パーティに残ったのは、破滅の力に蝕まれるキミが気がかりだったから、というのも多分にあった気がする。
一度は忘れていたレクステンペストの力を思い出したのは、キミを助けようとしていた戦いの最中だった。
その後も、破滅から免れた代わりに今度は親友を失ってしまったキミを案じていた。
裏切ろうとしていたと明かされた時は驚いたけど、立ち直ってくれて心底安堵した。
気が付けば、我はみんなについていけなくなっていて、キミはパーティの主力として遥か先を歩いていて。
もう我のことなんて眼中にも無いに違いないと思っていた。でも――そんなことはなかった。
歌を聞いてくれた時のキミは、何かを察していたようだった。
そして調子に乗った我は、つい不審者発言をかました。
……あれ!? もしかしてこの気持ちって俗に言うところの……。
……無い無いそんなわけ無い! そんなのキャラじゃなさすぎる!
その時、天啓のごとく閃いたのである。この正体不明の感情は捕獲されたモンスターの気持ちだと!
大昔にアゲハに捕まえて貰った時や最近カケルに捕まった時とは微妙に違う気がするけど、
捕獲方法の違いによるものということにしておく異論は認めないッ!
「どうしよう、謎のビームも赤と白のボールも当てられてないのに捕獲されちゃったみたい……」
161
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:15:20
特別よりも、平凡を望んだ。
自分を愛してくれた人が犠牲になるぐらいなら、あんまり嫌われない程度に平穏に生きることを望んだ。
だからこんなのは望んでもいないし、そもそも自分には端から無関係なもの。
――そのはずだったのに。
心の奥に隠して自分すら忘れていた扉を、ジョン君は意識してかせずか、いとも容易く開けてしまった。
涙が零れ落ちるのも構わず、胸の内を満たす喜びと感謝を伝える。
「自分で自分にかけてしまったどうしても解けない呪いがあって。
自分自身に価値はなくって、価値ある何かの交換条件になることで辛うじて生きることを許されてるんじゃないかって考えが抜けなくて……。
でもたった今、キミが、解いてくれたみたい。
もう我は引換券じゃない……。物語の最後まで……ううん、終わりのその先も、ずっといていいんだね……!」
あと何回、自分はカケルを助けられるのだろう――助けられなくなったら、自分は用済みだ。そう思いながら、生きてきた。云わば引換券のようなものである。
そんな自分を隠すために、何も考えて無さそうなふざけた人を演じた。
そうしておけば、特に辛くないから、それでいいと思っていた。
こちらの世界に来てカケルは元気になったのに、我の歪み切った思考は抜けなかった。
自分自身には価値はなく、いつも何かの交換条件でしかないような気がしていて。
そのことに気付かれたらどうしようといつも怯えていた。
まあいいか、ふざけた言動でイロモノ枠におさまっておけば誰も深く踏み込んでくることはない。
自分なんか、適当に放っておいてほしい。なのに。誰も放っておいてくれなかった。
明神さんに旅に同行する目的を問い詰められ、即刻コミュ障が露呈した。なんということをしてくれるのかと思った。
おかげで、自分でも気付いていなかった願いに気が付いてしまった。
ズブのド素人に対して超ガチゲーマーの面々と同じ扱いで意見を求めてくるなゆ。
多分的外れなことを色々言ったと思うけど、決して馬鹿にしたりしなかった。
エンバースさんは、始原の草原で、決して皆に言えなかった心の一端を汲んで、テュフォンとブリーズを弔えと言ってくれた。
ガザーヴァは我の卑怯さを全て見抜いた上でそれでも一緒にいたいと言ってくれて。
それだけしてもらってもまだ残っていた最後の障壁をたった今キミがぶち破ってくれた。
本気で自分を引換券と思っていたなんて、意味不明すぎて自分でも笑えてしまうけれど。
おかしいと分かっていても、どうにもならなかったのだ。
「あのさ……我って性別よく分かんないと思うけど、我自身をそのまま見てくれて、すごく嬉しい……。
実は自分でもよく分かんなくて、どっちでも無いみたいで……。
シルヴェストルは風から生まれる種族だから……厳密には性別は無いんだけど。
それでも男性型か女性型どっちかの形態の者が多いんだけど、こういう風によく分からないのもいて」
シルヴェストルは風から生まれる種族のため、厳密には性別は無い。
キャラ付けとしては一応あるのだが生物学的な都合は関係無いというか。
そのため人間のようにはっきり二分されるわけではなく、心の在り様によって個体ごとに様々で。
我の場合はどっちの特徴も無く、髪型や服装によってどっちにも見えてしまう。
「だから……この気持ちはきっと……捕獲されちゃったモンスターの気持ちで……
キミ達人間が持ってるのと同じ種類のものなのかは分からない。
それでも――これだけは言える。キミの想いに応えたい。他の誰でもなく……キミがいい」
162
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:36:33
テュフォンとブリーズのことを忘れたわけではない。
この先に踏み出していいんだろうか、彼女達の二の舞にならないだろうか、と今も胸の奥が棘が刺さったように傷む。
でも、こんな大き過ぎる感情を無い事にするなんて、もう出来ない。だったら道は一つしかない。
あの二人には取り合って貰えなかった我儘を聞いてもらうしかない。
昔から思っていることを言葉にして伝えるのが苦手で、真面目な局面ほど、つい意味不明な事を言って相手を呆れさせてしまう。
これはもう病気のようなもので。なゆを引き留めようとしたときには盛大に爆死したけど。
今度こそ――ちゃんと伝えたい。
ジョン君の瞳を真っすぐに見つめる。本当は相手の目を見て話すのも苦手な陰キャだからすごく緊張するけど……!
「お願いがあるんだ……。
キミには立派なパートナーがいるのは分かってるけど、ぼくのこともキミのパートナーだと思ってくれたら嬉しいな。
守られてるだけは嫌だ。ぼくにもキミを守らせてほしいよ。
隣に並び立つのは無理でも、少しだけ後ろでいつも見てるよ。
突き進む時には、背中を押すよ。倒れそうな時には、そっと支えるよ。
行っちゃいけない時には、飛びついてでも止めるよ。
だから安心して。これからいつもいつだって、この風精王の加護がキミと共にある――」
ジョン君の右手を両手で取って、自分の左胸に押し当てる。
風の元素で出来たこの体は、人間とは全く違う素材で出来ていて、中身が全部人間と同じ仕様とは限らない。
だけど、ドキドキしすぎて心臓の在り処は嫌でも分かってしまう。
触ってみたら見た目では分からない程度に微妙にあるなんてことはなく当然見事に何も無いのだが。(何がとは言わない)
それだけに心臓の鼓動がダイレクトに伝わる。
「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」
私はあまりの展開に驚愕しつつ、事の成り行きを見守っていた。
でも今となって思い返してみれば、カザハはジョン君のことをずっと気にかけてたような気がしなくもありません。
カザハの場合、自分の気持ちに気付かないまま行動だけ伴っていることはよくある。
ジョン君は、カザハが本人すら無自覚のまま立てていた普通なら誰も気付かないようなフラグに気付いてくれたんでしょうか。
あ、ジョン君と激闘しながら叫んでたアズレシアにマイホームを建てるとかいう意味不明な宣言はそういうことだったんですか!?
>「盗み見はよくないな?ガザーヴァ?…君が一番カザハの事は心配してるのはみんなも…なによりカザハが一番分かってるよ。
…それとも羨ましいのか?君は明神にもっとすごい事してもらってるんだろ?」
「えっ!? 嘘……。見てた……?」
はっと我に返ったらしきカザハが、こっちを見る。私と目が合う。
「う、うわぁあああああああああああああ!! そ、そそそそそんなんじゃないから!」
私、別に何も言ってませんけど!?
163
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:38:54
>「あらら…そんなに恥ずかしがる事ないのにね?…さて…いこう!カザハ!みんながまってる」
「う……うん!」
カザハは何事も無かったような表情を作りながら、ジョン君の後を追う。
>「ごめんみんな待たせたね…こっちは準備満タン!いつでも!」
「何でもないから! 本当に何でもないから!」
皆の視線に耐えきれず、わざとらしく作った神妙な顔で言い訳をするカザハ。
何かあったのがバレバレである。
そんなことがありつつ、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』をくぐり、ついにニヴルヘイムへ足を踏み入れる。
>「……これは……」
>「オイオイ、どーゆーコトだよ?
せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」
なゆたちゃんやガザーヴァが、ニヴルヘイムの軍勢が見当たらないのを訝しんでいる。
カザハは至るところに空いた大小さまざまな穴を見て、顔を曇らせた。
「あれが……侵食……」
侵食については今まで話には聞いていたが、直接目の当たりにするのはこれが初めてだ。
>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」
ヴィゾフニールに乗り込み、暗黒魔城ダークマターに向かう。
>「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」
「何これ、逆に怖いんだけど……!」
敵が見当たらないなら見当たらないで、カザハはやっぱりビビリ倒していた。
「やあ青年、カザハを捕まえてくれてありがとう。
私はいいマスターじゃなかったけど、君がそうじゃないのはその子(部長)を見れば分かる」
また勝手に出ているアゲハさんがジョン君にウザい感じで絡んでますけど!?
早くスマホに収納した方がいいんじゃないですかね!?
……ってカザハが忽然といない! さては緊張しまくってトイレにでも行ったんじゃないでしょうか。
特に意味も無く画面内からしれっと姿を消してる時って多分そういうことです。知らんけど。
「ぶっちゃけ私は非常に残念な体形の美少女じゃないかと思ってたんだけど動揺するから本人に言わないようにね。
あと私の見立てだとワンチャン進化する」
164
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:42:23
あ、そういう解釈も出来るんですね!
私、本人が少年型って言ってるから全年齢向けゲームだから見える部分で判断するんだろうなーって納得してました。
ちなみに進化するとしたらどこがどう進化するんでしょう(意味深) 何この世界一不毛な性別論争。
カザハの正確な年齢は私もよく知らないのですが少なくとも100年以上進化しなかったものはもう今更進化しないと思います。
多分これは「あれはああいう生き物」と納得するのが正解で、考えたら負けなやつですね。
こんな感じでアゲハさんが好き勝手言っているところに、「ずっといましたが何か」みたいな顔をしたカザハが戻ってきました。
「嫌ああああああああ! ちょっと目を離した隙に絡まないで!!」
アゲハさんは即刻スマホに収納された。
「何か変なのに話しかけられた? 気のせいだよ。
それよりお願いがあるんだけど……部長さんをモフモフさせてもらってもいいかな……?」
何が起こるか分からない緊張感に耐えられずモフモフで気を落ち着かせようとしているようだ。
いくらモフモフで可愛いとはいえ部長先輩をそんなぬいぐるみ的な用途に使おうとは何たる所業……!
やがてダークマターに到着し、城内に突入するも、やはり誰もいない。
>「……いない」
>「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
>「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」
(ボクの部屋以外って強調されると逆に気になる……)
少女趣味の可愛らしい部屋を勝手に想像して勝手に萌えているカザハであった。
>「……行こう。エンバース」
ガザーヴァのおかげで難なく最上階へ到達し、謁見の大広間へたどり着く。
>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」
そこに腰かけていたのは、他でもない兇魔将軍イブリースであった。
ニヴルヘイムの現トップなのでその事自体は不自然ではないのかもしれないが、不思議なのは何故たった一人かということである。
エカテリーナがそこのことを問う。
>「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」
>「軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」
>「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
でも、新天地なんて……そんなものどこに――」
>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」
165
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:44:22
>「……なんてこと」
>「地球へ……帰らなきゃ……!」
>「それを、オレが許すとでも思っているのか?」
背後の扉がひとりでに閉まる。カザハが慌てて押したり引いたりするも、びくともしない。
「そんな……! 閉じ込められた!?」
>「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」
>「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」
>「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」
オデット達とも連絡が取れないようで、今ここにいるメンバーでイブリースを倒すしかここから出る方法はないようだ。
>「ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!」
ガザーヴァが特攻するも、イブリースはただ瘴気を発するだけで吹き飛ばしてしまう。
イブリースはここにきてようやく剣を携え立ち上がった。
>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」
イブリースが右手を突き出して見せるのは、『悪魔の種子(デモンズシード)』――なんと10個。
その取り込み方も凄まじく、あろうことか噛み砕いて嚥下してしまった。
「ちょ、ちょっと……!」
>「ぐ……、ぐォォォォ……!
おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」
とんでもない量の瘴気が吹き荒れる。
ウィズリィとアシュトラーセ二人の上位術士による抵抗(レジスト)の魔法が無かったら、それだけで戦闘不能かもしれない。
>「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」
>「な……なんだよ、アレ……!
イブリースがあんな姿にクラスチェンジするなんて、聞いてないぞ……!」
イブリースは今や、誰もみたことがない姿に変貌を遂げていた。
>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
>「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」
「そんな……超レイドでもとんでもないのに更にその上だなんて……」
166
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 21:50:30
>「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」
イブリースが剣を振り下ろすだけで、4メートル級の瘴気の斬撃が飛んでくる。
私はカザハの襟首をひっつかんで飛び上がって避ける。
「ひゃあああああああああああ!?」
>「みんな! 散開!
一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」
なゆたちゃんの指令を受けたポヨリンさんがいちはやく攻撃を仕掛けるが、ダメージを通すことはかなわない。
>「……強い……!」
私はカザハを後列に降ろし、精神連結しました。カザハは呪歌スキルで全体バフをかけ始めます。
私は中列から「ソニックウェーブ」で衝撃派を放ち、攻撃に参加。
カザハが使っているのは、攻撃力上昇の『闘いの唱歌(バトルソング)』
防御力上昇の『護りの祝詞(ガードフォース)』、素早さ上昇の『疾風の賛歌(アクセラレータ)』
これは実はブレモンの通常戦闘曲の各フレーズごとのボーカライズバージョンで
それぞれAメロ、Bメロ、サビに対応しているようです。
それどころじゃないので誰も気付かないとは思いますが。
そして3つ重ね掛けするとコンボが成立して全能力値にプラス補正がかかるんだとか。
尤も、イブリースが黒翼をはためかせて起こす瘴気の烈風でコンボ成立する前に無効化されてしまうのですが。
というより即刻無効化されすぎて二つ重ね掛けすらほぼかなわない。
誰も有効打を与えることは出来ず、こちらの体力だけがジリジリと削られていく状況。
>「な……なんだよ、ゼンゼン歯が立たねーぞぉ……!」
>「うちが久しぶりの実戦ちゅうのを考慮しても、こら少しきつすぎるんちゃうやろか……!?」
瘴気の波動を避け損ねて腕を掠る。
あれ、と思ったら肉がごっそり削げてるんですけど……! 掠っただけですよ!?
「えっ……」
呆然としかけたが、幸い即刻アシュトラーセの回復魔法がかかってほぼ元に戻った。
こんなん一歩間違えたら即死亡じゃないですか!
>「何か、戦況を打破する方法を考えないと……!」
>「このままではジリ貧じゃ!
御子よ、何か逆転の策はないのか!?」
>「……ない」
>「ない!?」
オデット戦では敏腕セールスマンのような作戦を出しまくったエンデも、今回ばかりはお手上げのようだ。
>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
イブリースの新スキルで、周囲の風景が濃紺の星空に切り替わる。
背景切り替わる系の大規模全体攻撃魔法だ……!
どうやら無数の隕石を落とし攻撃する魔法のようだ。
《乗って!》
167
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 22:05:36
私は即刻馬型形態に戻り、全速力で飛んでカザハを乗せます。
カザハが風や音で隕石の落下地点をいちはやく察知し、私が避ける。
意思伝達のタイムラグが生じない精神連結状態でならそれが可能だ。
スキルの効果範囲外に出られればいいのだが、戦闘域全部が効果範囲だったら効果持続時間が終わるまで避け続けるしかない……!
カザハを乗せてみて気付いたが、恐怖に震えている。さっきの歌声を聞く限りそういう風には聞こえなかったが。
(恥ずかしい……ヘタレに磨きがかかっちゃった……)
それはきっとカザハが自分の感情に蓋をせずにそのまま感じるようになったからで。
だからきっといい変化で。その証拠にオデット戦の時と違って、精神連結が途切れる気配が無い。
舞うように飛んで隕石を避けつつ、心の中で会話する。
《恥ずかしくなんてない。怖いのはまだ生きていたい証拠だって、昔よく言ってくれたじゃないですか》
(ねえカケル。贖罪とか報恩じゃなくて……好きで付いてきてくれてるんだよね)
《当り前じゃないですか》
大恩に報いたい気持ちはもちろんあるが、それ以上に。
(はじまりは選択の余地のない共依存で……我らを繋いでいたのがたとえ歪な縁だったとしても。
ぼく達、やっと、本当の絆で結ばれたんだね……)
そもそも私、地球にいた時の大恩を最近まで忘れてましたし、ずっと好きで付いてきてるんですが。
でも、カザハは自分が贖罪とか報恩抜きにして誰かに好かれてもいい存在だとどうしても思えなかったんですね……。
《そもそも家族って選ぶ余地のない強制的な縁じゃないですか。
それが本当の絆になるのは――本当は当たり前じゃなくてきっとすごく幸運なことなんですよ……》
何発かの隕石を避けたところで、ジョン君と部長が視界に入った。
ユニサスは騎乗の用途も想定されたモンスターで、カザハは重さが無いに等しいので、あと一人(と一匹)は充分に乗せられる。
彼らは自力で最後まで切り抜けられるでしょうが、ここは体力を温存しといてもらった方がいいですね……!
決してカザハがビビリまくっているからとかいう不純な動機ではなく真面目な戦略的行動である。
《乗って下さい!》
ジョン君達に、カザハの後ろに乗ってもらう。
そうして隕石を避けているうちにようやく持続時間が終わり、風景が元に戻ってきました。
カザハ達が背から降りると、私はスペルカードを使って貰って再び人型になります。
カザハはジョン君の後ろに立ってその背中に両手と額を軽く当て、魔力&レスバトル力(?)アップのバフをかけました。
「キミが主役だよ。頑張って。キミは一人じゃない。決して一人にはしないから。
――エコーズオブワーズ」
ジョン君を前線に送り出し、自分は最後列に下がるカザハ。
私はカザハを激闘の余波から守るべくその少し前に立ちます。
168
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/01/30(月) 22:06:40
>「ジョン! イブリースに語りかけて!」
>「ナユタ!? 何を言っているの!?
イブリースは『悪魔の種子(デモンズシード)』の影響で正気を失っているわ!
会話なんてとても無理よ、それより攻撃を封じる方法を――」
>「語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
伝わるはずなんだ、絶対に――!!」
>「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
なゆたちゃんの指示が飛び、タイミングを見計らったかのように
イブリースがジョン君に襲い掛かり、激闘の火蓋が切って落とされました。
カザハはこの局面で何を歌うべきか考えている。
いつも見ている、背中を押すと、自ら志願した。その役目を果たそうとしている。
呪歌系スキルは、敵がバフ無効化を多用してくる場合も、一つの歌を歌い続けている間は実質バフがかかった状態にしておける。
ブレモンのBGMのボーカライズバージョンの呪歌はいくつか頭の中にあるが、ローウェルに仕込まれている可能性がある。
この局面では、その可能性がないものを歌いたい。かといって、自分で考えたと確信できるような歌はまだ無い。
ならば――作った者が敵ではないとはっきりしている歌を。かつて共に戦った先輩ブレイブの力を借りることにした。
「マホたん、力を貸して――」
大きく息を吸い、カザハが歌い始めたのは『Blaver!!』。
ユメミマホロが手掛けた、ブレモンアニメの第二弾デュエルメモリーズのオープニングテーマ。
呪歌としての効果は、物理攻撃力、魔法攻撃力共に大幅アップだそうだ。
それは大切な者を救い全てを取り戻すための戦いの歌――
そしていなくなってしまった者の想いを受け継ぎ未来へと歩んでいく希望の歌だ
169
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/02/07(火) 07:26:56
>「――ところで、ちょっとだけ話を戻していいかな。
さっきは切り出すタイミングがなかったんだけど」
いい感じに方針が固まりつつある中、エンバースが疑問を差し挟んだ。
>「カザハ。お前さ……あの歌詞、いつから考えてたんだ?
シャーロットの事を思い出してから、今日に至るまでの短い期間で。
……まさか。ノートの前で歌詞を考えるだけで、この四日間を潰したんじゃないよな?」
「今掘り下げることかよぉ……固ぇこと言うなって、お前だって丸4日デートに費やしたろ」
話が話だけに俺も空気読んで黙ってたけどさぁ……なんか君、なゆたちゃんと距離近くなってない?
物理的な立ち位置もだけどなんかこう、心の距離的なものがさ……。
>「ふうん……思い出したような?いつの間にか知っていたような?なるほどな。
それじゃ、次はもうちょっと根本的な話になるんだが――おっと、その前に」
エンバースは、いつも通りの気取った仕草でカザハ君を追求する。
椅子に深く腰を落として、ちらりと虚空に目を遣った。
>「カメラ、多分その辺だよな……なあ、プレイヤー諸君。何かおかしいと思わないか?カザハの事だよ」
誰に話かけてんだコイツ……。いやわかる。なんとなくわかる。
こいつが問いかけているのは、この世界の見えざる傍観者――『上の次元のブレモン』のプレイヤー達だ。
バックアップサーバーに過ぎないこの世界のデータが公開されてるのかは知らんが、
今この場で交わされた会話もいずれ『シナリオ』として配信されるなら、いつかはこいつの声はプレイヤーへ届くのだろう。
すげぇメタ発言するじゃん……。
>「お前……そもそもなんで急にブレモンのテーマソングなんか歌おうと思ったんだ。
ある日突然、実はあのテーマソングには二番の歌詞があるかもしれない。
試しに思い出してみよう……思い出した!とはならないだろ?」
エンバースの言わんとしていること。
ガザーヴァと共に死んだ一巡目のカザハ君は、シャーロットの存在自体知らないはず。
にも関わらず、デウス・エクス・マキナを示唆する内容まで含めて歌詞に出来ちまったのは一体どういうことだ?
>「……妙だな。となると、後はもう……実はローウェルの仕業だって線くらいしか残らないぞ?」
「……っ、お前、それは」
――ローウェルの作為の存在。
奇しくもそれは、俺自身の懸案事項と相まって、現実性を帯びている。
『一巡目』、つまりブレイブを使ったアルフヘイムとニヴルヘイムの戦争は、
サ終に向けてローウェルが企画したイベントだった。
ブレイブの選定には、当然企画を主導するローウェルの意思が反映されている。
一巡目の人選を引き継いだ二巡目にも、その影響は残り続けている。
俺が、ブレモンのアンチって立場でこの世界に喚ばれたように。
カザハ君の記憶にも、ローウェルの手が加わったものが混じっているのかも知れない。
>「エンバース!」
ジョンの怒声が響いて、エンバースの推理を制した。
カザハ君からすりゃ急にそんなこと言われてもって感じだろう。
170
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/02/07(火) 07:28:11
「……可能性を潰すなら、シャーロットがガチで歌詞しか残してなかったって線の検討が足りねえよ。
あの女は自分の作ったゲームでヒロインやるようなやべえヤツだぜ。
エンデ周りの説明不足と言い、こういう不親切さはいかにも性格の悪い開発様のやりそうなこった」
反論の声は、自分でも驚くくらいに頼りなかった。
すべてを憶測で片付けるには、状況証拠がずいぶん多い。
そして、憶測だからで片付けるには、予想されるリスクが大きかった。
>「絶対そんなことはないって言えたらいいんだけど……我は……自分のことが何も分からないんだ。
どうしてミズガルズに転生したのか、どうして仕様変更されてるのか……。
どうしてモンスターなのにブレイブを模してるのか。
精霊としても人間としても中途半端なこの心は一体何なのか。
最悪、我の存在自体がローウェルが仕込んだトロイの木馬なのかもしれない……。
カザハ君は、固まったかざぶたを自ら引っ剥がすような沈痛な面持ちで独白する。
こいつはずっと、三世界を巡る因縁に振り回され続けてきた。
確たる出自と言えるものは何度も覆されて、自分が何者であるかすら、分からない。
>「……ううん、判断は君達に任せるよ。なゆさえよければ、我のキャラクターデータを全部解析してもらってもいい。
ローウェルが本気で罠を仕込んだのだとしたら、気休めにしかならないかもしれないけど……。
こんな怪しい奴は連れて行くべきじゃないって、自分でも思うもの……」
「……ひとつ。このやり取りで確かになったことがある」
こんな時、こいつを安心させてやれるような一言がスラスラ出てくりゃ良いんだけれど。
絶対大丈夫だとか、無条件に信じるだとか、そんな薄っぺらい言葉だけは、吐きたくなかった。
「エンバースが『トロイ説』に言及したことで、伏線がひとつぶっ潰れた。
カザハ君が実は敵の手先でした!って展開にインパクトがなくなったってことだ。
ローウェルが仮にお前を通して俺たちの動向を探ってるとして、既に見抜かれた仕込みをゴリ押しするか?」
あのジジイにクリエイターとして最低限のプライドがあるならなおのこと。
"データごとき"に看破された伏線をドヤ顔で回収したりは出来ないだろう。
>「カザハが自分の進む道を自分で決められないって言うんなら、わたしが決めてあげる。
……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を」
俯くカザハ君に、なゆたちゃんが穏やかに声をかける。
「ひひっ、そりゃ良いや。テーマ曲ってのはようはオープニングテーマだからな。
この戦いが終わった後にスタッフロールと一緒にかかる、エンディング曲が必要だ。
音楽スタッフ全部クビにしちまったんなら、俺たちで書き上げるしかあるめえよ」
俺には作詞のセンスはないし、作曲なんか何すりゃ良いかもわからん。
楽器なんて中学の授業でリコーダーを触ったっきりだ。
歌うのも、歌を作るのも、カザハ君にしか出来ない。
>「カザハ、あなたはわたしたちにぴったりくっついて! 最終決戦の決着まで確かめて! サイッコーの歌を作ること!
一億再生くらいいっちゃうようなヤツをね! これは命令です!」
>「そ、そんな無茶な! でも……出来たら……いいな。語る題材が君達なら、出来るかもしれないな……」
「丸投げはしねえよ。バックコーラスが必要ならいつだってステージに上がってやる。
弾き手が足りねえなら助っ人を呼んだって良い。ちょうど最近、パンクロッカーと知り合ったばっかだしな」
シェケナベイベのインギーだってプロの音楽屋ならオファーを断わりゃしねえだろう。
ついでにエリにゃんあたり首根っこ捕まえて連れて来ても良いな。
171
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/02/07(火) 07:28:44
>「……もう一度言うけど、俺の望みは尋問や審判じゃない。ただ、ゲームをやり込みたいんだ。
この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな」
「少なくとも、これでエンディングテーマの解禁フラグは立った。
いい感じの曲調と歌詞になるかどうかは……これから俺たちが決めるんだ」
決まってた筋書きはとっくに逸脱して、俺たちは今、未踏のシナリオを進んでいる。
ハッピーエンドは保証されちゃいないし……バットエンドもまた、定まっちゃいない。
雑展開に定評のあるライターの思惑なんぞ知ったことかよ。ルート回収率もクソくらえだ。
俺は弱いオタクだからよ。みんなが幸せになれるヌルい結末以外見たくねンだわ。
>「……にしても。一体どこまでが、誰の、何の為のお膳立てなんだろうな?一体どこまでが、誰の手のひらの上なんだ?」
「へっ、思わせぶりなこと言うじゃん。その伏線、回収されなくても泣くなよ」
>「そんなの知った事か知らないし…どうせいくら探しても答え合わせは最後にしか行われないんだろうな…
こんな事言うと脳筋みたいに思われるだろうけど…片っ端からぶっ飛ばしていけばいい…今の僕達にはそれしかできない、だろ?」
ジョンが出したシンプル過ぎる結論に、俺は頷いた。
なるようにしかならんって言葉はあんまり好きじゃないが、サイコロはもう俺たちの手を離れている。
伏せられたカードの裏は既に決まっていて、あとはめくるだけだ。
時間が来た。
誰ともなしに、それぞれが、手配されたニヴルヘイムへの道へ向かって歩き出す。
「おいジョン、そろそろ行こうぜ――」
いつまでも席を離れない大親友の背に声をかけようとして、体が硬直した。
>「僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う」
ジョンがカザハ君の手に口づけをしていた。
口づけをしていた。
していた――
「えっ?えっ?えっ?」
思わず近くにあった壁に隠れる。
いやなんで隠れてんだ俺は!普通に声かけりゃいいじゃねえか!
そんなんやってる場合とちゃうやろって!
>「こっ……困るよ急に……!
だって我、人間じゃないし、美少女でもないし、キミよりすごく年上だし、地球の定義だと生物ですらなくて……!
いっつも全部が中途半端かぶっ飛んでるかで、標準仕様からはみ出してる……。
種族も出自も思考回路も……性別だってそう! 普通に考えてこんなのとは無縁のイロモノ枠だよ!?
こんな時のリアクションなんてきっと用意されてない……!」
カザハ君は真っ赤になってあたふたしている。
俺あいつのあんな顔はじめて見たよ……
いつものヘラヘラとニコニコを1:1で混同したような、脳天気な笑顔はどこにもなかった。
俺には無理だ。あの中に割って入れない。入りたくない。
ジョンの紳士病の発作が起きたとか、美少女かどうかは関係ないのではとか、
……そんなふうに茶化すことも、したくなかった。
172
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/02/07(火) 07:29:10
>「自分で自分にかけてしまったどうしても解けない呪いがあって。
自分自身に価値はなくって、価値ある何かの交換条件になることで辛うじて生きることを許されてるんじゃないかって
考えが抜けなくて……。
でもたった今、キミが、解いてくれたみたい。
もう我は引換券じゃない……。物語の最後まで……ううん、終わりのその先も、ずっといていいんだね……!」
カザハ君の自縄自縛を、軽くしてやれるような言葉をかけるべきだと思ってた。
だけどそうじゃねえだろ。理屈をこね回して解決するような問題なら、カザハ君は自分でどうにかできたはずだ。
言葉の力を誰よりもよく知ってるのは、あいつなんだから。
こいつに必要なのは、表面だけ飾った言葉なんかじゃなくて……
自己肯定感の低さを覆す、体ごとぶつかるような、100%の肯定。
それができるのはきっと、同じだけの痛みと苦しみを抱えてきたジョンだけだ。
苦悩から目を背けずに、前へ進む力に変えてきたこいつだけだ。
>「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」
王都でなゆたちゃんから決着の一撃を受けた時のような、眩しい錯覚が心臓を照らした。
カザハ君とジョン。きっと、俺はこの光景を忘れないだろう。
この輝きの傍にいれば、光の中にいるってことをいつだって感じられる。
ひとしきり腕組みしながらカザハ君たちを眺めて、俺はその場を離れた。
◆ ◆ ◆
173
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/02/07(火) 07:29:41
『形成位階・門』の先、ニヴルヘイムの第八層。
キングヒルから凱旋したイブリース麾下の勢力が集っているはずのそこは――
「……もぬけの殻、だと」
>「オイオイ、どーゆーコトだよ?
せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?」
「逃げるったって……ここは連中の本拠地だぜ。どこに逃げる先があるってんだ。
魔族どころか魔物の一匹もいやしねえ。ここに住んでる連中全部を匿うスペースなんかあるかよ」
>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」
ヴィゾフニールで高高度から眺めてみても、荒涼とした平野にはコモン敵の魔犬の姿すら見当たらない。
念のため飛空船の索敵センサーを確認したが、敵影は終ぞ捉えられなかった。
やがて俺たちは暗黒魔城ダークマターにたどり着く。
そこにも敵はいなかった。まるで生命の気配の感じられない無人の空間を、おっかなびっくり歩く。
そして、ついに一度のエンカウントも迎えないまま……最奥のフロアに着いてしまった。
そこには一つだけ、敵影があった。
>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」
「……イブリース。腰抜けの将軍サマが一人で何やってんだ?
他の軍勢はどうした。インフルエンザでも流行ってんのか」
>「軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」
「………………は?」
イブリースの、用意していた回答を読み上げたかのような返事に、しばらく頭が追いつかなかった。
コイツ以外誰もいない?新天地で旅立った?またぞろアルフヘイムに侵攻しやがったのか?
待てよ。
新天地?アルフヘイムに攻め込んだんならそんな言い方はしない。
その言い振りはまるで、アルフヘイムでもニヴルヘイムでもない、どこかみたいな――
>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」
「は、」
息が、吸えなかった。
ミズガルズ――地球。俺たちの故郷に、ニヴルヘイムの全軍勢が侵攻した……?
その言葉の意味が脳裏に染み渡るにつて、否応なしに記憶が蘇る。
かつて真ちゃんから聞いた、あいつの白昼夢の光景。
あいつが断片的に保持していた、一巡目の記憶――
燃え盛る東京の街。崩落するビル。すべてをペシャンコにしていくタイラントの群れ。
絶望に突き落とされた人々の悲鳴。焼け焦げた死体の山。そして――
人類は防衛線を放棄し、魔物を街ごと焼き払うために核爆弾を落とす。
174
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/02/07(火) 07:30:14
>「地球へ……帰らなきゃ……!」
なゆたちゃんの声でハッと意識が現実に戻る。
だけど頭に焼き付いたイメージはいつまでも拭えず、手が震えるのを感じた。
>「それを、オレが許すとでも思っているのか?」
イブリースの目的はただひとつ。
ニヴルヘイムの軍勢が地球を滅ぼすまで、俺たちをここに足止めし続けること。
あるいは、これ以上の妨害が出来ないように、俺たちを殺すこと。
>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」
吶喊したガザーヴァを羽虫でも払うように跳ね除けたイブリースは、右手になにかを掲げる。
俺たちも良く知る姿をしたそれは、大量の『悪魔の種子(デモンズシード)』だった。
「おい、おい、まさか……」
イブリースは悪魔の種子を全部頬張ると、噛み砕いて中身を飲み下す。
変化はすぐに起こった。
>「ぐ……、ぐォォォォ……!
おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!」
のたうつ肉はより攻撃的に、破壊の意思を体現する姿へと変貌する。
一回りも二回りも肥大化した巨躯は、なんの冗談か、神の子のように月桂冠を戴いていた。
>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
エンデが珍しく、聞かれもしないのに解説した。
未実装のEXレイド級、その鏑矢となるべきだった存在。
ローウェルが引っ張り出した運営の死蔵品だ。
>「みんな! 散開!
一ヵ所に集まってちゃいい的だ!」
「クソ……クソっ!」
続けざまに襲ってくる衝撃から思考が復帰するのを待たず、戦端は開かれた。
なゆたちゃんがポヨリンさんを伴い攻勢を仕掛けるが、スペル込みの一撃すらイブリースの通常攻撃と互角。
まともにダメージを通せない。
「魔法はこっちで防ぐ、近接で決めろ!『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』――プレイ!!」
魔法無効化の城壁を召喚し、押し寄せる魔力の波濤に備えるが――
イブリースが足を大きく振り上げて叩きつけると、それだけで破壊音が響き、バスティオンが崩れ落ちた。
「んな馬鹿な、ウルレア級のユニットだぞ……!?」
いくら無効化できるのは魔法だけとはいえ、バスティオンには鉄壁相応の耐久性がある。
スキルの一発くらいなら耐えられるはずだと見積もっていた。
だが現実は、奴の常軌を逸した震脚――スキルでもないただの挙動で、踏み壊された。
>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
驚愕を咀嚼する暇は与えられない。
イブリースが見たこともないモーションを取ると、星空を背景とした領域が展開。
おびただしい量の隕石が空から降ってくる。
175
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/02/07(火) 07:31:09
「ガザーヴァ、こっちに来い!……マゴット!!」
『グフォォォォ!!』
マゴットが四本腕をフル稼働させて上空へラッシュを放ち、迫り来る隕石を片っ端から迎撃する。
数は多いがターゲットはランダム指定だ。直撃コースの隕石だけを取り除くことは難しくない。
俺はガザーヴァを抱えてマゴットの庇護下に入り、降り注ぐ流星群をやり過ごした。
束の間、ようやくこれまでに起こった様々な事態を噛み砕く余裕が出来た。
理解が追いつくにつれて、腹の奥底から沸き立つものを感じた。
イブリース。
それがお前の選択なんだな。
この結末が、お前の望んだことなんだな。
腹からせり上がって来たものが、口を経由せずに吐き出される。
負の感情は、闇属性の魔法に力を与える。
ぶち撒けるにはどうすれば良いか、考えずともわかった。
どんな術式で、どんな呪文を唱えればいいか、自然と身体が想いに答えた。
ジョンが飛びかかっていくその先には、イブリースの姿。
俺は腕を掲げ、堕ち切った宿敵へ向けて、五指をひらく。
指先に魔力を集中。
「『闇の波動(ダークネスウェーブ)』――」
ぶっつけの本番にしては、よく出来たと思う。
闇属性上位に属する漆黒の波動が、イブリースの顔面を直撃した。
「ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!」
メテオフォールの効果時間が終わったのか、あたりはもとの石造りの広間へと戻っている。
俺はマゴットの下から這い出て、立ち上がった。
「同胞の未来のためだ?眠てえこと抜かしてんじゃねえぞイブリースッ!!
ロイ・フリントから何も学ばなかったのか?ミズガルズにだって軍隊と兵器があんだぞ」
ニヴルヘイムの魔族は、別に無敵の超生命体なんかじゃない。
戦士に剣で頭を割られりゃ死ぬ。矢で心臓を貫かれても死ぬ。物理攻撃は、普通に効く。
もちろんヒトに比べりゃ遥かに強靭で頑丈ではあるが、それでも生き物の範疇だ。
アサルトライフルで鎧を撃ち抜けなくても対物ライフルはどうだ?ミサイルは?火炎放射器は?
……核爆弾は?
「剣と魔法の世界でお前らが無敵だとしても……ミズガルズは石油と半導体の世界だ。
生き物を殺す手段なんかゴマンとある。そいつを実現する兵站と戦略がある。
わかってんのかイブリース!お前はローウェルの甘言を鵜呑みにして、同胞を死地に送り出したんだ」
魔族が地球に侵攻したとして、地球の住民が無抵抗で蹂躙を受け入れるはずもない。
必ず軍隊が出動する。戦車も戦闘機も動員される。真ちゃんが見た一巡目の結末通りだ。
そして進退窮まれば街にだって核を落とす。
仮に魔族の防御魔法がどんな大火力も防げる超性能だとして。
毒ガスにも自慢の状態異常耐性で耐えられるとして。
毒とはまったく別の原理で生き物を殺す放射線もレジスト出来るのか?
ニヴルヘイムに存在しない未知の概念。
想定すらされていない脅威を未然に防ぐ手段なんかあるとは思えん。
どんな攻撃も問答無用でシャットアウトするような都合の良い加護は、それこそローウェルの領域だ。
そんなものが初めからあるなら、ローウェルにそれを配布する意思があるなら、戦争はここまで長引かなかった。
176
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/02/07(火) 07:32:48
イブリースはニヴルヘイムの幸福のために行動している。それだけは確かなことだと思ってた。
だが実際はどうだ。一から十までローウェルの言う事にホイホイ従って、後戻りの出来ないところまで来てしまった。
挙げ句の果てには言葉の通じない化け物に堕ちて、同胞を導く使命とやらも、こんなにもあっさりと手放した。
「なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!」
地球に侵攻した魔族連中がどっか無人の砂漠地帯とかで大人しくしてるとかでもない限りは、
既に戦争は始まっちまってることだろう。
もしかしたら、もう、俺の家族は戦火に飲まれているかもしれない。
駄目だ。
怒りに染まるな。
キレりゃパワーアップするなんてご都合主義は存在しない。
冷静さを失えば今度こそ食われるぞ。
それでも。
「『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!」
ガザーヴァとマゴットが融合し、超レイド級へと変貌する。
「俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く」
前衛をガザーヴァ達に任せて、俺は『霊視』を発動した。
タマンで戦った時のように、イブリースの回りには怨霊が纏わり付いている。
密度はあの時の比じゃない。物理的な障壁と化している。
「タマンの時と同じだ。俺はあの怨霊を引っ剥がす」
ネクロマンサーの技術の本質は、『霊の観測』、そして『霊との対話』だ。
「亡者ども!アルフヘイムにしてやられた恨みで出来たカスの集合体が、なんで未だに成仏してねえんだ?
二世界の戦争はニヴルヘイムの勝利で終わったはずだろ。お前らがこの世にこびり付いてる理由なんかねえよな」
イブリースに言葉が届かなくても、周りにいる怨霊は俺の言葉を無視できない。
それがネクロマンサーの能力だからだ。
「お前らも分かってんだろ。アルフヘイムの軍勢は全部ローウェルが侵食で片付けてくれたからお前らの勝ちです。
何もかもがローウェルのお膳立てで、お前らは何も為せないままイブリースと消化試合です。
……こんなクソみてえな終わり方があるかよ。」
ローウェルは、ニヴルヘイムの亡霊が討ち果たすべき仇敵すらも、奪い去っていった。
後に残るのは、宙ぶらりんになった恨みだけ。何のためにこの世に残ったのかすら分からない。
「かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる」
【イブリースにキレる。ベル=ガザーヴァを召喚し、ジョンのサポートに回す
周りの怨霊を挑発しタゲをとる】
177
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/02/14(火) 04:30:56
【マーシフル・キルムーブ(Ⅰ)】
『…あんまり決戦前にこんな事言いたくないんだが…いくらここがゲームの世界だからって自分をゲームの住人だと決め込んでる姿…僕は嫌いだ』
「……珍しいな。こういう話をする時、ジョンとは気が合う方だと思ってたけど」
意外そうな声色=自分とジョン・アデルの思考回路は、危機管理という観点において似通っていると思っていた。
実際、聖都への軟禁が発覚した時点でオデットが裏切ったと決めつけたのはこの二人だけだ。
最悪の事態を強く意識するその気性は、自分とジョンの共通点だと思っていた。
だからこそ、ジョンが何度も自分の話を遮ろうとした事はかなり意外だった。
正直、謎解きゲームの雰囲気を楽しんでいた節があった事は認める。
だが、あの矛盾が見過ごせないものだった事に変わりはない。
『僕はプレイヤーが操ってるゲーム世界でのエンバースが好きなわけじゃないんだ。今ここにいる君が好きなんだけどな…なんとなくでも意味伝わってればいいけど』
「そんな寂しい事言うなよ。俺は結構気に入ってるぜ。ゲームの世界の中にいる俺の事を」
それはさておき――エンバースは売り言葉には買い言葉を返すタイプだった。
ゲーマーの忌むべき習性か――こういう時に、白黒付けたくて堪らないのだ。
「そもそも、なんでそんなに突っかかって来るんだよ。そりゃ……探偵気分を楽しんでた事は認めるよ。
けど共有しとくべき話だったろ。それとも、もっともっと優しい言葉遣いをするべきだったか?
疑ってる訳じゃない。あくまで可能性の話だ。他にはなんて言ってやればよかったんだ?」
椅子から立ち上がる。
「もし仮にそうだとしても悪いのはローウェルなんだからね?気にしないでね?気を悪くしないでね?
はっ……言っちゃ悪いけど過保護すぎるぜ。皆より先にお歌を聞かせてもらったのがそんなに――」
不意にエンバースが硬直する/勢い任せにばら撒いた口撃の中に――もっともらしい可能性を見出してしまった為。
「……あー、えと……そう……なのか?じゃなくて……」
一転、口ごもるエンバース。そして――
「……いや、ちょっと……確かに俺が感じ悪かったかも……な。謝るよ、悪かった……」
未だ困惑が抜け切らないままそう零して、糸が切れたように席に着いた。
それから暫く、エンバースはどうにも気まずそうにしていた。
確かに考えてみれば、ただの仲間同士なら二人だけで歌のお披露目などしない。
実際には二人きりだった訳でも、そもそも現時点で二人が特別な関係にある訳でもないのだが。
とは言え――二人がそういう事なら、やっぱりジョンが絡んできたのはかなり私情が混じってるだろとか。
だけど、今からそれを言い出すのはなんか違うよなとか――益体のない思考が堂々巡りを繰り返している。
178
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/02/14(火) 04:31:45
【マーシフル・キルムーブ(Ⅱ)】
『刻限です。参りましょう』
オデットの呼びかけに、エンバースは気を取り直して立ち上がる。
『おいジョン、そろそろ行こうぜ――』
「あー……先に行っとこうぜ明神さん。そう急かさなくたって――」
『えっ?えっ?えっ?』
「……やめろよ、明神さん。そういうリアクション。何があったか気になっちゃうだろ」
そうは言ったものの、エンバースには他人の色恋に首を突っ込む趣味はない。
意図せず垣間見てしまった明神はともかく、意図的に覗き見るのも悪趣味だ。
「それにしても、ジョンとカザハが……そうか。それは……意外だったな……」
思わず独り言を零す――ジョンもカザハも、「そういう事」には無縁だと思っていた。
実際、そんなに的外れな印象でもなかった筈だ――少なくとも、つい最近までは。
ジョンはいつも自分の罪や、力や、変えられない性分に手一杯に見えた。
カザハだって――その振る舞いは属性由来の精霊そのものだった。
『こっ……困るよ急に……!』
聞き耳を立てたつもりはない――狼狽から来る声の上ずりが、カザハの声を聖堂の外にまで届けた。
エンバースは構わず歩き出した――盗み聞きや、後方腕組みおじさんになる趣味はない。
それに自分を踏み台にしたロマンスの行方を見守るなんてのも、少し癪だった。
「……精々しっかりやれよな。ジョン、カザハ。なんたってこの俺を噛ませ犬にしてくれたんだからな」
179
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/02/14(火) 04:31:58
【マーシフル・キルムーブ(Ⅲ)】
『……これは……』
『……もぬけの殻、だと』
「フラウ」
エンバースが頭上へ目配せ/フラウが全身を収縮/跳躍――数秒後に着地。
〈敵は見えません。こちらに匹敵するほどの軍勢を伏せられるような地形も〉
『オイオイ、どーゆーコトだよ?
せっかく大暴れできると思って来たのに、これじゃ肩透かしじゃんか!
ニヴルヘイムの連中、ボクたちにビビッて逃げ出しちゃったんじゃねーだろーなー?』
『逃げるったって……ここは連中の本拠地だぜ。どこに逃げる先があるってんだ。
魔族どころか魔物の一匹もいやしねえ。ここに住んでる連中全部を匿うスペースなんかあるかよ』
「……入れ違いで、ヤツらもどこかに攻め込んだのか?だが、だとしてもどこに……」
『……ビビッて逃げた……』
『………………そうかも』
『おぉーい!? マジか!?
クソッ、イブリースのヤツ! いくらボクたちが最強で自分たちに勝ち目がねーからって、
敵前逃亡するなんて見損なったぞ!』
「……なんにせよ、まずは先へ進もう」
『確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください』
一行はヴィゾフニールに乗り込む/ダークマターへ到達――そこにも敵影はない。
『ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い』
『ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ』
「なら……まずは謁見の間だ。正直、誘い込まれてる気がしないでもないが」
『……行こう。エンバース』
「ああ、どのみち行くしかない。傍を離れるなよ」
城内を進む一行/敵の気配は未だなし/そのまま謁見の間に辿り着く――巨大な扉を開き、玉座を見上げる。
『……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども』
「……座り心地はどうだ?その椅子。後で俺にも貸してくれよ」
イブリースがたった一人、異邦の魔物使いを見下ろしていた。
180
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/02/14(火) 04:32:14
【マーシフル・キルムーブ(Ⅳ)】
『……イブリース。腰抜けの将軍サマが一人で何やってんだ?
他の軍勢はどうした。インフルエンザでも流行ってんのか』
『軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな』
『………………は?』
「……新天地、だと?おい、待て。まさか……」
『やっぱり……!』
『ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
でも、新天地なんて……そんなものどこに――』
「…………いや、新天地は……ある。だがお前、それは……」
『大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった』
『……なんてこと』
「……バカなヤツめ」
エンバースの呟き――心の底から思った事が、溢れて零れ出たような声。
『地球へ……帰らなきゃ……!』
『それを、オレが許すとでも思っているのか?』
『先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている』
「よせ、よせ、やめろ。粋がるな。俺をこれ以上イラつかせるな……俺は今、お前に心底うんざりしてるんだ――」
『よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!』
「――いっそ殺してやりたいくらいにな」
ダインスレイヴを抜く/左手に突き刺す――炎の刃と共に引き抜く。
『ボクたちを葬り去るだぁ〜? この人数見て言ってんのかよイブリース?
だいたいテメー、誰に断ってその玉座に座ってんだ? それはパパの玉座だぞ、王さまの椅子なんだよ。
兇魔将軍風情にゃ座る資格なんてねーんだよ!!』
ガザーヴァが突撃/エンバースが宙高く跳躍――稲妻の如く吼える魔剣。
上下同時の挟撃が――イブリースの全身から迸る瘴気のみで退けられた。
『あうッ!』
「……それで?ここに残って袋叩きにされて、その後は?お前の攻略法はもうとっくに確立されているんだぜ」
『オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!』
「……なるほど。とことん落ちぶれたな、イブリース」
イブリースが握り締めていた右手を開く/手のひらの上には、独りでに蠢くデモンズシード。
制止する間もなくイブリースはそれらを口内に放り込む/噛み砕く――音を立てて嚥下する。
181
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/02/14(火) 04:32:53
【マーシフル・キルムーブ(Ⅴ)】
『ぐ……、ぐォォォォ……!
おぉおぉおおぉおぁぁああああぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁ……!!!!』
イブリースの全身から瘴気が嵐の如く溢れる/全身が肥大化する――変化はそれだけに留まらない。
身に纏う甲冑さえより豪奢に分厚く変形していく――そして、最後にその頭上に漆黒の冠が出現。
「これは……進化してるのか?だが、一体何に……」
スマホゲーム内のイブリースには進化形態などなかった――この現象は、始原の草原の時とは訳が違う。
能力やスキル構成どころではなく――イブリースが、イブリースでない者に変貌しようとしているのだ。
『あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――』
『もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ』
「……そいつはすごいな。で、俺達が今そんな事を知りたがっているように見えるか?いいからさっさと――」
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!』
イブリースが業魔の剣を高く掲げ振り下ろす/吹き荒れる剣風――襲い来る瘴気の斬撃。
「――スキル構成とかさ!そういうのを教えろよ!」
エンバースが地を蹴る――魔物の脚力/遺灰の身軽さで謁見の間の天井へ。
ダインスレイヴを突き刺して体を固定=イブリースの狙いを分散する目的。
『ここじゃフィールドが狭すぎて、ミドガルズオルムを召喚できない……。
ポヨリン、お願い! 力を貸して!』
「……便乗するぞ、フラウ。バックスタブを狙いつつ、まずは行動パターン、スキル構成を暴く」
『いくよ、ポヨリン! 『しっぷうじんらい』!』
『続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!』
「ここだ」
閃く魔剣/白の触腕――ポヨリンの突撃とまったく同時に放たれた剣閃。
『ヌゥンッ!!』
次の瞬間、炎刃が砕け散る/触腕が切断されて宙を舞う。
何が起きたのか、エンバースでさえ理解するのに一瞬の時間を要した。
ポヨリンを迎撃する為の斬撃、その過程の軌道でエンバース/フラウの攻撃が轢き潰されたのだ。
ただ振り被った剣を振り下ろすだけの/しかし只ならぬ膂力と戦闘勘が無ければ成し得ない通常攻撃だった。
「……クソ」
精彩を欠いた悪態を零すと、エンバースは魔剣を掲げる――周囲の瘴気を吸収/炎刃を増強。
ガザーヴァやポヨリンの仕掛けに合わせて何度も斬りかかる――だが届かない。
どれも迎撃の「ついで」に巻き込まれて、跳ね除けられてしまう。
無質量の魔力刃/伸長した触腕の刃は鋭く素早いが――軽すぎるのだ。
182
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/02/14(火) 04:34:18
【マーシフル・キルムーブ(Ⅵ)】
『何か、戦況を打破する方法を考えないと……!』
『このままではジリ貧じゃ!
御子よ、何か逆転の策はないのか!?』
「逆転の策?そんなもの――」
『……ない』
「だろうな。いいから、泣き言をやめろ!弱点を探れ!有利な戦術を見つけろ!逆転はそこから始まる――」
「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
聞き慣れないスペルの詠唱/周囲の風景が星空へと塗り替わる――そして降り注ぐ流星群。
『エンバース!!』
「お呼びかマスター!」
跳躍/なゆたの傍へ――両手で少女を抱き上げ、疾駆/無数の隕石を尽く躱していく。
隕石落下の最中、イブリースは腕を掲げたまま動かない――回避中に追撃を受ける恐れはない。
であれば、隕石の起動を観察し、次の安全地帯を見抜く事は容易い――少なくともエンバースにとっては。
イブリースから距離を取る/魔剣で床を三度切り裂く/フラウがそこに触手を接着――持ち上げて即席の遮蔽と塹壕が完成。
「フラウ、今のスキルは狙い目だったかもな。次が来たらダインスレイヴを預ける。いい加減、一発イイのをくれて――」
『ジョン! イブリースに語りかけて!』
「……通じるのか?今のアイツに、俺達の言葉が」
『語りかけるのは言葉じゃなくてもいい……剣でも、拳でも、スペルカードでも――何でもいいんだ!
ジョンが信念に基いて何かを示せば、それはきっとイブリースに伝わる!
伝わるはずなんだ、絶対に――!!』
「だと、いいけど……ジョン!ヤツの攻撃はまともに受けるなよ!牽制は俺に任せて――」
『ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!』
不意に謁見の間に響く怒号――明神の声。
『同胞の未来のためだ?眠てえこと抜かしてんじゃねえぞイブリースッ!!
ロイ・フリントから何も学ばなかったのか?ミズガルズにだって軍隊と兵器があんだぞ』
『なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!』
「……正直言って、返す言葉もないよ」
エンバースが深い溜息を零す/項垂れる/かぶりを振る。
「ああ、そうだ……全部お前のせいだぞ、イブリース。
この世界はゲームの中で、目の前には未実装のレイドボスがいて。
なのに……全然楽しめないじゃないか。お前が救いようのない馬鹿野郎なせいで」
思わず口をつく恨み言――明神の爆発に誘発されて、抑え切れなくなった言葉が零れる。
183
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/02/14(火) 04:38:19
【マーシフル・キルムーブ(Ⅶ)】
「この世界がゲームだって事はもう知ってるだろ。サービス終了についても。
なら新作ゲームがリリース予定の事ももう知ってたか?ゲームサーバーの概念は?
終わる世界の中、どうして新天地ミズガルズを勝ち取ったヤツらだけが生き残れると思う?」
どうせ今のイブリースに言葉は通じない/それでも吐き捨てずにはいられない――そんな声色。
「俺には分かるぞ」
インベントリから魔法薬を取り出す――乱暴な手付きで胸へ突き刺す/突き刺す/突き刺す。
「次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ」
この世界はブレイブ&モンスターズだ――モンスターズ&ブレイブにはならなかった。
何故か――きっと、このゲームのクリエイター/プレイヤーがモンスターズではないからだ。
だから、もし次回作がリリースされたとしても――モンスターズは、モンスターズのままでしかない。
闇色の眼光がイブリースを突き刺す――そこに宿る感情は、深い深い哀れみだった。
「……【ムラサマ・レイルブレード】――プレイ」
スマホをタップ――近未来的造形の刀/鞘がエンバースの手中へと出現。
刀を鞘へ――鯉口に三つ設置されたインジケータランプが一つ緑に点灯。
「本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ」
それは本心からの言葉だった――今まで零れ出てきた言葉と同じ。
抑え切れない/吐き捨てずにはいられない、本心の発露。
故にその言葉は、エンバース自身の心を揺らす。
「……いや。そうか。その手があったか……」
瞬間、エンバースから漂う濃密な殺気――語りかけ、説得するには無縁無用の気配。
「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」
二つ目のインジケータランプが青く光る。
「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」
エンバースの口調=至って真剣。
「言っとくけどマジだぞ。おふざけなしで言ってる。俺はお前を囮に、本気でイブリースを殺しに行く。
上手くいけば、イブリースはお前に集中し切れない。俺達はお互いを囮に上手く戦える。オーライ?」
最後のインジケータランプが紅く灯る/瞬間、鞘から溢れ出す紅蓮の稲妻。
これがムラサマ・レイルブレードの固有スキル――納刀状態で待機する事で鞘が帯電。
帯電バフが最大の状態では、更に専用スキル【超電磁抜刀(フューチャー・オブ・ヒノデ)】が発動可能。
「この俺が本気で、殺す気で付きまとうんだ。「ついで」で防げると思うなよ」
イブリースは完全に正気を失っている――だが一方で戦闘における直感/合理性までは失っていない。
むしろその戦闘勘は野獣の如く研ぎ澄まされている――だからこそ察知せずを得ない。
エンバースから常に伸び来たる殺気が、常に己の右腕に絡み付いている事に。
「皇帝だろうとEXレイド級だろうと、ベースになっているのはイブリースだ」
滑るような足捌き――イブリースの右側へ回り込む/回り込み続ける。
「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」
184
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/02/15(水) 16:13:40
覚悟を決め『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を介し、決戦のフィールドに到着した僕達。
そこで見たのは…知識が殆どなくても分かるほど普通ではない異様の穴のようなナニカが…開いた草原…そこに寂しくそびえ立つ城…それだけだ。
>「……これは……」
なゆから困惑の声が聞こえる。いや…なゆだけじゃない…この場にいる全員が動揺を隠せなかった。
これからイブリースの元にたどり着く為に血まみれの抗争が始まる…その覚悟を持って全員この場に来たのだから。
>「あれが……侵食……」
「カザハ!あまりに近寄るな。これが浸食か…何かのトラップなのか今の僕達には分からないから…念の為近寄るのはやめておこう」
とはいえ…なゆ達の話では兵の大群が陣取る為にラストポイントはここだけだったはず…。
城の中に入れば大群は逆に邪魔になり枷になる場合がある…となれば残る可能性は精鋭だけを城に残して…?
その場合は大勢の兵士達はどこに・・・?
>「やあ青年、カザハを捕まえてくれてありがとう。
私はいいマスターじゃなかったけど、君がそうじゃないのはその子(部長)を見れば分かる」
考え事をしているとふと背後から声を掛けられる
>「ぶっちゃけ私は非常に残念な体形の美少女じゃないかと思ってたんだけど動揺するから本人に言わないようにね。
あと私の見立てだとワンチャン進化する」
僕に一瞬の会話の隙も与えず早口であれこれ言ってくる。
「あの…」
>「嫌ああああああああ! ちょっと目を離した隙に絡まないで!!」
>「何か変なのに話しかけられた? 気のせいだよ。
それよりお願いがあるんだけど……部長さんをモフモフさせてもらってもいいかな……?」
どこからともかくすっ飛んできたカザハのスマホに勢いよく吸い込まれた自称マスターはなんかよくわからん挨拶を残して消えた。
誤魔化すようにカザハは部長をモフモフしてるし………ん〜…深く考えるのはやめよう。今は目の前の事に集中したいし。
>「確かめに行かなきゃ。ダークマターへ乗り込めば、きっと全部分かる……と思う。ヴィゾフニールを使おう。
教帝猊下、万一ワナの可能性もあるから……猊下は当初の予定通り布陣を整えておいてください」
>「……なんにせよ、まずは先へ進もう」
その後…僕達は何事にも妨害される事なく…本来の最終目的地であるダークマターへ到達するのだった。
185
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/02/15(水) 16:13:58
>「敵影は……やっぱり、まったくあらへんなぁ」
とうとう乗り込んでも尚…歓迎はない。
あるのは巨大な建造物に不吉に風が流れ込み…不気味な建物がさらに不気味になったという事実だけ…
「世界が壊れるほどの大決戦になる予定の大群が…誰にも悟られずに…行ける場所…」
僕は常に最悪のケースを考えるクセがある。これは今までの人生で全てに期待していなかった事…。
最悪よりもマシになれば嬉しいという…僕の捻り曲がった人生観で培われた物だが…。
最悪のシナリオを一個見つけてしまった…しかしそれは…
今は僕の人生で一番外れててほしいと思うほかなかった。エンバース当たりは既に感づいていそうだが…
>「ガザーヴァ、城内に詳しいでしょ? 案内お願い」
>「ハ、懐かしの我が家ってか! いーぜ、ボクの部屋以外ならどこでも連れてってやるよ」
こうして…トラップオンリーの城内を抜け…辿り着くは玉座…。そこにやはりというか…外れてほしかった人物が…'一人で'佇んでいた。
>「……来たな。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ども」
「イブリース…?君は一人なのか?…君の仲間達を一切連れずに?…一人ぼっちで…?」
崩れ逝く世界。こんな幸せとは一切無縁になった…もはや廃城に近い場所で一人っきり…。
他の仲間達にはどう見えているか分からないが…イブリースの目から…表情から…佇まいから…前戦った時のような覇気を…野望を…誇りを…一切感じられなかった。
虚空…もうイブリースは僕達に対しても…自分のこれからの生についても…なんにももう感じていない…。
シェリーが死んだあの日…ナイフに反射して見えた僕の顔と同じ…全てを諦めた…絶望を前にそれを受け入れた…。
この世界に来る前の…なゆのPTに加わる前の僕に…そっくりだ。
>「兇魔将軍よ、そなたの軍勢はどうした? どこぞに埋伏させ奇襲を目論んでいるかと思うたが……」
>「軍勢だと? そんなものはいない。
それどころか、このニヴルヘイムにはもうオレ以外誰もいない。皆、新天地へと旅立っていった。
せっかく大所帯で攻め込んできたというのに、生憎だったな」
イブリースは似合わぬヘラヘラとした笑いで僕達を馬鹿にする。
>「ニヴルヘイムの指導者である貴方が、私達を引き留める捨て駒として残ったというの……?
でも、新天地なんて……そんなものどこに――」
>「大賢者が言ったのだ。今回の勝利者はお前たちだと、勝者には報酬を受け取る権利があると。
新天地ミズガルズを攻め落とし、ニヴルヘイムの民は滅亡を回避して未来を手に入れる。
仲間たちを守り、滅亡から救う……オレの仕事は終わった」
「だから…?死ぬのか?こんな寂しい場所で…?一人ぼっちで…?」
>「先ほど、オレの仕事は終わったと言ったが……最後の締め括りがまだ残っている」
>「あぁ……こういう場合、後の展開はひとつしかあらへんやろなぁ」
>「よく分かっているようだな……。この期に及び、もはや言葉は不要!
この場を去りたくば、オレを倒していくがいい!
むろん、オレも只でやられるつもりはない――貴様らを今度こそ葬り去り、すべての因縁に決着をつけてくれる!!」
「やめろ…!やめろ!こんな事が最善手じゃないなんて…お前が分かってるはずだろ!?」
地球人は…戦争にルールを設ける事によって辛うじてバランスを保っていて…それは外の世界から見れば腑抜けた人種に見えるかもしれない…
しかし…外敵なら話は別だ…ルールが必要なく…地球人が本気で平気を開発し始めたら……最初は勝てても…
「地球人は…自分達の為なら…数百種類のもの生物を絶滅に追いやってきた…魔法こそないけれど…殺しの技術のエキスパートなんだぞ…!」
186
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/02/15(水) 16:14:13
>「オレには何も要らぬ、名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用!
ただ同胞(はらから)の未来のため――破壊の権化となって最後の義務を果たそう!!」
>「……なるほど。とことん落ちぶれたな、イブリース」
イブリースはずっと握っていた右手を開き…その手のひらから現れたなにかを口に入れた…。
永劫さえも手中に収めた『悪魔の種子(デモンズシード)』…それを大量に自分の口に…。
>「ゴオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!!!」
「結局は…殺し合うしかないのか?」
>「あれは……『兇魔皇帝イブリース・シン』――」
この正真正銘の化け物の正式名称なんて知りたくない。
いや…その他詳細の情報すらも…知りたくない…。
>「もしもブレイブ&モンスターズ! が人気を衰えさせることなく継続していたとしたら、
第二部で実装されるはずだった……EX(エクストラ)レイド級のモンスターだ」
どうせ元に戻す方法は分からないとか言うんだろ…!なら聞きたくない!
>「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!」
ゴウッ!!!
「くっ!…部長!」
無差別な…瘴気による無差別範囲攻撃…。僕は部長抱えて回避行動で精一杯いっぱい…!
攻撃に転じようとすると即座に出だしをつぶされ…実質的になにもできないようにコントロールされ…
>「続いて『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ! からの〜……『44マグナム頭突き』! いっけぇ――――っ!!」
>「ここだ」
なゆとエンバースのコンビネーション攻撃もいとも簡単にいなされる始末!
理性を犠牲に…スピード…パワー…体格以上に大幅にパワーアップしている…!
>「――『隕石落下(メテオフォール)』!!」
イブリースが聞きなれない呪文名を叫んだ途端…背景が…いや…視界が星空に染まる…。
僕の本能が危険信号を大量に出していたが…僕と部長ではこれを返す手段が…ない。
187
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/02/15(水) 16:14:29
《乗って下さい!》
僕のピンチにカザハが駆けつけ隕石の雨からなんとか逃れたものの…逆転の一手は以前見えなかった。
…僕には…今のイブリースを止める手段は思つかなかった…もちろん殺し合いという意味でなら全員で団結すればできるのだろう…。
でも…今の僕にはイブリースが…未来の自分に重なって見えてしかたなかった。
人殺しの罪人の成れの果て…どれだけ幸せを願おうとも…結局幸せは訪れず…絶望の中一人寂しく…救われず死んでいく。
>「ジョン! イブリースに語りかけて!」
なゆの言葉すら届かないほど…不安で押しつぶされそうな僕の事を察したのか…カザハが僕の後ろに立って背中と両手と額を軽く当て
>「キミが主役だよ。頑張って。キミは一人じゃない。決して一人にはしないから。
――エコーズオブワーズ」
バフと…言葉が体に…心に掛かる一瞬…今までの出来事が…僕の頭を横切っていった。
暴走してみんなに迷惑をかけた事。それでもみんなは笑ってもう一度向かい入れてくれたこと…
ロイが死んだあと…時を遡る手法の話を聞いて…一度裏切りを決心したが…結局実行に移せなかった…事。
>「お願いがあるんだ……。
キミには立派なパートナーがいるのは分かってるけど、ぼくのこともキミのパートナーだと思ってくれたら嬉しいな。
守られてるだけは嫌だ。ぼくにもキミを守らせてほしいよ。
隣に並び立つのは無理でも、少しだけ後ろでいつも見てるよ。
突き進む時には、背中を押すよ。倒れそうな時には、そっと支えるよ。
行っちゃいけない時には、飛びついてでも止めるよ。
だから安心して。これからいつもいつだって、この風精王の加護がキミと共にある――」
みんなを一度明確に裏切ってしまった僕をパートナーと呼んでくれる人がいる事・・・。
どれか一つでも…みんながいなかったら…間違いなく僕は…今のイブリースと同じ立場にいたのだろう…。
でも僕は今ここに立っている…仲間と一緒に…未来を迎える為に…。
>「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」
今の僕はが…本当にするべき事は嘆く事でも…後悔する事でもない…!
「ありがとう…カザハ」
もう一度膝をついてカザハの手を軽く握り…軽く手の甲にキスをした
「いってくるね」
188
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/02/15(水) 16:14:45
>「本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ」
今まで感じた事ない…殺意を剥き出しにしてイブリースと対面するエンバースを見る
地球が大変な事なってる以上…明神もエンバースも…そしてなゆも手加減してる余裕などない…
そしてその中でもエンバースは…恐らくチャンスがあれば間違いなくイブリースの命を奪うだろう…。
止める事など出来はしない…だが…エンバースに可能性を見せつけて気を変えてもらうまでの話だ。
>「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」
>「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」
僕にさえ殺気を隠そうともしない…本気なのがひしひしと伝わってくる。
>「言っとくけどマジだぞ。おふざけなしで言ってる。俺はお前を囮に、本気でイブリースを殺しに行く。
上手くいけば、イブリースはお前に集中し切れない。俺達はお互いを囮に上手く戦える。オーライ?」
「そんな殺気垂れ流しで言われたら信じるしかないだろうな…だが先制は譲ってもらうぞ。いいな?」
>「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」
イブリースの弱点であるパリィを狙うエンバースを追い抜き…エンバースより更にイブリースに近づく。
手を伸ばせば届く距離まで接近し…イブリースを見上げる…デモンズシードでより巨大化したために…見上げなければ顔すら見えない。
「君は否定するかもしれないけど…君と僕と一緒なんだ…ただ君にはみんなが…腹を割って話せる仲間がいなかっただけで…。
なゆ達がいなければ…僕は間違いなくそっち側だった…いや…今でも僕はそっち側なのかもしれない…
もしシェリーとロイを天秤に出されたら…その時どう思うか…僕にもわからないから…」
もし目の前にシェリーやロイを蘇らせる手段があったら…その時僕は…どんな選択をするのだろうか
なゆ達の事だ…きっとなにをしても…僕の事を許してくれるのだろう…でもそれは…甘えにすぎない…。
過去ではなく…今を生きなきゃ…自分の選択を恥じない為に…選択をもう一度させてくれた仲間達の為に。
>「ウォォォォォォォァアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
イブリースが理性を失った叫び声をあげる。
僕の声がどこまで届いているのだろうか?そんなの関係ない…届くまで…。
「イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…」
ブオン!
イブリースは巨大な魔剣を大きく振り上げ…僕に目掛けて振り下ろす。
ズドオオオオオオン!
僕はそれを…永劫の祝福を受けた右腕で受け止めた。
「僕はそんなの事絶対に認められない…!みんなから受けたこの暖かさと…優しさの全てを賭けても…!君に罪を償わせてみせる…!正しい形で…!」
ぼたぼたと受け止めた右手から大量の血が滴り落ちる。指は曲がり、腕全体は少し曲がってはいるが…
永劫の再生能力と頑丈な腕さえ完全にはイブリースの攻撃を完全に受ける事はできなかった…だが関係ない。戦えるなら…!
「イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない」
イブリースの巨大な剣を右腕一本で弾き返す…そしてパーカーの袖口をまくり失った代わりに永劫の祝福を受け真っ青になった右手を掲げる。
もう既に永劫の力によってあり得ない方向に曲がっていた指や傷は塞がっていた…右腕限定だが…まさに永劫の名に恥じないチートっぷりである
「そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから」
僕は最初に掛けてもらった瘴気を防ぐ為のバリアをスマホを操作し、解除する。そして一撃受け止めただけで悲鳴を上げる全身に力を籠める。
なゆ達と出会えた以上の幸せが僕にあるとは思えない…きっとこの旅が終わった後僕には…現実を直視する事になるだろう…でもそれでいい…みんなが暖かさをくれたから
最後の幸せを願って辛くても前に進み続ける…それが人殺しのできる唯一の事…だから僕は諦めない。
シェリーとロイの分…必ず生きてみせるぞ
「まずは一発!!」
ドゴオオオオオン!
僕は跳躍し…イブリースの顔面を思いっきり右腕で殴りつけ…王座に吹っ飛ばした。
「勝てんぜ、お前は」
部長を抱きかかえる。そしてカザハを見る。僕に覚悟を…力ではない…心の強さを…明るい未来への希望をくれた。
こんなに支えられていて…一人ぼっちで全てを諦めたイブリース…お前に負ける通りはない。
「僕には最高のパートナーがいるからな」
189
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 14:15:51
理性を捨て去り、文字通りの怪物――EXレイド級モンスター、兇魔皇帝イブリース・シンに進化したイブリースが、
虚空から隕石の雨を降らせる。
灼熱に燃え盛る隕石本体は勿論、落下した爆発にも判定がある、広範囲極大殲滅魔法だ。
一撃でも貰えば死、そんな流星雨を『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はそれぞれの方法で掻い潜ってゆく。
>エンバース!!
>お呼びかマスター!
ポヨリンを胸に抱いたなゆたをエンバースが抱き上げ、隕石の軌道を冷静に把握してその隙間を縫う。
>乗って下さい!
カザハはジョンと共にカケルに跨り、暗い星空へ変わった空間を翔けて何とか隕石をやり過ごす。
>ガザーヴァ、こっちに来い!……マゴット!!
>グフォォォォ!!
明神は体重の軽いガザーヴァを抱え、マゴットに指示を出して自らに降り注ぐ隕石を叩き落す。
継承者たちも障壁を張ったり虚構魔法で自らを霧に変えたりして、やっとの思いでイブリースの無差別魔法に抗っている。
やがて隕石の雨は終息し、周囲は星空から元の大広間へと戻ったが、事態は何ひとつ好転していない。
と、不意にイブリースへ向かって飛ぶ闇の閃光。
ガガァンッ!!
『闇の閃光(ダークネスウェーブ)』――ベルゼブブの得意技にして、闇属性上級魔法。
最初はマゴットが撃ったのかと思ったが、違う。その攻撃は驚くべきことに、明神が放ったものだった。
以前は闇魔法初級の影縛りだけで息切れしていた者が、まさかこんな短期間でレイド級の用いる上位魔法をマスターするなど、
明神の成長速度に瞠目せずにはいられない。
が、そんな『闇の閃光(ダークネスウェーブ)』も今のイブリースには些かの痛痒もないらしい。
顔面から細い煙をあげながらもその皮膚には火傷ひとつなく、炯々と輝く三つの眼を明神へと向ける。
尤も、明神としてもこれでイブリースを仕留められるとは最初から思ってもいないだろう。
>ふざけんな……ふざけんなよ、ふざけるな!!
明神が叫ぶ。
>剣と魔法の世界でお前らが無敵だとしても……ミズガルズは石油と半導体の世界だ。
生き物を殺す手段なんかゴマンとある。そいつを実現する兵站と戦略がある。
わかってんのかイブリース!お前はローウェルの甘言を鵜呑みにして、同胞を死地に送り出したんだ
明神は捲し立てたが、ファンタジー世界の住人に石油だ半導体だと言ったところで通じる訳がない。
だいいち、今のイブリースは正気を完全に欠いている。
>なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!
>……正直言って、返す言葉もないよ
「…………」
なゆたはきゅ、と唇を噛み締めた。その気持ちはエンバースと同じだ。
イブリースはついに禁忌を犯してしまった。大賢者の甘言に惑わされ、最終戦争の引き金を引いてしまった。
このままでは、明神の言う通り大切な人々がみな死んでしまう。
なゆたの父親も、赤城家の住人も。学校のクラスメイト達もみんな――。
>『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!
明神が切り札を切る。
マゴットの姿が崩れてデスフライの群れへと変わり、明神の隣に立つガザーヴァへ纏わりついてゆく。
その姿が巨大な蝿球に覆われる。
>俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く
断固たる決意だ。明神の指令と共に、蝿球が徐々に薄れてゆく。
全身を覆う漆黒の甲冑から一転、露出の激しいビキニスタイルの幻蝿戦姫に変貌を遂げたガザーヴァは、
愛しい主人の命令を耳にすると嬉しそうに双眸を細め、
「――イエス。マスター」
そう言って、左手の親指をぺろりと舐めた。
190
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 14:22:00
>この世界がゲームだって事はもう知ってるだろ。サービス終了についても。
なら新作ゲームがリリース予定の事ももう知ってたか?ゲームサーバーの概念は?
終わる世界の中、どうして新天地ミズガルズを勝ち取ったヤツらだけが生き残れると思う?
次のイブリースの攻撃に備えて身構えるなゆたの横で、エンバースが口を開く。
>俺には分かるぞ
>次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ
言いながら、魔法薬のアンプルを己の胸に突き刺す。それも一本や二本ではなく、
矢継ぎ早に尋常でない量の魔法薬を自らに投与し、ドーピングを図ってゆく。
>……【ムラサマ・レイルブレード】――プレイ
中世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジー世界にはそぐわない、未来的な造型の刀剣がエンバースの手許に現れる。
ヒノデへ一緒にデートに行った際、エンバースが手に入れた武器だ。
>本当に、バカなヤツめ……出来る事ならお前を殺してやりたいよ……でないとお前があまりに哀れだ
起動し、帯電する刀を携えながら、今度はジョンへ提案する。
>なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か
>それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か
「エンバース……」
なゆたは目を瞬かせた。
イブリースのことは殺さない、と決めたのだ。その選択が結果的に最終戦争を招くことになってしまったが、
それでもなゆたは今なおイブリースを殺してはならないと考えている。
最初は殺すつもりはなかったけれど風向きが怪しくなってきた、自分の意図する結果にならなかったから、
やっぱり殺すことにしました――では、余りに信念がなさすぎる。
信念を貫き通したお陰でみんな死にました、ではそれこそ話にならないが、しかし。
最後の最後まで、なゆたはイブリースの改心に賭けたかった。ジョンが心を通じ合わせ、
イブリースの頑なな心を開いてくれることに期待した。
それはなゆた自身の望みであると同時に、かつてのイブリースの朋輩であり主君であったシャーロットの願いでもあるのだ。
一方で長い付き合いの中で培った信頼の許、なゆたはエンバースの心の裡を推し量る。
未知のEXレイド級、ニヴルヘイムの首魁たる兇魔皇帝イブリース・シンとの戦闘において、
手心など加えられる訳がない。殺したくないから〜とかできるだけ生かして〜などという甘っちょろいことを言っていては、
あべこべに此方が殺されることになるだろう。
全力で相手をするというのは、当たり前の前提だった。
>この俺が本気で、殺す気で付きまとうんだ。「ついで」で防げると思うなよ
>皇帝だろうとEXレイド級だろうと、ベースになっているのはイブリースだ
>さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ
エンバースがイブリースの右側に位置取りする。
なゆたもそれに倣った。この戦い、あくまで主役はジョンである。
自分たちはイブリースの十重二十重の攻撃手段と防御障壁をすべて取り払い、ジョンに道を拓くのが役目だ。
確かに、どれだけパワーアップしようと新しいスキルを身につけようと、兇魔皇帝のベースがイブリースなのは変わらない。
だとすれば、パリィされると大きくひるむという以前のイブリース戦で培った経験も生かせるはずだ。
「……エンバース。あなたの気持ちは分かってるつもりだけど、それでも『ぶっ殺す』っていう言葉は苦手だわ」
スマホを握り締めながら、すぐ傍らのエンバースへ軽く咎めるように言う。
といって、その意思を否定するつもりは毛頭ない。なゆたは彼の横顔をちらりと見た。
「甘っちょろい考えだっていうのは自覚してる。殺す気でかからなきゃ、こっちがやられるってことも。
けど、やっぱり『殺す』は言いたくないから――」
じゃきん! と右手に持ったスマホを顔の前に翳して構える。
ポヨリンが気合充分とばかり、ぽよんぽよんと跳ねる。
「……絶対に……『勝つ』!」
断固とした決意と共に、なゆたは新たなスペルカードをタップした。
191
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 14:31:50
「『開けゴマ(イフタフ・ヤー・シムシム)』!!」
身軽に跳躍したガザーヴァが左手を高々と掲げ、パチンとフィンガースナップを鳴らす。
と同時、イブリースの身を淡紅色の魔力が包み込む。
『開けゴマ(イフタフ・ヤー・シムシム)』。
『人の不孝は蜜の味(シャーデンフロイデ)』と同じくガザーヴァが幻魔将軍時代から得意としている、
対象に掛かっているありとあらゆるバフをすべて無効化してしまう固有スキルである。
スキルは一瞬効果を発揮したように見えたが、すぐに効力を失い光もまた消えてしまう。
「ッちぃぃ〜、永続バフか!
今のまんまじゃボクの『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』も効き目ないな……!」
>タマンの時と同じだ。俺はあの怨霊を引っ剥がす
舌打ちするガザーヴァに対し、明神が冷静に相手を分析する。
その巨体に纏わりつく視認できるほど濃厚な怨霊の群れは、イブリースの防御の要だ。
怨霊たちがイブリースに常に強力なバフを掛け続けているお陰で、いくらガザーヴァがそれを引き剥がしたとしても、
またすぐにバフが掛かってしまうのだ。
であるのなら、怨霊たちを無効化してしまえばいい。
かつてタマン湿性地帯で戦ったときと同じく、明神がネクロマンサーの技能を駆使して怨霊に対処する。
>亡者ども!アルフヘイムにしてやられた恨みで出来たカスの集合体が、なんで未だに成仏してねえんだ?
二世界の戦争はニヴルヘイムの勝利で終わったはずだろ。お前らがこの世にこびり付いてる理由なんかねえよな
>お前らも分かってんだろ。アルフヘイムの軍勢は全部ローウェルが侵食で片付けてくれたからお前らの勝ちです。
何もかもがローウェルのお膳立てで、お前らは何も為せないままイブリースと消化試合です。
……こんなクソみてえな終わり方があるかよ。
>かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる
明神の言葉に反応し、夥しい数の怨霊がイブリースから剥離したかと思うと、一気に襲い掛かってくる。
濃紫色の瘴気に包まれた無数の髑髏があぎとを開き、悍ましい呪詛を吐き散らしながら迫る。
そのひとつひとつを、ガザーヴァが魔法と暗月の槍ムーンブルクを駆使して撃破してゆく。
「そう、マスターを殺せりゃテメーらの勝ちだ!
でもなァ……そう簡単にうまく行くなんて思うなよ! なぜなら――
マスターの命は! この最強モンスター、ベル=ガザーヴァさまが護ってンだからなァ!」
右手に騎兵槍を持ち、左手で『闇撃驟雨(ダークネス・クラスター)』の盲撃ちをしつつ、ガザーヴァが嗤う。
明神が心置きなく怨霊たちを煽れるように。思う侭の行動がとれるように、鉄壁の防御でマスターを護る。
「――来い、『聖蝿騎兵(フライリッター)』!!」
ガザーヴァの周辺を飛び回るデスフライの群れが、本体の命令に従い何かの形を取ってゆく。
それは、馬甲冑を着込んだ騎馬に跨った騎士。ただし騎士、騎馬ともにその頭部はマゴットとよく似た蝿の形をしている。
長大なハルバードを構えたそれが、四騎。
デスフライたちが形を成した騎兵たちが嘶きをあげて怨霊たちに突進し、蹂躙を開始する。
自らの分身である蝿たちを自由自在に操る超レイド級モンスター、ベルゼビュートのユニークスキルのひとつだ。
更にガザーヴァは左手を自分たちのいるフィールドを闇属性の『地獄』へと変質させる。
風景が大広間からニヴルヘイムよりも一層荒涼とした世界に一転する。
「まだまだ行くぞォ!
蒸発しろ! 『獄嵐極熱焦(インフェルノ・スチーム)』!!」
剥き出しの岩場から高熱の蒸気が噴き出し、範囲攻撃となって怨霊たちを呻き声を出すいとまも与えず蒸発させる。
亡者の皮膚を焼き喉を爛れさせ、永劫の苦痛に苛むという地獄の熱気の再現だ。
神を彷彿とさせる超レイド級の恐るべき力で、ガザーヴァはイブリースの怨霊たちを平らげてゆく。
しかし、それでも怨霊たちは一向に減少する気配を見せない。まるで無尽蔵のようにイブリースの身から湧き出しては、
断末魔めいた悲鳴を上げて襲い掛かってくる。
むろん、生身の人間である明神は一度でもその攻撃を喰らえばアウトだ。
また、仮に直接攻撃を被弾しなくとも、亡者たちの怨嗟の声は明神の精神と正気とを徐々に蝕んでゆくことだろう。
それだけは魔法やスペルカードで防御することはできない。今までの冒険で成長した明神の心の強さが持ち堪えるか、
亡者たちのアルフヘイムへの怨念が勝つか、小細工なしのガチンコ勝負だ。
「明神」
すい、と宙に浮かぶガザーヴァが明神の隣へやってくる。
「……あいつらは救われたがってる。安息を求めてる。誰だって恨みのために戦いたくなんてねーんだ。
イブリースに取り憑いたあいつらがボクたちに攻撃してくるのは、“それしか知らないから”だ。
あいつらもバカのイブリースと同じように、ボクたちを殺しゃ救われるってクソジジーに吹き込まれたんだろうよ。
んなら……後は簡単だよな?」
怨霊たちが殺戮以外に安らぎを得る手段を持ち合わせていないというのなら、殺戮以外の救済方法を教えてやればいい。
そして、それが出来るのはこのフィールドにいる者たちの中で、死者と真正面から対峙することのできる明神だけだ。
ガンダラのバルログに始まり、ガザーヴァやオデットなど、明神は今までたくさんの本来倒すべき敵を懐柔し、
自らの仲間にしてきた。それはまさしく敵を自身の戦力に変換する『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の真骨頂であろう。
超一流のネクロマンサーは死者を従属させるだけに留まらず、『死者の方から望んで協力を申し出る』という。
明神がその一握りの超一流になれるか、それとも一山いくらの凡庸な死霊使いで終わるか――
ここがその分水嶺であった。
192
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 14:34:41
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」
カハァァ……と耳まで裂けた口から瘴気を吐き出し、怪物と化したイブリースが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を呼ぶ。
無限の怨嗟。無限の憎悪。無限の憤怒――
理性が消し飛ぶほどのそれら負の感情にすべてを塗り潰してしまったイブリースに、生半可な攻撃は通じない。
エンバースが巧みな剣技でパリィを誘うが、イブリースはなかなか乗ってこなかった。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側がイブリースの特性をよく理解しているように、
イブリースもまたタマン湿性地帯の戦いで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦術を把握している。
執拗に纏わりついてくるエンバースを振り払うように、『暗撃琉破(ダークネス・ストリーム)』を放つ。
かと思えば額の第三の眼を輝かせ、エンバースめがけて空から闇の雷撃を落とす。
雷撃は自動追尾でエンバースを執拗に狙い、一発浴びれば雷属性ダメージの他、ATBゲージを半分持っていく。
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」
エンバースを牽制すると、今度は大きく背を仰け反らせ、次の瞬間勢いをつけて紅蓮の炎を吐き出す。
バオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
『大破壊の焔(カタストロフ・ブレイズ)』。
イブリースの前方、広範囲のフィールドを炎で埋め尽くす範囲攻撃だ。防具のアーマー値で効果を減退させることはできず、
水属性か聖属性の魔法でダメージ緩和を狙うしかない。
「ポヨリン! 『水護幕(ハイドロスクリーン)』!」
『ぽよよっ!』
なゆたが鋭く指示を飛ばし、ポヨリンが高速回転を始める。
ポヨリンの足許の地面から噴水のように大量の水が溢れ出し、水属性の障壁を形作る。
「みんな、大丈夫!? ダメージを負った人は申告して! すぐに癒します……!」
「スペルカードは出し惜しみしないで、どんどん使って頂戴!
『多算勝(コマンド・リピート)』で再度使用可能に出来るから!」
なゆたの『水護幕(ハイドロスクリーン)』でも防ぎきれない熱波を、
聖属性の『聖なる護り(ホーリー・プロテクション)』でさらに減少させながら、アシュトラーセが注意を促す。
ウィズリィも傍らにブックを従え、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の援護に徹している。
「戦えば戦うほど、規格外のバケモノじゃな!
ニヴルヘイムの首魁という二つ名は伊達ではない、ということか……!」
煙管を吸う暇もないと愚痴りつつ、エカテリーナが呻くように言う。
そんな言葉を聞き、イブリースは裂けた口角に禍々しい笑みを浮かべると、
「オレが……バケモノ……?
違う……オレは……悪魔だ――――!!」
と言って哄笑した。
そんなイブリースへ、ジョンが無造作に近付いてゆく。
>イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…
誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…
ジョンの語りかけに、イブリースは魔剣の一撃を以て応える。
が、ジョンは驚くべきことにイブリースの振り下ろしを右腕一本で受け止めてみせた。
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ……」
>イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…
だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない
受け止めたからと言って、むろん無傷という訳ではない。
ジョンの右腕は衝撃で滅茶苦茶に壊れ、白い骨が皮膚を突き破って覗いている。
しかし、その右腕は自ら切断して以来、『永劫の』オデットの力を取り込んだ不死の肉体。
急速に破壊が、断裂が元の姿に復元されてゆく。
>そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから
ジョンはそう言うと、何を思ったか自らに掛けられているバフを自分で解除してしまった。
既にフィールド全体にはイブリースの瘴気が隅々まで行き渡ってしまっている。瘴気は肺腑を冒し、骨肉を蝕み、
やがて精神までも侵食してゆくことだろう。
だが。
>まずは一発!!
心身を蝕む瘴気も、ジョンの決意までを糜爛させることはできない。
「ゴォッ……!!?」
耳を劈く炸裂音と共に、ジョン渾身の右拳がイブリースの左頬に突き刺さる。
五メートルもの巨体であるにも拘らず、イブリースはその威力に吹き飛ばされ、玉座に激突して盛大な煙を上げた。
>勝てんぜ、お前は
>僕には最高のパートナーがいるからな
ジョンが部長を抱きかかえる。部長は主人の想いに応えるように甲高く鳴いた。
193
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 14:38:23
濛々と立ち込める煙が、徐々に晴れていく。
ガシャ……と甲冑の音を響かせ、中からイブリースが姿を現す。
ジョンの鉄拳は狙い過たずイブリースの右頬を捕らえていたが、ダメージがあるようには見えない。
やはり怨霊たちの齎す極大のバフを剥がさない限り、イブリースに直接ダメージを与えることは困難なのだろう。
>マホたん、力を貸して――
カザハが歌を歌い始める。地球で放映されていたブレモンのアニメ『デュエルメモリーズ』のOPテーマ、『Blaver!!』。
アニメの出来自体は微妙という評価であったが、それでもテーマソングは名曲との呼び名が高く、
本編を知らない人間でも歌は知っているというヒット曲だ。
フィールドにいる味方全員の物理、魔法双方の攻撃力が大幅に強化され、頭上に『↑ATK/MTK』のアイコンが付く。
「――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ!!!」
果敢に攻撃を繰り返すエンバースやなゆたを無視し、イブリースはジョンだけを狙って突進する。
「みんな、ジョンさんを援護や!
いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!」
イシュタルの双眸が輝き、地面からばばばばんっ!! と、イシュタルをもっとシンプルにしたような案山子が無数に現れる。
その総数は五十体以上。フィールド全体に所狭しと案山子が突き立っている状態だ。
案山子はそれ自体が攻撃を直接食い止める障壁の役目を果たし、陰に隠れれば敵の攻撃から守ってくれるほか、
パーティーの誰かが死亡するほどのダメージを負った場合、自動で身代わりとして爆散する機能も有している。
イシュタルのこのスキルが発動中、つまり案山子が残っているうちは、パーティーは全滅しないという訳だ――が。
「ッガアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
バギバギバギィッ!!
イブリースが尻尾を大きく鞭のように振るい、案山子へと叩きつける。
本体と比べてもそう遜色がない耐久力を誇るはずの案山子が、まるで苧殻のように吹き飛ばされ、圧し折られる。
みのりは悲鳴をあげた。
「こらあかん! なんぼも持たへんで!」
「好き勝手はさせぬ!」
エカテリーナが素早く虚空に呪印を描く。と、イブリースの周囲に蒼く輝く四つの魔法陣が出現し、
其処から魔力の鎖が飛び出して四肢に絡みついた。
「エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!」
イブリースが束の間歩みを止めた間隙を縫い、スマホをタップしながらなゆたが鋭く叫ぶ。
ポヨリンがいったん大きく後退したかと思えば、何を思ったか今度はフラウへと全速力で突進してゆく。
かつてジョンがブラッドラストの力に呑み込まれたとき、なゆたは部長とアブホースのコンビネーション技を即興で考案した。
それを、今度はポヨリンとフラウでやろうとしている。
百戦錬磨のエンバースとフラウなら、きっとその意も瞬時に汲み取れるに違いない。
スペルカード『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』によって硬質化したポヨリンが、
ずどんっ!! とフラウの胴体に突き刺さる。
フラウの伸縮自在の肉体が、スリングショットの役割を担う。大きく伸長したかと思うと、
ポヨリンはフラウの反発によって突進時の数倍のスピードで跳ね返り、イブリースめがけて飛んでいった。
「真! ポヨリン砲弾ッ!!」
単体の頭突きでは、イブリースにダメージを与えることはできない。
しかし、コンビネーション技ならどうか?
ドゴォォォォッ!!!
先ほどのマグナム弾とは比較にならない、文字通り砲弾と化したポヨリンが身動きの取れないイブリースの胸板を直撃する。
ギリ、と歯を食い縛り、イブリースが僅かに苦悶の表情を見せる。そのぶ厚い装甲の一部にヒビが入る。
やった、となゆたは快哉を叫ぼうとした――けれど。
「オオォ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
イブリースはぐっと身を低く腰だめの姿勢になったかと思うと、次の瞬間には全身から爆発的に瘴気を噴き出して、
瞬く間に鎖を破壊しなゆたとエンバースの合体技までも弾き飛ばしてしまった。
「ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?」
「なんてこと、これも効き目がないなんて……!」
「―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」
大気を震わせる咆哮をあげ、業魔の剣を投げ捨てたイブリースは一気にジョンへと襲い掛かった。
194
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 14:46:42
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」
イブリースの周囲で怨霊たちが荒れ狂い、瘴気が空間を糜爛させてゆく。
大きく上体を捻ったイブリースの振りかぶった右の巨拳が、先刻のお返しとばかりにジョンの胴体に炸裂する。
ぱぁんッ! と派手な音を立て、戦場に突き立つ案山子のひとつが跡形もなく爆ぜた。
その一撃だけで致死量のダメージだったということの証左だ。
しかし、それだけでは終わらない。さらにイブリースは突進しながらジョンへ暴風のような拳の連撃を叩き込んだ。
それはもう、オデットの加護を受けた右腕だけでは防ぎきれない。
一撃一撃がミサイルの爆撃にも等しい、EXレイド級の本気の攻撃がジョンの全身を穿つ。
フィールドに整然と佇立している案山子の群れが、ぱぱぱぱぱんッ!! と雪崩を打って破裂してゆく。
「ッゴオオオオオオオオオオッ!!!!!」
拳の乱打から、そのままジョンの頭を右手で鷲掴みにしたかと思うと、突進の勢いのまま壁にジョンの全身を叩きつける。
メギッ!!!
ジョンの身体を中心に、まるでクレーターのように放射状に壁が凹み、亀裂が入る。
ぱぁん! と大きな音を立て、みのりが『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』で生成した案山子の最後の一体が爆ぜた。
そして。
「……死ね……!!!」
キュィィン――とジョンの頭を鷲掴みしたままのイブリースの右手に、闇色の魔力が宿る。
そして、発射。兇魔将軍時とは比べ物にならない威力の『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』の零距離射撃。
ギュバッ!!!!
ついに魔城の壁が崩壊し、ガラガラと崩落する。
イブリースはジョンの身体を襤褸屑のように打ち捨てた。そして一旦は放棄した業魔の剣を呼び戻し、
再度その手に掴む。
兇魔皇帝イブリース・シンの必殺連携『巨神闘争(ティタノマキア)』。
己の纏う無限の憤怒、無尽の怨嗟を暴風のような拳の乱打と共に叩き込み、手近な壁面に叩きつけた上、
零距離から『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』を見舞うという、必中決殺の新スキルだ。
その特性は回避不能、防御無視、光属性の相手にはダメージ2.5倍といったものだが、
どれも些末なことであろう。ともかく『喰らえば死ぬ』、文字通りの必殺技である。
「ジョン!!」
なゆたが叫ぶ。
いくらジョンがブラッドラストを持ち、オデットの加護を得た右手を有しているからといっても、
大ダメージは免れまい。
「何しとるんや『禁書』の、はよ回復や!」
「やってる! これが精一杯よ!」
みのりがジョンへ『高回復(ハイヒーリング)』のスペルカードを切り、
アシュトラーセが『聖なる癒し(ホーリー・リバイブ)』の魔法を唱える。
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……。
…………『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ―――――――――――ッ!!!!!」
ギュオッ!!
イブリースが咆哮をあげると、またしても全身から夥しい量の瘴気が火柱のように噴き上がる。
瘴気は嵐となって大広間を荒れ狂い、颶風が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』や継承者たちの全身を強かに打ち据える。
兇魔皇帝となったイブリースの発するあまりの濃さの瘴気に暗黒魔城ダークマターが振動し、天井から粉塵が舞い落ちる。
まさに規格外。EX級の名に相応しいモンスターへと変貌を遂げたイブリースに、誰も有効打を与えることが出来ない。
しかし――
「みんな、見て!」
それまでになかったイブリースの明らかな変貌に気付き、なゆたが指をさす。
イブリースの炯々と輝く三ツの眼から、血が溢れている。
真っ赤な血は頬を伝い、顎から滴って点々と零れ落ちる。
「……イブリースが……泣いてる……」
血涙を流し、大気を震撼させる吼え声をあげるイブリース。
その声はどこか、哀惜の慟哭に似ていた。
195
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 14:56:17
「なんだと? もう一度言ってみろ、ミハエル・シュヴァルツァー」
今から数時間前、暗黒魔城ダークマターの大広間でミハエル・シュヴァルツァーの発した言葉に、
イブリースは耳を疑った。
「聞こえなかったのかい? イブリース。
“君はここに残れ”――と、そう言ったのさ」
全身から怒気を溢れさせるイブリースを前にしてもまるで平然としたまま、ミハエルが薄く微笑しながら応える。
アルメリアの王都キングヒルが陥落し、其処に常駐していた者たちが敗走したことで、
事実上アルフヘイムの戦力は瓦解した。
一巡目の結末を覆し、ニヴルヘイムが勝利を収めたのだ。
だが、勝利の余韻に酔い痴れている暇はない。次はミズガルズへと侵攻し、其処を第二の故郷としなければならないのだ。
イブリースは当然、自らが先陣に立ってミズガルズへと攻め込もうと思っていた。
が、そんなイブリースに対してミハエルが言い放ったのは、崩壊しつつあるニヴルヘイムにひとり残り、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を迎撃せよという命令であった。
「莫迦な……! ならば、誰が我が同胞たちを導く? 誰が同胞たちを襲う脅威を排除できるというのだ?
同胞たちにはまだ、先導者が必要なのだ! 先頭に立って新天地への道を切り拓く者が――!!」
イブリースは莫迦力だけが取り柄の無能ではない。当然ミズガルズの抵抗は予想しており、
そのための備えも考えていた。
ニヴルヘイムの魔物たちは、アルフヘイムの住人たちと違って他種族、異文化との交流というものを殆どしない。
同種で群れを形成するケースならあるが、基本的には共存共栄ということをしないのだ。
それは個々の力が弱く支え合うことでしか生存の確率を上げられない生物と違って、個体ごとの力が強いためだが、
裏を返せばそれは協調性がない、規律ある行動が取れないということでもある。
そんなニヴルヘイムの住人を掻き集め、集団行動を取らせるためにはどうすればよいか?
簡単な話だ。突出した一個体が、その圧倒的な力で他を捻じ伏せればよい。
イブリースはそれが自分だと思っていた。
例えミズガルズの住人がいかなる未知の攻撃を用いて来ようとも、それを率先して浴び、受け止め、粉砕する。
そうして、身を挺して同胞たちを護る。
この最終決戦に勝ち、仲間たちがミズガルズで生きるための端緒を掴むのを見届ける。
そこまでして初めて、イブリースはすべての役目を終えることが出来るのだ。
今はまだ、その座を降りるには早い。
「そうだね。正直言って、君のお仲間は足並みを揃えて歩くことさえ難しい烏合の衆だ。指導者は必要さ、ただ――
それは、必ずしも君である必要はないんじゃないかな?」
「お前は何を――」
イブリースは気色ばんだ。
ニヴルヘイムの魔物たちをひとつに纏め上げ、守ってやれる存在が自分以外にいるとは思えない。
だが、ミハエルはかぶりを振った。
「僕が代わりに彼らを導いてあげるよ。イブリース」
「……お前が……?」
「ああ。君も知っての通り、僕は最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だ。
そして、当然ミズガルズ出身でもある。ミズガルズの兵器、武装、戦術……そのすべてがここにインプットされてる。
君のように『まず喰らってみて確認する』なんて、悠長なことをする必要がないってことさ」
ミハエルは右手の人差し指でトントンと米神をつつき、端麗な面貌をゆがめて笑った。
驚くべきことに、ミハエルは自らの故郷である地球に攻め入らんとするニヴルヘイム軍を止めるどころか、
自らその旗頭となって侵攻に協力するという。
「ミズガルズはお前の故郷だろう、ミハエル・シュヴァルツァー。
オレたちはそこを戦火に包もうとしているのだぞ?
やめろと諫言こそすれ、お前自身が攻め込むなどと――」
「そうかい? 僕は別に、そういうのは“どうでもいい”のさ。
だって、この世界のすべてはゲームなんだよ? 上位者たちによって設定されたゲーム。命を懸けたお遊戯さ。
家族も、友人も、この僕自身も、何もかもそう設定されたプログラムにすぎない。だったら――
一番おもしろいシナリオがやりたいって思うのは、当たり前のことだろう?」
にたあ……と、ミハエルの細められた双眸に喜悦が宿る。
「いつか話したろ? 僕の見た幻視を。
ミズガルズを闊歩するタイラントの隊列。戦闘機とドッグファイトするワイバーン。
港湾を押し流すミドガルズオルム、そして市街地を蹂躙する魔物たちの軍勢を!
ああ、あの光景を実際に再現できて……しかもこの僕が自ら指揮できるなら!
それはどんなにか素晴らしいことだろう!」
「……ミハ……エル……」
両手を広げ、恍惚とした表情で歌うように告げるミハエル。
その眼差しに、イブリースはこの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の心の中にある底知れぬ狂気を垣間見た気がした。
196
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 15:02:27
「それにね、イブリース」
変わらず笑みを浮かべながら、ミハエルは続ける。
「ニヴルヘイムの軍勢を率いるのは、僕だけじゃない。
他にもいるんだ……心強い仲間がね」
そう言うと、ミハエルはパチンと指を鳴らした。
と同時、五メートルほどの間隔を置いてイブリースを取り囲むように四人の影が姿を現す。
ひとりは、耳にダイスのイヤーカフスをつけカジノディーラー風のタキシードを着込んだ金髪少女。
身長一メートル程度の直立し溝鼠色の甲冑を着込んだネズミのモンスターを従えている。
ひとりは、頭をすっぽり隠した黒いパーカー、ダウンジャケット、カーゴパンツにワークブーツという出で立ちの男。
まるで鉱石のように黒光りするスライムを足許に侍らせている。
ひとりは、ディープグリーンの髪色とワインレッドのマットアイシャドウ、ミントグリーンのリップティントが奇抜な長身の男。
水晶めいて結晶化した体躯を持つ老魔術師を後方に控えさせている。
ひとりは、長い黒髪に白のブラウス、ネクタイに、ショートパンツと黒タイツといったスタイルの高校生ほどの背格好の少女。
闇色のヴェールで全身を覆った、女性型のシルエットのモンスターが隣に寄り添っている。
「これは……」
魔神たるイブリースをして、その存在にまるで気付かなかった。
「彼らは僕ほどじゃないけれど、いずれも一騎当千の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちだ。
その彼らが、ニヴルヘイムのミズガルズ侵攻に力を貸してくれると言ってる……。
君が何も考えず特攻をかけるより、よっぽど巧く戦えるよ。
もちろん、君の大切な仲間たちの被害も抑えられる」
「新たな『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だと? いつの間に」
今まで、ニヴルヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はみなイブリースが召喚していた。
しかしミハエルが紹介した四人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のことを、イブリースは何も知らない。
けれど、その理由は簡単なことだった。
そも、イブリースの召喚は大賢者ローウェルから与えられた能力。
であるのなら――
「ローウェルの力でブレモンの、いや……この世界の膨大なデータをちょっと弄れば、
望みの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を呼び寄せることなど容易い。
シャーロットはこのバックアップデータのコンソールコマンドを使えるのは自分だけと思っているようだけど、とんだ勘違いさ。
さ……これで分かったろ? イブリース、君の役目は僕たちが引き継ぐ。
君はアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をここで迎え撃つんだ。
恨み骨髄の相手だろう? 決着をつけるには、このダークマターほどお誂えの舞台はないよ」
「いいや……駄目だ」
もっともらしいミハエルの説得を、しかしイブリースは退けた。
確かにミズガルズ出身のミハエルたちが先導すれば、新天地での戦いはぐっと楽になることだろう。
しかし、イブリースにはどうしても仲間たちの運命を外部の人間に委ねるということが出来なかった。
ミハエルやローウェルとは協力関係を結んではいるものの、やはり根底で信用できない。
ニヴルヘイムの未来を掴むのは、ニヴルヘイムの手によって――それがイブリースの、
ただひとり残された三魔将としての矜持であった。
「幻視の光景を再現したいと言ったな。
お前は我が同胞たちの未来を考えてミズガルズへ行くのではない、ただニヴルヘイムとミズガルズの戦いが見たいだけだ。
我らを使ってゲームを楽しみたいだけだ、そんな者に我らの未来を託すことなど、出来ると思うか?
第一……我が同胞たちはプログラムなどではない。この世界に生きる、かけがえない生命なのだ……!」
「…………」
ミハエルが薄笑いを消し、不愉快そうにイブリースを睨みつける。
これほどまでに懇切丁寧に説明してやっているのに理解できないとは、莫迦な奴――その眼がそう言っている。
怒りを押し殺しながら、イブリースは『業魔の剣(デモンブランド)』の切っ先をミハエルへ突きつけた。
「立ち去れ、ミハエル・シュヴァルツァー。お前をここで殺さぬことが、オレがお前へ向ける友誼の証明と思うがいい。
大賢者めとの同盟もこれまでだ。奴のところへ帰って伝えろ……今までの協力感謝する。
しかしこれより先は手出し無用、ニヴルヘイムはすべてを克し、未来を掴み取ると!」
「やれやれ……。もうちょっと君は賢いと思っていたけどね、イブリース。
『一段深く考える人は、自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている』――」
ニーチェの言葉を引用し、小さく吐息したミハエルがズボンのポケットをまさぐり、スマートフォンを取り出す。
と同時、周囲にいた四人も同じようにスマートフォンを手にする。
イブリースは身構えた。
「所詮、君も浅墓な物の考え方しかできない愚か者だったか。
君は今まで通り、僕とローウェルの言う通りに動いていればいいんだよ!!」
「―――ミハエル・シュヴァルツァ―――――――――――ッ!!!!」
イブリースは大きく振りかぶった業魔の剣を、狙い過たずミハエルの頭上めがけて振り下ろした。
197
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/02/23(木) 15:09:40
業魔の剣が、大広間の床に突き立っている。
角が折れ、翼は裂け、鎧の砕けた血みどろのイブリースは豪奢な絨毯の上に片膝をつき、
肩で荒い息を繰り返しながら、前方のミハエルを睨みつけた。
闘いはすぐに終わった――結果はイブリースの惨敗だった。
ミハエルを含めた五人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の前にイブリースの攻撃はまるで功を成さず、
それどころかイブリースはその連携、見たこともない戦術とスペルカードに翻弄され、ほとんど成すがままに攻撃を浴び続けた。
「これで分かっただろ?
君の力じゃ逆立ちしたって僕たちに勝つことはできないのさ。
大人しく僕の言うことを聞いて、僕のために戦う……それが君のさだめなんだよ、イブリース」
無傷のミハエルが敗者となったイブリースを見下ろして嗤う。
ことここに至り、イブリースはようやく悟った。
「……そうか……。
オレは最初から、お前たちに踊らされていたのだな……。
バロールにとって、オレたちはこの世界を構成する多くの要素のうちのひとつでしかなかった。
だからオレは奴と袂を分かった、お前たちの差し出した手を取り、今度こそ……この世界を、仲間たちを守ろうとした……。
しかし、お前も大賢者も……オレたちを只のゲームの駒としか考えていなかった……」
「それは少し違うな。
言ったろ? ゲームの駒なのは、この僕も同じ。
ただ――どうせ駒なら、最強がいい。そう思っているだけさ。
チェスだって、ポーンよりもキングの方がいいだろう?」
ミハエルにとって、自分を含めたこの世の一切はゲーム。
であるならトロフィーをコンプリートして、すべてのイベントを消化して、最強の駒として君臨したい。
そう思っているだけなのだ。
ミハエルを利用しようとしていたのはイブリースも同じだが、少なくともイブリースはミハエルに対し、
彼の心を理解しようと努めていた。不倶戴天の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ではあるが、
共感できる部分はあるかもしれない――そう考えていたのだ。
だが、ミハエルはそうではなかった。ミハエルにとってイブリースは、
どこまで行っても単なるゲームの中に出てくるネームドのモンスターでしかなかった。
共感や協調とは、双方の歩み寄りによって発生する。
最初から歩み寄るつもりのない相手とは、相互理解など図れようはずもない。
嗚呼。
また、自分は間違えた。一巡目と同じ轍は踏むまいとあらゆる手を尽くしたつもりだったのに。
手を組むべきでない者の手を取り、力を合わせるべき者の差し伸べた手を跳ね除けてしまった。
だが、もう後戻りはできない。悔いてやり直すには、自分はあまりにも罪を重ねすぎた。
ギリ……とイブリースは奥歯を噛み締める。
「……ミハエル・シュヴァルツァーよ……」
魂の奥底から絞り出すような声音で、イブリースは目の前の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の名を呼ぶ。
「なんだい? イブリース」
「本当に……我が同胞たちを、ニヴルヘイムの者たちを……勝利に導いてくれるのだろうな……?」
「もちろんさ。そりゃ、損害ゼロというのはさすがに難しいだろうけれどね。
僕はスマートにゲームに勝ちたい。僕の率いる軍勢が負けるなんてことは百パーセントないと断言するよ」
ミハエルは頷いた。
その言葉を聞き、イブリースはもう一度深く息を吐くと、ミハエルに対して深々とこうべを垂れた。
「……そうか……。
ならば、ゲームの駒でも構わん……。同胞たちが生きて……生き延びて、未来を……歩んでくれるのなら……。
侵食の脅威から逃れ、新しい世界で幸福を掴んでくれるのなら……。
ミハエル・シュヴァルツァーよ……オレの代わりにオレの、オレの大切な仲間たちを……頼む……」
臓腑すべてを吐き出すような苦しみの下、イブリースはミハエルへ懇願した。
己の誇りも、信念も、何もかも擲った命乞い。
だが――例えゲームの駒として扱われようと何だろうと、滅びるよりはずっとマシだ。
「約束しよう」
にぃぃ、とミハエルは禍々しい笑みを浮かべ、宣言した。
そしてスマートフォンをタップしてインベントリを開き、イブリースの眼前に何かを放る。
それは、十粒の『悪魔の種子(デモンズシード)』。
「……こ……れは……」
「それだけあれば足りるだろ? 全部あげるよ。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は手ごわい。何せ、あのハイバラがいるんだからね。
今の君じゃきっと負けるだろう。でも……『悪魔の種子(デモンズシード)』を使えばまぁ、
相討ちくらいには持ち込めるんじゃないかな?」
『悪魔の種子(デモンズシード)』を与えられる、それはとりもなおさず、
ミハエルにとってイブリースが捨て駒程度の価値しかないということの証明である。
「じゃあ、さよならだイブリース。
君と過ごした時間、短かったけれど結構楽しかったよ。それじゃ――Auf Wiedersehen!」
颯爽と踵を返すと、ミハエルは瞬く間に姿を消した。周囲の四人もそれに従って消失する。
誰もいなくなった大広間で、イブリースは目の前に散らばった悪魔の種子をガリリと床に爪を立てながら掴むと、
ひとり哭いた。
「……すまぬ……。
…………す……まぬ…………!!」
それは売り渡したに等しい同胞たちへのものか、それとも約束を交わしたかつての主君に対してのものか。
あるいは、もう少しで気持ちを通じ合わせることが出来たかもしれない、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の青年に対してのものか――
【イブリース、ジョンを集中攻撃。
怨霊のバフを剥がさない限りイブリース打倒は不可能。
怨霊は目下明神、ベル=ガザーヴァ狙い。
血涙を流すイブリース】
198
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/01(水) 01:57:08
【カザハ】
>「なあエンバース!なゆたちゃん!Gルートの回避とやらのために、俺たちはあと何度こいつを許せば良い。
ジジイのイエスマンに成り下がった、クソみてえな振る舞いから何べん目を背けりゃいいんだ?なあ!
今度は地球の人間が何人も死ぬ。俺の親も弟も!お前らの大事な人間も、みんな!」
>「なあ――ゲームをしようぜ。ジョン。お前の声がアイツに届くのが先か」
>「それとも――俺がアイツをぶっ殺すのが先か」
明神さんやエンバースさんはイブリースに対して怒りを露わにする。地球に侵攻されているのだから、当然だ。
我とカケルは、なゆや明神さんと違って、地球に残っている家族はもういない。
それどころか、元々こちらの世界の存在の我らは、
今となっては地球に最初からいなかったことになっている可能性すらあるのだ。
地球が侵攻されているのに自分でも驚くほど心が反応しないということは――きっとそうなのだろう。
きっと、あの世界にもう帰る場所は無い。
それでも仮に、地球と我々との縁はもう断ち切られてしまっているとしても、イブリースは姉妹とも言うべき存在の仇なのだが。
今となってはイブリースを単純に憎めなかった。
イブリースとは1巡目の記憶を持っているという共通点があり、自分自身もローウェルの手駒という可能性も少なからずある。
上の世界の管理者以外のメモリーホルダーというものは、みんなローウェルの操り人形なのかもしれなくて、
そうだとしたらたまたま自分はイブリースとは違う役が割り当てられているだけなのかもしれない。
ローウェルの匙加減一つ、気まぐれ一つで立場が逆になっていたかもしれないのだ。
大体、前の周回の記憶が残っているというのは、余計なものに雁字搦めになってばかりで、ろくなことがない。
草原を出奔したばかりにそのまま死んでしまい、テュフォンとブリーズに多大な迷惑をかけた。
ありもしない楽園を夢見たばかりに、カケルに辛い思いをさせた。
そんな記憶があるから、自分が何かを望めば誰かが不幸になるような気がして。
本当はずっと受け入れられていたのに、こんな自分は受け入れられるはずはないと勝手に思い悩んだ。
どうせ定められたシナリオには抗えないと諦めて、自分の頭で考えたり心で感じることすらも放棄しようとした。
そうなれば、偉い人が決めたルールとか言う事を忠実に聞く操り人形の出来上がりだ。
そしてローウェルは世界で一番偉い人なのだ。
もちろん、イブリースはカリスマの敵役でニヴルヘイムを率いる完璧な将軍だから、こんな豆腐メンタルのヘタレとは全然訳が違うのだろうけど。
でも――この旅で何度も思い知らされた。見えている面だけが、全てじゃない。
もしかしたらイブリースだって本当はすごく努力して、カリスマで完璧に見せていたのかもしれない。
ここに至るまでに何があったのかは、分からないけれど――
>「『超合体(ハイパー・ユナイト)』――プレイ!!」
>「俺がここでどれだけ叫んだって、正気を手放したイブリースには届きやしないんだろう。
だったらジョンに賭ける。ぶん殴って目を覚まして、あの野郎に現実を直視させる。
ベル=ガザーヴァ。ジョンを援護しに行くぞ。あいつのパンチが頬に届くまで、全部の障害を取り除く」
199
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/01(水) 01:58:35
>「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」
>「……絶対に……『勝つ』!」
明神さんの指令を受けたベル=ガザーヴァが、エンバースさんとなゆが、ジョン君のために道を切り開くべくイブリースに向かっていく。
>「かかってこいよ亡霊共。俺はアルフヘイムの生き残りだ。
ゲームん中でお前らを何匹もぶっ殺してきた正真正銘の仇だ。
俺を殺せたら……本物の勝利をくれてやる」
明神さんはネクロマンサーの力をもって、イブリースのまとう怨霊のバフを引っぺがそうとする。
なんでそこまで全員の戦況が把握できているかというと、一番敵から離れた最後列で歌っているからで。
こんなことを思っている場合ではないのに、胸の奥がざわつく。
後ろで歌ってるよりも、隣で活路を切り開いてくれたり、相手に直接攻撃が通るようにしてくれた方が心強いに決まってる。
みんなが羨ましい――自分と似た姿をしたガザーヴァは特に。
「余計なこと考えてないで集中してくださいッ! フェザープロテクション!」
イブリースが吐き出した炎で、前方広範囲が埋め尽くされる。
ポヨリンさんとアシュトラーセのおかげでここまでは本流は来なかったものの、それでも防ぎきれなかった余波をカケルが防ぐ。
……あれ? これっていわゆる最後列で守られてるポジション!?
いやいやいや、それは可憐な美少女だけに許されるポジションであって!!
(謎の雑念垂れ流さないで!? 呪歌の出力に影響しますよ!)
ちなみに脳内で思っていることを垂れ流しているこの間、端から見ればひたすら真剣に歌っているようにしか見えないだろう。
ぶっちぎりのヘタレのくせに選曲がbraverなんてウケ狙いかと自分でツッコみたくなるが。
案外それなりに形になっていて、こんなヘタレのどこから凛々しい声が出ているのか、自分でもよく分からない。
でも精神連結をしているカケルには雑念も全部筒抜けなわけで、注意された。
そうだ、ただでさえ碌に役に立たないのだからせめて集中しなければ。
>「イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…」
>「僕はそんなの事絶対に認められない…!みんなから受けたこの暖かさと…優しさの全てを賭けても…!君に罪を償わせてみせる…!正しい形で…!」
ジョン君は、イブリースの魔剣を、オデットの力によって再生した右腕で迎え撃っている。
オデットの力で再生したから右腕だけオデット仕様になったということか。
200
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/01(水) 01:59:42
>「イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない」
>「そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから」
我は正直言って、ジョン君がそこまでの罪を背負い続けなければいけないことをしたとは思わない。
だけど――
(キミが贖罪を望むというなら、キミさえ良ければその隣で……。
だってさ、キミのおかげで昨日よりも息がしやすいんだよ。深く吸えるんだよ。
訳の分からない強迫観念に怯えて息を詰まらせてたぼくはもういないんだよ。
この歌、キミに届いてるかな? 少しでも力になれてるといいな――)
>「まずは一発!!」
――入った!
ジョン君のパンチをまともにくらい、玉座に吹っ飛ばされるイブリース。
>「勝てんぜ、お前は」
部長を抱きかかえたジョン君がこっちを見て、目が合った。
嬉しいけど駄目だって! 余所見してる場合じゃないよ!?
>「僕には最高のパートナーがいるからな」
(――――――――!!)
天然か狙っているのかも分からない不意打ちに、鍵盤を弾く手元が狂いかける。
――いや、落ち着け自分、最高のパートナーって部長さんのことだから!
でもさっきめっちゃこっち見たよな!? じゃあ同率一位ってこと……!?
こんなポッと出が部長大先輩と同率一位なんてちょっと評価高すぎるよ……!?
部長大先輩は当然!任せとけ!と言わんばかりに返事している感じだが。
(ジョン君……我はそういうノリに慣れてないのだが!!)
我はなんだかんだ言って、謙遜から来る身内下げが横行し
ツンデレとか以心伝心とか遠回し過ぎてよく分からない愛情表現を美徳とする奥ゆかしき国日本の文化に染まり上がっているわけで。
仲の良い者(主にカケル)とは愛のあるディスり合いをしながらどつき漫才をする文化しか知らない。
どうしよう、どんな顔をしていいのか分からない。だけど、胸の奥にじんわりと熱が灯るような不思議な感覚がする。
どうやら自分は滅茶苦茶嬉しいらしいのだ。基本努力は苦手だけど、何故か頑張れるような気がするのだ。
思わず、いつかこういうノリに慣れてジョン君の半歩斜め後ろで「最高のパートナーですが何か」みたいな自信に満ちた顔をしている自分を一瞬想像して。
不意に、記憶が蘇った。それは1巡目の、今際の際に願ったこと。
今度生まれ変われるとしたら。断ち切る力ではなく、繋ぐ力を――。
打ち負かす力ではなく、癒し元気付ける優しい力を願った。
ほれ叶えてやったぞと悪意に満ちた運営の声が聞こえてきそうで、なにもここまでヘタレにしなくてもいいじゃん!? と文句言いたくもなるけど。
それでも自分で選んだ道なら、胸を張って進もう。
今はまだ自信がなくても、いつかこの道を選んでよかったと思えるように。
201
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/01(水) 02:00:59
【カケル】
煙の中から、あれだけド派手に吹っ飛ばされたにもかかわらずダメージを受けてなさそうなイブリースが姿を現す。
丁度その辺りのタイミングで、カザハが歌を歌い終わり、リピートで二周目に入る。
私はあることに気付いた。
「出力が上がってる……」
味方全員の物理、魔法双方の攻撃力が大幅に強化されているようだ。
魔法には属性に応じた感情が影響するとされ、音を媒介とする魔法である呪歌は基本的に風に属する。
風属性に対応する感情は、何者にも縛られない自由な心や、誰にも止められない憧れだ。
それはきっと、色々な枷に邪魔されてずっと出て来られなくなっていた、カザハが本来持っていた性質。
カザハの言うところによると捕獲されたらしいが、捕獲されたのに今までより自由なんて普通に考えたらおかしいけど。
(ジョン君――あなたがカザハを自由にしてくれたんですね)
会ったばかりのあなたがいとも容易く――というのは
周回やエリアを超えてもずっと一緒にいた私としては全く複雑な心境ではないと言えば嘘になりますけど!
……そういえば部長さんはカザハのことをどう思っているんでしょう。
さっきは特に抵抗するでもなくモフモフされていましたけど……。
可愛い後輩とでも思ってくれていたらいいけど、なんだこのいけ好かない奴と思われてたらどうしよう。
(余計なお世話だっ……! キミも大概雑念が酷いな……!)
――この精神連結するとお互いに雑念が筒抜けになるシステム、どうにかなりませんかね!?
でもとりあえず連結しとかないとレクステンペストの力をフルに使えないからやらないわけにはいかないわけで。
雑念を振り払い、引き続き歌っているカザハを護衛しつつ戦況を見守る。
バフを受けたエンバースさんやなゆたちゃんが果敢に攻撃を繰り出すも、イブリースはまるで取り合わない。
二人とも並大抵の実力ではないというのに。
【カザハ】
>「みんな、ジョンさんを援護や!
いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!」
イシュタルの力で、案山子が無数に現れる。
この案山子は誰かが致死量のダメージを受けた場合、自動で身代わりになってくれるらしい。
それ自体圧倒的な耐久力を持つらしいが、イブリースの攻撃の前には、容易くへし折られる。
>「こらあかん! なんぼも持たへんで!」
>「好き勝手はさせぬ!」
>「エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!」
>「真! ポヨリン砲弾ッ!!」
エカテリーナがイブリースを魔法で拘束し、ポヨリンさんとフラウの合体技が炸裂する。
一瞬効いたかと思われたが、すぐに弾き飛ばしてしまい、鎖による拘束まで解かれてしまった。
202
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/01(水) 02:02:26
>「ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?」
>「なんてこと、これも効き目がないなんて……!」
>「―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」
イブリースの巨拳がジョン君の胴体に炸裂し、案山子の一つが爆散する。
致死量のダメージを肩代わりしたということだろう。
案山子が残っている間はいいようなものの……。
暴風のような連撃に、案山子が次々と破裂していく。
気付けばジョン君は壁にめり込み、案山子の最後の一体が破裂していた。
我は叫びたいのをなんとか耐えて、歌い続ける。自分にはこれしか出来ないのだから。
>「……死ね……!!!」
イブリースが、闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)の零距離射撃を叩き込む
……って。
今までの攻撃でも一発一発で案山子が破壊されていたということは致死のダメージだったということなのに。
当然それを超えるであろう締めの一撃をまともに食らったら……。
Braverの2巡目を歌い終わる。これじゃあ駄目だ。何か、防御か回復か、他の歌に切り替えないと……。
>「何しとるんや『禁書』の、はよ回復や!」
>「やってる! これが精一杯よ!」
高位術師の回復魔法すら、焼石に水の様子。
「なゆ! あの銀髪モードは!? 悠久済度(エターナル・サルベーション)なら……!」
思わず叫ぶも、言ってから気付く。言われて使うぐらいなら、最初から使っているだろう。
きっと使えないか使わないなりの理由があるのだろう。
それに、なゆは体は普通の人間の少女なのだ。
あんな管理者の力の一端を使って、副作用のようなものが絶対無いとも言い切れない。
そもそも最初は、彼女が死の淵に瀕したときに無我夢中で発動させたものなのだ。
なゆが自らの意思で使っていないにしても、仮にやっぱり使おうと思ったところでパッと発動できるものかどうかも分からない。
「ちょっとジョン君……冗談きついよ……」
眩暈がして全身の力が抜けて地面にへたりこむ。結局またこうなるの……?
神様仏様……ってその類は結局、幼女だか爺さんだか分からないアイツだから駄目だ。
マホたんロイ君テュフォンブリーズ助けてよ。
前線では、なゆ達が必死にイブリースを抑えている。
へたっている場合ではないのに、体が言う事を聞かない。全身が震えて、変な汗が止まらない。
いや、立てたとしても、殆ど何も出来ないのだから同じことか。
前線には当然出れないし、高位術士の魔法より回復できる呪歌なんて存在するはずもない。
嫌でも自分の手の甲が視界に入る。出発前は左手、さっきは右手だ。
妙に絵になる感じでさらっとやってくれたけど、こっちの感情がどんだけ大変なことになってるのか分かってるのだろうか。
おかげでもう全部捕まえられてしまった。
望まぬ宿命を背負った風精王としての部分も、単なるどうしようもない駄目人間の部分も、全部。
それなのに……どんだけ振り回すつもりだ。散々格好つけといてありゃ無いよ。
203
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/01(水) 02:05:14
「死なせてたまるか……死なせてたまるか!! 守るって言ったもの!」
不意に、目の前に経口摂取のポーションが差し出される。
カケルが屈んで目線を合わせ、全く取り乱すでもなく何故か確信に満ちた表情でこちらを見ている。
どんだけメンタル強者やねんこいつ。
「私、知ってますよ。あなたはパートナーを絶対死なせない。そうじゃなきゃ私、今ここにいませんから。
それを飲んで、立って」
HPは大して減ってないんだけど……と思いながらも受け取って飲む。
妙に甘いと思ったらこれめっちゃ高カロリーなタイプのやつじゃん。
そういえば、歌に魔力を込める呪歌は通常の歌とは比較にならないほどのカロリーを消費するらしい。
通常は、一度かかったら暫く効果が持続するためずっと歌っておく必要はなく、普通の魔法と同じような使い方でいいのだが、
今回はバフ無効化対策のために連続で歌い続け、加えてここはニヴルヘイムで、
普段とは違って空気中から風の元素を取り込むことも出来ない。
要するに極度の空腹で力が入らなくなっていただけらしい。
気が付けば、汗が引いて震えも止まっている。大丈夫、立ち上がれる。
「パートナーを絶対死なせない? 違うなカケル」
そう言って我は、笑ってみせた。風属性の魔法は、怒っても泣いても、強くならないから。
辛くても泣きたくても笑うなんていつもやっていたことだ。
こんな時でも笑えるなんて、やっぱり我の心はどこか壊れているのかもしれないけど。今はそれでいい。
「なゆもエンバースさんも明神さんもガザーヴァも……ジョン君も。死なせない。
もう誰も死なせない。みんながぼくを守ってくれたみたいに、今度はぼくがみんなを守るんだ……!」
>……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を
出発前に、なゆが言ってくれた言葉を思い出す。
自分でもまさかこんなに早く作ることになるとは思わなかったけど、まずは記念すべき一曲目だ。
強い回復系の呪歌が無いから何だ。
コスプレイヤーは服が売ってなければ自分で作るし
漫画家や小説化が「自分が読みたいものが世の中に無かったので自分で書きました」というのはよく聞く。
オタクという人種は欲しいものが無ければ自分で作るのだ。
そして、即席で考案した技が技として成立していることを鑑みると、呪歌の即興生成も理論上可能。
幸い呪歌を生成するのに物質的な材料は特に必要なく、材料ならこの胸の中にたくさんある。
204
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/01(水) 02:07:02
自分には感情が欠落していると思ったこともあったけど。
本当はきっと逆で、いろいろたくさんありすぎて、自分でも訳が分からなくなってしまうのだ。
といっても曲調や歌詞と効果との相関は厳密には分からないのだが、明るい希望に全振りしておけば大きく外すことはないだろう。
そうなると必然的に、歌詞の内容は、訳の分からない枷を外してくれたジョン君への感謝とか
特別な感情を知れたことの喜びとかが入らざるを得ないわけで。
そしてさっき一瞬想像してしまった、未来への希望。
自分の左手にどう足掻いたって普通にはなれない刻印が刻まれているのは、あの右手を取るためのような気がして。
……我はきっと地球では生きられない存在で。あっちは多分地球に帰らなきゃいけなくて。
現実的に考えたら無理かもしれないけど。夢見るのは自由だ。
溢れだした感情が形を成し、旋律を形作る。
「出来た……」
普段だったらこんなのとても使用不可能だが、今はみんなの命がかかっているのに恥ずかしいとか言っている場合ではない。
そもそも今は全員、歌詞の内容まで聞いている場合ではない状況なので何も問題は無い。
【カケル】
「え、出来たって……」
カザハはなんと、即興で呪歌を作り上げたらしい。
ところで呪歌というのは一般的な魔法よりもだいぶんふわっとしているらしく、
例えば同じフレーズを歌っても歌う人によって効果が違ったり等があるらしい。
それでも一般レベルの呪歌はある程度体系化がされていて、習得可能な技術として確立している。
が、高位の呪歌は再現性が低く、作った本人しか再現できないということもよくあるらしい。
「何を驚いているんだ、君が煽ったんだろう」
自分で煽っておいて何ですが、勢いで言ったものの具体的にどうするとかは考えてなかったもので……。
そんな一瞬で出来るわけないでしょう、と言いそうになったが、精神連結をしている以上、確かに出来ていることを認めざるを得ない。
大丈夫!? それこそローウェルの仕込みちゃうん!? と疑いたくもなるが。
歌詞からしてそこは大丈夫そうなんですよね……。
どう見てもイロモノ枠のカザハがこんなことになるなんて流石のローウェルも予測していなかったでしょうから。
想定している効果は、歌が続いている間の生命力精神力継続強回復、ステータス異常やデバフの解除・無効化。
つまり継続強回復のフルコースといったところだ。
即興ぶっつけ本番で、想定している効果がどこまで再現できるのかは全く分からないのだが、
いけるところまでいくっきゃない。
205
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/01(水) 02:09:17
>「みんな、見て!」
前線からなゆたちゃんの声が聞こえる。戦況に変化があったようだ。
>「……イブリースが……泣いてる……」
「そっか。ジョン君の声、届いてたんだ……! 大丈夫、いけるよ……!
カケル、手伝ってくれる? サイドボーカルお願い」
そう言ってカザハは私にギターを差し出す。ラスサビでパート分岐ですね分かります。
さっきまでカザハを護衛していた私がギター/サイドボーカルを務めるということは、
瘴気が吹き荒れる中歌うことになるが、承知の上だろう。
カザハは斜め掛けにしていたショルダーキーボードを、地面と平行に調整する。
一般的な片手弾きではなく、両手弾きの構え。カザハは前奏をひきはじめた。
「見てるんだろローウェル……。ぼくはお前の操り人形じゃない……!
題名は――そうだな……”憧れを追う風”!!」
この場合の風とは、人に似た姿と心を与えられた風であるカザハ自身なのだろう。
そしてカザハが追う憧れとは、幼き日に夢見た勇者。
それはなゆたちゃんやエンバースさんであり、明神さんやガザーヴァであり、そして――
『憧れを追う風』
ttps://dl.dropbox.com/s/6l20ny0hceuq0aq/%E6%86%A7%E3%82%8C%E3%82%92%E8%BF%BD%E3%81%86%E9%A2%A8.mp3
Vo. カザハ(CV:VY2)
Cho. カケル(CV:MEIKO)
何も考えず飛べてたあの頃
こわいものは無かった
だけど何かが足りないような気がして
時々涙こぼれたんだ
夢見た楽園で 傷だらけになって 綺麗な魂失った
代わりに得たものが たくさんあることに
ずっと気付けなかったけれど
この気持ち知るためなら 全てに意味はあった
星々のきらめきに憧れて 手を伸ばした日々よ
たとえそれが虚構でも 憧れは今 確かにここに
逃れえぬ宿命刻まれたぼくの左手で取るのは
呪われし祝福受けたキミの右手
争いが絶えぬ世で 手を繋ぐことの奇跡
いつだって 忘れない 誓い合った 約束を
(何も考えず飛べた羽を捨て 自分で選んだ道 踏みしめ歩む
たとえそれが 険しい道だとしても あなたは行くのでしょう)
いつの日か 世界中の 悲しみが 癒える日まで
歌声を 風に乗せ どこまでも 届けるよ
(強き刃失い得たものは 優しい音紡ぐ声
今はまだ小さな光だとしても いつか新たな羽になるだろう)
いつまでも キミの隣で
(いつかまた 飛べるだろう)
206
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/03/06(月) 11:54:08
>「さあ、お前の利き腕を睨んでいるぞ。嫌な記憶が蘇るんじゃないか?
パリィ、パリィ、パリィだ。お前のご自慢の馬鹿力でお前を痛めつけてやるぞ。
剣を弾くだけで済むと思うなよ。腕の一本や二本、ぶっ飛ばされたって文句は言えないぞ」
>「勝てんぜ、お前は」
>「僕には最高のパートナーがいるからな」
エンバースとジョン、俺達ブレイブの最高峰の前衛が入れ替わり立ち替わりイブリースへ吶喊する。
剛腕が振るう巨剣をいなし、弾き、体勢を崩して痛打を叩き込む。
合わせるのはフラウとポヨリンさんだ。ピンボールのように弾き出されたスライムの弾丸が、兇魔皇帝の装甲に亀裂を入れた。
俺はその一部始終を目端に入れながら、迫り来る怨霊達を片っ端から迎撃している。
>「そう、マスターを殺せりゃテメーらの勝ちだ!
でもなァ……そう簡単にうまく行くなんて思うなよ! なぜなら――
マスターの命は! この最強モンスター、ベル=ガザーヴァさまが護ってンだからなァ!」
冬場の蛇口みてえなチョロチョロした俺の『闇の波動』を追い越して、
ベル=ガザーヴァの『闇撃驟雨』が波濤の如く怨霊共を押し流す。
火勢は互角。それでも力の激突点は、少しずつ俺達の方へと後退していた。
単純な物量――無尽蔵に湧き出る怨霊の波が、ジリジリと版図を広げている。
>「――来い、『聖蝿騎兵(フライリッター)』!!」
>「まだまだ行くぞォ!
蒸発しろ! 『獄嵐極熱焦(インフェルノ・スチーム)』!!」
ガザーヴァの呼び出した蝿頭の騎兵たちが渦中に飛び込んで前線を撹拌し、
怨霊の戦列が乱れたところへ地獄の蒸気が全てを蒸し上げる。
怨嗟の声を上げながら消し飛んでいく怨霊の向こうから、新たな怨霊が間を置かずに飛び込んできた。
「冷た――」
マグマもかくやの蒸気が高温の風を吹かせているのに、寒気が身体を貫いた。
気付けば、指先が氷のように冷えていた。途端に震えが来て、合わなくなった歯の根がカチカチ音を立てる。
死者の気に当てられて俺自身の肉体が異常を来し始めている。
体温の急激な低下は、自律神経がイカれちまったことの証拠だ。
このまま膠着が続けば遠からず俺は死ぬ。
現実味のある実感が、恐怖となって心を蝕み始めた。
>「よせ、よせ、やめろ。粋がるな。俺をこれ以上イラつかせるな……俺は今、お前に心底うんざりしてるんだ――」
エンバースがイブリースに吐き捨てた言葉が、かまどに焚べる薪のように、俺の中で燃え上がった。
ああ、うんざりだ。ニヴルヘイムがキングヒルを滅ぼしてからずっと、失意と失望が腹の中を渦巻いている。
テュフォンとブリーズ。
カザハ君にとって掛け替えのない二人の姉妹を犠牲にして、グランダイトとの同盟を勝ち取った。
だが20万からなるその軍勢は、ローウェルが一瞬のうちに侵食で掻き消してしまった。
エーデールグーテで死闘の果てに味方につけたオデットやプネウマ聖教の僧兵たちも、
その戦力が意味を為す前にニヴルヘイムから魔族が撤退した。
殺された人々の無念から目を背けてまでイブリースを救おうと決心した。
その結果がこれだ。奴はローウェルが目の前にぶら下げた安直な餌に飛びつき、
地球に侵攻した挙げ句……責務を放棄して化け物に成り下がった。
207
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/03/06(月) 11:54:51
茶番だ。
命がけで戦ってきた道程が茶番と化していく。
なにもかもが後手で、ローウェルにいいように翻弄されるばかりだ。
垣間見えた希望に向かって進めば進むほど、都合よく先回りしたローウェルにハシゴを外される。
初めから全部あのジジイの手のひらの上で、希望は何もかもが偽りで、
確定したバッドエンドに向かって転がり続けるだけの道化でしかなかったのか?
誰かが犠牲になろうが、命を賭けて抗おうが、意味なんかないんじゃないか?
>「明神」
絶望に爪先から頭まで呑み込まれようとしたその時、ガザーヴァの声が空から降ってきた。
雲間から差し込む陽の光のように俺を照らす。
>「……あいつらは救われたがってる。安息を求めてる。誰だって恨みのために戦いたくなんてねーんだ。
イブリースに取り憑いたあいつらがボクたちに攻撃してくるのは、“それしか知らないから”だ。
あいつらもバカのイブリースと同じように、ボクたちを殺しゃ救われるってクソジジーに吹き込まれたんだろうよ。
んなら……後は簡単だよな?」
耳朶を打ったその言葉に、感慨とは別の、ひとつの気付きがあった。
ああ、そうか。俺も同じなんだ。
イブリースを殺すことで、少しでも溜飲を下そうと思ってた。
あのクソ野郎を血祭りに上げてニヴルヘイムを滅ぼせば、犠牲になった連中への手向けになると。
……茶番になっちまった旅路に多少なりとも意味が生まれると、そう考えていた。
『殺せば救われる』。
『それしか知らないから』。
ローウェルに吹き込まれるまでもなく、俺はそんな視野狭窄に陥っていた。
違うだろうが。俺は始原の草原でイブリースと対峙した時、何て言った?
『三世界全部救う』――その信念まで嘘にするつもりかよ。
拳を握る。開いてもう一度握る。
血の気が失せて力が入らないなら、何度もグッパして血を回せ。少しでも熱を灯せ。
隣に居るガザーヴァのことを想う。
怨霊が叫ぶ怨嗟の中に救いへの渇望を見出したのは、こいつがこいつだからだ。
自分自身を見失って、カザハ君を乗っ取ることでしかバロールに報いる手段がないと暴走して。
だけど取り戻した身体で、憎かった姉に手を差し伸べることのできた、こいつだから。
ガザーヴァが見てる。
だったらこれ以上、カッコ悪いところ見せらんねえよな。
三世界を救う。ニヴルヘイムも救う。
その中には当然、この怨霊共も入ってる。
208
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/03/06(月) 11:57:10
>「見てるんだろローウェル……。ぼくはお前の操り人形じゃない……!
題名は――そうだな……”憧れを追う風”!!」
遠くで、カザハ君の歌声が聞こえた。
あいつは戦いが始まってからずっと呪歌を奏でていたはずだ。
それが届かなかったのは、俺自身が耳を塞いでいたから。
狭窄した視野が開けた今、ようやくあいつのバフを全身で受けられる。
「ヤマシタ!怨身換装(ネクロコンバート)――モード:『歌姫』」
サモンしたヤマシタは、革マイクの代わりにギターに似た革製の楽器を抱えている。
弦代わりに張った革紐は四本。こいつは今から歌姫じゃない。アナザータイプの名は――
「ボーカルにキーボードにギターと来れば……リズム隊が要るよな」
『ベーシスト』。
カザハ君が奏でるのはブレモンの主題歌でもアニメのOPでもない、完全オリジナル曲だ。
主旋律は未知のものだが、テンポさえ掴めりゃベースは合わせられる。
ユメミマホロの音楽感性を再現したヤマシタなら、即興でリズムを刻める。
ベースから放たれる低音が、『憧れを追う風』の旋律を補強し、増幅させる。
大気を震わせる響きを背に受けて、俺は迫りくる怨霊の群れに向かい合った。
手を伸ばす。手近な怨霊の胸ぐらと思しき位置を掴む。
魂を震わせるような寒気が腕を這い登ってくるが、
全力のバフを受けた今なら、手を離さずにいられる。
「ミズガルズは!お前らの安住の地にはなり得ない。絶対に。
例え現地の戦力を皆殺しにできたとしても、ニヴルヘイムの連中が暮らせる土地じゃない」
死んでなお靴裏のガムみてえに現世にへばり付いてる亡者共が、生者様を舐めんじゃねえぞ。
想いが原動力になんのはお前らだけじゃねえんだ。
「あの世界は、人間が人間のために開発し尽くした場所だ。
地表の資源はあらかた取り尽くしちまって、暮らしやすい土地は人間専用の建物で覆われてる。
魔力もなけりゃ瘴気もない。魔族が生きてくために必要な物資も場所も残っちゃいねえんだよ」
地球の住民を全部ぶっ殺して星を乗っ取ったとしても、主にサイズの関係でインフラはそのまま使えない。
魔族は……身体がでかい。角も翼も生えてる。
地下鉄にも車にも乗れない。家にもビルにも入れない。食料だって缶詰一つ開けられやしないだろう。
まともに生活が成り立つとすりゃ人類の領域外になるだろうが、
人類の住めない領域はつまり砂漠だの山岳だの永久凍土だの、死ぬほど過酷な環境だ。
真ちゃんの白昼夢よろしく街をペシャンコに轢き潰せばスペース自体は確保できるだろうが、
結局は瓦礫の中で路上生活決め込むハメになる。
209
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/03/06(月) 11:57:56
一巡目でアルフヘイムによるミズガルズ侵攻が成立したのは……
アルフヘイムの住人がミズガルズと似たような肉体構造をしていたのが大きい。
「その辺ぜんぶローウェルが面倒見てくれると思うか?
そもそもニヴルヘイムを侵食で滅ぼしたのはあいつじゃねえか。
魔族を救うつもりが本当にローウェルにあるなら、新天地とか言ってねえでニヴルヘイムを残せば良かった。
はじめっから破綻してんだよ、ミズガルズへの移住計画なんてもんは」
――>「次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ」
エンバースの指摘は多分、正解だ。
ローウェルはミズガルズを魔族の居住地にするつもりなんかない。
ニヴルヘイムに与えられた役割は、依然として『攻め込んできた敵』だ。
「お前らの生きられる場所は、ニヴルヘイム以外にない。
魔族が助かるには、『この世界』を救うしかねえんだよ」
ミズガルズを舞台にした最終戦争は、魔族にとっても滅亡のトリガーになる。
戦争を止めるにはニヴルヘイムの軍勢を地球から撤退させなければならない。
それが出来るのは……絶対強者として君臨していたイブリースただ一人だ。
「アルフヘイムを滅ぼした後も、お前らがこの世に残り続けてるのは。
『恨み』のためなんかじゃねえんだろ。ホントの理由は――イブリース。あいつだ。
お前らはアルフヘイムを滅ぼす為に居るんじゃない。イブリースを、助けるために居るんだ」
怨霊達の視線は、死して尚残るほど恨みを抱えてるはずのアルフヘイムには向いてなかった。
常に傍に侍り、奴らが囁きを通して命を救わんとしていたのは、イブリースだ。
そして今、同胞の声すら耳に届かなくなった親玉を守るために、身を挺して障壁と化している。
たとえ亡者であっても、消し飛ばされる苦痛はあるはずだ。
それでもこいつらは、イブリースの盾となるために傍らに在り続けた。
「ニヴルヘイムを救えるのは、お前らと、お前らが守り続けてきたイブリースだけだ。
囁きが届かねえなら、俺がぶん殴ってでも耳をこじ開けてやる。
腹から声出せ亡者共!BGMに負けてるようじゃ、抱えてきた想いも伝わんねえぞ!」
冷え切った手を、もう一度開く。
胸ぐらじゃなく、怨霊達の手を取るために。
「用法用量守らずに『悪魔の種子』のオーバードーズでパキってるあの馬鹿を止めに行く。
傍で見てるだけで満足か?同胞ガン無視で暴走しやがったクソボケ将軍に一発くれてやりてえなら――
イブリースを助けて、世界を救いてえなら!俺に手を貸せ!!」
【カザハ君のオリジナル曲にベースで参加。怨霊の説得工作】
210
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/03/14(火) 06:20:03
【ワン・チャンス(Ⅰ)】
戦闘において「相手が死んでも構わない」かどうかは非常に重要だ。
これは単なる精神論、心構えの話ではない――選択肢の多寡の話だ。
つまり――対象の生死を問わなければ、取り得る戦術は当然増える。
膨大なエネルギー波で敵を長時間に渡って炙るのではなく、首を切り裂く。
オデットのような不死者が相手でなければ、後者の方がずっと楽に敵を制圧出来る。
手足や感覚器に不可逆な傷を負わせるように動けば、対手が警戒すべき選択肢はずっと多くなる。
それに、エンバースは元々「そういうやり方」の方が得意だ――得意にならざるを得なかった。
『……エンバース。あなたの気持ちは分かってるつもりだけど、それでも『ぶっ殺す』っていう言葉は苦手だわ』
「……あん?あー……ああ、確かに……」
だから、なゆたの指摘に対して最初に抱いたのは違和感だった。
普通で、健全で、善良な――自分が一巡目に棄ててきたものに満ちた言葉。
正直なところ――エンバースには、そうした物の考え方に深く共感する事は難しい。
一巡目の中、命を落とすまでの過程で焼き付いた思考回路は――文字通りの人生観だ。
善良さは足枷になる――なんて言葉にする必要すらない常識として根付いているのだ。
だが――それでも、自分が棄てざるを得なかったそれらを守るべき尊いものと思う事は出来る。
「……悪いな。こう見えて、意外と熱くなりやすいタチなんだ」
苛立ちが語気を強めていた事は事実――クールダウンついでに焼死体ジョークを一つ。
『甘っちょろい考えだっていうのは自覚してる。殺す気でかからなきゃ、こっちがやられるってことも。
けど、やっぱり『殺す』は言いたくないから――』
『……絶対に……『勝つ』!』
「オーライ、それで行こう――絶対に、勝つ……何をしてでもだ」
右手で再びダインスレイヴを抜く/左手はムラサマを保持したまま。
神速の居合によるパリィはちらつかせたままでも、無質量の刃は神速を保てる。
剣閃=眼球へ/剣閃=首筋へ/剣閃=脇の下へ/剣閃=大腿へ――執拗かつ精密な急所への攻撃。
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」
「どうした?恨めしげに俺達を呼んだってどうにもならないぞ。かかってこいよ」
しかしイブリースは動じない――あくまでもエンバースへの対処は最小限に留めている。
業魔の剣と瘴気を用いて弾き/逸らし/躱し――ジョンへの警戒を絶やさない。
とは言え、そうした動きは勿論厄介ではあるが――想定内でもあった。
結局、イブリースはいつかはジョンへと攻撃を仕掛ける。
エンバースの身のこなしならば、そこに割り込む形でパリィを狙える。
それもただ武器を弾くだけでなく――肘や手首、魔剣を握る指を切断する為のパリィを。
そして――イブリースがエンバースに左手をかざす。
「そう、それでいいんだ。こっちを見ろ」
211
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/03/14(火) 06:21:08
【ワン・チャンス(Ⅱ)】
溢れる漆黒の闇属性魔力の奔流/エンバースは一瞬立ち止まり――深く潜り込むように踏み込む。
あえて一呼吸回避を遅らせる事で、ダークネス・ストリームそのものを隠れ蓑にした。
すぐ隣を迸る暗黒の波動にダインスレイヴを押し付け/削ぎ落としながら前へ。
「バカ、ちゃんと見とけよ。ほらこっちだ――」
赤黒く燃え盛る魔剣を振り上げ――瞬間、エンバースは微かな異変に気づいた。
己の器である遺灰の動作応答に、ほんの僅かにだが違和感があった。
死霊術で干渉されている――否、原因はもっと単純だった。
己の頭上に闇の魔力による雷が集いつつある――それに遺灰が引き寄せられているのだ。
「ちぃ……!」
咄嗟に飛び退く/直後に雷鳴――更に雷鳴/雷鳴/雷鳴――雷が追ってくる。
「なるほど。数的優位を覆し得る、良いスキルだ。だがな……フラウッ!」
威勢よく叫ぶ/立ち止まる/ダインスレイヴを高く掲げる――雷鳴、そして直撃。
「ぐあぁあああ――――――ッ!」
闇の魔力が織り成す稲妻=不死者の魂を灼き尽くすには十分過ぎる威力。
だがエンバースは倒れない――遺灰が形を失って、崩れ落ちる事もない。
「……まだまだ俺達への理解が浅いな。こんなモンはな……死ななきゃ安いのさ」
どうせこの戦いは総力戦――こちらには超一流のヒーラー/バッファーがいるのだ。
フラウに触腕を繋がせる事で雷のダメージを分散すれば――ただ、恐ろしく痛いだけで済む。
一巡目の頃から苦痛には慣れている――冗談を飛ばして、痛みなどまるで無いように振る舞う事にも。
次の攻勢に出るべくスマホ画面を確認――そして、小さく舌打ち。
〈あの?ダメージの半分を受け持った私に何か言う事は?〉
「……ああ、勿論あるぜ。全員聞け!黒い雷は食らうとATBゲージにもダメージがあるぞ!
いつもの初見殺しのクソギミックだ!狙われたなら俺達を探せ!代わりに受けてやる!」
〈……はあ。分かりました。何か武器を。次は雷を床に逃がすようにしましょう〉
エンバースがスマホをタップ――細身の短剣=魂乞いコーリングウォーをフラウへ装備。
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……!!」
イブリースが吼える――周囲に紅蓮の炎が広がる。
『ポヨリン! 『水護幕(ハイドロスクリーン)』!』
『ぽよよっ!』
「よう、手を貸すぜ。文字通りにな」
エンバースがなゆたの元へ――水の防壁に燃え盛る右手を突っ込む。
「ポヨリンさん、共同作業だ。ただ守りを固めるより……こっちもやり返してやろう」
水護幕が急激に泡立つ=エンバースの炎による現象――直後に炸裂。
水蒸気の爆風が業火を殴り返す――だが、それでもまだ威力が足りていない。
蒸気の攻性防壁が押し負ける――紅蓮の炎から、なゆたを庇うべく傍に引き寄せた。
212
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/03/14(火) 06:22:47
【ワン・チャンス(Ⅲ)】
『みんな、大丈夫!? ダメージを負った人は申告して! すぐに癒します……!』
『スペルカードは出し惜しみしないで、どんどん使って頂戴!
『多算勝(コマンド・リピート)』で再度使用可能に出来るから!』
「……死ななきゃ安いとは言ったものの、こうも防戦一方なのは……ちょっとマズイな」
後衛陣の援護も無限に続く訳ではない――魔力/気力/体力には限界がある。
今のところ一方的に消耗させられるばかりで、有効打を与えられていない。
『戦えば戦うほど、規格外のバケモノじゃな!
ニヴルヘイムの首魁という二つ名は伊達ではない、ということか……!』
『オレが……バケモノ……?
違う……オレは……悪魔だ――――!!」
「ほざけ。バケモノだろうと悪魔だろうと関係ない。俺は……ハイバラだぞ」
ダインスレイヴを高く掲げる/戦場に散った魔力を吸収――戦闘が長引くほど魔力刃はより長大に、強大になる。
どこかで分岐点が見つけられる筈なのだ――イブリースの生存能力を、己の攻撃力が上回る瞬間が。
時間さえかければ自分は必ずイブリースを殺せるし、殺す――エンバースは決意していた。
そんな決着の仕方は本意ではない――だが、このスタンスを貫く事がジョンへの最大の援護になると。
『イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…
誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…』
ジョンが業魔の剣を右腕で受ける――先日返ってきたばかりの心臓がまた飛び出すかと思ったが、ジョンは無事だった。
右腕は肉が裂け骨が飛び出すも切断にまでは至らず――その負傷さえ瞬く間に自己再生していく。
一体どっちがアンデッドだ――エンバースは思わず、乾いた笑いを零した。
『イブリース…お前と僕は人殺しの罪人だ…決して許されちゃいけない…
だからと言って悪意を振りまき続けていいわけじゃない…
僕達は石を投げられようと偽善者と罵られても善行を積んで…奪った人の分まで世界に貢献しなくちゃならない』
「……耳が痛いな」
一巡目、エンバースは――ハイバラは人を殺した。何度も、何人も、数え切れないほど。
だが、今ではもう――その時何を感じて、どう悩んでいたのかすら思い出せない。
覚えているのはただ一つ、自分に仕方ないんだと言い聞かせてきた事だけ。
そして――今更、そんな事を思い出そうとするつもりもなかった。
無駄だからだ――今でも、同じようにしか思えないからだ。
つまり――仕方なかった、やらなきゃやられてたと。
ずっと自分にそう言い聞かせていた――だから、それはエンバースにとってはもう真実なのだ。
『そうすれば…少なくとも最後は…笑って死ねるかもしれないから』
だから同じように、ジョンにとってもそれは真実なのだろう。それは、自分の真実とは違う形をしているが――
「……いいな、それ。きっとそうなるよ」
自分のそれよりも眩しく見えて――少し、羨ましかった。
『まずは一発!!』
ジョンの右拳が唸る――イブリースの左頬を打ち付ける/落雷を思わせるほどの打撃音。
ジョンの倍以上はある巨躯が軽々と吹っ飛ぶ――玉座に激突/激しい土煙が舞う。
エンバースの口元にも思わず笑みが零れるくらいの――会心の一撃。
213
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/03/14(火) 06:23:02
【ワン・チャンス(Ⅳ)】
『勝てんぜ、お前は』
『僕には最高のパートナーがいるからな』
「……あ、ああ、びっくりした。そうだよな、部長の話だよな。何を急に惚気け出すのかと思ったけど」
土煙の奥で巨大なシルエットが動く――立ち上がり/まっすぐこちらへ向かってくる/その足取りからはまるでダメージが感じられない。
「……ふん。ノーダメってか。それがどうした。ギミックはとっくに割れてるんだぞ」
『マホたん、力を貸して――』
戦場にカザハの歌声が響く――正直、怨霊どもによる準無敵級のバフ相手にATK強化が機能するのかは怪しい。
が、それは黙っておく/言うだけ野暮だ――この状況での聞き慣れたBGMは、戦意高揚には十二分に機能する。
『――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ!!!』
イブリースがジョンへ襲いかかる――エンバース/フラウ/ポヨリンによる妨害などお構いなしだ。
たちが悪い事に、その暴走めいた集中攻撃は――戦術的に見てもこの上なく正解だった。
己の生存能力が敵の火力を上回るなら――被弾を無視してまず一人、殺せば良い。
古式ゆかしいRPGの基本戦術――ちょっと固い雑魚の群れは、単体攻撃で一匹ずつ間引いていく。
「みのりさん!ヤツの狙いは――」
『みんな、ジョンさんを援護や!
いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!』
「……見えてるか。流石、頼りになるよ。よし、フラウ……俺達ももっとハードに行くぞ」
豊穣大祭の加護はパーティメンバー全員に働く=より深く死線に踏み込める。
ダインスレイヴの刃を小剣並みに圧縮――威力をより高め、前へ。
急所のみに狙いを定めた剣閃が五月雨の如く駆け巡る。
『ッガアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!』
「クソ、この……!バカみたいに暴れやがって……!」
だがイブリースの連撃は荒れ狂う暴風のように激しく、絶え間ない――それが急所への的確な一撃を阻んでいる。
『こらあかん! なんぼも持たへんで!』
『好き勝手はさせぬ!』
エカテリーナが呪印を結ぶ――宙空の二対の魔法陣が出現/そこから生じた鎖がイブリースの四肢を束縛。
「やるなカテ公……!久々にお前の活躍が見れて嬉しいよ」
『エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!』
「ああ、任せろ――!」
エンバースが魔剣をフラウへ/更に右手を差し伸べる――触腕を掴むと、相棒から大きく距離を取る。
フラウは右手を大きく伸ばし、魔剣を床に固定/左手は主人がしかと掴んだ状態。
つまり巨大なスリングショットと化して――それから溜息を一つ。
〈やりたい事は分かりますけど……これ、私だけなんか損な役回りですよね?〉
「馬鹿言え、お前が要だ」
〈いやまあ、そりゃそうでしょうけ……ども!〉
214
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/03/14(火) 06:24:44
【ワン・チャンス(Ⅴ)】
フラウの声が最後くぐもる=ポヨリンによる全力の体当たりを、あえて真芯で受けた際の必要経費。
『真! ポヨリン砲弾ッ!!』
瞬く青の閃光/響く大砲さながらの炸裂音――だが、それは発射音ではなく着弾音だ。
イブリースの表情に僅かに苦痛が滲む/甲冑の胸当てに亀裂が生じる。
瞬間――エンバースの双眸が一際強く燃え上がった。
『オオォ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!』
イブリースの咆哮/瘴気の炸裂――魔力の鎖が砕け散り、ポヨリンをも跳ね除ける。
『ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?』
『なんてこと、これも効き目がないなんて……!』
「……いや。違う。効果はあった。足りなかっただけだ……そして、これではっきりした。
絶大な威力を誇る一撃さえ用意出来れば、ヤツのギミックはすっ飛ばせる。
つまり……怨霊のバフを剥がさなくたってダメージは通る」
そして、そんな一撃を用意する術がエンバースにはある――ダインスレイヴが。
やはり殺せる――それに、見つけたのはダメージの通し方だけではない。
卓越したゲームセンスはこのコンテンツのデザインをも垣間見た。
EXレイド級『兇魔皇帝イブリース・シン』は、イブリース戦には無かったギミックが複数追加されている。
メテオフォールは整然と回避しなければ仲間に自分を狙った隕石をぶつけてしまうだろうし、
黒雷はゲージ依存度の低いプレイヤーが率先して受けに行く必要がある。
紅蓮の炎は迅速なダメージ軽減/回復の腕の見せ所。
ゲームにはデザインがある――こういう攻略をして欲しいと、プレイヤーを誘導する為の仕組みが。
ならば、ならば――甲冑に生じた僅かな亀裂は、どういう攻略を望んでいるのか――答えは明白だ。
『―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!』
イブリースが絶叫/業魔の剣を打ち捨てる――ジョンへと襲いかかる。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!』
怨霊と瘴気が空間を爛れさせる――ぐずぐずに崩れた空間がジョンから俊敏性を削ぎ落とす。
動きの落ちたジョンの胴体に、イブリースの右拳が深く突き刺さる――豊穣大祭の案山子が爆ぜる。
なおもイブリースは止まらない――更なる連打/爆音/連打/爆音/連打――案山子が見る間に減っていく。
それは最早暴風なんて言葉では足りない――爆発、爆風、それそのものだった――エンバースの腕をもってしても割り込めない。
『ッゴオオオオオオオオオオッ!!!!!」
イブリースがジョンの頭を掴む/壁に叩きつける――最後の案山子が爆ぜる。
〈ハイバラ……!あのままでは――!〉
「分かってる!だから集中させろ!」
『……死ね……!!!』
ジョンの頭を掴んだままの右手が闇色に輝く/そして炸裂――極大のダークネス・ストリームがジョンを塗り潰す。
そして――それと全くの同時、エンバースの右手人差し指と中指が、素早く精密にスマホの画面を操作した。
味方のHPを一時上昇させる【死に場所探り】/対象のHPを回復する【奮起】を続けざまに発動したのだ。
予測される大ダメージに合わせて局所的に、集中的に支援と回復を行う。
本来はサポートメンバーの技能だが――ハイバラに出来ない理由はない。
215
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/03/14(火) 06:29:48
【ワン・チャンス(Ⅵ)】
「ど……どうだ!タイミングは完璧だった!本来受ける筈だったダメージを、かなり軽減出来た筈……!」
だとしても、ジョンがすぐさま戦闘に復帰出来るとは思えない。
更なる致命的な追撃を回避すべく、フラウがジョンに飛びつく。
〈部長……!大丈夫、私達の後衛は優秀です。すぐに元通りになります。それまで……あなたが彼を守って。私が援護します〉
『何しとるんや『禁書』の、はよ回復や!』
『やってる! これが精一杯よ!』
エンバースがイブリースの前へ躍り出る――ジョンが回復するまでの間、無理にでもイブリースを釘付けにする必要がある。
『……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……。
…………『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ―――――――――――ッ!!!!!』
そして――イブリースは再び吼えた。その全身から瘴気が噴き出し、嵐のように渦を巻く。
近づけない/それどころか前に立ち続ける事すら出来ない――吹き飛ばされる。
せめて魔力刃を伸ばして牽制をと、エンバースは魔剣を掲げ――
『みんな、見て!』
なゆたの声に、動きを止める/イブリースを注視する。
『……イブリースが……泣いてる……』
どうして急に/まだ正気が残っているのか――エンバースは、そんな事は考えなかった。
戦闘に/命を奪う事に深く集中した状態の思考回路は、そんな感傷的な発想は生み出せなかった。
感じたのは、ただ――今が状況を逆転させる/イブリースに致命傷を与える千載一遇の好機だという事だけ。
「道を――――!!」
エンバースが鋭く、必要最低限の要求を叫んだ――この瘴気の嵐を切り開け、と。
最初に応じたのはフラウだった――無数に分割した触腕の刃が純白の剣風と化す。
「ここしか……ないんだ――――――――ッ!!!」
瞬間、エンバースが駆け出した。
ダインスレイヴの刃が、ダガー同然にまで圧縮される。
闇色の眼光が見据える先は、先ほど生じた甲冑の亀裂。
その隙間に魔力刃を突き刺し、これまでに吸収した魔力/瘴気の全てをイブリースの体内で解き放つ。
いかにEXレイド級、イブリース・シンと言えど、深い深い傷を負う事は避けられまい。
そして一度重傷を負わせれば、今まで通りの戦闘行動は取れなくなるだろう。
無論、それほどのダメージを与えれば、いかにイブリース・シンと言えど、殺してしまうかもしれないが――それは、仕方がない。
とは言え――かもしれない、だ。上手くいけば、そうはならないかもしれない。
致命傷を負ったイブリースの動きが鈍って、本当に死ぬ前に制圧出来る可能性だってある。
とにかく、今はやるしかない――その一心で、エンバースはイブリースの甲冑の裂け目に狙いを定め――
「……ジョ――――――――――――ンッ!!!」
一度だけ、ジョンの名を呼んだ。
216
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/03/14(火) 06:32:05
【ワン・チャンス(Ⅶ)】
ジョンは【巨神闘争】によって恐ろしいほどのダメージを受けた。
確かに即死には至らなかった/すぐに回復を受ける事が出来た――だがそれだけだ。
仮に肉体が死を免れても、すぐに立ち上がれる筈がなかった――ましてや、戦闘に復帰するなど。
エンバースは自分でも、何故そんな事をしたのか分からなかった。
無意味に決まっているのに、何故そんな事をしたのか。
その答えに、エンバースが辿り着く事はない。
殺すか殺されるかの戦いの中で、そんな事を考えている暇などない。
だから――自分が、ジョンならきっと立ち上がると信じている。
そんな簡単な答えに、エンバースは決して辿り着かない。
そして――ジョンはきっとその通りに立ち上がるだろう。エンバースの呼び声に応える筈だ。
その瞬間、エンバースはまるでそうなると知っていたかのように、定めた狙いを変更する。
イブリース・シンをコンテンツとして見た際に破壊するべき、もう一つの部位に。
愛剣を放棄/スマホをタップ――新たにデッキへ加えたスペルを発動。
大したカードではない。ゲーム内でも比較的容易に手に入る、何度もBANされる事が前提の荒らしプレイヤーのデッキにだってあるカード。
「【座標転換(テレトレード)】……プレイ」
入れ替えたのはダインスレイヴと、ムラサマレイルブレード。
超電磁力を帯びた鞘に魔剣が収まり――そして、鯉口を切る。
【超電磁抜刀(フューチャー・オブ・ヒノデ) ……扇状小範囲に斬撃ダメージ。帯電バフの数に応じて性能が上昇。
――ご照覧あれ、クサナギ殿。これが、ヒノデの未来でござる/ダイミョー・コバヤカワ――】
刹那、牙を剥く紅蓮の剣閃――狙いはイブリース・シンの角=魔族の力の源。
跳ね上げるような居合の斬撃が角と、その先にある月桂冠を軌道上に捉えた。
217
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/03/15(水) 15:00:41
>「――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ!!!」
「お前が本当に僕達を憎んでいる事は知っている…それでも…今相手にするべきは僕達じゃないと…お前だって分かってるはずだ…
本当に望んでるのはなんだ?今の本当にしたい事を…しろよ!!」
〜〜♪
カザハの心地よい歌が流れている。
昔みてアニメで歌を歌って味方を鼓舞するキャラクターを見た事がある。
あの時はそんなんで強さが変わるなら苦労しないなどと思っていたが…。
>「ヤマシタ!怨身換装(ネクロコンバート)――モード:『歌姫』」
>「ボーカルにキーボードにギターと来れば……リズム隊が要るよな」
「聞こえるか…?この歌が!音楽が!これが仲間だ!お前にはない…いやお前が自ら手放してしまった…!」
>「ッガアアアアアアアアアア――――――ッ!!!!」
それは獣であった。
理性など欠片も残さず…ただ目の前の気に入らないのを排除しようとするだけの獣…
この獣は必死に…更に大きい力を持ったなにかに追い立てられるように…逃げるように僕に襲い掛かる。
>「みんな、ジョンさんを援護や!
いくで、イシュタル! 『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』!!」
フィールドに数えきれないほど案山子が生える…と僕はそれを見て案山子を遮蔽物にしながら慎重に立ち回る。
僕が今無敵なのは右腕だけだ。その右腕も即座に二回攻撃されればどうなるか分かった物ではない。
バギバギバギィッ!!
イブリースは案山子など元から無かったように直進攻撃を繰り返す。
怒り狂った獣は間にある壁なども判別つかないというが…まさに…まさにである。
「どこ狙ってるんだ?こっちだ…ウスノロ」
口では強気に振舞う…しかしイブリースの攻撃は当たれば即死…その攻撃を何回も自分の近くを通っていくという緊張感…。
その緊張感が…僕の精神力を確実に削っていく…当然攻撃に転ずる暇などない…が必要もない。なぜなら…
>「エンバース! フラウさん! お願い、力を貸して!」
イブリースの周りから現れた鎖がイブリースを拘束する。
「ま…当然僕は一人で戦ってるわけではないので」
イブリースですら即座に引きちぎれない鎖で拘束し炸裂し…
>「真! ポヨリン砲弾ッ!!」
ドゴォォォォッ!!!
息の合わさった僕の部長砲弾パク…オマージュ技を繰り出す。
即興とは思えないほど嚙み合わさったそれは確実にイブリースをとらえた。
218
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/03/15(水) 15:00:56
「やったか…!?」
イブリースが心底不愉快そうな苦痛に満ちた表情になる。
この戦闘で始めた見せた表情だった…しかし。
>「オオォ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
さらに感情を爆発させたイブリースによって凄まじい圧の衝撃波が放たれる。
鎖は強引に千切られ僕達もその圧に耐えられず吹き飛ぶ。
>「ドラゴンすら拘束する魔力縛鎖じゃぞ!?」
>「なんてこと、これも効き目がないなんて……!」
連携は完璧だった。…しかし今のイブリースはそれをも上回る力で暴れていた。
>「―――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ!!! オオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」
同じ単語を繰り返すだけの理性なき叫び。
そしてその獣はなにに邪魔されようとも…目の前の僕に襲い掛かる事しか考えていなかった。
>「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」
叫びと同時にイブリースの周囲に怨霊のようなものが飛び出し僕の体を撫でる。
僕の呼吸が一瞬止まった。怨霊の影響で瘴気が濃すぎて空気が正常に吸えず…一瞬だけ行動するための呼吸ができなかった。
獣は…それを見逃さなかった。
>「ッゴオオオオオオオオオオッ!!!!!」
メキイ
胴体にめり込んだ拳…そして体の中から…嫌な音がした。
「あがっ…」
一度食らったら僕にはもう逃げる術はなかった。
メギッ!!!
体にイブリースの拳の連打を叩き込まれる…しかし案山子のおかげで幸い…とは言えないが即死だけ免れていた…。
死なないが故にこの激痛に耐えなければいけないのだから。
空かさず部長が割り込もうとする。しかし僕はそれを止めた。
イブリースのパワーの前ではバフのない部長はあまりにも非力すぎるから。
>「……死ね……!!!」
僕の頭を掴み魔力集めた右手を僕にかざし…僕に向けて発射した。
ギュバッ!!!!
成すがままだった…もう僕には立ち上がる力さえ残されいなかった。
イブリースが魔剣を携え僕に近寄ってくる。
回復魔法も瘴気に侵されてしまった僕には効果は薄く…殆ど効果を得られていなかった。
荒く呼吸するも受けたダメージは凄まじく…立ち上がる事はおろか…呼吸するのが精一杯。
僕は当然…死を覚悟した――
219
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/03/15(水) 15:01:13
>「聞こえなかったのかい? イブリース。
“君はここに残れ”――と、そう言ったのさ」
----------------------------------------------------------
「…?なん…だ…この…こえは…?」
微かに…それでいてしっかり聞き取れる謎の声…この声…は?
この声の主はたしか…ミハエ…ル?そしてそれに続く次の声の主はすぐにわかった。
----------------------------------------------------------
>「莫迦な……! ならば、誰が我が同胞たちを導く? 誰が同胞たちを襲う脅威を排除できるというのだ?
同胞たちにはまだ、先導者が必要なのだ! 先頭に立って新天地への道を切り拓く者が――!!」
----------------------------------------------------------
イブリースだ…はっきり聞こえる…!獣のような叫び声ではなくはっきりした人物としてのイブリースの声が…!
僕は顔を上げ目の前からゆっくりと歩いてくる人影を見る。
しかしそれはやはり獣だった…もはやまともな言葉すら発せない…荒い呼吸と鳴き声のようにブレイブと連呼するだけの…獣。
じゃあ…この声は…!?
その瞬間僕の頭の中に一気に情報が流れ込んでくる。
イブリースの瘴気に侵されたせいなのか…僕には理由がわからないが…僕の意志とは関係なくそれは流れ込んできた。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「僕が代わりに彼らを導いてあげるよ。イブリース」
「……お前が……?」
「ああ。君も知っての通り、僕は最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だ。
そして、当然ミズガルズ出身でもある。ミズガルズの兵器、武装、戦術……そのすべてがここにインプットされてる。
君のように『まず喰らってみて確認する』なんて、悠長なことをする必要がないってことさ」
「いつか話したろ? 僕の見た幻視を。
ミズガルズを闊歩するタイラントの隊列。戦闘機とドッグファイトするワイバーン。
港湾を押し流すミドガルズオルム、そして市街地を蹂躙する魔物たちの軍勢を!
ああ、あの光景を実際に再現できて……しかもこの僕が自ら指揮できるなら!
それはどんなにか素晴らしいことだろう!」
「……ミハ……エル……」
「ニヴルヘイムの軍勢を率いるのは、僕だけじゃない。
他にもいるんだ……心強い仲間がね」
「いいや……駄目だ」
「やれやれ……。もうちょっと君は賢いと思っていたけどね、イブリース。
『一段深く考える人は、自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている』――」
「所詮、君も浅墓な物の考え方しかできない愚か者だったか。
君は今まで通り、僕とローウェルの言う通りに動いていればいいんだよ!!」
「―――ミハエル・シュヴァルツァ―――――――――――ッ!!!!」
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
220
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/03/15(水) 15:01:25
勢いよく色んな情報が脳内に強制的に流れ込んできて…ただでさえ物理的に体が辛い時に脳まで焼ききれそうになる。
そしてその情報流れ込むのが落ち着いた今…分かった事一つある。
イブリースは過去僕がした失敗を犯そうしているという事。
僕にも…シェリーを諦めない心があれば…どんな体であろうと…例え本人に嫌われても一生添い遂げる覚悟があの時僕にあれば…
一緒だ…一緒なんだ…イブリースは自分を諦め…他者に託した…それが本当に最適解であったとしても…自分に悔いがあるのなら…!
「諦めんじゃねえよ…お前…どうしてそこで諦めるんだ…そこで…!例え本当におせっかいだったといしても…最後まで見届ける義務はあるじゃねえか…!」
>「見てるんだろローウェル……。ぼくはお前の操り人形じゃない……!
題名は――そうだな……”憧れを追う風”!!」
心が熱くなる。…いや魂が熱く燃えている!
「一人でできない事があるなんて当たり前だ!…なに諦めてやがる…頼れよ!敵だろうとなんだろうと利用しろよ!僕達だって利用してやるからよ!!」
僕は部長を抱きかかえる。そしてスペルを切った
「「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)」!」
「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
このスキルは絶叫すればするほど部長の攻撃と防御…両方のステータスがあがる…!…もちろん素早さもぐんと下がるが今は関係ない。
>「……イブリースが……泣いてる……」
「泣くなくらいなら…僕達と一緒にこい!!一緒に天国だろうが地獄だろうが地球だろうが…!なんだってついてってやる!!」
楽しいことも嫌なことも共有してそれでいて認め合う。
この世界で一回りも年下の女の子に教わった…なんて当たり前な…しかしそれでいて簡単には気づけない事。
先ほどより瘴気が薄くなっている…。これなら…いける!
僕は部長のアイテムボックスから紐を取り出し…それを部長にほどけないように巻き付け固定する。
胡散臭い魔道具ショップ買ったアイテム…店主曰く絶対千切れない紐!
「頼む!みんな…少しの間イブリースを足止めしてくれ!」
これは取って置きの…「殺してもいい相手」限定の技にする予定だったが…今のイブリースを落ち着かせるには火力が必要だ…!それも圧倒的な!
生命の輝きは置いてきちまったし…そもそもあれはどっちかが死ぬまで止まらない武器だから論外…となれば…!
「僕の…いや僕達の全力を見せてや・・・・るうううううう!」
紐に部長を括りつけた状態でその場で回転し始める。頑丈な王座の間の床がミシミシとちょっとだけ嫌な音を発する。
そして全身が悲鳴を上げる。折れた骨達の合唱が聞こえる!…でもそんなの関係ない!!
イブリースを救う!世界を救う!…その為に今僕ができる事を…!
221
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/03/15(水) 15:01:39
---------------------------------------------------
何も考えず飛べてたあの頃
こわいものは無かった
だけど何かが足りないような気がして
時々涙こぼれたんだ
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「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)!」
「にゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁアアアアあ!!」
このスキルは攻撃防御共に破格の数値を誇り…そして叫べば叫ぶほど無限に数値が上がっていく……しかしなぜゲームでは産廃扱いされていたのか
それは素早さの数値も破格と呼んで差し支えないほど低下するからだ。正確に言うならば…体重が極端に重くなる…
最終的に究極のステを誇る代わりに自重で一切動けなくなるほどに…。
結局攻撃できなければ高いステも宝の持ち腐れ…防御がいくらあろうと永遠に殴られたらいつか倒れてしまう…だから産廃スキルと呼ばれていた。
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夢見た楽園で 傷だらけになって 綺麗な魂失った
代わりに得たものが たくさんあることに
ずっと気付けなかったけれど
この気持ち知るためなら 全てに意味はあった
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だが…自分が動けないなら…僕が動かしてやればいい…!
砲丸投げの要領で…空中に投げ飛ばし…最強のステータスを…!質量を…イブリースにぶつけてやる…!
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星々のきらめきに憧れて 手を伸ばした日々よ
たとえそれが虚構でも 憧れは今 確かにここに
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もちろんこれだけの予備動作…普通なら逃げられる…けど僕には仲間がいる…頼れる…
イブリース…お前にもいるはずなのに…今はいない…僕にはもったいない程…心の底から信頼できる仲間が!
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
「にゃああああああああああああああ!」
ブオン!
空に投げられた部長は頑丈な天井を何枚もぶち破り大空に飛び出す。
投げられながらも叫ぶことをやめない部長の重さはどんどん加速していく。
「カザハ!」
-------------------------------------------------
逃れえぬ宿命刻まれたぼくの左手で取るのは
呪われし祝福受けたキミの右手
-------------------------------------------------
僕がカザハを呼ぶとカザハはなにも聞かず、疑問すらも持たずに…僕が伸ばした手を握り空を飛ぶ。
---------------------------------------------------
争いが絶えぬ世で 手を繋ぐことの奇跡
いつだって 忘れない 誓い合った 約束を
(何も考えず飛べた羽を捨て 自分で選んだ道 踏みしめ歩む
たとえそれが 険しい道だとしても あなたは行くのでしょう)
---------------------------------------------------
手を握ったまま…僕達は見つめ合い…僕は一言もしゃべらなかった…いや…必要なかった。これが「心が通じ合う」という事なのだと…初めて僕はこの人生の中で学んだ。
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いつの日か 世界中の 悲しみが 癒える日まで
歌声を 風に乗せ どこまでも 届けるよ
(強き刃失い得たものは 優しい音紡ぐ声
今はまだ小さな光だとしても いつか新たな羽になるだろう)
---------------------------------------------------
部長に追いつき…そして部長を抱きかかえるようにして狙いを定める。
高く飛びすぎてイブリースはおろか城さえ…少し小さく見える…しかし狙うべき場所は分かっている。
仲間達を信じている…そして…仲間達が信じる僕を信じている。
「雄鶏乃栄光(コトカリス・グローリー)!」
僕はできる限りの大声で部長と共に叫んだ。
「部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!」
「にゃああああああああああああああああああああああああああ!」
---------------------------------------------------
いつまでも キミの隣で
(いつかまた 飛べるだろう)
---------------------------------------------------
ズドオオオオオオオオオオオオオオオン!
流星と名付けられたそれは本物にも引けを取らない速さで空から降ってきて…大きな音と共に正確にイブリースを捉え…着弾した。
素早さという軽さを一切捨てた圧倒的質量の暴力!純粋な力には純粋な力で…!
この場にいるだれが欠けても当たる事は叶わなかった…今のイブリースには絶対できない連携攻撃…。
「はあ…はあ…これでわかったか…一人じゃできない事も…みんなとなら…仲間となら乗り越えられるって事を…!」
僕はたまらず膝をつく、正直…もう体は限界だった。
瘴気がマシになったとはいえ…今までのダメージがいきなり体から無くなる事はない…。
全身から血は出てるし…体は若干寒気がする…ぴんぴんしてるのは自然回復がある右手だけだ…けどそれがどうした…!
「お前の本当の想いを…思いっきりぶちまけてみやがれ!」
僕の言葉が届くとか…その方法とか…僕にはよくわからない…から僕は全力でイブリースにぶつかり続ける。
不器用だと笑えばいい。だけど…効率的な方法を探してなにもしないより僕は…後悔したい為に今に全力を尽くす。
「…来い!イブリース!」
222
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/03/20(月) 23:31:35
イブリースの必殺拳『巨神闘争(ティタノマキア)』によってジョンは致命的なダメージを受け、どっとその場に倒れ込んだ。
全身の骨は砕け、皮膚は焼け、臓腑は破裂し――本来であれば数十回は死んでいてもおかしくない程のダメージ。
しかし、生きている。みのりの『豊穣大祭(グレイテスト・ハーヴェスター)』とカザハやウィズリィのバフ、
アシュトラーセの懸命の回復魔法により、なんとか命を繋げている。
とはいえ、その糸は極めてか細い。あとほんの少しだけでもイブリースが攻撃すれば、本当にジョンは死ぬだろう。
>なゆ! あの銀髪モードは!? 悠久済度(エターナル・サルベーション)なら……!
カザハが叫ぶ。
しかし、なゆたはその声に応えることができなかった。
その発動条件が未だに分からないからだ。自身が極限状態に置かれれば無意識に発動するのかもしれないが、
条件が不確定すぎる。
再度業魔の剣を携えたイブリースが、ジョンにとどめを刺そうとゆっくり歩を詰めてゆく。
その三つの眼からは、とめどなく血の涙が流れ落ちている。
きつく歯を食い縛った憤怒の表情ながら、イブリースは確かに泣いていた。
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥ……!!」
そして。
>道を――――!!
エンバースが動く。エンバースは疾風のように驚くべき速度でイブリースへ距離を詰めると、
真・ポヨリン砲弾で亀裂の入ったイブリースの胸部装甲に狙いをつけた。
完全にジョンに狙いを定め、他の存在を気にも留めていなかったイブリースは、防御するでもなくその剣を喰らった。
まるで超新星さながらに圧縮された魔力と瘴気の刃が装甲の亀裂に潜り込む。
そして、開放。イブリースは自らの放出していた魔力と瘴気とを自らの体内に直接叩き込まれ、一度びくん! と震えた。
ごぽり、とどす黒い血を吐く。だが、死なない。斃れない。
普通のモンスターであれば、これで決着してもおかしくない程の重傷。
だがアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と同じように、イブリースもまた色々なものを背負っている。
託されている。委ねられている――誇りも、理性も、何もかも捨て去ったとしても、決して捨てられないものを抱いている。
だからこそ、死なない。
>……ジョ――――――――――――ンッ!!!
エンバースが叫ぶ。魂そのものから絞り出すような叫びだった。
そして、一枚のスペルカードを切る。
発動させたスペルは『座標転換(テレトレード)』。
バチバチとプラズマのような雷のエフェクトを纏った魔剣でエンバースが次に狙ったのは、イブリースの巨大な角だった。
ビュオッ!!!!
一閃。超電磁の刃とイブリースの左角が激突し、稲妻めいた光を放ちながら魔力の奔流が荒れ狂う。
さすがに、硬い。さしもの魔剣も一息に角を斬断することはできない。イブリースが丸太のような首の力で、
エンバースの剣を押し返し始める。
しかし――
「『限界突破(オーバードライブ)』プレイ! エンバース、お願い―――!!」
ひとりではどうにもならないことでも、ふたりなら。
絶対に成し遂げることができるのだ。
ビギッ!!
なゆたのスペルカード『限界突破(オーバードライブ)』の援護によって、イブリースの角の一部に亀裂が入る。
そして次の瞬間、兇魔皇帝の魔力の源たる角は半ばからへし折れ、月桂冠ごと吹き飛んでいた。
ブシュゥゥゥゥゥッ!!
イブリースの左側頭部から濁流のように血が噴き出る。
と、自らの膨大な魔力を制御していた角を片方失ったイブリースは己の顔に左手を添えて苦しみ始めた。
「ウ……ォ、ゴォォォォォォ……!
グァァァァァァッ……!!! ブ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ……ッ!!!」
魔力が、瘴気が、暴走している。これでは今までのように無尽蔵とも言える魔力で魔法を撃つことは不可能だろう。
バリバリと雷霆めいたエフェクトに包まれ、イブリースが身を仰け反らせて苦悶する。
>見てるんだろローウェル……。ぼくはお前の操り人形じゃない……!
題名は――そうだな……”憧れを追う風”!!
カザハが歌を歌い始める。先ほどはアニメでも聞いたことのある馴染みの曲だったが、今度は違う。
聞いたことのない歌詞、聴いたことのないメロディ。
それはカザハがジョンを想う心から編み出した、完全なオリジナルソングだった。
223
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/03/20(月) 23:38:37
>ヤマシタ!怨身換装(ネクロコンバート)――モード:『歌姫』
すかさず明神がヤマシタを形態変化させ、カザハとカケルの歌に彩を添える。
それを見てエカテリーナも委細承知とばかり、虚構魔法を用いて自らの前にシンセサイザーめいたキーボードを出現させる。
「ここに『詩学』がおらぬのが残念じゃな!
しかし任せい! 妾の鍵盤捌きも中々のものじゃぞ!」
ヤマシタとエカテリーナの音楽によって増幅されたカザハの歌が、パーティー全員に想定をはるかに超えたバフを齎す。
同じタイミングで明神は周囲を乱舞する怨霊を素手で掴むと、叩きつけるような激しさで捲し立て始めた。
>ミズガルズは!お前らの安住の地にはなり得ない。絶対に。
例え現地の戦力を皆殺しにできたとしても、ニヴルヘイムの連中が暮らせる土地じゃない
ミズガルズとニヴルヘイムでは、環境も成り立ちも何もかもが違いすぎる。
魚に陸に棲めと、鳥に深海で生きろと言っているようなものだ。たとえ其処に進出できたとしても、
恒久的な生存と繁栄を維持できるはずがない。
どだい、ニヴルヘイムの住人がニヴルヘイム以外で生きるなど最初から不可能なのである。
明神の周囲を、無数の怨霊たちが取り巻く。
亡霊や悪霊など霊属性のモンスターは、ドレインタッチという接触性の攻撃を持っている。
対象に触れるだけで生命力を吸収し、死に至らしめるという特性だ。
生者にとっては触れられるだけでも危ういというのに、明神はそんな怨霊を自ら掴みに行っている。
今や明神は無数の怨霊たちによって十重二十重に取り囲まれ、全身をくまなく侵蝕されてしまっている。
このままでは、遠からず死ぬだろう。
「…………」
しかし、明神が危機的状況に置かれているというのに、ガザーヴァはそんな主人を助け出そうとはしなかった。
怨霊たちに真の救いを、その道を示すことができるのは、この場には明神を置いて他にない。
失敗すれば死ぬだろう。今現在も、明神は怨霊たちに急速に生命力を奪われている。
だが、明神なら必ずやり遂げてくれる。怨念に染まり、怨嗟に縛られた魂を解放することができる。
ガザーヴァにはそれが分かる。最初に明神によって救われ、解き放たれた自分だから――。
>アルフヘイムを滅ぼした後も、お前らがこの世に残り続けてるのは。
『恨み』のためなんかじゃねえんだろ。ホントの理由は――イブリース。あいつだ。
お前らはアルフヘイムを滅ぼす為に居るんじゃない。イブリースを、助けるために居るんだ
明神の必死の説得に、怨霊たちは応えない。ただ低い呻き声を上げながら、周囲をゆらゆらと漂うだけだ。
けれど、だからといってまるで通じていないという訳ではない。明神にはそれがよく分かるだろう。
>ニヴルヘイムを救えるのは、お前らと、お前らが守り続けてきたイブリースだけだ。
囁きが届かねえなら、俺がぶん殴ってでも耳をこじ開けてやる。
腹から声出せ亡者共!BGMに負けてるようじゃ、抱えてきた想いも伝わんねえぞ!
怨霊たちは最初から、自分たちを殺めたプレイヤーに復讐しようとしているのではなかった。
自分たちの指揮官であり、庇護者であり、ただニヴルヘイムの安寧だけを願って何もかも捨ててしまった男。
イブリースの恩に、愛情に報いるため、死してなおその願いの成就に力を貸しているのだ。
明神が手を差し伸べる。殴りつけるでなく、打擲するでなく、繋ぎ合うための手を。
>用法用量守らずに『悪魔の種子』のオーバードーズでパキってるあの馬鹿を止めに行く。
傍で見てるだけで満足か?同胞ガン無視で暴走しやがったクソボケ将軍に一発くれてやりてえなら――
イブリースを助けて、世界を救いてえなら!俺に手を貸せ!!
しかし――
怨霊たちがその手を取ることはなかった。
>諦めんじゃねえよ…お前…どうしてそこで諦めるんだ…そこで…!
例え本当におせっかいだったといしても…最後まで見届ける義務はあるじゃねえか…!
ヒーラーたちの懸命の回復魔法と、カザハらの歌によって生命を繋ぎとめたジョンが起き上がる。
だが、依然として瀕死の状態であるのは変わらない。
それでもジョンはイブリースに叫ぶ。その声には力がみなぎっており、まるで昂った心が死を遠ざけているかのようだった。
>一人でできない事があるなんて当たり前だ!…なに諦めてやがる…頼れよ!敵だろうとなんだろうと利用しろよ!
僕達だって利用してやるからよ!!
>泣くなくらいなら…僕達と一緒にこい!!一緒に天国だろうが地獄だろうが地球だろうが…!なんだってついてってやる!!
「ブ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……ゥゥゥゥゥゥッ……!!」
ぎん、と強く奥歯を噛み締めた憤怒相のイブリースがジョンを見る。
近くのエンバースを業魔の剣を横薙ぎに払って遠ざけ、がしゃん……と甲冑の音を立てて一歩ずつ、ジョンへと歩いてゆく。
ジョンがインベントリから犬の散歩用ハーネスめいた紐を取り出し、部長に巻き付ける。
>頼む!みんな…少しの間イブリースを足止めしてくれ!
「よぉーっし、任せとけ! おい、お前ら集まれ! みんなで足止めすんぞォ!
――せぇーのっ!!」
ジョンからの要請に応え、ガザーヴァが手の空いているモンスターたちをかき集める。
そして、イブリースへ吶喊。ポヨリンがコイル状に長く伸びて左脚に絡みつき、イシュタルが右足にしがみつき、
ガザーヴァが肩車でもされるようにイブリースの肩に乗って首を絞める。
さらにエカテリーナが再度先刻の魔力の縛鎖を発動し、四肢を縫い留めると、イブリースは束の間歩みを止めた。
が、長くは持ちそうにない。軽量級のモンスターたちがいくら集まったところで、
暴れるイブリースを押さえておくことはできないだろう。
けれど。
ジョンには、その僅かな時間だけで充分だったのだ。
224
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/03/20(月) 23:41:52
>僕の…いや僕達の全力を見せてや・・・・るうううううう!
何を思ったか、ジョンはハンマー投げよろしくリードで結んだ部長をその場で回転させ始めた。
そして、空高く放り投げる。加速した部長はダークマターの高い天井を突き破って飛んで行ってしまった。
一瞬何をしているのかと呆気に取られたが、むろんそれだけではないらしい。
ジョンが鋭くカザハの名を呼ぶと、ふたりは部長を追いかけて空を翔けた。
「これは……!」
あまりにも高空での出来事のため、なゆたの肉眼では何が起こっているのかを確認することはできない。
しかし、ジョンが何をやりたいのかは即座に理解した。
ジョンは空高く飛んで行った部長をキャッチすると、声を限りに叫んだ。
>雄鶏乃栄光(コトカリス・グローリー)!
ジョンは眼下にいるイブリースへ狙いを定めると、可能な限りのバフを持った部長を投擲した。
>部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!
>にゃああああああああああああああああああああああああああ!
長い光の尾を引いて、部長が落ちてくる。
それはまさに流星。イブリースが使った『隕石落下(メテオフォール)』さえ凌駕する、白熱した星の軌跡。
が、イブリースも手をこまねいている訳ではない。全身をパンプアップさせ、
首や脚に纏わりついているガザーヴァたちとエカテリーナの縛鎖を弾き飛ばす。
「ヌゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!」
「ぎゃうっ! ……くそッ、このままじゃ……!」
身軽に着地したガザーヴァが呻く。
イブリースが徐に天井に開いた大穴から空を見上げ、業魔の剣を構える。
一直線に自分へ落下してくる部長を、自らの最大奥義で迎え撃つつもりなのだ。
兇魔皇帝の全身に魔力と瘴気が漲る。しかしエンバースの決死の攻撃によって頭部と胸部に重篤なダメージを受けており、
特に片角を失ったことで力の制御が満足にできておらず、その動きは精彩を欠く。
ただ、それでも幾らかは部長の力を削ぐには充分であろう。そうなればジョンはイブリースを仕留め損なってしまう。
濃厚な魔力の嵐が周囲に吹き荒れる。もはやイブリースを足止めできる者は存在しない。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
イブリースが空へ向かって吼える。業魔の剣に瘴気が凝縮される。
明神に纏わりついていた怨霊たちが離れ、イブリースへと戻ってゆく。
これから放たれる最大奥義を補佐するため、指導者の許へ向かったのか――と、思ったが。
怨霊たちは奥義を撃たせるためにイブリースの傍へ帰ったのではなかった。
「……なんてこと……!」
なゆたは瞠目した。
今までずっとイブリースを護り、バフを掛け続け、戦闘が有利になるよう加護を与え続けていた怨霊たちが、
イブリースの四肢に取り憑きその自由を奪ったのである。
業魔の剣を振り上げたまま、イブリースは再度身動きが取れなくなりその場に固く縫い留められた。
明神の説得は無駄ではなかった。死霊術師としての、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての、
そして人としての明神の心からの言葉は、確かに怨霊たちに響いたのである。
イブリースの巨体を縛り付ける怨霊たちの姿は、今までたったひとりで何もかもを抱え込み、
最後にはしがらみや責務に雁字搦めにされて心を喪ってしまった指導者に対し、
《……もう充分です、イブリース様》
《貴方は頑張りすぎた。もう、その肩の荷を下ろしてください》
と、労りの言葉をかけているようにも見えた。
そして――
ギュドッ!!!!!!!!
眩いばかりの白色光を纏って墜ちてきた部長が、イブリースに激突した。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!!」
イブリースは歯を食い縛り、その激突に耐える。
バリバリと大広間を幾度目かの嵐が襲い、高濃度の魔力と瘴気、それから部長の纏う熱が吹き荒れる。
「く、ぁ……!」
みのりがローブの裾を激しくはためかせながら、広間の中を荒れ狂う激突の余波に呻く。
ガザーヴァが咄嗟に無数の蝿で障壁を形成し、明神を守る。
エカテリーナとアシュトラーセ、ウィズリィ、そしてエンデもそれぞれ魔力で防壁を築き、なんとか持ち堪える。
「エンバース!」
なゆたはポヨリンを胸に抱くと、エンバースの名を呼んだ。
いつだって、自分のことを守ってくれるのはエンバース。そう信じている。
225
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/03/20(月) 23:45:12
ゴッ!!!!!
ビキビキと音を立て、エンバースによって破壊された胸部装甲がさらに崩壊してゆく。
怨霊たちに縛り付けられたイブリースは自らの筋肉のみで部長を弾き飛ばそうと試み、
自由にならない両手をそれでも何とか動かし異物を取り除こうとしたが、
ありったけのバフを盛ったジョンと部長の最強攻撃を往なすことができない。
ガガァァァァァァァァンッ!!!!!
最終的に部長の熱とイブリースの瘴気が臨界点に達し、大爆発を起こす。
暗黒魔城ダークマター全体を揺るがす爆発に、先ほど部長が開けた天井の穴が広がり、完全に屋根が吹き飛んでしまう。
超レイド級の必殺攻撃にも匹敵するジョンと部長のコンビネーション攻撃は、まさに桁違いの威力と言っていい。
逆に、これで仕留められないようなら、イブリースを倒す手段は事実上存在しないということになってしまう。
しかし。
目も眩むような爆発の閃光が弱まり、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の視界が再度ひらけたとき――
ボロボロの瓦礫と化した大広間の中央に、イブリースはなおも屹立していた。
左角は折れ、顔の半分を鮮血に染め。
精緻なエングレービングの施された闇色の鎧は各所が拉げ、壊れて見るも無残になっている。
三対の翼はうち二対が折れ、または破れており、もはや飛翔は叶わないだろう。
尻尾も半ばから千切れてしまっている。
そして――
なゆたとエンバースの攻撃によって亀裂が入り、部長が激突した胸部には、大きな穴が開いていた。
だが、それでも死んではいない。
部長流星弾の炸裂した衝撃によって消し飛んだのか、
イブリースの周囲でその動きを押し留めていた怨霊たちはいなくなっていた。
>はあ…はあ…これでわかったか…一人じゃできない事も…みんなとなら…仲間となら乗り越えられるって事を…!
床に膝をつきながら、ジョンが口を開く。
部長流星弾は、文字通りジョンの体力も精神力もすべてを注ぎ込んだ渾身の一撃であっただろう。
もはやジョンに戦う力など残っていないというのは、誰の目にも明らかだった。
けれど、それでも。ジョンはまだ戦うことをやめない。
イブリースを救い、今度こそ手を取り合うために。
>お前の本当の想いを…思いっきりぶちまけてみやがれ!
「……ブ、レ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……」
イブリースがゆっくりと口を開く。胸に大穴を穿たれ、とっくに死んでいてもおかしくない致命傷を受けながらも、
それでもジョンと戦うべくガシャン、と鉄屑のように成り果てた甲冑の足を引きずり、ゆっくりと前に進む。
ジョンは、逃げない。
>…来い!イブリース!
「…………!」
ガザーヴァがいつでも飛び出せるよう、暗月の槍ムーンブルクの柄を掴む。
継承者たちやみのり、ウィズリィもいつでも攻撃できるよう身構える。
ジョンのあれほどの攻撃を受けてなお生きているのは、さすがEXレイド級の兇魔皇帝といったところか。
だが、イブリースはどこからどう見ても死に体だ。さすがにこの状態なら、
全員で攻めれば確実に倒しきることができるに違いない。
だが、それをなゆたが制した。右手を横に伸ばし、皆に無言で制止を促す。
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥ……」
ジョンの前まで到達したイブリースが唸り、業魔の剣を高々と頭上に振りかぶる。
それを振り下ろすだけで、きっとジョンは死ぬだろう。
「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、
―――――――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』―――――――!!!!!」
血を吐くように、魂を振り絞るように、イブリースが咆哮する。
ゴウッ! と一陣の瘴気がジョンの頬を撫でる。
とどめの一撃。決着の一打。
しかし――
それだけだった。
イブリースはぐらりと後方に巨体を傾がせると、ずずぅぅぅん……と地響きを立ててゆっくりと倒れた。
【戦闘終了。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の勝利。イブリースは昏倒】
226
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/26(日) 21:52:25
>「……ジョ――――――――――――ンッ!!!」
>「『限界突破(オーバードライブ)』プレイ! エンバース、お願い―――!!」
エンバースさんとなゆが協力し、イブリースの角を破壊する。
>「ヤマシタ!怨身換装(ネクロコンバート)――モード:『歌姫』」
>「ボーカルにキーボードにギターと来れば……リズム隊が要るよな」
>「ここに『詩学』がおらぬのが残念じゃな!
しかし任せい! 妾の鍵盤捌きも中々のものじゃぞ!」
我とカケルの合奏に、ヤマシタさんのベースによる大気を震わすような低音と、
エカテリーナさんが奏でる星の煌きのような分散和音が重なっていく。
(ヤマシタさん、エカテリーナさん……!)
エカテリーナさんってビジュアル的にピアノを弾いたらすごく似合いそうなんだよな……。
そう考えると鍵盤楽器の技能があるのも納得で。
『詩学』――そういえばマリスエリスの本職は吟遊詩人だったっけ。
ブリーズに致命傷を負わせた直接の仇だから、名前を出されると複雑な気分になってしまうけど。
……いや、本当は違うって分かってる。
ブリーズは自らテンペストソウルをグランダイトに捧げるために、マリスエリスの攻撃を利用したのだ。
それに、近くで野営している時、マリスエリスが優しい歌を歌っているのが聞こえてきていた。
きっと彼女は、戦闘の時に見せていた冷酷な暗殺者としての顔とは別の面を持っていて。
あの時とは随分状況も変わったから、次に会ったら、仲良くなれるかな……?
>「ミズガルズは!お前らの安住の地にはなり得ない。絶対に。
例え現地の戦力を皆殺しにできたとしても、ニヴルヘイムの連中が暮らせる土地じゃない」
歌の効果は、まず明神さんの言動に見て取れた。
通常、生身の人間が怨霊に触れてはすぐに気絶しかねないが、自ら怨霊の胸ぐらを掴み上げているように見える。
(やった! 成功だ……!)
心の中でガッツポーズをする。
まだ詳細な効果までは分からないが、少なくとも大きく外してはいない。
もちろん自分一人の力ではなく、こんなどう転ぶか分からない無謀な試みに乗ってくれたカケルと、ヤマシタさんやエカテリーナさんのお陰でもある。
そして――
>「諦めんじゃねえよ…お前…どうしてそこで諦めるんだ…そこで…!例え本当におせっかいだったといしても…最後まで見届ける義務はあるじゃねえか…!」
なんと、ジョン君が立ち上がっている。
ひとまず命を繋いでくれたことに安堵すると共に、瀕死の状態からすぐに立ち上がったことに驚愕する。
もちろん、当初想定した回復の効果は働いていると思われるが、それ以上の何かがあるような――
そして、状況は全然違うけどイブリースに語り掛けるジョン君の姿が、自分を必死に説得していたガザーヴァの姿と重なった。
227
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/26(日) 21:56:02
『オマエは目を背けてるだけだ、責任から逃れたいだけだ!
ボクを憐れんで、いいコトした気分でパーティーを抜けて、自分だけ始原の風車で安穏と過ごそうってのか!?
そんなの許さないぞ! オマエは歩くんだよ、最後まで! ボクたちと一緒に、この世界の最期を!!』
(―――――!!)
不意に、ぞっとするような可能性に思い至る。自分はずっと向こう側に引っ張られていたのかもしれない。
もしかしてガザーヴァはそこまで想定して、必死で引き留めてくれたのだろうか。
考えすぎかもしれないけど、ガザーヴァはとっても賢いから、ついそんなことを思ってしまう。
どっちにしても、自分は彼女に救われたのだ。
ローウェルにしてみれば、失意のうちにパーティを離れた豆腐メンタルのヘタレを唆して闇落ちさせるなんて簡単なことだ。
なのにどうして、そんな簡単なことに気付かず、
大好きなみんなの足を引っ張ったら嫌だから、最悪敵対することになったら嫌だから、離れようなんて思ってしまったのだろう。
みんなのことが好きなら、絶対みんなの手を離しちゃいけなかった。
『いいか、この先絶対に、こんな書き置き一つで消えるんじゃねえぞ。
お前が飽きようが嫌になろうが知ったこっちゃねえ。
俺の伝説を歴史に刻むのは、お前だ。ガザ公がそうであるように、お前の代わりなんかどこにも居ねえんだ』
“伝説を語る者”の役回りに気付かせてくれて、最初に繋ぎ止めてくれた明神さん。
『……あなたはわたしたちと一緒に来る。わたしたちと一緒に、最後まで戦う。
そうして、わたしたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いをしっかり両眼に焼きつけて。世界の行く末を見届けて。
自分だけの歌を作り上げる。シャーロットやバロール、ローウェル……もしくはそれ以外の誰かが仕込んだかもしれない、
あらかじめ用意された歌じゃなくって……あなたが見聞きしたものを歌う、本当の歌を』
なゆはこの期に及んでまだ逃げ腰になっていたぼくの手を、決して離さないでいてくれた。
『この世界はゲームなんだから――謎はちゃんと、謎として見つけてやらないと。
何がトゥルーエンドへのフラグになるかなんて、分からないからな。
そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ』
エンバースさんは、憎まれ役を引き受けるのも厭わずに必要な情報を共有して、全て承知の上で突き進むと言ってくれた。
もしかしたら明神さんの言ったように、敢えて言う事によるフラグブレイクも想定していたのかもしれない。
『僕は必ず君を守る。例え世界が君を敵として認めたとしても…僕は君の味方であり続けるとここに誓う。
君からもらった勇気を力に変えて…世界を救うと誓う。二度と迷わないと、自分で自分に嘘はつかないと…君に誓う』
そして――ジョン君が、もうどうやっても逃げられないように捕まえてくれた。
決してどこにも行かないように。得体の知れない何かに連れ去られてしまわないように。
228
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/26(日) 21:58:21
>「一人でできない事があるなんて当たり前だ!…なに諦めてやがる…頼れよ!敵だろうとなんだろうと利用しろよ!僕達だって利用してやるからよ!!」
>「泣くなくらいなら…僕達と一緒にこい!!一緒に天国だろうが地獄だろうが地球だろうが…!なんだってついてってやる!!」
ぼくがここにこうしていられるのは、みんなに手を離さないでいて貰えたから。
みんなに出会えずに野良になってたら、あるいは配属がこのパーティじゃなかったら――
今のイブリースと似たようなことになっていたのかもしれない。
そんなほんの少しの運の差で明暗が分かれてしまうなんてあんまりだ。
イブリースを助けたい、心からそう思った。
>「頼む!みんな…少しの間イブリースを足止めしてくれ!」
>「よぉーっし、任せとけ! おい、お前ら集まれ! みんなで足止めすんぞォ!
――せぇーのっ!!」
ガザーヴァ達が、イブリースに組み付いて足止めする。
>「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)!」
>「にゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁアアアアあ!!」
ジョン君が部長を紐に繋いでぶん回し、部長がスキルを発動する。
「星々のきらめきに憧れて 手を伸ばした日々よ
たとえそれが虚構でも 憧れは今 確かにここに」
ぼくは体の全て、心の全て、魂の全てを使って歌う。
やっと、今までどう扱っていいやら分からなかったレクステンペストの力を、始めてちゃんと全部使えている気がする。
技の負荷に体が付いて行かないというパターンはよく聞くが、ぼくの場合はそれの真逆だった。
とりあえず素のスペックに任せてのゴリ押しで途中までなんとかなってしまっていたものの、
それでは成長しようが無いので皆に付いていけなくなるのは当然の帰結だった。
世界を救う旅なんだから真面目にやらなきゃ、と思っている間は空回ってばっかりで、
もう役に立てなくても仕方ないや、と開き直った結果が正解だったなんて。
でも、ようやくみんなと一緒に戦えるんだ……!
押し付けられた重責としか思ったことのなかったレクステンペストの力が、選ばれし者だけが貰える特別な宝物のように思えてきた。
>「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
>「にゃああああああああああああああ!」
ついにぶん投げられた部長は、天井をぶち破って上空に飛んでいく。
それを見たぼくはスマホ連動ウェアラブル端末をはずしてカケルに投げ渡し、キーボードを、スマホから出てきたアゲハさんに渡す。
>「カザハ!」
ジョン君が呼んでいる。一緒に行こうと手を差し出している。
カケルに”地上は任せた”の目くばせをして、歌いながら床を蹴って飛ぶ。
「逃れえぬ宿命刻まれたぼくの左手で取るのは 呪われし祝福受けたキミの右手」
偶然にも歌詞のとおりに、左手でジョン君の右手を掴んだ。
229
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/26(日) 21:59:37
(部長さんを追いかけるんでしょ? 一緒にイブリースを助けよう!)
繋いだ手を通して、ジョン君に飛行の魔法をかける。
ジョン君を引っ張り上げるような格好で、先に飛んでった部長さんを追って飛び立つ。
「争いが絶えぬ世で 手を繋ぐことの奇跡 いつだって忘れない 誓い合った約束を」
ぼくとジョン君は、部長さんを追いかけながら、ずっと見つめ合っていた。
すごく安心しているのと同時にすごく高揚しているような、不思議な気持ちだ。
カケル以外と心が通じ合うことなんてないと思ってたのに。
ぼくは競争社会に適応できないヘタレで、ジョン君は闘争の衝動を抱えていて、普通に考えて気が合うはずなんてないのに。
理屈では説明できないけど、確かに心が通じ合っていた。
(一気に行くよ……!)
右手でスマホを操作して瞬間移動(ブリンク)を発動。最大高度に至った部長さんに追いつく。
(あ……)
自分の体に一瞬光のエフェクトがかかったかと思うと、普段は無いパーツが増えたような不思議な感覚がする。
少し横を向くと視界の端に、自分の背に顕現したらしい虹色の羽が映った。
そういえば、最初にレクステンペストの力に目覚めた時も羽が顕現していた気がする。
久々に強化形態が発動したのか、と納得した。
「いつの日か世界中の悲しみが癒える日まで 歌声を風に乗せどこまでも届けるよ」
城すら少し小さく見え、随分空高くまで来たようだ。
ジョン君は部長さんを抱きかかえるような姿勢で狙いを定め、部長さんにバフをかける。
>「雄鶏乃栄光(コトカリス・グローリー)!」
(部長先輩、お願いします……! 烈風の祝福(テンペストブレッシング)!)
ぼくは左手を伸ばして部長さんに触れ、右手でスマホを操作してスペルカードを切った。
>「部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!」
>「にゃああああああああああああああああああああああああああ!」
「いつまでも キミの隣で」
ジョン君が部長さんを撃ち出す瞬間に合わせて、ブラストシュートをかける。
部長さんはその名の通り流星のような速度で地上に向けて撃ち出された。
下を見たついでに自分の体が視界に入り「あれ? もしかして服装も変わってる?」と思った瞬間、またエフェクトがかかって普段の姿に戻った。
地上に向かって降下しながら、ジョン君に語り掛ける。
「やっぱり好きなものは手放しちゃ駄目なんだね。
力及ばないとか、自分にはふさわしくないとか……そんな理由で手放しちゃいけない。
本当は好きであることに資格なんていらないんだから。
即興で考えたからどうなることかと思ったけど……役に立てて良かったよ……。
少しだけ適性があるみたいだったから、地球にいた頃にたくさん課金してもらったのに、結局ものにならなくて無駄にしちゃって……。
こんな特技あったって何の役にも立たないって思ってたのに。
無駄じゃなかった。一番大事なところで役に立った……。
でもさ、そうじゃないんだ。
こういう特技って、一円も稼げなくても、何の役にも立たなくても、
たった一人でもいいって言ってくれる人がいれば、かけがえのない宝物なんだ……」
230
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/26(日) 22:03:23
【カケル】
たくさんの好きと憧れを胸に全身全霊で歌うカザハは、凄まじい風の魔力を全身に滾らせていた。
キーボードをアゲハさん、スマホ連動ウェアラブル端末を私に渡して身軽になると、
ジョン君の手を取って一緒に飛んでいく。
(詠唱省略の飛行(フライト)だと……!?)
今のカザハには、自分には無理だとか、うまくいかなかったらどうしよう、という普段ありがちな雑念は一切なく、
ジョン君と一緒に必ずイブリースを救うんだという意思だけがあった。
自分の歌でバフがかかっているのか、それともこれが余計な枷が全て取り払われた本来の力なのか。
デザイン的に私には似合わないな、と思いつつもスマホ連動ウェアラブル端末を装着すると、
いい感じに近未来風バイザーゴーグルにデザインが変わった。これ一体どうなってるんでしょう。
(こっちは任せてください……!)
「何も考えず飛べた羽を捨て 自分で選んだ道踏みしめ歩む
たとえそれが険しい道だとしても あなたは行くのでしょう」
歌詞が私目線なのは、カザハが私のパートの歌詞を私に丸投げしたからです。
不意に、一瞬全身が光に包まれ、アイドルか魔法少女のような服装に変化した。
(いきなり何!?)
別にセクシー路線ではなく健全な路線だが、それでもそれなりに胸元が開いていて、脚には絶対領域が搭載されている。
普段は美少女とはいってもちょっとボーイッシュで中性的な感じだが、今はもう言い訳が効かない感じになっている。
スマホ連動ウェアラブル端末の視界に、情報が表示された。
どうやら進化形態というか強化形態が発動したらしく、2体1組の仕様のようだ。
私は服装が変わっているだけですけど、カザハの方は体のモデリング自体が変わって普段無いパーツが出現しているらしい。
要するに羽付きの美少女形態になっている……!
「強き刃失い得たものは 優しい音紡ぐ声
今はまだ小さな光だとしても いつか新たな羽になるだろう」
カザハは今のところ羽が生えたことにしか気付いていないようだ。
自分が美少女になっている事に気付いたら大変なことになってしまうので、このまま気付かないでいてもらいましょう。
>「部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!」
>「にゃああああああああああああああああああああああああああ!」
カザハを通して情報が伝わってきた。遥か上空で、部長が打ち出されたようだ。
「いつかまた 飛べるだろう」
すでに飛んでるけど。というかずっと時々飛んでるけど。
とにかく、部長が超スピードで突撃してくる。
が、イブリースは業魔の剣を構え、迎え撃つ気満々のようだ。
>「ヌゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!」
>「ぎゃうっ! ……くそッ、このままじゃ……!」
231
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/26(日) 22:05:55
イブリースを止められる者は誰もいないと思われた。
しかし、怨霊たちがイブリースに取りつき自由を奪う。
(明神さん……! 説得に成功したんですね……!)
これで無事に部長がイブリースに直撃してくれるとして。
あの勢いの部長が突撃してきたら、余波だけでも相当なのでは……?
慌てて皆に声をかけ、自分も防御スキルを発動する。
「みんな! 衝撃に備えてください!! ――フェザープロテクション!」
この強化形態だからなのだろう、いつもより数段強い出力で発動する。
部長とイブリースが激突し、最終的に大爆発が起こるも、なんとか持ちこたえた。
視界が開けた時、屋根が吹き飛んだ大広間の中央に、イブリースはまだ立っていた。
まとわりついていたはずの怨霊達はいなくなっている。
(きっと、自らが消し飛ぶのも構わずに……)
そんなことを思っていると、私は再び光に包まれ、普段の服装に戻った。
いつの間にか、ジョン君とカザハが地上に帰ってきていた。
果たしてジョン君はカザハの美少女形態を目撃したのでしょうか……。
【カザハ】
「部長さん……!」
大爆発の際に弾き飛ばされたのだろう、瓦礫だらけになった床に転がっている部長先輩を見つけ、抱き上げた。
>「はあ…はあ…これでわかったか…一人じゃできない事も…みんなとなら…仲間となら乗り越えられるって事を…!」
ジョン君は、膝をつきながらもまだイブリースを迎え撃とうとしている。
>「お前の本当の想いを…思いっきりぶちまけてみやがれ!」
>「…来い!イブリース!」
皆が一斉にイブリースを仕留めようとするのをなゆが制し、息をのんで成り行きを見守る。
>「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、
―――――――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』―――――――!!!!!」
イブリースは業魔の剣を高々と頭上に振りかぶり――ゆっくりと後方に倒れた。
暫し様子を見るも、起き上がる様子はない。ついに決着が付いたのだ。
警戒しつつ顔の近くに行き、屈んで耳を澄ませる。
232
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/26(日) 22:07:34
「息があるよ……生きてる……!」
見事に、殺さずに戦闘不能に持ち込むことに成功したのだ。
もしさっき皆で追撃をかけたら、死んでしまっていたかもしれない。
なゆにはなんとなくそれが分かったのだろうか。
今回のミッションは倒して終わりではない、仲間にするところまでやってはじめて成功なのだ。
幸いこのパーティにはこういう説得に適した人がたくさんいて、自分は何も言わなくてもいいのだろう。
どころか、口を開けば訳の分からないことを言ってしまうから、大人しく見ているのが正解なのかもしれない。
でも、イブリースは少なくともさっきまではブレイブに対して並々ならぬ敵意を燃やしていて。
そしてイブリースは多分、ぼくのことを最初からブレイブとしては見ていない。
「なゆから聞いたよ、あなたはモンスターなら産地に関わらずみんな同胞として見てるって」
偶然かもしれないけど、始原の草原でイブリースと戦った時、一人だけ比較的軽症で済んでいた。
殺せばテンペストソウルが手に入るから自分から殺せと苦し紛れに煽った時も、全くこちらには目もくれず、なゆから殺そうとした。
イブリースはテュフォンとブリーズの仇だとずっと思っていたけど。
思い返してみれば、飽くまでもあの時彼女達を狙っていたのはマリスエリスとロスタラガムで、
イブリースはその過程でブレイブと戦うために、一緒に行動していただけだ。
イブリース本人はあの二人を狙っておらず、それどころか二人が殺されるのを内心良く思っていなかった可能性すらある。
「あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ」
【カケル】
カザハはここにいるブレイブ達の良さを、語り始めたのでした。
「なゆは……トップランカーのパーティーリーダーで、優等生で……。
偉い人にばっかりいい顔して陰キャや少数派を平気で排斥する”優等生”をたくさん見てきたけど。
なゆはそんな奴らとは全然違った。
間違いなく光の当たる側にいる人間なのに、決して誰も取りこぼさないんだ。
マイナー要素のデパートのぼくが言うんだから間違いないよ。
闇の世界に押し込められて敵の役回りを押し付けられてきたニヴルヘイムの住人だって、決して置いて行かない!」
233
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/03/26(日) 22:10:22
「サブリーダーの明神さんは物凄いモンスターたらしで……って言ったら悪い奴みたいだけど違うんだ!
凄くいい人だから、洗脳光線使わずにモンスターをガンガン仲間にしちゃう。
ぼくのことを最初に引き留めてくれて……好きになった。今でもずっと好き。
あなたもきっとすぐに好きになる」
「エンバースさんは……あなたも知ってると思うけどまずシンプルに滅茶苦茶強くて。
いつもみんなを守ってるなゆを守れるぐらい強くて。
敵としては当然厄介だったと思うけど、逆に味方にいたらすごく心強いんじゃないかな?
それに……どこからどう見ても焼死体なのに、何故か滅茶苦茶格好いいんだ。
ちょっと何言ってるのか分からないと思うけど、一緒に来ればすぐに分かるよ」
「ジョン君は……」
今まで流暢に喋っていたカザハが、言葉に詰まる。
好きすぎて逆に何て言っていいか分からなくなったらしい。
「何も言う必要ないのかも。
だってジョン君は何の小細工も理論武装も無しに全身全霊でさ、
理屈を介さずに直接感情にダイレクトアタックしてくるから。
一瞬頭の方が付いていかなくて戸惑うかもしれないけど……
戦ってて何か心が動いたなら、心に従ってみてほしいよ。
実を言うとぼくも未だに頭が付いていってなくて、上手く言えないんだ」
「つまり……ぼくはみんなのことが大好きで、一緒に来てるんだ。
ニヴルヘイムの仲間のこと、今でも大事に思ってくるんでしょ?
まだ間に合うよ。一緒に行こう。絶対後悔させない。
もしかしたら酷い裏切りにあったのかもしれないけど……。
ここにいるみんなは、一度掴んだ手は絶対離さないから……!」
カザハはこちらを振り向き……皆の視線を感じてはっと我に返る。
(あっ……。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああああああああ……
我としたことが……説得するつもりがアイドルオタクの布教活動みたいなことを言ってしまった……!)
そして顔を覆いながら後ずさりして、次の人に場所を開けた。
普段は胸の中にしまっている皆への憧れがストレートに溢れ出てしまい、恥ずかしくてたまらないらしい。
こういうのを業界用語で最推しありの箱推しって言うんですかね。知らんけど。
234
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/04/03(月) 02:16:48
俺の呼びかけに、怨霊共が応えることはなかった。
拮抗していた生者と亡者の力はやがて亡者の版図を塗り伸ばす。
カザハ君のバフでどうにか保っていた均衡が、崩壊し始めた。
「ク……ソ……これで……終わりかよ……」
力が入らなくなって左膝が折れる。崩折れる。
伸ばしていた左腕から感覚が失せた。もう冷たさすら認識出来なくなって、ゆっくりと垂れ落ちていく。
無事な右腕で胸を掴む。鼓動が驚くほど弱々しくなっていた。
倒れ込みそうになって、ガザーヴァが俺の身体を受け止める。
おかげで瓦礫まみれの床に激突せずに済んだ。
ここから先の光景を、眺めることができた。
「悪い……後は、頼んだ――」
イブリース本体との戦闘も佳境に入っていた。
『巨神闘争(ティタノマキア)』――
拘束してしこたまぶん殴って仕上げにビーム撃つとかいうシンプルに兇悪な出し得必殺技が直撃し、
ジョンが瓦礫の向こうへと消える。
その末路を目で追うよりも早く、入れ替えるようにエンバースが魔剣を手に肉薄した。
ダインスレイヴは短く、鋭く、研ぎ澄まされた短剣の姿をとる。
鎧通し(ミセリコルデ)だ。甲冑の僅かな隙間から刃を通す、介錯の剣――慈悲の剣。
エンバースは、正しくイブリースを殺す気で吶喊していた。
>「……ジョ――――――――――――ンッ!!!」
その口から咆哮の代わりに飛び出たのは、呼び声だった。
ティタノマキアを至近距離で食らって、たとえ命を拾ったとしてもまともに戦える状態じゃないだろう。
そんなジョンが、それでも立ち上がると……おそらく今この瞬間ただ一人、エンバースだけが信じていた。
>「【座標転換(テレトレード)】……プレイ」
エンバースがさらにカードを切る。オブジェクトを2つ入れ替えるだけの、大してレアでもないスペル。
そいつが発動し、宙に放り出したダインスレイヴと、抜き身のレイルブレードが入れ替わった。
レイルブレードの鞘に搭載された「超電磁抜刀(フューチャー・オブ・ヒノデ) 」は、
納刀状態で蓄積したバフの数に応じてレイルブレードによる抜刀攻撃の威力と速度を高めるスキル。
エンバースはチャージを済ませたレイルブレードの刀身とダインスレイヴを入れ替えることで――
――ダインスレイヴを超電磁抜刀した。
「い、インチキ剣術……!」
ただでさえ強烈なダインスレイヴの攻撃力に、チャージを代償とした超電磁抜刀のバフが上乗せされる。
速度はゆうに音を越え、飛行機雲じみた水蒸気の尾を引きながらイブリースの頭部へ刃が迫る。
>「『限界突破(オーバードライブ)』プレイ! エンバース、お願い―――!!」
ダメ押しのようになゆたちゃんがさらなるバフをかけた。
激突する魔剣とイブリースの角。
交差は一瞬だった。刃は水を通すように遅滞なく駆け抜け、切断の二文字を結果に残す。
イブリースの片角が半ばから断ち折れ、赤黒い血の華が咲いた。
235
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/04/03(月) 02:17:18
>「ウ……ォ、ゴォォォォォォ……!
グァァァァァァッ……!!! ブ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥゥ……ッ!!!」
イブリース――魔神の角は魔力を生み出し制御する器官だ。
片側とはいえそれを失った魔神は魔法の力を大幅に失う。
かつて氷獄のコキュートスが片角をブチ折られた時は、レイド級はおろか下級魔族クラスにまで力を落とした。
この攻防で俺達が得たものは、イブリースの大ダメージのほかにもうひとつ。
>「頼む!みんな…少しの間イブリースを足止めしてくれ!
――ジョンが、戦線に復帰した。
「……行ってやれ、ガザーヴァ」
俺の身体を支えていたパートナーにそう指示を出して、俺はインベントリから杖を出した。
【蟲蝕の杖……
ねじくれた本体に髑髏や目玉が散りばめられた忌まわしき見た目の杖。
『上品な杖だと魔術師っぽくない』などとのたまう舌バカ魔術師に対する当て付けとして、
偏屈な杖職人ウォートは悍ましい部品を無節操に取り付けた無惨な杖を作り上げた。
意図に反して大いに好評を博し、杖はウォートの名を全土に轟かせるベストセラーとなった】
聖都でデートした時にガザーヴァに勧められて買った魔法の杖。
魔法に使わなくても、杖は身体を支えるのに便利だ。
この事実に気づいたのはおそらく全人類で俺が初めてだろう。
>「よぉーっし、任せとけ! おい、お前ら集まれ! みんなで足止めすんぞォ!
――せぇーのっ!!」
ジョンの声に応じてガザーヴァ達が角を失ったイブリースの下へ殺到する。
そうして稼いだ時間で、ジョンは攻撃を組み立て始めた。
>「僕の…いや僕達の全力を見せてや・・・・るうううううう!」
部長に紐を括り付け、体ごと回転して振り回す。
まるでハンマー投げだ。どんどん速度を上げ、竜巻じみた遠心力の塊へと変貌していく。
>「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)!」
>「にゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁアアアアあ!!」
ジョンが何をしようとしているのか、この場で分かる人間なんか一人もいやしないだろう。
それでも、こいつが起死回生の一手を作り上げようとしていることだけは、理解できた。
『雄鶏絶叫』。攻防力と敏捷性をトレードオフする変則バフ。
『重量』という形で付与される敏捷デバフは、ジョンが自らの膂力で補っている。
236
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/04/03(月) 02:18:07
かつて……キングヒルにおけるクーデターで、同じコンボの組み立てを目の当たりにした。
基本骨子はあの『部長砲弾』と同じ。だが、今回はただ投げるだけに留まらない。
遠心力を解き放ち、部長が空高く射出される。
>「カザハ!」
ジョンの呼びかけに応え、カザハ君がその右手を取る。
二人はフライトを使い――打ち上がった部長を飛んで追いかけた。
上空で、再び愛犬と主人は邂逅する。
>「部長!流ううううう!星いいいいいい!だあああああああん!」
「にゃああああああああああああああああああああああああああ!」
敏捷を下げる『重さ』を重力によって威力に変換した――超シンプルな質量攻撃。
流星にも名前負けしない破壊の権化が、音速超過の衝撃波を纏いながら降ってくる!
対するイブリースは、ガザーヴァを中心としたパートナー達の波状攻撃を跳ね除け、
流星の着弾を迎撃せんとする。
ボロボロとはいえイブリースはまだ五体満足だ。大剣も手元に残ってる。
バッターよろしく全力で剣をぶち当てれば、部長を破壊して窮地を脱することは十分可能だろう。
ここが、最後の踏ん張りどころだ。
「もう一度だけ言うぜ亡者共。お前らがやるんだ。
イブリースを助けて世界を救え。ニヴルヘイムを救って……お前らが最後の英雄になるんだ」
俺の半身を蝕んでいた怨霊たちが、一斉にイブリースの下へ集っていく。
奴らはネクロマンサーの力の影響下にはない。その振る舞いを俺が制御できるわけじゃない。
それでも……信じた。
怨霊はイブリースの盾でも剣でもなく、その四肢を縛る戒めとなった。
進み続ける孤独な将軍を、諫める臣下のように――
流星が、激突する。
音が全てを飲み込み、衝撃が波濤と化して戦場を洗った。
閃光は視界の全てを染め上げ、爆圧が障壁を貫通してなお全身を叩きつける。
やがて、なにもかもを拭い去った風が止んだ時――
満身創痍のイブリースが戦場の中央に立ちすくんでいた。
>「はあ…はあ…これでわかったか…一人じゃできない事も…みんなとなら…仲間となら乗り越えられるって事を…!」
同様に、対峙するジョンもまた、満身創痍だった。
右腕以外のほとんど全身が赤に染まり、そこかしこから今もなお血が噴いている。
それでも、イブリースを真正面から見据え続けていた。
カザハ君は部長を抱きかかえてその傍を離れない。
>「お前の本当の想いを…思いっきりぶちまけてみやがれ!」
ふたりの男の言葉と拳だけが、その空間に存在するすべてだった。
237
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/04/03(月) 02:18:30
>「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、
―――――――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』―――――――!!!!!」
正気を失って、言葉の通じない化け物に成り下がっても、イブリースはジョンの言葉に応えた。
うわごとのようにブレイブを呼びながら、二歩、三歩と踏み出して――
そこで歩みは止まり、巨躯の魔神はそのまま膝を折った。
五体を地に投げ出して、戦いは終わった。
>「息があるよ……生きてる……!」
カザハ君の声で、かろうじてイブリースがまだ死んでないことを知る。
こっちも大分死にかけだ。左半身はまともに動きやしないし、さっきから片目の視界に色がない。
それでも、ここで意識を手放すわけにはいかない。
俺は杖をつきながら、ゆっくりと歩き出した。
>「あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ」
カザハ君がイブリースに語りかける。
奴が何を基準に同胞とそうでない者を区別してるのか結局聞けずじまいだったが、
アルフヘイムのモンスターも同胞扱いなら、俺達は二巡目の世界でもこいつの同胞を殺している。
ドゥームリザードなんか喰っちまってるしな。
旅の途中で襲いかかってきたモンスターの息の根を止めるのは、こいつの言う同胞殺しにあたるだろうか。
>「サブリーダーの明神さんは物凄いモンスターたらしで……って言ったら悪い奴みたいだけど違うんだ!
凄くいい人だから、洗脳光線使わずにモンスターをガンガン仲間にしちゃう。
ぼくのことを最初に引き留めてくれて……好きになった。今でもずっと好き。
あなたもきっとすぐに好きになる」
「買い被んなよ。俺は身内に甘いだけだ。
お前のことが好きだからお前を手放したくなかった。……それだけなんだ」
俺は自分で言うのもなんだけど本当に自己本位の人間だから、俺がどうしたいかが全ての行動の基準になる。
俺の伝説の語り部で、一緒にバカやれる楽しい仲間。カザハ君もカケル君も、その存在が俺にとって掛け替えのない財産だ。
イブリースが俺にとってそうであるとは……今のままじゃ、とても思えやしなかった。
238
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/04/03(月) 02:18:55
「イブリース。ようやくお前とお喋りできるな」
タマンでの戦いでは、まともにこいつの話を聞ける前に、ミハエルの野郎に抱っこされて逃げられた。
再会したと思えば、わけのわからん違法薬物で勝手に正気を手放しやがった。
会話がちゃんと成り立つのは、これが初めてだろう。
「俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた」
俺はなんでこいつを助けようとしてるんだろうか。
ニブルヘイムの街を蹂躙し、あまつさえ地球さえも滅ぼそうとしてるこいつを。
何から何までローウェルの言いなりで、誰よりも親身だったジョンの言葉すら一度は無視したこいつを。
>――『イブリース…君が…もしこんな寂しい場所で一人で…みんなに恨まれながら…
誇りも…仲間も…あらゆる物全てを失って…死んだら…
どれだけいい未来の為に足掻こうとも…結局は道を外れ…一人ぼっちで死ぬ…僕自分の未来もそうなると認める事になる…』
イブリースに呼びかけたジョンの言葉が、ふと脳裏に蘇った。
そうだ。俺はイブリースの頑迷な振る舞いに、どこかで俺達ブレイブの姿を重ねていた。
放り出されたこの世界で、唯一の寄る辺はバロールの指示で世界を救うために行動することだった。
必要な情報はいつだって不足していて、訳のわからんどんでん返しを食らったことだって一度や二度じゃない。
もしも俺達が最初のクエストラインのまま、ローウェルの指示で動いていたとしたら……
地球を救うためにはニヴルヘイムを滅ぼす必要があるって言われたら、それを否定できただろうか。
ゲームのシナリオ通りに、アルフヘイムを勝利に導くことがクリア条件だと、疑わずにいられただろうか。
イブリースは、俺達とは別のクエストで世界を救おうとしていた、もうひとつのブレイブの姿だ。
こいつに対してずっと苛立ちを覚えていたのは……似たような立場のイブリースの末路が、俺の思う最悪と被ったから。
イブリースを誅殺することは、たぶん今なら簡単だろう。
だけどそれをしてしまえば、『失敗したブレイブの結末』を、他ならぬ俺自身が認めることになってしまう。
「……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
言葉ひとつで良いんだ。
こいつを救って良かったんだって、自分を肯定できる言葉があれば。
腹の底から吐き出される怒声を、俺は止められなかった。
「言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!」
【イブリースを問い詰める】
239
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/04/11(火) 05:32:36
【アドベンチャー・パートA(Ⅰ)】
瞬く紅閃/爆ぜる火花/悲鳴じみた衝撃音――ダインスレイヴがイブリースの左角に喰らいつく。
そして――拮抗。魔力刃を届かせた/その身に食い込ませた――だが押し込めない。
圧倒的な肉体強度と迸る魔力のみで、魔剣の侵攻が阻まれている。
「……この状況、その体勢で、なんで持ち堪えられるんだよ。
いくらなんでもクソボス過ぎるぞ、イブリース・シン……!」
零れる悪態/牙剥くような笑み――体ごと圧し斬る形でダインスレイヴに力を込める。
それでも足りない――渾身の力を込めてなお、刃はぴくりとも動かない。
いや、それどころか――むしろ少しずつ、押し返され始めた。
「クソ、俺のイニシエートは完璧だった。これ以上何をさせようってんだ。ボタン連打か?QTEか?」
前のめりだった体勢が見る間に仰け反らされていく――とても耐え切れない。
膝ががくりと折れる――瞬間、エンバースの口角が一際吊り上がった。
崩れ落ちながらも、その眼光はイブリースの角を捉え続けている。
「……けどな。この形で――鍔迫り合いで俺に勝とうってのは、いくらお前でも分が悪いぜ」
『『限界突破(オーバードライブ)』プレイ! エンバース、お願い―――!!』
「任せろ。全て計算通り――」
イブリースはダインスレイヴによる超電磁抜刀を押し返した――つまり渾身の力で前のめりになった。
一方でエンバースは膝を屈めて重心を落としている――崩れた体勢の中にも隠された「溜め」がある。
「完璧だ」
瞬間、エンバースの全身が嵐の如く渦巻く=押し返された力の分だけ、より強烈に。
そして剣閃――地から天へと逆巻く雷光が、前のめりに差し出されたイブリースの角を捉えた。
今度は――拮抗など生じなかった。イブリースの角に亀裂が走り――次の瞬間にはもう、それは宙を舞っていた。
「折角、予言してやったのにな。お前自身の力で、お前を痛めつけてやるって」
エンバースは最初から知っていた/予告もしていた――イブリースを突き崩す術は、パリィにあると。
切断された角の断面から噴き出す鮮血――そして漆黒の瘴気/稲妻の如く荒ぶる魔力。
角に集約されていた膨大な力は当然、それが折れれば瞬間的に解放される。
つまり――次の瞬間、エンバースは至近距離でガスボンベが炸裂したゾンビよろしく吹き飛んだ。
「がはっ――――!」
そして謁見の間の壁に激突/全身が粉々に砕け散る/遺灰が床に散らばる――再生が遅い。
まず頭部が、続けて首周り、右肩、右腕と順に再生――魔剣を握り直す。
それから左腕/胸部/胴体へ――そこで再生が止まった。
一度は再生した胴体が再び、緩やかに零れ落ちていく。
遺灰の奥で燃える霊魂も、消えかけのライターのように瞬いている。
アンデッドの不死性が、受けたダメージに追いつけていない――つまり、死にかけている。
イブリース・シンから放射される制御不能の魔力暴走を間近で浴びたのだ――こうなるのは当然の結果だった。
241
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/04/11(火) 05:33:52
【アドベンチャー・パートA(Ⅱ)】
「う……が……ま、まあ……これくらいのダメージは予想の範疇だ……死ななきゃ、安いぜ……」
〈言ってる場合ですか!口より先に手を動かして!ハイバラ?ハイバラ!〉
「あ……?ああ、そうか……役目を終えたアタッカーをヒールしてる暇なんか、ないよな……」
朦朧とする意識の中でスマホを操作/ポーション瓶を取り出す/握り砕く――薬液が蒸散。
崩れつつあった器が安定/意識も多少はっきりした――重い頭を上げて、周囲を見渡す。
「うあ……クソ……俺は、どれくらい呆けてた……?今、どうなって……」
耳鳴りで音がよく聞こえない/目も霞んでいる――ジョンの姿が見えない。
首を左右に振って、目を凝らしても、どこにもジョンを見つけられない。
だが、ふと気づく――視界の外側、地に這う己の頭上が明るんでいる。
一体、何が。右腕でどうにか体ごとひっくり返して、天井を見上げた――そして、思わず笑った。
「なんだ、そりゃ……そんな攻撃――」
凄まじい加速度/威力による白光を帯びた部長が、遥か上空から降ってくる。
そして、その眩い光の奥に――手を取り合うジョンとカザハの姿が見えた。
「――最高だ。ロマンは、大事だもんな」
そう呟くと、エンバースは再びスマホからポーションを取り出す――胸中の炎へと押し込んだ。
エアロゾル化した薬液が遺灰の器を満たす――だが一度消えかけた魂はすぐには元に戻らない。
〈それで?いつまでそうやって星を眺めているおつもりで?〉
「なんだよ、這っていってアイツの足にしがみつけってか?遠慮しとくよ」
戦闘の最終局面で自分が戦力外――だがエンバースの声に焦りはない。
自分はもう役目を果たした。後の事は仲間達に任せればいい――任せられる。
エンバースがもう一度、部長を見上げる/着弾はもう間近――遺灰の器は未だ不完全。
「やれやれ、デジャブだな。ろくに身動きの取れない俺と、そこに押し寄せる超必殺技」
忘れる筈もない、王都での決闘――あの時は、やるべき事は全て終えていた。
その後で自分がどんなダメージを受けて、どんな目に遭おうと関係なかった。
だが今回は違う――未だ下半身が再生しないままのエンバースが体を起こす。
アタッカーとしての仕事は果たした/後の事は仲間達に任せられる――その上で、譲りたくないものもある。
『エンバース!』
己の名を呼ぶ声――それが聞こえた瞬間、エンバースが立ち上がった。
再生し切れなかった両足を、全身の遺灰の密度を下げて強引に再構築したのだ。
ひび割れだらけの器のあちこちから炎が漏れ出す/構わず床を蹴る――守るべき少女の傍へ。
「お呼びか、マスター」
視界は依然霞んでいる/思考が鈍っているのを感じる――そんな素振りは決して見せない。
「さあ、頼むぞダインスレイヴ。俺の、二番目のパートナー……俺の呼び声に、応えろ――――――――――ッ!!」
ダインスレイヴを両手で握り締める/剣先を前方へ――襲い来る余波を魔剣が喰らう。
242
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/04/11(火) 05:34:11
【アドベンチャー・パートA(Ⅲ)】
「うおぉおおおおおおおおお――――――――――――――――――――――――ッ!!!」
魔力を喰らう剣を用いて、敵の攻撃を吸収する――別にたった今思いついた戦術ではない。
それが出来る事は以前から知っていた――ならば何故今まで使わなかったのか。
「出来る」だけだからだ――機能しないのだ、今のダインスレイヴでは。
魔剣の本来の姿――溶け落ちる前の刃があった頃、ダインスレイヴは今よりも強力だった。
今よりも速く、今よりも多くの魔力を喰らう事が出来た――敵の攻撃を無効化するほどに。
今のダインスレイブでは、敵の攻撃を喰らい切れない――だから、この使い方はしなかった。
並み居る強敵達の圧倒的な火力、その幾らかを軽減したところで焼け石に水でしかないから。
「く……ぐ……フラ……ウ……手を……貸せ……!」
フラウがエンバースの装備に潜り込む/全身に触腕を纏わせる――外骨格を形成。
それでもダメージを防ぎ切れない――遺灰の器が少しずつ剥がれ落ちていく。
視界が黒雷と白光に塗り潰される/視界が狭まる――何も見えなくなる。
ふと、一際激しい閃光/炸裂――それが止むと、エンバースの遺灰の器は完全に吹き飛んでいた。
アンデッドの本体である、呪いの聖火を宿した霊魂も、風穴だらけで人型を保てていない。
それでも、眩む視界の中――満身創痍のジョンの背と、倒れゆくイブリースが見えた。
「やった……か……」
ダインスレイブを取り落とす/装備のフードを深く被る=損傷を隠す――膝を突く。
「は……流石に少し……キツかったな……」
スマホからポーション瓶を取り出して、首筋に刺した――遺灰の器は殆ど再生しない。
何度か追加のポーションを自身に焚べる――どうにか人型の輪郭くらいは再生出来た。
『息があるよ……生きてる……!』
「……ふん、なんだ。仕損じたか」
悪態=この短時間に二度も死にかけた立場ならば当然の権利と言わんばかり。
『なゆから聞いたよ、あなたはモンスターなら産地に関わらずみんな同胞として見てるって』
「どうだか。俺は今度ばかりは死ぬかと思ったね」
益体のない/故に誰にも聞かせるつもりもない小さなぼやき。
『あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ』
カザハの言葉に、色々と思う事はある――だがエンバースは何も言わない。
モンスター達の社会については、プレイヤーであっても知っている事は多くない。
知能に乏しい魔物達が家畜と見なされるのか、労働階級と見なされるのかも分からない。
結局、ブレイブとモンスターズの間で、本当に断言出来る事など何もない。
それでも、何かを断言出来る――それがカザハの素質だからだ。
だから、自分がその言葉を濁らせる必要はなかった。
243
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/04/11(火) 05:34:57
【アドベンチャー・パートA(Ⅳ)】
『エンバースさんは……あなたも知ってると思うけどまずシンプルに滅茶苦茶強くて。
いつもみんなを守ってるなゆを守れるぐらい強くて。
敵としては当然厄介だったと思うけど、逆に味方にいたらすごく心強いんじゃないかな?
それに……どこからどう見ても焼死体なのに、何故か滅茶苦茶格好いいんだ。
ちょっと何言ってるのか分からないと思うけど、一緒に来ればすぐに分かるよ」
「そりゃちょっと間違ってるな。俺は超強くて、だから当たり前にカッコいいのさ」
『ジョン君は……』
『何も言う必要ないのかも。
だってジョン君は何の小細工も理論武装も無しに全身全霊でさ、
理屈を介さずに直接感情にダイレクトアタックしてくるから』
「おい、一人忘れてないか?そこの超弩級のお人好しについてだ。
信じられるか?この期に及んで、まだお前に話が通じると思ってるんだぜ。
そのくせ、そんな自分を紹介し忘れてるんだ。どうだ、信じられるか?信じられないなら、バカだね」
何故か顔を抑えてイブリースを離れるカザハを尻目に嘯く。
『イブリース。ようやくお前とお喋りできるな』
明神がイブリースの前に立つ。
『俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた』
キングヒルでは何十万もの人が死んだ――なあなあで済ますには、あまりに犠牲が多すぎる。
『……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ』
『言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!』
重い静寂――その中で、未だ再生の終わらない遺灰の体を立ち上がらせる。
「おいおい、つれないぜ明神さん……弱い者いじめなら、俺も混ぜてくれよ」
明神の肩に腕を乗せる/イブリースを見やる。
244
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/04/11(火) 05:35:51
【アドベンチャー・パートA(Ⅴ)】
「よう、「また」死に損なったなイブリース。アンデッドの先輩として、幾らか為になる話をしてやろうか?」
返事は待たない/求めていもいない。
「おっと……悪い、自己紹介がまだだったな。俺はエンバース。
こうなる前はハイバラと呼ばれていた……今でも昔馴染みはそう呼ぶがな。
俺は一巡目で、今のお前みたいに何もかもをどうしようもなく、しくじってこうなった」
両手を上げる/肩を竦める。
「一巡目の記憶があるってのは残酷だよな。世界が巻き戻っても、自分が失敗した事実は消えない。
これはあまり直視したくない現実だが――俺達の顔馴染みはもう、みんな死んでる。
たとえこの世界でそいつらが生きていたとしても――それは、違う」
ゲームの中のイブリースに比べて、この世界のイブリースは――どこか違った/濁っていた。
だが、それも当然の事だった。自分は皆を死なせた/全てをしくじった――
そんな思いを抱いたまま、かつての自分のままでいられる筈がない。
「……そして、俺達もな。俺達ももう、かつての自分じゃない。
俺が死んで、そこに残った動く焼死体は――かつての俺とは別の存在だ。
だから負けて、死んで、死なせて……たまたま二巡目に戻れたお前も、かつてのお前じゃない」
闇色の眼光が、イブリースの双眸を深く覗き込む。
「そんな生ける屍が……手前の都合でもう一度仲間を死なせるなんて、あり得ないよな?」
拳を握る/イブリースの腹の傷に打ち付ける。
「もっと優しく言ってやろうか?どうせ、とっくに死んでる命なんだ。
同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ」
つまり、とエンバース。
「さあ……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
245
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/04/12(水) 14:19:22
「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ゥゥゥゥ……」
これでも…まだ動くのか…。
獣は…うめき声を上げながら僕に近寄ってくる。
限界なのはだれの目からみても明らかだった…僕もだが…しかし目の前のいる未だ人に戻れぬ獣は…本能で僕を殺そうと全てを引きずり近寄ってくる。
「来いよ…満足するまで付き合ってやる」
僕に精々できるのは強がりを言う事のみ。
体を唯一動く右腕で持ち上げ辛うじてそこに座り込む事しかできない僕にこれ以上戦う術はない。
回復魔法やポーションを飲んだところでゲームのように即座に元気よく動き出す事はできない。
>「……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……、
―――――――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』―――――――!!!!!」
つまり詰みな状態なわけだが…これ以上攻撃されれば死ぬのはイブリースも一緒だ。だからこそ…賭ける。
「あ〜…クソ。神頼み運頼みなんて…ガラじゃないんだけどな」
僕の頬を瘴気が撫でる。覚悟はとうにできている。
「僕は自分が死んでもいいって覚悟でやってるんだ…お前も覚悟があるなら…やれよ」
しかし目の前の獣が振り上げた剣は…僕に振り下ろされる事なく主と共に床に落ちた。
大きな音と共に獣は…イブリースは床に倒れた。その瞬間最悪な結果が僕の脳裏を過ぎる。
>「息があるよ……生きてる……!」
「…よかった」
ひとまず主要クエストの一段階と突破したわけだ…一応五体満足で。
しかしあくまでも第一段階…目標を達成するにはこの後イブリースを説得しなければいけない…いけないが…。
果たしてどこまでイブリースに聞こえているのか…しかし、全身全霊で挑むしかない…どっちにしろ小細工なんてできやしないが。
「聞こえるか?イブリース?いつまで獣のモノマネを続けるつもりだ…?ここからは理性のある生物…「人」として対等に話し合おうじゃないか?」
246
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/04/12(水) 14:19:33
>「なゆから聞いたよ、あなたはモンスターなら産地に関わらずみんな同胞として見てるって」
一番最初に口を開いたのはカザハだった。
>「あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ」
レベルを上げるためにモンスターを…イブリースが言う同胞をそれこそ数えきれないほど殺してきた。
ゲーム上でも…この世界に自分自身が来た後も。イブリースが許せないのはもっともだ…だがそれでも僕達はイブリースと協力しないといけない…お互いの為に。
カザハが僕達PTのいいところを一つ上げていく。
なゆ…明神・エンバース…そして
>「ジョン君は……」
>「何も言う必要ないのかも。
「えっ…」
カザハさん?たしかに僕はみんなに比べて付き合いは短いけど…。
>「だってジョン君は何の小細工も理論武装も無しに全身全霊でさ、
理屈を介さずに直接感情にダイレクトアタックしてくるから。
一瞬頭の方が付いていかなくて戸惑うかもしれないけど……
戦ってて何か心が動いたなら、心に従ってみてほしいよ。
実を言うとぼくも未だに頭が付いていってなくて、上手く言えないんだ」
なんか他のメンバーと比べてなんか説明がふわっとしてない?僕の気のせいかな?
たしかに今までを振り返ってみても僕碌な事してないけど…!それでもそこまで露骨に…なんか…
>「つまり……ぼくはみんなのことが大好きで、一緒に来てるんだ。
ニヴルヘイムの仲間のこと、今でも大事に思ってくるんでしょ?
まだ間に合うよ。一緒に行こう。絶対後悔させない。
もしかしたら酷い裏切りにあったのかもしれないけど……。
ここにいるみんなは、一度掴んだ手は絶対離さないから……!」
人生で人とちゃんと接した…人を見るクセがなかった僕にはカザハの内心がわからなかった。
これがカザハの照れ隠しなどと…僕にはわかるわけがなかった。
てんぱる僕をみんな微笑みながら見てたけどその意味を知るのは…もう少し後だった。
247
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/04/12(水) 14:19:44
>「俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた」
協力しなければならない…そんな事は明神だって分かっている。
しかししていた事はなかった事になる事はありえない…それもまた分かっている。
>「……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
>「言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!」
明神も…本当は分かっている。この場だけ…この先の場面を収める言葉である事を…。
しかし…よりいい未来の為に…決断し、諦める事が必要なのも…分かっている。
罪を擦り付ける行為は決して褒められた事ではない。
実行したのは間違いなくイブリース一派で、命令されたとしても罪は海のように深い。…それでも。
>「一巡目の記憶があるってのは残酷だよな。世界が巻き戻っても、自分が失敗した事実は消えない。
これはあまり直視したくない現実だが――俺達の顔馴染みはもう、みんな死んでる。
たとえこの世界でそいつらが生きていたとしても――それは、違う」
イブリースの返事を遮るかのように口をはさむのは…エンバース。
彼は自分を失敗した人間の成れの果てだという。大体の意味は分かっても彼の本当の想いを理解できる人間は少ない。
僕達には一週目の記憶がない。彼の本当の苦悩、想いを真に理解できる人間は少ない…しかし記憶を引き継いでいるイブリースは別だ。
>「……そして、俺達もな。俺達ももう、かつての自分じゃない。
俺が死んで、そこに残った動く焼死体は――かつての俺とは別の存在だ。
だから負けて、死んで、死なせて……たまたま二巡目に戻れたお前も、かつてのお前じゃない」
前の自分がどんな失敗したのか…気にならないと言えば嘘になる。
でも…エンバースの言う通り自分であって自分じゃない自分に思いを馳せるというのは…違うのかもしれない。
>「そんな生ける屍が……手前の都合でもう一度仲間を死なせるなんて、あり得ないよな?」
僕達は全員今を生きる人として…前に進まねばならない。
>「もっと優しく言ってやろうか?どうせ、とっくに死んでる命なんだ。
同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ」
止まっている時間なんて本来1秒もない…そして…それは…僕も同じだ。
248
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/04/12(水) 14:19:57
「すまないカザハ…イブリースところまで連れ…肩を貸してくれないか?」
回復魔法の治療受ける為に念の為にちょっと離れた場所でヒールを受けていたが…思ったより具合がよくならないので未だに一人では歩く事すらできないでいた。
言い直したのはせめてものプライドである。男が頼り切りなんてほんの少しだけ恥ずかしい気がした。
「あぁ…それとカザハ…さっき急降下してた時…特技が大した事ないだとか…なんの役にも立てないとか言ってたな」
正直全力で叫んでいたので正確に全部聞き取れていたわけではないのだが…
しかしそれでもカザハがどんな話をしていたのか…大よその事はわかるほどに理解しているつもりだ。
「僕は…芸能人の生歌声を0距離で何回も聞いてきた。幸いテレビ人気だけはあってね…コンサートに紹介されたり音楽番組に賑やかしとして呼ばれたり…
地球の歌手の生歌を飽きるほどきいた…確かにみんなうまかったよ。でも…魂に響いたのは…」
極度の疲労とダメージ、そしてちょっぴりの気恥ずかしさから…声の音量が落ち、カザハの耳に囁くように僕は言った。
「君だけだ。…君が一番心に響いた…カザハ…君が好きだ。」
芸術の類は全てそうだが…うまい下手という単語は似つかわしくない。
もちろん技術の差は当然としてある。しかし、僕にはラクガキのような絵も誰かの魂に響き、震わせる。
僕にはこの世で一番…いやこれからの人生これを超えるほどはないと確信を持って言えるほど…震えた。
「みんなが聞いたらきっとすぐ君の虜になるよ!僕が保証する!あぁ…でも」
「僕だけの歌姫も悪くないかもね?」
だって人気とかでたらこの歌を間近で聞けなくなるかもしれない。カザハも僕に気に入られるより…より多くの観客が聞いてくれたほうが嬉しいだろうし。
スーパー人気アイドル歌手とかに転身して僕の好きな歌じゃなくなっちゃうかもしれないし…
地球でも一杯いたしな…人気取りに目がくらんだ結果歌いたい歌を歌えなくなる人…
「もちろんカザハ次第だけど………もしアイドル歌手とかになっても僕の事忘れないでくれよ?後できれば流行りとかに流されず自然な歌を…っとこんな話してる場合じゃなかったね」
そんなこんな話していたらイブリースの場所にたどり着く。
カザハは僕をイブリースの真横に降ろす。そして僕は倒れているイブリースに語り掛ける
「イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある」
話したい事を話す。これが正解かどうかは分からないけど…僕の想った事全てを。
「人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…」
ロイのように…心が壊れ…破滅する事…それは…
「絶望的な状況に陥った時…隣にだれもいない者が破滅するんだ」
「もしもあの時お前に心から相談できる友達と呼べる存在がいれば…
もしもあの時お前の隣にアドバイスしてくれる者がいれば…地球に移住する以外の事ができたかもしれない
挫けそうな時…道を踏み外しそうになった時…隣に一言でもいい…声を掛けてくれる者がいれば…」
僕には…なゆ達がいた。ロイも…直接言葉は地球では交わさなかったが…存在がいたから…今まで狂わず生きてこれた。
もし…もし…ロイが僕の言葉信じてくれなかったら…なゆ達と出会わなかったら……間違いなく僕は破滅していただろう。
「どんなに悲嘆したところで過去は絶対に変わらない…もし巻き戻せたとして…結局エンバースの言う通り…今の僕達はここにしか存在できないから」
世の中不条理ばっかりだ…会社勤めのサラリーマンも…最前線にいる兵士も…結局この世界に生きてる生命体みんな…自分の意志で…一人でいい方向に持っていく事などできない。
「僕はこの人生に納得してるよ。僕も決して許されない罪を犯した…事が落ち着いたら…その罪と向き合おうと思ってる。
それで…どんな結末が待っていたとしても…僕はなゆ達についてきたことを…絶対に後悔しない
だって自分の今の生を否定したら…肯定したり否定してくれた人たち…奪った命への裏切りだぜそれは…そんな事は絶対にしてたまるか」
シェリーを殺した事が真実である事を…もし地球に帰れたら素直にもう一度告白しようと思う。
ロイを殺したことも含めて…必ず僕はその罪を………そうなるまで絶対に死ねないんだ。
「お前は決して許されない罪を犯した。僕達がどうこういってもそれは絶対に消えない…だからといって自分勝手に死んでそれで終わりにしていいわけじゃない…諦める前に…自分の選択の結末を見に行こう」
「自分の人生を…いやこの場合は魔生?…それを全うしないまま自分勝手に死ぬなんて…
そんなお前を信じてくれた…お前を想ってくれた人の心を裏切るような真似だけはするな
お前は生きて……そして正式な場で…公平に裁かれて…罪を償うんだ。
人間を…ブレイブを恨むなとは言わない。お前の怨恨に終わりなんてない事はわかってる…
お前が望むなら事が終わった後もう一度改めて殺し合いしてやるよ…だからそれまで…石に噛り付いてでも…生き残れ」
僕はイブリースの目の前に手を差し伸べる。
言いたい事は全部言った…後はイブリース次第だ。
「今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな」
249
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/04/17(月) 00:07:25
>息があるよ……生きてる……!
カザハが倒れたイブリースへとおっかなびっくり近付き、恐る恐る生存を確認する。
仰向けのイブリースは幾度か咳込むと、口から粉々に砕けた『悪魔の種子(デモンズシード)』を吐き出した。
種子が体外へ排出されたことで兇魔皇帝イブリース・シンとしてのステータスが失われ、
身体が元の大きさと兇魔将軍の姿に戻ってゆく。
「が……、は……」
気を失っていたのは、ほんの数分程度。イブリースはすぐに覚醒するとガリガリと床に爪を立て、ゆっくり起き上がった。
しかし、身体が思うように動かない。何とか業魔の剣を掴み、杖代わりにして立ち上がろうとするものの、
結局は片膝を謁見の間の床について崩れ落ちた。
「……まだ……、まだだ……!
オレは……ニヴルヘイムの朋輩の、仲間たちの……未来、を……!」
イブリースの闘志は、まだ萎えていない。
なおも抵抗の意思を見せようとするイブリースに、カザハが語り掛ける。
>あなたにとってブレイブは大事な同胞を強制的に使役して傷つける悪い奴らなんだよね。
多分……それは間違ってない。でも、みんながみんなそうじゃなくて……。
少なくともここにいるみんなは違うんだよ
カザハがパーティーの皆の長所を滔々と語る。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』、否、ブレモンのプレイヤーには確かに嬉々としてモンスター狩りに精を出し、
ニヴルヘイムの住人を――それどころか自分とその率いるモンスター以外のすべてを経験値やルピ、
もしくは使い捨ての戦力としか考えていない者が沢山いる。
自らの強さを証明するためのトロフィーとしての価値しか見出さない、ミハエル・シュヴァルツァーのような者たち。
だが、一方でパートナーモンスターに一途な愛情を抱き、唯一無二の相棒として慈しみ、
深くブレモンの世界を愛するプレイヤーも存在する。
後者のプレイヤーたちの想いと、イブリースの想い。仲間を大切にするという点で、そこには何の違いもない。
だからこそ、一緒に歩んでいけるはず。カザハはそう言っている。
しかし、次いで口を開いた明神の意見は、カザハとは少し違っていた。
>俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた
イブリースは片膝を床についたまま、肩で息をしながらその言葉を聞いている。
斜に構えた露悪的なクソコテスタイルとは裏腹に、このアルフヘイムでの旅全般を通して、
パーティーの中で誰よりも『死』について敏感なのが明神であった。
ガンダラの試掘洞でバルログを喪ったとき。
リバティウムでバルゴスを死なせたとき。
アコライト外郭でユメミマホロが自己犠牲の道を択ったとき。
アイアントラスでの、ロイ・フリント率いるゴブリン・アーミーによる大量虐殺。
そして、王都キングヒルの崩壊――。
抗いがたい死を前に明神はいつだって憤り、己の無力にきつく歯を噛み締めてきた。
そんな人一倍『死』に対して繊細な明神が死霊術師としての道を歩むようになったのは、ある意味必然であったのかもしれない。
>……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ
だからこそ、明神には大義名分が必要だった。
キングヒルに攻め込み、多数の無辜の民を殺戮したイブリースを赦すための理由が。
>言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!
二度目の勧告は、ほとんど悲鳴のように聞こえた。
イブリースは応えない。
そんな憤激も露わな明神の肩をエンバースが叩き、イブリースの方を見て口を開く。
カザハ、明神ときて、次はエンバースの番だった。
>よう、「また」死に損なったなイブリース。アンデッドの先輩として、幾らか為になる話をしてやろうか?
自分と一緒に旅をする仲間たちの良いところを述べ、イブリースの憎む者たちとは違うと示したカザハとも、
イブリースに免罪の弁を強要しようとする明神とも違い、
エンバースが話し始めたのは自身とイブリースの共通点についてだった。
>一巡目の記憶があるってのは残酷だよな。世界が巻き戻っても、自分が失敗した事実は消えない。
これはあまり直視したくない現実だが――俺達の顔馴染みはもう、みんな死んでる。
たとえこの世界でそいつらが生きていたとしても――それは、違う
エンバースとイブリースは、共にごく少数存在している一巡目の記憶持ち――メモリーホルダーだ。
一巡目の記憶を持っているということは大きなアドバンテージであるが、同様にデメリットでもある。
ムスペルヘイムで敗死した記憶があるからこそエンバースはかつての仲間たちの記憶に苦しみ、
イブリースも虐殺された仲間たちの怨嗟を引き摺っている。
時間が巻き戻り、世界が滅びる前に立ち戻ったとしても、何もかもが一巡目と変わらず元通りとはならない。
ならば。
>同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ
どうせ一度失敗したのだ。今更守る矜持もあるまい。
実際にイブリースは悪魔の種子を飲み込む際、“名誉も、矜持も、これより先の生さえも無用”と発言している。
同胞を救うことこそがイブリース第一の目的なのであれば、拘りは捨てて手を組めと、
エンバースはそう言っている。
あらかた言いたいことを吐き出し終わると、エンバースはイブリースの胸の傷にどんと拳を打ち付けた。
>さあ……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ
250
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/04/17(月) 00:10:58
「……ク……、クククク……」
明神とエンバースの両名から責任回避の発言を促されると、床に片膝をついたままのイブリースはゆっくりと笑った。
「確かに……貴様らの言う通り、すべては大賢者の口車に乗せられただけだと……そう言うことが出来れば、
楽なのだろうな……」
左角は折れ、翼は朽ち、尻尾も半ばから千切れ。
鎧のあちこちは見る影もなく砕け、満身創痍のイブリースであったが、その三ツ眼からはまだ意志の光は消えていない。
いや、むしろ悪魔の種子を吐き出し元の姿に戻ったことで、理性を取り戻したと言うべきか。
だからこそ。
「オレは……オレの成した所業から逃げる気はない……。
ローウェルと手を組んだのも……貴様らアルフヘイムの者どもを殺戮したのも……すべて、オレが望んだこと。
責任から逃れるつもりなど、元よりありはしない……!」
硬い決意に炯々と輝く眼で『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をねめつけ、イブリースは断言した。
責任逃れの言葉を口にするのは簡単だ。それで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は皆納得するだろう。
だが、他の誰が納得しようとも――他ならぬイブリース自身がその言葉に納得できない。
誇りなど捨てた。面子も、立場も、既にない。そんなものはどうでもいい。
だが、自分にまつわる何もかもを擲っても、なお捨て去れないものがある。
それは信頼。期待と、絆と、それから愛情。
かつて、まだニヴルヘイムの支配者として君臨していたシャーロットから教えられ、朋輩たちから与えられたもの。
ローウェルやその一派と手を組み、両手を血に染め、アルフヘイムとの戦いに臨む。
そんな自分に従い、共に駆け、そして散っていった仲間たち。
みな、イブリースのすることが正しいと、信じられると思ったからこそついてきてくれたのだ。
明神たちの提案に従うということは、それら亡き仲間たちの心を裏切ることになる。
だが、誤りは誤りだ。それはイブリース自身も理解している。
ミハエル・シュヴァルツァーに大切な同胞たちを預けてしまったのは、完全な悪手だった。
間違っていたのなら正さねばならない。修正し、本来あるべき姿に戻さなければならない。
だから――
>イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある
ジョンが静かに口を開く。
>人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…
自分がどうしようもなく追い詰められたとき、傍に寄り添ってくれる者がいるかどうか。理解者がいるかどうか。
そのただ一点が、よく似た境遇であったジョンとイブリースの明暗を分けた。
>僕はこの人生に納得してるよ。僕も決して許されない罪を犯した…事が落ち着いたら…その罪と向き合おうと思ってる。
それで…どんな結末が待っていたとしても…僕はなゆ達についてきたことを…絶対に後悔しない
だって自分の今の生を否定したら…肯定したり否定してくれた人たち…奪った命への裏切りだぜそれは…
そんな事は絶対にしてたまるか
ジョンはなゆたや明神、エンバース、そして何よりカザハに肯定されたことで自らを受け入れることが出来た。
逆にロイからは仕方なかった、不可抗力だったとシェリー殺しの罪を免じられるのではなく、
お前は罪を犯した、きちんと償えと言われたことで、自らの罪に立ち向かうことが出来た。
其れと同様に。
>お前は決して許されない罪を犯した。僕達がどうこういってもそれは絶対に消えない…
だからといって自分勝手に死んでそれで終わりにしていいわけじゃない…諦める前に…自分の選択の結末を見に行こう
>自分の人生を…いやこの場合は魔生?…それを全うしないまま自分勝手に死ぬなんて…
そんなお前を信じてくれた…お前を想ってくれた人の心を裏切るような真似だけはするな
お前は生きて……そして正式な場で…公平に裁かれて…罪を償うんだ。
人間を…ブレイブを恨むなとは言わない。お前の怨恨に終わりなんてない事はわかってる…
お前が望むなら事が終わった後もう一度改めて殺し合いしてやるよ…だからそれまで…石に噛り付いてでも…生き残れ
イブリースに必要だったのは、イブリースの罪を免じてくれる文言や証人ではなくて。
犯した罪を認めさせ、それを償うための道を示してくれる理解者だったのである。
>今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな
そう言うと、ジョンはゆっくりと片手をイブリースへ差し出した。
血まみれで汚れきった、傷だらけの手。
251
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/04/17(月) 00:17:32
「手を取れ、か……。
タマン湿生地帯でも、そんなことを言っていたな。
貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、どうでもオレを手許に引き込みたいらしい」
ク、とイブリースは喉奥から笑みを漏らした。
「貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?
ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす」
犯した罪が無かったことにならないように、同胞を殺された過去が無かったことにはならない。
恨みも、怒りも、ずっと残り続ける。膿んだ傷口のようにじくじくと痛み続ける。
それを癒すことが出来るのは、ただ時間だけだ。そしてイブリースの心に穿たれた傷が塞がるには、
まだまだ多くの時間が必要なのだろう。
……けれども。
「だが……死が逃避に過ぎないという貴様の言い分、それだけは……同意だと言っておく。
貴様らに手を貸す訳ではない、軍門に下る訳でもない。依然変わりなく、オレと貴様らは敵のままだ。
オレはただ……自らの責任を果たしに往く、のだ――」
兇魔将軍として、ニヴルヘイムを率いる者として。
ミハエル・シュヴァルツァーに大切な仲間たちを託してしまったという、自らの犯した過ちを正しに行く。
それが、イブリースの生きる新たな目的となった。
「イブリース、それじゃぁ――」
ジョンとイブリースの遣り取りを黙して見詰めていたなゆたが口を開く。
イブリースは一度頷いた。
「せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい」
「ありがとう、イブリース……!」
なゆたは満面の笑みを浮かべて言った。
敵勢力ニヴルヘイムの首魁として、幾度となく干戈を交え死闘を演じてきた、兇魔将軍イブリース。
その強大な相手と、今この瞬間やっと決着をつけることが出来たのである。
ジョンの差し伸べた手をイブリースが取ることこそなかったものの、これで当面争う必要はなくなった。
「なんと……。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』には今までも度々驚かされてきたが、
よもや兇魔将軍すら下そうとは……」
「そうね。でも、どんなモンスターとも気持ちを通い合わせることが出来る……パートナーになれる。
それが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』なのでしょう」
エカテリーナが驚きを隠せない様子で呟く。
片膝をついたままのイブリースへアシュトラーセが歩み寄り、高位の回復魔法をかけて傷を癒してゆく。
同様に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側も各々が戦闘で受けたダメージを回復させる。
「エンバース、守ってくれてありがとう。今、手当てするわね……『高回復(ハイヒーリング)』プレイ――」
エンバースに寄り添うと、なゆたは満身創痍の遺灰の男を手持ちのスペルカードですぐに治療した。
そっとエンバースの左腕に手を添え、気遣わしげにその砕けた身体を見詰める。
「また、無理させちゃったね……。ゴメンなさい、いつも無茶ばかり言って」
ムラサマ・レイルブレードによる角の切断と、部長流星弾炸裂時のなゆたの救助。
流石に戦闘中に無理難題を突き付けすぎたかと反省する。
彼なら出来る、という強固な信頼に基づく選択だったとはいえ、負担の大きすぎる行為であったとは思う。
「えと……。き、嫌いにならないで……ね」
そっと、上目遣いにエンバースの顔色を窺うなゆただった。
「フン……」
アシュトラーセによる治療が終わると、回復したイブリースはゆっくり立ち上がった。
胸に穿たれた穴は塞がり、折れた左角も元に戻っている。
右拳を握ったり開いたりして具合を確かめているイブリースの許へ、
マゴットと分離して元の姿に戻ったガザーヴァが近付いてゆき、その隣に立ってちょいちょいと脇腹を肘でつつく。
「……幻魔将軍」
「やーっと三魔将が揃ったな、イブリース」
イブリースの巨体を見上げ、ガザーヴァはにひっと白い歯を覗かせて屈託なく笑った。
不得要領といったイブリースに対し、なゆたの方を指差す。
「いや、わたしはシャーロットのデータを引き継いだだけで、シャーロット本人ではないんだけど……」
突然水を向けられ、なゆたが戸惑ったように困り笑いを浮かべる。
しかし、ガザーヴァはまったく斟酌しない。
「おんなじさ。だって、ボクたちはパパやローウェルの作ったゲームのデータなんだろ?
それならオマエの引き継いだデータだってシャーロットそのものだ、なんにも変わらない。
ホラ……モンキン、オマエの中のシャーロットは、なんて言ってる?」
ぱちぱちと驚いたように幾度か目を瞬かせると、なゆたはそっと自らの胸元に手を添えた。
そして、目を閉じる。
「うん……。
わたしの中のシャーロットも、喜んでる。イブリースに『おかえりなさい』って言ってるよ――」
「だろ」
もう一度、ガザーヴァは嬉しそうに笑った。
252
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/04/17(月) 00:21:35
「さて、無事にイブリースをお仲間に――」
「仲間ではない」
「…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――」
次の行動指針を提示しようとしていきなりイブリースに話の腰を折られたみのりだったが、
気を取り直して一息に告げる。
そう、イブリースと一応の決着をつけることが出来たのは大きな進展ではあるものの、終着点ではない。
既に大賢者ローウェルやミハエル・シュヴァルツァーは、ニヴルヘイムの民を率いて地球へ行ってしまった。
断じて、真一らメモリーホルダーの見た一巡目の惨劇を繰り返させる訳にはいかない。
しかし。
「肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……」
ウィズリィが嘆息する。
流石のブックにも、少し前までミハエルらと一緒にいたイブリースにも、ついでにカザハの持っている攻略本にも、
アルフヘイムからミズガルズへの行き方などという知識はない。
なゆたも銀の魔術師モードになっていない(なれない)以上、シャーロットの知識は使用できない。
第一、シャーロットがそんな方法を知っているかどうかも定かではないのだ。
流石に万事休すか、と思われたが――
「わかるよ」
イブリースとの戦闘にも加わらず、それまで傍観者に徹していたエンデが唐突に口を開く。
「おっ、今日は珍しく自分から発言したじゃんか! エライぞー!」
ガザーヴァがエンデの頭をわしゃわしゃと雑に撫でる。
軽く髪を手櫛で直しながら、エンデはパーティーの面々をぐるりと見回した。
「もともと『ブレイブ&モンスターズ!』の設定では、限定的ではあるけれどアルフヘイムとニヴルヘイムは行き来が出来た。
けど、アルフヘイムやニヴルヘイムからミズガルズへ行けるという設定はない。
当然だ、君たちがプレイしていたゲームの中の設定には、ミズガルズなんて世界はないんだから」
なゆたやエンバース、明神たちのよく知るゲームのブレモンの舞台は、アルフヘイムとニヴルヘイムしかない。
従って、ミズガルズへ行く方法も存在しない。
しかし――この現実の世界は違う。ミズガルズという場所が存在する以上、行き来も出来るはずなのだ。
「ローウェルは管理運営の権限を使ってそれを成し遂げたんだろう。
だから、ぼくたちも同じように管理者権限を使って移動する。ただ――それには必要なものがあるんだ」
「必要なもの……?」
なゆたが小首を傾げる。
「管理者権限を使用するには、パスワードがいる。
そのパスワードはぼくの中にあるんだけれど、パスワードを入力するにはメニューにアクセスしなくちゃならない。
外の世界じゃない、この世界の中で管理者メニューを起動するためには、莫大な力が必要なんだ」
「莫大な力……。それは、どのくらいの……?」
「――レクス・テンペスト」
子どもの外見には似つかわしくない怜悧な眼差しで、エンデはカザハを見た。
「地、水、火、風、光、闇。
この世界を構成する六つの元素、その最も強い力……。
レクス・テンペストに相当する力を各属性ごとに集め、結集する。
天地創世に匹敵するほどの力を用いなければ、文字通り神の業である管理者メニューを起動することはできない」
「……じゃあ、パパがレクス・テンペストを欲しがってたのは――」
ガザーヴァが口を開くと、エンデは荘重に頷いて肯定を示した。
バロールの使う創世魔法は、管理者権限をゲーム中でも気軽に使えるようにしたダウンサイジング版とでも言うべきものだった。
しかし、創世魔法では出来ることに限りがある。
ログアウトして外の世界へ出れば、バロールは管理者権限を自由に行使することが出来る。
但し、そうすればログやアクセス履歴を探られ、バロールが何処の何に改編を施したのかもバレてしまう。
一方で、いちキャラクターとしてログインしていればその足取りをローウェルが追うことは難しい。
ローウェルと袂を別ったバロールは、ログアウトせずともこの世界の中で管理者メニューを開けるよう、
莫大な力の供給源としてレクス・テンペストを求めていたのだ。
253
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/04/17(月) 00:26:07
「おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?」
ガザーヴァが慌てふためく。
この世界には万物の根幹を成す精霊王がおり、それぞれの属性の聖地に神代遺物とそれを守護する精霊がいるという。
つまり風属性のレクス・テンペストと同じように、火属性や水属性の精霊王の魂と、
時代の精霊王に相応しい魂を持つ精霊たちも存在するということだ。
しかし、この土壇場で世界の僻地・秘境にいるというそれらの精霊を訪ねるような暇はない。
が、そんなガザーヴァの心配は杞憂であったらしい。
エンデは一度かぶりを振った。
「いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる」
そう言うと、エンデは五人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を順に指差した。
すなわち――
『地』にはジョン。
『水』にはなゆた。
『火』にはエンバース。
『風』にはカザハ。
『闇』には明神。
「……待て、それでは五属性しかないではないか? あとの一属性、光は誰が担当するのじゃ」
エカテリーナが当然の疑問を口にする。
「うちは地属性やろし、対象外やなぁ」
みのりが右手で頬を押さえて嘆息する。
ウィズリィも地属性だし、エカテリーナは火属性。ガザーヴァとイブリースはバリバリの闇属性で、
エンデに至ってはどれにも属さない第七の属性・外なる神アブホースと同様の混沌属性だ。
ただひとり、パーティーの中で光属性といえば。
「私……かしらね」
恐る恐るといった様子で、アシュトラーセが右手を挙げた。
これだけ頭数が揃っていて光属性がひとりしかいないというのもバランスの悪い話だが、
他に候補がいないのだからアシュトラーセ一択であろう。
というのに。
「いや。アシュトラーセ、あなたは駄目だよ」
エンデが待ったをかける。
「力が足りない。必要なのは精霊王の魂に匹敵するほどのエネルギーだ。
今まで長い旅を続け、成長してきた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にはそれがある。
一方アシュトラーセはアルフヘイム最高戦力のひとりではあるけれど、そこまでの力があるかといえば――」
「……ない……わね」
アシュトラーセは無念そうに俯いた。
「じゃあ、どうするの? どこかから光属性の野良『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でも探してくる?」
「アコライト外郭の『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』なら、
光属性だったと思うケド」
腕組みしながらウィズリィが呻き、ガザーヴァが候補者を上げる。
ユメミマホロは確かに光属性ではあるが、最高レベルに鍛えられていた彼女――の一人目――は死亡している。
現在の、二人目のマホロではきっとアシュトラーセと一緒で力不足ということになってしまうに違いない。
といって、他の当てもない。
キングヒルが健在ならバロールの招集した他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいたかもしれないけれど、
ニヴルヘイム軍によって壊滅した今となっては望むべくもない。
あとひとり。あとひとりが揃わない限り、ミズガルズへは行けない。地球へは、帰れない。
光属性の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』さえ居れば――
そんなとき。
「……わたしがやる」
不意に、声が上がった。
仲間たちの視線が其方を向く。そこには自らの胸に右手を当て、決然とした表情で立つなゆたの姿があった。
みのりが困惑した表情を浮かべる。
「なゆちゃん?
せやけど、なゆちゃんはもう水属性って決まって……」
「それもやる。
わたしが二属性分、水と……光を受け持つ」
生まれながらの属性『水』と、覚醒しシャーロットの記録を与えられたことで身に着けた属性『光』。
そのふたつを同時に行使すると、なゆたは言っているのだ。
254
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/04/17(月) 00:31:18
「……そんなことが可能なのかや? 御子?」
「問題ない。さっきも言ったけど、必要なのは六属性の莫大な力だ。
力さえあればいいんだ、頭数は関係ない。実際にローウェルはひとりで管理者メニューを開いてる」
エカテリーナの問いに、エンデは肯った。
「しかし、十二階梯の継承者を以てしても力不足と言わしめるほどの消耗なのだろう。
それが二人分……力をすべて吸い尽くされ、命が枯渇して死に至るという可能性はないのか?」
モンスター以外の命などどうなっても構わないというスタンスのイブリースまでもが懸念を口にする。
「可能性は、ある」
「!」
「何も、持っている力を単に見せつければいい――ということじゃない。その力を消費して、
この世界では本来開けないはずの管理者メニューを強引に開き、管理者権限という神の力を行使するんだ。
そこまでしなくちゃ、アルフヘイムからミズガルズへ行くことなんて出来やしない」
不可能を可能にするには、当然それなりのリスクを負う必要がある。
メニュー起動のために力を捧げたことで生命力が底をつき、死亡するパターンも充分にあるのだ。
しかし、だからといって躊躇などしていられない。
「大丈夫! バフもりもりで行くから!
それに、わたしはしぶといんだ。そりゃもう、死ななさじゃエンバースにだって負けないし!」
なゆたは仲間たちの前で笑顔を見せ、ぐっと右肘を折り曲げて二の腕に力瘤を作る真似をしてみせた。
「無茶よ、ナユタ……! 一人分だってレクス・テンペストに匹敵する力が必要なのに!」
「なゆちゃんがすごい力を持っとるのは知っとるけど、今回ばっかりはうちも賛同できへんえ。
一属性分の明神さんやジョンさんでさえ耐え切れるか分からへんっちうのに、それを二属性もやなんて……。
いくら何でも無謀すぎや。なゆちゃんにもしものことがあったらどないしはるのん?」
ウィズリィとみのりが考え直させようと説得するも、なゆたは頑として受け入れない。
「無理かどうかなんて、やってみなくちゃ分からないでしょ? それに、いい考えもあるの。
この世界のどこにいるかも分からない光属性の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を今から探すなんて、とても無理だもの。
それなら、多少無茶でも今できる最大限のことをやらなくちゃ。でしょ?」
「しかしのう、妾たちですら荷が勝つようなことを、そなた一人でというのは……のぅ……」
「やる前から無理だった時のことを考えてたってしょうがないよ。
ダメだったらダメで、その時考える! わたしはいつだってそうしてきたし、これからもそうする。
だから、やらせてほしい。……やりたいんだ、わたしが」
なゆたは今まで長い旅をしてきた仲間たちを見る。
「カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから」
かけがえのない仲間たちが、自分のことを信じてくれる。崇月院なゆたはやるときにはやる女だと思ってくれる。
それだけで、なゆたは実力以上の力が出せる。
「……やらせてみればよかろう」
口火を切ったのはイブリースだった。
「イブリース」
「あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ」
「まっ、どっちみちモンキン以外に資格を持ってるヤツはいねーんだ。
無理が通れば道理引っ込む! 出たとこ勝負で行くっきゃねーだろ、ここまで来たら!
な、明神!」
ガザーヴァが明神の背後からその首に両腕を回して抱き着き、頬と頬とをくっ付ける。
エンバースたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の仲間にも許可を貰うと、
最終的に希望通りなゆたは水と光の二属性を担当することになった。
255
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/04/17(月) 00:34:46
作戦会議を兼ねた束の間の休息と治療を終えた一行は、暗黒魔城ダークマター内部にある召喚の間に集まっていた。
かつてバロールがまだニヴルヘイムに君臨する魔王であった頃、各種の大魔法を手掛けた場所で、
最近まではイブリースと大賢者ローウェルがニヴルヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を喚ぶため、
ピックアップガチャを実施していた場所である。
この部屋の真下には強力な霊脈が走っており、ダークマター、いやニヴルヘイムの中でも、
召喚の間が最も魔術の行使に適しているらしい。
バスケットボールのハーフコート程度の大きさの、壁も床も天井も何もかも黒い部屋の中で儀式を行う。
部屋の床中央には直径5メートル程の魔法陣が描かれており、暗闇の中で輪郭がぼんやりと紅く輝いている。
エンデが虚空に半透明のコンソールを展開し、魔法陣に手を加えてゆく。
「この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう」
つまり、何が何でも一度で成功させろということだ。
「ほんまは日ぃ改めて、ゆっくり休んでもろうて。充分養生してから試した方がええんやけど……。
ローウェル相手に後手後手に回ってもうとる現状や、その余裕はとてもあらへん。
堪忍え、みんな」
みのりが申し訳なさそうに頭を下げる。
治療によって『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が対イブリース戦で負った傷や消耗した魔力は回復しているが、
疲労ばかりはどうしようもない。それはじっくり療養して回復させるしかないのだが、
そんな時間はアルフヘイムには、いやブレモンの住人達には残されていない。
「管理者メニュー起動用魔法陣、組成完了。
みんな、中に入って」
エンデがなゆた、カザハ、明神、エンバース、ジョンの五人に魔法陣の中へ入るよう促す。
「準備はいい?」
「……うん」
あくまで淡々としたエンデの問いかけに、緊張した面持ちでなゆたが返す。
その右手の薬指には、ローウェルの指環が嵌められている。
魔法陣に入る前、明神に頼み込んで貸して貰ったのだ。この指環があれば、だいぶ負担を軽減できる。
また、ウィズリィの『多算勝(コマンド・リピート)』によって『限界突破(オーバードライブ)』のスペルカードを復帰させ、
自分に掛けてもいる。
同様、他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちも必要があれば各種のバフを自らに施すことが可能だ。
儀式が始まる前なら、パートナーモンスターたちにもバフを掛けて貰えるが、始まってしまえばそれは不可能となる。
儀式中にアシュトラーセへ回復魔法を頼む、といったことは出来ないという訳だ。
魔法陣の中に入るのは、正真正銘『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』五名のみ。
ポヨリンや部長といったパートナーさえも、中に入ることは出来ない。
今までの長い長い旅で培ってきた、自分たちの力。成長の度合い。
それが、これから試される。
「みんな――、必ず地球に帰るよ!!」
なゆたが仲間たちを、何より自らを鼓舞するように宣言する。
「……魔法陣、起動!」
エンデがコンソールを操作する。
フィィィィ――という低い音と共に、五人の足許の魔法陣がその輝きを強めてゆく。
と、不意にどん! と強い衝撃が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を襲う。
それはまるで猛烈な勢いでレールを下ってゆくジェットコースターのような、腹の奥を突き上げるような。
浮遊感にも似た衝撃であった。
次いで、重圧。頭を物凄い勢いで押さえつけられ、全身を絞られるような不快感。
そして――全身から力が抜けてゆく、圧倒的な虚脱。
この世に存在する不快な感覚すべてを融合させたような、名状しがたい衝撃が五人に押し寄せる。
「う……、うあああああああ―――――――ッ!!!」
なゆたは絶叫した。
しかし、こんなところでへこたれてはいられない。
どんなことがあっても、どんな代償を払ってでも、三つの世界を守る。
この『ブレイブ&モンスターズ!』を守る。
そう、心に決めたのだから。
【イブリース説得成功。一時的に味方に。
地球へ行くには管理者メニューを開く必要がある、とのエンデの説明。
メニューを開くため、五人の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が各属性の力を魔法陣に提供する。
なゆた、水と光の二属性を提供。苦悶する。】
256
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:16:08
【カザハ】
自分の顔を覆っていて、スマホ連動ウェアラブル端末を装備していないことに気付く。
「な、なんでカケルが装備してるんだ!? 早く返してくれ……!」
「自分ではずして渡したんじゃないですか――!
もしかして眼鏡かけてないと恥ずかしい系キャラ!? こっちに来た直後はかけてませんでしたよね!?」
「あの時はちょっとテンションおかしかったから!」
カケルから端末を返してもらい、装着する。
我の次にイブリースに話しかけたのは、明神さんだった。
>「俺は……お前がやらかしたことをなあなあで水に流すつもりはない。
キングヒルを滅ぼしたことも。ミズガルズに侵攻したことも。
何度も跳ね除けられた手を何度も伸ばす理由を探すのも、もう疲れた」
イブリースを仲間に引き入れるという今の目的を考えると、一見逆方向にも思える切り出し方。
イブリースは身も蓋もなく言ってしまえば超大量虐殺犯なのだから、言っている事自体は尤もなのだが。
明神さんの尤もな怒りを見ていて、どうやら自分は理不尽に殺された不特定多数よりも、目の前の大量虐殺犯に共感してしまっていることに気付く。
どころか、自ら始原の風車の防衛機構として有象無象の人間の屍の山を築いていたというのにそこを大して気にせずに、
端から見れば気にしなくていいことを引きずっている。
やはり、根本的に何かが人間とは違っているのだろう。
>「……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
>「言えよ!!お前が責任を逃れてくれりゃ、俺達が手を組むお題目が立つんだ!!」
「明神さん……」
明神さんだって、怒りをぶつけたところでどうにもならないのも、
未来を掴み取るためには手を組まないといけないのも分かっている。
イブリースがローウェルのせいにしてくれさえすれば、折り合いを付けられるのだ。
しかし、イブリースは何も言わない。
>「おいおい、つれないぜ明神さん……弱い者いじめなら、俺も混ぜてくれよ」
エンバースさんが場を引き継ぐ。
>「よう、「また」死に損なったなイブリース。アンデッドの先輩として、幾らか為になる話をしてやろうか?」
>「一巡目の記憶があるってのは残酷だよな。世界が巻き戻っても、自分が失敗した事実は消えない。
これはあまり直視したくない現実だが――俺達の顔馴染みはもう、みんな死んでる。
たとえこの世界でそいつらが生きていたとしても――それは、違う」
>「……そして、俺達もな。俺達ももう、かつての自分じゃない。
俺が死んで、そこに残った動く焼死体は――かつての俺とは別の存在だ。
だから負けて、死んで、死なせて……たまたま二巡目に戻れたお前も、かつてのお前じゃない」
257
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:18:50
一般的なメモリーホルダーを1巡目の記憶を持って2巡目の世界に生まれている存在だとすれば
エンバースさんはメモリーホルダーの中でも特殊で、1巡目からそのまま来た存在だった気がする。
我の場合は1巡目での発生年がすごく昔だったものだから、
転生というよりは番外編(地球生活)挟んでのタイムリープに近い感覚になっている。
一口にメモリーホルダーとはいっても仕様は様々のようだが、どのような事情であっても、
一巡目と同じままではいられないというのは共通しているのかもしれない。
エンバースさんは分かりやすく人間からモンスターへと変貌を遂げ、我も明らかに仕様が変更されているが、もっと普遍的な意味でもそうなのだろう。
>「そんな生ける屍が……手前の都合でもう一度仲間を死なせるなんて、あり得ないよな?」
>「もっと優しく言ってやろうか?どうせ、とっくに死んでる命なんだ。
同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ」
>「さあ……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
お願い、ここは流されて――と祈るような気持ちでイブリースの反応を待っていると、ジョン君から声をかけられた。
>「すまないカザハ…イブリースところまで連れ…肩を貸してくれないか?」
ジョン君は命は取り留めたものの、まだ一人で歩ける状態ではなさそうだ。
さっきまで普通に動いていたのが不思議なぐらいだ。
ジョン君の腕を取って自分の肩に回し、半分背中を貸すような恰好になる。
「大丈夫だから、体重かけちゃって。これでも一般の人間よりはずっと頑丈なんだから」
体重の大部分を引き受けて肩を貸すていで実質運ぶ。
(あれ、こんなに大きかったっけ……!)
こうしてみると、かなり身長が高くて体格もいいのがよく分かる。全部が自分より二回りぐらい大きい。
テレビ映えする系統の整った顔をしているのもあって普段は一見そこまでに見えないのに、実に怪しからん……!
>「確かに……貴様らの言う通り、すべては大賢者の口車に乗せられただけだと……そう言うことが出来れば、
楽なのだろうな……」
>「オレは……オレの成した所業から逃げる気はない……。
ローウェルと手を組んだのも……貴様らアルフヘイムの者どもを殺戮したのも……すべて、オレが望んだこと。
責任から逃れるつもりなど、元よりありはしない……!」
イブリースは明神さん達の提示した落としどころを拒絶――つまり仲間になる気は無いと示した。
運ばれ中のジョン君が、耳元で話す。
>「あぁ…それとカザハ…さっき急降下してた時…特技が大した事ないだとか…なんの役にも立てないとか言ってたな」
>「僕は…芸能人の生歌声を0距離で何回も聞いてきた。幸いテレビ人気だけはあってね…コンサートに紹介されたり音楽番組に賑やかしとして呼ばれたり…
地球の歌手の生歌を飽きるほどきいた…確かにみんなうまかったよ。でも…魂に響いたのは…」
ジョン君よ――イブリース説得できるかの瀬戸際なのに昔話してる場合ちゃうやろ!?
258
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:22:53
>「君だけだ。…君が一番心に響いた…カザハ…君が好きだ。」
「―――――――――!!」
――こいつ、的確に急所を突いてきやがった……!
あらゆるジャンルの何かを創作する者にとって、上手と言って貰えればもちろん嬉しいけど、一番の誉め言葉は”好き”なのだ。
だからここはシンプルに滅茶苦茶喜ぶべきところなんだけど。我の脳内は大混乱していた。
(君が好きって――! 文脈から考えて君の歌が好きって意味だよな!?
それはちょっと省略し過ぎじゃないか!? まさか確信犯!?
……いや、仮にそうだとしても何でこんなに狼狽えてるんだ!?
さっき明神さんに好きって言われた時は普通にほっこりしたじゃん!
――ちょっと待って。そもそも我はどんな歌を歌ったっけ。 どうしょうあれじゃあ告白ソングみたいじゃん!?
それは困る我は飽くまでも部長先輩の後輩という微笑ましいポジションであって!
歌いながら空飛ぶって何やねんディ〇ニープリンセスじゃないんだから!
……うわああああああああああああああああああああああ!)
平常心ではとても歌えない歌を歌ってしまってがっつり聞かれた(聞かせた)ことを認識し、
爆死(※精神的に)している我に、ジョン君が追い打ちをかける。
>「みんなが聞いたらきっとすぐ君の虜になるよ!僕が保証する!あぁ…でも」
(ちょ! 虜って……)
>「僕だけの歌姫も悪くないかもね?」
(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! 僕だけの歌姫……!?)
いくらなんでもパワーワード過ぎる……!
頼むから全部かいしんの一撃でフルコンボを成立させないで!? ちょっといったん落ち着こう。
こうなったら脳内で(※ただしイケメンに限る)と自分に言い聞かせて無理矢理気を落ち着かせるしかない……!
本当はもはやイケメンかどうかなんて関係ないのだが。
――あっ、そういえば余裕でイケメンやった! 駄目じゃん全然落ち着けない!
>「もちろんカザハ次第だけど………もしアイドル歌手とかになっても僕の事忘れないでくれよ?後できれば流行りとかに流されず自然な歌を…っとこんな話してる場合じゃなかったね」
もう顔を見られないように下を向くしか成す術がない。
「ほ、本当だよ、もう……!」
必死で平静を装って声が裏返らないように小声で言いながら、ジョン君をイブリースの隣に降ろす。
もしやジョン君には我のデータが見えてるんじゃないだろうか。
脱走しないようにする方法とか、力を引き出す方法とか、どんな言葉をかけたら喜ぶかとか。
まさかのデータ流出!? これは由々しき事態!
大混乱したままの思考をひとまず脇に置いておいて、イブリースに語り掛けるジョン君を見守る。
259
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:24:16
>「イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある」
>「人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…」
>「絶望的な状況に陥った時…隣にだれもいない者が破滅するんだ」
「ジョン君……」
ジョン君が苦しんでいる時、何も出来なかったと思ったけど、隣にいただけでも、少しでも救いになれたのかな……?
>「僕はこの人生に納得してるよ。僕も決して許されない罪を犯した…事が落ち着いたら…その罪と向き合おうと思ってる。
それで…どんな結末が待っていたとしても…僕はなゆ達についてきたことを…絶対に後悔しない
だって自分の今の生を否定したら…肯定したり否定してくれた人たち…奪った命への裏切りだぜそれは…そんな事は絶対にしてたまるか」
(キミは強いね――)
これだけ世界に穴が開いたりデータの混乱が起きていれば、そのごたごたに巻き込まれて
痛ましい事故が無かったことになってくれないかと期待を抱いたって、何ら不思議ではない。
現に我は、地球に最初からいなかったことになってしまっていたらどうしよう、と思っている反面、
それはそれでいいかな、とも思ってしまっているのだ。
>「自分の人生を…いやこの場合は魔生?…それを全うしないまま自分勝手に死ぬなんて…
そんなお前を信じてくれた…お前を想ってくれた人の心を裏切るような真似だけはするな
お前は生きて……そして正式な場で…公平に裁かれて…罪を償うんだ。
人間を…ブレイブを恨むなとは言わない。お前の怨恨に終わりなんてない事はわかってる…
お前が望むなら事が終わった後もう一度改めて殺し合いしてやるよ…だからそれまで…石に噛り付いてでも…生き残れ」
>「今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな」
ジョン君がイブリースに手を差し伸べる。イブリースはその手を――取らなかった。
>「手を取れ、か……。
タマン湿生地帯でも、そんなことを言っていたな。
貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、どうでもオレを手許に引き込みたいらしい」
>「貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?」
やっとの思いでここまでこぎつけたのに、駄目なのだろうか……。
みんなあんなに頑張ったのに……。
>「ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす」
一瞬駄目かと思ったが、そうではなさそうだ。
“然るべき刻が来れば”ということは……今はその時ではないということ!?
260
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:26:28
>「だが……死が逃避に過ぎないという貴様の言い分、それだけは……同意だと言っておく。
貴様らに手を貸す訳ではない、軍門に下る訳でもない。依然変わりなく、オレと貴様らは敵のままだ。
オレはただ……自らの責任を果たしに往く、のだ――」
>「イブリース、それじゃぁ――」
>「せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい」
>「ありがとう、イブリース……!」
「やったね……!」
ジョン君とハイタッチしようと両手を上げて、未だにジョン君がそれどころではないぐらい満身創痍だったことに気付く。
「……あ、まずはその傷どうにかしなきゃ!」
アシュトラーセがイブリースの治療を始め、こちらも各々がダメージを回復させる流れとなる。
継続回復スペルカードの癒しのそよ風(ヒールブリーズ)を発動し、隣に付き添う。
これは即効性が求められる戦闘中にはあんまり使い勝手が良くないけど、
単発回復が効きにくい大怪我も時間をかければ回復するからこういう時は結構使える。
ちなみにこれは、対象が”味方全体”となっているため、近くに来ればみんな恩恵を受けられる。
戦闘中、エンバースさんや明神さんも大変なことになっていたけれど……。
>「エンバース、守ってくれてありがとう。今、手当てするわね……『高回復(ハイヒーリング)』プレイ――」
エンバースさんは――うん、そっとしておこう。
明神さんはガザーヴァに任せておけばいいんじゃないですかね? と一瞬思ったが。
……ガザーヴァって回復魔法使えたっけ。
魔法に精通しているから使えそうな気もするけど……使ってるの見たことないんだよな……。
今いるメンバーの中で回復魔法が得意なアシュトラーセはイブリースの治療にかかりっきりだし……。
「明神さん、ガザーヴァ、こっちに来たら回復がかかるからね」
一応声をかけておいた。
「あの、ガザーヴァ……引き留めてくれたこと本当に感謝してるから……!」
向こう側に取り込まれることを懸念していたのか、本当に純粋に寂しかったのか、
敢えて真意を聞くことはしないけど。どちらにせよ救われたことには違いないのだ。
「それと明神さん……ヤマシタさんのベース、良かった……ううん、好きだな!
もし良ければまた次もお願いしたいよ」
音楽において低音パートというのは重要で、低音パートが全体の印象の鍵を握るといっても過言ではない。
まさに、縁の下の力持ちなのだ。
261
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:27:41
ジョン君の隣に腰を下ろし、暫し無言で回復するのを待っていたが、嫌でもさっき言われた言葉が思い出されてしまう。
改めて考えてみると、歌に感動したという話からの「君が好きだ」はあながち飛躍しているわけではない。
知識がある人が理論的に綿密に考えて作った曲ならいざ知らず
ほぼ感覚だけで即興で作った曲には誤魔化しようがなく、それまでの人生で形作られた心が滲み出る。
ジョン君がそこまで考えて言ったかは分からないけど、存在を丸ごと肯定されたにも等しい言葉だ。
(どうしよう、顔をまともに見れない……!)
またもや平常心を失った我は、反対側を向いて用も無いのにスマホをいじくりまわす。
が、時間が経つのが妙に遅く感じられて結局間がもたなくなり、白状する。
「これは……決して嫌とか困ってるとかじゃなくて……。
いや、ある意味困ってるんだけど、たくさん嬉しいんだよ!
なんでだろう、キミにたくさん嬉しいことを言われると何故かおかしくなる……!」
意を決してジョン君の方に向き直り、告げる。
「マホたんみたいにさ……時には自分を変えてまでもたくさんの人の期待に応えるってすごく立派で凄いことだと思う。
でも我は……そのままの我をいいって言ってくれる人を大切にしたいよ。
ずっと自分の好きな歌を歌っていたいよ。
もちろん、ありのままで……たくさんの人に聞いて貰えたらすごく幸せなことだけど。
もしも万が一そうなっても、新しい歌が出来た時に最初に聞いてくれるのはいつもキミがいいな」
現実的には難しいと分かりながらも、言ってしまった。
「我は……どうしてもキミが大罪人なんて思えないよ。
でもキミが贖罪を望むなら……ずっと隣で支えたいよ。ずっとキミの隣で歌っていたいよ……」
一瞬の逡巡の後。
「それと……殺し合いは……出来ればしないでほしいよ……」
ジョン君は我の意思をどこまでも大事にしてくれてるのに、
こっちはジョン君の意思に反対するようなことを言うなんて良くないのは分かってる。
それでも言わずにはいられなかった。
殺し合いというからにはどちらかが死ぬわけで、ジョン君が死ぬのが嫌なのは言うまでもないし、
イブリースが死ぬことになったら、ジョン君は人を殺した罪ならぬ魔族を殺した罪を自ら背負い込むのだろう。それも嫌だ。
同行している間にイブリースの気持ちが変わってくれれば、殺し合いなんてしないで済む。
そうなったらいいな――いや、どうかどうか、そうなりますように――
262
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:28:46
【カケル】
えーと、私はさっきから一体何を見せられているんでしょう……。
「ちょっと部長さん、どう思います!?」と聞いてみたものの、そういえばこのお方ニャーしか言わなかったわ……。
隣でアゲハさんが、あまりのジョン君の上級者っぷりに唖然としてるし。
「な、なんであんなにカザハの扱いが上手いんだ……! データが見えてるんじゃないのか!?」
「仮に攻略法が分かってるとして、あなたにあのノリでいけますかね?」
「うん、無理! こちとら奥ゆかしきツンデレ文化圏の人間だ! ……ところでさっき一瞬変身したの何?」
「よく分かんないですけど双子のレクステンペスト用の強化形態的な?」
「カザハめ、アイツの前でだけ羽化しやがっただと……!?」
そうこうしているうちにイブリースの治療も終わり、三魔将が再集結を喜び合っている。(主にガザーヴァが)
>「さて、無事にイブリースをお仲間に――」
>「仲間ではない」
みのりさんがいきなり突っ込まれていた。今はゲームで言うところの同行キャラみたいなものか。
正式に仲間になるにはまだ時間がかかりそうですね……。
>「…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――」
>「肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……」
>「わかるよ」
分からないよりはいいいのだが。
エンデ君が方針を提示するときって、何故か禄でもない予感がしますね……。
>「管理者権限を使用するには、パスワードがいる。
そのパスワードはぼくの中にあるんだけれど、パスワードを入力するにはメニューにアクセスしなくちゃならない。
外の世界じゃない、この世界の中で管理者メニューを起動するためには、莫大な力が必要なんだ」
>「莫大な力……。それは、どのくらいの……?」
>「――レクス・テンペスト」
>「地、水、火、風、光、闇。
この世界を構成する六つの元素、その最も強い力……。
レクス・テンペストに相当する力を各属性ごとに集め、結集する。
天地創世に匹敵するほどの力を用いなければ、文字通り神の業である管理者メニューを起動することはできない」
263
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:29:52
>「おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?」
>「いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる」
レクス〇〇を連れて来なくても各属性の莫大な力があれば代用できるとエンデは言うが、カザハは手放しに納得できない様子。
「それ、本当に大丈夫!? かなり無理矢理じゃない!? そもそも地球の人間に属性ってあったの……?」
そもそもまず代用可能というところから無理矢理感がしないでもないが
炎属性のモンスターであるエンバースさんは100歩譲ってまだ分かるとして。
地球の人間に属性と言われてもピンと来ない。
「なゆはスライムマスターだし明神さんは死霊術使ってるからなんとなく分かるけど……。
ジョン君よ、キミは地属性だったのかい……? 実に怪しからん!」
「何がですかっ!」
これはつまり地属性の男性キャラにどちらかというとイケメンではないタイプが多い事に鑑みてギャップ萌えしているということである。
もう駄目だこの人! どこでスイッチが入るか分からない!
ところでこの「怪しからん」は一般用語ではなくオタク用語としての怪しからんであり、
平たく言えば誉め言葉なのだが、ジョン君はその用法を知っているのだろうか。
後で教えておいたほうが良さそうですね……。
>「……待て、それでは五属性しかないではないか? あとの一属性、光は誰が担当するのじゃ」
光属性が足りない問題が発生し、アシュトラーセが立候補するも、却下される。
異邦の魔物使い(ブレイブ)ならこの役目は務まるが、十二階梯では駄目らしい。
その理由を、エンデは力の多寡として説明したが、単純な力量ではアシュトラーセほどの実力者が大きく劣っているとも思えない。
単純な量ではなく質だとしたら、もしかして、ブレイブが勇気という特殊な力を持っていることが関係している……?
>「……わたしがやる」
>「なゆちゃん?
せやけど、なゆちゃんはもう水属性って決まって……」
>「それもやる。
わたしが二属性分、水と……光を受け持つ」
「ちょっと! 何言ってるの!?」
カザハは当然というべきか、反対の様子。
それもそのはず、一属性分ですら無理矢理代用している感があるのだ。
264
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:31:08
>「……そんなことが可能なのかや? 御子?」
>「問題ない。さっきも言ったけど、必要なのは六属性の莫大な力だ。
力さえあればいいんだ、頭数は関係ない。実際にローウェルはひとりで管理者メニューを開いてる」
>「しかし、十二階梯の継承者を以てしても力不足と言わしめるほどの消耗なのだろう。
それが二人分……力をすべて吸い尽くされ、命が枯渇して死に至るという可能性はないのか?」
>「可能性は、ある」
>「何も、持っている力を単に見せつければいい――ということじゃない。その力を消費して、
この世界では本来開けないはずの管理者メニューを強引に開き、管理者権限という神の力を行使するんだ。
そこまでしなくちゃ、アルフヘイムからミズガルズへ行くことなんて出来やしない」
「はあ!? 何が“問題ない”だよ! 問題大アリじゃん!!」
平然と衝撃的な事実を告げるエンデに、カザハが怒りを露わにする。
エンデが明神さんにハイパーユナイトを使うかの選択を迫った時と同じ反応だ。
>「大丈夫! バフもりもりで行くから!
それに、わたしはしぶといんだ。そりゃもう、死ななさじゃエンバースにだって負けないし!」
あっ、これはアカンやつですね! なゆたちゃんがこうなったら誰が何と言おうと聞きやしない!
>「カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから」
カザハはエンデをジト目で見た。
「さては、最初からなゆがこう言い出して聞かないのを分かってて提示したな……?
なんでいつもいつもそんな作戦ばっかり……」
エンデにくってかかっていたカザハだったが、途中ではっとしたようにトーンダウンする。
「キミは……世界を存続させるための最適解を提示するように作られた存在なんだよね……。
キミを責めるのは違うよね……ごめん……」
(我が始原の風車の忠実な防衛機構だった頃のことを思い出しちゃった……)
「カザハ……」
エンデは忠実に自らの役割を果たしているだけで、怒りをぶつけたところでどうにもならないのだ。
それに、いつも淡々としているが、内心どう思っているかなんて、誰にも分からない。
1巡目のカザハは、始原の草原に攻め込んできた人間を返り血まみれになりながら平然と斬り捨てていたが、
時々泣いていたことを私は知っている。
とにかく、エンデが特に反対しないということは、これが現状取り得る最も良いと思われる方針なのだろう。
265
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:32:18
>「……やらせてみればよかろう」
最初に同意したのは、意外にもついさっきまで宿敵だったイブリースだった。
>「あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ」
続いて、ガザーヴァも賛同する。
>「まっ、どっちみちモンキン以外に資格を持ってるヤツはいねーんだ。
無理が通れば道理引っ込む! 出たとこ勝負で行くっきゃねーだろ、ここまで来たら!
な、明神!」
カザハは観念したように微笑んだ。
「困るよ――とんでもない実績を積み重ねてきたキミが言ったら本当に出来そうな気がしてしまうじゃん。
……一番凄いのは我をここまで連れてきたことかも。
なゆ……キミのパーティじゃなかったら、ここまで来れなかったよ。
キミなら出来る……キミにしか出来ないよ」
最終的には全員が同意し、なゆたちゃんが二属性分を担当するということで、話がまとまった。
作戦会議を終えると、いよいよ管理者メニュー起動の儀式がはじまる。
266
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:34:09
【カザハ】
儀式は、召喚の間で行うようだ。
一面黒い中に魔法陣があるという、いかにもなデザインだ。
>「この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう」
>「ほんまは日ぃ改めて、ゆっくり休んでもろうて。充分養生してから試した方がええんやけど……。
ローウェル相手に後手後手に回ってもうとる現状や、その余裕はとてもあらへん。
堪忍え、みんな」
儀式の仕様を聞き、内心愕然とする。なんと、パートナーモンスターは入れないらしい。
何その入場制限! この世界ってブレイブ&モンスターズじゃなかったっけ!?
なゆにはポヨリンさん、エンバースさんにはフラウさん、ジョン君には部長先輩、我にはカケルじゃないのか!?
明神さんはいつの間にやらパートナーモンスターがたくさんいるけど!
とにかく、パートナーモンスターは入れないなんてこの世界のコンセプトを没却するような仕様でいいのか!?
開始前にバフをかけることは出来るらしく、3つセットの呪歌(ブレモンの通常戦闘曲)を歌い、全員の能力値に補正をかける。
こういう時ってどの能力値を上げていいか分からないので、とりあえず全部上げとけのノリである。
>「管理者メニュー起動用魔法陣、組成完了。
みんな、中に入って」
「大丈夫、いけるよ!」
(うわああああああああああ!! やばいやばいやばい!!)
我は余裕を装いつつ、内心は大変なことになっていた。
自分以外は皆本来の資格持ちではなく、なゆに至っては人間の身でありながら二属性も受け持つというのに
本来の資格を持つ自分がヘタレました、ではシャレにならなさすぎる。
クリアーして当たり前と思われているポジション特有のプレッシャーというやつである。
そのクリアーして当たり前のポジションが不安がっている素振りを見せたら、皆が不安になってしまう。
カケルが「大丈夫かコイツ!?」という目でこちらを見ている……!
ちなみに精神連結が途中で途切れたら即死亡だが、
さっき上空と地上でかなり距離が離れても途切れなかったぐらいなので、そこは流石に大丈夫だろう。
でもまさかの入場制限で入れないとかあんまりじゃん!?
「ジョン君――カザハをお願いします……!」
カケルが要らんことを言った!
自分は入れないからお願いしますと言っているだけで、別に間違ってはいないのだが、
なんという誤解を招きかねない表現――!
>「みんな――、必ず地球に帰るよ!!」
「なゆ! こういう時は……レッツ・ブレイブ! でしょ?」
>「……魔法陣、起動!」
魔法陣起動のどさくさに紛れて、左手でジョン君の右手を取る。
(キミの勇気を少しだけ分けてほしいよ――)
267
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/04/23(日) 22:36:39
不思議なことに、手が恐怖で震えていたのが、ぴたりと止まる。
カケルとの間みたいに特殊な連結能力なんて設定されていなくても、手を繋ぐことにはきっと特別な意味があるのだ。
魔法陣が輝きを増していき、あれ? 意外といける?と思っていると、
当然平和に終わるわけはなく、突然強い衝撃に襲われた。
「な――――――!?」
続いて、物凄い重圧。全身から力が抜けていく。
これが管理者メニューを開くのに充分な力が溜まるまで続くらしい。
一瞬なら耐えられても、いつまで耐えればいいのかはっきりとは分からないという不安も精神力を削っていく。
もちろん、途中で誰かが力尽きれば一貫の終わりだ。
(これ、いつまで続くの……!?)
全身汗まみれになり、顔から色んな液体が垂れ流しになっている気がするが、
そんなことを気にしている場合ではない。
>「う……、うあああああああ―――――――ッ!!!」
「なゆ……!」
隣でなゆが絶叫している。
一属性分でも耐えられるか分からないものを、二つも担当しているのだから当然だ。
「エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!」
そう言って自分はまだ空いている右手で、なゆの左手を取った。
「絶対大丈夫だから! キミは一人じゃない……!」
自分はずっとこの少女に手を引いてきてもらった。
ド素人がトップランカーの集団に放り込まれ、何たる罰ゲームだと思っていた。
ところで、ゲーム界には低レベルの者が分不相応な高レベルパーティーに入って一気にレベルを上げるパワーレベリングという概念があるらしい。
ゲームによっては禁止されているらしいが、つまり禁止しなければいけないほどの美味しい状況ということだ。
ゲーマーとしては当然話にならず、モンスターとしても、ただ1巡目の記憶があるだけで
結局レベルはリセットされていてどうしようもなくて。
なのに、誰も足引っ張るなとか邪魔だから出て行けとか言わなかった。
罰ゲームだと思っていたものは、とんでもないボーナスステージだったのだ。
「ジョン君、左手でキミの親友の手を――」
当然、手は二本しかないのだから、同時に手を繋げるのは二人までだ。
ならば、繋いだ相手に更に繋いでもらえばいい。
「少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――」
皆の顔を見回しながら告げる。
今の自分は多分汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃで酷い顔になってるし、全く絵にならない。
それ以前に、絶賛パワー吸われ中で、みんなそれどころではない。
こういう言葉は普段の状況では恥ずかしくて言えないので、どさくさに紛れて言うぐらいが丁度いいのだ。
268
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:49:19
賭けだった。
もしもイブリースが命惜しさに、俺の言うがままにローウェルに責任を押し付けていれば。
あるいはシャーロットの残り滓あたりが出しゃばってきて説得を始めようものなら。
悪役の悲しい過去に同情して、共通の敵を前に手を組む――
そんな名目のもと、俺達の同盟はいくぶんかスマートに成立したことだろう。
それでも、イブリースのキャラクターは死ぬ。
武人として、為政者として、ニヴルヘイムに尽くしてきた兇魔将軍の足取りが、
他人に依存して良いように操られていただけの傀儡に成り下がってしまう。
俺の問いかけは、シナリオを通してブレイブの宿敵として立ちはだかってきたイブリースが、
その魅力を失うか否かの分水嶺だった。
>「おいおい、つれないぜ明神さん……弱い者いじめなら、俺も混ぜてくれよ」
イブリースを見下ろす俺の肩に、ボロボロになったエンバースが手をかけた。
>「おっと……悪い、自己紹介がまだだったな。俺はエンバース。
こうなる前はハイバラと呼ばれていた……今でも昔馴染みはそう呼ぶがな。
俺は一巡目で、今のお前みたいに何もかもをどうしようもなく、しくじってこうなった」
あるべき眼球を焼失した双眸。
感情など伺い知れるはずもないのに、俺にはエンバースの視線に込められた想いが感じられた。
一巡目で失ったものを取り戻さんと足掻いているのは、こいつも同じだったんだろう。
全ては終わった話で――何もかもがどうしようもなく失敗しているのに、希望を持たずには居られない。
>「もっと優しく言ってやろうか?どうせ、とっくに死んでる命なんだ。
同胞の一人でも救えりゃ儲けものだろうが。プライドなんて捨てろ」
俺は一巡目を知らない。自分の前世が何やってたなんか興味もない。
もしも記憶があったのなら……こいつらと同じように、戻らない過去を想って苦しんだだろうか。
>「さあ……言えよ、イブリース。『ローウェルに唆されただけで、僕は悪くありません』ってよ」
俺とエンバース、都合二対の目を向けられて、イブリースは浅い呼吸の中、自嘲するように笑った。
>「確かに……貴様らの言う通り、すべては大賢者の口車に乗せられただけだと……そう言うことが出来れば、
楽なのだろうな……」
静かに、誰にも気取られないよう、魔力をゆっくりと練り上げる。
威力は必要ない。鎧は大部分が剥がれ落ち、人外の素肌が露出している。
首筋の動脈でもぶち抜けば俺の力でもこいつを殺せるだろう。
>「オレは……オレの成した所業から逃げる気はない……。
ローウェルと手を組んだのも……貴様らアルフヘイムの者どもを殺戮したのも……すべて、オレが望んだこと。
責任から逃れるつもりなど、元よりありはしない……!」
「……そうか」
そして。いつでも発射可能になってた魔力が、再び霧散していくのを感じた。
天を仰ぐ。崩壊した天井の隙間から見えるニヴルヘイムの夜空には、星ひとつなかった。
「お前がそう思うなら、それで良いんだ」
最後の最後で、イブリースは選択を誤らなかった。
安直な責任転嫁に逃げず、自分でしでかしたことの責任を取ると言った。
こいつを信じてついてきたニヴルヘイムの連中に、その忠義に、筋を通す。
その言質があれば、俺は自分を納得させられる。
こいつを助けて良かったんだって、自分を認められる。
269
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:50:03
>「イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある」
カザハ君に肩を預けながら、イブリースと同じくらい満身創痍のジョンが歩み寄った。
>「人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…」
>「絶望的な状況に陥った時…隣にだれもいない者が破滅するんだ」
ジョンがこの世界で追い詰められた時、傍にはいつもなゆたちゃんが居て、俺達が居た。
何度も道を踏み外しそうになるこいつを全員で引っ張って、何度だって同じ道に引きずり込んできた。
結果としてジョンは今、ここに居る。
旅路のどこで野垂れ死んでもおかしくなかったこいつは、今もなお世界を救うために立ち続けている。
イブリースには……それがなかった。
どんなに追い詰められても、全てを抱え込んで、何もかもを一人でこなそうとしていた。
つまるところは報連相の欠如。こいつには亡霊になっても付いてきてくれる仲間が居たのに。
>「お前は決して許されない罪を犯した。僕達がどうこういってもそれは絶対に消えない…
だからといって自分勝手に死んでそれで終わりにしていいわけじゃない…
諦める前に…自分の選択の結末を見に行こう」
「良い言葉だな。『自分の選択の結末を見る』。
責任取るんだろ、イブリース。お前は見届けなきゃならないんだ。
お前が選んだ、ニヴルヘイムの未来を。この世界の行く末を」
>「今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな」
ジョンが手を差し伸べる。ボロボロの指先に、イブリースの3つの眼が集まる。
>「手を取れ、か……。タマン湿生地帯でも、そんなことを言っていたな。
貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、どうでもオレを手許に引き込みたいらしい」
人外の血に染まった魔神の腕は、それを取るために……まだ動かない。
>「貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?
ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす」
色々言いたかったことはあった。
散々殺しといてまだ足りねえのか。ブレイブ相手の恨みなら、なんでキングヒルを滅ぼしたんだ。
戦争を蒸し返せば今度は魔族が何人も死ぬことになるぞ……とか。
それでも黙ってたのは、俺が言うべきことを全て言い切った以上、
こいつの言う事に耳を傾けないのは不義理だと感じたからだ。
>「だが……死が逃避に過ぎないという貴様の言い分、それだけは……同意だと言っておく。
貴様らに手を貸す訳ではない、軍門に下る訳でもない。依然変わりなく、オレと貴様らは敵のままだ。
オレはただ……自らの責任を果たしに往く、のだ――」
その判断は間違ってなかった。イブリースは最後の溜飲を下し、ジョンの提案に頷きを返した。
>「イブリース、それじゃぁ――」
>「せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい」
270
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:51:11
「上等。俺達もお前に協力してくれって平身低頭でお願いしてるわけじゃねえんだ。
手を組む理由は利害の一致で良い。互いに利用し合う関係で良い。
お前の望む通りにしてやるよ。世界救って全部終わったら――」
ニヴルヘイムに乗り込んでから下がりっぱなしだった口端が、ようやく上がるのを感じた。
「恨みが終わるまで、殺し合いに付き合ってやる。
ジョンだけじゃねえぞ。俺が、お前と、殺し合いをしてやるよ」
ようやく……リバティウムから始まった俺達の因縁に、一段落がついた。
イブリースを下し、こいつとの共同戦線が成立した。
あとは地球に送り込まれたニヴルヘイムの軍勢をどう止めるかだ。
イブリース曰く、すでに軍前は奴の麾下を離れ、陣頭指揮はミハエルの野郎が担ってるらしい。
マジかよ。あいつ地球出身のクセして故郷滅ぼそうとしてんの?
何よりもヤバいのは、ミハエルの動向が完全な外患誘致だってことだ。
奴は地球の兵器を知ってる。どこの国の軍隊が強くて、どんな攻撃方法を持っているかは、
それこそ歴史の授業をまともに受けてりゃ誰でも知ってる一般常識だ。
>「さて、無事にイブリースをお仲間に――」
>「…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――」
>「肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……」
問題はもうひとつ。
――俺達は、地球への戻り方を知らない。
そんなもんがパっと出るなら俺はともかくなゆたちゃん達が何ヶ月もこの世界に留まったりはしていない。
八方手詰まりかと思われたその時、驚くべきことにエンデが誰に問われるでもなく発言した。
曰く、本来ブレモン世界からミズガルズへの渡航手段なんてものはゲームにはないらしい。
それはまぁ、知ってる。でも事実として、ミズガルズからの召喚自体は成り立ってる。
一方通行だったとしても、道そのものはあるわけだ。こっち側からこじ開けられない道理はあるまい。
>「ローウェルは管理運営の権限を使ってそれを成し遂げたんだろう。
だから、ぼくたちも同じように管理者権限を使って移動する。ただ――それには必要なものがあるんだ」
結論から言えば、道を開く手段はあった。
ゲーム内から直接システムにアクセスする――ようはハッキングして、管理者権限を実行する。
どういう原理かは分からんが、絶大なパワーがあればそれが可能らしい。
具体的には、レクス・テンペストに並ぶ残り5種の神代遺物級のパワー。
>「おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?」
ガザーヴァが素っ頓狂な声を上げる。俺も叫び出したい気分だった。
「冗談じゃねえ。道中はインチキテレポで省略できるとしても、レクス某は精霊さん達の家宝だぜ。
身内の実家だった風精王すら紆余曲折経て3日はかかったんだ。
残り5属性も同じだけの時間かけて交渉するとしたら……どうやったって半月はかかる」
言うまでもなくこいつはどんぶり勘定。
当主の命にも等しいレクスなんちゃらを借り受けるとすれば、そう簡単に話は纏まるまい。
最悪力づくで奪うことにもなりかねない。そうなった時……今度こそ、俺はカザハ君にどう顔向けすりゃいいんだ。
271
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:51:50
「時間は一秒だって惜しい。送り込まれたニヴルヘイムの連中は今どこに居る?
バトロワゲーみたく待機サーバーに集まってエモートで交流してんじゃなけりゃあ、
とっくに地球に降り立ってるはずだ。戦争はもう始まってる。戦火は日本にだって及んでるかもしれん」
ミハエルが指揮をとってるなら最初に犠牲になるのは奴の実家の欧州一帯か、軍事に強いアメリカロシア中東あたりか。
あるいはハイバラへの当て付けとして、日本に標的を定めてる可能性だって十分にある。
>「いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる」
エンデは俺達の焦りを宥めるように、そう言った。
六属性の力は、ブレイブで代用できる。
俺が闇属性を扱えるように――そして、属性代行はブレイブにしか出来ないと言う。
光属性のアシュトラーセは、十二階梯というアルフヘイムのトップクラスに属していながら、条件を満たせなかった。
「どういうこった。カザハ君はともかく俺達だって賢者より属性の扱いが上手いとは思えん。
ブレイブって身分そのものに条件があんのか?」
問いをこねくり回したって答えは出ない。
システムの預言者であるエンデがそう言うからには、システム的なあれやこれやがあるんだろう。
重要なのは、今この場に居るブレイブの中に、光属性を代行できる奴がいないってことだ。
>「……わたしがやる」
なゆたちゃんが不意に声を上げた。
>「なゆちゃん? せやけど、なゆちゃんはもう水属性って決まって……」
>「それもやる。わたしが二属性分、水と……光を受け持つ」
>「ちょっと! 何言ってるの!?」
今度はカザハ君が叫びを上げる番だった。
流石に俺も黙ってられない。
「バカ言えよ、エンデはレクステンペスト相当の力が必要だっつってたろ。
ものすごい大精霊様が命を賭してようやく形になる力だ。
命ふたつ分のパワーを一人の体から吸い上げて無事でいられるとは思えん」
事実、エンデが言うには管理者権限の実行には力の『消費』が伴うらしい。
仮にシャーロットを宿したなゆたちゃんに二属性分の力があるとして、
そいつを根こそぎ失ってしまったら、こいつの身体はどうなるんだ。
>「大丈夫! バフもりもりで行くから!
それに、わたしはしぶといんだ。そりゃもう、死ななさじゃエンバースにだって負けないし!」
「いい加減にしろよ!残り滓抱えてホントにシャーロットにでもなったつもりか!?
お前がやせ我慢してんのなんかとっくに分かってんだよ!
勇気だかなんだか知らねえが、望んで命賭けるようなこと……」
>「カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから」
「認められるわけ……ねえだろ……」
拒絶を口にしながら、俺は頭のどこかで理解してしまっていた。
なゆたちゃんはやると言ったら絶対にやる。誰かの言葉で自分を曲げることはない。
死ぬほど頑固な石頭……そして俺達はそんな彼女の意志の強さに、何度も救われてきた。
272
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:53:00
「……ッ!エンデ……!!」
やりきれない感情の置き場を探してエンデを睨めつける。
お前はどうして平然としてられるんだ。お前にとってなゆたちゃんは、マスターの受け皿でしかねえのか。
>「さては、最初からなゆがこう言い出して聞かないのを分かってて提示したな……?
なんでいつもいつもそんな作戦ばっかり……」
俺の言葉を代弁するようにカザハ君が噛み付くが、すぐに萎れてしまった。
>「キミは……世界を存続させるための最適解を提示するように作られた存在なんだよね……。
キミを責めるのは違うよね……ごめん……」
そうだ。エンデの言葉はシステムメッセージでしかない。
こいつはその場の状況に応じて必要な解決策を出力しているに過ぎない。
マスターを気遣う忖度は補償外だ。
>「あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ」
「外野が無責任なこと抜かしてんじゃねえぞイブリース!飼い主の面影見つけてはしゃいでんのか?
お前の目の前にいる女は『崇月院なゆた』って名前だ、覚えとけ」
奇しくもイブリースがシャーロットに言及したことで、最悪の可能性が脳裏を過ぎる。
「ふざけやがって……なぁなゆたちゃん。そいつはホントにお前の意志なんだろうな。
この際言葉を選ばずに言うぞ。お前の意志がシャーロットに汚染されてんじゃねえかってことだ」
俺は会ったこともないシャーロットとかいう女のことは信用していない。
俺にとってシャーロットは、自分モデルの壊れキャラをソシャゲに実装してるやべえ女でしかない。
あの女にとって大切なのは自分の作った3つの世界で、お姫様扱いしてくれるイブリースやNPCで、
データの受け皿であるなゆたちゃんの安否が含まれてない可能性は大いにある。
273
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:53:25
「俺が一緒に旅してきたのは、同じ死線をくぐってきたのは、石頭の女子高生『崇月院なゆた』なんだよ。
……不屈のブレイブ『モンデンキント』なんだよ。
シャーロットの為にそれが失われるのは、許容できない」
エンデの言葉には嘘がない。
属性の代行がブレイブにしか出来ないのなら、なゆたちゃん以外に光属性を出力できる者は居ない。
それを一番よくわかってるのは、なゆたちゃん本人だろう。
>「まっ、どっちみちモンキン以外に資格を持ってるヤツはいねーんだ。
無理が通れば道理引っ込む! 出たとこ勝負で行くっきゃねーだろ、ここまで来たら!
な、明神!」
「ああ……もう、クソッ!いいかなゆたちゃん、キツくなったら声出せよ。
死ぬまで黙って抱え込むのは絶対にナシだ。それが条件、譲歩はここまでだ」
右手の中指からローウェルの指輪を外し、なゆたちゃんに握らせる。
俺がこのパーティのサブリーダーである、証明の指輪。
「こいつを使え。返さなくても良い。
そんな証がなくったって……俺はお前の仲間だ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
274
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:54:13
ほどなくして、地球への帰還の準備が整った。
召喚の間とかいう身も蓋もないネーミングの部屋には、すでに魔法陣が敷かれている。
あとはこいつを稼働させるだけの動力を供給するだけ。
>「この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう」
「了解。チャンスは一回こっきりってことだな。
……ガザーヴァ、マゴット、こっちに」
ヤマシタも喚び出し、四人でひとつなぎの円陣を組む。
俺のパートナーは全員闇属性だ。その魔力を、俺に集めていく。
「心配すんな。サクっと地球救いに行こうぜ」
地球への帰還は最終目的じゃない。
ミハエル達との決戦が残ってるってのはもちろんだが、俺はそもそもアルフヘイムへの永住希望だ。
里帰りを終えたらこっちの世界に戻ってくる。
その時は10連召喚みたくローコストでやってくれると良いが。
俺の受け持ちである闇の魔力供給は、そこまで心配してなかった。
死霊術も闇属性魔法も、アルフヘイムではごくありふれた技術体系だ。
流石に火だの水みたいに主流ではないにせよ、大して珍しいってほどでもない。
普遍的な技術。
それが意味するところは、十分なノウハウがあるってことに尽きる。
魔法立国であるアルメリアには、すでに十分なほどの先行研究が魔導書という形で積み重ねられている。
多少なりとも魔術を齧った俺なら、そいつを自分流にアレンジして活用することも難しくない。
具体的には――自分の実力以上の魔力を手にする方法。
外部から魔力を供給し、扱う方法。
なにかを代償にして、能力を底上げする方法。
ここニヴルヘイムの環境は、特に闇属性魔法にとって非常に都合が良い。
もともとは常闇の世界だったニヴルヘイムは、アルフヘイムから聖杖アレフガルドを奪ったことで昼夜という概念を得た。
昼と夜、光と闇の境界はアルフヘイムのそれよりも曖昧だ。
その曖昧さ加減に付け込んで、うまく魔力のめぐりを弄ってやれば――
向こう10日くらいニヴルヘイムに夜が来なくなる代わりに、レクス級の闇魔力を手に出来る。
>「みんな――、必ず地球に帰るよ!!」
はちきれんばかりの魔力をどうにか身体の内側に収めて、なゆたちゃんの招集に応える。
>「なゆ! こういう時は……レッツ・ブレイブ! でしょ?」
「そうだな、じゃあもうひとつお約束。……次のクエストに行こうぜ、なゆたちゃん」
カザハ君の奏でる呪歌を五感で受け入れながら、魔法陣に足を踏み入れた。
「上手く地球に帰れたら、その時は――」
そこまで言いかけて、なんか死亡フラグみてーだと思ってやめた。
未来の希望を語るにはちょっと早すぎるな。
>「……魔法陣、起動!」
275
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:54:38
言葉とともに、魔法陣に光が灯る。
風切り音にも似た静かな音が空間を満たす。
ハードディスクの駆動音みたいだな、という暢気な考えは、すぐに塗りつぶされた。
「おごごごご……がが……ぐぐぐ……!!」
胃袋がひっくり返るような衝撃と浮遊感。
追ってくる二日酔いの親玉みたいな頭痛と吐き気、力の抜ける感覚。
ハイパーユナイトを初めて使った時に似た負荷が、全身を締め上げる。
「き、き、きついな、こりゃ……」
ニヴルヘイムの夜を10日分前借りした俺ですらこの負荷だ。
二属性分を負担してるなゆたちゃんは――
>「う……、うあああああああ―――――――ッ!!!」
絶叫していた。
「な、なゆたちゃん……!!」
喉が枯れんばかりの大音声が響き渡る。
わかっちゃいたけどやっぱ無理だったんだ。
今からでも儀式の中断を――そう声をかけようとする前に、カザハ君の声がした。
>「エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!」
言いながら、もう片方のなゆたちゃんの手を握る。
>「絶対大丈夫だから! キミは一人じゃない……!」
「カザハ君……」
同じくらい強烈な負荷に襲われているはずのカザハ君は、それでも声を上げる。
エンバースから俺へ、俺からジョンへ、ジョンからカザハ君へ……数珠つなぎに手を取り合う。
>「少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――」
顔面からあらゆる体液を垂れ流しながら、カザハ君は笑顔を作った。
ずっと前から分かってた。こいつの振る舞いはいつだって、俺達への想いに満ちていたことを。
「水くせえこと、言うなよ……。
出会った時からお前は……俺達の、最高のバッファーだ……!!」
エンバース、ジョンとそれぞれ繋いだ手を、もう一度力強く握る。
「『負荷軽減(ロードリダクション)』――!!」
本家本元のバロールとは違い、俺はこの魔法を使いこなせてない。
触れた者同士で負荷を頭割りすることは出来るが、全員に押しかかる負荷の絶対量は減らせない。
なゆたちゃんにかかる二属性分の負荷を、残りの4人に分散する。
これはあくまで負荷の軽減。
吸い上げられる魔力の喪失はそのままなゆたちゃんの負担になる。
だけど、カザハ君も言ってるじゃねえか。こいつは……一人じゃない。
ロードリダクションによる魔力の経路は、俺達5人を循環する輪を形成している。
相互に魔力の供給が可能な状態だ。
276
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/01(月) 07:55:45
「さっき言いかけてたこと……やっぱ今、言うわ。
上手く地球に帰れたら……その時は、高い店のトンカツを食いに行く!!
積みゲーもハードごと持って帰りたいし、スマホも新しいやつに機種変する!!」
――エンデの言う『勇気』について、俺はずっと考えていた。
奴曰く『立ち向かう力』だとか『怯まない心』、『戦う覚悟』……
そういう感情がブレイブに比類なき力を与えるトリガーになる。
正直よくわからん。
わからんが、事実としてステータスに存在するパラメータの『勇気』は、
ブレイブの行動の成否にその値を参照している……らしい。
では、人が勇気を示すのはどういう時か?
……進んだ先に、わずかでも希望がある時だ。
未来に希望があるからこそ、逆境に陥っても足を踏み出す力になる。
少なくとも俺は、自分の勇気の出どころを、そう信じてる。
世界救うのだって慈善事業じゃねえんだ。
俺達にはその過程で、自分の希望を叶える権利がある。
「一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!」
【『負荷軽減』発動。パラメータ『勇気』上昇を狙って未来への希望を口にする】
277
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/05/09(火) 01:46:35
【ブリーディング・ハート(Ⅰ)】
『……ク……、クククク……』
「何笑ってる。俺達の機嫌を損ねたいのか?」
『確かに……貴様らの言う通り、すべては大賢者の口車に乗せられただけだと……そう言うことが出来れば、
楽なのだろうな……』
隣にいる明神から魔力の高まりを感じる=止める気にはならなかった。
『オレは……オレの成した所業から逃げる気はない……。
ローウェルと手を組んだのも……貴様らアルフヘイムの者どもを殺戮したのも……すべて、オレが望んだこと。
責任から逃れるつもりなど、元よりありはしない……!』
『……そうか』
『お前がそう思うなら、それで良いんだ』
「……は。今のは少し、イブリースっぽかったぜ」
イブリースに背を向ける/ジョンと目が合う――言うべき事は何もない。
『イブリース………僕はね…この世界に来て一つ学んだ…みんなから教わった事がある』
『人は…どんな悲惨な目に合っても…それそのものだけでは破滅しない…どんなにつらくても…
でも決定的に心が壊れるタイミングがあるんだ…それは…』
『絶望的な状況に陥った時…隣にだれもいない者が破滅するんだ』
流れ矢が刺さる――かつて一巡目の終わり、ハイバラは最後に一人生き残った。
本当は、まだ戦い続ける事も出来た――だが、そうはしなかった。
失敗/孤独/絶望――終わりを望む理由は十分にあった。
そうか、あれが破滅か――そう思うと、また少しだけイブリースに親近感が湧いた。
『お前は決して許されない罪を犯した。僕達がどうこういってもそれは絶対に消えない…
だからといって自分勝手に死んでそれで終わりにしていいわけじゃない…
諦める前に…自分の選択の結末を見に行こう』
また流れ矢が刺さる――エンバースはかつて一巡目で人を殺した。
人を、魔物を――自分と同じ、召喚され巻き込まれただけのブレイブさえも。
だがエンバースはその事をジョンほど深く後悔出来ない――それが、今は負い目に思えた。
『今は…いい結末の為に手を取れ!これ以上悔いのある選択を…するな』
『手を取れ、か……。タマン湿生地帯でも、そんなことを言っていたな。
貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、どうでもオレを手許に引き込みたいらしい』
下手に出ればいい気になりやがって――そんな戯言が脳裏に浮かぶ/噛み潰す。
『貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?
ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす』
第二ラウンドがしたいなら素直にそう言えよ――喉元まで上がってきた言葉を再度飲み干す/焼却。
278
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/05/09(火) 01:46:52
【ブリーディング・ハート(Ⅱ)】
『だが……死が逃避に過ぎないという貴様の言い分、それだけは……同意だと言っておく。
貴様らに手を貸す訳ではない、軍門に下る訳でもない。依然変わりなく、オレと貴様らは敵のままだ。
オレはただ……自らの責任を果たしに往く、のだ――』
『イブリース、それじゃぁ――』
『せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい』
「……敵同士か、そりゃいい。お前みたいなヤツは仲間になると大抵、弱体化されてるからな」
『上等。俺達もお前に協力してくれって平身低頭でお願いしてるわけじゃねえんだ。
手を組む理由は利害の一致で良い。互いに利用し合う関係で良い。
お前の望む通りにしてやるよ。世界救って全部終わったら――』
『恨みが終わるまで、殺し合いに付き合ってやる。
ジョンだけじゃねえぞ。俺が、お前と、殺し合いをしてやるよ』
「じゃ、勝った方は俺と勝負しようぜ。特に意味は無いけど、仲間外れは寂しいからさ」
ようやく吐き出せた戯言を残して、エンバースは身を翻す――なゆたと目が合った。
『エンバース、守ってくれてありがとう。今、手当てするわね……『高回復(ハイヒーリング)』プレイ――』
「手当て?こんなのただの掠り傷…………おい、少しはカッコつけさせてくれよ」
有無を言わさぬ治療――エンバースが肩を竦める。
『また、無理させちゃったね……。ゴメンなさい、いつも無茶ばかり言って』
「別に大した事じゃない、が……お前が無茶な真似をする時の俺の心境が、少しは理解出来たか?」
日頃の意趣返し=あくまで冗談めいた口調。
『えと……。き、嫌いにならないで……ね』
「……心配しなくても、お前はつくづくかわいいヤツだよ」
己を見上げるなゆたの髪を撫でる――好き嫌いへの言及をさり気なく回避=照れ隠し。
傷が癒えると、エンバースはやや照れ臭そうに少女から目を逸らす――視線を周囲へ。
『さて、無事にイブリースをお仲間に――」
『…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――』
『肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……』
「……少なくとも、ローウェルには出来たんだ。きっと何か――」
『わかるよ』
『おっ、今日は珍しく自分から発言したじゃんか! エライぞー!』
「なんだお前、自分から喋れたのか……おいガザーヴァ、それ後にしろよ」
『もともと『ブレイブ&モンスターズ!』の設定では、限定的ではあるけれどアルフヘイムとニヴルヘイムは行き来が出来た。
けど、アルフヘイムやニヴルヘイムからミズガルズへ行けるという設定はない。
当然だ、君たちがプレイしていたゲームの中の設定には、ミズガルズなんて世界はないんだから』
『ローウェルは管理運営の権限を使ってそれを成し遂げたんだろう。
だから、ぼくたちも同じように管理者権限を使って移動する。ただ――それには必要なものがあるんだ』
「おいおいおい、物語ももう佳境なんだ。余計なおつかいで没入感を削ぐような真似はよせよ」
279
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/05/09(火) 01:47:55
【ブリーディング・ハート(Ⅲ)】
『管理者権限を使用するには、パスワードがいる。
そのパスワードはぼくの中にあるんだけれど、パスワードを入力するにはメニューにアクセスしなくちゃならない。
外の世界じゃない、この世界の中で管理者メニューを起動するためには、莫大な力が必要なんだ』
「おつかいイベントじゃ……ないのか?なら、大分マシだな。それで具体的に……」
『莫大な力……。それは、どのくらいの……?』
『――レクス・テンペスト』
「ああ、クソ。終わりだ。世界の終わりを前にして精霊王招集の旅が始まるとはな」
エンバース=頭を抱える/項垂れるエモート。
『おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?』
「話を聞いてなかったのか?どう考えたってそういう流れだっただろ」
『冗談じゃねえ。道中はインチキテレポで省略できるとしても、レクス某は精霊さん達の家宝だぜ。
身内の実家だった風精王すら紆余曲折経て3日はかかったんだ。
残り5属性も同じだけの時間かけて交渉するとしたら……どうやったって半月はかかる』
「必要なのはあくまで精霊王の莫大な力だろ?ソウルそのものが必要な訳じゃないなら――」
『いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる』
「……ああ、そうか。質問は「何が必要か」じゃなくて「どのくらいの力が必要か」だったもんな」
エンバース=深い溜息エモート。
「……いや待て。揃ってるだと?俺が火属性で……なゆたがスライムマスターの水属性か?カザハは風属性――
明神さんは闇属性だよな。ならジョンが……地属性?まあ……それっぽいか……流星って地属性っぽいし……」
『……待て、それでは五属性しかないではないか? あとの一属性、光は誰が担当するのじゃ』
「精霊王である必要がないなら、ブレイブである必要だってないだろ。つまり――」
「私……かしらね」
『いや。アシュトラーセ、あなたは駄目だよ』
「あん?なんでだよ?」
『力が足りない。必要なのは精霊王の魂に匹敵するほどのエネルギーだ。
今まで長い旅を続け、成長してきた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にはそれがある。
一方アシュトラーセはアルフヘイム最高戦力のひとりではあるけれど、そこまでの力があるかといえば――』
『……ない……わね』
「ない……のか?パートナー込みの実力ならともかく、単純な個体性能で言えば――いや、待てよ」
『どういうこった。カザハ君はともかく俺達だって賢者より属性の扱いが上手いとは思えん。
ブレイブって身分そのものに条件があんのか?』
「――明神さん、忘れてないか。ここはゲームの中だ。エンデによるこの説明も要するに、
『イベントフラグを立てるには、特定のステータスが一定以上の数値である必要がある』
といった意味合いになるんだろう。単純な実力出力の比較は……多分あまり意味がない」
加えるならブレイブというジョブ自体が条件という推測も恐らく正しい。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には、この世界の住人にはないステータスがある。
すなわち『勇気』――イベントに参照されるだろう数値そのものが、そもそも一つ多いのだ。
280
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/05/09(火) 01:48:48
【ブリーディング・ハート(Ⅳ)】
問題は――そのカラクリが判明したところで、自体は好転しないという事。
『じゃあ、どうするの? どこかから光属性の野良『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でも探してくる?』
『アコライト外郭の『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』なら、
光属性だったと思うケド』
「……いや、彼女には無理だ。詳しい事情は省くが……まあ、俺達ほどの百戦錬磨じゃないって事だ」
他の選択肢――思い浮かばない/沈黙が続く。
『……わたしがやる』
不意に、なゆたがそう切り出した。
『なゆちゃん?
せやけど、なゆちゃんはもう水属性って決まって……』
『それもやる。
わたしが二属性分、水と……光を受け持つ』
『ちょっと! 何言ってるの!?』
カザハが驚愕/抗議の声を上げる――波紋が皆へ広がる。
『バカ言えよ、エンデはレクステンペスト相当の力が必要だっつってたろ。
ものすごい大精霊様が命を賭してようやく形になる力だ。
命ふたつ分のパワーを一人の体から吸い上げて無事でいられるとは思えん』
その中でエンバースは――何も言わない/取り乱してさえいないようだった。
『……そんなことが可能なのかや? 御子?』
『問題ない。さっきも言ったけど、必要なのは六属性の莫大な力だ。
力さえあればいいんだ、頭数は関係ない。実際にローウェルはひとりで管理者メニューを開いてる』
「……頭数は関係ない?なら、エカテリーナを使ってアシュトラーセを二人用意するのは……それでも足りないのか」
『しかし、十二階梯の継承者を以てしても力不足と言わしめるほどの消耗なのだろう。
それが二人分……力をすべて吸い尽くされ、命が枯渇して死に至るという可能性はないのか?』
「そりゃ――」
『可能性は、ある』
「――だろうな」
やはり、エンバースはまるで動じない。
『何も、持っている力を単に見せつければいい――ということじゃない。その力を消費して、
この世界では本来開けないはずの管理者メニューを強引に開き、管理者権限という神の力を行使するんだ。
そこまでしなくちゃ、アルフヘイムからミズガルズへ行くことなんて出来やしない』
「要するに、アレだろ……マスターソード」
あまつさえ冗談すら零す始末。
『大丈夫! バフもりもりで行くから!
それに、わたしはしぶといんだ。そりゃもう、死ななさじゃエンバースにだって負けないし!』
『いい加減にしろよ!残り滓抱えてホントにシャーロットにでもなったつもりか!?
お前がやせ我慢してんのなんかとっくに分かってんだよ!
勇気だかなんだか知らねえが、望んで命賭けるようなこと……』
「なあ……みんな落ち着けって。とりあえず……話を最後まで聞いてみようぜ」
281
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/05/09(火) 01:51:01
【ブリーディング・ハート(Ⅴ)】
『やる前から無理だった時のことを考えてたってしょうがないよ。
ダメだったらダメで、その時考える! わたしはいつだってそうしてきたし、これからもそうする。
だから、やらせてほしい。……やりたいんだ、わたしが』
『カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから』
長い沈黙。
『認められるわけ……ねえだろ……』
その果てに、諦念混じりの明神の声が零れた。
『……やらせてみればよかろう』
『あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ』
「……ちょっとだけ、ブーメランだけどな。あの方の顔に泥を塗るって部分」
『ふざけやがって……なぁなゆたちゃん。そいつはホントにお前の意志なんだろうな。
この際言葉を選ばずに言うぞ。お前の意志がシャーロットに汚染されてんじゃねえかってことだ』
明神の興奮は未だに収まりそうにない――エンバースが黒煙混じりの嘆息を一つ。
『俺が一緒に旅してきたのは、同じ死線をくぐってきたのは、石頭の女子高生『崇月院なゆた』なんだよ。
……不屈のブレイブ『モンデンキント』なんだよ。
シャーロットの為にそれが失われるのは、許容できない』
「――俺が思うに」
エンバースがこの議論の中で初めて、戯言の気配を含まない声を発した。
「『自動発動型の自己回復パッシブを持つユニットが、最も危険を冒す』
と言うのは――むしろ、この上なくゲーマー的な発想のように思える」
そしてこれこそが、エンバースがこれまでの会話でまるで動揺せずにいた理由だった。
心に動揺の火が燃え広がるよりも早く、ゲーマーの理性は最適解を理解してしまった。
「だけどな、あえて言わせてもらうぞ……お前、ゲームの主人公にでもなったつもりか?
お前は、これくらいの無茶はもう慣れっこのつもりかもしれないけどさ。
俺が……俺達がそれに慣れる事は、決してないんだからな」
溜息混じりの皮肉/頭を抱えて――取り乱しこそしなかったものの、内心穏やかでないのは皆と同じだ。
「だが、まあ……少なくとも、今ので勇気のステータスはカンスト間違いなしだな」
諦念混じりの声/副音声=どうせもう、何を言っても聞きやしないんだろ――やってやろうぜ。
『まっ、どっちみちモンキン以外に資格を持ってるヤツはいねーんだ。
無理が通れば道理引っ込む! 出たとこ勝負で行くっきゃねーだろ、ここまで来たら!
な、明神!』
「それで、エンデ。そのメニューの起動はどこでも出来るのか?移動が必要?なら――」
エンバースが死闘の余波で荒れ果てた謁見の間へ視線を戻す――周囲を見回す。
「――いや、その。ここってさ、一度離れたらもう戻ってこれないタイプのエリアだろ?
何か取り忘れたアイテムが無いかとかさ……気になっちゃうんだよな?ならないか?」
282
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/05/09(火) 01:51:31
【ブリーディング・ハート(Ⅵ)】
暫しの休憩の後、ブレイブ一行は召喚の間へと案内された。
『この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう』
「魔力と生命力……陣に入る前に、それらにバフをかけておくのは?問題あるか?」
エンデ曰く、問題はない――エンバースがスマホを操作/薬瓶を体内へ投入。
胸中に宿る呪われた聖火が一際強く燃え盛った――エンバースは更に思案を深める。
他には何かないか/まだ何か工夫を凝らせる筈だ――出来る事は全て、やっておかなくては。
ふと、ダインスレイヴを抜く/溶け落ちた刃を見つめる――ずっと己と共に在ってくれた、第二の相棒を。
「……頼む、ダインスレイヴ。力を貸してくれ」
溶け落ちた刃を胸に刺す/呪われた聖火を封じ込める/封じ込める/封じ込める――目眩がする。
消耗したHPをポーションで回復――更にダインスレイヴへと炎を注ぎ込む。
こうする事で、魔剣は外付けのHPバーとなる――かもしれない。
試してみた事はない。だが、出来る筈だ。
〈私にも、何か預けておかなくて大丈夫ですか?ほら、心臓とか〉
「いや、必要ない。今回は、もし駄目だったら心臓を逃したくらいじゃ助かりそうにないしな」
〈みなまで言わせないで下さい。あなたも、大概死に急ぐのが得意だって話をしてるんです〉
「……心配するな。今は、あの時よりも死ねない理由が沢山ある」
『管理者メニュー起動用魔法陣、組成完了。
みんな、中に入って』
エンデの呼び声――魔法陣に足を踏み入れる。
『準備はいい?』
『みんな――、必ず地球に帰るよ!!』
「……地球か。こんな形で帰る事になるとはな」
感慨深い/戸惑い混じりの声――かつてどうしても帰りたかった場所に、己の人生全てが手遅れになってから戻る。
どうしても複雑な思いを感じずにはいられなかった――だが、その事について自分を納得させている時間はない。
『……魔法陣、起動!』
エンデが魔法陣が起動する/足元の紋様が眩く光り輝く――そして、不意に襲い来る強烈な虚脱感。
不死者の、仮初の命そのものが押し潰され/吸い上げられ/削ぎ落とされていく感覚。
目眩がする/頭が揺れる――不死者の身体になって初めて味わう吐き気。
『う……、うあああああああ―――――――ッ!!!』
エンバースは苦痛には慣れている――百戦錬磨の経験にはそれ相応の苦痛が付随してきたから。
そんな自分でさえ前後不覚に陥るほどの痛み――それが二人分、少女の華奢な体を蝕んでいる。
283
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/05/09(火) 01:52:36
【ブリーディング・ハート(Ⅶ)】
「なゆ……た……」
何をしてやれる/何をしてやればいい――思考が空転する。
この状況で、なゆたの苦痛を/負担を軽減する為に――何が出来る。
答えは見つからない/見つけられない――焦燥だけが思考回路に積もっていく。
『エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!』
不意に、カザハの声が聞こえた。あまりにも愚直で――しかしエンバースには思いつけない提案だった。
敵を倒す/仕掛けを解く/問題を解決する――エンバースは常に、そうした事に注目してきたから。
しかし、ただ手を取るだけ――ただそれだけの事だが、言われてみれば、もっともだった。
『絶対大丈夫だから! キミは一人じゃない……!』
『少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――』
『水くせえこと、言うなよ……。
出会った時からお前は……俺達の、最高のバッファーだ……!!』
「……それは、ちょっと甘すぎやしないか?」
苦悶の中、それでも絞り出す――親愛の声。
「けど……そうだな。もう十分……頼りにはなってるぜ……」
生命力の虚脱によって急速にひび割れていく左手をなゆたへ伸ばす――その右手を、掴んだ。
『さっき言いかけてたこと……やっぱ今、言うわ。
上手く地球に帰れたら……その時は、高い店のトンカツを食いに行く!!
積みゲーもハードごと持って帰りたいし、スマホも新しいやつに機種変する!!』
「……はは。いいな、それ。死亡フラグもここまで露骨だと、きっと回収するのも馬鹿らしくなるぞ」
『一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!』
「希望と、勇気ね……また難しい事を言ってくれる……」
エンバースは一度死んでいる/全てを失ってここにいる――生前を今も引きずっている。
希望はとうに砕け散った/いつも命を懸けられるのだって――別に、勇気の為じゃない。
284
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/05/09(火) 01:53:16
【ブリーディング・ハート(Ⅷ)】
「けど……なあ。ローウェルを倒したら、その経験値で一気に進化したり、出来ないかな」
襲い来る虚脱感によるものだけではない、振り絞るような声。
「吸血鬼みたいな、高位のアンデッドに……オデットほどじゃなくてもいいんだ。
ただ……そうすればさ、あっちでまた、ブレモンプレイヤーに戻れる……かも」
言葉を重ねるごとに、急速に萎んでいくエンバースの声――かぶりを振る。
「……なんてな。パスだパス、今のは……忘れてくれ」
虚脱感が加速する――時間の感覚が狂う=今、どれくらい経った/後どれくらい耐えればいい。
頬を形成する遺灰が剥離する/大して気にならない――遺灰の器は、とっくに穴だらけだ。
ただ、消耗によって左手の感覚が朧気で――その事だけが無性に不安を駆り立てた。
「……なゆた……そこに、いるよな……?」
やがて、霞みゆく視界の中――うわ言のような呼びかけ。
「大丈夫だ……心配するな……俺が、傍にいる……俺が……守って……やる……」
極度の虚脱/衰弱の中――ただそこにある心が言葉として零れる。
「だから――」
だから――エンバース自身でさえ、自分がそんな言葉を口にするとは思ってもいなかった。
「――どこにも、行くな」
古傷と呼ぶにはあまりに鮮やかなままの傷跡が、そのまま露わになったような言葉だった。
エンバースは大切なものを喪う恐怖を知っている/再び喪う事を恐れている。
そして――だからこそ、それを強く強く拒絶する事が出来る。
這い上がり、やり直す為の意志――それが、死に損ないの勇気。
285
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/05/14(日) 13:34:46
>「貴様の言う通り、オレの怨恨に終わりはない……。
オレにとって貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は未来永劫敵だ。滅ぼすべき仇だ。
尤もらしいお為ごかしを振り翳せば、オレが感涙に咽び己の所業を悔いるとでも思っているのか?
ほだされることなど有り得ん……然るべき刻が来れば、オレはいつでも貴様らに躊躇なく剣を振り下ろす」
「こいつは驚いた…まだ勝てる気でいるなんて」
僕は少し煽るように笑う。
次戦う時は正真正銘の殺し合いになるのは明らかだった。殺し合いになれば人間はどこまでも狡猾になれる…。
しかし…次戦うのは全てが終わって落ち着く頃…それこそ人間の寿命では次のイブリースとの闘いはないかもしれない。
それに…世界救った後の僕達がどうなるかも…正直よくわかってないし。
>「せいぜい、利用してやる。
もはや用無しとオレに見放されぬよう、死ぬ気で役に立つがいい」
「用なし?お前のほうが先に僕に分解されるほうが先だと思うがね」
許してもいけないし許されてもいけない。お互い絶対に殺し合わなきゃいけない…そんな歪な間柄でも…前に進まなきゃいけないときはある。
イブリースと約束したしね…こんどこそちゃんと殺し合うって
>「なんと……。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』には今までも度々驚かされてきたが、
よもや兇魔将軍すら下そうとは……」
「こんな事僕達にとって余裕さ!だろ?」
でもそれまでは…ちょっとした冗談の一つくらいいっても許されるだろう。
286
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/05/14(日) 13:34:58
つかの間の…いや本当に一瞬の休憩が訪れる。
この後はすぐにイブリースと共に地球に…行くことになるだろう。
宿屋で一日止まってHPとMPを回復してる時間などない…こうしてる間にも地球でなにが起きてるか分からない以上は…。
>「さて、無事にイブリースをお仲間に――」
>「仲間ではない」
みんな士気は高い。当たり前だ…不可能と思われたイブリースを味方に引き入れる事に成功したのだ…
高くて当然…と言いたかったが…みんな分かっているのだ…今のうちに気分を上げていかなければ地球にいった瞬間心が折れてしまうと。
だから今だけでも勢いをつけようと…必死なのだ…みんな。
いや…余計な事が深読みして気分を下げるな僕…。
そんな事思いながら勝手にへこんでいた僕の気持ちを知ってか知らずか隣にカザハが座る。
カザハには気を使ってもらってばっかりだな…落ち込むのは終わりにしよう。
「…ありがとう…カザハ」
素直に感謝の言葉から口がでる。しかしカザハは僕と目を合わせないままスマホをじっと見つめている…と思いきやチラチラとこっちを見る仕草をする。
もしかしてさっきなにか気に障るような事いってしまったのだろうか・・・!?
「すまない!カザハ!さっきのはなんていうか僕が君の曲を好きだってそうシンプルに伝えたかったんだ!」
なにが悪いのか分からないのに謝るのは最悪だという親の声が聞こえてくる気がした。
>「これは……決して嫌とか困ってるとかじゃなくて……。
いや、ある意味困ってるんだけど、たくさん嬉しいんだよ!
なんでだろう、キミにたくさん嬉しいことを言われると何故かおかしくなる……!」
なかなかに最悪の手だったが怒っているわけではないらしい!
星の数ほど女性の喜ぶ言葉を言ってきたはずなのに今の僕には最善手をぱっと思いつく事はできなかった。
わたわたとなにを言っていいかわからず狼狽える僕をまっすぐ見据えてカザハはまっすぐなまなざしで僕を見つめた。
>「マホたんみたいにさ……時には自分を変えてまでもたくさんの人の期待に応えるってすごく立派で凄いことだと思う。
でも我は……そのままの我をいいって言ってくれる人を大切にしたいよ。
ずっと自分の好きな歌を歌っていたいよ。
もちろん、ありのままで……たくさんの人に聞いて貰えたらすごく幸せなことだけど。
もしも万が一そうなっても、新しい歌が出来た時に最初に聞いてくれるのはいつもキミがいいな」
さすがに鈍感な僕でも…カザハの想いに気づくのには十分だった。
カザハが自分自身の想いに気づいているかは定かではないが…僕にその…好意を持っている事に
それこそ好意を受け取った事なんて…こういっちゃ嫌みに聞こえるかもしれないけど…無限に受け取ってきた。
今まで適当に流してきた…そいつらに価値がなかったから…いや…違う…僕が弱かったから…。
>「我は……どうしてもキミが大罪人なんて思えないよ。
でもキミが贖罪を望むなら……ずっと隣で支えたいよ。ずっとキミの隣で歌っていたいよ……」
>「それと……殺し合いは……出来ればしないでほしいよ……」
ちゃんと答えなきゃ…のらりくらりじゃなくて…ちゃんと…僕自身の決意を持って。
287
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/05/14(日) 13:35:08
「ごめん…それはできない」
僕ははっきりと…拒絶の言葉を出した。今までのどうでもいい奴らとは違う…カザハだからこそしっかりとした覚悟で…
例えカザハが悲しむと分かっていても…いやだからこそ…僕の口ではっきりといわなくては。
「僕の…闘争本能は…切っても切り離せない。抑え込む事はできても永遠に僕の身から消す事はできない…
それに…今まで逃げ続けた僕の選択から…罪からもうこれ以上逃げたくないんだ…
そして君が大切だからこそ終わるかどうかも分からない旅にいっしょになんてことも絶対に言えない」
別になんとも思っていない相手なら【終わったら一緒になろう】とか【一緒に罪を償ってくれ】とか言っていただろう。
大切な相手だからこそ…中途半端にはできない…できないならできない。そう言うのが一番の誠実だと・・・今の僕は思った。
「ロイがやったこの世界での出来事を…無かった事にするわけにはいかない…ロイがこの世界でした事は僕の選択の結果なのだから…
それにイブリースと約束もした…全てが終わったら必ずもう一度殺し合うと…勝つにせよ負けるにせよ…その先は君を間違いなく悲しませる」
僕の寿命だけでは贖罪をする時間が足りない…それこそ命尽きるまで贖罪を続ける身…そんな終わりに向かうだけの未来に…カザハを連れていけない。
「だから…」
僕の涙から…ぽろぽろと涙が零れる。
本当はついてきてほしい。誰かに肯定してほしい。愛してほしい…。
「だから…この世界を救う旅が終わったら…それでさようならしなきゃいけないんだ」
ついてきてほしいと一言言えばカザハはきっと最後までついてきてくれるだろう…だけどそれじゃ…僕は一生甘えてしまう。
それじゃだめなんだ…僕の為にも…なによりカザハの為にも…。
「ありがとうカザハ…今までの人生で一番うれしかった」
僕はそう会話を切り上げると作戦会議していたなゆ達の元へ…逃げるように向かった。
僕は正しい選択をした。
僕の終わるかもしれない贖罪の度にカザハのように未来ある子を連れてはいけない…正しい選択なのは間違いない…ないはずなのに…
心の中で僕が今まで感じた事のない感情が渦巻いている。
この気持ちがなんなのか…初めての僕にでも分かってる…分かってるけど…この気持ちを…
「僕は…正しい選択を…したんだ…」
涙をぬぐいながら…自分で自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
288
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/05/14(日) 13:35:20
>「…………お味方にできてめでたしやけど、これで大団円とはならへん。
うちらはこれから、すぐにミズガルズ――地球へ戻らなならへんのや。
もうミハエル・シュヴァルツァーやニヴルヘイムの軍勢が地球へ攻め込んでるちうことやったら、一刻の猶予もあらへん。
ただ――」
>「肝心の行き方が分からないんじゃ、お手上げね……」
「まあ冷静に考えればわかってたらもうとっくに帰ってるって話だしね…」
なるべく冷静に装いながら僕はなゆ達の会話に混ざる。
カザハには悪い事をしてしまったが…それでも他のメンバーにまで動揺を見せるわけにはいかない。
>「わかるよ」
>「おっ、今日は珍しく自分から発言したじゃんか! エライぞー!」
>「もともと『ブレイブ&モンスターズ!』の設定では、限定的ではあるけれどアルフヘイムとニヴルヘイムは行き来が出来た。
けど、アルフヘイムやニヴルヘイムからミズガルズへ行けるという設定はない。
当然だ、君たちがプレイしていたゲームの中の設定には、ミズガルズなんて世界はないんだから」
>「ローウェルは管理運営の権限を使ってそれを成し遂げたんだろう。
だから、ぼくたちも同じように管理者権限を使って移動する。ただ――それには必要なものがあるんだ」
>「必要なもの……?」
やりたい事に応じてその対価も膨大になっていくのはどの時代・世界になっても分からないという事か。
問題は僕達にそれを支払えるかって事だけど…。
>「管理者権限を使用するには、パスワードがいる。
そのパスワードはぼくの中にあるんだけれど、パスワードを入力するにはメニューにアクセスしなくちゃならない。
外の世界じゃない、この世界の中で管理者メニューを起動するためには、莫大な力が必要なんだ」
>「莫大な力……。それは、どのくらいの……?」
>「――レクス・テンペスト」
「……一応聞くがそれの一つの為に僕達が死に物狂いで戦ってって話…知らない訳じゃないよな?」
>「地、水、火、風、光、闇。
この世界を構成する六つの元素、その最も強い力……。
レクス・テンペストに相当する力を各属性ごとに集め、結集する。
天地創世に匹敵するほどの力を用いなければ、文字通り神の業である管理者メニューを起動することはできない」
>「おいおい! ひょっとしてオマエ、ボクたちにあと五属性の魂を持って来いとか、
そんなムチャクチャなこと言い出すつもりじゃねーだろーな!?」
一つであれほど大騒動だったのに…いくら邪魔がもうないとは言えそんな事をしている時間は僕達には…ない。
エンデは首を横に振り…こういった。
>「いいや。メニューの起動には六属性の莫大な力が必要というだけで、精霊王の魂が必要不可欠な訳じゃない。
シンプルに強ければいいんだ……だから。
必要なものは、もう。ここに揃ってる」
『地』にはジョン。
え…僕も?
少し不思議に思ったが思えば思い当たる節はある。
明らかに人間離れしたパワー…僕は元より体は頑丈であったが…それもこの世界に適応し強化された結果というなら頷ける。
そうじゃなかったらイブリースと殴り合うとか不可能だしな…
289
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/05/14(日) 13:35:32
『水』にはなゆた。
『火』にはエンバース。
『風』にはカザハ。
『闇』には明神。
「ちょっとまて…一人足らないぞ」
>「じゃあ、どうするの? どこかから光属性の野良『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でも探してくる?」
>「アコライト外郭の『笑顔で鼓舞する戦乙女(グッドスマイル・ヴァルキュリア)』なら、
光属性だったと思うケド」
ユメミマホロは…僕の見立てが間違ってなければ大幅に弱体化しているはずだ…
力を使い果たしたのか…もしくは別人なのか僕にはわからないが…条件を満たしていないという僕の読みはなゆが賛成してない事をみて当たっているのだろう。
>「……わたしがやる」
この場にいる全員の視線がなゆに集まる。
一人が二属性やれるなら…そんなに簡単な事はないだろう…しかしアシュトラーセですら力不足と呼ばれるほど一人一人が重要な事なのにそんな事が…。
>「しかし、十二階梯の継承者を以てしても力不足と言わしめるほどの消耗なのだろう。
それが二人分……力をすべて吸い尽くされ、命が枯渇して死に至るという可能性はないのか?」
そうだ…突然の疑問。世の中そんなに便利な事などない…そもそも簡単にできるならわざわざ1属性一人縛りをする必要もないのだから…。
>「可能性は、ある」
>「無茶よ、ナユタ……! 一人分だってレクス・テンペストに匹敵する力が必要なのに!」
>「なゆちゃんがすごい力を持っとるのは知っとるけど、今回ばっかりはうちも賛同できへんえ。
一属性分の明神さんやジョンさんでさえ耐え切れるか分からへんっちうのに、それを二属性もやなんて……。
いくら何でも無謀すぎや。なゆちゃんにもしものことがあったらどないしはるのん?」
本音を言えば賛成などできない…しかしなゆの言う通り…もう時間が本当にないのもまた事実である…だがしかし…
>「カザハ、明神さん、ジョン。
……それに、エンバース。お願い……わたしを信じて。
あなたたちが信じてくれるなら、わたし。どんなことだってやってみせるから」
「僕は…」
>「あの方の記録を受け継いだ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
なるほど、最初に聞いたときは到底信じられぬと思ったが、こうしてみるとよく似ている。
特に、一度こうと決めたら梃子でも動かんところなどはな……。
やってみるがいい。そして見事成し遂げてみせろ。
仕損じればあの方の顔に泥を塗ることになる、よくよく覚えておけ」
>「外野が無責任なこと抜かしてんじゃねえぞイブリース!飼い主の面影見つけてはしゃいでんのか?
お前の目の前にいる女は『崇月院なゆた』って名前だ、覚えとけ」
「少し落ち着け明神!」
怒る気持ちはもっともだが…この場で一番この提案に反対したい人物を無視するわけにはいかない…
エンバースに視線を送る。
>「だけどな、あえて言わせてもらうぞ……お前、ゲームの主人公にでもなったつもりか?
お前は、これくらいの無茶はもう慣れっこのつもりかもしれないけどさ。
俺が……俺達がそれに慣れる事は、決してないんだからな」
>「だが、まあ……少なくとも、今ので勇気のステータスはカンスト間違いなしだな」
エンバースは…必死にやめろ。するな。代わりを探そう。…この言葉を押し殺している…。
今の僕達の…地球の危機的状況を鑑みて…飲み込んでいるのだ…。それなら…僕に…なにか言う事はなかった。
290
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/05/14(日) 13:35:53
>「この魔法陣は一旦起動したが最後、管理者メニュー起動のための力が貯まるまで中にいる者の魔力と生命力を吸い上げ続ける。
万が一のことがあった場合、強制終了させることは可能だけれど、
そうなると次の実施までには大きく日数を開けてしまうことになるだろう」
「素直に失敗はできないって言ってくれたほうが気が引き締まるんだけど…」
再挑戦に日数がかかる…それは地球が滅びるまで指をくわえてみていなければならないという事。
本人的には濁したほうがいいと思ったんだろうけど…
>「ほんまは日ぃ改めて、ゆっくり休んでもろうて。充分養生してから試した方がええんやけど……。
ローウェル相手に後手後手に回ってもうとる現状や、その余裕はとてもあらへん。
堪忍え、みんな」
「大丈夫無茶ぶりなんて今に始まった事じゃないし…僕達ならできる。だろ?」
気休めに残ったポーションを一気に飲み干す。
体の疲労が取れるわけではにしHPという意味では全開ではあるが…気休めくらいにはなるだろう…。
>「ジョン君――カザハをお願いします……!」
「…カザハ、遠慮せずに…僕の手を取ってもいい」
気まずさとカザハにバフを掛けてもらい準備を整える。
部長のバフは温存する…もう結構使った気がするけど…なにがあっても無能にならないようにここは控えねばならない
「ニャー…」
部長が不安そうに僕を見つめる。
「僕の体は特別製だよ…問題ないさ!…だから心配しないで」
部長を撫でながら抱き寄せていると。
>「みんな――、必ず地球に帰るよ!!」
準備が整う。大丈夫…僕の体はどんな苦痛さえも乗り越えてきた…心配なのはなゆだが…まずは自分のできる事をしよう。
カザハが僕の手を握る。不安なのだろう…あんなひどい事言った僕をこんなに頼ってくれて…僕は嬉しいよ
>「……魔法陣、起動!」
起動したその瞬間…力を入れ身構えてた体から力が一気に抜ける。
「立っ…て・・・いられない・・・!」
気持ち悪い…ただその一言に尽きる。
物理的な苦痛ダメージなら大体問題ない僕ではあったが…こんな…魂を抜かれるような…そうとしか表現できないこの感覚は…どうにもならない…!
いつまで…耐えればいいんだ・・・!?
ギブアップという言葉がふと脳裏に過ぎる…。
291
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/05/14(日) 13:36:05
>「う……、うあああああああ―――――――ッ!!!」
そうだ…僕よりきつい目になゆはあっている…僕が…先に根を上げてたまるか…!
>「エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!」
僕は…自分の事で精一杯だというのにカザハはみんなを気遣っている…。
僕は…僕はなんて弱いのだろう…。
「情けない…なんて情けないんだ…僕は…!」
足に力を籠め立ち上がる。こうなりゃ自分より年下が…がんばってるんだぞ…僕だってできなくてどうする…!
>「一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!」
>「希望と、勇気ね……また難しい事を言ってくれる……」
カザハの一声でみんなが決起する。やっぱりカザハの歌には…声には人を奮い立たせる力がある…。
僕はやっぱり君の事が――
>「ジョン君、左手でキミの親友の手を――」
「必ず…全員でやり遂げてみせる…!」
自然と体に力が籠っていた。これが勇気という力なのだろう…こんな状況でさえ…エネルギーが漲ってくる。
>「少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――」
「逆に君が役に立ってなかった事なんてなかった…!いつも僕は助けられてた…!僕は救われてたんだ!」
無意識の内に体からエネルギーが溢れてくる。
「うおおおお!根性おおおおお!」
僕は根性論はそんなに好きではないが…少しでも全員の苦痛を和らげるように…みんなの負担が減らす事ができるように…
今この場所にいるのは…決して悲鳴や弱音を吐く為なんかじゃない…
僕は地属性に適正があると言っていた…なら本物の大地のように…みんなの足元に存在する不安など考えもしないような…安心して過ごせる大地その物に…僕はなる!
形から入るのはださい?うるせえ!こんなもん気分の問題…だろうが!人間の欲望に果てなんかない!…僕はみんなと…カザハと一緒に…全部を守りたい!
「カザハ!さっきの言葉!やっぱり取り消すよ!…僕についてきて欲しい…ずっと…長く…いや一生!」
恥ずかしさを力に変えるように僕は大きい声で言い放つ。
「君だけは…いや…全員…絶対に不幸にしない…僕の…ジョン・アデルの全てを賭けて誓う!」
この魔法陣にこの僕の…エネルギーを全部くれてやる…僕は光なんて程遠い存在だけど…みんが少しでも楽になるなら…僕は…僕は
「僕は…全てを守護する大地になる!」
292
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/05/21(日) 05:01:08
>ちょっと! 何言ってるの!?
>バカ言えよ、エンデはレクステンペスト相当の力が必要だっつってたろ。
ものすごい大精霊様が命を賭してようやく形になる力だ。
命ふたつ分のパワーを一人の体から吸い上げて無事でいられるとは思えん
管理者メニューを強制起動させるのに必要な六属性のうち、水と光ふたつを一人で受け持つ。
そんな自殺行為とも言えるなゆたの申し出に対して、当然のように仲間から反対意見が出る。
>さては、最初からなゆがこう言い出して聞かないのを分かってて提示したな……?
なんでいつもいつもそんな作戦ばっかり……
>……ッ!エンデ……!!
カザハがエンデに詰め寄り、明神も同じく睨みつけるものの、エンデは全く動じない。いつものように無表情を貫き通している。
>いい加減にしろよ!残り滓抱えてホントにシャーロットにでもなったつもりか!?
お前がやせ我慢してんのなんかとっくに分かってんだよ!
勇気だかなんだか知らねえが、望んで命賭けるようなこと……
>認められるわけ……ねえだろ……
なゆたの無謀な言い分に特に強く反発したのは明神だった。
怒りも露わに叩きつけるような言葉に、なゆたも口許を引き結ぶ。
>ふざけやがって……なぁなゆたちゃん。そいつはホントにお前の意志なんだろうな。
この際言葉を選ばずに言うぞ。お前の意志がシャーロットに汚染されてんじゃねえかってことだ
>俺が一緒に旅してきたのは、同じ死線をくぐってきたのは、石頭の女子高生『崇月院なゆた』なんだよ。
……不屈のブレイブ『モンデンキント』なんだよ。
シャーロットの為にそれが失われるのは、許容できない
「……どうだろう。
前にも言ったけど、わたしが以前のままのわたしなのか、それともシャーロットなのか――
どっちか断言なんてできないし、それを証明することもできない。
わたしにできることは、ただひとつ。
これまで通り、思ったことをやる。その時その時で、わたしが正しいと思ったことをする……それだけだよ」
果たして今の自分は崇月院なゆたなのか、それとも『救済の』シャーロットなのか。
単に情報としてのシャーロットの記録を引き継いだだけで、崇月院なゆたというパーソナリティには何の変化もないのかもしれない。
はたまた、知らない間にシャーロットの記録に人格も支配されて、この世界を守るというプログラムのひとつに変わり果てたのかも。
だが、そのどちらであったとしても。
なゆたはやりたいことをやる。その信念に変わるところはまったくないのだ。
>――俺が思うに
エンバースが徐に口を開く。
>『自動発動型の自己回復パッシブを持つユニットが、最も危険を冒す』
と言うのは――むしろ、この上なくゲーマー的な発想のように思える
「うん」
なゆたも頷く。
何も、なゆたはなけなしの勇気と一か八かのクソ度胸で名乗りを上げた訳ではない。
ローウェルの指環と、スペルカードによる各種バフ。それから『銀の魔術師』モード。
特に、銀の魔術師――シャーロットの力の発現については、なゆたはいまだに制御ができずにいる。
それが発動したのは一度だけ、『永劫の』オデットとの戦いで瀕死の重傷を負った時だけだ。
であるのなら、その状況を再現するのが最も有効な手段であろう。
>だけどな、あえて言わせてもらうぞ……お前、ゲームの主人公にでもなったつもりか?
お前は、これくらいの無茶はもう慣れっこのつもりかもしれないけどさ。
俺が……俺達がそれに慣れる事は、決してないんだからな
幾度もなゆたの無茶や無謀に付き合わされてきたエンバースだからこそ、その諫言には重みがある。
しかし、なゆたはそんな言葉に反して屈託なくにっこり笑うと、
「そうだよ。わたし、主人公だもん」
と、迷いなく断言した。
「わたしは『ブレイブ&モンスターズ!』の主人公だよ。
正しくは、『ブレイブ&モンスターズ!』の世界を生きるわたしという物語の主人公。
わたしだけじゃない……カザハも、明神さんも、エンバースも、ジョンも。
ガザーヴァやエカテリーナ、アシュトラーセたちも――三つの世界で生きるすべての命が、それぞれの物語の主人公なんだ」
自らの胸元に右手を添え、瞳を伏せて言葉を紡ぐ。
「ローウェルやバロールの考えたシナリオだけじゃない、無数の物語がこの世界にはある。
それが消滅してしまうだなんて、そんなの絶対に認められない。
だって、これからどんな面白くて興奮するイベントが開催されるか分からないんだから!
それにね……主人公はカッコつけるもの。たとえ空元気だって、できるよ! って断言するもの。
みんな、悪いけど――ここはわたしの見せ場!
おいしいとこ貰っちゃって悪いけど、思いっきりカッコつけさせてもらうよ!!」
仲間たちの気遣いは有難いし、涙が出るほど嬉しい。
だが、人間にはやらねばならない時というものがあるのだ。
ここが、崇月院なゆたという人間の正念場。
なゆたはそう信じて疑わなかった。
293
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/05/21(日) 05:01:29
だが、そんな覚悟も実際に魔法陣の中に入り、強制的に魔力を吸い上げるシステムが起動すると、瞬く間に雲散霧消してしまった。
「ぅ……ぎ……! あ、ぅ……くぅぅぅぅぅッ……!!」
痛みなどという言葉で形容できるレベルは一瞬で通り過ぎた。もはや、痛覚などすっかり麻痺しきっている。
感じるのは、寒さ。まるでジェットコースターでずっと下りを直進しているような、紐のないバンジージャンプのような。
魂が頭の天辺から引き抜かれてしまいそうな脱力感、喪失感、剥離感が全身を苛んでいる。
こんな恐ろしい感覚が、果たしてどのくらいの間続くのか。
叶うことなら少し前に吐いた言葉のすべてをかなぐり捨てて逃げ出してしまいたい、そんな思いが頭を埋め尽くす。
他の仲間たちも同等の重圧と喪失を感じているらしく、呻き声や苦悶の声が聞こえた。
――これ――ダメかも――
絶望的な考えが脳裏をよぎる。
エンデによると、いよいよ危険となれば強制終了させることも可能らしいが、それでは世界を救えない。
両脚から力が抜けていく。もう、まともに立っていることさえ難しい。
完全に見立てが甘かった。ふたり分の属性をひとりで受け持つだなんて、言わなければよかった。
力を吸い尽くされるのに並行して、心の強さまでもが消失してゆく。弱くて脆い気持ちが胸に満ちてゆく。
よすがとしていた勇気がボロボロと崩れ去り、諦念が全身を支配しようとした――そのとき。
>エンバースさん! なゆのそっちの手を取ってあげて!
はっきりと、声が聞こえた。
それから、左手を強く握られる感覚。ぎゅっと握られる手のひらから、喪われかけていた五感が蘇る。
カザハだ。カザハが自らの肉体の消耗も顧みず、仲間たちを鼓舞している。
>絶対大丈夫だから! キミは一人じゃない……!
「……カ、ザ……ハ……」
更に仲間たちは各々手を繋ぎ、円陣を組む。
>少しは追いつけたかな……? 守られてるだけの初心者は卒業できたかな?
時々は頼ってくれると嬉しいな――
>水くせえこと、言うなよ……。
出会った時からお前は……俺達の、最高のバッファーだ……!
>……それは、ちょっと甘すぎやしないか?
>けど……そうだな。もう十分……頼りにはなってるぜ……
>逆に君が役に立ってなかった事なんてなかった…!いつも僕は助けられてた…!僕は救われてたんだ!
「そう、だよ……。
わたしたちは……いつだって、カザハ……あなたに守られてきた……。ずっと、頼りにしてきたんだ……。
初心者なんて言ったら……フォーラムで、怒られ……ちゃうよ……」
カザハの言葉に、仲間たちが次々に同調する。無理矢理に笑顔を作り、なゆたもカザハの方を向く。
自己評価が低くて、怖がりで、すぐに逃げ出そうとする、お調子者のシルヴェストル。
けれどもカザハはリバティウムで仲間になった時から一貫して、パーティーの貴重なサポート職に徹してきた。
敵を一撃で屠り去るような活躍はできないかもしれない。英雄的な働きは無理かもしれない。
しかし、そんな縁の下の力持ちの存在なくして、英雄もまた存在し得ないのだ。
今もまた、カザハは皆を叱咤し絶望に染まりかかっていた心を見事に救ってみせた。
それはこのアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』パーティーにおいてカザハ以外に成し得ない、
オンリーワンの役目であった。
『負荷軽減(ロードリダクション)』――!!
ドォンッ!!
明神の発動させた魔法によって、それまで全身を蝕んでいた重圧が若干和らぐ。
結んだ手と手を介して、魔力が全員の身体を駆け巡る。六つの属性がぐるぐると循環する。
かつてバロールが明神にアドバイスしていた魔法だが、長い旅を経てここで実践されている。
>さっき言いかけてたこと……やっぱ今、言うわ。
上手く地球に帰れたら……その時は、高い店のトンカツを食いに行く!!
積みゲーもハードごと持って帰りたいし、スマホも新しいやつに機種変する!!
魔法を用いてもなお激烈すぎる重圧をせめて会話で幾許かでも誤魔化そうとしてか、明神が自らの望みを語る。
なんとも明神らしい、俗っぽい望みだ。尤も、世の中の人間が抱く夢など大半がそういったものだろう。
美味しいものが食べたい、遊びたい、楽をしたい。そんな欲望を原動力に、人類は発展してきたのだから。
平凡な人間の、平凡な夢――どこにでもある、しかし明神だけの夢。
>吸血鬼みたいな、高位のアンデッドに……オデットほどじゃなくてもいいんだ。
ただ……そうすればさ、あっちでまた、ブレモンプレイヤーに戻れる……かも
明神に触発されるのように、次に自身の願いを口にしたのはエンバースだった。
たとえ地球に戻れたとしても、焼け爛れた焼死体のままでは日常生活にも支障をきたすだろう。
せめて、いかにもアンデッドといった今の風貌ではなく、もう少し人間に似た姿になれれば。
未来への希望を孕む、それがエンバースの夢。
>僕は…全てを守護する大地になる!
ふたりに競るように、ジョンも願いを叫ぶ。
ジョンはブラッドラストという呪いをその身に享けて生まれた。
血は生命の源。生き物の身体を流れるイノチそのもの。そして大地もまた命を育み、無限に生み出してゆくもの。
“血”は“地”。しかるに、ジョン・アデルほど地属性に相応しい者はいない。
そんなジョンが、すべてを守護する大地になると言っている。その体躯や心根に見合った、大きな夢だ。
294
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/05/21(日) 05:01:53
「……わ……、わたしは……」
大きすぎる重圧と、避けがたい虚脱感に抗いながら、なゆたも懸命に言葉を紡ぐ。
「地球に、戻って……おかあさんの……お墓参りを、するんだ……。
おかあさんの……お墓の、前で……みんなを守れたよって……地球を救えたよって……報告、するんだ……!」
かつて、なゆたは母と慕った人物を救うことができなかった。
その人物の死に際して、拭い難い心残りを残してしまった。
冷たく横たわる遺体に縋りつき、泣きながらなゆたは誓ったのだ。
理不尽な死。不条理な運命。
それら非合理なさだめを、なんとしても覆してみせる。自分が行動することでそれらを回避することが可能なら、
どんなことでもしてみせる――と。
「わたしが……もしも、誰かの痛みを肩代わりできるなら……。
わたしが苦しむことで、誰かの苦しみをほんの少しでも取り除いてあげられるのなら……。
いくらだって痛みを背負う。苦しみを受け入れる……。
そして立つ――、立って戦う!!」
大それた、傲慢な願いかもしれない。たったひとりの矮小な人間の身に余る望みかもしれない。
しかし、けれども。なゆたは強く強くそれを願った。
これは運命だったとか、仕方なかったとか、そんなお手軽な言葉で幸福を諦めたくない。
例え無理でも、無茶でも、無謀でも――生命の燃え尽きるその瞬間まで誰かを救うことを諦めない、それがなゆたの夢。
>一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!
明神の一声によって、循環する魔力が強い輝きを帯びる。決して交わらないはずの六色の光が融合してゆく。
>……なゆた……そこに、いるよな……?
「エンバース……」
ぎゅぅっと、強くエンバースの手を握る。
エンバースの手は崩壊しかかっていた。
無理もない。イブリースとの熾烈な戦いの後、ほんの僅かな小休憩だけでこの魔法陣に足を踏み入れたのだ。
肉体という楔のあるなゆたたち生者と違い、アンデッドであるエンバースが魔力の喪失に伴う消耗は一際激しい。
恐らくエンバースは魔法陣に入った五人の中で最も危機的状態にある。
ゆえに。
>大丈夫だ……心配するな……俺が、傍にいる……俺が……守って……やる……
>だから――
>――どこにも、行くな
その言葉は、エンバースの剥き出しの魂から出たもののように、なゆたには聞こえた。
いつもの皮肉屋の言動ではない、生のままの望み。エンバースの心の奥底に息衝いていた、裸の願い。
だからこそ――
「どこにも、行かないよ……。わたしはここにいる、あなたの傍に。
ずっと、ずっと一緒にいるよ……だって、わたしは――」
なゆたはゆっくりエンバースの方を見ると、微かに笑う。
そして。
「……あなたのことが、好きだから……」
ざわっ!
自信の想いを告げた瞬間、なゆたの黒い髪がざわざわと波打ち、逆立ち始める。
その毛先から、急速に髪色が眩く輝く白銀色へと変わってゆく。
と同時、全身から迸る膨大な魔力。己が放つ魔力の奔流にマントやスカートを靡かせながら、なゆたは双眸を大きく見開いた。
「魔力融合! 銀の魔術師・崇月院なゆたの名に於いて! 錠前を開きて起きよ、創世の神坐(かむくら)!!」
カッ!!!!
光り輝く六種類の魔力が溶け合ってひとつの魔力の渦となり、魔法陣に六芒星を描く。
魔法陣がひときわ強く眩く発光した瞬間其れは膨大な魔力の柱となって五人を、否、召喚の間にいる全員を呑み込んだ。
そして――目を開けていることさえ困難な光が収まった頃。
一行の目の前には、まるでSF作品のホログラムのように中空に表示された無数のウインドウが展開されていた。
「管理者メニューの起動は完了した」
エンデが荘重に告げる。
「なんと……驚いたのう……」
「これが、この世界の……いいえ、アルフヘイム、ニヴルヘイム、ミズガルズ三界の理を司る権能……。
この世のすべての叡智が此処に集っているのね……」
エカテリーナとウィズリィが驚嘆の声を漏らす。
特に知恵の魔女と呼ばれる『魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)』のウィズリィにとって、
世界の設定を意のままにできる管理者メニューはまさしく究極の知恵であろう。興奮を隠しきれない様子で目を輝かせている。
295
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/05/21(日) 05:03:02
「ぅ……」
魔力放出が終了し、魔法陣から解放されると同時、なゆたの白銀の髪色が元の黒色に戻る。
あまりの疲労の激しさに、なゆたはふらりと身体を傾がせるとエンバースへ凭れ掛かった。
勢い、エンバースの胸に飛び込む形になる。
「……エンバース」
そっと遺灰の男の胸に両手を添え、頤を上げて彼のひび割れた双眸を見上げる。
「ありがと、エンバース。
あなたの声が聞こえたから、頑張れたよ。あなたの傍にいたいって、どこにも行かないって思ったから……。
銀の魔術師の力を使うことができた。管理者メニューを起動することができた。
……また、守ってもらっちゃった」
最初は、守ってやるという彼の言葉が嫌いだった。
此方の都合も感情も関係なく、一方的に守ってやるだなんて、自分勝手なと憤ったことも一度や二度ではなかった。
だというのに、今は。
そんな“守ってやる”の言葉が何より嬉しく、心強い。
「オイ、そこの連中。いつまでもイチャイチャイチャイチャしてんじゃねーよ!
それよりさっさとミズガルズに行かなくちゃなんだろ? さっさと転送でもなんでもしろってーの!」
エンバースとなゆた、カザハとジョンの様子を半眼で眺めながら、ガザーヴァが突っ込みを入れる。
が、そのガザーヴァも明神の首に両腕を回して抱き着いているので、説得力はまるでなかった。
ゴホン、と空咳を打ち、なゆたは顔を赤くしながらエンバースから離れた。
「う、うん! ガザーヴァの言う通り、管理者メニューが開いたなら一刻も早く地球へ向かわなきゃ!
みんな、準備はいい? エンデ、お願い!」
「わかった」
エンデは頷くと、すぐに中空に表示された無数のウインドウへ両手を伸ばした。
が、様子がおかしい。エンデが何らかのコマンドを入力しても、地球への転送がなされるどころか何も起こらない。
ただ、警告色である真っ赤色をしたダイアログがウインドウの中央に表示されるだけだ。
其処には何らかの文字列が書かれているが、地球由来の言語ではないのか誰にも読み取れない。
ただし、それが何を意味しているのかは、なんとなく分かった。
「これ……エラー表示だよね。たぶん」
パソコンでパスワードやコマンドが正しく入力されなかった場合に表示されるエラーメッセージ。
これはそんな地球のシステムにそっくりだったのだ。
「システムが書き換えられてる」
エンデが無表情なままで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちに告げる。
「おそらく、万が一ぼくたちが管理者メニューにアクセスすることがないよう、ローウェルがプログラムを改変したんだろう。
既存のシステムならぼくにも操作できたけれど、これじゃアクセスできない」
「アクセスできない? ということはエンデ、つまり……」
アシュトラーセが不安に表情を曇らせる。
ディスプレイからなゆたたちへ振り返ると、エンデはまたこくり、と首肯した。
「ミズガルズには行けない」
「そんな……!」
絶望が希望を塗りつぶしてゆく。
せっかく、ローウェルの足取りを追う方法が見つかったというのに。ニヴルヘイムとの戦いに一応の決着をつけ、
世界の崩壊を防ぐ希望を繋げたというのに。
こんなところで終わりでは、あまりにも報われない。
「どうにかならないの? プログラムを元に戻すことは?」
「無理だよ、ぼくの権限を越えている。
プログラムに直接手を加えられるのは、運営に直接携わる存在だけ。
すなわちローウェル、バロール、そしてマスター・シャーロットだけだ」
「モンキン! オマエ、シャーロットの力が使えるんだろォ!? 何とかしろよ!」
「そ、そんなこと言われても……」
ガザーヴァが喚きたてる。なゆたは弾かれるようにウインドウを見上げた。
が、何も分からない。ウインドウには所狭しと何らかの言語らしいものが表示されていたが、まったく読めない。
シャーロットの記録を呼び覚ませばあるいは対処も可能かもしれなかったが、
管理者メニューを起動させた時点でなゆたは銀の魔術師モードを解除してしまっている。
もう一度力を発現させるため瀕死の状態になって――などということをしていたら、今度こそ死んでしまうかもしれない。
296
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/05/21(日) 05:04:00
「ふざけるな……! 貴様らがこの戦いの行く末を最後まで見届けろと言ったのだろうが!
だからこそ、オレは敗北を受け入れた! 同胞たちの未来を守ることこそが、オレの果たすべき使命と思えばこそ!
だというのに、行けない? 冗談を言うにしても、相手を選べ……!」
当然、激怒したのはイブリースである。
己の信念を曲げ、仲間のためを思えばこそ生き恥を晒すことを選択したというのに、
やっぱりここで行き止まりです――では収まるまい。
怒りに任せ、イブリースはエンデを左腕で掴み上げた。そのまま、ギリギリと首を締めつける。
エンデの無表情だった面貌が、僅かに苦痛に歪む。
「やめて、イブリース!」
なゆたが叫ぶが、イブリースは耳を傾けようとしない。
実際に管理者メニューが使えなくなってしまったということなら、もうなゆたたちには他に手の施しようがない。
文字通りの万事休すだ。
自分たちはこのまま成す術もなくミハエル・シュヴァルツァーらが地球を破壊し、
侵食が三つの世界を呑み込むのを、手をこまねいて見ているしかないのか――?
と、そのとき。
「そないなことにはならしまへんえ」
声を出したのは、それまで沈黙を貫いていたみのりだった。
「……みのりさん? 今、なんて……」
「そないなことにはならへん、って言うたんや。
例え大賢者さんがどないに悪知恵絞ったかて、うちらを止めることなんて出来へんわ。せやろ? なゆちゃん」
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の頭上に絶望の分厚い暗雲が垂れ込める中、
みのりだけはいつもと変わらない泰然とした態度を崩さずにいる。
「大賢者さん、うちら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』相手にそないな姑息なことせな安心できひんねんなあ。
ほんまの大物やったら、追いかけてくんなら追いかけてきてみぃ、正々堂々受けて立つで!
みたいな気概を見せるとこやろ。大賢者ぁ〜なんて言うたかて、お里が知れるわぁ」
「みのりさん……」
「プログラムを改変した? うちらを地球に帰さんように?
ええやないの、そんなん、なんぼでもしたらよろしいわ。うちら相手にそないないけずするっちうことは、
それだけ大賢者さんが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を脅威とみなしとる――ちゅう証拠やろ。
なゆちゃん、カザハちゃん、明神さん、エンバースさん、ジョンさん。
勘違いしたらあかんで、優勢なのはこっち……うちらは今、確実に大賢者さんを追い詰めとるんや」
「けどさぁ、肝心の管理者メニューが使えないんじゃどーしよーもねーじゃん」
ガザーヴァが肩を竦める。
ローウェルの妨害工作によってせっかく起動させた管理者メニューが使用不可能になってしまった以上、手の施しようがない。
……だが。
「誰が使えへんなんて言うたん?」
みのりはさも当然のように言い放った。
アシュトラーセやエカテリーナが怪訝な表情を浮かべる。
「御子が言っていたではないか、この管理者メニューとやらを正しい姿に復元できるのは、
我らが師父ローウェルと『創世』の師兄、それに『救済』の賢姉だけであると……」
「ま、ええわ。ほんまは地球に戻るまでお披露目しぃひんどこ思とったんやけど。
そっちがそのつもりなら、こっちもそれ相応の対応を取るだけや。
見せたるわ、うちの“奥の手”――」
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の前で、みのりはゆっくりと自らの左眼を覆う眼帯に触れた。
キングヒルでのなゆたvs明神のデュエルを切欠に、パーティーを一時離脱し後方支援を引き受けたみのりであったが、
次にスマートフォンを介して交信したとき、その左眼にはいつの間にか眼帯がつけられていた。
ずっとつけたまま、片時も外すことのなかった左眼の眼帯。
それを、みのりは躊躇いもなく外した。
みのりの閉じられていた瞳が開く。
「……あ……!!」
想像だにしない光景に、思わずなゆたは声を上げしまう。
その左の瞳は、虹色の光彩を放っていた。
297
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/05/21(日) 05:05:07
「みのりさん……、その眼は……」
なゆたが恐る恐る訊ねる。
しかし、それが果たして何であるのか、この場で理解できない者はきっと一人もいなかっただろう。
魔力の溢れる虹色の瞳、それは紛れもなく――
「見ての通りや。『創世の魔眼』……お師さんと同じ瞳やよ」
「ど、どうして……貴方が『創世』の師兄の魔眼を……?」
アシュトラーセが唇を戦慄かせる。
日頃泰然としているエンデもこの事態は予想外だったらしく、いつもと変わらない無表情の中に驚きが滲み出ている。
「うちは何も、ボランティアでキングヒルに残留した訳やない。
この世界の理、お師さんのほんまの目論見。それから『侵食』と大賢者はんの正体……。
何もかも洗いざらい吐いてもらうっちうことを条件に、うちはお師さん……バロールの軍門に下ったんや。
そうして、きっちり聞かしてもろたんよ。
ブレイブ&モンスターズ! にまつわる、すべてのことを」
「じゃあみのりさん、みのりさんはもうずっと以前からこの世界の真実について知ってた……ってこと?」
「そうなるなぁ。堪忍え、なゆちゃん。
せやけど、早い段階でいきなり『実はこの世界は神さんみたいな上位存在の造ったゲームで〜』なんて言うたところで、
みんな到底信じられへんやろ?
うちはこの魔眼を移植してもろうて何とか理解できたんやけど、あんたたち全員にまで魔眼の移植はできひん。
みんなに自然に理解してもらうためには、段階を踏む必要が……今までの長い旅が必要やったんや。
ぎょうさんしんどい思いさせて、ほんまに堪忍え」
そう言うと、みのりはいつものはんなりとした表情を束の間やめて深く頭を下げた。
自分だけが後方支援と称して安全なところに留まり、仲間たちを死地へ赴かせる。
そんな行為に対して罪悪感を覚えている。
けれど、なゆたはすぐにそんなみのりに歩み寄り、その肩に手を置いた。
「なゆちゃん……」
「謝らないでよ、みのりさん。
どんな理由があったって、みのりさんが今までわたしたちの旅の援護をしてくれたのは変わりないし。
いっぱい助けてもらったんだから、怒ったり恨んだりする理由なんてないんだ。
確かに、つらいことも悲しいこともたくさんあったけれど……わたしたちは今もひとりも欠けずにここにいるし。
今までの旅のお陰で、大賢者を追い詰めるくらいに強くなれたんだから!」
なゆたはオーバーアクションでガッツポーズをしてみせた。
仮にアルフヘイムへ召喚された直後にバロールから世界の真相を聞かされたところで、
あまりにスケールが大きく突拍子もない話では、誰も理解することは出来なかっただろう。
また、もし理解できたとしても、侵食に対抗するだけの力はとてもない。
この世界を救う旅の中でエンバースたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は少しずつ世界の核心に迫り、
幾多の出会いと別れ、戦いへ経て本物の強さを培ってきた。
今までの旅には、すべての物事には、確かに大事な意味があったのだ。
「さあ、みのりさん。
今まで通り、わたしたちにこれから進むべき道を教えてよ。大賢者ローウェルを倒し、三つの世界を救う道を。
わたしたち――どんなに大変なミッションだって、絶対にこなしてみせるから!
だよね、みんな!」
背後を振り仰ぎ、大切な仲間たちの意見を仰ぐ。
皆の言葉を聞くと、みのりは一度目元を拭って大きく頷いた。
「おおきに。おおきになあ、みんな。
せやったら、せめてもの罪滅ぼし。きっちり自分の仕事はやり遂げさせて貰いますえ。
……みんなの、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の進路を――切り拓く!」
カッ!
みのりの左眼、創世の魔眼が眩い輝きを放つ。
創世魔法が発動し、みのりの前に巨大なコンソールが出現する。
みのりが驚くべき速度でタッチタイピングを始めると、エンデが操作しようとしてもビクともしなかったウィンドウ群が、
俄かに反応を示した。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの眼前に展開された夥しい量のウインドウたちが、
次々にその配列を変え、文字数が変動し、変異していたプログラムが本来あるべき姿へ書き換えられてゆく。
「みのりさん、すごい……!」
「お師さんは前々からこうなることを予期しとったんや。
せやから自分の持つ管理者権限をうちに譲渡して、事前に対策を講じた。もし自分が大賢者さんにやられることがあっても、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が迷うことのないように……」
「相変わらず抜け目のないことだ」
エンデを手放し、イブリースが腕組みしながら感嘆の声を漏らす。
一巡目で『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に倒され、志半ばでリタイヤしたという経験があるからこそ、
バロールは今度こそ万難を排して世界を救おうとしたのだろう。
だから、自分が死んだ後のことまで考えて十重二十重に対策を講じておいたのだ。
管理者メニューを改変し追撃の手を振り切ろうとしたローウェルの目論見は、
是が非でも世界を救うというバロールの執念の前に敗れ去った。
298
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/05/21(日) 05:05:26
召喚の間に、みのりがコンソールを操作する音だけが響く。
皆、目まぐるしく変化してゆく中空のウインドウを固唾を呑んで見守っている。
そして、最後にみのりがエンターキーとおぼしきキーを叩いたとき。
強固にアクセスを撥ね退けていた画面にユーザー承認を示す緑色のダイアログが表示され、すべてのメニューが表示された。
「やった……!!」
「これで、何もかも元通りや。
待っとってな、今すぐ地球への『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開くさかい」
なおも、みのりはコンソールを繰り続ける。
「一時はどうなるかと思ったケド、これでボクたち全員無事にミズガルズへ殴り込みに行けそーだな!
明神、ローウェルのジジイをブッちめたあとは、ミズガルズを案内しろよな! トンカツ食べたい!」
ガザーヴァがほっとしたように息をつく。
しかし、みのりはそんな言葉に一度かぶりを振った。
「うちは行けへん。みんなが無事に地球へ行くまで、ここで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を維持せなあかん。
残念やけど、ここでいったんお別れや」
「そんな、みのりさん……! 折角ここまで一緒に来たのに……!」
俄かに持ち上がった別れに、なゆたは眉を下げてみのりを見た。
みのりが小さく笑う。
「おおきにな、なゆちゃん。せやけど言ったやろ、これは今までみんなに秘密を打ち明けなかった、うちの罪滅ぼしや。
うちにしかできない仕事なんや、せめて、最後まできっちりやり遂げさせてぇな?」
「みのりさん……」
「心配しぃひんでも、ここは全世界のなんもかもを見通せる神の座や。
みんなの活躍もここからモニターできるさかい、離れ離れになる訳とちゃうよ。
いつでも繋がってんで……うちはここからみんなが大賢者さんをいわすとこ、とっくり見届けさせて貰うさかい」
「……そういうことなら、私もここに残るわ」
ここでパーティーを送り出すというみのりの言葉に、ウィズリィもまた口を開く。
「ウィズリィまで? どうして――」
「ミノリをここにひとりぼっちで置いておけないわ。何かあった場合に、サポートする者が必要でしょう?
ここは智慧の頂。であるのなら、ここでミノリを補佐できるのは『知恵の魔女』たる私しかいない。
そうじゃないかしら?」
既にこのダークマターに――ニヴルヘイムに生物は存在しないが、
いつまたローウェルが何らかの妨害工作を考えつかないとも限らない。
今度は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を地球に閉じ込めようと、みのりを襲って退路を断とうと目論むかもしれない。
そういった場合に備え、管理者メニューにつきっきりで身動きの取れないみのりのボディガードを買って出ようというのだ。
「ミズガルズの文化や景色にも大変興味はあるし、是非とも行ってみたいけれど。
それは貴方たちが大賢者を打倒して、侵食を食い止めた後の楽しみとしておきましょう。
だから……頑張って。必ず、三界に平和を取り戻して」
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と向かい合い、ウィズリィはにっこり笑った。
思いがけないウィズリィの残留宣言はみのりにとっても予想外だったようだが、みのりはそれをすぐに受け入れた。
「助かるわぁ、ウィズリィちゃん。
なら、ついでにちょいとうちの手伝いをしてもろてええやろか?
ウィズリィちゃんの魔力回路にうちとのパスを繋ぐさかい――」
「ええ、お安い御用だわ」
みのりとウィズリィによって、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの眼前に巨大な光の門が形成される。
地球へと通じる『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』だ。
「……分かった。みのりさん、ウィズ、ここはお願い。ふたりの分まで、みんなで頑張るから。
みんな、覚悟はいい? きっと、これが最後の戦いになる……。わたしたちの旅の終わり、それがこの扉の向こうに在る」
扉を背にして、なゆたはパーティーの皆の顔を順に見回した。
「みんなのお陰で、ここまで来られた。みんなと一緒だったから、つらい戦いも乗り越えられた。
ありがとう、本当に……わたしたちは最高のパーティーだって、心からそう思う。
だからこそ――このゲームは全員でクリアしたい。最後までひとりも欠けずに、ラスボスを倒して。
ここにいるみんなでエンディングを迎えたい……」
ポヨリンを足許に従え、なゆたは決然とした表情で皆へ告げる。
本当に、長い長い旅だった。語り尽くせぬ様々なことがあった。
扉をくぐれば、そのすべてに決着がつく。この旅が有意義なものであったのか、それとも無為であったのか。
その結論が出る。
このパーティーで旅をするのも、きっとこれが最後となるだろう。
楽しい時間には必ず終わりがある。楽しかったなら楽しかっただけ、時間は早く過ぎ去るものだ。
終わってほしくない、ずっと続いてほしい。いつまでも、皆と旅をしていたい。そういう気持ちも確かにある。
だからこそ。
「行くよ、最後のクエストへ!
――レッツ・ブレイブ!!」
なゆたは声高らかに言い放つと、踵を返し迷いなく光の扉を潜った。
【管理者メニュー起動、みのり・ウィズリィはパーティー離脱。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とその仲間は一路地球へ】
299
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 12:57:15
>「水くせえこと、言うなよ……。
出会った時からお前は……俺達の、最高のバッファーだ……!!」
>「……それは、ちょっと甘すぎやしないか?」
>「けど……そうだな。もう十分……頼りにはなってるぜ……」
>「逆に君が役に立ってなかった事なんてなかった…!いつも僕は助けられてた…!僕は救われてたんだ!」
少しはマシになったかと問いかけた我に、皆が予想外の答えを返してくる。
「みんな……。そう……なの……?」
>「そう、だよ……。
わたしたちは……いつだって、カザハ……あなたに守られてきた……。ずっと、頼りにしてきたんだ……。
初心者なんて言ったら……フォーラムで、怒られ……ちゃうよ……」
「そっか……良かった……」
少し前の自分なら、気を使ってくれてるのだろうとか、穿った見方をして素直に受け取れなかったに違いない。
でも、信頼する皆がそう言うのならそうなのだろうと、自分でも驚くほどすんなりと受け入れられた。
生命力を吸い取られる苦痛によるものとは別の涙が溢れてくる。
少しだけ、軽口を叩く元気すらも生まれる。
「なんだよぉ……ガザーヴァ、ぶっちぎりのお荷物って……ちょっと辛辣すぎじゃない!?」
本当は分かってる。あの時の自分にはあれぐらいの荒療治が必要だったのだ。
たとえ何の役にもたっていないとしても、一緒にいていい。いなきゃ駄目。
その前提があるからこそ、今皆の言葉を素直に受け止められたのだ。
>「『負荷軽減(ロードリダクション)』――!!」
明神さんがいかにも魔術師然とした魔法を発動した。
風属性以外の魔法についてはよく分からないけど、それなりに高難易度の魔法なのだろう。
「すごいや、明神さん……!」
自分からドヤ顔で手を繋ぎにいっといて何だが、ナチュラルに驚く。
手を繋ぎにいったものの、ここまで具体的に次の展開を想定していたわけではない。
ただ、接触すると魔力の経路に成り得るという、なんとなくの知識があった程度だ。
明神さんが、無事に地球に帰った後の希望を語る。
>「さっき言いかけてたこと……やっぱ今、言うわ。
上手く地球に帰れたら……その時は、高い店のトンカツを食いに行く!!
積みゲーもハードごと持って帰りたいし、スマホも新しいやつに機種変する!!」
……思ったよりすごく生活感溢れて具体的だった。
世界を救った後の壮大な夢というよりも、今度の休日の予定といった感じだ。
いかにも明神さんらしくて、達成の成否判定がはっきりしているという点でゲーマーっぽくもある。
>「……はは。いいな、それ。死亡フラグもここまで露骨だと、きっと回収するのも馬鹿らしくなるぞ」
「ふふ。ここまで具体的且つ身近な話題だと、死亡フラグも立たないのでは……?」
300
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 12:59:18
>「一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!」
>「希望と、勇気ね……また難しい事を言ってくれる……」
>「けど……なあ。ローウェルを倒したら、その経験値で一気に進化したり、出来ないかな」
>「吸血鬼みたいな、高位のアンデッドに……オデットほどじゃなくてもいいんだ。
ただ……そうすればさ、あっちでまた、ブレモンプレイヤーに戻れる……かも」
>「……なんてな。パスだパス、今のは……忘れてくれ」
「ううん、それ……すごくいいアイディアだと思うな……。
いつか、エンバースさんとなゆの世界一の座を賭けた対決とか、見てみたいかも……!」
本当は自分としては、元々は人間のエンバースさんは、管理者権限という禁じ手を使ってでも元に戻ってほしいとも思うけど……。
ゲーマーとしての矜持を貫きたいなゆやエンバースさんは、この先もきっとそれを望まないのだろう。
それに、以前無理矢理人間への換装が行われたのであろう我とカケルは、二人ともまともに生きられる心身をしていなかった。
モンスターから地球の人間への換装は、そもそも不可能に近いのかもしれない。
でも、経験値を得てのモンスターとしての進化なら何ら問題無い。
高位のアンデッドは、人間とほぼ同じ姿が取れたりもする。
そしてレベルアップすれば人間界に紛れ込めるというのは、そのまま自分にも当てはまる話だったりする。
むしろ、我の場合は元々人間に近い姿をしているのだから、ずっと話は簡単だ。
ちょっと経験値を幻影か変化あたりのスキル習得に振り分けてやれば。
何なら今のままでも、2Pバージョンの色になりさえすれば尖った耳だけ隠してやればいける。
カケルにしても、アシュトラーセさんみたいに大きいコート着せとけばギリなんとかなるだろうし。
「でもさ……これだけのことがあったら……地球の常識も今までのままじゃないよね……
地球にモンスターが歩いてるのが普通になったりして……」
(さっきまで、自分は地球では生きられない存在だって。
事が終わったら当然始原の草原に帰るものだって、思い込んでたのにな……)
ジョン君の方を一瞬見る。
さっき泣いていたのが思い出されて、胸が締め付けられるような想いがする。
『僕の…闘争本能は…切っても切り離せない。抑え込む事はできても永遠に僕の身から消す事はできない…
それに…今まで逃げ続けた僕の選択から…罪からもうこれ以上逃げたくないんだ…
そして君が大切だからこそ終わるかどうかも分からない旅にいっしょになんてことも絶対に言えない』
『ロイがやったこの世界での出来事を…無かった事にするわけにはいかない…ロイがこの世界でした事は僕の選択の結果なのだから…
それにイブリースと約束もした…全てが終わったら必ずもう一度殺し合うと…勝つにせよ負けるにせよ…その先は君を間違いなく悲しませる』
『だから…この世界を救う旅が終わったら…それでさようならしなきゃいけないんだ』
301
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:01:27
最初から、叶わぬ夢を語っただけのつもりだった。
ジョン君は、人間の寿命では足りぬ贖罪を続ける身。
我は、次期風精王として、いずれ始原の風車に魂を捧げるさだめ。
そもそも、地球人とアルフヘイム産モンスターで、あらゆる意味で住む世界が違うのだ。
もう少しだけ曖昧にして夢を見ていたい気持ちもあったけど、
誠実に向き合ってくれているからこそ、本当のことを言ってくれたのだ。
だから、一緒にいられないと言われたところで、「ですよねー!」と思いこそすれ、ショックなんて受けるはずがない。
……はずだったのに。ジョン君が泣いているのを見て、分かってしまった。
どうして我の欲しい言葉が分かるのか。正反対なはずなのに、どうして心が通じ合うのか。
ジョン君はあんなに強くて頼りになるのに、ヘタレキャラの座を欲しいままにする我とは全然違うのに、
心の一番深い部分で同じ痛みを知っていて、とてもよく似た部分を持っているのだ。
というかすっかり忘れていたけど、つい最近まで、危なっかしくて目が離せなくて、
放っておくと向こう側に行ってしまいそうなのをこっちが連れ戻す側だったのだ。
(大切だからこそ一緒にいられない……。その気持ち――知ってるよ)
大好きで大切だからこそ、万が一にも足枷になりたくない、悲しませたくない
自分にはふさわしくない、だから一緒にいられない……。その気持ち、すごくよく分かるよ。
でも――自分で言っちゃったから。好きなものは手離しちゃ駄目って。
キミが泣いていたら、隣に寄り添って涙を拭ってあげたいよ。抱きしめて胸を貸してあげたいよ。
実際には体格差的に貸すのは肩だし、どう頑張ってもこっちがしがみついてるようにしかならないんだけど。
とにかく、一人で泣いていてほしくないよ。
だから、全てが終わったら――伝えるんだ。解放《リリース》は出来ない仕様だよって。
なんですぐ言わないのかって?
あんまりしつこいと嫌われちゃうかもだし、まかり間違えて死亡フラグが立ってもいけないから――
最終回まで、とっておくんだ。
そんな密かな決意を固めていると、唐突にジョン君が宣言した。
>「カザハ!さっきの言葉!やっぱり取り消すよ!…僕についてきて欲しい…ずっと…長く…いや一生!」
「……え? あ、うん……ん? えっと、つまり……」
朦朧とした頭で意味を考える。これってつまり俗に言うところのアレ?
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
と、脳内に古代象形文字のテロップを流している場合ではない。
――えっ、今!? 顔面ぐちゃぐちゃだし心の準備というものがっ!
そういうことなら我、美少年形態にならなきゃいけないし! 古来よりイケメンの相手は美少年と決まっているのだ!
……いや、調子に乗っている場合ではない。これってあまりに典型的過ぎる死亡フラグでは……!?
大変だ! ジョン君が死んでしまう! ……ちょっと落ち着いて考えよう。
我は部長先輩の後輩というポジションで合ってるよな!?
一生ついてきて欲しいは文字通り一生ついてきて欲しいという意味であって、
それ以上の何かが見えるとしたらそれは断じて気のせいである。
というか、それ以上に何があるというんだ文字通りで充分過ぎるじゃないか。
一度飼ったペットは野に放っちゃいけません的な話で死亡フラグが立つはずもなく。
良かった、ジョン君死なない! ……さっき我は一瞬何を考えて焦っていたのだろうか。
何にせよ死亡フラグじゃないなら、心置きなく返事が出来るわけだが。
302
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:04:00
「う、うん……! ついて、いく……! 一生!」
困ったことに、感情が振り切れ過ぎて、言語を習得したばかりの生物のようなカタコトしか出てこない……!
全力で喜びを表現したいのに、この気持ちを表すのにふさわしい言葉が見つからない……!
朦朧とした頭の中を、必死に検索する。
「どうしよう、世界中の大好きを集めてもキミに届けたい思いに足りない……!」
――あれ? これって何のフレーズだったっけ。まあいいか。
>「君だけは…いや…全員…絶対に不幸にしない…僕の…ジョン・アデルの全てを賭けて誓う!」
>「僕は…全てを守護する大地になる!」
超身近で超具体的だった明神さんとは対照的に、滅茶苦茶比喩的だし滅茶苦茶スケールがでかい。
だけど、妙に納得した。どうやら我が飛ぶためには、安心して着地できる大地が必要らしい。
「そうか。だから、キミがいれば、安心して飛べるんだ……。
キミの隣なら、ずっと昔に願ったことが叶えられそうな気がしてさ……」
この世界はなんというハードな世界観なんだろうか、という漠然とした思いがずっと前からあった。
多分、上の世界のガチゲーマーの声を反映した結果だろう。
アルフヘイムは言うまでも無く、死と隣り合わせの過酷な世界だ。
ミズガルズ(日本エリア)は出身者から見ればアルフヘイムよりは大分マシなのだろうが、アルフヘイム出身の我に言わせるとそうでもない。
ぼーっと外を歩いてても外的に襲われて命を落とすことが滅多に事がないって、それだけ聞くとなんという楽園だと思うんだけど。
何故かその割に、自ら命を絶つ人が、稀によくいた。
我は、今思えば精神が健全ではなかったので、慢性的に未必の希死念慮を抱いていたのだが。
恐ろしいのは、そんな感じの人は、大して珍しくも無かったこと。
でも、そんな中で、楽器演奏と歌唱と、想いを旋律にする少しばかりの技術を身に着け、
アルフヘイムには無いたくさんの歌と出会った。
元気づけられたこともあった。もう少しこの世界で生きていてもいいかって、思えたこともあった。
年を経るほど心が壊れていって体にまで色んな影響が出て、ある時ついに音程がとれなくなって、歌えなくなってしまったけど。
スキル自体は健在だったようだ。
「アルフヘイムにも……ミズガルズにも……傷ついた人がたくさんいた。
歌で……少しでも寄り添えたら……元気になってもらえたらいいな。
もともと元気な人は、もっと笑顔に出来たらって思うよ」
それはかつて持っていた、敵を打ち倒す強い力と引き換えにしてまでも、願ったこと。
ずっと気付かなかったけど、それを可能にするための力は、確かに得ていたのだ。
人は通常、前世で自分自身が願ったことを忘れてしまうから、進むべき道を見失って露頭に迷ってる人がよくいるって聞いたことがある。
我も、自分で願ったくせに、それを思い出すまでは、どうしてみんなと同じように戦えないんだろうって思っていた。
前世の記憶があるのは辛いことだってあるけど、やっぱり、思い出せたのは幸運なことだ。
303
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:05:20
>「……わ……、わたしは……」
>「地球に、戻って……おかあさんの……お墓参りを、するんだ……。
おかあさんの……お墓の、前で……みんなを守れたよって……地球を救えたよって……報告、するんだ……!」
>「わたしが……もしも、誰かの痛みを肩代わりできるなら……。
わたしが苦しむことで、誰かの苦しみをほんの少しでも取り除いてあげられるのなら……。
いくらだって痛みを背負う。苦しみを受け入れる……。
そして立つ――、立って戦う!!」
「なゆ……」
それは神話の英雄のような、救世の聖女のような、気高く尊い願い。
自分の出来る範囲で、などと悠長なことを言っている自分とは大違いだ。
やはり伝説に刻まれる勇者は、彼女のような人なのだろう。
だけど、畏敬の念を覚えると同時に、ほんの少し不安になる。
なゆが自分自身の身を守ることに対して、あまりに無頓着な気がして……。
(我は……顔も知らない誰かのために大事な友達が苦しむのは嫌だよ……。
みんなの痛みをなゆが一人で引き受けるのは嫌だよ……)
>「一人一属性でなくても良いってエンデは言ってたよな。
なら……全員で光属性を分担したっていいはずだ。
俺達の光で……希望で、勇気で!未来を照らせ!!」
(そうだよ、せめて今は、一人で背負おうとしないで――)
属性というのがどういうシステムか厳密には分からないが、この世界を構成する要素らしい。
ところで属性は必ずしも一人一つとは限らず、モンスターによってはメイン属性以外にサブ属性が設定されている。
もしかしたら、みんな各属性の要素を少しずつは持っていて、一番多く持っている要素がその人の属性として表に出るのかもしれない。
風の本家である我が果たして光を持っているかは分からないけれど……ほんの少しでも、あったらいいな。
循環する魔力が強い輝きを放ち、六色の光が融合してゆく。
光属性は無事に出力されているようで、少し安堵したものの。
なゆのことばかり気にしていたが、気付けば、エンバースさんが見るからに危険な状況に陥っている……!
エンバースさんは超強いモンスターなので、いつも通りのクールな顔で切り抜けるのかと思っていたが、そんなことはなかった……!
でも考えてみれば当然で、通常の戦闘の物理ダメージに対する耐性と、
こんな風に直接エネルギーを吸い取られることに対する耐性は、別問題だ。
(どうしよう……!)
声をかけようか迷っていると、エンバースさんがうわごとのようになゆに呼び掛ける。
二人のやりとりを息をのんで見守る。
>「……なゆた……そこに、いるよな……?」
>「大丈夫だ……心配するな……俺が、傍にいる……俺が……守って……やる……」
>「だから――」
>「――どこにも、行くな」
>「どこにも、行かないよ……。わたしはここにいる、あなたの傍に。
ずっと、ずっと一緒にいるよ……だって、わたしは――」
>「……あなたのことが、好きだから……」
なゆの髪色が銀色へと変わっていく。シャーロットの力が発現したのだ。
その姿はまさしく聖女のようで、思わずみとれる。
304
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:08:25
(なゆ……すごく綺麗……)
>「魔力融合! 銀の魔術師・崇月院なゆたの名に於いて! 錠前を開きて起きよ、創世の神坐(かむくら)!!」
膨大な光の奔流に、思わず目を瞑る。
次に目を開けた時には、辺りに無数のウインドウが展開されていた。
「えっえっ、何これ……」
>「管理者メニューの起動は完了した」
エンデの声を聞いて、ようやく儀式が成功したことを認識する。
消耗が激しいものの、皆無事だ。
「みんな生きてる! 良かったよぉおおおおお!」
なゆがシャーロットの力を発現させたのは、これが二回目。
前回と今回の共通点を鑑みると、やはり発動条件は、なゆの生命の危機なのだろう。
となればそんなものは軽々しくあてにすることは出来ず、基本無いものとして考えておかなければならない。
現時点では発動に必要な条件が生命の危機と分かっているだけで、
逆に生命の危機になったら100%必ず発動する保証はどこにもないのだ。
>「ありがと、エンバース。
あなたの声が聞こえたから、頑張れたよ。あなたの傍にいたいって、どこにも行かないって思ったから……。
銀の魔術師の力を使うことができた。管理者メニューを起動することができた。
……また、守ってもらっちゃった」
なゆが、エンバースさんの腕の中に抱かれている。
それを見て、さっき感じた不安はなくなった。
そうだった……たとえなゆが自分で自分の身を守らなくても、なゆのことは最強のモンスターのエンバースさんが守っているのだ。
それにしても……あまりの青春オーラに圧倒されるというか……。
なゆのヒロイン度高過ぎだし、それを守るのが最強のブレモンプレイヤーなんて出来過ぎている。
こんな設定誰が考えたんだ!?
そんな恐ろしく絵になる光景を見ながら、我は自分の全く絵にならない言動を思い出してしまった。
(そういえばあのフレーズ、大昔のアニソンやった……!)
どうせなら最近の曲にすれば良かったのに、何が悲しゅうて大昔から引っ張り出してしまったんだ!
これでは我が古の西暦千年代を知る者という秘密がバレてしまう……!
いや、逆に古すぎて分からないから大丈夫なやつ!?
でも冷静に考えれば、こちらの世界では古の時代に発生した精霊なので、
地球で古のオタクだったところで今更どうってことはないのである。
そんなことよりもしかして我、ジョン君の生涯のパートナー(※ブレモン的な意味で)になっちゃった……!?
――えっ、マジで!? そんな重大な決定事項、部長先輩部長の決裁とらなくて大丈夫!?
ジョン君のパーカーの裾を掴んで、軽く引っ張って部屋の隅にさりげなく移動する。
オフレコで会話するなら、カメラが部屋の中心を陣取る王道カップルに注目しているであろう今のうちだ。
305
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:09:10
「我がもし犬型モンスターなら今尻尾が千切れそうなほどぶんぶんしているのだが……」
どうやら我はあまりにも感情が大きすぎると逆にどう表現していいか分からなくなるようだ。
不都合なことに我は人型モンスターなので尻尾は無いし、動物型モンスターのノリで抱きついたりすると
公衆の面前でラブコメを繰り広げている人達という誤解が生じかねない。
(※なお、なゆは王道美少女ヒロインなので公開ラブコメが例外的に許されるのである)
「その……キミの生涯のパートナーになれてとても嬉しい……!」
感極まって思わず手を伸ばし、ジョン君の頭の横あたりをなでる。
「みんなやぼくを絶対に不幸にしないっていう誓い……忘れないで欲しい。
念のため言っておくが、キミが幸せじゃないと、ぼくも幸せじゃないからな。
だから……辛い時にぼくの前では平気な振りをしないで欲しい。一人で泣かないで欲しい。
傷ついた人や泣いている人に寄り添いたくて……強い力を捨てたんだ。
大事な人が傷ついている時に寄り添えなかったら――何の意味も無い。
それから……ぼくの歌をたくさん聞いて欲しい。一番のファンに聞いて貰えたらそれだけで幸せだ。
それとぼくは空気中から風の元素を取り込めるが……出来ればごはんは食べた方が元気が出ていい声が出る。
……時々、気の向いた時だけでいいから……キミの手料理を食べさせてくれると嬉しい。キミの作るごはんは美味しい」
……ってどさくさに紛れて一体我は何を要求してるんだ!? これじゃあ餌付けされた動物みたいじゃん!
それに生涯のパートナーという表現はやっぱ駄目だ……! 間違っては無いけど著しく誤解を招く……!
306
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:10:27
【カケル】
私は部長さんを抱っこしながら、一部始終を見ていた。
えーっと……私はさっきから一体何を見せられているんでしょう。(二回目)
ちょっと部長さん、あれどう思います!? と聞いてみても、当然ニャーしか返ってこない。
あれ!? もしかして私、ペットのペットに降格!? 今の時代たまに猫が猫飼ってることもあるからまあいいのか。
それはそうと……
(頭なでなでするのはなんか違う……!)
飼い主がペットをなでなでするものであってペットが飼い主をなでなでするもんじゃないから!
でも――それは、とても大切な宝物に触れるような手つきでした。
>「オイ、そこの連中。いつまでもイチャイチャイチャイチャしてんじゃねーよ!
それよりさっさとミズガルズに行かなくちゃなんだろ? さっさと転送でもなんでもしろってーの!」
ついにガザーヴァに突っ込まれた!
しかしカザハは自分達がそんな関係性であることを断固として認めない!
「そそそそそそそんなんじゃないし!」
ちなみにここで「どう見ても”そんなん”やろ!」と突っ込むと、奇声を発しながら床を転げまわることになるのでやめといてあげよう。
>「う、うん! ガザーヴァの言う通り、管理者メニューが開いたなら一刻も早く地球へ向かわなきゃ!
みんな、準備はいい? エンデ、お願い!」
>「わかった」
(いよいよか……ちょっとだけ……怖いや……)
いざ地球にいくとなると、やはり不安になるカザハ。
何せ、自分達の扱いがどうなっているかすら分からない。
アルフヘイム産モンスターにとってはアウェイのフィールドで、アルフヘイムにいる時と同じ力を発揮できるだろうか。
それに私達の場合、行方不明扱いか、死亡扱いか、それとも最初からいなかった事になっているかも分からないのだ。
>「これ……エラー表示だよね。たぶん」
>「システムが書き換えられてる」
地球行きは、思わぬところで躓いてしまった。
「えっ!?」
>「おそらく、万が一ぼくたちが管理者メニューにアクセスすることがないよう、ローウェルがプログラムを改変したんだろう。
既存のシステムならぼくにも操作できたけれど、これじゃアクセスできない」
>「ミズガルズには行けない」
「そんな……みんなであんなに命を懸けて……やっと管理者メニューが開けたのに……!」
307
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:11:51
>「モンキン! オマエ、シャーロットの力が使えるんだろォ!? 何とかしろよ!」
>「そ、そんなこと言われても……」
ガザーヴァに詰め寄られたなゆたちゃんが困っている。
どうやら記録を引き継いだといっても、常に全ての記録が使えるわけではなく
銀の魔術師モードを発動している時しかシャーロットの知識は引っ張ってこれないようだ。
>「ふざけるな……! 貴様らがこの戦いの行く末を最後まで見届けろと言ったのだろうが!
だからこそ、オレは敗北を受け入れた! 同胞たちの未来を守ることこそが、オレの果たすべき使命と思えばこそ!
だというのに、行けない? 冗談を言うにしても、相手を選べ……!」
イブリースが激怒してエンデを掴み上げる。相変わらず威勢がいいですね……。
>「やめて、イブリース!」
「ここで争ってても仕方ないじゃん!
まだ可能性はあるよ。バロールさんを探しに行こう?
何かの理由で連絡が取れないだけで、きっと生きてるよ……!」
シャーロットの力がなゆたちゃんが瀕死にならなければ発動しないなら、消息不明のバロールさんを引っ張ってくるしかない。
バロールさんはどこにいるかも見当がつかず、探し当てるのは雲を掴むような話になるだろう。
世界が滅亡する前に見つかる保証はどこにもない。
が、みのりさんが、唐突に強気な発言をしはじめる。
>「そないなことにはならしまへんえ」
>「大賢者さん、うちら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』相手にそないな姑息なことせな安心できひんねんなあ。
ほんまの大物やったら、追いかけてくんなら追いかけてきてみぃ、正々堂々受けて立つで!
みたいな気概を見せるとこやろ。大賢者ぁ〜なんて言うたかて、お里が知れるわぁ」
>「ま、ええわ。ほんまは地球に戻るまでお披露目しぃひんどこ思とったんやけど。
そっちがそのつもりなら、こっちもそれ相応の対応を取るだけや。
見せたるわ、うちの“奥の手”――」
皆の疑問の視線が集まる中、みのりさんはついに秘密を明かした――
>「うちは何も、ボランティアでキングヒルに残留した訳やない。
この世界の理、お師さんのほんまの目論見。それから『侵食』と大賢者はんの正体……。
何もかも洗いざらい吐いてもらうっちうことを条件に、うちはお師さん……バロールの軍門に下ったんや。
そうして、きっちり聞かしてもろたんよ。
ブレイブ&モンスターズ! にまつわる、すべてのことを」
>「じゃあみのりさん、みのりさんはもうずっと以前からこの世界の真実について知ってた……ってこと?」
308
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:12:50
>「そうなるなぁ。堪忍え、なゆちゃん。
せやけど、早い段階でいきなり『実はこの世界は神さんみたいな上位存在の造ったゲームで〜』なんて言うたところで、
みんな到底信じられへんやろ?
うちはこの魔眼を移植してもろうて何とか理解できたんやけど、あんたたち全員にまで魔眼の移植はできひん。
みんなに自然に理解してもらうためには、段階を踏む必要が……今までの長い旅が必要やったんや。
ぎょうさんしんどい思いさせて、ほんまに堪忍え」
>「謝らないでよ、みのりさん。
どんな理由があったって、みのりさんが今までわたしたちの旅の援護をしてくれたのは変わりないし。
いっぱい助けてもらったんだから、怒ったり恨んだりする理由なんてないんだ。
確かに、つらいことも悲しいこともたくさんあったけれど……わたしたちは今もひとりも欠けずにここにいるし。
今までの旅のお陰で、大賢者を追い詰めるくらいに強くなれたんだから!」
カザハも、なゆたちゃんに同意する。
「そうだよ――みのりさん、逆に感謝しかないよ。
この日のために今までたった一人で物凄い覚悟を背負って戦ってくれたんだね……」
地球でごく普通に暮らしていた一般人だった者が、たった一人王都に残って世界の真相に切り込むことを決意し、
自らの意思で上位存在の管理者権限を引き受けるなど、並大抵の覚悟ではない。
>「さあ、みのりさん。
今まで通り、わたしたちにこれから進むべき道を教えてよ。大賢者ローウェルを倒し、三つの世界を救う道を。
わたしたち――どんなに大変なミッションだって、絶対にこなしてみせるから!
だよね、みんな!」
>「おおきに。おおきになあ、みんな。
せやったら、せめてもの罪滅ぼし。きっちり自分の仕事はやり遂げさせて貰いますえ。
……みんなの、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の進路を――切り拓く!」
みのりさんが魔眼の力を発動すると、巨大なコンソールが出現し、驚異的な速度でタッチタイピングを始める。
「創世魔法……!」
>「お師さんは前々からこうなることを予期しとったんや。
せやから自分の持つ管理者権限をうちに譲渡して、事前に対策を講じた。もし自分が大賢者さんにやられることがあっても、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が迷うことのないように……」
>「相変わらず抜け目のないことだ」
これにはイブリースまでも、素直に感嘆している。
みのりさんは、ついにシステムを元に戻すことに成功した。
309
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:15:20
>「やった……!!」
>「これで、何もかも元通りや。
待っとってな、今すぐ地球への『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開くさかい」
>「一時はどうなるかと思ったケド、これでボクたち全員無事にミズガルズへ殴り込みに行けそーだな!
明神、ローウェルのジジイをブッちめたあとは、ミズガルズを案内しろよな! トンカツ食べたい!」
>「うちは行けへん。みんなが無事に地球へ行くまで、ここで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を維持せなあかん。
残念やけど、ここでいったんお別れや」
みのりさんが、唐突に別れを告げる。
>「心配しぃひんでも、ここは全世界のなんもかもを見通せる神の座や。
みんなの活躍もここからモニターできるさかい、離れ離れになる訳とちゃうよ。
いつでも繋がってんで……うちはここからみんなが大賢者さんをいわすとこ、とっくり見届けさせて貰うさかい」
ウィズリィちゃんも、ここに残ってみのりさんの補佐をすると名乗りをあげた。
>「……そういうことなら、私もここに残るわ」
>「ミノリをここにひとりぼっちで置いておけないわ。何かあった場合に、サポートする者が必要でしょう?
ここは智慧の頂。であるのなら、ここでミノリを補佐できるのは『知恵の魔女』たる私しかいない。
そうじゃないかしら?」
「みのりさん、ウィズリィちゃん……」
一緒に行けないのは寂しいが、みのりさんには王都で別れて以降ずっと遠隔で支援してもらっていたから、元に戻るだけの話だ。
>「……分かった。みのりさん、ウィズ、ここはお願い。ふたりの分まで、みんなで頑張るから。
みんな、覚悟はいい? きっと、これが最後の戦いになる……。わたしたちの旅の終わり、それがこの扉の向こうに在る」
(だといいけど……ローウェル、三界を股にかけて逃げ回ったりしないよな!?)
カザハが、口には出さないもののローウェルが逃げ回る可能性を懸念している。
最後の戦いとはいっても、事態はローウェルだけ倒して終わりというシンプルな状況ではない。
ニヴルヘイム軍による地球の侵略を止め、ミハエルをはじめとする強敵の妨害をはねのけ、
ローウェルまで辿り着かなければならないのだ。
そして世の都合のいいゲームのように、ラスボスが一か所で堂々と待ち構えていてくれるとも限らない……!
が、このローウェルが逃げ回るのではないかという懸念は
そもそもみのりさんが提唱した「ローウェルはこちらにビビってる説」を前提にしているものである。
(あ、みのりさんの強気が移ってるや……!)
310
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/05/27(土) 13:16:50
>「みんなのお陰で、ここまで来られた。みんなと一緒だったから、つらい戦いも乗り越えられた。
ありがとう、本当に……わたしたちは最高のパーティーだって、心からそう思う。
だからこそ――このゲームは全員でクリアしたい。最後までひとりも欠けずに、ラスボスを倒して。
ここにいるみんなでエンディングを迎えたい……」
「今まで碌に何かをやり遂げたことがないけど……最後まで一緒に戦うよ。
必ず最後まで見届けて、みんなの伝説を語るよ。
あと、我は幸せな歌しか歌えない……!
かっこよく散って盛り上げてやろうとか、伝説に名を刻んでやろうとか、そういうの無しだから!
振りじゃないからな!?
……あれ? もしかしてこういうのって言った本人が死亡フラグ……?
しまったぁああああああああああああああああ!!」
「やかましいわ!」
とりあえず裏拳でツッコんでおく。
>「行くよ、最後のクエストへ!
――レッツ・ブレイブ!!」
「レッツ・ブレイブ!!」
なゆたちゃんに続いて、光の扉をくぐるカザハ。私もその半歩後ろに付き従います。
カザハの背が以前よりも少しだけ頼もしく見えるような気のせいのようなそうでもないような……。
と、感慨に浸りかけて(?)、はたと気付く。そういえば行先をどこに繋いであるのか、国すらも聞いてない!
地球といっても広いわけで……どこに出るんでしょうか?
いきなり戦場の真っただ中に出て流れ弾に当たって死亡とかやめてくださいよ!?
311
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/30(火) 03:47:11
>「希望と、勇気ね……また難しい事を言ってくれる……」
俺の呼びかけに呼応する声は、真隣のエンバースのものだった。
>「けど……なあ。ローウェルを倒したら、その経験値で一気に進化したり、出来ないかな」
「ひひっ、最近のゲームはDLC前提なトコあるからな……。ラスボスも経験値持ってるかもしれん」
全クリした後上がったレベルで何倒しに行くんだよって突っ込みも一昔前の話だ。
やりこみ要素の強いゲームじゃ、ラスボスは格好のレベリング相手でしかなくなるのも珍しくはない。
DLCでレベルキャップが解禁されて、もっと強い敵との戦いが始まることだってままあるだろう。
俺たちはまだ、この世界という名のゲームを全然やり込んじゃいない。
ラスボスぶっ倒した後のエンドコンテンツもまた、間違いなく未来への希望だ。
>「吸血鬼みたいな、高位のアンデッドに……オデットほどじゃなくてもいいんだ。
ただ……そうすればさ、あっちでまた、ブレモンプレイヤーに戻れる……かも」
>「……なんてな。パスだパス、今のは……忘れてくれ」
「良いじゃねえか。夜行性で日光に弱いって点じゃ引き篭もりゲーマーも吸血鬼も似たようなモンだぜ。
配信は……カメラに映らなかったらちょっと厳しいかもしんねえけど」
益体もない戯言の応酬を垂れながら、口元まで流れ落ちて来た汗を舌で拾った。
限界は近い。飛びそうな意志を縫い留められるような、力のある言葉が必要だった。
>「うおおおお!根性おおおおお!」
隣でジョンが雄叫びめいた声を上げる。
繋いだ手から、身体を苛む負荷が少しずつジョンの方へ流れ出ていくような気がした。
気のせいじゃない。ジョンが負荷を持ち上げてるのが確かに感じられる。
地面が木や石を支えるように――大地の属性を体現するかのように。
>「カザハ!さっきの言葉!やっぱり取り消すよ!…僕についてきて欲しい…ずっと…長く…いや一生!」
>「君だけは…いや…全員…絶対に不幸にしない…僕の…ジョン・アデルの全てを賭けて誓う!」
>「僕は…全てを守護する大地になる!」
俺たちには、自分がどう在りたいかを定め、変革する力がある。
人間が普遍的に持つ力。『なりたい自分に近づく努力』。
ブレイブにとってそれは、もっと具体的な、自身のステータスをビルドする能力と言い換えられる。
「見つけたんだな……お前は。自分の……答えを」
イブリースとの再三に渡る戦いを通じて、ジョンはついに自分のビルドを定めた。
なにかに依存するばかりだった過去を乗り越えて、今度は自分自身が誰かの寄る辺になること。
すべてを守り、支える――大地に。
>「そうか。だから、キミがいれば、安心して飛べるんだ……。
キミの隣なら、ずっと昔に願ったことが叶えられそうな気がしてさ……」
風は、大地なくして生まれ得ない。
地表が太陽光で温められて、膨張した空気が気圧差を作って、均衡を保つために風となって大気が流動するからだ。
何よりも信頼できる大地が確としてそこに在るなら、風は何よりも自由に世界を巡る。
>「アルフヘイムにも……ミズガルズにも……傷ついた人がたくさんいた。
歌で……少しでも寄り添えたら……元気になってもらえたらいいな。
もともと元気な人は、もっと笑顔に出来たらって思うよ」
「こんなでっけえ大地(ステージ)があるんだ、お前の歌はどこまでだって届く。
全員笑顔きらきらにしてやろうぜ」
312
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/30(火) 03:47:52
それから……今もなお苦しそうに喘ぐなゆたちゃんに目を遣る。
息も絶え絶えになりながら、それでも未来への希望を喉から絞り出した。
>「……わ……、わたしは……」
>「地球に、戻って……おかあさんの……お墓参りを、するんだ……。
おかあさんの……お墓の、前で……みんなを守れたよって……地球を救えたよって……報告、するんだ……!」
かつて旅の道中で、なゆたちゃんの身の上について聞いたことがある。
生みの母とは別に、もう一人の母……今は鬼籍に入ってる、真ちゃんの母親。
その生き様が、彼女に何をもたらしたのか、全ては理解出来なくても、少しだけ触れられた。
鋼より頑固な石頭――その意志の強さが、何に根ざしたものであるか。
>「わたしが……もしも、誰かの痛みを肩代わりできるなら……。
わたしが苦しむことで、誰かの苦しみをほんの少しでも取り除いてあげられるのなら……。
いくらだって痛みを背負う。苦しみを受け入れる……。
そして立つ――、立って戦う!!」
ホントは、年長者らしく説教のひとつもくれてやりたかった。
自己犠牲で苦しむ姿をお母さんが望んでるのかとか。
辛いことなんかなしに幸せに暮らすことが、真っ当な親孝行ってやつなんじゃねえのか……とか。
でも。この場で言うべきは多分、そんなありふれた一般論の御為ごかしなんかじゃない。
>「……なゆた……そこに、いるよな……?」
言うべきことを言える奴は、俺の隣に居る。
半ば独り言に近いエンバースの声が聞こえた。
>「大丈夫だ……心配するな……俺が、傍にいる……俺が……守って……やる……」
どこか懐かしい響きのその言葉に、焼死体と出会ったばかりの頃の思い出が頭をよぎった。
――>『大丈夫だ。君達は、俺が守ってみせる……捨てゲーはしない主義なんだ』
ああ、そういやこいつ、会うなりこんなこと言ってなゆたちゃんに超怒られてたっけな。
あの頃と今。似たような言葉の裏側にある想いが、どんな風に変わったのか、俺にはわかる。
わかるくらいには、そろそろこいつとも長い付き合いだ。
>「だから――」
>「――どこにも、行くな」
なゆたちゃんにも、きっと。
>「どこにも、行かないよ……。わたしはここにいる、あなたの傍に。
ずっと、ずっと一緒にいるよ……だって、わたしは――」
想いは伝わってる。
>「……あなたのことが、好きだから……」
瞬間、なゆたちゃんの髪が銀色に染まり、身体を膨大な魔力が包み込む。
カタコンベで見たのと同じ、いっそ暴力的なまでの神秘が内側から噴火する。
>「魔力融合! 銀の魔術師・崇月院なゆたの名に於いて! 錠前を開きて起きよ、創世の神坐(かむくら)!!」
光が瞬き、目を焼いた。
視界が復帰した時には、俺たちを取り囲むように大量のウィンドウが展開されていた。
「成功……したのか……?こいつが管理者メニュー……。――なゆたちゃん!」
313
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/30(火) 03:48:18
ウィンドウに気を取られた途端、対面のなゆたちゃんが倒れ込むのが目の端に見えた。
そして隣のエンバースがすかさずそれを受け止める。
既に髪の色はもとの黒に戻り、膨れ上がった魔力もしぼみ切っていた。
安堵もつかの間、エンデが弄ってたウィンドゥに異変が起こる。
旧世代のOSよろしく窓のど真ん中に表示されたダイアログは――
>「これ……エラー表示だよね。たぶん」
「エラー……?ちょっと待てよ、条件は全部満たしてたはずだ、現に管理者メニューだって開けてる!
これ以上何が必要だってんだよ、エンデ!」
>「おそらく、万が一ぼくたちが管理者メニューにアクセスすることがないよう、ローウェルがプログラムを改変したんだろう。
既存のシステムならぼくにも操作できたけれど、これじゃアクセスできない」
>「アクセスできない? ということはエンデ、つまり……」
>「ミズガルズには行けない」
無感情に吐き出された言葉の意味が、脳に染み込むのに数秒を要した。
アクセスの禁止。世界の存亡を賭けるにはあまりに馴染み深い概念だが、何も笑えやしない。
「アク禁……だと……?
ふざっっっ……ふざっけんな!!またかよ!またこのパターンかよ!!!」
またしても。またしてもローウェルが先んじて手を回し、俺たちの前途が塞がれた。
こんなんばっかじゃねえか!俺たちが一歩前進するたび、ローウェルが先回りして努力を茶番に付す。
グランダイトやオデットとの同盟も、こうやってローウェルが管理者権限でちゃぶ台をひっくり返してきた。
お次はなんだ?ミズガルズに辿り着いたとしても、その瞬間サーバーごと消去されるとかか?
「くそったれ……考えてみりゃ当たり前のことじゃねえか。
ローウェルの野郎は既に地球への渡航を済ませてる。
どうやって六属性のパワーを用意したか知らんが、あいつは一度管理者メニューを開いてるんだ」
シャーロットの言によれば、バックアップされたこの世界ではローウェルの管理者権限は制限されている。
ゲームの内側から、アバターを介してでしか世界を弄ることは出来ない。
ようは俺たちと手段で管理者メニューにアクセスしてるってことで……そこは既にローウェルが通った道だ。
抜け目のないプロデューサーなら、置き土産に何かを仕込んでいったって不思議じゃない。
>「ふざけるな……! 貴様らがこの戦いの行く末を最後まで見届けろと言ったのだろうが!
だからこそ、オレは敗北を受け入れた! 同胞たちの未来を守ることこそが、オレの果たすべき使命と思えばこそ!
だというのに、行けない? 冗談を言うにしても、相手を選べ……!」
イブリースが身勝手に吠え猛り、エンデに掴みかかる。
触発されるように腹の底から熱が膨れ上がった。
「黙ってろイブリース……!ミズガルズにトンボ帰りしなきゃなんねえ理由の半分はお前の尻拭いだってわかってんのか」
元はと言やお前がジジイの甘言にホイホイ乗っかって地球に侵攻したのがコトの始まりだろうが。
ナチュラルに棚に上げやがって、お前のツラの皮の厚さどうなってんだよ。
エンデは必要なことすらロクに喋んねえし、イブリースは必要ないことばっかグチグチ垂れる。
シャーロットの手下はこんな両極端な連中ばっかか。
……駄目だ。身内で争い合ってる場合じゃねえのに文句ばっか出てくる。
何もかもスムーズに行きはしないってことは分かってたはずだ。
次善策を考えろ。アク禁なんざ俺は三度の飯より食らってきただろ。
規制を迂回する方法は何かないか――プロキシでも刺すか――思考は未だに上滑りする。
>「そないなことにはならしまへんえ」
万策尽きたかと頭を抱えたその時、石油王のはんなりとした声が頭上から聞こえた。
314
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/30(火) 03:49:45
>「プログラムを改変した? うちらを地球に帰さんように?
ええやないの、そんなん、なんぼでもしたらよろしいわ。うちら相手にそないないけずするっちうことは、
それだけ大賢者さんが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を脅威とみなしとる――ちゅう証拠やろ。
なゆちゃん、カザハちゃん、明神さん、エンバースさん、ジョンさん。
勘違いしたらあかんで、優勢なのはこっち……うちらは今、確実に大賢者さんを追い詰めとるんや」
「確かに……ジジイが俺たちを足止めしてるってことは、地球に来られたくないって言ってるようなモンだ。
ミズガルズには奴のウィークポイントがある。今度こそちゃぶ台返しで無かったことに出来ないような」
>「けどさぁ、肝心の管理者メニューが使えないんじゃどーしよーもねーじゃん」
ガザーヴァの指摘通り、今のところローウェルによる封じ込めの方策は完璧に機能している。
例え地球に行きさえすればローウェルを止められるのだとしても、行けなけりゃそこで話は終わりだ。
>「ま、ええわ。ほんまは地球に戻るまでお披露目しぃひんどこ思とったんやけど。
そっちがそのつもりなら、こっちもそれ相応の対応を取るだけや。
見せたるわ、うちの“奥の手”――」
言いながら、石油王は左目の眼帯――キングヒルで別れてから付け始めたそれを、取り去る。
何か大怪我でもしたのかと心配していたその目には、ひとつ見知った輝きがあった。
極彩色の、宇宙を写し取ったような深みをたたえた、魔王の眼。
>「見ての通りや。『創世の魔眼』……お師さんと同じ瞳やよ」
「どういうこった……なんで石油王が、バロールの眼を……?」
>「うちは何も、ボランティアでキングヒルに残留した訳やない。
この世界の理、お師さんのほんまの目論見。それから『侵食』と大賢者はんの正体……。
何もかも洗いざらい吐いてもらうっちうことを条件に、うちはお師さん……バロールの軍門に下ったんや。
そうして、きっちり聞かしてもろたんよ。 ブレイブ&モンスターズ! にまつわる、すべてのことを」
石油王の言葉を俺なりに噛み砕くなら、その眼は言わばバロールと志を同じくした証のようなものらしい。
こいつは既に侵食の真相を知っていた。この世界が、ゲームであることも。
シャーロット経由で知った俺たちのように、もう一人の開発者であるバロールから。
>「じゃあみのりさん、みのりさんはもうずっと以前からこの世界の真実について知ってた……ってこと?」
なゆたちゃんの零した声に、石油王は平頭をもって答えた。
まぁ実際ね。未だに俺だって自分がゲームのデータだなんて実感はねえよ。
ワっと情報の洪水を浴びせかけられたって納得出来たとは思えん。
「ようは俺たちが真相を飲み込めるまで待たなきゃならなかったってこったろ。
エンデ風に言えば『フラグが立ってない』ってやつだ。そうだろエンバース」
頭を上げた石油王の片目――オーロラのように美しく、孤独な輝きに満ちた魔眼と視線を交わす。
>「そうだよ――みのりさん、逆に感謝しかないよ。
この日のために今までたった一人で物凄い覚悟を背負って戦ってくれたんだね……」
何か気の利いた言葉を投げる前に、カザハ君が言いたいことを代弁してくれた。
「そういうこった。……石油王、俺たちと離れてから、お前は一人で世界の真実に向き合い続けてきた。
オアイコじゃねえか。俺も謝んねえし、お前も謝んな」
少なくとも俺は、それで納得出来る。
こいつを俺たちの仲間だと、言い続けられる。
>「おおきに。おおきになあ、みんな。
せやったら、せめてもの罪滅ぼし。きっちり自分の仕事はやり遂げさせて貰いますえ。
……みんなの、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の進路を――切り拓く!」
315
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/30(火) 03:50:55
石油王がその魔眼で何をしたのか、具体的な現象は推し量れない。
目に見える現象として、エラーを吐きまくったウインドウが正常と思しき状態に回帰していくのを見守った。
「アク禁を回避する何よりも確実な方法は――」
百世不磨のフォーラム荒らしの経験が、うんちぶりぶり大明神の記憶が、ひとつの回答を導き出す。
「――管理人さんにお願いすること」
創世の魔眼、バロールの管理権限の一部を移譲された石油王によって、それは成し遂げられた。
ようやく。これまで何度も、何もかもを台無しにしてきたローウェルの野郎に、一矢を報いた。
俺たちの命がけの努力が、無駄にならなかった――
>「これで、何もかも元通りや。
待っとってな、今すぐ地球への『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開くさかい」
ひと仕事終えた石油王は、額に浮いた汗も拭わずにウインドウの操作を続けている。
ひとしきりそれを眺めて、俺の首に巻き付いたまんまのガザーヴァが安堵の息を漏らした。
>「一時はどうなるかと思ったケド、これでボクたち全員無事にミズガルズへ殴り込みに行けそーだな!
明神、ローウェルのジジイをブッちめたあとは、ミズガルズを案内しろよな! トンカツ食べたい!」
「楽しみにしてろよ、地元に美味い店があるんだ。
……それから、俺の親父とおふくろと、弟も紹介する。全部終わったら、今度はバロールも連れて行こう」
そんときゃ俺も正装しねえとな。アルフヘイムの手土産でも見繕っとくか。
ほどなくして『門』が開く。
石油王と、それからウィズリィちゃんは、ニヴルヘイムに残ると申し出た。
>「心配しぃひんでも、ここは全世界のなんもかもを見通せる神の座や。
みんなの活躍もここからモニターできるさかい、離れ離れになる訳とちゃうよ。
いつでも繋がってんで……うちはここからみんなが大賢者さんをいわすとこ、とっくり見届けさせて貰うさかい」
>「ミズガルズの文化や景色にも大変興味はあるし、是非とも行ってみたいけれど。
それは貴方たちが大賢者を打倒して、侵食を食い止めた後の楽しみとしておきましょう。
だから……頑張って。必ず、三界に平和を取り戻して」
>「……分かった。みのりさん、ウィズ、ここはお願い。ふたりの分まで、みんなで頑張るから」
「良いんだな。なら、俺も良い。……退路は任せる」
任せる――任せられる。その言葉の実感を伴った心強さを噛みしめて、一言だけ伝えた。
後ろには石油王とウィズリィちゃんが居る。こんなに頼もしい後詰めもあるまい。
誰がなんと言おうと、俺はそう信じてる。
「向こう……地球に着いてからの動きはどうする?
『門』が地球でも使えるならミハエルの陣営に直接乗り込むこともできるだろうが……
まずは日本の安否を確認したい。それから、地球側の戦力は抵抗できているのかどうか。
現状の被害規模と、防衛体制。門の先が、地球のどこに繋がってるのか」
世界を隔てた先の情報は何一つない。今この瞬間も日本は壊滅の危機に晒されているのかもしれない。
救える命がひとつでもあるなら、救いながら前に進むしかない。
316
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/05/30(火) 03:51:21
>「みんな、覚悟はいい? きっと、これが最後の戦いになる……。わたしたちの旅の終わり、それがこの扉の向こうに在る」
門を目前にして、なゆたちゃんは最後に俺たちを振り返って言った。
>「みんなのお陰で、ここまで来られた。みんなと一緒だったから、つらい戦いも乗り越えられた。
ありがとう、本当に……わたしたちは最高のパーティーだって、心からそう思う。
だからこそ――このゲームは全員でクリアしたい。最後までひとりも欠けずに、ラスボスを倒して。
ここにいるみんなでエンディングを迎えたい……」
応じるようにカザハ君が一歩前に出る。
>「今まで碌に何かをやり遂げたことがないけど……最後まで一緒に戦うよ。必ず最後まで見届けて、みんなの伝説を語るよ。
あと、我は幸せな歌しか歌えない……!
かっこよく散って盛り上げてやろうとか、伝説に名を刻んでやろうとか、そういうの無しだから!振りじゃないからな!?
……あれ? もしかしてこういうのって言った本人が死亡フラグ……?
しまったぁああああああああああああああああ!!」
「「やかましいわ!」」
俺とカケル君の突っ込みは完璧にハモった。
締まらねえなぁ……。でも、おかげでいつの間にか握りしめていた拳がほどけた。
手汗がじっとりと浮かんでいて、図らずも緊張していたのを自覚する。
「ひひっ。ただエンディング見るだけじゃ満足できねえな。
終わった瞬間コントローラー投げ出すようなクソゲーは今まで何本もやってきたが……。
このゲームだけは、そんな終わり方にはしない。
スタッフロールの後もまだまだ遊びたくなるような、最高の大団円を俺たちは掴みにいくんだ」
カザハ君がハッピーエンドの歌しか歌えねえなら、それに見合うエンディングにするしかねえよな?
汗を拭った掌をもういちど閉じて、拳を前に突き出した。
「行こうぜ、最後のクエストへ。レッツ・ブレイブ……!」
【レッブレ】
317
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/06/05(月) 06:32:47
【バーンアウト(Ⅰ)】
虚飾を纏う余裕を失って、零れた傷心/純心――無意識、故に心の奥底からの言葉。
『どこにも、行かないよ……。わたしはここにいる、あなたの傍に。
ずっと、ずっと一緒にいるよ……だって、わたしは――』
霞む視界の中で聞こえるなゆたの声――それが、今にも灰と散りそうなエンバースの存在を少しだけ確かにする。
『……あなたのことが、好きだから……』
「……ああ。知ってたよ」
飾り気のない率直な応答――きっとそうだとは思っていた/ただ答え合わせを先送りにしていただけで。
仮にそうだったとしても――「それ」と過去にどう折り合いをつければいいか、分からなかったから。
「……俺も、お前と同じ気持ちだったから」
だが今のエンバースが紡ぐ言葉には――そのような迷いが混ざり込む余地はなかった。
そして、それはつまり――エンバースはいよいよ限界を迎えつつあるという事だった。
迷う/葛藤する=未練に思う――そうした事さえもう出来なくなっているのだ。
遺灰の器が剥離して足元に積もる――剥き出しの魂は既に風前の灯火。
そうしてエンバースの魂が掻き消える、その寸前――白く染まり切った視界に一瞬、銀が踊った。
『魔力融合! 銀の魔術師・崇月院なゆたの名に於いて! 錠前を開きて起きよ、創世の神坐(かむくら)!!』
そして――視界にゆっくりと色が帰ってきた。
崩れ落ちそうな五体をどうにか支えて、顔を上げる。
まず目に映ったのは――無数のホログラムめいたウィンドウ。
『管理者メニューの起動は完了した』
「……お疲れ様でした。を忘れてるぞ、エンデ」
絞り出すような声=今日でめでたく、一日当たりの臨死体験回数を生前から更新した男の当然の抗議。
『ぅ……』
ふと隣から聞こえた声/左手から伝わる重心の乱れ――よろめくなゆたを、咄嗟に抱きとめる。
『……エンバース』
「落ち着け、よくやった。とにかくまずは休め……なんて言っても、聞かないんだろうな」
『ありがと、エンバース。
あなたの声が聞こえたから、頑張れたよ。あなたの傍にいたいって、どこにも行かないって思ったから……。
銀の魔術師の力を使うことができた。管理者メニューを起動することができた。
……また、守ってもらっちゃった』
「……お互い様だ。お前が傍にいなかったら……俺もきっと耐えられなかった」
目と目が合う――ついさっき、なゆたにかけた言葉が脳裏に蘇る。
死線の上、意識が混濁していたとは言え――あれは正しく心からの言葉だった。
だが一方で今のままでは勢い任せの、一時の言葉止まり――少なくともエンバースはそう考える。
318
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/06/05(月) 06:34:00
【バーンアウト(Ⅱ)】
自分がなゆたに惹かれている事はもう知っていた/それでいて、自分が過去を振り切れていない事も。
それを、はっきりしたかった/ちゃんとしたかった――でないと誰に対しても不義理だと思ったから。
だから、もう一度――今度は今際の際のゲーマーズハイなんか無しで、己の気持ちを伝えなくては。
「……なゆた。さっきの、話なんだけどさ――」
しかし不意に、エンバースが言葉を失う――なゆたを支える己の右腕に、深い亀裂が走ったからだ。
何故かと言えば、先の儀式で生命力を失いすぎたから――だが、これは非常に不味い。
この状況で右腕が折れると――とにかく、ものすごく気まずい事になる。
亀裂自体は袖の中に隠れているが――声を発する余裕がない。
『オイ、そこの連中。いつまでもイチャイチャイチャイチャしてんじゃねーよ!
それよりさっさとミズガルズに行かなくちゃなんだろ? さっさと転送でもなんでもしろってーの!』
視界外からのガザーヴァの声――なゆたが顔を赤くして遠のいた。
エンバース=安堵の溜息――認めたくない事ではあるが、ガザーヴァの横槍に救われた。
とは言え、体はもう限界だった――目眩は止まらないし、自分がまっすぐ立っているのかさえもう曖昧だ。
今すぐにでもその場に座り込みたいが、それはプライドが許さない。
「……悪いけど、地球に飛ぶ前にもう一回休憩を挟まないか?セーブデータ、分けておきたいだろ」
エンバースは努めて平然に振る舞いつつ、魔法陣の外へ――フラウの元へ。
相棒と目線を合わせる形で膝を突く――実際には、もう立っていられない。
「よう……戻ったぜ。なあ、俺は今日あと何回死にかけると思う?」
〈……なんで、ちょっと楽しそうなんですか。とうとう特殊性癖を習得しましたか〉
いつも通りを装った/隠し切れない安堵の滲む返答。
「いいや。ただ……一日でこんなに死にかけるなんて、昔を思い出すなって」
エンバースの声色=未だにやや浮ついたまま/消耗による意識混濁が尾を引いている。
「自分でも変だって分かってる。でも……ちょっと楽しいし、楽しみなんだ。俺は……今度こそ、上手くやれるのかもって」
〈……あなたは、いつだって上手くやってきましたよ。今回だってそうです〉
「かもな。でも、ゲーマーなら結果が伴わないと――」
ふと、エンバースの足元に響く金属音――体内に収納していたダインスレイヴが、腹部の破損により零れ落ちていた。
「そうだった、お前にも礼を言わないと。ありがとうな」
拾い上げたダインスレイヴからは、儀式の前に封じ込めた筈の炎刃が失われていた。
当初の想定通り、魔剣は外付けのHPバーとして機能してくれたらしい。
エンバースは溶け落ちた刃を労るような眼差しで眺める。
「……ダインスレイヴは剣じゃない、か。なるほどな。完全に理解したよ」
そして再び、魔剣を己の腹部へと格納。
「――お前は、ひつぎの鍵なんだ。そうだろ?」
〈……ひつぎの?〉
「フラグは既に立った――回収はもう少し後だ」
エンバースが立ち上がる/振り返る――エンデに進捗を尋ねようとして、宙空を赤く染める不穏なウィンドウが目に入った。
319
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/06/05(月) 06:36:11
【バーンアウト(Ⅲ)】
「……なんだ。どうした。エンデ、説明しろ」
『システムが書き換えられてる』
『おそらく、万が一ぼくたちが管理者メニューにアクセスすることがないよう、ローウェルがプログラムを改変したんだろう。
既存のシステムならぼくにも操作できたけれど、これじゃアクセスできない』
『アクセスできない? ということはエンデ、つまり……』
『ミズガルズには行けない』
あくまで淡々としたエンデの返答――周囲の空気が浮足立つ。
『アク禁……だと……?
ふざっっっ……ふざっけんな!!またかよ!またこのパターンかよ!!!』
「……落ち着けよ、明神さん。まずは――」
『モンキン! オマエ、シャーロットの力が使えるんだろォ!? 何とかしろよ!』
「現状の確認からだ。制限を免れた機能はないのか。相手はただのシステムだ。
あるべき機能が完全にスタックして、それで良いように設計されてるとは――」
『ふざけるな……! 貴様らがこの戦いの行く末を最後まで見届けろと言ったのだろうが!
だからこそ、オレは敗北を受け入れた! 同胞たちの未来を守ることこそが、オレの果たすべき使命と思えばこそ!
だというのに、行けない? 冗談を言うにしても、相手を選べ……!』
「ジョン。そこのキーボードクラッシャー君をどうにかしろ。
絶対に、まだ方法はある。こんなところで終わる筈がない」
エンバースの態度=極めていつも通り――バッドエンドの影など眼中にない様子。
何か展望がある訳ではない/ただ、確信だけがあった――ここで終わる筈がない。
エンバースは一巡目で失ったものを取り戻しつつある――かつてと同じ形ではなくても。
かけがえのない仲間/希望を持てる未来/最愛と思える存在――そして、強さ。
故にエンバースは確信していた――この俺が、ここで終わる筈がない。
『そないなことにはならしまへんえ』
「……そう。そういう言葉が聞きたかった」
『プログラムを改変した? うちらを地球に帰さんように?
ええやないの、そんなん、なんぼでもしたらよろしいわ。うちら相手にそないないけずするっちうことは、
それだけ大賢者さんが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を脅威とみなしとる――ちゅう証拠やろ。
なゆちゃん、カザハちゃん、明神さん、エンバースさん、ジョンさん。
勘違いしたらあかんで、優勢なのはこっち……うちらは今、確実に大賢者さんを追い詰めとるんや』
「はは、煽るね。それで――?」
『けどさぁ、肝心の管理者メニューが使えないんじゃどーしよーもねーじゃん』
「それだよ。いい加減、焦らすのはやめて――」
『誰が使えへんなんて言うたん?』
「……あん?そりゃ――」
『ま、ええわ。ほんまは地球に戻るまでお披露目しぃひんどこ思とったんやけど。
そっちがそのつもりなら、こっちもそれ相応の対応を取るだけや。
見せたるわ、うちの“奥の手”――』
みのりが徐ろに眼帯に触れる/一息に外す――その奥に、虹色の瞳が見えた。
320
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/06/05(月) 06:37:30
【バーンアウト(Ⅳ)】
『みのりさん……、その眼は……』
『見ての通りや。『創世の魔眼』……お師さんと同じ瞳やよ』
『ど、どうして……貴方が『創世』の師兄の魔眼を……?』
『どういうこった……なんで石油王が、バロールの眼を……?』
「狼狽えるなよ……いや、狼狽えてもいいけど話の腰を折るな。続けてくれ」
『うちは何も、ボランティアでキングヒルに残留した訳やない。
この世界の理、お師さんのほんまの目論見。それから『侵食』と大賢者はんの正体……。
何もかも洗いざらい吐いてもらうっちうことを条件に、うちはお師さん……バロールの軍門に下ったんや。
そうして、きっちり聞かしてもろたんよ。
ブレイブ&モンスターズ! にまつわる、すべてのことを』
「……そりゃ、よく信じたなと言うべきか。それともよく信じさせたなと言うべきなのか」
『じゃあみのりさん、みのりさんはもうずっと以前からこの世界の真実について知ってた……ってこと?』
『そうなるなぁ。堪忍え、なゆちゃん。
せやけど、早い段階でいきなり『実はこの世界は神さんみたいな上位存在の造ったゲームで〜』なんて言うたところで、
みんな到底信じられへんやろ?
うちはこの魔眼を移植してもろうて何とか理解できたんやけど、あんたたち全員にまで魔眼の移植はできひん。
みんなに自然に理解してもらうためには、段階を踏む必要が……今までの長い旅が必要やったんや。
ぎょうさんしんどい思いさせて、ほんまに堪忍え』
「魔眼を他人に移植する事が可能だったなら、順番に皆に移植すれば……ちょっとグリッチっぽいか」
『ようは俺たちが真相を飲み込めるまで待たなきゃならなかったってこったろ。
エンデ風に言えば『フラグが立ってない』ってやつだ。そうだろエンバース』
「……だとすると。バロールの想定する正規のフラグはどういうものだったのかな。今更言っても仕方ないけど」
確かに「崇月院なゆたはシャーロットだった!」の後ならば、大抵の話は信じられる。
だが、それはローウェルによる追突事故のようなもの――偶発的な事象だ。
そうではない、正規の攻略ルートはどういうものだったのか。
それが少し気になるが――エンバースはすぐに考えるのをやめた。少なくとも今追求する事ではない。
『謝らないでよ、みのりさん。
どんな理由があったって、みのりさんが今までわたしたちの旅の援護をしてくれたのは変わりないし。
いっぱい助けてもらったんだから、怒ったり恨んだりする理由なんてないんだ』
「……そもそも、アンタ別に俺達を騙してた訳じゃないよな。ただ本当の事を言わなかっただけだ。
みのりさんのそういうやり方なら、キングヒルの決闘でもう十分堪能してるよ。
今更俺達が、それを糾弾すると思ってたのか?ちょっと寂しいな」
とは言え――みのりの抱えていた苦悩/負い目はエンバースにも少し理解出来る。
言わなくてもいい事だから/それが一番効率的だから、何も言わない。
そういう考え方は――エンバースには身に覚えがある。
『おおきに。おおきになあ、みんな。
せやったら、せめてもの罪滅ぼし。きっちり自分の仕事はやり遂げさせて貰いますえ。
……みんなの、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の進路を――切り拓く!』
創生の魔眼が虹色の光彩を放つ/その眼前に新たなコンソールが一つ展開。
みのりの十指がキーの上を駆け巡る――赤く封鎖された管理者メニューがその度に揺れる。
無数のウィンドウが書き換えられていく――だが、エンバースにはそこで何が起きているのか分からない。
だから大して驚く事も出来ない――ただその指捌きを見て、より手強いプレイヤーになったと思う事はあっても。
321
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/06/05(月) 06:38:21
【バーンアウト(Ⅴ)】
『お師さんは前々からこうなることを予期しとったんや。
せやから自分の持つ管理者権限をうちに譲渡して、事前に対策を講じた。もし自分が大賢者さんにやられることがあっても、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が迷うことのないように……』
『相変わらず抜け目のないことだ』
「まあ、眼は片方抜けてるんだけどな……いや、忘れてくれ」
召喚の間に暫し、電子的な打鍵音だけが響く――そして、一際高い打鍵音。
赤く染め上げられていたインターフェースが緑色に変わる。
続く不明な――しかし整然とした文字の羅列。
それがメニュー画面なのだろう――みのりの表情がそう物語っていた。
『これで、何もかも元通りや。
待っとってな、今すぐ地球への『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開くさかい』
「やるな、みのりさん。なあ。全部片が付いたら、もっかいデュエルしないか?
あの時はスマホ無しで俺の圧勝だったけど――今度はいい勝負になるかもな」
実際には、タンクの役割であるアタッカーへの妨害はほぼ全て刺されていたが――歴史は勝者が記すものだ。
『一時はどうなるかと思ったケド、これでボクたち全員無事にミズガルズへ殴り込みに行けそーだな!
明神、ローウェルのジジイをブッちめたあとは、ミズガルズを案内しろよな! トンカツ食べたい!』
『楽しみにしてろよ、地元に美味い店があるんだ。
……それから、俺の親父とおふくろと、弟も紹介する。全部終わったら、今度はバロールも連れて行こう』
「おい……そのナチュラルさはガチのフラグっぽいぞ。勘弁してくれ」
『うちは行けへん。みんなが無事に地球へ行くまで、ここで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を維持せなあかん。
残念やけど、ここでいったんお別れや』
『そんな、みのりさん……! 折角ここまで一緒に来たのに……!』
「……それに、やっと解禁した管理者メニューをわざわざ手放す理由はない。
こいつも大概チートっぽいけど、次なるチートへの対抗策は必要だからな」
『おおきにな、なゆちゃん。せやけど言ったやろ、これは今までみんなに秘密を打ち明けなかった、うちの罪滅ぼしや。
うちにしかできない仕事なんや、せめて、最後まできっちりやり遂げさせてぇな?』
『……分かった。みのりさん、ウィズ、ここはお願い。ふたりの分まで、みんなで頑張るから』
『良いんだな。なら、俺も良い。……退路は任せる』
「ムービーシーンばかりで退屈するだろうけど、我慢してくれ。すぐに終わらせてくるよ」
『向こう……地球に着いてからの動きはどうする?
『門』が地球でも使えるならミハエルの陣営に直接乗り込むこともできるだろうが……
まずは日本の安否を確認したい。それから、地球側の戦力は抵抗できているのかどうか。
現状の被害規模と、防衛体制。門の先が、地球のどこに繋がってるのか』
「最優先は人命の救助だ。そうに決まってる……少なくとも、それが無意味だと判明するまでは」
この期に及んで、世界を救う為に道徳を捨てる――正義の道を踏み外す理由はない。
だが一方で、それが海の水をスプーンで掻き出すような試みに過ぎない可能性もある。
『みんな、覚悟はいい? きっと、これが最後の戦いになる……。わたしたちの旅の終わり、それがこの扉の向こうに在る』
開かれた『門』を前に、なゆたが仲間達を振り返った。
322
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/06/05(月) 06:41:56
【バーンアウト(Ⅵ)】
『みんなのお陰で、ここまで来られた。みんなと一緒だったから、つらい戦いも乗り越えられた。
ありがとう、本当に……わたしたちは最高のパーティーだって、心からそう思う。
だからこそ――このゲームは全員でクリアしたい。最後までひとりも欠けずに、ラスボスを倒して。
ここにいるみんなでエンディングを迎えたい……』
「……ああ。俺達は本当――いいパーティだよ」
最高のパーティ、とまでは言えなかった――リューグーの皆の事を思うと少し気が引けたからだ。
自分でも、この期に及んで優柔不断が過ぎるとは思うが――どうしても割り切れない。
さっき、なゆたと言葉を交わした時の勇気は――もう燃え尽きてしまったらしい。
『今まで碌に何かをやり遂げたことがないけど……最後まで一緒に戦うよ。必ず最後まで見届けて、みんなの伝説を語るよ。
あと、我は幸せな歌しか歌えない……!
かっこよく散って盛り上げてやろうとか、伝説に名を刻んでやろうとか、そういうの無しだから!振りじゃないからな!?
……あれ? もしかしてこういうのって言った本人が死亡フラグ……?
しまったぁああああああああああああああああ!!』
『『やかましいわ!』』
「……心配するな。お前がそのフラグを回収するのは、俺達前衛がくたばった後だ。つまり……少なくとも一人じゃないぜ」
エンバース=呆れ果てた/だが苦笑交じりの声。
『行くよ、最後のクエストへ!
――レッツ・ブレイブ!!』
「最後、最後か。なら、とびきりカッコよく決めないとな――レッツ・ブレイブ」
エンバースが門へと踏み込む――ふと、左手のスマホからメッセージの着信音が聞こえた気がした。
323
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/06/10(土) 13:38:36
吐き気・眩暈・この世に存在する苦痛という苦痛を全身に余す事なく味わう事になっている…。だけど…僕の気分は最高に高まっていた。
>「地球に、戻って……おかあさんの……お墓参りを、するんだ……。
おかあさんの……お墓の、前で……みんなを守れたよって……地球を救えたよって……報告、するんだ……!」
>「わたしが……もしも、誰かの痛みを肩代わりできるなら……。
わたしが苦しむことで、誰かの苦しみをほんの少しでも取り除いてあげられるのなら……。
いくらだって痛みを背負う。苦しみを受け入れる……。
そして立つ――、立って戦う!!」
>「そうか。だから、キミがいれば、安心して飛べるんだ……。
キミの隣なら、ずっと昔に願ったことが叶えられそうな気がしてさ……」
>「アルフヘイムにも……ミズガルズにも……傷ついた人がたくさんいた。
歌で……少しでも寄り添えたら……元気になってもらえたらいいな。
もともと元気な人は、もっと笑顔に出来たらって思うよ」
>「こんなでっけえ大地(ステージ)があるんだ、お前の歌はどこまでだって届く。
全員笑顔きらきらにしてやろうぜ」
仲間が…愛する人がついているから…!
痛みでは…僕を…僕達を止める事はできない…!
>「魔力融合! 銀の魔術師・崇月院なゆたの名に於いて! 錠前を開きて起きよ、創世の神坐(かむくら)!!」
僕達の力が一つとなり…六芒星のような形になり…そして眩い光を放つ。
幻想的な光をなゆを…僕達を包み…。
ふっと体から苦痛が消え去る。いや実際にはダメージその物は残っているのだが…そんな疲れなど一瞬で吹き飛ぶ光景が目を開けた僕達に待っていた。
>「管理者メニューの起動は完了した」
「わァ...ぁ」
>「これが、この世界の……いいえ、アルフヘイム、ニヴルヘイム、ミズガルズ三界の理を司る権能……。
この世のすべての叡智が此処に集っているのね……」
目を通すだけでも疲れそうなほどに空中に投影された無数のウェインドウ。
これが…管理者メニュー…いや想像してた通りの品物でびっくりしたけど…これで…!
>「う、うん! ガザーヴァの言う通り、管理者メニューが開いたなら一刻も早く地球へ向かわなきゃ!
みんな、準備はいい? エンデ、お願い!」
>「わかった」
「当然!準備万端だとも…ここまで来て止まれるもんか…!」
ブーブー!
警告音のような物と読めない文字ででているが明らかにエラー表記だとわかる文字が表示される。
「これ…スマホやPCでパスワードとか間違えた時にでるようなアレ…だよな?…いやまて管理者なのになんででるんだよ?ログインは成功したんじゃなかったのか?」
>「システムが書き換えられてる」
「は…?」
>「おそらく、万が一ぼくたちが管理者メニューにアクセスすることがないよう、ローウェルがプログラムを改変したんだろう。
既存のシステムならぼくにも操作できたけれど、これじゃアクセスできない」
>「アクセスできない? ということはエンデ、つまり……」
324
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/06/10(土) 13:38:49
>「ミズガルズには行けない」
なん…だと?
>「モンキン! オマエ、シャーロットの力が使えるんだろォ!? 何とかしろよ!」
>「そ、そんなこと言われても……」
相手側はこっちがどうにもならないのを分かってて…改ざんしたんだ。
なゆがシャーロットの力が自由に使えないのをわかった上で…
>「ふざけるな……! 貴様らがこの戦いの行く末を最後まで見届けろと言ったのだろうが!
だからこそ、オレは敗北を受け入れた! 同胞たちの未来を守ることこそが、オレの果たすべき使命と思えばこそ!
だというのに、行けない? 冗談を言うにしても、相手を選べ……!」
イブリースが興奮してエンデを掴み上げる。
>「ジョン。そこのキーボードクラッシャー君をどうにかしろ。
絶対に、まだ方法はある。こんなところで終わる筈がない」
「はあ………少し黙ってろイブリース…自分が今生かされてるって事…忘れんなよ」
イブリースの腕を掴み力を入れる。仲間同士で争ってる場合じゃないが…落ち着けないといけない。
希望にあふれてた空間は一瞬にして絶望に染まる。仲間同士で争い…打開策がでる前にこのままじゃ空中分解してしまうかもしれない…。
>「そないなことにはならしまへんえ」
その空気を壊したのはみのりだった。
>「プログラムを改変した? うちらを地球に帰さんように?
ええやないの、そんなん、なんぼでもしたらよろしいわ。うちら相手にそないないけずするっちうことは、
それだけ大賢者さんが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を脅威とみなしとる――ちゅう証拠やろ。
なゆちゃん、カザハちゃん、明神さん、エンバースさん、ジョンさん。
勘違いしたらあかんで、優勢なのはこっち……うちらは今、確実に大賢者さんを追い詰めとるんや」
…そんな事言われなくても分かってるさ…この改ざんは…来たら困ると自分で宣言してるようなもんだ…行けさえすれば可能性はいくらでもある…”行けさえすれば”…だが
>「ま、ええわ。ほんまは地球に戻るまでお披露目しぃひんどこ思とったんやけど。
そっちがそのつもりなら、こっちもそれ相応の対応を取るだけや。
見せたるわ、うちの“奥の手”――」
静かにみのりは…眼帯を外した…
>「みのりさん……、その眼は……」
「バロール…!」
>「じゃあみのりさん、みのりさんはもうずっと以前からこの世界の真実について知ってた……ってこと?」
>「そうなるなぁ。堪忍え、なゆちゃん。
せやけど、早い段階でいきなり『実はこの世界は神さんみたいな上位存在の造ったゲームで〜』なんて言うたところで、
みんな到底信じられへんやろ?
うちはこの魔眼を移植してもろうて何とか理解できたんやけど、あんたたち全員にまで魔眼の移植はできひん。
みんなに自然に理解してもらうためには、段階を踏む必要が……今までの長い旅が必要やったんや。
ぎょうさんしんどい思いさせて、ほんまに堪忍え」
バロールと同じ力を魔眼経由で使えるという。
僕達が死地に赴いてる間…みのりは一人で…また僕達とは違う覚悟が必要な道を行っていた…。
しかも僕達よりも自分を犠牲に…替えの利かない目を犠牲にして…。
「…かっこいいぜ…みのり…」
325
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/06/10(土) 13:39:00
>「お師さんは前々からこうなることを予期しとったんや。
せやから自分の持つ管理者権限をうちに譲渡して、事前に対策を講じた。もし自分が大賢者さんにやられることがあっても、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が迷うことのないように……」
>「相変わらず抜け目のないことだ」
凄い速さで空中に浮かぶ画面を操作していく。画面が閉じては消え・閉じては消えを繰り返し…。
最後にでかでかと確認ウィンドウのようなものがでる…一度みのりは手を止めた後…エンターキーらしきものを叩いた時緑のウィンドウと共に…全ての権限を解除できたらしい。
>「やるな、みのりさん。なあ。全部片が付いたら、もっかいデュエルしないか?
あの時はスマホ無しで俺の圧勝だったけど――今度はいい勝負になるかもな」
「エンバースも大概戦闘狂な所あるよな…」
>「一時はどうなるかと思ったケド、これでボクたち全員無事にミズガルズへ殴り込みに行けそーだな!
明神、ローウェルのジジイをブッちめたあとは、ミズガルズを案内しろよな! トンカツ食べたい!」
つい10秒ほど前まで殺気を帯びていた空気もあっというまにギャグ空間になってしまった。
少しくらいは緊張を維持したほうがいい気もするけど…まぁ…でも…
――この方が僕達らしいか。
「カザハ…向こうについて…ひと段落したら…旅行でもいこうか」
贖罪をしなければいけない身ではあるが…世界を救ったその後なら…少しくらい遊んでも…許されるだろう。
>「うちは行けへん。みんなが無事に地球へ行くまで、ここで『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を維持せなあかん。
残念やけど、ここでいったんお別れや」
みんなが意気揚々と一か所に集まり転移の準備をするなかみのりは門を維持する為に残るという。
>「そんな、みのりさん……! 折角ここまで一緒に来たのに……!」
「そうだぞ…ここまできて…なんとか他の人に」
>「おおきにな、なゆちゃん。せやけど言ったやろ、これは今までみんなに秘密を打ち明けなかった、うちの罪滅ぼしや。
うちにしかできない仕事なんや、せめて、最後まできっちりやり遂げさせてぇな?」
…気にしすぎだ。
僕にはそう言う事ができなかった。
罪は…周りがどうこう思ってるかではなく…自分がどれほどの覚悟があるのかを…自分自身で決めなければいけないのだと…知っているから。
みのりが覚悟を持って…罪滅ぼしだと決めているのなら…それは尊重しなければならない…絶対に…
>「心配しぃひんでも、ここは全世界のなんもかもを見通せる神の座や。
みんなの活躍もここからモニターできるさかい、離れ離れになる訳とちゃうよ。
いつでも繋がってんで……うちはここからみんなが大賢者さんをいわすとこ、とっくり見届けさせて貰うさかい」
なにを言ってもみのりには重荷にしかならない…。分かっていても僕は…胸が苦しくなった。
326
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/06/10(土) 13:39:16
>「……そういうことなら、私もここに残るわ」
ウィズリィもここに残るという。みのりの支援をすると。
>「ミノリをここにひとりぼっちで置いておけないわ。何かあった場合に、サポートする者が必要でしょう?
ここは智慧の頂。であるのなら、ここでミノリを補佐できるのは『知恵の魔女』たる私しかいない。
そうじゃないかしら?」
>「……分かった。みのりさん、ウィズ、ここはお願い。ふたりの分まで、みんなで頑張るから。
みんな、覚悟はいい? きっと、これが最後の戦いになる……。わたしたちの旅の終わり、それがこの扉の向こうに在る」
みんなの覚悟をもらって…僕達は今…やっとの思いで…スタートラインにたった。
僕は途中から度に加わった存在だけれど…心の想いは…みんなにも負けていない。
世界を救う。
ふわっとして…それでいて曖昧で…この世界に来る前の僕なら間違いなく鼻で笑っていただろう。
そんな事できるわけがないと…しかし僕には笑う事などできない。
なゆの…明神の…エンバースの…そしてみのりの…覚悟をこの目で…魂で見てきたから。
カザハから…僕にはもったいないくらいの大きな愛をもらったから。
>「みんなのお陰で、ここまで来られた。みんなと一緒だったから、つらい戦いも乗り越えられた。
ありがとう、本当に……わたしたちは最高のパーティーだって、心からそう思う。
だからこそ――このゲームは全員でクリアしたい。最後までひとりも欠けずに、ラスボスを倒して。
ここにいるみんなでエンディングを迎えたい……」
みんなで目を見合った。言葉で語らずとも…みんなの心が一つである事に疑いようなどなかった。
>「今まで碌に何かをやり遂げたことがないけど……最後まで一緒に戦うよ。
必ず最後まで見届けて、みんなの伝説を語るよ。
あと、我は幸せな歌しか歌えない……!
かっこよく散って盛り上げてやろうとか、伝説に名を刻んでやろうとか、そういうの無しだから!
振りじゃないからな!?
……あれ? もしかしてこういうのって言った本人が死亡フラグ……?
しまったぁああああああああああああああああ!!」
>「やかましいわ!」
緊張を紛らわすようにカザハを騒ぐ…その手を僕はそっと握る。
「大丈夫。安心して…必ず僕が助けるから」
僕はもうどんな状況になってもなに一つ諦めない…それが僕の覚悟だから。
あの雨の日のように…全てを呪って逃げるような事は…後悔するような事は絶対に…しない
>「ひひっ。ただエンディング見るだけじゃ満足できねえな。
終わった瞬間コントローラー投げ出すようなクソゲーは今まで何本もやってきたが……。
このゲームだけは、そんな終わり方にはしない。
スタッフロールの後もまだまだ遊びたくなるような、最高の大団円を俺たちは掴みにいくんだ」
>「最後、最後か。なら、とびきりカッコよく決めないとな――
「僕達にとっては地球を救いに行くなんて…オンラインプレイ前のチュートリアルみたいなもんだ……だろ?」
>「行くよ、最後のクエストへ!
――レッツ・ブレイブ!!」
>「レッツ・ブレイブ!!」レッツ・ブレイブ」レッツ・ブレイブ……!」
「レッツブレーイブ!」
327
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/06/15(木) 19:42:14
一行が『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜ると、すぐに足場が消失し門も閉ざされた。
まるで血管の中を流れる赤血球のように、ウォータースライダーのように。上下左右の別がない極彩色の空間を、
前方へ向けてすさまじい勢いで飛んでゆく。
「これは……」
進行方向へ頭を向け、弾丸のように一直線に突き進みながら、なゆたは眼前に広がる光景に瞠目する。
まるで展覧会の絵のように、左右に無数の画像が表示されている。
それは、夥しい量のデータ。今までアルフヘイム、ニヴルヘイム、そしてミズガルズが歩んできた歴史の足跡。
時間と空間を超え、なゆたらアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が今、
ブレイブ&モンスターズのプログラムデータの中に入っているということの証左であった。
展開される画像の中には、自分たちにまったく関係ないものもあれば、関係あるものもある。
ゲームの最序盤に出会ったスライムに一目惚れし、パートナーとして冒険することを決めたときの記憶。
レクス・テンペストとしてガザーヴァと戦い、激戦の果てに相討ちとなった記憶。
無尽の憎悪をゲームにぶつけ、仕事中トイレの個室に閉じ籠ってフォーラムに煽り文を書いた記憶。
リューグー・クランのリーダー、ハイバラとしてブレモン全日本大会の寵児となった記憶。
子どものころシェリーを殺害したトラウマを克服できず、長じて後も空虚な毎日を過ごしていた記憶。
他にもたくさんの記憶が、あたかも車窓からの景色のように瞬刻を経てすれ違い、あっという間に後方へ流れてゆく。
よく覚えている記憶も、すっかり忘れていた記憶もある。
いい思い出も、悪い思い出も。いつまでも大切にしていたい過去も、目を背けてしまいたい過去も。
だが、どんなものであったとしても、それが今の自分を形作っている。
そのどれか一つでも欠ければ、今の自分は此処には無かったのだ。
――絶対に壊させやしない。全部、守り通してみせる――!
流れてゆく記憶から視線を外し、真っ直ぐに前を見据えると、なゆたは改めて強く誓った。
やがて、前方に眩い光が見えてくる。きっと其処が終着点なのだろう。
光がみるみる近づいてくる。と思えば次の瞬間には全身が白い輝きに包まれ、なゆたは思わず目を瞑った。
「!」
眩しさに閉じていた目を開くと、なゆたは極彩色の空間から別の世界へと放り出されていた。仲間たちも同様であろう。
「う……うわぁぁぁぁぁぁッ!!」
重力に従い、なゆたの身体は落下を始めた。どうやら空中に投げ出された形らしい。
まるでパラシュートのないスカイダイビングのように、どんどんと落ちてゆく。
そして、なゆたは見た。
眼下に街並みが広がっている。民家があり、マンションやビルが立ち並び、道路があり、自動車が行き交う。
なんの変哲もない、ごく普通の、どこにでもある景色。
日本の、ありふれた町の景色。
「……ぁ……。
あぁぁ……あああああああ……!!」
自らが転落死間違いなしで下降しているということさえ忘れ、なゆたは両手で鼻と口元を覆うと感涙に泣き咽んだ。
バロールによって強制的にアルフヘイムへ召喚されて以来、ずっと見たかった。ずっと夢見ていた光景。
帰ることを、戻ることを望んでいた世界。
自分が元居た場所――地球へ、なゆたはやっと今、帰還を果たしたのだ。
ドヒュンッ!!
落下してゆく一行の頭上を、自衛隊の戦闘機――ではなく、ワイバーンを模した飛空艇が飛んでゆく。
ヴィゾフニールだ。恐らく『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』移動のためにみのりが遣わしたのだろう。
「エンバース!」
落下しながら、なゆたは大きく右腕をエンバースへ伸ばした。
いつかヴィゾフニールからダイブしたときのようにエンバースに抱きすくめて貰うと、
そんなふたりを今度は巨翼を開いたイブリースが確保する。同様に明神はガーゴイルに跨ったガザーヴァが救助する。
ジョンもカケルとカザハが助けることだろう。継承者たちもそれぞれグリフィンに変身したり、
自前の翼で飛んだり、なんの説明もなく空に浮かんでいたりしている。
機体を寄せてきたヴィゾフニールの中に全員で搭乗し、モニターを点けてみのりと通信を繋ぐ。
《みんな、はばかりさん。無事に地球へ行きつけたみたいやなぁ。
そやけどここからが正念場やねん。気ぃ引き締めてな》
「ありがとう、みのりさん。
で……ここどこ? 取り敢えず、見たところニヴルヘイムの被害はなさそうだけど……」
大きなモニター越しにみのりへ問う。ヴィゾフニールの窓から眼下を見てもタイラントが隊伍を組んだり、
ドラゴンとF-35AライトニングIIがトップガンばりのドッグファイトを展開していたりはしない。あくまでなゆたの見慣れた、
平凡な街並みが広がるばかりである。
328
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/06/15(木) 19:42:35
「ひょっとして、先回りしちゃったんじゃね? だって、連中は大軍だぜ。動きのニブい奴だってたくさんいる。
その点ボクたちはバババビューン! って一気に移動してきちゃったもんな!」
「いや……。あのミハエル・シュヴァルツァーがそのように悠長な行軍をするとは思えん。
奴は目的達成のために必ず最短最適のルートを選択する男だ」
「そうじゃの、それでなくとも妾たちは暗黒魔城での戦いで時間を食ってしまったしのう」
イブリースが明神の右腕にしがみついて能天気な発言をするガザーヴァにかぶりを振り、
エカテリーナが同意を示す。
《今、ヴィゾフニールがおるんはだいたい静岡県の沼津辺りやね。うちもコンソールコマンドはまだ不案内やよって、
大まかに日本っちう指示しかできひんかったさかいそうなったみたいや、堪忍え》
ブリッジの前面に大きなウィンドウが現れ、関東〜中部地方の大まかな地図が表示される。
マップ中央に明滅する光点があり、それがヴィゾフニールの現在地を示していた。
アシュトラーセが眼鏡を押し上げながらディスプレイに注視する。
「見た感じ、この辺りにニヴルヘイムの軍勢はいないようね」
「静岡は無事でも、東京だとか他の地域は被害を受けてるかもしれない。みのりさん、それは調べられないの?」
《今やっとるけど、その可能性は低そうや。日本全域でスキャンしても、異常熱源があるような地域は認められへん。
……とすると、ミハエルたちが向かったのは海外かもしれへんね》
「そっか」
みのりの返答に、なゆたはほっと胸を撫で下ろした。
取り敢えず家族や学校のクラスメイト、友人や近所の人々といった身内の安全はまだ確保されているらしい。
しかし、といって油断はできない。今は偶々自分たちの生活圏内が戦火を免れているというだけで、
今この瞬間にも世界のどこかの地域は確実にニヴルヘイムの脅威に晒されているのだ。
その脅威を確実に摘み取っておかなければ、いずれ自分の大切な人々にまで被害が及んでしまう。
「ミノリ、ミハエル・シュヴァルツァーの現在地は特定できないのかしら?」
《んん……地球規模で捜索ちゅうんは、流石に砂漠の真ん中で砂金を探すような話や。
ウィズリィちゃんにも手伝ってもろて全力でやるけど、しばらく時間がかかりそうやなぁ》
「……そう……」
みのりにニヴルヘイム本隊の居場所を問うたアシュトラーセは、落胆を隠しきれない様子で呟いた。
日本レベルの面積のスキャンなら数分で終了しても、それを全地球規模で――となれば、
いくら神の座たる管理者メニューでも時間がかかるということらしい。
「結局ボクらは待ちかぁ。待ってるしかねーんだったら、ナゴヤいこーぜ!
明神のパパとママと、それから弟に挨拶にさ! んでトンカツ食べる!
ここでボンヤリしてたってミハエルとかがすぐ見つかるワケじゃねーんだし。なっ!」
ここぞとばかりにガザーヴァが提案してくる。
「そ、そんなの駄目だよ、ガザーヴァ――」
「なんでだよ、石油王が時間かかるって言ってんだから、ボクらはその間自由時間でもいーじゃんか。
偶然発見できることを期待して、あてずっぽうでその辺ウロついてムダに疲れるほーがバカだろ。
モンキン、オマエだって家族の顔、久しぶりに見たくないのか?ボクと明神の用事が終わって
それでもまだ時間があるようなら、そっち行ってもいいぞ? 焼死体もジョンぴーもさぁー」
「ぅ……」
慌ててガザーヴァの言葉を却下するも、ガザーヴァはなおも食い下がってくる。
なゆたは困り顔で呻いた。
正直な話、ガザーヴァの提案に乗りたい気持ちはあった。バロールに召喚されてアルフヘイムでの冒険を始めてから、
かなりの時間が経過してしまっている。
自分たちの体験した時間と地球の時間がイコールなのかは不明だったが、
どちらにしても忽然と行方不明になって長い時間が経ったことに変わりはない。
せめて父親に一目だけでも会って、無事なことを教えたかった。と同時に、父の顔を見たかった。
新興宗教の教祖まがいのことをしている成金趣味の生臭坊主でも、父は父である。
せっかく、地球に戻って来たのだ。家族や近しい人々に会いたいというのは、他の仲間たちも同様であっただろう。
だが。
「いや、そんな時間はないよ。わたしたちは一刻も早く、ミハエル・シュヴァルツァーと大賢者ローウェル、
そしてふたりに唆されたニヴルヘイムのみんなを止めなくちゃいけないんだ。
家族に会うのは、それが終わってから。――今すぐミハエルのところへ行こう」
「オマエ、石油王の話聞いてたのか? だぁーから! 連中の居場所を突き止めるには時間が――」
「大丈夫。
わたしには、ミハエルが今どこにいるのか……たぶん分かるから」
なゆたは仲間たちの顔を見回すと、決然とした面持ちで言い放った。
329
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/06/15(木) 19:43:05
「何ィ〜ッ!? 知ってる!?
おいッ! じゃあなんで最初から知ってるって言わなかったんだよ!」
ガザーヴァが食ってかかる。
「知ってる、とは言ってないよ。『分かる』って言ったんだ。
100%じゃないけどね……確証がある訳じゃない。ただ、今までの行動パターンや言動を鑑みて、
ミハエルの性格を分析したら、ニヴルヘイム軍が向かったのは――恐らくそこしかない」
絶対にそこに居る、とは断言できない。ただ、なゆたにはミハエルが地球に侵攻するなら、
最初にそこへ行くだろうという場所の当たりがついていた。
ひょっとしたら的外れかもしれない。今頃ミハエルはまったく見当違いの所に攻め込んでいるかも。
けれど。
「……言ってみろ」
イブリースが腕組みしたまま、じろりとなゆたを睨む。
なゆたは荘重に頷き、口を開いた。
「アメリカ、ネバダ州ラスベガス――ラスベガス・ワールド・マーケット・センター。
『ブレイブ&モンスターズ』の頂点を決める、ワールド・チャンピオンシップの舞台。
ミハエル・シュヴァルツァーは、きっとそこにいる」
ミハエル・シュヴァルツァーはブレイブ&モンスターズ! のワールドチャンピオンであることに、
並々ならぬ執着を抱いている。
であるのなら、その世界王者を決める大会の舞台をいの一番に制圧し、
自分が名実ともに頂点であることを知らしめようとするはずである。
それに、以前明神が言っていたように、やはり地球で軍事と言えばアメリカ以上の軍事国家はない。
ニヴルヘイムのモンスターを率いてシミュレーションゲームばりに丁々発止をするには、最適の相手だろう。
「妾たちはミズガルズの地理には詳しゅうない。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の言葉を信ずる他ないゆえ、
決定権はそなたらに委ねる。……で、月の子以外の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の意見はどうじゃ?」
「カザハ、明神さん、エンバース、ジョン――それにみのりさん。
どう? 異論がないなら、それで行こう。ヴィゾフニールの全速力なら、たぶんそんなに時間はかからないはずだから」
《うちはかめへんよ〜。一応、こっちでも捜索は続行するさかい、何かあったら教えるわ〜。
ラスベガス到着時間はおおよそ6時間ほど後の予定やよって、みんな気持ちが昂っとるとは思うけど、
少しでも寝たり体力回復しとくとええねぇ》
魔王バロールの建造した一点ものの強襲飛空戦闘艇、ヴィゾフニールの航行速度はジェット機以上だ。
通常、成田空港からラスベガスまではサンフランシスコを経由して13〜14時間程度だが、
ヴィゾフニールなら6時間程度で到着できるという。
「そうだね……。イブリースとの戦いに管理者メニューの起動で、だいぶ体力使っちゃったから。
わたしの予想が的中していたら、ラスベガスではミハエルと決戦することになる。
今のうちに少しでも休んでおこう、じゃあ……みんな6時間後にまたこのブリッジに集合ってことで」
「はぁ〜、ホント疲れちゃったよなぁ! オマエのせーだぞイブリース!
明神、一緒に寝よーぜ!」
べ。と同僚へ悪態をつきつつ、ガザーヴァが明神の腕にしがみつく。
「私とカチューシャは、ここで交替で異変がないか見張っているわね。
この船が自動航行だとしても、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が休んでいる間、見張りは必要でしょう」
「ぼくもここに残る」
「うむ、では妾とアシュリー、御子は見張り番じゃの。兇魔将軍、そなたはどうするのじゃ?」
「……オレも少し休ませて貰う」
十二階梯の継承者三名はブリッジに残り、不寝番をするという。イブリースもブリッジの片隅に剣を抱えて座り込み、
目を閉じて体力回復に努めるつもりらしい。
話が纏まると、ヴィゾフニールは一路アメリカへと向かった。
330
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/06/15(木) 19:43:32
「ね……エンバース。ちょっといい?」
いったん解散し、それぞれの部屋に戻って休息する運びになると、なゆたはエンバースを背後から呼び止めた。
ミニスカートの裾をきゅっと握りながら、少しだけ俯きがちに佇む。
「え、えぇと……その。
エンバース、さっきの話なんだけど。
ちょっと、あなたの部屋に行ってもいい……?」
もじもじしながら、ゆっくり噛み締めるように言葉を紡ぐ。
エンバースの部屋に入ると、扉を背にしてなゆたは意を決して口を開いた。
「ごめんね、疲れてるのに。
ただ、不謹慎だって言われちゃうかもだけど、こんな世界が滅ぶかどうかの瀬戸際に何呑気なことって、
みんなには怒られちゃうかもしれないけれど。
伝えられるのは今しかないから。ちゃんと伝えなくちゃ、すっきりしないと思ったから」
エンバースのひび割れた双眸を見上げる。
「さっきダークマターで言ってくれたこと、本当に嬉しかった。とっても幸せだった。
あなたの言葉でわたし、もっと頑張れる。限界以上の力を出せる……。
本当にありがとう、エンバース。何もかもあなたのお陰だよ。
次の……きっとわたしたちの最後になるであろう戦いでも、わたし、精一杯頑張るから」
ぎゅっとエンバースの両手を取って握り、穏やかな笑みを浮かべる。
「前にも話したけど……。
リューグークランの人たちのこと、エンバースが本当に大切にしてるってことは分かってるつもり。
その絆の強さも、愛の深さも――。
だからわたし、エンバースの一番大切なものはクランのみんなとの繋がりなんだって、それでいいって思ってた。
――さっきまでは」
握った手をゆっくり動かし、互いの手指を絡め合わせる形に持ってゆく。
ふふ、と目を細め、まるで悪戯を思いついた子どものような表情を浮かべる。
「でも。エンバースの気持ちを聞いて、それじゃ物足りなくなっちゃった。
やっぱりわたし、あなたの一番になりたい。あなたの心の中を占める、一番大きなものでありたいよ。
だって――わたし『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だもん! ブレモンプレイヤーなら誰だって一番を目指す、そうでしょ?
勝ち目がないから最初から諦めるなんて、そんなの月子先生の矜持が許さないから!」
元々強情で、意地っ張りで、一度こうと決めたら意地でも引かない性質だ。
それがブレモンの世界だけでなく、恋愛分野でも遺憾なく発揮されている。
「クランのみんなを忘れろとか、今すぐ踏ん切りつけろとか、そんなこと言わない。
それはそれでいい。これからもエンバースはクランの仲間を大切に想い続けてくれれば。
わたしはシンプルに――エンバースが大好きなクランのみんなより、わたしのこと! もっと大好きになってもらうだけ!」
自信満々に、なゆたは宣言した。
「そのためには、ローウェルなんかで手古摺ってなんていられない!
さっさと片付けて、世界を平和にして。新しい冒険に行かなくっちゃ!」
侵食の黒幕である大賢者ローウェルを打倒し、世界を破滅の運命から救ったとしても、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの物語がエンドロールと共に終了する訳ではない。
ずっと、なゆたたちの物語は続いていくのだ。
「エンバースを生き返らせる……のは難しいとしても、外見をもっと生前に近付けるとか。
普通に生活できる見た目になれる方法を見つけに行こう。
そうしたら、一緒に世界大会に出ようよ! ワールドチャンピオンシップには、
ソロやチームの他にデュオ部門もあるんだから。
あなたとわたしで、世界一を目指すの! ……なんて、全日本大会一位の有名プレイヤーと、
たかだか県内ランカーのわたしじゃ役者が違いすぎるけど……」
えへへ、とはにかむように笑う。
取るに足らない夢物語かもしれない。実現不可能な戯言かも。
けれども、時としてそんな他愛ない約束こそが、どんな困難にも負けない意志の原動力となるのだ。
束の間、見詰め合う。時間が止まる。
そして。
「好きよ、エンバース。
他の誰より、あなたが好きなの……」
先刻告げた言葉が泡沫と消えないように。
苦痛のうちに告げた夢だと思われないように。
今もなお、それははっきりと自分の心の中に息衝いているのだということを示すように、
なゆたは再度告白すると、そっとエンバースに寄り添った。
331
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/06/15(木) 19:44:04
「みんな、見て!」
6時間後、ヴィゾフニールがラスベガス上空に差し掛かると、なゆたが窓外を指差した。
すぐに艦内モニターに状況が大きく映し出される。
荒涼とした岩場の広がる不毛の大地を貫くようにルート95ハイウェイが走っており、その果てに黄金と退廃に彩られた大都市、
ラスベガスが鎮座している。
が、そんな人々の欲望に彩られた不夜城のあちこちからは今や不吉な黒煙があがり、
まるで砂糖に群がる蟻のように夥しい数のモンスターたちが集結しているのが見えた。
ラスベガス上空を飛び、被害状況を確認する。ラスベガスの北東7マイルには、
ロズウェル事件をはじめとするUFO陰謀論で有名なエリア51を擁するネリス空軍基地があり、
有事の際にはすぐにエマージェンシーコールで戦闘機が駆けつけてくることになっている。
そして、この正体不明のモンスター群の急襲に対しても、やはりアメリカ空軍が緊急出動したようだが――
「遅かったか……」
エカテリーナが苦々しい表情で長煙管をふかす。
日が暮れ、ネオンの煌めくメインストリートやリゾートホテルのプールなどに、F-22ラプターの残骸が無残な墜落跡を晒している。
中にはホテルの横腹にまともに突き刺さっているものもあり、ビルは倒壊し、コンクリートは捲れ、
街の中はまさしく戦火の真っ只中といった様相を呈していた。至る所に破壊され炎上する戦車の姿も見える。
そして、魔物たちと戦闘して引き裂かれ、あるいは食い殺された兵士や一般人の亡骸も。
「同胞たちよ!」
イブリースが巨大な拳を握りしめる。どうやら今のところ戦闘はニヴルヘイムの優位でいるようだが、
今後もそのままかどうかは分からない。何せ、人類には最終兵器の核があるのだ。
もし米政府が滅菌作戦と称してラスベガスに戦術核を投下でもすれば、さしものニヴルヘイム軍も只では済むまい。
惨憺たる有様ではあるが、これでなゆたの予想は的中した。
ミハエル・シュヴァルツァーは、ここにいる。
「いいえ、まだよ!
ここから被害を抑える! もう、誰も傷つけさせたり死なせたりなんてしない!
ワールド・マーケット・センターへ行こう!」
《はいな。ここまで来れば、センターはもう目の前や。
着陸するで、みんなあんじょうおきばりやす!》
みのりの叱咤の後、ヴィゾフニールが巨大なイベントセンターの前庭へ着陸する。
ラスベガス・ワールド・マーケット・センターは世界最大のイベント会場のひとつで、コンサートやモーターショー、
大規模スポーツイベントなどでいつも賑わっている。
ブレイブ&モンスターズ! ワールドチャンピオンシップもそんなイベントのひとつで、
世界中の強豪が鎬を削る最高の舞台となっていた。ブレモンをインストールしたプレイヤーの誰もが、一度は夢見る檜舞台。
その頂点に君臨する者はたったひとり――まさにキング・オブ・キングス。
「オレは朋輩たちのところへ行き、破壊行為をやめさせてくる。
ミハエル・シュヴァルツァーのことは……貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に任せた」
ヴィゾフニールから降りると、イブリースがそう提案してきた。
自分を欺き裏切ったミハエルに対しては、イブリースもその身を引き裂いてやりたいほどに恨みがあるはずだ。
それを措いても、同胞を救うことを優先している。
「おー! イブリース、オマエの分まであのスカしたツラをぶん殴ってきてやるよ!
これはイブリースの分!ってな!」
「……任せて。イブリース、あなたも気を付けてね」
三魔将同士で声を掛け合うと、イブリースは二対の巨翼を広げて市街地へと姿を消した。
「さ……わたしたちはこっち。行くわよ!」
パーティーの仲間たちに号令をかけ、クラシックとコンテンポラリーの融合した目の覚めるように美しいアトリウムを突っ切り、
いつも世界大会の会場として使用されているコンベンションホールへ直行する。
ばぁんっ! と大きく両手を突っ張って、両開きの分厚い扉を開き、ホールへと転がるように突入すると――
「……フフ……。
待っていたよ、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』諸君」
ブレイブ&モンスターズ! ワールドチャンピオンシップ仕様に彩られた広大な会場の奥中央、
最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のみが座ることを許される玉座に、金髪の少年が余裕の表情で脚を組み、
肘掛に左肘を預け頬杖をついて腰掛けていた。
ババババンッ! と音を立ててミハエルにいくつものピンスポットが当たり、その存在感が嫌でも大きく見える。
「ミハエル……、ミハエル・シュヴァルツァー……!!」
「君たちなら、ローウェルの妨害を突破してここまで来ると思っていたよ。
そうとも、ありとあらゆる艱難と辛苦を乗り越えてこその『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
でなきゃ僕も、君たちを叩きのめし甲斐がないというものだからね……」
くふ、とミハエルは秀麗な顔貌の双眸を軽く細めて笑った。
332
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/06/15(木) 19:44:27
「ローウェルはどこ? あなたと一緒にいるんじゃないの?」
「さあ? 知らないね」
なゆたの問いに、ミハエルはにべもなく答えた。
その態度を見て間髪入れずエカテリーナが煙管を突き付ける。
「とぼけまいぞ、金獅子とやら。師父はいずくにおられる、隠し立てすると為にならぬぞ!」
「本当に知らないのさ、というか興味がない。ローウェルがどこで何をしていようと、僕には何も関係がないんだよ。
別に、僕はあいつの味方という訳でもないし。単に利害が一致したから手を組んでいたに過ぎない。
僕の邪魔さえしなければいいんだ、つまり――」
にぃぃ……とミハエルは美しい顔を歪めて笑った。
狂気の垣間見える、凄惨な笑みであった。
「これから始める、僕のデュエル。
僕が君たちを完膚なきまでに叩きのめし、踏み躙ってやること。
その邪魔をしなければ……ね……!」
「デュエルですって、こんなときに何を……!
すぐにローウェルに侵食をやめさせないと、大変なことになるのよ!?
何もかもがなくなってしまう! そうしたらもうデュエルどころじゃないの!
プレイヤーとしての優劣や勝負は、世界が平和になってから幾らだって決めればいい!
今は、プレイヤー同士でいがみ合っている場合じゃ――」
「何言ってるんだい? 侵食? 何もかもなくなる? ハ、くだらないね……。
デュエリストなら、『そんなこと関係ない』だろ?」
ミハエルはなゆたの言葉を一笑に付す。
強がりや意地で言っているのではない。ミハエルは心底から迷いなくそう思っているようだった。
なゆたは戦慄した。
「ミハエル、あなた……」
「真のデュエリストなら! 例え身の回りで何が起こっていようと!
自身の足許にまで火が迫っていようと! いいや凶弾に斃れ、或いは化け物に生きたまま身体を貪り食われようと!
意識が途切れる最後の瞬間まで自分のデッキの構築! パートナーモンスターの育成!
自らのスキルツリーのビルドを考えているものだろう!!」
「……イカレてんな、コイツ」
明神の傍らのガザーヴァが嫌悪も露わに吐き捨てる。
しかし、ミハエルはお構いなしだ。
「デュエルに勝つ! 自分の前に立ちはだかる、すべてのプレイヤーを撃砕する!
それ以上に重要なことなんて、デュエリストには存在しない!
人命も! 世界の存亡も! それに比べれば些事だ、取るに足らないゴミ以下の案件だ!
ハイバラ、僕はずっと君を叩き潰すことを楽しみにしてきた。
モンデンキント、詭計を用いたノーカウントとはいえ、僕はたった一度だけ君に苦杯を呑まされている。
君たちふたりを圧倒的実力差で葬り去らない限り、僕はすっきりしないのさ……!」
「ふざけないで! 死んでしまったら、何もかもおしまいなのよ!
デュエルだって二度と出来なくなる! 世界だってそう! 世界が侵食で消滅してしまったら、それで終わりなの!」
「僕が一番でない世界を守って、何か意味があるのかい?」
「…………っ!!」
なゆたは歯噛みした。と同時、強烈に理解した。
この男、ミハエル・シュヴァルツァーと自分とでは、価値観が何もかも違いすぎる。
今までの人生で培ってきたものが、基盤とするものが違いすぎる。
共有できるものが、何もない――。
「どうやら、説得は無駄のようね」
「そうじゃの。まぁ妾は最初から無理と踏んでおったが」
十二階梯の継承者たちが身構える。
「おい、チャンピオンか何か知んねーケド、この人数とひとりで戦って勝ち目があると思ってんのか?
戦いは数だよってどっかの偉い人も言ってんぞ!」
「フフ、もちろん僕は君たち全員を相手にしたって負ける気なんてないけど。
それじゃ面白くないんでね……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』らしく、
正々堂々とデュエルで雌雄を決そうじゃないか。
そのためのメンバーも用意してある、特に――」
ゆっくりと玉座から立ち上がり、右手を持ち上げる。
「ハイバラ。君には愉しんで貰えると確信しているよ」
ミハエルはそう言って口の端を笑みに歪めると、パチンとフィンガースナップを鳴らした。
333
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/06/15(木) 19:45:49
ミハエルが指を鳴らした途端に照明が落ち、ブシューッ!! と会場のあちこちでスモークが焚かれたかと思うと、
色とりどりのレーザービームが乱舞する。耳を劈くようなハードコアテクノの楽曲が本当の世界大会のように響き渡る中、
やがて四つの人影が会場内に現れた。
「はぁー、やぁーっと出番ですかぁ? 勿体ぶっちゃってまぁ」
いつの間にそこにいたのか、主催者側解説ブースで甲高い女の声が聞こえる。
ラスベガスらしくカジノディーラー風の黒いタキシードに身を包んだ、金髪の少女がそこにはいた。
耳につけた色々な多面体ダイスのイヤーカフスが、身じろぎするたび揺れて微かな音を立てる。
「クソが、マヌケな演出に付き合わせやがって。うんざりだぜ」
広大なホールの二階席でポケットに両手を突っ込み、手摺に片足を掛けた不遜な姿で男がぼやく。
黒いパーカーの上から前を留めずにダウンベストを着込み、オリーブ色のカーゴパンツにごついワークブーツを履いている。
頭からすっぽり被ったフードによって顔は見えず、顎先にほんの少し整った髭を蓄えていることしか分からない。
「ま……アメリカ人的には好きな演出なんだろうけど。いや、彼はドイツ人か」
アリーナ席に佇んでいる、ベージュのロングコートを着た長身の男が小さく笑う。
穏やかそうな表情と落ち着いた気配だが、その色見はアグレッシブにも程がある。
深緑の髪色をしたフェードカットの頭髪とどぎつい深紅のアイシャドウ、明るいグリーンのリップティントがやけに目立った。
「…………」
最後に、ミハエルの座していた玉座の後ろからすい、と音もなくひとりの女が姿を現す。
癖のない腰までの黒髪に、白のブラウス。臙脂色のネクタイを締め、ショートパンツと黒タイツを履いた、
涼やかな目許の、大人びた雰囲気を漂わせるスレンダーな美少女だ。
彼らの顔をネット配信やブレモン関連の記事で目にした者も、中には居るかもしれない。
日本のブレモンシーンで話題を独占した、最強のチーム。
世界大会を目前にして、突如として姿を消した事件の当事者たち。
一巡目でハイバラと共に苦難を共にし、彼の目の前で死んでいった――
「ははは……、ははははははははははははははははは!!!
どうだい? ハイバラ! 驚いてくれたかな?
そうだ! 彼らはリューグークラン! かつての君のチームメンバーたちさ!
断っておくけれど、偽者なんかじゃない。外見だけを似せた別人なんてのとも違う。
紛れもない本人だとも、保証しよう」
大きく両手を広げ、ミハエルが喜悦の表情も露わに嗤う。
「なになに? 『彼らが此処にいるはずがない』? 『彼らは死んだはず』って?
その通りだ! 彼らは死んだ、あの未実装エリア――光り輝く国ムスペルヘイムで!
ハイバラ、君を新たな魔王とする『スルト計画』の一環でね……。
君を含めたリューグークランは全滅し、死に絶えた。でもね……僕が蘇らせたのさ。僕がローウェルに依頼したんだ」
「蘇らせた……? そんなことが出来る訳……」
なゆたは愕然とした。
ゲームのブレモンと違い、この現実の世界では死んだ者は決して蘇らない。それが絶対の常識のはず。
でなければ、今までの旅で命を落とした者たちの死が無意味なものになってしまう。
「死者を蘇生できないなんて、一般人の言うことさ。
ローウェルはこの世界の神なんだ、絶対の支配者! 管理者であり、運営者なんだよ!
ミズガルズ、アルフヘイム、ニヴルヘイムは侵食によってデータ消去が進んでいるけれど、
ムスペルヘイムはまだ侵食の対象ではなかった。だから、まだデータが残っていたのさ……死んだ時点の彼らのデータがね。
ローウェルはそのデータを復元し、新たな命を与えた。
但し――ハイバラ。君の仲間としてでなく、このミハエル・シュヴァルツァーの部下としてね!
言わば、僕をリーダーとした新生リューグークランだ!」
管理者権限を行使すれば、死者さえも蘇生可能。
その事実に愕然とする。シャーロットの記録にその項目はなかった、恐らくバロールも知るまい。
きっと、それはプロデューサーであるローウェルのみが持つ権能なのだろう。
「彼らの強さは骨身に染みて知っているだろう? ハイバラ。
最強のチームを擁する僕を相手に、果たしてその寄せ集めチームでどれほど食い下がれるか――」
「ね、ね、ハイバラさんチームが何ターンでサレンダーするか賭けません?
私は8ターンってところかなー。黒刃さんとあいうえ夫さんは?」
「くだらねぇ。5ターン」
「他はともかくハイバラ君は……いや、金獅子が押さえるか。なら私はキリよく10ターンで」
ミハエルの許へ集まったリューグークランのメンバー、金髪少女――流川たなが仲間たちと賭け事を始めてしまう。
自分たちが敗北する可能性などまったく考えていない。フード男の黒刃と奇抜な色味の男、あいうえ夫も同様らしい。
「マイディアさんは?」
「…………」
たなの問いに、黒髪の少女マイディアは応えなかった。
ク、ともう一度ミハエルが笑う。
「さあ。愉しいデュエルを始めようか。
どちらかが壊れて、動かなくなるまでね……!!」
【ミズガルズこと地球へ帰還。静岡県からラスベガスまでヴィゾフニールで移動。
イブリース一時離脱、ワールド・マーケット・センターのブレモン会場でミハエルと対峙。
ミハエル、リューグークランを招聘。
エンバース・なゆた・カザハ・明神・ジョンチームvsミハエル・マイディア・流川たな・黒刃・あいうえ夫チーム勃発。】
334
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/22(木) 23:55:49
無数の画像が表示されている極彩色の空間の中を突き進む。
画像の内容はアルフヘイムやニヴルヘイムのものもあれば地球のものもあり、1巡目も2巡目も入り混じっているようだ。
時々自分に関係あるものもあって、風の巫女として始原の風車を防衛していた時代、
アゲハさんのパートナーモンスターとしてなゆの幼馴染のパーティで冒険していた頃。
何故か地球に転生して平凡な(?)鳥取県民として生活していた頃。
そしてアルフヘイムに召喚されてからのつい最近の風景までもが、順不同で現れる。
小学校時代に東京に転校していった友達、元気かな……。
当時は結構仲が良くても遠くに引っ越す=今生の別れのノリで縁が切れるのが割と普通だったんだよね……。
あの子の名前なんだったっけ、喉元まで出かかってるんだけど、なんかいかにも役所の書類の記載例とかにありそうな名前だったんだけど――
いや、そんなことより!
(ほとんど黒歴史しかない……!)
いつも姉妹や弟を不幸にしてばかりの人生だった。
宿命を逃れようとしたツケをテュフォンとブリーズが払い、ありもしない楽園を望んだ罰がカケルに降り掛かり、
極めつけはただ存在するだけでガザーヴァを不幸にしていた。
そして自分の方が恵まれた状況にありながら、何故か彼らを羨んでばかりだった。
完璧なレクステンペストでありながら、二人で魂を分け合っている双子を羨み、
健康な体を持ちながら、しょっちゅう死にかけている故に生きているだけで褒めて貰える弟を時々密かに羨ましいと思い、
コピー体に対するオリジナルという絶対の地位にいながら、
オリジナルへの憧憬ゆえの裏切りをあっさり許された妹に対して寛容になれなかった。
そんな自分が嫌でたまらなくて、いつも心のどこかで死を望んでいた気がする。
「あははははは!」
カケルが爆笑しはじめて、しんみりした気分がぶち壊れる。
「何だ急に!?」
「鳥取砂丘で変な動画撮ってた時のシーンが一瞬見えたから!
あなたがいっつも変なことばっかりしてるからおちおち絶望してる暇なんて無かった。
あれ、私を絶望させないためにやってたんですよね」
「わわわ我がそんな策士なわけないだろう!」
別の方向性で黒歴史だよ! というかよくそんなどうでもいいシーンを見つけたな!?
今は昔、コメントが横に流れる某動画サイトが一世を風靡していた時代――
サンドワームが暴れてる画像に「鳥取県」って書いてあるコラ画像ネタを延々と引っ張って
ひたすらボケっぱなしのコントを繰り広げてるだけという山もオチも意味も無い内容である。
「いいんですどっちでも。ミズガルズは、私にとっては、楽しかった場所! あなたのおかげ!
だから……あなたにとっても、そうだといいな」
カケルが我の手を取って、リードするように少し前に出る。
「そうだね……楽しかったね……!」
335
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/22(木) 23:56:48
もちろん、もう今はいなくなりたいなんて思わない。
双子は魂を捧げて魔剣になってまでも味方でいてくれて、カケルはずっと付いてきてくれて。
最初は敵意を剥き出しにするばかりだったガザーヴァまでも、涙を流して引き留めてくれた。
弱くても、綺麗じゃなくても、立派じゃなくても、生きてていい。
ディストピアじゃあるまいし、そんな当たり前の大前提が自分にも適用されることに気付くのに随分時間がかかってしまった。
実際には、強くて優しい典型的な物語の主人公みたいな人なんてほんの一部の選ばれし人達で。
今守ろうとしている世界の住人の大多数は、いつも綺麗でいられるわけじゃないし強くも立派でもないのだ。
ふと、荒廃しきった地球で、シャーロットが真一くんに未来を託してデウスエクスマキナを発動した時らしきシーンが見えた。
1巡目の我とカケルは、真一君の率いるパーティーで旅をしていた。
現在の2巡目も、1巡目の影響を受けているとすれば、
1巡目では自分のチームのメンバー達と旅をしていたエンバースさんと
1巡目には存在しなかったなゆ以外のメンバーは、一緒にいたのだろうか。
いたような気もするし、いなかったような気もするが。
どちらにしても、最後のシーンにシャーロットと真一くん以外に見当たらないということは、他の仲間達はみんな途中でいなくなって――もしかしたら自分達と同じように、途中で死んでしまったのだろうか。
「今度は大丈夫、みんな生きてる……!」
ついに『門』を抜け、辺りが白い輝きに包まれる。
>「う……うわぁぁぁぁぁぁッ!!」
「えっ!?」
どうやらいきなり上空に投げ出されたらしく、阿鼻叫喚の事態になった! そんなご無体な!
>「……ぁ……。
あぁぁ……あああああああ……!!」
「ぎゃぁあああああああああああ!! 落ちてる! 落ちてるから!!」
とっさに体に浮力のようなものを働かせ、落下速度を制御する。
こちらの世界はアルフヘイムとは色々世界法則が違うが、魔法的なものは何故か支障なく使えるようだ。
地球人がアルフヘイムに行くのは想定していても、逆は想定外なので、その辺の設定は割とガバガバなのかもしれない。
ミズガルズでは巨大扇風機がなくても風が起こるんだよって言ったらアルフヘイムの人はびっくりするだろうな。
さて、このパーティはこういう時に誰が誰を救出するかという担当が暗黙のうちに決まっているわけで、
とっさの判断が求められる時にそれが決まって無かったら混乱をきたすため、実に合理的なシステムと言える。
「えいっ!」
重力のままに落ちてきたジョン君を、後ろからしがみついて確保する。
誤解を招きかねない絵面になってしまったが、決してどさくさに紛れて抱き付いたわけではなく、飽くまでも必要性に迫れらたためだ。
フライトかければいいじゃんと思われそうだが、あれはちょっと上級魔法だから焦るとうまく発動できないのである。
馬形態に戻ったカケルが、我々を背中に受け止める。部長さんもいつの間にか回収されている。
336
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/22(木) 23:57:56
「いやぁ〜、びっくりした! でも凄く上空で逆に良かったよ。
中途半端な高度だったら訳わかんないままぺしゃんこになってたかも!
あ! 会話通じてる!? 良かった、自動翻訳機能切れてない……!
ん……? そういえば最初から日本語か!」
そういえばジョン君、こう見えて国籍的には正真正銘の日本人やった……!
ニャーと鳴くからって猫とは限らないのと一緒で、金髪碧眼だからって英語喋るとは限らないのだ。
まさか部長先輩がそんな深い意図を搭載されたキャラだったとは……!
【カケル】
えーっと……私の背中の上でどうしてカザハはジョン君にずっとしがみついたままなんでしょう。
人(馬)の上でラブコメを繰り広げないで下さい!
(だってジョン君、カケルに乗るの慣れてないから落ちちゃったらいけないから!)
しまった! 心の声が漏れてしまった!
とりあえず無駄にラブコメを繰り広げているわけではなく、真面目な意味のある所作だったらしい(棒)
とにかく、平然と自動翻訳機能がどうとか要らん会話をして一見平常運転に見えていたカザハだったが。
(ど、どうしよう! この体勢、もう心臓が持たない……! 大きい背中が怪しからん過ぎる……!)
がっつり意識していらっしゃった――! いや、知らんよ!
(だって……どつき漫才のボケでしなかい言動に乙女ゲー時空でリアクションするなんて……
そんな怪しからん反則技繰り出されたら……バグっちゃうじゃん……!)
――もう駄目だこの人!
幸いカザハの心臓が爆発する前に、みのりさんが送ってくれたらしきヴィゾフニールに搭乗し、一息つく。
>《みんな、はばかりさん。無事に地球へ行きつけたみたいやなぁ。
そやけどここからが正念場やねん。気ぃ引き締めてな》
>「ありがとう、みのりさん。
で……ここどこ? 取り敢えず、見たところニヴルヘイムの被害はなさそうだけど……」
見たところ、平和な街並みが広がっている。
ミハエルの行先は、すぐには分からないそうだ。
すると、ガザーヴァがとんでもない事を言い出した。
>「結局ボクらは待ちかぁ。待ってるしかねーんだったら、ナゴヤいこーぜ!
明神のパパとママと、それから弟に挨拶にさ! んでトンカツ食べる!
ここでボンヤリしてたってミハエルとかがすぐ見つかるワケじゃねーんだし。なっ!」
(一体何を言ってるんだこの子は!?)
カザハが心の中で全力でツッコミを入れている。
そもそも、この場合の「挨拶」の意味分かってるのかというところからして謎だが、どちらにしろ今はそんな場合ではない。
337
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/22(木) 23:58:37
>「そ、そんなの駄目だよ、ガザーヴァ――」
当然、なゆたちゃんが窘める。が、それで引き下がるガザーヴァではない。
>「なんでだよ、石油王が時間かかるって言ってんだから、ボクらはその間自由時間でもいーじゃんか。
偶然発見できることを期待して、あてずっぽうでその辺ウロついてムダに疲れるほーがバカだろ。
モンキン、オマエだって家族の顔、久しぶりに見たくないのか?ボクと明神の用事が終わって
それでもまだ時間があるようなら、そっち行ってもいいぞ? 焼死体もジョンぴーもさぁー」
>「ぅ……」
なゆたちゃんが圧されている……!
なゆたちゃんだって、家族の顔は見たいだろう。そこを突かれたら、揺らぐに決まっている。
が、私達は特に行くところがないだけに冷静で、カザハはガザーヴァの高度な策(?)に気付いてしまった。
(なんで当然のように自分の用事が一番優先でそれ終わったら他に許可出す立場になってんの!?)
――た、確かに! あまりにもナチュラル過ぎて、多分なゆたちゃん達は気付いていない!
それに、エンバースさんは家族に会ったら家族が卒倒してしまいますよね……。
「そんな我儘ばっかり言ったら駄目! 行くにしても順番が違うでしょ?
もし行くならリーダーのなゆからだよ?」
ついに、カザハが反論する! 壮絶な姉妹喧嘩が幕を開けるのか?
(騙されるなみんな! これ絶対名古屋だけ行って時間切れになるやつやん!
いくら超絶美少女姫将軍だからって我儘放題が許されると思ったら……あ、許されるわ! むしろ萌え属性でしかない!
最近ちょっと可愛いかもと思ってたけどやっぱクッソ腹立つわ!)
>「いや、そんな時間はないよ。わたしたちは一刻も早く、ミハエル・シュヴァルツァーと大賢者ローウェル、
そしてふたりに唆されたニヴルヘイムのみんなを止めなくちゃいけないんだ。
家族に会うのは、それが終わってから。――今すぐミハエルのところへ行こう」
幸い、なゆたちゃんは強い意思をもって誘惑を跳ねのけ、姉妹喧嘩が勃発することはなかった。
なゆたちゃんは、ミハエルの居場所に見当がついているという。
>「アメリカ、ネバダ州ラスベガス――ラスベガス・ワールド・マーケット・センター。
『ブレイブ&モンスターズ』の頂点を決める、ワールド・チャンピオンシップの舞台。
ミハエル・シュヴァルツァーは、きっとそこにいる」
>「妾たちはミズガルズの地理には詳しゅうない。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の言葉を信ずる他ないゆえ、
決定権はそなたらに委ねる。……で、月の子以外の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の意見はどうじゃ?」
338
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/22(木) 23:59:17
>「カザハ、明神さん、エンバース、ジョン――それにみのりさん。
どう? 異論がないなら、それで行こう。ヴィゾフニールの全速力なら、たぶんそんなに時間はかからないはずだから」
>《うちはかめへんよ〜。一応、こっちでも捜索は続行するさかい、何かあったら教えるわ〜。
ラスベガス到着時間はおおよそ6時間ほど後の予定やよって、みんな気持ちが昂っとるとは思うけど、
少しでも寝たり体力回復しとくとええねぇ》
「もちろん異論ないよ。他に手掛かりもないんだし……それに、なゆの勘は当たる」
>「そうだね……。イブリースとの戦いに管理者メニューの起動で、だいぶ体力使っちゃったから。
わたしの予想が的中していたら、ラスベガスではミハエルと決戦することになる。
今のうちに少しでも休んでおこう、じゃあ……みんな6時間後にまたこのブリッジに集合ってことで」
>「はぁ〜、ホント疲れちゃったよなぁ! オマエのせーだぞイブリース!
明神、一緒に寝よーぜ!」
この二人は当然のように家族に挨拶発言をぶっこんでくるあたり、フライングで早々と完結し過ぎである。
なゆたちゃん達ですらギリギリのところで踏みとどまって攻防戦を繰り広げているというのに。
ちなみに念のため言っておくとカザハはペット枠なのでそういう話の圏外である(棒)
「な、なんという誤解を招きかねない発言……!
そんなこと言っててブレイブ&モンスターズ(R18版)に移籍させられても知らないんだからな!?」
(――いや、しかしあの純粋で無邪気な瞳……! というかそもそも精霊!
そうだ、言外の意味なんて何もあるわけ無いじゃないか!)
「ハッ、まさか、誤解を招きかねない発言に聞こえるのは我の心が汚れてしまっているから……!?
なんてことだ……!」
「なんか自分の心が綺麗じゃないことにショック受けちゃった……!」
自分の心が綺麗じゃないのはようやく受け入れたカザハだったが、そっち系の意味で綺麗じゃないのは許せないらしい!
6時間後までそれぞれの部屋で休息する運びになり、普通にすごすごと自室に入っていくカザハ。
いわゆる突撃イベントなんて、当然起こすはずもない。
カザハによると、突撃イベントは美少女限定なのである。
カザハはスマホを机の上に置いてベッドに腰かけると、しんみりしてしまった。
「たくさん感謝してるのに、本当は仲良くなりたいのに、また勝手に怒っちゃった……。
自分と似た顔で我儘放題言われると腹立っちゃうよ……。
純粋だった時間が長すぎて、人間に似た心をどう扱っていいか分からないよ……」
339
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/23(金) 00:00:00
そうか、カザハは我儘なんて許されなかったから……。
いやそれよく考えなくても私のせいじゃん! 運営め、唐突に社会派なテーマぶっこんできやがった!
私は生きてるだけで褒められて、私の事で手一杯でカザハは相手にしてもらえなくて
そのくせいつ死ぬか分からん私の分まで期待をかけられて普通に怒られたりして。
カザハは、何故優秀な弟が死にかけていて駄目な自分が元気なのだろうか、と思ったのかもしれない。
私を助けるためにカザハは自分の強い希望で献身してくれたけど、それもだんだん当たり前みたいな空気になってきて。
その上換装失敗していてそもそもの性質として豆腐メンタルで、
でも見た感じいつも笑って好きな事楽しい事を追いかけてるから誰にもそうとは気付かれないまま
心身共にズタボロになっていたのだ……。私は泣きながらカザハに抱き付いた。
「うえぇえええええええええん! あなたはもう幸せになっていい……!」
「えっ、何!? 泣いちゃった!? 急にどうしたんだッ!?」
こういうと愛玩子と搾取子(社会派用語)とか毒親(最近流行りの社会派用語)という疑惑がかけられそうなので
私達の1巡目マスター=地球時代の親の名誉のために言っておくと決して誰かが悪かったわけではなく
状況的に致し方が無かったというか結果的にそうなってしまったというか
誰も悪くないのになんかうまくいかないことって世の中珍しくないわけで
要するに運営が私の換装に失敗したのが諸悪の元凶なわけで
というかカザハの1巡目マスター=母親はそこにいるわけで大変気まずいのだけど……っていない!?
ついでに机の上のスマホも忽然と消えている……!
この状況から、私は瞬時に今起こっている非常事態を導き出した!
「大変です、夏休みな恰好した少女(※外見)が突撃イベントを起こしている……!」
「なんだって!? もう色んな意味でホラーじゃん!」
【アゲハ】
いつもカザハのスマホから勝手に出入りしているポ〇モンのむしとりしょうねんの性別逆転パロディのような少女、
つまり私は、カザハの生涯のご主人様(※ブレモン的な意味で)の部屋に突撃した!
別に深い意味はなく単なる挨拶(※意味深な方ではなく文字通りの意味で)である!
まずはしょうもない動画を見せて親睦を深めるのだ!
「見て見てこれ」
カザハとカケルとその他友人数人が鳥取砂丘でくだらないコントを繰り広げている動画を見せる。
カザハは2Pバージョンと殆ど変わらない感じ、カケルは馬耳とかなくして性別変更したバージョンという感じだ。
まあイメージ的には二人とも割とそのまんまである。
ちなみに投稿日時を見てしまうと、ジョン君がまだいたいけな少年だった頃から
カザハは今と殆ど変わらない姿をしていたことが分かってしまう!
だからどうってことはないのだが。(※カザハはペット枠である)
340
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/23(金) 00:03:26
「まさかカザハを生涯連れて行ってくれるご主人様が現れるなんてね……。
あ、ご主人様ってもちろんブレモン的な意味で!
え、私? カザハの1巡目のマスターで地球にいた頃の母親ってことになっていたというか……。
いや、多分人間がその辺から湧いてくるわけにいかないからそういう設定にしないと仕方なかったというか。知らんけど!
多分親とは思われてないから! カザハは数百年の時を生きる精霊だから年齢逆転してるし!
1巡目で、この子にはきっと綺麗な羽があるって直感で思って捕まえたんだ。結局私には羽化させてやることが出来なかったけど……」
「カケルは、多分ずっとカザハの傍にいるけど……
あれは弟だから別に気にしないで欲しいというかランキング外の存在というか……。
二人はいろいろあって魂を共有しててさ……」
あれ!? そもそもカザハは部長先輩の後輩という枠なのにランキングとか私は何を言ってるんだ!?
ペットがペット飼ってても気にしないでってことか! そういうことにしておこう!
私は、二人がテンペストソウルを共有することになった経緯を掻い摘んで語る。
「奇行ばっかりしてるけどああ見えてマスターの言う事はよく聞いてくれるよ。
でももしも我儘を言ったらその時は……怒らないでやってくれると嬉しいな」
私は体を半透明にしてみせる。すると、体の中心あたりに緑色に輝く欠片があるのが見えるだろう。
それはテンペストソウルの、ほんの1%にも満たない、一欠片。
「これねー、私がこうなってるの、多分これのせいなんだよねー。
多分生まれる時に忘れてったのかな? 返さなきゃいけないけど返し方分かんないし……
多分成仏すれば返せるけど……どうやったら成仏するのやら分かんないし……」
私が体を元に戻したところで、カザハとカケルが突入してきた。
「嫌ああああああああああ! 勝手に絡まないでって言ったじゃん!」
「はいはい、帰りましょうねー!」
カザハにスマホを奪還され、私はカケルに羽交い絞めにされて部屋の外に引っ張り出された!
「あれ? カザハ置いてきちゃったけど……」
「まあいいんじゃないですかね」
341
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/23(金) 00:06:12
【カザハ】
ジョン君の部屋に突入した我は、何故かその場に取り残されていた。
しまった、出て行くタイミングを失ってしまった……!
「あ……その……うちの関係者が……お騒がせしました……!」
ふとスマホを見ると、例のしょうもない動画が表示されている……!
「あはは、我ながらくだらないなあ!
我は本当にこの世界にいたんだね……。消えてなかったんだ……良かった……!」
アゲハさん、まさかこれ見せちゃったの!?――まあいいか!
「このロケ地、鳥取砂丘なんだけど……良ければ今度来る? ラクダ乗る?
でも、キミが行きたいところならどこでもいいよ。
キミと一緒なら、地球でも、アルフヘイムでも、きっとどこでも楽しいよ。
キミが旅行に誘ってくれたの、本当に嬉しいんだよ。
もちろん普通の意味でも嬉しいし、キミが楽しい事にも目を向けるようになってくれたのが、すごく嬉しい……!」
「だからさ……頑張ろうね! 世界が荒廃して行く場所が無くなっちゃったら困るもの!
ぼくはキミから戦う勇気たくさん貰ってるよ。
その代わり――もしもこの先キミが闘争の衝動に飲まれそうになった時は、ぼくが必ず止めるよ」
……あれ!? なんか突然意識が遠のいてきた……!
積み重なった疲労で、睡眠ゲージがMAXに達しているのか……!?
こういう時に緩やかに動けなくなっていく人間とかに比べて、種族特性的に、
HPが1でも走り回ってて0になった途端に倒れるゲーム的仕様に割と近いのかもしれない。
駄目駄目駄目! こんなところで寝たらジョン君が困ってしまう!
「じゃあ、また後でね。おやすみ……」
と、ドアノブに手をかけたところで、意識が途切れてしまった。
後で聞いた話によると、その場でへたりこんで即寝息を立て始めたらしい。
――6時間後。我はよく寝て元気になっていた。変な寝言言ってないといいけど……。
念のため言っておくと、仮に途中で画面が暗転したとしても断じて事案は発生していないので逮捕しないでほしい。
(※もちろん逮捕されるのは自分の側)
「いえ、誰一人として誤解しませんよ!」
カケルに突っ込まれた。
そんな割とどうでもいいことは置いといて、眠っていた時に不思議な夢を見た。
二人で手を繋いだテュフォンとブリーズが、こっちを見つめていた気がする。
といってももちろん、恨みとか負の感情は感じられず、何かを伝えようとしているようだった。
もしかしたら見つめている以外にも何かあったのかもしれないけど、あったとしても忘れてしまった。
342
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/23(金) 00:07:30
>「みんな、見て!」
なゆの声に、窓の外を見ると、なゆの勘が見事に当たったのがすぐ分かった。
が、それはつまりぱっと見で分かる程街が破壊されてしまっているということなので、当然喜べない。
>「遅かったか……」
>「いいえ、まだよ!
ここから被害を抑える! もう、誰も傷つけさせたり死なせたりなんてしない!
ワールド・マーケット・センターへ行こう!」
>《はいな。ここまで来れば、センターはもう目の前や。
着陸するで、みんなあんじょうおきばりやす!》
>「オレは朋輩たちのところへ行き、破壊行為をやめさせてくる。
ミハエル・シュヴァルツァーのことは……貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に任せた」
イブリースは、ミハエルへの敵討ちよりも、同胞を救うことを選んだようだ。
(やっぱり、仲間のことすごく大切に思ってるんだね……)
>「さ……わたしたちはこっち。行くわよ!」
なんか凄い壮麗な場所を突っ切ってるような気がするけど、当然ゆっくり見ている暇はない。
いかにも大ボスの部屋にあるような扉を開き、ホールへ突入すると――
>「……フフ……。
待っていたよ、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』諸君」
いかにもな感じで玉座に腰かけたミハエルに、謎のスポットライトが当たる。
(えぇっ、何この演出……!)
世界大会でも無いのに演出ついてるってどういうこと!?
もしかしてミハエルがわざわざ自分で手配したんかい!?
>「ミハエル……、ミハエル・シュヴァルツァー……!!」
>「君たちなら、ローウェルの妨害を突破してここまで来ると思っていたよ。
そうとも、ありとあらゆる艱難と辛苦を乗り越えてこその『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
でなきゃ僕も、君たちを叩きのめし甲斐がないというものだからね……」
>「ローウェルはどこ? あなたと一緒にいるんじゃないの?」
>「さあ? 知らないね」
>「とぼけまいぞ、金獅子とやら。師父はいずくにおられる、隠し立てすると為にならぬぞ!」
>「本当に知らないのさ、というか興味がない。ローウェルがどこで何をしていようと、僕には何も関係がないんだよ。
別に、僕はあいつの味方という訳でもないし。単に利害が一致したから手を組んでいたに過ぎない。
僕の邪魔さえしなければいいんだ、つまり――」
343
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/23(金) 00:09:03
エカテリーナが問い詰めるも、本当に知らないらしい。
もしかしたら最後の戦いかもと思って来たが、ラストバトルはもう少しお預けのようだ。
とはいえ、ミハエル単体でも超強敵。ここでやられてしまってはローウェルまでたどり着けない。
利害が一致したからというが、それではミハエルの目的とは何なのだろうか。
それは、すぐに明らかになった。ミハエルは凄惨な笑みを浮かべ告げた。
>「これから始める、僕のデュエル。
僕が君たちを完膚なきまでに叩きのめし、踏み躙ってやること。
その邪魔をしなければ……ね……!」
「はあ!?」
えーと、こんな大量殺戮してまで成し遂げたい目的がデュエル!?
ちょっと何言ってるのか分からない……!
>「デュエルですって、こんなときに何を……!
すぐにローウェルに侵食をやめさせないと、大変なことになるのよ!?
何もかもがなくなってしまう! そうしたらもうデュエルどころじゃないの!
プレイヤーとしての優劣や勝負は、世界が平和になってから幾らだって決めればいい!
今は、プレイヤー同士でいがみ合っている場合じゃ――」
>「何言ってるんだい? 侵食? 何もかもなくなる? ハ、くだらないね……。
デュエリストなら、『そんなこと関係ない』だろ?」
とち狂った持論を展開するミハエル。
なゆやエンバースさんや明神さんのようなデュエリストならまだ、全うにそれは違うとか言う事も出来たのかもしれないが、
デュエリストですら無い我はもはや付いていけなくなって蚊帳の外でポカーンとしているしかなかった。
> ハイバラ、僕はずっと君を叩き潰すことを楽しみにしてきた。
モンデンキント、詭計を用いたノーカウントとはいえ、僕はたった一度だけ君に苦杯を呑まされている。
君たちふたりを圧倒的実力差で葬り去らない限り、僕はすっきりしないのさ……!」
そして、デュエルで叩き潰したい主な相手は、エンバースさんと、なゆらしい。
というより、他は全く眼中に無いのかもしれない。
>「ふざけないで! 死んでしまったら、何もかもおしまいなのよ!
デュエルだって二度と出来なくなる! 世界だってそう! 世界が侵食で消滅してしまったら、それで終わりなの!」
>「僕が一番でない世界を守って、何か意味があるのかい?」
(いやお前が一番かどうかなんて知らんし――!)
これには、月子先生ですらも説得を断念してしまった。
>「どうやら、説得は無駄のようね」
>「そうじゃの。まぁ妾は最初から無理と踏んでおったが」
>「おい、チャンピオンか何か知んねーケド、この人数とひとりで戦って勝ち目があると思ってんのか?
戦いは数だよってどっかの偉い人も言ってんぞ!」
344
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/23(金) 00:10:36
>「フフ、もちろん僕は君たち全員を相手にしたって負ける気なんてないけど。
それじゃ面白くないんでね……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』らしく、
正々堂々とデュエルで雌雄を決そうじゃないか。
そのためのメンバーも用意してある、特に――」
お前が面白いかなんて知らんがな!
というかどっちかというと、絶対強者の自信があるんなら、
一人で全員を相手にした方が面白いんじゃないの!? 狂人の考えることなんて知らんけど!
こちらの反応なんてお構い無しに、大層な演出と共に、4人の人影が現れる。
>「ハイバラ。君には愉しんで貰えると確信しているよ」
>「はぁー、やぁーっと出番ですかぁ? 勿体ぶっちゃってまぁ」
>「クソが、マヌケな演出に付き合わせやがって。うんざりだぜ」
>「ま……アメリカ人的には好きな演出なんだろうけど。いや、彼はドイツ人か」
>「…………」
>「ははは……、ははははははははははははははははは!!!
どうだい? ハイバラ! 驚いてくれたかな?
そうだ! 彼らはリューグークラン! かつての君のチームメンバーたちさ!
断っておくけれど、偽者なんかじゃない。外見だけを似せた別人なんてのとも違う。
紛れもない本人だとも、保証しよう」
(エンバースさん……)
>「なになに? 『彼らが此処にいるはずがない』? 『彼らは死んだはず』って?
その通りだ! 彼らは死んだ、あの未実装エリア――光り輝く国ムスペルヘイムで!
ハイバラ、君を新たな魔王とする『スルト計画』の一環でね……。
君を含めたリューグークランは全滅し、死に絶えた。でもね……僕が蘇らせたのさ。僕がローウェルに依頼したんだ」
>「蘇らせた……? そんなことが出来る訳……」
>「死者を蘇生できないなんて、一般人の言うことさ。
ローウェルはこの世界の神なんだ、絶対の支配者! 管理者であり、運営者なんだよ!
ミズガルズ、アルフヘイム、ニヴルヘイムは侵食によってデータ消去が進んでいるけれど、
ムスペルヘイムはまだ侵食の対象ではなかった。だから、まだデータが残っていたのさ……死んだ時点の彼らのデータがね。
ローウェルはそのデータを復元し、新たな命を与えた。
但し――ハイバラ。君の仲間としてでなく、このミハエル・シュヴァルツァーの部下としてね!
言わば、僕をリーダーとした新生リューグークランだ!」
345
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/23(金) 00:12:46
確かに、ブレイブ&モンスターズの全てを掌握しているローウェルに、出来ないことなど無いのかもしれない。
しかし、エンバースさんの仲間ではなく、ミハエルの部下になっているとは、どういうことなのか。
彼らには、エンバースさんと一緒に旅をした記憶は無いのだろうか。
姿も性格も同じように再現されていても、その人の根幹を成す記憶がごっそり抜けてしまっていたら、それは本当に同一人物と言えるのだろうか。
設計図が同じだけの別人ではないのだろうか。
しかし、エンバースさんと旅した記憶自体は残っていて、その記憶の中のエンバースさんがミハエルにすり替えられているとか、
単に忘れている状態とか、洗脳に近い手法でミハエルの手下にされているという可能性もある。
それならまだ、正気を取り戻す可能性はあるが……。
果たして、彼らは本当の意味で本物なのか。
本物だとして、正気を取り戻させることは可能なのか。
そうだとしても、殺す気でかかってくる相手を殺さないように立ち回るのはとても難易度が跳ね上がる。
彼らはきっと、全員殺す気でかかって来るが、極限の状況に追い詰められた時、どうする……?
それらを判断できるのは、きっとエンバースさんだけなのだ。
――でも。こんな状況で、正常な判断が出来るのかな……。
そりゃあエンバースさんは超強いブレモンプレイヤー兼モンスターで、大抵のことは乗り越えられるに違いないけど……!
(でも、こんなのあんまりだよ……! 大抵のことの外にはみだしちゃってるよ……!)
そういえば、なゆが自分達は最高のパーティーだと思うって言った時、エンバースさんは最高とは返さなかった。
それだけ、まだ彼の中で、リューグークランが大きい存在なのだろう。
エンバースさんの方をみやるも、その表情は伺い知れない。
(なんとかエンバースさんを支えなきゃ……でもさ……何が出来るっていうの?)
こんな時に何て声をかけていいかなんて……何を歌っていいかなんて分からないよ……!
そもそも、もしかして我、場違いなのでは……?
デュエリストですらないのにこんなデュエリストの頂上決戦に放り込まれて一体どうしろというのか。
「エンバースさん……」
エンバースさんと出会ってから今までが思い出される。
最初はなゆにすごく嫌われちゃってたけど、それでも付いてきてくれて、道中でたくさん助けて貰った。
『アイツらの期待に応えてやるんだ』
『俺には出来なかった。だけど……お前はやるんだ。手は貸してやる。下準備なら、既に済ませてある』
『そうとも、俺達は今……得体の知れない謎に誘われていると知って、それでもその先に進むんだ。
目指すゴールは何も変わらないとしても、このルートの方がずっと……ブレイブっぽくないか?』
『……心配するな。お前がそのフラグを回収するのは、俺達前衛がくたばった後だ。つまり……少なくとも一人じゃないぜ』
弱気になっちゃ駄目だ……たとえ場違いだろうと、敵のハイパーデュエリスト集団に笑われようと、歌うんだ!
カケルが、ギターを手に取ってメロディをひきはじめた。
346
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/06/23(金) 00:15:31
「あれ……? それって……我が今考えたのか?」
「傷ついた人に歌で寄り添いたいって言ってましたよね。
あなた、頭でごちゃごちゃ考えてる間に心でしっかり呪歌生成してるじゃないですか。
あとは歌うだけですよ」
そうだ、仲間のためにここで歌えなくてどうする――!
伝えなきゃ―― 一人じゃないよって。どんな決断をしても一緒に戦い抜くよって。
というかスキル:即興呪歌生成 は自動発動制だったのか!?
カケルのひいているメロディに、すかさずキーボードで和音を合わせる。
いつの間にかアゲハさんが小太鼓肩にかけて叩いてるし。この人、打楽器は叩いとけばどうにかなるの精神でしょ、絶対!
いや実際どうにかなってるけど。
なんでそんなのあるかというと、エーデルグーテで楽器っぽいのを見つけたら片っ端から買い漁ってインベントリに放り込んだんだよね。
「エンバースさん……ぼくの歌を聞いて欲しい!」
前奏が終わり、歌い始める。狙う効果は――精神系能力値全般の強化だ。
願わくば、残酷な現実を前に心折れることなく、彼にとって最良の選択が出来ることを――
『共に来た道』
ttps://dl.dropboxusercontent.com/scl/fi/6zqblr80b53st3xfz1sx3/.mp3?dl=0&rlkey=l5cf18xl7zqeb5d95y34o1iu4
はじめて出会った時 少しすれ違ったけど
それでも共に来てくれた 君が眩しかった
いつもクールな振りをして 誰より熱い心
隠し持っている事 もうみんな知っているよ
忘れないで 共に来た道
ここにいるよ 一人じゃない
君がどんな 決断しても 共に戦い抜くよ
忘れないよ そっけない振りして
いつも背中 押してくれた
君が何を 選択しても 共に戦い抜くよ
容赦無い神の悪意 降り掛かろうとも
君は屈する奴じゃない そうだろう?
無慈悲な炎に焼かれ 灰になろうとも
君は確かにここにいるよ ぼく達の 仲間として
347
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:48:54
360度全方位の景色が、滝のような勢いで流れていく。
水とは違ってけばけばしい色のついた光。
ゲームによくあるタイムスリップとかワープの演出みたいだ。
「うおおおお……!こいつはアレか?俺たちゃサーバーの間を移動してるってことか!?
光ファイバーのLANケーブルん中通って!」
外の世界……上位存在どもの世界も社内ネットワークは有線でやってんだな。
これ現実の方のローウェルがいきなりケーブル引っこ抜いたら俺たちどうなるんだろう……。
俺が小学校に入ったばっかの時分、まだポケモンの通信プレイがケーブル越しだった頃、
途中でケーブル切ったら断面から交換中のポケモンがこぼれ落ちてくる的な妄想してたことを思い出した。
そんなカビ臭え昔の思い出が頭をよぎったのは――
俺たちの眼下に、思い出のワンシーン達が次々に流れていったからだ。
走馬灯。もしくは、スライドショー。
ブレモンに出会ってからこれまでの記憶が、その映像が表示されては消えていく。
それは三世界の歴史であり、同時に俺たちが辿ってきた記録でもあった。
そしてその中には、俺が地球で重ねてきた罪の記憶もある。
「便所でウンコしてる記憶ばっかじゃねーか!!」
俺は一体何を見せられているんだ。盗撮映像の博覧会じゃねえんだぞ!
地球における俺の悪行の殆どは、仕事サボって便所ん中で繰り広げられていた……。
まぁね、確かにね。モンデンキントにベチボコにされて以降、俺のブレモンの90割はフォーラムでのレスバだったよ。
地球でブレモンやった記憶が軒並み便所の光景と紐づいててもおかしくないじゃんね。
ここで賢しい俺は気付いてしまった。こいつはダブルミーニングだ。
俺がフォーラムに産み落としてきた駄文は……便所に産み落としたお排泄物と本質的には同義。
やっぱ便所はウンコする場所で間違いなかったってワケよ。
何を言ってるんだ俺は……。
「こんな走馬灯があるかよ……今更過去の汚点をフラッシュバックさせやがって……」
でも。会社の便所で爆誕した最悪のクソコテは、間違いなく俺のオリジンだ。
うんちぶりぶり大明神はこうやって生まれて……その過去が、今の俺を形作ってる。
『世界を救うブレイブ』の、欠かせない構成要素だ。
やがて視界の色が変わる。
極彩色のウォータースライダーから、空の青へと。
俺たちは、空中に放り出されていた。
「うわわわわ寒っ……寒!?」
目線と同じ高さに雲がある。ここは地上の遥か上空だった。
高高度特有の乾燥した冷たい空気が身体を包み、浮遊感で全身が総毛立った。
下を見る。視界の遥か下には緑と灰色で構成された島が見えた。
見覚えは……ないわけがない。
この国に住んでる人間なら、全体に見間違うはずのない、列島の姿。
日本だ。
348
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:49:24
「ひひっ……こうして久しぶりに見ると……きったねえなぁ!地球!!」
アルフヘイムの風光明媚なファンタジー世界にどっぷり浸かった俺にとって、
コンクリートの灰色で構成された町並みはひどく色褪せて見えた。
こころなしか空気も淀んでる気がする。鼻をくすぐる懐かしい、排ガスの臭い――
褪せた町並みに、濁った空気。
剣と魔法の世界に比べればまるで美しくないそんな故郷の姿が、
今はなぜか、この上なく心を満たした。
「帰ってきたんだ……俺たちの、故郷に」
>「……ぁ……。あぁぁ……あああああああ……!!」
隣でなゆたちゃんが嗚咽めいた泣き声を上げる。
>「ぎゃぁあああああああああああ!! 落ちてる! 落ちてるから!!」
そのさらに隣で、カザハ君が色気の欠片もねえ叫びを上げた。
……そうじゃん!!俺たち今めっちゃ自由落下の最中じゃん!!!!
「感動してる場合じゃねえ!!ガザーヴァ!!!」
ばたばた空中で犬かきしながらガーゴイルにまたがるガザーヴァと合流する。
空飛べる奴が近くにいるっていいなぁ……俺もユニサスとお友達になりてぇ……
カケル君は間違いなく俺の友達だけど、あいつ最近お馬さんって感じじゃないしな。
ほどなくして一緒に転送されてきたヴィゾフニールに空中着陸して、
俺たちはようやく人心地をつけた。
>《みんな、はばかりさん。無事に地球へ行きつけたみたいやなぁ。
そやけどここからが正念場やねん。気ぃ引き締めてな》
>「ありがとう、みのりさん。
で……ここどこ? 取り敢えず、見たところニヴルヘイムの被害はなさそうだけど……」
上空から見下ろした感じでは火も煙も上がってはなかった。
ただそれはあくまで見える範囲の話で、地平線の向こうがどうなってるかはわからん。
そもそもここは日本のどこなんだ。海辺の光景ってどこも似たりよったりで判別つかねえ。
>《今、ヴィゾフニールがおるんはだいたい静岡県の沼津辺りやね。うちもコンソールコマンドはまだ不案内やよって、
大まかに日本っちう指示しかできひんかったさかいそうなったみたいや、堪忍え》
「沼津か……俺初めて来るわ。じゃああっちの陸地の出っ張りは伊豆半島か?」
うーん微妙な位置だ。名古屋からも東京からもまんべんなく離れてる。
近くに新幹線の止まる三島市があるけど、まぁ田舎には違いねえわ。
状況を正確に把握するならやっぱり大都市圏に足を運ぶ必要がある。
>「静岡は無事でも、東京だとか他の地域は被害を受けてるかもしれない。みのりさん、それは調べられないの?」
>《今やっとるけど、その可能性は低そうや。日本全域でスキャンしても、異常熱源があるような地域は認められへん。
……とすると、ミハエルたちが向かったのは海外かもしれへんね》
「とりあえず日本の無事はこれで分かった。不謹慎かもだけど、一個だけ安心できたよ」
349
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:49:58
海の向こうじゃ今まさに死人が出てるかもしれない。
それでも、故郷に残してきた家族やら友人やらが戦火に呑まれてないってことを確認できて、
どこかホッとしてる自分を否定は出来ない。
石油王が言うには、ミハエルの詳細な居場所を特定するには時間がかかるらしい。
そりゃそうだ。連中が『門』を使えるなら移動時間を根拠にした推定は出来ない。
虱潰しで探す以外に方法はないんだ。
>「結局ボクらは待ちかぁ。待ってるしかねーんだったら、ナゴヤいこーぜ!
明神のパパとママと、それから弟に挨拶にさ! んでトンカツ食べる!
ここでボンヤリしてたってミハエルとかがすぐ見つかるワケじゃねーんだし。なっ!」
動きあぐねていると、ガザーヴァが不意にそんなことを言い出した。
んなことやってる場合かよぉ……。まぁ手持ち無沙汰になってる以上他にやることもねンだけどさぁ。
>「そ、そんなの駄目だよ、ガザーヴァ――」
>「なんでだよ、石油王が時間かかるって言ってんだから、ボクらはその間自由時間でもいーじゃんか。
偶然発見できることを期待して、あてずっぽうでその辺ウロついてムダに疲れるほーがバカだろ。
モンキン、オマエだって家族の顔、久しぶりに見たくないのか?ボクと明神の用事が終わって
それでもまだ時間があるようなら、そっち行ってもいいぞ? 焼死体もジョンぴーもさぁー」
こ、こいつ……正論だと……!?
なゆたちゃんがグラグラと揺れ動くのがこっちにも伝わってくる。
それは他の連中だってそうだろう。俺たちが行方不明になってもう半年以上が経過してる。
家族を安心させてやりたいってのは俺も同じだ。
>「そんな我儘ばっかり言ったら駄目! 行くにしても順番が違うでしょ?
もし行くならリーダーのなゆからだよ?」
「デスマーチしてる石油王を尻目に里帰り決め込むのもちょっと気は引けるが……。
時間のあるうちに色々できることはやっときたいのも確かだ。
一発弾丸帰省ツアーでも組んでみっか?とりあえず実家にアポとっとくわ」
言いながらスマホを取り出す。親にラインを入れるためだ。
そして気づいた。俺の手の中にある板が、何のための機械かってことに。
「……あるぞ。家族に一報入れつつ、ミハエルの動向も探れる方法が……!」
俺は馬鹿か?なんで今まで気づかなかった!?
「この事実を発見したのはおそらく全人類で俺が最初だろうが……。
スマホってソシャゲだけじゃなくて、電話とかネットも使えるんですよ」
ミハエル率いるモンスター共が世界のどこに出現しようが、それは必ずニュースになる。
仮に混乱を防ぐために報道管制が敷かれても、人の口に戸は建てられない。
絶対に流出する。ニュースサイトなりSNSなり見ればどこで戦争が起きてるか一目瞭然だ。
アルフヘイムに居るときゃずっと圏外表示だったが、地球に来た今電波はそこかしこに飛んでいる。
350
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:50:20
「ちょっとまってな、取り急ぎヤフーニュースでも見て……あれ?」
あらためて確認すれば、スマホの電波表示は……圏外のままだった。
んな馬鹿な、なんぼ沼津でもLTEの電波くらい飛んでるはずだろ!
試しに窓際に移動しても、振り回してみても、アンテナは立たなかった。
これは……アレか?通信実績のない期間が長すぎてキャリアの回線閉じられちまったのか?
もしくはブレイブとして転移した時点でスマホが変質して、通常の電波を捉えられなくなったとか?
いずれにせよ言えることは――
「俺のスマホが……ブレモン専用機になっちまった……」
なんてこった。沼津にビックカメラがありゃ適当な格安スマホでも契約してくるのに!
キャリアショップの位置を調べるのにもネットが要る。
ネット繋ぐためにネット繋いどく必要があるってどういうことだよ!
「石油王!スキャンついでに近場の電気屋の位置とか調べられ……ませんよね、すみません」
絶賛デスマ進行中の石油王に視線だけで黙らされて、俺は縮こまった。
俺の大発見はすげなくポシャり、俺たちは再び虚無の時間に囚われた。
しゃあねえ、やっぱ湘南スタートで里帰りのルート考えるか――
>「大丈夫。わたしには、ミハエルが今どこにいるのか……たぶん分かるから」
その時、何かを黙考していたなゆたちゃんが、ふと顔を上げた。
彼女なりにチャンピオンの行動傾向やら言動やらを分析して、結論を出したらしい。
>「アメリカ、ネバダ州ラスベガス――ラスベガス・ワールド・マーケット・センター。
『ブレイブ&モンスターズ』の頂点を決める、ワールド・チャンピオンシップの舞台。
ミハエル・シュヴァルツァーは、きっとそこにいる」
「ははぁ……なるほど。いかにもあのクソガキの考えそうなこったな。
ハイバラ氏の失踪で消化不良になった全世界大会をやり直そうってか」
>「カザハ、明神さん、エンバース、ジョン――それにみのりさん。
どう? 異論がないなら、それで行こう。ヴィゾフニールの全速力なら、たぶんそんなに時間はかからないはずだから」
「異論なし。仮に空振りだったとしてもアメリカの動向を確認できる。
ニヴルヘイムの侵攻が世界のどっかで起きてるなら、国連経由で米軍も出動するはずだ。
軍用機の後をヴィゾフニールで引っ付いてきゃ良い。連中が道案内してくれる」
ラスベガスまで太平洋を突っ切って6時間。
戦いの疲労を癒やすにはちょうど良い隙間だ。スペルカードのリキャストもできる。
>「はぁ〜、ホント疲れちゃったよなぁ! オマエのせーだぞイブリース!
明神、一緒に寝よーぜ!」
いつものようにガザーヴァが俺の腕にぶら下がるのを合図にして、
定刻まで解散の運びとなった。
◆ ◆ ◆
351
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:50:42
「ガザーヴァ、頼みがある。
お前のユニークスキル、『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』についてだ」
割り当てられたヴィゾフニールの個室で、俺は椅子に腰掛けながら言った。
シャーデンフロイデ――対象に付与されたデバフの残り時間を巻き戻し、
事実上無限にデバフを継続させる前代未聞の悪辣なスキル。
「デバフの効果時間をリセット出来るなら……バフにも同じことが出来るんじゃないか」
シャーフロが対象としているのはデバフのみだが、それはあくまでゲーム上の設定だ。
ゲームバランスをとるため……ついで言えば、シナリオで登場する幻魔将軍ガザーヴァは自己バフを持たない。
常に単独で勝負を挑んで来るから、味方にバフをかけられることもない。
『必要がない』、『機会がない』から、リキャスト対象にバフが設定されていない。
毒と薬が本質的には同じものであるように、デバフとバフも「一時的な能力値への影響」って意味では同じだ。
それなら、シャーフロがバフを延長することも可能なはず。
「戦闘が始まれば、カザハ君が必ず呪歌を使う。
レクステンペストの訳の分からんハイパーバフと違って、曲が終わるまでの時間制限がある。
歌詞や作曲のネタが尽きても終わりだ。だから……お前に支えて欲しい」
話してみて分かったことだが、ガザーヴァの言葉にはリズムがある。
バロールの教育の賜物か本人のセンスか知らんが、詩的な素養は疑うべくもない。
こいつなら、呪歌にシャーフロを合わせて旋律の補強と延長が出来ると俺は考えてる。
「これを渡しとく。使ってくれ」
ヤマシタをサモン。歌姫モードで出現した革鎧は、革製のベースを掲げている。
鎧のパーツで見た目だけそれっぽくでっち上げたベースだが、
弦を爪弾けばちゃんと音が鳴るよう魔法で機能を再現した。
エンバースがちょっと前までやってたように、部分サモンで存在を維持することも今の俺なら出来る。
「とまぁ、戦術的な理屈付けはここまでだな。
理由はもうひとつある。……俺が見たいんだ、お前らのセッションを」
姉妹だからとかそういうことを言うつもりはないし、そもそもこいつらそんなに似てもいない。
カザハ君は度重なるイメチェンで見た目変わってるし、立ち振舞も全然違うしな。
――エーデルグーテを旅立つ前の、あの夜。
パーティを辞そうとしたカザハ君に、ガザーヴァは抱えてきた想いをぶつけた。
一部始終を見ていたわけじゃないし、ほとんど盗み聞きに近かったけど……それでも。
ガザーヴァがカザハ君のことを仲間として大事に思ってることを、俺は知ってる。
姉だからじゃなく、一緒に世界を救う仲間だから共に居ようとしてることを、知ってる。
「聞かせてくれ、幻魔将軍とレクステンペストの、前代未聞の連弾を――」
◆ ◆ ◆
352
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:51:13
>「みんな、見て!」
6時間たっぷり寝て、起きたら外は砂と岩ばかりの荒野だった。
ぱっと見アルフヘイムに出戻りかましたかと錯覚したが、これは紛れもなく地球の風景。
地理の授業を真面目に受けてた俺には分かる。アメリカ合衆国の西海岸から広がる砂漠地帯だ。
「……なんかニューヨークとかのイメージに引っ張られてたけど、アメリカってガチに荒野の国なんだな」
言うまでもなくアメリカは世界最先端のトップオブ先進国だが――
当然ながらクソだだっぴろい国土の全部が大都会ってわけじゃない。
発展してる街のほとんどは北米大陸の東側にあって、西側はほとんど砂漠と荒野だ。
そんな荒涼とした西側の中で、大都市と言える街は数えるほどしかない。
サンフランシスコ、ロサンゼルス、そして――
――眠らない街、賭博と享楽の街、ラスベガス。
古くは砂漠のオアシスから発展し、掛け値なしに世界で一番でかいカジノの街となった……
おそらくはリバティウムの元ネタであろう都市。
距離が近づくにつて、ヴィゾフニールからでも市内の様子が視認できるようになる。
そして――
>「遅かったか……」
絶望が眼下に広がった。
炎上する高層ビル。空を覆わんばかりの黒煙。なぎ倒された街路樹。
道路を雲霞のように行進するモンスター共の群れ。
ひしゃげて横転した戦車。墜落した戦闘機。
――悲鳴と断末魔と、その主であった無数の亡骸。
食い千切られたのだろう、身体が半分になってしまった死体に泣き縋る子供の姿まで見えた。
ラスベガスが燃えている。
たくさんの人が殺されている。
「ああ……クソ、クソっ……!!」
ヴィゾフニールの窓に歯が折れそうなくらい顔を押し付けて、俺は地獄を目に刻んだ。
悲劇は起こってしまった。否もなしにアイアントラスの大量虐殺が頭を過る。
同じことが地球でも……起きた。防げなかった。
>「同胞たちよ!」
「イブリース!!さっさとお前の手下共を止めてこい!!!
今すぐ動かねえならヴィゾフニールから蹴り出してやろうか!!!」
過熱する頭の片隅で、どこかその行為の無意味を悟る自分が居た。
ここから市街地にイブリースを叩き落とせば直下の虐殺は止まるかもしれん。
それだけじゃ意味がない。ラスベガス全域に展開してるであろう軍勢全部に声を届かせなきゃならない。
>「いいえ、まだよ!
ここから被害を抑える! もう、誰も傷つけさせたり死なせたりなんてしない!
ワールド・マーケット・センターへ行こう!」
目下、一番早くその目的を達成できるのは、ミハエルから前線指揮権を奪還することだった。
一秒ごとに命が失われていく地獄を尻目に、ヴィゾフニールは町中を行く。
ほどなくして、センターの前庭に着陸した。
353
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:52:03
>「オレは朋輩たちのところへ行き、破壊行為をやめさせてくる。
ミハエル・シュヴァルツァーのことは……貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に任せた」
「……頼んだ」
いくぶんか頭も冷えて、俺はイブリースが出ていくのを見送った。
巨大な背中が燃え盛る町並みの向こうに消える。
>「さ……わたしたちはこっち。行くわよ!」
なゆたちゃんの促しに応じ、センターを奥に奥に進む。
「クソッタレ……こんな形で来たくなかった」
ワールドマーケットセンターで開かれるチャンピオンシップは、全プレイヤーの憧憬の的だった。
プレイヤーなら誰もが一度は目指す、勝者の最終到達点。
栄光に形をあたえた万魔殿の頂上――
その座に、先客が一人いた。
ゲームのグラフィックをそのまま持ってきたような、現実離れした美貌の少年。
ハイバラ亡き後、1000万人のブレイブの頂点に立った男。
>「……フフ……。
待っていたよ、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』諸君」
――ミハエル・シュバルツァー。
不意にスポットライトが起動し、光の舞うような相貌に照明が集中する。
……自分でやってんのかコレ。
>「君たちなら、ローウェルの妨害を突破してここまで来ると思っていたよ。
そうとも、ありとあらゆる艱難と辛苦を乗り越えてこその『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
でなきゃ僕も、君たちを叩きのめし甲斐がないというものだからね……」
「そうかい。ならおじいちゃんに大会会場まで連れてきてもらったお前は……
艱難も辛苦も乗り越えてねえ箱入りのお坊ちゃんはブレイブじゃねえってわけだ?」
やめだやめだ。アホくせえ御託の応酬なんかやってる場合かよ。
こいつにはとっととローウェルの居所を吐かせて、ニヴルヘイムの指揮権を放棄させなきゃならん。
だがミハエルは、ローウェルの居場所や動向を関知しないと抜かした。
目的ははじめからエンバースやなゆたちゃんをデュエルでボコボコにすることだけだと――
>「真のデュエリストなら! 例え身の回りで何が起こっていようと!
自身の足許にまで火が迫っていようと! いいや凶弾に斃れ、或いは化け物に生きたまま身体を貪り食われようと!
意識が途切れる最後の瞬間まで自分のデッキの構築! パートナーモンスターの育成!
自らのスキルツリーのビルドを考えているものだろう!!」
「……化け物に生きたまま貪り食われてから言えよ、そういうイキったセリフは。
お前が市街地でモンスターに襲わせた、ラスベガスの住民みたいに!
なあおい。ウルレアの堕天使に護られて安全圏から好き放題言えるのがそんなに嬉しいか?」
ミハエルはこっちの嫌悪に塗れた視線など気にしていないとばかりにべらべら言葉を並べる。
どうしようもなく幼稚で、何一つ共感できない御託の群れ。
頭がクラクラしてきた。倫理観が違い過ぎる。何も理解が出来ない。
354
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:52:53
>「ハイバラ。君には愉しんで貰えると確信しているよ」
ひとしきり喋り終えたミハエルが指を鳴らす。
地下のライブハウスみたいな煙と閃光が瞬き、肺腑を揺るがすような大音声でBGMが流れ出す。
応じるように登場したのは、4人の影――
「……マジかよ」
そのひとつひとつの顔に、俺は見覚えがあった。
ほんのいっときでもガチ勢をやってたプレイヤーなら誰でも知ってる。
ブレイブモンスターズ日本代表チーム、『リューグークラン』。
エンバース――ハイバラの古巣だ。
>「ははは……、ははははははははははははははははは!!!
どうだい? ハイバラ! 驚いてくれたかな?
そうだ! 彼らはリューグークラン! かつての君のチームメンバーたちさ!
断っておくけれど、偽者なんかじゃない。外見だけを似せた別人なんてのとも違う。
紛れもない本人だとも、保証しよう」
「……ジジイがバックについてるなら、まぁ、そうなんだろうな」
死んだ人間が蘇る。世界の根幹を揺るがすような現象に直面しているのに、
俺はミハエルの期待通りに驚く気にはなれなかった。
世界規模の蘇生なんかデウスエクスマキナがもうやってる。
運営サイドが似たような技術を持ってたって、不思議じゃなかった。
驚愕はもちろんある。
だけどそれ以上に、腹の底から煮えたぎるような怒りがあった。
ミハエルはリューグーを玩具にした。
奴らがエンバースと一緒に、ブレイブとして残してきた足跡を――尊厳を、ドブに捨てて、足蹴にした。
俺はミハエルと再会するまで、どうにかしてこいつのことも救おうと思ってた。
ハイバラが居なかろうがチャンピオンの座は誰でも座れるようなものじゃない。
空の玉座に座るまでにミハエルが費やしてきた努力には、敬意を持っていた。
だけど……もう駄目だ。
>「さあ。愉しいデュエルを始めようか。どちらかが壊れて、動かなくなるまでね……!!」
「ヤマシタ、やれ」
歌姫モードでサモンしたヤマシタが、革マイクでスキャットを奏でる。
狙うのはミハエルでも、リューグーの誰かでもない。
『音』。鼓膜を殴りつけるようなハードコアテクノのBGMを、逆位相の音で掻き消した。
カザハ君の呪歌を最大限響かせるため。
そして……これでようやく、塗りつぶされることなく言いたいことを言える。
「薄汚え売国奴のテロリストが……てめぇの都合ばっか好き勝手垂れてんじゃねえぞ。
遊んでほしけりゃ素直に対戦申し込んで来いよ。こんなクソ陳腐な舞台でふんぞり返ってねえでよ」
エンバースとなゆたちゃんに勝ってすっきりしたかった?
それとラスベガスの虐殺がどう繋がるんだ。意味が分からん。
そんな理由で。そんな理由でモンスター共に人を殺させて。
ローウェルが地球を滅ぼすのを後押ししようとしてるってのか?
355
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/07/02(日) 18:55:02
「世界が滅ぶか滅ばねえかっつうこの瀬戸際でデュエルのことなんか考えてんのは、
三世界ひっくり返したってお前一人だけだよ。良かったな、不戦勝で世界王者だ。
ああ……おじいちゃんにおねだりして作って貰ったお仲間が4人居たか?
じゃあ5人で優勝決定戦頑張って。配信すんならお捻りでも投げてやるよ」
隣に居るエンバースの表情は伺い知れない。
表情筋が焼け焦げててもこいつがどんな顔してるか、長い付き合いでわかってきたってのに。
今、その双眸の奥にどんな感情が渦巻いているのか、わからない。
知ったようなことを言うつもりはない。
俺は俺の言いたいことだけを言う。
「……分かってんなエンバース。あの四人はお前が看取ったリューグークランの連中じゃない。
そいつらの死はお前だけのモンだ。誰かに歪められて良いわけがない」
リューグークランのことは俺も知ってる。もちろん会ったことも話したこともないけど。
日本で一番強いブレモンチームの末路が、こんな尊厳を貶めるようなものであることを……許容出来ない。
こいつらに向けた憧れが、ドブに落ちることに、耐えられない。
「ミハエル君はハイバラとモンデンキントにリベンジして一等賞を取りたいんだっけか?
なおさら普通に戦えよ。人を殺す必要も、死んだ人間を蘇らす必要もない。
世界の存亡が賭かったこのタイミングでなくても、アルフヘイムでデュエルする時間は十分あった。
『圧倒的実力差』があんだろ。四人もお仲間ぞろぞろ連れてこなくたって良かったはずだ」
ミハエルの言動には恐ろしいほど一貫性がない。
真のデュエリストかくあるべしみたいなことを口走ったかと思えば、
その振る舞いは同条件・対等が原則のデュエルを否定するようなものばかり。
どういう精神構造で自己矛盾に帳尻合わせてんのかしらんが、一つわかることがある。
「非常時に勝負を仕掛けんのも、虐殺に加担すんのも、故人を汚すのも――
全部『相手に実力を発揮させない』ための精神攻撃、揺さぶりだ。
よぉく分かるぜ。この手の盤外戦術はうんちぶりぶり大明神もよく使ってたからなぁ?」
真っ向勝負で敵わない格上を相手取るために、勝負の外から攻撃するのは持たざる者の常套手段だ。
最もわかりやすいのが相手の精神状態をぐちゃぐちゃにすること。
ブレモンのPVPは判断力の勝負だ。集中を削いでやれば面白いくらいパフォーマンスが下がる。
「責めてるわけじゃないよ?メンタル攻撃は有効な戦術だし、
格上相手なら仲間を呼んで囲んでボコりゃ良い。
むしろ偉いよ。ちゃんと勝てるように頑張ってこの状況を整えたんだもんな?」
寒々しいものが胸を満たした。
ブレイブ&モンスターズ世界最強の男が、俺と同じレベルに堕ちてきたことに。
「つまりお前は――デュエルから逃げたんだ」
マゴットを喚び出す。
俺の感情に呼応してか、その四本腕には既に闇属性の魔力が漲っている。
「改めておめでとうミハエル。参加者一人の世界大会、お前がチャンピオンだ。
じゃあデュエルの話はこの辺で終わりにしようか。
次は……地球をローウェルに売ったクソ野郎をぶっ飛ばす話をしようぜ」
マゴットが吠える。
『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』。
ガザーヴァの十八番、闇の波動のさらに上位に位置する破壊の雨を、
ミハエル達全員に向けてぶっ放した。
【ガザーヴァにシャーデンフロイデ(バフ版)の提案。BGMをノイズキャンセルして呪歌の下地づくり
ミハエル劇場にキレ散らかしてダークネスクラスター】
356
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/09(日) 23:54:53
【ターン・オン(Ⅰ)】
『門』を潜る――視界が極彩色に染まる/空気のにおいが消える/あらゆる音が消える。
『これは……』
『うおおおお……!こいつはアレか?俺たちゃサーバーの間を移動してるってことか!?
光ファイバーのLANケーブルん中通って!』
「……これ、アレだろ?ロード画面でちょっとしたイラストとか見せてくれるヤツ」
極彩色の空間を彩る、過去を映した無数の窓――その中には当然エンバースの、ハイバラの過去も見える。
ブレモンを始めてまず最初にしたのはリセマラで、3時間沼った――それでも引きたいパートナーがいた。
別にグラフィックに一目惚れしたとか、言葉に出来ない運命を感じたとか、そんな大層な理由ではなくて。
ただ人型の器用さとドラゴン属の基礎性能の高さを兼ね備えているから、恐らく強い。
たったそれだけの理由で――それでも引けた時は嬉しかった。いつしか愛着も湧いた。
〈思い出した。あなた、最初私の事を種族名で呼んでましたよね……信じられない〉
「……ちゃんと、後で愛称付けただろ。まだインフレしてない時代に、命名士に100万もぼったくられたんだぞ」
ひび割れた双眸が流れ行く過去を見上げる――窓の向こうでハイバラが黒刃と揉めている。
覚えている。初対面の時だ。レイド消化前、どちらも自分がアタッカーだと譲らなかった。
結局デュエルで白黒つける事になり――他のパーティメンバーから置き去りにされたのだ。
流川たなが土下座エモートをしながら謝罪文をチャットに垂れ流している――懐かしい記憶だ。
たなが初心者を装って、レイドの報酬総取りを賭けたハンディマッチで提案してきた時の事だ。
デュエルの真っ只中、瀕死の状態まで追い込まれたフラウが見える。対戦相手はあいうえ夫。
忘れる訳がない。ランクマッチで、初めて打つ手がないと感じさせられた相手は、彼だった。
「……クソ。俺は何を見せられてるんだ?今更、こんなもの」
君がずっとそっちを見てるから――そう言ってブレモンを始めてくれた幼馴染がいた。
その隣にはリューグークランが日本一になった時の――咄嗟に目を逸らす。
目の奥が熱い――再び同じ窓に視線を戻す気にはなれなかった。
ふと、極彩色の空間の奥に光が見えた。白く、眩い光が近づいてくる。
或いは自分達が光に近づいているのかもしれないが――大した問題ではない。
ただ――眩しさに視界を塗り潰されて、これ以上この空間を見なくて済むのは好都合だった。
視界が白く染まる/瞼のないエンバースはただその純白を直視し続けて――不意に、視界が晴れた。
『う……うわぁぁぁぁぁぁッ!!』
なゆたの悲鳴が聞こえる/体が落下する感覚――青い空と、地上の境界線が見える。
コンクリートの灰色を基調にした、くすんだモザイクタイルのような地上が見える。
『……ぁ……。
あぁぁ……あああああああ……!!』
「……なんとも複雑な気分だな。こうなった後で、戻ってこれちまうなんて」
落下しながら己の、遺灰の両手を眺める――全てを失った、自分自身すら失った証。
今更地球に戻れたところで、失ったものは何も戻らない――素直には喜べなかった。
357
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/09(日) 23:55:33
【ターン・オン(Ⅱ)】
『エンバース!』
「……どうした、マスター?……ああ、そうか。寒いんだな?」
沈んだ気分を隠すような冗談/なゆたの手を取る――抱き寄せる/風圧で乱れた髪を指先で梳かす。
追って転送されてきたヴィゾフニールが眼下に寄ってくる――甲板が急速に近づいてくる。
構わずそのまま着地――その際の衝撃は以前と同様、遺灰の全身へと分散させた。
《みんな、はばかりさん。無事に地球へ行きつけたみたいやなぁ。
そやけどここからが正念場やねん。気ぃ引き締めてな》
『ありがとう、みのりさん。
で……ここどこ? 取り敢えず、見たところニヴルヘイムの被害はなさそうだけど……』
「……日本、のどこかではありそうだけど」
『ひょっとして、先回りしちゃったんじゃね? だって、連中は大軍だぜ。動きのニブい奴だってたくさんいる。
その点ボクたちはバババビューン! って一気に移動してきちゃったもんな!』
「そんな訳あるか。ローウェル達もそのバババビューン、で移動したんだぞ」
《今、ヴィゾフニールがおるんはだいたい静岡県の沼津辺りやね。うちもコンソールコマンドはまだ不案内やよって、
大まかに日本っちう指示しかできひんかったさかいそうなったみたいや、堪忍え》
『沼津か……俺初めて来るわ。じゃああっちの陸地の出っ張りは伊豆半島か?』
「静岡……?沼津……?それは、えっと……東京の近くなのか?」
エンバースの口調=冗談抜き――ブリッジに表記されたホログラムの地図を見ても、いまいちピンと来ていない様子。
『見た感じ、この辺りにニヴルヘイムの軍勢はいないようね」
『静岡は無事でも、東京だとか他の地域は被害を受けてるかもしれない。みのりさん、それは調べられないの?』
《今やっとるけど、その可能性は低そうや。日本全域でスキャンしても、異常熱源があるような地域は認められへん。
……とすると、ミハエルたちが向かったのは海外かもしれへんね》
「それは……ひとまず、いい報せだ」
少なくとも自分の家族も、この世界にもいる筈のリューグーの仲間達も、この戦いに巻き込まれる事はない。
それはエンバースにとって、今も見知らぬ誰かがどこかで犠牲になっている可能性よりもずっと大事だった。
『ミノリ、ミハエル・シュヴァルツァーの現在地は特定できないのかしら?』
《んん……地球規模で捜索ちゅうんは、流石に砂漠の真ん中で砂金を探すような話や。
ウィズリィちゃんにも手伝ってもろて全力でやるけど、しばらく時間がかかりそうやなぁ》
「捜索範囲にある程度の当たりを付けてみるのはどうだ?ミハエルが狙いそうな場所を考えるんだ。
アイツは鬱屈した人生を送ってそうだから、まず故郷を滅ぼそうとするかもしれない。
或いは、世界最大の軍隊を相手にRTSを楽しみたいなんて、いかにも――」
『結局ボクらは待ちかぁ。待ってるしかねーんだったら、ナゴヤいこーぜ!
明神のパパとママと、それから弟に挨拶にさ! んでトンカツ食べる!
ここでボンヤリしてたってミハエルとかがすぐ見つかるワケじゃねーんだし。なっ!』
「……あのなあ」
358
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/09(日) 23:55:46
【ターン・オン(Ⅲ)】
『そ、そんなの駄目だよ、ガザーヴァ――』
『なんでだよ、石油王が時間かかるって言ってんだから、ボクらはその間自由時間でもいーじゃんか。
偶然発見できることを期待して、あてずっぽうでその辺ウロついてムダに疲れるほーがバカだろ。
モンキン、オマエだって家族の顔、久しぶりに見たくないのか?ボクと明神の用事が終わって
それでもまだ時間があるようなら、そっち行ってもいいぞ? 焼死体もジョンぴーもさぁー』
『そんな我儘ばっかり言ったら駄目! 行くにしても順番が違うでしょ?
もし行くならリーダーのなゆからだよ?』
『デスマーチしてる石油王を尻目に里帰り決め込むのもちょっと気は引けるが……。
時間のあるうちに色々できることはやっときたいのも確かだ。
一発弾丸帰省ツアーでも組んでみっか?とりあえず実家にアポとっとくわ』
「……悪いけど、俺は反対だな。さっきも言ったが、検索時間を短縮する方法はある。
それにもし一人目の用事が済んだ時点でミハエルが見つかったら?
そんなの……めちゃくちゃ気まずい事になるだろ」
それに今更、もう戻れない家族の顔を見ても苦しいだけだ――そっちの理由は、黙っておいた。
「顔を見たいって気持ちは……分かるけど、今は電話で済ませるとか――」
『……あるぞ。家族に一報入れつつ、ミハエルの動向も探れる方法が……!』
「――ああ、いや、待った。言わないでくれ。自分の馬鹿さ加減に情けなくなる」
『この事実を発見したのはおそらく全人類で俺が最初だろうが……。
スマホってソシャゲだけじゃなくて、電話とかネットも使えるんですよ』
「スマホでインターネット?まさかそんな事が出来るなんて!……これで満足かい?」
『ちょっとまってな、取り急ぎヤフーニュースでも見て……あれ?』
「どうした、明神さん……おい、まさか?」
『俺のスマホが……ブレモン専用機になっちまった……』
「……よくよく考えてみれば、そりゃそうか」
『石油王!スキャンついでに近場の電気屋の位置とか調べられ……ませんよね、すみません』
「いっそ一度地上に降りて、誰かからスマホを拝借するのは?フラウなら姿を見られる事もない」
一巡目では、生き残る為にはなんでもする必要があった――非戦闘員から物資を接収する事も。
その経験上、エンバースは目的の為に手段を選ばないという事へのハードルが低い。
命を奪う訳でもないし、後で返す――だから問題ない。そう思っている。
『いや、そんな時間はないよ。わたしたちは一刻も早く、ミハエル・シュヴァルツァーと大賢者ローウェル、
そしてふたりに唆されたニヴルヘイムのみんなを止めなくちゃいけないんだ。
家族に会うのは、それが終わってから。――今すぐミハエルのところへ行こう』
『オマエ、石油王の話聞いてたのか? だぁーから! 連中の居場所を突き止めるには時間が――』
『大丈夫。
わたしには、ミハエルが今どこにいるのか……たぶん分かるから』
「……当たりを付けるとか、そういうレベルじゃなくてか?」
359
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/09(日) 23:57:18
【ターン・オン(Ⅳ)】
『知ってる、とは言ってないよ。『分かる』って言ったんだ。
100%じゃないけどね……確証がある訳じゃない。ただ、今までの行動パターンや言動を鑑みて、
ミハエルの性格を分析したら、ニヴルヘイム軍が向かったのは――恐らくそこしかない』
「……駄目だ。分からん。一体どこなんだ?」
『アメリカ、ネバダ州ラスベガス――ラスベガス・ワールド・マーケット・センター。
『ブレイブ&モンスターズ』の頂点を決める、ワールド・チャンピオンシップの舞台。
ミハエル・シュヴァルツァーは、きっとそこにいる』
「ワールド・マーケット……苦い響きだな」
『ははぁ……なるほど。いかにもあのクソガキの考えそうなこったな。
ハイバラ氏の失踪で消化不良になった全世界大会をやり直そうってか』
「……そういや、そんな事も言ってたな。正直……今でも実感が湧かないけどな」
ミハエル・シュバルツァーは文字通り世界最強のブレモンプレイヤーだ。
そのチャンピオンが、自分を待ち受けている――正直言って、想像出来なかった。
もし、本当にそうだとしたらどんなに光栄で、嬉しい事だろう――そう思う事を禁じ得なかった。
『カザハ、明神さん、エンバース、ジョン――それにみのりさん。
どう? 異論がないなら、それで行こう。ヴィゾフニールの全速力なら、たぶんそんなに時間はかからないはずだから』
『異論なし。仮に空振りだったとしてもアメリカの動向を確認できる。
ニヴルヘイムの侵攻が世界のどっかで起きてるなら、国連経由で米軍も出動するはずだ。
軍用機の後をヴィゾフニールで引っ付いてきゃ良い。連中が道案内してくれる』
「俺も異論なしだ。正直、これでチャンピオンがいなかったら俺が居た堪れない。正解である事を祈るよ」
《うちはかめへんよ〜。一応、こっちでも捜索は続行するさかい、何かあったら教えるわ〜。
ラスベガス到着時間はおおよそ6時間ほど後の予定やよって、みんな気持ちが昂っとるとは思うけど、
少しでも寝たり体力回復しとくとええねぇ》
「ああ、それにデッキの再編もしないと。相手は世界チャンピオンだ……悔いの残るような戦いはしたくない」
『そうだね……。イブリースとの戦いに管理者メニューの起動で、だいぶ体力使っちゃったから。
わたしの予想が的中していたら、ラスベガスではミハエルと決戦することになる。
今のうちに少しでも休んでおこう、じゃあ……みんな6時間後にまたこのブリッジに集合ってことで』
なゆたがそう言うと、エンバースはすぐに身を翻した。
なにせこれからチャンピオンの元へ向かうのだ――舞踏会を待つ令嬢のように、目一杯のおめかしをしなくては。
自分はもうハイバラとしての全てを失ったと思っていた――未来、仲間、最愛、己の命すら、何もかもを。
ワールド・チャンピオンシップへのチケットがまだ燃え残っていたなんて、思いもしなかった。
いつも通りでいられる筈がない。一分一秒でも多く準備に費やしたかった。
『ね……エンバース。ちょっといい?』
だが、己を呼び止める声――なゆたの声が聞こえた/振り返る。
360
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/09(日) 23:57:52
【ターン・オン(Ⅴ)】
「……どうかしたか?」
浮足立った気分から咄嗟に紡いだにしては、柔らかな声色。
『え、えぇと……その。
エンバース、さっきの話なんだけど。
ちょっと、あなたの部屋に行ってもいい……?』
「……さっきの話って、その……そうだよな。もっとちゃんと、話さないとだよな」
再び身を翻して歩き出す――何を話そうか、何を話すべきか。
結局ろくに考えは纏まらないまま自室に辿り着いてしまった。
『ごめんね、疲れてるのに。
ただ、不謹慎だって言われちゃうかもだけど、こんな世界が滅ぶかどうかの瀬戸際に何呑気なことって、
みんなには怒られちゃうかもしれないけれど。
伝えられるのは今しかないから。ちゃんと伝えなくちゃ、すっきりしないと思ったから』
「いや……分かるよ。俺も、もっとちゃんと話したいって思ってた」
『さっきダークマターで言ってくれたこと、本当に嬉しかった。とっても幸せだった。
あなたの言葉でわたし、もっと頑張れる。限界以上の力を出せる……。
本当にありがとう、エンバース。何もかもあなたのお陰だよ。
次の……きっとわたしたちの最後になるであろう戦いでも、わたし、精一杯頑張るから』
「よせよ。俺は……お前と初めて出会ったあの日、もう一度死ぬつもりでいたんだ。
皆の遺品を誰かに預けた後で。そうならなかったのは――なゆた、お前のおかげだ」
なゆたが己の手を両手で取る/握り返す――煮え切らない、曖昧な力加減。
『前にも話したけど……。
リューグークランの人たちのこと、エンバースが本当に大切にしてるってことは分かってるつもり。
その絆の強さも、愛の深さも――』
「……女々しいヤツだって、呆れてくれても構わないぜ。けど――」
『だからわたし、エンバースの一番大切なものはクランのみんなとの繋がりなんだって、それでいいって思ってた。
――さっきまでは』
『でも。エンバースの気持ちを聞いて、それじゃ物足りなくなっちゃった。
やっぱりわたし、あなたの一番になりたい。あなたの心の中を占める、一番大きなものでありたいよ。
だって――わたし『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だもん! ブレモンプレイヤーなら誰だって一番を目指す、そうでしょ?
勝ち目がないから最初から諦めるなんて、そんなの月子先生の矜持が許さないから!』
「ああ。分かってる。二番目でいいなんて、そんな訳ないよな……俺も、分かってるんだ」
『クランのみんなを忘れろとか、今すぐ踏ん切りつけろとか、そんなこと言わない。
それはそれでいい。これからもエンバースはクランの仲間を大切に想い続けてくれれば。
わたしはシンプルに――エンバースが大好きなクランのみんなより、わたしのこと! もっと大好きになってもらうだけ!』
「……すまない。いや……ありがとう、なのか。悪い……いい言葉が見つからない」
違う。本当は一番いい言葉が何か分かっている――しがらみを捨てて、なゆたの想いに応えるべきだ。
それが出来ないから、ありもしない代わりの言葉を見つけようとしてしまうだけで。
なゆたのまっすぐな眼差し、眩しいほどの笑顔が、鋭く胸に刺さる。
361
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/09(日) 23:58:39
【ターン・オン(Ⅵ)】
『そのためには、ローウェルなんかで手古摺ってなんていられない!
さっさと片付けて、世界を平和にして。新しい冒険に行かなくっちゃ!』
「……ああ、そうだな。次はどこに行きたい?儚き者達の楽園の入り口でも探してみるか?それとも――」
『エンバースを生き返らせる……のは難しいとしても、外見をもっと生前に近付けるとか。
普通に生活できる見た目になれる方法を見つけに行こう』
エンバースは一瞬、呆然――気恥ずかしげ/困ったように一言=なんだよ、忘れてくれって言ったろ。
『そうしたら、一緒に世界大会に出ようよ! ワールドチャンピオンシップには、
ソロやチームの他にデュオ部門もあるんだから。
あなたとわたしで、世界一を目指すの! ……なんて、全日本大会一位の有名プレイヤーと、
たかだか県内ランカーのわたしじゃ役者が違いすぎるけど……』
「いいじゃないか。どうせ俺ももうハイバラじゃないんだ。俺の二度目のデビュー戦、華やかに飾ってくれよ」
本当にそうなったら、どんなに楽しいだろう。
もう一度、あの華々しいデュエルの世界に立つ事が出来たら。
その時に、なゆたが隣にいたら――そんな事を思っていると、ふと目があった。
『好きよ、エンバース。
他の誰より、あなたが好きなの……』
なゆたが己に寄り添う――右手が宙を彷徨う/迷わず抱き返す事の出来ない自分が情けない。
「……なゆた、俺は……お前の望みを、叶えたいと思ってる」
だが――これだけは伝えておかなくては。
「どんな望みでも。さっき言った事だって例外じゃない。約束する……だけど、もう少しだけ時間をくれるか」
最高の仲間達だった。最愛の人だった――それでも、ずっと喪に服している訳にはいかない。
自分は死に損なってしまった――明日の事を考えられるようになってしまった。
だからせめて、皆の為に何か――とにかく何かがしたかった。
自分でもどうすればいいか分からなかった――だけど、やっと少しビジョンが見えてきた。
予感もしていた――その何かはきっと、ミハエルとの決戦の中でこそ果たす事が出来ると。
「……ところで。俺、こういう雰囲気にはあまり慣れてなくてさ。
なんていうか……いつ、中断すればいいかタイミングが掴めないんだよな。
……悪い。でも、暫く集中したいんだ。チャンピオンに挑む前に、出来る事は全てしておきたい」
なゆたの肩を柔らかく掴む/そっと引き離す。
「名残惜しいけど……部屋まで送るよ。お前が一番無茶をしてきたんだ。ちゃんと休まないと」
なゆたを部屋まで送って、自室へ戻る。扉を開くと、照明が落ちていた。
部屋に足を踏み入れる。背後で扉が独りでに閉じる――スマホから着信音が響く。
ひび割れた液晶を見やる。三通の新着メッセージ――差出人はリューグークランの仲間達。
タイトルは無し。本文には五桁から九桁の数列が一つずつ。ただそれだけ。
「――私達の目が節穴なばかりにハイバラさんを見誤ってました、を忘れてるぜ?」
『……チョーシ乗ってんなよ。ムラサマ、ダインスレイヴのコンボなんざ、チャンピオンなら初見で見抜くぜ』
照明が落ちてるだけにしては異様に暗い部屋の中、黒刃がエンバースの前に立つ。
足で壁を蹴りつけてエンバースの行く手を阻む――構わず前へ進む。
残留思念の虚像をすり抜けて、エンバースは部屋の奥へ。
362
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/09(日) 23:59:39
【ターン・オン(Ⅶ)】
「お前はどうなんだ?見抜けたのか?」
『……チッ。あのな――』
「よせよ。分かってる」
――ミハエル・シュバルツァーは強い。俺よりもずっと。だから、みなまで言うな。
「でも、そんなのは――俺がハイバラだった頃からそうだった。
だからって、世界大会は辞退しようなんて考えたか?……違うよな?
心配するな――もう、世界の存亡がかかってるなんて情けない事は言わないよ」
エンバースが笑う――不敵な、だが気の合う友達に向けるような柔らかな笑み。
「ただ……見せてやるよ。お前達のリーダーが、世界チャンピオンに勝つところ」
皆の遺品を取り出す/パスワードを入力/カードプールを展開――床に並べていく。
『勝算は……あるのかい?』
背後から聞こえる声――あいうえ夫が取捨選択されていくカードを凝視している。
「どう思う?」
『……極端な話、ブレモンのデッキは所詮たった二十枚のカードの組み合わせだ。
プレイングに差があっても、その構成を見ればある程度の意図は理解出来る』
「それで?」
『言っただろう。意図は分かる――だが、不可能だ。これが成立するまで君は持たない。そもそも――』
「そうか。良かった――アンタでも無理だと思うなら、きっとチャンピオンにも楽しんでもらえる」
あいうえ夫=絶句――最早何も言うまいと身を翻す。
『……今のは文句なしに、百万ハイバラポイントでした。認めます』
流川たなの声=ベッドの上/足を所在なさげに揺らして――不安げに己を見つめる。
『でも……ねえ。大丈夫ですよね?マイディアさんの事……傷つけたりしませんよね?』
「……当たり前だろ。アイツとはずっと一緒にいたんだ。
どうすれば機嫌直してくれるかくらい、分かってるさ」
『本当に?約束ですよ?だって……でなきゃ、あんまりじゃないですか』
「分かってる。それで……肝心のアイツはまだ出て来ないのか?」
流川たなを振り返る/だが彼女の姿はもうない――代わりにマリがそこにいた。
『――心配するな。大丈夫だ』
「……なんだよ、急に」
363
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/10(月) 00:02:54
【ターン・オン(Ⅷ)】
『一巡目、君はいつもそう言っていたね。自分だって不安と失意の中にいただろうに』
「仕方ないだろ。泣き言を言ったって状況は好転しないんだ」
『……覚えてるかい。君に倣ってブレモンを始める前、私は何度も君にちょっかいをかけたね。
君はいつだって私を邪険に扱ったりしなかった――どうかしたかって、こっちを見てくれた』
マリがエンバースに歩み寄る/その手を取る――指を絡める。
『あの子に教えてあげたいよ。君の言葉も、優しさも――私に宛てて形作られてきたものなのに』
エンバースは何も言えない。
『――ねえ。今でも私の事、好き?』
「……当たり前だろ」
『――あの子よりも?』
「……比べられるものじゃない」
『言って、ハイバラ。今でも私が君の一番だって。そうすれば――私もパスワードを教えてあげるよ?』
エンバースは――何も言えない。頭から血塗れのマリがエンバースを鋭く睨む。
『言えないなら、話はここまで……でも大丈夫。君が素直になれるまで、ちゃんと待ってて――』
「――マリ」
マリの言葉を遮るような、微かに強い語気。
「そう欲しがるなよ。お前に何を贈るのかは、俺が決める」
マリが言葉を失う/その姿がふと掻き消える――暗転した照明が何度か明滅して、再点灯した。
エンバースは深く溜息を吐くと、すぐにその場に座り込んでデッキの編集を再開した。
悩んだり、迷っている時間はない――チャンピオンが、己を待っているのだ。
364
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/10(月) 00:04:17
【ターン・オン(Ⅸ)】
『みんな、見て!』
『……なんかニューヨークとかのイメージに引っ張られてたけど、アメリカってガチに荒野の国なんだな』
6時間後、ヴィゾフニールはラスベガス上空に到達――市街の随所に戦闘の痕跡が見えた。
『遅かったか……』
『ああ……クソ、クソっ……!!』
痕跡だ――戦闘は既に終了していた。ブレイブ一行にとって望ましくない形で。
破壊された街並み/大破した近代兵器/火災/黒煙――そして著しく損壊した人体。
『イブリース!!さっさとお前の手下共を止めてこい!!!
今すぐ動かねえならヴィゾフニールから蹴り出してやろうか!!!』
明神が怒号を吐く――だがその内容は些か感情任せ、非合理的で、取り乱していた。
眼前にはそうなって当然の光景が広がっている――だがエンバースは取り乱せない。
この結果は別に、ミズガルズとニヴルヘイムの戦力差をそのまま表している訳じゃない。
ニヴルヘイムには正真正銘、神出鬼没の奇襲というアドバンテージがあった。
魔物の戦闘技能≒魔法がいかなるものかも米軍は知らなかった。
一巡目の経験故か、感傷は希薄で――代わりにそんな事ばかり考えてしまう。
『いいえ、まだよ!
ここから被害を抑える! もう、誰も傷つけさせたり死なせたりなんてしない!
ワールド・マーケット・センターへ行こう!』
ヴィゾフニールがセンターへ到着/降下を始める――エンバースはフラウと共に一足先に地上へ飛び降りた。
「……敵は見えない。気配もない」
ワールドセンターは戦火の只中に位置していながら――不自然なほど静かで、手つかずだった。
『オレは朋輩たちのところへ行き、破壊行為をやめさせてくる。
ミハエル・シュヴァルツァーのことは……貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に任せた』
「これだけの事をしでかした後だ。今更やめにしました、なんて言っても見逃してはもらえないぞ。
……事態を収拾出来たなら、地下を使え。多勢を収容出来るし、多少は攻め込まれにくい筈だ」
『さ……わたしたちはこっち。行くわよ!』
「ああ……行こう。柄にもなく緊張してきたよ」
半分はいつも通りの戯言/もう半分は――本当の事だった。
エンバースがセンターの奥へと駆ける――ブレモンプレイヤーの聖地へ。
そして辿り着いた、コンベンションホールへと続く扉。それをなゆたが押し開けると――
『……フフ……。
待っていたよ、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』諸君』
そこに、チャンピオンがいた。
365
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/10(月) 00:06:14
【ターン・オン(Ⅹ)】
『君たちなら、ローウェルの妨害を突破してここまで来ると思っていたよ。
そうとも、ありとあらゆる艱難と辛苦を乗り越えてこその『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
でなきゃ僕も、君たちを叩きのめし甲斐がないというものだからね……』
「ご期待に添えてなによりだ、チャンピオン。それで……すぐにやるのか?場所はここでいいのか?」
『ローウェルはどこ? あなたと一緒にいるんじゃないの?』
『さあ? 知らないね』
「ああ、そうか……その話がまだだったな。クソ……そわそわするな……!」
『とぼけまいぞ、金獅子とやら。師父はいずくにおられる、隠し立てすると為にならぬぞ!』
『本当に知らないのさ、というか興味がない。ローウェルがどこで何をしていようと、僕には何も関係がないんだよ。
別に、僕はあいつの味方という訳でもないし。単に利害が一致したから手を組んでいたに過ぎない。
僕の邪魔さえしなければいいんだ、つまり――』
ミハエルがその美貌を歪めて嗤う。
『これから始める、僕のデュエル。
僕が君たちを完膚なきまでに叩きのめし、踏み躙ってやること。
その邪魔をしなければ……ね……!』
「よし。前口上は済んだな。さあ――」
『デュエルですって、こんなときに何を……!
すぐにローウェルに侵食をやめさせないと、大変なことになるのよ!?
何もかもがなくなってしまう! そうしたらもうデュエルどころじゃないの!
プレイヤーとしての優劣や勝負は、世界が平和になってから幾らだって決めればいい!
今は、プレイヤー同士でいがみ合っている場合じゃ――』
「……まあ。一応話し合いの姿勢を見せるのは大事だよな」
エンバースの右手は既にダインスレイヴを掴んでいる。
『何言ってるんだい? 侵食? 何もかもなくなる? ハ、くだらないね……。
デュエリストなら、『そんなこと関係ない』だろ?』
『ミハエル、あなた……』
なゆたの声が震えている。当然の反応だ――そんな事、例え冗談でも言っていい筈がない。
『真のデュエリストなら! 例え身の回りで何が起こっていようと!
自身の足許にまで火が迫っていようと! いいや凶弾に斃れ、或いは化け物に生きたまま身体を貪り食われようと!
意識が途切れる最後の瞬間まで自分のデッキの構築! パートナーモンスターの育成!
自らのスキルツリーのビルドを考えているものだろう!!』
「……チャンピオン。冗談でも笑えないぞ」
『デュエルに勝つ! 自分の前に立ちはだかる、すべてのプレイヤーを撃砕する!
それ以上に重要なことなんて、デュエリストには存在しない!
人命も! 世界の存亡も! それに比べれば些事だ、取るに足らないゴミ以下の案件だ!
ハイバラ、僕はずっと君を叩き潰すことを楽しみにしてきた。
モンデンキント、詭計を用いたノーカウントとはいえ、僕はたった一度だけ君に苦杯を呑まされている。
君たちふたりを圧倒的実力差で葬り去らない限り、僕はすっきりしないのさ……!』
「苦杯……あれが?よせよ、あんなのただの分からん殺し――」
『ふざけないで! 死んでしまったら、何もかもおしまいなのよ!
デュエルだって二度と出来なくなる! 世界だってそう! 世界が侵食で消滅してしまったら、それで終わりなの!』
『僕が一番でない世界を守って、何か意味があるのかい?』
「……今のは、今日一番だ。何を言ってるのかまるで理解出来ないぜ」
366
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/10(月) 00:06:56
【ターン・オン(ⅩⅠ)】
『どうやら、説得は無駄のようね』
『そうじゃの。まぁ妾は最初から無理と踏んでおったが』
『おい、チャンピオンか何か知んねーケド、この人数とひとりで戦って勝ち目があると思ってんのか?
戦いは数だよってどっかの偉い人も言ってんぞ!』
「ガザーヴァ。気を抜くな――さもなきゃチャンピオンが何なのか、身をもって知る羽目になるぞ」
『フフ、もちろん僕は君たち全員を相手にしたって負ける気なんてないけど。
それじゃ面白くないんでね……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』らしく、
正々堂々とデュエルで雌雄を決そうじゃないか。
そのためのメンバーも用意してある、特に――』
不意に、ミハエルが玉座から立ち上がる/いよいよ始まるかと身構える――だが違った。
『ハイバラ。君には愉しんで貰えると確信しているよ』
ミハエルはただ右手を掲げて、指を一度鳴らした――瞬間、会場が暗転。
ホールの随所でスモークが焚かれ、薄暗闇を色鮮やかなレーザーが彩る。
『はぁー、やぁーっと出番ですかぁ? 勿体ぶっちゃってまぁ』
そして声が聞こえた――聞こえる筈のない/だが聞き間違える筈のない声が。
『クソが、マヌケな演出に付き合わせやがって。うんざりだぜ』
エンバースが周囲を見回す――見間違える訳がない、流川たなと黒刃だ。
『ま……アメリカ人的には好きな演出なんだろうけど。いや、彼はドイツ人か』
あいうえ夫もいる――エンバースが忙しなく視線を会場に巡らせる。一人、足りないのだ。
客席を見渡し、ステージ上を何度も視線を往復させて――はっと気づく。
いつの間にか、ミハエルの傍に人影が一つ増えていた。
マイディア――乙夜マリが血塗れじゃない、ムスペルヘイムで息絶える前の姿でそこにいた。
『ははは……、ははははははははははははははははは!!!』
ミハエルの哄笑が響き渡る/エンバースは――何も言えない。
『どうだい? ハイバラ! 驚いてくれたかな?
そうだ! 彼らはリューグークラン! かつての君のチームメンバーたちさ!
断っておくけれど、偽者なんかじゃない。外見だけを似せた別人なんてのとも違う。
紛れもない本人だとも、保証しよう』
「……どこから」
どうにか一言だけ絞り出す。
『なになに? 『彼らが此処にいるはずがない』? 『彼らは死んだはず』って?
その通りだ! 彼らは死んだ、あの未実装エリア――光り輝く国ムスペルヘイムで!
ハイバラ、君を新たな魔王とする『スルト計画』の一環でね……。
君を含めたリューグークランは全滅し、死に絶えた。でもね……僕が蘇らせたのさ。僕がローウェルに依頼したんだ』
『蘇らせた……? そんなことが出来る訳……』
「いや――」
『死者を蘇生できないなんて、一般人の言うことさ。
ローウェルはこの世界の神なんだ、絶対の支配者! 管理者であり、運営者なんだよ!』
「――だろうな。この世界がゲームなら、それが不可能である理由はない」
367
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/10(月) 00:07:53
【ターン・オン(ⅩⅡ)】
『ミズガルズ、アルフヘイム、ニヴルヘイムは侵食によってデータ消去が進んでいるけれど、
ムスペルヘイムはまだ侵食の対象ではなかった。だから、まだデータが残っていたのさ……死んだ時点の彼らのデータがね。
ローウェルはそのデータを復元し、新たな命を与えた。
但し――ハイバラ。君の仲間としてでなく、このミハエル・シュヴァルツァーの部下としてね!
言わば、僕をリーダーとした新生リューグークランだ!』
「……なるほど。だからか」
リューグーの遺品には皆の死霊が今も残っている――だが新しく作ったと言うなら、それも矛盾にはなり得ない。
『彼らの強さは骨身に染みて知っているだろう? ハイバラ。
最強のチームを擁する僕を相手に、果たしてその寄せ集めチームでどれほど食い下がれるか――』
「――愉しんでもらえる確信している、だと?クソッタレめ。とんだ見当違いだ……!」
『ね、ね、ハイバラさんチームが何ターンでサレンダーするか賭けません?
私は8ターンってところかなー。黒刃さんとあいうえ夫さんは?』
「たな。本気なのか?分かっているのか……?殺し合いになるんだぞ」
『くだらねぇ。5ターン』
「黒刃。それでいいのか?チャンピオンにおんぶに抱っこで俺に勝って、それで満足か?」
『他はともかくハイバラ君は……いや、金獅子が押さえるか。なら私はキリよく10ターンで』
「……頼む、あいうえ夫さん。返事をしてくれ」
『マイディアさんは?』
「マリ――」
縋るような声――返事はない。
「――そうか。俺の声は、通じないんだな」
エンバースが項垂れる――そうして、ぴくりとも動かない。
『さあ。愉しいデュエルを始めようか。
どちらかが壊れて、動かなくなるまでね……!!』
『エンバースさん……』
「……分かってる。チャンピオンが来るんだろ。分かってるんだ。けど――」
『エンバースさん……ぼくの歌を聞いて欲しい!』
「……歌?」
会場を揺らすハードテクノが掻き消える/ギターとキーボードの前奏が始まる――カザハの歌声が響く。
風精王の呪歌――君がどんな決断しても共に戦い抜くよ――その一節がエンバースに深く突き刺さる。
368
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/10(月) 00:10:05
【ターン・オン(ⅩⅢ)】
「――俺は」
掠れた声。
『……分かってんなエンバース。あの四人はお前が看取ったリューグークランの連中じゃない。
そいつらの死はお前だけのモンだ。誰かに歪められて良いわけがない』
「――ああ、そうだよな。アンタもそう思うよな」
うわ言めいた微かな呟き。
『非常時に勝負を仕掛けんのも、虐殺に加担すんのも、故人を汚すのも――
全部『相手に実力を発揮させない』ための精神攻撃、揺さぶりだ。
よぉく分かるぜ。この手の盤外戦術はうんちぶりぶり大明神もよく使ってたからなぁ?』
『つまりお前は――デュエルから逃げたんだ』
明神がマゴットを召喚/エンバースは――まだ項垂れたまま。
『改めておめでとうミハエル。参加者一人の世界大会、お前がチャンピオンだ。
じゃあデュエルの話はこの辺で終わりにしようか。
次は……地球をローウェルに売ったクソ野郎をぶっ飛ばす話をしようぜ』
マゴットの咆哮/強烈な魔力が立ち昇る――『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』の前兆。
単発でも人を殺め得る威力を誇る闇の波動が、まさしく豪雨のごとく降り注ぐ。
落雷めいた着弾音が十重二十重に重なり響く中――刹那、瞬く剣閃。
響く剣戟音=明神の眼前で火花が散る――エンバースがダインスレイヴを抜いていた。
何が起きたのか。瞬きほどの間に、明神の懐まで影が一つ飛び込んでいた。
薄汚れた騎士兜/肘当て/膝当て≒軽鎧と分厚い毛皮を纏ったネズミの騎士。
流川たなのパートナーモンスター=ドブネズミ騎士のヴァーミンちゃんだ。
降り注ぐダークネス・クラスターを掻い潜り、ここまで踏み込んできた――だけではない。
「あえて弾幕の濃い範囲を見極め、選びながら、闇弾を目眩ましとして」踏み込んできた。
しくじれば被弾=大ダメージは必至――だけどその方がリターンが大きいから、そうした。
「――アンタのやり口だって言うならさ、そんなに熱くなるなよ明神さん」
鍔迫り合いの状態からドブネズミ騎士の腹部を蹴飛ばす/押し返す。
歯を食い縛っているような、笑っているようなエンバースの口元。
「今の、なかなかいいイニシエートだったぜ」
流川たな=露骨に不満げ――「なかなかいい」程度のイニシエートではなかったからだ。
初手で1キル取れていても不思議じゃないくらいの、会心の飛び込みだった。
たとえハイバラでも、容易く捌ける動きではなかった筈なのに。
「あいうえ夫さんも。相変わらずアンタは敵に回すとおっかないな」
ましてや――ドブネズミ騎士と同時に放たれていたもう一つのカウンター。
あいうえ夫のクリスタルオールドメイジによる結晶流星。
それを切り落としたついでに捌かれるなど。
「――挑発だとか、揺さぶりだとか、そんなんじゃないんだろ?チャンピオン」
ミハエルに問う/そのついでと言った調子で床を切り裂く――切り口から噴き出す溶岩。
床下を通して伸ばされていたオブシディアンスライムの触手が切断されたのだ。
それでいて――エンバースの双眸はミハエルだけを見据えていた。
369
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/10(月) 00:15:18
【ターン・オン(ⅩⅣ)】
「だって最初からそう言ってたもんな――俺には愉しんでもらえるって。
最高の対戦相手を用意してくれたんだよな?俺とのデュエルの為に」
僅かに弾んだ声色――その口元には、もう誤魔化しようもなく笑みがあった。
「けど――それだけじゃないか。確かめたかった……いや、背中を押したかった?
俺が、お前と同じスイッチを持っているか……それをオンにする事が出来るか」
薄々感づいてはいた/だが認めていいか分からなかった。
戦禍に呑まれたラスベガスを見ても、心が痛む感覚がなかった。
ワールドセンターの廊下を抜けて扉を潜る度、胸が高鳴るのを感じていた。
人命よりも世界よりも目の前のデュエルが大事――冗談としか捉えていないように振る舞った。
再生成されたかつての仲間に話が通じないか――戦わずに済む理由がない事を入念に確認した。
「俺は一度死んだ。未来も、仲間も、何もかもを失って、人を殺してでも生き残ろうとして、それでも死んだ」
きっかけは朧気にだが覚えている――この世界がゲームだと知った時からだ。
アルフヘイム連合軍を滅ぼされたと聞いた時も心に響かなかった。
あの時から――「スイッチ」が切り替わろうとしていた。
「だから分かるよ。安心してくれ――世界も、未来も、『そんなの関係ない』。ただ最高のデュエルをしよう」
エンバースの双眸が煌々と赤熱していた――血染めの色/狂気の色に。
「そういう訳だ。庇ってやるのは今ので最後だ。せいぜい、足を引っ張ってくれるなよ」
エンバースは振り向かない。
「――信じてるからな」
振り向けば、皆の顔を――なゆたの目を見てしまえば、「スイッチ」が切れてしまうから。
倫理も、道徳も、未来も――何もかもを視界の外へと追いやった、デュエリストの境地が。
ミハエル・シュヴァルツァーに張り合う為には――きっと「ここ」にいなくてはならない。
フラウがエンバースの前に出る/エンバースは左前腕のスマホに右手を触れて――直立不動。
「……まずはクラシカルに。パートナー同士のダンスを楽しむ……ってのは?」
折角の、チャンピオンとのデュエルなのだ。目一杯愉しまなくては――これは、半分本心。
もう半分は――時間稼ぎだ。エンバースは分かっていた。チャンピオンは自分よりも強い。
勝算がない訳でも、弱腰になっているつもりもない――しかし、しくじる訳にもいかない。
最悪なのは自分が圧倒された結果、チャンピオンがさっさとゲームを畳もうとするケース。
エンバースは分かっている。自分はまず間違いなく負ける――だがせめて、すり潰されるように負けなくては。
370
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:30:29
門を…『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を潜り・・・RPG的おなじみワープ演出・・・僕達の様々の記憶らしきものが流れていく。
仲間達の記憶の断片だろうか?確認できないような速さで流れていくので…確信は持てないが…。
そんなこんな…気づいたら見慣れたコンクリートジャングル…及び青空が目の前に飛び込んできた。
>「これは……」
ブレモンの世界を長く見すぎたせいで少し綺麗とは言い難いが…それでも僕が…僕達が見たかった景色がそこにはあった。
ここが日本の…どこかはちょっとすぐには分からなかったけど…それでも…間違いなく…帰ってきたのだ。
>「う……うわぁぁぁぁぁぁッ!!」
しかし…感動してばかりもいられない…僕達はその戻りたかった地球の…地面とは遠くかけ離れた大空にいたからだ。
「お〜…結構高いな」
正直僕はこのまま頭から落下してもどうにもならない気はしていた。人間をやめてしまった感覚はあったけれど…今更感あるしなあ…。
>「ぎゃぁあああああああああああ!! 落ちてる! 落ちてるから!!」
「カザハ!早く飛ぶんだ!…っていうか落ち着け!君が慌ててたらみんな助かる者も助からないから!」
>「えいっ!」
僕はカザハの見事にキャッチされ部長と共にカケルの背中に着地する。
「カザハ…ありがとう…あ〜…それとそんなにしがみつかなくても僕は大丈夫だから…」
カザハは僕の言葉を聞いてもなお抱き着く力を緩めなかった。
>「いやぁ〜、びっくりした! でも凄く上空で逆に良かったよ。
中途半端な高度だったら訳わかんないままぺしゃんこになってたかも!
あ! 会話通じてる!? 良かった、自動翻訳機能切れてない……!
ん……? そういえば最初から日本語か!」
「あはは…最低限挨拶くらいならともかく…日常会話は無理かな…昔はよく駅や空港で外人に道を尋ねられて駅員さんに助けを求めたものさ」
ところで抱き着く力がまあまあ強いので少し緩めて欲しかったのだが…。
カザハが少し震えていたような気がした…。
もしかしてまだ緊張しているのかもしれない…僕でその緊張の糸が少しほどけるなら…なにか言うのは野暮だな。
忘れ去られていた天然成分が存分に発揮されていた。
371
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:30:42
>《みんな、はばかりさん。無事に地球へ行きつけたみたいやなぁ。
そやけどここからが正念場やねん。気ぃ引き締めてな》
>「ありがとう、みのりさん。
で……ここどこ? 取り敢えず、見たところニヴルヘイムの被害はなさそうだけど……」
「うーん…日本国内だって事はわかるけど…」
かといって平和な状況に見える。日本はよく平和ボケしている国だなんだ…って言われているので…他人事根性で普通にしているだけかもしれないけど…
>「ひょっとして、先回りしちゃったんじゃね? だって、連中は大軍だぜ。動きのニブい奴だってたくさんいる。
その点ボクたちはバババビューン! って一気に移動してきちゃったもんな!」
>「いや……。あのミハエル・シュヴァルツァーがそのように悠長な行軍をするとは思えん。
奴は目的達成のために必ず最短最適のルートを選択する男だ」
イブリースがどのくらい足止めできるかどうか…当然計算に入れているはず…
多少ズレるにせよ…もうそろそろ戦闘が始まっててもおかしくないのだが…
>《今、ヴィゾフニールがおるんはだいたい静岡県の沼津辺りやね。うちもコンソールコマンドはまだ不案内やよって、
大まかに日本っちう指示しかできひんかったさかいそうなったみたいや、堪忍え》
>「静岡は無事でも、東京だとか他の地域は被害を受けてるかもしれない。みのりさん、それは調べられないの?」
>《今やっとるけど、その可能性は低そうや。日本全域でスキャンしても、異常熱源があるような地域は認められへん。
……とすると、ミハエルたちが向かったのは海外かもしれへんね》
「僕達がまずいくのが日本だという事を見越していたのかもしれないな…」
こんな時にインターネットを開ければよいのだが…
>「……あるぞ。家族に一報入れつつ、ミハエルの動向も探れる方法が……!」
>「――ああ、いや、待った。言わないでくれ。自分の馬鹿さ加減に情けなくなる」
>「この事実を発見したのはおそらく全人類で俺が最初だろうが……。
スマホってソシャゲだけじゃなくて、電話とかネットも使えるんですよ」
「ああ…もうだめそう。」
>「ちょっとまってな、取り急ぎヤフーニュースでも見て……あれ?」
>「俺のスマホが……ブレモン専用機になっちまった……」
僕のスマホはブレモンの世界にいたころからブレモン以外起動できなかったし…分かりきっていた事ではあった。
僕が敵側だったら真っ先に対策しそうな所だし…仕方ない…こればっかりはみのりさんを待つしかないか
>「結局ボクらは待ちかぁ。待ってるしかねーんだったら、ナゴヤいこーぜ!
明神のパパとママと、それから弟に挨拶にさ! んでトンカツ食べる!
ここでボンヤリしてたってミハエルとかがすぐ見つかるワケじゃねーんだし。なっ!」
イブリースがすごい形相でカザーヴァを睨む。
それはこんな時に冗談をいってるカザーヴァに対して怒っているのか…ふざけるなと言いたいが言い返す言葉がない自分に怒っているのか…。
>「なんでだよ、石油王が時間かかるって言ってんだから、ボクらはその間自由時間でもいーじゃんか。
偶然発見できることを期待して、あてずっぽうでその辺ウロついてムダに疲れるほーがバカだろ。
モンキン、オマエだって家族の顔、久しぶりに見たくないのか?ボクと明神の用事が終わって
それでもまだ時間があるようなら、そっち行ってもいいぞ? 焼死体もジョンぴーもさぁー」
>「そんな我儘ばっかり言ったら駄目! 行くにしても順番が違うでしょ?
もし行くならリーダーのなゆからだよ?」
「こらこらカザハ…そもそも僕達が全員この姿のままいったら大騒ぎになるぞ!…
遊びに行く事は反対だが…現代日本に下り立って怪しまれないメンバーが情報収集するのは…賛成する。とにかくメンバーを集めて――」
ハロウィンなら全員で降りても問題なかったかもしれないが…。なんにせよ時間がないのだけは確かだ…犠牲者がでてからではもう遅い。
>「大丈夫。
わたしには、ミハエルが今どこにいるのか……たぶん分かるから」
僕達の論争はなゆの一言であっさり終わる事となった。
372
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:30:59
>「何ィ〜ッ!? 知ってる!?
おいッ! じゃあなんで最初から知ってるって言わなかったんだよ!」
>「知ってる、とは言ってないよ。『分かる』って言ったんだ。
100%じゃないけどね……確証がある訳じゃない。ただ、今までの行動パターンや言動を鑑みて、
ミハエルの性格を分析したら、ニヴルヘイム軍が向かったのは――恐らくそこしかない」
一同はなゆの続きの言葉を聞くために静まり返る。
>「アメリカ、ネバダ州ラスベガス――ラスベガス・ワールド・マーケット・センター。
『ブレイブ&モンスターズ』の頂点を決める、ワールド・チャンピオンシップの舞台。
ミハエル・シュヴァルツァーは、きっとそこにいる」
明神はエンバースの顔を見て、なるほど。と頷く。
僕とカザハやイブリースにはピンとこなかったが…。
>「ワールド・マーケット……苦い響きだな」
イブリースの反応見るに当たりだったらしい。エンバースは罰の悪そうな反応をしてその後考え込んでしまった。
>「ははぁ……なるほど。いかにもあのクソガキの考えそうなこったな。
ハイバラ氏の失踪で消化不良になった全世界大会をやり直そうってか」
どうやらラスベガスはハイバラ…もといエンバースとミハエルの因縁の地であると明神が説明してくれた。
その状況を再現して…そこで決着する…僕には分からない話ではなかった。
>「妾たちはミズガルズの地理には詳しゅうない。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の言葉を信ずる他ないゆえ、
決定権はそなたらに委ねる。……で、月の子以外の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の意見はどうじゃ?」
「異論なしだ。今までのアイツがエンバースにだけ異常に絡んでた事を見るとほぼ確実に…当たりだろうしね…」
>《うちはかめへんよ〜。一応、こっちでも捜索は続行するさかい、何かあったら教えるわ〜。
ラスベガス到着時間はおおよそ6時間ほど後の予定やよって、みんな気持ちが昂っとるとは思うけど、
少しでも寝たり体力回復しとくとええねぇ》
>「そうだね……。イブリースとの戦いに管理者メニューの起動で、だいぶ体力使っちゃったから。
わたしの予想が的中していたら、ラスベガスではミハエルと決戦することになる。
今のうちに少しでも休んでおこう、じゃあ……みんな6時間後にまたこのブリッジに集合ってことで」
そういえば心なしか体がだるい気もする。休める時にしっかり休む。戦闘の基本である。
>「ああ、それにデッキの再編もしないと。相手は世界チャンピオンだ……悔いの残るような戦いはしたくない」
そう言い放ち早足でいなくなるエンバースをみて少し不安に駆られたが…しかしその後追うように出ていったなゆを見て追いかけるのを思いとどまる。
なゆに任せれば大丈夫。そう思ったから。
373
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:31:15
僕は自室にいき坐禅組んでいた。
昔から…なにか一人で考え込むときはこうするのが一番落ち着いた。
この後の戦争を戦い抜く上で一番大事な事はなにか?勝つことは当然だ。僕達は絶対に負けない。
しかし勝つ過程は勝つことよりも難しく…だが重要な事だ。
過程や結果を軽視すれば…例えこの戦いに勝ったとしても…なにも残らない。
まず犠牲を減らす…無くす事はほぼ不可能だろう…僕達がこうやって移動してる間も…きっとどこかでだれかが犠牲になっている…。
相手の事を考えれば…もう始まっていると考えたほうが正しい。
ならば最小限に被害を抑える方法を…。
>「見て見てこれ」
「…!?」
坐禅こそ組んでいたが警戒を怠ったつもりはないのだが…目の前に前にも会った…カザハ…の面影がある…人?精霊?がいつの間にかドアが開いて存在しており…僕にスマホの画面を押し付けてきた
「ちょ…押し付けないで…見えない…見えないから!スマホの画面押し付けられても…!」
>「まさかカザハを生涯連れて行ってくれるご主人様が現れるなんてね……。
あ、ご主人様ってもちろんブレモン的な意味で!
え、私? カザハの1巡目のマスターで地球にいた頃の母親ってことになっていたというか……。
いや、多分人間がその辺から湧いてくるわけにいかないからそういう設定にしないと仕方なかったというか。知らんけど!
多分親とは思われてないから! カザハは数百年の時を生きる精霊だから年齢逆転してるし!
1巡目で、この子にはきっと綺麗な羽があるって直感で思って捕まえたんだ。結局私には羽化させてやることが出来なかったけど……」
「分かった…話聞きますから画面押し付けるのやめて…!」
落ち着いてくれたのか…アゲハと名乗る女性はゆっくりと話し始める。
>「カケルは、多分ずっとカザハの傍にいるけど……
あれは弟だから別に気にしないで欲しいというかランキング外の存在というか……。
二人はいろいろあって魂を共有しててさ……」
>「奇行ばっかりしてるけどああ見えてマスターの言う事はよく聞いてくれるよ。
でももしも我儘を言ったらその時は……怒らないでやってくれると嬉しいな」
「怒るなんて…カザハのやさしさ…騒がしさにはいつも助けられてばっかりですよ
僕も…なにか返したいんですけど…今の僕には返せるものがなくて。」
そんなこと気にすんなよ!と言わんばかりに僕の背中を叩く。
なんか母さん味があふれ出してるなこの精霊…。いやお母さんだったわ。
>「これねー、私がこうなってるの、多分これのせいなんだよねー。
多分生まれる時に忘れてったのかな? 返さなきゃいけないけど返し方分かんないし……
多分成仏すれば返せるけど……どうやったら成仏するのやら分かんないし……」
半透明なった体にわずかな光を灯す欠片…これは…テンペストソウル?
「えーと…お母さん…でいいんですよね?…大丈夫ですよ…どんな経由があったにせよカケルは貴方に消えてほしいなんて思うような子じゃ――」
僕の言葉が言い終わる前に部屋に突撃してくる二つの影。
>「嫌ああああああああああ! 勝手に絡まないでって言ったじゃん!」
>「はいはい、帰りましょうねー!」
カザハとカケルが嵐のように突撃して嵐のように過ぎ去っていっていった…カザハだけを置いて。
374
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:31:26
>「あ……その……うちの関係者が……お騒がせしました……!」
「ふふ…面白い人だね」
本当はもうちょっと詳しく話を聞きたかったけど…。
>「あはは、我ながらくだらないなあ!
我は本当にこの世界にいたんだね……。消えてなかったんだ……良かった……!」
カザハは画面を見ながら笑っているとも…泣いているとも取れる表情をしていた。
詳しい事情はある程度聞いたけど…それでも僕にはまだ詳しく理解する事はできないだろう。
>「このロケ地、鳥取砂丘なんだけど……良ければ今度来る? ラクダ乗る?
でも、キミが行きたいところならどこでもいいよ。
キミと一緒なら、地球でも、アルフヘイムでも、きっとどこでも楽しいよ。
キミが旅行に誘ってくれたの、本当に嬉しいんだよ。
もちろん普通の意味でも嬉しいし、キミが楽しい事にも目を向けるようになってくれたのが、すごく嬉しい……!」
>「だからさ……頑張ろうね! 世界が荒廃して行く場所が無くなっちゃったら困るもの!
ぼくはキミから戦う勇気たくさん貰ってるよ。
その代わり――もしもこの先キミが闘争の衝動に飲まれそうになった時は、ぼくが必ず止めるよ」
僕は無言でカザハを抱きしめた。
「必ず…いこう。二人きりでも…みんなでも…何回でも…必ず」
少しとも…長くとも感じる時間抱きしめ合った後…名残惜しいが離れる。
カザハは緊張の糸が切れたのか…少し眠そうだった。
「少し休もう…これから大変だからね。」
>「じゃあ、また後でね。おやすみ……」
ドアまでたどり着いたところで意識を失うカザハを抱き上げ自分のベッドに運び…。僕もその横で椅子に座り…
カザハが手をぎゅっと掴んできたのでそのまま握ったまま…僕もまた…眠りについた。
375
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:31:40
>「みんな、見て!」
予想はしていた。イブリースと僕達の戦闘が始まったあの時から…殆ど確定していた事実ではあった。
しかし…目の前に…モニターに映し出された光景をみて…やっぱりな…と茶化す事は僕にはできなかった。
>「遅かったか……」
燃えている。建物が…戦闘で使用されたと思われる物が…人も、魔物も…全部。
銃社会であるアメリカでさえも不意打ちで…しかも理解など程遠い所にある魔法には成すすべなくやられたのだろう。
魔物の死体と人間の死体が釣り合っていない。もしかして人間を捕食してエネルギーを補充しているから本当はもっと多く死んでいるかもしれない。
>「イブリース!!さっさとお前の手下共を止めてこい!!!
今すぐ動かねえならヴィゾフニールから蹴り出してやろうか!!!」
今イブリースがここから飛び降りたとして…戦いは止まらない。
いや…その場は一方的に収める事はできるかもしれないが…一度始まってしまった戦争を…止める事は神でさえできない。
「明神…少し落ち着け」
そんな事は明神だって分かってるだろうけど。
>「ああ……クソ、クソっ……!!」
今の僕達にできる事はなにもなかった…だけど
>「いいえ、まだよ!
ここから被害を抑える! もう、誰も傷つけさせたり死なせたりなんてしない!
ワールド・マーケット・センターへ行こう!」
>《はいな。ここまで来れば、センターはもう目の前や。
着陸するで、みんなあんじょうおきばりやす!》
だが一方的に戦争を止めたとして…アメリカがはいそうですかと納得するわけがない。
イブリースの同胞達は…文字通り一匹残らず地球から消し去られるだろう。
戦争が始まってしまった以上…どっちかが滅びなければ死んだ者達が浮かばれないのではないだろうか?
>「オレは朋輩たちのところへ行き、破壊行為をやめさせてくる。
ミハエル・シュヴァルツァーのことは……貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に任せた」
強いて言うなら…イブリースが現れたとして…優勢である攻撃の手を緩める理由もない
もちろん良識を持っている者達もいるだろう。イブリースが来たなら止める物も…だが戦争という行為は悪意が溢れる場所で…。
1を手に入れたら2も欲しくなるのは人間だけではない。
「あ〜〜〜…くそ!余計な事は考えるのはやめだ!終わってから考えればいい!」
余計な事を考えれば今救える命さえ救えなくなる!僕達にできる事は前進する事だけだった。
376
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:31:53
>「……フフ……。
待っていたよ、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』諸君」
豪華絢爛なブレイブ世界大会の中央の王座に目標の人物は確かに座っていた。
子供らしく純粋で…それでいて悪意に満ちた笑顔でその場に存在していた。
>「君たちなら、ローウェルの妨害を突破してここまで来ると思っていたよ。
そうとも、ありとあらゆる艱難と辛苦を乗り越えてこその『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
でなきゃ僕も、君たちを叩きのめし甲斐がないというものだからね……」
>「そうかい。ならおじいちゃんに大会会場まで連れてきてもらったお前は……
艱難も辛苦も乗り越えてねえ箱入りのお坊ちゃんはブレイブじゃねえってわけだ?」
ミハエルは明神の煽りを聞いていないかのように言葉を止めない。
>「これから始める、僕のデュエル。
僕が君たちを完膚なきまでに叩きのめし、踏み躙ってやること。
その邪魔をしなければ……ね……!」
>「デュエルですって、こんなときに何を……!
すぐにローウェルに侵食をやめさせないと、大変なことになるのよ!?
何もかもがなくなってしまう! そうしたらもうデュエルどころじゃないの!
プレイヤーとしての優劣や勝負は、世界が平和になってから幾らだって決めればいい!
今は、プレイヤー同士でいがみ合っている場合じゃ――」
>「何言ってるんだい? 侵食? 何もかもなくなる? ハ、くだらないね……。
デュエリストなら、『そんなこと関係ない』だろ?」
>「……チャンピオン。冗談でも笑えないぞ」
狂っている…いやミハエルの年齢から察するに現実を完全に理解していないのか…いや…この場合やはり狂っているのだろう。
人の死体の上でもやり直したい事があるなど…相当に可笑しくなっていなければ実行などできない…
>「ふざけないで! 死んでしまったら、何もかもおしまいなのよ!
デュエルだって二度と出来なくなる! 世界だってそう! 世界が侵食で消滅してしまったら、それで終わりなの!」
「…もうやめよう。時間の無駄だ。」
人間は多様性でこの世の全ての生物の頂点に立ってきた。
地球のほんの一部に住む未開の生物も多少はいるが…いずれ地球のどこにも人間に勝てる生物はいなくなるだろう。
しかし…その多様性が人間ですら手を焼く存在を生む。
「お前には…止めてくれる人がいなかったんだな…」
人の言葉を話す…化物を…生み出す。
377
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:32:04
>「フフ、もちろん僕は君たち全員を相手にしたって負ける気なんてないけど。
それじゃ面白くないんでね……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』らしく、
正々堂々とデュエルで雌雄を決そうじゃないか。
そのためのメンバーも用意してある、特に――」
>「ハイバラ。君には愉しんで貰えると確信しているよ」
会場中に大音量で音楽が響き渡る。
こうゆーのなんていうんだっけ?テクノ?別に嫌いじゃないが…今この状況では不愉快極まりなかった。
>「はぁー、やぁーっと出番ですかぁ? 勿体ぶっちゃってまぁ」
>「クソが、マヌケな演出に付き合わせやがって。うんざりだぜ」
>「ま……アメリカ人的には好きな演出なんだろうけど。いや、彼はドイツ人か」
一人一人登場する度にいや誰だよ…と思ったが…ミハエルが最初に言ったハイバラという名前を名指しした事。
…エンバースの一人一人に驚き…そしてキョロキョロと誰かを探す仕草…リアクションが全ての答えを物語っていた。
今ミハエルの傍にいる3人と…後から出てきた無口な少女が…エンバースの…いや詳細にいえばあの有名な…
>「ははは……、ははははははははははははははははは!!!
どうだい? ハイバラ! 驚いてくれたかな?
そうだ! 彼らはリューグークラン! かつての君のチームメンバーたちさ!
断っておくけれど、偽者なんかじゃない。外見だけを似せた別人なんてのとも違う。
紛れもない本人だとも、保証しよう」
>「なになに? 『彼らが此処にいるはずがない』? 『彼らは死んだはず』って?
その通りだ! 彼らは死んだ、あの未実装エリア――光り輝く国ムスペルヘイムで!
ハイバラ、君を新たな魔王とする『スルト計画』の一環でね……。
君を含めたリューグークランは全滅し、死に絶えた。でもね……僕が蘇らせたのさ。僕がローウェルに依頼したんだ」
>「蘇らせた……? そんなことが出来る訳……」
>「……ジジイがバックについてるなら、まぁ、そうなんだろうな」
「僕が…しようとしていた事は…こんなにも」
――醜かったのか
僕はシェリーとロイを蘇らせるならなんでもやるつもりだった。世界を巻き込む事も、人を犠牲にしようとも…自分がその対象に含まれていようと。
だが世界を巻き込むという事を…僕は芯に…理解させられた。
>「死者を蘇生できないなんて、一般人の言うことさ。
ローウェルはこの世界の神なんだ、絶対の支配者! 管理者であり、運営者なんだよ!
ミズガルズ、アルフヘイム、ニヴルヘイムは侵食によってデータ消去が進んでいるけれど、
ムスペルヘイムはまだ侵食の対象ではなかった。だから、まだデータが残っていたのさ……死んだ時点の彼らのデータがね。
ローウェルはそのデータを復元し、新たな命を与えた。
但し――ハイバラ。君の仲間としてでなく、このミハエル・シュヴァルツァーの部下としてね!
言わば、僕をリーダーとした新生リューグークランだ!」
だからこそ…こんな化け物に…熱くならずにいられたのかもしれない。
みんな殺気立ってる。当たり前だ…こんな状況で冷静で入れられるわけがない…。
いくらミハエルに救いようがなかったとしても…例え最終的に死という形で裁かれるとしても…
白昼の元に晒し…罪を告白させ…裁かれる必要があるはずだ。
自衛の域を超えた殺戮は…自分自身を崩壊させる事を身を持って知っている。
>「エンバースさん……ぼくの歌を聞いて欲しい!」
378
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/07/12(水) 03:32:22
『共に来た道』
カザハが心を込めて歌ってもなお…この場に残る負のオーラを消し去れない。
>「責めてるわけじゃないよ?メンタル攻撃は有効な戦術だし、
格上相手なら仲間を呼んで囲んでボコりゃ良い。
むしろ偉いよ。ちゃんと勝てるように頑張ってこの状況を整えたんだもんな?」
>「つまりお前は――デュエルから逃げたんだ」
激情に駆られてはだめだ。そんなの僕達らしくない。僕達はみんなのハッピーエンドの為に来たんだ。
薄暗い気分で戦いにきたわけでも…怒りに支配されるために来たわけでもない。
この戦場という血に塗れた空間に塗れちゃいけないんだ。
>「俺は一度死んだ。未来も、仲間も、何もかもを失って、人を殺してでも生き残ろうとして、それでも死んだ」
>「だから分かるよ。安心してくれ――世界も、未来も、『そんなの関係ない』。ただ最高のデュエルをしよう」
ダメだ…みんな昔の僕のように…悲しい覚悟を決めるなんて事…そんな事は…
僕に希望を持たせといて…自分だけバッドエンドを受け入れるような真似は…絶対に許さない!
「エンバース!仲間を頼れ!信じろ!言っておくけど人に希望を持たせておいて自分だけかっこよく諦めるなんて真似は許さないからな!どこまでも僕はついていくぞ!」
君は僕に希望を与えたつもりなんてこれっぽっちもないだろうけど…それでも僕はみんなの行動で…諦めている自分をよくやく辞めれたんだ。
本当はもっと説得の言葉をエンバースに掛けたい。言葉は無限にあるけれど…でも…
僕ではだめだ。どれだけ言葉と行動を重ねようと思っても…僕ではエンバースの心の奥底には絶対に届かない。
それは僕の役目ではないから。
「すまないな…カザハ…無茶に付き合わせてしまうけれど…援護頼めるか?」
僕はカザハに一声かけてエンバースを抜きさり…レスバ&先制攻撃する明神の前に立つ。
「なーにが新生リューグークランだ!こっちにはな!最愛の僕のパートナーと仲間達がいるんだぞ!」
部長を抱えて天高くつき出す
「勝てるさ!突然だろ?お前等は中ボスなんだ…分を弁えろよ!お前らなんてこの僕達の…部長の…敵じゃない!!!」
滑稽だとみな僕をあざ笑うだろう。この最弱モンスターを抱えた面白外人は一体なにを言っているのかと。
有名プレイヤーがゲーム最弱候補のウェルシュ・コトカリスの部長を知らないはずがない。
普通なら間違いなく無視される…しかし…彼らがゲーマーであるなら話は別だ。
穴を突っついて…穴を大きくし…更にそこから気持ちよく狩る。チームバトルゲームでのその快感はそう簡単に忘れられるものではない。
そしてこの場において狙われるのはだれか…?答えはもちろん一番弱い奴だ。
だから僕は宣言したのだ。一番この中で弱いのは僕ですよ。と
リアルではちょっとした有名人でも…ブレモンの世界では無名なプレイヤー+最弱候補モンスター。
僕の情報を持っていたとしても関係ない…なぜなら本当に一番この中で経験が浅く…穴である事は違いないからだ。
「明神…感情を剥き出しにするのは関心しないな…そんな煽りは効果がないし…何よりも僕達らしくない!…こんな時だからこそ…僕達は僕達でいなきゃいけないんだ。
そもそも…的確に相手の弱点を冷静につける人間が…このPTには最も参考になる仲間がいるじゃあないか!…ゴホン」
そんな事いっても落ち着ける状況ではないのは分かっている。外では今も人間もモンスターも犠牲になり続けている。
耳には直接聞こえていないだけで魂には間違いなく響いている。犠牲になった無実な人間と魔物の魂の叫びが。
こんなしょーもう化け物とレスバなどやってる時間なんてない…だからと言って感情を剥き出しにして殺し合いに付き合えば…僕達は可笑しくなってしまうだろう
見知らぬ人も…仲間も救う。過程も大事にする。…全てを大事にした先に…世界が救えると…僕には…たぶんそうだとしか言えないけど…そう信じたい
カザハや…なゆ達と出会わなかったら…僕は喜々としてこの戦場に参加し…死んだ人間を蘇らせる契約の元殺戮を楽しんでいたかもしれない…
だけどなゆ達と出会って…僕は変わるんだ…どうなにを変えればいいのかはいまだによくわかってないけど…それでも…!
仲間達が僕に前を…希望を見せてくれたから…間違ったことをしたら怒ってくれたから…だから…だから今度は僕が――
「――待ちにまったお楽しみの時間じゃないのか?おもてなしの準備は万端だぜ…もしかして明神さんの一撃で白旗を上げたくなった…なんて…
いや怖いなら逃げてくれて全然かまわないんだが…人間生きれてればそんな事もあるさ!恥じる事なんてない。したきゃ動物のようにキャンキャン逃げ回ればいいさ
逃げ回り許しを請う人間に襲い掛かるなんてお前等と違って強い俺達にはできないからな…好きなだけ逃げるといい」
そのドヤ顔はどこまでも純粋に光り輝いていたという――
渾身のエンバースのモノマネ――お世辞にも似てるとはいえないが…タンクとして敵を煽る手段としては完成度は高いのではないだろうか。
まあタゲをどれだけ取れるかはそんなに重要じゃなくて…煽ったのにはもう一つ目的がある…ミハエル以外の…エンバースの仲間がどれほど話が通じるのか…。
人間らしい振舞いをここで見せてくれれば…可能性があるかもしれない。
379
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/07/19(水) 20:30:56
明神の放った宣戦布告代わりの『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』が、ミハエルとリューグークランを襲う。
広範囲攻撃型の闇魔法で、『闇の波動(ダークネスウェーブ)』よりも一発ごとの威力は低いとはいえ、
圧倒的に数が多い。まさしく豪雨、破壊の嵐が唸りをあげて迫るも、クランのメンバーはまるで慌てるそぶりがない。
どころか。
「ふん。『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』プレイ」
「『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』プレイ」
冷静にスマホを操り、スペルカードを手繰ると何事もなかったかのように防御してしまった。
かつてリバティウムでも猛威を揮ったミハエルの絶対防護魔法『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』。
明神のお株を奪う魔法障壁『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』。
それらが『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』をあたかも霧雨のように打ち消してしまう。
更に――
>――アンタのやり口だって言うならさ、そんなに熱くなるなよ明神さん
ダインスレイヴを抜いたエンバースが、いつの間にか明神の至近まで接近していたモンスター相手に鍔迫り合いしながら言う。
驚くべきことに、リューグークランは自分たちを殺そうと迫る魔力の嵐を逆に弾幕として利用し、
ドブネズミ騎士を差し向けて攻撃を仕掛けてきていた。
それを間一髪見抜いた、否、察したエンバースが食い止めたという訳だ。
おまけに、リューグークランの攻撃はそれだけではなかった。
ドブネズミ騎士を吶喊させると同時、『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』に紛れて、
クリスタル・オールドメイジが結晶流星を放っていた。
限りなく透明に近い結晶の弾丸は完全に『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』の影に覆い隠され、
エンバース以外の人間には視認することは不可能だった。
かつての仲間たちの戦術を知悉しているエンバースだからこそ、その攻撃に対応することができた。
もしもエンバースがこの場にいなかったら、今の遣り取りだけで明神と、あと一人くらいは殺られていた。
皮肉なことに、明神が怒りと共に叩きつけた魔法は完全にリューグークランを利する形になってしまった。
これが世界レベル。今までの戦いとは比較にならない格の違いを見せつけられた。
>――挑発だとか、揺さぶりだとか、そんなんじゃないんだろ?チャンピオン
ミハエルから視線をずらさず、エンバースは更に床をダインスレイヴで斬りつけた。
途端、溢れ出すオレンジ色のマグマ。
黒刃の放ったオブシディアンスライムの奇襲を見破った形だ。チッ、と黒刃がフードの奥で舌打ちする。
>だって最初からそう言ってたもんな――俺には愉しんでもらえるって。
最高の対戦相手を用意してくれたんだよな?俺とのデュエルの為に
「……は……、ははははははは! ははははははははははははははははは!!
分かっているんじゃあないか……ああ! さすがハイバラ、それでこそだ! そうだよ、そうだとも!
最高のデュエル! 最高の戦い! 最高の頂上決戦のために、僕はこの舞台を誂えたんだ!」
エンバース――ハイバラの言葉に、ミハエルは心底から嬉しそうに笑った。
滅びゆくアルフヘイムとニヴルヘイムを捨て、わざわざ大軍団を引き連れてラスベガスに狙いを定め。
ミズガルズの軍隊を蹴散らしてワールド・マーケット・センターを占拠し、かつての世界大会のような装飾を施した。
玉座も、スモークとレーザービームのド派手な演出も、すべてはハイバラと楽しいデュエルをするため。
>けど――それだけじゃないか。確かめたかった……いや、背中を押したかった?
俺が、お前と同じスイッチを持っているか……それをオンにする事が出来るか
「うん、うん、素晴らしいよハイバラ。
僕には分かっていた、かつてこの地球で君のデュエルを見たときから。
君は僕と同じだ。同じ類の人間なのさ……デュエルはすべてに優先する。
デュエルで勝ち取る栄光以外に価値のあるものなんてない。ただ勝利を得るためだけに存在する、真のデュエリスト!
そんな君との戦いを、僕はずっと楽しみにしていたんだ」
リューグークランのメンバーを従えながら、ミハエルはよく通る美しい声で歌うように言葉を紡ぐ。
この世で唯一自分と同じステージに立つ資格を持つ者へ。
「ローウェルのくだらない計画でそれが台無しになったと知った時の、僕の怒りと落胆といったら筆舌に尽くしがたいものだった。
僕はこの世界で君に代わる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を見出そうとした。君や僕に比肩し得るプレイヤーを。
シンイチがそれかと思ったこともあったけれど……もうどうでもいい。どうだっていい。
ここに、本物の! ハイバラがいるのだから――!!」
>俺は一度死んだ。未来も、仲間も、何もかもを失って、人を殺してでも生き残ろうとして、それでも死んだ
エンバースのひび割れた双眸が紅く輝く。それは闘争の色、狂気の色だ。
>だから分かるよ。安心してくれ――世界も、未来も、『そんなの関係ない』。ただ最高のデュエルをしよう
「ああ。最高のデュエルをしよう……すべてが滅びゆく、このラグナロクに」
双方の意志は確認できた。ならば、あとは何も要らない。ただ心行くまで戦い、勝敗を決するだけだ。
軽く、ミハエルが右手でエンバースを招く。
>そういう訳だ。庇ってやるのは今ので最後だ。せいぜい、足を引っ張ってくれるなよ
エンバースが背後の仲間たちに告げる。
断固とした言葉だった。今更デュエルをやめるだとか、考え直すだとか言った提案の一切を許さない語調。
「エンバース……」
その背中を見ながら、なゆたが呟く。
エンバースのハイバラとしての宿命がミハエルとの、かつての仲間との戦いを不可避なものとしている。
ならば、これは単に強い者を決めるという類のデュエルではない。
エンバースが過去の呪縛やしがらみから解放されるかどうかの、運命と向き合う戦いなのだ。
であるのなら――自分のすることなど決まっている。
>――信じてるからな
「……任せて」
エンバースが最後に放った言葉に、はっきりと返す。
信じると決めたのだ。共に歩むと誓ったのだ。――愛すると願ったのだ。
だから、勝つ。
380
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/07/19(水) 20:43:09
「デュエル――スタート!!」
パチン、とミハエルがフィンガースナップを鳴らすと、再度バシューッ!! と音を立ててスモークが噴き出した。
否応なしにテンションを上げてゆくけたたましいサウンドと共に、会場を七色のレーザービームが乱舞する。
>……まずはクラシカルに。パートナー同士のダンスを楽しむ……ってのは?
エンバースがパートナーモンスター、フラウを召喚。
そんなチャレンジャーの提案に、チャンピオンが応じる。
ミハエルもパートナーの『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』を召喚。
白い肌に漆黒のトーガを纏い、黒い翼を持ち右手に細剣を携えた、優美な姿だ。
「いいとも。行くよ……ハイバラ」
薄い笑みと共に、ミハエルが堕天使へ攻撃指示を出す。
垂直に立てた剣を顔の前に翳し、恭しくポーズを取った後、堕天使が恐るべき速度でフラウへ迫る。
ギュガッ!!
細剣での刺突――迅い。『目にも止まらぬ』とはこのことだ。
しかも一撃ではない。十撃、二十撃が一纏めにフラウを襲う。
あたかも敵が複数いるかのような、全方位からの致死的攻撃の嵐。
ミハエル・シュヴァルツァーはビートダウン戦法、つまり絶え間ない攻勢によって敵のライフを削り取る戦術を好むプレイヤーだ。
ビートダウンは兎に角相手の体勢が整う前に殴り抜けるという速度が求められる戦術であるが、
超絶激レアモンスターであり無育成でも大抵の準レイド級に勝てるほどの性能を誇る堕天使を
極限まで強化したミハエルのデッキの制圧力は他の追随を許さず、『王の攻勢(ケーニッヒ・アングリフ)』と呼ばれる。
といって、決して堕天使の性能や能力頼みのプレイヤーという訳ではなく、
いかなる戦況にも即座に対応する圧倒的戦術眼やカード選択センス、勝負度胸はまさにブレモン世界王者の名に相応しい。
「『YHVH(ヨッド・ハー・バウ・ハー)』――プレイ」
更に、ミハエルがユニットカードを切る。
途端にエンバースとミハエルのいるフィールドの天井から眩い光が降り注ぎ、輝きに満ちた戦場に無数の天使が降臨する。
天国の祝福によって光属性のモンスターを超強化するカードだ。
各ステータスの飛躍的に上昇した堕天使が更にフラウを追い詰める。
ガガガガガッ!
堕天使の手数が徐々に増えてゆく。が、まだフラウの力なら捌くことが可能だろう。
ミハエルがスマホをタップし、次の手を打つ。
「『光子散弾(フォトンレンド)』」
ビュオッ!!
ミハエルの優雅に差し伸べた右手のひらから、光の細かな魔力の散弾が飛び出してフラウを――ではない、エンバースを狙う。
むろん、エンバースはそれを独力で回避するなり弾くなりすることができるだろう。
フラウもそれは理解できるはずだ。自分の助けなど主人には必要ないということを。
しかし身体は動かなくとも、意識はほんの一瞬そちらを向いてしまう。
今まで100パーセントの意識を目の前の堕天使に向けていたものが、
コンマ何秒ほど99パーセントになる。なってしまう――それはマスターとモンスターが二人三脚で戦う、
ブレイブ&モンスターズ! というゲームのシステム上どうしようもない仕様だ。
そして、ミハエルと堕天使にとっては、そのコンマ何秒の“隙”だけで充分であったのだ。
「リュシフェール。『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』」
カッ!!!
瞬きの時間以下の隙を衝き、ミハエルがパートナーたる堕天使に命じる。
堕天使の剣先がフラウを捉える。斬光が六芒星の軌跡を描き、フラウを切り刻む。
『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』。堕天使のユニークスキルのひとつである。
神剣アンサラーから放たれる斬撃は六芒星を描き、それぞれが地・水・火・風・光・闇の六属性を司る。
混沌以外すべての属性の攻撃によって対象に絶大なダメージを与える、ミハエルの強さを支える必殺剣。
フラウが咄嗟に防御に全能力を割り振ったとしても、ライフの半分を持っていかれるのは避けられまい。
ミハエルは驚いたように、そして楽しげに目を見開いて笑った。
「ほう! 持ち堪えた! リュシフェールの『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』を!
世界開会出場レベルのプレイヤーでも、大抵はこれでとっくに終わっているのに!
ふふふ……本当に君は素晴らしいよ、ハイバラ。そうでなくっちゃ面白くない……!
すぐに終わられちゃ困るものね、せっかくこんな大舞台を設えたのだから。
まだまだ、たっぷり楽しもうじゃないか。君も……隠し玉をたくさん用意しているんだろう?」
くくっ、と喉を鳴らす。正真、ミハエルは心からエンバースとのデュエルを楽しんでいる。
ミハエルは攻守ともに完璧だ。全モンスター中有数の性能を誇る堕天使が恐るべき制圧力で攻撃を捻じ込んでくる。
一方でエンバースの攻撃は明神の『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』さえ完封してしまった、
『神盾の加護(シルト・デア・イージス)』で何もかも抑え込んでしまうだろう。
もう一度ミハエルからの直撃を受けてしまえば、いくらフラウでも耐え切れまい。
更に、ミハエルはまだその手の内の一部――世界大会の動画で何百万回も再生され、衆目に晒された札しか見せていない。
「僕のターンは終わりだ。さ……次は君の番だ。おいでよ、ハイバラ」
エンバースにも負けない、否、上回ってさえいる狂気を双眸に宿し、ミハエルが嗤う。
世界の趨勢も、未来の希望も、自分の命さえも擲ったゲーム。
その火蓋はまだ、切って落とされたばかりだ。
381
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/07/19(水) 20:43:51
「……な……、なんてこと……」
目の前で繰り広げられるエンバースとミハエルの戦いに、なゆたは呆然と呟いた。
ワールド・マーケット・センターに足を踏み入れてからの怒涛の展開に、まったくついて行けていない。
ミハエルが待ち受けているということまでは予想の範囲内だったが、まさかリューグークランが蘇り、
自分たちの敵として、ミハエルの手駒として立ちはだかってくるなんて、誰が想像し得ただろうか?
死者が蘇る。それはまさしく神のみに許された所業だ。
そして、ブレイブ&モンスターズ! の管理者にして運営者である大賢者ローウェルはそれを可能としたのだという。
リューグークラン。
その名はランカーのはしくれとして、なゆたも当然知っている。メンバーひとりひとりの、
公表されている限りのプロフィールやデッキ構成、戦術なども。
そして――なゆたはあの箱庭に、エンバースがまだハイバラであった頃、クランの仲間たちと過ごした場所を、
案内してもらったばかりだ。
ハイバラにとっての、かけがえのない仲間。忘れ得ぬ絆。
彼が死してなお、遺品を託そうと大事にしていた友人たち。
それが今、敵として目の前に立っている。
ライトファンタジー世界のアルフヘイムへ召喚されて以来、突飛な状況に離れたつもりだったが、
それを加味したうえでもあまりに現実離れした事態に、認識が追い付かない。
だが、そんななゆたを現実に引き戻す声が不意に聞こえた。
「いつまでぼうっとしているつもりだい?」
「……!!」
はっと我に返り、声の方を見る。
其処には長い黒髪の、白いブラウスに臙脂のネクタイ、ショートパンツに黒タイツという出で立ちの少女が、
胸の下で緩く腕組みして佇んでいた。
「あなたは……」
「マイディア、と呼んで貰おう。
地獄から蘇り、君たち正義の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の前に立ち塞がる、
悪の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……といったところかな」
ふふ、とマイディアは怜悧な眼差しを僅かに緩めて笑った。
年の頃はなゆたと同じくらいか。自分も現役女子高生ながらフォーラムでは月子先生などと呼ばれ、フォロワーもいたが、
相手は同い年で日本代表チームの一員にまで抜擢されている。上には上がいるものだ。
とはいえ、なゆたはマイディアのことをよく知らない。マイディアは他のメンバー、
流川たなや黒刃などと違って自分のYouTubeチャンネルを持っていたり、配信したりしていない。
プロゲーマーやYouTuberではなく、あくまで一般人ということだ。知っているのはリューグークランのひとりということ、
偶にクランの配信にちらっと出ていた――といった程度だ。
だから。
エンバース、かつてのハイバラと彼女が自分と赤城真一のように幼馴染関係であり、
また自分たちとは違い恋人同士であった、ということも知らなかった。
「マイディア……さん。わたしは――」
「モンデンキント。またの名をスライムマスター、月子先生。
『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』の提唱者にして、コンボデッキの革命児。
君のことはよく知っているよ……君が私のことを知らなくても、ね」
「……どうして」
すらすらとなゆたの出自を明らかにするマイディアに対し、警戒が深まる。
そんななゆたに対して、マイディアはまだ悠然と佇んだまま構えを取らない。
「簡単な話さ、私もあのフォーラムにいた。
何度か書き込みしたことだってある、まぁ……名無しでだけど。
活気があっていい場所だった。何より――先生が私と近い歳の女の子だというのが、見ていて楽しくってね。
日参していたよ」
「!!」
驚いたことに、マイディアはなゆたや明神が日夜議論を繰り広げていたフォーラムを閲覧していたのだという。
それならば、自分の名前やスライムデッキのことを知っていたとしてもおかしくはない。
ただ――モンデンキントの正体が現役女子高生だ、というところまで看破されていたとは。
「いつも敬語で、一見して礼儀正しい社会人男性っぽかったけれど。
たまに言い回しが年相応だったり、価値観が私に近かったりしたからね。ひょっとしたらと感じていたよ。
……気付かれないと思ってた?」
いかにも愉快そうに相好を崩す。
誰よりも長くレスバトルを繰り広げていた明神にさえ気付かれなかったというのに、
まさか同い年の女子高生にネット越しに素性を見破られていたとは。
「君と話したいと思っていた。ネット越しの月子先生と名無しじゃなく、こうして顔を合わせて。
ブレモンのこと。この世界のこと。そして――ハイバラのこと」
「ハイバラ……エンバースの……」
「そう。私はハイバラのことをよく知ってるんだ。同じリューグークランのメンバーというだけじゃない、
他の仲間たちも知らない彼のプライベートなことだって。君の知らないことを、私はたくさん知っているんだよ。
固い絆があるんだ……私と、彼には」
マイディアは余裕の口ぶりで告げた。
まるで、お前の入る余地などないとでも言いたげに。
382
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/07/19(水) 20:44:17
「……何が言いたいの」
押し殺した声で、なゆたが問う。
マイディアは凄絶な笑みを口許にのぼせた。
「欲しければ、腕ずくで奪えということさ……!」
「ポヨリン!!」
『ぽっよよよぉぉ〜っ!!』
「――サモン。エリザヴェート」
素早くスマホをタップし、ポヨリンを召喚する。
と、マイディアもまたスマホを手繰ってパートナーモンスターを召喚した。
漆黒のヴェールで全身をすっぽり覆った貴婦人型のモンスター、ナイトヴェイル。
なゆたはマイディアを間断なく睨みつけたまま、その戦術を分析する。
――ナイトヴェイルは後方支援型のモンスターで、サポートとデバフが持ち味。
その代わり攻撃方法に乏しく、直接攻撃は苦手で耐久力もあまりない……。
『消灯』と『閉幕』は強力だけど、ナイトヴェイル単騎では特性を活かしきれないはず。
なら、速攻で沈める!
ナイトヴェイルはチーム戦でこそ真価を発揮する。自己完結型のモンスターではなく、仲間がいる前提で光るユニットだ。
一方でポヨリンは相手がスライムだからと舐めて掛かってくる相手を完膚なきまでに叩きのめすため、
常にソロで強敵たちと鎬を削ってきた。
支援すべき相手のいないサポートキャラなど、例え日本代表といえど敵ではない。
そう、思ったが。
「おっと……それが噂のポヨリンか。ふふっ、かわいいね。
そして強そうだ。残念だが、私ではそのポヨリンに勝てるかどうか怪しい。ひとりでは……だけどね。
だから、ここは引かせてもらおう」
考えていることは、どうやら同じだったらしい。マイディアとナイトヴェイルがするすると後方へ退く。
なゆたとポヨリンが一歩を踏み出す。
「逃げる気!?」
「勘違いして貰っちゃ困るな。ひとりでは、と言ったろ?
何のために、金獅子が此処に私たちを揃えたと思っているんだ?」
言いながら、マイディアはエンバースと激闘を繰り広げているミハエルの近くへ移動した。
エンバースによく見えるように。
「なんだ? マイディア。
僕とハイバラのデュエルの邪魔をするなよ……!」
「別に、邪魔なんてしないさ。一対一だって君はハイバラに勝つだろう。
でも、それじゃ面白くないんじゃないかな? 私たちが此処に来た意味だってない。だから――
ここはタッグマッチで行こう。その方がずっと面白い。どう? 月子先生。
彼のこと、助けたいだろう?」
折角の勝負に水を差され、ミハエルが忌々しそうに顔を歪めるも、マイディアはまったく斟酌しない。
どころか堕天使の『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』で身体の半分消し飛んだフラウを指差し、
回復してやれば? と示唆してくる。
「フラウさん! ……『高回復(ハイヒーリング)』、プレイ!」
なゆたは一も二もなくスペルカードを発動させ、フラウに使用する。これでフラウの傷は癒え、ライフは回復した。
が、デュエル中のモンスターの援護をしたということで、なし崩しに参戦したことになってしまう。
マイディアもまたミハエル側につく。これでデュエルはエンバース・なゆた組vsミハエル・マイディア組、
というタッグデュエルになった。
「……まぁいいだろう。僕の邪魔をするなよ、ハイバラは僕の獲物だ」
「分かってるよ」
ミハエルが不承不承といった様子で承諾する。マイディアは右手をひらりと振って応えた。
「ごめん、エンバース。余計なことしちゃって……。
邪魔だってわかってる。足手纏いになるかもって。
でも、手伝わせて。あのふたりには、言わなきゃいけないこと。
聞かなきゃいけないことがたくさんあるんだ……!」
スマホを構えながら、エンバースのやや斜め後方に陣取る。
マイディアは言っていた、なゆたの知らないハイバラのことをたくさん知っていると。固い絆があると。
確かにそうなのだろう、エンバースの、ハイバラのことでなゆたが知っていることはあまりに少ない。
付き合いもマイディアやクランのメンバーと比べたら浅いだろう、そんなことは分かっている。けれど――
「お願い、エンバース。あなたと……一緒に戦わせて!」
絆の強さで、負けたくはない。
383
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/07/19(水) 20:44:44
>なーにが新生リューグークランだ!こっちにはな!最愛の僕のパートナーと仲間達がいるんだぞ!
>――待ちにまったお楽しみの時間じゃないのか?おもてなしの準備は万端だぜ…
もしかして明神さんの一撃で白旗を上げたくなった…なんて…
いや怖いなら逃げてくれて全然かまわないんだが…人間生きれてればそんな事もあるさ!
恥じる事なんてない。したきゃ動物のようにキャンキャン逃げ回ればいいさ
逃げ回り許しを請う人間に襲い掛かるなんてお前等と違って強い俺達にはできないからな…好きなだけ逃げるといい
ジョンが部長を高々と掲げ、必死でミハエルを挑発しようとしている。
しかし、ミハエルはジョン達を見てはいなかった。最初から、ミハエルの視界にはエンバースしかいなかった。
他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』など、エンバース――ハイバラの添え物程度にしか思っていない。
だから、ミハエルがジョンの言葉に反応することは無かった。
そして。
「あーぁ、楽しそうに始めちゃって。私たちのこと呼んどいて完全丸無視ですよ、どうなのコレ」
「チッ、ハイバラは俺がブチ殺してやろうと思ってたのによ……やる気なくすぜ」
先んじて頂上決戦を始めてしまったエンバースとミハエルを見て、流川たなと黒刃が詰まらなそうに愚痴を零す。
二人もまた狙いはエンバースひとりだったらしい。当てが外れたという様子で、見るからに戦意が萎えている。
「あいうえ夫さん、ハイバラさんの方が終わるまで私とデュエルしません? 何か賭ける感じでぇー」
「ええ……。私たちがやっているうちに、あっちはきっと終わってしまうよ? それに黒刃君は?」
「俺はパスだ。好きにやってくれや」
ミハエル同様、他のリューグークランのメンバーもエンバース以外は目に入っていないらしい。
そんな様子を見て、じり、とエカテリーナが身構える。
「舐められたものじゃな……。ならば、十二階梯の継承者たる妾の力、存分に見せてやろうぞ」
「ええ。私たちは一刻も早く賢師のところに行かなくてはならない……。こんなところでグズグズしている暇はないの。
さっさと片付けさせてもらうわ……!」
アシュトラーセもフレイル付きの魔導書を手に、戦闘態勢を整える。
だが、そんな姉弟子ふたりをエンデがずい、と前に出て制した。
「――だめだ」
「御子、なぜ……」
「これは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いだ。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いは、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』同士で決着をつけなくてはならない」
反論を許さない、強い意志の宿った眼差しでエンデはふたりを見詰めた。
そこまで言われれば、エカテリーナもアシュトラーセも強くは出られない。
「それより、ここは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に任せて、ふたりは外へ行くべきだ。
イブリースに協力して、人間と魔物の戦いを食い止めて」
「御子はどうするのじゃ?」
「僕は、ここでマスターの戦いを見届ける」
エンデはちらりとなゆたの方へ視線を向けた。
シャーロットによって生み出された管理端末『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』として、
なゆたから離れられない、と言っている。
「ぬ、ぬう……。無念じゃが、そういうことならば已むを得ぬ。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちよ、此処は任せた。
見事、その者どもを蹴散らしてみせよ! そなた達ならば必ずできる!
では、また後でまみえようぞ――!」
エカテリーナとアシュトラーセはリューグークランを明神ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に任せると、
踵を返して会場から走り去っていった。
「おやおやぁ? ひょっとして、私たちと戦おうって言うんです?」
ジョンたちの遣り取りを聞いたたなが愉快げに口を開く。
「やめた方がいい……。私たちの目的はハイバラ君だけだ、無駄な戦いはしたくない。
第一、君たちでは私たちには勝てない。ただ傷つくだけだ」
あいうえ夫が外見に反した理知的な様子で非戦を説く。
黒刃は黙ってヤンキー座りをしているだけだ。
384
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/07/19(水) 20:45:04
「私も勝ち確のギャンブルはイマイチ燃えないんですけどーォ。
でも、偶には遊んでみるのもいいかな? なんせ暫く死んでたもんで、勘が鈍ってるかもですからねー!
ちょっとした調整、リハビリってことで」
ピィン、とたなが耳のダイス型イヤーカフスを弾く。
明神たちがリューグークランへ戦闘の意思を見せると、やがてあいうえ夫は溜息をつき、
静かにズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
「……仕方がない」
「いやー皆さん運がいいですねー! 一生分の運使い果たして明日死ぬんじゃないですか?
ホント、皆さんみたいな浅パチャ勢が私たち日本選抜チームに相手して貰えるなんて、
100兆年に一度あるかないかの大チャンスですよ? SNSでたっぷり自慢してくださーい!」
きしし、とたなが笑って明神たちを挑発する。
ふざけた態度だ。完全にアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を格下に見ている。
実際リューグークランは日本最強メンバーであり、対してカザハ、明神、ジョンはノンランカーなのだから仕方がない。
おまけにジョンはストーリーさえろくに目を通しておらず、
カザハに至っては『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』かどうかさえ怪しいというていたらくだ。
「じゃっ、いつまでもグダグダ喋ってるのもなんですし。さっさとやっちゃいましょうか!
デュエル・スタート!!」
たなが高らかに宣言し、カザハ・明神・ジョン組vs流川たな・黒刃・あいうえ夫組のデュエルが始まる。
先ほどもう少しで明神を殺しかけていたドブネズミ騎士が前衛としてたなの脇に控え、
あいうえ夫がクリスタル・オールドメイジを伴って後方に控える。
が、相変わらず黒刃はヤンキー座りしたままだ。
「ちょっとーォ、黒刃さーん? 戦わないんですかー?」
「あぁ?」
たなに指摘されると、やっと黒刃は面倒くさそうにパーカーのポケットをゴソゴソとまさぐってスマホをタップし始めた。
オブシディアンスライムは先ほどのエンバース急襲からずっと出しっぱなしである、
であればここでスペルカードやユニットカードを切るのか――と思いきや。
黒刃の目の前に『何か』が出現する。
それは、キャンプ用の焚火台とメスティンだった。更にリュックらしきものを召喚し、
中からミネラルウォーターと袋麺まで用意する。
黒刃は戦いの準備を始めるのではなく、単にインベントリからアイテムを取り出したに過ぎなかった。
「レイド・グレードでもねぇ糞雑魚の相手なんぞまともにやってられっかよ、バカらしい。
ウェルシュ・コトカリスだと? 舐めんのも大概にしやがれ。
おい、カスども! ハンデをくれてやるよ、俺ぁこのラーメン食うまで動かねぇ」
「まぁーた黒刃さんの悪い病気が始まった」
黒刃は以前から自由奔放なプレイを繰り返し、顰蹙を買ったり炎上したりは日常茶飯事だった。
そんな性情は、こうして一度死亡し蘇生した後でもまったく変わっていないらしい。
たなとあいうえ夫もそんな仲間の性格を知悉しており、それ以上黒刃を諫めたりすることはなかった。
その代わり。
「ま、いいですけどね。でも……それなら黒刃さんの出番、ないですよ。
黒刃さんがラーメン食べてるうちに、私とあいうえ夫さんで――こっち、食べちゃいますから」
ぺろりと舌なめずりし、たなが目を細めて笑う。
黒刃はノーリアクションだ。自分が参戦するまでもなくデュエルが終わるなら、それはそれでといった様子だ。
そして――たなとあいうえ夫には、それを実現する確かな技量がある。
「さぁーて! それじゃ行っちゃいますよ――『予告のダイス(ダイス・オブ・ノーティス)』プレイ!
どれどれ、出目は……っと!」
たながユニットカードを手繰る。スマホから六面体のサイコロが飛び出し、空中でくるくると回転する。
止まったサイコロの出した目は――四。
「んー、悪くはないけど様子見かなー。あいうえ夫さん、どうします?」
「ああ」
たながあいうえ夫を見遣り、指示を仰ぐ。
あいうえ夫はリューグークランのブレーンだったプレイヤーだ。後衛に控え、常にフィールド全体を俯瞰し、
適切な指示を与える。――まぁ、全員がアクの強いメンバー揃いのクランにあって、
その指示は必ずしも聞き入れられるとは限らなかったのだが。
しかし、この場ではたなは素直に従うつもりらしい。あいうえ夫は軽く明神らの方を一瞥すると、
「あれ。邪魔だね」
と言った。
あれ――即ち、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三人組のうち、
最後列で歌を歌い仲間たちにバフをかけ続けている、カザハ。
385
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/07/19(水) 20:45:35
「かしこまりぃ! ヴァーミンちゃん、やっちゃってー!」
どぎゅっ!!
たなが指示を飛ばすと同時――否、たなが指示を飛ばすよりも先に、パートナーモンスターのドブネズミ騎士が飛び出す。
驚くべき速度だ。ドブネズミ騎士自体はごくごく一般的なモンスターで、レアリティも高くない。
普通に遊んでいるプレイヤーなら必ずストーリーモードで敵として遭遇し、手に入れることも簡単なモンスターなのだが、
そんな『一般的な』ドブネズミ騎士とこのヴァーミンちゃんとでは、挙動がまったく違う。
一般的に雑魚モンスターと呼ばれているスライムを極限まで鍛えたなゆたと同じように、
たなもドブネズミ騎士のレベルキャップを解放し、限界突破を繰り返して、準レイド〜レイド級の強さに押し上げたのだろう。
『キキキッ!』
先ほどあと一歩のところでエンバースに邪魔され、明神を殺し損ねた鬱憤を晴らすかのように、
地面すれすれを身を屈めて滑るように疾駆するヴァーミンちゃんが瞬時にカザハへ間合いを詰める。
鎧であるヤマシタや足の短い部長、パワーに特化したジョンやマゴットでは、ヴァーミンちゃんには対応できない。
といって明神の射撃系の魔法も当たるまい。ヴァーミンちゃんの身のこなしは、
先ほど『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』を隠れ蓑にして逆に利用したことで証明済みだ。迂闊な魔法は、
またしてもリューグークランを利する結果になりかねない。
楽器を演奏しているカケルとアゲハも対処はできないだろう。
「そぉ〜れ! ダイレクトアタック! ワンキルいただきま〜っす!」
ギュオッ!
ヴァーミンちゃんの持つショートソードの鋭い切っ先がカザハを狙う――しかし。
間一髪のところで割り込んだガザーヴァの槍が、その攻撃を間一髪で受け止めていた。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』パーティーの中で唯一ガザーヴァだけがフリーであり、
またドブネズミ騎士の速度に肉薄できるだけの能力を有していた。
「ちっ」
たなが舌打ちする。攻撃が不発に終わった以上長居は無用と、ヴァーミンちゃんが身軽に後方へ退く。
「……歌えよ」
びゅん! と一度暗月の槍ムーンブルクを振ると、ガザーヴァは忌々しそうな表情でカザハを振り返った。
「バカザハ、役立たずのオマエが唯一人並みに役に立てるスキルがそれなんだろ。
なら、必死で歌え。フォローはボクがしてやる……喉が嗄れても、血を吐いても歌え!」
「そうはいかないな」
あいうえ夫のクリスタル・オールドメイジが持つクリスタルの杖、その先端が蒼く輝く。
その途端、カザハの周囲の床にパキパキと音を立てて結晶の塊が出現し、次の瞬間には粉々に砕け散った。
クリスタル・オールドメイジが得意とする結晶魔法のひとつ、結晶放射。
無数の鋭い結晶片がまるで散弾銃のようにカザハへと降り注ぐも、ガザーヴァが槍を高速で回転させてその全てを撃ち落とす。
「悪いが、そのシルヴェストルは最初に潰させて貰うよ」
あいうえ夫が感情の籠らない声で宣言する。
リューグークランのブレーンを務めていたあいうえ夫が、カザハ、明神、
ジョンの三名の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の中でカザハが一番危険だと言っている。しかし、あいうえ夫でなくとも、
呪歌で常に味方全体へバフを掛け続ける後方サポート職は真っ先に潰すべき――というのは団体戦のセオリーだ。
「どんどん回していきますよォ! ……ダイスロール!!」
たなが再度ドブネズミ騎士をアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』陣営の奥深くへと切り込ませる。
その速度は矢張り恐るべきものだ。速度だけではない、機動力も攻撃力も他の追随を許さない。
小柄とはいえ騎士の名に相応しく全身甲冑を身に着けているというのに、目にも止まらぬとはこのことだった。
そして、ドブネズミ騎士の恐ろしさは速度だけではない。
「『疫病散布(パンデミック)』!!」
ぶわッ!!
明神たちのいるフィールドの奥深くまで潜り込んだドブネズミ騎士の全身から、濃緑色の煙が放たれる。
感染率の高い病原菌を周囲に撒き散らすドブネズミ騎士のスキル『疫病散布(パンデミック)』。
迂闊にこの菌に感染してしまうと、発熱、嘔吐、下痢、重度の倦怠感などの症状が起こり、
毎ターンDoTダメージを受けることになる。むろん騎士に直接触れても同等のリスクがあり、おいそれと攻撃はできない。
明神やジョンらの死角を巧みに掻い潜り、病原菌を無差別にバラ撒くヴァーミンちゃんは、
少しずつ着実にヤマシタやジョン、マゴットの体力を削ってゆく。
一方で明神たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側の攻撃は、
すべてあいうえ夫の冷静な判断力によって防がれてしまうだろう。
「カン違いして貰っちゃ困るんですけどーォ。
私たちリューグークランと戦ってるからって、アナタたちは別に強くなったってワケじゃないんですよ?
アナタたちは依然変わりなく、下位ランクのクソザコナメクジってこと! ひょっとして……」
前衛のドブネズミ騎士が敵陣を引っ掻き回し、後衛のクリスタル・オールドメイジが鉄壁のアシストを担当する。
そして――まだまだ、二人は本気を出していない。
「ブレモン世界一を決める、ワールド・マーケット・センターの――
その空気を吸うだけで、強くなれると思ってました?」
くひっ、とたなが右耳のイヤーカフスを人差し指で弾き、嗜虐に満ちた笑みを浮かべた。
386
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/07/19(水) 20:46:07
歌うカザハと楽器を演奏するカケル、アゲハの前に立ち、ガザーヴァは凝然と佇立していた。
といって、ただ突っ立っているだけではない。いつドブネズミ騎士とクリスタル・オールドメイジが攻撃してきてもいいよう、
暗月の槍ムーンブルクを手に神経を研ぎ澄ませている。
>ガザーヴァ、頼みがある。
お前のユニークスキル、『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』についてだ
ガザーヴァはつい数時間前のことを思い出す。
ヴィゾフニールの艦内で、明神が不意に頼みごとをしてきたのだ。
「……『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』? なに?」
ベッドの上にふわふわと寝そべりながら浮かんでいるガザーヴァは目を瞬かせた。
『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』といえば、幻魔将軍の十八番。
いままで何万人、何十万人ものブレモンプレイヤーを血の海に沈めてきた、必殺のスキルだ。
その使い道は敵のデバフ効果時間が切れかけているときに使用し、デバフをリキャストするというものだが、
明神はその使い方に一思案あるという。
>デバフの効果時間をリセット出来るなら……バフにも同じことが出来るんじゃないか
つまり、味方のバフが切れそうなときに使用すれば、バフもリキャストされ効果時間が延長されるのではないか――と。
当然、そんなことは今まで試したことがない。ガザーヴァ本人にとっても青天の霹靂な発想である。
さらに明神は続ける。
>戦闘が始まれば、カザハ君が必ず呪歌を使う。
レクステンペストの訳の分からんハイパーバフと違って、曲が終わるまでの時間制限がある。
歌詞や作曲のネタが尽きても終わりだ。だから……お前に支えて欲しい
「えーっ? やだよ、そんなの」
ガザーヴァは当然のように拒絶した。
愛する明神をサポートするために使うならともかく、大嫌いなカザハを支えるなど嫌に決まっている。
しかし、明神はお構いなしにヤマシタを召喚すると、革製のベースを突き出してきた。
>これを渡しとく。使ってくれ
一見すると本物の木で出来たベースのようだ。とても革製には見えない。
押し付けられたベースを受け取り、ボロン……と一度鳴らしてから、むっとする。
>とまぁ、戦術的な理屈付けはここまでだな。
理由はもうひとつある。……俺が見たいんだ、お前らのセッションを
「はぁ?」
明神の突拍子もない提案に、ガザーヴァは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
もちろん、ガザーヴァは以前自分とカザハのしていた口論がまさか明神に聞かれていたとは思いもしない。
>聞かせてくれ、幻魔将軍とレクステンペストの、前代未聞の連弾を――
何やら良いことを言ったような表情の明神に対し、床に足を下ろすとすたすた近付き、ぐいっと背伸びして顔同士を近付ける。
「……それってさ。マスターとしての命令? それとも彼ピとしてのお願い?
オマエってば、ホンットにデリカシーってもんがねーよなぁー!
超レイド級に進化して、レクス・テンペストへのコンプレックスが解消されたからって、何も和解したワケじゃない。
ボクがあのバカザハを大ッキライなのは変わんねーんだぞ?」
そこんとこわかってる? と、右手の人差し指で明神の眉間をつつく。
「大体、ボクは今まで歌ったこともなきゃこんな楽器演奏したことだってねーんだぞ。無茶言うなよな。
そりゃ、ボクは天才だから! やろーと思えばなんだって出来るだろうケドさぁー。
何よりボクがアイツの歌を支えてやるってのが――」
カザハ一派だってなんだかよく分からない理屈でいつの間にかプロ級の歌唱力で歌ったり、
楽器を演奏できたのだ。カザハのコピーであるガザーヴァができない理由はないだろう。
しかし、わざわざ嫌いな相手の歌に合わせてデュエットする――というのが気に喰わない。
ガザーヴァはしばらく渋っていたが、不意に、
「……いや、待てよ?」
やにわに思案し始めた。
それからきっかり一分半沈思黙考してから、顔を上げる。
「呪歌のバフを長引かせればいーんだろ? あいつとセッションしてさ。
やっぱり引き受けてもいーぞ、やってやろーじゃん。幻魔将軍とレクス・テンペストの連弾、ただ――」
少し前とは打って変わって快諾したガザーヴァの面貌には、幻魔将軍の面目躍如たる意地悪そうな笑みがへばりついていた。
「ボクがメインボーカルを乗っ取っちゃっても、いいよな?」
【エンバース&なゆた組vsミハエル&マイディア組、
カザハ&明神&ジョン組vs流川たな、あいうえ夫、黒刃組戦闘開始。
ガザーヴァ、カザハを守りつつメインボーカルの乗っ取りを企む。】
387
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/26(水) 23:59:04
【トゥループ・システム(Ⅰ)】
フラウが召喚されると同時、ミハエルもパートナーを呼び出した。
堕天使とフラウが対峙する――思わずエンバースから笑みが零れる。
夢にまで見た光景が目の前にある――あの舞台に、やっと辿り着いた。
『いいとも。行くよ……ハイバラ』
「来い、チャンピオン。見せてくれよ……世界を」
堕天使が細剣を構える――柄を眼前へ掲げ、剣先は天へ=儀礼めいた構え。
そして次の瞬間、嵐が吹き荒れた――そう錯覚するほどの剣閃/風切り音。
〈これが、世界――〉
全方位から降り注ぐ銀光――フラウは動けなかった。
〈――意外と、よく見えるものなんですね〉
自分の剣よりも美しく迸る斬撃を初めて見たから――つい、見惚れてしまった。
マスター譲りの強がりを吐いて、動く――白光と化した触手が宙を舞う。
十重二十重の剣閃をいなす/逸らす/弾く/躱す――踊るように。
『『YHVH(ヨッド・ハー・バウ・ハー)』――プレイ』
「テンポが上がるぞ。フラウ、使え」
エンバースがダインスレイヴを放る/フラウの触手がそれを掴む――正確には尻尾で。
フラウはドラゴンだ。当然尻尾くらいある――全身が溶けている為普段は見えないが。
再び剣風が吹き荒れる――今度はフラウの方から。
投げ渡されたダインスレイヴを掴んだ勢いのまま尾を薙ぎ払う。
黒炎の刃が吼える/弧を描く――甲高い切削音――シルト・デア・イージスが魔剣を阻む。
〈ちぃ……!〉
フラウの竜尾が大きく弾かれる――神盾にはノックバックの特性などないのに。
何故か――放っておいても防御される黒炎の刃に、堕天使はあえて一歩踏み込んでいた。
自動防御のスペルを利用してダインスレイヴをパリィした――思わず、フラウは笑ってしまった。
堕天使が細剣を引き絞る/必殺の剣閃が来る――それでも笑みは消えない。
単なる足捌き一つでさえ絶技の域にある――もっと見せて欲しい/もっと見て欲しい。
ハイバラとミハエルが互いに執着する理由がやっと分かった――強敵が、戦士を強くするのだ。
体が、熱い――今までにないくらいに。
〈おぉおおおお――ッ!!〉
崩れた体勢に渾身の刺突が迫る/フラウが吼える――溶けた肉体が水のように滑らかに歪曲した。
細剣が虚空を貫く/フラウが全身を回転――左の触手が堕天使の脇腹へ襲いかかる。
突きを放つ右腕の下を掻い潜る形――引き手が間に合う訳がない。
そして――衝撃音。触手の斬撃が弾かれた。何故――翼だ。
竜が戦に尾を用いるなら、天使が翼を使わない理由はない。
388
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/26(水) 23:59:41
【トゥループ・システム(Ⅱ)】
〈ふ、ははは……やりますね。ですが、もっとやれるんでしょう?私もやっと体が温まって――〉
高揚の中、視界の奥、ミハエルが右手をかざしているのが見えた――自分にではなくエンバースに。
『『光子散弾(フォトンレンド)』』
爆ぜる光の散弾/単なる光属性の中位範囲魔法――エンバースなら容易く捌く。
それでも光弾を目の端で追ってしまう――それこそがミハエルの狙いと分かっていても。
堕天使が来る。集中しなくては。出来るのか。切れてしまった集中の糸をこの一瞬で結び直す事が――
「フラウ」
必殺の剣技が襲い来る刹那、エンバースがフラウの名を呼んだ。
何か指示を出す訳でもない。ただ名前を呼んだだけ――それだけで十分だから。
少し集中を促してやるだけでいい/特別な指示も支援も必要ない――その信頼がフラウを鼓舞する。
光子散弾については――エンバースは防ごうとも、避けようともしなかった。
必要ないからだ。ミハエルはパートナー同士の小手調べを受け入れた。
だから光弾は――全てエンバースを外れて虚空に消えた。
確かに当てさえしなければ事前の取り決めの範疇――「そこまでしてくれるのかよ」とエンバースは笑った。
「リュシフェール。『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』」
〈――来なさい、最強〉
神剣アンサラーに凄絶な魔力が宿る――そして神速の剣閃が二つ。
斬撃が激突/拮抗/互いに逸らし合う形――剣圧は、どうにか互角。
だが――フラウの右触腕がぼとりと落ちた=内側から、無数の黄金の棘に食い破られて。
斬撃と共に打ち込まれた大地の魔力に侵されたのだ――これが聖六芒斬葬。
極大の魔力を宿した精緻極まる斬撃――それが六芒星を描く。
つまり――二撃目が来る。袈裟懸けに迫る水の魔法剣。
左触腕が唸りを上げる=斬り上げるように迎撃――再び激突/相殺。
そして――刃の帯びた超高速の流水が、フラウの触腕に纏わりつく/渦を巻く。
水流が肉を削ぎ落とす/捻り上げる――ぼろぼろになった左触腕が自重に耐えられず床に落ちる。
〈ちぃ――――ッ!〉
三撃目=炎を固めて鍛えたかのような紅刃――左触肢で蹴り上げた。
炎が燃え移る/聖火に焼かれても燃え尽きなかった肉体が溶ける――蒸発する。
怯んでいる暇はない――四撃目が来る。圧縮された嵐を纏う風刃――右触肢で迎え撃った。
蹴り足を戻すよりも早く、旋風が触肢を輪切りにする/粉々に風化させる。
〈これで、五つ目――〉
ダインスレイヴを尾から放す/口で柄を横向きに咥える――空いた竜尾が光刃を迎撃。
直後、まるで熟れた果実のように切断された――弾く事さえ出来なかった。
それでもほんの僅かに逸らせた刃がフラウの頭部を浅く切り裂く。
溶け落ちた不死の肉体でなければ今ので終わっていたかもしれない――だが、持ち堪えた。
「――そこだ」
〈――ここです〉
六撃目、漆黒の闇に染まった刃――応じるように黒く燃え上がるダインスレイヴ。
闇色の斬撃が激突/拮抗は、起きない――フラウが大きく弾き飛ばされた。
乱回転/壁に激突――数回バウンドしながらなんとか体勢を整える。
389
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/27(木) 00:00:32
【トゥループ・システム(Ⅲ)】
〈……一撃受けてでも、手足を一本残すべきでしたね〉
最後の一撃、フラウは細剣を躱してカウンターを取る気でいた――神盾の加護を掻い潜る策もあった。
敵にとどめを刺すべく放つ細剣。それを操る伸び切った右腕を――結界の外側で斬り落とす筈だった。
だが出来なかった――堕天使の剣が速すぎたのだ。咄嗟にダインスレイヴで受けるのが精一杯だった。
『ほう! 持ち堪えた! リュシフェールの『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』を!
世界大会出場レベルのプレイヤーでも、大抵はこれでとっくに終わっているのに!
ふふふ……本当に君は素晴らしいよ、ハイバラ。そうでなくっちゃ面白くない……!
すぐに終わられちゃ困るものね、せっかくこんな大舞台を設えたのだから。
まだまだ、たっぷり楽しもうじゃないか。君も……隠し玉をたくさん用意しているんだろう?』
苦渋に表情を歪めるフラウに対して、ミハエルは嬉しげだ。受け切っただけでも上出来だと。
そんな口ぶりが余計にフラウの悔しさを駆り立てた――牙を食い縛り、堪える。
まずは追撃に備えて、同時に半壊した肉体を再生しなければ。
『僕のターンは終わりだ。さ……次は君の番だ。おいでよ、ハイバラ』
「もういいのか?……オーケイ。楽しませてやるよ」
スマホをタップ/最上位治癒ポーションを召喚――フラウに投擲。
フラスコ瓶がフラウに直撃/ガラスの割れる音――ポーションを頭から浴びる。
だが再生が思わしくない/当然だ――傷は深手、しかもそれは堕天使の魔力に侵されれた傷。
ドラゴン/アンデッドの属性を兼ね備えるフラウでも再生には相応の時間がかかる。
なのにエンバースはこれ以上動かない――スペルを使おうとしない。
必要ないのだ――ミハエルは既にターンエンドを宣言した。
だから追撃は来ない。待ちに待ったこのデュエルの決着を急ぐような真似はしない。
だからこちらも焦る必要はない――カードを切るべき時はまだ今ではない。
精々、王の攻勢の余韻を楽しみながらフラウの再生を待つとしよう。
そう考えていたエンバースの視界に、ふと人影が舞い込んだ。
「……何のつもりだ?」
しなやかに踊る黒髪――マリがミハエルの隣にまで移動していた/紅く燃えた眼光が揺れる。
『なんだ? マイディア。
僕とハイバラのデュエルの邪魔をするなよ……!』
『別に、邪魔なんてしないさ。一対一だって君はハイバラに勝つだろう。
でも、それじゃ面白くないんじゃないかな? 私たちが此処に来た意味だってない。だから――
ここはタッグマッチで行こう。その方がずっと面白い。どう? 月子先生。
彼のこと、助けたいだろう?』
「また何かろくでもない事を企んでやがるな。お前がそういう物言いをする時は――」
『フラウさん! ……『高回復(ハイヒーリング)』、プレイ!』
「……お前もこっちに来たのか」
すぐ後ろから聞こえたなゆたの声/エンバースは振り返らない。
390
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/27(木) 00:00:50
【トゥループ・システム(Ⅳ)】
『ごめん、エンバース。余計なことしちゃって……。
邪魔だってわかってる。足手纏いになるかもって。
でも、手伝わせて。あのふたりには、言わなきゃいけないこと。
聞かなきゃいけないことがたくさんあるんだ……!』
デュエルはもう始まっている。チャンピオンから目は逸らせない。
『お願い、エンバース。あなたと……一緒に戦わせて!』
「……俺は、前言撤回するつもりはない。誰かを庇っている余裕はない」
冷淡/端的な口調――言葉を選ぶ、たったそれだけの事にも集中力を割きたくなかった。
ただ事実だけを述べる――誰かを庇う/庇わなくてはと思う事さえ命取りになる。
フラウがマスターの身をほんの一瞬案じただけで、あの有様だったのだ。
「だから……次も一度だけだ。一度だけ、俺がお前を……みんなを援護する」
視線はミハエルへ向けたまま、右手の人差し指を立てる。
「その時まで、そしてその瞬間、何が起きても俺を信じていられるか?」
返答は待たない/フラウはもう再生を終えた/双眸の紅蓮がより深まる――もう待ち切れない。
フラウが床を蹴る/瞬く間に堕天使の間合いに飛び込む――迎撃の刺突を掻い潜る。
触腕がしなる/風切り音を残して閃く――細剣がそれを横合いから弾いた。
突きを放ってからの引き手が早い。天使としての特性ではない。純粋な鍛錬の結晶――功夫だ。
だがフラウは魔法が分からない。それで剣まで手も足も出ないでは話にならない。
素早さを活かした一撃離脱はしない――堕天使の間合いに踏み留まる。
左触腕を振り上げる/大きく孤を描いて振り下ろす――足捌きで容易く躱される。
反撃の刺突が来る/だがここまでは予想通り――竜尾を薙ぎ払う。
ダインスレイヴと神剣アンサラーが互いに弾き合った。
その反動でフラウが全身を回転――右の触手が横一文字の閃光と化す。
これは所謂セットプレイだ――大振りの攻撃でカウンターを呼び、それを弾く。
フラウの立てた予定通り。故に堕天使は後手に回る――横薙ぎの一撃を防御せざるを得ない。
そして、そこまでがフラウの予定の内――細剣と触腕が衝突/瞬間、触腕がしなった。
触腕の硬質化した先端だけが、鎌のように細剣の防御を迂回する。
純白の剣閃が堕天使の首へ肉薄――しかし届かない。
堕天使の翼がフラウの首刈りを食い止めていた。
〈流石ですね。ですが〉
それがどうしたと言わんばかりに、フラウが堕天使の翼を掴んだ。
そして腕を収縮/床を蹴る――掴んだ翼を支点に高速機動。
堕天使の背後へと回り込む/瞬間、真上へ跳躍。
〈これならどうです――――!〉
ただ後ろを取っただけなら、攻撃が来る方向は予想出来る。
だが、この位置――堕天使の頭上からは前後左右全方位への攻撃が可能。
どこから来るか予測不能の斬撃――堕天使には本来の剣速より更に速く感じられるだろう。
391
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/27(木) 00:01:16
【トゥループ・システム(Ⅴ)】
〈せやぁあああ――――――――ッ!!〉
フラウが全身を回転/触腕が遠心力を帯びる――白き稲妻と化して降り注ぐ。
聖火に焼かれる以前を含めても、フラウの生の中で間違いなく最速の一撃。
その会心の一撃を――堕天使は目で追った。それもほんの一瞬の間に。
堕天使単独ならもう少し反応は遅れただろう――だが、これはブレイブ同士の戦い。
堕天使にはミハエルがいるのだ。指先一つでパートナーを操る召喚術士が、その頂点に立つ主人が。
死角など最初からなかったのだ。神剣アンサラーがフラウの触腕を待ち受ける。
防御は完全に間に合っている――攻撃を防がれてしまえばフラウは身動きの不自由な空中。
そして爆ぜる、大気を揺るがす轟音=重い打撃音――堕天使の周囲で床がひび割れ、その体勢が崩れる。
フラウが、人の背丈ほどもある巨大なメイスを装備していた。
触腕を振り下ろし、防御されるまでの一瞬にも満たない間に。
「……どうだ?今の」
微かに笑みを浮かべたエンバースの問い。
フラウは返答を待たない――触腕を収縮/堕天使へ急接近。
そのまま左足刀による強襲――その軌跡を、真紅の血刃が彩った。
水属性の刃は神盾によって阻まれて、だが形を保てなくなった血液が残る。
その血液を目眩ましにして前方宙返り――右触腕を振り下ろす/その先端で爆炎が花開く。
爆風が触腕を加速――堕天使の顔面を強打/轟音/大きく後方へよろめかせた。
翼による防御で直撃は避けられたが――衝撃までは防ぎ切れない。
〈……やっと、手応えありです〉
【グレイテストメイス】による打撃で体勢を崩して【魂乞いコーリングウォー】の血刃で視界を奪う。
最後の一撃は【カノンランス試作十式】で加速しつつ、触腕に足りない重さを補い強引に殴りつける。
先の攻防――フラウは物理的にあり得ない速度で、何度も装備を切り替えていた。
「『トゥループ・システム』……面白い手品だろ?」
エンバースが左前腕のスマホに触れる――右手の五指が影も見せないほど素早く踊った。
フラウが使い捨てた三種の武器がアンサモン時の燐光を残してスマホに戻る。
これと同じ要領で、戦闘中にリアルタイムで装備変更をしていたのだ。
「こいつが、隠し玉その一だ。楽しんでくれたか?」
トゥループ・システム――これによりフラウは常に後出しじゃんけんが出来るようになった。
堕天使が防御を見せれば重量級の武器をぶつける。回避されたならその分だけ間合いを継ぎ足す。
更にこのシステムは聖六芒斬葬の対策にもなり得る――次は手足の代わりに武器を使い捨てればいい。
だが――そんな事よりももっと本質的な違和感に、ミハエルはすぐに気づくだろう。
このシステムは――カードに頼れないブレイブの苦肉の策でもある事に。
そこまで気づけば――芋づる式に、ある可能性にも思い至る。
エンバースは、ハイバラは――デッキが未完成のままここに立っているのではないかと。
392
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/27(木) 00:03:15
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅰ)】
崇月院なゆたは迷わず【高回復(ハイヒーリング)】を切った。
「なるほど、思い切りがいいね」
マイディアは小さく笑う/親しげな声色。
「――ナイトヴェイルは支援能力に特化した後衛型のモンスター。
例え相手が日本代表のプレイヤーでも、私とポヨリンなら絶対負けない。
……さしずめそんなところかな。貴重な1ゲージ目をフラウの援護に使った理由は」
マイディアがスマホをタップ/エリザヴェートから迸る力のオーラ――【オーバードライブ(限界突破)】。
「だけど……君は少し、人を疑う事を覚えた方がいいかもね」
エリザヴェートが指を弾く――なゆたの周囲に円筒状のカーテンが渦巻く。
任意の地点に宵闇を設置する【閉幕】――それを貫き、なゆた/ポヨリンに迫る刃。
投げナイフの【投擲】――軌道上に滴り痕を残すほど塗り込まれた猛毒ポーションのおまけ付き。
「君は縁もゆかりもない世界に召喚されて、それでもタフに生き残ってきた。
パートナーと絆を深め、苦楽を共にし、一緒に強くなってきたんだろうね」
再びフィンガースナップ――不意に会場全体が薄暗闇に呑まれた。
照明が落ちた訳ではない。天井を見上げてみればライトは正常に点灯している。
なのに暗い。ゲームの明るさ設定を最低まで落としたような暗さ――ナイトヴェイルの【消灯】だ。
「奇遇だね。私達もそうだったんだよ」
もうマイディア/エリザヴェートの姿はどこにも見えない。
閉幕から飛び出しても、周囲には既に幾つもの閉幕が設置されている。
敵のみに機能する消灯と違い、閉幕は使用者とその仲間の視界も封鎖されるが――
「あらゆる艱難と辛苦を乗り越えてこその……ってヤツさ。
単独での戦闘能力が低いなんて弱点は……とっくの昔に乗り越えてきた。
ハイバラはいつも汚れ仕事を引き受けてくれたけど……ずっと甘えてはいられなかった」
マイディアの声が背後から聞こえてくる。
だが次の瞬間には前方の閉幕を超えてエリザヴェートが襲い来る。
分離投擲可能な短剣装備【暗刃扇】による斬撃――やむを得ず挑む接近戦と言った様子ではない。
「ああ、そうだ。攻撃する時は気をつけて……チャンピオンの邪魔をすれば君はただじゃ済まない。
それに誤ってハイバラを攻撃してしまうかも。ダメージは通らなくても集中力は削がれてしまう」
一撃浴びせて閉幕へ消えるその動作は舞踊のように堂に入っている――「やり込み」を感じさせる剣筋だった。
「……とあるプロチームのアナリストが、5v5の対人ゲームの勝率を統計した事がある。
その結果、最初にキルを取られたチームのおよそ七割がそのまま敗北していたらしい」
マイディアの声/共に飛来する毒ナイフ――これでまた一つ警戒すべき選択肢が増えた。
マイディアの声を囮にエリザヴェートが仕掛けてくるかもしれない。
マイディア自身が毒ナイフを投げてくるかもしれない。
「つまり何事も最初が肝心。相手が弱いと高を括ってスペルを無駄撃ちしちゃいけないって事さ」
毒ナイフだけならなゆた単独で対応可能だが、マイディアの声と共にエリザヴェートが来る可能性もある。
或いは静かに忍び寄られてステルスキルを狙われる可能性だってある――必然、音への警戒は絶やせない。
しかし、するとまた音のフェイントで駆け引きを仕掛けられる――こうなってはもうマイディアの術中だ。
そして一度毒を受ければ治療の為にまた一手遅れを取る。ゲージとスペルも消耗させられるかもしれない。
「さもないと……ほら、こういう事になる。【いずれ血に濡れる幼き旗手(マレディクション) 】プレイ」
閉幕のどこかから漏れる召喚光――【幼き旗手】は少女型のバッファーを召喚するユニットカード。
旗手がフィールドで生存している限り、高倍率のバフが永続的に発動するというもの。
そしてこの状況下でバッファーを探り当てて撃破する事は――当然困難だ。
「君はもう、パートナーに使ったスペルの数で私に追いつけないね?」
393
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/27(木) 00:07:21
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅰ)】
「ブレモン世界一を決める、ワールド・マーケット・センターの――
その空気を吸うだけで、強くなれると思ってました?」
ナイトヴェイルの【消灯】は視界を完全に奪うスキルではない。
単に闇属性の結界によって味方の回避率を高め、敵の視界を暗くするだけ。
勝負を決定付けるパワーがある訳ではない――が、それ故か効果範囲は広く設定されている。
具体的には、このワールドセンターのメインホールを覆い尽くせる程度には。
「……あれっ?」
流川たなが周囲を見回す/会場内がほんの少し薄暗い――【消灯】の結界だ。
仲間への影響は範囲内が少し薄暗く見える程度だが敵に対しては――
「明るさを最低値に設定したホラーゲーム」を強いる事が出来る。
「おー、マイディアさん真面目だなぁ。黒刃さんも少しは見習ったらどうです?」
「テメエもな。テキトーに5ターン遊んで賭けに勝とうとしてんだろ?」
「ぎくぅっ!いや、そんなまさか!久々のデュエルを長く楽しみたいだけですってば!」
たながばつが悪そうに背中を丸める/誤魔化すようにスマホを操作。
インベントリからアイテムを召喚――至って普通のガラス瓶=装備用の染料だ。
ヴァーミンちゃんがそれを開封――宵闇色の染料を右手のショートソードに浴びせていく。
残った染料は頭から被る/ショートソードを明神達に突きつける。
「んふふ、どうですか。全然見えないでしょ。これがホントの黒刃……なんて」
【消灯】で視界を薄暗闇に染められた中で夜色の染料は視認性が著しく低い。
機動力に優れたヴァーミンちゃんの無軌道な斬撃がより一層見切り辛くなる。
「お前ってホント、イチイチやる事がセコいよな」
「なぁーに言ってんですか黒刃さん。こうした微に入り細を穿つ創意工夫。
これこそブレイブの真髄です。ハイバラさんだってそうじゃないですか」
たなが明神達を見遣る――楽しげ、だが心の臓まで底冷えするような眼差し。
百戦錬磨の、それ以上に夢破れた者の、そして何よりも――殺人者の観察眼。
「そう。針の穴ほどの弱点も、どんなに些細なミスも見逃さない。こんな風に――」
瞬間、薄暗闇の中を瞬く光=クリスタルオールドメイジの結晶連弾――狙いはやはりカザハ。
視認性は多少落ちた――とは言え、所詮は直線的な軌道の/範囲の狭い攻撃魔法。
ガザーヴァ/マゴット/ジョンならば問題なくそれを打ち落とせる。
そして――不意に周囲に飛散する、暗闇の中で僅かに煌めく透明な粉。
同時に床に散らばるガラス片=元はガラス瓶だった物。
結晶連弾の中に紛れて投擲されていたのだ。
「皆さんは……まあ雑魚なんですけど。だけど、いいパーティではあるんでしょうね。
その詩人ちゃんをみんなで守る。詩人ちゃんはみんなを信じて歌い続ける。
――だから回避という選択肢が見えない。だからこうなる」
一息吸い込めば、その正体はさておき性質は理解出来るだろう。
極めて微細かつ鋭利な粉末と、毒物のカクテル=粉砕されたマナシャード。
とは言え、所詮はただの粉末――すぐに息を止めて払いのければ大した害にはならない。
だが何度も、或いは深く吸い込めば――喉も肺もズタズタに引き裂かれる事になる。
394
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/07/27(木) 00:11:23
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅱ)】
「うんうん……すぐにそうやって息を止めて、吹き飛ばしちゃえばいい話だと思いますよね。
でもでも、それを意識しながら歌にも集中出来ますか?気持ちとかちゃんと乗せれます?」
たながガザーヴァを見据える――殺人者の観察眼で。
「ガザーヴァちゃんはどうです?ちゃんと今まで通りの動きが出来るかな〜?」
ヴァーミンちゃんが左手を握って掲げる――手中から零れるマナシャード。
こうして握り込んだ粉を直接浴びせる事だって出来る。
あえてもう一枚、手札を見せつけたのだ。
何を警戒すべきか迷わせる為――ドブネズミ騎士が疾駆/ガザーヴァを鋭く斬りつける。
直後に響く金属音=ムーンブルクが小剣を弾いた音――今までよりも僅かに音が荒い。
「あれあれ?今のはちょっと危なかったんじゃないですか?」
楽しげな声――たなが首を傾げて明神と目を合わせる。
「さて、と……そろそろゲームのルールは理解出来ましたか?そんなに難しくないですよ。
ただヴァーミンちゃんの攻撃を防ぎ損ねるか、『呼吸困難』がスタックし過ぎたら負け」
『呼吸困難』=蓄積型のバッドステータス――効果が重なればどうなるかは言うまでもない。
「ただ、このルールには一つ欠陥がありまして……」
たながスマホをタップ/ヴァーミンちゃんがマナシャード入りの瓶を装備。
左手の薬瓶を高く真上に放り投げる/キャッチする――それを何度も繰り返している。
遊んでいるのではない――「この薬瓶を明神達の頭上や足元に投げる事も出来る」と示しているのだ。
「皆さんの勝利条件がどこにも存在しないんですよねー」
バッファーを集中攻撃する事で対戦相手に守備を意識させる。
デバフの蓄積を意識させる事でスピードに優れた剣技を更に引き立てる。
剣技の脅威を印象付けた事で、今度はそれをブラフにバステの蓄積を狙えるようになる。
更に――予告のダイスは直接攻撃のだけでなく「バッドステータス付与攻撃」のヒット回数も増加可能。
悪循環はもう、始まりつつある。
流川たなはこうした「ギャンブルめいた戦い」が得意だった。
「運任せ」ではない――「長く続ければ胴元が勝つ」である。
395
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:00:39
【カザハ】
>「改めておめでとうミハエル。参加者一人の世界大会、お前がチャンピオンだ。
じゃあデュエルの話はこの辺で終わりにしようか。
次は……地球をローウェルに売ったクソ野郎をぶっ飛ばす話をしようぜ」
明神さんが怒りを露わにミハエルを煽り、開戦の狼煙とばかりに『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』をぶっ放す。
>「――アンタのやり口だって言うならさ、そんなに熱くなるなよ明神さん」
(!?)
いつの間にやら明神さんに肉薄していたらしきドブネズミ騎士を、エンバースさんが間一髪で防いだらしい。
“らしい”というのは、リアルタイムでは何が起こったのかよく分からず、現在の状況から推測するしかないからだ。
同時に、クリスタル・オールドメイジによる結晶流星も放たれていたらしいが、それに至っては後から認識することすら出来なかった。
(やっぱり、全然ついていけない……! 分かり切っていたことではあるけど!)
>「――挑発だとか、揺さぶりだとか、そんなんじゃないんだろ?チャンピオン」
>「だって最初からそう言ってたもんな――俺には愉しんでもらえるって。
最高の対戦相手を用意してくれたんだよな?俺とのデュエルの為に」
>「……は……、ははははははは! ははははははははははははははははは!!
分かっているんじゃあないか……ああ! さすがハイバラ、それでこそだ! そうだよ、そうだとも!
最高のデュエル! 最高の戦い! 最高の頂上決戦のために、僕はこの舞台を誂えたんだ!」
>「けど――それだけじゃないか。確かめたかった……いや、背中を押したかった?
俺が、お前と同じスイッチを持っているか……それをオンにする事が出来るか」
(同じスイッチって……君はそいつとは違うよ!)
>「だから分かるよ。安心してくれ――世界も、未来も、『そんなの関係ない』。ただ最高のデュエルをしよう」
>「ああ。最高のデュエルをしよう……すべてが滅びゆく、このラグナロクに」
ミハエルによって、狂気に彩られたデュエルへと誘われるエンバースさん。
>「そういう訳だ。庇ってやるのは今ので最後だ。せいぜい、足を引っ張ってくれるなよ」
その後ろ姿は、いつになくすごく遠い存在のように見えて、このまま一人で遥か先に行ってしまいそうな気がした。
いや、そもそも本来顔を合わせる事すら無かったはずのすごく遠い存在で、仲間として旅をしてきたことの方が奇跡なんだけど。
エンバースさんはブレモンの日本代表で、住む世界からして違う。
(嫌だ…… 一人で先に行かないでよ、最後まで一緒に行くんだよ。抜け駆けは駄目って言ったじゃん!)
396
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:02:20
>「――信じてるからな」
>「……任せて」
なゆも、もはや止めることは出来ないと悟ってしまったようだ。
もしかして、自分の歌がエンバースさんに悲壮な決意を固めさせる後押しをしてしまった?
自分で言うのも何だが、即興生成呪歌は、危なっかしすぎて、常識的に考えれば実戦で使用にするには堪えない技だ。
うまくいけば強力だが、必ずしも狙った効果が実現出来るとは限らず、出たとこ勝負もいいところである。
失敗して意図せぬ効果を発現させてしまった……? 具体的には戦意高揚し過ぎて狂戦士化的な……。
>「エンバース!仲間を頼れ!信じろ!言っておくけど人に希望を持たせておいて自分だけかっこよく諦めるなんて真似は許さないからな!どこまでも僕はついていくぞ!」
我の呪歌に一番よくかかってくれて、しかも元々闘争の衝動を抱えているはずのジョン君が、我と同じことを思ってくれている。
呪歌の効果を大きく外したというわけではなさそうだ。
じゃあ、エンバースさんがああなっているのは、意図した効果がそのまま発現して、もともと持っていた性質を後押ししたに過ぎない……!?
呪歌を失敗していなかったのは良かったけど――いや、それはそれで良くない気がする……!
>「すまないな…カザハ…無茶に付き合わせてしまうけれど…援護頼めるか?」
ジョン君がターゲットを取るべく煽りまくるも、
ミハエルは全く意に介さず、エンバースさん以外眼中にない様子だ。
我はとりあえず、「闘いの唱歌(バトルソング)」「護りの祝詞(ガードフォース)」
「疾風の賛歌(アクセラレータ)」を順番にかけていくことにする。
>「いつまでぼうっとしているつもりだい?」
>「あなたは……」
>「マイディア、と呼んで貰おう。
地獄から蘇り、君たち正義の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の前に立ち塞がる、
悪の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……といったところかな」
マイディアという少女となゆがひとしきり交戦した後、
ミハエル側にマイディアが、エンバースさん側になゆが参戦し、タッグマッチが始まる。
マイディアという少女は、なゆに一方的に因縁のようなものを抱いているようだ。
なんというか、他が入る余地が無い雰囲気が漂っていて、両チームの残り3人ずつが蚊帳の外のような状況になっていた。
>「あーぁ、楽しそうに始めちゃって。私たちのこと呼んどいて完全丸無視ですよ、どうなのコレ」
>「チッ、ハイバラは俺がブチ殺してやろうと思ってたのによ……やる気なくすぜ」
ミハエルがエンバースさんに執着するのは分かるとして、
リューグークランのメンバーがエンバースさんに執着しているのはどういうことなのだろうか。
エンバースさんの記憶が抜け落ちているわけではなく、一緒に旅した記憶自体は持っている……?
397
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:03:35
>「これは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いだ。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いは、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』同士で決着をつけなくてはならない」
エカテリーナとアシュトラーセは、エンデの熱血少年漫画的理論により、イブリースの手伝いに行かされてしまった。
この旅は世界を救う条件にそういう観点も入ってるのは分かってるんだけど!
でも、継承者の二人無しじゃ戦力的にキツ過ぎる……!
そしてそれ以上に重大な問題が発生してしまった気がする。
(我、ここにいていいのか……?)
別にどっちでも影響無いかと思って放置していた、我は正式な異邦の魔物使い《ブレイブ》なのかという問題が浮上してしまった。
元々アルフヘイムのモンスターで異邦の魔物使い《ブレイブ》かどうかもよく分からないし、
戦闘スタイルだって全然ブレイブっぽくない。
やっぱり、場違い感半端ない……!
でも――もしも異邦の魔物使い《ブレイブ》じゃなくても、パートナーだと思ってくれてる人がいるから、そっちの立場で踏みとどまれる。
>「おやおやぁ? ひょっとして、私たちと戦おうって言うんです?」
>「やめた方がいい……。私たちの目的はハイバラ君だけだ、無駄な戦いはしたくない。
第一、 君たちでは私たちには勝てない。ただ傷つくだけだ」
>「私も勝ち確のギャンブルはイマイチ燃えないんですけどーォ。
でも、偶には遊んでみるのもいいかな? なんせ暫く死んでたもんで、勘が鈍ってるかもですからねー!
ちょっとした調整、リハビリってことで」
>「じゃっ、いつまでもグダグダ喋ってるのもなんですし。さっさとやっちゃいましょうか!
デュエル・スタート!!」
興味無さそうな雰囲気を出しながらも、当然ながら3対3のバトルが始まってしまった!
【カケル】
>「あれ。邪魔だね」
めっちゃターゲットロックオンされた……!
楽器演奏はやめて護衛に回った方がいいのか――!? でもそうしたら結構威力が落ちるし……
ジョン君(前衛)と明神さん(実質中衛)が前にいる以上流石にそう簡単に最後列までは切り込んで来れないはず……!
(うああああああああああああああああああ!! 何それ怖いやめてやめてやめて!?)
予想されたことではあるが、カザハは腰を抜かしそうな勢いでビビリ倒していた……!
>「かしこまりぃ! ヴァーミンちゃん、やっちゃってー!」
>「そぉ〜れ! ダイレクトアタック! ワンキルいただきま〜っす!」
(あっ……)
気付けばヴァーミンちゃんというらしき敵のドブネズミ騎士がカザハに肉薄していた。
やはり呑気にギター弾いている場合では無かったのだ。
かといってもし最初から護衛に回っていたところで防ぎきれたかというと微妙なところだが。
私は自分の判断の甘さを後悔したが、ガザーヴァの槍が間一髪で攻撃を受け止めていた。
398
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:04:27
「ガザーヴァ……恩に着ます……!」
「ごめん……足引っ張っちゃった……。
デュエリスト同士の戦いなのに、歌ってる場合じゃないよね。
せめて自分の身は自分で守らなきゃ……」
カザハは楽器をしまおうとしている。
場違い覚悟で歌ってはみたものの思うような効果を発揮しなかった(ように見える)ことに加え、
エンデが、異邦の魔物使い《ブレイブ》同士の戦いだからと言って、継承者達を離脱させたことも気にしているのかもしれない。
自分が異邦の魔物使い《ブレイブ》かどうかすら分からない立場だから、
せめて形だけでも異邦の魔物使い《ブレイブ》っぽく普通に戦おうとしているのだろう。
(あはは、またなんか違うことやっちゃったみたい……!
1回たまたま上手くいったからって調子に乗ったら駄目だよね……。
カケルもそれしまって剣持って!)
(カザハ……)
私が従うべきか迷っている間に、ガザーヴァが有無を言わさぬ口調で告げた。
>「……歌えよ」
「え、でも……」
>「バカザハ、役立たずのオマエが唯一人並みに役に立てるスキルがそれなんだろ。
なら、必死で歌え。フォローはボクがしてやる……喉が嗄れても、血を吐いても歌え!」
言い方は辛辣だが、自分の道を突き進めと言ってくれている……!? なんというツンデレ……!
カザハは何もかもが普通と違うくせに、難儀なことにみんなと一緒で安心したい実にA型日本人的な側面がある。
ガザーヴァはそこまで見抜いているのかもしれない。
この二人の間には、ただ前世で殺し合った因縁だけではない、複雑な絆のようなものがあるのだろう。
本人達に言ったら怒られそうだけど。
「ありがと。引き留めた責任、取ってくれるんだ……」
399
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:06:55
【カザハ】
>「そうはいかないな」
鋭利な結晶片が降り注ぐが、ガザーヴァがその全てを撃ち落とす。
前世でこの身を貫いた槍で、今度は守ってくれている。
>「『疫病散布(パンデミック)』!!」
戦場を駆け回るヴァーミンちゃんから、色んな意味でヤバげな濃緑色の煙が放たれる。
それでも、皆が我を守るように立ち回ってくれている。
ならばその想いに応えようと奮い立たないといけない……のだが。
(うあああああああああああ!! 何これ、めっちゃプレッシャーなんですけど……!)
この心理、陰キャなら共感できると思うが、
我は本当は敵にも味方にも放置されてる良く言えば遊撃手ポジション、悪く言えば何やってるか分からん人が気楽なのだ。
なんで吟遊詩人なんていう演出が無駄に目立つだけのバッファーに転向してしまったんだ自分……!
それも、勝利の鍵を握る切り札ならともかく、戦況に影響あるのか無いのかもよく分からないBGM担当である。
これって単に一番すぐ落とせそうだから手っ取り早く数を減らすために狙われてるだけなのでは……!?
>「カン違いして貰っちゃ困るんですけどーォ。
私たちリューグークランと戦ってるからって、アナタたちは別に強くなったってワケじゃないんですよ?
アナタたちは依然変わりなく、下位ランクのクソザコナメクジってこと! ひょっとして……」
>「ブレモン世界一を決める、ワールド・マーケット・センターの――
その空気を吸うだけで、強くなれると思ってました?」
薄い暗闇の中、ヴァーミンちゃんが闇色の塗料に染まる。
>「皆さんは……まあ雑魚なんですけど。だけど、いいパーティではあるんでしょうね。
その詩人ちゃんをみんなで守る。詩人ちゃんはみんなを信じて歌い続ける。
――だから回避という選択肢が見えない。だからこうなる」
鋭い粒子が喉に直撃し、激しく咳き込む。
「げほっ、がはっ!」
「--! ブラスト!」
異変に気付いたカケルがギターを弾きながらも、突風のスキルを使って周囲の空気を吹き飛ばす。
そして最終防衛線になるべく、至近距離に立ってくれる。
>「うんうん……すぐにそうやって息を止めて、吹き飛ばしちゃえばいい話だと思いますよね。
でもでも、それを意識しながら歌にも集中出来ますか?気持ちとかちゃんと乗せれます?」
400
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:08:04
歌をやめてカケルと二人で通常の風のスキルでヴァーミンちゃんの煙や謎の粉末を吹き飛ばすのに専念すれば、
バッドステータス付与を防ぐことだけは出来るかもしれないが……
射撃攻撃はうかつに撃てず、ヴァーミンちゃんを直接攻撃してもバッドステータス付与されかねない以上、禄に攻撃できないのは変わらない。
歌い続けているのは、方針転換したところで状況は大して好転しないという消極的理由に過ぎない。
>「ガザーヴァちゃんはどうです?ちゃんと今まで通りの動きが出来るかな〜?」
(ごめん、ごめんねみんな……。必死で守ってくれても、戦況を引っ繰り返すほどの力なんて……)
せっかく信じて期待してもらってるのに――本当にごめん。
ブレモンの運営って結構前から色んなゲーム出してる会社なんだけどさ、
昔BGM担当に応募したけどいわゆるお祈りメールくらっちゃってるんだよ――
それはつまり、この世界の運営にBGM担当不合格判定されてしまっているという厳然たる事実。
>「さて、と……そろそろゲームのルールは理解出来ましたか?そんなに難しくないですよ。
ただヴァーミンちゃんの攻撃を防ぎ損ねるか、『呼吸困難』がスタックし過ぎたら負け」
向こうはまだ一人動いていないというのに、すでにみんなが追い詰められつつある。
このままでは遠からず全滅してしまうだろう。
「もうやめてよ……! エンバースさんの仲間だったこと、覚えてるんでしょ!? どうして……!」
思わず叫ぶも、当然やめてくれるはずはない。
一体どういう原理で仲間意識が敵意に転化しているのか――本当は、なんとなく分かる気がする。
エンバースさんがリューグークランの中でも抜きん出た存在だったとしたら。
手を伸ばしても届かない存在への憧れと、そんな相手を引きずり降ろしてやりたい嫉妬は紙一重で。
ちょっとプログラムを弄ってやれば簡単に転化させることが出来るのではないだろうか。
(ローウェル……なんてことを……!)
>「ただ、このルールには一つ欠陥がありまして……」
>「皆さんの勝利条件がどこにも存在しないんですよねー」
勝利条件が存在しないと言われたところで、
我は正直、勝負ごとはもともと苦手で興味も無いし、勝つことへのこだわりもない。
「ゲーム? 勝ち負け気にせず仲良く楽しく遊べばええやん」を地で行くYUTORI仕様だ。
多分、この時点で異邦の魔物使い《ブレイブ》失格というやつである。
ただ、負けたら死ぬゲームとなると話は別だ。
死ぬのは怖い。友達が死ぬのも嫌だ。自分を守ろうとして誰かが死んでしまうのは一番嫌だ。
401
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:10:03
「負けてたまるか……。死なせてたまるか!!
誰も死なせないって、最後まで全員一緒に行くって決めたんだ――!」
相手の言う事を真に受けてはいけない。
あの一見単なる愉快犯のようなお喋りも、こちらの戦意を削ぐための作戦の一貫だ。
絶望してる暇があったら考えるんだ――
この世界の総元締めたる運営に雑魚判定されているなら、イブリース戦でたまたまうまくいったのはなぜ?
まぐれにしても、何か条件があるはず。ジョン君、なんて言ってたっけ。
『僕は…芸能人の生歌声を0距離で何回も聞いてきた。幸いテレビ人気だけはあってね…コンサートに紹介されたり音楽番組に賑やかしとして呼ばれたり…
地球の歌手の生歌を飽きるほどきいた…確かにみんなうまかったよ。でも…魂に響いたのは…』
(――そうか……!)
唐突に、ある確信に近い可能性に思い至った。
それは、呪歌は他の技能とは違う特殊な判定システムを採用しているのではないかということ。
剣技や通常の魔術なら当然、技術的に優れている方が大きな効果を発揮できるが、
呪歌は個々の聞き手がどう捉えるかによって効果が大きく変動するのでは!?
そうだ、大事なことを忘れていた――
歌はどっかの偉い人がどう判定するかよりも、聞いたその人がどう思うかの方が数百倍重要なのだ。
たとえこの世界の運営にポンコツ判定されていようと、関係ない。
特にこちらの対戦チームにいるのは、呪歌の後押しを信じて怨霊と素手で渡り合っていた明神さんと、
お前の道はこれだと、迷わず歌い続けるようにと背中を押してくれたガザーヴァと、我の歌の一番のファンのジョン君だ。
そして我の場合、自分の歌の効果が自分にもかかる……!
「どうしよう、震えが止まらないや……。
だってこんなステージで歌える機会なんてそうそうないもの……!
これってコンボをキメれるんじゃない!? 戦意高揚からの継続強回復って絶対最強じゃん!」
自分に言い聞かせるように言ってみると、本当にそんな気がしてきた。
1曲目はエンバースさんへ向けての歌詞のため、特にエンバースさんに効いたのは当然だったのだ。
エンバースさんが捨て身の覚悟で挑むのは、それぐらいの覚悟が無いと勝つことは出来ないということだ。
ならば次の曲で死なないようにしてやればいいだけのこと。
(なんか……そろそろアレが使えるような気がする……)
”響き合う星刻の調べ(アストラルユニゾン)”――始原の草原での一件以来何故か使えなくなってしまっていた切り札。
それを今度は呪歌に昇華させて復活させるのだ。
ガザーヴァを寛容な心で許せなかった自分は、もう仲間でいる資格は無いと思った。
そして、どちらか片方しかいられないとしたら、当然消えるべきは自分だとも。
でも――そうじゃないのはガザーヴァが身をもって教えてくれてるから。
だって、クッソ嫌そうな顔しながら必死で守ってくれてるんだもの……。
嫌いなまま全力で仲間でいてくれるってすごくない!?
402
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:11:49
(もういいよ、充分だよ――)
勘違いしてはいけない。向こうは友達とも増してや姉妹とも思ってくれてはいない。
ガザーヴァは案外律儀なところがあって、時々デレてくれるのは世界を救うパーティの仲間という立場があるからだ。
個人的には我の事が大っ嫌いで、きっと顔も見たくないだろうから。
この世界を救う戦いが終わったらきっと、もう会う事もないのだろう。
別に我のせいではないのだけど、向こうにとっては我の存在自体が不幸の元凶で。
だから、仲良くなりたいなんて思うこと自体が傲慢で……
そもそも、仮に前世の因縁が無かったとしてもシンプルに性格が全然合わないし……仲良くなれるはずなんてないのだ。
それでも、伝えるんだ――
今回は殺し合わずに済んで、一緒に旅が出来て嬉しいこと。
我のことを死ぬほど嫌っているくせに、守ってくれて、引き留めてくれて、
好きだったことを思い出すきっかけをくれて、たくさん感謝していること。
命がけでぼくを守ってくれている君を、君達を、絶対死なせはしないこと――
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/n7mb8fbwcu5qdoukhplqb/.mp3?rlkey=bco7p4uahgwswert8qnxf0x4e&dl
「「消せない胸の痛みは ここじゃない世を生きた証
望まず 傷つけあった 何も知らずに」」
カケルが、絶妙に音程をずらして合わせてくる。
アストラルユニゾン改め、アストラルハーモニーということか……!
同じ音で合わせるユニゾンよりも、ずっと難易度が高い芸当だ。
(これぐらい当然出来ますよ。魂を共有してるんですから……!)
――そうか、そうだったね……。きっとキミだけだよ。ここまでぼくと合わせられるのは……。
「「さだめは 覆されて 今同じ側に立ち歩む
今度は きっと大丈夫 君がいるから」」
―― お願い、届いて――!!
狙う効果は、継続強回復とハイパーバフの欲張りセット。
DOTダメージはそれと同等以上の継続回復をかけ続ければ打ち消せる。
かかってしまえば、疫病散布されようが破片を吸い込もうが大丈夫というわけだ。
ハイパーバフはアストラルユニゾンの流れを汲んているけど、多分今回は性質が違う。
前の時は低い能力値ほどよく上がっていたから、平準化されて全員が似たような能力値になるように働いていたけど、
今回はハーモニーだから、得意な分野の能力値がよく上がりそうな気がする。なんとなくだけど。
要するに――回復させ続けながら力技でゴリ押せという
思わずケレン味溢れる相手方に申し訳なくなるほどの、単純明快な脳筋的発想だ。
403
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/08/03(木) 00:13:05
「「逃げ出したくなったら いつも呼び止められた
「ここにいたい」 本当の気持ち 見抜いているかのように」」
「「流れ星を探して 空ばかり見あげてた
幼き日にポケットに入れた 星の欠片忘れて」」
「「いつも逃げてばかりだったぼくにも 譲れない戦いがある
思い出させてもらったこの輝きで 必ず君を守るよ」」
1番が終わり、間奏に入る。これは、もしかしてもしかすると――いい感じなんじゃない!?
そう思った矢先、全身から力が抜ける。
「え、あれっ……」
気付けば地面に膝をついていた。
(ぎゃああああああ! 分かりやすくへたっていらっしゃる!)
驚いたカケルが我からスマホ連動ウェアラブル端末をひったくって装備する。
我のステータスを確認しているのだろう。
そして確認したところで、見たまんまだったようだ。
(分かりやすく言うと体力が限界……! そこをなんとか! 気合で頑張って!)
呪歌というのはHPとMP以外の表向き数値化されていない何かが減るというか、
要するにずっと歌っていると超疲れるので継続使用はあまり出来ないものらしい。
本来曲を通して歌うような運用は想定されていないのだ。
頑張りたいのは山々だが、高音はとても出ない。
おまけに意識が朦朧として、歌詞も出て来なくなってしまった。
せめて歌詞だけでも出てくれば、カケルに歌ってもらうことも出来るのに。
(誰も死なせないって、決めたのに……! これじゃあみんなを守れないよ……!)
自分の情けなさに、涙が滲む。
――諦めちゃ駄目だ。呪歌の持続時間が切れる前に、どうにかしなきゃ。
カケルになんとか時間稼ぎしてもらって、その間にどうにか……。高カロリーポーションまだあったっけ……。
(……ん?)
ふと、目の前のガザーヴァがベースを所持していることに気付く。
ヤマシタさんならともかく、ガザーヴァってそういう技能あったの!?
(どういうこと……!?)
404
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 09:57:31
マゴットの放つ破壊の流星が、目の前の景色を闇色に塗り潰す。
撃ってから、それがいかに安直な一手だったかを自覚した。
わざわざ宣戦布告をしてからの範囲攻撃。
これだけたっぷり予備動作を見せりゃ、相手がチャンピオンでなくたって凌ぎ切れる。
やるなら完全に不意を突くべきだった。
俺なら当たり前に選べたはずの選択肢は、どうしてか今の今まで頭から消えていた。
この一撃でリューグークランの連中を……跡形もなく消し飛ばせたなら。
エンバースにもう一度仲間を喪う光景を見せずに済む。こいつに仲間殺しをさせずに済む。
何よりも……ミハエルがもたらした汚辱に等しい光景を、これ以上俺が見なくて済む。
現実から目を背けるための逃避に近い攻撃だった。
甘えた振る舞いの代償は――
瞬間、目と鼻の先で何かが弾けた。
追って響く金属音。火花が頬をかすめていく。
いつの間にかエンバースの剣の腹が目の前にあって、刀身には怒りに歪みきった俺の顔が映っていた。
そして刃の向こうには、剣をかち合わせる一体のモンスター。
>「――アンタのやり口だって言うならさ、そんなに熱くなるなよ明神さん」
エンバースが蹴りを放つ。蹴られた影――ドブネズミ騎士が床を跳ねる。
>「今の、なかなかいいイニシエートだったぜ」
攻防がそこまで完結して初めて、俺はドブネズミ騎士に首を狩られる寸前だったことを理解した。
リューグーの一人、流川たなのパートナーだ。
「……はっ、はぁ!?」
気の抜けた声しか出ない。
どっから湧いて来やがった!?何も見えなかった。
……マゴット君!?その動体視力抜群の複眼は飾りですか!?
『ひぃん。我……見えぬものは……追えぬ……!!』
ひぃん。じゃねえんだよ!
しかしマゴットにその責を問うのも酷な話だろう。
ドブネズミ騎士は恐らくクラスターの影を縫って飛んできた。
範囲攻撃で自分から視界を絞ったのは俺だ。
>「あいうえ夫さんも。相変わらずアンタは敵に回すとおっかないな」
そして気付けなかった攻防はもうひとつ。
後方のロングコート――あいうえ夫のメイジが結晶を飛ばしてやがった。
そいつを切り落としたのもエンバースだ。
高速飛翔する闇の弾丸の、その影を渡り歩く圧倒的なネズミのスピード。
弾幕と干渉しない隙間を読み切ったメイジの結晶の精度。
何よりも恐るべきは――ミハエルのクソみてえな演出でチャラチャラやってたこいつらが、
完全に非戦闘状態からここまでの対応を切ってきやがったことだ。
そして――そのすべてを剣一本でいなし切ったエンバース。
これが世界最強チーム。氷山の一角ですらないほんの片鱗。
一瞬にも満たない攻防で厳然たる格の違いをわからせられた。
俺の命を救ったエンバースは、こちらを振り返ることはない。
剣先でリューグーを牽制しながらも、ミハエルだけを見続けてる。
405
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 09:58:55
>「――挑発だとか、揺さぶりだとか、そんなんじゃないんだろ?チャンピオン」
「……エンバース」
>「だって最初からそう言ってたもんな――俺には愉しんでもらえるって。
最高の対戦相手を用意してくれたんだよな?俺とのデュエルの為に」
「おい」
>「けど――それだけじゃないか。確かめたかった……いや、背中を押したかった?
俺が、お前と同じスイッチを持っているか……それをオンにする事が出来るか」
「まさかお前……おい!!」
エンバースはミハエルだけを見ている。
その口ぶりは、ラスベガスで大量虐殺をやらかした最低最悪のテロリストへの怒りや義憤じゃなく――
>「俺は一度死んだ。未来も、仲間も、何もかもを失って、人を殺してでも生き残ろうとして、それでも死んだ」
>「だから分かるよ。安心してくれ――世界も、未来も、『そんなの関係ない』。ただ最高のデュエルをしよう」
まるで心待ちにしていたフレンドとのデュエルに臨む、プレイヤーのそれだった。
「お前っ、お前わかってんのか!?今この瞬間も世界の滅亡が進んでんだぞ!
悠長にお坊ちゃんのお誘いに乗ってる場合かよ!
俺たちの目的は何だ?ローウェルをぶっちめて世界救うことじゃねえのか!」
ミハエルが『デュエル』の一言で矮小化したこの状況は、世界を救うまでの寄り道に過ぎない。
こいつはローウェルの行方を知らない。ジジイの計画に乗っかっただけで協働してるわけでもない。
ここでミハエルと楽しく対戦やる理由は一つもない。
ミハエルは既にニヴルヘイムの軍勢に対する興味を失っている。
指揮を投げてる以上、ラスベガスに展開してる魔物共はこいつの首一つ転がしたって止まりはしないだろう。
イブリースがどこで何するつもりか知らんが、仮に魔物を抑え込めたとしても今度は人類の反撃がある。
それこそ『システム』で強制的に市街地を網羅する全軍勢を隔離でもしない限り、双方に犠牲が出続ける。
今すぐここを出て、ローウェルを探すべきだった。
デュエルになればどうやったってATBに時間を縛られる。
ゲージ一本貯まるまでに人が何人死ぬ?
こっちにはアルフヘイムの最高峰、継承者共が3人居る。乱戦に持ち込んで数的有利から最大火力をぶつける。
最低限の時間でここを突破するにはそれしかない……はずなのに。
>「ああ。最高のデュエルをしよう……すべてが滅びゆく、このラグナロクに」
ミハエルは我が意を得たりとばかりに口端を上げた。
認めたくないことだが――こいつらは、通じ合ってる。
エンバースが言うところの『スイッチ』を持つ者達。
倫理の歯止めが効かない、人道の逸脱者達。
「なゆたちゃん!ポヨリンでそこのイカレ焼死体の頭をブン殴れ!
沸騰した脳みそ冷やせば多少はまともに――」
縋るようになゆたちゃんを見る。半ば懇願じみた声が出た。
なゆたちゃんは、エンバースと同じ方を見ていた。
406
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 10:00:12
>「――信じてるからな」
>「……任せて」
「〜〜〜〜〜ッッ……!」
どいつもこいつもこの期に及んでデュエルデュエル、ブレモンに脳が汚染されたバトル馬鹿共だ。
一方で、頭の片隅にはエンバースの振る舞いに納得する思考があった。
相手は死人を復活させられるくらいシステムを手中に収めてる。
この世界がゲームであるという前提に立ち返るなら、継承者――NPCのバトルへの介入を禁じていてもおかしくない。
言わばこの状況は、ブレイブ同士が激突するシナリオ上のイベントだからだ。
>「これは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いだ。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の戦いは、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』同士で決着をつけなくてはならない」
……こんな風に。
システムのメッセンジャーであるエンデが言う以上、『そういう仕様』は覆せないんだろう。
短期決戦の目はこれで消えた。逃げ出そうにもそれを許すようなトップチームではあるまい。
クソ忌々しいことだが、ミハエルの土俵に上がらざるを得ない。
それに――
ミハエルの動向が掴めずに沼津で足踏みしていたあの時、俺はガザーヴァの帰省の提案に乗っかった。
世界が滅ぶ秒読み段階って時にだ。
打つ手がないのに無駄に駆けずり回って消耗するより何か意味のあることをしたかったってのはもちろんある。
だけど一番の理由は……家族に無事を伝えたいっていう、世界に比べりゃミソッカスみてえな『個人的事情』だ。
どのツラさげてエンバースを止められる?
他に選択肢がないなら。
せめて……何もかもが掌の上みてえなドヤ顔晒してるあのチャンピオンに、吠え面かかせてくれ。
「やるからには勝てよ。――『ハイバラ』」
『ハイバラ』は振り返らない。
近くにあるはずの背中は、深くて深い断崖に阻まれているようだった。
俺も踵を返して、その背を追うことをやめた。
デュエルは始まった。
ハイバラとなゆたちゃんがミハエルとマイディアの元へ吶喊していく。
俺たちも蚊帳の外ってわけじゃない。
流川たな、あいうえ夫、黒刃――復活したリューグークランの連中が、俺たちの前に立ちはだかった。
>「なーにが新生リューグークランだ!こっちにはな!最愛の僕のパートナーと仲間達がいるんだぞ!」
>「勝てるさ!突然だろ?お前等は中ボスなんだ…分を弁えろよ!お前らなんてこの僕達の…部長の…敵じゃない!!!」
羽虫を見るがごとくこっちを睥睨してるリューグー共を相手にジョンが吠える。
拙い挑発はミハエルに届かない。だけどその力強い声は、俺の腹に響いた。
そうだよ。最終決戦みてえなノリしてやがるがこいつらはラスボスじゃない。
なんかメインクエの最中にちょっかいかましてきたポッと出の敵だ。
こんなところで……立ち止まるわけにはいかない。
407
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 10:01:11
>「明神…感情を剥き出しにするのは関心しないな…そんな煽りは効果がないし…何よりも僕達らしくない!
…こんな時だからこそ…僕達は僕達でいなきゃいけないんだ。
そもそも…的確に相手の弱点を冷静につける人間が…このPTには最も参考になる仲間がいるじゃあないか!…ゴホン」
「……悪い。ちょっと頭冷やすわ。冷静に弱点を突く。俺の役目だ」
ジョンの言う「僕達らしさ」……『強み』と言い換えても良い。
この戦いは、そいつを失った方の負けだ。
なんだかんだ言って、ミハエルの精神攻撃を一番真に受けてたのは俺だった。
>「――待ちにまったお楽しみの時間じゃないのか?おもてなしの準備は万端だぜ…
もしかして明神さんの一撃で白旗を上げたくなった…なんて…
いや怖いなら逃げてくれて全然かまわないんだが…人間生きれてればそんな事もあるさ!
恥じる事なんてない。したきゃ動物のようにキャンキャン逃げ回ればいいさ
逃げ回り許しを請う人間に襲い掛かるなんてお前等と違って強い俺達にはできないからな…好きなだけ逃げるといい」
「俺たちらしさはどうした!?」
お前そんな煽りかますキャラだっけ!?
いや割りとノッてる時のジョンはこんなんだったわ。イブリースに正論パンチぶっかます時とか。
これもまたジョンの『らしさ』の一側面なのかもしれない。多分そういう感じだ。
>「おやおやぁ? ひょっとして、私たちと戦おうって言うんです?」
>「やめた方がいい……。私たちの目的はハイバラ君だけだ、無駄な戦いはしたくない。
第一、君たちでは私たちには勝てない。ただ傷つくだけだ」
俺たちをガン無視してエンバースにお熱だった三人の視線が、一瞬だけこちらを向いた。
「お?勝手におっ始めてるデュエル馬鹿共と違ってそっちは話が通じそうだな?
ハブられた人間同士仲良くお喋りしながら観戦でもしようぜ。
俺たちが戦う必要は……今んとこ、別にねえんだからよ」
提案はすぐに無意味であると分かった。
気の乗らねえような口ぶりの割に、流川たなもあいうえ夫も戦闘態勢を解いていない。
まぁ先制攻撃仕掛けたの俺だもんね。痛み分けみたいな感じになったしもう良くないですか??
>「いやー皆さん運がいいですねー! 一生分の運使い果たして明日死ぬんじゃないですか?
ホント、皆さんみたいな浅パチャ勢が私たち日本選抜チームに相手して貰えるなんて、
100兆年に一度あるかないかの大チャンスですよ? SNSでたっぷり自慢してくださーい!」
「ひひっなおさら世界滅ぼすわけにはいかねえな。自慢する相手がいなくなっちまう」
デュエルの宣告に応じ、戦端は開かれた。
だがパートナーを喚び出した流川たな・あいうえ夫を傍目に、黒刃はウンコ座りの体制から動かない。
それどころかインベントリからなんか野外調理セットを出してラーメン作り始めやがった。
>「レイド・グレードでもねぇ糞雑魚の相手なんぞまともにやってられっかよ、バカらしい。
ウェルシュ・コトカリスだと? 舐めんのも大概にしやがれ。
おい、カスども! ハンデをくれてやるよ、俺ぁこのラーメン食うまで動かねぇ」
「で、出たぁー!黒刃県名物料理、マッチ中に飯食ってくるクソ舐めトロールムーブ!!
ナマで見れるなんて感激だぜ。あれ配信者にありがちなキャラ付けじゃなかったのかよ!
ちゃんとこの後勝ち確煽りからの風呂入って来る宣言もセットでご提供いただけるんだろうな!?」
配信に袋ガサガサする音入れんじゃねえよボケカス殺すぞ。
こいつの飯食ってる音切り抜いて『黒刃ASMR』作って晒したら死ぬほど配信荒れて笑っちゃった。
今からコメント付けてやろうか。『咀嚼音助かる』、『ちょうど切らしてた』ってよぉ!
流川たなと黒刃がワイキャイやってる隙に、俺はジョンとカザハ君にだけ聞こえる声量で耳打ちする。
408
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 10:05:25
「……時間がないから端的に情報共有しておく。
あのネズミのマスターが金髪女。結晶撃ってきたメイジはロングコート。ラーメン食ってんのはスライム使いだ。
ネズミは速度型の近接アタッカーでDotをばら撒く。メイジは見たまま魔法火力特化。スライムはタンク。
役割をきっちり分担してる構成のパーティだ。このシンプルさで奴らは日本代表に上り詰めてる」
マイディア以外のリューグーは配信もやってたからその手札と戦術は把握してる。
問題は――これらの情報が、あくまで地球に居た頃のものでしかないってことだ。
こいつらは俺たちよりも先に召喚された先輩ブレイブ。
俺たちがそうであるように、旅の過程で成長を重ねてきたと考えるべきだろう。
>「ま、いいですけどね。でも……それなら黒刃さんの出番、ないですよ。
黒刃さんがラーメン食べてるうちに、私とあいうえ夫さんで――こっち、食べちゃいますから」
流川たながサイコロを振る。単発威力を下げる代わりに出目に応じてヒット数を増やすユニットだ。
基礎与ダメ25%に対して出目は4。計100%でユニット無しと変わらない威力。
実際には一発ごとに防御力の減算を受けるから、追加ダメージのバフでも無けりゃ最終与ダメは減ってるだろう。
>「んー、悪くはないけど様子見かなー。あいうえ夫さん、どうします?」
>「あれ。邪魔だね」
攻撃を保留した流川たなに対し、あいうえ夫が指示を飛ばす。
『あれ』――示された先には、カザハ君が居た。
>「かしこまりぃ! ヴァーミンちゃん、やっちゃってー!」
ドブネズミ騎士が弾丸の如く
定石通りだ。まずはバッファーを潰しに来やがった。
マゴットに護りに行かせる――間に合わない。ネズミの速度が速すぎる。
>「そぉ〜れ! ダイレクトアタック! ワンキルいただきま〜っす!」
「カザハ君!!」
果たして、流川たなの宣言は現実にならなかった。
寸でのところでガザーヴァの横槍が間に合い、ネズミが再び弾かれて地を跳ねる。
>「バカザハ、役立たずのオマエが唯一人並みに役に立てるスキルがそれなんだろ。
なら、必死で歌え。フォローはボクがしてやる……喉が嗄れても、血を吐いても歌え!」
ナイスカバーをねぎらう間もなく、戦闘は次の段階に移行していた。
あいうえ夫のメイジが地面から結晶を生やす。その予備動作は知っていた。
>「悪いが、そのシルヴェストルは最初に潰させて貰うよ」
「ガザーヴァ、面で来るぞ!!」
警告が間に合って、散弾のごとく降り注ぐ結晶をガザーヴァが回転させた槍で弾き尽くす。
そうしている間に流川たなのゲージが溜まり、再びダイスを投げた。
……クソ、テンポが早い。連携に連携を重ねて来やがる。
>「『疫病散布(パンデミック)』!!」
接近してきたネズミの身体から毒ガスめいた煙が噴出した。
「毒だ!吸うな!!」
思わず下がりながら鼻を布切れで覆うが、こんなもんで防げるようなヤワな毒じゃない。
正確にはノロウイルスみてえな病原体だが――防御がギリギリ間に合わなかった。
灼熱に似た感覚が身体の芯を穿つ。手足が痺れ、うまく呼吸が出来なくなった。
409
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 10:07:24
>「カン違いして貰っちゃ困るんですけどーォ。
私たちリューグークランと戦ってるからって、アナタたちは別に強くなったってワケじゃないんですよ?
アナタたちは依然変わりなく、下位ランクのクソザコナメクジってこと! ひょっとして……」
マゴットが錫杖を振るってネズミを迎撃する。
だが罹患した病によって精彩を欠いた打擲は素早いネズミを捉えられず、
返す刀で降り注ぐ結晶の雨がマゴットの装甲を少しずつ削っていく。
>「ブレモン世界一を決める、ワールド・マーケット・センターの――
その空気を吸うだけで、強くなれると思ってました?」
「げほっ……空気吸わせてくれよ、だったら……!」
膝が震え、いよいよ立ち続けることすら覚束なくなったその時。
不意に視界が暗くなった。
意識がブラックアウトを始めたか――いや違う。
これは『消灯』。ナイトヴェイルのスキルだ。
あっちでバトってるマイディアが使わせたフィールド効果がこちらにまで及んでいる。
ガンマ値を最低に設定したような不明瞭な視界の向こうで、流川たなが何かを取り出すのが辛うじて見えた。
それをドブネズミ騎士が被る。武器にも塗りつける。……暗闇の中に、完全に溶け込んだ。
光消しの染料だ。
>「んふふ、どうですか。全然見えないでしょ。これがホントの黒刃……なんて」
体調不良のデバフをまともに食らった中、ダメ押しのように不可視化された刃――
不意に光が瞬いた。俺はそれを目で追ってしまう。絞られた情報量の中で急にもたらされた光を、『追ってしまう』。
「マゴット!」
光の正体は結晶弾。難なく叩き落したその攻撃には、ひとつ紛れ込んだものがあった。
小瓶だ。砕け散り、飛散した内容物までは判別がつかない。
>「皆さんは……まあ雑魚なんですけど。だけど、いいパーティではあるんでしょうね。
その詩人ちゃんをみんなで守る。詩人ちゃんはみんなを信じて歌い続ける。
――だから回避という選択肢が見えない。だからこうなる」
瓶の中身にはすぐに見当がついた。
微粉砕した規格外品のクリスタル――マナシャードだ。
ぶち撒けられたそれは空気中に蔓延する。危険性も、すぐに分かった。
こいつは粉塵だ。吸い込めば肺がやられる。
鉱山につきものの労働災害のひとつ、塵肺――肺の細胞を壊し、酸素を取り入れられなくする旧時代の死神だ。
無論それだけじゃない。粉塵はマナシャード、結晶化した魔力の塊だ。
何か攻撃魔法を付与されていて、体内に入れた途端起爆されたら――
こいつらはブレイブとしてブレモン世界で戦ってきた。魔法のひとつくらい覚えててもおかしくはない。
「カザハ君、風で粉塵を――」
>「うんうん……すぐにそうやって息を止めて、吹き飛ばしちゃえばいい話だと思いますよね。
でもでも、それを意識しながら歌にも集中出来ますか?気持ちとかちゃんと乗せれます?」
「…………!!」
やられた。
呪歌スキルは歌唱を続ける限り効果を発揮するが、翻せば歌い続けなければならないということ。
片手間では出来ない。術者は歌唱に集中し続ける必要がある。
410
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 10:10:58
>「さて、と……そろそろゲームのルールは理解出来ましたか?そんなに難しくないですよ。
ただヴァーミンちゃんの攻撃を防ぎ損ねるか、『呼吸困難』がスタックし過ぎたら負け」
>「ただ、このルールには一つ欠陥がありまして……」
>「皆さんの勝利条件がどこにも存在しないんですよねー」
この淀みない呪歌対策を下支えしているのは、『経験の差』って奴なんだろう。
放り出されたブレモン世界で、ハイバラすら野垂れ死ぬような過酷な環境で、
こいつらは死ぬまで生きた。戦い抜いた。
誰にも侵されざる、確かな足跡があった……はずなんだ。
>「もうやめてよ……! エンバースさんの仲間だったこと、覚えてるんでしょ!? どうして……!」
カザハ君が悲鳴じみた声で訴える。
ミハエルの醜悪極まる悪意によって歪まされたこいつらは、何を思って戦場に立っているのか。
推し量ることはできないが、それでも一つだけ言えることは……こんな末路、認めてたまるか。
流川たなはこちらに択を強いている。
粉塵と病原体を風で吹き飛ばすために呪歌を止めるか、このままデバフに侵されて死ぬか。
くだらねえ。俺たちはこれまで何度も絶望の二者択一を迫られて、その度に第三の択をこじ開けてきただろうが!!
「粉塵対策は捨てて良い。歌ってくれカザハ君――俺たちに、響く歌を!!」
確信があった。
呪歌の下敷きになってるのは歌で士気を鼓舞する『軍楽』だ。
大昔の軍隊は歌と音楽で恐怖を消し、国を守る決意を統一してきた。
魔法なんかない地球の兵隊だって故郷の歌を歌って奮い立った。
そして本当は順序が逆だ。『歌で奮い立つ』んじゃない。『奮い立ちたいから歌う』んだ。
つまり呪歌の効力を担保するものは――歌そのものではなく、それを聞く者の感受性。
「俺はお前の歌ならどこまでだってノれる。テンションを上げられる!
お前の勝ち確BGMで……流れを変えろ!!」
センターに響き渡る下品なハードコアテクノを塗りつぶして、カザハ君の歌が始まる。
身体の倦怠感が嘘のように消えた。頭痛も発熱も震えもない。
代わりに腹の底から沸き立つような熱をもった感情――俺はこいつを、『勇気』と名付けよう。
「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!!」
敵の視界を奪う濃い霧が戦場に充満する。
スペルの戦術意図はふたつ。
粉塵対策において最も効果的とされるのは散水、濡らして宙を舞えなくすることだ。
目に見えない細かさの粉塵を水で落とすことは困難だが、霧なら空気ごと湿潤させられる。
無数の粉塵を、無数の水分で迎撃する。
もうひとつ、迷霧の本来の用途は真っ白な霧で戦場を覆い、視界を著しく狭めること。
フレンドリーファイア無効によって俺たちは影響を受けないが、流川たな達は目の前が白く塗り潰される。
つまり――
「視界の条件はこれでイーブンだ。お互い手探りで殴り合おうぜ」
――潜水艦同士のソナー戦じみた、暗闇合戦。一方的に殴られ続けるターンは終わりだ。
近接を仕掛けてくるドブネズミはともかく、狙撃担当のメイジの攻撃手段はこれでかなり絞られる。
あいうえ夫必殺の『結晶流星』――針の穴を通すような精度の主砲は封じた。
「ジョン、メイジを潰せ!あいつは『邪魔』だ」
俺たちのカザハ君を邪魔呼ばわりしやがったあの野郎に意趣返しを食らわせてやる。
411
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 10:11:50
「こいつを使え――『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』、プレイ」
床から魔法カット率100%のウルレアユニットが生えた。
こいつは魔法には無類の耐性を誇る一方で、物理には壁相応の耐久しかない。
殴れば壊せる。すなわち――
――ジョンなら城壁を地面からもぎ取って、盾として抱えながら移動できる。
「バフが効いてるうちに勝負を決めるぞ。スライム使いが戦線に出てきたらもっと不利になる。
あのトロール野郎が――病気ばら撒いてるネズミの傍でよく飯食えるなあいつ。
とにかくあのラーメン食ってる馬鹿がスープまで飲む派であることを祈ろう」
目下一番の問題は前線で病原体を蔓延させるドブネズミ。
自身を中心とした範囲デバフであるあのスキルは、視界不良の影響をほとんど受けない。
「なにが害獣(ヴァーミン)ちゃんだよ名で体を表しやがって!
媒介する菌の数ならハエだって負けてねえぜ!」
『グフォ!?最悪の……張り合い方……!』
それでも、あの目に見えない速さでビュンビュン飛び回る機動力は殺せたはずだ。
この霧の中、高速で動けばなにかに躓くだけでも大怪我だ。
着地点を目視せずに飛ぶような馬鹿ならなんとでも攻撃の置き方はある。
412
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/08/08(火) 10:12:51
「俺たちに勝利条件がないってことは分かったよ。
それで……お前らの勝利条件はどこにあるんだ」
バフを受けたマゴットがドブネズミに追い付き、高速域での格闘戦を開始する。
剣戟の音が響く中、俺は継続回復に任せて肺が傷つくのを無視し、息を目一杯吸い込む。
吐き出すのは流川たなへの問いかけ。
「俺たちを殺せれば終わりか?ミハエルがハイバラを仕留めるまで場を持たせれば勝ちか?
そんなわけねえよな。ミハエルが勝てば世界が滅ぶ。お前らも一緒に墓ん中へ逆戻りだ。
あのクズに手を貸す報酬が二度目の人生だってんなら、そいつが支払われる日は永遠に来ねえよ」
ゾンビみたく自由意志を奪われている……ようには見えない。
その戦術も振る舞いも、配信で何度も見た生前のリューグーのものだ。
「……ふざけやがって。リューグークランだぞ。日本のブレモンシーンの頂点に立った奴らだぞ。
勝手に蘇らされた挙げ句に蚊帳の外で、振られた仕事はランクにも居ねえ俺たちとの消化試合?
日本最強のチームがこんな……ハイバラのオマケみてえな扱いで良いのかよ。
俺は全然納得いかねえ!!」
ミハエルは初めからリューグークランの誰も戦力として当て込んじゃいなかった。
奴の目当てはハイバラとモンデンキントだけで、ミハエルはそれ以外眼中にすらなかった。
つまりリューグークランは――本当に、ただハイバラを煽るためだけに蘇生された存在。
邪魔な俺たちを戦場から爪弾きにするための、代えの効く壁役に過ぎない。
「煽り性のくせに煽り耐性のねえ『流川たな』も!アメコミの悪役みてえなツラした『あいうえ夫』も!
品性終わったクソカストロール野郎の『黒刃』も!
……俺はお前らを知ってる。知ってるんだ」
国内大会の配信は何度も見た。
ドギツイ個性をきっちりかみ合わせた理想的なチームで……だからこそ、全員に憧れを持った。
こいつらを、『ハイバラの仲間』で一括りにしたくない。
「リューグークランは『ハイバラとその他』のチームじゃねえ。
お前らを……ミハエルの飽きたオモチャで終わらせてたまるか」
【カザハ君の回復バフで病気のリスクを踏み倒す。『迷霧』で粉塵対策+視界デバフ
ジョンに『寄る辺なき城壁』を渡し、クリスタルオールドメイジの対処を依頼
ヴァーミンちゃんと格闘戦しつつ流川たなに精神攻撃】
413
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/08/15(火) 13:49:36
>「おやおやぁ? ひょっとして、私たちと戦おうって言うんです?」
>「やめた方がいい……。私たちの目的はハイバラ君だけだ、無駄な戦いはしたくない。
第一、君たちでは私たちには勝てない。ただ傷つくだけだ」
>「お?勝手におっ始めてるデュエル馬鹿共と違ってそっちは話が通じそうだな?
ハブられた人間同士仲良くお喋りしながら観戦でもしようぜ。
俺たちが戦う必要は……今んとこ、別にねえんだからよ」
「話が通じる?…まさか明神…外でなにが起こってるのか忘れてるわけじゃないよな?
僕達は順番にこいつらと戦ってるような時間はないんだ…さっさとこいつらぶっ飛ばさなきゃいけないからな」
僕にはミハエルを含め…こいつ等を殺さない意味が分からない。
洗脳されているとは言うが…まともな奴なら洗脳されてる間大量の人を殺す手伝いをしていたなんて聞かされたらまともな神経じゃいられない…
気にしない奴はそもそもこの世に必要すらない…だからどっちにしても殺した方が幸せな気がするのだが。
>「いやー皆さん運がいいですねー! 一生分の運使い果たして明日死ぬんじゃないですか?
ホント、皆さんみたいな浅パチャ勢が私たち日本選抜チームに相手して貰えるなんて、
100兆年に一度あるかないかの大チャンスですよ? SNSでたっぷり自慢してくださーい!」
といっても僕はなゆと約束した身…奴らのペースに合わせないと言った以上…普段通りやるしかない…ブレイブとして。
「キャンキャン鳴かないほうがいいと思うけどな…なんか近所に住んでてた吠え癖がすごいチワワにそっくりに見えてきたから」
部長に目配りして…少しずづゆっくりと前進する構えを取る。
>「……時間がないから端的に情報共有しておく。
あのネズミのマスターが金髪女。結晶撃ってきたメイジはロングコート。ラーメン食ってんのはスライム使いだ。
ネズミは速度型の近接アタッカーでDotをばら撒く。メイジは見たまま魔法火力特化。スライムはタンク。
役割をきっちり分担してる構成のパーティだ。このシンプルさで奴らは日本代表に上り詰めてる」
「明神もそうだけど…Dotばらまくのってやっぱり基本戦術なんだね…僕は気持ちいい殴り合いがしたいんだけど。」
Dotをまかれる前になんとかしたいけど…当然その対策もされてるだろうし…。
いきなり後方に飛び込むダイブ戦法も…思いつきの行き当たりばったりで行っても効果はないだろう。
「結局のところ…ゆっくり追い詰めながら明神が作ったチャンス待ちといったところか…」
部長とゆっくりとエンバースのチームメイト…えーと金髪と…あとなんとか夫…の方に歩き出す。
>「んー、悪くはないけど様子見かなー。あいうえ夫さん、どうします?」
>「ああ」
「さあ!かかってこい金髪女となんとか夫!」
>「あれ。邪魔だね」
邪魔と言われ指を指されたのは…僕ではなかった
414
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/08/15(火) 13:49:48
>「かしこまりぃ! ヴァーミンちゃん、やっちゃってー!」
どぎゅっ!!
ヴァーミンちゃんと呼ばれるねずみというには巨大なねずみが走って向かってくる。
僕は咄嗟に身構えるが…狙いは僕ではなかった。
>「そぉ〜れ! ダイレクトアタック! ワンキルいただきま〜っす!」
「…は?」
クソ鼠は僕と明神を最初からいなかったかのように間するするとすり抜けショートソードを構えながら
カザハを捉えた。
>「バカザハ、役立たずのオマエが唯一人並みに役に立てるスキルがそれなんだろ。
なら、必死で歌え。フォローはボクがしてやる……喉が嗄れても、血を吐いても歌え!」
寸でのところでカザーヴァがそれを阻止し、難を逃れる。
「あ…………」
なゆが聖都で命の危機に追いやられた時…もうこんな思いはしないと…させないと誓ったのに。
だから僕がタンクだって言われた時…嬉しかった。僕もみんなを守れるんだって…。
怒りで体が震える。
>「どんどん回していきますよォ! ……ダイスロール!!」
>「『疫病散布(パンデミック)』!!」
呼吸を無意識に止める。…それによって怒りもまた鮮明になっていく。
>「カン違いして貰っちゃ困るんですけどーォ。
私たちリューグークランと戦ってるからって、アナタたちは別に強くなったってワケじゃないんですよ?
アナタたちは依然変わりなく、下位ランクのクソザコナメクジってこと! ひょっとして……」
クソ女の声は僕の耳には届かなかった…せいかくにいえばそれどころではなかった。
>「ブレモン世界一を決める、ワールド・マーケット・センターの――
その空気を吸うだけで、強くなれると思ってました?」
色んな感情が僕を包む。
怒り…悲しみ…無力感…その他いろんな感情が人生で初めて…襲い掛かる…。
そして僕は23年間一度も自分の身に怒った事のないこの感情の正体を…頭ではなく…心で理解した。
そうか…これが…僕は今…人生で生まれて初めて…心の底から怒ってるんだ…。
これが…マジギレ。
415
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/08/15(火) 13:50:00
>「おー、マイディアさん真面目だなぁ。黒刃さんも少しは見習ったらどうです?」
>「テメエもな。テキトーに5ターン遊んで賭けに勝とうとしてんだろ?」
>「ぎくぅっ!いや、そんなまさか!久々のデュエルを長く楽しみたいだけですってば!」
生まれて初めて感じたこの感情を今の僕に制御する術はなかった。
>「皆さんは……まあ雑魚なんですけど。だけど、いいパーティではあるんでしょうね。
その詩人ちゃんをみんなで守る。詩人ちゃんはみんなを信じて歌い続ける。
――だから回避という選択肢が見えない。だからこうなる」
マジギレの感情に振り回され、無意識に攻撃を弾いてたが…明神や…カザハとカザーヴァみな苦しそうにうめき声を上げる。
苦しむみんなをみて…僕の感情が暴力的な全てで埋まっていく。世の中のみんなはこんな感情を制御できてるのか?
>「さて、と……そろそろゲームのルールは理解出来ましたか?そんなに難しくないですよ。
ただヴァーミンちゃんの攻撃を防ぎ損ねるか、『呼吸困難』がスタックし過ぎたら負け」
なんで仲間が苦しむのを指をくわえて…僕達だけ律儀に不殺を守らなければいけないんだろう。
カザハを殺そうとした奴に手心を加えなきゃいけないんだろう。
…なんでだっけ?
>「ただ、このルールには一つ欠陥がありまして……」
>「皆さんの勝利条件がどこにも存在しないんですよねー」
もう…いいか…この感情に振り回されても…。
そうだよ…僕はブレイブとしての才能はからっきしだけど…殺しの技なら世界一なんだから…最初からそうしとけばよかったんだ。
ナイフを手に取りゆっくりと真っ暗闇を息遣い…言葉の発生源に向かって歩き出す。
どうせ相手からちょっとした暗闇にしか見えてないんだろうが…十分だ…人の首元にナイフを突き立てるだけなら…
>「負けてたまるか……。死なせてたまるか!!
誰も死なせないって、最後まで全員一緒に行くって決めたんだ――!」
憤怒にとらわれた…僕が一瞬で我に返るほど…強く…愛おしい声が…。
「「消せない胸の痛みは ここじゃない世を生きた証
望まず 傷つけあった 何も知らずに」」
歌が…聞こえた
「「さだめは 覆されて 今同じ側に立ち歩む
今度は きっと大丈夫 君がいるから」」
ナイフをその場に投げ捨て…僕はカザハの…歌が聞こえた場所に…カザハの元に走った。
416
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/08/15(火) 13:50:12
>「え、あれっ……」
よろよろとカザハが倒れていた。
この霧を全開に吸い込み…さらには命まで狙われ…それでも歌い続けた。僕達の為に。
でもおかげで…僕は憤怒の感情を制御できた…だからこれからは僕の番だ。
「カザハ…ライフポーションだ…飲めるか?」
カザハは予想以上に衰弱していた。
カザーヴァがベースを持ちバフを掛けているが…僕達には間違いなくカザハの力も必要だ。
ライフポーションだけではどうにもならない衰弱した仲間をどう助ければいい…!?
いやまてよ…地球に来る前…ダメージを肩代わりしたとき…よく考えればあれは肩代わりしたというより…僕の活力を全員に分けていたような感覚だったような…
…しかしあの時は魔方陣で強制的な連結がされていたからできていた感もあった…。
普段なら思いつきもしない突拍子もない行動だったが…なぜかできると・・確信があった。
「カザハ…今から僕の有り余る元気を上げる…そして今度こそ君を守るから…だからもう一度僕達の為に……いや…僕の為に唄ってほしい」
魔方陣での連携がない以上…魔術的な知識もなにもない僕には…どうすればいいかはわからなかった。
しかし聞いてる時間も迷ってることもできなかった。…だから僕は自分の心に従い…物理的な連結で…心の連結で…!
ズキュウウウン!
カザハにキスをした。
30秒…1分…どのくらいしたか正確には分からない。それでも…カザハになるべく新鮮な空気と…僕の活力を贈る事に専念した。
無意識で呼吸を止めていたから大丈夫だとは思うんだけど…できるかどうかわからなかったが…できると心から信じる事は今まで大抵できた…だから今回だってできるはずなんだ。
少しづつ…体から…ほんの少しずつ…元気そのものを引っ張られている感覚がある…。これは成功しているのではないだろうか…いや成功させてみせる。
「…ぷはっ」
ゆっくりと口を離す。
「少しはマシになったかい?…僕の歌姫さん?」
ゆっくり立ち上がり僕はカザハに背を向ける。
「必ず僕が…君を守る」
そうして僕は前線に復帰した。
417
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/08/15(火) 13:50:23
>「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!!」
前線に戻ると明神が霧を展開し、時間稼ぎしていてくれていた。
「すまない明神…ここから僕も…ちゃんと戦うよ…それで?明神さんならいい作戦を思いついたんだろ?」
>「ジョン、メイジを潰せ!あいつは『邪魔』だ」
>「こいつを使え――『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』、プレイ」
「なるほど…これを…こうして!」
壁がひっこぬき大盾のように構える。
これなら僕の体も…なんなら部長もセット隠れられる大きさだ。
>「バフが効いてるうちに勝負を決めるぞ。スライム使いが戦線に出てきたらもっと不利になる。
あのトロール野郎が――病気ばら撒いてるネズミの傍でよく飯食えるなあいつ。
とにかくあのラーメン食ってる馬鹿がスープまで飲む派であることを祈ろう」
>「なにが害獣(ヴァーミン)ちゃんだよ名で体を表しやがって!
媒介する菌の数ならハエだって負けてねえぜ!」
視界不良のこの状況で前進するのはリスクが伴う…しかし停滞したら僕達に待ってるのは死だ。
カザハを守ると誓った以上…必ずあいつらをぶちのめしてカザハの元に帰る!
>「俺たちを殺せれば終わりか?ミハエルがハイバラを仕留めるまで場を持たせれば勝ちか?
そんなわけねえよな。ミハエルが勝てば世界が滅ぶ。お前らも一緒に墓ん中へ逆戻りだ。
あのクズに手を貸す報酬が二度目の人生だってんなら、そいつが支払われる日は永遠に来ねえよ」
>「リューグークランは『ハイバラとその他』のチームじゃねえ。
お前らを……ミハエルの飽きたオモチャで終わらせてたまるか」
「そこまで明神に熱く語られたら…猶更負けるわけにはいかないね!
雷刀(光)(サンダーブレードユピテル)
漆黒衣(忍)(シャドウアーマー・ザ・ニンジャ)」プレイ!」
「にゃ〜〜〜!」
漆黒の忍者装束と雷刀(短刀)を部長に装備させ…霧に紛れさせる。
部長にはこれからこの霧を前進していく上で大事な役割を担ってもらう。
その為に先に狙われないように紛れさせる。
「僕と部長は正直…弱い…部長なんて単体じゃ火力の火の字もない…その主である僕には圧倒的に知識がない。
でもね…だから…僕達は一人と一匹じゃなく…二人で一つになる事を決めたんだ。」
スンスンスン
霧の中で部長の鼻鳴らす音が聞こえる。
「明神の言った通り…メイジのクソ夫は潰す…潰すが…その前に…とりあえず一発くらいツケは払ってもらわないと…」
418
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/08/15(火) 13:50:54
部長はモンスターとして見た目がかわいい以外の特筆した能力はない。
しかし…モンスターとして以外の能力を求めるなら悪くない特技をいくつも持っている…。
その一つが嗅覚
元ネタが犬なので当たり前だが…人間の数千倍以上ともいわれるその嗅覚は当然部長も持ち合わせている。
そもそもとして部長や一部のモンスターは目で物事を見ているわけではない。
一方で人間である僕は当然薬品やら病気の霧の中ましてや魔法の力で姿を消した獲物を匂いで獲物を追うなんていう真似はできない。
だが僕には今までの人生で培ったこの世界征服も決して夢ではない肉体がある。
だから僕達は両方できるようにしようと決めた…視界をふさがれても匂いで追えるように。匂いをつぶされたら目で追えるように。
覚えさせた仲間以外の…匂いがある場所にスムーズにいけるように…そして僕が部長の代わりを務める…と
「にゃー!」
「――オラア!!」
部長の掛け声と同時に僕は走りだし…部長が鳴き声で指定した場所に思いっきり拳を振りぬいた
ドコオオオン!
「ちっ…さすがに一発で仕留め切るのは無理か…。」
視界不良すぎて…当たった感触のようなものはあったが…結果カス当たりに終わってしまう。
時間制限があるからできれば一撃で仕留めたかったが…そううまくはいかないか。
カザハの歌の効果で…思ったより体のだるさは感じてはないけど…。反応の速さはさすがランカーと言った所か…。
だがこれではっきりした…カザハを狙ったあのクソアマのクソネズミは…追える。
視界不良や調子の悪さ…薬品臭のせいで練習通りとは言わないが…簡単にカザハを直接狙わせるなんていう行為は…もうさせない。
「もうお前を自由行動なんてさせない…次捉えたら…クソネズミを殴り倒す!…もちろん最終的にクソネズミに指示飛ばしてるお前もなクソアマ」
流石に動き続ける相手を匂いだけで追い切るのは不可能だ…しかも匂いで追っているという事はすぐにバレるだろう…。
何らかの対策を取られる事は分かっていた…しかしだからといって正直にそれを相手に教えるなんて馬鹿な真似はしない。
「びびってお前が行動しないなら…僕はゆっくりと…後方支援してるクソ夫も…殴り倒す」
クソネズミをけん制するためにも後方支援役であるクソ夫に圧をかけ続ける…。
実際にはそんなにうまくいかない事は分かっていた…だが…できる限りヘイト稼ぎ続け…DPSの本命である明神をできる限りフリーにするのが…僕の目標であり勝ち筋。
明確に実力で劣っているからこそ…この勢いで後ろで飯食って引っ込んでる奴が出しゃばってくる前に…潰す!
「僕に生まれて初めてマジギレとかいう感情を味合わせてくれて本当にありがとう…この感謝の気持ちを拳に込めて………必ずプレゼントしてやる」
ドゴオオオオオオン!
勢いあまって地面に拳を叩き付ける。
豪華で美しい手入れされていたであろう床は見るも無残にへこみひび割れてしまった。
「あぁ…心配しないでくれ明神…僕は冷静さ…至ってね…ただまあ…生まれて初めての感情で戸惑ってるだけさ…本当にさ…HAHAHA!」
自分でもここまで感情を制御できない事に自分自身でびっくりしていた…いくら生まれて初めて感じた感情だったとしても…こんな事になるとは…
それでもカザハのおかげで頭はすっきりしている…今はほんのちょっと余韻がで溢れただけだから……ほんのちょっとね。
「必ず死ぬ一歩手前で殴るのを止めるからさ!…………………………………冗談だよ?…ジョーダンだってば…」
部長の誘導の元…僕はゆっくりと明神から授けられた城壁…もといそれを引っこ抜いた大盾を構えながらプレイヤー二人近づいていく。
ロックオン攻撃では部長を狙えないし、広範囲攻撃は明神から盾(城塞)を授かった僕が庇えばいい。
だが油断はしない…この程度…恐らく日本最強様が味わった事がないわけじゃないだろうからな。
「さて…気を取り直して…自分達のほうが経験があると思ってる馬鹿を殴り倒しにいきますか!…前進する!」
【大層なはったりをかましながら部長誘導の元プレイヤー目掛けて前進開始】
419
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/08/21(月) 22:06:16
順風満帆で、小石に躓くことさえない人生だった。
中世から続く貴族の家系、シュヴァルツァー家の嫡男して生を享け、何不自由ない暮らしをしてきた。
教育熱心な両親の意向で優秀な教師陣の許教育を受け、若干九歳にして才能を開花。
十一歳で名門カールスルーエ工科大学に入学し、数学、経済学、統計学、心理学など多岐に渡る分野で論文を発表した。
特に高等数学の才能は突出しており、十四歳で『不完全性定理の再構築』と題した論文を発表し、
数学界に大きな衝撃を与え『ゲーデルの生まれ変わり』『フォン・ノイマンの再来』と呼ばれた。
フォルクスワーゲン社の熱烈なラブコールによって主席エコノミストとして招聘され、
現在はドイツ現政権の経済諮問委員、母校カールスルーエ工科大学の経済部教授も務めている。
神に愛された、真の天才。
つまらない、退屈な人生だった。
シュヴァルツァー家は近世で没落し見る影もなく衰退しており、その暮らしは体面ばかりを気にした虚栄に満ちたものだった。
御家復興に狂気的な執念を燃やす両親によって寝るとき以外は勉強を強要され、友人もいなければ誰かと遊んだこともない。
勉強以外の何も知らないまま名門カールスルーエ工科大学に入学させられ、論文を発表する機械のような毎日を過ごした。
特に高く評価された『不完全性定理の再構築』は、三十九度の熱にうなされながらやけくそで書いたもので、
数学界に大きな衝撃を与えた一方で『インチキ論文』『ペテン師』といった誹謗中傷、殺人予告までが届いた。
主席エコノミストとして招聘されたフォルクスワーゲン社では上層部の醜い権力争いに巻き込まれ、
ドイツ現政権では景気回復の実績を出せない尻拭いをさせられ、母校では十四歳の教授ということで珍獣のような扱いを受けた。
悪魔に取り憑かれた、日陰の鬼子。
おぞましい、糞のような人生だった。
一部のエリートにしか理解できない論文に何の価値があるだろう。
簡単なことを態々難解な言葉に言い直して、自己満足の議論を交わす経済学者たちに何の意味があるだろう。
次の選挙が気になるあまり、無理なものは無理と断言できない政権に、何の大義があるだろう。
それら世に蔓延る害毒たちの中にいる僕は、いったい何なのだろう――?
そう、思っていた。
ミハエル・シュヴァルツァーの心は死んでいた。歪に育成された天才の魂は糜爛し、腐臭を放っていた。
そんなミハエルを救ったのは、たった一枚のカードだった。
『ブレイブ&モンスターズ! カードゲーム』。人気ソーシャルゲーム、ブレイブ&モンスターズ! の紙媒体のゲームだ。
ある日、カールスルーエ工科大学のキャンパス内で講義に向かう移動中、ミハエルは床に一枚のカードが落ちているのを見つけた。
『コボルトの襲来』――場にコボルト三体を設置するというユニットカードである。
はっきり言ってレアリティが低く一時凌ぎ程度にしか使えないカードだが、
それを拾い上げたミハエルの受けた衝撃は尋常ではなかった。
粗末な革鎧を着た、犬のような顔に人間めいた毛むくじゃらの身体を持ち、丸盾とショートソードを持った三体のコボルト。
その異形に、絵柄に、ミハエルは甚大なショックを受けたのだ。
この世に生を受けて以来、ミハエルの身近には常に数字があった。翻って言えば、数字しかなかった。
ミハエルは大部分の人間が幼少期に、少年期に親しむであろう御伽噺、伝説、奇譚、神話といったものと無縁だった。
マッチ売りの少女も、人魚姫も、ニーベルンゲンの指環も知らない。
空を舞う天使も、地下墓地を徘徊する動く死体も、外宇宙の名状しがたい神々も想像したことのなかったミハエルが、
生まれて初めて遭遇した異界への扉、それが『コボルトの襲来』であった。
――これは。
ミハエルはカードを大事に両手で包むと、すぐに自分の研究室へ戻りカードをネットで検索した。
そして、後のおのれの人生全てを覆す『ブレイブ&モンスターズ!』に出会ったのである。
そこからはもう、坂道を転がり落ちるが如し――否、ロケットで空へと駆け上がるが如しだ。
あたかも高分子ポリマーが水を吸収するように、ミハエルはブレモンのルールを学び、カードを揃え、
本家であるソシャゲにも登録して、日に夜を徹してブレモンに没頭した。
フォン・ノイマンの再来と呼ばれた天才の頭脳はブレモンにおいても遺憾なく発揮され、
ミハエルは登録三ヶ月後にはドイツ国内の大会を総なめにし、世界大会に出場。
前代未聞の連覇を成し遂げ、『金獅子』『ミュンヘンの貴公子』と呼ばれるまでになった。
ワールド・マーケット・センターのブレモン・ワールド・チャンピオンシップで、並み居る強豪を薙ぎ倒したミハエルは、
割れんばかりの歓声の中で心底思った。
――今までの僕はただのロボットだった。言われるままにやれと言われたことだけをするロボット。
でも、今は違う。今分かった……僕はブレモンをするために生まれてきたんだ。
ブレモンなら、僕は自分の思う侭に振る舞える。誰かの作った定理やら法則やらに操られて数式を解くんじゃない、
僕だけのやり方で、世界の頂点に立てるんだ!
名誉や外聞ばかりを気にする親も、肩書ばかり偉そうな諮問委員長も、支持率以外に興味のない大統領もここにはいない。
完全な自由。ここではミハエルは何者にも縛られず、自らの力だけで勝利を、栄光を掴み取ることができるのだ。
ブレイブ&モンスターズ! と出会ったことで、やっとミハエルは『人並みの人生』を取り戻したのである。
ミハエルにとって、ブレモンとは価値あるもののすべて。誇りを、面子を、生命のすべてを賭けるに値するもの。
……だから。
420
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/08/21(月) 22:10:20
「……ッ、ははッ……はははははははは……!
トゥループ・システム? いい……実にいい! 素晴らしい!
こんなの、以前の大会じゃ使ってなかっただろう。アルフヘイムで考案したのかな?
何にしてもいい攻め手だ! 僕のリュシフェールに、だまし討ちでなく真正面から一撃加えるだなんて!」
ふふ……。『軽蔑すべき者を敵として選ぶな。汝の敵について誇りを感じなければならない』――」
エンバースの隠し玉にミハエルはニーチェの言葉を引用しながら無邪気に喜んだ。
自分の知る中で唯一、ミュンヘンの貴公子に比肩し得る可能性を秘めたプレイヤー。
その見立ては正しかった。エンバース――ハイバラこそは、自分が百パーセントの本気を出して闘える相手なのだ。
今このワールド・マーケット・センターにおいて、エンバースだけが紛れもなくミハエルの『敵』であった。
「うん、度肝を抜かれたよ……まったく君は愉しませてくれる。
さぁて……じゃあ、今度は此方の番だ。
リュシフェール――エンゲージ!!」
ギュオッ!!!
エンバースとフラウのトゥループ・システムによって右頬を殴りつけられた『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』が、
再度恐るべき速度でフラウへ接近する。
フラウの触腕による迎撃をこともなく掻い潜り、内懐に潜り込む。そして一閃。
神剣アンサラーの正確無比な一撃が、フラウの核を的確に狙う。
当たり判定のある残光が剣の軌跡に滞留し、逃げ道を潰してゆく。
ギャギャギャッ!!
あたかも檻を形成するかのように、アンサラーが空間ごとフラウを斬り刻もうと無数の剣閃を放つ。
残光に触れるのも、アンサラー本体に斬られるのも、結果は同じ。何れもフラウの躯体を真っ二つにする威力を秘めている。
堕天使リュシフェールがフラウを追い詰める。――ただ一ヶ所だけの逃げ道を残して。
フラウは其処に身を置くしかあるまい。罠と分かっていても、そうする以外に剣刃から逃れるすべはないのだ。
そして――
「はははッ! こうかな?
巧くできれば御慰みだ!!」
スマホをタップするミハエルの手指が、まるで一流ピアニストのように複雑に、滑らかに動く。
リュシフェールが剣を振り下ろす――否、剣ではない。『鎚を振り下ろす』。
離れているなゆたの産毛さえチリチリと灼くほどの、膨大な量の雷がリュシフェールの持つ黄金の鎚から迸る。
雷霆と鎚本体の強烈な打撃によって、フラウが体勢を崩す。
更にリュシフェールの追撃。その持っている『銛』から津波のような水流が迸り、フラウの視界から堕天使が掻き消える。
そして――瀑布の如き水勢を突き破り、巨大な黒いツヴァイハンダーの切っ先があたかもロケットのように飛来してくる。
ざぎゅっ!!!
黒々と渦巻く闇を纏った両手剣の一撃が、フラウの身を掠める。
もし直撃していれば、きっと其処で勝負は決着であっただろう。
悔しそうに、けれども笑いながらミハエルがパチンとフィンガースナップを鳴らす。
「あぁ! 惜しい! やっぱり、見様見真似でやってみても巧く行かないなぁ!
ははッ……でも、こんな感じでいいんだろ? トゥループ・システム――」
いかにも愉快げな顔をエンバースへと向ける。
神剣アンサラーの斬撃でフラウを自らの望む位置へと誘導し、『黄金鎚ミョルニール』の雷撃を乗せた重い一撃で体勢を崩す。
しかる後に『ポセイドン・ハープーン』の水流で視界を奪い、最後の一撃は『葬送の剣ティルフィング』での広範囲の薙ぎ払い。
全てを斬り潰す斬打によって決着をつける――。
そう。
ミハエルはエンバースのトゥループ・システムを一見しただけでトレースしてみせたのだ。
しかも、その際に使った武具はそのすべてが神代遺物。その攻撃力はエンバースのシステムの比ではない。
「もう二、三回くらいも試運転してみれば、君より巧く使えるようになると思うんだ。
ま……使わないけど。安心してくれハイバラ、他人の戦術を流用して勝つなんて僕のプライドが許さない。
でも……これが何を意味しているのかは、分かるよね?」
ミハエルは一度見た戦術を瞬時に解析し、対処することができる。
つまり――同じ戦術はミハエルには二度と通用しない、ということだ。
「うん、でも、本当に面白かった! これが隠し玉その一? じゃあ、まだまだ他にも手持ちがあるっていうことか!
いいね、お互い出し惜しみは無しにしよう。すべて! 手の内をすべて見せ合って、全力で闘おうじゃないか!」
ば、と両手を大きく広げ、朗々と歌うように宣言する。
「さ、次の出し物はなんだい? ワクワクするなぁ……。
だって君、まだスペルカードもユニットカードも使っていないだろう?
出し惜しみは駄目だよ、ほら! 君のことだ、スペルカードだって従来の遣り方に囚われない、
とんでもない使い方をしてくるんだろう! 僕に見せておくれよ――!」
421
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/08/21(月) 22:43:18
端正な顔立ちをしたリュシフェールが、金色の巻き毛を靡かせながら爆速でフラウへ迫る。
先程と同じように当たり判定を残したままの斬光を周囲へ残しつつ、徐々にフラウを追い詰めてゆく。
が、もう『黄金鎚ミョルニール』による強力な殴打は来ない。単に『出来る』ということを見せつけただけで、
本当にもう二度とトゥループ・システムを使うつもりはないらしい。
その代わり。
「『神殺しの魔槍(グングニール)』――プレイ」
ミハエルが手札から鎗を出現させる。
かつてリバティウムで戦った時に携えていたものとは違う鎗だ。光属性の神代遺物、『神殺しの魔鎗(グングニール)』。
ミハエルはただデュエルが強いだけの少年ではない。以前レイド級に匹敵する強さの『縫合者(スーチャー)』、
ライフエイクを手もなく葬り去った腕前を持つ、肉弾戦闘でも恐るべき使い手だ。
槍を手にしたミハエルは其れを逆手に持ち直すと、投げ槍のように高々と肩に担いだ。
そして――投擲。
「さあ……ハイバラ! 早くしないと、デュエルが終わってしまうよ!
穿て――『白い閃光(ホワイト・グリント)』!!」
ぶぉんっ! と恐るべき速度で神鎗がフラウめがけて飛んでゆく。
それだけではない。途中で鎗の長い柄が展開したかと思うと、内部から八本の小型鎗が出現する。
まるで多弾頭分裂ミサイルだ。小型鎗が次々に爆風を伴って炸裂し、最後にグングニール本体が命中して大爆発を起こす。
むろん、それだけでは終わらない。本命は言うまでもなくリュシフェールの斬撃だ。
ザヒュッ!! と鋭利な斬撃がフラウを絶つ。右脇腹から左肩へと抜ける、逆袈裟の一閃。
「どうした、スペルカードを使いなよ! いつまで勿体ぶっているんだ?
今使わないで、いったいどこで使うって言うんだよ!
ほら! ほらぁ! 僕を焦らさないでおくれ、ハイバラ――!!」
ブゥン……と虫の羽音のような音を立て、ミハエルの手許にグングニールが再召喚される。
だが、ハイバラはカードを切らない。切らなければ敗北は必至というこの状況においても、なおスペルを用いる気配がない。
それは、あたかも【使いたくとも使えない】かのような――。
「ハイバラ、君、もしかして……」
それまで心底愉しげで、無邪気な笑みを浮かべていたミハエルの表情が翳る。
眉間に皺を寄せ、整った面貌を歪ませる。
エンバースの反応を見、ここへ来てミハエルはひとつの仮説に辿り着いた。
対峙するエンバースにとって、それは最も知られたくなかった事実に違いない。
「……【スペルカードが使えない】……のか?」
ミハエル・シュヴァルツァーは世界最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
いかに自信家のハイバラであろうと、ブレモン絶対王者を相手に縛りプレイをするなど狂気の沙汰であろう。
それこそ、勝負を最初から手放しているとしか思えない。
となれば可能性はひとつしかない。ハイバラは【カードを使うことができない】。
もしくは、デッキが万全の状態ではない。何れにせよ、ベストコンディションでこの場に立っている訳ではない――。
「なぜだ?
このワールド・マーケット・センターが決戦の場だと、そう気付いた君たちなら当然、
僕がここで待ち構えていることも理解していた筈だ。僕と闘うことになると……。
だのに、なぜ万全の準備を整えてこない? どうしてデッキを吟味し、全力を尽くせる状態にしておかないんだ?
その時間は充分にあったはずだ! 僕はその時間も、君たちに与えていたのだから!」
ミハエルが声を荒らげる。
ずっと楽しみにしていた、ハイバラとのデュエル。自分と同じステージに上がることができる唯一のプレイヤーと、
何もかも忘れて存分にデュエルを愉しむことを、ずっとミハエルは夢見ていたのだ。
それに水を差された。ハイバラは最初から、ミハエルに勝つ気などなかったのだ。
「……ふざけるな」
俯き、肩を震わせ、ぽつりと呟く。
「ふざけるな……、ふざけるなッ! 僕を愚弄するのか、ブレイブ&モンスターズを! お前は愚弄するのか!
僕が、どれだけお前とのデュエルを楽しみにしていたか……! どれだけこの時を待ち焦がれていたか……!」
歯を食い縛り、目に涙さえ浮かべて、ミハエルは搾り出すように言葉を吐く。
ハイバラについて期待していただけに、心底彼と闘うことを楽しみにしていただけに、
それを台無しにされた落胆は大きい。
ギリ、とミハエルは唇を強く噛み締めた。口の端から血が滴るほどの、強い失望。そして怒り。
「……君とは心が通じ合っていると思っていたよ、ハイバラ。
アルフヘイムとニヴルヘイム、お互いの立場は違っても、同じデュエルを愛する者同士だと……。
でも、どうやらそれは僕の勝手な思い込みだったようだ。
アハハハ! こいつは傑作だ! 何もかも、僕の独り相撲だったって訳だ!
やっぱり僕はひとりだ――、この世に対等の者なんていやしないんだ!」
思い切り背を反らし、ゲラゲラとミハエルが嗤う。
そして一頻り哄笑すると、昏い眼差しでエンバースを見る。
まるで養豚場の豚でも見るような、無関心で感情のない冷ややかな目。
「もういい。死ね」
短く、聞き間違いようのない声で、絶対王者はエンバースへと言い放った。
422
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/08/21(月) 22:46:32
>――ナイトヴェイルは支援能力に特化した後衛型のモンスター。
例え相手が日本代表のプレイヤーでも、私とポヨリンなら絶対負けない。
……さしずめそんなところかな。貴重な1ゲージ目をフラウの援護に使った理由は
マイディアが余裕綽々といった様子で分析してくる。
彼女の言う通りだ。後衛職のサポート特化モンスター相手なら、ポヨリンでどうとでも料理できる。
たとえ相手が日本代表だろうと何だろうと、アルフヘイムで過酷な戦いを勝ち抜いてきた自分とポヨリンなら絶対に勝てる。
そう信じて疑わなかった。
だが。
>だけど……君は少し、人を疑う事を覚えた方がいいかもね
ぶわッ!
「……く……!」
ナイトヴェイルがフィンガースナップを鳴らすと同時、周囲に幾重にも棚引くカーテンが出現し、視界を遮る。
スキル『閉幕』の効果だ。そして――靡くカーテンを貫いて飛来する刃。
なゆた目掛けて飛んできた其れを、ポヨリンが身を挺して防ぐ。
『ぽよっ……!』
「ポヨリン!」
>君は縁もゆかりもない世界に召喚されて、それでもタフに生き残ってきた。
パートナーと絆を深め、苦楽を共にし、一緒に強くなってきたんだろうね
再度指が鳴る。今度はなゆたの周辺だけではない、会場全体が急速に色を失ったかのような薄闇に包まれる。
これで、視界は極端に狭められてしまった。ナイトヴェイルの得意技、『消灯』だ。
なゆたはポヨリンを抱きかかえると、素早く駆け出して『閉幕』のカーテンの外へ飛び出した。
が、カーテンを潜った向こうにもすでにカーテンが設置されている。なゆたはすっかり囲まれてしまっていた。
>奇遇だね。私達もそうだったんだよ
薄闇に包まれた無数のカーテンの向こうから、マイディアの声だけが聞こえる。
しかし、方角が分からない。どこからも聞こえているようで、どこからも聞こえていない。そんな響きに困惑する。
>あらゆる艱難と辛苦を乗り越えてこその……ってヤツさ。
単独での戦闘能力が低いなんて弱点は……とっくの昔に乗り越えてきた。
ハイバラはいつも汚れ仕事を引き受けてくれたけど……ずっと甘えてはいられなかった
ボッ!
声が後ろから聞こえた――ような気がした瞬間、カーテンを翻してナイトヴェイル本体が襲い掛かってきた。
ほとんど転倒するような勢いで何とか攻撃を避ける。どっと尻餅を搗くも、すぐに片膝立ちになって周囲を警戒するが、
ナイトヴェイルはとっくに身を隠した後だ。またしても、何も見えない。
「…………ッ」
なゆたは歯噛みした。
後衛のサポート特化キャラだと高を括っていた。スライムマスターたる自分なら容易に制圧できるだろうと。
しかし、それはとんでもない心得違い、自惚れもいいところだった。
ナイトヴェイルはサポートしかできない、仲間に守って貰わねばまともに戦えないモンスターなどではなかった。
実際にマイディアはソロでも最高位ランク『レイド・グレード』の中ほどを堅持するほどの技量を持っていた。
なゆた程度のプレイヤーなど、両手両足の指に余るほど屠ってきたはずなのだ。
この期に及んでの自らの見立ての甘さに、ギリ……と強く奥歯を噛み締める。
「ポヨリン! ハイドロ―――」
>ああ、そうだ。攻撃する時は気をつけて……チャンピオンの邪魔をすれば君はただじゃ済まない。
それに誤ってハイバラを攻撃してしまうかも。ダメージは通らなくても集中力は削がれてしまう
どこに居るのか分からない相手には、全方位攻撃というのは定石である。
なゆたはすぐに全身から飛沫の弾丸を放つ『ハイドロスプラッシュ』を指示しようとしたが、
マイディアの言葉によって咄嗟に思いとどまった。
全方位攻撃は近くで闘っているであろうミハエルやエンバースにまで流れ弾が当たる可能性がある。
ふたりの邪魔、それだけはしてはならない。
なゆたはすっかり攻め手を奪われてしまった。
>……とあるプロチームのアナリストが、5v5の対人ゲームの勝率を統計した事がある。
その結果、最初にキルを取られたチームのおよそ七割がそのまま敗北していたらしい
ナイフが飛んでくる。それを主人よりも一瞬早く察知したポヨリンが、またしても身体で受け止める。
ナイフには毒が塗られているらしく、その傷口がぶくぶくと泡立ち爛れているのが見えた。
刃物のダメージに加え、毒のDoTダメージで毎ターンライフが削られてゆく。
マイディアの遠距離からの毒ナイフ投擲と、エリザヴェート本体の攻撃。
どこから来るかも知れない二択の攻撃に、焦燥が募る。なゆたの頬を嫌な汗が伝い、顎から滴った。
423
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/08/21(月) 22:50:03
>つまり何事も最初が肝心。相手が弱いと高を括ってスペルを無駄撃ちしちゃいけないって事さ
マイディアの声が響き続ける。
虚実織り交ぜたマイディアとエリザヴェートの連携に、もはやなゆたは対処できない。
ポヨリンがなんとか勘を働かせ、押し寄せる攻撃をなんとか防御するので精一杯だ。
なんとか反撃したいと思うものの、もし狙いを外れてミハエルやエンバースに誤射してしまったらと思うと、
迂闊に手が出せない。
それに、視界が閉ざされカーテンに囲まれているという状態も想像以上に精神に負担を与える。
老獪と言うしかないマイディアの手口に、なゆたは一矢も報いられないまま絡め取られてしまった。
>さもないと……ほら、こういう事になる。【いずれ血に濡れる幼き旗手(マレディクション) 】プレイ
お互いの手口を出し切って遊ぼうとしていたミハエルと違い、マイディアに遊びはない。
自分で言ったとおり、最初から一切の手を抜かずなゆたを葬り去るべく、次々に手を打ってくる。
なゆたもATBゲージこそ溜まっているが、有効な反撃の糸口が掴めない以上、ただ無駄に蓄積させていくしかない。
カーテンの向こうで、何かが召喚された気配がする。
『いずれ血に濡れる幼き旗手(マレディクション) 』。フィールドに存在する限り自軍にバフを与え続ける、
強力なユニットカードだ。
これでマイディアの投げる毒ナイフも、エリザヴェートの攻撃も、一層鋭さと毒の濃度を増したという訳だ。
デュエルではバッファーを最優先で撃破することは基本中の基本だが、勿論居場所を突き止められないでは打つ手がない。
>君はもう、パートナーに使ったスペルの数で私に追いつけないね?
マイディアは既に勝利を確信しているかのようだ。
確かに、このままではなゆたの勝利する可能性はゼロであろう。間違いなくなゆたは負ける。
しかし――勝ち目がないからと言ってサレンダーするなど許されない。
なゆたの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての誇りが、デュエル半ばで舞台から降りることを許さない。
例え弓折れ矢尽き、喉元に刃を突き付けられたとしても、生きている限りは諦めない。
それがなゆたの矜持であった。
「……確かに……わたしはあなたを甘く見てた。後衛職のソロなんかに、わたしが負ける訳ないって……。
それはとんでもない間違いだったし、あなたを侮辱する考えだった。それは謝ります。
ごめんなさい、マイディアさん」
毒の刃で負傷したポヨリンを傍らに従えながら、片膝立ちのなゆたはそう言って軽く頭を下げた。
例えどんな相手であろうと、油断はしない。自らの持ち得るすべての策を用い、初手から全力で叩き潰す。
それがブレモンプレイヤーの鉄則。実際、なゆたはそうやって此方がスライムだからと舐めプしてくるプレイヤーを、
ばったばったと薙ぎ倒してきたのだ。そんな自分がナイトヴェイルを見て与しやすいと判断するなど、
愚かと言う他ない。
しかし――
「でも、最初にエンバースへ『高回復(ハイヒーリング)』を用いたのは後悔してない。
あそこでは、ああするのがベストだった。勝利への最善手だった。わたしはエンバースを信じてる――
信じてるから。あそこであのスペルカードを切ったんだよ」
迷いのない、強い意思の許きっぱりと断言する。
「ふん? ハイバラを回復させて、ミハエル・シュヴァルツァーとの短期決戦を仕掛けさせて。
救援を待とう……ということかな? やれやれ、まったくいじましい闘い方だ。
そんなことじゃ、私たちリューグークランは――」
「冗談……! そんな後ろ向きな闘い方、失礼でしょ。
わたしはわたしの力で、あなたを倒すつもりだよ。
正々堂々……真正面から! あなたを打ち破ってみせるわ、マイディアさん!」
「…………その向こう気の強さだけは、大したものだね!」
ビュゴッ!
『閉幕』の帳の向こうから、エリザヴェートが奇襲を仕掛けてくる。
またしても、それをポヨリンがすんでのところでなゆたの身代わりとなって受ける。
『ぽ、ぽよぉっ!』
度重なるマイディアとエリザヴェートの攻撃により、ポヨリンのライフは既に半分を切っている。
直接攻撃に加え、毒による毎ターンダメージが殊の外効いているのだ。
このままでは、遠からずポヨリンは倒れてしまうだろう。
ポヨリン以外にパートナーモンスターを持たないなゆたである、ポヨリンが沈めばすべてが終わる。
絶体絶命の危機。だというのに、なゆたは何の対策も打たない。何をしても無駄と悟ったのか、ポヨリンへの回復すら行わない。
成す術もなく、ただただマイディアに嬲り殺されるのを待つばかり――。
余人には、或いはそう見えたかもしれない。なゆたは闘いを諦めた、と。
しかし。
その目からはまだ、闘志は消えていない。生気は喪われていない。
傷ついたポヨリンを従え、強くスマホを握りしめたまま、なゆたは凝ッと闇色の帳の向こうを睨みつけていた。
424
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/08/21(月) 23:08:23
>視界の条件はこれでイーブンだ。お互い手探りで殴り合おうぜ
明神の使用したスペルカード『迷霧(ラビリンスミスト)』が、薄闇に覆われた戦場を上書きする。
確かに、これで空気中を漂う粉塵は減退した。その全てを無力化することはできないとしても、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の活動限界はこれで大幅に伸びたことだろう。
更に、濃い霧は言うまでもなく視界を奪う。
『一方的に目が見えないという状況』を、明神は『お互いに目が見えない』にまで引っ張り上げた。
または、引き摺り下ろした。
「熱っち! オイコラ、手許が見えねェぞ! ッざけんな、ラーメン零しちまったろうが!」
自分の手許さえ定かでない濃霧によってラーメンの汁を零したらしい黒刃が罵声を浴びせる。効果は覿面のようである。
が、一方でたなとあいうえ夫はまるで動じない。
「あいうえ夫さん、どうです?」
「問題ない。私のマーリンは相手モンスターのオドを探知する。視界は重要じゃない」
「りょ。それじゃ、“依然変わりなし”ってことで――」
ざひゅっ!!
濃霧漂う闇の中、まさに黒い影そのものと化したヴァーミンちゃんが疾駆する。
ラビリンスミストの効果で動きが鈍るかと思いきや、その速度と動きにはまったく衰えるところがない。
どころか、今までよりも速くさえある。
ヴァーミンちゃんがマゴットを狙う。バヒュッ! とショートソードが鋭利な軌跡を描き、胸板を裂く。
マゴットの胸からどす黒い血がしぶく。
「バッッッッ……カですねー! ヴァーミンちゃんをこんな霧なんかで何とかできるって、本気で思ってるんです?
ドブネズミ騎士ですよ? ド・ブ・ネ・ズ・ミ!
ネズミは視力が低い代わり、聴力と嗅覚に優れる! つまり――
アナタはゲージを一本ドブに捨てたも同じ、ってことです! ドブネズミだけに!
そんなの小学生だって知ってることですけどねー!」
ネズミの特性を遺憾なく発揮し、ヴァーミンちゃんが戦場を縦横無尽に駆ける。
更に。
「――マーリン。『結晶石筍(クリスタル・スタラグマイト)』
あいうえ夫がクリスタル・オールドメイジに指示する。オールドメイジが杖を振ると、
ジョンや部長、明神の足許からパキパキと音を立て、鋭利な水晶の刃が対象を貫こうと飛び出してきた。
『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』を装備したジョンには効果はないものの、
正確無比にアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の足許を狙ってくる巨大な水晶の錐は脅威だろう。
クリスタル・オールドメイジは視覚ではなく、敵の体内より出ずる魔力“オド”を感知して位置を把握している。
いずれにせよ、リューグークランに目くらましは無意味ということだ。
バキンッ! パキィンッ!!
地面から次々と鋭い水晶の柱が突き出、皆を串刺しにしようと迫る。
そんな中、明神が口を開いた。
>俺たちに勝利条件がないってことは分かったよ。
それで……お前らの勝利条件はどこにあるんだ
「はぁ?」
たなが怪訝な表情を浮かべる。
>俺たちを殺せれば終わりか?ミハエルがハイバラを仕留めるまで場を持たせれば勝ちか?
そんなわけねえよな。ミハエルが勝てば世界が滅ぶ。お前らも一緒に墓ん中へ逆戻りだ。
あのクズに手を貸す報酬が二度目の人生だってんなら、そいつが支払われる日は永遠に来ねえよ
>……ふざけやがって。リューグークランだぞ。日本のブレモンシーンの頂点に立った奴らだぞ。
勝手に蘇らされた挙げ句に蚊帳の外で、振られた仕事はランクにも居ねえ俺たちとの消化試合?
日本最強のチームがこんな……ハイバラのオマケみてえな扱いで良いのかよ。
俺は全然納得いかねえ!!
自らの肚の中でとぐろを巻く感情をぶちまけるように、明神は叫んだ。
>煽り性のくせに煽り耐性のねえ『流川たな』も!アメコミの悪役みてえなツラした『あいうえ夫』も!
品性終わったクソカストロール野郎の『黒刃』も!
……俺はお前らを知ってる。知ってるんだ
>リューグークランは『ハイバラとその他』のチームじゃねえ。
お前らを……ミハエルの飽きたオモチャで終わらせてたまるか
明神の激情に、たなとあいうえ夫は一瞬呆気に取られたようにぽかんとした表情を浮かべてしまった。
そして、次の瞬間にはどっと笑い始める。
「あっ……ははははははははッ!!
出たぁー! クソデカ感情! 聞きました? 黒刃さん! あいうえ夫さん!
こぉんな熱烈なファンに思いのたけを打ち明けられるなんて、
まったく『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』冥利に尽きるってもんですね!」
「ハ、やたら俺らに詳しいと思ったらフォロワーかよ。たなのガチ恋勢か?
そらま、テンションも上がるわな」
「……有難いね。世界大会直前にミズガルズから失踪して、ムスペルヘイムで死んだ私たちを、
まだ覚えてくれている人がいるなんて」
「いやいや! いやいやいや! ありがとうございまーっす!
サイン要ります? あぁ名前もあとで教えてください!『何々さんへ リューグークラン』ってちゃぁんと書きますから!」
メルカリで売ったりしないで下さいよ!」
腹を抱えて大爆笑するたなと、口の端を軽く吊り上げるだけの黒刃。
穏やかな微笑を浮かべるあいうえ夫と、その反応は様々だったが、しかし明神の独白に絆される者は誰一人いない。
425
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/08/21(月) 23:12:31
「私たちがハイバラさんのオマケか何かとでも思ってるんですか?
ホンット……舐められたもんですねぇ。
私たちリューグークランは、アナタたちみたいな単なる仲良しチームじゃないんですよ。
それぞれがライバル。それぞれが倒すべき目標にして障害。
『ソロでもやっていける一流プレイヤーが、世界大会のために組んだチーム』――それがリューグーなんです」
たなが自らの薄い胸に右手を添えて宣言する。
幼馴染のハイバラとマイディア以外の三人、今この場にいる流川たな、黒刃、あいうえ夫は元々、
全員がソロで配信を行い、レイド・グレードにまで昇りつめた猛者たちであった。
それが、同じゲームのランクマッチ配信を行っているということでコラボするようになり、
来たるべき世界大会のためにチームを組もうという流れになったのだ。
最初からリューグーがあったのではない。それぞれが単体で恐るべき強さを持つプレイヤーが紆余曲折あって手を組んだ、
それがリューグークランなのである。
従って、誰が何番とかいう序列はチームに存在しない。チームリーダーはハイバラだが、
それは彼が日本王者だからという便宜上のものでしかなく、実質的には全員が同格なのだ。
「それにね……私たちはこの状況に感謝してるんです。あいうえ夫さんも黒刃さんも、マイディアさんも。
ローウェルにどういう思惑があるにせよ、私たちは現世に蘇った。
残留思念だのなんだの、オバケみたいにあやふやな存在じゃ何にも出来やしない。
でも――今は違う。私たちはこの世界で! もう一度肉体を得て! 両脚で地面を踏みしめて立ってる!
これで、諦めかけてた目的も果たせるってぇモンです。でしょ? おふたりとも」
「……おう」
「その通り。だからこそ――私たちは負けられない。目的があるんだ、やらねばならないことがある。
それを成し遂げるまでは、絶対に負ける訳にはいかない――」
軽く後ろを振り返って水を向けるたなに、黒刃とあいうえ夫は頷いた。
と、時を同じくして、それまで賢明に歌を歌っていたカザハの声が途切れる。
>え、あれっ……
どうやら、体力が限界を迎えてしまったらしい。
元々、歌唱というのはとても体力を使う行為だ。咽喉だけを使えばいいというものではない。
普通の人間だって、全力で三曲ほども歌えば疲れてしまい、咽喉が嗄れるというのに、
カザハはもっと負担のかかる呪歌をぶっ続けで歌っていたのだから、体力が尽きるのも道理というものだろう。
完全に息が上がり、もうほんの僅かも声を出すことができない――誰の目にも、カザハはそう見えた。
ジョンがすぐさまカザハに駆け寄り、ポーションを飲ませるも、目立った効き目はない。
しかし、驚いたことにジョンはカザハに口付けし、自らのライフを分け与えることで回復を促した。
こんなことは勿論ブレモンの仕様にはない。しかし、それを成し遂げられたのは、
やはりジョンの大地属性の力と、カザハを救いたいという真摯な感情があったからこそなのだろう。
「うあっはぁ……何をするかと思えば、ちょっとぉ……やめてもらえます?
ブレモンは全年齢なんですけど? Youtubeにアップした動画が収益剥奪されちゃったらどうすんですかぁ?
あいうえ夫さーん、今のとこ、あとで編集のときモザお願いしますね?」
ベロリと舌を出し、たながドン引きする。
ジョンのライフ譲渡によってカザハは回復したが、まだ本調子ではないだろう。ひとりで歌うなど以ての外だ。
ガザーヴァは――動かない。明神から貰ったベースを背負ってはいるものの、
相変わらず手には鎗を握りしめたまま、歌ったり音楽を演奏するような様子は一切見られなかった。
「王子さま気取りの一般人さんには、ご退場頂きたいですねぇ!」
ギュンッ!!
たながヴァーミンちゃんに指示を出す。ドブネズミ騎士が爆速でジョンに狙いを定める。
それに合わせるように、ジョンもまた奔る。
>にゃー!
>――オラァ!!
「おっ!?」
驚いたことに、この視界が殆ど遮られた戦場の中で、ジョンは正確にヴァーミンちゃんに肉薄すると一撃を見舞ってみせた。
咄嗟に盾でガードするも、軽量級モンスターである。大きく後方に吹き飛ばされた。
空中でくるりと一回転し、身軽に着地する。どうやらダメージはないらしい。
>ちっ…さすがに一発で仕留め切るのは無理か…。
歯噛みするジョン。
>もうお前を自由行動なんてさせない…次捉えたら…クソネズミを殴り倒す!
…もちろん最終的にクソネズミに指示飛ばしてるお前もなクソアマ
>びびってお前が行動しないなら…僕はゆっくりと…後方支援してるクソ夫も…殴り倒す
「……はぁ。一発まぐれでカス当たりしたからって、もう倒す宣言ですか?
殴り倒す殴り倒すって、それしか言えないんです? バカなのかな?
まぁ『大男 総身に知恵が回りかね』って言いますしね! それなら、もっとキャラ立てした方がいいですよ?
カタコトでしゃべるとか。『オデ オマエ ナグリタオス』みたいな。あははッ!」
ジョンの恫喝など意にも介さないというように、ケラケラと笑う。――が、勿論それだけではない。
ジョンが床を殴りつけ、クレーター状の巨大な凹みが出来ると、ヴァーミンちゃんは数歩下がって身構えた。
426
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/08/21(月) 23:17:33
たながダイスを振る。『予言のダイス』の出目は――六と五。
「あはッ! きた来たキタ――――ッ!!
あいうえ夫さーん! お願いしまーす!」
「了解」
あいうえ夫がオールドメイジに指示を飛ばし、老魔術師がヴァーミンちゃんへと『限界突破(オーバードライブ)』を掛ける。
更に、たな自身も惜しみなくスペルカードを用いる。
追加されたヒット回数全てにクリティカル率上昇の効果を与える『大当たり(ジャックポット)』。
1ヒット毎に追加ダメージを累積で与える『出血大サービス(スイートブラッド)』。
自身のダイスロール時に用いるダイスを六面体から十面体に変更する『サイコロ変更(チェンジダイス)』。
加えてダイスロールにより出目と同じ数の分身を増やす『ネズミ算(ピラミッドスキーム)』。
ゴッ!!
ヴァーミンちゃんの全身から闇色の波動が迸る。
十面体ダイスと『ネズミ算(ピラミッドスキーム)』の効果により、八体に増殖したヴァーミンちゃんが全方位からジョンを襲う。
闇に紛れたヒット&アウェイ戦法、しかも一撃が六撃にもなる連続攻撃に、頻発するクリティカル。
おまけに攻撃すればするほどダメージ値は蓄積し、一打ごとの攻撃力が高くなってゆく。
それが、一ターンに八体分。
ざざざざざッ!!!
「ひとつ、いいこと教えてあげますよ。超人ハルクさん」
例え一、二体を殴り倒せたところで、たなの攻勢が緩むことはない。
ジョンが一撃を振り抜く頃、ヴァーミンちゃんは既にジョンへ三撃、四撃を叩き込んでいる。
瞬く間に、ジョンは血まみれになることだろう。そして――無限にも感じられるヴァーミンちゃんのターンが続く。
「あんまり強い言葉は使わない方がいいですよ? 弱く見えますからね。
大体……アナタ、このゲームの趣旨分かってます?
なんで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が前線に出ちゃってるのかなぁ……。
やっぱりバカなんですね。バカだから、育成とか考えられない。相性とか、戦術とか、
やらなきゃいけないこと。勝つために必要なこと、覚えなきゃいけないことを怠ってる。
脳筋パワープレイで何とかなるって思ってる」
分体をいくら殴りつけても、本体を捉えない限りはヴァーミンちゃんの連続攻撃は続く。
ジョンにはその本体を捕捉する術がない。
ヤマシタやマゴットが割り込もうとしても、ドブネズミ騎士の目にも止まらぬ連撃の嵐は介入を許さない。
生半可な速度の攻撃では、その残像を追うのが精一杯だろう。
「そのウェルシュ・コトカリス、どノーマルで育成もロクにしてないみたいですが。
なんで進化させないんですか? コトカリスはハッキリ言ってクソザコですが、進化させれば結構強いんですよその系統樹。
ドーベル・バジリスクとか、チベタン・ニズヘグとか。
せめて限凸くらいしないんですか? 属性付与は? 何なら『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』って手もある」
ジョンの攻撃を悉く避け、手玉に取りながら、たなが問う。
「私たちはね。ありとあらゆる手を使って強くなってきたんです。手段を選ばず、お金と時間を湯水のように使って、
莫大な労力を支払って、やっとのことでレイド・グレードの常連になったんですよ。
だのに――ロクな知識もなく、労力も使わず、あまつさえゲームの趣旨さえカン違いしたまま私たちを倒そうだなんて――」
それまで快活な笑みを浮かべていたたなの双眸が鋭く変わる。
その全身から、底冷えするような殺気が漲る。
ドドドドドッ!!!
七体のドブネズミ騎士が、ジョンの全身を攻撃する。四肢を、胸板を、腹筋を、脇腹を、鋭いショートソードが差し穿つ。
そして――
「―――――あんまり、ブレモン舐めんじゃねーですよ」
八体目のドブネズミ騎士の剣が、ジョンの頸動脈を切断した。
【ミハエル、エンバースが万全でないと知って激昂。
なゆた劣勢。マイディアにされたい放題で耐え忍ぶ。
たな、ジョンに狙いを定め集中攻撃。
ガザーヴァは未だ動かず。】
427
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:10:44
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅱ-Ⅰ)】
――どうも奇妙な違和感があった。何故彼女は防戦一方のままでいるのか。
勿論、自分がそうなるように仕向けたというのはあるが、それにしてもだ。
「対人ゲームというのは、とどのつまり有利な状況の奪い合い。対策の応酬だ。
先に手と頭を止めた方が負ける。それが分からない月子先生ではないよね?」
暗闇からの問いかけ――それと同時、辺りに濃霧が漂い始める。だが大した効果は望めないだろう。
ナイトヴェイルは夜の化身――つまり周囲に張り巡らされた宵闇は彼女の体の一部。
この暗闇の中を動き回る事は彼女のドレスの裾を踏みつけるようなもの。
「だから……君は何か企みを隠している。それは間違いない。なら……私はどうしてやろうか」
やや楽しげな声――相変わらずマイディアは決して姿を見せない。
「月子先生と言えばやはりG.O.D.スライムだが……
そんな露骨にハイバラの邪魔になりそうな事をするかな?
コンボパーツの一部を先行させてパートナーを強化しないのも気がかりだ」
ナイトヴェイルが閉幕を超えて斬りかかる――ふりを見せてまた姿を隠す。
「私の知らない新たなコンボがあるのかな?だとしても、やっぱり解せない。
どうして【限界突破(オーバードライブ)】すら使わないのか。
持続時間の長いバフだ。とりあえず使えばいいのに」
ただのフェイント――ではない。フェイントと思わせた事さえもがフェイク。
先の一瞬で、夜禽の羽から紡いだ夜色の糸をなゆたの周囲に揺蕩わせていたのだ。
暗闇に紛れた糸――そして、それを然る後にマイディアとナイトヴェイルが正反対の方向へ引く。
「或いは、実は何も策なんてなくて。こうして私に様子見させる事自体が狙いとか?」
唐突になゆたの首が締め上げられる――か細い糸の筈なのに、まるで大蛇に巻き付かれているような圧迫感。
己の羽で織り上げた夜で敵を圧殺する【杞憂(フォールンフィアー)】――ほどではないが、
迅速な対応が叶わなければ窒息よりも先に首の骨が折れてしまうだろう。
428
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:11:22
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅱ-Ⅱ)】
「……なんにせよ一つ言える事は、君は勝負を急ぐつもりがないんだね」
やや失望が滲む声色。
「ハイバラを信じている……と言えば聞こえはいいけど。彼は勝てないよ。
ミハエル・シュバルツァーは天才中の天才だ。君はなりふり構わず私を倒すべきだった。
たとえパートナーが差し違える形になっても。私を倒せば、せめてハイバラの為にカードが使えたのに」
マイディアの声が近づいてくる。
「……動じないね」
なゆたを囲む閉幕――マイディアの声と足音が真正面から近づいてくる。
「なるほど、流石は月子先生。これくらいで焦れるような、つまらない子じゃなかったか。
しかし……困ったな。結局君の企みは暴けず仕舞い。誘いにも乗ってくれない。
かと言って力押しで畳みかけるなんてやり方は私好みじゃないし――」
過分に芝居がかった寂しげな声はもう、閉幕のすぐ向こうから聞こえてくる。
「――月子先生はさ。ハイバラのどこを好きになったの?」
声はそこから動かない――そして唐突に、他愛もない話が始まった。
「顔……ではないよね。やっぱり生きるか死ぬかの世界であれだけ強いと頼り甲斐がある?
でも知ってるかい?彼って意外と涙脆いんだ。本人はそんな事認めないけど。
だけどほら、ブレモンって結構泣かせるサブクエが多いからさ」
世界の存亡をかけたデュエルの最中とは思えない述懐。
「君は見た事ある?ハイバラの泣きそうな顔……ある訳ないか。
本人は上手く隠してるつもりなんだろうけど、露骨に口数が減るんだよ。
私が近くに寄ろうとすると、その分だけ離れていってさ……それを私が更に追いかけるんだ」
挑発的な声――マイディアは何も仕掛けてこない。
「……さっきも言ったけど。私は君と話がしたかったんだ。
だからその為なら別に、ちょっとの間デュエルを中断したっていい。
まだまだ聞いてみたい事、聞いて欲しい事は沢山あるんだ。のんびりしようよ」
なゆたが何もしてこないなら、自分も何もしない――それがマイディアの取った戦術だった。
「どうせカード一枚分の支援くらいでミハエルがハイバラに負けるなんて事もない。
あなたのパーティメンバーがどんなに強くても、たなちゃん達が負ける訳もない。
番狂わせの可能性が一番高いのが私達……だからこそ、私は無理する必要がない」
勝負を急ぐ理由がマイディアにはない。あったとしても、なゆたにはそれを見抜けない。
だからナイトヴェイルに夜の糸を張り巡らせながら、閉幕越しにお喋りをしていられる。
なゆたがいよいよ焦れて動き出すか――もしくは十分な量の糸の結界が張り終わるまで。
「ほら……私ばかりが喋っていても、つまらないだろ?聞かせておくれよ、君の話を」
十分な量とはつまり――なゆたの全身を締め上げ、粉砕出来るだけのという意味だ。
429
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:11:50
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅱ-Ⅰ)】
「やれやれ、あの様子じゃ彼は私の元まで辿り着けそうにないな」
濃霧の中、あいうえ夫がぼやく。
「それで……さっきはよく聞こえなかったんだが、誰が邪魔だって?」
明神への問いかけ――それに続いて、こつこつと足音が近づいてくる。
濃霧と暗闇の向こうに互いの輪郭が朧気に見える距離。
あいうえ夫はそこで一度足を止めた。
「たな君はキルスティールされるとひどく機嫌が悪くなるのでね。
邪魔者が相手ですまないんだが、暫く私と遊んでくれるかい?」
明神達の足元からぱきぱきと音が聞こえる――結晶石筍ではない。
花だ。小さな結晶の花が明神の足元に咲いていた――それも一輪や二輪ではない。
形成速度は極めて遅いが――代わりに周囲一帯を覆い尽くすほどの結晶の花畑が広がっていく。
「ああ、別に意趣返しがしたい訳じゃない。君に興味があるんだ……えっと、明神さんだったかな。
【迷霧(ラビリンス・ミスト)】。たな君はああ言っていたが、私は悪くないカードだったと思う。
少なくともマナシャードはもう使えないし、パートナーはともかく我々の視界は制限されている」
【結晶花園(クリスタル・ガーデン)】――指定したエリアにトラップを設置する結晶魔法。
結晶の花は脆いが恐ろしく鋭い。踏み抜けば足裏に突き刺さり、その中で砕ける。
蹴散らす事は容易いが――それでは移動も攻撃もワンテンポ遅れる。
「的確な判断だ。きっとこれまでの旅路で培い、その旅路を切り開いてきた力なのだろう」
あいうえ夫の声色はずっと変わらない。淡々としていて平静。
だからこそ、そこには何の嘘もなかった――ただ思った事を述べているだけ。
元から無益な戦いに乗り気でなかったとは言え、あいうえ夫はこの期に及んでプレイヤーの模範だった。
何事にもこだわらない。ただより良いプレイを目指す――それが、あいうえ夫のプレイスタイルなのだ。
「……あのよ。さっきからなんかいい感じのセリフ吐いてっけど、お前……ずっと俺に話しかけてんぞ」
「む。これは失礼。こうも霧が濃いと前も後ろも分からなくてね」
「……ギャグでやってんだよな?それにしたってお前、もうちょっとこう……空気読めねえのか……?」
だからその場の空気にもこだわらない。これ面白いなと思った言動は全部口から出てくる。
「……だが、相手の特技を見抜いて対策する。それはモンスターとの戦い方だ。
それだけでは私達には勝てないよ。私達は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だ」
だからこの発言も挑発などではない――ただの本心であり、事実を言っているまでだ。
「君達に出来る事なら私達にも出来る」
クリスタルオールドメイジは魔法職だ。結晶で構築されたその体は打撃に対して打たれ弱い。
だから結晶花園で素早い接近と、そこから接近戦に持ち込まれる展開を封じた。
あいうえ夫が指を鳴らす――明神の目の前に鋭い結晶が落ちてきた。
「敵の特技を見抜き、対策する」
かしゃん、ぱりんと雨音を奏でる無数の結晶――【結晶驟雨(クリスタル・クラスター)】だ。
430
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:19:43
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅱ-Ⅱ)】
「……ゲーム上の設定を再解釈し、現実に適用する」
不意に、明神達の足元が炸裂する/結晶の花が砕け散る――その破片が高速で襲いかかる。
ドブネズミ騎士が散々撒き散らしたマナシャードを結晶魔法と反応させたのだ。
クリスタルオールドメイジは魔法使いの極致――この程度は出来て当然。
「……あ゛ークソ!この霧でライスが用意出来ねーじゃねえかボケ!しょうもねえカード使いやがって!
もういい!あいうえ夫、コイツらさっさと処して終わらせっぞ!オイどこ見てんだ?聞いてんのかよ!」
「黒刃君。君が話しかけてるそれはマーリンの結晶石筍だよ。私はここ。敵は――」
瞬間、会場内を疾風が駆け抜けた――【真空波(エアリアルスラッシュ)】が濃霧を斬り裂く。
さほど高位でもない風属性魔法。これもまた、クリスタルオールドメイジならば扱えて当然。
「――そこだよ」
明神達の姿が曝け出されたのは僅か一秒にも満たない間。
だが――黒刃とそのパートナー、クロマンジュウには十分すぎる時間。
漆黒の球体が縮む/縮む/縮む――溜め込んだ反作用で跳ねる――漆黒の閃光と化す。
それはバスケットボール大の、内部に超高熱を秘めた砲弾。
直撃すれば一撃死もあり得る。しかも一度凌げばそれで終わりではない。
狙いを外し壁に跳ね返ったクロマンジュウの着地点に結晶がせり上がる――まるで砲身のように。
濃霧越しに敵を知覚しにくいクロマンジュウへの照準支援――だけではない。
砲身から飛び出す際に結晶石筍を当てる事で追加の加速を与える事も出来る。
クロマンジュウが再び弾む――超高熱/超高速の砲弾がカザハへと襲いかかる。
回避されれば軌道上に結晶防壁を先んじて設置――跳弾方向を調整。
防御されれば着地点に結晶の砲身を再設置して仕切り直し。
跳ね出す前の溜めを妨害しようにも――定期的に再展開される結晶花園が妨げになる。
「どこまで話したかな……ああ、そうだ。仲間と力を合わせてシナジーを発揮する。
それすらも当然君達だけの特権ではない……黒刃君。そろそろ頃合いだ。頼んだ」
「おう……クロマンジュウ!散らせ!」
不意に、クロマンジュウがふわりと緩やかに宙を舞った。
これまでとは一転、シャボン玉のように明神達の中心に飛び込んでくる。
そしてクロマンジュウが高速回転/炎の渦が唸りを上げる――だが、それはほんの一瞬だけ。
ほんの一瞬の炎の渦、その熱風が――迷霧を再び払い除ける。
一方で放たれた炎は、【消灯】による薄暗さも僅かにだが緩和していた。
故に明神は目が合うだろう――銃を模した右手をカザハへと突きつける、あいうえ夫が。
「精々、祈りたまえ……この距離だ」
クリスタルオールドメイジは世界を満たす魔力を通して世界を視る。
だがブレイブとは魔物使い――その指揮下においてパートナーは限界を超える。
それは信頼の力――もしくは狙撃手が観測手を得るようなものだったりもするが、とにかく。
「マーリンは――決して外さない」
【結晶流星(クリスタル・スター)】は放たれた。
彼我の距離を瞬きよりも速く渡り切る、影すら残さぬ神速の結晶。
躱す事は決して出来ない――「それが自分を狙うなどと思ってもいなければ」尚更だ。
「そのシルヴェストルは確かに邪魔だが……まあ、バフを受けた前衛を操る君を落としても辻褄は合う」
結晶流星は狙い過たず貫いた――明神の脇腹を。十分すぎるほどの致命傷。
継続強回復のバフ効果が残っていたとしてもそう簡単に塞がる傷ではない。
431
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:22:08
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅱ-Ⅲ)】
「……オイ!なんで腹なんだよ!頭飛ばせよ!俺のラーメンが冷める!
アイツは無駄に苦しむ!みんなが不幸になってんじゃねーかバカか!」
「あのシルヴェストルを庇おうと、予測出来ない動きをされる可能性があった。
無駄に苦しませてしまうのは私としても本意ではないんだが……すまないね」
セオリーに反している。自分自身が立てた方針にさえ。
それでもそれが勝利に繋がる事なら、息をするように実行する。
こだわらない事にこだわる――それが、あいうえ夫のプレイスタイル。
「……とまあ、このように。対応主体のプレイスタイルは基本的にいずれ瓦解する。
相手がプレイヤーであるのなら、その手札はタイミングや連携次第で無限に広がっていく。
そして無限の手が存在するじゃんけんに勝ち続けられるプレイヤーはいない――私が知る限りは、だが」
あいうえ夫の述懐――まるで初心者向けの解説動画の収録中。
「勿論、カウンター重視のプレイスタイルも存在するが……。
その場合、相手に仕掛けさせる為の技術を先んじて使用している事が多い。
あえて隙を見せて、攻撃を打たせる――この場合、先手を取っているのは隙を見せた側だ」
初心者相手の感想戦――実際、そういう心持ちなのだ。
「……では、あらゆる面において自身を上回るプレイヤーには決して勝てないのか。
まさか。それじゃゲームはつまらない。ジャイアントキリングは狙って起こせる」
たとえ今から死にゆく敵でも、そんな事にはこだわらない。
「その方法は……また次回の動画で解説しよう。それでは。チャンネル登録と高評価を是非よろしく」
初心者には、とても優しくするべきだ。
432
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:25:49
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅱ-Ⅳ)】
ドブネズミ騎士の剣がジョン・アデルの首筋を薙ぐ――力任せに首を飛ばすのではない。
刃を滑らかに横切らせて、頸動脈を斬り裂く――ひどく鮮やかな剣技だった。
かつては戦友フラウと、生き残る為に教えあい高めあった剣技。
「……はあ。しょうもな」
流川たな/ヴァーミンちゃんがジョンに背を向ける。
「あいうえ夫さーん。こっちは片付きましたけど――」
そしてすぐに違和感に気づいた。卓越したプレイヤーであり、経験豊富な殺人者だからこそ気づけた。
ジョン・アデルが倒れた音がしない。主人の死に嘆くウェルシュ・コトカリスの鳴き声も聞こえない。
「……キモ。なんで生きてるんですかアンタ。え?筋力で止血してる的なヤツです?
うっへえ……キモいキモいキモすぎる。そんなんもうモンスターじゃないですか」
ヴァーミンちゃんが振り返る/臨戦態勢を取る。
隙はない。擬死ごときで覆せる実力差ではない。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。そのままぶっ倒れときゃ死なずに済んだかもしれないのに。
つくづくバカなんですね。普通にやって勝てないならせめてなんか工夫しましょうよ」
不意に、会場内の一画が明るく染まる。クロマンジュウのフレイムスクリーンだ。
ジョンがこちらへと進撃してきた分、距離の開いた――たなとは関係の薄い戦闘。
「ん?」
それでも、たなは僅かな明るさの変化に気づいていた。
チームで行う対人戦では最大で十人ものプレイヤーが一斉に交戦する。
そんな状況では当然、後衛がアサシンに襲われているのを目視で確認する事は出来ない。
視界に一瞬でも映ったものは見逃さない。音だけで視界外の状況を把握する――そうした情報処理に慣れているのだ。
「……あっ」
そうして、たなは一度そう呟くと――
「ぷっ……あは!あははは!ちょっと嘘でしょ!あー駄目!息出来な……あはははは!」
突然高らかに笑い出して、それからジョンを見上げた。
「明神さんでしたっけ。死んじゃいましたよ」
そして、そう告げる――実際、結晶流星が腹部に直撃したのだ。適切な処置なしでは明神は遠からず死ぬ。
433
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:26:54
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅱ-Ⅴ)】
「まっ、そりゃそーでしょーよ!信じて送り出したメンバーがクソ夫は潰すけど?
その前にちょっと私怨も晴らしておこうってお散歩始めたらそりゃー後衛は死にますよ!
ヴァーミンちゃんは殴る!私も殴る!メイジもクソ夫も殴る!そんなの上手く行くわけねーでしょ!」
たなが胸を押さえて深呼吸する――思い出し笑いを抑えているのだ。
「いいですか?あなたが故明神さんに言われた通りマーリンちゃんを狙っていたとしましょう。
マーリンちゃんは魔法職……結晶の体も相まって機動力はさほど高くありません。
なので自分狙いの攻撃から逃げ続けるのは大変難しい……分かります?」
インベントリから課金スキンの銀縁メガネを取り出す/装備する――ドヤ顔を披露。
「つまりヴァーミンちゃんが援護に回らされる可能性があった!。
一人で二人の敵を引きつけられた訳ですよ!どうしてそうしなかったんです?
マジギレしてたから?そもそもヴァーミンちゃんが最初に狙ったのって明神さんの方でしたよね?」
明神が先制攻撃した時の事だ。あの時、明神はヴァーミンちゃんに首を刈られるところだった。
「なんであの時はマジギレしなかったんですか?はあ……明神さんかわいそー。
でも、流石に今回はマジギレしますよね?それで?どうします?
マジギレパワー二倍で私にかかってきますか?」
流川たながジョンに歩み寄る――消灯による暗闇の中でも姿が見えるほどの距離。
「いいですよ?ほら、ここです、ここ。このかわいーほっぺに一発パンチをくれてやりたいでしょ?」
だが、たなとジョンの間にはヴァーミンちゃんがいる。
それを無視して、たなに殴りかかれば今度こそ首ごと刈り取られる。
そしてヴァーミンちゃんにも攻撃を当てる事は難しい――試すだけ時間の無駄だ。
「……あれれ?来ないんですか?まあ……その方が賢明ですけども。
だったら、どうします?今からでも明神さんの遺言を果たしに行きますか?
いいですよ。お行きなさい。どんなプレイヤーも一度は失敗するもの……大事なのは次です」
諭すような、悟りを開いたような口調――両手を左右に広げて。
「失敗を糧に前に進める者だけが、いつか栄誉あるブレイブ帯に到達出来るのです……。
……まあ、この状況で背中を見せたらどうなるかは保証しませんが。
まあ?多分?滅多刺しにされますけどね!あはは!」
434
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:27:35
【ナイツロード・イミテーション(Ⅰ)】
『……ッ、ははッ……はははははははは……!
トゥループ・システム? いい……実にいい! 素晴らしい!
こんなの、以前の大会じゃ使ってなかっただろう。アルフヘイムで考案したのかな?
何にしてもいい攻め手だ! 僕のリュシフェールに、だまし討ちでなく真正面から一撃加えるだなんて!」
ふふ……。『軽蔑すべき者を敵として選ぶな。汝の敵について誇りを感じなければならない』――』
「ふ……ははは。楽しんでくれて何よりだ。お前をがっかりさせずに済んで本当に良かった」
いつの間にか周囲が薄暗くなっていた――だが、まるで気にならない。
なにせエンバースもフラウもアンデッドだ。夜目が利かない訳がない。
『うん、度肝を抜かれたよ……まったく君は愉しませてくれる。
さぁて……じゃあ、今度は此方の番だ。
リュシフェール――エンゲージ!!』
程なくして今度は濃霧が漂う――しかしミハエルは意にも介さないだろう。
絶え間なく剣風が吹き荒れる戦場に、霧が迷い込む余地などないのだから。
殴られた頬に手を当てたまま微動だにしなかった堕天使が再び動く。
フラウへと詰め寄る/無数に閃く神速の斬撃――しかも今度の剣閃は一味違う。
斬撃がその場に「残っている」――神剣アンサラーの、神代遺物としての特殊効果だ。
本来、多大な魔力を消費して起動される筈の権能を――堕天使は事もなげに連発している。
剣閃がフラウを襲う/残光がフラウの逃げ場を封じていく――エンバースはすぐに察した。
これはセットプレイだ。逃げ場を封じ、行動を制限して――その先に本命の一撃がある。
図らずも笑みが浮かぶ――何が来てもトゥループ・システムなら対処出来る。俺達の力を見せてやると。+
『はははッ! こうかな?
巧くできれば御慰みだ!!』
しかし、その笑みはすぐに強張った。
ミハエルが右手の五指をスマホに深く被せたからだ。
まるで「これから五本の指全てを使ってスマホを操作する」かのように。
「――おい、嘘だろ」
堕天使が神剣アンサラーを振り下ろす/フラウが触腕を跳ね上げる。
瞬間、フラウの手元に出現する大槌――重量差で強引にアンサラーを弾き返す。
その筈だった。だが響いたのは、巨大な金属同士が激突する衝突音/雷鳴――触腕が大きく弾かれる。
エンバースは見た――激突の寸前、神剣アンサラーが蜃気楼のように消えて、黄金鎚ミョルニールに変化したのを。
堕天使が追撃に出る――手にした銛を突き出すと荒波が迸る/フラウを押し潰す/その視界をも塗り潰す。
それでもエンバースとフラウも確信していた――これはまだ「本命の一撃」の一歩手前だと。
身動きを封じ、視界も奪った。最大火力を叩き込むならここしかない。
その予測があったから辛うじて見えた――激流の向こう側から襲い来る漆黒の刃を。
荒波を斬り裂いて迫る大剣――フラウが咄嗟に身を捩る/弾力を利用して高速回転/水流を跳ね除ける。
そして荒波から脱出――漆黒の大剣はその剣先を僅かに掠めるのみに終わった。
『あぁ! 惜しい! やっぱり、見様見真似でやってみても巧く行かないなぁ!
ははッ……でも、こんな感じでいいんだろ? トゥループ・システム――』
「……別に、驚いてなんかやらないぜ。俺に出来る事なら、そりゃお前にも出来るよな」
強がりではない。エンバースは今も笑みを保てている――やや強張ってはいるが。
435
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:28:11
【ナイツロード・イミテーション(Ⅱ)】
『もう二、三回くらいも試運転してみれば、君より巧く使えるようになると思うんだ。
ま……使わないけど。安心してくれハイバラ、他人の戦術を流用して勝つなんて僕のプライドが許さない。
でも……これが何を意味しているのかは、分かるよね?』
「心配するなって。さっきも言ったろ。トゥループ・システムはただの手品だ。一枚のカードに過ぎない」
ミハエル以外のプレイヤーが相手ならば、トゥループ・システムはそれだけで必殺技になり得ただろう。
シンプルにフラウの剣速に後付けで大質量を加算するだけでも、あらゆる攻撃の威力が跳ね上がる。
更に多彩な武器/属性による後出しじゃんけんまで可能になる――まさしく必殺、その筈なのだ。
だがミハエルが相手では――それでようやく一つの技、一枚のカード。
そしてブレイブ&モンスターズはたった一枚のカードだけでは勝てない。
『うん、でも、本当に面白かった! これが隠し玉その一? じゃあ、まだまだ他にも手持ちがあるっていうことか!
いいね、お互い出し惜しみは無しにしよう。すべて! 手の内をすべて見せ合って、全力で闘おうじゃないか!』
「……ああ、勿論だ。まだまだ楽しませてやるよ」
『さ、次の出し物はなんだい? ワクワクするなぁ……。
だって君、まだスペルカードもユニットカードも使っていないだろう?
出し惜しみは駄目だよ、ほら! 君のことだ、スペルカードだって従来の遣り方に囚われない、
とんでもない使い方をしてくるんだろう! 僕に見せておくれよ――!」
堕天使がフラウへ躍りかかる――フラウは剣光の牢獄を前に反撃に転じる事が出来ない。
「……焦るなよ、フラウ」
『『神殺しの魔槍(グングニール)』――プレイ』
ミハエルがカードを切る/眩い光を帯びた槍が出現――それを大きく振りかぶる。
『さあ……ハイバラ! 早くしないと、デュエルが終わってしまうよ!
穿て――『白い閃光(ホワイト・グリント)』!!』
そして投擲/轟く風切り音/空を切り裂く神槍――その柄が傘のように展開。
追加で八本の小型槍が射出――フラウへ次々に襲いかかる。
フラウはそれを大きく飛び退いて回避/回避/回避。
小型槍は床に突き立った瞬間に明滅/炸裂する――爆風が少しずつフラウを消耗させる。
それが八回繰り返された後、グングニールの本体が襲いかかる――紙一重で躱す。
直後、フラウの視界を埋め尽くす爆光――やはり完全には避け切れない。
「……まだだ!気を抜くな!」
〈さっきから、ずっとそうしていますがね!〉
更に――フレンドリーファイア無効の爆風を隠れ蓑に、堕天使が急速に間合いを詰めていた。
フラウがその姿を目視すると同時、堕天使が神剣アンサラーを逆袈裟に斬り上げる。
避け切れない――それでもせめて斬撃から逃れるように宙返りを打つ。
そして剣光一閃――フラウが後方へと着地を果たす。その胴体には半ばまで至るほどの裂傷が刻まれていた。
『どうした、スペルカードを使いなよ! いつまで勿体ぶっているんだ?
今使わないで、いったいどこで使うって言うんだよ!
ほら! ほらぁ! 僕を焦らさないでおくれ、ハイバラ――!!』
ミハエルの手元にグングニールが戻る――エンバースはまだカードを切らない。
436
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:29:01
【ナイツロード・イミテーション(Ⅲ)】
『ハイバラ、君、もしかして……』
「……どうした?まだお前のターンは終了してないぜ。来いよ」
『……【スペルカードが使えない】……のか?』
エンバースは答えない――ただフラウにポーション瓶を投擲するだけ。
『なぜだ?
このワールド・マーケット・センターが決戦の場だと、そう気付いた君たちなら当然、
僕がここで待ち構えていることも理解していた筈だ。僕と闘うことになると……。
だのに、なぜ万全の準備を整えてこない? どうしてデッキを吟味し、全力を尽くせる状態にしておかないんだ?
その時間は充分にあったはずだ! 僕はその時間も、君たちに与えていたのだから!』
「……さあな?けど、強いて言うならキングヒルを滅ぼされたのはかなり痛かったぜ。
『万象法典(アーカイブ・オール)』に頼れなくなっちまったからな。
だが、俺は嘘は吐かない。配られたカードでも十分――」
『……ふざけるな』
「……なんだよ、何か言いたげだな」
『ふざけるな……、ふざけるなッ! 僕を愚弄するのか、ブレイブ&モンスターズを! お前は愚弄するのか!
僕が、どれだけお前とのデュエルを楽しみにしていたか……! どれだけこの時を待ち焦がれていたか……!』
エンバースは何も答えない――背後から、耳元で声が聞こえた。マリの声が。
――今からでも遅くない。言って。今でも私が君の一番だって。
デッキを完成させるんだ。さもなければ君は負ける。
その声にも、エンバースは何も答えない。
『……君とは心が通じ合っていると思っていたよ、ハイバラ。
アルフヘイムとニヴルヘイム、お互いの立場は違っても、同じデュエルを愛する者同士だと……。
でも、どうやらそれは僕の勝手な思い込みだったようだ。
アハハハ! こいつは傑作だ! 何もかも、僕の独り相撲だったって訳だ!
やっぱり僕はひとりだ――、この世に対等の者なんていやしないんだ!』
「……それで、言いたい事は終わりか?」
『もういい。死ね』
「そうか。なら、もう一度だけ言うぜ――」
エンバースは一切怯まない――だが正直な話、この展開は好ましくなかった。
幸いな事に――ミハエルが次に何をするのか、エンバースには分かっていた。
さっきと同じ、グングニールを主軸にしたセットプレイが来る。
対人ゲームの基本は、相手が対応出来ない攻撃を繰り出し続ける事。
相手が防御も回避も出来ないなら――たった一つの技を繰り返すだけでいい。
格下のプレイヤーを処分するだけのつもりでプレイするなら尚更だ。
「――来いよ」
437
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:31:33
【ナイツロード・イミテーション(Ⅳ)】
堕天使がフラウへ急接近/神速の斬撃と共に剣獄を展開――エンバースがスマホをタップ。
「【分裂(ディヴィジョン・セル)】――プレイ」
【分裂(ディヴィジョン・セル)】――今やスライム属モンスターの代名詞と呼ぶべきスペルカード。
スライムと同様にレアリティは大した事なく、ヒートスウィーク・スライム牧場で安価に購入可能。
液晶画面から溢れた魔力の燐光がフラウを包む――純白の肉塊が蠢く/二つに分裂する。
二体のフラウが堕天使を中心に左右に跳ぶ――堕天使に的を絞らせない。
こうなれば剣光の檻でフラウを完全に捉える事は難しくなる。
だが――そんな事ではミハエルはどうも思わないだろう。
ただグングニールを放ち、まとめて消し飛ばせばいいだけ。
そう考えて、実際そうする――ただ格下を処理する為だけのプレイを。
「……なんだ今更そんなカード、か?まあ、見とけよ」
ミハエルの言葉を先取りするようにエンバースが呟く――再びスマホをタップ。
「【分裂(ディヴィジョン・セル)】――プレイ」
フラウが四体へ増える――二体が襲来する小型槍へ飛び込む/蹴飛ばす。
「【分裂(ディヴィジョン・セル)】――プレイ」
更にフラウが十六体へ増える――残る小型槍も全て蹴散らす。
これだけ大量のフラウがいれば、最後に迫るグングニール本体も弾き飛ばせる。
堕天使が相手でも有効だろう戦術もある――例えばまず数体のフラウが接近戦を挑む。
残りの分裂体は距離を保って横槍を入れ続ける/接近戦担当が被弾したら他の分裂体と交代させる。
それを繰り返せば分裂体を減らされずに戦闘を続けられる。
「……お前が怒るのも、もっともだけどさ」
だが――フラウは襲い来る神槍グングニールを睨みつけ、動かなかった。
そして神槍の穂先が己に届く寸前、触腕を前へ――穂先に触れ、その勢いを受け流す。
神槍の勢いが空中で急速に衰えていく/そしてそれが死に切る寸前、そこでフラウは神槍を解放した。
結果、神槍は自らの柄をフラウの目の前に差し出す形になる――純白の触腕がそれを掴む。
グングニールは炸裂しない。何故か――攻撃判定を塗り替えられたからだ。
勢いを完全に殺され、掴み取られ、反転させられたのだ。
それはもうフラウへの攻撃ではない。フラウの攻撃だ。
無論、それはそれとしてグングニールは依然としてミハエルの召喚物。
ミハエルの意志で手元に戻せてしまうが――別にそんな事はどうでも良かった。
これはただ「一度見た技を返すくらい、その気になれば俺達だって出来る」と示しただけだ。
「でも仕方ないだろ?万象法典が滅びた以上、俺が入手可能なカードには限りがあった。
ゲーム内でも入手可能なレベルのカードを主体にお前とやり合うには――
どうしても、こうしてゲージをオーバーチャージする必要がある」
カードは重ねがけする事で効果を増す/相乗効果を得る――ブレイブ&モンスターズの基本原理。
438
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:34:38
【ナイツロード・イミテーション(Ⅴ)】
「二体のフラウじゃお前とリュシフェール相手には渡り合えない。四体でも足りなかっただろう。
だけど十六体もいれば……少しの間ならお前も楽しめる。だろ?だからゲージは最低でも三本」
スマホの液晶から溢れる魔力が一枚のカードを形作る――エンバースがそれを手にする。
「そして……【融合(フュージョン)】――プレイ」
十六体のフラウがどろりと溶ける/うぞうぞと一箇所に集まっていく――巨大な肉塊と化す。
溶けた肉塊が重力に逆らって立ち上がる/蠢動する――少しずつ人型に近づいていく。
そうして辿り着いた姿は純白の、全長3メートルほどの巨大な甲冑めいた竜人。
「……勝ちに行くなら、四本以上のチャージが必要だった」
超レイド級、騎士竜王ホワイトナイツロードに似た――だが、あくまで歪な紛い物の姿。
しかしミハエルには理解出来るだろう――今、エンバースが何をしたのか。
それは決して「ぽよぽよカーニバルコンボ」の焼き直しではない。
「その形態は……しまった。なんて名付けるか決めてなかったぞ」
ぽよぽよカーニバルコンボはスライムを分裂/強化/融合し、上位のモンスターを特殊召喚するコンボ。
それに比べてエンバースが見せたコンボは分裂/融合だけの簡略化されたもの――何も革新的な事はない。
それでも――フラウが見せた融合体は、G.O.Dスライムと違う。「ゲーム内に存在しないモンスター」なのだ。
「そうだな……ナイツロード・イミテーション?ロット・オブ・ロッツ?フラウ、どっちがいい?」
〈あなたが私の事を腐肉扱いした事、ようく覚えておきますね〉
「……冗談だよ。前者で行こう」
自分達が知るブレイブ&モンスターズは「現実」を基準に構築されている。
ならば――ブレイブはゲーム内に存在しないモンスターを生み出す事だって出来る。
丁度、明神がマゴットを――負界の腐肉喰らいを今まで存在しなかった進化形態へと導いたように。
つまりエンバースは小型モンスターの分裂/融合という儀式を通して、意図的に未実装のモンスターを召喚したのだ。
「……俺達ブレイブは魔物使い、サモナーだ。なら、そのスキルを意識して運用すれば……こういう事も出来るよな」
付け加えるならば、明神の扱う死霊術の要素もそこに取り入れてある。
死肉に力ある者の形を与え、逆説的にその力を呼び寄せる。
原始的/直感的――故に力強い、まじないの精髄を。
「これが隠し玉その二だ。ひとまず……枯れた技術の水平思考コンボとでも名付けようか。
それで、どうだ?これでも俺はお前を舐めているか?ブレモンを愚弄しているか?え?」
問いかけ――今までになく攻撃的な声色。
「違うよな。舐めてるのはお前だ。お前が、俺を舐めてるんだ」
ナイツロード・イミテーションと化したフラウが、融合前から保持していたグングニールを投げ返す。
ミハエルと堕天使どちらを対象とした軌道でもない――そもそも攻撃ですらない。
ただ怒りを明示し――発散する為だけの、八つ当たりめいた行動。
そんなただの八つ当たりが――今までフラウが見せたどの剣閃よりも鋭く凶暴だった。
439
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/08/28(月) 19:36:19
【ナイツロード・イミテーション(Ⅵ)】
「僕の勝手な思い込みだ?独り相撲だ?クソッタレめ――」
ナイツロード・イミテーションが堕天使へと大股で詰め寄る。
フラウを一体丸ごと刃に変えたような大剣めいた右腕を大仰に振り上げる。
そして打ち下ろす――何の工夫もない、見え透いた唐竹割りが堕天使を大きく弾き飛ばした。
フラウの右腕が蠢く/変形する/巨大な槍と化す――嵐のような風切り音を立てて、それを投擲。
体勢の崩れた堕天使は避け切れない/受け太刀の構え――瞬間、槍が再び蠢く。
無数の触腕に枝分かれ――アンサラーに巻き付く/引き寄せる。
「【限界突破(オーバードライブ)】――プレイ!!」
急速に引き寄せられる堕天使/それを待ち受けるフラウの左手が変形――巨大な杭へ変貌。
そして堕天使が間合いに入った瞬間――大きく孤を描くフックブロー。
堕天使の胸部に命中――左腕全体を弾性によって伸長。
炸裂めいた打撃音が響き――再び堕天使が、先ほどよりも激しく吹き飛ばされた。
「――俺がどれだけ!お前とのデュエルを楽しみにしてたと思ってやがるんだ!
ふざけるなよ!さあ……テメエのターンだ!かかってきやがれチャンピオン!
本気を出せ!そして二度と!二度と俺を疑うんじゃねえ!そうすりゃあ――」
声を荒らげたエンバースの叫びは、その全てが本心からの言葉だった。
だからこそミハエルは決して見抜けないだろう――この言葉に、裏があるなどと。
エンバースはどうしても取り戻す必要があった――ミハエルの心を、対等な好敵手という心象を。
「俺が!お前の!エンドコンテンツになってやるからよ――――!!」
世界最強の男とのデュエルの最中に、なゆたを――皆を援護するにはそれが必要不可欠だった。
440
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 02:39:06
【カケル】
明神さんの目くらましは、ラーメン食ってる人限定で効いてしまった。
更に、明神さんが得意のレスバトルでリューグークランに揺さぶりをかけるも、全く動じる様子は無い。
彼らには、何か成し遂げたい目的があるという。
>「その通り。だからこそ――私たちは負けられない。目的があるんだ、やらねばならないことがある。
それを成し遂げるまでは、絶対に負ける訳にはいかない――」
ミハエルに手を貸してまでも成し遂げたい目的とは、一体――
(地球にいた頃、何もうまくいかなかった……。また駄目だ、今回もうまくいかない……。
やっぱり、駄目なのかな。地球にはいられないのかな……)
カザハの思考が良くない方向へいっている。
身体の衰弱が精神にまで影響を及ぼしているのかもしれない。
考えてみれば、皆のおかげで直撃は免れているとはいえ、
あんなものが霧状で散布されまくっている空間で歌っていたら、全くの無事というわけはない。
いろいろなことが単純化されているゲーム内ゲームのブレモンとは違うのだ。
私がどうしていいか分からずにいると、ジョン君が来てくれました。
>「カザハ…ライフポーションだ…飲めるか?」
「駄目だよ、前線に戻らなきゃ……。あのね、怒りに支配されないでね。
怒りのままに行動したら、優しいキミは、後悔するから……」
カザハは、ライフポーションを飲みながら、力無く微笑んだ。
私にはよく分かりませんでしたが、
カザハは、ジョン君が一時正気を失いかけていたことに気付いていた、ということでしょうか。
>「カザハ…今から僕の有り余る元気を上げる…そして今度こそ君を守るから…だからもう一度僕達の為に……いや…僕の為に唄ってほしい」
「気持ちは本当に有難いけど、無茶です……!」
例えば私の”トランスファーメンタルパワー”のように、生命力とか精神力を分け与えるスキルや魔法は存在するが、
肉体派特化のジョン君が使えるとは思えない。
それに、カザハのこの状態は呪歌を通常の想定外の方法で運用をしている弊害のような面もあって。
単純に生命力を分け与えてどうにかなるかも分からない。
そもそもジョン君自身、前線で相当なダメージをくらっていて、元気が有り余っているはずがない。
自分に生命力を分け与えたばっかりにジョン君に何かあったりしたら、カザハは……
「本当にごめん……こんなにみんなに守って貰ってるのに……
一番にへたって、ちゃんと役目を果たせなくて……本当に役立たずで……」
(重症だ……!)
やはり長年培った(?)豆腐メンタルは一朝一夕でどうにかなるものではないようで、
こうなったカザハは私の手に負えない。
悔しいけど謎の古代生物(姉)取り扱い検定特級のジョン君にどうにかしてもらうしかないですね……。
――ってちょっとジョン君、何やってるんですか!?
441
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 02:44:36
【カザハ】
「いつも、そうなんだ……みんなみたいにうまく出来ない……」
駄目だと分かっているのに、弱音が止まらない。自分では止められない。
息は歌うために取っておかないといけないのに。お願いだ、誰かこの口を塞いで――
(……あれ? ジョン君……? 顔、近くない!? ――近い近い近い!)
戸惑っている間も無く、口が温かくて柔らかいもので塞がれた。(※物理)
いや、確かに塞いでとは思ったけど――文字通り物理的に!?
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?!?!?!?!!!!!!」
驚愕のあまり、こぼれかけていた涙が引っ込む。数秒経って、ようやく状況を認識する。
顔、超近い、というか、接しているッ!!
いきなり何!? もしかしなくてもこれって俗に言うところのアレ!?
ちょっと待ってこんな急には困るから……! どういう顔してればいいのか分かんないし!
……嫌かと聞かれれば嫌ではないけど……いやそういう問題じゃなくて! 今こんなことしてる場合じゃないから!
大混乱していると、暖かい何か、活力のようなものが流れ込んでくるのに気付いた。
(あ……)
ここにきて、ようやく理解が追いついた。
作品によっては、こういう行為で魔力譲渡等が出来る設定のものもあるので、この世界でもそういうこともあるのかもしれない。
と目的を理解したところで、その手段がアレなことには違いないわけで。
大変だ、後で部長先輩部長に部長室に呼び出されてしまう……!
いや、落ち着くんだ自分……! これは、言わば極限状況での人工呼吸と同じ類。
そして我は部長大先輩のかわいい(?)後輩ポジション!
ジョン君は我を救いたい一心で大真面目にやってくれているのに、それを浮ついた方向に解釈して動揺したら不謹慎というものだ……!
長かったのか短かったのかは分からないが、ようやく、なんというか……生命力譲渡が終わる。
何も動揺する必要は無い。飽くまでも回復行為を受けただけだ――! 部長先輩部長だって許してくれるはず。
だから平常心でお礼を……
>「少しはマシになったかい?…僕の歌姫さん?」
必死で平常心を保とうとしているこっちの気も知らず、パワーワードをぶっこんできた!
「う、うん……! ありがと……!」
立ち上がって、そっと手を胸に当てる。
まだ本調子ではないけど、単純な生命力以外に、数値では決して表せない温かい何かを貰った気がする。
それが何なのかは、まだよく分からないけれど……。
>「うあっはぁ……何をするかと思えば、ちょっとぉ……やめてもらえます?
ブレモンは全年齢なんですけど? Youtubeにアップした動画が収益剥奪されちゃったらどうすんですかぁ?
あいうえ夫さーん、今のとこ、あとで編集のときモザお願いしますね?」
「そんなんじゃないから! 今のは純然たる救命活動だから!! 本当にそんなんじゃないから!!!」
極限状況での人工呼吸に普通モザイクなんてかかってないわけで、モザイクかけたら逆にいかがわしい感じになるのでは!?
と、要らん心配をしている場合ではない。
442
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 02:47:53
>「王子さま気取りの一般人さんには、ご退場頂きたいですねぇ!」
ジョン君がたなの怒りを買ってしまった。
>「あんまり強い言葉は使わない方がいいですよ? 弱く見えますからね。
大体……アナタ、このゲームの趣旨分かってます?
なんで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が前線に出ちゃってるのかなぁ……。
やっぱりバカなんですね。バカだから、育成とか考えられない。相性とか、戦術とか、
やらなきゃいけないこと。勝つために必要なこと、覚えなきゃいけないことを怠ってる。
脳筋パワープレイで何とかなるって思ってる」
たながジョン君を甚振りながら、パートナーモンスター育成の重要性を説いている。
「ジョン君……」
直接的にはジョン君が言われている言葉だが、他人事ではない。
我だって、カケルをいつも尻に敷いて乗り物にしたり、最近は歌の相方ばかりさせていて、
真っ当な戦闘経験を積ませるのを怠ってきたのだ。
おかげで高速移動力と妙なオプション技能は付いたものの、肝心の戦闘技能自体は微妙かもしれない。
ブレイブとパートナーモンスターなら、我が後方で指揮してカケルが前衛で戦うのが本来の形のはずなのに。
今まで一人で前線で戦わせることをしてこなかったのは多分――我を置いて死なれたらどうしようという恐怖が常にあったからだ。
地球にいた時と違って、もう多少のことでは死んだりしないのに、その不安を克服することを怠ってしまった。
敵の言う事を真に受けてはいけないのは分かってはいるのだが。
やはり、エンデがブレイブ同士の戦いだからと言って、継承者達を退場させたことが引っかかる。
あの言葉に、単なる熱血少年漫画的理論以上の意味があったらどうしよう。
もしかして、システム上この戦いはブレイブ同士のデュエルとして設定されていて、
全うにパートナーモンスターを使って戦わないと勝てない仕様になっているとか……。
>「―――――あんまり、ブレモン舐めんじゃねーですよ」
ジョン君が、どう見てもとどめの一撃を受けている。
(死なないで置いて行かないで一人にしないで……!)
心が砕けそうになるけど……踏みとどまる。
この世には、死にそうな重傷者を前にした時の鉄則がある。
絶対に「ヤバイ! 死んじゃう!」的な動揺を見せてはいけない。
そこで動揺を見せると、本当に死んでしまうのだ。だから――泣かない。
「こらーっ、ジョン君! 律儀にフラグ回収してんじゃなーいッ!
格好つけると碌なことにならないんだから!」
冷静に考えてみれば、普通の人ならどう考えても死んでいるが、ジョン君がこれぐらいで死ぬはずは無い。
「カケル、いけそうだから。もう一度一緒に歌って……!」
カケルに声をかける。しかし、カケルはギターをしまって剣を構えている。
「カケル……? どうして……!」
カケルが今まで言う事を聞かないことなんて無かったのに。
決して否定しないで付いて来てくれて我の思っていることを手に取るように分かってくれる。
魂の一部を共有しているのだから、それは当然といえば当然のことなのだ。それなのに……。
もしかして、プログラムがバグった!?
443
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 02:53:08
【カケル】
>「やれやれ、あの様子じゃ彼は私の元まで辿り着けそうにないな」
「超音波解析(エコーグラフィ―)」
私が歌わないと悟り、諦めて普通に戦う準備をしているのか、スキルを発動するカザハ。
これは本来は物体の内部を解析できるスキルだが、視界不良時の状況把握の補助にも使え、
カザハが発動していると、精神連結している私にも情報が共有される。
クリスタルオールドメイジを駆るあいうえ夫が、明神さんに狙いを定める。
いつこちらに攻撃が来るか分からないので、剣を持って迎撃態勢で身構える。
――まだこちらに攻撃してくる様子は無い。
>「……あ゛ークソ!この霧でライスが用意出来ねーじゃねえかボケ!しょうもねえカード使いやがって!
もういい!あいうえ夫、コイツらさっさと処して終わらせっぞ!オイどこ見てんだ?聞いてんのかよ!」
あいうえ夫の攻撃をなんとか凌いでいた明神さんだったが、ついに黒刃が参戦してしまった。
>「黒刃君。君が話しかけてるそれはマーリンの結晶石筍だよ。私はここ。敵は――」
>「――そこだよ」
漆黒のスライムが砲弾となって明神さんへと襲い掛かる。
明神さんはそれをなんとか凌ぐも――それで終わりではない。
間髪入れずに再び弾み、今度はカザハへと――
「――烈風撃(テンペストスマイト)ッ!」
私は、烈風を纏う剣をバットのように振り切って迎え撃つ。
本来はシンプルに敵をぶっ飛ばす攻撃スキルだが、今回の用途はもちろん防御。
「ぐ……あッ!!」
勢いを殺しきれず反動で自分も飛ばされつつも、なんとか退ける。
ダメージを相殺しきれなかったらしく腕に激痛が走るも、気にしている場合ではない。
翼を一打ちして定位置に戻り、次撃に備える。
私だって戦えるって、カザハに分かって貰わないと。
「カケル……!」
「大丈夫です。この戦いにおいてあなたと一緒に歌う役目はきっと……私じゃない」
「え……」
(まさか、ガザーヴァと歌えと……!?
呪歌どころか歌ってるのも楽器をひいてるのも見たこと無いし、全く歌う気無さそうなんですけど!?)
カザハが戸惑いの表情でこちらを見ているが、というか、
精神連結で思考がダダ洩れだが、詳しく説明している余裕はない。
スライムがこちらに放たれた時には撃ち返し、
スライムの狙いがこちらではない隙に結晶花園を風魔法で砕き――暫しの膠着状態が続く。
>「どこまで話したかな……ああ、そうだ。仲間と力を合わせてシナジーを発揮する。
それすらも当然君達だけの特権ではない……黒刃君。そろそろ頃合いだ。頼んだ」
>「おう……クロマンジュウ!散らせ!」
スライムが明らかに今までとは違う動きを見せる。
狙いは――明神さんチームか!? いや――
444
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 02:57:21
>「精々、祈りたまえ……この距離だ」
>「マーリンは――決して外さない」
「させるかああああああああ!!」
死に物狂いでカザハの前に滑り込む。
みんなが必死で守ってくれたカザハは、きっとこの戦いの生命線なんだ。
絶対やらせるわけにはいかない――
「……あれ?」
痛みは、無い。恐る恐る後ろを見てみるが、カザハも無事だ。
>「そのシルヴェストルは確かに邪魔だが……まあ、バフを受けた前衛を操る君を落としても辻褄は合う」
「あ……」
明神さんの脇腹に風穴が開いていた。
なんのことはない、狙いは明神さんと見せかけてカザハと見せかけてやっぱり明神さんだったわけだ。
【カザハ】
>「……オイ!なんで腹なんだよ!頭飛ばせよ!俺のラーメンが冷める!
アイツは無駄に苦しむ!みんなが不幸になってんじゃねーかバカか!」
>「あのシルヴェストルを庇おうと、予測出来ない動きをされる可能性があった。
無駄に苦しませてしまうのは私としても本意ではないんだが……すまないね」
>「……とまあ、このように。対応主体のプレイスタイルは基本的にいずれ瓦解する。
相手がプレイヤーであるのなら、その手札はタイミングや連携次第で無限に広がっていく。
そして無限の手が存在するじゃんけんに勝ち続けられるプレイヤーはいない――私が知る限りは、だが」
「そんな……!」
明神さんがやられてしまった。
ジョン君と違って、魔術師クラスの明神さんは肉体的にはほぼ一般人だ。
間違いなく致命傷――
>「明神さんでしたっけ。死んじゃいましたよ」
>「まっ、そりゃそーでしょーよ!信じて送り出したメンバーがクソ夫は潰すけど?
その前にちょっと私怨も晴らしておこうってお散歩始めたらそりゃー後衛は死にますよ!
ヴァーミンちゃんは殴る!私も殴る!メイジもクソ夫も殴る!そんなの上手く行くわけねーでしょ!」
たながジョン君を煽っている。
いつも明神さんを守っているガザーヴァがついていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
こんな嫌いな奴を守っていたばっかりに……
ジョン君だって、本当は戦闘においては冷静で合理的な判断が出来るタイプだったはずだ。
我に気を取られたばっかりに……。そういえば、なんとなくだけど様子がおかしかった。
もしや、呪歌の副作用で妙なステータス異常がかかってしまってるなんてことは……!?
いけない――今は考えても詮無きことに思考を使っている場合では無いのだ。
ガザーヴァは激昂して前線に突っ込んでいってもおかしくない状況だが、そんな様子は無く、
代わりにカケルが前線に行くと言い出した。
「私、行きます――みんなを助けないと……」
445
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 03:00:32
このバトルに特殊な勝利条件が設定されている可能性――カケルも我と似たことを考えたのだろう。
が、いくらこのバトルの仕様がそうなっているのだとしても、行かせられない。
「無理だ……! 今までちゃんと戦わせてこなかったのに、いきなりあんなのと……!」
「大丈夫、あなたが歌ってくれれば、進化できる、気がする……。
イブリース戦のとき、一瞬進化した気がするんですよ。
私、知ってますよ。あなたは、嘘を貫き通す天才――」
(そういえば、あの時一瞬羽生えたような……)
もしかしたら、バフで能力値を爆上げすると一時的に進化できる、という仕様があるのかもしれない。
そうだとしたら、カケルはもちろん、場合によっては部長先輩も進化できるかも……。
そうなれば、相変わらず脳筋パワープレイには違いないけど、パートナーモンスターを使ったデュエル、という形は満たせることになる。
「分かった……! みんなをお願い……!」
カケルにスペルカードを何枚か渡して、前線に送り出した。
(やるしか、ないんだ……!)
イブリース戦の時には随分助けてくれた術士達――
アシュトラーセさんもエカテリーナさんも、ウィズリィちゃんも、今はいない。
バッファーもヒーラーも、自分だけ。
たまたま技が上手くいったときだけ回復出来る吟遊詩人をヒーラーと言っていいのか微妙だけど……やるしかないのだ。
明神さん曰く自分はこのパーティの最強のバッファーで、実際の技術の高低はともかく、
呪歌という技の性質上、みんながそう思ってくれているなら、本当にそうなのだ。
最後列で守られているのが許されるのは、パーティの生命線だから。
だから、たとえパーティの全員が絶望しても、我は最後まで諦めたらいけないのだ。
だけどアストラルハーモニーは、二人で歌う必要がある。
唐突に蘇る記憶、テュフォンとブリーズの姿。
そういえば、彼女達の真骨頂は、精神連結状態での同じ声で歌う呪歌だった。
何故今回の周回では何故使わなかったのかは今となっては知る由はないけれど――
きっと精神連結を解いた時点で、もしかしたらもっと早くから――二人とも命を捧げる覚悟だったのだろう。
それはともかく、我とガザーヴァは(普段は口調の違いで違って聞こえるけど)実は同じ声をしているのだ。
何かを悟ったように、前線に行ってしまったカケル。
それに対して、ガザーヴァは、明神さんが致命傷を負ったというのに今も尚、傍に残っている。
我の傍にずっと付いていてくれて、ベースを持っている。それらの意味するところは……。
彼女自身も歌う気はあって、状況を打開するためにはそれが必要だと分かっていて、それでも歌えないのだ。
単に嫌だからという話ではなく、呪歌という技の仕様上、どうしても感情が邪魔をすると上手くいかないから――。
ゲーム風に言うと、今のままではシステム上歌えなくて、
一緒に歌ってもらうためにはどうにかしてフラグを解放しないといけない、ということなのだろう。
446
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 03:10:57
【カケル】
カザハの言うところの絶対大丈夫はいつも、今思えば全然大丈夫な状況ではなかった。
はずなのに、その言葉はいつも結果的に、真実になった。
この世界がゲームだというのなら。私は本来、死んでいるはずのキャラだったのだろう。
カザハが弟の死を乗り越えて強く生きていくシナリオのための舞台装置。
でもカザハはそのシナリオに乗れる程健全な精神をしていなかったから、
-と-を掛け合わせたら+になるように、二人で生き延びてしまったのだ。
それは多分、無償の愛とか献身の精神とかいう美しいものではなく、狂気と言う方がしっくりくる。
私達は、云わば異世界で拾われてきた子で。母親はカザハのマスターで、父親は私のマスター。
幸か不幸か、父親は結構な権力と腕を持ち合わせた外科医だった。
そして、一家全員、微妙に一巡目の記憶が残っていたから――父親は、カザハより私の方が大事だった。
もちろん、あからさまにそれを出すことはなかったけど、どうしても私を助けたいカザハと利害関係が一致してしまったのだ。
そして、いつもカザハの狂気の前に折れる振りをして――
お堅い現代日本フィールドで、具体的にどうやっていたのかは謎だが、
多分、法律が許す範囲をいろいろ軽く超えていて、バレたらまずいこと色々やってたんだと思う。
カザハの言うところの「死ぬ時は一緒」は多分、満更単なる例えでもなかった。
要するに、カザハは死なせないと決めたら何だってやるのだ。
だから、どうにかしてくれるまでなんとかして時間を稼いでやればいい。
前線まで走りながら――正確には地面すれすれに低空飛行しながら、癒しの旋風(ヒールウィンド)のカードを使う。
高回復(ハイヒーリング)の味方全体バージョンのようなものだ。
死んだことにされている明神さんと、容赦ない攻撃に晒されているジョン君に声をかける。
「敵の言う事、真に受けたら駄目ですよ!? 絶対、大丈夫ですから……!」
よりヤバそうな明神さんの方に行ってみる。
はっきり言って全然大丈夫じゃなさそうだけど、態度に出したら駄目だ。
死にそうな重傷者に動揺を見せたら本当に死んでしまうってカザハがよく言ってた。
烈風の防壁(テンペストウォール)を展開し、自分に超・俊足(テンペストヘイスト)をかける。
カザハをガザーヴァと歌わせようと思って前に出てきたものの……
え、ちょっと待って、黒スライムと魔術師相手に時間稼ぎしないといけないってこと!?
とどめ、刺しにくるだろうか……。どうしよう、担いで逃げ回る!?
でも、今の状態で下手に動かすとうっかり死にそうだし……
最悪、瞬間移動(ブリンク)で2回までなら回避させられるけど……!
ところでマゴットさん、人語喋ってるしもしかして自分で動けるタイプだったりします!?
「大丈夫、二人が歌ってくれますよ」
明神さんにキュアウーンズ(回復スキル)をかけながら、励ます。
アシュトラーセさんがいたらもっとまともな治療が出来るのに……と思うが、いないものは仕方がない。
カザハは、どうにかしてガザーヴァを歌わせてくれるはず。
昔と違って生物学的生命を投げ打つことだけはきっともうしないけど……あれ? なんか一人で歌ってる?
(社会的生命全掛けしていらっしゃる――!?)
447
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 03:12:21
【カザハ】
(嘘を貫き通す天才……)
……? 我、どっちかというと嘘が下手なタイプだよな……。
少なくともなゆには嘘がつけないタイプだと思われているような……。
カケルが我のことをそう言った意図はよく分からないけれど。
吟遊詩人のバッファーの完成形を体現した人物を思い浮かべる。
ユメミマホロ――常に虚構を身に纏い、死んでも尚、秘密を貫き通して戦線を維持し続けた完全無欠の偶像(アイドル)。
間違いなく、バッファーの一つの完成形――
バフとは、無い能力値をあると見せかける虚構。バッファーの極致が嘘の天才なのは、必然。
そして、嘘を貫き通す天才が目の前にいる。
「ねえ、そのベース……呪歌、出来るんだよね……。ぼくと同じ声をしたキミの力が必要なんだ」
幻魔将軍ガザーヴァ――相手を幻惑し翻弄する天才。
そんな相手を説得するなんて……ただでさえ嫌われてるのにどうすりゃいいんだ!?
論理的必要性に訴えたところで、そんなことは言われなくても分かっているだろう。
普通に平身低頭お願いする!? それとも意外と強気で出るのが正解……?
そもそも我は明神さんみたいに交渉とか説得という一般技能を持ち合わせていない。
それどころか真面目な話をしようとしたら何故かいつも意味不明なことを言ってしまうのだ。
『バカザハ、役立たずのオマエが唯一人並みに役に立てるスキルがそれなんだろ。
なら、必死で歌え。フォローはボクがしてやる……喉が嗄れても、血を吐いても歌え!』
……ガザーヴァ自身が言ってた。我は歌うしかないのだ。いやちょっと待て。
さっきのがすでにガザーヴァに宛てた歌詞なわけで、あれだけ魔力込めた歌で駄目なら何歌っても駄目なんじゃ……。
――もしかして、逆か!?
確かいつかなゆが想いを伝えたい時は魔法を使わない方がいいって言ってた気がする……!
ゲーム風に解釈すると、魔力を込めると技をかけたと解釈されて、魔法抵抗値が作用してしまう、という原理なのかもしれない。
そうだとしたらむしろ好都合で、呪歌を一人で歌う体力があるかは微妙でも、ただの歌なら歌える。
でも、素のままだと多分そんなに映えないし、綺麗じゃない。
だから魔力で盛らずに歌うのは滅茶苦茶怖いけど……怖がっている場合ではない。
心身共にボロボロだったあの頃とは違うから……補正かけなくたって、歌えるはずなんだ。
448
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/09/05(火) 03:19:19
「ガザーヴァ、聞いて……!」
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/0rway8w49odvqtuoclu12/.mp3?rlkey=hw28n1f99lmj9dgotsru4eqps&dl
「時々夢を見る 生意気なキミは 不器用なぼくよりも いつも前を歩いてる
時々振り返って 本当にバカだなって くじけそうなぼくの 手を引っ張ってゆくんだ」
もしもキミと普通の姉妹だったら――それは在り得ない世界線の夢。
不器用な姉と、生意気な妹。どこにでもいるような姉妹。
要領のいいキミは、いつも、ぼくの一歩も二歩も前を歩いてるんだ。
「君のこと 本当に嫌いだった 最初から最後まで嫌な奴で
いつも騙し撃ちされてばかり でも、最大の嘘に気付いてしまったから」
前の周回――ゲームのブレモンでもよく知られているように、キミは徹頭徹尾、救いようのない悪役を貫いた。
何度も騙されたけど、キミが貫き通した最大の嘘は、最初から最後まで嫌な奴、ってとこだったんだよね。
「はじめからおわりまで騙し通されてしまったから
今度は終わりが来る前に 本当の君を知りたい」
キミはぼくのこと、いつか殺すって言ってたっけ。
それは無理だけど、ぼくだってキミの幸せを少しだって邪魔したくはない。
だから、この世界を救う旅が終わったら……キミの前に姿を見せるつもりはない。
なゆと明神さんがデュエルで通じ合ったみたいに、戦いに人生のうちのほんの一部でも捧げてる人であれば、
戦いで分かり合ったり出来るんだろうけど……ぼくはそっちは全然、駄目なんだ。
だから、ごめんね……殺し合いに応じてあげることは出来ないんだ。
だけど、そんな危なっかしい方法以外にも、分かり合う方法はきっとあるよ――
「だから今は力貸して キミの声を聞かせて」
演奏が終わる。ガザーヴァの瞳を真っすぐに見つめて告げる。
「キミと、合唱したい――」
449
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/09/11(月) 05:15:27
俺の問いかけに、流川たなから返ってきたのは失笑だった。
>「私たちがハイバラさんのオマケか何かとでも思ってるんですか?
ホンット……舐められたもんですねぇ。
私たちリューグークランは、アナタたちみたいな単なる仲良しチームじゃないんですよ。
それぞれがライバル。それぞれが倒すべき目標にして障害。
『ソロでもやっていける一流プレイヤーが、世界大会のために組んだチーム』――それがリューグーなんです」
「……知ってるよ。キルパクされたされないでギャースカ罵り合ってるとこまで配信してくれたからな」
だからお前らはハイバラのオマケじゃねえだろって話を今してたのであってぇ……。
厄介だな。流川たなは典型的なパフォーマータイプの配信者にして即答型のレスバトラー。
無数のコメントの中から的確に反論する言葉を取捨選択する選球眼を備えてる。
半端にレスバを仕掛けりゃ一の投げ掛けに百の言葉が返ってくるわけだ。
フォーラムでクソみてえな長文垂れ流すタイプの俺とは致命的に相性が悪い。
>「それにね……私たちはこの状況に感謝してるんです。あいうえ夫さんも黒刃さんも、マイディアさんも。
ローウェルにどういう思惑があるにせよ、私たちは現世に蘇った。
残留思念だのなんだの、オバケみたいにあやふやな存在じゃ何にも出来やしない。
でも――今は違う。私たちはこの世界で! もう一度肉体を得て! 両脚で地面を踏みしめて立ってる!
これで、諦めかけてた目的も果たせるってぇモンです。でしょ? おふたりとも」
>「……おう」
>「その通り。だからこそ――私たちは負けられない。目的があるんだ、やらねばならないことがある。
それを成し遂げるまでは、絶対に負ける訳にはいかない――」
「その目的ってのは今やってるようなゲームの上手さで他人にイキリ散らすことか?
さっきも言ったけどミハエルがやろうとしてんのは世界巻き込んだ無理心中だぞ。
こんなトコで楽しくデュエルやってる暇があるとは思えんな」
……何かが妙だ。
デュエルが始まる前のミハエルの長口上はこいつらも聞いてるはず。
ミハエルが勝てばローウェルの世界削除を止められる者は誰もいなくなる。
降って湧いたリューグーの二度目の人生も、世界が滅べば何の意味も成さない。
目的とやらが何なのか知らんが、少なくとも墓ん中で果たせるものじゃないはずだ。
生き返ったことに多少なりとも喜びを見せておきながら、
ミハエルへの助力を通して間接的に二度目の死を早めてる。
この自己矛盾にどうやって帳尻を合わせてる?
またぞろローウェルが蘇らす時に頭ん中身をこねくり回しやがったか。
>「え、あれっ……」
思考が空回りするうちに、背景で響いていたカザハ君の歌が途絶えた。
無理もない、既に何曲もぶっ続けで歌い続けてる。
それも狙撃手に狙われながら、粉塵と病原体の舞うこの空気の中でだ。
ガザーヴァは……歌を引き継ぐ様子はない。
「やべっ――ジョン!」
俺が指示を飛ばすよりも早く、ジョンはカザハ君のもとに駆けつけていた。
そしてその背を助け起こし、何をするかと思えば――
>「カザハ…今から僕の有り余る元気を上げる…そして今度こそ君を守るから…
だからもう一度僕達の為に……いや…僕の為に唄ってほしい」
「えっ!!???!?!?」
驚きのあまり素で声が出た。
ジョンは――カザハ君に口づけをしていた。
なんで!!!???!??
450
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/09/11(月) 05:16:32
>「少しはマシになったかい?…僕の歌姫さん?」
マホたんじゃあるめえし、キッスにそんなパワーアップみてえな効能があるかよ!
しかし確かに、こっからじゃ暗くてよく見えんが、魔力が回復しているのが術師の知覚でも分かった。
なるほど。
なんで……?
全然わからん……わからんが、よく考えてみりゃ俺たちは一度手を繋ぎ合って力の供給回路を作ってる。
手と手で力を送り込める以上、粘膜越しなら皮膚が薄い分効率よくパワーを送れるんだろう。
多分……そういう感じだ!
>「うあっはぁ……何をするかと思えば、ちょっとぉ……やめてもらえます?
ブレモンは全年齢なんですけど? Youtubeにアップした動画が収益剥奪されちゃったらどうすんですかぁ?
あいうえ夫さーん、今のとこ、あとで編集のときモザお願いしますね?」
「あれあれたなちゃんどうしたのカナ!?ちょっと刺激が強すぎちゃったカモ(^_^;)。
キッスくらいで年齢制限かかるわけないジャン!カマトトぶっちゃってぇ!」
依然として不明瞭な視界の向こう、多分ドン引き顔で引きつった声を上げる流川たなに、俺はニチャっと煽りを投げた。
なんでもいいけどこいつ殺し合い演じといて全年齢向けもクソもねえだろ。死体にモザイクかけんのか?
>「王子さま気取りの一般人さんには、ご退場頂きたいですねぇ!」
暗がりの中、判然としない輪郭が飛ぶ。ドブネズミがジョンへと肉薄した。
>「にゃー!」
>「――オラア!!」
音だけでも、ジョンがドブネズミの奇襲を迎撃したことは分かった。
おそらくは部長の嗅覚。さっきネズミがマゴットを正確に狙ったように、モンスターの知覚を利用したんだ。
カウンターは不発に終わったらしいが、代わりに頬を叩くような圧力がジョンから漂うのを感じた。
>「僕に生まれて初めてマジギレとかいう感情を味合わせてくれて本当にありがとう…
この感謝の気持ちを拳に込めて………必ずプレゼントしてやる」
これは……怒気。
感情を叩きつけるように破壊の音と、床を揺るがすような衝撃が伝わってくる。
あいつ地面かなんか殴りやがったな!
「うおっ!?ジョ、ジョン!?」
>「あぁ…心配しないでくれ明神…僕は冷静さ…至ってね…ただまあ…
生まれて初めての感情で戸惑ってるだけさ…本当にさ…HAHAHA!」
「お前の情緒どうなってんだよ!?瞬間沸騰機でももうちょい前置きするぞ!」
カザハ君に向けた慈愛に満ちた感情から急にアクセル踏みやがって。
いや違うな。こいつはもっと前からキレてたんだ……。
膨れ上がった熱を一切損なうことなく、カザハ君への活力供給が終わるまで抑え込み続けた。
お前の情緒どうなってんだよ……。
>「必ず死ぬ一歩手前で殴るのを止めるからさ!…………………………………冗談だよ?…ジョーダンだってば…」
「ブラッドラスト消えてからの方がタガ外れてんじゃん」
451
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/09/11(月) 05:18:46
もっと正確に言うなら、ジョンは感情を完全に制御下に置いていた。
抑えるべきとこは抑え、爆発すべきとこで大爆発を起こす――
その極端すぎる緩急が、肉体を武器にするジョンの戦闘方式とクソほど相性が良い。
そこからの攻防は暗くてよく見えないが、剣戟だけが間断なく響く。
視界を封じられた中、一方的に攻勢を仕掛けられるネズミを相手に、ジョンは凌ぎ続けているんだ。
>「あんまり強い言葉は使わない方がいいですよ? 弱く見えますからね。
大体……アナタ、このゲームの趣旨分かってます?
なんで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が前線に出ちゃってるのかなぁ……。
やっぱりバカなんですね。バカだから、育成とか考えられない。相性とか、戦術とか、
やらなきゃいけないこと。勝つために必要なこと、覚えなきゃいけないことを怠ってる。
脳筋パワープレイで何とかなるって思ってる」
致命傷を避け続けるジョンに対して、流川たなはテコ入れとばかりに煽りを投げた。
「エアプかテメーは。お前のお友達のハイバラもフラウと一緒に前線出てんだろうが。
逆にお前はなんでムキムキじゃねえんだよ。魔法も武器も使わねえんだよ。
強いパートナーがいるから……自分の肉体を鍛えることを怠ったわけだ?」
煽り合いに意味なんかないが、俺はジョンを侮辱されることに我慢がならなかった。
ふざけやがって。育成済みのパートナー連れて召喚されたお前らと一緒にすんじゃねえよ。
まともにレイドも弄らずにブレイブになって、育成リソースも時間も足りなかったジョンが、
それでもブレモン世界の化物共と渡り合うために練り上げた命がけの戦い方。
その覚悟を、こんな風に簡単に否定されてたまるか。
>「私たちはね。ありとあらゆる手を使って強くなってきたんです。手段を選ばず、お金と時間を湯水のように使って、
莫大な労力を支払って、やっとのことでレイド・グレードの常連になったんですよ。
だのに――ロクな知識もなく、労力も使わず、あまつさえゲームの趣旨さえカン違いしたまま私たちを倒そうだなんて――」
マゴットをジョンの援護に向かわせるが、縦横無尽に飛び回るドブネズミに追いつけない。
なんであいつあんなポンポン飛べるんだ。ジョンが叩き割って地面は凹凸だらけのはず。
嗅覚と聴覚で敵は捉えられても、目視が出来なけりゃ地面に躓いてもおかしくないってのに。
>「―――――あんまり、ブレモン舐めんじゃねーですよ」
何かを引き裂く音と、何かが溢れる水音が聞こえた。
次いで鼻を突くのは新鮮な血臭――
「おいジョン!ジョン!!」
勝負が決したのか、受傷したのがどちらなのか、ここからじゃ何も分からない。
辛うじて戦闘の音だけは響き、ジョンが殺されてはいないことはわかる。
代わりに暗闇の向こうから姿を現したのは――
>「やれやれ、あの様子じゃ彼は私の元まで辿り着けそうにないな」
>「それで……さっきはよく聞こえなかったんだが、誰が邪魔だって?」
――あいうえ夫。ロングコートを翻し、気付けば俺のすぐ傍まで歩いて来ていた。
「……聞こえなかったならもっかい言ってやろうか。邪魔なのはお前だよ、あいうえ夫。
スナイパーはスナらしく後方でイモってろよ。何しに寄ってきやがった」
見たところメイジの姿はない。ご主人様のはるか後方で今でも元気に芋砂やってんだろう。
たなさん見えてますか?ここにも前線出てるアホがいますよ!!
452
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/09/11(月) 05:20:04
>「たな君はキルスティールされるとひどく機嫌が悪くなるのでね。
邪魔者が相手ですまないんだが、暫く私と遊んでくれるかい?」
「へぇ?今どきキルパクでキレ散らかす方がトロールじゃん?数的有利を自分で投げ捨ててんだもんよ。
あいうえ夫さんともあろう方がhimechanのお気持ちに配慮して立ち回っておられる?
……わかってんだろうな。俺は無力なブレイブじゃねえぞ、生身のお前を仕留めるくらいの魔法は撃てる」
指先に魔力を集中させてあいうえ夫に向けるが、それよりも先に足元に変化があった。
霜柱を踏むような音とともに結晶の花が咲き誇る。
これ自体に殺傷力はない。つまり、何かの魔法の前提だ。
何をトリガーに発動するか分からない。――迂闊に魔法を撃てなくなった。
>「ああ、別に意趣返しがしたい訳じゃない。君に興味があるんだ……えっと、明神さんだったかな。
【迷霧(ラビリンス・ミスト)】。たな君はああ言っていたが、私は悪くないカードだったと思う。
少なくともマナシャードはもう使えないし、パートナーはともかく我々の視界は制限されている」
思い出した。これは『結晶花園』――広範囲に作用するトラップ魔法だ。
脆い結晶は容易く砕け、踏み抜いた足の中で花開く。
微小な鋭い結晶が神経に直接突き刺さる……人呼んで、『痛風花園』。
>「的確な判断だ。きっとこれまでの旅路で培い、その旅路を切り開いてきた力なのだろう」
「……お褒めに預かり光栄だがよ。なんでこんだけ会話して俺の居る方向がわかんねえんだよ」
あいうえ夫はなんかずっと見当違いの方に向かって話しかけていた。
これには舐めプ野郎の黒刃からも突っ込みが入る。おめー何も人のこと言えねえかんな?
>「……だが、相手の特技を見抜いて対策する。それはモンスターとの戦い方だ。
それだけでは私達には勝てないよ。私達は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だ」
>「君達に出来る事なら私達にも出来る」
パチリ、とあいうえ夫が指を鳴らした瞬間。
頭上から巨大な結晶が落ちてきた。
思わず飛び退いて、地面に広がった結晶が足に突き刺さった。
「痛っっっってぇ!!痛風ってこんな感じか!!」
痛風持ちの上司がビール飲む度にいてえいてえ言ってんの見て大げさだなあとか思ってたけど!
すみませんでした課長!めちゃくちゃ痛ぇわこれ!!!
砕け散った結晶はマナシャードの魔力と反応し、追尾弾のごとく俺のもとに殺到する。
こっちも負けじと魔力で障壁を展開するが、いくつかは貫通して手足を穿った。
瞬間、突風が吹き、霧が晴れる。
無防備な姿を晒したと理解した時には、追撃が繋がっていた。
黒刃のパートナー――オブシディアンスライムが砲弾の如く迫ってきていた。
>「――そこだよ」
「うおおおおおお!?」
間一髪で回避が成功したのは、敵意を検出する『導きの指鎖』が一際大きい反応を示したからだ。
高熱を秘めた黒のボディが俺の鼻先を擦過していく。
一撃で終わりじゃない。スライムの着弾点には結晶が迫り出している。
そいつがまるでピンボールのようにスライムの軌道を変え、今度はカザハ君へと弾き出した。
>「――烈風撃(テンペストスマイト)ッ!」
カケル君が属性付与した剣でそれをぶん殴る。
スライムの勢いは死ぬことなく、ピンボールは継続する。
453
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/09/11(月) 05:20:50
>「どこまで話したかな……ああ、そうだ。仲間と力を合わせてシナジーを発揮する。
それすらも当然君達だけの特権ではない……黒刃君。そろそろ頃合いだ。頼んだ」
不意にスライムの動きが緩慢になった。
スタミナ切れ……じゃない。まるで高速機動のエネルギーを、別のことに使うような――
>「おう……クロマンジュウ!散らせ!」
光が戦場を照らした。
オブシディアンスライムは黒曜石――固まったマグマで出来たモンスターだ。
一皮向けばその内部には今もマグマが滾っている。
放射した熱エネルギーはさながら太陽の如く炎と化し、霧を払う。
マイディアの作り出した暗闇すらも押しのける鮮烈な光。
明瞭になった視界の向こうで、あいうえ夫が指先をカザハ君に向けるのが見えた。
>「精々、祈りたまえ……この距離だ」
あのモーションは……必殺の『結晶流星』!!
「カザハく――」
>「マーリンは――決して外さない」
その瞬間、俺の意識は完全にカザハ君の方へと向いていた。
メイジの矛先が自分に向いているなんて、露ほどにも思っちゃいなかった。
だから――
>「そのシルヴェストルは確かに邪魔だが……まあ、バフを受けた前衛を操る君を落としても辻褄は合う」
闇を貫く死の流星が、自分の腹を貫くまで、何が起きたかまるで理解出来なかった。
何の防御魔法も使えないまま、風穴の空いた脇腹から血が吹き出すのを、どこか遠い光景のように見ていた。
「が……あ……」
まずい。まずいまずいまずいまずい!
腹を撃たれた。痛みよりも先に何かが喉から迫り上がってくる。
たまらず吐き散らしたそれは真っ黒な血。内臓をやられた。
どこをやられた?位置は?
ほとんど静止したような時間のなかで、思考だけが回転する。
腹に穴が空いた。腹圧で内臓が飛び出してくる。
どんだけ回復力を盛ってようが、モツが溢れりゃ絶対に助からない!
「ぐ……『工業油脂(グラブダーズワッグズ)』……ブレイ……」
ワックスで傷口を固めてどうにか内臓を腹の中に留める。
だけどそんな応急処置が何の意味も成さないほど、致命傷であることを悟った。
痛みが腹の中で燃え上がって、すぐに何も感じなくなった。
生命の危機を告げるアラートすら沈黙するのは、体が急速に死に向かってる証拠だ。
『グフォォォォ!?』
一拍遅れてマゴットが俺の被弾に気付き、駆け寄ってこようとする。
震える手をなんとか掲げて、それを制した。
駄目だ。背を向けりゃネズミがお前を刺しに来る。絶対に眼を離すな。
454
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/09/11(月) 05:22:04
>「……オイ!なんで腹なんだよ!頭飛ばせよ!俺のラーメンが冷める!
アイツは無駄に苦しむ!みんなが不幸になってんじゃねーかバカか!」
>「あのシルヴェストルを庇おうと、予測出来ない動きをされる可能性があった。
無駄に苦しませてしまうのは私としても本意ではないんだが……すまないね」
あいうえ夫と黒刃が叩きあう軽口の声すらも遠い。
あいつラーメン食い終わってねえじゃねえか……。
視界から色が失せて、すぐに霧が周りを白に埋めて、闇の帳が落ちて、何も見えなくなった。
ただその前に、命を振り絞ってでも、言わなきゃならないことがあった。
「振り……向く……な……!俺は……全然……余裕……だぜ……」
前線でネズミと戦ってるジョンに向けて、肺に残ってる最後の空気を使って、
途切れ途切れになりながら声を届けた。
それが俺にできるすべてだった。
膝から力が抜け、うつ伏せに倒れ込む。
ビチャっと水音と、生暖かくて粘ついた感触があった。
鉄の臭いもする。ああ……今俺は、血溜まりの中に倒れてんだな。
これ全部、俺の血かぁ……。
瞼を閉じる力すらも失った視界の中で、カケル君が俺のもとに駆けつけたのが見えた。
回復スペルを使う。消えかけた意識が、ほんの少しだけ火を灯した。
致命傷を修復できたわけじゃない。それでも、数秒先に訪れる死がわずかに引き伸ばされたのを感じた。
腹から下の感覚がなくなったせいか、死に直面して頭がフル回転してるせいか、
妙に思考が鮮明だった。代わりに頭を埋めるのは、怒りだった。
455
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/09/11(月) 05:22:50
クソが……黒刃の野郎、食い終わるまで参戦しねえとか抜かしてたくせに掌返しやがった。
奴はライスを用意していた。ラーメンのシメとして雑炊にでもするつもりだったんだろう。
クロマンジュウとかいうニックネームといい食いしん坊キャラかよテメーは。
発想がきなこもち大佐と一緒なんだよ。
一方で、黒刃の振る舞いの非合理さが気にかかる。
どうしようもない人間性の地に落ちたトロール野郎だが、それでも奴が絶対的な支持を受けていたのは、
黒刃がやると言ったことは必ず成し遂げる有言実行の男だったからだ。
トロールのし過ぎでランクを落とし、死ぬほどアンチが湧きまくった時、
奴が常人には到底不可能な最上位帯への返り咲きを宣言し、実際に成し遂げたことは記憶に新しい。
アンチを全員黙らせる強烈な実力と、それに裏付けられた確かなカリスマがあった。
その黒刃に――『前言を撤回させた』。
スライムの炎で霧を払うために、ラーメンほっぽり出して奴は参戦した。
前言を覆してでも、霧を晴らす必要があった。
思えばオドを感知するメイジも、鼻と耳で追跡するネズミも、視界に頼らない戦い方で対応している。
メイジは霧が晴れるまで狙撃が出来なかった。ネズミも急所狙いの攻撃でジョンを確殺出来てない。
それはつまり――奴らは依然として、霧の中で精密に攻撃する手段を持たないということ。
必殺の大技の前には必ず霧を排除する。『予備動作がある』。
伝えなくちゃならない……ほんの少しでも良い、声を出せ。言葉を届けろ。
ああクソ、意識が保てなくなってきた。
回復スペルで延長した余命もこれで時間切れだ。
こんなところで。こんなところで死にたくない。
何も成し遂げないまま、何者にもなれないまま、ラスベガスに山程転がってる死体の一部になるのか。
>「大丈夫、二人が歌ってくれますよ」
音のなくなった世界に、カケル君の声だけが響いた。
「ガザ……ヴァ……」
最後に口を突いて出たのは、仲間に伝える作戦とかじゃなくて――
【致命傷】
456
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/09/15(金) 04:20:37
>「それにね……私たちはこの状況に感謝してるんです。あいうえ夫さんも黒刃さんも、マイディアさんも。
ローウェルにどういう思惑があるにせよ、私たちは現世に蘇った。
残留思念だのなんだの、オバケみたいにあやふやな存在じゃ何にも出来やしない。
でも――今は違う。私たちはこの世界で! もう一度肉体を得て! 両脚で地面を踏みしめて立ってる!
これで、諦めかけてた目的も果たせるってぇモンです。でしょ? おふたりとも」
>「……おう」
>「その通り。だからこそ――私たちは負けられない。目的があるんだ、やらねばならないことがある。
それを成し遂げるまでは、絶対に負ける訳にはいかない――」
いくらご高説を垂れようとも人を殺していい理由にはならない。
人を殺したなら言い訳など説相手に向き合うべきなのだ…それができない奴にとやかく言う資格は…ない
「それで人を殺していいって?…僕以上に終わってる奴がいるなんて驚きだ…まあここで君達は倒されるわけだが…」
>「……はぁ。一発まぐれでカス当たりしたからって、もう倒す宣言ですか?
殴り倒す殴り倒すって、それしか言えないんです? バカなのかな?
まぁ『大男 総身に知恵が回りかね』って言いますしね! それなら、もっとキャラ立てした方がいいですよ?
カタコトでしゃべるとか。『オデ オマエ ナグリタオス』みたいな。あははッ!」
「それもあり…かも…ね!」
喋りながらも確実に前進し、鼠がいる所を叩く。しかし初撃以降大した成果はなく…見事に翻弄されていた。
「にゃ〜〜」
本体に近寄れてはいるが…まだ追い詰めるには時間が足りない。
相手が次の攻撃チャンスの為に時間を稼いでるのは明らかだったが…手の打ちようがないのが現状だった。
>「あはッ! きた来たキタ――――ッ!!
あいうえ夫さーん! お願いしまーす!」
>「了解」
その宣言と共に攻勢が始まる。
僕の攻撃が空を切り…クソネズミの攻撃は僕の急所足りえる部位を的確に攻撃してくる。
僕が一回ミスれば2回刺され…もう一度外せば次は3回…その無限ループ
「これは…分身か…」
予想以上の攻勢についに僕は膝をついてしまう。
攻勢の内容が分かったところで僕にできる事は一切ない。
457
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/09/15(金) 04:20:51
「にゃ…にゃ」
「絶対近寄るな!」
僕の体は数えきれないほどの傷を負っていた。
部長が心配になって僕のほうに近寄るが…僕はそれを止める。
部長を失えば僕はそれこそ詰んでしまう…逆にいえば僕が狙われている内は…完全な詰みにはならない…。
>「あんまり強い言葉は使わない方がいいですよ? 弱く見えますからね。
大体……アナタ、このゲームの趣旨分かってます?
なんで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が前線に出ちゃってるのかなぁ……。
やっぱりバカなんですね。バカだから、育成とか考えられない。相性とか、戦術とか、
やらなきゃいけないこと。勝つために必要なこと、覚えなきゃいけないことを怠ってる。
脳筋パワープレイで何とかなるって思ってる」
ご高説の間更に攻撃の手は激しさを増す。
>「そのウェルシュ・コトカリス、どノーマルで育成もロクにしてないみたいですが。
なんで進化させないんですか? コトカリスはハッキリ言ってクソザコですが、進化させれば結構強いんですよその系統樹。
ドーベル・バジリスクとか、チベタン・ニズヘグとか。
せめて限凸くらいしないんですか? 属性付与は? 何なら『戦乙女の接吻(ヴァルキリー・グレイス)』って手もある」
>「私たちはね。ありとあらゆる手を使って強くなってきたんです。手段を選ばず、お金と時間を湯水のように使って、
莫大な労力を支払って、やっとのことでレイド・グレードの常連になったんですよ。
だのに――ロクな知識もなく、労力も使わず、あまつさえゲームの趣旨さえカン違いしたまま私たちを倒そうだなんて――」
>「―――――あんまり、ブレモン舐めんじゃねーですよ」
最後の一撃は僕の頸動脈を捉え…切断した。
ビチャ…
体の前進から勢いよく鮮血が飛び散る。
苦手な人が見たら吐き気がするような悲惨な光景。
そんな中で僕は…まだ息をしている。僕は人間ではなくなってしまったのだろうか…
心当たり言えば一つある…この右手…オデットからの…母からの贈り物。
右手を中心に…ほんの少し…ゆっくりとだが…傷が治り始める…相手はまだ気づいていないようだが…
>「あいうえ夫さーん。こっちは片付きましたけど――」
「ゲホッ…勝手に…殺すな…」
とはいえ…余りにも傷が深すぎる…血を流しすぎている。
>「……キモ。なんで生きてるんですかアンタ。え?筋力で止血してる的なヤツです?
うっへえ……キモいキモいキモすぎる。そんなんもうモンスターじゃないですか」
「そんな…褒められたら恥ずかしい…だろ」
視界が安定しない…体に力が入らない。
458
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/09/15(金) 04:21:07
>「ん?」
この視界悪の中…音だけでなにを起こったのが察知したクソ女が…おそらく明神ともう一人が戦闘しているほうを見る。
「ぷっ……あは!あははは!ちょっと嘘でしょ!あー駄目!息出来な……あはははは!」
音が落ち着いた後突然大笑いを初めて…我慢しきれない様子で笑い転げている。
>「明神さんでしたっけ。死んじゃいましたよ」
「…は?」
体がざわつく。冷や汗がさらに加速する…
>「いいですか?あなたが故明神さんに言われた通りマーリンちゃんを狙っていたとしましょう。
マーリンちゃんは魔法職……結晶の体も相まって機動力はさほど高くありません。
なので自分狙いの攻撃から逃げ続けるのは大変難しい……分かります?」
>「つまりヴァーミンちゃんが援護に回らされる可能性があった!。
一人で二人の敵を引きつけられた訳ですよ!どうしてそうしなかったんです?
マジギレしてたから?そもそもヴァーミンちゃんが最初に狙ったのって明神さんの方でしたよね?」
クソ女がなにかをほざいてるが…僕の耳には届いていなかった。
僕はカザーヴァが本気で切れた時を知っている。その彼女が出す力を体全部で浴びた事もある。
しかし今…その時の力は感じない…たぶんだが…恐らくだがカザーヴァが明神を信用しているからに他ならないと思う。
明神が生きて帰ると…必ずそう信じているから…彼女は明神ではなくカザハの傍にいるのだ。
僕は今明神を疑った…一瞬でも疑ってしまった…それがとても恥ずかしい。
>「いいですよ?ほら、ここです、ここ。このかわいーほっぺに一発パンチをくれてやりたいでしょ?」
明神は生きている。必ず。覚悟を決めた時はうちのPTでも一番な明神が…こんなにあっさりやられるわけない。
血反吐を吐いても…例えどれだけ絶望的な状況に置かれても…覚悟を決めた明神なら必ずやり遂げる。
僕は立ち上がり…クソ女を睨みつける。
>「……あれれ?来ないんですか?まあ……その方が賢明ですけども。
だったら、どうします?今からでも明神さんの遺言を果たしに行きますか?
いいですよ。お行きなさい。どんなプレイヤーも一度は失敗するもの……大事なのは次です」
僕とクソ女の間には鼠がいる。無傷ならともかく…今彼女に手を伸ばしても届かない。
>「失敗を糧に前に進める者だけが、いつか栄誉あるブレイブ帯に到達出来るのです……。
……まあ、この状況で背中を見せたらどうなるかは保証しませんが。
まあ?多分?滅多刺しにされますけどね!あはは!」
459
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/09/15(金) 04:21:21
「…認めよう…確かにお前の言う通りだ…ブレイブとしての覚悟…ブレイブとしての能力…全て僕はお前に劣っている…」
クソ女の言う通り…生まれて初めての感情に振り回され…そして判断を誤ったことを…全て僕のせいだ。
もっと楽な道はあった…だが…自分がおかしくしてしまった採算は…自分で合わせる。
「僕も…部長も…弱い…到底この場に似つかわしくない…だがここはゲームであって…ゲームじゃない」
血が僕の体から流れ出ていく…。
例えこの世界が本当はゲームだったとしても…僕はこの痛みや…感情を…嘘にしたくない。
「傷をつければ痛い。苦しい。辛い…ブレモンであって…それでもここはブレモンじゃない…今の僕達にとってリアルなんだ
それなのにお前は口を開けばゲームだなんだ…ランクがなんだかんだ…お前等は人を殺してるんだぞ…」
今こうしている間にも外では被害は広がり更なる地獄絵図になっているだろう。
「僕は…僕達は人を他人事のように殺せないお前らなんかに絶対負けない……」
ひどい出血のせいか思考がまとまらない…しかしそれでも…クソ女に近寄る足のペースは落とさない。
「今お前等がやってんのは戦争だぞ…戦争に身を投じようってんなら…自分の手を血に染める覚悟でやれよ」
ふらふらと手を伸ばしパンチを繰り出す。しかし当然当たらないしカウンターももらう。
…やっぱりだ…やっぱり…
「人を殺しておいて…スマホやPCのマウスをカチカチする感覚でいるお前に…僕は絶対に殺せない」
更に目の前のクソ女に目掛けて手を伸ばす。少し伸ばす速度が速くなる。
やっぱりだ…これはゲーマーとしての性なのか…シンプルに正確なのか…わからないが…
必ず僕の急所を狙ってくる。
「馬鹿の一つ覚えだっていい…戦争ってのは…どんな被害を受けようとも相手を最終的に殺した奴が勝者なんだ」
最初からそうだ…必ず勝つための最善なルートを…勝率が最も高い行動をほぼ必ずと言っていい程選ぶ。
初手カザハを狙った事も…視界を遮り僕と明神を有利なマッチアップで分断した事も…そして僕の急所を確実に狙ってくることも…
無駄がなく…そして僕達はその戦略で見事に壊滅寸前だ。
これが本物のブレモンならば…ゲームならば…僕達に逆転の目など一切残されていなかっただろう。
だがゲームじゃないからこそ僕はまだ生きている…急所を狙い続ける事が実戦に置いて正解率は高くても本当に正解と限らない。
急所にくると分かっていれば被害を最小に抑える事ができる…最小には抑えきれてはいないけど…だがしかしその効率性がが唯一の勝ち筋になりえるかもしれない。
ビチャ…ビチャ…
血まみれの大男が近づいてくる…ブレモンじゃあり得ない体験だろう…そしてブレモンじゃあり得ないような事を僕達は見続けてきた。
普通のブレモンじゃあり得ない勝ち方だってしてきた。
彼女達にブレイブとしての覚悟があるなら…僕は僕達の覚悟を見せつけなければならない。
僕はなゆのように長い間旅をしてきたわけじゃないけど…それでも…それでも…!
僕がみんなから…受けた恩を僕の覚悟として…その覚悟と力で…この戦争を止めて見せる
その時…聞こえてきた…心…魂を揺さぶられるような…一転して全ての傷が言えるような優しい音色が。
二人の奇跡のデュオが…ラスベガスの…この豪華絢爛な建物の中で…始まったのだ。
「お前にも聞こえ始めたんじゃないか…?この…魂を揺さぶられるような…歌が」
体が熱く脈動する。血が抜け冷え切った体に再び火が付くかの如く…心が高鳴る。
「僕の歌姫の新曲をオフラインで聞けるなんて…光栄に思えよな…!」
今までふらふらだったのが嘘だっかのように体に力が漲る…ブラッドラストのような忌々しい力ではなく…僕本来の力が…自然と引き上げ引き出されるような…。
「カザハ…君はやっぱり最高だ!」
僕は力の限り大きな声で叫ぶ。
これだけ高ぶった感情を抑える事などできようか
「ハア…ハア…よ…し……動け…動け僕の体…!」
あぁ…カザハ…君の歌が聞けるなら…僕はどんな事があってもまっすぐ…生きていける…そう思うんだ
血を大量に流そうと…骨が見えるほど体に穴が開こうと…どれだけボロボロになろうとも…僕は君さえいれば…いつまでも力強く戦える!
460
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/09/23(土) 12:12:44
リューグークランの圧倒的実力差に明神たちが苦戦する中、
ガザーヴァは積極的な攻勢には出ずただただカザハのことを護り続けた。
散布されたマナシャードには黒騎士モードになり、兜ですっぽりと頭部を覆うことで対処する。
更にガーゴイルが翼を羽搏かせることでマナシャードを吹き散らし、何とか劣勢を覆そうとするものの、状況は芳しくない。
時折飛んでくる結晶流星やヴァーミンちゃんの攻撃を弾きつつ、ガザーヴァは専守防衛に徹していた。
そして。
>が……あ……
明神が被弾するのが、薄闇越しに見えた気がした。
苦悶の声。マゴットが慌てふためく声も聞こえる。
「明神!!」
叫ぶ。可能なら、今すぐにでも持ち場を離れて明神に駆け寄りたい。
ガザーヴァは回復魔法を習得していない。だから明神に寄り添ったところで何の役にも立てない、それでも。
>振り……向く……な……!俺は……全然……余裕……だぜ……
マゴットを制する明神の指示が聞こえる。しかし、その声音にいつもの張りはない。
誰がどう聞いても致命傷の、瀕死者の声。
カケルがカザハの傍を離れて明神のところへ向かったが、カケルに救命措置が出来るかも疑わしい。
明神のところへ行きたい。
唯一の拠り所としていたバロールに捨てられ、打ちひしがれていたガザーヴァの心を明神は救ってくれた。
ずっと一緒に居てくれると、責任を取ってくれると言ってくれた。一生一緒どころか、二生でも三生でも釣りが来ると。
その明神を喪うなんて、とても耐えられない。
けれども――
ガザーヴァは矢張り、その場を離れなかった。
自分の仕事をやり遂げること、願いを遂行すること。
それがガザーヴァの、明神に見せることのできるたったひとつの愛のかたちだから。
その代わり。
「明神――――――――――ッ!!!!」
ガザーヴァは空気中に散布されたマナシャードも構わず、ありったけの声で叫んだ。
「オマエは! ボクの最強のマスター! ブレモンで一番の死霊使い(ネクロマンサー)だろ!!
んなら、自分の死だって思い通りにしてみせろ!
『超合体(ハイパー・ユナイト)』だ!!」
果たして明神に声が届き、『超合体(ハイパー・ユナイト)』が発動したなら、
マゴットと融合し黒騎士姿から悪の女幹部然とした姿になった幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァは、
すぐさま下僕にして自らを構成する蝿たちを明神の許へと飛ばした。
「――『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』!!」
蝿たちが血の海に倒れ伏した明神の身体に取りつく。生命を喪いつつあるその身体を、『他のもの』へと変質させる。
即ち――ゾンビに。
かつて、リバティウムでの戦いにてメタルしめじこと佐藤メルトはライフエイクによって致命傷を受けた際、
スペルカード『死線拡大(デッドハザード)』で自らをゾンビ化し、窮地を凌いだ。
当時カザハの中に潜んでいたガザーヴァはそれを知っている。直接見てはいなかったが、話には聞いている。
それを自らのスキルによって再現したのだ。
更に――
「行けッ! 蝿ども!」
更にガザーヴァは会場中に蝿を飛ばす。薄闇の中で無数の蝿たちがヴヴヴ……と羽音を鳴らし、四方八方に散ってゆく。
>ねえ、そのベース……呪歌、出来るんだよね……。ぼくと同じ声をしたキミの力が必要なんだ
そんな折、後ろからカザハが語り掛けてくる。
ガザーヴァは応えない。
今は蝿に指示しつつリューグークランの攻撃を捌くので手一杯だったし、
何よりガザーヴァは今まで、呪歌なんて歌ったことがない。
ベースは明神の無茶振りで持たされたものを、ついつい邪険にも出来ず持ってきてしまっただけだ。
ラスベガスへ来るまでの間、ヴィゾフニールの中で何度か爪弾いてはみたものの、元々飽きっぽい性格である。
無理じゃね? と早々に練習を諦めてしまっていた。
縦横に蝿の大群を操りつつ、じゃき、と両手で暗月の槍ムーンブルクを握りしめ、飛来する魔力の結晶を打ち砕く。
と、不意に背後から歌が聞こえた。
461
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/09/23(土) 12:14:02
>時々夢を見る 生意気なキミは 不器用なぼくよりも いつも前を歩いてる
時々振り返って 本当にバカだなって くじけそうなぼくの 手を引っ張ってゆくんだ
>君のこと 本当に嫌いだった 最初から最後まで嫌な奴で
いつも騙し撃ちされてばかり でも、最大の嘘に気付いてしまったから
>はじめからおわりまで騙し通されてしまったから
今度は終わりが来る前に 本当の君を知りたい
>だから今は力貸して キミの声を聞かせて
「……」
それは今までカザハが歌っていた呪歌とは明らかに違う。
バフもデバフも齎さない、何の変哲もないただの歌。
だが、其処にはカザハの想いのすべてが込められている。
短くとも、心の内を伝えるには充分なメロディ。
ガザーヴァは軽く振り返り、カザハを見た。
此方を真っ直ぐに見詰めてくるカザハと目が合う。
>キミと、合唱したい――
「―――ハ」
ガザーヴァはほんの僅かな間、カザハと見詰め合っていたが、ややあって目を伏せると小さく笑った。
「本当バカだよな、オマエって。
ボクが最初になんて言ったのか、もう忘れちゃったのか? ボクは言ったぞ、『フォローはボクがしてやる』って。
だから、お前は――四の五の言ってないで、一緒に歌うぞ! 合わせろ! って言えばいーんだよ!」
ガザーヴァは槍をベースに持ち替えると、一度弦をかき鳴らした。
「ちょうど――準備も出来たことだしな!」
ガザーヴァがベースを爪弾くと同時、それまで会場に鳴り響いていたハードコアテクノが不意に止まり、静寂が訪れた。
眩しいほどに乱舞していたレーザービームが消滅し、会場をただ暗闇だけが支配する。
が、次の瞬間――
それまでの楽曲とはまったく異なる演奏が、会場中のスピーカーから大音響で奏でられ始めた。
それは、これまでにカザハが歌ってきたメロディの数々。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』、その戦いを歌い上げるカザハの足跡と言っていい旋律だった。
と同時、レーザービームも今までとはまったく違う軌跡で暗闇と霧とを切り裂く。
あたかも、この会場全体がカザハとガザーヴァのために提供されたステージであるかのように――。
「ボクの『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』で、会場の機器を支配した。
これでオマエはワールド・マーケット・センターの最新機器をバックコーラスに歌うことができるってワケだ!
ホラホラ、ぼっとしてんな! グズグズしてたら、ボクがソロで始めちゃうぞォ!?」
超レイド級モンスター・ベルゼビュートのユニークスキル『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』は、
死体に取り憑きゾンビと化して意のままに操るという特性を持つ。
それはつまり『意識を持たない物質を支配し制御下に置く』ということである。
ガザーヴァはそれを拡大解釈し、会場にある音響機器を根こそぎジャックして、
自らの意思でコントロールできるようにしてしまったのだ。
超レイド級の魔力を含んだレーザービームはナイトヴェイルの暗幕を貫き、カザハの歌声は会場にいる全員の耳に届くだろう。
カザハの新たな呪歌の効果も、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』全員に届くはずだ。
「まったく……バカでマヌケでヘタレで八方美人で、オマエってばマジでどーしよーもねーヤツだよ!
こんなヤツと因縁持って生まれちゃったのが運の尽き、ってか!」
耳を劈くような前奏の中、とん……とガザーヴァはカザハの隣に立つと、呆れたように言った。
軽く爪先立ちになったり戻したりを繰り返し、リズムを取りながら、カザハの顔を見る。
だが、口を衝いて出る悪態に反して、その声音に嫌悪感はない。ガザーヴァはにひ、と悪戯っぽく笑うと、
「ホンット……ダメなお姉ちゃんを持つと、妹は苦労するよなァ!」
パァァァァァァンッ!!!!
ライヴ特有の大きな破裂音とともに紙吹雪が舞い散り、ふたりの歌が始まる。レクス・テンペストの音響効果と、
『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』の機器ジャックで、会場に歌声が響き渡る。
膨大な光の奔流が、夜のとばりと迷いの霧を押し流してゆく――。
462
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/09/23(土) 12:14:34
>――来いよ
「いいだろう。トドメを呉れてやる――この僕を失望させた罪は重い!
ゴルゴダの丘のイエスのように……お前は!
“磔刑”だ―――――ッ!!」
ぎゅばッ!!!
エンバースの挑発を受け、ミハエルが再度グングニールを投擲する。
到底人間が投げつけたとは思えない勢い。まるでミサイルのような速度で、神殺しの鎗が唸りを上げエンバースを狙う。
と同時、堕天使も神剣アンサラーを振りかぶりフラウへと肉薄する。
エンバース主従を同時に屠ろうという、王の攻勢(ケーニッヒ・アングリフ)。
>【分裂(ディヴィジョン・セル)】――プレイ
エンバースがスペルカードを行使。フラウが二体に分裂する。
スライム系統のお家芸とでも言うべき能力だが、ミハエルもリュシフェールも眉ひとつ動かさない。
「悪足掻きを!」
>……なんだ今更そんなカード、か?まあ、見とけよ
エンバースもまた、動じない。もちろん、延命のため標的を増やした訳ではないのだ。
更にエンバースは二枚の【分裂(ディヴィジョン・セル)】を行使する。
グングニールの柄が展開し、小型の鎗が次々にフラウの分裂体へと襲い掛かる。
そして、本体が弾着――驚くべきことに、フラウは超高速で迫り来る鎗を触腕で受け流し、掴み取ってしまった。
「!?」
ミハエルが一瞬、瞠目する。
>でも仕方ないだろ?万象法典が滅びた以上、俺が入手可能なカードには限りがあった。
ゲーム内でも入手可能なレベルのカードを主体にお前とやり合うには――
どうしても、こうしてゲージをオーバーチャージする必要がある
「根本的な質問の答えになっていない。
僕は! 『現状でのベスト』なハイバラと闘いたかったんじゃない……!
『ベスト・オブ・ベストな状態のハイバラ』と闘いたかったんだ! 万象法典? それが健在なら、
君は100パーセント完璧なデッキを用意できたのか?」
ミハエルが憎々しげに眉を顰める。
>二体のフラウじゃお前とリュシフェール相手には渡り合えない。四体でも足りなかっただろう。
だけど十六体もいれば……少しの間ならお前も楽しめる。だろ?だからゲージは最低でも三本
「少しの間なら楽しめる、だって?
接待プレイなんて沢山だ。絶対勝てる相手と闘って何が愉しい?」
>そして……【融合(フュージョン)】――プレイ
ミハエルの言葉を遮るように、更にエンバースはカードを切った。
元々不定形気味であったフラウの躯体がどろりと溶け、さらに形を失くしてゆく。
そして、十六体のフラウであったものたちが混ざり合い、ひとつになり――
エンバースとミハエルの前に、竜のような何かとなって顕現した。
>……勝ちに行くなら、四本以上のチャージが必要だった
一見すると、それはどうということのないスライムの基本戦術のひとつのように見えた。
強化なしの分裂と融合。なゆたも以前、リバティウムの対ミハエル戦で同じことをしてヒュージスライムを召喚している。
ただ、決定的な違いがひとつ。
それはまだ、誰もゲーム画面で見たことのないモンスターの姿。
ただ、ブレモンの中で『設定と名前だけが公開されている』未実装の超レイド級モンスターの姿だった。
>そうだな……ナイツロード・イミテーション?ロット・オブ・ロッツ?フラウ、どっちがいい?
騎士竜王ホワイトナイツロード。
騎士竜ホワイトナイツナイトの上位モンスターにして、魔皇竜アジ・ダハーカやケツァル・コアトルとは別系統の、
ドラゴン属の最終到達点である。
その属性は『光×2』。超レイド級モンスターはメイン属性とサブ属性ふたつの属性を持つが、
ホワイトナイツロードはそのいずれもが光という、他の超レイド級にはない尖った特性を有しているという。
いつ実装されるかさえ定かでない、ただいつか現れるであろうと言われている、未来のモンスター。
それを、エンバースとフラウはここに現界させてしまった。
>……俺達ブレイブは魔物使い、サモナーだ。なら、そのスキルを意識して運用すれば……こういう事も出来るよな
どことなくのっぺりとした、白一色の竜人の姿をした『何か』。
ナイツロード・イミテーションを従え、エンバースが告げる。
>これが隠し玉その二だ。ひとまず……枯れた技術の水平思考コンボとでも名付けようか。
それで、どうだ?これでも俺はお前を舐めているか?ブレモンを愚弄しているか?え?
463
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/09/23(土) 12:14:54
>違うよな。舐めてるのはお前だ。お前が、俺を舐めてるんだ
ぐおんッ! とフラウがグングニールを投げ返す。
神殺しの鎗がミハエルの手元に戻る。それが、開幕の合図だった。
>僕の勝手な思い込みだ?独り相撲だ?クソッタレめ――
「――――」
ナイツロード・イミテーションの攻撃。
本家ホワイトナイツロードは『円卓の騎士(ナイツ・オブ・ザ・ラウンドテーブル)』という名のユニークスキルを持ち、
十二種類の武器や防具を自在に扱うという。
その十二の至宝のひとつ、大聖剣マルミアドワーズを模した腕がリュシフェールに振り下ろされる。
堕天使は危なげなくそれを受け止めたが、それだけではフラウの攻撃は終わらない。
大剣の形状をしていたフラウの腕が長大な鎗へと変化する。十二の至宝のひとつ、聖鎗ロンゴミニアドの姿に。
リュシフェールがアンサラーで刺突を受ける――鎗が瞬く間に枝分かれし、アンサラーを絡め取る。
「!」
フラウがリュシフェールを引き寄せる。対の腕を巨大な杭――聖鎚ウィネブル・グルスヴッヘルに変化させての、
カウンター気味のフックブローが堕天使の胸板をしたたかに打ちしだく。
堪らず吹き飛ぶリュシフェール。端正な面貌が初めて苦痛に歪む。
>――俺がどれだけ!お前とのデュエルを楽しみにしてたと思ってやがるんだ!
ふざけるなよ!さあ……テメエのターンだ!かかってきやがれチャンピオン!
本気を出せ!そして二度と!二度と俺を疑うんじゃねえ!そうすりゃあ――
>俺が!お前の!エンドコンテンツになってやるからよ――――!!
エンバースの叫び。それは、正真正銘の心からのものであったのだろう。
それが理解できないほど、ミハエル・シュヴァルツァーは愚かではない。
「……フ……。
そうか。僕の方が、君のことを舐めていたか……。
まだ、君が生きていた頃の。僕と世界大会で相まみえることを想定したデッキと闘いたいと思っていたけれど。
デッキなんてものは、そのときの状況如何で幾らでも変化していくもの……。
かつてのデッキが今の君のデッキより明らかに強いなんて保証は、どこにもなかったな……」
ゆっくりとリュシフェールが立ち上がり、口許の血をぐいっと左腕で拭う。
「いいや。寧ろ今の方が強いまである、か。
ムスペルヘイムで、そしてアルフヘイムで闘い続け、勝ち続けてきた経験が今の君にはある。
それはかつての、世界大会を前に突如失踪した君には無かったものだ。
であるなら――先だっての言葉は確かに僕の失言だったな。
謝罪しよう、ハイバラ。僕は君を舐めていた、そのお詫びに……」
ゴッ!!
ミハエルの全身から、視認できるほどの闘気が溢れ出る。
ゆるりとスマホを持ち上げると、ミハエルはまるでオーケストラの指揮者のように両手を広げて液晶画面をタップした。
「僕の本気で、君を葬ってあげよう」
ギュガッ!!!
ミハエルのスマホを中心に、モノクロの結界が広がってゆく。それは瞬く間にエンバースを、ナイツロード・イミテーションを、
そしてミハエルと堕天使とを包み込み、外界から隔絶した。
広大無辺の宇宙空間のような結界、その頭上に立ち込めていた分厚い黒雲が徐々に晴れていくと同時、
黄金の輝きを持った空が雲間から覗く。
柄の長い喇叭を手にし、環を描いた七人の天使たちが空から舞い降りてきて、順番に喇叭を高々と吹き鳴らす。
其れは、不可避にして絶対の攻撃――神罰であった。
ヨハネの黙示録に曰く。
“第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった音と火とがあらわれて、地上に降ってきた。
そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。”
第一撃――即ち『血の紅(サングェ・ロッソ)』。
結界の中を波濤のように押し寄せる煮え滾った血液の津波が、エンバースとナイツロード・イミテーションを襲う。
いかに灰と化せる身体、伸縮性に富む体躯であっても、超高温の血液を防ぐ術はない。
“第二の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。
そして、海の三分の一は血となり、海の中の造られた生き物の三分の一は死に、舟の三分の一がこわされてしまった。”
第二撃――即ち『神の火山(ディオ・ヴルカーノ)』。
沸騰する血の海を凌げば、次に待っているのは火山の噴火に伴う灼熱の奔流である。
まさに天変地異。火山灰とマグマ、軽石等の混ざり合った火砕流の温度は1000度、速度は時速100キロを越える。
464
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/09/23(土) 12:15:20
“第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。
そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」と言い、
水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。”
第三撃――即ち。『苦蓬生(アッセンツィオ)』。
其れは、受け止めることも破壊することも敵わぬ、破滅の流星。
地上に墜ち、炸裂した後は大爆発を起こし結界全体に火と破片、苦蓬生(ニガヨモギ)の力で毒をも撒き散らす。
“第四の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれて、
これらのものの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は明るくなくなり、夜も同じようになった。”
第四撃――即ち『黒き星(ステラ・ネッロ)』。
第三の喇叭の苦蓬生が落下したことで、ナイトヴェイルの『消灯』『閉幕』よりもなお暗い真闇が発生する。
暗闇はエンバースとホワイトナイツロードのATKとDEF、MGRを根こそぎ奪い取る。そして――
“第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、
彼らに与えられた。これらのいなごは、出陣の用意のととのえられた馬によく似ており、
その頭には金の冠のようなものをつけ、その顔は人間の顔のようであり、また、そのかみの毛は女のかみのようであり、
その歯はししの歯のようであった。また、鉄の胸当のような胸当をつけており、その羽の音は、
馬に引かれて戦場に急ぐ多くの戦車の響きのようであった。その上、さそりのような尾と針とを持っている。”
第五撃――即ち『破壊者(アポリオン)』。
禁止カード『進撃する破壊者(アポリオン・アヴァンツァーレ)』の元となった、異形の蝗の群れが対象を襲う。
猫ほどもあろうかという人面の蝗がエンバースとナイツロード・イミテーションの四肢を喰い千切り、貪り散らす。
“第六の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、四人の御使が、人間の三分の一を殺すために、解き放たれた。
火の色と青玉色と硫黄の色の胸当をつけていた。そして、それらの馬の頭はししの頭のようであって、
その口から火と煙と硫黄とが、出ていた。”
第六撃――即ち『四騎士(カヴァリエーレ)』。
死、病、老、苦という名の騎馬に跨った黙示録の四騎士たちが現れ、大鎌、剣、槍、斧でふたりを攻撃する。
四人は実体を持たず、抵抗はできない。四騎士は生ある者の逃れられぬ宿命であり、屈服するしかない運命だからである。
但し、すでに死者であるエンバースに限っては四騎士からの攻撃もダメージにはならないかもしれない。
そして。
“第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、
「この世の国は、われらの主とその御使いとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。”
最終の第七撃――即ち『最後の審判(フィナーレ・アルヴィトーロ)』。
第一撃から第六撃までを受けたエンバースとナイツロード・イミテーションを最後に襲う、確殺の一撃。
神剣アンサラーと神殺しの鎗グングニールをそれぞれ両手に構えたリュシフェールが超高速で突進、
すれ違いざまにふたりをX字に斬り裂き、大爆発を巻き起こす。
神以外のすべてを殺す剣と、神を殺す鎗での同時攻撃によって、森羅万象に存在する一切を斬滅する。
息もつかせぬ天変地異と終末の裁きを防ぎきることはできない。
『最終戦争(アルマゲドン)』――それがミハエル・シュヴァルツァーの必殺奥義の名であった。
結界が解除されると、ミハエルは大きく広げていた両手を下ろした。
「お互い猿真似合戦をしてきたけれど……これは真似できないだろう? ハイバラ。
何故なら、この攻撃はブレイブ&モンスターズ! 絶対王者たる僕だけに許された攻撃だからだ。
君が本来存在し得ない剣、ダインスレイヴを運営から与えられたように――
そう。僕も持っているのさ……世界大会優勝で与えられた、この世にひとつだけのカードを……ね」
ブレイブ&モンスターズ! 世界大会の優勝者には、莫大な賞金と名声のほか、運営から特別なアイテムが与えられる。
むろん、そのスペルカードは強すぎるため公式大会では使用禁止であるし、トロフィー以外の何物でもないが、
この場に於いてミハエルはそれを解禁したのだった。
エンバースとフラウを、葬り去るべき敵と判断すればこそ。
「まだ生きているかい? だろうね。君が今まで培ってきたスキルのすべてを動員すれば、
まあ凌げるだろうと思っていたよ。だけど……」
スマホの画面をタップ。スペルカード『多算勝(コマンド・リピート)』をタップ。
『最終戦争(アルマゲドン)』がリキャストされ、再度使用可能になる。
「……二回目はどうかな?」
にたあ……と口角を歪め、ミハエルは笑った。
しかし。
不意に、ぱぁぁぁぁんっ!!という破裂音と耳を劈く楽曲が聴こえ、ミハエルは思わず顔を上げた。
ナイトヴェイルの闇が、圧倒的な光の波濤に押し流されてゆく。
見れば、カザハとガザーヴァのふたりが即興のステージで歌を歌っている。
一糸乱れぬハーモニーは、まるでずっと以前から入念なトレーニングとリハーサルを重ねてきたかのようだ。
「これは……! いったい何事だ!?」
ふたりの歌がエンバースとフラウの傷ついた身体に流れ込む。喪われた力に代わり、新たな活力を注ぎ込む。
まだ、闘いは終わった訳ではないのだ。
465
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/09/23(土) 12:15:39
>対人ゲームというのは、とどのつまり有利な状況の奪い合い。対策の応酬だ。
先に手と頭を止めた方が負ける。それが分からない月子先生ではないよね?
>だから……君は何か企みを隠している。それは間違いない。なら……私はどうしてやろうか
>月子先生と言えばやはりG.O.D.スライムだが……
そんな露骨にハイバラの邪魔になりそうな事をするかな?
コンボパーツの一部を先行させてパートナーを強化しないのも気がかりだ
マイディアが語る中、なゆたはただ暗闇の向こうを凝視して身構えるだけだった。
話には応じない。応じてしまえば益々マイディアの術中に嵌ると思っている。
>私の知らない新たなコンボがあるのかな?だとしても、やっぱり解せない。
どうして【限界突破(オーバードライブ)】すら使わないのか。
持続時間の長いバフだ。とりあえず使えばいいのに
>或いは、実は何も策なんてなくて。こうして私に様子見させる事自体が狙いとか?
「――く!!」
じっとりと全身にのしかかる重圧の中、なゆたは身体にほんの僅かな違和感を覚えた。
糸だ。首を狙っている。咄嗟に首と糸の間に左手首を捻じ込んで難を逃れたものの、これで片手が使えなくなってしまった。
じりじりと、真綿で首を締めるかの如きマイディアの攻勢。
>……なんにせよ一つ言える事は、君は勝負を急ぐつもりがないんだね
>ハイバラを信じている……と言えば聞こえはいいけど。彼は勝てないよ。
ミハエル・シュバルツァーは天才中の天才だ。君はなりふり構わず私を倒すべきだった。
たとえパートナーが差し違える形になっても。私を倒せば、せめてハイバラの為にカードが使えたのに
ミハエル・シュヴァルツァーが天才だなんてことは、とっくに知っている。
自分もリバティウムで闘い、一度退けてはいるが、当時のミハエルが本気であったとは最初から考えていない。
あれは此方を格下と侮っているミハエルの慢心と油断を衝いてやったに過ぎない。が、今のミハエルはそうではないだろう。
エンバースは本気のミハエルを相手にしている。いかに日本王者のハイバラといえど、苦戦は必至だ。
それでも、なゆたはエンバースが勝つことを信じた。
>……動じないね
>なるほど、流石は月子先生。これくらいで焦れるような、つまらない子じゃなかったか。
しかし……困ったな。結局君の企みは暴けず仕舞い。誘いにも乗ってくれない。
かと言って力押しで畳みかけるなんてやり方は私好みじゃないし――
コツ、コツ、と靴音が近付いてくる。
相変わらず姿は見えないが、それでも彼我の距離は2メートルもないように感じられた。
徹底的に会話を拒むなゆたに痺れを切らし、マイディアは別の切り口にシフトしたようであった。
>――月子先生はさ。ハイバラのどこを好きになったの?
「なっ……!?」
さすがに、予想外の問いに声を出してしまう。
マイディアは止まらない。
>顔……ではないよね。やっぱり生きるか死ぬかの世界であれだけ強いと頼り甲斐がある?
でも知ってるかい?彼って意外と涙脆いんだ。本人はそんな事認めないけど。
だけどほら、ブレモンって結構泣かせるサブクエが多いからさ
>君は見た事ある?ハイバラの泣きそうな顔……ある訳ないか。
本人は上手く隠してるつもりなんだろうけど、露骨に口数が減るんだよ。
私が近くに寄ろうとすると、その分だけ離れていってさ……それを私が更に追いかけるんだ
饒舌に語るマイディア。
近しい者、長く接してきて、エンバースの――ハイバラのことをよく知るからこそ話すことのできるエピソードの数々。
>……さっきも言ったけど。私は君と話がしたかったんだ。
だからその為なら別に、ちょっとの間デュエルを中断したっていい。
まだまだ聞いてみたい事、聞いて欲しい事は沢山あるんだ。のんびりしようよ
攻撃が止んだ。宣言通りマイディアはこの戦場において、本当に戦闘を中断させてしまった。
きっと、マイディアの言葉に偽りはないのだろう。
その間もナイトヴェイルは夜の糸を紡ぎ周囲に張り巡らせ続けている。
時間が経てば経つほど、なゆたは不利になっていく。
>ほら……私ばかりが喋っていても、つまらないだろ?聞かせておくれよ、君の話を
マイディアが促す。
その口調は軽く、まるで本当にただのお喋りを楽しもうとしているかのようだった。
466
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/09/23(土) 12:16:00
「……分かんないよ」
それまでの沈黙を破り、ぽつ、となゆたは呟いた。
「どこが良かったとか、どこが素敵だとか。ここが気に入ったとか――
ひとを好きになるって、そういうことじゃない……と思う。
最初は、最悪の印象だったもの。押し付けがましくて、いつだって上から目線で、口を開けば皮肉ばっかり。
おまけに焼死体だし……好きになる要素なんて、外身も中身もひとつもなかった」
ギリギリと身体を締め付ける糸に抗いながら、なんとか口を開く。
「でも。一緒に旅を続けていくうち、そんなイヤなところの裏側から滲み出る、
ちょっぴりだけいいところが見えるようになって。分かったんだ……エンバースは単純に、不器用なだけだったんだって。
そうして、彼の不器用な中に見え隠れする優しさを追ってるうち……気付けば、目を離せなくなっちゃってた」
ふふ、となゆたは小さく笑った。
「わたしがイブリースにやられて、パーティーから抜けるって言ったときね。
エンバースったら、『お前がいなくなるのは嫌だ』って言ったんだよ。あのエンバースがだよ?
それから、前にもキングヒルでも言ってくれたんだけど――『誰か一人を守るなら、お前を守る』って。
わたしたち、パートナーなの。ふふっ」
幸福そうに、なゆたは微笑む。
「わたしが、エンバース! って呼んだら、いつだって助けに来てくれるんだよ。
だから、わたしは安心して闘える。安心して背中を任せられるんだ。
その彼が、ミハエルと闘いたいって言ってた。ふたりで雌雄を決したいって。
なら、わたしはそれを肯定する。それでわたしがどんなに不利な状況になったって、負けそうになったって。
思考を放棄している訳じゃない。エンバースは勝つ――そう信じているから、こうするんだよ」
確かに、ハイバラについてなゆたが知っていることは限りなく少ない。
幼馴染のマイディアからすれば、彼とのエピソードなど両手両足の指の数でもまだ足りないほどにあるだろう。
だが――ハイバラではなく、エンバースとのエピソードなら、此方だって決して負けない。
ギリッ!
ナイトヴェイルの糸が首を絞めつける。何とか左手首を割り込ませて持ち堪えてはいるものの、
その手首に糸が食い込み、血が滴る。
なゆたは歯を食い縛った。
「――マイディアさん、あなたとエンバースがどういう関係で、どんな繋がりがあったかを、わたしは知らない。
でも、あのエンバースが大切に想い続けて、わたしたちに託そうとして。
死してなお棄てられないほど強い絆があるんだってことは、よく分かるよ。
それを、わたしたちの絆の方が上だとか下だとか言うつもりはない。それはそれで、
エンバースには大事にしていて貰いたい――でも」
ぐ、ぐ、と左手を外側へ開き、糸から逃れようと足掻く。
切れた薄皮から滲み出た血が、ぽたぽたと糸を伝って床に滴る。
「今は……今だけは! 道を譲ってもらうわよ、マイディアさん!
わたしたちは! あなたたちリューグークランを倒して先へ進む!
こんなところで立ち止まっちゃ……いられないんだァァァァァ――――――――ッ!!!」
ざわッ!!
なゆたが叫ぶと同時、長い髪が風に嬲られるように波打つ。シュシュが溶け消え、髪色が黒から銀色へと変わってゆく。
「ポヨリン!」
『ぽよっ!』
鋭い号令一下、ジャンプしたポヨリンがなゆたの手首の糸を噛み千切る。
なんとか首の締まるのを回避したなゆたは、自由になった左手を大きく振り上げた。
と同時、莫大な魔力が全身から迸る。
周囲に幾重にも張り巡らされたナイトヴェイルの糸、その悉くを断ち切り自らを軽く宙に浮遊させるほどの魔力。
なゆたは金色に輝く双眸でマイディアを見た。
「銀の魔術師モード――わたしにも、まだ発動条件がよく分かっていないんだ。
ひとつ判明しているのは、わたしが危機に陥ったときに発動する、ってこと。
だから……わたしはあなたに追い詰められる必要があった。
あなたがデュエルを中断するって言ったときは、ちょっと焦ったけど……。
やめないでいてくれてよかった」
マイディアは口では無理をする必要がないと言っていたものの、その実抜け目なく糸の結界を張り巡らせていた。
もし、マイディアが本当にデュエルを中断しナイトヴェイルにも何もさせず会話に集中するそぶりを見せていたとしたら、
なゆたは本当に手詰まりであっただろう。
だが、マイディアの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての本能が、トップ・プレイヤーとしての習性が、
なゆたに一条の光芒を齎したのである。
467
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/09/23(土) 12:18:09
ぱぁぁぁぁぁんっ!!!
なゆたの遥か後方で大きな破裂音が響き、今までうるさいほど会場内を飛び交っていたハードコアテクノのメロディが変わる。
それは、カザハの呪歌。いや、それよりもずっとずっと大きくて温かな音楽。
会場中のスピーカーがカザハとガザーヴァの歌声を増幅し、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に力を与える。
ふたりの歌声――アストラル・ハーモニーが齎す輝きが夜の帳を退け、会場を光に包み込む。
なゆたは大きく振り返った。
「カザハ! ガザーヴァ! ……よぉーっし!」
すぐさま、なゆたは両手を祈るように胸の前で重ねると、目を閉じた。
ばさあっ! となゆたの背後に純白の翼のエフェクトが現れ、会場内を無数の白い羽根が舞い散る。
「――『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――!!」
なゆたの全身から放たれた魔力が、仲間たちの傷ついた身体を癒してゆく。
パーティー全体のHP・MP全回復、ステータス異常回復、継続HP回復の効果を持つ『悠久済度(エターナル・サルベーション)』。
アストラルハーモニーとこの魔法の効果によってエンバースや明神、ジョンの負傷も癒えることだろう。
なゆたのターンはまだ終わらない。
「『光加速(ホーリー・アクセラレーション)』!」
今まで溜まりに溜まっていたATBゲージを惜しみなく使用し、更にユニークスキルを発動させる。
通常の三倍の速度でATBゲージを蓄積するという紛れもない壊れスキルによって、なゆたのゲージは使うそばから溜まってゆく。
まさに使い放題という奴だ――そして、なゆたが取る戦術はただひとつ。
「あなたの毒攻撃のお陰で、既にポヨリンの中に毒は溜まってる……だから『毒散布(ヴェノムダスター)』は割愛!
『民族大移動(エクソダス)』!
『限界突破(オーバードライブ)』!
『麻痺毒(バイオトキシック)』!
『分裂(ディヴィジョン・セル)』×3!
『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!
そして……『融合(フュージョン)』プレイ!」
エンバースやミハエルの使用したトゥループ・システムに劣らぬ速さで、スマホの液晶画面上をなゆたの指が躍る。
「銀の鍵持ちて、開け窮極の門! 彼方より此方へ来たれ――リバース・ウルティメイト召喚!!」
出現したのは、地水火風光闇いずれの属性にも含まれない第七の属性『混沌』を持つ、外宇宙の蕃神。
外なる神の一柱、アブホース。
「おいで、ゴッドポヨリン・オルタナティヴ!
―――――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」
ざばぁぁぁぁぁぁんっ!!!!
毒々しい灰褐色の粘液の奔流が会場全体を荒れ狂い、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を害するすべてを平らげる。
ナイトヴェイルの糸も、クリスタル・オールドメイジの『結晶花園(クリスタル・ガーデン)』も、
ドブネズミ騎士の撒いたマナシャードの残滓も、大きくあぎとを開いたアブホースが一息に呑み込んでしまうだろう。
カザハとガザーヴァがアストラル・ハーモニーで『消灯』を打ち消したことで、
双方のフィールドにおける障害は取り除かれた。
これから先は、互いに真正面からぶつかるだけである。
ただし、会場全体を嵐の海の如く荒れ狂うアブホースはエンバースとミハエルのフィールドだけには近寄らない。
ふたりの頂上決戦に横槍を入れないというなゆたの意思を体現するかのように、濁流が避けている。
「……マイディアさん」
眼下に絶えずのたうち、うねり、流動するスライムの海を従え、無数の白い羽根を周囲に撒き散らしながら、
空中に浮遊するなゆたはマイディアを視界に捉えた。
「あなたは強いよ、本当に強い。
本来なら、わたしなんかが到底敵う相手じゃない……でも、負ける訳にはいかないんだ。
決意の強さでも、想いの強さでも! 決して……あなただけには負けちゃいけないって、わたしの魂が叫んでる!
さあ、仕切り直しよ! これがわたしの本気、正真正銘の100%!
わたしもあなたともっと語りたい、心も身体もぶつけ合いたい!
デュエル―――再開よ!!」
銀の魔術師として覚醒したなゆたはスラリと腰の細剣を抜くと、
空中を歩行するスキル『天国の階(ヘヴンリー・ステップ)』で宙を蹴り、一気にマイディアへと迫った。
【ガザーヴァ、超レイド化。カザハの説得に応じデュエットへ。
ミハエル、禁止カード『最終戦争(アルマゲドン)』発動。エンバースにとどめを刺そうとするも、
アストラル・ハーモニーに動揺。
なゆた、銀の魔術師モードへ。アブホースを召喚し攻勢へ。】
468
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:22:13
【セカンドフェイズ(Ⅰ)】
『……フ……。
そうか。僕の方が、君のことを舐めていたか……。
まだ、君が生きていた頃の。僕と世界大会で相まみえることを想定したデッキと闘いたいと思っていたけれど。
デッキなんてものは、そのときの状況如何で幾らでも変化していくもの……。
かつてのデッキが今の君のデッキより明らかに強いなんて保証は、どこにもなかったな……』
「そいつは光栄だって言ってやりたいところだが、俺はまだイラついてるぜ」
『いいや。寧ろ今の方が強いまである、か。
ムスペルヘイムで、そしてアルフヘイムで闘い続け、勝ち続けてきた経験が今の君にはある。
それはかつての、世界大会を前に突如失踪した君には無かったものだ。
であるなら――先だっての言葉は確かに僕の失言だったな。
謝罪しよう、ハイバラ。僕は君を舐めていた、そのお詫びに……』
「お詫びに?何してくれるんだ?スマホケースにサインでもくれるのか?」
『僕の本気で、君を葬ってあげよう』
「……そいつは光栄だ。いいぜ、機嫌直してやるよ」
ミハエルがスマホを操作/そこを基点に結界が広がる――周囲の客席や機材、消灯や迷霧さえ掻き消える。
何もない、色彩さえ存在しない漆黒の結界空間――もっとも結界自体は現状脅威ではない。
だが脅威なのはその現象そのもの――世界の改変は超レイド級召喚の副次作用だ。
つまり――来る。超レイド級の追加召喚。或いはそれに相当するほどの何かが。
ふと頭上から眩い光が降り注ぐ――見上げれば黒雲と、その切れ目から黄金の空が見えた。
そこから何かが降ってくる――天使だ。七体の天使が降りてきて、順番にラッパを鳴らす。
「こいつは……よく分からんがヤバいぞフラウ。初見殺しの臭いがする」
〈ええ、嫌な感じです……ダインスレイヴはあなたが持つべきだ〉
フラウの背部から魔剣の柄が生える/引き抜く――背中合わせの陣形を取る。
そして――不意に結界の端から紅い壁が隆起した。少なくともエンバースにはそう見えた。
だが違った。巨大な壁に見えたそれは――津波だった。煮え滾る血液の津波が迫ってくる――回避は不可能。
「うおお……!思ってたよりヤバいぞ!フラウ!食い止めろ――――ッ!!」
〈言われなくても……やってやりますよ!〉
フラウの右腕が変形=偽聖剣マルミアドワーズを高く掲げる――渾身の力で振り下ろす。
竜の息吹が如き剣風が真紅の津波を断ち切る――しかし断ち切っただけだ。
莫大な質量が消滅した訳でもない。直撃がたった数秒遅れるだけ。
だが、それだけで十分だった。紅蓮の、夜明けと見紛うような閃光が津波を薙ぎ払う。
そして訪れる一時の静寂――超高熱の剣閃が、莫大な血流の大半を消し飛ばしたのだ。
後に残ったのは津波未満の血液のさざ波――それらが引き潮のように消えて、再びラッパが鳴る。
「クソ、完全初見のギミックをあと……六回か?ふざけやがって。お次は何だ――」
異変の起点は再び結界の端。先の津波の返す刀。迫りくるのは――巨大な獣の如く荒ぶる灰と溶岩の乱流。
「……俺達の炎耐性でアレに耐えられると思うか?」
〈馬鹿な事を言ってないで、こちらへ!〉
469
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:23:04
【セカンドフェイズ(Ⅱ)】
フラウの巨大な左手がエンバースを鷲掴みに――そのまま高く跳び上がる。
「いい判断だ。一つ一つまともに受けていたら身が持たない」
〈ええ、まったくです〉
フラウが右腕を見遣る――ぐずぐずに溶解し、未だ再生し切らない。
血液の津波を斬り裂いた際の、そのほんの一瞬の接触によるものだ。
〈ですがダインスレイヴの出力は高く保っておかないと。
次のラッパが何を呼び寄せるのか分かりませんからね〉
着地点を切り開くべく魔剣を振りかざす主をフラウが制した。
溶けた右腕を掲げる/再生が加速/更に体組織を集合――泡立ちながら変形。
ナイツロード・イミテーションの全身を覆う大盾が展開――続けて背部が変形を開始。
都合四門の竜の顎門が隆起/ブレスを噴射/フラウが地上へ急降下――大盾を残留した火砕流に叩きつけた。
地響きの如き轟音/舞い上がる火山灰/飛び散る溶岩――その中心でフラウが昂然と立ち上がる。
〈この程度なら、私だけでも十分です〉
「ああ、よくやった。だが――」
次の凶兆は空からだった。上空から降り注ぐ巨大な流星。
エンバースは無言でダインスレイヴを構え――薙ぎ払う。
伸縮自在の刃が流星を斬りつけ――微かな火花が散った。
それだけだ――その軌道をほんの僅かに変える事すら出来なかった。
「――悪い。もう一働きしてくれ」
苦しげな声=負傷した訳ではない――大盾が爛れ、全身あちこち溶けたフラウの惨状に。
〈ええ、任せて下さい〉
それでもフラウは堂々と、迫りくる流星に向き直る――大盾を地面に突き立てた。
そして――着弾/炸裂/轟音/閃光――火と灰燼が周囲に舞い上がる。
ただの灰燼ではない――フラウの全身が腐食されている。
毒だ。溶け落ちた事で超高温を保っている竜の肉体――それをも腐食する毒が蔓延している。
〈これは……ハイバラ、私が鎧に――〉
これほど強烈な毒では遺灰と霊魂だけの存在にも作用し得る。
フラウはエンバースへ呼びかけて――ふと背後からの熱気に気づいた。
振り返る――ダインスレイヴが地面に突き立てられ、真紅の刃から炎が滾っている。
毒気と火災を更に苛烈な大火で焼き払い、その余燼を刃として再吸収――それを繰り返している。
かつてイブリースが見せた戦技――【冥獄憤激轟(ヘルガイザー)】の見様見真似+自己流アレンジ。
「ダインスレイヴの出力は確かに重要だが……肝心な時に、お前に頼れなくなるのも困る。それに――」
エンバースがダインスレイヴの柄頭に両手を乗せたまま空を見上げる/周囲を見回す。
黄金の空が見えなくなっている――夜よりも昏い闇が押し寄せてくる。
それが体に被さった瞬間――フラウはがくんと膝を突いた。
全身を襲う激しい虚脱感――この宵闇は呪われている。或いは呪いそのものだ。
470
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:23:33
【セカンドフェイズ(Ⅲ)】
「流石のお前も、この暗闇を切り払うのは……ちょっと大変だろ?」
ダインスレイヴが火勢を強める/煌々と輝く――暗黒を押し返す。
炎と闇が拮抗している――少しずつ真紅が燃え広がっていく。
そして――閃光。毒気と灰燼諸共、炎が闇を焼き払った。
だが――再びラッパが鳴り響く。休む暇もなく聞こえてくるのは、虫の羽音。
「……おい。こいつら、まさか――!」
襲い来るのは獣と見紛うほど巨大な――人面の蝗=【破壊者(アポリオン)】
「お、おええ……!シンプルに気持ち悪いな……クソ!寄ってくるな!」
真紅と純白の剣閃/剣閃/剣閃/剣閃――破壊者の群れを斬り刻む。
だがあまりに数が多すぎる。捌き切れない――接近される。
相手が遺灰だろうとお構いなしに食らいついてくる。
一匹仕留め損なった/取り付かれた/行動が阻害される――そうなればもう止まらない。
二匹三匹と覆い被ってくる――エンバースとフラウの姿が蝗に埋もれる。
そして結界内を支配する咀嚼音/咀嚼音/咀嚼音/咀嚼音。
不意にそれが鳴り止んだ――エンバース/フラウを包む蝗の山が燃え上がる。
直後に響く咀嚼音――破壊者達のそれよりも遥かに凶暴で、暴力的な響き。
「……なあ、フラウ。そいつら美味いか?」
〈いいえ。硬いし臭いし最低です〉
KLイミテーションはフラウの集合体だ――その気になれば全身を顎門に変える事だって出来る。
食らいつかれた傍から逆に食ってやれば、破壊者を殲滅しつつ齧り取られた肉体も取り返せる。
「これで今……幾つだ。あと……二つか……?」
消耗は激しい。ダメージが蓄積され続けている――その上、エンバースは経験上知っている。
この手の連続で畳み掛けてくる類のギミックは――終盤にかけて更に苛烈さを増すものだと。
「お次はなんだ……大洪水は……もうやったか。なら、恐怖の大王でも降ってくるかな……」
そして――ラッパが鳴り響く。続いて聴こえてくるのは馬の爪音。天空から四体の騎士が駆け下りてくる。
たった四体。しかしそのプレッシャーは――先の破壊者の群れを遥かに超えている。
エンバースを背に庇う形で、フラウが四騎士に立ちはだかった。
〈下がっていて下さい〉
迫りくる未知の脅威を主に受けさせるなど騎士の恥辱――故にエンバースも判断を委ねる。
彼我の距離は見る間に縮まる/四騎士の先駆けが抜きん出る――槍を突き出す。
鋭く力強い刺突――つまりフラウにとっては、ありふれた一撃。
大剣化した右腕でいなしつつ、すれ違いざまに騎手を断つ――その筈だった。
しかし純白の刃は迫りくる槍を逸らせなかった――すり抜けたのだ。
防ぎ損ねた穂先がフラウの胸を穿ち――再びすり抜ける。
〈バカな……〉
傷跡もない。だが無傷ではない――槍に刺された箇所が乾きひび割れている。
まるで枯れた老木のように――そのまま立て続けに残る騎士がフラウを襲う。
471
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:25:28
【セカンドフェイズ(Ⅳ)】
まず老いた――次に直剣がフラウを袈裟懸けに斬り裂く/色褪せた血が飛び散る。
傷口はない。出血は口からだ――まず老いて、その次に病に侵されたのだ。
膝を突くフラウの全身を霊体の斧が通過――瞬間、うめき声が上がる。
〈が……はっ……!ぐああああああ……!〉
老いて、病む――それが苦痛を生まない訳がない。
膝を突いて悶え苦しむフラウに四騎士の最後の一人が迫る。
大鎌が高々と掲げられてその威容を示す――フラウがそれを見上げる。
体が重い/全身が痛む/苦しい――それでもフラウは渾身の力で地面を蹴った。
霊体の武具は触れられない/防御は不可能――だから地を転げ回ってでも躱す。
掬い上げるような軌跡で放たれた大鎌は――紙一重で狙いを外して空を切った。
〈……老い、病、苦痛。それが恐らく、ヤツらの力の本質です〉
「ああ、そのようだ。最後の一体は……まあ、それよりもっとろくでもない何かと。
なんにせよ俺との相性は良さそうだな。少なくともこの体は老いないし病まない」
エンバースとフラウが空を見上げる――四騎士達が旋回して折り返してくる。
「それで……どうする?」
敵の属性に対して己は有利――そう判明してもエンバースは尋ねた。
代われ、俺がやる。そう言うのは簡単だが――それではフラウはやられ損だ。
だがフラウが自らプライドバトルの提案などする筈もない――だからあえて尋ねたのだ。
〈……そこまで言うなら、ダインスレイヴを〉
「よし」
ダインスレイヴの柄をフラウに突き出す/預ける――フラウが迫る四騎士を見上げる。
四騎士には実体/肉体といったものがない――故に防御も反撃も敵わない。
だが、だとしても、あれらはあくまでブレイブの力による産物。
成形クリスタルを消費し、その魔力によって召喚された存在である事に違いはない。
ならばダインスレイヴの魔力を吸収する力を刃から直接浴びせれば――
その存在を保つ力自体を奪う事で、あれらを破壊/殺傷出来る筈。
フラウはそう考えた――そして、今からそれを試みる。
四騎士が迫る。老いて、病み、苦しみ、死ぬ――生者が決して逃れ得ぬ宿命。
しかし四騎士がそうした運命の権化だとはっきり知っていても、フラウの選択は変わらないだろう。
〈老いて、病み、苦しみ……その果てにあるのはきっと、死。それが生ある者の定め〉
フラウがダインスレイヴを己の胸部へ突き刺す/体内へ格納。
するとフラウの全身が紅く発光し始める――血管が浮き出すように。
光ファイバーの要領でダインスレイヴの刃を体内に循環/滞留/増幅させているのだ。
フラウの左腕が変形――幅広の鍔に、刃の代わりに連立したノズルを並べた形状。
そこから体内で増幅した炎が緻密な格子を描くように放出し――ブレードを形成。
〈――だとしても、それを受け入れるのは今日じゃない〉
偽光剣ガラティーン――目も眩むほどの剣閃が、襲い来る四騎士を一刀の下に斬り裂いた。
思惑通りダインスレイヴの魔力吸収が働いて、その存在を崩壊させたのか。
それとも――運命がしばしば勇気に斬り伏せられるものだからか。
472
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:25:42
【セカンドフェイズ(Ⅴ)】
いずれにせよ――フラウは成し遂げた。
これで満足ですかとばかりにダインスレイヴを投げ返す。
そして――最後のラッパが鳴り響く。エンバースとフラウが黄金の空を見上げる。
リュシフェールが、神剣アンサラーと神殺しの鎗グングニールを携えて二人を見下ろしていた。
「……お前が右、俺が左だ。異論は?」
〈ありません……しくじらないで下さいよ〉
何が来るかはもう分かっている。ギミックなんて複雑なものではない。
ただリュシフェールが上空から急降下してきて、一対の神器を叩きつけてくる。
そんなただの攻撃が、これまでに受けたどの厄災よりも恐ろしいプレッシャーを発していた。
リュシフェールが助走をつけるように、ほんの少し浮き上がった。
エンバース/フラウが身構える――そして堕天使が閃光と化す。
まさに目にも留まらぬ――堕天使の輪郭さえ捉え切れない。
ましてや、そこから放たれる斬撃など見切れる筈もない。そして――――――響く、甲高い金属音。
防げた。半分は歴戦の経験から来る直感/もう半分は――ただ運が良かった。
つまり当てずっぽうで刃を置いた場所に斬撃が来てくれた。
「は、はは……今のは、かなりヤバかった――」
それでもどうにか防げた――エンバース/フラウでさえ安堵を禁じ得なかった。だから一瞬気づくのが遅れた。
堕天使の一撃を防いだ己の刃に、凄絶なまでのエネルギーが打ち込まれていた事に。
そのエネルギーが急激に膨張/不安定に暴走を始め――そして、炸裂。
全てを塗り潰してしまいそうな光と熱が、エンバース/フラウを呑み込んだ。
その炸裂を合図にして黄金の空が殻のように剥がれ落ちる――結界が消える。
『お互い猿真似合戦をしてきたけれど……これは真似できないだろう? ハイバラ』
その中心に未だ残る聖光の残滓――そこへ向けてミハエルが語りかける。
『何故なら、この攻撃はブレイブ&モンスターズ! 絶対王者たる僕だけに許された攻撃だからだ。
君が本来存在し得ない剣、ダインスレイヴを運営から与えられたように――
そう。僕も持っているのさ……世界大会優勝で与えられた、この世にひとつだけのカードを……ね』
「……ああ、そりゃ良かった。俺がいない間にまたとんだクソカードが実装されたのかと思ったぜ」
『まだ生きているかい? だろうね。君が今まで培ってきたスキルのすべてを動員すれば、
まあ凌げるだろうと思っていたよ。だけど……』
『……二回目はどうかな?』
「ふん……初見殺しは失敗したんだぜ。そして攻略法ももう見切った。
カードの効果による最後の一撃は、その軌道が限定される。
次は防ぐだけじゃない。カウンターを決めてやるよ」
言うまでもなく強がりだ――確かにギミックの内容はおおよそ分かった。
だが【最終戦争(アルマゲドン)】は無傷で凌ぐ事が困難な要素で構成されている。
血の津波/火山噴火/猛毒の流星/呪いの夜闇/破壊者/運命の四騎士――全てが必中属性なのだ。
確実にダメージを蓄積されて体力/集中力/精神力が削られる。
その状態でリュシフェールの必殺の一撃が来る。
だとしても――他に選択肢はない。
既にアルマゲドンによって疲弊し切った状態から、もう一度アルマゲドンのラッパを六度凌ぐ。
そして確実に満身創痍だろうその状況で――リュシフェールにカウンターを刺す。
それ以外に勝ち筋はない――そうエンバースが覚悟を決めた時だった。
473
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:26:43
【セカンドフェイズ(Ⅵ)】
不意に歌声が響いた――カザハ/ガザーヴァの合唱が。
ご丁寧に会場の設備を乗っ取ったのか、伴奏まで完備されている。
デュエルに没入していた精神が――ほんの少しだけ仲間達の存在を思い出した。
『これは……! いったい何事だ!?」
「……これは。そろそろ頃合いって事か」
消耗した精神が/霊体が癒えていく――エンバースがダインスレイヴを高く掲げた。
真紅の刃がアルマゲドンの余波を呑み干していく――唸り、より強大に燃え上がる。
「とんだ邪魔が入っちまったな……と言ってやりたいところだが。生憎、これも含めて俺のベストだ」
会場の天井にまで届くほどの刃を形成すると――エンバースは笑った。
「悪いが、二度目はお預けだな……試してみたけりゃそれでもいいけど」
刃の出力は十分/既に上段の構え=アルマゲドンの結界が広がるよりずっと速くダインスレイヴを振り下せる。
「もてなされてばかりじゃ悪いからな。今度は俺のターンだ。見せてやるよ――ダインスレイヴの、真の力を」
そして――ダインスレイヴの刃はなおも巨大化し続けている。
「DPSチェックだ、チャンピオン。ヌルい攻撃してくれるなよ……まだまだ、俺を楽しませてくれ」
これは極めて単純な構図だ。エンバースは状況が許す限りダインスレイヴのチャージを続ける。
フラウはそれを護衛する――当然、ミハエルとリュシフェールを単独で止め続ける事は不可能。
それでも可能な限り時間を稼ぐ――ダインスレイヴが極限まで、必殺の一撃に近づけるように。
強烈なエネルギーが上昇気流と化して、エンバースを宙へと誘う。そして――
474
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:26:59
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅲ-Ⅰ)】
『明神――――――――――ッ!!!!』
濃霧の中に響くガザーヴァの声――絶望の悲鳴ではない/これは鬨の声だ。
『オマエは! ボクの最強のマスター! ブレモンで一番の死霊使い(ネクロマンサー)だろ!!
んなら、自分の死だって思い通りにしてみせろ!
『超合体(ハイパー・ユナイト)』だ!!』
「ハイパー・ユナイト?……レイド級のモンスターを更に融合させられるのか。
なんともまあ、バランスブレイカーのクソカードの悪臭がするな。
いや……不遇モンスターの救済措置にもなり得るのか?」
ガザーヴァ、マゴットが融合/ベル=ガザーヴァが降臨――あいうえ夫のテンションはさほど変化なし。
マーリンが小手調べの結晶流星を放つ/ガザーヴァの腹部を貫通――ほぼノーダメージ。
無数の蝿の集合体と化した今のガザーヴァに、点の攻撃では効果が薄い。
『――『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』!!』
無数の蝿が瀕死の明神に纏わりつく――絵面は完全に死体に群がる蝿の群れ。
だが一方で、蓋をしても溢れ返るほどの出血は収まりつつあった。
苦痛に喘ぐ呼吸も、過剰なほどに安定してきている。
『行けッ! 蝿ども!』
追加で放たれる蝿の群れ=リューグークランに襲いかかる訳でもなく会場内に四散していく。
「……今のは」
「大方、大技の予備動作とかその辺りだろ。勝手にやらせとけ。クロマンジュウ!暴れろ!」
未知のスペル/未知のモンスターにもリューグークランは動じない。
敵が蝿の群体と判明した途端、炎属性のクロマンジュウを主体に切り替えてきた。
加えてマーリンも結晶の弾体をあえて脆く――着弾と同時に砕け散る=破裂するよう形成し始めた。
既に適応している――彼らにとって未知の敵との戦闘は未知ではない/不足の事態は予測の範疇なのだ。
戦況は変わらない。リューグークランは攻勢を維持している――再びカザハの歌声が響く。
リューグークランは構わない――既に呪歌によるバフの性能は把握出来た。
確かにバフとしては破格の倍率のようだが――二つ、大きな欠点がある。
一つは歌唱という儀式が必要――故に術者の体力を大きく消耗し、また妨害の余地がある。
もう一つは――バフの出力と効果時間がバランス型である事=瞬間的に大幅な能力上昇が起こり得ない事。
ならば――最初からバフを受けた状態を想定して戦えばいい。
そうすればアルフヘイムのブレイブ達は単にステータスの高い敵でしかない。
実際にはサビに入るタイミングで出力が増す事もあるだろうが――結局それも予測可能な出来事だ。
そして不意に、ガザーヴァがその場を飛び退く/前線を下げる――戦闘の最中にカザハを振り返った。
リューグーへの警戒を解いてはいないようだが――好都合な事に代わりはない。
敵前衛との距離が縮まれば、流れ弾が後衛に当たる可能性が増す。
『本当バカだよな、オマエって。
ボクが最初になんて言ったのか、もう忘れちゃったのか? ボクは言ったぞ、『フォローはボクがしてやる』って。
だから、お前は――四の五の言ってないで、一緒に歌うぞ! 合わせろ! って言えばいーんだよ!』
ふと、ガザーヴァが槍を手放す/背中のベースに持ち替える――荒っぽい音を掻き鳴らす。
475
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:27:17
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅲ-Ⅱ)】
『ちょうど――準備も出来たことだしな!』
「……ああ?なんでガザーヴァがギターなんか」
「黒刃君。アレはベースだよ」
「……んなこたぁどうでもいいんだよ」
不意に、会場内に流れていたハードテクノが鳴り止んだ/レーザービームの照明も消える。
だが次の瞬間、再び音楽が流れ始める。リューグークランも知っているメロディ。
さっきまでカザハが歌っていた筈のメロディラインが会場を支配している。
「これは――」
『ボクの『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』で、会場の機器を支配した。
これでオマエはワールド・マーケット・センターの最新機器をバックコーラスに歌うことができるってワケだ!
ホラホラ、ぼっとしてんな! グズグズしてたら、ボクがソロで始めちゃうぞォ!?』
照明のレーザービームが消灯の結界を斬り裂く=この一瞬、視覚的なアドバンテージが一方的になる。
『まったく……バカでマヌケでヘタレで八方美人で、オマエってばマジでどーしよーもねーヤツだよ!
こんなヤツと因縁持って生まれちゃったのが運の尽き、ってか!』
『ホンット……ダメなお姉ちゃんを持つと、妹は苦労するよなァ!』
「――不味いな」
カザハとガザーヴァのデュエットが始まる/呪歌の出力が、瞬間的に倍化する――
476
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:27:27
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅲ-Ⅲ)】
『…認めよう…確かにお前の言う通りだ…ブレイブとしての覚悟…ブレイブとしての能力…全て僕はお前に劣っている…』
「おやおや、やっと殊勝な態度になりましたね。いいでしょういいでしょう。
あなたが私に礼儀を尽くすなら、私もそれに応えるのはやぶさかでは――」
『僕も…部長も…弱い…到底この場に似つかわしくない…だがここはゲームであって…ゲームじゃない』
「……はあ、それで?」
『傷をつければ痛い。苦しい。辛い…ブレモンであって…それでもここはブレモンじゃない…今の僕達にとってリアルなんだ
それなのにお前は口を開けばゲームだなんだ…ランクがなんだかんだ…お前等は人を殺してるんだぞ…』
「ふむふむ、確かに?でもあなたも私を殴る事に快楽を見出してますよね?
たまたま、まだ実現出来てないだけで。ブーメラン刺さってませんか?」
『僕は…僕達は人を他人事のように殺せないお前らなんかに絶対負けない……』
『今お前等がやってんのは戦争だぞ…戦争に身を投じようってんなら…自分の手を血に染める覚悟でやれよ』
「えー、やですよぉ。だって汚いじゃないですか、血って。バカが感染っても困りますし?」
『人を殺しておいて…スマホやPCのマウスをカチカチする感覚でいるお前に…僕は絶対に殺せない』
「あはは、だったら良かったんですけどね。でも実は人間って何考えてても死ぬ時は死ぬんですよ」
『馬鹿の一つ覚えだっていい…戦争ってのは…どんな被害を受けようとも相手を最終的に殺した奴が勝者なんだ』
「……そういうセリフは、私を殺してから吐いて下さいな」
血塗れになったジョンが一歩ずつ迫ってくる。
それでも――流川たなは動揺する素振りなどまるで見せない。
当然だ。流川たなはリューグークランの一員――ハイバラの戦友なのだ。
スマホなしでもブレイブを殺せるほど殺しに慣れたエンバースと共に、ムスペルヘイムにいた一人なのだ。
477
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:27:40
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅲ-Ⅳ)】
「イラつくなあ、そういうの。つまらない道徳の授業をすれば、私がミスをしてくれるかもって?」
殺人など、凄惨極まる半死人など見飽きるほど見てきた――作ってきた。
「それとも、私が可愛いからって実は気を使ってくれてます?
いえいえそんなお構いなく。どうぞ?殺してみて下さいよ」
ドブネズミ騎士がジョンを斬り裂く/斬り裂く/斬り裂く/斬り裂く/斬り裂く――斬り刻む。
首/脇/手首/下腹部/大腿――ジョンの全身の急所から鮮血が噴き出す。
けれども――致命傷だけは辛うじて避けられている。
「はあ……下らない綺麗事を散々並べた後で、出てくるプレイがそれですか?
そうやって粘って、その後は?仲間がどうにかしてくれるのを待つだけ?」
流川たなは超一流のブレイブ/百戦錬磨の殺人者。
ジョンが急所を守り続けている事にはとっくに気づいている。
だからと言って戦術を変える気はない――勝手に消極的でいてくれるならそれでいい。
遠からず失血で勝手に死んでくれる。だが――ふと違和感に気づいた。
『お前にも聞こえ始めたんじゃないか…?この…魂を揺さぶられるような…歌が』
会場に流れる音楽が変わっている。ミハエルの選んだBGMなんて心底どうでもよくて気づくのが遅れたが。
『僕の歌姫の新曲をオフラインで聞けるなんて…光栄に思えよな…!』
それだけじゃない。全身を滅多斬りにしていた筈のジョンの傷が――消えていっている。
『カザハ…君はやっぱり最高だ!』
『ハア…ハア…よ…し……動け…動け僕の体…!』
「あー……ごめん、ヴァーミンちゃん。ちょっと痛いかも」
致命傷を避けるだけで精一杯だった筈の大男が、万全の体勢を取り戻している――
478
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:27:56
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅲ-Ⅰ)】
『……分かんないよ』
閉幕の向こう側でなゆたが呟いた。
『どこが良かったとか、どこが素敵だとか。ここが気に入ったとか――
ひとを好きになるって、そういうことじゃない……と思う。
最初は、最悪の印象だったもの。押し付けがましくて、いつだって上から目線で、口を開けば皮肉ばっかり。
おまけに焼死体だし……好きになる要素なんて、外身も中身もひとつもなかった』
「ああー……確かに最後の方は……うん、昔はあんなにひどくなかったんだよ?色々やな事があったからね」
『でも。一緒に旅を続けていくうち、そんなイヤなところの裏側から滲み出る、
ちょっぴりだけいいところが見えるようになって。分かったんだ……エンバースは単純に、不器用なだけだったんだって。
そうして、彼の不器用な中に見え隠れする優しさを追ってるうち……気付けば、目を離せなくなっちゃってた』
「うんうん……なんだか複雑な気分だよ。ハイバラの事をそう言ってもらえるのは嬉しいけど――」
『わたしがイブリースにやられて、パーティーから抜けるって言ったときね。
エンバースったら、『お前がいなくなるのは嫌だ』って言ったんだよ。あのエンバースがだよ?
それから、前にもキングヒルでも言ってくれたんだけど――『誰か一人を守るなら、お前を守る』って。
わたしたち、パートナーなの。ふふっ』
「――彼がまた、君みたいな純粋な子を勘違いさせてしまったかと思うと胸が痛むな」
『わたしが、エンバース! って呼んだら、いつだって助けに来てくれるんだよ。
だから、わたしは安心して闘える。安心して背中を任せられるんだ。
その彼が、ミハエルと闘いたいって言ってた。ふたりで雌雄を決したいって。
なら、わたしはそれを肯定する。それでわたしがどんなに不利な状況になったって、負けそうになったって。
思考を放棄している訳じゃない。エンバースは勝つ――そう信じているから、こうするんだよ』
「……本当に純粋だね、君は。少し羨ましいよ」
『――マイディアさん、あなたとエンバースがどういう関係で、どんな繋がりがあったかを、わたしは知らない。
でも、あのエンバースが大切に想い続けて、わたしたちに託そうとして。
死してなお棄てられないほど強い絆があるんだってことは、よく分かるよ。
それを、わたしたちの絆の方が上だとか下だとか言うつもりはない。それはそれで、
エンバースには大事にしていて貰いたい――でも』
「うん、君の言いたい事はよく分かるよ」
『今は……今だけは! 道を譲ってもらうわよ、マイディアさん!
わたしたちは! あなたたちリューグークランを倒して先へ進む!
こんなところで立ち止まっちゃ……いられないんだァァァァァ――――――――ッ!!!』
「だけど、いい思い出になるのは君達の方だ」
エリザヴェートはもう十分な量の糸を張り巡らせた。
後は指一本動かすだけで、なゆたを全方位から縛り上げる。
闇の魔力で紡いだ糸は彼女の全身の骨を締めつけ――粉砕するだろう。
『ポヨリン!』
『ぽよっ!』
「何をするにしても、もう遅い!エリザヴェートッ!!」
エリザヴェートの指先が優雅に踊る/糸の結界が急速に縮まる。
なゆたの全身に夜闇の糸が食い込む/皮膚が破れる/肉が裂ける――骨が軋む。
全身の骨が「砕けた」その直後――なゆたから莫大な魔力が溢れ返った/夜闇の糸が掻き消える。
479
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:28:43
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅲ-Ⅱ)】
「……なんだ、何をした?今……終わっていただろう」
『銀の魔術師モード――わたしにも、まだ発動条件がよく分かっていないんだ。
ひとつ判明しているのは、わたしが危機に陥ったときに発動する、ってこと。
だから……わたしはあなたに追い詰められる必要があった。
あなたがデュエルを中断するって言ったときは、ちょっと焦ったけど……。
やめないでいてくれてよかった』
「……モード?今のは……君のスキルなのか?確実に致命傷だった筈だろ。
それを一瞬で完治させた上に……残る攻撃判定まで消滅させた?
レイド級のユニークスキルだってもう少し慎ましやかだぞ」
致命傷を与えた/それが全てなかった事になった――さしものマイディアも困惑を隠し切れない。
「君は……一体何者なんだ?」
返答はない――会場内のBGMが一瞬鳴り止む/曲調が大きく切り替わる。
「カザハ! ガザーヴァ! ……よぉーっし!」
なゆたが祈るように両手を組む/その背中から魔力の翼が開く。
『――『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――!!』
『『光加速(ホーリー・アクセラレーション)』!』
「は……はは。君、本当に人間か?」
『あなたの毒攻撃のお陰で、既にポヨリンの中に毒は溜まってる……だから『毒散布(ヴェノムダスター)』は割愛!
『民族大移動(エクソダス)』!
『限界突破(オーバードライブ)』!
『麻痺毒(バイオトキシック)』!
『分裂(ディヴィジョン・セル)』×3!
『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』!
そして……『融合(フュージョン)』プレイ!』
そしてコンボが始まる――先に無駄なカードを切らせた筈なのに、その有利が容易く覆る。
『銀の鍵持ちて、開け窮極の門! 彼方より此方へ来たれ――リバース・ウルティメイト召喚!!」
大量のスライムが融合する/巨大なスライムと化す――その中心から猛毒の濁りが広がっていく。
巨大なスライムが毒々しい灰褐色に染まっていく/丸々とした巨体がぐずぐずに溶け落ちていく。
『おいで、ゴッドポヨリン・オルタナティヴ!
―――――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!』
アブホース――猛毒/巨体/不定形/混沌の神属が戦場に満ちる。
『……マイディアさん』
マイディアがなゆたを見返す――毒の水面から岩礁のように飛び出た機材が足場代わり。
『あなたは強いよ、本当に強い。
本来なら、わたしなんかが到底敵う相手じゃない……でも、負ける訳にはいかないんだ。
決意の強さでも、想いの強さでも! 決して……あなただけには負けちゃいけないって、わたしの魂が叫んでる!
さあ、仕切り直しよ! これがわたしの本気、正真正銘の100%!
わたしもあなたともっと語りたい、心も身体もぶつけ合いたい!
デュエル―――再開よ!!』
足場は最悪。バフの数も大きく遅れを取った。
480
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:30:47
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅲ-Ⅲ)】
「負ける訳にはいかない?おやおや奇遇だね。私もそうなんだよ」
それでもマイディアは怯まない/臆さない――エリザヴェートが両手の暗刃扇を宙へ放つ。
宙空で暗刃扇が分離/短刀が飛散――それらを夜羽の糸が捉える。
つまり――無数の刃が一本の糸に連なった状態。
射程はより長く/糸のたわみを利用すれば軌跡はより幻惑的に――遠心力によって威力は更に強く。
「――教えてあげよう。君が本気かどうかなんて、世界は顧みてくれなんかくれないと」
飛翔し迫りくるなゆたの細剣を連刃が弾き返す。
更にもう一回転――剣風がアブホースの毒波をも切り払う。
マイディアは一歩も退かない/弱み一つ見せない――冷静にスマホをタップ。
「【超・俊足(テンペスト・ヘイスト)】【狂信的攻撃性(クルセードスタイル)】――プレイ」
エリザヴェートの手元に十字架を模した短剣が出現。
だが、それは武器としては機能しない――刃引きされているのだ。
代わりに装備中は特殊なスキルが使用可能になる――【構え直す】というスキルだ。
「……まさか君相手に、このカードを切る事になるとは」
スキルを使用すると短剣の刃を握り十字架のように構える。
そうする事でスキルツリーのポイント配分が逆転させられるのだ。
つまり――操作難度の大幅な上昇と引き換えに二つのビルドを使い分けられる。
サポーターは得てして攻撃能力を犠牲にしていてとても退屈――そんな苦情が一時期流行した。
これはその時に実装されたカード――結局、大半のプレイヤーには全く使いこなせなかったが。
無論――マイディアがその「大半」に含まれないプレイヤーの一人である事は言うまでもない。
「エリザヴェート。【黄昏(ボーダー)】【安寧(ベッドメイク)】」
昼夜の境界をバリアとして展開/休息の時間である夜を身に纏い自然回復能力を向上。
「そして【構え直す】。【迷い星(ストレイスター)】」
短剣が逆転/ビルドが反転――天井から星屑の礫が降り注ぐ。
「……月子先生。君、ハイバラに愛の言葉を贈られた事は?んふふ……ないだろうね。
いつもそうなんだ。思わせぶりな事を言ってこっちをその気にさせて。
そのくせ肝心な時にこっちを見てくれないんだ……でしょ?」
会話はただの布石――エリザヴェートは密かにマイディアの左手へ糸を繋いでいた。
全ての指に一本ずつ――それらを特定の順番で引く事で、無言の連携が可能になる。
「彼は奥手だからね……私も相当長い間待たされたよ。その時の話も聞かせてあげたいけど――」
エリザヴェートの右手に悍ましいほどの闇の魔力が集っていく。
「――それは、君がもう少し大人しくなってからでも構わないかな?」
しかし――ふと、会場の一画が真紅に染まる。
「……ハイバラ。もう、眩しいよ。でも、私もすぐに――」
戦いの最中。それでもマイディアの視線は灯りに惹かれる蝶のようにエンバースへ。そして――
481
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:31:59
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅲ-Ⅴ)】
瞬発的なバフ出力の向上による予測困難な反撃。
それはいかにリューグークランと言えども防ぐ事は出来なかった。
マスターへの攻撃こそ通りはしないが、パートナーへの攻撃は確実にクリティカルヒットする。
ヴァーミンちゃんの頭蓋を砕く事も、マーリンに全身に至るほどの亀裂を穿つ事も、
クロマンジュウの体を、その中心にある核に届くほど深く斬り裂く事だって出来る。
「……集合しろォ――――――――――――ッ!!!」
だが――リューグークランはそのパートナーも百戦錬磨。
どんなに深い手傷を負おうとも、たった一撃で行動不能になる事はない。
そして黒刃が怒号を上げた瞬間、流川たな/あいうえ夫はパートナーと共にそれに即応。
「【癒やしの泉(エリアヒール)】……プレイ!!」
エリアヒール――対象指定が出来ない代わりに複数人を同時ヒール可能なスペルカード。
更にクロマンジュウが致命傷を脱した瞬間にフレイムスプラッシュを撒布。
全方位への炎の散弾で追撃を阻み――密集陣形を築き上げた。
「……バカどもがよぉ。事故ってんじゃねーよ」
「いや……今のは彼らが底力を見せたんだ。事故と呼ぶにはあまりに見事だった」
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たると何が違えんだ。んな事になるまでウダウダ時間かけてる時点で事故ってんだよ」
デュエルそっちのけでラーメンを食べてた記憶は既にない=黒刃のお家芸。
「はいはい、黒刃さんのおまいう芸はいつも面白いですね……もっと手短に言いましょうよ」
流川たながスマホをタップ――ヴァーミンちゃんのショートソードが別の装備へ切り替わる。
【非業の剣=極めて高いDEX補正、クリティカル率。攻撃HIT時に敵に『非業』のデバフを付与】。
剣才に恵まれ、偉大な冒険者として名を馳せる筈だった、だが賽の目に愛されなかった者の剣。
ドブネズミ兵士の激レアドロップ品であり、モチーフ武器。いわゆる呪われた曰く付きの武具】
482
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:34:57
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅲ-Ⅵ)】
更に流川たな自身もスマホからナイフを召喚/装備する。
【バタフライナイフ=ランダムに変動する七つの状態異常付与。装備中、専用スキル『バタフライエフェクト』を使用可能。
異世界から迷い込んだ折畳式のナイフ。高い隠匿性と取り回しのよさから高位の暗殺者の物と推定される。
剣と魔法の世界に召喚された事によりこのナイフは名前に応じた権能を得た。
すなわち――蝶の羽ばたきは予測不能な結果を引き起こすのだ】
あいうえ夫は傘を模した魔法の杖を/黒刃は白銀に輝くレイピアを。
「遊びは終わりだって」
強がりではない――実際にリューグークランが放つプレッシャーは一段と研ぎ澄まされている。
天井が眩く明滅する=クリスタルオールドメイジの【結晶星天(クリスタル・オーレリー)】だ。
結晶により星空を偽造し、そして星空が描き出す運勢をも偽造する――結晶魔法の秘奥が一つ。
星辰によるバフがリューグークランの傷を急速に癒やしていく。
十分に傷が癒えると、マーリンが星天を指差す――星々が巡り出す。
描き出す運勢/バフの内容を書き換えているのだ――より攻撃的なものに。
リューグークランは完全にギアを一つ上げた――いよいよ竜の尾を踏んだという事だ。
「……あん?」
ふと、黒刃が視界の外の異変に気づく――会場の中心で真紅の刃が燃え上がっている。
「向こうもヒートアップしてきたみたいですよ。さっさと終わらせましょう――」
エンバースへ視線を向けながらも、リューグークランは戦闘への意識を絶やしていない。
よそ見しているからと不意を突いたところで無意味――容易くいなされて終わるだけだ。
だが、それも――グングニールに貫かれて力なく落下するエンバースを目にするまでだ。
「………………は?」
その瞬間――リューグークランは大きな隙を晒す/集中力の糸が完全に切れる。
これから始まる第二ラウンド。その開幕の数秒を、明神達は完全に支配出来る。
勿論それはなゆたも同じだ――この瞬間、エンバースを心から信じていられたのなら、だが。
483
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:35:44
【セカンドフェイズ(Ⅶ)】
ダインスレイヴのチャージを妨害する為に、ミハエルは遅かれ早かれグングニールを投擲する。
それは確定事項だ。フラウに「躱せばエンバースに直撃する攻撃」を防御させる。
そうして行動を制限し、戦闘を有利に運ぶという合理性があるからだ。
しかし、実際そうなった時――フラウはグングニールを止めなかった。
当然エンバースはその直撃を受ける――魂核への直撃だ。
不死者でさえ滅びゆく正真正銘の致命傷。
「……これで、いい」
エンバースの仲間達は、強い。単純なステータスなら最早リューグークランにも劣らないだろう。
だが――リューグーには経験がある。現実世界での対ブレイブ戦の経験値に圧倒的な格差がある。
だから援護が必要だった――そしてミハエルの戦闘中にも実現可能な援護は、これしかなかった。
『だから、まだデータが残っていたのさ……死んだ時点の彼らのデータがね』
蘇ったリューグークランを紹介する時にミハエルはそう言っていた。
つまり彼らは、自分に憑いてきたリューグーの亡霊達とは違う。
死んだ後の記憶がない――ハイバラの死を見届けていない。
自分が先立ち、置き去りにした――そして今でもどんな形であれ執着を残したままの戦友。
その戦友が目の前で、自分が予想していたより遥かに呆気なく死ねばどうなるか。
動揺せずにいられる筈がない/集中力の糸が切れる――必ず隙を晒す。
エンバースには確信があった――リューグークランの絆という確信が。
「みんなはもう……慣れっこだもんな。俺が死にかけるのなんて……いつもの事だしさ……」
うわ言――エンバースが床に落ちる/遺灰の体がひび割れる。
「本当は……紙一重で致命傷を避けられれば完璧だったんだが……流石に、難しかったな……」
視界が霞む。その中に朧気に人影が見えてきた――マリだ。
『……その傷では、もう何をしてもチャンピオンには勝てない』
走馬灯めいた時間軸の中、亡霊の方のマリが泣きそうな顔でエンバースを見下ろしていた。
『一言。たった一言で良かったのに……今でも、私が一番だって』
マリがエンバースの傍でへたり込む。
『……嘘でも良かったのに』
エンバースに縋り付く。
『分かっていたよ。君は生き残った……そう言っていいのか分からないけど。
少なくとも死ななかった。そして彼らと……あの子と出会った。
だから……いつか私達を置き去りにしていく』
消え入るような、失意の声。
『それでも良かった。いつまでも私達の喪に服している訳にはいかない。
君の言う通りだ……私だって、別にそんな君が見たかった訳じゃない。
でも、それでも最後くらい……嘘をついてくれたって、良かったのに』
マリが涙を零す――エンバースがその頬に左手を伸ばす。
484
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:35:55
【セカンドフェイズ(Ⅷ)】
「……お前に最後に贈るものが、そんな嘘でいい訳ないだろ」
『……なら、こんな呆気ない死に様だったら良かったとでも言うのかい』
悲しみ/それ以上に怒りに満ちた声。
『こんな結末になるくらいなら……あの時一緒に――』
エンバースの左腕がマリを抱き寄せる=自身に覆い被らせる形。
「俺がお前に……何か贈り物を考えていると、いつも不思議と、お前は俺をショッピングに誘うんだ。
俺、そんなに分かりやすかったか?……まあ、とにかくだな。だからせめて、最後くらいはさ――」
そのマリの背中に、右手のダインスレイヴ――その溶けた剣先を添える。
「何を贈ればいいか。俺がちゃんと……考えなきゃいけないと思ったんだ」
『……何を、するつもりなの?』
「俺を……ムスペルヘイムに召喚したあのイベントは、スルト計画って言うらしい。
あの時俺は、全ての試練をクリアしたら新たな魔王とやらになれたんだとさ……。
超レイド級のモンスターに……はは、魔王ハイバラか……。悪くない響きだな?」
本当なら、ハイバラは全ての試練をクリアしていた筈だった。
立ちはだかる者全てを殺し、ムスペルヘイムを照らす呪いの聖火に辿り着いた。
後は聖火を己の手中に収めた上で――己の魂が薪木にならぬよう、代わりを用意するだけだった。
つまりムスペルヘイムの住人を皆殺しにするだけ――だがハイバラはそうしなかった。
倫理や道徳の為ではない――聖火の力を我が物にする事に、価値を見出だせなかった。
皆の復讐をするだけならば――ただ呪われた聖火を解き放つだけでも十分だったから。
「それで……あの言葉にも合点がいった。ダインスレイヴの本当の力。
コイツは……剣じゃない。鍵なんだ。火継ぎの――そして、棺の鍵」
エンバースが一際強くマリを抱き締める。
「ダインスレイヴは……本来は魂を吸い寄せる為の棺だった。
ムスペルヘイム中の魂を寄せ集めて……それを聖火の薪とする為の。
そうすればこの呪われた聖火の恩恵を、ノーリスクで享受出来るようになる。つまり……」
そして――その背中越しに、己の魂核にダインスレイヴを突き立てた。錠前の開く音がした。
「……これでお前は、この先ずっと俺の唯一無二だ。ずっと一緒だ」
グングニールに削り取られた魂核に、一人分の魂が継ぎ足されていく。
エンバースの遺灰が激しく燃え上がる――聖火が指先にまで行き渡る。
『これが……君の、自分で決めた贈り物?』
マリの亡霊が燃え上がる/その存在が薄れていく――消えていく。
「ああ、そうだ。気に食わなくても文句言うなよ」
『……うん。初めてにしては合格点かな』
偉そうな、だが嬉しげな口ぶり――無性に懐かしい感じがした。
「そうか。……なら良かった」
そして――エンバースが立ち上がる/その全身は今も炎上したまま。
485
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/02(月) 18:36:09
【セカンドフェイズ(Ⅸ)】
「どうしたチャンピオン。幽霊でも見たような顔して」
ミハエルはまだ、エンバースの近くにいる筈だ。
エンバースが死んで、ああつまらないゲームだった。もういい。
全部終わらせよう。すぐにそんな癇癪を起こされないよう、彼の信頼を掴み取ったのだ。
「言ったろ。エンドコンテンツなんだ――第二形態くらい、用意してるさ」
エンバースを包む聖火が少しずつ体の左半分に偏っていく――右半身だけが再生を始める。
遺灰の骨格が筋肉を纏う/その上から皮膚が再生する――生身の肉体が半分だけ戻ってきた。
「……さあ、やるぞダインスレイヴ。死を源とする魔王の鍵――死源の魔鍵よ。俺の呼び声に応えろ」
胸に突き立てたダインスレイヴを引き抜く。その魔力刃は先ほどよりも遥かに大人しい。
チャージされていた魔力の殆どは、魂核と肉体の修復に消費されてしまった。
それでも構わずエンバースはダインスレイヴを緩やかに振りかぶる。
そして剣閃。腕の動作は左から右へ――しかし斬撃は縦横無尽の七連撃。
ダインスレイヴの魔力刃が斬撃に応じて瞬発的に激しく炎上。
ブレードそのものがスラスターとして機能したのだ。
ダインスレイヴの射程/出力/エネルギー効率が飛躍的に向上している――何もおかしな事はない。
この世に二つとない至高のマジックアイテムがついに真名を呼ばれたのだ。
真の力の一つや二つ――発揮出来ない方がおかしい。
「もっとだ、ダインスレイヴ。もっと速く。出来るだろ」
主の声に呼応してダインスレイヴが紅蓮に煌めく/エンバースがそれを振りかぶる。
ふと、会場内の空気がうっすらと紅く染まる――火の粉が舞い始める。
ささやかな――だが紛れもなく超レイド級の属性改変現象。
「フラウ。次はお前も合わせろ。行くぞ――」
ダインスレイヴが虚空を貫く/魔力刃を半回転/錠前の開く音がした――空間が切開される。
フラウがその裂け目に消えて――次の瞬間、リュシフェールの後方へと現れた。
エンバースがダインスレイヴを/フラウがガラティーンを振り上げる。
再び――舞い散る火花のように真紅の剣閃が花開く。
ただただ縦横無尽に/射程の概念すら曖昧に神速の斬撃が行き交う。
無尽の射程と雷光の如き剣速は回避困難/だが変幻自在の刃は食い止める事も叶わない。
「正直、巡り巡ってローウェルの思惑通りみたいで癪だけど。けどまあ折角の機会だ――」
これは最早ただの斬撃でありながら、制止し難い現象に至った――つまりシステム/ギミックの域に。
「――魔王ハイバラを楽しんでくれ」
486
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:23:01
【カケル】
>「ガザ……ヴァ……」
明神さんは息も絶え絶えにガザーヴァの名を呼んだのを最後に、意識を失った。
……って、えっ……マジで……!?
あまりにベタ過ぎるフラグを馬鹿正直に回収しにいくんじゃありませんよ!?
というか絵面的にあまりにそれっぽくてシャレにならない感じなんですけど!
「明神さん……? 明神さん!? 寝たら駄目です!」
肩をたたきまくるも、返事はない。
明神さんの顔の前に手を持っていき、呼吸を確認する。 息してるか微妙なんだけど……これ――ヤバくね!?
「ああぁあああああああああああああ! 待って待って!
ちょっと待って駄目です! 駄目駄目駄目! 今寝たら駄目! ガザーヴァはあっち!!」
(死なせて……たまるか!!)
大丈夫まだいける! 仮に心肺停止になったとしても心肺停止=死亡ではないッ!
カザハがどうにかしてくれるまでなんとか繋ぎ止める……!
でも、通常の回復魔法というのは傷を治すものなので、ここまで瀕死になったら普通に回復魔法をかけてもあまり意味を成さない。
だったらどうすればいい……?
(そうだ……!)
「為せば成る! ファイト一発! なんとかなれ―――――――ッ!!」
明神さんの鼻と口を両手で覆い、回復の魔力を付与した風を送り込む。
息が止まりそうだからとりあえず回復スキルのオマケ付きで空気ぶちこんどけという脳筋的発想である。
一瞬凄い新しいことを思いついたような気がしたけど、これ、やってることはオプション付きの人口呼吸!?
うん、そういえば地球の西洋医学って全体的に割と脳筋的発想でしたね……!
そこで私は大変なことに気付いてしまった。
これって絵面的には、どう見ても駄目押しで窒息させて息の根を止めようとしているみたいだ……!
違うんです誤解です!
>「明神――――――――――ッ!!!!」
ガザーヴァの叫び声が聞こえてくる。
それは絶望の叫び――ではなく、マスターが応えてくれることを信じての要請。
>「オマエは! ボクの最強のマスター! ブレモンで一番の死霊使い(ネクロマンサー)だろ!!
んなら、自分の死だって思い通りにしてみせろ!
『超合体(ハイパー・ユナイト)』だ!!」
487
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:24:51
幸い聡明なガザーヴァは、私の意図を取り違えることはなかったようだ。
問題は明神さんがスペルカードを切れるかどうかだが……とてもスマホを操作できる状態ではない気がする……!
ここで、この『超合体(ハイパー・ユナイト)』の厳密な発動条件という、普段なら突き詰めて考えなくていい問題が重要な意味を持ってしまった。
もしも正規のパートナーモンスター同士の合体なら、システム上発動させてしまえばいいのだから、
例えば私が代わりにスマホを操作しても問題ないのだろう。
が、これは正規のパートナーモンスターのマゴットと、システム上はパートナーモンスターになってはいないガザーヴァの合体という特殊なものなのだ。
逆にこれがゲーム的システムに全く則っていないものならば、ガザーヴァとマゴットで自力で発動できそうなものだが
ガザーヴァが敢えて要請しているということは、自分達の意思だけでは出来ないのだろう。
つまり、半分システムに則っていて半分則っていないという微妙なところなのか!?
これらを総合勘案すると、多分おそらく発動条件は、明神さんが何らかの形で発動の意思表示をするのが必要ってこと……!?
明神さんはガザーヴァの声に必ず応えるだろう。
でもそれを誰も認識しなかったら、意地の悪い運営は無かったことにする可能性があるかも……!
(絶対、見逃さない……!)
明神さんの顔から手を離し、息をひそめて見守る。
幸い私は地獄耳ですからね、どんな小さな声も聞き逃しませんよ!?
……
………
…………!!
果たして――明神さんは、見事ガザーヴァの声に応え、発動の意思を示して見せた。
>「――『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』!!」
蝿の集団が飛んできて、明神さんの体に取りつく。
ゾンビ化という原理まではこの時は思い至らなかったものの、何らかの明神さんを救う意図があることは分かる。
ただ……なんというか……
(絵面……!)
その……これって……どう見ても蠅が〇体にたかってる状況……(縁起が悪いので伏字)
さっきから色々と絵面が酷い……!
>『行けッ! 蝿ども!』
>「……今のは」
>「大方、大技の予備動作とかその辺りだろ。勝手にやらせとけ。クロマンジュウ!暴れろ!」
敵の言う通り、ガザーヴァが色々と下準備をしてくれているのだろう。
黒刃が蝿の群体を焼き払うべく、クロマンジュウをけしかけてくる。
「烈風撃(テンペストスマイト)!! ……あぁっ!」
先ほどと同じように黒いスライムを撃ち返そうとするも、自分の方が派手に弾き飛ばされてしまった。
それもそのはず、後衛で戦っていたさっきと比べ、単純に距離が近い……!
加えて、結晶がスライムを跳ね返すと、爆発四散して破片が容赦なく襲い掛かる。
488
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:27:20
「あいたっ!」
破片が手足にいくつか刺さる。
私が転がっている間にも明神さんに向かって黒スライムの次撃が放たれ、
蠅の群体がマゴットの姿を取ってそれを迎撃していた。
多分、敵もこの絵面が単に〇体に蠅がたかっているわけではなく、
何らかの道筋で復活させようとしている過程であることは察していて、
そうであるならば復活する前にとどめを刺そうとするのは自然なことである。
(嘘やろ……!?)
マゴットの姿を取った蠅の集合体が焼き払われてしまった。
といっても蠅の集合体だからすぐにまた出て来れるんだろうけど、この戦いでは再構成までのほんの少しのタイムラグですら命取りだ。
相手の速度だと、それまでに追撃が来てしまう。
ガザーヴァ本体なら対抗できるのだろうけど、本体はカザハがお借りしてるのでこっちに来れない。
瞬間移動(ブリンク)で逃がす!? どこに!?
このカードで出来るのは近距離間の瞬間移動なのだが、多少動かしたところでスライムの射程範囲には変わりはないし、
私の後ろに来させたところで太刀打ちできないので駄目なのはもう立証済みだ。
「ええいっ! 烈風の祝福(テンペストブレッシング)! フェザープロテクション!」
自分に防御技を盛りつつ、明神さんに駆け寄る。
ちなみに烈風の防壁(テンペストウォール)はさっき使ったからもうかかってた!
「どうにかなれ――――ッ!!」
擬人化形態を解除して馬形態になり、明神さんに覆いかぶさる。
馬形態になったのは、体が大きい分完全にカバーすることが出来て、私の方も致命傷になりにくいからだ。
擬人化形態(※外見美少女)のまま同じことをすると無用な誤解を招きかねない絵面になるから、というのはメインの理由ではない。
(多分おそらく……絶対大丈夫……!)
漆黒の砲弾が飛来する。
私は普通のユニサスではなく一応レクステンペストの片割れなので、一撃くらっても死にはしな……
被弾。
(ぎゃあああああああああああ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! 全然大丈夫じゃない……!)
防御スキルを盛っててコレ!? なんか香ばしい香りがするんですけど!?
もしかして背中の肉がこんがり焼けちゃってる!?
(これって……焼肉じゃん……! しかも石焼……! 流石食いしん坊キャラ……!)
馬刺しにされそうな視線を感じたことはあるが、焼肉にされたのは初めてだ。
でも消し炭にならなかっただけ上出来か!?
などと笑えないブラックユーモアのようなことを思いつつ、意識を失った。
489
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:29:17
【カザハ】
ただの歌――それは冷静に考えれば、イチかバチかの賭け、だった。
直接魔法的に作用する力が無いのはもちろんのこと、
間接的に効果を引き上げる、魔力を使ってこそ出来る豪華な伴奏や音響効果による華々しさも、無い。
しかも失敗すれば、歌で告白→失敗→全滅 というある意味での伝説になってしまう状況。
でも、多分本当に説得するには魔力を使わない方が正解なのだろうという根拠のない確信はあった。
ほんの少しの間、ガザーヴァと見つめ合う。
>「―――ハ」
>「本当バカだよな、オマエって。
ボクが最初になんて言ったのか、もう忘れちゃったのか? ボクは言ったぞ、『フォローはボクがしてやる』って。
だから、お前は――四の五の言ってないで、一緒に歌うぞ! 合わせろ! って言えばいーんだよ!」
「いいの……!?」
そのために尽力していたくせに、いざOKが出ると驚いてしまう。
>「ちょうど――準備も出来たことだしな!」
「準備……?」
そういえば、ガザーヴァはさっき色んな場所に蠅を飛ばしていた。
ガザーヴァがベースを爪弾くと、ミハエルチョイスのハードコアテクノが止んだ。
と思ったらなんだか馴染みのある曲が流れ始めた。馴染みのある曲、どころか……
(我の、曲……!?)
マホたんの曲であるBraverはともかく、
我が即興で作った歌は、世に出回ってないどころか、個人的な録音もしてないんだけどどういうこと!?
>「ボクの『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』で、会場の機器を支配した。
これでオマエはワールド・マーケット・センターの最新機器をバックコーラスに歌うことができるってワケだ!
ホラホラ、ぼっとしてんな! グズグズしてたら、ボクがソロで始めちゃうぞォ!?」
慌ててキーボードを構える。
前奏――1番から通して言うなら間奏のメロディーを弾くだけで、
完璧に作り込まれたエレクトーン演奏用のデータのように、会場の機器が伴奏を奏でた。
(わぁ……! 精神感応……ってこと!?)
自分が思い浮かべた音をそのまま再現してくれる装置があればいいのに――
音楽をやっている者なら誰もが一度は考えることである。
「こんな……こんなのって……いいね! 凄くいい!」
>「まったく……バカでマヌケでヘタレで八方美人で、オマエってばマジでどーしよーもねーヤツだよ!
こんなヤツと因縁持って生まれちゃったのが運の尽き、ってか!」
言葉は相変わらず辛辣だが、態度から今まであった棘が消えている。
(ツンツンデレからツンデレに進化しただと……!?)
490
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:30:32
ところで、多分だが、ガザーヴァに音楽系のスキルは無かったはずだ。
彼女はステータス変動を延長するユニークスキルを持っており
まだ多少残っていた1番の効果を基に、延長をかけているのだろう。
ゲームのブレモンにおいては、数多のプレイヤーにスマホを叩き割らせた(?)凶悪スキルとして知られている。
でも、バフを延長する時のネーミングとしては、シャーデンフロイデ(人の不幸は蜜の味)はふさわしくない。
そうだな、名付けるとすれば――
「流石、よく分かってる……我、どうしようもないんだ。
フロイデンフロイデ(情けは人のためならず)―― 一説によると思いやりはヘタレの生存戦略から始まったんだって。
アコライトでキミを助けようとしたのだって、純粋な優しさなんかじゃない。
いつか報われるのを期待しての未来への投資――何百倍にもなって回収、出来ちゃった」
一切見返りを期待しない、本気で想いが届かなくてもいいと思える無償の愛も、世の中には存在するのだろう。
でも、そこまで高潔にはなれない大多数の人にとっては、想いは届くに越したことにないに決まってる。
それにしても……冷静に考えてみれば随分リスクのでかい投資をしたもんだな!?
いくら可哀そうな過去を知ってしまったとはいえ、あの時点においては、
前世の不倶戴天の敵で、ずっと体を乗っ取ろうと虎視眈々と狙っていた危険極まりない相手。
仲間に引き入れたところで裏切らない保証も、危害を加えてこない保証も、あの時点ではどこにも無かったのだ。
>「ホンット……ダメなお姉ちゃんを持つと、妹は苦労するよなァ!」
「ぼくは! 超絶美少女な妹を持てて幸せ者だ! ……ん?」
(今、お姉ちゃんって言った……!?)
本当なら暫く感慨に浸りたいところだが、そんな暇があるはずはなく、歌が始まる。
491
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:31:55
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/1ig03trnrcsxo7z1yvxh8/.mp3?rlkey=v2adcmr0fbkvzosdbpjx7o0a4&dl
上パート:ガザーヴァ(VY2)
下パート:カザハ(VY)
消えないこの哀しみは 今じゃない時を生きた証
望まずすべて壊した 何も知らずに
さだめは覆されて 今守る側に立ち歩む
今度は絶対大丈夫 ボクがいるから
過去に引きずられそうになっても 前に進み続ける
「キミといたい」本気の願い 貫くためならば
欠けたピースを求めて 宛てのない旅をした
探し求めた片割れは 今確かに隣に
間違えてばかりだったボクでも 愛してくれる人がいる
呼び覚ましてもらったこの煌きで 星の生命を繋ぐよ
【カザハ】ずっと分からなかった 君とぼくが似てるなんて
【ガザーヴァ】ずっと憎んでいた 鏡写しの虚像を
手を伸ばして触れてはじめて分かることたくさんある
手と手を取り合って 前に進み続ける
皆で生きる星の未来 必ず掴んでみせる
キミがくれた勇気が 暗闇を切り裂いていく
すれ違い続けた心が 今確かに重なる
諦めてばかりだったボクにも 叶えたい夢が出来たよ
これから先もずっとこの世界を 踏みしめてキミと歩むよ
492
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:34:33
「消えないこの哀しみは 今じゃない時を生きた証 望まずすべて壊した 何も知らずに」
(すごい……! ぴったりだ……!)
カケルと完璧なハーモニーが出来るのは、テンペストソウルを分け合っているからこそだ。
ガザーヴァとの間でそれと同じ水準が実現出来ているのは……
ぼくとガザーヴァはもともと同じ設計図から作られているのと、ガザーヴァはずっとぼくの中にいたのと、
ベル=ガザーヴァの片割れであるマゴットに、図らずも羽化する時に魔力を与えているのも影響しているのかもしれない。
>「カザハ…君はやっぱり最高だ!」
(〜〜〜〜〜〜〜っ!! そ、そんな大声で堂々と……!)
ジョン君のド直球で剛速球の誉め言葉は、ツンデレ文化圏のぼくには刺激が強すぎる……!
そんなこと言われたら……バグっちゃうよ……!
「さだめは覆されて 今守る側に立ち歩む 今度は絶対大丈夫 ボクがいるから」
(やばいっ! なんていうか……何かくる……!)
大きすぎる感情の波が押し寄せ、胸の奥で何かが弾けた。
言わんこっちゃない、想定外エラーでおかしくなっちゃうじゃん!?
全身に力が滾り、光のエフェクトがかかる。
(えっ!?!?!? 何何何何ッ!?)
「過去に引きずられそうになっても 前に進み続ける 「キミといたい」本気の願い 貫くためならば」
背に虹色に煌く妖精の翅が顕現する。
気付けばアイドルか魔法少女のような服装に変化していた。
別に極端に布面積が少ないとかそういうことはなく、極めて健全の範疇なのだが、
それでもアイドルか魔法少女ということは……。
一瞬だけ目線を下に下げ、瞬時にファッションチェックを行う。
493
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:37:28
(いつもは膝あたりにある絶対領域が太腿まで上方移動している……!
結構胸元開いてるし……えっ!?)
それなりに体のラインが出る魔法少女風アイドル服を違和感なく着こなしている……。
普段は直線的な体のラインが若干作画コストが上がって曲線的になり、
羽以外に普段は無いパーツ(意味深)が出現している……だと!?
(!?!?!?!?!!!!!!!!)
落ち着くんだ自分!
カケルなんか擬人化形態が何故か常に美少女だけど平然としているわけで。
これは別に自分が美少女になりたい気分になったとかいうわけではなく
こういう仕様のモンスターだからこうなっているだけなので仕方が無いのだ!
というか、こんなどうでもいいことを考えている場合ではない。
この出力なら、ジョン君やカケルの怪我は余裕で回復するだろう。
明神さんは、どうだろう……命は取り留められるだろうけど、すぐ立てる状態になるかは微妙かも……。
あと一人強力なヒーラーがいて重ね掛けしてくれればいけるのに……!
等と無茶なことを思っていると。
>「――『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――!!」
もう一人、ヒーラーいた……! いや、これはいると思って宛てにしたらいけない枠だ……!
なゆがこの技を発動しているということは……
(なっちゃったんだ、瀕死……!)
まさかこれを発動するために戦略的にわざと追い詰められたなんてことは……なゆならやりかねない!
そうだとしたら手放しで喜べないけど、またやろうなんて思ったら困るけど……
とにかく今は――結果オーライだ! これで皆全回復するだろう。
「欠けたピースを求めて 宛てのない旅をした 探し求めた片割れは 今確かに隣に」
一瞬隣を見る。それにしても色んな解釈が出来る歌詞だな……!
魔法少女と悪の女幹部って、絵面はどう見ても敵同士でちょっと笑っちゃうけど!
でも、これでいいのか。敵同士だった二人が今は一緒に歌ってる感が強調されて、むしろ、大正解……ッ!
494
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:40:41
【カケル】
遠くから、カザハの歌っていたメロディが聞こえてくる。これって、走馬灯ってやつ!?
夢か現が分からない中、カザハの意識が流れ込んでくる。
そっか――ガザーヴァと、仲良くなれたんだ。良かった……。
(もう、大丈夫ですね……)
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
――何が!? 何も大丈夫じゃないんですけど!?
うちのカザハは部長大先輩みたいに出来のいいモンスターじゃないんですよ!?
私がいなくなったら誰が朝起こしたり朝ごはんを口に突っ込んだり
野宿で布団代わりになったり動けなくなった時に運搬したりするんですかね!?
こんなん放っといたらそのうち飼いきれなくなって鳥取砂丘にリリースされてまうわ!!
「全然、大丈夫じゃな――いッ!!」
叫びながら、がばっと起き上がる。カザハとガザーヴァの歌が会場を支配していた。
多分、実際に気を失っていたのはほんの短い時間だったのだろう。
ちょっと前まで焼肉になっていた痕跡は跡形も無く消え、私の姿は魔法少女風の服に身を包んだ美少女になっていた……!
(進化、しちゃったんだ……!)
スマホ連動ウェアラブル端末の視界の片隅に、モンスターデータが表示される。
モンスター名――2代目 T SOUL SISTERS。
マジですか!? 本当にそんな冗談みたいなネーミングでいいんですかね!?
しかも2代目ってことは、マジであの二人が初代だったってこと……!?
属性は風と光。ATBゲージやMPが共有化されている。
どうやらカザハと私は、同一モンスターの独立して動ける別の部位という扱いらしい。
気付けば、明神さんが、瀕死だったのが嘘のように立っている。
「明神さん、良かった……! ……わわっ!?」
容赦なく黒スライムが飛んでくる。
しまったと思った瞬間、黒スライムは私の目の前を通過し、勢い余って飛んで行った。
(今、回避した!?)
自分が身を翻して避けていたことを後から認識する。
別に瞬間移動(ブリンク)を使ったわけではなく、シンプルに超速いのだ。
どうやらこの歌は、得意分野を大幅に伸ばす傾向があるらしく、
私の場合は、回避とかゲージが溜まる速度とか移動速度――つまり、素早さから連想される能力値が超高くなっているらしい。
つまり、今なら、回避タンクの立ち回りが出来る……!
私が敵を引き付けつつ、多分魔力が大幅に上がっていると思われる明神さんに後ろから魔法を撃って貰えば……!
495
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:41:46
『マーリンちゃんは魔法職……結晶の体も相まって機動力はさほど高くありません。
なので自分狙いの攻撃から逃げ続けるのは大変難しい……分かります?』
『つまりヴァーミンちゃんが援護に回らされる可能性があった!
一人で二人の敵を引きつけられた訳ですよ!』
私やカザハは風属性の地獄耳なので同一戦闘内の色んな声を拾うことが出来るのだが。
さっきネズミ使いが、親切にもマーリンちゃんの弱点を開示しつつ一人で二人の敵を引き付ける方法を講釈してくれていた。
もちろん罠ということもあるので敵の言う事を鵜呑みにしてはいけないのだが、
あのドヤ顔で語ってそうな声音から察するに、十中八九、強者の余裕からくる単なるお喋り……!
指定した相手にだけ声を伝えることが出来る糸電話的スキル「ウィンドボイス」で、明神さんに作戦を伝える。
〈打撃に弱いメイジを私が狙う……と見せかけてスライムを仕留めに行きます。
メイジにはあなたが仕返ししてやってください!〉
「――やられたらやり返せ! 倍返しですッ!」
エアリアルウェポンで指揮棒を模したような剣を作り出し、
切っ先をマーリンちゃんに向けて肩口に構え、少しだけ宙に浮かんで滑空。
ソニックスティンガー ――音速に例えられるほど超速い、だけど分かりやすいモーションの刺突。
案の定、目の前にスライムが割り込んできた。
(――ビンゴッ!)
剣がスライムに突き刺さるも、何せスライムなので大したダメージには至らない。
だが、それでいい。
飽くまでもマーリンちゃんを狙うていで、しばらく黒いスライムと立ち回る。
殆どまともなダメージが入らない以上、このままではこちらが不利なのだが。
496
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:43:26
【カザハ】
歌を続けたままキーボードをしまって、エアリアルウェポンを使い、先端に鐘があしらわれた大きな杖――鐘杖を生成する。
音響機器が伴奏をしてくれる今なら、必ずしも楽器演奏をする必要は無いのだ。
呪歌によるバフが明らかに戦況に影響する状況になれば、当然こちらに射撃攻撃が飛んでくる。
(ホーリィ・プロテクション!)
飛んできた結晶流星を、光の防護障壁を展開して自ら防ぐ。
たくさんの風属性スキルと一部の光属性スキルが使えるようになっているようだ。
そして詠唱省略でのスキル発動が出来れば、歌唱と平行しての別のスキル発動も、理論上可能……!
(シューティング・フォトン!)
カケルと立ち回っている黒スライムに光弾を打ち込み、援護射撃を行う。
歌が最後のサビに差し掛かる。バフの出力がもうすぐ最大値に達する。
(一気に、押し切るよ……!)
【カケル】
カザハの砲撃に黒スライムがひるんだ瞬間。
「――共振破壊(レゾナンス・ブレイク)!!」
私は今までとは違うスキルでの攻撃を仕掛けた。
呪歌が風属性に分類されているのをはじめとして、風属性の中には音響系のスキルも包括されている。
あらゆる存在は、固有の音――地球の物理学風に言うと固有振動数を持つらしい。
これは武器に、相手と同じ音――つまり相手の固有振動数に合わせた微弱な振動を纏わせて、
共振現象によって破壊するという技らしい。
しばらく立ち回る必要があったのは、相手の音を解析する時間を稼ぐためだったのだ。
確かにスライムの核に大ダメージを刻んだ手ごたえ。
見れば、同じぐらいのタイミングで、明神さんはマーリンに、
ジョン君はヴァーミンちゃんに大ダメージを与えることに成功している。
とはいえ相手が相手なので、一撃で行動不能になるには至らないようだ。
それなら、行動不能になるまで畳みかけるまで――
>「……集合しろォ――――――――――――ッ!!!」
>「【癒やしの泉(エリアヒール)】……プレイ!!」
黒刃が黒まんじゅうとマーリンちゃんだけでなくヴァーミンちゃんまでも集め、ギリギリのところで回復されてしまった。
致命傷から回復してしまった黒スライムが、フレイムスプラッシュ―全方位へ炎の散弾を放つ。
「みんなこっちへ! テンペストプロテクション――!」
分厚い暴風の障壁で、炎を防ぐ。
相手はこのまま3人固まった陣形で戦う算段のようだ。当初の3対3のバトルに戻るということか。
>「……バカどもがよぉ。事故ってんじゃねーよ」
>「いや……今のは彼らが底力を見せたんだ。事故と呼ぶにはあまりに見事だった」
>「下手な鉄砲数撃ちゃ当たると何が違えんだ。んな事になるまでウダウダ時間かけてる時点で事故ってんだよ」
>「はいはい、黒刃さんのおまいう芸はいつも面白いですね……もっと手短に言いましょうよ」
497
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:44:37
内輪でわちゃわちゃしていたかと思うと、ネズミ使いがヴァーミンちゃんの武器を切り替えてきた。
そこまでは想定の範囲内として――何故かネズミ使い自身もナイフを装備した。
更に、魔術師使いも、スライム使いも――みんな戦うつもりなんですかね!?
私は思わずツッコんだ。
「さっきこの戦いの趣旨がどうとか説教かましたくせに本体が戦う気満々じゃないですかッ!!」
お陰でパートナーモンスターが戦わないと勝てない仕様かと一瞬思っちゃいましたよ!?
とはいえ私達なんて、暫定ブレイブと暫定パートナーモンスターというただでさえよく分からない存在が
謎の進化を遂げてデータ上同一モンスター扱いになってしまってもはや戦いの趣旨もクソもないので、他人のことを言えたもんではないのだが。
>「遊びは終わりだって」
今まで本体が戦う素振りを見せなかったのはそこまで深い理由があるわけではなく、
単にそこまでする必要は無いとたかをくくっていただけだったらしい。
パートナーモンスターが激強なので本体に戦闘能力は無いのではという希望的観測も無いでもなかったが、
やはり相手はエンバースさんと共に過酷な戦いを最後まで戦い抜いた者達で、そんな甘い話はなかった。
498
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:48:22
【カザハ】
勝ち確BGMを歌い切る。
が、敵はまだ倒れておらず、それどころか2回戦に突入する気満々だった。
「あれ?」
この歌で決まると思ったんだけどなあ……! さっき一瞬押し切れそうに見えたんだけど……惜しい!
クリスタルオールドメイジが、天井にプラネタリウムのように星空を展開している。
しかも、状況に応じて配置を変えることが出来るらしい……!
占星術は星の配置で運勢を占うが、星を配置して運勢を左右する逆転の発想ということか……!
今までにも増して激しい戦いが始まる。
>「向こうもヒートアップしてきたみたいですよ。さっさと終わらせましょう――」
「シューティング・フォトンっ!」
杖を振り下ろし、相手が余所見をしている隙に光弾をぶち込む。
しかし流石というべきか、あまり効果は無い。
(まずい、呪歌の効果が持続してる間に終わらせないと……! でも……!)
実際のところ、押し切れそうだと思ったのは気のせいで。
彼らが言う通り、さっきまでは遊びだったのだろう。頬を冷や汗が伝っていく。
(これ、勝てるの……!?)
駄目だ。バッファーが弱気になったら、勝てるものも勝てなくなってしまう。
それに自分が、一番戦況を見渡せるポジションだ。どんなチャンスも見逃してはならない。
>「………………は?」
リューグークランの視線が一か所に集まり、釣られてそちらを見る。
そこには、グングニールに貫かれて落下していくエンバースさんの姿。
「―――――――――――!!」
普通ならエンバースさんの身を案じるべきところだが……別のところに意識が向いてしまった。
(リューグークランが放心のステータス異常にかかってる……!)
エンバースさんは死なないと信じていたのか、無意識のうちにエンバースさんの意図を汲んでいたのか――
それは自分でも分からない。
ただ、このチャンスを逃してはならないと思った。
499
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/10/10(火) 01:49:52
(今なら……あらゆるデバフが素通しってこと!?)
かかれば強力なデバフも、強敵相手だとブロックされてしまってかからないのが常。
それがかかるとすれば、又とないチャンスだ。
今なら色んな風属性スキルが使えるようになっている。
でも、元々知らないスキルを急にたくさん使えるようになったところで、
とっさに何を使えばいいかなんて分からない……!
自分の使える技は分かるようになっているのだが、いわゆる知っている状態とは違って、脳内に突然リストが入れられた状態と言うか。
何何……? “超音波で物体の構成要素同士の結合を脆くすることで敵の防御力を大幅に下げる”……? ――これだ!
「超音波処理(ソニックテンダライズ)!」
こちらの対戦チームの相手方3人と3体に、超音波的なエフェクトがかかる。
目に見えた反応は無い。かかったこと自体には自覚症状はないタイプのデバフのようだ。
あれ? もしかしてこれって、本来は肉を柔らかくするためのお料理用スキルじゃ……!? まあいいか!
「ジョン君! 烈風の祝福(テンペストブレッシング)! 明神さん、エコーズオブワーズ!」
ジョン君に攻撃力・防御力の強化を、明神さんに魔力とレスバ力(?)の強化をかける。
そうこうしている間に、相手が、エンバースさんが撃墜された衝撃から持ち直してくる。
そろそろ次の曲を歌わなければ、呪歌の効果が切れてしまう。
「…。……。そっか! まだ歌を聞きたいってこと!? ガザーヴァ、もう一曲、いける!?」
ガザーヴァ自身に呪歌スキルは無く、システム上、出来るのは飽くまでも延長。
だから――歌うのは、アストラルハーモニーのアレンジ曲。
それなら、”延長”と言って言えないことはないので、引き続きガザーヴァに歌ってもらうことが出来る。
それに、呪歌は同じ曲を歌い続ける時間に比例して、効果が上がっていく傾向がある。
通常、別の曲に切り替えるとまた一からになってしまうが……
同じモチーフを使った曲を歌うことで、前の曲で上がった能力値を維持しつつ路線変更が出来るのだ。
名付けて――響き合う星刻の軍歌(アストラル・マーチ)!
軍歌――それは、呪歌の原点にして真髄!
相手方にも強力なバッファーがいるが、絶対、負けない! バフ対決、受けて立つ!
「みんな……いけるよッ!!」
500
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/10/16(月) 03:14:19
途絶えた意識は割りとすぐに戻ってきた。
肺に直接空気を叩き込まれて、心肺停止とは無関係に脳に酸素が供給された。
>「為せば成る! ファイト一発! なんとかなれ―――――――ッ!!」
カケル君の声が聞こえる。
魔力を伴う風が口から器官に注ぎ込まれ、肺を無理やり動かした。
――緊急時の心肺蘇生と言えば心臓マッサージと人工呼吸が有名だが、
実際のところ重要なのは心臓マッサージの方で、人工呼吸の優先度は低いらしい。
マッサージで胸部を圧迫すれば、自然に肺も押されて空気が入れ替わるからだ。
そして現実じゃまずあり得ないことではあるが……その逆もまた然り。
魔力付きの人工呼吸が肺を強引に動かし、その拡縮によって隣り合った心臓がマッサージされた。
この意識の復活に理屈をつけるなら、多分、そういう感じだ。
>「明神――――――――――ッ!!!!」
ガザーヴァの声も聞こえる。
これが今際の際の幻覚でないのなら、あいつはまだカザハ君の傍を離れず守ってるはずだ。
死に体の俺に何を求めているのか、考えずとも分かった。
>「オマエは! ボクの最強のマスター! ブレモンで一番の死霊使い(ネクロマンサー)だろ!!
んなら、自分の死だって思い通りにしてみせろ!
『超合体(ハイパー・ユナイト)』だ!!」
無茶苦茶言いやがる。こっちは声を出すための腹筋も消し飛んじまってるんだぜ。
当然スマホをタップする指も動かない。スペルを行使するために必要な意思表示をとる手段がない。
だけど……お前の言う通りだ。
俺はネクロマンサー。死体を好き勝手いじくり回すのなんかお手のもんだ。
たとえそれが――自分の死体でも。
カケル君の魔法は絶え間なく空気を肺に送り込んでいる。
臓器の容量が有限である以上、入るものがあるなら出るものもある。
『発声』は、肺から出る空気の音色を声帯で調節すること。
今なら声帯を動かすほんの僅かな力さえあれば、吐き出す空気は『声』になる。
「プ……レ……イ……!」
風の音にかき消されちまいそうなくらいかすかなかすかなその声を――
カケル君が聞き届け、俺のスマホをタップした。
ブレイブの意思表示に答え、『超融合』が発動する。
マゴットとガザーヴァが融合し、超レイド級が現界した。
乾ききった眼球じゃその一部始終を見届けることは出来ない。
それでも確かに融合は成功したのだと、感覚でわかった。
>「――『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』!!」
夥しい羽音が俺を覆い、不意に意識が鮮明になる。
体を苛んでいた致命の苦しみが嘘のように掻き消え、呼吸が楽に――
「がほっ!がほっ……あれ?」
気管に溜まっていた血が口からこぼれてくるが、むせるような息苦しさがない。
というか呼吸が……ない?手のひらを見ると、死人のように青白かった。
俺……ゾンビになってる。
501
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/10/16(月) 03:14:51
かつてリバティウムでしめじちゃんがライフエイクに殺されたとき、
しめじちゃんはスペルで自分をゾンビ化させることで完全な死を抑制し、回復魔法までの時間を稼いだ。
同じことが自分の体にも起こっていると思えば、理解は容易い。
「こういう気分だったんだな……しめじちゃん」
独り言を零すにも肺の中が空っぽのままだから空気を吸う一工程が要る。
血が巡ってなくて、痛覚どころか体中の感覚がない。
それでも、こうして意識を保つことはできる。
生体反射がないからか忘れていた瞬きをして、視界がだんだんはっきりしてきた。
黒刃のスライムが炎を撒きながら飛んでくる。ゆっくりとその光景が眼にうつる。
あぁぁぁもう!頭の回りがめちゃくちゃ遅え!どうりでゾンビがみんなうーあー言ってるわけだぜ!
ハイバラの野郎はどうやって焼死体のクセに頭フル回転させてんだ?
この戦いが終わったらあいつにコツ聞かねえとな。
>「どうにかなれ――――ッ!!」
「ぐおっ!?」
カケル君が馬の姿に戻って俺に覆いかぶさった。
何か重量物が擦過していく音。次いで漂う肉の焼ける臭い。
「カケル君!……カケル君!!」
馬体が邪魔で何も見えねえが、カケル君が生きてることだけは伝わってくる鼓動で分かった。
ゾンビ化したまま動けねえ俺を守るために身を挺してくれた。
そんな単純なことにすら、理解が追いつくのに時間がかかった。
そうだ……ガザーヴァは?
カケル君の下から這い出すまでもなく、センターを包むハードコアテクノが別の曲に切り替わるのが分かった。
聞いたことがある。これは、これまでカザハ君が奏でてきた歌の数々―。
魔法で音を増幅したものじゃない。間違いなく、会場に設置された音響機器から響いているもの。
それを可能としたのは――
>「ボクの『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』で、会場の機器を支配した。
これでオマエはワールド・マーケット・センターの最新機器をバックコーラスに歌うことができるってワケだ!
ホラホラ、ぼっとしてんな! グズグズしてたら、ボクがソロで始めちゃうぞォ!?」
――ガザーヴァ。
カザハ君とデュエットを組んで、互いが互いの歌を支え合うその姿。
シルヴェストルと幻魔将軍の、前人未到のセッション。
「……最高だよ、お前ら」
俺が何よりも見たかったもの。
ゾンビになっても、眼球がパサパサでも、確かに二人は俺の目に写った。
例え脳味噌がこのまま腐ったって、俺はこの光景を忘れやしないだろう。
>「――『悠久済度(エターナル・サルベーション)』――!!」
その時、マイディアと戦ってるなゆたちゃんの方から光が迸った。
こいつは銀の魔術師モード……なゆたちゃんの奥の手、この土壇場で使えたんだな。
ゾンビ化していた身体に熱が戻り、引き裂かれた腹膜も溢れかけてた内臓も元通りになっていく。
ダメージの回復とともに、状態異常――ゾンビ化も治った。
「庇ってくれてありがとな、カケル君。お陰でパーティに焼死体が増えずに済んだ」
502
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/10/16(月) 03:15:28
ゾンビが生者を襲うのは、生ける者の『熱』を求めてるんだって言われることがある。
死体は自分じゃ体温を生み出せない。だから生きた肉と血を啜り、肉体の活動を維持する。
カケル君が腹の下に俺を敷いていてくれたおかげで、ゾンビになっても俺は自分を失うことなく思考を保てた。
馬肉が生食可能なのは基礎体温が高くて寄生虫がつきづらいからだ。
その高い体温を、全身で受け止められた。
>「明神さん、良かった……! ……わわっ!?」
また衣装チェンジしつつ人型に戻ったカケル君がさっと飛び退くと、空いた空間をスライムが駆け抜けていく。
戦闘は何も中断しちゃいない。リューグーとの戦いはここからだ。
>〈打撃に弱いメイジを私が狙う……と見せかけてスライムを仕留めに行きます。
メイジにはあなたが仕返ししてやってください!〉
>「――やられたらやり返せ! 倍返しですッ!」
ボイチャ魔法の秘匿会話でカザハ君が端的に作戦を伝えて来る。
俺はそれに頷きだけで肯定を示し、
「上等……!ポヨリンさんの半分も可愛くねえクソッタレスライムをぶっ潰してやるぜ」
『見せかけ』に乗っかった。
こちらの視界が回復しているのに対し、連中は未だミストの効果範囲内。
シャーロットの全回復スキルが発動した以上、プレイヤーの共通認識としてスキルの概要を把握しているリューグーは、
俺が復活したことも想定してるだろう。ベタな不意打ちが刺さる相手じゃない。
カザハ君がメイジに吶喊をしかけ、スライムがそれを阻むべく跳躍する。
2つの影が何度も交差し、打撃と剣戟の音が響く。
俺はヤマシタを伴って霧に紛れ位置取りを開始する。
盾モードに変化したヤマシタの得物は、アコライト外郭の城壁からパチって携行式に改造したバリスタ。
魔法耐性の高いメイジも、城壁さえぶち抜く巨大な槍矢には耐えられまい。
スライムを狙うと見せかけて直前で照準をずらし、メイジ目掛けて射掛けた。
――やられたらやり返す。まんま意趣返しの構図だ。
それ故に、メイジを狙った不意打ちはあいうえ夫にとっても想定の範疇のはずだ。
着弾前に防壁を展開して身を守るくらいわけないだろう。
だから、もう一捻り加える。
バリスタにはバフで強化された俺の魔力をたっぷりと込めておいた。
死霊術の初歩中の初歩――『低級霊の支配』。
矢と同じ速度で飛翔し、拡散するそれは、オドで攻撃を察知するメイジの感覚を掻き乱すチャフとして機能する。
同時に『ポルターガイスト』で念動力を加え、矢を加速。
チャフが乱せるのは、防壁を張る方向を確定するまでのほんの一瞬だけ。
一瞬だけ奪った判断力の隙間をこじ開けて、加速した矢がメイジを穿った。
直撃したバリスタによって結晶で構成されたメイジの身体に大きく亀裂が入る。
HP0には至らずともまともに魔力の制御ができる状態じゃない。
勝負あった――
>「……集合しろォ――――――――――――ッ!!!」
瞬間、聞いたこともないような声量で黒刃の怒号が響き渡った。
おそるべきことに致命傷を負った直後にも関わらず、リューグーのパートナー達は即座に後方へ撤収する。
予め决めていたかのような――実際チーム戦ではピンチ時の立ち回りも决めてたんだろう――素早い動き。
追撃を抑える範囲攻撃までこの一瞬で択を切ってきた。
>「【癒やしの泉(エリアヒール)】……プレイ!!」
503
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/10/16(月) 03:15:53
範囲ヒールで致命傷を回復していく――あまりに如才ない段取りは、やはり経験値の賜物ってやつだ。
俺たちはなゆたちゃんの壊れヒールで全回復。連中も範囲ヒールで十全のHPを取り戻す。
バトルは振り出しに戻った……とも、言い切れない。
>「……バカどもがよぉ。事故ってんじゃねーよ」
>「いや……今のは彼らが底力を見せたんだ。事故と呼ぶにはあまりに見事だった」
>「下手な鉄砲数撃ちゃ当たると何が違えんだ。んな事になるまでウダウダ時間かけてる時点で事故ってんだよ」
「お前お腹いっぱいになったら空腹時の記憶消滅すんの?
バトル中に離席かました挙げ句『火力足りてませんね』とか即キックからのBLぶち込み案件じゃん。
あいうえ夫さん黒刃君に甘くない?胃袋でも握られてんのかよ」
>「はいはい、黒刃さんのおまいう芸はいつも面白いですね……もっと手短に言いましょうよ」
>「遊びは終わりだって」
黒刃君のハイパー棚上げムーブは予定調和と言わんばかりにリューグー共はさらりと流す。
流しながらもパートナーと――自身に武器を装備し、再び臨戦態勢を整えた。
流川たなはナイフ、あいうえ夫は杖、黒刃はレイピア――レイピア!?似合わねえなマジで!
>「さっきこの戦いの趣旨がどうとか説教かましたくせに本体が戦う気満々じゃないですかッ!!」
カケル君が思わず非難の声を上げる。俺も同感だった。
「そこらへん含めて今までの戦いぜーんぶ『デュエルごっこ』だったってこったろ。
……楽しかったか?俺は日本代表とバトれてそこそこ楽しめたぜ」
『遊びは終わり』。流川たながそう言った通り、ここからがリューグーの本気。
そして俺たちにとっても、ミハエルの幼稚な悪意で実現したこのマッチアップに付き合う理由はなくなった。
ここから先はもうデュエルじゃない。世界の存亡を賭けた殺し合いだ。
>「……あん?」
不意に黒刃の視線が脇へと逸れた。
隙を誘うブラフじゃない。その先には、ハイバラとミハエルの戦いがあった。
>「向こうもヒートアップしてきたみたいですよ。さっさと終わらせましょう――」
「遊びは終わりとか抜かした傍から観戦モード入ってんじゃねえよぶっ殺すぞ――」
よそ見しながらもリューグー共の俺たちへの警戒は解けていない。
だが、ハイバラを見る流川たなの目が、わずかに見開かれるのを見た。
>「………………は?」
ハイバラが槍に貫かれ、墜落していく。
その光景は、ハイバラよりも先に死んだリューグークランの面々にとって、青天の霹靂みたいなものだったんだろう。
国内最強のプレイヤーの姿を誰よりも間近で見ていた連中だからこそ、その衝撃は計り知れない。
だが、俺たちは違う。
――あいつがなんだかんだ一回ぶっ飛ばされるのなんか日常茶飯事だ。
そしてハイバラは、エンバースは、一回ぶっ飛ばされてからが本番だってことも、知ってる。
504
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/10/16(月) 03:16:37
リューグーが衝撃から回復するまで、ほんの数秒足らずのわずかな間隙。
俺たちだけが、その時間を使える。
>「超音波処理(ソニックテンダライズ)!」
誰よりも早く動いたのはカザハ君だった。
初見のデバフらしき魔法をリューグーにかけ、返す刀でバフを振るう。
>「ジョン君! 烈風の祝福(テンペストブレッシング)! 明神さん、エコーズオブワーズ!」
『ついでだカザハ君、ウインドボイスを全員に繋げ!』
秘匿会話のボイチャ魔法を味方全員に繋がせる。
リューグークランはクソくだらねえ雑談だけじゃなく戦闘に必要な情報共有も肉声で行っていた。
地球にいた頃はネット越しにボイスチャットで連携をとってたはずだ。
会話を傍聴されないことの戦術的な有用性はよく知ってるはずなのに、会話を秘匿する様子がない。
声を垂れ流すことも含めて舐めプの一環なのか、そもそもボイチャを繋ぐ手段を持っていないかだ。
仮に後者であるとすれば、戦術をリアルタイムで共有出来る俺たちに有利にはたらく。
――歴戦の経験と信頼で予めの取り決めを実行出来る連中との格差を、少しでも埋められる。
俺もボッ立ちしてるわけじゃない。
ベル=ガザーヴァにバフの延長を任せている以上、俺の持ち得る火力はヤマシタと怨身換装。
――そして、俺自身。
俺は一度死んだ。ゾンビになって蘇った。
半端な臨死体験じゃない、本当の『死』を経験した。
この身で掴んだその感覚は、カケル君が俺を温め続けてくれたおかげで、損なうことなく頭の中にある。
ネクロマンサーが喉から手が出るほど欲しがる死の記憶――そいつを身をもって手に入れた。
ヤマシタと一緒にアルフヘイムに降り立ってから、ずっと考えてたこと。
今ならできると、確信があった。
「怨身換装――モード:俺」
革鎧の留め具が外れ、あぎとのように開いて俺を飲み込む。
革紐がひとりでに締まり、身体を鎧の中に固定した。
考えてたんだ。ヤマシタが鎧なら、俺が着られればいいのにって。
貧弱なレザーアーマーの防御力でもスーツのままで居るよりかはずっと安全だ。
石油王がやってみせたように、パートナーと合体することでひ弱な本体を狙われるリスクも抑えられる。
それでもこれまで実現出来なかったのは、革鎧の中に『先客』がいたから。
リビングレザーアーマーの本体はそこに宿った無形の怨念だ。
どどめ色のモヤの形で描写されるそれは革鎧の内部を満たしていて、俺が入る余地はなかった。
ゾンビ化を経験して出した答えは――俺自身がヤマシタの『強化パーツ』になることだ。
ボロボロの革鎧を着た兵士のゾンビみたいに、俺もアンデッドの一部になる。
一度死ななきゃ自分をアンデッドと定義するこの感覚はつかめなかった。
「再現しろヤマシタ!『呪霊弾(カースバレット)』!!」
ネクロマンサーのスキルを再現したヤマシタが無数の低級霊を弾幕として放つ。
一発一発は育成済みのモンスターに有効打を与えられるものじゃないが、
防御デバフを入れた今なら痛打になる。対応に集中力を割かせられるはずだ。
505
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/10/16(月) 03:17:26
『リューグークランは強えよ。プレイヤーとしてもブレイブとしても、俺たちの何倍も実力がある。
何よりもその強さを支えてるのは――地球の頃からずっと一緒に戦ってきた"経験"だ』
ボイチャ越しにカザハ君とジョンに呼びかける。
100%の不意打ちですら容易くいなす対応の素早さは、奴らが経験豊富な百戦錬磨の『先行プレイヤー』だから。
ハイバラの言うムスペルヘイムがどんな地獄だったか知るよしもないが、
初見の攻撃であっても即座に対策を構築し、引き際を弁えたその立ち回りは、
地獄で戦い抜く中で培われたものだろう。
奴らはボイチャなしで完璧な連携を成立させている。
『敵がこうしたら自分たちはこう迎え撃つ』、『味方がこの攻撃をするときはこうフォローする』
という動きを脊髄反射のレベルで身体に染み付かせてなけりゃこうはいかない。
一種の『システム』だと言ってもいいだろう。
『だけどそんな奴らでも、エンバースの撃墜っていう"想定外"には動揺した。
見るはずのなかった光景に思考をほんの少し停滞させた』
経験を下敷きにした緻密な連携システムは、未経験に対してエラーを吐く。
俺たちと奴らに違いがあるとすれば、そこ。
俺たちは常に想定外の逆境の中で戦ってきた。
準備不足はいつものことだし、まともに情報が与えられたことだってない。
『想定外の経験値』だけは、誰にも負けないって自信もって言える。
『奴らの想定を上回れ。未経験に想定外を重ねろ。
まともなプレイヤーが逆立ちしたって思いつかねえような前人未到の境地に、俺たちの勝機はある』
「ガザーヴァ、音を借りるぜ。『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』――!」
会場内で絶賛大音声を奏でる音響機器の全ては、ベル=ガザーヴァの支配スキルの影響下にある。
マスターである俺がそれを間借りすることは容易い。
ポルターガイストと組み合わせて、音響機器がひとりでに持ち上がり、集合を始める。
だだっぴろい会場の隅々まで音を届ける、自動車じみた巨大さのスピーカーが。
蝿に覆われて今はカザハ君の曲をリピートし続けるミキサーが。
回路が焼け付きそうなくらいフル稼働しているアンプが。
吸い込まれるように、ヤマシタのもとへと殺到する。
「久々に行くぜ、怨身合体!――超扇動重奏怨霊!『リビングレザー・ソニックアーマー』!!!」
ぶりぶり★フェスティバルコンボ。
かつて俺は王都におけるクーデターでゴッドポヨリンに対抗するために、
ユニットで呼び出した無数の革鎧を繋ぎ合わせて準レイド級のヘビーアーマーを生み出した。
あの時は足りない怨霊の力を補うためにバルゴスの怨念を使ったが――
今は俺が居る。バフを受けたネクロマンサーの力で、巨大な四肢を制御できる。
ヘビーアーマーを構成するのは、支配した音響機器たちだ。
ヤマシタを中心に、ミキサーが胴体、頭にアンプ、肩から生える一対の巨大スピーカー。
冗談みたいに太いAVケーブルが筋繊維のごとく四肢を覆う。
頑丈な金属製のオーディオケースが四肢となって、会場の床を揺らした。
音響機器を素材にしたことで、前線でより強烈なバフを撒き続けることが可能。
リューグーの知覚において現在大きなウェイトを占める聴覚に対するデバフも兼ねる。
何よりも、バフの要である音響機器を『守れる』。
リューグーがバフ解除を狙うなら、まずはじめにスピーカーの破壊を試みるはずだ。
一心同体となることで、自分自身の防御とスピーカーの防衛を両立させられる。
506
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/10/16(月) 03:18:07
「勝ち確BGMも二曲目に突入したことだし、そろそろこいつを言わせてもらうぜ。
それでは流川たなさん、ご唱和ください。
――流れ変わったな」
俺たちを支える史上最強のバッファーがカッコいい曲を奏でるなら。
流れは変わる。変えて見せる。ミハエルとかいうクソガキの悪意に振り回されるターンは終わりだ。
「……ラスベガスがミハエルの指揮する魔物共に蹂躙された時、お前等はあいつと一緒にいたはずだよな。
どんな気持ちだった?モンスター共引き連れて、罪のない民間人を虐殺すんのが、
お前らの二度目の人生でやりたかった『目的』ってやつかよ」
イブリースの話じゃ、ニヴルヘイムでミハエルに指揮権を奪われたときから既にこいつらは蘇っていた。
そんで一緒にラスベガスまで来て、虐殺を見守ってたのか積極的に加担してたのか知らんが、
およそまともな精神でいられるとは思えん。
例え地獄の経験で殺人に抵抗がなくったって、無辜の民を殺し回るのは話が別だ。
「今更道徳なんざ説くつもりはねえよ。こいつは俺の、個人的な希望だ。
お前等がミハエルとローウェルに脳味噌弄られた気の毒な操り人形であって欲しい。
その糸を断ち切るためなら、俺は何だってやれる」
ヘビーアーマーの中心、コクピットめいた空間の中で、俺は最後の問いかけを投げた。
「だけど、目的とやらのために自分の意志であのクズに手を貸してるのなら……」
ソニックアーマーの巨体が腕を振り上げ、拳を高速回転させながらリューグーめがけて打擲する。
日本最強のブレイブ集団を、ゲームの外から呼び出した鋼の巨人が殴りつける。
「……解釈違いだ。ぶっ殺してやる」
【復活。怨身換装で自分を強化パーツにしてヤマシタと合体。
さらに支配した音響機器を素材にヘビーアーマーを生成。バフ撒きながら殴りつける
リューグーの言う『目的』を問う】
507
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/10/18(水) 13:28:46
>「……そういうセリフは、私を殺してから吐いて下さいな」
「うーん…僕は別に君を殺したいわけじゃないんだけどな…手っ取り早く物事解決したいならもうやってるとか思わないかな?」
別に手加減しているわけではない…が殺してもいいならもっと効率的な手段があるのもまた事実ではある。
だけど僕は殺す気も…ぶっちゃけて言えば決着をつける気もない。
戦争をただやめて…エンバースともう一度腰を据えて話し合ってほしい。そう願っているだけなのだ。
「頼むからエンバースともう一度…君達のリーダーともう一度話あってくれないか?その結果もう一度争う事になったとしても…話あう事には価値が」
>「イラつくなあ、そういうの。つまらない道徳の授業をすれば、私がミスをしてくれるかもって?」
心の底からそうしてほしいだけなのに…どうしても人間はこうも…素直になれないのだろうか。
いや…自分も…僕も最初はこうだった気がする…勝手に理解してもらえないって嘆いて…一人で勝手に孤独になって…。
>「それとも、私が可愛いからって実は気を使ってくれてます?
いえいえそんなお構いなく。どうぞ?殺してみて下さいよ」
もはや部長で追う必要もなく近い距離。しかし、当然ドブネズミによって僕達の間がこれ以上近づく事はなかった…が。
「頼む…エンバースは救いようがなかったら殺してもいいといったが…僕にはあれ以上エンバースに…苦しい顔をしてほしくないんだ」
実際はエンバースの表情などわかりようがないのだが…それでもエンバースがどれだけ悩み。苦しんでいるかはわかっているつもりだ。
僕はとっても怒ってるんだ…昔の仲間を殺してもいい…だなんて…エンバースに言わせる僕の不甲斐なさを…こんな状況を作った奴らを…
「もし本当に救いようがなかったとして…話会う事くらいは…させてやりたいんだ」
>「はあ……下らない綺麗事を散々並べた後で、出てくるプレイがそれですか?
そうやって粘って、その後は?仲間がどうにかしてくれるのを待つだけ?」
「まあ…そうだな…君の言う通り…僕達は…仲間にどうにかしてもらわないとなんにもできない…実際カザハがいなかったらもうお前に殺されてたかもな…。」
しかし…カザハとカザーヴァ…二人の力がある今…話は一気にかわった。
ネズミがどれだけ必死に反撃しても…距離が確実に近づく。怪我するよりも先に僕が前にでる…部長の誘導すら必要ない距離まで来てくれた…。
二つの要素が加わり急接近する。そして…とうとう目の前にたどり着いた。
「最後にもう一度だけ聞く…エンバースと話し合ってくれないか…お願いだ」
当然だが返答はなかった。やはり力づくで…連れていくしかないのか。
「残念だ…」
508
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/10/18(水) 13:28:57
>「あー……ごめん、ヴァーミンちゃん。ちょっと痛いかも」
ドブネズミを僕の目の前に飛び出させ…防御の構えを取る。
「お前は…自分だけはいつも安全にいれると思っている…戦争なんてものを仕掛けながら…少し…痛みを味わえ!」
ピューイ
僕は防御するために飛び出してきたドブネズミ騎士を掴み、殴りつけ、思いっきり地面に叩き付ける。そしてその後その場で口笛を吹く。
その時カキンと固い金属のようなものが落ちる音が聞こえたと同時に…今まで完全に気配を消していた部長が飛び出してくる。
「バウッバウッグルルルルル!!」
そして…流川たなの足に思いっきり齧りついた。
「さっき散々部長の事をザコとかいってくれたな?君だってドブネズミ騎士を育ててるんだから…ある程度分かり合えると思ったのに」
殴り落した鼠を足で抑えながらクソ女を見下ろす
「確かにゲームの数字だけ見れば部長の攻撃力ははっきりいって底辺に近い…どうやってダメージ与えるんだって思うくらいにな?
でもそれは…あくまで【ゲーム】で【モンスター同士の対戦】の話だろ?僕達人間からしてみれば…部長は立派なモンスターだって事を忘れちゃいけない」
クソ女は最後まで効率的だった。
部長と僕が分かれた後も逃げ回り、捕まえられる可能性が低く攻撃力がない部長を無視し僕を集中攻撃した。
カザハとカザーヴァの歌が無ければ死んでいたのは間違いなく僕だった…。
「…あんまり動くなよ…僕と訓練した部長なら…人間の足ぐらい例え金属の鎧を着ていたってゆっくりと嚙みちぎれるんだ」
しかし部長を無視したといっても最後まで最低限の警戒はしていた…。
だから僕は待つ必要があった…完全に僕だけに意識が向くまで。
僕一人じゃ不可能だった。だから仲間を頼った。なんと言われようと…僕は…僕の出来る事をするまでだから。
「さっき僕が戦闘狂だとか言ってたな?君のいう事は一つを除いて間違ってない…たしかに僕は戦いが好きで…その戦いに快楽を求めてる…今も…そしてこれからもな。
だけど…戦争は嫌いだ。弱者が…弱者が殺し、略奪し、凌辱する…そんなものは僕の求める闘争とはまったくかけ離れたものだからだ」
名誉ある死は…戦争には存在しない…だから…僕は…戦争が嫌いだ。
「もう終わりにしないか…君の負けだ…僕の体の調子が良すぎてこれ以上やるなら・・・身の安全は保障できない」
しまった…この後の事あんまり考えてなかった…どうしよう…?とりあえず縛って明神のほうの手助けに…
>「……集合しろォ――――――――――――ッ!!!」
フロアに…怒声が響いた。
「一体なんだ…?」
ほんの一瞬…怒声が聞こえたほんの一瞬だけ…気が他所に向いた瞬間…その場からドブネズミ騎士と…クソ女がいなくなっていた。
秒にも満たないくらいなその時間で…ネズミとクソ女は味方の所に再集合しにいったのだろう…瞬時に振りほどかれた部長を目を回している。
「出血から見るに…部長の歯は確実に肉に食い込んでいた…相当痛かったろうに…中々根性あるじゃないか…!」
僕はクソ女は高みの見物だけをしている…弱者を殺し…自分を強者だと思っている勘違い弱者だと思っていたが…
「そうだよ…エンバースの仲間が…この程度じゃないって事少し考えれば分かる事だった…ふふっ…いいぞ…もっとやろう」
こんな不意打ちで終わらせるなんて持ったない事するところだった…腹を割った会話には…全身全霊のどつきあいしかないってことだな…!
「おっと」
口角上がっていたので慌てて治す…いくら気分が高揚しても・・・調子には乗ってはいけない。
「スー・・・は〜…スーハッー…よし…いくか!」
509
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/10/18(水) 13:29:09
悠長な事を言っていたら炎の散弾…というか限りなく小隕石的ななにかが目の前に落ちてくる。
「…あ〜…やばい!走るぞ部長!みんなの方向わかるか!?…後盾ひろってかねーと!」
>「みんなこっちへ! テンペストプロテクション――!」
>「下手な鉄砲数撃ちゃ当たると何が違えんだ。んな事になるまでウダウダ時間かけてる時点で事故ってんだよ」
>「お前お腹いっぱいになったら空腹時の記憶消滅すんの?
バトル中に離席かました挙げ句『火力足りてませんね』とか即キックからのBLぶち込み案件じゃん。
あいうえ夫さん黒刃君に甘くない?胃袋でも握られてんのかよ」
「ふ〜…結構危なかったな…元気そうでなによりだよ。みんな…あれカザハなんか恰好変わった?」
カザハも…カザーヴァも…明神も…みんな元気そうでよかった。
とりあえず明神のレスバを聞いてみんなの安否を確認するのもどうかとおは思うけど…これも僕達らしくていいか!
>「遊びは終わりだって」
「ここから本番か…徹底的にやるってんなら…最後まで付き合うだけだ」
軽口を叩いてはみたが…奴らの本質はチームワーク…チャンピオンと呼ばれるのは伊達ではない事は気迫からも伝わってくる。
>「そこらへん含めて今までの戦いぜーんぶ『デュエルごっこ』だったってこったろ。
……楽しかったか?俺は日本代表とバトれてそこそこ楽しめたぜ」
僕達は負けるわけにはいかない。今回も勝つことは果てしなく困難な道だが…いつも通り…乗り越えるだけだ。
>「―――――――――――!!」
全員の視線が意識が一か所に向かう。その視線の先にはなにかに貫かれたエンバースが…落下している姿だった。
エンバースが死ぬ…?…あり得ないな。…それに僕はもう仲間を信じるって決めたから。
>「ジョン君! 烈風の祝福(テンペストブレッシング)! 明神さん、エコーズオブワーズ!」
「ありがとう…それもいいけど…そろそろ次の曲を掛けてほしいな…!できればアップテンポな感じで!」
アイツらは戸惑ったみたいだが…明神やカザハ…僕は違う…疑う事なんて一瞬だってしてやるもんか。
>『ついでだカザハ君、ウインドボイスを全員に繋げ!』
脳内に直接明神の声が響いてくる。
>『リューグークランは強えよ。プレイヤーとしてもブレイブとしても、俺たちの何倍も実力がある。
何よりもその強さを支えてるのは――地球の頃からずっと一緒に戦ってきた"経験"だ』
>『だけどそんな奴らでも、エンバースの撃墜っていう"想定外"には動揺した。
見るはずのなかった光景に思考をほんの少し停滞させた』
>『奴らの想定を上回れ。未経験に想定外を重ねろ。
まともなプレイヤーが逆立ちしたって思いつかねえような前人未到の境地に、俺たちの勝機はある』
『前人未到の境地ね…中々無茶言ってくれる…けど…面白い…やっぱり僕達はこうじゃなきゃ!』
今まで僕達有利で始まった事なんて一度もなかった。
情報なんてなかったしあったらあったで誤情報だし…期待した事、裏切られたこと…まだ…僕は数える程しかみんなと歩んでいないけど…それでも諦めず僕達は進んできた。
中途半端にハッピーエンドを諦めるなんて事は…僕達には似合わない。いくならとことん!どこまでも!いってやるさ
510
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/10/18(水) 13:29:31
>「久々に行くぜ、怨身合体!――超扇動重奏怨霊!『リビングレザー・ソニックアーマー』!!!」
「なにあれ…ちょ…ちょ…超かっこいいいいい〜〜〜〜〜〜!」
「あれは…たしか明神がなゆと戦った時に使った合体技…あの時は操縦していたが…自分を中心にコアのように扱う事で手足のように動かせるようになったってのか…!?
操縦するよりもラグを極力減らし直観的に動かせるようになるだけじゃなく細かい動作さえも可能になったという事か…!」
まるで読者に説明するようなモブのようになってしまったのだが仕方ない。男の子はみんな合体とか揺れるもんとか好きだから活舌よくなってしまうもんなんだ、うん。
>「……ラスベガスがミハエルの指揮する魔物共に蹂躙された時、お前等はあいつと一緒にいたはずだよな。
どんな気持ちだった?モンスター共引き連れて、罪のない民間人を虐殺すんのが、
お前らの二度目の人生でやりたかった『目的』ってやつかよ」
>「……解釈違いだ。ぶっ殺してやる」
今更こんな問答に意味がない事は明神も分かっているのだ…でもしかし…問わずにはいられない…いくら無意味と分かっていても。
どれだけの理由があろうと無抵抗の民間人を大量殺人した事には一切変わりがない…どんな理由があっても許してはならない。
分かっていても…許す理由を探してしまうのも無理はないが…それでも僕は許してはいけないと思う
『明神…少したなに会いに行ってくる。間違いなくスピードで厄介なのはあいつだ…それにこれ以上カザハに粘着されても困るし…
…………まあとにかく止めに行ってくる…本当にみんなが危なくなったら帰ってくるから
あぁ…あと範囲スキルをぶっ放す時…僕の事は考慮しなくていい。歌姫の加護ある今の僕は…無敵だからね』
明神に言った事は半分本当で、半分は嘘だ。本当はこの心の興奮を抑えきれないから…たなに会いにいく…。
「さて…個人的な事を考える時間は終わりだ!部長!雄鶏示輝路!プレイ…そして雄鶏乃啓示!プレイ!」
「にゃあああああああああ〜!!!!」
効果を2倍にするスキルと…部長が持つ唯一無二のぶっ壊れスキル。
太陽を発射し…その太陽の光を浴びた仲間に強化を、そして浴びた敵には沈黙を掛けるこのゲームでも最強のぶっ壊れスキル。
60秒の効果は2倍になり120秒になる…それでも効果時間は短いが次のワンアクションを制する時間くらいにはなる。
そしてもう一つ致命的な弱点…それは光を遮られると効果を受けれないし与えられないという事。
先ほどより戦闘の余波で…晴れて来たと言えども意外と弱いこのスキルの光ではこの視界不良の中…効果を受けれる場所は限定される。
だが逆にそれでいい…これで相手はなにかスキルやカードを切る時必ず光を避けなければいけない…相手の場所を制限できるだけでもやる価値はある。
戦いは…先手を取ったほうが圧倒的に有利なのは対人に置いての基本であり…それを無条件で受けれるなら…重要なスペルカードを二枚吐くには十分の価値がある
この時間で…どれだけ有利を取り切れるか…余計な事を考えてる暇はない!やり始めたら!とことんいこう
「そして…漆黒衣…雷刀…プレイ!」
部長だけではなく僕も…忍び装束に着替える。そして乱戦が始まり混沌とするこの場の攻撃をかいくぐり…そして会いにいくのは…当然。
「流川たな…で名前合ってたよな?…明神やカザハに対してフランカーがずっと粘着してくる…なんて状況は御免こうむりたいからね…だからこっちから会いにきたよ」
トブネズミ騎士と…名前だけ言えばタンクロールっぽいが…この場で誰よりも効率的に、精密に、かつ高速で動けるのは間違いなくこのネズミと…たなのコンビだろう。
明神のあの変身のパワーは確かに凄まじいが…鎧に入り込んだこのネズミをどうにかできるほど…精密性があるとは思えない…というのは建前だ。
「…そんなに嫌そうな顔しないでくれよ…謝罪も兼ねて会いに来たんだ…僕は君を一方的に弱者をいたぶり遊んで笑うのが趣味のクソ女だと思ってた…けど
さっきのほんの一瞬の隙を突いて自分の怪我も顧みず部長を無理やり引きはがし脱出して仲間の元に戻った・・・あの判断力…君は確かにエンバースの仲間だった」
クソ女だと一方的に差別していた事を謝りたかったのも…一つの理由ではあるが…やはりこれもどっちかと言えば建前でしかない。
口角が釣り上がる。この後起きる激動の戦いに胸を躍らせているのだ…最高のBGMに最高級の敵…これで興奮しないなんて事はできない…それには僕はまだ若すぎる。
「…僕は戦争は嫌いだが…強者との闘いは大好物なんだ…たな…君ととことん闘り合いたい!」
キイイイン
手に構えた刀が室内に放たれたわずかに差し込む太陽の光を反射し、刀が輝く。
適度に差し込んだ光は僕だけ暖かで勝利の光になり…敵には絶望の死の光になる
「もう説得するなんて事はしない…全ては…終わった後に聞く…だから簡単に死なないでくれよな」
シュンシュンシュン…ガッ!
目に見えぬ速度で刀を振るい近くにあった大理石の柱の一部を切り取り…切り取った大きな破片を思い切り蹴り粉砕させる。
小さく親指程まで細かく砕けた大理石の破片が超高速でショットガンのように飛び散り、たなとネズミのほうに飛んでいく。
もちろん破片とは言えども当たれば致命傷になりえるほどの威力がある。…が当然当たる訳もなく。
「雄鶏乃怒雷!」
「にゃあ〜〜〜〜〜!!」
バチバチバチ…ビッシャーーーーン!
ショットガン大理石を目くらましに使ってからの本命の雷攻撃。それさえも…顔色変えずにいなされる。
「はっ…動揺すらしないか…!さっきまでならこれで終わってただろうに!……やっぱり戦いはこうじゃないとな…!」
部長と僕…二つで一つの立ち回り…覚悟を新たに決めた元チャンピオンに…どこまで通用するか試してみるとしようか。
「しかし…僕も歌姫の加護を受けて…無様な真似はできないんでね…太陽が消える前にアンタを戦闘不能にさせてもらう」
部長と僕は先ほどの戦闘時とは比べ物にならないほど高速で、先ほどとは違い攻撃を刀で弾き、避け、軽い攻撃は部長で受けながら…
チャンピオンの一人に…流川たなに向かって突撃を開始した。
【乱戦を通り抜けてたなに接近】
【BGMと合いまった興奮で戦闘闘争病(ファイターズハイ「戦闘の空気に飲まれテンションが高まる中二病の亜種」)を発症中】
511
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/10/24(火) 00:28:54
>もてなされてばかりじゃ悪いからな。今度は俺のターンだ。見せてやるよ――ダインスレイヴの、真の力を
「ふ……。この期に及んで、なお虚勢を張るとはね。
君も筋金入りの強情者だ。だが、そうでなければ日本チャンピオンになんてなれないか。
王者とは傲慢なもの、負けず嫌いなもの。
窮地に在って意地も張れない者に、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の頂点たる資格はない――!」
ダインスレイヴを高く頭上に掲げたエンバースを見て、ミハエルは双眸を見開き狂的な笑みを浮かべた。
>DPSチェックだ、チャンピオン。ヌルい攻撃してくれるなよ……まだまだ、俺を楽しませてくれ
「面白い!!」
ぎゅおッ!!
堕天使リュシフェールが神剣アンサラーを構えて猛進してくる。
その剣閃が命を捕える監獄の形を成し、エンバースとナイツロード・イミテーションを纏めて斬断しようと迫る。
当たり判定の残る斬撃の軌跡――剣光の牢獄がふたりに迫る。
フラウが偽光剣ガラティーンを生成して応戦する。ダインスレイヴの力が臨界に達するまで、
そうしてフラウが徹底的に防壁としてエンバースの身を護るという作戦なのだろう。
しかし、ミハエルは世界最強の絶対王者。そしてリュシフェールはそのパートナーモンスター。
瞬く間に状況に適応し、最適解を導き出す。
「!」
リュシフェールの剣先がフラウを捉え、その五体を斬り刻む。
ナイツロード・イミテーションは確かに強い。強いが、やはりイミテーション――模造品なのだ。
本物の超レイド級の強さには及ぶべくもない。
技量的には、フラウとリュシフェールに差はほとんどないだろう。
しかし、ここへ来てシンプルなレアリティ、地力の差が表れ始めた。
「はははははははッ! どうした!? 動きが鈍くなってきたじゃあないか! もうスタミナ切れかな!?
僕のリュシフェールに! 紛い物の超レイド級なんかで勝てると本当に思ってるのか!?
そぉーらッ……もうひとつ追加だ! みごと防いでみせろよ、海賊版(ブートレグ)!!」
ミハエルが神殺しの魔鎗グングニールを投げ槍よろしく右肩に担ぐ。
そして、空中に浮かんでダインスレイヴをチャージし続けているエンバースへと投擲。
無防備なエンバースを護るには、フラウは我が身を捨てて主を助けるしかない。
フラウがグングニールを止めることを想定した攻撃。そうして隙を晒したフラウを先ずリュシフェールで片付け、
じっくりとエンバースを嬲り殺しにする――。
しかし、そんなミハエルの目論見は外れた。
フラウは、エンバースを護らなかった。
どッ!! と鈍い音を立て、エンバースの胸の中央に神殺しの鎗が突き刺さり、背中まで貫通する。
直撃だ。その鋭利な穂先が遺灰の躰を穿ち、核をも粉砕する。
>………………は?
「……な……に……?」
リューグークランの皆の視線が、そしてミハエルの双眸が、エンバースへ釘付けになる。
グングニールに貫かれたエンバースが力なく落下してゆく。――信じられない光景だった。
あのエンバース、日本チャンピオンのハイバラが、こうまで簡単に致命傷を受けるなんて。
「バ……、バカな……」
どう、と地面に墜落したままピクリとも動かなくなったエンバースを見詰めながら、ミハエルは唇を戦慄かせた。
必殺の、とどめの一撃とは到底言えない攻撃だった。ただの牽制だった。
むろん当たれば死ぬレベルの破壊力を秘めた攻撃ではあったが、そんなものはエンバースなら、
否、エンバースとフラウのコンビなら容易に掻い潜れるものとタカを括っていた。
それはエンバースとそのパートナーの強さを理解した上での、ある意味では信頼であったのだ。
まだまだ、まだまだまだ。
お互いに血ヘドを吐くような、極限の闘いが続けられると思っていたのに。
勝負をつけるとしたら、それは双方死力を尽くしてから。
精も根も尽き果てたハイバラに、ぐうの音も出ないような完璧なるとどめの一撃を、
ドラマチックに決めようと思っていたのに――。
「ハ……、ハハハ……。
ハイバラ、なんだい……そのザマは? みっともないじゃあないか……。
早く立ち上がれよ、まだ闘いはいいところ中盤戦ってところだろう?
立てよ……、日本チャンピオン。
みんな、お前が立ち上がるのを待ってるんだよ……」
ミハエルがエンバースを鼓舞する。
だが、エンバースは依然としてうつ伏せに床に倒れたままだった。
512
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/10/24(火) 00:30:55
「〜〜〜〜〜〜〜……ッッッ……!!!」
ミハエルは右手で顔を覆い、背を丸めて声にならない絶叫をあげた。
ずっと楽しみにしていた、焦がれていた、ハイバラとのデュエル。
この世でただひとり、自分に比肩する可能性を秘めた。自分と同じ視座を持つと思われた好敵手との闘い。
それが、“こんなこと”で。
こんなくだらない、何でもない攻撃で終わってしまった――。
だが、それをしたのはまぎれもなく自分だ。
あんな牽制ではなく、正真正銘全力の一撃を叩き込んでさえいれば。
しかし、そんなことを言ってももう後の祭りだ。あのときの攻撃は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ならば誰でも使う、
いわばデュエルのセオリーに則ったものだったし、エンバースもそれは充分予測できたはずだ。
だというのに、エンバースは避けなかった。
更に納得できないのは、パートナーモンスターのナイツロード・イミテーションだ。
パートナーモンスターにとって、主を護るということは第一の行動原理のはず。
フラウはそれをしなかった。どころか、今にも主の胸を貫かんと飛来するグングニールを見て、敢えて無視した節さえあった。
そんなことは到底有り得ない事態であろう。
「…………!」
突如として頭の中に閃いた、その天啓めいた思考に、ミハエルは目を見開いた。
そう。
あって良い筈がないことが起きた。
パートナーモンスターが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を見殺しにするなど、本来であれば有り得ない。
だというのに、それは起こった。否、起こったように見えた。
しかし、それが見殺しにしたのではないとしたら? つまり――
『グングニールを敢えて見逃し、主を攻撃させることが目的』なのだとしたら?
実際、フラウは一度はグングニールを受け止め、主を攻撃から守っているのだ。二度目はやらないという選択肢はあるまい。
ドガァッ!!
不意に大きな激突音を聞き、ミハエルははっと我に返った。
思考していたのは時間にして数秒にも満たない間だったが、それでも完全に気を取られてしまっていたらしい。
見れば、リューグークラン三名のパートナーモンスター、ヴァーミンちゃんとマーリン、クロマンジュウが、
明神たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の攻撃をまともに喰らっていた。
どうやらリューグークランのメンバーたちも、エンバースがあまりにも呆気なく敗れるのを見て、
束の間思考を白くしてしまっていたらしい。その空隙をまんまと衝かれたという訳だ。
しかし、おかしい。
エンバースの敗北を目の当たりにして完全に虚を衝かれた自分やリューグークランと違って、
なゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はその状況に対してまったく取り乱すことがなかった。
まるで、“そんなことは日常茶飯事だ”と理解しているかのように。
予め示し合わせてでもいたかのように――。
そして。
事ここに至り、やっとミハエルはエンバースの行動を理解することができた。
同時に、倒れ伏したエンバースの指先がぴくり、と動く。
核を粉砕され、滅びたはずの身体がゆっくりと起き上がる。まだ、炎は消えていない。
>どうしたチャンピオン。幽霊でも見たような顔して
「……ハ……、ハハハ……」
エンバースを凝視するミハエルの口許に、笑みが浮かぶ。
「クク……、そうか……。そういうことか……!
僕とリューグークランが知っているのは『ミズガルズのハイバラ』。
一方で君の仲間たちが知っているのは『アルフヘイムのエンバース』。
たとえ同一人物であっても、その闘い方はまったく異なる……。
焼死体には、焼死体の闘い方がある――ということか……!」
>言ったろ。エンドコンテンツなんだ――第二形態くらい、用意してるさ
焼け爛れ黒ずんだエンバースの面貌が、急速に蘇生してゆく。
対オデット戦の際にほんの僅かな間だけ見せた、生前の顔が再生される。が、今度は幻術の類ではない。
本当に蘇生している。
其れは本来死せば二度と復活の叶わない、この世界では到底考えられない事態であった。
>……さあ、やるぞダインスレイヴ。死を源とする魔王の鍵――死源の魔鍵よ。俺の呼び声に応えろ
ゴッ!!!
「く……! 護れ、リュシフェール!」
ミハエルが鋭く命じるのに応え、堕天使がエンバースの前に立ちはだかる。
ダインスレイヴの輝く魔力の刃と、神剣アンサラーの剣身が激突する。
その威力と速度は互角――否、エンバースが僅かに押している。
>もっとだ、ダインスレイヴ。もっと速く。出来るだろ
主の求めに応じるように、ダインスレイヴの速度が上がってゆく。刃が長大に、鋭利に研ぎ澄まされる。
リュシフェールはそれを受け止めるので精一杯だ。
513
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/10/24(火) 00:32:07
「く、くそ……! こんなことが……!」
素早くスマホをタップしつつ、ミハエルが歯噛みする。
史上最強のチャンプ。無敗の貴公子。
そんな自分がここまで対戦相手の攻め手を許すなどということは、未だかつてなかったことである。
ミハエルの得意とするビートダウン戦法は、神速の攻撃を旨とする。
初手から矢継ぎ早に相手を攻め立てることにより、最初の数ターンで勝負を決めてしまうのだ。
圧倒的な強さと手数によって、ミハエルは今まで苦労という苦労などせず相手を屠り続けてきた。
それが、出来ない。
ブレモン絶対王者は今、初めて劣勢という状況に立たされていた。
エンバースの持つダインスレイヴが赤熱し、火の粉を散らす。
周辺のフィールドが火属性へ変わりつつある。それは己の出現によって自己の存在するフィールドの属性を有利なものへ変える、
超レイド級モンスターの特性そのものだ。
この世ならざる剣刃が虚空を斬り裂き、フラウがその中へと身を躍らせる。
そして、次の瞬間にはリュシフェールの背後へと出現し、死角よりの奇襲。
世界大会の大舞台でさえまともなダメージなど受けたことがなかったであろうリュシフェールが、
エンバースとフラウの挟撃をまともに喰らい、端正な面貌を苦痛に歪める。
>正直、巡り巡ってローウェルの思惑通りみたいで癪だけど。けどまあ折角の機会だ――
>――魔王ハイバラを楽しんでくれ
右半分だけが人間という異様な姿のエンバースが、そう言って不敵に笑う。
外見の凄まじさといい、嘗て誰も見たことのないその闘い方といい、今のエンバースは彼自身が言う通り、魔王にすら見える。
白い装束や翼を自らの血に染めたリュシフェールを従え、ミハエルが憎々しげに奥歯を噛み締める。
「魔王だと……!? 『スルト計画』のことを言っているのか!?
だが、君は失敗した! あの光り輝く国ムスペルヘイムで、ローウェルの……運営の用意した試練に敗れて死んだ!
だというのに……なぜ!?
いくらその剣、ダインスレイヴが手元にあるからと言って、そんなことが起こりうる訳がない……!」
魔王バロール亡き後のストーリー時間軸にあってこれと見込んだプレイヤーを魔王として仕立て上げ、
強力な力を与えてデュエルとは違うPvPによるテコ入れをするという『スルト計画』。
現状のステータスやスペルカードでは到底クリア出来ない無茶振りレベルのダンジョン『転輾(のたう)つ者たちの廟』の中で、
これまた絶対に勝てはすまいという強さに設定した『大賢者ローウェル』と戦うという、
スルト計画のプレイベントで、運営は次代の魔王を選出しようとした。
数多のプレイヤーたちの中でただひとり廟を踏破し、ローウェルを倒したのは、生前のハイバラ。
そのハイバラを魔王とすべく、運営は秘密裡にハイバラとその仲間たちを未実装エリア――ムスペルヘイムへ召喚し、
其処を踏破するという試練を与えた。
しかし、ハイバラらリューグークランは失敗した。マイディア以下四人は志半ばで死亡し、
ハイバラもアンデッドの燃え残りとなり果てた。
失敗したのだ。ハイバラは運営の、ローウェルの望んだ成果を出すことができなかった。
スルト計画は頓挫し、その結果を以てローウェルは『ブレイブ&モンスターズ!』に見切りをつけ、
この世界を消去する方向に舵を切った。
だというのに、何故。
烈しい怒りと屈辱に、ミハエルは慄えた。
よしや、この世界に特別な存在がいるとすれば、其れは自分でなければならない。
なぜならば自分は『ブレイブ&モンスターズ!』の王者、すべてのプレイヤーの頂点であるのだから。
栄光も、特権も、“この世界の特別”は、すべて自分が所有しているべきである。
それは自分と唯一対等と認めたハイバラに対しても変わらない。
対等ではあるものの、ギリギリのところで自分の方が頭ひとつ抜けて優れている――それが正しい姿なのだ。
「そのダインスレイヴだって! 本来なら僕が所有する筈だったものだ!
僕が誰よりも早く『転輾(のたう)つ者たちの廟』を踏破し、大賢者の残骸を撃破して受け取る筈だったのに……!
この僕なら! ムスペルヘイムの試練さえも打ち破れた! 正真正銘の魔王になれたんだ!
だのに、君が……! 僕の手に納まるべきものを! 特別を! 横から掠め取った!
その君が……今更、魔王だと……!?」
リュシフェールがフラウの斬撃を受け止める。が、今までの戦闘のダメージ蓄積のお陰でその動きは著しく精彩を欠く。
ミハエルがスマホをタップし、スペルカードとスキルで強化を施す。
但しそれは、リュシフェールを対象として――ではない。
自分自身にバフを施している。『限界突破(オーバードライブ)』によって、ミハエルの身体が輝く。
「僕は……『ブレイブ&モンスターズ!』最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……世界最高の王者なんだ……!
その僕が……押されている? 僕が、ミハエル・シュヴァルツァーが……?
有り得ない……ある訳がない! そんなこと……!
あって良い筈が! ないんだァァ――――――ッ!!!」
ギュバッ!!!
グングニールを握りしめたミハエルと、神剣アンサラーを携えたリュシフェールが同時にエンバースとフラウへ肉薄する。
万物を斬滅する堕天使の『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』と、
ミハエルの魔鎗による刺突が同時にエンバースらを仕留めようと迫る。
今まで後方に控え、グングニールを投擲でしか用いなかったミハエルが、初めて前線に出たのだ。
生身の肉体ではあるが、楽観視は出来ない。事実リバティウムの戦いで、ミハエルはなんのバフも掛かっていない状態でありながら、
準レイド級の強さを持つ『縫合者(スーチャー)』ライフエイクを苦もなく葬り去っている。
世界王者とそのパートナーモンスターの同時攻撃。アンサラーの全属性による六度の剣光にて斬撃し、
その上でグングニールの多弾頭爆撃『白い閃光(ホワイトグリント)』を零距離でエンバースとフラウに叩き込む、
文字通り必殺の連携。
だが、魔王と化したエンバースと贋作ながら超レイド級にも似た力を有するフラウなら、
きっとそれも凌駕することができるだろう。
514
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/10/24(火) 00:32:37
>は……はは。君、本当に人間か?
魔力の白い羽根が無数に舞い散る中、マイディアが呟く。
「……どうだろう。ゲームだと思っていた『ブレイブ&モンスターズ!』の世界が現実のもので、
これまでわたしたちの生きていた世界がその実、アルフヘイムやニヴルヘイムと何も変わらなくて。
わたしたち自身も、ローウェルやバロールたちの創造したデータに過ぎなかった――。
そんな真実を見せつけられちゃ自分が人間か、それともそれ以外の『何か』なのかだなんて、断言できないよ。
でも――ひとつだけ確実にそうだって言えることならある」
ふぁ、と魔力の翼を羽搏かせながら、なゆたは強い意志の籠った眼差しでマイディアを見据える。
「わたしは……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だよ」
そう。
何もかもがあやふやになってしまった世界で、ただひとつ自信を持って言えること。
なゆたは自分を『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だと定義する。何の変哲もない平凡な日常から突然この異世界に放り出され、
訳も分からず戦ってきた。生き残るために、元の世界へ帰るために、真実を見つけるために。
幾多の旅と戦いの中で、なゆたはいつだって『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だった。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だから、生き残ってこられた。仲間を得た。自分が何を為し、何をすべきか理解した。
その誇りだけは、何があろうと決して揺らぐことはない。
>負ける訳にはいかない?おやおや奇遇だね。私もそうなんだよ
しかし、それはマイディアだって同じことだろう。
孤立無援、前人未到のムスペルヘイムで仲間たちと共に戦い、そして死んだ。
最期の最期まで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』として――。
だから。
この戦いは、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の誇りを示す戦い。
世界を救うという大義を抜きにしても、絶対に負けられない戦いなのだ。
――教えてあげよう。君が本気かどうかなんて、世界は顧みてくれなんかくれないと
なゆたの奇跡のような変容を目の当たりにしても、マイディアは怯まない。
だが、先程までの余裕はなくなっている。すぐにマイディアは攻勢に出た。
ナイトヴェイル――エリザヴェートが刃で出来た扇を宙に放る。
分解した其れが糸によって連結され、鞭のようにしなる。
なゆたの姫騎士の剣とナイトヴェイルの鞭刃が激突し、火花を散らす。
更に波濤の如く押し寄せるアブホースの攻撃をも、返す剣風にて斬り払う。
後衛特化かと思いきや、そんじょそこらの戦士職など足許にも及ばない立ち回りを見せる。
>【超・俊足(テンペスト・ヘイスト)】【狂信的攻撃性(クルセードスタイル)】――プレイ
踊るように、見惚れるように流麗な所作でマイディアがカードを切る。
>……まさか君相手に、このカードを切る事になるとは
短剣を手にしたナイトヴェイルが身構える。
マイディアの奥の手、スキルツリーのポイント転換。
原理は簡単だが、口で言うほど扱いは容易ではない――むしろ其れを使い熟すには天性の素質と、地獄のような訓練が要る。
>……月子先生。君、ハイバラに愛の言葉を贈られた事は?んふふ……ないだろうね。
いつもそうなんだ。思わせぶりな事を言ってこっちをその気にさせて。
そのくせ肝心な時にこっちを見てくれないんだ……でしょ?
目まぐるしくスキルを発動させ、自らの必勝パターンを構築しながら、マイディアは笑った。
>彼は奥手だからね……私も相当長い間待たされたよ。その時の話も聞かせてあげたいけど――
「…………」
>――それは、君がもう少し大人しくなってからでも構わないかな?
「…………」
唇を強く引き結んだまま、なゆたはマイディアの言葉を聞く。
紡がれるのは、なゆたの知らないエンバース。ハイバラとの蜜月の記憶。
その言葉からは、自分こそがハイバラの“一番”なのだという自負が見て取れる。
ぽっと出の、異世界で出会ってからやっと縁を繋いだ程度のプレイヤーより、自分はずっと深く繋がっている、と。
それがなゆたを惑乱させるための戦略であるということは分かっている。
だが、戯言と聞き流せばいいそんな言葉の数々を、なゆたは凝然と聞く。
>……ハイバラ。もう、眩しいよ。でも、私もすぐに――
ナイトヴェイルの右手に、全身の産毛が逆立つほどの夥しい魔力が収束してゆく。
なゆたを破滅させるための、マイディアの切り札が発動する――
と、その刹那。
ドズッ!!!!
何か硬質なものが、柔らかなものに減り込む嫌な音。
それが、戦場のどこかで響いた。
咄嗟に其方を見る。と、そこには神殺しの魔鎗グングニールに核を穿たれ、墜ちてゆくエンバースの姿があった。
まるで、ゴルゴダの丘で聖槍に貫かれた救世主のように。
515
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/10/24(火) 00:33:03
>………………は?
まるで、時間が止まったようだった。
いや、そのとき確実に、ワールド・マーケット・センターの時間は止まっていた。
ただひとり動いていたのは――力なく墜落し、砕ける遺灰の男の躰だけ。
あれほど圧倒的なまでにアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちを追い詰めていたリューグークランの、
誰も彼もが呆気に取られた。目を瞠った。動きを止め――それまで実行しようとしていた、すべての戦術を忘れた。
「――――エ……」
なゆたもまた、大きく目を見開いた。
あのエンバースが敗れるなんて。しかも、こんなにも呆気なく。こんなにもあっさりと。
信じられない思いだった。到底受け入れられることではなかった。
だから――
なゆたはその光景を受け入れることを拒否した。
いくらブレモンのワールドチャンピオン、ミハエル・シュヴァルツァーが相手だからといって、
あのエンバースがこんなにも容易く敗れることなどないのだ。
だとすれば、この目の前で繰り広げられているものは何だ?
決まっている。
――これは、欺瞞だ。
>だから……次も一度だけだ。一度だけ、俺がお前を……みんなを援護する
先程エンバースが言っていた言葉を思い出す。
エンバースは確かに有言を実行した。自らの消滅のリスクを負ってまで、皆の援護をしたのだ。
なゆたはすぐにマイディアを見た。
マイディアもまた、数瞬前のなゆたと同じようにエンバースを凝視し、驚愕に表情を強張らせて固まっている。
思考の空白。今このとき、マイディアは完全な無防備であった。
そして。
この勝機を、エンバースがまさに命懸けで作ってくれた機会を、みすみす逃すなゆたではなかった。
「はああああああああああ――――ッ!!!」
純白の魔力翼を一打ちすると、なゆたは高速で飛翔し異突起にマイディアへと迫った。
ナイトヴェイルの『迷い星(ストレイスター)』、上空より降り注ぐ流星雨をアクロバティックな機動で躱しながら、
胸元に抱くように握り込んだ細剣を構える。
なゆたはかつて、リバティウムでレイドモンスターの一角『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』、
ステッラ・ポラーレから直々にユニークスキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』を伝授されている。
だが――レイド級モンスター、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』のユニークスキルは“ひとつ”ではない。
“ふたつ”あるのだ。類稀な回避性能により、あたかも宙を舞う蝶のようにあらゆる攻撃を回避する、
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の他に、もうひとつ――
「――――『蜂のように刺す(モータル・スティング)』!!!!」
姫騎士の剣の切っ先が、狙い過たずナイトヴェイル――エリザヴェートの右肩、左胸、そして咽喉に命中する。
ただし、刺突それ自体はきわめて浅い。まともなダメージはおろか、痛みさえほとんど感じないであろう。
けれども、それで勝負を決するには充分だった。
『蜂のように刺す(モータル・スティング)』。
ステッラ・ポラーレの、レイド級たる強さを支えているふたつのユニークスキルのうちのひとつ。
その特性は“三撃絶殺”。
一撃貰ってもなんともない。二撃でも痛くも痒くもない。
だが、三撃喰らえば必ず死ぬ。
その対象に例外はない。野良で出会う雑魚モンスターであろうと、イベントボスであろうと、超レイド級であろうと――
三撃受ければ、間違いなく死ぬのだ。
ゲームの中での『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレは、
ステータス的には他のレイド級モンスターに大幅に劣る代わり、このふたつのスキルによって多数のプレイヤーを葬ってきた。
当初、なゆたは『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』だけを教えて貰おうとしたが、
ステッラ・ポラーレがふたつのスキルは共に別ち難いものと言って譲らず、結局両方とも習ったのである。
今までは使うつもりがなく、またその場面もなかったためずっと死蔵していたのだが、今その封印を解いた。
バランス調整のため、CPUの使用する其れと違いプレイヤーの使う『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は成功率が低く、
ほとんどロマン技の域を出ないが、今のナイトヴェイルはマスターのマイディア同様、無防備に突っ立っている状態だ。
回避行動も防御もせず、ただ案山子のように佇立しているだけの相手に当てるのは容易であった。
「……ッ!!」
刺突を成功させると、たッ! となゆたは素早く後方に跳躍してマイディアたちから距離を取った。
更にアブホースの巨大な触手めいた灰褐色の粘液がなゆたを護るように流動する。
確かに、姫騎士の剣はナイトヴェイルを三度刺した。
とはいえ、元のままの性能ではなゆたの不殺の信念に反する。なゆた版『蜂のように刺す(モータル・スティング)』には、
喰らった敵を殺す代わりに行動不能にするというアレンジが加えられていた。
いずれにせよ、ナイトヴェイルにもう先程のような戦闘は出来まい。
516
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/10/24(火) 00:33:46
エンバースがゆっくりと立ち上がる。
核を貫かれたはずの肉体、後は崩壊するばかりである筈の遺灰の躰が、どういう原理か急速に回復してゆく。
否、回復どころではない。燃え盛るその肉体が、人間のもの――生前のそれに復元していく。
右半身だけではあるが、もはやエンバースは黒く焼け焦げた焼死体ではなくなっていた。
彼の身に果たして何が起こっているのか、それはなゆたには分からない。
けれども、やはりエンバースはミハエルに敗れた訳ではなく、自分たちの援護をするために一芝居打っただけなのだ――
ということだけは、確信をもって言えた。
リューグークランが隙を晒したお陰で、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちは窮地を脱し、
その上クランの猛者たちに一矢報いることまでしてみせた。
押されっぱなしの状況ではあったが、ここへ来てやっと同じ土俵に上がることができたらしい。
「まったく、無茶するんだから……」
燃え盛る魔力の刃を手にリュシフェールへと突進してゆくエンバースを一瞥し、眉を下げて小さく笑う。
パーティーの仲間たちはいつもなゆたのことを無理無茶無謀の代名詞のように言うが、
今回くらいはその科白を言う立場になってもいいだろう、と思う。
エンバースほどの負けず嫌いが、易々と勝負を手放すことなど有り得ない。
そして、今回も。絶望的と言うしかない状況から、エンバースは見事に復活を遂げた。
不死鳥は自らの灰の中から新たに生まれ変わるという。
燃え残りの遺灰の中から蘇り、生前の姿を取り戻してゆくエンバースの姿は、まさにそれだった。
「……マイディアさん。
あなたは本当に、エンバースのことを信じてるんだね。エンバースの強さを、その力を」
構えを解き、なゆたは静かにマイディアを見据える。
「エンバースはミハエルに勝てない……そう何度も言いながら、その実あなたはそんなこと全然考えてなかった。
でなきゃ、エンバースが鎗に貫かれたとき、あんなにも大きな隙を見せることはなかっただろうから。
あなただけじゃない、リューグークランのみんなが――エンバースのことを一欠けらの迷いもなく信じてる。
自分たちのリーダーのことを」
リューグークランはそれぞれソロでも成立するトップランカーの猛者たちが、
ワールド・チャンピオンシップで優勝するために結成したチームという触れ込みだった。
表向きはクランのメンバーは全員対等であり、エンバース――ハイバラのリーダーという肩書も、
単にチーム結成時点での日本チャンピオンだったからという理由に過ぎない。
が、それでも。
チームメンバーのリーダー・ハイバラへの信頼は絶対に近く、文字通り揺るぎないものであった。
勿論、エンバースのことを信じていたのはなゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』も同様だ。
ただ、両者ではエンバースの強さを信じるベクトルがやや異なった。
リューグークランがハイバラの純粋な強さ、例え世界チャンピオンが相手であろうと容易に敗北するなど有り得ない、
という点を信じていたのに対し、
なゆたたちはエンバースの不屈性――例え敗れようとも、必ず蘇り最終的には勝利をもぎ取るのだ、
という点を信じていた。
違いはその一点に過ぎなかった、だが。
そのただ一点こそが、両陣営の明暗を分けたのだった。
「わたしたちもエンバースを信じてる。
今までの長い旅の中で、わたしたちが彼と繋いできた絆。それを信じてる。
……それから……あなたたちのことも」
そ、っとなゆたは自らの胸元に右手を添える。
マイディアが怪訝な表情を浮かべるのも構わず、なゆたは言葉を紡いだ。
「ずっと、考えてたんだ。
あなたたちリューグークランが蘇って、この場に現れたことの意味を。
……最初はローウェルがウィズにやったように、わたしたちの……特にエンバースの心を掻き乱すために、
障害として送り込んできたのかと思ってた。
でも、違った。
この世界でローウェルが一貫して使ってきた、誰かの心と身体を操るアイテム――
あなたたち全員の身体のどこにも、あの『悪魔の種子(デモンズシード)』は取り憑いてない」
なゆたが其れを確信したのは、銀の魔術師モードが発動し『悠久済度(エターナル・サルベーション)』を発動したときだった。
銀の魔術師シャーロットのユニークスキルである『悠久済度(エターナル・サルベーション)』は、
フィールド上の全ての仲間のライフを全快させ、状態異常を癒し、
それだけに留まらず敵味方すべてを浄化する。
もしリューグークランが『悪魔の種子(デモンズシード)』に取り憑かれていたとしたら、
その時点で何らかの影響があって然るべきなのだ。
だというのに、クランのメンバーたちには何の異常も見られなかった。
それはマイディアやたな、あいうえ夫、黒刃が精神や意識を支配されているのではない何よりの証拠であろう。
「それじゃあ、あなたたちは何のためにここにいるんだろう。
答えは簡単だったよ……あなたたちはエンバースの敵になるために来た。
でも、それは“エンバースを滅ぼすため”の敵じゃない。
“エンバースに過去を乗り越えさせ、未来へ進ませるため”の敵――として来たんだ」
すい、となゆたはマイディアを真摯な眼差しで見詰めた。
517
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/10/24(火) 00:34:11
「この戦いの少し前。エンバースに案内されて、あなたたちリューグークランの本拠地、
海中箱庭ワタツミ保護区へ連れて行ってもらったんだ」
のんびりしよう、君の話を聞かせてほしい、マイディアのそんな言葉を受け入れるように、なゆたが口を開く。
「……素敵なところだったよ。わたしもそこそこ長くやってるプレイヤーとして、
いろんな人のいろんな箱庭を見てきたから分かる。
リューグークランのみんなは、本当ににこの場所が大好きで。ここに集まることが楽しくて。
仲間同士でいることが幸福だったんだろうなって……そう感じた。
少なくとも、ただ世界大会で優勝するためだけに結成した急増チームだなんて、
誰にも言うことなんて出来ないって――」
もし、リューグークランが世評通り日本ランキング上位者を集めてチームとしただけの集まりであったなら、
ワタツミ保護区も単なる集合場所、待合所以上の場所にはならなかっただろう。
だが、そうではなかった。
ワタツミ保護区は、間違いなくリューグークランの本拠地。
五人の憩いの場であったのだ。
「ワタツミ保護区の中でエンバースの話す、あなたたちの思い出が優しくて。
温かで、愛情に溢れていて――ちょっぴり寂しそうで。敵わないなぁ……って思ったよ。
ちょっと、妬けちゃった。ふふっ」
少しだけ気恥ずかしそうに、はにかんで笑う。
「いつだって皮肉と余裕の態度で、自分の弱味なんて絶対見せない! って気取り屋のエンバースが。
ずっとずっと、あなたたちのことを引き摺ってる。大切に想い続けてる。
エンバースと初めて出会ったとき、彼ね……初対面のわたしに、いきなり鞄を預けようとしてきたんだよ。
あなたたちの形見の入った、大切な鞄を――君になら任せられる、って」
暴走するミズガルズオルムによって崩壊するリバティウムで、
混乱のさなか突如現れたエンバースはなりふり構わずなゆたに鞄を押し付けてきた。
脈絡もなく現れた、喋る焼死体になゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は大いに面食らったものだ。
「彼があなたたちと違って死にきれず、アンデッドモンスターの『燃え残り(エンバース)』になったのは何故?
彼が日本チャンピオンだったから? 次の魔王としてローウェルに見初められたから?
違う……彼がああなったのは、死ねないと思ったから。
あなたたちの存在が、記憶が。リューグークランの足跡が、
自分が死ぬことで永久に喪われるのが耐えられなかったから――。
あなたたちとの絆が、愛が、ハイバラを。エンバースをこの世界に繋ぎ止めた……」
それがゲームシステムの効果なのか、それとも神慮の埒外にある奇跡の働きなのかはわからない。
しかし、いずれにしてもエンバースは滅びなかった。
朽ちたのは肉体だけ。その魂も、意志も、記憶も、愛も。依然胸の中に留めたまま。
「あのエンバースがそうまであなたたちを愛しているのに、あなたたちがそうじゃないなんて言わせない。
あなたたちの中にも、“それ”はある。今も変わらず、鮮やかな色彩を伴って息衝いている!
エンバース――ハイバラとの愛が、絆が!
だから、あなたたちは蘇った。ミハエルやローウェルの口車に乗ったふりをして、手駒となるふりをして。
そうしてエンバースに、わたしたちに……自分たちを乗り越えてみせろって言ってる……!」
びし! となゆたは大きく右手を振り、マイディアを人差し指で決然とさした。
リューグークランの目的。其れは夢半ばで破れたハイバラ打倒の野望達成でもなければ、現世への復活でもなかった。
ハイバラの肉体と精神に炎をくべ、無残な燃え残りでなく日本チャンピオンとして最盛期の力を取り戻させるため。
大賢者ローウェルという創造主であり破壊神でもある存在を倒すための力を、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』へ授けるため。
自分たちは最後の大いなる試練として立ちはだかることを選んだのだ。
「リューグークラン……あなたたちは本当に強いよ。日本最強チームの称号は伊達じゃないって、心から思う。
その誇りも、矜持も、気高さも。エンバースが心から信じるだけはある。
……だから、先へ行くよ。この出会いも戦いも、決して無駄にはしない。
あなたたちの想い、願い……全部この胸に抱きしめて、わたしたちは進む!
―――――大召喚!!」
なゆたとマイディアの周辺の空間が結界に覆われ、広大な夜の海原へと変容する。
巨きな満月に照らされた水平線の果てで、一匹の人魚がアーチを描くように跳ねる。
四対の眼を炯々と輝かせながら、常闇の深海より世界を取り巻くほどの巨躯を持つ海竜が出現する。
「マイディアさん、あなたの強さに。その意志に。
何より、同じひとを好きになったその心に敬意を表して……わたしの今できる、最大の技で勝負を決める!」
ばさあっ!!
なゆたの背の魔力翼が一度大きく羽搏く。純白の羽根が夜の海原へ無数に舞い散ると同時、
マイディアとナイトヴェイルの身体がロックされる。
がぱぁ……とミドガルズオルムが巨大な口腔を開き、月光が虹色の鱗へ吸い込まれ魔力へと変換されてゆく。
膨大な魔力が、その口吻に凝縮されてゆく――。
518
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/10/24(火) 00:34:35
気が付けば、隣で歌っているカザハが何やらアイドルのようなヒラヒラフリフリの姿に変わっていた。
存在自体がいい加減というかデタラメなカザハは、これまでも何の脈絡もなく唐突に外見を変化させている。
今回も『テンションが上がったから』とか、そんな適当な理由で変身したのだろうと理解する。
「♪欠けたピースを求めて 宛てのない旅をした 探し求めた片割れは 今確かに隣に――」
カザハとは一度だって一緒に歌ったことはない。もちろん、リハーサルだってしていない。
完全に、ぶっつけ本番の出たとこ勝負だ。
だというのに、歌も振り付けも完璧にリンクしている。それぞれのソロパートなど、歌い訳も自然にこなしている。
ガザーヴァはバロールがカザハを真似、レクス・テンペストとしての魂を宿すことを期待して創造された。
結果としてガザーヴァがレクス・テンペストとして覚醒することは(そもそも属性違いのため)無かったが、
それでもレクス・テンペストを元にして生み出されたということは厳然たる事実だ。
闇の属性を持つダークシルヴェストルにも、風を――空気を媒介として音を操る能力は引き継がれている。
きっと、それがアストラル・ハーモニーとして顕現したのだろう。
見れば、カザハが歌はそのままキーボードの代わりに大きな杖を取り出し、光の魔法でパーティーに援護射撃をしている。
――そういうコトもできるのか。
ガザーヴァは瞬時に察した。ただ、歌い慣れているカザハに対してガザーヴァはまだ其処まで複数のタスクをこなせない。
それに、明神の持たせてくれたベースは彼との繋がり。
闘う場所は離れていても、いつも心は傍にいる。そんな想いの証だと思っている。
だから、ガザーヴァはあくまで歌とベースの演奏だけに専念した。
ただし――それはあくまで『幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ本体の話』だ。
ステージ上のガザーヴァから剥離したデスフライの群れの一部が錫杖を持つ蝿頭の魔人――マゴットに変化し、
リューグークランへ突貫してゆく。
また、ステージ上のバフ要員を排除しようとする動きは、カザハとガザーヴァの前にガーゴイルが凛然と屹立し、
高レベルの闇魔法と額の角によって相殺した。
>ジョン君! 烈風の祝福(テンペストブレッシング)! 明神さん、エコーズオブワーズ!
>ついでだカザハ君、ウインドボイスを全員に繋げ!
明神の指示によって、カザハがウインドボイスで周囲の仲間にグループ会話を繋ぐ。
更に明神は臨死体験をした己の身を媒介として、ヤマシタを身に纏うことまでしてみせた。
咄嗟の機転で『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』を使い、致命傷を受けた明神をゾンビ化させたが、
そんな水際の処置も無駄ではなかったということらしい。
>奴らの想定を上回れ。未経験に想定外を重ねろ。
まともなプレイヤーが逆立ちしたって思いつかねえような前人未到の境地に、俺たちの勝機はある
ボイスチャットで明神が皆にそう提案している。
ブレイブ&モンスターズ! リリースから今まで公式サイトで、攻略サイトで、個人ブログで、SNSで。
フォーラムで、オフ会で、町のカードショップが開催する小さな大会で。
数えきれないプレイヤーたちが考案し、分析し、攻略してきたブレモンのタクティクス。
それら手垢のついたものではない闘い方、先人の誰も編み出したことのない新たな戦術にこそ勝機がある――
明神はそう言っている。
常人に対してならば、それは無理難題もいいところだろう。
しかし、このワールド・マーケット・センターにいるアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にはその限りではない。
赭色の荒野以来、自分たちがセオリー通りの尋常な闘い方で勝利を収めたことなどただの一度もなかった。
圧倒的に不利な状況下、一歩間違えれば全滅という土壇場の中で、いつだって敵の裏をかき、奇策を用い、
常識を非常識で塗り替えて生き延びてきたのだ。
今更想定を上回れと言われたところで、なんの無茶振りでもない。
ただただ、『いつも通りに』勝てばいいだけだ。
>ガザーヴァ、音を借りるぜ。『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』――!
自ら口にした言葉を文字通り有言実行するかのように、明神が先陣を切る。
マスターの指示によって、デスフライたちの取り憑いた音響機器たちが一ヶ所に集まってゆく。
そして――
明神を核として大小さまざまな機材が合体し形を成した、音響の巨人が降臨する。
>久々に行くぜ、怨身合体!――超扇動重奏怨霊!『リビングレザー・ソニックアーマー』!!!
>なにあれ…ちょ…ちょ…超かっこいいいいい〜〜〜〜〜〜!
明神の出した奥の手にジョンが黄色い歓声を上げている。
かっこいいのは当然だと、歌いながらガザーヴァはここぞとばかりにドヤ顔をしてみせた。
うんちぶりぶり大明神こそは、『ブレイブ&モンスターズ!』最高の死霊使い。
アルフヘイム最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』パーティーのサブリーダーであり、自分の最愛のマスターなのだから。
>…。……。そっか! まだ歌を聞きたいってこと!? ガザーヴァ、もう一曲、いける!?
隣でカザハが訊ねてくる。フン、とガザーヴァは眉間に皺を寄せて鼻を鳴らした。
「オマエにできて、ボクにできねーコトなんてねーんだよ!
何十曲だって歌ってやる、みんなが勝つまで! さあ――テンション上げていくぞォ!!」
巨人の形を成した明神のスピーカーから迸る旋律、その大音量を一層際立たせるため、
ガザーヴァはベースの弦をかき鳴らした。
【ミハエル、エンバースの魔王化に逆上。
なゆた、リューグークランの目的を看破。ミドガルズオルム召喚。
ガザーヴァ、演奏継続。明神のカッコいい姿を見てドヤる。】
519
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/31(火) 23:58:35
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅰ)】
リューグークランが見せた隙はほんの一呼吸――文字通り息を呑むほどの時間だった。
しかし――居合の達人は一秒にも満たない間に刀を抜き、敵を断つという。
早撃ちの名人は0.1秒で銃を抜き、次の0.05秒で標的を撃ち抜く。
そしてゲーマーは六十分の一秒が勝敗を分かつ――ブレイブにとって一呼吸分の隙は大きすぎた。
『超音波処理(ソニックテンダライズ)!』
『怨身換装――モード:俺』
何かされた。分かるのはそこまで――スマホを通してステータスを確認する暇がない。
『再現しろヤマシタ!『呪霊弾(カースバレット)』!!』
「この……邪魔をするな!バカの一つ覚えで弾打ってるとどうなるか――」
たなの怒号――ドブネズミ騎士が弾幕に真正面から飛び込んでいく。
初手に見せた弾幕渡りの妙技――それをもって明神を瞬殺する心算。
「もう忘れちゃったんですかぁ!?」
弾幕渡りは極めて高度な離れ技――だが決して異能や超能力の類ではない。
れっきとしたテクニックであり、言語化可能な"コツ"がある。
例えば――必ずしも全ての弾を避ける必要はない。
弾幕系のスキルは基本的に一発の威力は大した事がない。
ならば直撃弾のみを避けて、機動力が落ちない程度に防御すればいい。
更に突き詰めるなら――掠める程度であれば弾に当たったところで別に問題ないのだ。
ドブネズミ騎士は全身を覆う強靭な毛皮/頭部と関節を保護する軽鎧に守られている。
呪霊弾の一発や二発掠ったところで毛皮が少々焦げるだけ――その筈だった。
不意にヴァーミンちゃんが悲鳴を上げる――宙に舞う肉片と鮮血。
呪霊弾がヴァーミンちゃんの兜を引き裂き、左側頭部を削り取っていた。
「なっ……ああ、クソ!さっきの……!」
幸いにも被弾したのは本来なら掠める程度だった筈の弾――致命傷には至らなかった。
しかし体勢が崩れた――ヴァーミンちゃんが後方に倒れ込む/転げ回る。
ヴァーミンちゃんを庇うように結晶防壁が床から迫り上がる。
また一つ、リューグークランが後手に回る。
『ガザーヴァ、音を借りるぜ。『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』――!』
『久々に行くぜ、怨身合体!――超扇動重奏怨霊!『リビングレザー・ソニックアーマー』!!!』
「は!バッカみたいなネーミングセンス!あーもう……無駄に粘っても痛い目見るだけ――」
『勝ち確BGMも二曲目に突入したことだし、そろそろこいつを言わせてもらうぜ。
それでは流川たなさん、ご唱和ください。
――流れ変わったな』
「はぁああー!?ウザウザウザ!キモすぎでしょ!ちょっとマグレ当たりが続いただけで何を調子に――」
520
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/31(火) 23:58:59
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅱ)】
『……ラスベガスがミハエルの指揮する魔物共に蹂躙された時、お前等はあいつと一緒にいたはずだよな。
どんな気持ちだった?モンスター共引き連れて、罪のない民間人を虐殺すんのが、
お前らの二度目の人生でやりたかった『目的』ってやつかよ』
ソニックアーマーの拳が結晶防壁を打ち砕く/ヴァーミンちゃんが床を転げ回る。
『今更道徳なんざ説くつもりはねえよ。こいつは俺の、個人的な希望だ。
お前等がミハエルとローウェルに脳味噌弄られた気の毒な操り人形であって欲しい。
その糸を断ち切るためなら、俺は何だってやれる』
「はっ……もうすっかり楽勝ムードですか?おめでたい事で……」
『だけど、目的とやらのために自分の意志であのクズに手を貸してるのなら……』
『……解釈違いだ。ぶっ殺してやる』
「……じゃあ、逆に聞きますがね。あなた達はどうなんです」
流川たなは理解していた――恥ずべき事だが自分達は後手に回った/故に明神の言葉に応じた。
どうにも彼はレスバに一家言あるらしい。しかも自分達に同情「したがっている」。
その理由を求めている――盤外戦術にはなってしまうが、そこに付け入る。
「仲間を死なせてしまった事はないんですか?罪のない人達の命を取り零した事は?
もしその時に戻れたとしても……もっといい結末に出来るって言い切れますか?」
ヴァーミンちゃんは暫し受けを徹底させる/体勢を整えさえすれば順当に自分達が勝つ。
「あのミハエル・シュヴァルツァーを前に、私達に何が出来たって言うんですか。
あなた達なら何か出来ましたか?見て見ぬふりをする以外の何かが。
いいえ……止めようとすれば、誰であれ殺されていた」
幸いな事に、それらしい材料は既にあった――嘘を考える必要はなかった。
余計な殺しが厭わしかった事も、それを止められる訳がなかった事も事実。
「あんなヤツに殺されるくらいなら……せめて。せめて私達は……ハイバラさんの経験値になりたかった」
そしてこの言葉も正真正銘の本心――だからこそ明神には真に迫って見えるだろう。
「ハイバラさんは……あれで意外とくよくよしがちな、気にしいですから。
踏ん切りつけてもらうついでに、あの人の経験値になれたら。
まあ生き返った甲斐もあるってもんじゃないですか」
ふと、流川たなの目から涙が零れた。
「あなた達はどうせ……チャンピオン相手じゃ無駄死にするだけだし。
まずはゲージ稼ぎがてら……大人しくなってもらって、なんて……」
演技ではない。たな自身すら驚いているようだった。
「だ、だけど……私、余計な事しちゃった……でも、だって……ハイバラさんが……。
ハイバラさんがあんなに呆気なくやられる筈なかったのに……なんで、あんな……」
たながその場にへたり込んだ――黒刃もあいうえ夫もそれを嗜めようともしない。
同情に足る理由が欲しいという心理――そこに付け込むつもりだった。
だからその為に最も適したカードを切った――本心を語った。
「ひっ……うぐ……うえええん……ハイバラさぁん……」
だがそれが間違いだった――もう戦う意味はないと、自分の言葉で痛感してしまった。
リューグークランの戦意は既に完全に折れていた――エンバースの読みは正しかった。
ただ――たった一つだけ、誤算があった。
521
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/31(火) 23:59:09
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅲ)】
ふと戦場に火の粉が舞う――項垂れていた流川たなが、はっと顔を上げる。
これこそが、エンバースのたった一つの――そして致命的な誤算だった。
リューグークランが己の死によってその精神を揺さぶられるなら――
「……あは。あはは、なーんだ……そうですよね」
己の復活が、リューグークランをもう一度燃え上がらせる。
「あんなやられ方、ハイバラさんらしくないですもんね……。そっか……。
してやられちゃったって訳だ……あーあ、心配して損しちゃったな……」
そんな当たり前の展開を――エンバースは見落としていた。
「……すみません。私、一つ嘘吐いてました。あなた達を倒したかった本当の、一番の理由」
私達はミハエルの部下として蘇生された。つまり名義上はパーティメンバー。
だから……アイツにはフレンドリーファイア無効が働いてしまう」
舞い散る火の粉を、たなが掴む/袖でぐしぐしと涙を拭う――立ち上がる。
「でも、あなた達のスマホから私達にパーティ招待を送れば所属情報を上書き出来るかもしれない。
それが出来なくても最悪、あなた達のスマホを借りて、パートナーとデッキを移行出来れば――」
明神達を見据える瞳に火の粉が映える。
「つまり……ごめんなさい。やっぱりそこ、どいてもらえますか?」
まるでその目が燃え上がっているかのように。
「譲れないんです。譲りたくない。諦めたくない。ハイバラさんも……このデュエルも!」
ドブネズミ騎士が引き裂けた兜を打ち捨てる/目の前に馳せ参じた敵を睨む――ジョン・アデルを。
『流川たな…で名前合ってたよな?…明神やカザハに対してフランカーがずっと粘着してくる…なんて状況は御免こうむりたいからね…だからこっちから会いにきたよ』
「……げえ。またあなたですか。血みどろファイト、実はあんまり好きじゃないんですけど。血、怖いし」
『…そんなに嫌そうな顔しないでくれよ…謝罪も兼ねて会いに来たんだ…僕は君を一方的に弱者をいたぶり遊んで笑うのが趣味のクソ女だと思ってた…けど
さっきのほんの一瞬の隙を突いて自分の怪我も顧みず部長を無理やり引きはがし脱出して仲間の元に戻った・・・あの判断力…君は確かにエンバースの仲間だった』
「……クソ女ねえ。はいはい認めますよ。どこに出しても恥ずかしい、やーなヤツでしたね私は」
『…僕は戦争は嫌いだが…強者との闘いは大好物なんだ…たな…君ととことん闘り合いたい!』
「はあ……気持ちは分かると言いたいところですが、あなたと共通点があるってのは、なんかこう……普通に嫌だなあ」
『もう説得するなんて事はしない…全ては…終わった後に聞く…だから簡単に死なないでくれよな』
「いいえ?もう何も聞かせる事はありません。あなたが私に聞かせるんです。断末魔の悲鳴を――なんてね」
ジョンが傍にあった柱を斬り裂く/蹴飛ばす――石礫がドブネズミ騎士を襲う。
ドブネズミは――避けようとすらしなかった。ただ風切り音が鳴り響き、剣閃が迸るのみ。
石礫が剣の間合いに入ってから己に届くまで。瞬きよりも更に短い刹那の中で、全ての礫を斬り裂いたのだ。
『雄鶏乃怒雷!』
『にゃあ〜〜〜〜〜!!』
続けざまに降り注ぐ落雷――たなが事もなげにナイフを頭上に投擲/相殺。
522
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/31(火) 23:59:19
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅳ)】
『はっ…動揺すらしないか…!さっきまでならこれで終わってただろうに!……やっぱり戦いはこうじゃないとな…!』
『しかし…僕も歌姫の加護を受けて…無様な真似はできないんでね…太陽が消える前にアンタを戦闘不能にさせてもらう』
「ふむ……コトカリス・ヴィクトリア。お喋りしている余裕がある辺りゴールデンロードも併用。
120秒……舐められたもんですね〜。たった120秒で、ヴァーミンちゃんを捉え切れるとでも?」
ヴァーミンちゃんは先ほどの呪霊弾で負傷している/本来ならば時間をかけて体勢を立て直すべき。
「……でも、いいですよ。受けて立ちます。ハイバラさんならきっとこうする」
ヴァーミンちゃんが両足のスタンスを広げる/重心を落とす――地を蹴った。
ジョン目掛けて一直線に詰め寄る。そして――不意に減速なしに前方へと倒れ込む。
四足走行への移行――ヴァーミンちゃんの頭上を追い越す形で、たなの放ったナイフがジョンを襲う。
だが――そのナイフこそ目眩ましだ。何故ならヴァーミンちゃんは投擲されたナイフよりずっと素早い。
地を這う姿勢から急速に跳ね上がる稲妻の如き剣閃=ナイフを再度飛び越してジョンへ。
そして――金属音が二つ響く。斬撃はジョンに、投擲は部長に阻まれた。
続けざまに剣閃/剣閃/剣閃――火花が散る。紙一重で斬撃を躱す度に互いの鮮血が宙を舞う。
不意に響く、一際大きな金属音――ヴァーミンちゃんが受けをしくじった。
直撃ではない。だが大きく体勢が崩れた――追撃が来る。
「ヴァーミンちゃん!こっち!」
響くたなの号令――ヴァーミンちゃんがあえて更に体勢を崩した。
そのまま倒れるように跳んで逃れる――そして追撃はたなが牽制。
「……ごめんね。痛いよね、辛いよね」
ヴァーミンちゃんの頬をたなが撫でる――大した事ないと言わんばかりに一度吠えると、ヴァーミンちゃんが立ち上がる。
「でも……楽しいね。あなたがいて、ただデュエルが出来る。
たったそれだけの事に……すごく遠回りをしてきちゃった」
ムスペルヘイムに召喚されて、初めてヴァーミンちゃんに「出会った」時――心が踊った。
夢中になってその毛皮を撫で回した――だがその高揚は長続きしなかった。
戻れないかもしれない。あと何人殺せばいいか分からない。
焦燥に駆られながら臨む、殺すか殺されるかの戦いは――苦しかった。
怖かった――ただの殺し合いが上手になっていく自分達が。
その中に、成長の楽しみを見出だせてしまう事が。
「まだやれる?そうだよね。今までの分を……少しでも、取り戻さないと。だから……ヴァーミンちゃん」
己の名を呼ぶマスターの声にヴァーミンちゃんが再度鳴く――全部分かっていると。
そして非業の剣を顔の高さへ――刃を左目の上から右の口端へと滑らせた。
毛皮が裂けるほど深い刃傷から血が滴る――それを舐め取る。
そして――ヴァーミンちゃんがたなを抱き締めた。その巨体にたなが埋まるほど深く。
つまり今この瞬間、雄鶏乃啓示の光はたなを照らさない――沈黙のデバフが届かない。
「うん、男前……【不安定毒素(クラウン・ウイルス)】【英雄殺しの濃縮毒(ヒュドラ・ビジュー)】プレイ」
たながスマホをタップ。対象に特殊毒を付与するスペルカードを二枚――ヴァーミンちゃんへ。
ドブネズミ騎士は本来、状態異常耐性に優れるが、非業の剣には攻撃時デバフ付与効果がある。
『非業』=対象の状態異常耐性を低下させる。故に毒はヴァーミンちゃんに深く浸透していく。
ヴァーミンちゃんがたなを放す/その眼前に深く跪く――たなを陰にして雄鶏乃啓示を遮った。
523
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/31(火) 23:59:31
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅴ)】
「……『疫病変異(パンデミック・ディストーション)』」
瞬間、ヴァーミンちゃんの全身から毒煙が噴き出す。
これまでの濃緑色のものではない――もっと禍々しい紅血色。
血煙が雄鶏乃啓示の陽光を遮る――更にジョンと部長を背筋が凍るような悪寒が襲う。
「私達は、日本一の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だった」
カザハとガザーヴァの呪歌を帯びていてもなお相殺し切れないほどの強烈な病毒。
ヴァーミンちゃんが――進化している。たった二分にも満たないこの戦いの中で。
「だからあなた達に出来る事なら私達にも出来る――やってみせる」
そしてそれは決して比喩的な意味ではない。
不意にヴァーミンちゃんのどす黒い獣毛が眩く光を放った。
更に毛皮の根本から先端へと光が徐々に強まり――全身が白く染まっていく。
ゲームデータにないスキルを使い、実装すらされていない進化形態へパートナーを導く。
それがブレイブのスキルならば――リューグークランに出来ない理由などある筈がない。
純白の毛皮/頭部に現れた白銀のサークレット。
そして自らを傷つけ、毒を煽ってでも勝利を目指す精神。
最早ヴァーミンちゃんは騎士を超えた――ドブネズミ勇者に成ったのだ。
「……よーし!それ行けヴァーミンちゃん!あなたの、最高にカッコいいところを見せてやって!」
ヴァーミンちゃんがジョンへと躍りかかる――傷を負い、毒に侵されながらも剣筋は鋭さを増している。
更にその全身から噴き出す猛毒の血煙――浴びる度に悪寒は深まり、全身に激痛が走るだろう。
加えて血煙は陽光を遮る――ジョンはその度に居場所を変えるか煙を払う必要があった。
要するに――やり返されているのだ。居場所を制限し、後手に回らせる戦術を。
「――ヴァーミンちゃん!今だよ!」
号令と共に、ヴァーミンちゃんから一際激しく噴き出す血煙。
ジョンと部長を完全に包み込むほどの規模――そして不意に訪れる静寂。
ヴァーミンちゃんは仕掛けてこない。ジョンが感じ取れる気配はただ一つ――狩人の視線だけ。
血煙の中――ジョンのすぐ傍にほんの一瞬、陽光が差し込む/己に迫る刃が反射で煌めく。
しかし――防いでみれば分かるだろう。それはただの投げナイフ。
そして気付けるだろうか――ヴァーミンちゃんは既に血煙の中にはいない。
視界を奪い、奇襲を警戒させた上で、ジョンと部長だけを血煙の中に置き去りにしたのだ。
「下手に動かない方がいいですよ。疫病変異の揺らぎであなた達の動きは筒抜けです。
おっと、脅しじゃありませんよ?これはもう100%親切心で言ってるんですから。
この状況で闇雲に動く獲物を仕留め損なうヴァーミンちゃんじゃありません」
裏を返せば――身動きを取らなければヴァーミンちゃんにもジョン達の居場所と体勢は分からない。
とは言えジョンはこれでまた「選ばされる」立場――血煙から逃れ一方的に居場所を察知されるか。
あるいは血煙が晴れるまで病毒を耐え抜いて――その後に襲い来るヴァーミンちゃんを迎え撃つか。
もしくは己の力で血煙を晴らす――だがどう転んでもその後で有利になるのはヴァーミンちゃんだ。
「そんな終わり方はつまらないでしょ?諦めて……さあ、オール・インと行きましょうや」
ジョンが無謀にも血煙からの脱出を図れば――視界外からの強襲を仕掛けてそれで終わり。
血煙が晴れるまで待機したならば、それだけ病毒で受けるダメージは深刻になる。
強力な一撃で血煙を晴らせば――その隙をヴァーミンちゃんは見逃さない。
524
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/10/31(火) 23:59:41
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅵ)】
たなが己の傍らで浮遊するダイスをナイフで軽く弾く――回転する目を凝視する。
そしてダイスが止まる直前にもう一度、ナイフの先端で掠めるように斬りつけた。
「……ダイスロール。出目は、十」
極限の集中力/天性の眼力がこのままだと何の目が出るか。
そして――どうしてやれば望みの目が出せるのかを見抜いたのだ。
これで次の攻撃は一撃が十撃に化ける/『非業』のデバフも一瞬で蓄積する。
そうなればいくらジョンと言えど疫病変異には耐えられない。
「ふふ……いよいよ、あなたの命運も尽きたみたいですね」
これこそが流川たなの真骨頂――デュエルとはギャンブル。
長く続ければ親が勝つ。そして――親はいつだって彼女だ。」
そして血煙が、時間経過か強烈な衝撃によってか――とにかく晴れる。
瞬間、ヴァーミンちゃんがジョンへ疾駆/同時に歴戦の経験が告げる――勝ったと。
完全に先手を取った――ジョンがどれほど素早く力強く動き、部長がそれを補佐しても関係ない。
非業の剣は確実にジョンの四肢を深々と斬り裂き――そのままスマホを奪い取る。
たなもヴァーミンちゃんも確実な勝利を確信した――その瞬間だった。
疾走するヴァーミンちゃんの体勢がほんの僅かに揺らいだ。
負傷を押して戦い続け、自ら病毒を受けた――その消耗が足に来た。
歴戦の経験があるからこそヴァーミンちゃんは今度も察する――察してしまう。
これでは間に合わない。迎撃される。そして自分にはその迎撃を捌くだけの余力は残っていない。
「……っ、ヴァーミンちゃん!!」
たながパートナーの名を叫ぶ――瞬間、ヴァーミンちゃんの双眸に意志の炎が迸る。
マスターが今にも泣き出しそうな声で自分の名前を呼んだのだ。
それに応えられないなど騎士の、勇者の名折れ。
ヴァーミンちゃんが一際強く床を蹴る/ジョンへと飛びかかる/非業の剣が閃く――タイミングは、完全に互角。
525
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:00:10
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅶ)】
「――ケッ、たなのアホが。一人で勝手にべそ掻いて、勝手に開き直りやがって……正真正銘のアホだ、アホでバカでマヌケ」
「まあ、そう言わずに。私も正直後ろめたかったからね。事情を全て明かした今の方が、まだやりやすい」
あいうえ夫/黒刃の眼光が明神達を射抜く――ここで終わりにするという選択肢はないらしい。
ミハエルの虐殺を見過ごした――そして今も明神達の「席」を奪おうとしている。
倫理に反する。そんな事は分かっている――だが止まるつもりはない。
どのみち、ここで敗れるようなら到底世界など救えない――代わってやった方が身の為というもの。
それに――今なら分かる。エンバースは、ハイバラは――彼らを心底信頼している。
だからこそ擬死という賭けに出た――そこさえ通せば、皆は勝てると。
ならば――経験値をくれてやるのはもうハイバラでなくてもいいのかもしれない。
そう思えたから――勿論、だからと言ってタダでくれてやるつもりは毛頭ないが。
「方針は変えねえ。オメーがあの詩人とガザーヴァを黙らせろ。デカブツは俺らでやる」
有無を言わせぬ口調――あいうえ夫は溜息を零すと、カザハを見据えた。
「……そう言えば、ご挨拶がまだだったね」
あいうえ夫が傘を逆手に/両手を腰の横へ――深々と頭を下げる。
姿勢こそお辞儀をしている――だが、その全身から迸るのは燃えるような気迫。
マーリンも、先の呪霊弾で再びあちこちがひび割れているが――その魔力はむしろ高まり続けている。
「対戦よろしくお願いします」
あいうえ夫が顔を上げた――同時、マーリンの周囲に十二枚の結晶板が浮かび上がる。
続けて放つ結晶連弾。無数の結晶がカザハを襲う/襲う/襲う――更に襲う。
結晶の矢が豪雨のようにカザハ達へ浴びせかける――止まらない。
【結晶反響(クリスタル・ハウリング)】――詠唱された呪文を結晶が反響/増幅している。
だが、これは致命打には到底届かない――有効打にさえなり得ない。
自己強化を得た今のカザハ/カケルならば捌き切れる。
そして――そこまで含めてあいうえ夫の想定内。最早この程度で倒せる相手とは思っていない。
結晶反響を使ったのはあくまでも「攻めを継続しつつ、もう一つ呪文を唱える為」。
詠唱完了までに気取られたとしても妨害はあいうえ夫が『傘の杖』で阻む。
結晶の星空が目紛るしく循環する/眩い光が星座のように図形を描いていく。
描き出されるのは、巨大な門――そしてそれが軋みを立てた。
ただの光の線図に過ぎない筈のそれが開いていく。
「【結晶開門・無明の閨房(オープンパンドラ)】……結晶魔法の極致。堪能してくれたまえ」
門の向こうから聞こえてくる――凶暴な太鼓の音/繊細な笛の音/月光の如き歌声が。
それを耳にした瞬間、カザハ達は心臓が凍り付くような恐怖と激しい頭痛を感じるだろう。
それだけではない。頭の中が掻き回されているような感覚――それを裏付けるように目鼻から血が流れる。
「無明の閨房……丁度、君にはおあつらえ向きだと思ってね」
あくまで例え話だが――ブレイブ&モンスターズをテキストエディタで開こうとするとどうなるか。
当然、ゲームは正常に始まらない。エディタには大量の文字化けした文字列だけが残る。
或いはもっと単純に、イヌ科の生物がチョコレートを食べると中毒死に至る。
「外宇宙の賛美歌は……どうだい。美しいだろう」
そうした事が、カザハ達に起きているのだ。外宇宙の賛美歌をカザハの脳は正しく処理出来ない。
勿論、音響と自身の歌声によって賛美歌を紛らわせる事は出来るだろう。
だが完全には不可能だ。それどころか耳を澄ましてしまう。
526
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:00:27
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅷ)】
何故か――生物は恐怖を無視出来ないからだ。
暗闇の中に怪物の姿が見えればその姿を追ってしまうように。
美しく響く死の旋律は――聞けば死に至るからこそ聞き流す事が出来ないのだ。
「……出来れば早めに、倒れてくれると助かるな。このスキルは危険なんだ……お互いにね」
やや焦燥の滲む声――見ればマーリンの全身の亀裂が段々と拡大している。
一体何故そんな事が――この歌声を呼び寄せているのが結晶魔法だからだ。
そもそも何故、結晶魔法で歌が呼べるのか――星空と門を偽造したからか。違う。そんな事は他の属性魔法でも出来る。
そんな低次元な術理ではない――これは召喚魔法なのだ。
成形クリスタルで構成された五体を対価に外宇宙の賛美歌を召喚している。
ブレイブの力を模した、結晶魔法の秘中の秘――故にマーリンはひび割れていく/消費されていく。
無論、このまま賛美歌を聞き続ければカザハ達の頭が破裂するのが先だ。何か対策を取る必要がある。
とは言え術者であるマーリンは――結晶開門の最中でも単純な防壁くらい展開出来る。
更にあいうえ夫も護衛に徹している――決定打を打ち込むのは難しい。
門を形成する結晶を破壊すればどうか――大した効果は得られない。
そもそも開いた門を壊したところで道が閉じる事はない。
加えて結晶自体は星天にまだまだ残っているのだ。
ならばどうすればいいか――実際のところ、答えは簡単だった。
ガザーヴァはとっくに知っていたし、カザハもいい加減聞き飽きている事だ。
外宇宙の歌声がカザハ達にとって耳を澄まさずにはいられない猛毒なら――その逆だってあり得る筈。
要するに――歌えばいいのだ。歌うしかないのだ。外宇宙の聖歌隊をソングバトルで聞き入らせてやればいい。
或いは限界まで極めた歌声ならば、星空を描く結晶全てを共振させる事も出来るだろう。
対策はある。針の穴を通すような神業もカザハとガザーヴァならば成し遂げる。
「……【黄昏の剣(ナイトフォールエッジ)】プレイ」
そして――そこまでが、あいうえ夫の想定内。
ハイバラが信頼する仲間達ならこれくらいはしてのける。
分かっていた――だからその瞬間が訪れた時、すかさず切り札を切れた。
「祈りたまえ……これで決める」
いつの間にかマーリンの傍から移動していた結晶反響の反射板。
そこにカザハとガザーヴァが映り込んでいる――二人の姿が重なるように。
マーリンのひび割れた指先がそこを指す――結晶流星の跳弾で二人まとめて射抜く気なのだ。
結晶の右腕が形を保てないほどひび割れる/あいうえ夫がそれを支える――そして、閃光が奔る。
527
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:00:58
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅸ)】
「――んじゃ、うっす。対戦よろしくお願いしゃーす……オイなんだよ、挨拶くらい返せよ!感じわりーな!」
まるでペンギンかヤンキーのように大股で、黒刃がソニックアーマーへと歩み寄る。
無造作/無作法/無防備――だからこそ相対する明神には選択肢がなかった。
このまま際限なく詰め寄られるか、でなければ迎撃するしかない。
唸りを上げて迫るソニックアーマーの巨大な拳――黒刃のレイピアが迎え撃つ。
拳の端を剣先が触れる――恐ろしく精妙な剣捌きがそれを逸らす。
互いに示し合わせていたかのように拳が外れていく。
黒刃はそのままソニックアーマーの懐へ、悠々歩いて潜り込み――渾身の力で殴りつけた。
レイピアのナックルガードをヤマシタに打ち込む/打ち付ける――ブン殴る。
音響機材を取り込んで重量級と化したヤマシタが軽々と吹っ飛ぶ。
「っしゃあ!どうしたどうした!?さっきみてーな舐めた口、もっかい利いてみせてくれよ!」
相変わらずの悪舌――だが、ただの暴言という訳でもない。
リューグークランは今や完全に本調子/本気の本気――真剣そのもの。
にもかかわらず――どうしてか黒刃からは未だに舐めプの雰囲気を感じ取れてしまう。
感じ取らされているのだ――最初に「迎撃させられた」時と同じように。
大声を上げ自分が優勢だと主張――チームを鼓舞し、敵には仮初めの好機を幻視させる。
幻術ではない。精神操作でもない。ならば何をされているのか――単純な事だ。空気を作られてる。
ムードメイク。チームゲームにおける基礎中の基礎がシンプルに巧妙なのだ。
「あーなんか期待ハズレだなぁ?クロマンジュウはお休みさせてあげた方がいいゲームになるのかなぁ?」
あくまで挑発的――見せかけだと分かっていても殴りたくなるような、天性のウザさ。
しかしそれでいてプレイは冷静。クロマンジュウは既に動き出している。
身を縮こめて力を溜め/力を溜め/力を溜め――そして跳ねる。
クロマンジュウが漆黒の閃光と化す/轟音と共にソニックアーマーの巨体を揺らす。
「たなのアホも、あいうえ夫のボケナスもよぉ、浮ついてんじゃねーってんだよ。なあ?
誰も知らねえスキルパなして、見た事ねえパートナー従えてりゃ上等か?
違えよなあ。ブレイブなんてのはな――強けりゃいいんだよ」
黒刃が詰め寄る/ブン殴る/クロマンジュウが力を溜める/飛びかかる――黒刃が詰め寄る。
あまりにもシンプルな暴力の無限ループ――黒刃が更に大きく拳を振りかぶる。
その右腕にクロマンジュウが追いつく/纏わりつく/巨大な刃と化す。
降り注ぐ漆黒の剣閃=黒曜石の刃――まともに喰らえばヤマシタごと真っ二つ。
「おっ、今ので終わんねえか。そこそこやるじゃねえか」
仲間二人を浮ついてると評した直後、舌の根も乾かぬ内の合体技――悪びれる様子は一切なし。
「……あん?どうしたんだよクロマンジュウ。そこがそんなに気に入ったか?」
ふと、クロマンジュウが黒刃の腕に取り付いたまま肩口へよじ登る/頬に体を擦り付ける。
「ったく仕方ねえな――甘ったれてんじゃねえ!オラ行けェ!!」
黒刃がそれを引っ剥がす/明神へとブン投げる――超高速で迫る黒曜石の棘団子。
しかも防御/回避しても終わりではない。クロマンジュウがソニックアーマーを掴んでいる。
更に黒刃との間には伸長したスライムの体組織――それが急激に縮む/黒刃を引き寄せ――そして強烈な飛び蹴り。
528
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:02:33
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅳ-Ⅹ)】
「よーしよしよしよしッ!よくやった!」
一挙手一投足が信用ならない――信用ならないという印象さえ信用すべきではない。
加えて圧倒的な基礎能力の高さ――黒刃は、恐ろしいほど強かった。
だが――明神には見抜ける筈だ。ほんの微かな違和感が。
黒刃は明らかに自分を主体に戦闘を組み立てている――焼死体の体がある訳でもないのに。
「……おら、へこたれてんじゃねえ。見ろよアイツのやらしい目付き。いつまでもは誤魔化せねえ」
クロマンジュウには――体組織を引き伸ばして隠蔽していたが、塞がり切らない傷が幾つもあった。
エリアヒールでは共振による核へのダメージを癒やし切れなかったのだ。
それに加えて先の呪霊弾から黒刃達を庇う必要もあった。
「よし、腹ァ決めろクロマンジュウ。こっから先は……ブッちぎるしかねえぞ」
とは言え――傷を隠していたのはあくまで「バレていないからその状況を利用した」だけの事。
タンクである以上、負傷が絶えないのは当然の事。これはただのいつも通り。
それに――これでもう「負傷を隠す」という枷も必要もない。
「――っしゃあ!行くぞ!ブチかませクロマンジュウ!!」
黒刃が号令を上げる――と共に猛スピードでソニックアーマーへと駆け出した。
距離を詰め、右手を目一杯振りかぶり――凍えるほど鋭くレイピアを突き出す。
号令はブラフ、レイピアを殴打武器として使い続けてきた事さえブラフの一環。
「どこ見てんだァ?このスケベ野郎ッ!!」
かと思いきや――クロマンジュウの姿がどこにも見えない。
見える訳がなかった。吶喊する黒刃の背中にへばりついていたのだから。
死角からの強襲/炎を帯びて煌めく黒曜石の大鎌――間合いの長いスキルで弱点属性を突く。
「オラオラッ!どうした!さっき言ってた事、もっかい聞かせてみてくれよ!」
目紛るしく入れ替わる虚と実――その中で爛然と燃え盛るブレイブとしての基礎能力。
黒刃の戦術は、意外性に勝機を見出した明神に対するカウンターだった。
つまり――シンプルな駆け引きと基礎能力を押し付ける。
「たなにはディーラーじゃなくてバニーさんの格好してて欲しかった。解釈違いですだぁ?それは流石に……引くわッ!!」
黒刃が詰め寄る/殴る/もう一度詰め寄る/突き刺す/斬り裂く。
クロマンジュウがぶちかます/詰め寄る/焼き払う/目を眩ます――叩き斬る。
それら全てが捌き損ねれば逆転打になりかねない必殺技――さりとて防戦一方ではいずれ捕まる。
つまり――するべき事は単純明快。迫る猛攻を前に致命傷だけは避けながら、反撃し続けるだけでいい。
529
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:02:52
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅳ-Ⅰ)】
エンバースが力なく堕ちていく/マイディアがそれに見入る――息を呑むほどの僅かな時間。
『はああああああああああ――――ッ!!!』
ブレイブの形勢が逆転するには十分すぎるほどの時間。
迷い星の雨を潜り抜けて、なゆたがエリザヴェートに肉薄する。
右手の細剣が眩く三度閃く――エリザヴェートの右肩/左胸/咽喉を浅く貫いた。
『――――『蜂のように刺す(モータル・スティング)』!!!!』
【蜂のように刺す(モータル・スティング)】、三撃必殺のユニークスキル。
エリザヴェートが膝を突く――死にこそ至ってはいないが立ち上がれない。
『まったく、無茶するんだから……』
なゆたの視線をマイディアが追う――エンバースが炎の中から立ち上がろうとしていた。
マイディアの表情に一瞬安堵の色が浮かんだ――が、すぐに立ち消えた。
エンバースが立ち上がったところで彼女の問題は解決しない。
『……マイディアさん。
あなたは本当に、エンバースのことを信じてるんだね。エンバースの強さを、その力を』
「……ふ、急に何を言い出すのかと思えば」
『エンバースはミハエルに勝てない……そう何度も言いながら、その実あなたはそんなこと全然考えてなかった。
でなきゃ、エンバースが鎗に貫かれたとき、あんなにも大きな隙を見せることはなかっただろうから。
あなただけじゃない、リューグークランのみんなが――エンバースのことを一欠けらの迷いもなく信じてる。
自分たちのリーダーのことを』
「どうかな。流石にあんな情けない負け方をするとは思っていなかったから、驚いたのかも」
『わたしたちもエンバースを信じてる。
今までの長い旅の中で、わたしたちが彼と繋いできた絆。それを信じてる。
……それから……あなたたちのことも』
「……私達?」
『ずっと、考えてたんだ。
あなたたちリューグークランが蘇って、この場に現れたことの意味を。
……最初はローウェルがウィズにやったように、わたしたちの……特にエンバースの心を掻き乱すために、
障害として送り込んできたのかと思ってた。
でも、違った。
この世界でローウェルが一貫して使ってきた、誰かの心と身体を操るアイテム――
あなたたち全員の身体のどこにも、あの『悪魔の種子(デモンズシード)』は取り憑いてない』
「必要なかっただけさ。それにローウェルを信奉してしまう程度まで知能を落とされたらブレイブとしては役立たず――」
『それじゃあ、あなたたちは何のためにここにいるんだろう。
答えは簡単だったよ……あなたたちはエンバースの敵になるために来た。
でも、それは“エンバースを滅ぼすため”の敵じゃない。
“エンバースに過去を乗り越えさせ、未来へ進ませるため”の敵――として来たんだ』
「――はあ。大した想像力だ、探偵さん。いっそブレイブよりも作家の方が向いてるんじゃないかな」
マイディアが毒沼の中に浮かぶ機材に腰掛ける――どうせ他に出来る事もない。
『この戦いの少し前。エンバースに案内されて、あなたたちリューグークランの本拠地、
海中箱庭ワタツミ保護区へ連れて行ってもらったんだ』
「……当ててみせようか。彼の事だ……過去に踏ん切りを付けたくてとか、そんな可愛らしい理由だろ?」
530
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:03:03
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅳ-Ⅱ)】
『……素敵なところだったよ。わたしもそこそこ長くやってるプレイヤーとして、
いろんな人のいろんな箱庭を見てきたから分かる。
リューグークランのみんなは、本当ににこの場所が大好きで。ここに集まることが楽しくて。
仲間同士でいることが幸福だったんだろうなって……そう感じた。
少なくとも、ただ世界大会で優勝するためだけに結成した急増チームだなんて、
誰にも言うことなんて出来ないって――』
「あはは、懐かしいゴシップだね。そうそう、ゴシップと言えば――
実はワタツミ保護区に居を構えていたからリューグークラン……じゃないんだよ。
言い出しっぺはハイバラさ。ドラゴン級のスーパープレイヤー集団なんだからリューグーだって」
『ワタツミ保護区の中でエンバースの話す、あなたたちの思い出が優しくて。
温かで、愛情に溢れていて――ちょっぴり寂しそうで。敵わないなぁ……って思ったよ。
ちょっと、妬けちゃった。ふふっ』
「……懐かしむのは、やめておこうかな。この戦いが終わったら、またみんなで集まればいいんだから」
『いつだって皮肉と余裕の態度で、自分の弱味なんて絶対見せない! って気取り屋のエンバースが。
ずっとずっと、あなたたちのことを引き摺ってる。大切に想い続けてる。
エンバースと初めて出会ったとき、彼ね……初対面のわたしに、いきなり鞄を預けようとしてきたんだよ。
あなたたちの形見の入った、大切な鞄を――君になら任せられる、って』
「それは、また……なんというか」
『彼があなたたちと違って死にきれず、アンデッドモンスターの『燃え残り(エンバース)』になったのは何故?
彼が日本チャンピオンだったから? 次の魔王としてローウェルに見初められたから?
違う……彼がああなったのは、死ねないと思ったから。
あなたたちの存在が、記憶が。リューグークランの足跡が、
自分が死ぬことで永久に喪われるのが耐えられなかったから――。
あなたたちとの絆が、愛が、ハイバラを。エンバースをこの世界に繋ぎ止めた……』
「……すっごくハイバラらしいね。本当にそうだったら……嬉しいけど」
マイディアが立ち上がる/スマホをタップ――エリザヴェートを【浄化(ピュリフィケーション)】。
『あのエンバースがそうまであなたたちを愛しているのに、あなたたちがそうじゃないなんて言わせない。
あなたたちの中にも、“それ”はある。今も変わらず、鮮やかな色彩を伴って息衝いている!
エンバース――ハイバラとの愛が、絆が!
だから、あなたたちは蘇った。ミハエルやローウェルの口車に乗ったふりをして、手駒となるふりをして。
そうしてエンバースに、わたしたちに……自分たちを乗り越えてみせろって言ってる……!』
「買いかぶりさ。いや……甘く見すぎ、かな。ご覧の通り、私はあわよくば君を蹴落とすつもりだ」
『リューグークラン……あなたたちは本当に強いよ。日本最強チームの称号は伊達じゃないって、心から思う。
その誇りも、矜持も、気高さも。エンバースが心から信じるだけはある。
……だから、先へ行くよ。この出会いも戦いも、決して無駄にはしない。
あなたたちの想い、願い……全部この胸に抱きしめて、わたしたちは進む!
―――――大召喚!!』
周囲が結界に包まれる――月光が照らす大海原のど真ん中。
夜空に浮かぶ巨大な満月が――海面から爆ぜた水飛沫に塗り潰される。
飛沫の幕が降りるとそこには巨大な竜の眼光――超レイド級、世界蛇ミドガルズオルム。
マイディアは――怯まない/臆さない。
531
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:04:14
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅳ-Ⅲ)】
『マイディアさん、あなたの強さに。その意志に。
何より、同じひとを好きになったその心に敬意を表して……わたしの今できる、最大の技で勝負を決める!』
なゆたの魔力翼が羽ばたく/純白の羽が結界と化してマイディアを縛る――直後、黄昏色の剣閃がそれを断つ。
「ハイバラなら、きっとこう言うだろうね――ふん、勝った気になるのはまだ早いぜ」
己を見下ろす世界蛇の顎門/そこに集約する月光を、マイディアは不遜なまでの眼光で睨み上げる。
「だから私も――諦めない!絶対に!お願い……エリザヴェートッ!!」
厳然と降り注ぐ月光の光芒――エリザヴェートが猛禽の爪を振り上げる/黄昏色の刃が迸る。
【夜禽(ナイトオウル)】=昼夜の境目を具現化した、夜の権化が振るう概念の刃。
世界蛇の息吹と比べても決して格落ちではない一撃が――月光を斬り裂く。
マイディアの強張った口元に微かな笑みが浮かぶ――だが、それもほんの一瞬の事だった。
一度は月光に斬り込んだ黄昏が――瞬く間に掻き消される/押し返されていく。
そして――マイディアとエリザヴェートが月明かりに塗り潰された。
「……羨ましいなあ、君が」
月光が晴れる――エリザヴェートに庇うように抱き締められたマイディアが呟いた。
「私にも……君みたいな力があったらな……誰も、死なせずに……帰ってこれたのかな……」
もう指一本動かす力も残っていない――身じろぎ一つ出来ないまま、涙が零れる。
「けど……うん、君は……ハイバラとお似合いかもね……。
少なくとも君は……どんな時でも、彼を置き去りにせずに済むしさ……。
私には……それが、出来なかったから……そんな簡単な事が……ふっ……うぐ……うああ……」
嗚咽を漏らすマイディア――エリザヴェートがそれを一層深く抱き締める/体を覆い被せる。
ナイトヴェイルは夜の化身――そして疲れ果てた魂を包み、癒やす事は夜の恵み。
ヴェール越しの金眼がなゆたを見据える――まだ何か用があるのかと。
そうでないなら――もう寝かせてやってくれと。
532
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:05:41
【グランドフィナーレ(Ⅰ)】
一振りの内に七度斬り裂くダインスレイヴの剣閃/それさえ囮にしたフラウの強襲。
背後を取られたリュシフェールが振り返る――だが間に合わない。
偽光剣ガラティーンが堕天使の翼を深々と斬りつける。
フラウが反撃を躱して主の下へ/深追いはしない。
堕天使の背後とはミハエルとリュシフェール両方の射程圏内。
エンバースからの援護があったとしても、そこに留まるほどフラウが不遜ではない。
それに――燃費が向上したとは言え、ダインスレイヴの出力維持にも限界はある。
『魔王だと……!? 『スルト計画』のことを言っているのか!?
だが、君は失敗した! あの光り輝く国ムスペルヘイムで、ローウェルの……運営の用意した試練に敗れて死んだ!
だというのに……なぜ!?
いくらその剣、ダインスレイヴが手元にあるからと言って、そんなことが起こりうる訳がない……!」
「失礼な事を言うなよ――試練ごときに敗れた覚えはないぜ。クソイベすぎてエンディングを飛ばしちまったけどな」
『そのダインスレイヴだって! 本来なら僕が所有する筈だったものだ!
僕が誰よりも早く『転輾(のたう)つ者たちの廟』を踏破し、大賢者の残骸を撃破して受け取る筈だったのに……!
この僕なら! ムスペルヘイムの試練さえも打ち破れた! 正真正銘の魔王になれたんだ!
だのに、君が……! 僕の手に納まるべきものを! 特別を! 横から掠め取った!
その君が……今更、魔王だと……!?』
「……今更か。確かに、遅くなっちまったのは悪かったよ。だが――お前が、魔王になれただと?」
『僕は……『ブレイブ&モンスターズ!』最強の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……世界最高の王者なんだ……!
その僕が……押されている? 僕が、ミハエル・シュヴァルツァーが……?
有り得ない……ある訳がない! そんなこと……!
あって良い筈が! ないんだァァ――――――ッ!!!』
ミハエル/リュシフェールが襲い来る――神剣アンサラーが空間を歪めるほどの魔力を帯びている。
来る――聖六芒斬葬が。リュシフェールの必殺剣が――目も眩むほどの剣光が奔る。
瞬間、フラウが前へ深く踏み込んだ。偽光剣でアンサラーを食い止める。
鍔迫り合いの形――聖六芒斬葬の発動を止めようとしたのか。違う。そんな事は不可能だ。
聖六芒斬葬はリュシフェールの剣技の粋。止めようとして止まるものではない。
鍔迫り合いに持ち込めば多少の時間稼ぎにはなるが――それだけだ。
そして、それが分からないエンバース/フラウではない。
だったら何故――その時間稼ぎこそが目的だったからだ。
「……へへ。そう焦るなよ……こんな、喧嘩別れみたいな決着じゃあさ……悔いが残るだろ?」
エンバースとの鍔迫り合い――その中で、ミハエルは気づくだろう。
「……どちらが勝つにしても、な」
エンバースの生身の右半身が鼻血を流している/左半身には亀裂が生じている。
蘇生手段があったとは言え一度魂を貫かれたのだ――そのダメージは簡単には消えない。
その上、自身を魔王ハイバラと化したこの状態は――つまり超レイド級の不正召喚を行っているという事。
その代償は――恐ろしいほどの体力/精神力の持続的消耗。
533
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:09:32
【グランドフィナーレ(Ⅱ)】
「それに……さっき、なんだって?お前が、魔王になれた?ははは……バカバカしい」
それでも――悔いは残したくなかった。最後の最後まで名残を惜しみながら楽しみたかった。
ミハエルが今更何を言おうとも――デュエルの前に感じた友情が消えてなくなる訳じゃない。
「それじゃ駄目だ……だってお前ほどチャンピオンの似合うヤツが他にいないだろ」
エンバースがミハエルを思い切り蹴っ飛ばす/両手を勢いよく左右に広げる。
「……さあ来い『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。さあ来い……チャンピオン!」
そして――最後の激突が始まる。火蓋を切って落としたのはリュシフェールの神剣アンサラー。
眩さすら覚える黄金の剣閃――偽光剣の紅刃がそれを弾く/黄金の魔力をも焼き払う。
次の剣筋は覚えている――瀑布の如く迫る、凍えるような袈裟懸けの刃。
聖六芒斬葬を一度見ているという経験。フラウは当然それを頼りに動く。
それはつまり――聖六芒斬葬を知り尽くす者にはフラウの動きが筒抜けだという事。
斬撃と斬撃の、刹那にも満たないほどの合間――グングニールの穂先がフラウの中心を捉えていた。
融合体を制するフラウ本体への刺突――直後に響く剣戟音/エンバースが神槍を阻む。
「……今のは、聖六芒斬葬が見切られなければ無意味な動きだ。そうだろ」
聖六芒斬葬はまさしくリュシフェールの必殺剣。
世界大会の舞台ですらその剣光は照らす者の殆どを排してきた。
守勢に徹しカードを合わせれば生き残る事が出来る者もいた――だが、それだけだ。
「ずっと……待っていたんだな」
誰にも受け切る事など能わない必殺剣が、いつか見切られた時の為のカウンター。
それを編み出した時――ミハエルはどれほどの空虚を味わっただろう。
エンバースにさえそれは分からない――だが報いる事は出来る。
荒ぶる瀑布の如き強烈な袈裟斬り――フラウの右脚が紅く輝く/刃と化す/神剣を蹴り返す。
水の魔力と魔剣の炎が相殺する/爆ぜる白煙――その向こう側から瞬く閃突。
ダインスレイヴの精妙極まる剣先がそれを捉える/受け流す。
三撃目=紅蓮の逆袈裟――偽光剣を振り下ろす/剣戟音/今度は焼き切らせない。
四撃目=嵐を纏う横一文字――偽光剣が変形――より細く/鋭く。
偽輝剣アロンダイトがその鋭さ故に嵐をすり抜ける。
狙いはリュシフェールの右手――嵐刃を振り抜けば右手を斬り落とされる軌道/堕天使は自ら剣筋を逸らさざるを得ない。
「ああ、クソ……もう、終わっちまうのか……」
終わりが近づいている。寂しげなエンバースの声。
五撃目=見惚れるような白光の逆袈裟――再び偽光剣を形成。
激突する白と紅の光刃――相殺し合うエネルギーが炸裂/互いを大きく仰け反らせた。
そしてそれはパートナーを援護し合っていたエンバース/ミハエルも同じ。
体勢を立て直す最中――エンバースはミハエルと目が合った。
死闘の中のほんの一瞬――エンバースは笑った。
楽しかったから。そんな一人だけで完結する笑みではなかった。楽しかったよなと――ミハエルに笑いかけたのだ。
「さあ――決着をつけよう……ま、勝つのは俺だけどな」
534
:
embers
◆5WH73DXszU
:2023/11/01(水) 00:13:09
【グランドフィナーレ(Ⅲ)】
最後の一撃=暗黒の刃――同時にミハエルが踏み込んでくる/グングニールを振りかざす。
神鎗のグリップが展開――小型の炸裂弾頭が垂直に宙へと打ち上がる/エンバースを襲う。
聖六芒斬葬/降り注ぐ子弾/グングニール本体による閃突――その全てが調和していた。
リュシフェールの刃を防ごうとすればグングニールに串刺しにされる。
逆も然り。グングニールを防御すればアンサラーの餌食。
さりとて嵐刃の時のようにカウンターを狙えば――子弾に吹き飛ばされる。
三つの攻撃が完璧に噛み合っているが故のデッドロック。
思わず――見惚れてしまいそうだった。
それでもどうにかダインスレイヴを振りかぶる。
するべき事は分かっていた。まずリュシフェールはフラウに任せる。
この晴れ舞台のグランドフィナーレ――そこで好敵手の横取り、割り込みなどあり得ない。
「勝てよ、フラウ」
パートナーはパートナー同士。マスターはマスター同士で決着すべきに決まっている。
聖六芒斬葬はフラウが必ず破る――だから残るはグングニールの子弾と本体。
子弾を対処すれば本体に貫かれる。本体を捌けば子弾を防げない。
ではどうするのが正解か――そんなものは存在しない。
強いて言うならこんな状況に陥る前に圧倒的な力で敵を倒すのが正解だった。
では、それが出来なかったエンバースはもう敗北を受け入れるしかないのか。
それも違う。正解なんて存在しないのだ――あるのはただ、どうするべきか。
勇気を持って全身全霊で立ち向かう――それが、不確定な未来を正解に変える唯一の術。
「さあ……行くぞ、ダインスレイヴ」
紅蓮の剣閃が眼前にまで迫った子弾を斬り払う/斬り払う/斬り払う――細切れにする。
極限まで高まった集中力が時間の流れをほんの少し緩やかにする。
グングニールの矛先が己の胸元へと近づいてくる。
それでも子弾はまだ残っている――斬り裂く/叩き斬る/斬り落とす。
残った子弾は一つだけ――グングニールがすぐそこまで迫っている。
最後の子弾を斬り上げる――グングニールは、もう目の前にあった。
エンバースはすぐに察した。これはもう避け切れない。防御も間に合わない。
だが――ミハエルもまた間に合わなかった。エンバースはまだ一手分動ける。
防御も回避も間に合わないエンバースが最後に出来る事は――決まっている。
ただ振り上げたダインスレイヴを渾身の力で振り下ろす事だけ。その結果どうなるかは分からない。
あるいはお互い死んでしまうかもしれないが――今のエンバースには、それでもいいとさえ思えた。
そして――剣閃。
535
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 21:52:32
【カザハ】
>「怨身換装――モード:俺」
>「再現しろヤマシタ!『呪霊弾(カースバレット)』!!」
明神さんがヤマシタさんを着たというべきか、ヤマシタさんが明神さんを取り込んだというべきか。
とにかく、ヤマシタさんと一体となった明神さんが、低級霊の弾幕を放つ。
通常なら強敵相手に痛打を与えられるものではないが……当たったヴァーミンちゃんが大ダメージを受けていた。
>「なっ……ああ、クソ!さっきの……!」
(防御低下デバフが効いてる……!)
>『リューグークランは強えよ。プレイヤーとしてもブレイブとしても、俺たちの何倍も実力がある。
何よりもその強さを支えてるのは――地球の頃からずっと一緒に戦ってきた"経験"だ』
>『だけどそんな奴らでも、エンバースの撃墜っていう"想定外"には動揺した。
見るはずのなかった光景に思考をほんの少し停滞させた』
>『奴らの想定を上回れ。未経験に想定外を重ねろ。
まともなプレイヤーが逆立ちしたって思いつかねえような前人未到の境地に、俺たちの勝機はある』
ウィンドボイス・ネットワークを通じて、明神さんが作戦を皆に伝える。
(――そんなこと言われても!)
これ、作戦って言えるのか!? いや、待てよ?
勝ち確BGMを生演奏しながら突撃してくる敵って、多分その辺にはあんまりいないし
相手の立場に立ってみたら普通に嫌だわ!
「こんな敵は嫌だ!」がお題の大喜利で一番に出てきそう。
>『前人未到の境地ね…中々無茶言ってくれる…けど…面白い…やっぱり僕達はこうじゃなきゃ!』
>「久々に行くぜ、怨身合体!――超扇動重奏怨霊!『リビングレザー・ソニックアーマー』!!!」
音響機器がヤマシタさんに集合し、巨大な人型になった!
>「なにあれ…ちょ…ちょ…超かっこいいいいい〜〜〜〜〜〜!」
「合体ロボってことですか……!? それって最強じゃん!!」
>「あれは…たしか明神がなゆと戦った時に使った合体技…あの時は操縦していたが…自分を中心にコアのように扱う事で手足のように動かせるようになったってのか…!?
操縦するよりもラグを極力減らし直観的に動かせるようになるだけじゃなく細かい動作さえも可能になったという事か…!」
「モ〇ルスーツですね分かります!」
ジョン君とカケルが大興奮している。君達、そんなキャラだったっけ!?
隣ではガザーヴァがここぞとばかりにドヤ顔してるし。
>「オマエにできて、ボクにできねーコトなんてねーんだよ!
何十曲だって歌ってやる、みんなが勝つまで! さあ――テンション上げていくぞォ!!」
「それって、頼りにしていい……ってこと!?」
536
:
響き合う星刻の軍歌(アストラルマーチ)
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 21:55:14
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/pxjff3psnracuccvtdnji/.mp3?rlkey=ixbfatte9b1n19xtf2nbchwjf&dl
上パート:ガザーヴァ(VY2)
下パート:カザハ(VY2)
柔らかで可愛らしき 水の化身 操りし者
揺らぐことない その決意は 鋼の城壁をも穿つ
ありふれた 存在だって どこまでも強くなれる
何度だって君は立ち上がる 勝利を掴むまで
闇を従えし者は 誰より命の重さ知る
自分に嘘をつかず 不条理には屈しない
そんな姿に惹かれる者がたくさんいる
今は亡き者達とまでも 対話し心通わせ 味方に付けて奇跡起こす
最強のデュエリスト 誰にも消せない炎宿し
ぼくたちのもとに来てくれた 最後の希望守るため
無慈悲な神の戯れに 翻弄されようとも
決して見失いはしない 進むべき道を
地の祝福と加護と 呪いその身に受けし者
いつも小細工を弄さず 正面から立ち向かう
逃れることできぬ衝動を 守り抜く覚悟に変えて
比類なき力で皆を守り堅牢の盾となり道なき道切り開く
世界を巡る風に刻みつける 憧れの勇者の物語
皆の旅 最後まで見届ける
それだけで充分だなんて 自分に言い聞かせなくてもういいんだ
人に似た姿と 心与えられたのは
歌うため 君の魂に響く音を紡ぐため
託されたその光を 必ず守り抜く
大丈夫 君は一人じゃない ぼくらがついている
誰一人欠けても 辿り着けぬ場所がある
もう何も諦めない 決して何も見捨てはしない
皆で辿り着かねば 見られぬ景色がある
今度こそ絶対大丈夫 ぼくがここにいるから
今度こそ絶対大丈夫 みんながここにいるから
537
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 21:59:09
>「今更道徳なんざ説くつもりはねえよ。こいつは俺の、個人的な希望だ。
お前等がミハエルとローウェルに脳味噌弄られた気の毒な操り人形であって欲しい。
その糸を断ち切るためなら、俺は何だってやれる」
>「だけど、目的とやらのために自分の意志であのクズに手を貸してるのなら……」
>「……解釈違いだ。ぶっ殺してやる」
音響機器の巨人と化した明神さんが凄んでみせる。
それに対し、たなは予想外の反応を示した。
>「……じゃあ、逆に聞きますがね。あなた達はどうなんです」
>「仲間を死なせてしまった事はないんですか?罪のない人達の命を取り零した事は?
もしその時に戻れたとしても……もっといい結末に出来るって言い切れますか?」
>「あのミハエル・シュヴァルツァーを前に、私達に何が出来たって言うんですか。
あなた達なら何か出来ましたか?見て見ぬふりをする以外の何かが。
いいえ……止めようとすれば、誰であれ殺されていた」
>「あんなヤツに殺されるくらいなら……せめて。せめて私達は……ハイバラさんの経験値になりたかった」
(――――――!?)
そんな悲壮な覚悟を決めてきたのに、いざ対戦が始まってみれば
肝心のエンバースさんはミハエルに独り占めされてしまって蚊帳の外にされて
よく分からない3人組の相手をさせられてるって可哀想過ぎない!?
>「ハイバラさんは……あれで意外とくよくよしがちな、気にしいですから。
踏ん切りつけてもらうついでに、あの人の経験値になれたら。
まあ生き返った甲斐もあるってもんじゃないですか」
>「あなた達はどうせ……チャンピオン相手じゃ無駄死にするだけだし。
まずはゲージ稼ぎがてら……大人しくなってもらって、なんて……」
>「だ、だけど……私、余計な事しちゃった……でも、だって……ハイバラさんが……。
ハイバラさんがあんなに呆気なくやられる筈なかったのに……なんで、あんな……」
>「ひっ……うぐ……うえええん……ハイバラさぁん……」
(え……あ……ちょっと……!!)
「鵜呑みにしたら駄目です!
同情を誘ってこちらの攻撃の手を鈍らせるための演技かもしれない!」
ウィンドボイスネットワークを通じて、カケルの警戒を促す声が皆に飛ぶ。
そうだった、相手はリューグークランだ。同情を誘う演技なんてお手の物だろう。
今は歌に集中するのだ。
自分が動揺しては、特に歌のバフを大きく受けているこちらの対戦チームの二人は総崩れになってしまう。
>「……すみません。私、一つ嘘吐いてました。あなた達を倒したかった本当の、一番の理由」
私達はミハエルの部下として蘇生された。つまり名義上はパーティメンバー。
だから……アイツにはフレンドリーファイア無効が働いてしまう」
エンバースさんが死んでいなかったことに気付いたたなが、また掌を返してきた。
>「でも、あなた達のスマホから私達にパーティ招待を送れば所属情報を上書き出来るかもしれない。
それが出来なくても最悪、あなた達のスマホを借りて、パートナーとデッキを移行出来れば――」
>「つまり……ごめんなさい。やっぱりそこ、どいてもらえますか?」
(はあ!? 何それ……!)
538
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 22:01:32
>「――ケッ、たなのアホが。一人で勝手にべそ掻いて、勝手に開き直りやがって……正真正銘のアホだ、アホでバカでマヌケ」
>「まあ、そう言わずに。私も正直後ろめたかったからね。事情を全て明かした今の方が、まだやりやすい」
(なんでだよ……。なんで奪おうとするんだよ……!
最初から言ってくれればパーティ招待ぐらいいくらでもするのに!!)
一体どこまでが演技で、どこからが真実なんだ……!?
エンバースさんに経験値を与えるのが目的ならよく分からん三人組と戦ったところで意味はないし、
パーティ正体を受けてミハエル支配下から逃れるためだったらますます戦う意味ないじゃん……!
確かそっちから仕掛けてきたよね!?
ただ一つ確実なことは、戦いをここでやめる気はなさそうということだ。
どんな選択肢を取るにしても、勝つしかない……!
>「さて…個人的な事を考える時間は終わりだ!部長!雄鶏示輝路!プレイ…そして雄鶏乃啓示!プレイ!」
>「にゃあああああああああ〜!!!!」
ジョン君はそれをよく分かっているのだろう。
動揺して動きが鈍る様子もなく、たなに再戦を挑んでいる。
いや、それもあるけどそれだけにしては妙に楽しそうだ。
そっか、ジョン君は強敵との戦いが好きなんだ。
(いや楽しくないわこの状況!
だって……たくさん人が死んでるのに、世界の命運がかかってるのに不謹慎じゃん!?)
ん? 不謹慎という言葉が出てくるということは、本当は自分もちょっと楽しいと思っているってこと……!?
そんなことは……ある!
自分と同じ声をした最高の相方と、思い通り以上の演奏をしてくれる音響機器。
そして歌の影響をそのまま受けてくれる魂を分けた半身と、仲間達。
これで楽しくないはずが無いのだ。
……苦手なものをいくら努力して頑張ったところで、好きでやってる人には勝てないんだよなあ。
つまり……勝つためには仕方がない。戦略的不謹慎ということだッ!
539
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 22:08:47
【カケル】
カザハが脳内で誰に対してか分からない言い訳を繰り広げ、誰に対してか分からないけど開き直った。
後にこの戦いが配信されたときに備えての上の世界の視聴者に対する忖度ですかね? 知らんけど。
>「方針は変えねえ。オメーがあの詩人とガザーヴァを黙らせろ。デカブツは俺らでやる」
「出来ればあっちの最後衛は狙わないで欲しいんですけど……。
二人とも私と明神さんで相手しますから。……やっぱ駄目?」
そりゃあ勝ち確BGMを生演奏してる奴らなんて敵としてはさっさと潰したいですよね……!
>「……そう言えば、ご挨拶がまだだったね」
>「対戦よろしくお願いします」
マーリンは、十枚以上の結晶版のようなものを展開している。
そして、戦闘開始直後とは比べものにならないほど激しい結晶の豪雨がカザハ達に襲い掛かる。
結晶版が鏡のように魔法を反射することによって威力と手数を増幅している……!?
私はというと、歌い続けているカザハに代わって一礼していた。
「対戦相手として認めて頂いて光栄……ですッ!!」
そのまま剣を抜き放つような動作と共に、マーリンに向かってソニックウェーブを放つ。
が、割り込んできたあいうえ夫が傘を開いて防ぐ。
(あれって、開くんだ……!)
ところで結晶連弾は放置していいのかと思われそうだが、
最終防衛線にはガーゴイルがいるし、そこを突破されても今のカザハなら自力で防ぎきれる。
あれはおそらく、大技を完成させるための時間稼ぎだ……!
幸い大技は詠唱に時間がかかる。完成するまでに妨害しなければ!
「そこを……どけ―――――――ッ!! ソニック……スティンガーッ!」
自らに風の加速をかけてマーリンに突撃する。
大幅な防御デバフがかかっている今のマーリンに物理攻撃を当てれば戦闘不能に持ち込むことは可能だろう。
が、あいうえ夫が閉じた傘を杖か剣のように使って応戦する。
ガキインッ!と傘とは思えない謎の金属音のような音が響いて阻まれる。
(ふざけた外見の武器のくせに、強い……だと!?)
外見で油断していたが、ああ見えて名のある凄い武器なのかもしれない。
そういえば地球の某アニメでは傘ってゴリゴリの戦闘民族の武器だったわ……!
あいうえ夫とやりあっている間に、マーリンの詠唱が完成してしまった。
540
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 22:18:42
【カザハ】
(ホーリィ・プロテクション!)
雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)で作られた太陽の光に照らされながら、
降り注ぐ結晶連弾を、踊るように防護障壁を展開して防ぐ。
(あれ、太陽だから光属性かな……?)
ところで、今の自分のこの状態は、サブ属性として光を持っているようだ。
カケルと同一モンスター化していることによるユニサス由来のものと思われるが、
ダークの名を冠するニヴルヘイムの精霊達が総じてメインが闇属性であることを鑑みると
逆説、その対極のアルフヘイムの精霊は、サブに光属性を若干持っているのかもしれない。
少しだけだけど、光属性をなゆ一人に背負わせなくていいことが嬉しくなって、少し笑みが浮かぶ。
間奏の隙に、太陽を指さして、ガザーヴァに聞いてみた。
「ねえガザーヴァ、あれ、延長できるかな……?」
ガザーヴァが持っているのがバフ/デバフスキルの効果延長スキルなら、
その両方を兼ねる雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)も延長できるのではないかと思ったのだ。
あれに照らされてるとすごく調子がいいし、それに、星空に太陽って、なんかいい……!
>「【結晶開門・無明の閨房(オープンパンドラ)】……結晶魔法の極致。堪能してくれたまえ」
マーリンが何かの詠唱を完成させたようだ。
星空に巨大な門が描かれ、それが開いていく。
――えっ、開くって……!? そもそもあの星空って、プラネタリウム的に映像を映し出してるものだったよね!?
(なんかヤバイものが御開帳しちゃった……!?)
と、門の向こうから、何か音が聞こえてくる。これって……歌!?
――怖い怖い怖い何これ怖いんだけど!?
(―――――――――――っ!!)
激しい頭痛に、歌が止まりそうになる。……って顔から体液が垂れ流しになってる!
歌うのに邪魔なので手の甲で拭う。って鼻血出てるじゃないですかやだー!
(せっかく可愛い格好してるのに台無しだ……! もうやだ、消えたいっ!)
多分美少女キャラだったらこんなことにはならないよね!?
天然記念物に対してそういう忖度は無いということか!? あんまりだ!!
人間とは違って、流血した血はすぐ風化して消えるからまだいいようなものの……。
と、ここまでは割と呑気(?)だったのだが。
(でも……なんて綺麗なんだろう……)
その旋律は、この世のものではないほど美しく、聞き入ってしまう何かがあった。
実際この世のものでは無いし、正気度が直葬されるほど理解不能なのに
美しいとは矛盾しているのだが、本当にそうなのだから仕方がない。
ふと手を見ると、魔力の粒が零れ出ているのが見える。
まさか、風の元素が漏出している……? 肉体が若干風化しかかってる!?
ここにきて、事態の重大さをようやく認識する。
精霊族は本人が本気で死を望めば、わざわざ首を吊ったり屋上から飛び降りたりしなくても自動的に消えるシステムなのだ。
(さっき、消えたいって思った……!? もしかして、死に惹かれてる……ってこと!?
うわぁああああああああああああああ!!)
541
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 22:26:05
【カケル】
>「無明の閨房……丁度、君にはおあつらえ向きだと思ってね」
>「外宇宙の賛美歌は……どうだい。美しいだろう」
「カザハッ!! 聞いたら駄目です!!」
カザハはいつも自分より先に死んでいった者達に心を痛め、私の死に怯え、心のどこかで自分の死を望み……
死にばかり意識を向けて生きてきた。
だから、こういうSAN値直葬型精神攻撃の威力をてきめんに受けてしまう。
私は試しに馬耳に手で蓋をして塞いでみたが、あまり意味はないようだ。
呪歌は魔法の一種としての側面もあるので、たとえ耳を塞いだところで
ゲーム的仕様によって、魔法の効果として設定されている最低限の効果は発動するらしい。
きっとこれも似たようなものだろう。
術者のマーリンもしくはそのマスターのあいうえ夫のどちらかを仕留めるしかないが、私だけでは難しそうだ。
カザハ達に歌をやめて一斉攻撃してもらう? ――駄目だ。
ジョン君や明神さんは今のところ何とか正気を保って善戦しているが……
カザハが呪歌をやめようものなら、その瞬間に総崩れになるかもしれない。
何より、歌をやめた瞬間にカザハ本人が倒れてしまう。
「出来るだけ音量あげて相殺して! なんとか持ちこたえてください!」
私が、やるしかない……! そっと胸元に手を当てる。
胸元には、いかにも服のデザインの一部です、というような振りをして、
今まで無かった緑色の宝石――レクステンペストの証が現れている。
「超俊足(テンペストヘイスト)……からの烈風分身(テンペストアバター)!」
これは超速く動くことによって残像を作り分身しているように見せる、という
分身技によくある無茶な設定からくるイメージにより、風属性に分類されている。
(くらえ! 背面攻撃(バックアタック)!)
全方位からフェイントをかけたうえでの死角からの攻撃。私の剣があいうえ夫の背後に迫る。
が、またしても傘に阻まれる。
(駄目かあ……!)
どうなってんだこれ。
マーリンはともかく人間のあいうえ夫は普通に視覚で認識してるんじゃないの!?
と心の中でツッコむと同時に、なんとなく、分かってしまった。
攻略方法が根本的に違うのだ。
マーリンが物理攻撃に弱いという弱点を抱えているので、マスターのあいうえ夫は護衛に特化した能力を持つのかもしれない、とか
いくら素のスペックが高くても碌に前衛経験詰んでない奴のゴリ押しで勝てる相手じゃない、とか
いろいろ真っ当っぽい理由は付けようと思えば付けられるが。
明神さんが言ってましたよね、普通じゃ勝てないって。
そもそも、大技を止めるためにその発生源を仕留めるという至って常識的な攻略法では、勝てない仕様になっている!?
542
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 22:29:53
【カザハ】
(さっきのは嘘! やっぱ消えちゃ駄目―――――!!)
なんとか気合で自身の消失を止める。
自分が投げ出したら、みんなが死んでしまう……!
それにぼくがいなくなったら、みんなの冒険の伝説を語る者がいなくなっちゃうよ……!
>「……出来れば早めに、倒れてくれると助かるな。このスキルは危険なんだ……お互いにね」
前方で戦いが繰り広げられている方を見遣ると、マーリンに全身に亀裂が入っているようだ。
(捨て身の攻撃……ってこと!?)
というか見たついでに目に入ったんだけどカケル君、戦意喪失していらっしゃいません……!?
と思っていると、こんな無茶振りをしてきた。
「カザハ! 攻略法、分かったかも! 目には目を、歯には歯を、歌には歌を……!
外宇宙の方々に、歌を聞かせてやるんです!
こっちは私一人では刃が立たないみたいだし……それに、そっちの方が、面白いでしょう!」
(えぇええええええええええ!? 外宇宙の人のセンスなんて分かんないし……!
それに、面白いとか言ってる場合……!? カケルまで何かに洗脳されちゃったの!?)
そもそも外宇宙って何やねん!? 上の世界ってこと……?
上の世界の言語とか音楽がこっちの世界の仕様に翻訳(?)されないまま直に来ているからSAN値が直葬になる、という原理なのだろうか?
上の世界の歌のセンスなら、こっちの世界仕様に翻訳された状態ではあるけど、知ってるかも……!
ぼくは幸か不幸か、ローウェルあるいは少なくとも上の世界の誰かに、何かを仕込まれているらしいのだ。
でも、今までに歌った呪歌は味方を対象にしたものばかりで、相手方を対象にしたものは歌ったことが無い……!
それは当然のことで、呪歌は味方を対象にする場合が圧倒的に多いのだ。
味方に聞かせるのと敵に聞かせるのは難易度が段違いなのは言うまでもない。
でも、そもそも自分が呪歌使いになっているのは、断ち切る力ではなく繋ぐ力を願ったからだ。
つまり敵までも聞き入らせる呪歌が、究極的に目指す姿。
ここで出来なければ、一生その域には到達できない気がする……!
(いつやる!? 今でしょ! やってやろうじゃん……!)
丁度、アストラルマーチが終わる。
これはド直球でパーティーメンバーのみんなのことを歌った呪歌だったが。
今から歌うのは味方をピンポイントで対象にした今までの歌とはまた違う、全ての者に聞き入らせるための呪歌だ。
「ガザーヴァ、お願いね。君となら、出来る……!」
杖をしまい再びキーボードに持ち替え、次の曲の前奏を始める。
さっきまでは味方へのバフだったので並行して魔法での援護が出来ていたが、今回ばかりは全身全霊で演奏に集中しなければいけない。
自ら奏でるのは、ハープの分散和音のパートだ。
星空を描く結晶を共振させるため、ゲーム音楽界の古典的法則の力を借りる……!
「奪われるのは嫌いだ。命も、スマホもあげない。
門の向こうの人達にも、あなたたちにも、歌を聞かせて、勝つ!
勝って……あなたたちをパーティ招待する!! 今から歌うのは、全ての者に聞かせるための歌だ。
名付けて――響き合う星刻の聖歌(アストラルキャロル)! ぼく達の歌を聞け――――――ッ!!」
543
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 22:33:13
【カケル】
「生まれ落ちたその時から 逃れ得ぬ罪を背負う 地上に降りた迷い星達よ
生きとし生ける者に課せられた宿命 奪い奪われる悲しき世の理
だからこそぼくは歌うんだ 想いを風に乗せて
たとえ差し伸べた手が 振り払われようとも
戦いに疲れたなら 耳を澄ませてきいてみて
必ず届けるから 星が刻む聖なる歌」
カザハとガザーヴァが外宇宙の聖歌隊に対抗するための呪歌を歌い始める。
仲間達にピンポイントに焦点をあてた今までの歌とは少し違う、普遍的な歌詞の歌。
(これ、いけそう……!)
カザハが演奏に専念しているので、私はカザハ達を守るべく後衛に下がった。
あいうえ夫はマーリンの護衛に徹し、積極的に攻撃してくる様子は無い。
それをいいことに、歌合戦の動向を暫し見守る。
相手が何もやってこなさすぎて逆に怖いんですけど……。
これは……来たるべき攻撃の好機を伺っていると見るべきか……?
それはいつだろう。普通に考えれば、こっちの呪歌が押し負けた時?
それなら、根拠はないけどこちらが勝つ気がするからいいんですけど……。
あのリューグークランがそんな希望的観測を前提にした動きをするだろうか。
たとえ確率が万に一つだろうと、最悪の事態を想定して作戦をたててくるに違いない。
となると、まさか――逆!?
往々にして、勝利を確信した瞬間に、最大の隙が生まれるのだ。
歌合戦の勝利が確実になってこちらが勝利を確信した瞬間の隙を突いてくるつもり!?
相手を注意深く観察する。
マーリンは一見大技の制御に集中していると見せかけて、結晶反響の反射板を妙な位置関係に展開している。
「……?」
どういうことでしょう。何かの布石……?
そんなことを考えている間に、重大なことに気付いた。
外宇宙からの正気度直葬ソングが止まってません……!? 歌合戦に勝ったってこと……!?
>「……【黄昏の剣(ナイトフォールエッジ)】プレイ」
突如として、相手が動き始めた。
私の憶測が当たってたってことですか!? そんなの当たらなくて良かったのに!
ところで黄昏の剣って、よく聞く黎明の剣と名前が似てますが、亜種でしょうか。
>「祈りたまえ……これで決める」
544
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2023/11/08(水) 22:35:16
マーリンが使ってくる一撃必殺技といえば……
インパクトが強すぎて忘れるはずもない、明神さんを瀕死に陥れた結晶流星!
歌に集中しているカザハは、避けられないだろう。
いや、避けなくていいのだ。
なゆたちゃんは一足先に決着が付いているようにも見えるが――他の皆はまだ戦っている。
カザハは仲間の最後の一人が勝利するまで、歌い続けなければならない。
思った通り、マーリンが結晶の弾丸を放つのが見えた。
普通なら視認する暇すらないはずの神速の弾丸が、見えている。
ところでテンペストの名を冠するスペルカードは多くあるが、その多くは同名のレクステンペストのスキルが基になっているらしい。
さっき私が戦意喪失しているように見えたのは、実際に戦意喪失していたのもあるが、
無駄な攻撃で行動回数を浪費する代わりに、自分に超俊足(テンペストヘイスト)を上限までかけていたのだ。
それにしても、直接狙うにしては、妙な軌道。
あの12枚の反射板を反射させることによって最終的には何倍にも威力を増幅したものをぶちこんでくるつもりだ……!
でも、今までの例を見るにこの技が最も威力を発揮するのは不意打ちであって、
見切ることさえ出来れば、今の私達には脅威ではない。
「――ホーリィプロテクション!!」
光の防護障壁を展開。
予め警戒していたおかげで、放たれた直後の、相手に近いところで展開することが出来た。
が、ここからが想定外で、少し威力を減衰しつつも障壁を突破される。
今までのものと同じように見えても、威力が段違いということか――!
(これが……黄昏の剣の効果!?)
それは、大技の代償で朽ちつつある中での全てを攻撃に全振りした捨て身の一撃だったのだ。
(もう一回……!)
今度は詠唱省略で、1枚目の反射板に跳ね返ったところで再び障壁を展開。またしても突破される。
(まだまだっ!!)
展開、突破。展開、突破。展開、突破。
しばらく何もしていなかったため、行動回数だけは蓄積していたのだ。
しかしついに目の前で展開した最後の障壁も突破され、身を呈するしか方法が無くなった。
しかし魔法障壁すら突破されたのだから、普通に身を呈したところで、貫通してまとめて貫かれてしまうのがオチだろう。
体の中で、どこか防げそうな部位は――あった!
(カザハ――歌ってください! 全員が勝つまで!)
半ば無意識のうちに、結晶の弾丸を胸元のレクステンペストの証で受ける。
でもこれって、武器にもなる一番頑丈な部位であると同時に、破壊されたら死ぬ弱点でもあったよね!? まずくない!?
でも、どう見ても進化条件をカザハの方が握っていることを鑑みるに、今の私はカザハをメインとしたモンスターのサブパーツだ。
その手のモンスターは往々にして、本体の方が生死判定をまとめて握っている。
カザハと私の絆が本物なら、仮に私が目の前で倒れてもカザハが取り乱さずに連結状態を継続できたなら、きっと――
545
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/11/13(月) 07:19:45
>「……じゃあ、逆に聞きますがね。あなた達はどうなんです」
二度目となった俺の問いかけに、今度は答える声があった。
流川たなが苦虫を噛み潰したような顔で質問を返す。
>「仲間を死なせてしまった事はないんですか?罪のない人達の命を取り零した事は?
もしその時に戻れたとしても……もっといい結末に出来るって言い切れますか?」
「………………」
俺が黙る番だった。いくつもの顔が頭の中をよぎる。
その身を捧げて魔剣に成り果てたテュフォンとブリーズ。
リバティウムで俺が巻き込み、バフォメットに食い殺されたバルゴス。
アジ・ダカーハを単身抑え込むために命を散らした――ユメミマホロ。
炎上するアイアントラスも、壊滅したキングヒルも、アルメリアの正規軍や、グランダイトの軍勢も。
俺たちが辿ってきた足跡には、数えきれない命が積み上がっている。
だが、『救えなかった』と『見殺しにした』には明確な隔たりがあるはずだ。
>「あのミハエル・シュヴァルツァーを前に、私達に何が出来たって言うんですか。
あなた達なら何か出来ましたか?見て見ぬふりをする以外の何かが。
いいえ……止めようとすれば、誰であれ殺されていた」
「……眠てえこと言ってんなよ、日本代表。
ミハエル君が怖いから虐殺には目ぇ瞑りましたってか?
お前の口からそんなセリフ聞きたくなかったよ」
自分のことをオモクソ棚に上げてる自覚はあった。
俺がもしもミハエルの側に召喚されて、あいつを諌めれば自分が殺されるって状況だったら――
多分、リューグークランと同じ選択をしていたと思う。自分の命が一番大事だもんな。
ただ、それでも。
俺の憧れた日本最強チームのこいつらに、俺と同じ選択をして欲しくなかった。
たとえハイバラ不在の画竜点睛を欠いたリューグークランであっても、
強者に力で無理くり従わせられるような末路は見たくなかった。
>「あんなヤツに殺されるくらいなら……せめて。せめて私達は……ハイバラさんの経験値になりたかった」
だけどリューグークランもただご主人様に盲従してたわけじゃないらしい。
『経験値』――敗北が死に直結するこの戦いの中で、その言葉が持つ意味合いは想像以上に重い。
望んでハイバラに殺されることで、間接的にミハエルに一矢報いようとしていた?
どういう覚悟だよ。正気の沙汰とは思えん。
>「ハイバラさんは……あれで意外とくよくよしがちな、気にしいですから。
踏ん切りつけてもらうついでに、あの人の経験値になれたら。
まあ生き返った甲斐もあるってもんじゃないですか」
>「だ、だけど……私、余計な事しちゃった……でも、だって……ハイバラさんが……。
ハイバラさんがあんなに呆気なくやられる筈なかったのに……なんで、あんな……」
流川たなの目に光るものが浮かぶのに気付いた。
今までぐるぐる出口を求めて渦巻いていた感情が、涙を契機に吹き出したようだった。
>「ひっ……うぐ……うえええん……ハイバラさぁん……」
ええ……泣くなよ!俺が泣かせたみたいになってるじゃん!!
口喧嘩で相手泣かすのなんか小学校以来だよ……中学上がったら誰も相手してくんなくなったからね……
流川たなの泣き顔を見るのは配信歴長しと言えどもこれが初めてだった。
まぁ見れるワケがねえんだわ。たなちゃんVtuberだし。泣き顔どころか顔見んのも初めてだわ。
……今更だけど中の人がアバターのコスプレして顔出ししてんの意味わかんねえな。
546
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/11/13(月) 07:22:28
とまぁそんな感じに思考が上滑りするほど、俺とリューグーの間には温度差があった。
ハイバラが死んでないと、ヒャクパー信じられるのは俺たちだけで。
こいつらは普通にあの焼死体がガチの死体になったと思ってたんだろう。
だけどその勘違いも長くは続かない。
蛍火のように戦場を漂う火の粉が、奴の復活を教えてくれた。
>「……あは。あはは、なーんだ……そうですよね」
>「あんなやられ方、ハイバラさんらしくないですもんね……。そっか……。
してやられちゃったって訳だ……あーあ、心配して損しちゃったな……」
流川たなが涙を拭う。
その双眸から絶望の色が消え、新たな戦意の火が宿る。
>「……すみません。私、一つ嘘吐いてました。あなた達を倒したかった本当の、一番の理由」
本当の狙いは、ミハエルのパーティを抜けて、ハイバラと組み直すこと。
そのためには現在あいつとパーティ組んでる俺たちが、邪魔だった。
>「つまり……ごめんなさい。やっぱりそこ、どいてもらえますか?」
>「譲れないんです。譲りたくない。諦めたくない。ハイバラさんも……このデュエルも!」
「……そうかよ。知ったこっちゃねえなぁ!お前等のクソ湿っぽい友情なんてよ!!
譲るとか譲らねえとか似合いもしねえふわふわ言葉でケムに撒いてんじゃねえぜ、たなちゃん!
大事なことはオブラートに包まず言えよ。――殺してでも奪い取るってよ!!」
くだらねえ御為ごかしも、お涙頂戴の過去話も、もう要らない。
戦って、勝ったやつが望みを手にする――それがデュエルだろ。
それが俺たちの『ブレイブ&モンスターズ』だろ!
リューグークランが散開する。
死してなお、諦められないもののため。
生きてこそ、得られるものを手にするため。
みたび、戦端が開かれた。
>「――んじゃ、うっす。対戦よろしくお願いしゃーす……オイなんだよ、挨拶くらい返せよ!感じわりーな!」
俺の元に肩で風を切るヤクザ歩きで詰め寄って来るのは黒刃だった。
流川たなはジョンと、あいうえ夫はカザハ君達とそれぞれ対峙している。
一人一殺の構え――リューグーの強さを支える緻密な連携を自ら捨てた。
そいつを誤断と笑えるほど、黒刃が容易い相手じゃないと、俺はもう知ってる。
「……今?今更ぁ!?こんなタイミングでアイサツかます奴があるかよ!
黒刃君さぁレスポンスがラグ過ぎじゃない?アルフヘイムからWi-Fiで参加しておられる??」
もうバトル始まってだいぶ経ってるんだが!
PING1億くらいあんじゃねえの!
……クソ野郎が。今まではデュエルですらありませんでしたってハッキリ言えよ。
怒り冷めやらぬまま腕を振り上げる。ソニックアーマーが俺の動きに追従する。
振り下ろした拳を――信じがたいことに黒刃は、細剣の先で巧妙に逸した。
自動車だってぺしゃんこにしちまえる巨大質量が、虚しく何もない地面を穿つ。
「ウソだろおい!――レイピアでパリィしやがっただと!?」
体幹を崩された。上体を戻すよりも早く黒刃の追撃が飛ぶ。
今度はレイピアの護拳の部分でぶん殴った。ソニックアーマーの巨体が浮いた。
547
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/11/13(月) 07:23:33
>「っしゃあ!どうしたどうした!?さっきみてーな舐めた口、もっかい利いてみせてくれよ!」
「なんつう馬鹿力……!」
ヤカラみてえな見た目してレイピアなんか似合わねえと思ってたが、とんだ見当違いだった。
ヘヴィアーマーのパンチすら容易くいなす剣先のパリィ。巨体を吹っ飛ばす護拳の殴打。
まるであべこべだ。奴は刃で防御し、保護具で攻撃している。
精妙極まる剣術に馬鹿見てえな膂力が加われば、レイピアは規格外の攻防一体を兼ね備えた武器になる!
「なんなんだよお前はマジでよ!当たり前みてえにモンスターと殴り合いやがって!
そーいうのはウチの筋肉バカと皮肉バカの専売特許だろうが!」
――>『君達に出来る事なら私達にも出来る』
メイジに狙撃される直前、あいうえ夫が零した言葉が脳裏に蘇る。
俺が魔法を覚えたように、ジョンが6メートルもある大剣を振り回すように。
ブレイブはレベルを上げてステータスを高められる。スキルだって習得できる。
俺たちよりも長くブレイブやってたこいつらなら、STRもDEXもゴリゴリに上げられるってワケだ。
>「あーなんか期待ハズレだなぁ?クロマンジュウはお休みさせてあげた方がいいゲームになるのかなぁ?」
「ほざけっチンピラがぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ドカンと轟音が響き、ヤマシタの身体が再び浮いた。
スライムだ。黒刃がヘイトをとる傍らで、黒曜石の砲弾となって直撃してきた。
タンクはもともとお前の役目だろ!なに飼い主盾にしてアタッカーやってんだ!
>「たなのアホも、あいうえ夫のボケナスもよぉ、浮ついてんじゃねーってんだよ。なあ?
誰も知らねえスキルパなして、見た事ねえパートナー従えてりゃ上等か?
違えよなあ。ブレイブなんてのはな――強けりゃいいんだよ」
「ぐっ……がっ……ごっ……!」
黒刃がパンチを繰り出してヤマシタの体幹を削る。
スライムがその隙に体当たりを差し込む。
揺らされたダメージから回復する前に黒刃の追撃が入る。
……チェインが途切れねえ!
重量級の打撃をはじめ、ノックバック値の設定された攻撃は相手をひるませる効果がある。
例えこちらが攻撃の最中でも打ち負ければモーションをキャンセルされ、
無防備のところに追撃を食らってひるみ続ける――
相手を束縛する攻撃の『鎖(チェイン)』、ずっと俺のターンを強制する忌むべき永パ。
それを断ち切るのは、やはり黒刃の一撃だった。
スライムが巨大な黒の刃と化し、大上段から唐竹割りを降らせてくる。
――故に『黒刃』ってワケか!
「舐めんなっ!!」
決めの一撃だけは、寸でのところで迎撃が間に合った。
左腕一本の犠牲を覚悟でアッパーをぶち当てる。
だが刃と拳が激突する直前、スライムはふわりと身を翻してソニックアーマーの脇を駆け抜けていった。
>「おっ、今ので終わんねえか。そこそこやるじゃねえか」
「大技のお祈りぶっぱが通ると思ってんじゃねえぞ!」
548
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/11/13(月) 07:26:45
――何かが妙だ。今の大振り、終始俺を翻弄していた黒刃にしてはえらく安直な一撃だった。
無限コンボを一生擦ってりゃ俺は何もできずにHPを削り切られてただろう。
スタミナ切れ……とは考え辛い。大技パなすだけのスタミナは余らせてたはずだ。
決着を急ぐ理由はない。強い攻撃をひたすら押し付けるだけで勝てる相手にそれ以外の戦術を選ぶ道理もない。
>「……あん?どうしたんだよクロマンジュウ。そこがそんなに気に入ったか?」
俺の思考をよそに、黒刃のもとへスライムが駆け寄る。
そのまま二人でイチャつき初めて……スライム使いってそういうとこあるよね。
>「ったく仕方ねえな――甘ったれてんじゃねえ!オラ行けェ!!」
唐突に黒刃がスライムをぶん投げた。
「どわっ!?情緒が不安定すぎるわ!!」
鋼鉄の腕でスライムを止める。攻撃はそれで終わりじゃなかった。
ぶん投げられつつもスライムの身体は黒刃から完全に離れていない。
ゴムとガムの両方の性質を持ったかのようにヤマシタと黒刃をスライムの身体が繋ぎ――
引っ張られて黒刃の蹴りが飛んできた。
「ごがっ……!」
胴体に飛び蹴りをぶち込まれ、ソニックアーマーの巨体がノックバックする。
衝撃がコクピットを揺らし、その中の俺の脳味噌まで振盪した。
それでも、黒刃とスライムから、目は離さなかった。
……やっぱりだ。黒刃は『スライムを庇ってる』。
黒曜石の身体を持ったオブシディアンスライムを。殴られて当然のタンクロールを。
生身の肉体で前線に立つことで、殴らせないように立ち回ってる。
よくよく観察してみれば、スライムの傷はエリアヒールでも癒やしきれていなかった。
ところどころに亀裂が入り、わずかではあるが内部のマグマが血のように滲み出している。
さっきの大振り。決着を急ごうとしたのはこれが理由か。
>「――っしゃあ!行くぞ!ブチかませクロマンジュウ!!」
黒刃が吠える。
同時に吶喊――スライムに指示を下すと見せかけた生身の突撃!
今後こそ攻撃に刃を使い、ソニックアーマーの右足をつなぐAVケーブルをぶち抜く。
さらに背後に隠れていたスライムが大鎌に変化し、ヤマシタの右腕を断ち落とした。
「ひひひ!巨人殺しかまされんのはこいつで二度目だ!
ハイバラの野郎、やけに手慣れてると思ったら師匠がいやがったか!!」
クーデターの場でハイバラの見せた、背丈の何倍もの体格差を覆す流れるような斬撃。
俺はそいつを思い出して……だから今はもう、動揺しない。
無事な右腕で黒刃を殴る。いなされる。スライムが飛ぶ。はたき落とす。
>「オラオラッ!どうした!さっき言ってた事、もっかい聞かせてみてくれよ!」
「ああ!?どれのことだよ!結構お前とおしゃべりしてんだけど!!」
>「たなにはディーラーじゃなくてバニーさんの格好してて欲しかった。解釈違いですだぁ?それは流石に……引くわッ!!」
「架空のコメントを引用してんじゃねぇぇぇぇ!!!」
言ってねえからねマジでそんなこと!
まぁバニーさんも似合うとは思うよ!クソ陰険な性格はともかく見た目に華はあるもんな!
でもあんま露出度高いとBANされちゃうかもなぁ!!
549
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/11/13(月) 07:28:34
アンプを全開にしてスピーカーから音波を放つ。
バフのかかった今、大音量の音響機器はもはや兵器だ。
指向性を加えて威力を高めた音圧は物理的な衝撃をもって黒刃たちを弾き飛ばす。
「……黒刃君さぁ。お前けっこう真面目っつーか、プレイが丁寧だよな」
ヤカラめいた口調に惑わされがちだが、黒刃は決して短慮浅薄じゃない。
むしろ誰よりも冷静に戦況を俯瞰し、前に出がちな味方のサポートまでやってのけてる。
圧倒的な優勢でも油断せず、パートナーの損耗に合わせて自分が前線に出る選択が出来る。
「ラーメン作って舐めプかましたかと思えばほっぽり出して仲間守りに来ちゃうしよ。
トロールが中途半端なんだよ。クズになりきれてねえんだ。
命のかかった極限状況じゃ人間の本性が出るつうがよ……
そうやって明らかになった黒刃君の本質は、お友達のために体張れる男だったっつうワケだ」
黒刃も。あいうえ夫も。流川たなも。
善良で真っ当なプレイヤーだ。その有り様はきっと、二度目の生を受けた今でも変わらない。
死んでなお。自らハイバラの強化パーツに成り下がってなお。
こいつらはブレイブ&モンスターズを、俺たちの愛するゲームを、全力でやろうとしている。
それだけは確かなことだと思った。
「ふざけやがって。ハイバラの経験値になりたいだ?パーティを組み直したいだ?
お前らはいつまで……!いつまでハイバラの方ばっか見てやがんだ!!」
切り落とされた左腕を無事な右腕で掴み、リーチを伸ばして薙ぎ払う。
ケーブルを切られた足を地面に固定し、放った蹴りは瓦礫を撒き散らした。
「お前らが戦ってんのは俺たちだ!俺が戦ってるのは、お前らなんだよ!!」
どいつもこいつもハイバラハイバラ……蚊帳の外から応援すんのもうんざりだ。
こいつらの事情に配慮するつもりもない。クソみてえな上から目線の同情もしない。
リューグークランと戦いたい。戦って、勝って、最高のブレイブは俺たちだって、証明したい。
国内全プレイヤーの頂点に君臨する最強のチームに勝ちたい。
ゲーマーとして、こいつらに勝ちたい。
「犬と一緒に戦ってるのはジョン・アデル。自衛官で、化け物みてーな怪力もった、人間だ。
歌ってるのはカザハ君とカケル君。シルヴェストルが転生して再転生したややこしくて、優しい生き物。
ガザーヴァ……は、知ってるか。あの甲冑の中身がこんな美少女だってことはご存じなかったろ。
――俺はうんちぶりぶり大明神。フォーラムに2年粘着してるブレモンアンチだ」
あいつらも、俺たちも、ハイバラのオマケなんかじゃない。
よく覚えておけよ。これからリューグークランを叩き潰す、最高のブレイブの名前だ。
「……対戦、よろしくお願いします」
550
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/11/13(月) 07:29:16
ソニックアーマーが左腕の断片を振り回し、ぶん投げる。
黒刃とスライムを狙ったが、直線的な投擲は容易く回避されるだろう。
「『座標転換(テレトレード)』、プレイ!」
飛翔する左腕が虚空に掻き消え、代わりに出現したのは――ヤマシタの本体と俺。
ソニックアーマーとの融合を解除し、左腕の残骸と入れ替わった。
投擲の慣性を残したまま、インベントリを起動。
バルゴスの大剣を取り出し、慣性を刃に乗せる。
「そら、選べよ!」
横薙ぎの軌道は、スライムと黒刃の双方を刈り取るもの。
択は2つ。スライムが盾となって庇うか、黒刃がパリィするか。
前者は――ない。ボロボロのスライムで対物破壊に長けた大剣の一撃を受ければ致命傷になる。
無傷で切り抜けるにはレイピアで軌道を逸らすほかない。
黒刃がレイピアを振るう。力の逃し方を心得た精緻極まるコントロールで、大剣があさっての方向へ駆け抜ける。
仕込みはもうひとつ――『工業油脂(クラフターズワックス)』。刀身にべったりと塗りつけておいた。
ワックスには速乾性で対象の固定に有利な性質と、流動性で引火しやすい性質の2つがある。
魔力の調節で、その2つを使い分けることは、魔術を学んだ今の俺にならできた。
大剣のワックスがレイピアを絡め取り、黒刃の手から無理やりもぎ取る。
同時にスライムの影を踏みしめ、『影縫い』を発動――動きを拘束する。
影を媒介としたこの魔術は光に弱い。オブシディアンスライムが内部のマグマを解き放てば一発で影ごと消し飛ぶだろう。
「おおっと噴火すんなよ!?黒刃君が文字通りのまっ黒焦げになっちまうぜ」
俺はワックスの2つの性質を使い分けられる。
レイピアを固定した油とは別に、引火性の油を撒いておいた。
ここまでやっても、育成を極めたスライムのステータスなら、ものの一秒で拘束を脱することは可能だ。
大剣はレイピアと一緒にどっか飛んでいっちまった。
ヤマシタ自身も、影縫いを維持するために動くことは出来ない。
拘束が解けた瞬間スライムの棘がヤマシタに致命傷を負わせるか。
はたまた黒刃が新しい武器をインベントリから出して反撃してくるか。
一秒後にはすべてが決する。
551
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/11/13(月) 07:31:25
「怨身換装――『解除』」
一秒。
大剣を振るった慣性を殺しきれないまま体幹を崩したヤマシタから、生身の俺だけが吐き出された。
世界の存亡とかハイバラの過去とか関係なしに、俺は俺の戦い方で、ゲーマーとしてこいつらに勝つと決めた。
まだオンラインマルチも普及してなかった頃、対戦と言えば通信ケーブル越しの対面が基本だった。
思い出せ。邪悪なハメ技に納得いかなかった時。何度対戦しても決着がつかなかったとき。
俺たちはどんな風に勝敗を決めた?
ゲーマーの戦い方、最後のひとつは――
「――リアルファイトだオラァァァァァ!!!」
殴り合いもしたことない一般人だけど、それでもアルフヘイムで何ヶ月も生き延びてきた。
何ヶ月も、仲間と旅を続けてきた。ジョンと一緒に訓練だって重ねてきた。
現役軍人のジョンが、拳を痛めない握り方を、地面から力を伝達する蹴り足の運び方を俺に教えてくれた。
カザハ君の歌が、敵と至近で対峙する恐怖を吹き飛ばし、自分を鼓舞する力をくれる。
なゆたちゃんと出会って、逆境でも自分を曲げない強い意志の尊さを知った。
ハイバラは……あの野郎、これ終わったら一発殴らせろ。
ブレイブとしての全部を載せた拳を――黒刃の顔面目掛けて叩き込んだ。
【合体解除からの合体解除。生身で黒刃を殴りにいく】
552
:
明神
◆9EasXbvg42
:2023/11/13(月) 07:35:15
>>550
【訂正】
?飛翔する左腕が虚空に掻き消え、代わりに出現したのは――ヤマシタの本体と俺。
◯飛翔する左腕が虚空に掻き消え、代わりに出現したのは――ヤマシタの本体と強化パーツの俺。
553
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/11/15(水) 13:34:32
>「……でも、いいですよ。受けて立ちます。ハイバラさんならきっとこうする」
「その意気や…よし!」
かっこよくドブネズミ騎士との切り合いが始まり…手負いな事もありこちらが終始有利に事が進む。
「さっきの明神の一撃で万全じゃないのは…わかってる…だからって…手は抜かないけどな」
ドブネズミ騎士との攻防は一進一退。お互い間一髪で致命打を避け続ける攻防戦。
でも僕はこの程度じゃ止まらない…止まるわけにもいかない…エンバースの為にも
>「ヴァーミンちゃん!こっち!」
たなが号令をかけるとドブネズミ騎士が反撃体制を崩し、逃げの体制に入る。
当然僕もそんなの見逃す僕と部長じゃない…追撃をかけようとするが…。
たながタイミング良く構え投げたナイフによって追撃を後らされる。
距離を取られるのは非常にまずい…本能が告げていた。
仕切り直そうだとか…そんな逃げの一手ではなく…明確に…これはこちらを殺す為に…明確な攻めの一手だと…直観で感じた。
>「まだやれる?そうだよね。今までの分を……少しでも、取り戻さないと。だから……ヴァーミンちゃん」
「部長!全力ダッシュだ!急げ!」
気づいたら僕は部長にそう命令するとたなの元に走る。
しかし…あの場には…光が通っている…スペルカードはおろか…モンスターの固有能力ですら発動できないはずだ…なのになぜあんな所で?
明確な焦りが…僕の本能が僕を突き動かす…はやく止めろと…あの二人を引きはがせ…と。
>「うん、男前……【不安定毒素(クラウン・ウイルス)】【英雄殺しの濃縮毒(ヒュドラ・ビジュー)】プレイ」
ドブネズミ騎士に覆われるようにして…光を遮る。それによって場所を変えなくてもカードを発動する事ができる。
遮るのは別に霧でなくたっていい…ちゃんとした遮蔽物ですらある必要はない。僕の認識の低さが招いた…状況だった。
「…しかし!動けないのは…戦場では致命的だ!」
たなに覆いかぶさっているドブネズミ騎士を切りつけようとしたその瞬間…ドブネズミ騎士の体から
>「……『疫病変異(パンデミック・ディストーション)』」
体から…いや実際には傷口から噴射される毒霧…僕には…カザハとガザーヴァの恩寵がある…無視すればいい…できるはず…という僕の考えとは裏腹に
「ッ!!」
素早く部長を抱えて後方へ飛びのく。
無意識だった。無意識に今…僕は死を回避したのだ。
ブレモンの知識だとか…毒の知識だとか…そんなのではなく…人間ではどんな理由があろうと耐えられない物がそこにはあった。
554
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/11/15(水) 13:34:54
自然界では…毒は派手の色のものほどやばいと…どこかで聞いた事がある。
その理論でいくなら…今先ほどの霧と比べればかなりゆっくりと広がっているこの禍々しい紅血色の霧は…とにかくやばい。
警笛が頭の中で鳴り響いている。
そして僕は…たなの行動を指をくわえてみている事だけしかできなかった。
>「私達は、日本一の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だった」
ドブネズミ騎士が禍々しい霧に覆われながら…眩く光り輝く。
恐ろしく矛盾している光景のはずなのに…美しいと…そして…これから始まる事に…恐ろしさを感じてしまう。
カザハに見せてもらった攻略本の情報が本当なら…ドブネズミ騎士のその先は実装されていないはずだ…でも僕は…この感じをしっている。
ゲームの先の…到達点。実装すらされていないものをその身に…宿す行為。
明神のいうその先が…まさに今の僕の目の前に立ちはだかった。
その神々しさを…例えるなら…勇者…どんな逆境だろうとも…立ち向かっていく不屈の闘志…。
守るべき人を守るために自分の命を捨てる覚悟さえ決められる…そう…まさに…まさにだ…
「勇者…!」
>「……よーし!それ行けヴァーミンちゃん!あなたの、最高にカッコいいところを見せてやって!」
勇者は立ち上がり武器を構える。
美しい井出立ちとは裏腹に呼吸と同時に吹き出る毒霧が不気味さを増幅していた。
キーイイン
「これは…純粋なパワーとスピードも…さっきとは比べ物にならない…!」
さっきまでは互角…いや僕有利の互角であった…しかし今はそのパワーバランスは勇者に傾いていた。
シンプルのパワーが上がったのもかなり厄介だが…呼吸のように発生濃い毒霧の影響で肝心要の光を遮断されて…
それだけかその毒霧をまともに浴びれない僕はジリジリと只管に後退するしかない。
相手の策に…自分の詰みに向かって追い詰められているのは分かっている…だが返し手がない…!
>「――ヴァーミンちゃん!今だよ!」
たなの掛け声に反応にするように勇者から激しく毒霧が噴出する。
僕は急いで飛びのくが…。
「なるほど…いよいよ後がないわけ…か…ゴホツゴホゴホッ」
飛びのいた先は毒霧に空いた僅かなスペース…。
狩人は獲物を追い詰める為にあえて逃げ道を残すというが…まさにそこに誘導されてしまったのだ。
「ゴホッゴホゴホ」
そしてとうとう…本当に僅かながら毒霧を吸ってしまったらしい。
呼吸を止め…なるべく距離を取っていたが…さすがに切り合う距離にずっとい続けたら…毒に侵されるのは回避できないか…
全身が…痛い…痛いという表現があってるのかどうかわからないほど…形容しがたい状態になっている。
手足の感覚が少しづつなくなっていく・視界がかすむ・吐き気・頭痛…ほんの少し吸っただけでこれならば…まともに浴びれば即座にあの世行きだろう。
部長の鞄から回復薬を取り出し一気に飲む。しかしほとんど効果はなかった。
「やはり…根本を立たなきゃ意味がない…か」
555
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/11/15(水) 13:35:34
焦って下手に動けばシンプルに狩られる。
しかし考えすぎれば…待ちに回れば…そう遠くない内に作戦を思いついても実行できるほどの体力が残らない。
今こうして気分が悪いで済んでいるのは歌姫達のおかげに他ならない。
しかし…いつ行動不能になるかわからない…だからはやく動きださなければいけないのだが…。
>「下手に動かない方がいいですよ。疫病変異の揺らぎであなた達の動きは筒抜けです。
おっと、脅しじゃありませんよ?これはもう100%親切心で言ってるんですから。
この状況で闇雲に動く獲物を仕留め損なうヴァーミンちゃんじゃありません」
>「そんな終わり方はつまらないでしょ?諦めて……さあ、オール・インと行きましょうや」
たなは僕の位置がわからない…だが動けば即座にバレる…。しかも…僕にはもう…あまり時間が残されていない。
動かなくてはいけない…動いてはいけないが
>「ふふ……いよいよ、あなたの命運も尽きたみたいですね」
僕に選択権があるのに…その選択肢のどれを選んでも…僕に待つのは圧倒的不利展開のみ。
しかし僕は選ばなければいけない…選択をしないという選択は…今の僕にはないのだから。
拳に力を込める。力を込めて…この場の霧を一気に晴らす…。
しかし当然その隙は…たなは見逃さない。
絶対に負けると分かっていても…実行するしかない…いやしかし…。
「ニャッ!」
フンスフンス
部長が俺に任せろといわんばりの視線と鼻息を僕に当てる。
「……そうだな…僕は一人じゃない…無敵の部長と一緒だもんな…僕を…護ってくれるかい?」
「にゃ!」
力を籠め…霧を晴らしたその瞬間の隙を部長に護ってもらう。
100人が聞いたら100人が言うだろう…そんな事は…ウェルシュ・コトカリスにはできないと。
笑いたければ笑えばいい…無謀だと!でも…僕達は勝つ…必ず!
「オールインか…わかったしてやるよ…その賭け…乗ってやる」
大丈夫。不利なのはいつもの事だ…いつものなゆ達のように…不利を跳ね返していくんだ。
「雄鶏守護壁…プレイ!」
部長を保護する膜を形成する。
トドメを差しにきた勇者を止める役目果たす…事を期待して…だが…これも計算に入っているだろうな…ま、だがやれることは全部やっておきたい。
556
:
部長
◆yUvKBVHXBs
:2023/11/15(水) 13:36:11
「いくよ…部長」
「にゃ!」
ご主人が拳に力を籠める。
この周囲のクソうざったい毒霧に吹き飛ばす為には相当の力を籠めなければいけない。
しかし毒に侵されていて…万全じゃないご主人は今…力を籠めるにも…時間がいる。
吹き飛ばした後即座に攻撃に移る事も…今のご主人には叶わない。
だから僕が守るんだ…この世界に来てからいつだって守ってもらってばっかりで…
いやまてよ?でも僕が助けた事もあったな!ぼうそう?したときに!
それはともかく…今度も僕がご主人を守らなきゃ!
まもってくれと言われたからには…ご主人を守って見せる!
てゆーかなんだよドブネズミ騎士!って!僕の鎧のほうがどうみても騎士っぽいけど!?かへんしき?だし!
かってにぴかぴかひかったとおもったらかっちょいーへんけいしやがって!!きにいらねえ!
ご主人と目が合う。
力を貯め終わったんだね!僕はいつでもいけるよ!
「にゃ!」
僕の声を聞いてご主人が頷くと…思いっきり地面を拳で叩き付けた。
ドカアアアアアアアアアン!
よくわかんないけどとにかくおおきな音と共にとんでもない風が発生する。
そしてご主人の読み通り…ぴかぴか騎士ねずみが現れる。
狙いはとうぜんみうごきのとれないご主人!そうはさせるか…ご主人と練習した…あのおんなを黙らせたひっさつ嚙みつきで…止めて見せる!
「にゃあああああ!」
ぴかぴか騎士は読んでいたと言わんばかりに僕の事を軽くいなし…吹き飛ばす。
「きゃうん!」
バリアのおかげでダメージはないけどきょりがだいぶ離されちゃった!
僕は全速力でご主人に向かって走る。走る。走る。
おもったよりぴかぴか騎士はやい!まにあわない?やだ!やだ!やだ!
どうやったらまにあう?こんなに早くはしってるのに!
ご主人にまもってっていわれたのに!
やだ!ご主人がしんじゃうのも!…また…ぼうそうしたときみたいになるのも…いやだ…!
ぜったいに…いやだ!だから…僕が…僕が守るんだ!
「にゃ!」
今すぐ…今すぐご主人の元にいけるような…そう…そうだよつばさ!カケルくんみたいなかっちょいーやつ!翼がほしい!
かみさま…!お願いします!…いまだけでもいいから…僕に翼を…ご主人の元にいつでもいけるように…翼をください!
もういやなんです…ご主人が…まわりが悲しいかおするのは…だから…ぼくに…どうか僕に力を授けてください!
ご主人は僕は足手まといじゃないっていっつもいってくれます!でも…他のやつらに比べれば…ぼくは…
役に立ちたい!誰よりも役に立って!誰よりも目立って!今まで馬鹿にしてたやつらがご主人に謝まってみとめるような!
僕を見捨てずに今まで使ってくれたご主人に…ブレイブに…相応しい……モンスターに…なりたい!
557
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/11/15(水) 13:36:42
勇者の…剣が目の前に迫っていた。
僕の体はいまだに硬直中で反撃どころか…躱すことなんてとてもできない。
部長も僕の後方に遠くに吹き飛ばされて…走って戻ってくるには間に合わない。
万事急すかと思った…その瞬間。
「にゃああああああああああ!!」
部長の…思ったより低く…それでいて渋い鳴き声が聞こえた。
すぐ後ろから
「えっ…!?」
僕の顔の横を勢いよく通り過ぎていく。
部長は…たしかに訓練して…最初に比べればはるかにパワーもスピードも速くなった…
だがしかし…こんな高速移動が移動ができるのは…スペルカードを発動した時だけのはず…!
必死に目で追う。動体視力には自信があったから…部長の…今の姿を捉える事ができた。
「つ…翼が生えてる!」
部長の背中に立派…コーギーサイズの部長の体のサイズにしては…
まあ…一般的に見れば…ちょっと小さい気がするけど…まあ…やっぱり体格を考えれば立派といって差し支えないのではないだろうかと言えるほどの翼が…
それを上手に羽ばたかせ高速で空を飛び…勇者に…思いっきり頭突きを食らわせた。
「にゃあああああアッ!」
ゴツン
というちょっとギャグっぽい音がなった後部長は吹き飛ばされる。
翼が生えただけでなにも変わらない。この場にいる全員が思った…突進を直接受けた勇者以外には。
>「……っ、ヴァーミンちゃん!!」
勇者が…失速した。
全てを捨て攻撃に振り分けた…捨て身の戦法に…ついに限界が見えたのだ。
カザハとガザーヴァのデュエットの歌が
最初の明神さんの攻撃が
そして部長の諦めない二段構えの攻撃で…やっと…光が…見えた。
「動けえ!」
自分を鼓舞して無理やり体を起こす。弱音なんて吐いてられるか……!みんなが作ったチャンスを無駄にするわけにはいかない!!
勇者も…再加速を開始したが…関係ない。
「僕は…なゆ達に…僕が殺した人達に誓って…部長に誓って…!道半ばで…死ぬわけにはいかないんだ!」
勇者が突き出した非業の剣が…僕の顔のすぐそばを掠めていく。
突き出されるのが少し早かったら…みんながチャンスをくれなければ…非業の剣に貫かれて…僕は死んでいた。
メキイッ
僕の拳が…勇者の胴体にめり込む
メキメキメキ
骨の折れる音が…砕ける音が聞こえる。
「うおおおおおおおおお!」
僕はそのまま…拳を振りぬいた。
勇者は近くの柱に思いっきり叩き付けられ…動かなくなった。
558
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/11/15(水) 13:36:58
「はあ…はあ…はあ…」
最後の力を振り絞り…渾身のパンチを見舞った。
もう戦闘などできない…できないが…なゆ達のPTメンバーとして…仕事は最後までしなくては。
勇者が破れ…崩れ落ちるたなに近づいていく。
「おい…!スマホを貸せ!オラっ!抵抗すんな!」
たなの手からスマホを取り上げてポチポチとボタンを押していく。
スペルカード効果を強制終了したことによって残った毒霧も…自然と消えていくだろう。
少なくとも増える事はない。僕の手にスマホがある限りは
動かない勇者の体から発される奴は…あれくらいなら…他のメンバーの邪魔にもならず…まあなんとかなるだろう…とりあえず。
「よし後は部長と僕が解毒すれば…とりあえずひとあんし!「にゃ〜〜〜!」?」
部長が僕の顔に飛びついてくる。
部長も勇者の毒の影響を受けているはずだが…元気いっぱいだ。
「わぷっ…部長!とりあえず解毒薬を…あれ…毒の影響を受けていない?…ていうか心なしか僕の症状も軽くなってきてるような…」
気になり自分のスマホを取り出しステータス画面を見る。
----------------------------------------------------------
ニックネーム:部長
モンスター名:ウェルシュ・コトカリス・ウィング
特技・能力:耐久力が高い・翼を利用しある程度の低空を飛ぶことができる・自分を含めた周りの味方を自動微量持続回復し、異常状態も蓄積値を微量減少する。
普段は胴体には金属製の鎧を着用し、命令すると全身鎧に変形することがができる。
----------------------------------------------------------
突然翼が生えたのだからそうではないかとは思ったが…。
「部長!お前…お前…進化してるよ〜〜〜〜!!!!!」
「にゃ〜〜〜!」
部長をぎゅっと抱きしめる。
ゲーム本編には当然ない進化。
僕達はやっと…一つ…壁を乗り越えたのだ…その証のような気がして…とってもうれしかった
でも…なんで突然進化したのか皆目見当もつかないけど…
もしかしたら部長が僕を守りたいと思ってくれた…なんてちょっと自信過剰かな?
それでも…僕達には…とっても嬉しい変化だった。
「部長の進化パッシブで毒の症状が軽くなってたんだな〜〜〜〜偉いぞ〜ヨ~シヨシヨシヨシ」
559
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2023/11/15(水) 13:37:16
「さて…と…たな…流川たな…僕達の戦いは僕の勝ちで…決着がついた…そうだな?」
ぎゅっと流川たなの腕を右手で強く締め上げ、左手で顎を持ちあげ顔を…目線を合わせる。ミシミシと骨が悲鳴を上げ、たなが苦しそうな声を出す。
しかし、緩めるわけにはいかない…いつでも腕の一本引きちぎれるぞ…という脅しの意味を込めているから
戦争に置いて敗者は勝者に全てを奪われる運命。
生死ですら…相手に握られるのだ…どんな理由があれ自分達で吹っ掛けておいて自分達には適応外とは言わせない。
自分で敗者と言わせる事で相手の気持ちを先に折っておく必要がある。
僕がこれからなにをしようが…流川たなには逃げる事も抵抗する事も……自ら命を絶つことができる。
「今から君は僕のモノだ…いいな?命令にも絶対服従だ」
できる限りその可能性を減らす為にプライドを一度完全にへし折っておく必要がある。
「戦争の敗者は勝者の所有物だ…人権なんてあると思うなよ。
…捨て駒に使おうと遊び半分で殺そうと欲望のはけ口にして辱めようと…その権利は僕にある!当然勝手に死ぬことも許さない…返事は!」
>「あんなヤツに殺されるくらいなら……せめて。せめて私達は……ハイバラさんの経験値になりたかった」
…というのは建前で…ある程度けん制しておかないと隙を見てエンバースの攻撃に自分から当たりにいって自殺でもしそうな雰囲気を醸し出してるからだ。
エンバースが復活し…メンタルを取り戻したとはいえ…やった事の重大さを考えれば…そう遠くない内に不安定になるのが目に見えてる。…なぜなら僕自身もそうだから。
そうなる前に一度まだ精神が安定してる内に綺麗にへし折っておく。
物理的に腕をへし折ったりはしないけど…次精神が不安定になった時…たなが自分以外の言い訳が少しでもできるように。
「よし…わかったならさっそく命令してやろう」
どこまで効果あるかわからないし…そもそもこの手の事は正直僕の得意分野じゃないから…本当はなゆとかカザハに任せたいけど…
少なくともエンバースに会わせるまでは生きててもらわないと困る…からできる限りけん制しておかないと
「…これを君のパートナーに飲ませてくるんだ。
バロール印の回復薬だ…どんな状況からでも…死んでさえいなければ一発で治る優れものさ…一部例外デバフもあるらしいけどな」
創世のバロール印の回復薬をたなの目の前に置く。
異常状態を即座に直し…体力を全快してくれる…行ってしまえばエリクサーに限り近い一品である。
「勘違いするな!僕は君達を許したわけじゃない…もちろんこの世界も君達を絶対に許さない!だけど…だからといってこれ幸いと死なれても困る。
この戦争はこれからが本番だ。…これから起こる大きな戦い…その為にも勇者を起こして次の戦場で僕やエンバースの役に立ってもらわないとな。
お前の罪が裁かれるのはその後だ」
作るの大変なんだからね!そんなぽんぽん飲んじゃだめだよ!数だって用意できないんだから!
城から持ち出した時に念押しされた事を思い出す。
なんだかんだ飲んでしまって最後の一本だが…人の役に立つならいいだろう。
「言っておくが流川たな…僕の所有物である君に一切の拒否権はないんだ。正式な場で裁かれるその時まで…お前の命を僕が預かる。
そして…それまでその身に嫌ってほど僕達流を叩き込んでやるからな…覚悟しとけよ…ほら!ぼさってしてないで早くいけ!」
アメとムチ…うーん…本当に僕の領分ではないが…とりあえず仲間達をエンバースに会わせるという目標は…達成できそう…かな
「はあ〜…」
深いため息をついてその場にへたり込む。毒が緩和されているとはいえ…元は即死の猛毒…。
正直立っているのすらしんどい…つらい…くるしい……気分悪い。
「僕は…この旅を通じて成長できているのだろうか」
なにが正しいのか…僕にはわからない…結局…一人の人間を無理やり生に縛り付ける事が正しい事なのか…。
死にたい人間にはそのまま死なせてあげたほうが幸せなんじゃないか。生きてるだけで幸せだ…なんて僕にはとてもいう事ができない
どれだけがんばっても僕のした事は無駄になるかもしれない。
僕がなゆ達に希望を見出したように…リューグークランのメンバーにも希望はあるのだろうか…
まあ…結局の所…頭が使えない…人の気持ちがよくわからない僕には…なゆ達に最後までついていく…ただそれしかできないのだが。
「終わった雰囲気を出すのは…まだ先だな…よし!気合を入れて…カザハ達と合流しよう!」
自分の頬を強く叩き!気合を入れ!みんなの元へ合流に向かった。
【部長がウェルシュ・コトカリス・ウィングに進化】
【流川たな&ドブネズミ勇者を撃破】
560
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:06:48
カケルが前線でマーリン相手に戦っているのを見ながら、ガザーヴァはベースをかき鳴らし一心に歌い続けた。
自分とカザハの前にはガーゴイルが陣取っており、時折飛来してくる結晶を黒翼の羽搏きと額の角で弾き飛ばしている。
戦闘は互角――否、どちらかというと此方に優位なように推移しているように感じられる。
が、だからといって油断はできない。特にカザハと自分はこのフィールド全体のバフを担当しているのだ、
万一自分たちが『響き合う星刻の軍歌(アストラルマーチ)』を歌い続けることが困難になれば、
再度の逆転を許すことになりかねない。
>ねえガザーヴァ、あれ、延長できるかな……?
ジョンの発動させた『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』の太陽を指し、カザハが訊ねてくる。
『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』は強力なバフスキルだが、効果が60秒しか持たないという弱点がある。
もし効果を延長できるのなら、更に此方は有利になる。カザハの提案は尤もだった。
ガザーヴァはカザハの言葉に敢えて返答することはなく、その代わり束の間ベースから手を離すと、
両手を今にも持続時間が切れて消えようとしている太陽へ向けて突き出した。
キィィン――と澄んだ音がして、ガザーヴァの突き出した手のひらに魔力が宿る。深紅の双眸が見開かれ、
スキルが発動する。【人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)】、ガザーヴァの代名詞とも言える極悪ユニークスキルである。
薄く消えかかっていた太陽の色味が濃くなり、一転してその輝きを増す。効果は抜群といったところだ。
だが、有利になったのはアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ばかりではなかった。
>【結晶開門・無明の閨房(オープンパンドラ)】……結晶魔法の極致。堪能してくれたまえ
あいうえ夫が、マーリンが温存していた切り札を用いる。
吸い込まれそうな星空の中央、門のかたちを取った星座がその扉を開く。と、中から名状しがたいメロディが聴こえてきた。
それは、カザハと自分が奏でる分かりやすい呪歌とはまったく異なる旋律。名状しがたい狂気的で冒涜的なリズム。
例えるなら無窮の暗黒宇宙の中心で、名を口にするのも憚られる悍ましい蕃神の玉座の周辺に侍る、
不定形の従者たちが身をくねらせながら奏でるフルートや太鼓の音色のような――。
「!」
どくん、とガザーヴァの心臓が大きく撥ねる。動悸が激しくなり、うまく呼吸ができない。
喉奥から熱く不快なものが込み上げてきて、吐き気がする。
尚も歌声を絞り出そうと口を開きながらも、ガザーヴァは苦悶に身体をくの字に折り曲げた。
だのに。
「かは……っ……」
声が、出ない。
――喉……、嗄れ……。
咽喉の奥が焼けるように痛い。
何とか歌おうとするものの、ひゅぅひゅぅと呼気が漏れるばかり。
カザハと違い、ガザーヴァはこの戦いで初めて歌というものを歌った。
当然、ボイストレーニングも何もしたことがない。今までガザーヴァはただカザハへの対抗心と、
姉妹揃っての競演が見たいと頼み込んできた明神への愛情とで、必死にベースを操り歌を歌ってきたのだ。
慣れないことを初めてするものだから、当然声の本格的な出し方なんて知らないし、加減も知らない。
ただ力の限り、全力で歌い続けた。
人間でも、カラオケに行って三十分も歌えば喉が嗄れてしまうのだ。マイクも無しにありったけの声で歌い続ければ、
肉体に掛かる疲労と負担は想像を絶する。
カザハに合わせて休みもなく立て続けに歌い続けたおかげで、ガザーヴァの声帯はとっくに潰れていた。
それでも今までは何とか気力でおのれを叱咤し、歌声を出し続けていたのだが、
あいうえ夫とマーリンの『結晶開門・無明の閨房(オープンパンドラ)』から響く冒涜的なメロディを聴き、
集中力を掻き乱されたことで、一気に精神的にも肉体的にも限界が来てしまったのだ。
――こんなときに……!
狂おしい異界の旋律に脳を鷲掴みにされ、捏ね回されるような不快さを感じつつ、ガザーヴァは歯噛みした。
――ボクはいつもこうだ。肝心な時に、役に立てない……。
一巡目の世界のガザーヴァはアコライト城郭での戦いに敗れ、バロールの駒としての務めを完遂できなかった。
二巡目のこの世界では、レプリケイトアニマにてカザハとの共闘でさっぴょんと対峙するも仕留めきれず、
エーデルグーテでのオデットとの戦いでもエンデのスペルカード『超合体(ハイパー・ユナイト)』がなければ死んでいた。
そして今も、あいうえ夫の結晶魔法の前に成す術もない。
超レイド級モンスターとして、この世界の頂点と言ってもいい力を手に入れたはずなのに。
「こふッ」
喉からせり上がってきた血を吐く。立っていることも儘ならず、ガザーヴァは膝を折ってくずおれた。
隣で騒いでいるらしいカザハの声も、よく聞こえない。
だが――そんな中、
>……出来れば早めに、倒れてくれると助かるな。このスキルは危険なんだ……お互いにね
そんなあいうえ夫の声だけは、やけにはっきり聞こえた。
ガザーヴァは顔を上げ、霞む視界で敵を見た。
クリスタル・オールドメイジの全身に入った亀裂が、秒単位で大きく深くなっていく。
見間違いなどではない――この魔法は確かに絶大な威力を秘めているが、それは此方に限った話ではなかったのだ。
あいうえ夫サイドもダメージを受けている。ガザーヴァには召喚魔法の代償にマーリンの肉体自体が消費されている、
というところまでは理解できなかったが、それでもこの魔法が双方に破滅を齎すものだということだけは、
しっかりと認識した。
今までの闘いも、喉を潰して歌い続けたのも、決して無駄ではなかった。
相手もつらいのだ。ギリギリのところまで追い詰められて、諸刃の剣を出さざるを得なくなったのだ。
それなら。
561
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:07:27
>ガザーヴァ、お願いね。君となら、出来る……!
隣でカザハが次の歌の前奏を始めている。
片膝立ちになったガザーヴァはカザハの顔を一瞥すると、小さく笑った。
そして右の口角についた血を右腕で雑に拭うと、
「……へん、気軽に言ってくれるよなあ……。
このガザーヴァ様をいいだけこき使いやがって……あとで覚えてろよ、バカザハ……!」
そう掠れ声で言って、なけなしの力を振り絞って立ち上がった。
肉体はとっくに限界を超えている。精神は疲弊しきっている。
であれば、残されたものはただ気力のみ。魂だけの力で闘い続ける以外にはない。
何より――
負けたくないのだ。あいうえ夫やクリスタル・オールドメイジにではない、隣で歌うカザハに。
カザハがキーボードを取り出し、演奏をしている間、目を閉じて胸元に右手を添えゆっくりと深呼吸を繰り返す。
喉は相変わらずズキズキと痛んで、声も最初の半分だって出せる自信はなかったけれど、それでも。
今の自分に出来ることは歌うことだけ。そう言い聞かせ、意識を集中させる。
例え、この闘いで声帯が完全に壊れてしまったとしても。
――ボクは……歌う!!
>奪われるのは嫌いだ。命も、スマホもあげない。
門の向こうの人達にも、あなたたちにも、歌を聞かせて、勝つ!
勝って……あなたたちをパーティに招待する!! 今から歌うのは、全ての者に聞かせるための歌だ。
名付けて――響き合う星刻の聖歌(アストラルキャロル)! ぼく達の歌を聞け――――――ッ!!
前奏が終わり、カザハが歌い始める。その声に合わせ、ガザーヴァもまた歌う。
聴く者すべてに祝福と勇気を与えるふたりの歌と、正気を根こそぎ削り取るかのような慄然たる外宇宙の旋律とが激突する。
否――絡み合い、混ざり合い、溶け合ってゆく。まったく異なるふたつのメロディが、
『音楽である』というただ一点以外は何もかもが違うハーモニーが、魔力によって編まれた星空へ高く響き渡ってゆく。
そして。
気付けば、異星からの讃美歌は聴こえなくなっていた。
>……【黄昏の剣(ナイトフォールエッジ)】プレイ
>祈りたまえ……これで決める
あいうえ夫が呟くように告げる。
リソースを極限まで讃美歌に費やした代償か、クリスタル・オールドメイジはもう誰が見ても消滅寸前だった。
その証拠に、もう自立していることさえおぼつかないらしい。マスターがモンスターを支え、何とか攻撃を成立させる。
正真正銘、これがあいうえ夫のファイナルアタックであろう。
一撃必殺の結晶流星が、反射板の間を撥ね回るごとに速度と威力とを上げてゆく。
歌に集中しているカザハとガザーヴァは、その攻撃を回避することができない。
が、その攻撃をカケルが全身全霊で障壁を展開して防ぐ。
とはいえ、リューグークランのあいうえ夫の最終攻撃だ。そう易々と防ぎ切れるものではない。
障壁を力ずくで粉砕しても、結晶流星の威力と速度はまったく衰えるところを知らない。むしろ増している。
窮余の一策としてカケルは自らの核とも言える胸元のレクス・テンペストの証で一撃を受けたが、二度目はないだろう。
もう一度同じことをすれば、いかな風精王の証も耐えられまい。カケルはきっと死ぬ。
ぎゅん! と唸りを上げ、あいうえ夫の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての誇りを賭けた一撃が再度カケルへ迫る。
そして、結晶流星が着弾する瞬間――
バキィンッ!!
死の流星は超高速で飛来してきた暗月の槍ムーンブルクと激突し、粉々に砕け散った。
カケルの力ではあいうえ夫渾身の攻撃を防ぎきることは出来まいと判断し、ガザーヴァが槍を投げつけたのだ。
「……いつまで……ウマにいいカッコさせとくつもりだよ……?」
歌に残していたつもりだった最後の力を投擲によって使い果たしたガザーヴァがカザハへ呻く。
「この闘いは……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の闘いなんだ……。
だから、あの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にトドメを刺さなきゃならないのは……。
デュエルに決着をつけるのは……他の誰でもない、オマエでなくちゃならないんだよ……!」
シャクだけど、と軽く顔をそむける。
ガザーヴァはカザハのクローンではあるが、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の資格までを持っている訳ではない。
あくまでモンスターという位置付けだ。従ってこの闘いに終止符を打つことができない。
カケルにしても同じだ。カザハと魂を分けているとは言っても、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』そのものとは違う。
だからこそ。
「さあ――、行け!
奪われるのは嫌なんだろ……それなら、オマエの手で……
あいつに……クソジジーのオモチャとして扱われる命に、平穏と安息を……与えて、やれ……!」
大きく右腕を振り上げると、ガザーヴァは力いっぱいカザハの背中を平手で叩いた。
そうしてカザハを送り出すと、勢い余って前のめりにどっと倒れる。
身体から無数のデスフライたちが剥離してゆき、幻蝿戦姫から幻魔将軍の姿に戻る。力を使い果たし、
『超合体(ハイパー・ユナイト)』の効果が切れたのだ。
「……へ……へへ……。さすがのボクも、これで完全ガス欠だァ……。
でも……中々悪くない……ファーストライブに……なった、かな……」
喉が壊れるまで全力で歌い続け、精も根も尽き果てたガザーヴァは、
満足げに小さく笑うと、意識を手放した。
562
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:08:17
「ミドガルズオルムの攻撃!
四海に轟け、ラグナロクの先触れ! ……『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』!!!」
『キョオオオオオオオオオオ―――――――――――ッ!!!』
ミドガルズオルムが甲高く吼える。
臨界状態に達した魔力の奔流、この世界そのものの存在すら消し去りかねないほどの破壊の波動が、
マイディアとエリザヴェートへ向けて一直線に放たれる。
超レイド級、ミドガルズオルムのユニークスキル――『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』。
質量とは単純に強さである。世界の終焉に万物万象を喰らい尽くすという伝説の巨竜、
ミドガルズオルムの放つ魔力の奔流はありとあらゆる守護呪文、回避スキル、防御手段を薄紙の如く突き破る。
しかし――
なゆた最大の技とは、其れではなかった。
「はあああああああああああ――――――ッ!!!」
裂帛の気合と共に、なゆたは翼を一打ちするとミドガルズオルムの放つ閃光の中へ自ら飛び込んでゆく。
圧倒的な破壊の波濤をマスドライバー代わりに、その勢いを自らの飛翔速度へ上乗せしたなゆたの身体が、黄金に輝く。
自分自身を光の矢と変えたなゆたが、マイディアとエリザヴェートに肉薄する。
そして、すれ違いざまの横薙ぎ一閃――。
「わたしは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』! 『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とは、勇気ある者!
そして勇気とは、困難に立ち向かう意志! 信念を貫き通す力!
これがわたしの、あなたに贈ることができる……勇気の! すべてよ!
――――『勇気で紡ぐ希望の剣(ブレイドシャイン・ブレイヴハート)』!!!!」
あらゆるバフを打ち破るミドガルズオルムの特性を付与された斬撃で、
ふたりのライフを根こそぎ削り取る。
更になゆたが大きく翼を羽搏かせてその場を離脱すると、
一拍遅れてマイディアとエリザヴェートの足許から白い光柱が噴出し、ふたりを包み込んだ。
浄化の力を持つ、聖なる光の柱。
『終焉を告げる角笛(インペリアル・ガンマ・レイ)』の勢いを利用した回避不可能の神速と、
超レイド級由来のバフ貫通効果を付与した斬撃に加え、駄目押しの魔力光柱による二段構えで、すべての敵を浄化する。
それが、長い戦いの中で蓄積した経験によってなゆたが開眼した最大奥義――
『勇気で紡ぐ希望の剣(ブレイドシャイン・ブレイヴハート)』だった。
「……はぁッ、はぁ、は……ッ、くゥ……」
光の柱が消滅すると、飛翔していたなゆたはふわりと地面に舞い降りた。
と同時、背の光翼が溶けるように消滅し銀色に輝いていた髪が元の黒髪に戻る。海原の結界が消滅し、
ミドガルズオルムが深海へと還ってゆく。
渾身の必殺技を繰り出したことで魔力を使い果たし、銀の魔術師モードが強制解除されたのだ。
激しい疲労が全身を苛んでいる。本来魔神の扱うべき力を人の身体で行使する銀の魔術師モードは負担が大きすぎるのだ。
出来るなら四肢を投げ出して倒れ込んでしまいたかったが、何とか歯を食い縛って堪え、両脚に力を入れる。
まだ、自分にはやるべきことがあるのだ。
足許にポヨリンを従え、ゆっくりと歩いてゆく。
その視線の先には、ライフを喪失して戦闘不能になったマイディアがいる。
命中すれば一撃必殺の奥義『勇気で紡ぐ希望の剣(ブレイドシャイン・ブレイヴハート)』。
しかし、なゆたはその技をマイディアに“当てなかった”。
ぎりぎりのところでなゆたは構えていた剣を引き、マイディアとナイトヴェイルの横をすり抜けるだけに留めたのだ。
ふたりが受けたのは、突進斬撃の後の浄化光だけ。それもアンデッドや邪悪な存在を消去こそすれ、
生身の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とパートナーモンスターを滅ぼすには至らない。
突進の最中、なゆたはヴェールの奥に隠されたエリザヴェートの金眼と目が合った。
その願いも聞こえた。戦闘の意思を失ったマイディアを、まだ苛むのかと――いっそ楽にしてやってくれと。
確かに其れは救済のひとつの形ではあっただろう。大賢者の駒として望まぬ復活を遂げ、
かつての幼馴染と心ならずも敵対するその境遇は、不幸と言うには余りある。
ローウェルの呪縛を断ち切り、永遠の平穏と安息を与えるために、
全霊の攻撃によってマイディアの身も心も滅ぼしてしまうのが救いだと、そう考えることも出来た。
けれど、なゆたはそうしなかった。
『勇気で紡ぐ希望の剣(ブレイドシャイン・ブレイヴハート)』は、勇気を源とする技。
勇気は困難に立ち向かう意志。信念を貫き通す力。
決して誰かの命を奪うものではないのだ――それが、例え歪んだものであったとしても。
「……大丈夫?」
なゆたはマイディアに近付くと、両手を膝に添えて腰を折りその顔を覗き込んだ。
それから無事を確認すると、満足したように笑ってマイディアの隣に両脚を投げ出して座る。
「はーっ! 楽しかったー! さっすが日本最強チーム・リューグークランのひとりマイディアさんね!
想像の十倍……ううん百倍は強かった! やばかったーっ!」
その表情は、つい今しがたまで極限の闘いを繰り広げていた人間とは思えないほどに晴れやかだ。
だが、なゆたはそれでいいと思っている。ローウェルの思惑など知ったことではない、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の闘いはあくまで、互いを高め合い心底からデュエルを愉しむためのもの。
終わってしまえば敵も味方もない、ノーサイドだ。
563
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:08:47
「わたしも結構、搦め手とか得意な方って自負してたんだけど……。
やっぱりマイディアさんとは比べ物にならないね。動画で知ってるつもりだったんだけど、全然対処できなかった。
わたしが勝つためには、早々に正攻法を諦めて銀の魔術師モードを発現させるしかしかなかった。
絶対負けられない闘いだった……なんて理由があったからって、こんなの裏技を使ったのと一緒だよ。
だから、実質的にはわたしの負け」
はー、と息をつき、なゆたは隣のマイディアを見た。
「ね、マイディアさん。わたしはあなたとのデュエルを、この一回きりで終わらせるつもりなんてないよ。
これからも、何回だって闘いたい! そして、今度は裏技なんて使わないわたしだけのデッキとスキルで勝ってみせる!
……わたしたちは、そのための世界を創りに行くんだ。
人の生き死にだとか、未来だとか。そんなものを賭けたデュエルじゃない――
ただ、楽しいからやる。そんな“本当のブレモン”を取り戻しに行くんだよ」
屈託ない表情で、にっこりと笑いかける。
「今のたった一度だけの闘いで、何もかも決着をつけてしまおうだなんて寂しいよ。
ブレモンプレイヤーとしての優劣も、エンバースのことも。
わたしたちがローウェルをやっつけて、侵食から世界を救ったなら、そのときにまたデュエルしよう!
リューグークランも、わたしたちも。
今よりもっともっと強くなれる筈だから!」
例えローウェルによって駒として復活させられた存在であっても。敵であっても。
マイディアたちも自分と同じ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』には違いない。
であるのなら、デュエルにかける気持ちや楽しさは今でも充分共有することができるはず――そう思っている。
そして、ほんの少しでも何か一つの物事に対して価値観や感情を共有することができるのなら。
手を取り合うことだって、きっとできる。なゆたはそう信じた。
「……ふ」
そんななゆたの言葉に、マイディアは束の間目を伏せて笑った。
「アルフヘイムへ召喚された君たちが、今までどうやって戦い生き残ってきたのか……それがよく分かったよ。
最初は、ハイバラの存在あってこそのパーティーだろうと高を括っていたのだけれど。
それは間違いだったようだ、ああ……強い。本当に強いな、君たちは……」
「あ、あはは……そんなに褒められると照れちゃうなァ。
でも、まだまだ! 今回はたまたま勝てたってだけで、さっきも言った通り実力で勝てたとは思ってないから!
次回は銀の魔術師モードもミドガルズオルムも使わないで、わたしの実力で――」
「……そうだね。
平和になった世界で、もう一度。君たちとデュエルができるなら、それはどんなにか素敵なことだろう」
「! ……うん!」
マイディアの言葉に、なゆたは満面の笑みを湛えた。
『ブレイブ&モンスターズ!』のプレイヤー同士、このゲームを愛する者同士、気持ちは必ず通じ合う。
そんな信念が報われた気がして、嬉しさに胸がかっと熱くなる。
しかし。
「でも……それは叶わない。叶わないんだよ、月子先生。
ご覧、ちょうど……皆のデュエルも終わったようだ。
頃合い……ということかな――」
「頃合い?」
マイディアがかぶりを振り、それから顎で軽く他の仲間たちを指す。
エンバース、明神、カザハ、ジョン。そして、それと対峙したミハエルとリューグークラン。
彼らの闘いも決着がついたらしく、激闘が嘘であったかのように静かになっている。
仲間の様子を一瞥してから、マイディアは軽く右手をなゆたへと翳してみせた。
それを見て、
「あっ!」
なゆたは瞠目し、思わず声を上げてしまった。
マイディアの右手が、その指先から光の粒子へと変わって消えていっている。
それはまるで、現在世界を蝕んでいる侵食のように。光は徐々に体幹の方へと迫り、マイディアを消去してゆく。
「……私たちは本来、とうに死んだ身だ。
偶々ムスペルヘイムで消去を免れていた私たちのデータを、魂を――ローウェルがリサイクル気分で蘇らせただけの存在だ。
そんな私たちが、失敗した。
与えられたタスクさえ満足にこなせない役立たずを、ローウェルがみすみす残しておくと思うのかい?」
自らが消滅しようとしているというのにまるで恐れるでも怯えるでもなく、マイディアが微笑む。
それは、もうとっくに自らの最期について覚悟を決めているという諦観のようにも見えた。
他のリューグークランのメンバー、流川たなや黒刃、あいうえ夫も同様だろう。
自分たちが既にこの世のものでないこと、例え蘇ったとしても昔のように自由になれる可能性はないこと、
そして、与えられた時間が少ないということも。
だからこそ――
なゆたたちは見届けなければならない、偉大な先達の最期を。聴かなければならない、その言葉を。
其れが、後を継ぐ者。屍を踏み越えて往く者の義務なのだから。
564
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:12:44
ブレイブ&モンスターズ! 世界チャンピオンのミハエル・シュヴァルツァーは、ビートダウン戦法の使い手だ。
フォン・ノイマンの再来とも称される人類最高レベルの明晰な頭脳、他を圧倒する判断力と勝負度胸、
そして【堕天使(ゲファレナー・エンゲル)】の高いフィジカルを以て、相手の戦陣が整う前に粉砕する。
誰も、そんなミハエルには太刀打ちできなかった。
テキサスの荒野で培われた荒々しいスタイルを信条とするアメリカチャンピオンも、
湯水のように課金して欲しいものすべてを手に入れ大軍勢で攻め込んでくる中国王者も、
誇りある大英帝国貴族の末裔とされるイギリスチャンピオンも、極寒の地で戦術を鍛えたロシアチャンピオンも、誰も。
だのに。
>失礼な事を言うなよ――試練ごときに敗れた覚えはないぜ。クソイベすぎてエンディングを飛ばしちまったけどな
「な……ん……だと……!?
お前は……成し遂げていたって言うのか!? ムスペルヘイムを踏破していたと!?
ローウェルは、そんなことは一言も――!!」
常人ならざる恐るべき速度で槍を捌き、薙ぎ払いで破壊の衝撃波を発生させながら、ミハエルが瞠目する。
ミハエルの精神は恐慌状態に似た様相を呈していた。
今までミハエルはすべての対戦相手を5ターン以内に葬ってきた。
アベレージは3ターン。それだけの他を寄せ付けない圧倒的な強さで、ミハエルは敵を駆逐し続けてきたのだ。
しかし、目の前にいるこの日本チャンピオンはどうだ?
5ターンどころか、もう10ターンは打ち合い全力の攻撃をしているというのに、まるで沈む気配がない。
どころかリュシフェールの不破の剣技『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』を受けてなお立ち続け、
ダインスレイヴの力を解放し、未だに自分へ肉薄している。
「こんな……、こんなことが……!」
エンバースも不死身という訳ではない。エンバースはエンバースで、多大な犠牲を払って戦闘を継続させている。
普段のミハエルであったなら、それをすぐに看破し然るべき対策を練ることができていただろう。
しかし――未だかつて見たことのなかった、自分に競る者。自分の喉元へ刃を突き立ててくる者の存在に、
ミハエルは完全に冷静さを欠いてしまっていた。
あんなにも自分と対等の対戦者を求めていたというのに、今はその対等な相手によって恐怖を味わわされている。
すべてのブレモンプレイヤーの頂点に立って以来、ミハエルはずっとディフェンディング・チャンピオンであり、
敵を迎撃し返り討ちにする立場だった。つまり、常に守勢であった。
そんな立場が、おのれの圧倒的な立場が。
皮肉なことに、いつしかミハエルから“攻める立場”の思考を忘却させていた。
>それに……さっき、なんだって?お前が、魔王になれた?ははは……バカバカしい
>それじゃ駄目だ……だってお前ほどチャンピオンの似合うヤツが他にいないだろ
「そうだ……、僕は世界チャンピオンだ!
今までも……そしてこれからも! 僕が、このミハエル・シュヴァルツァーこそが!
すべてのブレモンプレイヤーの、頂点に君臨し続けるんだァァァ―――――ッ!!!」
>……さあ来い『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。さあ来い……チャンピオン!
エンバースの挑発に応じるかのように、リュシフェールが必殺の斬閃を繰り出す。
一閃ごとに異なる属性の斬撃を叩き込む『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』の軌跡は、
六芒星を描くという構成上、常に一定である。――従って、理論上は対策を練ることが可能である。
なゆたの『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』が余りにもプレイヤー間に膾炙しすぎて、対策を練られてしまったように。
ミハエルの『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』もまた、多数の大会で披露することで有名になっていた。
それでもその奥義が不破であったのは、常識を遥かに凌駕するリュシフェールのフィジカルと、
ミハエルの判断力があったからだ。
だが一方で、永遠に破られない技など存在しない。どんなに強力なスキルも、いつか対策されてしまう。
もしそんなものが存在するとしたら、それは正真正銘のチートであろう。
だからこそ、ミハエルは万が一の場合に対する措置も抜かりなく編み出していた。
『聖六芒斬葬(ヘキサゴナ・ブレードワークス)』の軌跡は常に一定。
であるのならば、それを破ろうと対策する側も型に嵌った動きしか出来なくなる、ということだ。
その動きを読み切って、虎の子の極剣技すら捨て石にして、必殺の『神殺しの鎗(グングニール)』を叩き込む。
グングニールの穂先が、狙い通りの場所へ位置取りしてきたフラウに狙いを定める。
フラウの核を狙い、光速の鎗が放たれる――
>……今のは、聖六芒斬葬が見切られなければ無意味な動きだ。そうだろ
だが、そんな必殺の刺突をエンバースが阻んだ。
「な……」
不破の上の不破。必殺の上の必殺。
今まで使うべき相手さえ見つからなかった、本邦初公開の秘奥義。
それが、防がれた。
>ずっと……待っていたんだな
エンバースが呟く。
それは死力を尽くした相手への共感か、それとも死闘を演じた好敵手への称賛か。
565
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:13:54
「リュシフェ――――――――ルッ!!!」
ミハエルがパートナーの名を叫ぶ。
主人の求めに応えるように、リュシフェールが残りの斬閃を繰り出す。
リュシフェールの斬撃はその速度、威力共に、過去に類を見ない最高のものであっただろう。
今まで幾多の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を退け、屠り、栄冠を手にしてきた必殺の剣。
其れが、凌駕される。
「……は……」
もはや、常人ではフラウとリュシフェールの動きを目で捉えることは出来ない。
ミハエルにしてもそうだ。今のミハエルは『エンバースならここはこう動くだろう』『フラウはこう考えている筈』という、
自らの予想に基づいて行動している。全ての戦況を予測し、先行することで、神速を実現している。
「……はは……はははッ」
ここへ来て、互いの戦力は完全に拮抗していた。
まさに頂上決戦。あたかも四つの光が互いに絡み合い、蒼穹をどこまでも駆け登ってゆくかのように、
それまでの『ブレイブ&モンスターズ!』の常識が、戦いの極みが上書きされてゆく。
「ははははッ、ははは……はははははははは……!!」
ミハエルは、笑った。
尤も、ミハエルはいつだって笑っていた。弱者、すなわち自分以外のすべてのブレモンプレイヤーを見下す嘲笑。
自分の前に立つ身の程知らずを圧倒的な力で相手をねじ伏せたときの、つまらないという冷笑。
デュエル以上に面白く自分の心を捕えて離さないものはない、人命も世界も無価値だと断言する狂笑。
だが――今この瞬間、ミハエル・シュヴァルツァーの口から無意識に迸り出た声は、そのどれとも違うものだった。
――楽しい。
嗚呼、楽しいのだ。
弱者を蹂躙するときの神の如き全能感とも、敗北し悔し涙を流す相手を蔑む優越感とも違う。
ただただ、単純に闘うことが楽しい。頭をフル回転させて相手の動きを予測し、対策を組み立て、実践し。
想定外の反応に驚き、さらに次の一手の予想をし、攻撃に備える――
ブレモンとしては当たり前の、プレイヤーの誰もが味わったことのある、何と言うことのない遣り取り。
それを、ミハエルは今までほとんどしたことがなかったのだ。
強すぎたことの、絶対王者であることの弊害。それが長い間ミハエルを蝕んでいた。
だが――今は違う。
其れは今まで対戦者を屈服させることで歪んだ悦楽を見出す以外になかったミハエル・シュヴァルツァーが、
ほとんど初めて感じた、純粋なゲームの楽しさであった。
>ああ、クソ……もう、終わっちまうのか……
しかし、永遠に闘い続けることなどできない。闘いには、いつか終わりがやってくる。
いずれかの優劣が決まる、最期のときが。
エンバースが呟く。この楽しい時間がずっと続けばいいのに――ミハエルには、エンバースがそう言っているように聞こえた。
日本チャンピオンとグランドチャンピオンの目が合う。
それだけで、もう言葉は要らなかった。
エンバースが微笑む。死と生の狭間にある身体で。
ミハエルもまた、エンバースを見詰めて笑った。邪悪でも皮肉げでもない、屈託ない笑み顔だった。
「――『白い閃光(ホワイトグリント)』――!!」
エンバースがパートナーのフラウにリュシフェールの相手を任せ、ミハエルとの一騎打ちを選んだように、
ミハエルもまたリュシフェールへのアシストを放棄しエンバースただひとりに集中することにした。
じゃこん、と握りしめた鎗の長柄が展開し、多弾頭ミサイルめいた矢が姿を現す。
『神殺しの鎗(グングニール)』もまた神代遺物だ。武具としての格はダインスレイヴに勝るとも劣らない。
その鎗からほぼ零距離で放たれる炸裂弾頭を完全に防ぎ切ることは、さしものエンバースにも不可能であろう。
>さあ……行くぞ、ダインスレイヴ
無数の弾頭が同時にエンバースを襲う。
迫り来る破滅の箭を、エンバースはダインスレイヴを揮って切断し、或いは叩き落してゆく。
しかしミハエルも、最初から炸裂弾頭などでエンバースを仕留められるとは思っていない。
やはり、最後にものを言うのは自分自身の力。自分が放つグングニールの一撃だと信じている。
エンバースが最後の弾頭を撃墜する。と同時――ミハエルも肉薄するエンバースの核へ向け、
まっすぐにグングニールを突き出していた。
「ハ・イ・バ・ラァァァァァァァァ―――――――――――――ッ!!!!」
叫ぶ。
文字通り全身全霊、必中の一撃だった。この攻撃を成立させるために、今の今まで多くの布石を積み上げてきた。
エンバースはグングニールを避けることも、受け止めることも出来ない。
しかし、それはミハエルも同じだった。
エンバースがダインスレイヴを振り下ろす。その刃への対策を、ミハエルは敢えて考えなかった。
ダインスレイヴは喰らう、その代わりエンバースは斃す。
それが魂を振り絞って闘うことのできた好敵手に対する、ミハエルの答えだった。
566
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2023/12/01(金) 22:14:28
もしも、この闘いが世界の存亡を賭けた闘いではなく、純粋なブレモン世界大会であったなら。
何万という観客が固唾を呑んで見守るデュエルだとしたら。
きっとこの戦いを観戦しているほぼ全員が、相打ちだと思ったことだろう。
そう思えるほどに、エンバースとミハエルの攻撃は優劣がなかった。同時だった。
しかし――実際はそうではなかった。
ほんの僅か。ほんの零コンマ数秒、瞬きほどの時間にも足りないタイミング、ミハエルの動きがエンバースより遅れていた。
そして、そんな微細に過ぎる違いに気付いたのは――この場に於いてたったひとりだけであった。
ザシュッ!!
ダインスレイヴの刃が獲物を捕える。右肩から左脇腹までを、この世の理の外の剣が狙い過たずに薙ぎ払う。
鮮血が飛沫となって迸り、フィールドを赤色に染める――
が、その対象はミハエルではない。
「……リ……
リュシフェール……」
ミハエルが双眸を大きく見開き、前方の光景に呆然と言葉を絞り出す。
いつの間にかエンバースとミハエルの間に割り込んできたリュシフェールが、ダインスレイヴの刃を受けている。
リュシフェールはぎこちなくミハエルの方を見遣り、主人の無事を確認すると、傷口から血を撒き散らしながら仰向けに倒れた。
エンバースとミハエルの最後の決戦の間際、リュシフェールだけがミハエルがほんの微かに出遅れたのを察知していた。
此の侭では、マスターが死ぬ。
そう判断したリュシフェールは最後の一撃をキャンセルしてフラウの前から撤退し、エンバースとミハエルの間に割り込んで、
身を挺してミハエルを守ったのだ。
「リュシフェール! リュシフェール……!」
ミハエルはグングニールを放り出してリュシフェールに駆け寄り、すぐさま『高回復(ハイヒーリング)』のカードを切った。
一命はとりとめたものの、消耗が激しい。リュシフェールをスマホに収納すると、ミハエルはがっくりと項垂れた。
「――そこまで!
ウィナー、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』!!」
それまで黙して全員のデュエルを見守っていたエンデが、大きく右手を挙げて宣言する。
この世界のデータそのものにして、『ブレイブ&モンスターズ!』のシステム。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』であるエンデの権限は絶対だ。
そのエンデが、この闘いはなゆたやエンバースたちの勝利だと判断した。なんぴともその決定を覆すことは出来ない。
ただひとり、ミハエル・シュヴァルツァーを除いては。
「ハイバラ……」
ぎゅ、とスマホを握りしめたまま、ミハエルはゆっくりと立ち上がった。
そして、碧眼でエンバースを見据える。
ミハエルはずっと大賢者ローウェルと繋がっていた。明神らがアルフヘイムへ召喚された当初、
初めて遭遇したリバティウムでの闘いからこのワールド・マーケット・センターに至るまで、
一貫してミハエルはローウェルの後ろ盾のもと行動していた。
ミハエルが望めば、この闘いの結果を覆したり有耶無耶にすることも可能かもしれない。
しかし――
「……僕の負けだ。
ブレモンを始めてから無敗だった僕が……初めて負けたよ。
ああ、これが負けるってことか……。知らなかった、そうか……負けるっていうのは、こういう気持ちなのか……。
本当に……悔しいなあ……」
ミハエルは無念そうに言ったが、言葉とは裏腹にその表情は晴れやかだった。
生まれて初めて全力を出し、総力を結集して闘った結果に敗北したのだ。
悔しさがあるのは事実だろうが、それを以てエンバースを憎むようなことがある筈もない。
ミハエルは確かにニヴルヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』として暗躍してきたが、
自身のデュエルに関しては一貫してローウェルの手を借りることはなく、自分自身の力だけを恃みとしていた。
決戦の地であるこのワールド・マーケット・センターでも、ミハエルは小細工なしの真っ向勝負を仕掛けている。
ローウェルの手を借りてチート武器を用い、超レイド級モンスターを大量に従え、
『悪魔の種子(デモンズシード)』でリューグークランさえも完全な手駒として支配下に置くことが出来たのに。
ただ“勝つ”ということを目的とするなら、幾らでもエンバースたちを一方的に葬り去る手は打てたというのに――。
けれどもミハエルは、あくまで自分の力でエンバースと、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と決着をつけることに拘った。
それはニヴルヘイムに召喚されて以降、ずっとローウェルの目的に手を貸してきたミハエルの、
ただひとつ譲れなかった『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての矜持だったのだろう。
「敗北した者は、勝者に例え何をされたとしても文句は言えない。
ハイバラ、君の好きにするがいい。君にはその権利がある……」
エンバースの視界の先には、自分と同じように闘いを終えた現在の仲間たちと、かつて仲間だった者たちがいる。
そして――その元仲間たちの身体が消えかかっているのも、はっきりと見えるだろう。
「残された時間は僅かしかない。
……言いたいことがあるのなら、早くすることだ」
ミハエルはそう言うと、一歩身を引いて道を譲った。
【vsミハエル、リューグークランのデュエル決着。
リューグークランは消滅。】
567
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:00:39
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅰ)】
『架空のコメントを引用してんじゃねぇぇぇぇ!!!』
「オイオイ照れんなって。気持ちは分かるぜ。見てえよな……ユメミマホロの逆バニー!
いや、ちょっと待て……見てえよな、ユメミマホロの逆バニーってメチャクチャ語呂よくねえ!?」
息をするように紡ぐトラッシュトーク/息をつく間もないラッシュ。
圧倒的な攻勢――だが決め切れない。黒刃の思考に雑念が混じる。
――やはりクロマンジュウの負傷が手痛い。そうでなければ今頃とっくに――
芽生えた雑念を斬り裂くように放つ神速の剣閃。
本職顔負けの剣捌き――だが浅い。胸当ての表面を掠めただけ。
外したのではない。避けられたのだ――自分達のコンディションの問題では、ない。
とにかく再度距離を詰める――よりも早く、革鎧に組み込まれたスピーカーが唸った。
瞬間、爆風同然の音波が炸裂/クロマンジュウが咄嗟に盾になる/だが踏み留まれない――大きく吹き飛ばされた。
『……黒刃君さぁ。お前けっこう真面目っつーか、プレイが丁寧だよな』
「ああ?」
『ラーメン作って舐めプかましたかと思えばほっぽり出して仲間守りに来ちゃうしよ。
トロールが中途半端なんだよ。クズになりきれてねえんだ。
命のかかった極限状況じゃ人間の本性が出るつうがよ……
そうやって明らかになった黒刃君の本質は、お友達のために体張れる男だったっつうワケだ』
「はあ〜?何いきなり語ってくれてんのオマエ――」
黒刃は口プするのは好きだがされるのは大嫌いだった。
すぐさま再び詰め寄ってぶん殴ってやろうとして――
『ふざけやがって。ハイバラの経験値になりたいだ?パーティを組み直したいだ?
お前らはいつまで……!いつまでハイバラの方ばっか見てやがんだ!!』
『お前らが戦ってんのは俺たちだ!俺が戦ってるのは、お前らなんだよ!!』
ふと踏み留まった――そして深呼吸がてら深く深く溜息を一つ。
『犬と一緒に戦ってるのはジョン・アデル。自衛官で、化け物みてーな怪力もった、人間だ。
歌ってるのはカザハ君とカケル君。シルヴェストルが転生して再転生したややこしくて、優しい生き物。
ガザーヴァ……は、知ってるか。あの甲冑の中身がこんな美少女だってことはご存じなかったろ。
――俺はうんちぶりぶり大明神。フォーラムに2年粘着してるブレモンアンチだ』
「……オマエさぁ〜。外でウマい飯食ったら毎回シェフ呼んで褒めてやってんの?」
呆れ果てた様子の目つき/声色。
「イチイチんな事しねえだろフツー。フツーに飯食って、ごっそさんつって帰るよなぁ。
マジでビビるくらいクソウマかったら後からレビュー付けに行くかもしんねーけどさ」
それきり黒刃は口を噤む/ファイティングポーズを取る――左手で明神を手招きする。
『……対戦、よろしくお願いします』
「おー。心配すんなって。後でテメーにもレビュー付けといてやんよ――!!」
黒刃の眼光は――とっくの昔に、明神のみに注がれている。
568
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:00:58
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅱ)】
直前の攻防で距離を離された=次の攻防の先手は魔術師である明神。
黒刃がファイティングポーズを取る=狙いはまず遠距離攻撃を捌き、そして再び肉薄する。
ソニックアーマーが切断寸前の左腕を大振り/革とケーブルが悲鳴を上げ――断裂。
千切れた左腕が巨大な砲弾と化す――迎え撃つ黒刃の眼差しは冷静そのもの。
この一撃目はただの牽制=重りでしかない左腕を有効活用しただけ。
ソニックアーマーが隻腕になろうと霊体/ブレイブの戦闘に支障はない。
呪文を唱える事もスマホを操作する事も出来る。
故に待ち構える――次なる一手を。
『『座標転換(テレトレード)』、プレイ!』
スペルが発動/左腕が消失――位置交換の対象は、ソニックアーマー。
牽制程度に見ていた攻撃が突然敵そのものと入れ替わった。
端的に言って窮地――生半可なブレイブであれば。
『そら、選べよ!』
黒刃には全て見えていた。
明神のスマホから分厚い大剣が取り出された事も。
それをヤマシタの右腕が掴んだ事も。
更に位置交換によって引き継いだ慣性を利用しヤマシタが全身を一回転させ――
二重の加速を乗せて大剣を投擲する瞬間も、全て。
回避は――間に合わない。本来容易く捌けた筈の左腕と位置交換された事が響いている。
防御も危うい。オブシディアンスライムは攻撃を真正面から受け止めるタイプのタンクではない。
「下がれ、クロマンジュウ!」
号令と共に黒刃が一歩前へ飛び出す――なんとも心地の悪い一歩。
冷えた油が纏わりつくような、敵の狙い通り誘い込まれている感覚。
黒刃は考える――ハイバラなら、上手くいなして仕切り直そうと言うだろう。
だが――それはリューグークラン流だ。黒刃本来のやり方ではない。
そして黒刃は今ヒートアップしている≒気が昂ぶっている。
クレバーなやり方で勝ちを拾う気にはなれなかった。
全て真正面から食い破る。そういう気分だった。
襲い来る大剣をレイピアが出迎える。
精妙極まる剣先はその大質量を木の葉のようにいなす――筈だった。
しかし――剣先が大剣に触れた瞬間、黒刃は違和感に気づく。
大剣に何か、粘液めいた物が塗布されていた――それが刃と刃を結合させる。
ただ接着されているだけではない――これは魔法の力による簡易的な合成だ。
レイピアと大剣は既に一個のアイテムと化した。
黒刃はその付け足された質量/慣性に逆らわずレイピアを手放す――口笛を鳴らす。
「へえ。それで?」
ソニックアーマーがクロマンジュウの影を踏む――影縫いだ。
ご丁寧に、周囲にはぬらぬらと艶めく油が巻かれている。
それが可燃性の油であると黒刃は瞬時に察した。
「そういう手法」はハイバラも多用していたからだ。
『おおっと噴火すんなよ!?黒刃君が文字通りのまっ黒焦げになっちまうぜ』
不意に――黒刃が笑った。活路を見出したと言わんばかりに。
「――バァカ、逆だろ。噴火すんだよ!本気でブッ放せッ!!」
569
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:01:12
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅲ)】
雷鳴めいた号令/クロマンジュウは疑わない――弾ける爆音/業火/熱風。
油が瞬く間に引火/燃焼/黒刃が炎に飲まれる――だが、それはほんの一瞬。
超高出力の爆炎は油をただ引火させるだけではなく――吹き飛ばす。
当然、黒刃は引火した油を被る事になるが――それも一瞬。
クロマンジュウの爆風は黒刃に付着した油をも吹き飛ばす。
そしてクロマンジュウ自身の炎にはフレンドリーファイア無効が働く。
結果的に――黒刃が受ける燃焼ダメージは最小限に抑え込まれた。
無論、例え一瞬でも燃え滾る油が全身に付着したのだ――そのダメージは致命的未満/絶大以上。
こんな事をしなくても、もっと安全にセットプレイをやり過ごす方法はあった。
例えば「クロマンジュウの鍛え上げたステータスを頼りに影縫いをレジストさせる」とか、
或いは「インベントリから新たな武器を召喚/反撃する」などがそうだ。
要する時間もそう変わらなかっただろう。きっと一秒もかからなかった。
「――来い!クロマンジュウ!」
だが――これが黒刃のやり方だ。
0.5秒早くパートナーを解放した。
重傷を負ったクロマンジュウでも黒刃の右腕に纏わりつき、拳を補強するくらいは出来る。
それはスマホを操作して武器を召喚/装備するよりも少しだけ早く実行出来る。
全身火だるまになった代わりに、0.5秒だけ早く体勢が整った。
『怨身換装――『解除』』
明神がヤマシタから飛び出してきた/黒刃が拳を振りかぶる――遅れを取っているのは黒刃。
先手を取られたディスアドバンテージは0.5秒では覆せなかった。
拳による迎撃は間に合わない――だが、その判断も0.5秒早く下せた。
黒刃が脳内に踊る火花の中から次善の一手を見つけ出すには――十分すぎる時間。
『――リアルファイトだオラァァァァァ!!!』
「舐めんなッ!オタクのヒョロヒョロパンチが!この俺様に利くかボケェ――――ッ!!」
黒刃が歯を食い縛る/大きく仰け反る――額を勢いよく前へ突き出す。
明神の拳を迎撃/響く打撃音――激痛と共に額に返ってくる感覚があった。
粉々とまではいかずとも――確かに拳の骨がひび割れる感覚が。
570
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:01:23
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅳ)】
「いっ……てえじゃねえかクソ!だがこれで!俺の勝ち――――」
全身火だるまになった代わりに0.5秒を稼いだ。
その0.5秒で、今度は頭部への打撃を直撃する代わりにスマホを扱う右手を負傷させた。
策も誘いも全て正面から受け止めた――そして今から、食い破る。
「だ…………あぁ?」
その筈だった。だがそうはならなかった。
黒刃は――よろめいていた。
全身火だるまになった直後に、恐らくは魔力で補強した拳で頭部を強打されたのだ。
更にその前にはパートナーを庇ってスタミナ度外視のインファイトも繰り広げていた。
要するに――クラッチプレイを押し通すには、あとほんの少しHPが足りなかった。
黒刃はよろめきながらも踏み留まる――だがもう手遅れだ。
明神はとっくに追撃の準備を完了している。
一度は堪えた黒刃も、負け確の試合でコントローラーを投げるように倒れ込んだ。
「あークソ!ぜってー勝ったと思ったのによぉ!」
両手を広げて呻く/目を閉じて深く溜息を零す――それから明神を見た。
「けど、そうだな…………総合的に評価すると精々星二つってとこかなぁ〜」
清々しい態度から飛び出したのは悪びれも恥じらいもない暴言だった。
「まあチャンスを物にする力があるって事は分かりましたが、
自らチャンスを作り出せない限り所詮キャリーされる側の域を出ません。
あと口が臭いし目つきもいやらしかったですが、期待を込めて星二つです」
勝負には負けても口プには絶対負けない=トロールプレイヤーのメンタリティ。
「あーあ……オイ。ハイバラ、どうなったよ」
ふと黒刃が尋ねる――自分で見ればいいようなものだが、先の明神の言葉を覚えているらしい。
「――いや。やっぱいいわ。自分で見た方が早えし」
もっとも一度気遣いのポーズを見せたらそれで満足して、平常運転に戻ってしまったが。
571
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:01:38
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅴ)】
ヴァーミンちゃんの放った非業の剣がジョンを斬り裂く/鮮血が飛び散る。
ただし――斬り裂けたのはジョンの頬のみ/飛び散った血もほんの僅か。
避けられたのだ。懐に潜り込まれた――ジョンが拳を振りかぶる。
『うおおおおおおおおお!』
ジョンの拳がヴァーミンちゃんの腹部に突き刺さる。
その衝撃は分厚い毛皮を容易く突破して――その奥にある肉を潰す/骨を砕く。
強靭な毛皮と筋肉の塊であるヴァーミンちゃんの五体がいとも容易く浮き上がり――小石のように吹き飛んだ。
ヴァーミンちゃんはメインホールの中央付近から端まで吹っ飛んで壁に激突/床に落下――そのまま立ち上がれない。
流川たなは――その場にへたり込んで、項垂れた。
目を閉じて、小さく嘆息を零し、それから傷ついたヴァーミンちゃんをアンサモンしようとして――
自分の手元に影がかかっている事に気づいた。顔を上げる。ジョンと目があった。
『おい…!スマホを貸せ!オラっ!抵抗すんな!』
実際のところ、たなは抵抗一つしなかった。する理由がなかった。
見知らぬ世界で疲れ果てて死んだ筈の自分が生き返った。
またハイバラとパーティを組む夢を見れた。
最愛のパートナーが液晶画面のこちら側にいて、一緒に、殺し合いでないデュエルが出来た。
『よし後は部長と僕が解毒すれば…とりあえずひとあんし!「にゃ〜〜〜!」?』
『わぷっ…部長!とりあえず解毒薬を…あれ…毒の影響を受けていない?…ていうか心なしか僕の症状も軽くなってきてるような…』
『部長!お前…お前…進化してるよ〜〜〜〜!!!!!』
もう十分だった。夢は覚めた。だから後は――報いを受けるだけだ。
『さて…と…たな…流川たな…僕達の戦いは僕の勝ちで…決着がついた…そうだな?』
「っ……ええ」
ジョンがたなの右腕を掴む/吊るし上げる――たなは痛みに顔を歪めながらも、やはり抵抗しない。
『今から君は僕のモノだ…いいな?命令にも絶対服従だ』
「確か……私の顔面をぶん殴ってやりたいんでしたっけ?」
『戦争の敗者は勝者の所有物だ…人権なんてあると思うなよ。
…捨て駒に使おうと遊び半分で殺そうと欲望のはけ口にして辱めようと…その権利は僕にある!当然勝手に死ぬことも許さない…返事は!』
「どうぞ。あなたにはその権利がありますし……私には、そういう末路がお似合いです」
プライドをへし折る――そんな必要はなかった。
そんなものはもう、とっくに折れた後なのだから。
ミハエルの虐殺を見過ごした。自分達だけでは勝てないなんて理由で。
そこまでしてでもハイバラの力になりたかった――それも叶わなかった。
なのに最後の最後で――殺し合いでない純粋なデュエルにまで興じられた。
だから流川たなはちゃんと分かっている――自分は、自分達は、報いを受けるべきだと。
572
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:02:02
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅵ)】
『よし…わかったならさっそく命令してやろう』
『…これを君のパートナーに飲ませてくるんだ。
バロール印の回復薬だ…どんな状況からでも…死んでさえいなければ一発で治る優れものさ…一部例外デバフもあるらしいけどな』
「……その必要はありませんよ」
『勘違いするな!僕は君達を許したわけじゃない…もちろんこの世界も君達を絶対に許さない!だけど…だからといってこれ幸いと死なれても困る。
この戦争はこれからが本番だ。…これから起こる大きな戦い…その為にも勇者を起こして次の戦場で僕やエンバースの役に立ってもらわないとな。
お前の罪が裁かれるのはその後だ』
「……勘違いしてるのは、あなたの方です」
『言っておくが流川たな…僕の所有物である君に一切の拒否権はないんだ。正式な場で裁かれるその時まで…お前の命を僕が預かる。
そして…それまでその身に嫌ってほど僕達流を叩き込んでやるからな…覚悟しとけよ…ほら!ぼさってしてないで早くいけ!』
「あはは。それは……楽しそうですね。本当にそうなったら良かったのに。でもね――」
流川たなは含みのある言い方で、申し訳なさそうに笑った。
573
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:02:25
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅶ)】
激突する結晶流星/暗月の槍ムーンブルク――宙に瞬く結晶の破片。
最後の力を振り絞って放った一撃だった。
マーリンは両足が砕けて、偶然自立出来ているだけのダルマのような状態。
だが――まだ負けた訳ではない。
自立不可能という事は胸より下の結晶は全て消費しても構わないという事。
最後の力を振り絞っても駄目だった。なら――次は命を懸けた一撃を放つまで。
「……マーリン。『門』を開けてくれ。もう一つだ」
あいうえ夫が相棒を振り返らぬまま告げた。
【結晶開門(オープンパンドラ)】による召喚物には幾つかのバリエーションがある。
その中から異界の賛美歌を召喚したのは、吟遊詩人が持つ歌唱への感受性に強く作用させられるから。
「私が時間を稼ぐ。君なら出来る――私達が、勝つんだ」
だが――最早それだけでは足りない。
優れたサポートプレイヤーには視野の広さが求められる。故にあいうえ夫には見えていた。
流川たなも黒刃も互角の勝負を繰り広げている。
こういう個人の実力に頼みを置いたデュエルは――すごく久しぶりだ。だからすごく楽しい。
しかし最後には――勝たなくては。個人的にだけではない。チームとしても。
だからもう一つ、門を開く必要があった。
吟遊詩人特攻の賛美歌だけではなく――もっと壊滅的な、マップ兵器/火力支援を召喚する必要が。
無論、言うまでもなくこれは自殺行為だ。
全身ひびだらけのマーリンでは門を開くまでに多大な時間を要する。
残った結晶体も殆ど消費してしまう。そこまでして門を開いても持続時間はきっと一秒にも満たない。
だが、それで十分だった。たった一秒の中で勝利を掴む――そんな事なら今まで何度でも為遂げてきた。
「……おや。そちらもパートナーは息切れかい。
奇遇だね……最後はブレイブ同士、勝負といこうか」
息をするように嘘をつく/傘の杖を畳む――さながら剣のように突きつける。
傘を模す事で「拒絶」の術式を宿したその杖は開けば盾に、畳めば槍にも剣にもなる。
そして傘であるが故に当然――風雨に対して特攻属性を持つ。
あいうえ夫の傘捌き――その杖術は鮮やかだった。
こだわらない事にこだわる男の真骨頂。
槍のように突き/薙刀のように払い/太刀のように打ち付ける。
更に傘を開けば拒絶の魔法で体勢を崩させる事も出来る。
開いた傘そのものをブラインドにして、自前の結晶弾による不意打ちも狙ってくる。
鮮やかなまでの技のバリエーション。技の量に薄まる事なく両立された練度。
それらはカザハがついぞ磨く事のなかった力。
かつてマリスエリスと戦った時と同じだ。カザハは圧倒される。
だが――ある時ふと気づくのだ。おかしな事に、自分はまだ負けていないと。
あいうえ夫は武術においてカザハとは比べ物にならないほど巧みだ。
魔法にしても呪歌以外ならカザハ以上の使い手だろう。
「……速いな」
しかしただ一点、速さだけは――カザハが圧倒的に上回っている。
その一点だけで、カザハはあいうえ夫の戦技を避け切っている。
あいうえ夫の魔法を置き去りにしている。
そして――その事を理解した時、カザハはもう一度気づくのだ。
この戦いは今、自分が優勢なのだと。
574
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:02:43
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅷ)】
だが、そこで一つ疑問が生じる――かもしれない。
速度で劣るあいうえ夫がどうして果敢に攻めてくるのかという疑問だ。
答えは単純明快――カザハの注意を「何か」から自分へ逸らす為。
その疑問に辿り着く事が出来れば、後はもうその「何か」を見破るだけだ。
自身を構築する結晶を急速に消費/莫大な魔力を捻出するマーリンの存在を。
本当なら気づいた時にはもう門は開いている。そういう風に為遂げる筈だった。
だがあいうえ夫の劣勢はマーリンにとっても予想外だった。
故に焦りを禁じ得なかった――このままでは術式構築を待たずマスターがやられると。
或いはカザハならば回りくどい推理など必要とせず、
ただ持ち前の感受性でその焦りを察知して、あいうえ夫の作戦を見抜けたかもしれない。
「……気づかれてしまったか。だが――」
あいうえ夫が傘を開く――今や首から下の全てが砕け散ったマーリンを庇うように。
「止めさせはしない。勝つのは……私達だ」
結晶の星空が再び頭上に展開――眩い光線が門を描き出す。
あいうえ夫は完全に死守の構え。身を挺してでもマーリンを守り切る――覚悟を決めた面持ちだ。
頭上から門の軋む音が聞こえる。ぼたぼたと、毒気を発し独りでに蠢く粘液が垂れてくる。
そして――攻防の果て、カザハの全身から輝きが迸る。
何が起きたのか、あいうえ夫には分からない。だが一つだけ確かな事があった。
それは――その溢れる魔力を余さず攻撃に用いれば、間違いなく致命的なダメージを叩き出せるという事。
あいうえ夫は勿論、彼が守ろうとしているマーリンに対しても。
開門は――間に合わない。
「マーリン……!」
あいうえ夫がカザハに背を向けて駆け出す――首だけになって、その頭部すら亀裂だらけの相棒を抱いて蹲る。
自分が負ければ結局マーリンも遠からず死ぬ。それでも庇わずにはいられなかった。
眩い閃光があいうえ夫を飲み込む/塗り潰す。マーリンが開門を中断/結晶防壁を展開するが――到底防ぎ切れない。
そして――
「……なんだ。どうなった……?」
暫しの静寂の後、あいうえ夫が呻き声を零す/上体を起こす/全身が痛む――だが生きている。
マーリンを見る――抱きかかえる直前よりもむしろ亀裂が減っているように見えた。
程なくしてあいうえ夫は一つの可能性に辿り着く。
ブレモンは敵モンスターをテイムして使役するゲーム。
故に敵の動きを鈍らせテイムの試行を補助する為のスキルがある。
麻痺/スタン/チャームと言った状態異常の他――非殺傷スキルなんて物も存在する。
カザハが最後に放ったスキルは恐らくそうした類のものだったのだろう。
「それは……予想出来なかったな。一歩間違えば、私が君を殺していたのに」
精霊族は負傷が外見に出ない。流れた血もすぐに各属性に還るように消えてしまう。
だが、無明の閨房は命に関わるほどのダメージを与えていた筈だ。
積極的に殺す気はなかった――さりとて殺さないよう加減する気もない。
そういうつもりで戦っていた。
そういう戦い方をされて――それでもカザハは最後に不殺のスキルを切った。
575
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:03:08
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:F(Ⅴ-Ⅸ)】
「……だが、あり得る一手だった。何故読めなかった」
あいうえ夫が天を仰ぐ/溜息を零す――ゲーマーの性が、頭の中で終わった勝負を反芻する。
読み切れなかった。終わった後で考えてみれば十分あり得る選択肢だった。
甘さ――或いは純粋さ。そうした精神性が、最後に非殺傷のスキルを選ばせる可能性は予測出来た筈。
その可能性にかけていれば開門を強行出来た――勝ち筋はまだ残っていた。
情けをかけられる事が前提の勝ち筋ではある。
とは言え対戦相手のミスを拾うのは最もポピュラーな勝ち方だ。
何故出来なかった――考えて、答えはすぐに出た。
ハイバラの経験値になりたかった――最初から、自分は末路にこだわっていた。
それは勝負には無用なこだわり。最初から、戦う前から自分は一つミスをしていた。
「……いや、やめよう。この反省に大した意味はない。まずは……勝者を称えるべきだったね。
すまない……そしておめでとう。自分で言うのもなんだが……私に勝ったのはすごい事だよ」
576
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:03:51
【ヴァーサス・トゥルーブレイブ/SIDE:M(Ⅴ-Ⅰ)】
『……大丈夫?』
なゆたがマイディアの顔を覗き込む/隣に座り込む。
エリザヴェートが威嚇の唸り声を零す/マイディアがそれを宥めるように撫でる。
正直な話、勝者が敗者を慮りに来られても気まずいだけと言うのがマイディアの持論だが――
『はーっ! 楽しかったー! さっすが日本最強チーム・リューグークランのひとりマイディアさんね!
想像の十倍……ううん百倍は強かった! やばかったーっ!』
だが、それも所詮は敗者の理論。命がけの戦いをして負けたのだ。
勝者の都合に従うのは敗者の必然――これもまたマイディアの持論。
もっともこれは持論と言うよりムスペルヘイムで焼き付けられた教訓と言うべきだが――とにかく。
マイディアは倒れたまま、なゆたと目を合わせた。
『わたしも結構、搦め手とか得意な方って自負してたんだけど……。
やっぱりマイディアさんとは比べ物にならないね。動画で知ってるつもりだったんだけど、全然対処できなかった。
わたしが勝つためには、早々に正攻法を諦めて銀の魔術師モードを発現させるしかしかなかった。
絶対負けられない闘いだった……なんて理由があったからって、こんなの裏技を使ったのと一緒だよ。
だから、実質的にはわたしの負け』
「……なら、本質的には私の負け。困るなぁ。この私に勝ったんだからもっと誇らしげにしてくれないと」
なゆたが未来を語る。世界は滅ばずに、皆が生き残って、平和な日常が帰ってきた後の未来を。
そこに水を差すのは――本当に心苦しい事だ。だが告げなくてはいけない事がある。
マイディアがなゆたに右手を差し出す。ゆっくりと、指先から順に光の粒子に分解されつつある右手を。
「……私たちは本来、とうに死んだ身だ。
偶々ムスペルヘイムで消去を免れていた私たちのデータを、魂を――ローウェルがリサイクル気分で蘇らせただけの存在だ。
そんな私たちが、失敗した。
与えられたタスクさえ満足にこなせない役立たずを、ローウェルがみすみす残しておくと思うのかい?」
マイディアは名残惜しそうにエンバースの方を見た。
577
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:05:27
【ゲーム・セット(Ⅰ)】
互いに最後の一撃。エンバースは確信していた――勝った。
ダインスレイヴは確実にミハエルを捉える。グングニールよりも早く。
肉を斬り裂き/骨を断ち/その奥にある臓腑さえ抵抗一つなく両断するだろう。
ムスペルヘイムで積み上げた人斬りの経験が高らかに叫んでいる。
勝った。己の剣技は、最後の最後で確かにチャンピオンを上回ったと。
そして確信している事はもう一つあった――やられた。
強い勢いを帯びて放たれた一撃は反撃を受けても止まらない。
そしてこの世界はゲームではあってもデジタルゲームではない。
HPがなくなったらその場で死亡モーションが始まって死体が消滅するなんて事もない。
だからダインスレイヴに心の臓を斬り裂かれながらでも、
肉体が死に至るまでのコンマ一秒までの間にグングニールはエンバースの魂核を貫く。
これがゲームの大会の決勝戦だったなら、先に攻撃を当てた方の勝ちだったかもしれない。
けれども「これ」は違う。どちらが先に攻撃を当てたとしても――もう結末は変わらない。
あのミハエル・シュバルツァーを相手に、仲間を誰一人死なせず倒したのだ。
それはエンバースにとって紛れもない勝利――エンバースは勝利する。
そして――死ぬ。不死者の本質、魂核が破壊される事による完全な消滅を迎える。
それが結末――そうなる筈だった。
そして――――エンバースの視界に鮮血が舞う/黄金色の髪が揺れる――漆黒の羽が踊る。
『……リ……
リュシフェール……』
決着の瞬間、リュシフェールがミハエルを庇ったのだ。
あのままではミハエルは確実に死んでいたと。
確かにそれとほぼ同時にエンバースも殺せていたかもしれないが――そんな事は主の死の前にはなんの慰めにもならない。
『リュシフェール! リュシフェール……!』
ミハエルが堕天使に駆け寄る/咄嗟に【高回復】のカードを切る。
エンバースはその様子を呆然と見ていた――何が起きたのかすぐには理解出来なかった。
ミハエルがパートナーをアンサモンして、項垂れる。
その様を見てようやくエンバースは実感した。
『――そこまで!
ウィナー、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』!!』
自分は勝った――そして生き残ったのだと。
右半分だけ再生した肉体の、胸の奥で心臓が高鳴っている。
呼吸の整え方なんてもう覚えてないのに、高揚のせいで息が苦しい。
『ハイバラ……』
ミハエルが立ち上がる/エンバースを見る――二人が見つめ合う。
『……僕の負けだ。
ブレモンを始めてから無敗だった僕が……初めて負けたよ。
ああ、これが負けるってことか……。知らなかった、そうか……負けるっていうのは、こういう気持ちなのか……。
本当に……悔しいなあ……』
「これが公式戦じゃないのが残念だ。ああ、クソ……ブレモンの歴史に名を残す男になれたのにな」
578
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:06:28
【ゲーム・セット(Ⅱ)】
『敗北した者は、勝者に例え何をされたとしても文句は言えない。
ハイバラ、君の好きにするがいい。君にはその権利がある……』
「そうだな。お前は報いを受けるべきだよ。だが……悪いが今は『そんな事より』もっと大事な話があるんだ」
『残された時間は僅かしかない。
……言いたいことがあるのなら、早くすることだ』
エンバースが皆を振り返る――かつての、既にその存在を消されつつある仲間達を。
そこにいるのは所詮、ローウェルが作り出しただけの偽物。
だとしても――皆である事は変わらない。
皆をもう一度失意と負い目の中で死なせる訳にはいかない。絶対に。
だからエンバースは――笑った。いつもみたいな皮肉めいた笑みではなく。
「なあ。今の、見てたよな?俺があのチャンピオンをやっつけたんだ。
俺が――世界で一番ブレモンで強いプレイヤーになったんだぜ」
右半分だけ再生した顔で、作り方もうろ覚えな、だけどなるべくちゃんとした笑顔を浮かべた。
気づけばピースサインもそこに添えていた。半ば無意識の行動だった。
その後で――ハイバラだった頃は結構やってたな、これ――なんて事を思い出す。
「だから……俺の事なら、もう心配するなよ。今度はきっと大丈夫だからさ」
心配するな。大丈夫だ――ムスペルヘイムで過ごす内、いつの間にか口癖になっていた言葉。
何の根拠もなくても、口にせずにはいられなかった強がりの嘘。
だけど今回ばかりは――それはエンバースの心からの言葉だった。
579
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:08:03
【ゲーム・セット(Ⅲ)】
「信じらんねえ。イエーイ今の見てた?ピースピースってか。バカが。ブン殴ってやりてえ」
黒刃が馬鹿らしいと言わんばかりに寝返りを打つ/エンバースを視界から外す。
「……でも、そうだったな。そういやあんなヤツだった。
すげえプレイキメた後はいつもそうだった。今の見てたか?ってよ、うるせえんだ」
黒刃がまだ消えていない左手でスマホを操作/クロマンジュウを治療。
傷を癒やしたクロマンジュウが黒刃に飛び乗る/じゃれつく。
「けど、まあ……変にスカしてるよりずっといいわな。
アイツ、久々に見たら見た目も喋り方もすっかり陰気臭くなっちまってんだもんな。
最初はどこのKURAUDOさんかと思ったぜ」
黒刃はもう明神とは目を合わせようともしない。ずっとスマホを弄っている。
そうして――ふと、明神のスマホから通知音が鳴った。
ブレイブ&モンスターズのアプリからの通知――プレイヤーからのメッセージが一通。
差出人の名前は黒刃=対戦履歴からのフレンド申請。
「レビュー代わりだ。ありがたく取っとけや」
明神がスマホから視線を外した頃には、黒刃はもうそこにいなかった。
580
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:09:00
【ゲーム・セット(Ⅳ)】
「――ま、こういう事です。すみませんね。折角気を使ってもらったのに無下にしちゃって」
流川たなは肩を竦めてそう言うと――ジョンの様子を見て溜息を吐いた。
「あなたが今何を考えているのか分かりませんけど……
多分、ガッカリしてるか怒ってるのどちらかだと思うんですよね。或いはその両方?
ボクノシタコトハムダダッタノカーとか。オノレローウェルーとか……ね、ね、当たってます?」
たなは努めて平静を保ちながら首を傾げてみせる。
「ま、当たっている体で話を進めますね。だけど……ありがとうございました。
私は最後に、ヴァーミンちゃんとのデュエルを思い出にして消えていけます。
まるでフツーのデュエリストみたいな気持ちで……ホントは分かってますよ?全然そんな事ないって」
自嘲気味に笑うと、流川たなは立ち上がる。
「『アンサモン』『サモン・ヴァーミンちゃん』『高回復(ハイヒーリング)』」
ジョンに取り上げられたままのスマホへ語りかける=音声入力。
遠くへ殴り飛ばされたままだったヴァーミンちゃんを再召喚。
こんな手もあるんですよ、後輩さん――とでも言いたげに笑う。
「きっとこれが、私達が一番穏やかに死ねる結末。
たとえ私達が勝っていたとしても……こんな風には死ねなかった」
己に縋り付く/啜り泣くヴァーミンちゃんを愛おしげに撫でる。
「……これを」
ヴァーミンちゃんが主から離れる/非業の剣を差し出す。
「いらなかったら捨ててくれて構いません。
でもそれは傷つけた対象の状態異常耐性を引き下げる剣。
使うタイミングを間違えなければ、あなたへのバフをより強めてくれる筈ですよ」
たなの姿はもう殆ど消失している/最後の最後まで笑顔を保っている――つもりだった。
だが出来なかった。たなの顔が悔しさに/情けなさに/寂しさに歪む――涙が溢れる。
「……あれ。あはは……駄目だ、なんだか今日は涙脆いみたいです、私。
あーあ……締まらないなぁ。穏やかに死ねるなんて言ったばかりなのに」
零れた涙が一粒二粒と床に落ちる――その短い時間で、たなは完全に消えてしまった。
581
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:10:02
【ゲーム・セット(Ⅴ)】
「――君達には本当に迷惑をかけた。最早満足に償う事も出来ないが……すまなかった」
あいうえ夫が深く頭を下げる――死に際だからこそ、その態度はこだわるべきだ。
何を言うべきか/何を謝るべきか――何を伝えるべきか。残された時間は短い。
「これも私が言えた事ではないけど、君達ならきっと世界を救えると思う。
……戦いが始まってまだ間もない頃、君はひどく手探りで、迷っているように見えた。
だが、今更言うまでもない事だが……君の歌も、身のこなしも、素晴らしかった。私が保証する」
敗北者の分際で偉そうな事を言っている自覚はある。
だが、そんな事は些事だ。こだわる必要などない。
どうせもう滅びる身、これ以上恥を重ねる事もないのだ。
そんな事より大切なのは――君は本当に強かったと伝える事。保証する事。
このあいうえ夫を倒したという成功体験を、己を信じる為の柱の一つと昇華してもらう事。
それがカザハをほんの少しだけ強くする――かもしれない。
「それから……無明の閨房、あの門から聞こえてきた歌は覚えているかい?
ああ、いや、あまり鮮明に思い出さないように。アレは言わば認識する毒だ。
本当は覚えているだけでも危険なんだが……一方で君達の武器にもなり得る」
両腕が消えてしまう直前になって、あいうえ夫が抱えたマーリンをそっと床に置く。
あと数秒で消えてしまう存在だとしても落として割ってしまう訳にはいかない。
「それと……私の理解が正しければ、呪歌の類は聞き手の印象によって効果が上下する。
つまり出力を突き詰めるなら相応の演出が必要になる。
今回は会場の設備を利用出来たが――次もそうとは限らない。留意しておいて欲しい」
もう完全に消えてしまった右手で、顎先に触れるような仕草を取る。
まだ何かないか。少しでも力になれる事はないか――焦燥の中、考えを巡らせる。
「幸い、君は風の使い手だ。天候、光の屈折、利用出来るものは多いだろう……。
あとは……ああ、そうだ。そこの傘の杖も私にはもう無用の物だ。もし良ければ使ってくれるかい」
今度こそ――もう何も思いつかない。少しでも助けになりそうな事は全部伝えた。
後はかつての仲間に一言でも謝る事が出来れば――そこまで考えて、ふと気づいた。
自分の存在がもう殆ど、首元まで消えかかっている事に。
「……時間切れか。しまったな。すまないが、君からハイバラ君に――」
あいうえ夫の口元が消える――声を発する事も出来なくなる。
結局ハイバラには何の言葉も残せなかった――無念だが、甘んじて受け入れた。
ムスペルヘイムで手にかけた、そして生き返ってから見殺しにしてきた命の数を考えれば、こんな事は報いにもならない。
とは言え――それでも無念は無念。
あいうえ夫はせめてこれ以上の悔いが生じぬようにと目を閉じて、そのまま消失した。
582
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:13:08
【ゲーム・セット(Ⅵ)】
倒れたままのマイディアの体が消えていく――暫しの沈黙の後、彼女はなゆたを見つめて口を開く。
「……ねえ月子先生。彼からはっきりと、言葉にして、愛を語られた事は?」
別れの言葉にはそぐわない語り出し。
「……ないだろうね。いつもそうだった。思わせぶりな事を言ってこっちをその気にさせて。
そのくせ気づいたらすぐによそ見をしてるんだ。私もそれはもう散々待たされたものさ」
だが、その声色はさっきまでとは違う。
「結局、私がその言葉が聞けたのは――私の今際の際だったからね」
挑発的な響きはまるでない。
「……私ね、本当はハイバラの事はあんまり心配してないんだ。あくまであんまり、だけどね。
でもそうでしょ?結局、ハイバラは私達が死んだ後も戦い抜いた。多分、最後まで」
むしろその語り口は――まるで懺悔のようだった。
「だから月子先生。死んじゃ駄目だよ……私にはそれが出来なかったから。
きっとあの時、ハイバラをひどく傷つけてしまったから」
出会ってから今まで、マイディアが紡いできた言葉の中で――間違いなく最も真に迫る一言。
声が震える。本当は――もっと大声で泣きたかった。ハイバラの名前を呼んでこっちを見て欲しかった。
だけど出来なかった。今更残していく傷跡を増やしても何にもならない。
何より――自分達は満たされながら死んでいい筈がないと分かっていた。
「……ハイバラ」
それでも堪え切れなかった――消え入るような声が零れる。
届く筈のない声。決して届く事のないよう押し殺した声。
だが――マイディアのその存在が完全に消える直前。エンバースがそちらを振り返った。
マイディアが息を呑む。声が聞こえた筈がない。
きっとただ、なゆたの様子を確認しようとしただけ。
分かっている。それでも、だとしても――エンバースは確かにそちらを見た。
「……ああ、もう。君は本当、いつも思わせぶりだな……」
マイディアの表情が思わず綻ぶ/目元が緩む/涙が零れる。
その呟きを最後に残して、マイディアは完全に消滅した。
583
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:14:13
【ゲーム・セット(Ⅶ)】
エンバースがそちらを振り返ったのは、本当に特に深い理由はなかった。
そもそも周囲の戦況を把握し続けられるほど余裕のある戦いではなかった。
だから当然、なゆたがどこにいるのかだって分かる筈がなかったのだ。
ただなんとなく――ゲーマーとしての感覚が、死角を死角のままにしておく事を嫌がっただけ。
だが結果的にそれが、マイディアの最期をエンバースの視界に映した。
喪失感は――耐えられないほどではなかった。
既に一度喪って、その事を受け入れた人物の消失だからか。
ああして生き返った事自体がローウェルのお遊戯に過ぎないと認識しているからか。
それともミハエルと渡り合う為の切り替えた「スイッチ」のおかげ――あるいは、そのせいか。
「……なんだ。お前らももう行っちまうのか?」
ふと、エンバースは己の傍から離れようとしている気配に気づいた。
肌身離さず持ち歩いている遺品のスマホ、そこに宿った――リューグークランの残留思念達。
マリはもういない。死者を衝き動かすエネルギーとしての魂だけがエンバースの胸中にある。
残る三人――黒刃/あいうえ夫/流川たなの残留思念、それらの気配が急速に薄れていく。
『なんだよ、寂しいからもうちょっと傍にいてよーってか?』
「いや。ダインスレイヴの予備バッテリーに使えるかなと思ってさ」
『あ?ざけんな!ついこないだまでみんなのカードがないと世界が救えないよーって泣いてたくせによ!』
『……一緒にいたいのは山々なんですけどね。
でも……ハイバラさん、もう心配いらないんでしょ?
私達もそう思います。だからもう、未練を保てないんですよ』
「折角なら、俺がローウェルをぶちのめすとこまで見ていきゃいいだろ。それじゃ未練にならないのか?」
『ならないね。だって……どうせ勝つだろ、君』
「……ま、それもそうか」
エンバースがもう姿も見えない皆を見上げる。
「じゃあ……またな。少しの間待っててくれ。次会う時は……久々にデュエル出来るといいな」
返事は――聞こえなかった。皆の気配はもうどこにも感じ取れない。
584
:
embers
◆5WH73DXszU
:2024/01/14(日) 02:19:16
【ゲーム・セット(Ⅷ)】
「――さて」
暫く耳を澄まし、もう本当に皆がいない事を実感すると――エンバースはミハエルを振り返った。
そしてその喉元にダインスレイヴを突きつける。
「さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ」
しかしそれはただの見せかけ。エンバースはすぐに刃を下げる。
「だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か」
そして――不敵に笑った。
「しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ」
その双眸は今もまだ真紅に赤熱していた。
「俺の実力はもう十分に分かっただろ?だから次はお前も最初からフルスロットルでやれる。
俺は俺でお前の手の内はある程度把握した。次はもっと長く遊べるぞ。
お互い、上手く切れなかった手札がまだある筈だ。あるよな?俺にはある」
戦闘が終わってから、もうほどほどに時間が経った。
なゆた達も体勢を整えて、もうミハエルの周りへ集まってきている。
「それに多分だけど、フラウもリュシフェールも不完全燃焼だろ?」
〈……なんなら私は負けてますけどね。少なくともパートナーとしては確実に。
このまま勝ち逃げされるのは非常に不本意ですが――ハイバラ、あなたの考えが読めません〉
これまでの会話――もとい一方的な言動も聞かれていただろう。
だがエンバースはお構いなしだ。むしろ、その様子を確認してから話を続けようとしている。
実際、これはただミハエルに語りかけているのではなく――
「つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?」
宣言しているのだ。
「この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ」
585
:
響き合う星刻の聖歌(アストラルキャロル)
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:29:08
https://dl.dropbox.com/scl/fi/oupfome16b8hx8vrv13d5/.mp3?rlkey=vz6qy95e4v2hnpiioqoq5viit&dl
上パート:ガザーヴァ(VY2)
下パート:カザハ(VY2)
生まれ落ちた瞬間(とき)から逃れ得ぬ原罪(つみ)背負う 地上に降りた迷い星達よ
生きとし生ける者に課せられた宿命 奪い奪われる悲しき世の理
だからこそぼくは歌うんだ 想いを風に乗せて
たとえ差し伸べた手が 振り払われても
戦いに疲れたなら 耳を澄ませて聞いてみて
必ず届けるから 星が刻む聖なる歌
傷つき彷徨う孤独な魂 空に帰りたくて涙こぼれた夜
だけど本当は一人じゃなかった 気付いてないだけでいつでも繋がっていた
上パート:カザハ(VY2)
下パート:カケル(MEIKO)
送り出された瞬間(とき)から手離せぬ夢いだく 地上を歩む巡り星達よ
この世のすべての生命(いのち)に残されしは希望 与え与えられ共に生きる喜び
そのためにぼくは歌うんだ 言葉を風に乗せて
たとえ差し出した手が 届かなくても
歩くことに疲れたら 立ち止まってきいてみて
必ず届けるから 星に刻む聖歌(キャロル)を
嬉しいことあった日は 耳を澄ませて歌ってみて
必ず響き合うから 君と刻む聖なる歌
586
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:32:41
【カザハ】
相手の渾身の結晶流星を受け、カケルはまだ立っていた。
一瞬の出来事すぎて、傍目には、相手の必殺技がたまたまラッキーで一番丈夫な部位に当たって助かったように見えただろう。
実際にはそこに至るまでに何重にも魔法障壁で威力の増強を抑えた上で、意図的にその部分で受けたのだ。
(やった、凌ぎ切った……!)
どう考えてもこれが最後の一撃。
マーリンは崩壊寸前で、もはや次撃を撃つ余力はどこにも無いだろう。
つまり先に相手が力尽きてこちらの勝ち。華々しい勝ちとはちょっと違うけど勝ちは勝ちだ。
……って、次撃の詠唱に入ってる……だと!? え、ちょっと待って!?
(駄目だよ、これ以上やったら死んじゃうよ……!)
死んじゃうというのは相手もそうだし、カケルだって一撃は凌いだものの、次も防ぎきれる保証はどこにもない。
【カケル】
(甘かったんだ、読みが……ッ!)
この一撃さえ凌ぎきれば勝てると思っていた、一瞬の油断が仇となった。
――どうする!? と考えている暇などなく致死の流星は目前へと迫り――
ガザーヴァが投擲した暗月の槍ムーンブルクと激突し、砕け散った。
歌は丁度一番が終わったところのようだ。
「ガザーヴァ……!」
>「……いつまで……ウマにいいカッコさせとくつもりだよ……?」
>「この闘いは……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の闘いなんだ……。
だから、あの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にトドメを刺さなきゃならないのは……。
デュエルに決着をつけるのは……他の誰でもない、オマエでなくちゃならないんだよ……!」
カザハから聞いてますよ!?
戦闘で役に立たなくたっていい、勇気が無くたっていいって言ってくれて、
引き留めてくれたのはどこのどなたですか!?
悪く言えば掌大回転、よく言えば状況の変化に応じた柔軟な対応というやつ!?
ううん、それはあの時のカザハを繋ぎ止める方便で、本当は――ずっと前から知っていたんですね。
テンペストソウルを持っているかよりももっと決定的な、カザハとその弟妹――私やガザーヴァを分かつ違い。
でも私とカザハは大まかには同じ境遇なわけで、何が決め手となったのか――
カザハの方が元々人型モンスターだったから、とかその程度の深い意味はない理由なのかもしれないが、
妙な方向性に冷静な奴よりもヘタレの豆腐メンタルがブレイブの方がどう考えても面白いんですよね……。
漫画の読みすぎかゲームのやりすぎちゃうんかと突っ込まれそうだが、この世界はゲームなのだから仕方がない。
本当のところは、神もとい上の世界の上層部のみぞ知るというところだろう。
587
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:35:15
それはそうと、もしかしたら、私はブレイブ同士の戦いという言葉の意味を取り違えていたのかもしれない。
ブレイブ同士の戦い(だからゲームのブレモンっぽくパートナーモンスターを戦わせないといけない)ではなく、
ブレイブ同士の戦い(※文字通りの意味で)ということだったんですかね!?
エンデが説明不足で誤解を招くのは今に始まったことではない……!
そのくせ一切忖度無しの本当のことしか言わないのだ。
つまり彼は少年漫画的ノリで適当なことを言ったわけではなく、こちらが逆の意味に解釈していた!?
「そうか。ポジションが逆だったんですね、私達……!」
私はギターを拾い上げて、カザハに目くばせして後ろに下がる。
あいうえ夫に私の攻撃が何故か通らなかったのも、それなら辻褄が合う。
>「さあ――、行け!
奪われるのは嫌なんだろ……それなら、オマエの手で……
あいつに……クソジジーのオモチャとして扱われる命に、平穏と安息を……与えて、やれ……!」
私は倒れるガザーヴァに駆け寄りかけて踏みとどまり、ギターを構える。
私にはまだやることがある。戦いはまだ終わっていない。
自分達が勝たないといけないのはもちろんのこと、カザハの呪歌は戦闘域全体に影響を与えているのだ。
(ガザーヴァ……、カザハに勇気を、ありがとう)
モンスターとしての進化の引き金を引いたのがジョン君なら、
ブレイブとしての勇気を呼び覚ましたのはガザーヴァなのだろう。
私は力を使い果たしたガザーヴァから演奏を引き継いでギターをひきはじめる。
【カザハ】
「ブレイブ同士の戦いって……こういう意味か――ッ!!」
ガザーヴァに送り出され、精霊樹の木槍を軸に鐘杖を生成しながら駆ける。
エンデ君よ、ブレイブ同士の戦い(※物理)って……それもうデュエル関係なくない!?
>「……おや。そちらもパートナーは息切れかい。
奇遇だね……最後はブレイブ同士、勝負といこうか」
その言葉に、少しだけ安心する。
流石にこれ以上パートナーモンスターを酷使する気は無いんだ。
しかし勢いで飛び出したものの、こちらは格闘戦をはじめとする戦いに関しては全くの素人だ。
こうなりゃバフによる能力値の底上げでゴリ押しするしかない。
「「送り出された瞬間(とき)から手離せぬ夢いだく 地上を歩む巡り星達よ」」
みんな一瞬思い付くが実際にやる者は多分いない、呪歌で自らを強化しながら戦うロマン戦法。
勢い任せで振り抜いた杖が、鮮やかな傘裁きに阻まれる。
剣術とも槍術とも棒術ともつかない、独自の磨き上げられた動き。
加えて、傘には敵をノックバックさせる術式がかかっているようだ。
開いた傘の陰から、結晶弾が飛んでくる。あっと思った時には、間一髪で避けていた。
(自力で魔法使った……だと!?)
588
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:36:30
考えてみればそりゃそうだ、これ程の実力者なら自力で攻撃魔法ぐらい使えるよね!?
相当な鍛錬を積んで磨き上げられたことを伺わせる、魔術と格闘技を巧みに組み合わせた技の数々。
うん、知ってた!
多分この世界は技レベル的なものの比重が大きくて、能力値頼りのゴリ押しじゃ熟練者には勝てないって。
仕方ないじゃん、技の適性が呪歌に全振りで、戦闘の鍛錬したところでどうにかなる気がしない!
自分で戦うのは諦めて後方支援に徹する覚悟(?)決めてきたのに、こりゃあ無いよ!
「「この世のすべての生命(いのち)に残されしは希望 与え与えられ共に生きる喜び」」
でも、理由はよく分からないが、我ながらよく持ち堪えている。
(絶対……負けないッ!!)
勝てなくたって、負けなければ――極論、死ななければいい。
死なずに歌い続けていれば、皆が先に勝利して助けに来てくれる。
「「そのためにぼくは歌うんだ 言葉を風に乗せて たとえ差し出した手が 届かなくても」」
至近距離から光弾を撃ち込み、そのままの勢いで突きを放つ。
そこで、あることに気が付いた。戦っている位置が少しずつ移動、具体的には前進している……。
(もしかして、こっちが圧してるってこと!?)
呪歌によるリアルタイム強化に加え、先ほどカケルが自分にテンペストヘイストを何重にもかけていた。
今はデータ上同一モンスター扱いのため、それが連動してかかっている……!?
王道の力によるゴリ押しではなく速度による変化球ゴリ押しが成立している……!
ここまで致命傷を避けられているのも、偶然ではなかったのだ。
(このままいけば、勝てる……!)
戦いド素人の自分にもそれが分かったということは、相手はとっくに分かっているだろう。
でも、どう見ても負けを悟った者の気迫ではない。つまり、まだ切り札を隠し持っている……!?
これってブレイブ同士の戦い(※物理)だよね!? パートナーは流石にもう行動不能だったはず……。
嫌な予感がしてマーリンの方を見ると、首から下が無くなりながらも大がかりな術式構築を行っていた……。
(あーっ! そんな無茶な!! ブレイブ同士勝負(※物理)言ったじゃん!!)
いや、こっちだってパートナーが後ろでちゃっかり一緒に歌ってるけども! それとは次元が違うやん!?
マーリンの方に杖を向け、突風の妨害系スキルを撃つ。
>「……気づかれてしまったか。だが――」
魔力の風は、開かれた傘に阻まれた。
589
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:37:49
>「止めさせはしない。勝つのは……私達だ」
(パートナーを犠牲にしてまで勝って……何の意味があるんだよ!! 力ずくで止めてやる!)
更に間合いを詰めて攻め込む。
それは命懸けの闘争でありながらどこか舞踏のようで。
激闘の中で、今まで覚えたことのない感情が芽生えているのに気付く。
その正体は分からないけれど、少なくとも不快ではない。本来は戦いなんて嫌いなはずなのに。
訳も分からずに自衛のために始めた戦いだったけど、今は――理屈じゃなく、この人に勝ちたい。
勝って、いつか強くなって、今回みたいな超ラッキーじゃなくて実力で互角に戦えるようになったら――きっと、もっと楽しい。
「「歩くことに疲れたら 立ち止まってきいてみて
必ず届けるから 星に刻む聖歌(キャロル)を」」
結晶の星空に、再び門が描かれる。開き始めた門から、粘液が垂れてくる。
外宇宙の讃美歌だった先ほどとは違う種類の技のようだ。
効果の詳細までは分からないが……開かれてしまったら、自分だけではなく皆が負けてしまうかもしれない。
(させるか―――ッ!!)
全身が軋むように痛み、風の元素が若干漏出している。
常軌を逸した速度で動き続けたせいで、体がついていっていないのだ。
構わずに猛攻を仕掛けるも、あいうえ夫の鉄壁の守りをどうしても突破できない。
あと一歩、あと一歩で勝てるのに……!
「「嬉しいことあった日は 耳を澄ませて歌ってみて
必ず響き合うから 君と刻む聖なる歌」」
アストラルキャロルを歌い終わる。その時、全身に魔力が漲り、気付けば輝く光を纏っていた。
「――!?」
相手は驚きを隠せないようだが、無理もない。
自分でも何が起こったのか完全には把握しきれていないのだから。
どうやら、特殊な大技を使える状態になったようだ。
推察するに、これでアストラルの名を冠する歌を3曲歌ったことになるが、
呪歌には、特定の歌を続けて発動すると追加効果が発動するコンボがいくつかあるが、その発展版のようなものかもしれない。
あるいは単純に、長時間歌い続けていると何かポイントのようなものが溜まって特殊な技が発動できるのかもしれない。
歌う呪歌も即興のオリジナルなら、歌を丸ごと歌う運用自体も他にしている人がおらず、前例がないので本当のところは分からない。
発動できる技は二種類――迷っている暇はない。
ひとつは、膨大な魔力で相手を焼き払うヴァニシング・スターライト《いずれ滅びゆく星の煌き》――文字通りの必殺技。
もうひとつは、テイム等の前段階として使用することが想定されていると思われる不殺の技――
レヴァナント・スターライト《永遠(とわ)に滅びぬ星の煌き》。
常識的に考えれば、前者一択だろう。
相手はこちらを殺さないようにする気遣いは一切なく、自殺行為に及んでまでも勝ちをもぎ取ろうとしているのだ。
ここで仕留めずに開門を強行されてしまったら、自分だけではなく仲間達まで負けてしまうかもしれない。
一瞬にも満たない思考の末、選んだのは――
590
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:39:34
「終律――レヴァナント・スターライト《永遠(とわ)に滅びぬ星の煌き》」
(言ったもの、勝ってパーティー招待するって……!)
そんな恐ろしい所業をしたら、ガザーヴァとたなが意気投合して明神さんと黒刃が煽り合いし続ける地獄絵図が顕現するのだ。
そのままだとぼくの胃に穴が開いてしまうので、この人は絶対必要なのだ。
一切手加減無しでかかってくる敵に対してこんなことを思うのはおかしいんだけど、
どこか意図的に、こちらに効率的に経験を積ませようとしてくれていたような気がして。
明神さんに至ってはガチで殺されかけたんだから、そんなはずはないんだけど。
なんとなくだけど、こう見えて本当はすごく面倒見のいい良識人ポジションで、尖ったメンバー揃いのパーティをまとめてた気がする……。
もちろん、それだけの理由で一か八かの賭けに出たわけではない。
相手にはこちらがどんな技を使ってくるかは分からず、この状況では、普通は通常の攻撃技を撃ってくると思うだろう。
それに、あいうえ夫がマーリンを死守している姿を見て思った。
もちろん、マーリンがやられてしまったら勝てないからに決まってるけど、それだけじゃないような気がして。
パートナーに自殺行為の強行突破はさせても、敵の攻撃でパートナーが自分より先にやられてしまうのは、万が一にも嫌なんじゃないかなって。
だからきっと、開門を中断してでも防御を優先してくれるはずだ。
元から星空だったものが、星に埋め尽くされたような密度が桁違いの星空に塗り替わる。
「これで最後……。防ぎきれたらあなたの勝ち。いざ、勝負――!」
飽くまでも必殺技でぶっ倒す気満々を装った台詞を吐きながら、杖を振り下ろす。
>「マーリン……!」
あいうえ夫が、蹲ってマーリンを抱きかかえるように守る。読みは当たったのだ。
最後の技が発動する。
背景が塗り替わる大がかりな演出の割に、星が隕石になって落ちてきたり邪悪を焼き払う光の柱が地に突き立ったりは――しない。
もう一つの方の技だったら多分したんだけど!
これは命を断ち切る技じゃなくて、テイムのための技。共に手を繋いで未来へ歩いていくための技だから。
ただ無数の星の煌きが一帯に降り注ぎ、眩い光が二人を包み込む。
効果は、HPのテイムに適した値への調整と、鎮静。
余力がかなりある者にはそれなりに大ダメージが入ると思われるが、
すでに限界を超えて戦っている者に対しては、逆に回復として作用する。
マーリンは防御を優先するために、開門を中断した。
技の余韻が消え、フィールドが元に戻り暫くして――あいうえ夫が起き上がる。
>「……なんだ。どうなった……?」
開門はもう不可能。他の皆も決着が付いていて、もはや逆転も不可能だろう。
相手から戦意はもう感じられない。武器をしまって、歩み寄る。
「嘘、ついちゃった……。本当は今の、必殺技じゃないんだ。
防いでもらうのが狙いだったんだよ。防がずに強行突破されたら危なかった……」
>「それは……予想出来なかったな。一歩間違えば、私が君を殺していたのに」
「でも、あなたはそうしなかった。ぼくの思った通り、パートナーを守ることを選んだ……」
591
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:43:32
>「……だが、あり得る一手だった。何故読めなかった」
>「……いや、やめよう。この反省に大した意味はない。まずは……勝者を称えるべきだったね。
すまない……そしておめでとう。自分で言うのもなんだが……私に勝ったのはすごい事だよ」
「えっ、もしかして、今、勝ったの!?」
今、勝者って言った!? ぼくが、この人に勝ったって!?
あまりよく分かっていなかったが、言われてみてようやく、じわじわと実感がわいてくる。
もちろん、実力で勝てたとは思わない。
みんなに助けて貰って、とんでもない幸運が重なって勝てただけかもしれないけど、それでも――
ブレイブ同士の戦いとして定義されたこの戦いに勝てた、それが意味することは……
「勝ったんだね……! そっか! ぼくも、ブレイブ《異邦の魔物使い》だったんだ――!!」
嬉しさのあまり、涙がこみ上げる。
張りつめていた緊張の糸が途切れ、変身が解けて普段の姿に戻る。
「あっ、ごめん……。つい興奮しちゃった。
ありがとう、なんか、変な気分だよ。実は、まともに勝ったの、初めてなんだ……。
戦いをちょっと楽しいかもって思ったのも、さっきまで殺し合ってたはずの敵にこんな感情を抱くのも、
本気で勝ちたいって思ったのも、強くなりたいって思ったのも、全部……初めてなんだ」
それはきっとデュエリストならずっと前から知っている感情で、何を今更と思われそうだけど。
ちょっとだけみんなに近づけたような気がした。
「でも、ぼくだけの力じゃないんだ、みんなが助けてくれたから……。一人だったら、絶対勝てなかった。
だから……今度また相手してほしいよ。今度はお互い死なない程度に。
自分は強くなれない仕様だと思ってたけど……ぼくはぼくのままで強くなれる気がしたんだ。
聞きたいこと、教えてほしいこと、たくさんあるよ。
臨機応変なサポーターとしての立ち回り、魔法を組み合わせた接近戦の技、それから、そのお洒落なファッションのこととか……!
メインロールはどっちかというとバッファーなんでしょ?
うちのパーティー、みんなすごいプレイヤーだけど、バッファーはいないから……。
会ったばっかりなのに厚かましいかもだけど……先生って呼んでもいいかな?
そうだ、パーティー招待するんだったね! すぐするからちょっと待ってね……え?」
スマホに視線を移しかけて、気付く。相手が消えつつあることに。
>「――君達には本当に迷惑をかけた。最早満足に償う事も出来ないが……すまなかった」
「そんな……! 謝らなくていいから消えないでよ……!」
>「これも私が言えた事ではないけど、君達ならきっと世界を救えると思う。
……戦いが始まってまだ間もない頃、君はひどく手探りで、迷っているように見えた。
だが、今更言うまでもない事だが……君の歌も、身のこなしも、素晴らしかった。私が保証する」
消えてしまうのが変えられぬさだめなら――せめて最後にエンバースさんと話させてあげないと。
自分などと悠長に話している場合ではない。
――いや、そうじゃないんだ。
最後にデュエルした自分と、真剣に向き合って最大限力になろうとしてくれているのだ。
だったら――聞かなきゃ。一言一句聞き漏らさないように。
592
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:44:42
「そっか……良かった」
モンスターとしてもともと高かった速さと、地球時代から持ち越してきた技能である歌には少しだけ自信があったが、
それを柱に戦略を組み立てるのは間違っていないのだと、確信に変わる。
>「それから……無明の閨房、あの門から聞こえてきた歌は覚えているかい?
ああ、いや、あまり鮮明に思い出さないように。アレは言わば認識する毒だ。
本当は覚えているだけでも危険なんだが……一方で君達の武器にもなり得る」
「うん……考えてみる」
そのままでは自殺行為になってしまう毒をどう武器に昇華するか――
尤も、そのまま再現しようと思ったところで再現できるものでもないのだが。
>「それと……私の理解が正しければ、呪歌の類は聞き手の印象によって効果が上下する。
つまり出力を突き詰めるなら相応の演出が必要になる。
今回は会場の設備を利用出来たが――次もそうとは限らない。留意しておいて欲しい」
「はい――先生」
幸運がもたらした勝利は、勝因を分析して意図的に再現することで、確かな実力となる。
あいうえ夫さんがローウェルの手先になって蘇ってまでくれたこの勝利を、絶対無駄にはしない。
>「幸い、君は風の使い手だ。天候、光の屈折、利用出来るものは多いだろう……。
あとは……ああ、そうだ。そこの傘の杖も私にはもう無用の物だ。もし良ければ使ってくれるかい」
「ありがとう――必ず役立てるよ」
>「……時間切れか。しまったな。すまないが、君からハイバラ君に――」
言葉の途中で、口元までも消えて言葉が途切れる。
このまま消えてしまうのはあんまりで、救いを求めるように思わずエンバースさんの方を見る。
すると、エンバースさんが、半分だけ再生した顔で今まで見たことがない種類の笑顔をしていた。
といってもそもそも焼死体なので笑顔を見たことはないのだが、顔があったとしても今まではあんな表情はしたことが無かった気がする。
そして、分かりやすくピースまでしている。
「見て、あれ……! 君達のリーダー、世界一になったんだ……!」
あいうえ夫さんが、それを見届けることが出来たかは分からない。
彼は最後に目を閉じて、静かに消失していったのだった。
「約束する。君達のリーダーを、もう一人にはしない。必ず一緒に世界を救うから……!」
593
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:46:50
暫し無言で佇んでいたぼくは我に返り、地面に落ちている傘の杖を拾い上げて抱きしめる。
それにしても……こんな超凄い武器の名前が”傘の杖”ってそのまんますぎるでしょ……!
実にシンプルで分かりやすくて、あいうえ夫さんらしい。
いつの間にか隣に来ていたカケルがそっと肩に手を置く。
「エンバースさんのピース、見てくれたかな……」
「きっと、見えてましたよ……」
気持ちを切り替えるように、話題を変える。
「カケル、そういえばさ、まさか馬に戻ると思わなくて例のスペルカード渡し忘れてたけど……。
いったん馬に戻った後、自力で美少女に戻ってたね」
「……あっ、そういえば……! いつの間にか、自力で馬娘になれるようになってたんですね」
他のリューグークランのメンバーは、あいうえ夫さんと同じように、消失してしまったのだろう。
エンバースさんは相手方で唯一この場に残ったミハエルに語り掛けていて、勝利をおさめた仲間達がその周囲に集まりつつある。
そんな中で、ガーゴイルに乗せられたガザーヴァの様子を確認する。
命に別状はないようで、ひとまず胸をなでおろす。手をそっと握って語り掛ける。
「ありがとう……。ごめんね。一緒に歌ってくれるのが嬉しくて、つい無理させちゃった……。
お姉ちゃんって言ってくれたの、本当に嬉しかったよ。
それと……バカって言われると、本当は傷付くよ。でも……愛のあるバカなら言ってもいい」
それから、激闘に勝利した仲間達の姿を見て、無事を改めて確認する。
「みんな、無事で本当に良かった……」
自らの意思で戦略的に瀕死に陥って銀の魔術師モードを発動させ、回復と戦闘域の障害の排除を行ってくれたなゆ。
勝てたのは、表面上回復されたとはいえ明神さんが戦闘中盤でマーリンに大ダメージを与えた影響が少なからずあっただろう。
自らも相当なダメージを負っているにもかかわらず、生命力を分け与えてくれたジョン君。
しかしアレってやっぱりアレだよな……!?
いやいやいや、あれは大真面目な戦術的行動だから、そんなんじゃないから!ノーカンだから!!
と、一瞬余計な思考が始まりそうになってしまい、今はそんな場合ではないので気合で頭の隅に追いやって平常心を保つ。
そして――実際に死にかねない危険を冒してまでも自らを死んだように見せかけ、大きなチャンスを作り出してくれたエンバースさん。
本当なら一人一人にお礼を言わなければいけないが、それはもう少し後だ。
エンバースさんのそばへ行くと、たった今かつての仲間を再び失ったとは思えない楽しげとすら言える様子で、ミハエルに語り掛けていた。
どうして半分再生してるの!?とか聞きたいことはあるが、今は黙って成り行きを見守る。
594
:
カザハ&カケル
◆92JgSYOZkQ
:2024/01/18(木) 01:47:59
>「しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ」
>「俺の実力はもう十分に分かっただろ?だから次はお前も最初からフルスロットルでやれる。
俺は俺でお前の手の内はある程度把握した。次はもっと長く遊べるぞ。
お互い、上手く切れなかった手札がまだある筈だ。あるよな?俺にはある」
>「それに多分だけど、フラウもリュシフェールも不完全燃焼だろ?」
>〈……なんなら私は負けてますけどね。少なくともパートナーとしては確実に。
このまま勝ち逃げされるのは非常に不本意ですが――ハイバラ、あなたの考えが読めません〉
会話を聞いているのが途中からなので、全貌は把握できないが、要するにエンバースさんはミハエルとまたデュエルしたいらしい。
>「つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?」
>「この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ」
(駄目だよ、そんなの!)
せっかく格好よく決まっているところに水を差すのも悪いので、心の中で突っ込んだ。
(俺じゃなくて”俺たち”でしょ!?)
エンバースさんは日本一のチームの元リーダーで、今や世界一のブレモンプレイヤーかもしれないけど……
なゆの率いるパーティーメンバーの一員なのだ。
(あいうえ夫さんに約束したんだ……。君をもう一人にはしないって。必ず一緒に世界を救うって……。
だから……結末の責任を全部一人で背負おうとしないでね)
後でエンバースさんがかっこよく決めるターンが一段落したら、言わなきゃ。
>「だから答えろ。ローウェルにはどうすれば辿り着ける。なんかあるだろ。
お前ほどのゲーマーが『このゲーム』の攻略法を考えもしなかった?そんな訳あるか」
エンバースさんがミハエルに、ローウェルの居場所の手掛かりに関する探りを入れる。
戦闘が始まる前、ミハエルはローウェルの居場所を知らないと言っていたが、本当に知らないのだろうか。
知らないにしても、直近まで接触があった分、こちらよりは情報を持っているかもしれない。
息をのんでミハエルの答えを待つ。
595
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:29:02
生身を敵前に晒すリスクを負って、俺の拳は完全に無防備な黒刃のツラへ突き刺さるはずだった。
だが――信じがたいことに黒刃は反応を『間に合わせた』。
封じた噴火を強引に押し通し、一瞬だけ全身を燃え上がらせながらも……想定より一瞬早く拘束を脱した。
時間にすりゃわずかコンマ数秒。
フレームレート100オーバーの世界で生きるゲーマーにとってそれは、十分過ぎる猶予になる。
>「舐めんなッ!オタクのヒョロヒョロパンチが!この俺様に利くかボケェ――――ッ!!」
俺のパンチを、黒刃は額で受けた。
なにかが砕ける快音に、追って駆け上る激痛――拳が一発でオシャカになった。
「おっぐぁぁぁぁぁああ!!?」
いって。
痛っっっっっっって!!!!!
リアルファイトにおいて一般的に、顔面狙いのパンチは禁忌とされている。
理由は複数あるが、ひとつは『やりすぎ』のリスクだろう。
顔面を構成するパーツはどれも脆い。頬骨、鼻骨、前歯、それからメガネやコンタクト。
脳は言うまでもなく、それらの繊細で重要な部位に不可逆な損傷を負わせてしまうおそれがある。
もうひとつは、攻撃者側のダメージのリスクだ。
硬くて鋭い歯は拳の皮膚を容易く貫通する。雑菌まみれの唾液が皮膚の内側まで届けば深刻な化膿を起こす。
そして今俺がそうなったように――分厚く頑丈な頭蓋骨に対し、関節の塊である拳はあまりに弱い。
メリケンサックでもしない限り、両者がぶつかれば負けるのはヒャクパー拳の方だ。
俺の右手は中指と薬指がへし折れ、手の甲が不自然に膨れ上がっていた。
指の根元が脱臼してる。まともに動かせる状態じゃない。
もはや言い訳のしようもなく、人を殴り慣れてないオタク特有の怪我の仕方だった。
ふざけやがって、何がオタクのヒョロヒョロパンチだ!
いい年こいてソシャゲのランカーなんかやってる奴がでけえブーメラン投げやがってよぉ!
逆にお前はなんでそんなケンカ慣れしてんだよ!!ソシャゲ廃人の癖によ!!
>「いっ……てえじゃねえかクソ!だがこれで!俺の勝ち――――」
右手を犠牲にした打撃は、それでも黒刃に一定のダメージを与えたようだった。
憎まれ口とは裏腹に大きく仰け反った黒刃は、反撃に移ろうとして、
>「だ…………あぁ?」
ふらついた。膝が笑った。
食らうはずだった確定反撃は"ひるみ"によってモーションを潰される。
俺は追撃のチャンスを得た。
「ぎゃはは!俺たちゃブレイブ同士だぜ!物理攻撃だけで終わりなはずあるかよ!!」
――今の攻防。黒刃は完璧に額受けによるカウンターを合わせてきた。
これはシンプルで絶対的な力量の格差だ。リアルファイトの経験値も奴の方が上。
結果として俺の拳はブチ割れ、黒刃はほぼ無傷で攻撃を凌いだ……はずだった。
果たせるかな、俺たちは両者痛み分けのダメージを被り、主導権は未だ俺の手にある。
ブレイブとして黒刃が完全に上位に立っているのなら、この結果を導いた要因はなんだ?
考えなくとも、答えはわかってた。
――勇気だ。
596
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:31:30
俺たちブレイブは、行動の成否判定に特殊ステータスの『勇気』を参照する。
エンデのその説明はイマイチ要領を得なくてピンと来ちゃいなかったが、今なら感覚で理解できる。
俺のパンチは、物理攻撃のダメージ計算に使うSTRやDEXの他に、勇気の数値を参照していた。
物理ダメージだけでなく、いわば「勇気属性ダメージ」みたいなもんが乗っかってたんだ。
無論黒刃もブレイブである以上、防御行動に勇気を使っていたはずだ。
カザハ君とガザーヴァのバフをダブルで受けていた分だけ、黒刃の勇気防御を俺の勇気攻撃が上回った。
多分――そういう感じだ!
次の俺の追撃も、黒刃はやはり勇気で防御するだろう。
奴を倒すには、さっき以上の勇気を込めてぶん殴る必要がある。
地球に舞い戻るために管理者権限をこじ開けたときのことが脳裏をよぎる。
限界を超えて勇気を捻出する方法を、俺はもう、知っていた。
俺にとっての『勇気』は、逆境を超えて突き進む覚悟だ。
ゲーマーの矜持。決して難易度を下げないその意志で、どんな逆境の中でも何度だって立ち上がり前に進んできた。
壁は高けりゃ高いほど燃える。
俺は自分に降りかかるリスクや困難を、より大きな勇気を引き出す心のバフに変えられる!!
骨の折れた手を、もう一度握る。
脳髄を焼け付かせるような激痛に歯を食いしばりながら、拳を作る。
『砕けた方の拳で殴る』――その逆境で勇気を獲得する。
ひねり出した勇気で、追撃を補強する!
イメージするのは、俺が見てきた中で最も美しく気高い勇気を示した拳。
今なお心に残り続けている――ユメミマホロがアジ・ダカーハを打ち破った一撃。
「喰らえ必殺のぉぉぉぉぉ!!――『剛勇撃(ブレイブ・スマイト)』!!」
うなりをつけて再び振るった拳は――黒刃の顔面をぶち抜く寸前で止まった。
遅れて突風が巻く中、拳の先では黒刃が諸手を挙げ、腰を地面に落としていた。
サレンダー。降参の合図だ。
>「あークソ!ぜってー勝ったと思ったのによぉ!」
相変わらずのふてぶてしい態度と表情とは裏腹に、その言葉は率直な負けを認めていた。
こいつは俺の想像よりもずっと先を見据えて行動している。
砕けた拳でゴリ押しの追撃準備を完了させた時点で、俺の勝ちは決まってたってことなんだろう。
黒刃の投了は俺にとっても願ったり叶ったりだった。
あのまま勇気パンチぶち込んでたら今度こそ俺の拳は治癒不可能なレベルで損壊してただろう。
これはただの憶測じゃない。
『右手を失うリスク』を担保にした勇気バフだ。代償はこの世界を動かしてるシステムが保証する。
結果的に、両者の損害を最小限に押さえて戦闘を終了させられたのは黒刃様々と言えるかもしれない。
「……ひひひ。賢い選択だったぜ黒刃君よぉ。サレンダーしてなきゃ今頃お前の首はどっかすっ飛んでたぜ」
それはそれとしてとりあえず勝ち誇っておく。
ざまぁ見やがれ!どんな気持ち?お?敗北インタビューでもすっか??
597
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:33:27
>「けど、そうだな…………総合的に評価すると精々星二つってとこかなぁ〜」
「ウソだろお前、負けた側が採点すんの?どういう感情なんだよお前……」
俺を低く見積もれば見積もるほどそれに負けたお前の評価も下がるじゃん!
うーん……なんだろう全然勝った感がしない……。
>「まあチャンスを物にする力があるって事は分かりましたが、
自らチャンスを作り出せない限り所詮キャリーされる側の域を出ません。
あと口が臭いし目つきもいやらしかったですが、期待を込めて星二つです」
「クソみてえな雑レビューしやがって。
評価に期待を盛り込むなや!消費者が知りたいのは現段階のレビューなんだよ!!」
俺は何を言っているんだ……。
まぁね、実際ね。ひたすらわからん殺しを擦り続けた結果だからもう一戦やって勝てる自信はないけどさぁ!
それでも『クソウマかったらレビューする』とか抜かしてた黒刃が俺にレビューをつけたなら、
お眼鏡には適ったって思っていいんだろう。
>「あーあ……オイ。ハイバラ、どうなったよ」
ふと、五体投地で虚空を見つめていた黒刃がひとりごちるように零した。
自分で見りゃいいじゃん!おんなじフロアでやってんだからよ。
そんなツッコミが生えてきて、だけど声には出さずにおいた。
ハイバラの方ばっか見てんじゃねえって言ったのは俺だ。
あんまりにも意外なことだが、黒刃は敗者の義務として俺の要求を履行する意志があるらしい。
「レビューしてやろうか?期待を込めて」
ほんのわずかに見せた黒刃の殊勝な態度が妙に歯痒くて、俺はダル絡みした。
>「――いや。やっぱいいわ。自分で見た方が早えし」
それには取り合わず、黒刃は今度こそハイバラの方に眼を遣った。
追従するように俺も見る。見回せば、ジョンとカザハ君の方でも決着がついたようだった。
そしてハイバラは――
>『……僕の負けだ。ブレモンを始めてから無敗だった僕が……初めて負けたよ。
ああ、これが負けるってことか……。知らなかった、そうか……負けるっていうのは、こういう気持ちなのか……。
本当に……悔しいなあ……』
>「これが公式戦じゃないのが残念だ。ああ、クソ……ブレモンの歴史に名を残す男になれたのにな」
ミハエルを、下していた。
ハイバラは体を半壊させながらも二本の足で立ち、ミハエルはスマホを抱えて膝を屈している。
堕天使の姿はなく、両者の勝敗は誰の眼にも明らかだった。
「……マジかよ。エンバー……ハイバラの野郎、ホントに世界チャンピオンに勝っちまいやがった」
あいつの強さを信じてなかったわけじゃない。
それでも、相手はミハエル・シュバルツァーだ。掛け値なしに世界のテッペンを獲った男だ。
ウルレアモンスター引っ提げたドイツの金獅子を、史上最強のブレイブを、ひっくり返した。
世界ランクの1位が書き換わったその瞬間。
ハイバラは俺たちの方に顔を向ける。正確には、俺たちと戦ってたリューグークランの連中に。
598
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:34:29
>「なあ。今の、見てたよな?俺があのチャンピオンをやっつけたんだ。
俺が――世界で一番ブレモンで強いプレイヤーになったんだぜ」
ヘッタクソな笑顔とピースで喜びを伝えるその姿は――
俺たちが見てきたニヒルな焼死体のそれではない、ゲーム好きの少年の表情。
きっとこれが、『ハイバラ』の本来の顔なんだろう。
>「だから……俺の事なら、もう心配するなよ。今度はきっと大丈夫だからさ」
地獄の旅の中で失われ、不当に奪われてきて……たった今、ほんの少しだけ取り戻したもの。
そいつを目の当たりにした黒刃の表情を、今だけは、覗き見る気になれない。
>「信じらんねえ。イエーイ今の見てた?ピースピースってか。バカが。ブン殴ってやりてえ」
「いいね。肩貸してやろうか?片頬ずつワンパンくれてやろうぜ」
黒刃が倒れたまま顔を背ける。
表情を伺わせないままに、続けた。
>「……でも、そうだったな。そういやあんなヤツだった。
すげえプレイキメた後はいつもそうだった。今の見てたか?ってよ、うるせえんだ」
>「けど、まあ……変にスカしてるよりずっといいわな。
アイツ、久々に見たら見た目も喋り方もすっかり陰気臭くなっちまってんだもんな。
最初はどこのKURAUDOさんかと思ったぜ」
「……嬉しそうじゃん」
黒刃が今どんなツラしてるかなんざ興味もねえけど。
なんつうか、最強チームの最強リーダーを慕うメンバーっていうよりかは、
弟分を心配する世話焼きのあんちゃんみてえな声色だと思った。
それきり黒刃はゴロ寝でスマホ構うばかりで何も言わず、
ほどなくして俺の懐から通知音が鳴った。
スマホを出してみれば、ブレモンアプリにフレンド申請が来ている。
王都で登録した『モンデンキント』のすぐ上、最新の表示は――『黒刃』。
「おい、これって――」
>「レビュー代わりだ。ありがたく取っとけや」
その言葉を最後に。
スマホの画面から眼を離したときには、黒刃の姿はどこにもなかった。
「トロール野郎め……最後の最後まで、俺を振り回しやがって」
国内最強チームの切り込み隊長から認められた、のかは正味わかんねえけれど。
向ける先のない悪態を虚空に投げ捨てて、俺はフレンド承認ボタンを押した。
◆ ◆ ◆
599
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:35:41
リューグークランが全員消滅し、ワールドマーケットセンターに存在する人影は、
俺たちアルフヘイムのブレイブを除いては、ミハエル一人だけになった。
「ガザーヴァ……!」
カザハ君達と一緒にあいうえ夫と対峙していたガザーヴァは、ガーゴイルの鞍上で伏していた。
命に別状はないらしいが、全精力を絞り尽くして歌い続けて、今は顔を上げる元気も残っていない。
「聴いたよ、お前らのセッション。めちゃくちゃ勇気出た。
……最高だったぜ、ガザーヴァ」
カザハ君にも同じように感想を伝えたが、ガザーヴァが歌ってくれたのは俺のリクエストに応えてだ。
これまでまともに歌唱した経験もないのにぶっつけ本番のデュエットをよくやってくれた。
バフの延長っていう戦略的な要素とは別に、喉を振り絞って歌うガザーヴァの姿は俺に比類なき勇気をくれた。
黒刃に勝てたのは、こいつらの歌声が背中を押し続けてくれたからだ。
>「――さて」
>「さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ」
ハイバラが魔剣をミハエルの喉に突きつける。
戦いの時間は終わり……ここからは、断罪の時だ。
だけどハイバラは、すぐに刃を引いた。
>「だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か」
「……別に裁く法律を絞る必要もねえよ。こいつは3世界に跨って罪を重ねてんだ。
ラスベガスでもこいつに何人も殺されてる。こいつが指揮った魔物に食い殺されてる。
議論すべきは量刑じゃなくて、『どこが』こいつを縛り首にするかってことだけじゃねえか」
アルフヘイムでもミズガルズでも、どこの法律に照らしたって問答無用で極刑だろう。
戦争状態がまだ継続していると考えれば、今この場で首を落としたって構わない。
テロリストの指揮官を殺すことを私刑とは呼ぶまい。
「止めるなよなゆたちゃん。こいつはこのセンターを自分の理想の決戦場にする、
それだけのためにラスベガスを火の海に変えて、たくさんの人を殺した。
命に対する価値観が根本的にズレてんだ。野放しにすりゃまた同じことをする。
俺はこいつの命よりも、こいつがこの先殺すであろう人たちの命を助けたい」
俺はミハエルを助命するつもりはなかった。
昨日の敵と仲良く今日の友をやるには、あまりにもこいつは殺しすぎた。
仮に俺たちが手を下さないとして、家族を殺されたラスベガスの住人や米軍からこいつを匿うのか?
こんな馬鹿馬鹿しい話があるかよ。
>「しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ」
続けて放ったハイバラの言葉に、俺は耳を疑った。
思わず肩を掴む。
「おまっ……ふざっ……ふざけんな!次なんかあるわけねえだろ!!
おいハイバラ!!こっち向けよ、おい!!楽しくデュエルできて情でも移ったか!?
またぞろGルートがどうとか寝言垂れやがったらぶっ飛ばすぞ!!」
食って掛かる俺にハイバラは答えない。
耳に入っていない、わけではないはずだ。
600
:
明神
◆9EasXbvg42
:2024/01/22(月) 04:38:21
「……スイッチがどうとか抜かしてやがったな。そのデュエル馬鹿モードをっとっと切れよ。
自分で操作できねえっつうんならオフになるまでぶん殴ってやるからそこ動くな」
ハイバラは言葉を止めない。
それはミハエルよりも、むしろ俺たちに聞かせているかのようだった。
>「つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?」
「お前……何言って……」
>「この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ」
ハイバラが、何を考えているのか1ミリもわからない。
確かなのは、こいつが目の前の断罪よりも、もう少し先を見てるということ――
>「だから答えろ。ローウェルにはどうすれば辿り着ける。なんかあるだろ。
お前ほどのゲーマーが『このゲーム』の攻略法を考えもしなかった?そんな訳あるか」
ああ……そういう感じか。
なんとなく得心がいった。
ミハエルはハイバラとのデュエルのためなら、『侵食』で自分が消えることすら受け入れていた。
自分の命にさえも価値を見出していない。
敗北した今、殺すと言われりゃそのまま五体を投げ出すだろう。
命を担保に尋問することもできない。
だが、ハイバラが再戦を約束するなら、それが『エサ』になる。
侵食ですべてが消えれば当然再戦もない。ミハエルにとってそれは最も避けたい結末のはずだ。
侵食に抗うための、ローウェルに関する情報を吐き出させることが、できるかもしれない。
「お前の言いたいことは分かったけどよ。望み薄じゃねえの?
ずっとジジイにおんぶされながらニヴルヘイムを渡ってきて、地球で別れたわけだろ。
こっち来てからの行方は知らないとか言ってたしよ」
ローウェルの居場所を知らないというこいつの言葉は、多分嘘ではないんだろう。
知ってるならわざわざ外堀を埋めずとも、「ローウェルの行方」をエサにハイバラ達にデュエルを強要できたはずだ。
今のこいつに情報源としての価値を見出すとすれば――
「……こいつ、『最初』はどうやってローウェルに接触したんだ。
VIP待遇で召喚された瞬間ジジイが揉み手してお出迎えしてくれたとか?
そうでないなら……ブレイブ側から運営にコンタクトをとる手段でもあるのか」
それこそ――アルフヘイムにおける王都でのバロールとの邂逅みたいに。
ニヴルヘイムの側にもローウェルと接触するための攻略の動線が存在するのかもしれない。
【尋問】
601
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2024/01/24(水) 21:08:11
たななぜかその場から一歩も動かなかった。
下を向き…まるでなにか…を待っているかのように
「…なあ…男がせっかくかっこつけたんだから…尊重してはやく回復しにいってくれないかな?」
>「……その必要はありませんよ」
長い沈黙の末でた発言がこれである。
いや…確かに僕は人の気持ちを推し量れないところはあるかもしれないし…自分の心を軽くするための善人プレイである事も…否定はしきれないが…。
それでも流川たなのパートナ…ヴァーミンちゃんが苦しんでいるのは事実なわけで。
「敵からの施しは必要ないと…?そんな事言ってる場合か?別に俺は心配してるわけじゃなくてだな
この後みっちり矯正するための必要な処置であって…」
>「あはは。それは……楽しそうですね。本当にそうなったら良かったのに。でもね――」
僕の言葉を遮り…クスクスと僕の事を笑う…たな。
言葉を遮られ…ちょっと…ほんのちょっとだけ馬鹿にされたような気がして…少しだけムっとなってしまった。
最初から思ってたけどエンバースの仲間達って言葉遊び…レスバが上手すぎないか?
リーダーがエンバースだからみんなそうなったのか?最初からそうなのか?
悔しさが溢れ言い返してやろうと…たなの方を向いた瞬間…僕は自分の幼さを…無知さを…成長していなさを痛感する事になった。
「…たな?…なんだよ…それ……これは…まさか」
考えれば当然のことだった。
さっきまで戦闘の音で溢れていた戦場が静まり返っている。
戦場としての役目を終え…残ったのは戦闘の痕跡だけ…この場所に…もう新しい攻撃の音は鳴り響かない。
僕はエンバースを…なゆを信じてる…あの二人は絶対に勝つと…誰になんと言われようとも今なら確信が持てる。
だけど…だからこそ…この状況を考えを即座に思いつけなかった…自分の馬鹿さ加減に…嫌気が差す
>「――ま、こういう事です。すみませんね。折角気を使ってもらったのに無下にしちゃって」
たなの体が…消えかかっていた。
死にそうだから…とかいう比喩表現ではなく…今まさに体そのものが透明になり…消えかかっている。
僕は…体が震え…言葉がでなかった。
毒のせいなんかじゃ決してない。
僕は今…ロイ以外の…あの事件以降…面と向かって…人の死と向き合っている。
602
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2024/01/24(水) 21:08:23
僕にとって…シェリー…ロイ…そしてなゆ達PTの仲間…それだけが僕の世界であり…今の僕の全てだと思っていた。
それ以外がどんな目に会おうとも…不快感を示す事はあってもそれ以上の感情を持つことなどあり得ない。
ましてや敵になにかを想う事など…絶対にあり得ない事だった。
>「あなたが今何を考えているのか分かりませんけど……
多分、ガッカリしてるか怒ってるのどちらかだと思うんですよね。或いはその両方?
ボクノシタコトハムダダッタノカーとか。オノレローウェルーとか……ね、ね、当たってます?」
体が震える。言いたい事は無限にあったはずなのに…口から発する事ができない。
>「ま、当たっている体で話を進めますね。だけど……ありがとうございました。
私は最後に、ヴァーミンちゃんとのデュエルを思い出にして消えていけます。
まるでフツーのデュエリストみたいな気持ちで……ホントは分かってますよ?全然そんな事ないって」
「…なんだよありがとうって…終わったみたいに言うなよ…今からでもなゆ達の所にいこう!僕の足ならすぐにいけるし…そう!エンバースならきっと…!」
おもちゃをねだる子供のように…駄々っ子のように…震えながら僕はそう言う。
たなは…自嘲気味に笑い…そして立ち上がるとスペルを使用する。
>「『アンサモン』『サモン・ヴァーミンちゃん』『高回復(ハイヒーリング)』」
そして再び座り…自分のパートナを愛おしそうに撫でる。
僕がスマホを持っているのになぜスペルを使えるのか…普段ならどこまでも気にしていただろうが…今の僕にそんな事を考える余裕はなかった。
>「きっとこれが、私達が一番穏やかに死ねる結末。
たとえ私達が勝っていたとしても……こんな風には死ねなかった」
「諦めるなよ…今からだって間に合うから…」
そんな事が不可能なのは…僕だって分かっている。
たなの体が先ほどよりも更に透明になり…ついには僕の手で触れる事すらできなくなってしまっていた。
戦闘は…間違いなく僕達の勝ちで終わったのだろう。
だから…原理は分からないが…たな達は消される…用済みになったのだから…。
>「……これを」
たなの命令に従い…ヴァーミンちゃんが僕の前まで歩いて跪く…そして剣を差し出した。
「これは…」
>「いらなかったら捨ててくれて構いません。
でもそれは傷つけた対象の状態異常耐性を引き下げる剣。
使うタイミングを間違えなければ、あなたへのバフをより強めてくれる筈ですよ」
【非業の剣】
この剣の強さは…僕が嫌というほど味わった…僕の体が…この剣の強さを…所持者の強さを…覚えている。
剣を受け取ると…ヴァーミンちゃんはもう薄っすらとしか残っていない主の元に戻り…主を包む。
>「……あれ。あはは……駄目だ、なんだか今日は涙脆いみたいです、私。
あーあ……締まらないなぁ。穏やかに死ねるなんて言ったばかりなのに」
最後まで気丈に振舞っていたが…いざ最後の瞬間…少女は…顔を…。
「…たな!必ず君をエンバースにもう一度!…あわ…せ…」
僕の声は誰にも届く事はなかった。
少女は完全に消えてしまった…まるで最初からそこに存在しなかったのように。
603
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2024/01/24(水) 21:08:38
なゆ達についていけば全てがうまくいくと思っていた。
誰も死なず、誰も悲しまず、最後は丸く収まる…そう…信じ込んでしまっていた。
いや…結果だけみれば最善と言っていい程順調に進んでいる。
僕達の被害は見渡す限り0に近い。怪我はしているし…休息は必要だが…しかしそれだけの被害で敵を無力化する事に成功した。
結果だけ見れば大成功だ。
でも僕は…なゆ達の光に目が眩んでその過程まで完璧であると信じ込んでしまった。
だから今の僕には…本来必要であるはずの…覚悟がなかった。
敵の屍を乗り越えるという事がどうゆう事なのかをまったく理解していなかった。
エンバースがそれはことある事に言っていた…たまたまうまくいっただけという事を肝に銘じておけと…
僕が…僕だけが…理解しているつもりが僕だけが…理解していなかった。
「たな…この剣…もらっていくよ」
剣を部長のインベントリに入れる。
「あとこのポーション…ここに置いとくから…人にあげた物を惜しむほど…僕は小さくないからさ…」
僕は…なゆ達の旅に最後まで必ずついていく…それがどんな結末になるのか…分からないけど。
新しい覚悟を胸に…常に最善を尽くすと…その覚悟を強く持ち…もう二度とこんな事を…こんな目に合う人を減らす…。
「たな…僕は君の事だって絶対諦めないからな…言っただろ?君は僕の物だって…死ぬことだって…消える事だって…エンバースに君達を合わせるまで絶対に許さない…
だから少しだけ…待っててくれリューグークランのみんなと」
消したり復活させたりできるなら方法はまだあるはずだ…いくら人に不可能だと言われても…僕はなゆ達と一緒に最善を…探しにいく。
少しだけ…長居しすぎてしまったようだ…。そろそろ…決意を新たに…立ち上がりなゆ達の元へ歩を進めないと。
やる事はいくらでもある…僕に…僕達に立ち止まっている時間などない。
それでも…それでも…この世界でいろんな事を経験して…成長してきたつもりだったのに…
それに元々物理的にも精神的にも…暴力にはなれっこで…これ以上なんてないなんて…うぬぼれて…
「みんなの前に戻る前に明るい僕にもどさないと……いつものジョンに戻らなきゃ…」
たなの最後の顔が鮮明に浮かび上がる。恐怖。悲しみ。年相応の感情全てが混ざった…あの表情。
僕は一生忘れないだろう。
仲間以外の生き死になんて僕には関係なかったはずなのに
僕は…僕は弱くなってしまったのだろうか?
「……………さすがに堪えたよ」
誰にも聞こえない僕の悲鳴は…虚空に消えた。
604
:
ジョン・アデル
◆yUvKBVHXBs
:2024/01/24(水) 21:08:51
>「みんな、無事で本当に良かった……」
遅れた僕にカザハがそう声かける。
分かりきっていたことではあるがみんな生きて…無事に再集結できている。満身創痍ではあるが
「みんな…!カザハも…無事でよかった!」
少しでも気丈に振舞う。今は後ろを振り向いてる場合じゃないから…前に進まなきゃいけないんだ。
リューグークランの…エンバースの為にも…悲しむのは最後に取っておこう。
………それにしてもなんかちょっとカザハの位置が心なしかちょっと遠いような…気のせいかな?
「…?僕?…なんにもないよ…なんにもね」
>「さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ」
…それ以上に気になるのは…倒れたミハエルにダインスレイヴを突き付けてる場面だった。
>「止めるなよなゆたちゃん。こいつはこのセンターを自分の理想の決戦場にする、
それだけのためにラスベガスを火の海に変えて、たくさんの人を殺した。
命に対する価値観が根本的にズレてんだ。野放しにすりゃまた同じことをする。
俺はこいつの命よりも、こいつがこの先殺すであろう人たちの命を助けたい」
さっきまでの僕ならやめよう…と一言言えたかもしれない。
しかしたなの消失を見届けた今…僕に明神やエンバースを止める言葉は…存在しない。
戦争を僕達が最初から止めれていれば…言葉や…行動があったかもしれない。
しかし…戦争というこの世最大級の大罪を犯してしまったからには…。
「なゆ…私刑が正しい選択だとは言わない。でも…エンバースを止める権利なんて…僕達にはない…だから様子をみよう
エンバースはいつだって…僕達の予想を超えてきたからね」
でもエンバースが…あの捻くれ者の知略家が…僕が思うような結末をよしとするわけがない。
>「だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か」
>「しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ」
>「おまっ……ふざっ……ふざけんな!次なんかあるわけねえだろ!!
おいハイバラ!!こっち向けよ、おい!!楽しくデュエルできて情でも移ったか!?
またぞろGルートがどうとか寝言垂れやがったらぶっ飛ばすぞ!!」
「落ち着くのは君だ明神…罪の重さを考えれば順当に裁かれれば――」
チッチッチとエンバースがキザに舌を鳴らして指を振り、僕の言葉を遮る。
>「つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?」
「なっ…」
なんとかなるわけない…もう起きてしまった事は受け入れなければいけない…そんな固定概念を笑い飛ばすように…自信満々な声でエンバースが叫ぶ。
>「この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ」
起きた事…気に入らない事全部無かった事にするなんて…そんな…そんな事…思いつきもしなかった。
たなを…リューグークランのみんなを…復活させることは考えていた…でもエンバースは…
【リューグークランは一度死んだという事実】
【戦争が起こって大量の人が死んだという事実】
自分とその仲間達が死んだという事実すら覆しかねない可能性を提示した。
あれ…でもそれは…僕が一度は求めて諦めた…アレに繋がるんじゃないのか
デウス・エクス・マキナ
当然他の方法があって…僕の勘違いなら全然ならいいんだけど…
アレがリスクを背負ったものだというのは僕にも分かってる…細かい事はそんなに知らないかもしれないけど…少なくとも自分を犠牲にするって…
いくらこの世界がゲームだと言っても…一度始まってしまった世界をリセットする手段は運営サイドに取っても大掛かりな仕掛けになるはず…。となればリスクがない物などないだろう
エンバース…君の事だから当然考えがあるんだろう。でも君はすぐ自分の事を価値のない物ととらえがちだから…
僕は君にもっと自分を大事にして欲しいんだ…口で何回いってもうまく伝わらないだろうけど…だからこそ
「カザハ…君の言いたいことはなんとなくわかるよ…だから代わりに僕が言うね」
カザハがわなわなとなにか言いたそうにしているのを見て僕はカザハの方を軽き叩き。エンバースの真横に立ち声を上げる
「エンバース!訂正してもらおう…"俺"じゃなくて"俺達”に!」
なにがあっても…エンバース…君を…絶対に一人にさせないから。
>「お前の言いたいことは分かったけどよ。望み薄じゃねえの?
ずっとジジイにおんぶされながらニヴルヘイムを渡ってきて、地球で別れたわけだろ。
こっち来てからの行方は知らないとか言ってたしよ」
>「……こいつ、『最初』はどうやってローウェルに接触したんだ。
VIP待遇で召喚された瞬間ジジイが揉み手してお出迎えしてくれたとか?
そうでないなら……ブレイブ側から運営にコンタクトをとる手段でもあるのか」
「負ける事前提で…漏れる事前提で一度しか使えない手段だった可能性もある…しかしだ
いつだってプレイヤーはどんなゲームであれ運営を驚かせ…超える遊び方をしてきた!正規の手段もあるかもしれないが…
僕達が気づいてない…いわゆるグリッチに準ずるなにかがあるかもしれない」
オンラインゲーム最初期から続く運営とプレイヤーのいたちごっこ。
有利になりたいプレイヤーと想定外の遊び方をされたくない運営は一種の敵対関係であったといっても過言ではない。
「…え?具体的には?………あ〜〜〜…それは頭脳担当の役割なんじゃないかな?僕はほら…戦闘特化みたいな所あるし」
もう後手に回らないように…なんでも…情報を集めよう!なにが最善なのかなんて僕には分からないけど…少なくとも妥協するのはもうやめだ。
僕達らしく今度こそ…覚悟を持って全部を取りにいくとしよう
605
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:00:23
>……ねえ月子先生。彼からはっきりと、言葉にして、愛を語られた事は?
「そ、そんなのないよ!
だいたい、わたしたちはちゃんとお付き合いしてる訳じゃないし……っていうか、
わたしが一方的に好きって言っただけだし……」
突然マイディアに突っ込んだ質問をされ、なゆたは顔を真っ赤にしながら慌ててぱたぱたと両手を振った。
そんななゆたのリアクションを想定通りと思っていたのか、マイディアが顔色ひとつ変えずに話を進める。
>……ないだろうね。いつもそうだった。思わせぶりな事を言ってこっちをその気にさせて。
そのくせ気づいたらすぐによそ見をしてるんだ。私もそれはもう散々待たされたものさ
「うん」
こくり、と頷く。
確かにそうだ。エンバースはいつだってなゆたを護ってくれる。いつでも我が身を顧みずなゆたの望みどおりに振る舞い、
我侭を聞き、願いを叶えてくれる。そんなにも献身的に尽くすくせに、なゆたが好意や愛情を向けると、
いつだってするりと躱してしまうのだ。
そんなエンバースの態度は、幼馴染であり大切な相手であったマイディアに対しても同様であったらしい。
>結局、私がその言葉が聞けたのは――私の今際の際だったからね
であるのなら。
なゆたがエンバースからその言葉を引き出すのも、やはり死の間際になるのだろうか?
>……私ね、本当はハイバラの事はあんまり心配してないんだ。あくまであんまり、だけどね。
でもそうでしょ?結局、ハイバラは私達が死んだ後も戦い抜いた。多分、最後まで
そうだ。エンバースは実際、自分以外のリューグークランが全員死亡した後、
自分自身の肉体が燃え果てアンデッドになってもなお戦い続けた。
リューグークランの名を、自分たちがムスペルヘイムを旅したという証を。
日本最強のチームがかつて存在したという事実を、決して忘れないために――忘れさせないために。
>だから月子先生。死んじゃ駄目だよ……私にはそれが出来なかったから。
きっとあの時、ハイバラをひどく傷つけてしまったから
「……うん」
マイディアの言葉に、なゆたは小さく頷いた。
かつて、なゆたがエンバースにもし自分が死んだらリューグークランの仲間たちのように想ってくれるか、と訊いたとき、
エンバースは『次はもう耐えられそうにない』と答えた。
それはきっと事実だろう。二度の喪失は、エンバースに確実な破滅を齎すに違いない。
だから。それが、はっきり分かるから――
>……ハイバラ
マイディアが呟く。大切な、愛する彼の名を唇に乗せる。
さらさらと、マイディアの身体が光になってゆく。無数の細かい粒子となって、肉体が消えてゆく。
いらないデータの消去。不要なフォルダやファイルを削除して、システムをクリーンに保つ。
そんなことは誰だってやっていることだ、自然なことだ。
だが彼女たちを、マイディアだけではない――リューグークランの皆を不要だと思っている者はひとりもいない。
たったひとり、大賢者ローウェル以外には。
マイディアはエンバースを見詰めている。みごと自分たちの期待に応え、世界チャンピオンを下したプレイヤーを。
言いたいことは沢山あるだろう。やりたいことだって沢山あるだろう。
今すぐにでも彼に駆け寄り、抱き着いて、想いを伝えることだってしたいに違いない。
けれども、マイディアにはその時間も、自由も、権利もなかった。
ローウェルはリューグークランを復活させたとき、敗北すれば即デリートというトリガーを仕込んでいたのだろう。
敗者であり操り人形である彼女らは、その運命を受け入れるしかない。
大きな未練を残したまま、顧みられることもなく消えてゆく――。
しかし。
「……エンバース……!」
ミハエルに注視していたはずのエンバースが、不意に此方を見た。今にも消滅せんとするマイディアを。
マイディアの微かな囁きが届いたとは考えにくい。が、といって完全な偶然とも思えない。
それはきっと、エンバースとマイディア――ハイバラとマリだけが有する共感であったのだろう。
>……ああ、もう。君は本当、いつも思わせぶりだな……
マイディアはほんの少しだけ微笑むと、そう呟いた。つう、とその頬を一条の涙が伝う。
いかにも長い時間を共に過ごしてきた幼馴染らしい、ほんの少し咎めるような、けれども愛情に満ちた言葉を残して。
パートナー・ナイトヴェイルと共に、マイディアは消滅した。
606
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:05:13
マイディアが無数の光の粒子となって消えるのを確認すると、なゆたは立ち上がり胸に添えた右手をぐっと握り込んだ。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての矜持と、三つの世界の命運。
そして、同じ相手を好きになった者同士の想いを懸けた闘いだった。
神奈川県から無理矢理召喚され、アルフヘイムで生き残るために遮二無二闘い続けて。
たくさんの強敵と対峙してきたけれど、マイディアは間違いなく最強の相手だった。
日本ランキング一位のチーム、リューグークランのメンバーだからというだけではない。
単純なランキングの上下のみならず、人間としての力量を見ても、マイディアはかつてない強者であったのだ。
しかし、なゆたはそんな相手に勝った。
勝つということ、それは即ち下した敗者の想いを背負い、受け継ぐということ。
>だから月子先生。死んじゃ駄目だよ……
マイディアの言い残した言葉を、胸の中で反芻する。
エンバースにふたたび大切な者を喪う絶望を味わわせないために。この世界を理不尽な崩壊から救うために。
どんなことをしてでも、生きる。
「……マイディアさん……。
約束するよ、わたし……絶対に死んだりしない。
必ずローウェルを倒して、三つの世界の消滅を防いでみせる。
エンバースのことも……もうこれ以上悲しませたりなんてしないよ。
見てて。絶対に後悔なんてさせないから」
自分を信じ、向後を――想い人を託してくれたマイディアの心に応える。
それが、今のなゆたに出来る最大限の誠意だろう。
だが、それはあくまでなゆたの覚悟であり、実際決意した通りに物事が運ぶとは限らない。
だから。
……サラリ。
エンバースや仲間たちの許へ向かおうと爪先を向けたそのとき、自然に下ろした左の手のひらから、
ごく微かな光の粒子が砂のように零れたことに、なゆたは気付かなかった。
>さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ
なゆたがエンバースの許へ歩み寄り、合流したのは、他の仲間たちが集合した最後のことだった。
エンバースがダインスレイヴの切っ先をミハエルの喉元に突きつけている。
ミハエルは抵抗しない。このままエンバースに一刀の元に斬り伏せられようと文句は言わない、
とその蒼い瞳が言っている。
「……エンバース」
思わず、小さく名前を呟く。
けれども、エンバースは自らミハエルを手に掛けるようなことはしなかった。
魔剣を下ろし、更に言葉を紡ぐ。
>だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か
>……別に裁く法律を絞る必要もねえよ。こいつは3世界に跨って罪を重ねてんだ。
ラスベガスでもこいつに何人も殺されてる。こいつが指揮った魔物に食い殺されてる。
議論すべきは量刑じゃなくて、『どこが』こいつを縛り首にするかってことだけじゃねえか
エンバースの言葉に、明神も同調する。
>止めるなよなゆたちゃん。こいつはこのセンターを自分の理想の決戦場にする、
それだけのためにラスベガスを火の海に変えて、たくさんの人を殺した。
命に対する価値観が根本的にズレてんだ。野放しにすりゃまた同じことをする。
俺はこいつの命よりも、こいつがこの先殺すであろう人たちの命を助けたい
>なゆ…私刑が正しい選択だとは言わない。でも…エンバースを止める権利なんて…僕達にはない…だから様子をみよう
エンバースはいつだって…僕達の予想を超えてきたからね
明神とジョンの言葉に、なゆたは明確な返事が出来なかった。
確かに、罪を犯した者は裁かれなければならない。
今回のことで、アルフヘイムとニヴルヘイム――そしてミズガルズ、三界に住まう多くの生命が喪われた。
その責任がミハエルにあるというのなら、むろんミハエルは自身の犯した罪に相当する罰を受けなければならないだろう。
ただし――
それは“ミハエルが罪を犯していたなら”の話だ。
607
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:09:39
>しかしだな、俺の見解はこうだ。今のデュエルはすげー楽しかったが――次はもっと楽しくなるぞ
エンバースが不敵に笑う。半分だけ蘇生した、歪な顔で。
常識的な観点だとひどく不気味で不自然な其れは、何なぜだかとても格好良くなゆたには見えた。
>おまっ……ふざっ……ふざけんな!次なんかあるわけねえだろ!!
おいハイバラ!!こっち向けよ、おい!!楽しくデュエルできて情でも移ったか!?
またぞろGルートがどうとか寝言垂れやがったらぶっ飛ばすぞ!!
>俺の実力はもう十分に分かっただろ?だから次はお前も最初からフルスロットルでやれる。
俺は俺でお前の手の内はある程度把握した。次はもっと長く遊べるぞ。
お互い、上手く切れなかった手札がまだある筈だ。あるよな?俺にはある
>それに多分だけど、フラウもリュシフェールも不完全燃焼だろ?
当然のように明神が反撥し、今にも掴みかからんばかりに食って掛かる。
が、エンバースはお構いなしだ。どころか、これだけ死力を尽くしたデュエルの後だというのに、
もう次のデュエルのことを考えているらしい。
そんなエンバースの良く言えば筋金入りのデュエリスト、悪く言えば空気を読まないデュエル莫迦ぶりに、
さしものミハエルも呆気に取られたような表情を浮かべていたが、
「……ハ……、ハハハ……。
君はすごいな、ハイバラ。この世界で僕以上にデュエルを愛する人間はいないと思っていたけれど。
ああ、そうだな……。次も。その次も、デュエル出来るといいな……」
そう、小さく笑ってみせた。
こんなエンバースのマイペースぶりに、マイディアたちリューグークランの面々もさぞかし振り回されてきたのだろう。
カザハもジョンも絶句しているように見える。無理もない反応だ。
>つまりだな、俺はお前を順当に裁かれても困るんだ。だから――心配するな。大丈夫だ。
やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる。分かるか?
というのに、エンバースはまったく斟酌しない。まさしく独壇場だ。
そして――
>この世界のエンディングは――俺が決めるって言ってるんだ
絶対王者を下し、晴れて世界最強となった焼死体は、そう自信たっぷりに言い放った。
なんの根拠も後ろ盾もない言葉だったが、その声にはエンバースならひょっとして本当にやってしまうかも、
と思わせるような、不思議な説得力がある。
>カザハ…君の言いたいことはなんとなくわかるよ…だから代わりに僕が言うね
唇をわななかせるカザハの内心を代弁しようと、ジョンが前に出る。
>エンバース!訂正してもらおう…"俺"じゃなくて"俺達”に!
「そこなんだ……」
あんまり緊張感のなさすぎる宣言に、思わず眉を下げて笑ってしまう。
ただし、それはそれで大事なことだ。この物語は自分たち全員のもの。全員が自分の物語の主人公なのだ。
その行く末は、たったひとりが決めていいものではない。
この場にいるかけがえのない仲間たち、そのひとりも欠けずにグッドエンディングを迎える。
そうでなければならない。
>だから答えろ。ローウェルにはどうすれば辿り着ける。なんかあるだろ。
お前ほどのゲーマーが『このゲーム』の攻略法を考えもしなかった?そんな訳あるか
エンバースがミハエルへ訊ねる。
そこで、なゆたも明神同様やっとエンバースがどういうロジックで物事を進めようとしているのかが理解できた。
余計な差し出口を挟むこともなく、ポヨリンを抱きしめながら事の成り行きを見守る。
>お前の言いたいことは分かったけどよ。望み薄じゃねえの?
ずっとジジイにおんぶされながらニヴルヘイムを渡ってきて、地球で別れたわけだろ。
こっち来てからの行方は知らないとか言ってたしよ
>……こいつ、『最初』はどうやってローウェルに接触したんだ。
VIP待遇で召喚された瞬間ジジイが揉み手してお出迎えしてくれたとか?
そうでないなら……ブレイブ側から運営にコンタクトをとる手段でもあるのか
「フ……。僕は何ひとつ嘘は言っていないよ。そんな必要ないからね。
ローウェルの行方は本当に知らない。信じるかどうかは君たち次第だけど」
はん、とミハエルは軽く肩を竦めて笑った。
ミハエルの目的は自分に匹敵する強者と心置きなく全力を出し尽くして闘うこと、その一点に尽きる。
ニヴルヘイムから世界大会開催会場であるこのワールド・マーケット・センターに帰還した時点で、
ローウェルの企みに加担する理由もローウェルの動向を把握する必要も、ミハエルにはない。
608
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:15:21
「僕がやったことに関しても、弁解するつもりなんてないさ。
僕がニヴルヘイムの軍勢を地球へ連れてきた結果、たくさんの人が死んだ。魔物も。
それが僕の罪で、償わなければならないというのなら受け入れようとも。ただ――
そんな時間はないと思うけど」
ミハエルは淡々と告げる。デュエルに敗れたことで自棄になっている訳でも、開き直っている訳でもない。
ただ――何か、此方の知らない決定的なことを知っている。そんなふうだ。
「君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
僕は……もう二度と見たくない」
ミハエルはそう言うと、思い出すのもいやだというように自らの身体をぎゅっと両腕で強く抱き締めた。
ブレモン絶対王者の金獅子を以てして『二度と見たくない』と言わしめる存在。
それは、いったい何か?
なゆたはミハエルの様子にただならぬ不安を感じたが、意を決して抱いていたポヨリンを足許に下ろし、拳を握り込むと、
「……みんな、行こう」
と切り出した。
マーケット・センターの外にいる者が何者であるにせよ、それがこの世界を崩壊へ導くローウェルに与する者だというのなら、
知らないふりをすることはできない。
リューグークランとの闘いでスペルカードは使い切っているし、体力だって減っている。
疲労はまるで回復しておらず、休息が必要なのは間違いない。
しかし、休んでいる暇はないのだ。今こうしている間にも、ニヴルヘイムの軍勢と地球の軍隊が戦闘をしているのだろう。
これ以上犠牲者を増やさないためにも、先へ進まなければ――。
そうしてミハエルを会場に残し、ワールド・マーケット・センターを出ようとエントランスホールまで戻ると――
「……ア……、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……」
低く呻く声が聞こえる。
なゆたたちがミハエルとの決戦にマーケット・センターへ突入する際、仲間たちと米軍との戦闘を止めるべく、
別行動したはずのイブリースが、広大なエントランスの中央で片膝をつき肩で荒い息を繰り返していた。
イブリースの全身は血まみれだった。暗黒魔城ダークマターでの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との闘いの後、
傷ついた肉体を回復させ全快したはずのイブリースであったが、再度瀕死の重傷を負っている。
鎧は各所が砕け、屈強な肉体の各所には穴が開き、二対の巨翼は襤褸と化して、負傷していない場所はひとつとしてない。
生きているのが不思議といった有様で、イブリースはなゆたたちを見た。
「イブリース!?」
なゆたは思わず駆け寄った。
兇魔将軍イブリースはニヴルヘイム最高戦力・三魔将のひとり。
いくら地球の軍隊の兵器が強力だったとしても、そうそう簡単にこれほどまでの重傷を負うとは考えづらい。
イブリースの前では、同じく血まみれになったエカテリーナとアシュトラーセが気を失って倒れている。
ふたりとも生きてはいるものの、見るも無残な酷い怪我を負っている。大賢者の弟子たる十二階梯の継承者、
傑出した実力を持つふたりがこうまで傷つくなど、俄かには考えづらい。
外で繰り広げられているニヴルヘイムと米軍の戦闘は、三魔将と継承者の介入さえ撥ね退けるほど熾烈だというのだろうか?
エンデが素早く姉弟子たちに回復の魔法を施す。息も絶え絶えといった様子でイブリースはなゆたたちを見回すと、
「……“あれ”は……。
“あれ”は、一体なんだ……?」
と、腹の底から憤怒を搾り出すように言った。
「“あれ”……?」
なゆたには、イブリースが何を言っているのか分からない。エンバースや明神たちにも分からないだろう。
しかし。
「最初は、我が同胞たちとミズガルズの者たちが戦闘をしているものと思っていた……。
ミハエル・シュヴァルツァーの連れてきた、ミズガルズを侵略しようとするニヴルヘイムの同胞たちと、
それを阻止せんとするミズガルズの者たち……。その両者が相争うのを止めようとしたのだ……。
だが……そうでは、なかった……」
そこまで言うと、イブリースは大量に吐血した。
「……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
“あれ”は……いったい、なんな……の、だ……」
ぐらりと巨躯を傾がせると、イブリースは力尽きたようにずずぅん……と音を立てて倒れた。
なゆたは思わず息を呑む。――信じられない光景だった。
あのイブリースが、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』全員が総力を結集させ、
やっとの思いで退けたほどの強敵だった兇魔将軍が、目の前で血まみれになって昏倒している。
それに、イブリースの残した“あれ”という言葉。
ミハエルが二度と見たくないと言った何者かと、其れは同一の存在なのだろうか?
不吉な予感に胸が締め付けられる。身が竦む。
けれど――立ち止まってはいられない。
「レッツ・ブレイブ……!」
己を鼓舞するように呟くと、なゆたはエントランスホールの出口を潜った。
609
:
崇月院なゆた
◆POYO/UwNZg
:2024/01/30(火) 13:23:38
目の前に、惨状が広がっている。
破壊され半ばから倒壊したビル群に、墜落した戦闘機の残骸。ひしゃげた戦車、炎上し黒焦げた車両。
そこかしこに米軍とおぼしき兵士の亡骸。逃げ遅れ戦闘に巻き込まれたらしい一般人の遺骸は数えきれない。
被害はミズガルズ――地球ばかりではない。ニヴルヘイムの魔物たちの死骸も、あちこちに転がっている。
キュクロプスやゴブリン、グリフィン、ワイバーン、オーク――ブレモンではおなじみのモンスターたち。
無残な鏖殺の跡。建物はまだちろちろと火を残して燃え燻っており、火災の煙と濃厚な血臭で噎せ返りそうだ。
見渡す限りの焦土。
けれども、それは侵略者となったニヴルヘイムの魔物と、侵略に立ち向かう米軍が激突した結果――ではなかった。
「……なんて、こと……」
なゆたは瞠目した。
戦闘の痕跡は確かにある。執拗で徹底的な破壊と根絶の証が。
だが、ニヴルヘイムとミズガルズの両軍が殺し合ったという痕跡はない。
つまり。
ニヴルヘイム軍と米軍は『お互い以外の者に殺された』ということだ。そして――
なゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、それを見た。
『インデペンデンス・デイ』という映画がある。
世界中の主要都市の上空に地球外生命体の乗った巨大なUFOが出現し、無差別攻撃を始める――という映画だ。
『宇宙戦争』という映画がある。
こちらも地球外生命体が落雷と共に現れ、世界中の都市へ侵略攻撃を仕掛けてくるという内容である。
そして。今、なゆたたちの目の前に広がる光景は、それらの映画の中に出てくるシーンと酷似していた。
黒く渦巻く分厚い雲の隙間から、黄金色の光が降り注いでいる。
そしてその光を背に、全長数キロにも見える巨大な円盤状の何かが幾つも空に浮かんでいる。
円盤だけではない。葉巻状、キューブ状、中には飛行機のような翼を持っていたり、艦船のような形状のものもある。
空をほとんど埋め尽くす数のそれらは多くのバリエーションがあり、形も大きさもバラバラだったが、
何なのかはすぐに理解できた。あたかもなゆたたちを睥睨するように浮かぶそれら、
聖書に記された終末の刻に降臨した裁きの天使たちのように、一種の神々しささえ纏って群れ成す者たち。
それはアルフヘイムともニヴルヘイムとも、ましてやミズガルズとも違う――
外の世界から来た船団であった。
【『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』頂上決戦終了。
イブリース、エカテリーナ、アシュトラーセは瀕死の重傷。
ワールド・マーケット・センター上空に正体不明の船団出現。
第九章完。】
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