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中学生バトルロワイアル part6

1 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 19:54:26 ID:rHQuqlGU0
中学生キャラでバトルロワイアルのパロディを行うリレーSS企画です。
企画の性質上版権キャラの死亡、流血、残虐描写が含まれますので御了承の上閲覧ください。

この企画はみんなで創り上げる企画です。書き手初心者でも大歓迎。
何か分からないことがあれば気軽にご質問くださいませ。きっと優しい誰かが答えてくれます!
みんなでワイワイ楽しんでいきましょう!

まとめwiki
ttp://www38.atwiki.jp/jhs-rowa/

したらば避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14963/

前スレ
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1363185933/

参加者名簿

【バトルロワイアル】2/6
○七原秋也/●中川典子/○相馬光子/ ●滝口優一郎 /●桐山和雄/●月岡彰

【テニスの王子様】2/6
○越前リョーマ/ ●手塚国光 /●真田弦一郎/○切原赤也/ ●跡部景吾 /●遠山金太郎

【GTO】2/6
○菊地善人/ ●吉川のぼる /●神崎麗美/●相沢雅/ ●渋谷翔 /○常盤愛

【うえきの法則】3/6
○植木耕助/●佐野清一郎/○宗屋ヒデヨシ/ ●マリリン・キャリー /○バロウ・エシャロット/●ロベルト・ハイドン

【未来日記】3/5
○天野雪輝/○我妻由乃/○秋瀬或/●高坂王子/ ●日野日向

【ゆるゆり】2/5
●赤座あかり/ ●歳納京子 /○船見結衣/●吉川ちなつ/○杉浦綾乃

【ヱヴァンゲリヲン新劇場版】2/5
●碇シンジ/○綾波レイ/○式波・アスカ・ラングレー/ ●真希波・マリ・イラストリアス / ●鈴原トウジ

【とある科学の超電磁砲】2/4
●御坂美琴/○白井黒子/○初春飾利/ ●佐天涙子

【ひぐらしのなく頃に】1/4
●前原圭一/○竜宮レナ/●園崎魅音/ ●園崎詩音

【幽☆遊☆白書】2/4
○浦飯幽助/ ●桑原和真 / ●雪村螢子 /○御手洗清志

男子11/27名 女子10/24名 残り21名

375:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:01:58 ID:rGsWCH4k0
ずざっと、右腕の肘から先を、地面の腐葉土に擦りつけるように動かした。
傷ついた右手がこすれ、顔を歪めながらも、

「だから、わたくしはぜったいに諦めません!!」

そのまま、『触れた物体』に対して転移が実行された。
左手の円礫刀はどこか遠くへと。そして、右手にこすりつけられた大量の砂粒は、

「ぶはっ」

切原の顔面へと転移し、目くらましとなってその体をのけぞらせる。
すかさず黒子は、立ち上がった。

「貴方を、止めます!」

血で濡れた手を伸ばし、ワカメ状の髪の毛をがっしりと掴む。
そして、位置を逆転させる瞬間移動(テレポート)。
ぐるりと切原の上下百八十度が、切原の視界にとっては天地が、入れ替わった。

「――ふんぬっ!」

しかし、切原はその反射神経を人間離れした動きで駆使する。
ぐるんと体を丸め、頭を地にぶつけさせながらも宙返りを果たした。
黒子もすかさず動きを追う。切原もラケットを握り、殴り返しつつも優位を奪い返そうとする。
ラケットが浅く額を掠め、黒子の頭から血の軌跡が走った。

「止まらねぇ! 止まったら負けだ!」
「止めます!『任され』ましたもの!」

そのまま二撃をはなとうとする切原の突撃を、黒子は横に流していなす。
そのまま脇から固めるように切原を組み伏せようとした結果、二人はもつれ合うように木の後ろへとたたらを踏んだ。
そこで、偶然が攻防を左右した。
山の斜面が、急勾配になっていた箇所。
山の麓へと続く、最後の急な獣道。
背後がそうなっていたことを三人ともが見落としていたのは、ひとえに月明かりしかない暗さのせいで。
足を踏み外し、体を傾かせたのは二人同時。
しかし驚くのも一瞬のことと、戦意を失わなかったのも二人ともだった。

「離せっ! 潰れろォ!!」
「離しません! 絶対に!」

鏡写しのように、上下左右が逆転するように交互に。
両者はもつれ合うように斜面を転がり落ち、揉み合い、噛み合いながら、山の出口へと互いを転がしていった。





「……この場所に戻りたくは、なかったぜ」

そう言ったのは切原だったが、追いついてきた七原も同じ感慨を抱いただろう。
急斜面の転倒しながらの空中戦は、麓まで転がり落ちるとそのまま取っ組みあいに切り替わった。
両者ともに打撲と擦過でズタボロになっての乱闘は、集中力を全て眼前の相手へと使い果たし、舞台の移りかわりに気づく余裕を奪う。
やがて二人の動きが止まった時、彼らはやっとその場所に戻ってきたことを自覚した。

そこにあったのは、夜闇に黒々とそびえたつホテル。
そして、周囲から漂う異臭と、それを発するは幾つかの死体の影。
ホテルの玄関からより強い匂いが漂ってくるのは、そちらに犬の群れや桐山和雄の遺体があるからだろう。

「……もしかして、貴方も、『ここ』から始まったんですの?」
「なんだ、お前もかよ。だったら、俺がどんなのを見たのか分かっただろ」

376:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:03:42 ID:rGsWCH4k0
切原の右手は黒子の首を絞めるように掴み、左手は肩を地面へと押さえつけている。
体制の上下関係はさっきと同じで。違うのは、黒子もまた切っ先の鋭い石片を切原ののどにあてがい、血に濡れたもう片方の手でも相手の服を掴んでいることだ。
その腕を痛みと疲労でがくがくと震わせて、それでも両者は力を緩めない。

「お前が見せつけられたのはどれだ? 俺の見た死体は、いちばん酷いことになってたよ……見るんじゃねェぞ。
誰だろうと、『あの人』を見たやつは、みんな殺す」

言葉の後半は、ギロリと後ろを睨みすえて、七原に向けたものだ。
背中をジグザウエルの銃口にさらして、その上で黒子に服をつかまれている以上はテレポートから逃げられないというのに。
戦いの勝ち負けで言えば、黒子と七原の勝ちが見えているのに。
死ぬことさえ乗り越えて復讐を果たすと言わんばかりに、瞳には憎悪が再燃している。

「『これ』を見ても綺麗事を言えるお前には分からねぇ……違うな。
理解できたとしても、越えることなんてできねぇんだ。
『これ』を見てみんな死んじまえって思ったのは、もうずっと前のことだ。
止まれるわけねぇだろうが。今さらなんだよ!」
「でも、止まらずに『自分』を殺し続けるなんて、きっと破綻します。
どこかで終わらせなければ、倒れる時がきます。
現に、私も貴方も、もうボロボロでしょう……?」
「認めねぇ! 負けるなんて認めるかよ。認めるぐらいなら、死んだ方がマシだ!」

もはやラケットも地面に放り出して、空手になった右手で黒子の首を絞め殺さんばかりに圧迫する。
このまま、因縁の戦いを終わらせる。
理解しあって、しかし決定的に断絶したまま、勝利の矜持だけを抱いていく。
そんな意思が言葉にならずとも、のどを潰さんばかりに力をかける少年の手のひらから伝わってきた。

――もう、いいんじゃない? 黒子はよく頑張ったんだから。

頭に、そんなふうに囁く声があった。
七原の声にも聞こえたし、御坂美琴の声のようにも聞こえた。

黒子は黒子の最善を尽くしたし、切原は黒子に負けて止まる。
このまま黒子が切原を殺さなければ、七原が撃ち殺して終わりだろう。
それもまた正しいし、それでいいじゃないか、と。
むしろ、こいつを改心させたところで、誰が救われるの?
こいつは『居場所なんかどこにもない』と信じたがっているんだし。
『じぶんを信じた』おかげで、発狂せずに自分を守ってこれたんだよ?
今さらそれを取り上げて、生きていけるほど人間は強くないんだから。
ここで死なせてあげた方が、こいつにとっては救いなんじゃないの?
最後の最後で黒子みたいな人間と戦えただけ、マシな結末だったじゃない。

377:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:05:05 ID:rGsWCH4k0
分かる。
それは分かる。
そういう結末になったとしても、黒子は自らの《せいぎ》を裏切らずには済むだろう。

だけど、それでも。

「そんな、どこにも帰る場所がないなんて、悲しいですっ!
私は、貴方に手をっ――」

首を絞める力が強まり、声は中途で遮られた。
切原さん。
貴方が私を敵と定めたように、私も貴方を諦めたくないんです。伝わりませんか。
伝わっていたとしても、それは声にならず。

七原がカチリと、撃鉄をあげる音が聞こえて。



「おいおい、これはどういう騒ぎなんだ?」
「何をやってるんだよ。佐野やロベルトが死んじまってるのに……ここにまた遺体を増やすつもりなのか!?」



闖入者、だった。

二人の少年が、ライトを照らしてホテルの中から現れる。
一人は、飄々とした口調ながらも引きつった顔をした眼鏡の少年で。
もう一人は、その手に謎の木札のようなものをぶら下げている芝のような髪をした少年で。
そして状況は、一時停止をした。





下手な誤解をされても仕方のない状況ではあったし、そんな状況下で首を絞めていた切原までもが一時停止していたのは間抜けなことだったかもしれない。
それでもそうなったのは、七原がいつでも引き金を引けるという緊張状態と、少なからず闖入者に興を削がれたところがあったのだろう。
(さらに言えば、とっさに『殺し合いに乗っているのは七原の方です』という類の作戦が浮かぶほど、切原は計算高い頭脳を持たない。少なくともテニスが関係ないところでは)

ともかく、全員にとって頼もしいことに七原秋也が冷静だった。
間の悪いタイミングで乱入されたり誤解されたりをとっくに経験済みとなれば、対処法も学習するのだろうか。
ペラペラと場違いなほど流暢に、殺し合いに乗っているのは切原一人だということ。
分かりやすくかいつまんで、たった今まさに仲間を殺されて何度もぶつかった因縁の戦いの決着がつくところだったのだと説明した。

「分かりやすく言うぞ。『空気読んでじっとしててくれ』。
それから、『他人の問題に首を突っ込むな』」

378:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:06:21 ID:rGsWCH4k0
銃口は切原に向けたままでも、菊地と植木を牽制するようにじろりと睨むのは、横槍を恐れてのことだろう。
そりゃそうか、と菊地は思う。
殺し合いに乗った人間を、他に手段はないと決めて殺そうとしているのだから。
一部の善良な対主催派ならば、『殺して解決するのはよくない』などと止めにかかる危険がある。
……どころか、菊地と一緒にいる植木耕助はまさにそういうタイプだ。

「手を出すなって言われてもなぁ……救けられないって諦めるのは、嫌いだ」

たとえ当人たちが決断したことだろうとも、何もできずに目の前で人が死ぬような理不尽を見過ごす人間ではない。
まして、殺す側も殺される側も苦しそうな顔をしていればなおさらに。
地面から木を生やして三人全員を止める算段くらいはつけていそうな、そういう顔をしている。
植木を止めようと、決めた。
七原が、このまま植木に銃口を向けかねないほどピリピリしていたからというわけではないのだが。
(菊地視点ではさっさと切原を撃って終わらせればいいように見えるけれど、七原視点では植木がどんな能力でどう動くのか読めないから躊躇することも分かる)
その判断は、すっと菊地の心から生まれていた。

「植木、ほっといてやろう。俺は、あいつらの言いたいことも分かる」
「菊地? 分かるって……」
「もし、これが常盤たちと再会した時の俺だったら、あいつらと似たようなことをするかもしれない。
その時は、俺だってあの場にいなかったヤツに邪魔されたくない。たとえ常盤たちを殺して、植木と喧嘩になったとしても」

本心だったけれど、それは裏切りかもしれなかった。
ここで死人を出すばかりか常盤たちをも殺すということは、『全員を救う』という植木の信念を曲げることになるのだから。
愕然とした植木の顔に見つめられることを、菊地は覚悟して顔を引き締める。



「――わかった。手は出さねぇ」



しかし、あっさりと。
さも簡単に気分を変えたかのように、彼はそう答えた。

379:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:08:21 ID:rGsWCH4k0

「でも、これだけは言わせろ」

なぜ、と。
疑問で頭を埋める菊地を横目にして、さらに言う。

「シンジが――友達が言ってたんだ。誰かを――何かを守るために戦うなら、自分自身を救えなきゃ出来っこないんだって。だから俺は、自分のこともちゃんと救うって決めた。
だから……俺が『他人』なら、お前らに『他人じゃないヤツ』はいないのか。
今生きてる人間でも、これから会うことになるのも、死んだら悲しむヤツはいねぇのかよ。
お前らは手を出すなって言ったケド……言ったからには、そこを分かってないと駄目だからな!」

そう言って、両手につかんでいたゴミをばっと捨て、腰をおろして座った。
言いたいだけ捨て台詞を吐いて、手放した。
これまでの植木を知らなければ、そう見えたかもしれない。
しかし、菊地には理解が追いついた。

――『正義』がいつもいつも正しいとは限らない。最後の一点はいつだって自分以外の誰かが持ってる。

植木耕助だって、彼なりに考えて成長している。
出会った人間のことをちゃんと見て、その全てを背負っている。
きちんと背負うことを、約束してくれる。そういうヤツだからこそ、日野日向も、碇シンジも、宗屋ヒデヨシも、後を託すことができたのだろう。





植木という少年のことは、テンコから聞いたばかりだ。
『死なせるぐらいなら絶対に行かせない』という少年。
だから、その彼が許しているこの時間が、特別サービスのようなものだということは察せられる。

少年の言葉を聞いて、頭をよぎったのは初春飾利のことだった。
まだ生きている風紀委員の同僚。
再会して、ともに生きて帰りたいと思っている友人。

(帰り、たい……?)

その言葉が、不思議と意識に引っかかった。

しかしまず気になったのは、水入りを挟んだことで切原が苛立ちを増していないかどうかだ。
植木たちの方へと回していた首を頭上へと戻し、切原の表情へと向かう。
そこに、明確な動揺を見た。
髪から、白色が失せている。
目と全身の充血が、引いている。
怒っている顔はそのままに、しかし上目づかいで植木たちの存在を見ている。

(なんで? さっきの言葉の、どこが?)

一時停止から再開されそうになっているわずかな時間を使って、黒子は考える。
さんざん世界に居場所がないことを、力説してきたばかりだ。
だとすれば彼にとっての『他人じゃないヤツ』は、死んだ人間のことではなく。

380:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:09:22 ID:rGsWCH4k0
(今と、これから……)

盲点に気づいた、感触があった。
他人は自分にとって『悪魔』でしかないし、他人だって自分のことを『悪魔』と呼ぶはずだと少年は言った。
だがしかし、本当に帰りを待っている者がもう一人もいないなんて、誰が決めた。

(七原さんみたいに『どうせお前には家族だってクラスメイトだって生きてる』なんて楽観論は言えませんけれど……)

もしかしたら、失った人の他にも、彼のいたチームにはまだまだ仲間がいるのかもしれない。
同じチームではなくとも、『放送で知り合いの名前が呼ばれた』と言っていたぐらいだから、彼のいた世界にはもっと広い人間関係があったのかもしれない。
その全員が切原を拒絶するなど、どうして決めつけられる。
友達を殺された黒子でさえ、切原と共感することができたのに。

「貴方にとって、まだ貴方を見捨てていない人たちもみんな『悪魔』ですか? 殺されても仕方のない人ですか?」

途切れたはずの、かける言葉が湧いてきた。
切原の黒い眼が、黒子を見る。

「まだ大切な人が残っていれば他の大切な人が死んでも耐えられるなんて、私はぜったいに思いません。
ですが、それでも残された大切な人達は、あなたを心配して待っているのではありませんか?」

あまりに失い過ぎた黒子でさえ、初春飾利を失いたくないと思っているように。
断言するように放たれた声に、悪魔の口元が引きつる。そして、吠えた。

「そんなの、幻想だ!! 人を殺した! 戻る場所なんかねぇ!」

首を絞める殺意が再開される。でも、まだだ。まだ、黙らない。
疲労の積載された神経からなけなしの集中力を使って、瞬間移動(テレポート)を実行。
くるりと、黒子と切原の位置関係が入れ替わった。
切原の背中がジグザウエルの銃口から外れて、舌打ちをする音が背中から聞こえる。
ごめんなさい、と内心で七原に謝った。

「でも、貴方はみんなでテニスがしたかった、とおっしゃいました!
それが貴方の心なら!私の志を幻想だと言うのなら!
貴方のその否定こそ、幻想です!否定させたまま、死にはさせません!」

また首へと向かってくる手を、右拳で殴りつけて制する。
殴った反動で、血を流しすぎた頭がぐらぐらと揺れた。
研究所で負った傷は治療されていたけれど、それは流された血が戻ってきたということじゃない。
ここに至るまでに合わさった裂傷も加われば、体調はおそらく極大の貧血。
テレポートの余裕はおそらく一回きりで、残っているのは言葉と、マウントから振りかざす右手のみ。
それでも訴える。なぜなら、許せないから。

「私、船見さんと竜宮さんを失わせたことを絶対に許せません。
でも、そんな私と貴方が戦って……相容れないけど、言葉を交わしたのに。
『どうせみんな拒絶する』とか決めてかかっている貴方が、絶対に許せません」

許せない。
置き去りにされる痛みを知っているのに、自分が置き去りにする誰かのことは『幻想だ』と否定するこいつが許せない。
ひとりにひとつ、もしかしたらそれ以上。誰にでもあるしあわせギフト。
弱いからそれを失ってしまうというのなら、そんな幻想をぶっ殺したい。

381:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:10:29 ID:rGsWCH4k0



――きみが気にするべきは、きみを待っててくれる人にだ。



(あ……)

カチリ、と噛み合った。
植木の言葉はきっかけだった。
植木に流されたのではなく、その言葉が最後のピースになって全体像が見えてくる。

――もし、もしよ。私が、学園都市に災厄をもたらすようなことをしたら、どうする?

そう言って部屋から出ていった、ひとつ年上の少女の背中。追いかけることができず、『帰ってきてください』と祈ることしかできなかった夜。
『しばらく自分を見つめなおして、もう一度出直してくださいな』と、連行される不良学生に、それとなく言い聞かせていたこと。
『欠けることなく元の日常に帰りたい』と言っていた竜宮レナたち。
友達のことを大切そうに話していた、赤座あかり。
空っぽなんかじゃない。
定形の基準などない虚ろな《せいぎ》だったとしても、その虚ろをかっこいいと思わせ、重力を与えている、目に見えないものは確かにある。
白井黒子が、たどり着きたかった理想の果ては、

「帰った世界でも、ひどい現実が待っているかもしれません。敵意で迎える人もいるかもしれません。
でも、そんな現実を生きると言った七原さんは、私を一人にしませんでした。
相容れないと言いながら、一緒にいてくれました。
ですから、貴方も一緒に帰るんです。どこかで誰かが願い、この私が賛同したとおりに」

――迷子になっている子どもは、家に帰さなければいけない。

首に向かってのびていた切原の手が、だらりと力を失った。

「……やり直すのが、どんだけ苦しいと思ってんだよ。俺がどんなヤツか、お前なら知ってんだろ」
「では、貴方の論理に合わせた言い方をしましょうか。
私は貴方に殺されませんでした。つまり貴方は、甘ったるい私でさえ殺せないくらい、悪い人間ではなかったということではありませんの?」

泣きそうに見える顔で、切原が唇を噛んだ。
続く言葉を、黒子は待つ。
この言葉も届かずに、舌を噛み切って自殺されたらもう私には打つ手がありませんけどねと、嘆息して。

382:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:12:00 ID:rGsWCH4k0





ピシリ、と亀裂の入る音が崩壊の始まりだった。





「「「「「え?」」」」」

傷だらけの外壁を晒していたホテルの外壁が、それでもずいぶんあっけなく天辺から崩れ落ちてくる。
ひとつひとつが大人でも抱えきれないほどの鉄筋コンクリートが、死体だらけの地獄絵図になった広場の全てに落ちる。
それはもちろん人為的な災害だったのだけれど、この時の彼等にはただ『落ちてくる』という認識で精一杯だっただろう。

菊地善人の逡巡も。
植木耕助の成長も。
切原赤也の慟哭も。
白井黒子の答えも。
七原秋也の信念も。

――ホテルは逃走する時間も与えずにガラガラと倒壊して、『一人を除いた全員』を、瓦礫の山へと飲み込んだ。






バロウ・エシャロットが電光石火(ライカ)でホテルのもとへと立ち寄った理由は、およそ植木耕助たちがそこへ向かった理由と同じだった。

ただし、いるかもしれない誰かを救けるためではなく、いるかもしれない誰かと集まってくる誰かを、全て潰すために。
もとより、残り人数が20人を切ってしまった終盤において、非戦派が隠れ潜むための場所もたくさんあるような巨大施設をそのまま残しておくメリットもない。
たどり着いたホテルの外壁に隠れて様子を伺えば、その表面には脆く亀裂が入っていることが伺えた。
日が暮れてから近づいてくる参加者には暗さで判別できないだろうが、おそらくホテルの受けたダメージはざっと見た外観よりも酷い。
神器の力を使えば、崩落させることはいかにも容易だった。

383:――ただひとつの答えがなくとも、分け合おう。 ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:13:32 ID:rGsWCH4k0
電光石火(ライカ)でホテルを回り込むようにして山を登り、C-6の北側に布陣してホテルの背面を見下ろす。
自然に任せても壊れるかもしれないホテルで、いるかもしれない程度の参加者を探し回るよりも合理的だったからだ。
まずは高所から“鉄(くろがね)”を連続で発射し、ホテルの屋上近くの階層を連続で撃ち抜き、真下へと崩した。
ちょうどダルマ落としの要領で、崩された瓦礫が落下して1階のホールとその前庭を埋め尽くす計算だ。
続けて“唯我独尊(マッシュ)”を呼び出し、ホテルの後ろ壁の二、三階層にあたる部分めがけて突撃させる。
一段階目で広場正面からの逃げ場を塞ぎ、二段階目で裏手にある非常口を崩すように。
あとは、アリの巣に閉じ込められたアリと同じだ。
たっぷり十分はそんな作業を続けて、念入りに虫一匹も逃がさないように破壊し尽くした。

煙が晴れたホテル跡を見下ろし、全てが終わったことを確認する。
ホテルの周囲を囲む街灯に照らされた広場には、それこそ山のような瓦礫が層をなしていた。
そこでバロウは、初めて気付く。
山の下の方に、まるで地面から人為的に生やしたような木が幾本も、下敷きになってはみ出ていることに。

「植木君、いたんだ……」

そこで初めてバロウは、軽率な行動をとってしまった気持ちになった。
いくら『ゴミを木に変える能力』でも、せいぜい木によって瓦礫がぶつかる衝撃をちょっとだけ殺すぐらいで、瓦礫から身を守ることなどできないだろう。
再戦を誓ったのに、こんな形で決着がついてしまった。

そう思ってしまいそうになり、バロウは頭を振る。
どんなに『過程』が酷いものだろうとも、『結果』こそが全て。
あの中学校で神器を使う重みを刻みながら、改めて誓ったじゃないか。

「そうだよ。こんな”結果”を見せられたら、どんな馬鹿でも理解できるよね」

つまり、植木耕助の『正義』は、バロウ・エシャロットの『夢』に敗北した。
彼に乗せられていた人々の想いも、同じく。

「最良の選択肢を選んで勝ったのは……僕だ」

”誰か”によって踊らされることを自ら進んで選んだ”子ども”は、振り返らずに歩み去った。


【C−6 ホテル近辺/一日目・夜中】

【バロウ・エシャロット@うえきの法則】
[状態]:左半身に負傷(手当済み)、全身打撲、疲労(小)
[装備]:とめるくん(故障中)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話に画像数枚)、手塚国光の不明支給品0〜1
基本行動方針: 優勝して生還。『神の力』によって、『願い』を叶える
1:施設を回り、他参加者と出会えば無差別に殺害。『ただの人間』になど絶対に負けない。
2:僕は、大人にならない。
[備考]
※名簿の『ロベルト・ハイドン』がアノンではない、本物のロベルトだと気づきました。
※『とめるくん』は、切原の攻撃で稼働停止しています。一時的な故障なのか、完全に使えなくなったのかは、次以降の書き手さんに任せます。
(使えたとしても制限の影響下にあります。使えるのは12時間に一度です)


【菊地善人@GTO 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】
【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【七原秋也@バトルロワイアル 死亡】

384eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:15:14 ID:rGsWCH4k0
【残り14 …




その瞬間に、崩落を予測できた人間はいなかった。

ホテルの外壁が傷ついていることは四人ともが知っていたけれど、日が暮れてからの闇はその甚大な亀裂の判別を難しくさせている。
そもそもホテルの支柱が見た目よりずっとボロボロに崩れやすくなっていることは、戦闘が終わった後にそこで破壊活動を振りまいた切原赤也しか知らない。
その切原にとっても、崩落に気を配れるほどの余裕はない。
七原秋也と白井黒子にせよ、研究所で起こったことから、建物ひとつを崩せる力を持った参加者がいることは身に染みている。
しかし、その時に起こった崩落は、順番に手間をかけて建物の柱を崩していくことで実現した『周囲に逃げる余裕を与えてくれる無差別の倒壊』だった。
計画的かつ迅速な破壊で建物の下にいた人間を圧殺するような、大量破壊兵器をその身に宿した中学生のことを、彼らは失念していた。

ただ、真下にいた白井黒子は少しだけ早く、その落下を察知した。

頭上を見上げて、ホテルの上層階が、巨大な『何か』のせいで破壊されるのを、うっすらと視認する。
そして巨大な岩塊が、数秒とかからず落ちてくることを知ってしまった。
直撃される地点には、力尽きて伏している自身と切原がいる。

逃げなければ、逃がさなければ。

壊れていく世界のなかで、強く思ったのは、死なせたくないということ。
それが、『切原赤也を崩落の巻き添えから外れた瞬間移動の射程ギリギリまで転移させる』という無茶を生み出す。
ぽかんと口を開けている切原の腕をつかみ、弱った計算能力を総動員して、飛ばす。
一秒で実行してから、後悔した。

自分ごと逃がせなかったのは、疲労による能力限界だった。
自分を転移させるのは、他人を飛ばすよりもはるかに難しい。
だから自分自身の転移ができる能力者は無条件で大能力(レベル4)認定されるし、それができない間は強能力(レベル3)止まりと規定されている。
自分ごと逃がそうとしたけれど、無理だった。
黒子からすればそうでも、切原にとっては『また自分を置いて死なれた』のと同じことではないか。

――ごめんなさい。

止めると言っておきながら、これでは無責任に放り出したのも同じだ。
力無さと、間違ってしまったのではないかという不安で唇を噛み、視線を遠くに向ける。
切原を飛ばした場所と、七原が逃げられたのかどうかを見ておきたかった。
そのはずだった。

致命傷が降ってくるまでの、短い時間。
スローモーションの視界で、黒子は”有り得ないもの”を見た。
七原秋也が、落下してくる瓦礫を厭わずに、黒子に向かって駆けてくる。

385eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:16:51 ID:rGsWCH4k0
何をやってるんですか、と叫ぼうとした。
切原赤也みたいな人間は殺すべきだし、私みたいな人間は糞食らえと言っていたのに。
それに、私が行き着く先を見届けるって約束したのに。
私が死んだら見せられないけれど、あなたが死んでも実現不可能になる約束なんだから。
だいいち、そんなに必死に駆けてきても、この崩落の規模で救けることなんか――

しかし、胴体を何か大きいものが潰すように貫いたことで、その声は口から出なかった。
視界のなかで、夜目にも赤黒い血液が散ったことと、地面から生えた木々が焼け石に水のように崩落を防ごうとしては折れるのを見届ける。

そこからは、夜の闇ではないほんとうの『漆黒の闇』に包まれた。

かろうじて最初の崩落で二人が埋まらずに済んだのは、ホテルの玄関にいた二人の少年がかばうように引っ張り込んでくれたかららしい。
しかし、月明かりも届かないホテルの中でもまた、崩落は止まらなかった。
七原に抱き抱えながら、黒子はこの場所そのものがガラガラと崩れていく音を耳にする。
崩落の中を逃げ惑いながら、三人の少年たちの会話を聞いていた。

この場所から脱出するための道具は何かないのかとか。
ホテルで犬の死体がくわえていた『宝物』が使えるんじゃないか、とか。
そこに書き込むべき『言葉』が思い当たらないから無理だ、とか。
理解したのは、このままだと全員が死んでしまうということ。
そして、三人の少年がそれぞれに怪我を負っていること。
その三人の誰よりも、まず黒子が先に死んでしまう傷を受けていること。

(嫌ですの……)

終わりにしたくなかった。
誰も守れていない。
切原赤也に、弁解していない。
初春飾利とも、再会していない。
何より、七原に何も伝えられていない。
船見結衣と竜宮レナから『任された』のに。
七原に殺されるまで、死なないって約束したのに。
ようやく、自らが正義を貫いた先で、どこに行きたいのかが見えたのに。
それを知りたがっていた七原に、生きて見せなきゃいけなかったのに。

七原秋也を、一人ぼっちにしたくないのに。

(竜宮さんのことを言えないじゃありませんの……任せたとさえ言えないだけ、彼女たちにすら敵いません)

相容れない少年と。
鏡写のような少年と。

戦ったり争ったり殺し合ったりしながら、それでも少しだけ繋がれた気がしていたのに。

386eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:17:48 ID:rGsWCH4k0
(もっともっと……ずっと先まで、繋がっていたいんです!
殺し合いが終わるまで! 終わってからも! 十年先も、百年先だって!!)

誰にも届かないはずの声で、しかし、誰かに届けたくて。
崩落していく暗闇を薄目で見上げて、光を探した。

(――永遠、それよりも長く!!)



ドクン、と鼓動の脈打つ音を聞いた。



それは、白井黒子の心臓の鼓動の音だった。
しかし同時に、白井黒子ではない、別の人間の鼓動だった。
それも、この場にいない『あの人』の鼓動の高鳴りだった。
なぜか白井黒子はそう思ったし、それが誰なのかも理解できてしまった。

387eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:21:31 ID:rGsWCH4k0
(切原、さん……?)

そして、光があった。

その光は、白井黒子の内側からこぼれだす。
白井黒子が、もっと感知する力に長けた能力者だったならば、それを『AIM拡散力場のようなもの』と知覚したかもしれない。
とにかく、それができない彼女は『それ』を、”不思議な浮遊感”として自覚した。

周囲にいる少年たちから驚きの声が出たことから、それは黒子の錯覚ではない、現実の出来事だと理解する。





白井黒子の体が、うっすらと白く光る、霧のようなオーラを纏って中空に浮かんでいた。








行かなければ、と思った。

自らだけが生き残ったことよりも、
それを『結局、勝ち残ったのは自分だった』と誇るよりも、

切原赤也が思ったのは、『まだ、生きているかもしれないなら』ということ。
生きていれば、まだ間に合う。
動くことに、不思議と迷いはなかった。
白井黒子は、『お帰りなさい』と言った。
それは、彼女自身にも『ただいま』と言える、言いたい場所があったから言えたことなのだろう。
そのことを指摘してきた乱入者の二人組も、きっと似たようなものだ。
あの七原だって、居場所がないとか抜かしていたけれど、自分よりよっぽどマシな人間なのに見つけられないなんてことはないはずだ。
だったら、自分にさえそれがあると主張していたあいつらが、無いなんてことは絶対にない。
白井黒子の言ったことには言い返せなかったけれど。
切原赤也はどんな結末にせよ、あの連中の手によって止められるなら、それでもいいかと思ったのだから。

瓦礫の向こうに行ってしまった白井黒子のことを、どうやって知るのか。
彼女のことを深く知る前の切原だったら、できるわけないと諦めていた。
でも、今の切原赤也ならばできる。
できるはずだ。絶対に、できるようにしてみせる。

だってアイツは『俺』なんだから。
違っていて、でも、もとは同じはずだったんだから。
他人は他人で、自分は自分で。人間なんて一人きりで、居場所なんて無いはずで。
それでも、人と人とが、向き合って『もうひとりのじぶんだ』と繋がる瞬間は、あるはずで。

じぶんを信じろと、暖かい手で、背中を押された気がした。



ドクン、と鼓動の重なる音を、切原赤也は聴く。



そして、切原赤也の『左目だけ』が、赤く染まった。

388eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:22:30 ID:rGsWCH4k0





『Personal Reality(自分だけの現実)』という言葉がある。
学園都市の学生ならば誰もが知っているけれど、具体的にこうだと説明できる者は少ない。
とある人間は、『自分だけにしか見えない妄想』と表現し、またある人間は『可能性を信じる力』だと言った。
手から炎を出す可能性。他人の心を読む可能性。一瞬で別の場所に瞬間移動する可能性。
それが見える人間でなければ超能力は使えないし、逆に言えば見えるようになると普通の人間に戻れない。
現実には見えないものが見えているのだから精神異常者と大差なく、見える者はもはや『正気ではない』とすら呼ばれる。
そして一般人がそれを『見えるようにする』ために必要な脳改造のことを指して能力開発(カリキュラム)という。
時には薬漬けにしたり、時には脳みそに電極をぶっ刺したり、時には洗脳装置による刷り込みを与えたり。

しかし反則的にも、そういった能力開発を受けていない一般人によって能力を発現させる手段がないわけではない。
その反則技のひとつを”幻想御手(レベルアッパー)”という。
ざっくばらんに説明すれば『能力者の脳波と自身の脳波を同じもののように調律して同期(リンク)させることで、そいつの能力を任意で借りうけて使えるようにしました』ということになる。
もっとも、このやり方でも能力を使っているのは貸し主の脳みそでしかないのだから、一般人にも『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が見えるようになったりはしない。

一方で、テニスの世界には脳波はおろか視界(パーソナルリアリティ)、動き、思惑の全てを共有し、相手の見えている世界を手に取るように理解するすべが存在する。

それは、『同調(シンクロ)』。
心が通じ合った者のみに起こる、ダブルスの奇跡。

そして、無我の境地。
覚醒したテニスプレイヤーは、その目で見て学び取った技を無意識で再現することができる。

その時、切原赤也は見た。
白井黒子に見えているのと同じ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を。

389eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:23:58 ID:rGsWCH4k0




――七原秋也は、飛んでいた。



白井黒子の体が、不思議な輝きを放ち始めたことは覚えている。

そしてその輝きに呼応するように、切原赤也らしき影が瓦礫の破砕が続くその場に『瞬間移動』してきたのも見えた。
それはおかしなことだった。しかし、瞬間移動と呼ぶしかなかった。
切原赤也に――ただのテニスプレイヤーに、障害物を無視してすり抜けることなど、できないのだから。

そして、同時に死に体だった白井黒子の体も浮遊したまま動きだしていた。
植木耕助の手から、彼が持っていた木札――『空白の才』をつかみとり、指先から滴る血で何かを書き込んだ。
そして、それを七原に向かって、持たせるように押し付けた。

そこから先は、おぼろげな記憶しかない。

ただ、不思議な場所にいた。

高く、高く、ホテルなど豆粒ほどの大きさに見えるような、高い空の中。
上昇気流をつかむように、空を飛ぶ少女に手を惹かれて、雲の上のようなところにいた。
少女は、白井黒子の姿をしていた。
背中には天使のように白くてふわふわした羽根が生えていた。
雲のかたまりを集めて作ったような、そんな形の羽根だった。
強く凛々しく、羽ばたいていた。

お前、その翼はどうしたんだ、と聞こうとした。
笑顔の黒子と、眼があった。
悪魔のような天使の笑顔だった。

その顔を見ていると、どうしてか得心がいった。
悪魔のような、しかし天使のような顔をしていた、あのワカメ頭からの餞別なのだろう。

その時、初めて七原は気づいた。
七原の背中にも同じ翼が生えていて、白井と同じ速さで羽ばたいていた。

その時間は、楽しかったような、ほっとするような。

なんだかツンデレのデレのところばかり過剰放出されているように、白井は優しかった。
そして、言ったのだ。

――泣いていたんですのね。

七原は首をかしげる。
とっさに目元に手をあててみたが、そこは乾いたものだった。
泣いてないじゃないか。
そう言ったけれど、白井はそういう意味じゃないと言いたげげに首を振った。

390eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:25:03 ID:rGsWCH4k0
――こんなこと、本当はお姉さまにしかやりませんのよ?

言葉とともに、抱きしめられていた。
抵抗しようとしたものの、相手はどういうわけかすごく手馴れているように腕を絡めてきて、うずめられるような体温に包まれる。
やめろと言いたかったのだけれど、妙なデジャビュがあって。
こんなに母親にされるように抱きしめられるのは、典子に初めて寄り添われた時以来だったかもしれない。
そして、天使は言った。

――約束を、果たしにきました。殺してください。切原さんが言うには、死者を亡霊にしない方法は、我を通すことらしいので。

ごく短い時間だったはずなのに、それから色々とぶちまけた気がする。
七原秋也だか革命家だか、よく分からない我を晒した。
誰かに正しいって言ってほしかったことや、自分は死んでいった連中が言うほど立派じゃないということまで。
弱いとこりゃカッコ悪いところまで、ダイレクトに伝えてしまった。
こいつにはすでに放送前にも色々と暴露したので、まぁいいかと吹っ切れた。

天使は悲しそうな笑顔で、それをうんうんと聞いた。
そして、教えてくれた。
理想の果てを、見つけたことを。
そして最後に、トンと胸のあたりを叩き、言った。

――私を一人にしないでくれて、ありがとう。私は、ずっと『ここ』にいます。

そこで、意識は戻る。





「自分の知らないところで、知り合いが死んでいくのはキツイもんだが。
知り合ったばかりの人間が、目の前で死んでいくってのも、堪えるんだよな……」

『そいつ』のそばに腰をおろして、七原秋也は現状確認をした。

倒壊した爆心地からは、百メートルばかりも離れているだろうか。
杉林の中にあたる場所なので、ひとまずホテルを壊した人物の死角になることは安堵していい。

まず腕の中には、もうものを言わなくなった白井黒子の遺体があった。
死んでいる。
とても重たいはずの事実なのに、最初からわかっていたことのように、すっとんと胸に落ちた。
違う、本当にわかっていた。
さっき、『お別れ』を済ませたのだから。

391eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:26:30 ID:rGsWCH4k0
握り締めていた木札をよくみれば、そこには『シンクロの才』と書かれている。
おそらく、白井黒子と切原赤也の『同調(シンクロ)』に、七原秋也もまた同調していたのだ。
だから、白井黒子の見ていた『自分だけの現実』を、七原は共有したのだろう。
そしてその後は、切原赤也と七原秋也が行使した『瞬間移動(テレポート)』によって、全員が脱出した。
七原にも『同調』をさせたのは、一刻一秒でも早く離脱しなければいけない場所で、テレポートを使える人材を増やすためか。
確か黒子のテレポートで運べる人数は130キロかそこらだから、五人を一度で運ぼうとしたら、テレポートできる人間が二人は必要な計算になる。

――あるいは、そんな計算を抜きにして、黒子が七原と話をするためだったのか

そんなことを、七原秋也は『同調(シンクロ)』していた間に切原と黒子から伝わった情報によって理解する。

どうやら切原とは着地した場所が別々になってしまったらしく、見渡した限りの森の中には、切原赤也と菊地善人の姿はない。
……崩落する瓦礫の直撃を食らって、テレポートを失敗させた可能性もあったけれど。

その場にいたのは、七原秋也と、白井黒子と。

「眼が、覚めたのか?」

『そいつ』がうっすらと目を開けていて、七原は身を乗り出した。

――寝かされているのは、全身を傷だらけにして虫の息になった植木という少年だった。

当然と言えば、当然のことで。
あの崩落のなかで、全員が逃げ回れるよう、いちばん必死だったのがこいつだった。
月光のある場所で見てみれば、その傷の壮絶さはあらわになる。

「……死にたくねぇ」

そう言った。
それが、彼の語っていた『シンジ』という友人が言わせた言葉だということを、七原はなんとなく察した。

「日向に、天野ってやつのこと、頼まれたんだ。
シンジから、綾波とアスカを守ってくれって言われたんだ。
ちゃんと『おれ』のことも大事にするって、約束したんだ。
いなくなった綾乃のことも探して、守らなきゃいけないんだ。
テンコを探して、神器だって取り戻さなきゃいけない。
それに、ヒデヨシから『任せた』って託されたんだ……!
俺の『正義』を貫くって、決めたんだからっ……こんなっ、ところで……!」

いったいいくつ背負ってるんだよ、と嘆息する。
こいつもまた、『正義』だったのか。
『破滅への道』を選んで、『最良の選択肢』を与えられた側のスタンスなのか。

392eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:27:15 ID:rGsWCH4k0
「俺たちを救けてくれたじゃねぇか。まだ、礼も言ってなかったけどな」

心底から悔しそうに涙をにじませる少年に、何を言うべきか言葉を考える。
幾つか知っている名前も混じっていたけれど、その話をしている時間はなさそうだからスルーしておこう。

「白井が、言ってたんだよ。『想いは死なない』ってな」

なんで自分がそんなことを言っているのか、七原には分からなかった。
想いが死ぬことを、七原は知っているはずなのに。
どんなに綺麗事を言っても、力には潰されるところを見てきたのに。

「俺みたいな人間には、やっぱりできることしかできない。
どんなに言われたってお前や白井みたいに誰も彼もを守るなんて偉そうなこと言えないし、
自分や仲間を守るために誰かを殺さなきゃいけないならそうする。
そんな俺は正しくて間違ってるし、竜宮が言ってくれたように『すごい』のかなんて未だに信じきれない、でもな」

それでも、綺麗事に染らない人間が、しかし誰かのために振りかざすことを、欺瞞とは呼ばないはずだ。

「でも、俺じゃない他の誰か。
理想を信じたがってて、誰かに背中を押してほしいヤツとか。
お前の言う守りたいものを、守ってくれそうなヤツがいたら、
そいつらにお前のことを伝えてやるよ。
『お前もそうしろとは言わないが、こういう馬鹿なヤツがいたことは覚えておいてくれ』って。
そうすりゃ……想いは死なないんじゃねぇか?」

『もしかしたら』を言葉にするぐらいは、罪とは言わないはずだ。

「そっか。佐野や、ヒデヨシに会えたら……謝らなきゃな。会えたら、いいな」
「会えるよ」

そして、即答していた。
それは黒子の言葉ではない、七原の言葉だった。

「お前はまた友達と一緒に、笑い合えるよ、保証する!」

それは、かつて親友に言えなかったことだ。
死んでいく川田に、絶対にまた会えるからと伝えたかったことだ。
でも、あの時は、届かなかった。
伝える前に、親友はどこかに逝ってしまった。
その時の埋め合わせというわけでは、決してないのだが。
きっと、理屈じゃない。

「そうか……『再会』できるのか」

少年はうっすらと開いたその目を、糸のように細めて笑った。

「俺、お前と会えて、良かった」

こうして。
全てを救おうとした少年は、全てを切り捨てようとした少年によって救われた。

393eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:27:45 ID:rGsWCH4k0





なんでこいつを看取るのが俺なんだろう、と菊地善人は嘆いた。

恩ならば、返しきれないほどできた。
例えば、ホテルの太い支柱のひとつが倒れ込んできたにも関わらず、難しそうな瞬間移動を成功させてくれたことがそれだ。
おかげで菊地の命は助かり、そいつの胸部から下は無惨な有様になった。
そして、止血をしようとした手すら撥ね退けられる。

「ああ、馬鹿したな……」

そんなことを呟いて、そいつはゴロリと顔を背けてしまった。
礼の言葉もなにも、期待していないかのように。
もしかするとこいつは別人(たぶん七原あたり)を脱出させようとして、菊地は間違って助けられたんじゃないかとさえ思ってしまう。

因縁のある白井黒子や七原秋也だったら、こいつに何か言ってやれたかもしれないのに。
あの決闘に口をはさむことができた植木耕助だったら、切原という人間から何かを見抜いて、望む言葉を与えられたかもしれないのに。
おそらく、あのばにいた人間のなかで、もっともこいつと縁の薄い人間が菊地だろう。
『切原赤也』で記憶を検索したって、引っかかることなんかどこにも――



――該当データが、検索結果が、1件だけ存在していた。



それを言えるのは今しかない。
だから、菊地は言った。

「切原赤也、だよな。俺は――さっきまで、青と白のユニフォームで白い帽子をかぶった、目つきの悪い生意気そうな下級生と一緒にいたんだが」

名前ではなく特徴を語ったのは、『会っていた』という事実を信じてもらうためだったけれど、そうしたのは正解だった。
切原の目が、ぎょろりとこちらを向いた。
驚愕のような、意外そうな目をされて、ごくりと唾をのむ。
実のところ、そこまで詳しくそいつらの関係を聴く時間なんてなかった。
だがしかし、短い遣り取りの中から、間違いなかったことを口にする。

「お前のこと、心配してたぞ?」

そう言った後の切原の顔を見て。
菊地は、人間にはこんな表情もあったのかと、そんな場違いな驚きを持ってしまった。

「そっか……そう、なのか」

例えば、燃え落ちてしまった我が家の廃墟から、いちばん大切な思い出の写真が無傷で残っていたのを見つけたような。
そんな顔をして、そいつは、その本人にしか意味を理解しえない行動をした。
被っていた黒い帽子を、脱いだのだ。
ぽす、と芝草の上にそれを投げ捨てて、表情を隠すように手のひらでゆるゆると顔を覆う。

「くそ…………いたのかよ」

手のすきまから見えていた口の端で、小さく笑っていた。




394eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:28:33 ID:rGsWCH4k0


ここにいると、彼女は言った。
その部分をトンと手でおさえてみる。
ずっと白井に触れていたからなのか、そこは奇妙にあたたかかった。

され、俺はこれから、どうしたらいい?
問いかけてみても、『そこ』が喋りだすようなことはなかった。
そこはやはり、他人はどこまでも他人で自分ではない、ズルをするなということなのか。
心と心が完全に繋がることなど有り得ないし、生者と死者には絶対的な境界がある。

しかし、心には確かに触れた。

そこに触れると、はやり痛む。
だが、死んだ者に対して恨み言をいうよりもまず、ただの悲しみがそこにあった。
まだ実感が追いついていないのかもしれないし、『あれ』が夢ではなかったと理解しているせいかもしれない。

植木耕助の首元に、手をのばす。
死んだものの首輪は爆発しないだから、失敗しても死にはすまいとたかをくくる。

実行する。
ヒュン、と音がする。
首輪は外れて、七原の手の中へと転移した。

自分にも使えるのかと、いぶかしむ。
黒子から道中で考察がてらに聞いた話では、『幻想御手』のような外部的要因から超能力を獲得したとしても、それを絶ってしまえば力はなくなるという話だった。
しかし、消えていない。
他人の脳みそを借りて力を使ったのではなく、『同調』することで七原自身の『自分だけの現実』を確変させたから。
そして、そこまでの同調を可能にしたのが、『空白の才』によって引き出された『シンクロの才』の効力。
そんなふうに断片の知識から推測することはできたけれど、答え合わせをする手段はない。
何より、ます先にやることができた。

菊地と呼ばれていた少年が、こちらに歩いてくるのだから。
右手には、どこかに落ちていたラケットとディパックを拾い。
左手には、切原が被っていた黒い帽子を持っている。

第一印象は、こいつは中学三年生ぐらいだろうか、ということ。
元からの世界の知り合いと再会したケースを除けば、同い年の少年と敵ではない立場で出会うのは始めてのことだった。

まずは、こいつに話しかけることから始めよう。

「「――教えてくれないか? あいつの最期が、どうだったのか」」

【白井黒子@とある科学の超電磁砲 死亡】
【切原赤也@テニスの王子様 死亡】
【植木耕助@うえきの法則 死亡】

【残り15人】

【C−6 ホテル近辺/一日目・夜中】

395eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:29:00 ID:rGsWCH4k0
【菊地善人@GTO】
[状態]:健康
[装備]:デリンジャー@バトルロワイアル、越前リョーマのラケット@テニスの王子様、真田弦一郎の帽子
[道具]:基本支給品一式×3、ヴァージニア・スリム・メンソール@バトルロワイアル 、図書館の書籍数冊 、カップラーメン一箱(残り17個)@現実 、997万円、ミラクルんコスプレセット@ゆるゆり、草刈り鎌@バトルロワイアル、
クロスボウガン@現実、矢筒(19本)@現実、火山高夫の防弾耐爆スーツと三角帽@未来日記 、メ○コンのコンタクトレンズ+目薬セット(目薬残量4回分)@テニスの王子様 、売店で見つくろった物品@現地調達(※詳細は任せます)、
携帯電話(逃亡日記は解除)、催涙弾×1@現実、死出の羽衣(使用可能)@幽遊白書、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:生きて帰る
0:目の前の少年と話をする
1:自分はどうしたいのか、決断をする。
2:杉浦綾乃を探す。海洋研究所が近いが、どうするか。
3:常磐達を許すつもりも信じる気もない。
4:落ち着いたら、綾波に碇シンジのことを教える。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※ムルムルの怒りを買ったために、しばらく未来日記の契約ができなくなりました。(いつまで続くかは任せます)


【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:頬に傷 、『ワイルドセブン』であり『大能力者(レベル4)』
[装備]:スモークグレネード×1、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾5)、空白の才(『同調(シンクロ)』の才)@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)@バトルロワイアル
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
0:目の前の少年と話をする
1:――――。
2:走り続けないといけない、止まることは許されない。
3:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる? 研究所においてきた二人分の支給品の回収。
4:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。
[備考]
白井黒子、切原赤也と『同調(シンクロ)』したことで、彼らから『何か』を受け取りました。

[備考]
燐火円礫刀@幽遊白書はB-5付近の山中に放置されています


【空白の才@うえきの法則】
会場内に存在する10個の『宝物』のうちのひとつ。
『飼育日記』の犬がホテルを哨戒中に現地調達しており、その死体から植木耕助が入手。
書き込む事でどんな"才"でも手に入れる事が出来る木札。
“才”とは人が持つ才能のようなもの。"才"を持っているとその分野の事が得意になる。
(例えば「走りの才」を持っていると速く走る事ができ、それを失うと一気に足が遅くなる)

396eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/23(火) 23:29:25 ID:rGsWCH4k0
投下終了です

397名無しさん:2014/09/24(水) 07:27:43 ID:rzP/WMfk0
投下乙です!
ホテルが崩れて悲劇になるかと思いきや……まさか、こんなにも救いのある結末になるとは!
多くの人からの想いを背負った菊池と七原のコンビがこれからどうなるのか、とても楽しみです。

398eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/24(水) 19:30:25 ID:kE0KFCMw0
すみません。>>380 の黒子の台詞を以下のように訂正させていただきます

修正前:「私、船見さんと竜宮さんを失わせたことを絶対に許せません。

修正後:「私、船見さんと竜宮さんと、テンコさんを失わせたことを絶対に許せません

399名無しさん:2014/09/24(水) 20:58:20 ID:YjaKiqVI0
これは凄いものを出された気分。
あれだけ黒子を否定してた七原がいざという時に誰かを助けようとしてるのが感慨深い。
結局のところ、そう簡単に当たり前は捨てられないというのがぐっと来た。
いいものを見させてもらいました。

400eternal reality(自分だけのものではない現実) ◆j1I31zelYA:2014/09/27(土) 13:05:54 ID:Pr1GTOVc0
すみません、本文>>391について、以下のとおり差し替えさせていただきます

――――

握り締めていた木札をよくみれば、そこには『シンクロの才』と書かれている。
おそらく、白井黒子と切原赤也の『同調(シンクロ)』に、七原秋也もまた同調していたのだ。
だから、白井黒子の見ていた『自分だけの現実』を、七原は共有したのだろう。
そしてその後は、切原赤也と七原秋也が行使した『空間移動(テレポート)』によって、全員が脱出した。
七原にも『同調』をさせたのは、一刻一秒でも早く離脱しなければいけない場所で、テレポートを使える人材を増やすためか。
確か黒子のテレポートで運べる人数は130キロかそこらだから、五人を一度で運ぼうとしたら、テレポートできる人間が二人は必要な計算になる。

――あるいは、そんな計算を抜きにして、黒子が七原と話をするためだったのか

そんなことを、七原秋也は『同調(シンクロ)』していた間に切原と黒子から伝わった情報によって理解する。
白井は以前に『テレポーターは同系統の能力者を転移できない』と説明していた気がするが、その白井を運び出すことができたのは、彼女が臨終の際にいたタイミングと脱出が重なっていたからなのか、あるいは『同調』によって繋がったことによる付帯効果なのか、推測の域はでなかった。
どちらにせよ切原とは着地した場所が別々になってしまったらしく、見渡した限りの森の中には、切原赤也と菊地善人の姿はない。
……崩落する瓦礫の直撃を食らって、テレポートを失敗させた可能性もあったけれど。

その場にいたのは、七原秋也と、白井黒子と。

「眼が、覚めたのか?」

『そいつ』がうっすらと目を開けていて、七原は身を乗り出した。

――寝かされているのは、全身を傷だらけにして虫の息になった植木という少年だった。

当然と言えば、当然のことで。
あの崩落のなかで、全員が逃げ回れるよう、いちばん必死だったのがこいつだった。
月光のある場所で見てみれば、その傷の壮絶さはあらわになる。

「……死にたくねぇ」

そう言った。
それが、彼の語っていた『シンジ』という友人が言わせた言葉だということを、七原はなんとなく察した。

「日向に、天野ってやつのこと、頼まれたんだ。
シンジから、綾波とアスカを守ってくれって言われたんだ。
ちゃんと『おれ』のことも大事にするって、約束したんだ。
いなくなった綾乃のことも探して、守らなきゃいけないんだ。
テンコを探して、神器だって取り戻さなきゃいけない。
それに、ヒデヨシから『任せた』って託されたんだ……!
俺の『正義』を貫くって、決めたんだからっ……こんなっ、ところで……!」

いったいいくつ背負ってるんだよ、と嘆息する。
つまり、こいつもまた、『正義』だったのか。
『破滅への道』を選んで、『最良の選択肢』を与えられた側のスタンスなのか。

401名無しさん:2014/09/28(日) 23:56:16 ID:Y6fmE74cO
投下乙です。

これでヒデヨシの事が伝わるけど、植木が死んだ今、素直に聞けるだろうか。

402名無しさん:2014/10/04(土) 09:36:57 ID:BQvKD9UI0
投下乙です

これは凄い…
まさかこうなるとは…
GJ!

404<削除>:<削除>
<削除>

405名無しさん:2014/10/26(日) 19:55:11 ID:tRohTiyY0
おそばせながら投下乙です
よもやの全滅にぎょっとなりましたが、後の彼らの死を送る面子共々、まさかこうなるとは
赤也は散々もうもどれない、もどれないと自分も、居場所も言ってたけど、まだ残ってたものがあったんだな
ここにある、再会、どんな時でも一人じゃないか

406名無しさん:2014/11/15(土) 00:16:24 ID:tEVqJZrU0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
101話(+1) 15/51(-3) 29.4(-5.9)

407名無しさん:2014/11/24(月) 22:35:09 ID:rW/Otu2w0
某所だけではもったいないので、こちらにも今まで書いたもの上げておきます。
陰ながら応援してます。

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408名無しさん:2014/11/26(水) 01:48:14 ID:WfMTXwi60
絵上手すぎワロタ
支援絵素晴らしすぎる

409 ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:43:27 ID:nKJI5gdQ0
>>407
支援絵の数々をありがとうございます。
どの絵もすごく情景が伝わってきて、
美琴はかっこよく、海洋研究所組にはホロリとさせていただきました…

時間は期限をオーバーしてしまいましたが、完成したのでゲリラ投下させていただきます

410ぼくらのメジャースプーン  ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:45:30 ID:nKJI5gdQ0
【少女少年?】


陽が、沈む。

ずいぶんと弱々しくなってしまった光に西側から照らされて、しかし地の色はむしろ鮮やかさを増したかのようだった。
ある程度の高さがある建物ならば、その景色を一望できる。
そこには斜陽に染められた荒野があり、雑木林があり、道路があり。
道路にそって視線を追いかければ、地図の西側で目立っている『タワー』の外観が飛びこんでくる。
そしてその景色の先に――

屋上へと開放された鉄扉をくぐり、綾波レイはそれらを視界におさめた。
見知らぬ土地。初めて見た景色。
同じ郊外でも、あの血の色と錆の色をしていた境界線上の場所――電車が地面に突き刺さった旧市街地よりはずっと、見ていて美しかった。
『三人』で見ていた時だったら、他の二人からはよくある郊外の景色だという感想を得られたのかもしれないが、今、屋上にいる綾波は一人きりだ。
ゆっくりと、鉄柵のめぐらされた屋上の縁へと歩いていく。そして『その景色の先』を見る。

オレンジ色の夕陽があり、茜色の雲が浮かぶ。
にじむように燃えながら、太陽が今にも落ちていくのは、西の海。

一度だけ、微かに見えた青い海は、昼間とまた違った色合いを見せていた。
夕陽を飲もうとしている水平線の彼方からこがね色を帯びた白い光が一直線に海面を割り、きらきらと陸地へ続く光の道をつくる。
その光が届かない道の左右は暗く陰っていて、ともすれば何も無い青灰色の砂地にさえ見えてしまう。
しかし波がわずかに動くことで生じるに揺らぎには点描をしたように細かな色合いが混じっていて、そこがとても透明度の高い水だということが分かった。
それが日が高いところにある時はとても鮮やかに青かったということも、感覚で理解させる。

知っている海と、色が違う。それだけのことだ。
それだけのことに、いつまで見ていても飽きないかもしれないと、価値を見出している自分がいた。

411機種依存文字でした正しくは【少女少年1】です ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:48:04 ID:nKJI5gdQ0

――青い海が、気に入ったんだっけ

天野雪輝がランニングの疲れを回復させるための、貴重な休憩時間。
その時間を利用して、夜になってしまう前の海を見てきたらと言ったのは越前リョーマだった。
もう青い海が見られる時間ではないかもしれないけど、それでも赤い海よりはきれいだろうから、と。
当の彼はあいにくと車椅子の上だったので、階段を登るには手間も時間もかかりすぎると下階で待っているけれど。

気晴らしをさせるために、綾波が見たがりそうなものを考えてくれたのだろうか。

ツインタワーではちっぽけな海しか見られなかった綾波は、傍目には残念がっているようだったらしい。
あの後で、越前に海に行ったことがあるのかどうかを聞くと、ぽつりぽつりと話してくれた。
幼い頃に住んでいたロサンゼルスの家は海が近かったので、よく着衣のまま飛びこんでは泳いでいたことだとか。
チームメイトといっしょに出かけた合宿では、房総半島の海で一日遊んだことだとか。
それを聞いた高坂が無駄に張り合うかのように、俺だって海水浴には何度も行ってるだとか、臨海学校もあるのだとか話し始めた。

今さらに思い出して、嘘つき、と呟く。
俺には何も無いと言っていたのに、高坂も綾波が知らないことを、たくさん知っていたんじゃないか、と。
あの話をしていた時は、綾波も『そういう人間らしさ』に近づけるだろうか、と意識していた。
そっち側に行った方が、もっとぽかぽかする何者かになれて、良くなっていけそうだったから。



「でも、もういない」



今はもう、『がんばらなきゃ』と思っていた理由は。
がんばった姿を見せたかった少年は、もういない。
彼の失われた世界に帰ったところで、大人たちは『三人目のアヤナミレイ』を生み出してどうにかやっていくのだろう。
代わりのいない綾波レイは、もう、どこにいてもいなくてもいい綾波レイになってしまった。

何も、できなかった?

そう言葉にすると、否定してくれた人たちがいた。
綾波が動いたことで良い結果になって、ありがとうと感謝の言葉をくれた人たちのこと。
屋上へと送り出される前にも、その中の一人から言われた。
何もしていないのに休めないと頑なになった綾波に対して、そんなことはないと。
高坂と一緒にいた時も、神崎麗美との時も、さっき天野雪輝と話した時も、悲しいことや悔しいことにどう向き合うか分からなかった時も。
綾波がいつでも崩れそうになるのを止めてくれたから、『そっか』と気づくことができたと、たどたどしい言葉で伝えられた。
綾波にさえ分かるほど恥ずかしそうにしながらも言ったのは、彼にとって慣れない褒め言葉を使うよりも、
自らの過ちや助けてくれたことを認めずにスルーしておく方が恥ずべきことだったからだろう。
だが。

412ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:50:08 ID:nKJI5gdQ0
それが真実だとすれば、とてつもないことだ。
エヴァに乗っていない自分なのに、人間として足りないものだらけなのに、求められた。
しかし。
そう、自覚した瞬間に。
ぞわりと身の震えが、身体を貫いた。
両腕で身をかき抱くようにして、屋上のタイルを見下ろす。
少しは成長していた証のはずなのに。『ぽかぽか』すべきことのはずなのに。
こんなのは、知らない。

知らなかった。
碇シンジを失った時は、これ以上の喪失など有り得ないと思っていた。
しかし、高坂王子が死んでしまったことで得たのは、碇シンジのそれとは別の喪失だった。

「無理……私は、越前くんみたいに、強くなれない」

今なら、理解できたのかもしれない。
エヴァに乗ることを怯えていたころの碇シンジが、何を恐れていたのか。
己のことを弱くて臆病だと、自嘲していた理由が。
出会うということは、いずれ別れるということだ。
大切なぬくもりを手に入れたそばから失って。
しかも、彼らが命を落とした原因のひとつが、自分にあって。
きっと、これからも手に入れては失うことが、ずっと続いていく。

足元にぐらぐらとおぼつかなさを感じて。
屋上にひとつ、置かれていたベンチに腰を下ろした。
日没の景色が真正面にあった。
太陽のオレンジ色が、優しかった。
数十人の死体が転がっている場所だとは、思えないぐらいに。

この夕焼けを、まだ生きている他の誰かも見ているのだろうか。
今まさにこの時に、綾波レイの知っている誰かは、越前リョーマの知っている誰かは、この夕陽を見ているのだろうか。
だとすれば、それはなんだか不思議で、とても特別なことのように感じられて。
だから綾波は、もうしばらくこの景色をじっと見ていることにした。

世界は、燃えていた。

呆れるほど、綺麗だった。





屋上へ上る階段とエレベーターが見えて、視界を右に向ければ非常口も見えるような廊下の曲がり角。
そこに自販機のそばにあったベンチを持ってくると、外敵への警戒も兼ねて秋瀬或と越前が腰掛けていた。
雪輝はまだ戻っていない。
待っている二人は、どこか疲れた顔をしている。
特にだるそうにベンチに座っている越前は、綾波が階段から降りて近寄ってきたことにも気づかない様子だった。
不在にしている間に、疲れるようなことでもあったのだろうか。

413ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:51:16 ID:nKJI5gdQ0

「――のど、かわいた」
「飲み物、買ってきましょうか?」

声をかけると、驚いた以上に焦った風な感じで、越前が慌ててこちらを向いた。

「べつにいいっス……それより、海、どうだった?」

首を横に振る。
動転するあまり、とっさに首をそうしてしまった。そんな風な挙動だった。

「暗くなりかけてたけど、ちゃんと見られた」
「そう」
「いいものが見られた。ありがとう」
「べつに」

お礼を言うと、そっけなく顔をそむけたものだから、結果的に秋瀬と見つめ合うような形になる。
ああ、この反応はいつもどおりだと、違和感を解消した。
実は屋上にあがる前に、彼の言ったことが鼻についたから言い合いをしてしまったのだけれど。
もう引きずっていないようだったから、安心する。

「わたし、販売機のところで休んでくるから」

そう言いおいて、またその場を離れた。
廊下の端の方へと歩いていく途中で、枝のように分岐した細い通路へと折れる。
自動販売機は、入院患者用の浴室へと続く扉のそばにあった。
売店のレジから持ってきた小銭でジュースを買い、飲みながら扉の横で待つ。
ここを開けて戻ってくる人物にも、用事があった。

ほどなくしてリハビリ室から拝借したジャージの上下を着た天野雪輝(それまでの服は汗だくになっていて使えなかった)が、さっぱりした顔つきで姿を現した。
ドアを開けた真横に綾波がいるのを見てけげんそうな顔をする。

「……なんで綾波さんが一人で待ってたの?」
「聞きたいことがあったから」
「みんなの前で話すのじゃ駄目なの? 僕とふたりっきりで話してたりしたら『雪輝日記』を持ってる由乃にばれるよ。
今の由乃が嫉妬するかは分からないけど、どっちみち仲が良いとか誤解されたら、狙われやすくなると思う」

なるほど、そういうことも起こり得るのか、と聞かされて納得した。
しかし、聞きたいことはふたりきり――特に秋瀬のいない時の方が、話しやすいことだ。
それに、綾波にとってその危険はピンとこない。

「それは構わないわ。この中で私が優先して狙われるなら、三人が狙われる確率は下がるかもしれないから」

その理由を、分かりやすく説明したつもりだったのだが。

「そういう考え方は、やめなよ」

ほとんど反射的といっていい早さで、否定を受けた。

「そういうの、女の子の側は守ろうとしてるつもりかもしれないけどさ。
男の側が浮かばれないのを二度も見せられるのは……ちょっと嫌だな」

『二度も』という天野の言い方が引っかかり――すぐに、我妻由乃のことを思い出した。
彼と彼女は、『どちらが自分を犠牲にして好きな人を生かすのか』で喧嘩をして、今に至っている。

414ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:52:41 ID:nKJI5gdQ0
「あなたも、そう言うのね」

呟くと、天野はけげんそうな顔をした。
碇シンジは、『綾波レイともう一人の少女を守ってほしい』と言い残した。
綾波レイが無茶をするようでは、その想いが浮かばれないと菊地善人が言った。

「私には、『私を守ること』を望んだって言われても……意味が難しいのに」

考えようとすると、第6使徒を倒した後に『そんな悲しいこと言うなよ』と言っていた碇シンジを思い出して、胸が苦しくなる。
本当に理解して飲み込んでしまえば、そこが張り裂けてしまいそうで。

「言葉通りの意味だと思うけど。その人に守ろうとされたのが、そんなに意外だったの?」
「好きになってもらえるところより、そうじゃないところの方が多いから」

足りないところだらけだった。
綾波レイは、さっき初めて本当に『怖い』ということを知ったばかりなのに。
みんなはとっくの昔にその怖いものを知っていて、克服したり、覚悟をしたり、もう失くさないなどと強いことを言っていて。
その強さには、ちっともついて行けそうにない。

「『自分から見た自分』なんて、そんなものだよ。
ぼくも、最初はぜんぜん分からなかった。由乃はぼくのどこを好きになったんだろうって」

座る場所がなかったので、二人は壁に背中を預けた。

「私の目には、あなたも普通の人に見えるけど」
「ぼくなんて、良いところが無いどころか失敗ばかりだったよ。学校では日記がなきゃ負け組だったし、由乃の足も引っ張ってばかりだったし」

もしかして、天野雪輝と自分は似ているのかもしれないと思った。
以前に高坂と越前が、似ているのかもしれないと思ったように。
どっちにしても、話が我妻由乃へと向いたのは都合がよかった。
本来の聞きたかったことを尋ねる。

「聞きたいことだけど……我妻さんがいちばん大事なのに、私たちと仲良くしてていいの?」
「どういう意味なの?」

天野雪輝は、我妻由乃という少女のために動いている。
その少女は殺し合いに乗っていて、秋瀬や越前や綾波も含めた全員を皆殺しにしようとしている。
ならば、

「私たちと死に別れた時に、辛くなるかもしれないのに」

その女性が遠山金太郎を殺したように、また天野雪輝の身近な人間を殺してしまうことは、ありえることだ。

415ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:54:21 ID:nKJI5gdQ0
越前は強くて鈍いから、受け入れると決めてからは、『天野たちの方こそが正気を失って何かしでかす可能性』を見ていないようだったけれど。
だからこそ綾波が、気をつけておかなければいけない。
ここにいる者に情を移しているような天野の真意は、どこにあるのか。

「遠山が死んだ時は、正直思ったよ。
また僕のせいで、できたばかりの友達が死んだんだなって」

似ているところを、もうひとつ見つけた。
はじめから友達を作ろうとしなければ、我妻由乃だけで満足していれば。
前のサバイバルゲームでの友人たちや、この世界での遠山金太郎を死なせることもなかったのだろうか、と。
そんな風に悔やんでいたとすれば、綾波にはその気持ちがわかる。

「遠山がまだ生きてた時も、思ってたんだ。謝っても許されないことをしてきたんだなって。
みんなは僕のことを思ってくれたのに、僕は由乃のことしか見ていなくて、
最後には皆を殺したんだから……皆からしたら、堪らないだろうなって。
それなのに、皆は僕のことを許すんだ。友達だって言うんだ。
絶交にしてくれた方がマシなのに、僕を一人にしないんだ」

天野は壁にもたれて、天井の方を見ていた。
越前に『許せるのか』と迫ったときのような、笑みの仮面はもうなかった。

「でも、僕はさっき『思い出せてよかった』と思った。
辛いことばっかりなのに、それでも思い出したかった。
その気持ちは、本当だと思うから」

とてもさっぱりとした、顔をしていた。

「だから、ひとつだけ決めた。
これからぼくの『願い』で誰かが犠牲になるとしても、それは昔みたいに
『じゃあ他にどうすればよかったの』って言い訳しながらじゃない。
責任は責任として、それでも譲れないものがあるから押し通しに行くんだ。
だから、みんなのことも友達だって思ってる。
お前なんかにそう呼ぶ資格はないって言われても、訂正してやらない」

直後に顔をしかめて、「あ、別にコシマエとはまだ友達になったわけじゃないから」と付け加えた。
この人はもう吹っ切ったのだと、そう伝わった。

己はどうなのだろうか、と省みる。
出会ってよかったのか、出会わなければよかったのか。
ただひとつ言えるとしたら、かつての神崎麗美のように、『自分を置いて死んだあの人が悪い』で終わらせるのは、悲しいということだった。
だから、飲み込むのが怖くても、知っていかなければならない。
彼が死んでしまったことと、彼を殺した少年について。
だから、『今後ともよろしく』を続けることにした。
碇シンジが『綾波レイには生きていてほしい』と願っていたとしたら。
彼を守りたかったのなら、その意思も守るべきなのだろう。
守ろうとしたのは、命令されたからではなく、自分で決めたことなのだから。
ただ。
それでも。

416ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:55:44 ID:nKJI5gdQ0
『今後ともよろしく』が終わる時が来たら。
どちらかを、生かすとしたら。
浮かばれない選択だったとしても、綾波レイは自分が生きることを選べない。

生きることに不器用な自分よりも。
一人では生きていけない自分よりも。
生きていても、どうしたらいいか分からない自分よりも。
未だに、芽生え始めた『熱』の正体が分からない自分よりも。

生きてやりたいことがある彼の方が。
こちらに手を伸ばして、ともに歩いてくれた彼の方が。
たくさん持っていて、色々なことを教えてくれた彼の方が。
碇シンジの『ぽかぽか』とは違うけれど、それでも不思議な『熱』を与えてくれた彼の方が。

出会わなければよかった。
もしかしたら、出会えてよかった。



「…………私、越前くんに死んでほしくない」


【少女少年2】


天野雪輝のシャワーを浴びたいという申し出を、秋瀬或は快く許可した。
放送の前後というどの参加者も慎重になる時間帯ではあったし、
何よりグラウンド百週を経て疲労根培にあたる彼が汗を流すことさえ許されないのはあまりにも理不尽だし、
そもそも、これから恋する相手に会いに行こうという予定である。
汗だくの上にほぼ一日シャワーを浴びていない身体で向かわせるほど、秋瀬或は非紳士的ではない。

それに、天野雪輝が同席していない間にも、会話をしておきたい相手はいる。
例えば、すぐ隣で車椅子に座って、カセットプレイヤーに似た小型機器から音楽を聴いている少年だとか。
細いイヤホンを耳にあて、むっつりとした視線を階段の上へと向けている。
さきほど綾波が屋上へと向かってから、そうなった。

「何?」

こちらを観察する視線に気づいたらしく、音楽を止めてイヤホンを外した。

「いや……音楽が好きなのかな、と思って」
「そんなに。Jポップなら聴くけど」
「確か遺品だったよね、それ」

ずばり指摘すると、むっつりした顔にさらに苦味が加わった。

「綾波さんに返すつもりだった、けど……タイミング逃した」
「喧嘩でもしたのかい?」

さらに、ずばり。

417ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:57:27 ID:nKJI5gdQ0
「なんで……」
「さっきまで団結ムードだった君たちが、離れ際に会話をしてからぎこちなくなった。
戻ってきた君は彼女の大切な人の遺品だったものを取り出していて、扱い始めた。
探偵じゃなくても、チームを組んだ人たちがこんなことを始めたら気にするだろうね」

チームを組んだ人たち、を強調すると、さらに苦い顔。

「喧嘩は、してない……って言うか、喧嘩ふっかけて、買ってくれる人なら苦労しない」

関係ないじゃん、でバッサリ話を終わらせにかかるかと予想したが、そうはならなかった。

「つまり、相手に対して不満があるけれど取り合ってもらえない……ということかな?」
「…………あんた、探偵じゃなくて家政婦じゃないの」
「これから命を預ける同盟に亀裂があるなら心許ないからね。
それに、女性の扱いに関しては君より自信があるつもりだよ」

果たして帰国子女にも家政婦イコールデバガメという連想ができるのだろうか、それはともかく。
秋瀬の言葉の後半を聞いて、越前の目が興味を示すように動いた。

「だから、喧嘩とかじゃなくて」

まだ出会ってから時間はたっていないが、ここまでのやり取りから彼のプライドが高いことは分かる。
それなのに、弱音の一端でもこぼすということは。



「綾波さんが『明日の昼まで生きて海を見られるか分からないしね』って言った」



そのことに衝撃を受けているということだ。
この際にと他人の参考意見だろうとも、取り入れようとするぐらいには。

「俺が、綾波さんが死ぬわけないじゃんって言ったら、『俺には分からない』んだって。
俺は綾波さんや雪輝さんや神崎さんやバロウ・エシャロットみたいな人とも違うから、分からないんだって。そう言われた」

越前を理解していくためにも、秋瀬は整理する。
雪輝と出会ってから病院に向かうまでの行動や、その後の会話での気持ちの切り替えようを見た限り、彼は基本的に終わったことを引きずらない性格だ。
さらに言えば、雪輝に対しての遠慮のない話し方からは、人とぶつかり合うことを恐れる性分だとも思えない。むしろ好んでいるようにも見える。
だとすれば。

彼が誰かと諍いを起こして落ちこむとしたら、それは。

「神崎さんの時みたいに、言い方が悪かったんスよ。
碇さんも高坂さんも死んだのに、『死ぬわけない』とか言ったんだから。
だから綾波さんも俺が分かってないって言っただけで、それで終わり。
喧嘩じゃなかった。喧嘩売って、挑発して、どうにかなるものじゃないし」

自分が失言をしたせいで相手に距離を置かれたことをはっきり自覚していて、
なおかつ、そんな自分のことをどう改めたらいいか分からないケースではないか。

――越前君には、きっと分からないわ。
――私と越前君では、やっぱり違うもの。
――私とも、天野君達とも、神崎さんとも、あの敵になる人とも、違うもの。

言葉を復元してみるなら、およそそんなことを言われたのではないかと推測する。

418ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 16:59:14 ID:nKJI5gdQ0

「君は本気で、『これ以上死ぬことなんて有り得ない』と思ってるのかい?」

前提として、尋ねてみた。
単に仲直りの手伝いがしたかっただけではない。
彼にはまだ『何をしたいのか』と恒例のことを聞いていないし。
手塚や真田の遺言に殉じるならば、彼は『柱』になろうという人物だ。
自分たちの協力者となり得るだけならば、まさに猫の手だろうと借りたい状況だけれど、
これから雪輝たちを率いる立場を目指すのなら、その行動方針は確かめなければならない。

「……かもしれない、とか考えないようにしてる」

膝の上の音楽プレーヤーをぎゅっと握りしめて、越前は答える。
淡々と。

「テニスするなら……テニス以外でもそうだと思うけど、試合してる時に『勝てないかもしれない』とか考えてするものじゃないでしょ。
ちょっとでもそんなこと思ったら、絶対にプレーに影響する。動きを鈍らせる。
戦ってる時は、なくすことなんて考えちゃいけない」
「正論だね」

一言で評価すると、相手はむっとしたように顔を上げた。
意地を張る子どものような顔。

「それが悪いんスか?」
「いや、正しいよ。ちなみにその正論だけど、勝てなかった時はどうするつもりだい?」
「諦めない。次はなくさないようにすることだけ考える」
「なら、全てを奪われた後はどうするつもりだい? 負けっぱなしで終わりたくないから、奪っていった相手でも攻撃する?」
「何が言いたいんスか」

反発してくる言葉には、しかし呻くような湿っぽさがあった。
彼もまた、内心では気づき始めているのだろうと察する。
ここまでゲームが進行した現状に至るまで、それなりの修羅場は経験してきたはずなのだから。

「確かに君と僕たち――少なくとも、僕や雪輝君たちとの在り方は違っているよ」

まっすぐな瞳に視線を合わせ、対峙する。
少しずつ、理解は追いついてきた。
なるほど。
協力者になってくれたこと自体は有難い。
命を助けてくれたことには心から有難いし、まず雪輝を受け入れてくれたことだけでも万感の感謝を尽くしたいほどだ。
だがそれはそれとして、
足りない。まだ、若いし青い。

419ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:00:12 ID:nKJI5gdQ0
「僕がかつて出会った日記所有者の中にも、『自分が勝つことだけを想定して突撃する』タイプの人はいた。
でもその人の場合は、過酷な環境を生きてきて、負けることが死に直結するような生活をしてきたからそうなったんだ。守るものも失うものも自分の命だけだったしね。
あるいは、『誰も死なせない』と主張するような理想家なのかとも思ったけど、それも違うね。
君は僕らみたいに困った人を助けてくれたけど、正義の味方になりたいわけじゃないだろう?」

こくり、と頷きがあった。
平和な世界なら、これでも良かったのかもしれない、とは思う。
行くぞと声をかけて皆が付いていくような、誰もがいっしょに高みを目指してくれるような、ストイックなスポーツマンばかりの世界だったら。
すでに彼は、ひとかどの『柱』になれるぐらいの資格は満たしていたのかもしれない。
だが、この世界は違う。

「君はきっと、本当に芯からスポーツマンなんだよ。
優勝賞品が欲しくて戦ってきたわけじゃない。ただ、勝つための戦いだ」

たとえば1つだけ願いを叶えてもらえるとして、『全国大会で優勝させてください』なんて願ったりはしないだろう。
実力で手に入れたものではない勝利など、虚しいだけなのだから。
だから彼に、夢はあっても願いは無い。

「裏を返せば、誰かに叶えてもらう類の望みには慣れていない。
もっと言えば、『大切なものを、自分にはどうしようもできない理不尽によって奪われるかもしれない』恐怖なんて、すっかり想像の外だった。それだけのことだよ」

『神から与えられた意味などに価値はない』と真田が言っていたことを、思い出す。
そして、全てを放棄することを選んだ、神崎麗美の目を思い出す。
神崎麗美が、越前に対して怒りを顕にしたという話も、思い出す。

「それって、命懸けで使徒と戦わされるとか、神様を決める殺し合いをやらされるとか?」
「雪輝君たちに当てはめればそうなるだろうけど……そうだね、実感できるように例え話にしようか」

真田に秋瀬自身のことを問い詰められた時には、言い返せなかった。
その意趣返しというわけではないが、言葉に詰まってもらうのも、いい勉強になるはずだ。

「もし、君が急に難病にかかって、テニスができない体になったらどうする?
それが、どんなに治療しても努力しても、絶対に治らないものだったら、どうする?」

それでも、君は強くあれますか?
まっすぐだった両目が、急に視覚を失ったかのように凍りついた。
唾を飲もうとするように喉を動かしても、口が渇いていてごくりという音さえ出ない。

「絶対……っスか? 手術しても、リハビリしても?」
「その反応は、心当たりでもあるのかな?
どんなに努力しても這い上がれない。戻りたくて血を吐くようにがんばったけど無理だった。誰が何をしても救えない。
君のいる世界だって、そういうことは起こり得たはずだ。君もそうならなかったとは言えないよ」

本人の選択によるものでもなく、過失によるものではなく。
世界を恨みたくなるような理不尽の果てに、生きがいとなるものを奪われる。
そんなのは、どうしようもない。
歯がゆそうな顔が、そんな答えを雄弁に映し出したタイミングで、さらに問う。

「もし、願いを何でも1つ叶えてくれると言われたら、すがりつくんじゃないか?
――そういう時に、『願い』が生まれるんだよ」
「だから、殺し合いに乗ったって言いたいの? 部長を殺したアイツも、我妻由乃さんも?」

420ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:03:06 ID:nKJI5gdQ0
きっぱりと、
不機嫌さを含んだ無表情から言い放たれたのは、肯定であり否定。

「どういう意味かな?」

我妻をはじめとする殺人者達から、そして我妻による『被害者』達からも『柱』として雪輝の前に立つというのなら、
その正しさを、どう行使するつもりなのか。
ラケットさえ持たなければただの傲慢な少年に過ぎない彼に問いかけて、答えを待つ。

「……本当はあれこれ考えて動くのって苦手なんスよ」

その言葉が皮切りだった。
感情を抑えるように淡々と答えていた言葉から、ふっつりと『力』のようなものが抜けた。
理性だとか思考だとかの制御を手放すように、軽くなった。

「でも殺し合いをどうにかすることにして、『柱』になるって決めたから。
だからちゃんと考えなきゃいけないって思うようになった」

いきなり、違和感が生まれた。
答えになっていない、だけではない。饒舌になっているだけでもない。
言葉が、滑らかに流れ出した。
ずっと前から用意していた言葉が、とうとう口をついたように。

「それが、神崎さんを殺しかけてから、余計ややこしくなった。
神崎さんにも、今言われたのと似たようなこと言われたから。
『人を殺さなきゃ生きていけないようなヤツは、生きる価値もないのか』って。
綾波さんがいてくれなかったら、俺はYesって答えるとこだった」

違うと、気づいた。
本当に『いきなり』のことだったのだろうか。
そもそも、さっきまでの彼は本当に『落ち着いて』いたのか。
本当に冷静だったら、いやいやでも素直に相槌を打ったりしないのではないか。
さっき天野雪輝と話していた時のように、相手の神経を逆なでするような言葉でまぜっ返していたのではないか。
いつもの彼ならば、そういう余裕があったのではないか。

予感する。
いつもは深く考えるよりも心に従って、言葉を尽くすよりも行動で示してきた少年がいたとして。
安易にそれができない状況で、どれが正しいのか考えて、ずっと抱えこんできたとしたら。
しかも、肝心の一番にぶん殴りたい神様はどことも知らない観客席にいて、溜め込んできたとしたら。
いったいそれは、どれぐらいの総量になっているのだろう。

音楽プレイヤーを丁寧にディパックの中にしまいながら、越前は言った。



「秋瀬さん、俺、ぜんっぜん正しくなんかないよ」



泣いていない。

遠山金太郎の凄惨な遺体に遭遇した時は、涙を必死に堪えていたらしいのに。
死んでいった仲間のことを話した時は、綾波レイの手を握って泣いていたのに。
現在の『積もりに積もっていたらしき何か』をぶちまけようとする越前リョーマは、ちっとも泣いていなかった。

421ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:03:50 ID:nKJI5gdQ0
「どういうことかな」

それでも秋瀬は、その地雷を踏まずにはいられなかった。
誰か(雪輝かもしれない)に踏ませてしまう前に自分が踏んでおいた方がいいというとっさの判断と。
これ以上、崩さずに積もらせておくのが恐ろしいという直感で。
言葉を促すと。




積もっていた何かが、どっと決壊した。



「ただ、普通にテニスを好きでいたいだけだよ。
人を殺して叶えるなんて夢じゃないとか死んでもいいとか、そんなこと思ってなかったし。
ってゆーか俺、べつに人の夢が何だろうと興味ないっスよ。
神崎さんに怒ったのも跡部さんが関わってたからだし、そうじゃなきゃもっと他人事だった。
他人にそれは間違ってるとか押し付けるのも、押し付けられるのも嫌いだし、正義の味方とか興味ない。
コートでタバコ吸ったりテニスを舐めてる奴はキライだけど、それだけ。
俺、そんなお節介じゃないから、むしろ冷めてるぐらいだし。皆が俺のことを性格悪いって言うけど、自覚あるし。
そりゃ、たまにいいことだってしたよ。目の前で弱いものいじめしてる奴らがいたらムカつくし。そいつらを懲らしめるぐらい普通だったし。
いじめてる奴をいじめるのが楽しかったし。べつに、人助けをしたいとか思ってなかったし。
自分のしてることが人から見て正しいかとか、あんまり考えたことなかった。
でも、それで人から感謝されたりしたから、それも悪くないかと思ってた。
正しくなんかないよ。神崎さんの時も天野さんの時も正しいのか考えて、分からないなりに考えて、結局自分がムカつかない方を選んだだけだよ。
本当は変な理屈ばっかりで頭おかしくなりそうだったんだから」

叫ぶでもなく、ただ静かな静かな言葉で。
濁流のように、『泣いていない泣き言』が吐き出されていく。
『悪い人間』を自称していく。

思った。
皆が守るべき、弱者のための正義を貫くのが正義の味方だとしたら、
自分のわがままのために正義を貫く人間は、悪人になるのだろうか。

思った。
願いに狂い、それ以外の全てを犠牲にする者を『狂人』と呼ぶのなら。
願いに狂わない、しかし狂人から見ると悪い者は『悪人』と呼ばれるのだろうか。

422ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:05:09 ID:nKJI5gdQ0
「俺だって、『そっち側』を選んで楽になれるなら選びたかったよ。
もう絶対にテニスができなくなるなんて、嫌だよ。絶対に地獄だよ。
それぐらい分かるよ。神崎さんも、バロウって奴も、楽しいことぜんぶ忘れたみたいな顔してたから。
べつに、嬉しくて部長や跡部さんのこと背負ったわけじゃないよ。勝手に死んでバカじゃないのって思ったに決まってるじゃん。
神崎さんだってそうだよ。謝って許してもらえたからって安心して死んでどうすんだよ。
俺、アンタに『負けた』ままだったのに。俺も何か返さなきゃいけなかったのに。
でも、死んだ人だって、辛かったはずだから。
遠山だって、あんな風に斬られて、痛かったはずだし、苦しかったし、我慢したに決まってるから。
そういうのを上から見下ろして、嗤ってる奴らがいるんだよ。一生懸命我慢して、頑張ってるのを上から目線で『無駄な努力だった』って言われてるみたいで。
そんな神様がいるって思ったらすごく気持ち悪かった。許せなかった。
こんなに誰かを許せないと思ったの、初めてだった。だから、背負うことにした。
それが見てて殺意湧くって言われて、間違ってるって言われて、そういうこともあるのかって思ったけど、モヤモヤした。
俺だって、自分が死ぬこと考えたら怖い。神崎さんに脅されて、正直怖かった。
自分より強そうにしてるからって、苦しくなさそうとか楽してるとか勘違いしないでよ。
強く見えるからって、分からないからって仲間はずれにするなよ。

……明日には、もう死んでるかもしれないとか、言うなよ!!」

全てを吐き出しつくすような声が途切れたと同時に、越前の息も切れた。
長い長いラリーを終えた後のように、すーと息を吸い。
はー、と息を吐く。

天井を見上げ、浮かぶ表情は、全てを吐き出し尽くした疲労と、
言いたいことをいって、少しはすっきりしたかのような脱力と、
『言ってしまった』とでも言いたげな、羞恥のんじにだ後悔の色。

「それなら、君はどうして『柱』なんてものを目指そうとしたんだい?」

これ以上の質問を重ねることは酷かもしれないのに、それでも聞かずにはいられなかった。
なぜなら彼は、ここまで泣き言を言っておきながら。
それでも、『柱になるなんて無理だ』とか『俺はただの中学生なのに』という類の言葉を、決して口にしなかったのだ。

「勝ちたい……」

死者たちの遺言で押し付けられたのではなく、自分の意思で選んだことだとでも言うように。

「人を蹴落として、自分だけ『願い』を叶えて最後に嗤うんじゃない。
汗流して頑張ってきたことが、『無駄な努力だった』って嗤われるのが嫌だ。
一人だけで勝つんじゃない。そういう勝ち方がしたい」

やり方が良くなかったみたいだけど、と付け加えた。

423ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:05:53 ID:nKJI5gdQ0

逆ギレされるとは予想外だったな、と内心で反省する。
雪輝にグラウンド百週という無茶振りをさせた意趣返しに、本当ならもっときつい言葉を言うつもりだったのに。
秋瀬が口にしたのは、もっと甘い言葉だった。

「べつに今までのやり方を変えろと言ってるわけじゃないよ。
死を覚悟することと、死を起こさせないという気持ちで戦うことは矛盾しない。
大切なのは、最悪が起こらないなんて『油断』をせずにいこうってことじゃないかな」

そう言うと、越前が目を丸くした。

「アンタ……知ってたの?」
「何を?」
「知らないなら、別にいい」

ふい、と顔をそむけられる。
しかし、さんざん愚痴をこぼし終えた後だからなのか、喋り方には調子が戻っていた。

「無駄だったなんてことは無いよ」

そして、その中身には秋瀬或と共通している部分もあった。
だから、話しておくことにする。

「僕にも、自分のしてきたことを意味がないとリセットされたことがあったんだ。
ここに来るまでは思い出せなかったんだけど、雪輝くんから『世界が二週している』ことを知らされて、少しずつ記憶が蘇ってきた」
「リセット?」
「うん、このままだと破滅する不幸な人たちがいて、僕は依頼を受けた探偵としてその人たちを救けたんだ。
でも神様の手先がそれをなかったことにして、また元の不幸だった状態に戻されてしまった」

それは、少しずつ思い出してきた、たった数日の“逆説の日々(パラドックス)”だった。
一週目の世界とも二週目の世界とも異なる、なかったことにされた世界。

「でも、ぼくはリセットされる前の日々が無意味だったとは思ってないよ。
彼等は確かにあそこにいたし、事件が解決した後は笑っていたんだから。
たとえ消されてしまった笑顔でも、笑顔は笑顔だ。
人にどう言われようと、価値が変わるものじゃない」

意味が分かっているのかいないのか。
ふーんと相槌をうち、越前は背もたれにより深く身体を預けた。

「のど、かわいた……」
「飲み物、買ってきましょうか?」

真横から声をかけられ、その肩がびくんと上下する。
綾波レイが戻ってきたことに、越前はその時まで気がついていないようだった。
ぎこちなく言葉を交わして、また送り出す。

424ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:06:54 ID:nKJI5gdQ0
「見たところ彼女の方は、気まずさを覚えたりはしていないようだけど」
「綾波さん的には、当たり前のこと言ったつもりなんじゃないの?」

その『当たり前のこと』が、越前にとっては積もりに積もっていたものを吐き出す最後のひと押しになったわけだが。

「ずいぶん溜め込んでいたようだけど、彼女には打ち明けなかったんだね」

そこが気になった。
リハビリ室でのやり取りを見る限り、二人はずいぶんと打ち解けている様子だったのに。
越前の性格からして簡単に弱音を吐くわけがないことは分かるが、それでも泣いているところを見せるぐらいには、気を許していたのに。

「今の綾波さんに、当たれるわけないじゃん」

綾波が去っていった方向を見ていた越前が、くるりと顔を向けた。

「だって……」

『だって』から続く感情をすべて訴えるように、眼に力のようなものがある。

だって。
だって。
だって!

「だって綾波さん、碇さんが死んでから、一度も笑ってない」

なるほど、と理解するしかなかった。
彼にとって最後のひと押しになったのは、綾波の言葉そのものではなかったことも。
『分からない』と言われて拒絶されたようになっていた理由も。

「さっきの『そっち側』に行く行かないの話だけど……綾波さんは、違うよ」

少しの沈黙をおいて、越前は調子を取り戻すように深く呼吸すると、そう言った。

「綾波さんは、碇さんを取り戻すために殺し合いに乗ったわけじゃないし」
「それはごめん。僕としては『誰もが君のように負けん気だけで生きていけるわけじゃない』という意味も含めたつもりだったから」

言い返せないのか、越前が言葉をひっこめて軽く唇を噛む。

「でも、綾波さんは生きてるよ。バロウ以外は、誰も傷つけてない」

そんな角度から、反論は返ってきた。

「自分のことにも自信無さそうなのに、自分にできることを探そうとしてる。
秋瀬さんが言うみたいな辛いことも遭ったけど、そこで終わりにしてない」

越前は帽子のツバを傾けて、その表情を隠した。

「ずいぶん、評価してるようだね」
「……何回も、助けてくれたから。
他人のこともあんまり関心ないように見えるけど、一緒にいるといつも優しかったし。
俺、ああいう風に素直に優しくするのってできなかったから。
『ぽかぽかする』ってどういうことなのか、なんとなく分かった」

そんな綾波に、パートナーとしてどうしたらいいか分からない。
それはきっと、悔しいはずだ。

「綾波さんが一緒なら、もっと上にいけそうな気がする。
でも、綾波さんにとってはそうじゃないのかもしれない」

425ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:08:00 ID:nKJI5gdQ0
越前は、さらに帽子を傾けた。
それはもう、帽子を深くかぶるのを通り越して顔の正面に帽子があるようなずり落ち方で、その顔はすっかり帽子で隠れてしまった。

今までで一番、力ない声で。

「綾波さんと、いっしょにいたい……」



【少女少年3】


そして、二人が二人の元に戻ってきて.
彼等は四人になった。

「跡部景吾君が残した首輪の図面から分かったこととして、首輪には盗聴器が仕掛けられている。まず、これを大前提としよう」

仕切るのは、秋瀬或だった。
ある程度の情報交換は雪輝がランニングをした時に済ませていたし、休憩から話し合いへと移行する切り替えも、スムーズなものだ。

ただし、一名を除いて。

「うん、それはいいんだけど……コシマエはどうかしたの?」

その約一名は、一同から背中を向けて座っていた。
話しかけても無言だった。
表情を確認すれば、どう見ても『しろめ』とか『しんださかなのめ』にあたる状態。
何か深刻な悩みでも抱えているのかと思ったが……どうも惚けているというか、それとも違う空気だった。
その理由を秋瀬或は知っていたから、答える。

「自分の言った青臭いセリフが、よりによって主催者に一言一句筒抜けだったのがショックだったらしいよ」

実際、さっきは『なんでそれをさっきの話をする前に言ってくれなかったんだ』という顔で睨まれた。
限りなく殺意に近い何かがあったのでヒヤリとした。
それから筆舌に尽くしがたい表情をした後、背中を向けて固まり、現状に至る。

426ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:08:46 ID:nKJI5gdQ0

「でも、盗聴されているなら、この会話は大丈夫?」

綾波が首輪を指差して、話題を切り替えた。
首輪で命を握られているとすれば、それは当然の懸念だろう。
しかし、

「その心配はいらないよ。
主催者は脱出派の首輪を爆発させるために、盗聴器を仕掛けたわけじゃ無さそうだから」

綾波と雪輝が、その意味をつかみかねた顔をする。

「雪輝君。未来日記のサバイバルゲームでは、日記所有者が盗聴されていたかな?」
「ううん、ムルムルならそんなことしなくても…………あ、そうか」

雪輝の顔に、すぐ納得が宿った。
神の領域にいたムルムルは、下界の好きな場所を好きな時に、テレビでも見るように映し出していた。
以前のサバイバルゲームでも、盗聴器など仕掛けるまでもなく、全ての所有者の動きを見ていた。
秋瀬或にも“逆説の日々(パラドックス)”の記憶がよみがえってきた今となっては見た覚えがあることだ。

「そう、本気で参加者を監視するつもりなら、ムルムルがいる時点でずっと確実な方法がある。
それに、もうひとつ。『新たな神』とムルムルたちだけで殺し合いを運営しているなら、盗聴器をしかける必要はない」
「つまり人間の『大人』が――11thみたいな勢力が、殺し合いに協力してるってことだね」

雪輝の理解は早かった。
さすが、サバイバルゲームの経験を全て覚えているだけのことはある。

「そうなるだろうね。『新たな神』の正体にもよるだろうけど、神の眷属が盗聴器を用意するとは思えない。現時点で疑わしいのは何週目かの11thだけれど」
「監視することが目的でないなら、盗聴をしているのは、なぜ?」
「可能性が高いのは、記録をするためかな。人間も使う音声機器なら、録音しての持ち運びも用意だからね。
ちなみにセグウェイで探索している時に調べてみたけど、会場内に監視カメラを仕掛けたような痕跡は見当たらなかったよ」
「秋瀬くん、そこまで調べてたの……?」

驚く雪輝に、たまたまだよ、と否定する。

「ちょっと会場に違和感を覚えたからね。ついでに気がついたんだ」
「違和感?」

首を傾げる綾波を見て、雪輝へと尋ねる。

「雪輝君は、この場所に何か感じなかったかい?」
「おかしいと言えば、ツインタワービルや桜見市タワーがあったことだけど。
それから、建物に入った時に……電気もガスも水道も普通に使えたのは、おかしいと思った。
この地図には自家発電するような発電所とか無さそうだし……どこから引いてるのかなって」

427ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:09:39 ID:nKJI5gdQ0
「そう。綾波さんもツインタワーにいたときのことを話してくれたよね。
レストレランでは食事が調理済みのまま用意されていたし、買い物売り場には開店しているかのように商品が並んでいた。
ちょっとしたマリー・セレスト号状態だね」

綾波のほうはマリー・セレスト号事件を知らないらしい顔をしていたが、結論とは関係がないので先にそちらを言ってしまう。

「まだ推測の段階だけれど……この会場は、仮想空間のようなものじゃないかと思う」

「「え……」」と二人は驚きの声を出した。

いきなり『仮想空間』などという言葉を出したのだから、突飛には違いないだろう。
だが、秋瀬の聞いた話では実例がある。

「この会場で最初に雪輝君とあった時に、聞かせてくれたよね。
前のサバイバルゲームで、我妻由乃とどう決着をつけたのか。
その時、君は不思議な世界に閉じ込められたという話をしてくれた」

雪輝が、思い出すように遠い目をした。
そこは、天野雪輝の望みがすべて叶えられた世界だった。
『我妻由乃だけが存在しない』という設定のもとに、すべての感覚が現実感を伴って存在していた。

「その世界は幻覚のようなものらしいから一概には括れないけれどね。
……でも、『神』の力があれば一から新しい世界を創るぐらいはできるんじゃないのかな」
「できると思う」

今は力を失っているけれど、おぼろげな一万年の記憶では、ムルムルから新世界を創るように促されていた。

「セグウェイで色々な場所を見て回ったけれど――この会場には『この土地の名前』を示すものが一切なかった。
道路標識や公共施設に地名は書かれているけど、ある時は富山県にある町の名前だったかと思えば、ある時は兵庫県、またある時は東京都西部の町、桜見市で見かける地名もある――といった様子だったね。
このあたりは『図書館』に郷土資料を探しに行ったという菊地君たちからも話を聞きたいところなんだけれど。
つまりほとんどの建造物が、元からあったものではなく、どこかを再現して組み合わせて創られたような格好になっている。
それだけじゃなく、電気やガス、レストランや売店の商品なんかの生活空間もすべて再現されていた。
この会場は下手なテーマパークどころの広さじゃない。
仮に国家規模の予算を持った組織だったとしても『ただ再現するためにそれだけの金を使ってたまるか』と辟易するだろうね。
つまりここは、人力ではなく神の力によって一から創造されたと考えた方が自然だ」

さすがに長々と話しすぎたと、秋瀬は一区切りおいた。
沈黙が続く間に、聞き手たちは秋瀬が言ったことを頭の中に浸透させていく。
そして、それぞれの感想を言った。

「私には『神の力』がよく分からないから、なんとも言えない」
「でも、その説が正しいとしたら、納得できることがあるよ」

そう声をあげたのは、雪輝だった。

428ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:10:20 ID:nKJI5gdQ0
「最初に、この場所に連れてこられたときのことだった。
変な壁から説明を受けて、一瞬でこの場所に移動させられて……遠山はワープでもしたみたいだって言ってた。
でも、あれはワープとはまた違っていたと思う。なんだか、眠っていたところから『目を覚ました』みたいな感じだった。
今なら思い出せるけど……あの感じは、因果律大聖堂に意識を飛ばしていた時と似ていたと思う」

なるほど、と秋瀬も思い出す。
一瞬で景色が変わった――というよりも、瞑想から目覚めて、どこかに行っていた意識が肉体に戻ってきたような、あの感覚を。

「僕たちの身体は最初からこの会場に運ばれていて、意識だけを『あの場所』へと運ばれた状態で説明を聞かされた。
そういうことじゃないかと思う。あの場所は、因果律大聖堂みたいなものでさ」
「つまり、僕たちを拉致してこの場所に運んでくることは容易だったにも関わらず、ルールの説明会だけは意識だけの場所で行いたかった。
『主催者のいる拠点』と『会場』は、物理的な距離だけでない『何か』で仕切られているのではないか。そういうことだね」

頷いた雪輝は、知っているのだろう。
世界と世界を分かつ、本来ならば見えないはずの境界線を。
三週目の世界でゲームの決着をしてから二週目に戻された時に、おそらくは何度も時空の壁を越えようとしたのだから。

「じゃあ、ATフィールドが会場を囲っているのは?」

綾波がそう尋ねた。

「発生源までは分からないが……この世界の『時空の壁』を破壊されないための障壁、じゃないかな」

秋瀬は天井を見上げる。
しかし、視線の先にあるのは建物の天井ではない。
この会場と、神の座を阻むその『壁』の天井だった。

物的証拠はないけれど、この仮設そのものに矛盾はない、と前置きして。

「仮説が正しければ、『壁』さえ打開すれば、神の座まではすぐそこだ」

言い放ったのと、同時だった。
4人分の携帯電話が、一斉にコール音を鳴らす。

午後六時。
ぴったり、第3回放送の時間に到達した。





『赤外線通信が完了しました』という文字が、それぞれのディスプレイに表示された。
この画面操作をそれぞれが三度繰り返せば、4人分の携帯電話がアドレスを交換しあったことになる。

429ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:11:11 ID:nKJI5gdQ0
学生の日常では当たり前に行われているアドレス交換だけれど、この場においては『生き延びる確率をあげるため』という目的の元に行われる行為だった。

「じゃあ連絡手段も確保できたことだし、問題のメールについて話そうか」

携帯を握りしめた全員の顔が、その言葉で引き締まった。
雪輝と綾波が、メールを受信した己の携帯を見つめる。
放送のコール音と同時に送られてきた『天使メール』なる文書は、杉浦綾乃という少女がデパートで相馬光子と御手洗潔に襲われているというものだった。

「このメールを送ったのが杉浦さん本人だという証拠はないけれど、『御手洗潔はおそらく殺し合いに乗っている』という情報を浦飯君からも確認しているし、まずはある程度の信憑性があると見て進めるよ」

ちなみに雪輝に送られてきたメールをすかさずチェックしたのは秋瀬であり、雪輝自身はまだそのメールの本文を読んですらいない。
杉浦綾乃の居場所を雪輝が目にしてしまえば、雪輝に関わる予知をする『雪輝日記』が反応して、我妻由乃にその場所を把握されてしまうためだ。
雪輝のいる場所で会話する上でも、その場所を突き止められないように『デパート』の名前は極力出さないようにしている。

「おそらく、菊地善人君とはまだ合流できていないようだね。
合流した後に襲撃されたとすれば、救援メッセージは彼ら三人の連盟で送信するはずだ。その方が情報の信頼度を上げられる」

どちらかと言えば越前と綾波の二人に対して、秋瀬は言った。
二人とも無表情であるはずなのに、どちらも同じく『助けに行きたい』と顔に出ている。
越前にいたっては(さすがに放送を聞いてから気持ちを切り替えた)、『もう問題ありません』とアピールするように車椅子から立っていた。
彼等にとって一度は友好的に接触した人物であり、しかもそれは碇シンジと行動をともにしていた少女であり、彼の最期に立ち会ったうちの一人でもある。
まして、菊地善人が『杉浦や植木をつれて合流する』と言って別れた後にこのようなメールが届いた時点で、彼等を心配させるには十分だと言えた。

しかし、安易に『では急いで助けに行きましょう』というわけにもいかない。

「ぼくらの行動は『雪輝日記』を通して我妻さんにも知られている。
我妻さんがぼくらの後を追って戦闘の現場にやってくる可能性は高い」

却って敵を増やしてしまうリスク……最悪、乱戦になったところを我妻由乃の襲撃で一網打尽にされる危険は十分にあった。

「こっちは車があるし、由乃が追いつくまでには時間がかかるんじゃないのかな?」
「さっきの戦闘からしばらく時間が立っているし、移動時間はアテにならないと思う。
売店に充電器がなかったから、レーダーもまだ使えないしね」

こちらのレーダーが機能せず『雪輝日記』が動いている現状では、未だ我妻由乃の側に主導権があることも否めない。
放送前の戦闘では、諸条件が重なって『退いた方が賢明かもしれない』と思わせることができたからこそ、撤退させることができたに過ぎない。

430ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:11:55 ID:nKJI5gdQ0
「ただし、杉浦さんとは直接の接点がない雪輝君にメールが来た時点で、このメールが無作為に送信されている可能性は高い。
我妻さんの元にも、同じ内容のメールが届いている可能性だってあるだろうね」
「そうなったら、由乃は僕らを後回しにして杉浦さんたちのところに向かうかもしれないよ。複数の参加者が乱戦してる場所なんて、由乃にとってはたくさん殺せる好機だろうから」
「我妻さんがそっちに行くなら、俺らも行かないと最悪のパターンじゃないっスか?
杉浦さんたちは今戦ってる人と我妻さんの両方に襲われることになるし、俺らは我妻さんと会えない上に仲間を見捨てることになるし」
「そう言えば、秋瀬君には浦飯さんっていう協力者がいたんだよね? その人に助力を頼めないかな」
「でも、タイミングよく合流できるかしら」
「白井黒子が実は常磐愛で、今は浦飯さんっていう人といっしょにいるのもなんか胡散臭いっすけどね」

判断材料は出揃ったが、有効な一手を打つための持ち駒は乏しい。
議論することでそれがはっきりと表出して、全員が厳しい顔をする。

「もう、どうするのか秋瀬さんが決めていいんじゃない?」

ふいに、越前が言った。
綾波と雪輝が、驚いた顔を越前に向ける。
ちらりと綾波レイを見てから、気持ちを固めたように頷く。

「この中で一番重傷のアンタに決めてもらった方が、こっちも気を遣わなくて済むし。
俺たちだと、我妻さんならどうするとか知らないし。
天野さんが決めたら『雪輝日記』とかいうのですぐバレるみたいじゃないっスか」
「それはそうかもしれないけど……」

作戦会議を仕切っている秋瀬が決定をするのは、自然な流れだろう。
しかし、綾波と越前の視点では、そうもいかないはずだ。彼等は杉浦綾乃を助けに行きたいはずなのだから。
秋瀬一人に判断を任せてしまえば、『杉浦彩乃の救助』よりも『天野雪輝を危険から遠ざけること』を優先するだろうことは、誰の想像にも難くない。

「僕に預けてしまっていいのかい?」
「『任せる』。この中だと秋瀬さんが一番作戦立てるのうまそうだから。
それに、『油断せずに行こう』ってアンタが言ったんじゃん。
『行く』なら主語は一人称の『I』でいいけど、『行こう』なら『We』ってことになるよ」

何かの思い出でもあったのだろうか。
任せるという部分を聞いて、綾波が納得したように頷いた。
そして後半の部分は遠回しな言い方だったが、伝わるのは秋瀬或を一蓮托生のくくりに入れていることだった。
もしかして皆が納得するような案を出せないから、丸投げしたんじゃないか、という疑惑はあったにせよ。
任されたのならば、探偵は信頼が第一だ。
正式な『契約成立』と認めるにはまだまだ程遠いけれど。

「わかった――その依頼を受けよう」


【G-4病院/一日目・夜】

431ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:12:27 ID:nKJI5gdQ0
【天野雪輝@未来日記】
[状態]:中学生
[装備]:体操服@現地調達、スぺツナズナイフ@現実 、シグザウエルP226(残弾4)、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記
[道具]:携帯電話、学校で調達したもの(詳しくは不明)
基本:由乃と星を観に行く
0:秋瀬の決定を待つ。
1:やりなおす。0(チャラ)からではなく、1から。

※神になってから1万年後("三週目の世界"の由乃に次元の壁を破壊される前)からの参戦
※神の力、神になってから1万年間の記憶は封印されています
※神になるまでの記憶を、全て思い出しました。
※秋瀬或が契約した『The rader』の内容を確認しました。

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:右手首から先、喪失(止血)、貧血(大)
[装備]:The rader@未来日記、携帯電話(レーダー機能付き、電池切れ)@現実、セグウェイ@テニスの王子様、マクアフティル@とある科学の超電磁砲、リアルテニスボール@現実
[道具]:基本支給品一式、インサイトによる首輪内部の見取り図(秋瀬或の考察を記した紙も追加)@現地調達、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実、クレスタ@GTO
壊れたNeo高坂KING日記@未来日記、『未来日記計画』に関する資料@現地調達
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
0:メールへの対応を決定する。
1:天野雪輝の『我妻由乃と星を見に行く』という願いをかなえる
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:疲労(中)、全身打撲 、右腕に亀裂骨折(手当済み)、“雷”の反動による炎症(ある程度回復)
[装備]:青学ジャージ(半袖)、テニスラケット@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実、車椅子@現地調達
[道具]:基本支給品一式(携帯電話に撮影画像)×2、不明支給品0〜1、リアルテニスボール(残り3個)@現実
S-DAT@ヱヴァンゲリオン新劇場版、、太い木の棒@現地調達、ひしゃげた金属バット@現実
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
0:秋瀬の決定を待つ。
1:休んだら、菊地と合流。天野たちにはできる範囲で協力
2:バロウ・エシャロットには次こそ勝つ。
3:切原は探す。

【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:傷心
[装備]:白いブラウス@現地調達、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記、ベレッタM92(残弾13)
[道具]:基本支給品一式、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)、心音爆弾@未来日記 、隠魔鬼のマント@幽遊白書
基本行動方針:知りたい
0:秋瀬の決定を待つ
1:休んだら、菊地と合流。天野たちにはできる範囲で協力
2:落ち着いたら、碇君の話を聞きたい。色々と考えたい
3:いざという時は、躊躇わない
[備考]
※参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
※碇シンジの最後の言葉を知りました。

432ぼくらのメジャースプーン ◆j1I31zelYA:2014/11/30(日) 17:12:43 ID:nKJI5gdQ0
投下終了です

433名無しさん:2014/11/30(日) 21:49:55 ID:fjAJouv20
投下乙です!
それぞれがすごくいい味出してました…!

434名無しさん:2014/12/01(月) 20:24:08 ID:YQ78PMog0
投下乙です

うおおおっ、今回もというかこの組が織りなすドラマは本当に濃いわあ
GJ!

435訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:52:03 ID:Mu2XGxio0
大変申し訳ありません。
ウィキに収録する段になって、まるごと1レス分が投下されずに抜けていたことが発覚しました。

今に至るまで気付かなかったことも含めて大変申し訳ないことですが、
本スレ>>419>>420の修正版を投下したいと思います。

436訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:54:27 ID:Mu2XGxio0
「僕がかつて出会った日記所有者の中にも、『自分が勝つことだけを想定して突撃する』タイプの人はいた。
でもその人の場合は、過酷な環境を生きてきて、負けることが死に直結するような生活をしてきたからそうなったんだ。守るものも失うものも自分の命だけだったしね。
あるいは、『誰も死なせない』と主張するような理想家なのかとも思ったけど、それも違うね。
君は僕らみたいに困った人を助けてくれたけど、正義の味方になりたいわけじゃないだろう?」

こくり、と頷きがあった。
平和な世界なら、これでも良かったのかもしれない、とは思う。
行くぞと声をかけて皆が付いていくような、誰もがいっしょに高みを目指してくれるような、ストイックなスポーツマンばかりの世界だったら。
すでに彼は、ひとかどの『柱』になれるぐらいの資格は満たしていたのかもしれない。
だが、この世界は違う。

「君はきっと、本当に芯からスポーツマンなんだよ。
優勝賞品が欲しくて戦ってきたわけじゃない。ただ、勝つための戦いだ」

たとえば1つだけ願いを叶えてもらえるとして、『全国大会で優勝させてください』なんて願ったりはしないだろう。
実力で手に入れたものではない勝利など、虚しいだけなのだから。
だから彼に、夢はあっても願いは無い。

「裏を返せば、誰かに叶えてもらう類の望みには慣れていない。
もっと言えば、『大切なものを、自分にはどうしようもできない理不尽によって奪われるかもしれない』恐怖なんて、すっかり想像の外だった。それだけのことだよ」

『神から与えられた意味などに価値はない』と真田が言っていたことを、思い出す。
そして、全てを放棄することを選んだ、神崎麗美の目を思い出す。
神崎麗美が、越前に対して怒りを顕にしたという話も、思い出す。

「それって、命懸けで使徒と戦わされるとか、神様を決める殺し合いをやらされるとか?」
「雪輝君たちに当てはめればそうなるだろうけど……そうだね、実感できるように例え話にしようか」

真田に秋瀬自身のことを問い詰められた時には、言い返せなかった。
その意趣返しというわけではないが、言葉に詰まってもらうのも、いい勉強になるはずだ。

「もし、君が急に難病にかかって、テニスができない体になったらどうする?
それが、どんなに治療しても努力しても、絶対に治らないものだったら、どうする?」

それでも、君は強くあれますか?
まっすぐだった両目が、急に視覚を失ったかのように凍りついた。
唾を飲もうとするように喉を動かしても、口が渇いていてごくりという音さえ出ない。

「絶対……っスか? 手術しても、リハビリしても?」
「その反応は、心当たりでもあるのかな?
どんなに努力しても這い上がれない。戻りたくて血を吐くようにがんばったけど無理だった。誰が何をしても救えない。
君のいる世界だって、そういうことは起こり得たはずだ。君もそうならなかったとは言えないよ」

本人の選択によるものでもなく、過失によるものではなく。
世界を恨みたくなるような理不尽の果てに、生きがいとなるものを奪われる。
そんなのは、どうしようもない。
歯がゆそうな顔が、そんな答えを雄弁に映し出したタイミングで、さらに問う。

「もし、願いを何でも1つ叶えてくれると言われたら、すがりつくんじゃないか?
――そういう時に、『願い』が生まれるんだよ」
「だから、殺し合いに乗ったって言いたいの? 部長を殺したアイツも、我妻由乃さんも?」

葉による重圧を押しのけようとするように、声が高く跳ねた。
カセットプレイヤーを握り締める手の力が、さらに強くなる。
その額を、運動によるものではない汗の雫が滑る。
しかし、続く言葉は落ち着いていた。


「だったら俺は、そっちになんか行かない。
テニスができなくなるなんて、ヤダ。でも、そのために人は殺さない」


言い切った。
その落ち着きが、それが虚勢などでは有り得ないことを証明している。
しかし、秋瀬には少し気に入らなかった。
かつての雪輝が願いのために選んだのは、『そっち』側だった。
その結果として犯したのは大量殺人の上に、願いは叶わず死んだ者は生き返らないという報われない結末だ。
それは覆されない大罪だが、当時の雪輝が被ってきた理不尽を知っている秋瀬には、『雪輝だけが悪かった』とも言い切れない。
だいいち、大罪であろうとも雪輝が精一杯に悩んで、気を張って、殺し合いゲームに勝ち残るという決断をしたこと自体は尊いと思っている。
間違える方が絶対的に悪いかのように、『なんか』呼ばわりされるのは愉快ではない。

437訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:55:51 ID:Mu2XGxio0
「いつか、潰れる時がくるよ。生きていけなくなるかもしれない。
生きていく上で必要不可欠なものを失って、その後の一生を過ごすんだから」
「そうかもしれない。でも、……今度は、行かない」


今度は、と言う時だけ、その顔が辛そうに歪んだ。
一度は、踏み外そうとした時――それが、神崎麗美を殺しかけた時だということは、推測がつく。
秋瀬は、さらに追求することを選択した。
越前が『なんでこの人はこんなに突っかかるのだろう』と言いたげに眉をひそめているが、とことん言ってしまうことにする。


「君にとっては、自分の幸せよりも他人の命の方が重いから?
それとも、それが君にとっての正義なのかな?」
「そんなんじゃないよ」


そう否定した後で、さらに何か言おうとした。
しかし、言葉にならなかったのか、「そんなんじゃないよ」とまた繰り返す。


「なら、人を殺した手でラケットを握りたくないからかい?
人を殺して叶える夢なんて夢じゃないと、そう思う?」
「……だから、そんなんじゃないって」


べつに選ばなかった者を貶めようとするほど、秋瀬は気が短くないし子どもじみてもいない。
ただ、ここで示してほしい。
『そちら側』に行くことを間違いだというのなら。
どうして間違いだと断じて、どのように異なる考え者と相対していくのか。


「他に考えられるとしたら、チームメイトが悲しむといった理由かな。
仲間の意思を無碍にしたら、仲間たちが許さないと思うのかい」


越前が答えるのに、少しだけ時間がかかった。


「それもあるけど、そんなんじゃないよ」

438訂正 ◆j1I31zelYA:2014/12/06(土) 12:58:50 ID:Mu2XGxio0
きっぱりと、
不機嫌さを含んだ無表情から言い放たれたのは、肯定であり否定。

「どういう意味かな?」

我妻をはじめとする殺人者達から、そして我妻による『被害者』達からも『柱』として雪輝の前に立つというのなら、
その正しさを、どう行使するつもりなのか。
ラケットさえ持たなければただの傲慢な少年に過ぎない彼に問いかけて、答えを待つ。

「……本当はあれこれ考えて動くのって苦手なんスよ」

その言葉が皮切りだった。
感情を抑えるように淡々と答えていた言葉から、ふっつりと『力』のようなものが抜けた。
理性だとか思考だとかの制御を手放すように、軽くなった。

「でも殺し合いをどうにかすることにして、『柱』になるって決めたから。
だからちゃんと考えなきゃいけないって思うようになった」

いきなり、違和感が生まれた。
答えになっていない、だけではない。饒舌になっているだけでもない。
言葉が、滑らかに流れ出した。
ずっと前から用意していた言葉が、とうとう口をついたように。

「それが、神崎さんを殺しかけてから、余計ややこしくなった。
神崎さんにも、今言われたのと似たようなこと言われたから。
『人を殺さなきゃ生きていけないようなヤツは、生きる価値もないのか』って。
綾波さんがいてくれなかったら、俺はYesって答えるとこだった」

違うと、気づいた。
本当に『いきなり』のことだったのだろうか。
そもそも、さっきまでの彼は本当に『落ち着いて』いたのか。
本当に冷静だったら、いやいやでも素直に相槌を打ったりしないのではないか。
さっき天野雪輝と話していた時のように、相手の神経を逆なでするような言葉でまぜっ返していたのではないか。
いつもの彼ならば、そういう余裕があったのではないか。

予感する。
いつもは深く考えるよりも心に従って、言葉を尽くすよりも行動で示してきた少年がいたとして。
安易にそれができない状況で、どれが正しいのか考えて、ずっと抱えこんできたとしたら。
しかも、肝心の一番にぶん殴りたい神様はどことも知らない観客席にいて、溜め込んできたとしたら。
いったいそれは、どれぐらいの総量になっているのだろう。

音楽プレイヤーを丁寧にディパックの中にしまいながら、越前は言った。



「秋瀬さん、俺、ぜんっぜん正しくなんかないよ」



泣いていない。

遠山金太郎の凄惨な遺体に遭遇した時は、涙を必死に堪えていたらしいのに。
死んでいった仲間のことを話した時は、綾波レイの手を握って泣いていたのに。
現在の『積もりに積もっていたらしき何か』をぶちまけようとする越前リョーマは、ちっとも泣いていなかった。

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以上になります。
投下時には前後がつながっていない文章を投下してしまった形になり、本当に謝罪のしようもありません

439名無しさん:2014/12/09(火) 12:15:39 ID:gpztIZM.0
修正乙です

悪くないと思います

440 ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:43:53 ID:jRJhy3vw0
投下します

441ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:46:45 ID:jRJhy3vw0
ざっくらばらんに言ってしまえばサザエさん時空のような。
カッコつけて言えば、時の止まらない永遠、みたいな。

そんなものだと、思っていたのに。


◆  ◆  ◆


ダメだ、今は押さえ込まなきゃいけない。
とにかく生き延びることを、そして式波と初春の足を引っ張らないことだけを考えろ。

――たとえ、知っている人の誰が呼ばれたとしても。

そんな風に、誰が死んだっておかしくないと割り切って感情をコントロールできるほどに、杉浦綾乃という少女はいきなり変われなかった。

それでも、せめて覚悟は固めておきたいと気を引き締めて、身を固くして、初春から放送のために貸してもらった交換日記を耳にあてる。
心の片隅では『本当は誰にも死んでいてほしくないんです』と祈りながら。
裏切られることは、知っていたのに。



――船見結衣



名前は、不意打ちだった。

もしはぐれてしまった『菊地善人』と『植木耕助』の名前が呼ばれたら悔やんでも悔やみきれないと恐れていたことが、衝撃を大きくしたひとつ。
『御坂美琴』と『吉川ちなつ』はすでに呼ばれることが確定していたし、初春から話も聞いていたことがひとつ。
クラスメイトであり、『元からの知り合い』の中では歳納京子に次いで交流していたことがより重要なひとつ。
しかし。

船見さんがいなくなったんだと、理解するのと同時に。
『もうひとつ』に、気がついてしまった。
それは覚悟のしようもなかった痛みと喪失感で、視界にうつっている現実と聴覚から入ってくる情報のすべてが意識から抜け落ちる。
違う、本当は六時間前の放送から気がついていたけれど、嫌だと排除していたことだ。

442ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:49:25 ID:jRJhy3vw0

赤座あかり。
歳納京子。
吉川ちなつ。
そして、船見結衣。



七森中学校のごらく部が、これで終わったということ。



『前回よりも死亡した人数が少ないことに――』

放送は続いている。
その言葉を上の空にしながら、綾乃は事実を胸のうちで反芻した。
ごらく部が、終わった。
あの元茶道部の部室に行っても、もう誰もいない。
ちょっと遠くの場所まで遊びに出かけようと、誘われることはもう無い。

先の放送で名前が呼ばれた時にも、分かったつもりにはなっていた。
歳納京子と赤座あかりがいなくなった時点で、彼女らがいつもの部室でいつもと同じようにのんびりゆりゆららといられるはずが無いのだから。
分かったつもりで、受け入れたくなくて、理不尽が悲しくて泣いた。

やっと分かった。
もう、取り返しはつかない。
吉川ちなつと船見結衣までも死んでしまったのなら、もう無理だ。
誰ひとり欠けることなく、誰かが取って変わることもなく4人揃っていた彼女たちが4人ともいなくなったなら、もうあの部活動は終わってしまったんだ。
全員を失うまで実感が無かったのは、どこかで彼女たちを『4人でひとつ』のように見ていたからか。
あるいは、4人それぞれのことを思い浮かべて、受け入れたくないと未練を持つぐらいには、『ごらく部』が大きな存在になっていたから。

最初は、そうじゃなかった。
ごらく部という非正規の部活動を知って、その部室に通い始めたばかりの頃は、『歳納京子とその仲間たち』ぐらいの目でしか見ていなかった。
あの頃の綾乃にとっては、『“歳納京子が”部室の非正規使用をしている』ことだけが重要だった。

443ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:51:36 ID:jRJhy3vw0
もともと綾乃は誰とでも積極的に交わるタイプではなかったし、むしろ人見知りするぐらいだったから。
池田千歳が声をかけてくれなかったら、中学で友達ができたかさえ怪しい。
目当ての歳納京子にも喧嘩腰というポーズがなければ口をきけないぐらいにはアガっていたし、
たとえば京子以外の部員とふたりきりになっても、話題に困って会話が続かなかったり噛み合わなかったりしていた。
それでも、彼女たちの方から色々な遊びに誘ってくれたりするうちに、生徒会とごらく部の『みんな』で行動することが多くなった。
一緒にプールや海に行ったり。8人おそろいの着ぐるみパジャマをもらったり。
キャンプもした。たくさん写真を撮った。お花見もした。楽しかった。
みんなとの時間を過ごすうちに、少しは肩肘張っていた力も抜けたのか、自然に話せるようになってきた。
だんだん船見結衣とも距離を縮められて、意外とお茶目で面白い人なんだと分かってきたし、
生徒会のライバルという設定も無かったことになったみたいに、ごらく部で一緒にお菓子を食べて、歳納京子がいない時に赤座あかりや吉川ちなつと談笑するようにもなっていた。
千歳のフォローも何もなしに映画を見に行こうと誘うのも、以前の綾乃ならまずできなかったことだ。
三歩進んで二歩さがるような成長だったけれど、良かったことは増えていた。

それがなければ、――悲しいことを、ここまで悲しむことはなかった。

ふっと、碇シンジを埋めた時に、桜の木の下でわんわんと泣いたことを思い出した。
昨日までは名前も知らなかった中学生同士なのに、別れを惜しんで泣いた。

なんのことは、なかった。
ずっと変わらない毎日が続くと、根拠もなく信じていただけで。
ごらく部のみんなも、そう思っていたかもしれないけど。
でも、ぜんぜん「ずっと」じゃなかった。
昨日とまったく同じ一日なんて、最初からどこにもなかった。
自然に出会って別れるか、理不尽に集められて奪われるかの違いで、後者は許せないことだけど。
これまでも、いつしか時間は流れていた。
なら、これからは――

『もっとも、6時間後には何人が生きて会えるか分からないがね』

不吉な言葉が耳朶をうって、はっと我に返った。
そこから通話音声が途切れたということは、放送が終わったということで。
放送の後半はずっと心ここにあらずだったことを悔やみながら、恐る恐る顔をあげる。

他の二人だって、動揺を堪えながら放送を聞き届けたはずだ。
途中から固まっていた自分を見て、心配したり呆れたりしていないだろうか。
しかし、視界にまず映った表情は、どちらでもなかった。

444ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:53:14 ID:jRJhy3vw0
初春飾利は、死刑宣告を待つような顔をしていた。
死刑宣告をされた顔、ではない。
それしかできないように綾乃を注視する両眼と、制服のスカートを引き裂けんばかりに掴んでいる白くなった両の手は、これから出る『結果』を待つ者のそれだった。

初春さんも、知っている人の名前が呼ばれたのだろうか。
一瞬そんなことを考えたが、すぐにそれが見当違いでひどく配慮に欠けた想像だと思い至る。
放送で呼ばれた八人の名前のうち『御坂美琴』と『吉川ちなつ』を殺したのは、初春だった。
彼女自身の話によれば大勢が集まっているところに爆弾を投げたのだから、他に呼ばれた名前の中にも、爆発の犠牲者となった少年少女はいるだろう。
殺してしまったのに、名前を呼ばれたうちの誰と誰を殺してしまったのかさえ分からない。
そんな被害者を、この先ずっと背負っていくことになる。

「初春さん」

呼びかけると、初春が小刻みに震えた。
初春視点だったら、綾乃が凍りついたのはきっと知り合いの名前が呼ばれたからだと思ってしまう。
そして、少なくともその1人は吉川ちなつであり、その命を奪って悲しみの一端を担ったのは、初春飾利の罪でしかない。
私がこの人に何かを言わなきゃいけないと、綾乃は思った。

「なっ、なんでしょう?」

正直なところ、何を言えばいいのかは分からない。
ただ、正直には接したいとは思う。

「えっと……実を言うと、私もまだ実感はわいてないんです。
何があったのかは話してもらったけど、実際に初春さんが罪を犯したところを見たわけじゃないから。
よく一緒に遊んだ人が殺されたってことと、それを初春さんがやったってことは繋がってなくて」

喋っていて、『正直』な言葉の煮え切らなさにむしろ申し訳なくなってきた。
もっと言いたい言葉があるはずなのに、状況は言葉を選んでいる時間も惜しければ、悠長に相互理解をしている暇もない。
なにせ同じ建物にいる参加者から、命を狙われている。
それでも、言葉の中身に偽りはなく。
よりざっくばらんに言えば、『人を殺す初春』を想像することができなかった。
そういう善良な少女でさえ修羅に落ちかねない場所だとは理解していても、この少女と相馬光子のような『乗った者』の姿を重ねて見ることは難しい。
碇シンジが死んだ時は殺害したバロウへの怒りが無かったと言えば嘘だが、同じ負の感情を初春にも向けていいのかどうか、向けてしまえばどうなるのかもわからなかった。

「実感が湧いたら、初春さんを恨むこともあるのかもしれません。
でも、さっき初春さんが言った、『殺し合いに乗るのを止めた』って言葉は信用してます。
今はそれじゃ、ダメですか?」

445ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:54:34 ID:jRJhy3vw0
居住まいを正して問いかけると、初春はどんな種類の感情によってか顔を赤くした。
それはもう擬似的な熱中症か何かで、気絶するんじゃないかというぐらいに。

「そんな……もともと答えを急かす権利なんてないですよっ。
『信用してる』なんて、もったいないぐらいです」

真剣なのにフニャフニャとした感じに聞こえる、やわらかい声。
やっぱり何人も殺したような人に見えないと感じるのは、彼女を引っ張り上げた御坂美琴の力だろうか――



やわらかい……………………声?



あ、と声が出そうになった。



『それ』に気づいたことと、何かが腑に落ちたのは同時だった。
同時であり、また同一のことだった。

「あの、杉浦さん?」

唐突に驚きをあらわにした綾乃を見て、初春は困惑ぎみに呼んだ。
その声を綾乃はしっかりと耳に入れて、たった今の『気づき』が間違っていないことを再確認する。
気がついてしまった。
そのことを、『実感』したいという気持ちが、どうしてもという言葉になる。

「初春さん。その、これはちょっと別件っていうか、今すぐお願いがあるんですけど……」
「な、なんでしょう! 私にできることなんですか?」

意気込む初春と相対すると、これから言うことがとても恥ずかしくなった。
しかし、言ってみる。



「私のことを、『綾乃ちゃん』って呼んでくれないかしら?」



言ってみた。
タメ口になった。



「そ、そんな失礼なこと!できませんよっ。目上にあたる人をファーストネームで、しかもちゃん付けで呼ぶなんてっ」



間違えた。
言い方が悪かった。

446ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:55:25 ID:jRJhy3vw0

「あっ、そういう意味じゃないの! ……その、一回だけ『綾乃ちゃん』って言ってみてほしくて。
説明しづらいけど。そう呼ばれるのが、切り替えるために必要な気がするから」
「切り替え、ですか? それくらいぜんぜん構いませんけど……」
「あと、できたら発音は関西の人っぽくっていうか……そう! はんなりした感じで」
「は、はんなり?」

意味不明な要求に、初春が首を傾げる。
まるで人をオウムのように扱っているみたいで罪悪感がわいたし、理由はきちんとあるにせよ、その声を聞きたい『甘え』があることは否定できなかった。

しかし。



「綾乃ちゃん」



わざと瞼を閉ざして、聴覚だけで受け止めた。
耳に、やわらかい声が届く。

――綾乃ちゃん

ほんの、残響のような一瞬だけ。
出会ったばかりの初春の声に、ここにはいない友達を重ねることを、自分に許した。
彼女から励まされた気がすると、ずうずうしくも『気がする』ことを許した。

似ている。
ほとんど同じといっていい。
その声に、思い出した彼女に、『帰るからね』と届かない言葉を念じて。
一瞬を終わらせるために、目を開けた。
決して初春に親友の変わりをさせるために、その呼び方をさせたわけでは無いのだから。

目を開ければ、『綾乃ちゃん』と声を出したのは初春飾利だった。
メガネもかけていないし、はんなりおっとりしたニコニコ笑顔でもないし、鼻血も出さない。
頭にたくさんの花飾りをつけた、黒いショートカットにセーラー服の女の子だった。

でも、飴玉を溶かしたようにやわらかな声でしゃべる、女の子だった。
杉浦綾乃が中学生の女の子であり、声のよく似た彼女も同じ女の子であるように、女の子でしかなかった。
それが理解できれば、充分だった。

447ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:56:08 ID:jRJhy3vw0

「ありがとう」

綾乃は礼を言った。初春は理由を聞かなかった。
どう接する相手なのかは、分かったから。

「もうひとつ。これはお願いじゃなくて、初春さんの気持ちが向いたらでいいんだけど」

元から、力を合わせるつもりではあった。
なら、これはお願いではなく誘いだし、そこまで図々しいことではないと思う。

「私が、まだ間に合う誰かを救けようとする時に、一緒に手伝ってくれますか?」

初春の顔が泣きそうになり、そして輝いた。

「はい。喜んで、じゃなくて」

さすがに人命がかかったことを『喜んで』という返事は不謹慎だと思ったのか、慌てて言葉を引っ込め、

「許されるなら、私も……正義(ジャッジメント)に戻りたいですから」

『正義(ジャッジメント)』と発音する時だけ、声が熱をおびたように震えた。
その言葉の意味するところは分からなかったけれど、大切な意味があるかのように。

「――それで。話はやっと終わったのかしら?」

時間にすればほんの二、三分だったにせよ、交換日記を預かって敵の接近を警戒していたもう1人からすれば、ただ焦れるだけの時間に違いなかったわけで。
アスカ・ラングレーが鼻の穴をふくらませて、ギロとした目でこちらを睨んでいた。

「「はいっ! もういいです」」

『やっと』の部分が言い訳できなかったし、怖かった。
身を縮めるように二人そろってかしこまる。

「もう、説教してる時間も勿体無いっちゅーの。とりあえずアンタたち、放送の後半で告知されたことは聞いてた?」
「「それは……」」
「はぁ……愚問だったわ。説明しなきゃいけないわけね」

初春とともに、さらに身を縮めた。
お喋りしている余裕など無かったことは極めて正論かつ切実だったので、ひたすら『申し訳ありませんでした』と反省するしかない。
でも、とアスカの説明を聞きながら思う。
『やっと』とか『勿体無い』などと言った割には、その苦言を呈したのは会話が一段落してからだった。つまり、

――私と初春さんに、話をさせてくれた?

448ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 20:57:45 ID:jRJhy3vw0
彼女にそう問えば、半端な気持ちで戦いに望まれて足を引っ張られても迷惑だからとか、怒ったように言われる気がした。
だから『本当は言葉ほどキツくない人かもしれない』という発見は、胸に秘めておくことにする。

「はい。これ使いなさい」

ずいと、目の前にごく普通の携帯電話が突きつけられた。
アスカがもう片方の手にさっきまで使っていた携帯電話を握っていることから、彼女のものではないことが分かる。

「どうして、私が?」
「だーかーら。電話とメールが使えるようになったのよ。
それで、アンタのケータイは水没で壊れちゃったんでしょうが」
「あ、はい」

頷いて、差し出された『ケータイ』(御坂美琴の持っていたものか、吉川ちなつのものかもしれない)を両手で受け取った。
戦うにせよ逃げるにせよ、ここから先は連絡を取る道具があると無いでは大違いになる。
(相馬と御手洗の二人も、今ごろアドレスを交換しあっているだろう)
ここで綾乃だけを『不携帯』のままにしておく理由はどこにもない。
理由づけとしてはそれだけのことだ。
しかし、必要な理由があってそうするに過ぎないことと、『アスカからケータイをもらってアドレス交換を切り出された』という新鮮な驚きは、また別だった。

「でも式波さん。携帯が余ってたならさっきの天使メールも、送ろうとおもえばもっと――」
「「あっ」」

余計なことを指摘してしまったらしかった。
初春の方はつい忘れていたという風に目を丸くしただけだったが、
アスカの方は、本気の失態だと受け止めたように顔を暗くしたからだ。

「式波さん、気にするようなことじゃないですよ。私も忘れてましたし」
「そう。それに、送り過ぎたらかえって殺し合いに乗った人に届く可能性も上がってましたよ」
「べ、別に気にしてなんかないわよ。それよりアドレス交換するんだから、さっさと用意しなさい」

畳み掛けるようにフォローを受けて、むくれたままケータイを操作する。
見るからに一般人丸出しな少女たちの前で稚拙なウッカリミスを見せてしまったことを悔しがり恥じるような、
けれどミスを簡単に許されてしまったことに戸惑ったようにも見えた。

449ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:00 ID:jRJhy3vw0
赤外線通信はすぐに終わった。
『アドレスが登録されました』という作業完了を示すメッセージに、ひとまず安心する。
戦う武器にもなりはしない道具なのに、『話せるようになった』というだけで、希望がひとつ増えたみたいだった。

この道具が、世界と私を繋ぐもの――なんて。
いかにも『あの子』が、アニメや漫画で覚えてきたオシャレな語彙を使って言いそうなことだ。

(話したかったわよね……みんなと、何時間でも)

あの子なら、きっと残念がっていたと思う。
おしゃべりだった彼女なら、ケータイを支給されたからには電話したくなるはずだ。
メールじゃなくて、ちゃんと声が聞こえる電話で。
どんな話題でも、どの友達と話しても、それぞれにほっとしただろう。

(その話したい人達の中に、私はいた?
だとしたら嬉しいけど……ごめん。もう話せないし、話したくても話さない)

こちらを獲物として探しにくるのは、殺し合いに乗った二人。
どう対応するかの段取りを、三人で確認しあう。
これが、新しく出会った三人の乗り越えるべき、最初の戦いだ。

(知ってるでしょ、私は口実が無かったら会いに行かない奴だったこと。だから)

そして、最後の戦いにはしたくない。
だから、

(当分、『そっち』に行くつもりないわ。だって、理由がないんだもの)

それが、ひとつの小さいけど価値のある『歴史』に終止符が打たれた瞬間だった。


【F-5/デパート/一日目 夜】

450ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:18 ID:jRJhy3vw0
【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康(まだ少し濡れている)
[装備]: エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃、吉川ちなつの携帯電話
[道具]:基本支給品一式、AK-47@現実、図書館の書籍数冊、加地リョウジのスイカ(残り半玉)@エヴァンゲリオン新劇場版、ハリセン@ゆるゆり、七森中学の制服(びしょ濡れ)、壊れた携帯電話
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:式波さんたちと協力して、菊地さんのところに戻る。
2:式波さんに、碇くんのことを伝えたい。
3:誰も殺さずにみんなで生き残る方法を見つけたい。手遅れかもしれないけど、続けたい。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※アスカ・ラングレー、初春飾利とアドレス交換しました。

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)
[装備]:ナイフ、青酸カリ付き特殊警棒(青酸カリは残り少量)@バトルロワイアル、
   『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実 、ブローニング・ハイパワー(残弾0、損壊)、スリングショット&小石のつまった袋@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式×4、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲、釘バット@GTO、スタンガン、ゲームセンターのコイン×10@現地調達
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。
1:ミツコたちをどうにかする。
2:スタンスは変わらないけど、救けられた借りは返す。

[備考]
※参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。
※杉浦綾乃、初春飾利とアドレス交換をしました。

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記、小さな核晶@未来日記?、宝の地図@その他
[道具]:秋瀬或からの書置き@現地調達、吉川ちなつのディパック
基本行動方針:生きて、償う
1:杉浦さんを助ける。
2:辛くても、前を向く。
3:白井さんに、会いたい。
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています(桑原和真の携帯は杉浦綾乃が所有しています)。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。
※アスカ・ラングレー、杉浦綾乃とアドレス交換をしました。

451ガーネット ◆j1I31zelYA:2015/01/14(水) 21:00:42 ID:jRJhy3vw0
投下終了です

452名無しさん:2015/01/14(水) 21:25:06 ID:.aMlrjmw0
投下乙です
そうか、これで本当の意味で「ごらく部」は終わってしまったのか……寂しくなる
せめて綾乃は最後まで生き残って友人のもとに帰ってほしい

453名無しさん:2015/01/14(水) 21:54:33 ID:KmW8jtC20
なるほど、中の人ネタか……
こういう使い方はしんみりするなぁ

454名無しさん:2015/01/15(木) 09:40:19 ID:Uyjg0VeI0
投下乙です
中の人ネタの使い方がうまいなあ…
不器用なアスカの優しさや素直じゃない態度も微笑ましい

月報も置いておきますね
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
103話(+2) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

455名無しさん:2015/03/15(日) 00:26:46 ID:sTRZDXnY0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
103話(+0) 15/51(-0) 29.4(-0.0)

456 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:19:34 ID:G67N34mU0
投下します

457天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:21:27 ID:G67N34mU0
パラリと、ページをめくる。

1ページにつき、1人。
顔写真と、名前と。そして学校の名前に、何年何組と。

支給品の学籍簿には、まだ生きている中学生と、もう死んでいる中学生がかわるがわるに登場する。
常盤愛にとって、知らない顔も、知っている顔も。
ページをめくり、再会した。

中川典子。
香川県立城岩中学校、三年B組。
写真うつりが良い方なのだろう、きれいな笑顔で写っている。
とびきりの美人さんではないけれど、純朴そうだとか、愛らしいという言葉が似合いそうな女の子。
いかにも男の子が守りたいと思うような、お姫様。
大嫌いだと、最初はそう思った。
でも、殺してもいいはずなんて、決してなかった。
ページをめくる手が止まりそうになるのをこらえて、次のページに進む。

七原秋也。
癖のある茶色っぽい長髪に、猫のような瞳が印象に残る、そんな写真。
同じく、城岩中学校の三年B組。
中川典子が、いちばん信頼していた男子生徒だった。
いや、信じていただけじゃない。きっとそれ以上の、いわゆる『恋人同士』だったのだろう。
まだ、放送で名前を呼ばれていない。
つまり、今でも生きている。
常盤愛のせいで恋人を殺されて、生きている。

もしかすると、これから出会うことになるかもしれない。
そんな可能性が頭をよぎり、弱気が常盤愛を蝕みかける。
こんなんじゃ、ダメ。近くで見ている浦飯に悟られないよう呟き、さらにページを繰った。

458天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:22:24 ID:G67N34mU0
探している人物に辿り着くまでに、知っている顔が次々と現れた。

秋瀬或の顔と名前を見て、こいつもいちおう中学生だったのかと嘆息し、

天野雪輝と我妻由乃の名前がすぐ後のページに出てきたのを見て、やっぱり秋瀬と同じ学校だったかと頷き、

宗谷ヒデヨシのソレが出てきたことで、それは盛大に顔をしかめ。

雪村螢子の肖像を目にしたことで、この人があの螢子さんかと、切なくなり。

神崎麗美のすまし顔を見たら、胸が苦しくなり、

そして、菊地善人の澄ました顔を見て、言いようのない苦々しさに襲われた。
憎悪しかない目で見られたことだとか、弁解らしい言葉のひとつも言えなかったことが辛いのは間違いなく。
けれど、ひっかかるのは、辛かったことそれ自体ではない。
菊地なんかに憎まれようが嫌われようが、痛くもかゆくもないはずだったからだ。
学校で楯突いてきたから軽く蹴散らしてやっただけの、どこにでもいる男子生徒Aだった。
イケメンだからとか、格闘技をちょっとぐらいかじっているとか、成績がいいとか、クールで女受けが良いからとかいった漠然とした自信にあぐらをかいて、
『僕は猿みたいな他の男どもとは違うんです。卑猥なことなんか考えてません』と言わんばかりの取り澄ましたポーズをしていたことが、あの時は気に入らなかったのかもしれない。
どっちにしても、菊地だって常盤のことは苦手にしているはずだと思っていたから、さも『信じていたのに裏切られた』という顔をされたことは意外だったし驚かされた。

――こんなことが無かったら、あのクラスに馴染むこともできたのだろうか。

「おい、大丈夫か?」
「平気だってば。ムカついたのがぶり返しただけよ」

浦飯には不毛な想像しかけたことは誤魔化して、立て続けにページをめくった。
何も、感傷にひたって座りこむためだけに『学籍簿』を開いたわけではない。
久しぶりにその名簿を広げた最大の理由は、『ある人物』の顔を確認して記憶するためである。

459天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:23:44 ID:G67N34mU0



「――いた。こいつ。杉浦綾乃」



その名前を名乗った者から届いたメールが、二人の携帯をブルブルと震わせた。
殺し合いに乗った『御手洗清志と相馬光子』にデパートで襲われていると、救けを呼ぶものだった。

「こいつが『助けてくれ』って言ってきたやつみたい」

ひょっとしたら偽名かもしれないけどね。
そう言って浦飯幽助にもそのページを広げたまま見せた。
杉浦綾乃。
富山県にあるらしい、七森中学校なる女子中学校の二年生。
外見から分かることは、せいぜい髪を染めているとかガングロだとか濃い化粧をしているような分かりやすい不良生徒ではない、ということぐらいか。
生徒写真なんてたいていは少しむっとしたようにも見える無表情で写っているから、生真面目そうな性格であるようにも、その逆の性格にも見えてしまう。

「大人しそうな女に見えるぜ? この制服は『相沢雅』って女子が着てたのと同じだし、学校のダチじゃねえの?」
「『相沢雅』ならアタシとも同じ学校だってば。知らない制服だし、たまたま相沢サンが似たような服着てただけでしょ。
宗屋だって見た目からは『猿っぽい』以外分からなかったじゃん。
もしかしたら、こいつがこっそり殺し合いに乗ってて、御手洗と誰かを同士討ちさせるために仕組んだのかもしれないし……。
あ、でも、ひとつだけ分かったかもしんない」

ありふれたバストアップの証明写真を見て、あることを確信した。
浦飯が写真をより近くで見ようと身を乗り出してくる。

「なんだ、やっぱ見覚えがあったか?」
「そうじゃないんだけど。あのね、この写真から推理したんだけどさ」
「おう、言ってみろ」
「この子は――」

460天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:25:03 ID:G67N34mU0

しごく真面目な顔をつくり、言った。



「――あってBカップってとこね。脱いでもギリギリ谷間あるかってところだわ」



『ちょっと待て、お前は誰だ、何を言っている』と言わんばかりの眼で見られた。

「……ナニよ。あんたならこういう話題に鼻の下のばすんじゃないの?」
「男子ならともかくオメーの口からそんなん言われたらビビるわ! 性格変わってんじゃねぇか!」

昔はこういう冗談も言える性格だったけれど、言ってみると恥ずかしくなった。

「ちょ、ちょっと頭を切り替えようって言ってみただけだってば!
時間が無いのにいつまでも写真見て疑ってるわけにいかないし!」

事実、『襲われている』話が本当のことだとしたら、杉浦綾乃にとっては一刻を争う問題になる。
隠れて携帯でメールをポチポチするぐらいの余裕はあるようだけれど、杉浦綾乃が何の力もない女子中学生だとして、御手洗とやらが浦飯の言うような『能力者』だとしたら、その少女が自力で切り抜けられるはずもない。

「そもそも、『御手洗』と『相馬』とかいうのがつるんでたとこはレーダーで見たんだ。
御手洗のヤローなら殺し合いにも乗ってるだろうし、このメールは真実(マジ)ってことでいいんじゃねぇか?」
「だから、その『相馬』って女が『杉浦綾乃』の偽名を使って、デパートに獲物を集めようとしてるのかもしれないじゃん。
あたし、最初の放送が終わった後に似たようなメールもらったけど、その時はガセだったもん」

このメールが天使隊の『天使メール』と同じものだとすれば、むしろ誤情報を送られている可能性の方が高いとも言える。

「だとしても、デパートに御手洗たちがいることは間違いねーんだろ? なら行かない手はねぇよ」
「ま、そうなるのよね。お腹いっぱいで全力疾走した後に戦うのはちょっときついかもだけど」
「おい。オメーも来るのかよ。いつでも電話できるようになったんだし、留守番しててもいいんじゃねえか?」

461天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:27:13 ID:G67N34mU0
躊躇いがちに、浦飯は尋ねてきた。
御手洗との戦いが危険だから、という理由だけでないことは察しがついた。
ついさっきまで打ちしおれていた常盤が見ず知らずの誰かを救けるために立ち上がろうとするなんて、まるで無理をして何かしようという自棄にも写ってしまうだろう。
事実。
何もできないまま、罪でできたドブの中に沈んでいくなんて、怖いというのが本音だった。
『中川典子たちに償うことができないから、誰かを代わりにして償っているつもりか』と問いつめられたら、否定しきれる自信もない。
しかし、

「もう、『自分』のことだけ考えるのは止めたから」

自己満足ではないかと躊躇ったり、自棄になってみようかと思ったり、結局は『自分』しか見えていない。
それは、天使隊で人を傷つけていた頃と変わらない。
世の中を良くするだとか、悪い人間を裁くことに夢中になったつもりで、自分の傷口のことしか見ていなかった。
怖くて、弱くて、誰かに頼らなかったから。
ぜんぜん見えていなかった。写真付きの名簿を広げてみて、やっと気づいた。
顔と名前を持った中学生が、51人いる。
殺し合いに巻き込まれた時には、51人がいた。
今はもう、放送を信用するならば18人しか残っていない。
常盤の他にも50人の中学生が、怖がったり悩んだり死んだりしていた。
51人いれば、51人の世界があった。
そんな当たり前のことを、ずっと忘れていた。

「それに、やれることもやろうとしないで『生まれ変われる』かどうかなんて、分かるわけないじゃん」
ニッと笑みを広げて、白い歯を浦飯に見せる。
上手く笑えたのかは分からないけれど、その表情を見て浦飯もにやりとしてくれた。

浦飯こそ大丈夫なの、と尋ねようとしてやめた。
とりあえず御手洗清志をぶっ飛ばすというのは、亡き桑原がそいつを気にかけていたという話を聞けば分からなくもない。
しかし、その桑原と雪村螢子を取り戻せないと理解してしまって(常盤が理解させたようなものだが)、生きていく甲斐も何もないとさっき打ち明けたばかりだ。
大丈夫なはずがないに、決まっている。
それでも動くのかと尋ねたら、きっと例によって単純にあっけらかんと答えるのだろう。
「何もやらんよりはマシだ」とか何とか。
浦飯が、そういう馬鹿で良かった。

「まっ、アタシじゃさっきみたいな超人バトルについて行けないのはよーく分かったから無茶はしないよ。
御手洗ってヤツは任せるから、アタシは相馬光子の相手か、一般人の避難か……あとは菊地たちが来たときも何とかしなきゃだし」
「は? なんでそこで連中が出てくるんだよ」
「あのねぇ。このメールは他の連中にも届いてるかもしれないの。
アドレスを知られてないアタシと浦飯にメールが来たってことは、皆に一斉送信されてるかもしれないでしょ?」

最初の放送後に送られてきた『天使メール』は全員が受け取ったわけではなかったけれど、このメールもそうだとは断言できない。
本家『天使メール』は、全校生徒への一斉配信だったのだから。

462天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:28:58 ID:G67N34mU0
「菊地たちもデパートにいれば、『アタシと浦飯は殺し合いに乗ってます』ってことにされてるかもしれない。
あの二人には絶対に信じてもらえないだろうし、最悪あたしたちが来たせいで、敵が有利になっちゃうかもよ?」

喋っているうちに、菊地たちの集団に冷たい眼で見据えられ、問答無用とばかりに凶器を持って追われる未来を嫌でも想像した。
先行するように歩き出そうとしていたのに、その足が三歩目で止まってしまう。
また自分は、失敗しようとしているのではないか。
宗屋ヒデヨシを躊躇せずに蹴りに行った時のように、また裏目に出るのではないか。
しかし、すぐ後ろに追いつく少年がいた。

「ココロの準備が要ることは分かったけどよ。
今から悩んどけばどうにかなるもんでもねぇだろ」

その声は、三歩の距離を一歩で縮めて並ぶ。

「信じてもらえようがもらえまいが、有りのままオメーを見せるしかねぇさ」

言うなり、ばしんと背中を浦飯の平手で叩かれた。

「きゃっ……」

たぶん彼なりに手加減はしたのだろう。
それでも、かなりの衝撃が身体を走りぬけた。

「少なくとも、『天使』とかいうのやってた頃のオメーよりはマシになったんだろ?
だったらいい加減、『今の自分』に腹ぁくくれ」

背筋を、強制的にぐっとのばされたような感覚がした。
腹をくくる。
その一言で、なけなしの意気地がさっと集まって『やるしかない』という意思に固まった心地がする。

「そうだね。行こっか」

463天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:29:56 ID:G67N34mU0
眼がしらが熱くなるほどの嬉しい気持ちと、悔しいという想いが同時に来た。
浦飯には借りを作ってばかりいるのに、
彼が喪った大切なものを、常盤愛では埋めることができない。
何かを、したかった。
自分たちは色々と間違ったことをしてきたけど、
せめて、皆が浦飯には優しくしてくれるように、どうにかしたかった。
そういうことは、男の友情だろうと女の友情だろうと違わないはずだから。



「――んじゃ、急ぐか。乗れよ」



腹をくくった常盤愛は、しかし眼前のソレを見て再停止した。

気が付けば浦飯が進行方向に回りこんでいて、
身体を前かがみにしゃがみこませ、常盤へとその背中を差し出していた。
その背中におぶされと言わんばかりに、両腕を背後へと伸ばして。

「何よそれ。なんでおんぶなの」
「一刻を争うんだろ。二人で走るより担いで走った方が速い」
「あ、あたし、そんな遅くない」
「お前に体力があるのはさっきの戦いで分かったけどよ。それでも俺が担いだ方が速いだろ」

その通りだった。
放送前の戦いでいともたやすくなぎ倒された木々のことを思い出す。
浦飯の力があれば常盤を背負ったまま走るのも、ディパックを背負って走るのと大差ないだろう。
しかし、正しいことと、それを躊躇なくできるかどうかは別だ。

「だ、だからってそんな恥ずかしい運び方しなくたっていいじゃない」
「けどよ、ひと一人運ぶとなったらおぶさるか……こうなるぞ?」

浦飯は立ち上がり、大きな荷物でも抱えるように両の腕を体の正面で曲げてみせた。
女性の背中と太ももの裏をホールドして運ぶときの……いわゆるお姫様だっこのそれだ。

「もっとダメ」
「なら、こうするか?」

そう言って、右腕を体の横で半円を描くように曲げた。
いわゆる『小脇に抱える』と表現される抱え方だ。
おそらく、抱えられるのは常盤の腰のあたりだと思われる。
そして浦飯は気付いていないのだろうが、腰のあたりで抱えられたら、スカートの丈からいっても『見える』。
もっと言えば、今日のパンツはイチゴ柄である。

「……おんぶでいいです」

観念して、浦飯に体重を預けた。
生暖かく、少し汗のまじっている体温が、しがみついた手のひらとお腹のあたりに伝わる。
男の子の身体だと、思った。
浦飯がひょいっと立ち上がる。それによって常盤の視界が上方向へと傾く。
その一瞬で、突き抜けるような夜空が視界に入った。

「つかまってろよ」と、声がかけられる。浦飯が走り出す。

――空には、ちょうど一番星が輝きはじめていた。

464天体観測 〜愛の世界〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:30:43 ID:G67N34mU0
【F-6/一日目 夜】

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲 、全身打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]: 基本支給品一式×6(携帯電話は逆ナン日記を除いて3台)、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達、パンツァーファウストIII(0/1)予備カートリッジ×2、 『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0〜6、風紀委員の盾@とある科学の超電磁砲、警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達、木刀@GTO、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様、
ロンギヌスの槍(仮)@ヱヴァンゲリヲン新劇場版 、手ぬぐいの詰まった箱@うえきの法則
基本行動方針:なかったことにせず、更生する
1:デパートに向かい、メールの送信者を助ける
2:浦飯に救われてほしい
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1〜3
基本行動方針: もう、生き返ることを期待しない
1: デパートに向かい、御手洗をぶっ飛ばす
2:常盤愛よりも長生きする。
3::秋瀬と合流する




465天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:31:54 ID:G67N34mU0
『さて、これで未来日記『The Rader』に関する説明は終わりなのじゃ。
もっとも、お主には今さら説明するまでも無かったかの――秋瀬或』
「確かに、目新しい情報はいただけませんでしたね。
何の前触れもなく、ルールも登場人物も一新された殺し合いに呼ばれたというのに。
開口一番に『ルールに関すること以外の質問を禁止する』とは」
『嫌味を言っても無駄じゃ。お主に余計なことを教えたら要らんちょっかいをかけてくることは分かりきっておる』
「では、なぜ僕を招待したのです? サバイバルゲームの参加者でもなければ、日記所有者でもない僕を――。
いや、この『The Rader』と契約すれば所有者にはなれると」
『無駄口をたたいてないで、さっさと契約するかどうかだけ答えるのじゃ』
「無駄口とは心外な。僕は貴方がたの手間を省いて差し上げたいんですよ?
僕がただ従順に従うはずないと分かりきっていて、殺し合いに呼んだ。
つまり、僕に対して何らかの役割を期待しているということだ。
貴方達は、僕に何をしてほしいんです?」
『別に、じゃ。お主はただその日記を使ってこれまで通りに『観測』しておればよい。
役割というならデウスのいない世界に来た時点で、お主の役割は終わっているのじゃから
――まぁ良い。これ以上の会話に費やす時間もないし、切らせてもらうぞ。
『契約に同意した』と見なしても良いようじゃからの――――ブツッ、ツーツーツーツー』


それが、最初の記録。
『すべてが死に絶える未来(ALL DEAD END)』を告げられる前の『観測者』が訊ねた、自分が存在する意味についての会話。





「デパートに向かおう」

秋瀬或の決断は、それだった。

その選択をした理由は大きいものから小さいものまで。メリットもあればデメリットもある。
しかし、大きな理由をひとつあげるとすれば、『後手に回らないため』というものだ。
現時点で最大級の要警戒人物であり、デパートに向かってくる可能性も低くない、我妻由乃。
彼女は雪輝日記を持っており、こちらの動向はすべて筒抜けになっている。
しかし、こちらの手には彼女の動きを追えるような未来日記がなく、参加者の位置情報を把握するためのレーダーも携帯電話の電池切れで作動不可能となっている。
仮に当座の危険を避けるため、あるいは我妻由乃を呼びこまないためにデパートを避けたとしても、これだけ情報量の差があれば常に先手を取られ続けることになる。
だとすれば、急務となるのは『携帯電話の充電器』を確保すること。
病院の売店にもそれが見受けられなかった以上、その品揃えが期待できるのは『デパート』か『ホームセンター』ぐらいのものだろう。
さすがに一日近くが経過した今になって通話とメールを解禁しておきながら、会場のどこも携帯の充電ができないということはないはずだ。
だとすれば、ここは虎口に飛び込む危険を冒してでもデパートに向かう。
到着すれば、秋瀬或は迅速に家電売り場から充電器を調達。その一方で他の三人は杉浦綾乃の確保に専念しつつ、我妻由乃の襲撃に備えた警戒態勢を敷くこと。

466天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:32:46 ID:G67N34mU0

そういった説明は、病院の駐車場へと降りていくまでの行きしなで済まされた。
とはいっても、三人に口頭で説明してしまえば、その会話はそのまま雪輝日記に反映され、こちらの意図(レーダーを持っていること)を読まれてしまうだろう。
よって、越前リョーマと綾波レイに対しては、カルテの余白を使ったメモ書きを渡すことで(左手で書いたのでかなり乱雑な文章になったが)、天野雪輝を経由せずに情報を渡す。
そして、天野雪輝に対しては、

「御手洗清志と相馬光子を撃破することには固執しない。
むしろ、最低限の充電と救出さえ完了すればデパートから離脱することも視野にいれていこう」

ひそひそと。
天野雪輝の、左の耳に。
愛の言葉でも、囁くように。

クレスタの助手席に座り込み、シートベルトを片手で締めながら、秋瀬或は説明を終えた。

「わ、わかったけど……『この』対策、本当に大丈夫なの?」

耳元で囁き声を聞かされ続けた雪輝はとても恥ずかしそうで、頬も少しだけ赤身がさしている。
もっとも、秋瀬或に対してドギマギしているというよりも、単純に『この手のシチュエーション』に耐性がないだけなのだろうが。
どっちにしても、とても可愛らしく好ましい顔だったので、これも役得だということにする。

「『こんな方法』で未来日記をかいくぐろうとするなんて初めてだから、確証はないけどね。
理論的には、この方法で大丈夫なはずだよ」

『雪輝日記』は、10分刻みに天野雪輝の行動を記録した超ストーカー日記だ。
つまり、『無差別日記』が天野雪輝の視点による情報を元にしているのと同じく、『雪輝日記』もまた『雪輝をストーカーする時の我妻由乃の視点』で情報を捉えていることになる。
この『ストーカーの視点』というのがどれほど雪輝のそば近くに寄り添ったものかは分からない。
しかし逆に言えば『絶対に天野雪輝の視点でしか知りえないこと』ならば『雪輝日記』では予知できないと解釈できる。
たとえば『雪輝以外の人間がそばにいても決して聞き取れないように、声をひそめて耳元でひそひそと囁いたこと』ならば、会話の内容まで伝わらないはず。
かつて雪輝を軽井沢の監禁から救けだし、我妻から引き離していた時は『雪輝日記からの情報を制限すれば、かえって我妻を刺激するのではないか』と警戒して使えなかった手段だった。
ただ、こちらとしても、雪輝に顔と顔が触れそうな距離で話せるのは嬉しい。

467天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:33:49 ID:G67N34mU0
「もっとも、僕らが車でどの進路を選んだのかは『雪輝日記』にも隠しようが無い」

運転席に座った雪輝が、頷きつつクレスタにエンジンをかける。
こちらもちょうど、目的地に関する会話は終わったところだ。
名残惜しくも顔を引いて、話し方を元に戻した。

「そうでなくとも、さっきのメールが我妻さんにも届いていたら、彼女自身もそこに向かおうとする可能性はある。
最悪は目的地に先回りされている可能性も考慮すべきだね」

雪輝が深く頷くのと同時に、エンジンが唸り声をあげた。
かつて『大人として、クレスタに乗ろう』というキャッチコピーで売り出された壮年男性の御用達セダン車が、四人の未成年者を乗せて出発する。
後部シートに座っていた綾波レイが、最終確認でもするように隣の少年に尋ねた。

「越前君、怪我は本当に大丈夫?」
「綾波さん、心配しすぎ。もう充分すぎるくらい休んだし、腕だってちょっとヒビが入っただけなんだし」
「今、『だけ』って言った?」

助手席から視線を上げてバックミラーをのぞけば、越前の副木で固定された右手をじっと見ている綾波がいた。
先刻から右隣に付き添って、右腕を動かす必要が生じたらすぐに代わりができるよう目を配っている。

「それに、綾波さんがしっかり手当してくれたから痛みも引いてるし。足も体の打撲も、今はぜんぜん」
「良かった……どうして目をそらしながら話すの?」
「そりゃ手当てされる時にジャージ脱がされたり……ゴホン。
そ、それより聞きたいんスけど――」

病院の出口へと車のハンドルを回しながら、雪輝がフンと鼻を鳴らした。
それはそうだ。愛する人と出会いがしらに殺し合うかもしれないのに、後部座席で少年少女の仲良しごっこを見せられるなんて、まったく愉快ではないだろう。
しかし、

「綾波さんはさ、人、殺すの?」

その言葉で、会話の緊張感が変わった。
助手席にいた秋瀬或は、その言葉でやっと気がついた。
綾波の両手には、いつの間にかベレッタM92が握られている。
扱い方でも、確認しておこうとするかのように。

468天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:35:00 ID:G67N34mU0

「戦うためなら撃つ。殺すかどうかは、その時にならないと。
高坂君に止められた理由も、よく分からないままだし」

淡々とそう言った。
バロウ・エシャロットを殺そうとして高坂王子に庇われたことは、彼女としても尾を引いているらしい。

「殺したい気持ちのまま殺そうとすると周りが見えなくなるって、あの時分かった。
でも、私は――越前君を殺そうとする人が死ぬより、越前君が死ぬ方がいやだから」

バックミラーに映る綾波は、拳銃を見下ろしながら話していた。
だから、自分の言葉を聞いて隣にいる少年がどんな顔をしたのか、気付かなかった。
気付いていたら、とても驚いたかもしれないのに。

「越前君は、怒る?」

車が50メートルほど走って病院の正門をくぐりぬけるまでの間、答えに困るような沈黙があった。
目的語を欠いた問いかけだったけれど、意味は明瞭だった。
越前が神崎麗美をギリギリまで殺さなかったことを、『そちら側』を選べない人間だったことを、綾波も秋瀬も知っている。

「だったら、綾波さんは戦わなくていいよ」

それを聞いた綾波が「えっ」とつぶやいた声にかぶせるように、越前が早口になる。

「俺が戦えば済むことじゃん。
バロウも、デパートにいる奴らもみんな俺が相手する。
綾波さん真面目だから、人を殺したら悩んだり自分を責めたりとかしそうだし。
俺の心配するより、もっと自分のこと考えた方がいいよ。だいたい、俺の方が綾波さんより強いんだし、できるだけ殺さないようにやるし――」

その少年は、本人いわく、正しくなんかない。
だから、人の行動を『間違っている』と決めつけられない。
だから、綾波から『死ぬかもしれない』と言い放たれて、動揺している。

「私は、弱いから足手まとい?」

だから、相手が『戦わなくていい』と言われて納得するはずないと、頭が回っていない。

「越前君は強いから、私を守ってくれるの?
なら、私を置きざりにした方がいいと思う。
いっしょにいない方が、いいと思う」

それは禁句だ、と秋瀬でさえ認識した。

469天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:35:43 ID:G67N34mU0

「そんなこと言ってない!!」

車の天井が揺れるかというほどの叫び声があがり、そして沈黙が降りた。
車のエンジン音と走行音に、微かな音が混じる。
後部座席で、喘ぐように息が吸われる音だった。
吐くと同時に、絞り出すような声が出る。

「……俺だって、綾波さんを殺そうとする人が死ぬより、綾波さんが死ぬ方がいやだよ」

ここまでこじれては、横やりを入れるべきかと判断した。
だから、秋瀬は口を開いた。



「やめなよ」



そう言ったのは、秋瀬ではなかった。
意外な人物だった。
後部座席にいた二人も、驚いた顔で視線を運転席に向ける。
ただし、声をかけられたことに驚いたというよりは、
すぐ前の座席に二人ほど座っている場で言い合っていたことをやっと思い出したようなそんな驚き方だった。

「彼女に汚れ役をかぶせたくはない。
だから、彼女が『君に戦いを押し付ける役』になる分には構わない。
たとえ自分が将来的に汚れ役になったとしても、彼女の意思をねじ曲げても。
それってメチャクチャ矛盾したこと言ってる自覚ある?」

ぐぅの音も出ないほどの見事な正論だった。
後部座席の、その左側が唸った。
何も言い返せないようだった。
やがて、悔しまぎれのように言う。

「…………分かった風なこと、言うじゃん」
「これでも君よりずっと先輩だよ? 特に、『そういう事』は」

余裕のある笑みが似つかわしい声。
しかし助手席の秋瀬からは、運転手の眼が笑っていないことも見えた。

「よーするにアンタも、彼女のために危ない役をやろうとしたの?」
「まさか。僕はちゃんと由乃を叱ったり諌めたりしてきたよ」
「……あ。もしかして、逆に我妻さんに戦わせて守ってもらってたとか」
「なんで君はいちいち人の神経を逆立てるのかなぁ。
言っとくけど、途中からはしっかり由乃と力を合わせて殺すようになったからね。自慢するようなことじゃないけど」

二人の会話を聞くうちに、納得した。
要するに越前を心配したというより、彼に腹を立てて綾波の肩を持つために口をはさんできたらしい。
そりゃあ、苛々もするだろう。
『もしもの時の殺人も含めて全部自分がやるから、貴方は私を頼ればいい』と言われるのは、かつての雪輝も経験したことだし。
それを目の前で、よりによって男の子の側が、さも勇ましく女の子を守るために言い出して、
しかも『できれば殺さない方が絶対にいいはずだ』というキレイごと成分を増量して発言されたりしたら、ムカつきたくもなる。
うん、雪輝君は悪くない。

470天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:37:06 ID:G67N34mU0

「で、彼女に何か言いたいことがあったんじゃないの?
ホラ言いなよ、僕と秋瀬君にも聞こえてるけど、それは気にしないで」
「う…………ぐ……」

しかし、色々な年季でも、経験でも、雪輝の方が圧倒的に勝っていて。
バックミラーに映った越前が悔しそうな敗者の顔だったのは、少し愉快ではあった。
『運転席にいるヤツをいつかグラウンド百周以上の目に遭わせてやりたい』と考えていそうな目で、しばらく躊躇した後、
ゴホン、とわざとらしい咳払いをひとつして。

「綾波さんに、任せる」

車の中は、外の闇に侵食されて、薄暗くなり始めていた。
だから、綾波の方を向いた越前の顔が少し赤かったのも、見間違いかもしれないが。

「だから、綾波さんも俺に任せてよ」

色々な言葉を削った言い方だったけれど、綾波は必要な範囲で理解したように頷いた。

「でも、もし綾波さんが何か間違えた時は、その時は一緒に背負うから」

綾波が、少し首をかしげることで『どうして?』と尋ねて。

「俺、綾波さんのことは…………パートナーだと思ってるから」

綾波は、声に出して何かを言わなかった。
ただ目に焼き付けるように、まばたきも忘れたように、じっと彼のことを見ていた。

運転席の雪輝は、愉快な顔から一転して、フンと鼻をならした。
会話の余韻が途切れた頃合いを見計らって、越前へと話を振る。

471天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:38:05 ID:G67N34mU0
「でも、意外だよね。コシマエはこの期におよんで、バロウって子を殺さずにどうにかするつもりなの?」

視線はハンドルと車の進行方向を見ていたけれど、眉をひそめていた。
越前も運転席を見て、似たような表情を作る。

「綾波さんも碇さんのことがあるから、そっちを決めるのは綾波さんになるけど……まずは、決着をつけてからにする」
「でも、大切な仲間とか、知り合いとか、あと高坂だってそいつに殺されてるんだよ?
殺す気で戦わないと逆に殺されるかもしれないし、他にも犠牲者がいるかもしれない。
由乃に遠山を殺されても仲を戻そうとしてる僕が言うのもなんだけど、心が広すぎじゃない?
コシマエがそいつを殺しても、十人が十人とも責められないぐらいの事をされてるよ、それ」
「なんでアンタがそこ気にするの?」
「僕が殺し合いに慣れすぎてるのか、君の方が普通なのかどうか、気になったから。
昔の僕だったら、大切な人を殺した日記所有者は殺してやろうと思ってたし」

天野雪輝は、とても優しくて、人によっては甘いとも言われる少年だ。
自身を殺そうとしたばかりか母親を殺してしまった父親に対しても、父が涙を流しながら謝罪したことでその罪をあっさり許したという。
大切な人間がどれだけ罪に汚れていたとしても、その情が揺らぐことはない。
しかし、逆に言えば。他人に大切な人を殺され、しかも犯人がそのことを悪びれもしないような人間だったならば、良心の呵責も容赦もしない。
両親が死ぬ原因を作った11thには本気の殺意を向けていたし、仮に『勝ち残って皆を生き返らせる』という目的がなかったとしても11thだけは復讐から殺していたのではないかと秋瀬は推測する。

「天野君は、もし我妻さんを殺そうとする人がいたら、その人を殺すの?」

そう問いかけたのは、綾波だった。

「そうしなきゃ由乃が守れないなら、殺すよ。君は、違うの?」
「守りたい人が、それを望まないかもしれないから」
「そっか、そういう考え方もあるよね」

越前は、雪輝に答えるより先に、綾波に尋ねていた。

「綾波さんは? 碇さんの仇、取りたい?」

綾波は少しだけ考えるような時間をかけて、そして頷いた。

「前にも言ったけど、やっぱりまた会ったら殺したくなると思う」
「正直、俺もそう思う」

472天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:39:38 ID:G67N34mU0
「「え?」」と。
意外な返答に、綾波と雪輝が驚いたようなつぶやきをもらす。

「部長も神崎さんも碇さんも高坂さんも帰ってこないのに、殺した方は一回倒して反省させればそれで終わりなんて、ムシが良すぎるじゃん。
しかも、本人に訊いたらそれが『ベストの方法』だって。
そんな奴を助ける義理なんてないっスよ。
ってゆーか、別に助けたいとも思えないとこまで来てる。
でも俺、アイツに『教えて』って聞いたことを、まだ教えてもらってない。
……それに、いちおう部長からも皆で何とかしろって言われたし」
「その遺言のことは、もう時効にしたっていいんじゃない?
その遺言が出てから、少なくとも三人以上が殺されてるんだよ。
そんな行くとこまで行っちゃった人を救うなんて無茶だと思う」
「かもね。でも、なんか違うんじゃないっスか。
そんなこと言い出したら、俺は我妻さんのことも仇討ちしなきゃいけないし。
それに、あの人は殺すとかこの人は殺さないとか、いちいち決めてかかるのが『柱』だったら、そんなのやってられないし」

それは、最終的に殺す以外の終わらせ方ができない相手だったとしても、
何も分からないまま、覚悟も決めずに殺したくはないということなのか。
甘い、と秋瀬は思った。雪輝も同じことを思ったのか、ため息を吐いた。

「まぁ、僕としてはその方がいいけどね。
君が由乃のことも許せない殺すとか言い出したら、僕は君を殺さなきゃいけないし」
「なんで本気かどうか分からないことをそんなしれっと言うんスか」
「本気だよ」
「アンタさぁ……」
「越前君」

喧嘩のようなそうでないようなものが勃発しかけたところを、綾波の一声が遮った。

「前から聞きたかったけど……『柱』って何?」

ずばり。

「え……それは…………だから……つまり……」

今までごく当たり前のように使ってきた言葉の意味を尋ねられて、越前はとたんに返答に窮していた。
深く考えずに使って来たのか、当たり前に使いすぎて他の言葉で説明するのが難しいのか。
しかし綾波は、「もうひとつ」と前置きしてさらに尋ねる。



「中学校のクラブ活動の『柱』だったら、殺し合いに巻き込まれたときに皆の『柱』になるの?」



実は秋瀬もひそかに引っかかったけど、指摘するのは野暮かなぁと言わなかったことを言った。言ってしまった。

「ならないよね。むしろ、なろうとする方がおかしいよね」

さらに雪輝が追い打ちをかけた。
越前が、何か言おうとした顔のままで固まる。

「君たちのテニスが普通じゃないのは遠山を見てたら察したけどさ。
それにしたって、殺し合いやってるのに『テニス部の柱だから、ここでも脱出派の柱になる』とか言われても、普通は『なんで?』って思うよね。そういう役職じゃないよね?」

473天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:40:15 ID:G67N34mU0
秋瀬視点で捕捉すると、最初にそう言った手塚国光は、月岡彰にも『お前たちが』柱になれと言ったそうなので、別にテニス部限定で柱を指名したわけではないのだが。

「い、いいじゃん別に……や、やりたくてやってるんだし?」

微妙に綾波から目をそらし、というかほとんど目を泳がせながら、越前は言う。

「じゃあ、『柱』って何をするの?」

そう問いかけられて、改めて考えるように遠くを見る目をした。

「少なくとも、俺にとっては――」

集団の精神的支柱。みんなの頼れる牽引役。チームの仲間を勝利へと導く存在。
普通はそういう意味合いだし、だから秋瀬もそういう答えが出ると思っていた。
しかし、

「――『新しい世界』に、連れて行ってくれる人」

少年はそう言った。
しかし、「違うな……」とつぶやき、すぐに言い直す。

「『新しい世界』に行ってみたいって、思わせてくれる人。
なんか、綾波さん見てて、そう思った」

その『新しい世界』が、彼のいた場所では全国優勝だったり、海の向こうだったりしただけなのか。

「皆で、『油断せずにいこう』って」
「どこへ?」
「どこかっ」

474天体観測 〜或の世界(前編)〜 ◆j1I31zelYA:2015/06/03(水) 21:40:55 ID:G67N34mU0
きょとんとする綾波を見て、「たぶん楽しいところ」と付け足した。
綾波は、「どこか」と、「楽しいところ」と、おうむ返しのように復唱する。
まるで生まれて初めて『楽しい』という言葉を聞いたかのようだった。

「……ふーん。僕は由乃がいて一緒に星を見られたらそれでいいよ」

雪輝が口を挟んで、初々しい余韻を壊しにかかった。

「別にアンタのためにやってるわけじゃないし」

バックミラーから見られていることを知らない越前が、『べー』と舌を出す。

よく喋るようになったかと思えば、かえって犬猿になったようでもあり、おかしな二人だった。
お互いに、お互いへの対応が一貫していないこともある。
二人のこじれた関係を正したかと思えば、仲直りしたらしたでむすっとしたり。
『柱』として接したかと思えば、『アンタのための柱じゃない』と言ったり。
おそらく、うかつに「ずいぶん仲良くなったね」などと空気の読めない台詞でも吐けば、
二人ともから息ぴったりで「「仲良くなんかない」」と唱和されるだろう。

実際、この二人を険悪にしかねない要素ならば色々とある。
天野雪輝の恋人が越前の友達を殺害して、しかも雪輝がそれを見殺しにしたとか、そういう事情もあるし。
目の前で仲睦まじい二人を見せつけられていることもあるし。
かたや平穏な日常を望みながら、傍観者として生きていたのに、クソッタレな戦火に放り込まれてすべてを失った身の上だったり。
かたや日常の中で変化を望みながら、チームの柱として、危険ではあっても楽しい戦場ですべてを獲得してきた身の上だったり。
かたや自分に自信がない少年で、かたやたいそうな自信家で。
かたや思慮深く、しかし急場になるとたいそう肝が据わった殺し合い経験者の中学生で。
かたや考えるより行動で、しかし急場になると人を殺す覚悟もなにもない、ただの中学生で。
あの高坂王子なら、ばっさり「元ぼっちとリア充だろ? そりゃ気が合わねぇよ」とか身も蓋もなく言ってしまうかもしれない。
それでも、今のところは一蓮托生としてここにいる。

彼が望んでいる役割は、『柱』だった。
ある意味では、ある少女(?)が回答した『遺志を継ぐ者』とも似通っているかもしれないが。

どうやら、己の役割をあらかじめ持たされた中学生は僕だけであるらしい。
車内での会話が鎮火してきたことを契機として、秋瀬或はそうひとりごちた。
ここ一日の記憶を検索し、これまで会った少年少女のことに意識を潜らせていく。


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