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中学生バトルロワイアル part6

1 ◆j1I31zelYA:2013/10/14(月) 19:54:26 ID:rHQuqlGU0
中学生キャラでバトルロワイアルのパロディを行うリレーSS企画です。
企画の性質上版権キャラの死亡、流血、残虐描写が含まれますので御了承の上閲覧ください。

この企画はみんなで創り上げる企画です。書き手初心者でも大歓迎。
何か分からないことがあれば気軽にご質問くださいませ。きっと優しい誰かが答えてくれます!
みんなでワイワイ楽しんでいきましょう!

まとめwiki
ttp://www38.atwiki.jp/jhs-rowa/

したらば避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/14963/

前スレ
ttp://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1363185933/

参加者名簿

【バトルロワイアル】2/6
○七原秋也/●中川典子/○相馬光子/ ●滝口優一郎 /●桐山和雄/●月岡彰

【テニスの王子様】2/6
○越前リョーマ/ ●手塚国光 /●真田弦一郎/○切原赤也/ ●跡部景吾 /●遠山金太郎

【GTO】2/6
○菊地善人/ ●吉川のぼる /●神崎麗美/●相沢雅/ ●渋谷翔 /○常盤愛

【うえきの法則】3/6
○植木耕助/●佐野清一郎/○宗屋ヒデヨシ/ ●マリリン・キャリー /○バロウ・エシャロット/●ロベルト・ハイドン

【未来日記】3/5
○天野雪輝/○我妻由乃/○秋瀬或/●高坂王子/ ●日野日向

【ゆるゆり】2/5
●赤座あかり/ ●歳納京子 /○船見結衣/●吉川ちなつ/○杉浦綾乃

【ヱヴァンゲリヲン新劇場版】2/5
●碇シンジ/○綾波レイ/○式波・アスカ・ラングレー/ ●真希波・マリ・イラストリアス / ●鈴原トウジ

【とある科学の超電磁砲】2/4
●御坂美琴/○白井黒子/○初春飾利/ ●佐天涙子

【ひぐらしのなく頃に】1/4
●前原圭一/○竜宮レナ/●園崎魅音/ ●園崎詩音

【幽☆遊☆白書】2/4
○浦飯幽助/ ●桑原和真 / ●雪村螢子 /○御手洗清志

男子11/27名 女子10/24名 残り21名

1247th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:25:29 ID:hOSo1yps0





















それでも。それでも。

彼女達が、手を差し伸べることをやめないならば。

まずは、『七原秋也』の根幹を知ることから始めなければならない。

彼が過ごした日常を。彼が味わった地獄を。彼が失ったものを。彼が奪ったものを。彼が到達した世界を。

戦闘実験第六十八番プログラム報告書。

船見結衣が手に取った冊子には七原秋也が『七原秋也』でいられた時を記している。

彼を知る手掛かりとなる欠片が、結衣達は今開こうとしているのだ。

けれど、知ったからといって彼女達のしあわせギフトが『ワイルドセブン』に届くは別問題だ。

彼女達の言葉が『ワイルドセブン』に不都合なものであるならば、容赦なく切り捨てるだろう。

強さを保つ為に。走り続ける為に。

綺麗な想いを信じていた“中学生”は、何処にもいないのだから。





 【戦闘実験第六十八番プログラム報告書】
船見結衣に支給。プログラムに関わる様々な情報を記載した冊子。
どんな目的で行われるか、どのクラスが巻き込まれたか。プログラムに関わる情報が色々とつめ込まれている。
その中には、『七原秋也』がどのような人物か。どんな人生を歩んできたかも当然含まれる。
彼らが奪われた“日常”が事細かに写真付きで記されているのは、何かの皮肉も込められているのだろう。
………もう取り戻せない優しい日々を嘲笑うかのように、写真の中で生きていた彼らは、幸せに生きていた。

1257th Trigger ◆jN9It4nQEM:2014/04/22(火) 00:26:02 ID:hOSo1yps0
投下終了です。

126名無しさん:2014/04/22(火) 10:48:36 ID:lBbxKnQM0
投下乙です
元の日常に戻ろう!がこんなに残酷な台詞だとは思わなかった……
孤高の革命家の知られざる過去が、今明らかに!
1人でも戦い抜く決意を固めた七原だけど、彼もまた同じく中学生
彼の気持ちがどう動くのか楽しみです

長くなったけど、改めて乙!

127名無しさん:2014/04/22(火) 11:01:10 ID:OkR.cZlA0
もしかして七原にとっては元の日常のほうがロワよりもきびしいのか?

そしてこのグループにヒデヨシ、植木、両方を知ってるテンコがいる

思いっきり四面楚歌だな

128名無しさん:2014/04/22(火) 15:43:14 ID:HsFcB5gQ0
投下乙です

きついわあ…
七原はどうなるんだろう…

129 ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:25:59 ID:g6gu0fQk0
投下します

130狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:27:42 ID:g6gu0fQk0
小麦色の肌に、結い上げた薄紫色の頭髪。
同じ色の瞳と、あどけない少女の顔立ち。
異国風の少女のような容姿だったけれど、尻からのびている『先端が矢印の形をした黒いしっぽ』は、まさにテンプレートどおり。
ムルムルという名前の、小悪魔だった。



「一応は、『初めまして』に当たるのかの。我妻由乃」



空間に渦のような歪みが生じるや、飛びだしてきた。



我妻由乃は、レストランのテーブル席に着座ままミニミ機関銃を手に取り、銃口を『そいつ』へと向ける。
ガラス窓の向こうにある夕焼け空を背景にして浮かびながら、そいつは「こ、こわっ……」と後ずさりした。

「やっぱり、お前も『そっち側』にいたのね」
「や、やっぱりとな?」
「面白いゲームが楽しめるなら、何でもいい。
そのためならデウスにだって逆らうし、誰の下にだってつく。
お前は、そういう生き物でしょう?」

自称・不死身であるムルムルを射殺しようとしたところで意味を成さない。
しかしお助けキャラのように歓迎できるほど可愛らしい生き物ではないことは、よく知っている。
一週目の世界では支配下においた従者であり、二週目では敵として立ち対峙したこともある『神』の小間遣い。
たとえデウスを裏切って『新しい神』に迎合したとしても、何ら不思議はなかった。

「な……誰の下にもつくとは失礼なのじゃ。『一週目の儂』は、あくまで主君であるお主に仕えておったではないか」
「目的は何? どうしてこのタイミングで姿を現した?」

131狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:29:09 ID:g6gu0fQk0
天野雪輝を仕留め損ねたのを見て、不甲斐ないとけしかけに来たのだろうか。
そう思いかけて、すぐに否定する。
だとすれば、あの現場から離れた直後にでも姿を見せたはずだ。
補給のために立ち寄ったレストランで夕食を済ませてから現れるのは、タイミングとして遅すぎる。

「それはな、ついさっき天野雪輝が思い出したからなのじゃ。
神になる前の、日記所有者としてサバイバルゲームを戦っていた時代の記憶を、な」
「……どういうこと?」
「ん? お主は、雪輝日記を見ておらんかったのか?」
「三十分ぐらい前に、一度」

最後にチェックした予知があまりにもふざけたものだったので、栄養補給を終えるまでは考えないようにしていた。
『ふざけた予知』呼ばわりされても文句は言えないはずだ。
なにせ、秋瀬或の負傷度合いくらいは確認しておきたいと『雪輝日記』を開けば、あんな予知が表れたのだから。



『ユッキーが病院の運動場をグラウンド100周してるよ!
青春の汗を流すユッキーかっこいいよユッキー』



「………………は?」という声が出た。
何がどうしてそうなった。
あんなに呆気にとられたのは、たぶん秋瀬或からBL性癖の持ち主なんですとカミングアウトされた時以来かもしれない。

機関銃をいったん取り下げ、雪輝日記を確認する。
そこには確かに、天野雪輝が色々なことを思い出したという予知が書き変えられていた。
口にされた決意の言葉までが書かれていて、苛立ちから唇を噛む。

「だからどうしたの? ユッキーが何を思い出したって、それで状況が変わるわけじゃない」
「そうでもないぞ。日記所有者の『1st』だった当時の天野雪輝は、他の所有者よりも優れた力を持っていた。
言うまでもなく、『DEAD END』を回避する奇跡を起こす力のことじゃ。
あの世界のデウスから『優勝候補』と目されたのも、ひとつにはそれがあったからじゃな」

知っている。
だからこそ雪輝は他の所有者たちから危険視されて、由乃は雪輝を守るためという理由でそばにいることができた。

132狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:30:18 ID:g6gu0fQk0

「……当時のモチベーションを取り戻したことで、その力が開放されるとでも言うの?」

ムルムルは大きなスイカほどの球体を中空に出現させると、その上にちょこんと座る。

「少なくとも、さっきまでの雪輝に『奇跡』を起こす気概が無かったことは確かじゃな。
お主は知らんかもしれんが、『神』になってからの雪輝は、因果律をろくに弄ろうともしなかった。
人間だった頃でさえ、『三週目』の世界の因果をまるごと引っくり返すほどの力があったにも関わらず、な。」

知っている。
秋瀬或との戦いのなかで、由乃が知らない時間の雪輝については教えられた。
この殺し合いに呼ばれさえしなければ、由乃はあの雪輝に殺してもらえる未来だったということも。

「もちろん雪輝が何もせんかったのは、能力の問題ではなくて意志の問題に過ぎなかった。
しかし、未来を変える意志を持たない者に、因果律を動かせるかどうかは怪しいと思わんか?
『二週目の秋瀬或』にしたって、『未来を変える意志』を持つまでは、デウスのシナリオから外れることなどできなかったのじゃ」

今度は、知らない言葉が出てきた。
秋瀬或とデウスの間に繋がりがあったなど、由乃にしてみれば初耳だ。
しかし、この時はそれ以上に引っかかることがあった。

「……まるで、ユッキーに未来を変える意志を取り戻して欲しいような言い方ね」

ムルムルは楽しげな表情で、腰かけた球体からパタパタと足を揺らして答える。

「そう。まさにそれこそが、天野雪輝がよりにもよって『神様』として殺し合いに連れてこられた理由じゃよ」


◆  ◇  ◆


「しかし、このガキが軽く十数人は殺してるって言われても、にわかには信じられませんね」

坂持金発は、ジョン・バックスによって持ち出された参考資料のページをゆっくりと繰った。
めくった箇所には、ニット帽をかぶった気弱そうな少年の写真と、履歴書のような書式に羅列された膨大な情報がある。

「と言いますと?」

対面に座る情報の提供者、ジョン・バックスが促す。

「おおかたのプログラムで優勝者があげるスコアよりも多いじゃないですか。
『殺し合いの優勝者』ってのは、もっとこう、分かりやすく頭のネジが外れてるもんですから」

そう思ったのは、何も坂持が長いことプログラム担当官を務めてきたからだけではない。
大東亜共和国では、プログラム優勝者の凱旋映像がローカルニュースとしてお茶の間の皆さんにお披露目される。
そこに映される少年少女たちは、大半が狂ったような笑い声をあげていたり、幽鬼を連想させる目つきをしていたり、つまりは普通の人間から逸脱した生き物となり果てていた。
そんな優勝者たちと比較すれば、『並行世界の優勝者』であるはずの天野雪輝は、ごく穏やかそうな少年に見えた。
一万年の歳月を経たことによる摩耗はあるものの、ごく普通に同年代の子どもと会話して、理性的な思考回路をしている。

133狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:31:21 ID:g6gu0fQk0
「彼の場合は、終盤から『生き返り』を期待して殺し合いに乗りましたからな。
希望を持って殺し合いに参加したケースですから、いちがいに『プログラム』と比較することはできないでしょう。
しかし、油断ならない手合いであることは確かです。
『二週目』の私を実質的に追いこんだのはこの少年でしたし、『三週目』でもたった数時間の行動で、すべての所有者の運命を変えてしまった」

その一件が無ければ、『新たな神』に目を付けられることもなかった、と付け加える。

「あー、それが市長のおっしゃっていた『因果律に干渉する力』ってやつですか?」
「ええ。むろん、未来日記が無ければ成し得なかったことではあります。
しかし、十二人いた所有者でも、あの少年がとりわけ『未来を変える』結果を残していたことは否定しようがありませんでした」

ふむふむと、坂持が相槌を打つ。
実のところ、初めて耳にする話でもない。
『殺し合いから生まれる利益』については、大東亜と桜見市で共有する契約を交わしているのだから。
しかし、実際の天野雪輝を(モニター越しにではあるが)目にした後に、『神様』の心象にも触れながら話を進めてくれるともなれば興味深い。

「星の数ほどある並行世界を行き来し、あらゆる世界の人々と技術を調べ上げる。
そのような術を持つ者にとって、『訪れた世界に干渉する自由』が、どれほど魅力的であり、また脅威ともなるかは分かりますな?」
「そりゃあもう」

坂持はそこにある実利――彼個人にとってではなく一国にとっての――を想像して即答する。
バックスは、同類に対する眼差しを坂持に向けた。

「しかし、だからといって『学園都市』のように天野雪輝のクローンを量産してみようというわけにもいかない。
超能力のようにメカニズムが見えるものではないからこそ、『奇跡を起こす力』としか説明できないのですから」
「しかし『ある』ことは確からしいんでしょう? ……なるほど、だからこそ『神様』を選ぶ必要があったんですか」
「ええ、人の身では『能力』とすら呼べない漠然とした才能だったとしても、『因果律を操る』ことを能力とする神ならば、それを『力』として生かせる。
それに、『神の力』を他者に付与したり取りこめることは、デウスや『2週目の9th』という先例からも明らかです」



◇  ◆  ◇


「……そして、わかたれた二週目との因果をたどってようやく『神の雪輝』を見つけたと思ったら、肝心のあやつは気概をなくしておった。
しかも、力を示していた『一万年前』のことをきれいさっぱりと忘れておる。
『神』としては、もっとも運命を変える力が強かった『二週目』の雪輝を取り込みたかったのに、アテが外れたというわけじゃな」

ムルムルの話は、理解できないものではなかった。
同じ人物でも、世界の環境が違うだけで因果は変わる。
そのことを、並行世界を二週してきた我妻由乃は知っている。
だから『一万年後の雪輝』を見て、『新たな神』とやらが不安にかられたのも分からなくはない。
しかし、理解した上で呆れた。

「ユッキーを吸収するためだけに、ずいぶんと手間をかけるのね」
「そりゃあそうじゃろう。もともと儂らの『サバイバルゲーム』も、中止など有り得ない回避不能のルートだったのじゃから」

134狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:32:17 ID:g6gu0fQk0

まるで、雪輝のことをゲームのパワーアップアイテムか何かのように認識している。
けれど、そう言えば由乃が雪輝を殺そうとしていることも、ベクトルは違えど同じぐらいの扱いの酷さだった。
だから、そういうこともあるかと納得する。

しかし、矛盾している箇所もあった。

「だったら、過去に遡って『神様』になりたてのユッキーに会いにいけば良かったじゃない。
現に、私や秋瀬や他の二人は、『一万年前』から連れてきたんでしょう?」
「それがそうもいかん。過去に飛んで歴史を変えたりすれば、また並行世界に分岐してしまうじゃろう。
かつて雪輝が『三週目』の歴史を変えた時も、二週目との因果は分かたれてしまい、すぐに二つの世界を行き来することはできなくなった。
一般人の高坂王子たちや、限定的にしか『力』を使わないお主を攫ってくるならともかく、腑抜けとはいえ『神』を封印するのはなかなか手間がかかるからの。
もたもたしているうちに、わしらが元の時代に帰れんようになっては困るというわけじゃ」

そう言えばさっきも、『二週目の世界をみつけるのは苦労した』とか言っていた。
自在に並行世界を行き来するという力も、まったく万能というわけでは無いらしい。
移動できる世界は多いようだけれど、任意の世界を指定することはできない……そんなところだろうかと、ムルムルに尋ねてみる。

「まぁ、そんなところじゃよ。
もともとは遠くはなれた世界で使われていた移動法じゃから、説明しようとするとややこしくなる。
そこでは『カケラを渡る』と呼んでいたから、ワシらも区別するためにそう呼んでおるのじゃ」

かつて自身が使った『繰り返し』とも異なる、別の方法による世界移動。
『優勝者への報酬』に対する期待がぐっと大きくなり、それでも今はムルムルへの対処が先だと気を引き締める。

「過去の雪輝を連れてこられない以上、今の――お主にとっては一万年後じゃな。
今の雪輝から『神』だった時期の記憶を奪い、力を封印することで、ただの中学生だった時期に近づける。
本当なら無差別日記も支給したかったのじゃが……『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』が別人に支給するように条件を付けたのでな。
その上で殺人ゲームを経験させて、強引にでも『一万年前』の記憶を思い出してもらう。
『神』でありながら、しかし『中学生』だった時代を取り戻してもらうためじゃ」
「そして、ユッキーは『中学生』だった頃のユッキーに戻った。
つまり、全部あなたたちの計算通りだと言いたいの?」

そのためだけに、殺し合いを主催したのだろうか。
いや、それは無いと即座に否定する。
それが目的なら、参加者を十二人にして全員に未来日記を持たせるとか、より『前回の殺し合い』に近い条件でゲームをしたはずだ。
殺し合いの目的はべつにあり、雪輝はあくまで副次効果として期待されたのだろう。
そんな風に推測したことを肯定するように、ムルムルは説明を続けた。

135狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:33:50 ID:g6gu0fQk0

「思い出せなかったらその時は仕方ない……ぐらいの試みじゃったがの。
たとえ殺し合いの最中に死んでも、デウスのように『核』だけを残して取り込むことはできる」
「だったら、もう『神様』はユッキーを始末すばいいじゃない。
『神様』がたった中学生四人に返り討ちに遭うはずもないでしょう?」

そうしてくれた方が手間がはぶけると、言ってみた。
しかしムルムルは球体にねそべりながら、つまらなそうに否定する。

「そうは言うが、ゲーム会場に入るためには、いったんATフィールド……会場の封鎖を解かなければならんからの。よっぽどの非常事態でなければできんことじゃ。
それに使い魔の中でもワシだけは会場に潜り込んでおるが、連絡役以上の役目は与えられておらんのでな。」

それに、運営から直接にゲームの進行に関わってはならんというお達しもある、と付け加えた。
先ほどは雪輝ならば奇跡を起こすかもしれないと言っていた割に、その雪輝を泳がせてまでも、殺し合いのルールを優先するらしい。
よほど殺し合いが破綻しないことに自信でもあるのか……それとも、『参加者同士』で殺し合わせることに重要な意味があるのか。
どちらにせよ大事なのは、その意向を利用して由乃自身がどう立ち回るかだ。

「なら、お前は何をしにきたの?
私に『核を回収したいからユッキーを殺してくれ』とでも頼むつもり?」
「それは『馬に蹴られる』というものじゃろう。そもそもお主が『雪輝日記』を持っておる以上、対決は避けられんはずじゃ」

少し違う、と由乃は思った。
その言葉は、深く愛し合っている男女に対して使う言葉のはずだ。

「先にも言ったように、儂は選択肢を与えるだけで、自ら未来を動かすことはない。
しかし、たとえばの話じゃが、雪輝がすべてを思い出したタイミングで、お主がこの『ツインタワー』にやってきた。
支給されたパンより栄養価の高い食事を求めてレストランを目指したのかもしれんし、
休息するなら地の利がある場所がいいと思ったのかもしれん。
もしかしたら、見慣れたビルが会場にあることに興味を示し、軽く探索するぐらいのことはするかもしれん。
順番は前後するじゃろうが、『雪輝日記』をチェックしてあやつの決意を知ったお主は、それがどんな感情であれ、苦々しく思うかもしれん。
ここまでくれば、お主が自力で『新たな力』を探り当てたとしても、何ら不思議はないということじゃ」

読めた。
相応の見返りを、用意してあるということか。

136狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:37:30 ID:g6gu0fQk0
「そして、『宝の地図』……ヒントはやったのに広がらないまま燻って、このままでは死蔵まっしぐらの隠しアイテムがあったとする。
その『隠しアイテム』の鍵を開けられる参加者が、隠し場所の近くまで来ていたとする。
あまりにももったいない……とは思わんかの?」

理解した。
我妻由乃が、鍵となる場所。
そうなれば、候補はひとつしか挙がらない。
しかし。
狙いは分かったけれど、疑問は残る。
我妻由乃は、それを尋ねた。

「そこまでして、私に肩入れする理由は何?
もう何人も殺してるから? 雪輝日記を持っているから?」
「それもあるが、それだけではないぞ」

むくりと起き上がり、ムルムルは我妻由乃にむかって身を乗り出した。
無邪気そうに笑っているのにちっとも感情がうかがえない、そんな笑顔で。



「おぬしならば、『ALL DEAD END』の未来を知っても……その上で、勝ち残ることを目指すだろうからじゃ」



そしてムルムルは、語り始めた。
新たな神について、全ての終わりについて。

137狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:38:11 ID:g6gu0fQk0
◇  ◆  ◇


我妻由乃だけが開けられる、魔法の扉。

桜見市ツインタワービルの、北塔32階。
エレベーターを使えば、あっという間に運んでくれる。
経営破綻したばかりの銀行が、その階層をテナントとして埋めていた。
貸金庫ロビーへと歩みを進めれば、ほどなくして見えてくる。

我妻銀行の大金庫。
必要なものは、カードキーと暗証番号。そして『網膜認証』。
カードキーが建物のどこに保管されたかは知っているし、暗証番号は記憶している。
網膜認証は……『我妻家の人間』ならば開かれる。

『隠しアイテム』をこの金庫の中に保管するなんて、なんて公平な殺し合いなんだろう。
我妻家の人間以外には『難攻不落の扉を破壊して手に入れろ』ということらしい。

網膜認証式のロックをのぞきこみ、しっかりと視線を合わせる。
手の中にある『雪輝日記』を、ぎゅっと握り締めた。

『神』の思惑に乗っかった自覚はある。
その上で、最後に笑ってみせる未来もある。

そして、潰さなければいけない未来がある。



『ユッキーが「もう0にはしない。1からやり直す」って言ってるよ!』



――あなたが、『すべてを0(チャラ)にする』と決めた私に、それを言うか。



そう言えば、過去に殺した『恋人たち』の男の方が言っていたっけ。
天野雪輝は、自分が恋人に汚れ役を押し付けておきながら、恋人が人を殺したら叱りつけるようなろくでなしだと。



――私を幸せにするためにすべてを0(チャラ)にすると言った、あなたが。



我妻由乃は、扉を開けた。


【F-5 ツインタワービル/一日目・夕方】

138狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:40:02 ID:g6gu0fQk0
【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康、見敵必殺状態、
[装備]:雪輝日記@未来日記
来栖圭吾の拳銃(残弾0)@未来日記、詩音の改造スタンガン@ひぐらしのなく頃に、真田の日本刀@テニスの王子様、霊透眼鏡@幽☆遊☆白書
[道具]:基本支給品一式×5(携帯電話は雪輝日記を含めて3機)、会場の詳細見取り図@オリジナル、催涙弾×1@現実、ミニミ軽機関銃(残弾100)@現実
逆玉手箱濃度10分の1(残り2箱)@幽☆遊☆白書、鉛製ラケット@現実、不明支給品0〜1 、滝口優一郎の不明支給品0〜1 、???@現地調達
基本行動方針:真の「HAPPY END」に到る為に、優勝してデウスを超えた神の力を手にする。
1:すべてを0に。
2:秋瀬或は絶対に殺す。
3:他の人間はただの駒だ。
※54話終了後からの参戦
※秋瀬或によって、雪輝の参戦時期及び神になった経緯について知りました。
※ムルムルから主催者に関することを聞かされました。その内容がどんなものか、また真実であるかどうかは一切不明です。

139狂気沈殿  ◆j1I31zelYA:2014/04/25(金) 00:40:29 ID:g6gu0fQk0
投下終了です

140名無しさん:2014/04/25(金) 01:54:39 ID:fXNPNONc0
投下乙です

で、でたー!ムルムルの露骨なエコヒイキ!
こいつが進行役の時点でどうせろくでもないことをしてくると思ったけど本当にろくでもない!

原作がロワ系の話の主催者キャラのなかでも屈指の公平じゃなさ!マーボーも上回るノリノリのゲームへの介入!これは原作のムルムルに限りなく近いと言っていいと思います。

そしてこの参戦作品だと主催者側に勝てる気がしない。強力な主人公同士が対立しているいま、新たな火種が一気に場を動かしそう(そしてムルムルが両方に肩入れしそう)

141名無しさん:2014/04/25(金) 18:43:31 ID:xIAebVOc0
投下乙です

ムルムルなら仕方ないw しかも贔屓する相手は今の由乃だからなあ
このえこひいきのせいで状況は大きく動きそうなのは確かだが

ちなみにロワの最後が必ずしも対主催らが主催者側に勝てなくてもいいけどなあ
簡単にどちらかがどちらかを打破する事がパロロワの醍醐味でもないし

142名無しさん:2014/04/25(金) 19:09:10 ID:AWGH6Za.0
投下乙
原作でも一周目ラスボス(らしい)の4thを中ボスにしたり
雪輝に事の真相を明かしたと思ったら由乃の側について雪輝殺す気満々だったり
色々暴れまわってたからな、納得のえこひいきだ

ところで神様で一万歳のやつが中学生扱いなのはおかしかったって今気づいた
他のメンツが濃かったからかな…

143名無しさん:2014/04/25(金) 20:52:23 ID:FKvS.2iA0
そういえばユッキーは主人公だったな

144名無しさん:2014/04/25(金) 21:55:01 ID:oah3sTww0
投下乙。

裏で整えられつつある舞台に、ユッキーはどうするのか。
正攻法でユノを止めるには足りないし、色々と策をねって戦わなければならないけれど。
まだ残っているマーダーからして楽には行かないが果たして。

146 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:44:10 ID:Gm9F.Mq60
投下します
予約後の見直しの結果、相馬光子と御手洗清志の登場シーンがなくなってしまいましたので二名は登場しません
不要な予約失礼しました

147 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:44:48 ID:Gm9F.Mq60
窓から差し込んでくる陽光が、いつの間にか白から赤へと変わってきている。
それに気が付いた杉浦綾乃は、少し眩しそうに目を細めながら、沈もうとしている夕日を見ていた。
あと一時間もしないうちに太陽は完全にその姿を消してしまって、代わりに真っ暗な夜が訪れるだろう。
昨日まで当たり前過ぎて気にも留めていなかったその事象が、綾乃の心に一抹の不安をもたらしていた。

「暗い」は、「怖い」だ。
やがて綾乃たちを包むであろう暗闇のことを考えるだけで、ぶるりと身体が震えてくる。
浮かんできた恐怖の感情は、綾乃の中で大きく膨らんでいく。
同時に思い出すのは、相馬光子と御手洗清志の二人に殺されかけたときのことだ。
あのときは、怖いと感じる暇すらなかった。だが、ようやく落ち着いた今ごろになって、遅れて恐怖がやってきた。

両肩を抱きしめるように身を縮こまらせながら、綾乃は二人から向けられた視線を――そして感情を、反芻していた。
向けられたのは、殺意だった。
誰も殺したくないと訴えた綾乃を嘲笑うかのように、二人は綾乃を殺そうとした。

(……初めてだった)

誰かに殺意を向けられるのは、綾乃にとって今までに経験のないことだ。
思えば、この殺し合いが始まってからも、ずっと殺意から距離を置いていた。
正確に言えば――綾乃が受けるはずだった殺意は、他の誰かが肩代わりしてくれていた。
戦えない自分たちの代わりに戦ってくれていた植木耕助や、自らの命と引き換えに植木を救った碇シンジ。
彼らが感じていた恐怖を、ようやく綾乃は実感することが出来た。

そして――揺らいでいた。
誰も殺さないで済む方法を見つけ、実行するという言葉が、大言壮語の類であると気付いてしまったのだ。
いや、薄々気付いていたのだ。ただ、それの困難さから目を背けていただけだ。

(私には……殺し合いを止める力なんて、なかった)

そもそも。今さら、殺し合いを止めようとしても――全てが、遅すぎるのではないか?
既に数十人の命が無惨に奪われてしまっているのだから。
彼らの命は、もう戻ってはこないのだから――

「ちょっとアンタ。何ぼーっとしてんのよ」

思索に耽っていた綾乃の意識を現実に引き戻したのは、式波・アスカ・ラングレーの一声だった。
顔をしかめながら綾乃を責め付けるような視線を飛ばしている。

148 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:45:17 ID:Gm9F.Mq60
「アンタバカぁ? それとも今の状況が分かってないの?
 アタシと、アンタと、コイツと。この中の誰かがちょっとでもミスをすればそのまま全員死ぬことだってあるのよ。
 アンタのおっちょこちょいのせいでこっちまで巻き添えをくらうなんてたまったもんじゃないっちゅーの」

吐き捨てるように、アスカは綾乃へと告げた。
あまりにも強い語調に気を揉んだのか、初春飾利が二人の間に入る形でフォローに回る。

「式波さん。杉浦さんはさっきまで襲われかけてたんだから……少しは」
「アタシが気を使えって? ジョーダンはやめなさいよ、カザリ。
 こっちはね、慈善事業でアンタたちを助けようとしてるんじゃないの。
 アタシは、何があっても生きて帰ってやる。アンタたちを助けるのはそのついでみたいなもんだから」

だが綾乃は、アスカのその言葉に不信を抱いた。
越前リョーマと綾波レイの二人と情報交換をしたときに、式波・アスカ・ラングレーは殺し合いに乗った人物だと聞いていたからだ。
実際にリョーマとレイの二人はアスカに襲撃され、一歩間違えていれば殺されていてもおかしくなかったらしい。
そのアスカが、ついでとはいえ自分たちを助けるというのは――少し、いや、かなり不自然ではないか?

「……あの、式波さんって……越前くんと綾波さんと、一度会ってますよね……?」

『殺し合いに乗っていましたよね』と直接聞く勇気はなかったから、少し婉曲的な表現になってしまった。
だが、綾乃が聞かんとしていたことが何だったのかはアスカも察したらしい。
先ほどまでの刺々しい態度が、少し弱くなったような――そんな変化があったことに、綾乃は気付いた。

「……ええ、会ったわね。なに、アンタもエコヒイキたちに会ったの?」
「そうです。一緒に行動してたわけじゃなくて、少し情報交換をしてそのまま別れたんですけど……そのときに、式波さんのことも、聞きました」

ハァーと大きく息を吐くと、綾乃が聞きたくても聞けなかったことを、アスカは言った。

「そうよ。アタシは、殺し合いに乗ってたわ。ほんの数時間前までね」
「あ……」

聞いてから気付いたが、綾乃はアスカからこの言葉を引き出して、それからどうするのかということをまったく考えていなかった。
故に、アスカの言葉に対して返す言葉を持たない綾乃は、沈黙を続けてしまった。
そんな綾乃を見たアスカは、少々の苛立ちを声に滲ませながら、

「ほーらすぐ黙る。日本人はそういうとこあるわよね。
 あー、言っとくけど、アタシは殺し合いに乗ってたけど誰も殺してないから」

アスカはそこで話題を打ち切ろうとした。この話をいくら続けたところで今の自分達にとって有用性はないと判断したからだ。
殺し合いに乗っていた式波・アスカ・ラングレーと初春飾利はもういないのだと、
そう結論づけて終わりにしようとしたアスカに、綾乃は――何か、閃きを受けた気がした。

「教えてくださいっ! 二人が……どうして、殺すことをやめたのか。
 きっとそれがっ……! 私が、知りたかったことなんです!」

149 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:45:52 ID:Gm9F.Mq60
必死な綾乃の訴えに、アスカと初春の二人は顔を見合わせて――そして、話し始めた。
吉川ちなつと御坂美琴という二人の少女が、アスカたちを救った物語を。

「ま、そんなわけでアタシはアンタたちを救けるって決めたわけだから。
 だからつべこべ言わずに救われときなさいよ」
「私も……御坂さんに救われたこの命を、みんなのために使いたいと、そう思ったんです。
 人間は汚くて醜いだけの存在じゃない……こんな殺し合いに負けない強さを持ってるって、御坂さんが教えてくれたから……」

二人の話を聞いて、綾乃は――揺れていた決意が、再び固まっていくのを感じていた。
殺さずにすむ方法は、やっぱりあるはずだ。
目の前の二人が、その証拠だ。

「私は……殺し合いを、止めたいんです。殺そうとしている人たちを、止めたいんです」

吉川ちなつと御坂美琴は、それをやってみせた。
彼女たちが出来たことを……綾乃もまた、出来るだろうか。

「私は、吉川さんみたいな勇気や、御坂さんみたいな力は持ってないかもしれないけど……ッ!」

「――それでも、出来ますよ」

肯定してくれたのは、初春だった。

「御坂さんは――言ってくれました。力を持ってるから強いんじゃないって。
 最弱でも、最強に勝てるんだって……私も、そう思うんです。
 人間の力って数字で表せるような単純なものじゃないと思うんです。
 御坂さんはきっと、第三位の能力を持ってなくても、私を救ってくれた――」

だから。

「杉浦さんも、きっと誰かを救えるはずなんです」

「同感ね。はっきり言って、チナツはアタシにとってただの足手まといだったわ。
 力も無いし頭もいいわけじゃない。なのにヘンなところで意地っ張りで、アタシの邪魔ばかりする」

「そんなチナツでも、アタシを救けたんだから――アヤノだって、やろうと思えば出来るんじゃない?」

「……出来るんでしょうか、私に」

「チナツやミコトはね、そんなこといちいち確かめたりせずに、身体のほうが先に動いてたわよ。
 アンタも少しは頭だけじゃなくて、もっと別のところを頼りに生きてみたらどう?」

じんと、綾乃の胸が熱くなった。
そして、思い出す。植木やシンジも、頭じゃなく心で動いていたことを。

150 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:46:25 ID:Gm9F.Mq60
「あ……そうだ、式波さんに、聞いて欲しいことがあるんです!」

綾乃はシンジが自分たちを救ってくれたときのことを懸命に話した。
最初はそんなこと聞いたところで時間の無駄だと言っていたアスカも、綾乃が話し終えるころには神妙な顔をして、黙って話を聞いていた。

「バカシンジ……自分がどれだけ重要な人間なのかやっぱり分かってなかったみたいね。
 なんでエヴァパイロットがこんなバカみたいなことで死ななくちゃならないんだか……ほんっと、バカなんだから」

ため息を一つだけこぼしたアスカは、

「……それじゃ、いいかげん動き始めるわよ。時間を使い過ぎだわ」

綾乃と初春に向かって、アスカは考えた作戦を話し始めた。

「まず一つ。アタシたちが真正面からアイツらに立ち向かったところで、ほぼ勝ち目はないわ。
 あの水のバケモノはかなり厄介だし、アタシたちの手持ちの武器だけじゃ対応しきれない。
 逃走――あるいは、誰かが援護に来てくれるのを待つしかないんだけど」
「もしかしたら、植木くんたちが助けに来てくれるかも……でも、私の携帯電話は壊れちゃったから植木くんたちがどうしてるか確認出来ないし……」

水に濡れてさえいなければ友情日記を使い、植木たちがこちらへ向かってきているかどうかの確認が出来たのだが、今の綾乃たちには植木たちの現在位置を確認する手立てがない。

「なら期待は出来ないわね。最悪の場合、アタシたちだけでここを乗り切らなきゃいけない。
 でも、もしものときのための保険は打っておくわ。カザリ、確かアンタのケータイには、アンタが近い未来何をするのか分かる予知機能があるのよね? で、それを二台持ってる」
「あ……はい。交換日記っていうんですけど……本当は二人で契約して、お互いの未来を予知する能力みたいなんです。
 式波さん、片方の契約を更新して使ってもらうことも出来るみたいですけど……どうしますか?」

交換日記――今は初春に支給された携帯電話と桑原和真の支給された携帯電話の両方を使い初春が二重契約をすることで、初春の未来を完全に予知する日記となっている。
この片方をアスカか綾乃に契約してもらうことで予知の対象が二倍になるのではないかと初春は考え、契約の更新を提案したのだが――

「説明書を読ませてもらったけど、相手を観察することで相手の未来が予知される――って機能なんでしょ?
 これから先、やむなく別行動を取らなきゃいけなくなることがあるかもしれない。それでなくたって相手のことをじっくり観察する暇があるか分からない。
 予知が不完全になるより、カザリ、アンタだけでも完璧な予知が使えるようにしておきなさい。そして、逐一アタシたちに報告すること。分かった?」

二台の携帯電話を握りしめながら、初春はアスカの命令に頷いた。
初春の手に握られた携帯電話――それを見て、アスカは荷物の中から何かメモのようなものを取り出した。

「カザリ、それよりアンタの携帯電話、ちょっと貸しなさい。二台とも」

151 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:47:02 ID:Gm9F.Mq60
アスカが取り出したのは、『天使メール』に関するメモだった。
初春から携帯電話を受け取ると、アスカは慣れた手つきで送信先アドレスとメールの本文を打ち込んでいく。

「……よし、どのくらい届いてくれるかわかんないけど、三台分送れば一つくらいは近くの奴にも届くでしょ」

アスカが言っていた保険とは、天使メールによる救援要請だった。
デパートで相馬光子と御手洗清志の二人に襲われている、助けて欲しいという簡素な内容のもの。
差出人は殺し合いに乗っているという情報が回っているアスカや初春ではなく、綾乃の名前を使った。

「もうすぐ放送が始まるわ。放送が終わり次第、このメールは会場の参加者のところに届く。
 来てくれるかどうかわからないけど、何もしないよりはマシでしょ」

おそらく、相馬光子と御手洗清志の二人も放送が終わるまでは動かないだろう。
放送という重要な情報源を聞き逃すことは、かなりの痛手になる。
少しの時間とはいえ光子と手を組んだアスカには、光子ならこの時間帯にリスクを負ってまで手を出してこないだろうという予想が出来た。
ある種の紳士協定――暗黙の了解だ。
初春の持つ日記にも変化がないことから、それは間違いないだろう。

「勝負は放送が終わってから。きっとそこで、ミツコたちも仕掛けてくる」

アスカはそこで、綾乃のほうを見た。

「殺し合いを止める――アンタの覚悟がどんなもんか知らないけど、せいぜいアタシの邪魔をしないでよね」

それはつまり、アスカの邪魔をしないならば、綾乃の覚悟――誰も殺さない、殺させないという覚悟を、容認するという意味の言葉だ。
綾乃は、こくりと頷いた。

――もう間もなく、三回目の放送が始まる。

152 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:47:23 ID:Gm9F.Mq60
【F-5/デパート/一日目 夕方】

【杉浦綾乃@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]: エンジェルモートの制服@ひぐらしのなく頃に、壊れた携帯電話
[道具]:基本支給品一式、AK-47@現実、図書館の書籍数冊、加地リョウジのスイカ(残り半玉)@エヴァンゲリオン新劇場版、ハリセン@ゆるゆり、七森中学の制服(びしょ濡れ)
基本行動方針:みんなと協力して生きて帰る
1:式波さんたちと協力して、菊地さんのところに戻る。
2:式波さんに、碇くんのことを伝えたい。
3:誰も殺さずにみんなで生き残る方法を見つけたい。手遅れかもしれないけど、続けたい。
[備考]
※植木耕助から能力者バトルについて大まかに教わりました。
※携帯電話が水没して友情日記ごとダメになりました。支給品はディパックに入れていたので無事です。

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)、腹部に打撲
[装備]:ナイフ、青酸カリ付き特殊警棒(青酸カリは残り少量)@バトルロワイアル、
   『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実 、ブローニング・ハイパワー(残弾0、損壊)、スリングショット&小石のつまった袋@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式×4、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲、釘バット@GTO、スタンガン、ゲームセンターのコイン×10@現地調達
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。
1:ミツコたちをどうにかする。
2:スタンスは変わらないけど、救けられた借りは返す。

[備考]
参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。
※イングラムM10サブマシンガン(残弾わずか)@バトルロワイアルは燃え尽きました。
※光子を捕獲する際に使ったのは、デパートの警備員室からもちだした包丁@現地調達です。現在はデパートの床に落ちています。

【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:交換日記(初春飾利の携帯)@未来日記、交換日記(桑原和真の携帯)@未来日記、小さな核晶@未来日記?、宝の地図@その他
[道具]:秋瀬或からの書置き@現地調達、吉川ちなつのディパック
基本行動方針:生きて、償う
1:杉浦さんを助ける。
2:辛くても、前を向く。
3:白井さんに、会いたい。
[備考]
初春飾利の携帯と桑原和真の携帯を交換日記にし、二つの未来日記の所有者となりました。
そのため自分の予知が携帯に表示されています。
交換日記のどちらかが破壊されるとどうなるかは後の書き手さんにお任せします。
ロベルト、御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。御手洗、佐野に関する簡単な情報を聞きました。


※杉浦綾乃名義で、『デパートで相馬光子と御手洗清志の二人に襲われている』という天使メールが三台分送信されています。
 第三回放送終了後にランダムで各参加者の携帯電話へ送信されることになっています。

153 ◆7VvSZc3DiQ:2014/05/07(水) 18:48:13 ID:Gm9F.Mq60
以上で投下終了です
タイトルはwiki収録時につけておきます
矛盾点など見つけられましたら御指摘お願いします

154名無しさん:2014/05/07(水) 19:18:11 ID:mdjABNn60
投下乙です

初春もアスカも本当にスタンスが変わったなあ
そして綾乃も怯えつつも殺し合いを止める事を諦めていない、か
このトリオもトリオでいいわあ
三人のやり取りがよく書けててよかったです

155 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:05:23 ID:XjUx8H9c0
投下乙です。
かつては殺し合いに乗っていた二人が、殺し合いに乗ることを止めたのだと綾乃に伝える…
たったそれだけの、しかし綾乃にとっては確かに救いとなる話の流れがいいなぁ…
このトリオをすごく応援したくなりました

そして天使メールがここでこう使われるとは…!
これは放送後にデパート周りが大騒ぎになりそうだ。


では、自分もキリのいいところまで書けましたのでゲリラ投下します。

すみません、こちらも切原赤也の登場しないSSとなってしまいました。
不必要なキャラの拘束、申し訳ありません

156革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:07:30 ID:XjUx8H9c0
テンコと『飼育日記』の犬は、白井黒子から頼まれた『探し物』を抱えて、意気揚々と食卓のある部屋に帰還した。

「クロコー。ちゃんと見つけてき……って、どうしたんだ? 七原は?」

しかし扉をくぐって室内へと入るなり、深刻そうな面持ちでテーブルを囲んだ少女三人を目の当たりにする。
卓上には細かな文字で埋められたA4サイズコピー用紙がたくさん広げられていた。
そして、『肉じゃが』の感想を言って談笑していた時はちゃんといた少年が、その場にはいない。

困惑するテンコに気づき、まず白井黒子がはっと顔をあげる。

「ああ、テンコさん。ありがとうございますの」

食後に探し物を頼んでいた張本人は、礼を言ってテンコが抱えていたものを受け取りにきた。
なぜテンコと犬が頼まれたかと言えば、首輪をつけていないが故に『探し物をするときの声や音』を主催者に盗聴されることがなく、リスクが低いとみこまれてのことだ。

「幾つかあった中で一番新しそうなのが『これ』だったんだが、良かったか?」
「充分すぎるほどですの。もちろん、中身を調べてみないことには希望は持てませんが……」

受け取ったのは、テンコが所内のデスクから見繕ってきた黒いノートパソコンだった。
きっかけは、ホテルでの一件が起こる直前に、桐山和雄が使っていた『コピー日記』にあった。
『ウェブログ』というインターネットの日記帳は、七原やレナがいた世界ではまだ浸透していない、らしい。
しかし黒子のいた世界にはとうに普及していて、だからこそ『ブログが使えるということは、レンタル元のサーバーに繋がっていなければおかしい』という気づきを持つことができた。
そして、レンタル元のサーバーとは……すなわち、主催者が管理する情報の発信基地にほかならない。
それが罠かもしれないにせよ、情報があるとは限らないにせよ、『回線』そのものは存在している。
ならば同じ世界から来た仲間であり、電脳戦を得意分野とする『御坂美琴』か『初春飾利』の意見を仰ぎつつ、該当するサーバーに対して探りを入れようというのが黒子の試みだった。

「それから研究所を探すうちに色んな部屋を見つけたんだが……さきにそっちの話を聞いてもいいか?」

ソファに座るレナと結衣の暗そうな雰囲気をみれば、何かが起こったことは察することができた。
探し物に出発した時には、みんなが寛いでいて、七原がタバコを吸おうとして黒子に止められたりしていたのに。

「そうですわね。先に私たちの話をしましょう。
……お犬さんには申し訳ないですが、扉の前にいてくださいますか?
七原さんが戻ってきたら教えてくださいな」

157革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:09:09 ID:XjUx8H9c0
ワン、と返事をしてマスクをつけた犬は廊下へと出て行った。
ホテルで一緒にいた時からそうだったけれど、『飼育日記』の犬たちはとてつもなく訓練されている。

「簡単に言ってしまえば」

テンコがソファへと着地すると、黒子は卓上にあった紙束の表紙を見せた。

「――わたくしたちは、七原さんの知られたくなかった過去を、
七原さんが知らぬところから知ってしまいました」

『戦闘実験第六十八番プログラム報告書』と書かれた、それを。





全てを説明すれば長くなるからか。
あるいは、知ってしまった事実をさらに暴露することに、罪悪感があったからか。
そして、その紙束には読むにたえないほど凄惨なことが書かれていたのか。
黒子は、テンコに対してその資料を読ませることはしなかった。

「信じがたい話ですが……七原さんは以前にも『殺し合い』を経験したことになります。
それも、仲が良かったクラスメイト同士で。」

ただ、口頭で淡々と説明した。
中学生が、国家によって殺し合いを強制される世界があったこと。
つい昨日まで仲間と笑い合っていた『日常』がたやすく破壊されて、
絶望の行き止まりを押し付けられる中学生たちが、そこに記録されていること。
自殺する者がいて、狂う者がいて、疑心暗鬼になる者がいて、殺す者と、殺される者がいたこと。
殺し合いは完遂されたけれど、たった二人の『行方不明者』が政府から指名手配されていること。
その二人のうちの一人が、『七原秋也』という名前だったこと。

「最初は、有り得ないって思ったけど……だって、現実に起こるようなことじゃないよ」
「でも、きっとこれが真実なんだよね。作り話で、こんな真に迫った記録が書けるわけない」

具体的に七原秋也がどうしたと書かれていたのか、少女たちは語らない。
しかし、だからこそテンコにも分かってしまった。
七原秋也は、積み上げられた屍の上にいる。
生きるためにクラスメイトと殺し合い、そしておそらくは『行方不明者』として脱出するために、『主催者』の大人たちを殺している。

「じゃあ何かよ。……アイツはここに連れてこられる前から、
もういいじゃねぇかってぐらい可哀想な目に遭ってきたってことかよ」

テンコのいた世界にも、中学生の『バトルロイヤル』はあった。
しかし、だからこそ、理解してしまう。
七原だけ、住んでいる世界が違いすぎるということを。
未来ある子どもたちから何もかもを奪い取り、絶望する姿を見せ物にして楽しもうというのだから。
世界ぜんぶが狂っていなければ、実現するはずがない。

「そんなの、ひどすぎるだろ……」

ひどい話だ。
誰だってひどいと言うはずだ。
しかし少女たちがうつむいて黙っているのは、とっくに『ひどい』と言い尽くしたからだろう。
ひどいとしか、言えない話だ。
だから、『ひどい』と言い尽くしてしまえば、言葉をうしなってしまう。無力になってしまう。

知った上で、どうするのか。
七原秋也という少年をどう理解して、これからどう接していくのか。

158革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:10:17 ID:XjUx8H9c0

「あの人は……」

口火を切ったのは、船見結衣だった。

「クラスメイト同士が殺し合うところを見てきて、だから私たちのことを信じられないのかな?」

辛そうな顔で、レナと黒子、そしてテンコを見回す。

「だって、私だったら……絶対にキレると思うんだ。
『中川典子』さんって、七原さんのパートナーだったんだろ?
少なくとも、一緒に力を合わせて生き延びたんだから、きっと信頼してた人で……。
そんな人が放送で名前を呼ばれたのに、すぐそばにみっともなく泣いてるヤツがいてさ、
そいつを黙らせようとしたのに、『お前なんかに気持ちが分かるもんか』とか言われたら……私だったら、キレてるよ。傷つくよ」

その『泣いてるヤツ』が誰を指すのかは、すぐに分かった。
テンコと黒子は現場にいなかったけれど、船見結衣が七原秋也にむかってそう言ったらしいことを、辛そうな表情から知らされる。

「私のことを怒って、自分なんか一番大切な人が死んだんだぞって言い返してるよ。
それなのに、抑えて自分のことを話さなかった。
それって、そこまで我慢しても知られたくないってことだよね?
たとえば、知られたら『仲間殺し』扱いされるかもって疑ってるとか。
それか、アマちゃんの私たちなんかには分からないって思ってるとか――」

衝撃がすぎた真実は、傷つけてしまった罪悪感は、良くない憶測を膨らませていく。
しかし、レナが遮った。

「それは違うと思うよ。
秋也くんは何度も『私たちのことを否定しない』って言ったし、『殺さないに越したことはない』って認めてくれてる。
そのときの目は、心にもないことをいってる目じゃなかったと思う」

竜宮レナは、紙に書かれた事実だけに先入観を持ったりしない。
自分の目で見たの七原秋也のことも、ちゃんと覚えている。

「……私はね、隠し事をするのは、別にいいって思うの」

ぽつりと呟くように、レナは言葉を続けた。
黒子と結衣が、意外そうに注目する。

「さっきは七原くんにも自分のことを話してほしいって言ったけど。
友達のみぃちゃんだったら、『言いたくないことを打ち明けなきゃ仲間と呼べないなら、そんな仲間はいらないね』って言うと思う。
昔にしたことがどうであれ、自分を判断するために隠し事を詮索してくるような人なんか、私だって一緒にいたくないから」

両膝の上に両の手をのせた姿勢で、喪った友人のことを思い返すように目を細めて、

「だから、これはきっとワガママでお節介なことだよ。
言い争いもしたけど、私は七原君と『仲間』として一緒にいたい。
だから、一人になろうとする理由が、この秘密にあるなら――」

――私はそこに踏み込んででも、七原くんとお話がしたい。

言い切られた宣言に対して、結衣と黒子はほっとしたような笑みを浮かべた。
それはまるで、自分たちの立ち位置を、再確認するかのように。
輪の中に七原秋也を加えることを、まだ三人は諦めていない。

159革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:11:41 ID:XjUx8H9c0

「とはいえ――むしろ、心を開いてもらうハードルは上がったと言えますの。
たまたま知ってしまったとはいえ、私たちが勝手に秘密を探ったとなれば、七原さんもいい感情は持たないどころかますます警戒されること必至ですのよ」

白井黒子が、苦い顔でその厳しさを指摘する。

「それに、これからは下手に『歩み寄ってください』とも言い出せなくなりました。
だって、七原さんはとっくに切り捨てる道を選んでいるのですもの。
そして、元の世界に戻っても、それを続けようとしていますもの」

レナたちは顔をうつむかせて、卓上の『報告書』を見つめた。
資料からは、プログラムを生き延びた後の七原については分からない。
けれど彼は、己のことを『革命家』だと称していた。
だからきっと、少年は『日常』には戻らない。
これからも、決して無血革命には終わらない戦いを続けようとしている。

船見結衣が、口を開いた。
独白するように。

「あの人は……『世界を変える』って言ってた。
どんな世界にするつもりなのかな。
その変わった後の世界に、あの人の『帰る』場所はあるのかな」

誰も、それに答えられなかった。
あるはずだと答えるには、七原の瞳は、言葉は、諦観に満ちている。

「そうだな。それに、誰にも話さなかったってことは、
逆に人から何を言われようとも、聞き入れないし決意を曲げないってことだもんな」

テンコの口からも、そんな言葉がもれていた。
友達の植木耕助だって何人もの中学生を救ってきたけれど、
そいつらは自分たちの側から救いを求めるか、あるいは欲しがっていることを自覚していないだけだった。
七原秋也は違う。己に何かを与えようとする者さえ、願い下げだと拒絶している。



「ううん……そうとも言い切れないよ」



しかし、否定の声はあがった。
竜宮レナだった。

「『誰にも話さなかった』って言ったよね。
でも、実際のところはそうじゃないんだよ」

重々しい表情の中に、青い炎のような瞳が燃えている。
料理の時に見せていたぽやぽやとした顔が、怜悧なものへと変貌していた。
その視界には、テンコたちには見えない真実が見えているかのように。
そして視線は――白井黒子へと向いた。

「私は――そこに踏みこめるとしたら、黒子ちゃんだと思う」

160革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:13:48 ID:XjUx8H9c0




喫煙所の灰皿に、タバコの吸い殻が三本。

指にはさんだ四本目を、灰皿にぐしゃりと押し付けて潰した。
ぽつりと、七原秋也は独白をする。

「……このまま離れるか」

もとより、研究所に留まり続ける理由はなかった。
このまま食卓に戻ったとしても、また『別行動をさせてもらう』と『行動を同じくしよう』の堂々巡りになることは見えている。
ならば、手間をはぶこう。自分から距離をあけてしまおう。
レナたちは後々に再会でもすれば間違いなく怒るだろうが……それを疑心暗鬼として七原を殺しにかかるほど愚かな少女たちでもない。
そんな損得計算をしながら、七原秋也はゆっくりと研究所を出口にむかって歩き、階段を降り、ゆっくりと歩いて、自動ドアをくぐった。



「まったく。わたくしもアホなら、あなたもアホですのね」



そして、止められた。
夕刻の風にツインテールをそよりと揺らし、両手を腰にあてて立ちはだかる少女に。
右手には、筒状に丸めた紙切れを握っている。

「……行動を読んでたのか?」
「放送後には別行動をすると言っていた人が、いつまで経っても戻ってこなければ、
早まって出て行ったのかと危惧するに決まってますの」

それは計算違いだった。
七原としては、それほど長い時間をぼんやりとしていた自覚はなかったのに。

「そう言われても、俺としては話すことは何もないんだがな。
そっちが『やっぱり七原さんと同じように容赦なくやる覚悟を決めました』ってなら別だが」

後半は挑発だった。
そんなことが起きるとは思っていないし、白井たちは甘い思想のままでいればいい。
七原の見ていないところでやってくれるなら。

「そうですわね。七原さんの望む言葉は言えないでしょうが
――それでもわたくしには、なあなあにしておけないことがあります」

――ふと、気になった。
自分がこの『容赦なくやる』という言葉を飲み込んだのは、いつの頃からだろう。
川田に『容赦なくやれるか』と問われて『やらざるを得ないだろ』と認めたのは――まだプログラムでも、中盤にさえ差しかかっていない時期だったはずだ。
とある二人の女子生徒が、『拡声器』を使った一件がきっかけになった。
それに比べれば、大きな乱戦をくぐり抜けても、生存者が半数を割り込んでも、なお変わらずにいる彼女たちはやはり強い。
今は亡き『七原秋也』とは違う。

「まずは謝罪をしなければなりません。七原さんにとって、知られたくないことを知りました」

強い少女はそう切り出すと、丸めていた紙きれを広げて掲げた。
七原は視力がいい。
そこに印字された『戦闘実験第六十八番プログラム報告書』の文字をしっかり読み取って、顔をひきつらせる。

「おいおい。なんだって『そんなもの』がここにあるんだよ」
「支給品にも、色々とバリエーションがあるようですの。
プライバシーの侵害については謝りますが、肖像権の侵害については主催者の方々におっしゃってくださいな」

161革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:14:31 ID:XjUx8H9c0

許さないと決めていた主催者に、さらなる憎悪を上乗せする。
これだから知られたくなかったんだ、と。
知られてしまえば、踏み込まれる。
知ったふうなことを言われて、伸ばされたくもない手を伸ばされる。

「動揺を見る限り、この資料がでっち上げというわけでは無いようですのね」
「ああ。確かに、そこに書いてある『プログラム』とかいうイベントに招待された覚えがあるな。
けど、そいつは大切な『中学生活の思い出』ってやつだ。他人と共有して浸るようなもんじゃないね」

『革命家』は過去を背負い、しかし振り返らない。
だから、何人たりともに背負った荷をほどかせはしない。

「だから七原さんは、ずっと黙っていたんですの?
『身元のしれない不審人物』扱いを覚悟の上で?」
「打ち明けたところでどうなる?
会ったばかりの他人からお涙ちょうだいの昔話で同情を買うほど、『革命家』は落ちぶれちゃいないんでね」

『他人』の部分を強調すると、黒子は分かりやすくカチンときた顔をした。
ここで怒りの反論がくるところを遮って、会話を打ち切らせる。
そういう算段をしていた七原だったが、しかし黒子は黙る。
七原のペースで、ことを運ばせまいとするように。

すぅ、と息を吸い込み、言った。



「――ならどうして、佐天さんにはお話してくださいましたの?」

162革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:15:50 ID:XjUx8H9c0
名前と、記憶を結びつけることにしばらくかかった。
佐天。
なぜ、ここにきてその名前が出る。
もう半日以上も前に死体となっている少女のことだ。
そう、思えば宗屋ヒデヨシがおかしくなり始めたのも、あの少女が死んだことがきっかけで――

――もしもあの部屋から最初に出てたのがオレだったら……きっと、死んでたのはオレだ。
――もしオレが死んでたとしても……お前は、仕方ないって言っちまうのか……?

――言っただろ、俺はこんなクソッタレな幸せゲームは、一度クリア済みだってな。
――あのとき生き残ったのは、俺を含めて二人だけだった。俺のクラス42人のうち、40人が死んだんだ。

そう、たしかに『プログラム』のことを打ち明けていた。
七原にとって、会話とは情報をもらうための交渉だったはずで。
余計なことはいっさい口外しないようにしたはずだったのに。
いつからだ、と慌てて記憶を顧みる。

――七原や佐天とは住んでる世界がどう考えても違ってる……学園都市、大東亜共和国。
――俺には初耳だぜ、そんな国も場所も聞いたことがねえ。

――でも、実際にこうしてあたし達は出会っているし、それは確かな証拠だと思うんです。

本当に最初の最初だった。
二度目の殺し合いが始まって、最初に出会った二人と最初に交わした会話。
たった一日でいろいろなことがありすぎて、すっかり忘却していた過去。
佐天涙子はもう死んでいるし、ヒデヨシだってあんなことがあったからには忘れているはず。
それを、なぜ白井黒子が知っている?
大東亜共和国のことはおろか、佐天涙子についても『死んだ』と最小限のことしか話していなかったのに。

「おい、今度はどんなカラクリだ?
『未来日記』じゃなくて『過去が見られる日記』でも持ってるのか?」
「そんなものに頼らなくても……過去のことだったとしても、相手を知ることはできますの!」

研究棟で囲まれた中庭に、白井黒子の凛とした声が響いた。
風が吹き抜けて、ざわざわと建物脇の植木を揺らしていく。
それが収まった頃に、白井は付け加えた。

「もっとも……気がついたのはわたくしではなく竜宮さんですけれど」

あいつか、と思い出す。
船見結衣を止めようとしていた時の、あるいは首輪のことについて筆談をしていたときの、見透かしたような鋭い眼差しのこと。

「考えてみれば、簡単なことでしたのね。
七原さんはどうして出会った時から『わたくしたちは大東亜共和国の無い世界から来た』ことを知っていたのか」

163革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:17:00 ID:XjUx8H9c0

ああ、そうだった、と内心で歯噛みをした。
単に『異なる世界から人が集められた』ことを知るだけならばたやすい。
『並行世界』というSF小説のような発想にたどりつくにはハードルが高いけれど、それだけだ。
たとえば、宗屋ヒデヨシの世界にある『能力者バトル』や、佐天涙子の世界にある『学園都市』。
相手が『俺はこういう戦いに参加していて……』とか『私は学園都市に住んでいます』と言い出すだけで、すぐにおかしいと理解できる。
しかし、『私は日本という国に住んでいます』などということを、わざわざ説明するだろうか。

「たとえば、『大東亜共和国には学園都市なんてない』と発言して、『大東亜共和国ってなんですか?』と答えが返ってくる。
そして、それに対して七原さんが『大東亜とは何か』を説明する。
そんな流れがあって初めて、祖国の違いを認識できますの。
ましてや、わたくしたちの国が全体主義国家ではないことも、国家に抹殺される危険もなく平和に暮らしていることも、『プログラム』という殺し合いが開かれないことも。
……そこまで追及をかさねたら、どうしたって『七原さんの祖国はそうではない』ことぐらい知られてしまいます」

一方的に『プログラムというものを知っているか』と尋ねて『知りません』と返事をもらうことぐらいはできるだろう。
しかし、そんな単調な会話だけで『生まれ育った国の何もかもが違う』と確証を得られるものではない。
ましてや『大東亜共和国が生まれなかった代わりに、アメリカにも似た民主主義国家が成立している』なんて、七原秋也からしてみれば理想の世界でもあり、同時に悪夢のような話なのだから。



だから。



「たとえ、情報交換するためにやむを得ずしたことだったとしても。
七原さんは、佐天さんと宗屋さんに自分から話したことになりますの。
打ち明けるには、とても勇気がいるようなことを。
佐天さんたちを信じようとしなければできないことを、してくださったんじゃありませんの」

そうだ。
確かに、そういう会話があった。
もちろん、プログラムでどんな犠牲を払ったのか、本心のデリケートなところは伏せたけれど。
そういう催しを経験したのだと、しぶしぶながら、それでも誇らしげに語ることになった。

「――つまり、何が言いたいんだ?
『どうして話したんだ』って聞かれたら、アンタらの推測したとおり、
『やむを得ずのことだったし、こっちも混乱してた』以外に理由は無いんだがな」
「本当に、理由はそれだけですの?
なら、佐天さんは――わたくしの大切な友人は、そのお話を聞いて、なんと仰っていました?
七原さんを恐れたんですの? 信じられなかったんですの?」

そういうことか、と理解する。
だから白井黒子は、一人でやってきたのか。
船見結衣ではなく、竜宮レナでもなく、白井黒子が踏み込んできたのか。

『佐天涙子の友人だから』という、理由を得て。

164革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:18:05 ID:XjUx8H9c0
「そりゃあ……あの子はいい子だったさ。
『プログラム』のことを話しても、ショックは受けた風だったけど、変わらずに接してくれたな」

嘘は言っていない。
けれど、全てでもなかった。
佐天涙子が示した反応の中には、七原を喜ばせた言葉があった。
たとえ佐天の友人から”願い”であっても、その言葉を、自分の口から声にしたくなかった。

そのまま引用するならば、こうだ。



――そんなの、許せませんよ! 必死に生きてきた人を、こんなゲームにまた参加させるなんて!



許せないと、言ってくれた。
眉をつりあげて、両の拳を振りかざして。
七原秋也が、決して許すことはないと誓った『神様』に対して、そう言ってくれた。

「もし、佐天さんが七原さんを傷つけなかったのなら。
七原さんが佐天さんたちに、そうあってほしいと期待して、“願って”打ち明けたのなら」

――じゃあ、生きてまた。
――ああ。七原も。全員生きて脱出しようぜ!
――あはは……みんな無事で帰りたいね。
――何言ってるんだよ、必ず……必ずみんなで帰るんだ。

気がつけば、そんなやり取りをしていた。
『必ずみんなで帰ろう』なんて、ハッピーエンドを信望するかのような言葉を口にして。
ここから反撃を始めるのだと、気取ることなく笑えていた。



「打ち明けることができたのは…………七原さんだって『仲間』になれると、信じていたからではありませんの?」

165革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:18:58 ID:XjUx8H9c0
探り当てられた。
白井黒子は、救いの手をのばす『七原秋也』を、見つけ出した。
もう隠せない。繕えない。
肩からどっと力が抜ける。



「ああ、そうだな。
確かに俺は、欲しかったのかもしれない。
一緒に走ってくれる『仲間』ってやつが」

その瞬間、白井黒子の顔に、確かな希望が射した。

「だったら――」

ごくごく自然体で、七原秋也は続く言葉を口にする。



「……で、その結果、『仲間』だった宗屋は何をした?」



だが、全ては過去のこと。
救いの手をのばしていた『七原秋也』は、もういない。

「それは――!」

強い語調で反論しようとした声を、冷え切った語調で遮る。

「佐天も宗屋も、もういない。
いや、片方は生きてるけど、とうてい『仲間』とは言えないな。
むしろ次に会ったら、問答無用で蜂の巣にしてるところさ。
アンタらがどんなに庇い立てしても、赤座あかりがそんなこと望んでないとしても」

見事だ、と感嘆する。
もし、さきほど決意を固めていなかったら。
『七原秋也を亡きものにする』と決めていなかったら。
高望みをしていたかもしれない。揺らいでいたかもしれない。

「確かに、あのときの俺は、アイツらにカケラでも仲間意識を持ってたかもしれない。
けど、それが何を生んだ?
俺は、桐山の敵意からアイツを助けた。一人でも多くを救うためにな。
ところが救けられたそいつは、間接的にロベルトと佐野と桐山を殺したよ。
そして、少なくとも赤座あかりをその手で殺してる。
テンコが言ってたホテルでの惨状を聞くに、もっと多くが犠牲になったかもしれないな。
勘違いするなよ、俺はそいつを恨んでるわけじゃない。
アンタらと違って、俺は『それでもハッピーエンドを目指す』って言えるほど夢見がちじゃないんだ」

違う。
あの時あの場所にいたのは、今ここにいる『革命家』ではない。
あの時はまだ死にきれていなかった、『七原秋也』の残り滓だ。
中川典子がまだ生きていた頃の、七原秋也だ。
『世界が違う』と頭では理解していても、それが意味するところを知らなかった七原秋也だ。

166革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:19:39 ID:XjUx8H9c0

「だからさ、頼むよ。白井黒子」

お”願い”だとは、敢えて言葉にしない。
それは、他人に弱さをみせることに他ならないから。
誰にも理解されなくていいし、理解されたくもないから。

「ここで、お別れにしよう」

だからこそ、携えたレミントンの銃口を向けることだってしない。
単純な戦闘力ではどちらが上なのか判断するぐらいの頭はあるつもりだし、
ここでケンカを売れば、取り押さえられてレナたちの元に強制送還される口実を作るだけだろう。
それに、”船見結衣や竜宮レナならばともかくとして”、白井黒子を殺傷するのはちょっとマズイ。
桐山和雄が身を呈してかばって意味がなくなってしまうし、首輪を解除するアテがまるで無いというのに白井黒子の能力をうしなってしまうのは、いくら何でも愚策すぎる。
”敵になり得る”と理解しているからこそ、愚かにも戦端を切るような真似はしない。



「――お前らは、俺を敵に回したくはないんだろ?」



俺はお前らを敵に回したくないんだ、とは言わない。

決然とした顔の白井黒子に相対して、
七原秋也は、おかしくもないのに笑みを浮かべていた。

【D−4/海洋研究所前/一日目・午後】

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康 、頬に傷 、『ワイルドセブン』
[装備]:スモークグレネード×2、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾9)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪、首輪に関する考察メモ 、タバコ@現地調達
基本行動方針:このプログラムを終わらせる。
1:???
2:レナ達を切り捨てる覚悟、レナ達に切り捨てられる覚悟はできた。
3:走り続けないといけない、止まることは許されない。
4:首輪の内部構造を調べるため、病院に行ってみる?
5:プログラムを終わらせるまでは、絶対に死ねない。


【白井黒子@とある科学の超電磁砲】
[状態]:精神疲労(大)
[装備]:メイド服
[道具]:基本支給品一式 、正義日記@未来日記、不明支給品0〜1(少なくとも鉄釘状の道具ではない)、テンコ@うえきの法則、月島狩人の犬@未来日記、第六十八プログラム報告書(表紙)
基本行動方針:自分で考え、正義を貫き、殺し合いを止める
1:???
2:とりあえず、レナ達と同行する。
3:初春との合流。お姉様は機会があれば……そう思っていた。
[備考]
天界および植木たちの情報を、『テンコの参戦時期(15巻時点)の範囲で』聞きました。
第二回放送の内容を聞き逃しました。

【船見結衣@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:The wacther@未来日記、ワルサーP99(残弾11)、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式×2、裏浦島の釣り竿@幽☆遊☆白書、眠れる果実@うえきの法則、奇美団子(残り2個)、森あいの眼鏡(残り98個)@うえきの法則、ノートパソコン@現地調達、第六十八プログラム報告書(中身)@バトルロワイアル
基本行動方針:レナたちと一緒に、この殺し合いを打破する。
1:白井黒子が七原秋也を呼んでくるのを待つ。
2:今は、レナ達といっしょにいたい。
[備考]
『The wachter』と契約しました。

【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:穴掘り用シャベル@テニスの王子様、森あいの眼鏡@うえきの法則
[道具]:基本支給品一式、奇美団子(残り2個)
基本行動方針:正しいと思えることをしたい。 みんなを信じたい。
1:白井黒子が七原秋也を呼んでくるのを待つ。
2:できることなら、七原と行動を共にしたい。
[備考]
※少なくても祭囃し編終了後からの参戦です

167革命未明 ◆j1I31zelYA:2014/05/07(水) 23:20:00 ID:XjUx8H9c0
投下終了です

168名無しさん:2014/05/08(木) 13:44:22 ID:CwnvfJ66O
投下乙です。

元マーダー二人の話を聞き、決意を固めた綾乃。
手遅れはあっても、遅過ぎなんて事は無い!

秋也の決意も固いな。
元仲間のヒデヨシは、仲間を庇って自己満死してますよ。

169名無しさん:2014/05/08(木) 21:21:02 ID:JyXrja2Q0
投下乙です

秋也の決意が今後どう転ぶのか気になる
しかしこのロワは中学生の純粋だが脆さもある心理がよく書けてるなあ
そしてこのロワの売りだわ

170名無しさん:2014/05/08(木) 22:01:03 ID:IONvM.aI0
投下乙です

2話続けてハッピーエンドを目指す少女たちが頑張っているからこそ、『ワイルドセブン』の悲壮な覚悟が映えますね
殺し合いを止めるという理想が叶う時は果たしていつになるのか……

171名無しさん:2014/05/08(木) 22:29:49 ID:M/j2Xz3A0
アスカと初春と綾乃のチーム、一見それなりの結束があるように見えるんだけど
実のところまだ全員が本心を隠しているというか、まだ躊躇があるように見える。
そこにまだ危うさを感じるのだけれど、どうなるかね。

もう一つの戦いは救うか救えないかでなく、信じるか信じられないかに焦点が当たっていると思う
どんなに論理を重ねても結局自分を信じられるか、というところに行き着く。
まあそれは置いておいて個人的にはこの七原、すっごい殴り飛ばしたいんだよなあ……
言いたいことは分かるが、というやつ

172 ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:07:37 ID:aJI1bJfw0
予約していた分の投下を始めます。

今回、分量もかなり長いので二回にわけての投下をさせていただきます。
まずは前編部分の投下となります。

1737th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:10:38 ID:aJI1bJfw0

出題:あなたは、そこにいますか?




――新しい明日はまだなのね。



そういえば、と振り返る。

今より以前に、私の『日常』が変わったのはいつの頃だったろうか。
『むかし』はいまと、そこそこ違っていたと、それはハッキリと憶えている。

今とは違うむかしの話。あれはまだ小学生だった時期のこと。
あの頃はまだ、京子は今とは違っていた。
怖がりで、オドオドとしていて、よく泣く子だった。

だけど、私の方だって今とは違っていた。
むかしのわたしは、ごらく部での京子にも似た立場で。
戦隊ごっこの赤いリーダー役をやりたがるような、わんぱくな女の子だった。
きっかけも、理由も、今はもう、よく思い出せないけれど。



――君は、君がここに存在する意味についてどう思う?



京子が今の……違う、今はもういないのか。
とにかく誰もが知る歳納京子へと変わっていったのと同じ時期。
私もまた、今の船見結衣へと変わっていった。
『船見さんはクールだね』とか『落ち着いた子だね』とか言われるようになっていった。
それは単純に、ヤンチャ盛りだった子ども時代を卒業しただけのことかもしれない。
もしかすると、明るく騒がしいリーダー役になっていった相方との釣り合いを取るために、性格を合わせたのかもしれない。
……いや、それはないか。いくらなんでも、友達のためにそこまでするなんて重すぎる。
そこまでは否定したいけれど、あれで京子の成長に釣られたところはあるかも、なんて。
私はどうにも、肝心なところで他人に合わせるというか、基準にするところがあるから。
たとえば、小学校にあがったばかりの頃に、長かったツインテールをばっさりと切ったこと。
あれも、京子がまだ泣き虫だった頃で、幼いなりに自分がしっかりしなきゃと意気ごんでのことで。

1747th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:14:11 ID:aJI1bJfw0
たとえば、もしもの話。
もしもレナのような子が幼なじみだったとしたら、私はその子に合わせて『かあいい』髪型のままでいたんだろうか。
あるいは、まれにレナがかいま見せる、かっこいい『青い炎』のような姿に惹かれて。
彼女と釣り合いを取るために、『赤い炎』のような熱血やんちゃを目指したのだろうか。

考えても、栓のないことだけど。
私の幼なじみは歳納京子と、そして赤座あかりでしかないのだし。
私は昔も今もひっくるめて、ああいう性格のアイツが好きだったし。
レナのことはレナとして、ちゃんと…………うん、好きだし。



――君だけが持っている特別なこと
――出来ること、やるべきこと
――君をここに呼んだ人は、きっとそれが見たいのだから、ね



特別、と言われたら。
あかりの果たした仕事は、まさに特別だった。
そんな仕事をするよりも、無事でいてくれたらどんなに良かったかというのが本音なんだけど。
仲間になってくれるか分からない人にも、自分を殺そうとする人にも。
なんでもお話し聞かせて、どんなことでもしてあげる。
言葉と心で、直接に間接に幾人かを救った。
RPGに出てくるような世界を救った勇者にだって、きっと引けを取らないはずだ。
いい子なのは分かっていたけど、あの妹分みたいだった子が、勇気を振り絞ってそこまでのことをするなんて。
嬉しくて、悲しくて、あかりらしい。
誰が好きかと聞かれてみんな大好きと答える、赤座あかりらしい。

私の場合は、少し違うんだろうな。
もちろん、あかりほど誰にでも優しくできるわけじゃないけれど。
それでも、ごらく部のことは好きで、大切だ。
ただ、殺し合いが始まって最初に心配したのは。
いつもと変わらない『日常』が消えること。そして、みんなに会いたいってこと。
これがあかりなら、まず私たちが危ない目に遭っていないかどうか心配しただろう。
ちなつちゃんも、私たちの無事を案じてくれたと思う。
京子のヤツは想像力がたくましいから、最悪は私たちの誰かが殺人者になってしまうことも想定したかもしれない。
綾乃は……しっかりしてるし、逆に私たちが殺すはずないって信じてくれてるかもな。

こうやって挙げていくと、まるで私だけが想像力貧困で、危機感の足りてない奴みたいだ。
いや、本当にあの頃はさっぱり実感なんて湧いていなかったし、
真希波さんの死体を見てからは、それも無くなったけれど。
でも、きっとそれだけじゃない。

1757th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:15:50 ID:aJI1bJfw0

私はきっと、『居場所』としてのみんなを失うことが怖かった。
恐れていたのは、七原からも指摘された『仮に赤座あかりたちが生きていても普通とかけ離れて』しまうようなこと。
京子とちなつちゃんとあかりが部室で待っていて、綾乃や千歳が押しかけてきて。
そこにいればほっとする、『それまでどおり』のごらく部に、しがみついていたかったんだ。
きっと、それが私の『みんな大好き』のカタチ。
安心させてほしいという、甘え。
京子に言わせれば、私はぜんぜん寂しがり屋で、甘えんぼなんだろうな。



――僕から見れば君は十分に、普通の人とは違う存在かも、と感じるけどね



だとすれば、神様が私なんかを舞台に招いたのも納得がいく。
みんなそれぞれ、違う世界から来て、戦って、喪って。
誰もが自発的に、もしくは必要に迫られて変わっていく、そんな場所で。
変わっていくことを拒否する私は、さも滑稽に見えただろうから。

いや、願っただけじゃなくて、行動に移そうとした。
失われた者を取り戻すために、殺し合いに乗ろうとした。
そこまでするのは、きっと5人のなかでも私ぐらい……とまで言い切るのは独りよがりだな。
でも、そうであってほしい。

あの日々を取り戻すために、殺し合いに乗る。
そんな役割を選び取れば、神様も応援してくれただろう。
それもまた『新しい私』の、有り得た姿だったはずで。



でも私は、『新しい私たち』を選んでしまった。



――どれだけ他のものが元通りになったって、結衣ちゃんだけは、別なんだよ。



喪いたくないなら、まず自分が変わってしまっては駄目なのだと。
新しい友達と歩いていけるような、そんな変わり方もあるのだということを。
変わらないままで、変わっていくことを教えてくれた。
相変わらず行く先は暗すぎて、一瞬先はどうなるか分からなくて、
京子たちへの未練よりも、新しい友達の示したことを優先してしまった自分が、ちょっとだけ嫌で、

それでも、別の道を選んでいたら得られなかった、ぽかぽかとしたものがそこにはあって。
だからわたしは、居心地のいいごゆるりワールドが欠けてしまったことを理解して。

1767th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:17:35 ID:aJI1bJfw0
それでも、そこに『帰ろう』とする道を選んだ。

戻ってこなくても、喪われてしまっても、
『■』ぐらいは、見られるかもしれないと思った。





「黒子、遅いな……」
「そうだな……もしかして、七原が逃げちまったんじゃねぇのか?」
「それなら一旦は、私たちのところに知らせに戻るよ。
黒子だって、独断専行して七原を追っかけるほどバカじゃないはずだし」
「それもそうか」

七原秋也を止めるために白井黒子が一人で飛びだしたのは、佐天涙子のこと以外にも理由がある。
屋外を殺し合いに乗った参加者がうろついていて、それも七原と言い合いをしている真っ最中に遭遇したりすれば、黒子一人だけの力で三人を守りきれる保証がないからだ。
黒子のテレポートを用いて逃がすことのできる人数は、一度に二人か、多くても三人なのだから。
黒子からは、もし飼育日記の犬が不審な匂いを嗅ぎつけたりすればさっさと逃げるように言い含められているし、結衣たちもそうなったら仕方がないと頷いた。
しかし……待つ時間があまりにも焦れったいものだということを、その時は考慮していなかった。

心配しながら待つ時間は、長い。

あてどころのない視線は、自然と卓上へ向いてしまう。
怖い。
怖いことが書かれた、たくさんの紙切れが散らばっている。

40人の少年少女の、死に様を克明に記録した書類だ。

目にしたときは、ひどいという言葉が出た。
よく考えて、想像をすれば、『ひどい』は『こわい』になった。
同じ教室で、机をならべて勉強していた同士で殺し合う。
休み時間に、一つの机に集まってだらだら雑談していた者同士で殺し合う。
まさに船見結衣だって、殺し合いの真っ只中にいるけれど。
それは、ただの知らない他者から殺されるという恐怖でしかなかった。

たとえば、いつも仲が良かった同じ部活動の女の子たちが、お互いにお互いを殺そうとしていると思い込んで、憎しみの弾丸をぶつけ合う。
いとも簡単に、強い恐怖が『みんな大好き』を忘れさせてしまう。
クラスメイトが――それも歳納京子や杉浦綾乃たちがそうなってしまったら――船見結衣はきっと、心が壊れてしまうだろう。

1777th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:19:41 ID:aJI1bJfw0
それはもう悲劇とさえ言えない。『惨劇』だ。

きっと竜宮レナも、同じ想いを抱いたはずだ。
『部活動』という仲間たちのことを、本当に楽しそうに話していたのだから。
たとえば、竜宮レナが園崎魅音という少女を殺そうとしたり、
前原圭一という少年が、竜宮レナを殺すようなことが、起こるわけないと信じているはず――

「――レナ?」

竜宮レナは、報告書の一枚を拾いあげて、じっと考えこんでいた。
天井からの明かりが紙の裏面を透かして、どのページを読んでいるかがうっすらと分かる。

『大木立道』という名前が読めた。
覚えている。ちょっとだけ見た遺体の写真があまりにもグロテスクで、夢に出そうな思いをしたから。
ナタのようなもので顔を叩き割られて殺されたらしいことは分かった。

レナは右手で持ち上げたその報告用紙をじっと凝視する。
左手は五指を広げたまま顔にあてて、額から顔の左半分にかけてを隠すように覆っている。
まるで、『自分も写真に写っている顔と同じ部分を、斬られるか叩き潰されるかして殺されかけたことがある』みたいに。

結衣たちの視線に気がつくと、「えっとね……」と言いよどんだ。
困ったような顔で、言いたいことがありそうなのに沈黙している。それはレナらしからぬ姿だった。
意を決したように「結衣ちゃん」と名前を呼んできた。

「前に、結衣ちゃんは信じてくれたよね。
レナたちが、『神様に心当たりがある』っていうお話のこと」
「うん、信じたよ」
「じゃあさ、もっと漫画みたいなお話。
『実は私には前世の記憶があるんだよ』って言ったら……信じてくれる?」

前世。

突拍子もない。
占いでしか聞いたことがないような言葉だ。

しかし、レナはごく真剣そのものだった。
時間をかけて感情の波が強くなるように、瞳に潤んだものが貯まり始めている。
彼女にとってはただならぬことだと、それだけは間違いなく信じられたから。
詳しく聞かせてと、返事をしようとして。



ズズン、と。



地震でも起こったかのような轟音と振動が、室内を大きく揺さぶっていた。





1787th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:20:55 ID:aJI1bJfw0


「――お前らは、俺を敵に回したくはないんだろ?」


そう言われ、反駁しようとした黒子の口を塞いだのは、七原ではなかった。
音だった。

最初はびりびりと細かな振動が。
そして、ある臨海点を境として轟音が。

研究所といっても、趣は大学のキャンパスのそれと近い。
一面に芝をしいたゆとりのある敷地に、大きさも形もばらばらな研究棟が5、6戸ばかり林立している。
そのひとつが、ガラガラと積み木を崩すように倒壊を始めていた。

「…………なぁ、この会場には怪獣でも棲息してるのか?」

張りつめていた七原でさえ、その急変にはたじろいだ声をあげる。
幸いにしてレナたちがいる建物とは別のそれだったけれど、だからといって『ああよかった』と胸をなでおろせる光景でもない。

破壊の意志を持った強大な力の持ち主が、そこに迫っているということだ。

「あの壊れ方から察するに、ビルの支柱を威力のある刃物か鈍器かで潰していったのでしょう。
以前に、同じやり方で解体したビルを見たことがありますの」

黒子としては、過去に自身も似たような能力でビルひとつを潰した経験があったので、方法に心当たりをつけるぐらいのことはできた。
殺し合いに乗っている人物ならば、その破壊はとても効率的な方法なのだろう。
建物のひとつひとつを探し回る手間をはぶいて、施設ごと人間を圧死させることができるのだから。
……もっとも、その手段を効率的なものだと冷静に判断して、そして実行してしまうような人間は、間違いなく色々な意味でぶっ壊れている。

1797th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:22:35 ID:aJI1bJfw0



「なるほどな。じゃあ、さよならだ」



緊張が抜けるほど、あっさりと。
黒子の言葉を聞き終えるや、くるりと七原は踵を返した。

「なっ……!」

脱兎のように走り出す後ろ姿に黒子はあっけにとられ、そして手をのばし、
――そして、苦い顔でやめた。

七原秋也は、黒子たちと別行動をとりたがっていた。
そして七原秋也はリアリストであり、他者を救うために自らの命を危険に晒したりはしない。
つまり七原にとって、この場にとどまる理由など何一つないのだろう。

しかし、白井黒子はこの場にとどまるしかない。
七原を追いかけて捕まえようにも、危険人物は依然としてここにいるのだから。
七原秋也を確保することか、船見結衣と竜宮レナの安全を確保することか。
失敗したら取り返しがつかないのはどちらか……考えるまでもない。

(……また会ったら、覚えていらっしゃい!)

毒づいて、急ぎテレポート。
テンコに教えられた近場の資材置き場から、持てるだけの釣り針をひっつかんで元の中庭へと戻る。
さすがは『海洋研究所』というべきか、いつもの鉄矢の代わりとなる漁具が入手できたのはありがたかった。

釣り針を指の間にはさんで構え、黒子は倒壊跡から広がってくる土煙のむこうを見据える。

変わらない心と、変えていく勇気を奮いおこす。
油断をするな。
恐怖に縛られるな。
もう、『最悪は起こらない』なんて思い上がるな。
それでも助けるために、『正義』を成すために、戦え。

1807th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:24:09 ID:aJI1bJfw0
そして食い止めるべき対象は、煙の中を歩いて現れた。
まるでテニスコートの端と端のような、そんな距離をおいて中庭の芝生で対峙する。



「『人間』。やっと見ーつけた」



現れたのは、朱に染まりだした西日を背負った、赤色の悪魔。

血塗られた色の肌に、白い海藻のようにちぢれた髪の上から真っ黒い帽子をかぶり。
眼球までもが赤く濁りきった異様な外見は、テンコが目撃したという男に一致していた。
ホテルの跡地で、狂ったように皆殺しにしてやると叫んでいた少年だった。
裂けるような笑みを浮かべる悪鬼じみた姿は、こちらを『殺し合う相手』ですらなく『獲物』として見ているかのごとき眼光を向ける。

「伺います。どうして貴方は、殺そうとなさいますの?」

右手には、真円の形をした巨大な刀剣。左手には、何故だかテニスラケット。
威圧しようとして威圧されている、そんなただならぬ対峙に、黒子は思わず問いを放っていた。

「簡単じゃねーか。みんな殺して、欲しいものだけ生き返らせて、ハッピーエンドだ」

言い切ると同時、右腕が大きく振り抜かれるや、円刀が正面から『投げつけられ』た。

「くっ……!」

等身大ほどの直径はあるリングが軽々と投擲されて、丸鋸でえぐるように空気を裂く。
黒子は左へと走って回避し、丸鋸は黒子のすぐ右脇を抜けた。
それは回転による風圧をうみながらそのまま飛び、十メートルばかり後ろにあった電柱に『食いこんで』止まる。

「これは……」

電柱がすっぱりと切断されて倒れゆく。その光景を見て、黒子は倒壊を起こした原因を理解した。
投げつける腕力の問題だけではない。
あの円刀は、明らかにただの鉄ではない材質からできている。

1817th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:25:25 ID:aJI1bJfw0

「ほら、潰れろ」

よそ見をしている暇は、なかった。
朱色の逆光を背にして、悪魔は高く跳んでいる。
周囲には、十数個ほどの石ころがずらりとトスアップされていて。
右手にかざされたラケットが、音を立てて振り抜かれ。

見上げる黒子へと、石礫の弾丸による集中砲火がきた。

「……っ!」

危険。
考えるより先に肌で理解して、瞬間移動(テレポート)。
キュン、と空気をきる音を残して消える。
ドスドスと鈍い音が起こり、石礫が芝生へとめり込んで埋まった。

転移した先は空中。
切原赤也が滞空するよりさらに上、位置取りは背後だ。

(決めます――!)

右手で触れて悪魔を転移させ、地面へとめり込ませる。
そのつもりで無防備な背中を見下ろし、さっと右腕を突き出す。



――ラケットが背後へと振り抜かれ、黒子がのばした手を打ち据えた。



「がっ……!」



激痛がすぐさま駆け抜けて、右腕を灼く。
目の前にはくるりと身をひねった悪魔がいて、
バックハンドで振るわれたラケットが、赤い眼光が、白井黒子を捉えていた。

「オラァ!!」

続けざまに振るわれるフォアハンドでの一撃を、とっさに転移して避けた。
距離をとり、着地したのは切り倒された電柱の根元だ。
強く打たれた右腕をさすり、背中に冷や汗をつたわせる。

「ずいぶん、お疾いようですのね……」

死角をつくことはできた。背後への転移も、不意打ちとなるものだった。
ただ、黒子がテレポートを実行してから右手で攻撃をするよりも、
相手が気配に反応して、攻撃に移るまでの時間が早すぎたというだけのこと。

1827th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:28:08 ID:aJI1bJfw0

「ククク………ヒャヒャヒャヒャ」

悪魔は着地すると目を合わせ、黒子を再認識する。
今の獲物の動きはなんだったんだろうと、小首をかしげた風に一瞬。
しかし、まぁいいかと勝手に納得した風に笑い声をあげた。

「何だそのチンケなワープはァ!? 真田副部長の方がよっぽど速かったっつーの!!」

嘲笑して、次なる弾丸を取り出した。
片腕にディパックを提げ、そこから掴めるだけの瓦礫の礫を。
それらは、研究棟を瓦礫に変えた時にかき集めたものなのだろう。

「どうしてですの……!」

左手に掴めるだけの石礫を投げ上げ、サーブの構え。
嘲笑いながら恐怖を与えようとする姿に、黒子は問いかけを放っていた。

「生き返りを願うあなたが……喪う痛みを知っている貴方が!
どうし痛みを与える側に回るんですの!?」

恐怖したテンコでさえも、一時は同情を寄せていたと聞いている。
惨劇が起こったホテルの跡地で、焼死体を前に慟哭していたことも。
その少年は、黒子に対して不快だとばかりの怒声を放った。

「亡霊と……同じこと言ってんじゃねぇよ!!」

すぐさま石礫をトスアップ。
鋭いスイング音を響かせ、ラケット面にたくさんの礫を打ち付けた。

「亡霊……?」

亡霊とは誰を指すのか。
答えを得ないまま黒子は転移して、石礫の散弾から射程を外す。
出現したのは少年の左側方。
指の間にはさんだ釣り針を強く握り、反撃をすべく意識を集中させる。
釣り針の転移先として狙うのは、相手の右手首と、シューズ。
ラケットを取り落とさせ、そして跳躍を封じるために。

「どんな風に戦ったって! 負けたら死体になるし、俺のいないところでみんな欠けていくじゃねぇか!!」

キュン、と指の間に空気をきる音が起こり、転移が発動する。
しかし、釣り針は『何もない空中』へと出現していた。

(なっ……)

なぜなら、悪魔はとっくに、『一瞬前までいた場所』から動いていたのだから。
瞬間移動にも劣らない疾さで数歩を跳び、左手をディパックに差し入れて。

「だったら! 俺が勝ち続けりゃいいだろ!!」

地に伏せるように低いテイクバックの姿勢から、次弾となる拳大の瓦礫が放たれていた。
その攻撃はさながら“かまいたち”のように、ラケットの描いた軌跡が空気に裂傷を刻んで、

ドン、と腹部を貫く衝撃が走り抜ける。

1837th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:29:10 ID:aJI1bJfw0

「…………っは」

内蔵を圧し潰されるような激痛。
そして、黒子の体はあっけなく宙へと舞っていた。
たっぷり数秒は空中にいて、痛覚のシグナルがテレポートの計算式を阻害して。
十メートルばかりは飛んだだろうか、研究所の外壁へと背中から激突する。

全身が軋むような感覚と同時に、聴覚が怒声を拾った。

「奪う側になって、好きなものを拾っていきゃいいだけのことだろうが!!」

相性が悪すぎる。
あがいても覆せない絶対的な差を、体が認識した。
テレポートが移動先へと出現するのにかかる時間は、約一秒。
それはロベルト・ハイドンのように大振りの攻撃をする者にとっては、弱点にすらならないロスだが――

「この俺が――常勝不敗の、立海大の、切原赤也が」

――一瞬の隙を狙える悪魔に、一秒というタイムラグは遅すぎる。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! それとも何か!
正しいことしたらみんな帰ってくるのかよ!
お前の言うことを聞いたら、なくしたもんを返してもらえるのかよ!」

背骨が折れたかのような激痛に顔をしかめ、歯を食いしばる。
ふざけるなと、自分が一番不幸みたいな顔をするなと叫びたいのに、声が出ない。
チカチカと点滅する視界のなかで、悪魔の姿が歩み寄り、大きくなる。

「お前が正しくて俺が間違ってるなら……それなら、返してみろよ!
俺を置いてった連中を、俺の前に返してみろよ! できねぇだろうが!」

油断はしなかった。
恐怖はあるけど、震えもするけど、縛られてもいない。
『最悪は起こる』覚悟だってしている。
貫きたい想いがあって、守りたい人がいて。
それなのに、それでも。

1847th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:29:42 ID:aJI1bJfw0

「できねぇんだから…………お前はそこで潰れてろ」

どうして、こんなに呆気ない。

体をくの字にして壁によりかかる黒子へと、悪魔は次なる石の弾丸を取り出した。
それを見上げ、黒子は気づく。
悪魔が、安堵したような笑みを浮かべていることに。



――この悪魔はもはや、生き返らなくったって、全てを破壊するつもりでいることに。





(死にやすそうな性格だとは思ってたけど……もう死にそうになってるとはね)

七原秋也は実のところ、逃げてなどいなかった。
走り出した後に、裏口から元いた研究所へと侵入。
姿を見られないよう身をかがめながら壁伝いに移動し、二階へと続く階段をのぼる。



白井黒子の邪魔がはいらないところで、赤い悪魔を確実に射殺するために。

1857th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:30:53 ID:aJI1bJfw0
生かしておく理由など、カケラも存在しない。
殺し合いに乗っていて、危険性が大きく、しかも正攻法では太刀打ちできそうにない。
そして白井黒子は間違いなく止めにかかるだろうとなれば、方法はひとつだった。

廊下を横切り、中庭に直面する窓辺へと向かい、窓枠の下へとぴったり身を寄せた。
窓ガラスはビリビリと震えて、大砲でも打ち込んでいるかのような鈍い音が断続的に鳴った。
そして、壁ごしに白井黒子のうめき声と、悪魔の叫び声が聞こえる。

どうやら白井黒子の戦況は芳しくなく、というより一方的に攻撃されて、回避を繰り返しているらしい。
重傷を負わされているのを見捨てる形になるのは、べつに仕方がないと判断する。
撃つタイミングを誤れば、七原が悪魔に殺されるのだから。
黒子を生かしておく優先順位は高いが、それでも自身の安全に比べたら切り捨てることは厭わない。そういう覚悟を、固めたばかりだ。

悪魔の方は白井黒子をいたぶることに夢中になっているようで、何度も返せと吠えていた。
自分から喪われた命を、返してみせろと。
それができない世界なんて、絶望だけの世界なんて、滅びてしまえと。

――要するに、ただの駄々をこねてる餓鬼だ。

苛立ちを感じながら、そう結論づける。

喪ったことを嘆いて立ち止まり、安易にやり直しを選択して、狂うことで痛みをまぎらわして。
何も背負おうとせず、過去だけにすがりついて、前を向いて走らない。
七原秋也が、それだけは選ぶまいと拒んでいる有り様だった。
そんなに死者が恋しいなら、お前もそちら側に逝けばいい。切符なら銃弾で払ってやるから。

グロック17の有効射程は50m。
その射程内で、窓から見下ろすように狙える場所で。
悪魔が無防備に立ち止まったタイミングが、そいつの終わりになる。

そして。
悪魔と最後の空中戦を繰り広げていた白井黒子が、ラケットに叩きつけられ、墜落した。
落ちた場所は、窓から見て直線距離にあたる真下。
すでにその身は、血と痣とでいたるところを赤黒く染めている。

拳を握り、小刻みに震えていることから、かろうじて生きてはいるようだ。
それはまるで、立ち上がりたいのに叶わないかのように。
七原は驚かないし、心配もしない。
遠からずこうなることが読めていたからこそ、『他人のことより自分たちを心配しろ』と、警告を与えるだけはした。

1867th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:32:33 ID:aJI1bJfw0
見殺しも同然の真似をしたことに、心が痛まないわけではない。
しかし、むしろ彼女が悪魔を救うところでも見せられたりすれば、その方がよっぽど眩しくて堪えたはずで――

――そうかと、思い至る。
七原は彼女たちの思想を尊いものだと認めてきたつもりだったけれど。

その裏で、自分の終わらせ方ではなく、彼女たちのハッピーエンドが実現することは、ちっとも望んでいないのだ。

でなければ、『白井黒子たちと対立してでも、主催者は殺そう』と決断するはずがない。
それはそのまま、彼女たちのハッピーエンドに立ちはだかることを意味するのだから。
理想を持つことを諦めた革命家は――しかしその一方で、『理想なんかがまかり通ってたまるか』という、矛盾した情念を抱えこんでいる。

なぜなら、自分の力で世界を変えることができなければ――それこそ自分には、何もなくなってしまうのだから。

(ったく……あの坂持って『担任』は糞野郎だが、ひとつだけ有意義なことを教えてくれたよ)

実際の時間で言えば、ほんの一秒ばかりの逡巡。
悪魔が続けざまに地面へと降り立ち、黒子の姿を七原の視界から隠す。
止めを刺す獲物を探るようにディパックを探り。
そして、黒子を見下ろすためにかるく身をかがめた。
七原が照準をつけた先に、ちょうど背中があたるように。

(それは――『殺らなきゃ殺られる』ってことだ)

引き金を引き絞り、七原は撃ち放った。
指先には狙いを違えなかった感触が残る。

これが七原にとって、二度目の殺し合いで奪う最初の命。



――ガキン、と。

1877th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:33:59 ID:aJI1bJfw0
すらりとディパックから引き抜かれたのは、銛だった。
太く、人間大ほどの長さがあり、先端にはギザギザした返しがついている、小型の鯨くらい仕留められそうな、そんな銛だ。
悪魔はそれをディパックから引き抜き、七原の放った弾丸をたやすく弾いていた。

(え……?)

悪魔が銛を入手していたことは分かる。
ここは海洋研究所であり、そして悪魔はさっきまで、その建物のひとつで破壊活動をしていたのだから。
漁具があることも、悪魔がそれを入手していることもおかしくない。
おかしいのはそれで銃弾を弾かれたことと、そして奇襲を予期されたかのようにそれを取り出されたことで、

「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! びびったかよ!
新手が来ることぐらい、最初っから予想してたっつーの!!」

逃げなければ。

一瞬で決断をくだした七原だったが、しかし悪魔の方が早い。
銛で穿たれたサーブが瞬間よりも素早く空気を裂き、窓ガラスを割り、七原の即頭部をえぐるように殴りつけていた。





七原秋也の失敗は、悪魔の言動と暴力的な振る舞いを見ただけで、単純かつ幼稚な生き物だと決めつけたこと。
そして、悪魔が勝利のために磨かれた狡猾さを持っていると、知らなかったこと。
ホテルで宗屋ヒデヨシがテニスプレイヤーたちの奇襲に成功したケースとは違う。
他でもない悪魔自身が、人を呼び寄せることも計算づくで建物を破壊したのだから。
そしてテニスの試合にはダブルスというものがあり、意識を同時にふたつの方向に向けておくぐらいは容易い。
窓から銃口が覗いていたことぐらい気がついていたし、自分が動きを止めた時点で撃ってくることも予想できた。

そして、そんな思考までを把握できなかったにせよ。
倒れていた白井黒子もまた、七原が奇襲に失敗したことを把握していた。
今さら助けに戻ってくれたのか、それとも最初から黒子を囮にしていたのかは分からなかったが。
しかし、悪魔の標的が七原に切り替わったことは確かだった。

「やめ――!」
「うぜぇ」

転移を行おうと必死にのばした手が、蹴り飛ばされる。
銛を持った右腕を振り上げ、ギラつく紅い眼光が黒子を見下ろした。

「俺を叱ってくれる人を奪っておいて、『人間(テメー)』なんかに今さら説教されたかねぇんだよ」

言い終わると同時。
黒子の内側を、ずしりと何かが穴をあけて貫いた。
何が起こったのかを最初は認識できずに、
しかし、脇腹のあたりに『返し』のようなギザギザしたものが引っかかったことと、その下の地面に何かが刺さった感触を近くして。



あ、貫通している……と思って。
次の一瞬で、焼けるような熱が思考を埋め尽くした。

1887th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:35:31 ID:aJI1bJfw0

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛――――!」



――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!



止めなければと、動かなければと分かっているのに、ぴくりと震えるだけで内蔵が引っかかれ、能力を奪う。
灼熱が意識を遠のかせて、届けたいはずの声を発生できなくさせる。
立ち塞がらなければいけないのに、悪魔から七原を庇わなくてはいけないのに、



「残念だな。テメー『は』もう、狙ってやらねぇ」



その言葉に、一撃で殺されなかった理由を悟る。
その悪魔は、どうすれば人間が苦しむのかを知っていたのだ。





衝撃は脳天を揺らし、七原を床へと倒した。

「いっ……てぇ」

しかし、その痛みに屈するような七原ではない。
桐山和雄に襲われて、全身にマシンガンの弾を浴びたこともあったのだ。
その時の傷に比べたら大したことはないと、身を起こす。
おそらく襲撃にかかる前に、悪魔は黒子にとどめを刺しているのだろう。
その間に、どれだけ遠ざかれるかが生死をわけ――

1897th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:37:06 ID:aJI1bJfw0
(……見えない?)



目を開けているのに、視界が真っ黒に閉ざされていた。
かろうじてチラチラと認識できる自身の体も、輪郭が二重三重にぼやけて写る。
何が起こったのか、わけが分からずに床を手探りする。
しかし、すぐに思い出した。
さっきの一撃を受けた時に感じた、脳天が揺さぶられる感覚を。
だから、否応にも理解させられる。
それは頭部を打ったことからくる、一時的な視力の喪失だと。
顔から、ざっと血の気が引いた。

「見ーつけた」

窓辺から、声とともに窓を開け閉めする音がした。
まさか、跳躍することで、二階へと登ってきたのか。
ガラガラと床に何かを引きずるような音は、銃弾を弾く時に遣った銛か、それとも似たような形の武器か。
もう片方の手にはラケットがあることを示すように、ブンと素振りの音を鳴らす。
見えないのに、その悪魔が口の裂けるような笑みを浮かべていることがはっきりと認識できるようで。

『死』の質感をもった絶望が、七原に覆いかぶさろうとしていた。





危険を感じたら逃げろと言われた船見結衣と竜宮レナは、しかしそれを実行できずにいた。

「逃げないなら選択肢はひとつしかないんだけど、それはわかるよね」
「うん」

半日をともに過ごしたパートナーと、二人は互いに頷きを交わす。

ちなみにテンコは彼女たちよりも『大人寄りの判断』で逃げることを主張したのだが、竜宮レナの手で強引にディパックへとしまいこまれている。
テンコの所有権はあくまで――『友達』に所有権が発生するかはともかくとして――植木耕助という少年にあるからだ。
決断しようとしている選択肢がどう転んでも、『植木と再会するまでは死ねない』という都合をかかえているテンコは巻き込めなかった。

そして二人は、決断する前に前提を確認していく。

「まず、さっきの音を出した侵入者は、まだ捕まってない。そして二人ともピンチになってるっぽい」
「うん、迎撃に成功してたなら余計な心配だけど、こんなに長い時間戻ってこないからには、ね」
「助けるとしたら、二人とも、だよね?」
「うん……襲ってきた側の人も止めたくはあるけど。まずは救出かな」
「七原さんも含めるのは、『輪の中』からハズしたくないから?」

肉じゃがを作っている時に持ち出された例え話を引っ張り出して、再確認する。

「それもあるよ。でも、それだけじゃなくて……思い出したことがあるから、かな」
「前世の話?」
「うん」

もはやレナの顔に、涙の跡はない。

「泣いてる人を泣き止ませたくて、手をのばしたことがあったの。
『私を信じて』って、それだけ伝えたかったのに言えなかった。
嘘みたいなお話だけど、苦しかったのも、悔しかったのも覚えてる。
だから私は、もう見逃していきたくない。誰かを一人にしたくない」

1907th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:38:11 ID:aJI1bJfw0
船見結衣は、レナのいう『前世』で何が起こったのかを知らない。
けれど、その言葉がまぎれもなくレナの内側から出てきた結論だということは伝わる。
だから、自分はどうなのだろうと顧みていた。

七原秋也には、冷水を浴びせるような言葉ばかりをかけられてきた。
むしろ、今でも腹ただしいヤツという認識さえある。
それでも。
竜宮レナの、一緒に休もうという申し出に頷いたことを覚えている。
船見結衣が謝ったときに、『気にしちゃいないよ』と言われたことを覚えている。
肉じゃがをかきこんで気絶した白井黒子に、毛布をかけてやっていたことを覚えている。
メイドの格好をした黒子をレナたちといっしょに弄りまわして、笑っていたことを覚えている。

そしてレナの推理から、知ってしまった。
あんなに頑なでひねくれた態度しか見せてこなかった七原秋也だって、最初は『一人でいたくない』と思っていた時期があったことを。

もし七原秋也が、『帰る』ための場所などないと思いつめているならば。
誰にだってあるはずの『帰る』場所がないというなら。

――あの革命家を助けようとする者は、いるのだろうか。

そんな自問を、船見結衣は声に出して自答する。

「わたしは……七原さんを助けたい」

頷いて、笑顔を見せ合い、想いをひとつにした。
起こるかもしれない惨劇を、回避するために。

「……って、決めたはいいけど、どうしよう」
「戦況が把握できてないのが、難しいところだよね」

現在、二人のいるフロアでは窓から外を見渡せない。
どうやら海洋生物の研究を中心とした一角だったらしく、ほとんどの部屋に大きな水槽と、シャッターのように固く閉ざされた雨戸があった。
戦闘音は、電柱でも倒れたかのような地響きが聞こえてきてからは届かない。

せっかく決意を固めたのに、これなら振り出しと同じだ。
焦れた思考は、殺し合いが始まったばかりの時を思い出していた。
秋瀬或と出会った時。まだ何も分からなかった時。

――せめて最後に一つ、アドバイスを送ろう。分らないときはまず手元を見るといい。

1917th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:39:46 ID:aJI1bJfw0
ぽわりと泡のように、そんな言葉が記憶から蘇った。

「分からない時は……まず、手元を見るんだよね」

視線は床に置かれた、支給品のディパックへと向く。
レナの荷物と、結衣の荷物と、黒子が残していったディパックもそこにある。
二人は立ち上がり、それを漁りに向かっていた。
どんな支給品が入っているかは情報交換で確認したけれど、それがこの局面で役に立つかは分からない。
それでもレナは、黒子のディパックからまずそれを引き当てていた。

それは、竜宮レナにとって、決意を思い出させる道具だ。
秋瀬或に尋ねられて答えた、竜宮レナの初心を。

「私は、私が正しいって思えることをしたい。誰かを助けたい」

そのボイスレコーダーは、『正義日記』と呼ばれていた。





悪魔は、七原を甚振りにかかっていた。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッ! まーだ逃げるのかよ! 見えないのによくやるねぇ!」

目が見えないまま、それでも廊下を走り続ける七原へと、一方的に瓦礫のサーブを浴びせかけ、血を降らせていた。

「ちくしょ……どんだけ瓦礫の備蓄があるんだよっ……」

方向感覚さえつかめないまま、それでも記憶を頼りに裏口へと走り、背中に瓦礫が直撃して、前方に吹き飛ばされる。

(死んで、たまるかよ……!)

息を切らし、手をついて、立ち上がろうとしたところを石礫がその手に直撃する。
秋也はうめき声をあげて、再び伏した。
正確に狙いをつけてうちこんでいるとしか思えなかった。
悪魔は明らかに、秋也が倒れる様を見て楽しんでいる。

(悪趣味な野郎だぜ……無駄な嗜虐趣味が無かっただけ、桐山の方がまだマシかもな……クソ、痛ぇ)

1927th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:40:40 ID:aJI1bJfw0

鉄の弾丸でさえない石礫なのに、全身がショットガンでも叩き込まれたように痛かった。
血で湿った手をのばして這い、手探りで階段を見つけて、そこから一階へと転がるように落ちる。

(……そのおかげで、かろうじて生きてはいるけどな)

打ち付ける全身を背中のディパックでかばいながら、踊り場で停止。
もちろん、のんきに「これでちょっとは距離が開いた」と喜ぶわけにはいかなかったが。

「おいおい、自滅か? それとも何か? このまま出口まで逃げ切るつもりなワケ?」

段上から、嘲笑を含んだ問いかけが投げられる。
ああ、できればね。
七原はそう思ったが、代わりに挑発する言葉を吐いた。

「まっさか……俺は、そこまで非現実的なことを考えちゃいないよ。
死人が生き返るとかアホな夢を信じこんでる、どっかの誰かさんと違ってな」
「テメェ……今なんつった」

会話を続けさせて、声を聞き取ることで正確な位置取りを知るために。

「言葉どおりの意味さ。白井との話は聞かせてもらったぜ。
バカのひとつ覚えみたいに『返せ返せ返せ』って、おもちゃを取り上げられた餓鬼かっつーの。
あたたかいお家に帰れないって泣いてる迷子は、迷子らしくへたりこんでりゃいいんだよ」

ついでに冷静さでも奪えたりすれば、上々だ。
返せ返せ返せと、過去に向かって叫ぶしかできない亡者なんかに。
前を向いて歩み続けている『革命家』が、倒されたりしてはならない。

「おい『人間』…………黙れよ」

怒気を宿した声で、悪魔がコツリコツリと階段を降りてくる。
目が見えなくとも、声が、音が、ゆっくりと接近するのが分かる。
七原は起き上がる動作を装って、さりげなくディパックの肩紐を肩から外した。

「黙らないね。はっきり言ってやろうか。
テメーは弱い。こんなに無様に這いつくばってる俺なんかより、ずっと弱いんだ。
俺は帰る家がなくたって戦える。一人っきりになったって、戦えるんだからな」
「黙れよ!!」

1937th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:41:59 ID:aJI1bJfw0
口を動かしながら、手を動かす。床に手をつく振りをして、右手の指先をディパックに差し入れた。
コツリコツリと、足音は大きくなっている。
踊り場に到達するまでに、あと数段もないだろう。
だから、

「……だから、アイツらの無念を晴らすまで死ねないんだ!」

だから、仕掛ける。
ディパックから引っ張り出したスモークグレネードを、床に叩きつけた。

「何だぁっ!?」

煙は一瞬で充満して、踊り場を白く満たす。
七原にはその白煙が見えなかったけれど、同時に『相手も見えない』状態には持ち込めた。
そして七原は、悪魔がいるおよその位置を正しく認識している。

「終わりだ!!」

なればこそ、続けざまにレミントンM31RSを取り出して、引き金に指をかけたのだ。
レミントンは散弾銃であり、発射するのは弾丸のシャワー。
つまり、およその位置さえわかれば、こんなに近ければ、狙いをつけずとも命中する。

迷わず、ためらわずトリガーを引く。
レミントンM31RSが、吠えた。

破裂音と同時に、踊り場が硝煙で満たされる。

「どーだ……俺は、強い、だろ」

撃ち終わり、背中からどっと汗が噴き出す。
どくどくと鼓動を加速させたまま、悪魔がどさりと倒れる音を聞くために耳をすませた。



「誰が、強いって?」

1947th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:42:56 ID:aJI1bJfw0
声は、天井近くから降ってきた。
背中がぞわりと冷える。

上空から叩きつけるようにラケットが振り下ろされ、七原の肩をたやすく薙ぎ払った。

「ごっ……」

弾丸のシャワーを、真上に跳ばれて回避された。
七原がそう認識した頃には、もうその身は一階へと投げ出されている。
無重力が体に襲い掛かり、続けざまにゴロゴロと階段に全身を打ち付け、落下する。

「ぐっ……あ゛ぁっ」

どうして。
見えないのに、なぜ正確に把握できた。
問いかけずとも、そんな疑問を予測したのか。
悪魔は嘲笑い、声を張り上げる。



「見えなくたって……気配で分かるに決まってんだろうが!!」



視界が奪われていても、気配だけでボールを探り当ててプレイを可能とするテニスプレイヤーがいる。

もちろん、本来はごく一部の、極端な感覚に特化したプレイヤーでなければできないことだ。
しかし、こと『気配』という観点から言うならば。
悪魔のそれは、殺し合いで磨かれてきた。

手には凶器を持って、夜の荒野で支給品の灯りにも頼らずに獲物を探していたこと。
出会った人間は、凄惨に壊された死体か、放っておいても害をなす標的かのどちらかで。
つまり、彼にとっては恐怖や警戒を強いられるモノばかりだった。
人類への憎悪を芽生えさせてからは、『人間』の気配そのものに対して過敏になった。
ホームセンターで見せられた地獄の映像が、『人間』のありのままだと理解したからには、この世界では潰すか潰されるかの、どちらかしかない。
ならばいたるところに『地獄』が転がっているはずだと、全神経をはりつめていた。
ホテルを去ってからは実体を持たない『亡霊』の声を聴き続け、いもしない幻影を見逃すまいと視線をぎらつかせていた。
心の傷は悪魔の精神をひどく抉っていたけれど、限界まで神経を砥ぎ澄ませてもいた。

今の悪魔には、見えている。
七原秋也の姿を、はっきりと捉えている。

「俺より強い? 一人でも生きていける?
偉そうなこと、言ってんじゃねぇよ!!」

尽きることない礫の弾丸をディパックから取り出し、雨霰と七原に連打する。
七原の額が、背中が、膝が、えぐられ血に汚れていった。
血が流れていく。意識が飛びかける。

1957th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:44:04 ID:aJI1bJfw0
気を喪うまいとしている七原に、悪魔はその言葉を叫んでいた。



「『人間(テメェ)』がそんなこと、言える立場かよ!
殺し合いをやって、身内を殺してきたくせに!」



七原から、すべての思考が吹き飛んだ。

(ぇ……今、なんて?)

その悪魔は、言ったのだから。
七原秋也は、身内を死なせて、生き延びたのだと。

神視点を介入させるならば、それはただの言葉のアヤだった。
『黒の章』を見た悪魔にとって、『人間』とは皆ひと括りなのだから。
悪魔にとっては、真田弦一郎を殺した犯人も、白井黒子も、七原秋也も、対主催派もマーダーも、すべての『人間』が同類であり、仲間の仇でしかない。
『殺し合いをやった』というのも、現在進行形のゲームを指しているにすぎない。
『身内』だってクラスメイトではなく、今回のゲームの参加者という意味でしかない。
だからこれは、『真田副部長の仇が、ぬけぬけと生きていく宣言をしている』ことに対する怒りの発露でしかなく。

しかし、七原にそんなことが想像できるはずがない。

「殺しあえって命令されただけで、簡単に殺し合いに乗ったのは!
殺すつもりなんて無かったのに、襲いかかってきたのは!
仲間がすぐ近くにいたのに、見殺しにしやがったのは!
全部、全部、テメーらがやったことだろうが!!」

何故、知っている。
白井黒子の持っていたような支給品が、そうそう手に入るはずもないに。
どうして、知ったように語ることができる。
どうして、『簡単に殺し合いに乗った』なんて、クラスメイトを貶める。

(こいつ……もしかして、典子に会ったのか!?)

情報源になるとすれば、ともにプログラムの終わりを見届けた中川典子しかいなかった。
だから悪魔の言葉にだって、耳を傾けてしまう。
そして、悪魔は叫んだ。

七原秋也の矜持を、踏みにじる言葉を。

1967th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:44:52 ID:aJI1bJfw0



「テメーも! その仲間も! 平気で人を裏切るクズばっかりだ!!」



ブッツリと、『革命家』は理性が切れる音を聞いた。



それまで、どれほど宗屋ヒデヨシや白井黒子や竜宮レナたちから否定されても、
ヒデヨシや船見結衣から人の気持ちがわからないと罵倒されても、微塵も揺らがなかったのに。

答えは簡単。
それらの矛先はすべて『七原秋也』に向いていて、『クラスメイト』には向かなかったからだ。





「俺の仲間を、否定すんじゃねぇよ!!」





叫び返していた。
クールになることが、できなかった。
七原には、『革命』しか残されていないのだから。
クラスメイトの無念こそが『革命家』を形づくり、
死んでいった仲間たちの精一杯がんばった結果を無碍にしないことで、支えられていたのだから。

七原は、気づけない。
どうしてこれほどに、激情を抑えられないでいるのか。
たとえ世界中の人間から愚かだと言われても、仲間を誇りに思う気持ちは揺るがないというのに。
死んでいった者達に中傷を受けて、その痛みを持て余すことしかできない。

それは、たった一つのシンプルな理由であり、傷跡。
理想を信じられない七原に、だからこそ耐えられない現実があったということ。

もちろん、誰もいない喫煙所で『革命家』として叫んでいた決意に、一切の嘘偽りはなかった。
たんなる『表』と『裏』の話である。

1977th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:45:49 ID:aJI1bJfw0
慶時を無情に殺された怒りが。
三村達が知らない所で死んだ理不尽が。
川田が自分達を護って死んだ後悔が。
典子を護り切れなかった絶望が。
そのほかの、己自身を許さないために背負っているすべての重みが。
『痛みと向き合って決意したことであるがゆえに、しっかりと七原の一部になっていたもの』だとすれば。

これから述べることは、『目につかないほど小さな傷だったけれど、向き合ってこなかった』からこそ。
癒されない傷となって、本人も気づかないまま膿んでいたことだ。
それは革命家らしかぬ、考えるだけ停滞にしかならないことだったから。
後ろ向きで陰湿で、まったくクールではなく、ちっとも必要さを感じられず。
それでも吐き出してしまうなら、こういうこと。


◇  ◆  ◇  ◆  ◇


――前のプログラムは一回目の放送で少なくとも二桁は呼ばれたし、狂っちまったり、シラフのままに殺して回るクラスメートも少なくはなかった。

桐山にも言ったことだが、俺の知っている『殺し合い』ってのは、そういうものだった。

――私はこのゲームの主催者を殺さずに捕まえるべきだと思います。他者を害する者も含めて殺さずに然るべき所で裁かれるべきです

――そっか……よかったよぉ〜。結衣ちゃんが無事で。

――わ、私が撃たないって……そう、思ってるの……!?
――ちょっと違うかな。度胸がないとか、そういう話じゃないよ。
だって、私は『信じたい』。結衣ちゃんの事、友達だって思ってるから

そうだな。あんたらは正しくて、人を信じることができて、心がきれいだよ。
お前らみたいな連中ばかりなら、どんなに良かったかと思うさ。
でも、それはあくまで『理想論』だ。
俺がなりたかったもので、それでも、なろうとしちゃいけないものだ。
なれない方が当たり前。あんたらのやり方で万事が上手くいくはずがない。

俺は、『ハッピーエンド』を信じちゃいけない。
だって、さ。
そうじゃなかったら。


――みんなよく考えろ……俺たち、仲間だぞ! 殺し合いなんてできるわけないじゃないか!


――あいつがあんなやつだとは思わなかった。自分が生き残るためにみんなを殺そうとするなんてな。このゲームのルールなら俺も分かってるよ。だけど、本当にやる奴がいるなんて、俺は思わなかった。


――川田、誰かを信じるっていうのは――難しいな。
――そうだな。難しい。とても。

1987th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:47:47 ID:aJI1bJfw0

みんな仲間だと思っていたのに、蓋を開けてみれば『信じる』だけのことがあまりにも難しかったクラスメイトたちは。
桐山という殺人マシンが殺した数を例外として差し引いたって、とうてい『殺戮し合った』という結果はごまかせないあの死亡者は。
プログラムが起こるまでは、まぎれもなく七原秋也にとっての『日常』で、不良や非行少女はいたし、いじめられっ子もいたけれど、そこそこ良いクラスだったはずの仲間は。
七原秋也の、しあわせだった日常は。

川田が、『容赦なくやれ』と諭してくれたことを。
三村が、友人と合流できたにも関わらずに死んでしまった失敗を。
女の子たちが、ささいな誤解から疑心暗鬼に囚われて殺し合ったことを。
クラスメイトが、拡声器で呼びかける少女たちを誰も助けにいかなかったことを。

アイツらを、『間違ってた』なんて、言わないでくれよ。


◇  ◆  ◇  ◆  ◇


馬鹿げた発想だと、七原自身も否定するだろう。
『殺し合ったイコール愚かだった』なんてのは川田もがっかりすること間違いなしの短絡的発想だし、
そもそも国家がかりの『システム』として浸透していた『プログラム』と、見せしめの一人もいなかった今回のゲームでは初期条件から違いすぎて比較しようもない。
だからこそアホらしいやっかみだと無視して、意識することなんかできなかった。
それでも、たしかに傷だった。
なぜなら七原だって、最初は叫んでいたのだから。

信じられるはずだ、と。

1997th Direction 〜怒りの日〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 00:49:07 ID:aJI1bJfw0
話の途中ですが分割点となりましたので、前編の投下はここまでとなります。

後編の投下は、なるべく日付をまたがないうちにお届けしたいと思います。

200名無しさん:2014/05/14(水) 02:23:27 ID:Z3dZ5mfE0
いったん投下乙です

こんなところで投下をわけるなんて酷すぎる!
早く続きを読ませてくれっ!

あと赤也がマーダーだったことちょっと忘れてた

201名無しさん:2014/05/14(水) 20:24:57 ID:M/qq.xno0
投下乙です

感想は後編も読んでまとめて出すよ

2027th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 22:59:21 ID:xbfq8oaU0
お待たせしてすみません
それでは、後編を投下します

2037th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:01:19 ID:xbfq8oaU0
馬鹿げた発想だと、七原自身も否定するだろう。
『殺し合ったイコール愚かだった』なんてのは川田もがっかりすること間違いなしの短絡的発想だし、
そもそも国家がかりの『システム』として浸透していた『プログラム』と、見せしめの一人もいなかった今回のゲームでは初期条件から違いすぎて比較しようもない。
だからこそアホらしいやっかみだと無視して、意識することなんかできなかった。
それでも、たしかに傷だった。
なぜなら七原だって、最初は叫んでいたのだから。

信じられるはずだ、と。

だから、らしくもない悲鳴じみた叫びをあげる。

「川田は最期に『お互いを信じろ』って言った!
典子は、あんな殺し合いの真っ最中だってのに、最初から俺のことを信じてくれた!
よく知りもしないで、人の思い出に踏み込んでんじゃねぇよ!!」

階段を転がった時に落ちていたグロックを拾い上げ、見えないまま闇雲に発砲する。
しかしガキンと甲高い金属音が響いて、銃弾が銛に弾かれたことを知った。

「嘘ついてんじゃねーよ! 信じろとか言っておいて、テメーはさっきの女を囮に使ってたじゃねーかよ!」

サーブが唸る音が聞こえて、脇腹に刺さった瓦礫がまた秋也を転がす。
全身が軋むような痛みに唸りながらも、秋也は叫んでいた。

「俺のことはいいんだよ! 俺が弱くて、みんなを救えなかっただけだから!!
でも、あいつらのことは汚すなよ! 川田も典子も大木も委員長も榊も! 
俺の手が届いてたら、ちゃんと救えてたんだから!」

痛い。
痛い。
痛い。
喪ったのに、国家を憎むことさえ許されないなんて、許せない。
罪深いのは、仲間たちじゃない。不条理がまかりとおる世界の方だと。
そんな呪詛を、となえていたかったのに。

2047th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:03:07 ID:xbfq8oaU0

「どうせお前なんか、友達が何人か死んだってだけだろ!
元の世界に帰ったら、クラスメイトだって家族だって生きてんだろ!
俺には何もないんだよ! 誰も『おかえり』なんて言ったりしない!
それなのに俺から『復讐』まで取り上げようってのかよ!」
「開き直ってんじゃねぇよ! 家族は残ってたって、副部長はもういねぇんだよ!
それでまた元通りにテニスなんかできるわけねぇだろが!」

今度は直接的に、ラケットで殴りつけられた。
激痛でぼんやりとしていた意識が、異なる激痛によって強制的に覚醒される。

「あぁ――もういいよ。お前」

ぽつりと、興ざめしたとでも言いたげに、悪魔はこぼした。
カラリと床をこする金属音がする。
それは敵がふたたび、ラケットではなく銛を手にしたということだった。

「そんなに弱いなら、強い俺に、負けて死んどけ」

すぐ頭上には、もう悪魔が立っている。
見えない視界に、銛が振り上げられる光景が描かれる。

畜生、とまた呻いた。
自分に世界を変える力なんてないかもしれないことぐらい、知っていた。
けれど、だからって、せめて『革命家』として散らせてくれてもよかったんじゃないか、神様?

2057th Direction  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:04:33 ID:xbfq8oaU0



「秋也くんを殺さないでっ!!」



――詩ぃちゃんを殺さないでっ!!

どこかで聞いた声と同じ声を、聴いた。

ギン、と金属を打突する音が、悪魔よりもさらに背後の方向から刺さる。
おそらくは、金属に金属をぶつけて、銛を食い止める動き。
その『金属』とは、もしかすると研究所での対面時に持っていたシャベルかもしれない。

「んぁあ゛!? 何だテメーのその格好は!」

霞んだ意識の知覚に、悪魔の苛立った声と、金属武器の打ち合う音が届く。
それはしきりと悪魔が持つ銛を攻撃し、七原に刺さるはずだったそれを食い止めようとする小刻みな刺突音だった。

動かない体に力をこめて、七原は制止の声をあげようとする。
おい、ちょっと待て。
アンタがそいつを相手にするのは、いくら何でも無茶だ。

しかし声になる前に、七原を抱き上げるもう一人がいた。

「今のうち」

こちらもまた、聞き覚えのある少女の声。
しかし、優しく七原を持ち上げる両腕は、ゴリラのようにごわごわとした感触だった。
何だこれは、と疑問を出そうとして、思い出す。
真希波とかいう少女を獣のようにさせていた、謎の変身するアイテムのことを。
あれを食べた真希波が、人間離れした腕力で彼女たちを抱えて逃げたことを。

「テメェ……! 獲物を仕留めようって時に、邪魔してんじゃねぇよ!」
「そんなことを言わないで、まずは私に付き合ってほしいかな、かな」
「知るか! 化物の格好のくせに、女みたいな声だしやがって気持ちわりい……」

金属同士が軋む、鍔競り合いのような音。
そして男と少女の口論を背後に聞きながら、七原は抱えられたまま遠ざかる。
口論の内容から、七原は戦っている方の少女――レナもまた、同じドーピングをしているらしいと悟る。
だが、しかし。
この状況は。

2067th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:05:56 ID:xbfq8oaU0
「おい、やめろよ。降ろせ……って」
「降ろしてる暇なんかないよっ。すぐに黒子の方も回収しなきゃいけないんだから」

七原はほっておけと頼んだ。
死にたくはなかったけれど、よりによってレナと結衣に助けらるのも惨めが過ぎる。
まるで、己の弱さをどこまでも思い知らされるかのようで。

「だいたい、降ろして死なれた方が、迷惑だっ。私だって、言いたいことは、たくさん、残ってるんだから!」
「降ろした方が、身軽に、動けるだろーが……どうせ、いい気味だと思ってんだろ?」

ゴリラのような生き物にお姫様抱っこされて、必死に非常口へと向かうシチュエーション。
絵にならないことこの上ない、そんな二人は互いに息を切らせて話している。

「そんなわけあるか! 見下してる相手を、命がけで助けるわけ、ないだろ!」

ぎゅっと、七原を抱える腕に力がこもった。

「悪いけど、だいたいの、話は聴いた。『正義日記』の、予知に、出てきたから」
「ぇ…………」
「ナーバスになってるみたいだけど……これだけは、言っておく」

非情口となる扉をあけて、すこしだけ呼吸を整えて。
ちょっとだけ怒ったような声で、船見結衣は言った。

「誰も一緒にいてくれないなんてこと、絶対にない。
自分の知ってる人たちはいい人達だったってことを、あんなに必死に叫べるのに
――どうして戻った世界では、誰も迎えてくれないなんて言うんだよ」





「なんだお前。テニスの技がまったく効かねぇのかよ」
「石ころで人を傷つけるのは、テニスって言えないんじゃないかな」

レナたちの元に残っていた奇美団子は、それぞれに残り2つずつ。
そして、より多くの団子を口にすればするほど、変身した後の身体能力と体の頑丈さは強くなるらしい。
説明書によれば、本来は『自分が受けたダメージを記憶して癒す』という特殊な体質の人が使っていた薬なのだそうだ。
しかしレナたちにはそんな能力など無かったので……結果として『変身を重ねるごとに、徐々に体が頑丈になる』という程度にとどまっている。

2077th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:07:10 ID:xbfq8oaU0

「たかだか石ころをぶつける攻撃なんて、ちっとも痛くないよ。
むしろ、命懸けの決闘に、飛び道具を使うなんて無粋じゃないのかな。かな」

だから竜宮レナは、そのお団子を2個食べた。
おかげで体中には突起のような羽毛が生えて、これはこれで『かぁいい』けれど、ちょっと圭一くんには見せられないような姿になっている。
でも、格好なんかに頓着していられない。
普通に立ち向かってしまえば『DEAD END』が待ち受けていることを、正義日記から教わっている。
運命を超える奇跡を起こすには、それなりのものを払わなければいけない。

「ハッ。決闘って言ったな。つまり、負けた方は勝った方に好きにされるってことだよな」

しかし、防御力を手に入れたからといって、安心することはできない。
真希波が変身していた時間はおよそ数分。あの時は丸ごと食べなかったから効き目が短かったのだとしても、十数分以上は持たないと覚悟していた方がいい。
それまでに決着を付けなければ、この悪魔の餌食となるだろう。

「だったら、これからテメーには赤く染まってもらおうじゃねぇか。どうせ俺が勝つんだからな!」
「いいよ。勝った方が正義なんだよね。私はそのルールでぜんぜん構わない。
だって『部活動』っていうのは、そういうものだからね!!」

相手は凶暴で、まるで鬼が目の前にいるみたいで、言葉が通じる感じもしない。
しかし、逃げるなんて選択肢はあるわけない。
『正義日記』とは、『守るべきもの』のことを知るための日記だから。
予知によれば白井黒子たちは瀕死の状態で、治療をするための時間が必要になっている。
それに雛見沢の『部活』メンバーの会則に、敵前逃亡はあり得ない。

「分かってんじゃねぇか! 勝ったヤツだけが最後に笑える!
俺はテメーらをぶっ殺して、先輩たちを生き返らせるんだよ!」

勝った者にはご褒美を、負けた者には罰ゲームを。
さぁ、始めよう。
『覚えている気がする別の世界』で、前原圭一が、竜宮レナに教えてくれたように。
再演しよう。
竜宮レナの、がんばり物語。

2087th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:08:58 ID:xbfq8oaU0

踏み込んだのは、同時だった。
少年はテニスラケットの代わりに不慣れな銛を振り回し、
少女は持ち歩いている鉈の代わりに、不格好なスコップを振りかざす。

ガッキンと、不格好な剣戟が、異常なほどの腕力で火花を散らした。
悪魔化によって強化された身体能力と、奇美団子による異常腕力がつばぜり合いを演出する。

「舐めんなよ! こちとら素振りを何千回もやってんだからな!」

さながらインパクトの瞬間にラケット面を傾けるような仕草で手首をひねり、つばぜり合いをするりと外す。
続く動きで、ねじり込むように銛を押し込む。銛の先端がレナの頬をかすめた。
『魔雉の装』によって強化された皮膚に血が飛び散ることはなかったが、それでも皮膚が薄く切れて、擦過は残る。
『傷つきにくい』と言っても、本来の使い手が口にした場合の防御力とは比較にならない。
石ころによる打撲には耐えられても、心臓に銛を串刺しされたりすればどうしようもないだろう。

「でも、させないよ!」

まるで鉈でも振り回すかのように、レナがスコップを横に払った。
それはスコップの面で叩くのではなく、傾けたスコップを刃として斬りつける動きだ。
ガァン、と音をたてて銛はその直撃を受け、横に払われる。

互いにできた隙を庇うように、両者は互いを蹴り合って距離を置いた。

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! なんだよその固い羽毛みたいなのは!
俺なんかより、お前の格好の方がよっぽど化物じゃねぇか!!」
「あっはははははははははははははははははははははは!! あははははははははは!
そっちこそ、『生き返る』って言われてあっさり信じ込むなんて、頭は大丈夫かな?
今どき、サンタさんを信じてる幼児だってゾンビやキョンシーなんか信じたりしないよ!
もしかして首が痒くて痒くて我慢できないような、おかしな病気にでもかかったんじゃないの!?」

お互いに、血が上っているせいで奇妙なほどハイになっていて。
それはまるで、どこかの世界で竜宮レナが経験した『決闘』を思わせて。

2097th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:11:05 ID:xbfq8oaU0
だから、レナにも信じることができた。
まだ相手のことをよく知らないけれど、それでも通じない言葉なんてないはずだと。

なぜなら二人は、いずれも『勝ち』を目指しているのだから。





「はぁ…………テンコのおかげかな」

銛が胴体を貫通したボロボロの黒子を見たときは、生きた心地がしなかったけれど。
テンコから、海洋研究所を犬と一緒に探検した報告を聞いていたことが幸いした。

資材置き場を探している時に、曰くありげな『宝物』と書かれた箱を見つけたのだという。
その中に入っていたのは、とても便利らしい支給品と、その説明書で。

『束呪縄』と書かれた茨みたいな形のロープは、黒子たちの体に巻き付けると、バチバチと怪しげな火花を発し始めた。
かえって不安になるような見た目だったけれど『正義日記』によれば間違いなく治癒の効果はあるらしい。

気を喪ったまま治療される二人を見ていると、どっと力が抜けそうになったけれど。
それでも結衣には、まだ立ち上がる理由があった。

「レナを……助けにいかなきゃ」

残された奇美団子はたったの1個。
心もとないし、足でまといになるかもしれないけれど、黙って待っていることはできない。
レナは『DEAD END』という困難な壁に、挑んでいるのだから。

「あ……武器、どうしよう」

黒子と七原を資材置き場まで運び込むのに必死で、黒子を刺していた銛は置いてきてしまっていた。
手元には拳銃があったけれど、扱えるかは心もとない。
こうなったら何でもいいと、黒子のディパックを探り始めた時のことだ。

持ち込んでいた『正義日記』に、ノイズのような雑音が混じったのは。




2107th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:12:47 ID:xbfq8oaU0


「さすがだね……立てないや」
「ハッ……やっぱり、勝つのは俺だったじゃねぇか」

変身は、解けていた。
足が疲労でガクガクと震え、レナは床へと膝をつく。
そんなちっぽけな姿を、悪魔が見下ろしていた。

力は、レナの方が勝っていた。単純なスピードでも、奇美団子の力が上回っていた。
しかし、攻撃を見切る反応速度や、単純な小回りでは悪魔の方に分があった。
それだけは身体能力を底上げしただけでは追いつけないもので。
だから持久戦に持ち込まれることを、防げなかった。

「うん、強いんだね……それ、テニスで鍛えたの?」
「あったりまえじゃねえか。俺の目標にしてる先輩たちなんかは、もっとすげぇんだぜ」

息を切らせながらの会話は、これから片方が殺されるとは見えないほどに、穏やかなもので。
いつもの悪魔がそうしているような、徹底的に破壊する攻撃の嵐は収まっていた
それは相手が勝利の余韻に浸っていたこともあるが、何より双方ともが疲労していたからだ。
来ていたユニフォームは雨にでも打たれたような汗でぐっしょりと濡れそぼり、
その疲労をも心地よく感じるかのように、目を細めている。

そんな悪魔へと、レナは問いかける。

「レナと戦って……楽しかった?」
「何言ってんだよ? 『人間』を潰すのが、楽しくないわけねぇじゃねえか」
「そうじゃないよ。『楽しい』っていうのは、それだけじゃないんだよ」

レナは首を振った。
殺されようとしているのに、心は静かだった。
そこにいる悪魔に対して、確信が得られてきたのだから。
対等の、中学生同士だということを。

「『テニス』のことが、好きだったんだよね。だったら貴方は、知ってるはずだよ。
お互いに相手を讃え合ったりする時とか。いつまでもいつまでも、このゲームが続けばいいのにって思ったこととか。」

知っている。
レナだって、同じ気持ちを知っている。
かつての日常で、そうやって競い合ってきたのだから。
スポーツの公式大会じゃなくて、水鉄砲を打ち合うような、たわいないゲームだったけれど。
いつまでもいつまでもこの時間が続けばいいと、そう思える対戦相手がすぐ隣にいたのだから。
胸をはって、幸せだと言い切れた。

2117th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:13:50 ID:xbfq8oaU0

悪魔が、くしゃりと顔を歪める。

「なんだよ……テメーも思い出させるのかよ。もう戻れないもんをチラつかせてんじゃねぇよ! 皆殺しにしなきゃ、俺はどこにもいけねぇんだよ!!」

「嘘だっ!!」

怒声だけで、銛を振り下ろす動きを食い止める。
怖いけれど、ためらいはない。
竜宮レナには、嘘をついている人が分かるのだから。

「もう笑えないなんて嘘だよ! だって、私と戦った時の顔には、ちょっとだけ『楽しい』って気持ちが見えたから!
あなたは知ってるはずだ! どんなに汚いものを見ても、楽しかった時間に嘘はないってことを!」

いつまでもいつまでも続けばいいと”願う”ような時間は、手をのばしさえすれば取り戻せる。
そのことを、ぼんやりとしか思い出せないどこかの世界で、教えてもらった。
ガクガクと震える足に、力をこめて立ち上がる。

「あなたにとって、その『楽しいこと』は、悲しいことがあったら、全部の価値がなくなっちゃうものなの!?
私は楽しかったよ! 怖かったけど、死にたくなかったけど……それでも、一瞬だけ『殺し合ってる』んじゃなくて、『戦ってる』んだって思えたから!」

悪魔は顔を歪めたままだった。
レナの問いかけを、言葉でも暴力でも否定できないでいる。
なぜなら竜宮レナは『楽しもう』と言っているのだから。
『人間は醜くない』と主張すれば、いや醜いと反論もできるだろう。
お前は間違っていると言われたら、いや正しいと反抗もしただろう。
けれど、『楽しい方がいいはずだ』と言われて『楽しくない方がいい』と答えるほどに……その少年は、好きなことを嫌いになれない。

だから、信じられないと乾いた笑みを浮かべる。

「なんだよそれ……俺は今だって、やり直したくて仕方ないんだぜ。
そんな都合のいい話が、あってもいいのかよ」
「いいんじゃないかな。お手軽な方法で幸せになれるなら、それがいいに決まってるよ」

2127th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:14:55 ID:xbfq8oaU0

私を信じてと、手をのばす。
いつかの世界で、どこかの選択肢で、ずっとそうしてきたように。
負けたからといって、何もかも奪われることはないのだと、それを証明するために。

「私は、みぃちゃんや圭一くんの――ここにはいない仲間の分まで、みんなを盛り上げていかなきゃいけない。
だから、あなたとも一緒に楽しいことをしていきたいな」

手を取ることを逡巡する相手の背中を押すために、さらに一声。
恐れなくていいのだと示すように、相手に一歩を近づいて。

それが、過ちになった。





『圭一くん』と、悪魔は聞いた。



…………ケイイチくん?

2137th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:16:06 ID:xbfq8oaU0
それは、裏切り者のことだ。
思えば、あいつに逃げられたことからすべてが始まって。
悲しくて、虚しくて歩いていたら、あの醜い『人間』たちを見せられて。

思い出す。
今までに起こったことを、思い出す。

楽しかったという高揚が、冷却される。
よく分からないけれど、こいつは『前原圭一』の仲間で。
前原圭一は、自分のことを見捨てた人間で。
そいつは、私を信じればいいのだと、お手軽な救済策を垂らしていて。
だから。
こいつの言うことは。



「嘘つきめ」



考えるよりも先に、嫌悪とも警戒心ともつかない恐れが、銛を突き刺していた。

「あっ」と、目を丸くしたレナが、純粋に驚いたような声をあげて。
そして彼女は、己の腹部に視線を落とす。
脇腹に深く突き刺された銛が、引き抜かれ。
そこから決壊した水道管のように、鮮やかな赤い水が吹き出した。

驚きに固まったレナが、そのまま立ちあがる力をうしなって床に崩れ、
その結果を見て、悪魔が一瞬の間だけ、これで良かったのかと迷いをみせる。
その後悔を振り切るように、ふたたび銛を振りかざして。


「レナから……離れろっ!」

七原秋也を連れ去った猿人が、少女の声を出して飛びかかってきた。

ぶるん、と。
両手に握った鉄の棒で、ぎこちなくも力強く、殴りつける動きをする。

「おぉっと」

新たな敵が現れたことで、悪魔はいくぶんか好戦的な気持ちを取り戻す。
眼前で振るわれた鉄の棒を、余裕さえ感じさせる感嘆詞でもって受け止め、飛び退いてかわす。
解放された竜宮レナが、猿人の少女と悪魔の真ん中の位置で、よろよろと膝をついた。

「結衣、ちゃん……?」
「私がこいつの相手をするから。レナは束呪縄のところまでがんばって」

悪魔はその言葉に、苛立ちを覚えた。
こっちは一人でみんなの相手をしているのに、そいつらから『私たちにはこんなに仲間がいるんだ』と言われているようで。
一人になることを選んだ、ついさっきの選択が間違いだったと言われているようで。

2147th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:17:12 ID:xbfq8oaU0

こうなれば、すべての手を払い除け、すべての『信じて』を裏切ろう。
そう決めて、目視で新手との距離感を測り直そうとして。



新手が構えていた、『鉄の棒』へと、意識が向いた。



「………………………おい、待てよ」

その鉄の棒は、ただの棒ではなかった。
布切れが、房飾りのついた紐で括られて垂れ下がっていた。
つまりそれは、旗だった。

旗に書かれている絵が見えた。
悪趣味だ。
悪魔はそう思った。

よりによって、今この時に、そんなものを見せるなんて。
ひょっとしてこいつも、『亡霊』の同類かもしれない。
真田副部長や手塚国光や跡部景吾の姿をした『あいつら』が『あれ』をちらつかせてきたように。
『それ』を見せ付けられることは、苦痛でしかないのだから。

それは中学テニス部全国大会の、団体戦優勝旗。

過去に立海大附属中テニス部が二度も勝ち取り、
そして、今年の夏に三度目の持ち帰りを果たす予定で、
しかし、青春学園テニス部に譲ることになってしまった、目標だったもの。

振り回された余韻で、ひらひらと揺れていた。



「テメェなんかが……それに触ってんじゃねぇよ!!」



そいつを潰さなければと、決めた。
新手より先に、竜宮レナに止めをさすべきだという考えすら回らない。

ただ、それをチラつかせていることが、どうしても許せずに。
怒れる悪魔に、変化した少女はくるりと背を向けた。

怒気にまみれた声から、時間を稼ぐ最良の方法は、逃げ延びることだと悟ったらしい。
そして時間稼ぎだと気づいていながら、旗を奪い返すためだけに、悪魔は追いかけて走り出す。

悪魔の殺戮は、追いかけっこへともつれこんだ。

2157th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:18:18 ID:xbfq8oaU0





七原さんを救けたい。
決意は本物だったけれど、どうすれば救けられるのか。
分からないまま七原さんに言葉をぶつけて、今だって分からないまま動いている。

だって、『救い』なんて考える必要がないくらい、平和なところで暮らしてきたのだから。
最初から救われている世界……なんて言い方は大げさだけれど、不満なんて見当たらなかった。
お腹がすいたらお菓子を食べて、続きが気になったらゲームをして。
一人がさびしかったら皆を招待する。
曖昧、見えない未来の世界。
みんなそれぞれ、でもくっついちゃう。
なんかちょうどいい、そんな毎日。

でも。
誰かを喪ってしまうことが不安で、自分が消えてしまうことが怖い。
そんな世界に連れてこられて、わたしにも思うことはできた。
昔からの友達と、今の友達のこと。



――ねえ結衣。ごめんね、泊めてもらって。迷惑じゃない?
――え……ううん。
――そか。……結衣は強そうだけど、ほんとは寂しがり屋さんだから。
――えっ……そんなこと、ないよ。
――あはは、ほんとかよー。ねえ、またちょくちょく来てもいい?
――……しょうがないな、京子は。



あの時の私は、もしかしたら京子の存在に救われていて。



――そうだよね、ごらく部だもんね! 四人そろってこそのごらく部だもんね!
――……? うん……
――誓約書でもつくるか。他の部に浮気した人にはラムレーズン一年分ね。
――それはお前が食べたいだけだろ。……大体誓約書なんかなくても、みんなどこへも行かないよ。
――へへっ。



あの時の私は、きっとごらく部の存在に救われていて。

2167th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:19:27 ID:xbfq8oaU0



――大丈夫だよ、なんかごめん。
――それは嘘だよ。
――隠さなくたっていいんだよ、結衣ちゃん。
――怖いのは仕方ないんだよ。レナだって怖い。何時死ぬかわかんないんだもん。怖いに決まってる。
――だけど、ううん。こういう時だからこそ、『仲間』――『友達』に話さないで、一人で耐えるのは、強さじゃないんだよ。



あの時の私は、間違いなくレナの存在に救われていて。



だから、もしかしたら。
『救われる』っていうのは『どんな時でも一人じゃない』ってことかなぁと、思ったりもする。





鬼ごっこは、長く続かなかった。

長くない時間だったけれど、船見結衣にとってはとても怖い時間だった。
後ろから化物みたいな哄笑をあげて追いかけてくる悪魔は怖かったし。
強化された脚力で走っているのに、相手が足元に石ころをぶつけてくるものだから、転ばされるのが怖かったし。
だんだんと変身がとけてきた時に、生身の体であの攻撃が当たったらと想像するのは、さらに怖かったし。

最初にこぶし大の石が膝裏を直撃してから、瀕死になるまでボコボコにされたのは、もう怖いなんてものじゃなかった。

……それでも、海洋研究所から脱出してだいぶ走れたのだから、がんばった方かなと結衣は自分を讃える。
それはすなわち、レナたちのいないところで、一人きりで死んでしまうことを意味しているのだけれど。

死ぬことを、理解した。
死にたくなんて、なかったけれど。
それでも、こんなに手のひらがベトベトになるほどの血が頭から流れているのに、無事でいられるほど船見結衣は人間離れしていない。
頭からぐわんぐわんと変な音がして、身を起こそうとすれば猛烈な吐き気もする。

2177th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:20:34 ID:xbfq8oaU0

それなのに。
とどめとなる一撃は、なかなか振ってこなかった。
不思議がって、そろそろと瞼を持ち上げる。

仰向けになった視界には、夕日を逆光にした悪魔がいた。
輪郭は陽の陰りですこしぼやけているけれど、それでもその顔ぐらいは判別できる。

表情には歯ぎしりがあり、眼光には充血があり。
眉には、苦悶があった。

ぼんやりした思考をどうにか回して、どうしてだろうと考える。
そして、もしかして自分の体の上に、覆いかぶさるように『旗』があるせいかもと閃いた。
これを取り返すために追ってきたなら取り上げればいいし、
これを見ることが気いらないなら奪って引き裂けばいいのに、
苦悶する相手がどちらも選んでいないからだ。
喉は枯れているけれど、声はまだ出る。
だから結衣は、自分を殺す相手に向かって質問していた。

「これ……取り返して、どうするの?」

逆ギレでとどめを刺されるかなと思ったけれど、相手は答えてくれた。
捨て台詞のように。

「――捨てるさ」

苦々しげな声。
不自然に吊り上がった口元。
デジャヴがあった。
誰かと重なる表情。どこかで触れた感情。
そもそもこいつはなんで怒ったんだろうとか、どうして殺そうとしてるんだろうとか。
とりとめない疑問が湧き上がって、そう言えば『やり直すために七原を殺そうとしている』とか正義日記に書かれていたっけと思い出す。

そして、理解した。

(なんだ…………同じか)

つまり、放送後の船見結衣が選ぼうとして選べなかったことを、こいつは選んだ。
竜宮レナがいなければ歩いていた道を、こいつは歩いてきたらしい。

2187th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:21:50 ID:xbfq8oaU0

今さらながら、酷いことをしようとしたんだと思い知る。
だって殺される側に回るというのは、こんなにも痛いのだから。

(レナを殺さなくて、良かった)

そして、だからこそ、こう思ったのだ。

「辛いよね」

もしかしたら、レナを撃とうとして撃てなかった時に、結衣はこいつのような表情をしていたかもしれない。
レナを傷つけた憎い仇であることには違いないんだけど。
運よくレナは無事……ではなかったけれど、助けに入った時点では、まだ死なずに済んでいるわけだし。
だから、ちょっとぐらい言葉をかけても、レナだって怒らないだろう。

「辛くなんか、ねぇよ。俺は『悪魔』だからな」
「もしかして、……『ヒトゴロシの自分』なんて、仲間も喜んでくれない……とか、思ってる?」

自分で言ってて、これはさすがにキレられるかな、と思った。
でも相手は、何も言わなかった。
それだけ、恐ろしいのかもしれない。
こいつの場合は七原さんや黒子やレナを瀕死にして、自分も死にそうになっていて、つまり『一線を超えてしまった』のだから。

「死んだヤツは、何も言ってこねぇよ。
さっきからずっと亡霊みたいなのに文句言われてるけど、アイツらは偽物だ」
「そっか……いいなぁ」
「あ゛ぁ?」

羨ましがる声を出すと、見るからに不機嫌そうにされた。
こんな状況なのに、ちょっとだけおかしかった。

「私はさ……本当は、私に『嫌いだ』って言う京子でもいいから、会いたいと思ったよ」
「…………」
「でもさ……私のところには、亡霊、来なかったんだ。私が、殺し合いに、乗らなかったからかなぁ?」
「今からでも俺を殺しにくればいいじゃねーか。見たくもないものが見えるぜ?」
「んー……やっぱいい。だって、偽物なんだろ?」

2197th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:22:55 ID:xbfq8oaU0
なんで、自分を死の淵においつめている男とペラペラお喋りしているんだろう。
むしろ、私が死にかけていて、相手だって連戦で疲れきっているからこそ成立した猶予なんだけれど。
それに、死んでしまうのはこんなに怖いんだ。
この上、誰もそばにいられないなんて耐えられない。
べつにこの際、自分を殺す男だっていいや……なんて、もしかしておかしいことなのかな。
頭が痛くてぐるぐるしているから、考えることに自信がない。

「レナには、ああ言ったけど……ごらく部のみんななら、最終的には、許してくれそうな、気がするんだよな。
そりゃ、すごく気まずくなるだろうけど、『結衣ちゃん嫌い』ってのは、無いと思う」
「おめでたい連中だな。うちの副部長なら、グラウンド一万周したって許してくれねぇよ」
「でも……責任感じて、『死んでごめん』ぐらいは、言ってくれるだろ? 『本物』の、仲間なら」
「……死んだヤツは、何も言わねぇ。どこにもいねぇよ」
「えー。夢ぐらい、みさせてほしいな……」

実は、七原さんが気を喪う前に、もうひとつだけ言っていた。
『お前にはまだクラスメイトも家族もいる』ってセリフが、そこそこムカついたから。

――ごらく部を、舐めんなよ。京子とあかりが欠けてるごらく部が、『元の日常』になるはずないだろ。

分かりきったことだ。
それでも彼女は、『元の日常に帰る』という黒子やレナの言葉に、頷いていた。

――それでも私は、『帰る』よ。アイツらに追いつく方法は、やり直すことだけじゃないって、信じたいから。

そう。
船見結衣は、自分が信じたいものを、信じる。

「別に、私は天国とかあの世とか……信じてないし、幽霊も……それっぽい心霊体験したことならあるけど、信じてないし。
でも……夢枕にたってくれたりとかさ、また、四人で遊んで、お泊り会して、大騒ぎする夢を見たりとか……それぐらいなら、あってもいいかなって」
「どれも夢じゃねーか。結局、目が覚めたら消えるだろ」
「でも、夢を見た記憶は残るよ……それで目が覚めたら、ちょっとだけ泣いて、今日も一日がんばるぞって……天国でも夢でも、なんでもいい……どっかにいるって……励ましてくれるって、思いたいじゃないか」
「励ましなんかくれるもんかよ! 俺は『悪魔』だつってんだろ!」

バカのひとつ覚えのように、また『悪魔』だと言う。
その言葉を聞いて、気がついた。
いつの間にか、この少年が怖くなくなっていることに。
死ぬのは怖いけれど、こいつは怖くないということに。

だったら。
痛いけど、苦しいけど、がんばるのは辛いけど。
霞みそうな意識をがんばって堪え、だらりと垂れていた指先に、力をこめる。

もうちょっとだけ、真剣さぐらい、見せてみよう。

2207th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:23:40 ID:xbfq8oaU0
起き上がりたかったけれど、それが叶わないから手が届く位置にある銛の先端をつかむ。
くい、と引っ張れば、そいつはあっさりと引っ張られてしゃがんだ。
だから結衣は、その少年の手を掴むことができた。



「悪魔じゃ、ないよ」



証明しよう。
お前は、悪魔なんかじゃない。



「だってお前は、もう一人の『人間(わたし)』なんだから」



『お前(わたし)』と『私達(わたし)』の違いなんて、たった一つだけ。
竜宮レナに、会えなかったこと。
白井黒子に、会えなかったこと。
七原秋也に、会えなかったこと。
1人、だったこと。



「『人間』のことを、信じてくれなくていい。
レナのことも、わたしのことも、信じてくれなくていい。
天国も、あの世も、『亡霊』なんか、信じなくったっていい。
……大切な人、が、『どっか』にいるって、それだけ、信じて、くれても、いいん、じゃ、ないかなっ」


ここではない、どこかに。
歩いていけないけれど、繋がっているどこかに。

「そしたら……『明日』、にも……期待…………持てる、だろ」

握った手は、汗ばんでいた。
体温があることを、確かめる。
やっぱりこいつは、人間だ。

2217th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:24:43 ID:xbfq8oaU0
本当は、レナたちのことだって信じてほしいけれど。
それを教えてやる時間は、もらえそうにないから。
せめて、『帰る場所がない』なんてこと絶対にないって、伝えたい。
時間がないと言えば、七原さんにだって結局、言えないことがたくさんあった。
せめて黒子やレナが、代わりに言ってくれるといい。
人より苦労している分だけ物を知っているんだと自己完結したひねくれ者の先輩に、言いたいことを言ってやれ。

言いたいこと。
ろれつだって回っているか怪しいし、声に伴う呼吸がヒィヒィと掠れて痛い。
でも、せめて、あと一言ぐらいはがんばろう。

「じぶんを、しんじて」

どうにか、噛まずに言えた。





「おい」

まだ体温が残る手を、『切原赤也』は握り返す。
ぬくもりを与えてくれた、名も知らぬ少女へと呼びかける。

「なぁ、起きろよ」

すがるように呼びかけて、呼び止めて。
しかし、その安らかな顔へと怒鳴りつけることはできない。
ほかならぬ自分自身が、その命を摘みとってしまったのだから。

「起きて、くれよぉ……」

研究所に仕留めそこねた獲物がいることさえ、すでに意識から抜け落ちていて。
ただ、もうひとりの『人間(じぶん)』を喪った痛みに、身を折った。
のばしたその手は、たしかに届いていて。
しかし触れ合った直後に、掴みそこねて引き離される。

遺体にかかっていた旗が風でそよめいた。
半ば引き剥がされるようにパタパタとなびく。
その動きを目で追った悪魔は、視線を向けた先に別の発見をした。

「え…………」

2227th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:27:26 ID:xbfq8oaU0
その土地には、クレーターのような凹みがいくつも穿たれていた。
巨大な大砲がいくつも打ち込まれたかのような地面の中心部に、一人の人間が横たわっていた。

その旗の、正統なる所有者が。





「………………手塚、さん」



そして、しばらくの時間が流れた後。
その現場には、死んだ者だけが残された。
置き去りにされてきた2つの死体は丁寧にならべられ、旗の形をした一枚布で覆われていた。
せめてもの義務感に、突き動かされたかのように。
あるいは亡き者に対して、敬意を払うように。

【D−4/市街地/一日目・夕方】

【切原赤也@テニスの王子様】
[状態]:悪魔化状態 、呆然、『黒の章』を見たため精神的に不安定
[装備]:越前リョーマのラケット@テニスの王子様、燐火円礫刀@幽☆遊☆白書、真田弦一郎の帽子、銛@現地調達
[道具]:基本支給品一式、バールのようなもの、弓矢@バトル・ロワイアル、矢×数本
基本行動方針:人間を殺し、最後に笑うのは自分。
1:???


束呪縄による治療を終えた七原と黒子たちが駆けつけた現場では、すべてが終わっていた。

2237th Direction 〜わたしたちの■■■部〜  ◆j1I31zelYA:2014/05/14(水) 23:28:47 ID:xbfq8oaU0
七原秋也が殺されかけた場所からそう遠くないところに、竜宮レナの遺体は倒れている。
死因は、脇腹を深く刺されたことによる出血多量だった。

黒子はその場にへたりこんで、七原は立ったまま呆然とする。
その光景は、受け入れがたいものだった。
なぜなら、七原はとっくに、彼女たちが邪魔をするなら『殺す』つもりでいたからだ。
だから、おかしい。
どうして彼女たちが、七原を助けようとして死ななければならなかったのだろう。
彼女たちは自分に反発したまま、自分に裏切られて死んでいくものだと思っていたのに。

レナはその手に、ボイスレコーダーを握り締めるようにしていた。
白井黒子が、顔をくしゃくしゃにして録音を再生する。

『正義日記』は、ボイスレコーダーの録音によって未来を記録していくタイプの日記だった。
竜宮レナが契約したおかげで、その対象は彼女にとっての『守るべきもの』と『倒すべき悪』――すなわち、海洋研究所にいたすべての人間が予知範囲に含まれたので、七原たちは状況の推移についてかなり詳しく知ることができた。

船見結衣が、竜宮レナをかばったことで、あの殺人者に殺されたことも。
船見結衣は知らなかったことだが、束呪縄が使いきりのアイテムであり、治療は不可能となっていたことも。

予知は最後に、竜宮レナの声で『竜宮レナは銛による刺し傷がもとで死亡する。DEAD END。』と喋った。
そこまで聞いて、得られるだけの情報は得たからと、七原は停止ボタンを押そうとする。
しかし、そのボタンを押す動きが止まった。

予知機能を果たさなくなった未来日記から、また竜宮レナの声が流れだしたのだから。

『えっと……秋也くん。それに黒子ちゃんも、ごめんね。
レナは先に死んじゃいそうだけど……でも、せめて言葉を残していくことにしました』





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