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【第1回放送〜】平成漫画バトル・ロワイヤル【part.2】

1名無しさん:2024/09/15(日) 12:46:35 ID:/Z9m.dHw0
─────学校をズル休みした日の朝食は、別世界の味がした。
アーサー・C・クラーク(幼年期の終わり)


※当ロワは『読んで楽しむ型のロワ』です!!テンプレ改善につき立て直しました。

※このロワは非リレーなのをいいことにやりたい放題メッチャクチャ自由に書きます。そのため、粗へのご指摘・突っ込みは重要なご意見として歓迎します。アンチコメントも大歓迎!!! (…ライン越えしない限り)要望スレへの報告はしないので遠慮なくでお書きください!!
※勿論感想も大歓迎です!!要望があれば挿絵も描くので、描いてほしい回があったら気兼ねなくお願いします!

[@wiki]
ttps://w.atwiki.jp/heiseirowa/pages/85.html

[参加者名簿]
6/6【ヒナまつり】
 〇ヒナ/〇新田義史/〇三嶋瞳/〇アンズ/〇新庄マミ/〇殺人ニワトリ

6/6【私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
 〇小宮山琴美/〇根元陽菜/〇田村ゆり/〇吉田茉咲/〇うっちー/〇美馬サチ

5/5【かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜】
 〇四宮かぐや/〇白銀御行/〇藤原千花/〇早坂愛/〇伊井野ミコ

5/5【中間管理録トネガワ】
 〇利根川幸雄/〇兵藤和尊/〇黒崎義裕/〇佐衛門三郎二朗/〇堂下浩次

3/4【古見さんは、コミュ症です。】
 〇古見硝子/●只野仁人/〇長名なじみ/〇山井恋

4/4【だがしかし】
 〇枝垂ほたる/〇遠藤サヤ/〇尾張ハジメ/〇鹿田ヨウ

4/4【ダンジョン飯】
 〇ライオス・トーデン/〇マルシル・ドナトー/〇チルチャック・ティムズ/〇センシ

4/4【HI SCORE GIRL】
 〇矢口ハルオ/〇大野晶/〇日高小春/〇ガイル

4/4【干物妹!うまるちゃん】
 〇うまるちゃん/〇土間タイヘイ/〇海老名菜々/〇本場切絵

3/4【ミスミソウ】
 〇野咲春花/〇相場晄/●小黒妙子/〇池川努

3/3【悪魔のメムメムちゃん】
 〇メムメム/〇小日向ひょう太/〇オルル・ルーヴィンス

3/3【空が灰色だから】
 〇璃瑚奈/〇来生/〇佐野

2/3【闇金ウシジマくん】
 ●丑嶋馨/〇肉蝮/〇鰐戸三蔵
以下省略
htps://w.atwiki.jp/heiseirowa/pages/11.html

67/70

[元ネタ『ステマ棚』]
…ステマ棚とは。
2015年頃、『なんでも実況J』の漫画スレで貼られるようになった棚。
なんjで話題になった(ステマされた)漫画ばかりをコレクターした棚になっている。
平成最末期になり更新が途絶えたため、今見れば絶妙に古くエモい漫画ばかりとなっており、そのことが当ロワタイトルの『平成漫画』の由来となっている。
ttps://img.atwiki.jp/heiseirowa/attach/1/97/sutema1.png
ttps://img.atwiki.jp/heiseirowa/attach/1/98/sutema2.png

企画を始めるにあたって実際に6万かけて全冊読んでみたが、…まぁ、『ヒナまつり』と『目玉焼き』は特に掘り出し物であった。
とどのつまり、参戦作全てが「○○(タイトル) なんj」でググれば把握できるので、比較的入門は楽なロワだと思います!!

628『悪魔のいけにえ(爻ノ篇)』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 19:56:20 ID:cFeuEibI0



 …佐衛門さんの崇拝する、利根川センセって人曰く。
『金は命より重い』────とのことらしいけど…。


…冗談じゃないッ………。


金が全てなわけがあるかッ…………。
この世の全ての物に金がかかるだけで、あんな紙切れが何よりも大事な訳が無い………ッ。


…決別の意として、兵藤の手形をビリビリに破いた時。
……アタシは後悔なんか一ミリも湧かなかった…………────。



「……はぁ、はぁはぁ……。ぐうッ………。はぁ……」

「…さ、佐衛門さん…大丈夫……なの…!?」

「はぁ、はぁ…………。大丈夫にッ………見えるのか…………ッ?」

「あ…い、いやごめん。そういう事じゃなくてさ……──」



「──ソレ、…『違法』な奴……だよね………?」

「………ノープロブレム………っ。コイツは『医療用』と銘打ってるんだから………脱法ドラッグだよ…………ッ。……吸わなきゃ、痛みでやってられないさ……………ッ──」


「──スゥ…ハァッ………。…フゥ………ハァアァッ…、ッ………。」

「……………………ほ、程々にね………」


 サングラス越しで眼帯を付ける彼。
唯一露わになっている彼の左目は、…もう鬼ってぐらいに怒りで血走っていた。
…真っ暗な病院にて、お目当ての『ソイツ』を探り出した彼は、一心不乱に袋の中身を吸い続ける。
………さっきまでの優しくて、比較的まともだった佐衛門さんはもういない。……そんな気がして堪らなかった。



「…………ハァハァッ…………──」



「──…申し訳ないね。……サヤさん」

「えっ…。い、いや…!」


「………もう痛みはだいぶ……和らいできたとは思うからさ……………っ。……そろそろ、行こうか………」

「……え…。だ、大丈夫なの……?」

「…そりゃ、大丈夫…ではないさ………っ。…ただ、君こそ大丈夫なのかい………。こんな不気味な病院で……長居するのは………」


「…………うぅっ…! …そ、それは確かにだけども…」

「……よし、なら出ようか……。…ねっ………!」

「…うん………分かった」



…金なんか要らなかった。
恐怖も、絶望も、文字通り『こんな目に』遭うのももう嫌だった。

金なんかよりも……、たった十円ぽっちで大分満足できる……平和であまい菓子の方が何倍もいい。
……もう二度と金に惑わされてたまるか、って…ッ。

629『悪魔のいけにえ(爻ノ篇)』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 19:56:55 ID:cFeuEibI0
「…ねえ、…………ごめんなさい。私の方こそ」

「………」

「……あの時、佐衛門さんにヨーヨーぶつけなきゃ…………裏切っていなきゃ………ッ。貴方は今頃──…、」

「……ははっ………。僕が謝ったものだからゴメンナサイ返しか………………。いいよ気にしなくて。罪悪感なんて最も非生産的な感情だ…っ。もうよしてくれ…。──」



「──…ありがとうね、サヤさん…」



……
………
────“金さえあればなんでもできると思うなッ……!! ジジイッ……!!”

────“……。行くよ、佐衛門さん…”
………
……




「──…あの時……、こんな僕を庇ってくれてさ………っ」

「…………うん」



 …アタシには兄貴がいる。

頭が悪くて、ダメダメで、スケベ心だけはいっちょ前の愚兄だけども、…それでも大切な。

──『サングラス』がトレードマークの兄がいた。



佐衛門さんの肩を支えながら、アタシらは病院を後にする。




……一応補足。
アタシアタシ〜って一人称だから勘違いしちゃったかもだけど、アタシはメムちゃんじゃない。
…そしてヨーヨーガールぺったんこって名前でもない………。

アタシは、──────遠藤サヤだ。



【1日目/D6/東京ミッ●タウン周辺街/AM.04:31】
【遠藤サヤ@だがしかし】
【状態】健康
【装備】あやみのヨーヨー@古見さん
【道具】フエラムネ10個入x50
【思考】基本:【静観】
1:佐衛門さんと行動、そして互いに助け合う。
2:ジジイ(兵藤)を絶対許さない…っ。
3:ほたるちゃんを探したい。

【佐衛門三郎二朗@中間管理録トネガワ】
【状態】右眼球切創、背中打撲(軽)
【装備】ヘルペスの改造銃@善悪の屑(外道の歌)
【道具】???、医療用●麻x5
【思考】基本:【静観】
1:サヤさんを守る。
2:会長に激しい憎悪。
3:……メムメム、アイツについていって大丈夫だろうか………っ。

630 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 19:58:32 ID:cFeuEibI0
以上で二本目終了です。
引き続き、『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』をお送りします。

631『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 19:58:53 ID:cFeuEibI0
[登場人物]  [[野原ひろし]]、[[海老名奈々]]、[[飯沼]]、[[山井恋]]、[[マルシル・ドナトー]]、[[魔人デデル]]、[[新庄マミ]]、[[うまるちゃん]]

632『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 19:59:15 ID:cFeuEibI0
**短編01『迷走家族F(ファイアッー!)』
[登場人物]  [[野原ひろし]]、[[海老名奈々]]、[[飯沼]] / [[マルシル・ドナトー]]、[[山井恋]]

『時刻:AM.04:56/場所:東●ホテル3F』
『────現在』
---------------

633『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 19:59:27 ID:cFeuEibI0
 ガガガガガガ────ッ…


  バキバキバキ────ッ…



「…ぼっ、僕には……、妹がいるんですよ。歳の離れた…夏花っていう…………」


「………」 「…い、ひぐっ…うぅ……」



 飯沼がふと口を開いた。
豪華な扉を、静かに綺羅びく灯りを、誇り一つない床を。
小学校低学年の版画が如くウンディーネが無作為に切り裂く中。──ひろし等は縮こまりながら、飯沼に耳を傾ける。
ウンディーネ【水先案内人】──。水の精霊である奴が居る場所は階下なのか、階上なのか。そもそも今、何体に分裂したのか。
どちらにせよ、ウンディーネの繰り出す『ウォーターカッター』はレーザービームそのもの。
岩、鋼、人体に人骨。何であろうと簡単に真っ二つにする威力な物だから、奴が暴れ狂うこの場──東●ホテルの長居は危険極まりない自殺行為である。


奴と闘っても勝ち目などなかった。
ましてや、戦闘どころか喧嘩すらも無縁なひろし、飯沼、海老名の三人なら、即刻退避が望ましいだろう。



ただ、三人には。

──厳密には、飯沼には残らざるを得ない『使命』という物があった。



「うぅっ……ぼ、僕は一人暮らしをしていて…。……たまになっちゃんが遊びに来て……料理を振る舞って…やるんですが…………。『美味しい…!』って歓びを共有するあの時間が……凄く好きで…………………」

「……………」

「…僕、人と話すのは…苦手で………。…昔から…人にはあまり興味もなかったん……ですが…。…なっちゃんの面倒は…よく見たんですよ………。…アイツ、お兄ちゃん、お兄ちゃんっていつも……………──」


「──そんな妹に……、マルシルさんはよく似ている……っ。…彼女、僕のことを慕って…なついてくれるんです…──」

「──こんな卯建が上がらなく、……暗い…魅力がない僕なんかに………。彼女は………、…マルシルさんは接してくれた…………」



「…飯沼君………っ」



ガシャンッ────、と。窓ガラスが真っ二つに切れ落ちた。



「ヒィッ……!!! ………ひぐっ………──」



「「──あっ!!」」



否。
切断されたのは窓ガラスのみではない。
水の精霊による無差別乱射は、天井の照明にも及んだのか、三階廊下は薄暗さに包まれる。

暗闇が、怖かった。
無は恐怖だった。
無は何もかもを不安と絶望に覆い包んでくれる。
死への絶句と視界不良から、海老名はもうパニックで、二重の意味で眼の前が見えなくなっていた。

ただ、唯一、はっきりとこの目で捉えれた事がある。
それは、水圧による斬撃と。
そして頭を地面につけて懇願する、飯沼の姿。──涙だった。

634『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 19:59:40 ID:cFeuEibI0
「…い、飯沼君っ!!」

「………だ、だからぁ……っ!!! …お願いしますっ…、野原さん!!! …一緒にマルシルさんを…………。お願いします…………!!」

「………っ!!」



「ここで逃げたら………僕は…………自分のことが…堪らなく嫌いになる………。だ、だからぁ…野は──…、」


「もういい。飯沼君」




「ひ、ひろしさん……!!」


「………………」



 ガガガガガガガガガガガ────ッ…


  ガシャン────ッ…



 曲がり角奥から、何かが大破する音が響いた。

縮こまって頭を上げない飯沼の背中へ、ポンと置かれる掌。
手を置いた張本人──野原ひろしは、この時何を考えたのか。
辺りは目を凝らさざるを得ない程暗闇だったため、その表情は飯沼、海老名共に把握できなかったが。

────無論。
ひろしという男は双葉商事係長を勤め上げ、これまで幾多のビジネス的困難を昼メシの力で挑んできた人物。
心の底から懇願する若者へ、「諦めろ」等とドライに言い放つ男ではなかった。


「…喋ってる暇があれば足を動かせ──社会人のモットーだぜ、飯沼くん……!!」


「………っ!! の、野原さん…っ」




「……確かにオレたちはそのマルシルさんを知らねぇさ…。…だが、それがどうしたってんだっ…!!──」


「──オレらサラリーマンはどれだけ身が削れても…どれだけ心が減っても…耐え忍びっ…。社会という大きな壁に向き合ってきたんだ…………──」


「──バトルロワイヤルだぁ…? 生死の戦いだぁ? ンなもん知らねェッ!! サラリーマン人生を歩んできたオレらに……今更怖いものなんかねェんだよッ!!!」




「………っ!」




「…マルシルさんのいない世界に未練なんてあるかってんだッ………!! ……行くぞ……。た、助けに行くぞオイッ!!!」


「の、野原さん…!!」

「ひぐっ……、ぐっ………………う……」

635『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 19:59:52 ID:cFeuEibI0
──それが野原ひろしという男の『流儀』だった。

飯沼に鼓舞を打った後、ゆっくりと立ち上がっていくひろし。
彼は、半ば巻き込まれ状態である海老名に一言詫びを入れると、前へ向いた途端、その目は一変。
覚悟を決めたその眼、その魂のまま、マロが向かったであろう十一階。──即ち、移動手段であるエレベーターへと歩んでゆく。
あとに続くは、怯えつつも勇気を振り絞って立ち上がる海老名、飯沼の両名。

────奇しくも三人は飯好き。美味しい物好き。グルメ大食いという共通点を持つ。


空腹よりも辛い、惨劇のホテルにて。
三人は1421号室で身を縮こませるマルシルを救いに、恐怖と抗う。
ひろし等が第一目標として、その姿を探すは、自分らをこんな目に遭わせた戦犯の内ともいえる──マロ。


「オレが…絶対に皆を……。責任持って守ってやるからなッ……」


「………はいっ…」 「ひっ、ひっ…………。ひろし、えぐっ…さん…………」




「……。………野原一家ッ……F【ファイアーッ】………!!」



ただ、この絶望へ抗うにあたって、三人合わせて武器一つのみとは、あまりにも心細かった。

636『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:00:18 ID:cFeuEibI0
………
……




「…はっ、はっ、はっ、はっ」



 ─────パッ


「……きゃっ………──ぁ…っ?!! 何ここ…?」

「…え!? うわっビックリした?!!!」

「……は? は?? は? はぁっ?! って、あの時のバカ犬っ!!! て、てんめっ…」


「…はっ、はっ、はっ、はっ」



「…え。血、大丈夫………? というか、だ、誰なの、あなた…………??」

「………は? 私山井恋。これで満足? ていうかアンタ何してんの? バカ犬にペロペロ股間舐めさせて………。こんな事態に発情期……?」

「なっ、ち、違うわいっ!! この子が部屋に入ってきて…急にスカートに突っ込んできたんだけどっ!!!──」

「──あ。あと私はマルシル。マルシル・ドナ──…、」

「あーどうでもいいよアンタの名前なんか。別に仲良くする気はないし、興味ないって感じ〜〜?」

「…は、はぁ??!」

「ま、何はどうあれ…。そのクソカスが眼の前にいるんだから結果オーライって感じ…かな。私が用あるのはその犬だからさ〜」

「…??」






「────だからアンタは死ね。…バイバイ、マルシル何たら」






 ガガガガガガッ………………






*『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』
〜パルプフィクション。短編を時系列シャッフルで綴る、群青劇〜

[総登場人物]  [[野原ひろし]]、[[海老名奈々]]、[[飯沼]]、[[山井恋]]、[[マルシル・ドナトー]]、[[魔人デデル]]、[[新庄マミ]]、[[うまるちゃん]]

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637『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:00:39 ID:cFeuEibI0
**短編02『古見八犬伝』
[登場人物]  [[山井恋]]

『時刻:AM.04:08/場所:桜丘の森』
『────『←』巻き戻し/話は16分前に遡る。』

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638『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:00:50 ID:cFeuEibI0
 『犬』という動物は、──血統、種類にもよるが──知能面に関して人間の二歳から三歳程度。
つまりは、IQ90程の知能を兼ね備えているらしい。
動物学的研究結果によると、ニンゲンを除いて平均知能の最も高い生物は犬とのこと。
遡ること古代エジプトから、犬は人間の一番のパートナーとして可愛がられて来ているが、その頭脳は計り知れない物なのだ。
従って、躾も訓練を熟せば容易に覚えさせられる。


下衆な例となるが、例えば────『バター犬』だとか。



「はっ、はっ、はっ、はっ、」



 渋谷サクラステージの一角にて、舌を出す大型犬が一匹。
この犬の名前はマロ。
そして、飼い主の名は今江恵美────と、本来なら説明する所だが、マロは殺し合いにおいて『支給品』。
参加者の一人──佐野が連れ忘れた犬であり、バトロワ的には彼女こそが飼い主であった。

そっと吹き付ける夏風の指示の元、マロは一人でに動き出す。
犬の視線が捉えた先には、呆然と膝をついて座る女子生徒がいた。
血溜まりと嫌な死臭が立ち込む中、それでも身動きを取らない彼女の放心っぷりたるや凄まじい物ではあっただろうが。



「……はぁ…はぁ、はぁ………………。…何してんだろ、私…………」


マロは、


「はっ、はっ、はっ、はっ、」



いや、『クン●ーヌ』(命名:黒木智子)は、



「はっ、はっ、はっ、……」


「……ごめんなさい。……只野…く──…、」



「はっ、はっ!!!!」



 ズボッ────



「んおわっ!!???」




誰に教わった躾なのか。
女子生徒のスカート内へと顔を突っ込み、ベロベロと股ぐらを舐め出していった。

639『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:01:02 ID:cFeuEibI0
**短編03『北埼玉ブルース』
[登場人物]  [[野原ひろし]]、[[海老名奈々]]、[[山井恋]]

『時刻:AM.04:10/場所:渋谷駅前』
『────通常再生』
---------------

640『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:01:17 ID:cFeuEibI0
「はっ、はっ、はっ、はっ、」


 ペロペロペロペロ……



「わっ!! ちょ、ちょっと…!!! えっ?!! ひ、ひろしさん…た、助けてくださぃ…〜〜!!!」

「なっ、なんだこの犬は〜〜っ?!!! …くっ……。や、やめなさいっ!!!! …この破廉恥野郎〜っ!!!!」


 ────ボコッ


げ    ん   こ    つ!!




 シュゥゥゥゥ〜……と、倒れたマロのたんこぶから湯気が出る。

 渋谷駅待ち合わせ場にて、唐突に現れては海老名の股ぐらへダイビングしたこのバカ犬。
海老名の同行者──ひろしは、色んな意味で突飛な襲撃者に、思わず手が出てしまった。


「え、海老名ちゃん大丈夫か〜っ!!?」

「うっ、え…は、はい………。…あの、いくらなんでも…殴るのは酷いですよ〜……。わんちゃんを……」

「…う、うぅ………。…自分の行いを正当化するつもりはないが、仕方ないってもんだぜ〜…?」

「し、仕方なくなんかないですよぉ〜!!」

「海老名ちゃん、考えてみるんだ! SASという部隊では軍事犬という攻撃専門の犬がいると聞いたぜ。…今は殺し合い中だ……。この犬も、もしかしたら誰かが送り込んだ刺客という可能性もあるから…警戒を──…、」


「はっ、はっ、はっ」


し〜〜〜ん……



「流石にないと思いますよ………?」

「……………ああ、オレが馬鹿だったよ。すまない!! …さしずめ、一人暮らしのOLからの刺客…かなぁ……。この犬は………」



 見れば見るほど間抜け面のマロ。
ひろしは脱力感でくたびれそうなほど呆れ返った。


 時刻は午前三時。──普段なら騒ぎ足りない若者達が踊るこの時間帯も、今や閑散とした寂しさが漂う。
つい先程の、何処ぞの参加者によるバカでかい拡声器発声もまるで嘘のような静けさだった。

新田義史追放以降、男手一つで海老名菜々を守るは、双葉商事のスーパーサラリーマン野原ひろし。
ローン十年。三十五歳。これまで幾多ともなるトラブルに立ち向かってきたひろしだ。
治外法権下と化した渋谷区で、彼が何もしないなどある訳がなく────、


──という訳はなく。
現時点では、海老名を連れて渋谷駅を出ることしか行動を取らずにいる。

待ち合わせ場所まで出て早数十分。
未だ、彼ら一行は基本スタンス通りの【静観】を貫き続けている。


「はっ、はっ、はっ、はっ、」

「はは…あははぁ〜…。それにしてもめんこい犬だべな〜〜……」

「…言うほど可愛いか〜? そいつ……。まぁ人それぞれだけどよ〜」


「待て!」────と、犬の躾の如く待機を貫くひろし等。
これは当然ながら誰かに指示されてのスタンスではない。
──そして、何も考えず愚鈍にただ突っ立っている、という訳でもなかった。


 言わば、『何もしない』という策である。


 軽く遡るは、数カ月前のランチタイム。
束の間の休息を釜飯屋にチョイスしたひろしは、あろうことかスマホを会社に忘れてしまっていた。
本格的釜飯店ともあり、出来上がるのにも数十分掛かる。
その窮屈すぎる長い待ち時間、暇を潰す道具も持たずして一体何をすれば……と。
熟考に頭を働かせたひろしが辿り着いたのが──『何もしない』事なのである。

641『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:01:31 ID:cFeuEibI0
“待てよ…。なんでオレは何かをやらなきゃいけないと思ってるんだ…!?”


“思い返せばちょっと時間が空くといつもスマホをいじっていた…”


“何もしないでいるのを時間を無駄にしていると思っていた……”



“──けど本当にそうなのか────?”



この思い付きは結果的には得。
ひろしのこれまでの考え方をリライトする、新たな価値観となった。
何もせず、店の中をぼんやり眺めてみれば、雰囲気の出る竹ザルやアンティークな掛け時計、囲炉裏の上にある魚の飾り等…古民家風な凝った装飾が発見できる。
その温かみのある内装にひろしは心から落ち着いた様子であった。
もしもスマホを会社に忘れてこなかったら、これら店の雰囲気には一つも気づかなかった事だろう。

情報だらけの昨今。
ひろしは、こんなにも落ち着く気持ちになったのは久々な気がしていたのだ。


「かわいいな〜えへへ〜〜!! あ、ひろしさんもよかったら撫でますか…? わんちゃん」

「え? いや、いいぜ。うちはもうシロで散々撫で飽きたモンだからな〜〜」

「あ、そうですか〜。…めんこいな〜〜」

「はっ、はっ、はっ、」



────ただ待つという贅沢。

何もしないことにより、今まで目に付かなかった物がハッキリと感じれるようになるから、と。
今はまだゲーム開始から三時間も経っていない。四十五時間も短いようで長い時間が有り余っているのだ。
従って、以上の経験の元。ひろしは海老名を説得し、ただ何もせずにい続ける。
本当に、何にも──。


「はっ、はっ、はっ、はっ、」

「んん〜〜〜!! かわいい〜〜〜! …………──」


「──……………。…………」


「ん? どうしたんだ海老名ちゃん」

「あっ!! い、いや…何でもないです……!」

「…そうか〜? なら良いんだが…」


「……………ははは…」


もっとも、海老名からしたら今すぐにでもうまる等知人たちを探したいのであるが。


 満月。
映像広告看板が目まぐるしく文字移動し、誰も乗っていないにも関わらず尚も働き続けるエスカレーター。
ひろし達は、何もしないという攻防策を身に置いて、静観をただただ続けていた。

まるで、何かを待っているかのように。

642『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:01:47 ID:cFeuEibI0
「はっ、はっ、はっ、はっ!!!」


 ズボッ


「んおわっ!!! きゃっ!!!!!」




「「え…?!」」


二人の「え?」が同時に重なる。──ということは、『第三者』の声が発生したとの次第だ。

少しばかり向こう、青ガエル電車模型前にて響いた、女子の声。
海老名と同年代頃であろうその女子は、声が飛び出る今の今まで気配を察せず。二人揃って振り返った時、初めてその子の存在に気付かされた。
──それと、マロがその女子のスカートに頭を突っ込んでいたことにも、今更。


「あっ!!! あのおバカ……、い、いつの間に…!!!」


女が目に付けば見境なしに襲うのだろうか、随分と『躾』がなった犬だなぁ…、と。
脳裏に我が息子が思い浮かびながら、ひろしは海老名と共に大慌てで静止にかかる。


「す、すみません〜!! …こらっ、離れなさい! もう…一体どうなってんだお前は……!!」

「すみません!! うちのわんちゃんが〜…ご、ご迷惑を〜…!!!」

「…は?」


バカ犬を無理やり引き剥がし、ひろし等は被害者の女子に平謝りを始める。
対して、虚を突かれた様子で地面に座り込むその女子。
肩までかかる茶髪のミディアムヘアに、同じく茶色のセーターで制服を覆う。イメージ的には、キャピキャピした感じといった顔立ちの女子生徒であった。


「……またこのバカ犬………。…なんなわけ………?」

「えっ? また、って…。君こいつを知っているのか〜?」

「は? …あー、こいつ名前マロだから。…ほら、首輪に書いてるでしょ?」


「首輪……?──」


待ち合わせ場所にて、誰かを待つかのように静観し続けたひろし等が出会った、その女子。


「──あっ、確かに!! 今まで気づかなかったぜ〜…。ごめんよ、うちの〜…っていうか君の…かな? マロのやつ、なんかこう…女の人見かけると暴れちゃうタイプで〜〜…」

「いや知ってるから。私もさっきそのバカ犬に頭突っ込まれたし。やだよね〜ほんと。獣くっさくて敵わないってーの。──」

「──本気で死ねばいいのに。…そう思っちゃう感じ〜? ね〜〜」


「「………」」


「お、オレは野原ひろし! で、こっちは海老名ちゃんだ」

「あ、はい!! よ、よろしくお願いします〜…」

「取り敢えず君に怪我なくて良かったぜ……。ところで君は──…、」

「あ、私パスで。自己紹介」

「え?」

「だってさ〜、普通に面倒臭いし。自己紹介で終わるならまだしも、これまでの経緯とか仲間の話とか色々しなきゃダメでしょ? そんなのダルいしキツイじゃん〜──」

643『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:02:03 ID:cFeuEibI0
もしかしたら、ひろし等は本当に待ち続けていた。
──いや、待たされていたのかもしれない。



「──それに、やる意味なんかないし」


「…え?」



武器も乏しい、戦闘力も皆無、無害、──殺人者としては格好の餌。
待ち続けていたのだ、──死神はひろし等を。

ひろし等の身体から魂が離れる、その瞬間を。


「バカ犬は…とりま保留。対象はそこのオッサンと脂肪の塊みたいな女だから。よろしくね♫」

「……えっ」



「────『ウンディーネ』っ!! 皆殺しにしてッ!!!!!!」



女子生徒──山井恋が、ペットボトルのキャップを外した瞬間。
飲み口からまるで水晶のような透明の塊が宙に浮かび、

刹那。
レーザー《ウォーターカッター》が飛び掛かる。



 ガガガガガガ──────ッッッ



「えっ!!??」

「え、海老名ちゃん!!! 逃げ──…、」




 グシュッ──




────死神がその黒いベールを脱いだ。






644『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:02:24 ID:cFeuEibI0
**短編04『マミの使い魔』
[登場人物]  [[魔人デデル]]、[[新庄マミ]]、[[うまるちゃん]]

『時刻:AM.04:10/場所:渋谷駅前』
『────同時刻』
---------------

645『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:02:39 ID:cFeuEibI0
 使い魔には、使命がある。


使い魔には、主【マスター】の命令に従い、護衛や補助などの役割を担う義務がある。

使い魔には、どんな不条理や理屈であっても、どんなに頼りなくか弱い主であっても、その主の存在を。
いや、主の生命を一番に考えなくてはならない運命がある。

例え、自分の身に危機が迫ったり、戦いの末、自らの魂が犠牲になろうとも、守り続けたい『存在』があった。


それが、使い魔として産まれたが故の、天命だった。



──ただ、その半透明化した身体は、使い魔と呼ぶにはあまりにも脆弱な姿だった────。





「(……保って半日…いや二時間ほどか。…クッ……。──)」

「(──…主がいかにもオツムの弱そうな小娘ときたものだからな。奇天烈かつ無駄な願いを連発することは多少目に見えていたが………。…あまりにも酷い、酷すぎる………──)」

「(──OK,siri感覚で私を酷使するとはっ………。お陰で私の充電は5%未満だ…………。──)」


「(──…魔力が欲しい。……一刻も早く、魔力が………………)」



「あっ!!! ゆ、UFOだ!!! ほら魔人さん、うまるちゃんも一緒に!! アーメンソーメンヒヤソーメン〜〜っ!!! アーメンソーメンヒヤソーメン〜〜っ!!! わたし達をどうか助けにきてぇ〜〜〜〜!!!! 宇宙人さん〜〜〜〜〜!!!!!!」

「いやただの飛行機じゃんアレ。…でももう一途の望みにかけるしかないよーー!!! アーメンアーメンアーメ──────────ンっっ!!! うまるをここから連れ出してぇえーー!!!! あとついでにダラダラしてても文句言われない星に連れてってぇええーー!!! お願い宇宙人様ぁ─────────っ!!!!!!!」


「……………はぁ」



夜空を一つの赤い輝きが通過した頃。
必死こいて天にお祈りをする二人の小娘に、魔人・デデルはため息が漏れる。

──なんて愚かな光景だろう。
──そしてなんて馬鹿な主《マスター》なのだろう。

地面上にてジャンプーSQ雑誌や月刊マー、お菓子等が乱雑に散らばる中、デデルは赤い星(──と言うか普通に飛行機)に向かって指パッチン。


 パッ


「「あっ!!??──」」


「──き、消えちゃった?! どうして!!? なんで!!! わたしを見捨てないで宇宙人さん〜っ!!!」

「いや魔人が消したんでしょ絶対! …何してるのさもうーーっ!!!! ワンチャンUFOだった説あるんだよ!!? ワンチャン〜〜〜〜っ!!!!」


「バカな信仰をしてる暇があったら行きますよ。……全く…」

「ば、バカって……。別にうまるは本気で心からUFO信じてたわけじゃないよ! …バカは、その………マミちゃんだけだし」

「なにそれっ?!!!」


「………………はァ。困ったモノだ…」


魔人のただでさえ消えかかっている姿が、余計スケルトン度を増すこととなった。





646『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:02:50 ID:cFeuEibI0
**短編05『制服少女に踏まれたい』
[登場人物]  [[山井恋]]

『時刻:AM.04:03/場所:桜丘の森』
『────『←』巻き戻し/話は7分前へと遡る。』
---------------

647『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:03:03 ID:cFeuEibI0
 S極とN極は、その磁力でまるで運命のように引き寄せ合う。
ただ、どれだけ強い磁力を発そうとも──山井恋は、意中のあの子に未だ出会えずにいた。
【S】hoko──Komi極。
彼女の為なら、こんな下劣で全てが終わっている厨二デスゲームでも喜んで乗ってやろう。
そう意気込んでいたというのに──。


「…ひっ!!! ………あれ。………え…。嘘っ………──」



「──…………只野くん…」



 渋谷高校から徒歩数時間。
どれだけ歩こうとも歩こうとも、先程から山井が出会す参加者は、『既に参加者で無くなった者』──【死体】ばかりである。

 渋谷サクラステージの歩道橋を進み、道なりに足を踏み入れた先は桜丘の森。
ライトアップされた木が閑散と光るこの公園。
死臭に飛びついたのか、さっきからカラス達の声が酷く喧しかった。


「……………早っ。…早すぎでしょ…………。何してんの、…うげっ………。只野くん……………」


ベンチ下の地面にて、まるで寝返りを打ったかのように仰向けのクラスメイト。
知り合いの遭遇ともあり、山井は思わず前屈みで座り声を掛けたが、当然返事など無い。
赤黒く胸を染め、鼻と口からは歌舞伎のペイントのように紅の軌道を綴る、白目の死体。
下半身の断面からは、どこかに失った両足を探すが如く、血の噴水が水溜りを伸ばして続ける。


「……。(…早坂ちゃん説ある? ワンチャン…)」


 死体の傷口を眺めながら、山井は不意に犯人像を思い浮かべた。
三時間前、校舎内にて互いに不可侵条約【古見/四宮接近禁止令】を交わした、早坂という女。
条約締結の記念品として、所持武器をそれぞれトレードしたものだが、山井に比べて早坂は参加者遭遇率が高かった様子。
早速目についた只野を即襲撃──逃げられない様脚を切断してから──トドメを刺したのだろう、とスプラッターで嫌な想像が頭に浮かんだ。

山井に重い現実を突きつける、知り合いの死。
──ただ、かと言って彼女は別に早坂を恨んだり復讐心を抱いた訳でもなく。
よくしてもらった親戚の葬式と同程度の悲しみで、山井は涙を浮かべながらそっと鎮魂の想いを念じた。


「………っ、……うっ……………。は、はは…。おかしい…よね。…そんな仲良くも友達でもなかった………っていうのに…。──」

「──いや、違うや。…………こうなると分かってたら、もう少し仲良くしてれば良かった。……っ……、そうだよね、只野くん………──」



「──…………………。」


 ジィィィィィ……

 涙を袖で拭きながら、山井は返り血で染まるデイバッグを開いた。
中に詰まっていたのは生徒手帳やらノートやら、食べる気なんか起きない血染めの菓子パンやらがズラリ。


「……何これ? …『うんでぃーね』………?」


その数ある遺品の中から、彼女が取り出したのは一本の飲料水。
──いや、只野仁人の『支給武器』であった。
ラベルには【只野仁人様専用武器 ウンディーネ】とデカデカにラッピング。
一見役立たずそうなデイバッグ中身群の中から唯一、彼女がソイツに興味を惹かれたのも、『武器であるから』が理由である。
今はまだ詳しく取説を読んでいないため、その飲料水が毒物なのか硫酸のようなものなのかも不明。
効果がどう作用する武器なのかは不明なものの、

648『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:03:15 ID:cFeuEibI0
「…ごめん。ちょっと借りるから………」


取り敢えず持っていて損はないと、山井はNEW武器として拝借をした。


屠殺場のような血の匂いが立ち込める公園地帯。
羽虫の存在が鬱陶しい中、山井は吐き気を催した事によるものでない──悲哀の涙を確かに流す。

山井恋は、病んでいます──。
──古見さんが関わる事以外であれば、至って普通の女の子である山井。
【マーダー】タイプの彼女とはいえ、同級生の死には堪えられない物なのだ。


「…………もう行くね。…バイバイ、只野くん…」


 去り際、彼女はそっと掌を只野の顔へ向ける。
白目をかっ開いたまま眠る死体には、誰だって目を閉ざさせたくなるものだろう。
山井もその想いのまま、ゆっくりと瞼を閉じさせにかかった。




 フワッ




「…え?」




 それが、悪かった。



 掌から感じる、奇妙さ。
只野の顔にいざ触れたとその時、羊の毛のようなふわふわとした感触が伝わる。
体毛に覆われた野生猿ならまだしも、人間の素肌に触れて普通、毛のような感触が伝わる筈など無い。
その突飛たる違和感に山井がふと手を止めた時。
彼女はよくよく注視してみると、




「…………………………………は?」





只野の顔中至る所、蚊の大群が蠢いていた。




鼻、耳、額、唇、頬。何十匹。

どこもかしこも無数に。
羽。羽。羽。
手足の細い蚊達が、大小群れを成して夢中に吸血を続ける。

視点を移せば、損傷の激しい胸部には羽虫共に混じってカナブンや蛾が血肉を舐め。
両足断面から湧き出る水溜りには、蚊や蟻の溺死骸が馬鹿のように漂う。


山井が涙ながら語りかけていた只野。
乾いた白目をむくコイツはもう、死体ですらない。
夏の虫たちへの贅沢なディナー。大きな大きな食料と化していた。

649『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:03:27 ID:cFeuEibI0
血臭につられた黒虫が一匹、山井の鳥肌を通り過ぎて行く──。




「──────…ィ気持ち悪ィんだよッッッ!!!!!!!」




 グシャッッ


  ドシャッ、グチャグチャッ、グシャッ……


   グチャグチャグチャグチャ………………



 我を忘れて虫共を踏み潰す頃合い、気が付けば靴も、靴下も、太腿に至るまで、返り血でベチャベチャになっていた。
嫌悪感という激しい怒りで容赦なくぺしゃんこになっていく蚊達。
──そして崩壊が止まらない只野の顔面。


これが古見さんの死体ならば、ここまでの地団駄は踏まなかったことだろう。


「ふざけんなッて!!! ふざけんなッ!!!! 死ねッ死ねッ死ねッ死ねッ死ねッ死ねッ!!!!!──」


「──気持ち悪いんだよッッッ!!!!!!」


 グチャッ────



只野くんという、比較的どうでもいい人間が、山井恋の本性を曝け出していく。






650『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:03:39 ID:cFeuEibI0
**短編06『しんのすけ、網膜を"焼け"』
[登場人物]  [[野原ひろし]]、[[海老名奈々]]、[[山井恋]]

『時刻:AM.04:15/場所:渋谷横丁』
『────『→』早送り/話は12分後へと進む。』
---------------

651『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:03:54 ID:cFeuEibI0
♫山井ちゃーん!!


「はァ〜〜い!!」


♪何が好きぃ〜〜???


「チョコミント!! …よりも古・見・さん❤️💕💕」



「(はい♪ ここで自己紹介タ〜イム! と言っても、私の紹介は別にいいよね?)」

「(今回は、私のNewフレンド!! 只野くんから奪…貰った、ウンディーネちゃんについてご紹介しまーす! 可愛いでしょ? 皆ウンディーネちゃんのことよろしくね〜!!)」

「(ほら、ウンディーネちゃんも挨拶して!)」


シーン……


「(…もうっ寡黙な子なんだからっ…!! ほらって!! してよ挨拶!)」


シーン…………



「──いや挨拶しろって言ってるよね────。──」


………、
…………………。


「──…まぁいいや」


「(この挨拶すらもできない人見知りな子!! …っていうか喋れないか、口ないし。……ともかく、このウンディーネはいわゆる私の武器!! ポケ●ン的な使い魔って感じだよ!)」

「(見た目はなんていうか…水晶玉みたいな? 真ん丸の水、宙に浮いてる…ってそういう感じかな)」

「(正直なところ、コイツ話すことできないからお喋りも退屈だし〜? しかも全然オシャレな見た目じゃないから、私的にはかなり無理なタイプなんだけどもさ〜…)」

「(でも、そんな些細なこと全然許せちゃうくらい……この子は物凄く強いのっ!!)」


「(…ん? 何がどう強いの?──だって? えーと、それは〜……取説取説と)」



【支給武器紹介】
【ウンディーネ@ダンジョン飯】
湿地帯に生息する魔物。
厳密には精霊(の集合体)。
圧縮した水をウォーターカッターのように高速で打ち出すことで──…、


「(あー堅苦しくい説明で滅入るわ。ということで、私の口から説明するねっ☆)」



「(小学生の頃プール入る時にさ〜、目洗う専用の蛇口みたいなのあるでしょ? あの、やたら水圧強くてめちゃくちゃ痛いやつ)」

「(それのハイパー強化版が、ウンディーネの攻撃《ウォーターカッター》なわけ!! つまりは〜〜)」


ガガガガガガガガ──────ッッ

高くはビルの看板から電柱にかけて、低くはアスファルトなり店の扉なり路上駐車した車と。
レーザーは規則性無く、街の至る箇所を切り刻んで行く。


「(↑そうそう〜こんな感じで!! どんな物でも切断できちゃうの! 窓ガラスでもコンクリでも、レーザーみたいな奴でスッパスパ!! 凄いでしょ?! バイオの映画に出たアレみたいだよね〜〜)」

652『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:04:09 ID:cFeuEibI0
「(あとさ〜、取説には『意思がない魔物』って書かれてるけど、私の命令なら何でも聞いてくれんだよ! バカそうなのに意外と賢いんだよね〜〜!!)」

「(OK,Siriする感覚で〜、『アイツとコイツだけは攻撃するな』みたいに命令すれば従順に行動してくれるの!!)」

「(ほら、この通り! さっきから色々切りまくってるのに、私だけはま〜ったくの無傷!!)」



ガガガガガガガガ──────ッッ

盗んだ自転車に乗り走る、山井の頭上には二つの水晶玉が浮かぶ。
主人のスピードにピッタリ合わせて進むウンディーネは、一切攻撃の手を緩めることなく。
山井が過ぎ去った後の道は、どこもかしこも戦場跡かのように、ズタズタに切り拓かれていた。


「(──…まぁ私を攻撃したらしてきたで、『楽しい』調教タイムが始まるんだけどさ────。)」



「(ともかく! このふしぎなお友達と仲良くなった私はスーパーエンジョイタイム!! とってもハラハラして、それでいて楽しいわけ☆)」

「(…はぁ。……早く…見せたいな、古見さんにも。私の強いパートナー・ウンディーネを………)」


「(こんなクラスの隅っこ界隈が昼休みに妄想するようなデスゲームで…、)」

「(産まれたてのチワワのように震えてる古見さんの元を…、)」

「(私が颯爽、駆け付ける……。ドラマみたいなシーン…‥…)」

「(…ねっ? だから、こっちを振り返って…。早く会いたいよ…。ずっと私だけのことを見ていてよ…)」


「(私だけの…………────古見さんっ」




「(──水の精霊が祝福の雨を降り注ぐ中、私達は幸せ一杯にずぶ濡れる。…そんな時間の訪れは、もしかしたら割とすぐなのかもしれない……)」




ガガガガガガガガガガガガガガガ──────ッッ
バキバキバキバキバキバキバキバキガシャンッッッ



「………いや空気読めって。ロマンスなときめきの予感してる時に、ガガガ〜じゃねーよ。うっさすぎるし。……やっぱコイツとはオトモダチ無理。ほんと使えないわ………。──」

「──…はァ。……てかいつまでやってんのコイツ? 私、アンタに街破壊しろだなんて頼んでないし。さっさと殺ってよ。つか脚狙えよ、まず脚。──」


「──……たかが水に大活躍期待した私がバカだったかな…………。はぁ〜ア最悪………。もう……──」




“死ねよッ。古見さん優勝計画に邪魔な、無能達がッ──────”

653『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:04:33 ID:cFeuEibI0
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
切る切断きキ切創斬切る切ったがきる切って切るを切るお切りますきるきってきったきろう切る切ってkillキルキル切る切断きキ切創斬切る切ったがきる切って切るを切るお切りますきるきってきったきろう切る切ってkillキルキル
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切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切
切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切………



「ぎょえぇええええええええええ〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!!! ハァハァ…え、海老名ちゃぁあああ〜〜〜〜〜〜んんッ!!!!!!」

「はぁ、はぁ…は、はいぃ〜!! ひ、ひろしさぁあん────────ッ!!!!!!」

「チクショぉおおおおお!!!! みさえ、みさえぇえええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!」


「はっ、はっ、はっ、はっ、」



 ここ、渋谷横丁通りを駆け抜ける三つの影。──追いかけるは自転車の影と水晶二つ。
今思えば、渋谷駅前にて放たれた奇襲《ウォーターカッター》は「よーい、ドン」のピストル代わりと言えようか。
ひろしと海老名は人生最大級の危機を背負いつつ、人生最大級の激走を続けていた。
ひろしの手から伸びる長いリード。──彼らを引っ張るかのように、マロもまた四足の脚で大地を蹴る。

ボイラーのように熱くそして膨張する太腿に、どんどんと切れていく息。
ただでさえ全身汗だくだというのに、いつ自分の方へ飛んでくるか分からないレーザー攻撃には、冷や汗が混じり入った。

先頭を走る犬は、今の危機的事態を理解しているのか否か。
苦悶の表情で走るひろし等とは対象的に、さぞ愉快に尻尾を振るソイツの尻は、必要としていない苛立ちをどんどんどんどん沸かせに来た。
“お前がアイツに飛びついたせいでこうなっているんだぞッ!??”────。
──ツッコミを入れる分の体力が勿体ない為、この叫びは心の中のみに押し留めるひろしであった。


汗と、涙と、男と、女。──と、犬一匹。
ひろし史上最走となる犬の散歩が、油臭い横町で開幕する────。


「うっえええぇえ〜〜〜〜〜んんっ!!!!! はぁはぁ………!!! 誰かぁ〜〜〜っ!!!!!」

「…ぜぇはぁぜぇ……はぁああっ!!! あぁあ〜お慈悲を〜〜!! お慈悲をくださいぃ〜〜〜〜っ!!!!! 助けてくれみさえ〜〜〜〜〜っ!!! みさえ〜〜〜〜!!!!!!!」


ポポン♪

『畏まりました。野原みさえさんに電話をかけます』


ひろしの懐から機械音声が響いた。

654『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:04:49 ID:cFeuEibI0
「いやこんなタイミングで反応するな!!!! siriぃ〜〜〜〜〜〜!!!! くそぉおおおお〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」

「はぁはぁ……。ひろしさんん〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

「は? うわウケる。丁度いい機会でしょ? 最期の電話したらいんじゃない〜?」

「「最期とか言うな(言わないでくださいっ)っ!!!!!」」

「…うわウッザ〜…。…息ピッタシすぎ」


「…ゼェハァ……ゼェゼェ……。…お前なんかには…絶対分からないだろうなっ…………。ハァハァ……」

「え、何が? あとウンディーネ、そのオッサン集中狙いに作戦変更で」


ガガガガガガガガガガガガガガガ──────ッッ


「うおっ!!? ひ、ひ、ひぃいいぃいいいいっ!!!!!!! 話してる途中に攻撃すんじゃね〜〜っ!!! 武士道の風上にもおけない卑劣さだぞちくしょおおおおおおおおおお〜〜ッ!!!!!!」

「? ウシ道?? 牛は早坂ちゃんだよ?」

「…はぁはぁ……、な、なんの……話ですかぁ………」


 ウォーターカッターの二重攻撃。──もはや螺旋化。
ただでさえ深夜の全力疾走は三十代の齢男を蝕むというのに、二重ともなるレーザーの全力回避は、満員電車の何倍もキツかった。
回避→ジャンプに、かがんで→回避 x ∞…。
ふたば商事に勤めて早十年近く。営業で鍛えた足腰を自慢に思っていたひろしとはいえ、体力消耗は著しい様子。
願わくば、風呂に入ってパァ〜〜っとビールを飲み干したい気持ちだった。
というか、限界超越した今、頭の中はソレ《現実逃避》のことしか無かった。


「……ハァハァ…──」

「──おい、聞けよ……。ウンディーネ娘……!!」


そんなひろしの目つきが、ふと変わる。


「…カチーン。その呼び方めちゃくちゃムカついちゃったー。でもアンタら如きに本名言うのもヤだからもどかしいって感じ〜──…、」

「聞けつってんだろッ!!!! おいぃッ!!!!」

「………」


立場上優位な事もありヘラヘラ減らず口が止まらない山井であったが、『圧』。
ひろしのエナジー籠もる『圧』を受け、思わず押し黙ってしまった。

現状、ビールのことしか考えれていない華金頭のひろしではあるが、コレを良く言うとするのなら。
──いや、逆に言えばだ。
この絶望の中。
彼は、“絶対、マイホームに帰ってやるッ”──という強い意志が有るということなのだ。


「……いいか…ハァハァ……。家に帰れば既に風呂は沸かしてある……ッ。子供たちとゆったり湯船に浸かりながら疲労を癒やし……ッ! 風呂上がりには酒とつまみ、…大好きなジャイアンツ戦が待っているッ!!!」

「……は?」


「…しんのすけらが眠った後…たまには妻とのんびりコーヒーさッ!! みさえの入れたインスタントは…工夫も拘りもない癖して何よりも美味くッ…!! 温かくッ……!!!」

「…ねえ通訳お願い。そこの脂肪の塊みたいな女!! このオッサン何が言いたいわけ??」

「……はぁはぁはぁ、ひぃい〜〜〜〜!!!!」

「はぁ? 無視はなくない〜?! …ムカついたわ、罰ゲームとしてウンディーネ分裂。そいつにも追加制裁で」


ガガガガガガガガガガガガガガ──────ッッガガガガガガガガガガガガガガガ──────ッッ

655『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:05:01 ID:cFeuEibI0
「え…。ひっ──…、」


 分裂。──水の精霊 x 4。

 一々苛立ちを表してくる山井の命令の元、水晶体は四体に増殖。
その事も束の間、間髪入れずに右二体は水圧の槍をぶち飛ばした。
狙いは無論、命令通りたわわな胸の美少女へ。

運動が苦手で、自他共に認めるおっちょこちょいな海老名である。
秒知らずの螺旋レーザーが迫り来たこの瞬間、避けるどころか反応すらも当然敵わず──。



「あっ────…、」

「海老名ちゃん危ないッ!!!!」



ズザッザァ───────…


その小さい身体は為す術なく、衝撃から一瞬宙を舞った。







グイッ

「きゃいんっ」







──リードを無理矢理引っ張りつつ、海老名を抱きかかえ攻撃を避けた、ひろしの手によって。




「あ…ひ、ひろしさん!!!」

「…ハァハァ……。あ、危ねぇ〜〜。間一髪すぎるだろうが〜〜っ……」

「くぅぅぅん〜〜…」


 首が締まったことで顔が真っ青になるマロと、違う意味で青ざめていくひろし。
彼が「あぶねぇ〜…」と口にするのも無理はなかった。
倒れ込むひろしの靴先数センチの距離にて、道路がズタズタに亀裂走る。
これも営業で鍛えた恩恵というわけか。後一歩遅ければ、海老名ごと真っ二つのブロック肉と化していただろう。
海老名の死、そして自分の死をもギリギリに回避したひろしは、気を抜けば失禁しそうなくらいだった。

ただ、そこまでしてでも守りたい物がある。
命に変えてでも──いや、否。

何一つ失わずして守護りたいという信念が、ひろしにはあった。


「…武士道……ッ。一旦、刀を置け…! な? ウンディーネ娘!!!」

「だからウシは早坂かそいつ。で、私をそんな呼び方しないでちょうだい。…つかいい加減死ね──…、」

「なぁッ!!!!」

「…っ!! …………」

656『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:05:17 ID:cFeuEibI0
「チッ」と舌打ちと共に、自転車から降りた山井へ一睨み。
ウンディーネの攻撃でまたも遮られた『熱弁』を、彼は息が上がるのを忘れて吐き飛ばした。


「…しんのすけにひまわり、そして愛する妻のみさえ……ッ。久しぶりの日曜日には、家族皆で釣りに出かけるんだ…。あんたの漕いでるような自転車でッ、オレら四人はよッ!!!!」

「………」

「…ちょうど明日…、本来ならそういう予定だった。…しんのすけの奴に、釣りの流儀ってもんを教えたくてウズウズしていたよ……──」


「──だが、予定変更だッ…!! オレは明日、海老名ちゃんを家族に紹介するんだッ!!!」

「は?」

「はぁはぁ……。えっ、ひろしさん…?!」


「…きっとしんのすけの奴は言うだろう…『お姉さんいくつ〜?』とナンパしてな……ッ。みさえはこう叱るに違いない……『あなたその子何っ?! 離婚よ離婚!!』ってなぁッ!!! ご近所迷惑なくらい大騒ぎ間違いなしだろう!!」

「…」


「…だが、それで良い…ッ! それが家族なんだ…、それがオレの愛する…帰るべき家族なんだッ!!! 今想像している家での未来が…オレを待っているんだよッ!!!」


この時。
ひろしは海老名(とマロ)を庇いつつ、右足で地団駄を踏んだ。


「…娘。お前には分からねぇ〜だろうな…。家族が待つ温かさがッ、…無事に帰って来れた心地よさがッ!!」

「………」


ガシャンッ──

この時。
たった一人の地団駄では揺らせれる筈がないというのに。
確かに、自転車が倒れた。


「だから…もうよせっ。いや、攻撃なんかやめたほうがいいんだよッ…!!──」

「──さいたま春日部生まれッ…、双葉商事二課…、係長……ッ、ローン十年…中年……ッ、三十五歳ッ…!!──」

「──オレは野原ひろしだッ……!!!!」


「……」


「あっ…!」


この時。海老名は気付いた。
自転車が一人でに倒れた理由。それはどこぞの風による自然発生なんかではない。
地面が確かに、確かに揺れ動いていたことを。


「大して責任も、罪悪感も、背負う物も無いお前が……ッ。お前なんかがッ………」


「………」



そして、この時。
ひろしはゆっくりと立ち上がった。
珈琲臭い口に、ジョリジョリの無精髭、全身親父の汗でフラワーに香る中年サラリーマン・野原ひろしであったが。
──彼の熱い魂は、渋谷横丁を揺れ動かす。

657『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:05:28 ID:cFeuEibI0
ひりつく周囲。
この暑さは真夏の気温とは別の、熱意籠もる『熱さ』。
絶対に家に帰るという信念は、周りの環境を確かに変えていく。



「愛する家族がいるオレに………………ッ」



野原ひろし、FIRE──。

彼の炎燃え滾る思いは、サバンナクラス。

もはやウンディーネの攻撃とて焼け石の水であろう。



「お前なんかがッ……………」



時はまだ深夜。

太陽いらずのこの夜に、ふと眩しさが灯る。



「オレを倒そうだなんて…ッ」


僅かばかり一呼吸置いて。

漢・焼け野原ひろしの魂の叫びは、ウンディーネを確実に蒸発へと掛かる───。





「──誰がなんと言おうとッ、百年早ぇんだよオオオオオオオオオオッッ──…、」







『あなたー!! ちょっとどこにいるのよ!? こんな時間に電話して!!』




「…げっ。み、みさえ〜……」


「は?」 「えっ?」





──…このとき、ひろしからしたら冷水を浴びせられた思いであったろう。
懐のスマホから鳴り響くは、愛する妻の怒りの声。


“あー。そう言えばsiriのやつ、連絡しやがったんだよな〜…。さっき……”──と。


『早く帰ってきてちょうだい!! 話はそれからです!!! もうっ…』


「…………………み、みさ…──…、」

658『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:05:41 ID:cFeuEibI0
ガチャッ…

ツーツーツー


「…………………」

「……」 「………」


「はっ、はっ、はっ」




「…………………………──」


「──こんな時くらい、カッコよくさせてくれよ〜〜〜…みさえ〜……。…やれやれ、海老名ちゃん」

「…は、はい………」



一気にトーンダウンした渋谷横丁にて。
マロを持ち上げ、海老名の手を握ったひろしは一呼吸分ため息。



「熱く語ればなんとかなるとは思っていたんだが〜〜…」

「…ウンディーネ。はい準備〜」



「うしっ、逃走再開だ!!! えひゃああぁああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!」

「もういやぁああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

「あいつらバカ三人を切り刻んで!!! 本気で死んでよねもうッ!!!!!!!」



ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ




三人は絶望の鬼ごっこを再開するのであった。


戦士《サラリーマン》に休息はない────。





659『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:06:13 ID:cFeuEibI0
**短編07『恋の記憶、止まらないで』
[登場人物]  [[山井恋]]

『時刻:AM.04:17/場所:東●ホテル前』
『────通常再生』
---------------

660『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:06:26 ID:cFeuEibI0
Never donna give you up.
(──決して諦めないよ。君のことは)



Never gona let you own.
(毛の一本たりとも無駄なく、綺麗な放物線を描く髪の毛に、整い過ぎている顔)

Never gona run arund an desrt you.
(スタイルは高校生にしてトップモデルの如し、それだというのに彼女を見ても卑猥な欲情が不思議と湧かない、品のある風格)

Never gonna mke you cr.
(おまけに性格も良く、コンマ一秒でも視界に入れば誰もが振り向いてしまう)

Never gonna ay goobye.
(古見様って人類史上もっとも優れた人物だよね。アインシュタインやニュートンも古見様と比べたら小物だわ)



Never gona tell a lie an hurt yu.
(貴方を傷つけるなんて、私は絶対にしないよ)


(絶対…)




「………ック──」

「──鬱陶しいところに隠れてッ…………。あぁーー……もう…もうッ!!!!──」


「──ファアアアアアッックッッッッ────…ション。…あはは〜、くしゃみ出ちゃった。風邪かなぁ? ごめんね、カス精霊ちゃん〜──」



「──アンタも発熱したい感じ? …コントロール【F】野郎がッ………」



 大きな壁を前にして、呆然と立ち尽くす山井。
暗くうつむいた表情の山井と反比例するかのように、その壁は喧しいほど綺羅びやかで、豪華だった。

 反り立つ壁の名は──『東●ホテル』。
『桜丘町の金閣寺』とも言えるその建物は、光眩しい優雅なスイートホテル。
全十四階。全三百室を完備。宿泊者専用のプールやトレーニングルーム、バーが特設されており、中でもテラスラウンジは、夜景による安らぎの一時を送れる。
某米国俳優が来日時、施設内のレストランを大層気に入り七泊も延長したという、そんな逸話が残るセルリアンタワー東●ホテル。

──殺し合い下の現状に限った話では、野原ひろし・海老名菜々が逃げ込んだホテルとしても名高かった。


「ィィィッッ!!! 【F】uuuuuuuuuuuuuuuuckッッ!!!!──」

「──カスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカス役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず役立たず制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁!!!………」


 ウンディーネの耳元(?)にて、恐ろしい呪詛が延々と。
取説欄の【──ウンディーネは熱に弱い】という記述をネジネジ指差すは、恋する16歳♡山井恋。
彼女の瞳は、今まさに病みきっていた。

無論、仕方ない。
彼女がストレスに沸き立つのも当然であろう。

 振り返ること何十分間。
長時間に渡る追いかけ回しは、明らかに弱そうな獲物二匹を狩り逃したという徒労に終わったのだから、山井の精神的屈辱はいざ知れず。
百発零中、十中ファッキュー、コイツのせい。
──ノーコンウンディーネを戦犯と見立て、行き場のない怒りに彼女は苦しみ続けている。

これだけの抹殺力を持つウォーターカッターを武器にしながら、ヘナチョコ親父と胸だけ脂肪の塊女(──おまけに舐め犬野郎)の三匹を取り逃がした、ウンディーネ。
責任の所在として、使い魔に九割近く負担となる件については、訂正の余地もないのだが。

661『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:06:39 ID:cFeuEibI0
それよりも何よりも、


……
………
────ハァハァ……ッ。おい!! ウンディーネ娘!! 一つ聞くぞ〜ッ…!!

──…だーかーらー、そのキモい呼び名やめてって言ったよね〜私〜〜? はい、追加制裁。ウンディーネ、また分裂して〜…、

────グっ!! ふふ、ふふっ…!! い、いやすまんっ…!

──は? はい再度分裂〜。ウンディーネ倍増マシマシで〜…、


────年頃の女の子が……。…その…『ウンディーネ』連呼は……どうなんだよ〜〜?? …な〜。

──…?? 意味分かんないんだけど。…ほら早く!! 分裂しなさいってば、ウン…、



──ディ……………………………。………………。




────よしっ、怯んだぞ!! 今だ喰らえっ!!!!


 ポーンッ

  バンッ


──ぎゃっ!!??


   バタリ……
 
………
……



「カスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカス…。あんな奴ッ、あんな奴ッ、嫌な奴ッ嫌な奴ッ嫌な奴ッ嫌な奴ッ嫌な奴ッ!!!!──」


「──『讎《Kill someone with kindness》』ッ!!!!! ヤな奴ッッッッ!!!!!!!!──」



「──あ、これだと私とあのクソ親父で恋愛劇《カントリーロード》始まるみたいになるじゃん。…気持ち悪ッ…。カスカスカスカスカスカスカス……」


──ひろしから、本来なら触れるのも禁止カードにすべき『ウンディーネという名前の響き』を突きつけられた上、
──ディバッグを顔面目掛けてシュートされ、山井自身が転倒してしまったことが。

ひろし逃走成功の最大要因であり、本人にとってもそれが一番の痛手だった──。


「…本気でッ…、カス…………」


 ぶつけようのない腹立たしさと、
痛む膝の擦り傷、鼻先。
そして水の精霊をもう正式名称で呼ぶことのできないもどかしさ。

あの最悪なリーマン共は、今、このホテルの何回の、どの部屋に逃げ込んだというのだろう。
疲れた身体を癒やしながら、「…それにしても機転効きましたね〜ひろしさん」→「ウンディーネは流石にねぇよな〜(笑)」等と雑談に花咲かせてると想像したら、ドス黒い反吐が出そうになる。
渋谷横丁をズタズタにした分の報いというのか、山井のプライドはズッタズタの切り裂かれ放題。


「……もう死ねよっ………。もう……」


ウンディーネの群れが必死に「こっち! 左っ!! ⇐!!」と、『左マーク』に変化し主をホテルへ誘導するのを傍目に、

山井はとうとう諦めて、この場を去って行く。

──もはや面白いくらい程ズッタッズッタ《八つ当たり》にされた、変わり果てた姿の自転車が、寂しく転がった。

662『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:06:54 ID:cFeuEibI0
「…………………古見さん…」


 タップリとお礼参りをしたい復讐心があるのだが、『本来の目的』から考えればそんな怒りなど些細な事。
山井の目的はまず一番に古見さんと会うことであり、古見さんを優勝《皆殺し》させることであり、古見さんと幸せな生還を描く事だ。
ホテルでチマチマ文字通りの虱潰しをしてる暇があったら、目的遂行をしなければ、と。


自分に言い聞かせながら去る山井の足取りは、重く鈍かった。


「……今会いに行くからね…。待っててね、古見さん………………」









「────ね、ねえ!! きみっ!!!」






「………………ぁ?」





663『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:07:05 ID:cFeuEibI0
**短編08『ホワイトアウト・メモリー』
[登場人物]  [[魔人デデル]]、[[新庄マミ]]、[[うまるちゃん]]

『時刻:AM.04:11/場所:東●ホテル周辺街』
『────『←』巻き戻し/話は6分前へと遡る。』
---------------

664『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:07:49 ID:cFeuEibI0
 軍資金を借りる為には何か高級な私物を担保にしなければならない。
 スマホを動かすには充電をしなければならない。
 生物は、食わなきゃ生きてゆけない。

人間界、異世界、魔界問わず。この世に存在するありとあらゆる物は、エネルギー源無くして動く事は叶わない。
『永久機関』が絶対に誕生しない訳も、その通り。
物を動かすには消費せざるを得ないエネルギーが必須だった。


 ほとんど薄れ消えた記憶の中で、鮮明に憶えている過去が、デデルには一つある。
それは確か二十年ほど前。当時の主による『家を豪邸にして、親父の安月給も十倍にして、あとプレステとドリキャスを出せ』という欲望まみれの申出をされた事だ。
如何にも子供じみたバカな願いではあったが、魔力のその消費量たるやかわいいものではなく。
流石の魔人とて心労著しい労働であったという。

ただ、要望通りその願いは忠実に叶えられた。
そして魔人もまた、姿を保ったまま《透明化する事なく》事を終えている。
何故なら、その時の主が、莫大な願いを実現できる程の魔力を蓄えていたから。
代償に見合った対価を支払えた為、デデルは何の支障もなく、願いの遂行に至れたのである。


──即ち、主が何の魔力もないただの変人娘という現在。
──酷使に重なる酷使で、デデルの身体が徐々に消滅しかかっている《魔力消耗》のも必然であった。



「うっ…うぅ……うわぁあああ〜〜〜〜ん!!!」


「…………」


「ごべんっ…、ごめんなざい〜っ!! わたしが…お願いを無駄遣いするせいで……魔人さんこんな事に………。知らなかったんだよ〜〜〜っ!!!!」

「…そう自分を責めないでください、…と言いたい所なんですがね。…流石に『バリアー↑にミステリーサークル書いて』とおほざきになられた時は………正直…」

「ごめん〜ごめんなさい〜〜〜消えないでよぉお〜〜〜!! うへぇ〜〜〜〜〜んんん!!! …魔人さんが消えちゃったら…わたしクラスで自慢できなくなるよぉ〜〜〜〜!!!!」

「…結局自分のことかいなっ!!!」


 ガラス張りの高層ビル群が頭上を覆い、無数の広告モニターが無音の映像を流し続けている夜。
東京メトロ・副都心線が駆け抜ける宮益坂方面、TSUTAYA前にて、デデル並びにおさげの中学生・マミとその相棒(?)・うまるらは練り歩く。
涙ながらに自責を続けるマミと、西洋風な服装のデデル。一行の姿は、まるで渋谷ハロウィンパーティー後、酔いしどれながら帰路につくようであった。
号泣しながら抱きつくおさげの主には、デデルも大変歩き辛そうであったが、
──彼女よりも気がかりだった存在は──背負うデイバッグ内の『ソイツ』。

“三人は練り歩く”──とは、表現に語弊があった。
三人の内一人。珍妙でまん丸な姿のソイツは、ポ〜〜ンとポテイトを投げては──、


「あんむっ。バリバリ……──」

「──まぁデデルが心配なのは分かるけどさ〜マミちゃん。その魔力(?)ってのがあればどうにかなるんだから、あんま気にしなくていんじゃな〜い? あんむっ、バリバリ……」


──口に入れる。
二頭身のソイツ・うまるはデイバッグから顔を出し、コーラとポテイト袋を両手に実に寛ぐ様子だった。
──無論、そのポテイトはデデルによって生み出された願いの産物。
──そしてまた無論、一行がネカフェを後にしたのも、『お兄ちゃんや海老名ちゃん達を探したいから(建前)(──本音は、無人で夜の渋谷街とかエモイから散歩したい)』という、うまるの頼みから来た物である。


「…………………」


お気楽・能天気・グータラリン。
小動物ほどの重さと比例して中身もスッカラカンな、デイバッグ内のモルモットには、冷静なデデルもやや苛立ちがある様子だった。

665『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:08:04 ID:cFeuEibI0

「バリバリ。あ、これ食べる? 少しでも魔力の足しになれば──…、」

「…なる訳ないだろ、土間の小娘」

「ど、土間………っ。ねえ魔人怒ってるの……? うまるだってさ〜こうなると知ってたら願いポンポン言ってなかったてぇ〜〜!!」

「ぐすっ…うぐ………。そうだよ〜、うまるちゃんが悪いんだ全部〜〜……!! わたしは十個、うまるちゃんは二十個!! どっちが悪いかといったらうまるちゃんじゃん〜〜〜っ!!!」

「うぅ〜…!! はいはいどっちもトントンに悪いよ!! 五十歩百歩だよ!!────…と、魔人は言いたいようで……」

「ほう。頭が働くようだな土間。…それにしても貴様はなんなんだ? 人面ハムスターか? 少なくとも人間ではない様だが。…貴様を喰らわば少しは魔力補給にはなりそうだな、土間」

「…え゙っ?! それマジな感じで言ってるの………?!」

「……くだらん。冗談に決まってるだろ。貴様の肉で腹を壊す私の身にもなってみろ、土間」

「もう〜〜うまるが腐肉前提で言うなァ〜!!!」

「うえ〜〜ん……、ダメだよぉ〜魔人さん〜〜! 宇宙人の可食部は内蔵の汁のみ、って月刊マーに書いてたんだよ〜! 食べたら病気になるって〜!! 土間るちゃんは宇宙人なんだから……」

「だからマスター。こんなチンケな土間、食べる勇気なんて私には到底ありませんよ」

「……うっへへ〜〜え〜〜ん…土間ぁあ〜〜〜〜…」

「おたくらさっきから土間って言いたいだけでしょっ!!! …あんむ、バリバリ……」


ポテチカスがデデルの首元へボロボロと溢れていく。
ただでさえ彼の身体は限界に近いというのに、ストレスが溜まる一方。──マミから「あっストップ!! ストップ!」と静止されなければ、無意識のうちに『指パッチン』を鳴らす寸前であった。

──本当に何なんだ、この生物は。こんな見た目の生物、今まで見たこともない────と。

ふと目を閉じて髪をかき上げるデデル。
古代エジプト時代から生き永らえし百戦錬磨との魔人でも、流石にこの珍妙な土間には頭を悩ました様子だった。


「…………。…くっ」


「あ、そうだ! エイリアン食といえばメン・イン・ブラック3だけどさ〜!! 魔人さん、缶コーヒーのボスの宇宙人ジョーンズって知ってる???」

「うわ何マミちゃん…。急に元気だなぁ〜〜…」

「あのCMはさ〜、宇宙人が地球の調査に来たんだけど、映画見て人間になりすましたからトミー・リー・ジョーンズそっくりって話でね!! …もしかしたら、うまるちゃんもソレなんじゃないかな〜〜ってわたし思うんだよねえ………っ!」

「いや『チラッ→ニヤリ…』じゃないわマミちゃん!! …確かにうまるは普通の人間モードにはなれるけども〜…けどもだ──…、」



────…いや待て。───


───本当に、『今まで』このような生物を見たことはなかったか?───

────……私は…………っ?───





「…うッ…………!!」



「「え……?!」」



うまるとマミで下らぬ問答が繰り広げられた折、デデルへ不意に頭痛が押し寄せて来る。
その頭痛は脳が直接激しく揺れ動いたかのような。兎に角、脳内から響き渡る鈍い痛みであった。


「…うぅ、くっ…………!!」


「え?! ちょ、ちょっと魔人さん!!」

「だ、大丈夫!??」


「ぐうッ……………………!!!」


頭を抱えて膝を地面に着く、デデルの唐突な体調不良にマミらは心配の声をあげる。
電撃が走ったかのような頭の痛み。そして滲む脂汗。
二人があたふた心配する傍ら、彼女らを無視してデデルはひたすらに、『記憶の回路』に藻掻き続ける。

デデルは分かっていた。

────頭痛の正体は、『既視感《デジャヴ》』。

666『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:08:17 ID:cFeuEibI0
 魔人。
彼には記憶が無い。
記憶喪失という現象は、外傷的、または精神的激しいショックから引き起こされる病であるが、彼が記憶を失った起因についてはいざ知らず。
自分がランプの魔人であることという実績、経歴までは残っているものの、ある『一部分』だけが抜けている。

その一部分とはつい直近。──と言うよりも、ここ『一年近く』の記憶がゴッソリと無くなっていたのだ。
誰かに呼び出された所までは記憶に残っている。
モクモクと煙が立ち込める中、“さて、今度のマスターはどんな強欲者か………”と諦めた顔つきで、
『我が魂を呼び起こし者よ──』『魔神の掟に乗っ取り願いを叶えてしんぜよう──』『さぁマスター望みを…──』とお決まりの言葉を口にする。
そこまでは憶えているのだが、────以降。『誰』に呼び出され、その後一年も『何を』していたのかは全くの靄がかかっていた。


巡る記憶に、鎖が掛けられた脳を呼び覚ます『土間るちゃん』という名の鍵。



「(……………思い出せない。何もかも……………)」


「(だが、確かに『いた』。……………私にはうまるという生物の様な奴を、見た記憶があった………………)」



「(何故だが、『忘れてはいけない筈の』………。得体の知れぬ者が、頭の片隅で揺れ続けている…………ッ)」



モノクロで断片的、乱れの多いものであったが、それでも『記憶の映像』が、サイレントながら流れていく。




ソイツは、【二頭身】で────



“じゃあ〜〜……。一生分のお菓子とかは…‥……?”





ソイツは、【減らず口】ばかりで────



“やりたくない仕事はやらなくてもいい。あたしが伝えたいのはそれだけすかね……ふふっ♪”





ソイツは、なんの役にも立たず【駄目】なやつで────



“す、さ、さーせんしゃしたぁあ!!! あ、あたしうっかり壊しちゃって…ぇっ…………”






──それでも、ソイツは大切な存在だった気がして──────────。

667『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:08:30 ID:cFeuEibI0
………
……

『…まったく。貴方一人で何ができるというのですか』

“…え……えっ………?!”

『ここは私にお任せ下さい。──』


『──行きますよ。…マス─────……、』

……
………



「(…ター────────………………)」




「…人さん……!! 魔人さんしっかり〜!!!」

「え、ええ、え、と、とりあえず水!! 水飲むっ?!」


「……………」



 巡る。巡る、存在しない筈『だった』記憶。
頭を抑えてから三分ほど経過。
この時には既に、けたたましかった頭痛は緩やかな波打ちに収まっている。

また同時に、脳を駆け巡ったあの無声映像《記憶》の続きはもう霧中状態。
二頭身の『彼女』の姿は、完全に消え失せていた。

結局、デデルは失っていた記憶を取り戻すことは出来なかった。
いくらテープで補修しようと努力しても、これ以上頭は稼働しそうにない。
彗星の如く過ぎ去っていった、『走馬灯』に似た何かはもう見つからず。
通り過ぎた記憶の痕を舐めるしか今はまだ出来そうにない。

彼は重たそうに目をゆっくり開き、そして乱れた呼吸をフゥ…と整え出す。


「…………………。…申し訳ありません、マスター」

「え?! だ、大丈夫……?」

「ええ。……それに土間の小娘も、申し訳ない。…心配は無用だ」

「…え、うん……。…ダイジョブならいんだけどさ………」


やや涙ぐむマミの肩へ、優しく手をおいたデデルは、ゆっくりと前を向く。
やがて、また彼はゆっくり立ち上がると膝の汚れを祓い、汗を拭いて乱れた髪を整える。

ふと、懐からひび割れた自身のランプを取り出すと、何を思うか、じっとただ見つめた。
ただ、じっと。

失いかけていた記憶の名残惜しさに、魔人も思う節があるのだろう。
頭に引っ掛かる取りづらい何かに、きっと心中もやもやで一杯だった筈だ。


だが、記憶と同時に自身の身体も薄れゆく現在。


「……さて。マスター、そして土間」

「え、何…??」 「…苗字で呼ぶなしぃ〜〜………」

「自意識過剰な事を申すようでしたらお恥ずかしいですが、…貴方がたは私が必要不可欠な存在。…そういうわけですよね?」

「…そ、そりゃそうだけども……」

668『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:08:44 ID:cFeuEibI0
「いやそうだよ!! 今殺し合い中だよ〜っ?!! 魔人いなくなったらうまる達ゲームオーバーだよ!!──」


「──………それで、何が言いたいの?」

「左様ですか。そうとなれば少し名案が思い付きましてね。『魔力』もまた、私にとって必要不可欠な物。そこでですよ。──」



魔人・デデルは、過去ではなく『今』。
取り敢えずは、『今ある目の前』を見据える事とした。




「──マスター、少しばかり私の我儘に付き合ってもらいたいです」




「え???」



デデルの十数メートルほど前にて浮かぶ、『魔力の源』八体。
──トボトボと後ろ姿を見せる少女・山井恋を指し、デデルはマスターの肩へ手を置く。







669『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:09:04 ID:cFeuEibI0
 追憶。


私が飲んだ、水の精霊は────────、



シチューでした──────。



**短編09『スマイル・アンド・ティアーズ!』
[登場人物] [[マルシル・ドナトー]]/ [[新庄マミ]]、[[山井恋]]、[[魔人デデル]]、[[うまるちゃん]]

『時刻:AM.04:17/場所:東●ホテル周辺街』
『────通常再生』
---------------

670『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:09:25 ID:cFeuEibI0
「はっ、はっ、はっ、」

「もうコラーってばぁ〜! あはは〜!!」


 1405号室。スイートルーム。
犬が大好きな魔術師・マルシルは突然の訪問者であるマロに随分とお戯れな様子であった。
マロのほっぺをモ〜チモチと引っ張ったり、大型犬なその身体を胸一杯に抱き締めたり。
事態が事態である事を気にしていないのか──と聞かれたら、恐らくマルシルは緊迫な現状下を忘れているのだろう。
同行のチルチャック曰く、『賢ぶってるけどヌけてるヤツ』との彼女らしい、実に平和なひと時を送っていた。



【モンスターよもや話】
…………………
 そんなマルシルさんであるが、かつてウンディーネに襲われ、体力と共に『魔力』を失った際、機転の効いた回復方法を行使した事がある。
それは他でもない。──ウンディーネを飲む事だ。
仇をもって薬となす。
精霊は魔力を捕食して生きる生物の為、魔力が豊富に含まれていることは間違いない、と。

ナマリら他パーティ同行者に苦言を呈される程の策であったが、もう色々な意味で後が無かったマルシルらは『水先案内人捕食作戦』を決行。
鍋に閉じ込め、煮沸(ウンディーネは熱に弱い)。
ジャガイモ等と共に煮て、味を整えた『ウンディーネシチュー』の御賞味結果ときたら、
──それはそれは暖かな優しい味であり、────そしてマルシルの魔力も僅かながら回復に至った。

魔物食とは、現代社会で日常生活を送る一般人からしたら、昆虫食やゲテモノ食いに値するのだろうか。
兎に角、マルシル一行の食生活は常識はずれなものであり、ナマリ等がやや引くのも無理はなかったが、結果的には。
──結果的にはサバイバル精神が活きた物と言えるだろう。
…………………
…………
……



「はっ、はっ」

「かわいいんだから〜…っ!! もう!」


とどのつまりは、再演、か。
彼女が泊まるホテルにて、迷宮探窟家狩りの精霊が水飛沫を撒き散らしていることなど。
今は、まだマルシルは知る由もない様子である。




 ドンッ


「……きゃっ………──ぁ…っ?!! 何ここ…?」

「…え!? うわっビックリした?!!!」


そんな彼女の背後にて、額を真っ赤に染めた女子生徒が何処からともなく降り落ちて来た────。



………
……


671『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:09:37 ID:cFeuEibI0



 笑顔にも種類がある。


「…ふ〜〜ん。つまりその水の精霊さえ手に入ればどうにかなるんだね?」

「その通りだ土間。…とは言っても水先案内人《ウンディーネ》の魔力は微々たるものであるが。……まぁ二、三体ほど確保できればランプを満たすことができるだろう」

「……二、三体…ねぇ…………。…ところでさぁ魔人〜…」

「なんだ」


 魔人デデルと暇人うまるに陰から見守られる【マスター】新庄マミ。
彼女の表情はパッパラパーな程にスマイル。不安や恐怖といった不純物が一切ない、心からの笑みであった。
そんなマミと対面するは、負けじと笑顔の山井恋。
──光と闇の対極という訳か。山井の一目で分かる作り笑いは、笑顔では隠しきれないドス黒い邪悪さが漂っており、


「……マミちゃんかなりピンチじゃないっ…?! …なんで一人で行かせたのっ!!??」


「……」


────マミの周囲一帯では八体のウンディーネが、今にも吹き出しそうな位にウォーターカッターを構えている。


「主の見せ場を作るのもまた使い魔の役目」

「ハァっ!!?」


「言わばマスターの力量の見せ所だな。これは」



ギギチチ……っ。
放たれる直前の弓矢のように、発射寸前を維持するウンディーネ達。邪悪の笑顔な山井。
取り囲まれたマミに、絶体絶命のマミ。
そして、この状況を全く理解していないのか、「あはは〜」と笑顔が咲き乱れるマミ。──junior high school girl。

 魔力をそこそこに蓄えているウンディーネ狙いで、我が主・マミへ「あの水の精霊所持者と交渉してくれ」と頼み込んだのは数分前のこと。
何故、デデルは自分から表立って交渉しにいかないのか──。
そして何故、よりにもよって『こんな子』に無茶な交渉代理人の白羽を立てたのか──。

魔人はその意図を語る。


「…何故……か。私がわざわざ出る幕でもない、それだけだ。それに、半透明かつ、貴様らの観点からしたら異様な服装と言える私よりも、ごく平凡なマスターの方が相手も警戒しないだろう」

「……い、いやそりゃそうだけどもさぁ〜っ!!」

「そしてなによりも、マスターは…『歩』だ。土間の小娘」

「え? 『ふ』って……???」

「どんな優秀な棋士も、第一手は必ず歩。歩で相手の実力を見るものだろう。…となると、うってつけはマスターと言える。……奴には願いを酷使した贖罪もあるからな…」

「あ、あーー…。歩って歩兵のことね〜。将棋の………。──」


「──マミちゃんの扱い…歩兵レベル……………」

「…ふふっ。……あ、失礼。私とした事がつい……」


 僅かながらだが、魔人からも笑みが漏れた瞬間だった。

 嘲笑、満面の笑み、暗黒笑み、──笑顔の絶えないウンディーネの群れ。
四者四様、四方八方から笑顔が咲き乱れるホテル前にて、マミの頭は花畑。
返答によっては、花大盛りな頭のマミも血薔薇化することは言うまでもなくだが、果たしてこの危機的状況、彼女はどう収めれるだろうか。
何十本にもなる視線が痛いくらいに突き刺される中、マミはへらへら口を開く。

672『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:09:49 ID:cFeuEibI0
 ギギギギッ……


「………えーと。それで〜山井ちゃん…だよね?」

「そだよー? マミちゃーん。…ついさっき名乗ったばっかなのに確認いちいち必要かなぁー?」

「わたしさ!! …実はオカルトとかUFOに関しては人並み以上に深堀りしててさ……! …自分で言うのもアレだけども…、結構やばい領域に足踏み込んじゃったりしてるんだよね……!! フフフ…!」

「なーに? それは」

「だからさ、ほら見てよ!! このUFOの破片!!」


 ゴソゴソ…


「………で、なーに?」

「これは月刊マーの付録にあった奴なんだけど…すごいんだよ!! あのロズウェル事件で極秘流出したもので、なんと重さがないんだって! 0gらしいんだよ!! この世の物じゃないからさ!!」

「………ごめんねー、マミちゃん──」


「──言いたいことそれじゃないよねー? 絶対」

「え?」

「もっとな〜んかさー、私に要件あるから話しかけてきたんでしょ? そこからまず話そうよ〜〜。──」

「────ねぇっ、…マミちゃあぁ〜ん?」

「あ、うん。ゴメン…」


対面相手が自分より年下で、かつおつむの弱そうな女子である為か、お姉さん的態度で優し〜く宥める山井。
勿論、彼女に優しさなんかこれっぽっちも無い。
マミへの思いやりの精神があろうものなら、出会い頭、即「はい水の精霊、構えて」と敵対心を見せつけないものである。
とはいえ、そんなギチギチ…と鳴り響く水の槍達も、後に偏差値30台の帝辺高校に通うマミには知らぬ存ぜぬか。
頭上のウンディーネ達を見渡した後、マミは例のUFOの破片だかを差し出した。


「それで〜〜山井ちゃんにお願いなんだけど〜…。…これあげるっ!!」

「…だからどーゆーことなのかな?」

「だから交換ってことで!! このウンディーネさんを…一つか二つ…私にくれないかな?」

「…………ん〜? なーにそれ?」

「本当はこのUFOの破片……わたしの宝物で……。将来的にはなんでも鑑定団に出したいってくらい…大切なものなんだけどさ…」


──“結局手放すんかいっ!!”
と、うまると山井で心中ツッコミがハモる。


「今はもうそれどころじゃないんだ…。ウンディーネさんが何よりも必要で、欲しい人がいるから……。…その人の為にっ……。お願い山井ちゃんっ!! トレードってことでお願いだよ〜っ!!」

「……」

「ねえ、どうにかならない………?」


「やばー。やば谷園」


 消えかけのデデルへの思い、そして自分が彼の命綱となってる責任感からか。
マミの目からも水先案内人《涙》が一粒零れ落ちる。──その涙には恐怖も緊張感も含まれていない。どうやら未だ自分が殺される寸前だということを理解していないようだった。
ただ、形はどうあれ年下の少女の涙は、相手の感情を揺さぶる効果がある。
涙を堪えながらもフルフル震えるマミへ、山井はどう心が揺れ動いたか。
彼女は笑みを維持したままそのアンサーを突きつけた。

673『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:10:04 ID:cFeuEibI0
「嫌」

「えっ!? えぇ………」


──無論、邪悪が張り付いたかのようなその笑みで、である。


「ごめんねーマミちゃーん。マミちゃんの想いは伝わるけどさぁーー、私UFO興味ないしいらないって感じかなー? …いらないものを押し付けられたらさ、どんな気持ちになるか、考えれるかな?」

「で、でもっ!! わ、わたし本当にウンディーネさんが──…、」

「うん、分かるよ。でもいらないしあげたくない。…ほら、あんまり無理しないでよマミちゃーん」

「え…?」

「マミちゃんってさー、アレでしょ? 本当は誰かに言わされてるんだよねー? 誰だかワルイ大人にさー、『それ言ってこい』って操り人形させられてるだけなんでしょ? あはは〜」

「……ぎ、ぎくっ…。そ、そんなことは──…、」

「うわ、『ギクッ』って口に出す人初めて見たし…。もうーマミちゃんったらバレバレなんだから〜〜。ね? だからマミちゃんがいくら頑張ろうと私は譲らない。…バックの人じゃないと話にならないからねーー」

「…や、山井ちゃん〜〜。お願いだからぁ〜──…、」


「ねぇ────? バックの誰かさーーん。どうせ近くにいるんでしょー?」




「………バレてるし魔人」 「………………………やれやれだな」



 『歩で相手の実力を図った、その結果』。
──敵意剥き出しのウンディーネは、思ったより只者ではなかったこと。
────そして、我がマスターが予想以上に使えない事が判明となった。

デデルは軽く頭を抱えた。
そしてうまるも蛇に睨まれたかのような、ズッシリと重たい物を抱えさせられた。


「…さて。マスターがお困りとあらば……仕方ない。行くぞ、土間の娘」

「…うへ…マジ〜…?」


歩兵が使い物にならなかった今、ならば大将直々にお出ましと。
ビル陰でモニタリングしていたデデルはMPを消費し、しょんぼり気味のマミの隣へテレポート。


 ────パッ


「うわっ!!! ………………は?」 「あ!! 魔人さん〜…!!」

「申し訳ありません。…山井さん…でしたよね? うちのマスターは会話が下手なもので、接していてさぞ大変であったでしょう」

「………え。何…それ」 「……か、会話下手じゃないよっ!!!」



「ここからは出来の悪い傀儡人形のパペッティア────私、デデルが代わりますので、どうか説明を聞いていただきたいです」

「……ふーーん。とりまさ〜アンタがマミちゃんの保護者ってわけねー。──」


「──てゆうか、何か…透けてない? アンタ………。幽霊…?」

「ええ。気になりますか? …私のこの姿。……こちらも時間が無いのでね、矢継ぎ早説明に入りますよ」

「あっそう」

674『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:10:17 ID:cFeuEibI0
異様な姿の来訪者を前に、流石に山井も『喜怒哀楽』の『楽』に表情が戻る。

魔力消費故に余計透過度が増したデデル。
彼による、交渉part2が始まりを見せた。

落ち着いた素振りで魔人が対話する中、舞台から降ろされたマミは何だか不満げな様子で。
デイバッグのうまるへひっそり語りかける。
「(……なんかわたしの扱い皆ひどくないっ?!)」──と、ヒソヒソ。
──対してうまるの、「(…どんまい!)」と何のフォローにもなっていないヒソヒソ返しには、マミも地団駄を踏み鳴らしたが、ポンコツ少女にはこれ以降一切構わず。
ウンディーネの鋭先に怯えまくる中、うまるは戦況を黙って見守っていた。


「このランプ、分かりますか?」

「……え? いや知らないし。それをなんでも鑑定団に依頼するわけー?」

「いえ精神鑑定に出す予定はマスターと土間の娘だけです。それはともかく、」

「…って、おいっ!!」 「ひどくないもうっ?!」


「このランプは私ら魔人にとっては言わば心臓。…魔力を貯める必需品であり、掛け替えのない品物なのです。……ええ分かりますよ。『自称魔人とかコイツあたおか?』と御思いでしょう。ただ、半透明なこの私やウンディーネという非科学的な存在を前にした貴方なら、どうか鵜呑みにして聞いて頂きたいです」

「………………あーうん。思春のヤツのお陰でこーゆー《厨二臭い》の慣れてるからそこんとこオーケー」


「…私が消えかかっている理由もこのランプが全て。圧倒的魔力不足が原因なのです」

「………」

「普通の主ならば魔力で満たせるこのランプ内も……。見て下さい、このスッカラカンぶりを。…主の友達である『超能力者』の魔力を遠隔で利用してみたのですが…もはやこの有り様。…今の私には足りないのです、魔力が……」

「……………」

「……そこで、貴方の力を借りたい…という発想に至ったのです。山井さん」


「……代用になるってことなの? 私の可愛いウン…水の精霊達がさー、ランプの魔力に」

「…代用どころか半端なく助かりますね。勿論、全部とは言いません。一、二体でもう十分。……マスターは先程『わたしが話せば分かるよ〜!』と私に言ったのですがね、どうでしょう。──」


 ギギギギッ…
 
  ギギギギッ……


「──話せば、分かりましたか? 山井さん」

「…………」



 冷たい水が恋しい灼熱夏の夜。
とは言っても殺意剥き出しに先端を向ける水先案内人達には、心底ヒヤヒヤするうまるであったが、緊張を感じるのは彼女のみではない。
綺羅びやかなホテル玄関前、いや東●ホテルがシンボルマークの周囲。この周囲一帯が、確かに緊張感で包まれていた。
ツララのようにいつ落ちてくるか分からないウンディーネの刃。
生と死の狭間が生じた街角。
緊張感がボルテージに昇り詰める中、未だほげぇ〜としているのはマスター・新庄のみ。
そんな現状となっている。


「……ご、ごくりっ」 「…」


「…………」

「貴方にデメリットがあるという話ではないと思いますが…、如何に? 山井さん」

「……」

675『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:10:29 ID:cFeuEibI0
デデルの発言も理には適っている。
言わば砂漠に水をやるのと同じで、魔人と自称する阿呆共にウンディーネを渡しても特に不都合は無し。
それどころか、彼らのスタンスは基本【対主催】である為、ウンディーネを用いて山井に危害が加わる心配も無い。
たった一、二体。それっぽっちをくれてやるだけで満足なのだから、断る理由は存在しなかった。

少しの沈黙の間。──山井が思考整理の末、考えを導き出した時──。
彼女はやれやれと仕方なさそうに、ニコリと微笑んだ。


「ふーーん。…まぁ確かにね。よく話はわかんなかったけどもー、アンタも色々大変なんでしょ? そうならー、…ま、仕方ないか」

「………ほう」



 山井が選んだ決断。
それは『承諾』であった。

近くにいたウンディーネ二体を、ホイホイ〜と指で引き寄せ、山井は口角を上げる。


「はい、水の精霊。困ったことがあったらお互い様だからねー。遠慮なく使っていいよ〜」

「…………」


 警戒心を解き、デデルの元へとゆったり近づいていくウンディーネ二体。
思いの外あっさりと引き渡された魔力の元であるが、この味っ気のないあっさりさに魔人はどう感じたか。
「…なんか、結果オーライ?」→「だね!! さすがわたしの魔人だよ〜!!」と平凡女子二人は胸を撫で下ろす中、

山井はぶりっ子というくらいに満面の笑みを見せた。


「…さて、マスターに土間の娘。……やれやれですね」

「ほーんと……。一時はどうなるかと思ったよ〜〜〜」 「まぁよかったじゃんこれで〜」

「……」


「え。何それカワイ〜!! ねえ魔人…だっけ? アンタの抱えてるその子、…何これハムスター? チョーかわいんだけどーー!!」

「えっ。うまるのこと〜…??」

「…………」

「えーー、ちょっと魔人〜無視ぃ〜? 何それうけるー。…ともかく、その子…うまるちゃん?? あんまりにキュートだからさ、私もサービスしよっかな〜…みたいな?」

「え?」 「へ??」



主《山井恋》の言葉に、その意図を汲み取ってかウンディーネ八体全てが動きを取る。


「二体とは言わず全部あげちゃう! 出血大サービスだからね〜??」

「…え??」

676『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:10:42 ID:cFeuEibI0
山井の笑み。

可愛らしく純朴なその微笑みは、




「……………さて、行きますよ、土間とマスター。あぁ、あと山井さん………いや、もう敬語すらも煩わしい……。」




常に、



「────今度こそ確実に殺ってよ、水の精霊。──」




────真っ黒で邪悪なスマイルである。




「おい山井。このお礼は後でタップリ支払わさせて頂く。…人間の…たかが小娘がっ…………」




 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ────────────
 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ────────────
 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ────────────ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ────────────ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ────────────

────────────ッッッガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ────────────ッッッガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ────────────ッッッガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ 
────────────ッッッガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ 
────────────ッッッガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ



「ぎゃっ?!!」 「わっ!!!?」


 分裂。
そして螺旋のように迫りくるウォーターカッターの十六奏。
躱しようのない、切断の雨あられ。

普段のデデルならばたかが魔物の攻撃如き、赤子の手を捻るよりも簡単に対処できるものだが、生憎、魔力の枯渇ぶりが激しい今。
テレポートもバリアーも無駄遣いできなくなった今現在、マミを無理やり抱えた彼は手も足も出せない…──否。手足をフル活用するしかない。


「ほーら!! もっと速く走れ、走れって☆ フォレスト・ガンプーー!!」

「ぐぅっ…」

「な、なななにこれえええええ!!!!!」 「びええええええええぇえええ!!!!!!!」


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ────────────



光の彼方──ホテル内へ逃げ込むデデル一行。
彼らを見送る山井には、今度こそ正真正銘の微笑みが表れていた。



「あははっ☆」

677『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:11:08 ID:cFeuEibI0
**短編10『奇跡の味は』
[登場人物]  [[飯沼]]、[[野原ひろし]]、[[海老名奈々]]、

『時刻:AM.04:42/場所:東●ホテル3F』
『────『→』早送り/話は25分後へと進む。』
---------------

678『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:11:22 ID:cFeuEibI0

“奇跡は起こらないようで、よく起こる。”


 1962年の創立以来、ずっとお荷物球団と言われていたメジャーリーグのニューヨーク・メッツが、ボルチモア・オリオールズを破って、初のワールドシリーズ制覇したあの年。

勝敗が決まる最後の試合にて、投げていたのはエースのトム・シーバー。
──実は彼、本当はアメフト選手で活躍する未来もあったが、五歳の時の誕生日に、父が間違えて購入したグローブをプレゼントされ、野球の道を選んだという経緯がある。

そのシーバーが最後の打者に投じた内角低めのストレート、百二十球目のボール。
──あのボールは製造会社のミスにより、一球だけ紛れた反発数の低い物だった。
打った相手打者はこれをジャストミート。ただ、濡れたスポンジ同然のボール故に、打球はみるみる失速。

左翼手であるクリオン・ジョーンズのグローブの中へと収められることとなる。
──このジョーンズも、妊娠前母親がワインを口にしなければ女の子に産まれ、名前はクララだった。

(引用元:メン・イン・ブラック3)


 まるで、『風吹いて桶屋が儲かる』という言葉そのものだが、こういう奇跡の連続は、実際に世の中でもたくさん起きているのだろう。
私たちがそのすべての過程を知らないだけで。確実に。
普段生活している上では忘れがちだが、今この瞬間は多数の奇跡の上で成り立っているのだ。


例によっては、ホテル三階にて。



 ピロンっ
(♪ライン〜!)


「……あ、…………なっちゃん…」


無人の購買にて、カップ麺をかごに入れるサラリーマン──飯沼の話。
自身の空腹を満たす為、そして成り行きで連れとなったマルシルにご馳走するため、七階からわざわざ降りてきた彼は、物色を続ける。
何となく目についた、魚肉ソーセージを取り出した時、不意に鳴るはLINEの通知。
妹・夏花からの心配の言葉であった。


「…………」


夏花──『どこ??』 既読

夏花──『いないよ!! 家に!!』 既読

夏花──『(心配〜😢のスタンプ)』 既読


「……なっちゃん………」


一人暮らしである自分の家に、たまに遊びに来て。
そして美味しい手料理を、光悦の表情で共にする──飯沼の大切な妹。
友達よりも食。ほとんど人に興味がないと言っていい飯沼が、マルシルという謎の初対面女へドライにほっておかないのも、この妹が理由か。
血の繋がる夏花を見ているようで、なんだか無視してられない──といった具合で、彼はマルシルを気に掛け続けていた。


「………………うわぁ、……ごめんね。なっちゃん…」


妹のラインが胸に刺さってどうしようもない。
飯沼の、そんな様子が見受けられた瞬間だった。

──ただ、一方で、飯沼は「…それにしても何故なっちゃんは、こんな時間帯に僕の家へ……?」と心の奥底、不審に思う点もある。

679『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:11:38 ID:cFeuEibI0
──これは、夏花がサークルの帰り道。大学に忘れ物をした事に気付き、山手線をゴチャゴチャ往復した結果、終電を逃したという経緯の元である。

──そして、その忘れ物に気づいた経緯も、乗客であるアフロのサラリーマンが「パチンコまた負けた…。『雑誌』読んだのに…」と呟いたのが起因となっている。

──また更に巡ること二時間前。本来なら高設定だった台は、たまたま隣にいたじいやという老人の台パンによりバグらされてしまっていた。
──この八つ当たりさえなければ、台を選んだアフロは大勝ちし、ウキウキ気分の元、タクシーで家に帰っていた筈だった。

──普段は温厚な性格のじいやが、この日この時間に限ってたまたま怒りを露わにしたのも、業田萌美という家庭教師に詰られた事が理由となっている。

──ただ、萌美が厳しく当たるのも無理はない。
──なにせ、自らが専属し指南する令嬢・大野晶が行方知らずとなったのだから、気が気でいられなかったのだ。



「………『大丈夫だよ、安心して』……と──」


「──…あぁ。ごめん、ごめん………。なっちゃん…」


もしかしたら、これが最期の返信になるかもしれないという、悲しみ。悲哀。
飯沼はこの時、確かに指が震えていた。



──震えていたのは何も飯沼のみではない。
──場所、時刻は違えど、昨日の午後一時、カツ丼屋にて。
──大盛りを頼んだ川口の奴というサラリーマンは、その量に心底震えざるを得なかった。
──店の名は、『かつ澤』。
──サイズは、『キッズ用』→『レディース』→『普通盛り』→『大盛り』との四段階だが、レディースサイズが他店でいう大盛りサイズに値する。
──故に、そこから二段階量が増えた『大盛り』たるや、もはや山の如し重圧と高さであったといい。

──ただ、その悪魔的量にもバックボーンがあり。
──数年前、街を歩いていたかつ澤店長はたまたま。
──「カツ〜♪ カツといったらビッグカツ〜♫」と歌う、紫髪の少女とすれ違った。
──この時の何気ない歌声が、この理不尽なドカ盛りの発案につながったという。

──紫髪の少女は、後にしだれカンパニー社長の娘と知る。
──駄菓子店からの帰り道にて、お好み焼き屋の親父から「気に入った!! 今日はとことん付き合ってやるよ!」と突然絡まれた。
──虚を突かれた思いの少女であるが、その親父から響く謎の「じゅわっ…」という音が何だか嫌で、嫌で。
──見て見ぬふりをしつつ、来た道を戻り返す。

──そのお好み焼きの親父から発せられた「じゅわ…」音は、厳密には裏の家からの音。
──汚れた室内にて、鰐戸三蔵が豚塚に根性焼きをした音が、たまたま漏れ出たのだ。



 ポチッ

『送信エラー。時間を置いてから再度送信してください』


「…あれ…………? おかしいな…」


妹へのラインを送信し、購買から出ようとした飯沼。
彼を立ち止まらせた要因は、LINEアプリへの違和感。
すなわち、普通ならまず目にしない謎のエラーメッセージが表示されたのである。


──このエラーが発生した原因は、案外単純。
──新田ヒナの超能力が暴走し、ラインのサーバーが攻撃されたから、が理由となる。

──ヒナがまるで漏れ出たかのように超能力を発動した理由も単純。
──歩きスマホをして前を見ずにいたところ、フラフラと食い倒れ寸前の川口にぶつかり、「つい…」という具合だ。

──そして、この川口。
──過剰な暴食が原因となって、ケアレスミスを犯してしまい。
──ストレス発散として、つい公共の場で雄叫んでしまった。


──小太りのサラリーマンが発狂するという異様な光景を目の当たりにして、夏花は講義室に置いた『雑誌』の存在を忘れてしまった。

680『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:11:52 ID:cFeuEibI0
────そう、『忘れ物』はこうして出来上がる事となる。





「まぁ、いいか………。マルシルさんも待っているし……そろそろ行くかな…………」



あの時、夏花が忘れ物をしなければ。
アフロのリーマンがパチンコで負けなければ。
大野晶が『参加者』に選ばれていなければ。
川口が叫ばなければ。
かつ澤の店長が大盛りを異常なボリュームにしなければ。
しだれコーポレーションの令嬢が帰り道を引き返してなければ。
お好み焼きの親父から「じゅわっ…」と音が出なければ。
豚塚が鰐戸三蔵から逃げ押せていれば。
ヒナが前を見て歩いていれば。


どれか一つでも無ければ。


飯沼は無駄な時間を過ごす事なく、スムーズにマルシルの部屋へと戻って行き。
何の災いも危険も負うことなく、とりあえずは平穏でバトル・ロワイヤルを過ごせたことだろう。


ましてや、エレベーターに向かった際、



「……ん?──」




 シュッ────




「──え?」



階段から現れたウンディーネに鉢合わせることなどなく、




 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ────────────


「え────…、」




──妹への無念を最期の意識に。
──鋭利なレーザー光線で肉体を切り刻まれるなど。


──無かった筈なのに。




 プツンッ…──

681『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:12:04 ID:cFeuEibI0
 “奇跡は積み重ねでできている。”
(メン・イン・ブラック3──グリフィン)







本来ならここでページが終了するはずだった、飯沼の物語は、




「はっ、はっ、はっ!!」


 ドンッ


「う、うわ!!」





奇跡の犬。マロ。
『マロ』が突進したという、一つの奇跡のお陰で、まだまだ連載が期待できそうものとなる。

この駄犬が飯沼に目がいった理由。



──彼の腰ポケットには、犬の好物である魚肉ソーセージがあったのだ。




 タ、タ、タ、タ


「あっ!! だ、大丈夫かぁ〜?! 君!!」

「え……!?」

「ひ、ひろしさん!! この人…は………!?」

「わ、分かんねぇ!! 知る訳ないし、…そりゃ失礼ながらゲームに乗った参加者な可能性も…あるかもさ……──」


「──だが、敵の敵は味方…!! …つったらこの人に失礼だけどよ〜〜……。ウンディーネが攻撃対象にしてる以上、この人も大切な仲間だぜ!! さぁ、早く逃げるぞ!!!」

「え、は、はい……………!!」





奇跡の【味】は────。
三人はこうした経緯の元、出会う事となった。

682『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:12:29 ID:cFeuEibI0
**短編11『雨ニモマケズ』
[登場人物]  [[山井恋]]、[[魔人デデル]]、[[新庄マミ]]、[[うまるちゃん]]

『時刻:AM.04:36/場所:東●ホテル3F』
『────『←』逆再生/話は6分前へと遡る。』
---------------

683『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:12:43 ID:cFeuEibI0
 ガガガガガ………────ッ


「レイミーブルー、もう〜〜〜♫」



 スイートホテル一階・ロビーにて、噴水の縁に座った女子生徒は──雨に唄う。
満面の笑みで身体をユラユラ…リズムに揺らせる彼女は、このあまりにも酷いホテルの内部を全く気にしていないのか。
グーグルレビュー曰く星四つ。多くの人々から高い評価を受けていた豪華宿舎、その内装は、あんまりなまでに崩れ散らかっていた。

まるでペインティングで切り裂かれた失敗作の絵画のような、辺り一面斜線まみれのズタズタなロビー。
十五階建てである筈なのに、何故か天井から至る所降り注ぐ雨漏り。
床は水浸しのウォーターワールドであった。
そして、何よりも問題のある箇所は、上階から鳴り止まない騒音の嵐。
──現在進行系で増築中なのか、先程から『ガガガ────ッ』とけたたましい地鳴りが響いて安息も糞も無い。
他にも多々問題点は抱えているが一先ずはこれにて割愛。

まだ未完成状態だというのに、何故意気揚々と『OPEN!』の看板が立てかけられているのか不思議で堪らない。
客を全力で追い返すスタイルの、訳の分からないホテルであったが、ならば「そっちがそういう態度ならこちらも」との考えか。
ふとこの場に足を踏み入れた女子──山井恋は、開き直ったかのように讃美歌を歌い続けた。

傘を差しながら、水溜りを無邪気にビシャビシャさせ、山井は歌う。

小天使のような愛しい鼻唄は、まだまだ降り注ぐ雨粒に向かってのメロディ。


「変わっ〜た〜〜、はずなのに〜〜♪──」


雨に唄えば────。
──彼女は水の精霊へ言葉を続ける────。




 シュ────ッ……

「あ、ちょっと〜ストップ!! ──…おいアンタだよ。止まれって」


 ……ピタッ

「うん、追加命令ね。今思いついたんだけどさ〜、ついでだしあの魔人(笑)以外にも何か参加者見かけたら即片付けヨロシクね! 手当たり次第殺っちゃっていいからさ。分かったー??」


 ……………………


「………とりあえず分かったんなら反応くらいしよっか。ねぇ〜??」


 ……………………


「…はぁ。無反応、だっる……。…ま、いいや。あとこれ一番大事な事だからさ。ちゃんと頭に入れておいてよ? ね?」

 ………………

「誰でも彼でも好きなだけ攻撃していいとは言ったけどさ〜──」


「──私とっ!!!──」

「──古見さんっていう物凄く可愛くてロングヘアーの女子とっ!!!──」

「──…………あと、首輪にマロって書いてるゴミ犬。──」


「──この三つだけは絶対に攻撃しないでね? 絶対だよ? 分かった?? 他の連中にもちゃんと伝達してよね!」

 ………………

684『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:12:57 ID:cFeuEibI0
「────アンタらクソッカス水如きの命握ってんのが誰なのか──。よ〜く肝に銘じて、約束守ってね♪ それじゃ、よろしくー!!」


 ……

 シュ────ッ……



「………ったく。…レイミーブルーなぜ追い詰めるの〜〜♪」



山井が喋り終えた後『水の塊』はズタボロの階段奥へと高速移動。
その姿が完全に視界から消えた折、上階の工事音のような喧しさはより一層激しい物と化す。

ガガガガガ─────ッ
 バキバキバキ、ガガガ────ッ
  ガシャン────ッ

全ては、主人に尽くす為。
山井の心とろける歌声に、雨もまた答える──。



「あなたの幻〜〜ふんふん〜♪…………あーもう歌詞分かんないからいいやっ!」




────────【言うまでも無く、ホテルをここまで斬撃し尽くしたのは『雨《ウンディーネ》』。ならびに『山井恋』による犯行である】────。





 山井の小さな肩へ、ポツポツと零れ落ちる『ウンディーネの一部』。

彼女にチャプチャプ…と靴で踏み躙られても一切の文句を言わない水たまり──即ち、『ウンディーネの一部』。

鼓膜が痺れるほどの暴音に紛れて、耳を澄ませば感じ取れる男女複数の悲鳴。上階の犠牲者達。
そんな血生臭い叫び声など端からノイズジャック済みなのか、山井はゆったりとペットボトル水を口に含む。──『伊賀の天然水』。


 夏の暑さにやられた喉を潤した彼女はほっと一息。
束の間のみ和んだ後、鋭い菜箸の先をツンツン触ると、やがてさぞ面倒臭そうに立ち上がった。
右手にはやたら鋭利な金属の箸、左手にはやや黄色味がかったビニール傘を持ちつつ、山井はエレベーターへ歩を進める。
──この土砂降り下にて、仮にぐしょ濡れの誰か参加者に出会した際。──彼女は躊躇なく右手の物を、『さし出す』事だろう。


「さーて、アイツら喋んないから当てにならないし。私も探しますか〜、クソカスわんちゃんを!! あはっ☆」


 野原ひろし等がこのホテルに逃げ込み──現在二十分経過。
魔人デデル一行がまた同様に、ホテルに吸い込まれ──ウンディーネが追い回して以降、十五分経過。
二組それぞれの逃亡者を東●ホテルに追い込んだ張本人・山井は、満を持してとホテル内の探索を開始する。


「ふんふふふ〜〜〜ん♡」


攻撃担当は山井のポケモン──ウンディーネである以上、主人がわざわざ戦場に立つ意義など全くとて不要なのだが。
それでも彼女はホテル内に立ち寄る理由があった。
例え、怒り狂ったひろしや魔人が襲い掛かろうとも、
そして行く末。自分の身に危険が生じようとも、山井は立ち寄らなければならない。
『捜さなければいけない』という、固い決意があった。


「ふんふふふ〜〜〜ん…──」


その、山井恋が求める相手というのが、先程ウンディーネに「“この三つだけは攻撃すんな”」と釘を差した対象の一人。



「──早く会いたいよ、…古見さん…………」


────古見硝子。
──自分と家族全員の命よりも大切な、彼女であった────。

685『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:13:24 ID:cFeuEibI0
「…あはは。…複雑な気持ち……かな……。──」



────…という訳ではなく。





「──あのクソ犬が神聖な古見様を舐め回すとかめちゃくちゃ勘弁。で〜も〜……それでいて、舐められて思わず感じちゃう古見さんの光悦顔も見てみたい……って気持ちもあって………。──」

「──もどかしいな…、この気持ち……。貴方のこと、ほんとにほんとに…舐めたいのは……私なのに……ね…」


 山井が探す対象は、野原ひろし等の飼い犬。
自分の股ぐらに顔をうずめてきた──クソ犬(正式名称:マロ)である。
誰彼構わず、若い女子を見かければ躊躇なく飛び付いてくるマロだ。
一生舐めても溶け消えないような宝石であるあの子────古見さん探しには、バカ犬がうってつけであろうと。
山井がホテルに入った目的は、その考えから来るものであった。
──無論、探知犬が古見さんを見つけた暁には、ご褒美の殺処分が待っている。


「…もしかしたら、この中にいるのかな………古見さん──」


「──はぁ〜……」


 恋ひしがれる山井の指先は疲れを見せていたのか、微弱の震えが続く。
無理もない。
早坂と別れて以降、何百通にも渡る古見さん宛のラインを送り続け──現状既読すらも付いていないのだから、疲労は確かにあった。
そんなか弱い人差し指を、力を込めて押すはエレベーターのボタン。


「私も今日はそっと……♪ …雨…………っ♪」


下降マークが白く光る。

山井はエレベーターの迎えを、そして古見さんの姿を(──それとクソ犬を)、胸一杯に待ち続けた。





ただ、待てども待てども。
やって来るのは求めていない物ばかり。
人生とは難しい物で、自分の思い通りに事が進む人間なんか才能がある極一部のみである。



心の中しっとり雨の山井に訪れる者。
──それは、



「生憎だがエレベーターは今故障中だ。…くたびれるものだな、この何階建てにもなるホテルを階段で上がるとは…」

「え──…、」



 バンッッ─────────ッッ



「──ぎゃッ──」


──エレベーター扉に顔面を打ち付けられたことによる、額の鈍い痛みと。
──目元から弾ける白い星。
──涙粒と共に爆ぜる、おでこからの流血。

686『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:13:37 ID:cFeuEibI0
「いっぎゃぁああぁぁああァアアアアアア──────────ッッ!!!!!──…、」

「──ンッ、ぐえッ!!!」



「ただ、ポジティブに考えればだな。映画のディパーテッドではないが、エレベーターは乗った際、開きざまに即銃撃を食らうというケースも考えられる。…マスターに倣い、ポジティブ思考をしてみたが、そう考えるとコイツが故障中な事もまた利だろう」


「ぇ……い…ががッ…………。…は、…はぁ………ッ……!?」


──額から溢れる血でポツポツとペインティングされる、白い手袋。
──いや、白いという割にはあまりにも透明過ぎる。
──山井の首を持ち上げ、宙吊りにする、その半透明な右手と。


「……とはいってもエレベーターを壊したのは貴様。…というよりウンディーネ共なのだがな。最後に一つ、チャンスをくれてやる」

「…が…ぁッ…………………。な、なん…………で…………」

「『何で』とは。私は確かに言ったはずだが。後でお礼を支払うとな。まぁ良い小娘」


──ダメージジーンズか、とツッコみたくなるぐらいボロボロのジャケットと。

──冷たく氷切った目。


──そして、顔面前に突き出される、指パッチンの左手。




「………な、…ぁ…………んでッ………………………」



──────“何故、生きているのか………………?”

青筋がぶち破れたかのような痛みで、瞼の痙攣が止まらない。
息がとにかくできない。
いくら白いグローブ越しの手を引っ掻こうとも、びくともしない。

2cm程の額の裂傷に悶える山井へ、待ってましたとばかりに現れたその男。


「──二択だ、選べ。このエレベーターに[故障中]という張り紙を書きたいか、それとも『書けなくなりたい』か。お前にチャンスをやろう──」


「────魔界流の出血大サービスだ──────。」




『魔人』。
デデルは、まだ生きていた────。




「…ず…………随分と、また……………透明にッ…………なった…じゃん……………ッ」

「そうだな。『限りなく透明に近いブルー』…という小説があるが。貴様の顔も随分青くなってきたぞ?──」


 ポタ、ポタ…


「──…いや赤か」

687『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:13:52 ID:cFeuEibI0
「…………死………ねよッ……!! …つ…か、敬語……使え……っ……………て…………」

「敬語を求めるならいくらでもしてやる。ただ、魔人に対価を求めるなら願い主もまたそれなりの対価を差し出す物だがな。いいか?──」



「──今すぐウンディーネ全ての稼働を停止しろ。貴様へのチャンスはこれのみだ。…どうだ、引き受けるか?」


「…グ…ウッ…………………………!!!」



 上階のウンディーネの暴れっぷりたるや、それは耳障りな程騒がしかった為、デデルの顔は極至近距離。──山井の視界には、魔人の顔のみが映っていた。

何もかも、わけが分からなかった。

いや、冷静に考えれば、何故自分がこのような事態に陥ってるかは理解できそうものではあるが。
矢継ぎ早に次ぐ矢継ぎ早の急展開という事。
額の激痛を凌駕する絞苦と。そして、ダメージで麻痺しかける頭痛脳。
これらが要因で山井は全く理解が追い付けずにいた。

ウンディーネに追うよう命じて長時間経った筈──。
それだというのに、一体どうやって──。
何故、無傷で──。
この透明な化物は生存に事を終えているのか────?


ウンディーネの片割れを呼ぼうにも、首がしまって大声が出せる現状ではない。
援護には来てくれない。
何の役にも立たないポツポツ雨のみが、山井を湿らせていく中、切羽の詰まった彼女はもはや思考を放棄。
デデルが与えた『チャンス』に、山井は、


「…おいどうした小娘。YESかNO。貴様が選択を──…、」

「ィイイッ………!!!」


 ザシュッ─────
辛うじて手放さなかった菜箸を奴に突き刺す。
そんなアンサーで返したのだが、




結果は焼け石。




 ────ガキンッ




「………………は………………………?」




「やれやれ…。コレは『バリアー』だ。ユニークだろう? 私とて、お荷物二人を抱えるとなったらコイツを使う他あるまいものだった。しかしこれでまた無駄に使ってしまったな……魔力を…。これでは後先が思いやられる………。──」

「──しかし、小娘。貴様も負けじとユニーク…面白い奴だな。やはり人間の悪足掻とやらは実に興味深い…………」


「は…………? ッ、は…………………? ち…ょっと………待っ、て…。は………?──…、」



「貴様のユニークさは今後の参考にさせてもらう。さらばだ、小娘────」


「いや…、テメッ──…、」




ただ、焼け石に水とは言っても、雨が降っていた為もう十分だったのだが。

688『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:14:05 ID:cFeuEibI0
 パチンッ────



親指と中指を組み合わせて、パチンと響く小刻みの良い音。
そいつが鼓膜を振動した瞬間、山井の姿は蒸発したかのように消え失せた。
綺麗サッパリと、この場から。






「さて、…もう出てきても良いですよ。──マスター」



………
……



 ザザッ…

  ザザッ──……

689『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:14:18 ID:cFeuEibI0
『──臨時ニュースをお伝えします。──』


『──先ほど、アメリカ・マディソン郡にて、日本の民間航空機が墜落したとの情報が入りました。墜落現場は観光名所としても知られるマディソン郡の橋付近で、多数の死者が出ている模様です。──』

『──現地メディアによりますと、機体は突如現れた後、墜落。そして激しく炎上。周辺一帯には現在も救助隊が多数出動し、懸命の救出活動が続けられています』



「と、突如現れた……ねぇ…‥」

「…ま、…まま、魔人さん、もしかしてこの飛行機って………。さっきの……」


「……さっき、とは?──…、」

………
……


地面上にてジャンプーSQ雑誌や月刊マー、お菓子等が乱雑に散らばる中、
デデルは赤い星(──と言うか普通に飛行機)に向かって指パッチン。


 パッ


「「あっ!!??──」」


「──き、消えちゃった?! どうして!!? なんで!!!」

「いや魔人が消したんでしょ絶対! …何してるのさもうーーっ!!!!」


……
………


「…あぁ、あれですか。…普段こそは任意の場所の設定もできるのですがね。……如何せん、今日は何だか調子が悪いようです。…私が不甲斐ないばかりに…申し訳ない」

「も、もも、申し訳ないじゃないでしょ魔人〜〜っ??!! あ、あぁ〜〜!!! ほら死者推定五千だって!!! 五千だよっ〜!???」

「……喧しいな。土間、喉の渇きはどうだ? 貴様の好きなコーラならまだあるが」

「飲んでる場合かぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」

「ど、どどどどうしよう〜〜〜〜〜〜もう〜〜〜〜〜〜!!!! う、うぅ…うへっええぇ〜〜〜〜ん!!!!!」



 ガガガガ──ッ……

  ガガガガ──ッ…………



「…だから喧しいと言っているだろう…………っ」



 フィルムを剥がしたアクリルフィギュアのような、もはやギリギリその体を維持してる程の、透明魔人・デデル。
貴重な魔力を消費してでも鳴らした、指パッチン一発でどれだけの人間が『透明化』した事だろうか。
紳士的態度とはいえ、所詮は【魔界】の住民。悪魔と同たぐいである彼。
故に、壊れかけのテレビから流れる臨時ニュースには、つまらない授業を受けるかの如し退屈な目で眺めていた。

本当に、彼からしたら自分と関係のない人間如きの死滅など、全くの眼中外だったのだ。
それ故、喧しく騒ぎ立てる二人の女子。──自分の、一応の仲間に向かって、彼はドライに話し出す。


 ピッ──


「あっ!!」 「(テレビを)消した!!?」

690『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:14:33 ID:cFeuEibI0
「…さて、くだらない事は後回しです。早く事を収めようではないですか、マスター」

「く、くだらなくなんかないでしょっ??!! 人が死んでるんだよ〜〜っ??!! 魔人のせいで〜!!!」

「…そうだな土間の小娘。願うとあらば、後でこやつらの慰霊の森でも作るとしよう。これで一応の解決にはなる」

「なるかっ!!! 何その自殺した子の墓に苛めっ子達がお線香供える〜的な舐めた発想は??!!」

「フッ。的を得たツッコミだな。流石は火星人だ」

「それでおだてたつもりかっ??!!! こんなので──…、」



「そんな貴様と、マスターにまた手伝って貰おうと思うのだが」



「え゙っ?!」 「え?!!」



「虫取りといこうか、夏らしくな。…宜しいですね? マスター。『ウンディーヌ』というムシケラを………っ」




「………う、うん……………」

「…はぁ〜あ…………」



アメリカ政府が、日本へ報復措置を取るのは実に数時間後。
そしてまた、薄れゆく魔人のタイムリミットも、──蝉の寿命程のか細さ。
──いや、蝉よりももう後が無い。炎天下に置かれたアイスキャンデー程度といったところであろう。


階段をせっせと登っていく中、デデルに背負われている身のうまるはユラユラと。


「…………ぼくなつでカブトムシコンプリートしたから…それで代用できないもの…かなぁ…………。はぁ…………」



随分と大長編になるかもしれない『うまるの夏休み』──。
そんな悪い予感でもう溶け出したい気分だった。

691『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:14:47 ID:cFeuEibI0
【1日目/F6/東●ホテル/1F/階段/AM.04:36】
【魔人デデル@悪魔のメムメムちゃん】
【状態】記憶喪失、魔力消耗(残り8%)、半透明化(95%)
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【奉仕→対象:新庄マミ】
1:ウンディーネで魔力を補給。
2:マスター(マミ)に従う。
3:土間の小娘(うまる)には協力してもらう。
4:小娘(山井)に敵対。

【新庄マミ@ヒナまつり】
【状態】焦燥
【装備】ランプ@メムメムちゃん
【道具】UFOの破片
【思考】基本:【静観】
1:ウンディーネを捕まえてデデルさんを助ける!!
2:この水の塊をランプに入れたら魔力が回復するんだって!
3:それにしても『指パッチン』…恐ろしい………。
4:みんなしてわたしの扱い酷過ぎない?!

【うまるちゃん@干物妹!うまるちゃん】
【状態】焦燥
【装備】うまるがやってるFPSのマシンガン
【道具】ジャンプラやら雑誌色々、ポテイトチップスとコーラ
【思考】基本:【静観】
1:死にたくないからデデルを助ける。
2:どうやって助けるって? なんかウンディーネ?っていう攻撃性ヤバいやつを捕まえなきゃならないんだよ〜。
3:あ〜〜しんどいよぉ…。死にたくないよぉおお〜〜〜。

692『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:15:00 ID:cFeuEibI0
【1日目/F6/東●ホテル/3F/廊下/AM.04:50】
【飯沼@めしぬま。】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【静観】
1:7階にいるマルシルさんを助ける。
2:ひろしさんと共にこの窮地から脱出する。

【野原ひろし@野原ひろし 昼飯の流儀】
【状態】疲労(軽)
【装備】銃
【道具】なし
【思考】基本:【対主催】
1:海老名ちゃん、飯沼くんを守る。
2:マルシルさん?を助けてホテルから脱出。
3:ウンディーネに恐怖心。
4:新田、ウンディーネ娘(山井)を警戒。

【海老名菜々@干物妹!うまるちゃん】
【状態】疲労(軽)
【装備】なし
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:飯沼さん、ひろしさんと共にホテルから脱出。
2:ウンディーネが怖い…。
3:新田さん、あの女の子(山井)を危険人物と認識。


【1日目/F6/東●ホテル/7F/室内/AM.04:37】
【マルシル・ドナトー@ダンジョン飯】
【状態】健康
【装備】杖@ダンジョン飯
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:えっ、何この子……!?(山井に対して)
2:え〜っ何このコ〜〜♡(マロに対して)
3:飯沼、まだかな………。

【クン●ーヌ@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【思考】基本:【静観】
1:はっ、はっ、はっ、はっ…

【山井恋@古見さんは、コミュ症です。】
【状態】額に傷(軽)、鼻打撲(軽)、膝擦り傷(軽)
【装備】めっちゃ研いだ菜箸@古見さん、ウンディーネ@ダンジョン飯
【道具】???
【思考】基本:【奉仕型マーダー→対象︰古見硝子】
1:古見さん、四宮かぐや以外の皆殺し。
※マーダー側の参加者とは協力…かな?
2:目の前の変な金髪女を殺害。
3:こんなドブネズミの巣から古見さんを早く脱出させたい。
4:ホテルにいるクソカス共をとりあえず全員皆殺し。
5:クソ犬(マロ)を使って古見さんを見つける。トリュフ探すブタみたいにね☆
6:クソ親父(ひろし)、脂肪だけの女(海老名)、魔人(笑)(デデル)とその仲間共(うまる、マミ)に激しい恨み。

693『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:15:11 ID:cFeuEibI0
※支給品説明…『マロ(クン●ーヌ)@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』
→佐野の支給品。(現所有者マルシル)
 大型犬。女性を見かけると股座に顔を突っ込む。

※支給品説明…『ウンディーネ@ダンジョン飯』
→只野人仁の支給品。(現所有者山井)
 湿地帯に生息する魔物。
 厳密には精霊(の集合体)。
 圧縮した水をウォーターカッターのように高速で打ち出すことで攻撃する。
 現在、16体に分裂。ホテル2F〜6Fにかけて、『山井恋』・『マロ』・『古見硝子』以外の参加者を無差別に攻撃中。

694 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:16:18 ID:cFeuEibI0
参加者二巡目、完・了!

投下終了します。
引き続き、『支給品:『アシストフィギュア』について』をお送りします。

695『支給品:『アシストフィギュア』について』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:16:51 ID:cFeuEibI0
[登場人物]  [[肉蝮]]、[[兵藤和尊]]

696『支給品:『アシストフィギュア』について』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:17:02 ID:cFeuEibI0
【特殊支給品紹介】
────『アシストフィギュア』


格闘ゲーム『大乱闘スマッシュブラザーズ』に登場するアイテムを模した品。

電気ポット程の大きさを誇るフィギュアで、楕円状のカプセルケースに内蔵されている。
“共闘してほしい”──という強い意志と共にこのフィギュアを天高く掲げると、カプセルが砕け『実体化』。
頼もしい味方が召喚され、損得も信頼も関係なく、戦闘に協力してくれるという、そういった代物だ。

アシストフィギュアの中身は実にランダム。
主催者曰く、『誰が出てくるかはお楽しみに』とのこと。
参加者達の知人から無作為に選んだ人物《のクローン》が登場する為、フィギュアファイターがとんでもない化物や格闘家だったり、はたまた全くの無役な一般人等が出てくる可能性があったりと。
召喚が吉と出るか凶となるかは運次第。

フィギュアファイターは前述の通り、基本召喚者に忠実な働きぶりをするよう作られている。
ただ、一定時間を過ぎるか、または致命傷を負った場合、光と共に跡形もなく消えていくという特徴もある。
──一定時間とは基本約一分程であるのだが、これまた主催者曰く『例外もある』とのことだ。



身体的能力、ハンデ等全く考慮されず、適当に選ばれた一部の参加者に支給されし──このアシストフィギュア。
今後、各々の戦闘活動に於いて、フィギュアファイターの力が、ただの焼け石に水となるか。
それとも渋谷全体を大きく流し倒す大洪水となるか。

いわゆる『サブ参加者』達の行動に目が離せない現状である。



 ここで、アシストフィギュアの使用例について、場面転換することとしよう。

 バトル・ロワイヤル下にて観測上、初めてその使用が確認されたのはゲーム開始から三時間が経過した折。
──時刻04:12:23秒の事。
──場所は渋谷東●ホテルの十階、廊下にて。


支給者No.06『丑嶋馨』の所持していたアシストフィギュアがその芽を開花させた────。

697『支給品:『アシストフィギュア』について』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:17:16 ID:cFeuEibI0



「あぁ〜〜んっ!! イカせちゃうのはァ〜〜〜〜♪──」

「──馬並みの俺ェエ〜〜ッ!!! …ぎゃはははははははッ!!!──」



「──んじゃ達者でなァアアアッ!! オ●ニー尿道プレイ大好きなウシジマァアアアアアアアアア!!!!!!!」



 時刻はAM.03:56:19秒。
 真っ暗な町工場にて、ボッ──と小さな明るさが灯った。焼却炉からヘソのゴマを燃やしたかのような悪臭が漂う。


まさしく【血と金と暴力に飢えた外道】【座右の銘は強盗、殺人、SEX!!】との凶人・肉蝮は、手際よく『ブロック肉達』を焼却炉へ投げ込んでいく。
肉蝮の片手に握られるは、所々刃毀れが見られるドス黒い鉈。
鉈に血染み塗りたくったそのブロック肉は、これまでの人生を酷く冒涜するかのように、黙々と燃え滾っていた。


──ブロック肉はかつて、肉蝮にとって大切な『遊び道具』の一種であった。
──ただどんなオモチャでも思い入れが無い限り、いつかは壊れるか、飽きられ廃棄される運命。
──例にも漏れず、この『オモチャ』もわんぱく心旺盛な肉蝮は“もう使い飽きたから”という思いで。丁寧に解体された上で廃棄処分されていった。


大人になっても童心は忘れぬ、肉蝮は悪臭と共に燃え上がる火を見てこう呟く。


「……くっさ!!!──」

「──…人がせっかく子供ン頃のキャンプファイヤー思い出して浸ってた…つーのに。水差してんじゃねェぞテメェ?!! 普段何食ったらここまで臭くなンだよ?!──」

「──永沢君を見習えよなァッ?! アイツなんか家燃やされても香ばしいオニオンの匂いしかしねーつうンだからッ!!! おい!!──」


「──プッ!!! ぎゃはははははハハハハハハハはははははははハハハッ!!!! 我ながら傑作!! あーはっはっハッハッハッハッハッはははは!!!!!!!!!」



轟々と嫌な煙が昇る中。
静寂な工場にて、イカれ狂った馬鹿笑いが響き渡っていった。
純粋な少年のような目で、そのメラメラとした炎を眺める悪魔──肉蝮。
壊れてしまった肉オモチャを前にして、態度では歓喜を表す肉蝮もどこか寂し気な様子が伺えたのだが、──心配はない。

主催者がかなりの期待を込めて参加させた彼には、まだまだこれからも、沢山の『オモチャ候補』が待っている。
ゲーム強制終了までのリミットはまだ四十時間近く残す今、肉蝮が退屈する事など随分と先の話になる訳で。
今はまだ会わずとも、彼を楽しませる仲間達は十分に存在するのだ。


それに、肉オモチャが燃え切ろうとも、彼のディバッグには文字通りの玩具が一つある。



「……………つーかよォ………──」




「──トネガワの野郎、スマブラが好きなんか…………?」



最後のブロック肉を投げ捨てると同時に、肉蝮は『アシストフィギュア』を持ち上げ一言。
丑嶋から奪った支給品を眺めながら、その使用用途に「?」で一杯の肉蝮であった。

698『支給品:『アシストフィギュア』について』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:17:46 ID:cFeuEibI0



 AM.04:11:14。

 下劣な思考回路の肉蝮の事である。
恐らく、“ヤるといえばホテル”との考えで、彼は近くにあった東●ホテルへと足を踏み入れた。
一階から七階まで、解体中かのようにズタズタとされた内部の惨状には、彼も気になった様子だが特に深堀りはせず。
女の居そうな空間を求めて、彼は現在十階廊下を練り歩く。


「あの人の〜パパになるために〜〜♪ ふんふふふんふ〜〜ん♪ ホテルに来たの〜〜♪──」




「────………あァ?」



ただ、いくら独自の嗅覚を駆使しようとも、そう都合良く被害者女性が現れることなく。
ふと立ち止まった肉蝮が睨む先────、そこにはヨロヨロと老人が一人彷徨っていた。


「…………ジジイ…かぁ〜………。つまんねェー……」


 白髪頭に髭を蓄え、こちらに気付いてるのか否か、クキキキ…と一人で笑うその老人。
気品高い身なりはそこそこの銭を期待《強盗殺人》出来そうではあったが、一方で杖を付きながらも蹌踉めく足取りは、如何にも柔弱そうであった。
コツ、コツ、コツ、コツ………。
映画のシャイニングまんま生き写しかの如し静かで綺麗な廊下にて、杖を付く音のみが鳴る。


「うーーん。…じゃ、とりまコイツでいっか!!」


肉蝮は老人を見てそう呟いた。

彼は別に老人へ特別興味が湧いた訳でもない。
ハッキリとした殺意も無ければ、本当に素通りしてもいい存在であった。

──ならば、どうでもいい奴にはどうでもいい物をぶつけろ────と。

デイバッグからアシストフィギュアを取り出し、取説通り高々と掲げて見せる。


圧倒的戦闘力があり、殺害経験も豊富に持つ肉蝮にとって、全くの不要であるアシストフィギュア。
本来なら武器も握れぬ弱者救済の為の支給品である故、肉蝮には持っていても仕方ない物と言えよう。
彼もその事には重々理解をしていた為、このどうでもいい場面でアシストフィギュアの無駄遣いを結構。

実験感覚──
────というより、アリに妙な薬品をかけて楽しむ感覚で。


「出てこいッ!! ゴラァアッ!!!!!」


肉蝮は、フィギュアファイターNo.03を呼び起こした──。





 ポンッ─────



「よっ! …全く仕方ねェなァ。旦那と俺はボンナカ《友人》みてェなモンだしよ」



「………あァ?!!」



【アシストフィギュア No.03】
【熊倉義道@闇金ウシジマくん 召喚確認】
【概要】
→二代目猪背組理事長の極道。
 やや肥満体で顔に二箇所の刀傷が特徴的。

699『支給品:『アシストフィギュア』について』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:18:00 ID:cFeuEibI0
「あいつ撃てばいンだろ? ったく…こんなチンケな仕事させやがって。…もうこれっきりだからなァ??」

「ンだァ…?! テ、テメェ……マジで出てきやがったし……! どうなってンだこりゃッ?!!」


 肉蝮が目を丸くしたのも無理はない。
冗談半分で何となく出してみたら、本当にゲーム《スマブラ》通りに。
カプセルから巨漢の男が出現したのだから、これが夢なのか現実なのか判断に苦しむ程だった。

そんな主人を尻目に、熊倉は懐へゴソゴソと手を突っ込む。
フィギュアファイターは事前に己の『使命』を組み込まれたクローン達。
故に、「何故自分がここにいるのか」だとか「状況を整理したい」だなんて思考を働かせることは一切なく。


「とりあえずこれが終わったらさ、お礼としてよォ……、」

「は? は? はァ??」



「──新米700kg買ってくンない? 出所は言えねェーけど物は確かだ」




眼の前の老人へ向けて、銃口が正確に構えられた。




 パンッ────

  パンッ──、パンッ──、パンッ────

 パンッ────




「ぁあ?!!」



 リボルバーに込められた五発全てが、一直線に飛んでゆく。
扱い難い回転式銃とはいえ、狙撃者・熊倉は何十年も裏社会を牛耳ってきた熟練者。
老人の顔面を破壊すべく、正確なポイントで弾丸は走り抜ける。
老人と熊倉の距離は5メートルほど離れている。故に、弾丸の着弾時間は0.016秒ほど。
──無論、ほぼ奇襲で放たれた銃撃を、死期が近い老体が避けようものなどできる筈がなく。


彼の命は、虫のごとく簡単に散っていった。





ちなみに、フィギュアファイター『熊倉義道』の稼働時間は設定上、三分三十秒きっかり。
その間は、召喚者の命令がない限りはこの場に存在し続ける事となっている。
戦意静まり返り、僅かばかりだが戦場跡と化したこの廊下には、



──────断末魔をあげる暇もなく、ズタズタに消えゆく『熊倉』と、

────そして、気が付いた時には全身に妙な違和感が発した肉蝮と、



──肉蝮の後ろを、何食わぬ顔でヨロヨロ過ぎ去る老人の姿。

700『支給品:『アシストフィギュア』について』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:18:12 ID:cFeuEibI0
「ぁあッ?!!──…、」




肉蝮が振り返ろうとしたその瞬間、彼の全身に『杖による殴打』の痛みが走り切った。




 ──バシィイイッ

  ──バシィッ、バシィッ、バキバキバキバキッ、バンッッ──



「──ぎぃッ?!! ぎゃぁぁああぁぁああぁああぁああぁぁぁぁあぁぁあああああああああああッッッ!!!!!!!!!」




 腹部、四股、頭部。
何箇所にも渡って響く痛みに、肉蝮とて転がり回ざるを得ない。
痛みに悶える最中、ふと患部を確認すれば、下腿前面の脛骨──弁慶の泣き所は青く腫れ上がり、頭からは軽い傷が生じていた。


“分かんねェ…ッ”

“意味分かんねェし……ッ”


“何が一体起きたんだッ………?!”


地面に投げ捨てられた水生昆虫のようにジタバタ暴れ狂う肉蝮には、この現状が到底解せなかった。



コツ、コツ、コツ………。


またもや杖の音のみが小さく響く中、半狂乱の身とはいえ、肉蝮も唯一分かっていたことがある。
恐らく、──理解も常識も超えている事だが、恐らく。


「…最初から……生まれた時から王だったら、どれほど良かったものか……………っ」

「…ぁああ……ッ?!!」


「初めて銃を握った時……ワシはまだ十五の若造じゃった。血肉貪り、貶め合い、そして米兵を絶命に至らせる…………あの頃は殺し合いの大戦下………………っ。…まだ若かりし……兵士だった頃のワシは、実に醜く…愚かじゃった」

「ジ、ジジィ……ィ………ッ!! がぁあッ……。テ、テメェ…………」


「……まぁその『体験』のおかげで、こうして貴様を返り討ちにできたのじゃがなっ…………? …衰えたものだとばかり思っておったが、案外身体はまだ覚えているものだわい」

「……テメェ……い、一体……………」



「──…………あの幾千の、戦いの記憶がっ……!! カカカ!」




「…………『何をしやがった』…ッ?! …テメェッ……………」

701『支給品:『アシストフィギュア』について』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:18:31 ID:cFeuEibI0
──刹那ほどの猶予もない弾丸の雨を全てはたき落とし、
──目にも止まらぬ圧倒的スピードで、熊倉を再起不能に倒して、
──肉蝮を全身何発も叩き殴った。

────これら全てを杖一本で。しかも0.016秒以下で。



──恐らく老人は熟してみせたのだろうと。────



“こいつは一体、何者なんだ…………ッ?!”



全身の悲鳴が癒えるのを待つ中、肉蝮はもう思考崩壊寸前で唾液を漏らし続ける。




《老兵は死なず》
────制裁の乱れ打ち【武士道】。


「ききき……。負ける訳にはいかん……いかんわけなのだっ…王は………………っ!!」





エレベーターに乗り込む老人──兵藤和尊会長。
彼の手にもまた、未開封の『アシストフィギュア』が息を潜めていた。



【アシストフィギュア No.03】
【熊倉義道@闇金ウシジマくん 消滅】

702『支給品:『アシストフィギュア』について』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:18:44 ID:cFeuEibI0
【1日目/F6/東●ホテル/10F/AM.04:15】
【兵藤和尊@中間管理録トネガワ】
【状態】健康
【装備】杖
【道具】アシストフィギュア、懐にはウォンだのドルだのユーロだの山ほど
【思考】基本:【観戦】
1:展望台の頂上から愚民共の潰し合いを眺める。

【肉蝮@闇金ウシジマくん】
【状態】全身打撲
【装備】鉈
【道具】なし
【思考】基本:【マーダー】
1:不可解の集合体である現状《殺し合い下》に頭が悩む。
2:ジジイ(兵藤)、クソガキ二人(ネモ、ヒナ)の顔を覚えた。絶対に復讐する。
3:皆殺し後、主催者の野郎とスマブラをする。

703 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:19:25 ID:cFeuEibI0
投下終了です。
ラスト、『焔のはにかみや』で締めます。

704『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:19:47 ID:cFeuEibI0
[登場人物]  [[池川努]]、[[野咲春花]]

705『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:20:04 ID:cFeuEibI0
 やあ。
僕の名前は池川努。中学三年生さ。
運動不足気味で最近やや肥えてきたところがコンプレックスなんだけども、まぁその内危機感湧いて肉体改造にガチるだろう。その内。
とにかく、痩せればそこそこに顔が整っている少年。それが今宵の語り手、僕──池川努だ。
とりあえずよろしくね。

 さて、早速だけど一つ君達に訊きたいことがあるかな。
…なに。
簡単な質問だよ。身構える必要なんかない。
二択だからね。
こちらも選択次第で態度や考え方を変えるとか、そういうつもりはないからさ。
悩むことなく、本当に直感で答えてもらいたいね。
ゲームで名前決める時「ああああ」にするくらいの適当感覚で望むといいよ。ふふふ…。

では、行くよ。



QUESTION.
──『正義』の反対とは、ずばり何か?


→1:『悪』
 2:『正義』

706『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:20:31 ID:cFeuEibI0
 …………答えを導き出せたかな?
正直、君らがどちらの選択肢を選んだかは僕にとってどうでもいい。
…というか、そもそも質問じゃなかったね。
これ、問題だから。明確な答えがハッキリと用意されている問いかけだからさ。ははは、ゴメンよ。

 ズバリ、『正義』の反対は、二番。
────『また別の正義』であるわけだ。
これはつまり…見方を変える、ってことなのかな。
ニュースや世間一般、そして我々が思考停止で『悪』と決めつけている存在も、違う視点から捉えれば『正義』。正しく義にかなった存在となるわけなのさ。

例えば、昨今。
三年に一回のペースで、どこぞの無職が子供を無差別殺傷する事件が報じられるけども、アレも正義。
殺されたガキ共の中にはさ、普段同級生を散々に虐めてる『死んで当然の存在』がいたかもしれない。
いや、虐げられる対象が何も人間だけとは限らないよ。
クソガキは無邪気だからね。日頃、なんの意味もなく虫や小動物を踏み潰す奴が、被害者の中にいてもおかしくなかっただろうさ。
つまり、その虫共、虐げられる者達からしたら、無敵の人はまさしく『英雄』なのだ。

また、例えるなら、…これはかなり昔話になる。
第二次世界大戦で日本に、広島と…あとどっかにヤバいミサイルが落とされた事件は有名だろう?
教科書では、最大の虐殺行為だなんて恨めしく綴られている出来事だけども、アレもまた『正義』だ。
…これは何もアメリカ人からしたら正義の行動とかって言うつもりはないよ。
僕ら日本人の視点に立ったとしても、ミサイル投下は正義の行いといえるんだ。
あの……──…あ、思い出した。原爆投下だ。
原爆で焼き殺された人々の数は(授業ボイコット勢の僕は)詳しく知らないけども、何万人も死んだ中には、心から死を希望した者もいるはずなんだ。
上司に叱られるなり、家庭で嫌なことがあったりしてね。
「あぁ…死にたい…」「死にたい死にたい死にたい…」「楽にならないかな。今すぐ…」とかさ。
そういう苦しみつつも死ぬことさえままならない、彼等死亡志願者にとっては、原爆投下はまさしく青天の霹靂。
あの灼熱の光は、彼らを結果的に救えたのだから、まさしく『正義』と言えるよね。

……さて、長々とお話をした終えたところで、「結局お前は何を言いたいんだ」ってことになるんだけども。
それはだね。
まーズバリ、一言で言うと、………。

……とりあえず後回しで。
いや悪いね、なんか急に喋る気分じゃなくなったんだ。
後々、必ず…必ず話を戻すから「気まぐれな奴だなあ」と呆れるぐらいでご容赦してくれ。


 じゃ、本題に移るよ。

何となくで立ち寄ったモ●バーガー店、ガラス寄りのテーブル席にて。
今後に備え、タンパク質《てりやきバーガー》をモリモリ摂取する僕と、包み紙に一切手を付けず、今はまだ夢の中の彼女。
ぱっちり二重に柔らかそうな頬、そして長い髪が香る彼女の名は──野咲閣下。
…しみったれて退屈な田舎村に現れた、あまりにも可愛すぎる存在さ。

背もたれを寄り掛かる閣下は、実に苦しそうな様子で目を覚まし、


「……んんっ…………、ん…………………」


「…お。…お目覚めのようだね」

「………………ん…………えっ? ──」



「────……ッッ!!!!」


──彼女と目が合った刹那、僕の眉間ギッリギリにナイフが突き出される。
…正直自分の反射神経の良さに驚きを隠せなかったよ。我ながらね。
本当に気が付いたら刃先が目の前にいて、気が付いたら包丁握る彼女の手首を掴んでいたのだからさ。

それにしても美しい花にはトゲだか毒だかがあるらしく。…小柄な見た目とは裏腹に、閣下の凄まじいものだったね。
真宮君や久我のようなバカ共なら、この一瞬で簡単に命を絶たれていただろう、あんまりすぎる力だったよ。

ただ、僕は彼等愚かな者共とは違う。
刃先が命欲しさに震える『スリル』という喜びを感じながら、僕は閣下にこう申したのさ。
穏やかで、冷静な口調を意識しつつね…。(あと冷や汗をたらしつつもね…)


「…の、野咲くん。まぁ理由が理由だからね。僕に強烈な殺意が向くのも仕方ない。君を責めるつもりは全くないよ。…ふ、ふふ」

「………ッッ」

「…ただ、信じられないだろうし信じる気もないだろうけど聞いてくれ」

「……………うッ、くッ…………」



「……本当にごめん。申し訳ないよ」

707『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:20:44 ID:cFeuEibI0
「………………ッ、え………?」

「……謝って済まないくらいの事をしたのは分かっているさ。…それでも僕の真意を、心からの反省を聞いてくれ。……本当にごめん、悪かった」

「…………………えっ」

「……それとさ。…これまた信じられないだろうし信じる気も以下略だろうけども………。聞いてくれないかな。──」



「──僕は………君を守りたいっ…!!! 野咲くんを優勝させたいんだ………!」


「………………………………え」




「…だからさ、何となく僕を信じて、一旦話そうじゃないかな?」



「………………」



 …一週間くらい前かな。
仲間内のノリでね、僕は閣下の御自宅と、御家族を焼き殺しちゃったという過ちを犯したんだ。
アツイアツイ〜と、鬼のような目をしてのたうち回る御両親に、真っ暗な周囲を轟々と照らす大火災。…何も無いクソ田舎最大のビッグイベントだったよ。本当にあれは。

最初こそはラインを超えてしまったゾクゾク感と、なんにも悪びれてない自分に酔いしれててウキウキだった僕だけども、……後悔したよ。
野咲閣下に殺されて地獄に落ちて、経血臭い泥沼に漂いながら、僕は山程自戒させられたんだ。
…自分が嫌で嫌で仕方なくなりそうだった。
…野咲閣下の御殿に、主犯格みんなで線香とお参りをしたい気持ちだった。
どんまいだよね、野咲閣下は…。


だからね。
諸君らも、そして閣下も信じられないだろうし、…現にナイフ握る手の力は全く緩まなかったんだけども。

──野咲閣下に詫びたい────。

──そして今度こそは閣下をお守りしたい────。

僕の発言は、嘘偽りない、『正義の心』だったんだよ。


黒く淀んだ閣下の目をガッチリ合わせて、僕はニヤリと笑ったんだ。



「…だからさ、降ろさないかい? …ナイフ。なぁ頼むよ…。ふふふ………」


……とね。







「………なんで」



「…なんだい?」




「………なんで…………生き返ってるの……………………っ?」


「……え?!」




…あー、
そうかそうか。

まず話はそっからだよねー………。

708『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:20:56 ID:cFeuEibI0




……
………

「………………祥ちゃんのこと、…しようとしてたんでしょ…………………」

「え? 何がだい?」

「………………その………、………えっちな…こと………」

「…………え」



──“出てこいよ野咲ィ!!! 池川なんかテメェの妹犯そうとしてたんだぞ!!! ハーハハハ!!!!”



「ッ!????! ち、ちち違う!! あれは〜…誤解さっ!! 僕は決してやましい事はしてないよ!!? 信じてくれ、野咲くん〜!!!!」


「……………信じられない…。………信じられるわけないよ…。──」

「──何も…かもッ………」


「…こ、困ったなぁ……」


…僕が閣下の妹をヤろうとしたか否かは、君らの想像にお任せするよ。
本当に真宮のクズといったら……もう!!
…ふっふふふ………!


 あれから十数分。
刃先がギラギラと光を反射する中、未だ僕らは一進一退の攻防《会話》を続けていた。
…まぁ攻防といっても男女間の力の格差があるからね。
僕の太い腕と対峙して、閣下のナイフを握る力は徐々に弱まってきた様子。
比較的僕は優位な状況とはいえ、それでもナイフは怖いからさ。彼女の手をテーブル上に抑えつつ、僕は会話を試みてる現状だ。
見境なく襲い掛かる野生動物同然だった閣下もね、色々疲れてたんだろうな。…今は、少し諦めた様子で、話す気になってくれているよ。

閣下の肌白くて綺麗な手を撫でるように抑えて、僕は彼女の目を見る。
……やはり君の美しさは毒だよ。…猛毒クラスさ。
ははは……。


「…………………何が君を守る…なの。…何が優勝させる……なの。………信じられるわけないでしょ…………今更」

「…え? まだ言うかいそれ……」

「………本当は今だって、私の事殺そうとか思ってるくせに………………。…何が……、…何が目的なの………」

「そ、そんなぁ!! 目的も何も、本当に君のことを守りたいんだよ僕はぁ!! 生まれ変わったのさ、本当だよぉお──…、」


「…信じられないッ!!!」



「………えぇ〜…」



「…もう離してぇえッ!!!!! 触らないでよォッ!!!!! 池川君ッッ!!!!!! もう嫌ぁ…ぁあ、……ッ!!!!」


「………うわ!! う、う〜〜ん………」

709『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:21:07 ID:cFeuEibI0
 触らないでとか言われちゃったよ…。いやぁゲンナリだね。
あっ、でも僕のことを『君』付けで呼んだのはかなり心が踊るかも。…ふふふ、プラマイ0だねっ…!

髪を乱してジタバタ暴れる野咲閣下……。彼女の姿は実に痛ましく、……その態度は忌々しささえ感じたよ。
……やましい気持ちなんかない。僕は純粋に彼女を守りたいし、一緒に行動したい。…それだというのにだ……。
一度失った信頼を取り戻すのは難しい、って本当のことなんだね。
…本当に困ったよ。
彼女の心をガッチリ掴むようなイケメンワードを絞り出さないと…って、僕は頭を必死で絞り出したね。

あぁ困った。…実に悩ましい………。


「………うーーん…………。…野咲くん、考えてくれないか?」

「…な、何がッ……!! 何がなのッッ!!!! ぁぁぁあああああああああ…………!!!!」


…ごめん、ちょっとタイム。
なーんで女の子っていつもいつも皆無駄にヒステリー起こすのかなあ………。
喧しくて話にならないよ………。……正直、かなりしんどいね、もう。

…まぁそこをグッと堪えるのが男の役目なのだろうけどさー。


「君はさっき、『本当は私のこと殺そうとしてる』と言ったけども……。なら、何故君は今生きているんだい?」

「…………………どういう事…ッ」

「何せ、さっきまで君は寝てる…というか気絶したわけじゃないか。意識のない、隙だらけの姿だよ──」


…そして好きだらけのその姿……。あぁ、野咲閣下、君は美しい………。


「──…君に何があったのかは聞くつもりはないけど、君を殺す機会ならいくらでもあったわけさ。僕はね?」

「………………ッ」

「それだというのに君は眠りから無事覚め、こうして生きているわけだ。…しかも、ボロボロの君を発見し、ここまで運んだのは紛れもなく僕! いや〜〜疲れたもんだよ、あれは〜」

「……なに、なんなの………………っ」

「…そこまでして、今現在君に殺されかかっているこの僕さ──」

「──これは野咲くんへの殺意がない、立派な証明になると思わないかい?」


「…………………だから、…何なの……って聞いてるでしょ……」

「『何なの』とは?」


 野咲閣下はそう言って、カフェラテから伸びるストローに口吻する。言わずもがな、気絶中の彼女用に僕が頼んだドリンクだ。
あぁ、望むものならそのストローになりたい気分だよ僕は………。
清涼な唾液で舐め回される彼が羨ましい…。
思えば野咲閣下、あれだけ声を荒げたというの唾が下品に飛んでくることなど無いのだから驚きだ。
そういう細かい所も自然に謹んでいるから、僕は彼女に惚れたのだろうね………。
…そう思う一方で、閣下の唾を浴びたかったという欲望も僕にはあるがね。…ふっふふふふふ……。

ま、それはともかくとして、彼女がカフェラテを飲んだというこの行為。
これは即ち、僕にとっては大チャンスとも言えるんじゃないのかな?
どれだけ喉が乾いてたのかは知らないけども、この緊迫下で野咲閣下は飲み物を飲むという『余裕』を見せたのだから。

つまりは、安堵というかね。
僅かばかりとはいえ彼女は僕に気を許しつつはあるのさ。
さぁこの優位になりつつある展開、どう出るかは僕次第だ!!

710『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:21:19 ID:cFeuEibI0
「……本当にもうッ……………。訳が分からない…………。何なの、何がしたいの池川君はッ……………………」

「…くっ。た、頼むよ! 僕を信じてくれって野咲くん!! 君を守りたい、その一心なんだ!!! どうしてそんなに意固地なんだい!!!」


…いや、『どうしてそんなに意固地なんだい』って。
セルフツッコミするようだけど、まぁそりゃ僕のこと信じられないよなぁ………。


「…も、もう………分かったから……………」

「えっ?!」


…と言ってる間に、ついに閣下から承諾のお言葉が。
え、何で?! 何故、急に僕のキモチを分かってくれたんだ?!!
何がキッカケかは知らないけども……、僕はこの時はち切れそうなくらい絶頂の思いで──…、


「もう分かったから…手を離してッ!!!! 近寄らないで!! 嫌だから…もう嫌なんだからぁ………ッ!!!! もういなくなってぉおおおおお……!!!!」

「……………………えぇ…」


…いや、まぁ………分かってたけどね。
僕も分かってたよ、こんな反応することくらいさ…………。
…にしても、どんなイジメを受けてもションボリするだけだった閣下がここまで取り乱すとは…、ちょっと意外。
…というかギャップ萌えかなー。


「の、野咲く──…、」

「もうやめてぇええええええええッ!!! 嫌、嫌々嫌…嫌ッ!!!!!! 話しかけないでよッ!!! お願いだからぁああああああッ!!!!」

「…………………」

「ぁぁあああああああああああああああ!!!!! あああああああああぁぁぁ…ぁぁぁ………」

「………そ、その……」


「ぁぁぁ………。…………ぁ、あ………。……っ、……うっ………………ぅっ……………」

「…………」



「……もう分かったから…………。うっ………、私に…関わらないでよ…ぉ………………………」

「………………。…………」


 …唐突に怒り狂ったかと思えば、今度はシンミリ涙を流す閣下。…そのお姿…。
彼女の瞳からこぼれ落ちる結晶は、凛と咲いた花の朝露の如し、清純さだったよ…。
回想すること一ヶ月くらい前。いけ好かない相場君のやつが、野咲閣下を『ミスミソウのようだ』…だなんて呟いていたことを思い出す。
その声に、何となく気になって調べたところ、……もうね、もうね。ふざけるな!!、ってね。
あんな交通事故跡の電柱に手向けられてるような花、…陳腐なミスミソウ如きと彼女を一緒にするなっ!!! って、僕は思ったよ。
僕ならさ、薔薇とか、世界一価値が高い花に彼女を例えるのに、本当にアイツは何も分かってないよね……。
…相場、だからお前友達いないんだよ。ってもはや呆れる次第だったよ。

……………まぁともかく、その美しい薔薇は半狂乱かつ、涙ながら懇願するほどに、
────僕の事を拒絶していた様だった。

…無理もないね。
なにせ、彼女の眼の前にいるのは、自分を散々虐めた上に、家族を焼き殺した張本人なのだから。
見た目が生理的に嫌だから、とかそういう理由で僕を拒絶してるわけでは決してッ…!!! 決してッ、ないんだろうけども、…主義主張関係なく僕を嫌うのも仕方なかった。


……つまりは僕が何を言おうとも、もう無駄なわけなんだね、これが…。

711『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:21:34 ID:cFeuEibI0
「…ごめんよ、野咲くん」

「っ、ぅう…………。……謝らなくても、いいから………………。…もう、構わないで………………」


「…………」


気が付けば、彼女の手はもうナイフを握る力もなく弱々しい。
弱々しいといえば抵抗の時、閣下の手は微弱ながら震えていたけども、あれは純粋な恐怖の表れだったんだろね。

僕にとっての野咲春花くんはもはや天の上の存在。閣下だ。
「眼の前から消えて」との、閣下の命令があらば、従うのは下僕の使命。
それが例え不服な指示だとしても、どんなに屈辱的で…殺したいくらいの怒りを覚えたとしても……僕は従わなきゃいけない。
なぜなら、僕はどうしようもないくらいに…野咲閣下を愛してしまったからさ……。


「……………ごめんね、……野咲くん」


「……………………………っ、ぅっ………、ぅぅ…」



 彼女のスベスベした右手を離し、それと同時に僕はこの場から身も離れていく…………。
心の痛みを堪えつつも、僕が向かう先は出口付近。
ゆっくりと重い足取りで、僕は指先をまっすぐ伸ばしていった。






 ピッ

 ──『モ●バーガー 単品 330円』



「………………えっ?」


「……ふふふ! 見て驚くなよ、野咲くん!!──」

「──不思議なもんだよね。…券売機でボタンを押したら三十秒後…………こうだ!!」



 ポンッ!!


「わ!!」


野咲閣下のただでさえ大きい瞳が、さらに丸く開かれる。
…ふふふふ。無理もないね。
なんの前触れもなくテーブル上にて、自分の眼の前にポンッと!! 温かいハンバーガーが現れ出したのだからさ。



 ふふふ。
ふっふふふふふ…!!
君達、僕がこんな簡単に諦めるような男だと思ったかい?
悪いが、僕は自他共に認めるネッチネチな粘着質でね……。

野咲閣下に拒絶された位で泣く泣く後を去るようじゃ、あの時真宮君とともに野咲討伐計画は立てていないってのさ!!
ふふふふふ…。


「ほら、面白いだろう? それよりもお腹空いてないかい? よかったら遠慮なく食べていいんだよ! 僕の奢りさ」

「…え、え…………?」

「トマト入ってて、トローリとしたチーズにミートソースが合うこと!! モ●バーガーだよ。僕ら田舎者からしたら馴染みのない店だけどね。ふふ……」

「…………なに、これ…?」

712『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:21:47 ID:cFeuEibI0
 僕が今取ってる行動は、ズバリ作戦変更だね。
どれだけ閣下への熱い想いを伝えようとも、振り向きさえしてくれない今。
ならばならばと話題そらしで、違う所から話して、距離感を徐々に縮めていこうという寸法さ。

なんだか知らないけどボタン押しただけで料理が出現する魔法みたいな世界《殺し合い下》…。
さっきからずっと俯き加減だった閣下も、これには流石に興味津々といったご様子で…。
さしずめこの魔法は、僕と閣下を辛うじてでも繋げさせれた潤滑油的な物といえるかな。
…いや、潤滑油というよりも…………、はは。ロマンス的なことを言うようで悪いけどさ。

『キューピッド』って感じかな。この魔法は───。


「…隠さなくてもいいさ。お腹、空いたんだろ?」

「………」

「…あ、心配はいらないよ。毒なんか無いから」

「…え?」


呆気にとられる閣下の元へ、僕は店員に負けないくらいのスマイルで近寄ると、
パクリッ……モグモグ。


「…うん美味い! ご飯三杯待ったナシの旨さだよ、なーんちゃって。はははは〜」


「……………………」


出来立てのハンバーガーを豪快に一口。食べた断面を彼女へ向けて差し渡した。

人は食べなきゃ生きていけない。
食べずにあるのは死が待つのみ。
ふと空耳か否か、彼女のお腹からグゥ〜…とお手本のような虫の音が聞こえた気がしたよ。
…ふふふ、可愛い奴め。野咲閣下は。


僕は閣下の下僕さ。
忠実すぎるくらいの良くできた僕従。
彼女の幸せこそが一番の生きがい、そんな存在だ。

閣下に少しでも笑顔を取り戻すことができたら………ってね。

僕は彼女が心を開くその時まで、寄り添うつもりなのさ。
そう、いつまでも…………。



「………う、うん。……じゃあ、買ってくるから……」

「…ぇ゙?!」


 ピッ

 ──『モ●チーズ 単品 350円』


「…三十秒くらいで……来るんだよね…………………?」

「え、あ、ああ!! ハンバーガーの自販機みたいだよね〜! ふふふ〜……」



……おいおい野咲閣下。
さすがに僕の食べかけは口にしたくないかい…………。

713『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:22:03 ID:cFeuEibI0




 食べ方が美しい女性、というのもいる。
給食時間。僕の周りのクラスメイトなんか、飯を食べてる最中だというのに、ギャハギャハ笑いながら口を開いて、咀嚼物が丸見えだというのだから品がないことこの上ない。

ただ、その点野咲閣下は違ったのさ。
食べるという行為をまるで恥じらうかのように、慎みを以って食す。
横髪をかき上げ、ハムスターかリスのようにハンバーガーを頬張っては、清く正しく一回一回咀嚼し、飲み込む。
僕が話しかけた際には、必ず飲み込んでから声を発する。
たまにトマトソースが口元に付着したら、こっそりと指で拭い、そのタレを一舐めしたりさ。
最後はカフェラテでハンバーガーを胃へ流し込むという完成形だ。

彼女の食事風景は芸術的価値さえあった。
そして、この珍奇な料理提供、空腹の満たしこそ、僕と彼女を繋ぐ架け橋でもあったのさ。
──…もっとも、僕自身が健気に笑顔と愛想を振りまいた面もあるんだけどね。

ただ、ここで一つ。しょうもない事だけども疑問が湧く訳なんだ。


「………ご馳走様でした」

「…しかもしっかり『ご馳走さま』まで言う礼儀の良さ…。やはり閣下は美だよ、美の骨頂だ……」

「…え、…何………?」

「あ、ごめんごめん!!! 独り言だから触れなくてもいいよ、野咲くん」


Question.
『このハンバーガーの『調理工程』は一体どうなっているのか』────ってね。


 結果には必ず過程、料理には必ず調理工程がつくものさ。
ボタンを押したらポーンと何処からか出てくる、このモスバーガーであるものの、僕が気になった点は『ラグ』。
ハンバーガーが出てくるまでの『三十秒』という謎のラグが、妙に引っ掛かって仕方ない訳なんだ。
…もしかしたら、そのラグは調理時間。つまり、バックヤードには調理人がいるのではないのか……? ってさ。


「………ハンバーガーありがとう。………じゃあ私、もう行くから……」

「…え?! いやちょっと待ってくれよ野咲くん!!!」

「………………ごめん。………私、時間がもう──…、」

「そ、それは分かってるさ!! ただ君はまだ食後間もない! 焦らずともまだまだ時間はあると思うけどね……?!」

「………何? ……………私、池川君とは…もう──…、」


「気にならないかい? 君も、…バックヤードではどうなってるのかをさ…」

「………え?」



 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピ……

 ──『モ●バーガー 単品x10 3300円』



「……えっ?!」

「見てみようじゃないか…! 未知なる世界を!!」



だから、僕はボタンを連打した。

…僕の見立て通り、さっきまでは気付かなかったけども、奥のバックヤードからはジュゥ…と調理開始の音が聞こえ出す。

……調理工程の真実なんて、ぶっちゃけどうでも良いんだけどね。
本当にクソほど興味なんかなかったよ。
ただ、未だ警戒心が解けてないとはいえ、ハンバーガーの魔法のお陰で、閣下とは距離感を縮められつつある。
閣下はこの不思議な現象に興味をいだいているのさ。

ならば、この機会を逃してたまるかってね。

714『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:22:25 ID:cFeuEibI0
「さぁ行くよ! 野咲くん」

「え、ちょっと……。…あっ!!」


彼女の手を引っ張って、僕は銀色のドア《バックヤード先》へ走っていったよ。





 タ、タ、タ、タ、────バタン。



「…はぅあ!!!?」


 世にも不思議なモスバーガーの秘密。
企業秘密とも言えるその裏側の世界を目にした時、僕はもう目眩がしそうだったね。


「……────あっ」

「な、なんだ…これは………?!」


無人の調理台。無気配の冷蔵庫。そして無傷、欠陥一つない真っ平らの鉄板。
人知れずして加熱し続けるその鉄板上に、突如として、またしても『無』から生のパティが続々出現《浮宙》していく。
そいつらは注文通り十枚、宙に並んだ瞬間、パーン…と鉄板へ落ちていき……。
アッツアツの鉄板で、肉汁滴らせながらソイツらは焼けていった。
…その傍らでは、まな板上にてまたしても無からバンズやトマトが生成され、肉が焼けるのを今か今かとウキウキで待っていたんだ。

不意に、風に飛ばされたかのようにパタパタパタパタパターンっ、とひっくり返るパティ達。
よく見れば焼き加減も均一で正確だ。

無人調理の究極系が、そこにはあったんだよ………。


「いやなんか気持ち悪…!! な、何だこれは……。一体どうなってるんだ、これは………」


…『魔法のような』とは言ったけど、これもう完全に魔法そのものだったね。
じゃないと、何の気配もなくして黙々とスライスされていくトマトの説明がつかなかったよ。
あまりの光景に、マジマジと鉄板の近くまで覗き込んでもそのタネや仕掛けが見当たらない。
僕に許された行動は、鉄板の熱気に怯んで顔を戻すくらいさ。…本当にわけがわからなかったよ……。

…まぁ別にこれとて、大層な興味や好奇心が抱かれたというわけでもないけどね。
この謎解明については、どっかのバカな名探偵気取りにお任せするよ。

ただ、僕自身は一切興味を惹かれなかったにしろ、閣下はまた別。
年頃の女の子らしく、気になることには何でも首を突っ込んじゃうであろう野咲閣下さ。
彼女に合わせ、好奇心あるフリをしながら、僕は彼女の方へと顔を向けた。


 ジュウゥゥゥゥゥ……


「…す、すごいね。……これは一体何が起こってるんだ……──」

「──ねえ、野咲くん!!」





 ジュウゥゥゥゥゥ…………

  バチバチバチ……





「……野咲くん………………?」

715『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:22:40 ID:cFeuEibI0
 ……しかしどういったわけか、野咲閣下からの反応は無かった。
本当に無だよ。無。この目を疑う光景を前にして、彼女の返答は沈黙すらもない、完全なる無の表情だった。
…僕もねぇ、虚を突かれたって感じかなあ。
予想打にしなかったね。彼女のリアクションの皆無っぷりはね…。
あまりに無っぷりが酷かったから、思わず僕はそっと声をかけたよ。


「の、野咲くん……。どうしたんだい? …もっと驚かなくちゃ──…、」

「…………………ゃ、……ゃっ…………………」

「へ?」



「…………ちゃん………っ……、っ、と……さ…………。おかぁ…さ……………。ゃ、…………………」


「ふへ??」



 バチバチバチ……

  バチバチバチ……


 ジュウゥゥゥゥゥ…………
  

わけのわからない調理工程を前にして、閣下がボソボソ呟くのは聞き取れない言葉ばかり。
…これは、驚きのあまり声を失ったってことなのかな……? ってね。
僕は超さり気なく、彼女の小さな肩へポンと手を置いたよ。



 ジュウゥウウウウウウウウウウ…………………ッ、バチバチバチ…………





────今思えば、これが命取りだった。

────僕は、物凄く回りくどい『自殺』を、無意識のうちにしてたんだな、って。後悔したな。




「ひっ…!! 嫌ぁああああぁぁああああああぁぁああああぁあああああぁぁぁああああッッ!!!!!!!!!!!」



「え?!」




 彼女が。野咲春花閣下が無表情だった理由。
いいや、無の顔つきなんかじゃない。
彼女は怖かった。トラウマを思い出して心がミキシングされていたんだ。

──肉が焼ける、『火』を見て。


 ジュウゥゥゥゥゥ…………


「離してぇええええッ!!! やめてえええええええええええ!!!!!!!!! お母さぁあああああんッ!!! お父さあああああああああああああああああッ!!!!! 祥ちゃ、祥ちゃぁああああああああぁぁぁぁああああんッ!!!!!!!」


「え? え?! の、野咲くん!!? どうしたんだ、いきなり大声──…、」

「あぁぁぁあああぁぁあぁあぁあぁぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああああぁぁぁあああぁぁあぁあぁあぁぁあぁあぁあぁあぁあぁあああああああああああああああッ!!!!!!!!!」



 そして野咲閣下は、思い出した事だろう。
家族をジュージューにバーベキューされたあの日の事を。
あの時のキツイ肉の臭いも、何もかもすべてを。

──燃やした張本人達の卑しい笑顔も。



 ジュウゥゥゥゥゥ…………


「…嫌だ、もう嫌だ嫌だ嫌ぁああああぁぁぁぁああぁぁあぁああああッッッ!!!!!!!!! いやぁあああああああああああああぁぁぁぁああぁぁあぁああああッッッ!!!!!!!!!」

「ののの、野咲くん?! と、とりあえず深呼吸だ!! しんこ──…、」

「────ィッッッ!!!!!!!」




──そして、僕のことも。

716『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:22:53 ID:cFeuEibI0
僕がスケベ心で肩に手をおいた時。
彼女は狂乱した心の中で、こう思ったんじゃないのか。




“コイツ ハ、”



“私ヲ、”



“焼キ殺ソウト シテイル”




“マタ。今度コソ”





 ジュウゥウウウウウウウウウウ…………………ッ、バチバチバチ…………



…弁明させてくれ。
僕は本当に彼女を殺すつもりなんかない。
尊敬していた。リスペクトさ。
閣下の為なら、ボロ雑巾の様に戦い抜いて、最後には涙ながらのキスをされる…とか、そういう妄想を抱くくらいに愛してたんだ。
これは本当さ。

本当に彼女を守りたかったんだ。…今度こそは。



──だが、そんな熱い想いなんてオロナイン程の役にも立たないくらい、彼女の心は火傷まみれで。

──僕なら彼女を救えるという考え自体が見当違いすぎて。


──というか、彼女の人生を舐めすぎていたんだ。



────僕は。



 ジュウゥウウウウウウウウウウ…………………ッ


「やめて…」



 ジュウゥウウウウウ…………………ッ


「え、安心してくれ!! ここには誰も……──…、」




 バチバチバチバチバチバッッッ──





  ──パンッ




「もうやめてェェぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ」



 ザシュッ────

717『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:23:06 ID:cFeuEibI0
憎悪と狂乱に満ちた表情を浮かべ、閣下は持っていたストローを突き出す。
予想外の行動に、…僕は為すすべがなかった。


「ぎぃいっっ?!!?」


…喉が焼けるようだったよ。熱くて溜まらない……。
喉を抑えた時、ストロー口から面白いくらいに血が脈々と流れていって、……起動を塞ぐ異物感と激しい痛みで、目が大きくかっぴらいた。


「ぎっ…がががぎゃがぁ……あああぁぁぁ……ッ、かががぁかぁ…あいぁぁ……ッ!!!!!!!」


あの時の僕はパニックだった。
細々ながら喉の肉を突き破り、どんどん下へ吸い取られていく血のジュースには、もうどうすればいいのかな、って。
とりあえず出血を抑えるために、ストローの先を自分の口に入れようって、折り曲げようとしたその時。


「がががっ…ぎゃがぁああ…──…、」


「あぁぁぁああアアァァァアアアアアァァァァァアあぁぁあぁあぁあぁぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああアアアアアああああッッ!!!!!!!!!」


「ぎびっ?!!!」



僕の頭は鷲掴まれ、
熱々の鉄板へと無理矢理に押し付けられた。


[焼き加減の目安:ウシ 三十秒。ブタ 五十秒]──と書かれた、台のメモが妙に印象的だったよ────。




ジュウゥウウウッッッッッッッッッ────────


「ぃぃぃっ?!!! ぎぃぃぃい゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙い゙い゙ややぁあああああああああああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙アアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


「嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁあああああああッッ!!!!!!!」



「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙────────────────────ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 …人間って燃やすと、こんなに臭かったなぁ…って思ったな。
顔面一杯に、あっという間に爛れて、赤黒い肉が脂を撒き散らしながら焼けていく。
目玉は鉄板に張り付いて、唇は溶け消え、歯が灼熱の犠牲と化す。
顔中何もかもが熱くて激痛で、耳からは湯気が出た気がした。
呼吸ももはやままならない。一度吸ったら、流れ込む熱気で気道内すべてがズタズタだ。
脳が激しく暴れ揺れる感覚は、…当たり前だけどこれが初めてだった。


ジュウゥウウウウウウウウウウッッッッッッ────────


「ぎびぃいいぃぃいううういいいいいいいいいいいいいのざぎぐぎゃばぁああああああ!!!!!!!!!」

「ぃッ……!!!」


あまりの醜臭からか、閣下は一度僕の頭を持ち上げた。
ギトギトな僕の髪を無理矢理引っ張って、彼女は歯軋りを鳴らす。

718『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:23:25 ID:cFeuEibI0
この瞬間は比較的安らぎだった。
片目は炭化し、もう一方の片目は餅のようにびよーんと鉄板から伸びる。
力いっぱい引き上げてもなお、鉄板から伸びる赤い顔面肉はチーズを彷彿とさせられた。

筋肉剥き出しで、グッチャグチャになった僕の顔面。
束の間だが、鉄板から離れられたこの瞬間はクーラーで冷え切ったかのような心地よさがあったよ。何故だかね。


まぁ、あくまで『束の間』なんだけども。


「ひゃ、ひゃ…ぁ………ぁ……。ひゃ、びゅ………ば…………」

「嫌ぁあああッッッ!!!!!」


 ドスッ

ジュウゥウウウウウウウウウウッッッッッッ────────



「ぎんぎぎぎぎぎぎぎぎぎんぎんぎんぎゃあァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」


再び顔面を押し付けられ、僕はもう叫んだ。
声が掠れるのも気にせずして、誰か参加者に見つかるのも危惧せずして、甲子園のサイレンの如く雄叫びをあげた。
叫ばずにはいられなかったんだ。

手足を虫のようにジタバタさせ、必死で藻掻こうとも、全く動かない頭。
もう死んでもいい、と観念していたのに中々絶えない意識に、灼熱の地獄。
飛び散る汚い油と、膿が腐ったかのような臭い。

──そして、殺意。


「ぁ゙あ゛あ゛あ゛あ゛…!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!!!!!!!!!」


ジュウゥウウウウウウウウウウッッッッッッ────────



 ふと、何かに引火したのか。
僕の叫びがボルテージを迎えた折に、


ボンッ────、と。


激しい光と共に鉄板は照らされ、そして大爆発していった。
爆風のまま、吹き飛ぶ閣下の姿。
──もちろん、僕は即死だ。
モス●ーガー店はアクション映画のような大炎上に包まれ、建物の何もかもを四方八方に吹き飛ばしていく。




正義の反対は、また『別の正義』。
アメリカ兵に原爆を落とされたとき、自殺志願者はさぞ大喜びだったたろうね。

時刻は四時。辺りがようやく青みがかってきた頃合い。

渋谷通りにて、僕は爆弾娘に火を付けた。




 ドッガガガガガガッガァァアオバァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ────





【池川努@ミスミソウ 死亡確認】
【残り64人】

719『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:23:36 ID:cFeuEibI0





 え、なに?
『死んでんじゃんお前』、ってかい…?
あぁその通り。
僕はこれにてオサラバ、地獄に逆戻りさ。死にましたがなにか?

ただ、池川死すとも閣下は死せず。
あれだけの大爆発を直に食らっても、野咲春花。彼女は物凄い奇跡的に無傷で済んでいたのさ。


「……うっ…………………うぅ……──」


「──…祥ちゃ………………。うっ……」


…驚きだよねえ。
あ、無傷は言い過ぎかな。
さすがに若干、火傷はしてるけど、なんかところどころ焼けた衣服から見える素肌が……、不謹慎だけどもエロチックに見えたね。
特にニースやスカート破けた太もものとことか。ふふふ………。



「…もう、嫌………。ぁ嫌………ぁ……………はぁ、はぁ…………………」





 爆発の影響で周囲は停電の真っ暗。
明かり一つない、暗い夜道を彼女はヨロヨロ歩いていく。
次なる獲物を探して、ってね。



僕の話はこれにておしまい。
僕の跡を引き継いで『野咲春花物語』に乞うご期待だ。


…ふぅ。
それにしても、…ほんと無駄遣いだったね。生き返り。
蜘蛛の糸を掴んで生き返ったは早々、間抜けな死に方でおじゃんだなんて。血の池地獄の橘らにどやされること間違いないよ、こりゃ……。
まぁ、月のお小遣いを一週間で使い切っちゃう僕らしいっちゃ僕らしいけどさ。

とほほだ、…僕は…。




【1日目/H2/ファイヤー通り/AM.04:18】
【野咲春花@ミスミソウ】
【状態】全身痣、火傷(軽)、精神衰弱(中)
【装備】刃物
【道具】???
【思考】基本:【マーダー】
1:もう何もかも嫌…。
2:皆殺し…。
3:優勝して家族を生き返らせるッ………。
4:妙ちゃんの思いを無駄にしない。
5:黒髪の格闘女子(大野)に恐怖。

※H2ファイヤー通り一帯は停電しました。

720『焔のはにかみや』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:23:54 ID:cFeuEibI0
………
……


────ばんっ!!


 バサッ…




──え? い、池川くん…、カラスが撃ち落とされたけど…何したの……?!

────あ。…ふふふ!! 大丈夫大丈夫、死んでないから! ほら見なよ。

──…え?


 カァ、カァ


────カラスってのは賢いからさ、バーンと指で撃つジェスチャーすれば倒れたフリをしてくれるんだよ。

────なんにもないこの田舎で編み出した、僕なりの娯楽さ。野咲くん。

──なんだ…。良かった……。


────…ふふふ。

──…? どうしたの?

────…いや。親御さん、まだ迎えに来ないみたいだね。お互い。

──あ、うん。…遅いなぁ、お父さん。

────この豪雪の中、ママの遅さには正直イライラする気持ちはあるけども……。…それでも、僕は遅れてくれて良かったなと思う面もあるよ。

──…え? どういうこと?



────君と、二人きりで放課後残れてるんだからさ。誰もいない教室で。

──…ははは〜。池川くんなにそれー…。

────あっ!! ごめんごめん。今ので僕をヤバい奴だと思ったなら撤回してくれないか?! …別に他意はないんだ、他意は!!

──分かってるよー。気にしないでって。


──…私も、この引っ越し先でさ。良い友達ができて、嬉しいから。

────え? …はは、僕のことかい?

──うん。



 ブォォオオオ………キキッ



────あ、ママだ。

──……良かったね。じゃ、またね!

────…。



────…いや、もう少しそばにいてもいい…かな。

──え? でも……。

────大丈夫。ちょっとだけさ。




────ほんとに、あと少しだけ………………。



……
………




……。
つまらない過去を思い出しちゃったね。

…ふふふ。

721 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:25:14 ID:cFeuEibI0
えー今日で総139レスですか…。
はい、普通にやべぇです。申し訳ありません。

【平成漫画ロワ バラしていい範囲のどうでもいいネタバレシリーズ】
①お久しぶりです。『悪魔のいけにえ』が一切文章思いつかなかったため、そのスランプ期間他の話4話分手を付けました。
②本来ならティッシュンを賭けてメムメムが兵藤とティッシュくじをするっていう伏線モリモリの話にする予定でしたが挫折しました。
③んまぁともかく、以上を持ちまして、参加者第二巡達成ですね。くぅつか。
④第三巡は以下の通り。題するなら『在庫処分祭り』です。比較的結構死にます。

01「颯爽と走るトネガワ君」…利根川、三嶋、ヒナ、ネモ、センシ、なじみ、日高、ミコ、カモ、三蔵、相場
02「我が友よ冒険者よ/愛のむきだし」…ライオス、ハルオ、来生、オルル、早坂、うっちー
03「Plan -【A】」…白銀、島田、遠藤、左衛門
04「毎日命がけ──。私の王子様──。」…飯沼、マルシル、ひろし、海老名、マロ、山井
05「いいの、いいの」…うまる、マミ、デデル
06「大東京ビンボー生活マニュアル ぬーぼ」…コースケ、マルタ、大野
07「咲けよ、二郎」…小宮山、田宮丸、クロエ
08「人畜無骸」…吉田茉咲、札月キョーコ、土間タイヘイ、ゆり、藤原、マイク
09「男の闘い」…西片、ガイル、サチ、ヨウ
10「人生ゲーム」…高木さん、ひょう太、メムメム、肉蝮
11「らぁめん再遊記 第三話〜生きるということ〜」…アンズ、佐野、芹沢達也


⑤さてさて、クソどうでもいいですが(どうでもよくないか)、最近文章力が枯渇してきました。
⑥というのも、どうあがいても文章が半端なく長くなってしまうのです。↑で言うなら、『わが友よ冒険者よ』と『人生ゲーム』は一ミリも短く要約できる気がしません。
⑦まぁ〜…ね、まぁ私自身もどうにか短くするよう頑張ってはみるのでね。しばらくの間、ジャンクフードドカ食いする感覚で読んで頂ければ幸いです。申し訳ございません。
⑧では、死ななかったらまた来週お会いしましょう。

722 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/02(月) 20:25:29 ID:cFeuEibI0
【お知らせ】
①『支援絵集』のページを開設しました。
②タイトル通りエロ絵ばっかです。エロで読み手を釣ります。
③とはいってもwikiBANが怖ぇんで、あくまでコロコロコミックレベルのエロ。ほんっとにビミョーなエロですが。
④エロ関係なく、個人的に書きたくなった絵も保管しております。どうか見てやってください。

ttps://w.atwiki.jp/heiseirowa/pages/159.html

723『大東京ビンボー生活マニュアル ぬーぼ』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/11(水) 00:19:23 ID:rmwPsVaY0
[登場人物]  [[コースケ]]、[[マリア・マルタ・クウネル・グロソ]]、[[大野晶]]

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724『大東京ビンボー生活マニュアル ぬーぼ』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/11(水) 00:19:59 ID:rmwPsVaY0
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■                         ■
■第66話 『大東京ビンボー生活マニュアル ぬーぼ』■
■                         ■
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………
……


「おっ」


 懸垂を終えての帰り道、オレはふとオシャレな車が目に入った。


「……………」


 白くて四角いフォルム。屋根の上には赤いライトのよーなものが乗っている。
妙にケーキっぽい色合いと、玩具めいた造形。おしゃれで軽薄なモノには、たいていどこか毒がある。
だが、そーゆーものに限って、オレは何故だが惹かれてしまうのだ。


 きょろ、きょろ…

「………」


見渡すかぎり、通りには誰の姿もいない。
渋谷とは名ばかりの、ただの静けさのカタマリ──そんな朝だった。
しんとしたその中で、車だけがぽつんと、まるで拾われるのを待つ子犬のように佇んでいたのである。
オレは再度首を左右にめぐらせ、人の気配を探したが──やはり、誰もいなかった。


 がちゃっ

「……」


オレはゆっくりと車へ近づき、そっとドアに手をかけた。
鍵は、すでに挿さっている。これはもう「乗ってくれ」と言っているものだろう。


 ばたんっ


「…はぁ〜〜〜」


 座席に腰を下ろすと、クッションは硬くもなく柔らかくもなく、ちょうど良い。
灰皿も汚れていないし、メーターの並びも美しかった。
見慣れない記号と針が儀式の祭壇のように整然と並び、まるでスティーヴンソンの筆先で描かれた幻想機関のよーだった。
ハンドルは意外なほど手に馴染み、まるで昔からここに座っていたかのよーな錯覚さえあった。


 がちっ

  ぶぶぶぶ……


 キーをひねる。
車体が震え音が低く唸る。その瞬間、街が少しだけ動いたよーに見えたのは気のせいだったのだろうか。

 なにかを借りて、知らぬ世界を走る。どこへ行くあてもないが、それがいい。
貧乏人にとって「所有」とは縁遠い概念だ。
だからこそ、こうして「他人のもの」に触れることは、一つのぜいたくなのである。
かの正岡子規は『病牀六尺』の中で、狭き畳の上に宇宙を見たというが、
ならばオレもまた、このハンドルの中に、ちいさな銀河を見よーではないか。
びみょーなスリルを感じつつ、オレは下駄履きの足でアクセルペダルを踏み込んだ。

725『大東京ビンボー生活マニュアル ぬーぼ』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/11(水) 00:20:18 ID:rmwPsVaY0
「よし、行くか」




 ぶろろろろ…

「……」


 渋谷の街をオレは走る。
正確には、オレの意志で動くよーになったこの白い車が、眠りこけた街の中を静かに滑っていた。
信号が何やらチカチカしていたが、特に気に留める必要はないだろう。
交通法には生憎疎いオレであるが、世の中『気にしたら負け』という事柄もあるのだ。


 ぶろろろろ………

 「速いなぁ」


 …速いと言ってみたものだが、スピードは出していない。いや出せなかった。
なにしろこの車の操作はまだ未知の祭事であり、アクセルの踏み具合ひとつにも慎重を要する。
ただ、この前へと進む感覚はたしかにオレを別の世界に運んでいた気がした。


「……………面白いなぁ!」


流れる景色が非常に美しい。
コンビニの看板は、まだ光だけを放って誰のためとも知れぬ営業を続けている。
時折、路肩に並ぶ自転車が、オレの通過に合わせて小さく揺れる。その様子は、まるで「よぉ」と声をかけてくる旧友のよーにも感じた。
横断歩道のゼブラ柄も、誰にも踏まれずに整然とそこにあり、それを見たとき、オレはふと、アフリカのサバンナを駆けるライオンの姿が思い浮かんだ。
誰に咎められることもなく、ただひたすらに風を切って走る──オレはいま、まさに自由を堪能しているのだ。

風景は灰色と白と、ほんのり色づく朝焼けで彩られていて、それがまるで、時代をすべて洗い流した後の世界のよーにも見える。

いったいこの車がどこへ向かっているのか、オレにも正直よくわからない。
だが、目に映るものすべてが清々しく、また少しだけ物悲しく、そして懐かしかった。
その風情を前にしたら、道先を気にすることなどきっと野暮に等しい物だ。
それに、ここは大東京であり、同時に誰の大東京でもない。
ならばオレはこの広大な一人舞台を、風のごとく走りきるまでだ。


 ぶろろろろ………

 「……」



「……。──」


なんとなくハンドルを切ってみると、車体が大きく右へ曲がる。


「──おっ」


 その角を抜けた先に、ちいさな牛丼屋がぽつんと佇んでいた。
「吉」の字が、白い照明にぼんやり浮かび、店内からは蛍光灯の光と、温かい湯気が漏れる。そんな牛丼屋だった。

…ごくりっ。
──もはや、生唾の時点で旨い。

裸の大将といえばオニギリとゆーように、牛丼が何よりも好物なオレである。
一杯三百五十円で腹いっぱい満たせるソイツは、ビンボー人であるオレには少々手の届かない存在なのだが、
それでも食欲には勝てずついつい店に寄ってしまうここ最近だ。

アツアツの牛肉に、じゅわっ…と湯気を発するご飯…。
最初は出されたままの味を堪能し、クライマックスに差し掛かった時には生卵をかけガツガツ飲み込む……。
数十秒後の未来にて、牛丼をハフハフ頬張っている自分を想像すると、もう運転なんて集中できそうにもない。

726『大東京ビンボー生活マニュアル ぬーぼ』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/11(水) 00:20:33 ID:rmwPsVaY0
「…………」


この松屋という牛丼店はまさしく『虚』。
道なりで走った先に現れた、牛丼という運命に、オレは虚を突かれた思いだった──。



 ────ガシャアアアアンッッ


「………………あ、」



…どうやら突いたのは虚だけではないようだ。
ついた、といっても一応店内には着けたものだが。

──ブレーキペダルを踏み忘れたオレは、あろうことか牛丼屋に車を突っ込んでしまった。


「………参ったな…」



 ガラスが砕け、アルミの扉がひしゃげる音。
朝焼けの中に軽く煙が舞う。
ハンドルにしがみついたまま、オレはこのとき状況を呑み込めずにいた。
やってしまった、という感覚は薄い。あまりにも現実味のない光景だったからだ。

しばらく経って、額に冷たい汗が浮かび、指先がじんと痺れてきた──つまりはようやく頭が現実を直視してきたという、そのとき。
視界の端に、誰かの影が映った。


「あっ」


 ──コツ、コツ、コツ


「………………………………」


足音。
ゆっくりと、それでいて迷いのない歩み。
ふり向いた瞬間、オレは思わず息を飲んだ。

紫のワンピース。膝下までの黒いタイツ。恐らく客の一人だろう。
一見にしてお嬢様とゆー印象を抱く、少女が、無表情のまま歩いてきた。
ただ、無表情といってもその無表情の奥には、熱を孕んだ怒気のよーなものがある。
……オレは運転席で居心地の悪さを感じながら、このメチャクチャになった店内風景をどう考えたらいいのか自問し──…、


「………………………………ッ!!」


 ブゥンッ──────

  バンッ──────



 ………やれやれ、困った困った。
そのお嬢様娘に矢継ぎばや殴り飛ばされ、オレは一瞬にして意識は闇の中。


──虚を突かれ、車を突っ込み、最後は小突かれるという。今日は随分と疲れる一日となりそーだ。




「え?! お、大野ちゃんっ!!!」



………
……


727『大東京ビンボー生活マニュアル ぬーぼ』 ◆UC8j8TfjHw:2025/06/11(水) 00:20:51 ID:rmwPsVaY0




🍴第66話 『大東京ビンボー生活マニュアル ぬーぼ』




 エルサ・ベスコフの絵本に、『もりのこびとたち』という作品があります。
森に暮らすこびと一家が、自然の中で季節をめぐりながら、静かにたのし〜く暮らす──といったお話です。
“冬は白く、春はやわらかく、夏はきらめいて、秋は少しさみしくて──。”
私はその一文が好きで、この絵本を何度も読み直しているのですが、その度に思うこです。
世界は、ほんの少しの優しさと、静けさで回っているのだと……──ってね☆

……だから。
…だからですよっ…!!

なんの前触れもなく目の前の男性に昇龍拳をふるった…………──、

──そんな大野ちゃんに………、


「Carambaっ!!(コラッ!!) なんて酷いことをしてるの大野ちゃん!!! ちょっとそこ座って!!!」

「………………………………!?」


………私は到底黙っていられることができなかったのです……っ!!!


「私だって本当は怒りたくなんかないよ?! でも…………これはもうあんまりだよ…。…どうして……どうして大野ちゃんはすぐ暴力に走るのさ!! 酷すぎるよっ!!!」

「!??? ………………………………〜〜!!」

「えっ、“だって襲撃者だし…”って?……そんなの理由になりませんっ! というかどう見ても事故でしょ!! 事故!!!」

「………………………………っ!!!」

「“今殺し合い中ですが…”って!? …………いい? 大野ちゃん。もうやってしまった事に関しては私も責めるつもりはないよ。でもっ!! 言い訳をして自分を正当化することは感化できないからねっ!!!!」

「………………………………〜っ!?!?」

「うーん、もう言い訳禁止!! お天道様は見てますから!!! ほんの少しでいいから、自分がやったことの重さを考えてね!!! いい?」


「………………………………〜」



 ……まったくもう!!

………いや、ちょっと待て〜?
大野ちゃんも大野ちゃんですが、私も私で少し怒りすぎました…かね?
……うーん。自分のイライラっぷらに少し反省が必要かもしれません………。トホホ…。


「……あ、大野ちゃん…。あんまり落ち込まなくても…いいですからね?? …私も少し怒り過ぎましたから〜……」

「………………………………(………」


……この時の大野ちゃんの顔は、なんとも言えない複雑そうな面持ちでした……。
これは…私と大野ちゃん。二人揃って心のモヤモヤを共有してる〜…って、そんな感じなのでしょうね……。

…はい………。
私もイライラしていたと言いますか……、ちょっと事情があって、今、心の天気は晴れ模様じゃなかったんですよ〜〜……。
というのもついさっきの事です…。
その時私たちは、『野咲閣下(?)ちゃん』という女の子を保護して、三人一緒に歩いていました。
……あ、歩いてはいませんね、野咲ちゃんは。…気絶した野咲ちゃんを背負って私達は歩を進めていた感じになります。
…どうやらその野咲ちゃん。彼女の口から事情は聞けてないので憶測ですが、【襲撃者】にならざるを得ないバックボーンがあったようで、私たちが彼女に出会ったのもそれが『理由』でした。
──あー、あと野咲ちゃんが気絶しているのも大野ちゃんによる力が理由となっています…。

恐らく大野ちゃんと同い年くらいで、襲撃者とはいえまだまだ子どもな野咲ちゃん……。
幼いながら殺人者の道を選んだ彼女を、どうにか諭さなくちゃならない……。絶対見捨てちゃだめだ……って、私は思いましてね。
大野ちゃんからは反対の声が激しかったものの、私はその時野咲ちゃんを背負い続けていたのですが……。


ボウガンを構える小太りの少年に、あろうことか彼女を掻っ攫われてしまい……………。


………野咲ちゃんへの心配と、武器に臆した自分の情けなさ、そして…、


 ぐぅ〜〜…

「……あ、そういえば牛丼まだ食べてなかったですね〜……。大野ちゃん、腹の虫が失礼失礼〜〜…」



……空腹で。


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