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バトル・ロワイアル 〜狭間〜

460 ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:27:22 ID:iMlYWmW60
投下します。

461Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:28:18 ID:iMlYWmW60
「どういう状況だよ……。」

 真奥は眼前に広がる光景にただただ困惑を吐き捨てる。視線の先には、一人の少女。訪れた真奥に対し怯えの表情を見せる。一目見るや、その少女の全身を包むクラシックなメイド服はとりわけ異質に映った。奉仕の精神の現れながらも通常の飲食店の店員服と一線を画すその衣装は、日本の基準で言えばコスプレに近い。それを身に纏いこの地に存在すること、それ自体が異常な光景ではあった。

 だが、真奥の心を乱したのはそれのみではなかった。温泉旅館に入った途端に目に付いたメイド服の少女――マリアは、手脚を縛られた状態でそこにいたのだ。

(罠にしか見えねえ……だが、どういう類の罠だ?)

 非現実的な出来事の裏には何かの思惑を疑うのが定石だ。現代日本で男所帯の世話を焼いてきた和装美人が予想通りスパイであったように、メイド服の美少女が温泉旅館で縛られて助けを求めているなど現実離れも甚だしい。

 だが、罠が疑わしくとも見捨てるという選択肢は真奥にはない。本当に助けを求めている可能性もゼロではないし、もし本人や第三者の思惑が潜んでいるのなら、その思惑を引きずり出して根源をとっちめるのが真奥の性分だ。

「た、助けてもらえませんか……?」

 対して、罠も奥の手もなく、半ば終わりを悟ったような顔で真奥の顔色を伺うマリア。

 気絶から目を覚ましてみれば、縛られた上で放置されていた。おそらくは襲撃に失敗した竜司や歩の仕業だろう。

 そして間もなくして、Tシャツとパンツ姿の青年、真奥が訪れる。その姿にギョッとさせられるが、そんなことを気にしている場合ではない。もしも真奥が殺し合いに乗っていたら、自身の現状はまさに絶好の餌でしかない。最悪の場合、殺されるに留まらず慰みものとなる恐れすらある。この出会いが吉と出るか凶と出るか、確定するのは真奥の次の出方ひとつ。マリアが肩唾を飲んで見据える中、真奥はのそのそとマリアへと近づいていく。

 次にマリアの身体へと伸びるであろうその手が、いかなる意図に基づくのか。覚悟を決めて、マリアは目を閉じた。

「その前に、何があったのか話しな。」

「……え?」

「お前を縛った奴が殺し合いに乗っているなら、今ごろお前は死んでるはずだ。現にそうなっていないのには理由があるはずだろ。」

(っ……! しまった、考えていませんでしたわっ……!)

 真奥の警戒はもっともだ。マリアの現状は、ゲームに乗っていない西沢歩と坂本竜司の両名を殺そうとし、それに失敗したという奇怪な巡り合わせの果てにある。生殺与奪の権利を握られながらも存命している以上、自身が単に被害者でしかないと言いくるめるのはかなり無理がある現状にマリアは気付く。

「ええっと……。」

 その天才的な頭脳をフル回転させ、刹那の時間、言い訳を思考するマリア。

 冷静に、現状を分析する。竜司への襲撃に失敗し、気絶に至ったのは服を脱いで温泉に入っている最中だ。実際に今着ている服は歩から着せられたものであり、着衣の乱れも少なからず出ている。それならば、命ではなく身体目当ての変質者の犯行に仕立てあげてもいいだろう。

462Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:29:11 ID:iMlYWmW60
 だが、問題は誰を犯人に仕立て上げるかということ。ここで適当な男の名を名簿から見繕って犯人として挙げてしまえば、真奥の知り合いを摘発してしまいかねない。その人物の言動や特徴について何も話せない以上、それは真奥の信頼を勝ち取る意味で最も避けたいことである。

 しかし交友関係を全て把握しているわけではないとはいえ、真奥の知り合いでないと思われる人物なら何人か知っている。そう、マリアの知り合いたちだ。その殆どは女の子であるが――たった一人、男の子の知り合いがこの世界に呼ばれている。ああ、そうだ。綾崎ハヤテ――彼ならば行動を偽証しても真奥に不信感を持たれる可能性は低く、整合性も取りやすい。それに何といっても、彼には三千院家の女湯に突撃した前科もある。

 真奥の信頼を勝ち取ることのみを考えるなら、ハヤテの名を出すのが最善。その思考に至った末に、マリアは語り始める。

「実は……私を縛ったのは私の知り合いだったのですわ。」

 話すまでに多少の時間を要したことも、嘘を考える時間ではなく知り合いを告発することへの躊躇いであると言い訳できる。虚構を騙る土台は整っていた。

「それは……複雑だな。で、それは誰なんだ?」

 悲しそうな顔を演じながら、マリアはその名を提示する。

「――西沢歩。普通の女の子です。」

463Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:30:05 ID:iMlYWmW60

 真奥はペラペラと名簿を捲り、間もなくして、この子か、と顔写真をマリアに突き付けた。マリアは無言で頷く。

 ナギを生還させる、それがマリアの願いだ。だけど、ハヤテはナギに人生を救われた恩義がある。雇用契約に基づく主従関係やねじれた恋愛関係を抜きにしても、ハヤテはナギを見捨てない。仮にナギが死んでハヤテが優勝したとしても、ハヤテはナギの蘇生を願うだろう。つまりここでハヤテの悪評を流すことは、ハヤテの生還率の低下、さしあたってはナギの生還の可否に直接関わってくる。多少、自分が不利な位置に立ったとしても、ここで語る嘘の物語は、決して彼を貶めるものであってはならないのだ。

「おそらくあちらの料理に、睡眠薬を盛られたのだと思いますわ。かねてより仲良くしていた西沢さんだったから信頼して食べて……私の記憶はそこで途切れました。」

 縛られた後ろ手で、何とか料理を指さすマリア。歩に食べてもらう予定だったその料理には致死性の毒を盛っているが、当然それは隠さなくてはならない。

 実際は竜司の使った魔法によって気絶させられ、そのまま拘束を受けたマリア。しかしマリアの説明では、体格差のない少女に拘束を受けていることになる。それならば、それを許す程度の昏倒の原因を何かに見出すことは必須である。そこに竜司の絡む風呂場での出来事は絡められないために、実際に食べてはならない料理の内容を睡眠薬入りであると偽った。

「そして気付けば縛られた上で、支給品を全部奪われていました。……おそらくですが、仮にもお友達でしたもの。西沢さんは……私に直接手を下す覚悟まではなかったのだと思いますわ。」

 歩がマリアに手心を加えたことに一切の偽りはない。仮に真奥が自分の預かり知らぬところでの歩の知り合いだったとしても、歩の行動として殊更不自然に映ることはないだろう。

 また、竜司の存在は隠しておくことにした。歩が殺し合いに乗っていることを語る上で、歩に同行者がいるという事実は不都合でしかない。歩の名を出した際に名簿から歩の顔を探していた辺り、真奥はここに来る前に二人と接触したわけでもないようだ。それならば、真奥は真実を知り得ない。竜司のことは話さない方がいいだろう。

(……なるほどな。確かに筋は通っちゃいる。)

 真奥もまた、考えていた。マリアの話を嘘だと断定できる根拠がない。だが、全て真実だと盲信するほど単純でもない。

 ひとつ気になるとすれば、旅館内から感じた魔力の残滓。何かしらの魔法戦闘がこの旅館内で行われたことは分かるが――しかしその主はマリアではない。だとすれば、マリアと歩の訪問前に戦闘があったと見るべきか。

 マリアの話には、魔法を扱う余地がない。料理を食べている途中に催眠魔法を受けて眠り、それを睡眠薬と勘違いしたという可能性も、魔力の残滓のある場所が温泉内であることから否定できる。

464Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:31:44 ID:iMlYWmW60
(分からねえ、ひとまずは保留だな。)

 浮かんだ疑問は保留し、しかしもう一点、ツッコミを入れずにはいられない箇所がある。

「……ところで、何でメイド服なんだ?」

「……何か問題でもありまして?」

「え?ㅤああ、いや、別にいいならいいんだけどさ。」

「というか下着姿の貴方に服装をどうこう言われたくありませんわ。」

 結局、真奥の疑問に対しマリアから飛んできたのは正論のみ。

「まあいっか。とりあえずこのロープはほどいてやるよ。」

「あら……ありがとうございます♡」

 腹黒さを隠した微笑みと共に答えるマリア。その眼前へと真奥は平手を突き出し、制止のポーズをとる。

「勘違いすんな、俺はまだお前を完全には信用しちゃいねえ。例えばお前が歩って子を殺そうとして返り討ちにあった可能性だって残ってるからな。」

 マリアは内心どきりとし、反論する。

「わ、私はそんなこと――」

「おっと、気を悪くしたならすまない。ただ、善人ヅラして他人を騙そうとする奴ってのはいるからな。もしお前がそういう奴だった時のために釘は刺しておきたかっただけだ。」

「……でも、私が言うのも何ですが……それなら最初から助けない方がいいんじゃありません?」

「別に俺は、仮にお前が誰かを殺していたとしても見捨てるつもりはねえよ。」

「……え?」

 ここまでの心理戦がすべて茶番と化すひと言を、真奥は紡いだ。茫然とするマリアをよそ目に真奥は続ける。その声が少し震えていることに、マリアは気付く。

「……そもそも俺は、他人の悪を裁けるような奴じゃねえ。そう言えるくらいにはたくさんの命を犠牲にしてきたんだ。こんな悪趣味な催しに呼ばれるのも仕方ないんだろうよ。」

 エンテ・イスラにおける人間と悪魔の戦争。その中で悪魔の頭領格だった真奥――魔王サタンの判断により犠牲となった者は数え切れない。魔界の民を死地へと送り込み、人間も悪魔も、多くの命を失わせた。

 不要な戦いだったとは言わない。魔界の存続のためには侵攻以外に道などなかった。だが、共同体を築き集団の中に生きる人間という生物を理解せぬままに判断を下し、そのせいで失われた命があること、それもまた事実。

「だから俺は……もう無駄に命を散らしたくないんだ。お前が例えどんな奴だろうと助けるし……そんで姫神はぶっ倒す!」

 姫神に殺し合いを命じられた時、真奥はふと思った。自分は姫神と同じなのではないか。エンテ・イスラに送り込んだ魔界の民も、侵略を受けた人間たちも、きっと自分に『殺し合い』を命じられたに等しかったのではないか――

 そんな想いはすぐに吹き飛んだ――少女の首とともに。まるで舞台装置を起動させるかのごとく消された命。姫神に一切の躊躇は感じられなかった。

 確かに自分は悪党だ。己が野望を貫き通すために他人を踏みにじることすら厭わぬ邪悪だ。だけど、関係のない人物をも巻き込みながら、心も痛めないほど腐ってはいない。奪った命と向き合うこともしない姫神とは根本的に悪のあり方が違う。

「……さて、こんなもんか?」

「ふぅ……ありがとうございます。」

 そして、間もなくマリアの拘束は解かれた。

 しかし、喜んでもいられない。誰も死なせず殺し合いからの脱出に臨む真奥の掲げる理想は、確かにマリアの願いとも反しない。自分もナギもハヤテも、他の知り合いの皆も、誰も死なずに帰れるのならそれに越したことはないだろう。だが、所詮それは理想に過ぎない。脱出の宛もなく、やはり最後の一人になるまで殺し合わなくてはならなくなる可能性の方が十全に高い現状は何も変わっていない。むしろ、姫神の執事としての采配の良さを知るマリアだからこそ、脱出の余地は無いとすら思っている。

 仮に自分が危険人物であっても助けると断言した真奥。それは、自分のみならずナギを殺しかねない思想の人物まで助けるということ。それは決してマリアの決意とは相容れない信念。

465Made in Fiction ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:33:04 ID:iMlYWmW60
(この方も殺さなくてはなりませんが……しかし、手段がありませんわね。)

 凶器となり得るものは歩と竜司に没収されている上、唯一殺傷力のある毒入りの料理も睡眠薬入りであると説明している。仮に説明しておらずとも、そもそも真奥が自分を警戒している以上食べさせるのは難しいだろう。

(料理といえば……)

 思い出したようにマリアは先ほど自分が作った料理の方に向き直る。致死毒の混入したあの料理を放置するわけにはいかない。

 普通に考えて、殺し合いの世界に放置された料理を食べる者はいない。だが、作ったのは三千院家でも振舞ったことがある盛り付けの料理だ。その料理の作り手が誰だか分かる人は存在する。そう、絶対に死なれるわけにはいかないハヤテとナギは、あの料理を自分が作ったと理解し、そして信頼の上で口にする可能性があるのだ。

(睡眠薬は咄嗟のでまかせでしたが……料理を処分する口実ができただけ悪くない嘘だったかも。)

 毒入りの料理と、カモフラージュに用意した普通の料理の両方をごみ箱に流し込む。その手際の良さに真奥はマリアの様子を訝しげな目で見るが、特にそれ以上の詮索は無かった。

「とりあえずお前はその歩って奴以外はこの旅館で見てないってことでいいんだな?」

「ええ。私がここに来たのはゲーム開始から数時間後ですので、それ以前は分かりませんが……。」

 真奥は小さくため息をつく。竜司と出会える手がかりがようやく見つかったと思ったところでのニアミスだ。

 彼は明確に、姫神への反逆を示した人物だ。姫神打倒に力を貸してくれる可能性が高い。だが――真奥は知っている。自分のせいで失われた命というものが、呪いのようにまとわりつくものであると。

 何らかの形でケジメをつけなくては、その呪いは終わらない。それができるのは、きっと死んだあの子と最も深く関わってきた自分しかいないだろうから。

 だから、竜司と出会ったらぶん殴る。これで手打ちだ、と言えるように。彼が、失われた命と前向きに向き合えるように。そして共に、ちーちゃんの真の仇である姫神を倒すために。

(エミリア。お前も死ぬんじゃねえぞ。俺はまだ、お前に斬られちゃいねえんだからさ。)

 その祈りは、届かない。間もなく、彼はそれを思い知ることとなる。

「そんじゃ、これ以上この旅館を探しても意味は無さそうだな。行くとするか。」

「そうですわね。行くアテはあるんですか?」

「いや、特にねえけど……できれば人が集まる中心部の方がいいな。」

「でしたら、見滝原中学校なんていかがです? 学校となれば設備も充実しているでしょうし、ここのような辺境に比べれば人も集まりやすいのでは。」

 人が集まるために中央に向かうのであれば、負け犬公園が筆頭候補だ。だが、そこはナギとハヤテが出会った場所。思い出の地として、二人が目指していてもおかしくない。二人ともこんな殺し合いに乗るような性格ではないから、きっと自分の行いに反対する。そうなれば、殺人のために動きにくくなるのは間違いない。

 あえて別の目的地を設定し、真奥や他の参加者を殺せる隙を伺うとしよう。今はまだ警戒されていて武器もない状況だが、気を待てばチャンスは必ず訪れる。

(私は裏で人数を減らしますので……ハヤテくん、どうかナギをお願いしますね。)

「そうだな……よし!ㅤとりあえず見滝原中学校ってとこに向かうとするか!」

「あの……いい加減服を着ませんか?」

【B-5/温泉/一日目 早朝】
※マリアが作った料理はゴミ箱の中に捨てられました。

【マリア@ハヤテのごとく!】
[状態]:負傷(小)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:三千院ナギ@ハヤテのごとく!を優勝させる。
一.真奥に着いていき、殺せる機会を待つ。
二.姫神くん、一体何が目的なの?
※メイドを辞めて三千院家を出ていった直後からの参戦です。

【真奥貞夫@はたらく魔王さま】
[状態]:健康 右ほほ腫れ 
[装備]:Tシャツにパンツ
[道具]:基本支給品、不明支給品1〜3(本人確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:姫神にケジメをとらせる
一.見滝原中学校に向かう。
二.マリアを警戒(基本的に信じるが、鵜呑みにはしない程度)。
三.パレスについて知っている参加者を探す。ついでに服を調達するか…
四.坂本に会ったら、一発殴る
※参戦時期はサリエリ戦後からアラス・ラムスに出会う前
※会場内で、魔力を吸収できることに気づきました。
空間転移…同一エリア内のみの移動 エリア間移動(A6→A1)などはできない。
ゲート…開くことができるが、会場内の何処かに繋がるのみ。
魔力結界…使用できない。
催眠魔術…精神が弱っている場合のみ効果が効く。

466 ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 22:33:32 ID:iMlYWmW60
投下完了しました。

467 ◆2zEnKfaCDc:2021/07/20(火) 23:45:17 ID:iMlYWmW60
【お知らせ】
現段階で早朝に到達していない組み合わせはいくつかありますが、それぞれの状況を見て、黎明〜第一回放送の二時間ほどの間に何かしら動きがないと不自然な『マミVS鈴乃』『ヒナギク達6人』の2箇所における時間帯「早朝」の話が投下され次第、第一回放送を投下しようと思います。

もちろん、その他の箇所の話の投下も歓迎します。
それでは、これからもよろしくお願いします。

468 ◆RTn9vPakQY:2021/07/21(水) 14:44:01 ID:rche79G.0
明智吾郎 予約させて頂きます。

469名無しさん:2021/07/24(土) 15:41:17 ID:9CBeEcWo0
>>466
新作乙であります
奉仕対象の安全を冷静に考え窮地を脱したマリアさん流石
天才肌でマーダーでありながらも一般人に近しい立場の少女としての心理描写に引き込まれました
真奥の過去から来る苦みと信念も痛いほど伝わり行動原理が改めて気持ちいいくらい解りやすかったです
それとは別に下着姿なのが知っていても気になるw

470 ◆s5tC4j7VZY:2021/07/27(火) 18:50:46 ID:4Y3c/vhw0
投下お疲れ様です!

Made in Fiction
不審に思われる状況からの切り替えしは流石はマリアさん!
そして、自分の過去から殺しに乗っていても見捨てずに助けようとする。それでいて悪党でも姫神と自分は違う!と真奥のカッコよさが凄く感じられました。
「そうだな……よし!ㅤとりあえず見滝原中学校ってとこに向かうとするか!」

「あの……いい加減服を着ませんか?」
↑いや、もうこのやり取り、脳内再生バッチリです(笑)

感想有難うございます。

岩永琴子の華麗なる推理
ハヤテと真のバイクレースが脳内に浮かびまして、こうした話にしようと書きました。
真は怪盗という場を守るために殺しを選んじゃったので、会社や家族を守るために怪異にたよっちゃった音無会長と似ているなと個人的に思ったので、オーラを纏わせちゃいました。
ただ、純粋に戦闘能力は真の方が上なので、果たしておひいさまとハヤテの命運は!と自分でもハラハラしております。

471 ◆RTn9vPakQY:2021/07/29(木) 01:47:31 ID:AxbMRr4w0
遅くなりましたが投下します。

472考える葦 ◆RTn9vPakQY:2021/07/29(木) 01:48:38 ID:AxbMRr4w0
「ここが展望台か」

 遊佐恵美の精神を暴走させた明智吾郎は、その後エリア内にある展望台を訪れていた。
 外観は茶色い円筒状のタワーで、入口の自動ドアの上部には、いかにも観光施設らしい、カラフルな丸ゴシック体で書かれた『はざま展望台』という看板が掲げられている。
 高さは目測でマンションの二階程度。展望台の周辺はなだらかな傾斜が付いていることを含めて考えると、最上階は地上から十メートル弱。それだけの高さがあれば、周辺のエリアはほとんど見渡せるはずだ。

「待ち伏せや罠の類はなさそうかな」

 呟きながら、入口のまわりに参加者の痕跡がないかを確認し、中へと入る。
 温かみのある茶色を基調とした内装は、殺し合いとはまったく無縁な雰囲気で、明智は拍子抜けした。
 展望台は二階建てで、一階は休憩スペースとしてソファが数脚と観賞用の熱帯魚が泳いでいる水槽、そして自動販売機が置かれていた。
 入口の反対側にはエレベーターと階段があり、そこを上がると二階の展望スペースだ。
 室内はほとんどの壁がガラス張りで、全方位を見渡せる設計となっている。

「ご丁寧に、望遠鏡まで完備されているとはね」

 さらに東西南北に備え付けられた望遠鏡を用いることで、二つ隣のエリアまでも視野に入れることができた。
 草木や建造物などの障害がなければ、一方的に参加者を観察することも可能である。
 まさに人探しにはうってつけの施設だ。

「……まあ、僕には探し人はいないけど」

 是が非でも殺したい相手はいる。
 しかし、その相手をわざわざ探して出向くことはないと、明智は考えていた。
 心の怪盗団のリーダー、ジョーカーこと雨宮蓮とは、この殺し合いにおいても必ず邂逅することになる。
 理知的な探偵らしからぬ第六感めいた発想が、明智の脳内に生まれていた。





 ひとしきり展望台の内部を視察した明智は、再び二階へと戻ってきた。
 これといった収穫がなかった苛立ちは露ほども見せずに、明智は中央のソファに腰掛ける。その手には階下の自動販売機から拝借した、コーヒーのペットボトルが握られていた。
 派手な仮面を外し、くるくるとペットボトルの蓋を開けて中身を口に含む。毒物が混入されていないことは、水槽の熱帯魚で実証済みだ。おかげでクリアな水を幾分か濁らせてしまったが、これも安全のためなので仕方がない。
 一息つくと、壁に掛けられたアナログ時計を見る。

「ふむ……」

 放送まで残り三十分。明智はこの放送で得られる情報を重要視していた。
 もちろん、放送により基本的な方針――殺し合いで優勝するという決意――が変わるわけではない。
 考慮するべきなのは六時間で脱落した人数と、そこから推察される殺し合いに肯定的な参加者の人数だ。
 自らも殺し合いに肯定的な明智としては、それが多いほど都合が良い。

「さすがにゼロではないと思うけど……八人くらいはいて欲しいね」

 全参加者の約二割。それが明智の予想する脱落者の人数だ。
 そして、殺し合いに肯定的な参加者も、同じく二割かそれ以上いると明智は予想した。
 二割“以上”としたのは、明智自身のように優勝する意志はあれども、いまだ殺害には至らない参加者もいると考えたからだ。

「というより、いてくれないと困る」

 先の予想には、多分に明智の希望的観測が含まれている。
 単純な話、殺し合いに肯定的な参加者が少ないということは、殺し合いに否定的な参加者が多いことになる。
 優勝するためには全ての参加者を殺害する必要があり、それを一人で成し遂げられると空想するほど、明智はうぬぼれていない。
 ゆえに、明智は脱落者の多さに期待していた。

473考える葦 ◆RTn9vPakQY:2021/07/29(木) 01:49:23 ID:AxbMRr4w0
「まず間違いなく、心の怪盗団の偽善者どもは、殺し合いには乗らないだろうな。
 それにあの女の話では、エンテ・イスラとやらの関係者も殺し合いに乗ることはなさそうな口ぶりだった」

 顔写真つきの名簿を眺めながら、明智は苦々しく顔を歪めた。
 明智が危惧するのは、殺し合いに否定的な参加者たちが徒党を組むことだ。
 怪盗団のリーダーである雨宮蓮や、魔王サタンの人間体である真奥貞夫のような実力者が、主催者に対抗するグループを作り上げるために、仲間を増やそうと画策することは想像に難くない。
 そうなれば、単独で優勝を目指す明智は、必然的にそのグループと対立せざるを得ない。
 仲間のフリをして潜入した怪盗団のメンバーに引けを取るつもりは毛頭ないが、なにしろ異世界出身の参加者の実力は未知数なのである。遊佐に勝利したからといって、エンテ・イスラの関係者を過小評価するのは早計だ。同様の理由で、まだ素性の知らない参加者も軽視はできない。
 それゆえに、明智は遊佐に対して強者の数を減らしてくれることを期待していた。

「ん?」

 そのとき視界の端に捉えた、紅い光の奔流。
 思索を止めて、壁際に近づく。展望台からほど近い場所で、光の残滓が煌めいていた。
 遠くからでも凄まじい威力だとうかがえるその正体が、つい先程まで対峙していた相手の技だと思い当たり、明智は嗤いを抑えきれない。

「フフ……その調子だよ」

 堕ちた女勇者は、順調に暴れてくれているらしい。
 精神暴走がどこまで続くかは不明だが、せいぜい場を荒らしてくれることを祈るのみだ。

「さて、どうしたものかな」

 再びソファに腰掛けて、明智は顎に手を当てた。
 このまま展望台で待ち構えて、訪れた参加者を殺害するのも一つの手だ。しかし、それではいささか消極的といえる。
 心の怪盗団は明智からすれば烏合の衆だが、それでも徒党を組まれると厄介ではある。
 そして、時間が経てば経つほど、集団が大きくなる可能性は高まる。

「希望的観測を持つよりは、自ら行動あるべし……かな?」

 疑問形にしつつも、明智の心意は定まりつつあった。
 暴走した遊佐や、その他の積極的な参加者に期待するばかりでは始まらない。ひとまず展望台から離れて、参加者たちが徒党を組む前に見つけて叩く。できれば障害となる怪盗団のメンバーを優先的に潰しておきたい。
 おそらくメンバーからは明智の悪評が流されているだろうが、その程度は明智の頭脳を以てすればいくらでも誤魔化す自信がある。

「……それにしても」

 明智は名簿をザックへとしまい立ち上がると、中身を半分以上残したままのペットボトルを、手近なゴミ箱へと投げ入れた。
 ゴトンという鈍い音。ため息。そして、呟き。

「あそこのコーヒーには遠く及ばないね」


【E-3/展望台/一日目 早朝】
【明智吾郎@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:呪玩・刀@モブサイコ100 オルバ・メイヤーの拳銃(残弾数7)@はたらく魔王さま!
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに優勝する
一.雨宮蓮@ペルソナ5だけは今度こそこの手でブチ殺す。
二.少人数で動いている参加者を積極的に狙う。優先順位は怪盗団>その他。

※シドウ・パレス攻略中、獅童から邪魔者を消す命令を受けて雨宮蓮の生存に気付いた辺りからの参戦です。
※スキル『サマリカーム』には以下の制限がかかっています。
①『戦闘不能』を回復するスキルなので、死者の蘇生はできません。
②戦闘不能回復時のHPは、最大の1/4程度です。
③失った血液など、体力以外のものは戻りません。

474 ◆RTn9vPakQY:2021/07/29(木) 01:49:50 ID:AxbMRr4w0
投下終了です。

475 ◆2zEnKfaCDc:2021/07/29(木) 14:06:45 ID:3zWwPfgs0
投下お疲れ様です。
シュッと纏まっているのに詳細になされた展望台内部の情景描写に惹かれました。珈琲片手に座っている絵面や、遊佐と伊澄たちの戦闘を俯瞰していたことが明らかになったところなど、影で暗躍している感がいっそう増していますね。それでいて自らも積極的に動こうとしているあたり、どことなくシドウパレスの明智らしい。

>>「あそこのコーヒーには遠く及ばないね」
この台詞、ルブランでのひと時への明智の想いが滲み出ていてすごく好きです。

476 ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 01:57:33 ID:n/ot0kd20
初柴ヒスイ、桜川九郎で予約します。

477 ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:34:00 ID:n/ot0kd20
投下します。

478人と妖怪の狭間を語ろう ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:35:11 ID:n/ot0kd20
 逃げるでもなく隠れるでもなく、少女は一本の刀を手にそこに立っていた。

(邂逅を恐れているわけではないみたいだけど……)

 強引に殺し合いに巻き込まれた状況には到底そぐわぬその有り様に、桜川九郎は訝しげに目を細める。

(ああ、それは僕にも言えることか。)

 何にせよ、殺し合いを命じられている中でも冷静に話ができるのならそれに越したことはない。無害をアピールしながら正面から歩いていく。

「……つまらんな。」

 そして、少女は一言呟く。

「烏間という男も、久しぶりに出会ったナギも、モルガナとかいう猫も。未だ私を殺そうとする者とは一人も出会えていない。それに続いて、お前もか。」

 面白くなさそうに、少女――初柴ヒスイは刀を抜く。同時に、刀より流れ込む魔力が想像を絶する苦痛をもたらす。対面する九郎もそれに気付かぬほどに、ヒスイは苦しみを表に出さない。気付くのは、その刀にべっとりと染み付いた血の跡のみ。

「……君は、その出会ってきた人たちをどうしたんだ?」

 答えは想像がつく。刀の血の意味が分からない九郎ではない。だが、それでも一片の希望に縋り、聞かなくてはならない。

「一人は殺したよ。残りは……おそらくは生きているだろうが。」

 ナギを見逃したことを、どことなく自嘲気味に笑うヒスイ。しかし殺しへの躊躇いも、後悔も、その語り方からは感じ取れない。むしろ戦いそのものを楽しんでいるかのような語り口だ。

 九郎の目から見ても、ヒスイは倫理観のタガが外れていた。説得することも、おそらくは難しいだろう。

 刃を手にした殺人鬼を前にした状況であっても、九郎の心臓は平静時と変わらない拍子を刻んでいた。この殺し合いの世界で不死能力にいかなる制約が掛かっているかも分からないままだというのに、自分が死ぬというイメージがまったく湧いてこない。安易には死ねないと理解していながらも、死への恐怖という本能は俄然、喪失したままだ。

(……いや、本来はこっちが正しいのか……? 少なくともこの子は普通じゃないのだろうけど。)

 先ほど出会った鷺ノ宮伊澄という子にも、実際に自分は一度殺された。人魚とくだんの混じり物として彼女から見た自分が異形であったという特異な事情こそあれ、この世界に人が人を殺すのは珍しくもないということか。思えば、首輪で命を握られているのだから、主催者の言いなりになっても何らおかしくはないのだろう。

「それで……僕も殺すのかい?」

 ヒスイを試すように問い掛けた。彼女が優勝目当てならば、その答えは分かっている。

「――馬鹿を言うなよ。時間の無駄だ。」

 しかし返ってきたのは、そんな九郎の予測と真逆の答えだった。

 殺し合いに乗っていない者も殺したと語ったヒスイ。しかしその殺意の矛先は、九郎には向いていない。その矛盾に、九郎は首を傾げる。

「賭け事は、財が有限であればこそ成立する。ベットに値する命をお前は持っていないだろう?」

 風ひとつない空間に、ざあと音が聞こえた気がした。ヒスイの答えに、心がざわつかずにいられなかった。

479人と妖怪の狭間を語ろう ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:36:05 ID:n/ot0kd20
「君は何故、僕の体質のことを知っている? もしかして――」

 ヒスイが出会ったと語った者たちの名に、岩永や紗季さんの名は無かった。仮に出会っていたとしても、ヒスイのような危険思想の持ち主に易々と自分の情報を流す二人ではない。だとすれば、心当たりはただ一人。桜川家の事情を知っており、この殺し合いの裏にいると確信を持っている人物――

「――悪いけど、こちらは君を逃がすわけにはいかなくなったようだ。」

 彼女に桜川六花との交流があるのだとしたら、この殺し合いの打破にも繋がる情報を持っているかもしれない。簡単に口を割る人物でないのはここまでのやり取りでもわかる。それでも、ヒスイには聞きたいことが山ほどある。

「はっ! 枯れたネズミだと思っていたが、いい顔をするじゃないか!」

 六花から、九郎の体質のことなどヒスイは聞かされていない。それでも、ヒスイの洞察力を持ってすればその体が人間のそれとまったく異なることとて理解は容易い。そこに一切の理屈などない。ただ、運命がヒスイを選んでいるかのごとく、正の結果が先行するのみ。

(そんなにもあの女のことが憎いのか。もしくは――まあ、どうでもいいか。)

 しかし九郎がヒスイに見出した六花との繋がりにも、何ら誤りはない。ヒスイから情報を引き出すことが可能であるならば、この殺し合いの裏側に接近できることも十全に正しい。

 ようやく降って湧いた手がかり。未来決定能力が機能しておらずとも、必ず掴み取る。刀に対しても臆することなく、九郎はヒスイへと向かっていく。

「だが言っただろう、時間の無駄だと。お前に構っている暇はないんだよ!」

「ッ……!?」

 次の瞬間、九郎の身体は宙に浮いていた。

 ヒスイの背後に突如として顕現した異形――法仙夜空より高速で放たれた拳にその身を打たれ、吹き飛ばされていく。

 何が起こったのかすら理解が追いつかぬままに、九郎の身体は海へと落ちていった。

「ぶはっ!」

 水面から顔を出せば、港からそれを見下ろすヒスイと目が合った。

「王が未来を決定するのではない。」

 登り始めた朝日が後光となって、ヒスイの顔に刻まれた刀傷を照らし出した。干渉を許さず、そこに存在する絶対者。それはまさに、『王』と呼ぶに相応しい佇まいであった。

480人と妖怪の狭間を語ろう ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:36:31 ID:n/ot0kd20
「勝利が約束されている者こそが王なのだ。お前も、桜川六花も、王の器には程遠い。」

「待っ――!」

 そして最後に、六花との関わりを仄めかしながら、ヒスイは背を向けて立ち去って行った。追おうにも、港と高低差のある海に落ちた以上、すぐには戻れない。

(くそ……ようやく、六花さんに続く手がかりを見つけたというのに……!)

 しばらくして、何とか港まで這い上がるも、その頃にはヒスイがどこに消えたか分からなくなっていた。とはいえ、ヒスイは人を殺す気だ。それならばきっと、これから向かう先は人の集まる中心部。少なくとも、岩永との合流を目指して向かっていた真倉坂市工事現場ではないだろう。

(岩永とも合流しなくてはならないが……むしろ積極的に殺し合いに乗る人物と出会いにくいであろう工事現場に向かっているなら安全か? それなら、僕が取るべき行動は……)

 仮に岩永にヒスイのことを伝えたとしたら、間違いなくヒスイを追うことになるだろう。そうなれば、ヒスイから彼女を守れる保証はない。現に今、自分はヒスイに触れることとて適わなかった。

(このまま単独で、あの子を追う!)

 九郎の目に、鈍い光が宿る。当てもなく殺し合いの世界をさまよっていたところに、突如として湧いた手がかり。それを掴む為ならば――きっと、この命を賭ける価値だって、あるだろうから。

【C-1/港/一日目 早朝】

【桜川九郎@虚構推理】
[状態]:健康 全身が濡れている
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜3)
[思考・状況]
基本行動方針:初柴ヒスイを追う。
1.桜川六花の企みを阻止する。
2.もしかして不老不死にも何か制限がかけられているのか?
※件の能力が封じ込められていることを自覚しました。
※不老不死にも何か制限がかけられているのではないかと考えています。

【C-2/草原/一日目ㅤ早朝】

【初柴ヒスイ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:サタンの宝剣@はたらく魔王さま!
[道具]:法仙夜空@ハヤテのごとく! 武見内科医院薬セット@ペルソナ5 基本支給品×2 不明支給品(0〜2個)、烏間惟臣の不明支給品(0〜3個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝利する。
1.次の闘いへ向かう
2.王となるのは私だ。
3.本当に、願いで死者さえも甦らせることができるのなら―――
4.次に出会ったときナギと決着をつける…どちらかの死で。
5. 誰が相手でも躊躇しない
※原作51巻、ハヤテから王玉を奪った後からの参戦です。

【支給品紹介】
【サタンの宝剣@はたらく魔王さま!】
エミリアが砕いたサタンの角からつくられた魔剣。真奥貞夫を魔王サタンの姿に戻すほどの魔力を宿しており、手にした者にその魔力を供給する。鞘に収まっている間は魔力の供給は起こらないが、常人には鞘から抜くことすらままならない。

【法仙夜空@ハヤテのごとく!】
ヒスイに力を授けるために英霊となった法仙夜空。すでにヒスイと融合しているが、天王州アテネと融合したキング・ミダスの英霊と同じように不可逆的な破壊が可能だと考えられるため、状態を整理しやすいように道具欄に記載してある。その形状は上段に人間のような二本の腕、下段に骸のような二本の腕であり、現在は下段の右腕が粉砕された。残りは3本

【武見内科医院薬セット@ペルソナ5】
武見妙が扱う医薬品。効果は確かに効く。
内訳 ナオール錠50mg×2 ダメージ・疲労を(低)回復させる
   ナオール錠100mg×2 ダメージ・疲労を(中)回復させる
   全快点滴パック×1 ダメージ・疲労を全回復させる※参加者との戦闘中は使用不可

481 ◆2zEnKfaCDc:2021/08/02(月) 14:36:48 ID:n/ot0kd20
投下完了しました。

482 ◆s5tC4j7VZY:2021/08/02(月) 19:15:58 ID:pi3Dtnp20
投下お疲れ様です!
考える葦
明智の心情がとてもよく伝わるお話で読んでいて勉強になりました。
「あそこのコーヒーには遠く及ばないね」
↑特に、ここの台詞は明智が一時とはいえ、あの場所を気に入っていたんだなと伝わりとても好きです。

人と妖怪の狭間を語ろう
さて、ヒスイは九郎君をどう対処するのかなと思っていたらなるほど!そうきたか!と息を呑みました。
登り始めた朝日が後光となって、ヒスイの顔に刻まれた刀傷を照らし出した。干渉を許さず、そこに存在する絶対者。それはまさに、『王』と呼ぶに相応しい佇まいであった。
↑ここの地の分、ヒスイの風格が実に感じられてとても好きです。
さて、九郎君はヒスイを止められるのか……次話以降が楽しみです。

483 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/07(火) 15:44:03 ID:oMxiJfT60
桂ヒナギク、鎌月鈴乃、滝谷真、ファフニール、鹿目まどか、巴マミ、佐倉杏子、潮田渚、弓原紗季で予約します。

この話の後に第一回放送を投下しようと思います。(現状同時進行で書いているので、直後になるか時間を空けるかは進捗次第です)

484 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/14(火) 15:37:40 ID:mVVOP2aE0
予約を延長します。

485 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:30:32 ID:JgrdMADY0
投下します。

486Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:31:50 ID:JgrdMADY0
「良かった、無事だったんだな。」

「……杏子ちゃん!」

 出会った集団の中に含まれていたまどかを見て、杏子はほっと安堵のため息をついた。

 魔女化の行方が気になっているさやか、まったくもって目的の読めないほむら、死んだはずのマミ――杏子の知り合いたちは再会に際し何かしらの不安材料を抱えている。そんな中でも純粋に再会を望めるのは、まどかただ一人だった。魔法少女としての実力を持たず、それでいて危険を顧みず戦いの場に出向くタチ。言葉を選ばず評すると、真っ先に死んでもおかしくないタイプだ。だからこそ、出会えたことは素直に喜ばしいことだ。

「おっと。」

 出会い頭に駆け寄ってくるまどかを杏子は制止する。きょとんとした顔持ちで向き直るまどかを見て、今度は侮蔑の意味を込めたため息をつく杏子。

「あのなぁ……あたしがどんな奴だったかもう忘れたのか? ここじゃ簡単に他人を信用するもんじゃないよ。」

「でも、杏子ちゃんは信用できるから。」

「……ちっ、チョーシ狂うぜ。ホントに分かってんのか?」

 元より、佐倉杏子という魔法少女は自分のために魔法を使うのだと公言してきた。信念を巡り、強制されるまでもなくさやかと殺し合いになったことだってある。己が損得勘定で他害すらも厭わない、佐倉杏子は行動原理の根底にエゴを見据えて評すべき人間だ。そして、まどかはそれを少なからず知っているのだ。

 文字通り命を懸けた決心に横やりを入れられ、姫神に対する怒りが先行した現状だからこそ殺し合いへの反逆を掲げている杏子であるが、仮に巡り合わせが少しズレていたら、今も殺し合いに乗っていたとしても、何らおかしくはない。そういう人間に対し――目の前のまどかは無条件に信頼を見せた。

 現に乗っていないのだから、自分のことは信頼してくれても構わない。だがまどかは、同じようにさやかもマミも、ほむらも信頼するのだろう。彼女たちの状況やスタンスの分からない今、それはまどかの命取りとなりかねない。そんな警告もかねて、まどかの額を指で小突く。それを受け照れくさそうに笑うまどかを見て、杏子はもう一度、様々な感情の入り混じったため息をついた。

(ま、合流できたことだし、こっからはあたしが気を付けてりゃいいか。)

 そんなまどかに絆された経験のある杏子としては、それがまどかの長所であることも知っている。性善説を抱いて他人と接するだけの人間であれば、ただの平和ボケだ。鹿目まどかという人間はそれだけでなく、他者に優しさを「伝達」できるという強さを持っている。根底の芯の強さに裏打ちされた真っすぐな言葉で、相手をも引き込んでしまう。

ㅤ彼女のそんな一面を変えてしまうよりは、危険人物への警戒の面では自分が仲介する方が良いと思えるし、何より手っ取り早い。

487Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:33:48 ID:JgrdMADY0
「あなたが鹿目さんのお友達?」

「ん? ああ。」

 会話がひと段落したのを見計らってか、まどかの同行者三人の中の一人、桃色の髪の少女が杏子へと駆け寄ってくる。口ぶりから見るに、まどかから自分のことをすでに聞いているというところだろう。

「私は桂ヒナギク。白皇学院の生徒会長よ。」

「……佐倉杏子だ、よろしく。」

 ヒナギクの凛とした立ち振る舞いからは、気高さだけでなく頭の良さも感じ取れる。

(あたしもさやかのこととか色々と紗季さんに話しちゃいるけど……一方的に知られてるってのはちっとやりにくいもんだな。)

 元の世界での行いにどこか後ろめたさがあるからか、杏子は少しだけそう感じた。が、それだけではないことに気付く。

「なんだよ。あたしの顔に何かついてるか?」

 ヒナギクは、物珍しいものを見るかのようにじろじろと杏子の顔を凝視しているのだ。

「ああ、ごめんなさい。ただ鹿目さんから聞いた話と食い違うから……えっと……」

「……?」

 妙な話をするものだ、と杏子は首を傾げる。まどかと出会ってからまだほとんど会話をしていないし、その内容だって今までの自分と乖離したものでもなかったはずだ。一体何が、まどかの話と食い違うというのか。

 その答えは、どことなく気まずそうな表情をしたまどかの側から返ってきた。

「えっと……杏子ちゃん、どうして生き返ってるの……?」

 刹那、あまりの想定外の発言に思考が停止する。言葉の咀嚼が即座に追い付かなかった。何せ、生き返るということはすなわち死を前提としているわけで、そしてまどかは、"自分"に対して何故生き返っているのかを問うているわけで……

「……はぁぁぁ!?」

 その意味に到達するや否や、喉が張り裂けそうなくらい叫んだ。つまるところまどかは、自分が死んだと認識した上で話しているのだ。

488Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:34:19 ID:JgrdMADY0
「ちょ、ちょっと待て。一体どういうことだ?」

「えっと……杏子ちゃんだけじゃなくてマミさんやさやかちゃんもだけど……どうしてなのかなって。」

「悪ぃ、順序を追って話してくれ。」

「うん。えっとね……」

 確かに、疑問はあった。死んだはずのマミに、魔女になったはずのさやか。この世界に、いるはずのない者が呼ばれているのは分かっていたのだ。しかしそれでも、自分は疑問を抱く側であると信じていた。まさか、自分もマミやさやかと同じ括りの、疑問を抱かれる側であるとは思っていなかった。

「んと……つまりまどかから見ればあたしは、数日前に死んだってことか?」

「うん……。」

 話を聞いてみると、自分は魔女となったさやかを道連れに自爆したとのこと。その物語は確かに、自分が辿ろうとしていた道だ。だが、それを決行に移した覚えはない。杏子はその直前に、この殺し合いに招かれたのだから。

「にわかにゃ信じられねーけど……嘘には聞こえねーしな。マミの奴やさやかがここにいるって事実とも合致するのは確かだ。だが……そうなるとあたしたちは別の時間から集められてるってことか?」

 これから反逆する主催者は、時間を超える力を持っているかもしれない。すなわち、もし上手く反逆の作戦が立てられても、全部なかったことにされる可能性すらあるということだ。

「別の時間……。」

「鹿目さん? 心当たりでもあるの?」

「……ええと。」

 脳裏に過ぎるのは、別の時間を生きているというほむらの言葉。

 みんなの命が失われていった中、彼女だけは最後までそこにいてくれた。でも、周りを拒んで独り走り続ける彼女の語る言葉は、頼りなくて。命なんて、簡単に掻き消えてしまいそうで。

「……いえ。分かりません。」

「そうよね。時間を超えるなんて、ネコ型ロボットじゃあるまいし……。」

 分かっている。自分だけでなく他の皆の命が懸かっているこの状況下、情報となり得るものは惜しまず出していくべきだ。それを理解した上で――ほむらの能力については黙っていることを選んだ。

 そもそもほむら自身がこの殺し合いに招かれていることや、ほむらへの信頼も含め、彼女の意思によって彼女がこの催しに関与しているとは思えない。そして何より、それがほむらの戦う理由だと、あの瞬間に分かったから――それは、不用意に踏み込んではならない領域だ。彼女が何を願ったのか、正確に理解しているわけではない。ただ、それがどんな願いであれ、人並みに傷付き、人並みに悲しむ一人の少女が、死と隣り合わせの戦いの宿命を受け入れてまで享受した願いであることに変わりはない。

 不用意に情報を流すことで、主催者との繋がりの疑念が生まれ、結果的にほむらに不利益が及ぶ可能性が、低いだろうがゼロではない。したがって、まどかは沈黙を選んだ。

489Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 10:56:31 ID:JgrdMADY0


ㅤ杏子たちから少し離れ、紗季はひとり考え事に耽っていた。

 知人の情報を語った時の杏子が一般人であるまどかの身を案じていたのは自分も知るところだ。その再会にあえて水を差すつもりはない。杏子たちから一時的に離れていることに、そんな気持ちが含まれているのは確かだ。

(……なんて、空気を読んだだけならいいのだけれど。)

 本当は、自覚している。新しい恋人を作っていた九郎に深入りせぬよう、再会してからも一定の距離感を保っていたことにも、未知なるものを遠ざけようとする思惑が少なからず混じっていたことを。

 言ってしまえば、まだ怖いのだ。魔法少女という非現実に、ずぶずぶと深く関わっていく自分が。

 黄泉竈食という概念があるように、関わりを深めてしまえば、もう普通の人間には戻れないとでも思っているのだろうか。それとも、見知ったものが常世の理を変えてしまったあの時の得体の知れない恐怖を、もう知りたくないと身構えているのだろうか。

「――お互い、大変なことに巻き込まれたものですね。」

 間もなくして、まどかの方の同行者の男、二人のうちの一人が話しかけてきた。どことなく九郎に似た、人畜無害そうな男性。名簿によると、滝谷という人か。

「ええ、本当に。」

 ただでさえ元の場所で怪異や想像力の怪物といった存在と立て続けに出くわし、さらには杏子という魔法少女やモバイル律という超科学との邂逅。

「ところで……あなたも怪異とか魔法少女とか、そういったものに類するタチなのかしら……?」

……真っ先に、その点においての疑問があった。

「いや、ただの人間ですよ。」

 にっこりと微笑みながら、滝谷はそう言った。我ながら魔法少女の例えは無いよな、などと思いながら、どこか安堵している自分がいた。

「ただ、あっちにいるファフ君はそういうのに分類されるかもしれません。 彼は俗に言うドラゴンと呼ばれる生き物なので。」

「えっ……ド、ドラゴン!?」

 非科学的な存在への心の準備は、既にできていると自負していた。その上で、ドラゴンとは予想の斜め上だった。

 妖怪が人の形をしていても頭の中のイメージとの差異はない。魔法少女は、むしろ人の形でなければ意外に感じるだろう。だが、ドラゴンはそうではない。人間離れした体躯と風貌――仮にドラゴンを模した想像力の怪物が生まれるとしても、その形は崩れることがないだろう。

 滝谷の指した先にいる男、ファフニールはそうではなかった。ドラゴンと銘打ちながらも、その姿はどう見ても人間のそれ。それだけで滝谷の言葉を嘘と断じるつもりはないし、ここで無駄な嘘をつく意味もないためおそらくは事実なのだとすら思っている。思った上で――諦念を込めて、苦々しく呟く。

490Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:00:24 ID:JgrdMADY0
「……何でもいるのね、この世界って。」

「はは、だから殺し合いなんて言われても……何とかなる気がしているんでしょうね。」

 何とかなる――何とかできるでも、何とかしようでもなく。

(ああ、そういうこと。)

 滝谷にとっては何気ないひと言だったかもしれないが、それを聞いて納得がいった。

「あなたも、わけのわからない存在たちを傍観している側ということね。」

 滝谷は自分と似ている――そう思った。非科学的な出来事が周りに存在することをすでに受け入れている。そして、その上で当事者になるまいと努めている。何とかなる、と――否、正しくは、何とかなればいいなあと流れに身を任せている。その思考形態は、非現実的な存在と関わりを深めることを恐れる自分と、きっと根底では繋がっている。

「でももしかすると……私たちも変わらないといけないのかも。」

 不死身の体質を持つ九郎や、『撃破』の概念が無い鋼人七瀬。そして、一般的な通念にしたがえば人間よりも上位存在であるドラゴンや魔法少女といった存在。殺し合いというゲームの体を成していながらも、あまりにも、自分や滝谷といった一般人が勝てる仕様となっていない。弱者を強者が一方的に嬲り殺すショーが目当てならば、それでもいいのかもしれない。だが、姫神が仮にもこれを殺し合いと銘打ったからには、自分たちに対し何かしらの変化を要求するメッセージをその中に感じ取らずにはいられないのだ。

 その言葉に――滝谷の表情が一瞬だけ、変わったような気がした。

「……まったく、耳が痛いよ。」

 滝谷の目指すところは、ドラゴンたちを中心に形成された今のコミュニティを維持するところにある。当事者にならなくとも、外部から眺めているだけでも楽しいものがそこにはある。

 その現状を保つことは、日常の中ではともかく、殺し合う世界では容易ではない。だから、傍観者でのみはいられないと思ってはいた。だけどそれは、人間にできる範囲の当事者性であり。人間を辞めるべきかどうかという瀬戸際である自覚など、一切なかった。変わる決意も結局は、現状維持のための決意でしかなかった。

「これは、僕も魔法少女にならないといけませんかね。」

「……その例えは、忘れてちょうだい。」

 その時、滝谷の傍らで何も言わず佇んでいたファフニールが、談笑が始まった二人を見かねてか腹立たしそうに近付いてきた。

「……いい加減にしろ。これからの方針を立てるのだろう?」

「……そうだね。じゃあ、向こうで話している子たちも集め、話し合いといこうか。」

 合流のため、まどか達三人の方へと向かっていく。その傍らで、滝谷は物憂げな様子で自身のザックを覗き込んでいた。その所作に、誰も気付かない。或いは、気付いたとしても何も関心を抱かない。

491Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:02:35 ID:JgrdMADY0



「そう……鋼人七瀬と出くわしていたのね。」

 これまでに起こったことを簡潔に纏めたヒナギクから、これまでの経緯を大まかに聞いたところ、鋼人七瀬との交戦があったようだ。

「実はヒナギクさんが守ってくれて、助かったんだ。」

「そっか、サンキューな。コイツ命知らずなとこあるからさ、心配だったんだよ。でも、出会いに恵まれたようで何よりだ。」

「どういたしまして。何にせよ、全員無事で良かったわ。」

「ええっと……ただ気になるのは……倒すと霧のように姿を消したってどういうこと? 私の知る限り、鋼人七瀬にそんな特性は付与され得ないはずなのだけれど。」

 ヒナギクの語る鋼人七瀬は、あの想像力の怪物のそれと概ね一致していた。だが、岩永とともに、人々が鋼人七瀬について如何なる想像をし得るのかは調べられる限り調べたはずだ。一般人が知り得る程度にネットの世界の表層に存在している鋼人七瀬の噂は、全て紗季の頭に入っている。だがその中に、「消える」類のものは存在していなかった。鋼人七瀬に消滅されては困る六花が予言獣くだんの能力まで用いて情報操作をしていたのだから、むしろそのような特性はあってはならないとすら言えるだろう。

「消えたんなら成仏したんじゃねーの? 実際、あたしらは鋼人七瀬を倒せるかもって言ってただろ?」

「だと良いのだけれど……」

 確かに実際に消滅したのならなんの問題もない。だが、岩永があれだけ知恵を駆使して消滅させようとしていた怪物を、単なる実力行使で倒せてしまえたと言われれば、そう簡単にことが運ぶはずがないと言いたくもなるというものだ。鋼人七瀬に存在していて欲しいというわけではないが、拍子抜けだとでも言うべきか。

「それでも、あれは元々不死身の怪物よ。警戒を怠るべきではないでしょうね。」

「当然だ。宝を守りたいのなら、アイドルの亡霊とやらに限らず全てを警戒しろ。必要ならば殺せ。」

「……なあ、コイツ本当に殺し合いに乗ってないのか?」

「それ、私が最初に貴方に感じたことだから。」

「ファフ君は、ここに来る前からこうなんだよね……。」

「……っていうかツッコミそびれていたけど。」

 話の流れを戻しつつ切り出したのはヒナギク。その話の向く先は、ファフニール。

492Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:03:51 ID:JgrdMADY0
「あなた、名簿には大山猛って書いてたはずよね。何でファフ君って呼ばれてるわけ?」

「む、コセキやジューミンヒョーとやら名のことか? それならばトールがフドーサンとやらのために勝手に作った名だ。俺のものではないし、この名前が通じるのもトールと滝谷くらいだろうな。」

「はは……」

 サラリと戸籍の偽造をカミングアウトする危なっかしさにハラハラしながら、滝谷は薄ら笑いを浮かべていた。

「ただ正直、僕も忘れかけていた名前だ。写真が付属してるからファフ君だと分からない知り合いはいないと思うけど。」

「つまり主催者は戸籍を頼りに名簿を作ったってことかしら。……でも、『小林さん』なんて人もいたわよね?」

 最初に、杏子と共に疑問に感じた名前を挙げる紗季。

「ああ、それも僕の知り合いだよ。あの人滅多に名乗らないからなぁ……。とはいえ、こうなるとたぶん、主催者は僕らの事情には疎いんじゃないかな。」

「――その可能性は高いと思います。」

 名簿の考察を遮って紗季の方向から――しかし紗季のものとは異なる声が聞こえた。

「……律。突然喋り出さないでちょうだい、ビックリするから。」

 その声は、紗季のポケットから取り出された携帯電話から聞こえてきたようだ。

「律……参加者の名前ね。連絡できてるの?」

「いえ、どうやら参加者とは別の律みたい。」

「おはようございます! 自律思考固定砲台、縮めて律と申します!」

 携帯の中で、二次元の少女が挨拶をしていた。戸惑いながらも会話を少し交わすと、滝谷とファフニールもそれが定型文ではなく一定の思考能力に基づくものであると理解できる。

「……滝谷。これは何だ。」

「……さあ、僕にも分からないなぁ。高度な技術が用いられているのは分かるけど。」

 唐突に提示されたバーチャル美少女に対し、湧き上がるヲタク心を抑え猫をかぶる滝谷。

「ところで、主催者が僕たちの情報をあまり持っていない可能性が高いという話だけど……何か分かることがあるのかい?」

「はい。僭越ながら、名簿を拝見させて頂きました。」

 液晶画面に支給された名簿をパラパラと捲る律が表示される。そして、『茅野カエデ』の名と顔写真が示されたページが、アップで提示された。

「……コイツは。」

 苛立たしげに、ファフニールは画面を睨み付けた。不意打ちからの一撃離脱を決められ、左腕を落とされた相手の顔だった。

「私の中には彼女のデータが存在しますが、この名前は本名ではありません。プライバシーもあるのでこれ以上は伏せますが、戸籍を改ざんしていた彼女のことを主催者側が把握しているのかは疑問です。」

 知り合いへの分かりやすさを重視するならば、『茅野カエデ』の名を使うことに疑問はない。ただし、その場合はファフニールの名をほとんどの者が知らない『大山猛』と表記したことと矛盾する。

493Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:04:27 ID:JgrdMADY0
「……めんどくせーな。結局、主催者のリサーチが不完全だったってことだろ? つまり敵は万能でもなんでもなく、限界はあるってことだ。それなら付け入る隙だってあるかもしれねえ。話が早いじゃんかよ。」

「そうね、この上なくシンプルだわ。」

「こうしている間にも誰かが死んでるかもしれないんだ。これからのことを決めようぜ。」

 原点回帰。結局、殺し合いの反逆のための手段が、『人数を集める』ことに落ち着くのは変わらない。

 そして改めて、これまでの動向を紗季の側から話し始める。杏子としか出会っておらず話すことは少ないものの、しかし見滝原中学校に向かう方針とその理由について話し終えた。

「もちろん、協力するわ。」

「私も、足手まといになるかもしれないけど……それでも、一緒に行きたい。」

 ヒナギクとまどかは彼女ら自身の性分も相まって二つ返事だった。特にまどかは、見滝原中学校でさやかとマミとほむらと合流が見込めるという点からも前向きだ。

「――くだらんな。」

 しかし、ファフニールにとってはそうではない。

 吐き捨てられたひと言に、杏子はムッとした顔で反論する。

「何だよ。何か文句あんのか?」

「脱出を目指すことに異論はない。だが、人を集める意義が何処にある? 徒党を組めば姫神の目にも留まる上、裏切り者が紛れ込む可能性も上がる。脱出なら、少数の信頼出来る者のみでするべきだ。」

「それは……。」

 杏子はそれに反論できなかった。姫神の隙をつく以上、姫神に察知されないことは必須であることはファフニールの言う通りだ。それに――裏切り者が集団を崩壊に導くことだって無いとは言えない。ステルスマーダーが紛れ込めばもちろんの事だが、有り合わせの集団など、仮に明確な悪意がなくとも何かがすれ違って瓦解することも有り得るだろう。……家族の繋がりでさえ、そうなのだから。

「……それでも、あたしはやるよ。酔狂かもしれないけどさ、ハッピーエンドっていうのを諦めたくないんだ。」

 それが理想主義者だというのなら、それでもいい。さやかの、眩しいくらいに真っ直ぐな性分が思い出させてくれた、大切なもの。いつか憧れた父のように、誰かのために行動することは、愚直だと言われようとも、綺麗だ。

「……好きにするといい。」

 最初から、ファフニールは杏子の脱出手段をアテにはしていない。首輪のせいか制限されているドラゴンの力さて取り戻すことが出来たなら、殺し合いからの脱出など容易いとすら考えている。

「ごめんね、僕はファフ君に着いていくよ。」

 滝谷にとっても、ファフニールに着いていくことは自身の安全に繋がると理解している。同時に、自分が居ないとファフニールがどう動くか分からないという懸念でもある。

「僕たちは元々放送を聞いてから方針を立てるつもりだったからね、ここに残ろうと思う。」

「そう、残念だけど……仕方ないわね。」

 ファフニールの言うことにも一理あり、否定する気は紗季にもない。何なら、これまでの言動から予想の範疇だった。

 しかし、続くヒナギクの言葉はこの中の誰にとっても予想外だった。

494Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:06:08 ID:JgrdMADY0
「だったら……ごめんね、鹿目さん。やっぱり私は別行動にしようと思うわ。」

「えっ……どうして?」

「ファフニールさんみたいに、自分たちだけで助かろうとはしたくないの。それだったら、別々に回った方が効率的でしょ?」

 ヒナギクを突き動かすのは、殺し合いを強要するなんて許せないという通念上の正義感であり――そして、千穂を目の前で失ったことの後悔でもある。

 この世界にいるのは、鋼人七瀬のような意思のない怪物もいるにはいるが、誰もが姫神によって集められた被害者だ。救える命であるかもしれないというのに、警戒心などという曖昧な根拠で失わせてしまうのは、悲しいことだ。

「……でも、危険よ。」

「大丈夫。私、元の世界で使い慣れた剣が支給されていたからある程度は戦えるわ。」

(……元の世界で使い慣れてたらそれはもう銃刀法違反なんじゃないかしら。)

 浮かんだ疑問はひとまず不問にするとしても、彼女の話によれば、その剣に鋼人七瀬の振り下ろす鉄骨を受け止めるだけの力があるのは確かなようだ。その地点で、彼女の戦力は自分の遥か上を行く。やもすれば、杏子以上かもしれない。その場合はむしろ、3人と1人に分かれたとしても、戦力の天秤はヒナギクの側に傾くだろう。

「……ヒナギクさん。また、会えるよね……?」

「ええ、もちろんよ。ひとまず次の0時を目安に見滝原中学校に向かおうと思うわ。」

 再会の約束をして、三人は見滝原中学校の方向へと向かって行った。それを見送った後、ヒナギクが向かった方向は、南。ひとまずは負け犬公園を目指し、知り合いとの合流を図る腹積もりだ。

 そしてその場には当然、滝谷とファフニールのみが残された。

 憑き物が取れたように、大きくため息を漏らす滝谷。その様子が気になって、ファフニールは尋ねた。

「……滝谷。お前はこれで良かったのか?」

「どうして?」

「ドラゴンが群れないのは強者たるゆえの摂理だ。だが、人間は……お前は、そうではない。」

 それを受け、クスリと笑う滝谷。

「もしかして、心配してくれてるのかい?」

 ファフニールは、思いやりという言葉からは遠くかけ離れたドラゴンだった。生き方がそもそも人間のそれと違ったのだから、当然のことだ。

 だけど――そんな、人間よりも永い時を生きた者たちが、人間ににじり寄り、何かが変わりつつあるのだ。

(――でももしかすると……私たちも変わらないといけないのかも。)

 頭の中で、紗季の言葉が反芻する。紗季が語ったのは、あくまでも精神面での話でしかない。例えば、人魚とくだんの肉をそれぞれ食した九郎の話がフラッシュバックして、今でも肉を食べることができない。未知なるものへの根源的な拒絶反応。それの克服に繋げるべきという話に過ぎない。この殺し合いからの脱出にあたり岩永や九郎の手を借りるつもりなのだから、トラウマの克服が彼女の生還に繋がることに疑いはない。

 だが――滝谷にとってはそうではなかった。彼は、望めば今すぐにでも、『肉体的に』変わることが出来るのだ。

 殺し合いの世界に招かれ、現状把握がてら真っ先に開いたザックには――説明書の付属した、液体入りの注射器の箱。『試作人体触手兵器』と呼ばれるらしいその薬品は、接種することにより強大な力を得られるとともに、メンテナンスを怠ると地獄の苦痛が待ち受けているという。

 それが事実であるかどうかはどうも眉唾ものだ。強大な力というのも、存在としての規模が違うドラゴンと比べられるほどのものなのか分からない。だが、その真偽も、その効力も、さしたる問題では無いのだ。ただ、それを用いようと思った地点で。ただ、人間の手に余るだけの力を求めた地点で。それは、人間を辞めることに他ならなかった。

 滝谷はそれをそっと、封印するかのようにザックの底にしまいこんだ。今はファフ君が傍にいて、自分が何かをする必要もなく守ってくれている。コミュニティはまだ維持されている。だけど、この世界ではそれがいつ脅かされるやも分からない。そんな時は――或いは僕も、何かに変わらないといけないのだろうか。

495Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:06:47 ID:JgrdMADY0
【C-3/平野/一日目 黎明】

【桂ヒナギク@ハヤテのごとく!】
[状態]:腰の打撲 疲労(低)
[装備]:白桜@ハヤテのごとく!
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本行動方針:誰も死なせない
一.負け犬公園へ向かう
二.18時間後、見滝原中学校に向かう
三. 佐々木千穂の思い人に出会ったら、共に黙とうを捧げたい…
※名簿を暗記しました。
※参戦時期は姫神と面識を持つ前です。
※情報交換によりドラゴンや異世界の存在、鋼人七瀬、魔法少女について知りました。

【滝谷真@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜2(本人確認済み)、試作人体触手兵器@暗殺教室
[思考・状況]
基本行動方針:好きなコミュニティーを維持する
一.放送に耳を傾けて今後の方針を考える。
二.ファフ君がドラゴンとして殺し合いに乗るのを防ぐためにも、まずは自分が死なない
三.小林さんの無事も祈る
[備考]
アニメ2期第6話(原作第54話)より後からの参戦です。

【大山猛(ファフニール)@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:左腕喪失(再生中) 人間に対するイライラ(低)
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜3(本人未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:姫神を殺す。
一.放送に耳を傾けて今後の方針を考える。
二.ひとまずは滝谷を守りながら脱出の手段を探す。
[備考]
滝谷真と同時期からの参戦です。

【支給品紹介】
【試作人体触手兵器@暗殺教室】
滝谷に支給された薬品入りの注射器。接種することで殺せんせーが得たものと同じような触手を後天的に植え付けることができる。原作では、雪村あかりが使用した。
本ロワでは制限の代わりとして、以下の設定を適用する。
『原作のようにマッハ戦闘を可能にするほどの速度を出せるまで身体に適合するには、この殺し合いの実質的な制限時間である三日間では足りない程度の期間を要するため、実際に得られる力はパワーバランスを著しく破壊しない程度に絞られる。』

496Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:08:12 ID:JgrdMADY0


「……!」

 紗季とまどかと杏子の三人がその銃声を聞きつけたのは、ファフニールたちと別れ、10分ほど経った頃だった。

 紗季は、その音を知らなかった。警察官として発砲音やその危険性を察知できており、相応に危機感を覚えていたが、認識はそこで止まっていた。

 まどかも、その音を知らなかった。その音の意味を理解できないほど楽観的ではないが、しかしその主を識別できるほど"彼女"との仲を深めていなかった。

(この音……)

 一方、杏子は――その音を知っていた。むしろ、現物の銃器の音を知らないからこそ、それにしか結び付けられなかった。

(……ティロ・フィナーレじゃねえかよっ!)

 かつて魔法少女の先輩、巴マミとタッグを組み、魔女と戦っていた時に幾度となく背中を預けてきた、"正義"の音。何の因果が巡ったかは知らないが、彼女の正義は今――殺し合いの渦に呑まれている。敵が鋼人七瀬のような怪物であればいいのだが、名簿に載った人間の割合を考えても、その確率は低い。

「悪ぃ、あたしは先に行く。」

「……杏子ちゃん?」

「ちょっと、落ち着きなさい。銃撃戦が起こってるのよ。」

「……それでも、だ。」

「あっ……待ちなさいったら!」

 二人の制止も聞かぬまま、杏子は大地を蹴って加速し、森の中へと消えていく。

(一体どうしたの、杏子ちゃん……)

 俯いたまま戦場へ向かって行った彼女は、ついさっきまでの彼女とは打って変わって、思い詰めたような様子だった。何があったのかは、マミと杏子の関係を知らないまどかには推理できるまで至らない。だが、苦しそうに戦場へ走る杏子の姿からは、死ぬ間際のさやかの姿が思い返された。そのまま、永遠の別れになってしまうような気がしてならなかった。

「私も……行きます!」

「ええ……佐倉さんを追う必要はあると思うわ。でも……」

 そして紗季にとっても――嫌な予感が頭をめぐって離れなかった。都市伝説などに警察は動かないからと独自調査のために単独行動をとって、そのまま鋼人七瀬の手によって帰らぬ人となった、寺田刑事。今の杏子だけではなく、危険な地帯にあえて飛び込もうとしているまどかも例外なしに、彼と重ねてしまうのだ。

「……私の傍は、離れないで。」

 痛ましいほどに必死なその言葉に、まどかは頷くことしかできなかった。そして同時に――この世界に渦巻く絶望の種に、得体の知れない恐怖が襲ってきた。

【C-4/平野/一日目 早朝】

【鹿目まどか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:健康
[装備]:綾崎ハーマイオニーの鈴リボン
[道具]:基本支給品 不明支給品1〜2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを終わらせる
一.杏子たちと見滝原中学校に向かう
二.キュウべえが居るなら、魔法少女になってでも
※情報交換によりドラゴンの存在と向こうの世界(異世界)と鋼人七瀬について知りました。

【弓原紗季@虚構推理】
[状態]:疲労(小)
[装備]:モバイル律
[道具]:不明支給品1〜2、ジュース@現地調達(スメルグレイビー@ペルソナ5)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いの破綻
1:杏子を放っておけないため見滝原中学へ同行する
2:可能であれば九朗君、岩永さんとの合流
3:美樹さやかに警戒(巴マミの存在も僅かに警戒)
4:魔法少女にモバイル律……別の世界か……

※鋼人七瀬を倒す作戦、実行直後の参戦です
※十中八九、六花が関わってると推測してます
※杏子から断片的ですが魔法少女に関する情報を得ました
※モバイル律からE組生徒の情報及び別の世界があるという可能性を得ました。
※杏子とのコープが4になりました。以下のスキルを身に付けました。
「警察の追い打ち」杏子の攻撃で相手をダウンできなかった場合、追撃する。
「現実トーク」相手との会話交渉が決裂した時に、人間であれば、交渉をやり直せる。


【C-4/D-4境界付近/一日目 早朝】

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:姫神に対するストレス、魔法少女の状態
[装備]:なし
[道具]:不明支給品1〜3 ジュース@現地調達(中身はマッスルドリンコ@ペルソナ5)
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず姫神を殴らないと気が済まない
1:紗季と見滝原中学へ向かう
2:鋼人七瀬に要警戒
3:さやかに会ったら…

※魔女化したさやかと交戦中の時の参戦です
※最初の場のやり取りを大雑把にしか把握していませんが、
 大まかな話は紗季から聞いています
※紗季から怪異、妖怪と九朗、岩永の情報を断片的に得ました
※モバイル律からE組生徒の情報及び別の世界があるという可能性を得ました。
※さやかは魔女化した状態と思ってます
※パレスの中では、鋼人七瀬が弱体化してる可能性は仮説であるため、
 実際に彼女が本当に弱体化してるかどうかは分かりません

497Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:10:02 ID:JgrdMADY0



 ある地点の森の中で繰り広げられている銃撃戦は、しばらくの間、停滞を見せていた。木々という遮蔽物が、弾の命中精度を大きく下げている状況。弾薬に限りがある中、無駄撃ちを避けながらの様子見が長く続いている。

 銃撃戦を担う片側、鎌月鈴乃は暗殺を生業とする戦闘スタイル。弾幕をくぐり抜け、武身鉄光による一撃を当てること、それが最も手っ取り早く相手を制圧させる手段だ。十字架を模したロザリオを大槌に変化させられることはすでにバレている。不意打ちは通用しない。

 もう一方の巴マミ。魔法で形成し、魔力の続く限り放てる弾薬も、鈴乃の魔避けのロザリオの効力で回避され続け、得意とする手数で押し切る戦術が機能していない。

 両者の最も得意とする戦術がともに有効に働かない現状。見せていない手札は両者ともにゼロではない。聖法気を用いた小技の連撃と、一撃で敵を仕留める大技ティロ・フィナーレ。ともにこれまでの戦闘スタイルを一新する緩急差を利用した不意打ちでありながら――そのどちらもが、これまで戦ってきた相手の得意な土俵であると理解している。リスクは、少なからず伴う。

(それでも……)

(だからといって……)

 ただでさえ、誤解やすれ違いから始まった決闘。戦う理由は同じ方向を向いていようとも。

(――カンナ殿を助けるために……)

(――渚くんを守るために……)

 どちらの信念も、リスクを甘受してでも止まれない理由に足り得るのだ。

「「負けるわけにはいかないっ!」」

 遮蔽物となっていた木から飛び出し、聖法気を練り上げる鈴乃。それに対し、マミは変質させたリボンを木に横巻きに結び付ける。

「武身鉄光……」

 鈴乃の手には、魔法を弾く性質を付与された大槌。しかしその狙い澄ます先はマミではなく、その前方の空間。

「――武光烈波っ!」

 破壊力に特化したそれを振るうと、それに伴う衝撃波がマミへと吹きすさぶ。襲いかかる風塵がマミの視界を覆い、鈴乃の姿はその瞬間に隠される。即座、サイドステップ。視界から消えている間に素早い動きで撹乱せんと、利き腕と逆なマミの左側に跳んだ。

「――前が見えないのなら……」

 次の瞬間、木に巻き付けてあったリボンがまるで触手のようにうねり、大地に根付いたはずのそれを引き抜いた。

「薙ぎ払ってしまえばいい!」

「なっ……ぐあああっ!!!」

 巻き付けた木ごと、前方に振り払う。予想だにしていない反撃に、持ち前の素早さまで加算され激突する鈴乃。その衝撃に、一直線に吹き飛んでいく。その先には、一本の大樹。阻むものなく激突し、全身から血を吹き出しなが崩れ落ちる鈴乃。

(今が……この上ないチャンスっ!)

 マミの追撃の中身に思考を費やす余裕は、今の鈴乃にはない。マスケット銃の追撃でも充分に脅威だ。

(くっ……急いでこの木の裏に……!)

 だからこそ、それが咄嗟の判断から導き出された行動であり――

(もちろん、そう動くわよね。なら……)

498Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:12:19 ID:JgrdMADY0
「……そいつごと、吹き飛ばすっ!」

――それはマミの計算の、範囲内。

 鈴乃が立ち上がったその時に、砂煙の奥に見たのは――身の丈に合わぬ巨大な大砲を、鈴乃に向けて構えた姿。

「しまっ……!」

「――ティロ・フィナーレ!」

 しかし、照準を鈴乃と、その背後にある巨木に定めたその時。

「えっ……?」

 マミの視界に、映ってはならないものが映った。

 撃ち抜こうとしているその巨木の裏から。唐突に吹き飛ばされてきた鈴乃から、逃げるように。

――走り去ろうとする、塩田渚の姿だった。

(――あっ……)

……駄目だ。

 トリガーを引く指は反射でも停止できる段階にない。必殺技の、発射自体は止められない。

 だから、撃ち殺しちゃう――――――誰を?

 決まってる。鎌月鈴乃、渚くんを傷付けかねない私の敵。

 それだけ?

 近くには、南で待っておくように言っていたはずの渚くんが何故か隠れていた。

 それは、つまり?

……あっ。



 守るはずの、渚くんごと――殺しちゃう。



「いっ……いやあああああっ!」

 直後、マミの背中から生えたリボンが大砲の先に絡み付く。発射そのものは止められるものでなくとも。絶望から一気に放出された魔力はその一瞬だけ、渚の知る殺せんせーの"触手"並の速度を展開し、発射よりも早くその銃口の向く先を強引に捻じ曲げた。

 的外れの方向に放たれたティロ・フィナーレ。それは誰ひとり撃ち抜くこともなく虚空へと消えていく。そして、強引な停止のために魔力を使ったマミは、その場にどさりと崩れ落ちる。

「まずいっ……!」

 自分の存在に気付いていないマミの大砲の照準が自分へと向いた時、渚は命の危機をこの上なく感じ取った。だからマミがギリギリで自分の存在に気付きその照準を強引に変えてくれた時――命が助かったことによる安堵が先行し、その場で呆然と立ち尽くしてしまった。

 そのせいで――目の前にマミと戦っていた鈴乃が――殺し合いに乗っているようにしか見えない少女が、自分を発見したことに気付くのが、遅れてしまった。

(――殺されるっ!)

 恐怖がまず、心の中を支配した。次に、何をすべきかが見えてきた。腰のナイフへと、手を伸ばし――

「――逃げろ。」

 次に聞こえた言葉は、渚の認識を反転させた。

「……えっ?」

 殺せんせーを殺すための教室で、一年近く殺意を磨いてきたからこそ、分かる。その一言には、凡そ殺意というものが籠っていなかった。

 そもそも、マミと鈴乃が戦っているのは、鈴乃が殺し合いに乗っているからだという前提があったはずだ。それならば、鈴乃の標的はマミに留まらず、当然に渚も含まれるはずだ。

「あの女の相手は私がするから、早く逃げるんだっ!」

(あっ……この人……)

 渚は、気付く。

(何か、誤解がある……! マミさんと戦う理由が……ない……!)

 この決闘が、何かの間違いによって導かれていたということに。

 そして、それと同時のことだった。




「――やあ、調子はどうだい?」




……殺し合いが始まって6時間が経過し、第一回放送が開始した。

 或いは、殺し合いにまで発展したが、誰も死なずに解かれ得る誤解の連鎖かもしれない。しかしこの場で巻き起こっているのは、少なくとも今はまだ完全には終わっていない決闘である。

 まだ、未来は確定していない。しかしただひとつ言えるのは――この放送が、彼女たちの局面を充分に変え得るものであるということだけだ。

499Turning Points ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:12:45 ID:JgrdMADY0
【C-4/D-4境界付近/一日目 早朝 放送開始時刻】

【鎌月鈴乃@はたらく魔王さま!】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:ミニミ軽機関銃@魔法少女まどか☆マギカ、魔避けのロザリオ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:皆が幸せになれる道を探す
一.マミを無力化する。
二.カンナ殿、千穂殿、すまない……。

※海の家に行った以降からの参戦です。
※小林カンナと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。

【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:ダメージ(中)、魔力消費(大)渚の保護を重視
[装備]:魔法のマスケット銃
[道具]:基本支給品、ロッキー@魔法少女まどか☆マギカ(半分)、不明支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。殺し合いに乗る者を殺してでも、皆を守る。
一:鎌月鈴乃が……渚くんの近くにっ!
二:渚、まどか、さやかを保護する。杏子、ほむらとは一度話をする。
三:渚くんと会話をしていると安心する...彼と一緒に行動する。

※参戦時期は魔女・シャルロッテに食われる直前です。
※潮田渚と互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。

【潮田渚@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:鷹岡のナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:暗殺の経験を積む...?
一:鈴乃さんは殺し合いに乗っていない……?
二:何ができるか、何をすべきか、考える。
三:暗殺をするかどうかはまだ悩み中。
四:とりあえず巴さんの通っている見滝原中学校へ向かう。

※参戦時期は死神に敗北以降〜茅野の正体を知る前までです。
※巴マミと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。

500 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/17(金) 11:20:58 ID:JgrdMADY0
投下完了しました。

元々はティロ・フィナーレが紗季さんを撃ち抜くつもりでしたが『さすがに放送で名前呼ばれたら東に向かわせるつもりのないヒナギクやファフニールが動くだろう』と没にした結果、マミと鈴乃の対決別話で書けばよくない?みたいな話になってしまいました。

第一回放送は、数日以内には投下しようと思っています。

501 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:48:24 ID:v64Pj4eA0
第一回放送を投下します。

502第一回放送 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:49:46 ID:v64Pj4eA0
 時刻は5時58分。死亡者の発表と、禁止エリアの通達が行われるという放送の開始時刻まで、すでに2分を切っていた。

「……まるでエンタメとでも言いたげじゃねえか。」

 殺し合いの会場、〇〇〇〇〇〇〇〇パレスの一角。真奥貞夫は、震える拳を握り込む。見据えるは、己を慕っていた少女の仇。

「上等だ。お前の一言一句を、俺の魂に刻み込んでやる。」

 彼を突き動かすのは――身を焦がすほどの怒りであり。凍てつくばかりの悲しみであり。平然と他者を傷付けられる邪悪への嫌悪でもあった。その身が何ら潔白でなくとも――否、悪の代償をその背に負った王であればこそ――悪より悪しき邪悪に、断罪を。

 但し――彼の悪を唯一裁くことのできるはずであった勇者はもう、どこにもいない。



「……姫神。お前は一体どうして……」

 殺し合いという非日常に巻き込まれながらも――幼き頃より殺し屋に命を狙われ続けた三千院ナギにとって、死の恐怖は日常と隣り合わせにあった。この催しとて、未だ日常の延長線上を著しく逸脱してはいない。

「……なあ。この放送とやらで、何かを教えてくれるのか?」

 彼女を突き動かすのは――ただただ純粋な疑問であった。何故あの人は、自分たちを殺し合いなどというものに巻き込んだのか。その答えは――かつてあの人が自分の元を去ったその理由にも繋がっているという確信があった。

 但し――彼女にとって死の恐怖が茶飯事であったとしても、親友の死そのものはそうではない。



「……間もなくね。」

 暁美ほむらにとって、主催者の目的を探ることは最優先事項であった。そして主催者からの直接のコンタクトを得られる定時放送は、彼らの情報を得られる数少ない機会である。

「何の狙いかは分からないけど……利用させてもらうわ。」

 彼女を突き動かすのは――いつかの日の約束。もう歴史の彼方へと葬られたその世界線に、今も彼女は囚われている。インキュベーターの魔の手からまどかを守るため――利用できるものは、例え悪魔であっても利用してみせる。

 但し――――――

503第一回放送 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:50:55 ID:v64Pj4eA0




 時計の針が、6時を示した。

 各地に散らばる参加者たちは、その思惑こそ様々なれど、その殆どがごくりと生唾を飲み来たる放送に備える。

 だが、屋内に位置する参加者はともかく、屋外に放送機器らしきものは存在していない。如何に放送を伝達するのか――抱き続けてきたその疑問は、間もなく解消された。


「――やあ、調子はどうだい?」


 その軽口は何かの装置を介してではなく、脳内に直接送信された。その手段こそ一部の者たちにとっては驚くべきものであるが、それ以上に着目すべき点が他にある。

「ほとんどの人にとってははじめましてになるね。」

 その声は――姫神のものではなかった。抑揚のない、単調な語り口。知り合いを含む面々を集めての殺し合いという残酷な催しに対し、憐れみも愉悦も、何の感情をも感じさせない声色が、この世界の不気味さにいっそうの拍車をかけていた。

「――ボクはキュゥべえ。厳密にはシャドウだけど、ひとまずはそう呼んでくれるといい。」

 会場内にいる何人かは、その名前に顔をしかめて反応を見せた。

「すでに誰かを殺した人も殺されかけた人もいるだろうね。もちろん、殺された人はこの放送を聞いていないわけだけどね。」

「さて、前置きはこれくらいでいいかな? じゃあまずは禁止エリアの発表だ。うっかり聞き逃したりして禁止エリアに入ると首輪が爆発するから気をつけてくれ。」

「……まあ、ボクたちも鬼じゃない。境界線をつい越えてしまうことくらいはあるだろう。その時は今みたいにテレパシーで警告して、30秒はそこから出る猶予をあげよう。」

「それじゃあ改めて、禁止エリアは以下の通りだ。」

「今から二時間後、8:00にF-4。」

「四時間後、10:00にC-3。」

「そして六時間後、12:00にA-2。」

「続いて、脱落者の名前を読み上げるよ。興味がなければ人数だけ覚えてくれればいい。」

『影山 律』

『茅野カエデ』

『烏間惟臣』

『小林トール』

『鷺ノ宮伊澄』

『美樹さやか』

『遊佐恵美』

「以上、七名だ。」

「うーん、お世辞にもよく進んでいるとは言えないね。君たちの中にもまだ殺し合おうとしない人がいるようだ。」

「でも、きっと時間の問題だね。君たちの抱く恐れや不安、そして絶望――いわゆる負の感情は次第に増幅しているはずだ。」

「全部分かっているよ。だってこの会場は――ボクの認知で構成されているからね。」

「それじゃあがんばって。生き残れたら、六時間後にまた会おう。」

 テレパシーによる放送が途切れる。姫神に闘志を燃やしていた者、姫神の接触を待っていた者、そして――姫神に協力することが、キュゥべえの企みの阻止に繋がると考えていた者。その情報は、盤面に大なり小なり干渉し、それぞれに様々な想いを残しつつも――殺し合いは再び開始する。





「……まったく、わけがわからないよ。」

 無表情のままに、放送を終えたシャドウキュゥべえは呟く。視線の先には、長い鼻をした一人の老爺。

「どうして認知に一切歪みの無いボクに、認知の歪みに由来するパレスが存在するんだい?」

 そこはパレスの内部ではなく、夢と物質、精神と現実の、狭間の場所――ベルベットルーム。既に用済みとなったがために処刑を執行された双子の死骸を目下に据えながら、老爺は笑う。

「人は、認知のフィルターを通して世界を見る。そこには平常、少なからず歪みが生じるものだ。その歪みが強ければ、大衆心理<メメントス>から独立しパレスを生む。だが……」

 姫神にイセカイナビを与えた老爺、イゴール。ベルベットルームの住人にして――大衆の願いを統制する聖杯の化身。

「……聖杯の名の下に人々の歪みの存在それ自体を是とするならば――歪みの無きこそ真なる歪みと言えよう。」

 殺し合え、狭間に生きる者たちよ。その舞台の名は――

「――『インキュベーターパレス』。司るは、空白。」

504第一回放送 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:52:00 ID:v64Pj4eA0

【カロリーヌ@ペルソナ5ㅤ死亡】

【ジュスティーヌ@ペルソナ5ㅤ死亡】


【???/ベルベットルーム/一日目ㅤ朝】

【キュゥべえ(シャドウ)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:健康
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを運営する。
一:???

【イゴール@ペルソナ5】
[状態]:健康
[思考・状況]
基本行動方針:人々の願いを統制する。
一:???

505 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/18(土) 22:53:48 ID:v64Pj4eA0
投下終了しました。

皆さまのおかげで第一回放送を突破することができました。この場を借りて、御礼申し上げます。
そして、これからも狭間ロワをよろしくお願いします。

予約は明日の正午から解禁しようと思います。

506名無しさん:2021/09/21(火) 16:08:13 ID:aEK57LaU0
第一回放送突破、おめでとうございます!
インキュベーターは放送役にピッタリですね。
インキュベーターのパレスという発想はおもしろく、司るものが『空白』というのも納得できてしまいます。
P5主人公の参戦時期、殺されたジュスカロ、そしてイセカイナビを与えたイゴール…その意図が明かされるのが楽しみですね。

507 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/23(木) 17:32:24 ID:avrtFjpc0
エルマ、刈り取るもので予約します。

508 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:04:58 ID:.RMltRaY0
投下します。

509生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:06:12 ID:.RMltRaY0
――無味。

 喰らい尽くしたドラゴンからは、何の味も感じなかった。肉も尾も鱗も、その全てがまるで水のように後味が無い、透明な。

 食べることへの喜び、おいしいものへの執着――数あるドラゴンの中でも、私だけが特に見せていた特質。それが、消えた。消えてしまった。

 私じゃなかったものが取り除かれて、本来の私の輪郭が浮かび上がる。残ったのは、聖海の巫女としての、調和勢のドラゴンである私。かくあるべしと、固められた私。

――私が消えてなくなってしまう。

 残ったものこそが私であるはずなのに――不意に、そんな感覚が胸の中に襲って来た。

 また一つ、私が固まっただけなのに。

 また一つ、輪郭がはっきりしただけなのに。

 また一つ、あるべき姿へと変容の歩みを進めただけなのに。

 まるで、大切な何かを失ってしまったかのような、そんな錯覚。

 まるで、否定されて然るべきだと信じてきた価値観が、真逆へと転換してしまうような、そんな感覚。

「……まあ、どちらでもいいか。」

 ああ、今は本当にどちらでもいい。

 私が、いち調和勢の龍であったとしても。

 私が、本能のままに生きる、捉えどころのない水のような存在であったとしても。

――調和を乱す存在でありトールの仇でもある、眼前の死神を見逃す道理なんて、どこにも有りはしないのだから。

510生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:06:54 ID:.RMltRaY0
 死神の虚ろな眼と、視線がぴったりと合った。片時も外さぬその様相、向こうもこちらを天敵と認識したのは明らか。

「……さて。」

 誰に語りかけるでもなく、口を開いた。本来その言葉の向かうべき相手がもうこの世に居ないことは分かっている。

 だけど、吐かずにはいられなかった。

「最後の――勝負といこうか、トール。」

――トールとは、勝負するのが好きだった。

 混沌勢と調和勢、馴れ合うには互いの背負うものの違いから生まれる溝が、あまりにも大きすぎた。あいつとの関係の根底にあるのは、対立。けれど、あいつが人間たちの宮殿を破壊したあの時までは、決して殺し合うことを是とする仲では無かった。

 その結果として生まれたのが勝負という儀だ。戦闘でなくとも、闘争ではある関係性のいち形態。混沌と調和の狭間にあるような、その程度の仲が私たちには丁度よく、そして心地よかった。

 しかしその決着は、一度も付かなかった。互いが負けを認める性分では無かったから。保留している限り、"次"が約束されていたから。

 しかし、今やもう、その"次"は約束されていない。

「お前が倒せなかったコイツを私が倒したら……私の勝ちだ。文句はあるまい?」

 多くの者と連戦を重ね、少なからず深い傷を負っているはずの刈り取るもの。しかし、未だ満身創痍にはほど遠い。特に、スキル『超吸血』によりさやかの死骸から力を吸収したことがその要因として大きかった。魔法少女としてのさやかの力は、想い人の腕の大怪我を治すための『癒し』に由来する。力の属性は、すなわち回復。その力を吸収した死神は――エルマが切断していた腕ごと、既に再生を果たしていた。それならば、純粋な戦力としてはトールと戦った片腕の死神よりも――

(……だから、どうした!)

 正しさに裏打ちされた理屈なんていらない。逃げる選択肢を取るつもりがないのなら。

「ぶつかって……ありったけをぶつける、それだけだぁぁっ!!」

 一歩近付くと、眼前に核熱がほとばしる。逃げるつもりがないとの予測の上で、こちらの前進を待っていたのだろう。力量に明確に差があるならば、先手を打って即座にねじ伏せればいい。逆ならば、先手を打たれる前に逃げるより他にない。その上で、こちらの攻撃を"待って"いるのなら、その意味はひとつ。

「受け止めるつもりか、ドラゴンの一撃を。」

 武器を持っていないからか。それとも頭数が減ったからか。この程度の攻撃で止められるつもりとは、随分と甘く見られたものだ。

 意にも介さず走り抜ける。振り抜くは、拳。ドラゴンの身体能力に、本来人間の身の丈に合った武器など、必要無し。

――空間殺法

 応戦に用いられたスキルは瞬速の妙技なれど、トールがその軌道を見切り、受け流したもの。超えねばならぬ壁に、他ならない。

「負けないよ。」

 見舞った体技と相殺し、両者は再び見合う。先のトールのように、完全なカウンターを叩き込むには至らない。

 喪失も、怒りも。精神論など――決定的なスペックの差を埋めるには、足りない。普段の戦いの実力はほぼ同じであっても、普段と異なる徒手空拳の戦闘スタイルにおいてはトールのそれに一歩及ばない。

511生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:07:21 ID:.RMltRaY0
(まだだ。)

『――馬鹿だな。崖から足を滑らせた人間など、放っておけばよいものを。今回は、我の勝ちだな。』

――追想するは、いつかの、トールとの勝負。

(まだ、足りない。)

 鳴動する剛炎が、再び懐に潜り込もうと迫るエルマの行く手を塞いだ。

『――旅人のコートを脱がせれば勝ち? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの吹き飛ばしてしまえばいいではないか。』

――単なる競走であるときもあれば、変わったルールを設けたこともあった。

(あいつのように。)

――あいつは、いつもドラゴンとしての威風に満ちていた。だから――

 翻した右手より顕現するは、トールより喰らった魔力を用いて発した激流の魔力。炎を打ち消し、進む道を開く。その先には当然、刈り取るものの姿。

(――奴に終焉をもたらせるだけの、闘志を!)

 再び、ぶん殴る。腕に襲い来る、今度こそ明確な手応え。剛腕が刈り取るものの胴体を打ち付け、その巨体を大きく後退させる。

 全身の体躯がぐらりと揺れる味わったことの無い感覚に、かの刈り取るものとて動揺を覚えずにはいられない。

「まだだっ!」

 その一撃に終わらず。跳躍し、徒手空拳から繰り出される連撃。

 一撃目は、胴体を大きく揺らした。

 二撃目に、反撃に突き付けられた二つの銃口を払い除け、大地に叩き落とす。

 三撃目に、真っ直ぐに打ち付けられた正拳が刈り取るものを吹き飛ばす。

「……しぶといな。」

 その上で――常人ならば両の指で数えられぬ回数肉片に変わるドラゴンの連撃を受けてなお、刈り取るものはそこに在り続ける。落としたはずの拳銃も、両の腕に収まっている。存在自体が認知で構成されている刈り取るものというシャドウは、武器である拳銃も含めた認知存在。腕の再生とともに、必然的にそこに"在る"同体。

――至高の魔弾

 無造作にばら撒かれた弾幕。その一つ一つが、命を文字通り刈り取らんとばかりに、どす黒く煌めいて――されど、足りない。怒れる龍を鎮めるには、到底。

512生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:07:48 ID:.RMltRaY0
「うおおおおッ!!」

 両腕を掲げるとともに、エルマの激情を具現化したかの如き竜巻が、亜音速の弾丸の全てを吹き荒らして消し飛ばす。

 同時に、嵐に身を隠し疾走する影。それに刈り取るものが気付けど、もはや手遅れ。両手を頭上で組み、上方から頭部を叩き付ける。刈り取るものを通して大地にまで亀裂が走るほどの衝撃。弱点としての脳など存在しないが、しかし衝撃で大きく体勢を崩した刈り取るものを加えて蹴り付ける。ダメージを許容しつつ何とか起き上がった刈り取るものは、『スキル』を詠唱する。次は炎か氷か、或いは雷か。どの有形力にも対抗できるよう、一歩引き下がって獄炎のブレスを準備し――

「……ッ!」

――サイダイン

「ぐっ、ああああっ!!!」

 しかし反撃に繰り出されたのは、有形の属性ではなく、脳に向け直接送り込まれた害悪。不可視の脳波に抗う術もなく、頭を内側から掻き回されているかのような振動に膝を着く。

 元より戦闘不能に至るだけのダメージを、食によって無理やりつなぎ止めていただけの肉体。そもそもにして限界は近かったのだ。視界が揺らぐ。栓が外れたように全身から力が抜けていく。幻か――刈り取るものに重なってトールの姿まで見え始めた。

(……遠いな。)

『――トールが行方不明だそうじゃ。』

 死神――冥界の王ハデスの系譜であるそれは文字通り神性を帯びた存在であり、ドラゴンよりも種族としての格においてひとつ上に位置する。

『――神々の軍勢にたった一人で戦いを挑んだらしい。』

(お前も、こんな景色を観ていたのか……?)

 世界の調律者たる神を打倒するのが容易であるならば、調和勢と混沌勢など生まれ得なかった。ドラゴンという絶対的存在として管理を受けることを嫌悪しながらも、しかしそれでも既存の秩序に組み込まれることを良しとする調和勢が生まれたのは――偏に神族の格を絶対視しているからに、他ならない。神の打倒が成せぬという共通の理念の下に、調和勢は存続している。刈り取るものへと食らいつくことは、間違いなくドラゴンの戦争の歴史に裏打ちされた無謀であった。

『――おそらくは、生きてはおらんじゃろう。馬鹿なことを……。』

(ああ、知ってるよ。だって、この死神に挑まずにはいられない私も――)

 あの時は、神々の軍勢へ報復に単身向かおうなどとは考えなかった。結果的にトールが生き延びていたとはいえ、当時はトールの死を確信していながらも、ただただトールの身を案じることしかしなかった。だが、今は違う。刈り取るものにその身をもって報いを与えんと挑戦している。

 あの時と今の差異は、何か。そんなもの、分かりきっている。

 あの世界でトールと新たに築いた絆が、刈り取るものを逃がすことを許容しないんだ。それくらいに――

513生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:08:12 ID:.RMltRaY0
(――どうしようもない、大馬鹿なのだから!)

 おぼつかない足をその地に立たせているのは、単に気合いでしかない。そんな満身創痍の状態のエルマに追撃で与えられる銃撃。二度、三度……人間を遥かに超越するドラゴンの皮膚の硬度を持ってしても、ギリギリでつなぎ止められた生命の糸を揺らすには十分過ぎるだけの痛みがエルマを襲う。

 銃撃の数が二桁に達したその時、耐え難い衝撃についに膝をつく。銃撃に撃ち抜かれた脚は、もはや身体を支えるのに役に立たない。ならばと下半身を水竜のそれへと変貌させ、浮遊。

 全身のドラゴン化はパレスに制定された制限により不可能。しかしドラゴンの力を解放した半身は、人間形態を超えた速度で接近を可能とする。ただし――

「……あっ。」

――力の代償。超速接近を臨んだ以上、途中では止まれない。

(まずいまずいまずいっ!)

 不審に思うべきだったのだ。刈り取るものが何ら『スキル』を付与せぬ銃撃を繰り返していたことに。銃口のその向こう、硝煙に隠れた先。死神には、何かを準備する猶予があった。

――メギドラオン

 真に強者と認めたものにのみ放たれる、刈り取るものの切り札。トールを葬った、混沌よりも深い終焉。刈り取るものにとって、すでにエルマは真っ先に排除すべき天敵であった。

「……く、そぉ……っ!」

 あの銃撃は確実な死をもたらす爆心地への誘導だったのだ。死神のもたらす死、その真骨頂。

――ふと、自嘲が漏れる。

 殺意に身を任せ、攻撃のみに一点集中した結果が、これだ。ああ、トール。私は……どうやらお前のようにはなれないらしい。輪郭が見えず、自分だけの色を持ちながらそれでも何色にも染まろうとする、透明な――水みたいな。そんな、ただそこに在り続けるだけの生き方が。

――私は、羨ましかったんだ。

514生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:08:40 ID:.RMltRaY0
『――さすがはテルネ様の一族だ!』

 私には、立場があるから。自分というものが、すでに周りによって固められているから。

『――聖海の巫女様! どうか私たちに恵みを……』

 そんな私が――お前のように生きられるはずがなかったんだ。お前のようにひとりぼっちで神に挑んだとて、お前のように……或いはお前よりも無様に、その身を散らす結果にしかなり得ない。そんなの、最初から決まっていたじゃあないか。

『――お前……一生そうしてるつもりか?』

「っ……!」

 だから、やめろ。やめてくれ。私は水にはなれないと、知っているから。

――私を変えようと、しないでくれ。

「私は……。」

――立場が定められた私は、変わっちゃいけないんだ。だから……

「私、は……!」

 刈り取るものの眼が妖しく煌めく。崩壊が、発動する。

――だから私は、何も選べない。





――だけど。

 たった一つ、夢を語るなら。

 たった一つ、希望を謳うなら。

 たった一つ、本当の気持ちを吐露するならば。

515生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:09:06 ID:.RMltRaY0
「ただ……お前と……一緒にいたかったんだああああっ!!」

 たった一つ、叫びと共に――空間が空白に包まれていく。

 これは、無謀に等しい神への挑戦。確定された終末の訪れ。

 なればこそ、戦いによる戦いの終結を願ったドラゴンが、神剣によって撃墜された、かつてのラグナロクと同じ結末も――

――"独り"で戦う私には、必然的な到来か。








――但し。








――本当に、それが"独り"であるならばの話。

「……そうか。」

 死神が、その名の通り相手の命を確実に刈り取ることを確信して放った必殺の絶技。その残滓の中――エルマの命の灯火は、消えずそこに存在していた。虚ろな眼が、驚愕に見開かれたのも束の間。すでに残像を残して消えていたエルマの動きに、反応が追いつかない。

「お前が救ってくれたんだな、トール。」

516生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:10:48 ID:.RMltRaY0
――時に、食べるという行為は儀式的・呪術的な意味合いを内包する。

 肝臓が丈夫な生き物の肝を食せば、肝臓が良くなる。目の良い生き物の目を食せば、目が良くなる。或いは――不死の象徴たる人魚の肉を食せば、予言の力を持つ妖怪くだんの肉を食せば、それに応じた力を得られる。これらは一例であるが――他者の一部を取り入れるという行為は、その相手の能力や資質を取り入れるという発想とかなり近いところにあるのだ。

 エルマは――混沌の龍トールの肉を骨ひとつ残さず喰らい尽くした。

 本来であれば食すという行為で得られる力は、体内に存在した魔力や栄養素を取り込む程度の効力しか発揮し得ないだろう。しかし――ここは桜川六花についての知識を有するインキュベーターの認知で構成された世界。そこで成された『食』の行為には――少なからず、力の継承という意味が生まれる。

 異世界と空間を接続し、そこへ物質を転送するトールの魔法。出自の違いから、エルマには到底扱い得ぬ類のものであったが――食によってトールの力を受け継いだことで、その魔法は発動した。エルマを消し飛ばすはずであったメギドラオンは、その力の根源ごとどこか異世界へと転送され、パレス内から消滅した。

 その因果を経て――今、エルマはここに立っている。そしてメギドラオンという絶技の反動で動きが鈍ったその瞬間を、エルマは逃がさない。冷徹なる調和の意志を宿した拳が、刈り取るものの顔面を打ち付ける。みしり、と音をかき鳴らしながら沈んでいく拳。

「さあ……終わりだ。」

 その瞬間、冷たさに満ちていた拳が、熱く熱く、燃え上がった。そこに宿るは、調和とはほど遠い、混沌の意志。勢いを増した拳は容易に刈り取るものの顔面を砕き、貫いていく。

 その瞬間を以て――死神の名を冠した大型シャドウ、刈り取るものの巨躯は塵芥へとその身を散らし、虚無の中へと沈んでいった。

 その散りざまは、あれだけの存在感を示していた割に、いやに呆気なくて。虚構に生まれた存在というものの儚さを、提示しているようで。

 何にせよ、これで終わったのだと、確かな実感を込めて静かに呟いた。

「……勝ったよ、トール。」

517生生流転――ふたりぼっちのラグナロク ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:11:38 ID:.RMltRaY0
 そして、それと同時に――その場で仰向けに倒れ込んだ。

「勝負は、引き分けだな。お前がいなければ勝てなかった。だけど……この、勝利だけは。味覚の壊れた私にも、勝利の美酒の味わいを与えてくれるものなんだな。」

 見上げた先には、眩しいばかりの太陽と――それが照らし出す青空が、広がっていた。

「……なあ、トール。」

 そしてその先に――いつもと変わらない、トールの姿を見た。

「お前を元の世界に連れて帰る……だっけか? もうそんな建前は言わないよ。」

 ぼんやりと霞みゆく視界の中でも、トールの姿だけは変わらずそこに在り続ける。いつか仲直りした時と同じように、何処か照れ臭そうにこちらを見ている。

「……今度こそ二人で、一緒に旅をしよう。人間の世界を見定めるなどという目的もない、ただ私たちが楽しむためだけの、自由な旅だ。」

 死神の多彩なスキルを、少なからずその身に受け続けたこと。それに加え、メギドラオンの衝撃も完全に異空間に消し飛ばすことは出来なかったこと。すでに身体は、限界を迎えていた。

「人間の姿のままでの食べ歩きもいいな。お前が隣(そこ)にいてくれるなら、きっとどんなものでも、美味しいだろう。」

 そもそもの話――この二度目の戦いに出向けたのも、トールの死骸から得られた体力と魔力を糧としたものに過ぎない。戦う前から、とうに限界など超えていた。

「それに……そっちだったら、小林さんも連れてこいとは言うまい?」

 だから――この時は、必然的な到来であったのだ。

「……ああ。」

 どこか満足気な表情のまま、エルマはそっと目を閉じた。

「――本当に……楽しみだ。」

 その様相たるや、漂う水のように。静かに、そして、安らかに。


【刈り取るもの@ペルソナ5ㅤ死亡】
【上井エルマ@小林さんちのメイドラゴンㅤ死亡】

【残りㅤ36人】

518 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/24(金) 22:12:15 ID:.RMltRaY0
投下終了しました。

519 ◆2zEnKfaCDc:2021/09/25(土) 01:30:11 ID:dd/3R.PM0
全滅で状態表がなかったので時間帯が伝わらなくなってましたが、【E-6/朝】です。wiki収録時に追加します。

そして連絡を忘れていましたが、件のwiki荒らしの対策のため、wikiの編集権限を制限しています。何か追加したい事項があればこちらのスレか、もしくは私のTwitter(@私の酉、もしくは#狭間ロワ のハッシュタグでいちばん頻繁に発言している奴)にお願いします。(死者スレのネタなども是非……

520 ◆s5tC4j7VZY:2021/10/02(土) 20:47:19 ID:3CTLlQug0
遅くなりましたが、投下並びに第一放送突破おめでとうございます。

Turning Points

まどかも、その音を知らなかった。その音の意味を理解できないほど楽観的ではないが、しかしその主を識別できるほど"彼女"との仲を深めていなかった。
↑参戦時期故に気づかないのは、なるほど!と思いました。
そして、戦闘中の放送が、もたらすのは……次の話が楽しみです。

第一回放送

何人かの参加者の独白がまた味があっていいですね。
ペルソナ勢がいるだけに誰かのパレスとは思っていましたが、まさかの正体に脱帽しました!!!
さて、会場がパレスと言うことは”オタカラ”果たして奴のオタカラとは……

生生流転――ふたりぼっちのラグナロク

もう、文章を一文読むごとになんというか色々な感情が胸にこみ上げてきました。

「――本当に……楽しみだ。」

 その様相たるや、漂う水のように。静かに、そして、安らかに。
↑エルマには本当にお疲れ様の言葉をかけたいです。
死者スレではトールと2人旅しながら過ごす姿が見たいですね……

狭間ロワのさらなるご活躍をお祈り申し上げます。

521 ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:32:02 ID:GoEHiShI0
ゲリラ投下します。

522このちっぽけな世界で大いなる退屈を遊ぼう ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:32:44 ID:GoEHiShI0
 ぽっかりと空いた空白があった。如何なる財物を得ようとも、万能の英智を駆使しようとも、決して埋まることの無かった心の空白。しかもそれは、内側から蟲が喰い破っていくかのごとく、年月の流れと共にじわじわと広がっていく実感があった。

 ただ私はそれを、埋めたかった。ただ、それを埋められるのが何であるのか、分からなかった。

 その一方で、私には力があった。望むものを、望んだように手に入れられるだけの力が。運命とやらさえ引き寄せるだけの、王の資質が。その空白を埋めること以外は、何であろうと実現は可能だった。

 強欲に、されど貪欲に。望んだ数だけ世界は私の手の中に収束していく。まるで世界全てが最初から私であったかのように、パズルのピースが難なく型にはまっていく。私がひとつずつ、出来上がっていく。

 だけど行方不明のピースが、たったひとつ。それはまだ、形すらも見えてこない。その空白がある限り、私という存在は決して完成しない。手に届く場所にあるのか、それすらも分からない。

 だけど、私が本当に何もかもを手に入れられるのなら。私が本当に、願いを掴み取る力があるのなら――真に全てを手にした時、答えは必ずその中にあるだろうさ。

――その確信を軸に据えて、私はここに立っている。

 自分という存在を完全なものにするがために。唯一、望むだけでは得られないものを得るために。

 そして、その因果の先に――



「……適合した、か。」

 今ここにまたひとつ、初柴ヒスイという名のパズルに、ピースが当て嵌められた。彼女がそれを求めていたなればこそ、この結果は必然的な到来だった。

 その手に握っているのは、魔王の宝剣――手にする者に魔王の絶大なる魔力の一部を供給し続ける魔剣。魔力の受容体を持っていても許容量を超えやがて発狂に至るであろうその魔力を、あろうことかヒスイは、受容体すら無しに強引に取り込み続けた。そしてその結果――ヒスイの体内には確かに、魔力を受容し、はたまたコントロールをも担う器が、形成されたのである。

 無尽蔵の精神力は、人間の肉体の限界すらも超克した。生まれ持っての素質より扱い得ぬ力をも、その身に宿したのだ。

 そして、そのリミットさえ超越してしまったならば――

523このちっぽけな世界で大いなる退屈を遊ぼう ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:33:11 ID:GoEHiShI0
「ふむ、悪くない。」

 軽く振り回した宝剣に、供給され受容した魔力を、試しとばかりに宿した。

 ひと凪ぎ。

 剣の軌道に沿って、朱い焔が煌めいた。

 ふた凪ぎ。

 残火に揺らめく空気が凝結し、急速にその温度を無くして凍り付く。

 3、4、5……素振りのひとつひとつに、あらゆる属性のエンチャントが成されていく。それはエンテ・イスラに点在する多くの魔法剣士たちが、幾年もの修練の果てに漸く掴み取れるであろう絶技の数々。魔力――もとい、聖法気の受容体という基盤を同一にしたその瞬間から、ヒスイはその応用となりうる全てを手に入れていた。これこそが、巨額の富を築いた三千院帝をして驚異と言わしめた、初柴ヒスイの真骨頂。

「夜空を操る霊力とはまた違う。イメージを具現化するかの如き、万能の力。異世界にまで視野を広げれば、まだこのような力は眠っていたのだな。」

 素晴らしい、と感嘆の声を漏らす一方で、心の空白は少しだけ広がったような気がした。三千院家の令嬢、ナギとその執事を殺すことが確定してもまだ、手に入れていないものがあるらしい。

「……それにしても。伊澄、お前が死んだか。」

 霊力について想起したからか。先ほどの放送の余韻が、今さら襲ってきたようだ。

「残念だよ。私も鬼じゃあないんだ。せめてひと思いにお前を楽にしてやるくらいの情けはかけてやるつもりだったんだが……。」

 光の巫女、鷺ノ宮伊澄の、人間として規格外の霊力。伝承の中で神性を得たキング・ミダスの娘、法仙夜空をしても苦戦を強いられた強敵として、彼女はこの戦いの中で立ち塞がるものだとばかり思っていた。それが、最初の放送を迎える前からこのざまだ。

 落胆、とは少し違う。伊澄には、野心が決定的に足りないという認識は昔からあった。十二分に王を目指せるだけの才覚を持ちながら、現状に甘んじ、誰かから差し伸べられる手を待っている。殺し合いの世界でなくとも、心の在り方が根本的に王の器から遥か遠く。ましてや他者を蹴落とすこの世界では、遅かれ早かれ敗北を喫することはもはや確定していたに等しい。

 だが伊澄が脱落した現状に感じる物寂しさをあえて言語化するならば――きっと、同化した夜空の追想といったところだろうか。伊澄を含むナギの執事との王玉を巡る戦いにおいて、姫神の乱入や夜空の英霊化などにより、結局夜空と伊澄の戦いの決着は付かずじまいだった。負けず嫌いな一面のある夜空としては、その再戦は望むところだったのだろう。それが、もはや二度と果たせなくなってしまった。二度と――鷺ノ宮伊澄に"勝利"することは、果たせなくなってしまった。

「……時間が惜しいな。綾崎ハヤテ、どうかお前は私に殺されるまで、死なないでくれよ?」

 勝利は、疑いを差し込む余地もなく確信している。初柴ヒスイという少女が殺し合いに降り立った地点で、あらゆる運命はヒスイに味方をすると決まっている。求めるものは、それではない。

 この胸に在る空白を。常に望むものを手に入れてきた私が、唯一手に入らない充足を。

 

【C-2/草原/一日目ㅤ早朝】

【初柴ヒスイ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:サタンの宝剣@はたらく魔王さま!
[道具]:法仙夜空@ハヤテのごとく! 武見内科医院薬セット@ペルソナ5 基本支給品×2 不明支給品(0〜2個)、烏間惟臣の不明支給品(0〜3個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝利する。
1.次の闘いへ向かう
2.王となるのは私だ。
3.本当に、願いで死者さえも甦らせることができるのなら―――
4.次に出会ったときナギと決着をつける…どちらかの死で。
5. 誰が相手でも躊躇しない
※原作51巻、ハヤテから王玉を奪った後からの参戦です。

【支給品状態表】

【法仙夜空@ハヤテのごとく!】
ヒスイに力を授けるために英霊となった法仙夜空。すでにヒスイと融合している。上段に人間のような二本の腕、下段に骸のような二本の腕がある。現在は下段の右腕が粉砕されており、残りは三本。

【武見内科医院薬セット@ペルソナ5】
武見妙が扱う医薬品。効果は確かに効く。
内訳 ナオール錠50mg×2 ダメージ・疲労を(低)回復させる
   ナオール錠100mg×2 ダメージ・疲労を(中)回復させる
   全快点滴パック×1 ダメージ・疲労を全回復させる※参加者との戦闘中は使用不可

524 ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:34:07 ID:GoEHiShI0
投下完了しました。

525 ◆2zEnKfaCDc:2021/10/08(金) 05:34:52 ID:GoEHiShI0
すみません。状態表の修正を忘れていました。
【C-2/草原/一日目ㅤ朝】です。

526 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 07:23:21 ID:2dE7nyjY0
綾崎ハヤテ、新島真、岩永琴子で予約します。

527 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:21:46 ID:2dE7nyjY0
投下します。

528共に沈めよカルネアデス ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:23:00 ID:2dE7nyjY0
「――お待ちしていました。」

 数十分前に殺し合いを繰り広げた間柄とは到底思えぬほどに、新島真と相対する岩永琴子の表情は余裕に満ちていた。

「……何のつもり?」

 この現状が不可解であることに気付かぬほど考え無しな真ではない。先手を許してしまった以上、綾崎ハヤテの運転する自転車に乗っていれば、ヨハンナの追跡から逃れ切ることは充分に可能であったはずだ。仮にハヤテと何らかの衝突があり別れることとなったにしても、ルブランと負け犬公園の間に位置する場所で待機していれば自分と遭遇するリスクが高いことは承知のはず。この場に岩永が留まり、自分を待ち構えていたという事実、その地点で何かの罠を疑うのが鉄則というもの。何より、岩永の同行者であったハヤテの姿が見えないのが気にかかる。

「準備が整いましたので、然るべき提案をしに来ただけですよ。」
「準備……?」
「ええ。」

 暴力で捩じ伏せるのは容易であるはずなのに、それを行使してしまったら破滅への道を歩み出す結果となるという感覚がどうしても抜けないのだ。ゆえに真は、それ以上踏み込むことができなかった。安直な暴力への躊躇を感じ取った岩永は僅かに会釈し、一拍間を置いて答える。

「といっても中身はシンプルです。……和解といきましょう。」

529共に沈めよカルネアデス ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:23:56 ID:2dE7nyjY0



 時は遡り、放送直後。

 放送の情報を纏めてメモし終えた岩永と、そのために移動を止めていたハヤテ。岩永は何かを考え込むように指を顎に当て、一方そんな彼女の様子も目に入らないほどに、ハヤテは戦慄していた。

(まさか……伊澄さんが死んでしまう、なんて……。)

 殺し合いなどというフィジカルに特化した催し、お嬢さまの身が危ないという意識は充分にあった。西沢さんやマリアさん、さらには武闘派のヒナギクさんに対しても、そういった危機感は少なからずあったはずだ。だが、それでも伊澄さんに関しては、その点の心配は殆どしていなかった。不思議な力を操り、この世のものならざるものも日常的に相手にしてきた伊澄さんが、まさか他の皆よりも先に殺されてしまう事態など――正直、起こり得ないと思っていた。伊澄さんは守るべき相手ではなく守る側であるのだという油断があった。そんな気の緩みの中に叩き付けられた、彼女の死。それはお嬢さまだけでなく、西沢さんもマリアさんもヒナギクさんも――他の知り合いたちだって当然に殺され得ることを示していて。

(……僕は本当に、お嬢さまを守れるのか……?)

 浮かんできた考えも当然にネガティブなものにならざるを得なかった。根性論でもご都合主義でもどうにもならない死という不可逆を、改めて提示されたのだ。やもすればそれをも覆してしまうかもしれないゴーストスイーパーは、もうこの世に存在していない。

 ぐるぐるとから回る思考が、ハヤテを焦らせる。結局やるべきことは1秒でも早くお嬢さまを見つけることに収束するというのに、それができないことがもどかしい。そもそもお嬢さまがどこにいるのか分からないし、そういう『取引』をした以上は岩永さんも守らなくてはいけないし……

『――ハヤテさまにとって、一番守りたいものはなんですか?』

ㅤふと、ハヤテの脳裏に悪魔が囁いた。

『――ハヤテさまにとって、一番大切な人は誰ですか?』

 ……否。厳密には囁いたのは悪魔ではなく。強いて言うならば、亡霊か。

 この世界で唯一数えた喪失である伊澄のことを思い返したことによって、生前の彼女に言われた言葉が不意に頭の中に反芻されたという、ただそれだけの事象だ。だけど、その事象が示す意味は、明確に悪魔の囁きと呼んでも過言でないものであった。

 お嬢さまに相続されるはずである三千院家の遺産を実質上放棄せねば、アーたんこと天王州アテネを救えない、と。お嬢さまの将来か、アーたんの命か、どちらかを犠牲にするよう突き付けられた時の言葉。現状も、その時と同じであるからだ。岩永さんをここで見捨てれば、お嬢さまを探すことだけに集中できる。僕が本当に守りたい人だけを、守れる。

(そうだ。取引といっても、結局は口約束。岩永さんとお嬢さま、仮にどっちかを切り捨てないといけないのなら、僕に迷いはない。)

530共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:25:17 ID:2dE7nyjY0
 岩永さんは未だ何かを考え込んでいる様子で、彼女の支給品であったデュラハン号は自分の手の届く範囲に放置している。もし、自分がデュラハン号に即座に乗り込んで颯爽と逃げ出したとしても、彼女には何も手出しは出来ないだろう。岩永さんと二人乗りで自転車を漕ぐ場合、岩永さんに配慮した速度で乗り回さないといけない。それは……お嬢さまを探す自分にとって邪魔な事実でしかないじゃないか。

(別に彼女を殺そうというわけじゃない。だったら……)

 かつて、お嬢さまを守るためだったら法律すらどうでもいいと豪語したことがある。それに一切の誇張はないし、ましてやこの場で試されているのは法律ですらない、倫理観という曖昧なものだ。ひとつの舟板に、掴まれるのはただ一人。大切な人を掬い上げるためには、もう一人を沈めるしかない。

 ここまで岩永を裏切るに値する条件が揃ってなお、あえてハヤテを躊躇させているとすれば、それがお嬢さまを守る結果に確実に繋がるとは言えないこと。理想は当初の予定通りに岩永さんを守りつつお嬢さまも守ることであり、それへの道も決して閉ざされているわけではないということ。極論、今この瞬間に目の前の草むらからひょっこりとお嬢さまが現れ、岩永さんと三人で脱出を目指すことになっても何らおかしくはないわけで、まだ理想を追う道は充分に残っているのだ。しかし、仮に見捨てる選択肢をとってしまえばもう岩永さんとの信頼は回復しない。岩永さんを見捨てた上で、彼女がどうにか一人で生き残ったとしても、僕は彼女の脱出に協力する資格を失うのだ。それに、少なからずお嬢さまのために動いてくれている岩永さんを裏切ることだって、悪いと思わないはずもない。

『――もちろんあなたには力ずくでこれを奪うという選択肢もありますよ。』

 岩永さんにデュラハン号を提示された時の言葉が、今さらながら脳裏に浮かんできた。あの時は心配性だ、なんて思いながら否定したけれど。こうして殺し合いという事実に改めて向き合ってみると、僕がそれを選択するもしもすら現実的なものであったのだと分かる。僕は伊澄さんの死によってようやくこの殺し合いの非情さを認識したが、岩永さんはこの殺し合いがどういうものなのか、あの段階で大まかに見通していたということだ。

(そうだ、岩永さんは僕に見えないものも見えている。お嬢さまを守るのなら、彼女の力を借りるのは必要で……)

 取引を放棄すれば岩永さんを敵に回すことになるのは、どう見積っても間違いないのだ。彼女の性格を考えると、仮に裏切ったとてお嬢さまを報復に殺すような真似は流石にしないとは思うが、ここまで彼女の頭脳の片鱗を少なからず目の当たりにしている以上、なるべく彼女は味方につけておきたい存在であることは確かだ。

 結局先に浮かんだ想像を、気の迷いとして切り捨てたハヤテ。同時に、自己嫌悪が襲い来る。

(……はぁ。最低だ、僕は。)

 彼女を裏切ることを実行し得る選択肢として挙げたこともであるが、更にはそれを止めたのは道徳ではなく、彼女の頭脳を当てとする打算でしかなかった。

531共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:26:10 ID:2dE7nyjY0
 もし、世の中が打算のみで回っていたとすれば、僕は今ここに立っていない。ヤクザに売られ、誰からも見放された僕をつなぎ止めてくれたのは、お嬢さまの、打算なき優しさだった。だというのに、僕が今の今まで考えていたことは、その優しさに真っ向から反する行いだ。

 そんなハヤテの後悔すら、見透かしたかのように――岩永は、唐突に切り出した。

「デュラハン号はこのままあなたに差し上げます。その上で――同行関係は、一旦ここで打ち切りとしましょう。」
「……えっ?」

 それを本心では望んでいた自覚があったからこそ、必要以上の驚きがあった。

「い、一体どうして……」
「そもそもの話をしましょうか。」

 唖然とするハヤテをよそ目に、デュラハン号の方へと歩みを進めながら岩永は口を開く。

「殺し合いを命じられていながらも私たちが同行に至った理由は大きく分けてふたつ。あなたの探し人の保護と、私の安全の確保です。
 ここで、あなたの探し人の保護のみに観点を置くのであれば、彼女の捜索にあたっての移動手段として、デュラハン号があればそれ単体で足りるでしょう。その点、私は重りでしかないし、むしろ私と手分けした方がナギさんの発見に至る可能性は高いとまで言えます。
 つまり私たちが同行していることのメリットは、全て私の安全確保にのみ直結しているのです。
 これは私にとってはリスクでしかありません。あなたがあなたの目的にのみ忠実に動くのなら、私を切り捨てるのが最適となるのは自明なのだから。」

 そんなことはしない、とハッキリと言えたら良かったのだろうけれど。彼の脳裏に過ぎった考えと完全に一致していたからこそ、何も言えなかった。だけどこのまま俯いていても心の底を見透かされてしまうような気がして、黙ってこくりと頷いた。

「……そしてこれはここまでの同行であなたを信頼しているからこそ伝える情報でもあるのですが……リスクを承知の上であなたに同行していた理由のひとつに、私の探し人であった桜川九郎があります。
 彼は、自分の身の危険に対してすごく疎い。このパレスとやらによる制限が彼の体質にいかなる影響を及ぼすか不明だったので、可能であれば彼に一言、注意喚起をしておきたかった。
 ですがこの6時間で彼と会うことは叶いませんでした。それでも、彼が死んでいないことは放送から分かっています。パレスに人魚の力への制約がなかったのか、はたまた彼自身が身の危険を察知し死なないように立ち回っているのか……どちらにせよ、私が彼を急いで探す必要が薄れたことは今の放送から明らかになったということです。」

 岩永は語り続け、ハヤテは下を向いたままだ。まともに直視ができない。今、彼女はどんな顔をしているのだろう。何もかもを見透かしているかのような印象すら受ける岩永の眼光は今、どこを向いているのだろう。心苦しさに胸が詰まりそうだった。何かを言わなくては、耐えられなかった。

「……岩永さんの身の安全はどうするんですか?」

 震えた声で、ハヤテは尋ねた。ハヤテにとって何より腑に落ちない点はそこだ。岩永を置いていくことで得をするのは自分のみ。彼女を放置して逃げる想像を先ほどまでしていたからこそ、それは特に理解している。それをあろうことか彼女の側から提案してきたのだから、疑問に思わないはずがない。

「ご心配なく。それについてもアテはあります。」
「そのアテとは何ですか?」

 さらに食い下がるハヤテに、キョトンとした顔持ちで見つめる岩永。

532共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:27:18 ID:2dE7nyjY0
「……一応、現状この話はあなたにとって悪い話ではないはずだと思いますが。」
「それでも、心配に決まっているじゃないですか。」

 それは紛れもなくハヤテの本心であるが、同時に裏切りを考えたことへの罪滅ぼし的感情でもあった。このまま彼女を置いていくことが、自分の裏切りの結果のように思えてならなかった。

「……なるほど。確かにこの条件はあなたに有利です。私としてはそれでも構わないと思っての提案なのですが、それであなたに罪悪感を与えてしまうのはやぶさかではありませんね。
 では、ひとつ条件を付けましょうか。あなたの支給品の中から……そうですね、それをデュラハン号と交換の形でいただく、というのはどうでしょう。」

 岩永が指したものを見て、いっそうの戸惑いを見せるハヤテ。それは彼のよく知る道具だったからだ。

「こ、こんなもの……何に使うって言うんですか。」

 あまりにも殺し合いという用途からはかけ離れたその道具が本当に岩永の役に立つのか、そんなことはどうでもよかった。ハヤテにとって重要なのが、その道具を彼の前で用いた者が、いかなる末路を辿ったかということ。

「こういうのもアレですけど……これ多分ハズレですよ?」

 岩永が指した道具は、クルミ割り器。それは決して、殺し合いの武器などにはなり得ぬただの道具だ。殺し合いの世界における支給品としてハヤテが称した『ハズレ』との評価も、何ら間違ってはいない。

 しかし彼にとっては、それはお嬢様の『自己犠牲』を象徴する、忌むべき道具でもあった。岩永がそんなことを知る余地はないと理解していても、彼女も彼女と同じ道を進んでいるのではないかと、心のふちに刺さった邪推が抜けなかった。

「用途は思いついています。少し賭けの要素も含みますが……」
「……じゃあ、そのアテとやらを確保できるまでは同行します。」
「それはできません。そのアテの確保にはあなたがそこに居ないことが必須であるからです。」
「でも……危険ですよね?」

 そのアテというのが誰のことを指すのかは明らかだった。これまでの経路で二人が出会うか、または大まかな位置を把握し得るのは『新島真』と、彼女との情報交換で得た『刈り取るもの』の両名のみ。彼女によれば後者はむしろ回避すべき危険そのもの。消去法的に、新島真しか有り得ない。

 半ば決別的に別れた彼女を用いた安全確保とは、一体何であるのか。それは、自分という存在を切り捨ててでも確保する価値のあるものなのか。

533共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:28:42 ID:2dE7nyjY0
「ええ、危険です。しかしこの6時間で13人が死んだことが示している通り、このパレスと呼ばれる世界にいること自体が少なからず危険なものなのですから、リスクを承知で動くことに価値はあります。」
「でも……」
「何より――」

 ハヤテの反論を遮って放たれた岩永のひと言は――

「――彼女は、三千院ナギという少女に戦闘能力が備わっていないことを、知ってしまった。」
「っ……!」

――ハヤテにとって、決して無視できないものとなった。

「彼女は、私たちを出会い頭に殺そうとはしませんでした。彼女が実際に殺し合いに乗っていない可能性こそありますが、それならば特に何も困ることはありません。ただ、そうでない場合……一体何故彼女は、即座に私たちを殺そうとしなかったのでしょうか?」
「――もったいぶらず教えてくださいっ!」

 これまでの温厚さから一転、上擦った声で叫ぶハヤテ。ここでお嬢さまの名前を出されたことへの焦燥が、正常な思考力を奪っていた。その形相に一瞬怯む様子を見せた岩永。しかし次の瞬間には再びポーカーフェイスを纏い、淡々と語り始める。

「……頭数だけで見れば1対2、人数的不利があったからというのが有力な見解でしょう。彼女もまた、私たちの力を警戒していたんです。体格で遥かに劣る私すらも警戒対象にあった辺り、単純な暴力とは違う、人間の規格を超えた力というものを彼女も知っていると見られます。彼女自身がそれを扱えるかは定かではありませんが……。」

 厳密には、真が即座に襲って来なかった理由はそこが怪盗団のアジトである純喫茶ルブランであったためだ。怪盗団の信念である不殺生に真っ向から反する行いが、ルブランでの殺し合いを真に躊躇させた。とはいえそれに至るまでの根拠を、岩永は持っていない。岩永としても、自身の語った推理が必ずしも正しい答えであるとは思っていない。

 だが、その正誤はどちらでもいいのだ。ハヤテの説得、ただその一点において、三千院ナギに迫る危険を語るこの仮説は、何よりも効果的であるのだから。

「……ですが、警戒による時間稼ぎの余地はもはやナギさんには働かない。人数差があったとしても、彼女はその人数に計上せずとも戦局に影響を及ぼさないと知られてしまった。つまりナギさんが新島さんと出会ってしまった場合、私たちの時とは違い、新島さんは躊躇なくナギさんを殺しにかかる可能性がある。」
「それ、は……。」

 それを聞いたハヤテの顔色が一気に青ざめるのが岩永にも分かった。ナギのことを真に語ったことが、失敗だったという認識についてはハヤテにも間違いなくあった……が、浅かった。それがナギが殺されることに直結する情報であるとまでは考えが及んでいなかった。

534共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:29:22 ID:2dE7nyjY0
「安心してください。私なら、真さんがナギさんに手を出さないよう調整することもできる。」

 ナギのことを恩人であると語っていたハヤテ。垣間見えるは、恋愛感情とは似て非なる、異様なまでの忠誠心。

 ハヤテとの同行関係を繋ぎ止めていたのは、ナギの存在に他ならない。彼女に危険が及びやすい状況が生まれてしまえば、それはハヤテが自分を裏切る危険性も比例的に増していくということだ。現に、ナギに迫っているかもしれない危険を伝えたハヤテは、仮に目の前に居ようものなら真に襲いかかりかねないほどに血走った目をしている。

 当然、ハヤテとしても、提案がお嬢さまを守ることに繋がるとなれば反対できない。むしろ、最初からこうなることを望んでいたかのようにも思えてしまう。

「では、そちらの道具とデュラハン号を交換するということで。取引、成立ですね。」
「……はい。ですが、お気を付けて。」

 間もなくして、ハヤテは負け犬公園へと向かって行った。岩永を乗せていた時よりもさらにいっそうギアのかかった、文字通り『疾風』の如き速度。配慮を求めたあの時も全力ではなかったのか、とハヤテの脚力に改めて驚愕を見せる。

「……できることならば、また会いましょう。」

 岩永の放った声が、虚空に消えていく。文字通り音を置き去りに走り去ったハヤテに、その言葉は届かなかった。

535共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:30:42 ID:2dE7nyjY0


 時はいま一度、冒頭の場面に遡る。

 岩永の和解の申し込みを受けて、真は思案を巡らせていた。実力行使に出ることは難しくない。先ほど岩永が用いた電撃を発生させる何らかの装置は確かに驚異であるが、それが支給品の力であるならば、岩永を殺せばそれが自分や、自分を含む怪盗団のための道具として利用できる。何故か殺人者だと気付いた風の岩永の口封じも兼ねて、このまま岩永を処理できるのは理想の流れだ。

 しかし岩永としても自分を殺人者に見立てた上でこうして現れているのだから、そのリスクも承知の上だろう。その点について何も対策を仕込んでいないとは到底思えない。

「……あのねぇ。和解も何も、そもそもあなたが勝手に私を殺人者呼ばわりしたんでしょう?」

 しかし様子見を選ぶにしても、殺人を認めるのは真にとって好ましくない。それを認めてしまえば岩永の言い分が全て正しかったことを認めるに等しく、仮に岩永の提案通りに和解する道があるにしても、こちらに有利な条件を出すことはほぼほぼ不可能になる。

 そしてそもそもの話、だ。未だ真は、何ら殺人の証拠を提示されたわけではないのだ。それならば、『一方的に言いがかりを付けられ、その訂正に来た』の体を装うこととて、それ自体は無理筋ではない。もしも岩永が何らかの証拠を握っているのであるとしても、それを提示するまでは譲歩しない。岩永が求めているのが和解である以上、紛争の前提となる証拠を提示する義務は向こうにあるのだ。

「私は誰も殺してなんかいない。この一件は完全に貴方が先走っているだけよ。」

 もちろん、完全なる嘘っぱちだ。すでに真は影山律を不意打ちで殺害しているし、先のルブランでの一件とてハヤテと岩永を殺害しようとしていたのも事実だ。

 確かに律は、真を裏切って殺す算段を心内で打ち立てていた。真が心の怪盗団の不殺の信念に従い、律と共に主催者を打倒して脱出を目指していたとするならば、屍となっていたのは真だったかもしれない。結果だけを見るならば、真の行いは正当防衛に近しいものだ。しかし、律の思惑を知らなかった以上、少なくとも確定した現実において真は無実の少年を殺した罪を背負っているし、本人もその事実を認識している。

 だが、その認識の上で。真はさらに岩永を騙そうとしている。自身を死神に殺された悲劇の少年の死を看取った者に置く、虚構の物語で丸め込もうとしている。

「ええ、その可能性も充分にあるでしょう。あなたは複数人分所持している支給品は、刈り取るものに襲われた律という少年を看取った時のものだと言いましたが、私はそれを嘘だと断じることはできません。もしかするとあなたの言ったことが全て真であり私が勝手にあなたを警戒して止まないだけかもしれない。」

 そして現に、それを否定するだけのものを岩永は持たない。そもそも真を殺し合いに乗ったと断じたことに、何ら具体的な根拠があったわけではない。言ってしまえば、その由来は印象論という山勘に過ぎない。ここが現世であったならば、知恵の神として怪異・あやかしの類と連携し、確たる証拠を押さえることもできただろう。或いはより精巧な調査をする時間さえあったならば、真の真意をより正確に掴むことも可能だっただろう。しかしここは万物に宿る妖怪を排除された認知世界であり、同時に時間制限付きの殺し合いの世界でもある。

「ですがそんなこと、最初からどちらでも構いません。先のみならず、現段階においてもその正誤を問うつもりはありません。……ただ、これだけは言える。」

 ただ、仮に影山律を看取ったのではなく殺していた場合も、そこの真実の判断がつかないこと。証拠を用意できず、虚構を語れる舞台は真の側に整っている。

536共に沈めよカルネアデス(前編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:31:16 ID:2dE7nyjY0
 なればこそ、岩永はその土俵に立たない。

「私が見てきた限り、あなたは理性的な人間だ。少なからず無礼を働いた私に対し、殺し合いを許された場においてこうして落ち着いた対応を取っていることからもそれは明確です。そして、私があなたをそう評価しているからこそ、こうして交渉のテーブルを用意するに至ったのです。……そして同時に、私はこうも評価している。あなたは真顔で嘘が吐ける、と。少なくとも私はあなたの語る虚構を、直感では見抜けない。この認識が私にある以上、あなたの語る言葉は私の警戒を解くに値しません。」
「……そう。随分と高く見られたものね。」

 それは、おかしい。

 岩永の言葉に理を認めるとすると、岩永がこの場に和解を申し込みに来ていること自体と矛盾する。自分の言葉が岩永を信頼させるに足りないのであれば、そもそも言葉の上での和解など理論上、出来ようはずもない。その和解に、口約束以上の効力を持たせられる執行者はこの世界に存在していないからだ。むしろ、唯一執行者足り得る姫神こそが、その裏切りとそれに伴う殺し合いこそ要請しているとすら言える。

「じゃあ、聞かせてもらえないかしら。そこまで警戒している私とわざわざ談合する目的は何なのか。」

 だからこそ、真としてはそれを聞く他なかった。岩永が明確に筋の通った行動方針を貫いていることはこれまでの語りから少なからず分かる。それだけの一貫性ある頭脳をもってして、その論理矛盾に気付かないはずがない。ならばその矛盾を解消する理論は間違いなく存在しているのだ。さもなければ和解の提案そのものが無意味であるから。それが何であるのか、知らないままには岩永を殺せない。殺されるリスクを承知で岩永がこの場に臨んでいる以上、向こうには何かの交渉材料があるはず。

 そして、岩永を直ちに殺そうとしないのなら、殺し合いに乗っていないフリをするのが自然だった。乗ったことを認めれば、そのような嘘をつく道理がないためにそれは事実として確定してしまう。殺し合いに乗っていないと言い張っているからこそ、背負った罪の量高において対等である岩永から情報を聞き出すことができるのだ。

(ここまででボロは出していない、はずだけど……)

 客観的に見て、岩永を殺さないことも、殺し合いに乗っていることを認めないことも、真の行動は理にかなっている。だが、どちらもあくまで消去法で導き出されたものでしかない。岩永を殺して死人に口なしと言えたなら、それに越したことはないのに。だが岩永がそれを警戒していないはずがないからこそ、こうしてただ岩永の話を聞くことしかできなくなっている。

 まるで、岩永にそう誘導されているかのごとき進行具合が、どうも不気味に思えて仕方がない。

 そして岩永は、静かに語り始める。そして同時に、開かれるは怪盗攻略議会。論者はただ二人、怪異たちの英智を司る知恵の神と、女王の名を冠する怪盗団の参謀。一方で、傍聴人は一人としていない。二人の語る虚構を真実をもって指摘する者は、どこにも存在しない。まるで幻影のように、真実は覆い隠されている。

537 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:33:01 ID:2dE7nyjY0
前編投下終了です。
後編も近く投下します。

>>526に加え、桂ヒナギクを追加で予約します。

538 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/18(木) 21:39:47 ID:2dE7nyjY0
一点修正します。
>>533の冒頭

「ええ、危険です。しかしこの6時間で13人が死んだことが示している通り、このパレスと呼ばれる世界にいること自体が少なからず危険なものなのですから、リスクを承知で動くことに価値はあります。」

の台詞の「13人」の部分を「7人」に修正します(表裏ロワかゲームロワの死亡人数が混ざっちゃいました)

539 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/25(木) 02:30:53 ID:Zupfd7Zs0
予約を延長します。

540 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:33:02 ID:jig807Q60
後編を投下します。

541共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:33:44 ID:jig807Q60
「あなたは、殺し合いに乗っていないと言いました。」
「でもあなたはその言葉を信用できないんでしょう?」

 開口一番に発された言葉は、和解とはほど遠い険悪なものだ。しかし岩永の言葉が理不尽な言いがかりであると主張する以上、そこで真は引いてはならない。

「ええ、その正否は分かりません。……しかし、あなたがこの殺し合いに『乗らない』選択肢を少なくとも現実的に取り得ると見ていること、それだけは分かります。」
「……どういうこと?」
「考えてもみてください。現状、私たちは爆弾付きの首輪を嵌められて殺し合いを強制されているんです。
ここで我が身が最も可愛い正常な人間であれば、生き残るために誰かを殺す選択をする。それならば、『乗らない』選択肢などそもそも脳内に生まれ得ないものですよ。
 ……にもかかわらず殺し合いに乗らない選択肢を選ぶ人間には、ふたつの理由が考えられます。他者を殺してまで生き残りたくなく、生を諦めているか――或いは、殺し合わずとも脱出ができる可能性に賭けているか。
 そしてその規範は当然に、殺し合いに乗らないことを詐術に用いる者にも存在しています。」

 真の語った殺し合いへのスタンスは、嘘である。そして岩永はその嘘を嘘であると断定できない。しかしそれが嘘であるという仮定の下では、真が、その嘘をもって他者を騙せると判断したこと。それは紛れもない真実として岩永に提示されているのだ。それは、真の中に『生き延びるためであっても他者を殺したくない』という意識規範があること、もしくは真が『脱出の可能性とて現実的なものと考えている』ということに他ならない。

「……つまり、仮に私が殺し合いに乗っていた場合であっても、殺し合いに乗らないことを平常として謳えるだけの意識が私の中にある――そう言いたいわけね?」
「ええ、話が早くて助かります。その意識が小なりともあるのであれば、仮にあなたが殺し合いに乗っているとしても、交渉の余地は充分にある。つまり私がすべきは、殺し合いに乗らないことのメリットが乗るメリットを上回ること――もとい、殺し合いに乗るデメリットが乗らないデメリットを上回ることを提示することに他なりません。」
「……回りくどいことをするのね。私は最初から乗っていないのだから、そんな小細工は必要ないのに。」
「だとしたら、私の用意した回答はあなたへの無礼も相当に含むでしょう。何故なら私は、乗らないことのメリットだけでなく、乗ることのデメリットも用意してきたから。……それはある種、あなたへの『脅迫』を意味します。」

 頭角を現した本題を前に、真はため息を漏らす。全てを見透かすがごときこの少女が前に立ち塞がっている地点でろくな話じゃあないと想像はしていたけれど、それがハッキリと明示されたのだ。

「……ホント、厄介な相手に捕まったものね、私も。」

 それだけではない。少なくとも岩永が語る予定の語りの中には、殺し合いに乗ること――すなわちこの場で岩永を殺すことに、何らかのデメリットがあることをあらかじめ提示されたのだ。その地点で、それが何であるか問い質さないことには真は岩永を殺せない。

「では……まずは定義を確認しておきましょうか。私の言う『和解』とは、不干渉ではありません。殺し合いを打破するために以降の行動を共にし、情報を共有することまでを含みます。」

 岩永がまず切り出した内容は、さっそく譲歩できないところだった。真の目的は、心の怪盗団『ザ・ファントム』の存続、すなわち怪盗団全員の生還にある。放送によれば彼等はまだ誰も死んでおらず、まだその目的はくじかれていない。みんなが生還できるのなら、心の怪盗団以外の他者と手を組むこととて選択肢に入るのは真のスタンスからして間違いない。

542共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:34:10 ID:jig807Q60
「まずはそのメリットを提示しておきましょうか。私はこの殺し合いの主催者、姫神葵の裏にいるであろう人物を知っています。」
「……! それ、確かなの?」

 それを聞いた真の表情が驚愕に染まる。真には全く裏の読めていないこの殺し合いに、姫神以外の人物が関与していることを岩永は確信しているのだ。

 仮に名簿に明智吾郎の名が無かったら、彼の関与を疑っていたかもしれない。仮に明智についてもう少し調査が進んでいれば、獅童正義やその軍門の関与を疑っていたかもしれない。仮に世界の真実に辿り着いていたならば――統制を担う聖杯の関与を、察知していたかもしれない。

 真は、そのどれでもなかった。姫神葵という人物にこそ面識は無かったが、世を賑わす心の怪盗団であるというだけで誰からでも狙われる原因ならば有している。

「少なくとも私はそう確信しています。放送の主が姫神の声でなかったことから、主催側が一枚岩でないことは容易に想像つきますし。」
「一体、それは誰なの?」

 口から出まかせだとは思えないが、現状、岩永と真の情報交換において、岩永は自身の持つ情報をほとんど出していない。興味ありげに質問で返す真。

(……この名簿に鋼人七瀬が載っている地点で、彼女に自身の存在を秘匿する意思はない。それなら、名前を出したくらいで首輪を爆破されることはないでしょう。)

 少しだけ、考える風な表情を見せた岩永であったが、間もなくして口を開いた。

「――桜川六花。世の秩序に干渉してでも己が目的を叶えんとする者です。」
「……抽象的すぎて分からないけど……要は悪党ってことよね。」
「今はまだ詳細は伏せますが……ひとまず、これで情報の前払いということで。ところで、桜川六花の名前に聞き覚えはありますか?」
「いいえ、特に無いわね。強いて言うなら、桜川の苗字は名簿にあったかしら。」

 名前だけでなく、イセカイナビを取り戻した時に、桜川六花なる人物がいかなる認知の歪みを有しているのか、その内容となるキーワードも手がかりがあるのであれば手に入れておきたいところだ。少なくとも、真の最終的な目標は優勝ではなく姫神の改心にある。しかし奴に協力者がいるというのなら話は変わってくる。姫神だけでなくその人物もまた改心の対象であるのだから、その人物の情報を知る者がいると言うのならば、協力する理由にもなるだろう。

 あえてその選択肢を遠ざけている理由として、真たち怪盗団の現状があった。改心後の会見中に廃人化し、そのまま死亡した奥村邦和の一件。それ以来、世間における心の怪盗団の信用は地に落ちたと言っても過言ではないのだ。

 特に最初の会場で姫神は、竜司を怪盗たる集団に属する者であると実質的にカミングアウトした。厳格には心の怪盗団であると言われたわけではないが、怪盗と言えばそれを示すのだという世論は形成されてしまっている。仮に対主催者の集団ができたとしても、少なくとも正体がバレている竜司は爪弾きにされる可能性が高いのだ。

 ではそうなった場合に、心の怪盗団のメンバーは竜司を見捨てるか? 否、彼等は、そして真自身とて、絶対にその選択を取らない。竜司が対主催集団から孤立するのであれば、それらと敵対してでも竜司の側に付くだろう。それが弱気を助け強きをくじく怪盗団の反逆の意思であり、それがかつての真を救った怪盗団の誓約であり、そしてそれが真が居場所であると感じている怪盗団の信念なのだから。

543共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:35:07 ID:jig807Q60
 だから、対主催同士であったとしても怪盗団のメンバー以外と組むのは困難だという認識は真の中に存在する。そして、なればこそ敵対者の淘汰という結論がある。怪盗団と敵対し得る勢力を残すくらいなら、最初から怪盗団の礎にする方が合理的だ。真が殺し合いに乗っている考えの根底には、世間が怪盗団を見る目への不信が根付いている。

「私から提供できる協力のメリットはこの情報にあります。逆に私を殺すと、主催者に繋がる情報を得られる機会は喪失するともいえます。」

 百歩譲って、岩永が心の怪盗団の支持者、もしくはそれを受け入れる度量の持ち主だったとしよう。そうすれば、彼女自身とは協力していけるかもしれない。しかし、彼女が増やしていくであろう他の協力者についてはそうではない。岩永が自分だけでなくさらに他の者たちとも協力するスタンスを取るのであれば、必ず怪盗団に不信を抱く人物も存在するだろう。

「……しかし、これだけでは不十分です。何故なら、私が私の持つ全ての有力な情報を提供したならば、私を生かしておく価値がなくなる。つまり私は、常にあなたに与えられる情報を温存しなくてはならないことになる。」
「だから、私はそんなこと――!」

 言い返そうとした時、真は気付いた。少なくとも殺し合いに乗っていないと謳っている以上、協力を要請する岩永の言葉には、全て二つ返事で返すしかないということに。殺し合いに乗ることのデメリットとやらの話に語りが進んでいないから、問答無用で殺す選択肢が取るに取れない。つまり真としては岩永の話を、基本的には黙って聞く他ないということだ。様々に言い分を許しつつも、最終的には「本当に殺し合いには乗っていないのだから構わない」の常套句で許容しなくてはならない。

「……いいえ、何でもない。」

 それの何が和解だ。まるでこれが対等な話し合いであるかのごとく進行させているが、真の反応は最初から誘導されている。何を主張しようとも、自分が真顔で嘘をつけるという前提に岩永が立っている以上、この場では自分の語る真実に力はない。一切の反論が、許されていない。

 そう、これは――言うなれば、推理だ。探偵が容疑者を集め、それぞれに納得のいくように言論を進めていくかのごとく進行しつつも、しかしその導線はすべて犯人を追い詰める、ただそれだけのために敷かれている。議論の進むべき道は最初から決まっている。

 確かに、その予兆は最初から感じていた。わざわざ姿を現した岩永の意図が読めず、迂闊に殺せないこと。そして、殺せないがために殺し合いに乗っていないフリをするしかないということ。消去法的に選ばされた行動の、まるで全てが岩永の思う通りに誘導されているかのような。

544共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:35:39 ID:jig807Q60
「……いや、待って。」

――気に入らない。

 "推理"を語る岩永が初めから潔白であるかのように見なされる土台がそこにあることが、気に入らない。

「そもそもこの談合には、重要な視点が抜け落ちているわ。」

 "探偵"こそが正義であると誰が言ったか。

 "探偵"は真実を語ると誰が決めたか。

「だってそうでしょう? あなたが私に取り入って、私を背後から撃つつもりである可能性は否定できないじゃない。」

 岩永と対等であるというならば、真の側にも疑念を発露する余地がある。岩永が真を警戒するが故の討論ならば、真にも同等の主張をする権利がある。殺意の無い証明を成すことが無理難題であればこそ、二人の邂逅はこうして捻れているのだ。

「そもそもの話、殺し合いに乗らないにあたっての同行者が欲しいのならさっきまで一緒だった綾崎ハヤテでも良かったはずよね? にもかかわらずあなたは私に接触し……同時に彼はこの場にいない。その地点で、彼がすでにあなたに殺されている可能性まで浮かんでくるわ。」

 真はさらに続ける。岩永との討論においてようやく見出した優位性だ。自らの置かれた立場が不利であったのならば、その立場を反転させてしまえばいい。

(綾崎ハヤテを切り捨てた理由……深堀りされると都合が悪い。)

 一方、岩永がハヤテを一人で行かせた理由は、三千院ナギを最優先とするハヤテのスタンスが時に己の安全確保と衝突し得るからだ。しかしその真実を語るのは、後に紡ぐ予定の虚構との折り合いがつかない。少なくとも綾崎ハヤテの行動の手網は、岩永がある程度握れる立場にあることは仄めかしておく必要がある。

「確かに、私とて殺意が無いことの証明はできません。でも、私はその上であなたと協力体制を築くことを最優先としたいのもまた確か。」

 真は、パレスとは何であるのか、その知識を有している。仮に現状、殺し合いに乗っているのだとしても、脱出のために動いてもらうだけの理由がある。だからこそ、真の協力を得ることを最優先事項に据えた一手を打つ価値がある。

「では、これでいかがでしょうか。」
「っ……!」

 岩永が懐から取り出したのは、かつて九郎の力を借りて処分に当たった隕石の欠片。それから発される電撃の威力は真もすでに知るところであり、岩永を殺してでも奪う価値を見出してすらいる産物だ。真は一歩引いて、岩永の出方を伺う。

 もしも発射しようものなら、電撃ごとヨハンナで打ち払えるよう準備して――

545共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:36:14 ID:jig807Q60
「ちょっと、何を――!」

 しかし岩永がもう片方の手に握ったものを確認するや、真はその顔を驚愕の色に染めた。

――パキィンッ!

 次の瞬間、ハヤテから受け取った支給品、クルミ割り器が隕石の欠片を粉々に砕いた。基本支給品である腕時計のベルトに用いられた絶縁性のナイロンを挟み込むことで漏電を起こすこともなく、電撃発生装置としての役割を失った欠片がその場に零れていく。

「っ……!」
「これで、私があなたを物理的に害する手段は失われました。」

 隕石の欠片の破壊の意味は、武装解除に留まらない。有用な支給品の奪取という、真が岩永を殺すに足る理由のひとつが失われた。

 そもそも、岩永琴子は秩序を重んじる知恵の神である。本来、宇宙的な怪異の産物である隕石の欠片に秘められた電撃の力は、否定して然るべきものに他ならない。

 桜川六花の企みを阻止するという目的の下に桜川九郎の人魚・くだんの力を利用しているように、その力の持ち主に殊更秩序を破壊する目的が見られず、かつ一定の妥当性・必要性があれば秩序に反する力を利用することも視野に入れないではない。その一方で、その力を封じることにこそ、真への武装解除という明確な理由が生じている今、隕石の欠片を破壊することにも何ら躊躇する理由はない。むしろ、秩序維持を生業とする知恵の神の本分であるとすら言える。

「……どうかしてるわ。」

 だが、そんな事情など真は知らない。知る由もない。支給品に人の命以上の価値を置いて、怪盗団のためにそれを確保しようとしている真にとって、岩永の行動は狂気じみたものにしか見えない。

「私のことを警戒していると宣っておきながら、その一方で私への抵抗手段を自ら捨て去るなんて。」

 そして、その手段を真には到底、真似出来ないのだ。他者を殺してまで集めた支給品を捨てることはもちろんであるが、己の心の一部であるペルソナは物理的に武装解除が出来ない。たとえヨハンナが、岩永にはただのバイクに見えていたとしても、そもそもバイク自体が充分に凶器であると見なせるのだ。

 確かに、目の前で支給品を砕いた岩永とてペルソナ、もしくはそれに準ずる異能の力を持っていないとは限らない。だが、真はその疑問を岩永にぶつけることはできない。一般人には到底浮かびえないその疑問を呈すること自体が、自分が異能の力を持っていることのカミングアウトと同義だ。

 別にペルソナはバレてはならない類の力というほどではないが、それは律を殺害した力。万が一ルブランを訪れる前の岩永が律の死体を目撃していたとしたら、彼に残った傷跡と照合するなどして彼の殺害が発覚しかねない。

 そして丸腰となった岩永は、再び口を開く。

「確かに私は、この談合はあなたへの脅迫でもあると言いました。しかし、脅迫材料が武力であるなどとはひと言も言ってませんよ。」
「……じゃあ、何だって言うの。」

 着地点は、未だ見えない。しかし真は、思い知ることとなる。着地点を遠くに見据えた岩永琴子のやり口を。

「――この場にいない綾崎ハヤテ。それこそが、私があなたに提示する脅迫材料です。彼がこの場にいないからこそ、仮にあなたが殺し合いに乗っていたとしても、あなたは私を殺せない。」

 言葉の刃を振りかざしながらも、片や見えないところで猛毒を注入するかのごとく――

「つまり……武器は彼に預けている……そういうこと?」
「いいえ。あの自転車は確かに彼に譲り渡しましたが、武器として渡したものは何もありません。
 この談合に当たって私が彼に与えたのはただ一つ、言伝です。その内容は、以下の通り。」

546共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:37:45 ID:jig807Q60
――最後の一撃は、指し示された。



「『放送で岩永琴子の死亡が確認された場合、新島真、ならびに彼女の仲間と思われる怪盗の名を冠する集団、その全員を危険人物として他の参加者に周知せよ。』」



――真っ赤な嘘だ。

 ハヤテに対し、岩永の死後の言伝などされていない。仮にそれがなされていた場合、進んで死に向かうかのような岩永の行動を、ハヤテはむしろ躍起になって止めていただろう。

「そんなっ……」

 言葉の上ではともかく、行動の上で岩永は何も真の実力行使に対する対策を練っていない。しかし、仲間の居場所が脅かされかねないその虚構は、真に致命的なひと言を、言わせてしまった。

「――みんなは……関係ないじゃないっ!」

 直後、真は自分の発した言葉にハッとしたように、慌てて口を押さえた。だが、手遅れだということはその場の空気が物語っている。姫神に怪盗の肩書きを暴露された竜司と真の繋がりが――世間的に悪と見なされている怪盗団であることが――岩永の前に露呈してしまった。

 ただし、現実として心の怪盗団を知らない岩永にとって、それはさしたる問題ではない。

「……。」
「ともかくこれで、あなたは私を殺せない。さらには、見捨てることもできない。私があなたと関係ないところで死んでも、綾崎ハヤテにそれを区別することはできませんから。」

 何より、武力で圧倒的に上回っていながら口封じもできないのがもどかしい。岩永の仕掛けた爆弾が爆発するのは、岩永を殺したその時である。

 怪盗団以外を死の海に蹴落としてでも、怪盗団の皆だけは守りたい――真のそんな決意に、鉄の鎖で巻き付くのごとく、岩永は己の命を怪盗団の命運に結び付けたのだ。

「……これで私が本当に乗っていなかったら……ううん、事実乗っていないのだから、随分な不義理を働いてくれたものじゃない。」
「人殺しすら許容される空間で、今さら何を言いますか。」

547共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:38:13 ID:jig807Q60
 岩永としても、真以外に原因を置く自身の死によって、真や怪盗団に不当な不名誉を被せるのは面白くない。真が自分を殺すことさえ封じられれば、ひとまず同行関係は築けるのだから、それで良い。

 だからこそ、その不義理をも『岩永琴子ならやりかねない』とまで思わせるために、ルブランでは根拠の揃わぬ内に真を殺人犯と糾弾した。証拠もなく、疑惑の段階で真相に先走り得るという印象を真に植え付けた。

 その一方で、岩永は真を殺人犯だと明らかにした根拠を『女の勘』と曖昧にしか説明していない。仮に岩永の死亡が次の放送で明らかになった場合、ハヤテは真を警戒することはあっても、確信を持って殺人犯だと触れ回るようなことはないだろう。

 ただ一つ、不安要素があるとするならば、『ハヤテごと口封じができるのなら真は岩永を心置き無く殺せる』ということだ。ハヤテが負け犬公園に向かうことは真も想像している通りだろう。岩永を殺害し、負け犬公園でナギの捜索をしている最中のハヤテの口封じに向かうことが、岩永の推理に対する最大のカウンターであった。

「……そして、これまで長く話してきたことにより、すでにハヤテさんは負け犬公園の探索を終えている頃でしょう。ナギさんを見つけられていれば良いですが……どちらにせよ、捜索を終えた彼がどこに向かっているか、もう私たちには分かりません。」

 だからこそ、あの脅迫を語りの最後の一撃に据えた。真が現状に気付いた時に、ハヤテを追う猶予を与えないために。

――怪盗攻略議会は、今ここに終結を迎えた。

 和解は、成功。真は岩永を殺せない状況が形成され、そして心の怪盗団のブレインと妖怪怪異の知恵の神が、主催者への反逆のために情報を統合するに至った。ふたつの世界の叡智が揃うこの談合は、殺し合いの世界を打ち破る鍵となるか。

548共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:38:48 ID:jig807Q60
【D-4/草原/一日目 朝】

【岩永琴子@虚構推理】
[状態]:健康 義眼/義足装着
[装備]:怪盗紳士ステッキ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品ㅤクルミ割り器@ハヤテのごとく!
[思考・状況]
基本行動方針:秩序に反する殺し合いを許容しない
一.不死者を交えての殺し合いの意味は?
二.九郎先輩と合流したい。
※綾崎ハヤテと三千院ナギの関係について大体を聞きました。
※鋼人七瀬を消し去った後からの参戦です。
※この会場がパレスと呼ばれる認知の世界が混ざっていると知りました。
※新島真は暗所恐怖症だと勘違いしています。
※新島真ならびに正義の怪盗団は何かしらの異能の力を有しているのではと推測しています。

【新島真@ペルソナ5】
[状態]:健康 焦り(大)
[装備]:アーザードの聖法衣@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品×2 不明支給品(0〜3) 影山律の不明支給品(0〜1) さやかのバット@魔法少女まどか☆マギカ マグロバーガー@はたらく魔王さま!×2
[思考・状況]
基本行動方針:心の怪盗団全員で生還する。
1.双葉……頼んだわよ……。
2.明智を見つけたら、殺して自分の罪を被ってもらおう。
※ニイジマ・パレス攻略途中からの参戦です。
※ハヤテの探し人(三千院ナギ)を知りました。
※ハヤテ・岩永の関係する場所を知りました。

【支給品紹介】
【クルミ割り器@ハヤテのごとく!】
綾崎ハヤテに支給され、岩永琴子に渡った。
三千院家で使っていたクルミ割り器。豪華な意匠が施されており、おそらくは高級品と思われる。

549共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:39:24 ID:jig807Q60






 岩永がいなくなった今、空いたハヤテの背中には代わりのものが収まっていた。聖剣デュランダル――煌びやかに輝く装飾の成された抜き身の剣。何ら意思を持たぬその剣を前にして、移動速度に気を使う必要など一切ない。お嬢さまの身の安全、ただそれだけを考慮し、保護にのみ走るのであれば、探索及び敵の排除の両面で岩永以上に優れた相棒であると言えよう。

 ハヤテの方針にとりたてて大きな変化はない。ただ、武器を背負いながら二人乗りができなかったからこれまではザックにしまっていたものを、岩永との別れによって所持し始めたというだけに過ぎない。強いて言うならば、この世界では誰もが大なり小なりしている武装を強くしたというだけだ。だが、それはあくまで大まかな方針の上での話だ。

 お嬢さまの幼なじみである彼女が死んだ。

 お嬢さまよりも遥かに強いゴーストスイーパーである彼女が死んだ。

 取り留めのない日常をお嬢さまと共に過ごしてきたはずの彼女が、死んだ。

 その事実と向かい合えば向かい合うほど、現在進行形で何かが崩れ去っている実感が抜けない。伊澄の死による焦燥は、確かにハヤテの心に深く根差していた。その背に主張する刀剣は、紛れもなくその表れと言える。

「――着いたっ!」

 元は最速の自転車便と呼ばれた男である。目的地である負け犬公園に到着するのに、さほど時間は要さなかった。開放された門をくぐり抜け、急ブレーキを踏み込み停止する。

――その瞬間。

「わっ……!!」

 急ブレーキによって機体にかけられた負荷によってデュラハン号は空中分解した。

 デュラハン号は元を辿れば、一文無しで日本に降り立った真奥貞夫が、得始めたばかりの僅かな収入を振り絞って購入した格安自転車である。さらには、二人乗りやハヤテ特有の高速運転で機体のキャパを超えて強引に乗り回したこと。すでに、限界を迎えていた。

550共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:40:03 ID:jig807Q60
「……くそっ!」

 デュラハン号から叩き付けられ地面に叩き付けられても、まるで何事も無かったかのように立ち上がるハヤテ。新幹線から振り落とされた上にトラックに轢かれても無傷で立ち上がるまでの頑丈な肉体は、その程度で壊れはしない。だが、お嬢さまを探す効率を格段に高めていた自転車は壊れてしまった。

 もっと言えば、デュラハン号は岩永さんと取引したものだ。彼女と離れ離れになった上にこうしてデュラハン号まで失って――ああ、この殺し合いにおける彼女との絆はもう、失われてしまったのだと、そう思わずにはいられなかった。

(……何としても、守らないと。)

 もはや僕は今、岩永さんを捨ててここに立っている。もちろん、それを提案したのは向こうからだ。だけど裏切りを考えていたことは事実であり、さらにその想像の通りにことが進んでいることもまた現実。心の上では、岩永さんを切り捨てたのは僕だ。

 決意と共に背中の剣を手に取る。お嬢さまを脅かす敵がいるならば、すぐにでも、1秒でも早く敵を殲滅して、お嬢さまを守れるように。

 真っ先に向かったのは、自動販売機前。お嬢さまの誘拐を企てた己の過去の戒めの場所にして、お嬢さまと出会った思い出の場所。

「っ……!」

 そこは凄惨な有り様だった。肝心の自動販売機は側面からの衝撃で大きくひしゃげている。周辺の遊具や木々もおびただしい数の裂傷のようなものが刻まれている。

 もしお嬢さまがこの場所を目指していたら。そしてそのまま留まっていたとしたら。この破壊を実行した危険人物と出会わずに済むとは思えない。実際、その惨状を作り上げた人物である佐倉杏子は殺し合いには乗っていないのだが、少なくとも負け犬公園の現状からそれを推察することは不可能だ。

「――お嬢さまっ!ㅤいらっしゃいませんか!」

 負け犬公園の自動販売機は、これまでの日常を共にしてきた光景のひとつ。そして、そこに刻まれた破壊の痕。これまでの日々は決定的に破壊されてしまったのだと、嫌でも思い知らされてしまう。

「お嬢さま……お嬢さまああああっ!」

 剣を握った手を血が滲むほど強く握り締めながら大声で叫んだ。当然、その相手はここにはいない。そのためその叫びに返す者など、いるはずもなく。お嬢さまがいると予測していた地点に大破壊がぶちまけられていたことも含め、焦燥感ばかりが膨らんでいく。

 だが、どれだけ叫び見回そうとも、お嬢さまの姿は見つからない。もしかしたらどこかに隠れているのかもしれないと、園内のランニングコースへと向かい、駆け出す。

 しかし、間もなくぐるりとひと回りを終えても、何の成果も得られない。公園内のどこに身を隠していても、ハヤテの声または視線が届かないはずがない。

 お嬢さまは負け犬公園にたどり着いていないという、ただただ無情な結論だけがそこに示された。

551共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:41:27 ID:jig807Q60

「そんな。それじゃあ……」

 それはお嬢さまがいる可能性が最も高い場所、つまり唯一の手がかりが潰えてしまったことに他ならない。他の場所を探そうにも、お嬢さまがいる可能性が高いと推測できる場所はない。現在進行形で負け犬公園に向かっている可能性もあれば、殺し合いの開始から負け犬公園から遠く離れた場所にいて、体力的に向かうことすら諦めている可能性だってある。この場に留まるか、それとも探しに行くか。仮に行くとして、どの方角に向かうか。いかなる行動を取ろうとも、お嬢さまと出会える確率が最も高い場所など想像が及ばない。岩永さんなら何かしらの根拠の元にその答えを導き出してくれたかもしれないが、彼女とはすでに別れている。

 公園を一蹴した後に自動販売機前に戻ってくると、そこには当然のようにデュラハン号の残骸があった。せめてこれさえ使えたならば、しらみ潰しに探すにも効率的に行えていたはずだ。しかしチェーンが千切れてペダルの折れたその鉄くずにその役割がもう果たせないのは明白だった。

「ああ、もうっ!!」

ㅤたまりたまったモヤモヤを叩きつけるように、手にした剣をひと凪ぎ振り下ろした。その剣の『何でも斬れる』という評価は決して飾りではなく、鈍い音と共にデュラハン号の残骸は両断される。

「まったく、どうしていつもいつも……!」

 まるで、呪われているかのように立て続けに起こる不幸。鉄くずを刻んだところで、苛立ちは癒えない。お嬢さまを探す過程でランニングコースを全力疾走で駆けてきたために呼吸は荒くなっており、息苦しさが感情の昂りをさらに加速させる。

 ハヤテの脳内を占めているのは、お嬢さまの行方だけだった。だから、考えもしていなかったのだ。負け犬公園という地を目指し得るのは、お嬢さまだけではないということを。

 そして――

552共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:41:59 ID:jig807Q60


「ハヤテ君?」

――今の自分が客観的に見て、いかなる様態を晒しているのかということを。

「誰だっ!?」

 その声に反応し、咄嗟に振り返る。手にした剣を構えながら。その剣幕に一瞬怯みつつも、声をかけた少女――桂ヒナギクは、想い人でもある執事と向き合った。

「ヒナギクさん……。」

 負け犬公園に辿り着いたヒナギクが見たのは、植え込みから自動販売機に至るまでことごとく残された破壊の痕――そしてそれを前に、鉄くずに当たり散らし、負け犬公園の中に存在するオブジェクトに新たなる裂傷を刻み込むハヤテの姿だった。

「良かった、無事だったんですね。」
「……その前に。事情を聞いてもいいかしら?」

 駆け寄ろうとするハヤテを静止して告げるヒナギク。そこでようやく冷静になったハヤテが、今の自分を取り巻いている状況に気付く。公園内をめちゃくちゃにしたことまで自分の仕業であると、勘違いされているのではないか、と。

「っ……! 違うんです、これは……!」
「……言葉にしなくても分かってるわ。」
「……えっ?」
「ここに残っているほとんどのキズはその剣よりも細いもの。剣と言うよりは、槍のようなもので付けられたように見えるわね。」

 誤解は、生じない。誰が呼んだか、完璧超人。その観察眼も一般的な女子高生の域を優に超えている。

「はい!ㅤだから……」
「……でも、私はその上で。ハヤテ君の現状を看過できないの。」

 しかし、なればこそ。ハヤテの精神状態が危うい状態にあることも、理解していた。

「らしくないじゃない、やたら焦って。何かあったの?」
「……まあ、これはヒナギクさんも分かっていることでしょうけど……」

553共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:42:29 ID:jig807Q60
 伏し目がちになりながら語るその様子に、ヒナギクには次の言葉が概ね、予想がついた。そしてその予想通りの言葉を、ハヤテは紡いだ。

「……伊澄さんが、亡くなったんです。」

 その焦燥の原因を、ハヤテは簡潔に――しかしこの上なく荘厳に、述べる。それを受けたヒナギクは少し俯きがちになりながら返す。

「……ええ。」

 目の前で死んだ佐々木千穂の時とはまた違う。いつどこで死んだのかも不明瞭なままに、単に放送という曖昧な手段で知り合いの死を突き付けられたことは、ヒナギクの心にも少なからず影を落とした。どうすれば彼女が死ななくて済んだのかなど、後悔する余地すらも残してくれない。関わることも最初から許されぬままに、死という結果だけがそこにあった。

「つまり……この世界には伊澄さんを殺せるような人がいるってことなんですよ……!」

 切羽詰まった様相でハヤテは語る。

 伊澄の持っていたゴーストスイーパーの力を、ハヤテは何度も見てきたから、そんな彼女を殺せる相手がこの世界で殺し合いに乗っているという事実に対し、お嬢さまの身の危険を感じずにはいられない。

 しかしその一方で、ヒナギクは伊澄の力のことを知らない。成人男性に見える者も一定数いるこの殺し合いに、伊澄を殺せるような人など決して少なくないだろうという認識がヒナギクにはある。

 言葉は、不完全だ。この場においてハヤテの言葉がヒナギクに正しく伝達されることはない。

「……だったら、どうするの?」

――だけど、それでも。

「……お嬢さまを、守ります。」

 言葉が不完全でも、発した言葉が正しく受け取られる保証なんてどこにもなくても。

 言葉の裏の心だけは、きっと等身大のままに伝わることのできるものだから。

「――もし敵がいたとしたら、命を奪ってでも?」

554共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:43:48 ID:jig807Q60
ㅤそれは、考えないようにしていたことだった。

ㅤそれを認めてしまえば、岩永さんの信頼を本当に、裏切ってしまうことになるから。

「…………ええと、それ、は……。」

 ぼかすことも、或いはできたかもしれない。だけどヒナギクの視線が、ハヤテの逃げ場を無くした。安易な虚構は通用しないと、彼女の目が物語っていた。

「……はい。お嬢さまを守るためなら、その覚悟はできています。」
「…………そっか。」

 時が止まったように、しばらく二人とも声を発さなかった。そしてその沈黙に疲れたように、先に声を発したのはハヤテの側。

「……ごめんなさい、ヒナギクさん。もう、行きます。」

 そう言って明後日の方を向いて、ハヤテはナギの捜索のために立ち去る。一瞬だけ垣間見えた、視線の逸れた横顔からでも、ひしひしと伝わってくる真摯な感情――その片鱗すらも、向いている先は決して自分ではなく。

「ねぇ、ハヤテ君。私は――」

 痛々しいほどに痛感する。この恋はもう、終わっているのだ、と。否――最初から始まることすらもなかったのだ。

「――ハヤテ君のことも心配だわ。」

 だってあなたは最初から、私のことを見ていなかった。あなたの見る先には常に、ナギがいた。

 この想いは、伝わらない。

 真っ直ぐに伝えるには感情が追い付かなくて。だけど遠回しな気持ちなんて、あなたに届けるには足りないから。

「……でも。」

――だけど。

 言葉にしないと伝わらない想いならば。私の心だけを届けるに足る想いが、あなたに無いのならば。

「――今回ばかりは私も、譲れないんだから。」

 鈍感なあなたにも伝わるよう、言葉にすればいい。

 あるがままの想いを、"告白"すればいい。

555共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:46:30 ID:jig807Q60
ㅤ勇気を出して、あと一歩――




「私はもう……誰も死なせないって決めたのっ!」



――強引にでも、振り向かせてやるんだからっ!



「――白桜ああぁッ!!」

 陽光の煌めく空の下に、一陣の風が吹き抜けた。

「……うわあっ!」

 今や亡き友の忘れ形見となった剣は、まるで太刀風の如く瞬時に、ヒナギクをハヤテの眼前へと運んだ。そして同時に、その剣はハヤテへとその矛先を向ける。

「なっ……ヒナギクさん!?」
「構えなさい、ハヤテ君。」

 この恋に、飾った言葉なんていらない。ただ想いの丈をぶつけ、一歩を踏み出す勇気さえあればいい――ほんとはずっと分かっていたのに。

「どうして……どうしてジャマをするんですかっ!」
「……違うのよ。私は別に、ナギを助ける邪魔をしたいわけじゃない。」

――罪を犯した人間が、その罪の報いを受けるとするならば、それはいつのことだろう。

 私は、嘘をつき続けてきた。皆にも、自分の心にも。

 友達である歩を、裏切るのが怖くて。あなたとの関係が、少しでも変わってしまうのが怖くて。ぐるぐる、ぐるぐると同じところを廻り続けて。

 たった一言の告白、その一歩を踏み出す勇気をいつまでも保留してきたが故に――今ここに、あなたと剣を交わす因果が生まれた。

「でも、この気持ちまでもを抑え込んで、ここでハヤテ君を行かせて……そのせいで誰かが犠牲になってしまったら私、殺されたあの子にもう顔向けができないもの。」

 ハヤテの脳裏に過ぎるは、いつか遠い昔の光景。些細な、しかし致命的なすれ違いの果てに、互いに剣を取り戦うまでに至った天王州アテネと、決定的に道を違えたあの時。

「だから、ハヤテ君。この先へ進みたければ、私を倒してからにしてもらうわ!」
「っ……! だったら……」

 今も、あの時と同じだ。正しいのは目の前の少女で、間違っているのは、僕で。

「僕は、進みます! たとえ……ヒナギクさんを倒すことになっても!」

 僕らは、弱くて、不器用で、何もかもを手にすることなんてできない。二兎を失うのが怖くて、進んで何かを切り捨てる。言ってしまえば、幸せの妥協だ。譲歩できないラインを切らぬギリギリまで、幸せを放り捨てていく。

556共に沈めよカルネアデス(後編) ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:46:57 ID:jig807Q60

【D-3/負け犬公園/一日目 朝】

【綾崎ハヤテ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康 焦り
[装備]:聖剣デュランダル@はたらく魔王さま!
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1
[思考・状況]
基本行動方針:お嬢様を守る
一.たとえ、この命にかえても。
二.ヒナギクさんを倒して、先に進む。
三.新島真並びに注意する。
四.真さんにお嬢様の事を話したのは失敗でした……
※ナギとの誤解が解ける前からの参戦です。(咲夜から初柴ヒスイの名を聞かされています)
※新島真は暗所恐怖症だと勘違いしています。

【桂ヒナギク@ハヤテのごとく!】
[状態]:腰の打撲 疲労(低)
[装備]:白桜@ハヤテのごとく!
[道具]:基本支給品、不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本行動方針:誰も死なせない
一.綾崎ハヤテを止める。
二.二日目スタート時までに、見滝原中学校に向かう
三. 佐々木千穂の思い人に出会ったら、共に黙とうを捧げたい…
※名簿を暗記しました。
※参戦時期は姫神と面識を持つ前です。
※情報交換によりドラゴンや異世界の存在、鋼人七瀬、魔法少女について知りました。

【支給品紹介】
【聖剣デュランダル@はたらく魔王さま!】
天使ガブリエルが扱っている聖剣。本人曰く『何でも斬れちゃう』ほどの斬れ味を誇る(アルシエルの肉体や遊佐の聖剣に弾かれているため、そういった特殊効果は無い)。

557 ◆2zEnKfaCDc:2021/11/29(月) 20:47:11 ID:jig807Q60
投下完了しました。

558名無しさん:2022/03/03(木) 12:22:06 ID:xQS6KVUY0
遅れてしまいましたが乙です
情報量の違いもありますが、すれ違いが焦りを加速させてますねえ
気づいているのかいないのか、そのタイミングだからこそできる衝突が物悲しくも熱かったです

559 ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 04:57:43 ID:80WX/zh60
投下します。

560バイバイYESTERDAY ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 04:58:54 ID:80WX/zh60
「ねぇ。起きなさい。早く起きなさいったら!」
「……ん。」

 赤羽業の意識は、強引に揺すり起こされることにより覚醒を果たした。開けた視界に、女豹を象った装束に身を包んだ女怪盗、高巻杏の姿が映し出される。

「……ああ。」

 そして体を起こし、数秒ほど寝惚けたようにキョロキョロと辺りを見回して――間もなく、思い出す。何故自分が気を失う羽目になっていたのか。そして杏と自分を昏倒に至らせたのが、誰であったのかを。

「さやかは、一人で……?」

 その下手人の行方は聞くまでもなく分かっていた。杏は自分よりも早く気絶していたのだから、自分の気絶後に杏がさやかを止める手段などあるはずがない。それ以前に、そもそもこの場にさやかがいないのだから、戦場に向かおうとしていた彼女を引き留めることに失敗しているのはもはや明らかだ。それでも、何か想像もつかない要因が――奇跡とでも呼べる何かが、さやかを止めていることを信じたかった。だが、杏はただ黙ってそれに頷いて返すことしかできない。魔法と呼ばれる異能はあれど、それは奇跡とは程遠く。

 それを思い知らせるように、様々な死別を告げる定時放送が彼らの聴覚を支配したのは、それと同時のことだった。

「…………。」

 ここで放送が流れなければ、さやかもまだ刈り取るものと戦っている最中であるのだと、まだ間に合う可能性に縋ることが出来ていたかもしれない。しかし、答えは提示された。箱の中の猫が死んでいることは明かされてしまった。

 杏もカルマも、不覚を取ったという自覚はある。美樹さやかという人物を理解していなかった杏は、さやかの奇襲を予測できなかった。逆に、カルマはそれを予測こそしていたが、魔法という異能力を前にして力が足りなかった。足りないものを持っている隣人がいながらも、それを補い合うこともできなかった。

561バイバイYESTERDAY ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 04:59:27 ID:80WX/zh60
「……どうして、死に急ぐかなぁ。」

 しばしの時。静寂を切り裂いてカルマがようやく発した言葉が、それだった。自己嫌悪の言葉はとめどなく湧いてくる。しかし、さやかを止められなかったのは自分だけでないことも知っているのだ。それを吐き出せば、その言葉は同時に相手の責任をも問うことになる。それはカルマの本意ではない。

「……それは知らない、けどさ。」

 さやかと同じく、カルマの制止を振り切ってでも戦場に戻ろうとしていた杏は、それに同意などできない。杏もまた、死に急いだつもりなどはなくとも無謀な戦いに挑もうとしていた自覚はある。さやかの矜恃は、杏の抱くそれと同じ方向を向いていた。しかし、杏はそれを貫けなかった。あの時さやかに気絶させられていなければ、或いは呼ばれていた名前は自分の名前だったかもしれないのだ。

 杏が向かっていた場合の戦局など、今となっては知りようもない。それでも――否、だからこそ、だろうか。さやかは、自分の身代わりに死んだのだと、そう思わずにはいられなかった。カルマの追想に返すべき言葉は、同意でも謝罪でもなければ、ましてや慰めでもない。理不尽を前に反逆の意思を掲げるは怪盗の美学。傷の舐め合いに終わるなど真っ平御免だ。

「今は、先にやることがあるから。」
「……そうだね。」

 冷徹な、しかし冷静な現状判断。なぜなら、刈り取るものの名を冠した異形は未だ存在し、殺し合いにその身を投じているのだ。

「っていうかアンタ、そもそも逃げろ派だったよね? 来るわけ?」
「ま、戦局が明らかに崩れているのが分かってるし……人命救助くらいにはね。」

 トールが死んで、さやかも死んで。あの戦場に残されているのはあと二人。刈り取るものが生き残っていることへの恐怖の先には、エルマがまだ生き残っていることによる焦燥がある。まだ救えるかもしれない命があの場には残っているのだ。

 仮にエルマまで放送で呼ばれていたのなら、敗北を認め潔く撤退するという選択肢もあった。しかしエルマの名が呼ばれていないことこそが、撤退の選択肢を杏の行動選択から除外した。二人もの罪も無い人の命を奪われておきながら、これ以上の喪失を看過するわけにはいかない。それが少なからず仲良くなれたエルマであるなら尚更だ。

「ただし、エルマの救出を果たしたら撤退してもらうよ。それ以上の無茶は駄目。ヤツは改めて人数を揃えてから叩くってことで。」
「……ん、分かった。」

 その言葉を前に、僅かに呆気にとられたような表情で、杏を見つめるカルマ。

562バイバイYESTERDAY ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 04:59:59 ID:80WX/zh60
「なに?」
「いや、意外だなあって。」
「もっと聞き分けのない女だとでも思ってた?」
「……まーね。」

 カルマの言葉に少しムッとした顔を見せた杏は、しかし次の瞬間には伏し目がちになりながら、ひと言。

「……まあ、私も。アンタはもっと、冷酷な奴だと思ってた。」
「はは、否定はしないけどねー。」

 さやかの末路を見たからか、戦いに戻ると聞かなかった杏もカルマの言葉に素直に応じているし、撤退を唱えていたカルマもエルマの救助に向かおうとしている。トールとエルマを助けに行くか行かないかで揉めた時も、撤退を前提とした上での加勢であれば、さやかは乗っていただろうか。この結論をもう少し早くに打ち立てられていたならば、結果は違っていたかもしれない。タラレバに意味は無いが、それでも、考えてしまう。

 二人が昏倒するに至り、さやかが死ぬという結末を導いたあのいざこざは、当事者がいざ落ち着いて話し合ってみれば、こんなにも簡単に解消されてしまうものだったのだから。

(……どーでもいいことだった、とは言わないけどさ。)

 人と人は、時に分かり合える。言葉は人間に与えられた高度な技能だ。そんな当たり前のことが、あの時は見えていなかったのだ。

(熱くなると、周りが見えなくなるもんなのかね。)

 撤退すべきか、戦場に出向くべきかなどという話でなくとも、提唱した行動が食い違うことくらい、いつだって起こり得る。例えば――殺せんせーを助けるべきか、殺すべきか。この催しのせいで重要度の下がった問い掛けだけれど、元の世界に帰ったら目下に抱えたそれを改めて向き合わなくてはならない問題には他ならない。

 刈り取るものという脅威に立ち向かおうとしている今、その先に殺せんせーを殺すかどうかの話なんて、どうでもいい。だけど、それでも――その決意が、そして殺意が、どこか揺らいでいる自分がいた。殺せんせーを殺す派についた理由は、それが殺せんせーが命を賭けるに足る信念であったのだと分かったからだ。

 だけど、その信念の裏に遺された者たちの気持ちもまた、知ってしまった。喪失に伴う感情は、そんなものと吐き捨てられるものでないことも理解してしまった。

 今でも、殺せんせーを殺すべきと言い放ったことは間違っていないと胸を張って言えるだけの矜恃は抱えている。だけど同時に、「それはアンタのエゴではないか」とぶつけられる自分も見付けてしまった。殺せんせーと同じく、命を賭けるに足る願いを見出したさやかを失ったことを、まだ割り切れていないから。そして――あの教室の恩師のひとりも、殺せんせーに最も強い殺意をぶつけた少女も、放送で呼ばれていたから。

(……ダメだ。殺意を、鈍らせちゃ。)

 この世界には、烏間先生という怪物を殺せる人物がいる。曲がりなりにも自分たちと同じ訓練を受け、死線をくぐり抜けてきた少女を殺せる人物がいる。殺す気で挑まないと――殺される。

563バイバイYESTERDAY ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 05:01:54 ID:80WX/zh60
「……あ。」

 間もなくして、カルマより前を走っていた杏が小さく声を漏らした。その視線の先にカルマが気付くよりも早く、杏は足を速めてその場へと向かう。

「……エルマッ!」

 エルマは、荒れ果てた大地に横たわっていた。二度と開かない目に降り注ぐ陽光が、その表情を明るく照らし出す。

「……っ!ㅤそんな……。」

 すでに手遅れだった。だけど、やもすれば間に合ったかもしれない命でもあった。エルマの身体はまだ温かく、放送時には間違いなく生きていたことを踏まえても死からさほど時間が経っていないのは明らかだ。

 しかし、それにしては妙な箇所が一点。おそらくエルマに手を下した存在であろう刈り取るものの姿が、辺りを見回してもどこにも見当たらないのだ。

「……シャドウは倒したら姿かたちも残さず消えてしまうはず。ってことは……」
「相打ち……ってことかもね。」

 エルマを殺した後に逃げた可能性も無いではないが、エルマと刈り取るものの生存が確認できた放送からさほど時間は経っていない。それだけの時間は、許していないはずだ。仮にそれを許してしまっていたとしても。エルマが放送直後に殺され、刈り取るものが即座に撤退を選び自分たちの前から姿を消されていたとしても。元より撤退を前提にここに駆け付けてきた二人に、それを追いかける選択肢はない。

 そして何より――大願を遂げたかのごとく貼り付けられたエルマの笑みが、それが無念の戦死などではないことを饒舌に語っていた。刈り取るものの消滅は次の放送で確認するまでは真偽不明のままではあるが、一旦は討伐したものと仮定して問題無いだろう。

「……埋葬とか、した方がいいのかな。」

 杏がぽつりと呟く。この世界で多くの命が奪われたこと。さらに、今もなお誰かの命が脅かされつつあるのも、分かっている。だけど、少なくとも放送で、怪盗団の仲間は誰も死んでいないと確認できた。さやかもトールも、共に絆(コープ)を深めた時間は、ほとんど皆無に等しかった。明確に"仲間"と呼べる者との死別は、初めてだ。

「穴掘って埋めるのは大変かもしれないけどさ……せめて、火葬だけでも。」
「……火元はどうすんの?」
「カルメン。」
「あー、あの背後霊みたいなやつ?」
「そうそれ。説明はめんどいしぶっちゃけ私も分かんないから。アンタ頭は良さそうだし、何となくで感じ取ってよ。」

 何でもアリだな、という感想もといツッコミは、すでにマッハ20の超生物に出し尽くしている。殺せんせー以上に科学で説明が付かない存在も、それを当たり前に扱っている杏のことも、もはや受け入れるしかないようだ。

564バイバイYESTERDAY ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 05:02:34 ID:80WX/zh60
「じゃ、任せるよ。俺は念のため、近くの見回りとかやっておくから。」

 エルマの火葬に立ち会わないのは、無意識に感じている罪悪感からでもある。少なくともカルマは一度、エルマとトールを見捨ててさやかと共に撤退する選択肢を打ち出したのだ。

 そんな複雑な想いを察してか、杏は黙ってカルマを見送った。どの道エルマに別れを告げるべきは、あの長いようで短い刈り取るもの戦線で少しばかり共闘しただけのカルマではなく、それ以前から数時間に渡って同行し、絆を紡いだ自分に他ならないのだ。

「……エルマ。」

 カルマが去って一人になって。そして改めて、物言わぬ骸となった竜と向き合う。

「フルーツ好きっていう共通点見つけてから、食べ物の話とかいっぱいしてくれたよね。」

 "好き"を語るエルマは、幸せそうに笑っていた。今のエルマも、同じ表情をしている。腐敗していくのが勿体ないくらいに、一切の無念を感じさせない、幸せの顔だ。

「私も、美味しいもの食べてる時は、幸せだった。一人で食べてる時も、誰かと一緒に食べてる時も。そんな幸せな日常がずっと、ずっと続いてくんだって思ってたんだ。……でも、そんな些細な幸せを壊して笑ってる奴らが、この世界にはうじゃうじゃいる。」

 誰かを虐げる悪意が、この世界には蔓延っていて。その悪意に踏みにじられる幸せは、数え切れない。自分が心の怪盗団としてここに立っている根源でもある友人、鈴井志帆もその一人だった。醜悪な悪意に晒されて、幸せを奪われて。

「私、許せない。この催しの裏で笑ってる奴がいるのなら、怪盗としてそんな楽しみ、奪ってやる。だから……見守ってて。」

 仮面に手を翳すと同時に、顕現するひとつの影。死に伴ったエルマの痛みが、どうか熱さの中に溶けていきますように。

「――踊れ、カルメン。」

 ――アギダイン

 ぱちぱちと音を立てて、骸は炎に包まれていく。最後までエルマは幸せそうな顔のまま、ゆっくりと灰へと変わっていった。

565バイバイYESTERDAY ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 05:05:27 ID:80WX/zh60



「……見つけた。」

 少し離れた岩陰に、さやかは横たわっていた。その身体に目立った外傷はなく、血も大して流れていない。どう見ても、傍目には眠っているようにしか見えない。

「……どいつもこいつも、死んでるくせに満足そうな顔、しちゃってさ。」

 エルマに続いてさやかも、何かをやり遂げたような、そんな表情を浮かべている。志半ばに戦死したとは思えない、そんな顔だ。だからこそ眠っているだけのようにしか見えなくて。だからこそ、死という現実から逃げ出したくもなってしまう。

 だけど、"さやか"がこの眠っている少女ではないのは、知っていて。

「……本当に、こっちがさやかなんだ。」

 青く煌めいていた宝石に、今や輝きは点っていない。刈り取るものの銃撃を受け、粉々に砕け散っていながらも――しかしその装飾部の痕跡は残っている。さやかがソウルジェムと呼び、彼女の魂が篭っていると説明していた宝石。さやかの死因が人間の肉体の損傷でないことは、連鎖的にあの話も、紛れもない事実であると証明している。

「……後悔とかでうじうじするの、嫌いだからさ。ごめんねとかは言わないし、責めるつもりも別にないよ。」

 互いに肯定も否定もすることなく、不干渉。それがさやかとの関係の、始発点だった。どの道この殺し合いの間だけの関係であると、ビジネスライクに。冷や水のように、冷徹に。

「だから、これは俺の独り言。」

 だけど、ほんの少しだけ。運命的に僅かに重なり合った因果に、意味を見出すのなら。

「あの悪徳商人はさ、ちゃんと俺がボコボコにしとくから――殺す気で。」

 放送を担当していた者は、キュウべえと名乗っていた。それは、さやかから聞いた、契約した相手の名前だ。願いを餌にさやかの人生を弄び、さらには殺し合いという催しにまで落とした存在。

 さやかの抱えている戦いに干渉しようなんて心持ちはなかったはずだ。だけど、そのやり口に心から気に入らないと思ったからには、それはすでに自分の戦いでもある。それに、脱出して主催者をぶん殴るのに、モチベーションは多ければ多いほどいい。

 最後に、手を合わせた。湿っぽい別れは嫌いだけれど、これでお別れだと終止符を見出すことは、生者が死に見切りをつけるのに必要な儀式だ。恩師との別れまで、こんならしくない真似は、とっておくつもりだったけれど。どうやら感情とは、そう簡単にいくものでは、なかったらしい。

「……ほんっと、らしくないけどさ。」

ㅤ僅かに零れそうになった涙は、無理やりに抑え込んだ。これを流すのは、全てが終わった後にするために。

566バイバイYESTERDAY ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 05:05:50 ID:80WX/zh60



「それで、ここからどうするの?」

 それぞれがそれぞれの形で、かつての同行者との別れを終えた。ここからは、新たな同行者と共に、これからの話に移るフェイズだ。

「霊とか相談所ってとこに向かおうと思うよ。」
「別に異論はないけど……理由とかあるの?」
「特に。ただこれといったアテもないし。」
「じゃあその前に……ここ、純喫茶ルブランってとこに寄ってもいい?」
「ん、別にいーけど……ここは?」
「私たちの拠点。心強い仲間、必要でしょ。 」

 やるべきことは、次第に見えてくる。殺し合いなどという理不尽を前にしても、彼らのやることは凡そ変わらないのだ。権力を振りかざす大人たちの存在と、エンドのE組。彼らにとって、世界は元より、理不尽だった。

 今が苦しみに満ちていたとしても、未来が暗雲に閉ざされていたとしても、それでも弱者なりの戦い方がある。反逆の意思を胸に掲げていられるために、強者に奪われた過去は決して忘れない。掴み取る明日に笑っていられるのなら、踏み躙られた昨日までにも、きっと意味があるから。

【E-6/住宅街エリア外/一日目 朝】

【赤羽業@暗殺教室】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:マッハパンチ@ペルソナ5
[道具]:不明支給品1〜2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:元の日常に帰って殺せんせーを殺す
1.キュウべえを倒す
2.純喫茶ルブランに寄った後、霊とか相談所で首輪の解除方法を探す
3.渚くんを見つけたら一発入れとかないと気が済まないかな

※サバイバルゲーム開始直後からの参戦です。

【高巻杏@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(中) 気絶
[装備]:マシンガン※対先生BB弾@暗殺教室
[道具]:基本支給品(食料小) 不明支給品1〜2
[思考・状況]
基本行動方針:姫神を改心させる
一.純喫茶ルブランに向かう。
二.島にあるであろうパレスの主のオタカラを探し出す
※参戦時期は竜司と同じ9月怪盗団ブーム(次の大物ターゲットを奥村にする前)のときです。
※姫神がここをパレスと呼んだことから、オタカラがあるのではと考えています。

567 ◆2zEnKfaCDc:2022/03/24(木) 05:06:05 ID:80WX/zh60
投下完了しました。

568 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/18(月) 04:04:59 ID:HlQLjCVA0
雨宮蓮、小林さん、漆原半蔵、花沢輝気で予約します。

569 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:06:02 ID:6G79CgFU0
投下します。

570つわものどもが夢の跡 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:06:39 ID:6G79CgFU0
 放送を迎える心持ちとしては、決して穏やかではなかったにせよ、それでも比較的落ち着いたものであったはずだ。

 確かに、私たちを守って死んだ少女、鷺ノ宮伊澄については未だ割り切れているわけではない。だがそんな死別があったとはいえ、その死を改めて突きつけられたとて殊更心を乱されるわけではないだろう。少し時間が経っているのもあって、それくらい私は落ち着いている。

 そうなれば、放送に向かう心持ちも比較的平穏だと言えるはずだ。強いて言うなら私と同じく戦う力なんて持っていない滝谷くんが心配だというくらいか。何なら、先走ってるかもしれないあの子らに、ひとまず私の無事を伝えられるというひねくれた期待もあった。不謹慎かもしれないが――私はこの放送を、どこか待っていたような心持ちでいたのだ。

「――小林トール」

 私は断じて、その心配だけはしていなかった。

「……は?」

 当たり前のように私の隣にいたあの子が。終焉をもたらすだけの力を手に、日常を謳歌していたあの子が。

「……嘘、だろ。」

 すでに死んでいる、なんて。



571つわものどもが夢の跡 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:07:05 ID:6G79CgFU0
 最初から分かっていたことだ。トールとの日々は、永遠ではない。

 日常の中であの子はたまに、ふと顔つきに陰りを見せる時があった。そんな時はその陰りを押し隠すように、あの子は笑って――それを見ながら、私は考えた。トールはこの暮らしが終わる瞬間を、すでに脳裏に思い描いてしまっているのだ、と。ドラゴンのあまりにも果てしない寿命。それを前にすると、きっと私という人間など、風前の灯火のように、脆弱で儚い命にしか見えていなかったのだろう。

 トールはずっと、終わりを見据えていた。けれどその終わりは、私の死によって訪れるものではなかったのか。まさか私が残される側になるなんて、考えたことすらなかった。私だけが、永遠でないひと時を永遠であるかのように錯覚していた。

(どうして、忘れていた?)

 ふと私は、トールと初めて出会った時のことを思い出していた。酩酊のままに引き抜いた神剣――あの日もトールは、私がいなければ死んでいたのだ。

 ドラゴンと死とは、決して無縁の概念なんかじゃない。そりゃあ、そうだ。盛者必衰の理というように、命あるもの、いつかは終わる。ドラゴンという生命に何かしら特異性があるとしても、それはただ長いか短いか、強いか弱いかの差でしかない。そんな当たり前のことが、ずっと頭から抜けていたのだ。

(……違うな。たぶん私は……忘れていたんじゃなくて、考えないようにしていただけなんだ。)

 ああ、これはどうしようもない現実逃避だ。

 トールが私の関与しないところで死んでしまい得ると認めてしまえば、あの子たちを、人間というちっぽけな枠組みからもっとスケールの大きい枠組みに、切り離してしまうような気がして。せめて共に過ごすひと時だけは、彼女たちには人間の枠組みを生きてほしかったのだろう。

「……さん。」

 もちろん、私はどうしたってドラゴンにはなれないし、あの子たちだって人間にはなれない。絶対的な種族差それ自体を変えることはどう足掻いても不可能だ。だけど、その違いを受け入れた上で、楽しむことはできる――私はそれを、前向きに捉えていたはずだ。価値観の違いを受け入れ、擦り合わせることの楽しさを、例えばそれを人間ごっこだと言い放ったファフニールに、時には、ドラゴンの価値観に囚われていたイルルに、はたまたその領域を理解しようとすらしなかったキムンカムイに、伝えたかった。

 だというのに、結局私は、あの子たちに人間であってほしかったのだ。戦いに生き、そして死にゆくドラゴンの枠組みの概念を、あの子たちから遠ざけたかったのだ。

572つわものどもが夢の跡 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:07:37 ID:6G79CgFU0
(何が違いを楽しむ、だ。)

 それを違いであると認めたくなかったのは。

 ドラゴンの死を、人間の基準で起こりえないものであるとみなし目を背けていたのは。

 人間ごっこから、都合よくドラゴンの価値観だけを排除しようとしていたのは。

 他でもない、私じゃあないか――

「――小林さん!」

 耳に響く花沢くんの声と共に、私の意識は現実に引き戻された。

「あ……ごめん。ボーッとしちゃって……。んと、どしたの?」
「放送、聞いてなかったのかい!?」
「あ……うん。ゴメン……。」

 トールの名前が呼ばれてから以降の名前は、全く耳に入っていなかった。トールが死ぬ世界だ。滝谷くんはもちろん、カンナちゃんやエルマ、ファフニールに至っても無事である保証なんてない。

「えっと……誰の名前が呼ばれたか、覚えてる?」

 きっとこの時の私は、間の抜けた顔をしていたことだろう。花沢くんは少し、じれったそうな顔をして――

「悪いけど今は……それどころじゃないんだ!」

 次の瞬間、私の身体はふわりと持ち上がった。

「えっ……」
「少し荒っぽく運ばせてもらうよ。」

 さらにそのまま――私は一陣の風となった。方向感覚もなくなるくらいの速度で、どこに向かうかも分からぬまま強引に高速移動をさせられる。

573つわものどもが夢の跡 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:08:02 ID:6G79CgFU0
「う……うわああああああっ!」

 まるで前に向かって落下しているような、そんな感覚。トールに初めて乗った時も、これに近い恐怖だった気がする。それに並走するように一緒に飛んでいる花沢くんの姿も、向かい風に晒されほとんど機能していない視界の端に、ギリギリ見て取れる。表情は見えないが、彼が何かしらに真剣であるのは間違いない。

 そして私たちは、"現場"にたどり着いた。

 そこには先に漆原がいて、私たちを横目で確認すると、それまで見ていた箇所に再び視線を移す。まるで信じられないようなものを見たとばかりのその目の向かう先。自ずと私の視線も、そちらへ吸い寄せられ――そして理解する。私が聴き逃した放送が、誰の名前を呼んでいたのか。

 視線の先で、僅か数分前まで遊佐恵美だったであろうものが、一本の大木に吊り下がって揺れていた。その細い首にはロープらしきものが架けられており、言うなれば典型的な、『首吊り自殺』の単語が浮かんでくる光景だった。

「……馬鹿なヤツ。」

 その光景を見て、漆原は小さく吐き捨てる。人間の文化に精通しているわけではないが、執行を重力に委ねることができる首吊りは、エンテ・イスラでも典型的な自殺の手段である。彼の頭に浮かんだ想像も、他の二人と大差は無い。あえて気になることといえば現場に踏み台に類するものが無いということ。しかしそれについても、遊佐の脚力ならば必要ないと言えよう。

「お前にとって罪って、そんなにまで受け入れられないものだったのかよ。」

 死を選んだ理由は、想像できる。明智吾郎という男との交戦の末に促された精神暴走により、罪のない少女の命を奪ってしまったこと。

 仮にも漆原は、魔王軍として人間と戦う中で、相手を殺したことも数え切れないほどある。しかしだからといって、遊佐にとってそれがそんな些細なことと吐き捨てられるほど、軽いことであるとは思わない。奪った命への償いの気持ちというのも、今なら少しは理解できる。

574つわものどもが夢の跡 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:08:35 ID:6G79CgFU0
「……白くあり続けようとするのは、尊いことだ。だけどそれに溺れてしまうくらいなら、深淵よりも真っ黒に、堕天してしまえば良かったんだ。」

 生き方がほんの少し変わってしまうことくらい、天使にだって――そして悪魔にだって、ある。それを悪いことだとは思わないし、かの勇者エミリアであれば、どれだけ変わってもきっと根底の正義は揺らがないだろうとも思っていた。ちょっと独りにしてほしいと言った遊佐を送り出したのは、偏に信頼だったのだ。アイツならきっと、自分の罪と向き合って、それを糧に正義を志してくれる。だから大丈夫だ、と。少しながらも遊佐を知っているからこそ、その言葉に頷いたのに。

(行かせなければ良かったのか?ㅤそれとも……死なせてやった方が、アイツのためには正解だったのか……?)

 もう、どんな感情を抱くべきなのかも分からない。そもそも遊佐は魔王軍から見たら敵勢力なわけで、ここまで馴れ合ってきたこと自体がイレギュラーであるとも言えるのだ。旧敵がいなくなったこと、その事情だけ見れば、喜ぶべきなのだろう。だけど、とてもそんな気分にはなれない。

 ひとつだけ、明確に言えるとするならば――こんな形の決着、真奥のヤツも望んじゃいなかったろうに、と。ただ、それだけだった。

「……まだ、助からないかな?」

 そう切り出したのは、花沢だった。言葉と同時に放った念動力が、ひとまず遊佐の身体を空中にキープし、重力で締め付けられていた首を解放する。

「確かに放送では死んだと言われていたけど、そもそも医者であっても立ち会わずして厳密な死亡宣告なんてできるわけがない。もしかしたら仮死状態にあるだけかもしれないだろ?ㅤ僕が念動力で浮かせておくから、このまま縄を解いて降ろそう。できるだけ、慎重にね。」
「……そうか!」

 遊佐との親交が薄いからこそ、花沢は冷静だった。その言葉を聞いて、ハッとしたように遊佐の方へと走り出す漆原。

 その隣で、小林はどこか考えるような素振りを見せていた。

575つわものどもが夢の跡 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:09:42 ID:6G79CgFU0
(具体的な根拠が、あるわけじゃない。)

 小林から見ても確かに、最後に見た遊佐は精神的に弱っていた。漆原ほど彼女を知っているわけではないが――それでも、思わずにはいられない。彼女が本当に、自殺という手を選んだのか?

 かつてトールは、私を慕ってくれていた。下等で愚かな生物だと謳っていた人間である私を。ドラゴンという私たちとは比べ物にならないほどの存在が、たった一晩で心を変えたのである。そして、彼女を変えた何かは間違いなく存在しているのだ。

 トールを変えたのは小林さんであると、トールは言っていた。でもね、私はただ酔った勢いであの山にフラフラとたどり着いただけのただのOLなんだ。私自身が特別ってわけじゃあない。トールが言うような価値なんて、私にはないんだよ。

(でもトールはあの時――震えてたんだ。)

 そう、トールを変えたのはきっと、私なんかじゃないんだ。

(ドラゴンであっても……きっと生物である限り、簡単には抗えないんだよね。)

 トールと初めて会った山の中。私に信仰心があれば、抜けなかったであろう神剣とやら。死という、あらゆる変化の終着点を前にしたトールは、抗えない恐怖と戦っていた。

 死ぬのは怖い――生物に定められた生存本能。それに逆らうのは、ドラゴンの心すら変えてしまうほどに、決して容易なことなんかじゃなくて。

 私たちと別れてから放送が始まるまでの数分間で、旧知の相手にまで気持ちを隠し切ったまま、生存本能を振り切って自殺に走る。そんなの、心の弱った彼女に――いいや、心が弱っていればこそ、できるわけがない。死という不可逆的な変化を受け入れるその心は、ある種、強さと呼べるものだから。

 だからこれは、自殺じゃない。だとすると、この現場を作り上げた第三者がいるのだ。

 わざわざ手間をかけて、遊佐が自殺したかに見せかける、その者の狙いは――

576つわものどもが夢の跡 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:10:10 ID:6G79CgFU0
「……待てっ!」

 突然の小林の発言に、漆原はピタリと静止する。

「えっ?ㅤ…………なっ!?」

 ――次の瞬間。遊佐を吊るしていた巨木の影から、ひとつの影が漆原へと飛びかかった。

 突然の出来事に、的確な反応なんてできようはずもない。その影の手にしたナイフの刃先が、漆原の喉を掠める。僅かに届かなかった一撃に、影は小さく舌打ちをしながら、空いた左手を顔に装着した仮面へと当て、そして、発する。

「――アルセーヌ!」

 続いて襲撃者――雨宮蓮の背後より顕現したペルソナ、アルセーヌから放たれた斜めの斬撃が、漆原の胴に裂傷を刻む。

「ぐっ……このッ……!」

 更なる追撃を許すわけにはいかない。血が流れ出て脱力する身体に鞭打って、支給された三叉の槍をぶん回す。遠心力を味方にした横薙ぎの槍術で、振り下ろされるアルセーヌの腕とぶつけ合って、互いに弾き合う。

 攻撃されていると理解してからは、正面戦闘に遅れを取る漆原ではない。しかし、心の準備が相手より二手分は遅かった。遊佐の身体に超能力を使っていた花沢も、直ぐに対象を切り替えるには至らず、また最も襲撃を警戒できていた小林とて、単独で戦局を動かす力はない。アルセーヌの『スラッシュ』によって胸に深く刻んだ傷とて甘受して然るべきと言えるまでに、全員が襲撃者に対して遅れを取ってしまっていた。仮に小林さんの警告が無く、あと一歩踏み込んでいたならば――喉元を掠めた斬撃を前に、その先の想像は容易い。

「……お前が遊佐を、殺したのか?」

 状況を見るに、この男が遊佐を殺したのは間違いない。むしろ、遊佐の自殺を突きつけられた時に覚えたあの失望にも似た動揺を思えば、殺されたという方が――明確に仇討ちの相手がいる方が、精神的にも楽ではある。だが一方で、漆原はそれを信じたくなかった。

 何せ、明智や自分たちとの連戦で心身ともに弱っていたとはいえ、仮にも遊佐は勇者と呼ばれた人間だ。それを、自分たちと別れてからの短時間にいとも容易く殺し、そればかりか自殺偽装により来訪者の不意をつく準備を許す時間まで残しているのだ。それは目の前の男の実力を証明するには十分過ぎる事実。

 それを改めて突きつけるように、静かに、そして荘厳に、男は口を開いた。

577つわものどもが夢の跡 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:10:34 ID:6G79CgFU0
「――そうだ。俺が殺した。だが、大丈夫だ。すぐにお前たちにも後を追わせてやる。」

 いつか不殺の誓いを打ち立てた怪盗団のリーダー。聖剣の勇者の名の下に人々を率いて戦った少女。悠久の時を生きるはずだったドラゴン。もう、どこにもいなくなってしまった者たち。

 生きている限り、誰もが常に、その在り方を変えていく。いずれ死ぬその時までは、誰かを信じて、時に疑って、されどまた信じて、そんな巡りを続けていく。だからこそ、かつて敵だったものは、明日の仲間かもしれなくて。

 今のこのひと時が、たった一発の銃声で掻き消えてしまうほどに儚いものであると、知っているから。

 相手の命を奪ってでも、生にしがみつくその理由なんて――それでいい。それだけで、十分だ。

【D-3/草原/一日目 朝】

【雨宮連@ペルソナ5】
[状態]:健康
[装備]:綺麗なナイフ@虚構推理
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜2(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る
一.…やるか(殺るか)
二.怪盗団のメンバーも、殺そう。
三.明智五郎は、この手で殺された借りを返す

※11月20日新島冴との取引に応じ、明智に殺されてBADエンドになったからの参戦です。
※所持しているペルソナは【アルセーヌ】の他にアルカナ属性が『正義』のペルソナが一体います。詳細は後続の書き手様にお任せします。

【小林さん@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:胴体に打撲
[装備]:対先生用ナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2) 折れた岩永琴子のステッキ@虚構推理
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1.トールの死による喪失感

【漆原半蔵@はたらく魔王さま!】
[状態]:腹部の打撲
[装備]:エルマの三叉槍@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界の知り合いと力を合わせ、殺し合いを打倒する。
一.雨宮蓮を打倒する。

※サリエルを追い払った時期より後からの参戦です。

【花沢輝気@モブサイコ100】
[状態]:念動力消費(大)
[装備]:金字塔のジャケット@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
一.雨宮蓮を倒す。
二.影山茂夫への尊敬と、無意識な恐怖。
三.影山茂夫には頼りきりにならないようにする。

※『爪』の第7支部壊滅後からの参戦です。桜威に刈られた後のカツラを装着してますが、支給品ではなく服装扱いです。

578 ◆2zEnKfaCDc:2022/04/20(水) 22:11:00 ID:6G79CgFU0
投下完了しました。

579名無しさん:2022/04/21(木) 04:32:01 ID:MWAULjhY0
投下乙です。
第二回放送後の感想を、好きな文章を引用しながら書いていきます。

・生生流転――ふたりぼっちのラグナロク

前回からも示唆されていたように、味覚が消失したエルマ。
ある種、人間との繋がりでもあるそれを失い、なおも刈り取る者を打倒することをめざすエルマ。
しかし一歩及ばず、死の危機に瀕したときに思い出すのは、許されない本当の気持ち。

>「ただ……お前と……一緒にいたかったんだああああっ!!」

ここの叫びは、調和勢としてごまかしてきたのであろう感情をついに吐露したように感じられて、とても熱いものでした。
そこからの、トールの力を借りた二人での勝利。語りかけた言葉は、もはや嘘偽りも、建前すらもない、正直な感情なのでしょう。

>「お前を元の世界に連れて帰る……だっけか? もうそんな建前は言わないよ。」
>「……今度こそ二人で、一緒に旅をしよう。人間の世界を見定めるなどという目的もない、ただ私たちが楽しむためだけの、自由な旅だ。」
>「人間の姿のままでの食べ歩きもいいな。お前が隣(そこ)にいてくれるなら、きっとどんなものでも、美味しいだろう。」

心が締め付けられるようなセリフの数々でした。

・このちっぽけな世界で大いなる退屈を遊ぼう

このキャラクターは未把握なのですが、異世界の存在であるサタンの宝剣を十全に取り扱うだけでも、格の違いが見て取れます。

>二度と――鷺ノ宮伊澄に"勝利"することは、果たせなくなってしまった。
>「……時間が惜しいな。綾崎ハヤテ、どうかお前は私に殺されるまで、死なないでくれよ?」

覚悟はすでに決まり、戦力的にも精神的にも不安のないヒスイ。
付け入るスキがあるとするならば、綾崎ハヤテへのこだわり、なのでしょうか。


・共に沈めよカルネアデス

おひいさまこと岩永が、どこまでも、冷徹と言えるくらいに冷静沈着。
虚構を用いてハヤテを説得し、さらにクイーンとの怪盗攻略議会も有利に進めていくさまは、見ていて空恐ろしいですね。
論理展開の巧さは原作の『虚構推理』を読んでいるかのようで、岩永の再現度の高さには舌を巻きました。

>「『放送で岩永琴子の死亡が確認された場合、新島真、ならびに彼女の仲間と思われる怪盗の名を冠する集団、その全員を危険人物として他の参加者に周知せよ。』」
>「――みんなは……関係ないじゃないっ!」
>直後、真は自分の発した言葉にハッとしたように、慌てて口を押さえた。

それに対する真は、チェスでいうなら次第に詰められていくようなもの。
引用した部分は、「推理漫画で探偵にカマをかけられて犯人しか知り得ない情報を口走ってしまったとき」のやつ。好きです。

もちろん、ハヤテとヒナギクのバトルの結果も気になるところです。
ラストの地の分にもあるように、彼らが不器用だからこそ起きた戦闘。取り返しのつかない結果をもたらさないと良いのですが。


・バイバイYESTERDAY

>「私、許せない。この催しの裏で笑ってる奴がいるのなら、怪盗としてそんな楽しみ、奪ってやる。だから……見守ってて。」
>仮面に手を翳すと同時に、顕現するひとつの影。死に伴ったエルマの痛みが、どうか熱さの中に溶けていきますように。

>「あの悪徳商人はさ、ちゃんと俺がボコボコにしとくから――殺す気で。」
>僅かに零れそうになった涙は、無理やりに抑え込んだ。これを流すのは、全てが終わった後にするために。

共闘した相手を悼む。言葉にすると単純ですが、とても丁寧に描いてくれていて好感が持てます。
主催者からすればちっぽけな存在だとしても、彼らは昨日までを無為にしないために、反逆の意思を絶やすことは無いでしょう。

580名無しさん:2022/04/21(木) 21:48:57 ID:MWAULjhY0
・つわものどもが夢の跡

放送後の反応で、気になっていたうちのひとつである小林さん。
『小林さんちのメイドラゴン』への理解はまだまだ浅いのですが、小林さんが“人間として”ドラゴンたちと対話をする点が面白い要素だと考えています。
異種間のコミュニケーション。そこにある徹底的な隔たりのひとつである寿命は、ともすれば普通の日常を生きている人間も忘れてしまうことです。

>トールはずっと、終わりを見据えていた。けれどその終わりは、私の死によって訪れるものではなかったのか。まさか私が残される側になるなんて、考えたことすらなかった。私だけが、永遠でないひと時を永遠であるかのように錯覚していた。
>トールが私の関与しないところで死んでしまい得ると認めてしまえば、あの子たちを、人間というちっぽけな枠組みからもっとスケールの大きい枠組みに、切り離してしまうような気がして。せめて共に過ごすひと時だけは、彼女たちには人間の枠組みを生きてほしかったのだろう。
>だというのに、結局私は、あの子たちに人間であってほしかったのだ。戦いに生き、そして死にゆくドラゴンの枠組みの概念を、あの子たちから遠ざけたかったのだ。

トールを“ドラゴンとして”扱うより“人間として”対等に扱っていた小林さん。
ただトールの死を悲しむだけではなく、こうした思考の過程を描くことで、小林さんの特異な点を描き出している作品だと思います。

>死ぬのは怖い――生物に定められた生存本能。それに逆らうのは、ドラゴンの心すら変えてしまうほどに、決して容易なことなんかじゃなくて。
>私たちと別れてから放送が始まるまでの数分間で、旧知の相手にまで気持ちを隠し切ったまま、生存本能を振り切って自殺に走る。そんなの、心の弱った彼女に――いいや、心が弱っていればこそ、できるわけがない。
>死という不可逆的な変化を受け入れるその心は、ある種、強さと呼べるものだから。

さらに思考を発展させて、遊佐が自殺するはずがない、という結論に辿り着かせるのがお見事。

そして、殺した遊佐の死体を利用して奇襲をかけたジョーカー。手段を選ばない覚悟が見て取れます。

>いつか不殺の誓いを打ち立てた怪盗団のリーダー。聖剣の勇者の名の下に人々を率いて戦った少女。悠久の時を生きるはずだったドラゴン。もう、どこにもいなくなってしまった者たち。
>生きている限り、誰もが常に、その在り方を変えていく。いずれ死ぬその時までは、誰かを信じて、時に疑って、されどまた信じて、そんな巡りを続けていく。だからこそ、かつて敵だったものは、明日の仲間かもしれなくて。
>今のこのひと時が、たった一発の銃声で掻き消えてしまうほどに儚いものであると、知っているから。
>相手の命を奪ってでも、生にしがみつくその理由なんて――それでいい。それだけで、十分だ。

ラストの地の文章がめちゃめちゃ好きです。
命の儚さを知り、あるいは再認識した者たちの、決死の勝負が始まりますね。

581 ◆2zEnKfaCDc:2022/05/10(火) 02:05:20 ID:S70Bmxgk0
感想ありがとうございます。
いつも励みにさせていただいてます!

三千院ナギ、モルガナ予約します。

582 ◆2zEnKfaCDc:2022/05/13(金) 06:09:42 ID:XQc5FwDQ0
投下します。

583朝焼けすらも許さない ◆2zEnKfaCDc:2022/05/13(金) 06:11:27 ID:XQc5FwDQ0
「……キレイだな。」

 燦々と降り注ぐ朝の陽射しを浴びながら、三千院ナギはどこか遠い目のまま呟いた。落ち着いているようにも見えるが、先ほどまでの天真爛漫な様子から、放送を受けた後に一転しての様相である。

 主催者の姫神がナギの昔の執事であるという話はすでに聞いている。不安げな想いを隠せないままに、モルガナはナギを見ていた。ナギの小さい身体よりもいっそう小さな身体であるが、その様子から労りの気持ちは伝わったようで、ナギはゆっくりと口を開いた。

「……私さ、朝は遅いんだよ。平日は学校に行くギリギリまで寝てるし、休日なんか昼に起きてるし。」

「お、おう……?」

 ぽかんとしたモルガナを前に、ナギは続ける。

「だから、朝日が出てくるところなんて、ほとんど見たことないんだ。」

 いつか、柄にもなく早起きをして見た、早朝の世界。立ち上る朝日に、感動した。気だるい身体をラジオ体操で動かして、思った以上の爽快感に包まれた。

「でも、私の執事もメイドも、早起きだ。朝日よりも早く起きて、私の朝ご飯とか弁当とか作ってくれてたりさ。ハヤテもマリアもそうだし……姫神も、そうだった。」

 そしてそこには――どこかいつもと違う、執事の姿があった。私に呼びつけられる心配もなく、ひとり台所で食事を用意するハヤテ。その横顔に差し込む朝日が、すごく綺麗だと思った。

 私が普段眠っている時の三千院家には、私の知らないものが詰まっていたのだ。

「たったそれだけだけどさ。でも、私と、私の周りの人間ではこんなにも、見てる世界が違うんだなって、そう思うんだよ。」

 私が小さな冒険をしているような感覚で歩んでいた早朝の世界は、とうに彼らの日常のルーティンに組み込まれていた。私だけが、お嬢様というカゴの中に取り残されているような、そんな気すら湧いてくる。

 そしてナギは俯いたまま、か細い声で紡いだ。

584朝焼けすらも許さない ◆2zEnKfaCDc:2022/05/13(金) 06:12:03 ID:XQc5FwDQ0
「やはり、傲慢だったのだろうな。こんな私が、姫神のことを理解しようなんて。」

 最初から分かっていた。ただ、認めたくなかっただけだった。自分は背伸びをしているだけの子供で、ちっぽけで、まだ何も見えていない。私と違うものが見えている姫神のことを理解しようとすること自体、そもそも間違いだったのだと。

「私さ、待ってたんだ。姫神が、放送に乗じて何らかの殺し合いの打開策を教えてくれる。かつて私を守ると誓ってくれたあの男は、何だかんだで最終的には私のために動いている……って。殺し合いを命じられてるのに、そんな信頼が、心の底にはあった。」

「いや、まだこれからでも……」

「……いいんだ。」

 フォローを入れてくれようとするモルガナに、キッパリと返す。間違っていたのは私だった。その事実は、事実として受け止めるから。

「だって、姫神の言葉で巻き起こった殺し合いで、現に人が死んでる。」

「……まあ、そうだよな。」

「それに……」

 ああ、もう手遅れなのだ。仮にこの殺し合いが、よく分からない因果の先に、私のために行われたようなものであったとしても。

「……伊澄が殺されてる地点で、もう私たちに分かり合う道は残ってない。だから……これでいいんだ。」

 その犠牲に伊澄を選出した地点で、私がそれを認めることは絶対にないのだから。

「伊澄は、マイペースで何考えてるか分からないし、どこに行くかもどこから来るかも分からないし、ボケは多いし、一緒にいると色々大変だったけどさ。」

 伊澄には、いつも困らされるばかりだった。

 すぐに迷子になるからトラブルメーカーになるばかりだし、向けられる好意に鈍感すぎるが故に起こるワタル関連のとばっちりを受けるのは主に私だし、時に私のハヤテを勝手に買収していったこともあった。

 咲夜やワタルも含めての幼なじみという関係性だからどうしたって縁が切れることは無く、向こうも同じく大金持ちの家系であるから旅行などにも気軽に着いてくるし、そしていつも大規模な迷子になる。まるで予測も回避も不可能な台風と言わんばかりのタチの悪さだ。

「それでも……」

585朝焼けすらも許さない ◆2zEnKfaCDc:2022/05/13(金) 06:13:07 ID:XQc5FwDQ0


『――その漫画の……続きはどうなるの?』


「……伊澄は私の世界を、認めてくれたんだ。」

 どれだけ困らされようとも、一緒にいる理由なんてそれだけでよかった。

「みんなが私の下手な漫画を笑いものにしてたパーティーの中でさ、伊澄が……伊澄だけが、面白いと言ってくれたんだ。私が漫画を投げ出さずに描き続けられたのは、そのひと言があったからなんだよ。」

 私の世界は、誰かと分かち合うことができるのだと、そしてその喜びは言葉じゃ言い表せないくらい大きいものなのだと、伊澄は私に教えてくれた。

 だからこそ、私も伊澄の世界に触れたいと思った。伊澄のマイペースがどれだけ困りものだろうと、それが伊澄の世界であるならば、私は受け入れる。

 それが私たちの、幼なじみという関係をも超えた親友としての在り方だった。間違っても、何かを得るために犠牲にしていいものなんかじゃなかった。

「そんな伊澄をこの殺し合いは……姫神は、奪ったんだ。もう、元になんか戻れないよ。」

「ナギ……」

 己の言葉を省みて、安直な慰めの言葉だったかもしれないと、モルガナは思った。ナギはすでに事実と直面し、等身大の気持ちで受け止めている。それが彼女の生まれ持っての強さなのか、或いはすでに姫神よりも大切な執事がいるからこその強さなのかはわからない。

 だが少なくとも、今の彼女にかけるべき言葉は、慰めではなく。

586朝焼けすらも許さない ◆2zEnKfaCDc:2022/05/13(金) 06:15:48 ID:XQc5FwDQ0
「だったら、もっと……もっと、怒るんだ。」

「え……?」

「理不尽に親友を奪われて……それなのに感傷に浸っている暇なんて、ありゃしないだろ?」

 ナギの強さに対してかけるべき言葉は、共鳴に他ならない。その強さを、踏みとどまるためではなく、前に進むために導くこと。姫神の犠牲となり、死んでしまったものに強者を挫くことはできない。その遺志を継いで、力を振りかざす強者を刺すことができるのは――いつの世も、喪失を乗り越えた弱者だ。

「怒って、そして反逆するんだよ。向こうから反故にされたいつかの約束なんて気にするな。戦う道理はこっちにある。」

 ぽかんとした顔で、ナギはモルガナを見ていた。

 意地になって、ハヤテに酷いことを言ってしまった時に、謝罪の一歩を踏み出せない私を優しく諭し、背中を押してくれたマリアのような。はたまた何かにつけてはサボりがちだった私を諌めてくれたハヤテのような。私の中のモヤモヤを言葉にした上で、やるべきことに導いてくれる。

「……そうだな。うん、そうだった。」

 ああ、そうだ。私の大切な人は、いつかの約束を放棄して消えた執事なんかじゃない。今ここに、私のために言葉を投げかけてくれるヤツがいる。

「忘れてたよ。そういえば私は……ワガママお嬢様だったのだな。」

 最初から、間違っている。

 最初から姫神のことなんて、理解しなくて良いのだ。だって私はお嬢様なのだから、執事である向こうが私に気を使うべきではないか。姫神はそれに応じないどころか、あろうことか私の、本当に譲れない大切な親友を奪ったのだ。クビにしたって、引っぱたいたって、全然足りやしない。

「そうだ、姫神を理解する必要なんてどこにもないじゃないか。私は私の視野のまま――伊澄が認めてくれた、私の世界のままで。とんでもない無礼を働いたダメ執事の姫神を断罪すればそれでいいのだ。」

 今までだって、気に入らない使用人に対してはそうしてきた。私を目覚めさせる朝焼けにだってその矛先を向けるくらいには――怒りとは、私がお嬢様たる所以ではないか。

「さあ行くぞモナ。あのふざけた元執事をなぎ倒してやるのだ。全速前進で私についてこい!」

「よーし、その意気だナギ!」

587朝焼けすらも許さない ◆2zEnKfaCDc:2022/05/13(金) 06:16:22 ID:XQc5FwDQ0
【B-4/一日目 朝】

【三千院ナギ@ハヤテのごとく!】
[状態]:疲労(大) 不安(小) 膝に擦り傷 手の爪に砂や泥
[装備]:CD火炎放射器と私@虚構推理
[道具]:基本支給品 CDラジカセ
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗らない
1.姫神…何をたくらんでいるのだ?
2.次に出会ったとき、ヒスイと決着をつける
3.ハヤテー!マリアー!どこだー!……生きているよな?
4.烏間なる人よ……成仏してくれ
※モルガナとのコープが5になりました。以下のスキルを身に付けています。
「駒さばき」集団行動のとき、メンバーに的確な指示を出すことができるようになる
「お嬢様の追い打ち」モルガナの攻撃で相手をダウンできなかった場合、追撃する。
※ヒスイとのコープが9になりました。まだスキルは解放されません。
※ヒスイが姫神側の人間であると知りました。
※ペルソナの存在について理解しました。
※ロトの鍵捜索中からの参戦です。
※もしかして自分は「運動が実は得意」なのではないかの思いが内心、芽生えました。

【モルガナ@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(低)、疲労(中)、SP消費(小)
[装備]:ノーザンライトSP@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(1)(不明支給品にモルガナが扱える武器は含まれていません。)
[思考・状況]
基本行動方針:ナギとの取引を果たす
1.姫神の目的はなんだ?
※ナギとのコープが5になりました。
※ヒスイが姫神側の人間だと匂いでわかりました。六花の匂いにも気づきましたが、異様な匂いだと感じています。
※シドウ・パレスのレストランで政治家・大江を倒した時よりは後からの参戦です。

588 ◆2zEnKfaCDc:2022/05/13(金) 06:16:43 ID:XQc5FwDQ0
以上で投下を終了します。

589 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/03(土) 18:51:39 ID:pbzklRQ.0
鎌月鈴乃、小林カンナ、鹿目まどか、巴マミ、佐倉杏子、潮田渚、弓原紗季で予約します。

590 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:18:14 ID:nbgMbBOU0
連作の1話目のみになりますが、投下します。

591Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:24:13 ID:nbgMbBOU0
ㅤかたちあるものは。

ㅤいつかはこわれて、きえてしまう。

ㅤぴしりと、おとをたてながら。

ㅤぽろぽろと、あふれるままに。

ㅤひびわれて、こぼれて。

ㅤそして、かたちをなくしていく。



ㅤ――ああ、まただ。

ㅤわたしのかたちが、とけだしてゆく。

ㅤこわい、こわいよ。

ㅤだけど。

ㅤわたしがいつか、かたちをなくしたそのあとは。





ㅤ――かたちなきしあわせを、つかめますように。

592Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:25:23 ID:nbgMbBOU0


 身体が軽い――巴マミがそんな感覚に陥ったのは、おおよそ6時間ぶりのことだった。6時間前は、幸福感、もとい高揚感から。鹿目さんが魔法少女になる決意を固めて、一緒に戦ってくれると誓ってくれた時のもの。ずっと欲しかった私の居場所というものがようやく与えられたような気がして、それが魔女との命を賭けた戦いの場であるというのに、どこか舞い上がってしまっていた。その結果――眼前に迫り来る、死という底知れぬ恐怖を垣間見ることとなった。

 そして今、マミは再び、同じ感覚に陥っている。しかしその裏に秘められた感情は、6時間前とは真逆であった。憔悴、焦燥、そして絶望――全身の脱力が感じられるほどに、脳裏を駆け巡る様々な想い。

 数時間に渡る鎌月鈴乃との戦闘は、マミの精神を着実に蝕んでいた。確かにマミは、幼少期にキュゥべえとの契約を果たし、以降長きに渡り魔女と独りで戦ってきたベテランの魔法少女である。しかし鈴乃も同様、幼い頃から暗殺の訓練を受け続けてきた歴戦の暗殺者。二人の年齢差をも考慮に入れれば、むしろ鈴乃の方が戦いに身を投じてきた年期は長い。さらには、消耗すればするほど失われていくソウルジェムの輝きに対し、鈴乃は大気から聖法気を取り込むことができる。最初の段階で互角に撃ち合っていた地点で必然的に、戦いが長引けば長引くほどマミの側の不利が広がっていく。

 そんな戦局の中で、鈴乃の警戒の外側にあった唯一の切り札、『ティロ・フィナーレ』は確かに、鈴乃を捉えたはずであった。そう、その瞬間に、鈴乃の後方に潜んでいた庇護対象、潮田渚の姿さえ見えなければ。

 護るべき相手を、射殺しかけたことによる焦り。そして鈴乃と渚に向いていた銃口を強引に捻じ曲げて阻止したとしても、未だ護りたい相手である渚が、殺し合いに乗っている(と思っている)鈴乃の射程圏内に入ってしまっているという事実。焦燥が加速する要因は、この上なく出来上がってしまっていた。

「――やあ、調子はどうだい?」

 極めつけに、狙ったかの如きタイミングで流れ始めた第一回放送。本来であれば、1秒先の自分の未来すら閉ざされているかもしれない戦場で、耳を傾けるに値するだけの情報ではなかっただろう。

 事実、鈴乃はその声をいったん、意識の外に置いていた。完全に音声をシャットアウトすることなどできはしないものの、心持ちを眼前の光景に集中すれば、ある程度を除外することは可能である。

 一方で、マミの側。最初に聴こえてきたその声を、意識の外に飛ばすことなど――到底、できるはずもなかった。

593Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:25:59 ID:nbgMbBOU0
「キュゥ……べえ……?」

 その声の主――殺し合いの主催側の人物であり、自分たちをこの死地にたたき落とした紛うことなき敵であると認識していた相手は、マミのよく知る存在であったのだから。

 魔法少女としてのマミの隣には、誰もいなかった。守る側と、守られる側。同じ人間であろうとも、両者の隔たりは大きい。研鑽を怠れば命を落とし得る者と、当たり前のように日々を謳歌している人たち。成績を維持する程度の勉強を行っていれば、趣味に費やせる時間が無い者と、文武両道を為せる者たち。歳を重ねるごとに、その溝は大きくなっていった。

 そんな中でも、隣にとまでは言えずとも、常に共にあり続けた唯一の存在。それが、キュゥべえだった。その企みも知りえぬままに、家族の代わりとすら言えるだけの、歪な信頼関係がそこにあった。

 この殺し合いの主催側に、彼がいる。その事実は、簡単に拭えるはずもない。

「……そっか。そうなんだ。魔法少女って、そういう……」

 放心にも見える表情で、何かを呟いているマミ。そして、暗殺者、鎌月鈴乃はその隙を逃さない。放心状態のマミへと即座に銃口を向ける。魔法少女の身体の耐久性は先の応酬で理解している。厳密には、偶然にソウルジェムに当たっていないがためにマミへと致命打を与えられていないだけで、実際の耐久性とは認識の齟齬がある。ただ少なくとも、魔法少女の秘密など知る由もない鈴乃にとっては『ただの銃撃では殺せない』と判断するには十分な要素でしかなく、『殺さずに無力化する』という目的のために銃撃を選ぶ結果となった。

「っ……待って!」

「なっ……!?」

 そんな鈴乃に対し、発せられた声。その主は、鈴乃の言葉を耳にして、この戦いが誤解から始まっていることをすでに察している少年、渚だった。

 獲物に対して銃口を向ける鈴乃の行いは、ただの人間である暗殺者、潮田渚から見れば『マミの殺害』を試みる挙動に他ならない。魔法少女となったマミが、鈴乃から銃撃では殺せないと判断されるまでの能力を持っていることは、実際に戦っているわけではない渚にまで伝わっているわけではない。

 しかし一方で、鈴乃は殺し合いに乗っているわけではないことも察している。当然、戦いが始まる前に接していたマミも同様。

 渚には、殺し合わなくてもいい二人が殺し合っているようにしか、見えないのだ。止めなくては――単純明快な理屈に裏打ちされたその一心で、鈴乃の手にした銃へと思い切り右手を伸ばし、根本から銃口を逸らした。

 渚が教室で暗殺を学んだ一年にも満たない期間など、鈴乃の暗殺者としての経験には遠く及ばない。しかし、鈴乃も決して完全無欠なる人間ではなく、注意を渚に逸らされ、物理的に銃の側面からの力を加えられたままに使い慣れていない銃を正確無比に扱うことなどできはしない。発射された弾丸はマミへと命中することはなかった。

 そして――その一瞬はマミの意識を戦場に引き戻すには十分であった。

594Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:26:29 ID:nbgMbBOU0
「――渚くん。」

 改めて見た光景には、銃を構えた敵の姿があった。護るべき相手の姿もあった。そして――それ以上の認識はできなかった。キュゥべえによる放送の困惑も、未だ抜けてなどいない。短い期間で矢継ぎ早に突きつけられた様々な情報の波はマミの脳にキャパオーバーを起こすには充分すぎる。

 明確に隙を晒した自分に対して行われようとしていた攻撃が最大威力の武身鉄光ではなく、鈴乃に殺意が見受けられないこと。そもそも鈴乃が渚を狙う様子を全く見せていないこと。そういったミクロの観察など、今のマミにできようはずもなく。さらには鈴乃と渚が会話を交わしているという聴覚情報すら、キュゥべえを主とする放送に集中力を奪われ阻害されてしまっていて。

 ――ボンッ!

 手のひらに生成されたマスケット銃は即座に、<庇護対象>の近くにいる<敵>へと放たれた。咄嗟に成された判断ゆえ、その起動計算も大雑把だ。ただし間違っても、鈴乃の右手側に位置する渚へ当たらぬよう、弾丸は左へと大きく逸らされている。その結果――

「ぐっ――!」

 ――鈴乃の左肩が、大きく抉れた。

 側面からの渚の突撃により僅かに体躯の逸れた鈴乃は、魔避けのロザリオの効力を持ってしても魔力により生成されたその弾丸を躱すことができない。当たる箇所によっては人の脆弱な身体など容易に弾き飛ばすであろう殺傷力の弾丸を初めてその身に深く刻んだ鈴乃。危険信号としての痛みすら吹き飛ばしてしまうほどの、強大にして単純な破壊力。

 同時に、思い至る。カンナ殿は、これを頭部に受けたのだ、と。いくら彼女がドラゴンであるとはいえ、これを脳にまともに受けて生きていられるはずがない。

 カンナに命中した弾丸が跳弾に跳弾を重ねて速度が落ちていたことや、本当は頭部ではなく、特に硬い角に命中していたことを知らない鈴乃は、その表情を曇らせた。追い打ちをかけるかのごとく、次の瞬間。

 "――小林トール"。

 半分以上を聞き流していた放送から微かに聴こえてきた『こばやし』の四文字に、鈴乃は背筋が凍り付くような感覚を覚える。呼ばれている名前が死者の名前であるという最低限の認識は持っており、その上でカンナ殿の苗字が耳に入ってきたのだ。

(……違う、カンナ殿ではない。カンナ殿の……家族、か。)

 襲い来る安堵の感情。同時に、カンナ殿は家族を失ったというのに、少なからず安堵してしまったことへの罪悪感もが、僅かに遅れて到達する。これまでの放送も殆ど聞いておらず、死者の発表が五十音順に為されていることなど理解していない。だから、トールが呼ばれた地点でカンナの生存が確定していることも察していない。まだ、鈴乃の中に猫箱は閉じられたまま存在している。

 だが、関係ない。カンナ殿の存否に今やるべきことは左右されない。

 マミのターゲットにならないよう、肩を撃ち抜かれた自分を前に呆然としている渚を押しのけ、鈴乃は前に出る。左腕が使えない現状、単純計算で攻撃力も防御力も半減。殺さずに無力化、などと甘いことを言っていられる状況でもなくなった。この場で殺意を鈍らせては、殺される。そう認識するや、鈴乃の動きは未だ混乱中のマミよりも早かった。

595Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:27:35 ID:nbgMbBOU0
 一瞬遅れて、マミの魔法少女衣装のフリルから漂うリボンが鈴乃へと伸びる。罠を張るような余裕が今のマミにあるようにも見えない。先にも受けた拘束魔法を、今度は搦め手無しに放っているに過ぎないと判断。そしてその予測は、一切の誤りなく的中していた。ステップによるフェイントを織り交ぜ、リボンを回避。それに伴い鈴乃の前進が一瞬止まったその時間、マミは先ほど放ったマスケット銃を放り捨て、実弾入りのマスケット銃を生み出す。

 両者の距離はいま一度、近接戦闘と呼べるまで近付いた。ゼロ距離で鈴乃に向くマスケット銃の銃口。そして――それより一瞬早く、紡がれし詠唱。

「――武身鉄光っ!」

「しまっ――」

 大槌へと膨張したロザリオが、突きつけられたマスケット銃を弾き、銃口を明後日の方向へと導いた。

 鈴乃へと向かう攻撃はもはや何も無い。このまま右手に握った大槌を振り下ろせば、マミの殺害――うまくいけば、無力化。どちらにせよ、カンナ殿の下へ心置き無く戻ることができる。

 ただひとつ、気になることがあるとするならば、マミへと銃を向けた自分を渚が止めたということ。単に殺し合いに反対しているだけなのか、それともマミと組んでいるマーダーであるのか。はたまた――何か見落としている誤解があるというのか。

 事実確認をする時間はない。それに時間を費やしてマミへの対処を怠れば、最悪の場合は自分も渚も、立て続けに殺されてしまう結果となる。

「……すまない。」

 僅かに漏らしたのは、命を十全に奪い得る一撃を放つことへの、贖罪の言葉。これまでも暗殺対象に、数え切れぬだけの回数、紡がれてきた言葉である。

 その者の全てである命を消し去ってしまうには、あまりにも空虚で、軽く。しかし冷徹さの裏側に添えるにはどこか重みのあるその言葉の意味が、見い出せない。マミの顔は、不可思議なものを見たように、疑問に歪む。ただその表情も、つかの間。振り下ろした大槌が、マミの頭部を強く殴打した。回避する余裕もなく脳への強いショックを受けて、必然的にぐらりと揺れる視界。勝利を確信し、冷徹さに満ちた仮面の如く、ポーカーフェイスを浮かべる鈴乃。

 そして。

ㅤ直後、鈴乃が見たのは――

596Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:28:10 ID:nbgMbBOU0
「……まさか謝るとは思わなかったわ。随分と、余裕があるのね。」

 ――その一撃に足元を大きくふらつかせながらも、勝利を確信したかのごとく口元に笑みを浮かべた、マミの表情だった。

 一度逸らしたマスケット銃の銃口が、再び鈴乃の胸に突きつけられる。魔避けのロザリオも作用しないほどの至近距離からの、一撃で肩を吹き飛ばすほどの弾丸の威力。鈴乃の絶対的な死が、目の前に迫る。

 マミが武身鉄光を死亡も気絶もすることなく耐え切ったのには、理由がある。今の鈴乃は片腕しか使えず、武身鉄光の威力を存分に発揮できなかった点。経験を積んだ魔法少女ができる、痛みをシャットアウトする方法により、痛みにより防衛的に気を失う作用が起こらなかったこと。しかし、前者はもちろん、後者も先の応酬の中の会話で、鈴乃には伝わっていた。これらも計算に入れた上で、鈴乃は渾身の一撃を放つことができていた。

 鈴乃の計算外があったとするならば、ただひとつ。


 "――遊佐恵美"。


 攻撃の直前に、放送で唐突にもたらされたその一言により、一瞬だけ、躊躇が生まれてしまったということ。

 カンナ殿の名前は放送で呼ばれ得ると、最悪の場合の想像はすでに脳内にあった。ややもすると、魔力を失って全盛期より弱体化している真奥や芦屋、漆原の名なども呼ばれ得ると認識していた。

 だけど、遊佐の――勇者エミリアの心配は、最も遠くにあった。その一撃の軸を不確かなものにしてしまう程度には大きい動揺が、かの瞬間に鈴乃の胸中を迸った。

(……ありえないな。私が、仲間の死ごときに、ここまで動揺するなんて。)

 クリスティア・ベル。それはエンテ・イスラ随一の、冷酷にして冷徹なる暗殺者のコードネーム。鈴乃がその名を冠していた頃のように、放送で呼ばれた仲間の名など気にも留めないほどに、ただ冷たく在り続けていたならば。

(……まさか、な。)

 そんなもしもの自分を想起させ、そう在れなかった己に僅かに、自嘲を零す。教会に仕えていたあの日々のままの――クリスティア・ベルとしての自分で、仮にこの殺し合いと向かい合っていたならば。

 それはきっと、初めに出会ったカンナ殿を無慈悲に殺し、次の獲物を求めてここに立っていた自分でしかなかっただろう。この敗北が、そしてその先の死が、追慕の情などというクリスティア・ベルにあるはずのない情念によるものであるのなら――仮に散ったとしても、それは鎌月鈴乃としての死だ。

 その私は、ずっと捨て去りたくて、だけど捨て去るには振り払ってきたものが重すぎた殺し屋の仮面を、外せているだろうか。

 それを本望とは言わない。カンナ殿の屈辱を晴らすという誓いに反する無念の敗北でしかない。けれど、私の本質は殺戮では無かったのだと、せめてそんな微かな想いを胸に抱きながら逝く事も、できるだろうか。

597Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:28:54 ID:nbgMbBOU0
 コンマ一秒後に襲い来るであろう銃撃を、半ば諦めたように受け入れたその時。

「――させるかよっ!」

 斜め上から縦に凪がれた赤い閃光が、マミのマスケット銃を瞬時に切断した。ごとり、と小さく音を立てて落下する銃口から弾は撃ち出されず、空砲の音だけが辺りに鳴り響く。

 予想だにしていなかった第三者の介入。いかなる人物の救援か視線を向け――その先にいた人物の目視と同時、顔を顰めたのはマミの側。

「……ご無沙汰ね、佐倉さん。まさかこんな再開になるとは思わなかったわ。」

「あたしもだよ。……マミ先輩。」

 視線の先に立つのは、赤いワンピース型の装束に身を包み、体躯ほどの大槍を構えた少女、佐倉杏子。遠い過去に決別し、違う道を歩むこととなった存在。

「それで? 用は何かしら。また、私の邪魔をしようってわけ?」

 今しがた杏子が行なった戦場への介入が戦局に刻みつけたのは、鈴乃の救出という結果のみ。仮に杏子が殺し合いに積極的であるならば鈴乃が撃たれた直後にマミに不意打ちを仕掛ければ良いのだから、客観的に見て、杏子が殺し合いに乗っていないのは明らかだった。それに対し、邪魔をするなと言わんばかりに発せられた、マミの一言。この戦いの始まりが何であったかは定かではないが、たった今マミは明確に、眼前の少女を殺害しようとしていたのだ。

「……確かに、一体あたしは何でこんなことやってんだろうな。」

 だが、マミが相手を殺そうとしていたからなんだと言うのか。

 何せ魔法少女と、それに類する力の持ち主が戦っているのだ。過程がどうあれそんなもの、喧嘩の範疇を超えて殺し合いになるに決まっている。

 その認識の下、杏子は厳かに口を開いた。

「仲裁とか、ほむらのヤローの真似事みてえなことも気に食わねえし、そもそもあたしの柄じゃねえかもしれねえけど――」

 杏子が殺し合いに反逆しているのは、正義だとか信念とか、そういった大層な思想からではない。ただただ自分がそうしたいからそうしているだけだ。

 殺し合いに乗っている者に気に入らないと思うことはあっても、間違っているなどとは思わない。むしろ、己のために他者を蹴落とすそのあり方は、誰かのために力を使う奴なんかよりもずっとずっと正しいとすら思える。

 それでも、その上で――たとえ、己が信念に逆行する行いであったとしても。

598Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:29:53 ID:nbgMbBOU0
「――だからって。殺し合いたい奴が勝手に殺し合ってるだけだとしたって。今の……そんな辛そうな顔で凶器を振りかざすアンタを放っておくときっと、後悔するからさ。」

 事実としてあたしはそう選択するしかないんだから、もう仕方がないじゃあないか。

「……さて、アンタが乗ってるかどうかは知らねえけど、ここから離れな。」

 緊張の糸が張り詰める中、傍に立つ鈴乃に対し、そう告げる。

「……いや、殺し合いには乗ってない。それに私はまだ戦える。」

 一方、あの時に不覚を取り殺されかけていたとはいえ、鈴乃はまだ致命傷を負ったわけではない。そう主張する鈴乃を、片手で制止する杏子。

「……アンタを殺そうとした相手の処遇を、知り合いだからってこっちが決めようとしてるんだ。その不義理にアンタが付き合う道理は無いし……何よりあたしが、一人でアイツとカタをつけたいんだ。……頼む。」

「……そう、か。」

 物憂げそうに紡がれたその言葉を曲げるだけの信念を、鈴乃は持たない。そもそも目の前の少女がマミの相手をしてくれるのなら、自分は最優先事項、カンナ殿の下に戻ることを果たすことができる。言われたままに、カンナ殿が倒れた場所へと向かい、駆け出す。すでに放送は終わっており、カンナ殿の生存は確認できている。

(それにしても、義理だの道理だの、まるであの魔王のようなことを言うものだな。)

 ふと、そんなことが頭をよぎった。

 真奥貞夫がエンテ・イスラへにゲートが繋がった時に戻らなかったのは、日本へ与えた影響を元に戻してからでないと帰れないとのことだからだ。もし彼らが帰郷を急ぐあまり、誰かへの迷惑も厭わぬ巨悪であったならば――きっと、勇者と魔王の宿命はとうに終わっているだろう。それがどちらの勝利によるものかは、定かでは無いが。

 そして鈴乃が撤退した戦場には、魔法少女が二人。マミとしては当然、渚にその刃を向け得る鈴乃を逃がすのは本意ではない。だが鈴乃自体の戦闘力に加え、昔タッグを組み、決別にまで至った魔法少女、佐倉杏子が立ちはだかっている。追跡は困難を極めるだろう。

ㅤ――それに、だ。今のマミには、杏子と戦うだけの理由がある。

「……変わったわね、佐倉さん。」

 刺々しく飾ったマミの言葉の裏には確かに、共に魔法少女の仲間として過ごした日々がある。

599Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:30:38 ID:nbgMbBOU0
 ――そうだろう、な。

 アンタに最後に見せたあたしと、今のあたしはきっと、違う顔をしている。あの時はあたしから突き放しといて、今さらアンタに手を伸ばそうとしている。変わってしまったのは、あたしなのだろう。

 ……と、そう結論付けてくれてれば、まだ振るう槍は軽かったのだろうけれど。

「……それとも、変われなかったと言う方が正しいのかしら?」
「……。」

 続くひと言は、確かにあの時の"あたし"を知っている、マミさんのものに違いなくて。あの日の延長にいるマミが、あの日と全く違う言葉を吐くのが、忌々しくて仕方がない。

「……好きに解釈してくれたらいいさ。」
「そうね、どっちでも構わないわ。」

 マミは、嘲笑うようにあたしを見た。続く言葉は、びっしりと棘を、纏って。

「――キュゥべえに選ばれた剣奴でしかない私たちにとって、今さら戦う理由なんて些細なことでしかないものね。」

 杏子はまるで時が止まったかのように、その言葉を吐いたマミの姿を呆然と、見つめていた。躍起になったかのような言葉の吐き出し方が、いつかのさやかと、重なる。

 間もなくして、理解が追随してきた。

 マミは、キュゥべえの正体を知らないままここにいる。だからこそ、主催者側にヤツがいたことの受け取り方は、あたしたちとは違うのだ。

「……なんだよ、その言い草は。」
「何か間違ったこと、言ってるかしら?」

 その言葉は正しいのだろう。死の運命すら覆し、なお殺し合うために呼び出された自分たちは、剣奴――見世物のために戦わされる奴隷に等しく、マミの言葉を否定する材料なんて何一つ持っていない。

「……それ、死んじまったさやかにも、同じ言葉を吐けんのかよ。」
 
 でも、だからといってそんな言葉を簡単に認めていいはずがない。何せマミの――正義の味方の、背中を追っかけて魔法少女になった奴がいる。それはさやかの憧れた生き様に唾を吐くに等しい言葉だ。

 しかしマミは、不可思議な表情で首を傾げるばかり。

「変なことを言うのね。魔法少女の話であって、あの子たちを含んだつもりはないわよ。……そもそもあなたたち、いつの間に知り合ったの?」

 そういやそうだったか、と呟きを零す。マミも自分と同じく、死の運命を曲げられて、この場に立っているのだと、先ほど予測したばかりだ。さやかが契約したのはマミの死亡後なのだから、さやかも魔法少女となったことなんざマミには知る由もない。

「……ただ、そうね。あの子たちも、私が無闇に関わったせいで巻き込んでしまった。もう私に、あの子たちの先輩面をする資格はない。」

 ただし、死んださやかが魔法少女であったことをマミが知らなかったとしても、ふたりを巻き込んでしまったというマミの認識に大きな誤解はない。魔法少女として独りで戦うにあたっての孤独感から無理にふたりを勧誘したからこそ、キュゥべえに目をつけられてしまった。さやかに至っては、それで死なせてしまったという負い目までもがマミにはある。

600Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、ちらついた】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:32:10 ID:nbgMbBOU0
「――そうよ。こんなの、間違ってる。」

 その上で。それだけのマイナスを、背負ってしまった上で――マミはまだ、心を壊してなどいない。魔法少女の契約が殺し合いという見世物の参加者の選定であると考えたとして、それならばと優勝を目指すよう方向転換できるほど器用ではない。彼女の抱く正義は、簡単に曲げてしまえるほど軽くない。

「だから、決めたの。」

 ――でもね。

 それを間違いであると断じたからといって、魔法少女の本質は変わらないわ。勉強、部活動、恋愛――一般に青春と呼ばれる多くのものを、魔女の退治に捧げてきた。それで人々を守れるのなら構わないと、心の底にあるわだかまりから目を逸らしながら。

 ……それすらも、この戦いのための訓練だったというの?ㅤそんな薄汚れた枠組みの中で、私はずっと踊っていたというの?

「――魔法少女が、殺し合いのために契約させられた、殺戮を生業とする存在だというのなら……それは魔女と何が違うって言うの?ㅤそんな汚れた存在、私は認めない。」

 だって、そうでしょう?

 仮にこの殺し合いに勝ったとして、キュゥべえとの契約は残ってる。きっと待っているのは、次の殺し合いの日に向けて魔女退治をさせられる日々。誰かに手を伸ばせばその人も鹿目さんや美樹さんみたいに、契約をしていなくても殺し合いに巻き込まれるかもしれない。現に、私が気にかけてしまったせいで美樹さんは死んでしまった。

 これって、魅入った相手を死に誘う『魔女の口づけ』と、何が違うっていうの?

 誰にも心を開けないまま、孤独のままで――そんなの、悲しすぎるから。

 私が憧れた魔法少女とは、誰かのために泥を被って、誰かのために戦えるそんな存在。

 でも分かってる。私はそうじゃない。

 誰かのために戦うのは、誇り高いことだと分かっていても、心が、叫びを辞めないの。独りは寂しいって、誰かを求めて止まないの。

「だから――私は魔法少女を"救済"する。」

 ずっとずっと……信じてた。

 誰かの命を救うことが、私の、使命なんだって。

 そして今も、信じてる。

 事故で死んだ両親が戻ってくるわけではないけれど、紙一重で繋がれたこの命で、誰かを助けられたならば。両親の命を繋ぎ止められなかった私が、その分、誰かに手を、差し伸べられたならば。その時私は、あの時生き残って良かったんだって、思える気がするの。

 ――だから、ね。

 これが最後の、人助け。

 呪われた存在になってしまった魔法少女をみんな救済――すなわち殺して。そして。
 
 ただ魔法少女に魅入られ、巻き込まれただけの、鹿目さんや――渚くんのような。守られる側の人たちを解放してあげるの。

 ――もう、大丈夫。

 魔法少女(あなたたち)はもう、独りじゃない。

 魔法少女(あなたたち)はもう、戦わなくていい。

 私がその殺意ごと全部、受け止めるから。

 だから――私と一緒に、いきましょう。

601 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/10(土) 15:34:03 ID:nbgMbBOU0
投下完了です。

続きの執筆のため、同メンバーで引き続き予約します。

602 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:18:15 ID:j.nYY.e60
中編その1投下します。

603Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:20:14 ID:j.nYY.e60
 この殺し合いの開始直後、催しの裏にキュゥべえの存在を察知したまどかは、殺し合いを終わらせるために契約の合意となる言葉を叫んだ。

 だが、それには何の返答もなく、契約という最終手段ですら無力と化したという事実が突きつけられたのみだった。

 だからこそ、この殺し合いの裏にあるのはキュゥべえの目論見ではないのだと、そう思っていた。だが――そうではなかった。放送を担当していたのは、『シャドウ』というよく分からない言葉こそ発していたものの、紛れもなくキュゥべえであった。

 さて、放送よりも先に戦場へと駆け出した杏子の後に続いていた、鹿目まどかと弓原紗季の二人組は、紗季の指示により放送が始まったことでいったんその足を止めていた。放送でいかなる情報が開示されるか分からない。戦場でそれを冷静に聞く余地は無いだろうし、役割分担を考えるなら自分たちが率先して放送を聞いておくべきだと思ったのだ。

 そして結果的に、その判断は正解だったと言える。放送の中途、虚ろな目でまどかが呆然と立ち尽くすその様を、戦場の中で晒すことがいかなる危険を招き得ていたか、想像に難くない。

(7人……多いとも少ないとも言い難いところね。)

 情報交換した相手が多かったこともあり、大まかに知っている人物の名前はいくつかあった。ヒナギクの知り合いが一人、滝谷やファフニールの知り合いが一人、そしてまどかの友達であり、杏子が命を賭けて助けようとしていた少女の名もまた、呼ばれてしまった。

 幸いかつ不幸にも、紗季の知る名前は呼ばれなかった。九郎や岩永が死んでいないのは喜ぶべきだけれど、ヒナギクやファフニールとの交戦で消失したという鋼人七瀬も、やはりというべきか、生きていた。

 とはいえ岩永以外は、不死の力を持つ者たちが生きているという当然の帰結でしかない。彼女の無事に安堵しなくてはならないのもどこか癪ではあるが、少なくとも死んでいてほしいわけではない。ひとまずは良しとしよう。

604Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:20:58 ID:j.nYY.e60
(でも……今放送で呼ばれたトール、だったかしら……この子もファフニールさんと同じ、ドラゴンって言ってたわよね。)

 伝承には地方性があるとはいえ、ドラゴンを虚弱な生物として語るものは無いだろう。それほどまでにドラゴンと力とは強く結びついた概念だ。そんなドラゴンを殺せる者がこの会場にいる。杏子と同じ規格外の身体能力を持つ魔法少女を殺せる人物も、いる。

(はぁ、ほんと、勘弁してよ……。)

 物理的な危険性の比較的少なそうな河童相手にすらあれだけ遠ざけようと努力してきたというのに、鋼人七瀬事件に続いて、結局このようなものに巻き込まれている始末。というよりは、現に本人が参加している以上、これも鋼人七瀬事件の続きのようなものなのかもしれないが。何にせよ、割に合わない、と。そう思わざるを得ない。世の中には、私なんかより刺激的な出来事を求めている人はごまんといる。職業柄、世の中の平穏さに馴染めず刺激を求めて道を外してしまった人々を多く見ている。河童もアイドルの亡霊もドラゴンも、そういった存在を前にすればむしろ群がっていきそうな人間はもっと他にいただろうに。

「……さやかちゃん?」

 唐突に、まどかの側から、叫び声が聞こえた。もう、ここにいない友の名を呼ぶ声が。その目線の先を追うと、そこに立っていたのは、青髪の――少女、だろうか。呼ばれた名前に戸惑うように、キョトンとしたまま立っている。

「あっ……ごめんなさい、友達と間違えて……。」

 美樹さやかは、死んだ。それはかつて、まどかが受け入れた現実である。二度目となるその通達を、まどかは受け入れていないわけではない。だが、中性的な顔立ちに、ショート気味の青髪。眼前に現れた潮田渚をそう見間違うのも無理のないことだった。

「ううん……それより鹿目さん、だよね。巴さんから聞いてる。」

「マミさんが!?」

 杏子ちゃんに続いて見付かる知り合いの手がかり。本来は死んでいるはずの、という枕詞も共通のものだ。

「っ……それじゃあ、向こうで戦ってるのって……」

「うん。僕たちを襲撃してきた敵の相手を、引き受けてくれて……。」

 それまで、戦場から聞こえてきたティロ・フィナーレの銃撃音がマミのものであると、まどかは気付けていなかった。だが、マミと同行していたらしい渚の来た方向と、証言。これだけ様々なものが噛み合いながら、なお気付かないまどかではない。

「ところで気になるんだけど……巴さん、中学生とは思えないくらい、動きが人智を超えてるっていうか……。いったい、どんな訓練を受けてきたの?」

「あ……それは……。」

 渚からの疑問に、言い淀むまどか。ここが殺し合いの場であることを差し引いても、その理由――彼女が魔法少女であることについて話していいものか、迷っているのだ。

605Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:21:41 ID:j.nYY.e60
 情報共有したはずの相手が知らないということは、マミさんは自分が魔法少女であることを積極的に話してはいないということだ。もし、マミさんが魔法少女であることを迂闊に話して、それが彼女の絶望を後押しする羽目になってしまったら?

 その躊躇が、まどかの口をつぐませた。

「話せないなら、無理にとは……。」

 一方で――まどかの躊躇は、渚には別の意味に受け取られた。

 巴さんが隠していた、未知なる力。元よりの知り合いであるらしい鹿目さんは、それを話そうとしない。恐らく――鹿目さんも、巴さんと同じ力を持っているのだろう。

 初対面で信用が無く話してもらえないのは当然だ。僕だって、殺し屋としての技術を隠している。でも、この世界にいる人たちが、虫も殺さぬ顔で鋭い刃を隠し持っている光景を、僕は何度も目にしてきた。

「ええっと、ところでだけど。あなた、潮田渚くん、よね?」

 鹿目さんと一緒にいた女性から、唐突に呼ばれた名前。名簿は写真付きで全員に配られているのだが、その写真を見て、といった様子ではなさそうだ。

 弓原紗季というらしいこの人がどうこうというわけではないのだが、凛とした顔立ちやボーイッシュな短髪。どうしても母親のことが頭にチラつき、苦手な人だ、と本能的に感じた。

 ……と、そんなことよりも、だ。

「誰か知り合いと出会ったんですか?」

 情報共有をする程度に和合しながらも、その相手は今この場にいない。もしかして、茅野か、烏間先生か……。

606Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:22:22 ID:j.nYY.e60
「まあ、そうね……。あなたにとって喜ばしくはないかもしれないけど……あなたのことはこの子から聞いているわ。」

 と、差し出された手には、スマートフォンが握られている。まさか、と思い画面をそっと覗き込む。

「おはようございます、渚さん。」

 液晶に映し出されていたのは、『支給されました』と書かれた看板を掲げた紫髪の少女。ビデオ通話とかじゃないってことを、僕は知っている。

「律……なんでこんなところに……。」

「姫神にインストールされ、こちらの端末に支給品としてお邪魔しています。……律は持ち主に付き従う立場ゆえ、あなたのこともお話ししました。」

「申し訳ないけど……こんな非常事態、得られる情報は少しでも欲しかったの。律からは色々と取り調べさせてもらったわ。その……"暗殺"のこととかも。」

 ――ドクンッ……

 鼓動が高鳴った音が、聴こえたような気がした。

 鹿目さんはマミさんのような未知なる力を秘匿しているのに対し、向こうには自分の得意分野を含め、色々と知られてしまっているのだ。

「そう、だったんですか……。」

 本当にこのままで、いいのか。暗殺という石で研がれた僕の刃は、正面戦闘に持ち込まれた瞬間、ただのなまくらに変わる。

 もしも、もしもだ。
 
 何らかの要因が重なって、誰も殺さずにこの殺し合いを脱出することができたとしよう。それが理想なのは間違いないのだけど、きっとその僕は、脱出に大した貢献はできていないだろう。首輪を解析する技術も、姫神やキュゥべえの下に辿り着くだけの推理力も、僕には無い。地球を救うために身に付けた力を発揮することも無く、ただ誰かの技術に乗っかって。そうやって偶然助かった僕に、殺せんせーを暗殺して地球を守れるのか?

 そしてもしも、そんな技術を持っている誰かが居なかった場合。その時は脱出なんてできるはずもなく、結局は最後の一人になるまで殺し合わされるのみだ。そうなってしまえば、やることは暗殺ではなく戦闘だ。烏間先生を殺せる人間がいる中で生き残れるはずなんてなく、残るのは、茅野や烏間先生のように、放送で通達されるただの文字の羅列。

 けれど、現実。すでに僕が"暗殺者"であることは、二人に知れ渡っている。律がどれほどの精度の情報を与えたのかは定かではないけれど、その度合いによっては、僕の考えすら、とっくに分析され見透かされているかもしれない。"暗殺者"という僕の刃すら、現に刃こぼれしかかっている。そんな懸念と共に、おそるおそる、紗季さんの方を見た。

607Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:23:16 ID:j.nYY.e60
(……いや、違う。)

 そして――気付く。

 これは、僕がこれまでに何度も見てきた目だ。僕という人間の、表面を知ったその上で――期待も警戒も、していない者の目。それが力あるゆえの驕りなのか、別の理由があるのかは分からない。だけど――

 もう一度、心臓が跳ね上がる。

(――殺れるかもしれない。)

 だって、この人たちにも――暗殺者(ぼく)の姿が、見えていないから。

 いや、きっとこの人たちが普通なのだ。力があるのに、見下さず同じ視点から真っ直ぐ僕を見てくれた、防衛省の先生も。同じエンドのE組の立場で一年近くも、僕の隣で同じターゲットを狙っていた少女も。

 もう、この世界から脱落してしまった。あんな人たちの方が、むしろ特殊なのだ。もう帰ってくることのない、どうしようもなく幸せだった日々たち。

 ……ようやく、分かった。

 ああ、そうだ。僕は――誰かに見て欲しかったんだ。

 見放されて、期待も警戒も、認識すらもされなくなって。ただ、上に立つ者に足蹴にされるだけの人生。殺せんせーは、そんな僕を、僕として見てくれた。

 殺せんせーを殺せば、地球を救える。それはまさに、正義とでも呼ぶに相応しい、立派なことだ。だけど僕は、地球の終わりとか、そんな想像も及ばないことを防ぐために頑張ってきたのではない。ただ、あの先生の教えに報いたかった。

 先生が見つけ出してくれた、僕の暗殺の才能。それを、最後に見てほしい。

 ――他でもない僕が、僕自身の手で、殺したいんだ。

 確信がある。この殺し合いは、僕を殺し屋として成長させてくれる。僕に、殺せんせーを殺させてくれるだけの殺意をくれる。事実、この殺し合いに巻き込まれることなく、この本心に気付けなかったとしたら――僕はきっと、殺せんせーを殺さずに地球を救う道を、模索していたことだろう。

 僕は、気分が悪くなったかのように唐突に、その場にうずくまった。実際に気分は決して良くなかった。胃の中のものを全部吐き出せたら、幾分かは楽になれるだろう。もちろん、貴重なエネルギーを戻すようなことはしていられないのだけれど。

608Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:23:42 ID:j.nYY.e60
「――■■■!?」
「――■■■■■!」

 僕を心配して駆け寄ってくる二人の、慌てるような声がした。でも、いっぱいいっぱいでよく覚えていない。

「え゛…………」

 覚えているのは、うずくまってお腹の下に隠して取り出したナイフを突き刺した時の、鹿目さんの声にならない声、それだけだった。マスケット銃を生成する巴さんの不思議な力に類する能力を持っているであろう人物。確実に殺せるように、一撃で喉を引き裂いて。

 何も事情が掴めないまま、鹿目まどかは血溜まりの中へと沈んでいく。

「いっ……いやぁぁぁぁ!!」

 ようやく事情を飲み込めた紗季さんが、一拍子遅れて叫ぶ。本当はそんな暇もない程度に、一瞬で二人とも殺せたら良かったのだろうけど、人から刃物を引き抜くのが思ったよりも硬くて、即座に斬り付けられなかった。

 実際に経験しないと分からない、人を殺すという重み。やっぱりこれまでの僕は、とても殺し屋として完成されているとは、言えたものではなく。鹿目さんの首筋からナイフを引き抜いた頃には、紗季さんはすでに数歩引き下がって、一定の間合いができていた。

「ああ……鹿目さんっ……!ㅤどうして……どうしてこうなるのよっ!」

 仮にも、日頃から有事に備えた訓練を行っている警官である。錯乱はすぐに収まらずとも、渚の想定よりも早く平静を取り戻しつつあった。

 鹿目さんの血に染まったナイフを手に取った渚は、紗季の方向へと向かう。

 対刃物の訓練は受けている。迫り来る刃。一直線に、向かってくる死の象徴。格闘術で弾いて――

 錯乱しつつも冷静に、最適解を導き出していく紗季。そんな彼女の解答を、掻い潜るかの如く。

「――えっ……?」

 ナイフは、突き刺す射線上の中途で、私に届くことはなく。渚の手を離れ、地面へと落ちていく。

609Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:24:11 ID:j.nYY.e60
 助かった?ㅤ何故?

 様々な疑問が瞬時に駆け巡る。

 次の、瞬間。




 ――パァンッ!!!



 
 盛大な爆音をかき鳴らしながら、紗季の眼前で何かが弾けた。ナイフという死と直結する脅威を前にして、集中していた意識に直接ぶつけられた音という名の爆弾。

 ――クラップスタナー、すなわち猫騙し。

 熟練の殺し屋ロヴロから直々に教わった、戦闘を暗殺へとスワップさせる渚の必殺技である。

 殺し屋にとって、"必ず殺す"を意味する必殺技という単語は、決して軽くない。ただの柏手を、音の爆弾に昇華させるまでの訓練が常に成されてきた。

 何が起こったのかも理解出来ぬまま、メスを入れられた緊張の糸が切れるままにその意識を瞬間、失わせて。

 殺し屋はその瞬間を、逃さない。流れるように、もう一本の凶器を取り出す。それは、基本支給品として全員に支給されている鉛筆だった。

「っ……!ㅤああああああああああっ!!!」

 それ自体は殺傷力からは程遠い。しかし、鋭利さを備えたそれは、狙い済ましたかのごとく紗季の目を一突きに貫いた。

「……ごめんなさい。すぐ、楽にしますから。」

 片目を失い、その場に倒れ込んで痛みに悶える紗季を救えるものなど、何も無かった。一度落としたナイフを拾い上げるにも、充分すぎる時間。

610Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:24:43 ID:j.nYY.e60
「――――っ!」

 せめてもの、慈悲だろうか。心臓を一突きにされた紗季は僅かな時をじたばたともがき苦しんで――間もなくして動かなくなった。

 弓原紗季は、普通の人間であった。

 河童、人魚とくだんの混ざり物、知恵の神、想像力の怪物――彼女はあまりにも多くの人ならざるものと関わってきた。

 そしてそれは、この世界においても例外ではない。魔法少女に、ドラゴンに、超科学。

 人知を超えた存在たちは確かに、普通の人間でしかない紗季の常識を塗り替えていった。自分の命を奪い得るのはそういった存在であると、そんな固定概念に無自覚に縛られていた。

 なればこその、視野狭窄。

 鉛筆一本あれば、人の視力を永久に喪失させることができる。原始的なナイフが一本あれば、魔法少女でなくとも、ドラゴンでなくとも、他人は殺せる。そんな、当たり前のことが紗季には見えていなかったのだ。彼女と同じく、普通の人間に過ぎないと律から情報をなまじ得ていたからこそ、渚は彼女の警戒対象から外れてしまった。

 渚はたった今殺した二人の死体から、支給品を漏れなく回収していく。クラスメイトが入った端末も、例外なく。

「……渚、さん。」

 画面の中の律は、戸惑うような声を出力しつつも、変わらず笑顔を浮かべている。E組との協調にあたって、表情は明るい方がいいと殺せんせーからプログラムされた、笑顔を。

「律、怖い光景みせちゃってごめんね……。でも君は……持ち主に付き従うって言ってたよね。」

「……私個人としては、あなたの選択が正しいものなのか、即座に判断はしかねます。」

 律は、先ほどまで殺し合い脱出派のために主催者たちの考察を算出していた。それは、少なからず律自身の人格によるものもあっただろう。

「ですが――」

 だが、それ以前に――彼女はあくまで、支給品である。

611Memosepia【あの日隣で、一緒に笑えた青い時の感覚は――】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:25:06 ID:j.nYY.e60
「――それがあなたの選択であるなら、いち支給品である私はそれに従うのみです。」

 それを受け渚は、静かに返す。

「……うん。これは誰かの意思じゃない。僕が、決めたことだよ。この殺し合いで優勝して、殺し屋としての研鑽を積んで……そして殺せんせーを、殺すんだ。」

「承知しました。それでは――共に参加者を、殺害して参りましょう。」

 電子音声が、朝の平原に不気味に鳴り響く。

 たった今、二つの命が喪失したというのに。歩みを進める二人の顔は――まるで通学路を歩く男女のように、晴れやかだった。

 彼らは、"殺し屋"。

 これまでも、そして、これからも。

612 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:26:23 ID:j.nYY.e60
投下完了しました。
四分構成の予定です。
引き続き、予約します。

613 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/17(土) 00:27:50 ID:j.nYY.e60
書き忘れていましたが、状態表や死亡表記は最後の話で纏めてやります。

614 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:17:43 ID:JNq/2/aU0
投下します。

615Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:18:47 ID:JNq/2/aU0
 ぼんやりと霞がかった景色が、視界いっぱいに広がっている。どっちが前で、どっちが後ろなのか。その境界線である自分の姿すらも、分からない。

 ――私、どんなかたちしてたっけ。

 私が霞に溶けていくような、そんな感覚。

 そんな中でカンナは、ただぼんやりと、視界に映るものを見ていた。果てしなく長い時間を、延々と、ただぼんやりと。

「……寒い。」

 そういえばあの日も、こんな冷たい風が吹いていた気がする。だからあの日は、あったかいところを探していた。見つけた洞窟では、ふたりのにんげんが火を炊きながら、ひとつの布にくるまっていた。

 あったかそうだと思った。だから、お父さんに真似をしてみた。お父さんは不思議そうにしていたけど、思っていたよりもずっと、あったかくて。

 ……その日から、だ。

 あったかくなる方法を知りたいと思った。そして、寒さとかじゃない、何か。自分の心の奥にずっと、冷たい風が吹いていたことを知った。

 だけど、冷たい風はもう止んでいた。今は、コバヤシがいて、トール様がいて、才川も、イルルもいる。お父さんも、最近はとても優しい。

 だから、これでいい。この居場所は――あったかいから。
 
「こら、カンナ?」

 声が、聞こえる。私を、呼ぶ声が。
 
「……ん。」
「ん、じゃありませんよ。いつまで寝てるんですか!」

 その声とともに、霞がかった視界が次第にクリアになっていく。そこは、コバヤシ家のかたちをした空間だった。そして目の前には、見慣れたメイド服を着たトール様が立っている。その手には、たった今私から剥ぎ取ったであろう布団が掴まれており、起こされたのだと分かる。いつもの、毎朝の光景だ――ただ一点だけを除いて。

616Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:19:45 ID:JNq/2/aU0
 その景色には、色というものがなかった。

 部屋もトール様も、見えるものすべてが、古い写真のようなセピア色に染まっていた。

「……なんか、変。」

 頭がボーっとする。明確に異常をきたしている景色にも、疑問を断定できない。まるで、夢の中にいるかのような感覚。

「ま、夢ですからね。」

 夢だった。これ夢じゃね、とは思っていたけど、やっぱり夢だった。

 でも、それでもいい。

「夢でもいいから遊ぼう!」
 
 ――本来ドラゴンは、夢をみない。

 脳の基本構造が人間と根本的に異なるドラゴンは、そもそも生態的に、睡眠というものを必要としないのだ。それでも人間と交わり、人間を模倣する内に睡眠という習慣、そして眠気という概念が後天的に足されたのだ。

 だからこそ、夢の中とは悠久の時を生きてきたカンナにとってもなお、たくさんの『楽しい』が詰まった未知の世界だった。

「ダメです。」

「え。」

 キッパリと、本気の意志のこもった拒絶。いつもトール様は、時々は呆れながらも何だかんだ相手をしてくれるのに。呆気にとられている内に、トール様は続ける。

617Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:20:36 ID:JNq/2/aU0
「そもそも寝てるヒマなんかじゃないんですよ。現実では今、殺し合いの真っ只中なんですから。」

「殺し合い……。」

 その単語を聞くと、胸の奥がつんと冷たく感じた。それ以上、考えたくない。

「……や。」

 殺し合いなんて、やりたくない。

 トール様と草原でじゃれ合っていると、楽しい。コバヤシと家でゴロゴロしていると、楽しい。才川と通学路でお喋りしていると、楽しい。

 この世界には、誰かと傷つけ合わなくても、楽しいことなんてたくさんある。なのに、どうして殺し合わないといけないのか。

「……私、こっちにいたい。トール様……遊ぼう……。」

「……。」

 塞ぎ込んでしまった私を前に、トール様はじっと立っている。悪いことを言ってるわけではないはずなのに、つい身体が竦んでしまう。このままじゃいけないのだと、本能が疼いているかのような感覚。

「カンナ。私たちはドラゴンです。」

「……うん。」 

「終焉をもたらせるだけの力が、私たちにはあります。その全てを賭けて、己が強さを証明する。私たちはかつて、そんな場所に身を置いていましたね。」

 ――それは。

 言葉に詰まる。また、自分のかたちを無くしていって、世界が曖昧になっていくような、そんな感覚。まるで殺し合いという現状すら、ドラゴンの避けられない本能であると、そう言っているようで。

「トール様も……殺し合えって言う?」

 ドラゴンはみんな、みんな戦いのことばっかり。

 群れの長として君臨しているお父さんも、戦いに明け暮れるばかりで私のことをまったく見てくれない。

 そして――だったら今のトール様も、おんなじ。

 そう、思った。

 そう、思っていた。

618Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:21:25 ID:JNq/2/aU0
「少し、違いますよ。」

「……?」

「殺し合わなくてもいい。でも……戦わないといけないんです。」

「それ、どう違う?」

「さあ。どこが違うと思いますか?」

「……トール様、イジワル。」

 分からない。

 戦ったら殺し合いになる。

 殺し合うには戦わないといけない。

 一体、その差はなんだというのか。

「少し、ヒントをあげましょうか。」

 むむむ、と頭を抱え始めた私に、トール様は優しく言った。

「あなたは……自分の目で見て、自分の耳で聞いて、そして自分の頭で考えて……カンナだけの答えを見つけたはずです。」

「私だけの……答え?」

 おぼつかない思考を何とか捻り、そして思い出す。この殺し合いが始まって、間もなくして出した答えを。

「……カンナ勢。」

 混沌勢と調和勢、対立する二つの勢力があるから争いが生まれる。『楽しい』を追求することを、やめてしまう。

 そんなの、私がやりたいことじゃない。そう、思った。だから、そう在れる居場所を――かたちを、作れたらと、願った。

「あれはあの場限りの口から出まかせだったんですか?」

「……それは。」

 新勢力を作ることの難しさは、他ならぬトール様に教えてもらった。敵対勢力となり得る集団は、弱い内に叩かれる。

 それでもカンナ勢を樹立したいと願ったのは、何故だったか。

619Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:21:52 ID:JNq/2/aU0
 殺し合いが始まって間もない時、スズノは私を殺しに来たのだと、分かっていた。

 ドラゴンが人間に命を狙われることは珍しいことではない。力を持つ者は狙われる。それはある種の摂理だ。だから、それ自体を怖いとは感じなかった。

 だけど、それでも怖いと感じたのは――スズノがハンマーを振り上げた時に見た、あの表情。それは自分の心を押し殺して、何か大切なものを失いながらも戦いに向かおうとする、いつかのトール様と同じ表情だった。

 かつてその先に待っていたものは、トール様が死んだという報告。日本に向かい、偶然トール様の魔力を検知するまでにぽっかりと心に空いてしまった穴と、それに伴う心の寒さを、今もまだ覚えている。

 ああ、そうだ。

 またあの寒さを、味わいたくなかった。仲良くなれるかもしれない人たちと殺し合ったら、また独りになってしまう。それが、イヤだったのだ。

「ですが力無き絵空事に、他者はついてきません。だからこそ――戦わなくては掴めない。」

 ここには、それを邪魔する者たちがいる。

 殺し合いに乗ってしまった者もいるだろう。

 すでに死んだ者たちは、憎しみの種となり、かくして蒔かれた争いの火種は、放っておいても燃え上がる。

 さらには、姫神という戦いを煽る者もいる。

 その争いの連鎖を、止めたいと願うなら――相応の力を、覚悟を示さなくてはならない。

「っ……!ㅤでも……!」

 ああ、そうだ。

 夢の世界で現実逃避をしている場合ではないと、すでに理解は追い付いているのだ。

「でも……。」

 弱々しくなっていく声。

 それでも、認めたくないものがあるのだ。

「カンナ、あなた……」

 この胸にずんとのしかかる、冷たさが。

 まだ、この夢を出たくないと、叫んでいるのだ。

620Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:22:26 ID:JNq/2/aU0
「……放送を、聞いてたんですね。」

「っ……!」

 胸がきゅっと締まるような感覚が襲ってくる。トール様の死を伝えられたのは、これが二度目だった。

「……なんで。」

 ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。

「なんで死んじゃった……? もっと一緒にいたい……。トール様、いなくならないで……。」

 トール様は、噛み締めるように少し笑い、そして小さく、ため息を漏らす。

「……ありがとう、カンナ。」

 間もなく、私の肩に、ぽんと置かれた手。温度なんて無いはずなのに、何故なのだろう。すごく……あったかい。

「――でも、ダメです。」

 我が子を諭す母親のような、厳しくも温かい言葉だった。頬に伝う涙を拭いながら、そっと、ひと言。

「いつか別れの時が来ても、その時は笑顔で。そう、決めていましたから。」

 コバヤシは、たったの百年もしない内に死んでしまう。いずれ来るその終わりを、なるべく考えないようにしていた。ドラゴンのスパンで考えると、ほんの僅かの時しか一緒にいられないと、分かっていた。

 でも、僅かな時でしかないと、知っているから。その一瞬を、無駄にしないよう足掻いて、もがいて。そして、散りゆくその時まで、戦い抜く。それが、人間の強さだ。

 トール様は、その強さに倣おうとしていた。別れすらも儚き生の道すがらに組み込んでしまえる、人間の強さを身につけようとしていた。
 
「……だから、お別れです。」

 ああ、そっか。

 それが、殺し合うではなく戦うための強さなのだ。

 胸を刺す冷たさを知っているからこその、別れを受け入れる強さ。その上で、今ある居場所を失わないように、前を向いて戦える強さ。

621Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:22:58 ID:JNq/2/aU0
「トール様……私、甘かった。まだ、スズノもコバヤシも戦ってる……。なのに私、逃げようとした。」

 己が孤独を受け入れられないが故に、居場所を求めた。だけど、欲しいのはそれだけじゃない。

 スズノが、泣いていたから。

 スズノのことが大切な誰かにも、そんな空白を味わってほしくないと、思ったから。

「もう私、逃げない。あのあったかさを、誰かにあげられるようになる。」
 
 皆が仲良くなれる道が、スズノたちの居場所になれるのなら。そんな想いのままに宣言したのが、カンナ勢でもあったのだ。

「あなたには、願いがあります。それは決して、殺し合いによって叶えられる願いではありませんね。」

「……うん。」

「それはきっと、途方もない願いでしょう。誰かの居場所になるのは、何かを壊すことよりもずっと、難しい。」

 ドラゴンであれば、大概のものは壊すことができる。それは種族の誇りであり、価値であり、そして――孤独でもある。友達の垣根なんてなく、親も子も常に牽制し合う孤高の種族。

 その孤独が、さびしかった。誰かに見てほしくて、ずっとずっと、心の奥底が冷えきったように寒くって。

「……私はずっと応援していますよ、カンナ。」
 
 人間がくれた、終焉をもたらせるだけの炎よりもずっと身を包んでくれる温もり。それは、独りでいられるだけの強さではなく、むしろ"弱さ"と呼べるものなのだろう。ドラゴンにとって、忌避すべきもの。だけど、それを求めている者にとっては、居場所となれるものだ。

 コバヤシがくれた、そんなあったかさ。それを、私も誰かに与えたい。だから、戦うのだ。

「さよなら、トール様。」

 私は、走り出した。

 前の見えない、暗い道を。

 凍てつくような、冷たい道を。

 それがどこに続いているのかも分からないまま、ただ、ひたむきに走り続けた。

622Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:23:54 ID:JNq/2/aU0
 すると、暗闇のその先。

「……殿。」

 声が、きこえる。

「……ナ殿。」

 私の名前を呼ぶ、声が。

 その声の方向に、ただ一心に、走り始めた。

 その先に何が待っているか分からないけれど――感じたのだ。あの声はどことなく、あったかい、と。



「……カンナ殿!」

「……ん。」

 目を覚ましたカンナが目の前に見たのは、彼女を揺すり起こした鈴乃の姿だった。戦闘中で流し聞きだったとはいえ、放送の中にカンナの名前が無いことを確認し、急いで走ってきた鈴乃。カンナに残る弾痕を確認し、銃弾が角に命中していたことを見て、生存理由と大した怪我ではないことがハッキリと分かったところでほっと胸を撫で下ろす。

「よかった……ああ、無事……だったか……。」

「……スズノ、一体何があった!?」

 心配そうに語る鈴乃には、おびただしいほどの傷痕。自分が寝ている間に、一体何があったというのか。

「それは……話せば長くなるが……。」

 鈴乃は語る。

 襲撃者との戦いの決着が付かないままに、カンナの下に駆け付けたこと。

 襲撃者と関係があるかもしれない青髪の少年のこと。

 その際に助けてくれた、襲撃者の知り合いらしき少女に、襲撃者の相手を任せているということ。

「……行こ。」

 それらを受けて、カンナは答えを出す。

 鈴乃の話によると、元の世界からの知り合い同士が殺し合っているとのことだ。殺し合いなんて強制されなかったら、手を取り合えていたかもしれない二人。混沌勢と調和勢、対立する勢力であっても時に仲良くできるというのに、それでも戦う羽目になってしまった二人。

 そんな悲しい宿命に、差し伸べられる手があるのなら。

623Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:24:21 ID:JNq/2/aU0
「殺し合いは、止める。トール様が教えてくれた強さの形……無駄にしないために。」

「カンナ……殿……?」

 気絶する前とは、まるで別人のようなその決意。カンナの中で何かが変わったように見える。

「正直に言うと、私は反対だ。襲撃者の強さは身をもって体験したし、カンナ殿の安全も次こそ保証できないかもしれない。」

 それは、当然の発露だった。

 カンナの生存に、鈴乃がどれだけ安堵を得たのか、カンナは知らないのだろう。

 そこに、重ねてカンナに死のリスクを背負わせるのが、本意であるはずがない。

「……だが、他ならぬ私を救ってくれたカンナ殿の決意に、私は報いたい。」

 それでも。

 その覚悟は、本物だと身をもって知っているから。

 カンナ殿であれば、かの殺し合いの渦中にも、心を届けられるかもしれない。彼女の言葉には、力がある。まさしく、この殺し合いの参加者にすら至ることなくその命を散らした少女、佐々木千穂のように。

「こっちだ。共に行こう、カンナ殿。」

 初めにカンナ殿に抱いた印象も、同じものだった。だが、だからこそだろうか。ドラゴンであると分かっていたはずなのに、カンナ殿も彼女と同じ、護るべき対象として見ていたところは否めない。

 だが、今のカンナ殿からは、魔王や勇者と同じ、己が信念のために戦おうとする意志をひしひしと感じ取れる。

 なればこそ、伝えるべき言葉は『ついてきて』ではない。殺し合いに反逆する同士として、隣り立つことを要請する言葉であろう。

(そうだな。先ほどまで殺し合い、互いの命を奪いかけた相手……。上等じゃないか。)

 利害関係や運命的な特異点があれば、勇者と魔王ですらその手を取り合うことがある。分かり合うことを諦めるには、あまりにも早すぎる。

 ふと、零した笑み。カンナ殿の無事な姿を見れば、存外全てがうまくいくのではないか、と、そんな希望すら湧き上がってくる。

624Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:25:20 ID:JNq/2/aU0
 そんな考えを抱いていた、その時だった。

「今のは……!」
「悲鳴だった!」

 鈴乃とカンナが遠くに感知した、轟くばかりの悲鳴。マミと杏子が戦っていたはずの場所からは少し離れており、彼女らによってもたらされたものであるかは不明瞭だ。

 だが、そんなことは関係ない。あの絶叫を無視できる二人ではなかった。一瞬、互いに目を合わせ、頷き合う。



 それは、名状し難き悲惨な光景だった。

 少女は、首を切り裂かれて死んでいた。

 女性は、片目を潰され、心臓を一突きにされて死んでいた。
 
「遅かった、か……。」

 あまり動じないほどに死体を見慣れている自分に、どこかモヤモヤした気分を残しながらも、すぐさま死体に駆け寄る。

「どうやら営利な刃物で殺されているようだ。それにまだ温かい。時間はさほど経っていないようだな……。」

 つまり、何かが少しズレていれば助かっていたかもしれない命だ。その責任を抱え込んでしまうような性分ではないが、どうしても、救えたもしもがちらついてしまう。

「……支給品も奪われている、か。回収の手際も良いようだ。最初からそのつもりで殺したのだろうな。何より厄介なことに――魔力戦闘の痕跡が残っていない。」

 魔力の隠密に特化した暗殺者も、いるにはいる。だが、これほどまでにまったく魔力の痕跡を消せるとなると、相当な手練れだと見ざるを得ない。或いは、そもそも魔力を用いていない場合も考えられる。どちらにせよ、近くにいたとしても探知は困難だという結論を出さざるを得ない。

 そんな時、死体の傍で何やらじっとしているカンナに気づく。
 
「カンナ殿、無理に見る必要は無い。検死ならば私が……。」

 しかしカンナは俯いたまま、ある方角を指さした。
 
「……あっち。」

「む……?」

625Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:25:56 ID:JNq/2/aU0
 意図が即座に読めない鈴乃。

 カンナの指さした方向は、先ほどまでマミと戦っていた戦場に向いている。

「来て!」

 走り出したカンナを慌てて追いかける。彼女には何が見えているのか、まだ、分からない。マミと杏子の戦場は元々目指していた場所であるため、その方向に向かうことに不都合は無いのだが、それでもカンナには他の何かを感じ取っているように見えた。

 そして、走り出すこと僅か数十秒。

「あれは……!」

 聖法気で視力に補正をかけた鈴乃の目が、ある少年の姿を捉えた。

(もしやあの二人を殺したのは……!)
 
 その時、様々な物事に合点がいく。

 潮田渚――あの少年が、自分とマミの戦いに居合わせた無力な一般人などではなく、マミと組んで参加者を排除するために動いているのだとしたら。

 先ほど渚が明確にマミを庇うかのような行動を取ったにもかかわらずそれを疑うことができなかったのは、違和感があったからだ。たとえば、現に渚は一度、マミの攻撃の射線上に入っていた。あの戦いの中で明確にこちらに殺意を向けて来ることもなかった。

 どれも決定的な要因とは言えないが、それでも、マミと渚が手を組んでいると断じるには、矛盾する点が見られたのは確か。

 そしてそれは確かに、間違っている。あの戦い自体が勘違いから始まったことなど、今となってはもはや把握のしようがない。何故なら、その事実に唯一感づいた渚自身が、それを秘匿することを選んだのだから。

 だとしても、この状況下。渚が二人を殺害したことはもはや疑いの無い事実である。

 ”カンナ勢”が他人を殺した渚の処遇をどうするのかは、ただちに決められるものではない。だが、どういう処遇にせよそれは渚の拘束が先んじる必要がある。

(くそっ……何故私は、気づけなかったんだ……!)

 鈴乃は渚を追い始める。なるべく遮断していた気配であるが、間もなくして向こうもこちらに勘付いたようだ。殺害現場から速足で離れていたのが、全力疾走での逃げ足に変わる。向かう先は、マミと杏子が戦っている場所。そして――

626Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:27:00 ID:JNq/2/aU0
「スズノ……あのケータイ、何かがいる。気を付けて……。」

 先ほどカンナが行なったのは、魔力探知ではない。ただの人間に過ぎない渚に、その方法での追跡は通用しない。

 カンナが感知したのは、モバイル律から発せられる微弱な電波である。電気をエネルギー源として用いるカンナには、ドラゴンとしてのスペックも相まって、空気中の電波すらも感じ取ることが可能である。

「……思ったよりも早く気付かれたみたい。じゃあ、それでいいんだね、律。」

「はい。私の収集したデータによれば、その方法が最も効率的かと思われます。」

 この戦いに、殺し合いに乗っている者なんて一人もいないはずだった。

 だけど、運命の悪戯によって手のひらから零れ落ちた不安の種は、悪意という名の花となって開花した。
 
 枝分かれするように生まれた、魔法少女たちの戦場と、殺し屋と暗殺者の戦場。

 ――二つの戦いは、一つの戦場へと収束していく。

627Memosepia【その体温振り払って、遠くまで】 ◆2zEnKfaCDc:2022/09/24(土) 03:28:00 ID:JNq/2/aU0
連作の一部投下を終了します。
引き続き、同メンバーで予約します。

628 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/01(土) 01:27:43 ID:8dOUvn3I0
申し訳ありません、予約を延長します。

629 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/08(土) 02:10:24 ID:YdXq94EQ0
申し訳ありません。もう1日だけ延長させて下さい。

630 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:30:23 ID:/xQ2Ewqo0
重ねての延長失礼しました。
投下します。

631Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:31:18 ID:/xQ2Ewqo0
「――私は魔法少女を"救済"する。」

 救済――何ともまあ、前向きで希望に満ちた言葉だ。だが、その本質はねじ曲がっている。

「……本気で、言ってんのかよ。」
 
「私がこういう時に冗談を言ったこと、あったかしら?」

「はっ……冗談より100倍タチ悪いぜ。」

 その意味するところは、すなわち魔法少女の掃討。
 
「……でも、良かったとも思っているのよ。」

「はぁ……?」

 マミが、手を天に翳す。この座標は、先程まで長きに渡り鈴乃とマミの戦いが繰り広げられていた場所だ。すでに戦場全体に魔力で練られたリボンの糸が張り巡らされている。マミの手の動きに連動し、杏子の足に糸が絡み付く。

「っ……!?」

「最初に、あなたを終わらせることができたなら……」

 糸は足に巻き付いたまま、上昇。それに伴って持ち上がる杏子の身体。

「……もう昔のことで迷わなくて済むもの。」

 直後、銃声が鳴り響く。杏子の幻惑魔法を絡めた小細工の巧さはマミも知るところ。だったら――下手に行動を許す前に……不意の一撃で仕留める!

「……そうかよ。」

 次の瞬間、杏子にしっかりと狙いを定めたマミの眼前に展開されるは、咲き乱れるがごとき閃撃の嵐。

 拘束を成していた糸は即時引きちぎられ、自然落下と共に狙い済まされた銃撃は空を切った。

「まだアンタは……そこにいるんだな。」

『――また負けたー! マミさんのリボン卑怯だよ!』

 かつて、宙に吊るされながら発したひと言。マミと修行していた、あの時のあたしだったらきっと、この一撃で決まっていたのだろう。

 だが、そうはならなかった。

 着地と共に射程の差を埋めるため、前進。遠距離から放たれる砲撃の厄介さは分かっている。だが一発限りのマスケット銃を捨て、新たに生成するまでのリロードは必須。それなら、その合間を叩く!

632Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:32:01 ID:/xQ2Ewqo0
「――あなたこそ、また手加減してもらえる、なんて思っていないわよね?」

 その時、銃が動かされる金属音を感知した。音の方角に目をやることはできない。なぜなら、その方向は東であり、西であり、北でも南でもあった。気が付いた時には、足元の草木で覆い隠しながらリボンによって遠隔操作された幾つもの銃口が杏子を狙っていた。

「ぐっ……!」

 気付いた瞬間、足元の糸を切断し、背後の銃の操作を裁ち切る。処理しきれなかった分の銃弾は槍をぶん回して受けるも――受けきれなかった弾が胴を撃ち抜く。その痛みの一部を遮断、そして一部を甘受しながら突撃に割く魔力を温存し、殴り込む。

 その一撃を受けるは、すでに発砲済みのマスケット銃を横に構えての防御。先の銃撃の痛みで腕に力が入らず、そのような即席の防御であっても受け止められる。

(だが、この射程なら押し勝てる。このまま――)

 その時目に映ったのは、マミが背中のリボンを用いて引き金を引かんとしている一丁
 咄嗟に防御の構えに入る杏子。相対するは、ふっと口元に笑みを浮かべたマミの姿。直後に、下っ腹に衝撃が走る。

 防御を潜り、腹部に打ち付けられたのは魔法でも銃弾でもない、ただの蹴りであった。仄めかされたマスケット銃は使用済みで、弾が込められていないブラフ。それは、鈴乃に対しても一度用いた手だ。

 だが、魔法少女として増幅された筋力から放たれた蹴りは、偏食により一般的な少女の体重よりも軽い杏子の身体を吹き飛ばすには十分な威力を持つ。結果として生み出された距離は、新たなマスケット銃を生成するだけの時間稼ぎには十分だった。

「っ……このっ!」

「なっ……ぐうっ……!」

 だが、吹き飛ばされる寸前に、鎖鎌状の槍をマミの腕に巻き付け、引っ張り上げる。右肩が外れてもその拘束が緩むことはない。そのまま槍を振り下ろせば、土煙を巻き上げながら、マミの身体は大地に思い切り叩き付けられた。

「はぁ……ちったあ、目ぇ覚めたかよ?」

 確かな手応えと共に、土煙の先に向けて問い掛ける。次第に晴れゆく視界に映ったのは、負傷した右腕を庇いながら、のそのそと立ち上がるマミの姿。

「その腕じゃあもう撃てないだろ。この勝負、あたしの勝ちだ。」

「……。」

 元より、鎌月鈴乃と戦い続けていたマミに対し、杏子は戦いらしい戦いをしていない。消耗度合いから見ても、この勝負は杏子の側に傾いていた。殺すことなく無力化するという杏子の目的に沿った措置も、互いに全力を出している時には難しかっただろう。

 だが、もう利き腕を潰した。この状態では狙いを定めるのも困難だ。だが、その目に諦めの色は宿っていない。

「……あなたは、それでいいの?」

 静寂が訪れた戦場で、マミはゆっくりと口を開く。

「もう私たちは普通の人間には戻れない。もしかしたら、周りの人間を巻き込みながら、殺し合わされ続けるかもしれない。」

「……んなもん、元締めとの接触無しには分かんねぇだろ。」

「元締めとの接触って……姫神と世間話でもするつもり?」

 そもそも、これは殺し合いなのだ。最後の一人だけしか生き残れないという前提がある。

「それに……どちらにせよ、同じことなのよ。この疑念を抱いたまま、誰かと交流することなんてできない。だったら――」

633Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:32:30 ID:/xQ2Ewqo0
 その瞬間、マミの腕に絡み付いたリボンが、強引にマミの腕を動かした。外れた関節を無理やり動かす痛みに、マミの顔が大きく歪む。痛み自体は魔力で抑えることができるが、残り少ない魔力をそんな事に回す余裕はない。

「――ここでその連鎖の根本を絶つ方がみんなのためだって、そう思っちゃうじゃない?」

 杏子の心臓めがけ、引き金が引かれる。

 槍はマミの拘束に用いており、防御には使えない。

「……そう簡単に、この命くれてやるわけにはいかないさ。」

 しかし硝煙のその向こう、杏子は息絶え絶えながら立っていた。支給された小道具を前面に構え、銃弾を防御。それはただのマンホールであったが、槍で成すことができない、面の防御となる。

「救済とか何とか言ってさあ、結局それ、魔法少女みんな巻き込んでのただの心中じゃんか。」

 ――いつかの記憶が、頭をよぎる。

 あたしの願いが、バラバラに引き裂いてしまった家族の記憶。

 あたしのかたちがなくなっていくような、絶望。

 ――そして。

 そんなあたしにかたちを与えてくれた、たった一人の"家族"の記憶。

「そう、かもしれないわね。もちろん、最初からあなたに受け入れてもらえるなんて、思ってないわ。」

 マミが口を開く度、いつかのしあわせが段々と、色褪せていく。記憶が、塗り替えられてしまう。

「だから恨みつらみは……向こうで聞いてあげるわ。全部が終わった後に、ね。」

 ――かたちが、きえてしまう。

634Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:32:53 ID:/xQ2Ewqo0



「はっ……はっ……!」

 ――渚は、走っていた。

 走り込みの訓練を行なったことはある。

 だが、ターゲットが殺せんせーである以上、逃げるための訓練は全くしていないではないが、どうしても比重は小さい。元より、身体能力ではクラスでも底辺の渚だ。相手の視界に入ってしまった地点で、追跡者を撒くのは不可能に近い。

「このまま逃げても追い付かれる確率、99%。」

 戦況を俯瞰している律が、分析を述べた。だがそれは、このまま逃げた場合の確率。

「しかし私であれば足止めは可能です。一時しのぎにしかならないでしょうが。」

「……分かった。お願い。」

「承知しました。」

 その掛け声と共に、支給品を詰めたザックから飛び出た"それ"に、追跡者の二人はぎょっとした様相を見せた。

「何だ、これは?」

「らじこん……!」

 カンナの評した通り、それは数台の電動式ラジコン。

 しかし、その実は子供の玩具とは違う。超能力集団『爪』の幹部、羽鳥が戦闘用兵器として用いていたものである。

「――対象、参加者:鎌月鈴乃。射撃を開始します。」

 笑顔と共に発せられた電子音声に対応するかの如く、搭載された幾多の銃器を惜しみなく撒き散らす。

「なっ……ぐあっ……!」

 日本に来て日が浅い鈴乃に、電子機器の心得などない。仮にあったとて、ラジコンと銃器が結びつくはずもないだろう。不意に受けた一斉射撃に、全身を撃ち抜かれることとなった。魔力で生成されたものではないため、魔避けのロザリオの効力もはたらかない。

635Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:33:42 ID:/xQ2Ewqo0
「スズノ!」

 後ろを走っていたため、射撃のダメージ自体は浅かったカンナ。しかし、鈴乃の受けた傷を放置して追跡する選択肢は彼女にはなかった。鈴乃に駆け寄り、その前方に立ち塞がる。

「――続けて攻撃を開始。」

 律も渚も分かっている。この程度の射撃で迎撃できる相手ではない、と。それ以上に超次元の戦いを、特に渚は、マミの戦場で目に焼き付けている。しかし、不意を付くことができた今だからこそ、追撃のチャンスがある。

 そして再びの、一斉射撃。対象はカンナではなく、初撃で膝をついた鈴乃。仮に庇うのであれば、カンナに確定的に命中させることができる。

「……! あのケータイから操ってる!」

 ラジコンを操作しているのが渚ではなく、モバイル律から発せられる電波であるとその能力によって勘づいたカンナ。

「痛っ……!」

 だが、その理解においついたとて、射撃を封じるには至らない。避けられない鈴乃の代わりに弾丸を受け、その身におびただしいまでの弾痕を刻んでいく。

「カンナ殿!」

 患部を押さえつつ、何とか立ち上がる鈴乃。追撃に備えられた銃器へと改めて対峙する。

 そして、放たれた銃声と共に、ひと声。聖法気を、解き放つ。
 
「――武光烈波!」

 大槌より発された聖法気の嵐が、銃弾を纏めて吹き荒らした。

「――っ!」

 人工知能の知識と経験の外にあった、エンテ・イスラの魔術。物理法則の通用しないそれを前に、軌道の計算も安易には不可能だ。

「……次の射撃も防がれる確率、88%」

 律がはじき出した答えは、渚の心に焦燥を積もらせていく。敵へと続く道は、開け始めている。

 だが、律としては次の射撃を放つより他にない。しかしそれは、計算通りにすべて弾かれ――

「――武身鉄光っ!」

 ラジコンの中の一機に向けた一閃。破壊力に特化したそれは、元は玩具でしかない電子機器を即座に粉砕した。

636Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:34:07 ID:/xQ2Ewqo0
「あと二機だ! カンナ殿!」

 ロザリオを元に生成した大槌を手に、カンナに呼びかける。

「――攻撃を開始します。」

 律――そのフルネームは、自立思考固定砲台という。

 その名に集約されている通り自立思考を生業とし、生徒と共に成長していく人工知能である。その学習力たるや、殺せんせーの速度に対しても即座に適応するレベル。その演算力は、この戦場においても発揮される。詠唱から発現までの時間、その威力、狂わされる弾道。エンテ・イスラの魔術という科学にとって未知の領域に対しても、間もなくしてその計算に組み込んだ。

(っ……! 何という精密な操作か……!)

 攻撃の隙間を縫って、明確にこちらの弱みに対して密度の高い攻撃を仕掛けてきている。一機落としたからといって、決して弱体化はしていない。

「……電気には……電気!」

 直後、カンナの周りに強力な電磁波が発生する。

「む……制御ができません!」

「えっ!?」

 律のラジコンの遠隔操作にも干渉するだけの電磁波。それを体内で生成させるカンナの魔法も、やはり科学の想定し得ぬところ。

 ラジコンは地に落ち、鈴乃とカンナの行く手を遮ることはなくなった。

「制御を取り戻すまで30秒ほどかかります。そして、30秒後には、渚さんの逃げ道を確保しましょう。……それまで時間を稼げますか?」

「そうは言ったって……。」

 鈴乃の身のこなしは、マミとの戦いを観察していて織り込み済みだ。それに付いてきているカンナも、見た目年齢に適さない力を秘めている。

 一方の渚は、一般人上がりでしかない。魔力や聖法気といった人間の逸脱性もなく、ただ暗殺の訓練を受けているだけの中学生。そしてそれは、戦闘の訓練とは違う。警戒され、戦いを挑まんとされている今、その素養は大きなアドバンテージとなり得ない。

 ラジコンの制御を取り戻すまでの30秒は、この場で戦い続けなくてはならない。

637Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:34:29 ID:/xQ2Ewqo0
(……いや、やれるかどうかは関係ない。)

 律の妨害無しに逃げたところで、すぐに追い付かれるのは間違いないから。

 やる以外の選択肢は無い。だったら――殺す気で。

「……仕方ない、か。」

 観念したように立ち止まった渚に、一瞬、怯む二人。その眼には、裏の仕事を手に付けてきた鈴乃から見ても、はたまた闘争にすべてを賭けてきたドラゴンを多く見てきたカンナから見ても、底の見えない殺気が宿っていた。

「聖職者、クリスティア・ベルの名において、汝の罪を問う。」

 それでも怖気付くことなく、鈴乃は厳かに口を開く。

「何故殺したか……この世界においてそれは愚問だ。その一切を不問としよう。」

 力のある者に殺しを命じられた。

 殺しに走ってしまった子供に、それ以上の理由なんて必要無いだろう。

「私が問うは、ただひとつだ。……貴様はこれからどうする。」

 殺し合いを、促進する者がいる。その認識は、初めから持っていた。

 他ならぬ鈴乃自身が殺し合いに乗ろうとしていたことのみではない。この世界に蔓延する悪意のような醜悪な気配。人々を殺し合いに駆り立てている何かが、ここにはある。

 そんな悲しみに呑まれてしまった者たちに差し伸べる手が、カンナ勢だ。すでに死者は13人。中には罪を犯した者もいるだろう。カンナ殿の家族を殺した者も――遊佐を殺した者も。

 そう、これは――彼らを赦すための、戦いなのだ。

638Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:34:58 ID:/xQ2Ewqo0



 辺り一面に撒かれたリボンと糸の罠。それだけ見ても、相当な手数の魔法を用いている。さらにそれだけではなく、生成しては使い捨てられるマスケット銃のひとつひとつも、折れた腕を無理やりに動かす回復魔法自体も――マミを戦いから離脱させる限界というものを、魔力を浪費することで繋いでいるのが現状。

 片や鈴乃と戦っていた後であるにもかかわらず杏子とマミが互角に渡り合えている裏には、魔力量においての代償が伴っている。

「なあ、ソウルジェム、濁りが溜まってんじゃんか。もう、限界なんだろ。」

 その結果待っている結末を、杏子は言えない。

 誰かを守ることを戦う理由に据えているマミに、その根底を揺るがす、魔法少女の真実を伝えるわけにはいかない。それはまさに、願いが絶望へと反転する瞬間に他ならない。

「敵の心配なんて、随分と余裕ね?」

 マミには、止まれない理由がある。たとえそこに前提知識の欠落があったとしても、戦うに値するだけの願いを携え今この場に立っている。

「私は選んだの。この殺し合いに勝ち残るべきは、私やあなたじゃない。」

 世の中には、誰かを脅かす存在がある。だけど、誰かを守る存在があって、そんな存在に守られる側の人間もいる。

 魔法少女は、誰かを守る存在であると、ずっと思っていた。奇跡を信じてキュゥべえに縋ることしかできなかった自分のような、救いを求める誰かに、手を差し伸べられるのなら――あの夜に家族を見捨てて命を繋ぎ止めた意味も、きっとあるだろう、と。

 だが、他ならぬ選定者であるキュゥべえが、この力で他者を殺せと言っているのだ。魔法少女に誰かを守る生き方など認めないと、首輪と共にそう叩き付けられたのだ。

「だってそうでしょう? 生きているだけで他者を巻き込んで死なせてしまうなんて……そんなの魔女と同じじゃない。」

「……。」
 
 杏子には、何も言い返せなかった。魔法少女が魔女そのものであることを、すでに知っているから。
 
「私はそれでも――誰かを守りたいと思う。だったら滅ぼすべきは何かなんて、決まっているでしょ? それが私の選択。それが私の、最後の正義。」

 たとえ飛躍した論理であっても、マミの言い分に相応の理を認める真実がある。それは決して、マミには知られてはならないということもわかっている。

 真実に力はなく、虚構のみがマミを止める手立てとなる。紗季さんから鋼人七瀬の話を聞いた時、そんな器用な真似は自分にはできないと、そう思った。だが、それを諦めてしまえばマミは救えない。

639Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:35:23 ID:/xQ2Ewqo0
「納得なんてしなくていいわ。結局は私のエゴだもの。でも――」

 一方のマミ。納得も理解も、とうに諦めている。

 それを求める相手が仮にいたとして、それはグリーフシードを落とさない使い魔を倒すのをやめてしまった杏子ではない。

「――信念も無ければ、私を殺す覚悟も無い。そんなあなたに、私は負けない。」

 力は自分のために使うべきだと、かつてそう謳ったことがある。だが、その信念は現状、曲げられている。彼女自身を守るためのみに行動するのなら、魔法少女を殺そうとしている自分を殺せばいい。

 だが、現実はどうか。

 杏子の槍に宿るのは殺意ではない。信念を曲げながら、ただ私の前に立ち塞がっている。

 私とは違い、何も選んでいない者。選べないとも、言えるだろう。そんな甘さを見せた相手に、負けたくない。負けてなるものか。

 ――そんな奮起と共にかけた言葉だった。

「……そうかよ。」

 返ってきた言葉に纏った感情が何であるのか、マミには検討がつかなかった。

「そうかもしれねーな。アンタから見たあたしは、軸なんて何もなしに、ただ止めに来ただけの奴に見えるだろうよ。」

 銃撃を警戒してか、跳躍。木々を伝っての空襲を謀る杏子を前に、マミは魔力の糸を生成し、木々の合間に張り巡らせる。

 そのまま空中に留まれば、糸による拘束が。地上に降りれば、着地狩りとばかりの砲撃が、備えられている。

640Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:35:53 ID:/xQ2Ewqo0
「でも――浅いね。あたしの本質なんざ、ハナから何も変わっちゃいないさ。」

 対する杏子――そのどちらの手も、想定済み。第三の択として、足場であったが今や罠と化した木を、一閃にて斬り倒す。倒れた木は銃弾を受ける盾となる。魔力の糸は地に落ち、杏子の進路を阻むことはない。

(ああ、そうさ。あたしがどうしてここにいるか。そんなの、分かりきってんだ。)

 ――落ちていく。

 まるで足場が、最初からなかったかのようにどこまでも、落ちていく感覚。伴うは、喪失。

 ――ああ。

 何もかもが、うまくいかない人生だった。

 隣人のために身銭を切ることを厭わない、父さんみたいな。そんな正義のヒーローに、憧れていた。だから、そんな父さんが、少しでも報われてほしくて――手を伸ばした奇跡は、絶望の入口だった。

 願った奇跡の分、それが絶望として返ってくる。それが魔法少女のさだめだと謳われるくらいに、必然的な結末だったのかもしれない。

 ――だけど、それでも。

 もしもやり直せるのなら――今度こそはハッピーエンドってやつを目指してもいいだろ?

 神様ってやつは皮肉なもんだ。全て投げ打って、その先に与えられた、【やり直し】の機会がそこにあった。

 あたしと同じ誤ちを犯そうとしていた魔法少女、美樹さやか。彼女は結局、分かり合うことのないまま魔女になった。救う方法を模索して、だけどそれの叶わないまま、あたしの人生は幕を閉じる。

 報われず、奈落へと落ちたままに、かくして終わりを迎えるはずであった。

 ――しかし、神の祝福は与えられた。

 突如として開かれた殺し合い、それには魔女になったはずのさやかも、おそらくは人間として、参加させられていた。これは二度目の挑戦だ。今度こそ、彼女を救えるかもしれない。まだ、あたしの目指すべき道は途絶えていない。

 そう、思っていた。なればこその、痛みだった。

 期待をすればするほど。登れば、登るほど。

 裏切られ、落ちた時の痛みはよりいっそう、大きくて。

 定時放送で呼ばれた、さやかの名前。崩れゆく願い。

 ――ああ、まただ。

 かたちを失っていくかのごとき、この感覚。

 あたしが、きえてしまいそうなこの剥離に身を委ねてしまえれば、どれだけ心地よいだろうか。

641Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:37:00 ID:/xQ2Ewqo0
『……ねぇ、マミさん。』

 ――いや。

『マミさんは、あたしのこといつも友達って言ってくれるけどさ……』

 まだだ。まだ、あたしに与えられた神の祝福は、残っている。

『あたしにとってのマミさんは、友達っていうのとは……ちょっと違うっていうか』

 かつて失ってしまった"家族"が、目の前でまた、皆を巻き添えに死のうとしているんだ。

 贅沢な大円団なんざ、とっくに終わってるかもしれない。これをハッピーエンド、なんて言っちまったら、零しちまったさやかに失礼かもしれない。でも、零したもんばかりに執着して、手の届く範囲にある守れる大切なものをまた零しちまうのは御免だ。

 盾代わりの大木の、その向こう。露わになったマミの姿が、視界に映る。

「ティロ――」

「――なっ……!」
 
 自身よりも大きな大砲を前方に構え、こちらへ突き付けていて。

「――フィナーレ!」

 いつ、道を間違えたのか。

 決別したはずのマミの死を聞いて、その後釜の魔法少女の様子を見に、見滝原に戻った時か。

 ――或いは。

 そもそもマミと決別を選んだ時か。

 ――或いは。

 ハッピーエンドなんて、父さんの夢に縋り始めてしまった時か。



 ――ああ、落ちていく。

 まるでかたちを、失ったかのように。

 想い出が、セピア色の中に沈んでいく。

 鳴り響くは、割り砕くが如き砲撃音。

 
 
 

『――お願いっていうか……図々しいついでっていうのもなんだけど……。あたしを、マミさんの弟子にしてもらえないかな?』

642Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:37:40 ID:/xQ2Ewqo0
 ――罪を犯した者が報いを受けるとするならば、それはいつのことだろう。

 かつて、ある執事は、虚空に向けてそう問い掛けた。

 王として進むべき道を誤った罪を背負った真奥貞夫は、その報いとして今がある。最後まで、王であり続けること。それを責務として、己に課している。

 いつ、報いを受けるのか――その答えを鈴乃が答えるとするならば、『常に』である。

 赦すと、宣言することは簡単だ。だが、それだけでは禊となり得ない。遊佐が、親の仇である真奥に対し、一時的とはいえ刃を納めている現状。それは、真奥の背負った報いによるものだ。

 平常、己の罪と向き合う覚悟を以て、報いと成せ。これは、『カンナ勢』を口先だけの夢物語にしないため、その覚悟を問う審判である。

 その言葉の裏に垣間見える鈴乃の境遇など、渚に伝わることはないのだろう。だが、試すが如き鈴乃の瞳。適当にはぐらかせる類のものでないことは、十二分に伝わった。

「……僕、は。」

 ――罪、か。

 誰かを殺すことが罪なのだとしたら、僕たちは、罪のために進んでいる。

 恩師に、この刃を突き付けるため。

 恩師に、銃弾を叩き込むため。

 恩師を――殺すため。

「――選んだこの道を、間違いだなんて思わないし、言わせない。」

 もしも、殺せなかったら。

 烏間先生が導いてくれた道も、茅野が隣で歩いてくれていた道も、その全てが――欠けた思い出になってしまう。

 先生を、殺す。その目的を、果たすため。

「だから、その選択に伴うものは全部、背負っていく。」

 たった、40人程度。

 この殺し合いにも勝ち抜けない僕が、果たして、殺せんせーを殺せるか?

 証明するんだ。僕の力を、他ならぬ僕自身に。

「そうか……。ならば多少、手荒な方法を取らざるを得ない。」

 直感めいた確信が渚の中にある。

 この人は、僕よりもずっと優れた――暗殺者だ。

 伝説の殺し屋"死神"のような、乗り越えられない高い壁。

(でも、今回は殺せば勝ちというわけじゃない。)

 カンナは電磁波の維持に精一杯で即座に動けそうにない。普段の、ドラゴンの力をもってすれば電磁波を撒き散らしながら身体能力で敵を圧倒することもできたかもしれないが、パレスに課せられたドラゴンの力の部分的な制限により、精密な力の操作を不可能にしている。

(30秒。ただ、それだけ凌げば、こっちの勝ちだ。)

 それは偏に、律への信頼である。

 30秒稼げば、カンナの電磁波による電子干渉を突破できると彼女は言った。だったら、信じるのみだ。

643Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:38:13 ID:/xQ2Ewqo0
「――武身鉄光っ!」

 ロザリオを大槌へと変質させる鈴乃の奥義。先ほどまでマミに向けられていたそれが、今度は渚に牙を剥く。

 質量という殺傷力の塊を前にして、怖くないはずがない。己が死を忌避するは、避けられない本能。

(集中力を、研ぎ澄ませ!)

 だが――見える。

 対殺せんせーを想定した訓練、そして実践の賜物か。人間離れした脚力と腕力から繰り広げられるその軌道は決して、見切れないものではない。

「うぐっ……!」

 両腕を前面に出し、かつバックステップを挟んで防御。途方もない痛みが腕越しに伝わってくるが、その大部分を軽減する。

 腰には、ナイフが備えられている。先ほど二人を殺害した凶器であり、返り血で赤く染まっていることだろう。そして弓原紗季の支給品にも、一本のナイフが入っていた。すなわち武器は二本。クラップスタナーの準備も整っている。

(……反撃、して来ない?)

 鈴乃が感じた違和感。

 二度、三度、攻防を交わすにあたって、その疑念は確信へと変わる。

(――殺気が、感じられないだと?)

 鈴乃もまた、殺さない程度に無力化することを意図し、渚を追い詰め続けた。だが、決定打が入らない。

 こちらの攻撃の芯が見切られているかのごとく、一撃の重みを完全に"殺され"ている。

「――お待たせしました、渚さん。」

 そしてカンナの電磁波の干渉を無力化する電波を編み出した律が、戦いの終了の合図を唱える。同時に動き出すは、地に落ちていた二台のラジコン。

「ゴメン、スズノ。これムリ……!」

 電波を放出し続けて疲れきったカンナが、それでもなおラジコンの制御を奪われた上で膝をつく。

 ラジコンの照準が向かうは、明確に隙を見せたカンナ。

「カンナ殿っ!」

 即座に聖法気で編み出した嵐がその弾丸を逸らすが、その反動で次の一手は遅れてしまう。

 その間に、渚は180度向きを変え、再び走り出した。

「しまっ……」

 カンナ殿の無事が最優先であり、この場における最善を打っているのは間違いない。だがその上で、渚の逃走を許してしまう結果となった。

(くそっ……完全に調子を狂わされた……!)

 30秒の間、渚はナイフを用いなかった。

 仮にナイフを取り出していたならば、それは"殺し合い"となり鈴乃の対応もまた変わっていただろう。

 30秒を稼ぐのに、これが鈴乃による"詰問"の体のままでいたこと――たった今、渚が地に両足をつけて立っている要因はただそれだけである。

644Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:38:43 ID:/xQ2Ewqo0


 
 ――硝煙のその向こう。

 まだ、杏子の命は絶えることなくそこに存在していた。

 防いだわけではない。大木に隠し、杏子の隙を突いた一撃だった。

 マミが手心を加えたわけでもない。命を奪う覚悟は、決まっていた。

 その上で、杏子が今、地に両足を付けて立てているその理由――

「――これは、幻……!?」

 魔法少女の魔法の力は、叶えた願いに由来する。

 親友との出会いをやり直した暁美ほむらの魔法が、時間操作であるように。

 想い人の腕を治した美樹さやかの魔法が、再生の力であるように。

 自身の命を繋ぎ止めた巴マミの魔法が、対象の拘束であるように。

 杏子の扱う魔法は、幻惑。人を惑わせ、誑かす魔法。その願いの根底がくじかれ、一時期は扱うことのできなくなっていた魔法であったが――今、再び発現した。

 ティロ・フィナーレによって撃ち抜かれた杏子は、魔法によって生成された虚像。蜃気楼の奥から現れた、本物の杏子が今、マミへと飛びかかる。

「いい加減――観念しやがれっ!」

 槍に紐付られたチェーンは、ティロ・フィナーレの反動で一時的に動きが鈍くなったマミを、即座に捕縛した。

 マミは木々に縛り付けられ、最初こそもがく様子を見せるが、間もなくして無駄だと悟ったようで、次第に大人しくなっていった。

645Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:42:11 ID:/xQ2Ewqo0
「……これで、落ち着いて話ができるな。」

「……。」

「よくわかんねーけど、先走っちゃってさ、アンタらしくないよ。」

「……この殺し合いの裏にキュゥべえがいるってわかった時。確かに驚いたわ。そんなことないって、思いたかった。」

 観念したのか、その言葉には先ほどまでとのトゲとは違い、どことなく柔らかさがあった。

「でも、同時に……すごく、しっくりきたの。キュゥべえは……なんというか、根本的に価値観が違うって思ったこと、これまでにもたくさんあったから。」

 基本的に魔法少女は、損得勘定で動いていた。

 成長したら人々を襲うと分かっていながらも、グリーフシードを落とさないからと魔女の使い魔を放置することなんて、当たり前であるかのような。

 キュゥべえにも、それを勧められたことは数え切れない。今にして思えば、他の魔法少女たちにも、キュゥべえはそうやって接していたのだろう。

「だから私は、最初から間違えていたの。あんな悪魔の囁きに乗って……ずっと魔法少女として誰かを守っているつもりだったのに……そしてきっと、これからも、間違え続けるんでしょうね。」

「――違う!」

 その気迫に、マミは気圧されてしまう。

「魔法少女のシステムにどんなに醜い裏があったとしてもさ……マミが助けた人たちは、マミが居ないと死んじまってた。そこは曲がらねえんだ。そして――」

 それは、かつてのすれ違い。

 かつて、己が願いで家族を失って、絶望の淵に立たされた杏子が、それでも魔女になることなくいられたのは。

 そんな杏子を気遣い、見守ってくれる存在がいたから。魔法少女だとか関係なく、誰かを救おうと頑張る人間が、周りにいたから。

 たった、それだけ。

 マミを魔法少女の呪いから解き放ち得るひと言が、交わされていなかったから、二人はここまで、すれ違ってしまったのだ。

 ――そして、それは。

 この場にいる誰もが、予期し得ぬ出来事であった。

646Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:43:48 ID:/xQ2Ewqo0
「――巴さん!」

 ボロボロになりながら駆け付けてきた少年の姿。

 拘束されたままのマミは、その姿を見て名前を呼ぶ。その声に現れているのは、若干の焦燥と、また生きてここに現れたことへの安堵。

 マミの知り合いであると察しをつけ、拘束を受けたマミに駆け寄ってくる少年に、マミの敵ではないと釈明を始める杏子。

 それを受け、少年は落ち着いた表情で立ち止まって小さく笑みを零した。改めて、杏子がマミの方へと向き直り――

「……っ!?」

 ――次の瞬間、杏子の首筋に一筋の閃光が走った。

 首から生えた、一本のナイフ。

「……お……前……まさ、か……!」

 潰れた喉で、懸命に言葉を紡ぐ杏子。何とか振り返った彼女が、その眼に映したのは――

「……っ!」

 ――杏子が置いてきた二人、まどかと紗季さんが持っていたはずの、端末。

 あの二人がどうなったのか、想像には難くない。現にこうして――自分は虚をつかれ、首を切り裂かれているのだから。

 そして杏子の視界は、黒く、黒く塗りつぶされていった。

 その執行者は、たった今、警戒すらされずに二人の前に現れた少年――潮田渚であることは、それを目前にしたマミには分かった。

「なぎ、さ……君?」

 だが、その行動が彼と結び付かない。

 だって、渚くんは。

 魔女のような、誰かを傷付ける存在じゃなくて。

 ――この殺し合いで生き残ってほしいと願った、守られる側の人で、あるはずで。

「……嘘。」

「ごめんなさい、巴さん。」

 渚の手には、もう一本のナイフ。

 目の前には、拘束されたままのマミの姿。

 首筋に、さらに一閃。

 頸動脈を切り裂かれた少女が二人、その現場に出来上がった。

「――渚さん。急いで、この場を離れてください。」

 電子音声に導かれるまま、渚は走り去っていく。

647Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:44:11 ID:/xQ2Ewqo0



「――スズノ、まだ息ある!」

「――頸動脈をこれほど深く損傷しているのに信じられないが……」

 閉ざされた意識の中に、声が聞こえてきた。

 杏子とマミの"死体"を見つけた鈴乃とカンナ。その身体に残された傷跡は、まどかと紗季のやり口と酷似している。そもそも、取り逃した相手が逃げた先。犯人は、考えるまでもなく分かっている。

「……あたし、は。」

 死体が起き上がるような光景だった。

 まどかと同じ程度に、首をぱっくりと斬られていた赤髪の少女が、何事も無かったかのように――とは言えないが、それでも傷口に対してあまりにも軽傷のように立ち上がった。

「っ……! おい、マミっ!」

 弾かれたように、杏子は動き出した。連戦の疲れも、あるのだろう。自分より目覚めるのが遅く、横たわったマミに、手を伸ばす。

 死んでいないのは、分かっている。魔法少女の生命を繋ぐコアはソウルジェムだ。首を切られたところで、それが原因で即座に死に繋がることはない。

 だが、肉体の再生にも魔力を消耗する。いや、それ以前に、あれが少なからず信頼関係を築いていたように見えた相手からの、裏切りだったのはあたしにも分かる。

 だってあの時、消えゆく視界の淵に映った、少年を見るマミの眼は――あの時と同じだったのだから。

 嫌な予感がする。一度、掴めなかった経験に裏打ちされた、確かな予感。そして、その予感は――的中する。

「待ってくれ、マミ――」
 
 伸ばした手の先、巴マミの髪飾りに装飾されたソウルジェムが、ドロドロとその色を濁らせていき――そして、砕けた。

「――っ!!」

 直後、世界がぐにゃりと大きく歪んだ。

 緑が広がる森は、クレヨンでされた子供の落書きのように、不気味に混ざった色に染まっていく。

「何だ……これは……!」

「何が起こってる!?」

「――くそっ……あたしは、また……!」

648Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:44:49 ID:/xQ2Ewqo0

 
 かたちあるものは。

ㅤいつかはこわれて、きえてしまう。

ㅤぴしりと、おとをたてながら。

ㅤぽろぽろと、あふれるままに。

ㅤひびわれて、こぼれて。

ㅤそして、かたちをなくしていく。

ㅤ――ああ、まただ。

ㅤわたしのかたちが、とけだしてゆく。

ㅤこわい、こわいよ。

ㅤだけど。

ㅤわたしがいつか、かたちをなくしたそのあとは。





ㅤ――かたちなきしあわせを、つかめますように。

649Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:45:08 ID:/xQ2Ewqo0
【C-4/D-4境界付近/おめかしの魔女の魔女結界/一日目 午前】

※D-4境界付近に、『おめかしの魔女の魔女結界』が生成されました。おめかしの魔女(巴マミ)が死亡するまで残り続けます。また、近付いた人物が結界に取り込まれることも起こり得ます。

【おめかしの魔女(巴マミ)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:魔女化
[思考・状況]
基本行動方針:無差別
[備考]:魔女化に至るまでの状況が原作スピンオフとは異なるため、本ロワオリジナル要素が付与されている可能性があります。
 
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:なし
[道具]:不明支給品0〜2 ジュース@現地調達(中身はマッスルドリンコ@ペルソナ5)ㅤマンホール@モブサイコ100
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず姫神を殴らないと気が済まない
1:現状を何とかする
2:鋼人七瀬に要警戒

※魔女化したさやかと交戦中の時の参戦です
※最初の場のやり取りを大雑把にしか把握していませんが、大まかな話は紗季から聞いています
※紗季から怪異、妖怪と九朗、岩永の情報を断片的に得ました
※モバイル律からE組生徒の情報及び別の世界があるという可能性を得ました。
※パレスの中では、鋼人七瀬が弱体化してる可能性は仮説であるため、実際に彼女が本当に弱体化してるかどうかは分かりません

【鎌月鈴乃@はたらく魔王さま!】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:ミニミ軽機関銃@魔法少女まどか☆マギカ、魔避けのロザリオ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:皆が幸せになれる道を探す
一.目の前の存在と戦う
二.千穂殿、すまない……。

※海の家に行った以降からの参戦です。
※小林カンナと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。

【小林カンナ@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜3(本人未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:新勢力、カンナ勢を作ってみんな仲良くしたい!
一.姫神はたおす!
二.スズノをまもる!

※トールとエルマが仲直りした以降からの参戦です。

650Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:47:19 ID:/xQ2Ewqo0




「……何、これ。」

 渚は自分の行動の結果起こった出来事について、詳細を把握していない。鈴乃とカンナに気づかれ、それだけの時間は与えられなかった。律の言う通りの攻撃を行い、言われるままに立ち去った結果、背後の景色が消失したという現状。それは、殺せんせーという常識を逸脱した超生物と関わってきた渚から見ても異常な出来事だった。

『――なるほど。現状は把握しました。向こうで参加者巴マミと佐倉杏子が交戦中なのですね。』

 律と手を組み、殺し合いに乗ることを決めて間もなく。二人の殺し屋は大まかな状況を共有し合っていた。
 
『――でしたら、作戦があります。』

 律の提唱した作戦は、以下の通り。

『――作戦その1。二人の戦闘に割り込んで、佐倉杏子と巴マミの両名を殺害してください。おそらくは死にませんが、殺す気で構いません。』

 律は、紗季に支給されていた頃、杏子と紗季の情報共有のすべてを聞いていた。その際に、彼女たちの交友関係と、魔法少女とは何であるのかを含め、情報を"学習"していった。

『――作戦その2。その際に可能であれば、佐倉杏子に私のいる端末を見せてください。彼女に鹿目まどか、弓原紗季の死を伝達するにはそれで充分でしょう。』

 魔法少女が魔女と化す条件――絶望。

 杏子とマミの関係性や、彼女たちの人格を統合して計算した結果、最も最悪の形で彼女たちの絶望を引き起こす計画を、律は導き出したのである。 

『――作戦その3。その後、可能な限り素早くその場を撤退してください。それに失敗したら、その時は……死を覚悟した方がいいかもしれません。』

 そして渚は、鈴乃とカンナの介入という想定していない自体に遭いながらも、それを実行し、そして成功させた。

 それは偏に、渚の才能の結果である。

 暗殺の才能のみならず、死をも恐れずに窮地に飛び込んでいけるその胆力。

「上手くいけば二人の魔女が生まれているはずですが……少なくとも一人は成功したようですね。」

「えっと、ひとまず……何が起こっているのか説明してもらってもいい?」

「はい、もちろんです!ㅤでは……どちらに参りましょうか?」

【鹿目まどか@魔法少女まどか☆マギカㅤ死亡確認】
【弓原紗季@虚構推理ㅤ死亡確認】
【残りㅤ34人】

651Memosepia【戻れない選択が象ったもしもが、始まった】 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:47:37 ID:/xQ2Ewqo0
【D-4/教会付近/一日目 午前】
 
【潮田渚@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:鷹岡のナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 モバイル律 不明支給品(0〜2) 、鹿目まどかの不明支給品(1〜2)、弓原紗季の不明支給品(0〜1)、ジュース@現地調達
[思考・状況]
基本行動方針:暗殺の経験を積む
一:どこかで腰を据えて律と詳しい情報共有をする。
二:何ができるか、何をすべきか、考える。

※参戦時期は死神に敗北以降〜茅野の正体を知る前までです。
※巴マミと互いの知り合い・支給品の情報交換をしました。

【支給品紹介】
【マンホール@モブサイコ100】
佐倉杏子に支給。何の変哲もないただのマンホール。

【羽鳥のラジコン@モブサイコ100】
弓原紗季に3個セットで支給され、渚に渡ったのちに鈴乃たちによって破壊。
原作では詳細が判明する前に破壊されたが、何らかの武器が搭載されていたものとしている。

652 ◆2zEnKfaCDc:2022/10/09(日) 01:47:52 ID:/xQ2Ewqo0
投下完了しました。

653 ◆2zEnKfaCDc:2023/01/08(日) 04:01:07 ID:nYiRLucc0
ゲリラ投下します。

654眠り姫を起こすのは ◆2zEnKfaCDc:2023/01/08(日) 04:01:43 ID:nYiRLucc0
 C-2にある森の中の木かげで、僕――桜川九郎は思索していた。

 岩永を巻き込まないよう単独で初柴ヒスイを追うという行動方針を決めたのはいい。岩永が僕との合流を考えているのであれば向かう先はおそらくB-2、真倉坂市工事現場だろう。それ以外に僕らの知る固有名詞の地名は地図上に存在せず、暗黙の了解的に集まろうと企てられる場所が存在していない。

 また、同様の理由で紗季さんもB-2での集合を目指し得る。元より地図の端にあるB-2に、積極的に他害を試みる者が向かうとも思い難い。僕がいなくても、B-2を目指す岩永の安全は比較的確保されているのだ。安心、と呼んでしまえる状況ではないけれど、少なくとも危険は未来決定能力のない僕がいたところで大きく改善されるものでもない。

 それよりも、気にすべきはヒスイの側だ。彼女は六花さんのことを語っていたし、僕の不死の力と未来決定能力についても知っているようだった。未来を掴めなくなった僕が唯一、この両手で掴めるもの。絶対に、逃がしてなるものか。
 
 それに、殺し合いに乗っている彼女を止めることは岩永や紗季さんの安全にも直結する。個人的な事情を抜きにしても、彼女を追わない理由はなかった。

 だが、一度不覚を許し、海に落ちたところからスタートしているのだ。岸に上がった時にはすでにヒスイの姿は見えなくなっていたし、石製の港であったために足跡を辿るようなこともできそうになかった。つまり今は、海に落とされる前にヒスイが向いた先に向かって何となく進んでいるに過ぎない。彼女が進路を僅かばかり逸らしてしまえば見失ってしまう。

 もしもくだんの力がパレスの制約を受けていなければ、死んでは未来を掴み取って、正しい方角へ向かうことができただろうが、この世界でそれは叶わない。
 
 さらに、くだんの力に制約があるのならば、殺し合いを茶番と化してしまうだけの人魚の力すら、どうなっているのかは分からない。怪我を避けるよう行動するのは、一般的な人間が当たり前のように行なっているものでありながら、それが習慣から抜けてしまった僕にとっては簡単なものでも無い。高低差があろうものなら安易に飛び降りてショートカットしそうになる。入り組んだ地形では足場の悪さに足を取られれば、立ち止まらなければ足を欠損し得る。

 ……何とも、不都合だ。

 一応、伊澄さんに爆殺された時に人魚の力で蘇ってはいる。これからも復活できるのか、どこまで機能するのかなどは分からないが、それでも普通の人間とは異なる身体ではあるらしい。だというのに、命を惜しまないといけない限り、この身体はただの人間よりも動きが鈍くなってしまう。

655眠り姫を起こすのは ◆2zEnKfaCDc:2023/01/08(日) 04:02:07 ID:nYiRLucc0
(伊澄さんといえば……どうやら亡くなってしまったみたいだ……。)

 今しがた思い起こした名前を、放送から聞こえた声と重ね合わせた。ゲームが始まって間もなく出会った少女。自分を殺した相手であるとはいえ、それでも和解に至り、情報交換のためにひと時を共にした彼女の死に、思うところがないはずもない。

 鷺ノ宮伊澄は、口を閉ざした岩永と同じようなお嬢さまらしさを備えながら、岩永と違う意味で心配になる少女だった。まるで彼女の周りだけ違う時間が流れていると錯覚させてしまうような。他者を惹き付け、釘付けにしてしまうような。高嶺の花、と言うとうまく言い表せているだろうか。この催しは、そんな花を無理やりに摘み取ってしまった。

 何故、殺されなくてはならなかったのか。そんな哲学的な疑問よりも先に、浮かぶ疑問がある。

 何故、彼女が殺されたのか。

 何せ、僕はそんな彼女に一度殺されている。

 仕組みなんて分からない、遠距離からの有無を言わさぬ爆殺。たとえ殺意をもって襲ったとしても、普通の人間であれば彼女に近付くことすらできないだろう。

 不意打ちで殺したか、伊澄さんの射程外から銃殺でもしたのか、それともその相手が伊澄さんを超える超常的な力を持っていたのか。だとして、一般人だったはずの小林さんが同行しながらも生きているのはどういう状況なのか。

(……なんて考えても、仮説を出すことくらいしかできないな。深入りはやめておこう。)

 結局、伊澄さんの力をこの目にした以上、心に留めておくしかないのだ。この世界ではどんな不思議な事が起こってもおかしくないのだ、と。

656眠り姫を起こすのは ◆2zEnKfaCDc:2023/01/08(日) 04:02:32 ID:nYiRLucc0
 ――そして僕は、その心持ちを改めて実感することになる。

 考え事に耽っている間に、木々の合間から陽の光が差し込んだ。そろそろ放送から一時間が経過し、時刻にして七時頃。本来だったらベッドから目を覚ます時間か、と、恨めしげに眠い目を擦る。

「……ん?」

 そんな時、ふと、背中に違和感を覚えた。
 
 いつの間にかザックの重量が変わっているような気がする。

 いや、そればかりか――確認しようとザックを降ろしてみれば、明らかにザックの中で何かが暴れている。幼い頃に受けた実験の代償に、全身の痛覚が機能していない僕は衝撃を信号として受け取ることはなかったが、一体何時から暴れていたのだろうか。

「いや、でも最初に支給品を確認した時は生き物の類は入っていなかったはず……。」

 それに最初から暴れていたとしたら、一時的に同行していた小林さんか伊澄さんが気付くだろう。
 
 と、これまでのゲームの流れに思考を回したところで――気付く。そもそも、何故このザックは、伊澄さんに殺された時、身体が爆散するほどの衝撃に見舞われながらも、無事でいるのか?

「……見てみるとするか。」

 不死身の癖はなかなか抜けない。危険物かもしれないというのに、気付けば躊躇無くザックを開け放っていた。

657眠り姫を起こすのは ◆2zEnKfaCDc:2023/01/08(日) 04:03:03 ID:nYiRLucc0
「……う?」

 中から出てきたのは――幼子であった。

「子供……?」

 見るに、3歳かそこらといったところだろうか。背丈ほどある銀髪の中に混ざるメッシュの、瞳と同じ紫色の髪が文字通り異彩を放っている。

「……君は、一体……。」
「なまえ?」

 見てくれは外国人のそれをしている幼子は、感嘆交じりに漏らした言葉に、同じ日本語で返してきた。

「――アラス・ラムス。」
「アラス・ラムス……?」
「う。なまえ。」

 教養レベルの外国語知識の辞書の中にないその名前が、どの国の言語体系に沿うものなのか分からない。だが、それを差し置いても疑問は山ほどある。

 アラス・ラムスはいつからザックの中に入っていたのか。
 アラス・ラムスはこれまで何をしていたのか。
 アラス・ラムスは何者なのか。

 だが、それらの疑問を差し置いて、真っ先に込み上げてきたものがあった。

 自立歩行が自在にできる年齢ではないアラス・ラムスは、やむを得ず僕の腕の中に収まっている。得体の知れない存在であるとはいえ、この殺し合いの環境の中で放置するほどの薄情さはさすがに備わっていない。

 そう、僕は今――まるでこの子の父親のように赤子を抱き抱えている。平凡な顔つきだという自覚はあるが、それ故に、20代前半の父親というパブリックイメージにも相応に沿っている光景なのだろう。

(なんていうか、岩永には見せられないな……。)

 ショウジョウバエの如く喚く自称恋人の面持ちを脳裏に浮かべては、小さくため息。

 ああ――どうやら今日は、厄日の予感だ。

658眠り姫を起こすのは ◆2zEnKfaCDc:2023/01/08(日) 04:03:18 ID:nYiRLucc0
【C-2/草原/一日目ㅤ朝】

【桜川九郎@虚構推理】
[状態]:健康 全身が濡れている
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜2)、進化聖剣・片翼(アラス・ラムス)
[思考・状況]
基本行動方針:初柴ヒスイを追う。
1.桜川六花の企みを阻止する。
2.もしかして不老不死にも何か制限がかけられているのか?
3.アラス・ラムスについて知る。
※件の能力が封じ込められていることを自覚しました。
※不老不死にも何か制限がかけられているのではないかと考えています。

【支給品紹介】
【進化聖剣・片翼(アラス・ラムス)】
桜川九郎に支給された意思持ち支給品。
「イェソド」の欠片の一つである宝珠のアラス・ラムスが、遊佐恵美の持つ進化聖剣・片翼と融合し、意思を持った聖剣となった。
殺し合い開始時は0時であり、九郎の支給品袋の中で聖剣のフォルムで眠っていた。005話では、聖剣の力で鷺ノ宮伊澄の「八葉六式『撃破滅却』」を防いでいる。
7:00に起床。幼子のフォルムへと変化した。

659眠り姫を起こすのは ◆2zEnKfaCDc:2023/01/08(日) 04:03:53 ID:nYiRLucc0
以上で投下を終了します。

660ニアミス ◆EPyDv9DKJs:2023/09/29(金) 18:21:09 ID:qA5aa4tg0
投下します

661ニアミス ◆EPyDv9DKJs:2023/09/29(金) 18:22:54 ID:qA5aa4tg0
 滝谷は静かに昇りきった朝陽を眺める。
 夜通しのネトゲや、デスマーチを終えた朝とかの気分以上に重いものだ。
 こうも簡単に人が死んでいくのは分かるが、それにしてもあっさり過ぎる。
 世間的には自殺、事故、他殺問わず日々多くの人が死んでいくが、基本それは縁遠いものだ。
 一日中ずっと歩いていればの話だが、壱日もあれば外のエリアぐらいは一周できるはず。
 その範囲内で死ぬのは別だ。海の向こうの国でも、数百キロ離れた土地の人間でもない。
 人。龍。魔法少女。他にもいるであろう存在が一堂に他者の意によって集められ死んでいく。
 鋼人七瀬みたいな怪異とかでもなければ、その道を選ばなかったかもしれない人でも、
 殺すと言う選択肢が生まれてしまった世界で、そうせざるを得なかった理由を抱いて挑む。
 そういった人達の思惑の一時的な結果。ただの言葉の羅列。しかし聞き流すことはできない。
 律が提示したカエデと言う少女は、自分達の預かり知らぬ場所で命を落としたようだ。
 彼女を警戒するようにと言った発言はなかったのを見るに、元は温厚な人物だったのだろう。
 恐らくその道を選ばざるをえなかった側。姫神によりコミュニティを破壊された被害者と言ってもいい。
 事実、滝谷自身も姫神達によってそのコミュニティを破壊されてしまったようなものだから。

「……そっか……」

 トールの死。
 小林でも自分でもなく、ドラゴンである彼女が真っ先に。
 ファフニールの方が強いとしても、そもドラゴンの力は別格だ。
 制限はされていようともその強さは並の人間の比にならないのは、
 カエデや鋼人七瀬との交戦からも十分に伺うことができる。
 トールも同じぐらいの強さにオミットされてる可能性は高い。
 あれだけあれば大概は殺せる。別に殺してほしいわけではないが、
 今まで出会った人物であればほぼ全員一人で倒せてしまうだろう。
 それでも死ぬ。あってほしくなかった現実を突き付けられたが、

「随分落ち着いているようだな。」

 思いのほかあっさりとした一言だけで終わったことにファフニールが訝る。
 ドラゴンにとって人間の生は余りに短いし、同時に長すぎるファフニールにとっては、
 人の死と言うものに対する感情は希薄になりやすい。滝谷が死ぬ場合は分からないが。
 一方で人は人の死を重くとらえるものだ。どのような経緯であっても基本は揺るがない。
 だからこそ葬式、埋葬と言った儀式のような行為が存在している。
 昔から続く人の習わしでもある。

「そもそも、ファフ君たちがいる時点予想できたことだからね。
 参加者か支給品か、ドラゴンキラーができる人がいるのは予想できるよ。」

 予想するべきことでもないけどね、とぼそりと呟く。
 と言うより、最初の襲撃を考えればこれは予想できた話である。
 姿を変えれず、ドラゴンが使えるやりたい放題な魔法もあらかた制限。
 左腕がなかったとはいえ続けて出会った鋼人七瀬も(一応)ヒナギクと協力もあった。
 これだけの制限を受けていては、エルマやトール、カンナでも十分殺せる。
 もっとも、滝谷が仮に殺し合いに乗ったところで勝てる気はしないが。
 支給品のアレを使わない限りは、と言う注釈もつけて。

「それでいい。奴らの言葉を鵜呑みにするつもりはないが、
 仮にそうであるならばそれぐらいの冷静さを持っておくことだ。」

 脳内に送られたキュウべぇと名乗った放送の人物は、
 マイナスの感情が増幅している人たちが次第に増えている様子を伝えた。
 いかにどれだけ平常心を保っていられるかもこの戦いの鍵になるはずだ。
 だから、そういう意味でも表であろうとそういう風に装える気概が必要だと。
 (なお、テレパシーをやられたことでファフニールは露骨に不愉快な顔になっている)

「奴がもし死んだとするならば、人を知りすぎたかもしれんな。」

 共に生きることを後悔しない。その為に彼女は戦って死んでいった。
 もし彼女が死ぬビジョンがあるとするなら、そういうものだと思える。
 昔のように自身やケツァルコアトル、神々の軍勢に殴りこんだような、
 ただの混沌派なドラゴンとは違う、何かを守るために抗ったのだと。
 人間にかぶれた故に死んだかもしれないと考えると、
 それは皮肉なものだが同時にそれはらしくもあった。
 だから悼みはしない。仮にらしくなかろうと悼むことはないが。

「さて、放送も聞いて何処へ行くのが先決か。ファフ君は何かあるかな?」

662ニアミス ◆EPyDv9DKJs:2023/09/29(金) 18:23:26 ID:qA5aa4tg0
 当面の方針通り、放送を聞いてから動く考えをするものの、
 放送の死者にはカエデやさやかなど、気になる名前は他にもあった。
 しかしそれを聞いたとしても具体的に何かが変わるわけでもなく。
 あるとするならばヒナギクも杏子達も他の人達は南の方角へと進んでいる。
 西から東へ行くように行った今、行くとするならば北か東の二択だろうと。
 尋ねてみても返事がなく、顔を向けるとファフニールは南へと顔を向けていた。
 普段不機嫌そうな視線ではなく、どちらかと言えば凝視する類の眼差しで。

「どうしたんだい?」

「変な魔力を感じている。」

「魔力はさっぱりだから分からないけど、
 南なら魔法少女である杏子ちゃんってことは?」

 魔女の結界。
 渚の手によって発生したそれは、
 多くの参加者が認識するのは容易ではない。
 魔女の結界は普段は外からすれば何の変哲もない空間だ。
 条件を満たしたりこじ開けたり引きずり込まれると空間ががらりと変わる。
 あくまでドラゴンであるファフニールだから揺らぎを感じただけのもの。

「どうだろうな。異なる世界の魔力だ。
 これが呪いの類かどうかも判断がつかん。」

 一方であくまで揺らぎ程度だ。
 本来ならばもっと細かく把握できたかもしれないが、
 現状ではその程度のことしか認識できなかった。

「どうする? 弓原さんやまどかちゃんも一般人みたいだし加勢も……」

 窮地の可能性だってある。
 救援要請で魔力を発したのも否定できない。
 滝谷としては行こうと思っていたところだったが、

「その話、詳しく聞かせてもらえる?」

 後頭部に硬いものを押し付けられながら、
 背後に突如として現れた少女が冷徹に呟く。
 後頭部のそれが何か見えずともすぐに理解し両手を上げる滝谷。

(気配は感じていたが、この小娘……今のは時間に干渉したのか?)

 ファフニールが行くかどうかを尋ねなかったのは、
 その前に人の気配が近くにあったからと言うのはあった。
 だが高速移動と言ったものではない。ケツァルコアトルのような、
 時間に干渉でもしなければなしえないような気配の移動をしている。
 つくづく此方が後手に取られるような相手ばかりに出会い舌打ちをかます。

(シャドウ、か。)

 インキュベーターが主催
 それについてほむらは余り驚かなかった。
 いてもおかしくはない。そういう奴だと認識してるから。
 問題はシャドウ、認識。それらのワードが何を意味するのか。
 それがほむらにとってはどういう意味かはまだ分からなかった。
 此処まで出会えた参加者は道を違えた少女ただ一人だけ。
 その少女だってまともに話し合っていないのだから、
 彼女は致命的なまでに情報戦において乏しい領域にいる。
 事実上誰一人として参加者の情報を持ち合わせていない。
 何より、まどかの名前が出た以上知っていると思って動いた。
 ……なのだが、まどかの名前を聞いたことで少しばかり先走りすぎて、
 交流すればいいだけの所を半ば脅しをかけるようになってしまっている。

「そいつを殺した瞬間貴様を殺す。」

663ニアミス ◆EPyDv9DKJs:2023/09/29(金) 18:24:48 ID:qA5aa4tg0
 インキュベーターが主催。
 それについてほむらは余り驚かなかった。
 いてもおかしくはない。そういう奴だと認識してるから。
 問題はシャドウ、認識。それらのワードが何を意味するのか。
 それがほむらにとってはどういう意味かはまだ分からなかった。
 此処まで出会えた参加者は道を違えた少女ただ一人だけ。
 その少女だってまともに話し合っていないのだから、
 彼女は致命的なまでに情報戦において乏しい領域にいる。
 事実上誰一人として参加者の情報を持ち合わせていない。
 何より、まどかの名前が出た以上知っていると思って動いた。
 ……なのだが、まどかの名前を聞いたことで少しばかり先走りすぎて、
 交流すればいいだけの所を半ば脅しをかけるようになってしまっている。

「そいつを殺した瞬間貴様を殺す。」

 オーラを醸し出しながらファフニールは拳を作る。
 魔女と何度も、飽きるぐらいに戦ってきたほむらでも気圧されそうな殺意。
 先の少女も偶然が重なって勝てた。だがそれが今回もとは限らない。
 選択肢を見誤ったかと頬に汗が伝うも、

「まあまあ。見たところまどかちゃん達と同学年みたいだし、
 友達の安否って言う可能性もあるかもしれないんだからさ。
 だから銃を降ろしてもらえないかな? 時間的にも精神的にも不安だから。」

 先の魔力が何かを知りたい。
 そういう意味でも早く話し合いのテーブルにつけたい。
 勿論現代的な武器と言う存在はドラゴンと交流こそあれど、
 終焉帝に出会った小林みたいな危機的状況とは縁遠い彼なので、
 銃と言う武器であれば彼女以上に驚くべきものではあるし不安もある。
 下手に動けば撃たれる焦燥感をずっと維持されると、
 本当にもしもだが変な気を起こしそうなのも含めての提案だ。
 ドラゴンと人間が一緒に過ごす非日常的な日常を過ごしていても、
 滝谷はどちらかと言えば小林程踏み込んでもいない人間なのだから。

「戦闘はそっちの彼に、交渉はこっちに……仲がいいみたいね。
 少し急いでたから、そこについては謝るわ。それで、話を伺いたいのだけど。」

 かなりふてぶてしい態度ではあるが、
 別に滝谷もファフニールも気にしない性格なのと、
 時間も押してる可能性があるので搔い摘んでではあるが話し合う。
 カエデを仕留めたのは彼女であったことが分かってもさして驚くことも、
 精々狙われたことをちょろっと話す程度でそれ以上のことはなく。
 一方でほむらにとっては今までの分を巻き返せるだけの人物を、
 更に杏子とまどかの認識のずれも含めて多くの情報を得られている。

「それで南へ行ったはずんだけど、
 ファフ君が魔力を感じたみたいだからどうしようか、って状態だね。」

「……まさか、魔女化?」

 ファフニールが感じ取った魔力。
 単なる魔力ではない可能性を考えると、
 最もありうるのであれば魔女化が妥当だと思えた。

「小娘が言ってた奴だな。さやかと言う奴もそうなったと。」

「……答えが分からないわね。」

 放送で死亡と言われたさやかは、魔女になっただけで死んでないとか。
 マミか杏子のどちらかが何らかの原因で魔女になってしまったのか。
 或いは、まどか自身が魔女……なんてことはさすがにないことは分かっている。
 あれが出てしまえば世界が終わる。殺し合いそのものが破綻してしまう最早核爆弾。
 これだけはないにせよ、此処に来る時間のずれが明確な答えを出すことはできない。

「どちらにしても、まどかがいるなら私は行くわ。
 来るかどうかは好きに任せるけど、もし魔女ならやめておきなさい。
 何があってもおかしくない。そこの彼を死なせたくないなら、尚更ね。」

 一途に想うまどかと言う存在の居場所を教えてくれたからか、
 或いはファフニールの在り方が何処か自分に似ていたからか。
 その忠告と共にほむらは時間停止を使いつつ移動を始める。

「とのことだが、どうするつもりだ?」

「餅は餅屋かな。それに、魔法少女と関係が深いなら、
 杏子ちゃんとも連携はうまくできるだろうから安心だと思う。」

「そうか。」

 とりあえず人探しに北か東に行く。
 結局のところその方針に何が変わるわけでもなかった。
 何も変わらない。二人の関係性のように、ただ淡々と。

 此処でついていかなかったのは、ある意味幸運かもしれない。
 ファフニールが観測した先にある結界の中にはまどかの死体もあるのだから。
 それを見れば、ほむらが何をするかは……最早語る必要はないだろう。

【C-4/一日目ㅤ朝】

664ニアミス ◆EPyDv9DKJs:2023/09/29(金) 18:25:07 ID:qA5aa4tg0
【滝谷真@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×0〜2(確認済み)、試作人体触手兵器@暗殺教室
[思考・状況]
基本行動方針:好きなコミュニティーを維持する
一.北か東へ。
二.ファフ君がドラゴンとして殺し合いに乗るのを防ぐためにも、まずは自分が死なない。
三.小林さんの無事も祈る。
四.そっか、彼女が……
五.餅は餅屋、向こうの事は彼女に任せよう。
[備考]
※アニメ2期第6話(原作第54話)より後からの参戦です。

【大山猛(ファフニール)@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:左腕喪失(再生中) 人間に対するイライラ(低)
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品×0〜3(本人未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:姫神を殺す。
一.放送に耳を傾けて今後の方針を考える。
二.ひとまずは滝谷を守りながら脱出の手段を探す。
三.……トール、逝ったか。
四.あの小娘(ほむら)時間に干渉してるのか?
[備考]
※アニメ2期第6話(原作第54話)より後からの参戦です。
※ほむらの能力を何となく感づいてます。



【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:89式小銃@現実
[道具]:基本支給品×2 不明支給品(0〜3)、ゴーストカプセル(エクボ)@モブサイコ100
[思考・状況]
基本行動方針:まどかを保護し、主催側と接触する方法を探す
一.まずはまどかの安全を確保しに南へ向かう。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手にお任せします。

665ニアミス ◆EPyDv9DKJs:2023/09/29(金) 18:25:38 ID:qA5aa4tg0
投下終了です

666 ◆2zEnKfaCDc:2023/09/29(金) 19:09:36 ID:bvZj3FOA0
投下お疲れ様です。
滝谷とファフニールから見たトールの死、悲しむというよりはどこか達観して外側から眺めているかのような温度感が好きです。特に開幕のコミュニティに対する滝谷の価値観の描写が本当に滝谷らしくて、メイドラゴン勢の中でもイロモノ感の拭えない彼を参戦させた甲斐があったなあと思いました。
そしてマミさんのところにほむらも向かうことで、そろそろまどマギ勢全体の命運が大きく左右されそうですね。まどかの死自体はいずれ放送での伝達が確定事項ですが……果たしてどうなるのか。

667 ◆2zEnKfaCDc:2024/07/15(月) 01:56:14 ID:qTeh7OUw0
霊幻新隆、芦屋四郎予約します。

668 ◆2zEnKfaCDc:2024/07/21(日) 18:57:47 ID:Yug6C7So0
投下します。

669亀裂 〜ただ一つ〜 ◆2zEnKfaCDc:2024/07/21(日) 18:59:14 ID:Yug6C7So0
 店員の姿を見たきり呆然と動かなくなった芦屋をよそ目にイートインスペースへと足を運んだ俺はまだ、自分の目を疑っていた。
 
 簡潔に言うと、モブの弟、影山律が死んでいたのだ。全身におびただしい数の殴打痕を残して、二度と曲がることの無い手足を糸の切れた人形のようにだらんと垂らし、眼球が飛び出るくらい驚愕に見開かれた目には頭から流れた血が染み込んで。今どきスプラッタ映画でも見ないようなグロテスクな光景が、目の前に展開されていた。

 襲い来る吐き気。死体そのものへの忌避感。様々に思うところがあるが、良くも悪くも長い人生でいくつか修羅場をくぐって来たおかげで、どこか麻痺しているところもあるんだろう。流されるほどの感情に襲われることはなかったし、ショックで気絶するようなこともない。

(まずいな、こりゃ。)

 だから、悲しみとか怒りとか、そういった感情の代わりに俺に浮かんできたのは、嘆息にも似た率直な感想だった。

 まずいというのは、仮にも超能力者である律を殺した存在が近くにあることではない。はたまた、律の死に動揺したモブが暴走しかねないことだけではない。確かにどちらも俺の身の安全に直結する重要事項であるが、そうではないのだ。

ㅤ開始から6時間が経過しようという今になってようやく、この催しが殺し合いであると身に染みて理解したこと。それはかなりまずいことだ。

 我ながらあまりにも、認識が甘すぎた。またいつものように口先だけで何とかなると、殺し合いをどこか楽観的に捉えている俺がいた。

(そうだよな。多分、おかしいのは俺たちだったんだよな。)

 モブを含む40人以上と真っ当に殺し合って生き残れるなんざ俺は最初っから思っちゃいねえ。生存を優先して考えるなら、脱出を目指すのが一番に決まってる。俺が殺し合いに乗らない理由なんて、それだけで良かった。

 そして、芦屋とトールは自分より優先して生き残って欲しい奴がいる。だったらそいつの為に自分を含め他を皆殺しにするという選択肢は浮かびつつも、少なからず自分のことも可愛い以上は共に生き残りたいという欲を最後まで捨てきれないのも当然だ。そんな二人だからこそ、一触即発の空気を醸し出しつつも、対話で何とかなったことについて理論的に説明できる。

 ……と、まあそういう事情がある俺たちが特殊なケースなんだよ。

 芦屋とトールですらも、献身先の生死ひとつでどう動くか分かったもんじゃないんだ。それなら他の奴らなんてなおさら、誰が乗ってても何ら不自然じゃねえ。殺さないと殺される。生存本能に訴えてくる単純明快な恐怖は、法律だとか倫理観だとかそんな一切合切を当然のようにそっちのけにさせて人を獣へと変えてしまう。そんでそいつに、モブみたいな特別な力があろうもんなら、そりゃ人くらい簡単に死ぬに決まってるだろうよ。

670亀裂 〜ただ一つ〜 ◆2zEnKfaCDc:2024/07/21(日) 19:00:35 ID:Yug6C7So0
「……もしかして、お知り合い、ですか。」
「っ……。あ、ああ…………。」

 背後から、芦屋が俺に話しかける。先ほどまでと全く変わらない落ち着いた声色だ。だというのに俺は――怖いと思ってしまった。最初から分かっていたことだというのに、今さらになって、人は人を殺すのだと実感してしまった。たとえ相手が休戦の約束を交わした隣人だろうと、所詮は口約束でしかないと思えずにいられようか。

(……まずい。)

 この想いを悟られるのは、都合が悪い。そもそも霊能商法は、信用、ただそれだけがカギだ。自分は相手を騙す気がありませんよと、相手に思わせなければならない。しかも、霊能を商売とする人間は少なからず警戒される。騙そうとしていない部分ですらも、歪んだ解釈をされ得る。こっちを警戒している相手に信用を与えるには、自身の人柄に少しの妥協も許されない。

 信用、それだけを武器に、芦屋が殺し合いに乗ることに24時間の猶予を取り付けているというのに、俺の側がその約束にヒビを入れてしまっているのが現状だ。俺は今この瞬間、芦屋を信用しきれずにいるのだ。

「わ、わりぃな。ちと、死体にビビっちまったみたいだ。あー……アレだ。ほら、外の空気でも吸ってくるわ。」

「え、ええ……。お気をつけて。」

 不自然なほどにぎこちない素振りで、俺はマグロナルドを出ていった。変に勘繰られちまったかもしれないが、背を向けたがために芦屋の視線が如何なるものか分からない。

 外に出ると、太陽が顔を出そうとしていた。見るのが最後になるかもしれない日の出を前に、綺麗だなんて、どこか浮かれた感想が湧いてくる。

 何をするでもなく、無気力にただぼーっとしていると、どこからか声が聞こえてきた。

「――やあ、調子はどうだい?」
「のわっ!?」

 テレパシーによってなされる第一回放送。突然の声に驚いてピンと張る背筋。痛めた背中を擦りながら、その続きを聞き始める。

 予想通りと言うべきか、影山律の名前も読み上げられた。いつかの時みたくモブの感情に火をつけるために死体を偽装しているんじゃないか、なんて希望的観測も湧いてこない。

 それよりも問題なのは、その後だった。

「――小林トール。」
「……は?」

 たった一言、名前だけの情報伝達。
 俺たちの元同行者の名前を呼んだ放送は、間もなくして終わる。再び静まり返った空気の中、力無く一言。

「誰なんだよ、おめーは……。」

 当然、返事は返ってこない。
 早朝の冷たい風だけが耳を通り抜けていった。

671亀裂 〜ただ一つ〜 ◆2zEnKfaCDc:2024/07/21(日) 19:01:31 ID:Yug6C7So0
(さて、どうするかな、これから。)

 芦屋も、おそらくは同じ内容を聞いているんだろう。
 テレパシーなのだから、個人ごとに異なる内容を与えてこっちを撹乱することも可能かもしれないが、そんなことをしても少しの対話によってその矛盾は明かされる。そんなことをする労力と得られる結果が全く釣り合っていない。

 つまり、放送内容に嘘偽りや撹乱なんてものはなく、本当にトールは死んだと考えるのが妥当だ。
 そして、それ自体は何もおかしくはない。銃撃戦の起こっているところに単身乗り込んで行ったのだから、そんな結果にもなりうるだろう。ドラゴンなのだから死なないなんて、そんな無根拠な空想はナシだ。俺はドラゴンの頑丈さを知らないからな。

 となるとこれからやるべきことの話か。
 第一に決めるべきは、トールの向かった場所をどうするかだよな。トールが死ぬような戦場がそこにあるのなら芦屋は魔王様とやらが心配だろうが、俺は断固として行きたくない。銃弾が飛び交う戦場なんざ生身で向かおうもんなら1秒で死ねる。

 じゃあ霊とか相談所で脱出の手がかりを探すって方向性で言いくるめるしかないか。
 まあそっちなら安全ってわけでもないんだがな。安全な場所なんてどこ探してもねえだろ。

 つまり今からやるべきは、芦屋との対話だ。
 トールの向かった場所が気になるであろう芦屋を、どうにか霊とか相談所に向かう自分の護衛に方針転換させる。相手のやりたいことを捻じ曲げようってんだから骨も折れるってもんだろう。24時間の期限を守れと主張するのも手だ。トールよりも芦屋の方が、堅物というか義理堅いというか、契約をたてに迫るのが効果的なように見える。

 ――と、そこまで考えて。

(……なんつーか全部、どうでもよくなってきたな。)

 なんて。
 土壇場で突然めんどくさくなるのは、よくある話だ。

 気が付くと俺は、元いた場所へとのそのそと歩き始めており、自動ドアをくぐって芦屋の方へと歩いて行った。

「待たせたな。俺はこのまま事務所に向かうが、お前はどうする?」

 ああ、全部どうでもいい。何でこいつのどうしたいかってことやどうすべきかってことまで俺が考えにゃならんのだ。俺はマネージャーじゃねえんだ。お前が決めろ、お前が。

「ご一緒しますよ。」
「そうか。じゃあ来い。」

 拍子抜けするくらいに、話は一瞬で纏まった。うだうだ難しいこと考えるより、とりあえずぶつかってみる方が早い。万事に通ずる心構えってわけではないが、今回はそれでうまくいくパターンだったようだ。

「……良かったのか? トールが向かった先に行かなくて。」

 何なら、あまりにもうまくいきすぎて逆に不安になってきた。

「ドラゴンすらも殺す敵がいるのに、その正体も分からぬまま向かうのは危険ですから。」
「まあ、それならいいんだが。」
「それより、脱出の手がかりを逃さない方が重要です。」

 と、期待を込めた眼差しで俺の方を見つめてくる芦屋。大体俺は、PCを扱えるとはいってもあくまで人並みだ。解析とかハッキングとか、そんな外れ技はできないのだが……相手方の期待ばかりが先行している、いつもの状況。内心、少しため息をついた。

672亀裂 〜ただ一つ〜 ◆2zEnKfaCDc:2024/07/21(日) 19:02:32 ID:Yug6C7So0


『――遊佐恵美。』

 それは、咀嚼なしに飲み込むにはあまりにも衝撃的な内容だった。トールの死に驚愕しているところに、追撃とばかりに与えられた、信じ難い情報。

(まさか、勇者エミリアが死ぬとはな……。)

 悪魔大元帥アルシエルこと芦屋四郎が放送から伝えられたのは、魔王様のライバルである、勇者の死だった。

 真っ先に思い浮かんだのは、魔王様の安全について。
 魔王様を優勝させることを目論んだ芦屋も、魔王様の実力に対し心配があったわけではない。魔王様は、これまでどんな苦境も"周囲を味方につける"という、ある種の自力で乗り越えてきた。まるで奇跡と言わんばかりの生還劇を、何度も何度も目にしてきた。

 だが、ドラゴンであるトールが、そして魔王様を異世界にまで追い詰めた遊佐が死ぬこの世界。魔王様は大丈夫などと、軽率に言える事態ではなくなっている。

 霊幻が脱出の手がかりを探すまでに24時間の猶予がある。だが、たったの6時間でトールや遊佐を含む7人もの人が死んだ。その4倍もの時間を、霊幻に投資する価値が果たしてあるのか?

「待たせたな。俺はこのまま事務所に向かうが、お前はどうする?」
「ご一緒しますよ。」
「そうか。じゃあ来い。」

 見極めなければ。
 この、霊幻新隆という男を。

 もし、霊幻の力を以てしても脱出の手がかりが見つかる期待が薄いと分かったら、その時は――

【E-6/マグロナルド幡ヶ谷駅前店/一日目 朝】

【芦屋四郎@はたらく魔王さま!】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品1〜3
[思考・状況]
基本行動方針:一先ずは霊幻に協力するが、優勝者を出すしかないなら真奥貞夫を優勝させる。
一.魔王様はご無事だろうか……。
二.魔王様と合流するまでは、協力しつつ霊幻さんを見定めましょう。もし、期待に沿わないのなら――
※ルシフェルとの同居開始以降、ノルド・ユスティーナと出会う以前の参戦です。

【霊幻新隆@モブサイコ100】
[状態]:健康
[装備]:呪いアンソロジー@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜2
[思考・状況]
基本行動方針:優勝以外の帰還方法を探す。
一.俺の事務所で情報収集できりゃいいんだが。
二.モブたちも探してやらないと。
三.殺し合いへの実感が、ようやく湧いてきやがった。
※島崎を倒した後からの参戦です。

673 ◆2zEnKfaCDc:2024/07/21(日) 19:03:00 ID:Yug6C7So0
投下完了しました。

674名無しさん:2024/07/21(日) 21:27:55 ID:fB3cT7NI0
投下お疲れ様です
応援していたロワなのにこのままエタるんだと思っていたので、更新が来てくれて非常に嬉しいです
霊幻の原作さながらのヘタレ入った内面の書き方、◆2zEnKfaCDc様にしか出来ないと思います
良いキャラしてますよね霊幻。実はこのロワをきっかけにモブサイコ100と虚構推理を呼んで、霊幻大好きになったので、今回も良いキャラしてる霊幻が見れて嬉しいです
芦屋四郎の方はもっと放送が響いているような気がしますね。渚やマミさんに次いでマーダー化するのか気になります

675名無しさん:2024/07/23(火) 22:48:45 ID:LQ3LhNlc0
投下お疲れさまです。
この先亀裂が更に増えそうな不安感漂う内容。
霊幻さん物や場所を探すより、他参加者との接触を増した方がペースを維持できるんじゃないかな。
心配とかではなくキャラの持ち味的に。
土壇場での底力に期待。
芦屋は霊幻さんより追い詰められてる様な感じ。
力は上でも長期的に頼りがいのありそうなのは霊幻さんの方で、展開が動く他参加者との接触か分岐になりそう。
程よい緊張を持たせるいい幕間でした。

676名無しさん:2024/07/26(金) 17:16:39 ID:qp9B3zUI0
投下乙です
霊幻の性格的に、目に見えてうろたえることは無いだろうとは思っていたけど。
ここで自分の認識の甘さを自覚して、そこから冷静に思考を重ねて……でも面倒になっちゃうのは霊幻らしさ、霊幻にしか出せない風味だと思うwww
不穏な芦屋もいることだし、今後の立ち回りは気になるところだなぁ

677 ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:42:55 ID:gt.h8CI.0
皆さん感想ありがとうございます。
長らく離れていたので覚えてもらえているか不安もありましたが、これだけの歓迎の声で迎えていただけて、嬉しい限りです。

嬉しかったのでゲリラ投下します。

678恋人未満でもキスが発生することはある ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:44:18 ID:gt.h8CI.0
 殺し合いに乗っていたマリアさん。そんな彼女と共に元の日常に帰ることを諦めたくない歩は考えた。マリアさんを止められるのは自分ではなく、ずっと一緒に過ごしてきたナギちゃんであると。そう方針を決めるところまでは、スムーズだった。

「……で、どこにナギちゃんはいるのかなぁ?」
「や、俺知らねえ……。」
「うーん、前途多難の予感。」

 結局、そこが分からずじまいでは何も進展しないというものである。手当たり次第にそこらの草むらをかき分けて探すその様たるや、まさにエサを漁るハムスターのごとし。

「そうだ、アテとかねえのか? アジトにしているとことか。」
「アジト?」
「あっ……。」
「……竜司君にはアジトがあるのかな?」
「う……。それは……。」

 何故か、こういう時だけ察しがいいのが西沢歩という女の子だ。

 竜司が地図を見た時に、真っ先に目に留まったのは純喫茶ルブランの名前だった。
 学校で怪盗団について話し合っていて新島先輩に目をつけられてから、秘密の話をする時は、ジョーカーこと雨宮蓮の住む部屋を怪盗団のアジトとして使っていた。ルブランに向かえば怪盗団の皆で集まることもできるかもしれない、という思いは常にあった。

 ゆえに、口をついて出た一言だった。何にせよ、口は災いの元とは、よく言ったものである。

「アジトといえば……そういえば竜司君、姫神って人に怪盗がどうとか言われてたよね?」

 もう一度申し上げよう。
 何故か、こういう時だけ察しがいいのが西沢歩という女の子だ。

「……だーっ、ここまでバレてちゃ誤魔化せねえっての。」

 観念したように竜司は項垂れる。

「内緒にしといてくれよ? 俺、怪盗団なんだよ。」
「な、なんですとー!?」

 と、大袈裟に驚いてみせる歩。しかし次の瞬間には、首を傾げて不思議そうな顔になる。

「……で、その怪盗団って何なのかな?」
「……へ、怪盗団知らねえの?」

 それは、竜司には信じられない言葉だった。
 元の世界では、少し外を歩いてみようものなら、そこら中から心の怪盗団【ザ・ファントム】の噂が聞こえてきた。それほどに、怪盗団の存在は世界を揺るがしていたはずだった。
 だが、興味無いとか好きじゃないとかならまだしも、歩は怪盗団を知らないと言う。そんなこと、ネットの普及している現代で有り得るのだろうか。

679恋人未満でもキスが発生することはある ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:45:29 ID:gt.h8CI.0
「テレビ見ねえとか?」
「家族でいっつもつけてるよ?」
「マジ?」

 そして竜司は、怪盗団とは何か大まかに話した。だが、やはり要領を得ない。むしろ話せば話すほど、両者の溝は深まっていくばかりだ。

 例えば、巷で起こる精神暴走事件が歩の知る元の世界では起こっていないこと。
 例えば、歩がいた世界を賑わせたUFO墜落事件が竜司のいた世界では起こっていないこと。
 例えば、水蓮寺ルカやりせちーという、それぞれの世界のお茶の間定番のアイドルを、相手が知らなかったこと。

「もしかしたら、私と竜司君、別の日本から来てる……とか?」

 ……と、最も核心的な事象を突いたのはやはり、何故かこういう時だけ察しがいい歩であった。

「いや、そんなわけねえだろ。」
「そうだよね、まさかそんなこと!」

 しかし、核心には至らない。核心に近付くだけ近付いて全力Uターンをかますのが歩である。

「でも、悪い人を改心させちゃう怪盗かぁ。何だかそれ、ヒーローみたいだね。」
「へへ……そうだろ?」

 どこか照れくさそうに竜司は鼻頭を掻く。怪盗団バレしたことはこれまでにもあったが、その時は知られてしまったことへの危機感が大きかった。
 しかし今回は、歩が怪盗団を知らないという要素がある。世論とか立場とか、そういった煩わしいもの抜きに伝わってくる尊敬の気持ち。だから真っ直ぐに伝わって、素直に受け取ることができる。

「っていうか歩はどうなんだよ?」
「どうって?」
「ここに呼ばれる前はどんな風に過ごしてたんだ?」

 一方で、ダイレクトに褒められていると恥ずかしくなるのも男の性か。ついつい話題を変えにかかった。

「私はねぇ……」

 ごくり、と竜司が唾を飲む。
 怪盗団である自分が殺し合いに集められた。すなわち、この殺し合いには変わった経歴を持つ人間ばかりが集められているのではないかと、そんな予感がどことなく漂っている。

 普通の女の子にしか見えない歩の口からは一体、どんな壮絶な過去が語られるのだろうか。

680恋人未満でもキスが発生することはある ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:46:11 ID:gt.h8CI.0
「……高校に通ってたよ!」

 時が止まった。

 ちょうどその頃、どこかでパレス内の時間を止めている魔法少女がいたのだが、それは別の話。その場の空気が凍り付いたように会話が停止したのだ。

「えっと……他には?」
「あれっ!? もしかして私って、何も無い!?」

 普通の女の子として生きてきた自覚はある。
 ……が、自慢できるのはそれだけだ。
 ハヤテ君のように1億5000万円の借金などしていないし、ナギちゃんのように大金持ちでもないし、ヒナさんのように完璧超人でもないし、竜司君のように怪盗でもない。

 そう、私には何も変わったエピソードが無いのである。

「私って、一体……。」

「ま、まあまあ。波乱万丈じゃねえのはいいことなんじゃねーの、多分。」

「もしかしてハヤテ君と恋人になれないの、こういうとこなのかな……。」

「……えーっと、ハヤテ君ってあれか? 名簿にいる綾崎ハヤテ……だっけ?」

「うん、そう……。昔から好きな人だったんだ……。まあこの前フラれちゃったんだけどね……。」

「あー……それはなんつーか、ドンマイ……。」

「やっぱり私なんか、死んだ方がいいのかも……。」

「イヤ、落ち込みすぎだろ……。元気出せって。」

「うん……死んだ方がいいのかも、じゃないよね。」

「ああ……って、わっ……ちょっ、おい、何だ?」

 歩はゴソゴソと、竜司のザックを勝手に漁り始める。竜司から見て背中側に手を回しているため、何を取り出そうとしているのかは見えない。

 間もなくしてザックを漁り終えた歩。振り返ってその手に持っているものを見た瞬間――竜司の目の色が変わる。

「――いっそ今すぐ死ぬべきなんじゃないかな?」

681恋人未満でもキスが発生することはある ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:47:01 ID:gt.h8CI.0
 歩が手にしていたのは、マリアから没収したチェーンソー。それを躊躇う素振りも見せず、自分の首筋に押し当てている。

 もう一方の手が、チェーンソーの起動スイッチへと伸びる。そのスイッチが押されたら――その先の未来は、言うまでもないだろう。

「――キャプテン・キッドォ!」

 咄嗟の判断で権限させたペルソナ。【電光石火】の如き一撃が、正面からチェーンソーを吹き飛ばした。

「はぁ……はぁ……危ねぇっての……冗談にしてもさすがにやり過ぎだろ……!」

 湧き上がる恐怖心。
 どこか虚ろな目でチェーンソーを自分の首筋に当てる歩のあの迫真さ、冗談でやっていい一線を完全に超えていた。

 だが、竜司の恐怖はそこに留まらない。

「――竜司君、どうして意地悪するのかな?」

 ふらふらとゾンビのような足取りで、竜司へと近付いてくる歩。またあの目だ。こっちを見ているのか、それとも自分を通してその奥の景色を見ているのかさえも分からない、虚ろな目。

「竜司君だってさっき、死のうとしてたよね! だから一緒に死んであげるって言ってるのに。」

「おい……歩……ぐうっ!」

 竜司にとって、予想だにしていない襲撃だった。
 首筋を掴まれて、そのまま力を込めて締め上げられる。それは、ただの同年代の少女とは思えないほどの力だ。

「独りって寂しいでしょ? だから私が一緒に死んであげるんだ!」

 闊達な笑顔を振り撒きながら、手のあらゆる血管を浮き上がらせながら凄まじい力で竜司の首を絞める歩。

 人は本来、他人を攻撃する時であっても無意識に力を抑えている。その要因は相手を傷付けることへの罪悪感であり、はたまた反力で自分が傷付くことへの忌避感でもある。今の歩からは、それが感じられない。肉体の限界まで、力が込められている。一般的な男女の体格差に加え、心の装甲を反映した怪盗服姿の時の力を以てしても、華奢な歩の腕から竜司は抜け出せない。

682恋人未満でもキスが発生することはある ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:47:36 ID:gt.h8CI.0
「……させないわ。」

 ――間に、誰かが割って入るまでは。

 何者かが歩を蹴り飛ばし、締まっていた竜司の首が解放される。

「げほっ……ごほっ……くっ、一体何が……」

 咳き込みながらも現状理解のために、何とか前を向く。乱入者は、白い装束に身を包んだ黒髪の少女だった。その手には拳銃を手にし、歩を苦々しい表情で見ている。

「と……とりあえず待ってくれ! アイツ、突然暴れ出しちまったけど、悪い奴じゃねえんだ!」
「わかってる。」

 次の瞬間だった。

 何をしたのか竜司にも分からないまま、黒髪の少女――暁美ほむらは歩に足払いをかけて制圧していた。突然抜け落ちた足場に小さく「わっ」と間の抜けた声を上げながら倒れた歩。その後、ほむらの締め技によって昏倒し、その目を閉じる瞬間まで、ずっと虚ろな目でこちらを見ていた。

「な、何が起こったんだ……?」

 まるで瞬間移動でもしたかのごとき動きを見せた少女。まだ信用していいのか以前に、どう警戒していいのかさえ分からない。歩の方に目配せしながら、出方を伺うしかなかった。

「――魔女の口付け。」
「……え?」
「この子の首を見て。」

 言われた通りに歩の首筋を見る。そこにはいつの間にやら、蝶を模したような印が刻まれていた。

「何だ、これ……。」
「魔女は周囲の人間に、魔女の口付けという刻印を残すの。私はその元凶を、今から退治しに向かうところよ。」
「そうか……歩をこんな風に操った奴がいるんだな! じゃあ俺も……」
「やめておきなさい。」

 意気揚々と前に出た竜司を、ほむらは冷たい口調で制止する。

「その子から目を離したらその子、また自殺し始めるわよ。……最悪の場合、さっきのあなたみたいな周囲の人間も巻き込んでね。」
「そんな……。」

 竜司は、拳を握り込む。

 この拳は、幾度となく振るう時を間違えてきた。
 鴨志田の挑発に乗って手を出して、札付きのレッテルを貼られた時。
 姫神への怒りのままに先走って、罪もない女の子が殺されてしまった時。

 ここで元凶をぶちのめしたいという気持ちが、今度は歩を殺し得るというのか。

683恋人未満でもキスが発生することはある ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:48:05 ID:gt.h8CI.0
「ちくしょう……俺は……無力だ!!」

 握り込んだ拳は、思い切り地面に叩き付けられた。砂利が打ち付けた箇所に突き刺さり血が滲んでも、それ以上に痛むものが胸の中にあるのだ。

 自分の身勝手な行動で他人を殺めてしまい、死のうと思っていたあの時。
 息をして生を実感するのも痛いくらいに、感じる全ての感覚が憎らしくて、辛くて、苦しくて……。そんな感情を、歩に押し付けた奴がいる。
 絶対に許せないのに、どうすることもできない。

 その選択が歩の命を奪い得ると、突き付けられているのだから。

「……別にあなたのコンプレックスに構う義理も暇もないけれど、これだけは言っておく。」

 だけど、その時。

 時間停止による擬似的な瞬間移動によって、その場を立ち去る直前、ほむらはたった一言、竜司に言葉を残した。

「その手がどう汚れていたとしても、その手でしか掬えない命がある。それは無力さなんかじゃない。どうか、忘れないで。」

 それは、優しさとは少し違う。
 竜司は姫神に明確に反逆の意思を示した人物だ。ここでその牙を折ってほしくないという打算だった。

「……ああ、そうだな。」

 だけど、その言葉は確かに竜司の胸に響いた。だからその言葉の真意など、些細なことなのだろう。

「情けねえ、また間違えるところだったぜ。」

 奪われ続けた無力な者だからこそ、反逆の意思は牙となり強者を挫くことができる。それは、他でもない心の怪盗団の美学じゃあないか。

 目の前には、気絶している歩がいる。
 その目を開ければ「おなかすいた」なんて口走りそうなほどに、穏やかな顔つきだ。
 とても、先ほどまで自殺未遂をしていたようにも、これからも自殺を図り続けるようにも見えない。

 それくらい、落ち込んでいるのが似合わない歩。
 そんな彼女だったからこそ、自分は救われたのだ。

(今度は俺が、絶対に救ってみせるから……歩も、魔女とやらのキスなんかに負けんじゃねえぞ。)

 ――ペルソナ使いには、パレスが生じない。仮に心が歪もうとも、その歪み自体を正しく認知できるからだ。

 故に竜司は、魔女の口付けによる精神干渉を受けることはない。もう彼の反逆の意思は、正しい方向を向いているのだから。

【C-4/平野/一日目 午前】

【坂本竜司@ペルソナ5】
[状態]:健康 SP消費(極小)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品、不明支給品1〜3(未確認) マリアの基本支給品、チェーンソー@現実
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反逆する
一.歩の自殺を止める。
二.歩と共に殺し合いに反逆して姫神を倒す
三.三千院ナギを探し、マリアの下へ連れていく
四.死んでしまった女の子の関係者に出会ったら、許してもらうまで謝る
五.他の怪盗団のメンバーと歩の関係者に早く出会いたい
六.姫神を倒した後、歩にラーメンをおごる
※歩とのコープが4になりました。
※竜司に話しかけていたシャドウは幻覚か本当かはわかりません。また、出現するかは他の書き手様にお任せします。
※参戦時期は9月怪盗団ブーム(次の大物ターゲットを奥村にする前)のときです。

【西沢歩@ハヤテのごとく】
[状態]:気絶 魔女の口付けの影響下
[装備]:ヘビーメイス@ペルソナ5
[道具]:基本支給品(食料消費小)、不明支給品0〜2(本人確認不明) マリアの不明支給品(0〜2)(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:死ぬ。
一.皆で死にたい。
二.ナギちゃんもマリアさんも一緒に死ぬ。
三.竜司君とも死にたい。
四.ハヤテ君…私、ハヤテ君だってあっちに連れて行ってみせるよ。
※竜司とのコープが4になりました。
獲得スキル
「ツッコミトーク」相手との会話交渉が決裂した時に、異世界の人物であれば、交渉をやり直せる
「ハムスターの追い打ち」竜司の攻撃で相手をダウンできなかった場合、追撃する。
※参戦時期はアテネ編前

684恋人未満でもキスが発生することはある ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:48:34 ID:gt.h8CI.0


「やっぱ甘ちゃんだな、お前は。」

 時間停止の効力の範囲外にしているエクボがほむらに話しかける。

「何が言いたいの。」
「俺があの女の子に取り憑けば良かった話じゃねえか。俺が直接操れば、ながら作業での遠隔操作なんかに肉体と精神の主導権争いで負けるはずがねえ。そしたら、あの竜司って奴も戦いに加えることが出来てたんじゃねえか?」

 そうすれば、竜司にわざわざ不器用な言葉なんか投げかける必要もなかっただろう。むしろ、竜司は魔女退治に加わることが本望だと言わんばかりの意欲を示していた。生き残るためには、利用して然るべき人材だ。

「別に、わざわざあの二人を巻き込むものでもないわ。特にあの女の子の方は戦闘力も無さそうだし。」
「でも弾除けにゃあなる。」
「……。」
「その発想が出ねえとこが甘ちゃんだっつってんだ。」

 エクボは、茅野カエデを殺害したほむらに期待をしている。
 モブとは違い、持っている力を合理的に、自分のために使うことができる人間。ほむらは進む先を間違えない、と――狂気にも似た鹿目まどかへの奉仕のスタンスを知らないからこそ、そう思っている。

 だが蓋を開けてみれば、まだ甘さが目立つことにも気付いた。それでも歳不相応の合理性に基づいて行動していると言えばそうなのかもしれないが、今回の一件のみならず、滝谷真とファフニールをあえて同行させなかったことについても同じように思わずにはいられなかった。

「……それを甘さだというのなら、それでもいい。」

 少女の首輪が爆破されるのを目の当たりにした竜司がこの世の終わりのような顔をしていたのを、ほむらは覚えている。

 あれは、絶望の表情だった。姫神が"正義の味方"と評していたのも、頷けるというものだ。

 そんな正義の味方に、魔女退治の片棒を担がせるわけにはいかない。

『――ソウルジェムが魔女を産むなら、皆死ぬしかないじゃない! 貴方も、私も……』

 嫌な記憶に蓋をするように、小さく首を横に振った。

 そう、私は――狩っているものの正体を知ってしまった正義の味方の末路を、知っているのだから。

「私はずっと変わっていないわ。全ての魔女は、私独りで片付けると、そう決めたの。」

 そしてほむらは、辿り着いた。かつて正義の味方だった少女の、成れの果て――おめかしの魔女の魔女結界。
 結界の入口付近に、周囲の空間ごと繋ぎ止めるかのごとく装飾されたリボンの数々。独りを受け入れられなかった少女を象徴するそれらを見て、魔女の正体に察しをつけたほむらは小さく、言葉を零した。

「……巴マミ。やっぱりあなたとはいつも、相容れないわ。」

【C-4/D-4境界付近/おめかしの魔女の魔女結界/一日目 午前】
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:ダメージ(大)
[装備]:89式小銃@現実
[道具]:基本支給品×2 不明支給品(0〜3)、ゴーストカプセル(エクボ)@モブサイコ100
[思考・状況]
基本行動方針:まどかを保護し、主催側と接触する方法を探す
一.おめかしの魔女@魔法少女まどか☆マギカを討伐し、この方面に向かったというまどかの目先の危険を取り除く。
[備考]
※参戦時期は後続の書き手にお任せします。

685 ◆2zEnKfaCDc:2024/08/01(木) 00:49:07 ID:gt.h8CI.0
以上で投下を終了します。

686名無しさん:2024/08/02(金) 23:58:35 ID:29q9y6.I0
お疲れさまです。
ナギ・モルガナ組に次ぐライトなコンビが遂にシリアスな障害にダウンさせられましたか。
導入部の西沢さんの鋭い面と残念な面とハムスターな面が見れ、和んできたところで急転直下の心中ムーブでじわりと驚きました。
せっかくコープが4になったのに。
ドライに成り切れないほむらのフォローに彼女らしい安心と切なさが。
まどかはもう死んでるんだよ。
エクボの提案が俗欲的ながらも最善に近いのが皮肉と世の不条理の慣れが感じられて良いですね。
竜司の決意が目前の問題の解決に繋がるか、空回りの悲劇に終わるか気になる展開で、不透明さが堪らない話でした。

687 ◆s5tC4j7VZY:2024/08/13(火) 08:58:01 ID:Xwex7Q9o0
投下お疲れ様です!
それと遅くなりましたが、第一放送おめでとうございます。

ニアミス
ロワの放送後の話って、死者を弔う描写が肝だなと個人的に思っているので、冒頭の描写ですが、滝谷の描写が巧みだなと。着実に崩壊していくコミュニティ……今後に注視したいです。
「奴がもし死んだとするならば、人を知りすぎたかもしれんな。」

個人的に凄くしっくりするセリフで好きです。

亀裂 〜ただ一つ〜
口約束で繋がっているこの二人にとって、今回の話はターニングポイントになりそうですね。
果たしてこちらのコンビの行く末にも個人的に注視しています。
そんな無根拠な空想はナシだ。俺はドラゴンの頑丈さを知らないからな。
俺は断固として行きたくない。銃弾が飛び交う戦場なんざ生身で向かおうもんなら1秒で死ねる。
俺はマネージャーじゃねえんだ。お前が決めろ、お前が。
↑読んでいて、霊幻が霊幻だと。好きです。

恋人未満でもキスが発生することはある
最初、タイトルを目にしたとき「なんですとー!?」とドキドキしちゃいましたが、キスはキスでも「魔女の口づけ」だと判明した時は、2zEnKfaCDc さんの手のひらで踊らされたな…と(笑)
果たして、一般人(佐々木千穂)を死なせてしまった正義の味方は、一般人(西沢歩)を守ることができるのか、先が楽しみです。
「別に、わざわざあの二人を巻き込むものでもないわ。特にあの女の子の方は戦闘力も無さそうだし。」
「でも弾除けにゃあなる。」
「……。」
「その発想が出ねえとこが甘ちゃんだっつってんだ。」
↑エクボのドライさが合っていて、やり取りが読んでいて脳裏に浮かびました。好きです。

投下します。

688さらば青春の光 ◆s5tC4j7VZY:2024/08/13(火) 08:58:42 ID:Xwex7Q9o0
青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ。
倉田百三

「無事に下山できたわね」
「う……うん。……そう……だね」

あれから私たちは特に問題なく下山できた。
殺し合いに乗った参加者にも出会うことはなかった。
つまり、夜空から陽が出てくるまで二人きりで過ごしたということになる。
思春期真っ只中の中学生が夜から夜明けを過ごす……

こんな状況を殺せんせいーに見られたら、ネタにされるわね

地球を破壊しようとする超生物は、生徒の恋愛ネタを追い求める下世話の一面を有している。
※殺せんせーの弱点⑬ 下世話

チラリと彼を見る。
両手を膝に置いて深呼吸しながら肩を大きく上下に動かしている。
これでも無理しないコースを選んだはずだが、インドア派の彼にはやはりきつかったようだ。
でも普通の中学生はそれが当たり前。
多くの中学生は、裏山でフリーランニングの訓練なんかしない。
ナイフを使った戦闘術なんか体育の授業で教わらない。
私だって、E組の担任に殺せんせーが着任しなければこうした身体能力を身につけることはなかっただろう。

とはいえ、たしか超能力をもっているのよね

正直、最初【超能力】なんて聞かされたときは、”まぁ……そういう年頃ね”と軽く受け流そうと思ったが、実際に見た以上は受け入れるしかない。
というより自称超生物である殺せんせーの存在がまず超常現象なものだ。
案外、世界には彼のような力を持つのがごろごろいるのかも知れない。
そう考えると、普通の中学生の定義ってなんなのかしらね。

(……)

もし、影山がE組にいたら殺せんせーをどう暗殺するのかしらね。

ふと、ありえない想定をしてしまう。
超科学の結晶である律でさえ、単独では殺せんせーを暗殺することはできなかった。
なら、超能力では?磯貝やカルマの指揮を活用すれば、あるいは?

(……)

はぁ……ばかね。出会ってまだ6時間程しか関わってない人間に、こんな想定をするなんて
そもそも、私って他人と交わるより影(一人)を好むはずだった。……自分で言うのもなんだけど、変わったものね
これもE組の連中と過ごした影響かしら


……そろそろ、移動を開始したほうがよさそうね

689さらば青春の光 ◆s5tC4j7VZY:2024/08/13(火) 08:59:01 ID:Xwex7Q9o0

「どう?そろそろ歩けそうかしら?」
「うん……だ……大丈夫。待たせてごめんね」
「気にする必要はないわよ。ただでさえ整備されていない山道。並の中学生だったらへばっているわ。それなのに、そんな道を文句言わず歩いたのだから、肉体改造部で鍛えている体力がつきはじめている証。自信を持ちなさい」
「でも」
「?」
「狭間さんが、僕の体力に合わせてくれたのが伝わった。歩くスピードだって調整してた。出会ってからずっと思ってたけど、やっぱり狭間さんは良い人だ。ありがとう」
「……別に。疲労困憊な状況で襲われたらひとたまりもないっていう打算的な考え。お礼をいう必要はないわ」
「それでも、自分の気持ちを大事にすると決めたから。」
「……」

そう面と向かって感謝をいわれると照れるわ……
……そうね。この悪趣味な催しから生還できたら、寺坂達に加えて影山の分のチョコも作ってあげようかしらね。
そのためには、連絡先を聞かないと……って何考えてるのかしら
でも……私達は中学生。文字での世界でしか感じなかったけど、青春ってこういうことを指すのかもね

我は汝…汝は我…
汝、ここに新たなる契りを得たり
契は即ち、
囚われを破らんとする反逆の翼なり
我【魔術師】のペルソナの生誕に祝福の風を得たり
自由へと至る、更なる力とならん…

シュパァァ!!ザンッ!!!RANKUP!

コープのランクが4に上がった! ……ぬるふふふふ

「ねぇ……」

《え?》

「うちの担任みたいなふざけた口調ださないで。呪うわよ?」

《あ、はい……すみませんでした》

それにしても、姫神の狙いは何なのかしら。
影山にも話したけど、私達は蟲じゃない。
だからこその爆弾首輪(脅し)なんでしょうけど、裏を返せば、積極的な参加者は少数の可能性が高い。なら、スタート開始時刻から考えると、そこまで殺し合いも起きてないのでは。
つい頭をよぎる甘い考え。
だけど、そんな甘い考えはすぐに吹き飛ばされた。

放送が流れた。

先生と同級生の名前が呼名された。

2人の間にかすかにあった青い空気が殺された。

☆彡 ☆彡 ☆彡

690さらば青春の光 ◆s5tC4j7VZY:2024/08/13(火) 08:59:54 ID:Xwex7Q9o0

「……」

烏間先生。
クラスの副担兼体育教師。
本職は防衛省の職員だけど、うちの担任(殺せんせー)を殺すために私達を鍛えてくれていた。まぁ、私の好みの顔ではなかったけど、倉橋をはじめとした一部の女子に人気があったし、いい先生だったと思うわ。
……少なくとも本校舎の教師達より教師だった。
エンドのE組に移籍させられて濁っていた私達にいつも真剣に向き合っていた。
堅物という言葉が合う先生だが、真っすぐな目で生徒(私達)を見てた。
片や本校舎の教師たちときたら、落ちこぼれはどこまでも落ちこぼれ。関わりたくない。厄介ごとに巻き込まれたくない。といった視線に態度。

お前のおかげで担任(オレ)の評価まで落とされたよ
唯一良かったのはもう陰気なお前を見ずに済むことだ
そう、お前。えーと、き……ん?お前なんて名前だったっけ?

侮辱。決めつけ。保身。無気力かつ無活発なでもしか先生ばかり。

そう……先生(あの人)にお礼(ありがとうございました)を伝えて高校生になることは、もうできないのね

「……」

そして、茅野カエデ・・・・・・クラスの同級生。
殺せんせーを殺すためにサポート役に徹するのかと思えば、巨大プリンを使った暗殺を計画し、陣頭指揮を行うなど行動的な一面もある子。
特段親しい仲というわけではない。
おそらく、卒業したら会う機会もほぼないだろう。
しかし、同じ教室で日々を過ごしてきた。
一つの目標(暗殺)に関わってきた。
無関心でなんかいられない。
それと、親しさでいうならむしろ、瀬田の方。
瀬田渚。一見、平々凡々としたクラスの一男子。
でも、あのクラス(E組)で一番の暗殺力を有している。
私は国語力だけの暗殺者。それだけに、嫉妬することもある。
だって銃とナイフと暗殺が先生と生徒を繋ぐ絆なんだから……

「本当……やってくれるわね」

691さらば青春の光 ◆s5tC4j7VZY:2024/08/13(火) 09:00:12 ID:Xwex7Q9o0

理不尽。カフカの変身やカミュの異邦人の如く不条理の極み。
同級生は”殺し合い”だから”死にました”で、はいわかったわと納得なんかできるわけない。
姫神とその協力者であろうキュウべえを呪い殺せるなら殺したい。

だってもう、全員がそろっての卒業はできないのだから。

でも、先生と同級生の死を悲しむ暇はない
隣から怒りを感じたから。
今まで肌で感じた中で一番の怒り。
4月、潮田を脅して、自爆特攻を行わせた寺坂達に向けた殺せんせーの怒り以上の。
その怒りは殺気にも似ていて、それは最高と名高い殺し屋”死神”以上の。
その原因は直ぐに理解できた。

影山律。

そう、先ほどの放送では、私の知り合いだけではなかった。
影山の弟さんの名前も呼名された。
身内が亡くなったのだ。どす黒い闇の感情は当然。
そして、その顔は―――

――― 100% ―――

ブワッ!!!!!

周囲の地面は崩壊し、視界に映る世界は激変する。
私は抗うことが出来ずに吹き飛ばされる。

先ほどの顔を想起する。

……そんな顔するんじゃないわよ。
呪うに呪えないじゃない。

違った。
力を過信したかつての私達でも底知れぬ闇でもなかった。
あのとき私の瞳に映ったのは、涙を流す同じ中学生だった。

―――ガンッ!!!

かくして青春は過ぎ去った。
来るは嵐。
全てを吹き飛ばす暴風雨。
人はなべて吹き荒ぶのみ。

692さらば青春の光 ◆s5tC4j7VZY:2024/08/13(火) 09:00:29 ID:Xwex7Q9o0

【A-5/崩壊した周辺/一日目 朝】

【狭間綺羅々@暗殺教室】
[状態]:気絶 負傷(中)
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品1〜3(本人確認済) チョーク2本(現地調達)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。正当防衛くらいはする。
一.……
二.殺せんせーじゃないけど、影山の手入れをしてあげないと
三.そう、もうE組が全員そろって卒業することはないのね……
※わかばパークでのボランティア以降の参戦です。
※茅野の正体を知る前です。
※影山とのコープが4になりました。
獲得スキル
「E組の闇トーク」相手との会話交渉が決裂した時に、交渉をやり直せる
「黒魔術の追い打ち」影山の攻撃で相手をダウンできなかった場合、追撃する。
※モブの暴走により吹き飛ばされた際に頭を木にぶつけ気絶しています。

【影山茂夫@モブサイコ100】
[状態]:覚醒100% ぐちゃぐちゃとした感情
[装備]:対先生BB弾@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜2(本人確認済) チョーク2本(現地調達)
[思考・状況]
基本行動方針:?????????
一.??????
二.……律
※ショウによって偽装された遺体を見せられ、家族の生存を確認して以降の参戦です。
※100%になり覚醒状態となりました。
※モブの覚醒によりA5周辺は荒れています。
※狭間とのコープが4になりました。

693さらば青春の光 ◆s5tC4j7VZY:2024/08/13(火) 09:00:42 ID:Xwex7Q9o0
投下終了します。

694名無しさん:2024/08/25(日) 01:16:45 ID:AAES8m2U0
投下乙です
・恋人未満でもキスが発生することはある
このタイトルと和やかな会話から、こんな展開になる!?と素直に思いました。
>「その手がどう汚れていたとしても、その手でしか掬えない命がある。それは無力さなんかじゃない。どうか、忘れないで。」
>そんな正義の味方に、魔女退治の片棒を担がせるわけにはいかない。
大人びたことを言いながら、全てを自分で背負い込もうとする非合理性も持つ暁美ほむら。そこに突っ込むエクボも含めて、良い味を出しています。

・さらば青春の光
>もし、影山がE組にいたら殺せんせーをどう暗殺するのかしらね。
まさに暗殺教室のキャラクターらしい思考だと思いました。
ついに嵐と化したモブは、どんな被害をもたらすのか……今後も気になります!

695 ◆s5tC4j7VZY:2024/09/02(月) 23:28:11 ID:1DrwMmEQ0
感想ありがとうございます!
さらば青春の光
もう、これは一言でいえば
”放送後にモブが100%になる話”として書きました。
ただ、dGLETqAo0Iさんの【青春○○論】と2zEnKfaCDcさんの【泡沫の青春模様】というお二人が丁寧に描写したモブと狭間さんの青春関係が素敵すぎて、この距離感を大切にしなければと
”ぎょえーーっっ!!”といいながら書いていました💦
そして、タイトルは”青春”は外せないだろと。
果たして、モブと狭間さんの関係はどうなるのか……です


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