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RPGキャラバトルロワイアル11

548一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:48:51 ID:5alJ485M0



大空に上る、真昼の太陽。
生命の輝きをより一層照らすために、燦々と輝き続ける。
ある地点のある三点に、一人ずつ倒れこんでいた。
もう、声の一つすら出ない。
三者が三者共に疲弊の限界に辿り着き、動こうともしない。
達成感と安堵に包まれながら、瞳を閉じようとする。

その時、輝きの炎が一点に聳え立つ。
火柱の方を振り向くと、真紅の不死鳥が巨大な翼を広げて大空へと飛翔していく。
かつて一人のトレジャーハンターが夢を託した、生命を司る幻獣。
その体から放たれる転生の力が、そこにいるセッツァーを中心に物真似師達にも降り注ぐ。
何故、物真似師達にも降り注いだのか?
それはたった一つのシンプルな答えである。
セッツァーはまだ物真似師達から、夢という持ち金を持たせているからだ。
その金をすべて奪い去って破産させるまで、彼らを死なせるわけには行かない。
「お前等の"賭け金"はしかと受け取った」
セッツァーの声が、どこからともなく聞こえる。
生き残れるはずがない攻撃を食らったはずのセッツァーは、驚くべきことに生きていた。
物真似師達が放ったのはありとあらゆる加護を貫く、人の生命の波動の力。
その中には人々の幸せも詰まっていた。
この場において、幸運を支配するのはセッツァー。
どれだけの力でも、その中の幸せという力は、彼にとって養分でしかない。
セッツァーはあえて生命の波動を受け止め、手のひらに握り込んだダイスを翳した。
ありとあらゆる人間の最大多数の最大幸福が、セッツァーの手中に収められた。

生命の波動は幸せという安定剤を失い、本来入り混じることのない光と闇が行き場を失い、四方八方に飛び散った。
その威力は、本来の数十分の一にも満たない。
セッツァーがあの攻撃を耐えしのぐことが出来たのは、それが原因だ。

549一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:49:28 ID:5alJ485M0

そして、彼は姿を現す。
真っ黒に染まったコートの傍に、一人の女神を侍らせながら。
わずかに傷つけられた身を癒す光を受けつつ、ゆっくりと歩いてくる。
「回れ、止まれ止まれ止まれ」
女神が消えると同時に、セッツァーがスロットを回す。
当然のごとく絵柄がそろい、当然のごとく幻獣が現れる。
「お前らの体力という持ち金、奪わせてもらう」
暗黒空間から現れたのは赤と黒を基調とした体の、闇よりの使者。
ふわりといちど舞い上がり、白い閃光が放たれる。
それとほぼ同時に巨大な黒球が現れ、三人を等しく包み込んで行く。
襲い掛かる、超重力。
まるでブラックホールに吸い込まれるかのような力で、地面に縫い付けられる。
苦しくて声を出そうとするが、それすらも叶わない。
そして体力を搾り取っていった使者は、無数の蝙蝠と化して空に融けて行った。
悪夢のような攻撃を耐えしのぎ、ただでさえ少ない体力を毟り取られ終わった時。
再び絶望へと誘うため、ちょこを見下ろしながら黒い夢がそこに立っていた。
「がはッ!」
セッツァーはゴミを見つめるような視線でちょこを見つめ続ける。
勢いよく降りおろした片足が、ちょこの下腹部に突き刺さり、その体を地面に縫い止めている。
「ゆるさ、なあぐっ!」
反抗的な視線をセッツァーに向けるちょこの顔が、蹴り上げられる。
「がふっ、あがっ、うぐあっ!!」
そのまま開いている片足で、胸や腕や脚、体の至る所を踏みにじり続ける。
打ち出される銃弾のように鋭い一撃が、ちょこの体力を抉っていく。
突き刺さる度にちょこの小さな体がのけぞり、口から鮮血を漏らす。
「あ、がぁ……」
喉を踏みにじるように押さえつけ、ちょこの声が弱まったあたりで喉から脚を離し、軸にしていた脚を浮かして腹部を蹴る。
人形のようにいいように扱われるちょこを助けようと、物真似師とアキラが這いずりながら近づいていく。
「さぁ、ギャンブルをしようぜ」
そういうと、セッツァーは懐からカードを取り出す。
死者の呪いが込められているとされ、主に黒魔術に使われる死の魔術師を名乗る札たち。
その一枚一枚が禍々しい絵柄と共に、番号が割り振られている。
「何でもいい、一枚引け。その後に俺も引く。
 デカい数字を引いた方の勝ちだ」
セッツァーは両者共に絵柄が見えない絶妙の角度で、カードを一枚一枚選べるように扇形を作り、ちょこの手に届くように屈み込んで突きつける。
ここでカードを引くことを拒めば、セッツァーがちょこの命を刈り取るのは目に見えている。
ゆっくりとちょこはその中の一枚を手に取る。
自分たちの力が勝っていることを証明するために。
ちょこが一枚引いたことを確認したセッツァーは、残りの二十一枚を空に放り投げる。
はらはらと、舞い上がったカードが落ちてくる。
目を瞑りながら天高く伸ばした右手の先に、一枚のカードが吸い込まれるように手中に収められる。
そして、この戦いが始まってから初めて。
セッツァーが、笑った。

550一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:50:02 ID:5alJ485M0
「俺の勝ち、全財産総取りだ」
世界。
サニアのタロット占いを、そばで見ていたちょこだから知っている。
そのカードがこのギャンブルで何を意味するのか。
二十二枚のタロットの中で、もっとも大きい数字「21」を持つカード。
どんなカードを引こうと、数字ではこのカードに勝つことなど出来ない。
つまり、勝利が約束された無敵のカード。
それを見事手中に収めて見せたのだ。
ちょこは、恐る恐る自身の手に握られたカードを見る。
そこに映っていたのは、愚かなる者の象徴。
意味する数字は、「零」だ。
「う、うああああああああああ!!!」
腹部を押さえつけられながらも、ちょこは抵抗の意志を見せる。
だがセッツァーの頭上からどこからともなく一本の剣が現れる。
それは垂直に、刃を地面へと向けながら。
ちょこの下腹部へと、突き刺さって行った。

「――――になるがいいッ!」

「神々の黄昏」を冠するその剣が意志を手に入れた姿。
確率は低いもののありとあらゆる魔の力を、物に変えてしまう幻獣である。
セッツァーは、振ってきたその剣の柄を、力強く握る。
「お前の夢、全部頂く」
剣の柄を中心に全てを覆う光が広がる。
やがてゆっくりと光が引き、物真似師とアキラに視界が取り戻されたとき。
剣の突き刺さっていた場所に、綺麗に重ねられたカードの束が落ちていた。
カードの名は、ラストリゾート。
魔王の娘である少女が夢見ていた「新婚旅行」を皮肉るように、ただぽつりと置かれていた。

「ククク……ハハハ」
カードの束を拾い上げ、セッツァーが笑う。
物真似師とアキラはまだ立ちあがれない。
「滑稽だよなァ! 仲間仲間だとかヌカしてるお前らを暗示するように、こいつが引いたカードは愚者と来た!
 俺が引いたカードが何でアレ、お前らの仲間の力なんて、俺には追いつけねえんだよ!」
物真似師が、ちょこが、アキラが信じてきた仲間の力。
それを嘲るかのように、カードは「愚者」を示していた。
対するセッツァーのカードは「世界」である。
この場所で世界と同化するほど絶対的な支配の力を、セッツァーは持っているとでも言うのだろうか。
「ああ、そうだ。テメぇにゃ落とし前つけて貰わなきゃな。
 俺の空でさんざんデカい顔して、汚ねえゴミ撒き散らして、変な色をぶちまけていく。
 てめぇだけは絶対に許さねえ、だから」
笑いをピタリと止めて無表情に戻り、静かに怒りの炎を燃やす。
その視線はようやく起き上がった物真似師、ただ一人に注がれている。
自分の夢を語り、自分の空を語り、自分を語る。
嘘八百の出鱈目野郎がこの場に留まっていることが、何よりも許せなかった。
「だから、テメーの得意の物真似で殺してやるよ」
その言葉に、物真似師が怪訝な表情を浮かべる。
セッツァーに、何の物真似が出来るというのか?
それが分からないどころか、全く見当もつかない。
だが、一瞬にしてその答えに辿り着くハメになる。
「まさか、スロットの幻獣の中にこいつ等がいるなんて思いもしなかったな。
 ケフカのヤローをヒントにしてみりゃ、幻獣の力を得るなんて簡単だぜ。
 世界を支配する、三闘神の力を得るなんてよおッ!!」
セッツァーの背後に映り込む、女神、鬼神、魔神。
かつて世界を崩壊に招いたとされる三闘神の姿がそこにあった。
なぜ、彼らは呼び出されたのか。
嘗て世界崩壊の日に、全てを破壊する力が凝縮されて一つの魔石になり、封印されし滅びの八竜の体内に一欠けずつ埋め込まれたという。
伝説上の代物でしかないそれをいとも容易く呼び出し、さらに見よう見まねでその力を得ることにすら成功する。
たまたま呼び出してなんとなくやってみたら、手に入った。
ありえないことを平然と乗り越えるバカヅキ、この男は世の理すらも今は転覆させている。
「当たり前」など、通用するわけがない。
「分かるんだよ。こいつ等を呼んだ瞬間に、俺の体に力が沸いて来るのが!
 最高、最速、全てを抜き去る力が、俺の手にある!」
夢を追う一人のセッツァー。
その手には絶対支配の幸運。
最速のために全てを捨て、最速のために全てを賭ける。
そのギャンブルの場に登る前に、万全の姿勢を作り上げるために。
「じゃ、そろそろ死ねよ。俺の"ケフカの真似"でな」
天地を崩壊させる三闘神の力を引き出していく。
ファルコンという大きな翼を広げ、セッツァーが魔力を込め始めた時だった。

551一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:50:45 ID:5alJ485M0
「待てやコラァアアアアアアアアアアアアアア!!」
怒声。
声のする方を振向くと、一人の青年が前屈みの姿勢でその場に立ちあがっていた。
「なんだ、てめーか。まあジッとしてろよ、そのうちちゃんとお前の財産も毟り取ってやる」
瀕死の青年に興味を持つこともなく、セッツァーは冷静に言い放つ。
青年、アキラにその声は届かない。
「うううぅぅぅぅううう……」
真っ直ぐ前を向いて、全身を鼓舞させる。
「おおおおぉぉぉおおおぉおぉぉおおぉ!!」
今まで出したことのないような速度で、一直線に走りぬける。
「おああああああああああああああああああああああああああ!!!」
構えた拳、それを地面スレスレの位置から振り上げる。
どこかの格闘家も褒め称えそうな、綺麗な曲線を描いたアッパーカット。
その拳が捉えていたのはセッツァーではなく、なんと物真似師の顎だった。
予想だにしない出来事に、セッツァーは大きく目を見開く。
そしてアキラはその勢いを殺すことなく、転げながら崩れ落ちた。

「"無法松"の役は、お前に任したぜ」
ヒーローと呼ばれた男の名を、残しながら。



闇の使者の放った魔球。
それにより等しく体力は奪われ、残ったなけなしの体力も徐々に磨耗していっている。
このままでは、犬死するだけだ。
せめて、物真似師の力になりたい。
あのセッツァーが何を考えているのか、それがヒントになるかもしれない。
だから、アキラは本当に最後の最後の力を振り絞り、セッツァーの深層心理へと潜り込むことにした。
「悪ィ、俺に力を貸してくれ」
空ろな一言は、この場に誰に向けられたものでもない。
先ほどのファイナルバーストに、自分の仲間の思いは全て載せきってしまった。
力を貸してくれる仲間なんて、もう彼にはいない。
だから今、ふと思い出した力を貸してくれるかどうか分からない存在を頼る。
「その、Yボタンを、押してくれるだけでいいんだ」
いつか公園のベンチで眠りに落ちていた時、不思議な夢を見た。
その夢の中にいた全く素性も知らない相手、老若男女何もかもがわからない相手に自分の生い立ちを説明していた。
そして自分の持つ超能力の説明まで、相手に語りかけていた。
何故、そんなことをしていたのかはわからない。
綺麗なところで目が覚めたので、不思議な夢だったなとその時は片付けていた。
なぜ、そんな夢を今思い出したのかもわからない。
だが、アキラには分かる。
あの夢で出会った相手は自分の仲間だと。
そして、今この場面にどこからか立ち会っていることも。
何故だか分からないが、そう確信させる何かがある。
一筋の希望に縋るように、届くかどうか分からない言葉を、アキラは語り続けた。

552一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:51:43 ID:5alJ485M0


































お手持ちのスーパーファミコンコントローラーの、Yボタンを押してください。

































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553一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:52:24 ID:5alJ485M0
「ありがと、よ」
心を読む力が、流れ込んでくる。
誰か分からないが、力を貸してくれたということだけは分かる。
その力を手に、この場面を打破するためにセッツァーの深層心理へともぐりこむ。
過去から現在まで、一体彼に何があったのか。
「……なるほど、そういうことかよ」
莫大な情報量が頭に詰め込まれる。
アキラはその一つ一つをゆっくりと整理していく。
セッツァーが夢を追う理由はなんなのか。
「ファルコン」とは彼にとってのなんなのか。
何故「世界最速」に拘り、追い求めているのか。
そして、その主軸に立っている一人の人物。
セッツァーの記憶越しに、魅力的に映る一人の女性。
点である全ての出来事がしっかりと結びつき、今のセッツァーへと辿り着く。
物真似師に人一倍憤慨していた理由も、ここに来てようやく理解する。
セッツァーだけではなく、友と二人で見ていた夢。
それを叶える為に、こんなところでくすぶっている場合ではないのだ。
傍から見れば猿真似でしかないそれに、夢を語られているのならば確かに誰だって怒り狂うだろう。

納得。
全てを見たアキラは、そうするしかなかった。
両者ともに信ずるものがあり、両者共に譲れないものがある。
ぶつかり合う、プライドの対決。
起こり得なかったもしにもしが重なり、この場が出来ている。
いわば、こうなることは必然だったのかもしれない。

では、どうすることも出来ないのか。
いや、それは違う。
あの物真似師が知らない、セッツァーの過去。
たった今この目に焼き付けた数々の光景を、あの物真似師に伝えれば。
何かが変わる、そんな気がしてならないのだ。
「そういやあんた、いつだったか自分は幸せだって答えたな」
動くための活力。
体力も精神力も、アキラにはもう殆ど残っていない。
しかし、どうにかしてあの物真似師に「事実」を伝えなければいけない。
「それ、ちょいと借りるぜ……」
もし、あのセッツァーが全ての幸運を吸い寄せているのならば。
この胸に幸運を抱けば、セッツァーに吸い寄せられるように走り出すことが出来るかもしれない。
いつか見た夢の中の人物、その受け答えの中で聞いた本当かどうかも分からない一言。
それを胸に、乗れるかどうかわからない賭けに出る。

立ち上がる。
自分でもわからないほど、謎の力が沸いてくる。
「うううぅぅぅぅううう……」
叫ぶ、もう我武者羅になるしかない。
「おおおおぉぉぉおおおぉおぉぉおおぉ!!」
思念をビジョンとして伝える。
今までやったことのない事を、成し遂げるために。
「おああああああああああああああああああああああああああ!!!」
大声を張り上げながら、今まででイチバン大きい拳のイメージを作り。
物真似師の顎を捕らえるように、殴りぬく。

なぜ、殴るという手段をとったのかはわからない。
だが、心の中で「これなら伝わる」という絶対的な自信があった。
どこの誰か知らない人間から受け取ったなけなしの思いと幸せを詰め込み、思念の形にして。
殴りぬけば、真実が伝わる。
そう、信じて。

「"無法松"の役は、お前に任したぜ」
ヒーローの責務、アキラはその全てを物真似師に託した。

554一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:53:08 ID:5alJ485M0



頭が痛い。
殴られた所為なのか、電流のように迸る映像の数々の所為なのか。
一つ一つのヴィジョンが物真似師の脳に直接作用する。
自分が知らなかった、セッツァーの過去。
世界最速、それを追う彼の姿。
自分が出会う前のセッツァーの生き様。
そして、このセッツァーが「もし」の存在であること。
強烈に突きつけられていく真実を、物真似師は受け止めていく。

同時に、物真似師は理解する。
最速へ向かおうとする「彼」を止める方法を。
唯一無二の、最強の手札を手に入れた事を。

ゆっくりと、浮かび上がった体が地面へ向かっていく。
そのとき、物真似師の顔をずっと隠していた黄色の布がふわふわと空に飛んでいった。
今までの攻撃の数々や無茶が祟ったところに、アキラの拳で最後の一押しが加えられたからか。

だれも見たことのない素顔を晒しながら、物真似師が地に倒れた。



「何だ、気でも狂ったか?」
突然起き上がり、こちらに向かってきたと思えば物真似師に拳を振るって倒れこむ。
死の境地に立たされ、まともな判断が出来なくなったのだろうか?
ともあれ、共倒れの形で二人が死んでいった。
仲間の思い全てを失ったアキラには何も残っていない。
そして、物真似師もその物真似のレパートリーを全てあの攻撃にぶつけていた。
まだまだ毟り取れるものはあったが、この二人からは九割ほどを毟り取り終えた後だ。
取立ては、ほぼ完了したといえる。
最後はあっけない幕切れだったが、自分の空に浮かんでいたゴミの掃除が終わった。
セッツァーは、死に絶えたゴミへまったく意識を向けることもなく。
身を翻し、違う方向へと進みだそうとしていた。

「待ちな」

セッツァーを引き止める、一人の声。
思わずハッとする。
ありえない、ありえない、ありえないはずの声。
ここにいるどころか、元の世界でも聞こえるはずのない声。
トーン、抑揚、独特なクセ。その全てが一致している。
どうやって猿真似しているのかはわからない。
だが、物真似師がそれを真似していることは分かっている。
怒りに怒りを重ね、セッツァーが銃を握る。
そこまでこの自分の空を汚そうというのならば、徹底的にその命を刈り取る。
声のする方へ、素早く振向く。
その瞬間に引き金を力を込め、躊躇いもなく一気に。

「今、考えていることの逆が正解だ」

引けなかった。
腰まで伸びる金色の長髪。
宝石にも似たエメラルドグリーンの瞳。
身に纏っている衣服が、それを物真似師だと告げているはずなのに。
首から上、黄色い布に隠され続けていたその素顔は。
速度の先に散っていった友と、寸分たがわぬ顔が、そこにあった。

555一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:53:41 ID:5alJ485M0



世界最速の船、ファルコン。
速度の向こう側にすら辿り着けるとされていたその船は、ある日突然の事故に巻き込まれる。
セッツァーは気にも止めていなかったが、墜落現場は小三角島。
そして、墜落現場にはあるはずの"死体"が存在していなかった。
人間の限界を超え、技術の限界を超え、何者にも追いつけない速度を出していたのだとすれば。
死体が残らないほど強烈な衝撃をどこかで受けたのかもしれない。
墜落の途中、ファルコンから振り落とされて海に沈んだのかもしれない。
現場にほぼ全壊したファルコンのみが残されていることは、なんら不思議ではない。
当時、セッツァーもそう結論付けていた。

仮に墜落時、まだ生きていたとしよう。
彼女が生きていたのならばファルコンが最低限整備は行われる筈だし、空を舞う友となんらかの連絡を取る筈だ。
ファルコンの姿が見えなくなってから約一年間、一人のセッツァーに手紙やその類は一切来なかった。
遺体が綺麗サッパリ消えていたことから考えても、やはり先述のようにどこかで命を落としてしまったと考えるのが普通だ。

ここからは可能性の話になる。
墜落した小三角島は、ある一人の魔物の逸話がある。
空間を貪り、その体内に異次元を抱え込むとされる「ゾーンイーター」という魔物の話だ。
ここにいるセッツァーは知りうることはないことなのだが、物真似師が生息していたのはその「ゾーンイーター」に吸い込まれた先の次元だ。
この世ではないようで、この世の一部のような不思議な空間。
その最深部で、物真似師はひっそりと暮らしていた。

話を戻そう。
もし、ファルコンを操る彼女が墜落後に何らかの形でこの魔物に出くわしていたとしたら。
気絶をしている間でもいい、その体内に飲み込まれていたのだとすれば。
墜落現場に死体が一切見当たらなかった理由も。
今、この瞬間に彼女と同じ顔がセッツァーの目の前に映っている理由も。
その全てが、たったそれだけで説明が出来る。

まあ、そこまで言った所で可能性の話にしか過ぎないのだが。

556一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:54:20 ID:5alJ485M0



「嘘だ」
呆ける。無理もない。
この目で認めることの出来ない、たった一つの真実。
「ダリ……ル?」
居るはずのない人間がそこに立っているのだから。
構えた銃の引き金を引くことなんて、出来るわけもなかった。
「もう一度言おうか? 今、考えていることの逆が正解。
 でも……それは大きなミステイク」
「うるさいッ!」
聞きなれた声、聞きなれた口調。
そして忘れるはずもない顔と、風に靡く長髪。
どこからどう見ても、ダリルその人がそこに立っている。
だが、体に纏っている奇抜な衣服。
それはどう見ても物真似師が纏っていたもの。
このダリルの顔を持ち、同じ声を発する存在は。
さっきまで自分が憎しみに憎しみを重ねていた、物真似師でもあるのだ。
「そう、確かに私はお前の憎む物真似師だ。
 だが私がたった今、真似しているのはあなたの愛した人だ」
今考えていることの逆が正解。
ダリルの声を聞き、見慣れた顔を視界に写し、ダリル本人だという可能性を考える。
その逆、つまりダリル本人ではないということが正解。
しかし、それは大きなミステイク。
物真似師の真髄、ありとあらゆる要素を完全に真似る。
人の記憶越しでも、映像としてこの身に刻まれたものなら一寸の狂いもなくトレースすることができる。
だから、今物真似師が物真似しているのは。ダリルそのものであることは間違いない。
「私は、そのダリルという人を知らない。
 アキラが見せてくれたあなたの過去から、形成しただけに過ぎない。
 布で隠されていない私の顔がどうなっているのか、私にはわからない。
 でもセッツァー。あなたの反応を見る限り。この私の顔は、ダリルと瓜二つなんだろう?」
だが、それも完全なものではない。
セッツァーの全ての記憶というフィルターを通した、ダリルという人間像を真似しているだけに過ぎない。
本当のダリルはどうなのか、記憶で語られていない部分や仕草は真似しようにも真似できない。
だが、そんな記憶の断片だけでもここまで真似できるということは。
セッツァーという一人の人間が、ダリルという一人の人間を見つめ続けていたことを示す。
きっと、セッツァーが一番信じられないだろう。
死んだはずの人間と瓜二つのが、よりによってこの殺し合いの舞台で目の前に現れるなんて。
ましてや、それが今憎み続けた相手だなんて。
顔がローブに隠されていれば、パチモンのただの模倣と片付けることが出来ただろう。
だが、明かされた物真似師の顔が。
そのわずかな望みを、セッツァーに与え続けているのだ。
「キャプテン、あんたが世界最速を目指す理由は分かった。
 そして、その先に何を求めていたのかも分かった」
捲くし立てるように物真似師が口を開く。
銃を握り締めたまま、立ちつくし口すら開かないセッツァーを諭すように。
セッツァーという一人の人間を理解した。
それも、理解したつもりになっているだけなのかもしれない。
だが、アキラの見せてくれたヴィジョンから得たもの。
その中で絶対に正しいと思えるものを、心に据える。
夢を追い続けるが故に狂行に走り、最速を目指し続けた存在を止めるには。
この手札しかないのだから。
「私は、ダリルは。世界最速の向こう側、誰よりも星空に近い場所で」
ファルコンが風を切る。
夢という何者にも負けはしない、絶対に折れることはない動力で。
ゼロから段階を踏んで、加速していく。
「貴方が夢見た、何もない真っ青な空を見上げながら」
白を突き抜けた先、広がるのは無限の青。
誰にも邪魔されることのない、広大な景色。
胸いっぱいにそれを抱きしめて、彼女は浮かべていた。
「あの日、こんな風に笑って居たんだと思う」
太陽にも負けない、満面の笑顔。
たったその一瞬の表情だけで、最速を目指して加速し続けていたセッツァーを。
息つく間もないほんの数秒で、ぶっちぎった。

557一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:55:03 ID:5alJ485M0

「あ、あ、ああ」
屈託のない笑顔。
それは、紛れもなく彼女のもの。
絶対幸運を手にし、世界最速へ辿り着いたはずなのに。
どうして、どうしてそこに居るのか。
追う側の立場にしか慣れないのか。
振向いてその顔を見せてくれたのは、哀れみなのか。
目に映る全ての現実。
「あああああああああああああ!!!」
セッツァーは、それを否定する。
引き金を引く、銃弾が放たれる。
物真似師の体を貫き、肉体がびくりと跳ね上がる。
「三流が! 猿真似が! 似非野郎が、アイツを騙ってんじゃねえ!」
何度も何度も、引き金を引く。
残っていた銃弾を全て吐き出すように、引き金を引く。
一発一発のリボルバーアクションが行われるごとに、物真似師の体が跳ねる。
弾がなくなれば、即座に詰めなおして再び吐き出していく。
それを繰り返し行い、十数発を叩き込む。
「アイツは死んだんだ、こんな場所で、俺の目の前に現れる筈がない!」
そう、死人は蘇らない。誰だって知っていることだ。
だから、目の前に映っているのは現実じゃない。
受け入れない、受け入れたくない。
物真似のまやかしになんて惑わされたくない。
銃を投げ捨て、両手に魔力を込める。
手に入れたばかりの世界を滅ぼす力。
それをたった一人に向かって放ち続ける。
「邪魔なんだよ、ウザいんだよ、お前がいるから、俺は早くなれない」
物真似師、最初から最後まで自分の視界に映り続けた存在。
どこかに居るけど、そのどこかが分からない。
けれどもそいつの所為で夢が叶わない。
だから、そいつを消すために魔力を放ち続ける。
「失われた」という名の、破壊の魔法を。
たった一人の人間に向けて、打ち続ける。
「お前が、目の前にいるか――――」
口走った言葉、そこで気がつく。
あの物真似師は、何時だって自分の目の前に居た。
自分より後ろにずっと居たのではない。
周回遅れ。自分より遥か先へと辿り着き、一週回ってきていたのだ。
「あ、ああああああああああ!!」
気づいてしまった。
全ての可能性に。
気づいてしまった。
あり得ない可能性に。
気づいてしまった。
自分のやっていることに。
否定する、否定する、否定する。
ここで起こったことを全て消し去るために、セッツァーは魔力を放ち続ける。
もはや、人の形を保ってすら居ないそれに集中して魔力を注ぎ続けた。
「回れ!」
消し炭になった何かを目に据えて、セッツァーはスロットを動かす。
「止まれ!」
揃う絵柄は七。
絶対幸運を駆使し、確実に息の根を止めるために。
「止まれ!」
揃う絵柄は七。
この不運な現実を、吹き飛ばすために。
「止ま――――」
最後のリールを、止めた。

558一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:55:37 ID:5alJ485M0

幸せを運んでいた小さな花の栞は、とっくのとうにセッツァーの懐で静かに枯れ果てていた。
絶対幸運圏、それの維持にはどんなに小さくとも幸せが必要だ。
戦闘する相手が放つ幸せの力、道具の持つ幸せの力。
いつか願いを込めた、ほんの僅かなものでもいい。
すこしの幸せでもそこにあれば、絶対幸運圏は維持される。
逆に言えば、吸い尽くす運がなければ絶対幸運は齎されない。
「ダリルに会う」というこの上ない幸せを掴まされ、持っていた幸せを消費しつくした。
最大の配当を与える魔法の数字を揃える力など、彼の手元に残っているはずもない。
幸運のない人間に、絶対幸運圏は微笑まない。
微笑むのは――――

BAR。

――――"特上"の"不運"。

死神が現れる。

ゆっくりと鎌を振り上げ、一人のギャンブラーの命を一瞬のうちに奪い去って行った。



力が抜けていく。
人が死ぬときというのは、こんな感覚なのだろうか。
初めての感覚を味わいながら、彼女は喜んでいる。
なぜなら、彼は物真似師。
今は「人が死ぬ」という物真似をしているのだから。
この世の全てを真似しつくし、この世の全てをその身に納める。
この世で唯一の存在、それが物真似師だから。

名前? ヤツの名前は――――



異次元の舞台の上で、同じ世界かつ違う世界の空を駆け続ける二人の狂人。
そんな世界最速の人間の話は、ここでおしまい。
魔王の娘は夢を奪われ、魔剣の餌食となった。
全てを悟った物真似師は、現実を拒否し続けたギャンブラーに殺された。
そしてそのギャンブラーは、自らが支配していたはずの幸運に殺された。

負けて終わり、勝者は居ない。

この場に残っているのは、二人の人間の体と一つの消し炭。
倒れ伏した黒き夢の懐から、一対のダイスが零れ落ちる。
果てしない夢と、それを追い続ける希望と、その先にある全てを掴み取る欲望を司るミーディアム。
黒き夢が絶対幸運をつかみ続けていられた理由のひとつ。
それは、元々一人の人間の心臓だったもの。

今、ギャンブラーは命を落とした。
希望も欲望も、夢すらももうそこにはない。
だが、ダイスは何かに引き寄せられるかのように転がり続ける。
物真似師を殴り、そのまま泥のように眠りに入った青年の下へと。

ヒーローになりたいという夢。
元の世界で暮らしたいという希望。
この場で生き抜いて見せるという欲望。

少年が眠るまで抱き続けたそれに、ダイスが吸い寄せられていく。
そして、青年の胸の辺りに辿り着いたとき。
ダイスが、再び砕ける。
白と黒、その断面からは命の赤が流れ出していく。
そして、その破片の一つ一つがアキラの体内に潜りこんでいき。
死に行くはずだった彼の、生きる力となっていった。



これより始まるのは、一人のヒーローの話である。

559一万メートルの景色 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:56:09 ID:5alJ485M0



【ちょこ@アークザラッドⅡ 死亡】
【ゴゴ@ファイナルファンタジーVI 死亡】
【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジーVI 死亡】
【残り7人】
【アークザラッドⅡ、ファイナルファンタジーVI 全滅】

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 昼】
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:HP1/32、意識不明、疲労(超)、精神力消費(超)
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:毒蛾のナイフ@DQ4 基本支給品×3
[思考]
基本:ヒーローになる。
1:――――
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。

※消失支給品:にじ@クロノトリガー、希望と欲望のダイス@RPGロワオリジナル、ジャンプシューズ@WA2
          昭和ヒヨコッコ砲@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ルッカのカバン@クロノトリガー、小さな花の栞@RPGロワ
          ゴゴのデイパック(基本支給品一式×2(ランタンはひとつ)、魔鍵ランドルフ(機能停止中)@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノ・トリガー)
          (各々の消失理由は省略、大体(ゴゴの所有物)はセッツァーのミッシングによるもの)

※放置支給品:ブライオン@LIVE A LIVE(どこかに突き刺さっている)
          天使ロティエル@サモンナイト3(どこか、使用不可の可能性有)
          デスイリュージョン@アークザラッドⅡ(ちょこの遺体周辺にばら撒かれている)

          ラストリゾート@FFVI、ミラクルシューズ@FFⅥ、いかりのリング@FFⅥ
          ちょこのデイパック(海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品1個@魔王より譲渡されたもの 焼け焦げたリルカの首輪、アシュレーのデイパック)
          (以上四点、共にちょこの遺体が有るべき場所に)

          44マグナム(残弾なし)@LIVE A LIVE、バイオレットレーサー@アーク2
          セッツァーのデイパック(基本支給品一式×2 拡声器(現実)、ゴゴの首輪、日記のようなもの@???)
          (以上三点、セッツァーの遺体傍に)

【ラストリゾート@ファイナルファンタジーVI】
ゲームボーイアドバンス版で追加されたセッツァーの最強武器。
『最後の切り札』の名を冠している。
MPを消費してクリティカルを出す効果があり、後列からでも威力が落ちない。
なおかつ補正が力+3・素早さ+4・体力+4と物凄い。

560 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 04:57:39 ID:5alJ485M0
投下終了です。
改めて予約期限を超過したことをお詫び申し上げます。
大変申し訳ありませんでした。

何かありましたら、どうぞお気軽に。

561 ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:27:51 ID:YS0TZHjM0
執筆&投下お疲れ様ですッ!

非常にすごそうなSSのようですので、またじっくり読んで後ほど感想を書かせて頂きますね。
今はちょいと頭が回らないので……w
取り急ぎ、アナスタシア、ピサロを投下いたします。

562Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:29:48 ID:YS0TZHjM0
 ――どうか、届きますように。

 ◆◆

 両手で握り締める鉄塊が重い。
 左肩から指先までの感覚が薄く、零れ流れて不足気味の血液は、力を与えてはくれない。
 アナスタシアは、思い切り息を吸う。
 普段以上に右手の握力を強め、左五指の支えとする。右腕の筋肉に力を与え、左腕の痛みをカバーする。
 多少の血液不足など慣れたものだ。男には分からぬ苦しみを経て、女は月一で血を流しているのだ。
 深く酸素を取り入れ、鉄塊――アガートラームを構える。
 胸の奥底、荒野のように乾いた欲望が僅かに潤ってしまったことを自覚する。
 こんな状態では届かない。眼前で佇む純然たる愛の化身には立ち並べない。
 だから、アナスタシアは別の感情を燃料とする。灼熱し滾る感情――単純なる憤怒を燃やし力とする。
 ピサロを、睨みつける。
 美しいはずの銀髪は煤け、精悍な顔立ちには汚泥が付着し、切れ長の瞳は血走っている。
 酷い有様だとアナスタシアは思う。きっと自分も似たようなザマなのだろうと思うが、気にしないことにする。
 ピサロと言う男は、アナスタシアの好みではない。
 だからどうでもいい。
 だから、心おきなくぶっ叩ける。
 頼れるのはこの身のみ。ぶっ倒す相手は一人だけ。
 力の差など考えるのは無粋でしかない。
 だってこれは、笑えるほどに単純な、男と女の喧嘩の構図なのだ。
「それじゃあ――行くわよッ!!」
 止め処ない怒りを力<フォース>に変換。即座にアビリティとして発動する。
 プロバイデンスとエアリアルガードを重ね掛け、アナスタシアは疾駆する。
 
「無駄な足掻きをッ!」
 ピサロが細い指先でアナスタシアを指し、先端から凍てつく波動を迸らせる。
 アナスタシアに施された強化が捲られ、剥がされ、破られ、速度が目に見えて落ちる。
 だが、アナスタシアは動じない。
 底なしの怒りは無限のフォースを生む。尽きないフォースは止まらない力に置換される。
 再度のブーストを瞬時に終えて加速。左右で束ねた髪を靡かせながら、アガートラームを振りかぶる。
「馬鹿にしないで欲しいわね! 簡単に丸裸にされるような、安い女じゃないッ!!」
 豪快に叩きつける。風の力と重力に後押しされたアガートラームは、聖剣の名とは程遠い凶悪さを見せつけていた。
 ピサロがステップを踏む。
 軽く後ろに飛び退る彼の手に在る砲は、アナスタシアへと向けられていた。
 砲口に宿るのは碧の燐光。クレストグラフに刻まれた紋様が生み出す魔力の輝き。
「双填・ヴォルテック×ハイ・ヴォルテック――スパイラル・タイフーン」
 ピサロの呟きに応じるよう、砲口の魔力が圧縮し収束し、爆ぜる。
 大気が撹拌され鋭く尖り刃を成し渦を巻く。碧の竜巻が生成されるまで時間はかからない。
 構わずアナスタシアは突っ込んだ。
 エアリアルガードによる風の防護が竜巻と衝突する。竜巻の壁に風の防護が食い合い、甲高い音を響かせる。
 暴れ狂うその音は終末を告げる笛を思わせた。その音に導かれた終末を迎えたのは、風の防護の方だった。
「まだまだぁ――ッ!!」
 アナスタシアが立ち向かい突破を試みるのは風の二重螺旋だ。一重の壁で守れる道理はない。
 難しい話は何処にもない。相手が二重なら、こちらも二重にしてやればいい。
 たった、それだけだ。
 
 ――やってやる。やってやるわよ。
 
 出来ないなどと、可能性を潰してしまっては。
 
 ――女がすたるッ!!

563Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:30:57 ID:YS0TZHjM0
「エアリアルガード×エアリアルガードッ!!」
 感情を注ぎ込みフォースをいっぱいに高め、叫ぶ。
 瞬間、嘶きにも似た一際甲高い音が高鳴った。
 アナスタシアの周囲に生まれる風が、逆巻く竜巻を撥ね退ける。
「エアリアル・ウォールッ!!」
 風の防壁はスパイラル・タイフーンをシャットアウトしアナスタシアを守り抜く。更に、二重の風の加護は反応速度を急激に高めていく。
 そのまま竜巻を突っ切るべく地を蹴り、竜巻の先に在るピサロの姿を捉え、そして。
 見える。
 ピサロが、更に呪文の詠唱を重ねている様が、だ。

「スパイラル・タイフーン×バギクロス――」 

 風の壁の向こう、暴虐的な唸りが聞こえた。
 
「――スパイラル・クロスタイフーン」

 三重に重ねられた嵐が翠の力となり、二重の壁を強引に叩き割った。
 
 ◆◆
 
 放出した魔力の残滓が、煙のように砲口から立ち昇る。
 バヨネットを振り払い煙を消し、ピサロは翠の旋風を見やる。
 クレストグラフ二枚分の魔力とピサロ自身の呪文を掛け合わせた、三重の魔法。
 それは、ロザリーと共に在った一人の少女が、ピサロにぶつけてきた力の再現だった。
 
 ――見事なものだ。
 
 称賛の相手は、たった一人の幼い魔法使い。これほどの技術を体得した少女を、ピサロは心から称える。
 メラという初歩的な呪文であったとはいえ、彼女は、クレストグラフもバヨネットもなしでこの三重魔法をやってのけた。
 人間とは思えぬほどの、驚嘆に値する才能だ。
 もし違う出会いをしていればと思い掛け、ピサロは苦笑する。

 ――違う出会いならば、私は彼女を認められまい。

 たとえロザリーの友であったとしても、人間というだけで憎悪していただろう。
 それどころか、ロザリーに近づく毒虫として、即座に排除を考えていたかもしれない。
 もしも、そうなったとしたら。
 
 ――ロザリーは、私を責めるだろうか。憎むだろうか。怨むだろうか。
 
 責められても仕方あるまい。憎まれても言い返せまい。怨まれて当然であろう。
 嫌悪され、唾棄され、侮蔑され、憎悪され、忌避され、厭悪されるであろう。
 そうであったとしても。ロザリーがどれほどピサロを遠ざけようとも。
 それでも。
 
「で、えぇえぇえええぇえりゃあぁあぁあぁああぁぁぁ――ッ!!」

 ピサロの思索を遮ったのは、お世辞にも上品とは言えない絶叫だった。
 不愉快そうに目を細め、バヨネットを構え直す。
 鬼気迫る薙ぎ払いで翠の旋風をぶっ飛ばし、愚かしいほど真っ直ぐにアナスタシアが突っ込んでくる。
 風の加護を重ね掛けしているせいか、速度もかなりのものだ。魔力を双填している間はないだろう。
 打ち消してやるのは造作もない。だが、鬱陶しいほどの執念深さでこの女は食らいついてくるに違いない。
 強化を施したアナスタシアを叩き潰し、歴然とした差を見せつけてやる必要がある。
 だから、ピサロは凍てつく波動を使わない。
 即座に距離を詰めてくるアナスタシアの攻撃を確実に見据える。
 溜めが入り、大剣が突き込まれる。
 分厚くも鋭い先端が迫り、接触する直前に。

564Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:32:25 ID:YS0TZHjM0
「カスタムコマンド・インビジブル」
 黄金のミーディアムが眩い輝きを放ち、絶対防壁が形成される。
 鈍い音を立てて聖剣が制止する。眼前で停止する切っ先へと、ピサロは砲口を合わせた。
「双填・マヒャド×マヒャド――マヒャデドス」
 装填された魔力は巨大な氷塊と化し、防壁の先にその威容を向けた。
 圧殺さえ可能なほどの氷塊の後ろで、ピサロは深く膝を曲げる。
 跳ぶ。
 氷上まで舞い上がり、氷塊を跳び越え、身を捻る。
 訪れる一瞬の制止。次いで始まった落下時に回転を入れて向きを変え、宙返り、軽やかに着地する。
 巨大な剣で氷塊を受け止めたアナスタシアの背後に、だ。
 地を蹴る動作に容赦はない。アナスタシアが両側で結った髪を乱して振り返るが、遅い。
「装填・ハイパーウェポン」
 腕力の強化を施し、無駄のない動作で、バヨネットを突き込んだ。
 パラソルの先端に固定された短剣が風の防壁に阻まれる。
 ピサロは構わない。この程度、予測できていたことだ。
「真空波」
 ピサロが強風を発生させる。だがこれは、攻撃的な竜巻でも旋風でもない。
 起こったのは、アナスタシアを覆う風の護りを撫でるような空気の流れだった。
 風が動く。
 アナスタシアの周囲の風が乱れ、曲がり、歪み、動きを変えた。
 その動きは、ピサロの刃を阻むものではなく、アナスタシアへと導くものだった。
 攻撃が加速する。
 吸い込まれるようにして伸びる攻撃は、振り返ろうとするアナスタシアの喉元を狙った一撃だ。
「エアリアルガードッ!」
 直撃の数瞬前で風が巻き起こる。アナスタシアが起こした風は突きの軌道をねじ曲げ逸らす。
 必殺であったはずの突きは、青の髪を数本千切り取って空へと抜けた。
 巻き起こされた風により、投げだされた髪がふわりと宙を舞う。
 まさに、その瞬間。
 ピサロの真横から、圧力さえ伴うほどの猛烈な怒気が膨れ上がった。
 
「こ、ン、の――……」
 地獄の主かくあるべきとでも言わんばかりの声が響くとほぼ同時に、分厚い刃が真正面から迫ってくる。
 激情の乗った力任せのフルスイングに対し、ピサロはインビジブルを展開する。
 がぎん、と耳障りな音を響かせ、刃は停止した。
 一撃はピサロまで届かない。
 だが。
「女の子の、髪に――……」
 アナスタシアの気迫が、防壁をじりじりと押し込んでくる。
「なんて、ことを――……ッ!」
 そして、遂には。
「して、くれんのよぉ――――ッ!!」
 スイングが、振り切られる。
「何ッ!?」
 防壁が破られたわけではない。現に、刃はピサロへと至っていない。
 なのに今、ピサロの身は宙に浮かされ後方へと吹っ飛ばされている。
 驚愕によって判断が鈍る。その隙を突いて、アナスタシアが突っ走ってきた。 
 アガートラームが振り下ろされる。
 大振りの斬撃が、インビジブルの絶対防壁へと叩きつけられて。
 震動が、来た。
 防壁を無理矢理ぶち叩いた刃が、壁ごとピサロを揺さぶってくる。
 重厚な一撃は、されど、防壁を破るには至らない。
 だがピサロは、ほぼ反射的な判断で、銃剣を地面へと全力で降り下ろした。
 武器の先端が硬質な地面に叩きつけられ、ピサロへと反動を返してくる。
 ハイパーウェポンによって腕力が強化されていたこともあり、その反動はかなりのものだ。
 その反動が、宙を飛ぶピサロの軌道を横へとズレさせた。
 壁の表面から、大剣が滑っていく。
 受け身を取って地面を転がって距離を離し、立ち上がる。
 振り仰ぐと、深々と地面に突き立つアガートラームの傍らに、アナスタシアは佇んでいた。

565Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:33:39 ID:YS0TZHjM0
「防壁ごと叩き飛ばすとはふざけた怪力だな。とても女とは思えぬ」
「はぁ? 何勘違いしてんの貴方。女だから力が出せるのよ」
 アナスタシアが束ねた髪を片手でかき上げる。纏う風に靡く様は、髪型の名が示す通り尻尾のようだった。
「男の妄想で女を括ってんじゃないわよ。女は貴方が思っているよりずっと強いの。特に――」
 掌を広げ、左胸に手を押しあてる。

「――ココロが強い女の子を、たくさん知ってる。わたしなんかよりココロがずっと強い女の子は、星の数ほどいるわ」

 ◆◆
 
 どくんどくんと脈打つ鼓動を感じる。
 グローブをしていても、エプロンドレスを着ていても、その鼓動はしっかりと感じ取れる。
 この拍動が全身に血液を巡らせ、生命を成しているのなら。
 まさにココロは、この胸の奥で息づいているのだとアナスタシアは思う。
 ココロの吐息が掌を押す。
 弱いアナスタシアに、思い出が強さをくれる。

 たとえば、この島で初めて出会った女の子は、小さな体で沢山の悲しみを抱いていた。
 彼女は、喪失の苦しさ、離別の悲しさ、独りぼっちの寂しさを、無邪気さの裏で抱え込んでいた。
 だけど、次の喪失を怖がって他者を拒絶することなんてなかった。
 それは、また色んな人と仲良くなって、失くさないように護ろうと努められる強さを持っているからだ。

 たとえば、アナスタシアの親友は、仲間をみんな亡くして、たった一人生き延びて、何人も何人もたいせつな人を失ってきた。
 そんな彼女は、アナスタシアがどれだけ拒絶しても、どれだけ最低な無様を晒しても、手を差し伸べ続けてくれた。
 どんなに情けないザマを見せても、どんなに傷つけるようなことをしても、絶対に仲間を見限らない精神は、強さに他ならない。

 たとえば、魔法使いの女の子は、大好きな人に、必死で声を届けようとした。
 彼女は、女の子のためにと謳い誤った道を行く少年へと、諦めずに声を投げかけ続けた。
 その声がどうなったのか、アナスタシアは知らない。だけど、届いたと信じている。
 あの子の真っ直ぐな気持ちは、挫けない気持ちは、ひたむきな前向きさは、眩しいくらいに強かった。
 
 たとえば。
 そう、たとえば、綺麗な桃色の髪をした女性は。

「ねぇ。ロザリーさんは、どうだった?」
 ピサロの美しい眉が、微かに動いた。
「わたしは、ロザリーさんのことをほんとうに少ししか知らない」
 アナスタシアは思い出す。
 夜雨の下で交わした会話と、たいせつな人の元へと駆ける細い背中を。
 たったそれだけ。
 たったそれだけしか、アナスタシアは知らない。
 それでも。
「それでも、わたしの中に息づくロザリーさんは、とても強い女性だわ」
 ねぇピサロ、と。
 アナスタシアはもう一度問う。
「貴方が愛している女性は、強い女性?」

566Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:35:02 ID:YS0TZHjM0
 ピサロはそっと目を伏せる。
 記憶の海に想いを浸すように。かけがえのない本のページを、優しくめくるように。
「――知れたこと」
 そう呟いて、ピサロは目を開く。
 その紅の瞳は、ほんとうに、ほんとうに。
「気高く、高貴で、汚れのない――真の強さを、ロザリーは持っている」
 ほんとうに、穏やかな輝きを湛えていた。
 小さく微笑んだ表情からは優しさが溢れていて、声には愛おしさが満ち満ちていた。
 その慈愛いっぱいのピサロを前にして。
 アナスタシアのココロが、くっと締め付けられる。
「そう、そうよね。やっぱりロザリーさんは強いわよね」
 息苦しさを覚えながら、アナスタシアは吐き出す。
「強くなければ、貴方を愛せないものね」
「愛せない、だと?」
「ええ。だって貴方は、それだけロザリーさんを愛しているのに――」
 ピサロを睨みつけ、左胸を抑えつけるようにして右手の握力を強める。
 吐き出した息を吸い直し、鼓動を掌に受け止め、言葉を継ぐ。

「それなのに、ロザリーさんを理解していないもの」

 ピサロの瞳から穏やかさが消える。表情から優しさが抜け落ちる。
「何が言いたい」
 声色の慈愛は失せ、詰問するような口調になっていた。
 だがアナスタシアは動じない。

「大好きな人には自分を分かってほしい。大好きな人には全部を理解してほしい。
 そんな当たり前の願いを叶えてくれない男を愛し続けるなんて、よほどの強さが必要だとわたしは思うわ。
 それとも、ロザリーさんが言ったの? 殺し合いに乗って一人生き残って、生き返らせて欲しいって?」

 アナスタシアは胸に当てていた手を、伸ばす。
 惑わず、臆さず、躊躇わず。
 地に突き立ったアガートラームの柄を、握り込む。

「勘違いするな。私の行動は、全て私自身が決めたことだ。
 貴様などに言われずとも、私は、ロザリーの願いも、望みも、祈りも、信念も、全て分かっている」

 そんなアナスタシアを見据えて、ピサロは叫んだ。

「理解した上で、私は決めた。
 たとえロザリーの望まぬ手段であったとしても、ロザリーの想わぬ方法であったとしても!
 彼女を蘇らせると、私は決めたのだッ!」

 感情を吐露するようにピサロは叫ぶ。
 その叫びを、アナスタシアは。
 鼻息一つで、一蹴した。
「理解してても、構わずに我を通そうとするんだったら、それは、分かってないってことなのよ」
 だから。
「わたしは、貴方を許せないッ!!」

567Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:36:27 ID:YS0TZHjM0
 聖剣を、無造作に引き抜いた。
 重量が無遠慮に、右腕に負荷を掛ける。
 感じる痛みをリフレッシュを使用してキャンセルし、無理矢理片手で聖剣を掲げる。
 リフレッシュをひたすらに重ね、左腕の痛みを誤魔化し切り、掲げた剣の柄に手を添える。
 構える。
「愛してるなら少しくらい尊重してあげなさいよッ!
 一方的に自分の感情を押しつけるのが愛なんて、わたしは認めないッ!!」
「元より相容れないのは自明! 女よ、全力で潰しに来るがいいッ!!」
 対し、ピサロも砲に魔力を込める。
「貴様の深い業に、私が幕を引いてやるッ!!」
 そうして、互いに地を蹴り、駆け出して。
 意地と誇りと感情をぶつけ合う、命がけのから騒ぎは続いていく。

 ◆◆
 
 もう、どれだけ刃をぶち込んだだろうか。
 もう、どれだけの魔法を浴びせられただろうか。
 数え切れないほどの交錯と衝突を経てなお、アナスタシアはピサロと相対していた。
 額からは汗が滲み、鉄臭さの残る口はからからに乾燥し、全身は土埃でぱさついていた。
 痛覚が麻痺していて、痛みが一切感じられない。
 掛け続けているリフレッシュのせいか、体が壊れてしまったのか、感情が振り切ってしまっているせいか。
 今の自分だけは鏡で見たくないなと思い、更にはこの場を隔離しておいてよかったなと安堵し、そんな雑念をすぐさま振り落とす。
 魔法が来る。
 聴覚を叩き潰すような爆音が鼓膜を強く震わせ耳鳴りを引き起こされ、炸裂が巻き起こる。
 その中心へ、プロバイデンスの加護と風の防護を信頼し、躊躇わずに突っ込んでいく。
 エアリアルガードの二重展開――エアリアルウォールによって高められた反応速度が、アナスタシアを前へと送る。
 爆発を置き去りにして彼我距離を一瞬で詰めて、アガートラームを降る。
 掌に返って来るのは、飽き飽きした壁の感覚だった。
 バヨネットの刃が返しに来る。
 反射神経だけで避け、距離を取り、我武者羅に前へ。
 ダンデライオンの名に掛けた、挫けない心を血に溶かし全身に流し込み、一撃を放つ。
 渾身の一撃は、やはり壁に阻まれる。
 ピサロが張り巡らせる絶対防壁は、どれだけの攻撃を叩き込んでも突破を許さない。
 さすがに、息が荒くもなる。
 
 ――いい加減に、なんとか、したい、わね……。
 
 思考ですらこま切れになるほどの疲労を覚えながらも、アナスタシアは愚直に剣を握る。
 簡単に勝てる相手ではないのは百も承知。口喧嘩なら勝機はあるかもしれないが、それで勝ったところでどうにもならないのは千も承知だ。
 アナスタシアが何を言おうと、この男には通じはしない。
 ピサロに言葉を届けさせることができるのは、後にも先にもただ一人だけ。
 その人物の言葉を代弁できるほど、アナスタシアはその人物と絆を結んでいない。
 
 ――何か、ない、かしら。何か……。
 
 地獄の雷がアナスタシアを襲う。
 めいっぱいプロバイデンスを掛け、必死に身を守って凌いだところを、追撃の風魔法が迫る。
 アガートラームで振り払い、的にならないよう走り回る。
 魔法の嵐が止んだ隙を突いて再突貫。
 幾度となく繰り返した聖剣の攻撃は、やはり壁に阻まれる。
 壁越しに、ピサロが砲口を突き付けてくる。
「そろそろ、終わりにさせてもらうぞ」
 砲の中で蒼が煌めく。ラフティーナの力を装填した究極光が、アナスタシアへと牙を剥こうとし――。

568Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:38:52 ID:YS0TZHjM0
『――……が、……ま……か?』

 声が聞こえた。

「ッ!?」
 前触れもなく聞こえたその声はか細く、自らの耳を疑い、直後に不味いと後悔する。
 突然の声に気を取られたことによる隙を、あのピサロが見逃すはずがない。
 しかし、究極光の一撃は放たれず、砲に充填されていた魔力は霧消していた。

『――……い……ら、……ね…………す』

 ピサロもまた、動きを止めていた。
 彼は中途半端に砲を構えた姿勢のまま目を見開き唇を戦慄かせていて、顔色を驚愕に染めていた。
 
『どう……むけ……』

 ピサロは今、完全に意識を声へと傾けていて、アナスタシアを見ていない。
 完全に、声音に心を奪われているようだった。
 だからアナスタシアも意識を傾け耳を澄ませる。
 隙だらけのピサロに仕掛けるよりも、そうすべきだと思えた。
 
『――……なは、……』
 
 その声がアナスタシアの記憶にもあるものだと気付き、声の主の正体に思い当たる。
 まさか、と、どうして、が戸惑いとなって浮かび上がるアナスタシアを置き去りにして、

『……ロザリー……。……ディ……って、し合いを……』

 ピサロに届き得る可能性を秘めたその名が、続いたのだった。
 
 ◆◆
 
 どれだけこの声を聴いてきたのか。
 どれだけこの声を聴きたいと願ってきたのか。
 どれだけこの声を想い返したものか。
 忘れるはずがない。聴き間違えるはずがない。
 だからピサロはその声を疑わず、自らの耳を疑わず、ただ呆然と疑問を抱くだけだった。
「何故、だ……?」
『愛とは一人で成すものに非ず。
 我を呼び覚まし深愛は、汝と、汝を深く愛する者によって織りなされたもの』

 零れ落ちた問いに、ピサロの内側からラフティーナが応じる。
『汝を愛する者の想いもまた、現世を漂い、我に力を与えてくれる』
 そして。
『その強く深い愛は、我に近しい存在であるが故に共鳴し、具現化<マテリアライズ>したようだ』
 夢の世界で届けられるロザリーのメッセージは、本来、無意識の海を漂う手紙のようなものだった。
 だが、ロザリーの抱く強い愛は、ラフティーナの力に引き寄せられ、ラフティーナの力を依り代とし、世界に現れたのだ。
『――……れでも、…………あろうとも、傷つけ……し合う……などと、あっては……のです』
 ロザリーの声が徐々に形を成していく。 
 遠く聴きとりづらかった言葉が明瞭になっていく。
『――私はかつて、この身に死を刻まれ……。そのときの痛み……みは、忘れら……せん』

 一言一言が鮮明になるたび、驚きは喜びに変わっていく。
 もはや疑うまでもなく、ロザリーの声だと確信できた。
 ピサロは、目を閉じる。
 アナスタシアのことも、命がけの喧騒も忘れ、愛おしい声に耳を傾ける。
 他の全てを排し、ロザリーだけを感じるために。

569Aquilegia -わたしの意地、私の意地- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:40:08 ID:YS0TZHjM0
『――ですが、身に付けられた痛みよりも、迫りくる死の恐怖よりも辛い苦痛を、私は知っています』
 閉じた視界に声が響く。声に導かれ、暗闇の世界に姿が浮かぶ。
 ありありと思い出せる。
 くっきりと想像できる。
 メッセージを届けるロザリーの姿を、ピサロはイメージする。
 美しく、気高く、誇り高く、高貴で、慈愛に満ちていて、芯の強い姿が、ピサロの脳裏に浮かび上がる。
 かけがえのない人からのメッセージであるそれは、何度でも耳にしたいと思う。何度耳にしても、心が揺さぶられる。 
 ただただ、慈しむように耳を傾ける。
 切なさが伝わってくる。憂慮が感じられる。
 そのたびに、ピサロは胸が締め付けられる想いがした。
 そして、ロザリーの言葉は転換する。
 憂いを帯びた様子から、強い意志を放つメッセージへと、雰囲気が変わっていく。
 毅然さが届けられる。挫けぬ心が掲げられる。
 そのたびに、ピサロは誇らしい気分になった。
 強さと優しさを併せ持つ想いは、時を超えてこの世を満たす。
 ずっと声を聴いていたい。いつまでも声を聴かせてほしい。
 しかし、やがて。
『――ピサロ様に、届きますように』
 メッセージは、終わる。
 そこに込められたのは高潔な意志。争いに抗い手を取り合うことを望む、慈愛に溢れた心。
 そのメッセージを、ピサロの名を呼んで結んでくれたことが堪らなく嬉しかった。
 改めて、思う。
 ロザリーを、愛していると。
 全てを賭すことを厭わないほどに愛していると。
 なのに。
 それなのに。
 心の底から愛しているのに。

 ――私は、殺したのだ。
 
 尊い魂を、愛しい命を、護りたい女性を。
 
 ――私が、壊したのだ……ッ!
 
 フラッシュバックする。
 動かなくなったロザリーが、話せなくなったロザリーが、冷たくなったロザリーが。
 震えが来る。
 どうしようもなく愚かだった。ロザリーの言う通り、憎しみに囚われて目が眩んでいた。
 ピサロは致命的に誤った。許されざる罪を犯した。
 憎しみと苛立ちと絶望感を昇華したとしても、その爪跡は決して消えない。
 それでも愛している。
 ピサロはロザリーを愛している。
 何よりも誰よりも愛している。
 その愛故に。
 ピサロは武器を、手放さない。
 ロザリーの意志を受け取り、理解しながら。
 否。知っているからこそ。
 ピサロは、戦意を露わにする。
 まるで。
 そう、まるで。
 自らロザリーの想いに、逆らうように、だ。
 
「まだ、やるつもりなの……!?
 ロザリーさんの言葉を受け取って、その上でまだ戦おうというのッ!?」
 
 アナスタシアが問うてくる。しぶとくピサロに噛みついてくる敵が、問うてくる。
 愚問でしかない。
 ロザリーを救った強い少女から放たれた同じ問いを、彼女ごと斬り捨てて、ピサロはここにいる。
 求めるために傷つける。
 傷の果てに願うものがある。 
 なればこそ、この場で武器を取るのは必然だ。
 貴様ごときに言われるまでも、と。
 そう応じようとして、

「――ッ!?」

 ピサロは、自らの声が詰まっていることに、気がついた。

570Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:41:34 ID:YS0TZHjM0
 ◆◆
 
 落涙していた。
 目の前に立ちはだかる男は、その双眸から、滂沱の涙を流していた。
 何かを告げるべく口を動かそうとするが、濡れそぼった吐息が苦しげに吐き出されるだけで、何一つ意味のある言葉にはならないでいる。
 整ったその顔は、えずきを堪えるように酷く歪んでいて、愛する女性の声を聴いたことによる喜びの表情とは程遠いものとなっていた。
 胸の内を荒れ狂う辛苦を抑えきれず、ピサロの表情に現れているようだった。
 今しがたのロザリーのメッセージによれば、かつてロザリーは、憎しみに突き動かされるピサロを止めたという。
 ならば、ロザリーの言葉はピサロに届くという証だ。
 しかしながら、ピサロは武器を収めない。
 ロザリーの意志を無視してでも、彼女を蘇らせたいと願うからか。 
 
 ――きっとそれは間違いじゃない。でも、それだけじゃない。
 
 それだけならば、こんなに苦しみを飽和させるはずがない。
 みっともないほどに涙して、それでも戦おうとする理由が、他にもあるはずだ。
 アナスタシアはロザリーのメッセージを思い返す。
 同時に、夜雨の下で目の当たりにしたピサロの様子を想起する。
 すぐに、ピンと来た。
 ピサロは深い憎しみを抱き、人間の敵となった。
 その原因は、ロザリーを人間の手によって殺されたからだった。
 ならばつまり、ピサロが抱いた憎しみというものは、深い愛情の裏返しなのだ。
 ロザリーを傷つけた者を許せない。
 ロザリーの命を奪った者を、許せない。

「貴方は……」
 だからこそ。
「貴方は、誰よりも自分を傷つけたいのね……」

 ◆◆

 痛みを求めていることに気付いたのは、余計な負の感情を捨て去り、ただ愛だけで心を満たしてからだった。
 自覚できていないだけで、きっと今までも、そうだったと思う。
 ロザリーを蘇らせるためという目的意識を壁にし、自分以外をも憎悪することで憎しみを分散させていた。
 その結果、復讐心を細分化し無意識の奥底に押し込めて、見えないままでいられた。
 ピサロは、憎しみを糧に絶望感を燃やし、純粋な愛を錬成した。
 その愛は汚れのない鏡面のような輝きを放つ。
 怨まず、憎まず、絶望せず。
 されど消えない傷跡は、じくりじくりとピサロを苛むのだ。
 疼きのような鈍痛は止まらない。
 しかし、足りない。
 その程度の痛みでは駄目なのだ。
 耐えられる程度の痛みでは、ロザリーが受けた苦しみには届かない。
 もっと強い苦しみが必要だった。更に強い痛みを渇望した。
 ロザリーを殺した者<ピサロ>に、復讐をしたかった。
 ピサロはロザリーを想う。
 誰よりも深く、何よりも愛しく思う。
 彼女の優しさは知っている。争いを望まぬ気持ちを理解している。共存を願う意志を熟知している。
 その気高い尊さこそ、ロザリーという女性そのものなのだ。
 そこから――ピサロは目を背ける。
 ロザリーの全てを理解したいと、受け入れたいと切望しながらも、決して彼女の手を取らない。
 想っているのに優しさに目も暮れず、大切にしたいのに争いを望まぬ気持ちを無視し、愛しているのに共存を願う意志を置き去りにする。
 そうやって騙して、裏切って、茨まみれの道を行き、返り血だらけになって、ロザリーが心より忌避するほどの身になって。
 ようやく、ロザリーの命へと至れるのだ。
 とても辛いことだった。
 とても苦しいことだった。
 とても痛いことだった。

571Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:44:28 ID:YS0TZHjM0
 これ以上の復讐は、存在しなかった。
 
 そうしてピサロは、ロザリーを蘇らせるために武器を振るい、無意識下で自身への復讐を続けてきた。
 復讐の念があったからこそ、ロザリーの意志を無碍にして彼女を蘇らせようと決意できた。
 たとえロザリーのメッセージを受け取っても。
 この島にいる全ての者へと発信されながらも、ピサロを想う気持ちがいっぱいに溢れるメッセージを聞き届けても。
 それすらも裏切り、痛みに変える。
 ロザリーの声を、願いを、想いを、祈りを、愛を。
 夢ではなく真正面から受け取り、その上で取り入れず捨てるのは、感情が振り切るほどの激痛だった。
 だから、涙が飽和した。心が深手を負った。
 それでも、まだ。
 強い純愛を抱く故に、ピサロは自傷行為を止められない。
 無様に涙するほどに心が悲鳴を上げる。言葉を放てないほどに心が痛みを訴える。
 それこそが望みと言わんばかりにピサロは戦う。
 その果てに、最愛の女性が蘇ると信じて前へ行く。
 全てを捨て去り純粋な愛だけを燃え盛らせるがために表面化した痛みを求め、更なる先へ。
 
 滲む視界の先、アナスタシアの姿がある。
 痛みを抱きながらも涙を振り払い、ピサロは、バヨネットの切っ先を敵へと突き付ける――。

 ◆◆
 
 本当は、救いたいと想った。
 だから、アナスタシアは一人でピサロに対峙した。
 それでも叩きつけられたのは無力さで、救えないと実感し、怒りを以ってピサロと戦った。
 結局、アナスタシアはピサロを救えないのだと思う。
 どんなに頑張っても、どんなに言葉を練っても、女神を覚醒させた愛の化身には、手が届かない。
 だが、よくよく考えたらそれは当然なのかもしれなかった。
 たった一つの最愛を胸に抱く男の心を、何処の馬の骨とも知らない女が動かそうなどと、おこがましい思い上がりだ。
 それでも。
 それでも、心の片隅でやっぱり止めたいと思ってしまうのは。
 彼が愚直にまで闘う理由の一端を、垣間見てしまったからか。
 彼を愚直にまで愛する女性の声を、受け取ってしまったからか。
 
「馬鹿だわ」
 男も女も本当に馬鹿だ。
 馬鹿でなければ、女への愛を抱き自身を痛めつけられるはずがない。
 馬鹿でなければ、身だけではなくココロまで傷つけられても、男を好きでいられるはずがない。
 だが、もしも。
 本気で恋をすれば、馬鹿になってしまうというのなら。
 なってみたいと思う。
 そんな恋愛をしたいと、アナスタシアは心の底から強く深く激しく思う。
「ほんッとうに――羨ましいくらいの純愛だわねこのバカップルがッ!!」 
 両手で握り締めたアガートラームを、掲げる。
 これはラストチャンスだ。
 頑固で馬鹿な男を止めるための、ラストチャンス。
 アナスタシアは集中する。
 アガートラームはただの武器ではない。人々の想いを束ね、繋ぎ、未来へ進むための鍵である。
 そのイメージを強く持ち、意識を聖剣へ注ぎ込む。アガートラームが輝きを放ち始める。
 白く眩い光は広がり、周囲の想いを集めていく。
 光を通し、アナスタシアは想いを感じる。
 拡散していくロザリーの想いを、だ。
 あのメッセージは、何らかの方法で生前のロザリーが残したものなのだろう。
 それは記録に過ぎない。けれど、そこに込められた想いは本物だった。
 その想いを、もう一度カタチにする。
 記録だけではなく、ロザリーの想いを、ここに形作る。
 こんな芸当は、アガートラームの力だけでは到底不可能だ。
 だがここには、ラフティーナがいる。
 愛する想いと愛される想いを、きっと彼女は祝福してくれるはずだ。
 想いを、アナスタシアはかき集める。

572Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:45:50 ID:YS0TZHjM0
 最愛を胸に抱く男を止められるのは、最愛を胸に抱く女だけなのだ。
 輝きは次第に強さを増し、世界を覆い尽くしていく。白が広がり、想いを集め、剣へと収束させていく。
 もっと、もっと。
 もっと輝け。
 消えゆく想いを繋ぎ止め、ここに想いを成すために。
 分からず屋の男へと、一人の女の想いを届けるために。 
 光は広がる。
 何処までも何処までも広がる。
 その輝きが、周囲を埋め尽くした瞬間に。
 
 愛の奇跡は、果たされる。
 
 ◆◆
 
 世界が白い。
 果てがないような白さが、ピサロの視界を埋め尽くしていた。
 自分の姿と輝き以外が見えない世界で、ピサロは足音を聞く。
 小さな足音だった。 
 それは丁寧な足運びを思わせる足音で、アナスタシアが立てる粗雑な音とは全く異なるものであった。
 音は近づいてくる。白の世界に、人影が浮かび上がる。
 ピサロは意識を戦闘状態に切り替え、魔法を詠唱し始め――。
『よせ。彼の者は敵ではない』
 ラフティーナの制止に、ピサロは怪訝さを覚えながらも影へと目を凝らす。
 深い霧を思わせる白の中、人影が鮮明になっていく。
 その華奢なシルエットを、ピサロは知っている。
 またも目を剥き、息を呑んだ。
 一瞬、幻術かと疑う。
 だが、愛の貴種守護獣は一切の警戒を見せてはいなかった。
 その間にも、人影は、ピサロが視認できるところまで、やってきた。
 極上の絹糸を思わせる桃色の髪。
 髪の合間から存在を主張する、整った形をした尖った耳。
 一流の職人が作り上げた陶磁器よりも白い肌。
 錬成に錬成を重ねた紅玉にも勝る美しい瞳。 
「……ロザリー……?」
 震える声で名を呼ぶ。
 対し、彼女は嬉しそうに目を細め、頷いた。

「はい。ロザリーです。またお会いできて嬉しく思います、ピサロ様」
 清らかな声は心地よく鼓膜を震わせる。
 こうしてロザリーに会えた喜びよりも、ロザリーと対面している事実を、ピサロは信じられなかった。
 このロザリーが、幻でないとすれば。
「夢でも、見ているのか……?」
 いいえ、とロザリーは首を横に振る。
「私は、死んだのか……?」
 違いますわ、とロザリーは首を横に振る。
「ならば、君は……」
 このロザリーが、幻でもなく、夢でもないのなら。
 この白の世界が、死後の世界でもないのなら。
「君は、蘇ったのか……?」
 ピサロの希望は、しかし、もの寂しい表情で、そっと否定される。
 そうではありません、と、ロザリーは首を横に振る。
「私の想いを集めてくださった方がいました。そして――」
 形のよい唇が、言葉を紡ぐ。
「ピサロ様が、私を強く深く愛してくださいました。だから、私は今、ここにいられます。貴方に想いを、届けられます」

573Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:46:43 ID:YS0TZHjM0
 呆然とするピサロに、ロザリーは歩み寄り、手を伸ばす。
 細く綺麗な手が、ピサロの頬に触れ、汚れきったピサロの頬を撫でる。
 その手は、温かかった。
「こんなに――」
 否定しようもないその温かさは、ピサロの胸を解きほぐし、曇りを拭い取り、疑念を完全に取り払う。
 ロザリーだ。
 目の前にいるのは、本当にロザリーなのだ。
「こんなに、傷だらけになってしまわれたのですね」
 ロザリーの瞳に雫が溜まる。雫はすぐに溢れ、輝かしいルビーとなり、零れ落ちていく。
 それを見るのが辛くて、ピサロは慰めるように返答する。
「大した傷では、ないのだ。まだまだ、全然痛くなど、ない」
「嘘を、つかないでくださいませ」
「嘘ではない。私は、嘘などついてはいないよ」
「では、どうして――」
 ロザリーは悲しげに、自分の左胸に手を当てる。
 
「私のココロは、これほどまでに痛いのですか?」
「……ッ!」
 返答に詰まるピサロの胸へと、ロザリーは飛び込んでくる。
 ロザリーの両腕が背へと回され、優しくピサロを抱き締める。
 ピサロに刻まれた無数の傷を確かめ、癒すように。
「貴方の傷は私の傷。貴方の痛みは私の痛み。貴方の苦しみは私の苦しみ」
 ロザリーの香りが鼻孔をくすぐる。ロザリーの柔らかさを全身で感じる。ロザリーの体温が肌に伝わってくる。
 ロザリーは、震えていた。
「痛いです。苦しいです、ピサロ様」
 ピサロは動けない。
 武器を握った手をだらりと下げたまま、ピサロの胸に顔を埋めるロザリーを見下ろすしかできないでいた。
「ピサロ様が私を想い、私の命を願ってくれるのは大変嬉しく思います。
ですが、痛みと悲しみの果てにある命なんて、私は、いりません」

 ロザリーが、顔を上げる。
 濡れる真紅の瞳が、ピサロを捉えていた。
 
「ピサロ様ならば、分かってくださいますよね?
 私を喪い、あれほどまでに悲しんでくれたピサロ様ならば、命を奪うという行為がどれほどの痛みと悲しみを生むのかを。
 あのような痛みと悲しみが広がっていくのは、辛いです。傷つく人が増えるのは悲しいです」

 ロザリーは優しいから、殺戮によって生まれる痛みと悲しみを感じ入り、自分のことのように苦しむだろう。
 蘇った後もきっと、その痛みと悲しみに苛まれることだろう。
 分かっていた。知らないはずがなかった。
 それでもピサロは、殺戮を続けてきた。
 殊に、ピサロが奪ったのは、ロザリーの命だけではない。
「もう、遅いのだ。私は……君の友を殺めた。君の友が愛した人をこの手に掛けた」
 魔法使いの少女と暗殺者の少年の姿を思い起こし、告げる。
 背中に回された腕の力が、強くなった。
「過去はもう、戻せません。できるのは、未来へ伸びる道を歩むことだけです。
 過ちを繰り返さず、償いを果たしてくださいませ。殺めた貴方が行うべき償いを、果たしてくださいませ」

 忘れないでください、と締めるロザリーに、ピサロは口籠る。
 生きて、償う。
 それは、ロザリーを蘇らせるという終着点にはたどり着けない道だった。
 示された一本の道筋を前で、ピサロは立ち尽くす。やはりピサロは、希わずにはいられないのだ。
 身勝手で醜悪で無様な言い分だとしても。
 他者を顧みず無数の運命を蔑ろにする、罪深い欲望だとしても。
 ロザリーの命を今一度、望まずにはいられない。

574Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:47:48 ID:YS0TZHjM0
「それでも、私は、君に……」
 弱音めいた口調が、零れ落ちた。
 それをロザリーは、宝物のように掬い取る。 
「逢えます。私が貴方を愛する限り、貴方が私を愛している限り、いずれ、必ず」
 断言には揺るぎがない。
 お互いに想い合う気持ちさえなくさなければ、絆はきっと引き寄せられると、ロザリーは告げている。 
 ですから、とロザリーは続ける。
「ニノちゃんが伝えてくれた私の想いを、もう一度、私の言葉で伝えます」

 毅然として、堂々と。

「もう、お止めください。私の命を願い息づく命を奪う行為など、私は、決して望んではおりません。
 その果てに蘇ったとしても、私は」
 
 それでいて、ひどく痛そうに、とても苦しそうに、見ていられないほどに辛そうに。

「貴方を、愛せません……ッ」
 断言する。
「どうか、私にくださる想いやりを、少しでも他の方に向けてあげてください。
 罪を思い、償いを成し、そして――ご自身を大切になさってください」
 お願いです。
「どうかこれ以上、貴方を傷つけないで。私を、苦しめないで……ッ」
 深い吐息を挟み、ロザリーは、想いを吐き出した。
 
「ずっとずっとずっと、貴方を、好きでいさせて……ッ!!」

 責められても仕方あるまいと、憎まれても言い返せまいと、怨まれて当然であると。
 嫌悪され、唾棄され、侮蔑され、憎悪され、忌避され、厭悪されるであろうと。
 思っていた。思い込んでいた。
 そうあるべきだと独りよがりに信じていた。だから躊躇わず、ロザリーの想いを裏切ってきた。
 そんなピサロのココロに、ロザリーの震えが、嗚咽が、切なる願いが突き刺さる。
 ピサロの傷がロザリーの傷ならば、ピサロの復讐は、ロザリーをいたずらに痛めつける行為でしかなかった。
 自傷行為が愛する者を傷つける行為に繋がるというのなら。
 この復讐は、二人の傷を深めるだけで、決して終わらない。
 ピサロはロザリーを三度殺した。
 それだけではなく、殺した後も、その高潔な想いを冒涜し続けた。

「すまない……。本当に、すまない……ッ!」
 見て見ぬふりはもう出来ない。ロザリーの傷を目の当たりにしても復讐を続けられるほど、ピサロの愛は歪んでいない。
 謝罪の気持ちが溢れ、またも涙が視界を滲ませる。
「抱きしめて……くださいませ……」
 変わらず両手を下げたままのピサロを、ロザリーは、潤んだ瞳で真っ直ぐに求めてくる。
 泣き声の彼女に、ピサロは、歯を食い縛って首を横に振った。
「私の手は血塗られている。罪に塗れている。そんな手で君を抱き締めるなどと――」
 言い淀むピサロへと、ロザリーは繰り返す。
 ルビーの涙を流しながら、ピサロを真正面から見据えて、繰り返す。
 
「抱きしめて、くださいませ。私を抱き締めるのは……お嫌ですか?」
 問いかけと呼ぶには生易しい強さを孕むその言葉は、ピサロの想いの確認だった。
 言い訳がましい否定よりも、逃避めいた理屈よりも、ただ、愛おしさが勝る。
 もう、裏切るのは止めにするべきだと思った。騙すのは止めにしたかった。
 大切な女性のたった願い一つの叶えられないというのなら、そこに愛は、きっとない。
 ピサロの手から武器が落ちる。
 空いた手で、代わりに。
 愛しき身を、抱き締めた。
 腕の中にある肩はとてもか細い。
 この細い肩は、どんなことがあったとしても、絶対に傷つけてはならないもののはずだったのだ。
 その根本にあった誓いを押し出し、内省へと繋げ、傷ついたロザリーのココロを撫でるように抱き締める。

575Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:48:35 ID:YS0TZHjM0
「愛している。未来永劫、本当に君を愛し続けると誓うよ、ロザリー」
「私も、愛しています。貴方の愛に負けぬほどの、心よりの想いを、貴方に注ぎ続けます、ピサロ様」

 どちらともなく、見合わせた顔を、ゆっくりと近づける。
 想いを確かめ合うように、二人は口付けを交わす。
 その口付けは、最高に甘かった。
 
 ◆◆
 
 はぁ、と溜息を吐いたのは何度目だろう。
 この短時間で、アナスタシアはもう一生分の溜息を吐いた気がする。
 うっとりしているわけでは決してなく、ピサロとロザリーの想像以上のいちゃつきっぷりに呆れ果てていた。 
 奇跡の立役者として立ち合う権利くらいあるだろうと言い訳をし、出歯亀根性に従ったのが間違いだった。
 一部始終を見物したのはいいが、これほどまで見せつけられるとは全くもって予想外だ。
 脚本も台本もない生のラブロマンスは、完全にアナスタシアから気勢を削いでいた。
 
 ――なんかもう……どーでもいいわ。色々と。
 
 怒りが失せて毒気が抜け、代わりに壮絶な疲労が全身に圧しかかって来る。
 立っているのも億劫になり、大の字に倒れ込んで、横目でピサロとロザリーを窃視する。
 まだ、ちゅーちゅーやっていた。
 さすがに見ていられなくて、アナスタシアは目を逸らし、もう一度盛大に溜息を吐く。
 信じられないくらい体中が痛むのは、あのアツアツっぷりが目に毒だからに違いない。
 
 ――いいなー。いいなあー。わたしも素敵な彼氏がほしいなあー。
 
 ヤケクソ気味な欲望を声に出さなかっただけ、自分を褒めてあげたいとアナスタシアは思う。
 再度の生を得て、仲間が出来て、少しくらいは満たされたと思っていた。それは確かだ。
 けれど人の欲というものは果てを知らない。
 ましてやアナスタシアは、ルシエドを従えるほどに欲深いのだ。まだまだ乾いている箇所はいくらでもある。
 もっと生きたい。生きてやりたいことは山ほどある。欲しいものだって星の数ほどある。
 まだまだ欲望の火種は、アナスタシアのココロで燻り脈打っている。
 だから、アナスタシアは安心できた。
 
 ――まだ、わたしは“わたし”でいられるのね。

 その安堵はすぐに、強烈な眠気へと変わる。
 瞼が重い。とんでもなく重い。
 耐えられず、アナスタシアは目を閉じた。
 心地よいまどろみの中で、素敵な男性のことを夢想し、アナスタシアの意識は消えていった。

576Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:49:20 ID:YS0TZHjM0
 ◆◆
 
 腕の中の温もりが消えていく。唇に触れる湿っぽい柔らかさが遠ざかっていく。
 目を開ければ、もはや白の光はなく、荒れ果てた地が目に入った。
 甘い奇跡の時間は終わった。
 空になった掌に、ピサロは目を落とす。
 そこにはまだ、温もりが残っている。温かい残滓を逃さないように、ぐっと握り締める。
 手の甲を目尻に押し当て、流れる涙を思い切り拭き取る。
 息を吸い込む。
 肺に満ちた埃っぽい空気を、長く吐き出した。
 目元を擦り深呼吸を繰り返す。
 膿を出し澱を抜くように、体内に淀む空気を入れ替える。
 愛する者を痛めつけ続ける不毛な復讐の念を、外に放り出す。
 悲嘆と殺戮の果てに愛する者の命を求める旅路は、もはや歩めない。その旅の果てに、ロザリーの姿はないと知ってしまったから。

 行くべきは、ロザリーが示してくれた別の道。
 過ちを繰り返さず、罪を償い、ロザリーを決して裏切らない道のり。
 その方向へ、ピサロは、自らの意志で踏み出すのだ。
 ピサロがこの手で奪った命に、ピサロ自身の想いを以って償うために。
 一歩を行く。
 何ができるか分からない。何をすべきかは定まらない。だが、やると決めたのだ。
 ならばもう、迷ってはいられない。
 ピサロはバヨネットを拾い上げる。意志を貫くための、力とするために。
 やけに重く感じる武器を持ち上げ、天へと翳し、目を閉じる。
 
 ――ニノ。そなたに宣言した約束を反故にすることを詫びる。
 ――そして、不実を承知で頼む。これからも、ロザリーの傍にいてやってくれ。
 
 引き金を引く。
 打ち上げられた魔力が、天空で爆ぜる。
 
 ――ジャファル。ともすれば、ラフティーナを呼び覚ましていたのは貴様だったやもしれぬ。
 ――貴様の至った境地、立派だったと今にして思うぞ。私が次に道を踏み外そうものなら、その手で我が身を裁いてくれ。
 
 撃鉄が落ちる。
 舞い上がる魔力が、蒼穹を彩る。
 
 ――ロザリー。何度でも、何度でも言わせてくれ。私は君を愛している。いつまでもいつまでも、愛している。
 ――私は、君を傷つけず苦しめない道のりを辿るよ。その果てで必ず君に、逢いに行く。
 ――だから今は、どうか。
 ――どうか、安らかに。
 
 魔砲が、唸る。
 迸る魔力が高く、高く、高く昇り上がり、ソラを染め上げた。
 ピサロは忘れない。この想いを、決して忘れない。 
 見送りを終えて、砲を降ろす。
 耳にあるのは残響と、少し遠くから響く戦闘の音。
 奇妙なほどに静かで、ピサロは怪訝さを表情とし、あたりを見回し、見つける。
 大の字で地面に倒れ込むアナスタシアを、だ。
 近づいてみるが、彼女は目を開けない。動かない。

「おい」
 呼びかけてみる。
「おい!」
 だが、返事はない。
 呼んでも、答えは返ってこない。
 顔を覗き込み、少し声を張り上げ、
「おい……アナスタシア・ルン・ヴァレリア!」
 初めて、その名を呼ぶ。

577Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:50:09 ID:YS0TZHjM0
「……ふにゃー、そこは、駄目よぉ……」
 寝言が返ってきた。それも、口端から涎を垂らして、だ。
 殺してやろうかと、本気で思った。
 沸々とわき上がる黒い感情を、ロザリーの顔を思い出して必死で抑える。
 本当に、この女は気に入らない。
 粗雑で下品でやかましく欲深い。ロザリーの慎ましさを少しくらいは見習うべきだとピサロは思う。
 だが不本意ながら、アナスタシアには借りができてしまった。
 彼女がいなければ、ピサロはロザリーを傷つけ続けるだけだっただろう。
「全く……」 
 呆れるように呟き、ピサロは手を翳す。
 癒しの光がたおやかに輝き、アナスタシアへと降りかかる。
「……そ、そこ、いいわぁー。気持ち、いー……」
 お気楽な寝言を零すアナスタシアに肩を竦めたとき、ふと、ピサロの手から回復魔法の光が消えた。 
 全身から、力が抜ける。
 膝をつくだけの気力も絞り出せず、ピサロはアナスタシアの隣に倒れ込んだ。
 またも、魔力切れ。
 更に、感情が揺れ動いたことによる心労が、ピサロの魔力をより早く枯渇させていた。
 強烈な睡魔が、意識を侵食してくる。
 眠るな、とピサロは思う。
 まだ戦いは続いている。仲間のいないピサロにとって、今この場で眠るのは危険極まりない。
 なんとか起き上がろうと手を地面につけたとき、声が響いた。
『案ずるな。汝に危機が迫りしとき、我が汝を呼び覚まそう』
 音なき声は、ピサロの頭に直接届く。
『二人の愛がある限り、我が力は不滅。愛しき者を想い、今は休むがよい』
 愛のガーディアンロードの囁きは優しく、穏やかで。
 ピサロは、身を委ねるように目を閉じる。
 
 ◆◆
 
 かくして、魔王と恐れられた男と、英雄と称えられた女の喧嘩は終わる。
 神聖さも荘厳さも大義も野望もない、感情と意地と欲望のぶつかり合いの果てで、二人は並んで眠りにつく。
 そこには、あらゆる戦場と切り離されたかのような静けさが満ちていた。

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダンデライオン@ただのツインテール ダメージ(大)
    胸部に裂傷、重度失血 左肩に銃創
    リフレッシュの連発とピサロの回復により全体的に傷は緩和。爆睡中。
    精神疲労(超極大) 素敵な彼氏が欲しい気分
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:感応石×3@WA2、ゲートホルダー@クロノトリガー、基本支給品一式×2
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜き、“剣の聖女”を超えていく。
1:まだまだ生きたい。やりたいこと、たくさんあるもの。
2:ジョウイのことはとりあえずこの場が全部終わってから考える
3:今までのことをみんなに話す
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。大きさや数ついてはある程度自由が利く模様。
 現在、セッツァーが欲望の咢を支配しているため、剣・狼ともどもルシエドを実体化できません。

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ(大) ニノへの感謝  ロザリーへの純粋な愛(憎しみも絶望感もなくなりました)
    精神疲労(極大) 魔力切れ 熟睡中
[装備]:クレストグラフ(5枚)@WA2 愛のミーディアム@WA2 バヨネット
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実
    点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石) 天罰の杖@DQ4
[思考]
基本:ロザリーを想う。受け取ったロザリーの想いを尊重し、罪を償いロザリーを傷つけない生き方をする
1:償いの方法を探しつつ、今後の方針を考える
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:*クレストグラフの魔法は、下記の5種です。
     ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
    *バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
    *ラフティーナの力をバヨネットに込めることで、アルテマを発射可能です。

【石の女神@WA2】
 メイメイさんのルーレットダーツ3等賞。メイメイさんが見つくろった『ピサロにとって役に立つ物』。
 進化に逆らってまで貫いた愛が貴種守護獣・ラフティーナを顕現させ、ミーディアム『愛の奇蹟』となった。
 1ターンの絶対防御『インビシブル』も使用可能。
 ただし、制限によりその絶対防御の固さは使用者の愛の固さと相手の想いの強さに依存する。

578 ◆6XQgLQ9rNg:2012/10/14(日) 06:51:02 ID:YS0TZHjM0
以上、投下終了です。
感想、指摘等、何かありましたらご遠慮なくおっしゃってくださいませ。

579SAVEDATA No.774:2012/10/14(日) 07:35:11 ID:cMXIA5io0
投下乙です。

VSセッツァー。唯我と絆の戦い。

諸手を挙げて喜ばれはしまい。
実際、指摘できそうな点は少なくとも片手くらいはあるだろう。
それでも、こう言わずにはいられない。面白かった。

自分にへばりつくものを捨てていくように全てを放つセッツァー。
自分が得てきたもの全てを抱えて追いすがるゴゴ。
別にレースでもないのに、デッドヒートというのが相応しい速度の戦いだった。
そこに、穢れてなお輝き続けるちょこが抗って……
それでも全てを吸い尽くすこの黒の夢に届かないってのがね、もう。
やはり参戦時期と参加者の関係上セッツァーの願いを誰も知ることができない以上、
破ることはできない。どうするんだ……

よし、オラちょっくら物置からコントローラーもってくる!!

その後の展開は……これが正しいのかは、分からない。
だけど、美しいと思いました。

美しいのだ。だから、それでいいと私は思いたい。改めてお疲れ様でし、


VSピサロ。LOVELOVELOVE!!

セーブポイントなかった。
正しい(?)怒りの力に目覚めたスーパーアナスタシア人と、
ついに三連装填まで会得し始めたラブマシーンピサロ。
100話近くかけて三倍必殺覚えたニノさんオッスオッス。

そんな外面なんぞ吹き飛ぶくらい滲み出る意志に胸を詰まされる。
こいつらもう極まってんだもん。どうしたってぶつかり合うしかないじゃん。

そこに再び響くロザリーの歌。これで止まるかと思ったら止まりません。
と思ったら本人きたわあ。堅牢無敵のインビシブルも、愛の原点だけは通さざるを得ない。
ロザリーに嫌われてもなおロザリーをよみがえらせる。
ロザリーを殺したピサロにとって、これほど完璧な復讐はあるまい。

まあ、完璧だろうがなんだろうが「お嫌ですか?」って上目づかいに言われたら抱くしかないじゃん。
*別に上目づかいとは描写されてません
なんだろう、胸がドキドキなんですが。別の意味でピサロ死ねなんですが。
これが俗にいう壁ドンというやつですね分かります。なんかもーどーでもいーわー。


これで三局全て決着!
勇気・希望・愛に満ちた素晴らしい物語でした。
先のid氏も含め、みなさん投下お疲れ様でした!!

580SAVEDATA No.774:2012/10/14(日) 08:08:05 ID:D83oArtM0
お二方とも投下お疲れ様でした!
◆FRuIDX92ew氏への感想を書こうと思ったら◆6XQgLQ9rNg氏の投下まで来てと幸せな時間をありがとうございました!
それでは感想をば。本当は感想よりも先に何度も何度も漏れでた感嘆の吐息があったのですがそこは省略です

>>一万メートルの景色
タイトルからして惹きつけられる話
独り最速を目指すものと皆の力で加速し続ける者の物語
原作の仲間の物真似からロワでであった人たちの物真似へとゴゴが歩んだ生き様を辿った総決算を思わせる数多の物真似もさることながら、
道具も幻獣も重りだと放出していくセッツァーがやべええ
アイテムを盗まれたことさえも自身を更なる速さへと純化させていくためとは
そしてそんな幸運へと立ち向かうゴゴの物真似はまさかの不運へもめげない科学の物真似!w
ああ、確かにトカが不運に屈する姿は想像できねええ! ミシディアうさぎの件といい不運の利用まじぱねえ
そして信頼を受け蘇ったアキラと、そのアキラの発破で立ち上がったちょこも力を合わせての生命を滅ぼす力の反転、
或いはアシュレーへの返歌、一人になろうとするセッツァーへと反するものという意味のリヴァース
それさえも、みんなの想いも幸運を味方にし超えていくセッツァー!
ラグナロクでのちょこの皮肉過ぎるアイテム化もあって絶望感半端無かった
その絶望をぶちぬいたアキラはまさにヒーロー!
ってかここであれはずるい。あれは想像してなかった。そりゃあセッツァーの絶対幸運圏も圏外には対応してないわ
もう本当にあの一節だけでも近未来編過ぎる!
そしてゴゴが素顔を晒したことや説得力のある可能性の話、アキラから受け取ったイメージからなるゴゴの最後の物真似
物真似故に本物ではなく、されどセッツァーから見たダリルその者である故にセッツァーからすれば本物以外の何物でもないダリル
そのダリルに出会えてしまったからこそ、あれだけ望んでいたダリルの笑顔を見れたからこそのセッツァーの終焉
これ以上ない幸運、すなわちこの先はない、かあ
ゴゴがセッツァーを周回遅れにしていたことといいもう納得するしかなかった
ああ、本当に、もう全部が全部、ああこうなんだって俺の心に溶け込んでいく話だった!
最後に、全てを物真似しきってきて、でもたった一つ真似することができないままであったろう死をも遂に真似できたゴゴに
おやすみなさい

>>Aquilegia、Phalaenopsis
一人の男と一人の女の物語、遂に決着
……まあ途中で当初の女は蚊帳の外になって真ヒロインが来ましたがw
冒頭の二重三重の攻防風対決にも盛り上がったけど、そっからの愛の話がすごかった
これまでピサロ視点だったからそりゃそうなんだが、ピサロの愛ばかり強調されてたところに、アナスタシアが女の子の視点から語るロザリーの愛
強くなければ愛せないは衝撃的かつなるほどだった
そして遂に届いたロザリーの声
愛するがゆえに止まれないってだけじゃなく、愛しているからこそロザリーの望まぬことをして自らを傷つけ罰していたという真実が重い
これまでそれでもと戦い続けてきたピサロだからこそ、声つまり落涙したシーンに思わず読んでて息を呑んだ
うわあ、うあああ
そうか、ロザリーの望まぬことをしてしか逢えないのではなく、ロザリーの望まぬことをすることでようやく逢えることを許せたんだね……
全く本当に馬鹿だよこいつ。バカップルだよ
アナスタシアはある意味キューピットだったなあ
後でどーでもいいやとかなっちゃってるのはご愁傷さまだけどw
うん、でもほんと、愛だからこそ届いた
愛ゆえに自分を傷つけ自分以外の誰にも傷つけられない無敵のピサロだったけど
その自分を傷つけることが愛する人を傷つけることになってたのなら、愛ゆえに止まるしかないんだよなあ
愛せません、ずっと好きでいさせてなんて言われたら
愛は独りだけでなく二人で成り立つものである以上、もう止まるしかないんだよなあ
許す、なんて俺に言われるまでもないけれど
アナスタシアじゃないけど、存分にいちゃついとけ、バカップル
それでいいんだよ
アナスタシアも少し潤されたからこそ次を次をと求めれるようになったみたいだしお疲れ様
そして遠回りになっちゃうけどロザリーに届く道へといってらっしゃい、ピサロ
その前にふたりともおやすみなさい

ああ、本当にどちらも面白かったです。GJ!!

581SAVEDATA No.774:2012/10/14(日) 08:29:15 ID:3H6NNlxA0
投下乙です。
朝おきたら二つも投下あるとか思わず嬉しい悲鳴挙げて自分でびっくりしたわwww
>>一万メートルの景色
セッツァーとゴゴ達のFFⅥはこれで幕か。
幸運無視の攻撃を叩き込むのではなく、幸運を使い切らせる。
それも攻撃をよけさせるトカの持久戦ではなくあえて幸運をこちらから与えるという手法には圧倒されたトカ!
これまで出会った全てのモノマネ達は否応なく当時の話を思い出たせて感無量だったトカ
リアルタイムで見てたらなぁ。
絶対YYYYYYYYって書き込みしまくってたのに……
訪れた結末も、ロワに勝ち抜く以上の幸福がセッツァーに存在していることに気づいて読み返せば、これ以外になかったのではないかと思える出来でした。

>>Aquilegia、Phalaenopsis
アナスタシア、あんたは泣いていい……
このバカップルどもめ!
ちくしょう、まさかロワ読んでてこんないちゃつきを見るとは予想外だったぜ……
いやー、シリアスだった話への感想としては不適当な気もしないでもないけどアナスタシアのキャラの立ち方は面白いなぁー、
と、眩しいバカップルから目を逸らして書き込み。
あー、愛したいなぁー、恋したいなぁー、こんちくしょうめ。


こんな面白い話を読んでろくな感想を返せない自分に絶望しつつ。
いや、本当に面白かったです、ありがとうございました!

582SAVEDATA No.774:2012/10/14(日) 09:26:13 ID:YS0TZHjM0
読了!

◆FRuIDX92ew氏、改めて執筆&投下乙でした!
すげぇ、超すげぇこれ。
まず最初の物真似乱舞。何もかもを捨てたセッツァーと何もかもを持っていくゴゴの対比が素晴らしい。
どちらも違うやり方で、どちらも違う信念を持って、それでも速さを求めるような戦いはまさに決闘。
FF6キャラだけでなく、このロワで出会った人たちもゴゴの力となっていて、胸が熱くなりっぱなしでした。
次々と現れる幻獣と対峙しても、ゴゴが一人だとは少しも感じられなかったぜ。
そして目覚めたちょこの愛、想い、アキラのど根性サイキックアタックを受けてもまだ立つ黒の夢まじ半端じゃないと思い、ラグナロックがちょこに突き立ったときは絶望を覚えた。
その果てのYボタンは反則。近未来編冒頭のアキラの問いから幸運を拾い上げて絶対幸運圏に対峙といった発想は氏にしかできないと思う。
少なくとも俺には絶対に思いつかないアイディア。
そして、ダリル。ほぼ設定のないゴゴからこう繋げるとは脱帽。

発想の凄さとそれを文章に落とし込む実力、御見それしました。
大変面白かったです。超GJ!

583 ◆FRuIDX92ew:2012/10/14(日) 11:38:37 ID:5alJ485M0
あ、ありのまま今起こった事を話すと起きたら投下が来ていた。

投下乙です!
意地と意地のぶつかり合い。
片や「ありのままの女の子」で片や「愛に準ずる魔王」
そして、ロザリーの話から始まる突きつけ。
ここにきて声がこう作用するとは、全く考えてもいなかった……
人間への復讐であると同時に、自分への復讐でもあった。
その痛みを、自分の痛みだと、苦しいと言ってあげられるロザリーはやはり強い子だなあと思います。
そりゃあ、ここまでのイチャラブを見せ付けられたらやる気もなくなりますわなw
でもアナスタシアはよくやった! アナスタシアが居なければこうはならなかったと思う。
一つの愛、その答えにピサロは辿り着いたんだと思います。
本当に投下乙でした!

それと、投下作で幾つか修正を。細かい誤字などはWiki収録された際に修正しておきます。
大まかな修正点としては前話からの流れ、ゴゴの思考と矛盾があるため>>537
「一人のセッツァーの、自分が知るセッツァーの本当の姿へ戻ってもらうために」
という一文の消去。

こちらのミスで描写がおかしかったので>>540
「本来三人が平等に受け止めるはずの「不運」を、人より多く受け取ることで訪れる不運を薄れさせる。
 0にはできないにとしても、セッツァーに他二人がうかつに手が出せない状況は少し打破できるだろう。」
の部分を
「どれだけ人より多くの「不運」溜め込もうと、彼ならなんとかしてくれる。
 そんな不思議な力を持った、この絶対不運に対抗できる唯一の人物だった。」
に。

セッツァーの推論ではなく、地の文ということが少し抜けていたため>>555
「ここからは可能性の話になる。
〜〜
ここにいるセッツァーは知りうることはないことなのだが、物真似師が生息していたのはその「ゾーンイーター」に吸い込まれた先の次元だ。」
の部分を
「ここからは可能性の話になる。
"この"セッツァーは知りえない、そして物真似師にも気づきようがなく、この物語を見ている第三者にしか考慮できない可能性の話。
墜落した小三角島は、ある一人の魔物の逸話がある。
空間を貪り、その体内に異次元を抱え込むとされる「ゾーンイーター」という魔物。
物真似師が生息していたのはその「ゾーンイーター」に吸い込まれた先の次元だ。」
に。

最後に、ラストリゾート@FFVIの落ちている場所をセッツァーの遺体傍に修正。

以上のように修正したいと思います。
見直しが足りず、大幅な修正となってしまいましたがご容赦下さい。

584SAVEDATA No.774:2012/11/15(木) 02:09:13 ID:gfeWWBTw0
集計お疲れ様です。
RPG 147話(+ 3)  7/54 (- 3)  13.0(- 5.5)

585 ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:45:49 ID:z4upX2iw0
ジョウイ投下します。

586オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:47:06 ID:z4upX2iw0
 心の奥に沈み込み、記憶をたどる。
 水の底へと潜行するように沈み、潜り、これまで積み重ねてきたものを手に取って行く。
 苦い敗北の味を思い出す。一時の勝利はあれど、それは難所を転ばずに踏破できたということでしかない。
 終着点は遠く、超えるべき峠はまだまだある。
 超えてきた峠を思う。
 一人で超えられた峠など、片手で数えるだけで事足りてしまう。
 信じてくれた人がいた。頼ってくれた人がいた。力をくれた人がいた。大切に想える人がいた。
 彼らがいてくれたから、困難な道を歩んでこれた。
 数え切れない犠牲があった。散っていた魂があった。この手で壊した命があった。策を弄し、切り捨てた生命があった。
 彼らの存在がなければ、ここへと至ることは叶わなかった。
 信念を抱き道を作ってくれた人がいた。身を挺して護ってくれた人がいた。
 彼らの力添えがあったからこそ、志半ばで折れてしまうことはなかった。
 だから負けられない。諦められるはずがない。投げだすわけにはいかない。
 過去に散った生命に報いるために。金輪際、未来に悲劇を生みださないために。
 星の数ほどの命で作った玉座に、ぼくは手を掛けているのだから。
 
 顧みろ。
 ルカ・ブライトのような圧倒的な戦闘力はない。レオン・シルバーバーグのような知略も持ち合わせていない。
 そんなぼくが、勝ち残る方法を探し出せ。
 不完全な欠片が頭を巡る。
 不滅なる始まりの紋章。核識。泥の海。ラヴォス。死喰い。オディオ。
 死喰いの正体はおおよその見当はついている。蘇らせるための手段も分かる。
 だが、死喰いを生み出し使役するには、時間も供物も足りない。
 先刻泥の海から掬い上げた優しく気高く強い光に反抗するようにして、怨嗟の声は強まっている。
 心を揺さぶり精神を犯そうとする憎しみは、絶え間なく輝く盾を殴りつけてくるのだ。
 刻限を自覚し、少し前までは黒き刃に生命力を吸われていたことを思い出す。
 あのときのようには、もういかない。
 託せる相手には、もう二度と出会えないのだ。
 生じた感傷は、湿っぽい感情へと変貌する。
 駄目だ。
 これに身を委ねてしまったら、付け込まれる。
 弱さは捨てされ。涙は見せるな。そんな暇などもはや残されていないだろう。頭を理屈と情報で埋め尽くせ。余計なことを考えるな。
 乾いた空気を吸い込み感情を飲み下し、紋章の重みを確かめるべく右手を握り締めて――紋章が熱を帯びていることに、気付く。
 閉ざしていた瞳を開き、右手の甲に目を落とす。
 憎しみを内に宿した不滅なる始まりの紋章が、不釣り合いなほどに眩い輝きを見せていた。

 同時に、足元が揺れる。
 地震じゃない。
 ここより地下、孤島の最下層に広がる泥の海がざわついている。
「……いったい、何が……?」
「気になるなら行ってみればいいんじゃなぁい?」
 気楽そうな声は、地べたに座る傍観者のものだった。水晶玉を片手に酒を煽る彼女は、ちらりとぼくの右手に目を向ける。
「その光も、関係あるかもしれないしねぇ?」
 頬の色を酔いで染めていても、視線はすべてを見透かしているようだった。
 尋ねたところで答えは返ってこないだろう。彼女は味方というわけではない。

587オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:47:47 ID:z4upX2iw0
 無言で抜剣する。
 一際強くなる怨嗟を身に纏い、意識を魔剣と繋ぎ、感応石へ接触する。
 すぐに闇が訪れた。深い深い闇の中で、魔剣が放つ輝きが目に痛い。
 潜り、下り、降りる。
 原始の泥がたゆたう空洞へと辿り着いて、目の当たりにする。
 落ち付かせたはずの泥が、煮え立つように波打っていた。
 くぐもった音を立てて泡ができ、緩慢な流れが泡を弾けさせ、飲み込み、またも泡を形作る。
 ぼこり、ぼこりと暗闇に響く音は泥の鳴き声のようで、酷く不気味だった。
“死喰い”はまだ生誕していないはずだ。現に、泥は蠢きこそすれ、生命体としての形を成そうとしていない。
 オディオが介入してきたとでもいうのなら話は別だが、ここで一手を打ってくる理由がない。
 何かがあったのだ。“死喰い”を活性化させる、何かが。
 見過ごすわけにはいかない。ここで下手を打てば、勝利への道は閉ざされる。
 魔剣を端末として島の底を漂う泥の海を介し、情報を手にしようとした、そのとき。
 魔剣の輝きが、急激に肥大化した。
 一瞬にして闇を払う膨大な白は、暗闇に慣れた目では直視できない。
 左手を翳して遮り、細めた瞳で光を感じ取る。
 
 違う。
 魔剣から溢れ出る憎悪が、この光に怯んでいる。ならば、この光は、視覚で感じ取るものじゃない。
 情報網へと繋ごうとした意識を、光へと傾ける。
 伝わってくる。
 それは強く激しく、それでいて慈愛に満ちた声だった。たった一人の相手を愛する、一途で揺るぎのない歌だった。
 ああ、そうか。
 これは、泥に喰われかけていた“想い”だ。紋章の内で優しい声を聴かせてくれた、あの声の原点だ。
 鎖を千切り頸木をへし折り、“想い”が魔剣から飛び出していく。
 この“想い”の行き先は楽園ではないと、そう宣言するように。
 届かないなどとは言わせないと、いうように。
 その“想い”へと、泥が手を伸ばす。
 膨れ上がり、盛り上がり、原生生物のように“想い”を呑み込もうとする。

588オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:48:40 ID:z4upX2iw0
 びちゃり。
 膨れ上がった泥が“想い”に触れる直前で音を立てて崩れ落ち、対流する泥へと還っていく。
 泥を遮ったのはぼくじゃない。
 別の泥の塊が、“想い”を喰おうとした泥を迎撃したのだ。
 その塊を見やり、ハッとする。
 泥に覆われているが、あれは泥じゃない。
 黒く淀んだその塊の内側からも、光が漏れ出ている。
 泥の表面に皹が入る。覆う泥を内側から喰い破るようにして、亀裂は広がっていく。
 砕け散る。
 現れた光は、ひたすらに雄々しく勇壮で、あらゆる苦難に立ち向かう強さを叩きつけてくる。 
 それもまた、“想い”だった。三つの“想い”が重なり、一つになり、強さとなった“想い”だった。
 どくん、と、胸の奥が震える。左胸を抑えると、強烈な拍動が掌を押してくるのだった。
 もう一度、泥が蠢く。
 燦然と輝く二つの光を喰らうべく、貪欲に手を伸ばす。
 この泥は一つの星と無数の生命の母体となったものだ。
 その総量が押し寄せれば、如何に強大な“想い”であろうとも呑み込まれるだろう。
 そして泥は、容赦といった概念を持ち合わせていない。
 食らいつくべく、押し寄せる。
 その瞬間、怒涛と攻める泥の片隅が瞬いた気がした。
 不思議に思い目を凝らすが、勢いづいた泥はその光を探させてはくれない。
 
 ふと、髪が靡いた。
 髪を揺らすものを知覚し、士官服の裾が僅かにはためていることに気付き、その存在を認識する。
 風が吹いていた。
 深奥であるはずのこの場所に、西風が吹いていた。
 西風は泥を乱れさせ、跳ね散らし、二つの“想い”へと辿り着く。
 口を開け牙を剥く泥を吹き抜け、道を作り、慈愛と勇壮さを乗せて行く。
 もはや考えるまでもない。あれもまた、新たな“想い”なのだ。
 飛び去ろうとする想いに、泥は執念深く追い縋る。
 逃れようとする“想い”を貪り、喰らい尽くし、呑み干そうとすべく、泥は高さを増し波となり光を追う。
“想い”とは対極のその様は本能に忠実で、獣の紋章の化身を思わせた。
“想い”は天を駆け昇る。されどまだ遅い。圧倒的な物量に物を言わせ、泥が“想い”の道を塞いでいく。
 寄り集まり、掛け合わさり、足し込まれて壁となっていく。わずかな隙間すら残さないとでもいうように、泥が強固に結束していく。
 最後の隙間が埋まろうとする、その瞬間に。

“想い”が、加速する。
 それもただの加速ではない。爆発的と言ってもいいような、急加速だった。
 猛烈な速度のままに僅かな隙間を駆け抜けた“想い”には、もはや泥は届かない。
 それでも名残惜しそうに泥は手を伸ばすが、遠ざかり、小さくなり、見えなくなると、ようやく諦めたらしい。
 光が飛び去り、ここには闇に溶け込んだ死の想念だけが残されている。
 だからだろうか。
 魔剣に宿る憎しみが、強くなっているようだった。
「く……ッ」
 身に纏う憎悪に意識が抉られる。右手からの怨嗟に精神が侵食される。
 純粋な憎悪が輝く盾を押し込む衝撃が伝わってくる。
 絶望が、悲嘆が、憤怒が、悔恨が、嫉妬が、憎悪の刃となって斬りかかってくる。ぼくを壊そうと、襲いかかってくる。

589オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:49:52 ID:z4upX2iw0
「眩しかった、からね」
 だからぼくは、抗うように声を出す。
「あの“想い”たちは、眩し過ぎた」
 憎悪に声は届くまい。他者の言葉に耳を傾けられるほど、あの感情は軽くない。
「決して手に入らないものを見せつけられたら。失くしてしまったものをひけらかされたら。
 怨みたくもなる。そうするしか、感情の行き場所がないんだ」

 あの“想い”は確かに気高く尊く美しいものだ。
 だからこそ、持たざる者――すなわち、敗者にとっては憎悪を刺激するものでしかない。
 容易に受け入れられるものではないのだ。
 勝者と敗者の間には、決して埋められない溝がある。

「怨むしかない。憎むしかない。かけがえのないものを失くすっていうのは、そういうことだ。
 そんな世界が――ぼくは憎いよ」

 だからこそ。

「この手で、楽園を作ってみせる。誰も怨まなくていい、何も憎まなくて済む、そんな楽園を」

 世界への憎しみを力に変えて。

「必ず、作ってみせるよ」

 改めて行った決意表明は、憎しみに伝えるためのものではない。自己を失わないための、ささやかな儀式だ。
 泥の海へと目を向ける。
 理想実現のためにも、この“死喰い”の様子を改めて窺っておく必要がある。
“想い”を喰らおうとしたときのような激しさはないが、明らかに活性化しているように感じられた。

「惜しかった、って思ってる?」
 不意に現れた傍観者の問いに、少し考えてから、首を横に振った。
「なんとも言えないな。最初の“想い”はまだしも、他の“想い”がいったい何なのか分からない。
 加えて、最初の“想い”が活性化した理由も、どうしてこの場に現れたのかも分からない。だから、判断ができない」

「あら、だったら見てみなさいな。貴方が置き去りにしてきた人たちのことを見てみれば、すぐに分かるわ」
 頷いて、今度こそ意識を魔剣へと傾ける。
 憎しみの密林を抜け、核識に触れ、泥の海を通じて彼らの様子を探る。
 そこには愛があった。勇気があった。希望があった。欲望があった。
 それぞれの担い手が、強い“想い”を胸に戦っている。
“想い”は首輪の感応石を介して“死喰い”へと送られる。
 死の瞬間に強く輝く“想い”だけでなく、生きている間の“想い”もまた、送られるのだ。
“死喰い”は、生きた“想い”をも吸い上げ、それに死を与え、喰らい、糧にしている。
 だからこその“死喰い”なのだ。
 あの強い“想い”たちもまた、感応石を通じてここにやってきた。
 泥の海から切り離され、魔剣に宿っていた最初の“想い”に力を与え呼び寄せたのは、ここに辿り着いたピサロの愛だ。
 その“想い”を護った勇壮な力はイスラ、ストレイボウ、カエルの勇気と判断できる。
 ならば、あの西風と加速は希望と欲望か。そのどちらも、今はセッツァーが力としているようだった。
「納得できない、って顔ね?」
「……今、希望と欲望を担っているのはセッツァーのはずなんだ。
 彼から生まれた“想い”が、愛と勇気に力を貸したことに違和感があって」

590オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:52:27 ID:z4upX2iw0
「ああ、そういうことね。そりゃあ、根源が違うからじゃあない?」
「根源?」
「ピサロは自らの愛を以ってラフティーナを蘇らせた。あの三人は勇気を重ね合わせてジャスティーンを呼び起こした。
 けれど、ゼファーとルシエドはセッツァーが呼び覚ましたわけじゃない」

 メイメイさんがゆっくりと指を上げ、深く暗い泥の海を指し示す。
「希望と欲望を呼び覚ました“想い”は、この中よ。
 今しがたここに来たのがセッツァーの“想い”だとしても、それが希望と欲望である以上、根源の“想い”に引っ張られたのかもしれないわねぇ」

 自分の回答に満足したのか、面白そうに盃を傾けるメイメイさんを横目に、思い出す。
 ああ、そうか。
 西風を感じる直前に見えた瞬きは、“死喰い”がまだ糧にし切れていない、希望と欲望の根源である“想い”だったんだ。
“死喰い”は、まだ不完全だ。
 だから、愛と勇気、希望と欲望に強く執着したのだろう。
 あれほどの強い“想い”は、不完全な身を押し上げてくれるものであると、本能的に察したに違いない。
 そう思えば惜しくもある。もしもあれを少しでも喰らえていたら、“死喰い”の誕生へ大きく近づけたはずだ。
 だが。
 得るものは、あった。
“死喰い”に命を与える可能性を、ぼくは感じ取っていた。
 魔剣を握り締め、泥の海へと進んでいく。靴を泥で浸すが、肉体には興味がないらしく、特に不都合はなさそうだった。
「あら、何をする気?」
「“死喰い”の誕生を」
 惑わずに言い切ったぼくに、メイメイさんは眉を顰め不審さを露わにする。 
「条件は劣悪だって、貴方も分かっているでしょう?」
 今の“死喰い”は喰った想いが足りず不完全。負の力を反転させるための力は模造品。
 それがメイメイさんの見解であり、本質だった。間違っていないと今でも思う。 
「もちろん。だけど――可能性が見えたから」
 左手で感応石を握り締め、今一度、魔剣を泥へと突き立てる。
 死だけでは飽き足らず、生ある者の強い“想い”をも殺し、喰らい、力にしようというのなら。
 ここにだって、“想い”はある。
 胸には理想を。
 リルカが教えてくれた魔法を。
 夜空を越えて手にした、ぼくの理想<魔法>を。
“想う”。
 強く“想う”。
 深く“想う”。
 足元で、泥がざわめいた。
「“死喰い”よ。このぼくが、これより“想い”を注ぎ込む。
 愛を超え、勇気を凌ぎ、希望の先を行き、欲望よりも激しい“想い”を捧げてやるッ!」

 大言壮語では終わらせない。それくらいの“想い”でなければ、救いを超越することはできない。
 貪欲に飲み干し喰らい尽くすつもりで来い。
 お前に全てを奪われるくらいの弱い“想い”で終わるつもりは毛頭ない。
 オディオよ、理想などでは背負いきれぬと、お前はそう言ったな。
 よく見ていろ。
 これよりぼくは、こいつを背負ってやる。
 いや、背負うのはこいつだけじゃない。

「なるほど。貴方の“想い”を殺させて喰わせて、不完全さを埋めるつもりってわけね。
 無茶だとは思うけど、貴方の“想い”が強いなら、不可能じゃない。
 けれど、それでは“死喰い”は生まれないわよ?」

 そう、これだけを背負うだけでは意味がない。
“死喰い”は結局、死しか喰らえない。生きた想いも、汚して犯して殺すことで取り込むのだ。
 だから、どれほどの“想い”を注ぎ込んだとしても、負の力に負の力を加えることにしかならない。
 必要なのは、“死喰い”を新生させるための負の力。

591オディオを継ぐもの ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:53:19 ID:z4upX2iw0
「ここにある憎しみは所詮模造品。しかも借り物の力でしかない。だが、この憎しみをぼくのものにできれば、力にできるはずだ」
 留まる事を知らない憎悪は、今もぼくの心を攻め立てている。
 輝く盾が守ってくれてはいるが、いずれ押し切られるのは時間の問題だ。
 ならばそうなる前に、この憎しみを手にしてしまえばいい。
 つまり、ぼくがこの憎しみの根源となるのだ。
 自らが生み出す感情であれば、それは強い力になり得るんだ。

「簡単に言うけれど。その模造品を手に入れようとした物真似師がどうなったのか、忘れたわけじゃないでしょう?」
 忘れたはずがない。
 オディオの物真似をしたゴゴは、大いなる憎しみに意識を支配されて魔物となった。
 救いの光を浴びなければ、物真似師は魔物のまま生涯を終えただろう。
 それほどまでに、この憎しみは劇薬だ。しかもディエルゴと合わさったが故に、その毒性は高まっている。

「ゴゴは憎しみをありのままに受け取り、全てを取り入れ、再現しようとした。だから、逆に支配されてしまった」
 それは、ゴゴが物真似師であるが故の悲劇だった。
 魔王オディオその人物に、完全になりきろうとしたから、ゴゴは喰われてしまった。
 なりきる必要はない。ぼくの中にある感情と、模造品の憎しみを同調させ、共感し、一つになればいい。
「ぼくにも、憎いものがあるんだ。それを憎む心が強いから、ぼくは戦えている」
 輝く盾の守備に、少しだけ穴を開ける。
 大挙して押し寄せる暗黒の感情を、僅かながらでも迎え入れるために。
「だから、憎しみはぼくが引き継ごう。そうすれば、ぼくはもっと戦えるから」
「侵食してくる憎しみを逆に取り込もうなんて、それこそ無茶だわ。模造品ですら、貴方には過ぎた感情だと思うけど?」
「無茶だなんて、思わない」

 何故ならば。 

「ぼくは――オディオを継ぐものだから」

 理想を叶えるために、ぼくはその座を継ぐと決めている。
 ならば、今のオディオが抱えるもの一つくらい受け取れないはずがない。受け取れなければならない。
 そうでなければ、理想なんて叶いはしないんだ。
 オディオの座に相応しいと証明するためにも、ぼくは、その憎しみを受け取ろう。
「にゃ、にゃは……にゃははははははッ」
 愉快そうな笑い声が、闇の中に響いた。
 酒の匂いを漂わせるその笑声からは嘲りが感じられない。むしろ、心底から面白がっているようだった。
「いいわ。見ていてあげる。許される限り、このメイメイさんが貴方の行く道を見ていてあげる。
 せいぜい楽しませて頂戴な。最高の肴になってくれることを祈ってるわ」
 
 ぐびり、と酒を飲み、泥で汚れてしまうことも構わず、メイメイさんは座り込んだ。
 傍観者である彼女を追い払うことなどできはしない。
 そもそも、この底が知れない女性と剣を交えて、勝てるとも限らない。
 ならば、しっかりと見ていてもらおうじゃないか。
 他でもない。
 ぼくが理想を叶える、その様を。

【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 昼】
【ジョウイ=アトレイド@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ(中)疲労(中)全身に打撲 首輪解除済み 腹部に傷跡
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍(絶望の鎌の刃がなくなったもの) 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1@ちょこの所持していたもの
    基本支給品 マリアベルの手記 ハイランド士官服
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:自らの“想い”を死喰いに喰わせ、かつ、不滅なる始まりの紋章に宿る憎悪を取込み、死喰いを誕生させる
2:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章

 *ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
 ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
 *召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
 *メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています

592 ◆6XQgLQ9rNg:2012/11/18(日) 00:54:05 ID:z4upX2iw0
以上、投下終了です。
ご指摘ご感想等、何かありましたらお気軽にお願い致します。

593SAVEDATA No.774:2012/11/19(月) 04:25:35 ID:nlCQTVWo0
投下乙!
なるほど、同調し、共感して、まさしく背負うか
確かにジョウイの理想からすれば死喰いに食われるくらいじゃ話にならないけれどさてどうなることやら
この終盤って結構想いの強さの勝負でもあるんだよなあっとしみじみ

594SAVEDATA No.774:2012/11/22(木) 23:51:02 ID:wrVLjRP.O
遅れましたが投下乙!
ジョウイも覚悟が決まってきたなあ。
全てを手にするつもりみたいだけど……どうなるやら

595魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:03:47 ID:MjKNi4V60
Opening Phase

Opening 1 ノーブルレッドの逆襲(地獄篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

これを最初に読んだものへ――――

くだらん前置きは止めておこう。お前たちを残し、途半ばで逝く妾をどうか許してほしい。
びりょくながら、お前たちの道を示す標として、欲望が許す限りここに我が叡智を記す。
わらわが、
ノーブルレッドたるこのマリアベル=アーミティッジが全霊を賭して分析した首輪についてじゃ。
か、かー……輝かしきお前たちの未来が輝かやくように、役立ててほしい。
イモータル。
情報に振り回されるのもよくはないが、お主たちならば大丈夫じゃろう。
よく吟味して、慎重に扱ってほしい。
はは、前置きは止めるというたのに、長くなってしまった。すまん、それでは、首輪解除の方法は

ここまで縦読みに付き合った間抜けに教えるわけあるかい。

ぎゃーっはっはははははっはっははははァ!
かかりおった! かかりおったわダボォ!!
実際かかったかどうかは妾には分からんが、かかったと仮定して大爆笑させてもらうッ!
真面目に首輪解除の方法が書いてあるかと思ったか? ざんにゅえーんでーひーはー。
こう言って刻んでおけば貴様が回収するのは目に見えておったわいオディオッ。

そう、解除法なんぞただの撒き餌。真の目的は、回収した貴様に言いたいことを言いまくるためよッ!
あ゛? 仲間ァ? 人間の未来ィ? 知らぬ聞こえぬ心底どうでもよいわ!
この身に流れる妾の血統<カラダ>は妾だけのものであろうがよ。
偉大なる血脈、ノーブルレッドをここまで虚仮にしておいて何も言わずに去れるかよッ!

ひゅっ。カリスマガード、うー☆(防御姿勢。ここではしゃがんで帽子を押さえるもののみを指す)
そろそろぶち切れて一発殴ってくるあたりとみた予感が的中したのう。(と言うことにするプレイング)
しかしあれよのー。こんな見え透いた罠につられるとかないのー。
今時縦読みに引っかかるとか半端ないのー。むしろパないのう。
そのしょっぱいピュア加減にわらわのハートアンダーブレードもびっくり。
まあ、あれよ。妾なりの結論といたしましては……

ド間抜けおつかれちゃーんじゃ。ちゃーんじゃ。

596魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:04:27 ID:MjKNi4V60
とりあえずじゃ、まず一番最初にコレは言っておかんといかんな。
ちょこ坊から聞いたぞ。何ぞブリキ大王という巨大ロボを参加者が動かしたらしいな。

ずっるううううううい! 説明不要ッ!!
おかしいじゃろ!? なんでそんな糞デカいロボットがぶんぶん飛び回っておって、
妾の『灼光剣帝』も『神々の砦』も無いとかおかしいじゃろ?
差別か。妾がいたいけかつ“ぷりちぃ”でもノーブルレッドで、人間じゃないからか。
妾からゴーレムをとったらガキに妙に懐かれるアルカイックスマイルと30を越えるレッドパワーしか残らんではないか。
あーあー、しょっぱいのー。省みてくれないんじゃのー、かの大オディオでもそういう差別するとか幻滅ぅー。

というかストレイボウから聞いたぞ“オルステッド”。
ルクレチアの悲劇、確かに惨い。
人間は須らく愚かである、と切って捨ててしまうにはお主の生涯はあまりに無残じゃ。
ストレイボウや、お主を勇者と、そして魔王と祭り上げた人間達を憎むお主の憎悪、妾如きでは幾万分の一もくみ取れまい。

だが、だがな、あえて言わせてもらおう。
“それは理由になっても、大義にはならぬ”。

ストレイボウを、ルクレチアの民たちを憎悪のまま殺戮する――――そこまでならば分からんでもない。
じゃが、この催しは別じゃ。その憎悪とこの催しは、因果が応報しておらぬ。
真実を知らしめよう? そのためならば真実を知らず平穏を享受する者が幾人、敗者と墜ちることを良しとすると?
無意味すぎるわい。真実のために真実を求めたところで、何も得られんのだから。
科学者も、技術者も、その叡智によって誰かの、何かの良きものとなるために叡智を求める。
その倫理を忘れてしまえば、ヒアデスの深淵はたやすく人倫を呑みこむじゃろう。

お前がまさにそれよ。真実を悟ったが故に、真実で“止まってしまった”オルステッドよ。
お前の言を逆手に取れば、“愚かな人間が真実を知ったところで、真実は真実でしかない”ではないか。
ならば、妾の仲間達は、妾の友は、知ったところで変わらない何かを知らしめるための生贄だったとでもいうのか。

そんなのがもしこの乱痴気騒ぎの“本当の”目的だったというのなら――――舐めるのも大概にせよ若造。

というかの? ぶっちゃけいうてみい。真実とかどーでもよいのじゃろ?
勇者とか英雄とかどうでもよくて、なんか仲間と一緒に元気に未来に進んでいる奴らを見て、
『爆発しろ』とか思ったんじゃろ? あ、だから首輪か。
確かにうちのアシュレーとかは色んな意味でアレだからのう。
つい“いぢわる”したかったんじゃろ? トニー以上に素直じゃないのう。
なあに、紙面は山ほどある。足りなければ岩に、草に、家の戸棚に書き綴れる。
聞かせておくれよオルステッド。勇者と讃えられ、魔王と怖れられた人間よ。
その呼称を剥ぎ取った中にある、お主の本当の叫びを知りたいのじゃよ。

よおおおし乗ってきおったッ! まだまだ続くぞ終わらせぬぞッ。
ぼろ糞に言いまくってくれる。敗者の嘆きぞ、丁寧に拝聴せよ!!
全30000万字に上る妾の絶唱<うた>を聞けええええええええィッ!!

―――――――――

597魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:05:05 ID:MjKNi4V60
Opening 2 嘘つきの代償

Scene Player――――ジョウイ=アトレイド

盾の加護を緩めたジョウイは、流入する黒い流れに身を染めていく。
オディオは、全てを憎悪することで世界全ての憎悪と一つになった。
一なる憎悪を極めた先に、全てへの憎悪へと同化したのだ。
それは絵の具に対し同色の絵の具で対抗するのに似ている。
赤色も、青色も、黄色も、どんな色だろうが、この流れる黒河に呑まれれば黒に染まってしまう。
だが、同じ黒色ならば、黒は黒を染めない。それは同じものであるからだ。
だから、オディオはオディオでありながらも、オルステッドでもあるのだろう。
同様にジョウイがジョウイのままこの泥の海に入れたのも、魔剣の中の黒色で身を擬態できたからだ。

されどオディオとは異なり、ジョウイのは所詮擬態だ。
擬態ではいずれ限界が来る。いずれはこの黒色に魂を呑まれてしまう。
だからこそ、ジョウイは盾を解き、刃を握る。
ディエルゴのときと要領自体は同じだ。ディエルゴとは、
核識たるハイネルの心の闇が、島に生じた怨念の核となって一つになったもの。
それと同じく自らの負の側面を表出させ、それをこの憎悪と怨念へと同化させる。
楽園への想いを死喰いに喰わせ、楽園に届かぬものへの憎悪をたぎらせる。
心の中から、胸の奥に沈む淀みをすくい上げる。
不可能ではない。別に、ジョウイは聖人君子ではないのだから。
人である以上心に闇は必ずあり、それはジョウイとて例外ではない。

たとえば、ロザリー。楽園を否定し、その外側へと飛び出した鳥籠の歌姫。
命が失われることを忌んだのは貴方だろう。傷つくことを厭うたのは貴女だろう。
その貴女が楽園を否定するのか。傷つくと分かっても飛び立つのか。
飛び立つならせめて教えてくれ。楽園を否定した貴方はどこに行くのだ。
そこは楽園より素晴らしいのか。否定するだけして、何も示してくれないのか。
なんたる身勝手。その身勝手が“何を永遠に失わせたか”も知らぬ愚者よ。
許せぬ、憎い、憎い、憎い――――

たとえば、イスラ。フォースを通じて僕の導きを知ったように、
お前の怒りは聞こえたよ、適格者。

終わりを奪った? ああ、そうだ。終わりたくない彼がいた。
僕はその願いをすくい上げたのだ。終わることに苦しみ続ける彼を僕がすくったのだ。
それを終わらせる? 希った理想郷のために彼がどれだけの苦しんだかも知らぬくせに。
お前は、理想の光だけを見て焦がれただけだ。そして、いざその裏側を見て幻滅しただけだ。
そんな程度の稚気で、彼の理想を終わらせようなど、許せるか。
許せぬ、にくい、にくい、にくい―――

598魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:06:03 ID:MjKNi4V60
たとえば……ストレイボウ。
絶望の牢獄にとらわれていた貴方ならば、貴方ならば分かってくれると思った。
己が行いによって全てを失い、それを悔い、取り戻そうと足掻く貴方なら、
誰よりも失うことを恐れてきた貴方ならば、楽園を理解してくれると思った。
なのに、なのに、貴方はそれを拒むのか。拒んでまで十字架を背負うのか。
時を越え、過去を変えて裁きが下る? なんと痛快な。それを貴方の友が聞いたらどんな顔をするのか。
条理をねじ曲げ、死ぬべきでない人たちを、優しい人たちを死なせたオディオに。
そのせいで、リルカはルッカはビクトールさんハナナミハリオウは!!

「おおおおお……」

ジョウイの心に呼応するように、黒く淀み始めた魔剣を握る右腕に魔力紋が走る。
抜剣状態特有の蒼白な顔の上で、獣のように血走った瞳が、物真似師同様金色に染め上がっていく。
だが足りない。死喰いを統べるには、憎悪を支配するにはこの程度の同調では足りない。
心臓を掻き毟るように、ジョウイは心の中の闇を絞り出していく。

「おおああああAaaa……」

憎いのだ。オディオも、オディオの催しに乗って殺した奴も。
愚かな奴らが必要以上に殺し奪い踏みにじって!
何故この泣き声が聞こえない。屍の上で笑っていられるのだ。
その白い花の下に、どれほどの赤い血が流れているのかわからないのか。

「アアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

ジョウイの内的宇宙に闇が広がる。
世界にあふれる不条理を覆い隠すように、夜空よりも昏い暗黒が満ちていく。
僕を捨てた父よ、少年隊を生贄にしたラウドよ、
憎悪のままに笑うルカよ、私利私欲を卑しく潜める都市同盟よ!
愚かしい、度し難い、救い難い。ならば作り変えてやる。屑がのうのうと生き続ける世界など要らない。
ジョウイの一なる憎悪は無色の憎悪と共に加速し、その瞬く間に世界全てへの憎悪になろうとする。
魔剣を通じ、死喰いの泥へと想いが送られていく。
その想いは、楽園への祈りではなく、楽園ではない世界への呪いだった。
そうでなくては、そうでなくてはこの力を支配することなど出来ないのだ。
楽園ではないこの世界が、そこでのうのうと生き続ける世界の全てが、憎い。
あいつも、そいつも、どいつも、こいつも――――全員、全部が、ぜん、ぶが……


「ア――――」

599魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:07:02 ID:MjKNi4V60
咆哮が、砕ける。奥底より響いていた呪いの叫びが力尽きたように霞む。
霞んだのは声だけではなく、魔剣から放出されるエネルギーも消失していく。
「――――あ、ああ……」
それでも振り絞ろうと、ジョウイは憎悪を放とうとするが、
乾いた雑巾を捩じったところで、喉の粘膜が切れるだけだった。
「…………ない……」
叫びすら尽きた喉から、血の匂いのする微かな声が漏れ出る。
深奥の泥濘よりも湿った、情けない響きだった。
その響きを掴み取ろうと、杯を置いたメイメイが続きを促そうとしたとき、先に返答が来た。

「………………憎めない……僕には、世界を……憎めません…………」

泣き言だった。これ以上ない、反論の余地もない泣き言だった。
できませんと、無理ですと、子供でももう少しうまく言い訳できるだろう喚きだった。
「だって、僕は、リオウと、ナナミと出会って、人間になれたんだ……」
その瞳には涙はない。だが、その色彩は憎悪の金色から輝く盾の碧に戻っていた。
「リルカと出会って、ニンジンの味を知ったんだ……」
稚児の言い訳。だが、それ故にその泣き言は、真実だった。
世界を憎むならば、世界にある全てを憎まなければならない。そうでなければオディオの座に届かない。
あれだけを憎む、これだけを憎むだとか、“本当の憎悪は、そんな都合の良いものではない”のだから。
「ストレイボウさんは、リオウを失って、砕けかけた僕を、待っていてくれたんだ……」
だが、ジョウイにはそれができない。全てを憎めない。
親友を、姉を、魔女を憎めない。そして、憎めぬものは増えていく。
この場所に立つまでに関わった全てのものを、敵を、味方を、憎めない。
デュナンを、ファルガイアを、ルクレチアを、彼らが生きた世界を憎めない。

なにより、なにより。
「……どうすれば、ピリカを憎めるのですか……?」
何の罪もない彼女を、何の咎もないあの子を、どうやって憎めるのだろうか。


それがジョウイ=アトレイドの限界だった。
ジョウイにも確かに憎悪はある。だがその想いは、理想から派生した影、副産物に過ぎない。
どれだけ憎もうとしても、憎めないものがある。大好きなものがあり、それがある世界を好んでしまう。
その程度の憎悪では、オディオはおろか、自分が模造品と見縊った無色の憎悪にさえ届かない。
ルカのように、それこそが己が全てと言い切れるほどの憎悪でなくてはその座に至れないのだ。
オディオにも――――不完全な想い<ゴミ>を食わされて激高する死喰いにも届かないのだ。

「!?」

泥がジョウイの胸に一閃を刻み、ハイランドの純白に穢れた黒色が付着する。
今のジョウイは感応石と共界線を使って精神だけをこの泥の海に送った、いわば精神体である。
だから、ただの物理的な泥などではこの白を穢すことはできない。
だが、この泥は想いを喰らう泥。
精神だけの存在である今のジョウイにとって、呑まれることは死と同義だ。
ジョウイは慌てて魔剣の力を発動しようとする。

「ぐ、剣が、重……」

600魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:07:37 ID:MjKNi4V60
だが剣の光は見る間に陰り、自分の腕と錯覚するほどに軽かった魔剣は、鉛のように自分の右手ごと泥に沈む。
まるで、自分の腕ではなくなったような気分をジョウイは覚えたが、
うっすらと血の赤に色付く不滅なる始まりの紋章を見て、それが錯覚ではないと知る。

「まさか、これは……」
「戻ろうとしてるのよ。紅の暴君と、黒き刃と、輝く盾に」

推論を形にする余力さえないジョウイを代弁するように、メイメイが事実を告げる。
この魔剣の根幹を成すのは、『紅の暴君』と『始まりの紋章』である。
既にディエルゴが指摘した通り、真正の適格者ではないジョウイはそのままでは紅の暴君を担えない。
故に、ジョウイは盾と刃を用いて足りない資格を補い、それはハイネルの力を以て始まりの紋章となった。
だが、その始まりの紋章もまた完全ではない。
紋章の所有者が殺し合い、勝者が敗者の紋章を手にするという正規の最終過程を得られなかった盾と刃は、
世界とつながる核識の力を以て、その始まりの形を維持しているのだ。
そして、ハイネルなき今、その力を維持しているのは伐剣王たるジョウイだ。

魔剣継承者として足りない資格を始まりの紋章の力で補い、
始まりの紋章を維持するための力を、魔剣にて補っている。
魔剣が紋章を支え、紋章を魔剣が支えるという奇矯な循環を以て、この異形の紋章魔剣は成立しているのだ。
ならば、その循環のエネルギーとは何か。それは1つしかない。
(僕の、心……魔法が、弱くなってるのか……)
紋章を宿したとはいえ、魔剣は魔剣。所有者の心の力が、剣の力になる。
ジョウイの魔法が、そのまま魔剣と紋章の力になるのだ。
その魔法が陰れば、循環は途絶え、ただの3つの力に戻るのは道理である。

「メイメイさん、まさか、最初から……」

右腕を引きずるようにほうほうのていで泥から逃げ惑う中、ジョウイは縋るようにメイメイを見た。
眼鏡が逆光に当てられ、ジョウイを見つめる瞳はうかがい知れない。その叛意も。
口ではオルステッドの配下と言ったところで、本心ではオディオに反旗を翻したいのだろう。
だからメイメイは、現状ではジョウイには無理だと分かったうえで、
自身を言葉で誘導し、自滅へと誘った……救われた者たちを守るために、邪魔な僕を……

(違う。そうじゃない……選んだのは僕だ……)

自分の胸に生じかけた憎悪を、ジョウイは左手で包む。
仮にメイメイがそう考えていたとしても、今、死喰いを誕生させようとしたのは自身の選択だ。
僕が選び取った道なのだ。
魔法を、理想を叶えるために、憎悪を滾らせて、理想を死喰いに喰わせて――

601魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:08:15 ID:MjKNi4V60
その時、ジョウイの中で何かの気づきが走り、身体が硬直する。
その隙を泥は見逃すはずがなく、ジョウイの足首をブーツごと噛み千切った。
精神体とはいえ、足は足。“人間は足が無ければ走れない”という常識が精神を捕え、ジョウイは泥の中に突っ伏した。
だが、泥に塗れたジョウイの中にあったのは絶体絶命への焦燥ではなく、愕然だった。

ジョウイ=アトレイドの魔法は、理想は、どうしようもなく好意から始まっている。
故に、憎悪しきれない。好きだと思えた彼らが世界にいる限り――憎悪は完成しない。
ならば、そういう弱さを殺せばいいのか。殺せば、確かに憎悪と同調できるだろう。
でも殺せない。弱さ<リオウ>を、甘え<ナナミ>を、愛しさ<ピリカ>を殺せるはずがない。
それを殺してしまえば、理想は終わる。ジョウイの魔法は、音を立てて崩壊する。

無色の憎悪を封印したこの魔剣こそがまさにその具現だ。
憎悪を身にやつせばやつすほど、魔剣の中の憎悪に同調すればするほど、魔法は陰り、魔剣の力が落ちる。
だが、魔法を以て魔剣を高めようとすればするほど、魔剣の中の憎悪は本能的に暴れ出す。
こっちは好きであっちは嫌いだという中途半端な想いではそも魔剣が成立しない。

この魔剣は最初から矛盾しているのだ。
理想により成り立つ魔剣の中に、憎悪を内包するという矛盾が。
それがある限り、憎悪と理想を抱くこの魔剣を真に使いこなすことができないのだ。

死喰いの泥が、ずぶずぶとジョウイを浸し、激痛とともに責め立てる。
その痛みはまるで、オディオが自分をあざ笑っているかのようだった。
憎悪の座を以て、憎悪を滅するという矛盾した理想を抱く限り、お前に死喰いもオディオも背負えないのだと。

602魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:08:58 ID:MjKNi4V60
MIDDLE PHASE

Middle 01 力を求めるということ

Scene Player――――ジョウイ=アトレイド

泥の海の中、外側からは精神が、内側から魔法が崩れていく中で、ジョウイはそれでもと手を伸ばす。
それでも理想が欲しい。そのためには、死喰いも憎悪も必要なのだ。
それでも足りなければ更なるものを。もっと強大な「力」が欲しいのだ。
全てを手に入れる『力』を。
もうろうと足掻くする中で、泥の中に全く異種の想いを見つける。
これまでは泥の中に隠れていたのか、残飯とはいえ死喰いに想いを喰わせた結果か。
位置で言えば、泥の海のまさに中心。そこで、これまでは見えていなかった『何か』が泥の奥に見えた。
希望や勇気といった、まだ喰いきれない想いかとジョウイは思ったが、
先の3つとは異なりあまりにも静かに佇むそれは、泥に包まれども喰われることのない『何か』は、
まるで貴賓席に座るように、不気味に佇んでいた。

(死喰いの核か、何かか…………分からないけど、あれを手に入れれば!)

ジョウイは藁をもすがるように、残る意識で無我夢中に『何か』へと共界線を伸ばす。
喰われることなく、泥に守られたこれがなんであるかは分からずとも、
これが死喰いにとって重要な何かであることは分かる。
ならば、それを手に入れれば、更なる力を得て状況を打開できるはずだ。

「こんなところで、立ち止まれないんだ、僕には、力が――――」

ジョウイはその力へと意識を這わせ『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』。
辺獄・愛欲・貪食・貪欲・憤怒・異端・暴力・悪意。
力ちからチカラ血からより強くより速くより強靱によりしなやかに
第一界円・第二界円・第三界円・第四界円
至高へ頂点へ力を生命を極め求め究め力に血に奪い犯し
高慢・嫉妬・憤怒・怠惰・貪欲・暴食・愛欲
魔道を求道を我道にチカラただチカラちからチカカカララカカ
月・水・金・太陽・火・木・土・恒星・原動
チカラチカラ最奥真理深淵深層星辰の果て闇の宙天を越えて超えて
竜の門の向こう、寄せるエーギルをかき集め果ての果ての果てのチカラ――――

(なん、こ、れ、ハ……ッ!!)

ジョウイの心が触れたのは、圧倒的な『闇』だった。
もしジョウイが正常な状態だったとしても、そうとしか形容の仕様が無かった。
力、ただ力。頭の天辺から足のつま先まで、力への希求。
それ以外には何もない。それこそが存在意義とばかりに、とにかく力を望む、意志の塊だ。
ただその願いだけで闇黒を形成するそれに、憎悪に墜ちたゴゴの姿を思い出した。
憎悪のための憎悪に満たされたゴゴ。そのローブを隔てた先にあった、何もない『虚無』。
目の前の闇は、唯一の感情に満たされた物真似師のそれに似ているのだ。
(これが、力を、求めるということ……その、終点……)
ほんの僅かの接触で、ジョウイはその正体を理解した。理解させられてしまった。
力を求め続けてきたジョウイだからこそ、理解できてしまう。
ジョウイが抱いてきた力への望みなど、これに比べれば胎児のようなもので、
少し触れただけで気が狂いそうになるこの闇こそが、その極みの果てなのだと。
力のために力を求め、やがて意志を失い、全てを奪い飲み込む闇黒。
それが、理想と憎悪の矛盾にもがく愚かな人間の末路なのだと。

603魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:09:50 ID:MjKNi4V60
泥が、闇が、憎悪が、朽ちかけた理想を汚し、呑み、砕いていく。
だがジョウイにはもう何もできなかった。
双騎士の未練も魔女の魔法も魔剣の内側で、発動する余力などない。
なにより、その理想の果てをまざまざと見せつけられては、処方の仕様もなかった。
理想の終わりはいつだって、誰の手も掴めぬまま全てを失って、果てるのだ。

(ここまで、か)
泥に傷つけられ続けるジョウイを眇めながら、メイメイはくいと杯を傾けた。
死喰いを生まれることができる状態にするには、強い想いを喰わせなければならない。
死喰いを生むには、憎悪を使いこなせなければならない。
だが、ジョウイの想いは憎悪とは本当の意味で両立しない。
死喰いを誕生させるジョウイの論理は間違ってはいない。だが、それは実践できるものではなかった。
故にこの結果は必然。ジョウイが死喰いを背負うことは不可能なのだ。
いまここにある状況は、定められた伐剣王の末路が、少しばかり速まったに過ぎない。
(にしても、あの闇……やっぱアレって)
メイメイは杯越しに、想いを喰えなかった死喰いの怒りに励起して現出した闇を見つめる。
ここまで観てきた中には無かった力ではあるが、恐らくアレは――――
(いえ、今はこの子かしらね。見届けると、約束したのだから)
メイメイは頭を振って、悶え苦しむ惨めな王を見続ける。
一切の手出しの素振りも見せず、ある種酷薄なほどに、公平に。

「約束した手前、観るには観てあげるけど…………せめてニボシくらいの肴にはなってよね」

少しだけ、つまらなさそうにしながら。


何度汚されただろうか。
もはや四肢の感覚も無く、今のジョウイはただうずくまる肉塊だった。
精神の肉は死喰いの泥によって執拗なほどに汚染された。
少しだけ開いたはずの輝く盾の穴からは鉄砲水のように憎悪が流入し、更に開くことはあれど閉めることは不可能だった。
そして、そんなジョウイを一切認識することなくただ力を求め続ける闇の姿が、奮い立たせるべき理想を無自覚に破壊していく。

そこに王としての威厳など欠片もなく、
まるで大人3人に囲まれ、虐められている子供のようだった。
だが、無理もない。
子供の理想で、大人の世界に口を出したのだ。出る杭が打たれるのは世の習いである。

604魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:10:26 ID:MjKNi4V60
やはり、自分はオディオの座に相応しくないのか。
無いのだろう。ジョウイにもそれは分かっていた。
自分がいかに分不相応な願いを抱いているのか、言われるまでもなく分かっていた。
憎悪の無い世界などない。オディオはこの世からなくならない。
理想は、絶対に完成しない。
だから耐えよう。少しは我慢しよう。
闇がある以上、光もまた必ずあるから。
明けない夜はないから。いつか太陽は昇るから。
諦めずに生きていれば、いつかきっと報いは来るから。

救いを求めれば、いつか必ず勇者は、救いはあるから。
だから、それまで強く生きてほしい。誰かを救える強さをもってほしいのだ。

「だから、それ以上は諦めろ」

そう言われた気がした。うなずくべきなのだと思う。
それが当然で、実現可能で、至極真っ当なのだろう。
僕がわがままを言っているだけなのだと思います。
でも。
うずくまりながら、足蹴にされながら、それでも想わずにはいられない。

憎悪を抱かず、世界を好んではいけないのでしょうか。
傷つかなければ、癒されてはいけないのでしょうか。
痛みを知らなければ、優しくなれないのでしょうか。
欠けなければ、得ることはできないのでしょうか。

それが秩序だというのなら、貴方達が正しいというのなら、せめて教えてください。
渇くのです。餓えて、渇いて仕方ないのです。



こぼれなければ、すくえないのですか。

605魔王様ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:11:06 ID:MjKNi4V60
その問いは音にも波にもならず、誰にも省みられることはなかった。
そんなものなど知らぬとばかりに、力を求め続ける闇が震える。
闇がその虚無を示すように、虚空に穴を開け、
その吸引力で四肢を泥に縛られたジョウイを引き千切ろうとする。
それは泥のような自然的な現象とは一線を画く、明確な魔導の術法だった。
それが分かったところで、ジョウイにはどうすることもできない。
誰も彼もを置き去りにしてきた孤独の王に、助けなどない。
そしてこの期に及んで救いを求めぬ彼に、雷は輝かない。

だが、それでも。



『AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!』



天より、雷が轟いた。

606魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:11:38 ID:MjKNi4V60
Middle 02 責任を負うということ

Scene Player――――天雷の亡将

爆音とともに泥が跳ね上がり、見えぬ地底の天井にすらびたりと泥が飛ぶ。
四肢を縛る泥の感覚がなくなったことに気づき、ジョウイはゆっくりと頭を上げた。
「リ、クト……? いや……」
不意に口から出たのは、ジョウイも分からぬ名前だった。
ただ、闇魔導の一撃を体半分で阻むその姿に、雷神と鬼神の姿を見たからだった。

「アル、マーズ……」

黒煙のような影であったが、その筋骨隆々な偉丈夫は紛うことなきゴーストロード。
だが、その手には斧も武器もなく、なによりも上半身の右半分と左腕がもの見事に欠損していた。
もしも実際の肉体であったならば、黒々とした軟い脳漿と内蔵が垂れ出ていただろう。
「なんでここに、いや、その形は――――ッ!?」
全くの埒外にあった存在に、ジョウイは驚きを声にしようとするが、
再び暴れ始めた泥が、それを阻む。
だが、亡霊の影は残った肩でジョウイと泥の間に立ちふさがり、泥を浴びた肩が影ごと抉れてしまう。
そして、そんな肩などどうでもいいとばかりに、
亡霊は締め上げるように口でジョウイの襟を掴みあげ、半分しかない顔でねめつける。
「な、なに、を――――ぐ、ああっ!」
肉体を失い、完全になくなった眼窩でジョウイを見つめたあと、
亡霊は残る限りの力で、ジョウイを蹴り飛ばした。
地底の天井を突き抜ける勢いで、あの地下の楽園へと。
「く、ヘク、さん……ッ!!」
ジョウイの目からみて下に落ちていく景色の中で、亡霊は、ジョウイが亡霊にした存在は、
肩の荷をおろして、一息つくかのように、ただジョウイを見上げていた。
「そう……それが……“王”としての、貴方の答えなのね」
天井を見上げる亡将に、泥が怒りを以て貪り集まる。
その骸に、メイメイは尊敬の念を以て厳かに一献した。

607魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:12:29 ID:MjKNi4V60
地底の楽園に、手をつく音がする。精神を戻したジョウイの肉体が崩れ落ちた音だった。
天地も定まらぬ心地とばかりにその瞳は揺れており、石畳の冷たさだけが、ジョウイをここに繋ぎとめていた。
「どうして……」
丘に打ち上げられた魚のような浅い呼吸の狭間に、疑問がえづくように浮いた。
それは当然、突如現れた亡霊の将のことに関してのことであった。
だが、それは現れた原因についてでも、何故あのようなことをしたのかでもない。
そんなこと、考えずともわかる。“地上で決定的な――が生じたのだ”。
だから彼が己に問うのは、その前のことだ。
「なんで、気づかなかった……?」
ジョウイは先ほど、核識の力を以て地上の戦闘の状況を把握した。
貴種守護獣を生ずるほどの強い想いの源と、それにより生じた貴種守護獣の力を認識した。
ならば気づけたはずだ。想いだとか、守護獣だとか、そんなことよりもまず識らなければならないことが。
その魔剣の力で、外道の法で、終わりを奪った一人の豪将のことを。
なぜ自らの下に現れるまで、オスティア候のことを考えていなかったのか。

如何にジョウイが仮眠状態にあったといえ、天雷の亡将は魔剣の力で起動した存在だ。
魔王と亡将は共界線でつながっており、それを通してミスティックと輝く盾の力は送られていたはずだ。
だから、いくら眠っていたとしても、よほどの事態があればジョウイにもそれを認識できるはずなのだ。
現に、こうして記録を辿れば、亡将に何が起こったのか認識――――

ビキリ。
「あ、があああああ!!!!!」
追認しようとしたジョウイの中で、何かが砕ける。
何か、としか表現できなかった。骨のような肉のような、脳のような、あるいは全部と呼ぶ何か。
その何かを掴むよりも先に、痛みが来る。
腕を磨り潰されたか、背骨を圧し折られたような巨大な喪失でありながら、
あるいは、両手の指の爪に縦に鑿を打ってから“ぺり”と“まくる”ような鮮烈さを備えた、
痛みとしか呼びようのない波濤が、ジョウイを呑む。
痛い。ただそれだけの信号で、自分の中の何もかもが喪失しかけるほどの痛み。
(ディエルゴに書き込まれたのと、似て……まさか、これも……!!)
既に一度経験していなければ、完全に堕ちていただろう苦痛の煉獄。
それは、まさに記録だった。
死してなお傷つけられた、亡将に刻まれた痛みの記録だった。
銃弾や炎や水塊によって打ち据えられた肉体の痛みがジョウイに走る。
だが、それだけでは済まなかった。
天空の剣に衣を剥がされながら打ち据えられたラグナロクの痛み。
魔界の剣によって斧としての命さえも奪われたアルマーズの痛み。
相手の武器と撃ち合って、限界以上の力に耐えかね、砕けていった数々のナイフたちの断末魔。
それら全てが、堰を切ったようにジョウイを呑みこんだ。

608魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:13:01 ID:MjKNi4V60
人間が絶対に味わうことのない、声なき者の阿鼻叫喚の中で、ジョウイは改めて認識した。
これが、魔剣を真に継承するということ、核識になるということ。
一方通行で力を与え、対象を使役するなどという都合の良いものではない。
その対価として絶えず対象との情報を交感し、咀嚼し、対応を求められる。
いわば、繋がったものの全てを背負わなければならないということ。
こと純粋な武器・兵器として考えるなら完全な欠陥品。
それが魔剣の真実であり、代償だった。

だが、その代償の痛みの中で、ジョウイには痛みよりも強い疑問が渦巻いていた。
この痛みは元からジョウイが受け止めなければいけない痛みだ。
何故それが今になってジョウイに送られる。
先ほど泥の海で彼に触れたときに、送られたのか。
これでは、誰かが、その送信を止めていたとしか――――
「ガっ……! ま、ざ、か……」
強烈な気づきに押され、ジョウイの呻きが止まる。
繋がっているから、何かあれば気づくと思っていた。思い込んでいた。
だが、それが今になって繋がった。繋がってしまった。
その事実が意味するところは、一つしか考えられない。

(途中から、切っていたのか? 魔剣からの支援を、断っていたのか?)

天雷の亡将は、戦闘の途中から魔剣から送られる力を受け取っていなかったのだ。
故に、ジョウイは亡将の主として識らねばならない情報を識ることができなかった。
武器の死に全身の神経をズタズタにされながら、ジョウイは絶望の棍を強く握りしめる。
痛みよりも体内で疼く痛みに、ジョウイの脳裏は飽和する。
感知した想いと、亡将より得られた情報から逆算すると、恐らくはジャスティーン顕現の直前だ。
何故そんなバカなことをしたのか。もしその窮状を把握できていれば、
力の供給なり、よしんば無理でも、撤退の指示は出せた。ならば、何故。何故。
(……嘘を、吐くな。そんなこと、分かっているだろ)
この期に及んで答えから目を逸らそうとする感情を、理性が嘲る。
力の供給? 魔剣の憎悪さえ持て余す身分でそんなことをしている余裕があったか?
ジャスティーンと現時点で真っ向から戦うには、膨大な供給が必要であり、
それはジョウイの行動に致命的な支障をきたしただろう。死喰いの誕生など不可能なくらいに。
撤退? それこそ笑い者だ。彼がどういう存在なのか、誰よりも分かっていただろう。
永くは保たない。それを承知で、現世に縛ったのは他ならぬジョウイだ。
それを撤退させるなど、ただの感傷に過ぎない。
支援も撤退も無意味。何故なら彼は最初から。

609魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:13:31 ID:MjKNi4V60
目を背けていた事実を、痛みと共にジョウイは嚥下する。
魔剣を手にしたあの局面でジョウイは最初から遺跡への撤退を目算していた。
だが、ただ撤退する訳にはいかなかった。
その後ジョウイが遺跡を制圧するための時間が必要で、ジョウイが抜けても戦闘を継続させる兵力が必要で、
しかもセッツァー達に戦闘継続を選択させるほど、セッツァー達と戦術的に噛み合う人物が必要だった。
必要だったから、奪った。残酷な兵理を以て彼の終わりを、彼の祈りを、彼の全てを奪った。

(僕は、オスティア候を……)

既に死喰いは傍にいない。それでも、ジョウイの中に痛みが渦巻く。
熱された油を浴びるようにイスラの怒りが体内で巡る。
だが、それに抗する術をジョウイは何一つ持たなかった。
憎悪を失った視点で見つめるその怒りは、あまりにも正当なる憤りだ。
どれほど言葉を弄しようが、結果が全てを物語っている。
何が戦場を用意しただ。さもオスティア候の望みを尊重したかのようにほざくな。
彼がお前を望んだのではない。お前が彼を欲したのだ。
美化するな。目を逸らすな。お前がしたのはたった一つ。

(彼の理想郷を……捨て駒にしたんだから……)

死したオスティアさえも奪い尽くし、捨て駒にしただけだ。
もともとあそこで朽ちる予定で、戦略の内だったのだ。
いなければいないで、別の手を考えていただけだ。
それを今になって支援だ退却だなど、己が幼稚な満足以外の何物でもない。
冷たくなっていく血液の中を罵倒が巡る。イスラだけではない。
元王国軍第三軍団長・キバ、その嫡子であり、父を失った軍師クラウス。
そして、彼らのようなジョウイによって奪われ、犠牲になった者たち。その類縁。
全うすべき『終わり』を失ってしまった者達の怨嗟が、魔剣の王たるジョウイを責め苛む。
(恨まれて、呪われて、当然なんだ。あの人だって――――)
だが、そこでジョウイの手の震えが一瞬止まる。
誰もがジョウイを苛むなかで、彼の声だけは聞こえなかったのだ。
オスティア候。血河に溺れる定めを負ったエレブ大陸の命運を握る一翼“だった者”。
今この瞬間、最もジョウイを呪う資格を持った人物の嘆きが聞こえないのだ。
(……捨て駒にしたんだ。なんで、あの人は、ここに……)
一番ジョウイを糾弾するべき妄念が、泥の底でジョウイを助けた事実が疑問となって痛みを和らげる。
嘆きから目を背けたいだけの逃避に過ぎないと分かっていても、考えてしまう。
供給を断っていたとしても共界線自体は繋がっていたから、そこを辿ってジョウイの下へ来ることはできただろう。
だが、何故来たのだ。亡霊体すら半分以上欠けた姿で、何のために泥の前に立ちはだかり、僕を逃がしたのか。
供給を拒んだのは、ジョウイの手を内心で拒んでいたからではないのか。だったら、なんで助けた。

(まさか)

違う。“助けるから、供給を拒んだのだ”

(それを、承知で……あの人は……全うしたのか……全てを……)

610魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:14:02 ID:MjKNi4V60
四つん這いで蹲るジョウイの掌が、固く握りしめられる。
ゴーストロードが魔剣の加護を断ったのが、ジョウイを助けるためだとすれば、辻褄が合う。
魔女の神秘を無効化する天空の剣、盾の生命を喰らう魔界の剣。
この二つを前にしては、力を供給をすればするだけ、泥沼の消耗戦に陥る。
そう悟ったゴーストロードは魔剣からのバックアップを断った。
そして、退路を断った亡将は自らに残る全ての魔力と妄念の全てを賭して、貴種守護獣に立ち向かった。
王の道の先に必ずや立ちはだかる、この世界の貴種守護獣の能力を可能な限り暴くために。

――――殿を託します。どうか、せめて、武運を。

本隊退却の時間を稼ぎ、本隊の消耗を抑え、減らせずとも敵軍の情報を可能な限り引き出す。
自身の敗北を以て、伐剣王の勝利のため、天雷の亡将は全うし切ったのだ。『殿』の役割を。

「く、うううう、ぐひ、ぅ」

蹲るジョウイの口から奇声が漏れ出す。笑おうとしたのに、痛みで唇が旨く動かなかった。
自分で捨て駒にした王がそれを心の底で自覚せず、識ろうともせず、
捨て駒にされた将のほうが覚悟を決めていたという事実。それを哂わずにいられようか。
なんたる屑。なんたる下劣。これでオディオを継ぐものを名乗るとは噴飯ものだ。
そんな屑のために彼は戦った。最後まで、最後の最後まで戦った。
伐剣王が本来直ぐにも背負わなければならないその痛みを、自分の中に溜め込んでも、
せめて最後の眠りの間だけでも届かせぬように、独りで戦い抜いた。

未来を、全てを失った王が、たった1つの導きを呪いにして。
リフレインするほどに、呪言となって魂を囚えてしまうほどに、楽園を信じて。
かつてオスティアを背負った王として、その亡魂を礎に変えたのだ。

「ああああああああ!!! ぼくは、ぼくは……ッ!!」

ぶちまけてしまいたかった。臓腑も、魂魄も何もかもを吐き出してしまいたかった。
ぼくが理想郷を想うよりも遥かに深く重く、貴方は楽園を想っていた。
その想いが、重過ぎる。
貴方が祈った者は今にも圧し折れそうなほど蹲っていて、地獄の中で貴方が掴んだ手は冷たくて震えている。
そんな屑なのです。貴方を従えるほどの王としての器量も資格もないのです。
その想いに応えたい。けれど、貴方の信頼に応えられるほど、背負えるほど強くないのです。
そんな無能こそが、貴方が生かし、託したものの正体なのです。

611魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:14:41 ID:MjKNi4V60
追い打ちをかけるように、魔剣の中で渦巻く怨嗟が更に大きくなる。
この花畑全体が、小刻みに震え、呻いているようだった。

――――姫が、姫が、ここに還るべき姫が、死んだ。
    絶えた、楽園を継ぐべき姫子が絶えた。絶えてしまった!!

ああ、そうだ。こうやって何度血を流してきたことか。
そのくせその怨嗟に正面から向かうこともできない。
そんな奴に、魔王になることも、オディオを継ぐことも、出来るわけがない。
デュナン地方一つでさえ満足にことを成せぬ小僧が、
文字通りの『世界』に手を伸ばそうとすれば、潰されてしまうのは当然ではないか。
投げ出してしまいたい。逃げ出したい。
全ての責務と全ての犠牲も何もかも忘れて、
どこか遠い所で、全てが終わるまでひっそりと生きていけたら、どんなにいいだろうか。
それはかつてジョウイがリオウとナナミに願ったことだった。
優しい君たちに、地獄は似合わないから。いてほしくないから。
いつかその日が来るまで、争いから離れて静かに生きていてほしい。
それと同じことを、ジョウイもすればいい。
全てが救われるその日を信じ続けて、白い花を愛でながらひっそりと静かに朽ちていけばいい。
それが、考えうる限り最上の幸福だ。

「……それでも、それでも、リオウは逃げなかった!!」

血反吐を吐きながら、ジョウイは断崖の一歩手前で堪える。
逃げてほしいと思った。都市同盟軍の主なんて、そんなものを背負うなんて辛いことをやめてほしいと思った。
それでも、リオウは僕の前に立った。それでも、僕はリオウの前に立った。
どれほどに傷つこうと、どれほどに悲しもうと、それでも歩き続けることを止めなかった。
背負ったもののために、信じてくれた人のために、僕が、君が、そうしたいと想ったから。

「だけど僕には、資格が、ない……」

ならば、どうすればいいのか。
逃げ出したくないと思っても、先に進むための道は認証式のゲートでふさがっている。
理想と憎悪は常に互いを滅しあい、魔剣も死喰いも制することができないのだから。
ならばいっそ死喰いそのものを諦めてしまうべきか。
彼が生かしたこの命を無駄にしないためにも、より安全な手段を模索するべきではないか。
たとえば、彼らの下にもう一度戻り死喰いのことを話して、
それを止めるためとでも言って仲間に戻ったふりをして――――
いや、それでどうなる。ぼくがなすべきは、なるべきなのは。

612魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:15:27 ID:MjKNi4V60
今度はディエルゴの精神干渉ではない、現実に即した袋小路。
物理的に、状況的に、精神的に、論理的に、オールチェックメイトの状況。
考えうる全ての道筋を封じられてもがくジョウイの目に、ふとしたものが目に付く。
綺麗に製本された、一冊の書。ジョウイが眠りから覚めたとき、傍にあったものだ。

「……これ、は……?」

朦朧とする意識を集中させて、ジョウイは左手で掴んだ書物の重さを感じる。
恐らくメイメイが置いたものだろうが、起きて直後に、死喰いの活性があったため放置していた。
万事休すというべき状況で、ジョウイはゆっくりとその書の始まりをめくる。
別に、ここに解決法を記されていると期待するほど、ジョウイは楽観主義者ではない。
だが、文字通り万事休す――打つ手無しで、手を休めるしかない――の状況で、
それくらいしかすることがなかったから、めくっただけだった。

「マリアベル、さん……」

冒頭の数行をぼそりと、著者の名を呟く。
その名の響きに疼く痛みは、自分の目の前で散った命の傷みだった。
珍妙に書かれた文章も、ジョウイは生来の生真面目さで読み進めていく。
オディオに紡がれる罵詈雑言さえも、どこか自分への糾弾に聞こえてしまうのも理由だった。
(内容から考えて、書いたのはゴゴさんが戻ってきてから……
 後のことを考えて、僕もいろいろ皆のことは調べていたけど、そんな暇があっただろうか)
口汚い罵声のオンパレードの中で、ふと、ジョウイはその疑問を覚える。
執筆時間のなさも、まるで自分の死を理解してから書かれたかのような文章も疑問だ。
だが、それはこの書がメイメイの手元にあったとすれば、紋章札のような超自然的な術理を前提とすれば解決可能だ。
それにしたとて、わざわざオディオを罵倒するだけのためにこんなものを遺す女性だっただろうか。

そう思いながら読み進めるジョウイの手が、途中で止まる。
そこで、オディオへの記述は止まっていた。

613魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:16:15 ID:MjKNi4V60
Middle 03 ノーブルレッドの遺産(煉獄篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

よっしゃ次の曲目は『魔王<ぼく>は友達が――――オディオはもうおらんな?

ここまで下らんことを記して済まなんだな、お前たち。
妾が死んだ状況を見るに、世界に記したとてこれを最初に読むのがお前たちかオディオか、半々で読み切れんかった。
故、先ずああいう書き出しを用意する必要があった。
オディオが最初に読んだときに、怒るか、呆れて読む気も失せて捨て去るようにな。
ふふふ、隙を生じぬ二段構えとは恐れ入ったろう。ほめて良いぞ?
とはいえ、あんな奇矯なものを記したことは初めてでのう。
遥か昔、アナスタシアと文通していた頃の奴の文面を参考にしてみたのじゃが……煽りというのはああいうものでよいのか。

と、流石にもう脱線する余裕もない。本題に入るぞ。
わらわは死んだ。もうこれは覆せん事実じゃ。ないものは当てにするな。
お前たちで首輪をなんとかするしかない。その前提を先ず認識せよ。
とはいえ、妾はそこまで悲観しておらん。じゃから今度こそ聞け。寝るなよヘクトル。
先ずおさらいを兼ねて要点から行くぞ。

首輪の機能を構成するのは大まかに分けて3つ。
1.感応石(監視制御)
2.ドラゴンの化石(物理型爆弾)
3.魔剣の破片(魔法型爆弾)

首輪に対するアプローチは以下の3つ。
A.首輪を制御・管制する中枢制御装置の破壊あるいは掌握。(システムへのアプローチ)
B.首輪を改造して、爆発システム自体を変更する。(機械的アプローチ)
C.感応系能力を用い、通信系を阻害する。(精神的アプローチ)

となる。ここまでは良いな。
で、お主らがこれを読んでおるということは、どういう結果であれ魔王やセッツァー達との戦闘は終わっておるのじゃろう。
流石にあの戦闘中に偶さか中枢がにょっきり出てきたなどというわけでもあるまい。
そして、現状の禁止エリアから考え、南を潰された場合足が止まる。よって案Aは現実的ではない。
まあそれは妾が生きておった時から言うておったのだからさしたる問題ではない。

であるからB案とC案なのじゃが……正直、わらわが死んでB案が潰れたというのがお主らの懸念じゃろう。
案ずるな。救いがなければ死んでおった妾じゃ。こんなこともあろうかと万一のリスクマネジメントは施しておる。

614魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:18:53 ID:MjKNi4V60
……こんなこともあろうかと。

……こんなこともあろうかと。

う、うむ。異端技術者<ブラックアーティスト>の端くれたる者、一度は言ってみたい科白であったが、
いざ言うてみると気恥ずかしいものではあるな。

と、とにかくじゃ。
あの雷の後に、墓やらなんやら態勢を立て直してた間に、
ルッカのカバンから首輪改造に必要な小型の工具はわらわが見繕って、各自のデイバックに分散させてある。
一人一人の工具ではちと心もとないが、生き残り全員分をかき集めればそれなりになるじゃろう。
解体工法に関しても同様。書き殴りで済まんが、全員の筆記用具に分散させてしたためてある。

ここまでする必要があるかは正直分からん。が、地形が変わるほどの破壊が連発されると、
工具も記録も、誰か一人に持たせるのはあまりにリスキーじゃ。一発蒸発が容易に考えられるからな。
(着ぐるみの解れを修繕するまで手持ち無沙汰であったことは黙っておいた方がよいだろう)

どうじゃ。これほどの周到、妾でなくては成し得まい。

ほ め る が い い。


ふふ、おだてても何も出んぞ。(既にほめられたというロール)
で、肝心の手足なんじゃが。アナスタシアにやらせよ。
ほれ、そこらへんで嫌そうにしておる連中。まあ聞け。
確かにアナスタシアは寝間着とサンダルで買い物に出かけるような気安さで
軽犯罪法に引っかかりそうな奴ではあるが、ああ見えて、機械工学には通じておる。
ここにはおらんが、妾のヘルプデバイス『アカ&アオ』も奴の作品でな。腕は妾が保証するよ。

615魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:19:27 ID:MjKNi4V60
……悪いが“その”可能性は考慮せん。
妾は願った。あやつは聞いた。それを裏切る仮定など、したくないでな。
とはいえ、アナスタシアが五体満足である保証もない。永劫を待ち続けて、腕が錆びておる可能性もあるしな。
すまんが、可能な限り皆で支えてやってほしい。とりあえず、B案の遂行はそれで行けるはずじゃ。

ただ、ここまでそろえても、ドラゴンの化石はともかく、魔剣の欠片まではどうにもならん。
故に万全を期すならばC案との複合が望ましい。
アキラよアナスタシアの作業の間だけでよい。オディオから横やりが入らんよう、ジャミングを頼む。
……万一の場合は、何としても紅の暴君を揃えよ。
アキラ無しで感応石を阻害するとなると現状それしか手が思いつかん。
イスラの在不在にかかわらず、魔力さえあれば少なくとも補助にはなろう。

長くなったが、少なくともB案単独での解除は試せるはずじゃ。
ただ、試みると簡単に言うたが、お主らも知ってのとおり、まだ生体での解除は誰も試しておらぬ。
この喫緊した状勢で無茶をするな、とは言えん。だが、それでも命を第一とせよ。
妾の案なぞ所詮は苦肉の策。より良い手が浮かんだなら迷わずそちらを選べ。よいな。


―――――――――――


成程、とジョウイはマリアベルの周到さに舌を巻く。
マリアベルは見抜いていたのか。“残される彼らが潜在的に抱く欠陥”を。
故に、自分がいつ死ぬかはさて置いて、自身の死によって起こるダメージを極力減らそうとしていたのだ。
ジョウイも首輪解除の三本柱、アキラ・紅の暴君・マリアべルを崩そうと動いていたのだから、
マリアベルの慧眼にはただ素直な賞賛しか抱けない。
現実に、ジョウイは紅の暴君しか手中に収められず、崩したはずのマリアベルは柱を守り抜いた。
ジョウイも、決して多くはなかった時間を彼らの戦力調査に割いていたため、マリアベルの保険までに手は回せていない。
柱が2本残っていれば、少なくとも勝負目は残るだろう。

だが、それでもジョウイには疑問が残る。
マリアベルの保険は、知ろうが知るまいが、彼らのデイバックの中に分散している。
こんな書物に記さなくても、諦めなければ見つけるのは容易だろう。
そもそも、死んでから慌てて遺すようなやり方は杜撰に過ぎる。後手に回り過ぎだ。
ならば、何故そんなものを遺す必要がある。あるいは、死んだからこそ、遺すべきものがあったのか。
その回答もまた、その続きに記されていた。
そしてそれこそがマリアベルが本当に遺したかったものだった。

616魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:20:19 ID:MjKNi4V60
――――さて、ここまでは“既にお前たちに書き遺した”ものじゃ。
    その気になれば、荷物をあさり、アナスタシアに聞き、思いつくじゃろう。

だから、ここから先は――ただの感想じゃ。この首輪に対する一技術者としての、な。
裏付けも何もなく、推論以下の妄想。どこにも書き置かず胸中で弄んでいたものよ。
欲望に乗せて綴るには相応しかろう。

技術者として言わせてもらうならこの首輪――――はっきり言って駄作じゃ。

別に不当な評価をしたいわけではない。系統の異なる異世界の技術を複数組み合わせ、
それらが相殺されることなく首輪として完成しているという点では妾も舌を巻く。
じゃが、そこまでの技術があるなら“そもそも異世界の技術を組み合わせる”必要がないのじゃよ。
分かりやすく言えば核じゃな。魔剣とクラウスヴァインによって物魔複合属性で2倍の火力を構築しておるが、
ここまでのことができるオディオならばそんな手間かけずとも自分の力でその火力を作れるじゃろう。
そうであったなら、妾達は構成材料に気づくこともできず、お手上げであったはず。

この島が我らの世界からいくつもの要素を抽出して作ったツギハギであり、
そうであるが故に、その継ぎ目にオディオの未知なる要素があるかもしれん……
アシュレーはそう推察したそうじゃが……それはこの首輪にも言える。
異なる技術を組み合わせたことで、ツギハギとなってしまい、継ぎ目が見えてしまう。
継ぎ目が見えれば、そこで分解できる。解析できる。アプローチの仕方が見えてしまう。
分かるか? 異なるシステムを組み合わせることは、セキュリティを脆弱にするだけなのじゃよ。
現に妾たちはこの首輪を3つの要素に分解し、3つものアプローチを見いだせておる。
だからこそ、お前たちは妾のような技術者がおらんくなってもまだ解除の可能性が残る。

だが、妾はオディオが手を抜いておるとは考えん。そういうには、この首輪の作りは“真摯すぎる”。
人が作ったものには、作り手の意志が必ず潜む。この『技術の無駄遣い』に対する妾の回答はこうじゃ。

これは道具ではなく芸術――――“人に見てもらうために”作られたものである、と。

様々なアプローチの方法が考えられるが故に、首輪を解こうとするものはそうそう諦めん。
全部の要素が分からずとも、どれか一つくらいには心当たりがあろう。
故に、誰もが、首輪を解こうと向き合う。“首輪を、省みようとする”のじゃよ。
それこそが、綻ぶことを承知して技術を複合させたオディオの目的であろう。

天からふりそそぐものが世界を滅ぼそうとしたあの時、奴が手にしていた破片の中にあったあの邪気。
ちょこ坊から聞いたが、あれはあやつの世界におった邪悪なるものの力らしい。
ただ、イスラも自分の世界の何かを感知しておったところを見ると、この2つの世界の複合じゃろう。
『闇黒の支配者』と『狂える界の意志』。
趣味が良いというか悪いというか、妾たちの命は敗者たちの残滓に握られておったというわけじゃ。

解除に全力を尽くせば尽くすほど、妾達は首輪の要素を知ることになり
……最終的にあの魔剣の破片に潜んだ『闇』を省みることになったのじゃよ。

617魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:21:03 ID:MjKNi4V60
妾は思う。オディオが、この世界に各々の勝者を喚んだとすれば……
妾達がたつ大地、解き明かそうとするこの催しそのものが、各々の世界の敗者の力で構成されておるのではないか、と。
敗者が勝者に勝てればよし。負けても目的は達せられる。
この戦いを否定し、オディオにあらがおうとすれば、妾達はマーダーを倒し、首輪を制さなければならない。
そのとき、妾達は否が応でも敗者に向かい合うようにできておるのじゃよ、この戦いは。

この島は、この戦いは、敗者の墓標<エピタフ>。風も吹かぬ地の底で嘆き続ける敗者を封じた墓碑。
それこそが、妾はこの首輪を通じて想った最悪の仮説じゃ。
悪趣味にもほどがあるわい、この墓参りは。
自分のところに来たければ墓を踏んづけて登ってこいと言っておるのじゃからな、オディオは。

じゃが、妾はそれでもこれを遺さずにはおれん。
この仮説が被害妄想という真実で止まるならば、わざわざ遺したりせん。
じゃが、この仮説の先に見えるものを警告せずにはおれんかった。
そう、攻略実現性のなさから放置したこの首輪の対するアプローチ法の案A……中枢制御装置についてを。

首輪を解き明かそうとすれば、敗者の墓碑を巡ることになる。
それが妾の仮説じゃ。ならば、制御装置に向き合おうとすれば、そこにも墓碑があると考えられる。
そこにある墓碑に刻まれているのが“誰”なのか。

妾が見聞きした限りでは、名簿に載った参加者は9つの世界群に分けられる。
妾たちの住む人と守護獣の世界。
シュウやちょこのいた、人と精霊の世界。
ロザリーやユーリルがいた人と魔族の世界。
ニノやヘクトルのいた、人と竜の世界。
イスラのおった人と召喚獣の世界。
ゴゴのいた人と幻獣の世界。
ジョウイのおった人と紋章の世界。
カエルや魔王の奴がおったと考えられる、人と時の世界。

そして、アキラやサンダウン、ストレイボウのおった……人とオディオの世界じゃ。
ただ、無法松はアキラの世界の人物であって、サンダウンの世界には関わっていないらしい。
それをふまえると、こ奴らもそれぞれ別の世界から呼び出されたようじゃから、
更に世界が分派する可能性はあるが……ルクレチアに呼び出されたという
ことから見て、オディオと強く関わる世界群と考えるべきじゃろう。

618魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:21:56 ID:MjKNi4V60
そこから、まずこの世界で確認された各々の世界の敗者を並べるぞ。

まずは当然、この戦いの始まり。
『魔王』オディオ。こやつを抜きにしては語れまい。

んで『焔の災厄』。あやつがこの戦いとどう関わっておるかは、多く語る必要もあるまい。

そして、敗者としてこの戦いに直接関わっておる者達。

『狂皇子』ルカ=ブライト。
『魔族の王』ピサロ。
『時を越えるもう1人の魔王』。
『破壊』ケフカ。

ついで、この戦いを支えるシステムとなっているもの。
首輪に秘められた『闇黒の支配者』。
それを封じ込める『狂える界の意志』。
感応石を用いた放送を行っておるところを見ると、ヴィンスフェルトも意識されておるのかのう。
意外に几帳面じゃなオディオ。

とまあ、並べてみればよくもまあここまで揃えたりというところじゃ。
妾達の世界の敗者をほぼ網羅しておる。

そう。ほぼ、なんじゃよ。全てではなく、欠けておる。
オディオがそんな欠けを許すか? 
ここまでのことをしでかす奴が、敗者の中で、更に敗者を作ると思うか?
妾は思えん。故に、妾はオディオの憎悪を信頼し、この仮説を遺す。
奴は欠かすまい。その欠けを埋める敗者の残滓こそが、首輪の、この島の中枢。

ルッカ=アシュティアが魔王を味方と捉えたとすれば、魔王は敗者であり勝者でもある存在。
ならばこの世界の本当の敗者『大いなる火』も関わっておろう。

そして、残る最後の世界の敗者も――――

619魔王様、ちょっと働いて!! ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:22:31 ID:MjKNi4V60
ジョウイはその文章を読み終わり、目を閉じた。
マリアベルの至った仮説が限りなく正解に近いと、この場にいるジョウイだけが理解できた。
ならば、あの泥の中にあった『何か』の正体は定まる。

(だけど、それでも……ぼくには、なにも……)

ジョウイの中で、冷徹な算盤がなかば習性的に弾かれていく。
立ち塞がる壁の隙間を縫うように、ゴールへのラインが通っていく。
だが、最後の一歩が通らない。進むべき道が真っ暗で見えない。
そのために必要な『犠牲』を、ジョウイは恐れる。
そのために不可欠な『資格』を、ジョウイは抱けない。

理屈だけでは踏破できないこの迷宮を解き明かす最後の鍵が足りなかった。
踏み出せない一歩を悔やむように、ジョウイは自然と本に目を落とした。

『さて、言い遺したことはこれで全部じゃ。長々と語ってすまなんだな。ときに――――』

その最後に書かれたものに、ジョウイは虚ろな瞳が、僅かに見開かれる。
ページをめくるたびに、鼓動が早まり、喉を鳴らす。
そして、本を閉じたとき、欲望によって記された賢者の書物は、光輝となって灯火となった。


――――――

620 ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:23:31 ID:MjKNi4V60
すいません。急用が入ってしまったため、一時投下を中断します。
戻り次第再投下いたします。

621SAVEDATA No.774:2012/12/09(日) 20:32:18 ID:YICpL3DM0
乙です。
そっか、こういうふうに繋がってるのか
言われるまでまったく気づかなかった要素も言われてみるとそれ以外にない、って気がしてきてすごいなぁ

622 ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:57:23 ID:MjKNi4V60
お待たせしました。それでは投下を再開します。

623リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:58:28 ID:MjKNi4V60
CLIMAX PHASE

Climax 01 抗いし者たちの系譜−覇道の魔剣−

Scene Player――――メイメイさん

「戻ってこなかった、か。こんなものかしらね。貴方の未練も、無駄になっちゃったわね」
失望したような口調で、メイメイは目の前の光景を眺めていた。
煮立つようにゴポゴポと唸る泥の海の中で、ゴーストロードの影が少しづつ削られていく。
かろうじて残っていた影さえも、勢いを増して喰い尽くされていく。
生者の想いではなく更なる死が送られ、喰われたことで、死喰いは更に活性化していたのだ。
島に留まる媒介であった斧も力を振るう肉体も失った今、
この亡将は、ただ想いだけでここに存在している。
ブーストショットで失われた、神将器の『半分』に込められた、王としての未練だった。
「生まれ、得たものを愛し、失うことを悲しみ、死ぬ。
 貴方の言うとおりよ、イスラ。人として、それが正解」
だがそれでも、王はその正解に留まることができない。
なぜならば、王は民達に『人』であってほしいと願うからだ。
自分が泣くことよりも、民達が泣くことを厭うからだ。
「王に人であってほしいと願う民。民に人であってほしいと願う王。
 平行線……どちらかが折れなきゃ、息もできない、か」
勝者と敗者の溝のように隔たる境を見て、メイメイは杯の酒を飲み干す。
人として満足な死を得て、王として未練を食い尽くされるオスティアの覇者に、哀悼を示した。
「炎の子は現れず、凶星は降り注ぐ。“貴方達の”エレブ大陸の運命は、大きく歪むことになるでしょう。
 それでも、どうか安んじられよ、異界の王よ。全てが失われた訳ではないのだから」
泥に喰われる影を見つめる眼鏡の奥に浮かぶのは、少し未来の流れ。
血に覆われ、全てを伺い知ることはできない。
だが、それでも、全てが失われた訳ではなかった。彼の親友が、彼とともに轡を並べた者達がまだ残っている。
まだ何も終わってはいない。”生きているなら、何度だってやり直せる”のだから。

「……せめて、その苦しみだけでも、濯ぎましょう」

王としての終わりを見届け終わったメイメイはゆっくりと立ち上がり、眼鏡を胸の谷間にしまい込む。
尋常ならざる魔力が、酒精さえ吹き飛ばすようにたぎり始める。
「だだの掃除みたいなもの。オル様も、目こぼしくらいしてくれるでしょ」
もともと、ヘクトルの死は絶命の時点で死喰いの中だ。
イスラ達が戦っていたゴーストロードとは、その前にアルマーズが喰らったヘクトルの残滓に過ぎない。
そして、ここにいるのはその中の王としての未練。喰い残しの喰いカスのようなものだ。
ならば、彼をこのまま泥に陵辱させ続けてまで観測すべき対象ではない。
よりによって、彼が敵と定めたものの眼前で辱めてよいものではない。

「四界天輪、七星崩壊。世の条理よりはぐれし鬼神の残影よ、時の棺の中で眠りなさい。
 二度と覚めることのない眠りに――――『紋章術<かがやく刃>』!?」

メイメイが力を行使しようとした瞬間だった。
彼女の背後から白銀の剣片が無数に飛来し、ゴーストロードの周囲に纏う泥を切り裂いていく。
想いを喰らう泥である以上、肉体を保たずとも想いを形に変えた力ならば届く。

「困ります、メイメイさん。オスティア候は――――僕が奪ったのですから」

624リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 20:59:44 ID:MjKNi4V60
ゆっくりと、紋章の発動者が闇の奥から現れる。
光刺さぬ地底でも輝く泥が、その純白の軍服をほのかに照らした。
「……ずいぶん、遅かったわねえ。今更、何しに?」
一瞬目を細めてから、メイメイはふと気を抜いて発動しようとしていた魔力を解除する。
そして、胸から眼鏡を取りだしながら嘲るように聞いた。
「無論、魔王らしく責務を果たしに」
片目を銀髪で覆い、右手に不滅なる始まりの紋章を輝かせながら、伐剣の王は真顔で力強く応えた。
「……配下にした責任をとって、死喰いから救おうってこと?」
「救うのは勇者ですよ。魔王には救えない」
救えない。その言葉だけが、やけに冷たく残響した。
ジョウイは泥の中を進み、ゴーストロードへと近づいていく。
死喰いの泥は、先ほどの屑とジョウイを認識するや、未だ執念だけで留まり続ける未練へと食指をのばし始める。

「でも、奪った以上は、奪ったなりの責務があるんですよ。
 だから、勝手に奪わないで下さい――――紋章術<大いなる裁きの時>」

それを許さぬ、とジョウイの右手の魔剣が輝き、黒き光がゴーストロードへとその周囲へと降り注ぐ。
そして、その直後、ゴーストロードに襲いかかろうとした泥に、黒き刃の破片が突き刺さっていく。
位置も数も関係なく、泥が動こうとした瞬間に発生する刃が、先んじて攻撃を封殺する。
それはまるで、王の領土に入った賊を撃退するような手際だった。

「対象者への攻撃を核識の知覚で事前に察知して、黒き刃による半自動先制反撃……魔剣を、選ぶってこと?」
力の性質を見極めたメイメイが確かめるように尋ねる。
今発動したのは、核識と紋章――ジョウイの魔法に属する力。それは逆を返せば、憎悪に反する力である。
だが、ジョウイはそれには答えず、ゴーストロードへとまっすぐに歩き、たどり着く。
泥と刃が相殺しあう中、王と将が対峙するそこだけは、凪いだように静かだった。
「…………貴方には、殿を命じた。“全てを用いて、戦い続けよ”と、この僕が命じた。
 イスラ達に負けたのだろう。なぜここに来た?」
吐き捨てられたのは、あまりにも無慈悲な問いかけだった。
殿を命じたのだから、最後の最後まで戦って果てて死んで当たり前だろうと、そう言っていた。
亡霊体の半分を失い、両腕も失って、それでも伐剣王を救いに馳せ参じた将にかける言葉としては、あまりにも傲慢だった。
だが、亡将は何も言わずひざを折って俯き、
メイメイもまた芝居を観劇するように、酒を舐めながら見つめていた。

「貴方は、命令に反した。未練がましく残っていた貴方の魂魄を縛り、仮初めの生命を与えた僕の命に背いた。
 オスティアの軍法は、命令違反を見過ごすか?」

625リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:00:23 ID:MjKNi4V60
それでも亡将は何も言わない。
どんな世界であろうとも、軍とはそういうもので、そうでなければ軍たりえない。
たとえ、たった二人の軍勢だったとしても。

「略式だが、処罰を与える。オスティア候――――命令に背いた以上、死刑だ」

ジョウイの背後から、黒き渦が生じる。黒き刃を呼び出す渦だった。
そして、そこから武器が一本、オスティア候めがけて射出される。
だが、亡将は微動だにしなかった。むしろ、安堵のように影が緩む。
全てを失い、それでも最後にジョウイのもとに参じたのは、
ジョウイに恨みを言いたかった訳でも、感謝してほしかった訳でもなく、このためだった。

だが、欲すべき断罪の一撃は亡将を穿つことはなく、
その目の前にあったのは、黒き影となったゼブラアックスだった。

「……だから、最後に一働きして貰う。僕が渡したその力を、一滴残らず使い果たせ。
 あれを、死喰いを奪る。僕のために、僕たちの楽園のために最後まで戦い、それから死ね」

魔王の叫びに、亡将が頭を上げる。
戦えと、言っていた。まだ役目はあると、告げていた。
まだ戦ってもいいと――否、戦ってほしいと、そう言っていた。
眼もない亡将の視線をまっすぐに受け止めながら、ジョウイは覚悟を胸に抱いた。
その意が伝わったのか、ゴーストロードは何も言わず、斧の柄を咬んで持ち上げる。
世界より生まれたありとあらゆる物には意志がある。
それは精霊の加護や皆殺しの剣のような呪いなどという次元ではなく、
存在する以上は、口にする術を持たないだけで思考が、意志が存在しているのだ。
それを伐剣王は拾い上げる。無色の憎悪によって消されたゼブラアックスの慚愧すら汲み取り、
背負い、黒き刃の一席として己が力と転ずる。

「短期決戦でいく。前衛を任せる。魔法発動まで、ぼくを守れ。
 狙いはあの力の闇――――『災いを招く者』ッ!!」

626リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:00:55 ID:MjKNi4V60
大いなる裁きの時を解除した瞬間、封殺から解放された泥がジョウイへと襲いかかろうとする。
だが、再び恐るべき速度で泥とジョウイの間に立ちはだかった亡将は
首の力だけでゼブラアックスを振り回し、ジョウイの白衣を汚させない。
泥の奥で光さえ吸い込む闇と化したそれが、その名に反応し、本能的に警戒を強めた。
(やっぱり、そういうこと)
その名に、メイメイは自分の予想が当たっていたことを理解した。
マリアベルのエピタフ仮説を進めていけば、最後に残る敗者はエルブ大陸の敗者となる。
その者、ただ力だけを欲し、力の為に命を集め、千年を生きた怪人。
支配欲も征服欲もなく、ただ力を欲し、命をかき集めるためだけに世界を混沌へ落とした求道の権化。
オスティア候の、ニノの、ジャファルの、リンの、フロリーナたちの倒した敗者。

災いを招く者ネルガル――――その闇魔道の結晶がそこにあった。

(グラブ・ル・ガブルの純粋なる生命と死を喰らい続けたラヴォスの亡霊を重ねて、疑似的なエーギルとなす。
 それをもって、死喰いを誕生させる儀式。その術式が、アレ。フルコースにもほどがあるでしょ、オル様)

あれに憎悪を送れば、自動的に儀式が開始され、ラヴォスのモルフ――否、死を喰らうものが誕生する仕組みだ。
だが、ただのアプリケーションではない。
闇魔道は術者を喰らう。ネルガルほどに究められた魔道は、術式自体が一個の力であり、脅威だった。
「でも、どうするの? どうやってアレを奪う?
 いや、奪っても、魔剣の矛盾は何一つ解決していない」
その生誕システムを奪うというジョウイの着眼点は間違ってはいない。
されどシステムだけ奪ったところで、死喰いを生む憎悪も理想も不完全では、死喰いを誕生させられない。
ジョウイの劣勢は何一つ好転しない。だが、ジョウイの眼は惑いに揺れていなかった。
だが、気勢だけで覆せる状況ではない。いったいどうやって死喰いを奪るつもりなのか。

「見届けさせて貰うわよ、魔王様?」

メイメイが傍観する中、ジョウイはただひたすらに魔剣へと意識を済ませていく。
想うのは、あの書の著者。もしもあの書がなければ、ジョウイはここに立つこともできなかっただろう。
あの書を残した欲望の残滓を、想いの欠片を、魔剣の中で想う。
「我が魔法に応えて冥界より来たれ……新たなる誓約の下に伐剣王が命じる」
詠唱とともに、魔剣が色づいていく。
発生した想いに反応した泥がジョウイを襲おうとするが、ゴーストロードは足下の泥を跳ね上げて、王への道を阻害する。
だが、ジョウイはゴーストロードの貢献に一別もしない。
命じた以上必ず自分を守り通すと確信していたが故に、一顧だにしない。
だからこそ、ジョウイはひたすら、マリアベルを想い続ける。

『我は誇り高き孤高の血脈。ゆえに誰もが我が歩みに追いつけない。
 リーズ。ビオレッタ。ジャック。誰もが止まり、去っていく』

627リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:01:54 ID:MjKNi4V60
想いに寄り添う心の中に浮かぶ言葉を、そのまま詠唱に変えていく。
甘く痛むその想いは、きっと、かつて彼女が通り過ぎた昔日の残照。
ノーブルレッドは不死の血族。失い続けてきた彼女にとって、それは一つの呪いだった。
心の奥底で何度想っただろうか。失いたくないと、失うくらいなら消えてしまえればいいと。

『それでも歩こう。憶えていよう。握った操縦桿の温もりを、空色に高鳴った冒険の日々を』

魔剣が血の紅に輝いていく。黒く濁った血ではなく、どこまでも澄み渡った高貴なる真紅に。
それでも彼女は歩いた。たとえ失っても、後悔はない。
別れたことよりも、出会えたことがうれしい。出会えた光を大事に抱きしめて、永遠を歩き続ける。
それこそが、ノーブルレッドとして誇れる道だと信じているから。

『我は孤高にして孤独にあらず。我は知を吸うもの。この身にて失わぬ想い出こそが真なる誇り』

マリアベルの想いと繋がる感覚とともに、腹部に激痛が走る。
それは、断末魔の痛み。手にした光を失う瞬間の絶望。
だが、それは叶わなかった。出会えた光は、深々と突き刺さる血とともに流れ落ちた。
その流血と共に、想いは慟哭へと変わる。
流れるな、こぼれるな、消えてくれるな――――失うな。
大切に想うから、どうしたって、別れることをいやがってしまう。
絶対に見せてはならぬ、光とともに浮かぶ影が生じる。
(いつか、君に言ったね。別れをいやがるのではなく、出会えた時間を大切にしてほしいと)
その影を伐剣王は背負う。一なる願いを、全なる願いで受け止める。
(でもそれは、こんな風に奪われることを良しとすることにはならない!)
大切だと想うから、抗う。失いたくないと、失わないものを願う。
その願いが極まったとき、魔剣は高貴なる真紅に輝いた。
(だから、貴方の想いも受け止める。貴方を殺したことから逃げない。
 そのためなら――貴方の願いも受諾しよう。この剣の中で、見届けてください)

「追憶は血識となりて不滅―――コンバイン・ノーブルレッド、アビリティドレインッ!!」

魔獣の知をその身に留めるレッドパワーの原点が具現し、
闇魔道の塊へと牙を突き立て、その技術を魔剣に取り込んでいく。
守護獣の意志が亜精霊と繋がり、形をなすように、
源罪の闇が憎悪と結びつき、天から降り注ぐものとなるように、
ノーブルレッドの想いが無色の憎悪とつながり、力の形をなす。
未練を従え、無念を背負い、頂へと突き進むその様は、まさしく敗者の王だ。

「闇魔道そのものを奪うつもりとは……でも、憎悪を使うってことは、理想を崩すってこと!?」
「崩さない! 理想を信じてくれた人が、ここでぼくを守っている。
 夜空に誓った想いがある! ぼくは、この魔法で全てを導く!!」

628リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:02:55 ID:MjKNi4V60
驚愕を浮かべるメイメイの問いに、敗者の王が選んだ答えは理想。
こぼれ落ちていくこの世界への呪いではなく、優しい世界への想い。
その願いを高め続け、闇魔道を吸い上げようとする。
だが、理想を、憎悪無き世界を想えば想うほど、無色の憎悪は消えることを良しとせず憎み続ける。
そして、力を奪われることを感じた闇魔道も、必死に抵抗する。
憎い、憎い、全てが憎い。力を、力を、もっと力を。
始まりもなく終わりもない渇望が、伐剣王を内外から責め立てる。
彼らにしてみればジョウイは略奪者に過ぎないのだから。
だが、ジョウイは同調などせず、真っ向から受けにかかった。

「全て、全てをだ。たとえ終わらせる憎悪だとしても、憎悪を生むものだとしても、
 それでもそのときまで背負う! 終わりも背負ってやる!!」

小細工などない、本気の言葉だけでぶつかり合う。
自分に言い聞かせるのではなく、届かせるという想いで誓いを吐く。
闇も、憎悪も、聞く耳など持たない。それでも想いを剣に乗せて、アビリティドレインを維持し続ける。
「オディオは言った。憎しみは永遠に続く感情だと。生まれ落ちた憎悪を消せば、憎悪は復讐者となって襲うと。
 貴方たちもそうなのか。永遠に続くことを望むのか。終わりはないのか――――始まりは無かったのか!!」
その叫びに、僅かに憎悪と闇がたじろく。
憎悪の為に憎み続ける。力のために力を欲し続ける。それだけの存在だった。そのはずだった。
だが、伐剣王は始まりを問い続ける。憎んだ理由を、力を欲した理由を問い続ける。

なぜ、なぜ、なぜ。
この渇きはいつからだろうか。
この満たされないものはどこからだろうか。

『エイ……ル……?』

先に底をついたのは、闇だった。
未だに防衛を完遂し続けるゴーストロードの想いも乗せた魔剣に、単語が浮かぶ。
かつて亡将が人間だったとき、最終決戦に破れ崩れ落ちる力の求道者は、最後にそう漏らした。
もう自分ですら分からない、誰かの名前だった。
それほど前に、求道者は全てを失っていた。
「違う! 残っていたんだ!! どれだけ失おうが、意味すら無くそうが、
 失いたくなかった想いが、まだ残っていたんだ!!」
それこそが、始まりだと伐剣王は断じる。
全てを失っても残る幾ばくかの想いを信じた敗者の王は、その名を鍵として誓約の儀式を発動する。
だが、そこまでだ。アルマーズを介した記憶ではそこまでしか分からない。
本人すら喰われてしまったものを、部外者の伐剣王が理解できるはずがない。
オスティア候はともかく、ジャファルもニノも背負いこそすれ、間接的なものであったため、記憶までは引き出せない。

629リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:03:27 ID:MjKNi4V60
「まだだ、まだ! 具現せよ亡刃。召喚……マーニ・カティッ!!」

だが、ジョウイはさらに一歩をねじ込む。
伐剣王の勅令によって、黒き刃としてマーニ・カティが現出する。
魔剣の力に、ディエルゴに取り込まれたものは“終わらない”。
黒き刃を従えるジョウイにとっては、武器ですら例外ではない。
されど、そんな剣一本で闇にダメージを与えられるはずもない。
闇はさらに餓えて渇き、暴れようとする。しかし、その瞬間、闇の中に一つの絵が走った。

――――部屋の中には、古代語で書かれた蔵書がぎっしり並んでるんだけど。
    そこに飾られてる、一枚の絵をずっとみつめていて……動かないの。

闇の中に浮かぶのは、精霊剣を刷いた草原の少女の声。
彼女が魔の島にいるとき、精霊剣は常に彼女と共にあった。

――――人と竜が描かれてるの。

決戦の島で、ある一人の少女が追憶に導かれて一つの建物に入る。
古い古い、何百年も前に打ち捨てられた家。

――――ううん、戦争のじゃない。

闇魔道の書物の中に飾られる、一枚の絵。
少女たちにも、ましてや剣にもそれが何かは分からない。
だが、剣は“見ていた”。憶えていた。

―――― 一人の人間と、一匹の竜が寄りそって立っている……とても不思議な絵だったわ。



『………エ………イ、ナール……』

630リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:04:32 ID:MjKNi4V60
マーニ・カティの想い出を叩きこまれた闇が、闇に喰われた誰かが、微かに呟く。
「それが、始まりだ!! 貴方の想いの、真の名だ!!」
その言葉を聞き逃さず、ジョウイは魔剣を輝かせ、真名を以て闇に誓約を行う。
人名か、地名か。その名が何の意味を持つのかはジョウイには分からない。
分かるのはただ一つ。闇は、彼は、そのために闇に落ちたのだ。
その名前こそが、全ての始まりだったのだ。失いたくない何かだったのだ。
ならば、終われる。永遠ではない。
始まりがあるのならば、いつか必ず終わりがある。終われるのだ。

「貴方もだ。憎悪よ、無色の――――否、人間を愛した、物真似師の憎悪よ!!」

闇を制したジョウイの意志は、次いで魔剣の内側へと向かい合う。
オディオの系譜であるその憎悪は、闇よりも深く重い。
だが、それでもジョウイは耐え続ける。逃げず、真っ向から向かい合う。
「僕は、貴方を模造品だと、強大な力だと考え続けていた。
 それをまず謝罪する。力とは、想いより流れ出る魔法だ。
 僕はまず、貴方の想いと向き合わなければならなかった」
それこそが、ボタンの掛け違いの始まりだった。
オディオの代替だと決めつけ、オディオばかりをみて、この憎悪を省みなかった。
それでこの想いを背負える道理など、あるはずもない。
「汝に問う。憎悪よ、永遠に憎み続けるものだというのなら、
 なぜお前はここにいる。終わらないものだというのならば、なぜお前はここにいる!?」
憎悪を遡る。雷が落ちるよりも、天から降り注ぐよりも前へ。
所詮、オディオの贋作。本人でない以上、憎悪に理由もなにもない。
だが、それでも物真似師はそれを生んだ。何のために憎悪は生を受けた?
生まれてすぐに、空へと飛び立ったのは、何のためだ?
「守りたかったからだろう! 全てを失ってでも、失いたくない光があったからだろう!!」
お前はそのために生まれたのだと、敗者は宣言する。
たとえその後全てを憎悪に塗り潰そうが、ただの力と思われようが、汚物のように蔑まれようが、
それでも、それでも生まれた瞬間、お前は確かに必要とされて生まれ、誰かを守るために在ったのだ。
ならば、繋がれる。たとえその憎悪と同調できずとも――――憎悪を生みし始まりの願いならば、届く。

「だから、来い。その願いは僕も抱いた想いだ。
 どうか背負わせてほしい。永遠に続くオディオではなく、楽園<おわり>へ続く想いとして!!」

殺すのでも、無かったことにするのでもなく、終わらせる。
その叫びに魔剣が再び色めき立つ。真紅ではなく、金色の光として。
そして、ジョウイの右目が変質していく。
盾の碧だった色彩は憎悪の金色へと変わり、人間の眼球は狼の如き獣眼となる。
これが憎悪だ。どう言い繕うとも、憎悪は憎悪。肉体すら変じさせ、全てを呑み込む闇だ。
そして、闇魔道もまた同様。闇を欲すれば闇に喰われる運命だ。

631リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:05:16 ID:MjKNi4V60
憎悪のまま、闇のままジョウイはそれらを背負う。
奪うと強く認識し、所有者が彼らであったと強く戒めて背負う。
憎悪も闇も、その毒性を以て伐剣王を蝕むだろう。
だが、それでいい。民の憎悪を背負えずして何が王か。
胸に抱く魔法――傷つかない世界を、失われない楽園を伐剣王は想い続ける。

「それがいつかとまでは約束できない。でも、そのときまで僕も共に歩き続ける。
 たとえ、永遠のように闇が続こうとも、僕は二度と止まらない」

オディオの忠告の通り、きっとそれは限りなく不可能なのだろう。
永遠に等しい時間の中で、憎悪に奪われ、時の復讐者に喰われ続けるだろう。
それがどうした。
奪いたければ奪うがいい。喰いたければ喰うがいい。
それでも理想は失われない。楽園は傷つかない。
紋章に冠した名の如く、何度塗り潰されようと、滅ばずに始まり続けるのだ。
いつか楽園が完成するその日まで。願いが終わるその時まで。

「あの日、確かに在った光を想って歩き続ける――――
 それが、かつてこの座にいた者が僕に遺した、闇の使い方だ!!」

闇が魔剣の中に吸い込まれ、暴れ狂っていた金色の光が澄み渡る。
獣と化した右眼を憎悪の金色に輝かせながら、
それでも人間として目指すべき場所を見続ける一人の愚者がそこにいた。
無限に続く世界を渡り歩いてでも、答えを探し続けて闇に進んだ、オディオではない魔王のように。
“魔王”として、この理想を貫き通すと、その身体で示していた。

アビリティドレインが終了し、魔剣の光が収まる。
憎悪を負った証である金色の獣眼が、吸収しきれずに残った闇を睨みつける。
そこには魔剣にも取り込めない、想いも祈りもなにもないただの力が、
闇魔道の純然たる権化が残るだけだった。

632リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:05:55 ID:MjKNi4V60
Climax 02 魔王になるということ

Scene Player――――ジョウイ=ブライト

泥は残った闇を守るようにして、島の中心へとその身を寄せる。
憎悪を背負った伐剣王が、金色の魔剣を携え死喰いへと疾走する。
足を前に出すたびに泥は飛沫となってジョウイを穢し、阻もうとするが、その歩みを止めるには至らない。
泥がいよいよ危機感を覚え、圧倒的な質量で全方向から喰らい尽くそうとする中を疾走する。
勇者ならば、あるいは英雄とよばれる者ならば。
希望を、勇気を、愛を、欲望を、人が生きるための想いを抱くならば、死も闇も憎悪も切り裂いて進めるだろう。
彼にはそれがない。希望はなく、勇気は乏しく、愛は足りず、欲望は歪んでいる。

『AAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!』

だけど、その道に導きを見た者はいた。
8割近くを泥に喰い尽くされたゴーストロードが、最後の想いを振り絞って闘気を発動する。
邪魔はさせぬと、その道を阻ませぬというありったけの邪念で、ジョウイに迫る泥の動きを遅滞する。
その様に、ジョウイは僅かに奥歯を軋ませ、それでも亡将を省みることなく島の中心へと走る。
イスラの慟哭が、ジョウイの脳裏を掠める。
彼の言うとおりだ。ぼくが、オスティア候から終わりを奪ったのだ。
その事実は消えないし、奪ったものを返すこともできない。
ならばそれを抱いて前に進む。奪い尽くして、前に進む。
奪ったのならば、より大きなものを与えなければならない。
全てを失った王が祈り続けた、餓えぬ国を、民の笑顔を、貴族も貧民も、
勝者も敗者もない世界を――――何一つ失わない楽園を、それを成す新しき法を、秩序を生む。
たとえ、代わりの利かぬものだとしても、それだけが王にできることだから。
君たちが泣ける世界のためなら、ぼくたちの涙などいらないのだから。


「全部、奪う気なの……死も、憎悪も、闇も、全て……」
酒を呑む手さえも止めて、メイメイはジョウイを見つめる。
「……そこまでする必要あるの? 人の身で、どうしてそこまで……」
その様に、メイメイは驚嘆するしかない。
彼は英雄と呼ばれる者の気質をもたぬ、資格なき人間だ。
器ではない。故に彼はこの先に進めない。その先に待つのは破滅しかない。
資格はない。故に彼はここで沈む。宿罪に呑まれた彼にハッピーエンドは存在しない。
それを承知で、彼は走っている。
先ほどまでの彼は、魔法によって自分が歩く理由こそ知ったものの、
その歩みは先の見えぬ闇におっかなびっくり進むような足取りだった。
だが、今は違う。その爪先には体重が乗り、明確に進む先を見据えている。
いったい上で何を知ったのか、その理由を問わずにはいられなかった。

「戦いの誓い――――」

633リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:06:32 ID:MjKNi4V60
闘気に怯んだ泥の隙間を縫って走り続けるジョウイは、問いが聞こえどそれに応える余裕を持たない。
代わりとばかりに紡がれた紋章術の名に、不滅なる始まりの紋章がどくりと鳴動する。
そして、ジョウイの背に、黒い靄のようなものがまとわりつく。
それは嘆きだった。怒りだった。悲しみで、憂いだった。
失われたもの、終わったもの、奪われたもの。
紋章と魔剣に刻まれたそれらの記憶が、無色の憎悪と結びつき、負の感情と化して形となる。
ハイランド、都市同盟、忘れられた島、エレブ大陸。
様々な世界の記憶を取り込んだ、魔剣に生ずる怨嗟は、千や万ではもはや利かない。
彼らが在る限り、ジョウイはその歩みを止めることはできない。
自分は器ではない。それでも、背負ってしまったものがある以上、足を止めるわけにはいかない。
魔王の外套のようにジョウイの背を覆う黒き波濤が、ジョウイを縛り付けている。
彼らが背を押す以上、ジョウイはどれだけふらつこうが地獄の中で足を動かすしかなかった。

「つらぬく者――――」

だが、ジョウイはこの足を歩ませる想いが好意だと知った。
そして、今のジョウイは、この地獄を進むための標を紅の賢姫から得ていた。

それは、ある男の物語。
資格が無いと告げられた。お前にその聖剣は抜けぬと雷鳴を以て返された。
お前は、英雄にはなれないと、言われてしまった。

だけど、彼は頷かなかった。

資格が無いなら、資格を得ようと奮うべきだ。
認められないのなら、認められるように努めればいい。
英雄になるのだ。世界を、未来を守るために。英雄にならなければならないのだ。

世界が私を英雄と認めぬなら、認めさせよう。
たとえ誰に否定されようが、たとえ何を失おうが。
私は英雄となって世界を守ろう。そこにたとえ血を流そうとも。

その意志だけで、彼は世界<ファルガイア>を変革した。

634リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:07:35 ID:MjKNi4V60
彼の方法論の是非を問うつもりは更々ない。
彼が英雄になりたかっただけなのか、世界を救うための手段として英雄になりたかったのかも分からない。
だけどただ一点、分かることがある。
彼は貫いた。己が意志を世界に貫いた。
誰が認めずとも、間違いだと言っても、資格が無くとも。
ありとあらゆる手段を用い、果てを目指し、走り抜けた。
彼は、己が想いを――――魔法を以て世界を変えた。“王に至った”のだ。



「デュアルキャスト――――」



正統たる魔女の呪文と共に、魔剣が再び金色に輝きだす。
先人への畏敬を込めて、ジョウイは魔法を研ぎ澄ませる。
リルカには似ているとは言われたが、全然だ。彼の懊悩に比べれば、この魔法の何と弱いことか。
資格が無いのなら、努力すればいい。それだけのことではないか。
楽園から小鳥が飛びだしたのならば、それはその場所が居心地悪かっただけのこと。
まだ完全ではないと指摘してくれただけで十分。より良くなるように努めればいい。

魔王となるのにも資格などない。出来る出来ないなど問題にならない。
力でも血でもなく、この想いのみで魔王となり、全てを背負おう。

(だから、お前もだ死喰い。その妄念も、僕が叶え、背負ってみせる!!)

635リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:08:06 ID:MjKNi4V60
そのためにも、ここで死喰いに想いを与える必要がある。
力にするべく生むためだけではない。この想いを、伝え、知らしめ、認めさせるために。
伐剣王の踏み込みが加速する。背負ったものを、前へと進む意志へと変えていく。
犠牲に縛られるのではなく、犠牲になった人たちを想い、だからこそ楽園を創りたいと願う。
屍を増やす道だとしても、失われていい命なんてないと知っても、その屍を背負って地獄を進もう。
オスティア候、災いを招く者、ノーブルレッド。
生きている間は、絶対に交わらなかったはずのものさえも背負う。
たとえ進む道が違っても、始まりの願いと終わりの場所はきっと繋がれると信じて。
『しなければならない』と『したい』ことは、きっと同じことのだと信じて、
背負ったものの重みを魔法へと変えて、この金色の一閃に賭す。




「――――『つらぬく誓い』ッ!!」




憎悪に輝く金色の一太刀が、島の中心へと打ち込まれた。
複合紋章術によって高められた魔力が、剣撃の威力としてグラブ・ル・ガブルへと穿たれる。
泥と合一したラヴォスの亡霊と、そしてその中に眠るルクレチアへと届けと、
蒼き泥の粒子一つ一つに、4つの想いさえも越えた魔法が刻まれる。
憎悪を制し、なおかつ想いを極めたジョウイの魔法は死喰いを誕生させるのに十分だろう。
城へと、街へと、山へと、全てに伝わるように。
全てを失った者たちに、この導きが届くようにと、死喰いの内的宇宙を照らす。
このままならオディオを憎悪し、オディオに憎悪され、
何一つ望むまま終われなかった者たちはこの光を掴むだろう。
ジョウイにはその確信があった。
このまま奪うことは容易い。誕生させて力にすることも不可能ではないだろう。

(そんなに生れたいか。生れたいと子宮で暴れるか。
 ――――――――ならば問う。“貴方たちは、生まれて何をしたい”)

636リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:08:40 ID:MjKNi4V60
“だが、敢えてジョウイはその光を収める”。
代わりに、死喰いの奥深くへ問いを投げかける。
これは赤子なのだ。光を見れば喰わずにはいられない。
そのくせ食事の作法も知らないから、希望も欲望も勇気も愛も喰いきれない。
力だけの、本能だけの胎児。
今ここでジョウイが奪ったとしても、それは何もわからぬ子供を攫ったに過ぎない。
それは背負うとは言わない。死喰いの選択が介在していないのだ。
召喚獣として呼び出すのならば、それは力を減じさせることになる。

(それほどまで生れたいのなら、手伝ってやろう。だから、生れて何をしたいのかを決めておけ。
 その答えが、それがぼくの魔法に繋がるのならば、ぼくが背負おう)

ジョウイの懐から自分の首輪の感応石がこぼれ、ルクレチアへと落ちていく。
奪うのならば、まず与えなければならない。故に伐剣王は、死喰いの想いを確かめる。
この導きを知って、それでなお掴むかどうかの選択を許そう。
もしも共にあれるのならば、そのときこそ誓約を結ぼう。
その意が伝わったか、泥は今度こそ海へと還っていくいった。

637リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:09:35 ID:MjKNi4V60
ENDING PHASE

ENDING 1 継承

Scene Player――――グレートロード

静かに流れゆく星の泥の中で、ゴーストロードは立っていた。
いや、足の影すら残っていない今の状態で立っていた、というのは語弊がある。
千路に食いちぎられた魂が、油汚れのように染み着いている。
そういう表現が妥当なほどの残滓だった。
とうに肉体も依代もなく、授けられた斧の影も砕け、もう幾ばくの時間もあるまい。
放っておけば自然に消える。

そんな影の前で、泥がじゃぶりと波打った。
彼を縛り、呪った男が、彼の目の前に立ち、己の姿をじっと見つめていた。
「御苦労でした。死喰いは僕たちの掌中に収まった。
 これで、勝利の可能性ができた。貴方は任務を全うしました」
無機質な事後報告。感覚も残されていないゴーストロードにそれを述べる伐剣王の表情は分からない。
だが、亡霊はそれでも良かった。
感謝も謝辞も必要ない。ただ、このままでは終わりきれないと思っただけなのだから。
「……貴方は、最後、人として戦いたかったのですね。
 彼らと、勇気を持った彼らを見て、魔剣の加護を捨ててでも、
 己の個我で、彼らに向かい合いたかったのですね」
少しだけ、王の湿っぽい声が聞こえる。
もはやその言葉に想えることも無かった。
そうであったのか、託された任務のためだったのか。
もう思い出せない。
人としての想いを置いてきたこの身は、全て失ってしまった無様な王でしかない。
「……貴方には、殿を命じました。全てを賭して礎となれとぼくが命じました。
そのために必要な全てを与えました」
死に恥を晒し続ける将に、伐剣王は冷たく言い放つ。
「だから、貴方は知らないでしょうが……僕がラグナロクに力を供給しました。
 だってミスティックを使ったのですから。僕を通さなければできるはずもない」
亡霊は、消えゆく中で、それを黙って聞いていた。何を言われても、言い返すことはしない。
「ぼくが、ラグナロクを暴走させました。
 ジャスティーンの力を見定めるために、捨て石にしたんですよ。
 それを傀儡に過ぎない貴方が、さも自分がやったかのように嘆くなんて」
語気を強めて、伐剣王は続ける。
お前は馬鹿だと愚かだと、手のひらで踊った人形をこき下ろす。
「もう一度言います。ぼくが命じました。全てを賭して戦えと命じました。
 貴方はそれを全うした。その結果によって貴方の守りたかったものは壊れたのだ。
 判断ミスで失った? 自惚れないでください。貴方に自由意志などない。
 貴方は僕の命令を完璧に達した。それだけが真実だ!!」
軍の行動によって生じた責任は、命じられたものではなく、命じた者がそれを負う。
そんな杓子定規な軍隊の原則論を、神秘的な泥の海で、賢しら気に振り回している。
そんな子供に、亡霊は身を震わせた。気恥ずかしさで悶えそうになったのかもしれない。
「だから、僕を恨んで下さい。僕だけを憎んで下さい。
 許しは乞わない。さよならも言わない。だけど」
向いていないのだろうな、と思った。
素直にさよならと、すまないと言えば楽だろうに、それを言わない。
悪逆非道な魔王の演技が1分も保たずに剥げ落ちている。

「後悔だけはさせません。いつか必ずや、貴方が拓いた理想郷の先の、楽園で」

それでも、この背中に負った物を忘れないでいてくれるのならば、それを拒める道理はなかった。
亡霊の影が、粒子となって完全に砕け散る。その粒が、魔剣の中に吸い込まれていった。
人としての終わりを、未来を見た少年に預け、
王として終われぬものを、理想を見た魔王に預け、

何も為せず全てを失った男の終わりは、不思議なくらい軽やかだった。

638リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:10:29 ID:MjKNi4V60
ENDING 02 決戦の足音

Scene Player――――メイメイさん

「最後、手を抜いたでしょ?」
花咲く地底の楽園で、メイメイは新しく酒を注ぎながらジョウイに尋ねた。
71階に戻り抜剣状態を解除したジョウイがメイメイの方を向く。
精神のみであったとはいえ、激戦を終えたその顔は涼やかで、異変を感じさせない。
ただ、獣のような右目が金色に輝いていることだけを除けば。
「あの場で死喰いを誕生させようと思えばできた。でもしなかった。それはなぜか、聞いてもいい?」
「……理由は2つです。1つは、あの闇を完全に吸い切れなかったから」
ジョウイがアビリティドレインで魔剣に取り込んだのは、
災いを招く者が闇に踏み行った想い――――いわば始まりだ。
だが、闇を極めれば極めるほどに始まりの想いは失われ、ただ力を渇望する存在へと墜ちてしまった。
「貴方の想いで取り込むには、破滅に寄りすぎている、と」
「そうですね。破滅だけを純粋に願われてはこの魔剣では背負えない。
 この中に入った闇魔道を使って、死喰いを生むしかない」
そう言って、ジョウイは自分の右目を擦る。
理想を以て憎悪と闇を制するという無茶を行ったからこそジョウイは理解する。
あれを取り込むならば、恐らく人間を捨てなければならない。
獣に、オディオに墜ちなければ、始まりの想いを捨てなければ手に入らないだろう。
それを認めることはジョウイにはできない。
この理想を貫くためには、そこに墜ちるわけにはいかないのだ。
「でも、不完全でも生むだけならたぶん半分の闇魔道で十分でしょう? 想いもそれなりに食べたでしょうし」
「……逆に聞きますが、ガーディアンロード相手に不完全な死喰いをぶつけて勝てると思います?」
「ノーコメントで」
ただ死喰いを誕生させるだけならば、今のジョウイでも十分可能だ。
そこそこの想いで、半端な術式で、それなりの憎悪でも生むには十分だろう。
だが、ゴーストロードが残したイスラ達との抗戦記憶に、
核識を通じて識ったロザリーの歌を魔剣から連れ出したピサロの愛と、
セッツァーの祈りさえも乗っ取るような希望と欲望。
それらを知ってしまった以上、もはや死喰いを出せば確定で勝てるという考えは捨てなければならない。
「特にジャスティーンはまだ延び代を残しているように見えました。
 この状況下での単独投入は下の下策です。召喚するならば、相応の仕掛けを打つ必要があります」
「でも、そんな悠長なことしてていいの?
 貴方が永く保たないのは言うまでもないし、貴方が死喰いを誕生できると分かったら、
 オル様が先取りして誕生させるかもしれないわよ?」
少しだけ身を案じるようなそぶりでメイメイはジョウイに尋ねた。
憎悪と同調せずに制するという道を選んだ以上、ジョウイのタイムリミットは変わらず存在する。
いかに制御できようが、毒に触れればいずれ蝕まれるように。
それに、ジョウイが死喰いを誕生できると分かれば、オディオとて黙ってはいられまい。
なんらかの手を講じる可能性も否定はできない。
「それはないですよ。オディオは別に戦力として死喰いが欲しい訳じゃない。
 オディオはそれがどういう形で生まれるのかが見たいだけだ。
 むしろ、不完全な形で召喚する方が、オディオの機嫌を損ねるでしょう」
だが、ジョウイはそれはないと断じる。
オディオの目的は、勝者に敗者を省みらせるという一点に集約される。
ならば、世界の敗者とこの島での敗者を練り合わせて生まれる死喰いはまさに敗者の象徴となるだろう。
それを、自分の手に入らないからと先走って、不完全な形で誕生させるメリットは全くないのだ。
少なくとも、誕生を完全な形で為そうとする限り、オディオは手を出さないだろう。
それこそが、ジョウイが完成度を優先する理由の2つめだ。

(……それに、死喰いにも約束した。時間を与え、完全な形で生を与えると)

639リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:11:14 ID:MjKNi4V60
蒼き門を通じて泥の海に置いてきた感応石を思い出しながら、ジョウイは死喰いを想う。
理由はまだ分からないが、死喰いはより完全な形で生まれたがっている。
それ知りながらジョウイの個人的な都合で早産にする訳にもいかなかった。
「ふーん、死喰い誕生の最低ラインは突破したから、
 後はそれで勝てるように完成度を高める……ってのは分かったわ。
 で、実際どうするの? ここで闇魔道を解析しながら、儀式を完璧にする?」
ジョウイの方針を聞いてそれなりに納得したメイメイはその先を促す。
このまま待ちの戦略を取るような可愛い気があるようには見えなかったのだ。
「……メイメイさんに、一つお願いがあるのですが。これを、彼らに届けてあげてくれませんか?」
ジョウイは返答の代わりにメイメイに一冊の書物を渡す。
それはマリアベルが死の淵で認めた欲望の書物に他ならなかった。
「いいの? これを渡したら、いずれ首輪解かれちゃうわよ?
 そうなったら禁止エリアなんて――――ッ!?」
そこまで言って、メイメイはジョウイの目論見を理解した。
この書に書かれた事実を知れば、彼らは否応なく死喰いにたどり着くだろう。
そうなれば彼らはここを無視できない。
ここに背を向けて空中城を攻めるのは危険すぎる。
彼らは死喰いを何とかするべく首輪を解除してこちらに来るだろう。

「……ぼくはこの地で彼らを迎撃します。
 彼らが来るまでに可能な限り闇魔道を完成させ、
 たどり着いた彼らを殺し死を喰わせ、それを以て死喰いを完成させる」

ジョウイの背後に門が生じ、そこから2つの影が現れる。
一人は鋭い眼が印象的な猛犬の如き将で、一人は角張った顔に浮かぶ冷徹な表情が印象的な将だった。
シード、クルガン。紋章の記憶と憎悪より形作られた亡霊。
ただ違うのは、そこには曖昧な亡霊ではなく、明確な肉体があったということだ。
白磁の如き肌、黒髪と金の眼が特徴的なそれは、紛う事なきモルフの肉体。
グラブ・ル・ガブルの生命と亡霊を組み合わせて作られたモルフだった。
「勝ちます。希望も勇気も欲望も愛も、憎悪も越えて、魔法を以て王に至るために」
その宣言と共に、巨大感応石が鳴動する。
島自体が脈動するかのように響いた鼓動は、死喰いの中に更なる死が送り込まれた証だった。
希望と欲望を喰らったセッツァーの死を喰い、死喰いが更なる高みを知った証だった。
全ての幸いを喰らうセッツァーの想いを取り込んだ以上、
もう首輪が在ろうがなかろうが、死喰いは死を取り込むだろう。
「彼らにはゲートホルダーもある。あまり時間をかけるわけにもいかない。直ぐに準備を始めます」
ジョウイはそう言って立ち上がり、モルフとなった将達から魔王の外套と絶望の棍を受け取る。
外套の一部を千切り、憎悪に歪んだ右眼を隠しながら、彼はついに魔王を背負った。

「……分かったわ。もう試すようなことは言わない。だけど、最後に一つ教えてくれない?」

640リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:12:52 ID:MjKNi4V60
全ての運命が加速し始める感覚を覚えながら、
メイメイはふと、楽園のなかの一輪の花に手を添える。
「貴方の戦いによって楽園は手にはいるかもしれない。
 そしてそのために血は流れるでしょう。この花も赤く染まるでしょう。
 でも、白い花が好きな人もいるでしょう。そんな人たちのために、貴方は何ができるかしら?」
この楽園を血に染めてでも勝利を掴む覚悟があるのかと、占い師は問う。
はっきり言って答えの出ない問題だ。出題者と回答者の溝がでかすぎる。

「守りますよ、赤い花を。ずっと、ずっと。
 いつか、誰もが赤色を忘れて、それを白いと言ってくれるまで」

それでも、誰よりも弱い魔王は間断なくそう答えた。
血に染めてでも、勝利を掴むと、敗者の王はそう宣言した。

そう、とメイメイは眼鏡の奥でこの島に残った最後の敗者を見つめる。

彼は間違っていない。その始まりの祈りも、終わりの答えも間違っていない。
それでも彼はその道を選んだ。
それだけ人を想えるのに、そこまで自分を知っているのに、選んだ道は破滅の回廊。
正しい道を選んでいるはずなのに、どこかで捻れて歪む。
いったい何が彼をそうさせるのか。そのどうしようもなさはいったい何なのか。

(でも、それが――――)

手にした手記をその力で転移させながら、メイメイは注いだ酒を飲み干した。
それが、人間と言うものかもしれないという言葉ごと。

641リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:13:27 ID:MjKNi4V60
【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 昼】
【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ(中)疲労(中)金色の獣眼(右目のみ)
    全身に打撲 首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍(絶望の鎌の刃がなくなったもの) 天命牙双(左)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1@ちょこの所持していたもの
    基本支給品 マリアベルの手記 ハイランド士官服 魔王のマント
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:魔王として地下71階で迎撃の準備を整える
2:参加者を可能な限り殲滅し、その後死喰いを完全な形で誕生させる
3:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき
[備考]:ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    セッツァー達に尋問されたことを話しました。    
※紋章無しの魔法等自分の常識外のことに警戒しています。
※紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章

※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

【つらぬく誓い】
不滅なる始まり・Lv3紋章術。魔剣の中の憎悪を制したことで使用可能になった。
魔剣の中にある犠牲になってきた人たちの負の感情を高揚させ、魔力に変換して使用者をブーストする。
彼らに操られるのではなく、彼らを背負うという誓いが、伐剣王の魔法を遥か高き大地へと押し上げる。
一目見れば誰でもわかる、魔王が抱くその矛盾はあまりにも惨くおぞましい。
それでも、その矛盾を貫かなければ始まりは開かれない。


 *ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
 ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
 *召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
 *メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
 *死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
  グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
  ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
  現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

642リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:14:24 ID:MjKNi4V60
ENDING 03 そして彼らもまた集う

Scene Player――――アナスタシア=ルン=ヴァレリア


「ティムくんったら少し観ないうちに、
 おちんぎん(ARMS隊員としての)、こーんなに大きくしちゃって……
 コレットちゃんのことを思って、がんばっちゃったんだぁ……
 ほら、こんなにパンパンになっちゃってるよ?(がまぐちが)
 三ヶ月も貯めちゃうなんて、ふふ、我慢強い子は大好きよ?
 
 でも、貯めすぎっていろいろ良くないから……(節税的な意味で)
 ね? 出費しちゃいましょ? 気を楽にして……お姉さんが手伝ってあげるから……
 ぐへへへへええへへへええ―――――――ほげえッ!!!!」

スウィートな夢を見ていたアナスタシアの目を覚ましたのは、本の角だった。
斜め45度に傾いて自由落下した本は、このように目覚ましの役割すら果たす。
「誰よ! はにぃであふぅできっちゅなスんばらすぃドリーミンに浸っていたってのに!
 安眠妨害とか訴訟? もうこれは訴訟も辞さないってこと? 上等ッ、表出ろやぁ!!」
「……屋外だろうが」

映像にするといろいろコードに引っかかりそうな夢から現実に引き戻されて怒り心頭なアナスタシアに、ピサロが呆れたように応じる。
ピサロは既に目を覚まし、砲剣の握りを確かめている。
「口開くなよリア充、黙って爆発しろよ(おはよう、ピサロ! すがすがしい朝ね!!)」
鼻血を吹きながらいい笑顔で挨拶するアナスタシアを見て引き金にかかるピサロの指に力が入るが、
ロザリーのことを3回ほど思い出したところで力を緩めることに成功した。
「……貴様の仲間が呼んでいるぞ」
ピサロが促したその先には、先ほどまで戦場を隔てていた壁だった。
鼻をこすりながらアナスタシアが耳を傾けると、
その向こうから、アナスタシアやアキラを呼ぶストレイボウの声が聞こえてきた。
あたりを見回せば戦闘らしき音はなく、どうやら全ての戦闘は片づいたらしい。

「あなたが答えればいいじゃない?」
「……勘違いの上でもう一戦したいというのなら、やぶさかではないぞ」

どうやらピサロはアナスタシアが目覚めるのを待っていたらしい。
返事をしてアナスタシアが死んだと思われ、戦闘に発展する可能性を危惧したのだろう。
やはり、戦う気はもうないらしい。

「聞こえてるわよー! 今から壁ぶった切るから、少し離れてなさーい」

643リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:15:02 ID:MjKNi4V60
扉を開けるから離れてなさいというのと同レベルの気安さで、
アナスタシアは退いていろという。
「……山にもほどがあるだろう」
「なんか言った? まあいいけど。そういえば、そろそろ出せるかしら、ルシエド……ふんっ」
ピサロの呆れたような言葉を聞き逃し、アナスタシアは欲望を高め、巨大な聖剣ルシエドを具現する。
「……セッツァー……」
問題なく召喚された聖剣を見て、ピサロは僅かに顔を曇らせる。
ルシエドが出現したことの意味を理解できないほど、ピサロは忘八者ではない。
「…………?」
「どうした、アナスタシア」
だが、一向にルシエドを振らないアナスタシアを怪訝に思い、
ピサロはアナスタシアに声をかける。
「ん? いや、何でもないわよ。見てなさい……ふん!!」
アナスタシアの斬撃によって、隆起した壁が両断される。
常人から見れば明らかにおかしいが、アナスタシアならばさほど不思議ではない。
だが、その光景に僅かな安堵を滲ませていたのは、当のアナスタシア本人だった。
「んー? なに、こっちを見つめて……いやらしい」
「馬鹿を言え。……装填」
ピサロの視線に感づいたアナスタシアが、おどけるように身をくねらすと、
考えるだけ阿呆臭いと目を背けながら、ピサロは砲剣に魔力を込める。
放たれた砲撃は、飴のように壁をくり抜き、アキラたちのいるエリアへの道を開く。
完全とは言えないが、戦闘可能な程度には魔力も戻ったらしい。

「こんなものか。人間どもに事情を説明するのも億劫だが、致し方ないか……」
「ねえ、ピサロ、これ貴方の?」

ストレイボウたちの影が大きくなっているのを見続けるピサロに、
ツインテールを解いてポニーに戻しながらアナスタシアが声をかける。
その手には、先ほどアナスタシアの眼を覚ました一冊の本があった。
だが、ピサロには当然思い当たる節もなかった。

そう、とアナスタシアはデイバックにそれをしまい込む。
読むのは他のみんなの状況を確認したあとでもいいだろう。
そう意識を切り替えて、アナスタシアは彼ら3人を迎えた。
その手に残る、本の重みを振り払うように。


この後、彼らは知ることになる。
イスラたちが戦い抜いた勇気の物語を。アナスタシアが吼えた愛の物語を。
眠りから覚め、散乱した遺品を集めて待つアキラだけが継げる希望の物語を。

そして、その書に記された、賢者の物語を。
最後のページだけ白紙となった愚者の物語だけは知らぬまま。

644リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:16:08 ID:MjKNi4V60
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 昼】
【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:書き込みによる精神ダメージ(中)右手欠損『覚悟の証』である刺傷 瀕死 疲労(極大)胸に小穴、勇気(真)
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4+WA2 覆面@もとのマント
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:燃え尽きた自分を本当の意味で終わらせる
1:イスラを引っ張ってストレイボウの仲間たちと合流する
2:友の願いは守りたい
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)
[備考]
※ロードブレイザーの完全消失及び、紅の暴君を失ったことでこれ以上の精神ダメージはなくなりました。
 ただし、受けた損傷は変わらず存在します。その分の回復もできません。(最大HP90%減相当)
※天空の剣(二段開放)は、天空の剣本来の能力に加え、クリティカル率が50%アップしています。


【イスラ・レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(極)、心眼、勇猛果敢:領域支配を無効化 
[装備]:魔界の剣@DQ4、ドーリーショット@アークザラッドⅡ、サモナイト石“勇気の紋章”@サモンナイト3+WA2
[道具]:基本支給品×2、
[思考]
基本:――
1:――
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)
[備考]
※高原、クロノ、マッシュ、ユーリル、ヘクトル、ブラッドの仲間と要注意人物を把握済み。
※フォース・ロックオンプラス、ブーストアタックが使用可能です。
※サモナイト石“勇気の紋章”のおかげでカスタムコマンド“ブランチザップ”が限定的に使用可能です。
 通常攻撃の全体攻撃化か、通常攻撃の威力を1.5倍に押し上げられますが、本来の形である全体に1.5倍攻撃はまだ扱えません。
 また、本来ミーディアムにあるステータス補正STR20%SOR10%RES30%アップもありません。


【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(極)、心労(中)勇気(大)ルッカの知識・技術を継承
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火の剣、“勇者”と“英雄”バッジ@クロノ・トリガー+クロノ・トリガーDS
[道具]:基本支給品一式×2
[思考]
基本:約束と勇気を胸に抱き、魔王オディオを倒してオルステッドを救い、ガルディア王国を護る。  
1:イスラを引っ張って仲間達と合流する
2:ジョウイ、お前は必ず止めてみせる…!
参戦時期:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石によってルッカの知識・技術を得ました。
 ただしちょこ=アクラのケースと異なり完全な別人の記憶なので整理に時間がかかり、完全復元は至難です。
 また知識はあくまで情報であり、付随する思考・感情は残っていません。
 フォルブレイズの補助を重ねることで【ファイア】【ファイガ】【フレア】【プロテクト】は使用可能です。
※“勇者”と“英雄”バッジ:装備中、消費MP2分の1になります。

※首輪に使われている封印の魔剣@サモナイ3の中に 源罪の種子@サモサイ3 により
 集められた 闇黒の支配者@アーク2 の力の残滓が封じられています
 闇黒の支配者本体が封じられているわけではないので、精神干渉してきたり、実体化したりはしません
 基本、首輪の火力を上げるギミックと思っていただければ大丈夫です

※首輪を構成する魔剣の破片と感応石の間にネットワーク(=共界線)が形成されていることを確認しました。
 闇黒の支配者の残滓や原罪によって汚染されたか、そもそも最初から汚染しているかは不明。
 憎悪の精神などが感応石に集められ、感応石から遥か地下へ伸びる共界線に送信されているようです。

645リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:16:57 ID:MjKNi4V60
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:HP1/32、疲労(超)、精神力消費(超)
[装備]:パワーマフラー@クロノ・トリガー、激怒の腕輪@クロノ・トリガー、デーモンスピア@DQ4
[道具]:毒蛾のナイフ@DQ4 ブライオン@LIVE A LIVE、基本支給品×5 天使ロティエル@SN3(使用可)
    デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、ミラクルシューズ@FFⅥ、いかりのリング@FFⅥ、
    海水浴セット、基本支給品一式、ランダム支給品×1、焼け焦げたリルカの首輪、
    ラストリゾート@FFVI、44マグナム(残弾なし)@LIVE A LIVE、バイオレットレーサー@アーク2
    セッツァーのデイパック、アシュレーのデイパック、
    ちょこのデイパック、拡声器(現実)、日記のようなもの@???
[思考]
基本:ヒーローになる。
1:起きたことを説明する
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:ダメージ(中) 胸部に裂傷、重度失血 左肩に銃創 鼻血 精神疲労(極大)
[装備]:アガートラーム@WA2 マリアベルの手記
[道具]:感応石×3@WA2、ゲートホルダー@クロノトリガー、基本支給品一式×2
[思考]
基本:“自分らしく”生き抜き、“剣の聖女”を超えていく。
1:他のみんなと合流する
2:ジョウイのことはとりあえずこの場が全部終わってから考える
3:今までのことをみんなに話す
[参戦時期]:ED後
[備考]:
※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。
※アナスタシアの身にルシエドが宿り、聖剣ルシエドを習得しました。大きさや数ついてはある程度自由が利く模様。
 現在、セッツァーが欲望の咢を支配しているため、剣・狼ともどもルシエドを実体化できません。
※マリアベルの手記の最後には空白のページがあります。後述。


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ(大) ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労(極大)
[装備]:クレストグラフ(5枚)@WA2 愛のミーディアム@WA2 バヨネット
[道具]:基本支給品×2、データタブレット@WA2、双眼鏡@現実
    点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石) 天罰の杖@DQ4
[思考]
基本:ロザリーを想う。受け取ったロザリーの想いを尊重し、罪を償いロザリーを傷つけない生き方をする
1:償いの方法を探しつつ、今後の方針を考える
[参戦時期]:5章最終決戦直後
[備考]:*クレストグラフの魔法は、下記の5種です。
     ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
    *バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
    *ラフティーナの力をバヨネットに込めることで、アルテマを発射可能です。

※マリアベル・ストレイボウ・アキラ・ちょこ・ゴゴ・ジョウイ・アナスタシア・ニノ・ヘクトル・イスラのデイバックに
 首輪解体用工具及び解体手順書が分散して入っていました。
 回収できた分量・及び手順書の復元度はお任せします。

646リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:17:33 ID:MjKNi4V60
Climax 04 ヴェルギリウスの未練(天国篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

さて、言い遺したことはこれで全部じゃ。
長々と語ってすまなんだな。ときに――――

これを最初に読んだのはアナスタシアか? 
お前には特に何もない。
言いたいことは言ったし、言われたかったことは言ってくれた。
それで十分じゃ。十分すぎるほどにな。その生に幸いあれ、友よ。
読み終わったら、ここで燃やしてくれ。頼む。

これを最初に読んだのはニノか?
1日そこらじゃったが、お主といて、楽しかった。ロザリーも同じじゃったろう。
お主のような子がおるというだけで、この永い世にも少しは楽しみ甲斐があったというものぞ。
だから、笑っておくれ、永き世で最後に出会えた愛し子よ。
子供が癇の虫を起こすと大人は眠れぬのじゃ。どうかそのまま、涙を拭ってこの言葉を捨ててほしい。

これを最初に読んだのはヘクトルか?
先に逝くことになってすまんな。お主には苦労をかけることになる。
なにせ残っておるのがアナスタシアも含めて子供ばかりじゃ。
この衆をまとめられるのはお主くらいしかおるまい。
じゃが、それでもどうか守ってやってくれ。彼ら子供の未来を。
言いたいことはそれだけじゃ。このまま破り捨ててくれ。

これを最初に読んだのはアキラか?
先に述べた通り、お主の力を借りなければ収まらん状況になった。
妾が不甲斐ないばかりに申し訳ない。
なに、心配はない。妾達のフォースと同じよ。
己を信じよ、疑うな。妾の言葉なんぞ捨て去っていけ。
駆け抜けよヒーロー、その足跡こそが道となる。

647>>646修正 ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:18:36 ID:MjKNi4V60
ENDING 04 ヴェルギリウスの未練(天国篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

さて、言い遺したことはこれで全部じゃ。
長々と語ってすまなんだな。ときに――――

これを最初に読んだのはアナスタシアか? 
お前には特に何もない。
言いたいことは言ったし、言われたかったことは言ってくれた。
それで十分じゃ。十分すぎるほどにな。その生に幸いあれ、友よ。
読み終わったら、ここで燃やしてくれ。頼む。

これを最初に読んだのはニノか?
1日そこらじゃったが、お主といて、楽しかった。ロザリーも同じじゃったろう。
お主のような子がおるというだけで、この永い世にも少しは楽しみ甲斐があったというものぞ。
だから、笑っておくれ、永き世で最後に出会えた愛し子よ。
子供が癇の虫を起こすと大人は眠れぬのじゃ。どうかそのまま、涙を拭ってこの言葉を捨ててほしい。

これを最初に読んだのはヘクトルか?
先に逝くことになってすまんな。お主には苦労をかけることになる。
なにせ残っておるのがアナスタシアも含めて子供ばかりじゃ。
この衆をまとめられるのはお主くらいしかおるまい。
じゃが、それでもどうか守ってやってくれ。彼ら子供の未来を。
言いたいことはそれだけじゃ。このまま破り捨ててくれ。

これを最初に読んだのはアキラか?
先に述べた通り、お主の力を借りなければ収まらん状況になった。
妾が不甲斐ないばかりに申し訳ない。
なに、心配はない。妾達のフォースと同じよ。
己を信じよ、疑うな。妾の言葉なんぞ捨て去っていけ。
駆け抜けよヒーロー、その足跡こそが道となる。

648リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:19:08 ID:MjKNi4V60
これを最初に読んだのはストレイボウか?
開口一番、お主の友を罵倒してすまなんだな。
悔しかったか? だったならそれでよい。その想いのまま、友と向かい合ってやれ。
忘れるな。お主は生きておる。お主の友も然り。
まだ遅くはない。妾を振り返るくらいなら捨て置いて急げ。
きっと、お主の友も待っておるよ。

これを最初に読んだのはちょこか?
見ての通り、アナスタシアは子供じゃ。ひょっとしたらお主よりもな。
ひとりでは危なっかしいから、目を光らせておかねばならんのじゃが。
頼む。もう少し、やつとともにいてやってくれんか。
わらわの代わりではなく、アナスタシアが大好きなお主として。
……ありがとう。この書はここで閉じて、あやつの傍に行くが良い。

これを最初に読んだのはゴゴか?
もうこれが最後と思うが故に言うが、カエルの前例から考えると、恐らくお主とセッツァーは時間平面上でズレておる。
この真実がお主の中のオディオを刺激することを恐れ、言えなかったことを許してほしい。
それでも行くか? ……この書を捨ててでも行くのじゃろうな。止めはせぬよ。
だが、どうか憎悪に呑まれてくれるな。
お主が全てを失っても守りたかった者達が遺したお前を、あ奴らの手で殺させないでくれ。

これを最初に読んだのはイスラか?
お主が会わせたかった娘にも会ってみたかったが、叶わんことになった。
代わりと言ってはなんじゃが、お主が、伝えてくれぬか。
マリアベルという、そやつと似合う娘がおったと、お主が伝えてくれぬか。
なに、お主も捨てたものではないよ。そう言ったであろう。案ずるな。
……ここで書を捨てよ。よいな。必ずじゃ。お主は、特に。

これを最初に読んだのはカエルか?
絶対に許さん。お主には何度煮え湯を飲まされたことか。許すわけなかろう。
たとえわらわ以外の誰もが許そうと許さん。少しでも罪を自覚するなら重みに潰されて朽ち果てよ。
…………運が良かったな。そんな妾はもうここにはおらん。
妾はもう知らぬ、死ぬも生きるも好きにせよ。
ただ、ストレイボウだけは、裏切るなよ。分かったならこれを捨ててさっさと去ね。

649リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:19:59 ID:MjKNi4V60
これを最初に読んだのは魔王か?
お主とは戦中で戟を交えるのみであったな。ブラッドとリルカの件は無論蔑ろにはできぬが、
それを差し引けば……うむ、貴様との戦いはなかなかに心躍ったぞ。
チャンバラで切った張ったも悪くはないが、貴人の決闘としてはいささか品位に欠けるからのう。
機会があれば心行くまで術理戦をしてみたかったが……もはや詮無きこと。
さらばだ魔導の頂点よ。その髄でこの書を灼き、後方を欠いた皆の役に立ててやってくれ。

これを最初に読んだのはピサロか?
……多くは語るまい。お主がこれを読んでおると言うことはロザリーの言葉が届いたということじゃからのう。
手放すなよ。失ったものは真には還らぬ。だが、それは全てが無意味となるのではない。
ほれ、いつまでも死人を見るでない。行くがいい。
その道にロザリーの祝福があらんことを。

これを最初に読んだのはセッツァーか?
直接見えた訳ではないが、ひとかどのことは聞いておる。
……お前の手に掛かれば、この書さえも交渉と謀略の道具になるのじゃろう。
お前だけは、お前だけにはかける言葉が見つからぬ。
お前とゴゴはあまりに近くて遠すぎる。どう転んでも破滅的な結末しか見えぬ。
だが、それでもじゃ。破り捨てて構わぬから、一つ言わせてくれぬか。
もしも、もしも奇跡が起きたのならば、それを素直に受け止めてほしい。
それだけよ。

これを最初に読んだのはジャファルか?
顛末はニノやヘクトルから聞いておる。部外者が口を出すのは野暮じゃが言わせてもらおう。
闇だ光だの、青い嘴でピーピーさえずるでない小僧。
たかが20年さえも生きておらぬ分際で、世界など語るでないわ恥ずかしい。
お前のこれまでの世界に光が無かろうが、それが光の無意味を示すものにはならぬ。
世界は広く真理は遠い。わらわの言葉さえも真理ではない。屑籠行きじゃ。
故に生きよ。傍らの娘と、生を全うせよ。闇を語るのは、それからで遅くない。


さらばじゃ。皆の衆。頼んだぞ。

650リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:20:49 ID:MjKNi4V60














できることならば、遺したくはなかった。
だが、どうにも妾の欲望は、書き遺さずにはおれんようじゃ。

最初に読むのは………………やはりお前なのか、ジョウイ。

651リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:21:50 ID:MjKNi4V60
お前がこれを最初に読むということは、お主はもうアナスタシア達のもとにはおるまい。
妾が死んだ今、お主がこの場に留まる理由もメリットもないからな。
逆に考えれば、お主がこのタイミングで妾を切るということは、
妾達の中に潜むメリット以上の何かがあったということ。
お前が乾坤一擲の大勝負を仕掛けるに足る何かが生じたということ。
だがあの時点でまだセッツァー達は来ておらん。
つまり、お主が真に待っておったのは、魔王とカエル。狙いは、魔鍵ランドルフか……紅の暴君か。

素直に完敗じゃよ。
疑いを持たなかった訳ではないが、仮にセッツァーと協力して裏切ったとしても、
お主がここから全部をひっくり返す手が思いつかんかった。
妾は、最後の最後を読み切れなんだわさ。
死の狭間で、お主の癒しの光の中にあった暗い感情を受けるまではな。

……不思議に思うか?
なぜそれを誰にも、アナスタシアにも言わなかったか。
自惚れるでない小童。妾の時をなんと心得る。
残された友との語らいにくらぶれば、貴様の叛意なぞ時間を割くも勿体ないわ阿呆。
本当、本当に阿呆よ。
もう少し手を抜ききっておれば、感応石での会話も欲望を書き記すことも叶わなかったろうに。
力を半端に強めよって……おかげで死の苦しみが無駄に延びたわい。


お主が優勝して何を願うのかは分からぬ。じゃが、恐らくろくでもないことじゃろう。
皆殺しだ破滅だととか、そういうレベルで収まらぬ何かをな。
あえて言おう。止められぬか。
その先には何もない。お主がその手に何かを掴むことはない。
だから止めてくれぬか。貴様のためなどとは言わん。
アナスタシアやニノ、ちょこ達のために、我慢してくれぬか。
あの雷を、人の心の光を見たじゃろう。
人はいつかそこにたどり着く。それを信じてやってくれぬか。

……それで止まるなら、最初からこのような真似はせんか。
ああ、面倒くさい。本当に面倒くさい奴よの。
なぜそうも面倒なんじゃお主達は。ほんに、よく分からん奴よ。
妾は長い年月、さまざまな人間を見てきた。いい人間も悪い人間もいた。
お主はいい人間か? 違うじゃろう。妾を目的のために見殺すのだから。
ならば悪い人間か? そうでもない。ならばリルカの死を悼むまい。
ああ、分からぬ。この血の気の足りぬ精神ではとんと分からん。
命を想えるくせに、死を良しとする。非道を選べながら、それでも痛みを感じる。
何も言わず、ただ己のみに十字架を背負いたがる。
身の程を知りながら欲しいものを我慢できぬ。人を愛していながら信じられぬ。
何故なのよ。いくら叡智を捻ろうが、この問題だけは最奥にかすりもせぬ。
誰の手も振り払ってでも道を進む強さがありながら、誰の手も掴むことのできぬほど弱い。
賢しくも愚かで、愚かで、愚かすぎて愛おしさすら感じるよ。
なんと矛盾に満ち溢れた存在よ、ジョウイ。分からん。本当に分からんよ貴様達――――『人間』は。

なるほど、このノーブルレッドたる妾が“2度も”読み間違えるのも道理か。

652リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:22:33 ID:MjKNi4V60
……2つ、頼みがある。
1つは、この書を、あ奴らに届けてやってほしい。
それが貴様にとって恐らく不利となることは承知しておる。その上でじゃ。

対価……とは言わぬが、代わりに、一つ面白い話をしてやろう。
ある男の話を。お主の先に疾走した、全てを掴んで全てを失った莫迦の話を。
私見も感情も交えぬ。その男が何を為し、何を成したのかをくれてやる。
あ奴と同じ道を進まんとするお主が、せめて同じところで転ばぬための杖として。

それを語る前に、もう1つじゃ。
お主の道の果てを、わらわに見せよ。お主の末路を、お主の滅びを、お主の結末を見せよ。
あの時、わらわたちが掴み取った選択は真に正しかったのか。
わらわたちが掴み取らなかった選択の先に、何があるのか。
限りなく『人間』たる貴様の往く道が、どうなるのか。それをノーブルレッドに示せ。

いやとは言わせぬよ。貴様には、責任があるゆえの。
殺した責任? まさか。妾はあの選択に後悔はない。責任も糞もないわい。
じゃあ何かと? まさか本気で分からんというわけなかろうな。
あの時――――天から降り注ぐものが全てを滅ぼそうとしたあの時、
わらわはほんの少し……ほんの、ほーんのちょっぴしじゃ……ドッキリしたのよ。
分かるか? 分からんかなー。分からんのかこのバカチンがッ!
あーもー、つまりじゃな、つまりじゃなあ、


―――――妾を抱いた責任、とってくれるな?


くくく、ははははははっ!!
ああ、まったく、馬鹿馬鹿しい。なんで妾が、こんな嘘に引っかかったのか、まったく。
さ、それでは語るとしようか。わらわが消えゆくまで、子守唄のように。
懐かしいな……この感覚は、ああ、こそばゆい……あの時のようじゃ……
知らぬものと、手探りで触れ合うような……
災厄の前、アナスタシアと逢う前にこうしておったように……
なあ……お主の後継に渡したこの手紙は……
お主のところにまで届くであろうか……手紙をやりとりしている間……
妾達は、確かに……友であったのじゃ……
どうして、妾達は……最後まで、友ではいられなかったのかのう……

なあ、アーヴィング……始まりの友に連なる最後の友よ……



※マリアベルの手記の中から、
 ジョウイに当てられた文節のみ(できることならば、遺したくはなかった〜から最後まで)
 不滅なる始まりの紋章に吸収されました。空白以上の痕跡は残っていません。

※ジョウイがアーヴィング=フォルド=ヴァレリアの原作中の行いを知りました

653リプレイ・エンピレオ ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:23:36 ID:MjKNi4V60
NEXT PHASE 

Scene Player――――Game Mastar

『魔族の王』が、『狂皇』が、『魔王』が、『破壊』が、
絆を砕き、心を壊し、怒りを、憎悪を、嘆きを、死を増やす。
それは瞬く間にこの島を覆い、『焔の災厄』となる。
焔は消え、雨が降り、世は暗雲に包まれる。
『闇黒』は『虚言と姦計』を以て霧雨の如く島へと染み込む。

染み込んだ雨は島の深く、深くへと伝わり、やがて一つの泥と交わる。

泥は、『島の意志』は、かつて『大きな火』と崇められたものは、
闇を喰い、憎悪を喰い、力を喰らい『災いを招く者』となる。


それこそが泥の海の墓標――――死を喰らうものに至る地獄巡り。
そして、ついに八界の地獄巡りは終わった。
どのような形であれ、世界最期の日の終わりに、煉獄山は現れる。
この先どう転ぶかなど、観測者でも読めはしない。視えるのはただ一つ。

「――――時間だ」

次の6時間こそが、最後の分岐点であるということだけだ。

654 ◆wqJoVoH16Y:2012/12/09(日) 21:24:21 ID:MjKNi4V60
投下終了です。指摘、疑問あればどうそ。

655SAVEDATA No.774:2012/12/10(月) 06:43:49 ID:FKR.XWog0
拝読しました。
執筆と投下、ほんとうにお疲れ様でした。
……自分が、ジョウイたちに思っていることや、こんな場所で書き手をやっていて、
賢しくも好きなものの「継ぎ目」を眺めて分かったふりをしてでも書きたいものがあって、
好きなものを、殺してでも書きたくなってしまって、
それを、こんな、かたちにされて……震えないわけがない。
ジョウイの決意は、ジョウイの愚かさは、オディオたちの賢しさは、自分の……
あるいは自分たちのそれでした。それを大事に書いてくださって、ありがとうございました。

二次創作のSSに対する感想としては、これは、あまりに的外れだと思います。
そんな読み方しかできなくなった自分が、自分のことを分不相応に悲しいと感じてしまうほどに。
けれど、この話を読めて良かったと、それだけは伝わってください。

そして余談を。
この章構成は『ダブルクロス』だなあ、と思いましたけれど、『若君(ジョウイ)†覚醒』した
エンディングフェイズのタイトルが「継承(DXデイズ・第一話)」っていうのは、味わい深いです。
朝どころか、夜までももたない彼にこれか……、と。
見当はずれでも、勝手にこれしかない、と思って唸りました。

656SAVEDATA No.774:2012/12/11(火) 21:59:48 ID:HWdpK8RY0
読了! 投下おつでした!
最近すごいSSがガンガン来るどうしよう。
この作品、面白いか面白いくないかで言えば間違いなく面白い。
けれど、そんな感想は相応しくない気がする。
なんといいますか、壮絶なものを感じました。
世界を憎もうにも憎めない。だって大好きだから。
憎いから世界を変えたいんじゃない。たいせつだから楽園を望む。
そんな道は痛いに決まってるのに。辛いって分かってるのに。
ゴーストロードの思念とか、マリアベルの欲望とか、きっとそれ以上のものをこれから背負って。
重くて辛くて苦しくて痛くても邁進するんだろうよ、誓いを貫くために。
ジョウイってほんとうに馬鹿。不器用。
けど、だからこそ尊くて綺麗。
ついに魔王の座に至ったジョウイの結末がどうなるか、怖いけれど楽しみです。

657SAVEDATA No.774:2012/12/13(木) 20:46:35 ID:dLwS4mZ60
投下乙!
うおー、なんていうか、こう、ガツンと来ますよなあ。
だよなあ、ピリカちゃんの事を思えば世界を憎むなんて……うーむ
しかし、世界を憎めないからこそその上を行く"オディオ"になるのかなあって。
マリアベルも、ここまで読めてあの時魂を差し出したのだとすれば……
本当に、投下乙です。

658SAVEDATA No.774:2012/12/17(月) 19:07:31 ID:LB.y0jAU0
遅くなりましたが投下お疲れ様です!
この話の何がすごいって、
>>この島は、この戦いは、敗者の墓標<エピタフ>。風も吹かぬ地の底で嘆き続ける敗者を封じた墓碑。
この一文にガツンときた。
ああ、そうなんだって。ああそうなんだなって。
これまでも度々語られてきたオディオの目的や首輪、舞台についての考察がこの一文にぴたりとハマった感じ。
そんな敗者を顧みさせる世界で、敗者の始まりを省みるジョウイ。
こいつもなあ、背負わせて欲しいって言ってるけどほんとに原作からしてたくさんの人の想いを背負ってるんだよなあ。
先のセッツァー戦は唯我と絆の戦いだったけれど、今度は絆と絆の戦いかあ。
遂に全貌が明らかになったマリアベルの手記もよかった。
掛ける言葉がないとしたセッツァーや、遺したくはないとしたジョウイにさえ言葉を遺して逝ったか。
ジョウイが責任を果たす、頼みを聞いてくれるとマリアベルが信じたのは、 この二人が人間を好きだという点でつながってたからかもなって感じてしんみり

659SAVEDATA No.774:2013/01/15(火) 13:26:53 ID:a5zJm1tM0
集計お疲れ様です。
RPG 149話(+ 2)  7/54 (- 0)  13.0(- 0)

660 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:05:25 ID:l3C8pPeQ0
第六回放送、投下いたします。

661第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:07:35 ID:l3C8pPeQ0
 喧騒が溢れていた。
 降り注ぐ光は輝かしく眩く温かく、石造りの城下町を照らし上げていた。
 東の山を根城とする魔王に姫が攫われたというのに、町に住まう人々は絶望など微塵も感じていなかった。
 彼らの視線には期待が満ちている。彼らは口々に賞賛を溢れさせている。手を振る者がいる。拳を掲げる者がいる。
 彼らが期待し、讃え、惜しみない声援の先にあるのは、力強い足取りで石畳を往く男の姿だ。
 威風堂々たるその様は輝かしく、燦然と輝く太陽にも劣らない。
 男の一歩には惑いも揺るぎも恐れもなく、澄んだ黒瞳は前だけを見据えている。
 それは、旅立ちのときだった。
 出立に臨む男には勇ましき者を現す誉れ高い称号が与えられている。その称号は、彼には実に相応しい。
 彼の胸には、強い勇気が燃え盛っていた。
 無数の魔物が立ち塞がろうとも、如何なる困難が待ち受けていようとも、魔王がどれほど強大であろうとも。
 退かず怯まず躊躇うことなく、立ち向かい切り開き打ち倒す決意がある。
 培ってきた剣技は身に染み着いており、力となってくれる剣がこの手にはあり、更に隣には背中を預けられる親友がいてくれる。
 だから戦える。この勇気を抱き進んでいける。
 目指す先は魔王山。麗しの姫が、そこで彼を待っている。
 男は姫を心から愛している。姫もまた、男を心から愛してくれている。
 愛する故に、男は彼女を救いたいと想う。愛しさ故に、男は彼女を取り戻したいと願う。
 その願いは、旅立ちの先にある。
 歩みの向こう、今を超えた先にこそ、愛する姫と共に在る平和な日々があると信じられる。
 そんな明日に想いを馳せられる。
 そんな未来を男は強く欲し望むことができる。
 未来を肯定し明日を望み希う、強く激しい想い。
 それは希望でもあり、欲望でもある。
 希望を今日を飛び立つ翼となり、欲望は明日へと向かう衝動となり、男を動かす原動力となるのだった。
 声援を背に受けて、男は城から外へ往く。 
 勇気を握り締めて愛を抱き、欲望を飼い慣らし希望を羽撃かせ、その一歩を踏み出すのだ。

 ◆◆
 
 瞼を持ち上げる。
 瞳に映るのは石造りの広間。
 弱々しい灯火によって照らされる、闇の玉座。
 降り注ぐ輝きからは程遠く、称賛の奔流からはかけ離れた漆黒の世界。
 夢を見ていたわけではない。そも、この身をオディオとしてから、眠りに落ちたことは一度もない。
 故に、瞼の裏に浮かび上がった幻想は記憶だった。
 心の奥底に沈み込ませ縛り付けて封印した、過去の出来事だった。
 もはや思い出すことなどないと思っていた、“勇者オルステッド”の始まりだった。

 ――……よもや、未だ追憶しようとは、な。
 
 この場所には“勇者オルステッド”を構成する要素は塵芥ほどにも存在しない。
 遥かな時の向こうで、勇気は握り潰され愛は枯れ乾き、欲望は遁走し希望は腐り果て、溶け合い、純化し、集約した。
 潰れた勇気も枯れた愛も、欲望の残滓も希望の腐肉も、たった一つの感情へと寄り集まったのだ。
 だというのに。
 だというのに、だ。
 記憶の欠片は縛り付けた鎖の合間からまろび出て、封印の隙間を通り抜け、表層化して弾け飛んだ。
 オディオは視線を動かす。
 昏い瞳に移るのは、ぼうと浮かぶ明かりに照らされる感応石だ。
 四柱の貴種守護獣の脈動と、それらを呼び覚ますほどの強烈な“想い”は、感応石に余さず伝わってきている。
 いや、伝わるなどといった生易しい表現ではない。
 暴力的とすら感じられるほど強引に、見せつけるように高らかに、それらの“想い”は叩きつけられたのだった。
 痛々しいほどに強烈で、荒々しいほどに猛る“想い”は、掌に収まる感応石も、巨大感応石も、砕けてしまいそうなほどに激しかった。
 だがオディオは、それらに中てられたわけでも影響されたわけでも、ましてや屈したわけでもない。
 オディオにとっては勇気の猛りも愛の鼓動も欲望の咆哮も希望の輝きも、憎しみの対象であり源泉なのだ。
 そんなものらが何の意味も成さないと知っている。そんなものらが何の足しにもならないと知っている。
 そんなものらがあったところで、救えなかったものがある。護れなかったものがある。零れ落ちてしまったものがある。捩じれて曲がってくず折れて、壊れ果ててしまったものがある。

662第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:08:15 ID:l3C8pPeQ0
 勝者にはそれが分からない。
 掲げる“想い”が如何に美しく尊くも、その“想い”は相容れぬものの膝を突かせ意志を砕くのだ。
 砕かれたものに未来はない。輝かしい“想い”は、敗者のなれの果てを無意識に無邪気に踏み台にする。
 だから憎む。
 勇気を愛を欲望を希望を。
 かつての自分が抱いた“想い”を、骨の髄まで憎み尽くす。
 勇気が力強ければ力強いほど、愛が激しければ激しいほど、欲望が雄々しければ雄々しいほど、希望が眩ければ眩いほど、応じるように憎しみは肥大化する。
 故に、オディオが過去の幻像を追憶したのは、貴種守護獣を呼び覚ますほどの“想い”が原因ではない。
 
 ――……あれは、確かに始まりであった。
 
 模倣の憎悪に、起源を求める声がした。
 投げかけられたその声は、もはや概念存在とも言える憎しみそのものに、生まれた理由を問いかけたのだ。
 何故ここにいると。
 始まりに足る願いがあったのだろうと。
 拙い声で叫んだのだ。
 憎しみに身を委ねるのではなく、憎しみに意識を浸すのではなく、憎しみに願いを喰わせるのではなく。
 楽園への道をつけるため、たった一人で憎しみを背負い担うと宣言した。
 そうして叫ばれた回顧の願いは、疎まれるだけであった模倣の憎悪を確かに振り返らせ、そして。
 模倣元であるオディオの意識すらも、始まりへと向けてみせたのだった。
 
 ――見事だ、ジョウイ・ブライト。
 
 誰にも届かぬ賛辞を、オディオは胸中でジョウイに送る。
 そのような言葉を彼が求めてなどいないと知っているが故に、だ。
 
 ――そして、礼を言わせて貰おう。
 
 オディオは再度目を伏せ、瞼の裏に始まりの記憶を描き出す。
 心底に押し込めた“勇者オルステッド”を想起し追憶し、そうして。
 
 ――我が深奥に眠る始まりを憎める機会を、今一度与えてくれたのだからな。
 
 滾々と沸く力強い勇気を黒く汚す。
 溢れ滲む穏やかな愛を暗く犯す。
 明日へと駆ける欲望を闇で濁す。
 未来を想う希望を漆黒で冒す。
 喧騒は嘆きへ。期待は絶望へ。
 汚辱の果てで輝かしい王国は潰え、死の気配に満ちた昏い城下へと堕落する。
 ゆっくりと、瞼を持ち上げる。
 黒瞳には暗黒の輝きが横たわっていた。

663第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:09:04 ID:l3C8pPeQ0
 ぞわり、と大気が冷たさを帯びる。震えるように空気が戦慄し、松明の炎が大きく揺らめいた。
 灯っていた明かりが、一斉に消失する。
 微かな光を失くしたその間には、月明かりのない夜よりも深い暗闇が満ちていた。
 暗闇に溶けるのは、魔王オディオが抱く“想い”に他ならない。
 勇気の担い手をオディオは憎む。
 死にたがりの道化と異形の騎士と、そして、何処までも愚かな魔法使いの雄々しさを、オディオは憎む。
 愛の担い手をオディオは憎む。
 かつての敗者でもある魔族の王が抱き締める鼓動を、オディオは憎む。
 欲望の担い手をオディオは憎む。
 薄汚いまでに貪欲な、聖女と謳われし女の衝動を、オディオは憎む。
 希望の担い手をオディオは憎む。
 人間が胸中に抱く醜さを知る力を持ちながら、未来を肯定できる少年の輝きを、オディオは憎む。
 勇気の輝きを覆い、愛の鼓動を抑え、欲望の咆哮を呑み込み、希望の西風を制圧するのは、オディオが抱く深淵たる“想い”。 
 その“想い”とは――咽返るほどの純粋なる憎悪<ピュアオディオ>に他ならない。
 純粋なる憎悪<ピュアオディオ>は限りなく茫洋で、オディオが抱く全てをその一色で塗り固めていく。
 勇者の栄光も美しい記憶も在りし日の想い出も何もかもは、もはや微塵も見えはしない。
 他の色など、見えはしないのだ。
 そして。
 
 ――貴様はこの“想い”もまた、御して背負おうというのであろう?
 
 そして、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>を以って。
 理想への歩み手を、オディオは憎む。
 肉体を傷つけて精神を摩耗させて心を使い潰しながら、それでも決して留まらず愚直にひたむきに描かれる理想の楽園を、オディオは激しく憎むのだ。
 オディオを満たすのは、あらゆるものを排し純化されたたった一つの“想い”のみ。彼に向けられる感情もまた、憎悪でしかあり得ない。
 
 ――ならば見せてみよ。墓標<エピタフ>の果てで血液と死肉と末期の叫びを喰らうものを、生誕させてみせよ。
 
 産声が聞こえる。胎動を感じる。
“死喰い”の目覚めは近い。純然たる敗者の象徴は、オディオが手を下すまでもなく脈打っている。
“死喰い”に魂を注ごうとしているのは若き魔王。
 彼は地方貴族の家に生まれたというだけの、何の変哲もない人間だった。
 戦乱の時代で運命に翻弄され、無力さを噛み締め無念に打ち拉がれ、それでも平和を望み笑顔を願う。
 彼は弱かった。彼の願いは弱い者には過ぎたものであった。
 されどその弱さ故に果てしない力に魅せられ全てを守る強さを貪欲に切望し。
 されどその願い故に楽園へと通ずる茨道を切り開くことを選択したのだ。
 死を奪い憎悪を背負い闇を呑み込むたったひとりの人間を目の当たりにして、召喚した傍観者は驚嘆を見せた。
 人の身で、どうしてと。
 人の身で、そこまでする必要があるのかと。
 オディオに言わせれば、その程度驚きには値しない。
 弱さからの脱却も、力への渇望も、願いへの夢想も。
 全て人であるが故に抱く感情であり、“想い”を成そうとする意志は、人しか抱き得ないのだ。
 勇者や英雄といった存在が、必ずしも特別ではないように。
 魔王という特別な存在もまた、特別などではない。
 A.D.600年のガルディアを恐怖に陥れた魔王も、天空人や地上人の住まう世を滅ぼそうとした魔族の王も、“想い”を抱いた人間と変わり映えはしない。
 人であるからこそ彼は楽園を目指すのだ。人であるが故に理想へと歩むことができるのだ。
 自身が生み出す憎しみに浸り、オディオは散った魂を――潰え砕けた“想い”を顧みる。 
 その数と多様さは、もはやこの殺戮劇に残された刻は僅かしかないことを物語っていた。
 じきに、ここへと至るものが現れる。“想い”の喰らい合いを制した者が現れる。
 それが貴種守護獣を従える者どもであるならば、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>を以って相対を。
 それが死を喰らうものを従える者であるならば、純粋なる憎悪<ピュアオディオ>によって祝福を。
 いずれにせよ。
 彼らの道のりを、見届けよう。
 敗者となる“想い”を、亡きものにしないために。
 掌の中にある感応石に、オディオは意識を注ぎ込んでいく。
 途絶えし“想い”を、伝播すべく瞬く感応石の光は、憎しみの闇の裡ではあまりにも弱々しかった。

664第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:10:13 ID:l3C8pPeQ0
 ◆◆
 
「――時間だ」

 天高く昇る陽光が照らす世界を侵略するような声音が、空気を振動させる。

「諸君はよく闘った。されど、未だ闘いが終焉に辿り着いてなどいないことは、諸君こそがよく知っていよう。
 耳を傾けよ。心に刻みつけよ」

 酷く落ち着いているというのに、その声音は、揺れる空気は草木をざわめかせ水面に波紋を投げかけ痛んだ大地に皹を入れる。

「13:00よりB-06、C-06。
 15:00よりA-06、A-07。
 17:00よりB-07、C-07。
 禁止エリアは以上となる。今更潰えるなど望むところではなかろう。しかと記憶しておけ」

 底知れぬ憎悪に満ち満ちた声に、世界中が震え怯えているようだった。 

「ニノ。
 魔王。
 ジャファル。
 ヘクトル。
 ちょこ。
 ゴゴ。
 セッツァー・ギャッビアーニ。
 ――以上、七名が此度の敗者だ」
 
 敗れし者たちの名が告げられた瞬間、島の奥深くがどくりと脈打つ。
 蠕動にも似た鼓動は、その音韻たちをも嚥下するかのようだった。
 
「敗れた者たちは何も語らない。“想い”を抱くことすら許されない。
 潰えた“想い”はすべからく蹂躙される。他ならぬ勝者たちによって、だ。
 そうして栄えた世は数知れぬ。そうして骸となった者たちは数になどし切れまい。
 奪いし者として生を謳歌する気分は如何ほどであろうか。
 いずれの世でも勝者であった者も、かつての世で敗者であった者も。
 今この瞬間に我が声を耳にしている者は皆、勝者と名乗る強奪者どもなのだ」
 
 声に乗る色を吸い上げて、果てなる底で何かが蠢動する。 
 未熟で不完全で未完成で弱々しいながらも、その蠢きは微かに地表を震わせる。

「強奪者どもよ。
 屍の頂点で命の尊さを謳う滑稽さを自覚せよ。
 なれの果てとなった“想い”を足蹴にして、自身の“想い”を主張するがいい。
 愛も勇気も欲望も希望も――そして、理想も。
 諸君の足元に、確かに積み重なっているのだ。
 そうやって積み上げた屍と“想い”の先へ至るがいい」

 風が、逆巻いた。
 それは力強い西風ではなく、心をざわつかせるような荒い突風だった。

「その場所こそが我の――魔王の居城。諸君が目指すべき終着点は、すぐそこだ」

665第六回放送 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:11:31 ID:l3C8pPeQ0
 ◆◆
 
 感応石の明滅が収束する。
 一片の光もないその広間には、果てもなく底もない憎悪の闇だけが溢れ返っている。
 その中心で、オディオはそっと目を閉じる。
 瞼の裏にあるのもまた、深い深い暗闇でしかない。
 それだけしか、見えはしない。
 しかしながら。
 見えはしないからといって、暗闇以外のものが存在しないというわけでは、決してない。
 漆黒と暗黒とを世界中から集束させより集め固め切ったような闇の向こうに、見えなくとも存在するものがある。
 それは決して消えない始まりの記憶。輝かしくも痛みを伴う想い出のかたまり。
 オディオの意識が介在しない深奥で、それは、わだかまり沈殿し滞り、燻っている。 
 人知れず、燻り続けているのであった。


※オディオの居城は墜落したロマリア空中城@アークザラッド2をオディオの力により改修したものです。
 現状では、遺跡ダンジョン地下71階にある感応石と連動する巨大感応石を搭載していることや、
 最深部のガイデルのいた場所がOPENINGでの玉座の間に改修されていることが確定しています。
 他にも、幾つかの変更点、追加点があるかもしれません。お任せします。
 現在は、C-7上空に待機しています。
 オディオの空間操作能力で、触れることも触ることも不可能ですが、メイメイさんの店のように強力に隔離されているわけではありません。

※カエルが察知した存在は、クロノ達に敗れたプチラヴォス達を進化・融合させて生み出された新たなるラヴォス“死を喰らうもの”でした。
 本文中にて、クロノ達が戦った個体よりかは劣ると記述しましたが、それは誕生時点でのことです。
 強者達の戦いの記憶と遺伝子を収集し、敗者達の憎悪をはじめとした負の感情を吸収した今、かなりの力を持つと思われます。
 姿形能力など、細かい点を含め、後々の書き手の方々にお任せします。
 ただし、“死を喰らうもの”は“時を喰らうもの”@クロノ・クロスとは別個体であり、
 オディオが自らやこの殺し合いに関係しない思念が混ざることを望まなかったころもあり、時間と次元を超越する能力は備えておりません。

※メイメイさん@サモンナイト3はあくまでも、傍観者としてオディオは召喚しました。
 オディオは彼女を自身の戦力としては絶対に扱いません。

666 ◆6XQgLQ9rNg:2013/02/25(月) 00:12:38 ID:l3C8pPeQ0
以上、投下終了となります。

ご意見ご指摘ご感想等、何かありましたらおっしゃってくださいませ。

667SAVEDATA No.774:2013/02/25(月) 09:18:25 ID:D1/qdlSI0
執筆と投下、お疲れ様です。
読みに徹することを選んでいる以上、禁止エリア関連のお話には応えることが
出来なかったのですが、せめて楽しんで読ませていただきました。

しかしまぁ、オディオはこじらせていくばかりだなぁ……。
絶望を紛らわせるキツめの酒が殺し合いだろうってジョウイの推論もあったけれど、
このぶんだと憎しみも酒のようなものになっていそうで胸に痛い。
よく選ばれた語彙が読む側を耽溺させるのだけど、だからこそオディオがこの酒に
楽しく酔うことは出来ないだろうな、と、より強く感じることが出来る。
ここでオディオの始まりも省みられたのだけど、良い意味でオルステッドだとしか思えない。
単品でも十二分に楽しめましたし、これが後々にどう効いてくるかも楽しみです。

668SAVEDATA No.774:2013/02/25(月) 20:48:19 ID:HhEI8AZw0
執筆投下お疲れ様です
状況や心理がしっかり描かれながらも詩的になりすぎず、
雰囲気と読みやすさのバランスが良かったと思います
玉座の情景が浮かんできました

そして、序盤から一貫している憎しみに塗りつぶされた様子だけでなく、
徐々に明らかになりつつある覆い隠された内面が滲んでくるようでした
なんのかんの言ってやっぱり過去を引きずっているあたりに
すごくオルステッドらしさを感じました
参加者たちの声はオルステッドに届くのか、対オディオの展開が気になります

669SAVEDATA No.774:2013/02/26(火) 04:28:29 ID:J3P5Fkh20
お疲れ様でしたー!
やっぱりそこには反応するよなー、オディオ>愛、希望、勇気、欲望
かつてはそれらを全て持っていた勇者オルステッド
その始まりを自ら省みても恨むしかないこいつはジョウイでさえも背負えるのか
オディオ自身は背負えまいと踏んでいるけどはてさて
以前にゴゴ視点でも書かれたけどオディオの見る世界の掘り下げというのもどんどんなされてきてなんか感慨深い

670SAVEDATA No.774:2013/03/05(火) 11:03:40 ID:ojrPod0M0
さて、WIKIにも収録されたし、一週間以上経ったし、これはそろそろ予約皆勤の話とかに移るべきなのではないかな

671SAVEDATA No.774:2013/03/05(火) 11:04:10 ID:ojrPod0M0
×皆勤 ○解禁

672SAVEDATA No.774:2013/03/05(火) 14:42:55 ID:rBr2avaU0
一応、予約は3/2の時点で◆wq氏のが入ってますね。
解禁についての話はとくには無かったですが、自分は話がなくても大丈夫だと思ってました。
Wiki収録から二日程度経過してれば、普段は離れているという方も気づくでしょうから。
ただ、小回りがきく人数で回ってる以上、スレの動きはどうしても少なくなるわけで。
せめて投下に対する感想で「解禁いつにします?」くらいは言うべきでしたね……申し訳ない。

というわけで、後手後手に回ってますが、自分は今の予約は問題なしです。
ただ、それも予約分が楽しみな側の意見なんで、もしも何かあるなら書き手さんがトリ出して
議論スレかなと。人数が少ないと議論も成立しがたくなるので、そのときは進行役なり引き受けます。

673SAVEDATA No.774:2013/03/05(火) 20:17:06 ID:InItjcbE0
もう予約が入っていますし、前後してしまいますが予約解禁ということでよいかと。
放送投下直後に予約が入ったのならば議論すべきかと思いますが、
投下されてそれなりの日数が経過していますので問題ないかと思います。
もっと早く予約解禁の話を持ち出せていればよかったですね、申し訳ないです。

というわけで、個人的にはこのまま◆wqJoVoH16Y氏の投下をお待ちしたく思います。

674670:2013/03/06(水) 11:03:19 ID:U8gD3dfA0
>>672
指摘ありがとうございます。
放送後に予約解禁の話もなく、予約時に本スレでの反応もなかったため、気づきませんでした。
予約解禁の話がなかったばかりに予約していいのか分からず、出遅れたという書き手の方がいない限りは通してよろしいかと。

675<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

676SAVEDATA No.774:2013/03/15(金) 15:55:37 ID:tluQtX5g0
月報集計お疲れ様です。
RPG 150話(+ 1)  7/54 (- 0)  13.0(- 0)

677SAVEDATA No.774:2013/04/01(月) 23:57:07 ID:zbr.hMG20
ブーー……ブー……(エイプリルフールにドキッとしたw 心臓に悪いネタとしたらばの配色だw)

678SAVEDATA No.774:2013/04/02(火) 07:21:01 ID:0OBtZV/o0
ブー ブー
今年中に完結しますようにブー

679世界最寂の開戦 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:23:22 ID:RwfT774k0
波打たぬ響きが止み、静寂が訪れる。
都合六度ともなる放送だが、その威は何ら衰えることはない。
むしろ告げられ名が一つ増えるたび、音に乗るその感情は火にかけた鍋が煮詰まるように純粋に、強大になっていく。

【にくい】

水気のない砂や枯れた草は微風に巻き上がり、不規則に散乱した石や岩の破片は天頂に昇った太陽に煌々と灼かれている。
置換も代替も出来ぬ奔流の通り過ぎた先には、やはり死せる沈黙が広がっていた。

「……つー訳だ。あいつらは、死んだよ。俺が起きた時には、もう」

その沈黙を揺らすように、アキラがぼそりと呟く。
崩れた石礫の中に交じる、明らかに人工物めいた調度の石細工の破片。
その一つに背を預けて座り、アキラは大きく息をついた。
再び、沈黙が大気に淀んでいく。立ち尽くす者も、アキラと似たような岩に背を預けている者も、
震えと共に五指を握りしめるか、顎に汗を伝らせながら喉を鳴らすか、
それに準ずる動作をするばかりで、言葉を発する者はいない。
天頂の陽光は白く、熱い。

「……で、そろそろ教えてくれねえか。なんでそいつらここにいる」

嘆息の後、沈黙を破ったアキラの声が、ここにいる5人のうち、3人の身体を残る2人――ピサロとカエルに向けさせる。
2人はアキラへと身体を向けたまま不動をつらぬく。
「黙ってねえで、なんとか言えよ。何があったかは知らねえがこっちは――う”、ぬぃ……」
起き上がろうとしたアキラの体が、尻が地面から浮くか浮かないかというあたりで再び沈む。
腿の銃創や後頭部の瘡蓋など、あちらこちらの傷が陽光に劣らない熱を放っていた。
「ヒールタッチじゃ、限界かよ……」
「お、おい! 大丈夫か――」
ストレイボウがアキラに駆け寄ろうとするのを阻むように、カエルが一歩前に出る。
それとほぼ同時に、ピサロもまたアキラへと近づいた。
イスラとアナスタシアは座ったまま、微動だにしない。
「ケアルガ」「ベホマ」
ストレイボウが合間に入ろうとするよりも速く、2人がアキラの傷に掌を重ねると、二つの魔力光がアキラを包む。
柔い光、最上級の回復魔法の中で、アキラの傷から熱が霧散していき、そして傷そのものも幾分かに減じていく。

「お前ら……いや……そういうことかよ……糞……」

680世界最寂の開戦 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:24:02 ID:RwfT774k0
敵意をひとまず散らしたアキラがそう吐き捨てると光は収まり、死闘に傷んだアキラも半ば回復した。
それに代わりピサロとカエルの上体が崩れ、地面に手を付く。
「おい、無理をするなカエル! あれだけの召喚をした後にそんな――」
「構うな。自分にかけても意味もないのだ。ならばこれでいい」
肩をストレイボウに支えられて喘鳴するカエルの表情は覆面に隠れて判然としない。
「……便利だね。回復手段がある奴は、ご機嫌取りが楽で」

鼻を鳴らす先には、地面に腰掛けるイスラ。薄い悪意の籠る冗談を飛ばしながら、イスラは横目にアナスタシアを見た。
地面に突き立てたアガートラームを背もたれにして書をめくる聖女は、何の反応も見せない。
「……とりあえず、アンタらが認めたんだ。お前らがここにいることにとやかくは言わねえ。で、こっからどうする?」

アキラの問いに再び沈黙が流れる。だが先ほどまでと異なり、沈黙が破られるのに時間はかからなかった。
「5時間後には禁止エリアで埋まっちまう。なんとかしねえと全滅だ」
「全滅ではあるまい。名が呼ばれていなかった以上、あの小僧、恐らく首輪を外しているぞ」
ピサロの指摘に、膝を抱えたイスラの爪が肉に食い込んだ。
「ジョウイ=ブライト。紅の暴君を奪い……否、変生させて逃げた男、か」
「ってことはなにか? ジョウイが生きてるの分かっててオディオは俺たちを殺しに来たってことか?
 手でも組んだってのか? いくらなんでも、ぞっとしねえぞ」
「――違う。アイツは言った。愛も勇気も欲望も希望も――そして、理想も、と。
 誰も彼もを憎むアイツは、誰とも組まない。裏切られることの意味を、知ってるから」
そう言ってストレイボウは太陽を仰ぎ見た。陽の光に灼かれたまま、空を睨み付ける。
「……ジョウイとオディオは繋がっていない、としてだ。じゃあジョウイとオディオは敵対してるのか?」
「どうだろうな。だが、仮に奴がオディオの敵だとしても、
 お前たちの味方だとするなら、あのような大立ち回りをする理由もないだろうが」
地面の石と砂を掴んで弄びながら問うが、南の森に向いたピサロはにべもなく吐き捨てる。
「その思惑がなんにせよ、小僧をこのまま放置する訳にもいくまい。
 奴が、遺跡を――否、“その下に眠る力”を掌握しようものならば、な」
「……ジョウイ……ジョウイ=ブライト……ッ!」
「それに、オディオも放っておけねえ。俺たちを潰しにかかってるんなら、もう受け身に回ってる時間はねえよ」
頭巾の緩みを絞りながら応ずるカエルの言に、イスラの拳が血を流すほど固く引き絞られる。

「あの小僧、そしてオディオの打倒。まあ、方針はそれしかあるまいな。
 とはいえ、小僧のいるであろう遺跡に行くにせよ、オディオの居場所を探すにせよ、
 禁止エリアから出ねば話になるまい。となれば、首輪を外さねばならんが」
「…………」
「外せるだろう人はね……マリアベルは、死んだんだ。今更、誰のせいだなんて、言う気もないけどね」
「――ああ……俺が、殺した。言い訳の余地など微塵もない……ッ!」
「うだうだ今更言っても仕方ねえだろ。何とか外して、俺たちはあいつ等をぶちのめすしかねえんだ」

ピサロが纏め、アナスタシアが沈黙し、イスラが指摘し、カエルが認め、アキラが確かにする。
五者はそれぞれが別の方向を向いて動きを止める。
風が大地の砂を撫でて、再び静寂が訪れる。高き場所の雲だけが微速で動いていた。
乾いた凪の荒野には、無だけが広がっている。


「違う。それじゃ、きっとダメだ」

681世界最寂の開戦 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:24:45 ID:RwfT774k0
その荒野に、湿り気が混じった。
くたびれ、擦り切れたローブの裾で砂を切りながら、ストレイボウは一歩踏み出す。
「……どういう意味だ、魔術師。首輪を外す妙手でもあるということか?」
「それとも、ジョウイやオディオと戦いたくないってこと?」
ピサロが、イスラが、ストレイボウの言葉に疑問を返す。
「あ、いや……そういう意味じゃ、ないんだ……その、なんていうか……」
だが、とたんに音は縮れて掠れ、喘鳴のように醜くなっていく。
前に突きだした手は虚空を泳ぎ、汗ばんだ指を踊らせる。
「おい、いったい……」
立ち上がろうとしたアキラをカエルの腕が制する。
しばし浮かせた腰を、アキラは再び落とした。
「落ち着け。伝えようと思うのならば、伝わる」
カエルの言葉の後、数分。
喘鳴は少しずつ収まり、最後の深呼吸と共に消えた後、ストレイボウは再び言葉を紡いだ。
「ピサロにはまだだったし、カエルも直接は言っていなかったな。
 丁度いいから、もう一度聞いてくれ。あの時の、ルクレチアの話だ」
今一度語られるのは、ルクレチアの英雄伝説。
オルステッドとストレイボウの、永遠に忘れられないであろう物語。
数人にとってはもう既に聞き終えた話であったが、合いの手を挟むものは誰もいなかった。
「……」「そうか……貴様が、な」
カエルは無言で、ピサロは腕を組み一言だけ漏らす。
だが、それ以上の動作は今のところなかった。
「で、もう一度聞かされて、だからどうだっていうのさ」
「あの時、魔王山で隠された抜け道を見つけたとき、俺の中で全部が爆発した。
今ならオルステッドを出し抜ける。このチャンスを逃せば、俺は一生オルステッドの引き立て役だ。
誰も気づいていない今なら。これは俺に与えられた正当な権利なんだと。
アリシアを隣に侍らせ、オルステッドの上に立つ唯一無二の機会だと」
ストレイボウは震える両手で顔を覆い、眼窩に指を食い込ませる。
だが、言葉だけは止めなかった。
「後は、前に言ったとおりだ。悦楽が更なる喜悦を呼び“行くところまで行き着いた”。
 その先に何があるのかなんて考えもせず、俺は俺の感情を止めることができなかった」
そこでストレイボウは言葉を区切り、もう一度深呼吸する。
肺を限界まで膨らませ、すべてを排する。

「――――だから、もうあんなのは嫌だ。
 今しかないとか、こうしなきゃいけないとか、自分に縛られて、何もかもを見失うのは、嫌なんだ」

その有らん限りの、『後悔』と『決意』を。

682世界最寂の開戦 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:25:42 ID:RwfT774k0
「俺はあの時まで、オルステッドに対するの感情を認めることができなかった。
 そんなときに、チャンスを与えられたら、もう止まれなかった。
 それしか見えなくなった。それしか考えられなくなった」
両の手をゆっくりと顔から離しながらストレイボウは“省みる”。
己の行いを、己が悪いと断じ、そこで止めてしまった思考を再起動する。
「今もし、首輪を外すことができる手段が落ちてきて、
 オディオのいる場所への階段でもいきなり現れたら、俺たちはきっとそこに飛びつく。
 きっと信じられない位の勢いで突き進むだろう。あの時の俺のように、終わりまで一直線だ」
目的に対し、降って沸く解法。たどり着くべき結末へと遡るだけの作業。
今しかないと、これが天命なのだと思いこみ、走り抜ける。否、流される。
それがストレイボウの、罪人の歩んだ道の全てだ。

「だったら結局どうしろって言うんだよ!」
そこまで誰もがストレイボウの言葉を聞くばかりだった中で、ついに叫びが生ずる。
髪を掻き揚げながら立ち上がったイスラが、堰を切ったように喚く。
「首輪を外すな、ジョウイを倒すな、オディオを倒すなってことか?
 あんたの言ってることは全部観念ばっかで、何一つ具体的じゃない!!
 人生の反省会をしたいなら一人でやってろよ!!」
己の中で沸き立つ怒りに似た感情のまま、イスラはストレイボウに噛みつく。
だが、その瞳には戦いの後に絶えて久しい輝きが僅かに見えていた。

「ああ、もちろん、そういう意味じゃない。
 具体的な案ももちろん、無い。俺が言いたいのは最初から一つだけだ」
その視線を受けとめてから、ストレイボウは口内で言葉を選びながら返す。
ストレイボウが歩んだ道と彼らのこれから進む道は全く違う。
ただ、一つだけストレイボウが言えるとすれば。
道が違えど、歩き方が変わらないのであれば、
結末ががオルステッドの救いであれ、オルステッドの死であれ、
彼らの死であれ、彼らの生であれ――そこにある結果を受け入れるしかないということだ。

「イスラ、アナスタシア、アキラ、ピサロ、カエル。
 俺は、おまえ達に、俺のようになって欲しくない。“したいようにあってほしい”。それだけなんだ」

全員を見渡しながら、ストレイボウは願う。
機会を得て、感情に従って突き進んだだけでは、掴めないものがある。
場の状況に、己の感情に流され続け、あの結末を後悔し続けてきたストレイボウだからこそ言い切れる祈り。
それは、その場の誰もの心臓を穿った。

683世界最寂の開戦 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:26:23 ID:RwfT774k0
「首輪の解除法も、ジョウイ=ブライトの目的も、オディオの真意も分からない。
 この状況下で“足を止めろ”というのか、お前は」

カエルが呆れたような調子でストレイボウを揶揄する。
だが、覆面に覆われたその表情は、心なし笑っているように見えた。
そして背を向け十数歩ほど歩き、手頃な岩影に寝転がる。
「……何やってんだよ」
「正直、立っているのも億劫だったのでな。休めるうちに休むのは兵の常道だ」
イスラの問いに、何を当たり前という調子でカエルは応じた。
完全に弛緩したその体躯からは、戦闘への意識は微塵もない。
「おい、ンな悠長なことでいいのかよ……5時間後には禁止エリアで埋まっちまうってのに」
「逆を返せば、5時間はあるということだ。本気で潰そうと思えば、3時間あれば潰せるところを、な」
奇異と首を傾げるアキラの横を通り、ピサロは彼らから少し離れたところで、膝ほどの高さの石に腰掛ける。
カエルほどではないが、やはりその緊張は緩和されている。
ストレイボウを信頼したというよりは、
こいつらの行く末を案じて自分一人気を張るのも馬鹿らしいという調子だった。

「……アホくせ。おいイスラ、どうする?」
「どうするも、こうするも……ジョウイがいつ襲ってくるか分からないってのに、なんでこうも悠長にしてるんだか」

一番外様で肩身の狭いはずの2人が率先して休憩に入るこの状況に、
アキラもイスラも苦い顔をするしかなかった。
だが、途端に肩に重たいものを感じる。
緊張の糸が切れた途端、栓が外れたかのように、体中から泥のような疲労が表出する。
思えば、あの夜雨から半日近く戦いっぱなしだったのだ。
大なり小なりの休憩があったとは言え、マーダーへの対処や拘束したユーリル・アナスタシアへの警戒、
今後の対策などするべきことは山ほどあり、何のしがらみもない休憩など、最後はいつだったかも思い出せないほどだった。
だが、ここで意識を途切れさせては不味い。ここをジョウイに突かれたならば、為す術なく敗北するだろう。
それに対して答えたのは、ストレイボウだった。
「……なんとなくだがな、しばらくは来ない気がするんだ。今、来なかったから」
「どういう意味だ?」
「奇襲するなら、このタイミングを逃がす訳がないということだ。俺たちがそうであったように」
アキラの疑問に、ストレイボウの代わりに答えたのはカエルだった。
紅蓮やセッツァー、ピサロ、ゴーストロードとの死闘を重ね自分達は疲労している。
対して、ジョウイはその死闘から巧く自分を逃がしている。
ならば疲労に塗れた彼らがオディオの放送を仰ぎ聞く瞬間こそ、ジョウイにとって絶好の奇襲点であったはずだ。
あの機を逃さず魔剣とオディオを奪ったジョウイが、そのタイミングを見誤るはずもない。
だからこそ、ピサロもカエルもそれを警戒していたのだ。
だが、ジョウイは来なかった。
それはカエル・魔王が既に奇襲を仕掛けて警戒されたと判断したからか、奇襲するだけの余力がないからかは分からない。
「カードを切り損ねる奴ではない、ということだ。セッツァーの言葉でいうならば、な」
はっきりと分かるのは、ジョウイは奇襲というカードを捨てたということ。
今、切らなかったからだ。

「……ま、いいや。どうせ、今の俺たちからあいつを捜すのは無理なんだしな」

684世界最寂の開戦 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:27:01 ID:RwfT774k0
その言葉に納得したのか、アキラも腰を落ち着ける。
一人、また一人と弛緩していく中で、イスラの眉間の皺が限界まで潰れた。
「どいつもこいつも、何でそんな暢気なんだよ……これじゃ僕が――」
「――――まったくもって、馬鹿馬鹿しいわね」

誰一人として理解者もいないと絶望しかかったイスラに、こともあろうか聖女の手がさしのべられた。
イスラは疑うような視線でアナスタシアを見つめる。
これまで一言も喋らず、黙して本を読んでいたはずのアナスタシアの言葉に、
身体を休めた3人も、ストレイボウも、注目を集める。
「お題目は立派だけど、現実問題として首輪を解除しなきゃどうしようもな無いわよね?」
書から視線を外すことなく、独り言のように吐き捨てられる言葉は、これまでのやりとりを台無しにするものだった。

「時間をかけて、心の整理をつけて、いろいろな納得したけど手がかりはありませんので死にましたとか……何それ」
そういってアナスタシアは、スケベ本の中の袋とじが期待はずれだったような顔を浮かべる。
「私は厭よ、そんなの。死<納得>なんて、絶対にしない。
 私は生きる。生きて生きて、したいことをするのよ。どんな死だろうと私は受け入れない。
 激流の中で藁が一本でもあったら迷わずつかむ。
 誰が置いたかなんて考えない。死んだらそれすら出来ないんだから」
アナスタシアの言葉に、誰もが厭そうな顔を浮かべた。
それは彼らに水を差したからだけではなく、彼女の言葉もまた一つの真実であったからだ。
ストレイボウの後悔も、アナスタシアの後悔も、どちらも真実であり、故に譲る余地がない。
アナスタシアが本からストレイボウへ視線を移す。互いの視線に火花が見えた。
「貴方たちに、この状況を何とかする気が無いのはよく分かったわ。なら勝手にしなさい。私も勝手にするから」
互いに譲れない価値観。ならば、その結果は至極当然で、アナスタシアはため息を一つついて、その本を閉じた。

「―――――――勝手に、首輪を外させて貰うから」

だが、そこで放たれた言葉は、全く以て彼らの想像を超えていた。
「「「ちょっと待てぇッッ!!」」」
「「…………は?」」
アナスタシア以外の誰もが頓狂な声を上げる。
アナスタシアと共にあった3人は当然、声を上げ、
彼女をよく知らない2人も、彼らの会話から首輪解除の手段が根絶しているものだと思っていたからこそ、そう漏らすしかなかった。

685世界最寂の開戦 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:27:59 ID:RwfT774k0
「〜〜〜うるさいわね。何よいきなり大声だして」
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお前」
「く、くく、くくくくくくくくくくくくくくくくくくく
 くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく
 くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく首輪を」
「はは、ははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははは外せるのかッ!?」

ストレイボウたち3人はアナスタシアに詰め寄り、
古代文明を目の当たりにしカルチャーショックを受けた現代人のように舌をもつれさせながらかろうじてそう問いかけた。
彼らにしてみればアナスタシアは、ことあるごとにネガティブな発言をして何もせず引きこもっているか、
脳に重篤な危機を持った発言をして聖剣片手に阿修羅のように暴れるだけのボンクラでしかなかったのだ。
それが今になって首輪の解除出来ますと言っても、にわかには信じがたい。

「いきなり何よ眼を血走らせて……はっ! ま、真逆私に乱暴する心算じゃないでしょうね、
 スケベ本みたいに、スケベ本みたいにッ!!」
「そういうことを言うから信用できないんだよお前はッ!!」

自分の身体を庇うように抱きしめるアナスタシアに、イスラは心の底から怒り叫んだ。
一笑に付そうにも、無視するには余りに大きすぎる事実だった。
「で、出来るのかアナスタシア。本当に?」
「…………実は私、聖女やる前は首輪屋さんで働いてたの。首輪解除の免許あるのよ」
「首輪屋ってなンだよッ!! ンなピンポイントな免許ねーよ!!」
「というか、確か下級貴族と聞いたぞマリアベルから!」
「え、首輪解除って貴族の嗜みじゃないの?
 私、+ドライバーと−ドライバーより重たいもの持ったことがございませんの」
「どんな貴族だよ! そんな技術大国があったら逆に見てみたいよ!」

686SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 01:28:28 ID:x86Jhbq60
ぶっとびすぎだろwwwwww

687世界最寂の開戦 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:28:34 ID:RwfT774k0
不毛すぎるやりとりがしばし続く。アナスタシアは出来ると一点張りだが、
そう信頼するだけの材料が無いため、妄言の応酬にならざるを得なかったのだ。
「とにかく外せるんですー! トカゲ如きに外せるものが私に外せないわけないんですー!!」
「ぐ、確かにアシュレーはトカゲが外したって言ってたしな……!」
口を尖らせて拗ねるアナスタシアに、アキラがついに折れる。
アシュレーが真面目にそう言い、マリアベルもそれを納得していた。
アイシャも凄まじい技術で作られていたことを考えれば、
ファルガイアはトカゲでも技術に優れた、生命体レベルで技術溢れる科学世界なのかもしれない。
「か、仮にそうだとして、じゃあ何で今まで言わなかったんだ!?
 聞かれてなかったからとかは無しでだ!!」
「親御さんに教えて貰わなかったかしらァ!? 最後の最後まで切り札は取っておくものよ、坊や」
呼吸を落ち着けながら問うイスラに、アナスタシアは嘲るように応ずる。
「今! この場でッ!! 首輪に対し処方できるのはッ!!
 天上天下に我、アナスタシア=ルン=ヴァレリア唯独りッ!!
 その事実を理解する脳味噌があるのならば、頭を垂れて尊ぶがよろしくってよッ!!」
立ち上がり、手頃な岩に登って見下ろすようにアナスタシアは5人を睥睨する。
頭を垂れるかどうかはさておき、その意味を理解できないものはいない。
今、彼ら6人の生殺与奪を決めるのは、アナスタシアの細腕一本なのだということを。

「……やっぱり僕は、お前が大嫌いだアナスタシア……!」
「最高の評価をありがとう。美少年が悔しそうに見上げるだけでご飯が食べたくなるわね」

ふわりと岩から飛び降り、アナスタシアはイスラの横を通り過ぎた。
そのまま、手頃に置かれたデイバックをつかみ、東に歩く。
「という訳で、私は大変お腹が空いております。手持ちのデイバック全部よこしなさい。
 散逸したものもすべて。道具も武器も、身ぐるみ総て余すことなく。
 血が足りない。私は渇えたり、私は餓えたり。
 私を満たしてくれるならば、褒美に貴方たちの首輪も外してあげましょう」
誰もに、誰もに伝わるように、汚れた聖女は神託を告げる。
「ま、ただの実験台って意味だけどね。
 間違えないで。今貴方たちに必要なのは、私の貴方たちに対する好感度よ。
 そうね……ご飯食べてお腹休めて……3時間ってところかしら。バッドエンドに行かないよう、せいぜい励みなさい」

688世界最寂の開戦 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:29:22 ID:RwfT774k0
哄笑しながら、アナスタシアは彼らの元を離れようとする。
そして最後にストレイボウの横を通り過ぎようとした。
「どういうつもりだ、アナスタシ……ッ!」
問いただそうと肩を掴もうとしたストレイボウの手が止まる。
肩に触れようとした指の腹が、その痩身が震えきっているのを感じたのだ。
「――――肩を治して、血を足して、勘と指の駆動を取り戻して、空いた首輪で練習して……
 時間はいくらあっても足りないけど、何とか、3時間でもっていく」
ストレイボウにしか聞こえない音量で、アナスタシアが喋る。
喉から震えているのが、音にまで反映されていた。
「ほんと、貴方があんなこと言わなきゃ、こんなことするつもりなかったのに。まあ、休みながら私も考えてみるわ」
目線を会わせることなく、疎ましそうに聖女は魔術師に文句を垂れる。
そして、ストレイボウが何かを言うよりも早く、アナスタシアはその書物をストレイボウに渡した。
「やってやる。やってやるわよ。ブランクなんか知ったことか。
 信じてくれたんだもの、ここでやらなきゃ、私が廃る」
誓いを刻みつけるように呟きながら、アナスタシアはその場を離れた。

誰もが思い思いに散る中で、ストレイボウはふいに空を見上げた。
(悪いな、オルステッド。もう少しだけ待っていてくれないか)
放送を聞いて、確信したことが一つ。オディオは待っている。今か今かと、自分の元へ来いと待ち焦がれている。
手を伸ばせば届きそうな空を見て、終着点が近いと確信する。
「お前のことだ。俺たちがもしも逃げても、見逃してくれるんだろう」
逃げたのならば、彼の友はその背中を永遠に笑い続けるだろう。
ここまで来て逃げ出した愚者よ、癒えぬ傷を抱えて惨めに這い蹲っていろと。
「俺たちがお前と戦っても、勝っても負けても、まあそれなりに慰めにはなるだろうさ」
屍の上にオルステッドが立つか、彼らが立つか。違いはその程度だ。
どう転んでも、オルステッドの――オディオの掌からは逃れられないのだろう。

「今度はちゃんと考えてから決める。
 俺たちのしたいことを、俺の意志で、彼らの願いで、本気で考えてから」

ならば、せめて今度こそは、納得のいく答えを出そう。
あんな不意打ちの再会ではなく、全てを約束した上で。

「お互い気の遠くなるほど待ったんだ。後少し、待っていてくれよ、オルステッド」

天に掲げた手を握る。掴んだ空は、どこまでも蒼く突き抜けていた。

689世界最寂の開戦 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:29:58 ID:RwfT774k0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:中 覆面 右手欠損 左腕に『覚悟の証』の刺傷
    疲労:大 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:俺がしたいこと、か……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:大、疲労:大 
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:僕が、今更……したいことだって……?
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、心労:大 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:決めよう。今度こそ、本当の意志で―― 
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)

690世界最寂の開戦 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:30:48 ID:RwfT774k0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:極、精神力消費:極
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:俺がしたいこと? そんなもん――
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血 左肩に銃創 精神疲労:大
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:私がしたいこと、かぁ……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:大 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:大
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:問うまでもないと思ったが……さて……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後

691世界最寂の開戦 12 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:31:31 ID:RwfT774k0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】

・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・魔界の剣@武器:剣
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】

・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】

・アガートラーム@武器:剣
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】

・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】

・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】

・ブライオン@武器:剣
・44マグナム@武器:銃 ※残弾なし

【サモンナイト3】

・召喚石『天使ロティエル』@アクセサリ

692SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 01:32:18 ID:x86Jhbq60
ああ、もう、こういうの見るとほんと、最終盤なんだなぁ、ってのがひしひしと

693世界最寂の開戦 13 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:32:19 ID:RwfT774k0
【ファイナルファンタジーⅥ】

・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ
・ラストリゾート@武器:カード

【幻想水滸伝Ⅱ】

・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】

・召喚石『勇気の紋章<ジャスティーン>』@アクセサリ

・海水浴セット@貴重品

・拡声器@貴重品

・日記のようなもの@貴重品

・マリアベルの手記@貴重品

・バヨネット@武器:銃剣
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます

・双眼鏡@貴重品

・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの

・デイバック(基本支給品)×18

694世界最寂の開戦 14 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:33:24 ID:RwfT774k0
アララトス遺跡地下71階。
花舞い散る異界の楽園に、杯で顔を覆って寝そべる女が一人。
女――メイメイは、ゆっくりと杯を顔からどける。
「人の想いか……分かってた、つもりだったんだけどねぇ……」
少しばかり人の世界を渡って、人を理解したつもりではあったが、まだ未熟であったということか。
自嘲しながら、メイメイは胸元から眼鏡を取り出し、尖耳に掛ける。
そして、杯に再び酒を注ぎながら、仮の主の放送を心の中で反芻する。
回を重ねるごとに、感応石など無意味なほどに、言葉に感情が乗っていく。
今か、今かと、待ち人に焦がれる恋人のように。
果たして待っているのは、希望か、欲望か、勇気か、愛か、それとも――
「理想なのかしら。ねえ、魔王サマ?」
くい、と酒をあおりながら、楽園に住まうもう一人の魔王に問いかける。
だが、酒を飲み干せどもその返答はなかった。
「ちょっとちょっと、無視はひどいんじゃなぁい?」
怪訝に思いながら、メイメイは彼へと目を向ける。
虹色に輝く巨大感応石、その前に座り込むジョウイ=ブライトへと。
感応石の光にその周囲は淡く白んでいるが、血染めの冥界に染まった赤黒い外套だけは、その色を固持している。
地面を覆う魔王の外套は、まるで楽園を冥界に変えてしまうかのように、周囲に溶け込んでいた。

「――――あ、ああ……すいません……聞き取れなかったもので……
 ……もう少し、大きな声で、言ってもらえると助かります……」

今気づいたとばかりに、少しだけ首を持ち上げ、メイメイに背を向けたままジョウイは彼女に応ずる。
「……オル様ぁー、とりあえず貴方のことぉー認めてくれたみたいだけどぉー、よかったわねぇー」
「そうですね……とりあえず、貴種守護獣程度には、挑戦権を貰えたようで」
大声で言うメイメイに、ジョウイは返答する。
どことなく上の空の調子で、本当に喜んでいるようには思えない。
「なんか白々しいわねえ」
「そんなことはないですよ。いずれ、返礼には伺いますよ……“あの天空の玉座に”」
酒を注ぐメイメイの手が止まり、危うく杯から酒を溢してしまいそうになる。
杯を手首で操り、滴をうまく拾い上げたメイメイは、されど呑むことなく黒い背中を見据える。
「私、言ったっけ?」
「いいえ。ですが……やっと“識れました”。
 放送のときなら、必ず“そこ”から感応石に意志を送ってくるはずでしたから」
天空城の小型感応石からここの巨大感応石を経由して、島全域に放送を行う。
その構造を逆手に取り、ジョウイは、核識を継いだ魔王はついに玉座を視界に捉えたのだ。
「もっとも、オディオもそこは分かっているでしょう。
 僕が今更それを知ったところで、何がどうなるというわけでもないですから」
だが、ジョウイにとってそれはあまり重要な情報ではないらしい。
彼はやはり、あくまでも正門から入城するつもりなのだ。たった1人しか入れない門から。

695世界最寂の開戦 15 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:34:09 ID:RwfT774k0
「……ねえ、一つ聞いていいかしら?」
口を湿らせ、言葉を待つことしばし。沈黙を許可ととったか、メイメイは尋ねた。
「なんで、奇襲を避けたの? やろうと思ったら、行けたんじゃないの?」
「二番煎じで勝てるとも思えなかったので。時間が無いからこそ、万全を整えますよ」
「どのくらいかかりそう?」
「そうですね…………」
メイメイの問いに、ジョウイがしばし沈黙する。
魔王の外套が大地に更に溶け込み、どくりと、遺跡全体が僅かに震えた。

「“じゃあ”あと3時間で」

こともなげに、ジョウイはそう答えた。
くいと酒を呑むメイメイの眼鏡は、逆光で白んでいる。
「前から気になってたんだけど……結局貴方、彼らをどうしたいの?」
しん、と静まり返る。言葉が途切れたというだけではない。
花の靡きも、樹のしなりも、水の流れさえも、この箱庭の全てが、静寂に染まった。

「――――逃げて欲しい。
 もしも、もしもこの墓場から逃げおおせてくれれば……まだ、諦めもつくから。
 優勝することを諦めて、直接オディオと一戦交えることも、考えられたから」

血染めの背中はただそう答えた。鷹揚一つつけず、事実を諳んじるように、無感動に。
メイメイはしばし、その答えの意味を噛み締めながら、杯の水面を見る。
散り落ちた花弁の一枚が、そっと水面に降り立つ。

どくり。

その瞬間、水面が波立った。花弁によってではない。
杯が、持つ手が、メイメイの身体が、座る大地が、この部屋が――――遺跡が、震えた。
カタカタと、ガタガタと、グラグラと、哄笑するように、叫喚するように、痙攣した。
星の下に眠る死喰いが、ではない。この遺跡そのものが震えた。
誰かの心情を代弁するかのように、冥界の奥底から、卑しく響き渡る。

「……僕は……」

頭を上げて、伐剣の王は偽りの空の向こうに手を伸ばす。

「……誰かが死んで嬉しいと思ったことは、ない」

ぐちゃりと、虚空を握り潰す。金色の瞳が見つめる掌の中には、何も無かった。

696世界最寂の開戦 16 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:35:14 ID:RwfT774k0
【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 日中】

【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ:小 疲労:極 金色の獣眼(右眼)
    首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
    紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章
[スキル]:紋章術・蒼き門(Lv1〜4)、不滅なる始まり(Lv1〜3)
     フォース・クレストソーサー(Lv1〜4)
     アビリティドレイン、亡霊召喚、モルフ召喚
     返し刃のダブルアタック 盾の鼓動は紅く輝く 
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍 天命牙双:左 ハイランド士官服 魔王のマント
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:3時間で、魔王として地下71階で迎撃の準備を整える
2:参加者を可能な限り殲滅し、その後死喰いを完全な形で誕生させる
3:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき

[備考]
※ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。
    
※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

※放送時の感応石の反応から、空中城の存在と位置を把握しました


 *ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
 ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
 *召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
 *メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
 *死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
  グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
  ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
  現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

697世界最寂の開戦 17 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:36:02 ID:RwfT774k0
――――さて……彼らはどうするつもりなのかしらね……

ジョウイを、そしてC7に集う彼らを傍観しながら、メイメイはようやく震え終わった酒に口をつける。
互いの初手は、示し合わせたように『待ち』となった。
ジョウイは既に己が在り方を決めてしまった。それが揺らぐことは、恐らくないだろう。
ならば後は、地上の彼らがどう決めるかが、この後の歴史の形を決定する。

――――少なくとも、オルステッド様の城にはいくのでしょう? 
    存在にさえ気づけば、行くことはもはや難しくはない……

死闘を乗り越えた彼らの手元には、欠片とはいえついに全ての貴種守護獣が揃った。
加えて、聖剣も鍵もある。辿り着くことは決して不可能ではないだろう。
賢者の智慧も揃った今、首輪も解除できるだろう。後は、そのあとどうするか、だ。

――――オルステッド様から逃げるのもいいでしょう……空中城は未知の世界……方法が無いわけではない……

逃げることは恥ではない。これだけの死を、想いを省みた今ならば、その貴さがわかるはずだ。

――――あるいは、オルステッド様を倒す……あの方を倒せば、貴方たちは元の世界に帰ることもできる……
    少なくとも、その程度のことくらいは私にもできるようになる……

戦うことは間違いではない。これだけの命を、祈りを託された今ならば、身体を突き動かすものがあるはずだ。

――――あるいは、魔剣を携えて現れた最後の魔王……彼もまた玉座を目指そうとしている……
    理想を夢見たおろかでとうとい魔法……彼と向かい合えば、最後にはオルステッド様に辿り着くことになるでしょう……

決着をつけることは過ちではない。愚かであることは、賢きであることに劣るとは限らない。


世界に正解などないのだ。あるのは、選択とその結果だけである。

――――魔王オディオといつ、どう向かい合うかは貴方達しだいよ。だけど、くれぐれも早まらないことね……
    貴方たちは、まだ“集まった”だけに過ぎないのだから……
    おぼろげだけど、まだ届き、掬えるものが観える……
    A6の地……みなしごの住まう家の中……銀色に輝く一枚の占符……
    A7の地……海の藻屑と共に漂う……昭和の魂……
    他にも、目を凝らせば、観えるモノもあるでしょう……

必ず見つけなければならない訳ではない。それも含め、選択と結果である。

698世界最寂の開戦 18 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:36:56 ID:RwfT774k0
――――どうか、どうか過たないで。
    魔力がどうだ、核がどうだ、感応石が、聖剣が、魔剣が、魔術が、
    必殺技が、合体技が、奇跡が――――そんなものじゃ、あの人に“本当の意味で届かない”。

それで終わるならば、あの雷で全ては決着している。
対峙するのは、あの“オディオ”。全ての魂の雷でもまだ照らし足りぬ、憎悪の天。

「必要なのは、一献の返盃。この墓碑<エピタフ>を駆け抜けて辿り着いた貴方の、答え」

この島にいたあらゆる人たち、否、全ての出来事の積み重ねた答え。
でなければオディオには届かない。全てを憎む始まりの彼を変えるには、それほどの想いが必要になる。


「難しく考えなくていいのよ。貴方にとって一番、大切な想い。譲れないもの、守りたいもの。それが、答えよ」


メイメイは誰かに、あるいは全ての者に向けるように、酒を向けた。
いよいよ開宴。最後の戦いは、オディオとの戦いは既に始まっている。


「この戦いの行くすえ……私がここで、見届けさせてもらうわ……」


虚空への乾杯。其れを以て、もっとも静かな最終決戦が此処に始まった。

699 ◆wqJoVoH16Y:2013/04/29(月) 01:38:13 ID:RwfT774k0
投下終了です。指摘、質問等あればどうぞ。

700SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 01:57:35 ID:umDWwpIY0
執筆投下お疲れ様でしたッ!
ストレイボウの言葉が重い。アイツにしか言えなくて、それだけに説得力があって。
んでも流されないのがアナスタシアなんだよなあ。だからこそ今、この場にいるわけだしね。
彼女がストレイボウに言葉を掛けた瞬間、鳥肌が立ったわ。
遂に、遂に首輪にメスが入るッ!
ジョウイはジョウイでもう覚悟は決まっているわけだけれども、彼にも時間はもうないわけで。
やらざるを得ないわけで。
あと3時間。
3時間でどうなるのか。その後も、どのような選択肢が取られるのか。
最終盤、これから多くの道があるれども、どうなるのか楽しみなシメ方でした!
GJですッ!

701SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 01:59:21 ID:x86Jhbq60
投下乙です。
ピサロとカエルの合流に毒を吐くイスラに少しホッとした。
ああいう毒を吐いても許されるだけの弛緩した場が見えて。
そっか、そういえばストレイボウも一度はオディオになったやつなんだもんなぁ。
一つのことに囚われて、流れに呑まれないでくれ、ってのは確かに省みた重みがある。

どう転んでもオルステッドの願いを超えるのは難しい。
その願いを超える何かを求めて、提示された空白の3時間、そこで求める不確定な何かが
サブイベントのような形で最後にプレゼンされて、RPGであることが強く意識させられる演出で上手い。
最終盤でできることもすることも限られてきたけど、そんな中でもフリーな部分が強調されてて、いい繋ぎの話だなぁ。

702SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 02:06:28 ID:HbyQAB.o0
投下お疲れ様でしたー!
おお、おお、おおおお
アキラやイスラの苛立ちも伝わってきて、ストレイボウの言葉も重いんだけど、それをひっくり返すアナスタシアw
なんかどっかで見た名乗りに思わず吹いたけど、しかしこれはもうほんと、いいな
前編と後編の双方あってこそだ
これからどうするのか、何がしたいのか
確かにほんと、イスラに限らず一時の感情で突っ切ってきたようなもんだもんな
特にいま残ってるメンバーは
そこで改めてどうするか、何をしたいか
対比されるように、全てを識ってるかのように三時間と言ったジョウイは覚悟完了してるんだけど
今回の話は本当にあのストレイボウの、そして最後のメイメイさんの言葉どりなんだよなあ
しかし既に他の方も言ってるけれど。こういう決戦前夜のフリータイムはRPGっぽいなw
夜会話とかプライベートアクションとかw
これは、この続きもまとめて予約されるだけじゃなくて、バラバラ予約もありえるし、それでもいいと思う

703SAVEDATA No.774:2013/04/29(月) 14:56:53 ID:4zFvjkCs0
執筆と投下、お疲れ様でした。
ああ……でもどうしよう、これ以上に言いようがないw
感想、というか物語の面だけを見ても思い浮かぶことはたくさんあるのですけれど、
巧く言葉にならなくて申し訳ない。

ただ、なんというべきか。
おもにコンシューマRPGの流れに添いながら、それでも自分は、勝手に
「クロスオーバーとかそんなんじゃない、書き手としてのスタンスを見せてくれ」
という問いかけを感じ取ってしまった。問いかけを行う意味を、氏は知っていると
勝手に信じてしまうくらいのものを見たと信じてしまった。
これは、正直言って形にしていい感想かどうか分からないのですけれど、
ここまで愚直で、かつ誠実な書き手は、私は氏以外に知らないのです。
話としてはトスアップであっても、こういう話を書くことの苦労にも幾許かの
心当たりがあるので、予約破棄などを挟んでも、氏の書く話を読めて良かった。
あなたがいなければ遊べないので、あなたがいてくれて良かった――と、これは
氏にかぎった話ではないのですが、今回の投下で改めて感じました。
そして、よほどの信頼がないと、こんなトスアップも返答も出来ないと思うので、
素晴らしい書き手さんが集まっている企画にも感謝することしきりです。
繰り返しになりますが、皆さん、お疲れ様です。そして、いつもありがとうございます。

704SAVEDATA No.774:2013/05/07(火) 23:18:28 ID:jQFQKNiY0
予約きたあああああ!!!

705SAVEDATA No.774:2013/05/15(水) 08:05:54 ID:wnYmZEC20
月報集計お疲れ様です。
RPG 151話(+ 1)  7/54 (- 0)  13.0(- 0)

706SAVEDATA No.774:2013/05/16(木) 17:22:25 ID:tkpLU44M0
そういえばサモナイ5が今日だっけ?

707 ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:31:12 ID:z1qYGbyw0
投下いたします

708天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:32:17 ID:z1qYGbyw0
 吸い込む空気は、酷く乾いていた。砂っぽさが喉を通り肺に広がる感覚はざらついていて、決して爽快なものではない。
 けれど、そうやって呼吸をしているという事実は、確かな安堵をもたらしてくれる。
 胸に落ちるのは、埃っぽい安らぎと乾燥した落ち着きだった。
 それは、色濃い疲労と重い気だるさの真ん中で、どうしようもないほどに感じてしまう、心地よい生の実感だった。
 安らぎなど、どす黒く淀む感情を自覚したあの時に、置き去りにしたと思っていた。
 落ち着きなど、無力さと無様さと罪悪感を抱えた心には、相応しくなどないと思っていた。
 生の実感など、咎人である自分が得てはならないものだと、信じて疑わなかった。
 片膝を立てて地に座し、ストレイボウは、あたりを見回す。
 嵐の足跡と呼ぶには余りにも荒れ果てた地がある。土色をした荒野に、石細工の土台の残骸が夥しく散らばっている。
 ストレイボウは、もはや立ち塞がるもののないこの荒野に、寂寥感を覚えていた。

 夢の跡。
 そんな感想が胸を過るのは、ここで散っていった“想い”が、大きすぎて多すぎたからであり、そして。
 この、無機質ささえ感じる静けさが、自分が死した後の、灰色のルクレチアに似ていたからだった。
 その連想は、ストレイボウの胸をじわりと締め付け、刺さりっぱなしの棘のように、じくじくと痛みを与えてくる。
 決して消えない痛みだった。何があっても消してはならない痛みだった。
 それを自覚しても、気持ちは、静けさと同化するように凪いでいた。
 諦観や悲観や順応や居直りによって、そう在れるのではないと、今のストレイボウには分かっている。
 くっと、拳を握り締める。指先に力を込め、力の奥で息づくものを感じ取る。
 小さな鼓動だった。微かな脈動だった。
 けれどその鼓動があるから、痛みと向き合える。脈動を感じられるから、罪に背を向けずにいられる。

 ようやくだ。
 ようやくこれで、自分の意志で立ち上がることができる。
 多くの温もりがあった。数え切れない優しさがあった。沢山の“想い”があった。
 過去形でしか語れないのは、悲しいことだ。
 それでも悲嘆に囚われないでいられるのは、受け取ったものが確かにあるということに他ならない。
 それをオディオは、屍の上に立っているというのだろう。
 だとしても、ストレイボウは思うのだ。
 無数の死があったとしても、彼らがその胸に抱えていたものは、褪せず朽ちず綻びず、受け継がれているのだと。
 刻まれた想い出があり、胸の奥で息づく“想い”がある。
 だから今、イノチと共に生きていると、そう思えるのだ。
 かつてのストレイボウであれば、そんなものは生者の欺瞞だと唾棄し、勝者の傲慢だと罵ったことだろう。
 変わったのだ。
 変われたのだ。
 そのことは、ぜったいに、否定などできはしない。

709天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:32:52 ID:z1qYGbyw0
「やっと、お前に向き合えそうだよ」

 葉で作った小舟をせせらぎに乗せるような様子で、敢えて口にする。
 届けと、聴こえろと、そんな風に肩肘を張る必要はない。口にした気持ちは、確かなものとして胸の奥で根付いているのだから。
 血のにおいが沁みついた大気に言の葉をくゆらせ、“想い”が溶けた空気に気持ちを浮かばせる。
 それで充分だと、思えたのだった。

「それが、貴様の望むことか?」
 
 意外なところからの言葉に目を丸くしながらも、ストレイボウは振り返る。
 紅玉色をしたピサロの瞳が、こちらへと向けられていた。
 無感情に見える人間離れした美貌に、ストレイボウは、素直に頷いてみせた。

「ああ、そうだな。より正確に言えば、俺の“したいこと”へ辿り着くために、俺はアイツに向き合いたい」

 ほう、と語尾上がりで、ピサロが相槌を打ってくる。
 試されているのかもしれないと思いながら、けれどストレイボウは、緊張も臆しも抱かなかった。
 
「対等に、なりたいんだ。アイツの隣に、並び立ちたいんだ」

 するりと、言葉が滑り出た。
 だからそれは、心の底から、ほんとうに望むことなのだろう。

「今まで、アイツを羨んで、妬み続けて、卑屈でいるばかりで……さ」

 それは、かつての忸怩たる自分への恨み言であり、恥ずべき過去であり、嫌悪の源泉であった。
 全てを受け入れられるほど強くはない。飲み込められるほどに達観してもいない。
 自嘲的な苦笑いだって浮かんでいるし、か細い語り口からは拭いきれない弱々しさが垣間見える。
 だけど、それでも。
 
「だからこそ、俺は」 

 ストレイボウは、ピサロから目を逸らさなかった。

「ほんとうの意味で、アイツの隣に行きたいんだ」

 ピサロの視線は揺るがず、表情も変わらない。

「貴様が望む、その場所は」

 ただ、その口だけが言葉を吐き出していく。

「輝かしい“勇者”の隣か?」

 ぽつり、ぽつりと。

「或いは、君臨者たる“魔王”の隣か?」
 
 零すようなピサロの問い方は、ストレイボウが彼に抱いていた印象とは、かけ離れていたものだった。
 そんなピサロに向けて、ストレイボウは、ゆっくりと首を横に振る。
 だからこそ、迷いも悩みも惑いもなく答えられるものがあるということは、大きな意味があるように思えた。

「いいや、どっちでもないさ」

710天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:33:55 ID:z1qYGbyw0
 ◆◆
 
「どちらでもない、か」

 ストレイボウの答えを、呟くようにして繰り返すと、ピサロは目を伏せる。
 閉ざした視界に、イメージが広がっていく。
 そのイメージとは、先ほど知った、勇者オルステッドと魔王オディオが辿った道筋だった。
 かつてのピサロならば、愚かしい人間らしい末路だと一笑に付し、そんな人間如きが魔王を名乗るなどとはおこがましいと憤っていたに違いない。
 けれど今、ストレイボウが語ったその出来事は、ピサロの脳裏に生々しく焼き付いていた。

 ――私は、弱くなったか。
 
 ふと感じたその想いを否定する材料など、もはや“魔王”ではないピサロには、雀の涙ほどもありはしなかった。
 魔族である自分も、あれほど憎み蔑んでいた人間と変わりはしないと知ってしまったのだ。
 であるならば、魔族とは何なのか。エルフとは何なのか。モンスターとは、人間とは。
 その疑問の延長線上に、二つの肩書きが浮かび上がる。
“勇者”と“魔王”。
“勇者”は人間の希望であり、“魔王”は魔族の希望である。
 そして人間と魔族の間に、根深い対立構造がある以上、それらは、決して相容れぬ対極の存在であると信じて疑わなかった。
 だが、“魔王”オディオは違う。
 オディオは人間で、そうであるが故に、かつては“勇者”であった。
 そして、同時に。
 オルステッドは人間で、そうであるが故に、自ら“魔王”となったのだ。
 つまるところ、“魔王”オディオは、魔族の希望などではない。更に言うならば、統治者という意味での王ですらない。
 であるならば、ピサロがこれまで抱いてきた“魔王”の称号とは、何だったのか。

 そうして、ピサロは至る。
 宿敵――“勇者”ユーリルが直面した疑問へと、辿り着く。

 けれどピサロは迷わない。
 答えへと至るための欠片を、ピサロは既に持っていた。
 それは、ストレイボウの言葉であり、そして。
 そしてそれは、『ピュアピサロ』の胸をいっぱいに満たす、ロザリーの“想い”だった。
 ストレイボウの言葉を掴み取り、ロザリーの“想い”を感じ取り、ココロに溶かし込み流し込んでいく。 
 温もりに満ちた、柔らかでいて絶大な信頼が、ピサロの手を取ってくれる。
 思考が、道を往く。
 一人歩きをしない考えは、ゆっくりと、けれど着実に、ピサロを答えへと導いていく。
 
 ――私が“魔王”でなくとも。私を想ってくれる気持ちは、存在するのであろうな。 
 
“魔王”というのは称号や呼称であり、その名で呼ばれることは栄誉であり大義は在るのだろう。 
 だが、しかし。
“魔王”という言葉に、願いを拘束し思考を誘導する作用はない。そんなものが、在ってはならない。
 いつだって。
 いつだって、願いを抱いて意志決定するのは、“魔王”ではなく、自分自身の“想い”なのだ。
“魔王”が感情を呼ぶのではない。感情こそが、“魔王”を呼ぶ。

711天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:34:36 ID:z1qYGbyw0
 であるならば、“魔王”とは。
 感情を解き放つものに、他ならない。

「“勇者”でもなく、“魔王”でもない。“オルステッド”という人間と、対等でありたいと望むのだな?」

 瞳を開け、再度問う。
 視線の先で、ストレイボウは、はにかんで頷いた。
 長い髪に隠されていてもよく分かるほどの微笑みからは、恥じ入りと同時に、清々しさが感じ取れた。
 ピサロの口元が、自然と綻ぶ。
 ストレイボウの清々しさを悪くないと感じ、その感覚は、ピサロに実感を与えてくれる。

“勇者”に“魔王”。“人間”に“魔族”。
 それらの間に大差はなく、対等となれる可能性を示しているという、実感を、だ。

 世には愚者が蔓延っている。あらゆるイノチには愚かさが根付いている。
 ただし、その愚かささえ自覚していれば。愚かさを自省し、自戒することが可能であれば。
 誰もが求め、愛し、共存し、笑い合い、手を取り合うこともできる。
 たった少しでいい。
 たった少しの気付きさえあれば、誰もが。
 誰かに頼らずとも、自らの意志で、共存を願えるのだ。
 そう思えるからこそ、こうして、ピサロはここにいられる。
 気付きが心を変えてくれたからこそ、ピサロは、こうも心穏やかにいられる。

 今更だ。
 今更、ロザリーの願いを心底から理解し、自分のものとできた。
 ようやっと、心が一つになれた。
 ピサロの“したいこと”が、改めて、ロザリーの願いと重なっていく。
 彼女が望む世が、ピサロの願う世となっていく。
 喪ってから気付くとは愚かしい。されど気付けたことは無駄ではない。
 ロザリーの息づきを、確かな力として感じられるのだ。
 それが無駄であるはずがない。
 弱さである、はずがない。

 空を、見上げる。
 蒼穹は透き通っていた。
 何処までも果てしなく、全てを包むように、何もかもを見通すように、真っ直ぐなままに広がっていた。
 真っ青な空を、共に見上げることはできなくとも。
 抱いた願いを、空に届けることはできるから。
 だからピサロは、真っ直ぐに。
 ただ真っ直ぐに、一人であっても、空を見上げるのだ。
 
「“勇者”、“魔王”、“人間”、“魔族”。そんな言葉に弄され、本質を見誤ったのが不覚であったか」

 今、ピサロは弱くなったのではない。
 もともとピサロは弱さを抱えていた。
 ただ、“魔王”という仮面が、その弱さを隠し通していただけだった。

712天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:35:29 ID:z1qYGbyw0
「……そういう言い方も、できるのかもしれない。けど俺は、“勇者”も“魔王”も、“想い”を惑わす幻だなんて言いたくはないかな」

 やんわりと否定するストレイボウの声は、そよ風のようだった。

「むしろ、“魔王”も、“勇者”も、“想い”のカタチなんじゃないかなって思うよ。
 だから、“魔王”も、“勇者”も、イノチの数だけあるんじゃないんだろうか」

 遮るもののない碧空を眺めたままで、ピサロは、長い耳を傾ける。
 
「少なくとも俺たちは、“勇者”を知ってるんだ」

 温かくて、誇らしげで。
 だけれども、うら寂しさの孕む声を、ピサロは聴く。

「“救われぬ者”を“救う者”を――“勇者”ユーリルを、知ってるんだよ」

 その名を聞いた、瞬間。
 ピサロは息を呑み、目を見張った。
 果てしない天空を背景にして、翻る一つの影が映る。
 それは。
 その影は。
 どんな絶望的な状況でも、如何なる窮地に陥っても。
 数多くの人間のために、その足で大地を踏みしめ、その手で剣を握り締め、その意志を以って戦い続けた少年の姿だった。
 ピサロは知っている。
 全身を傷だらけにしても、血反吐を吐き続けながらも。
 決して膝を付かず、諦めず、俯かなかった、少年のことを。
 ピサロは覚えている。
 彼は、ピサロを破ったのだ。
 慣れ親しんだ山奥の村を滅ぼした者に、復讐するためではなく。
 人々の生活と命と平和を。
 戦えぬ者を。
 救われぬ者を。
 その全てを、両手で、“救う”ために。

713天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:36:20 ID:z1qYGbyw0
「そうか……」

 ピサロは得心する。
 いつだって必死で、どんなときだって懸命だった彼がそうあれたのは。
 抱いた“想い”を貫き通し、全てを救いきって見せられたのは。
 きっと。
 きっと、彼の胸の内に確固たる“想い”が燃え盛っていたからなのだと。
 そしてそれは、熱く激しく苛烈な、貪欲なまでの“救い”の意志だったのだと。
 理解が広がった瞬間、笑いが零れた。
 ピサロが――デスピサロが敗北したのは、当然だ。
 揺るぎない強い“想い”を前にして、自分を見失った化物が、勝てるはずがない。
 
「奴は――ユーリルは」

 戦う以外の道など探そうともしなかった。求める気もありはしなかった。
 彼と自分の道は、剣を交え呪文を衝突させることでしか、交差することはないと思っていた。
 そうとしか思えなかったことが、やけに空虚なように感じられた。
 
「その身に何があったとしても、最期のその時まで」

 雷鳴が乱れ舞う夜雨の下で邂逅した彼は、デスピサロと同じだった。
 野獣のように叫び、喉が張り裂けても喚き、駄々を捏ねるように暴れていた。
 だとしても。
 だとしても、天空は今、見惚れるほどに晴れ渡っている。
 あの嵐があったからこそ、この天空が在るとさえ、思えるのだ。

「紛れもない、ユーリル自身が望むままの」

 囁くような言葉はか細い吐息と共に、美しい青の世界へと昇っていく。
 淀みなく透き通る、広大な青空は。
 彼方へと続いていそうな、雄大な天空は。
 余りにも。
 余りにも、眩くて。

「――“勇者”であったのだな」
 
 ピサロはその目を、すっと細めたのだった。

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:中
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後

714天空の下で -変わりゆくもの- ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:36:59 ID:z1qYGbyw0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
魔界の剣@武器:剣
毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
デーモンスピア@武器:槍
天罰の杖@武器:杖
【アークザラッドⅡ】
ドーリーショット@武器:ショットガン
デスイリュージョン@武器:カード
バイオレットレーサー@アクセサリ
【WILD ARMS 2nd IGNITION】
アガートラーム@武器:剣
感応石×4@貴重品
愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
クレストグラフ@アクセサリ ※ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
データタブレット×2@貴重品
【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
フォルブレイズ@武器:魔導書
【クロノトリガー】
“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
パワーマフラー@アクセサリ
激怒の腕輪@アクセサリ
ゲートホルダー@貴重品
【LIVE A LIVE】
ブライオン@武器:剣
44マグナム@武器:銃 ※残弾なし
【サモンナイト3】
召喚石『天使ロティエル』@アクセサリ
【ファイナルファンタジーⅥ】
ミラクルシューズ@アクセサリ
いかりのリング@アクセサリ
ラストリゾート@武器:カード
【幻想水滸伝Ⅱ】
点名牙双@武器:トンファー
【その他支給品・現地調達品】
召喚石『勇気の紋章<ジャスティーン>』@アクセサリ
海水浴セット@貴重品
拡声器@貴重品
日記のようなもの@貴重品
マリアベルの手記@貴重品
バヨネット@武器:銃剣
  ※バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
双眼鏡@貴重品
不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
デイバック(基本支給品)×18

715 ◆6XQgLQ9rNg:2013/05/19(日) 21:37:41 ID:z1qYGbyw0
以上、投下終了です。
ご意見ご指摘など、何かございましたらお願い致します。

716SAVEDATA No.774:2013/05/20(月) 00:39:22 ID:PVfYstBs0
投下お疲れ様でした!
正義の反対は正義だとかよく言われるけど、ピサロは本当に魔族のためを想って魔王をやってたんだよな
デスピサロだってロザリーへの愛ゆえに人間を憎んでで
ピサロ自身の愛のためって本人は言うだろうけど、こいつは言われてみればずっと誰かのために戦い続けてきたとも言えるんだよな……
だからこそ、魔王や勇者は想いの形であっても、思いを縛るものであってはならないというピサロとストレイボウの会話が心に響いた
勇者とは、英雄とは、魔王とは
このロワで問われ続けたものの無限の答えを含んだ答えがこの話だった

717SAVEDATA No.774:2013/05/20(月) 02:03:01 ID:yhpK0tvQ0
執筆と投下、お疲れ様でした。
なるほど、乾いた空にも色々あるよなあ。
古代王国に心を飛ばしていた魔王でなく、荒野に生きたものたちに導かれて
生を希求するようになったストレイボウの感じる世界と、彼が手放そうとしない痛み。
これらは、読む側も心地よく噛み締めたり、思い浮かべていけるものでした。
また、後半の「感情を解き放つものが魔王」とは、腑に落ちる表現だなと。
思えば勇者の雷も、魔王の誓いもそうだったのだけど、そのふたつのない蒼穹に解かれていく
ピサロの思考を追っていて、これまでの物語に改めて沁み入る心地がしました。
……しかし、こういう意味でもオディオは、こんな舞台まで作ってしまっても、首輪などを通して
憎しみを他者へ見せても、その感情さえ解き放ちきれていないようでなんとも言えないな……。
そして「したいこと」と「なすべきこと」とが、ピサロのなかでは重なったのかな。
ピサロに魔王として対面したジョウイのパートを拾った部分も細やかで素敵だなぁ、と。
乱戦や大人数のパートなどを書いたものを見ても、氏の作品はとにかくまとまっている印象が
強いのですが、二人。会話が可能な最小人数の話を読んで、改めて構成の妙に魅せられました。
SSも感情を、あるいは思惟を解き放つものなら、自分はじつに良いものを拝読していると思えます。ありがたいことです。

718Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:57:41 ID:lq/5fCmY0
お待たせしてしまい申し訳ありません
投下します

719Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:58:19 ID:lq/5fCmY0
        こうして、僕にはただ
        時間だけが残された。
   命も、道具も、全てアナスタシアに握られて
   手持ち無沙汰もいいところで
     ジョウイが襲撃でもしてきたなら
   その対処へと身も心も没頭できるというのに。
   そんな実現したらしたでごめんな可能性も
場当たり的に生きることも
ストレイボウの奴に切って捨てられたばかりで
今の僕には、本当に、何も、何もすることがなかった。
“したいようにあってほしい”だって?
なんだよ、それ、なんなんだよ、それ。
自分に縛られて
何もかもを見失うのがどれだけ愚かなことか。
そんなの、お前に言われないでも分かってるよ!
 教えて、もらったんだ!
         だけど、だけどさ。
      今更なんだ、今更なんだよ……。
ねえ、したいことを考えろって言われて足を止めてさ。
    それでもしたいことが見つからなかったら。
どうすればいいのかな?
どうしたら、僕はまた歩いていけるんだろ……。
      
            ▽

720Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 17:59:11 ID:lq/5fCmY0

           
             [アナスタシア]
            
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆  [ピサロ]
 話し相手を           △
 選んでください 『カエル』 《グレン》
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆      ▽
           [アキラ]
              
             [ストレイボウ]

721Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:00:02 ID:lq/5fCmY0

思えばその問いかけさえも今更だった。
昨日のまさに今ぐらいに、僕は問われたばかりだったじゃないか。
姉さんが死んだらどうするのか。
先生が死んだらどうするのか。
今は亡きおじさんに聞かれたばかりだったじゃないか。
僕はその時、なんて思った?
使い道のない自由に、何の意味がある。
そう思ったんじゃなかったのか。
まさにその使い道のない自由が、僕の目の前に転がっていた。
僕は何をするでもなく、へたり込み、ただ空だけを見上げていた。

どうしてこうなったんだろ。
僕はいったい何をしてるんだろ。

抜け殻のような自らのさまを自嘲する。
あの時、その言葉が正しいと心の底では感じながらも、どうしてあれだけストレイボウに噛み付いたのか。
何のことはない。
僕は、こうなることを予想してたんだ。
あいつの言うところの“行き着くところ”まで行きつけたならどれだけ楽だったろうか。
あいつがあんなことを言わなかったら、僕はきっと今頃、ジョウイを倒すことでも考えていただろう。
あいつがヘクトルの死体を弄んだから……だけじゃない。
確かにそのことへの怒りはある。
死を奪うというのは僕にとって何よりも許せない所業だ。
僕はジョウイを嫌いなままだし、今や憎んでると言っても間違いじゃない。
でも、あのヘクトルと打ち合ったからこそ僕にだって分かってる。
ジョウイの導きに応えてしまったのも、僕による終わりを受け入れてくれたのも、どっちもヘクトル自身の意志だったんだ。
そこまで分かっていながらもジョウイにとやかく言うのは、ただの八つ当たりなんじゃないか。
僕はジョウイの計画を阻止しようとして失敗した。
その取り戻し用がないミスを、ヘクトルのことを言い訳に取り戻そうとしてるんじゃないか。
いや、取り戻すだなんてそんな前向きなものじゃない。
僕は縋りたいだけなんだ。
かつて生きてできることと定めていたそれに、生き残ってしまった意味として縋りたいだけなんだ。

722Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:00:33 ID:lq/5fCmY0
それに元を正せばヘクトルを殺したのはあいつじゃない。
セッツァーとピサロだ。
セッツァーは既に死んだようだけど、ピサロに至ってはすぐそこにいる。
だったらそのピサロに怒りをぶつけることが、ヘクトルの敵討ちだと刃を向けることが僕のしたいことなのか?
……不思議とそうだとは思えなかった。
もしそれが答えなら、ストレイボウが余計なことを言うよりも前、アナスタシアがどうやってかあいつを連れてきた時点でそうしていたはずだ。
ジャスティーンの召喚に力を使い果たしていたからだとか、そんなのは理由にならない。
感情というものはそんな理屈で抑えられるものじゃない。
けど僕は、そうしなかった。
そんな気力さえなかった。
もうすべてが終わったことだったから。
ヘクトルを終わらせたのは、ヘクトル自身と、そして、この僕なんだって。
そんな、ほんの僅かな、それでいて、これだけは他の誰にも譲りたくない自負が僕にはあったから。

だから。

僕は、本当に、何もかも終わってしまったんだ。
僕のしたい事、したかったことに、決着をつけてしまったんだ。

つまりは、そういうこと。

ストレイボウが言った“したいようにあってほしい”というのは、ジョウイがどうとか、オディオがどうだとか、そんな目先のことだけじゃなくて。
きっと、ずっと、この先の未来へと続く望みで。
それは僕が二度目の生を受けてから、ずっと、ずっと、考えて来たことだったんだ。

「なんでだよ。なんでなんだよ……」

はじめは姉さんや先生のために生きたかった。
その望みが潰え、自らの命を奪おうとした時、あの大きな掌に止められた。
あの時初めて、僕は今まで抑えてきた僕の感情を、僕自身を、受け入れることができた。

「なんで、なんでみんな、いなくなっちゃったんだよ……」

そして、僕は、気づけば、彼を、ヘクトルの背中を追い始めていて。
おじさんの支えもあって、“いつか”を望めるようになっていたんだ。
この僕が、だよ? ずっとずっと、死ぬことばかりを考えて生きてきたこの僕が。
自分のことを誰かを悲しませる害悪としてしか見ていなかったこの僕が。
あろうことか、誰かの為に“生きられる”いつかを夢見れるようになってたんだ……。

723Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:01:09 ID:lq/5fCmY0

「なんで、僕だけ生き残ってるんだよ……」

けれど、その“いつか”を僕はこの手で振り払った。
僕が夢見た理想郷を、僕自身の手で終わらせた。

「僕だけ生き残って、どうしろっていうんだよ!?」

そのことに未練はあっても後悔はない。
それこそ感情のままに突き動かされただけだと言うやつがいるかもしれないけれど。
あの終わりは僕がありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で決めた大切な終わりだった。
……終わりだったのに。
どうして僕だけ生き残ってるんだ?
どうして僕はまだ、続いてるんだ?
これ以上僕にどうしろっていうんだ。
僕は一体何がしたいっていうんだ……。

「どうやらまだ、自分の終わり方を決められていないようだな、適格者」

嫌な声が聞こえた。
聞きたくない奴の声がした。
誰か、などとは問うまでもない。
紅の暴君無き僕のことをそう呼ぶのはただ一人だ。
いっそこのまま無視してやろうかとも思ったが、見上げていた空に影が落ち、ぬうっと緑の顔が眼の前に迫る。
そいつはヘクトルやおじさんの巨体とは打って変わって背が低かった。
そんな背格好で覗きこまれたままではたまったもんじゃない。
顔と顔が接触しかねない距離にまで人間サイズの蛙に近づかれたらあの姉さんでさえ悲鳴を上げただろう。
……アティ先生なら分からないけど。
残念ながら先生ほど心の広くない僕は、そのままの体勢で腕を突き出し、跳ね除けたそいつへとうんざりとした視線をくれてやった。

724Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:01:44 ID:lq/5fCmY0

「……誰のせいだと思ってるんだよ」

ああ本当に、誰のせいだ。
誰のせいで、僕はこんなにも悩む事になったんだ。
例えばお前だよ、カエル。
お前がマリアベルを殺さなかったら、彼女をファリエルと会わせるために頑張るのも……悪く、なかったんだ。
今更だけどさ。
あまりにも、今更、だけどさ。
僕は、僕のことを捨てたものじゃないと言ってくれた彼女のことが嫌いじゃなかった。
あの時は素直に返せなかったけど、今なら言えるよ。
僕も君のこと、公平だとかどうとか、そんな理屈っぽいこと抜きにしてもさ。
多分、きっと、割りと、結構……好きだったよ。
あーあ、こんなことならあの時、ファリエルと会わせてあげるって約束でもしておくべきだったなあ。
そしたらさ。そしたらあんな、あんなアナスタシアなんか庇うこともなくて……。
無理、だろなあ。
全く、ほんとどうして、こんなメンツが残っちゃったんだろね?
神様だなんて信じたこと無いけどそれでもあんまりじゃないか。
アキラはまだいいよ。
ひねくれてるようで正義感に燃えているところとか、若干苦手なところもあるけど、一日足らずの付き合いでも悪いやつじゃないってそう思える。
けどさ、他はないんじゃないか。
ストレイボウは許せない。
同族嫌悪や全ての元凶ってこともあるけれど、自分だけ、したいこととやらを見つけていたりで腹が立つ。
アナスタシアは嫌いだ。
今になって吹っ切れて分けわかんない存在になって、今まで以上にあの手この手で僕の心をかき乱していく。
カエルとピサロは論外だ。
ヘクトルにブラッド、マリアベルの死は彼ら自身のものだけど、それでも、こいつらが僕から大切な人を奪ってったのには変わらないんだ。

誰かのために生きたかった。その誰かはもう、誰もいない。

全てが振り出しに戻ってしまった。
ゼロの虚無。
死にたいとも生きたいとも思えない、生命の始まりに。
あれもそれもこれも全部、全部――

725Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:02:14 ID:lq/5fCmY0

「そうだな。少し話をしよう」

なんだよ、自分のうちに引きこもることすら許してくれないのかよ。

「僕にお前と話したいことなんてないよ」
「俺にはある。お前を生かした分の責任がな。それに――あの時問うてきたのはお前だぞ?
 全部なくして、終わって、それでも足掻けるのはどうしてか、と」

そういえばそんなことを口にした。
でもそれは、もう終わったことだろ?

「その答えならもうもらったじゃないか」
「確かに俺は答えた。だがその答えは“二度目”の答えだ」

二度目?
二度目って何さ。

「前にも一度あったんだよ。俺が、俺にとっての全てとも言えた“勇者”を――親友を喪ったことが」

疑問が顔に出ていたのだろう。
僕が口にする前にカエルは勝手に喋りだす。

「勇者……?」
「ああ、そうだ。あいつは、勇気ある者だった。どんな相手にでも立ち向かい、いつも俺を助けてくれた。最後の時だってそうさ。
 あいつは俺を庇って、魔王に殺されたんだ……」

魔王って、あの魔王?
自分の親友の仇となんてお前は組んでたのかよ。
気が知れないにも程がある。
……まあ僕だって人のことは言えないけどさ。
紛いなりにも今の僕はヘクトル達の仇であるこいつらと運命共同体なんだし。
前なんか僕に呪いをかけた奴の手駒になってたことだってあるくらいだ。
だから、そこはどうだっていい。
僕が興味あるのはただ一つだ。

「それで。お前はどうしたのさ」
「どうもしなかったさ。俺は逃げた。魔王から、友の死から、自分自身から、友との最後の約束からさえも逃げて酒に溺れた」

726Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:02:44 ID:lq/5fCmY0
は?
なんだよそれ。
参考にもならないじゃないか。
反面教師にでもしろってのかよ。

「全然ダメじゃないか。そんなザマで僕に偉そうに説教したのかよ」
「ふっ、返す言葉もないな。だがな、イスラ。そんな俺でも、お前が言うように今こうして足掻けてる。
 あの時だってそうだ。友より託された王妃が攫われたと気付いた時、俺は気づけば動いていた。
 それまでどれだけ念じようと恐怖で後ろにしか進まなかった足が、あろうことか誘拐した魔物たちの本拠地へと乗り込んでたんだ」
「それがきっかけでお前は立ち直ったって、そういう話かよ」

それはめでたい話だね。
おめでとう。良かったね。
友から託されていた王妃様とやらがいてくれて。
僕には何も遺されてはないんだけど。

「いや、情けない話だが、王女を助けたあともしばらくぐずっていたよ。
 俺が近くにいたため、王妃様を危険にさらしめたのだと自分のことを責め、城から出て行きまた酒浸りの日々さ」

……話を聞けば聞くほど、気力が失われていき、反比例して冷ややかな心地になっていく。
僕は僕のことを散々嫌ってきたけど、世の中、下には下がいるんじゃないか?
もしかしてこれがこいつなりの慰め方なんだろうか。
下には下がいるから僕はまだ胸を張って生きろとかそんな感じの。

「つくづくダメな大人じゃないか。呆れて物が言えないよ」
「そう思うか? 俺もそう思うよ。王女さまを助けたことで友との約束を当面は果たせてしまったからだろうな。
 前以上に気が抜けてしまって、友の形見の品を落としてしまって、しかもそのままにしていた始末だ」
「……」

これには僕もドン引きだ。
流石に人としてどうかとさえ思えてきた。蛙だけどさ。それはいくらなんでも――

「カッコ悪いと思ったか? 鏡を見てみろ。今のお前も当時の俺と似たような顔をしているよ」

うわ、嫌だ。
一緒にするなよ。
蛙顔の自分を想像しちゃったじゃないか。

727Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:03:15 ID:lq/5fCmY0

「僕は当分自分の顔を見たくなくなったよ」
「くくく、そうか。それは悪かったな。まあともあれ、だ。そんなこんなで紆余曲折。
 クロノ達がその落とした品である勇者バッチを取り戻してくれたり、折れた勇者の剣を修復してくれたりでようやく俺は――」

やっとなんだよね?
いい加減、やっとなんだよね?

「立ち直った、のかな? 本当にようやくだね」
「それが実は、更に一晩考えた」

うわぁ……。

「結局立ち直るのにどれだけかかってるんだよ」
「十年だ。俺はあの時十年かかった。そう考えれば今回は随分速く立ち直れたものだ」

ふっとそれまでのやれやれだという感じの口調が鳴りを潜め、カエルの奴が笑みを浮かべる。
こいつにそんな笑みを浮かべさせるのは、きっと、あいつなんだろう。

「あいつが、あいつがいたから?」
「そうだな。友が、ストレイボウがいてくれたからだ。ただな……」

そこで一度、カエルは大きく息を吐いて目を閉じた。
瞼の裏には、これまで思い起こしてきた過去でも映っているのだろうか。
しばらくして目を開いたカエルは、力強く断言する。

「俺はあの時の十年が無駄だったとは思えない。時間を無駄にしたとも思えない。
 自慢じゃないがもし十年前、友を失い、魔王から逃げ、カエルの姿にされた直後にグランドリオンを渡されていても俺は受け取ることができなかったろうさ。
 俺にどうしろっていうんだとか、俺にこの剣を握る資格はないだとか言って逃げたに決まってる。
 万一手にしてたとしても、そのまま勢い任せで魔王城に突っ込んで返り討ちが関の山だったろうさ」

後悔はある。反省もある。

「逃げて逃げて逃げ続けた十年だったが、それでも、それでもだ。
 あの十年間、悩み、苦しみ、後悔し続けたからこそ、思い続けられたからこそ、俺はあの時、グランドリオンを俺の意思で手にとることができたんだ」

でもそこに自虐や嘲りの意思は感じられなかった。
こいつは本気で、今語った十年間を、何もなして来なかった十年間を今は肯定して受け入れてるんだ。
それはきっと、簡単なことじゃない。
十年かけて、十年もかけたからこそ、ようやくこいつは、受け入れられたんだ。

728Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:03:45 ID:lq/5fCmY0
「十年……。そんなにも僕にこのまま苦しみ続けろっていうのかよ。
 アナスタシアの大言壮語が本当なら後三時間もないっていうのに到底間に合わないじゃないか」
「そこだよ、小僧。俺が言いたいことは。ストレイボウの望んだことは」

そこ? そこってどこだよ。

「あいつは、足を止めろと言った。考えてから決めろと言った。したいことを慌ててとりあえずでいいから見つけろとは一言も言ってはいない」

それは、そうだけど……。

「今の俺の話を聞いただろ。お前がこうして悩む三時間は無駄にはならないさ。
 たとえこの三時間でお前がしたいことを見つけられなくとも、この三時間があったからこそ、お前はいつか、したいことを見つけ、したいようにあれるんだ」
「いつ、か」
「そう。いつか、だ。第一考えても見ろ。
 俺をぶん殴ってお前たちに説教したあのストレイボウは、十年どころか数百年も悩んだ末にようやく今、したいことを見つけれたんだぞ?
 それを三時間で成し遂げろだなんて無理難題もいいところだろうが。
 お前にも分かってるんだろ? 分かってるから苦しんでるんだろ?」
 あいつが俺たちに望んだ“したいようにあってほしい”というのは、ジョウイやオディオと戦うために、したいことを決めろということじゃない」

そうだ、あいつが、ストレイボウが、僕たちに望んだのは、“今”だけの話じゃない。
これから先の、ずっと、ずっとの話なんだ。
なら、したいことを考えるというのも、今だけのことじゃなくて。
これからも、何度も何度も考えては決め、考えては決めることで。
決めたはずのしたいことにさえも縛られるなということで。
だったら、あの言葉の意味は、あいつの、真意は――

「俺たちがこれからを、この先を生きていくいつかを目指して。“したいことを探し続けよう”。
 そういうことなんだって俺は受け取ったよ」

したいことを、探し、続け、る……?

「なあ、イスラ。お前はあの亡将との戦いで“生きたいとは、まだ思えない”などと言ってはいたが。
 “生きたいと思いたい”そうは願ってるんだろうさ。でなければそんなにも焦りはしまい。
 俺やストレイボウの言葉にも無関心で無反応でただそこにいるだけの存在だったろうさ」

迂闊にも見せてしまった僕の呆けた表情がそんなにも面白かったのか。
カエルは僕にふっと笑いかけて、

「お前は抜け殻じゃない。――ここまでだ。俺がとれる責任は、な」

そう話を締めくくった。
これで話は終わり。
もう話すことはないとばかりにカエルは僕に背を向ける。
僕は思わず、そいつを払いのけたばかりの腕を、今度はそいつに伸ばしていた。

729Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:04:16 ID:lq/5fCmY0
「おい、どこ行くんだよ。お前はどうするんだよ」
「さて、な。譲れない終わりだけが俺の宝石だと思っていたが、熱さを返そうとした当の友に、もう一度よく考えろと言われてしまったんでな。
 闇の勇者になってやると人様の夢まで継いじまったんだ。
 それこそ酒でも探して飲みながら、今一度ゆっくりと思いを馳せてみるとするさ」

冗談かそうじゃないのか判断しにくい言葉を残して、僕の腕をひらりとかわしたカエルは、そのまま遠ざかっていく。

「じゃあな、適格者。お前が嫌でも、時間が来ればまた会おう」
「おい、待てよ!」

その背中を、僕は今度は、自分の意志で引き止めていた。
こいつが襲撃してきたから僕はヘクトルを助けに行けなくて。
こいつが僕を庇ったから僕は死に損なって。
こいつがマリアベルを殺したからよりにもよってアナスタシアなんかに命を握られて。
こいつに関わると散々な目にあってばかりだけど。
それでも一つ、一つだけ。

こいつにしたいことがあったから。
伝えないといけない言葉があったのだと、今、思い出したから。

「カエル! 僕は確かに終わらせた! 全部じゃない! けど、大切な終わりを得た!
 お前があの時、余計なことをしやがったからだ! それだけだ、それだけだからな!」

730Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:04:50 ID:lq/5fCmY0

      振り返りもせずに隻腕を掲げ
ひらひらと手を振って
カエルは僕の前からいなくなった。
でもあいつとは、また会うことになるんだ。
また、か。
終わらせたはずの“いつか”。
振り払ったはずの“いつか”。
そんないつかも、あいつらが言うように
したいことを探し続けたなら。
僕はまた、新しくも懐かしい“いつか”へと
辿り着くことができるのかな?

            ▽

731Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:05:20 ID:lq/5fCmY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『覚悟の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:俺自身のしたいことも考えないとな
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中 
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

732Talk with Knight  ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 18:07:25 ID:lq/5fCmY0
投下終了です
冒頭と結文にて、夜会話風に改行がおかしなことになってしまい申し訳ありません
夜会話風にスペースをいじっていたのですが、どうも上手く反映してもらえなかったようです
WIKIでは修正した上で収録出来れば幸いですが、無理なら普通の文体で収録します

733SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 18:44:10 ID:c4wb8hmQ0
執筆投下お疲れさまでした!
イスラ、立ち止まらないでいられてよかったなー。不安定さが抜け切ってないし、失ったものを一番気にしそうなこいつがどうなるか気になってたが、本当によかったわ
カエルの語りと、それに対するイスラの反応が巧妙で読んでて心地よかったし、なんかカエルがすごく大人に見えたわ。実際大人なんだけど、情けない過去を省みて、それを認めて伝えられるっていうのは、大人の魅力だなと感じたぜ
“したいこと”がまだ見つかってなくても、探し続ける過程はきっと、価値があるんだよな。立ち止まっても、俯いてしまっても、きっと明日を迎えられるような気にさせてくれる、素敵なお話でした

734SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 19:10:28 ID:hQYlf7Q20
執筆に投下、お疲れ様でした!
中央寄せ? なテキストからの「わあああ、夜会話! 夜会話だよぉ!」余裕でした……。
『サモンナイト3』にはこの企画をとおして初めて触ったのだけど、各話の戦闘が終わった後の
モノローグを眺めたり、夜会話したりの時間で心和む感覚も気に入ったんだよなー。

そして、各所で見てきたけれど◆iD氏、イスラがホントに巧い。
>多分、きっと、割りと、結構……好きだったよ。
こうやって、言葉で回り道して、ある意味では自分の本心さえ偽っていくところも、
それでも最後に、このままではイヤだと思えて相手に相対するところもたまらない。
氏や他の方から彼の魅力を教えてもらって、それが実プレイの追い風にもなったものです。
カエルもなあ、ゲームをやってて一番最初に「こいつカッコいいな、好きだなあ」と思ったヤツなんだけど、
よくよく考えてみればマジに不器用でダメで、食べ物なんか丸呑みに出来るカエルのくせに事実を
納得して飲み下すのには時間がかかってたヤツなんだよな……w
「うわぁ……」って反応に納得しちゃったくらいだったけど、けど、それでも「自分はいつか終わるだろうけど、
それは今じゃないしここでもないし、自分を終わらせる相手はお前でもない」みたいな思いにだけはまだ
正直でいられる二人にきっと無駄なものはない。
無駄なコトをやってたのかもなと笑ったり、あとで引いたりすることはあるかもしれなくても、酒と同じように
懊悩も足踏みも苦いと笑えりゃ上出来だと思う。
こういうことが出来そうだから、きっとカエルが好きで、こいつの話にそういう反応を返せるからイスラに
興味を抱くことが出来たんだろうなと、すっと水の沁みこむように思える話でした。
そんな話に触れられたことが、すごく嬉しくて楽しかった! GJっした!

735SAVEDATA No.774:2013/05/21(火) 19:14:59 ID:hQYlf7Q20
>>732
Wikiで調整したいのは、夜会話時の画面の表現(モノローグが真ん中寄せ)ですよね?
一応、真ん中寄せのタグは@Wikiにも存在してます。

#center(){ (本文) }

これで、なんとかなると思います。
本文の部分は改行なしでこのタグのなかに入れてやって、「&br()」という改行タグを
挟み込む感じになります(そうしないと、改行が反映されないはずなので)。

#center(){こうして、僕にはただ&br()時間だけが残された。&br()命も、道具も、全てアナスタシアに握られて…… }

こんな感じになるかな、と。
どうしてもひと手間かかる編集になってしまうので、時間がないよーって場合は
SS本文さえ収録してくだされば、こっちでいじっちゃうことも可能ですのでお気軽にどうぞ。

736 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/21(火) 19:25:40 ID:lq/5fCmY0
>>735
まさにそのとおりです!>モノローグ〜
便利なタグを教えていただきありがとうございます。
時間はあるので自分でちまちまいじってみて、もしも無理ならその時は、お力をお借りします!

737SAVEDATA No.774:2013/05/22(水) 00:32:35 ID:nvxp2Pjg0
おお、来てみたら2本も投下来てた! 投下乙です!!

>天空の下で 
青空の下のストレイボウとピサロの邂逅。なんか涼やかでいいなあ。
前から思ってはいたが、ストレイボウがもはや悟りの境地に達している……!
雨夜のときはあんなひどい出会いだったのにw
ピサロともども勇者ひいては魔王についての考えも出てきたみたいだし、
オルステッドへの対面が楽しみになってくるぜ

>騎士会話
今度はカエルが悟りの境地に達してた! この元マーダーダメすぎますね(過去が)。
お互い、終わったはずなのに終わってない同士の会話がさわやかに熱い。
決めないこともまた決断ってのは、実にらしいと思います。
イスラもまだ道は続いているし、決断していないカエルもどうなるのか。続きが楽しみです!

あと、1点気になったのですが、カエルは現在ズタボロで覆面の状態ではなかったでしょうか。
文章的に、カエルの顔が見えたという風にとれたので。間違っていたらすいません。

738SAVEDATA No.774:2013/05/22(水) 01:54:58 ID:bf1lttzs0
>>737
指摘感謝です
いえ、当方、指摘されるまですっかり忘れていました
ズタボロ覆面蛙もそれはそれで不気味だったりしますのでw
その方向でイスラの悪態を修正させて頂きます

739 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/22(水) 01:56:04 ID:bf1lttzs0
と、失礼
トリ出し忘れていました

740 ◆MobiusZmZg:2013/05/24(金) 12:53:35 ID:QkI15buI0
>>739
修正と前後して申し訳ありません。
Wiki関連では収録済みの作品を改変するといった問題があったので、こちらもトリつきで失礼します。

『Talk with Knight』について、Wikiへの収録を行なってみました。
普段の収録に加えて夜会話のパートと、それに続くシステムメッセージの部分をどう表現するかと
考えつつ区切り線であるとか……真ん中寄せの文章が多くなると、ちょっと行間の詰まり具合が
目立ってしまうので、独断でですが試験的に改行を加えさせてもらってます。
ただ、◆iD氏の見せたかったレイアウトや段落の分け方等は氏にしか解らない以上、これは差し出た真似です。
しかし編集し直すことは容易ですので、気軽に「もっとこうならない?」ですとか、あるいはご自身での修正をいただければ幸いです。
それと、修正が必要な箇所については通常の形式のままなはずなので、楽に修正は出来ると思います。
レイアウトについて考えていたあまり、ここが前後してしまったことは本当に申し訳ないです……。

741SAVEDATA No.774:2013/05/24(金) 13:28:45 ID:6r1zZBrI0
失礼します、専ブラを使用している場合に限りますがある程度、
◆iD氏の見せたかったレイアウトや段落の分け方 の参考になる方法があるので書き込ませていただきます。
今回の改行が上手くいかなかったのは半角スペースが続くとそれを省略する掲示板の仕様が原因です。
安価越しにチェックすればどのように見せたかったのかの判断材料にはなるかと思います。
長文失礼しました。

>>719>>720>>730

742SAVEDATA No.774:2013/05/24(金) 14:02:49 ID:QkI15buI0
>>741
お手数をおかけして申し訳ございません。
半角スペースなどの使用によるずれについては、すでに自分の知識としてあります。
その上で、……説明しづらいですがシステムメッセージの部分をどう埋もれないようにするか、
行間が詰まって見づらくならないよう、どう整えようかと考えていたという次第でした。
そちら以上の長文を繰っていながら、それを伝えられなかったことをお詫びします。
とりあえず、改行については詰めても見られるレベルだったので直しています。ご迷惑をおかけしました。

743 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/24(金) 20:58:35 ID:N5te/xhw0
失礼します、◆iDqです
>>741の方、ご解説ありがとうございました
なるほど、そういう仕様だったのですね
長く使わせてもらっていましたが、今の今まで知りませんでした
お恥ずかしい限りです
氏の言うように、投下時の序文・結文は半角スペースの空白にて微調整をしまくっていました

また、WIKIに御収録いただきありがとうございます
こちらが投下から収録まで間を開けてしまったため、お手数おかけさせてしまい申し訳ありません
ただ、今回は、自前にあった>>735の方の申し出を私は断らせてもらっております
状況的には恐らく>>735の方=◆Mob氏と思われますが
ですので、まずは言ったように私に任せていただくか、或いは、事後報告ではなく、事前に編集してもいいか、お聞きいただければ幸いでした
真ん中寄せに関しては、投下時にこちらから助けを乞うた形なので問題なかったのですが
追加分の区切り線に関しては大丈夫なのですが、一部、意図していた再現とは誤った形に改変されていたため、修正させて頂きました

私不在で話が進んでいたため、先にこちらの方を直させて頂きました
カエルの覆面に関しての修正が後回しになってしまい、これからなことを謝罪させて頂きます
それでは

744 ◆iDqvc5TpTI:2013/05/24(金) 21:28:08 ID:N5te/xhw0
引き続きご報告します
カエルの覆面忘れの件についての修正が完了しました
大筋は変わりませんが、ところどころ、カエルの素顔が見えていること前提だった描写が変更されております
気になる方はご確認ください

745 ◆MobiusZmZg:2013/05/25(土) 06:08:14 ID:/.uitbnw0
ああ、トリップとまでも抜けてましたね……。
すみません、本当にそれしか言いようがありません。
書き手ならば作品をいじられて良い思いが出来るはずもないのに、事前にひと声
かけることも出来なかった自分が無能でした。本当に申し訳ありませんでした。

746 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:10:28 ID:rx0fW4yg0
投下します。

747聖女のグルメ 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:11:00 ID:rx0fW4yg0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


干し肉(固い)
パン(丸い)
ほしにく(量多め)
麺麭(ごつくて拳みたい)
☆肉(別にハイパーではない)
ブレッド(ジャムくらい寄越せ)
燻製肉(保存は利きそう)
水(炭酸ではない)
干しにく(投げたら誰か仲間にならないだろうか)
バケット(一応麦っぽい)
ぱん(武器に使えそう)
水(味はしない)
ほし肉(そもそもこれは豚なのだろうか、牛なのだろうか……)
ウォーター(魔法で精製したというオチはなかろうか)
くんせいにく(考え出すと、この燻製、何の植物でやったのだ……?)
アクア(そうか……すべては……そういうことだったのか……)
小麦粉でつくられ通常はイースト菌でふくらまされそれから焼かれる食物(ならばすべてはおそすぎる……)
数日間塩につけた後一晩水につけて塩抜きをしてから水を拭きひもで縛って吊るし、
金属の缶に包んだうえで底部に乾燥した木片を撒いて燃やし噴煙を浴びせた肉
(宇宙の全てが…うん、わかってきたぞ……そうか、空間と時間と俺との関係はすごく簡単―――――


「うわあ なんだか凄いことになっちゃったわ」

目の前に燦然と輝くその光景に、アナスタシアはそう感嘆せざるを得なかった。
肉、肉、肉。パン、パン、パン。肉パン、パン肉、にくにーく。
そんなものが眼前に広がっているのだ。彼女がそう漏らすのも無理は無かった。
「うーん、パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     パンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンとパンと
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と
     干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉と干肉がダブっちゃったか」
胡坐をかいて腕組みをしながら、アナスタシアは唸る。
落ち着いて考えてみれば、何の不可思議もないのだ。
ここに集まった6人、そして先の戦いで命を落とした者達、そして彼らが歩んだ道程で
手に入れたデイバック、かき集めて18人分。
そして1人のデイバックには成人男性相当で2日分の糧秣が入っており、
実質あの夜雨以降、まともに食事をとる余裕は誰にもなかった。
平均して、どのデイバックにも後1日3食分の糧秣は残っていた。
このパンと干し肉の海はできるのか。できる。できるのだ。
18人の3食分を全部同時にぶちまけるという狂気を容認するという条件下において。

748聖女のグルメ 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:11:42 ID:rx0fW4yg0
(あせるんじゃないわよ)
瞼を絞りながら、眼前の肉林を睨み付ける。
3食分ほど出して、パンと肉が連続した時点で、その無音の警告を感じるべきであった。
あのオディオが、人の食事に頓着するわけもないのだ。
その次は別の食物がでるだろうなどと、甘い考えを抱いたのが失着だったのだ。
全員に支給されたのはパンと干し肉と水のみ。
その考えに辿り着かず、行きつくところまで行った結果が、この肉林である。
(わたしは血が足りないだけなんだから)
自省しながらもその思考はやはりいろいろ足りていないのか、
するりと右手がパンを掴み、左手の指がつまんで千切り、口の中へパンを入れていく。
(ただおなかが減って死にそうなだけなんだから)
脳内でモノローグを終えるときには、既に3つのパンが眼前から消えていた。
「なにこのパン。グレた田舎小僧みたいな硬さ。こっちの干し肉は……おばあちゃん。うん、おばあちゃん」
ふうわりとは程遠い食感は、保存性以外の全ての美徳を投げ捨てていて、
表面に塩と固まった脂を浮かせた肉は、水気の欠片もない。
そんな、誰からも嫌われそうな食料であったが、アナスタシアの食するスピードは落ちなかった。
所作こそは貴人のそれを踏襲しているが、鬼気すら感ぜられるその食事は、優雅とは程遠い。
この世界には、彼女とパンと肉しかないのではないかとさえ思えるほど、唯一に閉じていた。

「よお」
その閉じたテーブルの対面に、1人の男が座る。
引いた椅子で床を鳴らすような無神経に、アナスタシアは僅かにパンを運ぶ手を止めて前を見た。
対面に胡坐をかいて座るは、天を衝くが如き怒髪の男アキラ。
その瞳には、いつもの真っ直ぐな気性には似合わぬ、僅かな陰りが感じられた。
「がつがつ、ぐぁつぐぁつ」
が、そんな所感などこの食事を妨げる理由にはならず、アナスタシアは再び肉とパンを喰らっていく。
思うに、この男は生き残りの中で今一番彼女と縁遠い。確かに2、3の語らいはしたが、
それこそ“状況が語らせた”ものに過ぎないのだ。
故に、アナスタシアは食事に没頭する。
少なくとも、目の前まで来て言葉に窮する男にかけてやる言葉など、彼女は持ち合わせていない。

実際、アキラの胸中はアナスタシアの見立てに近い。
アキラを羽虫か何かのように一瞥した後、アナスタシアはひたすら食事をしている。
まるでアキラのことを存在しないと思い込んでいそうなほど、その隔絶は明確だった。
その孤独の密度を前に、アキラの脳裏に影が過ぎる。幸運の怪物、蒼空の特異天。
あの悪夢が目の前の少女にダブったのは、気のせいだろうか。

(クソ、なんでこいつのところに来ちまったんだ)

749聖女のグルメ 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:12:20 ID:rx0fW4yg0
アキラは頭を掻きながら、ここまで自分を運んだ己の足を罵る。
だが、その罵倒が筋違いであることもアキラは承知していた。
そう、承知している。アキラは己がなぜここに出向いたかを承知している。
苦手に思う理由は山ほどある。
ユーリルの心を捕えていた茨の源泉である彼女に、好意を抱ける道理はない。
が、それを圧してでもアキラは彼女に言わなければならなかった。

(だけど、どう切り出すかな)
しかしいざ面を向かえば、苦手が顔を出す。
本題の中身が中身故、直球を投げるのも心苦しかった。
かといって好かぬ奴原と世間話をできるほど、腹芸が達者でもない。
(あー、もう、めんどくせえなあ)
そのため、ちらちらと飯を食うアナスタシアを横目にみることしかできぬアキラだった。
が、ふいに、アナスタシアを――アナスタシアの額に気づいた。

「あ、消えてら」
「――――ぶぁ(は)?」

アナスタシアがパンと肉を頬張ったまま間抜けな音をあげ、口からパンくずを溢す。
『なにを?』とか『なにが?』とか言うよりも、パンくずが地面に落ちるよりも早く。

「わたしの顔に落書きした屑野郎だァァァァァァァ!!!!!!!!」

鬼面の女が迷うことなく手近な石をブン投げてきた。
「危っ!? おいテメ、いきなり石投げる奴があるか!?」
慌てて投石を回避するアキラに、アナスタシアはさらに追撃を仕掛ける。
「だまらっしゃい! 善因には善果在るべし、悪因には悪果在るべしッ!!
 清きの柔肌に墨塗るような奴は焼いて砕いて轍になるべしッ!
 因果応報天罰覿面の道ォォォォォォ理ィッ、聖女<おとめ>の理此処に在りッ!!」
質量のある残像! 全身27ヶ所の関節を同時加速! 聖拳<ディバインフィスト>が火を噴くぜ!!
「いい加減にしやがれぇぇぇぇ!!!!!」
「痛っイイ!! お…折れるう〜〜〜〜!!!!!」
その幻想は、とっさにかけられたアームロックによってぶち殺されましたとさ。
まあ、全うなケンカもしたことのない小娘が近未来で生き抜いてきたアキラに素手ゴロで勝てるわけもなし。

「ど、どうかこの瞬間に言わせてほしい……『それ以上いけない』」
「お前が始めたんだろうがああああああああ!!!!」

ろくに力も込めていないアームロックを掛けながら、アキラは呆れた気分になった。
セッツァーと同等に見た自分が恥ずかしい。こんなバカなヤツに何を遠慮する必要があるのだ。
ただ、ただ謝らなければならないことを伝えるだけなのだから。

750聖女のグルメ 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:12:56 ID:rx0fW4yg0
「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというかミナデインしなきゃあダメなのよ」
「頼む、お前、もうホント黙ってくれ……」
干し肉を噛み千切りながら鼻を鳴らすアナスタシアに、アキラはぐったりと項垂れた。
「しっかし単調な味。ヘタクソなお遊戯みたい。バターかジャムかマヨネーズくらいないのかしら……
 あによ、不満そうに。悪かったっていったでしょうよ。お礼だってしてあげたでしょ?」
「それはアレか。あのヘタクソな味噌汁作るパントマイムのことか……ってンなことはいいんだよ!」
アナスタシアの応答を断つように、アキラは首を振った。
この女は泥沼だ。もがけばもがくほど、構えば構うほど引きずり込んでくる。
戯言に関しては全部無視するくらいが丁度いいのだ。
そうでなくては、この戯言に甘えて、永久に言えなくなりそうで。

「――――すまねえ」

咀嚼が途絶える。頭を下げたアキラのつむじが、アナスタシアからはくっきりと見えた。
「私が謝ることはあっても、貴方が私に謝ることなんてないと思うんだけど」
パンの切れ端で唇の脂を拭いながら、アナスタシアは距離を測るように言った。
その眼には退廃こそあれど、享楽はない。
「ちょこを、守れなかった」
絞り出されるように喉から吐き出されたのは、1人の少女の死。
その手に差し出されたのは、一枚の楽園。
夢に挑み、夢を歌い、そして夢を吸い尽くされた少女の成れの果て。

「助けられなかった。俺が、あいつを助けられなかった……!」
彼が頭を下げるべき話ではない。彼がどの程度疲弊していたかは言うまでもなく、
その中で彼は己が持てる者も、借りた力も全て使っている。
もうあれ以上に彼ができることなど、探す方が酷だ。
だが、それは彼にとって慰めにもならなかった。
あの時も、かの時も、そしてこの時も、彼だけが生き残った。生き残ってしまったのだ。
目の前の少女があの小さな子供を、どれだけ大事に思っていたかも知っている。
その上で今、目の前にあるものが全てなのだ。

アナスタシアはそっとカードを拾い、じっと見つめる。
怒っているのか、泣いているのか。濁った瞳は今一つ判別がつかない。
空いた手で手近な水筒を掴み、口の中のものをゆっくりと流し込む。
ぷは、と空いた水筒を煩雑に投げ捨て、言った。
「不思議なものね。もう少しクると思ってたんだけど」
2本の指で抓んだカードを揺らしながら、アナスタシアは嘆息した。
過程が抜け落ち、ただ結果のみ残された死は、アナスタシアに激情も落涙も齎さなかった。
あるいは、その現場を目撃すれば、せめて、放送の前にこの話をしている余裕があれば。
泣き叫び、狂い呻き、その死を受け入れなかっただろう。
時間とは残酷で、彼女の死はアナスタシアが否定も肯定もするまえに消化され<うけいれ>てしまった。

「ねえ、私の顔を見てくれない? 何も感じてないように見えて、実は涙を流してるとかそういうの、ある?」

751聖女のグルメ 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:13:31 ID:rx0fW4yg0
アキラが顔をあげた先には、アナスタシアの薄気味悪い笑みしかなかった。濁った瞳には涙の跡もない。
マリアベルが喪われようとした時に見せた、あの感情も拒絶をどこに置いてきたと聞きたくなるほどに。
「ない、か。これってひょっとして、どうでもよかったってことかしらね?」
「おい」
「ちょこちゃんには悪いことしたわね。わたしって、わたしが思ってる以上に薄情だわ」
「おい」
「ああ、まだ居たの。はいはい伝えてくれてサンキューね。用が済んだらオトモダチのとこに帰んなさい」
アナスタシアは速やかに会話を打ち切るべく、シッシと排斥を促す。
だが、アキラはその手首をつかみあげ、アナスタシアを強制的に立ち上らせる。
2人の視線が交差する。1つは退廃に濁り、もう1つは怒りに輝いていた。
「痛いんだけど。あなた、私に謝りに来たんじゃないの? 態度違わなくない?」
「……そのつもりだったがな、手前の腐り顔見たらその気も失せた」
確かに、アキラがここに来たのは、アナスタシアに謝るためだ。
ちょこがどれだけ、この女のことを信頼し、好意を抱き、共にありたいと願っていたか。
それを誰よりも知っているからこそ、それを叶えてやることのできなかった自分を許せず、
こうしてアナスタシアに頭を下げに来たのだ。
だがどうだ。目の前の女は、果たしてそれに値するのだろうか。
ちょこが抱いたイノリを受け止めるに値するほど、この女は良い女と言えるだろうか。
「手前はちょこに大した想いも持ってなかったかもしれないがな、
 あいつは最後まで、最後の最後まで、お前のことを想ってたんだよ!!」
アナスタシアを掴んだアキラの手が淡く輝く。ちょこをいやした時に掴んだ、
ちょこが抱くアナスタシアのイメージを、アナスタシアに送ろうとする。
「だから、分かれよ。ちょこがどれだけお前を想っていたのか、分かってやれよ!!」
「要らないわよ。そんな手垢のついたイメージなんて」
だが、突如バチリと力が奔り、アキラの手が弾き飛ばされる。
吹き飛ばされたアキラは一瞬驚愕し、そして再び怒りを浮かべた。
何のことはない。アナスタシアにイメージを注ぎ込もうとした瞬間、
接続された回路から、アナスタシアの思想が逆流したのだ。
アナスタシアの身体全てに染み渡り、詰め込まれた「生きたい」という唯一の想いが。

「聖剣貰う時に一回させてあげたからって、私が簡単に暴ける女だと思った?
 私の想いに干渉したかったら、ファルガイアを滅ぼす覚悟で来なさい」

せせら笑うアナスタシアに、アキラは怒りと苦渋を混ぜた表情を浮かべるしかなかった。
自分も満足な状態とはいえないが、それを差し引いてもここまで想いの密度が異なるとは。
私らしく生きたい。マリアベルに恥じないように生きたい。かっこいいお姉さんとして生きたい。
枝葉末端は異なれど、どの想いにも通ずるのは「生きたい」。アナスタシアを満たすのはその一念のみ。
アキラはやっと彼女がセッツァーに似ていると思った理由が、分かった気がした。
たった1つ懐いた感情――『欲望』ただそれだけで世界を捩じ伏せる。
『夢』と『欲望』。種類は異なれど、その在り方は紛れも無きあのセッツァーと同質だ。

752聖女のグルメ 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:14:40 ID:rx0fW4yg0
「手前は、それでいいってのか。生きたい、死にたくないってばかり言いやがって。
 守りたいものが無くなっちまったらそれで終わりか?
 ちょこのために、何かをしようって気にはならねえのかよ!!」
「少なくとも、今取り立てて思い浮かぶことは無いわね。貴方を砂にしても憂さも晴れるとは思えないし。
 それにね、『何がしたい』っての、今はそういうの考えたくないのよ。皆、ストレイボウに毒され過ぎよ」

まるで自分以外のものを蔑にするかのようなアナスタシアに吠えたが、
その返事として突然現れたストレイボウの名に、アキラは面食らう。
「したいことを決めたとしましょう。そのために生きようと思う。そこまではいいわ。
 その『したいこと』が強い想いであればあるほど、なるほど、その生は輝くわね。
 ……じゃあ、それが終わってしまったら? したいことをしてしまったら?」
意地悪く問いかけるアナスタシアの濁った瞳に、アキラはイスラを思い出した。
そして、その妖艶な笑みに、ユーリルの記憶の中で見たアナスタシアが重なった。
「『何かをするために生きる』ことは最後には『何かをするために死ねる』ことに至るのよ。
 だから、今は……いや、これからも本気で考えたくはないわね……
 何かをするために生きてるんじゃない。生きている私が何かをするの。私は、墓穴探して生きるわけじゃないのよ」
したいという願いは、いずれ人を死に誘う。純粋過ぎる生は、死と表裏一体なのだ。
故に誰よりも生を欲した欲界の女帝は生を濁す。輝かなければ、光は決して消えないと信じるように。

「不思議だな……ユーリルよりかは話が分かりそうなもんだが、あんたの方があいつよりクソに見える」
近くに並べられていたパンと肉を拾いあげ、アキラは怒りと共にそれを呑みこむ。
勇者と聖女。こうして2人の想いに触れたからこそ分かる。
アナスタシアとユーリルは置かれた立場は似ていても、その受け入れ方が真逆なのだ。
ユーリルは『自分は勇者だ』というところから始まり、
逆にアナスタシアは『私は英雄なんかじゃない』というところから始まっている。
そんな真逆なのに、アナスタシアがユーリルに同意を求めればどうなるかなど決まっている。
その答えがアナスタシアの思想に侵食されたあの茨の世界だったのだろう。
そう思えば、判別のつかない怒りがアキラに渦巻いてくる。
もし、あの時ユーリルに言った叫びをこの女に浴びせたところで、河童に水をかけるようなものだろう。
むしろ、好き勝手やった破綻者という点においては、アキラとして共感すべき点もある。
「死にたくねえから本気にならねえって言う奴よかは、あの雷<ヒカリ>の方がよっぽどマシだ」
だが、今のアキラには、アナスタシアの在り方は許容できないものだった。
勝手にしろと吐き捨てることが何故かできないほどに、アキラを苛立たせている。

753聖女のグルメ 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:15:12 ID:rx0fW4yg0
「それでいいのよ。貴方たちは貴方たちのために『したい』ことを探しなさいな。
 私は私が生きるために、目先の首輪を外すために全力を注ぐ。それでいいでしょ」
だが、そんな苛立ちすらアナスタシアには届かない。
問答はそれで終わりだと、聖剣を背にアナスタシアがどっかりと深く座る。
アキラもまた、それで終わりにすべきだとアナスタシアに背を向ける。
あの時、ちょこを戦いから引き離しておけば――そんな慙愧すら、あの女には勿体無い。
もはやアキラには、アナスタシアを気にする理由など、何一つあるはずも――

「あんたは、寂しくねーのかよ」

首だけで振り向いて、捨て台詞を吐く。
それは、アキラの言葉ではなかった。黒の夢を最後まで憐れんでいた一人の少女の切なる願いだった。
「一人で生きて、生きて……あんた、今、幸せか?」
ひとりじゃいやだと、あの子は最後まで言っていたのだ。
お前はどうなのだ。そんな子供と『けっこん』しようとしたお前は、それで幸せなのかと。

「そんなの決まってるでしょ」

そんなぶっきらぼうな問いに、ふう、と微かなため息をついて、彼女は微笑んだ。
退廃のままに、ただ、先ほどまでよりほんの少しだけ、熱を残して。

「幸せになりたいから、私は生きてるのよ」

754聖女のグルメ 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:15:45 ID:rx0fW4yg0
アナスタシアと別れて砂埃舞う荒野を歩きながら、アキラは思う。
イスラがアイツを嫌う理由がよく分かった。
アキラもアナスタシアとは、99%相容れないだろう。
分かり合えるとも思えないし、また、その気もない。
「それでも、寂しいって言えるなら、アンタはまだまともなんだろうよ」
だとしても、少なくとも、アイツはセッツァーとは違うのだ。
それだけは、アキラにとって喜ぶべきことだった。

「って、なんでンなことで安心してるんだ俺は……って、ああ、そうか」

不可思議な感情を辿り、アキラはその答えに辿り着く。
最後に見せたアナスタシアの眼が、ほんの少しだけ似ていたのだ。
水底に沈める前に眼帯を外したときに見た、あの彼女の瞳に。
機械仕掛けの英雄に遺された、唯一の人間に。


「あんたも、寂しかったのか――――なあ、アイシャ」


口にした名前と共に、アキラの脳裏にこれまでの道程が浮かび上がる。
ボロボロになって、能力を限界以上に使って、
そうやって歩いた道には、守れなかったものがあちこちに転がっていた。
一体、自分は何を成せたというのだろうか。
アキラのしたいことなど、最初から決まっている。『ヒーローになる』ことだ。
だが、『どうなっても大切なものを取りこぼさない者』が『ヒーロー』だというのならば、
果たして今の自分にそれを目指すことができるのだろうか。

「省みろ、か……」

ふいに、潮の匂いとともに僅かに冷たい北風がアキラの鼻を擽った。
北の大地をみつめながら、アキラは思う。
取りこぼしたもの、守れなかったもの、残ったもの、失くしたくないもの。
そして、それでも今ここに生きている自分。今こそ、それを見つめなければならないのかもしれない。
これからも、『ヒーロー』を目指すために。

755聖女のグルメ 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:17:40 ID:rx0fW4yg0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:大
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。


アキラの失せた荒野に、もぐもぐと咀嚼音だけが消えていく。
そこには道化めいた言葉も、作ったような表情もない。ただ無表情に滋養をかき集めている生き物がいた。
呻くような狼の鳴き声がする。紫の毛並を泳がせて彼女の横に侍ったのはルシエドだった。
セッツァーの幸運圏も収束し、実体化させられるほどにはアナスタシアも回復したらしい。
アナスタシアは何も言わず、ペットボトルの口を開いてルシエドの口元に流す。
ルシエドも何も言わず、それを舌で舐めていた。特段の意味は無い。ただの気分に近い。
「失望してる?」
主語も目的語も飛ばしたアナスタシアの問いは、今のくすんだ自分を嘲笑ったものだった。
明日を、未来を見つめない欲望は、ルシエドの好むところではない。
そう分かっていても、今のアナスタシアは――否、今のアナスタシアだからこそ、見つめたくは無かった。
「――私だってね。こんなしみったれた食事はごめんなのよ。
 もう少し、素敵なところで、おいしいランチを所望したいところ」
目を閉じて思う。例えば、美しい渓流の下で、水のせせらぎを聞きながら、
焼きたてのスコーンや卵のたっぷり入ったサンドイッチ、香ばしいアップルパイを食べたいものだ。
「でもその隣には、マリアベルも……あの子も、いないの」
それをみんなで一緒に食べられたら、どれだけ素晴らしいだろうか。何と輝く一枚の想い出になるだろうか。
だが、それはもう叶わない。彼女たちと共に歩む未来は、もう来ない。
あの子がいなくてもお腹は減るけど、あの子と一緒にご飯を食べることは、永遠にない。

756聖女のグルメ 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:18:20 ID:rx0fW4yg0
「アキラに言われなくたって、分かってるのよ。
 あの子が最後まで何を想っていたかなんて。きっと最後の最後まで、私を想ってくれた。
 そんな、あの子に、応えてあげたいと思う。何かしてあげたいと思う」

地面が、僅かに湿った気がした。水気にではなく、アナスタシアの懐く想いを吸収するかのように。
「でも、ダメなのよ……そう思ったら、どんどん、弱くなってくる。
 一人ぼっちで生きるくらいなら、って、思い始めてる……!!」
幸せになりたかった。今もなりたい。その欲望は今も高まり続けている。
ちょこを想えば想うほど、明日が色褪せていく。この先の人生に、共に寄り添ってくれると約束した少女はもういない。
強く明日を想えば想うほど、描かれる未来に欠けるものがくっきりと映ってしまう。
「マリアベルも、あの子も、そんなの望まない。だから私は生きたいって願うの」
ストレイボウのいう『したいこと』。
もしも、それを見つけてしまったら、私はきっとそれを叶えるだろう。
この欲望をその一点に集中させて、あらゆる障害を――オディオさえも――打ち砕いて叶えるだろう。
「したいことなんて、無いわ。理由をつけなきゃ生きられない人生なんて、それだけで不純よ。
 私は生きる。理由が無くても、未来に誰も待っていなくても、今に寄り添う人がいなくても」
そう想わないように、強く願う。
生きたい。生きたい。ただそれだけの想いを燃やし尽くす。
他は何も見ない。未来を想わない。したいことなんてない。死にたいなんて想わない。
例え、この青空の下に、あの小さな小さな光がもうないとしても、私は生きていく。
寄り添うと誓った良人として、ただ一人、バージンロードを歩いていく。

「きっと、それだけが、あの子に捧げられる返事なのよ」

ルシエドの毛並に己が身体を預け、アナスタシアは空を見上げた。
アナスタシアの感情に同調するように、空の感情にアナスタシアが同調するように、
澄んだ青空のはずの空が、くすんで見える。
きっとこの空が青空を取り戻すことはないだろう。
あの子のいない空はまるで夜のように暗くて、私はこれからそんな空の下を歩いていく。

少し、しんどい。


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血(補給中) 左肩に銃創 精神疲労:中
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きたいの。生きたいんだってば。どうなっても、あの子が、もういなくても。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後

757聖女のグルメ 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:19:05 ID:rx0fW4yg0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・魔界の剣@武器:剣
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※ヴォルテック、クイック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
・ブライオン@武器:剣
・44マグナム@武器:銃 ※残弾なし

【サモンナイト3】
・召喚石『天使ロティエル』@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
・召喚石『勇気の紋章<ジャスティーン>』@アクセサリ
・海水浴セット@貴重品
・拡声器@貴重品
・日記のようなもの@貴重品
・マリアベルの手記@貴重品
・バヨネット@武器:銃剣
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます
・双眼鏡@貴重品
・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
・デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中


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758 ◆wqJoVoH16Y:2013/06/09(日) 20:20:04 ID:rx0fW4yg0
投下終了です。

759SAVEDATA No.774:2013/06/09(日) 21:16:17 ID:OO45orFs0
投下乙です。
ゲッターにゴローちゃんにやりたい放題詰め込んだ序盤に吹いたwww
ああもう、いいなぁ。
ここまでの積み重ねのおかげで、見ていてフラストレーションの溜まるほどの
アナスタシアの平坦さ(not肉体的な意味、感情的な意味で)がすごくらしく思えたり
そこで溜まったものを吐き出してくれるアキラに読んでいて救われて、
あんな答えを出したアナスタシアにもどこか共感できて。
アキラがポロって漏らしたカノンを省みるところとか、しんどいって思いながらも生きるために生きようとしてるアナスタシアとか大好きだ。

何度もこれが答えだ、って言わんばかりに主張してくれるロワだけど、そのたびにそれに劣らない何かを返してくるのがすごい人間臭くて、生きてるみたいですごい好きだ。
全く感想まとまらないけどすっごい楽しかったです。

760SAVEDATA No.774:2013/06/09(日) 23:17:16 ID:Dc1J1k/w0
執筆、投下お疲れさまでした!

ああこれ、アナスタシアだわ
この乾いた感じは、紛れもなくアナスタシアだなって思えた
たいせつな人を亡くして生きるのは辛いって、そんなの嫌になるくらい分かってる
分からざるを得ないくらいの時を、アナスタシアは過ごしてきたんだし、焔の災厄でアナスタシアが戦えたのだって大切な人たちと一緒に生きたいからなんだものね
でもだからといって、それを全て受け入れて認めてしまったら生きていられなくなるんだよなあ。自分の中の欲望と自分らしさを見限ることになっちゃう
そりゃあしんどいよな。しんどいに決まってる。そうやってでも生きていこうとするアナスタシアからは、どうにもない人間くささが漂ってた
このRPGロワでアナスタシアに感じてたのって、まさにこの、泥くさいほどの人間臭さだったから、余計にらしさを感じられたわ
けどだからこそ、アキラには受け入れられないところも多いのだろうなって思う
アキラが悪いってわけじゃあもちろんない。ただ、アキラが望むことの在りかは、アナスタシアの立ち位置からは遥かに遠い
けどだからこそ、互いに受け取れるものがあればいいなって思う
アキラの言葉は優しくて、まっすぐだから

ほんと今の生存者って、主催も含めて不器用でバカな奴らばっかりで、だからこそ魅力的だって、改めて思えました

761 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:52:15 ID:EsIb4FfY0
ピサロ、イスラ投下します。

762No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:53:57 ID:EsIb4FfY0
生きている間は輝いて。

思い悩んだりは決してしないで。

人生はほんの束の間だから。

いつだって時間はあなたから奪っていくよ。

――――――――――――――――――――――――世界最古の歌より。


土を踏む音が断続的に響く。踏みしめられた砂粒同士が噛み合い、砕けて粉になる。
鉄の軋む音が不規則に鳴る。銃身の中の駆動部が小さく動作を刻む。
足の運びは直線を選ばず、常に左右への動きを織り交ぜる。
左の銃口を常に前方へ、半身気味の身体を射線で覆う。
銃口の指し示す本当の前方へ、稲妻の軌道を刻んで疾駆する。
それが、イスラが行っていることの全てだった。

夏を想起させるほどの青空から照りつく太陽は容赦なく、
銃をつがえる左手の小指の先から汗が滴となって大地に吸い込まれる。
熱を吸う黒仕立ての上着は既に脱ぎ置かれていて、その背中にも汗が珠のように浮かんでいた。
カエルが言うだけ言って去った後、一人残されたイスラは「したいこと」を考え続けた。
だがカエルが言ったように、イスラが思ったように、イスラが求めるものはそんな一朝一夕で思い浮かぶことではない。
考えれば考えるだけ矮小な自分が頭をよぎり、思考を閉ざしてしまう。
だから、と言うわけではないが、イスラの身体は自然と歩くことを始めた。
立ち止まっていても何かが得られるとも思えなかったからか、単に座りっぱなしで体の節が痛みを覚えたからか。
イスラは銃の馴らしがてらに、身体を動かそうと思ったのだ。

唯一の懸念は銃や剣はおろか、全ての所持品を牛耳ったアナスタシアであったが、
そんな葛藤は肉とパンに囲まれて狼を枕に寝ているアナスタシアを見てどうでもよくなった。
3時間とほざいた大言壮語はどうなったのか、と言いたくもなったが、
寝てもなおしっかりと握られていた工具を見て、イスラはその言葉を飲み込む。
好き好んで会話を出来る相手ではないと経験しているイスラは、
寝ているのならば好都合と、集まった装備のいくつかと僅かな飲料水を見繕いその場を後にした。

763No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:54:52 ID:EsIb4FfY0
(僕の、したいこと……)
そうして元の場所に戻り、イスラはひたすらに銃を握って身体を動かしていた。
無論、専門の銃兵としての教育を受けていないイスラだ。今更銃撃戦をマスターしようなどとは露とも思っていない。
大ざっぱに狙って、なんとか引き金を引いて、かろうじて撃つ。その程度しかできないだろう。
だから、これはあくまでも訓練ではなく運動。気分転換に過ぎない。
強いて言うならば、馴らし。銃を握り続け、己が手――『ARM』に馴染ませる。
スレイハイムの英雄の教えを、少しでも身体に染み入らせるように。
銃口を向けた先、その先にあるものに少しでも手を伸ばすために。
一歩でも前に進めば、きっといつかにたどり着けると信じて。

――――貴方が、全てを失ってなお幾許かの想いを残すのであれば……“戦場を用意しよう”。

不意に、銃口の向く先が震える。
手を伸ばした先に見えるのは、影の如き黒外套。
己の行く先に立ち尽くすその影をみて、イスラは歯を軋らせた。
銃を下げ、続くステップを大きく踏む。前に倒れてしまいそうなほどの前傾姿勢から浮かび上がるのは、右手の剣。
自信の前方からみて己が半身にすっぽり隠れるようにしていた魔界の剣を現し、一気に踏み込む。
銃撃からの疾走でその影の懐に入り込む。後はその刃で、この手に立ちふさがるモノをこの手で。

――――違うよ、君は僕のことがきらいだろうけど。

死神の如き不吉をたたえた棍が、魔界の剣を弾き飛ばす。
見透かすように、敵足り得ぬというかのように、影はイスラの右手から刃を落とす。
そして影が煌めき、影の中から無数のツルギの影が浮かび上がる。
その全てがイスラが本来持っていたはずの、適格者であったはずの紅の暴君の形を取って。
無慈悲に、平等に――――

――――僕は君のことが嫌いじゃない、それだけだ。

顎を伝った汗が数滴、地面へ落ちる。
イスラの身体はおろか周囲含め何一つ異変など無く、変わらぬ太陽の熱光だけが降り注いでいた。
砂を削るような小さな音がして、イスラはそちらに目を向ける。
乾いた大地の上に、魔界の剣が突き刺さっていた。
じっと手をみる。確かめた右手には、びっしょりと汗が吹き出ていた。

764No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:55:57 ID:EsIb4FfY0
「首を取り損ねたか?」
突然の来訪者にイスラは反射的に右手をかくし、来訪者をみた。
くすんだ銀の髪を風に靡かせたのは、元魔族の王、ピサロ。
「いきなり話しかけて、その上何を言い出すんだい。
 こんな誰もいない所で、首もへちまもないだろ。ただの運動、肩慣らしさ」
首をすくめておどけ、イスラは剣を引き抜こうとする。
「想定は、ジョウイとやらか」
だが世間話のように放たれた言葉が、イスラの身体を縫い止めた。
「参考までに。どうしてそう思った?」
「歩法。左右に身体を振っていたのは、前方からの攻撃に的を絞らせぬためだ。
 銃は牽制……いや、進路の確保だろう。“遠距離射撃を切り抜けて一撃を叩き込む”。
 そんな汎用性のない攻撃を反復しているのだ。具体的な相手を想定していると考えたくもなるだろう」
余裕さえ感じ取れるほどに落ち着いた瞳に、イスラは言いようもない不快感を覚えた。
それはあの雨の中で無様に取り乱したピサロを見ていたが故か、
そこから這い上がったらしいピサロへの嫉妬か、
あるいは、こうして自分の前にのうのうと姿を晒すことへの憤りだったか。
だが、やはりなによりも、己の中の無意識を言葉にされてしまったことに不快を覚えた。
「そうかもね。ここから先、戦うとしてもジョウイかオディオのどちらかだけだ。
 戦い方の分からないオディオじゃなくて、
 戦い方の見えているジョウイに合わせた攻撃を、知らずに反復していたのかもしれないね」
とにかく会話を打ち切りたくて、イスラは形だけの同意を示す。
「どんな卑怯な手を使ってか抜剣覚醒はしたみたいだけど、
 ジョウイの攻撃の主力はやっぱりあのダークブリンガーみたいな黒い刃の召喚術だ。
 棒や剣による攻撃もしてたけど、姉さんみたいな一流にはほど遠い。
 あいつの主戦場は遠距離戦だ。懐に飛び込めさえすれば、それで行ける」
あふれ出す言葉が上滑りしていた。口が勝手に動く。ピサロを、そして自分自身を煙に巻くように言葉を綴る。
「真紅の鼓動も使ってたし、召喚獣や亡霊兵もいる。ちまちま遠距離で差し合ってたら埒があかない。
 近距離で、重い一撃を叩き込む。あいつ相手に必要なのはそれだけだよ」

そこまで喋って、ピサロが笑っていることに気づいた。
お世辞にも好意的ではない、嘲りすら混じった笑みだった。
「……何かいいたそうだね?」
「いや……なるほどな。それで、銃と足捌きであの奇怪な刃を抜けて、
 一刀両断を狙う動きだった……の、割には最後が締まらないな」
不機嫌を露わにするイスラに、ピサロは構うことなく感想を言い放つ。
やっぱり、とイスラは苦虫を噛み潰した。どうやら運動を始めて相当早い段階で見ていたらしい。
そう、イスラは最後の斬撃を失敗した。先の1回だけではない。
何度も何度も、最後の一足跳びからの攻撃だけが、必ず仕損じるのだ。
「一足一動……ってね。どんな戦いでも、相手の動きに先んじてのそれ以上の動きって、できないもんなんだよ」
戦闘とは常に流動的であり、常に一所に留まらず変化していくものであるが、
それを極限まで突き詰めると『1回の移動と1回の行動』に分解される。
全く同条件で2人が相対し戦闘した場合、一人の人間が移動と行動を1回行えば、相手とて必ず動くし、その逆もしかり。
ならばたとえどれほどの乱戦であろうとも『移動と行動』その繰り返しに分解できる、という考え方である。
「でも、ジョウイを一撃で倒そうとするなら、あの刃を抜けてもう一撃を叩き込まなきゃいけない」
そういってイスラは沈黙した。ジョウイの黒き刃を抜けるために『行動』し、
その空いた道を『移動』して近づくまではイメージできる。
だが、そこからジョウイが動く前にもう一度『攻撃』できるイメージが見えないのだ。
全力で凌いで全力で進む。その後全力で攻撃するまでにどうしても一拍が生ずる。
その一拍を見据えて、ジョウイは容赦なく狙ってくるだろう。
イスラは、血を出すほどに歯を軋らせた。
姉のような武功者であっても、足を殺して二撃。茨の君のような暗殺者であっても、手を殺して二足。
話に聞くルカのような規格外ならば話も別だろうが、イスラにはその才はない。
最後の一撃。その差が、今のイスラとジョウイを隔てる絶対的な差のように見えてならなかったのだ。

765No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:56:30 ID:EsIb4FfY0
「ククク……成程な」
くぐもったピサロの笑いがイスラの思考を寸断する。
そういえば、こいつは一体何のために来たのか。真逆カエルと同じように僕に何か説教でもするつもりだったのか。
「なあ、結局あんた――」
なにをしに来たんだ、と言おうとしたはずの言葉は、撃鉄の音に遮られる。
イスラが向き直った先には、バヨネットの無機質な砲口が闇を湛えていた。
「……何の真似だい?」
「興が乗った。つき合ってやろうか」
イスラに銃口を向けたまま、ピサロは余裕を崩さず答えた。
「何をしにきた、と言ったな。貴様と同じだよ。私の魔力が全快するには時間がかかりすぎる。
 ならば、この玩具を馴らしておくに越したことはないのでな」
銃身に魔力の光が満たされる。それは弱いものであったが、紛れもない実のある魔力だった。
「ふざけるなよ。あんた何を考えて――」
熱線がイスラの横を通り過ぎる。初級魔法一発分の魔力であったが、集束した魔力は地面に黒い軌跡を描く。
「その無駄な煩悶を終わらせてやろうというのだ。手を抜いた私の攻撃を抜けられないようではあの小僧に届きもせんだろう」
「手加減って……当たったら無事じゃ済まないだろ。こんなことをやっている場合じゃ――」
「“ゼーバー、ゼーバー、ゼーバー”――――早填・魔導ミサイル」
イスラの言葉を掻き消すかのように、バヨネットに込められた無属性の魔力が発射される。
砲身に充密するよりも早く引鉄を引かれた魔弾はレーザーのような密度は無いものの、
その数の暴威を以て弾幕を成し、イスラ目掛けて着弾する。

「――こんなことをやっている場合ではない、と来たか。
 まさか私を『仲間』か何かだとでも思っているのか。他ならぬお前が?」
巻き上げられた噴煙の向こうに、ピサロは呆れた調子で吐き捨てる。
そこには『仲間』を案ずるような気配は微塵もない。
「端的に言って失笑だぞ。そも私が出向いた時点で時間切れなのだ。
 その上、この“私を目の前にして『こんなことをしている場合ではない』という”――それ自体が無能の証左と知れ」
告げられる言葉は明確な侮蔑。だが、独りごとではなく、明確な受信者を想定された音調だった。
「……どういう意味だ。なんでお前が僕に用がある」
砂煙が晴れた先にあったのは、紫がかった透明の結界。
結界の中のイスラの傍らに侍った、霊界サプレスの上級天使ロティエルのスペルバリアである。
「“私がお前に用があるのではない”。“お前が私に用が無いのか”と聞いている。
 それとも分かった上で言っているのか。だとすれば無能ではなかったな――ただの糞だ」
散弾ではなく収束させたブリザービームの一閃が、魔弾で摩耗した聖盾を貫通する。
凍てつく波動を使わずに力技で破砕したあたりに、感情がにじんでいる。
「何故座っている。何もすることが無いというのか――――“この私が目の前にいるのに”?」
砕け散る障壁の中で、イスラはピサロの目と銃口を見つめた。
「ちらちらと、私を睨んでいたこと、気づかないとでも思ったのか。
 半端な敵意などちらつかせるな。うっとおしい」
その眼だと、ピサロは侮蔑する。
言いたいことがあると口ほどに言っているにも関わらず、それを形にしない。
心の中でその感情を弄び、愛撫し続けている有様を。
「待ってどうする。運命がお前のために出向いてくれるとでも?
 全てに綺麗な“かた”が付けられる奇跡的な瞬間が最後にやって来るとでも思っているのか?」
いつかを待って蹲る人間に対し、ピサロは再び魔砲を充填し始める。
ここではない、ここではない、俺が全力を出す場所はここじゃない。
いつか、いつかこの想いを解き放つに相応しいときがくるはずだから。
「“来んよ”。お膳立てなど無い。在るのは袋小路だけだ。その時お前はどうする?
 追いつめられて、どうにもならなくなって、全てを失って、そこから泣いて喚いて切り札を抜くのか?」
そんな泣き言をのたまう誰かを打ち砕くように、ピサロは黒い雷の一撃を放った。

766No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:58:20 ID:EsIb4FfY0
「あの哀れな男のように」

一閃は雷の速さでイスラを穿たんと迫る。
しかしその間際、寸毫の狭間でイスラは一撃を躱し、ピサロに迫りかかった。
「ヘクトルのコトかあああああああああァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」
一瞬で揮発した感情を爆ぜさせながらその軽足を以てイスラはピサロへ接近する。
地中深くで死骸を熟成させてできた油を、地層の中で直に点火させたような爆発だ。
限界の速度で駆動するイスラにあるのは、自分の心臓の奥底を無遠慮に弄られたような嫌悪だった。
見せないように、お前のために我慢していたものを、どうしてお前が開きに来る――!
「ああ、やはりか。どこかで見た眼だと思った――そういえば、あの男もこうやって死んだのであったな」
イスラの怒りも柳というかのように、クレストグラフを2枚重ねて、大嵐を巻き起こす。
放たれた真空の刃がイスラを、否、イスラの四方全て纏めて切り刻む。
イスラは嵐を前に、回避を選ばざるを得ない。横に飛んで避けるが、衣服と皮膚に傷が走る。
怒り狂った獣の爪の届かぬ位置から、肉を少しずつ殺ぐように刻んでいく。既に一度行った作業を反復だった。
「あれは愚かだったよ。大望を抱き、それに届き得る才気の片鱗を持ちながら二の足を踏んで機を逸した。
 守りたいと奪わせないと、失った後で泣き叫ぶ――――実に、良い道化だった」
「お前が、ヘクトルを語るなアアァァァァ!!!!」
近づけないならと、イスラは銃を構えその手<ARM>を伸ばす。
その喧しい口を閉じろと、フォースを弾丸に変えてピサロの口を狙う。
「ハッ、貶されて癇癪か。“わかるぞ”。自分のたいせつなものを馬鹿にされるのは悔しいものだ」
だが、ピサロのもう一つ“口”が返事とばかりに、砲撃でイスラの想いを呑みこんでしまう、

「お前に、お前に僕の何が分かる!」
「お前が取るに足らない人間ということくらい、分かるさ。
 “そんなお前をあの男は随分と買っていたようだ”が、愚か者の隻眼には石塊も宝石に見えるらしい」
吐き捨てられた言葉が、イスラの中で津波のような波紋を立たせる。
イスラからヘクトルを奪いながら、まだ飽き足らずにヘクトルを貶めている。
ごちゃ混ぜになる感情の奔流が、強引に銃身へと圧縮されていく。
「うるさい……うるさいよお前……!」
(お前が語るな。お前が歌うな。あの人の終わりを穢すな)
別に近づく必要などない。
ピサロのやかましい銃“口”を塞ぐには、より大きな“音”で掻き消せばいい。
この言葉にならぬ原初の感情を、一撃にたたき込む。
この矜持を、あの終わりを得た自分の感情を込めて。

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「遠吠えなぞ煩いだけだ。仮にもヒトなら言葉を使え」

767No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 21:59:30 ID:EsIb4FfY0
だが獣の鳴き声など伝わらないとばかりに、
絶対防御<インビシブル>がバーストショットを無効化する。
不完全な勇気の紋章と石像から完成された愛の奇蹟の差故か、あるいは“もっと根源的な理由”からか、
イスラの感情はピサロに届かない。
「お前のような獣には心得があってな。自分の柔らかい所を触られると直ぐに熱くなる。
 そして、簡単に意識がそこに集まって――――他に何も見えなくなる」
何のことだ、と疑問を抱くより早くイスラの背後でイオナズンの爆発が生じ、イスラは前方に大きく吹き飛ばされる。
魔導ではない、純粋な『魔法』。
ピサロの銃口に気をとられていたイスラには、後方からも攻撃が来る可能性を抱く余地が無かった。
「受動的なのだよ。起こること、触れる全てにその時々の想いを重ねて動いてきたのだろう。
 だから状況に刺激されて反応が遅れ、掌で踊らされるのだ。どこぞの間抜けのようにな」
爆発と同時に取り落としたドーリーショットを拾いに立ち上がるより先に、ピサロの方向がイスラに向けられる。
イスラは俯せのままピサロを睨みあげる。
今のピサロには、獣狩り程度の感覚しかないのが見て取れた。
受動的。その言葉に、イスラの中で苦みが生ずる。
確かにここまでの自身の行動において、主体的に動けた事例は数少ない。
あの雨の中の戦い、ゴゴの暴走、ヘクトルの死。
起きた事態に対して、もがいてきた。胸に抱く想いに真剣に足掻いてきた。一切の疑いなくそう言い切れる。
だが、その事態の発生に関われなかったイスラは常に受け身の立場を強いられてきた。
荒れ狂う激流の中で生き足掻くこの身も、川面から見れば波打つ流れに木の葉が翻弄されているようにも見えただろう。
忘れられた島の戦いに於いて、帝国軍・無色の派閥・島の住人の三者を手玉に取ってきたイスラの現状としてはあまりに滑稽だ。
「“それがどうしたっていうんだよ”……!!」
だからどうした、とイスラは拒絶の意志を湛えてピサロを睨みかえす。
後から見返して間抜け、短慮というだけなら子供でもできる。
部外者の――否、イスラではないピサロにとってはそれはただの無様の記録でしかないかもしれないけど。
それは、イスラがありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で歩んできた記憶だった。
たいせつな、たいせつな終わりなのだ。
「不満そうだな。言ってみろ。仇も満足に討てないのなら、せめて言葉で一矢報いればどうだ」
「……お前なんかに、僕の想いが分かるかよ」
手を払いのけるようにイスラは吐き捨てる。
やっと認められた、自分の中で受け入れられたこの想いを、ピサロになど語りたくなかった。
たった1つ残ったあの終わりだけは、誰にも穢させたくなかった。

「怖いのか。その抱いた想いを外に出すのが、怖くてたまらないのか」
「―――――――――っ!?」

だが、ピサロはイスラが庇ったその想いではなく“庇い続けるイスラを撃ち抜いた”。
イスラの目が、銃口の先、好悪綯交ぜとなったピサロの瞳を映す。
「その獣は、愚かだったよ。身体の内から何かが湧き上がっている激情。初めはその名前すら知らずに翻弄されていた」
ピサロの口から、侮蔑の呪いが吐き捨てられる。
だが、それはイスラを罵りつつも、別の何かを嘲るようだった。
「その名前を知った後は、それに酔いしれた。
 自分一人が、その奇麗なものの名前を知っていればいいと、その想いで身を鎧った」
ほんの少し前に見てきたようなかのような臨場感で、獣の痴態を歌う。
「後は、ただの無様だ。それに触れられれば噛みつき、狂奔し、盲いたまま何処とも知らず走り回り、
 流されていることと進むことの区別もつかず、自分の中に全てがあると吠えていた――滑稽にもほどがあるだろう」
“分かっているのだ”。“間違っていることも分かっててやっているのだ”。
“だから己は正しいのだ”。“これが唯一無二の正解なのだから他の意見など必要ない”。
故に獣は触れる全てに害をなす。全てに噛みつくが故に、簡単に踊らされる。
「だから口を閉じろと喚いていたよ――――笑わせる、違うと言われることを恐れていただけの癖に」
ピサロはせせら笑う。誰彼かまわず噛みついた獣は、ただ、臆病だっただけなのだと。
誰かに否定されるのが怖かったから、誰の言葉も求めなかった。
不朽不滅と誇っていたものは、ただ、誰にも触れさせてこなかっただけなのだと。

768No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:02:50 ID:EsIb4FfY0
過ぎ去った獣に向けるピサロの苦笑に、イスラは鏡を見るような気分を覚えた。
死にたいと願い、自分を偽って生きてきた。
そしてあの巨きな背中に憧れ、誰かのために生きたいと願えた自分の想いを素直に受け入れることができた。
二度目の生でようやく認められたこの想いを大切にしたいと、そう想えたのだ。

だがそれは、それだけでは、ピサロが嘲笑う獣と何が違うのだろうか。
誰がためと言いながらそれを誰にも言わないのなら、自己満足と何が違うのか。

違う、と思う。そんなケダモノなんかと一緒にするな、と叫ぶことはできる。
じゃあ、この感情を口に出せない僕は、なんなのか。
これほどまでにココロを満たすモノを、何故形にできないのか。

「お前に僕の気持ちは分からない、と言ったな。
 分かるわけがないだろう。内心で反芻するだけの音など、聞こえるか。
 子供でもあるまいに。他人が好き好んで貴様の妄想に寄り添ってくれると思うなよ」

――――貴方のほうがよっぽど私より子供ですっ!!
    違いますか!? どうなんですか!? はいか、いいえかちゃんと答えて!?

唾液に濡れた粘膜の先に波が伝わらない。言い返すべきなのに、言葉が出ない。
素直になれたはずなのに、感情を認められたはずなのに、外に出せない。
それは、知っているからだ。
この世はどうしようもなく損得勘定で、
馬鹿正直に心を開けばそれを逆手にとられて痛い目を見て、嘲笑されるだけで、
形にすれば砕けてしまうかもしれなくて、触れられれば壊されるかもしれなくて。

「あの男は愚かではあった。だが少なくとも最後まで願いを、守りたいモノの名を伝えていたぞ。
 だから言えるのだ。こんな臆病者を死ぬまで守ろうとしたお前は、心底愚かであったとッ!」

ピサロの撃鉄に力が籠る。
測るに値しない器ならば砕けても構わないというように。
だからとりあえず無関心を決めこめば、傷つくこともないし、他人にバカにもされないということを。
それはどう足掻いたところで不変の真実で、それが一番簡単な平穏なんだって知っている。
でも。

「ストレイボウは測った。ならば貴様はどうだイスラ。貴様は獣か、人か、勇者か、魔王か?」

769No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:03:30 ID:EsIb4FfY0
知らないよ、僕が誰かなんて。でも、でも。
――――なんで、黙ったままやられ放題でいるんですかっ!?
ここまで言われて、黙っていられるほど、デキちゃいないッ!!

空いた左手を背後に回し、もう一つの銃<ARM>を取り出す。
44マグナム。六連回転式弾倉に込められた火薬よりも鋭く熱い意志が、引鉄と共に放たれ、
横合いから砲口の軌道を僅かに逸らす。
その僅かな間隙を縫って、イスラはドーリーショットを回収してピサロとの距離をとった。
「隠し腕。無為無策という訳ではなかったか」
ピサロは状況を淡々と見定め、生き足掻いた目の前の存在を眇める。

「そういや、アリーゼにも言われてたよ。人にモノを聞かれた時は、とりあえず“はい”か“いいえ”だっけか」

肩で息をしながら、イスラは下を向いたまませせら笑った。
思い出す。今のように矢継早にまくしたてられて、言葉を紡げなくなってしまったことを。
僕の逃げ場を全部潰したうえで、ボロクソに叩きのめしてくれた少女を。

――――貴方がどんな理由でそんなふうな生き方を選んだかなんて私にはわかりません
    話してくれないことをわかってあげられるはずないもの…

その少女は最初、何も言えなかった。
その眼に明らかに何か言いたげな淀みを湛えながら、それを出せなかった。
変えたい何かがあるのに、それに触れることで自分が傷つくことを恐れていた。
僕のように、あの人のように。
だけど、彼女は歩き出した。世界を変えたければ、自分が変わることを恐れてはならないと知っていたから。

「ああ、そうだよ。僕は、僕は――」
唇が震える。見据えてくるピサロの眼に胸が締め付けられる。
きっと、もしかしたら、あの時僕を罵倒した彼女も、こうだったのかもしれない。
他人を傷つけるのならば、自分が傷つくことを恐れないわけがない。
ああ、だから、僕は知っている。
本音<イノリ>を言葉<カタチ>にするということは、とてつもない勇気<チカラ>が必要だということを。

770No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:04:18 ID:EsIb4FfY0
「僕はクズだよ。言いたいことはうまく言えないし、口に出せば大体皮肉になるし。
 泣くのは失った後で、素直になるのは、いつだって手遅れになってからだ」
自分で言って情けなくなってくる。
しかも、言葉にしてしまえばもう取り返しは効かない。
吸った息で、自分の中の何かが酸化していく。外側に触れた分、変質してしまう。
「でも、あの人たちはそんな僕に触れようとしてくれた。
 僕を肯定してはくれなかったけど、分かろうとし続けてくれた」
その不快をねじ伏せ、もう一度ドーリーショットを強く握る。
僕のしみったれたプライドなんてそれこそゴミだろう。
前を見ろ。今目の前にいる男は、一体何を踏み続けている?

「ブラッドを……ヘクトルを……こんな僕に「勇気」を教えてくれたあの人たちを……」

胸に抱く勇気の紋章が放つ燐光が、腕を伝い鉄を満たし、銃をARMへと変えていく。
口を閉じてほしいのではない。ピサロがヘクトルを愚かだと想う、それ自体が辛いのだ。
だから放つ。自分が傷つくことも厭わず、撃鉄に力を込める。
だって、僕は知っているんだ。
ユーリルが、ストレイボウが、ブラッドが、ヘクトルが――――アリーゼが教えてくれた。

「馬鹿に、するなァァァァァァッッ!!」
 
勇気<チカラ>を込めて言葉<カタチ>に変えた本音<イノリ>は、
世界さえ変えられるんだってことを。

「……アリーゼ……“アリーゼ=マルティーニ”か?」
放たれた弾丸のけた違いの威力を、ピサロは見誤らない。
反応が遅れた今、初見での撃ち落としは博打に過ぎると判断したピサロは、
インビシブルを発動し、やり過ごそうとする。
「――――ッ!? 徹甲式とはッ!!」
だが、ピサロの驚愕とともにインビシブルに亀裂が走る。
本来、インビシブルはラフティーナの加護を得た者に与えられる絶対防御だ。
揺るがぬ愛情、その意志の体現たる鎧は1000000000000℃の炎さえも凌ぐ不朽不滅であるはずなのだ。
「それと拮抗する。なるほど、あの女とは異なる意志の具現かッ!」
傷つくことへの恐怖を乗り越えてでも、その想いを形にする意志。
その勇気が籠もった弾丸は即ちジャスティーンの威吹。
同じ貴種守護獣の加護ならば、欲望を携えた聖剣同様『絶対』は破却される。
「がっ、深度が足りんなッ!!」
しかし、絶対性を無効化したとてその堅牢性は折り紙付き。
決して失われぬピサロの愛を前に、イスラの勇気はその弾速を反らされ、悠々と回避する隙を与えてしまう。
「構わないよ。お前に伝わるまで、何千何万発でもぶち込んでやるからさ」
だがイスラは一撃が反らされたことに悔しさも浮かべず、次弾を装填する。
ヘクトルも、ブラッドも、たった一度で全てを伝えようとしたわけではない。
何回も何回も、言葉を重ねて、それで少しでも伝わるかどうかなのだ。
だから、イスラも何度でも意志を放つ。不変の想いを変えるために。

771No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:04:54 ID:EsIb4FfY0
「……くくく、これも星の巡りというやつか。メイメイ……あの女、一体どこまで観ているのやら……」
そんなイスラを見て、ピサロは面白がるように笑った。
今こうして2人が銃を向けあうこの瞬間に、偶然以上の何かを見つけたかのように。
「メイメイ? おい、お前――――」
「ならば、そうだな。奴の言葉でいうならば“追加のBETを積んでやる”」
独白に無視できない単語を見つけたイスラの詰問を遮るように、
ピサロが銃剣を下ろしながら、懐かしむように言った。
「アリーゼとか言ったな。その娘、この島でどうなったか知っているか?」
イスラの銃口が、微かに震えたことを見て取ったピサロは、
数瞬だけ呼気を止め、そして肺に空気を貯めてから言った。
「獣に噛まれて死んだ。『先生』とやらを庇って、盲いた獣の前に飛び出てきた故に。
 まあ、端的に言って――無為だったな」

静寂が荒野を浸す。
やがて、銃の駆動音がそれを打ち破った。イスラの銃口が完全に震えを止めて、ピサロを狙う。
だが、その意志は決して先走ることなく、銃の中に押し固められていた。
「言いたいことの他に、聞きたいことが出来た」
目を見開くイスラを見て、ピサロは口元を歪めて応ずる。
「好きにするがいい。もっとも、生半な雑音など遠間から囀るだけでは聞こえんぞ」
両者の銃撃が相殺され、爆風があたりを包む。
先に土煙の中から飛び出たイスラが銃撃を放ちつつピサロへ接近しようとする。
だが、ピサロもまた機先を制した射撃と魔法でイスラを寄せ付けない。
互いが互いをしかと見据え、間合いを支配しあう。
銃弾に、言葉に乗せて、イスラは想いを放つ。
ヘクトルがどれだけに偉大であったか。自分がどれほど彼らに救われたのか。
憧れというフィルターのかかったその想いは、決して真実ではないだろう。
合間合間にブラッドのことも混じるあたり、理路整然とはほど遠い。
だがそれでも恐れずに引き金を引き続ける。
どれほどに拙くとも、自分の言葉でピサロを狙い続ける。
ピサロもまた時に嘲り、時に否定しながら、イスラの弾丸を捌いていく。
インビシブルは使っていない。
それは、絶対の楯が絶対でなくなったからではなく、楯越しでは弾がよく見えないからだった。
拙いというのならばピサロもまた拙かった。
膨大な魔力で他者を圧倒するのがピサロの主戦術であるならば、
小細工を弄し、受けとめ、捌き続けるなど明らかに王道より逸れている。
話す側も拙ければ、聞く側も拙い。
子供の放し合いであり、しかし、確かに話し合いだった。
決して獣には成し得ぬ文化だった。

772No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:05:28 ID:EsIb4FfY0
「ふん、お前がどれほどあの男に傾倒していたかはよく分かった。
 だがお前はあの男を、あの男が描いた理想郷を終わらせたのだろう。
 己が終の住処と定めた場所を捨てて、なぜお前はここにいるッ!!」
イスラの銃撃を頬に掠めながら、ピサロが銃剣を構える。
腰を低く落とし、足幅を広く取って重心を下げる。
「答えを教えてやろう。目の前に仇がいる。主君潰えようとも仇を為さずして死ぬわけにいかん。
 お前からヘクトルの生を奪った私を、ヘクトルの死を奪ったジョウイを、
 誅さねばならぬと、無意識が願ったのだッ!!」
常は片手で扱う銃剣を、両の手でしっかりと固定する。
強大な一撃を放つことは明白だった。
「装填、マヒャド×マヒャド×イオナズン。
 だが、生憎と私は死ぬ気がない。そしてお前の刃では私に届かない。
 つまり、お前はどう足掻こうが目的を達せられない」
銃剣の切っ先に氷の槍が生成されていく。
透き通るような煌めきは、障害を全て撃ち貫く決意に見えた。
「ならば、生を奪った者として、せめて引導を渡そう。三重装填――――スノウホワイト・verMBッ!!」

ピサロの意志が射出される。
絶対零度の意志は、決して融けぬ不変の槍。
だがその氷の中に潜むは、爆発するほどの激情。
圧縮された氷槍が内部爆発を起こし、大量の破片に分かれる。
そして、さらにその破片が爆発し、さらに膨大な破片に。
爆発し続ける氷はいつしかその数を無量の刃へと変えていた。

「終わりだ――目的もなく生き恥を晒し続けるぐらいならば、疾く飼い主の下に馳せ参じるがいい!」

迫り来る刃の群を前にして、イスラは銃身を額に添える。
なぜ自分は今生きているのか。それはピサロから問われるまでもなく問い続けてきた問いだった。
未だにその答えは出ていない。ならば敵討ちのためだというピサロの答えを否定できないのではないか。
(違う。そうじゃない。僕は――生きたいと思いたいんだ)
去来するのはカエルの背中。逃げ続けてここに残った男の背中。
生きる理由は、生きて為したいことは見つからないけど、
それでも理屈をこね回しているのは、生きたいと思いたいからだ。
(ならばどうして、死にたがりの僕がそう思う。生き恥を晒し続けて来た僕が――――)

773No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:06:24 ID:EsIb4FfY0
違う。そうではない。そうではないのだ。
生きる理由はないけど、したいこともないけど、誰の役にも立ててないけど、
“今生きていることを恥だと思いたくない”。

目を見開いたイスラが、銃口を正面に向ける。
目の前にはもはや数え切れぬほどの氷刃の弾幕。
その全てがイスラを狙っている訳ではないが、それ故に回避は絶対に不可能。逃げ場はない。
だが、イスラは一歩も引かず、その氷を見据えた。
逃げてもいいということは知っている。それが無駄にならないということも知っている。
だが、無駄にならないからといって最初から逃げてどうする。
まして、今狙われているもの、それだけは絶対に譲れないのだ。

「フォース・ロックオン+ブランザチップ」

前を、世界を見据える。あの時のように、勇気を抱いたあの時のように。
決して揺るがぬ鋼の英雄のチカラがARMを満たす。
逃げも防御も無理。だったら、あの人ならきっとこう言うだろう。

「ロックオン・マルチッ!!」
笑止――――全弾、撃ち祓うのみッ!!

イスラの一撃が放たれる。ブランザチップによって拡張された散撃が、
ロックオンプラスの冷徹な精度の狙撃と化し、
『拡散する精密射撃』という矛盾した一撃となる。
威力だけはただの一撃と変わらぬ故に安いが、拡散した氷刃をたたき落とすには十分過ぎる。

774No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:08:35 ID:EsIb4FfY0
「ハッ! まだ足掻くか。やはりあるか、生き恥を晒し続けてでも為したいことが!!」
弾幕の全てをたたき落とされる光景を見て、ピサロは苦笑した。
口ではああいえど、根には執着があったということだ。
ならば、自分もまた――
「だから、違うんだよ。お前と一緒にするな。僕はまだ何も見つけちゃいない!」
破片の破片をかき分けて、黒い影が疾駆する。
魔界の剣を携え、イスラがピサロへと切り込む。
「ならばなんだその生き汚さは。目的もなく希望もなく、何を抱いてこの瞬間を疾駆するッ!!」
ピサロは動ずることなく、銃剣を剣として構える。
こちらの攻撃が一手速い。少なくとも先んじて効果のある一撃を放つのは不可能だ。

「――――なでてくれた。その感触がまだ残ってる」

だが、イスラは止まることなく剣を走らせる。
その生に理由はなく、希望はなく、終着点も終わらせてしまったけど。
「やれば出来るって、最後に言ってくれたんだ。
 だから僕は、この生を恥だとは思わない!! あの人が肯定してくれた僕の生を、否定しない!!」
それが、全てを終わらせて抜け殻になった僕に残った最後の欠片。
自分自身さえもが見限ったこの命を、最後の最後に認めてくれた。
だから、生きたいと思いたいのだ。
どれほどそう思えなくとも、他に何も残っていなくても、
理想郷を終わらせても、それでもこうして、足掻いている。

「だから、邪魔するなら退いて貰う。アンタも、ジョウイも、オディオだってッ!!」

魔界の剣を握った右手が、光に輝く。
一回腕を振って、全力で走ったらもう動けない?
ふざけるな。そんなこといったら、あの掌ではたかれる。

「だって、僕の腕<ARM>は……まだ、二振りもついているッ!!」

775No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:09:51 ID:EsIb4FfY0
フォースLv3・ダブルアーム。
腕から抜けていく力に、強引にフォースを注いで体勢を維持する。
銃だからではない。剣だからではない。
この腕に握るものこそが『ARM』。手を伸ばすということ。
目を見開くピサロの攻撃が止まる。だが、イスラは止まらない。
勇猛果敢さえも越えて、あの人の、獅子のような力強さを添えて奮い迅る。
「ブランチザップ・邪剣――――ッ!!」
込められるのはイスラの持つ剣撃系最高火力。
その速度・威力に陰りはなく、放たれればピサロとてその命脈に届く。
もはや通常の方法では避けようもない体勢である以上、インビシブルだけが唯一の対処法だ。
展開が速いか、イスラの一撃が速いか、それが最後の争点となる。

「フッ」
だが、ピサロはインビシブルを展開しなかった。
その目には怯懦はなく、むしろ得心すら浮かぶ。
あるいは、こうあるべきなのだという達観のように、目を閉じる。
こいつならば、あるいはというように――


だが、一向に斬撃の痛みが来ないことに気づいたピサロがゆっくりと目を開ける。
その胸に触れていたのは刃ではなく、イスラの拳だった。
何故、というより先に、遠く離れた場所でずぼりと地面に魔界の剣が突き刺さる。
その柄には、ぐっしょりと汗がついていた。

「――あの」
「ふんっ」
イスラが何かを言うよりも早く、ピサロは蹴りを放ちイスラを吹き飛ばす。
それで興味を失ったか、ピサロはイスラに背を向け、立ち去ろうとする。
「ま、待て! 待ちなよ」
「なんだ、もう一度などと言ったら今度こそ消し炭にするぞ」
「そうじゃないよ。その」
言い淀むイスラに、ピサロは嘆息して今度こそ去ろうとする。
だが、それより先に意を決したイスラが声をかけた。
聞かなければならないことは山ほどあるが、今は、これだけ。

「あんたの言ってたその獣って、最後はどうなったんだい」

776No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:10:31 ID:EsIb4FfY0
ピサロの足が止まる。荒野に風が吹き、くすんだ銀髪を靡かせる。
「さあな。獣より性質の悪い畜生に追い立てられて逃げ失せた。後は知らん」
空を見上げながら、ピサロは独り言のように呟いた。
「多分、どこかで足掻いているのだろう。今更、本当に今更に、ヒトになろうと」
「……無理じゃないの?」
「だろうな。そこまでの道を進んでおきながら、逆走するようなものだ。
 戻るのにどれだけかかるか、そこから進むのにどれほどかかるか。分かったものではない」
呆れるように、ピサロは失せた獣を想った。
この空の下で、灼熱の陽光に焼かれながら這いずり回る獣を想像する。

「それでも足掻くよりないのだろうさ。所詮獣、“いつか”など待ちきれぬ。
 どれほどに遠かろうと果てが無かろうと、走らねば辿り着かないのだから」

そういって、ピサロは熱した大地に再び一歩を踏みしめた。
遥かな一歩のように。

「おい」
再度の呼びかけとともに、投擲物の風切り音が鳴る。
ピサロは振り返ることなく肩を過ぎるそれを掴む。水の入った使い捨ての水筒だった。
ピサロが僅かに振り返る。イスラは背中を向けて、水筒の水を汗に塗れた自分の頭に注いでいた。

何も言わず、ピサロはその場を去る。
水筒の蓋を開けて、喉を湿らせる。

「温い」

ぶつくさと言いながらも、その水を飲み干すまで水筒を捨てることは無かった。
獣だろうと、ヒトだろうと、喉は乾く。

777No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:12:28 ID:EsIb4FfY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:大
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:5章最終決戦直後
*バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます

【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

778No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:13:03 ID:EsIb4FfY0
<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
・天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
・毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
・デーモンスピア@武器:槍
・天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
・ドーリーショット@武器:ショットガン
・デスイリュージョン@武器:カード
・バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
・感応石×4@貴重品
・愛の奇蹟@アクセサリ:ミーディアム
・クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン
・データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
・フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
・“勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
・パワーマフラー@アクセサリ
・激怒の腕輪@アクセサリ
・ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
・ブライオン@武器:剣

【ファイナルファンタジーⅥ】
・ミラクルシューズ@アクセサリ
・いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
・点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
・海水浴セット@貴重品
・拡声器@貴重品
・日記のようなもの@貴重品
・マリアベルの手記@貴重品
・双眼鏡@貴重品
・不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
・デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

779 ◆wqJoVoH16Y:2013/07/07(日) 22:17:00 ID:EsIb4FfY0
投下終了です。指摘、疑問あればどうぞ。

が、一部技名にミスを見つけたので以下の通り修正します。
>>767
バーストショット→ブースとショット

>>773
ブランザチップ→ブランチザップ

wiki収録の際に修正します。申し訳ありません。

780SAVEDATA No.774:2013/07/08(月) 22:22:42 ID:SZo8EWKQ0
執筆投下お疲れ様でした

これこそRPGロワのイスラ、って感じがした
懊悩とするものがあるから体を動かすってのは、原作のイスラっぽくはない気がするんだけど、
RPGロワでのイスラの足跡を辿れば違和感はない。それだけの出会いを重ね、得てきたものがあるからこそだなーって思えた
獣を語るピサロは完全に吹っ切れた感じかな。
イスラの剣に達観を見せる様こそ、不器用に足掻いてる証なんだろうな

781SAVEDATA No.774:2013/07/08(月) 22:36:22 ID:U7q5MCLs0
投下お疲れ様でしたー!
まさかのこのタイミングでのバトルに驚くも、
何気にピサロはヘクトルだけじゃなくアリーゼ殺すはアズリア殺すわしてたもんなー
生きるのを恥だと思いたくないってのは原作のイスラを知ってるとすごく胸にくるものが
ここで得たものは終わらせた後でさえ確かに残ってるんだな……

782SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 00:51:28 ID:HlSTodz20
>>781
(アズリアじゃなかった、アティだった)

783SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 13:22:29 ID:mOLevcNMO
>>782
(アティ殺したのセッツァーだった気が…)

784SAVEDATA No.774:2013/07/09(火) 13:58:24 ID:xeLZ6nM.0
投下乙です。
ここで積み重ねてきた色んなものを抱えながらの二人のやりとり。
最初、ピサロは余裕を持ってイスラを圧倒していたようにも見えた。
だけど獣っていう喩えが何を示しているのか、どこに向かおうとしているのかが見えてきたら、
それまでの展開から見えてくるものもまた変わって見えて上手い感じに裏切られた感覚。
どいつもこいつも生き方が下手なんだけど、それでも必死に生きようとしていて、眩しく感じた。

どうでもいいところだけど最後の最後で>獣より性質の悪い畜生 扱いされてた某女の扱いに吹いたwww

785SAVEDATA No.774:2013/07/17(水) 04:40:43 ID:Bdo.MGE60
投下お疲れ様です。
己と向き合って相手と向き合って、答え無き答えを求め足掻く様は、
記号じみた役割を与えられただけではない人間味溢れる在り方だと思います。

因縁といえば、レイ・クウゴもピサロが殺してるんですよね。
全ての因縁が絡むとは限らない物語ですが、それも含めて期待しています。

786SAVEDATA No.774:2013/07/21(日) 11:18:55 ID:FmsHM.WE0
なんだか人気投票の話が出てるね

787SAVEDATA No.774:2013/07/27(土) 17:48:00 ID:dI0yJZM60
というわけで始まりました。お手隙の方はぜひにぜひに。

788SAVEDATA No.774:2013/07/28(日) 00:38:50 ID:7wUoG0bg0
お、人気投票始まってるね

789SAVEDATA No.774:2013/09/02(月) 15:25:00 ID:piaxTlX20
久々に予約来た!

790 ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:55:08 ID:PdHDn0qw0
投下いたします

791罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:56:53 ID:PdHDn0qw0
 靴裏が、硬く乾いた荒野をざりっと噛み締めた。
 声を張り上げずとも会話ができるギリギリの距離で、異形の騎士が立ち止まる。
 決して近いとは言えないその場所から、カエルは、狼に身を預けるアナスタシアの様子を伺った。
 こちらに背を向けるアナスタシアは、眠っているようにも思案しているようにも、集中して首輪解体に向き合っているようにも見える。
 なんとはなしに、視線をくゆらせる。
 剣戟を響かせ魔力を爆ぜさせる演習を、イスラとピサロが繰り広げていた。
 その余波で風が吹きつける。水分を奪い取りそうな埃っぽいその風に身を竦ませ、カエルは今一度アナスタシアへと目を向けた。
 すると、目が合った。
 アナスタシアとではなく、彼女の体重を受け止めるルシエドと、だ。
 獣とは思えないほどに理知的な瞳は鋭く、眼光には貴種守護獣斯くあるべしとでもいうような威厳に溢れている。
 人智を超えた存在であると、一目で分かる。
 にもかかわらずカエルは、口端に笑みを浮かべた。
 黙したままアナスタシアの枕となりカエルを見上げるその様は、神々しさよりも愛らしさが勝っていたからだ。
 そんな印象を抱いたのは、胸の奥で勇気の欠片が息づくが故かもしれなかった。
 勇気の鼓動に呼応してか、ルシエドが鼻をひくつかせる。 
「……目覚めの口づけをしてくれる王子様が来てくれたのかと思ったんだけど」
 欠伸交じりの声がした。
「よくよく考えたら寝てる女の子にキスする王子様って正直ドン引きよね」
 ルシエドに身体を預けたまま身じろぎをし、振り返らないままで、アナスタシアは一人続ける。 
「そもそも女の子の寝込みに近づくってのがもうね。下心見ッえ見えなのがアレよ」
 まるで。
「清純で貞淑な乙女としてはNG。そーいうのは断固としてNG。肉食系で許されるのは女子だけだって思うのよ」
 まるで、カエルに言葉一つ挟ませないかのように。
「あ、この場合のNGっていうのは『ナマ――』」
「アナスタシア」
 だからカエルは、連射されるアナスタシアの単語を、強引に断ち切ることにした。
 放っておくと、激流のようなこのペースに押し流されてしまいそうだった。
「少しでいい。話をさせてくれ」
 返答は、細く長い吐息と沈黙だった。
 それを肯定と捉え、カエルは口を開く。 
「まず、礼を言わせてほしい」
 水気が薄れ、乾いた舌を動かして言葉を紡ぐのは、存外に難しい。 
「俺が、今こうして俺として両の足で立っていられるのは、お前が奴を滅してくれたからだ」
 意識に溶け込んでいた、熱っぽく濃密な災厄の気配は欠片もない。
 アナスタシアが過去を振り切ったその瞬間に、焔の災厄は滅び去った。事象の彼方に還ることすら許されず、完膚なきまでに消え失せた。
 上手く話せているだろうかと思いながら、カエルは、乾いた風に言葉を乗せる。

「ほんとうに、感謝している」
「その気持ちは貰っておくけれど。でも、戦ったのはわたしだけじゃない。
 ロードブレイザーを破れたのはみんながいたから。
 それにあなたを助けたのは、わたしじゃない」
 
 振り返らないままの答えは素っ気ない。
 カエルに向けられるのは変わらず後頭部だけで、彼女の表情は伺えないままだ。
 だがカエルは、声が返ってきたということに、軽く胸を撫で下ろす。

「お前はストレイボウに力を貸してくれた。それは、お前自身の意志だろう?」
 そうして生まれた余裕が、記憶へと道をつけていく。
 浮かんだのは、ルシエドに跨るストレイボウだった。
 風を斬り地を疾走する欲望の獣を駆って進撃するストレイボウの姿は雄々しく勇ましく苛烈だった。 
 勇気の欠片が胎動を始めたのは、あの頃だったのだろう。
 カエルは左手を鳩尾に当てる。そこには、奇妙な心地よさを孕んだ疼痛が残っていた。
「……まあ、ね」
 アナスタシアの返答もまた、苦々しいものだった。
 ルシエドが、その鼻先を主に寄せる。
 応じるように、アナスタシアはルシエドを愛おしげに一撫でし、その身をそっと抱き寄せた。
「ストレイボウの気持ちが、分かっちゃったから」
 囁くようなか細い声だった。

792罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:57:40 ID:PdHDn0qw0
 溶ける間際の薄氷を連想させるその声は、誰かに届けるつもりなどないかのようだった。
 人ならざる身では一足、されど人の足ではすぐには踏み込めない空隙を開けたまま、カエルは、黙してその言葉を咀嚼し、
 
 ――だからこそ。だからこそ、心から感謝する。
 
 言葉にするべきではないと思い、胸中だけで、改めて謝意を表した。
 乾いた風が、粉塵を巻き上がらせる。アナスタシアとの間に空いた距離を、砂埃が舞い抜けた。
 激化するイスラとピサロの演習を尻目に、カエルは言葉を継ぐ。
 沈黙を横たわらせたままにしては、ならない。
 まだ伝えたいことが、燻っている。

「……もうひとつ、話したいことがある」

 付着する乾いた埃を払い、カエルは告げる。真正面、背を向けたままのアナスタシアへと。
 
「三度、戦った」
 
 記憶の道を辿り、想い出を拾い集め。
 砂気混じりの風に攫われないよう、唾液で口内を湿らせて、カエルは告げる。

「マリアベル・アーミティッジと、俺は、三度戦ったんだ」

 ぴくり、とアナスタシアの肩が震えた。
 ルシエドを抱くその腕に力が籠ったように見えたのは、気のせいではないだろう。

「そしてそれよりも前に、俺は、彼女にまみえた」

 隔てた距離の先へと届けるべく、カエルは、随分昔のことのように感じられる想い出を届けていく。
 
「敵としてではなく、手を取り合うべく存在として出逢っていた。すぐに別離してしまったが、な」
 
 まず語るのは、出会いと別れ。
 交わした会話は僅かで、過ごした時は半日にも満たない程度だった。
 たったそれだけの時でも、マリアベルが持つ温かさは想い出に残っていた。
 もしも、などと考えても詮無い。今この瞬間のこの場所に、時を超える術などありはしないのだ。
 それでも、仮に。
 仮にあのとき、べつの選択肢を手に取っていれば。
 あの温もりに、身を委ねていたのなら。
 善し悪しはさておき、きっと歴史は変わっていた。
 カエルは目を閉ざし、そっと首を横に振る。
 夢の海原に浮かぶ箱舟のような無意味な思惟を、意識の外に逃がすように。
 
「次に出逢った時は、もう敵だった。俺が、敵となった」

 開けた瞳に左腕を映す。
 敢えて治癒を施していない傷跡は、ボロボロになった今でもよく目立っていた。
 その痕を眺めながら、城下町での交錯について語る。
 最初の相手は、素人の混じった女三人。回復手段を考慮したとしても、獲れると思っていた。
 事実、マリアベルに重傷を負わせロザリーを瀕死にまで追い込んだ。
 追い込むまでしか、できなかった。
 サンダウン・キッドを始めとした新手が来るまでに決しておけなかったのは、マリアベルの実力と聡明さがあったからに他ならない。
 サンダウンにも手傷を与えたこともあるのだ。シュウに宣言したように、戦略レベルでの勝利は収めたと言っていい。
 ただし戦術レベルで考えた場合、マリアベルに対し勝利したとは、決して言い切れない。

793罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:58:25 ID:PdHDn0qw0
「…………………」

 アナスタシアは、またも黙りこくっていた。
 イスラに自分語りをしたときとは違い、相槌が返ってくるわけではなくても、カエルは話を止めなかった。

「再会は、お前も居合わせたあの夜雨の下だった」

 濡れそぼる漆黒の世界を思い出す。
 雨はカエルを祝福した。
 夜はマリアベルに隷属した。
 それを示し合わせるようにして、互いに、独りではなかった。
 死力を、尽くした。
 魔王との連携に、マリアベルとブラッド・エヴァンスは追い縋り喰らい付いてきた。
 奴らが無慈悲なでの本気さで、カエルと魔王を打倒すべく向かってきたのであれば、完膚なきまでの敗北すら考えられた。
 ここでもカエルは、敵の命を獲れなかった。
 追い詰めたブラッドが死した要因は、マリアベルの術だった。
 覚えている。
 仲間の――友の意志を尊び、命を敬い、その全てを、その力で以って燃やし尽くしたマリアベルの姿を。
 そしてその果てで、マリアベルは膝を折らなかった。
 ブラッドの遺志を受け止め握り締め抱き留めて、カエルの前に立ちはだかったのだ。
 その堂々たる態度からは、夜の王の名に恥じぬ高潔さが溢れていた。
 
「そして」

 そして三度目は、ほんの半日ほど前。
 約定を破り捨てることで成した奇襲に端を発する、戦いだった。
 そこから先は、アナスタシアも知るところでもある。
 だとしても、カエルは、敢えて口にするのだった。
 
「この手でマリアベルの命を奪ったあの戦いが、三度目の出会いだった」
 あのときマリアベルの胸を貫いた右手は落とされてしまった。
 それでも、魔剣ごしに感じた命を奪う感触を覚えている。
 これからもずっと、覚え続けていかなければならない。
 そして、それと同様に。
 カエルの意識に強く焼き付いている事柄がある。
 それというのは、

「あのとき、お前は立った。俺の刃の前に、絶望の鎌を振りかざして立ちふさがった」
 両の腕で自身を抱き締めて無様に震えているだけだったアナスタシアが、吼え、叫び、立ち上がった瞬間のことだ。
 力が及ばないとしても、止められる保証などありはしなくとも、それでも友を護ろうと地を踏みしめるアナスタシア。
 その姿は気高く尊く、そして。
 目を灼く覚悟なしでは直視できないほどに眩く鮮烈だった。
 だから思うのだ。
 アナスタシア・ルン・ヴァレリアとマリアベル・アーミティッジは、真に友と呼べる間柄だったのだろうと。
 その絆は、蒼穹を羽撃く渡り鳥を支える両翼のようにも感じられた。

「俺はその瞬間のことを忘れない。マリアベルを護るべく立ったアナスタシアのことを、必ず、忘れはしない」

 ルシエドの毛並みが、ぐっと握り締められるのが見えた。

「そして詫びさせてほしい。許さなくても構わない。許しを求める資格などない。許しを頂く権利もない。
 承知の上で、詫びさせてほしい」

 カエルは目を閉ざし地に膝をつき、頭を垂れる。
 たとえアナスタシアが見てはいないとしても。
 深く深く、頭を垂れる。

794罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:59:17 ID:PdHDn0qw0
「ほんとうに、すまなかった」

 謝罪を口にするということは、即ち。
 左腕の傷跡を、純然たる罪の証であると、認めるということだった。
 信念のためと、国のためと、そう言った信仰で覆っていた罪を曝け出し、逆に、罪によって覚悟を包むということだった。
 許しが与えられない罪をずっと、両肩に担っていくということだった。
 
 いつしか風は止んでいた。剣戟と魔力が奏でる音は止まっていた。
 けれど、開いた距離を埋める言葉はやって来ない。
 カエルはゆっくりと立ち上がる。膝に付いた土を、払いはしなかった。 

「邪魔をしたな」
 
 アナスタシアに背を向け、荒野に足跡を刻む。演習の音が消えた世界では、微かな足音さえも響く。
 同じように。

「……待って」

 声だって、届くのだ。
 距離を隔てた向こうからであっても。
 背中合わせのままであっても。
 押し殺したような声であっても。
 よく、届くのだった。
 だからカエルは足を止めて振り返る。
 開いた距離の一歩を戻りはしないままで彼女を見る。
 相変わらずアナスタシアは背を向けていた。
 けれど欲望の獣の双眸は、じっとカエルを見つめていた。
 
「何を言われても。どんなことを想われても。何度謝られても。わたしは、あなたを許さない。
 それは、ぜったいに、ぜったいよ」

 息を詰まらせたかのようなアナスタシアのその言葉に、カエルは頷きを返す。
 それでいい。
 重い咎人となったこの身が、簡単に許されてよいはずがない。
 
「だから生き抜きなさい。ずっと、ずっと。
 ずっとずっとずっと、罪を握り咎を抱いて生き延びなさい。
 そして、必ず」

 アナスタシアは続ける。
 流暢に淀みなく、有無を言わさぬような口調で。
 
「そして、罪を離すことのないまま」

 静かに刻むように呼吸をして、言い渡す。

795罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 20:59:47 ID:PdHDn0qw0
「必ず、幸せになりなさい。
 その目で幸せを探しなさい。
 その足で幸せへ向かいなさい。
 その手で幸せを掴みなさい。
 その身を幸せで包みなさい」

 冷酷さと残酷さと、
 
「拭えぬ罪を抱えたまま生きて、幸せになるの。いいわね」
 
 ほんの少しだけの甘美さを練り込んだような声で、言い渡した。

「言いたいことはそれだけ。それだけよ」

 告げるだけ告げると、刃を眼前に突き付けるかのようにして、アナスタシアが会話を打ち切ってくる。
 だが元はといえば、カエルが一方的に話し始めたのだ。途中で打ち切られなかっただけマシだっただろう。

「……幸せ、か」

 それは、縁遠さを感じる単語だった。
 口にしてみても、その言葉は、遥か彼方で揺らめく幻のようにしか感じられない。
 そんな幻想のようなものへ至れと、アナスタシアは言うのだ。
 マリアベルだけでなく、仲間をも手に掛けたこの手で、幸せを手にしろと言うのだ。
 覚悟の証であり、同時に罪の証である傷痕が疼く。
 幸福を望むなどおこがましいと。
 どの面を下げて幸福を求めるのだと。
 苛むように疼く。
 奪ってきた全ての命が、潰えたあらゆる未来が、刈り取られた無数の可能性が、傷跡を掻き毟ってくるようだった。
 責め立てるようなこの痛みは障害消えはしない。赦されることなどありえない。
 幸せという単語を転がすだけでも疼くのだ。
 幸せの実態に近づけば近づくほど、痛みは激しく増すに違いない。
 だからこそ。
 
「その言葉、確かに刻み込んだ」

 傷痕を晒すようにして、カエルは。
 その左腕を、掲げる。
 
「癒えぬ傷跡と共に、確かに刻み込んだ」
  
 言い残し、カエルは地を蹴る。
 話すべきは話した。
 対する答えも受け取った。
 だからカエルは地を蹴る。
 止まぬ疼きを、そのままに。

796罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:01:08 ID:PdHDn0qw0
 ◆◆
 
 カエルの気配が遠ざかっていく。
 背後の空白を感じ取り、アナスタシアは深々と息を吐き出した。
 ちょこの話に次いで、今度はマリアベルの話ときた。
 デリカシーのない奴らばかりだと思う。少しくらいはこのわたしを見習うべきだと、独り肩を竦める。
 ルシエドを抱き、その熱を感じ取りながら、アナスタシアは膝を立てる。
 物憂げな表情なのは、カエルの詫びが耳の奥で響いていたからだ。
 なにも静かになってから言わなくてもいいのにと、アナスタシアは思う。
 目を覚ましてしまうほどにうるさいドンパチに紛れて言ってくれれば、風の行くままに流してしまうことだってできたのに。
 カエルは、自身の行為を――マリアベルの命を奪ったことを、許されざる罪だと認識していたようだった。 
 罪悪感に満ちた彼の詫びを聴き、アナスタシアが真っ先に感じたのは羨望だった。
 その罪は他人に背負わせたいものではない。罪のかけらひとつすら、誰かにくれてやるのは嫌だった。
 ほんとうは。
 ほんとうは、その罪科は。
 マリアベルの親友である、アナスタシア・ルン・ヴァレリア自身が背負いたかったものなのだ。
 自分がしっかりしていなかったから。
 護られることを由とし、自分の足で立っていなかったから。
 マリアベルが好きでいてくれて、マリアベルと対等でいられる『わたし』でいなかったから。
 そういった後悔や慙愧の念に根差す罪を抱えていたかった。
 けれどアナスタシアは、その願いを叶えることはできない。罪を握って行くわけにはいかない。
 過去に囚われないと決めたから。過去に逃げないと決めたから。
 マリアベルとアナスタシアの間を繋ぐものが、罪などであってはならないから。
 罪を感じてしまっては、彼女と出逢い、彼女と過ごした全ての時が穢されてしまう。
 それでは、『わたしらしく』生きられない。
 だから、想うのだ。
 この手が握れない罪を持っていくと言うのであれば受け渡そう、と。
 抱かれてしまったその罪は決して消えはしない。アナスタシアの意志が消させはしない。
 消えない罪は、死を得たイモータルの元へと至る。罪の担い手は、マリアベル・アーミティッジのことを忘れずにいられる。
 たった独り取り残され続けたノーブルレッドを覚えてくれる人がいるのであれば、それは、アナスタシアにとっての幸いだった。
 血塗られた手だとしても、マリアベルへと繋がるのならば口づけを捧げよう。
 カエルに伝えたのは祈りの祝詞でしかなかった。
 我儘で独善的で一方的な、それでいて心からの祝福だった。
 アナスタシアは幸せを願う。
 そこに至るまでに、如何なる辛苦があったとしても。 
 マリアベルに至る全ての道には、幸せが咲き誇っていて欲しいと願う。
 
 ――そう、だから。
 
 寂しがりなノーブルレッドを、泣かせたりしたくはないから。
 
 ――わたしは、幸せになるの。
 
 やさしい夜の王の親友である自分を誇りたいから。
 
 ――誰でもない、わたしのために。
 
 くすんだ空の下であっても。
 刺のようなしんどさが抜けなくても。
 
 ――わたしは、幸せになるのッ!
 
 幸せに近づけば近づくほど、決して埋めることのできない空虚さが浮き彫りになっていくとしても。
 逢いたくて逢いたくてたまらない人たちにもう逢えないと、痛感するとしても。
 
 ――わたしはずっと、幸せを求め続けて生きるのッ!!

797罪なる其の手に口づけを ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:02:12 ID:PdHDn0qw0
 それでもアナスタシアは、水の入ったボトルを手に取るのだ。
 乱暴に蓋を開け、一気に煽る。
 ほぼ垂直となったボトルから、生ぬるい水が勢いよく零れ落ちる。
 唇を濡らし舌を滑った水は、滝のような勢いで喉を駆け落ちていき、
 
「――ッ!? ――ッッッ!!」

 盛大に、咽返る。
 声にならないえづきと共に、涎混じりの水が口端から垂れ落ちる。
 喘ぐような呼吸を繰り返すうちに、瞳にはうっすらと涙が浮かび上がった。
 水も涎も涙もぜんぶ、強引に手の甲で拭い取る。グローブのごわついた触感が肌を擦る。
 ひりつく痛みも構わずに、跡が残ることも厭わずに拭い取る。
 そうして。
 空になったボトルを思い切り投げ捨てて、アナスタシアは。
 ラストリゾートを御守りに、改めて首輪と工具を引っつかむのだった。

【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:首輪解除作業中 ダメージ:中 胸部に裂傷 重度失血(補給中) 左肩に銃創 精神疲労:中
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きて幸せになるの。ぜったいよ。それは、ぜったいに、ぜったいなのよ。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:ED後

<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
 天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍
 天罰の杖@武器:杖

【アークザラッドⅡ】
 ドーリーショット@武器:ショットガン
 デスイリュージョン@武器:カード
 バイオレットレーサー@アクセサリ

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 感応石×4@貴重品
 クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン
 データタブレット×2@貴重品

【ファイアーエムブレム 烈火の剣】
 フォルブレイズ@武器:魔導書

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 パワーマフラー@アクセサリ
 激怒の腕輪@アクセサリ
 ゲートホルダー@貴重品

【LIVE A LIVE】
 ブライオン@武器:剣

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 海水浴セット@貴重品
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 マリアベルの手記@貴重品
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

798 ◆6XQgLQ9rNg:2013/09/26(木) 21:02:47 ID:PdHDn0qw0
以上、投下終了です

799SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:13:51 ID:tfdYJrXk0
投下乙です。
最後まで涙腺耐えてたのに、状態表の思考で耐えられんくなった。
あえてそこをひらがなで表記された辺り、どっかちょこのことを思わせて不意打ちだった。

800SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:18:31 ID:0ap1TOZ20
投下乙です!
やばい、そういう考え方すんげえ好きだ
マリアベルとの思い出を悲しいだけのものにしたくない、単なる罪にしたくない
それは自分自身のものだけじゃなくて、大切な親友にいたる全ての人の道が幸せなものであって欲しい
刻んだ、俺も確かに刻んだ!
アナスタシアが言うと一層胸に響くわ、幸せも、生きるも

801SAVEDATA No.774:2013/09/26(木) 21:42:10 ID:9d/6NX5Q0
投下お疲れ様でした!
>>799さんので気づいて見返してやられた…!
本当に、本当に祝福の話だこれ。罪を裁くでも雪ぐでも禊でもなく抱いたまま幸せになってくれとは。
カエルが回想したとおり、こいつは早々に覚悟を決めてしまって、いろいろやらかしてる。
正直こいつは罪を雪ぐことはできても救われることはないだろうと思ってたけど、
それでも今この瞬間は、理屈抜きに幸せになってほしいと思った。

それはきっと、聖女と呼ばれる行いだろうよ。

>信仰で覆っていた罪を曝け出し、逆に、罪によって覚悟を包む
こういう文章…っていうか着眼点ってどうやったらでるんですかね、パネェ。

802 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:49:59 ID:8eyvrRuY0
ストレイボウ、カエル、ジョウイ、(メイメイさん)投下します。

803さよならの行方−trinity in the past− 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:50:57 ID:8eyvrRuY0
手頃な岩に腰掛けながら、空を見上げる。
疎らな雲は数え始めたらすぐに終わってしまいそうなほどに少なく、
陽光は汗ばんだ額を照りつけていた。
光は誰の下にも等しく降り注ぐ。ただ2人の魔王を除いて。
俺<私>は、今此処に生きている誰よりもその2人をよく知っていた。

ストレイボウは、空を見上げながらぼうっとしていた。
先ほど遠間から遠雷のような戦音が聞こえたが、心にさざ波は立たない。
誰かが鍛錬でもしているのだろう、と断じていた。
読みかけのフォルブレイズの頁が風でパラパラとめくれる。
彼ら戦士の鍛錬と違い、魔術師の準備とはかくも地味なものだ。
奇跡か神の御業と錯覚するほどの絢爛豪華な術法を支えるのは、気が遠くなるほどの下準備。
故に、異界の魔術の最高峰『業火の理』を修める術もまた、その魔導書の読解以外にはない。
火属性魔術の強化触媒にするだけならばともかく、その書を行使するにはその理を解するしかないのだ。
水筒の水で唇を少し湿らせる。腹三分目に留めた空腹感は心地よく、脳漿は澄み渡っていた。

ピサロと分かれたストレイボウもまた、己ができることを模索し始めていた。
既に辿り着く場所を定めた彼は他者に比べその道程も明確で、為すべきこともより具体的となる。
己が立つべきその場所にたどり着くまで、彼らの為したいとする願いを、願えるようにすること――――彼らの力となることである。
己が目指す其処は全ての屍に立って到達するべき場所であってはならない。

その準備として、彼は既にアナスタシアの下に赴き、集められたアイテムの中から必要なものを見繕っていた。
神将器フォルブレイズを筆頭に、天罰の杖とクレストグラフを装備する。
生き残りの中で純正の魔術師はストレイボウしかいないので、
魔術師向けの装備を回収するのに他の者に気兼ねをする必要が無かったのはありがたかった。
攻撃用のクレストグラフが無いことは気づいたが、
ほぼ全ての属性に心得を持つストレイボウには不要であったため、さほど気にはしていない。
むしろ、補助魔法の手管が増えることが、彼にとっては好ましく思えた。
たった一人に勝つ為だけに磨き抜いたこの術理が、誰かの力になれるということが嬉しかった。

装備を改めるに当たり、ストレイボウはアナスタシアへの了解を取らなかった。
正確には、了解を得ることが出来なかった。
工具を手に首輪の向かい合いながら佇むアナスタシアを目の当たりにして、声をかけることなど出来なかったのだ。
ルシエドに背中を預け、邪魔にならぬよう髪をまとめ、顎の縁から”つう”と汗を滴らせる彼女に、常の道化めいた気配は微塵もなかった。
視線で首輪に穴をあけてしまいかねないほどの集中を以て、彼女は首輪に相対している。
アナスタシアは首輪に触れることもなくただ首輪を見つめていた。
その様だけを見れば、時間もないのに何を悠長にと思う者もいたかもしれないが、ことストレイボウに限っては違った。
彼<私>には理解できる。彼女は取り戻そうとしていたのだ。
遙か昔に置いてきた指の記憶を、技術者<アーティスト>としてのアナスタシアを。

804さよならの行方−trinity in the past− 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:51:45 ID:8eyvrRuY0
寝そべったまま、ストレイボウはフォルブレイズの横に置いたもう一つの書をみる。
そこにあった手帳のような1冊の書。それこそはマリアベルの遺した土産に他ならない。
気づいていなかったのか、気づいて捨て置いたのか、なんにせよストレイボウはアナスタシアに咎められることなくそれを手にした。
その内容は絶句としかいいようもないものだった。
(無論、序文の傾いたケレン味あふれる文章に、ではない)
真の賢者というものがいるのならば、それあマリアベル=アーミティッジをおいて他にはいないだろう。

その真なる序文をざっと読むだけで、アナスタシアの放送後の行動は納得できる。
彼女の周りには、無数のメモの切れ端があった。
マリアベルが遺した首輪の解除方法の記されたメモだった。
イスラやアキラ、果てはニノやヘクトルのサックにも分散して入っていた様子。
アナスタシアがサックや支給品を一カ所に集めさせたのもこれが理由なのだろう。

そして、そのメモを横目に見た彼<私>は確信する。これでほぼ正解だ。
この通りに分解できれば、少なくとも首輪は無力化できると“今の”ストレイボウは理解できる。
故に、アナスタシアに求められているのはそれを寸分違わず実行できる精度。
だから彼女は取り戻そうとしている。未来に向かうために、記憶の遺跡に預けた過去を。
それはさながら、小さな鑿一つでただの石材から精細な石像を作り上げるようなものだ。
図面も手本もない。あるのは忘却にまみれ、錆びついた指の記憶のみ。
それを以て、錆を少しずつ払い、恐る恐る削りながら、
かつての、聖女になる前のアナスタシア=ルン=ヴァレリアを形成していく。
やり直しなど出来ない。作りだそうとしているのが自分自身の過去である以上、
誤謬があったとしてもその真贋を裁定することはできない。
脳は、平気で嘘をつく。記憶に曖昧なところがあれば、一時の納得のために簡単に適当な想像で欠落を埋めようとする。
だからアナスタシアは、慎重に慎重に、薄氷を踏むように遺跡に潜っている。
嘘などつかぬように、真実だけを求めて、記憶に向かい合っている。

だから、ストレイボウ<私>は何も言わずその場を去った。
理解できるから、何も言わない。これは彼女にしか出来ない戦なのだ。
指の精度は技術者にとって命運を分かつものなのだと知っているが故に。

ストレイボウは、空に翳した自分の指を見つめてため息をついた。
オルステッドや、ヘクトル達ほど太くはない指は、それでもアナスタシアに比べれば大きい。性別の差だった。

(悪いな。俺じゃ、首輪の解体はできない。歯痒いだろうが、許してくれ)

指を見つめながら、此処にはいない誰かに、記憶<ココ>にいる彼女に、謝罪した。
ストレイボウがいずれ来る時に向けて備えていたのは、3つの書物を読み明かすこと。
業火の理、マリアベルの遺言、そして――“彼女の記憶”を。

805さよならの行方−trinity in the past− 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:53:35 ID:8eyvrRuY0
瞼を閉じて、己の内側へと深く深く沈んでいく。肺から空気が抜けきったあたりで、瞼の内側の色が変わる。
自分の知らない風景の光、自分の出会ったことのない人の音、自分が触れることのなかった命。
やがて、その色彩は収束し、自分の知る世界へとたどり着く。
ストレイボウが看取ったその残響を名を、ルッカ=アシュティアと言った。

戦いの中では生き延びることに無我夢中で、その事実の意味に気づく暇もなかったが、
この凪いだ空の下で一呼吸を置けば、改めて自分の中にルッカ=アシュティアの記憶があることを認識できる。

原理は理解できないが、その事実を認められないほどストレイボウは青くはない。
おそらくはあの石――考え得るルッカとの唯一の接点――が、もたらしたものなのだろう、と予測していた。
未経験の記憶が自身に混入するという異常事態を前にしても、ストレイボウは平然――とまではいかなくとも受け入れている。
“封印した記憶を統合する”ならばともかく“まったく新しい記憶を入れる”のならば、その負荷は尋常ではない。
二十年しか生きていない精神<コップ>には、二十年分の記憶<水>しか注げないのだ。
無理に注げば、本来入っていたはずの水が零れてしまう。
だが彼の魂魄は、死してなお心の迷宮で滅んだルクレチアを眺め続けてきた。
気が遠くなるほどに、永遠とすら錯覚するほどに。罪の意識に狂いかけながら。
彼の心は確かに弱かったが、逆に言えばその弱い心は永遠の時間に晒されながらも壊れなかった。
皮肉にも彼は常命の人間では得られない強靱な精神性を有していた。
その広がったココロ全てを飽和させていた罪の意識が僅かでも改まった今ならば、
二十年にも満たない少女の記憶は広大な図書館の書架に納められた一冊の新しい古書にすぎない。
ストレイボウは見るものから見れば異常とも言える自心の剛性を自覚することなく、ルッカという名の古い本を読んでいく。
虫食いもあり、水に濡れて頁が合わさってしまっている場所もある。下手な観測は対象を歪めてしまう。
それでもアナスタシアのように慎重に慎重を重ね、ストレイボウはこの島でのルッカ=アシュティアの記憶までは読み終わっていた。

ルッカ=アシュティアがどのような人物だったかは、カエルに聞いてその触りは掴んでいる。
その際、ストレイボウは彼女の記憶についてカエルに伝えなかった。
聞かれたカエルは多少訝しんでいたが、どうやらアナスタシアとのけじめをつける覚悟を決めたあとだったらしく、深く追求はされなかった。
もっとも、その事実を告げたとしても、ストレイボウはルッカ=アシュティアではない。
魂の欠片があるわけでもない、記憶に付随する生の感情があるわけでもない、
纏う骨と肉の大きさも違うから工具を扱う経験も再現できない。
本当にただの記録。ストレイボウが持っているのはそれだけでしかないのだ。
マリアベルを殺めた罪をアナスタシアが許すことができたとしても、
ルッカを殺めたカエルの罪を赦す資格は己にはないのだ。

(だからこそ、彼女の記憶を無駄にするわけにはいかない)
ストレイボウは背を起こし、対面の岩に壁掛けた2つのアイテムをみる。
ゲートホルダーと、ドッペル君。この島に喚ばれる前の彼女の記憶を喚起する触媒として持ってきたものだった。
それを見つめれば、完璧にとは言わないまでも、朧気に彼女の歩んだ冒険の軌跡が浮かぶ。
このゲートホルダーは、きっと彼女の冒険の中心にあったのだろう。
そして、この人間そのものとしか思えない人形に、ストレイボウは思う。
クロノ。彼女の冒険の記憶には、常にこの少年がいた。どの時代にも彼がいた。
きっと、彼は、彼女の中心に限りなく近い場所にあったのだろう。
三人の誰が欠けても始まらなかった。彼と、もう一人の王女と、彼女がこそが……きっと時を越えて星を救う冒険の核だったのだ。

806さよならの行方−trinity in the past− 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:54:28 ID:8eyvrRuY0

(まるで、俺たちと同じ…………いや、邪推か)
彼女の立ち位置に自分を観るなど、彼女に失礼だ。
不意に生じた妄想を振り払い、クロノとゲートホルダーを符丁として彼女の冒険を読み進める。
海底神殿、死の山、太陽石に虹色の貝殻、そして黒の夢。
冒険の終わり、その果てに――『大いなる火<ラヴォス>』はいた。
(ラヴォス……星を喰らうもの……そんな化け物までも、お前は敗者として喚んだというのか、オルステッド)
国一つを滅ぼしたストレイボウとは言え、星というスケールには流石に面を食らう。
だが、いつまでも惚けている暇はなかった。
マリアベルの警告に拠れば、ラヴォスがこの島の中枢に組み込まれている可能性が高いのだ。
カエルがあの雷の刹那に識った事実も、それを補強している。

(戦力として使う……違うな、そんなモノ使わなきゃいけないほど、お前は弱くない。やっぱり、省みさせる為か)
オディオはーー否、オルステッドは完璧だ。力が足りないだとか、
力を欲するという発想から一番遠い場所にいる彼が戦力を喚ぶとは考えられない。
全ては、墓碑に銘を刻むために。
誰もが自分が立つ場所を省みるようにと、祈りを込めて地下墓地を創ったのだ。

(今、それを考えても仕方ない。全てはあいつの前に立ってからだ。だが――)

オルステッドの行為の是非について巡り掛けた想いを、ストレイボウは頭を振って押さえ込む。
それ、に関して論じてはならない。その始まりを作ったのは、他ならぬ自分自身なのだから。
だからこそ、ストレイボウは考えるべきことを考える。
オルステッドにラヴォスの力を得ようとする思惑はないだろう。
だが、彼はどうだろうか。

「…………分かっているのか、ジョウイ。お前が何を手にしようとしているのか」

ジョウイ=ブライト。あの混戦の中で、カエルの持つ紅の暴君を奪い去った少年。
彼はカエルと魔王が潜伏していた遺跡にいるのだろう。
あの遺跡に巨大な力が眠っていることは、雨夜の時点でカエルが告げていた。
恐らくは、そこに行くまで含めて彼の絵図だったのだ。そう思わずには居られないほど、あの逃散は鮮やかすぎた。
10人近い戦力を前に敵対し生きて逃亡できるほどの魔剣の力では飽きたらず、遺跡に眠る力を手に入れようとしているのだろう。
だが、恐らくはジョウイはその力が何であるかを知らないはずだ。
ルッカがジョウイにラヴォスの情報を伝えていない以上、彼がラヴォスについて知る手段はほぼないのだから。
星に寄生し、根を張り、あらゆる生命・技術を吸収し、進化する鉱物生命体。
確かにその力は絶大だ。だが、赤い石に魅せられたものがどうなるかを、ストレイボウ<ルッカ>は古代で知っている。
アレは与えるものではない。奪うものだ。一度魅せられれば、何もかもを奪い尽くされ、下僕とされてしまうだろう。

「そんな力で、理想を形にするというのか」
対峙した時、魔剣で変貌したジョウイは己が目的を告げた。
ストレイボウの憎悪で揺るがない理想の国を、憎しみのない楽園を創るため、オディオを継承する。
そこに一切の虚言は無い。本当に、本気で、それを創るために、彼は力を求めている。
そしてその赤い石と紅い剣の力で、俺たちを討つ心算だ。
人の身に過ぎた力を得たジョウイには時間がない。
ピサロの見立てでは、日没まで。必ず、それまでに彼は動かざるを得ないのだ。

(ならば、俺たちがするべきは……)
1.首輪を外し、日没まで耐え切る。
2.首輪を外し、遺跡に向かいジョウイを倒す。
3.首輪を外し、ジョウイを無視してオディオを探す。

ストレイボウは持ち前の論理性で、自分達が取り得る行動を3つにまで絞り込む。
枝葉末節はさらに分派するだろうが、大凡この3つだ。

807さよならの行方−trinity in the past− 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:55:07 ID:8eyvrRuY0
1は文字通りジョウイの自滅を待つというもの。
現在ストレイボウたちは禁止エリアによって包囲されているが、アナスタシアが首輪を解除出来ればその囲みはなくなる。
いくらジョウイが正体不明な力を持とうが、6人が連動的に動ければ逃げ切りは不可能でもないはずだ。
ジョウイが持て余した力に潰されてから、ゆっくりオディオの居場所を探せばいい。
それに、ジョウイも決して殺人快楽者ではない。殺しきれないと悟れば、無駄を避けて協力する目もあるはずだ。
懸念があるとすれば、ジョウイが復活させる力が自律型――たとえばモンスターのような――であった場合、
ジョウイが死しても動き続ける可能性くらいか。それでも、ジョウイがいなくなれば対処の仕様もあるだろう。

2は先手を取ってジョウイを討つというもの。
ジョウイの懐に飛び込む格好になるが、引き替えにラヴォスの復活を阻止できる可能性がある。
魔王をしてオディオ以上やもと警戒するほどの力、それを復活させることは愉快な状況ではない。
万に一つ――ラヴォスをオルステッドが“終わった後に使う”可能性を考えれば、
ジョウイが罠を張って迎え撃ってくる危険性を差し引いても釣りがくる。

3は、完全な電撃戦。ジョウイもラヴォスも無視してオディオに対面し、この催しそのものを終わらせてしまうこと。
最悪、ジョウイとオディオを二正面で相手にすることになりかねないが――決着は最も早いはずだ。

「尤も、肝心要のアイツの居場所が分からんことには、画餅に過ぎないか」
苦笑を浮かべながらストレイボウは仰向けになった。
詰まるところ、気が急いているのはイスラ達だけではなかったということだろう。
何を話せばいいのかも定まっていない癖に、向かい合いたいという気持ちだけが鞘走っている。

無理もない、と溜息を吐く。
友として、恋敵として、仲間として、宿敵として、罪人として、
生まれ、死に、そして今に至るまでの道の向こうには常にオルステッドがいた。
どれだけ近づいても届かないと思ったその背中。
その背中に、今までにないほど近づいているという確信がある。

俺は、どうすればいいのだろうか。
アイツと向かい合い、その先にあるものをどうしたいのだろうか。
近づく約束の時に向けて、俺は目を閉じ、話したいと思う相手を思い浮かべた。

808さよならの行方−trinity in the past− 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:57:10 ID:8eyvrRuY0
1は文字通りジョウイの自滅を待つというもの。
現在ストレイボウたちは禁止エリアによって包囲されているが、アナスタシアが首輪を解除出来ればその囲みはなくなる。
いくらジョウイが正体不明な力を持とうが、6人が連動的に動ければ逃げ切りは不可能でもないはずだ。
ジョウイが持て余した力に潰されてから、ゆっくりオディオの居場所を探せばいい。
それに、ジョウイも決して殺人快楽者ではない。殺しきれないと悟れば、無駄を避けて協力する目もあるはずだ。
懸念があるとすれば、ジョウイが復活させる力が自律型――たとえばモンスターのような――であった場合、
ジョウイが死しても動き続ける可能性くらいか。それでも、ジョウイがいなくなれば対処の仕様もあるだろう。

2は先手を取ってジョウイを討つというもの。
ジョウイの懐に飛び込む格好になるが、引き替えにラヴォスの復活を阻止できる可能性がある。
魔王をしてオディオ以上やもと警戒するほどの力、それを復活させることは愉快な状況ではない。
万に一つ――ラヴォスをオルステッドが“終わった後に使う”可能性を考えれば、
ジョウイが罠を張って迎え撃ってくる危険性を差し引いても釣りがくる。

3は、完全な電撃戦。ジョウイもラヴォスも無視してオディオに対面し、この催しそのものを終わらせてしまうこと。
最悪、ジョウイとオディオを二正面で相手にすることになりかねないが――決着は最も早いはずだ。

「尤も、肝心要のアイツの居場所が分からんことには、画餅に過ぎないか」
苦笑を浮かべながらストレイボウは仰向けになった。
詰まるところ、気が急いているのはイスラ達だけではなかったということだろう。
何を話せばいいのかも定まっていない癖に、向かい合いたいという気持ちだけが鞘走っている。

無理もない、と溜息を吐く。
友として、恋敵として、仲間として、宿敵として、罪人として、
生まれ、死に、そして今に至るまでの道の向こうには常にオルステッドがいた。
どれだけ近づいても届かないと思ったその背中。
その背中に、今までにないほど近づいているという確信がある。

俺は、どうすればいいのだろうか。
アイツと向かい合い、その先にあるものをどうしたいのだろうか。
近づく約束の時に向けて、俺は目を閉じ、話したいと思う相手を思い浮かべた。

809さよならの行方−trinity in the past− 6 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:58:01 ID:8eyvrRuY0

 ――――・――――・――――・――――・――――・――――


                      [アナスタシア]


    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆       『カエル』 《グレン》
    話し相手を              △
     選んでください     「???」
    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆            ▽
                   [アキラ]

                               「ピサロ」
                      [ストレイボウ]



 ――――・――――・――――・――――・――――・――――

810さよならの行方−trinity in the past− 7 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 18:58:37 ID:8eyvrRuY0
「――――そうだな。まだ、お前の話を聞いちゃいない」

自分自身を省みるようにして、ストレイボウが思い浮かべたのは、一人の少年だった。

ジョウイ。
何が彼を其処まで駆り立てているのか、ストレイボウには見当がつかない。
ただ、皮肉にもルッカの記憶には、ジョウイを知るものが多くいた。
リオウ、ナナミ、ビッキー、そして最後に魔王との闘いに闖入してきたビクトール。
純粋に出会ったと言うだけならばルカ=ブライトも。
話をする時間などほとんどなく擦れ違いのようなものばかりだったが、ルッカはジョウイに所縁ある全ての人物に出会っていた。
誰一人として、ジョウイを警戒していたものはいなかった。
ルカ=ブライトを警戒こそすれ、ジョウイを敵だと思っていた者はいなかったはずだ。
一体、ジョウイ=ブライトというのは“何”なのか。
ビクトールという男がジョウイとルッカを逃がしたということは、少なくとも信ずるべき何かはあったということか。
(そういえば辛うじてルッカとまともに会話できたビッキーだけは、言葉を濁していたな)
ふと、ルッカの記憶を眺めながらストレイボウは思った。
ルッカに自身の知る者を説明するとき、リオウとナナミとビクトールの情報量は多いのに、ルカとジョウイの情報量が極端に少なかった。
知らなかったのか、あるいは“語りたくなかった”のか。

何にせよ、はっきりしていることが1つ。
ルッカの記憶を継承したストレイボウは、この場の誰よりも残る2人の敵対者に縁深い者になっていた。

なにより、あのカエルとの決着の時、怯んだ自分の背中を押しとどめてくれたのは、他でもないジョウイだった。
たとえそれが紅の暴君を手に入れるための演技だったとしても、あの血塗れの叫びが嘘だとはストレイボウには想えない。
「一方的に吐かれた言葉で、何が分かる。一方的に聞いた言葉で、何が伝わる。
 俺はまだ、オルステッドとも、お前とも会話しちゃいない」
ストレイボウの望みは、彼らにしたいようにあってほしいということ。
そしてそれは、ジョウイさえも例外ではない。

一方の視点にだけ立って全てを断じてはならない。
真の決断とはそんな安易なものではない。
ジョウイの願い。それを理解せずして、決断も何もない。

だから、願った。距離も、禁止エリアも、己を取り巻く状況全てを省みずただ純粋に想った。

――――果たして、それは奇跡だったのか。

ヴン、と僅かなノイズが耳を穿ち、ストレイボウは背を起こして目を開く。
其処には、ほんの小さな、本当に小さな『穴』があった。
蒼くどこまでも蒼く渦巻く穴は、次元の底まで届くかと錯覚するほどに深い。
そして、その穴を、ストレイボウ<私>は知っていた。

「ゲート……?」

811さよならの行方−trinity in the past− 8 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:00:06 ID:8eyvrRuY0
ゲート、時間と空間を越えて通じる世界の穴。ルッカ達の運命を大きく変えた扉が、そこにあった。
「なんで、いきなりここに……」
目の前の光景に、ストレイボウは驚きを隠せなかった。
ついさっきまで無かったものが、いきなり目の前に現れたのだ。
まるでストレイボウの話を聞いていたかのように。
だが、驚嘆の時間などないとばかりに、ゲートはその形を歪め始めた。
傷口をふさぐようにして、ゲートが収縮していく。
「くっ」
ストレイボウはとっさにゲートホルダーを起動させ、ゲートを励起状態へ引き戻す。
だが、イレギュラーなゲートであるが故か、保持力を越えて収縮をしようとしている。
「くそッ、出力限界解除! おい、皆――――うおぁああああ!!!」
ストレイボウは手慣れた所作でゲートホルダーの力を限界以上に引き出し、ゲートを固定させようとした。
だが、それが逆にゲートを過剰励起……暴走させ、ストレイボウを飲み込もうとする。
「なんで暴走――ん、首輪が3つ光って――4つ……?――ああッ!!」
参考までにと拝領した、アナスタシアが分解し終えた首輪の中の感応石を見て、ストレイボウは気づく。
ゲートを安定させるゲートホルダーではあるが、それには条件がある。
それはゲートに入れるのは『3人』までということ。4人以上で入ればゲートは安定を失いまったく別の場所へ飛ばされてしまう。
感応石、人の意志を伝える石を持っていたストレイボウは、図らずも1人であり4人だった。

「くそ、俺は、こんなところで死ぬわけには……ッ!!」

叫ぶこともままならず、がむしゃらに装備をかき集めながら、ストレイボウはゲートに吸い込まれていく。
行く先は時の最果てか。そうであろうがそうでなかろうが、今はまだ死ねないのだ。

今は、まだ。

812さよならの行方−trinity in the past− 9 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:00:44 ID:8eyvrRuY0
長い長い時流に曝されて散り散りになった精神が浮上する。
一瞬とも永遠とも思える時の狭間を抜けたストレイボウの視覚に映ったのは、町だった。
「ここは…………」
整備された石造りの街路、整然と並んだ民家。
「こ、こは…………」
ストレイボウの両脇には、鳥の形をした噴水が水を湛えている。
「こ、こ、は…………ッ!?」
落ち着いたはずの呼吸を再び乱れさせながら、ストレイボウは目を泳がせて正面を向く。
そこに聳えるは、白亜の城。城と呼ぶにふさわしい荘厳な意匠をストレイボウは知っている。
忘れるわけがない。忘れていいはずがない。この手で終わらせた王国の名前を。

「―――――――ルクレチアだとォッ!!」

ルクレチア王国。魂の牢で永劫見続けたあの地獄が、寸分違わぬ姿でそこにあった。
ストレイボウは唾を飲み込み、目を見開く。
錯覚ではない。これは、紛う事なきルクレチアだ。
膝が笑い、歯の鳴る音が止まらない。立つことすらままならず、
ストレイボウは広場の中央で――あの武闘大会の会場だった――尻餅をついてしまう。
無理だった。頭がいくら否定しようとしても、全神経が屈服している。

「な、なんで、あそこに、戻ってきたって」

己の罪そのものを前に、正常な判断など叶うべくはずもなかった。
だが、ほんの僅か、あの島で経たほんの僅かの何かが、ストレイボウに気づかせる。
空がどこまでも黒く、噴水はどこまでも濁り、城壁は骨のように白い。
余韻すらない。ここは、どうしようもなく『死んでいる』のだと。
「いったい、此処は――」
そう言い掛けたストレイボウの口を止めたのは背中を引く妙な感触だった。
マントの裾を引かれたような感触に、ストレイボウが背中を向く。

手だった。小さな、小さな子供の手が、街路から生えていた。
生えた手が、無邪気に、母のスカートを引くようにしてストレイボウを引いている。
「あ、あ――あああああ”あ”ッ!!!」
それにあわてて多々良を踏みながら飛び退き、家の壁にぶつかる。
だが、そこには石の堅さは無かった。抱き留めた腕の柔らかさだけがあった。
「うあ、く、来るな、来るんじゃないッ!!」
理解も納得も超越して、ストレイボウは子供のように腕を振って飛び跳ねる。
鳴り叫ぶ心臓と呼吸にかき乱されながら、ストレイボウは広場の中央に立って周囲を見渡す。
何が家だ、何が町だ、何が城だ。これは肉だ、これは血だ、これは骨だ。
城壁が変化し、身を鎧った兵士になる。町が変生し、人間になる。
ストレイボウは知っていた。覚えてしまっていた。
オルステッドを勇者と讃えた兵士達、オルステッドの出陣を見送った国民達。
オルステッドを捕らえようとした兵士達、ストレイボウに扇動されてオルステッドを魔王と蔑んだ国民達。

彼の憎悪が生み出した全ての結果が此処にあった。

813さよならの行方−trinity in the past− 10 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:01:27 ID:8eyvrRuY0
ストレイボウは確信する。
ここはルクレチアですらない。ルクレチアという形に鋳造された死そのものだ。
彼らはストレイボウをじっと見つめ、ゆっくりと歩いてくる。抱き留めるように手を広げながら、何の敵愾心もなく。
当然だ。彼らは真実を知らない。否、真実は死したときに決している。
彼らにとって、彼らを殺したのは魔王オルステッドで、
ストレイボウは魔王に殺された哀れな“同胞”――――共にこの宇宙を構成する細胞なのだ。
だから、何の敵意もなく、何の恨みもなく、ただ同じものであるが故に、ストレイボウを迎え入れる。
あるべき場所へ、我らと同じ場所へ、帰るべき場所へと。

「すまん……すまない……ごめんなさい……ッ!!」

もはや立つこともままならない有様で、ストレイボウは尻餅をついたまま後ずさる。
アレに抱かれたら、取り込まれる。そう分かっていても、ストレイボウは何も出来なかった。
彼らに何が出来る。何も出来はしない。何も出来はしまい。
心をどれだけ改めようが、自分を改めようが、彼らは変わらない。
今ここで全ての真実を暴露しても、彼らに何の意味も付加できない。
自分を変えることはできても、彼らを変えることは出来ない。
自分は今“生きていて”彼らは“死んでいる”からだ。自分は勝者で、彼らは敗者だからだ。
死せるものに、終わってしまったものに、生あるものの手は届かない。故に報いることはできない。

――――強奪者どもよ。
    ――――屍の頂点で命の尊さを謳う滑稽さを自覚せよ
        ――――なれの果てとなった“想い”を足蹴にして、自身の“想い”を主張するがいい

震え砕けかけた頭で、ストレイボウはオディオの、オルステッドの言葉の真を理解した気がした。
勝者が敗者に出来ることはただ一つ。共に敗者として墓碑に名を刻むこと。
死して共にあることだけだ。

「でも、でも…………た、頼む……」
だが、ストレイボウは震える唇を動かし、辛うじてつぶやく。
「もう少し、待ってくれ…………俺は、俺は…………まだ、まだなんだ……」
死に包囲された中で、このまま墓碑に沈む訳には行かないと、哀願する。
自分はまだ何にも成れていないのだと。このまま其処に戻るわけには行かないのだと。
身の程を知り尽くしてなお、そう懇願した。
死都はその願いなど無視してストレイボウを取り込もうとする。
それはもう本能――否、ただの機構なのだ。生あるものの声で死は変化しない。
それでもストレイボウは叫びながら、死に沈みゆく中で手を伸ばす。

「俺は、まだ、オルステッドに何一つ応えていないんだ……ッ!!」

814さよならの行方−trinity in the past− 11 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:02:44 ID:8eyvrRuY0
その時、その手を掴むものがいた。ストレイボウの片手を握る小さな両手の感触を、ストレイボウは感じていた。
「!?」
驚愕と共に、ぐい、と引っ張られ、ストレイボウはルクレチアへと浮上する。
「い、いったい、って、うああ!」
何事かと口にするよりも早く、再び腕を引かれ、ストレイボウの体は南に送られる。
よろよろと足をもつれさせながら、手を引かれたストレイボウは無数の住人が遠くなっていくのを見ていた。
彼らはストレイボウを追おうとはしていない。“してはならないと命令されたように”。
だが、そんなことよりもストレイボウは、手を握った誰かを確認しようと前を向こうとする。
「き、あなたは――」
【サルベージポイント1500mpz――――繋がったッ! 正門から出て下さいッ!!】
そう声をかけようとすると脳裏に直接声が響き、前方の正門が、オルステッドと共に旅立った始まりの門が眩い光を放った。
掴む誰かの姿は影すら映さず、ストレイボウの意識は門の向こう側へと送還される。
残ったのは、その手に伝わった冷たい柔らかさだけだった。


「ぶはぁ!!」

ストレイボウが泥の中から顔を出す。
息も絶え絶えに周囲を見渡せば、そこはルクレチアなどではなく、無限に広がる碧き泥の海だった。
「い、今のは幻か?」
夢でも見ていたのかと一瞬頭をよぎるが、すぐに首を振って否定する。
あの否応のない死の感覚と、手の感触が残っていた。

「K――QPpZQKKQuuuuqZiziGxuZoooppZqqqxuiii!!!!」

それ以上の思考を遮るように、鳴き声のような流動音と共に泥が戦慄く。
異物を検知した、あるいは同胞を捕捉したのか。
どちらにしてもやるべきことは同じと、本能に従って泥に飲み込もうとする。
「ラ、ラヴォス!?」
その形態の多様性に、ストレイボウは無意識にそう叫んでいた。
ラヴォスはその鈍重な外見に反し、あらゆる進化の方向性に適応できるようになっている。
ならば、この無形の泥は、ラヴォスの肉としてこれほどふさわしいものは他にない。
だが、そんな思考はストレイボウの命を長らえさせるのに少なくとも今は何の役に立たない。
触手と化した泥が、ストレイボウめがけて疾走する。
が、突如ストレイボウの眼前を横切った黒い何かが、その泥を阻害する。

「た、盾ッ!?」
「外套<マント>――輝きませんが」

ストレイボウと泥の間に立つはジョウイ=ブライト。
白貌と片目を覆う銀髪――抜剣の証を携えながら、かの男を守るようにして黒き外套を靡かせている。
「呼ばれて刃を押し取り来てみれば……何をしているんですか」
否、比喩ではない。武器も紋章も携えず困り顔をしてみせるジョウイの代わりとばかりに、
その身を鎧った魔王ジャキの外套が泥を弾いているのだ。
「その魔力――魔剣の力を、徹しているのかッ!?」
「抜剣覚醒の余録です。児戯のようなものですが、生まれてすらない子供にはこれで十分」
ただの布であるはずの外套を満たす異常の魔力を感じ取ったストレイボウに応えるように、
外套がストレイボウとジョウイを中心とした周囲を一気に薙払う。
血染めのような外套が、その白き内側へと踏み入らせぬとするように。
泥が形状を喪った瞬間を見抜き、彼の外套はその裾を泥に突き立てる。
そして、その接触を介してジョウイは泥と共界線を接続した。
「――――ッ! ……餓えているんだろう……僕、モ、同ジだ……ッ……
 もう少し、もう少し待ってくれ……もうすぐ、“揃う”かラ……」
喉を裂いた穴から漏れるような声で、ジョウイは泥の想いを汲み取る。
脂汗を流し血管を浮き立たせながら、その飢えを、その渇きを、抱きしめるように共有する。

「必ず、あなたを、連れて行く、から……ッッ!!」

815さよならの行方−trinity in the past− 12 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:03:17 ID:8eyvrRuY0
その宣誓と共に、泥は力を失ったように海へと形を変えていく。
泥の意志など、想いなど最初から無かったかのように。
想いの果てに凪いだ海で佇む外套の少年のその有様に、ストレイボウは、言いようもない悪寒を覚えた。

「……何故、いや、そもそもどうやってここに?」
呆然とするストレイボウの前で魔力が霧散し、抜剣覚醒が解除される。
息を荒げながら、ジョウイは横目でストレイボウを睨んだ。ストレイボウはたまらず息をのむ。
抜剣の変身を差し引いても、あの乱戦の中で別れてからジョウイの姿は一変していた。
魔王の外套こそ変わらないものの、その中の装束は青年のそれから明らかな軍服――士官級のそれへー―と変わっていた。
そしてもう一つ、布で縛られた右眼が視線を引く。まるで、何かを封じているかのように。
「あ、いや、いきなり俺の目の前にゲートが開いて、ああ、ゲートと言うのは……」
突然の質問に、ストレイボウは半ば反射的に答える。
杖を握らなかったのが自分でも不思議だった。状況に比べて、ジョウイの殺気がそれほど感じられなかったからか、あるいは。
「……真逆、な」
突然のゲート発生と暴走による転移について聞いたジョウイは目を細める。
だが、思考を切り替えるようにして再び凍った視線でストレイボウを射抜いた。
「いずれにせよ、丁重に帰す理由はないのですが」
ジョウイの一言で、外套が再びざわめく。
彼がここにいるということは、ここは遺跡の中、ジョウイの陣地ということか。
ならば、敵陣にノコノコと一人現れた間抜けを見逃す必要など無い。
じわりと香る戦闘の空気を前に、ストレイボウは言った。

 ・戦いになると言うなら容赦はしないッ!
 ・あのルクレチアはいったい何だ?
 ・そんなことより焼きそば食べたい。

→・あのルクレチアはいったい何だ?

その言葉に、ジョウイの目が見開かれる。
それは確かな動揺であったのか、今にも刃と化さんとしていた外套がジョウイへと収束する。
「一体、何の話を……」
「とぼけるな! あの町並み、城壁! 何もかもがあの時のままある癖に、何一つ残ってないあの死んだ町は、なんなんだ!!」
一瞬しらを切ろうとしたジョウイに食い下がり、ストレイボウが先ほどまでの動揺を塗りつぶすような剣幕で問いつめる。
明確な死の具現。何処までも熱のないあの地獄が、錯覚であるはずがない。
あれを問わずにいることは、ジョウイと戦うよりも恐ろしかった。
「……やはり、見たんですか。そうか、泥に沈めた僕の感応石と通じたのか……」
忘れてくれていれば良かったのに、そう顔に滲ませながらジョウイは唇を噛む。
「貴方が知る必要は、ありません」
だが、ジョウイは何も言わない。口を噤むジョウイに、ストレイボウは言った。

 ・……ラヴォス、なんだろう?
 ・答えろ、ジョウイ!
 ・下の口に聞いてやろうか?

→・……ラヴォス、なんだろう?

ジョウイの肩がびくりと震える。それはほんの一瞬であったが、ストレイボウに確信めいたものを抱かせるには十分だった。
「マリアベルは、この島の中心にラヴォスがいると考えていた。
ラヴォスは人を自然を喰らい、その情報を蓄積する。あのルクレチアは、蓄積されたモノそのものじゃないのか?」
思考を纏めながら、ストレイボウはその仮説をジョウイに提示する。
ルッカの記憶にあった、ラヴォスとの最終決戦。原始から未来に至る全てが集積したような空間の感覚を、あのルクレチアに覚えたのだ。
「ラヴォスについて……知っているのですか?」
ストレイボウの問いに、初めてジョウイは意外そうな表情を浮かべる。
ラヴォスについて知っているのは当然としても、ラヴォスそのものについてストレイボウが知っているはずが無いはずだからだ。
「お前は知らないんだろう、ラヴォスを。アレは、人の手で制御できるようなものじゃない。あれは……」
ジョウイがラヴォスに対する知識がないことを見て取ったストレイボウは、
自分が読み解けた限りのラヴォスの生態・性質をジョウイに伝える。
自分が如何に不味いモノを蘇らせようとしているのかを伝えるために。

816さよならの行方−trinity in the past− 13 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:04:15 ID:8eyvrRuY0
「……そういうことですか。星を喰らうもの……やはり獣の紋章以上か」
説明を聞いたジョウイは漸く得心いったという様子を見せる。
唯一欠けていたピースをパズルにはめ込んだような様子だった。
ジョウイはしばし考え、やがて意を決したようにストレイボウへと向き直ると、その右手の紋章が輝き出す。
『マリアベルさんの仮説は概ね当たっています』
ストレイボウの脳裏に声ならぬ聲が伝わる。ストレイボウが握った首輪の感応石を経由して接続された思念が、ストレイボウに伝わる。
『ラヴォスの幼体――プチラヴォスの亡霊を憑依させたグラブ・ル・ガブルによる新生ラヴォス……
 それが、死を喰らうもの。死せるルクレチアの夢を見るモノであり、僕が蘇らせようと、否、誕生させようとするモノです』
そうして、ジョウイは感応石を用いたオディオに届かぬ思念話にて死喰いについて語り出す。
ラヴォスについての情報の対価か、あるいは……目の前の人物ならば、仕方がないというかのように。

『そんなものが、この島に……そうか、だから墓標<エピタフ>……』
ジョウイの説明を聞いて、ストレイボウは理解と共に立ちくらみを覚えた。
首輪などを通じてこの島で生じた怒り、嘆き、憎しみ――想いを喰らったラヴォスの亡霊が、
星の命そのものであるグラブ・ル・ガブルを肉として再び誕生する。
正負問わず、どのような想いも生と死の刹那に最大の輝きを見せる。
この島で戦い、惑い、そして死んだ者たちは、並々ならぬ想いを抱いて死んだだろう。
その輝く想いを喰らいて生まれるが故に――――『死を喰らうもの』。
敗者の存在を世界に刻みつけるそのモニュメントの存在に、ストレイボウは改めてオルステッドの憎悪の深さに気が遠くなる。
その慟哭に比べれば、生前にストレイボウが抱いた憎悪など無に等しいではないか。

『その想いをこの泥の中に留めたのが、あのルクレチア……はは、意趣返しにしちゃ上出来すぎる』

泥が静かに流れる海に、笑いが漏れた。
そうとしか言いようが無く、そう振る舞うより無かった。
オディオが――オルステッドがやろうとしていることは、そう難しいことではない。
つまるところ、ストレイボウが閉じこめられたあの牢獄を8つの世界にまで拡張したということだ。
それを、勝者に見せつける。勝者に敗者の存在を刻みつける。
「変わらないな、俺も、お前も……」
その笑いは、果たして何が生じさせたものだったか。ストレイボウには理解できなかった。

『で、お前はそれを誕生させようとしているわけか』
『……ええ。僕の目的を達するために』

ひとしきり体内の不明確な感情が吐き出された後、ストレイボウは改めてジョウイに向かい合う。
乾いた血のように赤黒い外套と、真白い軍服。相反しながらも相似する衣を纏う少年の返事に、ストレイボウは意を決し、手の中の感応石を握りしめた。

817さよならの行方−trinity in the past− 14 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:04:51 ID:8eyvrRuY0
『ここに――ここが分かっていた訳じゃないが――来たのは、お前とも話をしたかったからだ』
ジョウイは無言のまま、ストレイボウを見据える。
『ラヴォスがどんなものかはこれで分かったはずだ。お前の――いいや、誰の手にも収まるものじゃない。
 だが、それでも死喰いを力にしようとするんだろう。そこまでして願うお前の意志を、改めて聞かせてほしい』
『……言ったはずです。理想の実現。そのために、オディオの力――憎悪を継承する。それが僕の願いです』
ストレイボウの問いに、ジョウイが答える。その眼には険こそ無いものの、目を逸らすことはなかった。
『そのために、勝者となるつもりだった、ってことか。いつからだ?』
『……いつからと言われれば、最初から。それこそ、この島に呼ばれる前から。
 改めて名乗りましょう。僕の名はジョウイ=ブライト。ルカ=ブライトの義弟であり、ビクトールさん達の敵です』
揺らめく泥の輝きの中で淡々と告げられたその真実に、ストレイボウは、ああと納得した。
ビッキーの違和感、ビクトールとジョウイのやりとりの真意。
ジョウイは、ジョウイ=ブライトはルカ側の人間――ビッキーやナナミ達の敵陣営だったのだ。
『なのに、義兄を、ルカを殺そうとしていたのか』
『彼女の記憶があるのなら分かるでしょう。アレは殺しすぎますから』
なるほど、とルッカ越しにルカの姿を垣間見たストレイボウは唸った。
この世全ての人類を鏖殺しても飽き足らないルカの殺意は、道具として用いるには劇薬過ぎる。
だからお前達の中に隠れていたのだと、ジョウイは言外にそう含めた。
ルカや魔王のような強大な殺戮者と相喰らわせて数を減らし、最後に勝つためにいたのだと。

『……その最後に勝つための力が、あの魔剣であり、死喰いか』
『ええ。その力を以て貴方たちを倒し、オディオの力を手に入れる。
 世界を越えて通じるあの力、こんな無駄な催しなんかに使うのは宝の持ち腐れです。
 アレに使わせる位なら、僕が貰う。あの力を以て、僕達の理想の楽園を創る』

そう言ってジョウイは右手の紋章を翳してその野望を示す。
それはジョウイ=ブライトがこの島に呼び出された時から抱いた祈り。
ルカ=ブライトよりブライト王家を簒奪し、ビッキー達のいた都市同盟に破れた国王が、
オディオの力に魅せられ、今一度理想を再興するべく暗躍していたのだと。
間違ってはいない、とストレイボウは思う。
ピサロの話に拠れば、ジョウイはセッツァー達と接触していたらしい。
形の上ではセッツァーに出し抜かれた格好であるが、ことが全て明るみになった今では、自身が裏舞台に潜み続けるために立てた役者に過ぎないのは明らかだ。
間違ってはいない。嘘はついてはいない。理解は出来る。
そんなジョウイの回答に、ストレイボウは再び口を開いた。

 ・そこまでして優勝したいのか?
 ・……何故死喰いを動かさない?
 ・ああ、うん。お前疲れてるんだよ。お薬飲もっか。黄色いの。

→・……何故死喰いを動かさない?

『……どういう、意味ですか?』
ストレイボウの再度の問いに、ジョウイは眉をひそめた。表情には明らかな警戒が浮かぶ。
『言葉通りの意味だ。此処までの話を考えると、お前は今にも死喰いを誕生させられるはずだ。何故しない?』
ジョウイが語ったその目的と行動。ストレイボウがいぶかしんだのは動機ではなく、その行動だった。
今までのストレイボウならば、その動機についてさらに尋ねていただろうが、脳裏の歯車を刻む砂粒の違和感が、それを翻した。
『簡単ですよ。言ったとおり、死喰いは死を喰らってより完全なものとなる。
 ならば、より死を喰わせれば誕生したときにより強い力となる。
 なら、先に僕が貴方たちをある程度殺した上で誕生させれば、より確実に優勝できるじゃないですか』
何のことはない、とジョウイは理由を語る。死喰いを完全なものに近づけて、より強大な力を得る為なのだと。
『……ああ、そういうことか』
ストレイボウは改めて納得したように頷き、そして理解した。


『――――完成させた死喰いで、オディオを殺すつもりか』
ジョウイの答えの、裏側の真実を。

818さよならの行方−trinity in the past− 15 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:05:28 ID:8eyvrRuY0
『……なに、を』
『お前がただ力を盲信している奴なら、それでも納得できたさ。
 だが、そう考えるには頭の回転を見せすぎた。なんというか、科学的じゃないんだよ』
そう、ストレイボウが感じたのは違和感――ジョウイの行動の整合性のなさだ。
『もうセッツァーも魔王もいない今、待っていてもお前より先に俺たちが死ぬ可能性は限りなく低い。
 死喰いを成長させるには、お前が殺しに動くしかない。
 だけど、俺たちを殺すための武器を鍛えるために、俺たちを殺しに来るってのは明らかにおかしい。目的と手段の順番が違う』
そう、この順番こそが違和感の正体。ジョウイが優勝を狙うのであれば、
とにかく自分以外の誰かを生き残りにけしかけ、自分が動くのは最後でなければおかしい。
ならばとにかく不完全だろうが、死喰いを誕生させてストレイボウ達にけしかけ、弱らせたところを襲えばいいのだ。
先に生き残りを殺せば、より死喰いは強くなるかもしれないが、
生き残りを殺せば殺すだけジョウイが有利になり、死喰いそのものが不要になる。
あの立ち回りを見せたジョウイならばその程度の計算が出来ないわけがない。
その計算を破棄してまで完成を優先させ、待ちかまえている理由。

それがあるとするならば、ストレイボウ達全員を殺してなお、
完全なる死喰いの力を使うべき相手が残っているということに他なら無い。

『お前が死喰いを誕生させようとしてるのは、俺たちに向けてじゃない。オディオとの戦いを見据えてだ』

順番が逆なのではなく、順番に続きがあった。
優勝した後のことまで含めてジョウイは状況を見据えている。
それこそが、矛盾しかけたように見えるジョウイのロジックの正体だ。
『……本当に、混じってるんですね。手厳しさが違う』
そこで観念したようにジョウイは額に頭を中てた。
『ここに来るまでは、最初の予定通り、すぐに起動させてけしかけるつもりでしたよ。
 ですが、オディオと会話してこの墓標を知り、確信しました』
やはり当初の予定ではストレイボウの看破した通り、乱戦収束後に速やかに死喰いによる攻撃を仕掛ける腹積もりだったのだろう。
ジョウイ自身にも時間は無く、なにより彼の偉大なるオスティア候の死を奪ってまで得たものに報いることが出来ない故に。
だが、死喰いを知り、その本質を知り、ジョウイは方針を変えざるを得なかった。

『オディオは絶対に願いを叶えません。ことに、僕の願いだけは』

オディオが、ジョウイの願いだけは叶えないと知ってしまったが故に。

『どういうことだ?』
『僕の願いとオディオの願いは、本質的に相容れない。
 今、優勝すれば願いを叶えると口では言えても、必ず最後には否定する。否、そうせざるを得ない。
 それは絶対に絶対――“ユーリルが、救われぬものを救わないようなもの”なんですよ』
自嘲するように、ジョウイは細めて空洞の天井を見つめる。
それが、オディオを見つめていることはストレイボウにも理解できた。
『素直に渡して貰えるならば構わない。ですが、その備えを怠るほど莫迦にもなれない。
 そう思わせるほど、僕の願いは奴と致命的に相容れない』
ストレイボウが知らない何かを知ったその瞳が、明らかな敵意を湛えていることも。

819さよならの行方−trinity in the past− 16 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:06:08 ID:8eyvrRuY0
「……止めろ」
ストレイボウの言葉に、ジョウイはぴくりと眉を動かす。
「優勝したいというだけなら止めやしない。だけど、無駄死なら話は別だ。
 オディオには、アイツには勝てない。お前がどれほど策を練り、力を得ても、ダメだ。
 戦った俺だからわかる。アイツはそういうものじゃないんだよ」
自分が何を言っているのか、ストレイボウは言いながら気づいたが、言葉は止められなかった。
策を弄し、力を集め、どれほど絶望にたたき落としてもアイツは――オルステッドは立ち上がった。
その眩いばかりの光をどれだけ呪い、どれだけ疎んだか、ストレイボウは誰よりも知っている。
だからこそ、先駆者としてジョウイに諭す。
お前が今歩んでいる道は、紛れもなくかつて自分が歩んだ道なのだと。
だから往くな、その先には断崖しかないのだと。

「……なぜ分からないんだ……だからじゃないか……」
ぼそりと呟かれた言葉を最後に、会話が途切れる。
しばし、否、それなりの静寂の後、ジョウイがゆっくりと念を伝えた。
たっぷりの逡巡の後に、覚悟を決めたように“諸刃の剣を差し出す”。


『……貴方たちのいるC7の遙か上空。そこに隠れた八面体のモニュメントに、オディオは居ます』
「!?」


ストレイボウが驚くよりも早く、ジョウイは告げる。
『文化体系から見て恐らくは、ちょこちゃんの世界の構造物――奇怪な作りではありますが、城でしょう。
 ウィザードリィステルスか何かで位相をズラしてはいますが』
告げられたのは、オディオの居場所。ストレイボウが喉から手が出るほど知りたい情報だ。
そして、情報はそれだけではない。
『その空中の城には――最初から傷がありました。そして、其処に船があります。
 銀色の翼を持った船が2つ……彼女は、この名を知っているんじゃないんですか?』
ジョウイが、核識を通じて観た映像をストレイボウの脳裏に送る。
「し……ッ!」
突然浮かんだ光景は、あまりに不鮮明。周囲は暗がりに包まれ、整った石畳と怪しげな赤い文様。
そしてその一部に腫瘍のように白い船がめり込んでいる。
このモニュメントに突撃したのだろう。飛行船として要となる骨が幾つも破砕しており
一目見ただけでこれが使用不可能であることは想像に難くない。
だが、そんなものなどたちまち脳裏からはじき出される。目の前に見えたそれに比べれば。
叫んでしまいそうな言葉を慌てて口元を塞いで止める。
問題は壊れた船ではない。その格納庫に収められた翼だ。
そこに映ったのは、白銀の鳥のような機械――それをストレイボウ<私>は知っていたのだから。

『シルバード、だとぉ……ッ!?』

820さよならの行方−trinity in the past− 17 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:07:34 ID:8eyvrRuY0
操縦席も、装甲も、ジェット装置も、何一つ疑う余地もなく、彼女の知識がその存在を肯定する。
まるで方舟の代わりとばかりに置かれたのは、時を越える翼に他なら無かった。

『やはりですか。ですが、座標データがなければ航行もままなりません。それらはデータタブレットによって――』
『ちょ、ちょっと待て!』
続けて説明しようとするジョウイを、ストレイボウは手で制する。
『なんでそんなことを知っているか……はこの際置いておく。
 この局面でそんな嘘をついてもお前にメリットがないのも分かる……何故そんな話をする?』
沈黙するジョウイに、ストレイボウは言葉を続けた。
『お前は、俺たちを殺すつもりじゃないのか?』
『……したいように、あってほしい。それが貴方の願いでしたね』
ストレイボウの問いに、ジョウイは顔を歪めてそう応じた。
『貴方たちを皆殺して死喰いを真に完成させてれば、五分の勝負に持ち込める……僕はそう観ています。
 逆に言えば、そこまでいって漸く五分。今の不完全な状態で誕生させても、
 そこに“僕がかき集めたもの”を足しても……ゼロが幾つ付くか分かったものじゃない』
死喰い、始まりの紋章、魔剣、蒼き門、核識、亡霊、そして魔法。全てを擲ってジョウイが背負う力は絶大だ。
それでもなお、ジョウイとオディオの差は開いている。残る6人の屍を積み上げて、漸く剣が届くかどうかの距離だ。
『――――ですが、ゼロではない。それは努力次第で無限に広がるということ』
そのジョウイの言葉に、ストレイボウは黒鉄の英雄の背中を錯覚した。
彼ならば言いそうな言葉で、彼のような無表情で淡々と告げた。

『貴方たちを殺さずに済むのなら、奇跡に賭けてもいい』

本当に、阿呆のような素直さで、ハッピーエンドを目指してもいいと告げた。
唖然とするストレイボウの無言を肯定と受け取ったか。ジョウイは話を続ける。
『貴方たちにとっても、決して悪い条件ではないはずだ。
 ……というよりも、そも前提として貴方たちがオディオと戦う意味がない』
二の句を継ぐことすらできず押し黙るストレイボウに、ジョウイは言葉を続ける。
『アキラはヒーローになりたい。ピサロはロザリーの意志を継ぎたい。
 アナスタシアさんは生きたい。カエルは闇の勇者として闇の中の者の標になりたい。
 ……これらの願いは、オディオの有無に関係がない。
 オディオが王座にある時――日常<きのう>に帰れば出来ることです』
ジョウイは生き残った者達の願いを告げ、その共通性を語る。
これらは彼らの内側よりわき出た尊き祈り。オディオによって押しつけられたものではない、オディオと関係のない純粋な祈り。
故に“それは、オディオの統べる世界でも叶う祈りだ”。

『オディオに言わせれば、屍を積み上げた醜い祈りだというのでしょうが……そんなの言わせておけばいい。
 オディオにとって醜かろうが、貴方たちが光と信じるならばそれで十分じゃないですか。
 アシュレー=ウィンチェスターならば、恥じることなく言うでしょう。それこそが、自分が帰るべき場所なのだと』

821さよならの行方−trinity in the past− 18 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:08:06 ID:8eyvrRuY0
そう、たとえこの世界がオディオの言うおぞましき争いの世界だとしても、
それが今まで彼らが生きてきた荒野であるならば、そこで咲き誇ることになんの咎があろうか。
オディオが闇と言うもの、彼らが光と仰ぐものは“同じ”なのだから。
『故に、オディオと彼らが相対することに意味はない。
 彼らが言祝ぐモノも、オディオが呪うモノも同じなのだから』
故に無意味。道が同じで、進む方向も同じなのだ。
ただ、道が青く見えるか赤く見えるかという認識の違いだけでしかないのなら、衝突する道理がない。

「ならば、貴方たちがこれ以上戦う理由もないはずだ」

ジョウイは書物をそらんじるような平坦さで事実を告げる。
オルステッドが勝ってオディオを続けようが、ジョウイが勝ってオディオになろうが、世界は残る。
ジョウイの楽園か、オディオの地獄か――残った方の世界で生きていけと、ジョウイはにべもなく言っていた。

『ただ、シルバードで脱出するには、この世界の座標データが必要です。
 そしてそのデータは、データタブレットを3つ揃える必要がある。
 オディオなりの様式美でしょう。そしてそのうちの1つは――』

(何を、何を考えていやがる)

続くジョウイの言葉が、遠くなっていく。
もはや、ジョウイの言葉の整合性・信憑性を疑う気にすら起きない。
“なぜそこまで複数の世界の知識を掌握できているのか”
“なぜこの場にいながらそれを把握できるのか”
――そんな、本来ならば気にかけるべきことさえも、気にならなかった。
多分、ジョウイは本当のことを言っている。自分で調べ上げた情報を提供している。
だからこそ理解できない。それほどまでに、目の前の存在は真っ直ぐに歪んでいた。
ふつうに考えれば当然だろう。
ここまでの事をしておいて、戦うのを止めてもいい、などと言った人間を誰が信じられるか。
まだ、嘘をついてくれていた方がマシだ。
(なんでそんなに、甘くいられる)
だが、ストレイボウは分かってしまっていた。
こいつはは嘘をつけない。自分を偽れないから、こうなってしまっているのだから。
なにより、ジョウイが、本気でこちらの身を案じていることが否応にも分かってしまったから。
ジョウイは本気だ。本気で“妥協してもいい”と言っているのだ。
ストレイボウ達を逃がせばオディオ殺しが難しくなると承知して、現時点で最高のハッピーエンドを狙ってもいいと言っているのだ。

『貴方たちがオディオに向かわず、まっすぐシルバードに向かってくれるなら、僕はそちらにタブレットを転送しましょう』
(もし、もしもそれが出来るのなら……)

ジョウイから差し出された提案を、知らず脳内で弄んでいる自分がいたことに気づいた。
もし、ジョウイの提案を受け入れられるなら、話は早い。
ジョウイから送られた空中城の座標は脳内にある。アキラを介せばピサロに座標を送れるだろう。
つまり、ルーラかテレポートが使える。
次元をズラされているらしいが、聞くところによればアナスタシアのアガートラームは次元に干渉できる。

この2つを重ねれば空中城に行けるだろう。
後は真っ直ぐシルバードに逃げ込めば、ジョウイが最後のデータタブレットを渡してくれる。
それが手に入れば、後は俺<私>がシルバードを動かせる。脱出できるのだ。

822さよならの行方−trinity in the past− 19 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:08:39 ID:8eyvrRuY0
脱出。生還。生きて、帰る。
言葉にすればこれほど容易いはずの言葉は、ここまでの死線を潜り抜けたものにとって甘美なる至上の福音にすら聞こえる。

その差し出された掌を拒む道理など、あるわけがない。
ピサロは生きなければならない。ロザリーより受けた心を、生きて謳うために。
アナスタシアは生きなければならない。ユーリルに、ちょこに、そしてマリアベルに、生きて欲しいと願われたのだから。
イスラは生きなければならない。その英雄達より受け継いだ明日の為に。
カエルは生きなければならない。死を罰とするのではなく、闇の勇者として生きることこそが償いであるが故に。
アキラは生きなければならない。伝わった心を取りこぼさぬ、真のヒーローになるために。

そうだ。死んでしまえば、やり直すことすら出来ないのだ。
もう帰れない奴らだってたくさんいる。その事実は否定できない。
だが、否、だからこそ、生きなければならないのだ。

だから――

 ・提案を受けて脱出を目指す
 ・みんなで、生きて帰ろう!
 ・――――――――どこに?

→・――――――――どこに?

生きねば。生きて、帰らなければ―――――――どこに?

(あ……)

気づいた。“気づいてしまった”。
ジョウイの祈りが、あまりに真っ直ぐ過ぎて、その裏側に気づいてしまった。
「オルステッドは、どうなる?」
生きてほしいと願うジョウイの祈りには、1人、含まれていないと言うことを。
俺が帰るべき場所――が、ジョウイの楽園にはないということを。
ジョウイは無言のまま、眼を細める。
つくづく隠すことも嘘も下手なのだと、常ならばストレイボウも苦笑の一つでも見せただろう。

だが、その無言の肯定に、ストレイボウの血の気が喪失した。
これだけ人の死を忌む奴が“そいつだけは必ず殺す”と言っていたのだから。

「……もし、ここに来たのが貴方じゃなければ、こんな話はしませんでした。
 貴方が、ただ自分のことを願ってくれたなら、僕は迷わず踏みつぶせたのに」

823さよならの行方−trinity in the past− 20 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:09:10 ID:8eyvrRuY0
ジョウイは、観念したように溜息をつき、膝を地面に下ろした。
念話ではなく、言葉で告げられたのは、紛れもない謝意。
ハイランドの白装束が蒼き泥に汚れる。死喰いは今は鳴りを収めているらしく、
グラブ=ル=ガブルの美しい輝きの泥だった。

『シルターンという場所では、これが最上級の請願法と聞きました。
 細部は正式なものではないでしょうが、不作法は許してほしい』
何かの攻撃動作かとストレイボウはいぶかしんだが、殺意は感じられなかった。
そのままジョウイはそのまま尻を踵に下ろし、指を地面につけた。
『貴方の想像通りです。僕はオディオを、その玉座を奪う。
 それ以外は譲っても良い。戦略的優位も、この後の筋書きも。
 幸せも、勇気も、希望も、愛も、欲望も、未来だって投げ捨てても構わない。だから』
たゆたう泥が、鼻先にふれるかどうかというところまで頭が下げられた。
マント越しにも、その背中からわき上がるものが否応無く伝わる。
すまない。すまない。すまない。

『――――オディオを、譲って貰えませんか。貴方が傍らに立たんとするその場所は、僕が戴く』

貴方の願いだけは、僕の楽園では満たされない。

「なんだよ……なんだそれ……」
三つ指をつき額を泥にこすりつけて懇願するジョウイを見て、ストレイボウの唇がわなわなと震えた。
今から雌雄を決そう、あるいは殺そうとしている相手に頭を垂れられる性根に対する恐怖か、
オディオを――オルステッドを殺せると確信しているジョウイに対する怒りか、
あるいはその両方が彼を震わせていた。
胸から湧き出た衝動が言葉となって喉を逆流する。
許せなかった。許容ができなかった。こいつの願いにではない、その願いに対する姿勢にだ。
欲しい場所があって、どうしようもなく欲しくて、奪ってでも欲しい。
そんなジョウイの、持たざる者の渇きを、ストレイボウは理解できる。
だが、ストレイボウが最後まで言えなかった一言を、目の前の鏡は言い切ったのだ。

「……なあ、もうやめろ。お前1人でそこまでする必要なんて、どこにもない。
 お前の狙いがオディオだというなら、なおのこと俺たちと戦う必要なんてない。一緒に、アイツを止めよう」

座礼を崩さないジョウイに、ストレイボウは利かん坊をあやすように手を差し伸べた。
だが、それは同時に親に駄々をこねるかのような児気に溢れていた。
「そりゃあ、あいつが悪くないなんて言わない。この墓場を作るのに、あいつは殺し過ぎた。
 その中にはジョウイ、お前の大切な人がいたんだろう。それくらいは分かる。
 でも、でも! お前は生きている。楽園じゃなくても生きていけるんだ!!」
死にに行くなと、ストレイボウはジョウイの裾を引いた。
ジョウイが往けば十中八九、ジョウイが死ぬからであった。
ストレイボウは自身を真に恐れさせているのが十中八九がはずれてしまった場合であることに気づいていない。
気づかぬまま、生を尊び生を勧める。ほかの皆がそうしたように。
それこそが光だと信じて。憎しみこそが人を魔王にすると信じて。

「生きているなら、何度だってやり直せるんだッ!!」
「だったら、豚と蔑まれて死んだ者にはその機会すらないということだッ!!」

824さよならの行方−trinity in the past− 21 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:09:51 ID:8eyvrRuY0
だから、此処に来て初めての怒声に面食らう。

「貴方は間違っていない…………だけど、それでは足りないんだ」
ぞくり、と泥の海全てが震え上がる。死喰いが再び動いたのかと一瞬思いかけたが、直ぐに破却される。
この島が、震えているのだ。たった一人の想いによって。
「止めるだけでは、いずれ始まる。いずれオディオは蘇える。争いは再び始まる。
 そしてまた死ぬ。大切なものが、守りたいものが、温かったものが、消えて果てる」
背中を覆い隠す魔王の外套が黒く戦慄く。ぎちぎちと蠅声のように立ち上がるのは、彼が背負った声なき声か。
そんな凶音と共に、ゆっくりと、ジョウイが立ち上がろうとする。

「止めるだけじゃ足らない。終わらせる。勇者も英雄も、番人なんて残さない。
 全部終わらせて、暖かな平穏を、楽園を創る」

血と闇に満ちた外套の裏側で、闇が渦を巻く。
「欺瞞です。身勝手な理想だなんて、百も承知している!
 悲劇を生まない理想の前提として、僕は無数の悲劇と犠牲を強いてきた!」
ジョウイが奪って来たもの、魔王が奪って来たものが形を作って狂っている。
「未来を夢見て、今を壊して、そうして実現した理想が賞賛される訳がないッ!
 怨恨、憎悪、嫌悪、怨嗟、遺恨――あらゆる負の感情と悪意に満ちた視線に晒されるッ!」
この祈りのために、どれだけの血肉と怨嗟を捧げてしまったか。
憎悪と繋がってしまったジョウイはそれをハッキリと知ってしまった。
魔剣に集う想い出はイミテーションオディオと結びつき、若き魔王を責め苛む。
「当然だ。それだけ多くのものを、多くの人から奪ってきたんだから、当然だ」
その重みを耐えて背負い、その上体をゆっくりと押し上げていく。
押し潰されそうになりながら、泥に塗れながらそれでもギリギリのところで踏みとどまっている。
 
「だけど、この痛みの代わりに、理想が叶えられるのなら。
 戦争による悲劇が、二度と生まれないのなら。
 自分だけが傷つき怨まれ憎まれることで、他の誰も傷つかない世界が作れるのなら。
 温かな平穏の中で―――――――“あの子が、泣かずに済むのなら”」

立ち上がったジョウイの端正に整った相貌は泥に塗れていた。
だが穢れなど構わず泥の隙間から見つめる左眼は強い意志を湛えてストレイボウを射抜く。
その視線を前に、ストレイボウは一歩下がる欲求に耐えた。
脳裏をよぎるのは亡候の闘気。あの亡骸を満たしていたものに近い『何か』。
ストレイボウたちと共にいた時には無かった『何か』が、
どれだけ穢れても輝く『何か』が今のジョウイを満たしている。

「この道を往くことを惧れはしない。どんな汚名も恥辱も背負う。
 たとえもう一度敗北したとしても、後悔はしない。
 たとえこの身を焼き尽くそうと、自分出した答えを信じて進む道の為なら、天になっても構わない」

ジョウイが、眼帯代わりに巻いていた布を解き顔を拭う。
そして泥に崩れた布を捨て、その右眼を見たストレイボウは、嗚呼と嘆息して理解した。
きっと、ジョウイはこの泥の底で『答え』を得たのだ。
二度と揺るがぬ『答え』を。ユーリルが『答え』を得たように。

「覚悟はできている。 アナベルさんを手にかけたときから。
 自分が汚れ罵られる覚悟も、全てを背負う覚悟も、
 そして――貴方たちを、貴方の親友を殺す以上のことをする覚悟も」

瞼を削り取ってしまったかのように、その眼は真円を描く。
その周囲は頬から額にかけて、ひび割れたように亀裂を生んでいた。
その、人間以外の何かに変貌してしまった黄金の瞳で、ジョウイ=ブライトは誓いを謳う。
絶望の黄金に呑み込まれながら、それでも忘れえぬ誓いをストレイボウに突きつける。
槍の向かう先は示した。それでもこの道の前に立ち塞がるのなら、容赦はしない、と。

825さよならの行方−trinity in the past− 22 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:10:29 ID:8eyvrRuY0
「貴方たちを否定はしない。ただ進む道が違うだけだ。
 それに、貴方たちではオディオを終わらせることはできない。
 “まだオディオを魔王だと思っている”貴方たちでは。あの雷光に盲いた貴方たちでは」
「おい、それはどういう――――!?」

独り言のように呟かれたジョウイの言葉に、ストレイボウが聞き返そうとするが、
ストレイボウの上空に蒼き門の紋章が刻まれ、彼の身体を吸い込み始める。

「く、ジョウイ、お前……ッ!」
「じきに“始めます”。その時には、賢明な判断を望みます」

言葉を遮るようにジョウイが右手をかざすと、蒼き門は更なる輝きを放つ。
吸引力を強めたその送還に、ストレイボウもまた踏ん張ることもままならず、
持っていたデイバックすら手放し手近な岩を手でつかんだ。
だが、魔術師であるストレイボウの細腕ではそれも時間の問題だった。


 ・もう止められないのか……
 ・待ってくれ!

→・待ってくれ!


既に体を浮かせたストレイボウの両腕が、岩を握りしめる。
爪はひび割れ、唇を切るほどに歯を食いしばり、それでもその手を離さない。
ここまま去るわけにはいかない。絶対にそれだけは許されない。

「なんでだ、なんでそこまでアイツを、オルステッドを憎むんだッ!?」
喉を裂くほどの絶叫が、門の吸引を破ってジョウイを打つ。
ジョウイの殺意をそのままにはしておけなかった。何故オディオが、否、オルステッドが討たれなければならない。
「リオウが死んだからか? ナナミが殺されたからかッ!?
 言っただろう、全ては俺が始まりだ! 俺のせいでこうなったんだ。憎まれるべきは俺なんだッ!!」
ああ、今ならば彼<彼女>は理解できる。
きっと、彼らがジョウイを愛していたように、ジョウイも彼らを愛していたのだろう。
それを引き裂いたのは、この墓場を作り上げたオディオ、オルステッドかもしれない。
だけど、それを言うならば、そもそもの始まりはこの自分のはずだ。
だから、償うべきは俺だ。悪いのは俺だ。死ぬべきは俺だ。
「なのに、なんで俺を助ける! さっきルクレチアから逃がしてくれたのはお前だろう!?
 救われるべきは俺じゃない、あいつだ。あいつなんだッ!!」
だからどうか、どうか“オルステッドを”。


「――――友に自分を殺させることが罪ならば、僕たちは最初から咎人だ」

826さよならの行方−trinity in the past− 23 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:11:00 ID:8eyvrRuY0
それでも、どれほどに懇願しても、目の前の魔王はただ一欠けらの憎悪も恵んでくれなかった。
代わりに与えられたのは、崩れ落ちてしまいそうなに柔い懐旧。
「ストレイボウさん。僕が貴方を本当に許せたのはね、貴方が羨ましかったからです」
ストレイボウを繋ぎとめていた最後の一欠けらが砕け、虚空へと再び吸い込まれる。
渦に呑まれながらストレイボウは、粒子と消えていくジョウイの左眼と視線を交えた。
「“僕達は、あの丘で殺し合うことしか選べなかった”。
 でも貴方は、僕が本当に欲しかったものの名前を失う前に言えたんだから」
その虹彩に映ったのは、遥かなる過去。
憎悪に満たされた右眼の黄金よりも輝く、小さく、儚く、しかし確かに暖かな何か。
ついに宙に浮き、ゲートに吸い込まれるストレイボウは諦めずジョウイに手を伸ばす。


「貴方は楽園で生きて下さい、ストレイボウ。“たとえ『全て』を失っても”、そこでなら、もう何も失わない」


しかし、その手が何かと繋がることは無かった。

827さよならの行方−trinity in the past− 24 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:11:39 ID:8eyvrRuY0
煌々と輝き続ける虹色の感応石の前で、ジョウイの意識がグラブ・ル・ガブルより浮上する。
ストレイボウと出会ったジョウイは、ジョウイが死喰いに干渉した時同様、感応石を介して送った精神体であった。
だが、ジョウイの肉体に全くの変化が無いわけではない。
体内ではちきれんばかりの憎悪はついにその右眼は黄金に染め上げ、先ほどストレイボウが見たそれと同じになっている。
形状も人間というよりは獣のそれに近い。ストレイボウを拾い上げて送還するのに、力を酷使した代償であった。

「づづづ〜〜〜〜〜〜っ。おっかえりー」

右眼を押さえながら声の方に振り向くと、其処にはいつもと変わらぬ占い師がいた。
いや、少しばかり様子が変わっている。顔の前に湯気が立ちこめ、眼鏡は真白に曇ってい。
手に持っていたのが杯ではなく椀であり、その中に入っているのは酒ではなく蕎麦であったか。
「……なにをしてるんですか?」
「見りゃわかんでしょーよ。八つ時よ八つ時。おやつの時間」
そう言いながらメイメイは目の前でぐつぐつ沸く鍋から箸で高く蕎麦を持ち上げ、
一度椀かけ汁にくぐらせてから喉で味わうようにずずいとすすり上げる。
蕎麦と唇の間をすり抜けられなかったかけ汁が飛沫とはねる。
「みんな休んでるし、私だけ水晶玉にらめっこしてるのも寂しいし。
 幕間の内に食べておかないとねぇ。……別に上に対抗した訳じゃないからね。
 地上も莫迦よねえ。米が余るならお酒つくればいいし、麺麭<パン>が余るなら麦酒<ビール>つくればいいのよ」
そう言いながら、眼鏡を曇らせたまま椀をおいてメイメイは酒を再び煽る。

「……」
「なに、欲しいの?。どぉーっしようかにゃー。支給品以外で食事させるのもルール違反っぽいしー。
でもまあ現地調達扱いだったらいいのっかなー。どーしても欲しいっていうなら〜」
「いえ、いらないです」
「即答、ですって……!?」

まったく興味を示すことなく傍を通り過ぎたジョウイに、メイメイは唖然とする。
「あかなべ印の蕎麦断る人初めて見たわ……あ、らーめんもあるわよ」
このままでは出落ちになると焦ったか、メイメイは指で鍋を指す。
よく見れば円形の鍋は上下を波打つ金属板で仕切られており、
蕎麦を茹でていたのはその半分で、残りの半分は醤油の芳しい香りとともに黄色い麺が茹で上げられていた。
「リィンバウムじゃ最新の料理なんだけど。名も無き世界じゃ298何某でこれが食べられるらしいけど、すごいわよねえ」
「それは――――」
どこの世界のごちそうデスか、と言おうとしたジョウイの言葉が内側からせき止められる。
突然で強烈な嘔吐感がせり上がってくる。だが、碌に何も食していないジョウイの体内からは吐き出るものはなく、
血混じりの胃液が口の中を濯ぐだけだった。

「っ、っは、がぁ、はぁ…………」
「――――もうそこまで感じるようになってる、か。
 せめて水だけでも飲んでおきなさい。そのうち、水のコトまで分かるようになったら、それもできなくなるわよ」

あきれたような表情で、メイメイは麺をもぐもぐと噛んで味わう。
蕎麦にしろらーめんにしろ、いや、干し肉にしろパンにしろ、
全ては加工されたものだ。茎を切り刻まれ種を鋤かれ、石臼ですり潰され、釜の湯で熱されるか猛熱で焼かれるか。
もしもそれが、自分の立場だったらどう思うか……それを人が理解することはできないし、してはならない。
だが、ジョウイはそれを識ることができてしまう。そういうものになってしまった。
犠牲とすら思われないもの達を、敗者にすらなれないもの達の想いまで、認識してしまう存在となった。
知ってしまえば、人間のままではいられないものを知ってしまったのだ。

「いえ、結構です。あの味を、忘れたくないんですよ……」

828さよならの行方−trinity in the past− 25 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:12:33 ID:8eyvrRuY0
両手を押さえ、胃からわき出たものを無理矢理戻す。
何一つ吐き出したくなかった。僅かでも外に漏らしてしまえば、あの焼きそばパンすら、消え失せてしまいそうだったから。

「それで、メイメイさん、さっきのこと……」
「にゃは? なんのこっとかしら?」

メイメイはとぼけたようにジョウイに聞き返す。
ジョウイが言い掛けたのは、当然ストレイボウとの邂逅だ。
万一を考えて感応石を介してストレイボウと会話したから会話内容までは分からないだろうが、
彼処での邂逅はそうはいかないだろう。特に、この傍観者の千眼からは誰も逃れられない。
だからこそ、どこまで見たのかと確認しておきたかったのだが……

「今、地上が熱いのよ。もう青春ドラマもびっくりの青臭いのが乱れ飛んでるのよ。
 そのくせ貴方、ずーっとそこに座って何もしてないじゃない。
 そんな放送事故みたいなの観てるくらいならおもしろい方を観るに決まってるじゃない。
 新米魔王なんて後回しよ後回し。にゃは、にゃははは」

らーめんをすすり終えたメイメイは再びぐいと酒を煽った。
そのわざとらしさにジョウイは少しだけ緊張を緩めた。
つまるところ、メイメイなりの気休めということだ。
オディオのこと、メイメイの眼に頼り切っている訳もないだろうが、多少の時間稼ぎにはなるかもしれない。

「ありがとうございます」
「……勘違いしないでよね。食べにくいものを後回しにしているだけよ。
 英雄の故事に曰く『十割より二八の方が喉越しがいい』ってね」

ぷい、と顔を背けるメイメイに、ジョウイは苦笑する。
なるほど、ならばジョウイの理想はさぞ喉越しが悪そうだ。
ならばそれを食わせるのは、料理人の手腕ということだろう。

ずん、と空が揺れ、メイメイが上を仰ぐ。
当然、この地下71階で空の揺れが分かるはずもなく、それはつまり上の階層の振動ということだった。
「……もう少し調練を続けたかったけど、潮時だな。なら……」
当然のこととばかりに呟くと、ジョウイは蒼き門を開く。
そこから出てきたのは、騎兵に跨がったクルガンだった。
金眼白貌、モルフそのものの姿であったが、ジョウイは彼が役目を果たしていたことを識っている。
クルガンが持った布袋をみる。人一人収まりそうな大きさだった。
ジョウイはそれを名状しがたい表情で見つめた後、微かに頷いた。
クルガンは何もいわずにそれをしかるべき場所へ安置しに向かった。
彼が生命の泥と模倣の未練で創られた人形<モルフ>であることをジョウイは忘れてはいない。

「国交は上手くいった。徴発も、この短い時間を考えれば十分だろう。
 この後の配備に時間を食うとしても……うん、ぎりぎり3時か。悪くない」

829さよならの行方−trinity in the past− 26 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:13:10 ID:8eyvrRuY0
ジョウイは算盤を弾くような明瞭さで、己の状況をまとめ上げていく。
まるで牢屋から抜け出す悪戯を考えつくかのように、その計算機は駆動していた。
あれだけの葛藤が、嘘であるかのように。

「…………実際、なにやってたのよ、本当」
「いろいろしながら、いろいろ考えていました。
 イスラ、カエル、アナスタシアさん、ピサロ、アキラ、そしてストレイボウさん。
 誰一人として弱い人なんていない。僕がまともに勝つ絵がまるで浮かばない。
 まともにぶつかったら、それこそ10分保たずに消し炭になるような気がします」

相手はこの死線を潜り抜けてきた強者6人、それぞれが一騎当千の英雄だ。
対してこちらはオディオより何枚も格落ちの新米魔王。勇者に討たれる存在だ。
しっぽも取れない赤子の蛙が、蛇を前に慢心などできるはずもない。

「だから、こっちのできることをします。
 僕が一番したくないことだけど、僕ができることはこれしかないから」

憎悪に染まった右目が蠢き、ジョウイの唇が吊り上がる。
ストレイボウに逃げて欲しいと言っておきながら、こんな準備をできる自分の人間性を笑いたくなったのだ。
あの土下座に、彼らに逃げて欲しいと思ったことに偽りはない。
だが、それと同時に、彼らを殺す算段を冷徹に編み上げてしまっている自分がいる。
本当に彼らが逃げると信じられるならば、こんなことをする意味はない。

死んでほしくないと想いながら、凶器を手放せない。
殺さなければいけないと分かっていながら、その手を振り下ろせない。
この中途半端、この不完全。反吐が出るほど最低だ。

「それでも、歩みだけは止めはしない」

だが、その顔は自分をあざ笑う諧謔の笑みすら浮かべることを許さなかった。
その全てを傷つける甘さすら背負って進む以外に、ジョウイは術を知らないのだ。
究極的には、力で他人を傷つけることしかできないと知りてなお、
そんな自分だからできることがあると信じて進む以外に。

蕎麦とらーめんの太極鍋からわき上がる湯気で眼鏡を曇らせたまま、
傍観者は目の前の役者を見つめて、その一言だけ告げた。

「貴方って、最低のクズだわ」

その言葉に、遺跡の震えが止まる。
そして、三人でいられなかった少年は感謝するように応じた。

「もっと早くそう言ってくれる人がいたら、きっと救われたいと願えたよ」

830さよならの行方−trinity in the past− 27 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:13:41 ID:8eyvrRuY0
【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 午後】

【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ:小 疲労:極 金色の獣眼(右眼)
    首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
    紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章
[スキル]:紋章術・蒼き門(Lv1〜4)、不滅なる始まり(Lv1〜3)
     フォース・クレストソーサー(Lv1〜4)
     アビリティドレイン、亡霊召喚、モルフ召喚
     返し刃のダブルアタック 盾の鼓動は紅く輝く 
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍 天命牙双:左 ハイランド士官服 魔王のマント
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:地下71階で準備を完了させる
2:参加者を可能な限り殲滅し、その後死喰いを完全な形で誕生させる
3:ストレイボウたちが脱出を優先するなら見逃す
4:優勝しても願いを叶えない場合、死喰いと共にオディオと一戦行う
5:メイメイに関してはしばらく様子見
[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき


[備考]
※ルッカ、リルカと参加している同作品メンバーの情報を得ました。WA2側のことは詳しく聞きました。

※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

※放送時の感応石の反応から、空中城の存在と位置を把握しました

※ロザリーが見たのは、死喰いに喰われたルクレチア@LALでした。
ルクレチア以外の場所(魔王山等)が死喰いの中にあるかは不明。
※召喚獣を使い、遺跡ダンジョンの地下1階〜地下70階までを把握しました。
※メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
※死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

831さよならの行方−trinity in the past− 28 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:14:20 ID:8eyvrRuY0
「おい、大丈夫かストレイボウッ!!」
必死な叫び声に、ストレイボウは目を覚ました。
開いた瞼の向こうには、覆面越しに安堵の溜息をつくカエルがいた。
「叫び声がしたと思って来てみれば、寝こけやがって。悪いユメでも見ていたのか?」
こめかみを押さえながら上体を起こすストレイボウに、カエルは水筒を差し出す。
それを反射的に受け取りながら、ストレイボウは周囲を見渡した。
澄み渡った青空に乾いた大地。何一つ転移する前と変わらない光景があった。
「なあ、ストレイボウ。アナスタシアのところに言ったついでに装備を見繕っていたのだが、
 俺の得物――天空の剣とブライオンがダブってしまった。
 どちらも馴染むからいいのだが、ガルディア騎士団は盾を商うから二刀流はあまり経験がない。
 お前はどっちが――おい、ストレイボウ?」
服の着こなしを確認するかのようなカエルの言葉もストレイボウには上の空だった。
空を見上げる。澄み渡ったはずの青空の上に、不可視の空中城が存在する。
大地に触れる。乾いた荒野の最下層に、死を喰らうものが存在する。
空から伝わる光は全てオディオの視線で、地面に感じる拍動はジョウイの心音。

「なあ、カエル。クロノとマールとルッカって、仲が良かったのか?」
その天地の狭間に立ちながら、ストレイボウはカエルにぼそりと尋ねた。
カエルはその質問の意味を推し量ろうとしたが、すぐに無意味と判断したのか、数秒間考えて答えた。
「……そうだな。時代の違う俺にはあいつ等の関係はよくわからん。
 だが、どれだけの時代を経ても、あいつ等が決別する光景は思い浮かばん」
たとえ、死でさえも、本当の意味であの『三人』を断ち切ることはできないのだろうと。

その答えにありがとうと言いながら、ストレイボウは右手を見つめた。
握り締めたゲートホルダーはひび割れて煙を吐いており、もはや修理の処方もないほどに機械としての命を終えていた。
壊れたそれを見て、あの世界での出来事が理想<ユメ>ではないということを思い知らされる。

散乱したバックから時計を取り出し、針をみる。
すでに、放送から2時間が経過していた。約束の時は確実に近づいている。
オディオの所在、脱出方法、死喰い、ジョウイの狙い、方針。
考えるべき、伝えるべきは山ほどある。だが、この瞬間何よりもストレイボウの頭を占めたのは。

(俺は、俺はどうする……?)

あのルクレチアで握られた両手の感触を思い出しながら、ストレイボウは手を摩る。
リオウとジョウイ。オルステッドとストレイボウ。
『三人』でいられなかった対極の2人を前に、己が為すべきコト。
定まったはずのストレイボウの『答え』は、未だ天地の間を揺蕩っていた。

832さよならの行方−trinity in the past− 29 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:15:10 ID:8eyvrRuY0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 午後】

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 マリアベルの手記@貴重品
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
2:とりあえずジョウイから得た情報を皆に伝える
3:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ゲートホルダー及び感応石×4は過剰起動により破損しました
※ジョウイより空中城の位置情報と、シルバードの情報を得ました。


【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:ブライオン@武器:剣 
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:『その時』にむけて、したいことをしよう
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>


【ドラゴンクエスト4】
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍

【アークザラッドⅡ】
 デスイリュージョン@武器:カード

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 データタブレット×2@貴重品

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 アクセサリ
 激怒の腕輪@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 海水浴セット@貴重品
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

833さよならの行方−trinity in the past− 30 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:15:42 ID:8eyvrRuY0
【用語解説:空中城と白銀の方舟】

空中城――技術大国ロマリアの技術の粋を結集して作り上げられた浮遊する城塞。
ロマリア国王ガイデルが世界征服のために建造した文字通りの切り札。
この世界において飛行技術は最先端の技術であり、そのほぼ全てはロマリアの掌中である。
その状況下で空対地攻撃が出来る機動城塞は、文字通り世界を一変させる兵器であった。
相手からの攻撃は届かず、こちらは一方的に攻撃可能という特性も、
ガイデル王の気質に見事合致した、まさにロマリアのための最終兵器と言えるだろう。
だが、その本質はロマリアを新世界に導く希望ではなく、
ガイデル王を通じてロマリアを操っていた闇黒の支配者が、文字通り世界を破滅に導くための絶望であった。
空中にそびえ立つ殺戮兵器は全世界の人間を絶望を一身に浴び、闇黒の支配者を封印から解き放ついわば負の象徴になる存在だったのだ。

だが、その奸計は新たなる七勇者達とその仲間達の手により打ち砕かれることとなる。
遙か上空に行かれてしまっては打つ手なしと判断した彼らは、彼らの母船【シルバーノア】による突撃を敢行。
多数のロマリア空軍の火砲をかいくぐりながら見事その城壁を貫き場内に進入。
場内のあらゆる罠や最後の将軍ザルバドを打ち破り、見事闇黒の支配者を封印した。

しかし、その結果として2人の勇者と聖母は命を落とし、墜落した空中城の二次災害によって大災害が引き起こされ、
さらに湖底に眠った空中城は異世界の魔王オディオの手によって再び殺戮の玉座として浮上したのだ。

“空中城に突撃したシルバーノア”とともに。

無論、勇者達を王城に送り届けた方舟は飛行船としての寿命を終えている。
だが、方舟の本質は絶望的な災害から、その船の中の希望を守ること。
船長以下乗組員を含め、人員に死傷者が確認されなかったことが、
シルバーノアが如何に堅牢であったかを物語っている。

そしてそれは人命に限らず、船内に格納された小型艇も同様である。

ゴッドハンター・エルクの所持するヒエンは空中城崩壊の際にシルバーノアから落ちてしまったが、
墜落後も修理すれば運用可能な程度の被害に留まっている。
ウェルマー博士の改修効果もさることながら、
それほどまでにシルバーノアの内部耐久性は高く、小型艇ドックは形状を維持しているのだ。

そしてオディオの手によって浮上した今、そこにはもう一つの翼が存在する。
ジール王国三賢者ガッシュの手によって作り上げられた、時を渡る翼【シルバード】である。
なぜそこにそれがあるのか、矮小なる人の身では魔王の思惑など推し量れないが、
朽ちた方舟に守られた銀の翼が、性能を維持しながら存在していることは確かである。

ただし、優れた船と操舵手がいたとしても海図とコンパスがなければ航海が出来ないように、
この催しが行われている場所の絶対次元座標<ディメンジョン・ポイント>が判別しなければ、航行は難しい。
そのデータは断章<フラグメント>として3つのデータタブレットに収められている。

現在所在が確定しているのは、元魔族の王ピサロの持つ2つだけである。
ジョウイ=ブライトは最後の1つを所持しているというが、それは所持している可能性を含め未だ確認されておらず、
それが某かの謀略に基づく詐称である可能性も否定できないのだ。
参加者所持の支給品の中にあったのか、あるいはどこかの施設に残されているのか。
最後の鍵は未だ闇黒の中にあると言って過言ではないだろう。

しかし、たとえどこにあろうともそれは確かに光への鍵だ。
その全てを揃えてシルバードに組み込むことで、銀の翼は真の方舟として帰りたいと願う者達を帰るべき場所へ送り届けるであろう。

異なる世界の二つの白銀は、王城の玉座よりもっとも遠い場所で、家に帰るべき命を待っているのだ。

834 ◆wqJoVoH16Y:2013/10/27(日) 19:16:28 ID:8eyvrRuY0
投下終了です。いろいろ食い込んでいるので、質問、指摘有ればぜひ。

835SAVEDATA No.774:2013/10/31(木) 18:02:40 ID:4./e3A2M0
投下お疲れ様でした!
まさかの邂逅が納得のルートで行われた!?
逃げてしまえはナナミルート思わせる幻水らしさ
でもストレイボウだけはそれじゃしたいことをできないんだよなー、ほんと

そしてちょいちょい混ざってるシンフォギアネタに吹いたw

836SAVEDATA No.774:2013/11/25(月) 08:25:18 ID:TPT.Xp/Q0
遅くなりましたが、執筆と投下、お疲れ様でした。
なんかもう、何度も読み返してて我慢出来なくなったんで、直近の話も絡めて感想いきます。

アナスタシアとアキラ・ピサロとイスラ、そして今回のストレイボウとジョウイ。
どの話もディスコミュニケーションというか「ケンカ」したり「相手のことが理解できない」という
気持ち(これは、瓦礫の死闘でのセッツァーとかもだったなと)が目立つなあ、と思いながら読んでいました。
そして、各々の話で出てきたこの要素に、少なくとも自分は強く惹きつけられた。
いくら絆をつくろうとしても、過去の想い出にすがろうとも、理解し合えないものはある。
そして、当たり前だけどちょっとしんどいだろう事実を前にしたって、全員が行動を諦めないところがたまらない。
序盤、ストレイボウが自分の指は女性のそれでない(だからルッカの記憶を活かして、首輪を解除することを
助けることは出来ない)と思う場面でも「男女」という境界が提示されて、けれどもルッカの記憶からサイエンスを知った
「今のストレイボウだからこそ」ジョウイの答えを引き出す理合いの流れ方が脳みそに嬉しくてたまらなかった。
ストレイボウとルッカのラインは、これまでにもカエルとの繋がりで活かされたりしてきたし、ジョウイのところに行くなら
ストレイボウだろうなとは「親友と対決した」繋がりで思っていたけれど、このタイミングで『クロノ・トリガー』の「三人」に触れられた点には
思考の死角をつかれた。それを想起させた根が、三人のうち、他の二人から離れた場にいたルッカなのが絶妙すぎてどうしよう、と。

>「もっと早くそう言ってくれる人がいたら、きっと救われたいと願えたよ」

で……だけどそういう言葉を、誰にも言わせなかったのがお前だろうが……!
ある意味では誰よりも他者のもつ<他者性>を考慮しながら、つらぬくと誓った理想の「そのまま」に進めるようになれたから
他者をダメにしてしまいかねないジョウイはたしかにクズで、だからこそいとおしいキャラクターだと思っています。
世界のあり方を憎みながらも、それでも世界には変革する価値があると思えるから、ここまでやれる。
掲げた「理想」自体が半端といえば半端で、だからダメな部分も出まくるのに惹かれたのだろうと……このジョウイにかぎらず、
原作ゲームをやっていた頃に覚えたモヤモヤする感じと再び向き合うように文章をなぞる時間が楽しいです。

そして、こういう面倒そうな側面をもつキャラクターたちを、面倒さを残したまま書いていく。
自分と相手の間には違いがあるのだ、という当たり前のことを、当たり前のように書いていく。
基本的に後戻りがきかない(リレー)SSだからこそ、今回の話で描写されたアナスタシアの姿勢のように、派手で
面白いことを魅せていきつつも「当然」を慎重に描き出していく筆の強靭に、胸が熱くなりました。
もう言いたいことがバラバラですが、端的に言って、自分は、氏の話やRPGロワのSSが好きなのです。
この感想がいいものか、悪いものか、喜んでもらえるものなのかは分からない。
ただ、これだけは伝えさせてください。いつも、「この話」を読ませてくださって、ありがとうございます。とても面白かったです。

837SAVEDATA No.774:2013/12/08(日) 22:31:37 ID:4KOmgTkM0
新予約きてたー!

838 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:06:11 ID:k26VvPGg0
アナスタシア、イスラ投下します

839イスラが泉にいた頃… 1 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:07:06 ID:k26VvPGg0
「あんたも水浴びかい?」

目の前に差し出された右手(の手拭い)は―――

(いやなにこの黒髪むっちゃ綺麗なんですけどっていうかえ?これナニ男性女
 性男女女ぽいってでも胸ゼロ?ステータスなのかしらてってか待ってまって
 OKOKBeCoolCoolCoolッ!ラジカセ片手に氷の計算機めいて整理しよわたしッ
 ようやく余りの首輪完全に改造できるようになって息ついたら背中も頭も髪も汗塗れのぐっちゃぐちゃであー黒髪きれーだなーって
 集中切れたら気持ち悪い汗がへばりついてて動きにくいし砂むっちゃ額にべたりんぐるんだもん
 そりゃ洗いたくなるっつーか顔の一つでも濯ぎたくなるでしょ空気読め?うっさいンなもん読めてたらこんなルートつっこんでないっつーの
 バカですかバーカバーカルシエドのオタンコナースアンタが先に周辺見てくれてたら
 こんなショボローグしなくてすんだよの気づいたら勝手に散歩なのかいないしどんだけ我が儘なのよ誰に似たのかしら
 飼い主見たら右ストレートでぶっ飛ばすと思わせて左ストレートでぶっ飛ばすから世界取れるからねわたしの左)

正確にアナスタシアの意識を捕らえ思考を揺さぶり典型的なテンパり状態を作り出した――――

(さすがにありったけボトルぶちまけてその場で洗うのもボトラーみたいで負けっぽいし
 ニートじゃないから、なんか誤解されてるみたいだけど生きたがりだけどニートじゃないからただいい男
 欲しいなあって思うだけで1000ギャラ貰える法律出来ないかなってちょっと思ってるだけだし
 肌白いなあマジ女の子みたいで地図見てたらここから北に泉があってしかも
 ギリ端っこが禁止エリアから抜けてるしこれは洗うしかないでしょマイハートッ!ってそりゃ
 行くわよあくまでも髪を洗いにあったりまえでしょいくら何でも野獣のような野獣が
 あと6匹もいるのよそりゃさすがの私だって自制無理でしたドッボーンッ!!)

「見栄切って時が来たらまた会おうって言っておきながら……? あれ……?」
そうだと予測した人物ではなさそうと気づいたイスラは
水に濡れて顔に張り付いた髪をかき分け――――

(ンギッモチイイイイイイイイッ!!!ってヌるってた汗が溶けてヘバりついてた砂が散って
 いいぞ私が純化されていくってくらい悦ってたこの身体がぁ!トロ顔でぇ!
 しかたないじゃん、女の子よ私!そりゃ男子は一週間くらい服も変えず垢まみれ汗塗れで
 ちょっとちびっても凍傷にならなければそれでいいんだろうけど無理、生理的に無理!
 半径20m以内に近づかないで!その臭気が肺胞<なか>に着床するとか耐えられないからッ!!
 でもまあかわいい女の子ならそれはそれでって、横向いたら柳のやうにひつそりと起つて居たのだ)

「あんた、カエルじゃない……?」
眼と眼が出会う瞬間、身体を濯いでいたイスラの怪訝な視線はアナスタシアをさらなる遠い世界に連れ去り――――

(濡れそぼつた髪は黒〃としながらも太陽に燦々輝き、肌は白磁のやうに艶やかなりけり
 数多の傷も霞けるいいぞ私はお前がうらやましいって女? 女の子? この島で?
 残り7人の中に女は私だけなのに? 未知の8人目だったら最高なんだけどそういうことにしたいんだけど、
 これ、やっぱ、つまり男でわたし今装備品フルリセットしちゃったんだけどえーあーうー、
 所謂一つのサムプライム演歌吽斗? ファイナル末法ワールド? サツバツ? っていうかやっぱモ)

「いやあああああああああああああああ!!!!!!!!!
 痴漢よぉぉぉぉおおおぉぉぉぉあおをぉおおぉおあおおそおおっっ!!!!」
「なんでだおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

(イスラの社会的人生の)全てを終わらせたッ!! その間実に2秒ッッ!!
乳房を腕で覆い、湖に勢いよく水没するアナスタシア。
異端技術を取り戻したベストコンディションの姿である。

840イスラが泉にいた頃… 2 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:08:18 ID:k26VvPGg0
「もぅマヂ無理……どぉせゥチゎ覗かれてたってコト……お嫁ィけなひ……入水しョ……」
「間違っても僕に責任はないし謝らないからな!」
湖の縁で湖面から赤らめた顔の上半分だけを出してうなっているアナスタシアは、
すでに水着に着替えていた。
心底面倒くさそうに応ずるイスラはすでに体を拭き、シャツを着ていた。
ただし、まだ熱が抜けていないのか、膝から下はズボンを捲り、湖に浸らせている。
「っていうか、なんで湖が元に戻ってるのよ……確かピザが枯らしてたでしょうが」
「略し方に悪意が籠もってない? ここはどうやら集いの泉らしいからね。
 4つの水源から集う泉だから。干上がっても、時間さえあれば集うさ」
そう説明するイスラもまた、それを見越してやってきたのだ。
ピサロとの訓練(?)の後、某かの踏ん切りをつけたイスラもまた、己に纏う汗の不快を感じ、この泉を求めたのだった。
カヴァーとはいえ帝国軍に属していた以上、我慢が出来ないほどではなかったが、
そのままでいることを良しと出来ぬほどに、雨上がりの真昼の太陽は彼らを照りつけていた。
(といっても、こんな早く溜まるものとは思ってなかったんだけど。
 せいぜい、その近くにある伏流が残ってるくらいしか期待してなかったのに)
何にせよ、大量の水があるのならばわざわざケチくさい真似をする理由はないとイスラは行水を選択した。
かつて心を閉ざしていたころならば、無意識にも出なかった選択肢を選んだのは、
ともすれば、ここに残る5人に対して知らず警戒心を薄めていたのかもしれない。
緩やかなる、しかして温かい変遷。

「へーん、やっぱデブピザロも大したことないのね」
(やっぱり警戒しておけよ僕ッ!)

それがこのざまである。
掌で鼻をかみながら臆面もなくこの場にいない者をけなす、この精神性。
イスラもまたカエル、そしてピサロと言葉を、刃を交え、少なくと分からない何かがあることを理解できたというのに。
やはりこいつだけは理解できないと思うには十分だった。

841イスラが泉にいた頃… 3 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:08:56 ID:k26VvPGg0
「そういえば、首輪はどうしたのさ。まさかあれだけ大見得切っておいて、できませんでしたとかいうんじゃないだろうね」
「わー、信じてないんだぁ。イスラ君に信じてもらえなくてしょっくだわぁ。しょっくすぎて手元が狂ってしまいそうだわぁ」
これ以上ないほどの棒読みで泣き言を言いながら、アナスタシアは首をすくめて湖面から手を出してやれやれと手を振る。
その小さな無数の傷を見てもなお悪態を言い返すほど、イスラはかつてと同じではない。
「……不思議なものね。貴方とまた話をするなんて思ってなかったわ」
イスラの微妙な変遷に気づいたか、皮肉げな瞳はそのままで、アナスタシアは指を絡めて腕を伸ばす。
「話が出来ると思わなかった、かな。早々死んじゃうと思ってたから」
「……ああ、そう思ってたよ僕も」
「そっか。今は違うか……うーん、そっちの予言は当たっちゃったわね」
青空に伸ばされた掌から零れた滴が、うなじを通り脇を伝い泉へと還っていく。
「“生き残るために足掻いて周りの人を苦しめて――殺してしまって本当に一人ぼっち”……どう、このペルフェクティっぷり」
「嘲笑ってほしいだけなら余所でやってくれよ」
「あら、それが君の生計(たっき)でしょう?」
コロコロと笑いながらアナスタシアは空を見上げていた。目を刺す陽光に瞼を絞りながら。
イスラはその様に言いようもない不快感を覚えながら、知らず言葉を紡ぐ。
「あんまり棘は見せないほうがいいんじゃない? もうちょこ…だっけ? も、マリアベルもいないんだ。誰も庇っちゃくれないよ」
「そうね。あの時は、ちょこちゃんがいたから」
どぷりと頭まで水につけた後、アナスタシアはゆっくりと浮かび、水の上で仰向けになる。
「もう、誰もいない。新しく手を伸ばしてくれた子も、まだ伸ばし続けてくれていた友達もいなくなって。
 それでも、私はこうして生きている。濁った未来、欠けた明日しか待ってなくても、私はこうして生きていく……君と同じね」
その結びに、今までのような険は無かった。どちらかと言えば、そうするのも億劫なほどに衰えていたと、イスラは感じた。
思考は、思想は、これほどに隔絶しているのに、境遇だけがやけに似通ってくる。
「そうでもないさ。僕には、今のアンタはくすんで見える」
「意外ね。私の値打ちなんて、君の中じゃ最安値だと思ってたわ」
「だって、アンタは言ってたじゃないか」
「何を?」
「かっこいいお姉さんになりたいって」

ちゃぷり、と波紋が揺蕩う。心臓の音まで波に変わってしまいそうな静寂だった。
「そういって、カエルに向かっていったときは、その、なんだろう。少しはマシに見えたよ。
 少なくともあの時アンタは、生きることに“上等さ”を求めていたように思った。僕が死に貴賤を求めたように。
「でも今のアンタは、ただ生きてる。前より酷い。“自棄になって生きている”違う?」
「……イスラ君、あなた一生に一度くらいはいいこと言うのね。死ぬの?」
「生憎と、今ここに生きているの意味を越えるくらいの死ぬ意味を探してるところさ」

ちゃぷちゃぷと足で水面を荒立たせながら、イスラもまた空を見る。
汗を落し小ざっぱりした形で見る空は、少し高いようにも思える。

「あぶ、足攣った!! アブアブアブアブアブアブゥゥゥゥゥ!!!!」
「アンタは空気読めよ本当にッ!!」

842イスラが泉にいた頃… 4 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:09:46 ID:k26VvPGg0
センチメンタルを弄んでいるうちに気づけば腕だけになっていたアナスタシアに、イスラは半ば反射的に手を差し伸べる。
だが、触れようとしたその瞬間、湖の中で頬が裂けそうなほどに笑っていたアナスタシアを見た。
まるで『待っていたわ……この瞬間<とき>をッ!!』と言わんばかりの悪魔もびっくりの笑顔だった。
気づいた時にはぐいと引っ張られ、全身が水の中に叩き落とされる。
如何な手際か、浮上したときには水着を脱ぎ捨ていつもの装束を纏ったアナスタシアが泉の淵で見下ろしていた。

「なーに偉そうなこと言ってんのよバーカバーカ水でもかぶって反省しなさい反省」
「こいつ本当に……ッ!」
「あ、そうだ。あの時の私がマシって言ったたけど、どこら辺がよ」
「……それは」

言いかけたイスラの言葉を、第三者の声が遮った。ストレイボウとカエルの声だ。
その息には感情が込められており、どうにも聞き流せるものではないらしい。
「ん、続きはまた後で聞かせて頂戴な。まあ、何よ。死にたがりよりはマシだと思うわよ、私も」
梳いた髪をまとめ上げたアナスタシアは聖剣を背中に、先に進む。昨日よりもほんの少しだけ歩調を速めながら。
その背中を、聖なる剣をイスラは見つめ続けていた。

死に価値を見出したイスラと生を渇望し続けるアナスタシアはどれだけ近づけど永遠の平行線だ。
なぜマシだと思ったのかは、自分でもよく分からない。
そう思ったのは後にも先にもあの一瞬だけだ。ただ。

生と死の境目に独り立ち、全ての災禍をそこより徹さぬと構えた女傑の姿は、
どこか、どこかあの紫を思わせたから。それはきっと、病床の小さな世界でも知っていた一番かっこいいものだったから。

交わらない平行線を貫くか細い共界線が、観えたような気がした。
例え交わらなくても、生きているのならば、いつか繋がるときがあるのかもしれない。
この空は2人だけでは広すぎるから。

843イスラが泉にいた頃… 5 ◆wqJoVoH16Y:2013/12/09(月) 01:10:38 ID:k26VvPGg0
【C-7 集いの泉湖畔 二日目 午後】

【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:びっしょり ダメージ:小、疲労:小
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう
1:『その時』は近い
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:こざっぱり ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6
[思考]
基本:生きて幸せになるの。ぜったいよ。それは、ぜったいに、ぜったいなのよ。そして。
1:『その時』は近い
[参戦時期]:ED後

*海水浴セットはそのまま湖の淵に置き捨てました


<リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)>

【ドラゴンクエスト4】
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ
 デーモンスピア@武器:槍

【アークザラッドⅡ】
 デスイリュージョン@武器:カード

【WILD ARMS 2nd IGNITION】
 データタブレット×2@貴重品

【クロノトリガー】
 “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減
 激怒の腕輪@アクセサリ

【ファイナルファンタジーⅥ】
 ミラクルシューズ@アクセサリ
 いかりのリング@アクセサリ

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー


【その他支給品・現地調達品】
 拡声器@貴重品
 日記のようなもの@貴重品
 双眼鏡@貴重品
 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
 デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中

844SAVEDATA No.774:2013/12/09(月) 01:11:40 ID:k26VvPGg0
投下終了です。

845SAVEDATA No.774:2013/12/09(月) 07:56:35 ID:kES8jEgs0
執筆お疲れ様でした。
ああ……これはもう、『“イスラ=レヴィノス”と生きたがりの道化』だなあ……。
誰もが、たとえ穏やかな話であってもシリアスになりがちな局面において、
笑いの種を提供してくれるアナスタシアの、その立ち位置こそが見ていてつらい。
もちろん、そうした位置に立つ経過も納得がいくし……原作的にも、記憶の遺跡っていう
「外側」から他の人物の行動を見て、茶々入れしながら引っ張っていく役は適任ではある。
この状態で、しんどいと言えば「生きたさ」がさらに濁るだろうってのも分かるんだよなぁ。
だけど、そうした「外側」から見た情報を持っていてさえモヤモヤする今の彼女に、
イスラはよく言葉をかけてくれたものだと思う。
内容がどうであれ、誰かと繋がれるかもしれない自分を想像出来ていたり、空に広さを覚えたりして、
だけどそれを嘆くだけにとどまらなくなったコイツは、たしかにマシになった……というか、
フォースを受け継いだOTONA(ブラッド)とも近くて遠い道を歩けそうだと思える。
それが、RPGロワの足跡のひとつだと思えるのがまた感慨深いなと。
……そして、そういうイスラがアナスタシアに目を向けたからこそ、地味に書き足されてる
アナスタシアの思考欄に気付いたときのため息は深かった。
首輪に向かっていてさえ空虚の輪郭が浮き彫りにされるってのも皮肉だけど、しんどいとさえ
言われなけりゃ頑張れとも言ってやれない。すくえないなあ、と思えばジョウイのことが思い出される。
怒涛のパロディから始まって、想い出と記憶に絡め取られる過程で覚えた感覚がたまりませんでした。

846SAVEDATA No.774:2013/12/11(水) 23:21:43 ID:at./ZTug0
投下乙です!
イスラがすっかりノリツッコミをマスターした!
アシュトカ時空を思わせるこのノリはWA2に関わったものの必然か……
でもあのイスラがアナスタシアとこんな会話できるというのも彼が生きようとする余裕みたいなものを得たからこそなんだよなー

847SAVEDATA No.774:2013/12/25(水) 17:10:26 ID:3NfFHQkI0
しかし今の予約、オディオ“など”なんだな
フォビアたちが書かれるのだろうか

848SAVEDATA No.774:2014/01/02(木) 11:09:58 ID:74XnPy1.0
RPGロワ本スレ初書き込み一番乗りは貰ったァーッ!

はい、年を越してしまい、クソ遅くなって申し訳なく思いながらの感想でございます

>さよならの行方−trinity in the past−

コレ、ジョウイの狂いっぷりがすごいわ
理性的で賢しくて冷静なのに、行動と思考のネジの外れっぷりが尋常じゃなくてゾクリとした
こいつが見てる理想の楽園に導けるのは、他の誰にもできやしねーって実感するね
こんな、突き抜けるほどの優しさを下地にした歪みを抱けるのって、弱さを抱えたジョウイくらいだろ
なにやってんだよ。もっと手はあるだろうに、なんでこんなことやってんの
そんなことも思うんだけど、それでもジョウイはひたむき過ぎる
ほんと、頭回る癖にバカで、夢見がちで人間臭いから、こいつは魅力的なんだよな

しかしこれ、ストレイボウはどうするのかな
死のルクレチアへと迷い込み、選択肢をつきつけられ、ジョウイの抱える深淵に触れてしまって
一度道を定めても、こんなものを見て、知ってしまったら惑って当然だよな
この話で得た知識と感情が、どこに辿り着くのか楽しみだわ


>イスラが泉にいた頃…

ここにきてサービスシーンきた!
イスラが羨ましいと思わないのは、アナスタシアの自重しない思考のせいだろうかw
アナスタシアとイスラ、交わらない位置にいる二人の、確かな変化を感じられて心地よかった

>生憎と、今ここに生きているの意味を越えるくらいの死ぬ意味を探してるところさ

このセリフと、、イスラが空を見上げるところが特に好き
歩いてるんだなって、生きてるんだなって感じられた
ただ生きたいと思うコトも、死に価値を見出そうとするコトも、きっと尊いんだろう
たとえ交わらなくても、そういうのを互いに感じ取ってるような気がしたわ
『剣の聖女と死にたがりの道化』を読み直したくなりました

849SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 00:12:10 ID:D7ww6E6w0
そういえばまだ言ってなかったかw>本スレ

あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします!

850魔王への序曲 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:21:25 ID:9qS70r1M0
――――はじまりは、何だったのでしょう?
――――運命の歯車は、いつまわりだしたのでしょうか?

夕暮れも深まった森道は朱く染まっていた。
風はなく、夕日に照らされた緑は暖かさだけを湛えている。
整備されているとは世辞にも言えないが、荒れ道というほどでもないその道を、一人の少年が歩いていた。
その衣類はすり切れており、本来は輝いていたであろう金の髪はくすんでいる。
だが、その足取りと表情には明確な精気が満ちていた。彼は――ジョウイは帰途にあったのだ。

犠牲にしたものの為、失われてしまったものの為、彼は魔王となる道を選んだ。
ありとあらゆる備えをし、勇者達を撃滅するつもりだった。

だが、ジョウイは、それを全て捨てた。
イスラの、アナスタシアの、アキラの、カエルの、ピサロの――――そして、ストレイボウの懸命な説得を受けて、目を覚ましたのだ。
亡くしたものは帰らない。だから私たちは生きなければならないのだと。

すでにねじ伏せたはずの言葉は、十重二十重と編まれより強靱な想いとなり、
ジョウイの魔剣を――“理想”を貫いたのだ。
当然、そこに何の感情もなかった訳ではない。
この島に来るまでに犠牲にしてきた人達。この島で彼を生かした者達。
己が魔法にて死を奪った英雄達。背負うと決めたそれら全てを擲つことがどれほどに恐ろしいことか。
だがその恐怖をジョウイは乗り越えた。否、ジョウイ達は受け止めると決めたのだ。
一人で背負うのではなく、ともに分かち合うのだと。彼らと繋いだ手が救ってくれたのだ。

争いを回避した彼らにもはや障害はなかった。
イミテーション・オディオを内包した魔剣は首輪の中にあった魔剣の欠片と共鳴し、
オディオの支配を遮断、首輪の効力は悉く無効化されて解除された。
そして、理想から解放されたことで黒き刃と輝く盾を失い戻った紅の暴君を手にしたイスラは、
それをグランドリオンの代替としてプチラヴォスを核とした死喰いの封印を行う。
後顧の憂いを絶った彼らは、すでに空中城への座標を突き止めていたこともあり、
聖剣にて貴種守護獣の力を束ね、参重層術式防護<ヘルメス・トリス・メスギトス>を突破。
ルーラとテレポートでオディオの元へたどり着いた。

死闘だった。
一歩手順を誤れば全滅、差配が滞れば誰かが死んでいただろう戦いだった。
なによりもオディオ――勇者オルステッドの憎悪こそが、どんな力よりも恐ろしかった。
だが、彼らは勝利した。今こうして歩く中でその戦いを追想しようとしても、
無我夢中で戦っていたジョウイには抜け落ちたように思い出せない。
だが、懸命だった。魔剣を喪い、ただの紋章使いになってしまったとしても、
自分に出来ることをしようと決意し、楯と刃を以て彼らのサポートに徹し、
オディオの最後の言葉とともに光に包まれ、気づけば終わっていたのだ。

851魔王への序曲 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:22:07 ID:9qS70r1M0
夕日が落ち掛け、暗くなりそうになったころ、
森が開かれ、仄かな明かりが目に映る。漂う夕餉の臭いが、目的地の到達を教えていた。
ハルモニアの辺境、誰の手も届かぬ辺鄙な場所に建つ家屋。
ジョウイはその扉の前でわずかに逡巡した後、扉をノックした。
木の床を叩く音が近づいて止まり、ゆっくりと玄関が開かれる。
その前にいたのはジョウイに残されたすべて、落日の王国で皇王が最後に残した愛と希望だった。

小さな希望が、目を大きく見開き、そして花のように顔をほころばせ、ジョウイの胸に飛び込んでくる。
その背中を抱き留め、その温もりを優しく撫ぜる。その小さな肩の先には、確かにこんな自分を愛してくれた妻がいた。
そう、たとえ経過が曖昧であろうとも、決め手に関われなかろうと、彼は生きてここにいる。
二度と帰るまいと思った世界へ、それでも帰るべき場所へ、帰ってきたのだ。

「ねえ、おとうさん」

ようやく収まりつつあった嗚咽の代わりに、子供が訪ねてくる。
あやしながら、ジョウイは先を促した。

「ナナミお姉ちゃんは……リオウお兄ちゃんは一緒じゃないの?」

日が落ちて、あたりは夜に包まれた。
もうなにも見えはしない。何も映ることはない。
そう問いかけた花の色も、そう問われた愚者の顔も。


――――時の流れのはるかな底からその答えをひろいあげるのは、
――――今となっては不可能にちかい……

852魔王への序曲 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:23:02 ID:9qS70r1M0
「お目覚め?」
瞼をあけて見上げた世界には、真っ赤に染まった酔っぱらいがいた。
まだ人間の形を保っている左眼で眼鏡の奥の瞳を見つめながら、ジョウイは仰向けになったまま尋ねる。
「どのくらいここにいました?」
「上階に上がったきり戻ってこないから見に来たのよ。15分くらいってとこかしらねぇ」
ジョウイはこめかみを押さえながら状態を起こす。
眠っていた、という実感はない。頭の中の回路がブツリと切れてしまっていた感覚だった。
その顔は精気が抜け落ち、白蝋のように窶れている。墜ちてしまったゴゴと同じ黄金の右眼だけが、爛々と輝いている。
「ずいぶん無茶をしたみたいね」
杯の酒を飲み干したメイメイは眼鏡を外し、玉座から正面を一望する。
血のように紅い絨毯は黒と白に染まっていた。
虻もわかぬほどに栄養を失った腐肉や、水気も残らぬ白骨が海のように敷き詰められている。
魔族が夢見た楽園としらず、ただ宝の山と勘違いした野盗ども。
わずかな楽園を侵させまいと王墓を守り続けた墓守の残骸。
遺跡ダンジョンに偏在する兵どもの夢の址。
なぜここにそれが集められているのか、どうやって集められたのか。
メイメイは敢えて観ていない。観る必要もなかったからだ。
「で、なにしてたのよ」
だが、それはジョウイが50階に上がる理由とは全く関係がない。
抜剣していない状態では歩くことも不自由するだろう消耗だろうに、なぜ本人が上がったのか、メイメイは尋ねた。
ジョウイはそれに答えるようにして、二枚の封筒を渡す。
丁寧に封蝋されたそれは上質な紙に華美な装飾が施されていた。まるでどこかの国書のごとき装丁の封書だった。

853魔王への序曲 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:23:49 ID:9qS70r1M0
「……なにこれ?」
「いろいろ考えたのですが、2つと思いました。1つは、彼らに。もう1つは」
「あなたは特殊なアホなの? アタシをポストか何かだと勘違いしてない?」
メイメイは叱るような目つきでジョウイを睨む。
「貴方は自分が何をしたのかを分かっている。あのギャンブラーの言葉を借りれば、
 貴方は“他人の金も場に乗せた”のよ。もう貴方は負けられない。
 いいえ、負けるという発想さえ烏滸がましい。その上で、保険でもかけようっての?」
遙かな空より見下ろす龍の如き天眼でメイメイはジョウイを見据える。
だが、ジョウイは困ったように頭を下げるだけだった。
誰よりも恥じているのだろう。
何もかもを使い潰そうとしながら、それを遺さずにいられなかった自分自身に。
あのときから何も変わっていない自分自身に。
「ねえ、一つ最後に聞かせて」
眼鏡を外して眉間を揉みながら、メイメイはジョウイに問いかける。
詰問する調子はもうない。女性のやわらかさと神の厳かさを併せ持った、静かな問いだった。
「そこまで悩むくらいなら諦めちゃえば? あるいはいっそ、あたしに手伝ってほしいっていえば?」
静寂の遺跡の中で、ジョウイは黙ってメイメイを見つめていた。
「負けが怖いんだったら、ズルしちゃえばいいのよ。
 あたしが手を貸せばオル様を倒すにせよ、彼等を殺すにせよ、1時間もあれば片づくわよ。
 ヒトカタでよければ人手の補充だってできる。あたしが本気を出せば、それくらいは朝飯前ってね」
にゃはは、と乾いた笑いがひとりきり木霊する。その音が止むころに、メイメイは一つ小さなため息をついて、杯に酒を注いだ。
「信じられない、か」
「いいえ、信じますよ。貴女の力を今更疑いはしません」
なみなみと注がれた杯から滴がこぼれる。ジョウイはゆっくりと首を横に振った。
「この魔剣を得たからでしょうか。貴女がどれほどの力を持っているのかは分かります。
 おそらく、やろうと思えばできるのでしょう。ですが、それはダメだと思うんですよ」
「どうして?」
「僕たちの戦いを、苦しみを、願いを――神や運命なんて言葉で片づけたくないから」
この剣を手にしたのは、紋章の呪いなどではない。抱いた魔法はジョウイ自身の祈りだ。
故に部外者に邪魔はさせない。
たとえレックナートであろうが守護獣であろうが幻獣であろうがエルゴであろうが精霊であろうが竜であろうが星であろうが。
この戦いは人間の、誰しもが持つ感情から始まった。
ならばその終わりまで、人間の手に委ねられるべきなのだ。たとえ、どのような結果になろうとも。
(だからこそ、私、か。観測者としてではなく、手出し無用の立会人として)
メイメイはジョウイの答えを含めるように酒をあおり、しばし虚空を見上げる。
実際は、運命を変えるほどの力が自分にあるとは思わない。
それほどまでに魔王オディオは、世界の憎悪は強大なのだ。
好き勝手に振る舞っているように見えるのは、その実なにもしていないから。
観る以上に直接的に干渉すれば、簡単に支配されてしまうだろう。
やはりメイメイには、何もできない。それはとっくの昔に分かっていたことだ。
ならば、なぜこうも苛立つのか。分からないまま、酒を再び煽る。
一人で全てを背負う、その在り方が、心の内側をかきむしる。

「それに、信じたいんですよ」


――――ですが、たしかにあの頃わたしたちは――――

854魔王への序曲 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:24:28 ID:9qS70r1M0
それに口を付けたとき、ジョウイが小さく呟いた。
「僕の魔法<りそう>は、がんばればヒトの手でちゃんと叶えられるものだって」

蒼白になった顔に、ほんの僅かな笑みが浮かんだような気がした。
だが、メイメイが瞼をしばたいた時にはすでに、乾ききった無表情で、そうであったという証すら残らない。
「……真なる理想郷、か」
ふいに口ずさんだ言葉と納得を、そのまま酒で流してしまう。
全てを一人で背負い、理想の楽園を祈る王。
やり方は異なれど、それは確かにあの日見送った背中だった。
ならば此度の自分の在り方も変わらない。ただ信じ、見届けるだけだ。

――――おおくのものを愛し、おおくのものを憎み……
――――何かを傷つけ、何かに傷つけられ……

「とりあえず、預かるだけ預かっておくわ。渡すかどうかは……この後の見物料にしておきましょう?
 ……そういえば貴方の“それ”、名前は決めたの?」
封書を胸の谷間にしまい込みながら、メイメイは玉座から下手を見つめて尋ねた。
ジョウイは何のことかとしばし首を傾げ、ややあってああ、と気づいた。
「必要もないと、考えていませんでした。そうですね……だったらオレンジ「ヴァカなの?」

ジョウイが言おうとした名前を、メイメイはばっさりと切り捨てる。
「名前っていうのはね、物事の本質を決定する重要なファクターなの。
 真名、魔名。言祝にして呪詛。名前一つでその人の運命が決まっちゃうことだってある。
 召喚獣にしたって概念にしたって、それは同じ。
 もし勇者が“ああああ”とかそういう名前だったらどうなると思うの?
 命名神もムカ着火ファイアーでへそ曲げるってもんよ」
「僕のセンスはああああ以下なんですか……」
熱っぽく語るメイメイに、ジョウイは無表情のまま答える。
だが、そのトーンはガクリと落ちて、明らかに気分が落ち込んでいた。
「そうねえ……じゃあメイメイさんがサービスで改名相談に乗ってあげる」
とん、と柏手を打ちながらメイメイは朗らかに歌った。
一瞬、いやオレンジとジョウイが言い掛けたのを敢えて右から左に流しながら、腕を組むことしばし。

「――――ってのはどう? 名も無き世界にて“旧き輪廻を断つ剣”っていう意味。
 少し歪つだけど、その方が貴方らしいでしょう」
「……なるほど、確かに“僕たちに相応しい”。ありがたく頂戴しますよ」

855魔王への序曲 6 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:25:04 ID:9qS70r1M0
ジョウイはメイメイから授けられたその真名の意味を噛みしめた。
それだけで、魔剣の中の力が活性化したような気がする。
召喚獣に名をつける際に、相性のよい名をつけることで召喚獣の力を引き上げるように、
名前もまたその力を決定づける要素なのだ。“どんな召喚獣であろうとも”。

「どったの?」
「……いえ、少し」
思案に耽るジョウイにメイメイが声をかけたとき、カンと靴音が響きわたる。
シードとクルガン、ものまねによって追想された未練。
モルフと化してなおジョウイに従う懐刀達だ。
その来訪に全ての準備が終わったとしり、ジョウイは二人から装具を戴く。
一つは紅黒き外套、一つは絶望の鎌より刃を落とした棍。
いずれも彼が奪い取り、同時に受け継がれた魔王たる証。
それらを背負い、彼は再び楽園へと降りた。

「それじゃあ、始め<おわらせ>にいこうか」

もう二度と魔王<これ>を脱ぐことはないと知りながら。


――――それでも風のように駆けていたのです……青空に、笑い声を響かせながら……

856英雄への諧謔 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:25:59 ID:9qS70r1M0
「……と、言うわけだ」

乾ききった荒野。太陽だけが降り注ぐその大地の上に沈黙が訪れる。
それはアナスタシアが定めた午後3時よりも僅かに早かった。
招集をかけたストレイボウが語った内容は、彼等を召集させ、また沈黙させるのに十分だった。
「死喰い、か。俺が識ったのは、そんなデタラメな存在だったとはな……」
「グラブ・ル・ガブルの墓碑か……因果かしらね、本当」
カエルが覆面ごしにぐぐもった笑いを漏らす。
工具の最終確認をしながら、アナスタシアが表情を陰らせた。
島の遙か下、星の中心で参加者の死を喰らい目覚めの時を待つ『死喰い』。
この島での殺戮が意味するところは、その墓碑の完成だったのだ。
「ンで、死んだ奴らが液体人間みたくモグモグ混ぜられてるのを、お空から見物してやがるってのか……オディオ……ッ!」
そのおぞましさに自分が戦った隠呼大仏を想起し、そのおぞましさを怒りに変えてアキラは空を見つめる。
たとえ見えずとも触れられずとも、オディオがこの殺し合いを天覧している『空中城』がそこにある。
「ご丁寧にそこに帰還の術を用意してあるとはな。嘗めているというべきか、あるいは……」
手に持った2種のデータタブレットを弄びながら、ピサロはその存在を反芻する。
空中城の中に存在する脱出のための乗り物、『シルバード』の存在を。
バトルロワイアル開催の意味、オディオの居場所、脱出の方法。
彼等が知ること叶わなかったほぼ全てが、齎されたのだ。
だが、その表情に憂いはあっても喜びは微塵もない。

ガン、と岩に拳が打ち付けられる音が響く。
その場の全員の茫洋とした感情を束ねるようにめいっぱいに叩きつけられた左腕の先には、
歯も折らんとばかりに食いしばるイスラの鬼気めいた表情があった。

「何が、妥協してやってもいいだ……ジョウイッッッ!!!」

目尻も裂けんとばかりに見開かれたイスラの瞳が見据えるのはジョウイ=ブライトの姿だった。
そう、これらの重要な情報をもたらした最後の敵であるはずのジョウイに他ならない。
そしてこともあろうに、オディオに手を出さず脱出するならば支援するとまで提案してきたのだ。
紅の暴君に適格したのであれば、おそらく情報自体に誤りはない。
そしていくら考えてもそれらの情報を伝えること自体に、ジョウイ側にメリットが感じられない。
つまり、本気でこちらのことを慮って停戦勧告をしているのだ。
あとはこっちでうまくやるから、君たちは逃げなさいと。
(ふざけるなよ、ふざけるなよジョウイッ! ここまでのことをしておいて、今更どんな面をするっていうんだッ!?)
ヘクトルの死を奪ったこと自体を責めはすまい。
だが、そこまでのことをしてしまった以上、あいつには今更聖人ぶっていいはずもない。
それはイスラがもっとも唾棄する偽善そのものだ。
(立ち位置を壊して、ふらふらして、みんなに害を振りまいて、まるで、まるで……ッ!!)
なにより、その在り方が否応無く思い出させるのだ。
築いたものを自分で壊し、避けられぬと分かっていながら甘い道を求め、
それでも願ったものを止められない――――まるで、どこかの誰かのように。
しかし、それだけならばここまで胸を締め付けられることはなかっただろう。
想起されるのが魔剣使いの背中なのは、先を行かれたという思い。
嘘と笑顔で自分自身を含めてごまかした自分とは違い、どれほど苦しもうが嘘だけは吐かぬと律した伐剣者。
先を行くものに、空を見上げる余裕を得た今でさえも、イスラは苛立ちを覚えずにはいられなかった。

857英雄への諧謔 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:26:44 ID:9qS70r1M0
「で、どうするんだ、ストレイボウ。正直切って捨てるには大きすぎる弾だぞ、これは」
「……本気で言っているのか、カエル」
イスラの葛藤に気づいてか気づかぬか、カエルはその情報を持ち帰ったストレイボウに尋ねた。
ストレイボウはその真意を読み切れず、思わずそう口をついてしまう。
死喰いの存在が事実であるのならば、彼の仲間ーー魔王やルッカたちの死も喰われてしまったということだ。
それを放置したまま逃げ出すことなどできるのかと。
「逸るなよ。確かに業腹ではあるが、ここであいつらの死を解放するために死喰いに挑めば死ぬかもしれん。
 それをあいつらが望むと思うか?」
「それは……」
「話を聞く限り、ジョウイもオディオも死喰いを消そうとはしていないのだろう。
 ならば一度元の世界に戻り、準備を整えて死喰いに――ラヴォスに挑めばいいだろう。
 それに、死喰いが完全な形で目覚めなければジョウイが負ける公算が高いのだろう?
 ならば時間をおけば、どう転んでもジョウイは自滅だ。おまえの望みにも叶うんじゃないか?」
 最後の言葉尻に、蛙特有の嫌らしさをたっぷり乗せながら、カエルはストレイボウに問いかける。
 その皮肉に、ストレイボウは顔をしかめる。否定する要素が見つからないからだ。
 目先の状況だけを考えれば死喰いを倒したくもなるが、正確に言えば死喰いは死せる者達の想いを喰っているのだ。
 死喰いを倒せば死者が蘇るというような話ではない。
 ならば危険を冒して死に、あのルクレチアで再会するほうが死者に無礼というものだろうと。
 撤退が最善と理性で分かっていながら、それを認めることができないのは、一抹の不安。
 オディオ――オルステッドとジョウイがぶつかるということについて。
別れ際にジョウイは言った。自分は友に殺されたかったのだと。
親友と殺し合う、その意味を知るジョウイがオディオを終わらせると宣言した。
そんなジョウイがオルステッドが交差したとき、何が起こるのか。
(何か、見逃している気がする……)
僅かに残った引っかかり。ルッカのサイエンスを会得した今でも、それは読めなかった。
逃げることが皆にとって最善であろうとも、
ストレイボウにとって致命的な何がが起きてしまうのでは……そう考えてしまうのだ。
(あ、そういうことか……)
そこまで思い至って、ストレイボウはようやくカエルの言いたいことを理解した。
皆の最善と自分自身の最善は異なる。その事実を敢えて指摘した理由はただ一つ。
“だから、お前はお前の望むように考えろ”と、不器用に教えてくれたのだ。
「……すまない、カエル」
「なんのことか分からんな」
ストレイボウの謝辞に、カエルは知らぬ顔で向こうを向き、覆面ごと頭からボトルの水をかける。
火傷まみれとはいえこの酷暑は両生類には厳しい。

858英雄への諧謔 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:27:14 ID:9qS70r1M0
「……正直、俺には理解できねえよ」
「それでいいと思うわよ。ジョウイ君は、私や貴方じゃ多分一生理解できないもので動いてるから。
 私が貴方を理解できないように、貴方が私を理解できないようにね」
アキラのつぶやきに、アナスタシアは嘲るようにして言った。
はっきり言えば、わざわざ死ぬ可能性の高い方向に進もうというだけで彼等にとってはナンセンスなのだ。
ジョウイを突き動かすものは磔の聖人――――殉死、犠牲のそれに近い。
ならばそれはユーリルが囚われた勇者像であり、アナスタシアが呪った英雄観であり、
アキラが吐き捨てた間違ったヒーロー像であるからだ。
それに対してアナスタシアが皮肉を発しないのは、魔王ジャキを討つために一時はともに戦ったからか。
あるいは、たとえ異なる価値観であろうとも、否定するだけが答えではないと知ったからか。
背中から走る暖かみを覚えなから、アナスタシアは背伸びをした。

「まー何にしても首輪解除しなきゃどうにもならないでしょ。
 準備できたし、そろそろ始めましょうか……どうしたの、デブ?」
「……次にその名で呼べば首を落とすぞ。おい、ストレイボウ」
ついに生者の首輪解除に取りかかろうとしたアナスタシアが、怪訝な表情を浮かべたピサロに気づく。
ピサロはそれをあしらい、ストレイボウに尋ねた。
「あの小僧は“始める”といったのか? “仕掛ける”でも“迎え撃つ”でもなく」
「あ、ああ。そうだ、確かに始めるといっていた」
その返事に、ピサロは眉間の皺をより一層に深めた。
ここまでジョウイが攻撃を仕掛けてくる兆候はいっさい無かった。
だから遺跡ダンジョンという中枢を押さえた以上、その地の利を生かした籠城を狙うものだと考えていたのだ。
(あの小僧が、あの乱戦の絵図を描いたのだとしたら――そこまで気長に待つか?
 あれの性根は、おそらく守勢よりも攻勢。ならば、奴はこの3時間何をしていたのだ?)

ジョウイの策略の一端を知るピサロは訝しむ。
悠長にこちらを待ちかまえるような可愛げのあるものが、あそこまでの大仕掛けを打てるはずがない。

――――出すのは早ぇし将来の後先は考えねぇ。とにかく当てることしか考えねぇ。
――――だから普通は早々潰れるが、女神はチェリーも嫌いじゃあない。
――――ビギナーズラックが回ったら…………一荒れくるぜ。

だから活きのいい新人<ルーキー>は性質が悪いのだと。
そのギャンブル評を思い出したとき、じゃり、と荒野を踏む音がした。
陽光燦々と輝く中、一つの陰と共に――――始まりが来訪した。

859英雄への諧謔 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:28:19 ID:9qS70r1M0
それは、まるで砂漠に立つ一本の枯れ木だった。
全身を襤褸布で覆い尽くした人間大の影。
他には何もない、ただ残ってしまったから立っていただけ。
生気は欠片もなく風さえ吹けばたちまち折れてしまいそうな、朽ちるのを待つだけの影だった。

この距離に至るまで全員がその存在に気づけなかったのも無理はなかったかもしれない。
形式的に各々戦闘の構えこそとれど、意識のギアを上げることもできなかった。
それほどまでに、目の前の存在は稀薄でこの世の存在として頼りない。

「……あの2人か? ジョウイに従った、あの」
「ヘクトルの骸を思い出せ。死せるとて存在の密度は変わらん。
 あの2人も、ここまで薄くはなかった……はっきり言って、弱いぞコイツ」
怪訝に思うストレイボウに、カエルは目を細めて否定した。
亡将も、あの双将も戦士として忘れがたいほどの重みを持っていた。
だが、目の前の存在はそれに比べ何枚も格が落ちている。しかもそれがたった1人。
いったい何なのか――――

【……ジョウイ様からの……】

そう疑問に思ったタイミングを見計らったかのように。襤褸布なかから音がする。
壊れかけた蓄音機が無理をして回転するように、ひび割れた音がボロボロこぼれる。

【ジョウイ様からの伝言を……お伝えします…………僕は、遺跡の下で待っている……】

機械じみた音律で告げられたのは、彼等の煩悶の中心に立つ人物からの伝言だった。
ジョウイ=ブライトはここにいると、高らかに宣言するためか?
否、ジョウイという男がそのためだけにメッセンジャーを用意するか?
【ジョウイ様からの伝言をお伝えします…………】
その襤褸布から手だけが現れる。誰もが息を呑んだ。
蝋のように真白い、人形の手に握られたのは魔力で形成されたであろう黒き刃。
共に戦う中で何度も見た、ジョウイ=ブライトの紋章の刃。
それが意味することは――――

【――――始めます。賢明な判断を望みます】
「ッ!?」

860英雄への諧謔 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:29:02 ID:9qS70r1M0
その時が来たということだ。
影が、ぬるりと前進し切り込んでくる。速い。だが、神速とまではいかない。
振り抜かれた剣を受け止めたのはカエル。たとえ燃え滓の身であろうともこの程度の剣戟捌けぬほどではない。
「この振るい……剣者ではないな。
 あの亡候を失って急拵えで用意したのかは知らんが、役者不足だ。
 伝言が済んだのならあの双将でも呼んで――――ぬぅッ!!」
本命を喚べと言おうとしたカエルの言葉が止まる。
ぶつけ合った刀身から、毒のような痺れが走る。
迎え撃った黒い刃から、紫の雷が蛇のようにカエルにまとわりつく。
「何処の誰か知らんが……貴様如きが、クロノの真似事とは烏滸がましいッ!!」
覆面の下で憤怒の形相を浮かべたであろうカエルは、痺れが全身に達しきる前に強引に剣で弾き飛ばす。
胴を薙いだその一閃が、襤褸布の下半分を切り裂く。細い足と軍靴が露わになった。
「……ッ!?」
その一瞬“彼”は固唾を呑んだ。その動揺を表に出さぬようにするので精一杯だった。
「大丈夫かカエルッ!」
「問題ない、が。気をつけろ。あいつ雷を使うぞ。威力は大したこともないが、麻痺させてくる」
駆け寄るストレイボウを心配させまいと声を張るが、カエルの膝は筋肉を失ったかのように痺れが這いずり回る。
雷撃を刀身に纏わせる攻撃法にクロノを思い出すが、カエルは首を振って雑念を払った。
威力が頼りない分、敵の雷は麻痺性に重きを置いている。
非道に手を染めた自分ならばともかく、そのような卑近な技にクロノを想起するなどあってはならない。
「とにかく、アナスタシア、この麻痺を回復して――」

命には問題ないと、判断したストレイボウがステータス異常治癒をアナスタシアに請おうとした瞬間だった。
影は吹き飛ばされた際の土煙の中から立ち上がる。それと同時に、影の周囲に浮かんだ雷球がいくつかの蛇となって彼等に襲いかかった。
これらも威力は見た目からしてなさそうに見えるが、ユーリルの雷に比べ禍々しい――というより薄汚い毒彩は、
見るからに触れれば麻痺を付与してくると伝えている。
体力の回復はともかく、状態異常回復の術が限られる現状では食らうことは好ましくない。

「小賢しいな、その程度の雷で怯むと思ったか。害したくば地獄より持ってくるか――その薄汚い魂の全てでも懸けてみろ」
接近戦は面倒。そう判断したピサロは引き金を引いた。
込めたのは小規模のゼーハー。当然のように全力ではないが、手加減と言うよりはこの程度でも十分破壊できるという目算である。
爆ぜた魔力が弾丸となって影――影であるべき何かの頭部へと迫る。
【ジョウイ様からの伝言をお伝えします……始めます……賢明な判断を望みます……】
しかし、影はするりと回避した。そのフードの闇の向こうから、しかと弾丸の流れ・速度を『見切』って。
余った襤褸布の一部が破れ、胴が晒される。その陣羽織はボロボロであったが明らかな軍装だった。

861英雄への諧謔 6 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:30:05 ID:9qS70r1M0
「嘘だろ……」
彼の中にこみ上げた不安を見透かすように、その装束に刻まれた瞳が見つめてくる。
その軍装を“彼”はよく知っていた。この島でそれをつけている可能性があるのは2人だけだった。

「……あの服、どーっかで見たような……」
不思議そうに目の前の影を見つめるアナスタシア。
その視線を感じたか、どこかの軍隊に所属していたであろう影は、
黒刃を握らぬ方の手で懐をまさぐり、神速の所作で抜き放つ。
放たれるは投げ刃。黒き刃ではない、しっかりとした実体を持つ忍びの投具。
それらが意志を持ったように彼女に向かって襲いかかる。
「危ないッ!」
寸でのところで形成されたストレイボウの嵐が、壁となって刃を弾き飛ばす。
あまりに慣れた手つきに、その影が投具使いであることは疑いようもなかった。

「チマチマチマチマ……うっとおしいぜッ!!」
投具を投げた瞬間を見計らい、アキラが突貫する。その表情には明確な苛立ちがあった。
雷、麻痺、投げナイフ、ひょろい外見。何もかもがアキラの疳に障った。
とりわけ最悪なのが戦い方だ。最初に麻痺を大袈裟に見せておいて、自分の雷に触れると不味いと刷り込む。
直撃しても致命傷にはならないものを、大きく見せたのだ。
そして、遠間から雷撃と投げナイフ。自分は傷つかない位置からちまちまといたぶっていくやり口。
どんな奴かは知らないが、心を読むまでもない。アキラの世界で吐き捨てるほどいたような輩だ。
暴力を無意味にちらつかせ、有りもしない器を大きく見せ、誰かを見下さなければ自分の立ち位置も定まらない屑野郎。
ジョウイのような理解不能な存在とは違う。この拳をぶつけるのに何の衒いもない。
怒りの正拳が布の向こうの顔面に直撃する。完全なクリーンヒット。これが人間であれば鼻骨は完全に砕けていただろう。
(なんだ、これ……“気持ち悪ぃ”!!)
だが、アキラの拳に伝わったのは骨の砕ける小気味良さではなかった。
まず粘性。ぶちゃぁ、とかぐちょ、とか。プリンを全力で殴ったような感覚だった。
そして、この気色悪さ。耳に舌をつっこまれたような、内股を頬ずりされたような……
とにもかくにも名状し難い不快感が蟻のように這いずり回り、殴るために込めた力が霧散していく。

――――イヒ、イヒヒヒヒヒッッ、ゲ、レレッ、ゲレレレレッッッ!!

弛緩してしまったアキラをあざ笑うように、影は黒き刃を構えた。
自然と読心してしまった、夏場の蠅の羽音ような下卑た笑い声が脳内を満たす。
脳の皺に植えられた白い卵が、孵化する。そして眼から口から――――

「気持ち、悪いんだよクソがァァッ!!!」
「アキラ、そいつに触れるな」

862英雄への諧謔 7 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:31:16 ID:9qS70r1M0
一発の銃弾が、アキラを斬らんとした黒き刃をそらした。
その瞬間を見逃さずになんとか影との『憑依』を切り離したアキラはたたらを踏んで後退する。
その手に影の襤褸布をほとんどつかんで。

「……なんでだ。なんでよりにもよってそいつなんだ……」

向けたドーリーショットの銃口からフォースの光が拡散していく。
銃を向けたまま、イスラはその影から目をそらす。
だが、もはや偽る余地はなかった。その軍服は、帝国軍海戦隊のもの。
そして、それをこの島で纏う可能性があるものは2人しかいない。
一人は、アズリア=レヴィノス。第六部隊長にして我が姉。
もしも、彼女がジョウイの外法にて蘇ったのであらば。怒りこそすれ――――“まだ救いがあっただろう”。
それならば心おきなくジョウイを憎める。
よくも、よくもと、これまでの全てを擲ってあの外道を殺戮する機械になれただろう。

「他にいただろ、もっと使える奴がさぁ……」

もはや影を纏っていた布は、頭部くらいしかなかった。
だから分かってしまう。あの装束は隊長のそれではない。というより、女性のそれではない。
一般的な、男性の軍装。そして、それを纏うものは一人しかいない。

【ひ、いひひひひッ、ギヒヒヒヒヒヒヒッ……】
「あの笑い声、あれもしかして……」

蓄音機から壊れた言葉が響く。ジョウイからの伝言ではない。
もはや言葉も紡げぬほどに奪い尽くされた死の残響。
亀裂から漏れ出すはどうしようもないほどの妄念。
そこまで来て、ようやくアナスタシアが気づく。
あの服装を知っている。なぜなら、彼女たちを一番最初に襲った奴の装束だったのだから。
その名前も知っている。確か――――

「ビジュ、君……?」
「なァんでそいつを喚びだした、ジョウイ――――ッッッッッ!!!!」
【イヒ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッッ!!!!!】

薄汚い嘲笑と、張り裂けそうなほどのイスラの叫びが真夏のような空に響く。
それは、未来を向こうとするイスラの最大の汚点。
決して拭い落とせぬ両手の色彩だった。

863英雄への諧謔 8 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:32:21 ID:9qS70r1M0
何もない真っ黒で真っ白な街の中で、それは思う。
どれくらい経ったであろうか。よく分からない。
どうしてここにいるのか、なぜこうなっているのか。よく分からない。
一日のような気もするし、千年たったような気もする。が、やっぱりよく分からない。
もし、最初、があるとすれば。確かに最初は喚いた気がする。
いやだ、くわれる、たすけて、と泣き叫んだかもしれない。
だが、たぶん……そんなものは何の足しにもならなかったのだろう。

そういうものだと知っている。なぜなら、あのとき、あのとき縛られて、
殴られて、蹴られて、鞭をうたれて、眠りそうになったら水をかけられて、
口にやわらかい何かをつっこまれて“あつくてあつくてたまらないものを頬にこすりつけられた”ときに、そう知った。

この世には奪う側と奪われる側しかいない。どんなに綺麗事を言っても勝者と敗者が存在する。
だから奪ってやると決めた。奪う側に回り続ける。そうすれば何も奪われない。
そうきめた、そうきめたはずなのに。もうなにものこっていない。
だからいまも奪われた。いたみも、なげきも、どうしてと思うこころさえも。

なぜだ。なぜだ。なぜなにもない、なぜなにものこっていない。
だれかをきずつけたからか、だれかからうばったからか。

ふざけるな、ならなぜおれはうばわれた。だれもおれにあたえてはくれなかった。
だからうばったのだ、それがわるいなら、なぜおれはうばわれた。
いみがあると、かちがあると、さけんだのに。きかいのひとつさえあたえられなかった。

――――君が役に立たないことはよく知ってるよ。

そうけっていされたからか。むかちだと、むのうだと、おまえはさいしょからだめなのだと。

――――■は死ね♪

おまえは■だと。
うまれたじてんでそうあれかしときまっているのか。

――――志も力もない君が生きていても迷惑なだけだよ。

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
だれもそんなものくれなかった、めぐんでくれなかった。
だからうばったのだ、ちからを、かねを、おんなを。
うばうことがわるいのなら、さいしょからもってるやつだけしかだめなのか。
おれがごうもんをうけたのも、うらぎられたのも、■のまねをさせられたのもさいしょからだめだったからか。

なぜそうなったのかはもうわからない。だれがいっていたのかももうわからない。
とっくのむかしにうばわれた。このまちのおおきなものにたべられた。
いまさらとりもどしたいなんておもわない。

だけど、だけど。せめておしえてほしい。おれは、■だったのか?

864英雄への諧謔 9 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:32:59 ID:9qS70r1M0
――――違う。

こえが、きこえた。はっきりと、たしかなこえでそういった。

――――干渉できたのは、あなただけか。しかも、置き去られた喰いカス。
    これ以上は死喰いを刺激する……とてもじゃないが、他の人たちは無理だな。

なんだ、おまえはだれだ。いや、そんなことはどうでもいい。
おれはなんだ。■じゃないのか。

――――■と言われたのか。あの男以外に、そんなことをいう奴がいたのか。
    なら答えよう。違う。貴方は人間だ。

ならばなぜおれはこうなった。
なにもできず、なにものこせず、みすてられ、まけた。
しんだらおわりではないのか。むかちなのではないのか。

――――それでも、貴方の生に意味は確かにあった。“そうでなくてはならない”。
    貴方もまた犠牲であり、その敗北<いのち>が無価値などとは認めない。

だが、おれはひつようとされなかった。つかわれなかった。やくにたたなかった。
うばうことしかしらない、よわいものをたたくしかできないおれは。

――――ならば僕が貴方を必要とする。オスティア候の穴を埋めよう。
    どれほどに非道であろうと、どれほどに弱かろうと、そんな理由で拒むような世界は楽園などではない。

それでもいいのなら。■でなくなれるのならなんでもいい。
みじめでもくそでもいい、ただおれは、おれさまは――――■のままおわれない!

――――誓約を結ぶ。残滓と言えどこれで貴方の死は僕のものだ。もう何処にも行けはしない。
    だが、その犠牲<そうしつ>に意味を与える。“絶対に、僕は貴方を忘れない”。

そのてがおれをつかむ。こうしておれはうばわれた。
そのてはつめたくていたくておぞましかったが、ふれられないよりはよほどましだ。
だって、だれもてをさしのべてはくれなかったのだから。

865英雄への諧謔 10 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:33:57 ID:9qS70r1M0
【イヒ、イヒヒヒ……ジョウイ様からの伝言を伝えます……
 安心してほしい、イスラ。“君が彼に何をしたのか”を一々喧伝するつもりはない】
フードの中でぐぐもった笑いを浮かべる影――ビジュであろうものが再び投具を構えながらイスラに声をかける。
イスラはその声に、背中を震わせた。蓄音機越しの言葉で、感情も乗っていないのに、
自分が敵意を向ける人物が、どんな思いでそう言っているのかが分かってしまう。
敵意ではない――――失望だ。
漏らしたおしめを隠していることを一々言いふらすほど子供ではない。そんな値すらお前にはないと。
その失意に、イスラの心が砕けかける。褒められた、撫でてくれた感触さえ霧散しかけてしまう。
自分に価値があったと思ったことなどついさっきまで無かったのだ。
敵と思った相手に、敵とすら認められないことが、ここまでのダメージであるなどと知らなかった。
初めての体験に、イスラは膝を落としてしまう。それを十字架は見つめ続けていた。
その表情は洋として知れないが、影から漏れ出す嘲笑が全てを物語っている。
どんな気分だ、胴を解体して首を落として海に投げ捨てた奴が舞い戻ってくるのはどんな気分だと、そう言われている気がした。
価値がないと言われることがどれほどつらいかわかるかと。
「あ、ああ……!!」
「イスラ、おい、しっかりしろッ!!」
その事情を知らないストレイボウが声をかけるが、イスラの耳には嘲笑がこびりついて届かない。
変われると思った。そう信じられた。
だが……どうしても変わらないものがある。それこそが死だ。
生きていれば変えられる。だが、死はもう変えられない。
だから忘れた、都合のいい思い出で満たして、都合の悪いものを忘れようとした。
だが、決して死は変わらない。敗者は戻らない。
殺してしまえばそれで終わり――――その十字架は一生消えはしない。

【ジョウイ様からの伝言を伝えます……代わりと言っては何だが、彼は僕が奪わせてもらう。いらないのなら、異存はないだろう】

自分が捨てたものに捨てられるがいい、と言うように、投具がイスラに向かって放たれる。
銃で打ち落とそうとイスラは構えるが、視界が鈍る。見たくない、見せるなと標的を定められない。
だが、眼を背けようが聞かせてやろうと、そう示すかのように、十字架は彼岸の音楽を奏で続けている。
無意味にさせぬ、忘れさせないと――――ジョウイがそう呪っているかのように。

イスラに当たるべき刃は、しかし、一陣の風が吹き飛ばす。
影狼ルシエドの突進は、ただそれだけで風を生み、イスラを守ったのだ。

「はいはーい、そこまでー。見ないうちにずいぶんサドっ気があがったんじゃない?」

866英雄への諧謔 11 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:34:47 ID:9qS70r1M0
軽々とした声を響かせるのは、アナスタシア=ルン=ヴァレリア。
その背後には清浄なる波動を受けて麻痺を和らげているカエルがいた。
「貰うだとか奪うとか……おねーさんちょーっと失望しちゃったかな。
 ジョウイ君、そういうこという子だったんだ、って」
ルシエドまで使って前にでてしまったことを、少し後悔する。

なんとなく、であるが、最初に出会って情報を交換したときに気づいてしまっていた。
イスラ=レヴィノスはあの時点で既に手を血に染めていたことを。
それは情報の違和感であり、腐臭漂う後ろめたさであり、漠然でありながら確信するのに十分だった。
だから、この状況にある程度の納得を感じていた。
どんな風に殺したかは知らないが、イスラがこうなってしまうレヴェルのことをしたのだろう。
だが、アナスタシアは何故か口を出さずにはいられなかった。
聖剣を握る手を震わせるのは確かな怒り。
人をモノのように扱ったことか。人のトラウマを抉る真似をしたことか。
違うな、とアナスタシアは思った。アナスタシア=ルン=ヴァレリアはそんな聖人めいた理由で怒らない。
イスラなど関係ない。ただ猛烈なまでの喪失感。大切な所有物が穢されたのだという感覚。

「死んだ人まで蘇らせておいて、何が理想よ。死んだら帰ってこない、帰ってこないのよ。
 そんなに叶えたければ、生きた自分の手でつかみ取りなさいッ!!」

聖剣を突きつけ、アナスタシアは吠える。
それは人形を操るジョウイに向かって、というより自分自身に言い聞かせるようだった。
蘇ってはならない。もう帰ってこない。失ったらもう帰ってこない。
その喪失を超えて幸せを掴もうとしている彼女にとって、目の前の存在は毒の蜜だった。
うらやましい、と内側で響く声を押さえつけるように、彼女は自分を奮い立たせたのだ。

【イヒ、イヒヒヒ、ギヒギ、ゲベ、ゲゲゲゲゲ】

だが、それだけは言ってはならなかった。
ビジュであろう影の中から走る嘲笑が変化する。それは嘆きだった。
なぜダメなのだと、一方的に壊され、為す術なく奪われたのは自分たちのせいではないのに。

【ゲ、ゲレ、ジョウイ、レ、様からの、ゲレ、伝言をお伝えします……
 蘇らせることは、ゲ、できません。彼の死はもうほとんど喰われていて、
 モルフ1つ構成できるほどの残っていなかった。だから――“補いました”】

残った頭部の襤褸布がずるりと落ちる。
ならば刮目しろ馬の骨、お前が何を救って、何を救わなかったか。
お前が何を断じてしまったのかを。

【散った想いの、ゲレレ、破片を集め、レンッ、ガーディアンの、ゲレッ命にて形と為した。
 ゲレッ、ロザリー姫を再構成した貴女と同じです、レレン、アナスタシア=ルン=ヴァレリア―――ゲレレレレレレッ!!!】

867英雄への諧謔 12 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:35:31 ID:9qS70r1M0
その場に全員の表情が凍り付く。イスラとアナスタシアはそれを知っていた。
金の眼、白磁のような肌、漆黒の髪はことなれど、それは確かにビジュの顔だった。

だがそれは“半分”だけだった。アンパンをむしって開けたようにその顔は“虫食い”で、
代わりにそこにあったのは、饅頭のような何か。
霊界サプレスの召喚獣タケシー、道化にエサと喰われ、
死喰いに二度喰われ、参加者でなかった故に半端に喰い捨てられた亡魂だった。
右半分左半分などという規則的なものではない、
福笑いをまじめにやってしまったかのようにその破片がちぐはぐに乱雑にくっついている。
その糊の役割を果たすかのように、接合面からは泥が、生命そのものたるグラブルガブルの泥が垂れ流しになっている。
涙のように汚物のように血のように、ただただ零れている。

分かたれた召喚師と召喚獣は、死してなお共にあることができたのだ。
そう言えば美談になるかもしれない。このような形でなければ。
だが、そう言うには目の前の人形は余りに醜悪に過ぎた。死者の尊厳を蹂躙してすりつぶしてもこうはなるまい。

そんなものを創った奴に、同類だと言われたアナスタシアの胸中はあらゆる想像を絶していた。
あの愛に包まれた世界で起こした愛するもの達の逢瀬の奇跡、それがこれと同じだと言われれば無理もない。
違う、と口をつきたかった。だが、影の向こう側で魔剣を掴むジョウイの姿を想像して噤んでしまう。
ジョウイの魔剣もアナスタシアの聖剣も、本質は同じ感応兵器――想いを力と変える剣だ。
アナスタシアは届かぬ想いを形に変えて、ジョウイは幽けき嘆きを形に変えた。
自分ではできないから死者に縋ったのだ。そこに本質的な違いはない。
この島には、未練など、叶わなかったことなど星の数ある。
その中からアナスタシアは選んだのだ。救えなかったものを選んだのだ。
きれいなものをえらんで、きたないものをすてたのだ。

かっこよくありたいと願っておきながら、馬の骨だと自分を認めてしまった。

ならばいずれ、選んでしまうのではないか。理想の楽園を、失わないものを。
次元を超えるアガートラームを以て、未来に待つ餓えを満たすために、過去<うしなったもの>を喚ぶのではないか。

【ゲレ、イヒッ、ゲヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!】
「ッ!!」

その逡巡が致命的な遅れを呼ぶ。吹き飛んだ投具はまだ死んではいない。
タケシーの招雷能力を得たビジュですらないものは、その雷を吹き飛んだ投具に吹き込む。
雷の力で生まれた磁力が、散った刃に再び殺傷能力を吹き込んで、アナスタシアを狙う。
死にはしないだろう。だが、もし手に怪我を覆うものならば、もう首輪の解除は出来はしまい。
弱く、しかし確実に急所を狙った見事なまでに最悪の一撃。

868英雄への諧謔 13 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:37:00 ID:9qS70r1M0
「……フン、だからどうした」
だが、それは再び吹き荒れた風によって阻まれた。
ハイヴォルテックの一撃が、アナスタシアに迫る投具を全てはたき落とす。
「……ピサロ……」
アナスタシアは己の側に立ったピサロを見上げる。
常と変わらぬ傲岸不遜な表情に、なにを言えばいいのか。
「なにを迷う。お前は――――」
「――――ピサロ、後ろだッ!!」
だが、その逡巡はストレイボウの叫び声と、ピサロの背後から飛びかかる汚物の存在でかき消された。
遅れて気づいたピサロが、振り向きざまに銃剣を振り抜く。
ぐしゃ、と蠅が潰れるような音と腐汁のような泥をまき散らして人形の脇腹に深々と刃がめり込む。
「仮にも魔王を名乗るなら詰まらん細工はするな。こんな人形一つで覆る戦況ではないことは分かっているだろう。何が狙いだ」
ピサロは淡々と人形の主に問いかける。玉座を降りたとはいえ、その威容は何も損なわれてはいない。
その問いは至極当たり前のものだった。確かにこの駒ならばイスラとアナスタシアの精神を削ることはできるかもしれない。
だが、それまでだ。そんな相性を剥いでしまえば、ただのゴミで創った工作物に過ぎない。
尊厳だとかそういうものは差し置いて――この場を動かす駒としては圧倒的に不足している。

【ゲヒ、ゲヒヒヒ……ジョウイ、様、からの……伝言をお伝えします……
 無駄なものなど一つもない。彼は役割を果たしています。貴方からそれを拝領するために】
「!!」

その時だった。虚空に闇が集い、一本の黒き刃が射出される。
それはピサロと人形の間を過たずに貫き、その僅かな隙をついて人形はピサロから距離を置く。
その一撃は紛れもないジョウイの紋章術。ならば近くに潜んでいるのか。
いや、そもそも今の一撃ならば動けぬピサロを討つ絶好の好機ではなかったのか。
ならば、なぜ人形を助けるために――――否、そうではない。
この敵は、真っ当な論理で動いていない。

飛び退いた敵を見据えたピサロは、そのものが何かを握っているのをみた。
この戦場に不似合いな可愛らしい赤色の傘。ついで、自分の得物が僅かに軽くなったことを知覚する。
人形が持っていたのは、彼が狙っていたのは――銃剣に内蔵されたそのパラソルだった。

「ジョウイ様からの伝言をお伝えします……クレストグラフは貴方たちにも必要でしょうから妥協します。
 ですが、これだけは……“巻き込みたくなかった”。だから……」

その一言だけは、不思議な感情が込められている気がした。
その意味を理解できるものはここには誰もいない。
ただ、分かるのは――ジョウイが今から始めようとしていることは、それを巻き込むことであったということだ。


「――――――これでようやく、布陣できる」

869英雄への諧謔 14 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:38:25 ID:9qS70r1M0
その一言と共に、地面が震え上がった。精神的なものではない“物理的に大地が鳴動している”。
「ルシエド、アナスタシアを乗せろ! 絶対に傷つけさせるな!!
 残ったアイテムを拾えみんな! 仕掛けてくるぞッ!!」
「え、ちょっ」
ストレイボウの叫びに応じ、ルシエドがアナスタシアに有無をいわさず自身の背に乗せる。
何が起こるかなど分からない。だからこそ、絶対に首輪解除の要を傷つけさせるわけには行かない。


いつからだったか、眼下に広がる領地がやせ衰えたのは。
最初からだったか、大地より恵みが消え果たのは。
雲一つ無き蒼空に燦然と輝く太陽は砂を灼く。
広がり行く砂海は星を侵す症候群か。
照り続ける太陽は砂食みに沈めという裁きの光か。


「何が起きてやがる……!?」
「これは、真逆……ならこの異常な暑さは、その結果かッ!?」
何とか転ぶことだけを避けながら、異常に戸惑うアキラの横で、カエルがある可能性に気づく。
考えてみれば、ここまで昨日は暑くはなかった。
もし天候を操作するのであれば、オディオはそう宣言しているのだろう。
ではないとすれば、誰かがコレを操作している。
誰がしている――――決まっている。
何のため――――具体的には分からないがそれ以外にはない。
そんなことが本当にできるか――――理論上出来る。魔剣に触れたカエルには直感的に理解できてしまう。


それがどうした。
裁きの光よ来るがよい。
百度来たれど、百に意を加えて蘇ろう。
千度砂喰まれようと、千と銃を携えて舞い戻ろう。

たとえ土地に恵みがなくとも、我らには熱がある。
国を愛する心の熱が、鉄を鋳する窯の熱が。
我らは自然(おまえ)になど屈しない。
ここは人の世界。自然に打克てし技術の機界。

おお、讃えよ、王の名を冠せし、砂に輝く機械の城を。

870英雄への諧謔 15 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:40:02 ID:9qS70r1M0
震えが、どんどんと大きく――――近づいていく。
怒りのように、嘆きのように、狂うように。
小さな声が集い、淀み、大流になるように。


だが、双玉座に二度と兄弟が座ることは二度とない。
歯車に流れるは愚か者どもの流血のみ。
口惜しや、水が枯れども途絶えぬ血脈はここに潰えた。
慙愧に耐えぬ。玉無き王城に何の意味があらん。

国王を殺した人間(おまえ)を許さない。
玉座を穢した世界(おまえ)を許しはしない。
世界よ我らと共に震えて沈め、しかる後その上に楽園は建てられる。
ここは死の世界。恵みも人も無く歯車だけが回り続ける鋼の骸。

おお、畏れよ、お前達が滅ぼした、鉄と蒸気の墓碑銘を。


「そういうことかよ、ジョウイ……成る気か、お前……」
目の前の乾ききった大地がせり上がり、ひび割れていく。
その力の名前をイスラは知っている。
狂える怨嗟を束ね、共界線を繋ぎ、力と変えるもの。

「核識に……この島の主にッ!!」

其は島の意志――――狂える核識<ディエルゴ>の魔力。


争う者たちよ、この城を穢す者たちよ。我が歴史を終わらせし者たちよ。
一人残らず、この黄金の大海原にダイブするがいい!!


吠え叫ぶイスラ達の前にそれは現れる。
地質を変えて、水脈を操作し、ここまで通る道を造ったとはいえ、本来は砂漠航行用。
しかも一度遺跡にまで動かされている以上、2度の無茶な潜行によって外装も駆動部も少なくない損傷を負っている。


【ゲヒ、ゲヒヒヒヒ……ジョウイ様からの伝言をお伝えします……
 最後のデータタブレットは城に置いた。欲しければご自由に……ゲヒヒヒ、ヒヒヒッ!!】

取れるものならな、と嘲笑う声と共に、
悲鳴のような自壊音を奏でながら城は側面をアナスタシアたちに向ける。
地中潜行時には城内へ収納されるべき、空中回廊が向けられる。
それがどうした。
そんな痛みなど、血を、世界を失ったことに比ぶれば無に等しいとばかりに、
叫ぶように歯車が回転し――――左回廊が、復旧<とば>された。

ミスティック――――キャッスル・オブ・フィガロ

その崩れかけた左腕に血を纏いながら、亡城は嘆き続ける。
其は、その世界の最後の残滓。“敗者にすらなれなかった”残骸である。

871勇者への終曲 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:41:54 ID:9qS70r1M0
遺跡ダンジョン地下71階に門の力でビジュが得たパラソルが召還される。
ジョウイはそれに手を取り、しばし眼を閉じた後、それを咲き誇る花の中に優しく置いた。

「勇者とは、全てを救うもの――――ならば続けて問わねばならない。“救う”とはなんだろう」

そして、ジョウイは虹色に輝く巨大感応石に目を向ける。
この島にある全てと死喰いを繋くターミナルポイント、それはつまり、この島の全てと繋がる場所だ。

「傷ついたものがいたとしよう。そのものを救えるだろうか――――救える。痛いと言えばいい」

その感応石に右手を翳す。魔剣と始まりの紋章を取り込んだ右手ならば、この感応石を通じてこの島そのものに干渉できる。
接触の瞬間に、膨大な意識が右手を通じて膨れ上がる。

「ならばそのものが口が利けなかったとしよう。救いを求められない。
 そのものを救えるだろうか――――救える。その場にいる誰かが助けてと言えばいい」

西から嘆きが聞こえる。狂える皇子の無慈悲な一閃で、私たちは焼き尽くされた。
北から叫びが聞こえる。突如現れた隕石によって、僕たちは抉られた。ただ邪魔だと欠片も残さず焼き尽くされた。
南から悲鳴が聞こえる。壊れた道化師と、それを倒そうとしたもの達の戦いで砕け壊れ何も残らない。
島の中心で怨嗟が聞こえる。蒼い災厄が、紅い災厄が描いた軌跡が我らの半身をもぎ取った。
島が泣いている。燃やされ、地獄と冥府にすりつぶされ、天から降り注ぐものに全て滅ぼされた。
救いの雷さえも、その癒しにはなりはしない。私たちは、救いを求められないから。
遺跡が狂う。この楽園に、ささやかなる魔界に帰るべき王女はもういない。

「ならば、そのものがその状態を当然だと思っていたならどうだろう。
 貧困でも欠損でもいい、その傷は生まれたときからあって、そうであることが当然だと思っている。救いを求める動機がない。
 そのものを救えるだろうか――救える。とにかくそれを見た誰かにとってその状態が異常であればいい。
 本人の意思がどうかではない。誰かにとってその状態が不足であれば――こうではないのだと救いを求める理由に足る」

幽けき声が響き渡る。意図して行ったものも、意図せず行ったものも、
彼らを傷つけた原因は、もうこの世にはいない。彼らよりも大きなものが食べてしまったから。
もはや糾弾すべきものは誰もいない。そもそも彼らに責める資格などない。
彼らはあくまで道具であり、創造物であるから。

ならば、その声は何処にいけばいい。名も亡き声は、聞こえぬ叫びは、最初から無いものと同じなのか。
この嘆きに、意味など無いというのか。

872勇者への終曲 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:42:30 ID:9qS70r1M0
「ならば、解決策が見つからなければどうだろう。救われた後の状態が誰も想像できない。
 こうなればいいのに、という指向性がない。
 それならば救ってほしいと祈れるだろうか――――祈れる。
 帰る場所は分からないけど、ここは私のいるべき場所ではないのだから。だから帰してほしいと」

否定する。その声を聞く魔剣の王が否定する。
意味のない死など無い、喪失を無価値になどしない。
“僕は貴方を忘れない”

「つまり、その前提として、私はここではない何処かから来て、
 ここは私のいるべき場所ではないのだという確信が存在しなければならない。
 そして祈る――――あるべき場所へ帰りたいと。それが救いだ」

その声に全ての叫びが集う。
勝者敗者という前に、敗者にすらなれなかったもの達が集う
その存在を無意味にしないために、この嘆きに、確かな意味があったのだと信じたいがために。

「帰る場所――――そんなものは、ない」

その島の全てを背負<うば>ったジョウイは感応石を通じてその魔力を送る。
地下50階、玉座の間に集めた――集まった骸に、黒き刃を注ぎ込む。
ガタガタと骨が動き出す。ずるずると肉が脈動する。つぎはぎのそれらが一人分に集まっていく。
死骸を依代に、未練と憎悪だけで駆動する亡霊兵、その数50が一時の眠りから目覚める。

「僕たちは最初からここにいる。ここで失って、ここで死んで、ここで亡くし続ける。
 そんな場所に、最初からいるんだ。帰るべき場所なんて、ない」

ジョウイ=ブライトには何もない。
剣才はなく、紋章術の才はなく、棍とて一級ではあっても達人ではない。
あるのはただ理想一つ。数多の想いを染め上げて、束ねる狂気のみ。

「だから行くぞ僕は。
 ここではない場所へ、何も失わない場所へ、誰もが平穏にあれる楽園へ。
 たとえその果てに僕が、何もかもを失うとしても」

真なる27の紋章、その真に恐るべきは“戦争を引き寄せる力”。
戦争。何よりも忌み嫌うその行為だけが、ジョウイ=ブライトに残された術だった。

873勇者への終曲 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:43:09 ID:9qS70r1M0
空中城。遙かな高みに存在するオディオの城から見下ろされる光景は、悪夢そのものだった。
フィガロ城――だったものが突如浮上した。
その上、その中から50もの亡霊やアンデッドモンスターが現れればそうも思いたくなるだろう。
ましてや、それが規則正しく半分に分かれ、それぞれ行動を取り始めれば。

ビジュ――であったものの方についた半分の兵は、
その指示のもと、荒れ野となった大地に散乱する石礫を拾い、投げつけている。
それだけを見れば、子供の喧嘩のようだがミスティックが付与されたとあっては話が違う。
ジョウイを介し魔力と怨念を注がれた石は、それだけで凶器となる。
致命傷だけは喰らわぬ位置で、亡霊の隊長と収まった人形は、嘲笑を上げ続けている。

残る半分は対照的に、積極的に6人に襲いかかっている。
いや、襲いかかるというのは語弊があるだろう。彼らはとにもかくにも彼らにまとわりつき、動きを封じにかかっている。
それも当然。呪いのように蒸気を噴かせながら前進する城塞を見れば否応にも理解できるだろう。
自分たちが攻撃する必要など無い。ただ彼らの前を通過するだけで、彼らの死は約束されるのだから。

とはいえ、彼らとてここまでの死線をくぐり抜けた勇者たち。
まとわりつくグールも、石を投げ過ぎ逃げ遅れたスケルトンも、一太刀二太刀浴びせれば簡単に崩れさる。
だがそこはお約束と言うべきか、砕かれた死骸に力が注がれ、再び形をなす。
その核は、かつて一振りで何千もの兵士の傷を癒した輝く楯の紋章の輝き。
尽きせぬ傷つけられたこの島の嘆きが魔力となって疑似的な不死を形成している。

亡者が笑い、亡城が進撃し、嘆きが人の形を取って歩き続けるそれは、軍勢というよりは――――

「まるで葬列。喪主を気取るか、ジョウイ=ブライト」

墓場からあぶれたものを墓場まで連れて行こうとするような、その光景を見下ろし
オディオは淡々とそう吐き捨てた。
ジョウイの狙いなどオディオには分かっていた。それは読み合いのような小難しい話ではなく、
放送直前にフィガロ城が動けば、空からは一目瞭然というだけの話だった。
この葬列を構築しているのが、なんであるかも、オディオには検討がついている。
死喰いに死を喰わせるシステムを利用して、ディエルゴの真似事をしているのだろう。

驚くにも値しない。制裁を加えるにも値しない。だが、ただ。

「……お前は、何だ?」

不意に口ずさんでしまったのは、疑問。
制裁を加えないのは、余裕でも油断でもない。必要がないからだ。
ジョウイ=ブライトが今何をしているのかをオディオは正確に理解している。
ならば、ジョウイはとうの昔に死んでなくてはならないのだ。

驚きではない。ましてや恐れでもない。ただ不意に浮かんだ疑問。
空中城の感応石越しに見る、廃人間際の人間へのわずかな感情。


【――――――僕は、魔王だ。お前と違って】


だから、その想定外の返事に僅かに――虚を突かれた。“感情の手綱を外してしまった”。

874勇者への終曲 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:43:51 ID:9qS70r1M0
地下71階の楽園、その場所に突如4つの影が現れる。
クラウストロフォビア、スコトフォビア、アクロフォビア、フェミノフォビア。
オディオが来るべき来訪者を迎え撃つために用意した手駒ども。
腕や魔力を構えるその様は、明らかな攻撃意志を示している。
当然、オディオはそんなことを命じていない。
彼女たちが感じたのは、オディオが一瞬だけ、しかし確かに抱いてしまった殺意。
それを汲み取ってしまった彼女たちは、ジョウイに向かい攻撃を仕掛けようとする。

「勇者とは救われぬものを救うもの――――ならば問わなければならない。
 その対立者としての魔王とは一体なんだろう」

オディオがそれを制し、引き戻そうとする。
だが、それよりも一歩速く、フォビア達の動きが止まる。
まるで、より強い糸に絡め取られたように。
フォビア達に背を向けながら、ジョウイは淡々と語る。
その背のマントの一部が刃を形成し、フォビア達に触れていた。

「救われぬものを救う。ここにいるべきではない人を、ここではない場所に帰す。
 ならばその勇者に対立するのは――――彼らの居場所を変えてしまう奴のことなんだろう」

島の意志とは、文字通り島にある全ての意志を取り込むもの。
完全な形であれば、その島に存在するもの全てを意のままに操るという。
有線接続とはいえ、ジョウイが行ったのはまさにそれだった。
無論、確固たる意志を持つストレイボウ達に通じるわけもなく、
フォビア達にも通じるはずもない――――オディオが渡したくないと想いさえしてくれていれば。

「勇者が、人の想いを以て世界をあるべき場所に帰すのであれば……
 魔王とは、己の想いを以て誰かを……世界を変える者に他ならないッ!!」

フォビア達に干渉しながらジョウイは歌い続ける。
規模は関係がない。自分以外の何かを変えようとする者は須らく魔王。
変革者という意味では、オスティア候ですら魔王。
世界征服だろうと、姉だろうと、魔界だろうと、英雄と認める世界であろと、楽園だろうと。
自分の外側にあるものをここではない何処かへ変えてしまう者。

魔法<おもい>を以て、王<せかい>に至る――故に魔王。
変わりたくない、帰りたいと願う人の祈りを汲む勇者と敵対するもの。

875勇者への終曲 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:44:46 ID:9qS70r1M0
「ならばお前はどうだ、オディオッ!
 ルクレチアの全てを憎悪し、殺したお前は何故ここに止まっている?
 愚かさを知らしめる? そんなこと最初から分かっているッ!
 なぜそれを改めようとしない。お前は僕なんかよりずっともっときっと、力を持っているだろうッ!!」

今ならばオディオがフォビアを取り戻すのは簡単だ。
オディオとジョウイが真っ当に綱引きをすればどうなるかなど見えている。
だが、オディオにはそれが出来ない。なぜなら、彼女たちを呼んだのは裏切らないからだ。
裏切られるかもしれないから、そうならないように努力をするという人として当たり前の発想が、根本から抜け落ちている。
留めておきたいという想いがない力と、奪ってでも欲しいという狂気の籠もった力では、決定的な差が生まれる。

「答えられないなら教えてやるッ!
 お前には何もない、憎悪だけはあっても、殺意も、敵意も、願望もない。
 世界にこうあってほしいという想いが――魔法がないんだッ!!
 だからお前は全てを失った! 失っても取り戻すそうとさえ思えないッ!!」

力の差は歴然。だが、それでもこの綱引きでジョウイが負ける理由はない。
魔王を魔王たらしめる唯一にして絶対の核が、オディオには欠けている。
だから絶望するほどに試行錯誤をしたのに全ても徒労に終わった。
数多の敗者に機会を与えながら、何一つ満たされなかった。あたりまえだ。



「お前は、“お前に魔王であってほしい”というルクレチアの人々の祈りを叶えた――――“勇者でしかないからだ”ッ!!」
憎悪する<すくう>ことしか知らない勇者オルステッドでは、何かを変えることなど出来はしないのだから。


その一言が楔となったか、フォビアの腕が完全に垂れ下がる。
ジョウイによる支配が完了した証だった。

「言祝げオディオ、いや勇者オルステッドッ! 
 僕は弱いけど、吹けば飛ぶような存在だけど、それでも魔王だッ!!
 お前がいないと嘆いた魔王が、ここにいるッ!!」

ジョウイは迷うことなく門を開き、彼女たちを戦場へ飛ばす。
そこには、戦場で何千の兵を死地へと送ってきた第四軍の将の顔があった。

「だからそろそろ退けよ勇者――――お前がそこにいると、あの子が泣き止まない……ッ!!」

全ての欺瞞を奥歯で噛み潰すようにして、ジョウイは全てを奪い続ける。
奪った全てを積み上げて、偽りの魔王が座すその場所にたどり着くために。

876勇者への終曲 6 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:46:14 ID:9qS70r1M0
「やっちゃったわねえ。案外内心でマジギレしてるかもよ、オル様」
「……遅かれ早かれこうなっていたことです。それに、ちょっとすっきりしました」
後ろからその光景をずっと見ていたメイメイがジョウイに声をかける。
吹き出た鼻血を拭いながら、ジョウイは答えた。

「それに、遅かれ早かれ僕は僕でなくなる。なら制裁もなにもないでしょう」
「まあ、そうでしょうけどね」

今のジョウイは核識――――死喰いを除けば文字通りこの島の全てだ。
この島に刻まれた傷がジョウイの傷であり、
ビジュのダメージも、破壊される亡霊兵も、フィガロ城を動かした結果の大地の損耗も、全てがジョウイのダメージだ。
ひとえに肉体が滅んでいないのは、魔剣がジョウイを生かしているからに過ぎない。
何せ死を背負った今、現在の魔力はこの島の全て――致命傷ぐらいならば死ぬ前に甦る。
当然、それは肉体だけの話。精神は何度も死に、常人ならばとうの昔に砕けている。

「でも、僕はこれでよかったと想っていますよ。人を殺して感じる痛みで、死ぬことなんて無い。
 でも今は、それをちゃんと理解できるのだから」

それを好しと思えるのは、優しさか、あるいはもっとおぞましい何かなのか。
分類としては、間違いなく狂人のそれだろう。
壊れているものが、もうこれ以上壊れることがないように。

「でも、何で数で攻めることにしたの? そこがよく分からないわね」
「……今更陣形がどうだ、伏兵がどうだ、ということがしたいわけではありません。
 ただ……戦闘では勝ち目が見えないので、戦争にする必要があった」

戦争が本格化すれば、負荷はこれまで以上になるだろう。
そうなるまえに、ジョウイはメイメイの問いに答えた。
魔王対勇者、その構図では絶対に負けるとジョウイは確信している。
だが、魔王軍VS勇者軍という構図ならば、負ける“かなあきっと”程度には変わる。
その曖昧さこそにジョウイには重要だった。

「それに、僕もひとりじゃ、ありませんから」

ジョウイは右手を見つめながら、ぼそりと呟く。
その右手に集めた破片はどれも小さく、たよりないものだけど。
魔女の力も、核識も、冥府も、真紅も、モルフも。
それでも託されたもので、信じてくれたもので、決してなくしてはならないものだ。

877勇者への終曲 7 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:47:10 ID:9qS70r1M0
「貴方達をルカ以上と評価する。それが6人ならば、これが最低限だろう」

100の葬列、将が4人、フォビアが4体――――宿星<ほし>になれぬ屑石の群。
日没とともに諸共消える陽炎の如き軍勢。それがジョウイ=ブライトが賭けた全て。

逃げるならばそれでもいい。だが、この身は最早止まらない。
メイメイから伝えられた名前を告げる。
この剣にて死喰いへの扉を開き、偽りの魔王を玉座から叩き落とす。

「Sword murdering reincarnation antiquated―――――――」


偽りの楽園の片隅に、一つの腕があった。
そして、その掌の中には、汚れた頭飾りが一つ。
それらを背に、最後の魔王は世界で一番優しい地獄<らくえん>を創る。


「S.M.R.A――逆しまのARMS<ネガ・アームズ>――この一戦を以て英雄の輪廻を断ち切り、楽園を切り開くッ!!」


訪れるのは昨日か、明日か。齎されるのは、救いか、導きか。
勝者も、敗者も、そうでないものも。この島の全てを巻き込んで。
勇者と、英雄と、魔王を巡る、最後の決戦が切って落とされた。











RPGロワ159話「みんないっしょに大魔王決戦」


CAUTION!―――――――――――――――――戦争イベントが開始されました。リーダーを選定して部隊を編成してください。

878勇者への終曲 8 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:47:43 ID:9qS70r1M0
【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:小、疲労:小
[スキル]:動揺(極大)心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し ミラクルシューズ@FF6
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:十字架に潰される
1:???
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:動揺(大) ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6 いかりのリング@FF6 日記のようなもの@貴重品
[思考]
基本:私が、ジョウイ君と……同じ……
1:???
[参戦時期]:ED後

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 マリアベルの手記@貴重品 “勇者”と“英雄”バッジ@クロノトリガー
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:???
2:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ジョウイより得た空中城の位置情報と、シルバードの情報をほかの参加者に伝えました。

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:ブライオン@武器:剣 
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:???
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:小
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
    データタブレット×2@貴重品
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:???
[参戦時期]:5章最終決戦直後
 ※バヨネットからパラソルが無くなりました。魔導系コマンドはそのまま使用可能ですが、魔力補正がなくなりました。

879勇者への終曲 9 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:48:31 ID:9qS70r1M0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:大
[装備]:デーモンスピア@DQ4 激怒の腕輪@クロノトリガー
[道具]:双眼鏡 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:???
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。
※自由行動中どこかに行っていたかどうかは後続にお任せします


*以下のアイテムは城出現の際に破壊されました

【ドラゴンクエスト4】
 毒蛾のナイフ@武器:ナイフ

【アークザラッドⅡ】
 デスイリュージョン@武器:カード

【幻想水滸伝Ⅱ】
 点名牙双@武器:トンファー

【その他支給品・現地調達品】
 拡声器@貴重品
 


【SMRA隊】

【反逆の死徒@???】
[状態]:クラス『モルフ崩れ』 軍服黒焦げ 
[装備]:蒼流凶星@幻想水滸伝2@城に投げ捨てられたもの 黒き刃@幻想水滸伝2 亡霊兵(25名)
    副将:フェミノフォビア(抜け道付加)、アクロフォビア(飛行付加)
[スキル]:暗器・凶毒針 状態付加・麻痺
     遠距離攻撃・召雷 ゲレハラスメント(憑依:攻撃力防御力20%減少)
     再生能力(毎ターンHP25%回復)俊敏、逆襲、狙い撃ち
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
部隊方針:距離をとって投石攻撃 ※周囲の石はミスティック効果にてアーク1相当にまで強化されています

[備考]
*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

【反逆の死徒】
 かつて裏切り、裏切られたもの。死喰いに喰い尽くされたその残り滓に泥を与えられたモルフ未満の生命。
 特に欠損を補填するために融合させられたタケシーとの親和性から、タケシーの召喚術・特性を行使できる。
 また、亡霊兵を駆動させるエネルギー中継点となっていることから、再生能力もある。
 しかし所詮はそれだけ。並み居る英雄達には敵うべくもない。
 だからこそ掬われる。楽園を形作る礎となるために。

880勇者への終曲 10 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:49:28 ID:9qS70r1M0
【砂喰みに沈む王城@???】
[状態]:クラス『大魔城』外壁損傷 駆動部中破(スペシャルボディにて無効化)
[装備]:亡霊兵(25名)データタブレット@自由行動中にジョウイ(正確にはクルガン・シード)が捜索したもの
    副将:クラウストロフォビア(石化攻撃付加)、スコトフォビア(HP吸収付加)
[スキル]:ハードボディ、スペシャルボディ
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
部隊方針:敵に張り付き、移動を制限する

[備考]
*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

【大魔城】
 王位継承者を喪い廃絶の決定した王国の城。それを良しとできない未練から伐剣王に終わりを奪われる。
 その蒸気はあらゆる物を灼き、左右の回廊は一撃必殺の腕。
 その城塞はあらゆる物理ダメージを半減させ、あらゆるステータス異常を無視する。
 ゴーストロード同様、ミスティックで強制的に能力を引き上げられため、動くたびに、進むたびに崩れゆく。
 だが城は止まらない、止まる必要がない。この城が守るべき国は、もうどこにもない。



【F7 アララトス遺跡ダンジョン地下71階 二日目 午後】

【ジョウイ=ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:クラス『伐剣王』 ダメージ:計上不能 疲労:計上不能 金色の獣眼(右眼)
    首輪解除済み 腹部に傷跡 『魔王』としての覚悟
    紋章部位 頭:蒼き門の紋章 右:不滅なる始まりの紋章
[スキル]:紋章術・蒼き門(Lv1〜4)、不滅なる始まり(Lv1〜3)
     フォース・クレストソーサー(Lv1〜4)
     アビリティドレイン、亡霊召喚、モルフ召喚 返し刃のダブルアタック 盾の鼓動は紅く輝く 
[装備]:キラーピアス@DQ4 絶望の棍 天命牙双:左 ハイランド士官服 魔王のマント 亡霊兵×50
    副将:クルガン、シード(主将にしてユニット化可能)
[道具]:賢者の石@DQ4 不明支給品×1 基本支給品
[思考]
基本:優勝してオディオを継承し、オディオと核識の力で理想の楽園を創り、オディオを終わらせる。
1:残る6人を殺害し、オディオを奪う。
2:部隊を維持し、六人の行動を見て対応
3:攻撃の手は緩めないがストレイボウたちが脱出を優先するなら見逃す
4:メイメイに関しては様子見
部隊方針:待機

[参戦時期]:獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているとき

*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。


[備考]
※無色の憎悪の『始まり』を継承し、憎悪を限定的に制御できるようになりました。
 ただし、毒性はそのままのため、日没までには憎悪に喰われます。

※マリアベルの欲望の残滓を魔剣に取り込んだことで、アビリティドレインが使用可能。
 無色の憎悪を介して伐剣王が背負った(魔剣に想いを取り込んだ者)の能力を限定的に使用できます。
 ただし、その為には死の痛みも含めた全てを背負う必要があります。
 また、ロードブレイザーのようなジョウイの理想に全く繋がらない想いは背負えません。

※アビリティドレインにより『災いを招く者』の力と誓約しました。
 その力とグラブ・ル・ガブルにより、亡霊騎士をモルフ化しました。
 この2体のみ維持のための魔力コストがなくなりましたが、破壊されれば再召喚はできません。

※メイメイが地下71階に待機し、オディオにも通じる状態でジョウイを観察しています
※死喰いの誕生とは、憎悪によって『災いを招く者の闇魔道』を起動させることで、
 グラブ・ル・ガブルとプチラヴォスの亡霊をモルフとして再誕させることです。
 ただし、現在は闇魔道の半分がジョウイの魔剣に封じられたため、
 現時点ではジョウイにもオディオにも不完全な形でしか誕生できません。

881みんないっしょに大魔王決戦 ◆wqJoVoH16Y:2014/01/05(日) 01:50:40 ID:9qS70r1M0
投下終了です。意見、指摘有れば是非。

882SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 04:24:58 ID:xTqqe5.Y0
執筆と投下、お疲れ様でした。
幻水ったら戦争イベントだけども、。
ああ……「始まりの傷や痛み、夢を知って、それを自身の終点にはしない」。
これが氏の書く話の根幹にあるものだなあ、と思っているのだけど、
手筋というか、他の書き手さんへの問いかけとしても十二分に機能するなあ……。
そして、『みんないっしょに』。このタイトルには色々な意味で胸を衝かれる。
これだけ真剣で、なおかつこれまでのリレーで拾ったものと拾われなかったものとを
丁寧に見きったうえで「いま答えを出せ」と言わんばかりの白刃を振りかざすような問いをかけられて、
このSSやこの答えを導いた流れもだけど、リレー自体がどうなるか気になってしょうがない。
氏はこれまでも「さあ、みっつのパートに分かれて戦ってみようぜ!(瓦礫の死闘)」
みたいなフリをするコトはたくさんありましたし……今回にしても敵陣営の陣容などがきっちり整理されてる
点を差し引いても、ここまで身を切られるような「みんないっしょに」ってのは、そうそうないんで。
だから、どうしよう。ひとと遊ぶゲームが苦手な自分には良い話を読んだ、言いたいことを
言ってくれた、クロノ・クロスの要素やオレンジ隊、ハッピーエンドの先のコトをよく拾ってくれたッ!
……みたいなことを言えても、「分かった、今から編成画面(メモ帳)開くわ」とは言えない。
リレーであるかぎり、それが不向きだと分かった自分には、どうしても言ってやれない。
いい話を読んで、莫迦みたいにありがとうと返すことしか出来ない。それを、本当に申し訳なく思います。

でもそんな湿っぽい感想が一発目じゃあ悪いので、もう少しだけ。
魔王オディオの終曲は、自分にはよくやったとしか言えないくだりでした。
世界を変えるとの宣言に、「じゃあ自分はこうする」とすら言えないどころか、
原作からして主人公たちの答えを聞いて納得しちゃうし、SSでも何度か言及されたように
魔王を生み出す要因となった憎悪についてもどうにかしようとしないものなあ。
で、勇者ならば魔王を倒しうるか。それとも……と考えていくのも面白い話でした。
書き手でなくとも、考えることへの面白さを感じることが出来る。ゲームのプレイングを
とおして、ヘルプメッセージやシステムから「考える楽しみ」を知った自分にとって、
氏のSSを読んでいる間に感じるこの感覚も正しくゲームやってるようで好ましいのです。

883SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 04:31:41 ID:xTqqe5.Y0
熱くなって書き足してたら二文目がない、だと……?
戦争イベントだけども、状態表で色々整理してるとはいえその規模でくるか。
そういうコトを脳内で書いた気持ちになっておりました。
後半で書いてますが、だからこそこのフリは凄いなー、だったんですよね。
構図が魅力的すぎるのが分かってなお、このフリを選べる心胆が凄い、と感じたのです。

あと、せっかくなので、新年あけましておめでとうございました。
昨年から展開も最終盤に入って、一話一話が本当に重たいところにあると思いますが、
皆様の努力で楽園のように続いてきたこの企画と、それを支える方たちにとって、
今年がよい年でありまますように。微力ながら祈りつつ、可能な範囲で感想つけるなりはします。

884SAVEDATA No.774:2014/01/05(日) 12:29:32 ID:khVW4KmE0
執筆&投下おつかれさまでしたッ!
戦争イベント来たー!?
これは予想外だったが、27の真の紋章の特性を考えるとなるほどと思わされた!
ジョウイすげぇよ。まともじゃない。こいつが背負うものは底なしか……
反逆の死徒と化したビジュの再登場も驚いた
イスラに汚点を突き付けるだけじゃなくて、ロザリーを呼びだしたアナスタシアと同じって表現には唸らされた

>きれいなものをえらんで、きたないものをすてたのだ。

この一文は、ぐぁー、そう来たかぁ、と思ったね
あの場にあったものは、ただ綺麗なものであっただけで、本質は反逆の死徒と同じかぁ、うーむ、考えさせられるね

885SAVEDATA No.774:2014/02/03(月) 10:23:30 ID:FuUnUz/gO
予約来たか!!

886 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 19:18:50 ID:mMVbeUhI0
投下いたします

887 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 19:24:43 ID:mMVbeUhI0
と、すみません
ちょっと所用によりすぐに投下ができなくなってしまいました
今日中には投下いたしますので、一旦>>886を撤回させてください

888 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:18:13 ID:mMVbeUhI0
先ほどは失礼いたしました
今度こそ投下いたします

889 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:19:15 ID:mMVbeUhI0
 ――何も抱けないものは、どうすればいい。
 ――求めても手を伸ばしても希っても望んでも。
 ――そうやって足掻いても、何ひとつ手に入れることができないのならば。
 ――いったい、何ができるというのだ。
 
 ◆◆
  ______
 |部隊編成 |
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | アキラ  
  | アナスタシア  
  | イスラ  
  | カエル  
  | ストレイボウ  
  |→ピサロ  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・部隊メンバー
   __________  
  |
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  |→アキラ  
  | アナスタシア  
  | イスラ  
  | カエル  
  | ストレイボウ  
  |  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ピサロ
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | アナスタシア 
  | イスラ     
  | カエル     
  | ストレイボウ  
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ピサロ
  | アキラ
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
 →|決定|
    ̄ ̄ ̄

890其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:20:05 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 もうもうと立ち昇るのは、煙と蒸気だった。灰色の煙は空を舞う。蒸気は高熱の霧となる。
 そうして大気は、煤臭さと油臭さが孕まされ、熱を帯びていく。
 壊れゆきながら嘆きを叫ぶ、たったひとつの異様を中心として、だ。
 内燃機関が悲しみを吼え、駆動部各所が虚しさを訴え、無数の歯車が痛みを叫喚する。
 狂騒たる音の集合は、つまるところなきごえだった。
 顧みられることなく滅びるはずだった、異様たる偉容――砂喰みに沈む王城が上げる、矜持を掛けたなきごえだった。
 王城は往く。
 傷ついた外壁に構うことなく、壊れた駆動部を酷使して、嘆きのままに行進する。
 岩石が合成された人形と、下半身を黒球に埋めた人形と、倒れることを知らない不死の兵を率いて。
 ただただ王城は進む。その身が砕けても、崩れたとしても、止まることなどありはしない。
「城を手にし王を気取るか。成り上がったものだな」
 滅びゆく王城と対峙するのは、かつて魔族の王として君臨していた男だった。
 もはや王たる身ではないとはいえ、その高潔さは喪われていない。そんなピサロにとって、王城など恐れるものではない。
 城など所詮、王の所有物でしかないのだ。
 ならば止める。未だ潰えぬ誇りに掛けて止めるべく、ピサロはこの場で武器を取る。
「気に入らねェよ……」
 そのピサロの隣で、アキラが、絞り出すように吐き捨てる。
 彼は、灼熱する感情を宿した瞳で、真っ直ぐに軍勢を睨みつけていた。
「なんだよアレは。なんなんだよアイツらは……ッ!」
 アキラの拳は、わなわなと震えていた。
 掌に爪が食い込むほどに握り込んでも、その震えは止まりはしなかった。
 アキラの網膜に入ってくるのは、自壊しながら迫る王城と、そして。
 王城と共に進撃し、王城の移動に巻き込まれて潰される亡者たちの姿だった。
 屑のように潰された亡者たちは再生し、もう一度進軍を開始する。
 けれどその一部はまたも王城によって破壊され、再度蘇り、行軍を繰り返す。
 歪に狂い、圧縮された輪廻を思わせるその光景は、地獄としか思えなかった。
「この果てにッ! こんな地獄の果てにッ! お前の望んだものがあるのかよッ!!」 
 返答などあるはずもない。
 それでもアキラは、叫ばずにはいられなかった。
「認めねェ。俺は絶対に、こんなものは認めねェッ!」
 アキラを震わせるのは怖れではない。
 疲労もダメージも焼き尽くすほどに、激しく燃え盛る怒りだった。
「猛るのは構わん。だが、愚かにも吶喊だけはしてくれるな。我らの目的はあの城の足止めだ。奴らがケリを付けるまで、あれを止める」
 亡霊城より先行し、まとわりついてくる亡霊兵を駆逐しつつ、ピサロは告げる。
 その声は冷静で、熱くなる感情をいくらか冷ましてくれた。
「……ああ、気をつける。ここで突っ込んで死ぬなんざ、御免だからな」
「死にたくなくば自分の身は自分で護ることだ」
 冷たい言葉に、アキラは頷きを返し、ふと呟く。
「それにしても、あんたが足止めを買って出るなんて意外だったぜ」
 そんなアキラの感想に、ピサロは不機嫌そうに息を吐いてみせた。
「腑抜けた奴らを連れてはあの城を止められまい。奴らにはさっさとケリをつけて貰わねば困る」
 その手に握るバヨネットに魔力が装填されていく。
「演習の際に見せた意地が仮初でしかないのも」
 その横顔からは、感情は読み取りづらい。
「ロザリーの想いを形にした行為が、“あれ”と一緒にされるのも」
 ただその声音からは、失望の色は見て取れなかった。
「不愉快極まりないのでな……ッ!」
 だからやってみせろと。
 この場にいないものたちを、挑発するように告げて。
 そうしてピサロは、迷うことなく引鉄を引いたのだった。

891其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:20:43 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
  ______
 |部隊編成 |
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | アナスタシア 
  | イスラ     
  |→カエル     
  | ストレイボウ  
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  |→アナスタシア  
  | イスラ    
  | ストレイボウ   
  |   
  |  
  |  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆カエル
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | イスラ
  | ストレイボウ     
  |  
  |   
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆カエル
  | アナスタシア
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
 →|決定|
    ̄ ̄ ̄

892其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:21:13 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 ぐしゃりとした手応えと、べちゃりとした手応えと、薄布をなでたような手応えが、刃を通じてまとめて感じられた。
 投石をアガートラームで弾き敵陣へと真正面から突っ込んだアナスタシアの一閃により、アンデッドたる兵が数体、まとめて薙ぎ払われて崩れ落ちる。
 すぐに、アナスタシアは振り返る。
 離れた箇所に展開した亡霊部隊によって投擲された石礫が、アナスタシアへと迫っていた。
「ルシエドぉッ!」
 跳躍した魔狼が石礫を叩き落とす。
 だが、ミスティックによってチカラを引き出された石は、貴種守護獣にさえも手傷を負わせる。
 石を迎撃した前脚には傷がつき、爪が割れ、血液が飛び散った。
 亡者とは思えない統率された動きで、兵士は、機を得たりというばかりに次々と石を投げてくる。
 たかが石ころ。されどその一つ一つが、致命傷となり得る武器だった。
 まるで、路傍の石として顧みられず朽ちることを良しとしないかのように。
 まるで、見向きもされなかった石ころが、その意地を見せつけるかのように。
「ルシエド、下がってッ!」
 アナスタシアが叫んだ直後、ルシエドの姿がかき消える。
 ルシエドを呼び戻したことで、投石部隊がアナスタシアへと狙いを済ませる。
 そうして狙いを変える隙を付き、一気に距離を詰めるべく地を踏みつける。
 その足が、掴まれた。
 白骨の五指が、アナスタシアの足を掴み取る。
 それは先ほど、アナスタシアがなぎ払った兵のうちの一つだった。
 それを中心として、倒した兵が起き上がる。
 忘れるなというように。目にもの見よと、いうように。
 その様に、アナスタシアは、心の底から嫌悪感を覚えた。
「こン、のッ!」
 アガートラームを振りかざし、蘇った兵を容赦無く砕く。
 それでは足らないといように、戻したルシエドを聖剣として顕現させる。形状は短剣。
 小さい分、数を増やしたそれを、頭上に浮かばせるようにして呼び出して、降り注がせる。
 流星のように流れ落ちる聖剣は、亡霊兵たちを刺し、突き、貫き、砕き、壊し、破壊し破砕し貫通する。
 アナスタシアが思うままに、望むままに、亡霊兵を執拗に攻撃する。
 蘇ってくれるなと、二度と起き上がってくれるなと、そう願うように聖剣が降る。
 そうだ。
 死者は蘇るものじゃない。どんなことをしても、帰ってくるものなんかじゃない。
 決して、ぜったいに、なにがあっても。
 戻ってくるものなんかじゃ、ない。
 そうでなくては困る。
 そうじゃ、なきゃ。
 過去<うしなったもの>に手を伸ばしてしまう。
 だからアナスタシアは否定する。目の前で蘇り続ける亡者を否定する。
 そんなアナスタシアを嘲笑うように、亡者の群れは蘇る。我らはここにいると見せつけるように蘇生する。
 刮目せよと。
 貴様が起こした奇跡は、この光景と同質なのだと。
 亡者どもは、アナスタシアの否定以上に執拗に、囁いてくるのだ。
 故にアナスタシアは剣を握る。
 蘇りの果てへと至るべく、剣を振るう。
 そして。
 それだけの時間は、狙いを定め直された石つぶてが、アナスタシアへ飛来するには充分だった。
 生存本能が危機を察知するが、遅い。
 不死者を破壊し尽くすことに意識を割き切っていたせいで、プロバイデンスもエアリアルガードも、回避や防御でさえも間に合わない。
 その身は、完全にガラ空きだった。
 見開いた瞳に、大きくなっていく石つぶてだけが映り込む。

893其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:21:45 ID:mMVbeUhI0
 その石つぶてが、アナスタシアの目の前で。
 まとめて、弾き飛ばされた。
 横合いから、弾丸のように飛び込んできた剣によって、だ。
 その剣は弧を描くように大気を薙ぎ、アナスタシアを狙っていた投石部隊を急襲し、逃げ損ねた不死者たちを沈黙させる。
 剣の柄には、両生類の舌が巻きついていた。
 その舌が、まるでゴムのように、主へと戻っていく。
「落ち着け」
 覆面の奥に舌を戻し、カエルは剣を手にする。
 その様子は安っぽい怪奇小説に出てきそうなくらいには不気味であったが、それに言及する余裕を、アナスタシアは持ち合わせていなかった。
「助かったわ」
 ただそれだけを告げて、アナスタシアは、聖剣ルシエドの連撃を受けてなお立ち上がろうとする、足元の骨を苛立たしげに踏み潰した。
「落ち着けと言っている」
 カエルはアナスタシアの側まで跳んでくると、先の斬撃で仕留め損ねた兵が投げた石を迎撃する。
「放っておいたらまた復活するでしょ。だからこうして、動ける敵を減らさないと……ッ!」
「守りも固めずにか?」
 カエルに弾き飛ばされた石が、地面を穿った。
「たかが石と侮るな。これはもう、弾丸だ」
「わかってる。わかってるわよそんなことはッ!」
 当たり散らすように怒鳴りつけるアナスタシアに、カエルは溜息混じりで返答する。
「分かっているならば冷静になれ。苛立ちを抱えて勝てる戦ではない。戦に勝てなければ生き残れない」
 カエルは淡々と告げる。
 その淡白さが、当然の事実であると如実に表していた。
「生きるのだろう?」
 アナスタシアの奥歯が、ぎりっと音を立てた。
「……生きたいわよ」
 絞り出すようなその声は弱音めいていた。
「生きたいの。生きたいわよ! けど、だけどッ!!」
 その欲望に揺るぎはない。生を求める衝動に偽りはない。
 なのに、アナスタシアは揺れていた。彼女の内で揺れているのは、生き方だった。
「わたしは、弱いのよ……」
 そう零すアナスタシアの目の前で、亡霊兵が何度目かの蘇生を果たす。
「わたしは死者に縋った。想いを集めて、戻ってくるはずのない命を、一時的とはいえ、かえしてしまった」
 けれどアナスタシアは亡霊たちを見つめるだけだった。
「ジョウイくんと、同じように」
 くすんだ瞳で、見つめるだけだった。
「否定できなかった。違うって、言えなかった」
 距離を取る亡霊兵たちを、アナスタシアは、翳る瞳でぼんやりと追う。
「だって、いいなって思うんだもの。うらやましいなって、思っちゃうんだもの」
 遠ざかった亡霊兵が、石を拾い上げる。
「また逢いたいって、望んじゃうのよ」
 その更に向こうに、哄笑を上げるビジュだったものが目に入った。
 死んだはずの人間が、人とは思えぬ姿となりながらも、確かにここで嗤っていた。 
「新しい“わたし”をはじめるって、そう決めたのに」
 鼻の奥が、やけに湿っぽかった。
「なのに。ねえ、どうして――」
 胸の底が、いやにかさついていた。
「つよく、なれないの? かっこよく、なれないの?」
 呟いた直後、投石が殺到する。
 身体が動くままにそれを弾く。だが、アナスタシアは駆けられなかった。
 投石を繰り返す敵の元へと、駆けることができなかった。

894其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:22:31 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
  ______
 |部隊編成 |
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  | イスラ      
  |→ストレイボウ   
  |          
  |          
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ストレイボウ
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  |→イスラ  
  |    
  |   
  |   
  |  
  |  
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ストレイボウ
  |
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
  |決定|
    ̄ ̄ ̄
 ・キャラクター選択
   __________  
  |
  |    
  |  
  |   
  |         
  |          
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  
 ・部隊メンバー
   __________  
  |☆ストレイボウ
  | イスラ
  |
  |
  |
  |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ___
 →|決定|
    ̄ ̄ ̄

895其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:23:16 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 笑い声が、耳の奥でこだまする。
 厭な声だった。
 下卑ていて品がない、その声は、聞くに耐えないものだった。
 もう聞くことはないと思っていた。聞かなくてもいいと思っていた。
 そう思い込むことで、蓋をしてしまおうといていたのかもしれない。
 けれどそれは破られた。
 不意打ちで、蹴破られたのだった。
【ゲヒ、ゲレ、ゲイヒヒヒヒヒレレレレッ!!】
 記憶でもない。幻聴でもない。
 今この耳が、この嗤い声を捉えている。
 粘性の液体から湧き出てきたような人形と、鳥と爬虫類を掛け合わせたような人形を侍らせて。
 そいつは、嗤い続けている。
 その耳障りな声に合わせ、亡霊兵が組織立った動きで投石する。
 ストレートに飛んでくる豪速の石が来る。放物線を描き頭上から石が落下する。曲線軌道を描き、側面から襲ってくる石がある。
 速度も軌道もまちまちながら、投げられた石らは決して互いを食い合わない。
 統率された遠距離攻撃は緻密に精密に、イスラとストレイボウを狙い撃ってくる。
 亡霊兵は疲労を覚えず、攻撃は乱れない。
 故に、その統率を乱すには、打って出る必要があり、
「レッドバレットッ!」
 そのための魔力が、ストレイボウから膨れ上がった。
 紅の火球が複数、枷から解き放たれた獣のように飛び上がる。
 火球は石を迎撃し撃ち落とし、そのままの勢いで亡霊兵へと突っ込んだ。
 爆ぜる。
 陽炎を立ちめかせながら燃え盛る業火に灼かれ舐められ、亡霊たちは崩れ落ち、投石の壁が薄くなる。
 それは、駆け抜けるには充分な空隙だった。
「走るぞッ!」
 ストレイボウの叫びに後押しをされるようにして、イスラは地を蹴った。
 得物を銃に持ち替え、荒れた土を踏み抜く。火炎から逃れた兵の投石を避けて駆け抜ける。 
 耳元に突然、生温い気配が現れた。
【ゲレレレレッ……ヒヒ、ゲレレレ、レレヒッ!】
 その気配が放つ耳障りな哄笑が、真横から響き渡った。
 背筋を猛烈な悪寒が駆け抜ける。それは危機感であり、嫌悪感であり、そして。
 十字架の重さだった。
 その重さは、イスラの意識を強引に引っ張っていく。
 ダメだと、見るなと、そういった気持ちを軒並み押し潰して、イスラの顔を隣へと向けさせた。
「っ!」
 ぐずついた泥を固定剤にしてバラバラに捏ね合わされた、ビジュのようにもタケシーのようにも見える、顔と呼ぶには余りにも冒涜的な物体が、視界いっぱいへと飛び込んでくる。
 あり得ない場所に接合された目が、泥を零しながらギョロギョロと動き回る。
【イヒッ、イヒヒヒヒヒヒッ……ヒヒ、ゲレレレ、イヒヒラララ!】
 その瞳が、イスラの視線と交差した。

896其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:23:58 ID:mMVbeUhI0
【ゲラゲレレレレレヒヒヒヒ、ゲレレヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!】
 かろうじて口の形を保った裂け目が開き、泥を撒き散らしながら声をあげる。
 そのおぞましさに、意識が灼きついた。
 足が止まり手ががたつく。目が見開かれ冷や汗が滲む。喉がかさかさになって胃が締まる。酸味めいた臭いがせり上がる。
 大きな背中が、撫でてくれた手が。
 笑えるかもしれないと想った、オスティアの幻想が。
 かけがえのない、想い出が。
 翳り、崩れ、遠ざかり。
 全身が、虚脱する。
「イスラッ!」
 崩れ落ちそうになる寸前で、ストレイボウの声がイスラを支えた。
 残っている力を意識し、取り落としそうになったドーリーショットを握り締めて銃口を突き付ける。
 笑いながら離脱する反逆の使徒に狙いを定め、引き金に指をかけて。
 ビジュを斬った記憶が、鮮明にフラッシュバックした。
 体から落ちる首。
 溢れ出る鮮血。
 むせ返るように濃厚な、ちのにおい。
 そして。
 楽しそうな、笑い声。
 あのとき、あの瞬間。

 ――どうして、僕は、笑っていたんだ。

 指が凍りついたかのように動かない。
 銃を握るその手には、ビジュを殺したときの感触が、生々しく蘇っていた。

 ――役立たずだと、どの口が断じられた?

 ビジュだったもの<笑いながら殺した相手>に向けた銃が、震える。
 もう一度殺すのか。
 こんな身になってまで、それでも願ってここにいるこの男を、もう一度殺すのか。
 そう願わせたのは、だれだ。

 ――いま、僕は。いったい、どんな顔をしている?

 想像した瞬間、怖くなった。
 銃口を、向けていられなくなった。
 そうしていることが、拭えない罪のような気がした。
 悠々と距離を取った反逆の使徒が、これ見よがしに手裏剣を取り出すのが見える。
【イヒ、ゲレヒヒ……】
 構える。
【ゲラゲレレレレレヒヒヒヒ、イヒヒヒヒヒヒヒッ】
 投擲される。
 その一連の動作を、イスラは呆然と眺めていた。
 イスラの意識は、もはやこの場所にはなかった。
 だから、気付かなかった。
 周囲に、冷気が立ち込めていることに、だ。
 その冷気は導かれるように収束し固形化する。
 空気にヒビを入れるかのような音を引き連れて分厚い氷が現れ、イスラを囲う。
 投具や投石から、イスラを守るように。
 イスラと反逆の使徒との間を、遮るように。
 氷壁の表面は、鏡のように顔が映り込んでいた。
 蒼白となったイスラの顔が、映り込んでいた。
「イスラ! 無事かッ!?」
 掛けられた声で、その氷壁がストレイボウの魔法によるものだと、ようやく気付く。
 瞬間、イスラの足から今度こそ力が抜けた。武器を、取り落とす。
 焦点がぼやけ、何を見ているのかが分からなくなる。
「僕は、僕は……ッ!」
 うわごとのように呟くイスラを嘲笑うように。
 へたり込むその姿が、見られているかのように。 
 氷壁の向こうからは、笑い声が響き続けていた。

897其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:24:46 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 不死なる兵どもは、雑兵と切って捨てられる程度の実力だった。
 その程度の者がどれほど集まろうと、ピサロの足は一切止まらない。
 纏わりついてくる敵をバヨネットの一振りで斬り伏せ、真空波で吹き飛ばして疾走する。
 進路上に立ちはだかる兵へと走る勢いのまま刃を突き立てる。その身を貫いて引鉄を引く。
 光線のように収束した魔力が射出され、背後に並んだ敵を射抜き切る。
 機械部品が展開し排熱の蒸気が立ち上る。その蒸気を払うようにしてバヨネットを横に薙ぎ、側面からの襲撃者を討ち取る。
 パラソルの魔力補助がなくなり機械側の負担が大きくなった分、近接武器としての取りまわしやすさは向上していた。
 そうしてピサロは雑魚を蹴散らし到達する。
 バヨネットとは比べ物にならないほどの蒸気を上げる、巨大な敵将に攻撃が届く、ギリギリの射程圏内に、だ。
 そしてそこは、敵将の攻撃がピサロに届く場所でもある。
 副将を控えさせて前に出るその敵将の左腕<左回廊>が、唸りを上げて縦回転する。
 鋼鉄の外壁がへし曲がり擦れ火花が散り、蒸気が溢れ返る。
 左腕<左回廊>を支点にし、挙げるように。
 地に付いていた左手<左塔>が、跳ね上がった。
 猛烈な砂塵が巻き上がる。それは蒸気で吹き飛ばされ、悪夢めいた砂嵐を作り出す。
 だがそれは、攻撃の副産物でしかない。
 本命の一撃は、左手<左塔>による突上打だ。
 ピサロはバヨネットの砲口を左に向け、右へ跳躍する。跳ぶと同時に発砲、爆風に乗って距離を稼ぎ、亡霊城の外側へ。
 直後、轟音と共に左手<左塔>の突上打が眼前を通過した。
 復活を果たしピサロへとまとわりつこうとしていた兵を軒並み潰して、左手<左塔>が天を衝く。
 スケルトンが粉々になりグールが肉片と化し亡霊兵が空へと消える。
 それは、必殺の一撃と呼ぶことすら生ぬるかった。
 熱っぽい湿り気を帯びた砂嵐がピサロを襲う。咄嗟に左手で庇うが、蒸気を帯びたそれは皮膚を侵していく。
 そこへ、長い影が落ちる。
 鉄と鉄が擦れ合う不快な轟音を重ねて、摩擦による火花を撒き散らして、亡霊城は旋回する。
 鉄塊と呼ぶにはあまりにも巨大すぎる左手<左塔>を挙げたままで、だ。
 次の動作など、予測するまでもなかった。
 だからピサロは即座にバヨネットを掲げる。その指に魔力と、絶えぬ想いを注ぎ込む。
 魔導アーマーのパーツにチカラが流し込まれる。回路が励起し光を帯び、バヨネットの砲口に輝きが収束する。 
 その輝きは蒼。究極の名を冠する魔力光。絶えぬ想いをエネルギーとする、極まった力の奔流。
「アルテマ――」
 それを前にして、王城は動く。
 左腕<左回廊>の回転を逆にし、悲痛な軋みを迸らせ、打ち上げた左手<左塔>を動かす。
 単純な話でしかない。
 挙げた左手<左塔>を、今度は振り下ろすだけだった。
 超重量の一撃の初動。それを前にしても動じず、ピサロはトリガーを引く。
「――バスター」
 究極光が、解き放たれる。
 球状に広がるエネルギーは、左手<左塔>と正面からぶつかり合う。
 鋼鉄の腕を受け止め、その外壁を引っぺがし、もはや使う者のいない内装を吹き飛ばし、壁を床を柱を食い尽くす。
 左腕<左回廊>から左手<左塔>までの居住スペースが完全に吹き飛ばされ、錆びた内部フレームと砂を噛む駆動機構が露わになる。 
 王城のなきごえが、ひときわ大きくなった。
 剥き出しになった内部機構の各所で、無数の火花が舞い踊る。それは、いのちを燃やしているかのようだった。
 アルテマバスターの輝きは、フレームをひしゃげさせて歯車を砕く。
 それでも、左手<左塔>は止まらない。止まるはずもない。
 ボロボロになりながらそれは、重力を味方につけて、光の奔流を割って来る。
「ち……ィッ!」
 止め切れないと判断したピサロはバヨネットを下げる。
 手を掲げ力を込め、心に満ちる“想い”を意識し、ラフティーナの力を呼び起こそうとして。

898其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:25:46 ID:mMVbeUhI0
 左手<左塔>の軌道が、ブレた。
 ピサロを真上から狙うコースだったはずのそれが、アルテマバスターの光を斜めに斬るようにして、滑って行く。
 左手<左塔>が、空を切って地を叩く。鋼鉄の巨腕に打撃された大地が、怯えるように揺れた。
 ピサロを潰すはずだった左手<左塔>が岩石を破砕し地面を引き裂き痕を刻みつける。跳ね上がった石片が歯車に噛み潰されて砂礫と化す。
 いつの間にか城は、ピサロに背面を向けていた。
 ピサロの口角が、吊り上がる。
 この場で戦っているのは、ピサロだけではない。
 城の背面に、再度バヨネットを突き付ける。
 トリガーに指を掛けて、ピサロは、それが引けないことに気付く。
 魔力の増幅と制御を行っていたパラソルなしで放ったアルテマバスターは、莫大な負荷をバヨネットに掛けていた。
 機械部品が完全にオーバーロードしており、魔力を流しこめそうにはない。
 これを利用して魔力を射出するには、時間が必要なようだった。
 舌打ちをし、稼働する王城を睨む。
 かなりのダメージを与えたとはいえ、まだ左腕<左回廊>の駆動部は生きている。
 この程度では、じきにあの城は嘆きのままに進撃を再開するだろう。
 思案する。
 なにせ相手はあの巨体。この身では近寄ることすらままならない。
 だが、手はある。
 要は、蒸気の熱に耐えきり、真正面からぶつかることが可能な身があればよいのだ。
 そのような身体に変異させる呪文を、ピサロは心得ている。
 リスクは大きい。
 変異中は闘争本能が肥大化し思考力が低下する。インビジブルも使えないだろう。
 耳に届くなげきの声が、思考に混じる。敵は、すぐ側にいる。
 ピサロは、息を吐いた。
 迷っている時間が惜しい。
 だからピサロは決意する。
 王城の一撃を滑らせたあの思念を、無意識のうちに当てにして。
 ピサロは、詠唱を開始した。

 ◆◆

「畜生ッ!」
 倒しても倒しても蘇る兵どもに、もう何度目かわからない肘鉄やローキックを叩き込み、アキラは悪態をつく。
 何度でも起き上がる兵への苛立ちではない。この地獄絵図と、それを描いた者へ、アキラは憤っていた。
 アキラは感じ取る。
 この場に満ちる感情を、その心で感じ取る。
 特段心を読む必要もない。そんなことをするまでもなく、叫びは痛いほどに伝わってくる。
 それは声になどはならない。そんな風にかたちを規定できるほど、この嘆きは薄くない。
 城がさけんで兵が湧く。兵がなげいて城が啼く。
 止みはしない。その軍勢はもはや、他のことなど知りはしない。
 だから止まらない。
 究極光を受け止めて、悲痛な姿を晒しても。
 王城は、止まらない。
 たとえその身が砕けても。
 王城は、止まらない。
 その様は、アキラに思い起こさせた。

899其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:26:26 ID:mMVbeUhI0
「ちがうだろ……」
 自壊することも厭わずに戦い抜いた、義体の英雄の姿を思い起こさせた。
「そうやってさけんで」
 彼女の渇きを思い出す。
 彼女の望みを思い出す。
「叫びだけを残して」
 彼女の、死に顔を、思い出す。
「そうやって逝きたいわけじゃあ、ねェだろッ!」
 アキラが吼えた、その瞬間。
 軍勢を構成するすべての意識が、アキラへと集中した。
 叫びと嘆きと恨みと妬みと慟哭と。
 そして、大いなる絶望が、まるで集合体のように、アキラを睨みつけた。
 その集合意識は、重くくらく粘っこい。
 毒沼のようなそれは、アキラを沈めてしまいそうなほどに深かった。
 声にならない声がする。
 かたちにならない感情が、酸性の液体を馴染ませた暴風のように吹きつける。
 それは純粋が故に暴力的で、もはや精神攻撃の域に達していた。
「なめンな……」
 けれどアキラは俯かない。屈しない。膝をつかずに拳を握る。
「負けるかよ……ッ! 負けて、たまるかよッ!!」
 歯を食い縛り絶望の睥睨を睨み返し足を踏む。
 どくり、と。
 アキラの心臓が、一際大きく拍動する。いのちの底で輝くかけらが、そこにはある。
「お前らは、なんのためにここにいるッ!!」
 スケルトンの憎しみを拳の一撃で割り砕く。
「こんなことで晴れるのかッ!!」
 グールの怨みを肘鉄で叩き潰す。
「こんなことを繰り返して、満足なのかよッ!!」
 亡霊兵の嘆きを念で弾き飛ばす。
 それでも叫びは止まらない。それどころか、アキラが猛るほどに亡者の声は増していく。
 王城が、アキラへと迫る。
 黙れと、目障りだと。
 そう嘆くように、その威容は駆動音を鳴り響かせて吶喊してくる。
 壁に亀裂が走っても。黒煙がもうもうと立ち昇っても。剥き出しになった駆動部から、砕けた歯車が零れても。  
 そいつは、砂埃を纏いただその身だけを武器として、アキラへと迫る。 
 その城の、ボロボロになった左側面へ。
 アルテマバスターを受け、それでも動き続ける左手<左塔>へ。
 突っ込んで来る巨体が、あった。
 その巨体は、鋭い爪の伸びる両手を、進撃する王城へと突き出した。
 城の進撃が、押し止められる。それでも進もうとする城を、巨体は逞しい二本の足で踏ん張って止める。伸びる尻尾が、大地を擦った。
 王城が灼熱の蒸気を噴出させるが、美しい紅の鱗には火傷一つ負わせられなかった。
 巨体の頭部からは、天を貫くような雄々しい角があり、その背には一対の翼が生えていた。
 それは、王城に負けぬほどの威容と威厳を誇っていた。
 そいつが、アキラを一瞥する。
 その紅玉色の瞳には、見覚えがあった。
「ピサロ……?」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!」
 その口から、雄叫びが上がる。
 音圧はびりびりと大気を震わせ、近場にいた亡者を伏せさせるそれは。
 龍<ドラゴン>、だった。

900其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:27:29 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 身体を龍へと変異させ、その圧倒的身体能力を得る呪文――ドラゴラム。
 ピサロは、龍の力と闘争本能を以って、王城と相対する。
 左手<左塔>のフレームを握り潰す。ひしゃげて折れたフレームを投げ捨て、歯車の群れへと腕を叩き込む。
 力任せに突き出した腕は歯車を一気にぶち抜いて破砕させる。部品の欠片が雪のように降り注いだ。
 黒煙がぶすぶすと沸き上がる。構わず龍は顔を突っ込んだ。
 口を、開く。
 鋭利な牙と赤い舌の奥で、火炎が逆巻いていた。
 息を、吐き出す。
 枷を解かれた灼熱の炎は鋼鉄の部品でさえも融解させる。それは、一兆度もの超高温を彷彿とさせた。
 左手<左塔>が爆砕する。発生した爆発は誘爆を呼ぶ。群れとなって連なる炸裂は左手<左塔>を壊していく。濃くなった黒煙が空を汚す。
 左手<左塔>が崩壊する。悲鳴を上げて崩壊する。
 破砕音に交じり、がぎん、と。
 硬い音が響き渡った。
 その音は、連なる破壊の音の中にあって、あまりにも異質だった。
 爆発の向こうで火花が散る。黒煙の彼方で蒸気が上がる。
 硬質の音を上げたのは、王城の意思だった。
 左手<左塔>はもう、動けずに滅びゆく。なればこそと王城は、左手<左塔>をパージしたのだった。
 本体が爆発に巻き込まれないようなどと、そのような温い意思ではない。
 捨てられた左手<左塔>に込められるのは、苛烈な叫びの結晶だった。
 眩い閃光が迸る。断末魔を思わせる爆音が、世界を揺るがせる。
 龍の至近距離で、大爆発が発生した。
 爆発の熱量など火龍の身には児戯に過ぎない。ただ、その衝撃波と吹き飛んだ残骸は、龍鱗を抉っていた。
 龍が、たたらを踏む。衝撃のダメージと、猛烈な閃光と爆音が、龍の感覚を奪っていた。
 吐き気そうな煤臭さと濃厚な黒煙が立ち込める。
 それを引き裂いたのは、王城の一撃だった。
 船が海を掻き分けるように砂礫をぶち割って、城が滑ってくる。 
 龍に左腕<左回廊>を突き立てるべく、城が駆動する。
 それは、左腕<左回廊>が潰れることを厭わない一撃だった。
 龍の本能が意識を覚醒させる。
 だが遅い。
 龍の身体は、その一撃を避けるには大きすぎる。
 だが龍は、危機感など覚えなかった。
 悲しみとにくしみと絶望の沼の真ん中で、熱く燃える思念を、感じ取っていたからだ。
 その思念は、王城の突進軌道をねじ曲げる。
 龍の真横を、左腕<左回廊>が突き抜けた。
 空を切ったそれを両腕でホールドし、根元に牙を突き立てる。
 へし折る。
 引き千切った左腕<左回廊>を、龍は握り締めて水平に構え、闘争心の赴くままに叩きつける。
 鋼鉄の亡霊に、龍のフルスイングが直撃する。
 鋼が衝突する撃音が鳴る。龍が握った左腕<左回廊>が砕け散り、王城のバルコニーが破壊され、それでも。
 それでも王城は停止することなく、愚直な突撃を繰り返すのだった。

901其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:28:25 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
「悪い、ことなのか」
 弾かれ割れて転がり落ちた石片の中心で、カエルが呟いた。
 その隣にいるアナスタシアは黙ったままで、止まない投石を、ただ身体が動くままに弾いていく。
 それはまるで、“生きる”という命令を淡々とこなすだけの人形のようにも見えた。
「死者に逢いたいと望むのは、悪いことなのか」
 隻腕であっても、体力のほとんどを消耗していても、カエルの剣閃は精確で淀みがなく、投石一つさえ先には通さない。 
「俺は……そうは思わない」
 統率こそされており、石の威力は侮れない。その反面、兵自体の錬度はそれほど高くない。
 だからこそ、こうして語ることができる。
「俺は――俺たちは、死者を蘇らせたことがある」
 カエルは語る。
 先刻、イスラと話をしたときのように。
「死者を、“死ななかったこと”にしたこともある」
 カエルが弾いた石が、アナスタシアの弾いた石と衝突し、砕ける。
「シルバード。ストレイボウが――ジョウイが言っていたその翼で、俺たちは時を超えてきた」
 砕けた石は何処かへ弾け飛び、見えなくなる。もう一度と望んでも、きっとその石は見つからない。
「そうして俺たちは死した仲間を蘇らせた。仲間の母親を――死んだはずの人間を、救った」
 探しても探しても、きっともう、見つからない。仮に見つかったとしても、砕けた石はもう、戻らない。
 けれど、歴史を変えさえすれば。
 石が砕ける直前に戻ることさえできれば。
 もう一度、砕ける前の石は見つけられる。
 たとえその結果、カエルかアナスタシアが、傷ついたとしても。
「……反吐が出るわ」
 吐き捨てるアナスタシアに、カエルは苦笑を返すだけだった。
「それでも俺たちは、後悔はしていない。間違ったことをしたとは思っていない。身勝手だと、そう思うか?」
「思うわね」
 斬って捨てるような返答からは、深い苛立ちが感じられた。
「貴方達はそれでいいわよね。けれど、過去を変えたいって願う人がどれだけいると思ってるの」
 アナスタシアが、アガートラームを振り上げ、
「過去は変えられない。変えちゃいけない。そんなのは当たり前なの。そうじゃなきゃ、現在<今>を大切になんてできないじゃない」
 地を割りかねない勢いで、荒っぽく叩きつける。
「死んだ人<過去>は戻しちゃいけないの」
 飛んできた石が、まとめて砕け散った。
「いけない、のよ……ッ」
 それは、血が滲むような呟きだった。
 死者の“想い”を形にしてしまったアナスタシアが、血を流しているようだった。
「正論だな。ならば――」
 カエルはすうっ、と呼吸をし、目を細めて亡者を見る。
「悔いているのか?」
 アナスタシアは答えない。
 食い縛るように、耐え抜くように、彼女は押し黙って身を守る。
 晒される石礫に反撃をせず、されるがままに身を守る。
「悔いるなとは言えん。お前とジョウイが違うと、否定してやることは俺にはできん」
 カエルは言葉を区切り、ただな、と続け、
「ヒトは、多かれ少なかれ身勝手だ。だから俺たちは行動した。そうでなければ生きられん。
 そうでなくても生きられるのは、生粋の“勇者”くらいだ」
 あのとき、遺跡ダンジョンの地下で、共界線を通じて感じた“救い”と。
 アナスタシアに寄り添っていた魔狼を想い浮かべて、カエルは問うた。
「それは、お前もよく分かっているだろう?」

902其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:29:23 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 覆うような氷壁の中で、イスラはへたり込んでいた。
 そんなイスラの前に、ストレイボウはしゃがみ込む。その細い肩にそっと手を乗せると、震えが伝わってきた。
 血の気を失い俯くその姿は、よく似ていた。
 罪に苛まれ、苦しみ喘ぐストレイボウと、よく似ていたのだった。
「落ち着くんだイスラ」
 ストレイボウは、努めて落ち付いて語りかける。
 氷壁を外から叩く投石の音から、気を逸らせるように。
 氷壁の向こうで喚き散らすような笑い声を、意識から引きはがすように。
 時間に余裕があるわけではない。
 だがストレイボウは、ゆっくりと、子どもに話しかけるように、言葉を紡いだ。
「俺が、分かるか?」
 俯いていたイスラの顔が、上がる。
 瞳は見開かれていた。唇は戦慄いていた。顔色は、真っ青だった。
 見るからに痛々しい様子で、イスラは、ストレイボウを見つめ、そして、小さく頷いた。
「そうか、よかった」
 ストレイボウの顔に笑みが浮かぶ。
 まだ終わっていない。まだイスラは、堕ちていない。
 それでこそイスラだと、ストレイボウは安堵する。 
「イスラ。俺の罪を、憶えているか?」
 その問いに、イスラは呆然としたまま、首を縦に振る。
 それを見届けてから、ストレイボウは口を開く。
 胸の底の疼きを堪えながら、だ。
「俺の罪は、決して許されるものじゃない。たとえみんなが許してくれたとしても」
 忘れてはならない罪科が痛む。心に刻み込まれた咎が、ストレイボウを締め付ける。
 それでいい。この疼痛は、決して忘れてはならない。癒してはならない。
「罪は、決して消えない」
 その痛みと、ストレイボウは向き合う。
 誤魔化さず、逃げ出さず、真正面から立ち向かう。
 消すためではなく、受け止めるために。
 そうすることができるのは、胸に灯る、確かな“想い”があるからだ。
「その重さに関係なく、犯した罪は、消せないんだ」
 それは、独りでは得ることができなかったもの。
 それは、オルステッドを昏い瞳で眺めていたかつての自分では、決して手にすることができなかったもの。
「だから自分で、付き合い方を決めなきゃいけないんだと、俺は思う」
 そして、それは。
 イスラの心にもまた、灯っているはずなのだ。
「こうするべきだとか、そんなことは言わない。俺は、お前に答えを与えてはやれない」
 だけど、
「お前が自分で見つけた付き合い方なら、俺はそれを否定しない。それが、どんなものであってもな」
 イスラの肩から右手を離して握り拳を作る。
 その手を軽く、イスラの胸へと押し当てた。
 鼓動を感じる。
 イスラの鼓動を、その温もりを、イノチを、確かに感じる。
 あのとき、ジャスティーンを召喚した力は、きっと今も宿っている。
 だから大丈夫と、ストレイボウは思うのだ。
 それは信頼だった。
 たとえイスラが十字架に捕われて自分自身を信頼できなくとも。
 信頼する人間はここにいると、伝えるように、告げる。
「答えを、出しに行こうじゃないか」
 ストレイボウは立ち上がり、手を差し伸べた。
「俺も、俺の罪の証と――フォビアたちと、向き合いに行くよ」

903其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:31:03 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆
 
 砂埃が巻き上がり、蒸気が噴き出し、黒煙が吹き上がり、火炎が舞い踊り、炸裂が連続する。
 激しさを増す龍と王城の闘いは、命を掛けた舞踏のようだった。
 王城の損傷は激しい。左腕<左回廊>から先を損失し、半分以上の外壁が壊れ、駆動部は異音を立て続けている。
 されど王城は死を恐れない。
 その身が砕けても、壊れても、苛烈なる攻撃の手が止むことはない。
 その事実は、龍に防戦を強いていた。
 目的は足止めであり、時間が経てば城は自壊する。故に防戦自体は不利な要素ではない。
 ただしそれは、戦術的な目線で見れば、だ。
 これは、戦争なのだ。
 局所的な戦闘での勝利が、最終的な勝利に繋がるとは限らない。
 たとえば。
 時間を掛けた末に勝鬨を上げても、その瞬間に首輪が爆発してしまえば、それでおしまいなのだ。
 王城ほどではないが、龍も無視ができないくらいの傷をいくつか負っている。
 それでも龍は、致命的な一撃を受けていない。
 その状態を維持できているのは、アキラのサポートがあってこそだ。
「ら、あぁァ――ッ!!」
 アキラの念力が王城を惑わせる。
 龍を叩き潰すはずだった右手<右塔>が、地面だけをブッ叩いた。
 息をつく暇はない。
 スケルトンの斬撃が、すぐ側へ迫っている。
 避け切れないと判断したアキラは身を仰け反らせて防御する。皮膚の表面を刃が走り、血が噴き出した。
 脳が痛みを知覚する。その痛みに反応し、防衛本能が天使の幻像<ホーリーゴースト>を生み出す。
 天使の幻像<ホーリーゴースト>が、斬りつけてきたスケルトンを爆ぜさせた。
 セルフヒールで回復を行って体勢を立て直す。嘆きを呻かせて、亡霊兵どもがアキラに群がって来る。
 火の思念<フレームイメージ>でそいつらを焼き払い、逃れた敵にエルボーを叩き込む。
 矢継ぎ早に意識を王城へと移し、その攻撃を逸らさせるべく念を飛ばす。
 太い右手<右塔>が龍の片翼を掠める。その翼膜が、破かれた。
「糞……ッ!!」
 失敗したわけではない。
 念が、効きにくくなっているのだ。
 あらゆる状態異常を無効とするスペシャルボディであっても、アキラの“想い”が乗った強念による一時的な幻惑は防げない。
 意識が――感情があるのであれば、その思念を止めることなどできはしない。 
 そしてアキラの強念は、王城が抱く感情の対極にあるものだ。
 故にそれは効果的であり、同時に。
 抗いの意思を、呼び起こす。
 軍勢を突き動かす感情に、アキラが反発し続けるように、だ。
 軍勢が、力を増す。
 悲しみが、嘆きが、絶望が、より大きくなる。
 その様子は、酷く歪だった。
 アキラは、歯が食い込むほどに唇を噛み締めた。
 スケルトンを一体割るたびに悲しみが増える。
 グールを一体焼くたびに嘆きが大きくなる。
 亡霊兵を一体倒すたびに叫びが強くなる。
 そうして、絶望はぶちまけられる。アキラが輝けば輝くほど、この場に陰は落ちていく。
 それでもアキラは王城へ念を向ける。 
 負けられないのだ。負けたくないのだ。
 こんな、つめたい悲しみだけが満ちるものを。
 こんなつめたさの果てに、在るものを。
 アキラの想い描く“無法松”<ヒーロー>は、絶対に、ゆるさない。

「止まれ……!」

 念じる。
 王城の一撃は揺るがない。それを龍は、紙一重で回避する。
 
「止まれ……ッ!!」

 念じる。
 王城の攻撃は止みはしない。それを龍は、腕一本で受け止める。
 
「止まれェッ!!」

 念じる。
 王城は踊る。その衝撃で自身を破壊しながら、蒸気と火花を散らして舞う。

「止まり……」

 強く果てない“想い”を乗せて、心の底から念じる。

「やがれえぇェ――ッ!!」

904其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:32:50 ID:mMVbeUhI0
 しかして。
 王城は、止まる。

 耳を覆いたくなるような、痛々しい音と同時に、だ。
 王城は、停止していた。
 その右手<右塔>を、龍の身体を深々と突き破って、停止していたのだった。
 言葉を失うアキラの視線の先で。
 龍の身が、縮んでいく。
 角と翼と尻尾が、折りたたまれるように細くなり小さくなる。
 全身を包んでいた紅の鱗が、肌色に変わっていく。
 戻っていく。
 龍の姿から、戻っていく。
 右手<右塔>に引っ掛かり、屋上の端を掠め、王城にもたれかかるように倒れて。
 龍は――ピサロは、小さくなっていく。
 微動だにすることなく。
 声を上げることもなく。
「く、あ……」
 ピサロは小さくなって、アキラの目には、見えなくなった。 
 
「――――――――――――――――――――――――――………………………………………………………………………………ッ!!!!」

 アキラの口から、絶叫が迸る。
 それに呼応するように。それを、嘲笑うように。
 歯車が鳴る。駆動機関が声を上げる。
 王城が、再度動き出す。
 音を立てて、緩慢に。
 王城は、旋回する。
「……嘘、だろ」
 そう零さずには、いられなかった。
 右手<右塔>にべっとりと付着した龍の――ピサロの血液が、右手に浸透していく。
 まるで、啜るように。
 こぼれた命を、吸うように。
 すると。
 龍によって砕かれたはずの、バルコニーが。
 超過駆動によって吹き飛んだ、歯車が。
 直っていく。王城の破損箇所が修復されていく。
 そうして城は、千切れた左腕から先を除いて回復を果たし、アキラへと向きなおった。
 進撃が、再開される。
 直り切らなかった左腕<左回廊>から、火花を散らして。
 変わらぬ悲しみをあげながら。
 修復された外壁を、再び壊しながら。
「やめろよ……」
 壊れる痛みを知っているくせに、他の方法を知らないかのように。
「もう、やめろよ……」
 城は、自分を傷つけていく。
 悲しみの荒野にたった独り取り残され、未練を燻らせ憎しみを淀ませた果てに。
 たった一つだけ残された方法が、それだと主張するように。
 それしかないのだと、言うように。
 それこそが、絶望の深淵でみつけた、最後の最後の。
 ほんとうに最後の、たった一つだけ残された、“希望”だというように。
 そんな亡者たちから、王城から、軍勢から。
 伝わってくるものは、つめたいのだ。
 伝わってくるものは、苦しみを引き剥がそうと胸を掻き毟り、その結果自分を引き裂いてしまうような痛みなのだ。
 
「これが、こんなものが、“希望”だっていうならさ」

 どくり、と。
 アキラの心臓が、高鳴った。

「誰が、笑えるんだよ?」

 どくり、どくり、と。
 アキラの鼓動が加速する。

「どこで、誰が、笑えるんだよ?」

905其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:33:44 ID:mMVbeUhI0
 空を見続けたギャンブラーが手にした、希望と欲望のダイス。
 夢見るギャンブラーが潰えても、その力となった“希望”は、一万メートルの夢の果てで息づいている。
 アキラの血となり肉となり、胸の中で脈打っている。
 どくりどくりと。
 強く雄々しく激しく、鼓動<ビート>を刻み続けている。
 軍勢の中に蔓延する、暗く冷たく悲痛な“希望”めいたものではなく。
 アキラだけが抱く“希望”が、胸の奥に確かに在る。

「なあ、あんた」

 それに突き動かされて、アキラは呼び掛ける。

「あんた、今――」

 アキラは投げ掛ける。
 かつて、ここではないどこかの、顔も名前も知らない誰かへ向けた問いと、同じ問いを。
 この声の届くすべてのものへと、投げ掛ける。

「――幸せか?」

 悲しみが、膨れ上がった。
 くず折れ、重なり、霧と化していた亡者の兵が、音を立て、一挙に立ち上がった。
 蒸気が溢れ、すべての歯車が轟音を立てて回り出す。
 アキラの問いを押し流し引き潰そうとするかのように、軍勢が動き出す。
 突進が来る。
 それは、部隊全ての未練と憎悪を集めて殺意とした突進だった。
 濃厚で濃密で膨大で、底なしの殺意。触れた瞬間に消し炭にされてしまうほどの、圧倒的な暴力。
 過ぎ去った後には何も残らない、荒廃だけを呼ぶ、酷くつめたい悲しみの突撃。
 一片の幸せだってありはしないと、そう宣言するかのような進軍を、アキラは、真っ向から睨みつける。
 たった一人ながら、その身から揺らめく意志は、軍勢に劣るものでは、決してない。
 それどころか。
 アキラの意志は、軍勢を突き動かす巨大な感情と拮抗するほどに、強いものだった。
 認められない。
 そんなものが、“希望”だと。
 決して、認められない。
 アキラは、ただ鼓動を感じる。
 自分の中で確かに脈動する、その熱を感じ取る。
 それは力強さを増していく。
 目の前の絶望を前にして、果てないように強く拍動する。
 抗いのリズムを刻む。

906其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:35:21 ID:mMVbeUhI0
「ざけんなよ……」

 だからアキラは逃げない。
 こいつらに、背を向けるわけにはいかない。

「たとえ、たとえもう、ボロボロになって、壊れちまうことになったとしてもな……」

 目を、逸らさない。
 こいつらを、このまま進めさせるわけにはいかない。

「ほんとうに、ほんとうの“希望”を抱いていられるのなら……」

“希望”というのは、あたたかいものだと。
 それを分からないまま突き進み、勝手に逝かれるのは、我慢がならなかった。

「いつかきっと、笑えんだよ……」

 あたたかさを拒絶して、逝った先にあるものが。
 ほんとうに楽園である、はずがない。
 だから、アキラは叫ぶ。
 
「なあ」

 たったひとり、荒野の果てを彷徨って、ボロボロになっても闘って。
 それでも消せない“希望”を抱いていたから。
 今際のときに微笑っていられた、英雄の名を。
 アキラは、叫ぶのだ。
 それは、当の本人すら捨てた名前。
 捨てられても朽ちてはいない、確かな名前だった。

「――そうだろ、アイシャッ!!」

 轟音を立てて。
 西風が、吹き荒れた。

907響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:36:40 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆

 歯噛みしてカエルの言葉を聴くアナスタシアの髪が、雄々しい突風によってはためいた。

 ◆◆

 ストレイボウの手を取れるのか、取っていいものかと逡巡するイスラの頬を、強烈な風が撫でていった。

 ◆◆

 心臓が破裂しそうなほどに暴れている。沸騰しそうな血液がアキラの体中を駆け巡る。
 体が熱い。
 心が熱い。
 湧き上がる熱に果てはない。高まる熱量は風を起こす。
 突風に等しい西風を、巻き起こす。
 その熱に、風に、カタチを与えるべく。
 アキラは“希望”を思い描き、ヒーローをイメージする。
“希望”の鼓動<ファンタズムハート>が、思念に血を通わせる。
 
「アクセス……ッ!」
 
 想い出が、形になっていく。
 アキラに宿り融合したミーディアムが、アキラの念と血によって具現化する。

「PSY-コンバインッ!」

 太い金属の二足が、アキラの背後に着地した。
 それに支えられるのは、紅の模様が刻まれたメタリックボディ。
 その背にはミサイルのようなスラスターがマウントされている。
 無骨な両手が握り締められ、鋼の拳が作られる。
 その天辺、頭部には、黄金の冠が輝いていた。
 その姿は、“希望”の貴種守護獣とは似ても似つかない。
 当然だった。
 これは文字通りに、アキラが心血を注いで生み出した“希望”なのだ。
 アキラの中で、燦然と燃え盛る“希望”なのだ。
 故に吹く西風も、そよ風<ゼファー>には収まらない。
 荒々しく雄々しい西風が生み出す“希望”のカタチは、アキラが描くイメージに他ならない。
 もはや、その“希望”は。
 かけらなどでは、ない。
 それは、巨人だった。
 それは、王城と同じく、この島で朽ち果てるはずの巨人の姿だった。

「ファンタズム・ブリキングッ!」

 巨人の瞳に光が灯る。鋼鉄が唸り駆動する。
 その身を誇示するように、巨人は高々と両腕を突き上げた。
 眩い輝きを湛え、巨人が咆哮する。
“希望”の雄叫びを、咆え猛る。

 絶望の王城よ、悲しみの軍勢よ。
 よく見ておけ。
 お前らに心があるのなら、その底の底まで焼き付けろ。
 これこそが血の通った“希望”であり、そして。
 大王の、凱旋だ。

「ブリキ大王――我とありッ!!」

908響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:37:24 ID:mMVbeUhI0
 ◆◆

 吹き荒ぶ風音が、ピサロを覚醒へと導いた。
 瞬間、左腕と胴体に激痛が走る。零れ出る血液によって衣服は汚れ、肌にべっとりと貼り付いていた。
 骨が完全に折れているらしく、左腕は動かせそうになかった。
 ともすれば命を落としかねない重傷だった。
 それでもまだ動けるのは、龍鱗が堅牢であった故か、あるいは、未だ衰えぬ矜恃故か。
 あたりを見渡すと、視線が高いことに気づく。
 激しく揺れる足元からは、耳障りな歯車の音が響いてくる。
 ここは、屋上だった。
 未だ動き続ける亡霊城の、屋上だった。
 ピサロは立ち上がる。
 異変に、気付いた。
 足が、随分重いのだ。
 失血のせいとも負傷のせいとも異なる違和感が、足にあった。
 歩く。
 やけに硬い足音がした。
 まるで、石で地面を叩いたかのような足音だった。
 傷よりも厄介な状態異常が、その身を蝕んでいるようだった。
 顔を、顰める。
 ピサロの身が、徐々に石化し始めていた。
 即座に石にならなかったとはいえ、看過するには重い問題だ。
 ひとまず傷を癒そうと、回復魔法を唱えようとした、そのとき。
 ピサロの前に、二つの影が舞い降りる。
 一つは、下半身を漆黒の球体に埋めた人形だった。緑色の髪からは角が伸び、その背からは翼が生えている。
 一つは、桃色の髪をした四本腕の人形だった。その腕のうちの二本と両足は、岩石と一体化していた。
 どちらも美しい顔をしており、それ故に、化物然としたその身はひどくおぞましかった。
 
「……控えていた副将か。好機とみて討ち取りに来たか?」

 人形どもは答えない。
 喋ることを知らないかのような無表情で、人形はピサロの前に立ちはだかる。
 虚ろさを漂わせるそいつらを、ピサロは鼻で笑い飛ばす。
 
「舐めてくれるな人形ども。貴様らのような持たざる者どもに、くれてやる命など微塵もない」

 断続的に襲い来る激痛と、失血によるふらつきと、這い寄って来る石化というハンディキャップを背負いながらも。
 ピサロは、まだ動く右手でバヨネットを握り締める。
 その瞳は、死にゆく未来を見つめてなど、いなかった。

 ◆◆
 
 ――分かるまい。持たざる者の気持ちなど、持っている者どもには分かるまい。
 ――故に、貴様らでは答えられまい。
 ――持たざる者<わたしたち>に答えなど、与えられはしまい。
 ――故に我々は求めない。貴様らなどに、求めたりはしないのだ。

909響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:38:09 ID:mMVbeUhI0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】
【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:ダメージ:小、疲労:小、動揺(極大)
[スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1〜4)
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し ミラクルシューズ@FF6
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:十字架に潰される
1:伸ばされた手を、僕は、取れるのか……?
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)

【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:動揺(大) ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド 
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6 いかりのリング@FF6 日記のようなもの@貴重品
[思考]
基本:私が、ジョウイ君と……同じ……
1:今更になって何を言い出すのよ、何を……ッ
[参戦時期]:ED後

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 マリアベルの手記@貴重品 “勇者”と“英雄”バッジ@クロノトリガー
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:イスラの力に、支えになりたい
2:罪と――人形どもと、向き合おう
3:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ジョウイより得た空中城の位置情報と、シルバードの情報をほかの参加者に伝えました。

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死:最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真
[装備]:天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:ブライオン@武器:剣 
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:伝えるべくは伝えた。あとは、俺にできることをやるだけだ
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)

【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:クラス『ピュアピサロ』 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:やや大
    左腕骨折、胴体にダメージ大、失血中、徐々に石化
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
    データタブレット×2@貴重品
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:退け人形。貴様らでは役者不足だ
2:ダメージと石化の治癒はしておきたいが……
[参戦時期]:5章最終決戦直後
 ※バヨネットからパラソルが無くなりました。魔導系コマンドはそのまま使用可能ですが、魔力補正がなくなりました。

910響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:39:37 ID:mMVbeUhI0
【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:極大
[スキル]:PSY-コンバイン
[装備]:デーモンスピア@DQ4 激怒の腕輪@クロノトリガー
[道具]:双眼鏡 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:この俺の希望を、見せてやるッ! 見せつけてやるッ!
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージ未受信です。
※自由行動中どこかに行っていたかどうかは後続にお任せします

【PSY-コンバイン】
 アシュレーの命に宿り、セッツァーの夢に応えたミーディアム『希望のかけら』は一万メートルの夢の果てで、アキラと融合し血肉となった。
 それはもはやアキラの一部であり、アキラの超能力と溶け合い、希望のイメージを体現する。
 ブリキ大王の姿を取るそれは、アキラが希い望む力を原動力として駆動する。
 希望が絶えない限り、バビロニアの王はヒーロー技さえ使いこなせよう。
 他でもないアキラ自身の力。それ故に、その負担は肩代わりなどできはしない。
 変身亜精霊の力を借りないコンバインは、莫大な集中力と想像を絶する莫大なエネルギーを要する。
 他の超能力にリソースを割こうものなら、それは即座に露と消える。
 仮に無茶な稼働や乱用をしたとすれば、アキラの意識は二度と戻らず、希望は潰えてしまうだろう。

911響き渡れ希望の鼓動 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:40:16 ID:mMVbeUhI0
【SMRA隊】

【反逆の死徒@???】
[状態]:クラス『モルフ崩れ』 軍服黒焦げ 
[装備]:蒼流凶星@幻想水滸伝2@城に投げ捨てられたもの 黒き刃@幻想水滸伝2 亡霊兵(25名)
    副将:フェミノフォビア(抜け道付加)、アクロフォビア(飛行付加)
[スキル]:暗器・凶毒針 状態付加・麻痺
     遠距離攻撃・召雷 ゲレハラスメント(憑依:攻撃力防御力20%減少)
     再生能力(毎ターンHP25%回復)俊敏、逆襲、狙い撃ち
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
部隊方針:距離をとって投石攻撃 ※周囲の石はミスティック効果にてアーク1相当にまで強化されています

[備考]
*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

【反逆の死徒】
 かつて裏切り、裏切られたもの。死喰いに喰い尽くされたその残り滓に泥を与えられたモルフ未満の生命。
 特に欠損を補填するために融合させられたタケシーとの親和性から、タケシーの召喚術・特性を行使できる。
 また、亡霊兵を駆動させるエネルギー中継点となっていることから、再生能力もある。
 しかし所詮はそれだけ。並み居る英雄達には敵うべくもない。
 だからこそ掬われる。楽園を形作る礎となるために。

【砂喰みに沈む王城@???】
[状態]:クラス『大魔城』外壁損傷 駆動部中破(スペシャルボディにて無効化) 左腕<左回廊>から先を損失
[装備]:亡霊兵(25名)データタブレット@自由行動中にジョウイ(正確にはクルガン・シード)が捜索したもの
    副将:クラウストロフォビア(石化攻撃付加)、スコトフォビア(HP吸収付加)
[スキル]:ハードボディ、スペシャルボディ
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
部隊方針:敵に張り付き、移動を制限する

[備考]
*部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

【大魔城】
 王位継承者を喪い廃絶の決定した王国の城。それを良しとできない未練から伐剣王に終わりを奪われる。
 その蒸気はあらゆる物を灼き、左右の回廊は一撃必殺の腕。
 その城塞はあらゆる物理ダメージを半減させ、あらゆるステータス異常を無視する。
 ゴーストロード同様、ミスティックで強制的に能力を引き上げられため、動くたびに、進むたびに崩れゆく。
 だが城は止まらない、止まる必要がない。この城が守るべき国は、もうどこにもない。

912 ◆6XQgLQ9rNg:2014/02/11(火) 20:40:56 ID:mMVbeUhI0
以上、投下終了です
何かありましたらご遠慮なくー

913SAVEDATA No.774:2014/02/11(火) 22:44:31 ID:lLRLLgU2O
投下お疲れ様です!
ついに戦争始まったな。フィガロ城怖いよフィガロ。

914SAVEDATA No.774:2014/02/11(火) 23:04:46 ID:Z6CnFU2.0
投下乙です。
ジョウイが亡霊達に与えた希望もまた良いものだ、って思っていました。
だけどそれに対してこういう風に答えを返せるのは、"ヒーロー"だなって。
この場にいる中で一番一般人に近い能力しかないアキラだったけどやっぱりカッコイイ。

915SAVEDATA No.774:2014/02/11(火) 23:27:56 ID:rD8i29EM0
乙でした!
島本泣きで叫ぶアキラが幻視できるようでした!
この局面で未だモヤモヤを抱えるアナスタシアとイスラに、希望の西風が吹く描写がたまらなく良かった!
あと何度も思ったことだけど、今回も言わせてもらおう。
ストレイボウ…お前、ほんとにキレイになったなあw

916SAVEDATA No.774:2014/02/17(月) 09:21:50 ID:MSer4OvUO
修正吹いた。サモンナイト過ぎるw

917SAVEDATA No.774:2014/02/17(月) 12:17:48 ID:fLQ6oJhQ0
投下乙でした!
城は進撃してきて轢殺するだけかと思ったら格闘戦してやがるー!?
ピサロドラゴラムといい、ブリキングといい、実にダイナミックなお話でしたw
希望の西風いいなー、ほんとにw

918SAVEDATA No.774:2014/03/09(日) 17:59:18 ID:ZTwsuBUc0
ひとまずうちのWIKIは流出外だった

919 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:01:18 ID:VTWE.qHQ0
アキラ投下します。

920Beat! Beat the Hope!! 1 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:02:00 ID:VTWE.qHQ0
潮騒の音だけが揺蕩っている。
寄せては返す波が、砂に刻まれた足跡をかき消していく。
まるで、命のように。人が生きた証なんて、時の流れに呑まれてしまうだけなのかもしれない。
そんな大きな大きな海を、アキラは砂の上で見つめていた。
海の中にそれでもその存在を示し続ける、ブリキ大王を見つめていた。

「こんなところに、あるなんてなぁ……」

アキラは年老いた馬を見るような気持ちで、感慨深く呟いた。
アナスタシアと話をしたのち、自分の中にあるもやもやとしたものがどんどんと膨らんでいって、
アキラの足は自然と北に――座礁船へ向かっていった。
その理由を意図的に無視して、枯れ果てたはずが既に満たされた泉を横切ってたどり着いた場所には、何もなかった。
船の残骸さえも、海の底に沈んでしまったのか。焦げ臭い潮風が、鼻につくだけだった。
あの漢の生きた証など何一つないこの場所に留まる必要などなく、アキラが踵を帰そうとした時、
アキラは、西から棚引く線香のように細い煙をみたのだ。
天に延びるように真っ直ぐに伸びる煙につられ、アキラは海岸を歩き続けた。
そして、左手に村が見えたあたりでアキラは煙の根本をみた。
浅瀬に横たわる、大王の遺骸を。

水筒を逆さにして、喉に直接水を流す。
すぐ近くで補充したそれは、アナスタシア達が持っていた物よりも冷えており、この汗ばむ暑さには有難かった。
セッツァーがブリキ大王を操ってアシュレー達と戦ったことは、ゴゴとピサロから聞かされていた。
そのまま西へ流れて行ったそうだが、そのままここまで来て落ちたようだ。
よりにもよってここ、というのは何の因果だろうか。
アキラは口を手で拭いながら、朽ちた大王を見つめる。
酷い損傷だった。金色の憎悪――オディオを模倣したゴゴの手によって穿たれた傷は
構造の要まで達している様子で、いつ自重で壊れてもおかしくない。
天を飛翔する翼は、ぶすぶすと煙を上げ続けるだけだ。
かつて栄華を誇ったバビロニアの魔神とて、今や飛べもせず、ただこの海に浚われ沈んでいくだけの存在だった。

「お疲れさん、ブリキ大王」

その存在を労り、別れを告げるように言うと、アキラの中にどっと疲れがわき上がった。
肉体と言うよりは、心因によるものだろう。アキラはたまらず砂浜に尻を沈めた。
「……なんも残ってねぇなあ」
アキラはガムをうっかり飲み込んでしまったような表情で、ぼつりと呟いた。
もし他の誰か……アナスタシアでもいようものなら、絶対に見せない表情だった。
ごそごそと、ズボンのポケットから一枚のカードを取り出す。
それは、その村にあったちびっこハウスにあった、微かに輝いていたカードだった。
アキラが守れなかった一人の女性が最後に引いたカードだった。

「『塔』……っへ、ドンピシャ引いてくれるじゃねえか、ミネア」

『塔』のカードを見つめながら、アキラは力無く笑った。
ジジイ上がりの科学知識はあるが、世辞にも学があると言えぬアキラが、大アルカナの意味を知っているはずもない。
だが、そのカードを引いたミネアの心から、それがろくでもないカードであることは理解できた。
破滅、崩壊、全ての喪失……なんにせよ、ろくでもない未来を指し示すカードだ。
だが、それを引いたミネアを責めるつもりなどさらさらなかった。否、責める資格などなかった。
実際に当たっているのだし、なにより、その破滅の中には、ミネアも含まれているのだから。

921Beat! Beat the Hope!! 2 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:03:32 ID:VTWE.qHQ0
アイシャ、ミネア、リン、ちょこ、ゴゴ……そして、無法松。
救いたい、と願ってきた。世界なんてもやっとしたものではない、
自分が守りたいと思う人たちを守れるような、そんなヒーローになりたいと願ってきた。
だが実際はどうだ。ルカに、シンシアに、ジャファルに、セッツァーに、彼を取り巻く理不尽を前にして、アキラは何ができただろうか。
触れ合えるのはいつだって手遅れになってからで、巻き込まれるばかりで当事者の位置からは程遠くて。
守りたいと言っておきながら、いつだって守られているのは自分だ。
守りたいといいながら何一つ守れていない……それで、何がヒーローか。

「すげえよ、ユーリル。お前は、救いきっちまったんだからよ」

カード越しに見上げる蒼天に、勇者の背中を垣間見る。
かつて罵倒した少年は、その言葉を歯が折れるほどに噛みしめて、それでも答えを出した。
救いたいから救ったんだ、文句あるか、と。
痛快に過ぎて笑いしか出てこない。見返りも感謝も要らず、望みはただ救われること一つ。
そのついでに結果として世界が救われるのなら、何も言うことはない。
それは、紛うことなき“ヒーロー”に他ならなかった。

ならば自分は? 救いたいものすら救えず、こうして生きながらえている自分はなんなのか。
アナスタシアと話してから、その意識がこびりついて離れない。
まるで自分が穢らわしい何かになったみたいで、
その汚れを皮膚ごとむしり取りたくてたまらない衝動に駆られるのだ。
その穢れこそが、アナスタシアが耐え続けているものだと気づかず、
アキラは立ち上がり浅瀬に座礁するブリキ大王へ近づいていく。

自分はどうするべきなのだろう。ストレイボウの問いが心に渦巻く。
守りたい物もほとんどなくなった今、この拳は、足はどこに向かえばいいのか。
オディオやジョウイを殴り飛ばす為か。そこまでのモチベーションが自分にはあるだろうか。
さまよう祈りは、吸い込まれるように大王の元へ行く。
既に腰下まで身体は海に浸かっていた。足跡など何もなく、そこにアキラが歩んだ痕跡など何もない。
これまでどおり、大きな流れに呑まれて、掻き消えていくだけなのだろう。

胸まで浸かった時、ブリキ大王はアキラの手の届く場所にいた。
生き残りの中でも、単純な戦闘力では自分が下位の部類に入るのは分かっている。
頼みの綱であるこの巨神すらこの手に零した今、アキラにはもう何もない。
「なあ……どうすりゃいいんだよ、俺は……なあ――――」

922Beat! Beat the Hope!! 3 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:04:24 ID:VTWE.qHQ0
――――ンなこと知るか。

バンッッ!!と背中を強く叩かれる。
跳ね上がった波か、それにしては強すぎるほどの力に、アキラはたまらずバランスを崩した。
肺の空気が漏れ出て、海水が体内を満たす。
海面に伸ばした手が掴みたかったのは、命か、光か。アキラには分からなかった。

――――死に恥晒して無様に待ってりゃ、なんだそのザマ。

そのアキラの後ろから、海底から吠えるように何かが聞こえた気がする。
記憶の底の魂に刻んだ、忘れられるはずのない幻聴<こえ>だった。

――――カスい死人に聞いてんじゃねぇぞ。どぉしても聞きたかったら、ここに聞けやァァァァァッッ!!

その声に振り向くより先に、再び撃ち抜かれた衝撃が背中に走る。
拳大にまで濃縮された何かが、心臓を貫く。血液の刻む鼓動が上がっていく。
ただのポンプなはずなのに、血液以外の何かが駆け巡っている。
心臓<ここ>に、命<ここ>に、俺<ここ>に、確かなものがあるのだと示すように。

(ああ、そうか……そうなんだな……)

伸ばした手を胸に添えながら、アキラは知る。
何も掴めていないこの手は、だからこそ何かを掴むことができる。
そしてそうあれるのは、他ならないみんながいたからだ。

アイシャが、ミネアが、リンが、アシュレーが、ちょこが、ゴゴがいてくれたからこそ、
この手のひらは鼓動を感じることができて、
アンタがいてくれたからこそ、
この血潮の熱さを、感じ続けられている。

何も残っていない? そんなわけがない。
この血潮の熱こそが、生命こそが、
何もこの手に掴めていない俺が、
それでもヒーローを目指せる俺こそが、確かに残っているものなんだ!

(そうだろ……なあ……)

その言葉をいうよりも前に、その背中を支えてくれていた掌の感触がなくなる。
満足そうに、これで十分だというように、消えていく。
その願いは、きっとこの海に消えていく。
後には何も残らず、そう、人の命のように、時の流れに浚われていくだろう。
だか、それでも。この鼓動が響き続ける限り、きっと忘れはしない。

忘れない限り、きっとそれは、確かにありつづけるのだ。

923Beat! Beat the Hope!! 4 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:07:15 ID:VTWE.qHQ0
「ん、うぁ……」
瞼を開くと目尻から塩水がしみ込んできた。アキラはたまらず上半身を起こし、首を振る。
揃えた髪の毛からびしょびしょと海水が飛び散る。
どうやら溺れはしたものの、幸運にも浜側に引き寄せられたらしい。
一歩間違えれば、死に直結していたはずだが、アキラはへへらと笑った。
そして傍には、あの塔のカードがあった。もう一度それを見る。だが、そこには自嘲も自虐もなかった。
何もないかもしれないが、何もない自分が確かにここにいるのだから。

その意志に満足したかのように、タロットは淡く輝く。
直後、ブリキ大王に雷が奔った。雷が落ちたようにも、雷が昇ったようにも見えた。
救いに似た光と共に、巨神の体が崩れていく。
溺れる間際、ブリキ大王に触れたアキラには分かっていた。
本当は、もうとっくの昔に崩れ落ちているはずだったのだろう。刻まれた憎悪はそれほどだったのだ。
それでも、遺り続けていたのかもしれない。最後の最後まで、あの鋼に込められた思いを届けるために。

「伝わったよ。ありがとな、ブリキ大王」

その言葉を聞いて満たされるように、大王は完全に崩れ、海の四十万に消えてゆく。
寄せて帰す波と一つになる。どのように偉大なものとていつか終わりが来るように。
その崩御を、アキラは最後まで見続けた。悲しみはない。その心臓に、また一つ熱が籠ったのだから。
「っと、もうそんな時間か。そろそろここもやべえか。びちゃびちゃだけど……ま、戻るころには乾いてるだろ」
アキラは髪を掻き上げ、ポケットに手を突っ込んでゆるりと歩いていく。
孤児院<はじまり>と、ブリキ大王<おわり>に背を向けて、明日へ歩いていく。

「行ってくるぜ、みんな」

彼は何も変わらない。ヒーローになる。その想いはここに来る前と何も変わらない。
それでも、その祈りは、決して揺るぐことはないだろう。
あの雷のように、その心に燦然と輝き続ける巨神が息つく限り。

924Beat! Beat the Hope!! 5 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:07:54 ID:VTWE.qHQ0
あなたの 運命を示すカードは塔の 正位置。

すべてを失います。けれど――――――

その中から やがて希望も見えてくるでしょう。



  アキラ は PSY-コンバインを覚えたッ!!



ラッキーナンバーは 5。
ラッキーカラーは 真紅。


失ったものに こだわらないで。
希望<あなた>の目の前には、こんなにも青い空が広がっているのだから。




……そして今、輝ける希望を以て、永久に満たされぬ絶望に、挑む。




【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】

【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:大、精神力消費:極大
[スキル]:PSY-コンバイン
[装備]:デーモンスピア@DQ4 激怒の腕輪@クロノトリガー
[道具]:双眼鏡 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:この俺の希望を、見せてやるッ! 見せつけてやるッ!
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージを受信しました。かなり肉体言語ですので、言葉にするともう少し形になるかもしれません。
※自由行動中に、座礁船・村(ちびっこハウス)に行っていました。

925 ◆wqJoVoH16Y:2014/07/21(月) 22:08:40 ID:VTWE.qHQ0
投下終了です。繋ぎのようなものですが、意見質問等あればぜひ。

926SAVEDATA No.774:2014/07/25(金) 20:41:45 ID:64XYs5wU0
投下お疲れ様でした!
遂に松の声が届いた!
背中をどんってのが実に松らしい
下手に姿現したりしなかったのがなんか好きです
そしてほんとにブリキ大王お疲れ様!
というかWA2のガーディアンロードイベントっぽくていいなー、うんw

927 ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:48:07 ID:JmVc2pRQ0
投下します。

928錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:49:58 ID:JmVc2pRQ0
魔王オディオによって作られし死の島……
このゲーム巣食わんと、憎悪さえ奪った伐剣王ジョウイが、オディオの座を狙って最終戦争を開始した!
その尖兵となりしは、島の憎悪を注がれた骸と、何一つその身に残せなかった砂漠の王城。
しかし、嘆きと未練のままに全てを破壊せんとする哀しき魔城の前に、敢然と立ちふさがるヒーローがいた!!
今は昔のバビロニア、
そして、新生したブリキ大王を駆る日暮里のヒーロー、男・田所晃ッ!

これは、己が全てをかけて戦う、ヒーロー達の物語であるッ!!

929錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:50:54 ID:JmVc2pRQ0
太陽が天頂より降り始めた空の下、朽ちし巨神の遺志を継いで光り輝く幻想希神<ファンタズム・ブリキング>、
繰り手たるアキラはその19mもある体躯の目線にて世界を見渡した。
本来のブリキ大王ならばコックピット越しに見るべきヴィジョンは、アキラの瞳に直接刻まれた。
それだけではない。
天を衝く鋼のこぶしの感触が、大地を踏みしめし両足の感触が、その装甲を撫でる西風の感触が、アキラには自分のように感じられた。
否、それこそが真実。これはバビロニアの機械魔神にして機械魔神にあらず。
アキラの想いがミーディアムの欠片とブリキ大王の祈りを通じ、チカラというカタチをとったもの。
その存在の輝きを以て、見るものの心に『灯火』宿す『希望』の体現――――『ヒーロー』そのもの。
故にアキラと『ヒーロー』の個我境界は限りなく零であり、この巨神こそがアキラなのだ。

ヒーローと化した今だからこそ分かる。
この島全てが今、悲鳴を上げていることが。
傷痕が痛いのだ、爛れて苦しいのだと。もがき苦しみ、悪念を叫び、狂い始めている。
物言わぬ嘆きは模倣する憎悪を得て狂気となり、その狂気のまま、彼らはこの大地の中心に集い始めている。
ことりと落とされた角砂糖に群がる蟻のように、砂漠の中で唯一のオアシスを見つけた者たちのように。
唯一の『希望』めいたおぞましいものに集まっていく。
砂浜が崩れ、崖はボロボロと岩を海に落とし、町並みは風化し、森の木々は枯れ始めている。
災厄の戦いなどで抉られた場所だけではなく、まだ形を保っている場所も崩れてゆく。
(待っててくれてありがとよ、ブリキ大王。ギリギリまで粘ってくれたんだろ)
潮が満ちるように、島の外側からその身を崩しながらイノチが集まってゆく。
砕けた骸に、朽ちた亡城に注がれてゆく。まるで、誰かが“奪っている”ように。
もし、アキラがあの浜までブリキ大王に出会わなければ……あの雄姿さえも“奪われていた”のだろう。

(それが、希望だなんて……楽園だなんて、反吐がでらあッ!!)

はっきり言って、アキラにはジョウイの理想なんてこれっぽっちも理解できない。
学がないだとか、先見がないだとか言われればああそうだと首肯しよう。
だが、そんな奴にだって分かることがある。
これは絶対に許してはならないということなのだ。
形はどうであれ、それが誰かの笑顔を踏みにじって作る世界であるならば、
それは陸軍とシンデルマン博士がやろうとした理想郷<全人類液体人間化>と何一つ変わらない。

「そのためだったら……男アキラ、無理を通してみせるッ!」

城がその輝きを押し潰さんと再び迫る。破損した駆動部から蒸気の血と軋む歯車の悲鳴を上げながら。
故にアキラは拳を握る。その身を以て魔王の楽園を否定するために。
その冥き希望に魅せられ、囚われてしまったあの城(もの)たちを解き放つために。
加速からの、残された右回廊が亡城から射出される。
故障というステータス異常を無視した一撃は、この状況に置いても最速の攻撃となった。

だが、それをアキラは避ける。その眼で、風切る拳を鋼の肌で感じながら、
人間のような滑らかさで、巨体同士の戦いとは思えぬ紙一重で見事に避けきった。

「先ずは挨拶代わりだッ!!」

930錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:51:32 ID:JmVc2pRQ0
そのまま流れるように、左腕を城の側面にアッパーを繰り出す。
王城はその破損した地下潜行機能の残骸を駆動させ、緊急的に沈み込むことでその腕を
かろうじて避けた。そう見えた。
だが、拳が空を切るその瞬間、その左腕に刃の煌めきが輝く。

「“我斗輪愚”ゥゥゥゥゥゥ―――― 一本義ィッ!!」

幻想希神・機巧ノ壱――左腕に内蔵されたブレードが亡城の煉瓦の隙間を切り裂く。
ぶじゅりと、煤混じりの黒い蒸気を吹き出しながら、城は――或いは、その向こうにいる魔王は――驚愕するように震えた。
“ブリキ大王の情報はあった”。だが、このような機構は存在しないはずだ。
「終わるかああああああッ!!」
アキラはアッパーの推力を生かし跳躍する。その様は、もはや機械の駆動というよりというより人間の武技だ。
だが、我唯人に非ずというように、脚部に強烈なエネルギーが集い、
アキラは自身と城を結ぶ線を軸として敵を穿つ螺旋となって城の外壁を削り、
着地の衝撃を脚部から背を通じて腕部へ導通させ、刃の威力へと転じて薙払う。
幻想希神・機巧ノ弐と参――螺旋状に束ねたエネルギーを纏いての急降下攻撃と巨大ブレードによる薙払いが、
本来前進しか出来ぬ亡城を、無理矢理に退かせる。

「メタル、ヒィィィィィィィットゥッッ!!!!」

その開いた間合いの中で、十分に加速する距離を得たアキラの右拳が、亡城の正面城壁を打つ。
亡城は衝撃に揺れながら、ようやく収納した右回廊を構えるが、アキラは既に軽やかに距離をとっていた。距離が離れ、亡城の正面に出来た拳大の大穴が陽光に晒された。
戦術プログラムを遙かに越えた、流れるような連続技からの右ストレート直撃。
自壊はあっても、竜の攻撃でも魔砲によっても削れども破れなかった城壁が初めて貫かれた瞬間であった。

心臓にぽっかり空いた虚空を晒すように棒立つ亡城に、感情を定義するのであれば2つ。
ありえない。ありえない。この城壁が徹されるなどありえない。
この鋼の躯<ハードボディ>を唯の刃、唯の拳、唯の物理攻撃が害するなどありえないのだ。
「わかんねーのかよ」
その心を見透かすかのように、目の前の希神は左拳を天に翳す。
「わかんねーよな。本当に守らなきゃいけないもんが、わかってねーんだからよ」
その様に、亡城のもう一つの感情が膨れ上がる。
許さない。許さない。この身を、この躯の内側を害したな。
彼らが帰るべき場所を、安息するべきだった、そうあるはずだった場所を、害したな。
守るべきもの? それを守れなかったからこそ、この骸はここにいるというのに!

「それが分かってねえってんだよ――――――“我斗輪愚”・日暮里ィィィィッ!!」

931錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:53:29 ID:JmVc2pRQ0
希神に輝きに満ちる。超能力と似て非なる意志の力――フォースが充填され、アキラの、希神の左腕がその機構を変化させていく。
「お前が守りたかったのは、その誰もいない城かッ!?」
五指は収納され、手首は太くなり、そこから出たのは雄々しき勇者の螺旋。
螺旋は動き始め、瞬く間にその溝も見えぬほどの高速で回転し始める。
「違うだろうがッ!! なんもない、空っぽの夢を追いかけて……
 ボロボロになって、それでも戦って、朽ち果てて、それで笑える訳、ねえだろがッ!!」
怒声とともに、夢を形に変えし幻想希神・機巧ノ肆――有線式螺穿腕が発射される。
次は徹さぬと、城は収納した右回廊を楯として己が躯を、誰もいない城内を守る。
「オラァッ!」
だが、腕に食い込んだ螺旋より繋がるそのワイヤーが逆巻き、亡城をアキラまでぐいと引っ張り上げる。
「辛かっただろうさ、苦しかっただろうさ。てめえらも、ヒーローがいなかったんだろ。
 だけど、それに負けちまったら……誰かの守りたいものを奪うようになったら……
 英雄の敵に……“魔”になっちまうんだよッ!」
どれほど自分を傷つけても充たされることなく、永遠に喘ぎ続ける虜囚。
そんな怪物に墜ちてしまった城を引き寄せ、アキラは両足に力を込める。
「だから、俺が祓ってやるッ!!」
今のアキラは、脳の全てをこの希神の具現に費やしている。
イメージはおろか、心を読むことさえもままならない今、彼らの持つ未練に触れることさえ出来ない。
だが、繰り出された機巧ノ伍――刃の如き踵落としと続けて穿たれた宙返蹴り上げは確かに亡城に確かな傷を与えていた。
「最後まで、魔に、憎悪に抗い続けたアイツのように」
この希神は、アキラの抱く夢の形。アキラがこうありたいと希うヒーローの顕現。
この世の憎悪全てを凝縮した狂皇子に立ち向かうように、
己の脳の領域全てで呼び起こした希神は、どこまでもアキラの祈りに忠実だった。
「最後の最後には、温かいものを掴めた、アイツのように」
宙返りの体勢から、再び脚部を城に向ける。だが、今度は両足ではなく片足で、回転などしない。
其は偉大なるバビロニアの一撃。古代より現代を貫きし、神の一撃。

「バベルノン・キィィィィィィィッックゥゥゥッッ!!」

雷のように落ちた神撃は、僅かに逸れて左の城壁のほとんどを破壊する。
アキラの抱くヒーローに確かな形を持たせた紅き英雄。
そのイメージが、希神のつま先から王冠までを紅く充たしている。
モンスターを刈る為の人間暗器に過ぎなかった機巧は、ブラウン管越しに焼き付いた憧憬となって真なるイメージを宿した。
故にその武装、その一挙手一投足全てが、凶祓いの属性を備えているのだ。
ならば新たなる魔王の導きにて『魔』に墜ちた亡城を相手どれば如何なるか。
その答えこそがこの光景――攻撃全てが特効<クリティカル>となるッ!!

最悪の相性の敵を前に、魔城はかつてないほどの損傷を刻まれていた。
それを窮地と見るや、死兵どもは希神に殺到する。リッチのような飛行可能なものたちは希神の周囲へ、グールや亡霊兵などは希神の足下へ殺到する。
だが、希望を漲らせたアキラにとってはもはやものの数ではない。

「手前らもだッ!!――――――“我斗輪愚”・三宮ッ!!」

932錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:54:06 ID:JmVc2pRQ0
再びドリルと化した左腕を上方に突き上げると、
機巧ノ陸――その回転が生んだ風が錐揉みのように旋風となって、周囲の兵どもを花びらのように巻き込んでゆく。
「あんたらの『魔』を、『邪悪』を、『穢れ』を『呪い』を『厄』を『禍』をッ!」
希神の纏うフォースが、真紅にまで輝いたとき、その胸に赤い光が収束する。
この技は、アキラが見たことのない機構だ。だが、アキラの心臓は識っている。
希望のかけらを生んだ一人の男、紅の英雄の半身たる男の想い出が、欠けた機構を十全に駆動させる。
渦に巻かれた屍たちが、渦の中心に集まっていく。
そこに向けられる光は、炎の集合体。だがそれは災厄の焔に非ず。
アキラがその目に焼き付けた炎。全ての魔を焼き祓い清める、浄化の炎。

「全部纏めて、祓ってやらああああああああ!!!!!!」

機巧ノ漆――胸部極熱収束砲が放たれ、旋風を炎の嵐に変えながら、一直線に突き進んでいく。
さらにだめ押しとばかりに、藤兵衛印のジョムジョム弾を各部から射出。
渦の外側を爆破していき、幸運にも渦から飛び出ようとしたものたちを撃破していく。
その魂、天へ届けと手を伸ばすように、赤線が空へと突き抜けた。

「何度でもいってやるッ! これが、本当の希望<ヒーロー>だッ!!」

その強さ、一機当千。偽りの希望なんとする。
幻想希神・ファンタズムブリキング――――此処に有りッ!!


「これが、とっておきたいとっておき、って奴か……?」
天を駆ける炎嵐を見つめながら、ストレイボウは呆然としていた。
アキラにあんな隠し玉があると思っていなかった、という思いも無論あるが、
なによりも、真っ向から闇に立ち向かい、祓っていく輝く機械神の偉容に圧倒されていた。
揺らめく天秤を弄んでいたところに、極大の重石を載せられたような感覚だった。
「俺の時に出していなかったということは、アキラも自覚はないのだろう。
 全く、見せ場というものを心得ている奴だな」
口にくわえた半紙で天空の剣に付いた腐肉を拭い落としながら、カエルは皮肉気味に答えた。
ストレイボウと胸中は同様だった。自分の中のあらゆる葛藤が白日に曝され、断罪されていくようだ。
許せぬものは許せぬ。悪いものは悪い。正しいものは正しい。
魔を問答無用で祓い続ける希神は、その善性の体現だ。
もしも、あの神をもっと早く見つめていたのならば、自分の人生の右往左往の半分は省けたかもしれない、と思う。

933錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:54:38 ID:JmVc2pRQ0
「なんにせよ、これで形勢は逆転したか」
そんな妄想を振り落とし、カエルは現状を見つめた。
アキラの想いを核にコンバインされた希神の登場によって戦局は大きく反転した。
ほとんどの兵があの巨大な希神に注力しており、こちらへの攻め手は牽制以下のものになっている。
そのおかげでストレイボウとカエルは合流し、一呼吸を置くことができた。
「しかし、いきなりすぎて考える暇もなかったが……あの兵士たちは一体……?」
「兵隊どもは地下の遺跡で見た覚えがある。おそらく遺跡に転がった骸に魔力を与えて動かしたのだろう。ビネガーでもあるまいに」
「……確かに、あの亡霊騎士たちのように全て魔力で実体化させるより効率はいい。
 だが、それにしても50も動かすなんて……」
魔術師の見地からジョウイが行った外法にあたりをつけるが、ストレイボウはそれでも驚愕を隠せない。
だが、カエルはその認識の過ちを正す。
「その数は適切ではないな。奴はおそらくこの島全てを掌握しているはずだ。
 歩兵が百万人が固まって俺たちに向かって行軍している姿を想像しろ。今見えている50は、その先端だ」
紅の暴君を通じて、この島に流れる憎悪に触れたカエルだからこそ理解できる。
ここまでの戦いを通じて蓄積され、共界線を通じて島の中枢に集う怨念ども。
ジョウイが掌握しているのがアレならば、ジョウイの兵力とはこの島全てに等しい。
それが一歩ずつ確実に進軍し、この戦場に送られ、最前線の兵が死ぬ度にそれを踏み越えて次列が蘇っているのだ。
「そんな魔力、一体どこから……」
砕けた骨が接がれ、散った腐肉が再び集って兵を構築していく光景を見て、ストレイボウは顔をしかめる。
憎悪する亡霊たち、届かなかった叫びは傷つけられたこの島のものだとしても、
それをに形を与え蘇らせているのはジョウイだ。都合6人で100、200は確実に破壊し、そして蘇っていた。
「……奴は、絶望の鎌を持っていたな」
今はもうない右手を見つめながらカエルはつぶやく。
「ああ、だがアレは仲間の死と引き替えに力を……真逆」
「“味方が死せる瞬間に力が手に入る訳だ”。どうやって武具から魔力を引き出しているかはわからんが……最悪だな」
ジョウイが鎌を振りかざし亡者を指揮する姿を思い浮かべ、カエルは蠅を食らったような顔をした。
刃を失った絶望の鎌の行き場のない力を軍勢の維持に利用しているのだろう。
死して得た力が、屍を動かして死を作る。背負われた死が、ジョウイの誓いを、魔法をより強固にする。
アキラをして歪んだ輪廻といわしめたこの光景の一翼を、魔王の冥力が担っている事実はカエルにとって、業腹以外のなにものでもない。
もしも本気で全滅させるならば、この島全てを滅ぼすしかないだろう。
(もっとも、俺の考えが正しければ、亡霊が亡ぶ度に死ぬほどの苦痛を味わっているはずだが……とてもではないが、正気とは思えん)
紅の暴君と厄災の焔に乗っ取られたカエルだからこそ、ジョウイの行動に空恐ろしさを覚える。
カエルが紅の暴君の交感能力を生かして戦っていた時、大地が傷つけられただけで自分の身が斬られた痛みを覚えた。
それを支配能力にまで引き上げたとすれば、今ジョウイが受けている苦痛が如何ほどか。
それを僅かなりとも想像できるカエルは、覆面の中で舌を巻くしかなかった。

「……だが、いくら何でも50もの屍を暴走させるならともかく、
 兵隊として統率するなんて……そうか、だからあのモルフと城が必要なのか。
 やつらは指令の中継局であり、本陣までの兵站路を兼ねている」
カエルの経験談を聞き、ストレイボウは魔術師と技師特有の論理的思考を以て、この軍勢の輪郭をつかむ。
50体以上の屍をジョウイが直接操作すれば、操作がもつれて必ず破綻する。
それを回避するためジョウイは部隊長となる存在を置き、
そこを経由させて『部隊ごとへの命令』を行うことで、制御を簡素としているのだ。
加えて、これならば亡霊復活のための魔力供給の効率もよくなる。
途中で増員されたフォビアたちは、そのサポートのためだろう。
命令系統と補給路の確立。まさしく軍人の発想だった。
此処まで見せてこなかったジョウイの裏の顔を想像すると同時に、
ストレイボウは否応なく思い知らされてしまう。今行われているのが、戦闘ではなく戦争だということを。
そして、そうしてでも理想を叶えようとしているジョウイの覚悟を。

934錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:56:18 ID:JmVc2pRQ0
だが、そんな機略は質量差の前には無意味とばかりに、希神はフォースチャージを完了させて駆動し始める。
依代の屍に大きく損傷を受けた亡霊たちの蘇生は完了しておらず、希神の拳を妨げるものはなにもない。
「それならば話は早い。頭を潰せば、兵隊どもは蘇生出来ん。
 アキラがあの城を潰せば、少なくともこの戦場は終わる……のはずだが、浮かない顔だな、ストレイボウ」
「……1つは、ただの感傷だ」
決着を見つめるカエルからの問いに、ストレイボウはゆっくりと答える。

現れた闇を、勝負の場にすら立てず烙印を押された敗者たちを、ヒーローのより強大なる正義の光で焼き祓う。
この光景を見下ろしてオルステッドはどう思っているのか。
これこそが、オルステッドのいう勝者と敗者の構造と何も変わらないのではないか。
しかし、この光が正しくない訳がない。この光は正真正銘、真実だ。
ならば、誰が間違っているのか。何が間違っているのか。
本来あの光に焼かれるべきストレイボウは、迷わずにはいられない。

「……もう一つは、ジョウイだ」
そして、あの魔城を率いる魔王のこと。
音に聞こえしルカ=ブライトならば、この段階であの魔城を使えぬと切って捨てるだろう。
だが、敗者を想い過ぎるあの少年が、この状況を看過するとは思えなかった。
「アイツは、ジャスティーンの存在を知っているはずだ。
 だったら、あの城を引っ張ってくれば貴種守護獣との勝負になることは分かっていたはず。
 いや、最初から織り込み済みだろう。だったら……」

ジャスティーンはあの亡きオスティア候の骸が全てを賭けて得た情報。
それを識るジョウイが、誰も見捨てないあの魔王が、ここで手を差し伸べない道理がない。
違和感の核を掴んだストレイボウは、ここまで気配を見せていなかったもう一体の部隊長……反逆の死徒を見た。
希神の攻撃に反応できるほどの距離をあけ、希神が城に迫り来る姿を見つめ続けている。
まるでタイミングを計るかのように。

――サポート能力発動ッ! 直接火力支援ッ!!――

希神の拳が構えられた瞬間、綺羅星のような蒼光が、青空の向こうに光った。
それにストレイボウとカエルが気づいて見上げた空は、真っ二つに割れていた。
そう表現するよりなかった。真白い光の束が、空の果てから希神に降り注ぐ。
「さ」
遙かな高みから混沌とした下界に秩序を示す、神の杖のように。
「衛星攻撃<サテライト>だとォォォォッ!?」
未来世界でも実用段階とはいえぬ、超々高度からの砲撃に、ストレイボウは愕然とする。
ギリギリでその一撃に気づいたのか、希神は振り上げた拳を退き、胸を反らせて上空へハロゲンレーザーを発射する。
天地の狭間で衝突した2つの輝きは、太陽の光さえもかき消す。
全力と全力の砲撃は五分。
だが、絶妙なタイミングで攻めの枕を崩され反応を遅滞させた分、アキラは不利な体勢で踏ん張るしかなかった。
そして、空からの光束が細くなって安堵した瞬間を、弱者が狙わない道理はなかった。
かろうじて体勢を整えた魔城が、機構を振り絞って右拳を構える。
噴煙は黒く噴き出し、油は血のように爛れ落ちている。
撃てば自壊もやむなしの一撃。だが、魔城には自らが砕け散ることへの怖れなど微塵もない。
あるのは、目の前の光に対する怒り、嘆き、嫉妬。
抱くことかなわなかった光を惜しげもなく晒し、
あまつさえ幸せの有無を問う巨神に、それ以外の何を想えというのか。
彼らは“幸せになれなかった”者たち。“もうやり直せない”者たち。
そうであることすら誰にも知られることなく、餓えて枯れて朽ちていく者たち。
ただ一つ与えられた“導き”に縋り、忘れられた滅びに意味を求めた者たち。

935錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:56:59 ID:JmVc2pRQ0
確かに彼らは『魔』だ。憎悪にまみれ、化外に墜ちた存在だ。
だがその祈りさえも『魔』と否定するのか。
弱さを悪と貶め、持たざるを罪と弾劾し、その光で裁こうというのか。

その判決に対する反逆を載せた回廊が、発射される。
ついに深刻な域に達した破損のせいで速度は鈍り、威力は十全にならないだろう。
それでも、振り上げられた拳は収まらない。
失ったものを背負い進む城に、歌が響く。

なげかないで。
いらないものなんてないよ。
おちこぼれなんていないよ。
げんきをだそう。

それは、地より響く歌。己の弱さを嘆き、それでも前を向いた少女の歌<イノリ>。
故にその歌は、持たざる者にどこまでも染み入り、神秘のチカラとなる。
毒のように甘い魔女の呪い<イノリ>は、敗者であればあるほどにチカラに変わる。

この城に向けてドリルとは片腹痛い。
いいだろう。ならば刮目しろ。
もう続かない歴史をその身に刻め。

射出された右回廊が音を鳴らして蠢く。
オディオによって参加者が使用できぬようバラバラにされた『商品』が、壁や機関に組み込まれてゆく。

だいじょうぶ。魔法はなんでもできるチカラ。
だいじょうぶ。あなただけの魔法をしんじて。
だいじょうぶ。どんなときだって、あなたは、ひとりじゃない。

だから――――へいき、へっちゃら。

先ほどのドリルへの返礼とばかりに、回廊が先鋭化し、けたたましく回転する。
希神ドリルとは真逆の回転を成すドリルが、希神の脇腹を無慈悲に蹂躙する。
そんなに自慢するならその光を寄越せとあざ笑うように、振動とともに輝きが廃油に解け合い、魔城へと吸われていく。
これが本物のドリル――――機械大国フィガロの、技術の総算也ッ!!

936錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:58:01 ID:JmVc2pRQ0
ストレイボウたちは絶句したまま、希神の脇腹に大穴が開く瞬間を見ていた。
上空からの射撃が止まったことでアキラはとっさに距離を取り追撃を回避することには成功した。
しかし、希神の輝きを吸って城塞の機構を復旧する魔城は、息吹を得たりと歯車と蒸気の音をけたたましく鳴らす。
全快とは世辞にも言えないが、最低限の機構を取り戻した魔城は退くことなく右の回廊を回して希神へと果敢に攻める。
だが、迎え撃つべく精神力をさらに注いでボディを復元したアキラの拳は先ほどに比べ僅かに鈍っていた。
「無理もない。あの魔城、突撃こそすれど拳は残していやがる。
 こちらの大技にカウンターで差し違えるつもりだ」
カエルは苦々しげに唸る。人間並みの精度と駆動で動く希神相手では
魔城のドリルなどあたりはしない、アキラの拳が魔城に届く瞬間以外には。
故に、魔城は己が軍勢の吸収能力だけを頼りに、差し違えようとしている。
それが分かっているからこそ、アキラは反撃を回避できるよう余力を残した攻撃しか出来ない。
「それに、あの戦場外からの砲撃――――あれを見せつけられたら、もうアキラは動けない。封殺だ」
ストレイボウがつぶやく。希神がその威勢を鈍らせた最大の理由――それはあの戦場外からの砲撃支援に他ならない。
大気圏外から撃たれたあの一射。もしもアキラが全力のハロゲンレーザーで相殺していなければ、
この戦場の相当な領域が何度目かの焦土になっていただろう。
そして、希神と一つになっていないアキラ以外の者たちがどうなっていたことか。
何発撃てるのか、制限はあるのか、再射撃に何分かかるのか。最悪、もう二度と来ない砲撃かもしれない。
しかしその確証もない以上、アキラは常にあの射撃を警戒し続けなければならないのだ。

「折角の反撃の機会をこんな形で潰されるなんて、あの砲撃さえなければ……」
「いや、むしろ厄介なのは――――ッ!!」 

カエルが何かを言おうとした矢先、怨嗟を轟かせながら蘇った亡霊たちが突貫してくる。
依代となった遺体さえも損傷しているが、それを補うかのように鬼気を迫らせている。
「カエルッ!!」
「ちぃッ、合わせろよッ!!」
目配せもせずに、カエルとストレイボウはそれぞれに魔法を展開した。
カエルは印を組んだのち、口の中に発生させたウォータガをぴゅうと亡霊たちの前列に吹き付ける。
そこで進軍が止まった瞬間を見逃さず、ストレイボウが魔術をふるうと、
カエルのウォータガが、兵ごと凍り付き、巨大な氷壁を成した。
既に突撃の勢いの付いていた兵たちは止まることもかなわず、壁にぶつかり、
後ろからさらにぶつかった兵によって潰れてゆく。

「間一髪か」
「でも、なんでいきなり……しかも、さっきまで投石をしていた奴らまで」
「今だからこそ、だ。兵と俺たちを混交させることで、実質的にアキラからの広域攻撃を封じてやがる。
 しかしこれで確信した。この差配は、明らかに現場の指示だ……あの小物、もしやそこそこ優秀だったのか?」
潰れてもなお壁を破らんとばかりに襲いかかる兵たちは、先ほどまでの倍以上に膨れ上がっていた。
投石を行っていたものたちも、魔城の随員だった兵も全てがこちらに投入されている。
ストレイボウたちは破れそうな壁に魔力を注いで繕いながら、その差配をしたであろう反逆の死徒を睨みつけた。
その視線すら心地いいのか、卑猥な嘲笑を浮かべながら敗者は口の下の瞳をぐるぐると回していた。

937錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 22:59:19 ID:JmVc2pRQ0
「どうみる、ストレイボウ」
「……控えめに言って最悪、としかいいようがないな」
ストレイボウは冷や汗を浮かべながら応じた。
頼みのブリキ大王は敵の連携網に絡め取られて拘束された。
敵の軍勢はこちらに集中し、水際での防戦一方。
しかも、兵たちをいくら倒しても島全てが兵力たるジョウイには致命傷になり得ない。
このままでは泥沼に嵌まり続けることになる。
抜け出すためにはこちらの体勢を整えなければならないが、こちらの体勢はガタガタに崩されてしまっている。
ストレイボウはちらりと後ろを向いた。その視線は、カエルたちの後ろで呆としている2人へと向いていた。
イスラは未だ顎を下げず軍勢を見続けるのが精一杯で、アナスタシアは髪を垂らせ俯いている。
どちらもピサロや亡将を相手取った時ほどの気迫はなく、とても戦域に晒せる状態ではない。
逃げるにしても首輪が、空中城に行くにしても亡城のデータタブレットが問題となる。
(イスラとアナスタシアはまだ動けない。アナスタシアには首輪を解除するという仕事が残っている。
 ピサロは竜化が解けて行方不明。実質戦力は半分――埒が開くはずもない)
拳を振り上げる余力もなく、そも拳を向ける先も見抜けない。
故に泥縄。遙か先の禁止エリアで軍勢を維持するジョウイに主導権を取られ続けてしまう。

(……せめて、ブラッドか、ヘクトルが、マリアベルがいてくれればまだ……いや、いないからこその戦争か)
ストレイボウは三人の人材を思い浮かべ、すぐに打ち消した。
この状況が生み出している最大の不利は、彼らに大規模な集団戦闘の経験が圧倒的に不足していることだ。
6匹の獅子は、50の羊などもとのもしないだろう。
だが、そこに1人の人間が混ざることで1つの群れとなった今、ただの6匹は羊の群れに追いつめられている。
もしもここに彼らのようなリーダーとなりうる存在が居たならば、6人が1つに纏まれればこうはならなかったかもしれない。
だが、現実的に彼らは集ったばかりの烏合の衆であり、それ故に、ジョウイが狙うべき唯一の弱点となった。
もはやこの戦争を突破するより、勝利はないのだ。

「……やれることをやるしかない、か」

ストレイボウは深呼吸をして酸素を脳漿に澄み渡らせる。
焦るな、焦るなと言い聞かせ、状況を組み立てて優先順位をつけていく。
「何にせよ先ずはピサロの安否だ。だが、どこにいるか……」
「見つけるのは存外容易いかもしれんな」
カエルの視線の先には、空を飛んで魔城に向う2匹が居た。
希神と魔城の戦いに、奴らは直接的な意味を持たない。ならば考えられる理由は一つ。
「狙いは城の中のピサロかッ! 俺が行くッ!!」
「確かに膠着状態に入った今こそが城に入る好機……が、何か考えがあってだろうな」
「ああ、あの城が機械だとすれば、この場は俺しか行ない」
迷いなき瞳で魔城を見つめるストレイボウに、カエルは嘆息を付いた。
そこまで確信を持たれてしまっては反論も野暮で、自ずとやるべきことも定まる。
「全く……なら、いっそ全員で中に入ってしまうというのはどうだ。
 少なくともあの城からの攻撃はなくなるぞ」
「生き埋めにされるだけでしょう」
冗談のつもりで言ったカエルの軽口に予想外の方向から反応が返ってくる。
狼に戻したルシエドを侍らせたアナスタシアだった。
俯いたままの彼女の表情は分からなかったが、代わりにルシエドがトコトコと
ストレイボウの側まで行き、背中の毛並みを見せつけてくる。
「アナスタシア……」
「わかんないわよ。どうすればいいのか、どうしたいのか。
 頭ン中ぐっちゃぐっちゃで、もう訳わかんないのよ」
アナスタシアは手袋のまま、少し濡れた髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「だから、分かってる奴に貸しとく。この子も、迷ってる私といるよりはいいでしょ……」
進む道が闇に覆われ、進めずとしても。その手だけでもその先を望み僅かに伸ばす。
憔悴した彼女の精一杯を受け取って、ストレイボウとカエルは互いに頷いた。
「道を作る。合わせろよストレイボウ」
「カエル、お前……」
腰溜に剣を構えるカエルに、ストレイボウはその意を察する。
この状況に相応しい二人技。だが、その技は、カエルと彼女の。
「あれだけ見せられて気づかんとでも思ったか。理由は問わんさ。
 だが、確かにお前の中に彼奴は、ルッカはいるのだな」
精神を研ぎ澄ますカエルに、ストレイボウは言葉を返すことなく、フォルブレイズをめくり詠唱を開始する。
「ならば、採点してやる。俺が捨てたものが、俺以外の誰かに確かに息づいているのだと……見せてくれッ!!」
「ああッ! 彼女の炎が、彼女の思い出が、まだ此処にあることを示そう――――ラインボムッ!!」

938錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:00:27 ID:JmVc2pRQ0
神将器から放たれた焔を天空の剣に纏わせ、カエルが城めがけて一閃を放つ。
氷壁を割り、一直線に延びる炎は、不死なる者たちに触れた瞬間に爆ぜて道を造る。
炎が止めばすぐに蘇り、閉ざされるだろう道は、しかし魔狼が駆け抜けるには十分な道だった。

「……ルッカとは、昨日出会った。もう、会ったときには、死ぬ間際だった」
ルシエドに跨がるより前に、思い出したようにストレイボウは言った。
「そのとき、彼女を背負っていたのが、ジョウイだった」
ストレイボウはクレストグラフを翳し、カエルにクイックを駆けながら世間話をするような調子で語る。
「あの時、あいつは確かに彼女を生かそうとしていた。打算でも何でもなく、零れ落ちる生命を抱き留めようとしていた」
「……ルッカの最後は、どうだった」
続けてハイパーウェポンを重ね掛けされたカエルは、ストレイボウに尋ねる。
今此処でこの話を切り出された意味を薄々感じながら。
「泣いているんだと思った。理不尽な死に、未来が潰えたことに。
 でも今なら、生い立ちを、死に様を、名前を知った今なら……
 最後の想い出は、碧色の輝きに包まれていたから、きっと――許されていたんだと思う」
最後にプロテクトをカエルに掛けながら、ストレイボウはそう結んだ。

あの優しい碧光を放つ左手を思い出しながら、ストレイボウはさも今思い出したように虚空に呟いた。
「ああ……そうだった。あの時だった。あいつも、
 真っ正面から誰かの死を受け止め過ぎて、押しつぶされそうになっていた」
ジョウイの名に反応したか、イスラは僅かにストレイボウに視線を上げるが、
ストレイボウは省みることなく、ルシエドに跨がる。

「だから――――お前も立ち上がれるって、信じてるよ。イスラ」

不意に呼びかけられ、イスラが頭を上げた時、欲望の狼は瞬く間に魔城に向けて駆けだしていた。
何かを言おうとしていたはずのイスラの口は、半分開いたままだった。

「彼奴の言いたいことが分かったか、適格者」
天空の剣を素振りしながらカエルはイスラに尋ねた。
答えを返すより先にカエルが二の句を継ぐ。
「有り様はどうであれ、あの核識もお前と同じくらいに死を想っている。そうでなくばこれほどの死を背負えまい」
ヘクトルも、あの城も、島の亡霊たちも、そしてイスラの罪たるあの死徒も、全てを背負うが故のSMRA。
そこに、イスラを意図的に貶めようとする浅慮があったなら、たちまちジョウイはこの群れに呑まれていただろう。
割り切れないから、流せないから、真正面から受け止めるしかなくて、死を背負った。
かつて笑い、割り切ったはずのビジュの死を、真っ直ぐに苦しみ続けている今のイスラのように。
同じくらいに不器用なほど、2人は死を想い続けている。

「そんな奴にお前は負けるはずがないと、彼奴は言ったんだよ」

イスラが俯いたまま、時間切れの怨嗟が響く。
ラインボムの爆破が止み、氷壁の割れた部分へと兵たちが再び殺到し始めたのだ。
「俺から言えるのは此処までだ。後は自分で考えろ。なに――――」
だが、カエルは天空の剣を振るい亡霊兵を薙払い、ベロで掴んだブライオンを一気に振り回して遠くの敵を両断する。
カエルにのみ許される、歪な勇者剣二刀流だった。

「その時間は稼いでやる。何分でも、何時間でも、何日でも――――たとえ、十年だとしてもッ!!」

ありったけの補助魔法を受けて、カエルは修羅と化した。
ストレイボウへ敵が行かぬよう、アナスタシアとイスラの下へ行かせぬよう
氷壁の開いた部分に殺到する兵たちを蹴散らしてゆく。
屍体に込められたミスティックが天空の剣で祓われいくが、
一人二人分が解除されようが他の兵たちと分け与えることであっという間に戻されてゆく。
しかし、補助効果が途切れればたちまち粉砕されるであろうカエルは、なんとも軽やかに敵を屠っていた。
弱きものとして、闇にあるものとして、欲望をもつものとして、清濁を合わせ呑んで目の前の敗者を裁いていく。

アナスタシアは見つめる。永遠にでも持ちこたえそうなほどに思えてしまう背中を。
イスラは俯き、感じる。大地に突いた両手に感じる戦場の振動を。
その遙か遠くで、卑しく嘲笑う声を聞きながら。

939錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:02:07 ID:JmVc2pRQ0
希望を纏いし巨人と激突する魔なる王城。その最上階、双玉座の間で銃声が響く。
少量の魔力によって散弾のように放たれた弾丸が部屋の壁を抉っていく。
だが、その中に金属の擦れる音が混じる。
銃口の先、巌の如きの手のひらが、射線を塞ぐようにそびえ立っていた。
否、それは巌めいているのではなく、真正、岩石でできた掌壁であった。
その衝立の上から飛翔して迫る影が一つ。一条の光とて戻ることなき暗黒物質を纏った女が射手へ襲いかかる。

応射は間に合わぬと舌打ちをし、射手は一言二言呪文を刻んで手を大地にたたきつけた。
滑らかな石畳と掌に生まれた空隙から風が爆ぜるように吹き上がり、術者たる射手を大きく跳躍させて女の攻撃を回避させる。
女の死角を取る格好となった射手は中空で銃口を向ける。
だが、そうすることが分かっていたかのように、着地地点に回り込んでいた岩石の拳を供えた女が射手の着地と同時に拳を振り抜く。
これほどの質量を振るわれれば、射手の貌など爛熟した果実のように弾け落ちるだろう。
「無駄だ、お前たちでは我が身体を――我が愛を侵すことなど出来ん」
しかし、射手の貌は何一つ傷ついていなかった。
拳は皮膚と外気の境界より先で止まり、くすんでなお美しい銀髪が、女の腕を優しく撫ぜる。
女の手如きで男の肌を害せない――などという次元ではなかった。
幽霊が生者を害せないように、2次元が3次元を害せないように、その拳と内と外は存在の強度が違いすぎる。
これこそが、彼がこの地獄で手にした愛の奇蹟。
たった一つの不朽不滅の愛を以て、己を絶対防御せしめるインビシブル。
これがある限り、射手は勝ちは無くとも負けは無い――はずだった。

振り抜かれなかったもう一つの拳が、射手に触れる。
じゅう、と焼き鏝を当てるような不快な音と共に、拳が射手の頬に触れる。
直立のまま、彼は驚きその拳をみる。威力はなく、蠅が触れた程度の感触しかない。
だが、その感触があるということが問題だった。
この技は、彼の持つ愛の体現。それに干渉したということは、彼の愛を侵したということ。
そして、干渉が出来るならば――“彼奴”のように障壁ごと吹き飛ばすこともできる。

拳を振り抜かれた彼は玉座に吹き飛ばされる。
驚きでインビシブルを解除してしまった彼は、背中を強く打ち付けられたが、痛みに惑う余裕はなかった。
とっさにクレストグラフを構え、風の壁を作って2人の女を遠くへ押しやり、その隙の裏へと隠れた。
すぐさま別の部屋へと移りたかったが、それは叶わない願いだった。

息を乱し、青ざめた肌に汗と砂と埃が張り付く中、彼はじっと足をみる。
最初は足だけだった石化が、膝のあたりまで進行していた。

「まったく……これでは奴らになんと言われるか分かったものではないな」

省みるまでもない2体の化外に追いつめられ、衝立の裏で息を切らす。
泥まみれの頬を擦るこの無様こそが、かつて魔王と呼ばれたピサロの現状だった。

「しかし、なぜインビシブルが破られる。もしやこの泥が関係しているのか」
『それこそは、創世の泥。星の原型<アーキタイプ>たる泥のガーディアン――グラブ=ル=ガブルだ』
「……ラフティーナか。貴様の鎧も存外当てにならんものだな」

脳裏に響く声を感じ、ピサロは懐から金色のミーディアムを取り出す。
その間も、銃だけを玉座か跳びさせて、適当に魔弾をばらまいている。

940錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:06:05 ID:JmVc2pRQ0
『……ガーディアンの権能とは即ち想いの力だ。汝も知っての通り、此処は憎悪という想いに染められし異界。
 我ら貴種守護獣はミーディアムを具現するだけでもファルガイア以上に消耗を強いられる。
 故に、同位――同じ貴種守護獣に達するほどの想いであれば、我が守りとて十全ではない』
「あの女のように、か。ならばあの小僧も何か守護獣を得たというのか」
『より性質が悪い。あれは我ら貴種守護獣……否、全ての守護獣の母たる“始まり”の守護獣の一部。ならば……』
「子が親に勝てる道理はない、か? 下らん」
ピサロは忌々しげに舌打ちをし、玉座の後ろから女たちを見つめる。
命無き人形が城が、生命の泥を纏って、ヒトの輝きを奪いにくる。
その皮肉に、人形の主たる魔王の性根の悪さを感じずにはいられなかった。

「しかし、どうするつもりだ。その足は我でも治せんぞ」

しかし、劣勢であることに疑いはなかった。
回復魔法はあれど状態回復魔法無き今、石化はすでに歩行もままならぬほどに進み、
呪文はろくに唱える暇さえ与えられず、
絶対防御は絶対ではなく、敵の不自然なほどの連携で、一撃必殺を狙うこともままならない。
有り体に言って絶対絶命だった。

(しかし、力押しで命を取りに来ることもできるはずだが、連中何を待って……)
『上だッ!』

ラフティーナの声に反応し、上を向いたピサロが見たのは天井を滑るように現れた流液と爬虫の女たち。
新たに現れた増援に唸りながら、ピサロは弾幕を張りつつ後退する。
だが、もはや杖無しでは歩けぬ足では如何ともしがたく、すぐに壁に追いつめられてしまう。
敗者が、生命を持たぬ人の形か、勝者を、命あるものを追いつめていた。
「4人の雌に囲まれるというのは、人間の雄共ならば興趣尽かぬ状況であろうな。
 だが、私には無用。消えよ端女ども。貴様等共に食わせる肉などないと知れ」
それでも己が高貴を曇らせることのないピサロに、疎むように4人が殺到する。
ピサロは銃を構えた。最後の最後まで己が性を貫くために。

「ピサロッ!!」

掛けられた名とともに、豪炎が石畳を走る。
炎はたちまち女共――フォビア達の周囲をまとわりつき、彼女らの足を止める。
その瞬間、月が閃く。研ぎ澄まされた狼爪の軌跡を、女の血が彩った。
ストレイボウと影狼ルシエド、ある種この場で最も安定した援軍だった。

941錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:07:11 ID:JmVc2pRQ0
フォビア達の姿が、狼の背に跨がったストレイボウの背中に遮られる。
アナスタシアの眷属であるはずの魔狼と共にある姿は、不思議と違和感がなかった。
突如の乱入に、フォビアは4人と集まり、ストレイボウを見つめ続けている。
「退いていろ、貴様では――」
勝てぬ、とまるで気遣いのようなこと言おうとしたのは、太陽の下で少なからず会話をしたという事実故か。
だが、ストレイボウの背中から迸る何かが、ピサロに恥をかかせなかった。
手負いとはいえピサロを追いつめるほどの者たちを前にしたストレイボウの表情は伺えない。
しかし、あの矮小の極みだった背中が大きく見えるのは、決して狼上にあるだけが理由ではないだろう。
決意、というよりは……歓喜にも似た高揚に、ピサロには思えた。

「「「「―――――――――――」」」」
「なっ!?」

だが、ストレイボウの期待を裏切るように、流すように、フォビア達はわずかな膠着の後、素早くバルコニーから逃亡する。
鮮やかとさえ言える遁走に、甲高い一歩が響く。
フォビアに向けて踏み出したストレイボウの右足は小刻みに震え、そして何とか収まった後、ピサロへ向き合った。

「大丈夫……だなんて言うなよ」
「まさか、貴様に助けられるとはな……」

ストレイボウの視線がピサロの足に向く。この応酬の間も石化は進行し、もはやピサロは直立もままならない有様だった。
ひとまずストレイボウは肩を貸し、ピサロは玉座に身体を預けながら、互いの状況を確認し合う。
「まだ奴らはくすぶっているのか」
苛立つようなピサロの感想に、ストレイボウは苦笑いを浮かべた。
「だけど、立ち直るって信じてるんだろう」
「……当然だ。こんな持たざるもの共如きに砕かれる程度なら、とうに私が砕いていた」
図星を突かれたピサロはそっぽを向いてそう答える。だが、ストレイボウは逆に目を細めた。
「持たざる者、か」
回復魔法を自分に施すピサロは、彼の寂寥な声色に眉根を潜めた。
屍に人形たち。小者の残骸で出来た小兵に、王を気取るように示された誰もいない廃城。
そんな有象無象をかき集めて急造された魔王の軍勢に、いいように追いつめられている。
そこに不快こそあれ、噛みしめるようなものなどピサロには無かった。
「……多分、今もこの城はアキラと戦っている。その割りには静かだと思わないか」
ストレイボウは城の内壁を撫で、指先に苛烈な振動を感じながらひとりごちる。
「この城がどれほどに未練を抱いたかなんて想像もつかないが、この城が凄いってことは分かるよ」
ルシエドと共に城内を駆け抜けたストレイボウの、技師としての感想はその一言につきた。
耐候性、居住性を持たせながら、これほどの大規模な構造物に砂漠潜行機能を持たせる。
落成から相当な年数を経ているだろうに、機能としてのかげりを微塵も感じさせない。
おそらくは、作られてから幾度も修繕と改良と試行錯誤を繰り返していたのだろう。
ルッカの視点から理解できるこの城の想い出に思いを馳せれば、
この城が愛されていたことと、この城のある国を愛した者たちと、そしてこの国を束ねた国王を思わずにはいられない。
この城は王を飾るためでも、国の威光を示すものでもなく、きっと砂漠に生き続けた彼らの……“家”だったのだ。

「フィガロ。名は聞いていたが、きっと素晴らしい国だったんだろうな」

942錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:07:56 ID:JmVc2pRQ0
ルクレチアのように、国民全員が未練を抱えて亡霊に堕ちるような国ではなく、
と苦笑いするストレイボウの背中に、ピサロは慄然とする。
己を誰よりも敗者だと思うストレイボウは、それ故この場で誰よりも公平に敵と味方を想えている。
翻って自分はどうか。
力によって絶対の順列を決する魔界の秩序では、城など王の付属物に過ぎなかった。
それ以外のものなど、想像すら出来なかった。
それは彼が高潔で、世界に匹敵する個我を持つがゆえの皮肉だった。
彼が知ったものこそが世界で、それ故に、彼の世界は完結している。
愛を知ったのではなく、彼女を愛する自分を知っただけで、
人の愚かさを悟ったのではなく、愚かな自分を知っただけで。
魔族の願いで、邪神官の計らいで、誰かの命を懸けた魔法で、聖剣と愛が起こした奇跡で、
誰かが触れなければ、誰かが与えなければ、永遠に変わることはない彼は。

「……自分を省みることはできても、奴らを省みることはできんということか」

自らが口ずさんだ言葉で我に返り、ピサロはストレイボウへと視線を向ける。
あわよくば、とピサロは思ったが、ストレイボウの耳はその言葉を拾っていた。
「……そんな大層なことじゃないさ。俺だって、何が変わったわけでもない。
 偉そうなことを言ったって、ただの妄想に過ぎないかも知れないんだ」
ストレイボウの唇が咎人の諧謔に卑しく歪む。今更に聖人を気取っている己の姿に自嘲が無いはずもない。
「結局のところ、どこまで言っても俺は一番の罪人だ。だから、誰も呪えないだけなのかもしれない。
 あるいは……俺が許されたいだけなのかもな。
 俺がお前を許すから、俺を許してくれって、浅ましく思ってるだけかもしれない」
誰よりも罪深く、許しと償いを乞い続ける原初の咎人。その煤けた笑顔に、ピサロは唇を強く結んだ。
他者を想い、罪を思い、償いを為す。それは彼女がピサロに願ったこと。
それを体現する男は、それでもまだ罪深いと十字架を背負い続けている。
「ならばどうすれば、許される? お前が立ちたいと願うあ奴への傍らに、いつたどり着ける?」 
「許されないかもしれない。たどり着けないかもしれない。
 それで当たり前。俺がしたことは、それくらいのことなんだ」
薄々と予感していた答えを先駆者に言われ、ピサロは押し黙るしかなかった。
ピサロとストレイボウでは罪の認識が根本的に異なる。
自分が背負うものを、”彼女が罪だと言うから罪”だと思っていた程度の罪だと、思っていなかったか。
たどり着けない道を永劫に歩き続ける覚悟が自分にあっただろうか。
「それでも歩き続けられるのは……なぜだ」
「……“聖者のように、たった一言で誰かを悲しみから救うことはできない”。
 俺たちは、軽いんだ。それでも俺たちは、一言で全てを解決してしまうような……
 そう、“魔法”みたいな何かを期待する。俺もそうだった」
 懐かしむように紡がれた答えに、ピサロは面食らう。
「そうしたら、こう言われたよ。でも、だからこそ――――」
変わりたいと思っても変われない自分に苦しむ姿が、かつてのストレイボウとピサロに重なる。
そこに、暖かな木漏れ日のような言葉が染み渡る。

「『でも、だからこそ、私は何度でも言葉を重ねることしかできません」』
渇き苦しむ罪人に、両の小指を沿わせて掬った水を差し出される。
仄かに甘く薫るその水が、喉を潤してゆく。
「『たとえ一晩中でも、夜明けまで重くなる瞼を擦りながら……欠伸を我慢しながらでも話したいと思います……」』
頭を上げた先の、その聖人の顔を、罪人が間違うはずがなかった。
「それでも、歩き続けるしかないんだ。
 たった一歩で届くことはなくても……歩かなきゃ、絶対にそこには辿り着けないんだ」

全てを理解したと察したストレイボウは、先駆者としてそう言葉を締めた。
たどり着けるからではなく、たどり着きたいから。
何度でも語り続けよう、何歩でも歩き続けよう。
その意志の果てに叶わない夢はないのだから。

「そうか……君は……生きているのだな……」

943錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:09:20 ID:JmVc2pRQ0
何かを噛みしめるようなピサロの呟きに満足したストレイボウは、この後について考える。
ピサロの石化をどうにかしなければならないが、回復手段はアナスタシアのリフレッシュしかない。
とすればピサロを彼女のもとまで運ぶ必要があるが、ここに来るまでに見つからなかった以上もう一つ仕事が残っている。

「しかし、何でフォビア達は退いた? 
 ここで分断された俺たちを見逃す手は無いはずだが……それよりも重要な攻略点なんて――――」
フォビアが4体まとめてピサロを攻めたのは、ピサロが弱体化した上で孤立したからのはずだ。
増援があったとはいえ、依然としてピサロ崩しの好機だったのは間違いない。
それを見逃す理由はいったい何か? まるで、ストレイボウがここまで来た時点で目的を達したかのような――

「真逆ッ!?」
「リレミトッッ!!」

ストレイボウの気づきよりも僅かに早く、呪文を唱える暇を漸く得たピサロが光となって飛翔する。
ルーラを応用したその呪文は、ピサロを光に変えて城から脱出させつつ、一直線に兵士たちの密集区へと向わせた。

「……俺のバカ野郎が……ッ!」
自分の肺を握りつぶすように息を吐きながら、ストレイボウは弾かれたように階下へと降りていく。
『どこに行くつもりだ』
「今から俺たちが行っても間に合わない! 初撃はあいつらに任せて、その後に供えるッ!!」

ルシエドの問いに、ストレイボウは自分に言い聞かせるように答えた。
ルシエドは一瞬考えた後、ストレイボウを背中に乗せる。
『俺が行けばお前は何も出来まい。
 それに、お前を助けた方が結果的に助けになるのだろう? 敢えて聞かせろ、敵の狙いは?』
ルシエドに感謝を込めて毛並みを撫でながら、ストレイボウは地下に目を向けながら走る。

「頼んだ、みんな。敵の狙いは、狙いは――ッ!!」

944錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:10:19 ID:JmVc2pRQ0
アナスタシアの頬に、鮮血が降りかかる。噎せ返るほどの血と泥の匂い。
豊かな髪にまで透った血の中で、かろうじて血を浴びなかった左目が、
氷の壁に見えた、わずかな亀裂をくっきりと映し出す。
壁の向こうで、両生類が叫んでいるが、上手く聞き取れない。
遠く遠く、私たちを嘲笑い続けていた声も聞こえない。

ぼすり、と業物の苦無が地面に刺さる。
禍々しい毒の色と、ばちばちと纏う雷の色が地面で赤色と混ざる。

暗器・凶毒針。かつて彼女を裏切った男の、障害を抜いて狙い撃たれた奥の手が完了する。

ルシエドという最後の守りすらも手放した莫迦な女は、きっと格好の餌食だったのだろう。
たとえ死に至らずとも、このか細い腕を害せば、もう首輪は外せないのだから。

そしてそれは、私に向けて冷徹に実行され、炸裂した。
兵を運動させて混乱させ、人形を遣い兵力を誘引し、火力支援を利し、
弱者たる彼女に向けて、完璧に、誰にも読ませないまま完璧に穿った。

「……無事?」

ただひとつ、たったひとつ狂いがあったとするならば。
この世界を覆う血が、私のものではないということ。

左目が、目の前の黒い何かを見つめる。
線の細い左半身と、きめ細かい女のような黒髪。

「そう……なら……」

舌の上で脂以外の触感がする。
粉々に、弾け飛んだ、肉の柔らかさと、骨の硬さ。
ねえ、イスラ君。また私に私以外の何かを失えというの?
ねえ、イスラ。なんでお前の腕がないの?


「よか―――――――――――――」


欠けた腕から鮮血を散らせながら、安堵そのものの吐息を漏らして少年は崩れ落ちる。

私は血塗れた手を伸ばすけれども、繋ぐ手は届かなくて。
倒れたイスラに、かける言葉が見つからなくて。

ただ、幽か、聖剣から稲妻の奔る音がした。

945錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:15:04 ID:JmVc2pRQ0
【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】
【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】
[状態]:左腕完全破壊 麻痺 ??? 
[スキル]:???
[装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し ミラクルシューズ@FF6
[道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル
[思考]
基本:???
[参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている)


【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:血塗れ 動揺(極大) ダメージ:中  胸部に裂傷 左肩に銃創(いずれも処置済み) 精神疲労:小
[スキル]:せいけんルシエド(※現在ルシエドがストレイボウに同道中のため使用不可)
[装備]:アガートラーム@WA2
[道具]:ラストリゾート@FF6 いかりのリング@FF6 日記のようなもの@貴重品
[思考]
基本:???
1:――――――――イスラ……?
[参戦時期]:ED後

※現在ルシエドをストレイボウに貸しているためせいけんルシエドは使用できません。
 使用する場合はコマンド『コンバイン』を使用してください。
 ただしその場合、ストレイボウからルシエドが消失し、再合流まで貸与はできません。

【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:瀕死 最大HP90%消失 精神ダメージ:小 覆面 右手欠損 左腕に『罪の証』の刺傷
    疲労:中 胸に小穴 勇気:真 ステータス上昇付与(プロテクト+クイック+ハイパーウェポン)
[装備]:ブライオン@武器:剣  天空の剣(二段開放)@DQ4 パワーマフラー@クロノトリガー バイオレットレーサー@アーク2
[道具]:
[思考]
基本:幸せになれと、その言葉は刻み込んだ。ならば痛みにこの身を晒し、幸せを探して生きるのもひとつの道かもしれんな。
1:イスラ、アナスタシアッ!!
2:伝えるべくは伝えた。あとは、俺にできることをやるだけだ
[参戦時期]:クロノ復活直後(グランドリオン未解放)


【アキラ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:大、疲労:大、精神力消費:極大
[スキル]:PSY-コンバイン  フォース・バウンティハンター(Lv1〜4)
[装備]:デーモンスピア@DQ4 激怒の腕輪@クロノトリガー
[道具]:双眼鏡 不明支給品@魔王が初期に所持していたもの
[思考]
基本:本当の意味でヒーローになる。そのために……
1:クソッあんな空からの攻撃だとッ!? 防ぐしかねえってのか!
2:この俺の希望を、見せてやるッ! 見せつけてやるッ!
[参戦時期]:最終編(心のダンジョン攻略済み、ストレイボウの顔を知っている。魔王山に挑む前、オディオとの面識無し)
[備考]:超能力の制限に気付きました。テレポートの使用も最後の手段として考えています。
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※松のメッセージを受信しました。かなり肉体言語ですので、言葉にするともう少し形になるかもしれません。

946錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:16:28 ID:JmVc2pRQ0
【SMRA隊】

【反逆の死徒@???】
[状態]:驚愕 クラス『モルフ崩れ』 軍服黒焦げ 
[装備]:蒼流凶星@幻想水滸伝2 黒き刃@幻想水滸伝2 亡霊兵(25名)
    副将:フェミノフォビア(抜け道付加)、アクロフォビア(飛行付加)
[スキル]:暗器・凶毒針 状態付加・麻痺  
     遠距離攻撃・召雷 ゲレハラスメント(憑依:攻撃力防御力20%減少)
     再生能力(毎ターンHP25%回復)俊敏、逆襲、狙い撃ち
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
2:一番弱くて弱い奴を嬲る
部隊方針:アナスタシア、イスラ、カエルに突撃。フォビア4体も到着後投入。


[備考]
※部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。


【砂喰みに沈む王城@???】
[状態]:クラス『大魔城』外壁損傷(大) 駆動部中破(スペシャルボディにて無効化) 左腕<左回廊>から先を損失
[装備]:亡霊兵(25名)データタブレット@WA2
    副将:クラウストロフォビア(石化攻撃付加)、スコトフォビア(HP吸収付加)
[スキル]:ハードボディ、スペシャルボディ コマンド:きかい(どりる)
[思考]
基本:ただ導かれるままに
1:皆殺し
2:あの鋼の光は破壊する
部隊方針:フォビア含めて反逆の死徒の指示に従う


[備考]
※部隊は亡霊兵@サモンナイト3、スケルトン系@アーク2、グール系@アーク2、リッチ系@アーク2の混成です。
 ステータスはいずれも雑魚相当。残る参加者のレベルなら普通に戦闘すれば1、2撃程度で倒される程度です。
 ただし、輝く盾の紋章効果にて時間復活します。
 部隊長を倒せば配下兵力の復活はありません。また、副将を倒せば更に弱体化します。

947錆びた鎖に翼絡め取られても、繋いだ手だけは離さない ◆wqJoVoH16Y:2014/11/02(日) 23:17:35 ID:JmVc2pRQ0
【フィガロ城内部 二日目 日中】

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:ダメージ:中、疲労:中、心労:中 勇気:大 ルシエド貸与中
[スキル] ルッカの知識(ファイア、ファイガ、フレア、プロテクト)*完全復元は至難
[装備]:フォルブレイズ@FE烈火 天罰の杖@DQ4 
    マリアベルの手記@貴重品 “勇者”と“英雄”バッジ@クロノトリガー
[道具]:クレストグラフ@WA2(クイック、ハイパーウェポン)
[思考]
基本:“オルステッド”と向き合い、対等になる
1:みんな、アナスタシアを頼む……ッ!
2:イスラの力に、支えになりたい
3:罪と――人形どもと、向き合おう
4:俺はオルステッドを、どうすれば……

[参戦時期]:最終編
※アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※ルッカの記憶を分析し
【バトルロワイアル開催以降の記憶】と【千年祭(ゲーム本編開始)以降の記憶】を復元しました。
※ジョウイより得た空中城の位置情報と、シルバードの情報をほかの参加者に伝えました。


【ピサロ@ドラゴンクエストIV】
[状態]:リレミト中(ルーラ同様移動に時間がかかります)
    クラス『ピュアピサロ』 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:やや大
    左腕骨折、胴体にダメージ大、失血中、徐々に石化@現在膝上まで進行中
[スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ
[装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル
[道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック
    データタブレット×2@貴重品
[思考]
基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす
1:……まったく、世話のかかる……
[参戦時期]:5章最終決戦直後
 ※バヨネットからパラソルが無くなりました。魔導系コマンドはそのまま使用可能ですが、魔力補正がなくなりました。


【用語解説:謎の衛星攻撃】

優勢だった幻想希神へと狙い撃たれた超々高度からの光学射撃。
ストレイボウとカエルは未来時代の知識から衛星攻撃と類推しただけであり、詳細は不明。
上空からの攻撃となると天空城からの攻撃とも疑えるが、
この戦いに干渉の動きを見せないオディオの仕業とは考えられない。
とすれば、ジョウイの仕業と見るのが妥当だろう。
核識として島の状況を知ることのできるジョウイならば、タイミングを計ってピンポイント攻撃も不可能ではない。
肝心の攻撃方法だが、紋章にも遺跡にもこのような技はないため、ジョウイが持つ最後の支給品の可能性が極めて高い。
ただ、それはちょこが所持した「アナスタシアから見て生き残るのに役に立たないモノ」であるため、
単純に兵器を所持しているとは考えにくい。ひょっとすれば、鍵のようなそれと理解できなければ使用できないものかもしれない。

いずれにせよ、巨大兵器戦をジョウイが想定していたことは疑う余地もないだろう。

948SAVEDATA No.774:2014/11/02(日) 23:19:50 ID:JmVc2pRQ0
投下終了です。途中までのテキストを再構成していますので、
?と思うところもあるかもしれませんが質問疑問意見あればどうぞ。

この後も書くつもりではありますが、続きがあればぜひどうぞ。

949SAVEDATA No.774:2014/11/02(日) 23:49:50 ID:GJuZNHBc0
投下おつでした!
おお、すごいところで続いた―!
巨大ロボ決戦はアイシャパワーによる仕込み武器がかっこ良かったり、空からなんか降ってきたりすごいことになってるw
というか衛星攻撃はWA1思い出した。アースガルズ、アースガルズ助けてくれ!
ピサロはひとまず危機を脱した上で、ここでストレイボウ越しにロザリーの言葉届いたんだけど。
ジョウイからすれば本命なアナスタシアたちが代わりにピンチに陥ってしまったか……
果たしてどうなってしまうのか、楽しみです!

950SAVEDATA No.774:2014/11/03(月) 13:32:12 ID:JD4L8OJg0
執筆・投下お疲れ様でしたッ!
ブリキングかっけー!
アキラが見たヒーローの技が、アシュレーの心臓によってカタチになって、すごく眩い!
でもだからこそ、持たざるものやオルステッドが認められるものではないんだよなー…
そんな持たざるものどもへ囁かれる魔女の囁きがヤバい。持たざるものの気持ちが、あの子は理解できてしまう
へいき、へっちゃら
このフレーズがここまで魔性を帯びて見えたのは初めてだ
んでもって、ストレイボウの安定感が半端ない。ここまで頼もしく見えるストレイボウもまた初めてである。カエルとのやり取りもいちいちカッコいい
そう、カエルといえば、今回の作品で一番印象強かったのは、

>「その時間は稼いでやる。何分でも、何時間でも、何日でも――――たとえ、十年だとしてもッ!!」

このセリフ
燻り続けてきたカエルが言い切るからこそ、このセリフは熱い
さらにその後の、

>ありったけの補助魔法を受けて、カエルは修羅と化した。

この一文がすごく感慨深かった
かつて、シュウの前で修羅への道を踏み入れたカエルとの対比がすごく上手いなと

ただ、そんなカエルがいても衝撃の展開を防ぐことはできなかったわけで
続きがどうなるか気になります!

951SAVEDATA No.774:2015/01/01(木) 00:38:28 ID:vZTgRqKY0
あけおめー。今年もよろしくお願いします。
お年玉とばかりに予約が来てますね

952SAVEDATA No.774:2015/04/01(水) 22:20:11 ID:SMANe6Rw0
エイプリルおつー

953SAVEDATA No.774:2015/05/01(金) 06:56:40 ID:uXOmCGWc0
予約はいってた!

954SAVEDATA No.774:2015/06/17(水) 22:42:37 ID:KwNT20wQ0
祝・LAL配信

955 ◆wqJoVoH16Y:2016/01/01(金) 02:40:26 ID:Yaty2s.60
RPGロワをここに読みに来られている方々、あけましておめでとうございます。

そして同時に謝罪をば。
2014年の末に話を分割して以降、何とか2015年内にはせめて残りは仕上げたかったのですが、
個人的の事情と展開内の理由から作業が遅れ、叶わず1年を逸したこと本当に申し訳ありません。
(気にせず他の書き手諸氏も好きに書いてくれ、とは申しましたが、
 あんなブツ切りでトスされてもはっきり言って難しいとは思います)

とはいえ、このままエタらせるつもりは更々にありません。
中盤の末の頃、奇縁とはいえ、このロワの先駆けられた方々のSSに惹かれ筆を執り、
これこそはというものを書きたいと書いてきました。
この素晴らしい物語をしゃしゃりでてきた自分のせいで閉塞させてしまうなんて、何より自分が一番嫌です。

本当はこんなながったるい情けないことを書きたくないし、
ンなもの書く暇あったら1日でも早く投下せえやと言われればホントそうだと思いますが、
新年の節目を逃したらいかんと喝を入れるべく、長文を書かせてもらいました。

というわけで、状況を進めるべく、現在作業しています。
予約というわけではないのですが、少なくとも今月の出来る限り早い段階で、
少なくとも何かしら成果物を投下をできるようにしたいと思ってますので、もう少しお待ちください。
今年も皆さんにとって素晴らしい一年でありますように。

956SAVEDATA No.774:2016/01/01(金) 09:49:03 ID:8Lm9mkIY0
あけましておめでとうございます

◆wqJoVoH16Y氏、楽しみに待ってますよ

957SAVEDATA No.774:2016/01/03(日) 12:35:05 ID:7QFs3KS20
楽しみにしています。

958SAVEDATA No.774:2016/01/10(日) 00:57:05 ID:r2RIyr5g0
おお、これは新年早々嬉しい通達。楽しみに待っていますが、重責と思いすぎぬよう。

959SAVEDATA No.774:2016/02/18(木) 06:08:26 ID:0eQI/jUM0
RPG始まったのが2008なの思い出し、驚いている。もうそんな前か

960SAVEDATA No.774:2016/04/01(金) 02:55:08 ID:svedp7uo0
LALの配信以上に驚くことは早々無い>4月1日

961 ◆iDqvc5TpTI:2016/04/01(金) 16:24:32 ID:svedp7uo0
企画が止まったままなのは寂しいのでお目汚しかもですが仮投下スレにエイプリルフールネタを投下しました

962<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

963<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

964<ワタナベ>:<ワタナベ>
<ワタナベ>

965 ◆Rd1trDrhhU:2017/05/03(水) 08:49:22 ID:acJp2N7I0
反応が遅れて申し訳ありません。
対応しました。


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