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孤空の月〜崩れゆく廃坑〜

1参加者:新之剣・歌藤玲・アイリ・セイスイ・グレイヴッチ・エゴ:2008/08/11(月) 10:42:07
■13:00 08月01日
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・・・汽笛の音が街中に響き渡る。
暑い日射しの中、鈍行列車は寂れた駅にたどり着いた。
窓の外には既に無人となった廃屋が見える。
「次の列車は一ヶ月後ですぜ。・・・引き返すならそのまま
乗っててもらえば帰りの汽車賃は半額にでもしますんで。」
ぼろぼろの帽子をかぶった車掌が珍しいものを見るかのように
車内を見回しながら言う。
しかし、次々と乗客は席を立ち列車から降りていった。
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車掌だけとなった列車は煙をはきながら線路を戻っていく。
駅内には自分以外にも多くのものたちがいた。
分厚いコートのものもいれば旅行者のような格好のものもいる。
「・・・・・・・・。」
ナイン・シュガーは腰の銃の弾丸を確認する。
・・・頭数分の弾丸は十分ある。だが、既にこの街に誰か
いるかもしれない。とりあえず他の乗客の様子を見るか・・
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92ヨモギ茶/It came back!:2011/03/24(木) 21:52:21
エゴがようやく落ち着いた時、外はもうお星様がきらめく夜になっていた。
エゴは、おちついてから迩好と台風にこれまでの事を話した。
知らない人に遠い所の宿屋につれていかれたこと。そこで、たくさんのお友達ができたこと。
だけど、そのお友達が実は皆悪い人で、エゴは彼らにおしおきをしようとしたんだけど、かえりうちにされてしまって――
そこまでいいおわってから、エゴは再びぐずりはじめた。夢のことだったのだろうに、
台風は真に受けて今にも飛び出していきそう。迩好は、何処か寂しそうな表情で、やさしくエゴを抱きしめた。

「・・・・・お友達。・・・・・皆悪い人だったんやな?」
「・・・・・え?」

93ヨモギ茶/It came back!:2011/03/24(木) 21:53:42
エゴは、びっくりして迩好の顔をみあげた。

「・・・そーだよ。だって、お友達の中のだれかさん、宿屋で歩いてたエゴの事を蹴っ飛ばしたんだもん!」

エゴは、宿屋の中を歩いている時、とある部屋の前でたちどまっていたのだ。そこへやってきたガンマンが、
エゴをみつけた途端、邪魔だ!とばかりにエゴを思い切り蹴っ飛ばした。
それからというものの、アイリお姉ちゃんを蹴った人と勘違いして襲い掛かっちゃったりして大変だった

「・・・そうか、・・・けれど、・・・それ以外の人達は、お前にやさしくしてくれたんよな?」
「・・・・・そうだよ。・・・・・だけど」

エゴは口先をとがらせ。ムくれた顔をしてうつむいた

「・・・だって、ダッテ!ケッキョクアイリオネーチャンタチハナイントカイウヒトノナカマダッタモン!
ミンナエゴノコトヲダマシテタ!ナンカアッタトキトカ、キットスキヲツイテエゴヲコロスツモリニチガイナカッタ!ダカラ!」
「・・・・だから、お前はそいつらに襲いかかってしもうたんやな・・・?」
「・・・にーはお?」

迩好の声が何処か震えている。なんでだろうと迩好はおもった。
世の中には一杯悪い人がいる。誰かを傷つけて、ふんずけて、その上で楽しく笑ってる。
そんな人は、しかって(殺して)あげて、いいこにしてあげるのが一番。迩好がそれを教えてくれた。
・・・・だけど、迩好はどうして悲しそうなんだろ。おめめからおみずがでているよ。

「・・・・ごめんな。エゴ。」

え?・・・ニーハオ?なんであやまるの?どうしてかニーハオにたずねた。

「・・・・あてが悪いんやな。・・・・すっかり、おまえを疑心暗鬼にさせてもうた。・・・あての悪い所。うつしてしもうた・・・」
「え・・・ニーハオ?なんで?ニーハオ。なんもわるくないよ?」
「・・・・いいや、あてが悪いんや・・・。・・・・確かにな、世界には悪い奴が一杯おるんや・・・。
だけど。・・・・ええやつだっておるんやで?現にお前のお友達かて、お前は悪い奴やゆうたけど、お前の事をいじめたりはせんかったやん?」
「・・・いじめたもん。セイスイおにいちゃんも・・・・。・・・玲おねえちゃんも。・・・・」

94ヨモギ茶/It came back!:2011/03/24(木) 21:54:15
・・・・・そうだった。・・・・・・確かに、お姉ちゃんたちはエゴを蹴った人達の仲間だった。
だけど、エゴにやさしくしてくれた、一杯お話してくれた。
・・・・エゴは、あの宿屋につれていかれてから、ずっと、ずっと、寂しかった。
迩好も台風もいない。しかも全然知らない所。ずっとずっと心細かった。
エゴは、せめてそこで関わった人達と仲良くなりたかった。お友達になりたかった。
だから、敵じゃないっていうことをみとめてほしくって、アイリお姉ちゃんたちをおっきな怪物からまもった。
・・・・・アイリお姉ちゃんたちはいってくれたのだ。


「そんな事をしなくても、もう友達だよ」


うれしかった。とってもとってもうれしくてしかたがなかった。
・・・・だけど、結局、エゴとアイリ達は戦う事になってしまった。なぜか?

――――エ ゴ ガ 、 ワ ル モ ノ ト キ メ ツ ケ テ オ ソ イ カ カ ッ タ カ ラ ダ

「う・・・?・・ぅう・・・っうわああああああああああああああああァああああああアァっ!!!」

エゴは、再び声をはりあげて泣きはじめた。アイリお姉ちゃんたちは悪者じゃなかった。
アイリお姉ちゃんはエゴを蹴っ飛ばした人じゃなかった。それに、一番、エゴにやさしくしてくれたのにっ!!
エゴは、もうどうすればいいのかわかんなかった。後から後から、緑色の瞳から涙がこぼれる。
台風もまた、そんなエゴをみてどうすればいいか全然わからず、おろおろとながめることしかできない。
だけど、迩好は違った。エゴをほんのすこし体から離すと。手加減をしてだが、思い切り迩好のほっぺをひっぱたいた!

「っ・・・!!?イタイッ・・・」
「迩好!!ナニヲヤッテルノッ!!?」

エゴも台風もびっくりして迩好を凝視していた。迩好は、自分のひざのうえにのっからせたエゴの両肩をつかみ、目をみつめてこういった。

「・・・・あかん事をしてしもうた。・・・・それはもうお前、とっくにわかっていることやろう?」
「・・・?・・・・うん・・・・」

同じように涙にうるみ、色とその奥にあるものが違う瞳がみつめあう。

「せやったらな・・・。お前はその後、どうすればええとおもうんや?勝手に誤解したあげくに、怖い思いをさせた相手に、お前は何をしたらええとおもう・・・?」
「・・・・・・・ゴメンナサイ。・・・・・・・スル?」
「・・・・そうや、・・・・おもいっきり反省して、もういっかいお友達になりなおせ。・・・・・お前には、・・・・「今はあいつらしかおらんのやろう?」」

・・・・イマ、エゴニハアイリオネエチャンタチシカイナイ?
―――――そうだった。・・・・エゴは、今までずっとずっと、知らない場所の廃墟にいたのだ。
怖い夢をみていたと思っていた。・・・・なんだろう、体がほんのすこしだけれど痛いよ。
みおろしてみると。・・・・もう、殆ど見えなくなっているけれど、傷だったものがある場所からして、
・・・・セイスイおにいちゃんと、戦っていた時に、氷柱につきさされた怪我なんだ。
ほんのちょっと痛いけれど、もう、全然気になんない。

なんだろう、お外から声がきこえるよ。・・・この声はアイリおねえちゃん?・・・んで、グレイブッチのおにいちゃん?
・・・・・なんだろう・・・・。・・・・なんだか知らない人の声。お姉ちゃん、怖がってる?
・・・・お姉ちゃん達。・・・・・あぶないっ・・・・?エゴが本格的に状況を理解したのを確認した迩好は、そんな彼女の肩をもう一度強くにぎった

「おら。とっとといってごめんなさいしてこいっ!さもないと、ほんとーにそれすらもできんよーになるでっ!!」
「うんっ・・・わかったよニーハオ・・・エゴ。いってくる!」

そういってエゴは迩好のひざの上からかけだすと、外に続く階段をのぼりはじめた。
台風はおいてけぼりのような状況になっていた・・・・・・きっと、彼にはエゴがおでかけにいくとしかわかっていないかもしれない

「アヒャー・・・  エゴーッ!チャントオウチニカエッテキテヨーッ!!!」

台風の叫び声が聞こえ。エゴは嬉しそうな笑顔になった。
ニーハオとタイフェンがまっているほんとーのお家。絶対にまたかえってくるんだ
はっきりとした決意を胸にひめ。エゴは。本来は彼岸花畑につぐく入り口を飛び出した――――

95ヨモギ茶/It came back!:2011/03/27(日) 22:36:40
イスミ・グァン――――その名を呼ばれた吸血鬼は、なんとも形容しがたい表情をうかべ一瞬動きを止めた。
グレイブッチはその一瞬の隙を狙い。吸血鬼の拳を殴る事で剣の動きをさえぎり、
切られる事を避けバックステップで間合いを開けた。

「嬢ちゃん。こいつの事を知っているのかい!?」
「ええ・・・50年前行方不明になった人物よ。」

アイリは語り始めた。
イスミ・グァン。100年前。ラドリオ王国が生まれる前に戦争に参加していた兵士の一人。
国が生まれると共に他の兵士と共にラドリオ王国のカリュー山脈へとうつりすんだが。
ウエストランド行きの馬車を護衛する任務中に依頼主もろとも失踪した。
彼が、戦友としていたシモンという女性のミイラを残して―――

96ヨモギ茶/It came back!:2011/03/27(日) 22:37:27
「で・・・・その、行方不明になっていた男が、化け物になり下がって、
宝物があるっていうデマを広め、やってくる冒険者達を食い続けていたっていう事か?」
「なり下がったとは失礼だな・・・・。・・・・僕だって、好きで吸血鬼になったわけじゃあない。」

グレイブッチの発言に抗議をした吸血鬼、――イスミ・グァンと呼ばれた男は語る。
―――何処か、悲しそうな表情を浮かべながら

「この炭鉱の奥に財宝が眠っている・・・。その伝説は本当だよ。人間の血と同じ色をした赤の宝石達さ。
君たち以外にも、たくさんの冒険者達がそれを求めてやってきた・・・。だけど、彼らは誰しも、
その宝石達を手にする事はできない。何故なら、それをさせない為にこの僕がこの炭鉱を守っている。そして――」

言葉をつむぐ吸血鬼は、剣をもっていない片腕を天井へとかかげる。

「宝石を狙う冒険者達は皆――――宝石達が成長し、生きながらえる為の糧となるのさ!!」

ぐあっ。と、天井へむいていた手は地面へとおしつけられる次の瞬間。
天井に大きなひびが入り、瓦礫の山がふりそそいできた!

97ヨモギ茶/It came back!:2011/03/27(日) 22:38:30
「うわああああああああああっ!!!?」

グレイブッチはその脚力をいかし瓦礫を回避するも、アイリは自分が抱え込んでいる玲を一瞬でも気遣った為。
瓦礫の落下地点からはなれきれなかった。しまった!とグレイが彼女達を救いに走ろうと。
アイリが咄嗟に玲をかばおうとする瞬間。巨大な棍棒のような腕が伸び。アイリと玲の体をつかみ上げた。

「っ・・・・・・!!!?」

グレイは目を疑った。アイリ達二人をつかみ上げたのは。おそらくは炭鉱に住むモンスターの一部だろうか。
姿かたちは、単純にいってしまうとゾンビと化した巨人だ。彼は。左手にはアイリと玲をがっしりとにぎりしめ。
右肩には。いつのまに飛び上がったのだろう。ユエが仁王立ちしてグレイブッチを見下ろしていた

「さあ。どうするんだ?この間々、逃げおおせれば君だけは生きて帰れるかもしれない・・・
それとも、死んでしまうのを覚悟して、この巨人を倒すのか?」

腐肉巨人は、大きく身をかがめると、アイリ達を握っていない腕をふりあげ。
グレイブッチに巨大な拳をたたきつけようと―――

その巨大な拳に向かって、その拳にまけずおとらずの、一つのミサイルが吹っ飛んできた。

「――――――――――っ!!?」

アイリ達のいる場所が。轟音と巨人の悲鳴に揺さぶられ。ミサイルの爆風に包まれる。
爆風による粉塵から瞳をかばっていたグレイブッチがみた物は。今にも自分を押しつぶさんとしていた
ばかでかい拳があった所を抑える事もできずにもだえる巨人と。どうにか振り落とされるのをこらえ、
目を見開いているグァン。―――――そして。

ミサイルが飛んできたと思われる場所。動くなとばかりにマシンガンやら。ガトリング砲やらを体から出して構えている。
――――先ほどまで、アイリ達と戦っていたお人形の少女であった・・・・。

「―――――オネエチャンタチニナニヲスルッ!!」

エゴは、怒りをあらわにして言葉を吐きだした。

98腐れ飯 team-1:2011/03/29(火) 20:29:23
「ったく…どっちだ!?」
新之は再び行き止まりにぶつかり足をとめる。先ほどの分かれ道は右に行くべき
だったのかもしれない。
「焦るな、道はまちがっていない。ただここもふさがっているだけだ。聞いただろう
今さっきの音を」
「ああ…っち!」
天井が崩れるような大きな音がつい二分ほど前に聞こえた。何か自分の想像を
はるかに超える惨事が起きているのではないかと不安になる。
苛立ちや焦り、少しばかりの恐怖を身に感じ、新之は歯をくいしばる。
すると、ナインが急に拳銃を懐からとりだした。
「おい、おま…」
「風だ」
そう放つと引き金を引く。バキュンと鋭く大きな音をたて弾丸は行き止まりの端
へ飛び出し、そのまま当たったかと思うとゴォンと爆発した。
「ぅおわっ!?」
新之は思わず目を瞑る。煙をあげ砂煙も舞っていて、視界はしばらくぼやけていたが、
そっと目をあけると、先ほど爆発した端に屈んで通れるほどの穴が出来ており、風が
そこから強く吹いていた。
「この先に、広い空間がある」
新之はそのまま屈んで穴をのぞくと、広い道が奥へと続いていた。
「サンキューイヤミガンマン。助かった」
「………ふん」
ナインはふたたび顔を服にうずめた。

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大きな轟音とともに響き渡ったエゴの大声、アイリはただ呆然と眺めていた。
「オネエチャン!!」
エゴがくるっと振り向く、アイリは一歩引いたが、エゴの顔を見ると、もう
大丈夫だということが少しだが確信して見れた。
「アノ…ゴメンナサイ…エゴ…マタオネエチャンコワガラセテ…」
「……いいのよ、エゴ。もういいの。大丈夫」
「デモ…」
巨人が、体制を整え始める。
「エゴは悪くないわ。エゴは怖かっただけよ。でも大丈夫、皆エゴのこと許してる。
皆エゴの友達なの。だから謝らないで?ね?」
エゴはふたたび顔をくしゃっとゆがめたが、ペコリとおじぎをすると再び巨人に向き直った
「そう、今は協力してあいつを倒すの。皆で、一緒に!」
「ウン!!」

そういうとエゴは機関銃から弾丸を巨人の足めがけて連射する。巨人は腕がないため、それを
さえぎること出来ずにただくらうばかりで、意外にもたやすくその足は崩れはじめた。

「オネエチャンタチヲイジメタ罰ダ!消エロ!!」

そのまま巨人は音をたてて地面へとくずれはじめる。肩にユエがのっかたまま巨人は砂煙をあげながら
消えていった。

「やったわ!エゴ!」
「喜ぶのはまだはやいぜ嬢ちゃん!さっさとあの男しとめねぇと…」
グレイとエゴ、アイリの三人はそのまま砂煙のなかへと突っ込んでいく。さきほどの巨人が、瓦礫の山
とともに地面に転がっていた。
足場の悪い中、グレイは声を荒げる。
「っち!なんだこれ、すごい煙だ・・・!!」
「あれほどの巨人だもの、そりゃこうなるわよ…気をつけて!どこにいるk・・・」

一瞬、今まで経験したこともないほどの嫌な風が吹いたきがした。
ふりむこうとした瞬間、細い手首が目にうつった。首を掴もうとしている。

ガアン!!と大きな音がした。すると褐色の体毛に覆われた太い腕がアイリのすぐ横を通った。グレイだ。
「っく!!」
ユエとグレイはそのまま砂煙の外へと飛び出す。グレイはその拳でユエを殴る。ユエは油断していたのか
それをもろに食らって後ろへとよろめく。
グレイはすかさず拳銃を出し、すかさず引き金を引く!!

ガアアアアアアアアアアアアアン!!

その弾丸は、ユエの脳天をうちぬい



た?

99腐れ飯 /team-2:2011/03/29(火) 20:31:00


「まず…」




ユエはゆっくりと口を開く、グレイは驚いて目を丸くするばかりだ。
「謝ろう。僕は少し君を…すごく過小評価していた。すまなかった」
ユエは仰け反らせていた首を元にもどし正面を向く。額からは、ドロリと先ほどの弾丸とおぼしきものが
垂れていた。弾丸を極度に軟化させたのだろう。
「『すごく』は、とってあげても良いかもしれない…」
ニヤリと鋭い牙を見せてユエは笑みを浮かべる。そのまま、ゆっくりとグレイのほうへと歩み寄る。
「なんだよ…それで俺をびびらせてるつもりか?だったらまだまだ…」
グレイは違和感を感じる。
足が動かない?


「ちょっと!何が起きてるの!?グレイ!?」
返事はない。いや、聞こえないだけかもしれない。銃声が響いてから彼らの声はピタリと止まってしまった。
「っく…まだ見えない……そうだ、エゴ!?エゴ、何処にいるの!?」
未だ視界は悪く、右も左もわからない状況だ。アイリは慎重に歩みながらエゴを探す。
すると、何かに躓いた。よろめくが、転びはしない。何かと思ってふりむくと、見覚えのある人形が転がっていた。
「エゴ!大丈夫!?」
「オネエチャ…」
意識は大丈夫のようだ。しかし、何故倒れているのだろうか?ユエは既にエゴを攻撃してから自分に手を
かけたのか?だがそんな音はいっさいしなかった…・
耳をすますと、なにやら呟いている。
「………ない…」
「え?」
「ウゴ…ケナイ」
「…どういう…」
足元をみる。すると先ほどの瓦礫の山がグニャグニャになり、そこにエゴが埋もれている。
すると、アイリも足に違和感を感じ始めた。先ほどまで岩だったところがエゴと同じくスライムのように
やわらかくなっている。
「…………何…」


「……だこれは…!!」
「僕の能力さ、対象を変形させる。なんてことない術だよ」
そういうとユエはグレイの前に立ち、屈む。
「今は、地面を軟化させているんだ。君達が巨人を崩してくれたおかげで、源は増えた。そして…」
途端にドロドロの地面は元の地面にもどった。グレイの足を地面に埋もれさせたまま…
「これが硬化。……ニーハオハイエナ君。そして…」
グレイはただ、歯をくいしばることしか出来なかった。
「さよならだ」

100腐れ飯 /team-3:2011/03/29(火) 20:33:35


少ししたら視界が晴れた。アイリは足を地面に埋められ、エゴは体の半分が埋まっている。
早くこの状況をなんとかしなければ…グレイが勝ったか負けたか、まだわからない。
足がとられているので、立てない。はやくしないと…はやく…。

ふと右を向くと、足が見えた。

上を見上げると、ユエが無表情でアイリを見下ろしている。

「嘘…でしょ…」
「おかしいな。信じられないという顔をしている。」
「グレイは…?」
「ぐれい?…あぁ、あのハイエナ男のことか…それなら…」
腕をゆっくりとあげ、後ろのほうを指差す。すると仁王立ちで立ち尽くすグレイの背中が見えた。

血が、足元で水溜りを作っている。

「…いや…グレイ!!グレイ!!!!!」
「大丈夫だ。彼はまだ生きている。殺すつもりで斬ったんだけど、彼結構頑強でね。獣人だけど、男に
時間を割くのは好きじゃないんだ…だから君を先にすることにしたよ。」
「オネエ…チャンニ…サワルナ…」
ユエは、エゴの声を無視する。というか本当に聞こえてないのかもしれない。今はアイリのことしか見ていなかった。
「ここの洞窟は素晴らしいんだ。胎内にいるような感覚だよ。宝石の温もりが、僕に僕であることの全てを
教えてくれた。全てを与えてくれた。妻のいる暖かさ、生きる意味…。」
「馬鹿いわないでよ…あなたはただ人を殺しているだけじゃない…」
「そうかもね…だけど、それも仕方ない…」
ユエはそっと屈み、アイリの顎を、そっと指で掴む。
「君の眼は…妻ににてる。強い眼だ。洞窟に君が入ってきたときから、君には注目していた」
アイリは、何も出来ない。ユエの瞳は冷たくて、この洞窟のように暗く深い。色もない。
「君の血がここの宝石に宿れば…さぞ宝石も喜ぶだろう…」
アイリは覚悟を決めて、目を瞑る………





「おい」





ユエは振り向く。その瞬間顔を思い切り横から蹴られ、吹き飛ぶ。


アイリは目を開ける。


「ったく。無茶すんなって言ったら案の定無茶しまくりじゃねぇか。」

茶髪に、ダイヤのだっさいバンド。肩のだっさい防具。背中に大きな剣。
ふとグレイのほうを見ると、ナインが血だらけのグレイを肩に抱え、服がボロボロに燃えくずれ、
気絶しているセイスイの腕を右手で掴んでかろうじて立っている。
「…こっちも怪我人なんだが…」
グレイの足は、埋もれていない。拳銃で地面を削ったのだろう。
そのままナインは二人をゆっくりと、剣とナインの二人が入ってきたと思しき穴の近くまで引きずっていった。
新之も、剣を地面へ突き刺し、地面を崩してアイリの足とエゴを掘り出した。

「……何よ…アンタ…」
「あ?」
「……戻ってきたってことは…私を信用してなかったってこと?」
「はぁ?馬鹿かお前は」
「ば…」
「仲間だから、一緒に戦いに来たんだろうが。…っま、結果お前を助けに来たことになるのか」
アイリは、顔を見せず俯いている。たぶん、見せられない顔をしていると思うから。
「…ありがとう……」
「どーいたしまして」
新之は、ゆっくりと背中から自分の剣を抜く。
飛ばされたユエはというと、しばらく動かなかったがゆっくりと新之のほうを見た。

足蹴にされ、見下された怒りが少し見えた。

「…君は…確かずっと彼女と一緒にいた男か…」
ユエはゆっくりと立ち上がる。冷静さをすぐに取り戻したようだ。体についた砂を掃っている。
「そうだよ。ついでにナンパの追い払い役。」
「ナンパ…ふふ………??」
ユエは、既視感を覚えた。
どこかで見たことがあるような…いや、正確には、とても『似た』何かを見たことがあるような?
「君は…」
ユエは目を丸くしていた。アイリはそれがとても新鮮にみえた。彼がこのような顔をするとは思えなかった。
「どこかで…僕とあったことがないか?」
新之はそう言われ、少し目線を上へずらすとすぐさま戻し

「ない」

剣を振りかざし、猛スピードでユエへ突っ込んだ。

101木野:2011/03/30(水) 21:36:43
ナインは、洞窟内の小さな穴に傷だらけのセイスイとグレイを放り込んだ。
そして、身を屈めたままユエの方を覗く。

ユエの方に向かって剣が凄まじい勢いで攻撃をしかけている、
が、さっきのグレイとの戦いのように切ったそばからまるでそれは
幻影かのようにユエは再生していく
「…眠いな。コーヒーが欲しいところだ。」
額から流れる血で視界はよどみ、暗がりの中で激しく動くユエの姿は
幻のようにぼやけていた。
が、その中でナインは光り輝く目印を狙う。
そう、ユエの武器や防具に装飾されたルビー…
激しい動きの中で赤い跡を描くそれにゆっくりと照準を合わせる。
9発もある弾丸の口径は小さい。そのため、ユエ自身に当てたとしても
その殺傷力はしれているが…それでも・・・

ナインは引き金を引いた―――

102M@狼疾走  ◆uYgpI6uz.s:2011/04/24(日) 20:27:37

ゾンビを倒し、進むに連れ、魔力の波動が強くなって行く。
今や身体に感じる波動は高い濃度。
魔力量がわずかなレイドでも、一瞬気を緩めると狂ってしまいそうな程の毒だ。
だが――同時にそれは、魔力の根源がすぐ近くにある事の証だった。

「SHHH……」
発生源ははるか前方。巨大な蛇顔面がその道を塞いでいる。
レイドは蛇の鋭い眼に臆する事無く、こちらも静かににらみ返す。
ここまで来たら、もう後には引けない。
相棒の炎の剣をしっかりと握り、眼前の大蛇に切っ先を向けた。

そして――蛇がその口を開けた時、
レイドは幾多のゾンビを倒してきた炎の弾丸を放つべく、剣に指示を送る。
――だが、
「――――え?」
弾丸は出ない。剣からは小さく炎がくすぶるのみだった。

大蛇の大口がレイドに迫る――!!

103M@狼疾走  ◆/H3.Ap9shY:2011/04/24(日) 20:28:55
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新之がユエに接近するスピードはコンマ一秒もない。
接近と同時に、大剣の一撃がユエを狙う。

――金属の衝突音が洞窟に響く!




ユエは咄嗟にルビーの剣を防御に使う。
だが、スピードにパワーの合わさった一撃に、ユエの剣は容易く振り落とされる。
「どォらぁああッ!!」
ユエに剣を拾う暇はなかった――新之が素早く己の体勢を変え、丸腰のユエに連撃を仕掛けてきた為だ!
大剣とは思えぬスピードのラッシュと更に大剣の持つリーチの長さ。
避けようとするユエの体に傷が刻まれてゆく――
と、ここでツルギが己の大剣を素早い動作で手元に戻す。
両手で大剣の柄を握るとふりこのように回転――そこに加速の能力を加え、高速の回転斬りをユエに仕掛けた!!
「―――!?」
――だが、新之の大剣に手ごたえはなかった。先程までいた敵がいない――
上を見上げる――頃には既に遅かった。
頭上から落ちてきたユエが落下の勢いを加え、新之の身体を鋭い爪で切り裂く!その速さは一瞬――!
「ぐぁッ――!!」
防具を持たぬ新之の胴体に刻まれる切り傷――だがユエの攻撃はそれだけではない。
着地ざまに片手をバネに飛び上がり、地面に立つ体勢に戻り――
「ツメが甘かったな――」
よろめく新之の腹に蹴りを打ち込み、勢いよく吹き飛ばした――!!
「――出直して来いッ!!」

吹き飛び、水溜りに身体を打ち付ける新之。つららを溶かして生まれた水は泥が混じる。
ユエはそんな新之を一瞥する――だがその視界はすぐに遮られた。
その正体はアイリだった。足音もなく突然ユエの視界に割り込み、持っていた土砂を彼の眼に撒き散らす。
眼を封じた後短剣でユエの首を掻っ切ろうとする――が!
「ぐぁ……はッ!?」
攻撃をしようとしたアイリの身体を玲の体当たりが吹き飛ばす。
〝スピンアタック〟。回転しながらの体当たりに風魔法の加速を加えた突進技だ。
「――フゥ、すまない、玲。手間をかけさせた」
眼から軟化させた砂を落としながら、ユエは玲の方を向き礼を言う。
体勢を立て直した彼だが、そこにエゴのマシンガンが降り注ぐ。
「よくもオネエチャンをッ……!!」
ユエは喰らう直前にその場から飛びのき、、自身のマントを銃弾の盾としながらルビーの剣を拾った。

104M@狼疾走  ◆y6LpjgpWJ2:2011/04/24(日) 20:29:41
==============================

小道に転がり込むレイド。
足に付いた重い防具を脱ぐと、立ち上がって走り出す。

レイドは飲み込まれる直前、蛇の脇を通り過ぎるように逃げ込んだ。
先ほどのゾンビたちとの戦いで炎の剣は魔力切れを起こしていたらしい。
はるか後ろには蛇の頭。レイドが先ほど脱いだ防具を潰し、彼を食おうと高速で迫る!
レイドは後ろを振り向かずただ前を走る――その間に、走るのに邪魔な肩の防具を脱ぎ捨てる。
蛇が迫る。レイドは逃げる!だが、小道の終わりが近づくにつれレイドはある事に気付いた。
先に道はない――崖だ!
だが、レイドは走る速度を緩めず、最後に胸の防具を取ると、勢いをつけて崖を飛び出した。
「う――うぉぉぉおぉぉッッ!!!」
飛び出すと同時に、冷たい風がレイドの身体をすり抜ける。
つららの道を通っていたときとは違う寒さに身を震わせる。
自由落下するレイド。少し遅れ、蛇の頭が道から飛び出してくる!
だが――それ以上にレイドの気を引いたのは、左の視界を覆い尽くすように輝くルビーの壁だった。
「溜まれ……!」
深紅の壁をバックに、レイドは落ちながら己の魔力を剣に溜める。
剣の魔力が尽きれば、代わりになるのは自身の少ない魔力。
だが、蛇を倒すほどの魔力を入れ込むには時間が掛かる――落下する間ではとてもそこまでの力を溜める事などできない。
レイドは地面に接する直前、溜めた魔力による火柱をターボのように放ち、落下の衝撃を和らげる。
真上に大蛇の口が迫る――!レイドは転がる身体を起こし、すぐに蛇から走り出す。
蛇の巨体が着地すると同時に、地面が、ルビーの壁が揺れた。


==============================

剣達が吸血鬼と戦っている地点から離れた小さな穴。
気絶した仲間達はそこにいる。
ナインはそのそばで、動き回る敵を狙い静かに銃を向けていた。


ナインは今の状況を考える。
レイドは離れたきり安否不明。セイスイとグレイは満身創痍で戦える状態ではない。
残りの仲間――剣、アイリ、エゴは、敵である吸血鬼と玲の二人を相手に戦っていた。
アイリは玲と。玲は魔法を放ちながら逃げ回り、それを追いかけるアイリはほとんど彼女に近づけずにいる。
時折玲に近づいたとしても、彼女は風の魔法を使いアイリから強引に離れてゆく。
先程のエゴの戦いも重なって、アイリの顔には疲労が浮かんでいた。
「……………」
ナインは二十日前の玲と吸血鬼との会話を思い出す。
玲は最初は男を警戒していた。
だが、彼女は相手の話術に心を溶かされ敵意を失った――その直後、自分は奈落へ落とされたのだ。

ナインは銃口の先にいる男を見る。
吸血鬼〝イスミ・グァン〟。 奴には剣とエゴが当たっている。
2対1、剣のスピードと荒削りな戦法、そしてエゴの高性能な兵器群に、初めはイスミも押されていた。
だが、イスミは軽いフットワークの回避に変化能力の防御を絡め、中々ダメージの機会を与えない。
更に攻撃を喰らおうと、吸血鬼の力で少しずつ回復してゆく。
剣は少しずつ体力を削られ、エゴはまだまだ動くが、攻撃のパターンを既に読まれている。
敵の体力は未だ底無し。このまま戦闘が長引けばまずい。
「……………」

ナイン・シュガーは思考を巡らせる。
吸血鬼の服の隙間から、かすかに見えるルビーの胸当て。
再生能力があると言うのにわざわざ胸だけを守るのは、そこに弱点があると言う事だ。
胸で考えうる弱点――それは全身の血が行き交う心臓。

「…………」
ナインは静かに狙いを定める。
銃弾一発の殺傷力は小さい。
それでも全弾を一点に当てれば、鉄の扉を貫通させる事もできる。
チャンスは一回。狙いが外れ、こちらに気付かれれば後の祭り。

「………眠いな。コーヒーが欲しいところだ」
血で視界が薄れる中、神経は異様に冴えていた。
ナインは一回のチャンスを待つ――

105M@狼疾走  ◆RfQXS4u6I2:2011/04/24(日) 20:30:20

==============================

蛇が落下した際の衝撃から少し遅れ、走るレイドの身体を風がすり抜ける。
落ちた場所は、先程の広間よりも一回り大きな空間だった。
全ての防具を失い、身軽になったレイドはただ走る。その後を蛇の巨体が追いかける……!
「SHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH……!!!!」
最初のうち、レイドは広間を一周するように蛇から逃げ続けていた。
だが、長く走り続けているわけにも行かない。今まで剣に溜まった魔力量もわずか。
そこである事を思いついたレイドは、その内広間の中心へとそれてゆく。
「SHHHHH……!!」
広間の中心へ駆けるレイドを蛇の身体が囲んで行く。
段々狭まるレイドの逃げ場――蛇の大口がレイドを迎えようと――する直前だった。
蛇に囲まれる最中、レイドは炎をターボのように噴出し飛び上がる。
そしてわずかに動きの鈍った蛇の身体に飛び乗り――
「どォ……らッ!!」
鱗の覆う身体に剣の切っ先を突き立てた!
「SHHHHHHHHHH……!!!」
意外と柔らかい肉。レイドは蛇の身に食い込んだ炎の剣にしっかりしがみつく。
蛇は声にならない叫び声を上げると、レイドを振り払うように暴走を始める。
「SHHHHHHHHHH!!!」
急加速。方向転換。止まったと思えば再び加速!
蛇は何度も壁に身体をぶつけながら、広間中を暴れ回る。
レイドは繰り返される強い衝撃に必死に耐える。蛇の血がぬめり、滑りそうになるのを必死にこらえる――!
「耐えろ……俺ッ……!!」
溜まった魔力は半分ほど。蛇の速度が段々増してゆく――。
レイドはこのまま蛇の体内で剣の力を爆発させようと考えたが、その思考も、蛇の行き先を知るとぷつりと途絶えた。
「SHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH……!!!」
蛇の頭が大広間の壁に空いたあるトンネルに入ってゆく。
穴の大きさは蛇の胴体が隙間なく収まる程度。レイドは入りきらずに潰されてしまうだろう。
動揺をこらえながらレイドは剣を抜こうとする。だが、今度は蛇の血がぬめり思うように抜けない……!
「くそッ……くそッ、くそッ……!!」
壁が目前まで迫る!
「抜け……ろォオオォッッ!!!」
レイドと壁の距離が1mまでに縮まる。その時、うろこからずるりと剣が抜けた――!!
それと同時に彼の身体は吹き飛ばされるように離脱する。
安堵したも束の間――レイドを待っていたのは重力と地面だった。

106M@狼疾走  ◆8GTyh48bZk:2011/04/24(日) 20:31:11

==============================

突風により、壁に強く叩きつけられるアイリ。
飛びそうになる意識を戻し、アイリは前を見る――目前に迫る炎の弾!
「くそっ!!」
咄嗟に転がり回避――水溜りで体が汚れる。
それも構わずアイリは起き上がり、走る。走るアイリの間近を追尾式の火の玉がいくつも通り過ぎる!

アイリは一瞬踊りながら火の玉を放ち続ける玲を見た。
腹に受けた追尾弾の傷の他に、足元が焦げ服が破れている。足にはワイヤー――アイリの物だ。
彼女が設置したワイヤーの罠を、玲は自らの炎で強引に〝焼き〟、罠から逃れたのだ。
「………!?」
だが、玲の姿はイスミとエゴによって遮られる。
アイリが二人を通り過ぎた瞬間だった――エゴのクロスの糸が、イスミのルビーの剣によって切り裂かれた。
本体との接点を断たれ、力なく地面に落ちるエゴ――
「エゴ……ッ!!」
アイリは悲痛な表情を浮かべエゴの名を叫ぶ。
だがそれにより注意が反れた――火の玉を食らい、のけぞった所で玲が近づき――アイリが振り向くももう遅い。
玲は至近距離から火の玉を放つ!放つ!放つ!放つ!連射!連射――!!
最後に風を凝縮させた気弾でアイリを吹き飛ばす――!!
「残念だったわねッ……」
地面に落ち、転がるアイリに玲は嗤う。
「――あなたの事、結構好きだったのに」


水溜りに落ちる直前に踏みとどまり、アイリは周囲を見渡す。
遠くに自分の帽子が落ちている。ランプ部分が壊れていた。
そして正面――体に風をまとった玲が近づいてくる。口を開く――
「ねぇ、アイリちゃんって――剣君とさ。ね。どこまで行った?」
剣はアイリに近づこうとしていたが、ユエにその隙を突かれ窮地に陥っていた。
「仲良かったし、やっぱり気になるのよね」
玲の顔には無邪気な笑み――数時間前と同じだった。
アイリは無言で――だが、玲の返事に答えるように身を起こす。
身体中が傷つき、顔には鼻血。立ち上がる間にも体が痛む。
だが、未だ戦意を失わぬ目で玲を見る。
「………やっぱりダメか」
玲は残念そうな素振りを見せると、呪文の詠唱を終える――途端彼女を覆う風がめまぐるしく動く。
始めに助走――続いて跳躍!空中で竜巻のように回転しながら突進――!
だが、スピンアタックが迫る直前――アイリは――糸が切れたようにその場に倒れた。
「――ありゃ」
突進が空を切る。アイリはいつ力尽きてもおかしくない状態だった。
玲は残念そうにアイリを流し見、着地点の水溜りに視線を落とす――瞬間、玲の表情が戦慄に変わる。
水たまりには――電源を入れたスタンガンが落ちていた。

悲鳴が一瞬こだまし、すぐに止んだ。

今まで見た玲の必殺技で、最も威力の高い技はスピンアタックだった。
念のためスタンガンを持ってきてよかった――スピンアタックを出すかどうかは正直賭けだったが。
痙攣する玲を背にアイリは立ち上がる。視線の先には剣にとどめを刺す直前のユエ――
アイリは叫ぶ。
「一人ッ!倒したわッ!!!」

叫び声に振り向いたユエをアイリは睨む。
「私はまだ、戦える……来いよッ、ゲス野郎……!…――相手してやるッ!!」




==============================


蛇の尾がトンネルに消えてゆく。
ルビーの広間にレイドは一人取り残され、地面に転がりながら、全身を打ち付ける痛みで悶えていた。
蛇は去った。だがいつどこから現れるかわからない。
レイドは痛みをこらえて立ち上がると、炎の剣を両手で握りなおす。
剣を下ろし、気を研ぎ澄ませながら己の魔力を注入し始めた。

レイドの元々の魔力量は少ない。足りない部分は体力で補う。
少しずつ削られてゆく体力。更に、今までの探検で積み重なった疲労。
その二つが、レイドの身体に重くのしかかる。

「………」
掌には汗と血が滲む。
それでも、レイドは耐えるように剣を強く握った。
更に残りの神経を、蛇の気配をいち早く見つけるために集中する―――

永遠に続くと思われた数秒。
だがそれも、地を勢いよく滑る音で破られた。
「                                             」

107狼疾走  ◆lCYWO/0ink:2011/04/24(日) 20:32:32
==============================

倒れる新之の耳に聞こえたのは仲間のかすれた怒号。
新之は二人を引きとめようとする――だが、その頃には男とアイリはすでに剣をかわしていた。
「おい――――」
取り残された新之の横で、倒れたエゴの指がわずかに動いた。

迫るイスミ。向かい討つアイリ。金属の衝突音が空間に響く!
イスミのラッシュをアイリは受け流しながら後退してゆく。
――だが、アイリの動きに以前のようなキレはない。
やがて、勝負は二人の鍔迫り合いとなるがー人外と手負いではどちらが強いかは明白だった。
少しずつ押し負けるアイリ。イスミの顔が迫る――!
アイリはイスミを睨み付け、その青白い顔に強く息を吹きかける。息の色は緑――
「ぐぁ――−―!?」
毒だ!
後ずさり、強くせき込むイスミにアイリは追撃を加えようとするが、ここで超感覚の副作用である強い高熱に襲われる。
疲労のたまったアイリの体は簡単に崩れ落ちる――吸血鬼の恐ろしい形相が彼女に向く。
「くそ――」
だが、そんなアイリの耳に聞き慣れたターボ音が聞こえた。方向はイスミの背後――エゴだ!彼女が復活したのだ!!
「――オネエチャンッ!!」
声に気づき振り向いたイスミを迎えたのはおびただしい程の糸。
イスミは振り払おうとするが、糸は瞬く間に彼の剣を、体を覆い動きを封じる。
「くそ――!!」
敵の神経は奪った。エゴは大好きなアイリおねえちゃんの姿を見る――彼女は顔を紅くして倒れていた。
――だが、エゴはアイリからすぐに顔を背ける。そして間近に迫る剣に向かって叫んだ――!!
「オニイチャン!イマダヨッ!!」

「うおおおぉぉおオォオォぉおお……!!」
剣のおたけび!!

108狼疾走  ◆C0ih2j27DE:2011/04/24(日) 20:33:14

==============================

「                       」
上の壁に空いた穴。レイドが広間に入った道から、巨大な!蛇が!飛び出し――レイドの元へ一直線に落ちてくる!!

「SHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH・・・・・・!!!」

109狼疾走  ◆OQj6uXdHy2:2011/04/24(日) 20:34:41

==============================

アイリが気を失う間際、唇を動かす様を新之は確かに見た。
「頼んだわ」と。

新之は己の大剣を振りかざし、動きを止めた吸血鬼めがけ走る!
間近まで迫った新之に男は目を見開くーーだが新之は躊躇なく男に最初の一閃を入れた。
「どららららららららららららァァァっ!!!!!!!」
続けて斬る。斬る。斬る。斬る!光の能力を解放し、加速を加えた滅多切りを何度も男にぶつける――!!
「グァッ・・・・・・!!」
再生してゆく男の傷。新之はその再生能力が追いつかぬ程のスピードで相手を何度も斬り裂く。
戦況は一方的。だが悲鳴と再生は未だ止まない。
新之は斬る!一刀に仲間への思いを込め――!
「あァァァァぁァァアアァァァああァァァァァァァッ!!!l」

物陰に隠れていたナインの眼が光る。
敵の動きが止まった!新之の剣を食らっている――
服の隙間からのぞくルビーの胸当て。
ナインはその下で脈動する心臓めがけ引き金を引く。

途端、銃口から火花による閃光が上がり――

==============================

迫る大蛇の大口。
見上げたレイドは驚愕の表情を浮かべーーすぐに抑えた。
片足を動かす。この場から逃げるためではない――しっかりと地を踏みしめ、己の体を固定させるためだ。
そして、下ろしていた剣から左手を離し、蛇の口に、その上の天に向け力強く剣を突き出す!

一瞬、剣の刀身が強い閃光を放ち――

==============================

急所を狙う一発目の銃弾が!
天を貫くほどの太い火柱が!

彼らが敵とする存在めがけ放たれた―――!!!

110狼疾走  ◆bf9MV.s/3A:2011/04/24(日) 20:35:37

==============================

最初の弾丸が吸血鬼の胸を射抜く。
彼女は確かにその光景を見た。

ナインは再び引き金を引く――放たれる銃弾!二発目も命中!
更に三発目、四発目と続き、吸血鬼の胸当てに穴が空いてゆく。
うめき声を上げる吸血鬼。連撃により再生のスピードが次第に鈍っている。
だが敵は未だ気力を持つ――ナインは根本を絶つために引き金を引き続ける!

==============================

落ちる蛇――それを迎え討つ龍の火柱!
きらめく炎が広間を朱に染める。
龍は蛇の咥内へ入り込み、大口から骨の髄までを瞬く間に燃やしてゆく。
まだだ――もっと火力を!
そう念じるレイドーーだがその体に唐突に激痛が襲う。
わき腹の傷が開いたのだ――!
「ぐ・・・・・・!!」
よろめく体。炎の龍がぶれる――輝く蛇の眼!

==============================

5発――命中!
6発――命中!
ルビーの鎧にヒビが入ってゆく。
吸血鬼はこれ以上声を上げることはなかった。
死んでいるのか?――否、紅い眼がギラギラと輝いている!
新之は大剣を振り続ける――ナインは銃弾を放ち続ける!

111狼疾走  ◆NunzF1X7Gk:2011/04/24(日) 20:37:16

==============================

「SHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH・・・・・・!!!」
雄叫びを挙げる大蛇ーーレイドはその叫びで我に返った。
下ろしかけていた己の剣を握り直し、再び天を差す――!
「・・・・・・!!」
レイドは喋らない。代わりに剣が叫びを上げる。
落ちかけた炎の龍は俄然勢いを増し、蛇の体内を燃やし尽くす!

――やがて、

==============================


7発目がルビーの鎧を抉る!
新之の大剣とナインの初弾が吸血鬼を捕らえてから今までの時間は1秒にも満たない。
8発目――何かが崩れ落ちる音がした!
その頃、吸血鬼を拘束するエゴは見てしまった。
起き上がり、恐ろしい形相で睨みつける玲ーー彼女の口から風魔法の呪文が紡がれる!
「オニイ――」
「―――なめる、なァァァァァァァァァァッッッ!!!!
突如玲の叫びとともに凄まじい強風がナインたちを襲う。風がカンテラを吹き飛ばし篝火を消し去るーー!
その瞬間ナインは引鉄を引いていた。暗闇の中で放たれる9発目――!!

==============================

――炎の龍が大蛇を突き抜ける。
それと同時に蛇の体が大爆発を起こしたーー!!

112狼疾走  ◆6whm9.QiZA:2011/04/24(日) 20:37:53

==============================


























==============================


四散する肉片は雨のように降り注ぎ、地面に触れると消えうせる。
雨に混じり、一匹の小さな蛇がレイドの傍らに落ちた。



炎の龍は蛇の体を貫通しても尚昇り続けた。
しばらく経つと龍は消えたーーだが、暗闇にはならず、薄い光が広場を包む。

レイドの体を、風が撫でた。

113M@ひかりのさき-1:2011/04/24(日) 20:42:49

静まり返った暗闇の中、土を蹴る音が聞こえた。




「痛ぇ、 ・・・・・・痛ぇーっ・・・・・・!!」
うめき声。


「おにいちゃん?ネェオニイチャン!!ナニガアッタノ!!?」
戸惑う声。


「エゴ・・・・・・!じっとしてろ、今行・・・・・・!?ゲホッ!!ゲホッゲホッーーーかはっ」





ナインはあおむけに倒れながら、暗闇の中で静かに気を研ぎ済ませた。
剣が痛みにもだえているーー敵にやられたか?
いや、吸血鬼はエゴが動きを封じていたーーとなると復活した玲が剣を?
ナインは起き上がろうとするーーだが、何故か体が動かなかった。

「待ってろーーー」
剣が言葉を発した後、周囲に再び明かりが戻る。
それが剣のヘアバンドによる明かりとナインが理解する直前、

「        」
目を見開き、認識が遅れる。
ナイン目前には間近まで迫った吸血鬼の顔があった。


「・・・・・・ーーー!」
ナインはすかさず男に頭突きを放つ。
男はその一撃をたやすく避け、その場から一歩下がる。
息を荒げるナインーーそこで自分の今の状態に気づいたーー地面から作られた網によって、体が拘束されていた。
「・・・・・・・く、」
「さて・・・・・・君に会うのはこれで二度目、か。 相変わらずいい根性だ」
ナインは落ち着くようにつとめた。
このような命の危機は何度もあった。死を恐れ、冷静な判断力を失っては話にならない。
幸い網の材料である洞窟の土の強度はさほどでもない。
吸血鬼も全身に傷を負っている−−最後の銃弾は外したようだが、ルビーの鎧も壊されたようだ。
ナインは初級の雷魔法を習得している。その力を使えばあるいは−−
そして、この危機を脱したとき、負傷した仲間をどうするか考え−−ナインは吸血鬼の後ろに視線を移す。

平静が、崩れた。



最初に映ったのは、剣を攻撃したと思われた玲。
あの場から一歩も動かず、体を痙攣させ倒れていた。
次にエゴ。
彼女は地に倒れ、泣きながら剣の名前を呼んでいる。
そして、エゴの視線の先に、血を出して倒れる剣がいた。
「痛ぇッ・・・・・・・あァッ・・・!」
剣はあおむけになりながら傷口を抑え、呻いていた−−おびただしい血が溢れ、彼を中心に血だまりができている。
血の量から察するに急所。吸血鬼がやったのか?−−だが、男の剣についた血は乾いている。
−−まさか。だがナインが頭の中で否定した答えを剣はたやすく証明した。
「ナイン・・・・・・?」
剣がこちらに顔を向ける−−それと共に彼の手が離れ、傷口が露わになる。


小さな穴。−−傷は銃弾によるものだった。

114M@ひかりのさき-2:2011/05/01(日) 18:53:09


振り向いた剣に、ナインは返事ができなかった。

「あ……あ、あ、」
息ができない。
「あ……、あ………ッ」
剣の気遣う表情が痛く、ナインは吸血鬼の方に目を反らす。
そして後悔した。男の表情は修羅だった。
「まさか不意打ちで壊されるとは」
憎悪に染まった顔がナインを見下ろす。片手に持ったルビーの剣が動き、
「思わなかったよ」
ナインの利き手を刃が貫いた。
「ぐ――――あァッ……!!」
痛みに漏れる声。普段なら、普段なら拷問を食らおうとこらえる事ができたはず。
「これがお前たちの戦い方か」
腹を勢いよく踏まれる。
「あぁッ……!!」
更にもう片方の手を刺される……!
「卑怯だ、卑怯だなぁ」
数回続けて踏まれる。
「あァッ、あッ、あッ……!!」
「僕が最も嫌う人種だ」
一際強く踏まれた後、吸血鬼はその足を強く腹にめりこませた。
「あァァァアァ……!」
ナインは、応急処置を受けた傷が開くのを感じた。

ナインはこの危機をどう切り抜けるか考えようとする。
だが状況確認から先に進めなかった。
残った仲間である剣とエゴの視線、声が、思考を邪魔する。
ナインは頭を切り替えようとする。
落ち着け。恐怖に負けるな。こんな事態だからこそ冷静な判断力が必要だ。
――判断?自分の判断は正しかったのか?
自分が銃弾を止めていれば剣は健在でいられた。
それだけではない、吸血鬼の傷も深い――うまく行っていたら剣があの男を――
過ぎたことはいい。ナインは今を見ようとする。
「お前、こそ……卑怯じゃないか……、イスミ・グァン……」
剣をナインの顔に向ける男に、雷魔法の呪文を紡ぐ――だが、魔法は出なかった。唇がふるえ、発音に失敗したのだ。

――だから、仲間を持つのは嫌なんだよ。

「悪いがー―」
考える最中だった。ルビーの剣が降り上げられ、
「イスミという名は捨てた」
ナインの心臓へ、切っ先が落ちた。






だが、剣は直前で止まった。
剣を降り下ろす男の体に、横から弾丸が当たったのだ。

「おい」
その場にいた全員の視線が一点に集中する。
「――オレを忘れるなよ」
水弾を放った指が下ろされる。
傷だらけのセイスイが、笑みを浮かべ言った。

115M@ひかりのさき-2:2011/05/01(日) 18:55:32

=========

ルビーの壁がきらめく大広間。
そこに一人、剣を上に差したまま立ち尽くすレイドがいた。

穏やかな風が広間を満たす。
鎧を失ったレイドの服をはためかせ、傷だらけの彼の体を癒すように包む。

蛇が爆発した瞬間をレイドは見ていなかった。
技にすべての神経を注ぐため、目を閉じていたのだ。
レイドは目を開く――足下に小さな蛇を見つける。
蛇は死んだように動かない。だが、かすかに呼吸しているのがわかった。
蛇から視線を上げると、洞窟の壁を覆い尽くすルビーが妖しく輝いていた。
ルビーからは痛いほどの魔力を感じるが、それ自体が光を発しているわけではなく、輝きは反射光によるものだった。
レイドは光の根源を目で探す――やがて、ゆっくりと上を見上げた。


===========

セイスイはゆっくりと立ち上がる。
燃え崩れた服の隙間から見える無数の火傷跡。
ミサイルを食らい、重傷を負った体が、おぼつかない足取りで歩く。
「……お、い」
ああ、馬鹿。どうしてお前はいつもこう――
心中でナインが毒づくのも知らず、セイスイはナインと男との間に入った。
「……」
吸血鬼とセイスイは無言で向かい合う。
セイスイは背を向け、ナインにその表情は読みとれなかった。
「……悪ふざけなら、やめろ」
乾いた声でナインが制止する――それを聞いたのかセイスイが一瞬、振り向く。

顔を歪めたナインから、セイスイは顔を背けた。

セイスイは水球を練る――直前、男の手がセイスイの背中に静かに回る。
次の瞬間、男はセイスイは勢いよく引き寄せ、その首筋に牙を突き立てた。


===========


満月。レイドの目に、純白の満月と、その周りできらめく無数の星達の姿が映る。
吹き付ける風は、外からの物だった。


===========

苦悶の声がセイスイの口から漏れる。
だが、それも一瞬。すぐにくぐもったため息に変わった。

男が首筋に唇を這わせる。その境界から血がこぼれ、セイスイの服の中に消えてゆく。
体液による水音と、かすれたうめき声が合わさり、空間を満たす。
細い背中に回された無骨な手がずれてゆく――

ふいに、男が静かに顔を離す。唇は体液で濡れ、傷口との間に透明な糸が伝う。
セイスイはだらりと顔を垂らしナインを見る。
初めて見た表情に、ナインはここで彼女の性別を知った。
苦しげにニヤついてみせるセイスイ――その直後、男が再び首筋を噛んだ。

116M@ひかりのさき-4:2011/05/01(日) 18:57:22

===========

大広間の天井にぽっかりと空いた大きな穴。
その向こうは星や月を背に無限の闇が広がっていた。
――だがその黒に、レイドが洞窟で感じてきた閉塞と恐怖はない。
海のように果てなく続き、小さな生命をたやすく包み込むような、開放と包容を併せ持った闇だ。
見える星座の差異はある――だがその夜空は、レイドが祖国で見てきたものとそう変わらなかった。

黒い静寂を星達が覆う。
月明かりが降り注ぐ。
夏の夜の涼しい風が、レイドの髪を揺らす。


===========

セイスイが危ない。
エゴは痛いほどそう感じ、ユエに攻撃しようと何度も試みた――だが、どれも失敗に終わった。
体が言うことを聞かないのだ。

クロスがやけに熱い。浮遊もできず、移動もできず、兵器変形の信号を送っても、処理に異様に時間がかかる。
魔力はある。だがその運用ができない。エゴを不快な吐き気が襲う。

吸血鬼に糸を断たれる間際、エゴは糸の自動回復を早める信号を無意識にクロスに送っていた。
エゴの魔力を生み出す原動力は“感情”。
平常時は糸の再生には時間がかかる――だが、吸血鬼への怒り、そして仲間たちに対する思慕が合わさり、早い復活を実現したのだ。

同時に、それはクロスに強い負担をかける結果となった。
通常糸の再生には時間がかかる。
それはお互いに干渉し合わぬ状態でクロスとエゴの回復を進め、更に魔術システムを組み直す事で彼女を再び戦える状態にするリセットも兼ねている。
――戦闘による疲労の処理を飛ばした復活。更に吸血鬼に行った洗脳活動。
洗脳自体のコストは低い。だが玲が放った突風で、むき出しになった神経糸に刺激が与えられ――クロスの処理できる限界を超えたのだ。

苦しむエゴ。苦しむ剣。
吸血鬼の手に抱かれたセイスイが、セイスイでなくなってゆく。
体が苦しい。それ以上に、心に突き刺さる無常感が痛かった。
ふいに、声が聞こえた。

気づき、エゴは驚いて隣を見た。負傷した新之が自身の大剣を握り、体を無理矢理起こしていた。
「俺の……仲間、に……」
体中が汗と血に濡れ、痛みをこらえながも、吸血鬼を睨みつける目は尚強いままだった。
「手ェ、出すな……ッ!!」
立ち上がる。吐いた血を拭い歩き始める。
足取りは遅い。それでも確実に、吸血鬼の下へ歩を進める。

117M@ひかりのさき-5:2011/05/01(日) 18:59:42

===========

空を見上げるレイドが思うのは、祖国ソノラトの事だった。
どこまでも広がる草原地帯。
魔法技術で動く都市。
竜が住むとされる最果ての谷。
どれも廃坑の中でグレイに話した旅の記憶だ。
グレイとの二十日間は楽しかった。
以前彼が言っていた金色のネズミ。もし見つかるなら、今のような満月の時だろうな、とレイドは思った。

楽しかった炭坑での日々。
だが、レイドがそれ以上に気になっていたのは、離ればなれになった仲間たちの事だった。
エゴは元に戻ったのか。剣たちはゾンビを切り抜け、無事に皆と合流できたのだろうか。
心配事も山ほどある。玲やあの男の事、ルビーのこと、そして隠れている敵のこと――

――レイドは思考を中断する。考えるのは苦手だった。
それに一人で心配するよりも、仲間の未来を想い、祈った方がいいじゃないか。

掲げた剣の切っ先が、月の光を反射し白く輝く。
直後、その影がよろめいた。


===========

地面に少年の血だまりが落ち、軌跡が生まれる。
吸血鬼との距離が、少しずつ縮まってゆく。

「――――――」
吸血を中断し、男は静かに剣を見る。
同時に彼の足下の土が液化する――
男の体が、少しずつ沈んでゆく。

その時、セイスイの顔がナインの前に再び垂れる。
笑みはない。ーーその顔に、もはや生気はなかった。

「う―― 」
ナインは声に気づく。
剣が、一歩踏み出す。また一歩。
「――――おォ、」
痛みを耐えていた体が、次第に歩を早めてゆく。
「オ…………、」
やがて、開放されたように地を蹴り――
「お お お ぉ ぉ お お お ぉ ぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉお お ッ ッ !!!!」
――雄叫びを上げ、猛虎のごとく吸血鬼に突進!!

吸血鬼が目を見開く。
剣の刃がその頭を捉える――!!

118M@ひかりのさき-6:2011/05/01(日) 19:03:37
===========

レイドの体が崩れ落ちる――

===========

敵の体が完全に地面に沈む――

===========


倒れる音。
水滴の音。




静寂の間に響いた。

119M@ひかりのさき-7:2011/05/01(日) 19:07:26

===========






















===========

120M@ひかりのさき-8:2011/05/01(日) 19:10:04

===========


月光が照らす広間に、男が一人倒れている。
広大な空間に比べ、その姿はあまりにも小さい。
――だが、目を堅く閉じた表情はどこか誇らしげだった。


その手には、未だ剣が握られている。



===========


刃は、額を掠めただけで終わった。

敵は消えた。
静寂の空間に剣の荒い呼吸音だけが聞こえる。
途端強くせき込む声に変わり――嘔吐と多量の水音の後、地面に崩れ落ちた。


剣の周囲に再び生まれる血だまり。
ヘアバンドによる灯りが、次第に光を弱めてゆく。



しばらく経ち、仲間の一人が嗚咽を漏らした。




,

121Mark@interlude:2011/05/01(日) 19:19:24

###


地下深く生まれた自然の通路。それすら認識できぬ暗闇の中。
音があればかき消えそうな足音が、静寂の中かすかに聞こえる。
「もしもし。いるか、ヨナタン? ――ああ、通じた」
声は、先ほど冒険者達と戦った吸血鬼のものだ。



「ああーーなんとか生きて帰ってこれた。久々に命の危機を感じたよ。
 あの時は玲のおかげで助かったが――使い魔を僕に移したはずだ。何故使わなかった?」

「……――そうか」

「――だろうな。お前も時々ドジを踏むものな。
 だけど、これからは気をつけてくれ。
 一瞬の間違いは命にだって関わる。わかるだろう?」

「……本当か?……ああ。――うむ」

「――ああ。これからそっちへ女を連れてゆく。
 回復道具と、それから服を用意してやってくれ。ボロボロのままじゃ惨めだろう。
 ――ありがとう、ヨナタン。じゃあ――」




「奥で会おう」

122Mark@interlude:2011/05/01(日) 19:20:15
###


友人からの電話を切った後、俺は目的地に着くと、頼まれた道具を地面に広げた。
そしてノートパソコンを開きモニターを見る。
――ここももう長くはないと、再確認する。

だが、この時も来るべくして来たのだ。
長く時間をかけた分、準備は十分すぎるほど整った。
ノートパソコンを閉じ、遠くでのびている男の下へ行く。
重い体を引っ張り数十分――ようやく、きらめくルビーの壁によりかからせる。

ルビーの壁が少年の体を飲み込んで行く。
惜しい男だった――健在なら奴も殺せただろうに。
少年の体が完全に沈み、ルビーの中に海のように浮かぶ――

123Mark@interlude:2011/05/01(日) 19:21:32
###

炭坑の街から遠く離れた都市部には、その地方の電車が多く集まる中継駅がある。
深夜になり、走る電車ももうわずか。
駅の事務所奥――駅員の老人は、休憩所で後輩と休みを取っていた。

「あれは――なんの騒ぎだ?」
老人は事務所の入り口を見やる。
そこでは、二人の客らしき人物が職員に詰め寄っていた。
戻ってきた後輩の一人が老人に話す。
「炭坑の街に行きたいそうで ――次の電車まで一週間と言っても、納得してもらえなくて」
「無理だと言っておけ。俺はあの街が栄えた頃から車掌をして来たが――もうとっくに廃れた街だ。何もねぇ」
老人は煙草をふかす。
「……ありもしねぇ宝に目がくらんで、あんな場所に進んで行く方がよっぽど奇特さ」
「宝ではなく、人を捜していると――」
「洞窟の中で野垂れ死んでるよ」

ふいに着信音が鳴り、老人は懐から携帯を取り出し、開く。
画面を見ながら、しばらく思案にふけるような顔をしていたが、閉じると、後輩に向き直った。
「そこの客に言っておけ――電車より確実な乗り物が、今、真上を通ってる。向こうに着くのは夜明け頃になるが――」
老人の顔には笑み。
「シンシア姫の加護を受けてる」


###

少年の動きが止まる。
左には、顔に入れ墨をした龍人。
右には、槍を持った眼鏡の少年。
近くにはくノ一の少女、銃を持った青年、恰幅のいい中年――敵味方の違いこそあれど、ザサーラの騒動に関わった者達だ。

彼らの周りには――顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。
生気を抜かれた、無数の冒険者達で溢れていた。


###

124腐れ飯〜memory〜:2011/05/07(土) 23:25:49


「ここは………」
また違う世界に足を踏み入れたようだ。
世界から世界へ渡るたびに、ラドリオと比べてしまう癖がついた。ここは少しラドリオより空気が悪い。
しかし空は綺麗だった。三つ前の世界は空が薄紫だった。その前はずっと雨だった。
そっと深呼吸をして、視線を上から前へ戻す。ユエは藪に囲まれていた。
仕方ないので掻き分けながら進むと、案外すぐに外に出ることが出来た。体についた草を払いながらあたり
を見渡すと、山の麓に家があった。
どうやら、家の後ろにある小さな裏山らしい。
「……平和だな」
普通の世界だ。倒すべき悪の臭いもまったくしない。混沌とした悪意や憎悪など存在しないようなのどかさ
だった。
ここではあこがれていた勇者にはなりえない。

また違う場所へ向かうかと体を翻したら、急に何かが飛んできた。
ユエは再び振返って手をかざす。するとパキィと薪の割れる音がした。どうやら小さな薪を誰かが投げた
ようだった。
少し痛みを感じたが、たいしたことはなかった。これも吸血鬼だからだろうかと、ふと考える。
    大きな声が聞こえる。

「おい!おまえなにものだ!!」
薪の飛んできた方向を見る。すると、茶髪の少年がこっちを指差していた。見た目からして14〜15歳ほどの
少年だった。
ユエが驚いたのはそのずけずけとした態度よりも、少年の瞳だった。
まっすぐな瞳をしている。

「……君は…?」
「あ?俺?俺か?

俺の名前は新之 大剣!

ゴッドマスターを目指す勇者だ!」

ごっどますたー?
勇者というには、随分小さいなとユエは目を点にしながら考えていた。

125腐れ飯〜memory2〜:2011/05/07(土) 23:26:36

「やー…珍しいな、お前がここまで深手を負うなんて」
ヨナタンはユエの肩に手をかざす。すると傷がどんどん癒えていった。
「ん……あぁ…」
石に座り、すこし眠りかけていたユエは、ゆっくりと目を開けて、どこか気の抜けた返事をした。
「オイラの魔法でも時間かかるぜーこれ。……あいつらその間にこないといいな」
「それはないから大丈夫だ。全員死にかけだ。…それとその喋り方なんとかならないのか?」
「まぁそういうなって。癖なんだよ」
ヨナタンは先ほどユエが引きずって来た女を横目で見る。女と言われればそうだが、そう言われなければ
男にしか見えなかった。
「なるほどな…お前が好きそうだ。」
「………」
「血は吸ったのか?…まぁ、聞くまでもないか」
そういって今度は、大きなルビーの前に足音を鳴らしながらゆっくり近づき、そっと触れる。
「オイラもさっき一人すごい奴こんなかに入れたよ。なんていうか勇者エネルギーに溢れてる奴。ルビーが
好きそうなやつ」
ユエは、ルビーに目をうつす。相変わらず美しい。
「……勇者…か…」

まどろみの中に流れた記憶の映像が、水位があがるようにまた現れ始めた。

ヨナタンは焦点が何処にも会っていないユエの目の前で手を振る。

「おいおい…大丈夫か?」
「いや…すまない。貧血かもしれないな」
「吸血鬼が貧血て…」
それより聞いてくれよ!とヨナタンはルビーに向き直り大きく手を広げ、洞窟の天井を仰いだ。
「もうすぐオイラの研究の成果が実践に使えそうなんだ!随分と長い年月がかかっちまったが、終に終わりが近づいたんだよ!」
ユエは、一応聞き耳は立てたが、正直どうでもよさが心の中で渦巻いていた。反響する声が耳障りにも感じた。
「この力があればあの王国も潰せる………なぁユエ」
相変わらず無反応だ。
「そのためには、ここのルビー、結構いるんだよ」
「……その話、何回されたかな」
「何回もしたけどな…」
「じゃぁ僕も、何回も断ったな」
ユエはゆっくりと腰をあげる。重く冷たい沈黙が訪れるが、ユエは何事もなかったかのように口を開いた。
「まぁ、とりあえず回復したらあいつらに止めをさしてくる。話の続きは、その後だ。」
ヨナタンは、嫌らしく微笑む。両手の人差し指をピンと伸ばし、自分の胸の中心をトントンと叩いた。
「そんな弱点むき出し状態。鎧を作って、回復もするとしたらどのくらいかかるだろうな?」
「知らないな」
「あいつらに逆に、返り討ちにあったりしてな」
「妙だな…」
ユエの眼は、深く薄暗かった。

「まるで死んで欲しいみたいな言い方だ」

ヨナタンは、一瞬瞳孔を大きく開くが、すぐに歯の隙間から息をもらし、ハッハと短く笑う。

「そんな馬鹿な話があるかよ。お前が心配なんだ。この洞窟でのたれ死なないか」
ユエは、ヨナタンが持ってきた荷物のほうへ歩き、回復道具を何個か取り出した。そのままセイスイの方へ
近づき、一つを傍に置いた。
「僕は死なないよ…このルビーの輝きが増すと考えると特にね。この女の回復も頼むよ。僕は残りの回復道
具で応急措置するから」
ヨナタンは言われるとおりにセイスイのほうへ近づき、しゃがみ込む。

この洞窟で死ぬ…

それもまた運命かもしれない。

「いや…」
違うな。とユエは首を振った。
僕はこのルビーを守らなければいけない。自分の心に住む大切な人を生かさねばならない。
それを守り抜いてこそ、本当の勇者なんだ。

そうだろう?新之……

126腐れ飯〜one more chance〜:2011/05/07(土) 23:30:45
いいか?剣。男なら『生きる』ってのを大事にしなきゃならない。わかるか?
――――誰だ…てめぇ?
死んだら意味ないんだぞ。『死ぬ気』は駄目だ。『生きる気』だ。『生きて守る気』だ。わかるか?
――――…この声……
勇者っつーのは誰かを守ってなんぼなんだ。だから戦場では守り守られる。救い救われるんだ。
――――……うるせー。お前の言うことなんか知るかよ…
死ぬ覚悟があるなら生きる覚悟をもて。男なら、負けても勝つまで立ち上がるんだよ。守るためなら…
――――守る守るうるせぇよ!大体てめぇは俺と母ちゃんを…
気張れよ剣。ここが男の見せ所だ


「うる…」
掠れきった声を出して目を覚ます。腹部の激痛は少しおさまったが依然激痛の域だ。
目も霞んでいる。目の前にナインが仰向けに倒れていた。呼吸の音もほとんどしておらず、文字通り虫の息
だ。
グレイもまだ、目を覚ましていないようだ。大きな切傷を作ってはいるがまだ生きているところが、流石といっていい。
玲の姿が見えない。自分の後方にいるのだろうか?

…アイリとエゴは…

同じく見えない。すぐ近くにいる気はする。耳の聞こえも悪い…また意識が遠のいていく。

「…畜生……」
俺は…弱い…。最近はそう思うことも少なくなった。グラリスと闘ってから、自分が何の為に戦ってきたの
かはわかってきた。だからこそ修行し強くなった…つもりでいた。
それでもそれを超える敵はもちろんいて、仲間が平気で傷つけられていく。
「……俺は……」

気張れよ剣

「…ニィ…チャン…」

声がする。後ろだ。
エゴの声だ。
体を、少しずつずらす…
腹部の傷が地面に擦れて、声がでそうなほどの痛みが走る。
それでもなんとかエゴのほうへ体を向けた。
「……エゴ……」
「ニィ…チャン…」
エゴの右ではアイリが気絶している。息はまだあるようだ。左ではクロスが転がっていた。
バチバチと火花のような静電気のようなものを発していた。
「これ…なんだ…」
「ニィ…チャン…ゴメンネ…」
エゴの声は震えていた。苦痛と、後悔が入り混じっていた。
「エゴノセイデ…ミンナイッパイキズツイタ…ニイチャンニモメイワクカケテ…」
「いいんだよ…エゴ…いいんだ…」
「ダカラ…エゴ…ミンナニオカエシシナイト…タスケテモラッタブン…オカエシ…」
十字架が、バチバチと音を上げ始める。パソコンが熱でショートしているような感じだった。
エゴが十字架のほうを指差す。
「コレ…ツカッテ…」
剣は、この十字架が何故こんな熱暴走を起こしているのかわかった気がした。
少しずつ這う様に前に進み、エゴの頭を撫でる。
「エゴ…」
これだけのエネルギー、おそらく自分ひとりでは多すぎる…全員とはいかないが、何人かにはわけられるは
ずだ。
しかし…と剣はまだ悩む。
「だけど…これ使うと…お前は…」
「イイヨ…シバラクシタラマタ、エゴモウゴケルトオモウ…」
「………」
「ネェ…オボエテル?ココニオチル時…オニイチャン、オネエチャンモエゴモ、マモッタデショ?」
剣は、朦朧とする意識の中思い出す。もう何ヶ月も前のような話にも思えた。
「スゴイナァッテオモッテ…ソウカンガエルト、オニイチャン、イツモヒトノタメニタタカッテルヨネ…テ
キダッタ、エゴモマモッテ…」
「…あれは…」
「ダカラ、エゴモミンナヲマモリタイ…ミンナノタメニナニカシタイ……ダッテ…ソレガナカマデショウ…?」

『あんたさ、いつもいつも全部自分で背負い込むじゃない…馬鹿じゃないの?
女だからって、なめてんの?私って、背負わなきゃいけないほど荷物?
やめてよ、そんなの。背負われたくない。一緒に立たせてよ。背負わせてよ。もっと頼ってよ。
仲間って、そうじゃないの?』

こんな時に、幼馴染の説教を思い出した。
そうだ…仲間っていうのは…


「エゴ…ありがとよ…」

震える腕を、十字架へと伸ばす。意識よもってくれくれと強く念じる。痙攣する中指で、なんとか、そっと
十字架に触れた。

127腐れ飯〜memory3〜:2011/05/07(土) 23:35:19

「随分と、珍しい客がきたもんだ」
息子と同じ色のこの中年は、随分とガタイがよく、細い息子とはあまり似ていなかった。
「こいつは、母親似なんだよ。」
そういって、リビングの端、出窓の写真に目をやる。髪が長く、綺麗な黒髪をしていた。確かに、息子とよ
くにて細く瞳が大きかった。
「新之家の男は、黒髪が好きになるんだってよ」
大剣はブスッとした顔でパンをかじる。つい先ほど、この父親にゲンコツで殴られたばかりだ。
父親は恥ずかしそうに顔を赤くして、いやぁと言いながらゴツゴツした鼻の頭を掻いた。
「俺の名前は新之 勇士。白東の都の兵隊やっててな。一応隊長についている。」
「白東…?」
ユエは、出されたパンやコーヒーには全く手をつけず、ただ部屋中を見渡していた。
昔、自分が住んでた家と、どこかしら似ていたのだ。
そんな時、白東の都ときいて首をかしげたら、勇士は随分とぎょっとした顔になった。
「嘘だろあんた。白東の都を知らないやつがいるのか?赤子でも知っているぞ。異世界人でもなけりゃ、知
らないやつなんていねぇよ」
ユエは、少し考えるように顎に手をかけた。
「…まぁ、そのようなものかな…」
少し静かになるが、勇士が大きく噴出した。
「ぶわっはっはっは!こりゃぁいい!異世界から来た好青年ってわけだ!いいね!気に入った!」
「いいのかよ、父ちゃん。こいつ怪しいぜ」
「駄目だぞ大剣。これくらい大きな心を持たねば、勇者にはなれん!」
勇者…という言葉に反応する。自然と口が開く。
「君達は…勇者なのか?」
「ん?…んー。まぁそうだな!俺らの先祖はそりゃぁもうとんでもねぇ勇者でよ。かつて世界を脅かした
邪神から世界を守ったっていう伝説を持ってるんだ。それから新之家は代々、お国の兵隊を担っているわけ
だ。」
大剣は、パンを一気に飲み込み、牛乳を飲み干して、コップをガンと机に置く。
「俺はそんなのじゃ終わんないね!俺はゴッドマスターになるんだ!国とかそういうのを超えた勇者にね!」
「この糞ガキが…まぁたそんなお気楽なことを…」
「守る……」
大剣は、サッと椅子から立ち上がり、そのまま窓にかけてあった随分と大きな木刀へと近づき手にして、玄
関の方へと走っていく。
「おいおい。無茶すんなよー」
勇士は一応声をかけたが、恐らく届いていないだろう。
「…どこへ?」
「修行だっていつも言うんだよ…小さい頃から、ご先祖の話聞かせたらあぁなっちまった。もうそんな歳で
もなくなってきたってぇのに…。まぁ、勇者になるっていう気概は褒めてやらんでもないな」
「…さっき、ごっどますたーなどと言っていたけど…」
大剣は、再び鼻の頭を掻いた、おそらく恥ずかしくなるとする癖があるのだろう。
「いやー。ありゃぁあのガキが作った造語でね。まぁようするになんでも守れる勇者になるってことさ。そ
んな奴が必要なほど殺伐とした世界なんて冗談じゃないがね」

何でも守れる勇者……

そんなフレーズを、あんな明るい顔でいえるのか…

少し興味がわいた。

「新之…さん…だったか」
「ん?」
「少しの間、泊めてくれないかな…ここしばらく、休んでないんだ」
勇士は腕を組み、背もたれに深くもたれる。
大きく口角をあげ、白い歯がむき出しになる。
「おうよおうよ!泊まってけ!異世界の話も、聞きたいしな!」
「…僕もだ…」
ユエは、やっとコーヒーに手をかけた……。

128腐れ飯〜one more chance2〜:2011/05/07(土) 23:36:16
体中に電撃が走る。
傷口から、銃弾が飛び出す。
目の前がチカチカと光る。脳みそが強く発光しているような気さえした。

「うお…お…お お お お お お お お お お お!!」

急激なエネルギー増加。
心臓が車のエンジンのように震え、血液を体中に送り出す。あまりの衝撃に、卒倒しそうだった。しかし、
気分の悪さが驚くほどなくなっていく。

気付けば、両膝がしっかり自分の体を支えていた。

十字架から手をはなす。これだけのエネルギーを得たのに、まだ十字架は熱く光っていた。
「…すげぇ……」

立てる。そう感じた。手を握り、開く、それを何度かくりかえす。完全とは言えず、痛みもまだ残っている
ものの、全く気にならない。

あたりを見渡す。
アイリ、玲の二人の意識はなくまだ小さく呼吸をしている。
グレイとナインは洞窟のところで同じく倒れこんでいる。
セイスイは…いない。剣は下唇をかみ締める。

…やはり全員回復は無理だ。おそらく全員の傷をある程度治せるくらいはあるだろうが、衰弱から抜け出し
て尚且つ戦闘できる状態となるとあと一人か、二人だろう。

アイリに目をやる…。
こいつは、エゴを鎮め、自分が来る前、そして来た後も頑張ってくれた。
……休ませよう。
剣はそう思い、身を翻す。

「ちょっと…待ちなさい…よ…」

声が聞こえる。驚いて、ゆっくりと首をと回す。
アイリが、色を失いかけた眼で、こちらを見ていた。
「かっこ…つけてんじゃないわよ…私を気遣ってんの?」
顔が、赤い。高熱を出しているようだった。本当に苦しそうで、口をあけるのもやっとのようだった。
「お前は戦いすぎだ…ちょっと休んでろよ」
「……ここで、私を回復させなかったら…来世まで呪い殺すから……」
新之は、ガクリと肩を落とす。こんな状況でまだ闘おうなんて女は世界中に何人いるんだろう。
「仲間…でしょ?…頼りなさいよ…私も」

ハッとする。
まったく 俺は本当に馬鹿だ。また同じことやるつもりだったのか?

「お前…本当にアイツに似てるなぁ…」

そういいながら、アイリの手をとる。アイリは、苦しみに耐えながらも笑って見せた。
剣は、少し可愛いなと思った。

129腐れ飯〜赤い光〜:2011/05/07(土) 23:37:15
「この女着替えさせていいのか?」
いつまでも放っておくのもどうかと思い、ヨナタンは、ノートパソコンをいじりながらユエに語りかける。
しかし返事がないので、パソコンから目を移す。
ユエは眠っていた。

「……さっきの交渉が、最後のチャンスだったな」
もう、和解は無理そうだ。
いっそここで、自分が殺してしまうか…。

いや

この男の恐ろしいところは全く死なないところだ。
今あの心臓に手をかけて、それでも生きていたらどうする?
俺は、間違いなく野望を果たせずに殺される。

大きなリスクを背負うのはヨナタン=パーシュの人生哲学に反する。

ここが崩れる前に、なんとかルビーを出さなければ…

ヨナタンは、ゆっくりとパソコンを閉じた。




======================================

「俺は死んだのか?」
少年は周りの人間に語りかける。しかし反応は全くない。
「ここは…地獄か?…天国か?」
まさかここまで闘ってきた自分が地獄ということはないだろうと少年はこめかみをつつく。
そういえば小さいころ、蟻を踏んで殺したような…
それでころかさっき大きなヘビを…
「まさかそんなので地獄なのか!」
そう叫んだ瞬間。何かがカッと光った。
何もない空間の奥、薄く赤い光がオーロラのように漂っていた。
とりあえず、ここにいても会話できる人が一人もいないのでその光を追って進んでみることにする。

薄い光が強さを増す

よく目を凝らすと形が見えた。

人だ。人の形をしている。

もう少し近づこうとしたあたりで声をかけられた。

「誰?…」

光っていて見えにくいが、恐らく女性だろう。容姿も大体わかる。女性らしい女性…という感じではなさそ
うだ。
「あなたは…?」
「私かい…?ルビーだね」
「ルビー?」
「あぁ。元々は、こんな格好じゃなかったんだけどね…っていうか格好どころか形もなかったけど。いっつ
も傍にいる奴が強く望むもんで、こんな格好になっちゃったよ…あ、口調も、性格も変わったなぁ」

  レイド は、思い出した。

「お前が…」
キッと睨むが、ルビーはおいおいと手を前で振った。
「いやいや、ちょっと待ってよお兄さん。」
その口調は、思った以上に優しかった。

「ここに座りな。なぁに、喧嘩しようってわけじゃない。あんた疲れてるみたいだし。休もうじゃないか」

レイドは、釈然としなかったが、言われたままに座る。

「ちょっとお話してこうよ。あの男としか、話したことなかったんだ。」

130Mark@エゴ:2011/11/09(水) 21:06:32
一瞬、閃光が上がる。すぐに闇に戻る。

アイリは、深く吸った息を吐いた。
白い手をエゴから離す。電光が半分ほどに減っている。
「オネエチャン……」
手を引いた後、アイリは倒れる仲間たちを見る。

――呼吸。
剣とアイリの目が合う。
「ありがとう……剣」
アイリは眉をゆがめた。目を細めた。
それでも剣の目をまっすぐ見つめ、振り絞るように言葉を吐き出す。
「ごめん、ごめんね、絶対無駄にしない」

長い間を置いた後、剣はアイリの背中に手を置く。
ゆっくりと、彼女が立ち上がるのを手伝った。

131Mark@ルビーとレイドの会話:2020/05/24(日) 14:45:11
「戻してくれ」
ルビーを相手に、レイドは開口一番そう言った。
「……無理だね」
ルビーは目を伏せ言った。
「この空間は、私自身なんだ。ちょっとブッソウな言い方になるけど、あんたが少しでも暴れようものならたちどころに生気を吸われてお陀仏になる。それに、私はあんたを傷つける気はないよ。繰り返すがね」


レイドはしばらくルビーを睨む。だが、その後ふと自分の右手に目を落とし、2、3度強く拳を握って見せる。その度に拳が力なく緩むのを見たレイドは、やっと堪忍したかのように座る姿勢を少し崩した。
ルビーは満足げに口を緩めた。だが、レイドはまだ諦めていないかのようにルビーへの警戒の目は解いていなかった。そんなレイドの状態を見て、ルビーは何を話そうかとしばらく思案し、少しして口を開いた。


「……まず、ごめんね。ユエが、悪いことしたね。」


「……?」
レイドは敵の親玉と思われた相手からの思わぬ言葉に目を丸くした。
「レイド、と言ったか。もし私が生きた人間で、場所もこんなんじゃなかったら、お茶とお菓子を用意できただろう。でも、悪いけどムリだ。私は私以外にはなれないし、ここにいる事しかできない。ここにいる事は、しばらくガマンしておくれ」
レイドは困った顔になりしばらくむむむ、と返答に悩む。そんなレイドの顔がおかしくて、ルビーの顔からくすっと笑みがこぼれた。
「……俺は、なんて返せばいいかわからん」
レイドがやっと絞り出した返事だった。
「別にいいさ。立場的に敵同士なんだし」
「いや……敵同士でも、さ。グールをけしかけて来たやつらの力の源だから、どんな邪悪な奴だと思ったが――お前からは邪悪な気が、全然ないと言えばうそになるが、――思ったよりも悪いやつって感じがしない」
「ははは」
ルビーがまた笑った。よく笑う女性だとレイドは思った。厳密には性別はないのだが、限りなく人間臭い感じがした。
「面白いやつだね、あんた。あたしにそんな事言ったのは、あんたで二人目だよ」
「2人目?……最初のやつは?」
気が付けば、レイドはいつのまにかルビーへの警戒を解いていた。

132Mark@ルビーとレイドの会話:2020/05/24(日) 14:45:48
***


遥か昔。この地に人間が生まれる前だったろうか。
この地に形を成したルビーは、長い年月を経て、いつしか膨大な魔力を持つものになった。


後からこの地に来た人間たちはルビーの魔力や絶大な力を求め、時に戦争に使うために掘削し、時に神として崇め、讃えた。
ルビーのためにこの地では何度も激しい戦争が繰り返された。
やがて、戦乱の世も終わる。
戦いを繰り返さぬようにと、紅い財宝の秘めたる力は一部の力あるもののみの間で伝聞されるのみとなり、やがて、伝える者たちも減っていった。



長い平和の時代が過ぎるとともに、ルビーへの畏怖と信仰は、人々から忘れられていった。



「信仰を失った神は、消えるんだ」
そう語るルビーの声は穏やかだった。――それが余計、レイドには無常さを感じさせた。
「たまたまでかい魔力を持ってて、それで人間や、色々な種族の生き物が寄ってきた。心のよりどころにするやつもいただろう。……でも、私だけでは、何もできない。ここから動き出すこともできない。そんな時にあいつが来た」
ルビーは過去に思いをはせるように目を伏せながら語った。
「――そいつが、ユエだった。一緒に来たヨナタンは私を利用する事しか考えていなかったけど――ユエは、何か違うものを感じた」


「ユエは色んな所を放浪し、またここに来るたびに、私の壁の前にどっしりと座り込んだ。ずっとだ。そして強く願うんだ。――〝ここに、いさせてくれ〟って。それだけさ。私は困ったね。そんな願い事、されたことなかったから。」
ルビーは続ける。
「ユエは何度も私の所に来て、同じように私と対峙した。私には、ユエのやっている意味がわからなかった。私を崇める人々のように、その力に頼る風でもなかったからだ。――ユエは迷っているんだけど何か意志を持っているのは確かで、見えない何かを探しているようだった」
ルビーは瞼を閉じる。瞼の裏で、過去のユエを思い出すように。
「こいつと会ってそんな事があるうちに、いつのまにか私はこの姿になっていた。なんでだろうな……」
彼女は照れくさそうに微笑みながら、
「多分、私もユエのことをずっと考えるようになっちゃってたんだろうね」


***

133Mark@ルビーとレイドの会話:2020/05/24(日) 14:46:18


「レイド。――あんたと、あんたの仲間は、どんな奴らなんだい?」
「――俺か?」
「この中からは炭鉱の全部の景色が見えるんだ。今までいろんな奴らが来たが――ユエがここを守るようになってから、ここまで抵抗できたのはあんたたちが初めてだからね」
「そうか――」
レイドはあさっての方を見る。果てのない赤一色の空間で、出口と思われる場所はどこにもない。
「……景色、見せてやろうか?赤ばかりのこの世界を眺めていても、飽きるだろうよ」
「そんなことが、できるのか?」
ルビーはふ、と何もない空間に手をかざすと、そこが淡い光が真四角に広がり、廃坑の最奥――ルビーの壁の下で休む、ユエとヨナタンを映し出した。
「おお……!!」
レイドは身を乗り出し映像を見る。触れてみようともするが、すり抜けてしまう。やはりここから外には出れないようだ。
「色んな所が見れるよ。この炭鉱の中なら全部ね」
「俺の仲間たちは、どうしてるんだ?」
「………」


ルビーは黙りこくる。彼女を見るレイドの目は真剣だ。
「……虫の息、だね。あんたはその姿を見て耐えられるかい?」
レイドはそう言われ強張った顔で口を真一文字にした。苦しげな顔で、何かを思案する。その内、その顔が解けぬまま――言葉を絞り出すように言った。


「……たとえ、俺がここで死ぬ運命でも……仲間は……仲間のことは、応援して、やりたい……」
レイドは続ける。必死に何かに耐えているようだった。
「〝頑張れ〟って……そう、心で言ってやりたいんだ」


ルビーは、申し訳なさそうに微笑んだ。
「……さっきのは、半分ウソだよ。あんたの仲間のうち2人は、仲間のお人形さんにケガを治してもらったから」
彼女は映像の場所を切り替えるために、手を再び宙にかざす。

「……じゃ、いっしょに、見ようか」

134Mark@剣とアイリ、グレイたちと別れる:2020/05/24(日) 14:47:30
エゴの能力で傷を癒した剣とアイリは今、廃坑の奥へ奥へと進んでいる。



***



残ったメンバーをどうするかは、思っていたよりも迷わなかった。
剣たち廃坑の探索メンバーは、ここを守る吸血鬼と最初に戦うまで半月以上広い廃坑の中をさまよい、時にモンスターたちとの戦いにも見舞われた。
だが、その結果廃坑の地理に聡くなり、どの場所が敵に見つかりやすく危険か、また逆にどの場所が比較的安全なのかをある程度認識できるようになったのだ。
剣とアイリは廃坑の中ほど――長い探索の途中で見つけ、残りの仲間と再び合流するまで2人の拠点にしていた場所を、ナインたち負傷した残りのメンバーの隠れ場所にする事にした。
近くに泉があり、大小さまざまな岩がまばらに散らばり、隠れやすい場所だった。


「……悪ィな、なんの力にもなれなくて」
静かな岩陰にボロボロのグレイを座らせ、剣は申し訳なさそうに彼に言った。
グレイは傷だらけながらそれを知らぬ風に剣にガハハ、と笑って見せる。
「お前だけのチームじゃねェよ。オレは平気だ」
剣の表情は重いままだった。グレイは笑うのをやめ、無言になる。
原因は明らかだった。
負傷した探索メンバーたちが集まって岩陰に隠れる奥で、一人背中を向け表情を悟らせずうつむいている――ナインがいた。
「剣、行くわよ」
アイリが黙り込む剣の腕を引っ張る。
「おいお嬢ちゃん、そんな急いでも――」
「剣」
グレイの制止の言葉を遮り、アイリが強い口調で言った。
「らしくない事してないの」


「あんたがエゴに選ばれた意味、しっかり考えて」


メンバー全員が無言になり、泉に落ちる滝の音だけが響く。
剣はアイリの言葉を聞いた途端、うつむき、強く目をつぶる。そして強く拳を握ったかと思えば――
「……クックックック……」
「えっ」
「――はっはっはっはっは!!」
突然笑い出した。

「ちょっ……どうしていきなり笑うのよ!!」
剣は心底おかしそうにアイリに振り向く。
「いや……お前に励まされるなんてなぁ。」
アイリは照れくさそうな、微妙な表情をする。
「とにかく、さっさと行くわよ!」
「いや。――待ってくれ」
剣が笑うのをやめた。背中を向けるナインをまっすぐ見る。

「ナイン!!」

ナインの背に向け叫ぶ。呼ばれたナインは何も言わない。

「俺でも壊せなかった吸血野郎の鎧をお前は砕いた!!それだけじゃねぇ!この廃坑を進んでた時、色んなカベがあったけど、お前の冷静な判断がないとうまく進めなかった!!」

剣は続ける。

「そりゃお前になんか言われてカチンと来ることはあったけど……」

剣は、黙りつづけるナインにもかまわず続ける。

「俺はお前の事、冒険者として尊敬してる。少なくとも俺は――お前が欠けたこの廃坑の旅なんて、想像できない!!!そんだけだ!!」


言い続けるだけ言って剣は満足したのか、フンッと鼻息を鳴らし、
「以上!行くぞアイリ!!」
剣は自分の腕を掴んでいたアイリを逆に引きずらんとする勢いで、廃坑の奥へ向かって歩き始める。
「ちょっ……ちょっと!私のペースも考えなさいよ!!」
うろたえるアイリの姿も、剣と一緒に、遠くの方へ消えて行った。

135Mark@剣とアイリ、グレイたちと別れる:2020/05/24(日) 14:48:27
***


「……剣ニイチャンに引っ張られてるアイリネエチャン、ちょっと笑ってた」
2人がこの場から遠ざかっていくのを、横になったエゴは笑みを浮かべ見送っていた。
「……そうか」
同じく二人を見送っていたグレイはエゴを見下ろし優しく返事をした。
「あの二人って、なんかふしぎ。いつもケンカばっかりしてるけど、すぐに元に戻っちゃう。
 二人とも、見えない何かで繋がってる気がする」
「……お前にもいつかわかるよ、エゴ」
グレイは、毛の生えた大きな獣の手で、エゴのウェーブがかった赤毛を優しく撫でてやった。

「……さて、」

グレイはエゴの髪を撫で終えると、痛みをこらえ、荷物の入ったバッグを手にぐっと身を起こした。
「戦った後だから腹が減ってしょうがねぇ。ちょうど荷物に取っておいた上物の肉があるから、ちょっと俺はよそで食べて行こうかね」
グレイは自分の荷物を背負い、立ち上がる。
「ここに残って大丈夫か?エゴ」
「ウン。ダイジョウブ。」
グレイの問いに、エゴはうなずく。グレイは満足そうに笑みを浮かべた。
「しばらく戻んねぇよ。連戦連戦で腹減ってんだ、それに貴重な食料だしな!ガッハハハ!!」
大きく笑った拍子に傷口が痛んだのか、グレイは「あいでっ」と身をかがめ縮こまる。エゴはオロオロしながら彼を見守ったが、グレイはそんなエゴに対してバツが悪そうに笑い返してみせた。


「じゃあな」
そうして周囲を改めて見渡すと、レイドはエゴたちから離れるために歩いて行った。
「キヲツケテネ……」
エゴは、離れた場所に行くグレイを見送った。

136Mark@剣とアイリ、グレイたちと別れる:2020/05/24(日) 14:49:00
***



「――剣。一番奥に行く前に、あんたに見せたいものがあるの」
廃坑の奥深く、負傷した残りのメンバーからはだいぶ離れた場所で、アイリが不意に止まり、剣に言った。
「――あぁ?なんだよいきなり。手短にな」
唐突にアイリに話を切りだされた剣は、ぶっきらぼうにアイリの返事を待つ。
アイリは荷物をだいぶ減らしたバッグを探り、あるものを出した。


土に汚れてはいるが、ピンクと水色のパステルカラー。端にはフリルが付いている。
エゴが廃坑にいた時付けていた札――リボンだった。


「これ――」
剣も思い当ったらしい。目つきが鋭いものに変わる。
そういえば、さっきエゴたちを休ませたときリボンは外れていた――不思議に思ったが、戦いの最中に取れたんだろうと思っていた。
「私と剣がエゴに治してもらって、残った仲間をさっきの岩場に運んでる最中に見つけたの。
 仲間にはモンスターがいないか見回りしてくるって言って離れたけど、本当はこれを調べてた」
リボンを持ち、剣に見せるアイリの顔は、そのかわいらしいリボンのデザインとは不釣り合いなほど真剣だった。ふいに、アイリが無言でそのリボンを二、三度こすった。ふと、リボンが淡い光を放って浮かび上がる。淡い光は映像となり、剣とアイリの目の前に映し出される。


映像は、剣とアイリ、そして仲間たちの廃坑での探索の様子を映し出す。
剣はそれだけでも驚きの顔をしていたが、アイリはさして反応する様子もなく淡々とリボンをこすって映像を切り替え続ける。


宿屋の廊下。アイリたちが泊まった宿の二階だ。
そこで、ドアの下で座っている一人の人形がいた。剣とアイリは遠目から見てもわかった。――エゴだ。
やがて、映像はもう一人、廊下を歩く人物を映し出す。
見覚えのある赤毛にマフラー、腰に吊るした銃――ナインだ。
ナインとエゴの距離が近づいてゆく。
やがて、ナインはエゴの前で止まる――エゴの座っている場所こそ、ナインの泊まる部屋のドアだった。
ナインは人形を見下ろすと、無言で――



思い切り、エゴを蹴り飛ばした。

137Mark@剣とアイリ、グレイたちと別れる:2020/05/24(日) 14:49:39
アイリは苦々しい表情をしながら、リボンをこすり映像を消した。映像から発せられていた音が消え、辺りは再び静寂に包まれた。
「この廃坑は奥へ進めば進むほど、気が狂っちゃいそうな――嫌な予感にさせる何かがある。エゴは人一倍その感覚に敏感だから、その何かの発する狂気に当てられたのもあると思う。でも、エゴがナインを刺して暴走した直接の原因は――たぶん、何かのきっかけで〝これ〟を見たからよ」
そう言い終えてアイリは苦しげに眼を閉じ、瞼の裏で思った。

どうして守ってあげられなかったんだろう。このリボンを罠だと見ぬいてさえいれば、エゴは、ナインは、みんなは。

だが、剣へと視線を移したときアイリは戦慄した。
――剣の顔が、激しい憎悪と怒りに染まっているのを見た。
その感情を向ける対象がナインではない事は痛いほどわかった。
――このリボンを仕組んだ、見えぬ敵へのものだ。

「最ッッ低な事しやがるヤツがいるんだな……」
剣は、言葉を振り絞るように言った。――剣の、聞いたことない声色だった。
「剣」
アイリが剣を呼ぶ。
「あァ!?なんだよおまえ――」
剣が荒んだ声色のまま振り向いた途端、




アイリが、剣の両頬を軽くひっぱたいた。




「―――ッ」
剣は、怒りの行き場を失い目を丸くし、呆けた顔になる。
両頬を両掌で掴んだまま、剣の目を、アイリの澄んだ目が見つめる。苦しそうに耐えていた。アイリもまた、怒っているんだと剣は気づいた。

「聞いて、剣」
再び目を開け、アイリは剣に強く言った。

「怒りや憎しみに振り回されないで。敵は、あんたの言うように、最低で、邪悪な奴らよ。感情的になったら、そいつらの思うツボなの」

アイリは続ける。

「敵はさっきよりももっと強い力を隠しているかもしれないけど――あんたには仲間がいる。この廃坑から外に出れば、あんたを待ってる他の仲間だっているでしょう。でもあいつらには私達みたいな仲間はいない」

剣の頬を掴む掌に力がこもる。

「もしこの先、敵の策略にはまったり、絶望しそうになったら――一緒にこの廃坑を旅してきた、私たちを思い出して。そして、戦って。――私たちも、あんたのために全力を出す」
剣は、実感が飲み込めないような顔をしながらアイリの話を聞いていた。だが、今いる廃坑の通路に静寂が戻り、アイリの目を再び見れるようになったとき、――剣の眼が、次第に戦うものの目へと変わっていた。
そして、




「―――おう」





簡潔な返事だった。だが、先ほどの憎悪に染まったものとは違い、明らかに意思を持って言われた言葉だった。
アイリはほほ笑んだ。その顔から後悔と悲しみの色は消えていた。

「じゃあ、はい」

アイリが剣の両頬から手を離し、代わりに右手を剣に突き出して見せる。剣が怪訝な顔をしていたら――
「ほら――、男の子たちって、しょっちゅうこうするんじゃないの?」
「……んなもん、特別な事でもねぇ限り滅多にしねぇよ」
恥ずかしげに照れるアイリに剣は苦笑し、自分も右手を出した。


アイリと剣は、握手のように強く拳を組んだ。

138Mark@ナインとエゴ、二人きりになる:2020/05/24(日) 14:50:39
廃坑の地下深くを奥へ奥へと進む。
その間、アイリがずっと浮かない顔をしていたのに剣は気づいた。
「……おい、アイリ」
「何よ」
アイリが顔をしかめ、バツが悪そうに返事をする。何か考え事をして、それを隠したいのが剣にはわかった。さっきは仲間だとか言ってたくせに、こいつもこいつでめんどくせぇなぁ、と剣は思う。
「お前さ。……なんか気になること、あるんじゃねぇの?」
ガラではないが聞いてみる。アイリに気を遣うなんて、慣れねぇな。
「だから、なんだって言うのよ」
「ほら、俺たち戦いに行くんだし?お前がなんか隠し事してて、ちょっとわだかまりがあるなんて……いただけねーよなー、なんて」
言いながら、自分自身もちょっと情けない顔になっていくのがわかった。剣はちょっと自分がいたたまれない気持ちになった。
「……あんた、私からそれを聞いてどうすんの」
「おめぇの辛気臭い顔なんて見たくねーんだよ!!俺もどんどんゲンナリしてくからさっさと言え!!」
「……ぷっ。あんた、しょうがないわね」
半ば必死になってたらアイリが笑った。久々に見た自然な笑顔に、剣はちょっと緊張が緩んだ。


「……エゴのことか?」

少し経って落ち着いたところで、剣が問う。アイリは図星だったのか目を見開き、再び憂うような表情になった。
「けが人を置いて行ったのもあるけど、エゴが……あの状態のナインといて、心配なの。グレイはああ見えて面倒見がいいから大丈夫だと思うけど」
先ほどと違い覇気のない声でアイリが喋る。アイリの前髪が目を隠す。
「置いて行ったのは俺たちなりに話し合った結果だろうが。エゴの方は……お前が一番よく知ってるだろ」
「?」

「この旅で色々あったけど、今まで俺たちの中で一番エゴをちゃんと見てやっていたのは、アイリ、お前だろ。だから、お前がエゴの事を大丈夫だって信じてあげたら――多分、エゴも大丈夫なんだよ」
似合わない事を言った、と剣は思った。こういうのは本当にガラじゃない。
気まずくてちらりとアイリを見た。

――剣の心配は杞憂だった。
アイリはどこか照れくさそうに微笑んでいた。
「あんたも、粋な事言うのね」
そりゃ……と剣が頭を掻く。
「俺が大丈夫だって、思いたいだけだよ。エゴとナインは、大丈夫だって」
アイリはふたたびククッ、と笑った。
「私もあんたと同感よ」



***

139Mark@ナインとエゴ、二人きりになる:2020/05/24(日) 14:51:24
負傷したメンバーたちが休む岩場。グレイは一人メンバーたちから離れ、残ったのはエゴとナインだった。
眠っているエゴの姿は、彼女の人形としての整った様を際立てていた。


しばらくふさぎ込んでいたナインが、ここでやっと顔を上げる。ナインは周囲の景色を見渡し、今この場にいるのがエゴ以外いないのを確認すると、ゆっくりと体勢を変えて岩壁に寄りかかった。

ナインはエゴから目を離し、吸血鬼に傷つけられた自身の右手を見た。
銃を持つための利き手。ここに来るまでに持ち合わせのポーションや薬草を使っても、この手の傷は回復しきれず、手のひらの傷口はドクドクと脈打っていた。


ナインは知らず知らずのうちに、深く、深呼吸ともため息ともつかない息を吐いた。


周りの物に当たるなんて、そんなガキみたいなこと、できるわけがない。音を聞きつけてグレイとエゴに気づかれたらどうするのだ。
ナインは、エゴから、この人形から離れたくなった。
痛む体に耐えて、立ち上がろうとする。ふいに、


いつのまにか起きていたエゴと、目が合った。


「……何だよ」
ナインは、動揺する心を鎧で覆うように、あえて棘のある声色を繕ってエゴに言った。
「ナインオニイサン……ココカラ離レタラ、危ナイヨ」
「それがお前になんの関係がある」
棘のある言葉。エゴは上体だけ起こしながら困ったような、泣きそうな顔をする。以前の戦いの疲労がまだ残ってるのか、エゴの顔はやつれているようだった。
「エゴ、ナインオニイサンに、コレ以上傷ツイテホシクナイ」
「……」
ナインは出そうになった悪態を呑みこみ、
「……俺は、まだ戦えるから平気だ」
嘘だ。雷魔法も、あと何発撃てるかわからない。
エゴはナインの返答には触れず、続けた。
「サッキハ、ゴメンナサイ。ナインオニイサンヲ傷ツケタリ、ナンカシテ」
「冒険で恨みを買われる事なんか日常茶飯事だ。邪魔だから蹴ったお前が、たまたま俺たちの仲間に加わっていた。それだけだ」
「……ソレダケナノ?」
「どういう意味だ」
怪訝な顔をするナインに対し、エゴは答える。
「アノ時ノエゴ、スゴクカットナッテテ、周リガ見エテナカッタ。デモ、落チ着イテ、今マデノコノ旅ノ事ヲ思イ返シタラ、ナインオニイサン――ドンナ時モ冷静デ、何カスル時モ理由ガアッタヨネ」
話を聞いていたナインの眉間に皺が寄っていく。
「ホントニ――アノ時蹴タノダッテ、邪魔ダカラッテダケナノカナッテ――ソンナ単純ナ――ホントハ――」
「もういいだろッッ!」

無意識にナインは大声を上げていた。らしくない事をしたとすぐに後悔した。――離れたグレイや、モンスターに聞こえはしなかったかと、一瞬心配になった。
「〝邪魔だったから〟――それでいいだろ……!!お前にとっての俺は邪魔者でいいんだよッ、お前は――俺だけ恨んでいれば――他のやつらだって――」
「そんなのもう終わったんだよ!!!!!」


エゴが、弱っているとは思えないはっきりとした声で、ナインを遮った。
「どうして自分を傷つけるようなことを平気でできるの!?剣ニイチャンだって、他のみんなだって、ナインオニイサンが憎まれ役になる事なんて望んでないよ!?エゴだって――ほんとに邪魔だからって理由かもしれないけど――!!オニイサンが嘘ついるかどうかわからないまま悶々としてるなんて――エゴ、そんなの、嫌だよ!!」
エゴのナインへの叫びは、半ば涙声が混じっていた。必死だった。そうしないと、遠くへ行こうとするナインの肩を掴めない気がしたからだ。
ナインは振り絞るように目を閉じた。エゴの叫びに耐えているようでもあった。――やがて、観念したように目を開くと、言った。
「――誰にも、言うなよ」

140Mark@ナインとエゴ、二人きりになる:2020/05/24(日) 14:52:07
***


ナインは、小ぶりな、座るのには手ごろな岩に身を降ろし、横になったまま聞く準備を終えたエゴと向かい合った。
身をかがめ、深く息を吸って吐き、ゆっくりと顔を上げる。そして、静かに話し始めた。


「――大分昔、俺がまだ、小さかったころだ。俺はラドリオの荒野で、師匠のイーグルとともに賞金首を追って生きてきた。親は物心ついたときからいなくて、イーグルが俺の親代わりでもあった。
 荒野には銃と硝煙の匂いで溢れ、毎日のように人が死ぬさまを見た。
 俺は生きるために、イーグルから色々な事を教わった」

エゴは、静かに話を聞いていた。ナインは続けた。


「ある日、イーグルと荒れ果てた村に立ち寄った時、病気の妹と暮らす、その頃の俺と同い年の少年と出会った。少年はイーグルに、『妹の薬代を工面するために、賞金稼ぎになりたい』と、弟子入りを志願して来た。イーグルは最初は乗り気じゃなかったが、少年の熱意に押されたのか、渋々承諾した。それからはその少年も俺たちの旅についてくるようになった。――多分、イーグルは俺に、同い年の友人を与えたかったんだと思う」


ナインは一旦話を切り、少しの間目を細めた後、また話し始める。


「荒野の中にある大きな街へ寄った事がある。色んな店があった。移動の最中、少年が人形の店で止まったので、俺も不思議に思って少年の視線の先を見た。――ショーウィンドウに、立派なビスクドールが飾られていた。生きてるように精巧な作りで、服の装飾も細かいやつだ。女のおもちゃなんて、とからかう俺に少年は言った。『妹にあげたい』と。当然俺たちにそんな金はなかった――しばらくするとイーグルが来て、俺たちをその日の宿に引っ張って行った」


ナインはその先を言おうか一瞬ためらった。だが、エゴの、見守るような視線を見て、ほんの少しだけ続けようと思った。


「この国には――、いや、この様々な異世界がひしめくこの次元には、色々な人形がある」

ナインは続ける。

「普通におもちゃとして遊ぶものから、魔力を秘め、魔術の道具になるようなものはもちろん、それ自体が意思を持ったり、お前のように戦ったりできるもの、そして――道端に置かれていて、触れると毒に侵されたり、トラップにかかったりするものだ」


ナインは、そこまで言うと先ほどのように再び押し黙った。口が、心が、これ以上言うのを拒否する。時間そのものは短いのに、ナインにとっては永く感じられた。

エゴの目を見た。ここまで話したナインが、これから先言う事を察したようだった。心配そうに見つめる目は、ナインにとってはどうしようもなく澄んでいて、心のすべてを見透かされているようだった。
「俺は大丈夫だ」
ナインは観念したように言った。続けよう。ナインはそう思い、黙っていた口を再び開いた。


「――俺たちと旅していた少年は死んだ」


出た声は、ほとんど抑揚がなかった。


「――人形の爆発から、俺をかばって死んだ」



***

141Mark@ナインとエゴ、二人きりになる:2020/05/24(日) 14:53:37
ナインは、絞り出すように言葉を紡ぎ、続けた。



「旅の途中だった。俺とイーグルが少年を仲間に入れてから一年ほど経った頃か。
 イーグルが少し離れたオアシスで、馬の手入れをしている間、少年は俺に『この辺を探検してみないか』と言ってきた。敵に会うのは嫌だと俺が言う前に少年は歩き始め、――しょうがないから俺もついていくしかなかった」


「オアシスの近くには、かつて貴族たちが生活していた廃墟街があって、実際探してみたら、コインや、宝石や、換金できる魔術アイテムが見つかった。俺は中々見つけられなくて、少年ばかりそういうのを見つけるから、少し嫉妬していた。――気が付いていたら俺も、財宝やアイテムを探すのに夢中になっていた。少年が行かなそうな場所はないか……と街の奥へ奥へと行ったら、ある貴族の家を見つけた。俺は吸い込まれるようにその中に入った。廃墟の二階へ上がった――」


過去を語るナインの顔から、表情が消えていく。


「廊下に、俺と少年が前に街で見た、例のビスクドールとよく似たものがあった。俺は宝を見つけて少年を見返したいと思う以上に――少年が前、妹に人形を渡したいと言っていたことを思い出していた。ずっと前に廃墟街にはモンスターがほとんどいなかったから、俺は警戒を緩めていた。人形は精巧な作りだった。近づけば近づくほど、それがわかった」


もはやエゴを見ていなかった。抑揚のない声で過去を語る彼は、どこか遠くを見ているようだった。


「俺は静かに人形を抱え上げた。――その時だった。人形の身体から『ピ、ピ、ピ』と電子音が鳴った。俺は驚いて人形を手放し、逃げようとした。だが人形から十分に離れるには遅すぎた。ふいに、少年が、俺に覆いかぶさるように飛び込んできて――大きな爆発が起きて、俺と少年は吹き飛ばされた」


「………」

ナインはここで再び黙る。


「――気が付いたら地面の上にいた。少年が俺の上に覆いかぶさっていた。少年は生きていた。だが……(ここで口を噤む)……むごい姿だった。爆発に気づいたイーグルが遅れてやってきた。少年は虫の息で妹の事ばかり呻いていた。『妹をよろしくな』。俺にそう言った。――最期は、イーグルが彼を撃った」


エゴは、黙ってナインの話を聞いていた。


「……あの後、イーグルは少年の妹に当分の薬代を送った」

ナインは更に続ける。小さい声だった。
「しばらくはそれで保っていたそうだ。――だがある日、病状が悪化し亡くなった。
 ……イーグルはそれ以降、俺以外の弟子は取らなくなった」



***

142Mark@ナインとエゴ、二人きりになる:2020/05/24(日) 14:55:16
全てを話し終えたナインは深くため息を吐いた。


「……恨んだままでいい。こうして御託を並べたところで、あの時俺がお前を蹴った理由が半ば邪魔だったのは本当だ」


ふたたび、ため息を吐き、うつむく。両手の指を強く組む。
「本当に、俺は……お前にとって最低な奴だ」

指を強く組むと、合わさった掌に刻まれた傷が、ジクジクと痛むのをナインは感じた。
「命が、本当に軽い場所で、生きてきた……元々一人が好きな所もあった、だが……いくら仲間を得ても、俺の、生きてきた積み重ねが……仲間を……壊す……」


ここでエゴは上体を起こし、ナインに近づこうと立ち上がりかけ――失敗して、よろめく。ナインはそんなエゴに気づき、身体を支えようと一瞬動きかけ、すぐにやめた。
「ナインオニイサンは……昔の失敗もぜんぶ武器に変える、つよい人なんだね……」

語りかけてきたエゴに、ナインはハッと目を見開く。
「エゴは、ナインオニイサンみたいには、なれない。ナインオニイサンは、ずっとひとりで戦ってきたんだね」
エゴは泣きそうな顔をしながら続ける。
「でも、仲間たちみんなが思ってるように、エゴもこの廃坑から出たい。ケンニイチャンやアイリネエチャンと同じくらい大切な、台風とニーハオが、待ってるから」
エゴは、這ってでもナインに近づこうとする。だがその度によろめいて失敗する。ナインはハラハラしながらエゴを見ていた。
「ナインオニイサンは、外だと悪い人かもしれない。でも、この廃坑を旅してきた皆と、ワルイ吸血鬼を倒して、ここから出たいって気持ちは同じ。……だから、皆に代わって、お願いしたい事があるの」
エゴは潤んだ目でナインを見る。青りんごを思わせる澄んだ大きな目は大粒の涙で潤み、エゴがまばたきをすると、一滴、落ちた。
「どうか……どうか今、この廃坑を旅してる間だけは、エゴたちの仲間でいて。仲間のフリでもいい。でも、とにかく――ひとりで全部背負わないで。エゴたちを、信じて」
エゴが再び這おうとした途端、バランスを崩し一気に倒れそうになる。あわや地面に顔をぶつけそうな時だった。


――直前にナインが駆け出し、エゴの身体を右手で支えていた。


涙で目を潤ませるエゴに対して、ナインは普段と変わらぬ冷静な顔に戻っていた。
「難しい相談だ。……まずはお前の場合身体を休めなければ、な」
「オ……オニイチャン……」
エゴの大きな目から、涙がぽろぽろと、こぼれた。

143Mark@ヨナタン出陣:2020/05/24(日) 14:56:18
***



廃坑の、最奥。ルビーが輝く大広間。
ヨナタンはノートPCの置かれた机のそばで、しゃがみながらスニーカーの靴ひもを結んでいた。
彼の机から少し離れた場所には、棺桶、使い込まれた机、着替えなどの装備品を入れた棚など、ユエが生活するための簡素な家具が揃っており、ふたの閉じた棺桶の中からはユエのものと思われる寝息が聞こえている。
PCには廃坑の内部が映し出されている。廃坑中に放った使い魔たちを監視カメラとして操っているのだ。

ヨナタンは靴ひもを結び終わるとノートPCを操作した。画面が切り替わり、廃坑の奥深くを進む剣とアイリの風景が表示される。
「――この二人には、オイラの魔法とセイスイをぶつける」
ヨナタンは意地悪く顔をゆがめる。
全快した二人が一番の脅威だ。ここは自分の操る魔法と、ユエに洗脳されたセイスイの力で確実に潰す。


ヨナタンは、次は、とまたPCの映像を切り替える。
グレイとナイン、エゴが休む岩場が映り、更にPCの操作をすると――


廃坑の道。剣とアイリが負傷した彼らを岩場へ連れていくために使った道だ。
そこを大量のグール軍団が、グレイたちの休む場所に向かって進んでいた。
「――怪我をしてるやつらは、弱ってる所をぶちのめす」
ヨナタンは、気分良さげに口を釣り上げた。


「いーなぁ。いーんじゃないの?こいつら倒せちゃうんじゃないの?今回のやつらも前と同じ、案外大したことなかったな」
ヨナタンは小躍りするようにステップをし、ユエの眠る棺桶に振り向いた。
「ユエ!起きてるんだろう?」
ヨナタンは棺桶に耳を当てる。返事はない。
「お前はそこで寝てな?オイラがパパッと片付けてやんよ。ルビー様の力を少々拝借して、な」
ヨナタンは笑う。そしてルビーの壁を見上げる。ふたたび、意地悪く口を釣り上げてみせる。
「……セイスイ!先に行ってろ。オイラはちょっと支度をしなきゃな」
ルビーの壁から視線を離し、ヨナタンはルビーの壁によりかかるセイスイに呼びかける。彼女はジャケットこそ羽織っていなかったが、新しいシャツとスラックスを着ていた。傷は、癒えていた。
セイスイは光のない目をした顔を上げ、ヨナタンについていく。ヨナタンはセイスイとともに広間の端にある魔法陣へ歩いて行き、彼が呪文を唱えると魔法陣が光の柱を上げた。光の柱に飲まれたセイスイは、姿を消した。

セイスイを移動し終えたヨナタンは、ふたたびルビーの壁へ歩み寄る。
その途中、ユエの棺桶とすれ違う間際、こう漏らした。
「……お前はオイラを信じていないだろうな、ユエ。それでも、オイラにもそれなりの考えがあるのさ……」



***



暗く覆われた人一人分の密室。ヨナタンが去ってから少しした後、棺桶のユエはゆっくりと目を開いた。
吸血鬼の特性か、真っ暗闇の棺桶の中でもそこに何があるかはよく見えた。
ユエの目は、外界を遮断する棺桶のふたの、その裏に貼り付けてある、一枚の写真に向いていた。
そこには先ほど戦ったヘアバンドの青年とよく似た少年と、その親と思われる男が写っていた。後ろの風景には賑やかそうな祭りの屋台が並んでいるのが小さく見える。
近景の人物は少年と親しか映っていない。だが、その間に、ボロボロのマントと、ひょうきんなひょっとこの仮面が浮いていた。そこだけ透明人間が写っているようだった。普通なら心霊写真だろう。だがそれもかまわず、少年と親は二人して笑っていた。
写真の隣には、ひび割れて、欠片を集めて接ぎ直したひょっとこのお面が貼り付けられていた。
「……吸血鬼は写真には写らない、か」



ユエは、この少年――大剣と、共に写真を撮った日を、思い返していた。

144Mark@ネズミの通る音もしない:2020/05/24(日) 14:57:07
深い、深い廃坑の奥を剣とアイリは進んでいた。


廃坑の道は進めば進むほどどんどん寒くなり、天井にはいつのまにかいくつものつららが伸びていた。
剣とアイリは鋭いつららに刺されぬように、地面も凍っていたので滑らぬように、と注意深く進んだ。
そうしてしばらく歩いた。道は細くなったり、広くなったりもした。
だいぶ奥まで進んだ。――ここで、二人は訝しむ。


――敵が、まったく出ない。


ナインたち負傷メンバーと別れてからここまで、弱い小動物のモンスターをのける事はあったが、
ユエたちがけしかけてきたような――仲間たちを苦しめた大小さまざまなグールたちと出くわすことがなかった。
以前この近辺で腐臭に耐えてグール達と戦った分余計に警戒が増した。
それでいて、最奥へ向かえば向かうほど殺気は痛いほど感じられた。

剣とアイリは警戒を解かぬまま歩き続けた。
やがて、地面を踏むたびに、ピシャ、ピシャ、と音がした。水たまりの水音だった。
上を見れば先ほどのつららは溶けており――壁や地面が崩れ、荒らされた空間に出た。
二人は気づいた。


剣とアイリが、以前仲間とともに吸血鬼と戦った地点へ着いたのだと。


「ぐ……」
むせ返るほどの血の臭いに剣は口元を覆う。
匂いだけにやられたのではないだろう。アイリは剣の背中をさすってやった。
「大丈夫?」
「いや……平気だよ」
剣はうめくように言葉を出した。吸血鬼に敗れ、全滅寸前まで追い込まれた場所。剣は唇を噛みしめた。
「……早く、行きましょ」
アイリが優しく言う。剣は無言でうなずき、そのままアイリとともに歩き始めた。


この場を通り過ぎる間際、剣とアイリは二人してちらり、と岩の陰になっているところを見た。
そこには玲が気を失ったまま横たわっていた。
彼女の傍らには、出口への道が書かれた地図があった。


剣とアイリは玲から視線を離し、これから進む暗闇の道へ、また進んだ。



***

145Mark@ネズミの通る音もしない:2020/05/24(日) 14:57:37
玲は、暗闇の中で目をさました。


魔法で指先に小さな炎を点け、辺りの景色を照らす。
剣たち探索パーティが先ほど吸血鬼ユエと戦っていた場所だった。
天井にはつらら。地面には土砂の混じった水たまりが散乱し、むせ返るほどの血の臭いがした。

「私……なんて、ことを……」

玲は顔を青ざめながら身を起こす。――正気だった。彼女は、自分が気を失う前の記憶を思い返した。

剣とアイリがエゴの魔力によって全快し、負傷したグレイ、ナイン、エゴを一か所に集めたのはおぼろげながら覚えてる。
その後、剣がアイリに「試してみたい事がある」と言い、アイリの了承を得た後、玲の目の前に座り込み――

剣が気を集中するように目を閉じると、彼のヘアバンドに光がともった。
戦いに使っていたようなギラギラしたものはなく――その光は、暖かく、安心できる雰囲気があった。
その光を見てからの玲の記憶はない。


目が覚めると、それまで玲の内部を侵していた暗い邪気が消えていた。
吸血鬼の支配から逃れたのだ。
怪我も少し治っていた。剣とアイリが、自分たちの荷物から貴重な回復薬のひとつを使ってくれたんだろう。
傍らには、出口までの道を記した地図があった。


玲は苦しげに眉をしかめる。吸血鬼に洗脳されてから、その間の事はずっと覚えている。
ひどいことを、仲間たちにした。そう思った。

……それよりも。

洗脳が解けても、わずかに残った吸血鬼の邪念が、彼の今いる場所をおぼろげながら玲の脳内に映している。
巨大なルビーの壁がきらめく大広間。
――剣たちは、そこに向かっている。玲は直感で悟った。


玲は、地図と、最奥へ繋がる道を交互に見、地図に目を落とす。
地図を開き、最奥までの道を確認する。――その後、その地図を、自分のバッグにしまった。


玲はしっかりと地面を踏みしめ立ち上がる。
自分はさっきまで敵だった。それでも。
仲間たちを、助けねば。


玲は水の混じった泥で足が汚れるのも構わず、強く地面をけって走り始める。
目指す先は、剣とアイリが向かった先だった。




***

146Mark@ネズミの通る音もしない:2020/05/24(日) 14:58:10

ビチャッ、ビチャッ、と腐敗した体液を滴らせる音を立てながら、大量のグール軍団が廃坑の通路を進む。
グール軍団は大小さまざまな生物たちが入り乱れ、中ぐらいの動物や小動物が溶けかかったようなものも、壁や天井をカサカサと這うものもいれば――


ドシン、ドシン


後から来るのは大きな音を立てながら進む巨体が5つ。エゴがユエとの戦いで、アイリを守るために撃ちぬいたグールとほぼ同じような存在だ。


大量のグール軍団達が、狭い廃坑の天井の土を時折ぱらぱらと小さく崩しながら進み、やがて――
――グレイ、ナイン、エゴ。負傷した探索パーティが休む岩場へと、到着した。
グール達は岩場の空間の中に強引に歩を進め、数多く点在している岩と岩の間を、これまたたくさんの人数でそれぞれ探った。


――グレイたちの、姿はなかった。


「ググッ、グゴゴッ」
先頭にいた一つ目のグールがきょろきょろと岩場の周辺を見渡す。ほかのグール達も同じように視線をキョロキョロさせる。
見つかったのはグレイがきれいに食べきった肉の骨だけ。
グール達は更に岩場を探り続けるが、探索パーティ三人のいる様子は、ない。


グール達が途方に暮れて、なおも惰性で探し続ける間。
ナインが先ほどよりかかっていた、岩壁の辺り。


ほんのわずかに、ずれた切れ目があった。



***


炭鉱、どの地点に当たるのか。



かなり細い、今までの炭鉱の道と比べ整備されていない通り道。
その中を、グレイ、彼におぶられたエゴ、ナインが、低い天井の下を軽くかがみながら進んでいた。
「……こんな道、なんだって今まで教えてくれなかったんだぁ?」
「変な動きをして敵に情報漏れたらまずいだろ」
困ったように笑うグレイにナインは冷静に返す。


オリキャラたち探索パーティは、半月以上の長い間廃坑をさまよった。
そのおかげで、廃坑の地理に聡くなったのもある。
それだけじゃない。最初に気づいたアイリが、ナインだけにこっそり教えた事――


――抜け道の、存在。


かつてこの炭鉱で仕事をしていた炭鉱夫か、あるいはかつてここに挑んで散った冒険者たちが作ったのか。
どちらにしろ、この廃坑を知り尽くしたと思われるユエたちでさえも知らず、使い魔による監視カメラの届かない道が、あったのだ。


まず、グール達が来る気配を動物的な勘でいち早く察知したのは、ナインとエゴから離れた場所で肉を食べているグレイだった。
グレイはナインたちの所に戻り、敵が来ることを教えた。
だがこの場を離れる術がわからず唸っていたグレイとエゴに、ナインが立ち上がり、岩壁の、自分がよりかかっている部分を軽く押した。

門が押され、小さな道が現れた。

グレイとエゴは驚いたが、ナインは至極冷静だった。
アイリはこの道を使う事も見越して、三人の休む場所をこの岩場に選んだのだ。


そうして三人は小道の中に入り、こうして進むに至ったのだ。


***

147Mark@ネズミの通る音もしない:2020/05/24(日) 14:58:43

剣とアイリは吸血鬼ユエを倒すために最奥へ二人進むことを選んだ。
その後に戻ってくるだろう二人と合流できないのは痛いが、その場に隠れて留まっても大量のモンスターたちにいつか見つかるかもしれない。
そのリスクを考え、負傷したナインたち三人はこの小さな抜け道を進むことに選んだ。
抜け道がどこに繋がっているのかは見当もつかない。いつか行き止まりに行き着くかもしれない。
先頭のナインが用心深く小道を進んでいると、目の前に、

「おい。どうした、ナイン?」
「……分かれてる」


グレイが後ろからナインの視線の先を見ると、先の道が二つに分かれていた。二つともどちらに続くのかはわからない。二つに一つの正解か、それとも両方ハズレか。
「……ふむ」
ナインは思案した。あえてどちらにも進まずこちらに留まり、岩場に密集したグール達が去るのを待とうか。少し距離があるから、自分たちに気づくまで時間がかかるだろう。
だが、もし気づかれたら――そう思いかけた時、



ふと、右の道の遠くから、黄金色の明かりが差した。



三人は突然の事に構えの姿勢を取る。
この道を知っているのは今、この炭鉱の中では自分達だけのはず。
――敵か?だが、そんな気配が不思議とない。
灯りは最初こそ小さかったが、少しずつ、少しずつ近づいていく。
グレイだけが呆気に取られた声で呟く。
「――金色の、ネズミ……?」




光の主は、光の灯った懐中電灯だった。
それを持ち、ナインたちの前に現れたのは――


***



「車掌―――?」


ナインが思わず声を漏らす。
そこには、ナインたち探索パーティがこの街に来たとき、駅で最初に彼らを迎えた車掌だった。
ぼろぼろの帽子、古びた制服の上に、使い込まれたケープを羽織り、デイバッグを背負っている。
その後ろにはもう一人、シーフ風の格好をした者がおり、短剣をいくつか装備し、車掌と比べて軽めのリュックを背負っていた。
「へへっ。駅長に頼み込んで、ここに来る許可をもらったんでさぁ」
車掌はバツが悪そうに笑う。


「そうとは言っても、後ろの彼は何者なんだ?」
「彼はメイ・ウッド。あんたたちより前にこの炭鉱に入った冒険者たちの生き残りさ」
車掌はメイを手で指し紹介する。
メイは無言でうなずく。細身のわりに筋肉はついていて、浅黒く、強面の顔をした男だった。重苦しい声で口を開く。
「……おれと仲間たちは、この炭鉱の吸血鬼――ユエ・グァンと遭遇した。
 他の仲間はみな殺された。――俺だけはこの炭鉱の抜け道を知っていたから、ユエの目を逃れて炭鉱から脱出できた」
「そうか……」
グレイは思い出す。自分が落とし穴に落ちた時、落ちた先に散乱していた新しい骨の存在を。


メイは親指でくい、と通路の先を指す。
「敵にここが見つかる前に、早く行くぞ。この先は炭鉱の出口へ繋がっている。
 ――外に出れば、まだユエに洗脳されていない街の住人もいる」
「そういうこった」
車掌が肩をすくめる。


「――わかった」
ナインたち三人は、車掌とメイについていくことを選んだ。

148Mark@銀糸の修羅/金の光、明星の如く:2020/05/24(日) 15:00:14
先ほど吸血鬼と戦った戦場を通り過ぎてもなお、剣とアイリはカンテラを頼りにさらに奥へと進み続けた。
感じられる殺気が、二人の身体を締め付けるようでもあった。


歩くうちに、先ほどまで氷の張って寒かった道が、逆に熱を持ち、次第に暑くなっていく。
――熱い、と言った方が正しいのだろうか。空気に触れているだけで火傷しそうだった。
ふいに、歩いていた剣が何かにつまづきかけ、体制を立て直す。――炎で焼かれて溶けたグールの死骸だった。
「何だよこれ――」
「これ、――レイドがやったのかしら」
気が付けば、辺りには同じように様々な形のグール達の死骸が、焼かれた状態で無数に散らばっていた。
熱はまだ新しかった。――まだ炎が小さく残っている箇所もあった。
とにかく、暑かった。


―――――ッッ、


ふいに、アイリが突然険しい顔になる。
「――おい、どうしたアイリ」
「―――――何かが、来る」
「そうかい」
剣はアイリの勘がよく当たる事は、この廃坑の探検でよく感じていた。
だからこそ、余裕な笑みを繕って、――敵の来るだろう前方に向け、自らのつるぎを構える。


無音。その直後、前方から、カツ、カツ、と足音が響く。
剣は訪れるだろう敵に対して、光の斬撃を放とうとつるぎを持ち変える。

「味方だろうと先手必勝だっ!!」

そして、つるぎに溜まった光のエネルギーを振って放つために足を踏みかえた、その時――




突然、足元が何かに引っ張られる感覚がして、剣は思い切りバランスを崩した。



「がッ―――!!?」
驚愕する剣、アイリ。剣の左足はいつのまにか魔法で生まれた鎖で縛られていた。
「!!?なんだよこれッ!!」
「敵の罠よ!」
剣を縛る鎖は先ほど彼がつまづいたグールの陰に繋がっており、そこには始点である魔法のくさびがあった。
「くそっ!どうにかして取れねぇのかこれ――」
剣がくさびを破壊しようと剣を振り上げた時だった。

天井から巨大な水球が落ちてきて、剣を包んだ。



「ぐぼっ!ごぼっ……がばっ!!」


剣は水球に閉じ込められ、苦しそうに暴れる。
やがて、水球の中に凝縮された水が、洗濯機のごとく渦を巻き始め、剣の身体を振り回す……!!
「がぁッッ……!!」

剣は完全に敵のペースだった。
その間に、いつのまにか道の前方の壁に、見慣れた人物がよりかかっているのを見つけた。
青い髪。細身でスーツがよく似合う姿。指を水球に向け突き出し、形を制御しているようだ。
アイリは相手を睨む。
――セイスイも、光のない青い目で、アイリに顔を上げた。


剣は巨大な水球の中でなす術もなく溺れている。
反撃のために剣を握ろうとも、中の水流の渦が縦横無尽に攻めてきて、なかなかできないでいる。


「――ほうら、セイスイ。オイラの言った通りにすれば簡単だろう?」
緊張の中、また新しく別の人物の声がする。
前方の暗闇から現れ、セイスイの隣で止まる小柄でカジュアルな服の男。
この男もまたアイリも見知った存在だった。
――彼女たち探索パーティがの泊まった宿の主だった。

「水の能力はなんでもできる。以前のこいつみたいにただ凝縮させて撃ったり斬ったりするだけじゃあない。
 ――使いかた次第で、相手の息の根を確実に止められる」
「――宿主さん。あなたがセイスイにこの使い方を教えたの?」
「おっと。オイラの事はヨナタンって呼んでくれよ」


宿主が得意げに語るのをアイリは睨み返していた。

149Mark@銀糸の修羅/金の光、明星の如く:2020/05/24(日) 15:00:48
アイリはグール達の死骸が散乱する周囲の景色を見る。よく見ると、剣を縛ったのと同じようなくさびが至る所に撃ちこまれている。


「ヘタに動いたらあんたもお陀仏だぜ、お嬢ちゃん。
 見たところあんたは他の仲間と比べてさして特殊で強い力は持ってないように見える――
 小僧を溺死させ、あんたにもセイスイをぶつけて倒せば、あとは弱った奴らを潰して終わりさ。――簡単な話だなぁ、ほんとに」
「―――そうかしら?」
「あ?」


ヨナタンは怪訝な顔をしてアイリを見――いない?先ほど自分は彼女を見ていたはずなのに、いつのまにか消えている。


ヨナタンはキョロキョロと辺りを見回す。いない。気配が消えている。――その瞬間だった。


突然その場にいたセイスイが、ピアノ線のごとく細い糸に身体を絡め取られた。
セイスイの後ろにはいつのまにかアイリがおり、彼を縛る細い糸を指で操っている。
動揺するヨナタン。――だが彼が事態を飲み込む前にアイリはまた彼の視界から消える。
能力の主からの制御を失い水球が破裂し、中にいた剣が水浸しで地面に落ちる。


「―――くそっ、どこに行った!!」
ヨナタンは突然のことにうろたえながら構えを取ろうとしたその時

「エゴに   リ ボ ン を仕    込んだ の は」

ふいに背後からアイリの声がヨナタンに囁く。抑揚のない声。


「   あん  た ?」
ヨナタンが振り向くとアイリはいない。そう認識する間もなく


ヒュンッ


セイスイを縛ったのと同じ細い糸――ストリングスがヨナタンの左腕を縛り、あらぬ方向へ引っ張る。
ヨナタンは糸を縛る主に振り向こうとする。――そこにもいない。
色々な方向からストリングスに絡め取られた左腕を引っ張られ、体勢を崩される。


横の地面から足音がして、くさびを構えて振り向くとそこにはおらず、死角となった反対側から投げられたナイフが右肩に直撃する。
前方からビチャビチャッとグールの死体を踏む音がする。振り向く。いない。後ろからカタン、という足音。振り向く。そこもおらず、何も音がしないはずの右からまたナイフを投げられ、頬をかすめる。


「 セ イスイ にあの技 は
  合  わ
   な か    った み た  いね」


前から、横から、上から、後ろから、移動しながら色々な方向からアイリの声が聞こえてくる。


「水 を留まらせたま ま  動
       かす な んて」


パニックになったヨナタンは声がする方へ闇雲にくさびを投げるが、どれも当たった感触はない。
地面に大量に敷いたくさびも、アイリの正確な位置がわからないので拘束魔法の信号を送りようがない。
アイリが視界から現れ、また消え、を繰り返す。色々な方向から不規則に聞こえる足音。


「そ ん   な器用 なこと、けっ こう  神経 を使っ たみ  たい」


ふいに突然、アイリが自分の目の前に現れ、踵に仕込んだハンマーを顔にぶつける。軽く吹き飛ぶヨナタン。また視界から消えるアイリ。


「 そのぶ  ん彼の隙を  突 くの は 簡単だ     った わ」


ヨナタンが倒れ、起き上がろうとした時だった。




「あんたは弱い」




侮蔑の声がはっきり聞こえたかと思えば視界の外から突然アイリが跳びあがってきて、ヨナタンの腹を、膝蹴りで押しつぶした。
ぐしゃり、と、骨が壊れるような嫌な音がした。

ヨナタンは苦悶の顔で口から赤い液を吐きだし、倒れた。




***

150Mark@銀糸の修羅/金の光、明星の如く:2020/05/24(日) 15:01:46

***



水球が破裂する。
剣は水球から逃れ、四つんばいになって水浸しでせき込む。
足を拘束していた鎖は、アイリが敵を攻撃したため解除されたようだった。
だが、剣はそれも忘れ、アイリがヨナタンを倒すところを呆然と見ていた。

――今までアイリが自分に見せた事のない姿だった。

アイリは体勢を整え、倒れるヨナタンを見下ろしていた。
そこで違和感に気づく。


――一番ダメージを受けた腹からあふれ出た血が、地面に落ちると赤い鉱石になっている。
その鉱石は、まるでルビーの原石のようだ。
更に、先ほど自分が攻撃を与えたヨナタンの頬――

人間としてはありえない、無機質なヒビが入っていた。
アイリの頭に浮き出た考え。
まさか、ここにいるヨナタンは人間ではなく、人形―――――?


「―――ッッ!!」
アイリは咄嗟に危険を覚えヨナタンから離れる。
それからコンマ一秒も経たずに、人形ヨナタンの倒れる地面が大きくせりあがり、地中から彼を持ち上げるように大量の人形たちが現れる。
その場に産まれた人形の柱はやがてヨナタンを中心に手足と頭が生え、一体の巨人のようになっていく。
だが、アイリを焦らせたのはそれだけではなかった。
剣とアイリたちのいる周囲の、天井や壁、地面から、大量の人形が現れ――
「剣!逃げ――」
アイリが叫びきる直前だった。


***


場所は移って、炭鉱最奥の、ルビーの壁内部。
レイドは、ルビーの女とともに、炭鉱を進む剣やアイリ、他の探索パーティたちの様子を見ていた。
その最中、ルビーの内部に大量に浮かんでいた人の形たちが、禍々しい動きをしながら壁から出ていくのを、レイドは驚きの表情で見ていた。
ルビーの女はよくある光景と言った風に、特に感動する様子もなさげにこのさまを見ていた。
「これは……なんなんだ?」
レイドが問うと、ルビーの女は振り向いた。
「ヨナタンが世界中から集めてきて、奴なりに細工をほどこした人形さ。戦えるし、魔法も使える。殺人マシーンみたいなものだね」
「こんなにたくさん……どこに向かうんだ?」
「わかってるだろう?」
ルビーの女が目を細める。
レイドが目を見開いて、思い当った事があったように動揺する。
そういえば、先ほど本物のヨナタンが壁から取り出したのは、ヨナタンの形をした人形で――

「――剣とアイリの、ところに行くのか?これが全部?」
レイドの顔は、焦りが滲んでいた。
「そうだよ」
ルビーの女は淡々と言った。
レイドの顔が苦くなる。
「おいおい……あんたをいじめてるわけじゃないんだ。最初に言っただろう?どんな映像を見ても、耐えられるかって」
「だが……せっかく回復したのに……」
「そいつらにあんたの仲間が負けるって、決まったわけじゃないだろう?」
ふいに、レイドがハッ、とした顔になる。予想外の事を言われて呆気に取られたようだ。

「お前が……敵のお前が、それを言って……、いいのか?」
動揺するレイドに、ルビーの女は困ったような表情になる。
「私は、敵でも味方でもないよ。それに、困った顔のあんたを見て、かわいそうに思っただけだ」
「……やっぱりお前、悪いやつには思えないな」
ルビーの女はそれを聞いて苦笑いした。



***

151Mark@銀糸の修羅/金の光、明星の如く:2020/05/24(日) 15:02:22

「剣!逃げ――」
アイリが叫びきる直前だった。
突然、その剣本人が高速でアイリに接近し、彼女を抱えながら走り出した!!



「―――ッッ!!剣!?」
抱えられながら慌ててアイリは彼を問い詰めようとする。
「こんな人形たち相手にしてるヒマはねぇ!!さっさと奥まで行くぞ!!」
剣は高速移動しながら繊細な動きで人形たちを避け続ける。
その先には――自らを縛るストリングスを破り、攻撃を仕掛けようとするセイスイ!!
剣はセイスイが攻撃を仕掛けようとする直前に、空いた方の腕で彼を抱え上げた。
アイリは更に動揺する。
「ちょっ――剣!!あんた何する気なの!?」
「どうせ元に戻すんなら一緒に運んじまったっていいだろッ!?」

セイスイは抱えられながら光のない目で剣を見る。
そして密着した今こそが攻撃のチャンスだと言わんばかりに水の刃を練ろうとし――

「わりィな」
剣はセイスイに言い、唐突に上に投げ飛ばした。


突然空中に放られ一瞬ひるむセイスイ。
そんな彼に、剣は、ヘアバンドから強い光を発して頭上のセイスイに向けた。


ヘアバンドの、かなり大きな、それでいて、以前エゴを怯ませた時と比べてだいぶ暖かみのある光が、セイスイを、アイリを、その場にいた人形たちを包み、一瞬怯ませる。
僧侶やシスターが負傷した味方を治癒する時の回復の光に似ている、とアイリは思った。

光が発せられたのは一瞬だったが、何十秒にも、永遠にも感じられた。
やがて、ヘアバンドの光が消えると同時にセイスイも落下し、剣は再び空いた腕で彼を抱える。
アイリは呆けた顔でその一部始終を見ていたが、
「〜、……なんだよ、眩しいモン見せやがって」
自分とは反対の腕で剣に抱えられているセイスイの、ぶっきらぼうで、だが生気のある声に、アイリはほっ、と安心した。
セイスイはしかめっ面をしていたが、その目に光が戻っていた。


ここで剣がセイスイに見せたヘアバンドの光。
これは、以前のユエとの戦いが終わった後、玲に見せた光と同じものである。
アイリは剣に抱えられながら、剣が気絶する玲にヘアバンドの光を当てた時の事を思い出していた。


***


「本当にこんな事で吸血鬼の洗脳が解けるの?」
剣の言っていた、〝試してみたい事〟を聞いたアイリは、怪訝な顔で問うた。
彼の方は真剣な顔をして玲の前に座り込んでいる。
「……わかんねェ。でも、吸血鬼って言うんだから闇属性とかそっち系だろ?
 俺の能力は光メインだから、もしかしたら……闇系の洗脳とかも、うまく行けば払えるんじゃないかって」
「そー簡単に行くかしらねぇ……」
「ま、アレだよ。ラドリオ王国とかでよく見た、僧侶とか神父とかが状態異常や瀕死から回復させるアレ。――俺は試したことないけどな」
「んん゛………」
アイリは苦い顔をしてうなる。
剣は確かに光や神性系の能力をメインに使うが、こう言う状態以上から立ち直らせる技ができるようには見えなかったのだ。
「唸るな!ほら、火事場の馬鹿力って言う、アレだよ!」
実際これが馬鹿力に入るのかは置いといて。

「……本当に、やるの?光を見て目覚めて、また攻撃してきたらどうするの?」
「そんなことさせないために、俺がやる」
剣は鋭い目で玲を見ながら、
「やってみなきゃ、一生わかんねぇ」


アイリはしばし無言になった後、
「……わかった。やってみなさい。私はいつでも攻撃できるように構えてるわ」
「――おう」

剣はそう相槌を打った後、目を閉じ気を集中させる。
ヘアバンドの宝石が金色の光を放ち始める。
強く、だがそれでいて優しい光が、玲を、周囲を包む。


アイリは短剣を構えながら、剣による金の光を浴びている玲を用心深く見た。
――だが、次第に短剣を持つ手が驚愕と安堵で緩まった。


玲の首筋の傷が、段々癒えてきたのだ。


***

152Mark@銀糸の修羅/金の光、明星の如く:2020/05/24(日) 15:02:56
時間は現在に戻る。
アイリとセイスイを抱えながら高速移動を続けていた剣の前に、先ほど生まれた、ヨナタン人形を中心とした巨大人形が鎮座していた。
彼が炭鉱の通路を塞いでいて、奥に進めない。
「―――くそッ」
剣は悪態を付いて一旦止まる。
地面から生えてきた人形たちが剣とアイリ、セイスイを囲む。
「どうにか、なんねぇのかよ……」
剣が苦々しげな表情をする。
アイリは周囲を見て、剣と同じく苦しい顔をした。
「私たちがこうしてる間にも人形たちはどんどん増えていく。キリがないわね……」
「しゃーねーだろ。敵はブッ倒して進むしかねぇよ」
抱えられているセイスイが、ぶっきらぼうに答える。
「――そうだな」

だが、相槌を打っても尚、剣は迷っていた。
相手の巨大人形の身体の至る部分から、ルビーの鉱石が露出している。
他の人形たちも同じようにルビーの鉱石が身体から見える。――動力源なのだろうか。
おそらく先ほど戦った吸血鬼の鎧はこれでできていたのだろう。


だとすれば困った事になる。
――剣の武器ではあのルビーは完全には破壊できない。
あれを破壊できるのは、仲間の中ではナインの射撃のみだということ。


そしてもうひとつ、剣が今、アイリとセイスイを下ろせば、剣自身は身軽にこそなるが、もしうまく行って巨大人形を倒せたとしても、周りにいる大量の小さな人形たちがアイリとセイスイに襲いかかる事になる。
人形たちは一体一体、銃やナイフ、メイスなどで武装されている。
巨大人形の腕には右手には大きな刀、左手には銃口の大きい大砲が装備されている。


――ここでやつらを攻撃すれば、アイリとセイスイがが分断された状態で、こいつらの反撃を喰らうことになる。


ちくしょう、ここまで来て。
剣は歯ぎしりした。
周囲の人形たちが、じりじりと自分たちに迫ってくる。
その時だった

「剣さん、アイリさん、セイスイさんっっ!!伏せてくださいっっ!!!」



唐突に聞き覚えのある声が後方から聞こえ、名前を呼ばれた三人は咄嗟に伏せる。
振り向いた剣の視界に入ったのは、金の長髪としなやかな足を舞わせ、踊りながらこちらに接近してくる玲だった!



「聖氷の舞―――っっ!!」



呪文の詠唱とともに
周囲に金色の光を纏った激しい吹雪が舞う!!


周囲にいた人形たちは聖なる吹雪に埋もれ、中には氷に覆われ動けなくなる人形も出てくる。
中でも先をふさぐ巨大人形は的が大きいゆえに雪の攻撃で動きを鈍らせる!!

「今です!みなさん!行ってくださいッッ!!」

聖なる吹雪の中心で踊りながら玲が叫ぶ。
その声で我に返った剣は自分の足を光らせ、光速移動の能力を発動させる。
光速で動き始めた剣は玲に接近し――背中に無理やりおぶらせた!!
「っ!?」
突然の事に玲は驚く。
「ばかっ!お前も行くんだよ――!!!」
剣は玲を背負いながら、なおも光速の能力を使って眼前の人形を避け続ける
目標はヨナタン人形を中心に組まれた巨大人形の――頭の横の、わずかに空いた隙間!
剣は三人を掴みながら巨大人形の足に飛び乗る。
そのまま巨大人形の手が自分を掴む直前に、腹、胸、肩、と移動し――頭の横をすりぬけ、巨大人形を通り過ぎた!!
巨大人形は振り向こうとするも、剣たちはかまわず走り続け、遠ざかっていく剣たちと人形たちとの距離!!
「ッしゃぁッッ!!!」
剣は叫ぶ。逃げ切った!!



剣たち4人のいなくなった場所では、先ほど熱気に覆われていたのとは対照的に、神聖な光を放つ氷に覆われ、動かなくなった人形たちが残された。



***

153Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:04:18

「駅舎のトイレを直してもらったんですよ。それがあっしと、メイの出会いさ」
廃坑の中の細い細い通路を、車掌は自分が先頭になり、ナインたち三人を導きながら歩いていた。
列の一番後ろには、背後からの敵に対応するために、メイが短剣を構えながらついていっていた。
先頭を歩く車掌は歩きながら与太話を語った。ナインたちはそれを聞いていた。

「トイレ?あの古びた?」
「……ほら、あっしたちの街の駅舎も、もうできてからだいぶ経つんだ。それこそあっしが炭鉱夫をやる前、ガキの頃からあった。
 駅舎に設置されたトイレも年季が入ってボロボロでね。毎日掃除はしてるんだが、ある時ついにイカれちまった。
 そこへたまたまやってきた冒険者たちの一人――メイが通りかかって、駅舎にある工具を使ってトイレを直してくれた。
 他の冒険者たちはボロボロのトイレなんざほっといて通り過ぎたのにね――おかしいだろう?」
「……壊れたものが見過ごせなかっただけだ」
機嫌よさげに思い出話を語る車掌とは対照的に、メイはあくまでも落ち着いていた。
「そうさ――あっしは昔、炭鉱夫だったんだよ」
車掌は昔の事に思いを馳せる。

昔は人もたくさん住んでいた。都市部から遠く、けして裕福とは言えなかったが、あたたかさと活気があった。

だが、そこに吸血鬼ユエが住み着いてから、ルビーの魔力が増大して人を狂わせるようになった。
その上鉱山に住み着いたモンスターが人を襲うようになり――
――街は次第に住む人を失い、ほとんど誰もいなくなった。


「――ユエ、だと?」
「オニイサン、知ってるの?」
エゴが問う。
「吸血鬼ユエ・グァン――かつて様々な世界で目撃された賞金首だ。
 ある時期を境に消息が途絶え、死んだと思われていたが――」
「俺たちの戦った相手がそう、ってか」
グレイはハッ、と息を鳴らしながらナインに返事する。
明らかになる敵の正体。ナインはユエとの戦いを思い出し、無意識のうちに舌打ちした。
そんな三人を、車掌は静かに見守っていた。


「――でも、あっしらだって、ただで終わるわけには行かなかった」
車掌の目が、真剣なものになる。
「ユエが炭鉱に住み着いてる間――あっしと残った街の住人は、どうすれば奴に対抗できるのか長い時をかけて探っていた。
 ここに来たいろんな冒険者たちに手を貸してもらった。
 まともに取り合ってくれない人たちがほとんどだったが――中にはちゃんと話を聞いてくれて、吸血鬼に立ち向かおうとした人もいた。
 ――だが、どの冒険者たちもユエには適わなかった。
 この炭鉱に一度入り、生きて出て来れたのは――メイだけだ。
 あっしはボロボロになって戻ってきたメイを匿って、あっしの知る情報のすべてを教えた。
 この炭鉱のいろんな所に張り巡らされてる抜け道だってそうだ。
 ――だが、あっしとメイだけでは、ユエと、魔力の肥大化したルビーには敵わない」


駅長は一旦言葉を切り、ナインとグレイ、エゴに振り向く。


「――そんな時に、あんたとその仲間たちが来た。特にナインさん。あんたは、かつてザサーラの独裁者を倒した英雄のひとりだ。
 あんたたちなら、このバケモンに支配されちまった鉱山を、街を――救ってくれるんじゃないか。そう思った」
「……英雄なんて、そんなガラじゃない」

ナインは車掌から目を反らす。
グレイとエゴは心配そうに、ナインを見た。




ふいに、ドォォン、と、重く、地面を震わせる音が聞こえた。


辺りが振動する。
天井から剥がれた土砂が、小さくパラパラと落ちてくる。

「……こりゃ、モンスターに抜け道がバレたみたいだな」
グレイのぼやきに応じるようにナインが後ろを向く。
「まだ距離はある。――車掌さん、早く案内してくれ」
「あたぼうよ 」
――車掌は、うなずいた。

「お前さんたちのことは街のみんなに伝えてある。回復魔法を覚えている仲間もいる。この細い道を出れば、お前さんたちを癒してくれるだろう」


***

154Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:05:00
車掌とメイを加えたナインたち5人は、細い道を更に進み続けていた。
いつまでも景色が変わらぬ暗く細い道。本当に出口へ出るのかわからない。
そんな時、



唐突に、甘い花の匂いが、ナインたちを包んだ。



「……?」
「イイニオイ……」
「ッ、敵の罠か」
その場で身構える全員。だが、しばらく経っても、特に変わった事はない。
花の匂いがいつまでも香るだけである。

「……なんだよ、気持ち悪ィなぁ」
グレイがぼやく。半分獣であるぶん、嗅覚に敏感なのだろう。

小さくかさ、かさ、と、何かが岩を這う音がする。
この廃坑に住み着いた、小さな虫だろうか。

「……本当に、この先に仲間がいるのか?」
ナインが警戒を解かぬまま言った。
「炭鉱のモンスターもさすがに外には出ない。ルビーの魔力はこの鉱山の中だけのようだし……たぶん、大丈夫だ」
車掌が答える。だが、固い顔をしており、安全と確実には言い切れないようだった。
「車掌さんたちは、何かあれば安全な場所に避難してくれ」
ナインは答える。
「それは大丈夫さ。最後までお前さんたちを見送るよ」
車掌は笑う。

「……進もう」
「おう」
ナインの言葉とともにグレイもまた進む先を睨み、エゴをおんぶし直す。


負傷したメンバーたちは車掌に導かれ、細い道を進む。




***


花の匂いは、いつか消えていた。
だが、車掌がその場で突然止まる。
行き止まりのようだ。


「オイオイ、間違ってたんじゃねぇのか」
グレイが困ったように言うのも聞こえてないのか、先頭にいる車掌は、行き止まりの壁に手を当て、何かブツブツと言っている。
すると、壁に魔法陣が浮かび上がり、かすかに切れ目が入った。
「おっ……おう」
驚くグレイ。
「魔法か」
「魔法だネ」
ナインとエゴが口ぐちに喋る。
「まぁな……こういうの、ちょっとだけかじってたんですよ」

そう言い終えた車掌は、かすかに切れ目の入った壁を用心深く押す。
すると壁は門のように開き、カンテラや懐中電灯の明かりとは違う、月の自然光がナインたちを照らした。


***

155Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:05:43
***


穴から生ぬるい、それでいて心地よさを感じさせる風が吹く。
出口にたどり着いた。


車掌とナインたちは、安全を確認しながらぞろぞろと細い道から出ていく。

「っっふー………!!!」
穴から出たグレイが、解放されたように息を大きく吐く。
先ほどの花の匂いが堪えたようだ。大きく伸びると、あやうくエゴを落としそうになり、すんでのところで背負い直す。

ナインの方は周囲の景色を見渡していた。見覚えのある、整備されてはいるがだいぶ前に打ち捨てられた通路が近くに見える。
炭鉱の入口だ。ナインが他の仲間たちとともにこの中へ入ったのが、この探検のすべての始まりだった。
木々に覆われた鉱山。上を見ると、青白い満月と、無数の星々がきらめいていた。
ふと、隣の車掌もまた、星空を見上げていたことにナインは気づいた。
「きれいだろ、ナインさん」
「そうだな」
車掌は星を見上げながらぱちぱち、とまばたきする。
その目は、夢を見るようだった。
「吸血鬼がこの鉱山に来て、悪い事ばっかりだったが、ただひとつ……人がだいぶ減って、夜空の星がきれいに見えるようになったことは、いい事だって、……思っちまうんだ」
「……そう、か」
ナインは目を細めた。


「ごめんなエゴ。ずり落ちてちょっと怖かったろ」
「ダイジョウブだよ、グレイおじちゃん」
話しているエゴとグレイに、
「おい、あれを見ろ」
ナインは木々の生えた坂の下を見下ろす。
そこには、灯りを点けたカンテラと荷物を持った何人かの人だかりがいた。

「あれは……」
「街で待機していた俺たちの仲間だ」
メイが口をはさむ。ナインだけでなくグレイとエゴも、下にいる人々を見下ろす。
初日に行った食堂や、宿に泊まっていた他の人々がいた。
冒険者風の格好の人物と、この街にもともと住んでいたと思われる人々とが混じっている。
彼らはナインたちに気づくと、「おーい!」と、声を上げて大きく手を振った。遠目にも笑顔を浮かべているのがわかる。
ナインたちを長らく待っていたようだ。
「……あとは、山を降りて待っている住民たちの所に行くだけ、か」
ナインがフッ、と長めの息を吐いた、時だった。


「おいおい、ようやく戻ってきたのかい!心配したぜぇ!!」

156Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:06:31
調子のいい声とともにこちらに近づいてくる足音に気づき、ナインたち5人は一斉にそちらの方を向いた。
声の主はぶんぶんと右手を振りながら、気さくな笑顔で5人を迎えた。
「あんたは……」
車掌の緊張がほぐれる。相手は、ナインたちにとっても見覚えのある相手。
カジュアルなパーカーに茶色いジャケット、スニーカーを履いた小柄な男。
「オイラだよ、オイラ!車掌さんもこいつら連れてくるのが遅いよ!待ちくたびれてへとへとになっちまったよ」
ナインたち探索パーティたちがこの廃坑に入る前に泊まった宿の主が、彼らに向け歩いてきた。

車掌は申し訳なさそうに頭をかく。
「すまんねぇヘルマンさん。あんたの持ってる魔法アイテムを借りて、だいたいの場所は掴めたんだが……」
「いいさいいさ。アイテムを貸した分のお返しはきっちりさせてもらうぜ」
ヘルマンは車掌の手を両手で握って何度もニギニギした。
その後、車掌とすれ違う。
「あんたもよくやったよ!!」
メイの頬をパシパシと痛くない程度に叩き、彼ともすれ違う。

「やー、それにしてもあんたたちすごかったな!!」
ヘルマンは喋りながらナイン、エゴ、グレイに歩み寄ってくる。
「長い間この炭鉱でサバイバルしてきたっつうだけでもすげぇのに」
ナインとすれ違う。
「それだけじゃねぇ、あの吸血鬼と戦って、生きてここまで帰って来た」
エゴと、彼女をおぶるグレイとすれ違う。
「オイラと街のやつらは、みんなあんたたちの根性に度肝を抜かされたよ。
 あんたたちはオイラ達の希望だ」
ヘルマンが、すれ違ったグレイから離れようとした時だった。

「待て」


唐突に、グレイがヘルマンの背中のフードを引っ張る。


「………なんだぁ?」
ヘルマンは怪訝な顔をしてグレイを見上げた。
グレイは彼を睨みつけていた。敵と認識した相手にする目つきだった。
ナインも、エゴも、ヘルマンを警戒するように見ていた。


「……オイオイ、あんたたちがこうする理由を教えてくれよ。だんまりじゃわからねぇって」
困ったように肩をすくめるヘルマンに、
「てめぇからは、さっきの花の匂いがする」
グレイは重苦しい口調で言い放つ。

「あなたがエゴを捕まえて、この街に連れて来たんでしょう」
エゴはヘルマンを軽蔑した目で見ていた。
「エゴはあなたのしたこと、ちゃんと覚えてるよ」

「お前は、ここの街の住民たちと雰囲気が違う。流れ着いてきた冒険者のふうでもない。
 この街に来る前に見た賞金首リストに、お前とよく似た顔が載っていた。
 ――その写真が撮られたのが30年以上前。
 その時と顔が一切変わっていないのが奇妙だが――」
ナインはヘルマンと名乗る男に言った。
「……甘いんだよ。ヨナタン=パーシュ」
冷静だったが、静かに怒りを押し殺しているような声だった。


***


ナインはチラリと一瞬、この状況に意味が分からずオロオロしている車掌を見た。
車掌は本当にヨナタンの正体がわからないようだった。
メイの方は、状況を冷静に見て、腰に差していたナイフを片手に身構えている。



「はあぁ〜〜〜〜〜〜……………、っっと」


ヨナタンは、自分が捕まっている状況にも関わらず、うつむいて気の抜けたため息をあげた。
だが、しばらく彼が攻撃するそぶりは見せなかった。

張りつめた空気。その中で、ヨナタンはスゥ、とゆっくりと息を吸い、





ヒュンッ、と、小さな火の弾を、一発口から噴き出した。

157Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:07:29

「ッ!!」


その場にいた全員が身構える。
だが、火の弾はお世辞にも攻撃には使えない弱いもので、それもナインたちのいない木々の陰へ飛んで行った。
グレイはヨナタンのフードを引っ張り、大きな獣の手から生えた爪を突き付ける。
「てめェ、こりゃどういう了見―――」

その時だった。
小さな炎弾が当たった林から炎が上がる。
炎から上がった紫の煙が、夜風を受けてその場に広がり、


瞬間、ナインたち5人に、傷が開くような猛烈な激痛が襲った。



「「「がァァァァァァ…………ッッッ!!!!」」」
ヨナタン以外の全員が思わずその場に倒れこむ。
激痛。戦いで受けた傷口がヒリヒリと異様に痛む感覚。
ナインの両掌が異様に痛む。それだけじゃなく、回復薬で治りきらなかった全身の傷が痛み、倒れながらその場にうずくまる。
「ぐっ……ッッ!!」
彼は痛みで発狂しそうになるのを抑え駅長とメイを見た。
「がっ、あッ……ッぁあぁ……!!!」
抜け道で出会った時は無傷だったはずの二人も、痛みで喘いでいた。
何故?――よく見ると、二人には先ほどまではなかった無数の小さな切り傷があった。
だが、メンバーの中で最も状態がひどいのはグレイだった。

「がァァァアァァ!!がッ、ぐあァァァァッッ……!!!!」

グレイは痛みで充血するほど目を見開き、狂ったようにのたうち回っている。
先ほどの戦いでもっとも動き回り、もっともダメージを受けた男。
身体が頑丈なぶん、それが逆に裏目となった。
それが獣人特有の嗅覚と絡み、グレイに、発狂しそうになるほどの強い痛みを与えたのだ。

「グレイオジサン!!アッ……アァァァァッ…………!!!」
グレイから落ちたエゴも、悲痛な声を上げ、倒れこみながら痛みに悶える。人形とはいえ手負いの少女の身には大きすぎる負担だった。


「やっぱり外じゃカルネンリウス香は効きが甘いか。嗅いだ相手の痛覚に訴えるお香なんだけどな。
 あと、抜け道の中に仕込んだのは痛みの感覚をなくすゼクトバティウス香だ。
 あんたたちの痛みがお香で麻痺した間に、ちょっと使い魔を飛ばして身体に小さな傷をつけたのさ」
全員が痛みに耐える中、グレイから逃れたヨナタンは悠々とその場を離れ、人数分のくさびを取り出して5人の足下にそれぞれ投げた。
すると、くさびを中心に魔法陣が光り、魔法の鎖が現れ、彼らの足首を拘束した。
「はい、拘束っ。これ、〝吊るされた男の鎖〟って言うんだけどさ。この鎖が縛る限り、あんたたちはもうここから動けないよ」
ヨナタンは二回手を叩き、ハハハ、と乾いた笑いを見せる。
激痛を感じる中で動きを封じられ、戦慄する5人。
その間にヨナタンはブツブツと何か呪文らしきものを呟く。
その直後、5人の周りにそれぞれ半球状のバリアが張られる。
「……ッッ!!なんだ、これ……!?」
メイは自分に展開されたバリアに触れようとする。
その直前にバリアは彼の指から逃れるように後ずさった。
何回触れても、結果は変わらない。
「おぉっとヘタに攻撃しない方がいいぜぇ。このバリアの中で攻撃したらアンタたち自身に返ってくるからな」
笑うヨナタン。


そこへ、ヒュン、と風を切る音を立てて、ヨナタンの頬をナイフがかすめる。

158Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:08:00


車掌の頭が爆発した。



「イヤァァァァァァァァアアァッッ!!!」
エゴの絶叫。その場にいた全員が痛みの中で戦慄する。
血飛沫とともに頭を失った車掌はその場に倒れる。
「クソッ!!クソッ、ちくしょう!!!」
メイが怒りに我を忘れ、ナイフ片手にヨナタンへ走り出そうとする。
だが何度やっても鎖に絡め取られ失敗に終わる。
その時、ナインはメイに張られたバリアが彼の動きに合わせて動くのを見た。
一方メイは魔力をこめ、ナイフを投げようとする。
だが、投げたナイフはバリアに弾かれ、メイの肩に直撃した。
「あぁぁぁぁァァッ……!!」
痛みにもだえるメイ。そんな彼に、ヨナタンは嘲るように薄笑いを向けていた。

身体に広がる激痛。足首を縛る鎖。攻撃を封じるためのバリア。

そして、頭の爆散した車掌の屍。


ヨナタンを除きその場に残った者たちの頭に、「絶望」という二文字が浮かぶ。


***


激痛による5人分のうめき声を聞きながら、ヨナタンはふと、自分の右手を見やった。
先ほどまで若々しくハリのあった手が、木が枯れていくように、老人の骨ばった手へと変わっていた。
(シーボルトキラーの爆発技を使ったぶん、体力を削ったか)
ヨナタンは無感情にそう思う。

ヨナタンの使う魔術は、相手の精神力が高いほどそれが障壁となる。
相手の体内に使い魔を送り込んでも、脳や心臓などは精神力を司る器官のため、そこへ使い魔を到達させ爆発させるには、少々時間が必要なのだ。

(……ま、あとで戻ってルビーの力で回復すれば、いいか)
ヨナタンは薄笑いを浮かべると、自身の手から目を離した。


***

159Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:08:33

「俺は……ッッ、何も、できないのかッッ……!!!」
メイが強面の顔に似合わぬ涙を流す。
ハーブによる激痛の上に先ほど新しく肩に受けた傷が合わさり、メイはもはや起き上がる事すら適わなかった。
そんなメイの前に、ヨナタンが歩み寄る。
「次はお前だ」
そう冷たく言い放ち、手をかざそうとした瞬間、



――エゴが、痛みに耐えながらよろよろと起き上がった。



ヨナタンがエゴに顔を向ける。氷のような目線に対し、エゴの顔は、何かを決意するように強張っていた。
「――お前、どっちにしろ今の状態じゃ、何もできないよ」
ヨナタンは言った。だが、エゴはそれも構わず彼を睨み返し、背中を少しずつターボエンジンに変形させる。
「ワカンナイ、デショ……」
エゴは息を荒げながら言った。クロスに信号を送り、痛覚も少しずつ遮断しているようだった。
ナインは痛みをこらえながら、その光景を呆然と見つめていた。
彼女の顔が、発熱しているかのように赤い。
クロスから煙が立っている。――無理している。ナインは直感的にそう思った。
エゴは苦しげに続ける。
「エゴのターボを使エ、バ……こんな鎖、引きちぎれるかもしれない。そしたら後は簡単だもん。バリアも跳ね返さないくらいお前の近くに寄って、エゴのナイフで突き刺せば、いい」
「へぇー。できるの?」
ヨナタンはエゴをあざ笑って見せた。それに対するエゴの目は真剣だった。
だがナインも、グレイも、危機感を持ちながらエゴを見ていた。
クロスから上がる煙は、数時間前の戦いのようにエゴがまたオーバーヒートする可能性を示している。
痛覚を遮断し、ターボを使えば、エゴは今度こそ。

――どんな治療も受け付けない、取り返しのつかない状態になるかもしれない。


「エゴは……人形だから、痛みなんて、簡単に消せるもん。戦うための人形だから、心がないから、どんなことだって、かんたんに、できるもん」
エゴは、ハーブによる痛覚が少しずつ消えていくのを感じた。クロスに信号が送られているのだ。――空に浮かぶ無数の星は、夢に出てきて自分を諭してくれた、台風とニーハオを思い出させた。
台風。ニーハオ。エゴは二人に謝った。
ここで力を使ったら、もう二人に会えないかもしれない。


――だけど、今は。


背中の変形したターボに、魔力による炎が付き始める。
エゴは一瞬ひどい眩暈に襲われた。――信号を無理に送りすぎたためだろうか。
だが、眩暈に耐え眼前のヨナタンを強く睨む。こちらを見ながらヘラヘラと笑っている。
――こんな奴のせいで、仲間を死なせるわけには行かない。


「エヘヘ……」
異常事態のはずなのに、自然と笑いがこぼれていたのにエゴは驚いた。
「ソウダヨ……最初カラ、コウスレバヨカッタンダ……」


最初から痛みなんて消していれば、みんな、うまく行っていた。
ナインオニイサンに蹴られたときだって、この炭鉱の旅だって、
何もかも、何もかも。


ターボから強い炎が上がり、使用可能な状態を示す。
笑っていたはずのエゴの目から、涙が一滴、落ちた。







「エゴ」

160Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:09:12
突然名前を呼ばれ、エゴはハッとなって振り向く。
そこには、使えないはずの銃を構え、ゆっくりと立ち上がるナインがいた。
エゴと同じく痛みに耐えているのか。荒い息を吐いている。
「オニイ、サン……!?」
「エゴ。――今は、休んでいろ」
ナインは痛みをこらえながらだったが、あくまでも冷静だった。
「デモ……エゴダケハ、痛ミヲ消セルカラ――」
「無理するな。――俺を信じろ、エゴ」


――思いがけないナインの言葉に、エゴは目を丸くした。


「……――オニイサン?」
「痛みを消すなとは言わない。だが、痛みを感じられるのは、お前の持つ小さないのちが、お前自身を、お前のこころを守るために痛みを発しているんだ。
 命があるから未来がある。未来があるから、台風とニーハオに会える。――お前は、ただの人形で終わっていいやつじゃない。――俺たちだって、そうだ……!!」
ナインは言葉を振り絞りながらケガをした両手で銃を握る。
狙う先は、自分の足元を縛るくさび。
「オニイサンッ!!ケガシテルノニ……!!」
「――心配するな。どっち道俺の命は軽い」
振り向いたナインは苦しげな笑みを見せる。
エゴはナインに心配な目線を向けながらも、言われたとおりに、ためらいがちにターボの変形を解除する。
ヨナタンはその光景をニヤニヤと見ていた。
「そのくさびは魔力でコーティングされてるから壊れねーよ!
 それにその傷と痛みで、どうやって狙いをつけるんだ?」
「お前は黙ってろッッ!!!」
ナインは今までの冷静な皮を破ってヨナタンに吼えた。
銃の安全装置を外す。――銃を握る両掌が、ひどく痛い。痛みで気が狂いそうになる。

ナインは、ユエに両手をケガさせられた時の事――それよりもずっと前、自分が小さいころ、自分をかばって人形の爆発で死んだ少年の事を思い出した。

――あんな爆弾と、エゴは違う。

そう思った瞬間、ナインの中で何かが吹っ切れた。


「うおおォオォオォオ!!!!」


ナインはふたたび、無意識のうちに吼えていた。
銃弾を九発放つ。狙いはくさび――ではなく、くさびを囲み、支えとなっている土!!
高威力の弾丸を受けた土には穴が空き、支えを失ったくさびは傾く。
「なんだとっ!?ウソだろ……!?」
ヨナタンは驚愕する。
くさびは魔力でしっかり固定されているため、周りの土を掘っても本来は抜けないはず。
――奴の精神力が、くさびの拘束に勝ったのか!?
その間にナインはヨナタンの方をまっすぐ睨み、くさびが地面から抜けたとみるとまっすぐ彼の方に駆け出した。
次の魔法を用意しようとする間に、ヨナタンはあっという間にナインに押し倒され、額に銃口を突き付けられる。
ヨナタンは自分を組み伏せる相手の傷口に触れようとするが、直前、ナインは銃口を向けながら強い力を込めてその腕を掴んだ。


ナインが、ヨナタンを組み伏せた。

161Mark@命の眩暈の中で:2020/05/24(日) 15:10:02

最初は非力ながら抵抗していたヨナタンも、上を見上げた瞬間、自分を組み伏せるナインの、突き刺すような鋭い目に戦慄し、身体を強張らせた。
「おまえ……痛いんじゃなかったのか……!?」
「痛いさ」
ヨナタンの震えた声に対して、ナインの声は冷めていて抑揚がなかった。
「痛みで、――よく目が冴えるんだよ」
ナインは、ヨナタンの右肩を銃で撃ちぬく。パァンと乾いた音がした。
「ぐあッ……!!」
先ほどまで余裕の表情を浮かべていたヨナタンが痛みに悶える。
ナインは次に左肩、両足の付け根、順番に、機械的に撃つ。
「あッ、がッ、……あァア……!!!」
ヨナタンが痛みで絶叫するとともに、彼の服に血が滲んでいく。
「エゴがさっき言ったように、バリアの中にお前を入れれば攻撃が跳ね返される心配はないようだな。
 それよりもさっき車掌に仕掛けた技を、何故至近距離にいる俺に使わない?
 その能力も制限があるようだな」
ナインは淡々と喋りながら、掴んでいたヨナタンの腕をひねりあげる。
「ぎゃぁぁあぁァァ……!!!」

ふいに、ヨナタンが先ほどと同じように小さな火の玉をナインの顔めがけて放つ。
「何だ……」
ナインはその火の弾を避ける。その隙を狙ってヨナタンは彼を押し飛ばし、ゴロゴロと転がりながら少し距離を置いた。

「くそッ!!お前らなんてユエに殺されてしまえ……!!!」
そう捨て台詞を言い残し、ヨナタンは瞬間移動の呪文を唱え、その場から消えた。



爆殺された車掌を除き、4人を捕えていたバリアと鎖は、仕掛けた主がいなくなった事で消えた。
カルネンリウス香の残り香がまだ残っており、痛みは未だ止まないが、以前よりかややマシになった。

取り残された4人。
その中で、ヨナタンに肉薄したナインは、緊張の糸が取れたようにその場に倒れこんだ。
手のひらの傷が痛かった。


うつぶせになりながら荒い息を繰り返すナイン。そんな彼のそばに、エゴが、痛みに耐えながらもおずおずとナインに歩み寄ってくる。
「……エ、ゴ」
彼女に気づいたナインが振り向く。両者とも、痛みのためか苦しげな表情を浮かべていた。
ナインと目が合った途端、エゴは一瞬止まった。だが、少ししてからまた進む。
そうして、ナインの身体を、抱きしめた。
「ナイン、オニイサンは……軽い命なんかじゃ、ないよ」
「……お前は、そう言ってくれるか」
涙声で自分を抱きしめるエゴの目元を、ナインはそっとぬぐってやった。

162Mark@笑顔なんていらない:2020/05/24(日) 15:11:01
■■■?月?日 16:30



「遠く山からやってきたー♪」
「むさしのふるうはたけきけん!!」
「神の都の暗雲払いー♪」
「あっきらせつをたいじせん!!」
「うまいなぁ剣!さすが俺の息子だ!!」
「こらー大剣、剣を甘やかさないの」


縁側で歌う親父と俺を、母ちゃんがなだめる。
いくつ頃の事だろう。
親父が戦いから帰ってくるたび、いつもこうやって遊んでいた。




「グオー!!我こそは白東の都を破壊せしめんとするタイケン様だ!!
 逆らうものはみな食ってやる!!ばりばりとなー!!!」

突然遊びが始まる。

「さあこの白東の都は魔王タイケンの手に落ちてしまいました!果たしてタイケンから世界を守れる勇者は現れるのでしょうか!?」

母ちゃんがたまに変な実況を入れて茶々を入れる。

「うおー!!世界はこのゴッドマスター新之剣がまもる!!おまえなんかぎったんぎったんだー!!」
「おうその意気だ!かかってこいっ!!」

剣に見立てた棒っきれを振り回し、俺は魔王タイケン―ー親父に立ち向かう。



親父は俺の前ではいつも変な歌を口ずさんで、ヒーローごっこの時はいつも変な悪役になる。



「くらえくらえー!ひっさつ!!だめおしのいちげき!!」
「ぐあーっつよい、つよいぞゴッドマスター剣!!父ちゃんもういちころだー!!」
「もー剣、その辺にしときなさい!!」
「ダメなの!!父ちゃんはいま魔王なの!!」
「ギブ!ギブ!これ以上は父ちゃんもちょっと無理だ!!」



俺がテレビで覚えた変なプロレス技を、親父はいつも笑顔で喰らっていた。



「そろそろ夕飯の準備するわよ」
「おう、頼む」
母ちゃんが台所に行ったのを親父は見送る。



ふいに、でたらめな技を喰らって倒れていた親父が、ふいに俺を見た。
愛しいものを見るような、慈しむような表情だった。


「剣、おまえは……ほんとうにすごいやつだ」

その表情で、親父は俺の頭にそっと手を置き、優しく撫でた。




今でもその意図がわからない。



***

163Mark@笑顔なんていらない:2020/05/24(日) 15:11:37
■■■8月1日 13:00


汽車のけたたましい汽笛で目が覚める。
うたた寝をしていたようだ。
窓を見ると、古びて煤けた炭鉱街が広がっている。
もう目的地に着いたようだった。


剣は、苦々しい顔で今見た夢を思い返す。
父、母、かつての思い出。父がいつも口ずさんで、耳にこびりついた歌。

自分と母を捨てどこかへ行った男。


「……大っ嫌ぇだ」


剣は毒づいた。




***

164Mark@笑顔なんていらない:2020/05/24(日) 15:12:08
■■■現在



炭鉱の奥へ奥へ走る。
はるか後ろには人形たちとグールの入り混じった群れが自分たちを追いかけていた。
道が妙に広い。
先ほど見た巨大蛇の通り道なのだろうか。


「おい」
走ってる最中、唐突にセイスイがアイリに呼びかける。
「なんだよ。俺たち急いでるから手短に……」
「大丈夫と、剣。それよりも、セイスイ」
剣を収めてアイリはセイスイの話に乗る。
セイスイは仏頂面のまま、おもむろに自分の目に指をこすりつけた。
「!!?おい、何やって――」
「おらよ」
剣の驚きにも構わず、セイスイは自分の目に触れた指をアイリに向け突き出した。
その指の先には、よく見ると彼の目くらいの大きさの薄い半透明の膜が乗せられていた。
「……コンタクト?」
「お望みの品だ。あのパーカーチビ、おっかなびっくりで俺の服を着替えさせてたけど、これだけは気づかれなかった」」
「だからなんだよそれ」
「極薄の監視カメラみたいなものよ。洗脳されて自分の意思じゃ動けない状態でも、見た情報を外の端末に送ってくれるの。ありがとう、セイスイ」
「いいってことよ」
「おまえいつのまにそんなもん……」
「炭鉱に入る前、セイスイとちょっとだけ意気投合したのよ。お互いのかわいいものを見せっこしたの」
「かわいいものってなんだよ」
「……冗談よ」

三人が会話してる様子を、玲がじっと見ていた。
その視線に気づいたアイリが振り向くと、玲はそっと目を反らした。
「どうしたの?」
「……いえ、アイリさんたちはすごいなって。私は、何も考えずにこの冒険に参加したから」
玲がためらいがちに話す。
「何も考えずにみんなについてって、ちゃんとわかれば罠だってわかる宝箱に引っかかって……
 風の魔法を使って落ちるのは避けたけど、そのあとあの吸血鬼に引っかかって、」
「玲……」
剣の呼びかけにも構わず、玲はうつむく。
「私、後先考えないで、ほんとにみんなに迷惑かけて……ナインさんのケガだって」
ふいに、アイリが足を止め、
「玲」
玲を抱きしめた。

「………っっ!!」
「いいの。いいのよ。しょうがなかったんだから。だからもう、自分を責めるのはやめて」
アイリの優しい囁きか、抱擁の暖かさか、
玲の目から涙がこぼれた。

「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
「大丈夫」
剣もセイスイも足を止めていた。
モンスターが少しずつ近づいてくる予感がする。
だが、今はどうでもよかった。


「……おい。ありゃなんだ?」
場の空気を壊すことを気にしたのか、セイスイがややためらいがちに口を開く。
剣たちは彼の指さしたほうを見る。
煤けた残骸。だが見覚えがある。
「――レイドの防具!?」
レイドが、かつてここを通った証。
皆の顔が険しいものになる。
「こうしちゃいられない。……行きましょう!」
玲の言葉に、三人はうなずいた。




***

165Mark@笑顔なんていらない:2020/05/24(日) 15:12:38
長く暗い通路を通ったはるか先に、かすかに赤い光が見えた。
光は次第に大きくなる。
やがて視界が開け、冒険者たちの目前には、壁一面に輝くルビーの空間が広がっていた。
「……すげぇ」
剣がつぶやく。
元はと言えばこの炭鉱に金脈があるという噂でみな集まった。
その金脈の正体がこれか。
ーーこれはやって来た冒険者たちが狂気に陥るのも頷ける。
天井には穴が空いてるのか、月の光が差し込み、ルビーの壁をぎらぎらと照らしていた。


剣たちの歩いてきた通路の先は崖になっており、ルビーの広間の地面と思われる場所は遥か下にあった。
先に進むにはこの崖を降りるしかない。
だが、高さは50mほどあり、まともに落ちれば命の危険は免れなかった。
「レイドはどうやって降りたんだよこれ……」
「待って」
「あ?」
耳に手を当てアイリが用心深く言った。
「敵が、――来る」
アイリ以外のメンバーは後ろを向いた。
すでにモンスターたちは彼らに追いついていた。



じりじりと迫る距離。



「お前らに構ってる暇なんてないっつーのに……」
剣は武器を構えようとする。
だが、そんな剣を制止し、玲がパーティの前面に立った。
「玲……!?」
「この子たちは私がなんとかします。今から私が魔法でびゅーってやって、あなたたちをゆっくり下に降ろすから」
「そんな事言って……っ、お前はどうするんだよ!?」
「そうよ!今ここで分かれるのは得策じゃ……」
「行って」
振り向いた玲は笑った。炭鉱に入る直前に見せた、太陽のような笑顔だった。


玲は剣たちの話を聞かない内に、自分以外の仲間の体を魔法による風で包む。
冒険者たちの体が、ゆっくりと優しく地面から離れる。
アイリは苦々しく玲を見る。
「……あなたのやり方は間違ってる」
玲は笑みを浮かべたまま、何も答えない。
一方セイスイは、ただ玲を睨みつけるだけだった。



風の魔法で包まれた三人はゆっくりと、ルビーの広間の地面に向け降下していった。

166Mark:2020/05/24(日) 15:24:19

■■■???


私にそもそも意思なんてなかった。


私を利用するやつらの願いはそれはそれは大きかった。
不老不死、国の支配、敵対する種族の粛清……
だが結局みんな私を使うだけ使って破滅していった。私はそいつらを見ているだけ。
やがてこの鉱山は立ち入り禁止となり、長い時が経って生き物たちに忘れ去られた。
孤独。当時私はそんな概念すら知らなかったし、知らなかったところでさして困らなかった。



そんな時私の下に、男二人が訪ねてきた。

一人は妙に若作りした人間。国に復讐するために私を利用する気だった。
一人は吸血鬼だった。




吸血鬼は、鉱山に跋扈するモンスターたちをすぐに従えた。
強い男だった。私の下に帰ってくるたび、いつも誰かの返り血に汚れていた。


吸血鬼と出会ってから長い時が経っても、私はこの男の願いが読み取れなかった。

私はこいつがどんな事を考えているか知りたくて、少しだけ魔法を使った。
今思うと、これが私に生まれて初めて意思ができた瞬間だったと思う。

私は男の心を読んで気づいた。
こいつは最初から私を使う気などなかったんだと。
自分の願いは自分で叶えたい。そう思っていたと。
男の願いはしょうもないモノだった。
「妻とまた暮らしたかった」「子供の顔を見たかった」「できるのならあの頃に戻りたい」

「それすら叶わぬのなら、かつて憧れていた勇者になって過去をすべて清算したい」

自力では到底叶えられない願い。
どうしようもなく下らない願い。
それがこの男の本質だった。


――何故だろう。
私はそれを知って初めて、私自身の意思で、この男の願いを叶えてやりたいと思った。

167Mark@信念の愚者:2020/05/24(日) 15:24:54
■■■ルビーの壁の中



「――ルビー?」
覗き込んできたレイドの顔に、ルビーはハッと跳ね上がった。
知らぬ間に、昔のことを思い出していた。
「……ああ、ごめんね。あんたの話はちゃんと聞いてたよ」
ルビーとレイドは、いつのまにか色々なことを話す仲となっていた。
故郷の事、いろいろな地での冒険の事、仲間の事。
レイドは自分の体験したものをルビーに語った。
ルビーはその話に驚いたり、時にハラハラしたり、笑ったりしてくれた。


二人は、本来敵同士であることを忘れて打ち解けていた。
あるいは、元々そんな概念はなかったのかもしれない。
「外の世界の話を聞くのは好きなんだ。あいつがよく話してくれたからね」
ルビーはそう言っていた。


「そういえばーー」
「なんだい?」
「ルビー、おまえはもし俺の仲間たちがユエに勝ったら、外の世界を一緒に見に行かないか?」
レイドの言葉が意外だったのか、ルビーは目と思われる場所を丸くする。
「ユエの見た世界をおまえも一緒に見ようよ。俺たちと一緒に!」
ルビーはポカンと口を開けたまま黙っていた。
その反応にレイドは何かおかしい事を言ったのかと心配になったが、それから少し遅れ、ルビーはクック、と可笑しそうに笑った。
「俺変なこと言ったか!?ちょっとカチンとしたぞ!」
「いや、あんたも面白い事言うなって。だって考えてごらん?敵同士だよ?」
「そりゃあそうだが……」
「無理だよ。この身体は血で汚れすぎた。それにユエは勝つ。あんたがどれだけ希望を持とうがね」
その言葉にレイドは苦々しく目を細める。

「いいのか、この炭鉱に囚われたままで?ユエをなんとかしないと、お前は一生ここから出れないかもしれないんだぞ?」
「それくらいしょうがないね。元はただの石っころだったのが、あいつが強く願った事で私は身体と意思を手に入れた。それに……あいつは見た目より弱虫なんだ。私があいつの勝ちを信じてやらないでどうするんだい?」
「……」
レイドは少し黙りこくったのち、言葉を紡ぐ。
「……お前は、ユエが死ねと言ったら死ぬのか?」
「それは私が決める事じゃないかな」
ルビーは軽い世間話をしているかのように、へらへらと笑った。
そして上を見上げる。
赤い空間に、星はない。
「でも、まぁ、願えるなら……最期くらい、自分で決めさせてもらいたいね」
レイドは、ルビーの横顔を黙って見つめていた。

168Mark@信念の愚者:2020/05/24(日) 15:25:25
「なぁ……」
見上げていた顔を下ろしたところで、レイドはルビーに声をかける。
「なんだい?」
「名前を、教えてくれないか?」
「なんだい、改まっちゃって」
「“ルビー”だけじゃ味気ないだろ。ほんとはこういう名前がある、とかはないのか?」
「そうだねぇ、時代によってなんて呼ばれてたかはいろいろ変わってたからねぇ……あぁ、ユエが付けてくれた名前があるな」
「なんて名前だ?」
「それはーー」
ルビーが名前の最初の字を喋ろうと唇を動かす。

その時だった。



<ギ  ュ オ ォ ォ ォ ォォ ォ ォ ………!!!>



突如赤い空間が歪む。
レイドは、自分の身体が急激に引っ張られるような感覚に襲われる。
「!!?」
抵抗するレイド。
だが、もがけばもがくほど何もない空間に脚を取られ、次第にルビーから引き離されていく。
乗り物酔いのような気持ち悪い感覚に耐えながら、レイドはルビーを見た。
悲しげな、だがしょうがないと言った顔をしていた。

ルビーから離れていく。

「ルビーィィ!!!」
謎の力に身を引きずられながらレイドは叫ぶ。
「諦めるんじゃないぞ!!俺はお前を諦めないからな!!絶対ここから出す、絶対外の世界を見せる!!だから、ルビーーー」
レイドの叫びを聞いているのかいないのか、ルビーはただ微笑むだけだった。
ルビーの唇がかすかに動くのをレイドは見た。
“さよなら“と。


「ルビーィィィィィィ!!!!!!!!」


急激に外に引き寄せられ、レイドの意識はここで途切れた。



***


***

169Mark@信念の愚者:2020/05/24(日) 15:26:54
■■■数分前



廃坑最奥、ルビー壁が全面に広がる空間。
壁の下で、ヨナタンは悪態をついた。
「……畜生ッッ」


先ほどのナインたちとの戦いで魔力を使いすぎたヨナタンは、残った魔力を節約しつつ、ワープ魔法を何回かに使って分けてここに戻ってきた。
ルビーと回復道具で魔力を充填し、ナインに受けた傷を治す……はずだったが、


傷が完全に癒えない。
思ったよりも銃弾による傷は深く食い込んでいた。
完全に回復させるには、数日待つしかない。

「クソが……」
ヨナタンは舌打ちする。
そうこうしている内に剣とアイリたちがここに来るだろう。
魔術を使って皺だらけになった拳を握ると、長い爪が食い込み血がにじむ。
苛立たしげに天井の月を仰ぐ――途中で、ルビーの壁の中で眠るレイドが目に入る。
怒りが喜びに変わる。ヨナタンはほくそ笑む。役に立ってもらわないとなぁ?
ヨナタンは、血のにじんだ右手でルビーの壁に触れる―――


突如、ヨナタンの触れた場所を中心にルビーの壁は渦を巻くように歪む。
鉱石のはずのルビーは液体のように波打つ。
そうしているうちに深紅の壁の中にいたレイドの身体が少しずつ降りてゆき、
やがて壁から身を出し、完全に壁から身体を出すとぐったりと地面に倒れこんだ。
それと同時に赤い壁の律動が治まる。


ヨナタンはうすら寒い笑みを浮かべながらレイドに歩み寄る。
心に生命吸収魔法の念をかける。

生気を吸い取ったり、生命に関わる魔法は呪文の詠唱はいらない。
だが、一歩間違うと自分や相手の命を犠牲にする場合があり禁忌とされている。
この魔法を使う者たちは、基本的に悪の魔法使いとされている。

魔法を念じるヨナタンの手にうっすらと光が灯る。
この赤毛の勇者は後々使えそうだから取っておいたが、まぁしょうがないだろう。
あの鬱陶しい冒険者たちの仲間が一人消えて一石二鳥と思えばいい。
ヨナタンはその手をレイドに近づけてゆく――


唐突に、風の音が耳に入った。



「――――!?」
邪魔されたヨナタンは苛立たし気に振り向く。
方向は巨大蛇の通路。
そこには、玲のかけた風魔法を身に包んだ剣たちが降下するところだった。




****

170Mark@信念の愚者:2020/05/24(日) 15:43:27
玲の魔法による風の加護が消え、剣たちは廃坑最奥のルビーの間に降り立った。
全面に、天高く広がるルビーの壁。
天井の空いた穴からは満月が顔を出し、深紅の壁を怪しく照らしていた。


しばらく、重苦しい静寂が包む。
それを先に破ったのは、剣、アイリ、セイスイの、三人の足音だった。

「ッ、来るな!!」

ヨナタンは使い魔を操るノートPCに入力をかける。
ルビーの壁から使い魔の埋め込まれた数百の人形が現れ、歩み寄る三人に襲い掛かる。


<バシュッ>


だが、その人形たちが冒険者たちに触れる直前、セイスイの広範囲の水弾によって撃墜された。

歩みを進める剣。
「こいつがどうなってもいいのか?」
ヨナタンは持っていた魔術用のナイフをレイドの首に突き立てる。
だが剣の歩みは止まらない。いつのまにかアイリが消えている。
「アイリ」
剣が言う。


唐突に真横から飛んできたストリングスが、レイドの身体に絡みつく。
「―――!!!」
非力なヨナタンの手を離れ、飛んでいくレイド。
その先にいたアイリがストリングスの操り手だった。
レイドを抱え上げるアイリ。


ヨナタンは歯ぎしりする。
剣は彼を無視しレイドとアイリに歩み寄る。



「………ッッ」
ヨナタンは、下唇を噛みしめる。


剣はレイドの身を案じていた。
アイリは、意識はないが息はしてるという。


ヨナタンは、吼えるように叫んだ。
「無様だなぁ!!ここに来てお友達ごっこか!!!」

171Mark@信念の愚者:2020/05/24(日) 15:44:37
続ける。

「お前らが大事にしてたお人形ちゃんは清々しいくらいに暴れてくれたよ!!」


剣たちは振り向かない。
剣とアイリの間にセイスイが割って入り、レイドを見下ろす。


「大事な顔に傷をつけられたあの子はとっても悲しかったろうなぁ。
自分を怪我させたガンマンボーイがあんなにボロボロになってせいせいしただろうよ!!
元はと言えばあいつがあんな事しなければ万全の状態でここにたどり着けてただろうさ。
仲間割れってのは難儀なものだねぇ……!!」


ここでセイスイが手に水弾を纏わせヨナタンに向けようとするが、剣が制止する。


「これでユエを倒すって!?お前らが!?銀髪ちゃんが逃してあげた残りの仲間は俺にやられてボロボロだってのに!?
アッハハハハハハハ!!おかしい!!おかしいなァ!!!お前らに協力してた車掌のじじいもぶっ殺したよ!!」


ヨナタンは続ける。


「言っとくがこの後のユエは強いぜぇ?さっき戦った時の比じゃないくらいな!!
お前たちが束でかかってきても苺ジャムみたいにグチャグチャにされるのがオチさ。
どうだァ金脈につられてズタボロのホトケさんになる感想は!!
つらいだろう?苦しいだろォ?お前たちが運よく生き残っても俺たちの買収した街の奴らにリンチされるんだ!!
宝石に目が眩んだ賊もほっとかないだろうなァ!!ハッハッハッハッハッハーーー」



ここでやっと、ゆっくりと剣がヨナタンに振り向く。
その視線にヨナタンは戦慄した。

怒るでも、殺意を感じるでもない。
憐みを深く煮詰めた色。
剣はヨナタンにはっきり聞こえる声で紡ぐ。



『お前なんか、殴る価値もない』



途端、ヨナタンの身体から力が抜けた。
動けといくら心で念じても動けない。
そんな事したくないのにがくりと、うなだれる。

172Mark@信念の愚者:2020/05/24(日) 15:45:09
「………ッ、……」


気づけば身体中から汗が吹き出す。目と喉が異様に乾く。

うなだれるしか、ヨナタンにはそうするしかなかった。



***


その時だった。




<  ギ イ     ィィ  >




古い木の擦れる音が静寂を破る。



「―――ッ!!」
一斉にみなそちらに注目する。


そこには粗末な作りの木の棺があった。
棺の蓋が少しずつずれていく。

<  ギ   ギ   ギ  >

冒険者三人は鋭い眼光で各々の武器を構えた。
開かれていく蓋。
完全に開いた蓋は地面に落ち、土煙を上げた。


ゆっくりと、起き上がる人影。


月明りが眩しいはずなのに、その人影だけには影がかかって姿がよく見えない。
唯一わかるのは、ルビーと同じ色の瞳。
冒険者たちはこの男の正体をよくわかっていた。


完全に立ち上がった人影が月光に照らされる。
荒んだ目。少し長い髪に隠れた鋭い牙。
煤けたマントの下の上半身には無数の古傷が刻まれている。


「――来たか」

月光の名を持つ吸血鬼――ユエ・グァンは冒険者たちの姿を捉えると、気だるげに棺から出た。

173Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:47:39

■■■廃坑の外



満月が林を照らす。鈴虫の声が辺りに響く。
カルネンリウス香の甘い匂いは、風に吹かれてほとんど消えていた。
だが、ナイン、エゴ、グレイ、メイの四人は、まだあの酷い痛みが続いているように感じていた。
四人が倒れこむ中心には、頭を吹き飛ばされ、動かなくなった車掌の遺体があった。

「動けるか?」
ナインが確認を取り、グレイがうなずく。
地面を這い、寄せ合う四人。お互いの力を借り合って起き上がろうとする。
その時だった。


林のふもとで待っていたはずの町民たちが、ナインたちの前に現れる。
下に降りるのにあまりにも時間がかかるので痺れを切らして迎えに来たのか、と冒険者4人は思いかけ――そうではないことにすぐ気づいた。


町民たちの手には、それぞれ凶器が握られていた。
その目的は明らかだった。
「……こいつらもヨナタンの手先だったってワケか」
グレイが呟く。町民たちは武器を持ち、じりじりと4人に迫ってくる。

メイは肩の傷を抑えながら武器を構える。
エゴは、倒れこむナインを守るようにして立つ。
グレイは上半身だけ起こし、いつ戦っていいように町民をじっと睨む。


「待ってくれ」
ナインが言った。それは彼以外の冒険者三人に向けられた言葉だった。
三人は一斉にナインを見る。"武器をしまってくれ"。ナインは目でそう訴えた。
彼の考えを察した三人は、攻撃の構えを解く。
すでに近くまで来ている町民たち。


ナインは口を開く。


「道を通してくれないか」

174Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:48:36
じりじり近づいていた町民たちの歩みが止まる。

「グレイも、エゴも、メイも、みんなケガをしている。安全な場所で治療がしたい。車掌も弔ってやりたい。だから、」

町民の何人かがためらい、止まる。
ナインは町民たちをまっすぐ見据え、続けた。
「あと少し、あと少しなんだ。あと少しでお前たちを吸血鬼たちから解放してやれるかもしれない。それまでの奴らはダメだったかもしれない。でも俺たちは違う。俺たちならなんとかできるかもしれないと、信じてくれないか」

「お前たちの絶望はわかる。ここまでの時間が長すぎた。想像できないくらい心も身体もすり減ったろう。でも、仲間の剣はあの吸血鬼に傷を与えた。俺たちはお前たちを縛ってきたヨナタン=パーシュに一矢報いた。どうか信じてくれないか」


町の住民たちは、苦悶の表情でナインの話を聞いていた。
群れの奥にいた中年の男が前に出、己のシャツの襟をはだけさせる。
その首には、ビー玉大の大きさのルビーの破片が埋め込まれていた。
ナインは言った。
「それでおそらく監視されているだろうことはアイリから聞いた。だが、ヨナタンは撃退した。すぐにはお前たちに手が出せないはずだ」

町民たちの顔が苦々しいものになる。武器を持つ手がこわばる。

「失った時間は取り戻せないのはわかってる」
ナインは、構わず続けた。傷の痛みに耐えながら。

「だが未来を少しでも良い方向に導くことはできる。だから、どうか、信じてくれ」


ここですべての町民たちが足を止める。
だが武器を捨てる者はいない。

町民たちは迷っているようだった。
「……車掌には嘘をついていた」
彼らの一人がためらいがちに言う。
「俺たちはあの宿主と共犯なんだ。あいつらに協力するのと引き換えに、金と食べ物をもらっていた。それに……首のルビーは、爆弾なんだよ」

監視だけではなかった。ヨナタンに少しでも歯向かうと、その首のルビーに爆破の信号が送られるのだ。
ナインは悟った。自分たちが少しでも町民たちに何かすれば、彼らの命が危険にさらされる。


ナインたち3人は、旅の終わりを覚悟した。

175Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:49:33
――だが


町民の列の中にいた若者が武器を捨て、道を空けた。



「―――!?」
冒険者たち4人はそちらを見る。
「行ってくれ」
道を空けた若者は言った。

「おい、そんな自殺行為――!!」
他の町民たちはざわめき始めるのにも構わず、若者は続ける。
「あの野郎を撃退したんだろう?もしあんたが言うように、あの野郎がすぐには手が出せないなら、俺はそれに賭ける」

若者は、今度は周りの町民たちに振り向く。
「俺には妻やまだ幼い子供たちがいる。今まで俺はあの子たちの未来すらあきらめてきたが、希望が一筋出てきたならそれに縋りたい!あんたたちだってそうだろう」
「それは――」
他の町民たちは押し黙る。

「……わかったよ」
若者以外の町民たちの何人かが少しずつ武器を捨て、横にずれて道を作る。
彼らの中にはナインたちに歩み寄り、痛みに耐える4人の立ち上がる手助けをしてくれる者もいた。
「礼を言う」
ナインは若者に言った。
若者は、ナインたちに一瞬だけ振り向き笑って見せる。

彼らに未来を託すような、そんな笑み。

ナイン、エゴ、グレイ、メイの4人は、町民たちの助けで街へと降りた。


***

176Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:50:26
車掌の死体を町民たちから借りた押し車で運び、ナインたち4人の冒険者たちは街へと降りた。
目的地の教会の入り口に着くと、ここまで送ってくれた町民たちに礼をした。
古く、寂れた教会。都市のものとは比べなんとも頼りなく思える場所だった。
「オジチャンタチ、ありがトウ」
エゴが深々とおじぎをする。
「いいってことよ。それより、行き先は本当に教会でよかったのかい?病院ならもっとケガだらけのちゃんとした治療を受けさせることが出来るし、庁舎に行けばもしもの時にシェルターや武器庫があるし……」
「いいんだ。それはあなた達で使ってくれ」
ナインは遮る。町民達が心配する顔で見る。

その時、グレイが、突然腕を上げてガッツポーズをした。
「いーてことよっ!!お前らはお前らの心配だけしとけっ!!」
町民の1人が思わず少し吹き出すのを、グレイは満足げに見ていた。

去りゆく町民たちに、メイもついていった。
「いいノ?メイおじさんもケガしてるの二……」
「俺は比較的傷も軽いし、街のみなさんの避難を手助けしようと思う。もしもの事があった時にもある程度対処できるだろう。あとはナイン、君たちに任せる」
そう言っていた。

メイと別れたナインたち3人が教会の扉を開くと、重苦しい静寂の中に古い木の擦れる音が響く。
中に入る。埃まみれの礼拝堂に、足音がこだまする。

メイから少し分けてもらったカンテラの灯りを頼りに歩く。
階段を見つけると、冷たくなった車掌はグレイに背負わせ、3人は地下の階段を降りる。
暗い空間。地下へと続く階段は長く、闇へ闇へ沈んでいくようだった。

階段を降り切ると、広い空間に出た。
床には巨大な魔法陣。
奥の聖母像が冒険者たちを出迎える。
そして、聖母像の下に薄オレンジの灯り――ナインのものとはまた違うカンテラを持つ人物がそこにいた。

「お待ちしておりましたよ」
優しく落ち着いた声。
恰幅がよく、神聖な僧侶の服を纏った中年の女性だった。

「私はフランソワ・フォン・フラウ。アイリさんからお話は聞いております」
僧侶の女性は言った。

177Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:51:53
■■■8月1日:宿

ぎらぎら輝く夏の日差しが少し傾きかけている頃、街の唯一の宿でアイリは料理を作っていた。
「作りすぎたけど……まぁそこそこね」
食卓に並ぶアイリの手料理。その匂いに釣られ、宿に泊まっていた客や地元の住民が集まって来た。
気のいい彼らは飯を平らげ、気前よくアイリに札束を渡す。
にこにこと営業スマイルを作るアイリ。札束を受け取ると、こっそりにやりとほくそ笑みながら札束の枚数を確認する。
さて、次は何を作ろうかしら。

そんな時だった。

「まぁ、おいしそう料理だこと!私もご相伴に預かっていいかしら!」

食堂の客は男ばかりだったのでその女性の声はよく目立った。
質素な僧侶の服の上に煌びやかなエプロン。恰幅のいい中年女性が、朗らかにアイリに笑いかける。
それがアイリとフランソワとの出会いだった。


***


「遠い街にいる私の孫がちょうどあなたと同じくらいかしら」
アイリは自室にフランソワを呼び、プリンケーキと紅茶を囲んで世間話に興じていた。
フランソワ・フォン・フラウはこの炭鉱街の教会の司祭を務めているらしい。
教会のサービスの一環として、宿に地元で採れた野菜と果物を運びに来たそうだ。
同性だったこともあってか、アイリとフランソワはよく話が弾んだ。
「百合のようにきれいな銀髪だこと!」
「もう、お上手なんだから」
照れるアイリにフランソワは花のように笑いかける。
アイリは、一瞬だけ部屋の周囲をチラチラと見回す。


「ところで……」
ふいにアイリが切り出した。
「最近、この街で何か変わった事件は起きませんでしたか?」
彼女にそう聞かれたフランソワは、くりくりとした青い目をさらに丸くして、困ったように首をかしげる。
「そうねぇ……ここは寂れた街だけど、裏を返せば平和という事だから、一度そんな事が起こってしまえば町中大騒ぎになるわねぇ」
「例えばこの街の鉱山に……金脈があるって噂とか」
「………」

178Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:52:35
フランソワは、困ったように眉を八の地にする。


少しだけ間が空く。
突如フランソワの身体がアッ!と何かに気づいたように跳ねる。
「あぁ、その噂ね!!それで最近旅の人がよく来るようになったわ!教会で毎年やっているお祭りの3倍よ?」
困ったものだわぁ、と彼女はごちった。アイリは何も言わない。
「……何か、知っているのかしら?」
にっこりと、フランソワはアイリに笑いかけた。

アイリは心の中で思考をぐるぐると巡らせていた。フランソワの次の挙動に注目する。
だがフランソワはそれ以上何もしない。愛想のいい笑顔を浮かべたまま黙っているだけだった。

自分の知っている情報を出そう。
アイリはそう判断した。

「私はこの街に、金脈が本当にあるかどうか調査を任されたんです」
「へぇ、あなたの組織も難儀ねぇ……こんな小さな女の子にそんな重役を任せるなんて」
フランソワは肩を竦め悲しげにしてみせた。アイリは動じないようにした。
だが、フランソワはそれ以上何もしなかった。自分の爪に目を落としたり、窓の景色を見下ろしたりしている。


フランソワは何も言わない。
アイリは内心毒づきながらも、続ける。

「金脈の噂が広がる三日前、この鉱山の裏口で、死体が発見されたそうです。
 公にはされず、この街の住民たちの手で処理された。その中に紛れ込んでいた情報屋によると、死体は、〝吸血鬼のようだった〟そうです」
「ふぅーん……」
「剣による大きな傷のついた身体は何年も放置したかのように腐り落ち、残った眼球は血のように赤く、口には鋭い牙が生えていた。受け取った情報を元に私の組織が独自の捜査を始めた所、ある男にたどり着きました。〝ルドルフ・ファング〟。この街に来る前に私が目を通した、行方不明者ファイルに名前が載っていました」

フランソワは目を細めてアイリを流し見る。続けるアイリ。

「ルドルフは50年前、ラドリオ王国カクト闘技場で闘う戦士の一人でした。粗暴な性格で酒癖が悪く、酒場や宿を荒らし回っていたそうです」


「そんなルドルフがある時、カクト闘技場の近くの飲み屋街〝バルト地区〟で姿を確認されたのを最後に、忽然と姿を消しました。それと同じ時期に、立て続けにこの地区で何人もの人間がいなくなりました。〝バルト地区連続失踪事件〟と呼ばれています。ルドルフの遺体が発見されるまで、行方不明者は未だに見つかっていません」

179Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:53:21

「ルドルフがカクト闘技場を荒らしまわっていたのと同じころ、バルト地区には〝アルテア・ド・フェイエデレム〟という若い判事が地方裁判所にいました。任期は短かったものの、闘技場からやってくる荒くれ者をなだめる彼は、丁寧に仕事をこなし、街の人々に慕われていたそうです」


「彼には不思議な所があり、昼間外に出る時は黒ずくめの上に日傘を差し、食事と言えばバラの紅茶しか取らなかったそうです。彼にはアルテアと言う同じ名前の息子がいて、息子の事を〝フォルティッシモ〟と呼んでいました。アルテア少年は特徴的な桃色の髪をしていて、あまり外に出ないため存在を知らない人も多かったそうです」


「彼が判事を務めている間、バルト地区とその近辺では、悪夢を見て、貧血になった末に衰弱して亡くなる病が相次いでいました。その流行り病で町がざわめく頃、今度は若者たちの失踪事件が起き始めました」


「ルドルフ・ファングはその失踪事件の被害者の一人でした。ある時、フェイエデレムが突然判事をやめ、「息子を養うのに充分なものが揃った」と言い残し、彼と共にバルト地区を出てどこかに消えてしまいました。すると流行り病も失踪事件もぴたりと止みました」

そう言い終えるとアイリはようやく一息ついた。すべて事前に組織に提供されたファイルで見た情報だ。

「……これが、私の知っているすべてです」


黙ってアイリの話を聞いていたフランソワは、唇をそぼめてアイリに問う。
「つまりこの街の金脈の噂は、あなたの言う失踪事件が関係しているというの?」
「確証はありませんが、もし先日見つかった死体が吸血鬼と化したルドルフ・ファングなら――この廃坑の金脈の噂は、50年前の失踪事件の被害者が絡んでいるかと」
「そうなの……」
「私はここまで話しました。あなたも、何か言わなければ筋が通らないんじゃないですか?」
アイリはまっすぐとフランソワを見る。彼女は怪訝な顔をしてアイリを見ている。
彼女は窓を見、口に手を当て何か考えているようにし、時々フォークをクルクルと回し、しばらくそうしていたものの、

「……まぁ、しょうがないわね」
フランソワは折れ、話し始める。

「あの鉱山に眠るルビーはね、とってもとっても、怖いものなの。人間が生まれる何億年も前からあの場所にあって、長い間魔力を溜めてきた。その魔力を溜めたルビーを悪意のある人間が使ったらどうなると思う?お陀仏よ。それどころか、人一人の命じゃ済まない酷く惨い事が、あの石を巡ってたくさんあったわ」

180Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:54:00

「この街はあの鉱山に眠る膨大なルビーを採掘するために作られた。最初の数年は栄えたわ。だけど、ここで採れたルビーで作った装飾品を付けた者たちが次々と不幸に見舞われた。ルビーの指輪を付けていた人間の貴族が獣人に殺され、人間と獣人の血なまぐさい戦争が巻き起こったこともあった。それでこの街は廃れたの。私の教会は、そんなルビーの怒りを鎮めるために作られたのよ」


ここでフランソワが部屋の周りをチラチラ見回す。
アイリは彼女に〝大丈夫です〟と視線だけで伝えた。フランソワの整った唇がにっこりと微笑む。

「……ちょっとね、この街もね。大きすぎる魔力のルビーを持て余してしまって、そうこうしている内に困った人に目を付けられしまったの。流れ者って言うのかしら」

フランソワは困ったように眉をハの字にして喋る、直後、唐突に笑い出しながら話す。

「ああ、とってもいい人よ!潰れかけたこの街を、住む人たちがギリギリ生活できるようにしてあげたみたい。その代り、街の人たちはあの人に言われたた通りに首にルビーを付けなければいけないの」
そういうとフランソワは首に手を当てた。
「……あなたも?」
アイリが問う。
フランソワはマシュマロのような白い指を上げ、人差し指と親指で輪を作って見せた。
その意味を理解したアイリは――少しの間を置いて覚悟したのち、うなずいた。

「私?辞退したわ」
ニコニコ笑いながら彼女は言う。
「本物の宝石は重くて肩が凝るの。フェイクストーンで充分よ」
「宝石を付けなくてもよかった理由が、他にもあるんじゃないですか?」

フランソワは甘ったるい笑みを崩さない。
アイリからもらえるものを理解しているからだ。

「毎年、教会でお祭りをやるって言ったでしょう?その時に都市の大聖堂から高名な賢者様を呼んでいるの。優しくて、とっても強い魔法を使う人よ。護衛の聖騎士様も何人かついてるわ。あの人も賢者様にはたじたじみたい。自分のやってることがばれたら困るからね……」

ただ……、とフランソワは伏し目がちの憂いた顔でに窓の外を見下ろす。

「何故かしらね、日に日にルビーの力が強くなっていることを感じるの」

苦々しい顔をする。アイリにとっては彼女が初めて見せる負の表情だった。

「このままでは教会も、この街も、すべて呑まれてしまうでしょう。そうなる前に私は教会の修道女とこの街を出ようと思うの。彼女たちの次の働き先ももう見つけたしね」

「……いつ、お発ちになるんですか?」

「そうねぇ……こんな時にちょっとでも先立つものがあればねぇ」

「そうですか」

181Mark@かすかな希望:2020/05/24(日) 15:54:34
無言の時間。
傾きかけた夏の黄昏の下、二人は紅茶を飲んで一息つく。


「あなたの煎れてくれた紅茶、おいしいわねぇ」
「ありがとうございます」
アイリは照れながら上目づかいで笑う。
「そういえば、私の焼いたプリンケーキはお食べにならないんですか?隠し味の角砂糖にけっこう気を遣ったんだけれど、お気に召さないかしら」
「そうね。せっかくあなたが作ってくれたものね……」

フランソワは暑さによる汗をぬぐうと、自分に取り分けられたプリンケーキにフォークを刺す。
ゆっくりと、丁寧な所作。
プリンケーキが二つに割かれる。


フランソワの目に、極彩色の虹が灯る。


プリンケーキの中から、大粒のダイヤモンドがいくつも現れた。







「組織に協力していただけるなら、もっと隠し味を利かせたお菓子を用意できますよ」
アイリは抑揚のない声で言いながら紅茶を啜る。
プリンケーキの中身を見下ろすフランソワの目が太陽のようにギラギラと輝く。その顔に張り付いた笑顔はなお天使のようだった。
「……あらあらまあまあ!!!」
フランソワは笑った。

182Mark@アクセル!:2020/05/24(日) 15:56:08
■■■教会地下


「この魔法陣は、祭りに来る賢者様が魔法の儀式を行うためのものなのです。まぁ、簡単に言ってしまえば魔力の増幅装置みたいなものですね」
フランソワは笑う。


「フランソワさん。あなたには聞きたい事が山ほどあるが……本当に協力してくれるのか?」
「アイリさまからたくさん思いやりを頂いたのでできる限りのことはしますわ。それに、大事な信徒たちを守らなければいけませんし」
ニコニコ笑うフランソワ。その妙に和やかな顔は、今外で起こっている物騒な事態とはあまりにも不釣り合いだった。
彼女は、カンテラを持ち方向を変えた。
「まぁ、ついてきてくださいな。詳しいお話は奥でいたしましょう」
歩き始めるフランソワに冒険者3人はついていく。
ふと、グレイだけは、自分の背負っている車掌をフランソワがチラリと見た事に気づいた。
自分たち3人に向けていた愛想笑いとは違う、険しい顔。
グレイは一瞬疑問に思ったが、すぐに切り替え、彼女について行った。


魔方陣の広間を離れ、暗く狭い通路に入る。
埃臭さと花の香りの入り混じった独特な臭い。教会の礼拝堂や階段を歩いたときよりも、無音が冒険者たちの身と精神を圧迫する。
壁や床の石畳にはひとつひとつ文字が書いてある。誰かの名前。カンテラの明かりでかろうじてわかった。
冒険者たちの先頭を歩くフランソワは、ゆっくりと、一つ一つ、石畳の名前を確認していた。
「ありました」
フランソワがある床の前で立ち止まる。床にはめ込まれた石には、〝ドミニク・フォン・ハーシング〟と書かれている。
毎度毎度探すのが大変なんですよ、と、この場に似合わぬおどけ方をし、フランソワは何かの呪文を小さく詠唱した。
呪文の詠唱が終わると石畳が淡く光る。石畳を中心に光が渦を巻き、収束し、やがて飛び散って消える。

石畳のあった所に、更に地下へと続く小さな階段が開かれた。

「ワァ……」
エゴが息を呑む。
「さ、行きましょ」
フランソワはナインたちを引き連れ、小さな階段を降りた。

183Mark@アクセル!:2020/05/24(日) 15:56:56

階段の下は意外と広い空間になっていた。
「魔法で空間を少し歪めて、少しだけ広く取っているのですよ。少し手間がかかったわ」
先ほどの暗かった教会内部とは対照的に、魔法による灯りがついていて部屋は明るい。壁の棚には大量の武器や魔法道具が揃えられ、奥ではフランソワの弟子と思われる修道女たちがそれぞれのノートPCにかじりついている。
「おお、こりゃまた」
グレイが口笛を吹く。
「あなたたち、お客様ですよ!!」
フランソワが手を叩くと、修道女達は一斉に冒険者たち3人を見、挨拶をする。

「こんな所にこんなものが……」
「こりゃすごいね。教会の地下にこんなものがあるとは」
「スゴイモノがまたアッタ……」

「一つずつ説明しますとですね」
呆気に取られて部屋を眺めている3人を横目に、フランソワが話し始める。
「この部屋はドミニク・フォン・ハーシングが作っておいた隠し部屋です。彼は鉱山に住む魔物に対抗するため、世界中から武器や魔術道具を集めてきました。本人はこの3分の1しか使えなかったから、他にこの道具を使いこなせる冒険者たちを探していたのですがね」

フランソワはウインクした。
「そこへあなたたちが来た。修道女たちの見ているPCはあなたたちのお仲間が付けてるコンタクト型魔術カメラと繋がっていて、鉱山の中の様子が見れるのです。あなたたちの長い旅はしっかりと見届けさせていただきました。あなたたちなら、ドミニクの遺した武器を使いこなせるでしょう」
「ちょっと待て。さっきから言ってるそのドミニクってのは誰なんだ?」
「あなたが今背負ってる男ですよ」
グレイの背負う車掌の死体を見、ナインとエゴの身が強張る。
「……やっぱりか」
グレイは視線を気にせずフゥ、と息をする。
「そりゃ……申し訳ない事をしちまったな。こいつを守りきれなかった」
「……いいんですよ。どの道彼はこうなるだろうってわかってたもの」
そう言うとフランソワはグレイに背負われている車掌――ドミニクに歩み寄り、彼の頭が飛んだ断面を血がこびりつくのも構わず触れ、何度か撫でた。グレイはそれを見て、先ほどの魔法陣の間でのフランソワのドミニクへの視線の正体に気づいた。

駅長の話を聞き、ナインとエゴが苦々しい顔で黙る。

その時だった。
「……ガァァァーッッ!!!!」
唐突にグレイが部屋中に響く大きな声で沈黙を破る。
「……でっ、フランソワさん!アンタの話を噛み砕くと、俺たちがここにあるモン全部使ってイイってことか?」
「そうですねぇ、私どもはアイリさまからたくさん思いやりをいただきましたから」
フランソワはグレイの無礼を咎めずいつもの愛想笑いに戻った。
「ですが、ここにあるものだけではあのルビーを操る吸血鬼を倒すには不十分です。何故か?それはドミニクがなぜここに秘密基地を作ったのかと関わりがあります……おわかりですね?」
ナインが鋭い目でフランソワを見る。
「吸血鬼は闇に生きるアンデット。対する教会は闇に勝ちうる神聖な魔法を使う場所――つまり、さっき俺たちが通ったあの魔法陣が関係しているのか?」
「そのとおり!」
フランソワが唇を弓のように釣り上げる。
「ま、やってあげた方が早いでしょう」

184Mark@アクセル!:2020/05/24(日) 15:57:43
****

駅長――ドミニクの遺体は、フランソワのいうとおりに秘密基地に安置した。


<  コ オ  オ オ オオ  ォ ォ ォ ……  >


先ほど冒険者たちがフランソワと出会った大広間。
彼女と修道女たちの詠唱によって床に刻まれた巨大魔法陣が光を放つ。
陣の上に乗っているナイン、エゴ、グレイの3人は光に包まれ、自身に暖かい力が灯るのを感じた。

「アタタカイ……」
エゴは、長い戦いで疲れた自分の身体が癒されていくのを感じた。
試しに拳をナイフに変える指令をクロスに送ると、ラグなくその通りになった。ーーこれなら戦える。
エゴの様子を見ていたナインは、安堵する表情を浮かべた。
そして自分の手を見ると、傷が少しずつ治っていくのを感じた。
グレイは腕を伸ばしたり構えたりしている。


「ある程度の回復と、あなたたちの攻撃に光の加護が付く魔術を掛けました」
フランソワは言う。
「元々この魔法陣は祭で都市から呼ぶ大賢者様が使うためのもの。あなたたちにかけてあげた魔法も、とっても手間がかかるのです。無茶は禁物ですよ!」
「あたぼうよ」
グレイがニヤニヤと笑う。
「ところで、俺からもうちょっとお願いがあるんだが」
「あなた様のお気持ち次第ですね?」
「吸血鬼をとっちめた分からバリバリ出してやんよ」
グレイは毛むくじゃらの手で人差し指と親指で輪を作ってこする。
「あんたの教会、駐車場にワゴンかトラックはないかい?」
「そうですわね、確か野菜を運ぶときに……」
その時だった。

<   ゴ   ッ  ……!!!>

上から爆発音が響き、天井からパラパラと瓦礫が落ちる。
ナインたちは察した。――ヨナタンたちの仕向けたモンスターが教会を襲撃したのだ。
「ここも危ない。――早く行くぞ!!」
「フランソワオバサン、アナタも一緒二……」
「いいえ、私は大丈夫です。あの秘密基地はワープ機能も付いてますので。ドミニクに付けさせてもらってよかったですわ。私はあれで信徒たちと一緒に脱出します」
「そうか……」
うつむくナインの背中を、唐突にフランソワが叩く。驚くナイン。
「あなたたちは気兼ねなく暴れてらっしゃい!ドミニクの想いに自信を持って。彼は私たちが丁寧に埋葬し天国へと送ります」
そしてグレイのもとに寄り、彼の大きい手に手を乗せる。
「車のカギです。壊したらあなたの稼ぎから修理代をいただきますわ」


フランソワは教会の玄関まで見送ってくれた。
去り際、彼女は自分の持っていたカンテラをナインに渡した。
「これにはあなたたちの他の仲間の分の加護が詰まっています。合流したらお使いなさい。よく考えて使うのですよ」


***

冒険者たちが教会の外へと出ると、案の定モンスターたちが跋扈していた。
「ここが最終戦ってわけか……」
秘密部屋からいただいてきた武器を教会専用のワゴンに乗せ、後部座席にナインとエゴ、運転席にグレイが乗り込みみエンジンをかける。
「じゃ、いっちょやっちまおうぜッ!」

<ブゥウウゥン……!!>

グレイはどこで見つけたのかサングラスをかけ、車の速度を最高にする。
車は弾丸のように駆け、正面にいるモンスターたちを轢かんとばかりに走る――!!

185Mark@怒り:2020/05/24(日) 15:58:47
■■■???



そう時は経っていないはずなのに、何十年も前の話に思える。


過去いくつもの異世界を渡り歩いたが、〝また行きたい〟と思える場所はあそこが初めてだった。
マントの返り血が増える度、古傷が増える度、仲間だった者を失った度、あの家族がいる世界へと行った。

僕が訪ねる度あの場所の少年は成長していった。
少年は〝ゴッドマスター〟――僕の出身地で呼ぶところの勇者らしい――に憧れていた。

少年は成長と共に人を救った。世界を救った。武勲を重ねた。
ゴッドマスターを夢見る少年は青年となり、着実に夢へと向かっていた。
どうしようもない悪意を受け、災禍に見舞われ、それでも命をかけ、自分のすべてを賭けてそれを乗り越えていく彼の目は、あまりにもまっすぐで。


いつの日かその目が僕にとっての救いとなった。


そして青年はいつのまにか、自身の憧れていた夢――『ゴッドマスター』と呼ばれるようになっていた。


***


いつの事だろう。
青年は結婚した。子どもを授かった。


「ゴッドマスターはもうやめようと思う」

青年は僕にそう言った。満ち足りた顔で。
世界を救えるほどの力を、家族を守るために使うと。


「子どものためならしょうがないな」
そういう会話をした。
真に守るべき存在を見つけた彼の存在は、とても輝いて見えた。
だが、そんな彼と話している間、僕の中には妙なしこりがあった。

命をかけて真に守るべき存在。
僕が決して得られないもの。
何度も得ようとして失敗したもの。
時が経てばあっという間になくなってしまうものを、どう守ればいい?


彼という柱が、音を立てて崩れていくのを感じた。
妻を殺した後のなんとも言えぬ感情を思い出していた。
もう帰ってこない、あの時の存在。



その時を最後に僕は彼を訪ねるのをやめた。


***

186Mark@怒り:2020/05/24(日) 15:59:28

十数年経った後、風の噂で彼が失踪したと聞いた。
僕にはもう関係ない。そう思っていた。

――今この瞬間までは。




■■■炭鉱最奥――ルビーの間


炭鉱最奥――その場にいた全員の視線が、棺から起き上がったユエを注視する。
先ほど纏っていたルビーの鎧や剣はない。むき出しになった上半身には無数の古傷が刻まれている。
ユエは、数歩歩いたところで立ち止まる。
「ヨナタン、は……ダメだったようだな」
うつむいたまま歯を食いしばるヨナタンから冒険者たちに視線を戻す。

剣、アイリ、セイスイの三人は、それぞれの武器を構えユエと対峙している。
ふいに、ユエが大きく息を吸い――


< ハ   ッ  >  


息を吐くと大きな衝撃波となって空間を震わせる。
「ッ―――!!!」
冒険者たち3人は身を強張らせ一瞬怯む。
空間が揺れる。剣たちは何もできない。


衝撃が止み、辺りが静かになると、ユエはフゥ、と小さく息を吐いた。
冒険者たちは再び警戒するがユエは何もしてこない。
ふと、剣は、ユエが鋭い視線でこちらを見つめていることに気づいた。

「……なんだよお前、俺のファンか?」
場に合わない事はわかりつつ、剣は精一杯粋がって見せる。
だがユエの返答は予想外の物だった。
「そうだな。……近いかもしれない」
「へ?」
剣は呆気に取られる。ユエを見る。鋭い視線は変わらない。

「――正確に言うとお前ではない。お前にその剣を託した男を僕は知っている」
「……は?」
「疑問に思っていた。何故遥か昔に見た顔を今また見たのか。どこかへ消えたと風の噂で聞いた男が、何故この穴蔵にやってきたのか」
「オイ、お前何言って……?」
「お前、新之大剣の息子だろう」

新之大剣。

予想外の場所で、思いもよらない名前を口に出された剣は硬直する。
何故この男がこの名を呼ぶ?

この男は父を知っている――?

187Mark@怒り:2020/05/24(日) 16:00:07
剣は、己の心臓が強く脈打つのを感じた。
「あの男もまた同じ闇に堕ちたのかと、そんな考えも過ぎった」
ユエは剣の動揺にも構わず語り続ける。
「てめぇ親父の何を知って――」
「だが違う。“あの男が魔に堕するなどありえない“。ありえないのだ。新之大剣は光の剣で絶望を照らす真の勇者でなくてはならないのだ」
「オイ、話を聞け!!」
剣の怒声は懇願に近かった。俺だってわけわかんねぇよ。何故親父を、こんな男が。
「剣、落ち着いて――!!」
アイリが剣を抑えようとする。剣は無意識にその手を振り払ってしまう。アイリの泣きそうな顔が見えた。違うんだ。剣はふるえる手でアイリの腕を掴もうとするが、空を切った。
ユエは続ける。
「大剣はそんな言動をしない。そんな所作もしない。ではお前はなんだ?偽物か?いいや違う。荒削りだがその目から発する光はたしかに大剣が持っていたものに通ずる輝きがある――まるであと一歩で、かつてのあの男に届きそうなほどの光だ」
剣はユエに振り向く。
「――てめェは、親父のなんなんだ」
動揺する剣に対しユエは落ち着いていた。ユエがその整った唇を開くと、牙が見えた。

「♪遠く山からやってきた――」
唐突にユエが歌い始める。
小さく、だがこのルビーの広間でよく聞こえる声で。

「……え?」
「♪武蔵の振るうは猛き剣……」
ユエは歌をやめない。
剣の瞳孔が見開かれ、指先が震える。


「剣、相手のペースに乗っちゃダメ……!!」
アイリの制止の声がやけに遠く、代わりに目の前で吸血鬼が歌うその声がやけに響いて聞こえる。
「♪神の都の暗雲払い」
ユエは低い声で歌い続ける。
剣の頭に、心に、全身に、あの時の記憶が濁流のように押し寄せる。


「――♪悪鬼羅刹を退治せん」
――かつて大剣が歌っていたわらべ歌。


「おまえがその歌を歌うんじゃねぇぇぇぇ!!!」
剣は叫び、理性の歯止めを失いユエに斬りかかる。
高速で迫ってきた剣の刃をユエは素手で受け止め、防いだ。
「………!!!」
剣はユエを睨む。
対するユエは冷静に剣を見下ろすと、異形の者の怪力で剣をその武器ごと投げ飛ばした。

「ぐッ!!」
剣が地面にぶつかる前にセイスイが水球を作りクッションにする。
「おい大丈夫か!?」
セイスイまで気が回らず剣は殺気立った目でユエを睨む。ユエはルビーの壁と向かい合って何かブツブツと喋っていた。終始平然としているのが剣の神経を逆撫でする。
「これも運命なのかもしれないな――」
ユエの口からそう聞こえた気がした。

ユエがルビーの壁に触れた瞬間


壁が

大きく
 
揺らいだ。

188Mark@怒り:2020/05/24(日) 16:00:49
「…………!!!」
廃坑中が振動する。
ルビーの壁は歪み、蠢き、渦を巻き、巨大だった鉱石がユエの触れている一点に濃縮されていく。
やがて壁は消え、ユエの身体は血を濃くしたような赤黒い衣装に覆われ、その手には,ぎらぎらと黒光りする放つルビーの剣が握られていた。
「クソッ!!」
振動を耐えなんとか起き上がった剣はふたたびユエに斬りかかろうとする――が、
ユエが剣を軽く振ると衝撃波が巻き起こり、直撃を受けた剣たちは吹き飛ばされ壁にぶつかった。
ルビーの消えた土の壁から土煙が舞う。

「新之大剣の息子よ。名を名乗れ」
「――新之、剣。てめぇをぶった斬って、このいかれた夏を終わらせる男だ」
ユエは剣を見下ろし、ルビーの武器の切っ先を突きだして言う。
「僕の名はユエ・グァン。この虚空の月の下きらめく紅玉と共に在る事を誓った堕鬼。お前達の光も希望も――この僕が、深紅の闇で塗りつぶす」

廃坑の天井と壁が崩れ始める。
ユエはいつのまにかヨナタンが消えている事に気づくと、目を細めて天を仰いだ。
ヨナタンが廃坑に巡らせていた使い魔を爆発させたのか、とユエは思った。
冒険者たちのすぐそばの地面に岩が落ちる。
剣達はうろたえた。
「まずい、このままじゃ……!!」

ユエはマントを掛け直し、剣たちに背中を見せる。
「この鉱山の崩落を乗り越えたら街の外に来い。どうせ外でもこの銀髪の小娘が何か細工をしているんだろう?乗ってやる。お前達の勝負に乗って、完膚なきまでに叩き潰してやる――」
そう言うとユエは跳びあがり、落ちる瓦礫をつたって天井の穴へと消えた。

「――〝ユエ・グァン〟」
剣は瓦礫が自分の身体をかすめるのも構わず呟いた。自分の父を知っている男。
「剣、早く脱出しないと!」
掛けられたアイリの言葉で我に返った。辺りを見渡す。
アイリは気絶したレイドを抱えている。
自分たちが長きにわたり探検した廃坑が、崩壊している。
「おう!ってかどうやって抜け出せば――」
離れた通路には玲がいたはず。早く助けに行かなければ。
通路に行きかけた剣とアイリを、突如下から太い水流が押し上げた。
「ッ!?」
バランスを崩しよろめく二人だが、その身体は優しく大きな水球に包まれており、下から噴き出す水流によってどんどん地面から離れていく。
その下には水流を放っているセイスイがいて、水流で高く昇って行く剣とアイリ、彼女の抱えているレイドを見上げていた。
「オイセイスイ!!正気か!!」
「いーっていーって!!あとは全部俺に任せとけ!!」
セイスイは胸を張り、声を張り上げて剣たちに叫ぶ。
「だからって――」
「さっさと行け、俺はあとで行くから!!」
彼のその言葉を最後まで聞かぬうちに、剣とアイリを乗せた水流が広間の天井を越え――鉱山の頂上へとたどり着いた。

剣とアイリ、彼女の抱えるレイドが地上の土を踏むと同時に、彼らを守っていた水球が弾ける。
鉱山の下でごろごろと岩が崩れる音が聞こえる。


アイリは地下に残された自分たちの仲間を思い唇を噛んだ。
剣は肩を落としうつむいた。

189Mark@これからだ:2020/05/24(日) 16:01:33
■■■炭鉱街/道路

夜も更け、満月の明かりが照らす中、
炭鉱町の街路や建物にモンスターたちが跋扈する。
その中を、ナイン、グレイ、エゴの乗った車が一直線に走る!!

「始末させてもらうぞ」
助手席からナインが身を乗り出し、教会で手に入れたライフルの銃口を窓から伸ばす。
狙う先は行く先に立ちふさがるグールたち。
そして発射!的確な発射で急所を射止める。
銃弾には光の加護が掛かっており、通常の攻撃がなかなか効かないグールたちも、加護を受けた弾丸を受けた場所から破裂し、倒れていく。
「ナイン!調子はどうだ!!」
車を運転するグレイが叫ぶように彼に問う。
「まずまず、と言ったところだ」
治癒した手で冷静にライフルの弾を装填するナイン。
刹那、そんな彼の上に影が差す。
「グオオォツ」
ナインの頭上にグールが落ちてくる!!
彼は弾の発射が間に合わず――だが
「オニイチャンにフレルナッ!!」
、そんなナインの端からエゴが現れ、右腕から切り替えたマシンガンを襲ってきたグールに発射する!
「ガァ!」
エゴの武器もまた加護を受けている!四散するグール!!
命を助けられたナインは安堵する。
「すまない、エゴ。また助けられた」
「ナカマをタスけるタメナラナンダッテスルヨっ」
得意げに胸を張るエゴ。
それを横目に見たグレイはフッ、と笑ったのち、ふたたび前方を見る。
「さぁブッ飛ばしてくぞッ!!」
車のギアを掛け、スピードを上げる!!






■■■街の庁舎@地下シェルター


この街の人口は少ない。

だが、それでも庁舎に作られた地下シェルターには、さすがに全員分は狭かった。

メイは街の住民たちとともにシェルターに入り、彼らを守っていた。
「すまねぇなメイさん……ここまでしてくれて」
「いいんです」
メイは微笑む。強面な顔がくしゃっとなる。
彼の肩は、同じくシェルターに入っていた医者によって、ある程度治療が施されていた。

すでにこのシェルターに入っている全員分の食事と水は用意してある。このシェルターを突破されない限り、朝まではもつだろう。
だが、とメイは苦い顔をした。
住民たちの首に埋め込まれたルビーの破片が、先ほどから光を放ってカタカタと振動している。
ルビーの力が強まっているのだろうか。では廃坑に住むあの化け物たちが力を暴走させたらどうなる?
――これからもっとひどい事が起きるかもしれない。メイは何もできない自分を恥じた。

「ぐすっ……」
破片を埋め込まれた小さな子供が、母親にしがみついて泣き始める。
「怖がっちゃダメ……怖がったら、やつらの思うツボなんだから……」
母親は我が子を抱きしめ、頭を撫でながら子供に囁きかける。

その様を見たメイは、今廃坑を支配する敵と戦うあの冒険者たちの事を思い、祈った。

190Mark@これからだ:2020/05/24(日) 16:02:10
■■■炭鉱街/通路

「……なんだァ?」
グレイは車を止め訝しんだ。
先ほどから容赦なく自分たちに襲い掛かってきたモンスターたちが、突如全員攻撃を止めたのだ。
モンスターたちが背を向け移動し始める。みな同じ方向を向いている。
車に乗っていた冒険者たち3人は、頭に疑問を浮かべながらこの光景を見ていた。


ふいに、ナインが助手席からグレイの耳を引っ張る。
「ボサッとしてる場合か。安全に動けるチャンスができた――剣たちを迎えに行くぞ」
「はいはいわかってますよ……」
グレイは強く引っ張られ痛みの残る耳を抑えながら、車を再び走らせた。





■■■廃坑 〜 崩れた鉱山付近

セイスイの水流によって鉱山の頂上まで逃がされたあとは、、剣とアイリは崩れ行く鉱山から降りるのに必死で、その間のことはあまり覚えていなかった。
レイドは剣が背負った。
気づけば二人は崩れ落ちた鉱山のふもとにいた。

剣とアイリは意気消沈していた。
玲とセイスイ。仲間を二人失ったのだ。
空を見る。あれほど天高く照っていた満月が今や少しずつ傾きつつある。
夜明けが近いのだ。夜明け前が一番暗いとは、誰が言ったのだろうか。

二人は鉱山のふもとにある暗闇の林を、満月の明かりを頼りに歩いていた。

「なぁ……アイリ」
剣が言った。
「何よ」
アイリが返す。
「――さっきは俺、キレてて……お前の手を振り払っちまって、ごめん」
隣にいた彼女からプッ、と笑うような声が聞こえた。
「はァァ――!!?なんでそこで笑うんですかぁ?」
「プッ……あはは!いや、あんたがそんな頼りない事言うなんて思わなったから」
笑っていたのを止め、アイリは続ける。
「あんたにとっては大事なことだった。それをあんな奴にほじくられて、嫌だったんでしょ?それでもうこの話はおわり。それでいいでしょ」
「それじゃお前は……」
「私はむしろ、あんたの弱味が知れて占めたもんよ」
くすくすと、アイリは鈴が鳴るように笑った。
「性悪めぇ……」
ぐぎぎ、と唸っていた剣だったが、そんな彼女の笑顔を見ていると次第にどうでもよくなって、気づけば笑っていた。




二人とも少しの間だけ、廃坑の苦しかった旅や、これから起こるだろう苦難も忘れ、笑った。




二人が笑うのをやめた時だった。

月の光とはまた違った深紅の光が林に差し込む。
「なんだ……!?」
強い光。剣とアイリは光の差す方向へ進む。
鬱蒼とした林を抜け、視界が開けた崖に出る。

崖の向こうには荒野が広がっていた。
荒野の上を小さな点が動いているのが見える。
よく目を凝らして見ると、それは先ほど廃坑で相手したグールたちだった。
グールたちはある一点に向け集まっていく――その先は赤い光。
砂嵐が吹き荒涼とした地――その一点から天に向け一直線に、深紅の光の柱が伸びていた。



剣とアイリは息を飲む。
――あの場所に、倒すべき敵がいる。


「おーいっ」
エンジン音とともに、低く、しわがれた効き慣れた声が崖の下から聞こえる。。二人は一斉にその方向を見る。
崖の下にはワゴン車が停まっており、運転席から身を乗り出したグレイが、剣とアイリに向け大きく手を振っていた。
ここでようやく剣とアイリの顔に安堵の色が浮かぶ。
「グレイ……!!」
「俺たちも忘れるなよ?」
グレイはサングラスをつまみながらにやりと笑う。獣人特有の鋭い牙が見えた。

191Mark@直前 〜 夜空:2020/05/24(日) 16:02:58
■■■???


この炭鉱最奥に初めてやってきた侵入者は、吸血鬼と化したルドルフ・ファングだった。

ルドルフとは面識があった。
吸血鬼になる前、出稼ぎの警備員だった僕は、生前酔っ払った彼に一度絡まれた事がある。
闘技場で得た稼ぎを酒に注ぎ込んでは、周りの人間に金を無心してくる粗暴な男だった。

フェイエデレムの手により吸血鬼となった者たちの間には彼ら特有のコミュニティがあったらしく、ルドルフもその一団に属していたと言う。
だがそれを聞いたのも何十年も昔の話で、僕は半ば忘れていた。

やがて僕はヨナタンと出会い、ルビーと出会い、この鉱山を拠点とするようになった。
ヨナタンはこの鉱山に金脈があると噂を流して金に目がくらんだものを引き寄せ、僕が彼らを始末した。
そんな侵入者たちの中に、ルドルフ・ファングとその子分たちがいた。

ルドルフも金脈の噂を聞いてここに来たらしく、出会い頭に僕にへつらい金脈を要求した。
彼は自分の属していたコミュニティから追い出され、その数年後にコミュニティも崩壊したと言う。
孤独に戦ってきてつらかっただろう、同じ吸血鬼同士助け合おう。だからちょっとでも俺に気持ちをくれないか。そんなことを言っていた。
自分で侵入者を引き寄せておいて彼の対応に困っていたヨナタンの姿が今でも印象に残っている。
僕は固く断った。ルドルフは逆上し、襲い掛かった。

長年吸血鬼として生き延びただけあってルドルフは強く、狡猾だった。
子分は全て倒したがルドルフだけは廃坑の外まで追いかけて倒さなければならなかった。
鉱山の外に出たルドルフは死に際どこかに向け叫んだ。
「見たか組織の犬ども、これが金脈を独り占めした屑どもの正体だ!!こいつらは強欲な豚にも劣る、人の命を啜って生きる悪魔だ!!」
直後、僕の剣がルドルフの心臓を貫き、彼は死んだ。

吸血鬼の死体は目立たぬよう処理するのに手がかかる、とヨナタンが愚痴っていた。
実際そうらしく、ヨナタンは彼の配下に収めた街の住民たちと共に、悪臭に耐えながらルドルフの死体を処理していた。
僕はその光景を横目に見ながら、自分も死んだら彼のように醜く腐り落ちるのだろうか、とふと思った。


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