●トランプ流「世論の専制政治」を200年前に予言していたフランスの天才
>>そのコナー氏がいつも言っていた言葉がある。「ジャーナリズムの目的は民主主義の確立にある。しかし、民主主義は言葉としては存在するが、現実に作り上げることは永遠に不可能だ」というのである。そして、ジャーナリズムに携わる者がすべきことは、その困難に挑戦することであり、挑戦を続けることが社会を民主主義に近づけていくのだと教えてくれた。この話をするとき、彼女はいつも決意と誇りに満ちた表情になった。
トランプ大統領は、自分に批判的なジャーナリズムをすべて「フェイク」だと攻撃し、一切受け入れない。自分を持ち上げていたFOXニュースだけに何度も何度も登場し、そのFOXがトランプ氏の選挙後の態度を批判すると、今度はFOXさえも攻撃対象にした。民主主義を確立するのがジャーナリズムの役割であるなら、FOXにせよ、反トランプの立場のCNNやMSNBCにせよ、立場や主張の違いを認め、常に公平・公正に議論する姿勢が必要だ。右と左の対立を煽り続けるトランプ氏の手法が国全体に広がっている今、その大切さが浮き彫りになっている。
ジャーナリズムの側も反省と覚悟が必要だろう。コナー氏と並び、筆者が直接影響を受けたのは、ケーブルテレビ時代より前にテレビジャーナリズムのスターとして活躍したCBSの伝説的キャスター、ウォルター・クロンカイト氏とダン・ラザー氏であり、ニューヨーク・タイムズ記者としてベトナム戦争を徹底取材して名を馳せたデイヴィッド・ハルバースタム氏であった。いずれも、権力者に屈しない精神と、公平・公正であろうとするプロ根性の持ち主だった。89歳のラザー氏を除き、2人は鬼籍の入ってしまったが、彼らがトランプ氏の言動と、それを許してしまう今のメディアの在り方を見て何を言うだろうかと考えずにはいられない。コナー氏が指摘するように、民主主義を「確立」することは不可能なのかもしれないが、彼らであれば、トランプ氏に対しても、「賛成か反対か」といった単純な評価はしなかっただろうし、困難な挑戦を辛抱強く続けただろうと思う。
そして、もう1人の「恩師」に挙げたいのが、19世紀フランスの思想家、法律家、政治家であったアレクシ・ド・トクヴィルだ。もちろん、筆者が生まれるはるか前に亡くなった歴史上の人物で、明治時代に福沢諭吉が日本に紹介し、黎明期の日本の民主主義に大きな影響を与えている。筆者は学生時代にその代表作である『Democracy in America(アメリカの民主主義)』(原書はもちろんフランス語で、原題はDe la democratie en Amerique)を、辞書を引き引き読み、強く心を打たれた。
トクヴィルは、19世紀初頭に、新興の民主主義国家であったアメリカを旅した経験をもとに同書を執筆し(第1巻は1835年刊)、そのなかで、当時のアメリカが近代社会の最先端を突き進んでおり、新時代の先駆的役割を担う国家になるだろうと予言している。アメリカの独立宣言は1776年、まだ南北戦争前のよちよち歩きの国をそこまで評価した先見の明もさることながら、もっと驚くのは、すでにその時点で、アメリカが将来は経済と世論が腐敗して混乱に陥るとも指摘していることだ。トクヴィルは、民主政治とはすなわち「多数派(の世論)による専制政治」であると断じ、その多数派を構築するのは新聞、つまり現代で言うならメディアになると結論づけた。
トランプ氏は、良くも悪くもメディアの寵児だ。世論を動かし、煽り、多数派を作るのはお手のもの。それが現実に政治的なパワーとなる今のアメリカを作ったのは、トランプ氏ではなく国民であり、メディアだ。200年も前にフランスの天才が予言した通りの混乱と腐敗を乗り越えられないなら、アメリカは衰退の道を歩むことになる。