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【長編SS】鬼子SSスレ@創作こそ至上【短編SS】

1ヤイカガシ:2020/03/17(火) 04:07:20 ID:soZACVY.0
1 : 名無しさん@避難中 sage 2019/12/30(月) 18:53:51
                 ,,,,,A__A、
               r彡リリリリリリリミハ、
              /:::::::::::::ハ::::::::::::::::,ミ!`了
           [ンリリリリHノ ミテ〒テテヲ ノ    ここは創作発表板です!
      _rrrr、_ノlリリリ=   =リハ川} マ    オリジナル・二次創作問わず
      「::/ ゙̄"ヽ::::i!川人''┌┐''ノリミ川!!J    様々なジャンルの作品を好きな方法で自由に創作し、
     |:/ 注  r-、!リl州>ニ-イ彡ハ川|     発表して評価・感想を貰う創作者のための場所です!
     |:{  意  r〈rミYリi ( Vクリリク;:;ヽリ!、
     |:{  事  }:::ハソ !、;:;:ハ/クィ⌒:;:;}リハ、   こちらのスレで扱っているのは、
     |::,  項 ノ:::|:;r ヘ/;:/:;:;:;:;:;:;イリリ,ハ   萌えキャラ 日本鬼子(ひのもとおにこ)ちゃんです!
     |::ヽ _/_|人 ノ入Y:;*:;:;:;:;ノミリリリ、  みんなで楽しく鬼子ちゃんの作品を創作・発表し、
      ̄ ̄ヽ リ:;*:;(ソ/:;*:;:;:*;イ:;トヘミミハ、 存分に萌え散っちゃって下さい♪
        |:;Y:;:;:;:;/[入:;:;:;:*;:;:;:;ノ回@)リリヽ

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関連スレ【飄々と】萌えキャラ『日本鬼子』製作33 【萌え】
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○まとめwiki
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あとはよしなに

2歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/19(木) 01:17:39 ID:kLIrwsIQ0
受身返し

 夕暮れどき、小さな公園の砂場で少年が泣いていた。

 人の姿はない。昼過ぎに上がったにわか雨で地面は湿っており、少年の顔も服も手も砂だらけであった。
 友人と喧嘩をしてしまったらしい。その証拠に少年が丹精込めて作った砂造りのお城が無残にも破壊されてしまっていた。

 しかし、壊されたから少年は泣いているのではない。
友人とは小学校に入学してからずっと一緒にいた。無二の親友である。その友人と喧嘩別れしてしまった。
今回の喧嘩は、今までと比べ物にならないくらいの傷を少年の心に負わせた。

 喧嘩の発端は相手にある。少年の最高傑作である「砂造りのお城」をハリボテ小屋だとばかにしたのだ。
ばかにされたお返しとばかりに友人の作品「砂の山のトンネル」に泥団子を投げつけてしまったのだ。

 砂の山のトンネルは友人の誇りであり、人生であった。
それに向かって泥爆弾を投下した。友人にとっては、顔に泥を塗られたも同然であったのである。

 収拾がつかない泥試合はこうして幕を開けた。
罵倒し、砂をかけ、殴り、蹴る。およそ自分の嫌がることであればなんだってけしかける。
 互いに譲り合わぬまま時だけが過ぎ、そして友人が最終手段、すなわち砂の城を破壊するという邪道に出たのだ。
友人の一蹴りで城は文字通り粉々になり、均衡の乱れた城は自身の重みに耐えきれずに自壊した。

 少年の思考が停止したのか、あるいは「報復せよ」と耳の奥に居座る何者かが囁いたのか、
とにかく少年は砂の山のトンネルを踏みつけた。

 トンネルは呆気なく潰れ、なめらかで均等な斜面を保っていた外観に足跡が十も二十も刻まれる。
もはや原型は留めていなかった。

 友人は奇声をあげ、少年に突進をかまし、砂と涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を拭うこともせず公園から走り去ってしまった。

 少年ははじめ勝利に酔い、友人への怒りと憎しみを抱く叫びをしたが、いつしかそれは心の痛みを訴える泣き叫びとなっていた。

 明日と明後日は土曜日と日曜日である。
謝ろうにも機会がない。
もしこのまま月曜日を迎えて、友人が絶交していたら――。

 少年は孤独と恐怖に対処する術を知らなかった。ただ嗚咽を強めるほかなかった。


 西の空も橙から藍色に染まりつつあった。
しかし少年はここから離れるわけにはいかなかった。
少年は気が動転していた。
いつか友人が戻ってきて、謝ってくれるに違いない。
ひとつの証拠もなしに、自分の願望は確固たる事実だと信じて疑わなかった。

 友人は戻ってこない。少年はその事実をかたく拒絶して、心の奥底に押しやってしまっているのである。


「どうしたの?」

 少年の泣き声を聞きつけたのか、砂場に一人の女性が登場した。

3歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/19(木) 01:20:27 ID:kLIrwsIQ0
少年は泣いた顔を見られたくなくて、突っ伏したままであった。

「転んじゃったの? 一人で起きられる?」

 少年のぼやけた視界の中に、女性の指が映った。
血の通った、か細い手のように思われた。その手は黒い袖から伸びている。
椿油の香りが鼻孔をかすめて、少年は女性の袖を追った。
細身の腕に張りつくようなレッグ・オブ・マトンの先に、ベールを被った修道女のほほえみがあった。

「お名前は?」
 修道女の問いに、少年は赤い目をこすった。

「りくと」
 少年は答えた。

「りくと君か。いい名前だね。私は鬼子。日本鬼子っていうの」
「ひのもと、おにこ?」
「変な名前でしょ?」

 鬼子、と自称する修道女のほほえみ――それは、かすかな表情の変化で、
限りなく無表情に近い哀しみを帯びていた――を一目見た少年の心に、
激流ともいえる強い衝動を覚えた。
少年の人生の中で、かつてここまで意識してしまう女性がいただろうか。
病院の待合室で読んだ人魚姫を見たあの心のときめきをも超えている。

 この魅惑を、りくと少年がどこまで解していたかどうかは定かでないが、
修道女鬼子の親身な振舞いは少年を一目惚れさせるのに充分であった。

 りくと少年の初恋である。

 少年は差し伸べられた手を取った。
やわらかい、と思った。父親の手とはまるで違う。

「君は、強い子だね」
 膝立ちになり、鬼子は少年の頬についた砂を払って言った。
りくと少年は褒められて、一度は喜んで顔を綻ばせたものの、あ、と言って俯いた。

「ぼく、つよくないよ」
 少年は返した。
「だって、ぼくは泣き虫だ」

 友人との喧嘩別れを思い出す。
最後に見た友人の歪んだ顔が少年の頭をよぎり、意識せずとも涙があふれていた。
鬼子が少年の頭をなでる。まだ軋みのない艶のある短髪だ。
つらかったね、とだけ言い、見えない傷をいたわるようになでた。

 しゃっくりが収まると、少年は自ら泣いていた原因を語りだした。
友人のこと、砂遊びのこと、喧嘩のこと……。

親や先生から教わったわけではなかったが、
恐怖と不安を紛らわすには、誰かに話すのが最も効果のある薬であることを、
りくと少年は本能のうちに知っていたのである。

4歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/19(木) 01:26:10 ID:kLIrwsIQ0
 途中で二人は、公園に唯一あるベンチに腰かけた。
日が暮れて、互いの顔すらよく見えないほどだったので、灯りの傍にあるベンチに移動したのだ。

「りくと君は、お友達と仲直りしたいんだよね?」
 少年の語りを、鬼子は少年の意志を汲み取って、そう一言で締めくくった。
そして再び「つらかったね」と少年の頭をなでる。
少年は言いたいことをすっきりと伝えられた喜びにこそばゆくなった。

「それじゃあ、りくと君のお友達も、りくと君と仲直りしたいと思う?」
 その問いにりくと少年はしばし考え、そして首を横に振った。
「おこってるとおもう。トンネルこわしちゃったから」

「そっか」
 鬼子はそっと頷き、間髪なく続ける。
「でも、もしかしたら、そのお友達も仲直りしたいと思ってるかもしれないよ?」

「ううん、そんなことないよ。こうえんにもどってきてくれないもん。だから、ぼくのこと……」
 友人の悲鳴が耳の内側でこだまする。
乾いたとばかり思っていた涙が、また滲んできた。

「りくと君、ごめんなさいって、謝りに行こう?」
「やだ。やだよ、だって」
 少年は当然のように言い返した。
「だって、あいつがわるいんだもん。ぼくのお城をばかにして」

 ぼくに消えちゃえとか、まぬけとか、くずとか言って、たくさんパンチしてきたんだ。
 あらゆる理由を少年は述べ、そして最後にこう続ける。
「それに、あいつのおうち、行きたくない」

 面と向かう機会があったとして、そのとき友人はどんな顔をするのだろうか。
むすりとして無視されたり、見向きすらせず「もうきらいだ」と言い放たれるかもしれない。
そうしたら、少年はしばらくの間学校に行けなくなるだろう。
人に会うことが怖くなるだろう。

「りくと君のお友達も」
 修道女の口調は変わらず穏やかであった。

「きっと、りくと君と同じように、仲直りしたいって思ってるよ。
だって、そのお友達だって、りくと君のこと、大好きなはずだもん」

 少年は先生から、
「自分がされて嫌なことは相手にもするな」と言われたことがある。
クラスメイトの上履きを掃除用具入れの上に隠したときに言われた言葉だ。
出来心でやってしまった過ちだが、先生から言われるまでもなく
自分がされて嫌なことは相手にもしてはいけないことくらい分かっていた。

 しかし、「自分がされたいと思うことを相手にしろ」と教わったことはなかったし、想像のできないものだった。
 その二つは表裏一体であるが、地球から月の裏側を見ることができないように、教えの裏側まで窺い知ることができなかったのである。

 月の裏側を知る鬼子は、月から来たのだろうか。
そしたら鬼子はかぐや姫だ。修道服をまとったかぐや姫だ。
少年の鼓動が早まっていく。

「明日、何か予定はない? なかったら、謝りに行こうよ」
 鬼子は一呼吸置いて「お姉さんもついてってあげるから」と言った。

「ほんとに?」
 少年の目が輝きだした。
少年の感情の変化は、顔を一べつするだけで容易に理解できるほどオーバーで富んだものだった。
修道女鬼子はその嬉しみの表情を見て、安堵の息を洩らした。

「十一時からだったらいつでも大丈夫だよ」
「なら!」
 少年は鬼子と向かい合うように、ベンチの上で正座をした。

「なら、十一時にこのこうえんの、このベンチにしゅうごうね!」
「うん、いいよ。十一時に、この公園の、このベンチに集合。約束」
 修道女は小指を差し出した。
少年も喜んで小指を差し出し、そして二つの小指は宵の口の公園で交わった。

「ひのもとさん!」
 二人だけの空間であった公園に、文字通り飛び入るような声が届いた。

5歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/19(木) 01:26:21 ID:kLIrwsIQ0
少年が振り返ると、大きな人影が近づいてくるのが分かった。
公園の入り口からベンチまで街灯が一つもないため、輪郭しか分からない。
しかし、りくと少年の耳に残る男の声は、聞き覚えのあるものだった。

 あ、と鬼子は声を出すと、おもむろに立ち上がり、声の主のほうを向いた。
「探しましたよ。心配したんですからね」
「ごめんなさい、一郎さん」

 鬼子の口から出た名前とベンチの脇の明かりから浮かんだ顔を見て、少年は確信した。

「お兄ちゃん」

 少年の声は、一郎の荒げた息に掻き消えるほど小さかった。
一郎の手には缶コーヒーとペットボトルのミルクティーが握られている。

「飲み物買ってくるから、向こうで待っててくださいって言いましたよね? どうしてこんな寂れた公園にいるんです」
「この子が泣いていたので」
 鬼子の紹介で、一郎は初めてりくと少年の存在に気づいたようだ。
少年を見た一郎は顔をしかめ、大きな息をついた。

「とにかく、帰りましょう。神父様が心配します」
「そうですね、ご迷惑をおかけしました」
 修道女鬼子の足が一歩前に出た。
少年が不安げな眼差しで彼女の背中を見つめていると、鬼子は視線を察したのか、
振り返り、指を組んで祈りの意を示した。

「また、明日ね」

 修道女の声に、少年は大きく頷いた。

「うん、またあした」



時間を見つけてそのうち続き投下するです。

6名無しさん@避難中:2020/03/20(金) 07:24:13 ID:O/xxGNoI0
gj!

7歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/20(金) 09:41:03 ID:NugzX4bk0
 台風は明日沖縄に上陸するようだ。
それから一気に北上し、少年の地元に最接近するのは明日の深夜になるらしい。
風と波に気を付けてくださいと天気予報士は二度三度繰り返した。

 少年は居間のテーブルで、マス目のノートを広げていた。
週明けに出す宿題をやっているのだ。
 しかし、『予定』という熟語を練習した列の隣に『日本鬼子』という字を三列にわたって書きつづっていた。
「ひのもと」という字と「おに」の字は兄の一郎から教わった。
「ひのもと」は思った以上に簡単な字だった。
「おに」は、てんを打って田んぼの「田」を書いて、「ル」に「ム」だった。

少年はかの修道女の名前を必死で覚えようとしていた。
宿題は乗り気でなかったが、こういうことになると必要以上に興味が湧いてしまうのである。

 一方兄は台所で夕食の準備をしている。
脇で少年の母が鍋の火を見ているが、二人に会話はなかった。

 少年の母、とわざわざ書いたのは、彼女と一郎は直接血がつながっているわけではないからである。
 一郎は自分の作った野菜炒めを仏壇に供えた。

「理空人」
 台所に戻った一郎は、使い終えた包丁とまな板を洗いながら少年に声をかける。
「なぁに?」
 りくと少年は鉛筆を置いて返事をした。

「ひのもとさんと何話してたんだ?」
「ひみつ」
 少年はわざともったいぶった口調で答えた。
鬼子と過ごしたひと時を鬼子以外の誰とも共有したくなかったのもあるが、兄と鬼子が知り合いであることに不満があったので、それに対する反発でもあった。
反発というより、やきもちと言ったほうが正しいのかもしれないが。

「ま、理空人の友達の……アキラ君だったか? アキラ君がいなかった時点で予想は付くけどな」
 見透かされている。
少年は一郎と話していると、ときどきそう感じておののくことがある。
兄の人を観る目は人並み以上であることを少年は子供心ながらに思っていた。

「お兄ちゃんはなんで鬼子お姉ちゃんと知り合いなの?」
「秘密」
 一郎は真顔で言った。

「実習先の人なんだよ」
 少年が顔をしかめるより先に、一郎は正直に答えなおした。

8歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/20(金) 09:44:50 ID:NugzX4bk0
 一郎は保育科の学生で、今は保育園で実習を受けている。
鬼子は一郎より三つ若いのだが、その保育園でボランティアをしており、一郎や新人保育士よりずっと仕事慣れしていた。

 一郎は洗剤の泡の付いた皿を片手に、肘で混合栓のレバーを上げた。
「理空人、ひのもとさんのこと、好きか?」
「……すきじゃないよ」
 少年は真剣な面持ちで嘘を言う。
 一郎は静かに、残酷に笑った。

「なら、思う存分教えてやれるな。いいか、ひのもとさんにはこれ以上関わっちゃいけないぞ」
「どうして?」
 台所の混合栓から流れる水の音を聞きながら少年は尋ねた。

「ああいう優しすぎる人はな、大抵真っ黒い秘密を隠し持ってるもんなんだよ。
優しい顔してニコニコしてっけど、裏で何を企んでんのか分かったもんじゃねえ。
そりゃ、子どもたちから好かれてるし、保育士としての腕もあるから学びとれるものは多いが、
そうじゃなかったら近寄りたくないタイプだよな。
そもそも名前がおかしいだろ。鬼子。
理空人、知ってるか? 鬼子って名前、親から名付けられたんじゃねえんだぜ? 
だとするなら、親から名付けられた名前はどこいった? 
少なくとも俺は聞いたことがない。とにかく、親に捨てられ、今は神父様のところで暮らしてる。そいつは違いない」

「やめてよ。鬼子お姉ちゃんのこと、そんなふうに言わないでよ」
「いいや、やめないね。だってお前、人の影響受けやすいだろ」

 一郎は洗い終えた包丁とまな板を水きり棚に置き、りくと少年の向かい側に座った。
「弟思いの兄からの忠告だ。ひのもとさんの親がどういう人かとか、鬼子と自称する理由だとか、
そんなもんは知ったこっちゃないが、彼女は世間知らずで理想論者だ。
普通の人とはまるっきり違う人間だ。考えもやることも非現実的で、ファンタジーで――」

「やめてって言ってるでしょ!」
 少年は大声で叫んだ。
少年の眼からは大量の涙が溢れ出ていた。

「理空人! どうしたの?」
 少年の母親がその泣き叫びを聞きつけて、慌ててダイニングに現れた。
顔を真っ赤にさせて喚く我が子を見て抱きしめた。そして一郎を怨念の眼差しで睨みつけた。

「おっと、今日の記録書かねえとな」
 無言の圧力を受けた一郎は肩をすくめた。
「いいか、忠告を忘れるなよ」
 そう耳打ちし、居間から出ていった。

 テレビからは、バラエティ番組の笑い声が腐るほど連発され、仏壇の線香からは細長い煙があがっていた。
母の抱きしめる腕が痛かった。

9歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/20(金) 09:47:07 ID:NugzX4bk0
 少年は風の音で目が覚めた。
戸を開けると並木の広葉樹が前後に大きく揺れていた。
頭上の雲は渋滞にはまった高速道路の車みたいにのろのろと――でも実際はおぞましく速いスピードで――流れていた。
しかし、幸いなことに雨は降っていなかった。

 居間に降りると、そこはまだ真っ暗だった。
ただ風だけが借金取りのように戸を叩くばかりだった。

 休日なので父親は遅くまで寝ている。だから母親も今日は起きてくるのが遅い。
 照明を付ける。
仏壇の線香は白い粉となって香炉に埋まり、お供え物は昨夜のままだった。

 テレビを付けると六時五十分の天気予報が始まっていた。
台風はやや速度をはやめて沖縄を通過し、少年の住む町は夕方ごろから雨が降り出すと天気予報士は深刻な面持ちで述べた。

「よかった!」
 少年が喜んで飛び上がったとき、アナウンサーが台風による死傷者の情報を述べていた。

「鬼子お姉ちゃんに会える!」
 少年にとって、外出できるかどうかは雨が降ってるか降ってないかによってのみ決まる。
母が起きていたら大慌てで止められるだろうが、寝ているのであれば、出かけたもん勝ちである。

 少年はなるべく音を立てずに身支度を始め、七時を過ぎた頃には外にいた。



時間を見つけてそのうち続き投下するです。お楽しみに……!

10歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/21(土) 21:02:07 ID:4Z9GziGU0
 鬼子が公園にやってきたのは、十時四十分を過ぎた頃だった。

 少年はそれまでの間、公園に植えられた木の枝のしなりを見て待っていた。
それからアリの巣を観察したが、アリはちっとも出てこなかった。
飽きると雲を眺めて、それも飽きるともう一度枝を見た。
そうしているうちに鬼子がやってきたのだ。

「遅くなってしまいました」
 はじめ、少年はその声が誰から発せられているのかよく分からなかった。
いや、鬼子の声だということはすぐに分かったし、
誰もいない公園に来た女性がおそらく鬼子であろうということも分かっていた。
しかし、彼女は修道服を着ておらず、紅葉柄の着物と藍色のチューリップハットという姿であった。

 かぐや姫だ、と少年は思った。

 和服の鬼子は、修道女とはまた違う美しさを醸し出していた。
同じ椿の香りがするのにこうも印象が違う。
黒く長い髪が、ふつふつと湧き出る美を示していた。

 ぼうしをぬいじゃえばもっときれいだと思うのに。
少年は心の中で考えを巡らせたが、すぐに撤回した。
そんなことは些細な問題なのだ。
帽子があろうとなかろうと、鬼子の美しさに変わりはない。
紅葉の、儚く散ってゆく様がどうしようもなく似合う。

 儚さが似合う人なんて、そうそういない。
兄一郎の言っていたように、鬼子はあらゆる点で一般人とは異なっているのかもしれない。
紅葉柄の着物然り、修道服然り。いや、多分服装なんて象徴にすぎない。
もっと根本的な部分で、鬼子は儚さを抱いているのだ。

 だがそんなことは悩んでいても仕様のないことである。
特に鬼子本人でなく、りくと少年が悩んだって、何が変わるわけでもない。

「まだ十一時じゃないからへいきだよ」

 だから少年は考えがまとまらぬまま、公園の隣にある図書館の駐車場に立つ時計柱を指した。
十時四十三分を示している。時計柱は風で小刻みに揺れていた。風のやむ気配はなく、勢いは強まるばかりであった。

 りくと君は何時に来たの、という問いに少年はちょっぴり得意気に、七時十五分、と胸を張る。
鬼子は目を丸くさせて「早起きだね」と言った。
「危ないから家にいなくちゃダメだよ」と否定されることも、
「そんな早くに来なくていいのに」と自慢の芽を摘み取ってしまうこともなかった。

「早く、行こ、行こ!」
 少年の陽気さは悪天候知らずというべきであろう。
 この調子ならケンカしたアキラ君とも仲直りできる。
そうしたら鬼子お姉ちゃんに褒めてもらえる。

 少年は心の中で頷き、鬼子の手を掴みとり、友人の家へ向かった。
 友人アキラの家は公園と少年の通う小学校の中間に位置する。
閑静な住宅街にある同色一軒家の群生の中にアキラは住んでいる。
目的地までしばらく歩くので、その間少年は鬼子と雑談した。
多くは少年の自慢話であり、その大半は大人にとって当然のこと(一人で買い物できる、ビッグバーガーを平らげられる等)であるか、
またはいたずら(アリの巣を完全に水没させた、
黒板消しトラップで同級生の頭に黒板消しを投下させることに成功等)であった。

 鬼子は何も言わずにほほえんでいた。
ときどき突風が来て、鬼子の黒い髪をなびかせる。
帽子が飛ばされぬよう片手で抑えていた。

11歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/21(土) 21:03:11 ID:4Z9GziGU0
「ぼうし、脱げばいいのに」
 鬼子に帽子は似合わないし、不便そうにしているのなら、
被る理由もないだろうと少年は思っていたのだが、少年の期待に反して鬼子は首を横に振った。

「頭を見せちゃいけないの。そういう決まりごとをしてるんだよ」
 提案への却下の仕方は、まるで言い古された誡めのようにも思われた。

「僕も見ちゃいけないの?」
「ごめんね。りくと君にも、もちろん一郎さんにも、見せられないの。そう、大切な家族みたいな人じゃないと」
「そうなんだ……」

 少年は心細く感じた。
少年の願うことならば、なんだってこの女性は叶えてくれると、
いつの間にかそう決めつけてしまっていた。
そういう決まりごとなのだと思ってしまっていた。

 しかし、鬼子は修道女なのだ。
大正時代のやまとなでしこに大差ない姿であるものの、神に罪を赦されたひとりの女性にすぎない。

 見てはいけない、と言われると見てしまいたくなるのが人間の性であり、
りくと少年もまた多くの人と同様に、鬼子の秘密を暴きたくなるのだが、
言葉をぐっと胃の中に押しやった。

 鬼子の困る顔がよぎったのだ。

 慈悲深さも、美貌も、端麗さの欠片もなかった。
背中を丸めて小さくなって、声を殺してすすり泣き、
ただ孤独に、幽閉されたあばら屋の隅に敷かれたござの上で、裸足のまま膝を抱えていた。
外は竹藪に囲まれており、遠くからからすがカァと啼いた。
少年はあばら屋の入口で鬼子を見下ろしていた。鬼子の足元には帽子があった。
それを見つけてしまうと、鬼子は少年を睨みつけたまま視線を外そうとはしなかった。

 ――あなたも、私を怖がるんでしょう?
 まるで、脳みそを垢だらけの指で抉るような声だった。

 そう、少年は見てしまったのだ。鬼子の、帽子に隠された「それ」の正体を。
 「それ」は、まぎれもない――、

「りくと君と一郎さん、仲がよさそうでうらやましいな」
 鬼子のやわらかな口調が耳に入りこみ、少年はようやく大量の冷や汗を流していたことに気付いた。
風は相変わらず街路樹を揺らすほど強くて、汗だくの少年から体温を奪っていった。
それでも二人は歩いていて、友人アキラの家へ向かっているわけで、信号のない十字路を左に折れたばかりなのであった。

 先程の光景は少年の妄想にすぎない。
竹藪の中のあばら屋も、ござの上の鬼子も、そしてあの声も、全て妄想である。
少年は公園からずっと鬼子と手をつないでいたし、その手は白くてあたたかいし、着物は合わせ薫物が芳しかった。

 しかし、架空にしてはやけに現実的だった。
非現実的なのは、帽子の中に隠された「それ」だけだった。

 帽子の中に、何があったっけ。少年は首を傾げた。
確かにそれは奇妙なものであったはずだ。
でもそれがどんな形であったのか、いまいちはっきりとしない。

12歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/21(土) 21:03:26 ID:4Z9GziGU0
「りくと君?」
 鬼子が不安そうに顔を覗いてきた。
少年は心の中の靄を振り払った。今は悩むよりもおしゃべりを楽しみたい。

「お兄ちゃんとなんてなかよくないもん。だって、ぼくにすぐいじわる言うんだ。
きのうだって、鬼子お姉ちゃんとあそんじゃだめだって」

 あら、と鬼子は呟きを洩らして驚いた。
そして、何がおかしかったのか、声をひそめて笑いだした。

「一郎さんは弟思いなのね」
 どうして弟思いなのか、りくと少年には分からなかった。

「小さい子が好きで、一生懸命で」
 鬼子はひとりごとをぼやいた。

「一郎さんがね、こんなこと教えてくれたんだよ。
『小さな子を守ってやれるのは大人だけなんだ。保育園で過ごした記憶のほとんどは忘れるだろうが、
この時期を楽しく過ごせたら、これからどんなに辛いことがあっても、きっと挫けることはない』って」

 鬼子は少年の兄の声を真似して、低く唸るように言った。
 そんなこと、難しくて分かんないよね、と鬼子は苦笑いした。

 それは当然のことであった。
少年は保育園児でないにせよ、学校で過ごした時間より園内で過ごした時間のほうが長い。
保育園時代のことだって、記憶に残っていることは多い。
その頃から一続きで今に至っているわけであって、懐かしむこともないし、思い出にふけようとも思わない。
りくと少年はまだ過去というものを持っていないのである。

「りくと君は、一郎さんのお母さん、見たことないよね?」
 少年は頷いた。
りくと少年の知る一郎の生みの母は、高さ二十センチにも満たない額縁写真であった。
写真は笑顔を絶やさなかったので、明るい人だったのだろうと勝手に想像していた。
誰からもその人のことを教えてくれなかったから、全て少年の思い描く像でしかないのだが。

「きっと、一郎さんのことを、大切に、大切に育ててきたんだと思う。
だから一郎さん、保育士になりたいんだろうなって」

「鬼子お姉ちゃん、お兄ちゃんのお母さんのこと、しってるの?」
 少年が問うと、鬼子は笑って首を横に振った。

「わかんない。全部私の想像。でも、りくと君も一郎さんみたいに誰かに夢を与えられる子になれたらいいね」
 少年は頷いた。そして、疑問を抱き、鬼子の横顔を仰ぎ見た。

「どうしてそんなこときくの?」
「ひみつ」
「ずるいよ」

 そう言って、自分自身も、昨日一郎に「ひみつ」と言ったことを思い出した。

 誰もが誰かに対して秘密を抱いている。
自分の全てをひけらかす人間はどこにもいない。保身のためだ。
義を守るための秘密でさえ、信頼を失いたくないという保身に還る。

 帽子の中の隠されたもの。ひみつ。
 鬼子も自分の身を守るために秘密を抱いているのだろうか。

 少年と鬼子の脇を捨てられたビニール袋が勢いよく飛んでいき、その後を追うようにスチール缶が音を立てて転がっていた。
風は公園にいたときよりもずっと強くなっていた。



 数分もしないうちに友人の家に到着した。
この通りの全ての家と同じ門、同じ壁、同じ屋根、同じ庭を持っていた。
ドアも同じで、カメラ付ドアフォンも同じだった。
他の家との区別は、表札の名前と玄関に飾られた観葉植物を目印にしなくてはいけない。

 門の前のドアフォンの前に立つ。鬼子は邪魔にならないよう電柱の隅に隠れた。

 少年が友人の家の呼び出しボタンを押してしばらくたつと、ドアフォンのスピーカから女性の声がした。
聞き覚えがある。友人アキラの母だ。
りくとです、とスピーカに言うと、そこから驚きの声が雑音となって聞こえた。
上がってちょうだいな、と言われるも、少年は断った。

「アキラ君いますか?」
 そう言うと友人の母親はちょっと待っててね、と言い、通信を切った。
家の中で友人アキラの名を呼ぶ女性の肉声が聞こえた。
それは何度か繰り返され、階段をのぼる音がした。
やがて二階で口論が始まり、数分後、二人分の階段を降りる音が聞こえた。
身が引き締まる思いがして、少年は威勢良く気を付けをした。

 金属の黒い扉が開かれた。
少年の友人はそのわずかな隙間から顔を覗かせた。
でこの肉と頬の肉に圧し潰されたような細い目で少年を睨んでいた。
友人アキラは元々仏頂面なのだが、今日は一層無愛想であった。
不機嫌らしい。

 二人は今、敵対関係にある。
少年に緊張が走る。
友人に何と言って謝ろうと思ったのか忘れてしまった。
友人のふてぶてしい態度にむしろ怒りが込み上げてくるほどだった。

 心が蝕まれていく。
お前なんかだいきらいだ。
心にもないことを投げつけて走り去ってしまえば、どれだけ楽なことか。

13歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/24(火) 22:15:25 ID:TKYjjRYU0
 にげちゃおうか?

 にげちゃおう。

 逃げ道を確認する。
そこには、鬼子がいた。
電信柱の影から少年を貫くような視線が注がれている。

 その眼差しに少年は逃げる意味を失い、そして泣きそうになった。
現実から逃げ出そうとしてしまっていた自分を後悔する。

 ――もしかしたら、そのお友達も仲直りしたいと思ってるかもしれないよ?

 鬼子の言う通り、友人も少年と同じ心境なのかもしれない。
仲直りしたいけど、自分に正直になれないでいる。
正直な自分が恥ずかしいと思っている。
だから友人の母の呼びかけに応じず、しばしの口論を行っていたのかもしれない。

 でも、最後には黒く重い扉を開けてくれた。
少年が大風の中、友人の家へ赴いたのと同じように。

 少年には鬼子の後押しがあってここまで来られた。
だが友人はどうだ。
友人に鬼子はいない。
なら……と少年は決心した。

 なら、ぼくが鬼子になろう。

「はたしじょうだ」
 少年は言った。

当然のことながら、果たし状なんて準備していない。
手ぶらでここまで来てしまった。
でも気分は幕末時代の荒くれ侍か、あるいはアメリカ西部のならず者だった。
友人アキラの小さな眼も輝きだす。
子供はどんな役者だって演じられる天才なのである。

「きのうのたたかいのけっちゃくを、あしたドッヂボールできめよう」
「そりゃおもしろい。ゼッタイお前をうちまかしてやっからな。コージとダイキもさそってやろうぜ」
「もちろん。ケンタもユーイチも。みんないっしょにけっとうだ」

「ああ。あしたの二時、あのこうえんでいいな?」
「いつだっていいよ。アキラ君がにげないなら」
「にげるもんか。せいせいどうどうたたかってやる」

 そう言って、友人は真顔でも細い目をさらに細めて笑った。少年も白い歯を見せて笑った。

 砂山を崩しても、それはすぐ作り直せる。
二人の喧嘩はそれくらい些細なものだったのだ。

「じゃあ、またあした」
「またあしたな」
 アキラは家に入り、少年は街路を歩き出した。

 家の扉が閉まるまでは勇ましく歩く。
閉まる音がして早足になる。
リズムが付いてスキップになる。
目の前に鬼子がいた。紅葉色の着物と藍色のチューリップハットを被った鬼子だ。
自然と笑みがこぼれる。少年の笑顔はたくましく、鬼子の笑顔は鮮やかに。少年は鬼子の目の前で止まった。

 鬼子は腰をかがめて少年の髪をなでた。
少年の髪は傷みがなく、やわらかく、短かった。

 少年はなでられながら、思った。

 鬼子お姉ちゃんがいなかったら、いまごろぼくはどうしていたんだろう。
この空みたいに、まっくらな気もちになっていて、
風の音を聞きながらへやのすみっこで小さくなっていたのかもしれない。

14歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/24(火) 22:17:55 ID:TKYjjRYU0
 少年は鬼子のために何かしたかった。
今まで与えられるだけ与えられてきて、自分から返したものは何もなかった。

 でも何をどう返せばいいのか分からなかった。
プレゼントだったらプレゼントを返せばいい。
しかし、鬼子から貰ったのは言葉や勇気や希望だった。
それも鬼子は見返りを求めない態度で少年の背を押したのだから、なす術がないのである。
もし強引に見返りを求めさせたら、少年の喜ぶ顔が見たいと言うだろう。

「それじゃ、帰ろっか」
 鬼子が手を差し伸べた。少年の思考が僅かばかり止まった。
その手を取ってしまってはいけないと本能が訴えている。

 その手を取ってしまえば、少年はひっ付いていくだろう。
次に手が離れたときはお別れのときである。
そのとき交わす挨拶はなんだろうか。

「またね」だろうか。
それとも「さようなら」だろうか。

少年の勘はあてにならないことが多いが、今回ばかりは別れの筋書きが鮮やかに浮かび上がってしまうのであった。

 月へ帰ってしまう、かぐや姫の物語。

「鬼子お姉ちゃんとあそびたい」

 鬼子の顔が曇る。
本当はそんな顔にさせたくないのだ。
ばかみたいに笑ったまま手を取っていればいいのだ。
しかし、少年はどうしても動けなかった。
たとえ鬼子を困らせようとも、動けなかった。

「雨降ってきちゃうよ? 濡れないうちに帰ろ?」
 雨が降ることくらい知っている。
「それでも、あそびたいんだ」

 雨天決行。
遊べば、きっと何を返せば喜んでくれるのか分かるだろう。
鬼子は困り果ててしまっていたが、この困った顔ですら笑顔になれる、とびきりの贈物を見つけられると信じて疑わなかった。

 鬼子はりくと少年の前にしゃがみこんだ。
左手で少年の手を取り、右手で少年の髪をなでた。

 すぐ目の前に鬼子の視線が合った。
互いの右の瞳と左の瞳に、互いの顔が映っていた。

「また遊んであげるから、ね?」
 鬼子は今の今まで、嘘なんてつかなかった。
この諭しだって、本音であるはずなのだ。

 そうなのだが、少年はなかなか頷こうとはしなかった。
それほどまでに少年の勘が教えた「別れ」が焼きついて離れないのだ。

「指切りしてあげる。約束だよ」
 少年をなでていた手が、小指を立てた状態で少年の前に提示された。

 風が吹いた。
疾風ともいえる、それくらい不意に突きぬけた風が少年の背中を叩いた。
少年は思わず身を硬直させ、目をつぶった。
風の音に若干の恐怖を催すほどであった。

 少年が目を少しばかり開く。

 帽子が飛んでいた。

 藍色のチューリップハットだった。
荒波にもまれる帆舟のように宙を舞い、やがて屋根つき駐車場の上空を通過し、消えた。

 雨が降り出した。
前触れのない――強いてあげるならば突風が前触れなのだろうが――大雨である。

15歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/24(火) 22:19:48 ID:TKYjjRYU0
 少年は茫然とそれを見送っていた。雨は少年の黒い髪と小さな服を濡らした。

 鬼子の焦点はどこにも定まっていなかった。
ただ雨に身を任せているようにも見えた。長い黒髪が紅い着物に張りついた。

 少年は息をのんだ。鬼子の頭に目がいってしまう。

 鬼子の頭に二本の角が生えていた。
松の枝のようにいびつな形をしており、深く、おぞましい皺が刻まれている。

 鬼なの?

 少年はおぼろげな思考を働かせた。
鬼子お姉ちゃんは、鬼の子なの?

 少年は見違えたと信じたかった。
しかし、幻であると信じれば信じるほど、現実味を帯びていく。
角の生え際を目撃してしまう。
変形して突出した頭蓋骨に分厚い皮膚を被せているようであった。

 我に返った鬼子はとっさに醜い角を隠した。
それで少年も我を取り戻す。

 鬼子はおびえた顔をしていた。
額から雨が伝って流れている。
まるで虐待を受ける童女のようであった。
少年のことを、空のジョッキを片手に見下ろす虐待父のように見ている眼だ。

頭を押さえている。
ひみつ。
帽子の中に隠されたひみつ。
角。

 少年の思考が再び止まりかけた。
とまっちゃだめだ。少年は考えた。
言わなくちゃいけない。必死に言葉を考え、伝えようと口を開いたところで、実は何も考えていないことに気付く。

 言葉は出なかった。
何もできない。できることはといえば、ただ雨に濡れるだけだ。

 鬼子がおもむろに立ち上がった。

「ごめんなさい」

 鬼子は駆け出した。
少年はしばし水を跳ねる草履の音を聞いていた。
その音が遠のいていって、やっと追いかけなければならないことに気付き、走り出した。

16歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/24(火) 22:22:03 ID:TKYjjRYU0
「まって!」
 少年は声のかぎりを使って叫んだ。
風と雨は少年に向かい立つように襲いかかる。
鬼子に声は届いたのだろうか。彼女の足はとどまることを知らないようであった。

「まってよ!」
 少年は悔いていた。
かけっこになるとクラスメイトからいつもばかにされてきたのだ。
体力には自信があるが、これではいくら走っても追いつけない。
和服の女性にすら劣るのか。

 もっと速くなりたい。
それはずっと前から思い続けてきたことなのだが、今ほど切に望むことはないだろう。

 鬼子が道を折れた。
数秒遅れて少年も道を曲がろうとする。
しかし、マンホールに足を滑らせ、少年は転んだ。

両のてのひらと右ひざをすりむく。
傷口に雨水がしみる。
立ち上がろうにも力が入らない。こらえていた息が抜けて笑ってしまった。

笑いはやがて涙となり、雨水とまじって流れた。

 もう手を差し伸べてくれる人はいない。


 行かないと。
少年は無理やり身体を起き上がらせ、目の周りの雨を拭った。
前を睨みつけた。
同じ壁と、同じ門と、同じ屋根の家が並んでいた。
どの雨戸も締め切られていて、人の姿はどこにもなかった。

 少年は片足を引きずって歩いた。
鬼子さんとのつながりは、つないだ手とあの公園だけだった。

 少年は台風を恨んだ。
台風が鬼子の秘密を暴きさえしなければ、今も二人の手は結ばれていたのだ。
でも、もう少年の望みは叶わない。

 公園に鬼子の姿はなかった。
ただ、二台のブランコが風にのって前後に振れているだけだった。
少年は鬼子と一緒にブランコで遊ぶ姿を思い描き、公園をあとにした。

 鬼子はどこにもいなかった。
探したって見つからない。
ただ服が水分を吸って重くなり、靴底にたまった雨水が生温かくなるだけだ。

 帰ってしまおうか。
あの人のことなんて記憶の中から捨て去って、明日から友達と一緒に無邪気に楽しんでしまおうか。

 日本鬼子なんてひと、はじめからいなかった、いなかった……。

 少年はそう思おうと努めた。
しかし、それは無理な話なのであった。
そう努めれば努めるほど鬼子への想いは募っていく。
鬼子のほほえみが、あの哀しみを抱えたほほえみが、頭の中を駆け巡る。
鬼子の秘密を見てしまった以上、その悲しみの正体を知ってしまった以上、少年の心から鬼子が離れることはなかった。

「理空人!」
 誰かが少年を呼んでいた。
嵐の中、かすかに聞こえたその声に、少年はあたりを見渡した。

17歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/24(火) 22:25:00 ID:TKYjjRYU0
 前から誰かが走っている。視界が悪くて、性別すら見分けられなかった。

「理空人!」

 近づいてくるにつれ、それは少年の兄、一郎であることが分かった。
少年は一度落胆し、そしてすぐに感極まり、目頭が熱くなっていくのを覚えた。

「お兄ちゃん!」
 少年は走れなかったが、精一杯の声をあげた。
緊張の紐が解かれ、何も考えずに泣きだした。
一郎は傘も差さずにびしょ濡れだったが、構わず少年を抱きしめた。

「馬鹿野郎、捜したんだぞ! こんな日にどこ行ってたんだ!
 親父も母さんも、みんなお前を捜してんだぞ!」

 少年は涙で何も見えなかったが、一郎は一通り叱りつけたあと「よかった」と耳元で囁いていた。

 少年は嗚咽交じりにお兄ちゃんお兄ちゃんと叫んだ。
 そして、鬼子お姉ちゃんが、とも言って泣き喚いた。

「ひのもとさん? おい、ひのもとさんは一緒じゃないのかよ」
 少年は頷くことも首を振ることもせずに、泣き続けていた。

「そうだよな、理空人がこんな日に家とびだすなんて、ひのもとさんが関係してないわけがないよな」
 一郎は推測をそのまま垂れ流した。
「こんな日なのに、あのひのもとさんが理空人を置いてどっか行っちまうなんておかしい。
 よくない別れでもしたのか? お前が泣いてるのはそうだろう?」

 ここまで一郎の話を聞いて、ようやく少年は頷いた。
まだ嗚咽は続くものの、落ち着きを取り戻したようだった。

「お兄ちゃん、鬼子お姉ちゃんと、また会えるのかな?」
 しゃくりが多すぎてほとんど聞き取れないほどだったが、一郎はまったく気にしていない様子だった。

「俺は会うなと言ったはずだ」
 一郎は冷たく言い放った。

「それにな、俺はひのもとさんをこの場所へ連れ戻すような奇跡じみたことはできない」
 少年はまた泣き出しそうになった。
毎日毎日、泣いてばかりだ。泣いてないほうが少ないのかもしれない。

「理空人には分からんだろうが、ものごとには全部理由があってな、自分の思い通りにいかないもんなんだよ。だから、奇跡なんて嘘っぱちだ」
 兄の言葉に、少年は暴力的な衝動に駆られた。
こんなときに説教なんて聞きたくなかった。

「……でもな」
 しばらく間を置いて、一郎は口を開いた。

「一ヶ所だけ、奇跡がゆるされる場所を知ってるんだ」

「ほんとに?」
 兄の一言に、少年の眼が煌めいた。

「ああ、ちょうどレポートの資料をそこに忘れてきたんだ。行くかい?」

 少年の兄、一郎は笑った。彼の笑みには茶目っ気が感じられた。




次の更新でラストです。時間を見つけて続き投下できればと……!
お楽しみに!

18歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/28(土) 20:34:27 ID:FAgnkCys0
 兄がその扉を開けたとき、少年は息をのんだ。
正面の十字架へと続く絨毯を挟むように長椅子が五列にわたって並んでいた。
整然という言葉がよく似合う。

白漆喰の壁にある大きな窓から竹藪と保育園が見える。
室内は薄暗かったが、古びたオークの黒い天井から吊るされたランプ型の照明から、茜色の光がともっていた。

 礼拝堂に入るのは初めてだった。
すう、と息を吸うと、椿の香りがした。
この香りを嗅ぐだけで心がときめくようであった。

「奇跡がゆるされる場所だ」
 一郎は何にも関心を移さぬまま赤のカーペットの上を歩いた。
少年もその背中に付いて歩く。

「だが、奇跡を起こすには条件がある」
 一郎は三段分高くなった壇上に立った。
少年も壇の上に立つ。説教台の前で一郎は振り返った。

「簡単なことだ。ひのもとさんのことを信じろ。膝をつけ。指を組め。理空人が望めばひのもとさんは来る」

 少年は言われるがままにひざまずき、指を絡めた。
十字架を一度見て、そして目もつむる。

「じゃあ、俺は資料を取り行ってくるからな」
 一郎はそう言い残して礼拝堂をあとにした。
木製のドアが開き、閉まる音がすると、あとは教会を軋ませる風の音が残った。

19歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/28(土) 20:35:11 ID:FAgnkCys0
 少年は神さまも仏さまも信じていない人間であった。
いや、知らないといったほうがより的確だ。
命の始まりも終わりも目の当たりにしていなかったのが原因かもしれないし、また違うものが原因であるかもしれない。

だが少年は祈り続けた。
ひたすら鬼子の笑顔を思い描いた。

 思えば友人と喧嘩したあの夕方も、少年は友人が公園に戻ってくることを願っていた。
少年はあれから成長しただろうか。
それとも秒進分歩の成長が期待できるほど人間は良くできていないのだろうか。

しかし少年にとってはそれすらどうでもいいことであった。
鬼子が来てくれるかどうか、そして自分の言葉を伝えられるかどうか、それだけが問題であった。

 横殴りの雨が窓ガラスにあたってぱりぱりと音が鳴る。
少年は不安になってきた。
だが、どんなに不安がつのろうと、疑う心がめばえようと、少年ができることといえば祈ることだけなのである。
雨に打たれるよりも、泣きわめくよりも、ずっと前向きな行動だ。

 少年は自身の鼓動に耳を傾けていた。
とくん、とくん。
時計の針はいらなかった。
鼓動は時を実感させ、安らぎを少年に与えた。

少年は鬼子の胸の音色に思いを馳せた。
鬼子の音が間近に聞こえた。そして礼拝堂の扉が開かれた。

 信者が訪れたのだろうか。
それとも一郎だろうか。
神父の可能性もある。あるいは……。

 赤い絨毯の上をその者は静かに歩いた。
靴の音がこだまする。少年は身震いした。
あまりにも長い時間同じことを考えていたため、気分がぐるぐると渦巻いていた。

少年は必死に願った。
かみさま、どうかこの足音が、鬼子お姉ちゃんのものでありますように!

20歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/28(土) 20:36:01 ID:FAgnkCys0
 壇の下、少年のすぐ後ろで立ち止まった。
少年の鼓動が早くなり、高まってゆく。

「一郎さんが、敬虔な信者さんが懺悔を望んでいると仰ってましたが……まさかこんな小さな信者さんだったなんて」

 その声を聞いて、待ち望んだあの声が聞けて、心臓は張り裂けそうになった。
少年にとっては奇跡であった。
いてもたってもいられなくなって、振り返ろうとした。

「そのまま聞いて、りくと君」
 しかし、背後の女性から制止を命じられ、少年はその場で固まった。

「さあ、あなたの懺悔を聞きましょう」
 ざんげ。

 少年は熱心な教徒ではない。
その言葉の意味を理解できなかった。

 だから、今一番伝えたいことを、十字架の前で語ろうと思った。

「ぼくは、鬼子お姉ちゃんのことが好きなんだ」
 少年は正直に伝えた。
背後の者が小さく声を洩らした。
少年はもう少し言葉を足そうと思い、続けた。

「さいしょはね、いろいろなことをしてもらったから、なにかひとつでもお礼ができたらなって思ったんだ。
でも、鬼子お姉ちゃんがどっか行っちゃって、ひとりぼっちになって、きづいたんだ。
いつの間にか、鬼子お姉ちゃんのことが好きになってたんだ。
つのを見たときはおどろいちゃったけど、でも、今はだいじょうぶだよ。
もしうそだと思ったら――」

 ここでいったん言葉を区切った。
恥じらいで言うのを戸惑ってしまったのだ。

 少年は深呼吸をし、ひと息に言った。

「うそだと思ったら、つのにキスしてあげる!」

 少年は本気だった。
語るべきことはもう何もない。
少年は正直に思いを伝えたのである。

 二人は沈黙した。
少年は背中に強い視線を感じた。
身震いしてしまいそうだった。
でも少年はこらえた。
ただ指と指を絡め、目を閉じ、祈った。

「私、りくと君に隠しごとをしてたよね」
 やがて背後の女性は語りだした。

「帽子の中の、角のことだって隠しごとだけど、でもそれだけじゃないの。角はうわべのことにすぎないんだよ。
私は、生まれたことですら隠しごとだったの。
私はお母さんもお父さんも知らない。私はこの礼拝堂に――ああ、そっか」

 言葉を切る。一呼吸の間。

「懺悔をするのは、私のほうだったんだ」
 そう呟き、再び少年に語りかけた。

21歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/28(土) 20:37:14 ID:FAgnkCys0
「私はこの礼拝堂に捨てられたの。
ちょうど今りくと君のいるところで泣いてたみたい。
肌寒い秋の日だったって、あとで神父さまが教えてくれた。
そう、捨て子。今はそういう呼び名じゃないんだっけ。
とにかく、私は神父さまに育てられたの。普通の人と同じように。

 でも私が他の人とは違うことをすぐに思い知った。
三歳か四歳の頃だったかな。
私がそこの保育園でみんなと遊んでいたら、誰かが『鬼だ』って言って、
豆つぶみたいな石ころを私に投げたの。私、呆然としちゃった。
だって、びっくりするくらいの大発見なんだもん。
私は人間じゃなくて鬼なんだって。
大発見でしょ? 節分で、鬼はそとをされる鬼の気持ちがよく分かった。
私は普通の人とは違う、化け物さんだった。

 そのことをお父さん――神父さまのことね――お父さんに言ったら、抱きしめてくれて
『私が遊び相手になる。保母さんにもなるし、本当の親にもなってやる』
って言ってくれたの。とてもうれしかったなあ。
だから、お父さんのことは今も尊敬してるし、本当のお父さんだと思ってる。

 ときどき帽子を被って散歩をしたり、園児たちと遊んだりしたけれど、
そうしているうちに帽子がなくちゃ人に会えないようになってたの。
帽子がなくなっちゃうと、急に世界中の人たちから豆を投げられるんじゃないかって、怖くなっちゃう。

 だから学校にも行けなかった。
学校じゃ、どうしても帽子を取らなくちゃいけないことがあるだろうし、
クラスメイトにふざけられて帽子を取られちゃうことだってあるだろうから。
そう思うと吐き気がしてきちゃって、だめだった。
だから、おうちで勉強したの。
お父さんは何でも知ってたから、いろんなことを教えてくれた。
たくさん本を読んだし、算数だって頑張った。

 そして、十六歳の誕生日――私の誕生日は捨てられた日だから、
本当の誕生日は知らないけど、その日から私はお父さんのお手伝いをしようと決めたの。
保育園と教会のお手伝い。
少しでもお父さんに恩返ししたかったし、この敷地の中なら守られてる気がしたの。

 角を取る手術をしようとも思ったけど、やめちゃった。
鬼子って名前はその頃付けたの。角を受け入れるために。
私は鬼になるから、あなたには福が来てほしい。
鬼はそと、福はうちって言う、そういう由来なの。だから、鬼子」


 すごく悲しい名前だ、と少年は思った。
悲しいけど、でも美しい名前だ。

「私はりくと君が思ってるような人間じゃないよ。
本当は弱いの。りくと君よりずっとずっと弱い。
転んだままずっと立ち上がれない。泣いたまんま。
名前を鬼子にしても、結局角を隠したままだった。
これを見せたら、私は独りぼっちになっちゃうんだもん。
……そう思っちゃうんだから、私、ダメなんだよね。

 本には『弱さを誇りにしましょう』って書いてあるけど、私は弱さすら誇りにできないの。
神さまが私を愛してくださっても、私は私を愛せない。
だって、神さまですら、独りが寂しくて世界を創られたのだから。

 ……それでも、りくと君は私のことが好き?」

22歌麻呂 ◆Bsr4iViSxg:2020/03/28(土) 20:38:17 ID:FAgnkCys0
 少年が目を開けた。もう充分に祈っただろうと思った。
組んだ指をほどき、立ち上がる。空気が混ざって椿が香った。

 少年は振り返る。
 日本鬼子がいた。彼女は修道服を着ていた。

 初めて会った夕暮れと同じ姿だ。
 あれから多くのものを与えられ、少年は受け取ってきた。

 だから今度は、少年が与え、鬼子が受け取る番なのだ。

「ぼく、言ったよ? うそだと思ったら、角にキスしてあげるって」
 少年は階段を一段降りた。

「ぼくは、鬼子お姉ちゃんが好きなんだ」
 二段目を降りる。

「いつか鬼子お姉ちゃんが、よかったなってじまんできるように、ぼく、がんばるから。だから――」
 三段目、最後の段を降りた。
すぐ目の前に鬼子がいた。茜色の明かりに照ったその顔は不安げで、それを恥じらうように少年を見ていた。

 少年は爪先立ちになり、両手をベールにかけた。
鬼子は恐れを抱いたのか、目を固く閉ざした。
ベールを脱がしていく。
それは実にぎこちなく、手際は悪かったが、それでもゆっくり、ゆっくりと外していった。

 ベールの下には角があった。
鬼子にはとても似合わない不気味な形をしていた。

 鬼子は震えていた。その姿が愛おしくてたまらなかった。
頬にやさしくふれると、鬼子はぴくりとかたまったが、少しずつ緊張はほどかれていった。

 外は大嵐であった。しかし、それも今日を過ぎれば収まるだろう。
明日はまぶしい太陽が顔を出し、二人を明るく照らすに違いない。

 少年は角に顔を近づけた。
 しかし、ここで思いとどまる。

 少年にとって、これはファーストキスになる。
ファーストキスは、子供ながらに、好きな人ができるまで取っておこうと決めてきたのだ。

 ――頭を見せちゃいけないの。
 ――そう、大切な家族みたいな人じゃないと。

 少年が好きなのは、鬼子の「つの」だけなのだろうか。
 いや、違う。

 鬼子の眼はつむられたままであった。
 少年は決意する。


 そして、その唇に、くちづけをした。




読んでいただきありがとうございました。
最初 >>2

23黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/05/22(金) 12:08:28 ID:ildeaj/M0
『鬼子外伝 -ショウキ- 序章』


空から、鬼が降ってきた。

幼い少年の目にはそう見えた。いや、その様に感じたのは彼だけである。
実際には少年の方が空に舞い、地に叩き落されたのだ。

全身を打つ衝撃とともに、少年は自分が地に伏している状況を理解する。
鬼に投げられた……しかも指一本で(正確には人差し指の爪であるが)、である。
少年が渾身の力を込めた一撃を受けても毛ほどの変化を見せなかった鬼は、次の瞬間に目にも留まらぬ速さで垂直に手を振り上げる。少年はまるでムシケラでも追いやるかの如く払い飛ばされた。鬼の小さな爪が自分の襟をひっかけ、そのまま宙を飛んだのだと少年が理解したのはかなり後になってからだった。

少年は小学五年生としては平均的な体躯であるが、それでも体重は30㎏以上はある。
それが垂直に3メートルほど空中を舞い、そのわずか一秒後には錐揉みをする様に地面に情熱的な口づけをする羽目になった。
口の中に広がる地面の土の香りに咽せると、少年は自分が右手に持っていたはずの剣を見て思わず驚きの声を上げる。

「バカ…な!?」

先ほど確かに鬼に突き刺したと思った木剣は、柄の部分を残して砂の様に砕けていたのだ。
少年が持っていた剣はただの木剣ではない。破邪の力を宿した聖なる剣なのである。
わずか一寸(30cm)程の刀身しかない短剣であるが、この木剣には「七星剣」などという大層な名前を与えられていた。一族の伝承では少年の先祖が仙境にて、桃の精から譲り受けた聖なるものだと伝えられている。その逸話の真偽はともかく、代々の継承者が神水で清め、何年にも渡って退魔の剣として鍛え上げてきたものには違いなかった。

事実確かにこの剣は、小さな鬼ならばその刀身に触れるだけで消滅させることができた。桃の木を削り出してこれまで何度も少年の身を護ってきたのだ。
幼さの残るこの少年に大人たちが危険を伴う退魔の仕事が任せたのも、この剣の存在が大きい。

少年だけでなく、少年と共に鬼と対峙していた少女も押し殺すような低い声で呟く。

「疫鬼が食い散らかされてると思ったら……とんでもない妖(バケモノ)が現れたわね。」

いくら相手が鬼とはいえ、その姿は自分たちよりもわずかに年上。見かけは中高生くらいのあどけない姿の女子である。体格的にそこまで二人に圧倒的な力の差があるとは思えない。
しかし、見た目以上に二人の間には驚異的な膂力の差があった。

(これが異能の力か……。)

彼らも妖魔の類と戦った経験がないわけではなかった。

少年の名は「茅原将魔」、少女の名は「茅乃芽魔希」といった。二人とも代々「邪気」を祓う退魔師「茅原」の家系に連なる人間である。

魔を力で祓う「茅原家」と、それを守護する分家の「茅乃芽家」は200年の長きに渡り、この街を護ってきた。二人もまた、幼少の頃より山中で一族の修業を行い、疫病を流行らせる「疫鬼」の退魔師として人知れず祓い浄めてきたという自負もあった。

しかし、所詮は子供である。幼い彼らが祓ってきたのはまだまだ下級の鬼たちばかり。ドッヂボールくらいの大きさの、自我を持たない瘴気の塊の様な鬼たちがほとんどであった。

24黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/05/22(金) 12:11:56 ID:ildeaj/M0

人に仇なす鬼にも様々ある。悪心や病を撒き散らす存在の「疫鬼」、人の心に憑りつき操る「心の鬼」、そしてこれは自らの意思を持ち、人の姿に化身して顕現することができる高位の「鬼」が存在する。

彼らが初めて目にした本当の鬼。

その時、鬼は将魔に対して視線を向けた。
危ない、そう直感した魔希はとっさに駆け出し、鬼と将魔の間に立ち、庇う様に両手を広げる。

「将魔!立ちなさい!」
「魔希ちゃん……逃げて……。」
「逃げる?本家の無能を置いておめおめと逃げ帰ったら、ワタシは一族の笑いものだわ。」

くっ……と力を振り絞り、なんとか立ち上がる将魔。

「仲間である鬼ですら喰らい、糧にする様な凶悪な鬼よ。コイツは何としてもここで食い止める。」
「でもコイツ、ひいじいちゃんが言ってた日の本一の妖(バケモノ)かもしれない。」
「なら尚のこと、ワタシたちにできる限りのことをするわ!」

そういうと魔希は、背負っていた道具箱から一枚の祈祷札を出した。その札には黒い衣装を身にまとった恐ろしい形相の鬼神が描かれている。
それを見て将魔は驚く。その札を使うということは、今まで二人が一度も成功させたことのない秘呪をここで使うという意味だからだ。今の将魔たちには一人で扱うことができない高度な術式が要求されるが、確かにこの秘呪ならばこの鬼に対抗できるかも知れない。意を決した将魔は呼吸を整え、声を上げた。

「九字を切る!」

そう叫ぶや否や、将魔は九字の呪文を唱え刀印を結んだ。将魔の指先が四縦五横を切った時、魔希も「ヨシッ!」と頷き二人で声を合わせて不動明王の真言を唱えはじめる。

「「ノウマク・サンマンダ・バサラダン・カーン」」

二人が唱え始めた真言を耳にし、鬼は明らかに動揺した様に見えた。

「「ノウマク・サンマンダ・バサラダン・センダンマカロシャダ・ソハタヤ・ウンタラタ・カンマン」」 

真言が進むにつれ、共に二人の身体が発光しはじめた。そして、まばゆくもあたたかい光の球が二人の全身を包み込む。

「「日輪の化身、不動明王の名において命じる。顕現せよ。鍾馗(ショウキ)!」」

二人の叫び声と同時に光の球はまばゆい閃光と共に弾け飛び、辺り一面を照らした。

そしてその光が治まった後。そこに二人の姿はなく、少年でも少女でもない一人の鬼神が立っていた。

閉じた瞳を静かに見開き、ひと呼吸おいたあとにこう叫ぶ。

「「鬼より強いショウキさまだ!覚悟しろ!」」

将魔と魔希が魔を祓い、二人の心を併せた祈りが天に届いた時。悪疫と邪気を退ける神「ショウキ」が現世に降臨した。

25ものすごくムカつく敵キャラクター案:2020/05/24(日) 10:25:51 ID:0uu4A/pk0
「素晴らしい力だと思ったよ。今や世界中の人間がこのウイルスに怯え打ち震えている。
私がずっと欲しかった力だ。全人類を支配できるほどの恐怖!スケールが、いや次元が違う」
「けれど、それは全人類から憎まれる力でしょう!?」
「それがどうした?誰にもウイルスを裁く事などできない!
人間どもは逃げまどい、あるいは耐え忍ぶのがせいぜいで、法の正義も、軍事力も、ウイルスの前には無力!!
誰にも倒せない!誰にも殺せない!
そのウイルスと同化した私は、生物を超越した不死不滅の存在!!
もはや生命活動すら必要とせず、そのために無様に地面を這いまわる必要もない!!
生物など、ただ我々の増殖に利用されるだけのために自己を、種を保存しようとする、いわば奴隷よ!!家畜よ!!

それに比べて、人類の愚かさときたらどうだ?
自分達がウイルスに対して無力であるという現実を認めたくないあまり、手ごろな人間を仮想的にして憎悪を向け合い、勝手に自滅していく。
私はただ、それを見下して嘲笑っていれば良い。
全ての人間がそうなる!どれほどの天才も、英雄も、生物を超越した私に比べれば足の下で蠢く虫けら、雑菌にも等しい!!
私こそ、我らウイルスこそ最強の捕食者、ピラミッドの頂点、この地球の真の支配者、いや、"神"を名乗っても差し支えあるまい!!!
もはや人間どもの善悪など意味は無い。
この地上で、私だけが自由、私だけが権利者。
全ての命は私のものだ!!!

…どうした?憎しみを萌え散らす、のではなかったのか?
その顔は何だ?その目は何だ?
アハハハハハハ!!貴様自身が憎しみに染まっているではないか!!
何が日本鬼子だ、薄汚い畜生が!!うすぼんやりした影が!!
そんなものに何が出来る!?
世界を恐怖で包む私に、どう盾突こうというのだ!!!
出来もしない事を豪語する大嘘つきめ!!!
役立たずは役立たずらしく、全てをあきらめて、私の成すがままになっていれば良いのだ!!
貴様には何もできない…いや

正体を持たぬ貴様自身が、存在の無い"嘘"でしかないのだからな」

26【ひのもと鬼子外伝:鍾馗・一ノ章01/01】:2020/05/25(月) 12:18:38 ID:mUPA9NnE0
◇◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇◇
ーー誰かが苦しんでいる。暗闇の向こう側。その奥から悪夢にうなされているかのような苦しげな息遣いと呻き声が聞こえてくる。しかしそれを聞いている『彼』は悪夢にうなされているのは夢によってもたらされるものでないことを知っていた。そのまま奥の方へと歩みを進める。
周囲は見るからに贅を凝らした寝室。呻き声の主ははそんな床に伏せ、苦しんでいた。どこか高貴な雰囲気を持つ男だった。そしてその男の顔は苦痛に歪んでいる。
『彼』はその苦しみの原因を知っていた。いや一目瞭然だ。なぜなら相手の周りに黒い悪意が黒い淀みとなって蠢いていたのだ。
ギャッギャッギャッ! グゲゲゲゲ……
その黒い淀みはその男の周りをまわったり、飛び越したりしていたが、その悪意がこの男から生気を吸い取っている事だけは見て取れた。
『彼』は無造作にそれに近づくとその悪意をむんずと掴み取った。
ギーッ!ギャァア!
その悪意は手から逃れようと暴れたものの、ほんの数秒で手の中で霧散して消えてしまった。
『彼』は両手を軽く払って汚れを振り落とす。そして目をあげると、先ほどまで苦しんでいた男が身を起こす所で目があった。
男は今までの苦しみが嘘のように落ち着いた佇まいで彼を見ている。苦しみのなくなった顔は今は不思議そうな顔で『彼』を見つめ返している。
その疑問に答えるため、『彼』は敬意をもって、その人物の前で片膝を付きーーーー
ーーそこで夢は途切れた。

27【ひのもと鬼子外伝:鍾馗・一ノ章02/05】:2020/05/25(月) 12:22:01 ID:mUPA9NnE0
>>26
◇◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇◇

 今年小学六年生になったばかりの茅乃芽 千穂(かやのめ ちほ)の朝は特に早い訳ではない。
家が喫茶店を経営しているため、両親は朝早くから起きて準備にとりかかっている。が、千穂自身はのんびりと朝を過ごしていた。

「ホッホー、時間だホー。ホッホー、時間だホー。ホッ(カチリ)」
なので、枕元で鳴り出したフクロウ型の目覚まし時計も寝ぼけ眼で止めてしまい、甘美な微睡と共に二度寝に突入しよ……
「あーーっ!今日、当番だった!」
ーーうとして飛び起きた。

慌ててベッドから飛び降りると、部屋の片隅の鏡で髪の毛を整える。髪の毛にクシをいれると、ツインテールに結い上げた。そして椅子にかかってるドテラをひっ掛ける。春も近いというのにこの時期はまだまだ寒い。
そのまま机のノートを鞄に放り込むと部屋を出ようとして、いつものペンダントが無いことに気がついた。
「あれ、どこに行っちゃったんだろう?」
お気に入りだったのだ。そうそう無くすとは思えない。机の引き出しを開けるが見当たらない。散々見回した挙句、ベッドの脇に落ちていた所を見つける。
「あ、あったあった!」
喜び勇んで拾い上げ。

ゴン
「いったぁーい!」
開けっぱなしだった机の引き出しに頭をぶつけた。千穂はせっかちな性格なのかよく頭をぶつけたりする。隣の子はもう少し落ち着けばいいのにと言われるが彼女ほどおっとりするのも考えものだ。
とはいえ。目的のものが見つかったので、それを首からかけながら下の階に向かった。
その後はいつもどおり洗面所で顔を洗い、洗濯機の横に用意してある服に着替え、髪型や寝癖のチェックを済ませる。右を向いて、左を向いて。鏡にうつる自分の姿を入念にチェック。

「うん、いつもどおり!」
強いて言えばピョコンと二本の髪の毛が触覚のように頭から飛び出しているが、直すことはとうの昔に諦めた。学校の男子にからかわれたりもしたが、持ち前の気の強さで黙らせた。
軽く両頬を叩いて気を引き締めると、朝ごはんを食べに脱衣所を出て行ったーー

28【ひのもと鬼子外伝:鍾馗・一ノ章03/05】:2020/05/25(月) 12:23:01 ID:mUPA9NnE0
>>27
◇◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇◇
「あら、おはよう千穂ちゃん」
「おはようございます!』
居間を通り抜け、喫茶店スペースに入ると最初に挨拶したのはこのお店の常連さんだ。初老で品の良いおばちゃん。といった感じの人で、毎朝一番に来店するお得意さんだ。千穂もよく顔を合わせるのですっかり顔見知りになってしまった。他の常連さんはだいたい、千穂が登校した後に来るので、時々にしか顔を合わせない。

「おはよう、チホちゃん。早く食べてしまっちゃいなさい。今日は教室当番なんでしょ?」
そう声をかけてくるのは千穂のお母さん。茅乃芽 稲穂(かやのめ いなほ)だ。髪を後ろに結い上げ、横長の四角い眼鏡。赤茶の縦セーターの上にエプロン。そしてデニムのパンツ。というラフな格好だが、これがいつもどおりの姿である。
「おはよう、お母さん。お父さんは?奥?」
千穂が珍しい。という感じでたずねた。いつもならこの時間帯は仕込みを済ませてカウンターでコーヒーの準備に取り掛かっているはずだからだ。
「えぇ。お父さん、ちょっと新メニューに挑戦して失敗しちゃって。後片付けしている最中なの」
そう言いながら母は椅子に座った千穂の前にこの店名物のモーニングを置いた。

「ふーん……」
そう相槌をうちつつ、いただきますと言った後、稲穂の用意したトーストにたっぷりアップルジャムを塗りつけかぶりついたーー

29【ひのもと鬼子外伝:鍾馗・一ノ章04/05】:2020/05/25(月) 12:24:31 ID:mUPA9NnE0
>>28
◇◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇◇
ホッホー。ホッホー……

どこかで聞いたことがあるような鳥の鳴き声が聞こえてくる。何の声だろうとぼんやりと聞いていたら、隣の家から女の子が出てきた。
「あ。おはよう。チホちゃん」
隣の家の子と約束していた時間丁度にその子と顔を合わせた。幼なじみの高千穂 真希(たかちほ まき)ちゃんだ。
「おはよー真希ちゃん!真希ちゃんところも今日、当番だったよね?」
「うん、うさぎさんにご飯をあげる役。確か千穂ちゃんは教室当番だったよね?」
普通の人ならちょっと聞き取りづらいくらい小さな声で返事を返した。その上、のんびりした喋り方だが、真希はずっとこうだ。溌剌とした千穂とは対照的でおっとりとしているので、よく男子にからかわれたりする。そんな男子を蹴散らすのが千穂の毎度の日課である。

「そうなの。朝、起きるのが大変!お布団からなかなか出られなくって……」
「ここしばらくとても寒かったもんね」
「だよねー。でも朝起きた時、私の部屋。エアコンついてなくって」
千穂はテクテクと歩きながら今朝のことを思い出す。
「あんまりエアコンに頼っちゃだめってお父さんたちに言われているんだっけ。大変だね」
「おかげで変な夢をみちゃったみたい。あんまりよく覚えていなかったけど」
それを聞いて真希もあいづちをうつ。
「夢って、観ても覚えてないこと、あるもんねー」
と、そんなたわい無い会話をしながら二人で歩く。
高千穂 真希は髪を肩口で切り揃え、目が前髪で隠れ気味になっている。地味な印象を受ける女の子だ。だがその実、とても綺麗な目をしている事を千穂は知っている。
以前、千穂が真希にうっかりぶつかった際に知った事だった。あの時は目から星が飛んだと思うくらい痛かった。お互い、おでこをさすっていたが、その時に前髪に隠れていた真希の目をみたのだ。千穂からするとその綺麗な目を隠すなんて勿体無いとは思ったが、本人は隠したがっている。
どころか。このことは誰にも言わない。という約束までさせられた。そのためこの事を知っているのは千穂だけだった。でも千穂は真希とそんな秘密を共有しているのがちょっとだけ嬉しかった。

30【ひのもと鬼子外伝:鍾馗・一ノ章05/05】:2020/05/25(月) 12:25:32 ID:mUPA9NnE0
>>29
「ーーそれで千穂ちゃん、ひょっとしてまたおでこを打った?」
真希は千穂のおでこが少し赤くなっている事に気がつき、そう聞いてくる。
「う……あはは。ちょっとコレを探しててさ……」
そう言ってバツが悪そうに首にかけているペンダントを指差してた。それは丸く編んだ植物に紐を張り巡らせたようなアクセサリーだった。編み上げた紐が星を形作り、その中心にこれまた星が据え付けてある。何かのお祭りの屋台で買ったものだ。一目で気に入った千穂がめずらしくわがままを言ってねだったお気に入りだった。

「えっと、確か、どりーむきゃっちゃーっていうんだっけ?」
真希は首を傾げ、人差し指を頬にあてながら記憶を探る。
「そうそう。悪い夢を捕まえてくれるお守り!」
「でもそれ枕元に飾っていないと意味がないんじゃなかったっけ?探してたって言ってたけど、どこにあったの?」
「えーと……」
千穂は目線をそらし、言葉を濁す。
「……机の下」
「あー……また引き出しを出しっぱなしにした後、机の下にもぐって。その上、不注意に立ち上がってぶつけたんでしょ。相変わらずねー」
ドンピシャであってた。
「あはは……」
千穂は何だかんだとあちこちに頭をぶつける変なクセがある。真希に言わせれば本人が落ち着きがなく不注意なだけだというが。
「絶対、何かの妖精さんが嫌がらせしているのよ!私が悪いんじゃなく、そいつが悪いのよ!」
ーー本人は絶対に認めたがらなかった。
二人はそんな事を話しながら校門をくぐって行った。
◇◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇◇

31黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/16(火) 23:17:38 ID:J6aPt7A.0
『鬼子外伝 -ショウキ- 1章 将魔と魔希 』

「本山から招集がかかった。しばらく留守にする。」

張り詰めた空気の堂内に、老人の声が響いた。

小さいながらも歴史を感じさせる寺院の本堂。その中心には大きな篝火……いや、護摩壇の炎が立ち上がっていた。
寺院の山門から本堂へ至る石畳の道も、幾多の篝火が焚き立てられ煌々と輝いている。
祭事でもない今日この日に、この様に篝火が焚かれるというのはとても稀なことであった。

ここは、とある街の片隅。街の中心を見守るかのように鎮座する小さい山の中腹に建立されている寺院である。
特に山深い山中というわけではないが、このあたりは開発があまり進んでいない山らしく幹の太さが何メートルもある様な大木が多くそびえていた。

そしてこの山は参道以外は切り立った崖や浅い谷の様なものが点在していた。
好事家たちにいわせると、これは敵の侵入を防ぐために人の手で作られた堀切や土塁であり、かつてこの寺院は山城跡に建てられたのではないか、と推測する者もいる。
しかし、街の歴史上この場所に城や砦が存在したという記録は一切ない。

さて寺院の本堂の中心、護摩の炎を背にした老人の前には二人の子供がかしこまって座っている。
年の頃は十か十一歳くらいだろうか。ひとりは短髪の少年、もう一人は長い髪を後ろで束ねた少女だった。

老人は子供たちに向かって静かに語りだす。

「まさか、こんな余命幾許も無い老人までも根こそぎ動員とはな……お山の天狗供も相当慌てていると見える」

老人は僅かに天を仰ぐ様なそぶりを見せたが、直ぐにいやいやとかぶりを振る。

「都市封鎖とかいう話もあるが……戒厳令とまではいかんだろう。ただ、今年は三月に雪が降ったでな」

細い目を大きく見開く老人。

「この国は大きな変革がある前には雪が降るという謂れがある。まあ、迷信だろうがな。
 そう、あれは80……いや、もっと前か。ちょうどお前たちと同じくらいの年の頃か。
 二月の東京に雪が降った夜に、初めて鬼を見た。人間の弱い心に巣食う、悪鬼共だ……」

二人の子供は老人の話を真剣に聞いている。

老人の名前は「茅原弐式(ちはらにしき)」、二人の子供は「茅原将魔(しょうま)」と「茅乃芽魔希(ちのめまき)」といった。

「茅原家」と分家の「茅乃芽家」は、この寺院を管理している一族である。
しかしそれは表向きの話、彼らには別の顔があった。
「邪気」を祓い、悪鬼、妖怪や魑魅魍魎といった妖(バケモノ)の類から街を護る退魔師の一族としての顔である。

魔を力で祓う「茅原家」と、それを守護する分家の「茅乃芽家」は200年の長きに渡り、この街を護ってきた。

ここ半世紀、妖(バケモノ)の数は随分と数を減らしているが、この街には時折妖(バケモノ)が姿を現していた。
将魔と魔希はそれぞれの家の跡取りとして、幼少の頃より学校へ通う傍ら寺院の山中で妖怪退治の修業も行っている。

実戦経験こそまだないが、二人とも体内の霊気を高める修業を行い、常人よりも高い霊力を獲得している。
また、宝具による補助が得られれば並の妖怪程度を滅することができる程の力量も身に付けていた。

将魔は霊力による肉体の強化、魔希は呪符を操作して相手を攻撃する術に長けていた。


老人、茅原弐式は言葉を続ける。

「ワシもこれが最後のお役目となるだろう。ただ、これ程の騒ぎ故、いつ帰れるかはわからぬ。そこで……」

二人に対し、三方(さんぼう)という神前に供える儀式用の台を差し出す。
台の上には清められた白い紙、そして手のひら位のサイズの丸い輪の様な何かが二つ載っていた。

32黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/16(火) 23:19:40 ID:J6aPt7A.0

「二人には『茅輪護(ちのわまもり)』と……」

そういうと、飾り物の様な護符の様な物を二人に差し出した。

この輪の様な何かは、直径10cmほどの茅(かや)を編んで輪にした様な飾り物であった。
輪の左右には紙製の、人の形をした形代(かたしろ)が二枚吊り下げてある。
これは神霊が依り憑き易い様に形を整えたものだという。
彼らの家では、これを腰から下げれば災いから逃れられると信じられていた。

茅原老人は更に二つの三方を差し出す。

「将魔には『七星剣』、魔希には『祈祷符』授ける」

そこには30cmくらいの木製の剣と、黒い衣の武将の様な者、鍾馗が描かれている御札があった。

将魔が首をかしげながら『茅輪護』を手にする。

「ひいじいちゃん、この『茅輪護』ってウチの寺務所で売ってるお守りと同じ物?」
「安心せい、これはワシの特別製じゃ」

そういうと老人はニヤリと笑い、懐から牡丹餅のような黒いモノを出した。
一見すると黒い塊の様なものだが、よく見ると生き物のようにモソモソと動いていた。

それは『疫鬼(えきき)』と呼ばれる下級の鬼である。

世の中には時折、瘴気と呼ばれる悪い気が発生する。
通常であれば澱んだ空気のような存在だが、それらの気が濃くなると塊となり、「疫鬼」と呼ばれる生き物のような物になることがある。

「瘴気」の状態であれば、人間の気分や体調を悪くさせたりするだけだが、「疫鬼」は人間を病気にさせ、人に害をなす鬼なのだ。
「疫鬼」が大量に増えると疫病が流行する。疫病の流行らないように「疫鬼」を祓うことが退魔師としての「茅原家」の使命でもあった。

「ひいじいちゃん!それ、鬼じゃ!」

茅原老人は将魔に向けて「疫鬼」を放り投げる。
すると、「疫鬼」は将魔にぶつかることなく、バチンという音と共に見えない力で弾き飛ばされた。

さらに茅原老人は『七星剣』を手に取ると「疫鬼」に突き刺す。
いや、正確には「疫鬼」は『七星剣』の切っ先に触れた途端、霧のように霧散し消滅した。

「この『茅輪護』はワシの特別製でな。ワシの霊気を細く、長くのばして作った霊毛が編み込んである。
 物質化できる程まで凝縮させた霊力の塊だ。これを腰から下げておれば、下級の鬼なんぞは1mも近づくことも難しいじゃろう。
 その『七星剣』は先祖伝来の宝具、切っ先にでも触れたら疫鬼どころか妖怪でも滅するわい。
 そしてその『祈祷符』もただの呪符ではない。これには鍾馗様の絵と術式が書き込まれておる。使い方は……」

おぉっと、驚きの声を上げる将魔と魔希。茅原老人はこれらの宝具を使い、疫鬼退治をする様にと伝えた。
自分たちが街を留守にする間、疫鬼を祓う者がいなくなれば街に疫鬼と疫病があふれてしまうからだ。
幼いひ孫たちだけに疫鬼退治を任せることは心苦しいが、そうも言ってはいられない。

今年は70年ぶりに新しい疫病が流行し、世界的にも猛威を振るっていた。
この街でも日々疫鬼が生まれている状況であり、誰かが疫鬼退治を続ける必要がある。

「茅乃芽の者も、ワシと共に本山に行く。魔希も聞いていると思うが、茅原、茅乃芽の家、共に大人が全員いなくなる。
 しばらく本家の屋敷に住みなさい。身の回りの世話は照道さんにお願いしてある。日中の飯の世話は心配しなくていい」
「ちょっと待って!おじい様!?将魔とアタシが!??ひとつ屋根の下で!!!?」

今まで沈黙を貫いていた茅乃芽魔希が驚愕の叫びを上げた。

「親戚じゃし、別に問題は……」
「男女七歳不同席(男女七歳にして席を同じゅうせず)!」
「いや、お前らの小学校もいま共学じゃろ?5年生までなにやっとった!」
「不潔!おじい様!かわいいひ孫に何かあったらどうしますの!?」

そうした喧々囂々とした議論がひとしきり終わり、魔希も同居を諦めて静かになった後で、茅原老人は思い出したかの様につぶやいた。

「ひとつだけ忠告がある」

茅原老人の真剣な眼差しに、将魔と魔希も茅原老人の言葉を待った。

33黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/16(火) 23:20:37 ID:J6aPt7A.0

「……鬼子の話だ」
「おにこ?」
「鬼の子のことですの?」

将魔と魔希の疑問に、茅原老人が答える。

「もしもお前たちが鬼子に遭遇してしまった場合の話だ。赤い鬼には気をつけろ。戦おうと思うな、すぐ逃げるんだ。
 昭和、平成、令和と妖怪たちは年々数を減らしているが、あの鬼はまだ今でも生き残っているかも知れん」
「……赤い…鬼……?」
「ああ、姿は幼い女の鬼だがな。かなり大昔から生きている」
「その鬼子というのはそんなに強い鬼なのですの?」

魔希の言葉に、茅原老人は即答した。

「強い。ワシよりも強いかも知れんな。アイツは日ノ本いち(ひのもといち)の大妖(たいよう)だ」

ゴクリ、と将魔がツバを飲み込む。

(日ノ本いちの鬼……)

曽祖父より強い人間など見たことがない将魔にとって、曽祖父より強いという赤い鬼の話はとても信じられないものであった。

「もう80年も前……あの時も今の様に市井に疫鬼が増え、疫病が流行した」

茅原老人は滔々と語りだす。

「鉄の棒……いやアレはどちらかというと薙刀だな。
 赤備え、赤く染め上げた甲冑に身を固めた鬼の一団が雪の帝都に現れ……」

そこまで語ったところで、茅原老人は唐突に話を切り上げてしまった。

「将魔、魔希よ、忘れるな。本当に恐ろしいものは、人の恐れる心だ。心の鬼に惑わされてはいかん。疫鬼退治で危ないことなど無いと思うが、危ないと感じたらすぐに逃げるのだぞ」

「「ひいじいちゃん!(おじい様!)」」

「任せて!ボクらもお役目、やり通してみせるよ!」
「ワタシたちの修行の成果、みせて差し上げますわ!」

やれやれ、そう茅原老人はひとりごちると、やや不安そうな顔で将魔と魔希を眺めた。

34黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/23(火) 17:28:46 ID:8OgEHYkc0
『鬼子外伝 -ショウキ- 2章 疫鬼退治 』


一般に、霊力(れいりょく)や法力(ほうりき)、神通力といわれる超常の力にも様々ある。
これらは厳しい修行の末に手に入れることができる異能の力だが、これらの力は大きく二つに分けられる。

ひとつは体の中に流れている生命の力(オーラとか気ともいわれる)を制御して、常人以上の力を発揮する方法。

もうひとつは自ら信仰する神や仏(対象は悪魔や邪神でもよい)に祈りを捧げ、その身に異能の力を借りる方法だ。

この「祈り」というのはある種の比喩表現である。正確には、この世界に満ちているエネルギー(霊気、マナ、エーテルなどとも呼ばれるもの)を自分の身体に流し込んで使う技術だ。この技術に「祈り」という言葉が使われたのは、かつては神仏に祈りを捧げることで、超人的な力が得られると考えられていた時代の名残である。

わが国においては修験者や法力僧を中心にその技術が確立されてきたし、諸外国でも修道士やシャーマン等の宗教家たちにより使用されてきた。
彼らの様に神仏を信じる者たちは、この現象を「信仰」あるいは「信仰の結果」という言葉で表現・説明してきた。

この様に呼ばれた理由には、その理論体系や技術手法も強く影響していると考えられる。つまり、世界に満ちているエネルギーには実体がない。
実体がないものを操作するにあたり、まずエネルギーを形あるものとしてイメージする。そして自らの気を媒介にして具象化する必要があった。
無いモノを有るかの様に強烈なイメージを形作ることで、有るはずのないモノを利用、もしくは実体化させる。

形ないエネルギーを「神仏の姿」という形でイメージして具象化し、それらを操作する技術として確立されていったのだ。
この世は「色即是空、空即是色」、実体の有るモノと実体の無いモノは全て表裏一体で紙一重の存在であり、何かのきっかけで姿を現しているだけに過ぎないのだ。

これはなにもこの物語の中だけの架空の話ではない。最新の物理学である量子力学の領域でも「分子や原子の全く存在しない真空中」において、極微量のエネルギーの揺らぎが観測された。
現在の科学で観測できない範囲の世界から、何かしらのエネルギーを取り出したり、物質を生じさせるということはもはや夢物語ではないのだ。

さて、世界に満ちているエネルギー(霊気)の操作や制御には、相当なイメージトレーニングが必要となるが、理論上ではほぼ無限の力を得ることが可能となる。
(ただし、術者の能力や人間の肉体には限界があるため、実際には無限にエネルギーを使うことは不可能である)

娯楽が発達した現代においては、神仏どころか「自分の好きなアニメの巨大ロボット」のイメージを使い、世界に満ちているエネルギーの制御を行っている「魔術師」もいるが、それについては閑話休題。

なお、将魔たちの寺院においては「体の中に流れている生命の力」と「世界に満ちているエネルギー」は、両方とも区別することなく「霊気」(もしくは気)と呼んでいる。
しかし、それではこの物語を編纂するにあたり判別がつきづらく、文章的にも煩雑となってしまう。

よって本物語においては筆者の判断で「体の中に流れている生命の力」を「霊気(オーラ)」、「世界に満ちているエネルギー」は「霊気(マナ)」と、仮に呼称し以下の様に記述させていただく。


将魔と魔希のふたりは「霊気(マナ)」の制御はできないが、「霊気(オーラ)」を制御する才能はあった。

「じゃあ、はじめるわよ」

魔希は将魔に向かって言った。

二人とも普段の服装とは違い、服の上に上着だけは白い装束を羽織るという服装に着替えていた。背中にはランドセルのような木の箱を背負っている。
この白い装束は、修験者たちが纏う正式な装束に比べるとかなり簡易な服装である。
これは茅原老人が「子供用白装束」と称して二人に渡したもので、二人とも喜んで着用しているものだ。

35黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/23(火) 17:41:57 ID:8OgEHYkc0

ただこれは白装束などではなく、本来は神職が掃除用に使う「白作務衣」であった。

この「白作務衣」という商品の特徴として、ほうきや熊手を扱った時に袖が引っ掛からないように丸袖となっている。
さらに身体が汚れないように両の袖口にはゴムが縫い込んであった。掃除をするにも動き回るにも快適な衣装ある。
しかしこれらは子供用とはいえ、寺社用カタログ通販「オニクル」で正規に購入すると少々割高な商品である。
そこで茅原老人は「般ニャフーオークション」で同じ品物が7割引きで出品されているのを見つけ、落札することにした。
新古品ではあるが、70%オフの一着4,000円で購入できたお値打ちの品である。
このことはもちろん、将魔と魔希には内緒にしてある。

ただ、下衣まではセットで落札できなかったので、アンダーについては将魔は半ズボン、魔希は肩ひもがついたプリーツのスクールスカートを着用していた。

「がんばろうね、魔希ちゃん!」

そういうと将魔と魔希は人差し指と中指、二本の指を立てて刀印を結んだ。
将魔は左手、魔希は右手でそれぞれ印を結び、印を結んでいない方の手でお互いを強く握り合う。

そして、二人は口の中で呪文のようなものを唱えると、その身体がわずかに発光したように見えた。

異能の力のひとつ、「霊気(オーラ)」は通常、体の表面を数ミリから数センチの範囲で覆っている炎の様な不定形のモノである。
この「霊気(オーラ)」は普通の人間の目には見ることはできないが、場合によって空気中の水分と反応して光って見えることが稀にあった。

二人の身体から「霊気(オーラ)」が炎の様に揺らめき、光の半球状のモノを形成する。これは「霊気(オーラ)」で作られた膜のようなものであり、一種の結界だ。
二人の周囲がそれらにふわりと包まれたかと思うと、シャボン玉が空気で膨らむかの様にふわふわっと広がる。
やがて「霊気(オーラ)」の膜が巨大なドーム球場の様なサイズにまで達する。その時点で一瞬膨張が止まったかにも見えたが、すぐにまた広がりだしそのまま街を包む様にすーっと広がり、消えていった。

「駅の方に2つ、総合運動公園に3つね……」
「自転車でいく?」
「走っていくに決まってるじゃない!」

魔希はそういうと軽く2、3度ジャンプをして、準備運動の様なそぶりを見せた。

先ほど将魔と魔希が行った術は「霊気(オーラ)」の使い方のひとつであるが、これは「霊気(オーラ)」を身体の外に放出させる技術の応用だ。

通常は自分の身体から離れた時点で消えてしまう「霊気(オーラ)」であるが、体から離した状態で維持できるようにする。
これを極めると「霊気(オーラ)」を弓矢や銃弾のように発射して攻撃することができ、質量のある分身を作ることもできるという。

現在の将魔と魔希にはそこまではできないが、「霊気(オーラ)」の塊を身体から離れたところで維持して簡易な結界を作り、風船のように膨らませる。
この「霊気(オーラ)」の結界が広がったときに、結界に触れたものたちを感知することができる。

これは、レーダー(電波探知機)が電波を飛ばし、その反射で航空機や艦船の数や位置を測定する原理に似ていた。

36黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/23(火) 17:43:45 ID:8OgEHYkc0

そして、人間に「霊気(オーラ)」がある様に、疫鬼や妖怪たちの様な者には「妖気」というものが存在する。
「妖気」は「霊気(オーラ)」と対を為す存在であり、これは負の「霊気(オーラ)」と考えて良い。
また同様に、負の「霊気(マナ)」も存在しており、こちらの方は「瘴気」と呼ばれていた。

つまり将魔と魔希は薄い結界を広げ、それに触れた妖気の数や強さ(妖力ともいう)を感知し、遠く離れた駅や総合運動公園に疫鬼を見つけたというわけだ。

将魔はこの結界を広げて妖気を感知することが不得手で、感知できるのは通常半径4メートルくらい。これに対して魔希は半径100メートルほどを感知することができた。
ただし、二人で協力して結界を広げた場合、半径300メートルまで感知することができた。

普段は将魔のことを疎ましく思っている魔希が、渋々ととではあるが協力する理由はここにあった。

半径100メートルの感知と半径300メートルの感知では効率がまったく変わってしまう。
小さいながらも一つの街を隅々までを探索するのであれば猶更だ。魔希ひとりでは朝までかかっても終わらない可能性があった。


さて、この異能の力「霊気(オーラ)」の使い方や特性には様々あるが、術者の生まれ持っての資質や技量によって得手不得手が存在する。

将魔たちの寺院では「霊気(オーラ)」を効率的に運用していくにあたり、陰陽五行思想に基づいて「霊気(オーラ)」の特性を木・火・土・金・水の5つに分類し、技術体系化していた。

以下に、その技術理論の一部を記す。

【木】
木とは、エネルギーそのものであり気力のシンボル。
大地の「霊気(マナ)」が固まり形を成したモノが木だという考えから、木という文字が充てられている。

「霊気(オーラ)」の本質に一番近いモノ。
現代物理学に置き換えると電気に近い特徴があり、人間の身体を動かしているのも微弱な電気である。

木の「霊気(オーラ)」の特性を使う技術としては、電気(電撃)に近い性質からモノの持つ働きや身体の力を「霊気(オーラ)」で高める術に用いる。


【火】
火とは、熱量であり熱量のシンボル。
熱であり光でありるモノが火だという考えから、火という文字が充てられている。

現代物理学に置き換えると炎(物質の第四の状態プラズマ)に近い特徴があり、常に激しく動き回っている性質のモノである。

火の「霊気(オーラ)」の特性を使う技術としては、本来身体から離れたら霧散してしまう「霊気(オーラ)」を動き回る性質を利用し、身体から離した状態で維持・固定する術に用いる。


【土】
土とは、物質の根源であり具象のシンボル
土とは、全てのモノを形作っている大本だという考えから、土という文字が充てられている。

「霊気(オーラ)」でありながら「霊気(マナ)」の性質に近いモノ。
現代物理学に置き換えると「対生成」という状態に近い特徴があり、状況により形「霊気(オーラ)」が実体化する。

土の「霊気(オーラ)」の特性を使う技術としては、「霊気(マナ)」の性質に近いことから「霊気(オーラ)」を物質として顕現させる術に用いる。


【金】
金とは、純粋のシンボル
金には不純なモノを取り除きできたモノが金であるという考えから、金という文字が充てられている。

現代物理学に置き換えると磁気(磁力)に近い特徴があり、「霊気(オーラ)」でありながら「霊気(オーラ)」を反発させる性質がある。

金の「霊気(オーラ)」の特性を使う技術としては、物質や生物に「霊気(オーラ)」を定着させ、操る術に用いる。


【水】
水とは、無形のシンボル。
水には常形が無いという考えから、水という文字が充てられている。

現代物理学に置き換えると無形というよりも、低温(分子振動が少なく「熱的な擾乱が小さい状態」)に近い特徴がある。

水の「霊気(オーラ)」の特性を使う技術としては、分子振動や状態の制御が可能であることから「霊気(オーラ)」の性質や形状を変化させる術に用いる。


これらの技術体系に基づき、将魔は木気の「霊気(オーラ)」を利用した身体能力の向上。魔希は金の「霊気(オーラ)」を利用し、呪符等に「霊気(オーラ)」を定着させて操る術に長けていた。

また、先ほど二人が使った結界を広げて妖気を感知する術は、火の「霊気(オーラ)」を利用した術の応用である。

身体から離れた「霊気(オーラ)」を薄い膜状に維持し、広げることで妖気の感知に利用したものだ。

将魔が得意とする木気の「霊気(オーラ)」は、五行相生の作用で火気を補助する効果がある。将魔が魔希に協力したことで、火気の術である結界が強化・増幅され感知できる範囲が広がったという理屈だ。

37黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/23(火) 17:44:35 ID:8OgEHYkc0

「じゃあ将魔、チャッチャと終わらせるわよ。明日は土曜なんだから」
「まあ学校もずっと休校だし、土曜とか関係ないけどね」
「うるさい!バカ将魔!」

魔希がそう叫ぶと、二人は日が暮れたばかりの夜の闇に消えていった。

  ✳︎

「30匹か、まあまあね」

照道さんが用意してくれたおにぎりを頬張りながら魔希は言った。

照道さんは普段から寺院の手伝いに来てくれている役僧である。現在、寺院には将魔と魔希しかいないので、朝夕のお勤めの他、二人が食べる朝昼の食事の世話をする為に毎日通いで来てくれている。

夜は疫鬼退治に出かけるので、お弁当の用意もしてくれていた。
今日はおにぎりと甘く焼いた卵焼き、そして鶏の唐揚げだ。

「でも、おかしくない?」

将魔はドッヂボールくらいの大きさの疫鬼に『七星剣』を突き刺しながら、魔希に疑問の声を投げかけた。
『七星剣』に触れた疫鬼は、黒い霧が霧散する様に跡形もなく消滅する。

「何がよ?」
「結界で感知した疫鬼の数と、実際に倒した疫鬼の数が合わない」
「状態が不安定で、ワタシたちが来るまでに瘴気に戻ったのかもね」
「そうなのかなぁ……」

腑に落ちない、という表情の将魔を余所に魔希はケラケラと笑っている。

「次は商店街、ライブハウスの近くね。少し数が多いわ。大きめの疫鬼が7、小さな疫鬼が1ね……今日はこれで終わりにしましょう」

38黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/23(火) 17:46:52 ID:8OgEHYkc0

おにぎりを食べた手をウエットティッシュでキレイに拭き取ると、魔希は将魔に白い歯を見せた。

  ✳︎

この街にはアーケード商店街がある。これはかつて商店街に活気があった時代の名残だ。当時の商工会と商店会が資金を出し、商店街の歩道が風雨に当たらない様、アーチ状の屋根で覆ったモノだ。
いくつかの店舗が閉め、小売店の並びが櫛の歯が抜ける様な状態になってしまったが、このアーケードだけは街の象徴として維持し続けてきた。

「まず、商店街の入り口に少し小さいのがひとついるはずだから、それを片付けるわよ」
「はいはい……」
「将魔、『ハイ』は一回!」

魔希はそう叫ぶと『すずらん通り』という商店街の看板をくぐり、小走りで商店街のアーケードに入っていく将魔と魔希。
疫鬼を見つけるために魔希が刀印を結び、感覚を研ぎ澄ます。

「あのドラッグストアのごみ箱のところに小さな疫鬼が隠れ……」

魔希がそう言いかけた瞬間、将魔と魔希は背筋が凍り付いた。

「なに……これ……」

ごくり、と唾を飲み込む魔希。

そこには確かに疫鬼がいた、しかし……二人が事前に察知していた小さな疫鬼などでは無かった。

そこには大きな黒い肉の塊の様なモノが有った。いや、正確には肉塊の様な疫鬼である。
将魔と魔希の視線の先に、中型の犬くらいのサイズの疫鬼が倒れていたのである。しかも瀕死の状態で、である。

これほど迄大きな疫鬼を、将魔と魔希は見たことがなかった。

通常の疫鬼は牡丹餅くらいの大きさで、大きくてもドッヂボールくらいの大きさである。疫鬼の身体からは細い枝のような手足が何本か生えている。大きな疫鬼には眼球のような器官が現れることもあった。

しかしこの疫鬼は今まで見てきた疫鬼よりもはるかに大きく。中型の犬くらいのサイズがあった。そして眼球と共に大きく裂けた口と、口の中には人間の歯のようなモノが生えていたのである。そしてその胴体からは、まるで人間の成人男性の腕の様なモノが三本生えていた。

39黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/23(火) 17:47:36 ID:8OgEHYkc0

その疫鬼の様なモノは、ギッギギィ……と気味の悪い泣き声を上げ、口元からは泡を吐き、全身を小刻みに震えさせている。
時折ビクンビクンと身体を痙攣させていることが、この疫鬼がまだ生きているということを示していた。

しかし、何よりも二人を驚かせたのはその体の中心部分である。
人間で言えば腹部にあたると思われる部分が、何者かに喰いちぎられたかの様に切り取られ、臓物の様なモノが体外に飛び出していた。

その周囲には黒くドロッとした様な液体が飛び散っている。これは疫鬼の体液だろうか。疫鬼の倒れている身体の下には、黒い血溜まりの様なモノができている。

まるで何者かに喰い散らかされた後の様な、という表現がぴったりであった。

あまりのことに言葉も出ず、その場に立ち尽くす将魔と魔希。

しばらくの沈黙の後、将魔が口を開く。

「これ、疫鬼だよね?」

将魔はポツリと呟いた。魔希は無言である。

二人は今日が初陣であるが、今まで何度か法力僧たちの疫鬼退治に立ち会ったことがある。
よって、これが如何に異常なことかすぐにわかった。

疫鬼は瘴気が凝り固まり、生き物の様に振る舞う存在である。
つまり疫鬼は負の「霊気(マナ)」の塊の様なモノで、人間に害を為すが実体は有って無い様なモノなのだ。

普通の人間や道具では、疫鬼を傷つけることはできない。疫鬼を退治するには強い「霊気(オーラ)」をぶつけるか、『七星剣』の様な「霊気(オーラ)」を纏った道具を使用しなければ疫鬼にダメージを与えることができない。

そして、「霊気(オーラ)」を使用して疫鬼を滅ぼそうとしても、この様なことにはならない。

疫鬼を、実際の生き物同様に引き裂き、喰いちぎることのできる存在は……

「妖(バケモノ)に……やられた?」

魔希の言葉に、将魔が驚く。

妖(バケモノ)は、疫鬼よりも高位の存在である。

疫鬼は能動的に動き回ることができるが、あまり知能というモノが無い。しかし妖(バケモノ)は人間の様に意思を持ち、時には人間よりも優れた知能を獲得している者さえもいた。

ただ、この妖(バケモノ)は先の大戦で大幅にその数を減らしていた。平成・令和の時代にはほとんど姿を消していったが、千原老人の言によると時折この街には妖(バケモノ)が姿を現すことがあるという。

「…………」

将魔は無言で、この疫鬼の様なモノに『七星剣』を突き立てる。すると、他の疫鬼同様に黒い霧の様なモノになり、霧散して消え去った。

「やっぱり、これは疫鬼みたいだ……」

将魔が独りごちる。先程までヘラヘラとしていた将魔の表情が、ガラリと変わり、険しい眼差しを湛えていた。

「気をつけよう、この疫鬼を食い散らかした妖(バケモノ)がまだ近くに居るはずだよ」

将魔がそう言ったその時……

(……十年……百年……)

アーケードの奥から、若い女性の声が響いてきた。

(……姉三……六角……)

まるで、何か歌でも歌っている様にも聞こえた。
それは人のいない通路に美しく響く、物憂げな女性の声だった。

そして、魔希は何かに気づく様に息を飲む。魔希はこれらの言葉に聞き覚えがあった。

「姉三、六角、蛸錦」は京都の通りの名前で、これは京都の子供たちが通りの名前を覚える数え歌である。
今でも京都の子供たちは「丸竹、夷二、押尾池(まるたけ、えべすに、おしおいけ) 姉三、六角、蛸錦(あねさん、ろっかく、たこにしき)」と歌うのだと、小さい頃「小学生が探偵をするアニメ」の映画で観たことがあったのだ。

「……行くわよ、将魔」

魔希の言葉に将魔はコクリと頷き、歌声のする方向に足を向ける。
二人が向かった先には、先程多くの疫鬼がいると察知したライブハウスがあった。
疫鬼をこの様にした犯人が、茅原老人のいう「鬼子」では無いことを祈るばかりであった。

40黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/25(木) 01:14:48 ID:823eQz920
『鬼子外伝 -ショウキ- 3章 鬼子登場 』

「……姉三……六角…」

高く澄んだ声で歌うように独りごちると、彼女はその歩みを止めた。
彼女は年若く、美しい女性の姿に見えた。まだ幼さの残る顔立ちから、中高生くらいの年齢を思わせる。

白磁の人形を思わせる白い肌、つややかで腰まで伸びた美しい黒髪。そして、薄紅色のやわらかな唇を持つ女子がそこに立っていた。
少し物憂げな微笑みを浮かべている美しい少女。初めて彼女を見た者は、誰もが彼女の美しい姿に魅了されるだろう。

そしてその少女の御出で立ちは、唐紅(からくれない)に染め上げ、楓柄があしらわれている振袖の着物を風になびかせている。
振袖を飾る帯は紫地に平金糸を横糸に加え、花唐草の模様を織り出したる金襴豪華な錦の帯である。金糸は電灯の僅かな光でも高貴な輝きを放ち、帯の中心にある翡翠の帯留めは、古代の森を思わせる深い緑の色を湛えていた。

しかし、不自然な点も見られた。

少女は何かに警戒しているのか後ろ鉢巻、いや額の右に蝶結びの如くに花結びに締め、額の左には般若の面を飾りのようにあしらっていた。
そして更には、美しい着物の上から襷十字に綾なし、長い棒のような長物を手にしている。

それは、まるで戦支度。これから戦場にでも赴くかの様な雰囲気であった。

その少女が立ち止まり数瞬後、彼女は手にしていた長物を指先で回転させ振り回し始めた。
それはまるで、バトントワリングの演技でもする様な軽やかな動きであった。
長い棒状のモノを、わずか数本の指だけで動かしている。

しかし、回転させているモノは演技用のバトン等といった、短く軽いものなどではない。
夜の澄んだ空気を音を立てて切り裂くそれは、2メートル程の長さがあった。

それは一見、無骨な石器の様なモノにも見えるが、これは金属でできた鉄の棒。いわゆる金砕棒である。
いや、正確にはその金砕棒の先には長大で鋭い刃が付いているので、どちらかというと長刀や薙刀に近い形状の武器というのが正確かも知れない。

この薙刀であるが、柄の部分の直径は凡そ一寸半(45ミリから50ミリ)、刀刃はおよそ二尺(約60センチメートル)、全長は七尺(約210センチメートル)の大長物である。
全てが鍛鉄でできており、その重量は八貫(約30キログラム)もの重量がある代物であった。

恐るべきはこの大長物を軽々と扱う膂力である。その薙刀の本当の重量を知る者が、少女の振る舞いを見たら恐怖するだろう。
約30キログラムの鉄の塊を指先で軽々と操る少女、とても人間業ではなかった。

そして薙刀をひとしきり振り回し終わり、あたりが静寂に包まれる。アーケードの採光窓から月の光が差し込み、少女の全身を照らした。
その時、月の光で少女の本当の姿が顕わにされた。少女が頭部に持つ、容貌的特徴。美しい容貌(かお)と共にそれが浮かび上がる。

この少女の前頭部から二本の角が生えていた。

そう、彼女は人間(ヒト)ではなく、鬼なのだ。

鬼が呟く。

「今夜は、月がきれいですね……」

月に対して言葉をかけ氷の様な微笑を浮かべると、鬼の少女の姿は陽炎の様に揺らめき、闇に消えた。


  *

41黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/25(木) 01:15:32 ID:823eQz920
『鬼子外伝 -ショウキ- 3章 鬼子登場 』

「……姉三……六角…」

高く澄んだ声で歌うように独りごちると、彼女はその歩みを止めた。
彼女は年若く、美しい女性の姿に見えた。まだ幼さの残る顔立ちから、中高生くらいの年齢を思わせる。

白磁の人形を思わせる白い肌、つややかで腰まで伸びた美しい黒髪。そして、薄紅色のやわらかな唇を持つ女子がそこに立っていた。
少し物憂げな微笑みを浮かべている美しい少女。初めて彼女を見た者は、誰もが彼女の美しい姿に魅了されるだろう。

そしてその少女の御出で立ちは、唐紅(からくれない)に染め上げ、楓柄があしらわれている振袖の着物を風になびかせている。
振袖を飾る帯は紫地に平金糸を横糸に加え、花唐草の模様を織り出したる金襴豪華な錦の帯である。金糸は電灯の僅かな光でも高貴な輝きを放ち、帯の中心にある翡翠の帯留めは、古代の森を思わせる深い緑の色を湛えていた。

しかし、不自然な点も見られた。

少女は何かに警戒しているのか後ろ鉢巻、いや額の右に蝶結びの如くに花結びに締め、額の左には般若の面を飾りのようにあしらっていた。
そして更には、美しい着物の上から襷十字に綾なし、長い棒のような長物を手にしている。

それは、まるで戦支度。これから戦場にでも赴くかの様な雰囲気であった。

その少女が立ち止まり数瞬後、彼女は手にしていた長物を指先で回転させ振り回し始めた。
それはまるで、バトントワリングの演技でもする様な軽やかな動きであった。
長い棒状のモノを、わずか数本の指だけで動かしている。

しかし、回転させているモノは演技用のバトン等といった、短く軽いものなどではない。
夜の澄んだ空気を音を立てて切り裂くそれは、2メートル程の長さがあった。

それは一見、無骨な石器の様なモノにも見えるが、これは金属でできた鉄の棒。いわゆる金砕棒である。
いや、正確にはその金砕棒の先には長大で鋭い刃が付いているので、どちらかというと長刀や薙刀に近い形状の武器というのが正確かも知れない。

この薙刀であるが、柄の部分の直径は凡そ一寸半(45ミリから50ミリ)、刀刃はおよそ二尺(約60センチメートル)、全長は七尺(約210センチメートル)の大長物である。
全てが鍛鉄でできており、その重量は八貫(約30キログラム)もの重量がある代物であった。

恐るべきはこの大長物を軽々と扱う膂力である。その薙刀の本当の重量を知る者が、少女の振る舞いを見たら恐怖するだろう。
約30キログラムの鉄の塊を指先で軽々と操る少女、とても人間業ではなかった。

そして薙刀をひとしきり振り回し終わり、あたりが静寂に包まれる。アーケードの採光窓から月の光が差し込み、少女の全身を照らした。
その時、月の光で少女の本当の姿が顕わにされた。少女が頭部に持つ、容貌的特徴。美しい容貌(かお)と共にそれが浮かび上がる。

この少女の前頭部から二本の角が生えていた。

そう、彼女は人間(ヒト)ではなく、鬼なのだ。

鬼が呟く。

「今夜は、月がきれいですね……」

月に対して言葉をかけ氷の様な微笑を浮かべると、鬼の少女の姿は陽炎の様に揺らめき、闇に消えた。


  *

42黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/25(木) 01:17:46 ID:823eQz920
「『ヤイカボックス』じゃないわ!『チチカラノーツ』よ!」

運動靴をキキキキィと鳴らし、足ブレーキをかける将魔。
地面の石畳風のタイルに手を当て軸にし、身体をよじって方向転換すると逆方向に素早く駆け出す。

三叉路を逆方向に向かってしまったが、すぐに魔希に追いつく。

「注意すること!今回の敵はヤバいかもしれないわ!」
「ヤバかったら、すぐ逃げるなきゃね!」
「だから将魔はバカなのよ!」

バカといわれ、少しショックを受けたような表情をする将魔。
魔希は傷つく将魔など気もとめずにしゃべり続ける。

「いい?本山の法力僧でも、疫鬼を倒すのにはかなり手こずっていたわ!」
「うんうん!」」
「でも、おじい様から貰った『七星剣』を使えば一瞬で疫鬼を消滅させられる」
「うんうんうん!」
「ってことは、ワタシたちは本山の人たちよりも強いから相手が妖(バケモノ)でも倒せる「かも」ってことよ!」
「魔希ちゃん、冴えてるぅー!」

手を合わせ、いえーい!と、ハイタッチをする将魔と魔希。
走りながらも少しはしゃいでいるのが見て取れた。

二人は今日が初陣ということもあり、気持ちが高ぶっていた。
まるで遠足にでも行くような浮ついた気持ちで目的地へ向かっていた。

しかし、このあと二人はすぐに後悔することとなる。自分たちの浅はかな考えに、自らの技量の未熟さに。

「さあ、この街はワタシたちが護るわよ!」

今、地獄の口が開こうとしていた。


  *


ライブハウス『チチカラノーツ』と『ヤイカボックス』は、この商店街に存在すライブハウスである。
これらは共に、地下倉庫改装して作られたライブハウスであり両者共に街の若者には人気のあるハコ(小規模イベントスペース)である。

ただ、現在は感染症対策の為に両施設とも営業を自粛している。

ジャンルとしては、『チチカラノーツ』はニュースクール系を中心としたデス系のライブハウスである。主にプログレッシブ・デスメタルやブルータル・デスメタル、デスコア等のバンドが集っていた。
対して『ヤイカボックス』はポップス系のバンドが集うハコである。


『チチカラノーツ』の付近まで来た将魔と魔希は、物陰に隠れながら慎重に距離を詰めていた。
さきほどまでは感じられなかったが、疫鬼とは違う妖気を感じたからだ。

先ほど聞こえた、歌うような様な声も聞こえてくる。

「……生麦……生米」

飲食店の電飾看板にから静かに覗く二人。すると、歌声とは別の音が聞こえてきた。

ザクッ……ザクッ……

そこには長い髪を振り乱し、笑いながら薙刀を疫鬼を突き刺す少女の姿があった。

「……も…散れ……え散れ……」

その姿に息をのむ二人。

「……将魔、見た?」
「うん。見ちゃった……」
「あの女の人、頭から角が生えていたわね……」
「角が生えている妖(バケモノ)っていうと……やっぱり鬼?」
「疫鬼を棒みたいなもので突き刺していたわ」
「アレがじいちゃんの言ってた鬼子かな?」
「わからないけど、ヤバそうなのは確かね……」
「どうする?照道さんに連絡する?」
「ふふふふふ」

魔希があやしい微笑みを浮かべる。将魔は嫌な予感がした。
魔希がこの顔をした時は、大抵ろくでもないことを考えている時だったからだ。

「これで行きましょう」

そういうと魔希は、『破魔札』といわれる御札を背中の道具箱から取り出した。

この『破魔札』は一見するとただの紙切れにしか見えない。
霊的な文字と、『法輪』という「四諦・八正道」を象った図案が描かれている他は、普通の御札と変わり映えがしない様に見える。

しかし、この『破魔札』には特殊な顔料を使用して摺られており、中に「霊気(オーラ)」が封じ込められている。
この札に術者が更に「霊気(オーラ)」を流し込むか、札が「霊気(オーラ)」や「妖気」と接触すると爆発を起こすのだ。

『破魔札』に使用されている顔料が「霊気(オーラ)」を保持できる限界を超ると、「霊気(オーラ)」が暴走して爆発という仕組みである。
これは「霊気(オーラ)」が使える術者たちが、ダイナマイトの様な使い方をしている呪具だった。

「ちょっと!これどうしたの!??」

魔希が手にした『破魔札』を見て、将魔は驚きの声を上げた。
普通の人間ならばただの御札だが、「霊気(オーラ)」が使える術者にとっては爆発物の様なモノだからだ。

「おじい様の部屋から貰ってきたの」

それはドロボーっていうんだよ、という言葉を我慢し、将魔は頭を抱える。
そんな将魔を余所に、魔希は『破魔札』が爆発しない程度の「霊気(オーラ)」を注ぎ込む。すると『破魔札』は空中に飛び上がった。

これは魔希の得意としている術である。物質に「霊気(オーラ)」を定着させ、操ることができた。

43黒幕 ◆1WsTPNJ.62:2020/06/25(木) 01:18:16 ID:823eQz920

『破魔札』を「霊気(オーラ)」で飛ばし、鬼の「妖気」と反応させて爆発させようというのだ。

「オン」

魔希がそう唱えると、『破魔札』は鬼の少女に向かって弾丸の様に飛んで行った。
これは魔希の得意技である。この距離であればほぼ百発百中。
あっという間に標的を捉え、『破魔札』は鬼の少女と共に爆裂飛散するだろう。

……そう思われた。

『破魔札』は確かに鬼の少女を捉えた。いや、そう見えた。

鬼の少女にぶつかったと思われた瞬間。彼女の姿は陽炎の様に揺らめき、その身体をすり抜けていった。
その数秒後、鬼の少女の姿は蜃気楼のように消え去った。


消えた?いや、最初からいなかったのか?いや、そんなはずはない。
あの少女からは妖気を感じていたし、実際に疫鬼を串刺しにしていた。

あの妖(バケモノ)は感知できるが、存在しないモノなのか?

将魔は刀印を結び、辺りを警戒する。
その時魔希が叫び、小径を指さす。

「将魔、あの妖(バケモノ)は公園よ!」

『チチカラノーツ』の裏手には、小さな公園がある。ライブハウス横の道から公園へ抜けられた。

「なんで公園に?さっきまでここにいたのに!」
「わからないわ、でも妖気は一瞬で公園に移動した……」

次の瞬間、将魔は無意識に公園に向かって走り出していた。


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