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β r ∴ i n L σ s t の よ ぅ τ゛す

1 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:00:31 ID:ViiJbL6I0


皆、おかしくなっていることに、誰もが皆、皆が気付いていない。

いずれは一人残らずそれぞれが、私のように何らかのきっかけで気付くのだろう。
けれど、そのパズルめいた幾何学的宿命を待っていられるほど、私は気が長いわけではなかった。

(*゚∀゚)「大丈夫、きっとまだ間に合う」

o川*゚ー゚)o「う、うん……」

リスク研究棟の三階廊下を、o川*゚ー゚)o の手を引き連れて走る。
反対の手で掴んでいるダンボール箱は、持ち手が無いために何度も落としそうになる。

辺りに職員の姿が見当たらないのは、今がちょうどお昼のためだった。
皆、食堂のある研究別館へと出向いていて、私たちは誰にも見つからずに逃げ出せる。

決して距離は変わらないのに、今は恐ろしく長く感じる廊下を突き進み、解析室の前で立ち止まる。
デスクの引き出しにある車のキーをここで手に入れなければ、この逃走は終わったも同然だ。

各部屋のドアの上面は曇りガラスになっていて、誰かが残っていれば部屋の外からでも分かる。
ぼやけた層の向こう側へ目を凝らすも、この部屋に人がいるような気配は感じない。

2 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:01:48 ID:ViiJbL6I0

o川*゚ー゚)o「ここに入るの?」

(*゚∀゚)「うん。だけど、ちょっと待って」

ここまで来るのに、私は既に疲れきっていた。
私が息を整えている合間に、o川*゚ー゚)o が解析室のドアを開く。

落ち着きを取り戻しながら室内へ入ると、部屋の奥から「あら」という声が聞こえた。
入り口から死角となる位置に、伊藤さんが立っていた。

その姿を認識するのと同時に、私の心は奇妙な安堵感にひたされた。
まだ彼女の名前を覚えていたという、単純な事実から来るものだった。

('、`*川「どうしたの?」

伊藤さんはデスクからも解析機具からも離れた、特に何もない場所にいる。
何か手に持っているわけでもなく、他には誰もいない部屋で、ただ立ち尽くしているだけのように見えた。

その不自然さに、むしろ私の方が問いたかったが、今は彼女の笑顔に応える方が先だった。
私と o川*゚ー゚)o をにこやかに見つめる顔の裏に、どこかこちらを訝しんでいる気配が隠れている。

3 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:02:39 ID:ViiJbL6I0

(*゚∀゚)「……中庭を」

('、`*川「中庭?」

(*゚∀゚)「部屋に篭らせていてもアレですから。中庭を見せに行こうと思いまして」

('、`*川「それは? ずいぶん変な形をしているけど?」

「それ」とは、私が左手に抱えている、正方形の薄いダンボール箱を差しているのだろう。
縦横1㍍ほどの大きさに対して、幅は10㌢も無いため、この箱は狭くて何も入らないように見える。

適当な作り話を考えながら、私はなるべく自然な歩調で奥のデスクへと近づく。

(*゚∀゚)「複製画を買ったんです。いつ届くか分からなかったので、配達先をここにして」

('、`*川「そう、素敵ね。何て絵?」

(*゚∀゚)「ああ……」

失敗した。絵の名前なんて、すぐには思い浮かべられない。

4 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:03:46 ID:ViiJbL6I0

不審に思われようとも会話を中断し、このまま目的を果たすべきだろうか。
そう思い始めた時、私の後を付いてデスクのそばまで来ていた o川*゚ー゚)o が、ふと口を開いた。

o川*゚ー゚)o「🌠 🌙 🌆 」

(*゚∀゚)「……そう! 🌠 🌙 🌆 !」

o川*゚ー゚)o の呟いた単語を、私は発音通りに繰り返す。
その言葉が何を意味しているのか、本当に絵画の名前なのかすら、今の私には分からなかった。

伊藤さんはすぐには返答せず、何か思案しているようだった。
私が話した内容の論理が破綻していることに、彼女は気付いているのだろうか。

荷物にしかならない大きな箱をわざわざ抱えて、何故 o川*゚ー゚)o に中庭を見せにいくのだろう。
そこを指摘されてしまえば、私には取り繕う言葉がすぐには出てこない。

彼女の反応を内心固唾を飲んで見守りつつ、私はデスクの引き出しから車のキーを取り出した。

5 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:05:12 ID:ViiJbL6I0

('、`*川「……ああ、思い出した。確か、ゴッホよね。お部屋に飾ったら見せてね」

彼女がそう言ったのと、ほとんど同時だった。
入り口ドアのフロストガラスに、不透明な人影が映る。

o川*゚ー゚)o と共に私は、とっさにデスクの後ろに隠れる。
しゃがみこんだ姿勢で o川*゚ー゚)o は、自身の口元に指をあてて、「しー」と囁く。

その子供染みた仕草に、私は少し寂しい気持ちになりながらも元気付けられた。
キュートは元々子供っぽい性格をしていたが、彼女の脳は、もはや子供そのものにまで変性している。

ドアの開く音がして、誰かが室内に何歩か踏み入ってから立ち止まった。
立ち尽くしたままの伊藤さんの姿に気付いたのか、彼女に声を掛けるのが聞こえる。

「ああ、そこの君、(*゚∀゚) を見なかったか?」

('、`*川「……」

男の口ぶりから察するに、やはり彼らはすでに私たちを捜索し始めている。
目の前に暗雲が立ち込め、重苦しい感情が湧いてくる。

6 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:06:19 ID:ViiJbL6I0

ここに隠れていることを彼女が告げてしまえば、彼らは力ずくにも私たちを捕らえようとするに違いない。
狂った人々の世界では、僅かでも理性を取り戻した私の方が、狂人扱いされてしまう。

私たちは、本当にこの事態から逃れられるのだろうか。
そう思うと急に心細くなり、段々と弱気になっていくのを感じる。

('、`*川「……→→↑には?」

「いや、準備室にも休憩室にもいなかったよ」

('、`*川「彼女がどうしたんです?」

「 ○ を持って逃げたみたいだ。それから、o川*゚ー゚)o も連れて」

(*゚∀゚)「……」

o川*゚ー゚)o「……」

心臓を掴まれたかのように、全身に緊張が走る。
この段ボール箱の中には絵画などではなく、男の言ったとおり、○ が入っていた。

7 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:07:23 ID:ViiJbL6I0

○ はエネルギーに応じて、ある特定の粒子を発生させる。
人々がおかしくなったこの事態を変える、唯一の希望だと私は考えていた。

('、`*川「……そうですか。見かけたら、連絡しますね」

「ああ、頼む」

男が去っていったのを充分に待ち、私はゆっくりと立ち上がった。
意識して抑えていたというよりも、自然と止まっていた呼吸が再開する。

伊藤さんが私たちのことを話さなかったのは、何故なのだろう。
すぐにここを離れなくては、と思いつつ、私は聞かずにはいられなかった。

(*゚∀゚)「……なぜ、かばってくれたんですか?」

('、`*川「だって、その方が、面白そうじゃない」

相変わらず笑顔のまま、彼女はそう答えた。

木の根と幹で覆われているかのように、その表情の裏側は閉ざされている。
私にはそう感じられて、もはや彼女のことが理解できなかった。

8 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:08:04 ID:ViiJbL6I0

足早に解析室を出て、この階で待機させていたエレベーターに乗り込む。
エレベーターの遅さにもどかしさを感じながら、私たちは他愛のない話をしていた。

o川*゚ー゚)o「つーちゃんって、誕生日はいつ?」

(*゚∀゚)「7月6日」

o川*゚ー゚)o「それってもう過ぎた?」

(*゚∀゚)「過ぎたよ。7月は先月だから」

o川*゚ー゚)o「そっか……」

(*゚∀゚)「……過ぎたけど、また来年めぐってくるよ」

9 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:09:07 ID:ViiJbL6I0

この施設では、質量の無いワイル粒子に情報を載せる研究をしている。

ワイル粒子を制御できれば、あらゆる科学技術が飛躍することが容易に想像がつく。
問題は、まだ人にはその粒子をうまくコントロールできていない、という点にあった。

質量、つまり重さが無いのだから、そのワイル粒子はあらゆる物体を通過する。
無理に手を加えたせいで、不完全で歪な情報を載せた粒子が、私たちの人体を、脳を通過する。

結果として残されたのは、私たちの現状だ。

o川*゚ー゚)o も、ここの研究員の一人だった。
いつからか彼女は日常生活すら困難になり、施設の一室で事実上の軟禁状態にあった。

私自身も、自分がどこまでまともなのか分からない。
あるいはこの逃走も、本当に意味があるのだろうか。

10 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:10:04 ID:ViiJbL6I0



研究施設の外は変わらず、むっとするような暑さだった。
太陽が辺り一帯に照り付け、逃げ場の無い空気がよどんでいるように思える。

汚染された粒子は、この空気の中をいったいどこまで広がったのだろう。
○ は、本当にそれを打ち消すことが出来るのだろうか。

何もかも不安でしかなかったが、今の私たちにできることは限られている。
再度ダンボール箱を掴む手に力を入れ、中庭を抜けた駐車場へと走り出す。

o川*゚ー゚)o「見て、ひまわりが咲いてる!」

(*゚∀゚)「うん……」

中庭の一画には花壇があり、ひまわりやビスカリアが植えられている。
今の私には、その花々に視線を向けることはできなかった。

頭がおかしくなったことに、そもそも私が気付けたのは、このひまわりのためだった。

11 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:11:06 ID:ViiJbL6I0

今朝ここを通る際にふとひまわりを見て、無意識の内に気持ち悪いと感じてしまった。
過密な種の集合に、花弁のその有機物が腐敗してゆくような、#ffd900の色合い。

そうしてひまわりに嫌悪感を抱いた直後、私は得体の知れない恐怖に駆られる。
私がひまわりにそんな印象を受けるなんて、絶対にありえないのだ。

けれど何故そう断言できるのか、この頼りない脳のどこにも答えが見つからない。
きっと私とひまわりに関する何かがあったはずなのに、粒子はそれを奪ってしまった。

(*゚∀゚)「あっ、あれに乗るよ!」

o川*゚ー゚)o「青い車?」

(*゚∀゚)「そう!」

私たちは走りながら短い会話を重ねる。

息を切らさないように最低限の会話なのだと、私は自分に言い聞かせる。
……まだ大丈夫、少なくとも必要な言葉を交わせることができるのだ、と。

12 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:12:14 ID:ViiJbL6I0

汚染ワイル粒子は、言葉を単なる記号へと、退行性変化させてゆく。
人間の持つあらゆる観念が、脳内からぽつぽつと消えてゆく。

言葉が無ければ、何も存在しない。
町の名前を知らなければ、自分がどこにいるのかすら分からないのと同じだ。

疲れ切った身体が勝手に立ち止まろうとするなか、やがて私たちは自動車まで辿り着いた。

助手席に o川*゚ー゚)o を乗せ、キーを回してエンジンを掛ける。
○ の入ったダンボール箱は、後部座席に投げ置いた。

o川*゚ー゚)o「誰か、追いかけてきてる!」

(*゚∀゚)「大丈夫」

ここまでくれば、いくらか精神的余裕を感じられる。
男が走りながら何か叫んでいたが、そんなことはどうでもよかった。

( ゚д゚ )「どの √ を歩もうとも、必ず人は素粒子に詰め寄るのを理解しているだろう!」

( ゚д゚ )「無駄な抵抗はやめて ○ を返すんだ!!」

冗談じゃない。
もっと科学の発展した未来で、適切なタイミングでまた詰め寄ってくれ、と心から思う。

私はレバーブレーキを解除し、アクセルを思い切り踏みつけた。
荒々しい運転で研究所の敷地を後にして、やがて男の姿は見えなくなった。

13 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:13:43 ID:ViiJbL6I0


しばらく車を走らせ、一旦ひと気のない場所で停車した。
木々に囲まれた山沿いの路上で、疲れ果てた身体を休ませる。

今は、何か素朴な物が食べたい。

思い浮かぶのは、とうもろこしやジャガイモ、そういった食材だ。
それらはきっと、素朴な食べ物が持つ明るさと温かさで、きっと私たちを迎えてくれる。

o川*゚ー゚)o「これ、開けていい?」

(*゚∀゚)「……いいよ」

道ばたに置いたダンボール箱の中から、彼女は ○ を取り出す。

○ の扱い方を o川*゚ー゚)o が知っているのか、分からない。
私は自動車にもたれながら、彼女がそれをどうするのか見つめる。

おもむろに o川*゚ー゚)o は ○ を身体に通し、腰の位置で回し始める。
気付けば光が溢れていた。

14 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:14:41 ID:ViiJbL6I0

o川*゚ー゚)o「あはは!」

(*゚∀゚)「……」

フラフープの輪郭から、色とりどりの輝きが飛び散っている。
発生した粒子と汚染された粒子が衝突し、対消滅して光へと変わっている。

私は失くした理性と、言葉を取り戻したかのような錯覚に襲われる。
と、同時に、それは単なる偶然であることを悟る。

手のひらから空へと投げたパズルのピースが噛み合うような、そんな奇跡的な偶然だった。

o川*゚ー゚)o「うまく回せてる?」

(*゚∀゚)「うん……」

輝きがあまりに眩しすぎて、フラフープそのものは私の目には見えない。
鮮やかなフラフープの軌道は、まさにゴッホの描く光の乱流だ。

キュートが楽しそうに回しているその姿を、私はただ黙ったまま眺め続ける。
光が辺りの景色を塗り消してゆくのを、揺れる彼女の姿を、無秩序に跳ねる長い髪を。

全てが光に溶けてゆく空間で、それでも彼女は笑いながら腰を振っている。
あるいはキュートは、フラフープの輪が粒子を壊してゆくことを、単に楽しんでいるのかもしれなかった。

15 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:15:21 ID:ViiJbL6I0

偶然舞い戻った理性と言葉に、私はむしろ落ち着かず、キュートに話しかける。
声が聞こえて初めて私に気が付いたかのように、彼女はこちらへと視線を投げる。

(*゚∀゚)「拝鳴産のとうもろこしなんだけどさ」

o川*゚ー゚)o「……あの黄色いつぶつぶの、とうもろこし?」

なぜそんなことを聞いたの、といった様子で、キュートはきょとんとした顔をしていた。

彼女の口から不意に現れた懐かしい言葉に、私は驚きはっとする。
……ああ、あれは黄色だったのだ。

私を元気付けるその色は、すぐさまひまわりを想起させ、やがて私は辿り着く。
どうしてその花を特別に想っているのか、何故こんな簡単なことを忘れていたのだろう。

来年の誕生日は、その誕生花とともにありたい。

16 ◆VNhr99ZsyI:2021/10/24(日) 00:16:03 ID:ViiJbL6I0

(*゚∀゚)「……品種はなんていったっけ? たしか、スイート何とかってやつ」

o川*゚ー゚)o「聞くからに甘そうだね」

(*゚∀゚)「実際美味いらしい。私は食べたことないんだけどね」

笑いながら「食べなよ」と言い、キュートは再度フラフープを回し始める。
目に見えない輪は順調に回り、きっと粒子を打ち消している。

確かにこれで、汚染された粒子は消えてゆくのだろう。
けれど一度変性してしまった脳は、もう元には戻らない。

今はただ、眺めていたい。
一秒でも長くこの瞬間を、涙で曇った私の目に、一秒でも長く、この瞬間を。


The end (of my brain).

17名無しさん:2021/10/24(日) 03:27:28 ID:iMJxvmI60
乙、おもしろかった。

18名無しさん:2021/10/24(日) 15:26:53 ID:zQ73eoVI0
otsu

19名無しさん:2021/10/24(日) 23:17:56 ID:.1dbJfyA0
乙である

20名無しさん:2021/10/28(木) 23:09:10 ID:diPk35VU0
絵文字で星月夜とは考えたなあ

21名無しさん:2021/11/13(土) 18:44:44 ID:N/nEANbk0
穴抜けになってるような表現うまいな



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